新機動戦記ガンダムSEED DESTINY  -白き翼‐ (マッハパソチ)
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第一話   混迷へ…

2つの世界、2つのコロニー落とし。

それは、何を想い、何を望み、引き起こされたのか。

結果は違えど、それらは確実に世界に変化をもたらす……。



A.C.(アフターコロニー)195 OZ宇宙基地MO-Ⅱ

 

 

「大気圏に突入しました!」

 

リーブラAブロックの大気圏への進入を確認した兵士の報告がリリーナ、レディの耳に届く。

徐々に、しかし確実に地球へと降下していくリーブラ。このままリーブラが落ちれば地球に住む人たちは悲しみと絶望に苛まれる、地球とコロニーとの間で新たな争いを生み、悲しく惨めな歴史が繰り返されることになってしまう。

そうなれば、リリーナ・ピースクラフトの提唱する完全平和への道は断たれてしまうだろう。

絶望が管制室を漂う……。

 

―――突如、

 

「…っ! 先行する機体があります!」

 

別のモニターを見ていた兵士から告げられる報告。

 

確認すると確かにリーブラの降下線上にモビルスーツが一機まわり込んでいる。

 

「あれは……ウィングゼロっ!?」

 

 

 

 

「……っ!」

 

ヒイロはウィングゼロをリーブラの進行ルート上に着けると、そのままリーブラに正対しツインバスターライフルを構える。

 

「俺は……」

 

地球の引力に引かれながらの強引な姿勢制御。

 

剥がれ落ちていく装甲。

 

 

「俺は………」

 

悲鳴を上げる機体。

 

定まらない照準。

 

火花を散らし警告を鳴らすコックピット。

 

 

「俺は…………」

 

そんな、1%にもみたない可能性の中、

 

 

人々の希望が詰まった銃口が、

 

    ついに…… 

 

 

    ―――目標を捉える。

 

 

   

     「俺は死なないっ!!」

 

 

 

 

最大出力で放たれたツインバスターライフルが直撃を受け、バラバラに破壊されたリーブラ。

 

「やりました! 破片は、大気圏で燃え尽きます!」

 

兵士の声が管制室に響く。

次々と大気圏内でリーブラの破片が燃え尽きるのを見ながら、希望が管制室を包む。

 

(これで世界は、ようやく完全平和の道に進む事ができる)

 

レディ・アンは胸を撫で下ろし、今後の事に思いを巡らせ―――

 

「これはっ!?」

 

「? どうした?」

 

「それが……ウィングゼロ、反応をロスト。機影も確認できません!」

 

「何っ!…パイロット、パイロットは確認できるか!?」

 

「確認できません!」

 

(……っ、ヒイロ・ユイ……) 

 

 

  「大丈夫です」

 

 

落ち着いた、力強い声が聞こえた。

 

「彼は、生きています」

 

彼が生きていることを信じている。信じさせてくれる、そんな芯の通った言葉。

 

「……リリーナ様」

 

 

 

(ヒイロ……)

 

リリーナの見つめるさきには

未だ砕けた破片が流星となり光輝いている。

まるで、これからの世界を祝福するかのように……。

 

 

A.C.195.12.24 この日、地球側とコロニー側とで地球圏統一国家が協議制定され、

世界は完全平和へと歩み始めた。

 

 

 

 

C.E.(コズミックイラ)71 地球、プラント間における大戦はヤキンドゥーエ宙域での最終決戦は、双方供に大きな傷みを負いながらも地球連合側の停戦申し込みをプラント側が受け入れ一応の終わりとなった。

 

C.E.72 地球連合側とプラント側とで停戦条約としてユニウス条約が締結された。

互いに争いの燻ぶりを残したまま……。

 

―――そして、C.E.73

 

 

 

 

C.E.73 ユニウスセブン破砕現場

 

「なぜ気づかぬか!我れらコーディネイターにとって、パトリック・ザラの採った道こそが唯一正しき道ものと!」

 

「……!?」

 

ジンの一刀をザクのシールドで防ぎながら、放たれた言葉にアスラン・ザラは父であるパトリック・ザラを思い出す。

前大戦の際、自らの復讐のために地球と戦争を行った父パトリック、父の妄念に疑問を抱いたアスランは、父と袂を別ち、父の最後の引き金を断つことで彼の妄念を打ち消した。

 

「……っぐ!」

 

一瞬、自分の考えに気を取られ隙に、機体を押し弾かれ、ザクの右腕を切り取られる。

体勢を立て直すべく、敵機から距離を取ろうとしたとき、

近くでもう一機のジンと交戦していたシン・アスカの駆るインパルスに敵機が組みつき自爆をする。

 

「シンっ!」

 

爆発の衝撃で飛ばされるインパルス。

さらに、自爆した敵機の一部が破砕作業用具・メテオブレイカ―に直撃する。

破壊こそされなかったものの、傾いていくメテオブレイカ―、運の悪いことにぶつかった衝撃でメテオブレイカ―が作動してしまう。

結果、ユニウスセブンは上手く破砕されずに砕けない。

 

 

 

徐々に降下し大気圏へと突入するユニウスセブン。

 

「我らのこの想い、今度こそナチュラル共にっ!」

 

ザクの右脚に組みつき、離脱を許さないジン。

―――そこに、突如朱色の光。

体勢を整えたインパルスがザクの右脚ごとビームサーベルでジンを切り落とす。

 

ユニウスセブンの地表に叩きつけられ大破するジン、インパルスに掴まれ離脱していくザク。

 

スラスターを吹かし帰艦を急ぐインパルス、引っ張られていくザク。

 

―――が、その直後、

大気圏の中、すでに半壊しているザクは引力に耐えきれず、インパルスの手を離れてしまう。

 

宙に放りだされたザクは、ユニウスセブンと一緒に落ちていく、地球へと…。

 

 

 

 

ミネルバ ブリッジ内

 

ミネルバはユニウスセブンの破砕作業継続のため降下シークエンスを開始していた。

 

「インパルスと彼のザクは?」

 

「駄目です! 位置、特定できません」

 

ミネルバの艦長タリア・グラディスは未だ戻らない、二機のモビルスーツの所在を

ブリッジ左側で作業を行っている管制官メイリンホークに尋ねるが、

二機と2人のパイロットの安否はわからなず。心配しながらも、今行われている降下の指揮に再度専念しようと―――

 

 

「―――っ!前方にモビルスーツと思われる機影っ!」

 

していた直後タリアの耳にメイリンからの報告が入る。

今まさに心配していた二機のうちのどちらかと考えた矢先。 

 

「これは!? ……未確認機《アンノウン》です!」

 

再び予想を裏切る結果が報告される。

 

「っ! なんですって!」

 

ミネルバクルーにとって、先日、アーモリ―ワンにて発生した、所属不明部隊による3機の新型モビルスーツが強奪された件はまだ記憶に新しい。

 

「まったく、次から次へと、メイリンっ!そのモビルスーツの映像、モニターに出せる!?」

 

「は、はいっ!………映像でます!」

 

キーを操作しメインモニターに映像を映すメイリン、

そこに一機のモビルスーツが拡大されモニターに映し出される。

 

「―――これは!」

 

タリアはこれまで一度も見たことのない機体を見て驚愕をあらはにする。

一部隊を率いる長として、地球連合、オーブ、ザフトが開発してきた既存モビルスーツ

そのどれを取っても合致しない。

 

現宙域にはテロリストのものも含めザフト製のモビルスーツしか確認できない。

新型ということも考えられるが、ザフトの新型でロールアウト済みの機体は、

現在シンの乗っている、インパルスと、強奪されたカオス、ガイア、アビスの4機しかいない。

他はすべてカーペンタリアにあり、ロールアウトしていない。

 

「ガンダムっ!?…どうして……?」

 

タリアの後方からも声があがる。

 

カガリ・ユラ・アスハ―――オーブの代表としてアーモリ―ワンに視察にきていた彼女はモビルスーツ強奪事件に巻き込まれ、成り行きから、この艦に同乗していた。

 

C.E.で「G」と称されるモビルスーツに酷似した特徴的な頭部、

そして、全身が翼のようなものによって覆われている。

 

 

ミネルバクルーが見つめる中そのモビルスーツは一筋の流星となり地球へと堕ちて行った……。

 

 

 

 

C.E.73.10.3 停戦条約締結から続いた、たった1年間の仮初の平和は終わった。

 

世界は再び混迷の中へと突入していく。

 

 

 

 

オーブ僻地・沿岸部

 

「さあ、みんないらっしゃい。私についてきて下さいね」

 

優しげな女性の声。

地球へと落ちてくるユニウスセブンの破片から避難するために子供たちをシェルターへと誘導する。

子供たちは、自分たちの世界がどうなっているのか、わからずただ誘導に従ってくれる。

 

ふと周りを見渡すと、いつも傍らにいる青年がいない。

 

「?…………キラ?」

 

いつも彼が座っている家の前の椅子を見る。……いない。

さらに、辺りを見渡すと、……いた。

浜辺に立ち、空を見ている。

 

正確には空ではなく、今この地球に降り注ぎ続けている流星を見ている。

 

「……」

 

彼が今、何を想い、この光景を眺めているのか、窺うことはできない、

空を眺めていたキラが目線を下げ、こちらへ一歩踏み出す。

 

―――そのとき

 

「……?」

 

青年の視界にあるものが掠めた。

 

「?……っ!?」

 

視線を戻す、それはすぐに目に入る。自分が立っている場所から20メートルほど離れた波打ち際に人が倒れている様に見える。

 

 

 

 

駆け寄り、確認する。

    

      ―――少年が横たわっていた。

 

 

 

 

―――C.E.73 新たな混迷へと導かれるように現れた少年、彼が目覚めるとき世界に何をもたらすのか。

 

 

                                          

                                   つづく




初投稿です。

誤字脱字等があれば報告お願いします。

小説って、書くの難しい…。


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第二話   戦士たち(前編)

戦うことしかできない者。

戦いの果てに、変わらぬ世界で生きる者。

もう何も失わないために、力を欲し、戦いに身を投じていく者。

それぞれの想いは彼らをどこへ導くのか…。




ツインバスターライフルがリーブラに命中するのを確認したあと、ヒイロはすぐにリーブラの降下線上から離脱を開始する。

―――直後、ウィングゼロを光が包まれる。

 

「……っ!?」

 

ヒイロの視界が白一色に染められる。

光を感じていられたのも数瞬の事だった。

一転、今度は意識が徐々に黒にそまっていき、そこで、一度ヒイロの意識が途絶える。

 

次に目を覚ました時、それは地球へと堕ちていく最中だった。

 

「?……っ!? くっ!!」

 

海面まで残り十数メートル付近でコックピットのハッチが開き空中に身を投げ出される。

咄嗟に身を丸め海面に落ちる衝撃を緩和する。

 

ウィングゼロはヒイロより少し離れた海面に叩きつけれそのまま海底へと沈んでいく、

 

「ぐっ!!」

 

ヒイロはウィングゼロが海面に衝突し発生した波に流されながらも海水を吸って徐々に重くなるパイロットスーツを脱ぎ捨てる、

そこで再び意識を途絶えさせた。

 

 

 

 

次々と地表に激突していくユニウスセブンの破片、

海が、山が、森が、街が、一つ、また一つと無情の流星により蹂躙されていく。

 

とどろく轟音、避難先の地下シェルターにまで衝撃が伝わってくる。

 

「ねぇ、何が来るの?」

「いつまで、ここにいればいいの?」

 

子供たちの不安に充ちた声が上がる

 

「大丈夫ですわ、いいえ、少しの間です。すぐに行ってしまいますからね」

 

子供たちからの不安の声をあやす女性、

―――再び、鳴り響く轟音。シェルター内が揺れ、照明が明滅する。

 

「……っ!」

「ひっ!」

 

「大丈夫ですわ、大丈夫ですから」

 

いくらあやしても、子供たちの怯えを消すことができない。

シェルター内に蔓延していく不安、恐怖、絶望の負の感情。

 

 

   「ーー♪、ーーー♪」

 

―――シェルター内に拡がる歌声

静かだが、優しさに満ちた温かな歌声

 

「ーーー♪、ーーー♪」

 

平和の歌姫、ラクス・クライン。

彼女の歌声によって、徐々に子供たちから負の感情を取り除かれいていく。

 

そんな歌声を聴きながら青年―――キラ・ヤマトは自分の隣で横たわっている少年について考える。

 

シェルターに避難する際、浜に倒れていた少年。

見た目は14、15歳ぐらい、身長は150㎝代半と小柄、ダークブラウンの頭髪。

深緑色のタンクトップに黒色のハーフパンツといった質素な格好である。

 

(どうして……)

 

キラたちが住んでいるマルキオ邸はオーブの僻地にあり、身内以外で近づく者はほとんどいない。

なぜ?どうして?考えても疑問は募るばかりである。

 

ふと少年を眺めながら、少年の境遇と2年前の自分を想い重ねる。

 

―――2年前、前大戦中コーディネイターでありながら地球軍として戦った彼――キラ・ヤマト。

最初はただ、友達を守りたかっただけだった。

戦いたくない、討ちたくない、殺したくない。そんな想いとは関係なく戦いは続く。

敵となってしまった、かつての親友。殺したから、殺されたから、ただ憎しみで親友と討ちあう。

その果てに親友に討たれてしまうキラ。

そのときに瀕死の状態で倒れていた彼を救ってくれたのがマルキオ導師とラクス・クラインであった。

 

そんな、かつてのことを思い出す。

 

   

そして再び変わっていく世界に、今、彼が想うこととは……。

 

 

少年の眼は未だ開かず、世界は回る……。

 

 

 

 

 

地球に不時着したミネルバは、カガリ・ユラ・アスハを送り届けるため、航路をオーブへ向け航行していた。

 

「翼の生えた、モビルスーツ?」

 

アスランは、インパルスの手助けもあり、半壊したザクをどうにか着艦させ、無事にミネルバへの帰艦を果たしていた。

ミネルバの着水シークエンス完了後、カガリから聞かされた話によるとユニウスセブンとともに落下したモビルスーツが

ザク、インパルス以外にもう一機、確認されたとのことだった。

 

「ああ、ミネルバのブリッジから見たんだが、アスランの方で何か確認してないか?」

 

「いや、……あの時はいろいろとありすぎて、そこまで、気を回す余裕はなかったよ」

 

「そ、そうか、なら、いいんだ……」

 

―――しかし、今アスランの頭の中にはユニウスセブンでのテロリストの元ザフト軍人の声が渦まいていた。

 

『ここで無残に散った命の嘆き忘れ、討ったものだと何故偽りの世界で笑うか!?』

『何故気づかぬか!?我らコ―ディネイターにとってパトリック・ザラの採った道こそ が、唯一正きものとっ!!』

 

(……くっ!)

 

前大戦を戦いぬき、実父の妄念を断ち切りようやく手にした安寧の世界のはずだった

だが、先のテロリストは、断ち切ったはずの、自分が悪であると思った父の行いを正義であると言う。2年前に自分がしてきた行いを真っ向から否定されたように感じる。

実際、2年たった今でも世界は変わらずナチュラルとコ―ディネイターの憎しみは無くなっていない。

 

(……キラ、……俺たちのしてきたことは本当に……)

 

アスランはこの場にいない親友に問いかける。

答えは見つからない……。

 

 

 

時を同じくして、ミネルバの別の場所ではメイリン・ホークが

姉のルナマリア・ホークとシンに同じことを話していた。

 

(……オーブか)

 

―――が、シンもまた、これからの行く先について思いを巡らせていた。

2年前、全てを失い、自らに憎しみを生ませた地。

シンはポケットの中に手を入れ、妹の形見である携帯電話を握りしめる。

 

(……マユ)

 

 

「へぇー翼ねぇ、シン、あんたあの場にいたんでしょ。直接、確認とかって……ちょっと聞いてる?」

 

妹からの話を聞いたルナマリアがシンに話を振るが、

返答がない。

 

「ちょっと、ねえ、シンっ!」

 

「っ! ……え? 何?」

 

ようやく反応が返ってくる。

 

「あんた、インパルスでいたんだから、なんか見なかったの?って聞いたのっ!」

 

「……さぁ」

 

「さぁって……」

 

憤りながら、再度問いかけるが、

心ここにあらずのといった返事が返ってくるだけとなった。

 

 

 

 

それぞれの想いとともに、艦はオーブに向かって進んでいく。

 

 

 

 

 

アプリリウス プラント最高評議会

 

ユニウスセブン落下事件を受けての会見を終えたデュランダルは、

議長室に入るとすぐに、通信回線を開く。

 

「回収した例のモビルスーツはどうなった?」

 

『ハッ、現在も継続して修理あったておりますが、未知の技術が多すぎて難航している模様です』

 

「そうか、……では、パイロットの方はどうだ?」

 

『そちらの方は先ほど目を覚ましたとの報告がされています』

 

「会って話をすることはできるか?」

 

『議長自らがですか?』

 

「そうだ、頼めないか?」

 

『了解しました。すぐに、確認を取ります』

 

―――数分後、面会の了承を通信が告げられた。

 

 

 

デュランダルの会見の終わる少し前、その男は目を覚ました。

 

「っ、………ここは? 私は、……生きている?」

 

切れ長の眼に水色の瞳、そして金色の長い髪。

頭部と上半身には包帯が巻かれている。

 

「気がついたかい?」

 

声の方に振り向くと、医者らしき男がいた。

医者は男が寝ているベッドに近づく。

 

「どこか痛むところとかあるかい?」

 

「いや、大丈夫だ……それより、ここは? どこかのコロニーなのか?」

 

「ああ、ここはプラントだよ」

 

「プラント?」

 

「そうさ……最高評議会のあるアプリリウス市さ。そして、ここはザフトの医務室だよ」

 

「………ザフト?」

(プラントというコロニーなど聞いたこともない、……それに、私は……―――っ!?)

 

聞きなれない単語に戸惑う中、男は急に思い出す。

 

「地球!、地球はどうなった!?」

 

「?……ああ、地球は今、ユニウスセブンが落ちて、しっちゃかめっちゃかだよ。まったく、戦争が終わって、ようやく世界が落ち着いてい来たのに、馬鹿なことをする連中もいたもんだよ」

 

「……ユニウスセブン?……地球に落ちたのはリーブラではないのか?」

 

「リーブラ? なんだい、そりゃぁ……? ―――っと、あんたが目覚めたことを報告せにゃならん、ちょっと待っててくれ」

 

医者は男の元を離れ、部屋の奥へとひっこむ。

 

(……どうなっている?)

 

食い違う医者との会話にさらに戸惑う男。

さらに

 

---「おおいっ!」

 

(っ?)

 

考えに耽ろうとしていた男に、医者の呼ぶ声が聞こえた。

男は声のした方を向く。

 

「そういえば、聞くのを忘れていた。あんた名前は?」

 

医者の問いかけに対し、数瞬の思考を巡らせ、

男は、自らの名を口にする。

 

 

         

        「……ゼクス・マーキスだ」

 

 

                       つづく




二話(前編)です。

後編も来週には投稿します。


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      戦士たち(後編)

※一応この話までがこの作品の序章といったところです。


ミネルバがユニウスセブン破砕継続にともなう地球降下を開始する少し前

アーモリ―ワンより強奪された3機のモビルスーツを追って、同行していた、デュランダルは

ミネルバの脱出艇に乗りボルテールへと移り、プラント最高評議会のあるアプリリウス市へと向かっていた。

 

(……まったく、とんでもない事になったものだ……)

 

彼は先のユニウスセブンでの事について考えを巡らせていた、

 

ユニウスセブン―――元々、農業用のプラントだったもの。

しかし、C.E.70 2.14 地球連合軍の放った1発の核ミサイルによる攻撃で壊滅した。

24万人もの犠牲者を出したこの悲劇は「血のバレンタイン」と呼ばれ、前大戦が激化する直接的な原因となった。

 

(……まさか、あんなものを落とすとは、……それに)

 

だが今、デュランダルが考えるのはそんな悲劇の墓標への哀愁ではない。

まして事件による地球への被害などでもなく。

 

ユニウスセブンを落としたテロリストに関するものだった。

 

テロリストたちが乗っていた機体に問題があった。

これが、地球連合のダガーや、オーブのアストレイであれば何も問題はなかったが

彼らが使用していたのは、まぎれもなくザフトで製造された、ジンであった。

 

(おそらく、この事実はすぐに世界中に拡がる。

……そうなれば、ブルーコスモスが黙ってはいない。必ず何か仕掛けてくる…

さあ、……どう討って出てくるか?)

 

そんな、世界の大局について二手、三手先を考え込んでいくデュランダル。

そんな折―――、

 

『議長』

 

ブリッジから通信が入る。

 

「どうした?」

 

『それが、前方にモビルスーツらしきものを確認しました』

 

「っ!? 狙われているのか!?」

 

『い、いえ、そうではないのですが』

 

アーモリ―ワン、ユニウスセブンとザフトに関する事件が続いたことにより

危ぶむが、すぐに杞憂へと変わる。

 

「なら、どうしたというのだ」

 

『実は、そのモビルスーツ今までに見たことのないものでして……』

 

「ふむ、……よく、わからないな? 私が直接確認しに行く」

 

要領の掴めない返答に業を煮やしたデュランダルは、自ら確認する旨をブリッジに伝える。

 

 

ボルテールのブリッジに移動し、

 

「どこだ?」

 

「はい、本機の前方、10時の方向です」

 

伝えられた方向に目を遣る。

 

そこにあった、

 

(っ! これは……!?)

 

 

原型こそ留めているものの

ところどころ剥げ落ち、内部の機械部分が露出し、赤黒い装甲に覆われ、

そして左腕は切り裂かれ宙を漂っている

紅の翼を背にもつモビルスーツ、まるで……

 

(悪魔だな……)

 

「……あの機体、何とか回収できないか?」

 

「はっ、牽引して運ぶことはできますが……ですが、今は評議会へ急ぐべきでは?」

 

「かまわない。少し遅れたとて、どうということはない」

 

「りょ、了解しました」

 

そして、そのモビルスーツをプラントへと運び込まれ、

秘密裏にザフトの整備工へと送られた。

 

 

デュランダルは会見の準備をするべく、一度議、長室へと立ち寄る。

 

「おかえりなさい、遅かったのね」

 

「ああ、来ていたのか? 御待たせして悪かったね」

 

扉を開くと若い女性に声が彼を出迎える。

デュランダルは彼女に敬意を込め、呼びかける。

 

 

「―――ラクス・クライン」

 

 

「平気よ、それより大変なことになったわね」

 

「ああ、今はまだいいが、地球への被害は甚大だ。死者の数もどのくらいになるのか……。

痛ましいことだ。これからだよ本当に忙しくなるのは、……当然、君にも動いてもらうことになる。」

 

「わかってるわ」

 

「頼んだよ、……それより、―――とっ」

 

デュランダルがさらに話を続けようとしたとき、通信が入る。

 

「どうした?……何っ!?本当か?………わかった、また後でこちらから、連絡する」

 

「どうしたの?」

 

「いや、また後で話すよ」

 

デュランダルは『ラクス』に返事を返すと、会見のため議長室をあとにする。

 

(まさか、パイロットがいたとはな……)

 

 

 

 

 

『お前は、純粋すぎる。そして、優しすぎる。

 しかし、そうでなければ生きる資格がないということか……。

 ――っ、ならば私はどこまでも生き抜いてみせる!

 誰よりも厳しく戦士としてだっ!

 また会おう、ヒイロっ』

 

 

ゼクス・マーキスはベッドの上で、好敵手と交わした言葉を思い出す。

 

『ホワイトファングの指導者ミリアルド・ピースクラフト』という仮面を脱ぎ捨て、

戦士として生きていくことを自身に刻みつけるため、あえて好敵手の前で宣言した。

 

 

 

その直後、自身で起こした爆発の中、モビルスーツごと吹き飛ばされる。

 

しかし、生きると誓った信念のおかげか、

生きるということを作戦目的と設定した『システム』のおかげかはわからないが、

ゼクスはこうして生きている。

 

(ヒイロ……、リリーナ……)

 

好敵手の少年と、妹を想いながら、

自分の現状について考えるが答えは出ない。

 

先ほどまで行われていた医者によると、

宙域をさまよっていたモビルスーツが通りがかったポッドに回収されたこと、

整備工でコックピットを開けると中に自分が気絶していたこと、

そして、ザフトという軍隊基地の施療室で治療を受けたこと。

 

(私の乗っていたモビルスーツというのは、おそらく……)

 

これらのことを踏まえさらに熟考しようとしたとき――ー

部屋の中に通信を告げる電子音が鳴り響く。

 

「はい、……え?……はい、ですが、さっき目を覚ましたばかりで

 ……はい、……わかりました。本人に確認してみます」

 

医者が通信に出、何か話をしている。

すると―――

 

「マーキスさんっ!」

 

自分の名が呼ばれる。

 

「何か?」

 

「あんたに会いたいって言ってる人がおるんだが、大丈夫かい?」

 

(私に?…いったい誰が?……)

数瞬考え

 

「ああ、大丈夫だ。問題ない」

 

その旨を伝える。

 

「そうかい、……あー、はい、大丈夫だそうです。

 はい、はい、了解しました……ふぅ」

 

医者は再び通信に戻り二、三話したあと、息を吐きながら通信を切り、  

ゼクスのいる所に近づいて、

 

「あと、10分ほどしたら面会人が来るから……くれぐれも、失礼のないようにな」

 

それだけを伝え、また離れて行った。

 

 

 

しばらくして、施療室のドアが開き一人の男が入ってきた。

 

「失礼するよ……。ドクター悪いのだが、しばらく席を外してもらえないか?

 一対一で話がしたい」

 

男は医者に自らの旨を告げる、

彼の頼みを受け医者は施療室から出ていく。

それを確認するとゼクスの元に近づいてきた。

 

「プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルです」

 

「ゼクス・マーキスです」

 

長い黒髪、白と黒を基調としたスーツを着ている。

デュランダルと名乗る男は

 

「いやはや、驚いたものだ。まさかあんな所にモビルスーツがあるのだから。」

 

朗らかな口調でゼクスに語りかけてくる。

 

「っ!…あなたが、私と『エピオン』を?」

 

「エピオン?…ああ、あの機体の名前かな?」

 

「あれは、今どこに?」

 

「この基地内のドッグで修理をおこなっている。

 といっても、技術体系が違いすぎて、手の付けようがないという話ですが……。

 ……ところで、少し不躾な質問をしてもよろしいかな?」

 

「ん?、あ、ああ、大丈夫です」

 

「それでは、単刀直入に聞かせてもらいます。

 

 

  ―――あなたは、一体、何者かな?」

 

デュランダルを纏う空気が、がらりと変わり

口調も、これまでとは違い真剣なものとなる。

 

「どうにも、あなたには不審な点が多い。

 まず一つ目、あなたの乗っていたモビルスーツだが、

 ザフト、連合、どちらにも合致するデータがない。しかもそれは、技術体系のレベルで違 っている。

 

 二つ目、私はこれでも、この二極化している世界の一極の長であり、世界中に知られている。

 しかし、私が名乗ったとき、あなたの反応は、私のことなど知らないといった風だった。

 

 三つ目、記憶障害という可能性も考えられるが、あなたは自らの名を口にし、

 且つ、自分の乗っていたモビルスーツの名も覚えている」

 

デュランダルからゼクスについての不審点が列挙される。

それに対し

 

「そのことについては私の方からも、聞きたいことがある。

 自慢ではないが、私も自分が、全世界に知られているという自負がある。

 それなのに、あなたも、あの医者も私に対し何の反応もしめさないッ!」

 

ゼクスはホワイトファング創設の際、世界中に声明を出している。

地球にとっても、コロニーにとっても、『ミリアルド・ピースクラフト』の悪名と顔は知れ渡っているはずである。

 

「……どういうことかな?」

 

ゼクスは『オペレーション・メテオ』から始まる、戦いのことを、

デュランダルに伝えていく。

 

「……ふむ、知らないことばかりだな。

 それに、あなたの言う、ピースクラフトという家名は聞いたことはない。

 それから、ここ1年、世界ではそのような戦争は起きていない」

 

デュランダルはゼクスからの話を吟味し、考えを巡らせていく、

そうして、一つの推論を打ち立てる。

 

「マーキスさん、これまでの話から、あなたが嘘をついているとは思えない。

 だとすればだ、あなたは、

 

     ―――異なる世界から来たのではないですか?」

 

 

「………異なる、……世界?」

 

「そう、文字通り、異世界という意味です」

 

「馬鹿なっ、そんな夢物語―――」

 

「ですが、そうであれば、全ての事に辻褄が合う」

 

「っ!?」

 

デュランダルの通りである。

そうであれば、ここが、異世界ならば、

自分の知らないコロニーやザフトという軍隊があっても不思議ではない。

 

(本当に?……)

 

デュランダルの推論に否定する理由を打ち立てようと考えを模索する。

しかし、否定すればするほど、彼の考えが現実味を増していく。

 

(……ヒイロ……、リリーナ……)

 

そんな彼の心に浮かぶのは、やはり二人の少年と少女であった。

 

 

 

異邦の地にて戦士には、どのような運命が待ち構えているのか……。

 

 

 

 

ミネルバがオーブに入港すると、

アスランは、カガリやミネルバクルーと別れ

一人ある場所へと向かっていた。

 

車を飛ばし、目的地の途中の海岸線を走っていると、

 

「………?……キラ?」

 

浜辺に親友であるキラ・ヤマトと子供たちと戯れるラクス・クラインを見つける。

 

車を停車させ、クラクションを鳴らすと、

 

「あー、アスランだ」

「違うよ、アレックスだよ」

 

子供たちがこちらへと駆けてくる。

キラとラクスはその後ろから歩いて、アスランの元に近づいてくる。

 

「……アスラン」

「おかえりなさい、大変でしたわね」

 

「君たちこそ、家が流されて、こっちに来てるって聞いて、大丈夫だったか?」

 

ユニウスセブンの欠片の衝突によって引き起こされた津波に巻き込まれ、

キラたちは住む場所を失うが、知人の勧めで、その知人宅で厄介になっていた。

 

「そうなんだよ」

「おうち流されちゃったの」

「引越しするんだよ、引越し!」

 

子供たちが久しぶりのアスランに矢継ぎ早に話をする。

 

「あらあら、これじゃお話になりませんわね」

 

そうして、ラクスは再び子供たちを連れて浜へと戻る。

 

アスランとキラは車に乗り込み、浜を離れる。

 

 

アスランは気づかない、

―――浜辺に、もう一つ人影があったことに……。

 

 

 

 

 

浜に残ったラクスと子供たちと

彼らに歩みよる少年。

 

「あら、どちらにいらっしゃいましたの?」

 

「………」

 

少年は返事の代わりに、今まで自分がいた方向に目を向ける。

 

「そう、……そろそろ戻りますが、一緒に行きませんか?」

 

 

 

      

      

 

       「……了解した」

 

 

 

 

 

 

アスランは、車の中で

ユニウスセブンの破砕作業に参加したこと、テロリストと交戦したこと、

テロリストの一人から言われたことをキラに伝える。

 

やがて、現在のキラたちの住まいに到着する。

 

車を止め、エンジンを切ると、アスランは、

 

「あのとき、俺聞いたよな?……やっぱり、このオーブで」

 

「え?」

 

「『俺たちは本当は何と、どう戦わなきゃならなかったんだ』って」

 

「……うん」

 

「そしたら、お前言ったよな『それもみんなで一緒に探せばいい』って」

 

「っ、………うん」

 

「でも、やっぱりまだ……見つからない」

 

アスランは2年前から置き忘れてきた自身の命題に再び立ち向かう。

そして、キラもまた、同じである。

 

 

―――翌日、答えを出すため、アスランは再びプラントへ渡る決意をするのであった。

 

 

 

 

戦士たちは変わらず迷走する世界で、それぞれ戦うべきものを見つけようとする。

そして気づかない、彼らが再び、戦場で出会うという運命に……。

 

 

 

 

翌日、オーブへの上陸許可の出たミネルバクルーは思い思いの休息を堪能していた。

 

 

そして、その夕刻、シン・アスカもまた、海辺のとある場所を訪れていた。

 

 

―――C.E.71 戦場となったオーブ、

   銃弾飛び交う中をシンとその家族が必死に逃げ惑う。

   その途中、妹のマユ・アスカが携帯電話を落とす。

   妹の代わりに携帯電話を取りに行くため一人家族の元を離れるシン、

   そのとき、一発の銃弾が降りそそぐ、

   爆風で吹き飛ばされるシン。

   彼が家族と離れた場所にもどると、

   父が、母が、妹が…、

   たった一発の銃弾が彼から全てを奪ってしまう。

   泣き崩れるシン、

   そして、彼は戦争を憎み、オーブとアスハを憎み、

   何より、何もできない、弱い自分を憎むこととなった。

 

 

彼――シンは、そんなかつての場に立っていた。

 

銃弾で焼かれた土地はきれいに整備され、今は記念碑が建っている。

 

だが、シンの瞳からはあの頃と変わらず涙が溢れる。

 

 

『こんにちは、マユでーす。

 でも、ごめんなさい今マユはお話しできません』

 

 

死に別れてから幾度となく聞いた携帯電話の留守電音声が頭に甦る。

 

強くなったつもりだった、ザフトに入り、エリートである赤服をもらい、

インパルスに乗り、戦場に立ち、強くなったと思った。

 

でも、この地のに立つと未だに泣くことしかできない、弱いままの自分。

 

やがて、涙は渇れる。

 

 

――ふと、人の気配を感じその方向を向く。

 

若い男、自分より2、3年上な感じの青年。

 

青年

は崖にある石碑を眺めていた。

そうして、彼もまた自分に気が付いたのか、こちらに振り向く。

 

「慰霊碑……ですか?」

 

「うん、そうみたいだね」

 

シンの問いかけに男が返す。   

 

「よくは知らないんだ。僕もここへは初めてだから。

 ……自分でちゃんと来るのは……、

 せっかく花が咲いたのに、波をかぶったから、また枯れちゃうね……」

 

男は慰霊碑の周りに植えられた花を見ながら話す。

 

「……ごまかせないってことかも」

 

「え?」

 

「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」

 

「……君?」

 

「っ、すいません、変なこと言って」

 

そうして、シンはその場を後にする。

 

 

 

青年―――キラは、去っていく少年の背を見つめる。

 

と、

 

「何か、あったのですか?」

 

いつの間にか戻ってきていたラクスが尋ねる。

 

「いや……、ちょっとね。

……それよりラクス、『彼』は?」

 

 

「あそこに……」

 

ラクスは『彼』――安寧の世界が終わった日、海で見つけた少年――の立っている方を指す。

 

「彼、また海をながめてるんだね」

 

「ええ、目が覚めてから、ずっとですわ……」

 

キラとラクスは少年を見つめる。

二人には彼の瞳に映る考えを読み取ることはできない。

 

 

 

 

プラントが攻撃を受けたと報告が入ったのは、その翌日のことだった。

 

 

                            つづく




次回は『あの人』を大暴れさせます。
次からはようやく、クロス作品らしくなりそうです。



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第三話   プラント防衛


異邦の地にて、戦士はまたしても変わらぬ光景を目の当たりにする。

そのとき、彼が選択する道とは……。


『コンディションイエロー発令、コンディションイエロー発令、

 艦内警備ステータスB1、以後、部外者の乗艦を全面的に禁止します、

 全保安要員は―――』

 

ミネルバ艦内に、管制官メイリン・ホークの声が響き渡る。

地球連合軍がプラントへの攻撃を予告してきたのだ。

 

これは、事実上の宣戦布告であった。

 

現在、ミネルバが駐留しているオーブは中立国家であったが、

昨日、大西洋連邦への同盟に参加を表明し、

実質的な地球連合の一つとなっていた、

それは、ミネルバ――ザフトが敵国に入国しているという危険な状況を意味し、

オーブが、すぐにミネルバをどうこうすることはないが、

決して、油断の出来る状況ではない。

 

 

「開戦!?そんな……」

 

新たな戦争開始の合図を聞き、

シン・アスカもまた急な展開に戸惑いを隠せないでいた。

 

 

 

 

地球連合軍によるプラントへの攻撃が開始される数十分前

 

 

デュランダルとの会話の後、ゼクスは自身の機体が運び込まれているドッグへと来ていた。

 

「あんたぁ、すげぇなぁ、こんな訳の分からん機体(バケモノ)を修理できるなんてよ」

 

ドッグに入ってすぐに、機体の損傷を確認したゼクスは、

整備工に頼み、道具とパーツを分けてもらい、自ら修復作業を行っていた。

 

「いや、完全に修復をするのは不可能だ」

 

「だろうなぁ、こんな、カッテェ金属なんか、ここには無ぇからなぁ」

 

ゼクスの指揮の元、手の足りない部分を一緒に直していた整備工は、

自分の知らない機械を弄れて、心底嬉しそうに話す。

 

パーツを貰い、いくらか機械部分の修理できたとしても、

装甲の素材がない、そう、この世界には……、

 

(『ガンダニュウム合金』がない…、)

 

元々、存在自体がないのか、未だ見つかっていないのかは不明だが、

彼の機体――ガンダムエピオンを、元通りにすることができない、

 

「だが、動かないよりはマシだ」

 

「ハハッ、ちげぇねぇ……っと、こっちの言われたとこは終わったぜ」

 

「こっちも…、今終わった。

 一度、起動するか確認したい、少し離れていてくれ」

 

「ああ、分かった」

 

自らの作業を終えたゼクスは整備工に退避の指示を出し、

コックピットに乗り込む。

整備工が安全な位置に移動したのを確認すると、

 

起動を開始する。

 

「ふぅーー……はぁーーー………、―――っ!」

 

目をつぶり、一度だけ大きく深呼吸をする。

息を吐き切ったところで、鋭く目を見開く。

 

操作盤にゆっくりと手を載せる。

 

軽快に起動キーを叩く。

 

そうして、

 

 

エピオンが――、

 

 

 

 

  『SYSTEM-EPYON』

 

 

 

 

       その目を覚ます。

   

 

 

 

装甲がなくても、

 

左腕がなくても、

 

あれだけの酷使しても、

 

(まだ、動く!)

 

 

自分の期待に応えてくれる機体に戦士として喜びを隠せない。

そして戦士は、この機体を託した、

 

    

「感謝するぞ……、

 

 

 

 

   …―――トレーズ」

 

   今は亡き友へ、感謝の意を述べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

数分間、起動したエピオンの中でシステムの動作確認を行い、

ゼクスはコックピットから出る。

 

(……システムは、あの『システム』も含めて全て正常、)

 

「……いっ!、」

 

(だがやはり、ちゃんとしたパーツが欲しいところだ、)

 

「…お…っ!、」

 

(左腕も――「おいっ!聞いてんのか!?」――っ!?)

 

機体を眺め、しばらく自分の考えに没頭していると、

いつの間にか、先ほどの整備工が至近から自分を呼んでいる。

 

「やぁっと気づいたか、さっきから何度も呼んでたんだぜ」

 

「すまない、考えごとをしていた、……それで?」

 

「それが、さっき上から連絡が入ってな、ちょっと急な仕事が入っちまってよぉ、

 別んとこに行かなきゃならなくなっちまった。」

 

「急な仕事?」

 

「ああ、なんでもナチュラル共がプラントに攻め込んで来るってんでよぉ…、」

 

「っ!」

 

「そんで俺は――「待て」――あぁ?」

 

「それは、ここが狙われているということか?」

 

「だから、そう言ってんじゃねぇか」

 

ゼクスの頭によぎるのは、

 

OZによって虐げられるコロニーの光景と、

 

『強者など何処にもいない!人類全てが弱者なんだ!、俺もお前も弱者なんだ!!』

 

最後の戦いで告げられた、好敵手である少年の言葉。

 

(だがヒイロよ……、例え私が弱者だとしても、どこの世界でも変わらない縮図に…私は…、

 私は、お前のように割り切ることはできない!)

 

 

「モビルスーツを宙へ出すにはどうしたらいい?」

 

「へ?、すぐ隣に、修理したモビルスーツの試運転をするためのカタパルトがあるがよぉ、

 それを聞いて、あんたぁ、どうする気だい?」

 

「悪いがすぐに開けてもらえないか?

            ―――私も出る」

 

 

 

   戦士は再び戦場へと赴く。

 

 

 

 

プラント防衛対策本部

 

 

「最終防衛ラインの配置はどうなっている!?」

「全市、港の封鎖完了しました」

「警報の発令は?」

 

デュランダルを含むプラント政府並びにザフトの指揮官たちは対応に追われていた。

 

プラントのすぐ傍では、既に連合、ザフトの両軍はモビルスーツの展開を終え、交戦が開始されている。

 

「議長、万一に備えて市民たちに脱出の用意を」

 

「逃げてどうする?、我々、コーディネイターには他に行くところなんてないんだぞ」

 

「……っ」

 

「何としてもプラントを守り切るんだっ!」

 

ユニウスセブンの落下テロで使われたモビルスーツがザフトのものであるということは、世界中に知れ渡った。

家、家族、恋人、友人、自らの大切なものを奪われた憎しみの矛先はコ―ディネイターへ向けられた。

 

地球ではコ―ディネイターが無差別にテロに会うなど、

反コ―ディネイター、反プラントの思想が高まる。

 

また、地球連合はプラント側からの

「テロリストは事件の際に全員死亡した」という「事実」を報告されるが棄却、、

逆に「テロリストの身柄引き渡し」や「武装解除」などといった、

プラント政府としては、到底受け入れられない、無理な要求を突き付け、

受け入れられない場合はプラントに対し武力をもって排除するという

事実上の宣戦布告を行った。

 

その裏には反コーディネイターを掲げるブルーコスモスの暗躍があったのだが……。

 

 

地球に今、コ―ディネイターの安寧はない。

もし、プラントまで失われれば、コ―ディネイターは世界から完全に孤立する。

 

そんな想いもあり、デュランダルはこの窮地に全力で対処に当たる。

 

彼がこれからの戦局について考察を深めていると、

 

 

―――「ナスカ級より入電!」

 

突如、報告が入る。

 

「これは……?」

 

「どうした?」

 

「戦闘宙域にて未確認のモビルスーツを確認、

 次々と地球連合側のモビルスーツを撃墜しているとのことです!」

 

「何っ!?」

 

(未確認機だと……まさか…、彼が……?、)

 

 

 

 

「結局はまたこうなるのかよ!」

 

イザ―ク・ジュールはスラッシュザクのビームアックスで、

地球軍のモビルスーツ、ダガーLを切り裂きながら叫ぶ。

 

『まあまあ、そう、お怒りなさんなって』

 

「うるさいっ!!」

 

『おー、恐い、恐い』

 

旧友、ディアッカ・エルスマンの通信を一蹴し、

さらに2機、3機と敵機を撃墜していく。

 

『それに、2年前から何となくこうなることは、

 ―――とっ、…分かってたことだろ?』

 

ガナーザクの長距離砲ビーム砲オルトロスを放ちながら、

ディアッカの通信は続いた。

 

前大戦を生き残った彼らはまさに歴戦といった戦いぶりを見せる。

 

「だが、これでは…!」

 

(死んでいった奴らに顔向け出来んではないか!!)

 

 

『お前さんの言いたいこともわかるけどよ、

 ―――って!!何だよあれ!?』

 

「…?、ディアッカ?、

 ―――っ!!あれは!?」

 

一機のモビルスーツがいた、

その周りには切り裂かれた敵機が7機、

さらに、その機体が通って来たとされる宙域には

数えきれないほどのダガーの残骸が漂っていた。

 

そのモビルスーツは次の標的へ向けて飛び去っていく。

 

『あれ全部、あいつがやったのかよ!?』

 

(なんだ、あの機体は?)

 

旧友の驚きの声を耳に入れながら、

イザークは思考を走らせる。

 

(新型か?…いや、それにしては……)

 

そう、今のモビルスーツには、片腕が無く、装甲までも剥がれている、

新型どころか、すでに……、

 

(廃棄寸前といった風ではないか!)

 

『あいつビームサーベルしか持ってないのか!?』

 

戦うことも忘れその戦いぶりに見いる旧友。

 

「馬鹿もの!、ぼぉっとするなっ!」

 

『っと、いけねっ』

 

二人はまだ残っている敵機に向けてスラスターを吹かす。

 

イザークは先ほどのモビルスーツもう一度振り返る。

すると、その機体が戦場とは逆の方向へ飛び去っていくのが見えた。

 

(あいつ、…何処へ?)

 

 

 

―――その数分後、プラントから入電が入る。

 

「核攻撃隊!?極軌道からだと!?」

(この方角はっ!?さっき奴が飛んで行った――!?)

 

 

 

 

『かっこいいねぇ、俺はあんたの生き様に心底惚れちまったよ、

 なあに、心配はいらねぇ責任は全部、俺が取ってやる。

 おっとぉ、ただし!戻ってきたら、またその機体弄らせてくれよな!』

 

とは、ゼクスが自らも戦いに行く旨を伝えると、整備工から返ってきた言葉である。

 

「まったく、御人好しもいいところだな」

 

ゼクスは笑みを浮かべながら呟くが、

 

 

「―――っと、あそこか」

 

交戦中の宙域を見つけると、すぐに気を引き締める。

 

「敵勢力は、…あちらか、

 異世界のモビルスーツか、果たしてどのようなものか試させて貰う!」

 

プラント―――砂時計型のコロニー群へ侵攻する勢力を攻撃目標に設定する。

 

「いくぞ、エピオンっ!」

 

ビームソードを引き抜き、ジェネレターからケーブルを通し刃を形成し構えると、

最大戦速で敵との距離を詰める。

 

先ずは背後から胴体部分をを水平に切り裂き、一機撃墜。

 

味方の撃墜に気づいた敵機がこちらにビームライフルを構えるが、

 

「遅いっ!!」

 

手首ごとライフルを切り飛ばし、返す刀で逆袈裟に切り捨て、二機目。

 

そこに、さらに別敵機が一発、二発と砲撃を浴びせてくるが掻い潜り、

敵機の眼前まで間合いを詰め、頭頂部から真っ向に切り下し、三機目。

 

次にビームサーベルを構えた二機が左右から迫るが下方に機体を逃がしながら、

先ず右方の敵機の両膝関節を切り落とし体勢を崩す、振り向きざまに左方の敵機を袈裟に切り上げ、撃墜。

そのまま仕留めていない一機へと向き直り、腹部に刃を突き立てコックピットを焼き、行動不能にする。

 

その後も止まる事無く敵機を破壊し続ける。

次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と、目につく敵機を撃墜していく。

 

一騎当千、まさにその体現。

 

 

ゼクスが戦場に介入してから、その戦局は一気に決して行く。

 

しかし、

 

「妙だな…?」

 

前方にいた敵機を切り捨てたところで、ゼクスに疑問が芽生える。

 

(敵は、コロニーの破壊に来たのではないのか?、

 確かに、数には目を見張るものがあるが、それだけだ。

 彼らは何か勝算があって、ここに来たのではないのか?

 このままでは、いたずらに兵力を失うだけ、

 それは相手も理解しているはずだが……)

 

地球連合軍の攻撃は確かに激しいものであったが、

とてもザフトの防衛網を敗れるものだはなく、

 

(それに、これだけ味方が減っているのに、

 一機たりとも、撤退の様相を見せない。これではまるで……)

 

『システム』に自らの意思を反映させ戦況を処理、演算し

この戦場において敵勢力の立てる戦術を推測、

様々な選択肢の中から、

最も作戦効率の良いものがゼクスの脳に伝わり

―――『未来を予測』させる。

 

「……なるほど…」

 

ゼクスは戦闘エリアを離脱し移動する、エピオンが導きだした先へと……。

 

 

 

 

「極軌道の哨戒機より入電!敵別動隊に核ミサイルを確認!」

 

「何っ!?」

 

その報告はデュランダルのもとにも伝達された。

 

「ええいっ、すぐに極軌道側に『スタンピーダー』を用意させろっ!」

 

「すでに準備に取り掛かっていますが、……このままでは……」

 

室内に沈黙が支配する。

この場にいる全員の脳裏に――、

 

「血の、バレンタイン……」

 

誰かが呟く。

 

――3年前、コ―ディネイターを襲った悲劇が甦る。

 

 

 

 

 

「今度こそ、憎きコ―ディネイター共を根絶やしにしてくれるっ!

 蒼き清浄なる、世界のためにっ!」 

 

核攻撃隊の一人が連合の最新鋭モビルスーツ、

ウィンダムのコックピットで叫ぶ。

 

プラント(攻撃目標)に直進し、

全てを焼きつくす業火を今まさに放とうとしたとき、

 

「!?、モビルスーツ?」

 

前方にそれを見つける。

 

ビームサーベルをまるで西洋の騎士のように自らの胸の前に掲げている。

 

「へっ、あんなロートル機、一機、こっちがどれだけの数だと思っている!?」

 

半壊した、それもたったの一機、

そんなものに用はないと、さらに侵攻を継続していく兵士、

 

だが、

 

その見縊りは、すぐに改められることになる、

 

――その、命をもって……。

 

 

 

 

 

 

「どこの世界でも変わらないな、

 やはり戦いというものは醜いものだ……、

 ――っ!、さあ、決着をつけるぞエピオン!私に勝利を見せてくれ!」

 

ゼクスは誰かに語りかけるようにそう呟くと、

鋭く標的を見据える。

 

ビームソードを頭上に構え、

エネルギー供給を最大出力にまで引き上げる。

 

そうして、自機の数十倍もの大きさの巨大な刃を形成する。

 

それを未だ進軍し続ける敵勢力に…、

 

――振り下ろす。

 

 

次の瞬間、

 

轟音が…、

 

辺り一面に……、

 

――――――駆け廻る。

 

 

あるものは、大質量の力の前に為す術もなく、消滅し、

またあるものは、今まさに敵を焼こうとしていた業火に

その身を焦がし、燃え尽きていく。

炎は瞬く間に燃え拡がり、甚大な被害をもたらす。

 

 

「身に余る兵器というのは…、

 ときに己に牙をむく、覚えておくことだな」

 

核ミサイルだろうと、モビルスーツであろうと、兵器である以上

傷つけるのは敵だけではない。

 

ゼクスは、かつて自分を翻弄し、破壊と殺戮に走らせた、

もう一つの「『システム』をもつ機体」を頭に思い浮かべる。

 

「エピオン、私たちの役目は終わりだ、戻るぞ…、

 あとは『彼ら』にまかせよう……」

 

エピオンの圧倒的な攻撃と

核ミサイルの誘爆により大半の戦力を削ぐ事は出来たが、

後方から未だ侵攻し続ける地球連合の核攻撃部隊、

いくら100発の核を討ち落としても、1発を防げなければ意味はない。

 

だが、ゼクスは残りの敵機には目もくれず、

エピオンをバードモードに変形させると、宙域を離脱していくのだった。

 

 

 

 

エピオンが離脱した後方、プラントの門前に一隻のナスカ級が構えていた。

その艦には「ニュートロンスタンピーダー」と呼ばれる対核兵器用特殊兵装が

取り付けられている。

 

「どこの誰かは知らんが……おかげで、たっぷり時間をもらった、

 確実に敵勢力の核攻撃を阻止しろ!一発足りともプラントへ通すな!

 

        

   ……っ、ニュートロンスタンピーダー照射!!!!」

 

ナスカ級の艦長の号令のとともに放たれる光。

 

エピオンの放った轟音の倍以上の爆音が響き渡る。

 

核を装備ならびに保管している、連合軍のモビルスーツ及び母艦は、

核ミサイルの誘爆によって一つ残らず消滅したのだった。

 

 

 

 

映像でプラント防衛の一部始終を見ていた、

 

「おお!やった」

「良かった、スタンピーダーが間に合って」

 

防衛本部では喜びと安堵の声が飛び交っている、

皆、かつての悲劇を繰り返さなかったこと、

何より、窮地を脱し生き残ったことに喜びを噛み締める。

 

それ故に、戦場にいた未確認機のことを忘れ、

プラント防衛の真の功労者に誰も気を止めるものはいない……、

 

 

彼――ギルバート・デュランダル以外は、

 

(……まさか、これほどのものとは…)

 

デュランダルは先の戦いの映像を、

正確にいえば、エピオンが映っている部分をを何度も見返していた。

 

 

「これが、異世界のモビルスーツの力か……」

 

 

 

 

 

地球連合軍によるプラントへの核攻撃は、

 

表向きにはプラントの開発した新兵器によって阻止されたと地球連合へと伝わる。

 

この報告が牽制となり今後プラントへの核攻撃は一切なくなる。

 

しかし、この戦いの後、

 

ザフト、連合、両軍の間で「戦場に『悪魔』が出た」というの噂が飛び交うのだった。

 

 

                        

 

                             つづく

 




第三話です。

戦闘の描写を書くのは難しいです。構成や考えはあれど文章が出てこない……。


P.S.
この話を書くためにゼクスの設定を見ていたのですが、
彼ってまだ19歳なんですね、
キラやアスランと一つしか違わないとは…。


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第四話   選択



期待、嫉妬、喜び、悲しみ、怒り、焦り、憎しみ
さまざまな感情に左右され、人は何かを選び取っていく……。


「核攻撃をっ!?」

 

アスランはユニウスセブン落下テロを受け、

今後プラントがどう行動していくのかをデュランダルに確認するため、

形式上、オーブ代表カガリ・ユラ・アスハの名代『アレックス・ディノ』としてプラントへと渡航していた。

だが、その最中地球連合軍のプラントへの攻撃が始まり待ち惚けを食らっていた。

 

その間に『ラクス・クライン』と出会っているのだが、ここでは割愛する。

 

連合軍が撤退した後、ようやくデュランダルと対談の席に漕ぎ着けたが

デュランダルに、プラント軌道宙域で行われた戦闘状況を

初めて伝えられたアスラン・ザラは驚愕を露わにする。

 

「そんな……、まさか………」

 

「と、言いたいところだがね。だが事実は事実だ」

 

言いながらデュランダルはオープンチャンネルを開き、

今現在、プラント中で報道されているニュースを点ける。

そこには、交戦する両軍のモビルスーツと

核ミサイルで武装した連合軍、

それを阻止するザフト軍の光景が映し出されていく。

 

ただそこには、戦場にいた『とあるモビルスーツ』の映像が

デュランダルの指示によって消されていたのだが、アスランには知る由もない。

 

 

その光景を目の当たりにしたアスランの頭には、

やはり3年前の悲劇が甦るのだったが、

彼が抱いた思いは他のものよりも遥かに色濃い。

 

3年前の『血のバレンタインの悲劇』は

母を亡くした日であり、

父が憎悪という名の妄念に取りつかれた日であり、

憎しみに駆られ、自らが戦場に立つことを決意させた日。

まさに、彼――アスラン・ザラの運命を変えた日であった。

 

「……それでプラントは……この攻撃、宣戦布告を受けて……、

プラントは……、今後どうして行かれる御つもりなのでしょうか?」

 

「……、我々がこの攻撃に報復で応じれば、世界はまた泥沼の戦場と成りかねない。

わかっている、無論、私とてそんな事にはしたくはない。………だが……」

 

デュランダルは既に核がプラントに撃たれたこと、

プラント市民にそれが伝わり、憤っていること、

今また戦争が始まり、もう止める手立てがないことを話していく。

 

「しかし……、でもそれでも

 怒りと憎しみでただ討ち合っては駄目なんです!

 そうしなければ世界はまた何の得るものの無い

 戦いばかりのものに成ってしまう! どうか議長、それだけは……」

 

「……アレックス君」

 

「――俺は! 俺は『アスラン・ザラ』です!

…2年前、どうしようもないほどの憎悪を世界中にバラ撒いた

パトリック・ザラの息子です!」

 

アスランは2年前の戦いで、友を失い、親友と殺し合い、

そして、最後に父を失い、何も出来ずに戦いが終わったこと、

その心中を吐露していく。

 

「……そうして、戦いが終わっても、

 未だ父の憎悪に踊らされている者たちの所為で、

 新たな戦いが始まろうとしているっ!」

 

「………アスラン」

 

「今回のプラント襲撃も、ユニウスセブンの事も、

 元を糺せば全て父のっーーー」

 

「アスランっ!!」

 

「――っ!?」

 

「少し落ち着きたまえ。……つらい思いをしたようだね。

ユニウスセブンでのことはシンから報告を貰っている」

 

「っ、シンから?」

 

「ユニウスセブンのテロリストたちは、

自分たちの行いを正当化するために

ザラ議長の言葉を使ったに過ぎない」

 

「――っ!」

 

「だから君が彼らの言うことに悩むことはない。

 ……彼らは彼ら、ザラ議長はザラ議長、そして君は君だ。

 君が誰の息子であっても関係無い」

 

「……議長」

 

父へ憤り、何も出来ずただ答えを焦るアスランに対し

デュランダルは客観的に、論理的に、そして温情的に彼を諭していく。

 

「それにね、……アスラン。

私は、今また巻き起こる戦禍を止める為、

君がこうして立ちあがり、ここに来てくれた事が嬉しいんだよ。

……私はそういう想いがあれば、

必ず世界は平和になると信じている。……夢想かもしれないがね」

 

「……はい」

 

最後に自虐的に締め括り、言葉を紡ぎ終える。

彼の言葉は、未だ悩み多きアスランの心へと沁み渡っていくのだった。

 

 

 

『みなさん』

 

――突如、付けっ放しにしていたニュース映像が切変わり

アスランの耳に聞き慣れた声が届く。

 

思わずモニターへ振り向くと

 

そこには……、

 

 

   

    『―――私はラクス・クラインです』

 

 

 

デュランダルとの対談の前に出会った女性、『ラクス・クライン』の姿があった。

 

「っ!? 彼女は一体……」

 

 

 

 

地球連合軍の核攻撃隊を強襲し、ザフトが迎撃する為の時間を稼ぎ終え、

ゼクスがドッグへ戻ると整備工が待ち構えていた。

 

エピオンから降りると整備工は一目散にゼクスの元に駆け寄ってきて、

 

『大丈夫だったか!? いやぁー、良かった、良かった。無事に生きて帰ってきてよぉ』

 

ゼクスが仕事ではなかったのかと尋ねると、

 

『そんな事はどうだっていいんだよぉ。それよりあんたの事が心配だったんだ俺は……

 おっと、そうだ、あんたぁ腹減ってねぇか? 飯でも食いながら戦いの事聞かせてくれよ』

 

 

というような事がありゼクスと整備工は現在ザフト基地内の食堂にいるのだった。

 

食事を取りつつ、先の戦闘のニュースを見ながら、

ゼクスは整備工に戦闘中の当たり障りのない事を話していると、

モニターが急に切変わり、『ラクス・クライン』と名乗る女性が映し出された。

 

「ラクス・クライン?」

 

「あんたぁ知らねえのかい?

めずらしい奴だな?」

 

「そんなに有名なのか?」

 

「有名なのかって、有名も有名。

コ―ディネイターだけじゃねえ、ナチュラルにもその名は知れ渡ってるよぉ。

 なんたって、ラクスさんのおかげで前の大戦が終わったんだからなぁ」

 

「そうなのか? (それにしては……)」

 

ゼクスは整備工の話を聞き、

未だ演説し続けているモニターの女性の目を向け、

 

(何だ? 彼女から感じる、この違和感のようなものは……)

 

疑問を浮かべる。

それは、整備工から聞かされるラクス・クラインの印象と、

モニターに映る女性にズレの様なものを感じたからである。

 

浮かんだ疑問を追求すべくさらに考えを巡らせようとするのだが、

 

「俺はよぉ、ラクス様には本当に感謝してんだ、戦争を終わらせてくれてよ」

 

整備工の話によって思考を中断させられる。

 

「……俺の女房は『血のバレンタイン』のときに死んじまってよ。

息子と二人ぼっちになっちまった。

 …俺の息子も、あんたとおんなじでモビルスーツのパイロットだった……。

 俺の直したモビルスーツで母ちゃんの仇をとるんだって言ってたもんだ。

 息子は戦場から帰って来る度に、飯食いながら戦場での活躍を話してくれてよぉ。

 丁度、今みたいによぉ……。

 

 ……でもよぉ、そんな息子もある日、呆気なく死んじまった……。

 いつもみたいに帰ってくるもんだとばかり思ってたら……、

 届いたのは戦死の通知ときたもんだ……。

 ……まだ17歳だったんだ、生きてたら今頃あんたと同じぐらいだ。

 だからさっき、あんたが無事戻って来たとき、

 息子が帰って来た事のように感じちまってな……。

 

 っと、わりぃ、話ぃ戻すぞ。

 そんで一人きりになっちまった俺は、生きる気力が無くなっちまったぁ。

 ……そんなときだよ、ラクス様が平和を呼び掛けてんのを見たのは、

 最初見たときは、この嬢ちゃんは、なんて馬鹿げたこと言ってるんだ、

 戦争がそんな簡単に終わるわけねぇだろ、と思ってたらだよ。

 ……その数ヶ月後のことだ、本当に戦争が終わっちまったのは

 それも、ラクス様のおかげだっていう話じゃねえか……。

 

 俺は思ったよ。こんな若い、それも女の子が、平和のために頑張ったのに

 大人である俺は何してんだろうってな。

 

 それから俺は希望が湧いてきてよぉ

 また頑張ろうって気になったんだよ。」 

 

「………………」

 

「今では、若けえときみたいに機械弄んのが、本当に面白くってな

 そんで一人でも元気にやってるってわけよ」

 

「……………」

 

「今また世の中がこんな風になっちまったが、

 俺はもう、あのときみたいになったりはしねぇ。

 何てったって、俺には生きがいも希望もあるからよぉ」

 

そう言って、整備工は満面の笑みを浮かべる。

 

「……あなたは」

 

「あ?」

 

「あなたは、……強いな」

 

「へへっ、だろう!」

 

「ああ、私よりも遥かにな」

 

モニターからはいつの間にかラクス・クラインの歌声が聞こえてくるが、

ゼクスの耳には入って来ない。

 

「………あとで、……」

 

「ん?」

 

「あとでまた、エピオンの調整を手伝ってくれ」

 

「っ! おうよっ!」

 

 

「それから…、安心してくれ。

  ―――私は簡単には死なん」

 

ゼクスの言葉を聞き、整備工はさらに笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

デュランダルとの対談を終え、

ホテルの自室に戻ったアスランは

今日一日の事を振り返り、考えを巡らせていた。

 

 

『笑ってくれて構わんよ。無論君にはわかっているのだろう?、

 我ながら小賢しい事だと思う、だが仕方ない…。

 彼女、『ラクス・クライン』の力は私より遥かに大きい』

 

モニターに映る『ラクス・クライン』について聞かせてくれたデュランダルのこと、

 

 

『君にこれを託したい。想いを同じくする者には共に立って貰いたいのだ。

 ……出来れば戦いは避けたい、

 だが、だからといって、一方的に滅ぼされるわけにもいくまい。

 そんなときのために、君にも力のある存在でいて欲しいのだよ、私は』

 

彼がアスランに授けるといった『剣(つるぎ)』のこと、

 

『急な話だすぐに心を決めてくれとはいわない。

 だが、君に『出来る事』、君が『望む事』、それは君が一番理解しているはずだ』

 

最後に彼にかけられた言葉のこと、

 

 

『ラクスさんは必要なんです。……ミーアは別に必要じゃないけど………。

 だから今だけでもいいんです。

 今いらっしゃらないラクスさんの代わりに

 議長や皆さんのお役に立てる事ができれば、それだけで嬉しい』

 

その後、再び出会った。

偽りの『ラクス・クライン』であるミーア・キャンベルのこと、

 

 

 

『ラクス』の事は確かに許せなかったが、

ミーアの言葉やデュランダルの言いたいことも理解できる。

 

そして、デュランダルが自分に与えた選択肢の事、

 

(……俺の『出来る事』と『望む事』か……)

 

そうして答えが出ないまま、

アスラン・ザラの夜は更けていくのだった……。

 

 

 

 

「頼んだ件はどうなっている?」

 

『はい、先ほど報告が入り、…………だったと』

 

「そうか分かった、では明日

 『彼』にここに来るように伝えてくれ」

 

『了解しました』

 

アスランとの対談の後、

デュランダルは自室にて、『とある案件』について確認し終え静かに通信を切るのだった。

 

 

 

 

翌日、ゼクスはデュランダルに呼ばれ

議長室へと案内されていた。

 

ゼクスが整備工とエピオンの応急修理、調整を行っていたとき、

デュランダル議長の使いと名乗る男が現れて、

昨日の戦闘の事で議長から話があるとの事であった。

 

整備工は終始「俺も連れて行け」と使いの男に組み付いていたが

何とか諌め今の状況に至る。

 

 

「やあ、マーキスさん」

 

「ゼクスで構いません、デュランダル議長閣下」

 

「そうか…、これからはそう呼ばせて貰うよ、ゼクス。

 私も別に『閣下』はいらないよ」

 

議長室に入室し互いに

 

「……わかりました、デュランダル議長。

 ……それで御話とは?」

 

「ああ、それなのだが……」

 

デュランダルは言いながら、室内のモニターを点ける。

そこには、ニュースでは消されていた、

エピオンが連合軍のモビルスーツを次々に撃墜し、

さらに核攻撃隊に強襲を掛ける姿が映し出されていく。

 

「このモビルスーツに乗っていたのは、君だね?」

 

「その通りです、デュランダル議長。

 ……両軍の戦闘状況に、私のような部外者が介入してしまい申し訳ありません」

 

「いや、そう正直に話されるこちらとしても話が早く進んで助かるよ。

 ……別に君に罰を与えようと思って、ここに呼んだ訳ではない」

 

「……それでは何故?」

 

「君に礼を言おうと思ってね、本当に感謝している。……ありがとう。

 君が戦場にいなければプラントは壊滅していた。

 核の迎撃も間に合わず跡形もなくね」

 

「いえ、礼には及びません、私が勝手にした事ですから……。

 ……話は以上ですか? でしたら、私はこれで失礼します。

 エピオンの補修作業が残っていますので」

 

「待ちたまえ、まだ話は終わってはいない。

 ……むしろここからが本題だよ、ゼクス」

 

「?……本題?」

 

ゼクスが疑問に思う中、

デュランダルはモニターを切り替える。

画面に5枚の画像が映し出される。

 

「――っ! これはっ!!」

 

それらを目の当たりにしたゼクスは驚愕に目を見開く。

 

「これは昨日、戦闘が終了した直後、

 私が調査隊を出し、君が発見された宙域を調べさせたものだ」

 

そこには、ゼクスの世界にあるはずで、この世界にはないはずの、

 

(…『ビルゴ』と、……『ガンダム01』だと!?)

 

腕がなかったり、脚がなかったり、頭部がなかったりと

損傷度こそ違えど4機の『モビルドール』と

 

右腕、右脚、左脚がなく、頭部の半部は崩れ落ち、

また背部には左翼しか残っておらず。

装甲の7割はなくコックピット部が剥き出しになっている。

何とか原型を繋ぎ止めているすぎない、

かつて好敵手の少年が乗っていた『ガンダム』が宙を漂っているのが映し出されていた。

 

「……その様子、やはりこれは君の世界のものなのだね?」

 

デュランダルはゼクスに確信のある疑問を投げ掛ける。

 

「御言葉ですが、議長はこれを見つけて、どうしようというのですか?」

 

「……どう、とは?」

 

「もし議長が、これらを軍事利用なさるおつもりなら

 ……私は、この命に賭けて、ギルバート・デュランダル

 あなたを殺さなければいけなくなる……」

 

「………なるほど、それほどのものなのか、これは……」

 

問題は『ガンダム』ではなく『モビルドール』の方である。

 

ゼクスは整備工と作業の中で聞かされた、

この世界のシステム、プログラム構築の技術は

元いた世界とも引けを取らないと考えている。

もし、ビルゴが解析され『モビルドールシステム』が見つかれば

瞬く間に世界に拡がるだろう。

 

「……さあ、議長の答えを御聞かせ願いたい」

 

「安心してくれ、私はこれらを何かに利用しようとは考えていない。

 ……ただ、もし君の機体のようなものが、今の地球連合に渡れば

 彼らは確実に戦場に投入してくる。それを未然に防ぐために行った調査で

 偶然見つけたものにすぎないよ、これらは……」

 

ゼクスの射殺さんとする視線にも、動揺をみせずデュランダルはそう返答する。 

 

「……そう、ですか。それを聞いて安心しました」

 

「いや、こちらも悪かったね。

君に何も伝えず、いきなりこの様なことをしてしまって……。

 …今…頃これらの機体は回収され、プラントへと運び込まれている、

 これらの機体の処遇は君に一任したい、よろしいかな? ゼクス」

 

「それは、私も願ったり叶ったりです。

 謹んで御受け致します」

 

「そうか…、これでこの件については終わりだ」

 

「この件について『は』?」

 

「ああ、実はもう一つ君に話があってね。

 これが最も、重要な話なのだがね。

 

  ―――ゼクス・マーキス、君を私の騎士として任命したい」

 

 

「……騎士、ですか?」

 

「ああ、そうだ、もちろん手続き上ザフトに入隊して貰うことになるが、

 ……君とて、何か肩書を持っていれば、

 この様な異世界で生きていくためには動き安いと思うのだが、どうだろうか?」

 

確かに、この世界では『ゼクス・マーキス』の名も

『ミリアルド・ピースクラフト』の名も、まったくの意味をもたない。

それにいつまでも、あの整備工の男のもとで、世話になるわけにもいかない。

元の世界へ戻る算段は付かず、このまま何もせず

戦禍に巻き込まれる世界をただ、見ているだけになるぐらいなら……、

 

(……死んだ方がましだ、……それに、私はあのとき誓ったはずだ

 戦士として最後まで生き抜くと……)

 

そうしてゼクスはデュランダルに己の選択を告げるのだった。

 

「……わかりました。その役目御引き受けします。

 ……ただし、『騎士』としてではなく、『戦士』として、ですが…」

 

「……ああ、それで構わないよ………」

 

 

 

 

その夜、デュランダルの元に一報が届く、

 

『議長、アレックス・ディノ様より、明日、会う事ができないかと連絡が入りました。

 如何いたしますか?』

 

「そうか…、わかった。大丈夫だと彼に伝えてくれ」

 

『了解しました』

 

そのまま通信を閉じ、

 

(そうか、決めてくれたか……アスラン・ザラ)

 

机の引き出しからチェスの駒、ナイトを取り出し、盤上へと置くのだった。

 

 

                       つづく

 

 

 

 

 

 

 




第四話です。

プラントの中でのことは、次回作の前半で終わります。
次回の後半からはとうとう『少年』視点での話が入ってきます。

それから、この作品では物語の構成上、ミネルバのオーブ沖での戦いは書きません。
クロス要素が絡まずアニメと変わらないですからね。


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第五話   飛び立つ翼(前編)

戦う理由は人それぞれである。

しかし、本当に正しい理由を持つものなど存在しない。

故に人と人とはぶつかり逢い、戦うのであろう……




アスランが自らの決意を心に決めたのは

旧友たちと共にかつての戦友の墓参りに行った時だった。

 

2年前、地球に降りアークエンジェルを追っていた日々

親友と討ち合う中で、強い葛藤に苛まれていたアスランの

一番の理解者であった友――ニコル・アマルフィ。

 

前大戦後、オーブに身を窶していた

アスランにとって、彼の墓の前に立つのは久方ぶりの事であった。

 

彼への追悼を終えると

同行していた旧友、イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンが

アスランに現状に対するザフトの立ち回りを話す。

 

積極的自衛権という形で連合軍との交戦に応じる事。

プラント側が戦争を望んでいないとしても

核が撃たれた以上、何もしない訳にはいかないという事。

 

そして、イザークはアスランにザフトへと戻るように進言する。

 

『プラントや死んでいった仲間たちのために俺はまだ軍服を着ている。

 だからお前も何かをしろ。……それだけの力、ただ無駄にする気か?』

 

 

 

そうして今、アスランはザフトの軍服を着、特務隊の証をつけ、

デュランダルから託された『剣』のコックピットにいる。

 

この機体に乗る前、デュランダルに掛けられた言葉を思い返す。

 

『君にはこのままミネルバに合流して貰いたい

 私はあの艦に期待している。かつてのアークエンジェルのようにね。

 君もそれに手を貸してくれたまえ。

 ザフト、プラントのためだけではなく、皆が平和に暮らせる世界の為に……』

 

 

 

急激に動いていく世界の中で、アスランは悩み、考え、今再びその手に銃を取るのだった。

 

 

 

  「――アスラン・ザラ、セイバー、発進するっ」

 

 

 

 

 

昨日、デュランダルの命により、ザフトへと入隊したゼクスは今

再び整備工のもとへと訪れ、行われている作業を見守っていた。

 

整備工のいるドッグには先日発見された

半壊したビルゴ4機と、同じく半壊したガンダム01が運びこまれてきていた。

 

ゼクスがデュランダルにこのドッグへと運ぶように頼んだのである。

 

「……しかし、まあ、驚いたぜ。あんたがザフトに入るなんてよぉ、

 …それも軍服の色は赤、加えて『フェイス』に任命されるなんてよ。

 てっきり俺は、勝手に出撃したことで捕まるんじゃねえかと思ってたぜ」

 

整備工は、ゼクスへと話しかける。

 

「それについては、私もまだ戸惑っているが、

 もう決めたことだ。引き返すつもりはない」

 

「あんたがそう言うなら、もう俺から言うことはねえよ」

 

整備工はこの話はもう終わりだという風に言葉を区切る。

 

そして次の話題へと話を切り替えていく。

 

「……驚いたって言やぁ、今運び込まれてきてるこいつら

 こんなもん一体どうしたんだぁ?」

 

「…これのことについては詳しくは説明できないが、

 デュランダル議長が私に託したとだけ言っておく。

 ………それに、これがあればエピオンを直す事ができる」

 

ゼクスは整備工にビルゴの装甲に使われているのが

エピオンと同じ、ガンダニュウム合金であることを説明する。

 

「へぇーそいつは朗報だなぁ。

 これであんたの相棒の真の姿が拝めるってわけだな、

 いやぁ、メカニック冥利に尽きるねえ。

 ………だがよぉ、あの4機のことはいいとして、

 あっちの白い奴はどうすんだ?」

 

そう言って整備工はガンダム01の方を示す。

 

拾われてきた全5機の中で最も損傷度の高いのは

まぎれもなくガンダム01であった。

 

ガンダム01はゼクスが元いた世界でリーブラの主砲による直撃を受けている。

形を留めているのはガンダニュウム合金の恩恵とガンダム01を設計した、ドクターJのおかげであろう。

 

「……何とか、復元することはできないか?」

 

「へっ?

あんたぁ、あれを部品として使うんじゃなくて

 修理する気でいるのかぁ?…そりゃ、あんたの相棒を直しても

 あんだけありゃ、装甲も、部品も余ると思うし、出来ないことはねぇが

 ……ただ、あれだけの損傷だ、どれだけの時間が掛かるか分かったもんじゃねえ」

 

「……それで構わない。直してくれ」

 

「よしっ、あんたがそこまで言うなら何とかしてみるさ。

 俺の知り合いの腕のいいメカニック何人かに声をかけてみる。

 そいつらも俺と同じで機械弄んのが大好物だからな、

 なあに、任せとけって、必ず直してやっからよ」

 

そう言って整備工は自分の胸叩く

それを見てゼクスは、やはり御人好しだと、微笑むのであった。

 

 

「それにしてもあんたぁ、あんたにはもう自分の機体があんのに、

 どうしてあの機体に拘るんだぁ?あの機体に何か思い入れでもあんのか?」

 

「……思い入れ、か」

 

ゼクスにも自分が何故ここまでガンダム01に拘るのか分からない、

ただ何となく、本当に何となく、

このガンダムが壊れている姿を見ていたくないと思ってしまのだった。

 

(…それにしてもガンダム01か、つくづく、私はこの機体と縁があるようだ。

 ……ヒイロよ………お前は今、一体何をしている……?)

 

 

 

 

浜に倒れていた少年――ヒイロ・ユイが目を覚ましたのは

キラたちがオーブ本島に移り住んですぐの事だった。

 

 

 

数人の子供たちがヒイロの顔を覗きこんでいるのを確認する。

ヒイロが目を覚ました事に気づくと、

驚いたのか一斉にヒイロの傍から離れる。

 

「うわっ!起きたっ!」

「だから言ったじゃん、死んでないって」

「だってよ、こいつ全然起きなかったし」

 

そして口々に囁き合う。

 

その内の少女が一人、部屋から出て、何処かに駆けていき

 

「ねぇーあのお兄ちゃん、目ぇー覚ましたよー」

 

誰かにヒイロが目覚めた事を教える。

 

 

しばらくすると、その少女と共に1組の男女が部屋へと入ってくる。

 

男の方は、身長170cmほど、茶髪に紫の瞳

肩に鳥型のロボを乗せ、優しげな雰囲気を持つ青年。

 

女の方は、身長160cmほど、桃色の頭髪に水色の瞳

三日月が重なったような髪飾りを付け、

男の方と同じく優しげな雰囲気を持っているが、どことなく掴み辛い雰囲気の女性。

 

「……気がついた?」

 

「………」

 

男の声にヒイロは首を肯かせ返事をする。

 

「ここは?」

 

「ここはオーブですわ」

 

(……オーブ?)

 

女がヒイロの質問に答える。

聞き慣れない単語に疑問を浮かべるが、

 

「そういえば自己紹介がまだでしたわね

 私はラクス・クラインですわ、よろしくお願い致しますわ」

 

「僕はキラ・ヤマト、よろしくね」

 

「……ヒイロ・ユイだ」

 

「まあ、ヒイロさんというのですね」

 

名を名乗る男女に対し、自らも名前を口にする。

 

「……それで、俺は何故ここにいる?」

 

「それは僕の方から話すよ。……ラクス、子供たちを連れて部屋を出てくれる?」

 

「わかりましたわ。……さあ、みなさん、少し向こうで遊びましょうね」

 

そう言って、ラクスと名乗る女性は子供たちの手を取り部屋から出て行く。

 

「それじゃ、先ず、――――」

 

それを確認するとキラ・ヤマトと名乗った青年がヒイロがここにいる経緯を話し出す。

 

ヒイロが浜に倒れていた事、

キラがそれを見つけて保護した事、

目覚めるまで丸1日意識を失っていた事、

 

「―――と、いうこと何だけど、

 ……よく、わかったかな?」

 

「……理解した」

 

「そう、よかった……それで、僕の方からも君に聞きたい事があるんだ。

 ……君、どうしてあんなとこにいたの? 何があってあんな日に……」

 

「………………」

 

ヒイロは逡巡する、自らの事情はある程度把握した

しかし、先ほどラクスと名乗る女性が口にしたオーブという単語

おそらく地域か国の名前だが、ヒイロには見当も付かない。

 

「よく、覚えていない」

 

よって、未だ謎が多い中、無闇に自分の心の内を明かしたりはしない。

 

逆に、

 

「……オーブ」

 

「え?、うん、さっきラクスが言ってたね。ここはオーブだけど……」

 

「………俺には、わからない」

 

「……君、もしかして記憶が?」

 

相手から情報を聞き出すため、会話を誘導する。

 

生憎と、ヒイロはまだ自分の名前以外の情報を伝えていない

この状況を利用し、自分の素性を偽る。恰も、記憶を失くしているかの様に…。

一流の工作員に仕立て上げられたヒイロにとっては造作もない事である。

 

「それじゃ、君、自分の両親のこととか、出身は?……」

 

「わからない」

 

「じゃあ、2年前の戦争のことは?」

 

「………わからない (……2年前?)」

 

ヒイロの知る、大きな戦いとは1年前から始まったものだけだ。

2年前の戦いなど聞いたこともない。

 

 

そのあとも、ヒイロはキラから様々な情報を聞き出していく。

 

自分が今いる国がオーブという島国である事、

2年前、地球とプラントと呼ばれるコロニーの間で大きな争いがあった事、

それがナチュラルとコ―ディネイターと呼ばれる人種のすれ違いで引き起こされた事、

このオーブという国がナチュラル、コ―ディネイター、どちらの陣営にも属していない中立国である事、

そして、つい先日、ユニウスセブンと呼ばれるコロニーが地球に落とされた事。

 

ヒイロは情報を手に入れながら

会話の中に出てくる自らの知らない言葉と

それを語るキラについての真意を、考え、推し量っていく。

 

また、ヒイロはリーブラ破壊後、己を包んだ光の事を思い出す。

 

(……これまでの点から、この男の言う事に虚偽は無いと推測。

 自分の知らない単語及び事象、そしてゼロから見たあの光

 ……以上の点を踏まえ、俺の身に起きた事は………)

 

客観的な意見、事実、現状、推論、全てを考慮した上で

己の中に現実的な真実を導き出す。

 

(……どうやら俺は『知らない場所』へと飛ばされたらしいな)

 

 

ヒイロは決して自分の身に起きた事を夢物語だと思わない。

 

 

 

「君、これからどうするの? そんな状態じゃ」

 

ヒイロが記憶喪失であると信じ込んだキラはヒイロの身を案じる。

 

現状、元の世界へと戻る手立ては無い。

それに、万一、帰る手段が分かったとしても

海に沈んだ『アレ』を回収しなくてはならない。

 

「………………」

 

「……もし、君がよければだけど、記憶が戻るまで

 ここにいたらどうかな?」

 

例え、元の世界に戻れたとして

戦いの終わった向こうでは、自分の様な『兵士』はもはや必要ない。

 

(……現状に於いて、俺がすべきことは『アレ』の回収もしくは破壊。

 ………その為にはより多くの情報が必要だ)

 

 

「……わかった」

 

 

こうしてヒイロは己が目的を果たすため

キラたちの元に身を寄せる事にしたのだった。

 

 

 

 

翌日の午前、ヒイロはキラと共に自分が発見された浜辺へと来ていた

表向きは自分の記憶の手掛かりを探したいという理由で。

 

件の浜辺の周りには人の生活の気配がなく

この周辺で唯一存在していたとされる木造の家屋が傍らで倒壊している。。

 

「前はこの家に皆で住んでたんだけど、

 ユニウスセブン落下の影響で高波に浚われて……」

 

「………そうか」

 

「それで、何か思い出せた事はある?」

 

「…いや、ない」

 

「そう、……まあ、そう簡単には無理だろうから、焦らずいこう」

 

「……ああ」

 

キラはそう心配してくれるが

ヒイロはとある目的の為にここに来ている

その目的とは、『アレ』が落ちたとされる大体の場所の特定である。

 

(俺が倒れていたのがこの場所、海に落ち、ここに漂着、

 この男に発見された時間を考えろと距離は遠くはないか……ただ…、)

 

キラの話では、当時、海にはユニウスセブンと呼ばれるコロニーの欠片が

落ちた影響で海は荒れていたため、『アレ』の居場所を正確に掴むことは出来なかった。

 

潜水艇があれば調査できるが、当然そんなものはない。

 

「…………戻るぞ」

 

「え? もういいの?」

 

「ああ」

 

 

その日の夜、ヒイロは一人家を抜け出し、オーブ軍の軍港の前まで行くが

ユニウスセブン落下テロの影響で、軍港の警備は厳重

例えヒイロであっても何の装備も持たないままでは

誰にも見つかる事無く侵入するのは不可能であった。

 

何の収穫も上げられないまま、ヒイロが家まで戻ると

リビングである男がコーヒーを飲みながらニュースを見ている。

 

男の名はアンドリュー・バルトフェルド

この家の住人の一人でキラ、ラクスとも旧知の間柄である。

 

「…………」

 

「……こんな夜中にどこへ行っていた?」

 

無言でリビングを通り過ぎようとするヒイロに

バルトフェルドから声がかかる。

 

「………少々散歩に行っていた」

 

「そうかい、だが、こんな物騒な世の中だ。

 子供が一人で夜出歩くのは関心せんな」

 

「………」

 

バルトフェルドの言葉に無言で返すとヒイロはその場を後にするのだった。

 

 

 

ヒイロが去った後、リビングに一人の女性が入ってくる。

 

「まるで、父親見たいね」

 

「馬鹿言うな、あんなデカイ子供持った覚えはないよ」

 

女性の名前はマリュ―・ラミアス。現在は『マリア・ヴェルネス』という偽名を使い

モルゲンレーテ社に勤めているが、前大戦で活躍した不沈艦、アークエンジェルの艦長

その人である。

 

「それよりもあの子一体何者なのかしらね?

 こんな状況の中で漂流はしているは、

 記憶は失っているはで………」

 

「さあ、分からんね。……ユニウスセブンの飛来とともに現れて

 まるで、星の王子様だね……」

 

言いながら、バルトフェルドはコーヒーを啜る。

 

「まあもちろん、そんなロマンチックなものでは無いが

 ………アイツの眼は何を考えているのか、まったく読めん」

 

「そうね、2年前アークエンジェルに乗ってたキラ君たちと比べても、

 全然感情というものが見えないものね……」

 

「……何にしても、キラたちが面倒を見ると言ってるんだ

 俺たちは黙って見ていればいいだろう……」

 

そう言ってバルトフェルドはまたコーヒーを啜る。

 

そんな彼を見てマリュ―は

 

「やっぱり、父親みたいじゃない」

 

と呟くのだった。

 

 

 

 

ヒイロがキラたちの元で居候して一週間が過ぎようとしていたとき

地球連合軍がプラントに対し核攻撃を行ったという報せが入った。

 

 

その夜、キラ・ヤマトは既に動き始めた世界で自分がどう行動すべきか考えていた。

 

親友のアスラン・ザラに聞かされたユニウスセブンでの事、

オーブで尋ねられた何とどう戦っていくのかということ。

 

動いていく世界、自分たちが戦っても何も変わらなかった世界。

 

 

2年前、ヤキンドゥーエでのラウ・ル・クルーゼとの死闘

人の存在を否定し続ける彼をキラは倒し、

人の想いと、世界を守ったが……。

 

『知れば誰もが望むだろう、君のように成りたいと、君のようで在りたいと

 故に許されない君という存在も』

 

『それでも、それでも僕はっ!……力だけが僕の全てじゃない』

 

『それが誰に分かる?何が分かる?……分からぬさ、誰にも!』

 

彼のキラの存在を否定した言葉だけは拭い去ることは出来なかった。

 

ナチュラルとも普通のコ―ディネイターでもない自分が果たして

動き続ける世界で何かしてもいいのか、自分の存在が受けいられるのか

キラの中に渦まく葛藤は日に日に大きくなっていくばかりであった。

 

その葛藤が、戦うことへの不安と恐怖を生む。

 

力があっても、戦うための想いが無ければ意味はない。

キラには力がある、2年前の大戦で得た戦うための『力』、

だが今のキラと2年前のキラには大きな違いがある。

それは想い、戦うための『想い』を今のキラは持っていない。

 

ただ平和な世界で平穏に暮らしていければそれでいいのだが

時代が、世界がそれを許さず、キラを置いてけぼりにしていく。

 

 

(……僕は一体どうすればいい?)

 

 

―――ふと、窓の外を見ると人影がある。

 

少年――ヒイロ・ユイが浜辺に立っていた。

 

 

 

 

「何をしているの?」

 

キラは外に出て、ヒイロに近づき声をかける。

 

「別に……」

 

「そう…………」

 

「……………」

 

「……………」

 

しばらく二人は黙って黒に塗り染められた海を眺める。

 

 

「お前は?」

 

「え?」

 

「お前は何をしにここへ来た?」

 

静寂の中、ヒイロがキラに声を掛けてくる。

 

「僕は……、少し眠れなくて……」

 

「……そうか」

 

「……………」

 

「……………」

 

「………もし」

 

「……………」

 

「もし、戦えるだけの力を持っていて、でも戦うのが嫌で、

 それでも戦わなければいけない人がいたら

 ……その人はどうすればいいと思う?」

 

キラは、記憶の無い人間に何を尋ねているんだろうとも思うが、

なぜか、ヒイロに自分の悩みを打ち明けてしまう。

ただ何となく、彼なら答えてくれると思ったのである。

 

「………」

 

「戦う目的など、先々で変わる」

 

「……え?」

 

「守るため、殺すため、戦う時々で戦う人間の目的は変化する。

 力を持つ者は簡単に世界に振り回され、そして容易に戦う目的を変える。

 中には戦うことを存在意義とし、目的にすることもある」

 

「……………」

 

「しかし、戦うことで世界が変わる事など微々たるものだ。

 兵士にできることなど、たかが知れている……。

 だがそれでもし、世界に狂わされ、自分の戦う理由を見失っても尚、戦わねばならないとき俺は、    

 

      ―――自分を信じて戦うまでだ」

 

 

「……自分を、信じて?」

 

「そうだ、誰かの命令ではなく自らの感情と意志に従い、戦うべき時に戦う、ただそれだけだ」

 

ヒイロはキラにそう告げる。

 

2年前のキラの『力』も『想い』も、ただ守りたい、戦いを止めたい

そんな感情に突き動かされた結果手に入れたものであった。

 

キラの中で葛藤は未だ渦まいているが

少しだけ自らの心に希望が持てた気がする。

 

「……君は、……強いね」

 

「違う、……俺は弱者だ」

 

そう言うと、ヒイロはキラの横を通り抜け、家へと戻っていく。

 

 

そして、キラはかつて自らに問うたことを、

 

(……想いだけでも、力だけでも)

 

もう一度、己の心に刻みつけるのだった。

 

 

 

 

『ラクス・クライン暗殺事件』

 

 

その事件が起きたのは、それから幾日も経たない夜のことであった。

 

 

 

                       つづく




第五話(前編)です。

今回は本当に自分目線での作品になったと反省しています。
後編では頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。


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      飛び立つ翼(後編)

戦い、戦い抜き、それでもまだ終わりは見えない。

新たな戦場へと彼らは飛び立つ、自らの想いを抱いて……。


その夜、夜といっても既に日を跨ぎあと数時間で朝日が昇る時間帯

十数人以上もの男たちがキラやラクスたちが滞在している家の傍の

海から這い出てきた。

 

彼らは潜水具を脱ぎ捨て、暗視スコープや突撃銃、防弾具などを手早く装備していく。

 

全員が装備を整い終えると、彼らの中のリーダーがこう告げる。

 

「―――いいか、彼女の痕跡は決して現場に残すな。

 しかし、確実に仕留めろ」

 

「「「了解っ」」」

 

 

そうして、彼らは目的の為に動き出す。

 

彼らの目的はただ一つ、

 

―――『本物』のラクス・クラインの抹殺。

 

 

 

 

『ザンネン、ザンネン、アカンデー!』

 

家の中に機械音声が鳴り響く。

 

いつもラクスの傍にいるマスコットロボ「ハロ」

昼間は子供たちの遊び道具の一つでしかないが

夜間、皆が寝静まっている間は防犯システムとして稼働させている。

 

そのハロが廊下を飛び跳ねながら住人たちに警告音声を鳴らす

―――侵入者在り、と。

 

 

「無事かっ?」

 

キラが廊下に出ると駆けてきていたバルトフェルドから声がかかる。

彼の手に拳銃があるのが見える。

 

「どうしたんですか?」

 

「早く服を着換えろ、……御客さんだ」

 

「っ! ラクスたちは!?」

 

「そっちはラミアス艦長が向かってくれている。

 お前もすぐに、あの少年を起こしてこい」

 

 

キラは身なりを整えると、ヒイロが使っている客間に向かう

緊急事態であると彼に伝えようと部屋に入るが、

 

「っ! いない!?」

 

既に部屋の中に彼の姿は無かった。

 

 

一方でバルトフェルドと別れ、ラクスと子供たちの元へ向かった

マリュ―もまた彼女たちの眠る部屋へと来ていた。

 

「ラクスさん、ラクスさん」

 

「……っ、どうかしたのですか?」

 

「緊急よ、すぐに起きて」

 

「――っ! わかりました、……さあっ、皆さん起きてください」

 

「んー、何ー」

「まだ眠いよ」

「どうかしたのー」

 

ラクスの声に起きた子供たちが寝ぼけ眼を擦りながら疑問と嫌悪の声を上げる。

 

「申し訳ありませんが、どうか御願いします」

 

そのとき、

 

―――「ぐあっ!」

 

部屋の外から聞き慣れぬ男の呻き声。

直後、――――ッ、鳴り響く一つの銃声。

 

マリュ―も、ラクスも、そして子供たちも

この部屋にいる全員が何事かと扉に目を向ける。

 

扉が開き、何者かが部屋の中に入ってくる。

マリュ―は咄嗟にその方向に銃を構える。

 

「っ! あなたは!?」

 

「ヒイロさん…」

 

キラが助けた少年、ヒイロ・ユイが入ってくる。

彼の手には突撃銃があり、

その背後、廊下の床には襲撃者と思しき人物が血を流し倒れているのが見える。

おそらく既に事切れている。

 

 

「ラクスっ、――っ!?」

 

「何があった? っ‼ これはっ!?」

 

数秒も経たず、銃声を聞いたキラとバルトフェルドが部屋に駆けてきた。

そして、彼らもまた目の前の光景に驚愕を顕わす。

 

「ヒイロ……、キミ……」

 

「お前、どうしてここに? それに……」

 

「そんなことはどうでもいい、敵が来ている、急げ」

 

「ちっ、後で話は聞かせてもらう、……キラ、ラクス、シェルターに急ぐぞ」

 

 

先頭にバルトフェルド、続いてキラ、ラクス、子供たちが、最後尾にマリュ―とヒイロの順で進行していく。

 

前後左右から、次々と襲撃者たちが押し寄せ

次々と浴びせられる狂弾の中、シェルターまで走る。

 

「この動き……間違いない、こいつら全員コーディネイターだ」

 

「!? ザフト軍って、ことですか?」

 

敵に銃を放ち牽制しながらバルトフェルドがキラに話す。

 

「まあ、狙われた原因は一つ、だな」

 

「ラクス、…ですか?」

 

「何故今になって来たのかは、分からんが十中八九、そうだろうなっ」

 

さらに数発の弾丸を敵に放つ。

 

「しかし、このままではシェルターに辿り着く前に、こちらが危うい」

 

敵は戦いのプロであり、おそらくこの襲撃のための訓練も積んでいるだろう。

対して、こちらは、戦力になるのはバルトフェルド、マリュ―、ヒイロの3人だけ

キラはラクスや子供たちを誘導するのに手いっぱいで戦力にはならない。

かつてザフトで『砂漠の虎』と名を馳せたバルトフェルドではあるがこの戦力差はさすがに厳しい。

 

そして何より、こちらには怯えた子供たちがいる。誰かをかばいながらの

それも誰も死なせてはいけないという状況により、行動は臆病といえるほど

慎重になり、シェルターへの道を遠のかせる。

 

「こわい、…こわいよー」

「死にたくないよー」

「うぇぇぇん」

 

鳴り響く銃声の一つ一つが子供たちに恐怖を刻み、

物心がついたばかりの人間に死の存在を知らしめる。

 

「大丈夫、泣かないで、少し我慢してくださいね」

 

ラクスが恐怖に駆られる子供たちをあやしていると、

 

「止まれっ」

 

廊下のT字路に差し掛かったところでバルトフェルドが静止の声を上げる。

ここを抜け、先にある突き当りを曲がればシェルターの入り口に辿り着くが、

 

「まずいな」

 

「どうかしたの?」

 

後方からマリュ―とヒイロが追いついてきた。

マリュ―が止まっているバルトフェルドに声を掛ける。

 

「厄介だな、敵が4人こちらに近づいてきている。

 ……まだ、こちらには気づいてないが……、出て行けば確実に犠牲が出る」

 

敵がT字路の真ん中を左右二人づつに分かれ

一つ、一つ部屋を確認しながらこちらに近づいてきていた。

 

「さて、どうするか……」

 

バルトフェルドは解決策を模索する。

こうしている間にも敵は歩をこちらに進めている。

 

「……よし、ここはお、――「俺が囮になろう」――!?」

 

「俺が奴らに陽動を仕掛け、時間を稼ぐ。その隙にシェルターへ急げ」

 

今まさにバルトフェルドが言おうとした事を先にヒイロが告げる。

 

 

「駄目です、あなたのような若い人が犠牲になるなんて」

 

「戦況はこちらが不利だ、誰かが犠牲にならねばならない

 それに、戦うものに歳は関係ない」

 

「ですが……」

 

ラクスの制止の言葉をヒイロは一蹴する。

 

「駄目よ、犠牲になるなんてそんなやり方」

 

マリューもまたヒイロの提案に対して異を唱える。

例えこれがバルトフェルドだったとしても彼女は反対していただろう。

 

(……もう絶対あんなこと……)

 

前大戦、マリューの目の前で自らの盾となり、いなくなった『彼』のことを思い出すから。

 

 

「では、他に方法があるのか?」

 

「それは……」

 

「対案が無いなら俺は行く、時間が惜しい」

 

そんなマリューの思いとは裏腹に、ヒイロの決心は揺るがない。

 

「ヒイロ……」

 

「キラ・ヤマト、お前の今の戦う目的は何だ?」

 

「……………」

 

「自らの感情のままに行動することは悪い事ではない」

 

「……今の君がそうであるように?」

 

「そうだ」

 

「………」

 

キラにそう告げると再びヒイロは敵に足を進める。

 

そこに、

 

「待て」

 

「…………」

 

バルトフェルドから声が掛かる。

 

「少年、ヒイロだったか? ……お前さん、わかってるのか?」

 

「……何をだ?」

 

「今お前がしようとしてるのは確実に負ける戦いだ。

 ………お前、命が惜しくないのか?」

 

「……負けることには慣れている、それに―――」

 

ヒイロは一度怯える子供たちに目を向け

次にバルトフェルドを見据えて

 

 

  

  「命なんて安いものだ、特に俺のは」

 

 

 

強い眼差しと意志を持ってそう答えるのだった。

 

 

「3秒後に俺が敵の注意を反らす。その隙にお前たちはシェルターまで走れ」

 

そう言ってヒイロは突撃銃を構える。

 

「……1、……2、……

  

 ――3っ!!」

 

 

 

 

次の瞬間、ヒイロは通路に躍り出、突撃銃を天井に向けて乱射する。

 

銃の発砲音に敵がこちらを向くが

天井壁が崩れ辺り一面に粉塵が舞い上がり、視界を覆い尽くす。

 

その隙にキラたちは一目散にシェルターへと駆けて抜けて行くのだった。

 

 

 

 

一人通路に残ったヒイロは未だ健在であろう敵に向かって

残りの残弾全てをばら撒く。

 

しばらくして、薄っすらと視界が開ける。

一人が血を流し倒れていたが、残りの3人の姿が見えない。

 

「……ちっ」

 

ヒイロは舌を打つとすぐに右側のキラたちが駆けて行った方の通路に身を隠す。

 

顔だけを通路に出し、目標の確認をする。

廊下の左右の部屋から残り3人の敵が出てくる。

おそらく、銃弾を避けるため身を隠していたと思われる。

 

敵はヒイロから見て通路の右端から二人、左端から一人、という陣形でこちらに近づいてくる。

 

今ヒイロの手には弾薬の尽きた突撃銃が一丁だけ

ヒイロは右手にその突撃銃の砲身部を持ち、身をかがめこちらに来る二人を待つ。

 

一人目の敵の脚が見えたところで、銃のグリップ部分を膝関節に叩きつける

激痛に怯んだ隙に敵の腰部分に携帯されているナイフを左手で奪い取り、素早く敵の首筋に斬り付け

絶命させる。

 

その敵の傍にいたもう一人の敵がヒイロに気付き銃口を向けてくるが、発砲するよりも速く

敵を床に押し倒し、一人目と同じように首を切り裂く。

 

敵の絶命を確認するより先にナイフを捨て、二人目の腕から突撃銃を奪い取る。

対岸、通路の左側に位置していた最後の一人がヒイロに向かって銃口を向けてくるが

敵が引き鉄を引くよりも速く、ヒイロは引き鉄を引き、三人目を絶命させる。

 

例え相手がコーディネイターの軍人だとしても

幼少時から工作員兼ガンダムのパイロットとして英才教育を施されたヒイロの反応速度にはついて来れない。

 

その場にいた全員の排除を完了したところで、

 

『目標の対象を取り逃がした、これよりアッシュを出す。

 ラクス・クラインの命は必ずこの場で奪わねばならん』

 

敵の通信機に入電が入る。

 

『アッシュ』というのが何かは不明だが

敵は何かを仕掛けて来るつもりらしい。

 

ヒイロが先を急ごうと窓の外を見ると

敵部隊の数名が海の方へと走っていくのを目撃する。

 

ヒイロはそのまま窓を開き外に飛び出て

彼らの後をつけるのだった。

 

 

 

 

敵の後を追うと、浜辺に出るのが分かる。

ヒイロは近くの岩陰に身を潜め、様子を窺う。

敵の数は8人、彼らは浜に置いてある潜水具を身につけ

一人、また一人と海中に潜っていく。

 

最後の一人が海に飛び込もうとしたところでヒイロは岩陰から飛び出す。

敵の首を掴み浜に引き倒し、上に跨ったところで敵の両肩関節を外し反撃を封じる。

 

「がぁぁぁぁーーー!!!!!」

 

敵の絶叫が辺りに響くが、他は全員、海の中にいる為当然助けは来ない。

ヒイロもまたそんな事は気にしないとばかりに敵の首に両手を掛け、

 

「……貴様らの目的はなんだ。これから何をしようとしている?」

 

詰問する。

 

敵が話せる程度に首を締め付ける。

 

「……いっ、はぁ………、答える……義務は、……ない」

 

「そうか……、なら、お前に用はない」

 

敵兵士の返答を聞くと手に力を加え、首を締め上げ

 

「ぐっ、ぁぁぁぁ……――っ」

 

敵の息の根を止めに掛かる。

敵の意識が途絶えたところで、さらに手の力を強め

首を圧し折ろうとしたとき、

 

 

「―――っ!?」

 

 

海から朱色の光が近づいて来るのに気付く。

 

咄嗟に先の岩陰まで走り、身を隠し様子を窺う。

徐々に陸に近付き、その全貌を明らかにする光源、

 

「……あれは!? …水中用モビルスーツ?」

 

それは7機のモビルスーツであった。

腕に鉤爪をつけた、緑色を基調とした装甲のモビルスーツ。

 

(あれが、奴らの言っていた『アッシュ』か……)

 

ヒイロでも生身でモビルスーツを相手にすることは出来ない。

そうこうしている間に、アッシュの腕が家屋へと向けられ

ビーム兵器による攻撃が開始される。

 

見る見るうちに破壊されていく建物

このままではいずれシェルターにまで被害が及ぶ、そうなれば……、

 

「クソッ、―――っ」

 

ヒイロは覚悟を決め、放置してきた敵の倒れている元へ向かう。

敵が8人に対して、モビルスーツが7機、おそらく気絶させた敵兵士の分が残っているはず

そしてそれは偶然にも水中航行が可能なものである。

 

ヒイロは敵の装備している潜水具のうち酸素ボンベのみを奪い

海へと駆ける。

 

 

『アレ』を取りに行くために…。

 

 

ヒイロが酸素ボンベの供給口を口に咥え

海に飛び込もうとしたとき、

 

 

 

  ――――――――――ッッッ!!!

 

 

 

後方から轟音が鳴り響いた。

 

 

何事かとヒイロが振り向くとそこには、

 

 

 

―――青い翼を広げた『ガンダム』がいた。

 

 

 

 

ヒイロと別れた後も、キラたちの前には幾人かの敵が襲ってきたものの、

キラたちは何とかシェルターへと逃げ込む事に成功していた。

 

 

「……彼、大丈夫かしら?」

 

「分からん、だが、奴が自分で決めた事だ

 それに、人の心配ができる状況でもあるまい、……ただ」

 

「……ただ?」

 

「ただ、あんなことを言う奴の死ぬところが想像できんと思ってな」

 

「……そうね、………彼、一体どういう生き方をすればああなるのかしら?」

 

「さあね、それも分からん。あいつには分からない事だらけだ」

 

マリューとバルトフェルドがヒイロの身について言葉を交わすが答えは出ない。

 

 

「バルトフェルドさん、……これからどうするんですか?」

 

「さて、どうするかな…、奴らがこれで大人しくしてくれれば良いんだがな」

 

キラがバルトフェルドに今後の事について尋ねるが

芳しい答えは得られない。

 

シェルターに逃げ込み、敵の襲撃から逃れることができたが

いつまでもこの場所にいる訳にもいかない。

また、外の状況がわからない限り容易に出る訳にもいかない。

 

「まあ、日が昇る時間帯になったら、俺が一度外の様子を―――」

 

 

  ―――ッ!!! ―――ッ!!! ―――ッ!!!

 

 

「何だっ!?」

 

突如 シェルター内に響く衝撃。

それは断続的に続き、今も尚響き続ける。

 

「ラミアス艦長、キラ、ラクス、奥の格納庫へ急げ!

 このままではここも時機に破られるっ」

 

マリューが先頭になり格納庫の扉を開く、

その後ろに子供たちを連れたキラとラクスが続き

マリューが入ったところで、最後にバルトフェルドが入ってくる。

 

 

「モビルスーツ?」

 

「おそらくな、何が何機いるのかはわからないが

 集中砲火されればここも長くはもたない……」

 

泣き叫び、身を寄せ合っている子供たち

無情にも迫る敵の脅威にバルトフェルドは決意を固める。

 

「――ラクス、鍵は持っているな?」

 

「っ!」

 

「『扉』を開ける。

 …仕方がなかろう、それとも今ここで皆死んでやってもいいと思うか?」

 

「いえ、あの、……それは」

 

ラクスは何かに迷うように傍にいるキラの顔を見つめる。

 

「?……ラクス?」

 

「………キラ」

 

「……? ―――っ!!」

 

ラクスがキラの顔から視線を逸らし、ある場所を見つめる。

キラもラクスの視線を追い、その場所を見る。

そこには不自然に一つだけ大きな扉が構えられている。

そしてキラは勘付く。その扉の向こうにあるものを……。

 

「……貸して」

 

「……え? 」

 

「鍵を貸して、……僕が開けるから」

 

「ですが、これは……」

 

「大丈夫、大丈夫だから、……それに、

 このまま君たちの事すら守れない方がずっとつらい」

 

「キラ……」

 

「だから、鍵を貸して」

 

ラクスはキラに鍵を渡す。

2年前、キラに託した『剣』を

今再び、託すために……。

 

 

重々しく扉は開き、キラが中へ入ると再び元に戻るかのように閉じられる。

 

ラクスは2年間、戦いで傷ついたキラをずっと見てきた。

そして、自分が『剣』を渡した所為だと思い、もう2度とこの優しい青年に戦わせる事はしたくなかった。

 

しかし世界が、状況が、再び彼を戦場へと誘う。

何より、彼自身が戦う決意をした今、もうラクスにはキラを止めることは出来なかった。

 

ラクスはただ祈る、彼がもう傷つかないようにと……。

 

 

 

 

キラは『剣』の中に乗り込むと先日ヒイロ・ユイから聞かされた事を

思い出していた。

 

『自分を信じて戦うまでだ』

 

(自分を信じて、僕は戦う……皆を守る。それが今の僕の目的だっ)

 

奇しくも、今、キラの掲げた目的は

2年前、ヘリオポリスでストライクに乗ったときと同じであった。

 

(……想いだけでも)

 

キラは『剣』―――フリーダムを起動させる。

 

 

    『G ENERATION

     U NSUBDUED

     N UCLEAR

     D RIVE

     A SSAULT

     M ODULE     COMPLEX』

 

 

そして、キラは

 

(力だけでも)

 

戦場へと舞い戻るのだった。

 

 

 

空へと上がると7機のモビルスーツがこちらに気付く。

 

キラはフリーダムを敵機へ急接近させ

 

頭の中で、種を砕けさせる。

 

『SEED』――『Superior Evolutionary Element Destined-factor』

      「優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子」

 

この世界でナチュラル、コーディネイターを問わず

特定の因子を持つ人間が危機的状況において感情の昂りにより発現する状態で

学会では「人類が新たなステージに立つ可能性の体現」とされている。

 

キラは2年前にアークエンジェルが危機に陥った際

初めて『SEED』を発現させ、その後も幾度となく窮地を脱してきた。

 

 

キラは手近な敵機をすれ違いざまにビームサーベルで切り裂く。

しかし、切ったのは敵機の武装のみであった。

 

その後もキラはビームサーベル、ビームライフル、クスィフィアス(レール砲)、バラエーナ(プラズマ収束砲)とフリーダムに実装されている武器を駆使し、敵機に攻撃を仕掛けるが決してコックピットは狙わない。

 

メインカメラ、武装、スラスターなどを狙い敵の戦意を奪い、無力化していく。

そうして次々と敵を圧倒し撃墜していくのであった。

 

 

 

 

ガンダムにより敵機が撃墜されていくのを見ていたヒイロは

 

「キラ・ヤマト、それがお前の答えか」

 

そう言って、今度こそ海の中に飛び込む。

 

 

 

しばらく泳ぐと予想通りアッシュが待機されていた。

 

ヒイロはその一機に乗り込むと

目的の場所に向けて機体を進ませる。

 

(『アレ』のある大凡の場所は先日確認してある、あとは予測とどれだけの誤差があるのかだが……

 

 

       っ! ………見つけた)

 

 

ヒイロは予測地点の30メートル先に目標のものを捉える。

そのままアッシュを『アレ』―――ウィングゼロの至近距離につける。

 

酸素ボンベを口に咥え、アッシュのコックピットから出て、ウィングゼロのコックピットに入る。

すぐにコックピットハッチを閉めるが、コックピットには海水が充満している為ボンベを口に咥えたままである。

 

ヒイロはすぐにウィングゼロの起動に移る。

 

(動けるか? ……ゼロ)

 

ヒイロの想いに応えるかの様に起動を開始する。

 

(機体損傷度確認、各センサー及び、全推進システム―異常なし、

 全関節駆動部及び、ゼロフレーム― 異常なし。

『ゼロシステム』―異常なし。装甲損傷率―37%、許容範囲だ。いける)

 

ヒイロはウィングゼロのバーニアを点火させ浮上を開始する。

 

もし動かなかった場合は破壊しなければならなかったが

リーブラの破壊、大気圏突入など立て続けに酷使させられたウィングゼロは

驚くべき事にほとんど損傷が見られない。ガンダニュウム合金の装甲をやや失った程度である。

この機体を設計した5人の科学者がどれほど優れているのかが、一目瞭然である。

 

 

ヒイロはウィングゼロを海面にあげるとハッチを開き、コックピット内の海水を排出する。

排出を終えると再びハッチを閉める。

 

(続いて、武装確認。ツインバスターライフル―異常なし。ビームサーベル―異常なし。

 マシンキャノン―残弾0)

 

ウィングゼロの全チェック作業を終えると、

ヒイロはこれからの事について考えを巡らせる。

 

(………どの世界でも同じだ……)

 

 

先ほどキラたちと別れ、ヒイロが囮を引き受けたのは、

「自分がこの世界の人間ではないから死んでもいい」とかそういう理由ではない。

 

彼が命を賭けるに値するものが在ったからである。

 

ヒイロは怯え、泣き叫ぶ子供たちを見たときに思い出したのだ。

 

自分が殺してしまった。

 

 

――― 子犬と、少女を……。

 

 

(……俺には……この生き方しかできない……)

 

そうして、ヒイロはこの異なる世界で再び戦いに身を投じることを心に決め

ウィングゼロのバーニアを吹かし、何処かへ飛び立つのだった。

 

 

 

                        つづく




第五話(後編)です。


今回、フリーダムの戦闘描写を大幅にカットしました。申し訳ございません。
書こうとも思ったのですが、アニメ映像そのままに戦闘が進むので、途中まで書いて止めました。


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第六話   戦いと擦れ違いの始まり 

様々に動いていく事象の中で動き始めた者たち、

個々の想いと行動が再び交わるとき、

運命はどう動きだすのだろうか……。




敵機を全て撃墜した後、キラはフリーダムを格納庫に降ろし、今後の事をバルトフェルドと話し合っていた。

 

キラによってコックピットを残された敵機であったが

その後、パイロットは皆自爆を謀り、敵部隊の正確な情報は得られないでいた。

分かったのは、

敵の乗っていたモビルスーツが『アッシュ』というザフトの最新機であること

プラント側の何者かがラクスの命を狙ってきたことのみであった。

 

 

「それでヒイロは?」

 

敵部隊に関する推測を聞いた後、

キラは自分たちの囮になった少年の安否を尋ねる。

 

「まだ見つかっていない、

 さっきラミアス艦長と一緒に捜索したがな

 ……………しかし」

 

「しかし?」

 

「あの少年の遺体すら見つからん、本当に影も形もない

 …………どうにも、死んでいるとは考えにくい、」

 

「それじゃあ!」

 

「ああ、おそらく生きている

 ……どこに行ったのかは分からんがな」

 

「そう、ですか……よかった…本当に」

 

自分にまた戦う意志を持つ切っ掛けをくれたヒイロの生存に安堵する。

 

 

「……キラ」

 

「ラクス?……『それ』は?」

 

先ほどまで子供たちの元にいたラクスがキラたちのところへ歩いて来る。

その手には封筒を持っている。

 

「それが、カガリさんの使いの者という方がいらして

 この封筒をキラに渡してほしいと……」

 

「カガリが?…何だろう?」

 

ラクスから渡された封筒を開封する。

中には一枚の手紙と指輪が入っていた。

 

キラは手紙を読み上げる。

 

「『キラ、済まない―――』」

 

そこには

 

オーブが世界安全保障条約機構に加盟し正式な地球連合の一員になること、

 

それに伴いカガリが許婚であるユウナ・ロマ・セイランと結婚すること、

その為に今、キラたちの元へ直接話に行くことができない事への謝罪、

 

そして、最後に同封されている指輪、アスランがプラントに発つ前に

カガリにくれた指輪を、アスランに返しておいて欲しいと綴られていた。

 

 

現在マリューはこの国を出る為、

 

かつての乗組員であった

操舵士のアーノルド・ノイマン、

CIC電子戦担当のダリダ・ローラハ・チャンドラII世、

整備士のコジロー・マードック

の3名を合流させ、

フリーダムと共に隠してあったアークエンジェルの出航準備を行っていた。

 

ラクスの暗殺を仕向けた者のいるプラントに移住するなど以ての外であるが

オーブがコーディネイターを排斥する以上、

コーディネイターである、キラやラクス、バルトフェルドはもうこの国にはいられない。

 

 

「結婚!?カガリさんが?」

 

手紙を読み終えたキラが、

カガリがセイラン家と結婚することを伝えると、マリューは驚愕を露わにする。

 

「それも、セイラン家とだなんて、

 セイランはオーブ首長の中でも大西洋連邦よりの人間よ

 もし、このまま結婚が進めば………」

 

オーブは世界でも数少ないナチュラルとコーディネイターが共に暮らせる中立国であったが

先日のユニウスセブン落下テロを受け、大西洋連邦に同意、世界安全保証条約機構に加盟と

コーディネイターの排斥が進んでいる。

 

オーブ代表であるカガリ・ユラ・アスハは最後まで中立を貫こうと説得したが

他の首長たちの意見を変える事が出来ず、敢え無く説得は失敗に終わり、今に至る。

その首長の中でも特にカガリの意見を否定したのがセイランであった。

 

そして今、カガリがセイランと結婚すれば、益々セイラン家の権威増長を許すことになり、

前代表でありカガリの父であった、

ウズミ・ナラ・アスハの掲げたオーブの理念は完全に埋没されてしまうであろう。

 

しかし、理念を掲げたところで今のカガリにはそれを成し得るだけの

政治手腕はなく、現状に下る事しかできなかったのも事実である。

 

 

「それに、彼女、アスラン君と……」

 

そして、この結婚を彼女が心から望んでいる訳もない。

 

アスランとカガリ、普段は隠しているつもりだろうが

二人がお互いにお互いを意識している事は傍から見て一目瞭然である。

 

「はい、それでマリューさんにお願いが、…――――ということなんですけど」

 

「えっ!! ……でも、それは……」

 

「はい、ですけどもうこれしかないと思うんで……」

 

「……そうね、わかったは

 ちょっと寄り道になっちゃうけど仕方がないものね」

 

キラはマリューに耳打し、とある計画を伝えるのだった。

 

 

 

 

カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランの

結婚式は恙無く進行し、終盤へと差し掛かっていた。

 

 

「――この婚儀を心より願い、

 又、永久の愛と忠誠を誓うのならば

 ハウメアはそなたたちの願い聞き届けるであろう

 今、改めて問う、誓いし心に偽りはないか?」

 

「はい」

 

婚儀を取り仕切る牧師の詞にユウナは即答するが

 

「………………」

 

カガリはその誓いに対し何も答えない。

当然である、彼女はこの結婚をあらゆる面で望んでいない。

今彼女の頭に浮かぶのは、アスランとの思い出と父ウズミの顔であるが

それに加えてもう一つ、

 

『俺の家族はアスハに殺されたんだ、

 国を信じてあんたたちの理想とかってのを信じて、

 そして最後の最後に殺された』

 

『この国の正義を貫くって……あんたたちだって、

 あの時、自分たちのその言葉で誰が死ぬことになるのか、ちゃんと考えたのかよ

 何も分かってないような奴が分かったようなこと言わないで欲しいね』

 

ミネルバで聞かされたシン・アスカの言葉が甦る。

彼の言葉はカガリに現実を突き付け、

そしてこの言葉がオーブを再び焼かせてはいけないとカガリに教えた。

 

(……すまないな、キラ、アスラン……)

 

弟と自らの想い人に心の中で謝罪を述べ

もう仕方がない、こうするしかないと

カガリが誓いの言葉を口にしようとしたとき、

 

 

「駄目です! 軍本部からの追撃間に合いません!!、避難を!!」

 

 

式場の来賓席側から声が上がり

その声を聞いた来賓客たちが我先にと式場から駆けだして行く。

 

 

その直後、飛来する

 

「フリーダム!? キラっ!?」

 

「ひっ、う、うわぁぁ」

 

 

突然の来訪者に怯えたユウナがカガリを置いて逃げる。

 

 

 

 

そうこうしている間にフリーダムはカガリをその手に包み込みその場を後にするのだった。

 

 

 

 

フリーダムのカガリ強奪から数時間後

 

そんな状況を知らないアスラン・ザラはミネルバとの合流を果たすために

モビルアーマー形態のセイバーでオーブの領域内に接近していた。

 

「オーブコントロール、こちら貴国へ接近中のザフト軍モビルスーツ

 貴国に入港中のザフト艦、ミネルバとの合流の為、入港を許可されたし」

 

ミネルバが駐留しているはずの軍港まであとわずかといったところで

オーブ港の管制室へ入港許可の入電を入れるが、

 

「? オーブコントロール、聞こえるか?、オーブコントロール……」

 

応答がない。

 

それどころか、

 

「っ、ムラサメ? ――っ! ロックされた!?」

 

セイバーのセンサーがモビルスーツの接近を告げ、

目の前にオーブの最新モビルスーツであるムラサメがセイバーと同様に

モビルアーマーの形態で、2機接近してくるのが確認できる。

挙句には、こちらを敵機としてロックオンしてくる始末。

 

「オーブコントロール! これは一体どういうことだ!?」

 

再度オーブに通信を入れるが、当然返答はない。

 

その間にもムラサメからの攻撃が開始され、

数発の誘導ミサイルがセイバーに向かって放たれる。

追尾してくるそれををかわしながら、機関銃でミサイルを撃ち落とす。

 

「オーブコントロール! 何故撃って来る?

 こちらに貴国攻撃の意志は無いっ!」

 

『何を寝ぼけた事を言っている?

 オーブは世界安全保障条約機構に加盟している。

 プラントは既に敵勢国家となった』

 

「っ! 」

 

『我が軍はまだザフトと交戦状態ではないが

 入国など認められる訳など無い』

 

ムラサメのパイロットからの通信で

アスランはこのとき初めてオーブが地球連合に就いた事を知る。

 

「大西洋連邦との加盟に合意しただと?

 ……カガリは何も出来なかったのか?」

 

『それに、どういう作戦かは知らないが、

 既に出航したミネルバを出汁に使うなど以ての外だ。

 あまりオーブ軍を舐めるな』

 

「っ! ミネルバが、いない?」

 

この遣り取りをしている間にも相手機から次々と攻撃が仕掛けられる。

的確にセイバーの背後を取り、機関銃やビームを浴びせてくる。

 

「ええいっ、クソっ!」

 

アスランはセイバーをモビルスーツ形態に変形させ、

迎撃するべくビームライフルを構える。

相手方もすかさずムラサメを変形させ銃をこちらに向けて来る。

 

相手のうち一機が先制してビームを放つ、

アスランはこれを冷静に読み切りシールドで防ぎつつ

相手機のビームライフルを狙い、ビームを撃つ。

 

相手の右腕部分がビームライフルごと破壊されるのを確認する事無く、

ビームサーベルを抜き、もう一機へ急接近を仕掛けムラサメのウィング部分を切り落とす。

推進力を失った相手機が海面へ落ちて行く。

 

ムラサメ2機を一蹴、無力化し、

アスランはセイバーを再びモビルアーマー形態へ変形させ最大千速で

オーブを後にする。

 

 

「ここから、ミネルバが行きそうな所と言えばカーペンタリアぐらいか」

 

地球にも少ないながらも、ザフトの拠点基地は存在している。

そして、オーブから最も近い地球拠点のザフト軍基地がカーペンタリアである。

 

 

アスランは様々な疑問を抱き、セイバーの進路をカーペンタリアへ向けるのだった。

 

 

 

 

ザフト軍 カーペンタリア基地

 

 

ミネルバはオーブ沖での戦闘を

インパルスのパイロット、シン・アスカの活躍により

命辛々乗り切り、無事カーペンタリアへの入港を果たしていた。

 

 

オーブにおいて満足いく整備が行われないまま出航したミネルバは

先の戦闘の際、さらなる損傷を負い、

現在急ピッチで艦、モビルスーツの整備、また物資の補給行っている。

また、グラディス隊は別名が下るまでの間、カーペンタリアにて待機となり

ミネルバクルーたちは一時の休息を噛み締めていた。

 

 

「でも、もうすぐミネルバの整備終わるんでしょ?」

 

「そうみたいね、…まっ、これからどうなるのか、全然わかんないけどね」

 

「でも、いつ出航の命令が出るか分かんないじゃん。

 ねえ、お姉ちゃん? 買うものそれだけで本当によかったの?」

 

メイリン・ホークは姉のルナマリア・ホークとの買い物の帰りである。

 

「ていうか、あんたこそ、そんなに買ってどうすんのよ?」

 

メイリンの持つ買い物袋の中には、姉が買った3倍以上もの化粧品などの美容用品が入っている。

 

「いいじゃん別に……」

 

「何が何でそんなに必要なのか知らないけど、」

 

姉の言葉に対しメイリンは姉に聞こえないようそっと呟く。

 

「……悪かったわね、……私はお姉ちゃんとは違うもん」

 

ザフトレッドであり容姿端麗な姉のことを尊敬しつつも

メイリンはルナマリアに対し、どこか劣等感のようなものを感じてしまう。

そんな事を考えながら歩いていると、

 

「あっ!!!」

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

突然ルナマリアから驚いたような声が上がる。

 

「今、ミネルバの方に見なことないモビルスーツが飛んで行ったの

 ほらメイリン、急ぐわよ」

 

「お、お姉ちゃん、ちょっと待ってよ。

 手を引っ張らないで」

 

そうして姉妹はミネルバの方へ走って行くのだった。

 

 

シンもまたハンバーガーを食べながら基地内を闊歩し何気なく空を見上げると

見た事のない赤色のモビルスーツが整備中のミネルバの方へ飛んで行くのを見る。

 

「? あれは? ……一体誰が?」

 

シンはそう呟きミネルバの方へ駆けだそうとしたそのとき、

 

「――うわっ!」

 

前方から歩いてきていた整備服を着た

小柄な少年と肩がぶつかってしまう。

 

「っと、悪い、よそ見してた。怪我とかしてないか?」

 

「………いや、大丈夫だ」

 

その少年は、肩から整備工具でも入っているのだろうか

大きめのショルダーバッグを下げている。

顔はつばつき帽子を深く被っている為確認できない。

 

「……この後も忙しい、もう行くぞ」

 

「あ、ああ」

 

少年は歩き出し、シンの元から離れて行く。

ザフトにはシンやルナマリアなど若くして入隊するものも多いため、

シンは特に何も気にせず少年を見送り、自らもミネルバへと急ぐのだった。

 

 

シンがミネルバ内のドッグへ行くと

先ほど見たモビルスーツの周りに人が集まっているのが分かる。

その中にルナマリアとメイリンを見つけ、二人に近づき尋ねる。

 

「何これ? どうしたの?」

 

「さあ? 私たちも今来たばかりで……」

 

「あ! お姉ちゃん、降りて来たよ」

 

メイリンの声がモビルスーツからパイロットが降りてきた事を教えてくれる。

シン、ルナマリアはともに降りて来る人物に顔を向ける。

パイロットの顔は未だヘルメットで確認することは出来ないが

その人物は紫色のパイロットスーツを着ており、また手にはアタッシュケースを持っている。

そして最も目を引くのは胸に付いている特務隊の証である『。

 

「ルナ、あれって……」

 

「ええ、『フェイス』の称号を持ってるなんて一体何者なのかしら?」

 

シンとルナマリアが小声で話している間に

そのパイロットはヘルメットを脱ぎその顔を晒す。

 

「――っ! あんたは」

 

「! アスランさん」

 

それはオーブで数日前に別れたアスラン・ザラその人であった。

 

「こちら特務隊『フェイス』所属、アスラン・ザラ。乗艦許可を」

 

 

 

 

 

アスランはルナマリアに案内されミネルバの艦長タリア・グラディスと面会していた。

 

 

艦長室に案内される途中

ルナマリアにミネルバやオーブの現状についての大間かな話を聞く。

ミネルバがオーブを出た途端、地球連合の艦隊に待ち伏せされた事

 

オーブ代表カガリ・ユラ・アスハが政略結婚した事

 

このとき、初めて、カガリが結婚した事を聞いたアスランは驚愕を露わにするが

 

直後聞かされた、カガリが結婚式の途中で何者かに攫われた話を聞くと

驚愕は、混乱へと変化しアスランの胸中を渦まくのだった。

 

 

 

タリアにアスランがフェイスとして復隊したこと、

デュランダルに言われ、ミネルバと合流した事を話した後

アタッシュケースから

タリア・グラディスの『フェイス』への任命書及び記章、

そしてデュランダル直々の指令書を手渡す。

 

「それで貴方、この命令内容について何か聞いてる?」

 

「いえ、自分は聞かされておりません……」

 

「そう、……中々 面白い内容よ」

 

タリアが読んだその指令書には

ミネルバが復帰次第、イベリア半島にあるザフト拠点ジブラルタル基地へ移動した後

中東地域の連合軍基地スエズの攻略を行っている駐留軍を支援せよとの事が書いてあった。

 

スエズ運河に位置するスエズ基地は連合にとって物流の拠点となっている。

 

ザフトのジブラルタル基地とスエズ基地は地域的にも近く、

開戦してから睨み合いが続いている。

確かに、スエズはジブラルタルにとって大きな問題となっているが

カーペンタリアからジブラルタルまでは距離もある上

ミネルバは本来、宇宙用戦闘艦である。

ジブラルタル近域のユーラシアの西側では

現在、大西洋連邦からの独立を叫ぶ一部の地域で紛争が起き、

今地球上で最も戦禍の激しい地域となっており、

地上用戦艦ではない向かわされるのには疑問が浮かぶ。

 

何故デュランダルがこの様な命令を下したのか

その思惑はアスランにもタリアにも推し量る事は出来ない。

 

「まあ、いいわ、上の命令には従わなければならないもの。

 貴方も下がっていいわ。出航まで時間は無いけれど、これからの準備をしておいて」

 

「はい、失礼します。あの………艦長は」

 

タリアに頭を下げ、艦長室を後にしようとしたところで

アスランは尋ねる。

 

「何かしら?」

 

「艦長はオーブの事について何かご存じないでしょうか?

 ……自分は何も知らなかったものですから」

 

「ああ、今大騒ぎですものね、何でも代表が攫われたとかで

 オーブ政府は隠したがっているけれど、

 彼女を攫ったのは、あのフリーダムとアークエンジェルという話よ」

 

「っ! (………キラが? ……)」

 

「何がどうなってるのか、こっちが知りたいくらいだわ」

 

「……ありがとうございます」

 

アスランはもう一度頭を下げると艦長室から立ち去るのだった。

 

 

 

 

数時間後、ミネルバがボズゴロス級ニーラゴンゴを同行させジブラルタルへ出航するのだが

近海からこれを見ている艦隊がある。

艦の名前はJ.P.ジョーンズ、この艦には現在、ある部隊が乗っている。

 

地球連合軍所属第81独立機動部隊『ファントムペイン』

その部隊の一つであるロアノーク隊の面々がこの艦に乗艦している。

彼らこそアーモリ―ワンよりザフトの新型モビルスーツを強奪した部隊である。

 

ロアノーク隊はとある組織の命令でミネルバ討伐の任についている。

標的がカーペンタリアに入ったという情報を受け、この艦に合流し

インド洋にて待ち構えていたのである。

 

 

「ようやく会えたな、……アウル、ステラを呼んできてくれ」

 

仮面をつけた男、この部隊の隊長であるネオ・ロアノーク

彼はブリッジからミネルバを確認すると

彼の後ろにいた二人の少年内、水色の髪の少年アウル・二ーダに声をかける。

 

「あいよー、どうせまた海でも眺めてんだろ」

 

そう言ってアウルはブリッジを出て行く。

それを見送ったあと、

今度はもう一人の少年スティング・オークレーに話しかける。

 

「スティング、お前も準備を急げよ、

 ミネルバのオーブ沖海戦のデータは見ているな?」

 

「ああ、……けどよ、あんな奴ら俺らだけで充分だぜ。

 それに今回はあんたも出るんだろ?

 何で増援を付ける必要があるんだ?」

 

「まあそう言うなって、念には念をっていう言葉があるだろ?」

 

「まっ、そういう事にしといてやるよ」

 

そうは言うがネオは自分たちだけではミネルバは落とせないと考えており、

そのため近くで建設途中の地球連合軍基地から

ウィンダム28機とダガーL10機を手配していた。

 

「さて、今回こそキッチリ仕留めてやるからな“子猫ちゃん”」

 

ネオはミネルバをそう揶揄すると自らもブリッジから出て行くのであった。

 

 

 

 

キラたちの元から去ったヒイロ・ユイはカーペンタリアへと潜入し

この世界に関する情報の補完と必要な物資を入手

その後基地から脱出すべくウィングゼロを隠した場所へと移動していた。

 

 

気付かれないよう海中から基地の反対側へウィングゼロで接近し、

カーペンタリア近辺の森林地帯に機体を隠した後、

基地に侵入、整備士の作業着を拝借し、情報と物資を奪っていく。

 

当初、キラやラクスたちを襲った部隊についての情報を得る為

オーブから最も近かったザフトの拠点である、

このカーペンタリアが襲撃者を送り込んだと予測したのだが

結果は何もわからずに終わった。

 

カーペンタリア基地から襲撃部隊に関する何らかの痕跡を発見した場合は

基地を破壊する予定であったが、何もわからない以上、手出しは出来ない。

 

ヒイロはかつて自分がいた世界でOZの拠点ニューエドワーズを攻撃した際

冷静さを欠いた行動により、

コロニーとの和平推進派であった人物を誤って殺してしまっている。

 

確かにラクスを襲ったのはコーディネイターであったが

それでも何の確証もない破壊を今のヒイロは絶対にしない。

何が敵か、誰が敵か、何処が敵か、これらを見誤れば

かつての様な過ちを繰り返してしまうだけである。

 

 

(さて……これからどうする?)

 

戦う事を決めたとはいっても

敵が誰なのか、何処にいるのか全く掴めていない。

現時点でこの世界におけるヒイロの敵は

キラたちへの襲撃を指示したものである。

 

カーペンタリアから何も出てこなかった以上

別のザフト基地に潜入を試みるべきだが

闇雲に潜入したところで今回と同じ結果になっては意味は無い。

 

(最も有力な情報を持つザフト拠点を特定し、探る必要があるな)

 

ヒイロはオーブ滞在時、この世界の大間かな地理を得ていた為

カーペンタリアに潜入出来た訳だが、

ここで得た情報から地球に存在するザフト拠点の数はカーペンタリアを含め8か所

その中で最も有力性の高い拠点を調べる必要がある。

もう一度データを視返すためにも一刻も早く基地を脱しゼロの元へ急ぐ。

 

その道中、ヒイロはあるザフト兵の少年とぶつかってしまう。

 

「うわっ! っと、悪い、よそ見してた。怪我とかしてないか?」

 

「………いや、大丈夫だ」

 

黒髪に赤い瞳、赤い軍服を着た少年。

年若いとはいえ相手は軍人である、ヒイロは瞬時に、警戒の色を強める。

 

「……この後も忙しい、もう行くぞ」

 

「あ、ああ」

 

しかし、警戒とは裏腹にザフト兵の少年は

あっさりとヒイロのことを通してくれる。

 

ヒイロは迅速に少年兵の元を離れ、基地を脱し、

無事ゼロの元へと帰還を果たす。

 

ゼロのコックピットへ入ると

早速手に入れた情報をゼロへインプットしていく。

 

(この世界の地球及び宙域に存在する ザフト、地球連合の拠点位置入力――完了。

 ザフト及び連合で使用されている兵器、モビルスーツに関するデータ――完了)

 

データの入力を終え、

今後の行動の為、地球に存在するザフトの拠点から

次の標的となるものを検索する。

 

(……ここだな)

 

そして見つける。

地上のザフト拠点の中でカーペンタリアと肩を並べる拠点

 

「ターゲット、ザフト軍拠点……ジブラルタル」

 

 

 

 

「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令

 パイロットは搭乗機にて待機せよ」

 

ミネルバ、ニーラゴンゴの進行方向右舷より突如出現した地球連合軍。

メイリンがパイロット全員に戦闘配備を通達する。

その後、タリアの指示がブリッジ内に飛ぶ。

 

「メイリン、ニーラゴンゴとの回線を繋げて。

 バート、敵機の種類と数は?」

 

「はい、熱紋照合、ウィンダムです数『30』」

 

「30!?」

 

「それと内一機はカオスです!」

 

「っ!!あの部隊だというの!?

 一体どこから?……付近に母艦は?」

 

「確認できません!」

 

「どういうこと? 近くに基地でもあるっていうの?」

 

「! また、ミラージュコロイドじゃ!?」

 

「アーサー、海でそれは無いでしょ。在り得ないわ」

 

副官のアーサー・トラインの見当違いな言葉を諌める。

 

「まあ、何にせよ、戦闘は避けられないわね。

 ――ブリッジ遮蔽! 対モビルスーツ戦闘用意!」

 

タリアの号令を下にミネルバのブリッジが遮蔽され

下段にある戦闘指揮所へとスライドする。

 

『艦長』 

 

スライドが完了したところで、アスラン・ザラから通信が入る。

 

「何?」

 

『地球軍ですか?』

 

「そうよ、既に戦闘は避けられないわ

 ……貴方はどうするの? 私には貴方に対する命令権は無いわ」

 

特務隊フェイスはその行動に自由が認められており

出撃するもしないも、本人の意志により決める事ができる。

例え、同じフェイスであっても命令、強制することは出来ない。

 

『……私も出ます』

 

「いいの?」

 

『はい、確かに指揮下にはないかもしれませんが

 今は私もミネルバの搭乗員です。

 残念ながら私もこの戦闘は不可避と考えます』

 

「…そう、それなら、出撃後の戦闘指揮を御任せしたいわ」

 

『…わかりました』

 

 

 

 

「何だ? あの機体は?」

 

スティングはコックピットの中で呟く。

 

今さっき、ミネルバからモビルスーツの出撃が確認されたが

インパルスの他に見慣れぬ機体がある。

 

「へっ、あんなもの」

 

スティングはカオスを先行させ単独で未確認機へと接近する。

そこへネオからの通信が入る。

 

『おいおい、スティング、あまりいきり立つな。

 作戦はちゃんと理解してるんだろうな?』

 

「分かっている、敵を引きつけときゃいいんだろ?

 ちょっと、からかってやるだけだ」

 

『たく、しょうがないな。相手の性能は未知数だ油断するなよ』

 

「余計な御世話だ、おっさん」

 

『お、――』

 

通信を一方的に切り、スティングは敵機に攻撃を仕掛けていく。

 

 

 

「やれやれ、……さてと、こちらも行きますか

 覚悟しろよ、ザフトのエースくん……。

 ウィンダム隊、連携して敵を足止めする、用意はいいな?」

 

『『『了解!』』』

 

「それからアウル、ニーラゴンゴは任せるぞ」

 

『わかてるって』

 

ネオが各員に指示を伝える。

 

今回のミネルバ討伐の作戦はこうである。

先ず、ネオ、スティングを含む30機で空中から攻め

インパルスを母艦から遠ざけ、撃墜、もしくは足止めを行う。

 

未確認機がいたことは予想外であったが、

ネオは想定の範囲と判断し、作戦を継続する。

 

次に、海中よりアウルの駆るアビスで

ミネルバの右側に位置するニーラゴンゴを叩き

最後にミネルバの左舷から別動隊のダガーL10機で強襲

手薄になった本丸を潰す。

 

 

既に数機落とされているがインパルスは、どんどんと此方に攻め入ってくる。

一方の未確認機はカオス相手に善戦、どころか、ややスティングが押されぎみであるが

徐々にミネルバとの距離は開いている。

 

作戦は順調に進行している

 

 

―――はずだった。

 

 

インパルス、未確認機がミネルバとの間に一定の距離ができたとき

ネオがアウル、ダガーL別動隊へ連絡を入れる。

 

「アウル、頃合いだ、頼んだぞ」

 

『あいよー、任せとけ』

 

「ダガーL隊、頃合いだ作戦を実行してくれ」

 

『――――』

 

「? ダガーL隊? 応答しろ、ダガーL隊!」

 

『――――』

 

「おいっ! ……くそっ、どうなっている?、

 …―――ジョーンズ! こちらロアノークだ。

 ちゃんと別動隊は出撃させたのか!?」

 

『こちらジョーンズ、戦闘開始直後に全機出撃を完了させています』

 

(馬鹿な、では何故通信が開かない?……)

 

ネオはジョーンズとの回線を閉じ、再度、別動隊へと入電する。

 

「ダガーL隊! 応答しろ! ダガーL隊!

 ……ちぃ、このままでは」

 

しかし、終ぞ別動隊が通信に出る事は無かった。

 

 

 

インド洋、ミネルバから左舷方向に位置する海域

そこには本作戦の要であったはずのダガーLの残骸が漂っていた。

 

 

 

 

数分前

 

 

ミネルバとファントムペインが交戦を行っている海域周辺に一つの機影があった。

 

ミネルバへ強襲の為、移動を開始していたダガーL別動隊は偶然にも

これに遭遇してしまう。

 

「何だ!? あの機体は?」

 

ダガーL隊の小隊長が突然姿を現した機体に驚きの声を上げる。

その背に白い翼を配した機体がこの海域を抜けようとしていた。

そしてその進行方向は彼らと彼らの母艦が待機している位置に繋がる。

 

「まさか! ザフトの連中こちらの作戦に気付いて!

 ……だが、あんな機体の情報は……」

 

考えを巡らせてる間にも、それはこちらへと近づいて来る。

 

「とにかく迎撃だ、……母艦をやらせる訳にはいかん、

 …―――各員に通達、前方のモビルスーツを迎え撃つ

 敵は一機だ、全員で取り囲め!」

 

『『『了解っ!』』』

 

 

 

 

ザフト拠点ジブラルタルへと進路を取っていたヒイロは

ウィングゼロの進行方向にモビルスーツ群を捉える。

 

ヒイロは現在この海域近辺で開始されているザフトと地球連合との戦闘に気付き、

それを避けるべくルートを大きく逸らし移動していたが、

どうやらこのルートもハズレであったらしい。

 

既に相手方もこちらを捉えている様子で、このままでは接触は避けられない。

 

(……素直に通してくれればいいが…)

 

しかし、そんな都合の良い現実など存在しない、

相手はウィングゼロの四方八方にモビルスーツ展開してくる。

 

この瞬間、ヒイロは相手機を敵機として認識する。

 

「敵モビルスーツを地球連合のダガーLと確認」

 

カーペンタリアで仕入れたデータから敵機を特定し

左右の翼から2挺のバスターライフルを取りだし、構える。

 

「―――戦闘レベル、ターゲット確認、…排除開始!」

 

右腕にあるバスターライフルのトリガーを弾き、

撃ち終えると即座に左のトリガーを、

先制攻撃にて、それぞれ別方向にいた敵機を2機まとめて吹き飛ばす。

 

上下左右あらゆる方向から敵機がビームをこちらに向けて浴びせてくるが、

上に、下に、右に、左に、機体を高速で移動させ全攻撃を掻い潜る。

その過程でバスターライフルを放ち、さらに3機の敵機を撃ち落とす。

 

攻撃が当たらず焦れた敵の一機がビームサーベルを抜き、切り掛ってくる

敵機がビームサーベルを振り抜いた位置から

翼を羽ばたかせ上方に回避、そのまま敵機を海面に蹴り落とす、

敵機が海面に到達するよりも早くトリガーを弾き、破壊する。

 

 

「…残り4機」

 

ヒイロは残る敵機を確認する。

戦闘状況が開始されて2分にも満たない間に

敵の数は既に過半数以下となっている。

 

そんな圧倒的優位な状況であっても

ヒイロが気を抜くことは決してない。

 

残りの4機が一斉にビーム、ミサイル等の攻撃を放ってくるが

ウィングゼロに届く事は無い。

 

その後も、敵の攻撃を的確にかわし、バスターライフルで撃墜していく。

 

そして余りにも一方的な展開の中、終に残り一機となる敵モビルスーツ。

 

一機になっても未だビーム撃ち続けているが

 

「余裕で避けきれる」

 

当然当たらない。

 

ヒイロはウィングゼロを急接近させ敵機の眼前まで移動すると

バスターライフルの銃口をコックピット部に突き付け

 

「…終わりだ」

 

トリガーを弾く。

0距離からバスターライフルの直撃を受けたダガーLは跡形もなく消し飛んだ。

 

「敵ターゲットの殲滅を確認」

 

敵の排除を確認しバスターライフルを納め。

再びジブラルタルへ向け進路を取り、迅速に現海域を離脱するのだった。

 

 

 

 

戦闘終了後 ミネルバ:モビルスーツハンガー

 

 

地球連合の襲撃を辛くも退けたミネルバクルーであったが

その代償は余りにも大きかった。

 

海中より接近してきたアビスによってニーラゴンゴが沈められたのである。

ミネルバからルナマリアとレイ・ザ・バレルのザクを救援に向かわせたが

抑えきる事が出来ずに終わった。

 

カーペンタリアを出たばかりだというのに戦力の二分の一を失うという事態となった。

 

 

そして問題はそれだけではなかった。

 

 ―――ッ

 

モビルスーツハンガーに乾いた音が鳴り響く。

アスラン・ザラがシン・アスカの頬を張ったのである。

 

「っ、…殴りたいのなら、別に構いませんけどね。

 けどっ、俺は自分がした事を間違ったとは思いませんよ」

 

このインド洋での戦闘指揮はアスランに任されていたが

シンはアスランの指示を聞かず、独断専行をする。

ウィンダムの部隊に囲まれ、さらには、近くの島に待機していた

強奪された最後の機体であるガイアに襲撃される。

ガイアはインパルスとの交戦中に何故かに撤退してしまう。

 

そんな中、シンは島にある建設中の地球連合軍の拠点基地を発見する。

 

強制労働を強いられていた現地民がいきなりの戦闘に逃亡しだすが

それを阻止するため地球軍の兵士が彼らを銃殺する。

 

その光景を目の当たりにしたシンは激昂し、その基地をインパルスで破壊する。

 

戦闘状況が終わり、戻って来ないシンを見に来たアスランに制止を受けるまで

その破壊行動を続けたのであった。

 

 

「あそこいた人たちだって、あれで助かったんだ」

 

 ―――ッ

 

再度アスランがシンの頬を叩く、

確かにシンが連合の基地を壊したことで

現地の人たちは苦痛から解放されたが

シンはあくまでザフトの軍人である、

ましてや、フェイスの様な自由な権限持っている訳でも無い。

 

今回のシンに課せられた命令は敵からミネルバ、ニーラゴンゴを守る事であって

現地の苦しんでいる人たちを助ける事ではなかった。

 

「戦争はヒーローごっこじゃない!」

 

アスランからの叱責が飛ぶ。

 

戦闘中、ニーラゴンゴが襲われているとミネルバから

通信が入った時には、もう遅かった。

シンが独断で進攻して行くのを止めるため

カオスとの戦闘を継続しながら

シンを追いかけてアスランもまた艦から離れてしまっていたからだ。。

インパルスとセイバー、防衛の要であった2機が母艦から距離を離し、

隙を作ってしまった事こそがニーラゴンゴが沈められた最大の要因であったのだ。

 

「自分だけで勝手な判断をするな!

 力を持つ者なら、その力を自覚しろ!」

 

シンのした行いは多くの人を助けたかもしれないが

その実、多大な犠牲の上に成り立った事であった。

 

 

 

 

ユーラシア西部・ガルナハン山岳地帯

 

 

その夜、レジスタンスの少女、コニール・アルメタは

ジープを走らせ、追ってくる連合のダガーLから逃走していた。

 

反連合のレジスタンスに所属しているコニールは

現在連合によって虐げられているガルナハンの街を解放するために活動している。

そして今夜、ガルナハンを解放するに当たっての最大の鬼門である場所に

単独で偵察に出た際、不運にも連合軍に見つかってしまい今の状況に至っている。

 

 

「ちくしょう、どこまで追って来るんだよ!?」

 

コニールがモビルスーツから逃走を開始してから

既に30分以上が経過していた。

今まで逃げ通せてきたのは地の利があってこそであった。

しかし、このままではいずれ追い付かれてしまう。

さらに敵はこちらの事など御構い無しに攻撃を仕掛けて来る。

 

(どうする? どうしたら?)

 

危機的状況の中、思考を巡らせるが気が動転して何も思い浮かばない。

 

丁度そのとき

 

「―――ッ!」

 

車が唐突に動かなくなる。

 

「何で、何でこんなときにっ!」

 

コニールは何度も、何度も、アクセルを踏むが一向に動く気配は無い。

 

そして、そうこうしている間に敵機が目の前に現れる。

 

「――――っ」

 

コニールは恐怖のあまり悲鳴さえ上げられない。

 

少女へと向けられる銃口。

間近に迫った死の恐怖に耐え切れず、目を瞑り、腕で顔を覆う。

 

(もう……駄目、………誰か――)

 

少女には、もう自らの最後の時を迎え入れるしかなかった。

 

 

 

――――しかし 

 

 

 

(…………、……?)

 

 

その時はいつまでも訪れる事は無い。

 

コニールは恐る恐る眼を見開く。

 

「っ、……何、………これ?」

 

開いた少女の瞳に映ったのは、

 

白き翼を広げたモビルスーツが

まるで彼女を護るかの様に背を向けている姿だった。

 

「……天、使?」

 

 

              

                    つづく

 




第六話です。

凄く長くなってしまいました、グダグダです。
今回も前編・後編に分けたかったんですが切りよく別ける事が出来ませんでした。
自分の技術不足です。申し訳ありません。

次回はとうとうミネルバクルーとヒイロが対面します。

・連絡
 今月末に引っ越しのため、18日からネットが使えなくなります。
 しばらくの間、投稿、感想への返信ができなくなってしまうので、ご了承ください。
 ネット環境が整い次第、また更新をしていきたいと思います。


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第七話   大地に聳え立つ扉(前編)



何故戦うのか、力を欲した理由を見失ってはいけない。





コニールの目の前に突如として現れたモビルスーツは

先ほどまで追いかけて来ていたダガーLを一刀の元に斬り伏せると

そのまま飛び立とうとする。

 

「ま、待って!」

 

コニールの声に呼応するかの様に

モビルスーツが動きを止め、頭部が彼女の方へと向く。

 

「え、えっと………く、車が……そう、車が壊れて動けないんだ!」

 

まさか自分の言葉にその機体が反応してくれるとは思わなかったコニールは

咄嗟に現状を理由に言葉を紡いでいく。

 

すると、そのモビルスーツのコックピットが開き中から人が降りてきた。

 

「……え? こ、子供?」

 

てっきり、自分より年上の人間が降りて来るのかと思ったが

実際に降りてきたのが自分とあまり歳の変わらない少年であった事に

コニールは驚きを隠せない。

 

少年はコニールの傍へと近づいて来る。

 

「……えっと……」

 

コニールはその少年に何か声を掛けようとするが

驚きと戸惑いとで上手く言葉が出てこない。

 

逆に、

 

「……退け」

 

「え? え?」

 

少年から声が掛けられるが、初対面の少年からいきなり「退け」と言われて

コニールはさらに困惑してしまう。

 

「車、壊れているんだろ? 視てやるから車から降りろ」

 

「え、あ、うん……」

 

ようやく少年から言われたことを理解し、言われた通りに車から降りる。

交代で少年が車へと乗り込むと、すぐに車を操作し始める。

 

(……何だよ……こいつ)

 

自分を助けてくれた事には感謝するが

少年の初対面の人間相手への対応に少しムッとしてしまう。

 

「………」

 

「………」

 

二人の間に沈黙が漂う。そんな中、少年は黙々と作業を行っている。

沈黙に耐えきれず、痺れを切らせたコニールは少年に声を掛けていく。

 

「……あ、あのさ……」

 

「…………」

 

「その………そ、そうだ、アンタ、名前は?」

 

「……………」

 

「えーと、その……」

 

「……ヒイロ」

 

「えっ?」

 

「………」

 

少年は自分の名を告げると再び作業へと戻っていく。

 

「そ、そうなんだ……えっと、私はコニール。

 ……ひ、ヒイロはさ、こんなとこで何してたの?」

 

「……答える義務は無い」

 

コニールを一瞥し、彼女の質問に対して、

ヒイロと名乗った少年は素っ気のない返事を返してくる。

 

(ま、間が持たない………)

 

会話が続かず、またしても手持ち無沙汰となったコニールは

ヒイロのことを黙って観察する。

 

茶髪、身長は150cm後半ぐらい、服装はタンクトップにハーフパンツと

ガルナハンの外に出てるというのに防塵対策が全くと言っていいほど成されていない。

それに、連合でもザフトの人間でも無さそうで

特にダガーLを躊躇もなく破壊していたことから連合の人間ではないというのは間違い無いはず、

であるならば

 

(……ジャンク屋か、傭兵?)

 

コニール自身も14という若さでレジスタンスなどという非正規の活動を行っている。

世界というのは年齢とは無関係、無作為にまるで獣のように人々に牙を向く。

このヒイロという少年にも何らかの理由があって、モビルスーツに乗っているのだとわかる。

 

(……こいつも……)

 

そんな同情にも似た想像をコニールが膨らませヒイロを眺めていると、

 

「……無理だな」

 

「……え?」

 

「この車は動かない……おそらく中で―――」

 

「ち、ちょっと待って……嘘、でしょ?」

 

「…………」

 

「ほ、本当に動かないの?……」

 

「そう言ったはずだ」

 

言うとヒイロは車から降りてくる。

そして、自分のモビルスーツの方へと歩き出して行く。

 

連合軍に追われ、レジスタンスのベースから大分離れてしまい、

戻るためにも車無しでは厳しい。

 

元々勝手に夜間の偵察に出ていたため自業自得ではあるが

こんな砂だらけの荒野に、それも夜に一人きりになるのは気が引ける。

例え、一晩無事に過ごしたとしても、先の通り歩いて帰るのにはほぼ不可能。

仲間が救助を待つにしても、コニールは今食料や飲み水を持っていない

ガルナハンは熱帯地域であり、昼間に飲み水も持たず荒野の真っ只中で突っ立っているなど

自殺行為にも等しい行いである。

そして何より、撃墜され、いきなり居なくなった連合のパイロットを探して

新手がやってくる可能性がある。そうなれば生きてベースへ戻る事など絶望的である。

 

「……ハァ、どうしよう……」

 

様々なネガティブな要素が重なりコニールは途方に暮れ、思わず溜息が漏れる。

 

「こんなことなら一人で偵察に何て来なきゃよかった……」

 

今更、後悔しても後の祭りであるが

コニールは近日行われる予定のザフトとの共同作戦のために

ガルナハンの連合軍基地に関する様々な情報を手に入れていた。

しかし、最近になって連合軍が『見たことも無い兵器』を投入するという話を

仲間から聞き、居ても立ってもいられずに単独での偵察に出てしまったという次第であった。

そして結果は情報は何も手に入らず、逆に自らの命を危険に晒すという最悪なものとなり

ヒイロが助けてくれなければ間違いなく命を落としていた。

 

「……ハァ……」

 

再度コニールが溜息を吐いたその時

 

「―――っ、……え?」

 

彼女の目の前に大きな手が差し出される。

見ると、ヒイロの乗ったモビルスーツが片膝をつき

コニールに向け右手を差し伸ばしている。

 

『乗れ』

 

モビルスーツの中からヒイロの声が掛かる。

 

『目的地まで案内しろ……連れて行ってやる』

 

「……いいの?」

 

『構わん……それともここに一人で―――』

 

「の、乗る! 乗ります!」

 

思わず敬語を使いながらモビルスーツの手に飛び乗る。

 

コニールが乗ったところでモビルスーツが立ち上がり

左手に壊れた車を持つ。

 

『どっちだ?』

 

「あ、あっち」

 

『……了解した』

 

ベースのある方向を示すとモビルスーツは歩き出す。

 

「? 何で飛ばないの……」

 

『……死にたいのか?』

 

コニールは知らない。このモビルスーツが殺人的な速さを持っていう事を……。

 

 

兎にも角にもコニールはヒイロと共にレジスタンスのベースへと向かうのだった。

 

 

 

 

コニールがベースに到着すると

 

「いっ、たーい!!」

 

レジスタンスのリーダーらしき男が

コニールの頭に拳骨を叩きこむという

問答無用の鉄拳制裁が下された。

 

「てめぇ、コニール!! こんな時間までどこほっつき歩いてやがった!!!」

 

コニールの数倍の声量で叱りつける。

 

「女子供がこんな夜遅くまで出歩いてんじゃねぇ!!」

 

「……うるさいなぁ」

 

痛む頭を押さえながら聞こえないように呟くと

 

「ああっ!」

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

どうやら呟き声が聞こえていたらしく

男はもう一度、拳を振りかぶる。

コニールは慌てて目を瞑り、頭を守るように手を構える。

しかし、いつまでも殴られる感触はやって来ず

それどころかコニールの体を温かいものが包まれる。

見ると、つい先ほどまで彼女を叱っていた男がコニールを抱きしめている。

 

「心配かけやがって……馬鹿野郎が………」

 

「……うん………ごめんなさい」

 

 

 

 

「ところでよ、こちらさんは?……」

 

コニールとのやり取りに一区切りがついたところで

男は先ほどからコニールの後ろに立っていた少年へと目を向ける。

 

「ええと、紹介するよ。こいつはヒイロ、私をここまで連れて来てくれた

 あのモビルスーツのパイロット」

 

「そんなことはさっき見てたから知ってる。

 確かにあんなモンが歩いて来た時は肝を冷やしたがよ。

 俺が聞きてえのはこの小僧が何者かってことだよ」

 

「えっと……こいつは……」

 

コニールもヒイロが何者であるのか分からない。

咄嗟に言い訳を考えるが何も思い浮かばず、しどろもどろに成っていると

 

「俺は……傭兵のようなことをしている。

 今夜は偶々この辺りを移動していたにすぎない」

 

ヒイロが自分のことについて語り出す。

 

「まあ、あんなモビルスーツを持ってるんだ、そんなとこだろうと思ったよ。

 ……こんなご時世だ、おめえな生き方をしてる奴なんて巨万といる。

 俺らみたいなよ………」

 

男はヒイロの素性についてそれ以上詳しくは聞かなかった。

 

「……それにしても傭兵か……」

 

代わりに男は何やら考えるそぶりを見せ始める。

そして、

 

「ヒイロといったか……おめえ、俺らに協力してくれねえか?

 もちろんタダとは言わねえ、傭兵として雇うんだからな」

 

「なっ! 本気でっ!」

 

男の発言に反応したのはヒイロではなくコニールであった。

そんな彼女の驚きとは裏腹に会話は進んでいく。

 

「……内容は?」

 

「へっ、話が早くて助かる。

 ……実は今度、連合軍からガルナハンの街を解放する為に

 ザフトと合同で大々的な作戦を行うことになっている」

 

「ザフトと?」

 

「ああ、この近くにマハムールっていうザフト軍基地の奴らと

 名前は忘れたがザフトの新造艦の部隊が協力してくれる手筈になっている」

 

「……それだけの戦力がありながら、何故俺に依頼を頼む?」

 

「それは少しでも戦力が欲しいのもあるが……

 モビルスーツ戦になれば俺らに出来ることなんて何もない。

 ……協同作戦とはいっても俺らは敵の情報を渡して、

 後は後方で見ているだけだ。

 俺らの街を取り戻そうっていうのに何だか忍び無え。

 まあ、傭兵雇うんじゃ一緒なんだけどよ……それでも……」

 

「…………」

 

男はヒイロにその心中の全てを吐露する。

そんな男の言葉にヒイロは

 

「………了解した」

 

あっさり了承する。

 

「本当かっ!!」

 

「ヒイロ………本当にいいの?」

 

ヒイロの返答に男は歓喜を、

コニールは若干戸惑いを含ませた声を出す。

 

「了解したと言った。変更は無い」

 

「そうかそうか……それじゃあ短い間だけどよ。宜しく頼むぜ。

 作戦の詳しい内容についてはコニールに聞いてくれ。コニール、頼んだぞ」

 

「わ、わかった」

 

こうして話が纏まりかけたそのとき、

 

「……ただし」

 

ヒイロが口を挟んでくる。

 

「ん?」

 

「え?」

 

「俺がこの作戦に参加するに当たって、いくつか条件がある」

 

 

 

当初、ヒイロはこのコニールという少女を送り届けた後

早々にこの場を立ち去ろうと考えていた。

しかし、レジスタンスの男に『傭兵』としての依頼内容を

聞かされた際、事情が変わった。

 

(……ザフトの『新造艦』、か)

 

地球にいるザフトの新造艦。

キラやラクスたちを襲った部隊と関係しているか、

調査する価値は大いにある。

 

そんな打算的な理由もあるが、

ヒイロがこの作戦への協力を決意したのは

やはりレジスタンスの男の律儀な言葉が最大の要因となった。

 

自分たちの守りたいもの、取り戻したいもののために

戦い抜こうとする姿勢に称賛を抱いたのである。

ただザフトに関する情報を得たいなら単独で行動し

カーペンタリアと同様にマハムール基地へ潜入すればいいだけだ。

 

 

そんなヒイロがこの作戦への参加条件として

レジスタンス側に提示したものは以下の通りである。

 

 

「先ず、今回の作戦にゼロ―――俺のモビルスーツは使わない。

 ザフト側に一機、何でもいいからモビルスーツの手配をするよう伝えてくれ」

 

「え? どうして?」

 

「……あの機体は非公式なものだ。ザフトに見つかれば接収されかねん」

 

コニールの疑問に対してヒイロはそう答える。

表向きにはヒイロの口上と同意であるが

その本来の意味するところは自らの存在を

ザフトに対して、極力知られない為の配慮であった。

 

「ふーん、そういうことなら……

 じゃあ、次の条件は?……」

  

一つ目の条件に含むものはあるが

コニールたちは一応納得の様子を見せてくれる。

 

「二つ目は俺の名前をザフト側に紹介する際に偽って貰いたい。

 俺もこういう生き方をしている身だ、正規軍に名が知られるのは避けたい」

 

「……うん、別に構わないけど……それじゃあ、ヒイロのこと何て呼べばいいの?」

 

「……そうだな……デュオとでも呼んでくれ」

 

「デュオ?」

 

「ああ、そうだ。作戦行動中はそう呼んでくれ」

 

「……わかった………」

 

どこか遠くの世界で死神の少年が「ヒイロてめえ、この野郎ッ!」と

叫んだような気がしたが、ヒイロは気にせず話を続ける。

 

「そして三つ目、これが最後になるが……俺に褒賞金は要らない。

 作戦が成功しようが、失敗しようがタダでこの依頼を引き受ける」

 

「えっ!! 本当に!?………だけど」

 

「俺からの話は終わりだ。あとはお前たちの好きにしてくれ。

 もし、断るのであれば俺は作戦内容を聞かずにここを去る」

 

コニールの困惑を無視し、話を終わらせ

ヒイロはここまで黙っていたレジスタンスの男へと目を向ける。

ヒイロの視線を受け男は喋り出す。

 

「……おめえの要求については良くわかった。

 だが……全て飲める訳じゃねえ」

 

「…………」

 

ヒイロは黙って男の話を聞く。

 

「二番目と三番目の条件については良くわかった。

 特に三番目なんて願ったり叶ったりだ。

 ……だが、一番目の条件に問題がある」

 

「……というと?」

 

「いくら協同作戦とは言っても、正規の軍隊が

 俺らみたいな連中に快くモビルスーツを貸してくれるわけが無え

 十中八九、無理だな」

 

「……そうか、それならこの―――「けど」――?」

 

「おめえがどうしても自分のモビルスーツを使いたくねえなら

 手が無い事も無い……ちょっと付いてきてくれ。

 ……コニール、お前はもう寝とけ」

 

「で、でも……」

 

「いいから……作戦内容は明日にでも説明してやればいい。

 ヒイ……『デュオ』もそれで構わないな?」

 

律儀なのか、気が早いのかは分からないが

まだ作戦行動中でもないのに男はヒイロの事をそう呼ぶ。

 

「ああ、俺は構わない」

 

「と、そういうことだ。わかったら、さっさと寝ろ」

 

「………わかった。……じゃあヒイロ、また明日な」

 

「……ああ」

 

少し納得のいかない様子であったがコニールは

ヒイロにそう告げると二人の元を離れていく。

それを確認すると男は再度ヒイロに言うのだった。

 

「さて、それじゃあ付いてきてくれ」

 

 

 

 

ヒイロは男の先導でベースから数メートル離れた場へと

連れて来られていた。

そこは周りを断崖に囲まれ、

ヒイロたちが入った所のみ開けているという

まさに何かを隠すには打って付けの場所である。

 

そしてそこには、一機、四つ足のモビルスーツが野ざらしに置いてあった。

ザフトの地上用量産機『バクゥ』に似ているが

装甲の色が橙色と特殊で、まるで誰かの専用機のように見える。

 

「……これは?」

 

「こいつは『ラゴゥ』って機体だ」

 

「ラゴゥ……」

 

「ああ、これはな万が一のためにジャンク屋から買ったモンだ。

 何でも前大戦のときに破壊されたらしくてな、

 砂漠のド真ん中でバラバラの状態のコイツを回収して修理したらしい。

 この機体は2年前ザフトの『砂漠の虎』っていう凄腕パイロットが

 乗っていた折り紙つきの性能だ」

 

ヒイロは以前オーブで共に過ごした男、

アンドリュー・バルトフェルドが、件の『砂漠の虎』であることを知らない。

 

「……コックピットを確認してもいいか?」

 

「ああ、構わねえよ」

 

そう尋ねながらヒイロはラゴゥへと近づいていく。

男もあっさりとそれを了承する。

 

ヒイロはラゴゥのコックピットハッチを開く。

レジスタンスの男はヒイロの側に立ち、それを見ている。

 

「? 二人乗りか?」

 

ヒイロがコックピットを開くと

前後に座席が一つずつ備わっているのが目に入る。

 

「そうだ、と言いてえがそうじゃねぇ。

 後部がメインで、前部がサブになってたはずだったんだがよ

 前部の方は今はもう飾りだ。

 ジャンク屋の奴ら修理するときに一人用に改造しちまったらしい」

 

男の言葉を聞き終えるとヒイロはコックピットの後部座席に座る。

 

「……武装は?」

 

「背部にビームの砲門が二つ、

 頭部に左右両サイドからビームサーベルが出る仕組みで

 それから脚部が格闘戦用のクローになっている」

 

「理解した………―――この機体」

 

「ん? どうした?」

 

「いや、何でも無い。それよりもこのモビルスーツ

 本当に俺が使っても………?」

 

「構わねえよ。買ったはいいがOSがコーディネイター用に組まれてて

 俺らには使いこなせ無かった……これだったら戦車でも買った方がましだったな」

 

(なるほど……通りで………)

 

男は苦笑いしながら言うが

ヒイロはこの機体の欠陥に気付き、考えを巡らせる。

 

この『ラゴゥ』という機体は二人で操縦するからこそ

本来の力を発揮できる機体である。

一人用に改造すれば返って性能の低下に繋がる。

おそらく、改造を行ったジャンク屋もその欠陥に気付き、

彼らのレジスタンスにこの機体を売ったのだろう。

そして、こんな簡単な欠陥など乗っていればすぐに分かるはずだが

どうやら彼らはそれほど、この機体を使っていないとのことであり

その為この欠陥に気付けなかったのだと思われる。

これでは機動力は上だが『バクゥ』とそれほどの違いは無い。

 

それでもザフト軍の新造艦部隊を隠密に調査する為にも

ウィングゼロを使うわけにはいかないヒイロはこの機体を選択するしか無かった。

 

 

 

 

ザフト軍拠点 マハムール基地

 

 

インド洋での戦闘を経たミネルバ一行は

中東のザフト基地マハムールで補給を受けていた。

また、グラディス隊に送られた指令書の中には

ジブラルタルへ行く前にこのマハムール基地を経由すようにと書かれていた。

おそらく、グラディス隊にこの地で何かやって貰いたい事があるという

デュランダルの意図が垣間見える。

そして、

艦長のタリア・グラディス、

副長のアーサー・トライン、

特務隊のアスラン・ザラの3名は

到着して早々にマハムールの作戦司令室へと呼ばれることとなった。

 

 

「ガルナハン、ですか?」

 

マハムールの司令官、ヨアヒム・ラドルから

ガルナハン地球連合軍基地の攻略を依頼され、

アーサーは疑問の声を上げる。

 

「そうです。この中東の連合軍拠点スエズは

 このマハムールと地中海を挟んだ先にあるジブラルタルを

 叩きたいはずなのですが、今はそれが上手くいかない。

 その理由というのが―――」

 

「ガルナハンという訳ですわね?」

 

タリアがヨアヒムの言葉を繋げる様に

声を重ねる。

 

「はい、連合軍はスエズと大陸との間の地域を

 安定させ、供給ライン得なくてはなりません。

 でなければスエズはマハムールとジブラルタルという

 二つのプラント勢力に挟まれ完全に孤立してしまいます。

 そして、連合はそれを成すため豊富な火力プラントの在るガルナハンに

 かなり強引なやり方で一大巨頭邦を築き上げ、

 辛うじてスエズとのラインを保っているという状況です」

 

「それで連合はそのラインを保つのに必死で

 ジブラルタルやマハムールを攻める事が出来ないという訳ね」

 

「その通りです」

 

さらに言えば、現在ユーラシア西側で活動中の反連合を掲げた

レジスタンスなどの抵抗勢力に対しての牽制ともなる意味合いも

このスエズ、ガルナハン間のラインは持っている。

 

「ただ、逆にいえば」

 

ここまでヨアヒムの話を静聴してきたアスランはその口を開く。

 

「そのガルナハンの連合軍基地さえ落としてしまえば

 スエズとのラインが分断でき、結果的に抵抗勢力への支援にもなって

 結果的にスエズの地球連合軍に間接的にも大きな打撃を与えられる訳ですね?」

 

「そういうことです。

 しかし、その事は当然連合側も分かっている。

 故に向こうさんも簡単には落とさせてはくれない」

 

マハムールからガルナハン基地へ攻め入るには

一本道の渓谷を通らなければ進攻する方法は無い。

そして、その地形を利用した連合軍は

 

「渓谷の先にある山岳の中腹に『ローエングリン』と呼ばれる

 陽電子砲を配備して、進軍するこちらを狙い撃ちして来るという次第です」

 

「? それだけならこの基地だけでも落とせるんじゃ……」

 

ヨアヒムの説明にアーサーが疑問を挟む。

確かに陽電子砲は強力ではあるが一度放つとエネルギーが尽き果て

再発射するためにはチャージが必要となる。

つまり一発目さえ凌げばマハムールの戦力でも十分に攻略は可能のはずである。

そんな疑問に対してヨアヒムは

 

「ええ、それだけなら問題はありません。

 ……我々もそう思い、一度攻略を試みましたが

 相手も一枚岩ではありませんでした。

 奴ら砲台の前に陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーを配置してまして

 こちらの反撃はことごとく防がれ、その隙に陽電子砲を貰い……

 結果は散々なものに終わりましたよ。

 ……グラディス隊の方々もオーブ沖で同様のモビルアーマーと交戦したと

 報告を受けていますが………?」

 

「ああっ! あの時のっ!!」

 

ヨアヒムの質問に思い当たる節があった様にアーサーは

声を上げる。

 

オーブを出た直後、地球連合軍に強襲を受けた折

ミネルバは『ザムザザー』という陽電子リフレクターを装備した

モビルアーマーと交戦している。

その『ザムザザー』はミネルバの放った主砲『タンホイザー』

ローエングリンと同じ陽電子砲を防ぐという、

まさに鉄壁と称するに相応しい性能を見せてくれた。

 

「では、どうやってガルナハンを攻めるつもりなの?

 同じことを繰り返しても意味は無いですよね……

 私たちに協力を仰いで来たのだから何かしらの

 作戦があるということに成りますわよね?」

 

タリアがヨアヒムに疑問を投げかける。

 

「ご明察です。実は現地のレジスタンスで

 とある強襲作戦を実行する予定なのです。

 そしてその作戦内容は―――」

 

そしてヨアヒムはアスランたちにガルナハン攻略の詳細を伝えるのだった。

 

 

 

 

一夜明けた同じころ、レジスタンスのベースにて

ヒイロもまたコニールから作戦内容の詳細を聞かされていた。

 

そして、その全貌を聞いた段階でヒイロに疑問が生まれる。

 

「……それだけの詳細な情報を持ちながら、

 何故昨夜、連合の基地を偵察していた?」

 

「……昨日言わなかったっけ?」

 

「いや、聞いていない」

 

「そうだったかな?……まあ、いいか。

 えっと……私が昨日偵察に行ったのはある噂を聞いたからなんだ」

 

「……噂?」

 

「うん、真偽のほどはわからなかったけど

 最近になって連合軍の間で新しい兵器が使われるっていう噂が流れたんだ。

 でも昨日は何もわからなくて…………ただの噂ならいいんだけど」

 

「……ザフトはその事を知っているのか?」

 

「うーうん、知らない。何の信憑性もない情報なんか渡せないよ……」

 

「……そうか」

 

「うん……」

 

コニールの話によるとこの作戦には不確定要素が存在する事になる。

今回行われる作戦はコニールたちのレジスタンスが集めた情報に則し行われ

順調に事が運べば高確率で成功するだろう。

しかし、そんな勝ちに繋がる作戦に一つでも綻びが生じれば

連鎖的に全ての成功への道がが潰えてしまう可能性が在る。

 

だが、作戦実行日までもう時間は残されていないため

これ以上連合への調査を行うこともできない。

 

結局、ヒイロもコニールも当日までに出来た事は何もなかったのだった。

 

 

 

 

ヨアヒムより作戦内容を聞かされた後

アスランはミネルバの甲板へと訪れ、

偶然にもシン・アスカと対面していた。

 

 

「無茶苦茶ですよ、あなたは」

 

シンがアスランに声を浴びせる。

 

「つい先日までオーブでアスハなんかの護衛をやってた人が

 いきなり復隊して、特務隊だ、隊長だ何て言われても

 はいそうですかって、納得できるはずが無い」

 

「……確かに君からすれば、俺のしている事は無茶苦茶だろう。

 認めるよ……自分でも時々そう思うからな。

 ……だが、だからだと言うのか?」

 

「え?」

 

「俺の指示に従わず、勝手な行動をするのは」

 

「っ、それは……」

 

「自分だけは正しくて、

 自分が気に入らない、認められないものは全て間違っているとでも言うつもりか、君は?」

 

「そんなことは―――」

 

「なら、あのインド洋での戦闘は何だ?

 君は今でも自分のしたことは間違いじゃないと思っているのか?」

 

アスランの言葉にシンは数瞬想いを巡らせる。

インド洋で虐げられ、殺された人々を目の当たりにしたとき

シンは2年前のオーブでの事を思い出した。

そして彼は感情に強い意志と信念を乗せて答える。

 

「はいっ」

 

シンの眼に揺らぎは無く、しっかりとアスランを見据えている。

 

「…………、……君はオーブで家族を亡くしたと言っていたな?」

 

「殺されたって言ったんです。アスハに」

 

「……まあ、それでもいいさ。

 だが……だから君は考えたっていう訳か?

 あのとき『力』があったなら、『力』を手に入れさえすれば、と」

 

「何で、何であんたにそんなこと……」

 

「自分の非力さに泣いた事のある者は誰でもそう思うさ、たぶん」

 

アスランもまたシンとは違うが戦う事を

躊躇したことで3人の戦友を死なせることになってしまった。

そして、そんなかつての経験があったからこそアスランは言う。

 

「でも……その『力』を手にしたそのときから

 今度は自分が誰かを泣かせる者となる………それだけは忘れるなよ。

 俺たちはまたすぐに戦場に出る

 だがそれを忘れて闇雲に敵を討てばそれはただの破壊者だ。

 ……そうじゃ無いんだろ君は?」

 

「―――っ」

 

「俺たちは軍としての任務で戦うんだ。

 喧嘩をしに行く訳じゃない」

 

「わ、わかってます。それぐらい」

 

「そうか、ならいいんだ。

 それさえ忘れなければ君は優秀なパイロットだ」

 

「え?」

 

アスランはそうシンに告げると甲板をあとにする。

シンはまだ兵士としては若い、

2年前のイザークに少し似ているなとアスランは思う。

また、これからの戦いで成長していく彼の姿を見たいとも思うのであった。

 

                  つづく




第七話(前編)です。


すいません。嘘つきました。この話ではまだ彼らは出会いません。
後編も一緒に投稿しますので、そちらで出会いを果たします。

それから、この作品を読んで下さっている皆様にお詫びいたします。
自分の勉強不足の所為で大変、読みにくい文章になってしまい誠に申し訳ございません。
精進していきますので、今後も御鞭撻のほどよろしくお願い致します。


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      大地に聳え立つ扉(後編)



そして『翼』は姿を現す。





数日後、ヒイロはザフトとの合流地点に向けてラゴゥを疾走させていた。

前部の座席にコニールが座り同乗している。

ウィングゼロは予定通りレジスタンスベースに置いて来てある。

しばらく走っていると前方に2隻の軍艦がモニター越しに目に入る。

 

「ヒイ、じゃ無かった……デュオ、あっちの派手な方に近づいて」

 

「了解した」

 

コニールが示した一隻、

おそらく件の『新造艦』と思しき方に機体を接近させていく。

向こうもこちらに気付いたのだろう、底部のハッチを開きこちらを誘導する。

 

 

ラゴゥを『新造艦』―――ミネルバの中へ収容すると

ヒイロとコニールの二人はこの艦の副長、アーサー・トラインなる男に

モビルスーツパイロットのミーティングルームへと案内される。

 

二人が室内に入ると

 

「――― 子供じゃん」

 

という呟き声が聞こえてくる。

ヒイロは声のした方を一瞥する。

 

(………こいつは……)

 

そこにいたのはカーペンタリアでぶつかった

黒髪の少年がいた。

 

 

「えー、ではこれよりラドル隊と合同で行う

『ガルナハンローエングリンゲート突破作戦』の詳細を説明する。

 ……この敵は難敵である。

 以前にもラドル隊が攻略を試みたが結果は失敗に終わっている。

 そこで今回は………アスラン、替わろう。後は君の方から頼む」

 

「はい……ガルナハンローエングリンゲートと言われるこの渓谷には―――」

 

アーサーに替わりコニールとヒイロの傍で待機していた

アスランと呼ばれた男が説明を始める。

 

このガルナハンを攻略するには

このローエングリンの破壊が最優先である事。

しかし、渓谷に挟まれた地域のため進攻の経路が一つしかなく

また、砲台の前には陽電子リフレクターを

装備したモビルアーマーが配備されており

容易に攻略が出来ないという説明をしていく。

 

「そして―――」

 

「要するにそのモビルアーマーをぶっ潰して

 陽電子砲を落とせばいいんでしょう?」

 

「……シン、俺たちは今どうすればそれが出来るのかを話しているんだぞ」

 

「出来ますよ。オーブで同じようなのを倒したし」

 

「なら、やって貰おうか。俺たちは後方で待ってるから突破出来たら伝えてくれ」

 

「えっ! ……それは………その」

 

アスランの言葉にシンという少年はたじろぐ。

彼の隣では紅色のショートヘアの少女が笑いを堪えている。

 

「と、そんな馬鹿な話は置いておいて……ミスコニール」

 

「え? あっ! はい!」

 

唐突に名前を呼ばれたコニールは慌てて返事をする。

 

「彼がそのインパルスのパイロットです」

 

「えっ! コイツが!?」

 

「……何だよ?」

 

「本当にこんな奴で大丈夫なのか? あんた隊長なんだろ?

 あんたがやった方が良いんじゃないのか?

 この作戦が失敗したらマジでもう終わりなんだから」

 

「っ! 何だとコイツっ!」

 

「シンっ! ミスコニールも止めろ!

 ………大丈夫ですよ、ミスコニール。彼ならやれます。

 ……さあ、データをこちらに」

 

アスランにそう言われ、コニールはポケットから

データメモリーを取り出し、渋々とアスランへと渡す。

 

「ほら、シン。受け取れ、今回の作戦の要となるデータだ」

 

コニールから受け取ったメモリーを

アスランはシンに差し出すが

 

「…………」

 

「シン」

 

「……ソイツの言うとおり、アンタがやればいいだろ?

 失敗したらマジ終わりとか言って………」

 

「シン、おま―――」

 

シンのそんな態度にアスランが叱責を飛ばそうとしたそのとき

 

 

「だったら、その役目俺が代わろう」

 

 

ここまで成り行きを見守っていたヒイロが口を挟む。

 

「シンとかいったな。お前のモビルスーツを俺に貸せ」

 

「何っ!?」

 

「ヒ……デュオ! 何言ってるんだよ!?」

 

これにはシンだけでなくコニールも驚きを露わにする。

特にシンは突然見知らぬ少年にこんなことを言われて黙っていられない。

 

「お前っ! 」

 

「お前はこの役目を放棄すると言った。そんな奴に戦場に出られても足手まといになるだけだ」

 

「っ! じゃあ、お前には出来るって言うのかよ!?」

 

「俺には出来る。お前には出来ない」

 

「――――っ!」

 

「……………」

 

ヒイロとシンはお互いに睨み合ったまま一歩も引かない。

そしてそんな中、さらにヒイロが口を開く。

 

「お前は状況が全く分かっていないようだな?」

 

「わかってる! それぐらい!」

 

「なら、この戦いで誰が命を賭けているのが言ってみろ」

 

「? そんなの俺たちザフトだろ?」

 

「……違う」

 

「じゃあ、誰なんだよ!?」

 

「……お前、本当に分からないのか?」

 

ヒイロは再度問いかけ、シンを先ほどよりも強く睨みつける。

 

「…………」

 

しかし、そんなヒイロの問いかけにシンは何も答えられない。

その様子を見かねたヒイロがその解を告げる。

 

 

「……全員だ」

 

「え?」

 

「この戦いに参加する全ての者が命を賭けている」

 

「っ!!」

 

「実際に戦っている人間だけではない。

 ガルナハンの街でこの戦いを見ている人間もだ。

 ……中には自ら戦えないことに憤っている者たちもいるだろう

 中には恐怖に駆られ、怯え、震えている者たちもいる。

 だが、彼ら全員が命を賭けている。

 皆、自分たちの守るべき未来のために、明日へと希望を紡ぐためにだ」

 

シンだけではない、その場にいる全員が静まり返っていた。

 

「………戦いの采は既に投げられている。

 作戦開始までもう間も無くだ、

 そんな中お前がこれを拒否するのなら俺が代わりにやる。

 ……希望を消させるわけにはいかない」

 

シンは心に穴を開けられた様な気分だった。

何故ならこの少年の言っている事は

いつだったかカガリ・ユラ・アスハに自分が言ったことと同じだったから。

 

インド洋での戦闘、マハムールでアスランに言われた事、そして今この少年からの言葉が

その胸中を渦まく。

そんなシンの心に聞こえてきたのは、いつも聞いていた妹の携帯電話の音声。

 

そして、

 

シン・アスカは決意する。

 

何故『力』欲したのか、その『力』を何のために行使するのか。

 

そんな『想い』を己の心に問いかけ、答える。

 

その決意を……。

 

 

「――― やる」

 

「え?」

 

「……………」

 

シンの口からポツリと聞こえた声にアスランは疑問を呈し

ヒイロは何も言わず聞いて聞き入る。

 

「俺になら任せても大丈夫なんでしょう? 隊長」

 

「あ、ああ……そうだが」

 

「だったらやってやりますよ。

 俺にだって、俺にだって守りたいものがあるんだ!」

 

シンの言葉にはこれまで以上の強い想いが宿っている。

それをアスランもヒイロも感じ取る。

 

「……なら、任せるぞ。シン・アスカ」

 

アスランはもう一度データメモリーをシンへと差し出す。

シンも今度はしっかりと受け取る。

そして、それを見届けたヒイロはミーティングルームを出て行こうとする。

 

「ち、ちょっと、ヒ……デュオ、どこに行くの?

 まだ説明の途中なのに……」

 

部屋の扉へと近づくヒイロをコニールが慌てて呼びとめるが

 

「……作戦内容はすでにお前から聞いている。

 俺は俺に出来る事をするだけだ。今ここで俺に出来る事はもう何も無い。

 ………出撃までにモビルスーツの調整をしておきたい、ラゴゥのところへ行く」

 

そうして部屋の外へと足を踏み出そうとする。

 

「デュオ!……ありがとう」

 

そんなコニールの声を背に受け、ヒイロは

 

「……礼を言うにはまだ早いぞ。コニール」

 

そう切り返し、改めて部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

『気密シャッターを閉鎖、非常要員は退避してください。

 中央カタパルトオンライン、発進位置にリフトアップします。

 コアスプレンダー全システムオンライン、発進待機願います』

 

メイリン・ホークによる発進シークエンスを聞きながら

シンはコアスプレンダーのコックピットの中で

今回の作戦内容を反芻していた。

 

先ず、一射目のローエングリンはミネルバが陽動を仕掛けやり過ごし

ラドル隊のレセップス級が敵モビルスーツ部隊に攻撃を仕掛ける。

次に、アスランのセイバー、ルナマリア、レイのザク2機と

デュオという協力者の少年のラゴゥの計4機でラドル隊への援護と

陽電子リフレクターを持ったモビルアーマーを砲台から引き離す。

その間にシンがコアスプレンダーで現地の住民でもめったに使わないが

ローエングリン砲台のすぐ傍まで続いている坑道。

その坑道を利用して敵の砲台に強襲を仕掛けるという作戦である。

 

ただ、その坑道には二つの難点がある。

一つは人や車が通るには十分な広さだが、

モビルスーツが通るための広さは無い事。

そこで白羽の矢が立ったのがシンのインパルスである。

インパルスはコアスプレンダー、レッグフライヤー、チェストフライヤーと

各状況に応じたシルエットフライヤーの組み合わせで構成されている。

そして今回は前者三つの部分を分離した状態で坑道へと入る。

モビルスーツでは通れないがコアスプレンダーでならギリギリ通る事ができ

その後ろにレッグフライヤーとチェストフライヤーを牽引し坑道を抜ける。

 

そして、もう一つの問題は坑道内には全く光が入って来ず

コアスプレンダーのライトとコニールから貰ったデータだけが命綱となる。

 

デュオという少年が出て行ったあと、

ミーティングルームでアスランがシンにこう言っていた。

 

『モビルスーツでは無理でもインパルスなら抜けられる。

 データ通りに飛べばいい……ただし坑道を抜けるのが早すぎても遅すぎても駄目だ』

 

と、つまるところこの作戦の成否の全てが

シンに委ねられたということである。

 

 

『ハッチ解放、射出システムのエンゲージを確認。

 推力正常、進路クリアー、コアスプレンダー発進、どうぞ』

 

「シン・アスカ。コアスプレンダー、行きますっ」

 

 

 

 

ガルナハン地球連合軍基地指令室

 

 

ザフトの進攻に当然連合側も気付き

 

「ザフトの連中め、性懲りもなく……今度はミネルバなんぞを連れて来よって

 ………ローエングリン起動! 『ゲルズゲー』発進! 各モビルスーツも直ちに発進させろ!

 奴らに何度来たところで同じだという事を教えてやれ!!!」

 

ガルナハンの司令官が各員へと指示を飛ばす。

 

「それから……『アレ』の用意をしてくれ。

 丁度いい機会だ、実践テストをしてやれ」

 

司令官の男は何やら不穏な指示を出すのであった。

 

 

 

 

シンの発進を確認したミネルバは敵陽電子砲に向け陽動を仕掛ける。

 

「タンホイザー起動、照準の際は後方に留意。

 街を吹き飛ばさないでよ。

 敵モビルアーマーを前面に誘い出す」

 

「了解。ターンホイザー起動、照準、敵モビルスーツ群並びに陽電子砲台」

 

相手側もミネルバの陽電子砲の発射態勢を確認したのだろう

予定通りローエングリンとその他のモビルスーツの文字通り盾となるために

敵のモビルアーマーが前面に躍り出て来る。

 

その確認を終えると

 

「撃てぇーーー!!!」

 

即座にタンホイザーを放つ。

しかし、陽電子リフレクターが相手ではオーブ沖の戦いと同様

結果は目に見えている。

ただし、今回のミネルバの役目はあくまで敵の陽動である。

こちらの攻撃を防いだ連合軍はミネルバにローエングリンを向けて来る。

 

「敵砲台からの照準を確認!」

 

「機関最大っ、降下! かわして!!」

 

タリアの号令と共に大きく下降を始めるミネルバ。

そして、つい先ほどまで居た位置を敵の放ったローエングリンが通り抜けて行く。

一方ミネルバも辛々でそれを回避した為に船体を砂地へと叩きつけられる。

 

「―――っ、すぐにCIWS、イゾルテの砲門を上空の敵機へ

 モビルスーツ隊の援護をして!」

 

「了解」

 

「第一関門は突破したけど、私たちに出来る事はまだたくさんの残ってる。

 各員、決して気を緩めないで!」

 

ミネルバの今回の大きな目的は無事達成されたが戦いはまだ終わってはいない。

タリアはブリッジ内の船員に檄を飛ばす。

敵ローエングリンの再発射がされるまでのここからが本当の勝負となる。

この戦いの命運を祈りながらミネルバクルーたちは帯を締め直すのだった。

 

 

 

 

『レイ、ルナマリア。さあ、俺たちも行くぞ』

 

『『了解』』

 

『……デュオ、だったか……君も宜しく頼む』

 

「……了解した。指示はそちらに任せる」

 

アスランからの通信がミネルバのパイロットとヒイロへと入る。

現在各機の通信はオープンとなっている。

 

『わかった。ルナマリアとレイは後方から援護。

 セイバーとラゴゥ、機動力のある2機で上空と地上の二方向から

 敵モビルアーマーへと接近、その後敵を引き離す』

 

『『了解』』

 

「……任務了解」

 

各機への指示を出し終えると回線は閉じられる。

それと同時に各々に行動を開始する。

レイのブレイズザクがミサイルを

ルナマリアのガナーザクがオルトロスをそれぞれ放ち

敵機を撃墜する。

そして、その間隙を縫う様にアスランはセイバーをモビルアーマー形態へ変形させ

ヒイロはラゴゥ頭部のビームサーベルを作動させそれぞれ敵へと接近を仕掛けて行く。

 

2機のザクによる援護もあり容易に対象のモビルアーマーへと接近したセイバーとラゴゥ

ヒイロが空中にいるそれに向かってビームキャノンを撃ちこむ。

当然の如くリフレクターによって防がれるが、上空より接近したセイバーがモビルスーツへと変形させ、敵機を蹴り落とす。

地上へと落ちた敵機を軸にヒイロはラゴゥを旋回させビームを連続して放つ。

敵機も早々に体勢を立て直しラゴゥの攻撃に合わせリフレクターを展開させ、これを防ぐ。

そうして空中へと戻ろうとするが今度はまたセイバーのビームの雨が浴びせられ、逃げられない。

セイバーのビームをリフレクターで防御しているとラゴゥが接近、

それに合わせセイバーもビーム攻撃を止める。

ラゴゥの接近してくる方向に敵機もすかさずビームを放ってくるが

左右に機体を動かし回避、

また直撃コースに入ったものはビームサーベルで器用に弾いて、その全てを無効化する。

そうして敵の懐に入り込み、前足のクローで敵機を弾き飛ばす。

そしてセイバーとラゴゥの連携によってジリジリとモビルアーマーは砲台から距離を離して行く。

 

 

そんな二人の連携を見ていた後方のルナマリアとレイは

 

「何かあの二人凄すぎない? アスラン隊長もだけど、あのデュオって子

 ……あれだけの腕を持ってるなんて、あの年で傭兵やってるのも肯けるわ」

 

『ルナマリア、無駄口を叩くな。作戦中だぞ』

 

「はいはい、でもさあ……あの二人だけで、

 あの気持ち悪いモビルアーマー落とせそうじゃない?」

 

『それは駄目だ』

 

「え? 何でよ?」

 

『あの盾を失えば、おそらく敵はローエングリンを隠してしまう。

 そうなればこの作戦はそこで終わる。

 シンが出て来るまで、アレを撃墜してはいけない。

 あの二人は今、アレを生かさず殺さずの状態にしておく必要がある。

 その証拠にさっき、あのラゴゥのパイロットはビームサーベルではなく

 クローで攻撃していた』

 

「ていうことは何? あの二人、手加減してるってこと?」

 

『そういうことだ』

 

クローによる攻撃だけではない。

アスランもヒイロも敵のリフレクターを狙ってビームを放ち

わざと敵に防御させている。

いくらリフレクターが鉄壁とはいえ無限ではない、

あれだけ使用していればエネルギーが無くなるのは目に見えており

こうしておけばシンが砲台へと出てきた後、敵機を撃墜しやすくなる。

 

「何か私たちいらない子扱いじゃない?」

 

『……そうでもなさそうだ。ルナマリア』

 

「ん? どうしたの?」

 

『予想以上に敵を引き離すのが早い

 今砲台の前はガラ空きになっている。

 これなら長距離射撃で狙えそうだ』

 

「そういうこと……わかったわ。

 シンが出てきたときに、もう作戦は終わってましたってのも

 面白そうだしね」

 

ルナマリアはオルトロスの照準をローエングリンへと向ける。

 

「いくら私が射撃が苦手だって言っても

 的があれだけ大きければ外さないわ、よっ」

 

最後の一音と共にルナマリアはトリガーを弾く。

未だ次の発射態勢の整わないローエングリンに一直線に光が放たれる。

放たれた光は敵の矛を撃ち砕く

 

「よしっ! ちょく、げ……き?」

 

はずだった。

  

確実に砲台へとオルトロスの攻撃は届いた。

しかし、直撃したにも関わらず敵のローエングリンは未だ健在、 

それどころか傷一つさえ付いていない。

 

『何だ……アレは?』

 

「レイ? 何かわかったの?」

 

『砲台の周りを良く見てみろ』

 

言われて、ルナマリアはメインカメラをズームさせ

モニターにローエングリンを映し出す。

そして、そこに在ったのは

3機の見たことも無いモビルスーツ。

腕にはダガーと同じビームカービンしか装備していない。

だがその3機の周りには、円盤状の機械が何基も浮かんでいるのだった。

 

 

 

 

交戦を続けながらその一部始終を見ていたヒイロは

驚愕の表情で砲台にいる『モビルドール』を捉える。

 

(ビルゴ……何故あれがここにある?)

 

プラネイトディフェンサーを展開してローエングリンを

守っていたのはヒイロの世界に在るはずの兵器。

コニールが聞いた噂というのはこのビルゴのことであったのだ。

ヒイロはこのときウィングゼロを置いてきて事を後悔するが

そうしている暇などない。

 

これではいくら敵のモビルアーマーを引き離し

シンが坑道から出てきたところで意味は無い。

 

(おそらくアレは、俺が連れて来てしまったもの。

 ……なら全ての決着は俺が………)

 

ヒイロはアスランへと通信を開く。

 

『……どうした?』

 

「俺は一時この戦場を離れる。

 俺が戻るまでの間、何としてもこの場を食い止めてくれ」

 

『何っ!? お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?』

 

「分かっている。だが、アレを何とかする手段を俺は持っている。

 ……時間が惜しい、行かせてくれ」

 

『………わかった。だが、必ず戻って来い』

 

「……了解した」

 

ヒイロはラゴゥをレジスタンスのベースのある方へと向ける。

ラゴゥを疾走させながら今度はミネルバへと回線を開く。

 

「こちら、レジスタンス所属のデュオ」

 

『こちらミネルバブリッジ、メイリン・ホークです。

 どうかしましたか?』

 

「……艦長へと繋いでくれ、大至急だ」

 

『……わかりました』

 

少しの間があり、通信先の人物が入れ替わる。

 

『ミネルバ艦長のタリア・グラディスです。

 一体どうしたというの?』

 

「ブリッジから砲台は確認できているな?」

 

『……ええ、残念ながら見えているわ。

 ………このままじゃ作戦は終わりだわ』

 

「そうか……なら話は早い。俺は少しの間、戦場を離れる。

 すぐに戻る、それまで戦線を維持してくれ」

 

『何を―――』

 

「すでに、アスラン・ザラから許可は取っている」

 

『……なら、何故ここへ連絡をしてきたの?

 現場での指揮は彼に一任してあるから、彼の許可があれば連絡を―――』

 

「そうではない……いくつか指示をしておきたい」

 

『指示!? 傭兵である貴方が私たちに?

 ………いいわ、言って頂戴。どうせこのままじゃ失敗する作戦だもの』

 

「……先ず、インパルスが出てきたら追加武装を送れ

 なるべく機動性の高いものがいい」

 

『……わかったわ。それで?』

 

「次は……残念ながら陽電子砲の二射目までに戻れるか分からん。

 だから―――」

 

『だから、そのときは何とかして欲しい、と?」

 

「……そうだ」

 

『………無茶を言うわね……わかったわ、こちらで何とか対応してみます』

 

「……なら、この話は終わりだ。

 次、最後だが……これは指示ではなく頼みだ。

 この通信をミネルバ艦内全てに繋ぐことはできるか?」

 

『できるけど、そうすればいいのね?』

 

「頼む……」

 

タリアはヒイロの頼みをあっさりと承認してくれる。

 

『繋いだわ、どうぞ』

 

そう言われ、ヒイロは話し出す。

今泣いているであろう少女に向かって……。

 

「コニール―――」

 

 

 

 

ローエングリンの前に構えられたもう一つの盾を見たとき、

コニールの胸中に絶望と後悔が押し寄せる。

 

これで救われると思った。これでまた明日から笑っていられると思った。

戦争が始まり、連合の植民地とされたガルナハンの街。

軍人に虐げられる街の人々、抵抗すれば容赦なく弾圧を受ける。

こんなものはもう見たくないと、許せないと思った。

だからレジスタンスとして今日まで戦って来たのに

それなのに何も報われず、

明日からまたあの苦悩と苦痛と絶望の日々を送らなければならくなる。

 

(……もっとちゃんと情報を集めていたら……

 あのとき無理してでも、もっと………

 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと―――)

 

実際はコニールだけの責任ではない。

しかし、コニールはついこの間まで14歳の何処にでもいる

普通の少女だったのだ。

そんな彼女の心が押し寄せる自責に耐えられる訳が無い。

 

コニールの頬を涙が伝う。

その雫の一粒、一粒が彼女のこれまでの戦いの日々を

無かったものであるかの様に地へと落ちてき

そして、涙が溢れるたびに心には絶望が蔓延っていく。

 

 

 

 

『コニール』

 

 

 

 

声が聞こえてきた。

 

『言ったはずだ、希望は消させないと

 ―――だから、お前も最後まで戦い抜け』

 

たったそれだけの言葉だった。

そんな短い言葉は少女の心に届き、温かく拡がっていく。

そして、少女―――コニール・アルメタの眼には強い意志が宿る。

彼女の眼には最早、悲しみを見ることは出来ない。

 

 

 

 

シンは苦心を強いられたが何とか坑道の出口へと辿り着いていた。

 

コアスプレンダーを坑道の外へと抜け出させる。

続いてチェストフライヤーとレッグフライヤーが躍り出て来るのを

確認すると即座に各部の合体させに取り掛かるが、ここで思わぬ事態が起こる。

 

「え! 何で!?」

 

シンが坑道から出て来るのに合わせて、

ミネルバの方から『フォースシルエット』が射出されてきたのだ。

 

慌てて合体シークエンスにフォースシルエットを組む込み

ギリギリのタイミングではあったが換装を成功させる。

 

『ミネルバよりシン・アスカ機へ』

 

「メイリン? 一体これはどういうことだよ!?」

 

換装完了直後にミネルバからの通信が入る。

未だ状況の理解に追いつけないシンは戸惑うばかりであったが

この通信によりさらに困惑することとなる。

 

 

「―――作戦内容の変更!? このまま陽電子砲を落とすんじゃないのか!?」

 

『いいえ。本隊並びにラドル隊はこのまま戦線を維持。

 敵陽電子砲の二射目に備えて下さい』

 

「どうして、そんな急に!?」

 

『……敵陽電子砲台に陽電子リフレクターとは異なる

 防御フィールドが確認されました。

 このままインパルスで強襲を掛けても有効打撃は望めません。

 よってインパルスは本モビルスーツ隊に合流し戦線の維持に当ってください』

 

「何だよそれ!? それに異なる防御フィールドって……――っ! アレか!!」

 

シンが陽電子砲台を捉えるとその周りには

3機のモビルスーツが配置されているのがわかり

その周りには円盤状の機械が漂っている。

そしてそれらに向かって空中からセイバーが、

地上からはザク2機が攻撃を敢行しているが陽電子砲に一切のダメージは無い。

 

「っ! セイバーとザクだけ?……あのデュオって奴は?」

 

『それは………』

 

「何だよ、まさか落とされたのか!?」

 

『そうじゃないんだけど……』

 

「? だったら―――」

 

『そんなのこっちが聞きたいくらいよ!

 あの子いきなり通信してきて少し戦域を離れるから戦線を維持して欲しいって

 本当ならもうとっくに撤退してなきゃなら―――って、あ、はい、すいません』

 

通信の途中でメイリンが不自然に言葉を切る。

突然大声を出したことをタリアにでも咎められたのであろう。

 

『……とにかく、そう言う訳だから……』

 

「……了解」

 

何であんな危険なルート通らなくてはならなかったのか

死ぬ覚悟で坑道を抜けてきた結果がこれでは納得がいかない。

まだ色々聞きたい事や納得のいかない事が多々あるが

シンは作戦内容に渋々と了承する。

 

ミネルバとの通信が閉じられると

フォースインパルスのスラスターを最大にし

アスランたちの元へと急行する。

インパルスの接近に気付いた敵のダガーL2機がビームを放ってくる。

シンは一つを回避、もう一つをシールドで防ぐと、

お返しとばかりにビームライフルを敵に御見舞させ撃墜する。

 

そこで、アスランがこちらに気付いたのか

セイバーからの通信が入る。

 

『シン、作戦内容は聞いているな?』

 

「……聞きましたけど……アレは一体何なんですか?」

 

『さあな……だが奴らかなり手強い。油断するなよ』

 

通信はそこで閉じられアスランは正体不明の3機に攻撃を再開し始め、

シンもまたそれに加わる。

こうして当初の奇襲作戦は失敗に終わるのであった。

 

 

 

 

シンが出て来る少し前、

アスランはエネルギー切れを起こした敵モビルアーマーの駆逐に成功する。

連合軍側に新たな盾が出てきた以上もう手加減をする必要は無くなり

実にあっさりと撃破することが出来た。

 

しかし、肝心要の陽電子砲が攻略できない。

敵が投入してきた3機が完璧に陽電子砲を取り囲み

こちらからの攻撃を一切通してくれない。

また、接近して叩こうにも敵の射撃が的確すぎて容易には近づけない。

 

(何だ?……コイツらは?)

 

射撃は正確、こちらの攻撃は円盤状の機械が形成するバリアに阻まれる。

アスランは想像以上の苦戦を強いられている。

アスランがこれまで苦戦をするのは2年前のストライクとの戦闘以来で

オーブや宙域で戦ったブーステッドマンの3機にさえここまでの苦戦はしなかった。

 

 

シンが参戦してからも同じである。

インパルスと連携して敵の死角を突いて攻撃するが

敵の3機がお互いにお互いをカバーしている為に簡単に防がれる。

 

そうこうしている間に敵の陽電子砲の発射態勢が整ってしまう。

 

「っ! シンっ、一端下がれ! ローエングリンが来る」

 

『でも――』

 

「いいから下がれっ! 死にたいのか!?」

 

『―――っ!!』

 

アスランの迫力に気圧されたのか、シンはインパルスを

敵ローエングリンの射線軸から引き離して行く。

アスランもまたセイバーをモビルアーマー形態へと変形させ

その場を離れて行く。

既にルナマリアとレイのザクは後方へと退避している。

 

そうして、射線軸から退避したアスランたちには

これから起こる事をただ見守る事しか出来ないのであった。

 

 

 

 

「敵陽電子砲の発射体勢を確認! 本艦が狙われています!」

 

デュオという傭兵の少年から言われた通り敵の陽電子砲は

二射目を放とうとしていた。

そう言われていてからこそタリアはミネルバを

わざと敵の陽電子砲の的となるため、もう一度上空に躍り出させていた。

 

 

「敵だって馬鹿じゃない、さっきと同じ結果になるかわからないわ。

 決して油断しないで! ――― タンホイザー起動!!」

 

タリアの号令がブリッジに飛ぶ。

その指令に対しアーサーが口を挟む。

 

「ですが、艦長。タンホイザーの充電率は―――」

 

「構わないから撃って……それともアレに対抗する手段が他にあるっていうの?」

 

「そ、それは、そうですが……」

 

「とにかく、彼のことを信じましょう。

 ……彼が戻ってくるまで何としてでも時間を稼ぐ」

 

「り、了解しました。た、タンホイザー起動、目標、敵陽電子砲台」

 

タリアはアーサーを説き伏せるが、

ミネルバの主砲の充電率は未だ80%を割っている。

 

「発射のタイミングに留意、敵のローエングリン発射前に先制を仕掛ける!」

 

「り、了解」

 

そんな不完全の状態ではあるが相手のローエングリンに対してカウンターを

仕掛けるという作戦である、

向こうも防御を展開している間はローエングリンを撃つことは出来なくなる。

 

「ターンホイザーを撃ち終えたらそのままは急速降下、

 各員は衝撃に備えて!」

 

タリアは現在この戦場で出来得る全てをクルーに伝え終え

後はその瞬間を待つ。

 

そして、

 

女神(ミネルバ)は

 

その歌劇(タンホイザー)の

 

―――幕を開ける。

 

「ローエングリンからの熱源を確認しました!」

 

「今よっ! タンホイザー照準

 

  ――― 撃てぇーーーっっっ!!!」

 

光は一直線に敵の本丸へと突き刺さる。

当然敵の防御壁に阻まれるがミネルバは攻撃を続行する。

現在の充電率では、精々2幕までしか演じることは出来ないが

女神はその歌声が嗄れ、幕が下げられるその時まで舞台(せんじょう)の上で

自らの役を演じ続ける。

 

やがて、タンホイザーは収束しその幕を閉じる。

 

「機関最大!! 急速降下!!!」

 

タリアの号令の下、ミネルバは再びその船体を大きく地へと向ける。

 

しかし―――

 

「ローエングリンの照準がミネルバの降下先に向けられています!!」

 

「何ですって!!」

 

「このままでは直撃を受けます!」

 

「―――っ」

 

タリアは想わず唇を噛む。

敵は先ほどの陽動でこちらの動きを読んでいたということである。

 

「熱源来ます!!」

 

「回避はっ!!」

 

「間に合いませんっ!!」

 

無慈悲にも敵の放った反撃の矢は

ミネルバを貫くべく向かってくる。

 

直後

 

 

  ――――――ッッッッ!!!!!

 

 

 

ミネルバブリッジは光に包まれる。

ブリッジ内のクルー全員がその眼を閉じ、耳を塞ぐ。

メイリンが悲鳴を上げた様な気がしたがそれも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

呟いたのは誰かは分からない。

だがその呟きはブリッジ中に伝わる。

 

「な、何ともない?……」

 

タリアも、アーサーも、メイリンも、ブリッジ内のクルー全員が

いや、ブリッジ内だけでは無いミネルバ艦内全ての人間が

何が起こったのか理解できていない。

 

 

「か、艦長、アレ……」

 

「アーサー? どうしたの?」

 

逸早くその『異常』に気付いたアーサーがタリアにそれを報せる。

そしてタリアがそこに見たのは

 

「―――これは! あのときの!!」

 

ユニウスセブン破砕の現場で見た

 

あの白き翼を持つモビルスーツがミネルバの眼前に立ちはだかっているのだった。

 

 

 

 

ヒイロは機体をミネルバとそれに迫る陽電子砲の間に立ちはだかり

ウィングゼロの翼によってその攻撃を阻むと即座に機体を砲台の真上へと上昇させる。

 

「いくぞ、ゼロ」

 

目標位置に到達するとローエングリンへ向け、

ツインバスターライフルを構える。

 

照準を定め、破壊対象の周りに味方機がいない事を確認する。

 

「あの少女たちの希望を絶やさせたりはしない」

 

ヒイロは知っている

 

この地で出会った少女が戦いながらも恐怖に怯えていることを。

 

ヒイロは知っている

 

その少女の切なる願いと守りたいものを。

 

ヒイロは知っている

 

その少女が自分より遥かに

 

―――強者であることを。

 

だから、

 

「ターゲット、敵陽電子砲並びにモビルドール」

 

そんな彼女の心を蝕む

 

―――絶望を

 

   

    「破壊する」

 

 

 

 

 

少女はミネルバの中で見ていた。

自らの戦いの終焉が訪れるその光景を。

 

少女は

 

(また、「気が早い」って言われちゃうかな……―――でも……)

 

   

   「ありがとう…………―――『ヒイロ』」

 

そう呟く。

 

少女の眼からは涙が溢れ出ている。

再び流れ出るその雫は、彼女の心の中の闇を浄化していくのであった。

 

 

                         

                         つづく

 




第七話(後編)です。


この話から物語が大きく変化し始めます。


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第八話   Rest to next battlefield(前編)

一つの小さくも大きな戦いが終わった。

少年たちは取り戻した小さな平穏の中で何を想うのか……。



プラント最高評議会 議長室

 

 

「御呼びでしょうか? デュランダル議長」

 

「やあ、久しぶりだね。ゼクス」

 

ザフトの軍服を着、胸に特務隊の記章を付けた金髪の青年

ゼクス・マーキスはプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルに

呼び出しを受けた。

ゼクスがデュランダルと相見えるのはゼクスがザフトに入隊してからはこれが初めてである。

 

「……あれから、機体の調子は如何かな?

 修理ほうはだいぶ難航しているという報告は聞いているよ」

 

「いえ、心配には及びません。

 私の機体の方は既に修理を終えています」

 

「君の機体は、か……」

 

異世界へとゼクスと共に流れ着いた4機のモビルドールの残骸を用いることで、

ゼクスのモビルスーツである『ガンダムエピオン』は

修理に当たっていた整備工の男とその知り合いのメカニック数人の

連日連夜の修復作業によりその真の姿を取り戻すに至っていた。

もっともそんな過酷な作業にも関わらず彼らは嬉々として

作業に携わってくれていた、ゼクスがいくら休むように指示しても

 

『もうちょっと、もうちょっとだけだから』

『今いいとこだからよぉ、ここが終わるまで寝るに寝れねぇよ』

『先に休んでてくれ、あとは僕らに任せてさ』

 

などと返すばかりで一向に手を止めることは無かった。

そのおかげで一足飛びに作業が進行し、

予定よりも早くエピオンの修繕は完了した。

 

しかし、一方でデュランダルが示唆した通り

作業の芳しくない、もう一機のモビルスーツ。

かつて、ゼクスの好敵手であった少年が搭乗し、

4機のモビルドールと同様にこの世界を漂っていた機体『ガンダム01』。

こちらの方は想像以上の損壊率で

エピオンやビルゴと比べても群を抜いていた。

現在は内装の機械部分とコックピットの

修繕が漸く完了した段階で、装甲と兵装に関しては

全くの手付かずの状態になっている。

エピオンの作業が終わり、これからはガンダム01の修理に専念できるわけだが

ここで一つ大きな問題が見つかる。

このガンダム01には兵装が無いのである。

装甲の方はまだいい、こちらも苦労はするだろうがビルゴの装甲を流用すれば

問題無く修理が可能である。

マシンキャノンとビームサーベル、シールドは溶けて、あるいは損傷率が著しく

修復不可能と判断された。

そしてガンダム01のメインウェポンであるバスターライフルはその存在自体が無い。

おそらくリーブラの主砲による攻撃を受けた際に消滅したか、

こちらの世界には飛ばされず、あちらに置き忘れて来たかのどちらかであるが

どちらにせよ無いものは無い。

故に、全ての兵装をこの世界の技術とビルゴの残骸を用い

一から作りだす必要が出てきたのである。

 

ただ、そんな問題にも関わらず

整備工(おとこ)たちの眼は

―――輝いていた。

 

そんなことを思い返していたゼクスは

 

「議長、その事については問題はありません。

 ……それよりも、本題を話されては頂けないでしょうか?」

 

この話題に終止符を打ち

今現在、自分がここに呼ばれた事の意味をデュランダルへと問う。

 

「ふむ……やはり、君との話は早くて助かるよ。

 実は君に折り入って頼みたいことがあってね」

 

「頼みごと……ですか?」

 

ゼクスのこの言葉には「命令では無いのですか?」という意味が含まれており

デュランダルもまたその意図に気付き、言葉を返す。

 

「無論、断りたいのなら断ってくれて構わない。

 ただ、これはおそらく君にしか頼めない事だろう……

 ……頼みたいことは他でもない、私たちと共に地球へと降りて貰いたい」

 

「地球へ……私が?」

 

「そうだ、今度地球で行われる『ラクス・クライン』のライブに便乗し、

 私も同行する事になった。

 そこで君には我々の護衛をお願いしたい」

 

「?……それは構いませんが……何故、私を?

 その内容なら他の者でもよろしいのでは?」

 

「確かに……ここまではそうだ。だが……」

 

デュランダルは言いながら、いつかと同じようにモニター開く。

異なるのはそれが画像データではなく、映像データであることだ。

そして、そこに映し出されたものにゼクスは眼を剥くことになる。

 

 

「これは数時間前、中東地域のガルナハンで行われた作戦の様子だ。

 そしてこの映像はその作戦に参加していたミネルバから送られてきた。

 ……これを見たときは、私もまさかとは思ったが、やはりそうか」

 

「…………」

 

デュランダルの話を聞きながらも

ゼクスは黙って映像に見入る。

 

彼の目に映っているのは

おそらく攻略対象である砲台とそれを守る3機のビルゴ。

そして、それらを破壊している白き翼を有する

―――ガンダムの姿であった。

 

 

 

 

「ヒ……デュオ、本当に行っちゃうのか? もう少しここにいても……」

 

「お前たちからの依頼は既に果たした。

 任務が完了した以上ここにいる必要はない。

 ザフトとの話を済みしだい、この地を離れる」

 

ガルナハンの地球連合軍基地を陥落させてから数時間後、

ヒイロ・ユイと元レジスタンスの少女コニール・アルメタは

ミネルバ艦内にて別れの挨拶を交わしていた。

 

本来であれば作戦が終了した後、すぐにでもこの地を離れ

元々の目的であったザフト軍拠点基地ジブラルタルへ向かう予定であったが

そうもいかない事態となる。

原因はガルナハンの陽電子砲を攻略する際に

地球連合軍が用いた3機のモビルドールにあった。

 

現在、ヒイロはミネルバのモビルスーツハンガーにてザフトの

指示を待ちながらウィングゼロの整備を行っている。

ウィングゼロの翼は陽電子砲からミネルバを庇った際に

残念ながら無傷という訳にはいかなかった。

リーブラでの戦闘、大気圏への突入、そして今回の作戦と

かなりの酷使を強いられていた。

当初、今回の作戦では報酬は受け取らない話であったが

ヒイロはザフトに対し自分が破壊したビルゴの破片を要求した。

そして、マハムールに接収される予定であったものは

既にヒイロが回収し、現在の整備に当てている。

マハムールの指揮官ヨアヒム・ラドルに言わせれば

 

『これ以上、面倒を増やされるのは我々も勘弁願いたい

 これらについては、今回の功労者であるあなたが言うのなら』

 

との事であり、実にあっさりとヒイロの要求を承諾してくれた。

 

指揮官としてそれはどうかとは思うが

これからマハムール基地はガルナハンを落としたことの事後処理

近域にあるスエズ基地との激化する睨み合いを行わなければならない。

訳のわからないモノに手を焼いている暇などないのであろう。

よってこれらに関してはヒイロに委ねることにしたのである。

 

ただ、ヨアヒムとは違い、ミネルバの艦長は容易に肯いてはくれなかった。

軍の責任者としては立派な姿ではあるが

ヒイロとしては このビルゴの破片、ウィングゼロの修理に使うのはもちろんだがそれ以上に

ザフトに、いや、ザフトだけではない、

この世界のいかなる勢力に対してもビルゴの欠片一つ渡してはならない。

あんなものが世に出るのを許す訳にはいかない。

もしも、この艦の部隊がヒイロの要求を受け入れない場合は火を見るよりも明らかである。

 

 

「そう、だよね」

 

ヒイロはこれまでの経緯を思い返し、

また、モビルスーツの整備の手も止めず

コニールとの会話を継続する。

 

「俺がここで出来る事はもう無い」

 

「うん………」

 

「……お前も早く街へ戻れ」

 

「……うん」

 

そう返事をするもののコニールは

ヒイロの前から立ち去る気配を一向に見せない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

そうして二人の間には沈黙が立ち込めていく。

 

 

そんな二人の様子を見ている者たちがいる。

 

「何か、ホントに信じられない。

 私たちがいくら攻撃しても破れなかったのに

 たった一発で終わらせちゃってさ……」

 

「しかも敵の陽電子砲を防ぎ切った後にだぜ」

 

「……何でアイツ、最初からあの機体使わなかったんだろうな?」

 

ザクウォーリアのパイロットであり、ミネルバモビルスーツ隊の紅一点

ルナマリア・ホークと

黒髪に色黒の肌をもつ整備兵の少年

ヨウラン・ケント、

同じく整備兵の少年

ヴィーノ・デュプレ、こちらは赤色のメッシュという特徴的な髪色をしている。

そんな3人が言葉を交わしている後ろで、

 

「なあ、しゃべるんなら余所でやれよな。

 ……気が散るから」

 

コアスプレンダーの整備を行っていた、シン・アスカが

3人に対して文句を述べる。

 

「いいじゃんべつに、私のザクはもう整備終わって

 艦長たちの話し合いが終わるまで暇なんだから……」

 

「それにこうやって手伝ってるだろ」

 

「そうそう」

 

「ヴィーノとヨウランはそれが仕事だろ」

 

「そういえばさあ」

 

そんなごもっともなシンの主張を

バッサリと切り捨て、ヴィーノが会話を続ける。

 

「あのデュオって奴、作戦の前、シンたちよりも早くここに来たよな」

 

「……それが?」

 

「拗ねんなよ、シン。悪かったって」

 

「別に……拗ねてなんか……」

 

「で、あの子がどうしたって?」

 

「……ルナマリア、もうちょっと空気読もうぜ」

 

ヨウランが大人の対応でルナマリアを諌めるが

 

「だって、シンの機嫌が悪いのなんていつもの事じゃない。

 一々気にしてたら切りが無いわ」

 

と、こう返される。

 

「ハァ……もう、いいよ。

 ……ヴィーノ、続けてくれ」

 

「う、うん、……それでアイツ俺に聞いてきたんだよ。

『この艦のモビルスーツはこれだけか?』ってさ」

 

「……お前まさか答えたんじゃないだろうな?」

 

「えっ、いけなかったの?」

 

「お前ねえ……で、お前何て答えたんだよ?」

 

「えっと、前はゲイツとか乗せてたけど

 今はこれだけだって……」

 

 

「まあ、それぐらいならいいんじゃない。

 作戦前に戦力の確認をしただけでしょ。

 ……あっ!」

 

「? どうしたんだ?」

 

会話の途中で突然声を上げる、ルナマリアに

ヴィーノが疑問を口にする。

 

「話が終わったみたいね、隊長戻ってきた。ほら、あそこ」

 

ルナマリアに促され、ハンガーの入り口に目をやると

アスラン・ザラが入ってくるのがわかる。

 

 

アスランはハンガーに入るとヒイロを含め、

この場にいる者を自分の周りに召集する。

 

「……今後のミネルバの行き先についてだが

 ガルナハンを発ち、ディオキアの基地を経由、補給を受けた後

 本艦の目的地であるジブラルタルへ向かうことになった」

 

ヒイロはここで初めて、

ミネルバの目的が自分と同じくジブラルタルである事を知る。

 

ローエングリン突破前の艦内にてキラ・ヤマトたちを

襲撃した部隊についての何らかの手掛かりを得ようとしたが

空振りに終わっている。

そして、当初の予定通りジブラルタルへ向かうのわけだが

ここでヒイロは大きなミスを犯した事になってしまう。

ミネルバの目的地が自分と同じであるなら、ヒイロがこの艦の

クルーと接触したことは重大な問題になり得る。

今回の作戦において初めはただの傭兵ということで

ヒイロの存在はそれほど認知されないはずだった。

現に作戦前はシンやアスランといった現場の兵士にのみ

上官クラスでいえばアーサーくらいにしか彼の存在を認知しなかったが

作戦中にミネルバブリッジに通信を入れた事、

何よりもモビルドールを撃破するために仕方なくとはいえ

ウィングゼロを晒した事によりミネルバクルーの末端に至るまでがヒイロの存在を認知している。

また、ザフトに自らの存在が知れるのを避ける為に『デュオ』という偽名を

使ったが、もしジブラルタル基地内で彼らと遭遇することになれば

それも意味を為さなくなってしまう。

ミネルバがどの程度の期間でジブラルタルに到達するのかは不明だが

この艦が到達するよりも早くにヒイロはジブラルタルに入り

情報を手に入れなければならない。

 

そんな算段を頭の中で巡らせていたところで

アスランからの話はヒイロが要求したものについてのことになる。

 

「……それから、デュオ、君から受けた要求だが

 こちらとしてもアレを簡単には君に譲ることは出来ない」

 

「……何か条件があるのか?」

 

「ああ、そうだ。悪いんだが君にはこのままディオキアまで

 この艦に同乗して貰うことになった。

 ……ある人が君と話をしたいと言っている。

 この条件を飲むなら君にアレを引き渡してもいいとそういうことだ」

 

「俺に会いたいというのは?」

 

「………あまり話を広げたくはないが、仕方がないか……」

 

「…………」

 

「……ギルバート・デュランダル。現プラントの最高責任者だ」

 

アスランがその名を口にした途端、

その場の誰もが出てきた名前の大きさに驚きを露わにし、ざわつき始める。

まさか、ザフトでも無い、一介の傭兵に

プラント政府の頂点が面識を諮るなど聞いたことも無い。

 

「……わかった、その条件を飲もう」

 

だが、当の本人であるヒイロはこの条件を眉一つ動かさず受け入れる。

 

このザフト側からの申し出、ヒイロにとってはを断る理由がないどころか

渡りに船な朗報である。

先ほどまで暗雲が拡がりかけたジブラルタルへの潜入であったが

ジブラルタルへ潜入するよりも遥かに有力な情報を得る機会が手に入り

尚且つ、こちらが欲したビルゴの破片も手に入るという

まさに一石二鳥の条件である。

 

「……ただ、君にミネルバを自由に歩かせる訳にはいかない。

 艦内での行動範囲を制限させてもらう、

 加えてディオキアに着くまで監視も付けることになる。

 ……心苦しくはあるが、理解してもらえると助かる」

 

これはアスランのというより、タリア・グラディスからの条件提示である。

 

今は戦時中だ、ザフト側としては部外者である少年を無条件で

新造艦であるミネルバに乗せるのは避けたい。

軍という立場であれば当然の判断であり、ヒイロもこれを受け入れる。

 

「監視役としては………シン、お前に任せるが、いいな?」

 

「えっ! 俺!?」

 

いきなりの指名にシンは戸惑いを見せる。

 

「そうだ、戦うだけが軍人の役目じゃない。

 君は優秀なんだから出来るだろう?

 それとも、お前の着ている軍服の色は飾りか?」

 

「っ、わかりました。やればいいんでしょう、やれば」

 

若干納得のいかない表情だが、

アスランの挑発に乗ったシンは殆ど勢いで

ヒイロの監視役を引き受けてしまう。

 

「ということだ。デュオ、構わないか?」

 

「……誰でも構わん」

 

「そうか……なら、話は―――」

 

「ただ」

 

アスランが話を終えようとしたとき

ヒイロが口を挟む。

 

「こちらにも、一つだけ条件がある」

 

「条件? 君が要求したものは先ほど―――」

 

「違う……条件というより、これは忠告だ」

 

そこで一度言葉を区切り、アスランだけではなく

この場にいる全員を見まわすと

 

「俺のモビルスーツには不用意に近づくな」

 

そう口にする。

 

「……それだけ?」

 

その場にいたルナマリアが思わず

ヒイロの言葉に対して疑問を投げ掛ける。

声こそ上げないが他の者たちも同じ考えを持っているのか、

どこか拍子抜けという顔をしている。

 

「……どう思おうと構わんが、忠告は確かにしたぞ」

 

そんなミネルバのクルーに対して、ヒイロの表情は変わらない。

 

この場にいるミネルバクルーにとっては傭兵が自らの商売道具に

触れるなという捉え方しかできないだろう。

しかし、この忠告の本質は違う。

この世界において未知の技術の塊であるウィングゼロについての情報を

これ以上彼らに与える訳にはいかない。

そして、それよりも重要な事

ウィングゼロが危険視され6人の設計者たちに

封印されるに至った原因の一つである―――『ゼロシステム』。

ヒイロもかつてこの『ゼロシステム』に翻弄された人間の一人であり

その危険性について身を持って理解している。

現在もこの機体に乗れているのは一重に戦いへの確固たる意志を持つことが出来たからである。

 

例え整備のためであろうと不用意にコックピットに座り、

気高き意志を持たない者がこのシステムを起動させようものなら、

システムよって支配され、操り人形となり果てる。

最悪の場合、システムの負荷に耐えきれ無かった人間は

その命尽き果てるまで無意味な破壊と殺戮をことになってしまうだろう。

 

万が一この場でウィングゼロが暴走を来たしたなら、

現時点においてヒイロであっても、それを止める為の手段は存在しない。

 

 

ヒイロの忠告を最後にして話は終わり、

各自が持ち場に戻っていく。

 

「ミスコニール、そろそろ街へ戻られた方が……

 出航までもう時間がありません」

 

アスランが未だガルナハンへと戻らず、

ミネルバへと留まっている少女へと下船を促してくる。

 

「うん……」

 

そう返事をすると

自分を、この地の皆を救ってくれた一人の少年に目を向ける。

その少年は監視役を任されたシン・アスカに連れられ、

ここから出て行くところであった。

 

少女は何かを振り切るように彼から目を逸らす。

 

「死ぬなよ……ヒイロ」

 

誰にも聞かれないようにそっと呟き

これからも戦いに身を投じていく少年の無事を願うと

ミネルバを後にする。

 

 

少女がガルナハンの街へ戻ると多くの人たちが

彼女の元へと集まると、微笑みを携え、感謝をしてくれた。

この微笑みこそ少女が守りたかったものであり

少年が紡いでくれた明日への希望。

喜びを噛み締め、少女もまた笑みを浮かべたとき

少女たちの上から大きな影が覆いかぶさる。

ミネルバがガルナハンの真上を通過していくのがわかる。

街の大人たちは大きく手を振り、

子供たちは大声を上げ英雄たちを見送る。

少女もまたミネルバの姿が見えなくなるまで空を見上げ続ける。

 

 

かくして、ガルナハンにおける戦いの物語は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

「ほら……ここ」

 

「…………」

 

ヒイロはシンの案内でミネルバの来客用の空室へと通される。

来客用といえば聞こえはいいが、

部屋にはベッドが一つと扉の横に通信機が取り付けられただけの簡素な部屋で

まさに部外者であるヒイロを隔離するには打って付けの場所だ。

 

「何かあったらそこの通信を使え、

 それから何の指示もなくこの部屋から出るなよ」

 

シンにはインパルスのOSの調整や軍人としての訓練があるため

監視役とは言っても四六時中、見張っている訳ではない。

また、部屋を出てすぐのところに

見えないように監視カメラが設置されているため

その必要もない。

 

シンは必要事項の説明を終えると

ここまで一切口を開かないヒイロへと話しかける。

 

「なあ……お前」

 

「…………」

 

「? 聞いてるのか?」

 

「……聞いている」

 

「……お前、何で作戦のときあのモビルスーツを使わなかったんだ?

 最初から使ってれば、あんな戦い、すぐに終わったんじゃないのか?」

 

ガルナハンでの作戦に際、

シンは死ぬ思いで難易度の高い役割を果たしたが

思わぬ伏兵の出現によって結果は失敗。

一転して奇策を仕掛けたザフト側は劣勢に追い込まれた。

しかし、その直後、この少年が例のモビルスーツに乗り

戦場へと舞い戻ると戦いの決着は即座についたのであった。

 

「あれじゃ、俺たちが何の為に命を賭けたのか……

 それに、お前がその気になれば街の人たちだって

 もっと早く助けられたんじゃないのか!?」

 

でも、だからこそシンは

ガルナハンで苦しんでいた人々を前にして

 

「お前、言ったよな? 命を賭けてるのは全員だって

 なら……なら、お前は本当に命を賭けて戦ってたのかよ!?」

 

最初から全力で戦わなかった

この少年の事を許すことが出来ない。

 

シンはその少年の顔を真っ直ぐ睨みつける。

 

ヒイロもまたそんなシンの眼差しを

正面から受け止め、言葉を返していく。

 

「俺は戦いにおいて、命を賭けなかった事など無い。

 ……だが、先の戦いでの事は俺のミスだ」

 

「え?」

 

「俺の事を許す必要はない、そして許してもらおうなどと思ってもいない」

 

ヒイロの言葉はシンの問い詰めへの反論でも無ければ

自身の擁護でも無く、自らの責を容認するものであった。

 

ザフトに対して自らの存在を知られない為に行った事であっても

それが裏目となってしまったことに変わりは無い。

最終的に戦いを終わらせる事ができ、

コニールを含むガルナハンの人々を救う事が出来たが

一歩遅ければ全てを失わせることに為っていただろう。

 

ただ、そんな少年の言動にシンは頭を冷やす。

 

「……悪い、本当は分かってる。

 本当はお前に感謝すれど、責めるのは間違ってるんだ。

 ……ただ、あの時何も出来なかった自分を俺は何よりも許せない!!」

 

作戦中、突如出現した連合の兵器に対して苦戦を強いられ、

何の対抗もできず、自分の非力さを痛感し、そんな自らに対して憤りを感じてしまう。

 

「自分が弱い所為で何も守れないのは……もう嫌なんだ」

 

シンはポケットの中に手を入れ、携帯電話を強く握りしめる。

 

そんな焦燥感にも似たものを抱いているシンの様子を目の当たりにし、

ヒイロは言葉を紡いでいく。

 

「……人間が戦う力を得ても強くは成れない」

 

「え?」

 

「銃でもモビルスーツでも同じだ。

 武力を行使することなど、弱い者たちによる方法論でしかない。

 ……力を誇示して意見を述べる限り、俺たちが強者になる事は無い。

 俺やお前だけではない、戦う者全てが強者という仮面を付けた弱者だ」

 

「っ!……だったら、だったら、どうすれば―――」

 

「強く在ろうとする必要などない。元々、人は弱い生き物だ。

 ……シン・アスカ、そんな弱者であるお前が戦ってでも

 手に入れたいと願ったものは力では無いはずだ。

 戦う決意をしたとき、お前が本当に欲したものは何だ?」

 

「―――っ!」

 

シンの本当に守りたかったものはもう取り戻すことは出来ない。

だからこそ、その時の弱い自分を消したくて力を欲し、戦う事を決めた。

しかし、強くなりたいと願ったのも、力を手に入れたのも本当の目的ではない。

もう二度と同じものを見なくて済むように、

平和に暮らす人々が同じ想いをしないように、

大切なものをこれ以上失わないために、

心の中にそんな想いがあったからこそシンは戦い始めたはずなのに

思いがけず始まった戦争の中で目の前の事しか見る事が出来ず

いつの間にかシンの中から大事なものが欠け始めていたのだ。

 

戦うことへの憎しみも、過去に対する後悔も無くなることはない

しかし、シンの心の中には戦うことへの確固たる意志が再び宿る。

シンはその意志を二度と失くさないように決意する。

 

 

そして、シンは問うてみる

 

「……お前にもあるのか?」

 

この少年にも戦う理由があるのかどうかを。

 

それに対しヒイロは肯定の意を呈するのであった。

 

「なければ、俺は自分で自分を殺している」

 

 

 

 

ユーラシア西部のとある別荘にて一人の男が

幾人もの人物の顔が映し出されたモニターを見ている。

モニターの中の人物たちがが男に向かって話しかけてくる。

 

『……ジブリール、一体何の用だ?』

 

『核攻撃失敗の件ならもう聞かんぞ、

 ……本来であればお前は既に盟主を失脚している身だ』

 

「まあ、皆さん落ち着いてください。

 本日は少し面白い報告がありましてね」

 

男の名前はロード・ジブリール。

反コーディネイター思想を掲げる組織『ブルーコスモス』の盟主の一人で

ブルーコスモスの支持母体組織『ロゴス』の代表でもある。

ロゴスの表の顔は軍需産業を生業とした企業であるが

その実、裏ではブルーコスモスと繋がっている。

 

彼こそが民衆を煽り、地球連合軍を操り

プラントに核攻撃を仕掛けさせた張本人。

そして、モニターに映っているのは

ブルーコスモスのその他の盟主たちである。

 

『面白いもの?』

 

「はい、これをご覧ください」

 

言いながらジブリールはモニター上に

画像データを映し出す。

通信先のモニターにも同じようにその画像は映し出されているだろう。

 

『……何だ、これは?』

 

『ただの壊れたモビルスーツではないか』

 

「……これはスエズ基地から送られてきた画像で

 ガルナハンという連合拠点で実際に使われていた機体だそうです」

 

ジブリールの開示した画像に映し出されていたのは

数機の壊れたモビルスーツで、そのどれもが同じ形をしている。

 

「残念ながら動かせるものはもうありませんし

 技術が違いすぎて、修理や量産は不可能だそうですが……」

 

『……なら、意味などないのでは?』

 

『何かと思えばとんだがらくたでは無いか……くだらん』

 

「お静かに……話はまだ終わってません。

 ……確かにこの機体自体に意味はありませんが

 重要なのはその中身です」

 

『……中身? というと?』

 

『勿体ぶらずにさっさと言え』

 

「わかっています。……基地からの報告では

 これらの機体全てが無人機だそうでして

 また、そのシステムの量産は可能だそうです」

 

『……なるほど……確かに面白い』

 

この報告を聞かされると

ジブリールの意図を理解した数名の盟主たちが

手のひらを返したかのように態度が変える。

 

「このシステムさえあれば、もはやパイロットなど不要。

 エクステンデッドなどの金の掛かる『部品』も生産の必要が無くなるという事です」

 

『……して、そのシステムの名は?』

 

その質問を受け、

ジブリールは一度モニター内の全員の顔を見渡し

静かにそのシステムの名を告げる。

 

 

 「……―――モビルドールシステムというそうです」

 

 

                 つづく




第八話(前編)です。

冒頭部分で出てくる、ウィングガンダム(ver C.E.)ですが
何かと批判はあると思いますが、物語の構成上必要な措置ですので御了承お願いします。

それから、気づいている方も居るかも知れませんが
本作ではこの時点でハイネが出ないです、代わりにゼクスとなっています。
ハイネについては終盤あたりでゲスト出演出来ればと考えています。

後編は様々な再会や出会いがありそうです。


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      Rest to next battlefield(中編)

それぞれの思惑が動き出す中

少年はある男と再会を果たすことになる。


※すいません。文章が長すぎて中編と後編に分けました。


黒海沿岸都市ディオキア

 

ガルナハンを発ってから数日後、

ミネルバはガルナハンを落したことで解放された都市、

ディオキアのザフト軍基地に入港を果たしていた。

 

艦長のタリア・グラディスが副長のアーサー・トラインと共に

艦から降りると騒がしい声が聞こえて来る。

何事かとタリアが喧騒の聞こえる方に目を向けると

ディオキアのザフト軍兵士たちによる人だかりが出来ており

また、基地の周りに建てられている塀の外側には

ディオキアで暮らす人々だろうか老若男女を問わずに集まっているのが分かる。

 

そして、彼らの視線の先に映るのは

 

『みなさーーん! ラクス・クラインでーす!!』

 

 

 

 

二機のディンに支えられ上空より現れたピンク色に塗装を施されたザクウォーリア

その掌の上で平和の歌姫ラクス・クラインが観衆に向かって大きく手を振っている。

彼女の登場に観客たちからは声援が飛び、それに合わせて彼女がその歌声を響かせ始める。

 

『っ♪ ~~~♪ ~~♪』

 

 

突如始まった『ラクス・クライン』のライブに

ミネルバクルーの面々は大喜びといった様子で

今もアスラン・ザラの横を整備兵のヴィーノとヨウランが

駆け抜けていき、一瞬にして観客の一部に溶け込んで行った。

 

アスランは表面上には落ち着いて見えるが、

ミーア・キャンベルの扮する『ラクス』が唐突に現れたことで

彼の内心は戸惑いの感情が渦まき続けている。

そんなアスランに妹のメイリン・ホークと

一緒に近づいてきたルナマリア・ホークが話しかけて来る。

 

「隊長は知らなかったんですか? ラクスさんが御出でになる事」

 

「あ、ああ……」

 

「まあ、お互い連絡を取っていられる状況じゃ無かったですからね」

 

「え、ああ、いや……」

 

ルナマリアの言葉に対しアスランは曖昧な返事しか出来ない。

既にアスランとラクスの婚約関係は二人の間では無かったものと為っているが

公にした訳ではないので、アスラン・ザラとラクス・クラインとの婚約関係は

未だに続いているというのが世間の見方となっている。

 

『~~~♪ ~~~♪ ~~~~♪』

 

そんなアスランの心情とは裏腹にミーアは観衆の前で実に楽しそうな表情で歌っており、

観客たちもそれに呼応するかのような盛り上がりを見せている。

 

『~~~♪ ~~♪ ~~~♪ ~~~っ♪ 』

 

やがて、彼女が歌い終えるとディオキアの基地は大歓声に包まれる。

ミーアはそんな歓声に応えるように手を振りながら

 

『ありがとーー! ありがとーー!

 ―――勇敢なるザフト軍兵士のみなさーーん、平和のために本当にありがとー!』

 

戦いに身を置くザフト兵たちに労いの言葉を投げ掛ける。

基地内の兵士たちはそれに応えるように歓声を上げる。

 

 

「やっぱり、少し変わられましたよね? ラクスさん」

 

そんな光景を見ていたメイリンがポツリとアスランに尋ねて来るが

 

「え、いや……それは……ちょっと」

 

「別人だからだよ」とは心には思っても、口が裂けても言えず

やはり曖昧に言いよどむ事しか出来ないのであった。

 

 

 

 

塀の外からディオキアの人々が『ラクス・クライン』に声援を送る中

人ごみに紛れて一人の女性記者が熱心にカメラのシャッターを切っていいる。

女性記者―――ミリアリア・ハウの表情は周りの人たちとは違い実に険しい。

ミリアリアは一頻りステージ上の『ラクス』をフィルムに収めるとその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

ミリアリアが写真を撮っていた人ごみのさらに後方

皆が盛り上がっている光景を路上から冷めた目で見つめる三人組みの姿があった。

正確にはその光景を見ているのは三人のうちの二人の少年だけで

残りの一人である少女は停車させているオープンカーの助手席で空を眺めている。

 

「何か楽しそうじゃん、ザフトの連中」

 

少年アウル・ニーダそう口にすると車の後部座席の真ん中に飛び乗る。

アウルが車に乗車するともう一人の少年スティング・オクレーは運転席に座り

車を発進させその場を後にする。

 

ディオキア基地に入港してきた標的であるザフト艦ミネルバを横目に睨みつけながら

アウルはスティングに問うていく。

 

「……なあ、俺たちまだあの船狙うの?」

 

「だろうな……ネオはその気みたいだ。

 まあ、あの船に関しちゃ黒星続きだろ? 俺たち」

 

「……負けてはいないぜ……」

 

「勝てなきゃ同じことだ。

 俺たち『ファントムペイン』に負けは許されない」

 

「…………」

 

スティングの言う事にアウルは押し黙る事しか出来ない。

ファントムペイン、特にこの三人は共通の境遇が存在し

その境遇故に周りの人間たちからは恐怖や侮蔑の視線を送られ

また、彼らを利用している上の人間からはパイロットという名の『部品』扱いを受けている。

彼らを唯一人間扱いしてくれるのは上官であるネオ・ロアノークだけだが

彼とて上の命令に逆らうことはできない。

上の人間が彼ら三人を不要と判断すればここぞとばかりに切り捨てられる。

だからこそ彼らには敗北が許されない。

 

 

三人を乗せた車が沿岸沿いに出たところで

 

「……! わあっ あはは!!」

 

これまで何の言葉も発さず、一切の感情を見せなかった助手席の少女が

車体から身を乗り出し、目を輝かせながら光煌めく美しい水面を眺める。

 

「おいステラ、あまり車から身を乗り出すな」

 

「うん!」

 

少女ステラ・ルーシェはスティングの忠告に返事はするものの

その行為を止めない。

ステラの顔に浮かぶ笑顔は爛漫であどけない

とてもこれから戦場に出ていくとは思えないほどに……。

 

 

 

 

皆がラクス・クラインの慰問ライブに駆けていく中

シン・アスカは一人、ミネルバのラウンジで待機していた。

ヨウランたちと一緒に艦から降りようとした際、アスランに呼び止められ

ラウンジで待機しているように命じられたのだ。

 

ラウンジに設置された長椅子に一人腰掛け、外から聞こえて来る喧騒に耳を傾ける。

 

そうしてしばらく時間を潰しているとシンのいるラウンジ内に一人の男が入って来た。

軍服はシンと同じく赤、襟元には特務隊『フェイス』の記章が付けられている。

 

ラウンジ内のシンに気付いたその男は真っ直ぐこちらに近づいて来る。

 

男はシンの前に立つと

 

「特務隊『フェイス』所属、ゼクス・マーキスだ」

 

自らの所属と名前を告げるととシンに対し敬礼をしてくる。

 

「グラディス隊所属、シン・アスカです」

 

シンも慌てて立ち上がり、敬礼を返しながら自らも名乗り返す。

 

「君がミネルバのエースか、君の活躍は議長からの報告で聞いている。

 ……なるほど……なかなか良い眼をしている」

 

「い、いえ、そんな……」

 

初対面の相手に思わず褒められ、シンは珍しく謙遜してしまう。

そんなシンには構わず、ゼクスは話を続けていく。

 

「さて、早速で悪いのだが案内してくれないか? 

 ……―――彼の下へ」

 

 

ガルナハンよりこの艦に同行していた傭兵の少年デュオのいる部屋へと

シンはゼクスを案内してきた。

 

「ここです」

 

少年のいる部屋の前でシンは立ち止まり扉を開けようとしたが

 

「いや、ここからは私一人でいい。

 君の監視役の任は私が引き継ぐことになっている」

 

ゼクスに制止され、さらには監視役の任も解かれることとなった。

 

「君………“シン”と呼ばせてもらっても構わないか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「ではシン、一つ頼みたい事があるのだがいいか?」

 

「頼み?」

 

「そうだ。ミネルバのモビルスーツのパイロットたちを集めておいてくれないか?」

 

「わ、わかりました……」

 

「それではよろしく頼む」

 

ゼクスからの頼みを聞くとシンは背を向け、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

ディオキアに到着する数十分前にブリッジから通信が入り

ヒイロ・ユイは宛がわれた一室にて待機を命ぜられていた。

 

ヒイロは部屋のベッドに腰掛け俯き考え事をしていた。

艦の外が騒がしいが気にせずに考えを巡らせる。

考えている事は他でもない自分に面会を申し出てきた

ギルバート・デュランダルについてである。

 

オーブのキラ・ヤマトたちの下に身を寄せていた頃

ニュースで会見を行っていたのを見ていたので

デュランダルの存在を知ってはいた。

だがヒイロが彼について知っている事といえば

コーディネイターたちが暮らすコロニーの長であるということくらいで

その他の彼に関する情報を持ち合わせていない。

故に今回の面会ではデュランダルの指導者としての器も見極めなくてはならない。

例え彼がキラたちを襲撃させた事に関わりが無かったとしても

OZのトレーズ・クシュリナーダや

ホワイトファングのミリアルド・ピースクラフトの様な指導者であれば

今後の戦況次第でヒイロにとっては倒すべき存在と成り得る。

 

 

ヒイロが自らの考えに没頭していると

 

「やはりな……」

 

「っ!?」

 

突如開いた部屋の扉から声が掛かる。

 

聞き慣れた声、

だがその声はこの世界では決して聞く事は出来ないはずで……。

 

幻聴かとも思ったが

 

「報告ではデュオということだったが……

 ウィングゼロに乗っていたのは、やはりお前だったか

 ……――― ヒイロ」

 

残念ながらヒイロの聴覚は正常に働いているようだ。

 

ヒイロはゆっくりと顔を上げ、声のした扉の方へと目を向けていく

 

そして、そこに立っていた人物は

 

「っ! ゼクス」

 

元の世界で幾度となく死闘を繰り広げた男

――― ゼクス・マーキスその人であった。

 

 

「久しぶりだな……ヒイロ」

 

ゼクスは好敵手の少年ヒイロ・ユイに再会の挨拶を告げる。

 

プラントの議長室でウィングゼロの映った映像を見せられた後

デュランダルから聞いた報告ではウィングゼロに乗っているのは

『デュオ』と名乗る傭兵の少年であるということだったが

ゼクスはその少年があの『デュオ・マックスウェル』であるとは思えず

偽名を使ったヒイロであるという推測を立てた。

そして先ほど扉を開いた際にその推測は決定的となった。

 

ヒイロはゼクスがこの部屋に入って来た直後

驚愕を露わにしたが、すぐに冷静さを取り戻した様子で

こちらへとに話しかけてくる。

 

「生きていたのか?」

 

「おかげ様でな。しかし、お前もこの世界に来ていたとは驚きだった。

 ………お前はいつこちらに来た?」

 

ゼクスは返答すると、今度はこちらからヒイロに尋ねていく。

彼には一つこの少年に聞きたい事があった。

 

「……気がついた時にはもうこの世界にいた」

 

「そうか……では元の世界の状況は? ……」

 

「わからん」

 

「そうか………」

 

ゼクスがヒイロに聞き、知りたかった事とは他でも無い自分たちが元いた世界の状況。

しかし、少年の返答からは明確な情報が得られず

表情を取り繕いはしたもののゼクスの目には落胆の色が残る。

そんなゼクスの機微を汲み取ったのか

ヒイロが付け加えるように言葉を紡いできた。

 

「だが、俺たちの様な兵士は必要無くなったはずだ。

 あとはリリーナたちが世界をどう導いていくか、それだけだ」

 

ヒイロの言葉によりゼクスは安堵の表情を表に出す。

 

自らの意志で画策した地球へのリーブラの落下。

だが、ヒイロに敗れたことでその間違いに気付き

贖罪の為に命を賭けて自らの行いを阻止しようとしたが

直後の爆発で意識を失ってしまい、気がついた時には

異世界のコロニーであるプラントの医務室に寝かされていた。

ゼクスはこの世界で日々を過ごす中でずっと元の世界のことが気掛かりで

心の中にわだかまりを残していたが

ヒイロから元の世界と何よりも自身の妹であるリリーナの無事を告げられた事で

ゼクスは漸く胸を撫で下ろす事が出来た。

 

 

「……ザフトに入ったのか?」

 

今度はまたヒイロがゼクスに質問をしてくる。

 

「デュランダル議長の計らいでな。

 ……だが、私が自分で選んだ事だ」

 

「……デュランダル……俺に会いたがっていると聞いたが?」

 

「そうだ、その為に私がお前を迎えに来た」

 

「……そいつは俺たちの事を知っているのか?」

 

ヒイロが聞きたいのは自分たちが異世界から来た存在であることを

デュランダルが知っているのかどうかだ。

ゼクスはこのヒイロの質問の意図を的確に読み肯定の言葉を述べる。

 

「無論知っている。私とお前が違う世界の人間だという事は……」

 

ゼクスがそう答えたとき

 

『『『 ――――――っっっっ!!!!』』』

 

ミネルバの外から一際大きな歓声が聞こえてきた。

おそらく外で行われていたラクス・クラインのライブが終わったのだろう。

 

「良い頃合いだな。ヒイロ、悪いが私について来て貰うぞ」

 

「…………」

 

ゼクスの言葉にヒイロは黙って従う。

デュランダルがヒイロに会いたがっているように

ヒイロもまたデュランダルに用がある。

 

ヒイロがベッドから立ち上がるのを確認すると

ゼクスは部屋の扉へと近づいて行き、

ヒイロも彼の後ろについて行く。

ゼクスが扉を開ける直前、肩越しに視線をヒイロへと向け最後に尋ねる。

 

「……ヒイロ、お前はこの世界でも戦い続けるのか?」

 

そんなゼクスの問いに対しヒイロは即答してくる。

 

「お互い様だ」

 

その答えを聞くと

 

「……確かにそうだな」

 

ゼクスは笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

空が茜色に染まったころ、

アスラン・ザラ、

シン・アスカ、

ルナマリア・ホークのミネルバ所属のモビルスーツパイロットたちが

デュランダルに招待を受け、ディオキアのホテルへと案内されていた。

尚、もう一人のパイロットであるレイ・ザ・バレルは既に議長の下へ向かったとのことであった。

彼らを先導しているのはゼクスという特務隊。

そして、彼のすぐ後ろにはガルナハンより同行していた少年が続いている。

 

彼らがホテル内に入った所で

 

「ヒイロ、しばらくそこで待っていてくれ」

 

「わかった」

 

ゼクスが館のロビーにある椅子とテーブルの設けられた場所を示し

少年に待機を促す。

ヒイロは粛々とゼクスの言う事に従う。

 

だが、そんな二人のやりとりを聞いていた三人は

 

「「「ヒイロ???」」」

 

物の見事に声を揃え疑問符を浮かべる。

 

「……ヒイロ、もう隠す必要は無かろう」

 

「構わん好きにしろ」

 

ザフトにゼクスがいる以上『デュオ』が偽名であることが知れ渡るのは時間の問題である。

この男が自身が所属する勢力の害となることを許しておくはずがない。

 

ヒイロから了承を受け取るとゼクスは三人に説明していく。

 

『デュオ』というのが偽名で本当の名はヒイロ・ユイだという事

実はこの『ヒイロ・ユイ』という名前もコードネームであるのだが

この世界では特に説明する必要は無いので割愛する。

そして、傭兵稼業の為、仕方なく偽名を用いたという事

これは、ヒイロの立場を擁護する為の措置である。

本来ゼクスがここで彼の立場を庇うことなどしなくてもいいはずだが

ヒイロがリリーナの為にといって止めを刺さなかったことへの借りを返すため

ゼクスが計らってくれた行為であった。

 

ここまでの説明を聞いていた三人は

一応の納得はしてくれた様だが

彼らの中の一人、ルナマリアから

 

「あのー、御二人は知り合い何ですか?」

 

という疑問が投げ掛けられる。

これに対しゼクスは異世界からの知り合いだと説明する訳にもいかず

 

「……それに関しては詳しく説明することは出来ないが

 ヒイロとは以前に戦ったことがあって、その繋がりだ」

 

この様に説明をしていく。

 

「では……デュ……ヒイロのモビルスーツは何なんですか?

 あんな機体、データでも見た事が無い。

 聞けば彼の機体はユニウスセブンにいたという話でしたが……」

 

次にアスランが質問をしてくる。

 

「それは―――」

 

「何だっていいじゃないですか、別に」

 

ゼクスがアスランの問いに返答しようとしたそのとき

シンがそれを遮るように口を挟む。

 

「誰にだって話したくないことぐらいあるでしょう?」

 

「だがシンこの事は―――」

 

「それよりも!」

 

「っ!」

 

「ゼクスさん……先を急ぎませんか?」

  

シンが無理矢理アスランの言葉を封殺し

この話を終わらせる。

 

「ああ、そうだな。ではヒイロそこで大人しくしていろ」

 

「…………」

 

ヒイロは何も言わず彼らの傍から離れ

先ほどゼクスに指定された場所へ近づいて行く。

それを確認するとゼクスは三人を連れ移動を再開する。

 

しばらく廊下を進むと

 

「すいませんでした。隊長」

 

歩きながらシンは先ほどの無礼をアスランに謝罪する。

 

「俺だって分かってます。

 あいつ……ヒイロの事が問題だってことは」

 

「…………」

 

「でも俺たちはヒイロに大きな借りがあります。

 あいつがいなかったらガルナハンで俺たちは負けていました。

 あいつがいたから俺たちは何も失わずに済んだんです。

 ………俺は軍人だからって恩を仇で返すようなことはしたくありません」

 

「………――ハァ」

 

黙ってシンの言葉を聞いていたアスランは一つ溜息をつくと言葉を返していく。

 

「本当ならまたお前を殴らなきゃいけないんだろう。

 ……だが、お前の言うことも分からない訳じゃない。

 ……今回だけだからな、こんなことを許すのは」

 

「っ! ありがとうございます! 隊長」

 

シンは容認してくれたアスランに感謝の意を述べるのだった。

 

 

 

 

「議長、ミネルバのパイロットたちを連れてきました」

 

館のバルコニーに辿り着くと

純白のテーブルクロスの掛けられた大きなテーブルと

椅子が6脚、左側に2脚、右側に4脚に分けられて設置されており

左側の方にはデュランダルとタリアが隣り合わせで腰掛け

右側の方には手前から4脚目の一番端の位置に

レイが議長たちと対面する形で腰掛けていた。

 

ゼクスの報告に気付いたデュランダルが席から立ち上がり

彼らの方へと近づいて行く。

 

「ありがとうゼクス……例の少年は?」

 

「指示通り待機させています」

 

「そうか、この会談が終わったらすぐに向かおう」

 

ゼクスはデュランダルに一礼すると

テラスの出入り口前へと移動し護衛としてその場に待機する。

 

 

アスラン、ルナマリア、シンの順番に

デュランダルに挨拶をすると

三人は用意された椅子へ着席するように促される。

 

全員が席に着いたところで

デュランダルはパイロットたちと

とりとめのない会話に華を咲かせる。

 

やがて彼らの会話は現在の世界の情勢、戦況についての話に移っていく。

デュランダルは宙域でザフトと連合軍による小競合いが頻発している事

また、地球ではガルナハン以外にもその他のユーラシア西側で

連合の動きに反対した都市がプラントへ助けを求めている事などミネルバクルーたちに話していく。

タリアから停戦の動きはないのかという質問に

 

「……我々も戦争などしていたくは無いのだが

 連合側は何一つとして譲歩してはくれないのだよ。

 これでは停戦、ましてや終戦に向けての動きなど出来ようがない」

 

と答え、さらに言葉を繋げていく。

 

「こんなことは君たち軍人に話す事ではないのだが

 ……戦争を終わらせる、戦わない道を選ぶことは

 戦うと決める事よりも遥かに難しい事なのだよ」

 

「―――でも」

 

「ん?」

 

デュランダルの言葉が終わると同時に

シンが口を挟む。

 

「いや……その……すいません」

 

その場にいる全ての視線が集まり

シンはバツの悪そうに言い淀んでしまうが

 

「いや、構わんよ続けてくれたまえ。現場で戦っている者の意見は貴重だ。

 私もそれが聞きたくて君たちをここへ呼んだようなものだからね」

 

デュランダルは気さくな態度でシンに続きを促す。

 

「………確かに戦わないようにする事は大切ですけど、

 戦いで命を賭けているのは自分たちだけではありません。

 自分はその事をある人から教わりました。

 だからこそ、戦うべき時には戦わないと……

 戦いに関係ない人がこれ以上、命を賭けなくてもいいように」

 

自分の様な境遇をもう誰にも味合わせないようにと

シンはミネルバの中でヒイロと話し

自らの戦う理由を再確認したことで彼の言葉には迷いが無い。

 

「なるほど……ではシン、君は何故戦いが起こると考える?」

 

「え? それは……」

 

デュランダルの問いかけに対し

シンは慎重に考え、自身の答を紡いでいく。

 

「ブルーコスモスとか、大西洋連邦みたいな身勝手で馬鹿な連中がいるから……違いますか?」

 

頭の中ではそれに加えてオーブという文字が浮かんだが

何故か言葉にする事は出来なかった。

 

「ふむ……それもある。誰かの持ち物が欲しい、

 自分より優れているから妬ましい、憎い、

 そういった感情で動いている人々が戦いの原因である事も確かだ。

 だが、それよりももっとどうしようもない事が戦争の一面もある」

 

「え?」

 

このデュランダルの言葉にはシンだけでなく

ここにいる者全てが疑問に思った。

ただ一人、出入り口で立っているゼクスだけが

デュランダルの言おうとしている事が分かっている様である。

 

「戦争をするには兵器が必要だ。

 モビルスーツ、戦艦、ミサイル等が戦いが起こる度に生産される。

 だが、これらを産業として考えればこれほど儲かる事は他に無い」

 

「議長、でもそれは」

 

アスランが言葉を挟むが、

デュランダルは彼の言いたい事が理解出来ている為

そのまま話を継続していく。

 

「アスラン、君の言いたい事は分かる。

 戦争なのだからそれは当り前のことなのだ。

 ……ただ、人はそれで儲かると分かると戦争を引き起こそうとする、何度もね。

 そして、今回の戦争の裏にも戦争を常に産業としてしか見ず、

 自分たちの利益しか考えていない者たち……―――『ロゴス』が蠢いている」

 

ついにデュランダルの口から戦争の黒幕の名が明かされる。

そして、デュランダルは最後にこう締め括る。

 

「彼らに躍らされている限り、

 これからも戦い続けていく事になるだろう。

 プラントと地球はね……」

 

 

 

 

一人残されたヒイロは椅子に腰掛け

デュランダルとの面会の時を待っていた。

 

ゼクスたちと別れてから30分あまりが経過した頃

ヒイロは何の気なしにホテルの入り口を眺めていると

一人の女性が館内に入って来るのがわかる。

しかし、その女性の姿を捉えたとき、ヒイロの眼つきが鋭いものへと変わる。

その女性がオーブでキラたちとともに暮らしていた女性ラクス・クラインに瓜二つであったからだ。

 

女性は館の中に入るとヒイロには目もくれず

先ほどゼクスたちが向かった方へと駆けて行く。

 

「あれってラクス様だろ?」

 

「ああ、こんな近くで見られるなんてラッキー」

 

ヒイロのすぐ傍にいたホテルマン二人が

小声で話しているのが聞こえる。

 

(……ラクス?)

 

二人の会話から先の女性がラクスであるということが窺い取れるが

ヒイロの知るラクスはキラたちと共に今もどこかにいるはずである。

 

別々の場所に存在する二人のラクス・クライン。

ヒイロはこのことについて考えを巡らせようとしたとき

 

「待たせたな、ヒイロ」

 

ゼクスがヒイロの前へと戻って来た。

 

「さあ、着いて来てくれ議長が待っている」

 

 

 

 

会談を終えた後、

デュランダルに召集を掛けられたミネルバの面々はバルコニーから離れ通路を歩いていた。

尚、デュランダル一人だけがヒイロという少年と話をする為にバルコニーに残った。

 

 

「シンもルナマリアも明日はゆっくりして来るといい。

 艦には俺が―――」

 

「艦には私が残ります。どうか隊長も休まれてください」

 

「いや、それは」

 

「隊長とシンは戦力の要ですし、

 それからルナマリアは女性ですので、私の話は順当です」

 

「………」

 

カーペンタリアから戦い続きであったミネルバクルーには

デュランダルの計らいで明日一日休暇が与えられた。

しかし、ミネルバにパイロットが誰もいなくなる訳にはいかず

上官であるアスランが非番を買って出ようとしたのだが

レイの提案に諭され何も言えなくなってしまった。

 

そんな会話をしながら彼らが通路を歩いていたところに

 

「アスラン!!」

 

進行方向から女性の声が聞こえ視線を向けると

昼間、ディオキア基地で慰問ライブを行っていた

ミーア・キャンベルがこちらに駆けて来るのが見える。

 

「ミ……あっ、ええ?」

 

「アスラン! ホテルにおいでと聞いて急いで戻ってきましたのよ。

 あの! 今日の私のステージ見て下さいました?」

 

ミーアは躍り出るようにアスランの前まで駆け寄ってくると

嬉しそうに声を掛けてくる。

 

「いやまあ………うん」

 

「本当!! 嬉しい。それでどうでした私の歌は?」

 

そんなミーアの様子にアスランはたじたじで曖昧な返事しか出来ない。

そんな二人の様子を間近で見たシンは眼を丸くさせ驚き、

ルナマリアは何故か機嫌を損ねている。

 

「アスランも今夜このホテルに泊まられるのですか?」

 

「………まあ、そうかな……」

 

「実は私もなんです。ですから今晩御食事をご一緒しようと思いまして」

 

ミーアはそう言うとアスランの左腕へと抱き付き

そのまま食事の場へ向かおうと腕を引っ張る。

 

いよいよ収拾がつかなくなって来たところで

 

「君たちはまだこんな所にいたのか?」

 

突然声が掛かる。

 

見てみると先ほどミーアが駆けてきた方向から

ヒイロを連れたゼクスが歩いて来るのが分かる。

 

「君たちは婚約者同士だと聞いたが

 それでも、こんなところで戯れるのは止した方がいい」

 

「いや、これはその……」

 

ゼクスの忠告にアスランは言葉を詰まらせる。

そんなアスランの戸惑う様子を見たゼクスは彼に近づくと

本人にしか聞こえない様に耳打する。

 

「……君は隊長なのだろう? 部下の前ではしっかりしたまえ」

 

「はい……私もそうしたいのは山々なのですが……」

 

「……何か事情でもあるのか?」

 

「……それは―――「あの」――っ!」

 

「御二人で何を話されていらっしゃいますの?」

 

ミーアが二人の会話に割って入ってくる。

もし、ここで彼女が口を挟まなかったら

自分は、何を口走ろうとしていたのかと

アスランは自責する。

 

「いえ、何でもありません。

 ラクス様、私たちは先を急ぎますので、これで失礼します」

 

ゼクスは言いながら恭しく一礼し、

 

「苦労するだろうが、しっかりな」

 

アスランの右肩を軽く叩き、ゼクスたちはバルコニーへと向かって行った。

 

 

 

 

ゼクスにこのバルコニーへと案内されたヒイロは

ようやくデュランダルとの面会を果たした。

ホテルに到着した頃は茜色だった空も薄闇が掛かり始めていた。

 

ヒイロの姿を見たデュランダルは椅子から立つとこっちに近づいて来る。

 

 

「ギルバート・デュランダルだ。

 知っているかもしれないがね……」

 

「……ヒイロ・ユイです」

 

「……『ヒイロ・ユイ』? ………ミネルバからの報告では―――」

 

「議長。それに関しましては私の方から説明します」

 

ゼクスがシンたちに話した事

『デュオ』というのが偽名である事をデュランダルへも説明していく。

 

「……なるほど、まあいい。

 それでは君……ヒイロ、でいいかな」

 

「………好きに呼べ」

 

偽名を使っていた事をそれ以上追及して来ないのはデュランダルの温情か、

それとも何か他に理由があるのか……。

どちらにせよ今の対応だけではデュランダルの本心を読み取る事は出来ない。

 

 

互いに挨拶を済ませると、

デュランダルはヒイロを椅子へ座るように促してくる。

 

「さあ、こちらへ……どうぞ座ってくれ」

 

「…………」

 

ヒイロは何も言わず、言われるままに椅子を引き腰を掛ける。

 

「ゼクスもこっちへ来てくれ」

 

「わかりました」

 

デュランダルがヒイロの対面に位置する席へと座り

その右斜め後方に位置取りしたゼクスが立つ。

全員がその場に着くとデュランダルがさっそく話しかけてくる。

 

「先ずはガルナハンでミネルバに力を貸してくれた事に感謝したい。

君のおかげでこの都市が解放されたといっても過言ではないだろうからね」

 

「………俺をここへ呼んだのは、礼を言う為か?」

 

「……無論違う。そうだね……早速だが本題に移ろうか。

 ……今日君をここへ呼んだのは他でもない。

 君がガルナハンで倒した『モビルドール』についてだ」

 

「――っ!!」

 

モビルドールという言葉を聞いた途端

ヒイロはデュランダルの後ろにいるゼクスを睨みつける。

 

「話したのか?」

 

「……そうだ、もはや黙っている理由は無い。

この世界に来たビルゴはあれだけではないのだぞ、ヒイロ」

 

「どういうことだ?」

 

プラントにいた頃に4機のビルゴが発見された事

それらをデュランダルが回収させ、ゼクスに処分を任せた

ゼクスは説明してくれた。

 

「私もそれを処分すれば問題は無いと考えていたが

……考えが甘かったようだ。

おそらく連合軍は他にもビルゴを隠し持っている。

それに……」

 

ゼクスはそこで一度言葉を区切り、ヒイロに問いかけてくる。

 

「例えもうビルゴが無かったとしてもだ。

 戦場でアレが使われた以上、これで済むと思っているのかお前は?」

 

「っ!」

 

ゼクスの言いたい事はモビルドールがこの世界で転用されるという示唆に他ならない。

確かにビルゴはこの世界にとって大きな脅威と成り得るが破壊してしまえば

技術体系の違いやガンダニュウムが無い事などから

ヒイロとゼクスが情報提供でもしない限り、この世界での修復や量産は不可能である。

しかし、機体そのものとは違いモビルドールのシステムは

一度転用できてしまえば幾らでも量産する事が出来き

また、あらゆる機体に応用する事が可能でとなる。

そしてその物量はこれまでとは比べ物にならない。

 

「この厄介事をこの世界に持ち込んだのは私たちだ。

 ならば私たちの手で決着を――― 「ゼクス」―――っ、議長?」

 

「それは私から話そう」

 

デュランダルがゼクスの話を止める。

ヒイロはデュランダルへと視線を戻す。

 

「ここまでの話で大方の見当は付いていると思うが

 連合にあるモビルドールの脅威を取り除くために

 私たちに力を貸しては貰えないだろうか?」

 

デュランダルは実に切実そうな表情を浮かべ、助力を乞うてくる。

 

コーディネイターという優れた人間たちの住むプラントだが

ナチュラルの住む地球と比べれば極僅かな国力しか有しておらず。

そんな彼らにモビルドールという脅威が襲えば

結果は火を見るより明らかとなるだろう。

 

ヒイロとしても自分たちの世界の兵器が

この世界に影響を及ぼすようなことは避けたい。

その為ならデュランダルに協力する事も出来る。

 

「いいだろう、モビルドールを排除する事は俺も協力してやる」

 

「それでは―――「ただし」―― ん?」

 

「俺がこれからする質問に答えろ。

 その答え次第ではこの話は無かった事にさせて貰う」

 

「ヒイロ、お前―――」

 

「どうなんだ?」

 

ゼクスがヒイロを咎めようとするが

それを遮り、デュランダルに返答を求める。

 

「……わかった、私に答えられる事なら幾らでも答えよう」

 

同意が得られ、ようやくヒイロは

ここに来た目的を果たすべくデュランダルに詰問していく。

 

「……アッシュというモビルスーツを知っているか?」

 

ヒイロは質問をしながらデュランダルの反応を窺う。

 

「……あれはまだ試作機が出来た段階で

ロールアウトしていないはずなのだが」

 

「その試作機というのは何処にある?」

 

「まだプラントにあるはずだが」 

 

「そうか……なら質問は終わりだ」

 

「? もういいのかね……?」

 

「ああ、もう十分だ」

 

今の質疑応答の中での様子を見る限り、

この男の話に嘘は無いように思える。

だが、この男が例の襲撃部隊に関係していると捉えるなら

今の回答は全て虚偽であるという事になる。

ヒイロはまだ疑惑の目をデュランダルに向けている。

そしてこの男が敵であるならば、

ここで直接的な質問をする事は避けねばならない。

ヒイロが自身の身を危うくするだけである。

また間接的にこの男の関与を探ろうとすれば、

先ほどの様に当たり障りのない回答でかわされるだけだ。

ヒイロはここが引き際だと判断し、これ以上の深入りをしない。

 

 

「……それで、我々に協力して頂けることは出来るかな?」

 

質問が終わるとデュランダルは再度ヒイロに助力の承認を求めてくる。

ヒイロは頭の中で少しだけ考えを巡らせると

 

「……了解した。協力しよう」

 

もうしばらくザフトと共に行動し情報を探るため

デュランダルの申し出を受け入れる事に決めた。

 

「……そうか、それなら良かった一瞬断られるかと思ったが。ありがとう」

 

「だが、もう一つだけ条件がある」

 

「ヒイロっ!」

 

「ゼクス、別に構わない。頼んでいるのはこちらなのだからね。

 ……それで、その条件というのは何かな?」

 

この期に及んで、まだ何か条件を付けようとするヒイロにゼクスが声を荒げる。

しかし、デュランダルがそれを諌め、寛容にもヒイロに続きを促す。

ヒイロは「簡単な事だ」と宣言し、自身の要求を伝える。

 

「俺はザフトには入らない。あくまで協力者という立場をとらせて貰う。

 俺は自らの判断で行動する」

 

そんなヒイロの要求をデュランダルはあっさり認める。

 

「ああ、構わないよ。それで君が協力してくれるのなら」

 

この承認を以って、ヒイロとデュランダルの対談は終わりを告げるのだった。

 

 

 

ヒイロとゼクスが去った後のバルコニーには

未だに椅子に座っているデュランダルの姿があった。

 

既に日は暮れ、空を彩るのは黒一色と為っている。

デュランダルは両肘をテーブルに置き、顔の前で指を組んだ姿勢で

自分の目の前、先ほどまで少年が座っていた席へと視線を向けている。

 

「………」

 

デュランダルは静かにその場所を見つめ続ける。

 

しばらくして、その場には誰も居なくなる。

 

ただそこには深くなった暗闇だけが漂っているのだった……。

 

                         つづく




第八話(中編)です。

前書きにも書きましたが、書いていたたら二万字を越えたので
さすがに長すぎると思い中編と後編に分けました。
申し訳ございません。



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      Rest to next battlefield(後編)


戦士たちは一時の休息を得る。

その日、少年は運命の出会いをする。





明朝、まだ太陽が顔を出したばかりの頃、

ディオキアの薄暗い空へと飛び立つ一機のモビルスーツの姿があった。

 

その機体―――ウィングゼロのコックピットにヒイロ・ユイはいた。

何故ヒイロがこんな時間にディオキアから飛び立ったのか、

その理由は昨日の夜へと遡る……――――

 

 

 

デュランダルとの対談を終え

ヒイロがゼクスと共にしばらく通路を歩いていたとき

ゼクスに頼まれごとを言い渡される。

ヒイロがその内容について尋ねると

 

『明日ウィングゼロに乗り、ある場所へと向かってくれ。

………私はミネルバの配属となる為ここを離れる事が出来ない』

 

『………ミネルバに?』

 

『そうだ、詳しい内容は後でウィングゼロへ送っておく。

 それと………これを』

 

ゼクスは白色の便箋を取り出し、ヒイロへと差し出してきた。

受け取って見ると、宛名に男性の名前が書かれているのが分かる。

 

『これは?』

 

『紹介状だその場所に着いたらその人へ渡してくれ

 この世界に来て私が世話になった人だ。

 それを見せればお前にも手を貸してくれるはずだ』

 

渡された便箋を見つめヒイロはしばらく考えた後

ヒイロは

 

『……了解した。それで俺は何処へ向かえばいい?』

 

『その場所は―――……』

 

 

 

そして今、ヒイロはコックピットのモニターを眺め

ゼクスから送られてきた内容を確認している。

そこには内容と共に昨日ゼクスから告げられた目的地の地図画像が映し出されている。

その場所は何の因果が働いたのかは分からないが、

ヒイロが当初目的としていた場所―――ザフト軍拠点基地ジブラルタルであった。

 

 

 

 

ディオキアに着いた翌朝、

シン・アスカが朝食を摂る為に

階層を移動するべくエレベーターへ向かうと

同僚であるルナマリア・ホークと鉢合わせになる。

 

「おはよう、ルナ」

 

「……………」

 

シンが声を掛けるが返事が返って来ない。

どことなく機嫌が悪そうである。

 

「ルナ? どうしたの?」

 

「……っ! 別に何でも無いっ」

 

何でも無くなさそうであるが

とりあえずこれ以上追及をするのは止めることにした。

 

 

ホテル内のダイニングまで移動してくると

昨日知り合ったゼクス・マーキスがいるのが分かる。

既に食事を済ませたのか彼の座るテーブルには

コーヒーカップだけが置かれている。

 

「「おはようごさいます」」

 

「……ああ、おはよう」

 

シンとルナマリアは彼の前に立ち敬礼をしながら声揃え挨拶をする。

それに気付いたゼクスが二人に挨拶を返してきた。

 

「シンと……確かルナマリアだったな。

……アスランとレイという少年は一緒ではないのか?」

 

「レイなら昨日の内にミネルバに戻りましたけど

 隊長は―――」

 

「隊長ならまだお部屋にいると思いますよ。

 何だか朝からとっても楽しそうでしたから」

 

ゼクスの質問に対しシンが返答しようとすると

ルナマリアがそれを遮るように棘のついたの返事を返す。

何故これほどまでに彼女が不機嫌なのか、

どうやら原因はアスランにあるようだ。

 

一体何があったのか

シンがその事について聞くべきか、

聞かないべきか迷っていると

 

「……―――それでね その兵士の方が私に言うの……」

 

「それはいいから、少し離れて歩いてくれ」

 

今話題に上がっていたアスラン・ザラが入って来るのが見える。

ラクス・クラインが腕に抱きついた状態で……。

 

アスランもシンたちに気付いたのか慌ててラクスを引き剥がす。

 

さらにそんな彼らの後ろからスーツを着た男

ラクスのマネージャーと思しき人がやって来た。

 

「今日の打ち合わせがありますので、ラクス様はあちらへ」

 

「えーーっ!?」

 

ラクスは男の申し出に不満の声を上げる。

 

「申し訳ありませんが、どうかお願いします」

 

「……仕方ありませんわね。ではアスラン、また後ほど」

 

男がどうしてもと頼みこむと

彼女もやむを得ないといった様子で納得し

最後にアスランに声を掛けるとその場を去って行く。

 

ラクスが去った後、アスランがシンたちの下へ近づいて来た。

シンは先ほどゼクスにしたように彼へも挨拶をするが

隣にいるルナマリアはそっぽを向いて、目も合わせようとしない。

 

 

「揃ったか……実はここで君たちを待たせて貰っていた」

 

レイ以外のパイロットたちが揃ったところでゼクスは話し出す。

三人がゼクスの方に注目すると、

 

「議長の命令で明日から君たちの艦

 ……ミネルバに配属される事になった」

 

「「え?」」

 

ゼクスの何気なく言った言葉。

しかし、シンとルナマリアは告げられた事に戸惑いの声を上げる。

アスランもまた、声こそ出さなかったものの、

その表情からは二人と同様の反応が窺える。

 

ミネルバに配備されている中で搭乗者のいるモビルスーツは

インパルス、セイバー、ザクウォーリア、ザクファントムの4機。

数としては少ないが、どれもがザフトの強力な機体であり、

また、パイロットたち個々の能力も高く、戦力としては申し分ない。

 

さらに、こちらの方がより重要と為ってくるのだが

現在、ミネルバにはタリアとアスラン、二人の特務隊が所属している。

確かに特務隊『フェイス』はザフトのトップエリートの証であり

一つの部隊の中に複数の特務隊が属することは

表面的には良い事の様に思えるが、そうではない。

独自の指揮権限を与えられている特務隊が複数名所属するという事は、

指揮官がその数だけ部隊にいるという事になり、

指揮の統一が困難となる惧れが出てくる。

 

ミネルバではタリアが艦の指揮を、アスランがモビルスーツ隊の指揮を行い

役割を分担することで、隊の統制は保たれているが、

それが三人になれば統制の乱れとなるのではと懸念される。

 

ゼクスのミネルバ配属を指示したデュランダルの意図が何なのか、

三人には知る由もない。

 

「艦の方へも後で着任の挨拶に伺うつもりだ。

 ……新参者だがよろしく頼む」

 

伝える事を伝え終えると

ゼクスは席から立ち上がり、

三人の下から離れ、ダイニングを出て行くのであった。

 

 

 

 

その日の午後、

アスランはミネルバの自室でコンピュータを操り、調べ物をしていた。

 

朝食を取り、ミーアを見送り、その後ルナマリアと一悶着あり

朝から気疲れしてしまったアスランはどこに行く気も起きず

ミネルバへと戻って来たのだ。

午前中は疲れを取る為に横になっていたのだが

午後になり、ずっとこうして暇を持て余すくらいならと、

これまで気掛かりであった、ある事について調べようと考えたが、

 

(やはり駄目か……)

 

彼の欲しい情報は何一つ得られないでいた。

 

現在、アスランが調べているのは他でも無い。

アークエンジェル―――キラ・ヤマトたちのその後の足取りと

カガリ・ユラ・アスハの居なくなったオーブの情勢についてであった。

フリーダムとアークエンジェルがオーブの代表を連れ去ったという情報は

既に世界中の勢力に知れ渡っているが

アークエンジェルに関する情報はそれから一切の進展を見せていない様で

またオーブについても何ら詳しい事は知る事が出来なかった。

 

(……キラ、お前は今どこで何をしているんだ……)

 

 

その後も駄目元で情報を探したが、見つからず。

いい加減、気が滅入って来たアスランは気分転換も兼ねて

セイバーの整備でもと、モビルスーツデッキへと移動してきた。

 

デッキ内へ入ると、昨日まで有ったはずのヒイロ・ユイの機体の姿が無く、

代わりに、見慣れないモビルスーツが一機置かれているのが分かる。

紅色を基調とした装甲と翼を持ち、頭部はインパルスやセイバーに似たデザイン。

何処なくヒイロという少年のモビルスーツに似ているが

その外見から見られる雰囲気は、まるで正反対である。

 

アスランはその機体の方へと近づいて行き。

しばらくそれを正面から見上げていると、ある違和感を覚える。

そして、その正体が何なのかは直ぐに理解する事が出来た。

 

「……射撃武装が無い?」

 

右腰に備えられたビームサーベルの柄と左腕のシールドに着けられた鉄鞭、

そして両手部分にあるクローと全てが近接格闘用の装備であり。

その他の射撃武装はビームライフルどころかバルカンの砲口一つ見当たらないのである。

 

「そんなに珍しいかね?」

 

「っ? ……マーキスさん……」

 

頭を傾げながらその機体を見ていると、背後から声が掛けられる。

振り返ると、今朝ホテルで会ったゼクスがいつの間にか近づいて来ていた。

彼はアスランの隣に立つと、

 

「これを設計した者の理想の形なのだよ……この機体は」

 

「理想? 一体誰の?」

 

「……私の親友であった男だ。

 今はもう会う事は叶わなくなったがな……」

 

アスランはその言葉に含まれた意味を察すると

彼へ向き直り、頭を下げる。

 

「あの……すいません」

 

「いや、謝る事は無い。

 その男の意志は、今でもこうして残っているのだから」

 

その彼の瞳からは悲壮感など微塵も感じ取れない。

ただ、強く気高い意志だけが宿っていた。

 

 

しばらく、デッキでゼクスと会話をする。

自分の事をマーキスと呼ぶアスランにゼクスと改める様に言うところから始まり。

先ほど艦長のタリア・グラディスとレイ・ザ・バレルへ挨拶をしてきた事、

目の前にある機体がエピオンという名である事などをゼクスは話してくれた。

 

会話が途切れたときを見計らい、

アスランは気に為っていたことを聞いてみる事にした。

 

「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「何かな?」

 

「朝は聞けなかったのですが。

ミネルバへの着任は何か理由があっての事なのでしょうか?

……私には議長の考えがよく理解できないものですから……」

 

「ふむ……君はこれから予定はあるか?」

 

少し考えるそぶりを見せると、ゼクスはアスランへと問い返してきた。

 

「いえ、特にはありませんが……」

 

「それなら君の部屋へ案内してくれないか?

 そこで全てを教えよう……、

 議長の考えも、私がここへ来た訳も教えてやれる」

 

 

アスランはゼクスと共に自室まで戻って来た。

部屋の中へと入ると、ゼクスが一つのメモリデバイスを差し出してきた。

 

「この中に私がこの艦へ来た理由が入っている」

 

それを受け取るとコンピュータを起動させる。

ゼクスから受け取ったメモリを挿し入れると

画面に映し出されたのは戦闘シミュレーションのプログラム。

 

「……さあ、始めてくれ」

 

このシミュレーションを行うようにと、ゼクスが促してくる。

未だゼクスの意図が掴めないが、セイバーの戦闘データを使い、

とりあえず言われた通りにシミュレーションを開始する。

 

画面に現れたのは連合軍の量産モビルスーツのウィンダム。

数は2機、どちらもジェットストライカーを装備している。

2機は右と左に別れて、左にいる方が若干先行している。

一見、何の問題も無いように思えるこのシミュレーション

アスランは、この艦のどのパイロットでも

容易に熟せる内容であるという見解だった。

 

しかし、その見解はすぐに改められることに為ったのだった。

 

アスランは左を先行している方の一機に自機を接近させ、ビームライフルを放つ。

通常の戦闘ならこの攻撃でその一機は仕留めていたはずであるが、

 

「回避されたっ!?」

 

敵機の回避行動がアスランの予想よりも遥かに早い。

さらに回避しながら、数発のビームライフルをこちらへ放ってくる。

そのどれもがアスランの機体を的確に捉えている。

アスランは敵の攻撃を回避する為に右へ右へと移動していく

そこへ、もう一機のウィンダムからビームライフルとミサイルを一斉に放ってきた。

アスランは機体を急上昇させその弾幕を何とか切り抜けるが

もう一方の先ほど仕留められなかったウィンダムが眼前に回り込んでおり

既にビームサーベルをこちらへ向け振り被っている。

咄嗟にシールドでそれを防ごうとするが間に合わず、

アスランの操る機体は為す術も無く切り裂かれた。

 

シミュレーションが自機の撃墜という形で終了した。

 

「それが私がここへ来た理由だ」

 

その結果に唖然とするアスランにゼクスが告げる。

 

「これが理由? 一体どういうことですか?」

 

「君はガルナハンで見たのだろう、あの3機を」

 

ガルナハンの3機。ローエングリン突破作戦の際、

陽電子リフレクターを有する連合の巨大モビルアーマーを

砲台から引き離した後に現れた妙なモビルスーツ。

アスランとシンが撃墜に臨んだが、終ぞ落す事が出来ず

ヒイロのモビルスーツによって破壊された、あの3機。

ただ、それが今のシミュレーションとどう関係しているのか

アスランには分からない。

 

「今のシミュレーションの敵が実際の戦場に出てきたとしたら

 ……君はどう思う? アスラン」

 

「っ!! まさか……!」

 

その質問でようやくゼクスの言いたい事が理解できた。

 

「今戦ったものが戦場にも出てくると……そう言う事ですか?」

 

「そうだ。まあ、今のはその中でも『最強のデータ』だったがな。

 ……では、次はこれを行ってみてくれ、君の腕は先のもので把握した。

 君の腕なら問題なく熟せるだろう」

 

そう言ってもう一つメモリを取り出し、手渡してきた。

アスランは先のメモリをコンピュータから抜き取り、二つ目のものを入れる。

 

先ほどと同じように戦闘シミュレーションが起動され

これもまた同じ様に2機のウィンダムが相手である。

アスランはそのシミュレーションを開始した。

 

ゼクスは彼の姿を後ろから眺める。

彼が今行っているシミュレーションプログラムは

対モビルドール用にゼクス自らが作ったものだ。

そして、先ほどアスランが戦った2機には

二人のガンダムのパイロットの戦闘データが流用されていた。

先行していた方には、あの『ヒイロ・ユイ』の戦闘データが

そして、残りのもう片方には、

ガンダム03のパイロット『トロワ・バートン』のデータが

それぞれ使われていたのだ。

撃墜されたとはいえ二人のガンダムパイロット相手に

初見であれだけの対応が出来る者などそうはいない。

ガンダムのパイロット相手では

ほとんどの者は彼らに遭遇すれば何も出来ずに撃墜されてしまう。

ゼクスはアスランの戦士としての資質は称賛に値するものだと感じた。

 

ゼクスがそんな想いに耽っていると

丁度、アスランがシミュレーションを終えたところで

今度は見事に勝利を収めていた。

 

「どうだった?」

 

ゼクスはアスランに今回の手応えを尋ねる。

 

「はい、一般の連合兵よりは手強かったですが、

 さっきみたいに倒せないものではないです」

 

「そうか、これからの戦場では君が今戦ったものに近い機体が出て来るはずだ。

 それも一機や二機では済まない数がな……それに対抗する為に私はこの艦へ来た、という訳だ」

 

ようやく全ての事に納得がいった。

少数精鋭部隊のミネルバだが

これほどの性能を持つ敵がいるのなら今回の補充にも肯ける。

ミネルバはザフトの新造艦であり、他に代えが利かない。

加えて、ミネルバのグラディス隊は

今やザフトの中でも主力の部隊と為っている。

それがもし撃沈することがあればザフト全体の士気は一気に低下するだろう。

この艦を沈めさせ無い為にデュランダルは

今回この男 ゼクス・マーキスをミネルバへと寄越したのだ。

 

 

それからゼクスはこのメモリと同じものが、近々ザフトの全部隊に配布される事や

傭兵の少年ヒイロ・ユイが助力してくれる事になった事などを教えてくれた。

ヒイロの件では、先ほどデッキに彼のモビルスーツが無かったことを尋ねると、

 

「ヒイロならジブラルタルへ向かわせた」

 

「ジブラルタル? ……一体何故?」

 

「それは奴が戻った時に分かるはずだ」

 

そう答え、詳しい事を教えてくれなかった。

 

アスランはゼクスに対し、ある疑問を抱いた。

アスランとてザフトの全兵の顔など知らない。

知らない兵の方が多いくらいだが、

この目の前の人物を、ここまで聡明なザフト兵の存在を

今まで知ら無かった事が不思議に思えたのだ。

 

「ゼクス……あなたは―――」

 

何者なのか、と口にしようとしたその時、

コンピュータが通信を報せる音を鳴らし、聞きそびれてしまう。

アスランは目の前のそれを操作し通信を繋ぐと、

画面に艦長のタリア・グラディスが映し出された。

 

「艦長? 何かあったんですか?」

 

アスランが尋ねると、

 

『先ほどシンからエマージェンシーが送られてきたわ。

 アスラン、悪いのだけれど向かっては貰えないかしら?』

 

「シンが? ……分かりました。すぐに向かいます」

 

『ありがとう。助かるわ』

 

通信が切られると、ゼクスに向き直り、告げていく。

 

「すいません。少し用事が出来てしまいました」

 

「ああ、構わない……部下が待っているのだろう?

 早く向かって上げたまえ……私もこれで御暇する」

 

 

アスランはゼクスと別れ、シンを迎えに行く為に歩き出していった。

 

 

一人になったゼクスはエピオンの前へと戻って来ていた。

ゼクスは語りかける様に自らの機体を見上げる。

 

そして今、彼の瞳に映っているのは……。

 

 

 

 

ミネルバにエマージェンシーを送った後、

近くの岩陰で暖を取りながら、

シンはその少女―――ステラと背中合わせに座っていた。

 

 

ホテルを出た後、一人ツーリングに出かけていたシンは

休憩の為に立ち寄った崖上から黒海を眺めていると

偶然にも同じ場所にいたこの少女が

崖下の海へ落ちて行くのを見てしまった。

慌ててシンも海へと飛び込み

暴れる少女を何とか助け出したが、

少女を担ぎ、近くの岩壁まで引き上げた際に、

 

『死ぬ気かっ!? この馬鹿っ!』

 

シンがそう叱咤したとき、少女の様子が一変した。

 

『……死? ……死ぬ? ……ぬのは……し………や』

 

『おいっ? どうした?』

 

心配したシンが、少女に声を掛けると、

 

『っ! 死ぬのは、いやぁぁっっ!!!』

 

『っ!? 何だ? って、おい待てっ、そっちに行くなっ!!』

 

『死ぬのは、いやっ、怖い……死ぬのは―――』

 

再び少女が暴れ出した。だが、それは溺れていたときの比では無かった。

何かに取り憑かれた様に『死』への怖れを口にしながら、

泣き喚き、少女はその場を離れ海へと歩いて行く。

錯乱状態に落ちっている所為か徐々に深くなる水位にも気付いていない。

シンが少女に抱き付き、必死にその場に押し留めようとするが少女は暴れ続ける。

 

『ネオ、ネオぉぉっっ!! 助けてぇっ!! 死……―――』

 

『っ!!』

 

気がつくとシンは少女を強くたぐり寄せ、優しく抱き締めていた。

 

 

『大丈夫だから、君は死なない……君は俺が守るから。

 だから、君は死んだりしない』

 

そして、自らの想いを少女に伝えていた。

 

戦争の所為で何か怖い思いをしたのだろう、

誰かが死ぬのを見てしまったのだろう、

その事いつまでも忘れられないのだろう、

自分がそうであったように

その痛みを、悲しみを、怖さをこの少女も知っている。

 

そう思ったときシンは言わずにはいられなかった。

死んだ妹にそう言ってやれなかったから………。

 

『ま……もる?』

 

『そう、守る。君の事はちゃんと俺が守るから』

 

『……守る……』

 

言葉が届いたのか、少女はシンへと聞き返してきた。

少女の瞳を見つめる シンの瞳は強い想いに溢れている。

その確かな想いは少女にしっかりと届いた。少女の心へと……。

 

 

そして今、日は既に落ちて、暗闇が拡がり

明りはシンがくべた焚き火のだけ。

ミネルバからの救助を待ちながら

シンは背中越しに座っている少女に

焚き火に薪をくべらせながら話しかけていく。

 

少女の名前がステラであること、

ディオキアの街の住人で無いこと、

少女――ステラには他に何人かの知り合いがいること、

ここまでステラから彼女自身の身元に関することを聞いたが

どうにもはっきりとしない。

 

とりあえずシンは他に何か聞き出せないかと会話を繋げていく。

 

「俺 シン。シン・アスカって言うの……分かる?」

 

「……シン?」

 

「そう」

 

「シン、ステラを守る。ステラ、死なない?」

 

先ほどシンが掛けた言葉を

もう一度、ステラは聞いてきた。

 

「ああ、守る。君は死なないよ、絶対に」

 

シンもさっきと同じように言葉を返してあげると

ステラはおもむろに立ち上がり、

 

「……シン、“これ”上げる」

 

シンの方へ何かを差し出してきた。

少女の手のひらの上には

小さな桜の花びらのような貝殻がのっていた。

 

「? これをくれるの?」

 

「うん……助けてくれた 御礼」

 

「……ありがとう。大切にする」

 

シンがステラの手から貝殻を受け取ったそのとき

 

 

「シーーン、いたら返事をしろーー!」

 

 

エンジン音と共にアスランの声が聞こえた。

 

「っ! ……何?」

 

突然の物音に驚いたステラがシンにしがみ付いて来る。

 

「大丈夫……助けが来ただけだから」

 

安心させるように言葉を掛けると

シンはステラの手を引いて、岩陰から出て行くのであった。

 

 

 

 

「君は本当にやらかしてくれるな。色々と」

 

アスランはシンたちをボートに乗せると

第一声に説教の言葉を述べる。

 

「すいません……」

 

「それで、その子は?」

 

頭を下げるシンを見て、これ以上うるさく言うのは止めることにした。

代わりに、シンの隣にいる少女について尋ねていく。

シンはアスランに海で溺れているこの少女を発見し、

助けたのは良いが、崖の下から動けなくなったと話してくれた。

アスランはさらに少女の身元について尋ねると、

 

「分かりません。名前はステラっていうんですけど、他には何も……」

 

「この街の子か?」

 

「いえ、違うみたいです。

でも、戦争で何かあったんだと思います……」

 

「そうか……」

 

その言葉にアスランは沈痛な面持ちをする。

こんな世の中だ、少女の様な境遇を持つ者は巨万といるだろう。

しかし、実際に目の前にすると、言葉を失ってしまう。

 

「……名前以外に何かわからないのか?」

 

アスランの問いかけにシンは首を横に振る。

 

「そうか、名前しか分からないとなると、

 基地に行って身元を調べて貰うしかないな……」

 

丁度その時、ボートが陸に近づいたときだった。

 

 

「ステラーー!! どこだーー!!」

 

「おーい、ステラー!」

 

少女の名を呼ぶ声がする。

ボートから視線を向けると崖の上に二人の少年がいるのが見えた。

彼らの近くにはオープンカーが停車されている。

 

 

陸へと上がったシンたちは軍用のジープに乗り込み、

先ほど少年たちがいた崖の方へと車を走らせる。

 

しばらく、行ったところでオープンカーが対向車線から近づいてきた。

 

「あれだ」

 

シンの声と共にアスランがブレーキを掛け、

クラクションを鳴らし、その車に停車を促す。

ジープから数メートル後方の位置で彼らは止まってくれた。

 

「スティング! アウル!」

 

車から降りるとステラは彼らの方へと駆けだして行く。

 

「ステラ! 何でお前―――」

 

「しっ、黙ってろ。アウル」

 

向こうからも二人が降り、こちらへと近づいてくる。

緑色の髪をした、切れ長の目の少年がシンたちに話しかけて来る。

 

「スティング、シンが助けてくれたの。ステラのこと守るって」

 

「そうか。良かったな」

 

そのスティングと呼ばれた少年は近づいてきたステラの頭を撫でると、

 

「どうもすいません。御手間をおかけして」

 

そう言って、こちらに頭を下げてきた。

シンがスティングにステラが海に落ちた事などを話す。

 

「この子のこと何もわからなくて、困ってたところだったんです」

 

「そうですか、僕たちもずっと探していたんです。

 けど、見つかって良かった。

 ザフトの人たちには本当に“御世話”になって」

 

(? 何だ?)

 

アスランはスティングの言葉に含みがあった様に感じた。

それに、ステラがアウルといっていたもう一人の少年。

彼が最初にこちらを見たとき、その表情に険が混じっていた様に思えた。

 

(警戒されている? 俺たちが軍人だからか?)

 

「それでは僕たちはこれで……ステラ、行くぞ」

 

気に為りはしたものの、

考えている間にその三人はここを離れて行く。

 

「え? シンは一緒に来ないの?」

 

「来る訳無いだろ。さあ、早く乗れ」

 

スティングがステラを車に乗る様に急かす。

 

「でも、ステラのこと守るって……」

 

しかし、ステラはシンの方に視線を向け、不安そうな表情をしている。

そんな彼女を安心させる様にシンが言葉を紡ぎ出す。

 

「大丈夫だよ、ステラ。きっとまた会えるから」

 

その言葉にステラは少しの間顔を俯かせるが

すぐにシンを見つめ返すと、

 

「うん……じゃあ、シンまたね」

 

ステラは最後にそう言うと車へと乗り込んで行った。

車の中からステラはシンの方をずっとシンの目を見つめている。

彼らの車が見えなくなるまで、シンもまたステラの顔を見つめ続けるのであった。

 

 

少年と少女は知らない。

 

戦場の上で再び相見えることを……。

 

                     つづく




第八話(後編)です。

次は等々、ダーダネルス海峡の戦いになります。




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