セブンスドラゴン×シンフォギア = Re : cord = (No.20_Blaz)
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セブンスドラゴン×シンフォギア = Re : cord =

ナナドラのクロス小説ということで懲りずにシンフォギア。

それぞれ時系列はナナドラがⅢのエンディング後。

シンフォギアはGXが終わってしばらくしてから。

九月なんで…大丈夫かな?


取りあえず書きたい事を書いてるだけなんで滅茶苦茶かもしれません。
ちょっと補足設定等は後書きに書きますのでよろしく。


それでは、そんな短編小説ですが、お楽しみください。


 

―――身勝手な決断だと思いもした。

 

それが、果たして正しいことなのかと疑った

 

だが、そんな事は小さな些末事だったのを、今でもよく覚えている

 

何故なら。自分は今までそうして戦い抜いてきたのだから

 

 

 

「お前の願いを―――!」

 

「…ああ」

 

 

 

―――願え。

 

その願い、その行いは神が行うこと。だが、彼は神ではない、一人の人間だ

 

人として、生きるものとして。彼は世界に祈るのだ

 

そして、その言葉を最後に、青年「蒼龍夏也」の意識は途切れた。

 

小さなノイズに、僅かだが眉を寄せて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澄んだ青空に浮かぶ太陽から、じりじりと熱い光が地面へと降り注ぐ。

熱く光る太陽によって、日の当たる場所は白く、日陰は濃く色塗られていた。

雲一つない空は見ているだけで心を澄ませるが、同時に雲という涼しさがない事から暑苦しくも思えてしまう。太陽が雲に隠れた時、自分たちはどれだけ有難いと思っただろう、そんなことを頭の隅で考えつつ、何処かで鳴いている蝉の声は嫌に大きく聞こえてくる。

 

『本日、東京の気温は最高で三十五度。最低二十八度と、例年に比べて早い真夏日よりです。皆さん水分はしっかりと取ってください…』

 

聞きたくもなかった気温を耳にし、憂鬱さは更に拍車をかける。せめて「暑くない」と言って少しでも体感気温を下げようかと思っていたが、嫌でも聞こえてくる事実に全ては無駄となった。

晴れ晴れとした空は、予報通りの暑さを地面にさし、まるで地表が焼かれているかのようだ。

…いや、実際に焼かれているのだろう。環境汚染によってオゾン層が削られた今の地球。直接の日射によって人々の肌だけでなく、地面にもその紫外線はさしている。

 

 

「……はぁ…あっちぃ…」

 

…と。苦し紛れの考えで少しでも紛らわせようとしたが、やはりそれでも暑いものは暑かった。我慢できなかった口からは、みっともない声が吐き出され、体を更に脱力させる。

ふやけたかのように崩れた体は、やがて縁側の方から差し込む光にダメ押しされ、フローリングの床に倒れ込んだ。

しっとりと汗を滲ませた髪の毛から汗が吹き出し、床に小さな水たまりと湿地を作り出す。

だが、湿地が作られたのは頭部だけでなく、シャツだけを着た胴部からも汗がにじみ出ていた。

 

「ヒートアイランドっていうけどよ…こりゃマジで…」

 

その言葉が生易しく思えてしまう、日射の強い東京は今日も晴天の中、何事も無く日が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今から少し未来の世界。

 

科学が発達したが、半世紀前の人が描いたような未来が訪れていない世界。UE.77年。

混乱の中にあった世界は、幾度の戦いを切り抜け安息の日々を取り戻しつつあった。特異災害と呼ばれる謎の災害によって引き起こされ、更には世界規模の破壊が行われるとして、人類は何度も壊滅の危機に瀕した。

だが、それを防いだ少女たちが、その事件の全ての裏に居た。

 

聖遺物「シンフォギア」を纏う少女たちは歌を歌いつつ戦うという方法で、心を通わせ、共に戦い抜いてきた。

それが数度行われ、「魔法少女事変」と呼ばれた戦いが終わった今、世界は復興への道を歩み、その文明レベルは八十年前(・・・・)の時に立ち返り、広がりを見せていた。

 

かつての営み、繁栄を取り戻しつつある人類。

しかし、その繁栄がどうして失われていたのか。衰退していたのかは、誰も知る者はいない。

ただ、ある三人を除けば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

玄関のドアが開かれ、日照りの強い日の中から一人の少女が入ってくる。薄い緑の髪をツインで纏めた少女は白い服を着ているが、その服も汗で蒸れている。

手に持ったハンカチで汗を拭って、顔に溢れた汗を拭きとった少女は、手に持った白い買い物袋を置くと、服よりも蒸れていた靴をぬいだ。

 

「ふぅ…暑い…」

 

照り付ける太陽から逃げられた事で、多少は暑さもマシになったがやはり地面からの熱がむわむわと押し寄せてくる。

 

「麦茶飲みたいなぁ…」

 

冷蔵庫の中にあるお茶を思い浮かべた少女、那雲澪はだらけた顔でリビングへと向かった。

この熱気の中では、彼女の顔も笑顔どころか無表情の顔でさえも作ることは難しい。あの日の下で約一時間。いくら夏の暑さに慣れていると言っても、それにも限度がある。加えて、彼女の華奢な体では、耐えられる暑さも他の人に比べると低い。お陰で水分もだいぶ消費してしまったようで、今の彼女の頭の中には水分のことだけしかなかった。

 

「麦茶、麦茶…」

 

リビングのドアを開けてキッチンにある少し大きめの冷蔵庫に目を向ける。すると、そこには彼女よりも早く、中にある麦茶を求めて開けていた青年、夏也の姿があった。

 

「ナツ、ただいま~…」

 

「ん。ミオか、おかえり。暑かっただろ」

 

「うん。お陰で喉がカラカラだよ…」

 

汗だくのミオを見て同情の色を隠せない夏也は、苦笑いをしながら冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出すと、食器棚から二人分のコップを出し、よく冷えた麦茶を注ぐ。

氷でも入れたいところだが、麦茶の冷たさだけで十分だと思った夏也はコップをそのまま澪に手渡した。

 

「ホレ。冷たい麦茶」

 

「あ、ありがとう…んっ」

 

受け取った澪は夏也に礼を言いつつ、麦茶を口につけた。火照った体に冷たい麦茶が透き通るように入り、熱を冷ましていく。くびくびと小さく音を鳴らしながら飲んでいく様はどこか微笑ましい。

麦茶を飲み干すと、小さく一息をつけた澪の表情はさっきよりも明るくなっていた。麦茶を飲んだおかげで火照りから解放されたのだろう。

 

「っぷはっ……んっ…ありがとう、ナツ」

 

「……いや。うん。ドーイタシマシテ」

 

「…? どうかしたの?」

 

「…いや」

 

飲んでいる姿がどこか妖艶に思えた夏也は、自分に「違う」と言い聞かせつつ目を逸らした。

自分は、彼女の姿を見て欲情していない。あれは汗だくの姿だったからで、別にそんな危ない性癖ではないのだから、と。

 

「もう一杯、飲むか?」

 

「ううん。もう大丈夫だよ、ありがとうナツ♪」

 

「あ…うん…」

 

その言葉を聞いて、夏也は少し安堵した。

 

 

 

こうして微笑ましい風景をしているが、夏也とミオに血の繋がりはない。兄弟、親戚、そうしったものではなく、しいて言い表すのであれば二人は「親友以上、恋人未満」の関係だ。

ただしこれかあくまでもミオの視点と意識からで、夏也からすればミオは大切な親友だという。二人がこうして一つ屋根の下で生活を共にしているのは、夏也が一文無しだったからだ。

ある日、ゲームセンターで知り合った二人は、そのままゲームを経験してやがては小さな関係を築いていた。最初は知り合い、その次は友人、そして今。

夏也はある事情から帰る場所がない。家庭事情や経済的な理由といったよくある話ではない。しかし、そこを掘り下げていくのはまだ先のことである。

その理由を知っていた(・・・・・)澪は「自分の家に住まないか」と申し出る。夏也にとっては有難い話だったが、彼女の家族は大丈夫なのかというのが唯一の心配事だった。そこは、澪が説き伏せるということで解決したが、未だ家族が彼を信頼しているのか、彼女に居候させてもらっているという申し訳なさが、彼の中に常にあった。

 

 

 

「…暑いからな、しっかりと水分補給とかしとけよ、ミオ」

 

「ん。そうだよね…やっぱりナツみたいな水筒とか買っておくべきかな?」

 

「俺のまでとは言わねぇよ…俺のは、ある意味、特別製だしよ」

 

居候させてもらっている夏也は、このまま澪に世話になっているわけにもいかないと思い、ある事を思いつく。

幾度と起こった大規模な事件、そしてそれに合わせて各地に「マモノ」と呼ばれるモンスターたちが出現していた。

このマモノたちが何時頃から現れたのかは分からない。しかし、このマモノは野生動物よりも狂暴で、攻撃的で、その活動範囲は広い。人里に降りてくることはよくある話で、自分の縄張りだと言わんばかりにマモノたちが暴れ、近隣の人々に迷惑をかけていた。そして、中には町や村を棄てるといったケースも多い。マモノたちの出現が、人類の生活圏を狭めていたのだ。

 

 

「あ。それで思い出した。明日、依頼が入ってるんだ」

 

「またハントマンの依頼?」

 

「ああ。近くにマモノが出たからって、その追っ払いと開拓をな」

 

ハントマンとは、最近になって現れた賞金稼ぎのような者たちの総称で、狩人のようにマモノを討伐したり、各地の生活圏の開拓、更には運搬業務や調査など、自衛隊や警察が出来ないような事を行う者たちだ。

言わば、警察や自衛隊といった両極端の組織に対し、その中間的な存在。警察よりもマモノと戦える力を持ち、自衛隊よりも各地を破壊したりせずに最小限の戦力で依頼をこなす。

それが、彼らハントマンの存在理由だ。

 

「ギルドからの依頼で、ちょっと遠出になる」

 

「…そっか。何処までいくの?」

 

「チバのエリアだ。あそこは海岸沿いがまだマモノの巣になってるのが多いらしくって、そこの開拓を依頼された」

 

「昔、テーマパークがあったっていうあの?」

 

「かもしれねぇ。ま、あったとしても空しい廃墟だろうがな」

 

無法者のようなハントマンたちだが、それを纏める「ギルド」と呼ばれる正規の管理組織が存在し、今では八十パーセントのハントマンがギルドに所属している。ギルドに所属すれば、制約はあるものの正規のハントマンとして認められて、依頼の情報の詳細を聞くことが出来たり、依頼達成時の報酬を受け取れるなどの特権があり、後ろ盾として大きなプラスになる。

 

「明日の昼から出かけて、二日ぐらいで戻ってくる。向こうまでの移動手段は電車があるし、そこまでかからねぇと思うからよ」

 

「ん。分かった。おじいちゃんたちにも連絡しておくね」

 

「あいよ」

 

かくして、夏也は澪への居候の恩返しとしてハントマンになった。ギルドに所属すれば、収益は安定するし、何より人助けができる。ただ、彼女のことが心配であるということで、夏也も依頼を請け負う範囲は決めている。基本、日帰りないし数日で戻ってこられる程度、一週間近く、家を空けると彼女の身に何かあったりしないかと心配したり、彼女の家族にも色々と迷惑をかけるからだ。なので、自ら行動範囲に括りをしたものの、夏也は各地を回っては、そういった依頼をこなしていた。

 

 

 

 

 

 

後日、ハントマンの依頼を受けてチバに向かった夏也。彼の言葉通り、二日ほど家を空けることになったが、依頼そのものに関しては想定外のアクシデントも起こらず、マモノと討伐と、かつて使われていた村の開拓などを終えて完遂。まだ昼頃だったので、夏也はその日の内に彼女の待つ東京へと戻った。

依頼が済んだからとはいえ、疲れたままで早々と戻ることを決断。いくら昼の時間だからといっても、軽率な決断ではないかと思いたくなるが、夏也が今すぐ帰ろうと考え着いたのには、ある理由があった。

 

 

「―――さて。無事に済んだ、マモノも倒した。開拓の手伝いも終わった。なのに…」

 

 

―――胸騒ぎはなんだ?

第六感とでもいうのだろうか。夏也は妙な緊張と胸騒ぎがし始めたことに違和感を覚えていた。依頼を終えて一息つけて、ふと周りに意識を向けると、何か日常では感じないような胸騒ぎがした。気まずい空気、後が面倒な事態。経験則による予感。その全てと照らし合わせても、感覚的に一致しない。そんな他愛のない、後が怖くとも平気だというようなものではない。

マモノを倒したこと。開拓の手伝いを済ませたこと。全てを思い返し、自分に「これではないか?」と訊ねるが、深層意識は「そうではない」と言い返してくる。

 

 

(…なんか、嫌な予感がする…なんつーか………上手く言葉にできねぇ…)

 

自分でもこの感覚が何なのかを、具体的な説明ができない。ただ言えることは、それはただならぬもの。何か、とてつもないことが起こるという予兆なのではないか、という事。

それも、大きく、そして恐怖に満ち満ちた

 

 

「………いや、そんな馬鹿なこと…」

 

 

奴ら(・・)はもう居ない。この世界には存在しないのだ。現れる筈がない。

恐らく、もっと超常現象的なもの。再構成(前の世界)にはなかった、いくつかの事件に連なるようなことだろう。

だが。それでもこの胸騒ぎ、予感が鎮まることはない。心臓の鼓動は早く、そして激しく脈動し張り裂けんばかりに暴れている。静まった体の中で震える心臓に手を置いた夏也は、その鼓動が少しでも治まるならばと

 

「急ぐか…」

 

心臓の鼓動のせいか、気持ちがどうしても逸る。平時よりも速く。そして忙しく。その鼓動一つ一つが、自分の心臓を叩いているかのように。今すぐ知ってほしい事があると言っているように思えた。

だがそれが同時に正しいことではないかと思う自分が居る。

だからこそ。夏也は急ぐようにその場を後にした。

 

 

 

夏也が虫の知らせのような直感から、チバを後にした直後のことだ。

晴天だった青空が急に灰色の曇天の雲になり始める。今日一日は晴れと言っていた筈なのにと天気予報士たちに悪態をつく者も多かったが、その中でその雲行きがどこかおかしいことに気付いたのは、果たしてどれだけいただろうか。

そもそもおかしいのはその雲だ。晴れ晴れとしていたというのに、急にどこからともなく巻き起こりだした雲。しかもその雲は信じられないほどの早さで空を一面鉛色に染め上げた。

雲行きが怪しければ、別に普通なのではないか。と思うが、空が曇り出してから曇り一色になるまで、一時間もかからなかった。

そのあまりの早さは、勘の鋭いものからすれば違和感のほかの何でもない。

 

 

その違和感に気付いたのは、果たして何人いただろう。

その曇りが日本の一地域だけでなく、日本、そして世界にまで広がっていたということに。

広がる雲はまるで地球を覆いかぶさるように広がっていき、やがては包み込んでいたことを。

 

 

 

 

 

「いやな天気。早く行かないと…」

 

妙に薄暗い空を見上げた澪は、自分の胸に手を置きその天気がなにか普通ではないと感じつつ、今は急いで用事を済ませなくてはと歩き出す。

彼女の手には、父のために自分で作った弁当の包みが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時を同じくして。

薄暗い雲が四方ある壁の一面全てを覆った部屋の中、良質の素材を使った部屋の中に大きなデスクがある。その上には、その椅子に座れるただ一人の人物の役職が書かれていた。

CEO。会社の最高責任者であり、経営の指揮をとる人物。

そこはとある大手企業の社長室だ。

 

「―――いかがでしょうか。私がそちらにお渡しした予定表(・・・)。違いなど何一つないでしょう?」

 

広々とした社長室の中に高めの声が響く。その声はまだ幼い少女の声ではあるが、礼儀正しく丁寧な口調だった。

だがその声から出てくる問いは、どこか上からで負かしたことに満足げにも思える。

 

『…確かに。だがこれだけで納得しろと言われてもなぁ』

 

『そもそも、こんな異常気象。環境汚染のせいだろう。時期に晴れるんじゃないか』

 

『それに。これだけでは証拠にもならない。ただの気象観測データじゃないか』

 

が、返って来たのは聞く耳持たずの声。

たかが世界が曇っただけ。それがどうしたと言うんだ。勝ち誇った声をあざ笑うかのように、通信のスピーカー越しに居る国連などの重役たちはそろって答えた。

これだけのことなど過去に例がないことだというのに、彼らはそれがどうしたとまるで他人事、いつもの事だと言わんばかりの反応だった。

 

『これをどう信用しろというのだね?』

 

『気象予報としてはたいしたものだ。この際、その方に事業転換してはどうかね』

 

スピーカーから聞こえてくる笑い声は彼女を嘲笑い、気遣いつつもからかっていた。

通信機の向こう側に居る者たちの手元にあるのは、これから起こるだろう出来事を記録した紙。言えば予定表だ。

だがそれは一般的な予定表とは別で、これから起こるだろう「非常識」な出来事の流れと、それによる結末が書き記されていた。

 

(…ま。そうなるわな)

 

その最初として「世界規模での異常気象」が書かれていた。予想としては曇りないし、雲行きが悪くなるだが、予想は当たり、文字通り外は雲に覆われていた。

だが。それは今の科学技術なら容易なこと。気象予報士にかかればそこまで難しくないことだ。

 

「それはその内。いえ、その気になれば、わが社は片手間で気象予報も事業として取り入れるでしょう」

 

『………。』

 

「ですが。これがただの、環境汚染による異常気象でしょうか?」

 

『………なに?』

 

 

それがただの異常気象であれば。単なる彼ら(・・)人間の犯した業の結果、それだけであれば。確かにそれはただの異常気象として、自然に終わるか何らかの対策を講じるだろう。

が、それをただのと割り切れる根拠がない。

そもそもこんな天気を果たして、自分たちのせいであるというだけで済むだろうか。そんな事を言って、果たして彼らはこれに対処することが出来るだろうか。

 

 

「考えてもみてください。地球規模での曇り幻象。過去に例はなく、その濃度や範囲は理論上あり得ません。そして。これだけの巨大な曇りだというのに、雨の一つすら降らないのはどうしてでしょうか?」

 

雨によって落ちた水滴は、やがて蒸発し、空気中で再び空へと昇る。その後気体となった水は雲になり、雲はやがてまた雨を降らす。

小学生が理科で習う法則。雨の仕組みだ。

地球規模での曇りであるなら、それに見合っただけの水分が落とされて来る筈。

なのに、曇るだけ曇って雨の一滴すら落ちてきていない。

 

「お陰で、気象予報の大先輩たちは慌てふためいていますよ。こんなことは過去に例はないとね」

 

『………なにが言いたいんだ』

 

「…何も。ただ、私が話したこと。書き記したことあなた方が信用して下されば…今の私はそれで満足なのです」

 

 

この会話で少女は確信した。ああ。彼らはこの事の重大さをわかっていない。

いや、匙を投げているのだ。

こういう事は専門の連中が居る。自分たちはそれを見て、判断して、批評するだけ。そんなことは専門の奴らに任せておけばいいと。

彼らはこの出来事に正面から向き合う気など、最初から無かったのだ。

 

(分かってたことだが…なんでかなぁ……ああ、クソッ。苛立ってきた)

 

この手の人間たちは自分の保身を重要視していると薄々と分かっていた。政界の腐敗と権力争いの坩堝である今の世界は、皮肉にもそうしなければ裕福な生活などできない。生きるための金も、権力も、地位も。全て手に入らないのだ。

しかし、いざ彼らと話して分かったのはそれだけではなかった。彼女はせめて真っ向からそれを否定してくれると信じていた。自分が提示した予定表。それを嘘だ、なんだと正面から正論や筋が通らないことで否定してくれると、抗ってくれると信じていた。

が。結果はこのザマだ。彼らは最初から向き合おうとはせず、他人事だからと気にもしない。

 

(こういう奴に限って生き残るってなぁ…)

 

勇敢なやつほど早く死ぬ。臆病な奴ほど生き残る。

そこから目を逸らすだけの人間が生き残ってしまう。

 

「ただ。一つだけ言えることがあります」

 

『…なにかね』

 

「これから起こること。その一切を、私は問われようと答えもしませんし、責任を負いません。なにせ、そこに記されている通りのことであれば、私もあなた方に手を差し伸べるほどの力も余裕もありませんからね」

 

『ど、どういう意味だ…』

 

『冗談が過ぎるよ。第一、そんな事が…』

 

 

「起こるんですよ。これまでと同じように。

 …いや。これまでの結果だからこそ、ですかね」

 

そうだよな。と一人だけ分かったように呟く。その場で聞いていた者たちは何を言っているのかでさえも分からず、なんのことだと首をかしげているだろう。

これから起こること。非現実的といえることは、これまでに起こった事が原因と言える。

それを知って、理解して。果たしてどれだけの人間が気付き、後で連絡してくるだろうか。

余裕気にしていた顔からは明るさは消え、無情の色を見せていた。

 

『これまでの結果…だと? 一体それは…』

 

「そこから先は、貴方たちが身をもって知ればいい。なにせ、私の予想ではもう―――」

 

丁度よく、備え付けられていた電話機から音が鳴り響く。旧式な音が室内に響くと、それは反響して通信機のスピーカーへと入り、向こう側へと音を伝えた。

失礼。と適当に言うと、それを待ちわびていたかのように話を中断して少女は受話器を取った。

 

「私だ」

 

『社長。わが社の衛星から報告が来ました。予想ではあと数時間でこちらに到着するかと…』

 

「…思ったより早かったな。ま、堂々と空から仕掛けてこなかっただけでも有難いか」

 

今回の原因である、開いた穴から出てこなかっただけマシか。と一息をつくと受話器の向こう側に居る部下に指示をする。

 

「直ぐに向かう。準備を始めろ」

 

『分かりました』

 

命令だけを簡潔に告げると、幼い社長は受話器を置いた。通信機のほうでは会話を聞いていたようで、どよめいた声が聞こえてくる。どうやら話の内容、彼女の言葉に一抹の不安を抱いたのだろう。

だが、もはや彼らに付き合う気はないと見ていた少女は、質問をしようとする直前に話を切り上げにかかった。

 

「というわけで。申し訳ありませんが、急用が出来ましたので。この話題は一時ここまでとさせていただきます」

 

『なッ…オイ待ってくれ、まだ…』

 

 

「これ以上の質問等は、またいずれ。皆様方が生き残っておれば…まぁお聞きすると思いますので。

 それではみなさん。精々、生き残って下さいね?」

 

 

要約。とっととくたばれ。

それはコレから起こることに対しての彼女なりの激励であり、同時に見切りをつけた者たちへの最後の言葉。そして本音だ。

それ以上はなにも言うことはなく、通信は一方的に切断する。相手側に対しては失礼なやり方だと彼女の秘書がいるなら言うが、生憎とその秘書は不在。居ようが居まいが彼女がやる事は、最後に秘書との会話があるかないかで、それ以外はさして分からなかっただろう。

 

 

「フヒヒヒヒ…さて。どれだけ生き残るか…いや。アイツらがどう動くか見ものだな。けど、その前に俺もやることやらねぇとな」

 

ブロンドの髪を揺らし大人用の椅子から立ち上がると、口元を三日月の形に歪めて笑う。独特な笑い方は世界が変わろうとも、それだけは変わらない。自分という存在が分からなくとも、それだけは自分のであると言い切れるアイデンティティーの一つだ。

 

以前と同じように、企むような声を出して精神集合体「ナナガミ」は不適に笑う。その姿はかつての人形のようなものとは違い、今の世界で彼から与えられた新しい姿だ。

それでも新しい姿になろうとも悪魔のような彼女の笑い方は変わらず、ナナガミは不適な顔のまま社長室を後にした。

 

「休暇中だったが悪いな。お前ら、とっとと戻って来いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の季節が終わりを迎えて来た九月。

それは突如として起こった厄災だった。

世界が瞬く間に謎の曇りによって、まるで牢獄にとらわれたかのように覆われたその日。人類は再び世界滅亡の恐怖をその身で味わうこととなった。

 

 

天空より現れたソレは大挙となって世界中に飛来し人々に絶望と恐怖を植え付ける。そして、大地に蔓延る餌を捕食せんと、現れたソレは世界各地を襲った。

 

「ドラゴン」。

 

ヨーロッパの伝説で語られるトカゲ種の生物。巨大な飛翼と鋭い牙と爪。そして獰猛な目を、長い尾を持つ、火炎を吐くといわれる。

その名を聞けば誰もがそう考えるが、現れた当時、その条件に当てはまるのはごく一部のドラゴンだけだった。

細い胴体の龍型や四本足のタイプ。また飛翼がないタイプも居たらしい。

一言でドラゴンと言っても多種多様な姿をしており、果たしてそれがドラゴンと呼べるのか疑わしいタイプも居た。

が、それでもその見た目からドラゴンと判別せざる得ないほど高い戦闘能力を持ち、逃げる事しかできない人々を、その圧倒的な力と数で食らいつくしていった。

 

 

突如として現れたドラゴンは世界中に飛来し、人を食らいつくしていく。誰もが予想できなかったこの事態に、国連を始め各国の軍、そしてかつて特異災害と呼ばれるものを対処した組織である「S.O.N.G」なる組織も対抗。各地でドラゴン討伐を始める。

特異災害と呼ばれる異常事態。それを対処するため組織されたS.O.N.Gには、あのシンフォギアを纏う「装者」と呼ばれる少女たちが所属していた。

並外れた戦闘力と規格外性を持つ彼女たちなら、ドラゴンの討伐も容易のハズだった。

 

 

しかし予想は大きく外れることとなる。

あのシンフォギア装者たちをもってしても、ドラゴンの討伐に苦戦。

大型のタイプには手も足もでないという状態で、各地で撤退を余儀なくされていた。

原因は不明。ただ言えることは対抗できるだろうと思っていた誰もが、その期待と予想を大きく裏切られたということ。

これによって、世界各国の首脳部は壊滅。日本も例外ではなく内閣も壊滅した。

 

完全に予想が外れてしまったこの事態に打つ手がないと思われていた時。一人の少女が、水面下で進めていたある計画を実行に移した。それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ひきさーかれたーだいちのーこえー」

 

誰も居ない閑散とした市街地で、一人の唄声が響く。既に人の気配はなく、今まで当たり前のように使われていた筈の住宅やビルなどの建築物にはもう人は存在しない。

居るとすれば、それはドラゴンによって食い散らかされた人だったもの。もしくは人という残飯だろうか。

所々が破壊され、崩された建物は当時の悲惨な状況を物語る。目の前で食われた愛人。逃げてと言って逃がした子や兄弟は先に食われ、そして自分も後を追う。生き残りたいと他人を蹴落として逃げるが、結果として同じ運命を辿ってしまう。

その大半の人間は、そうして生き残りたいがために逃げるも、理不尽なほどの強さの前に成す術なく食い散らかされていった。

 

 

「なりひーびいたーがれきのーせんりつにー」

 

斯くにも。そんな市街地のど真ん中、交差した複数の交差点の中心では一人の女が立っている。

長い朱色とオレンジの髪を風に揺らし、薄着の服の上に僅かだが甲冑のような装甲を纏った彼女は、右手に自分の身の丈ほどの巨大な槍と盾が一体化した武器を地面に突き刺し、亀裂の入った地面には鋭い槍の先端部が刺さり、手はグリップの部分を握りしめている。

 

 

「………はぁ」

 

小さなため息をつき謳い終えたが、その表情は不服で満足していない。

別に歌が悪かったわけではない。歌い方も問題はなかった。

ただしいて上げるならその歌を聞いてくれるだろう客が居なかったというだけ。

誰かに聞いてほしいと願うのは、その歌がふと思い浮かんだものだからだ。つまり即席。その場で思いついた考えなしな歌だからだ。

しかも自信作となれば、流石に誰か一人でも聞いてほしかったと思いたくなる。

 

「路上でやってたヤツも、こんな気持ちなのかなぁ…」

 

最初は誰も見向きもされない。しかし、次第にその声だけで人を振り向かせる。自分の歌と歌声だけが武器の路上ライブは果たしてこんな感じなのだろうか?

 

「…はぁ。誰か聞いてくれればよかったんだけどなぁ」

 

 

その人すらも居ない無人の市街地のど真ん中で呟くのは、少し空しい気がする。

それでも歌いたくなってしまった彼女は口を開け、誰も居ないというのに歌をうたう。

するとその歌に反応するかのように、風がふと巻き起こりビルの間から吹き込んでくる。ビル風はそのまま彼女の背から駆け抜けて行き、ごおっと大きな音を立てた。

 

「やれやれ。ここでサボってたら後が面倒だ」

 

地面にさしていた槍を引き抜くと、内部に仕込まれた機能を使い刃の部分を折り曲げる。横面積は広くなったが、折りたたむことで収納状態になる。元は折りたたむこと自体できない武器だが、携行性を重視したことでこの機構が取り付けられたもので、その代価として武器そのものの威力が低下したが、戦う分には申し分はない。

 

「けど、合流地点がここだからなぁ…アイツら、いつ来るんだか」

 

風に揺れる髪を少し鬱陶しく思いつつ、頭を掻いてぼやく。だだっ広い場所に一人でいるのは、なにもそんな場所で独り空しく歌うために居たわけではない。自分が武器を持つように彼女にも仲間が居て、その合流場所が今いる交差点なのだ。

 

 

このまま日が暮れて、また日が昇りそうだと待つ時間が長くなると思った、その時。

どこか遠くから何かが崩れる音が聞こえてくる。

 

「っ…!」

 

そこそこ遠いところから聞こえて来た音は、若干のズレを見せるがそこから中心に広がってくる。風は一方向にしか吹かないが、音は違って空気に触れる限りは波紋状に広がっていく。それだけに後ろに居ても横に居ても音は等しく伝わってくる。

轟音が響いているが、倒壊したビル街のせいでどこから聞こえてくるのか分からない。正確な位置がビルに音が反響するせいで聞こえにくく、そして広くなっていた。

 

「倒壊する音…連中の下っ端か」

 

こんな所でそんな大きな音を出すのは、下っ端のような雑な奴らだけ。そもそもこんな所に親玉や幹部クラスといった奴らがうろついているわけがない。

辺りを見回してどこから音が聞こえてくるのかと耳を澄ませて音の中心、発生源を探す。

するとどこからか突風のような風が吹き込み、彼女の肌を過っていく。自然に発生した風かと思ったが、それにしては何処か勢いが強く風そのものも直ぐに消えて行く。

自然の風はゆったりと、そして時に強く吹くが次第に弱くなる。だがいま吹いたのは、どこからか押されたような突風。過ぎ去っていくだけの早い風だ。

遠回しではあるが、結論を言えばその風は自然に吹いたものではない。

 

「こっちか!」

 

吹いた風が来た方向。そこに風を起こした張本人…いや原因がいる。

 

 

 

 

 

衝撃波の風が巻き起こった中心地。ビルが倒壊し、廃墟がさらに広がる市街地には、今までなら絶対にありえない事が起こっている。

二車線の道路の中心。ちょうど車線を分ける白いラインが引かれている場所には、今までどこにも居なかった生存者が二人いた。

だが、ある理由から動けずにいた。

 

 

「あ…ああ…」

 

原因と運悪く相対してしまい、生存者である少女二人の内の一人が目の前の恐怖に足がすくんで動けなくなっていた。

目の前に映るものが底知れない恐怖と絶望、そして絶対に無理だという諦め。逃げられないという可能性の否定が足を動けなくしている。

しかし。

 

 

「大丈夫。私がきっと助けるからね!」

 

怯え震える少女の前にはもう一人。かばう様に目の前に立つ少女の姿があった。後ろの少女よりも年上の高校生ほどで、蜜柑色のショートヘアに何処かの学生服という今時な服装。しかも女子高生という姿は、今の廃墟の中では不釣り合いとして浮いて見えてしまう。

そして不釣り合いはそれだけでなく、彼女の目は眼前の存在に対しての抵抗の色をしていた。

 

「だ、大丈夫って…あんなのに…勝てるっていうんですか?!」

 

「ッ………。」

 

勝てるわけがない。普通なら誰もがそういって抗う事を諦める存在。

特異災害、一般人ならまず逆らえない自然災害。軍隊。共通するのは、総じて力の差があり過ぎるということ。一方的な攻撃を受け、自分たちが反撃することすら許されない現実。

そのどれものように並みの人間では到底戦えない存在。

 

 

「…へいき、へっちゃらだよ。それにこれくらいで私がビビるわけが…」

 

怖いという気持ちはある。が、それが諦めになるかと言われれば答えは断じて否。

だって自分には後ろにいる少女を守れるだけの力はある。彼女だけでも助けられる力と気持ちはあるのだ。

偶然だが手に入れた力。それを何のために使うのかはもう決めている。それが今は彼女を助けるため。だから怖くはない。

もっとも、問題は別のところにあるのが。

 

(と言っても…この状況はマズイなぁ…)

 

威勢よく言ったはいいが状況は劣勢であることに変わりはない。

彼女を助けると息巻いているが、実際はその具体的な案というのを何一つ考えていない。

悪く言うところの無計画。言い訳程度にいうのならこれから考えるという、聞けば呆れるというより絶句するしかない事実。

一体なにが彼女たちを絶望させ劣勢に追い込んだか。

 

 

(…イグナイトモジュールを使うって手もあるけど…こんな所で使うわけにもいかないし…)

 

それは自然災害でも、圧倒的な軍事力を持つ軍隊でも、ましてや特異災害と呼ばれる「ノイズ」でもない。

もっと異質で、あり得ると思えばあり得てしまう存在。誰もが一度は耳にしたことがあるが、その存在自体「あり得ない」と否定された生物。

堅い鱗を持ち、鋭くとがった目をして狙った獲物をその牙で食らいつくす。あるモノはその身ほどの翼を持ち、またあるモノは果てがないと思えるほどの長い胴を持つ。

今回は前者で、白い鱗で全身に覆い赤い翼と鋭利な牙と爪を持ちエメラルドのような結晶体の角が生えている。

 

 

「改めて見ると…怖い顔してるなぁ…ドラゴンって」

 

絵本や漫画、ゲームで見るような姿をした羽と鱗、牙と爪を持つドラゴン。

まさに「これぞ」という様な姿をした翼竜が彼女たち二人の前に立ちはだかり、いつ喰らうかと機会を狙っている。業火の炎で燃やすのではなく、ドラゴンはあくまで食う事を目的にしているのだ。

それは今まで襲って来たドラゴンたちの行動から総じて障害や燃やすものとして見ているのではなく、明確に獲物として見ていた。

獅子が鹿やウサギを食べるように。ドラゴンもまた彼女たち二人は餌でしかなく、獰猛な目の下にある口からはポタリと透明の粘液が滴り落ちていく。

 

 

「私、そこまで美味しくないよー…って言って聞いたためしがないんだよな…」

 

そんなことは当然か、とこんな時だというのに余裕を見せる自分のボケに自分で答える少女は虚しさ以上に現実逃避をしていると思えてしまい、そんな逃げ腰の自分に渇を入れる。今は逃げを考える時ではない。後ろの少女を守るんだ。

余裕はあるが、隙がないこの状況をどうにかしなければいけない。手探りだが、打開策を探す少女の目はまだあきらめてはいなかった。

 

「こういう時って結構周りにいい事がある筈…」

 

 

諦めの悪さは自覚している。特にこの時のような命を懸ける場であるなら猶更だ。

だからこそ、結果が常に答えてくれた。

今度も大丈夫。きっと守って見せると誓い、シンフォギア装者の一人、立花響は抵抗を試みた。

 

(後ろ…確か、まだ壊されてない建物があったハズ)

 

ここに来るまでに見た光景を思い浮かべ、彼女を逃がせる場所があったハズだと後ろへと振り返り、記憶と照らし合わせる。記憶通り雑居ビルの一階にシャッターの破壊された場所があり、響の記憶ではその奥に裏口に繋がるドアがあるのだ。

自分がそこから入って表の道に出て来たので、まだ使えるはずだ。

 

「えっと…後ろの建物でシャッター壊れてるところがあるよね? 私が気を引き付けるから、その内にあの建物の中に入って。奥に裏口に繋がるドアがあるから」

 

「えっ…でも、貴方は…」

 

「大丈夫。私もすぐに追いつくから…!」

 

 

根拠はなかった。だが、彼女を助け自分も逃げ切れるという保証はあった。伊達に今まで修羅場を潜り抜けて来たわけではないし、これが初めてでもない。既に何度かドラゴンとは剣を交えていた彼女は退くこともなく、首にぶら下げていたペンダントを取り出す。

赤いクリスタルのようなそれは聖遺物と呼ばれており、適正のある人間が使用すれば物理法則を無視した力を発揮する。

 

 

(そうだ。勝てなくったって…!)

 

果たして、それでもどれだけの時間を稼げるだろうか。

聖遺物を握りしめた瞬間、脳裏に浮かんだ記憶に苦痛を感じながらも響は歌い上げる。

それと同時に、ドラゴンは腹の底からの咆哮と共に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

『報告、遅れてすません! どうやら敵の電波障害みたいで…』

 

「話は後だ。位置を教えてくれ!」

 

 

―――物量、力

人はあらゆる点でいえば他の動物に比べて劣っている。しかし知識だけは別で、知恵を絞り、身を守るだけのシステムと社会を作り出し生きるための生活と営みを続けて来た。

今では、人が食物連鎖の上位に立ち知恵によって人は力に勝る動物や、物量の生物、災害にも耐えて来た。

 

だがドラゴンたちは違った。

圧倒的な力を持ち、知恵を封じ、あまつさえ人と同じかそれ以上の知恵を持つ。

そして、力がありながらもさらに物量を持つ。

人が何千年と積み上げて来た歴史と技術。そして力が、その悉くドラゴンの前では無力だった。

 

では聖遺物はどうだ。いまだ未知数の力をもつその力。数度にわたり世界を救ったその力ならどうだろうか。

数こそすくないが、力ではあるいわ。

 

誰かがこういった。

聖遺物の力さえあれば、この手の問題は造作でもない。

その時、そんな発言をした人物は今この瞬間を果たしてどう思っているだろうか。

 

 

『データを転送。この先一キロのところにドラゴンの反応ありです!』

 

「おっしゃ! 二人には連絡したか?」

 

『今連絡した…あ、今向かってるって!』

 

「速いことで!」

 

 

確かにシンフォギアにも一定の戦果があった。多くのドラゴンを討伐し、人々を救う事に成功した。これで世界は救われる。ドラゴンという驚異から守られるのだと。

そう思えた時だった―――「帝竜」が現れたのは。

 

 

『生体反応を探知、数は2! けど…』

 

「けどどうした!?」

 

『一人の反応が…これって…』

 

「……まさか」

 

帝竜こそが、全ての予定と結果を狂わせた原因だ。彼らのもつ桁外れの力と能力。他の格下のドラゴンたちとは違う異能とも呼べる特殊能力は多くの犠牲を生んだ。

ある帝竜は重力を操り、またある龍は狂乱の鱗粉をまき散らし、そしてまたあるドラゴンは全てを凍てつかせる。

たった一体だけでも多くの人が犠牲になったというのに、それが一度に複数現れ、街は地獄絵図と化した。

世界各地で同時多発的に起こったドラゴンの襲撃による戦力の分散も足枷になり、装者たちは各地で撤退を余儀なくされたのだ。決定的な敗因は、なにも装者たちではない。

その力に縋り、慢心した者たちが過信しすぎた結果なのだ。

 

 

「ったく…しゃーねーなぁ!」

 

『ほ、本当に行くんですか!?』

 

「でなきゃアイツらがやられるだけだ!」

 

慢心と油断による対応の手抜きは、他人事に思い勝てると鵜呑みにしていた者たちの不手際。そのせいで自分たちも命を落とすハメになるとは、彼らも思ってもいなかっただろう。

首都機能はマヒ、軍などの兵器勢力はドラゴン相手に善戦するも、帝竜などに対し悉く敗退。

残る残存勢力と兵器は数える程度になってしまった。

 

 

「ったく! せっかく助けてやったってのによ!!」

 

誰もが世界の終わりを実感し、諦めていた時。彼らの予想には無かった、ある者たちが立ちあがった。

「異能力者」と呼ばれる、人間の中でも特筆した能力を持つ者たち。彼らはランク付けがされ、異能力者は最高ランクである「S級」と評される。普通の人間よりもはるかに上回る戦闘能力を持ち、その能力は配下のドラゴンであれば容易に倒せるほど。

その異能力者たちが中心戦力となり抵抗を始めた組織、その名も「アンダーグラウンド」。

 

 

『と、取りあえずみんなにも連絡しておいたから』

 

「了解ッ、んじゃま着いた順で始めるか!」

 

たった数名の実働部隊のみを持ち、ドラゴンの殲滅を目的とする。その戦力はS.O.N.Gにも匹敵すると言われ、さらに極秘裏にISDFが協力関係を結んでいる。

それだけの戦力をなぜ『一企業』が保有しているのか。どうしてISDFとのコネクションを持っていたのか。

そもそも。それだけの戦力をどうして企業が持っているのか。

多くの謎と疑問が残っていたが、それでも確実なことがある。

 

―――彼らは、ドラゴンに対して明確な対抗策とそれを行えるだけの力を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンフォギアは使われた聖遺物の物によって武器が決まると言ってもいい。

例えば、刀であれば武器は自然と刀の種類に傾倒し、槍であれば槍を主武装とする。

ただしあくまでも大体の枠組みであって必ずしもその武器だけとは言い切れない。とあるシンフォギアは弓である筈が銃になったり、ミサイルなどにもなる。それは扱う装者たちによって左右されると言っても過言ではないのだ。

 

 

「はあっ!!!」

 

故に。立花響の持つ「ガングニール」も、その名によって縛られることはなく、彼女の意思に沿った武器がその手にはあった。

誰かに手を差し伸べる。その意思が形となり彼女の手には武器は握られていなかった。

助けるために、手に武器を握っていては握られない。だからこそ、彼女はあえて武器を捨てた。

 

「これで二体目!」

 

 

響が第三号聖遺物「ガングニール」を纏い戦闘を始めて五分。まず目の前に立ち塞がっていたドラゴンは彼女の前に屈した。

食べようとしていた獲物が突如抵抗をしたことに不意を突かれたこともあったが、なにより餌が戦えるということ自体が想定外だったので、殆ど抵抗すらできずにその場で撃破される。

その直後、仲間のドラゴンが気付いたのか新たに現れそのまま次の戦闘に突入。響が助けた少女の逃げた方を見た時には、既に少女はテナントの奥に逃げ込んでいた。

彼女の安全が確保され、荷が少し降りた響は戦闘を続行。二体目のドラゴンを苦戦しながらも討伐に成功した。

 

「もう一体が現れた時はビックリしたけど…よっと…」

 

脳天に直接の一撃を叩き込んだので、まず意識は直ぐに戻らないだろう。加えて地面に叩きつけられたダメージもあって最早起きることもない。

二体目のドラゴンを自分の足元に叩きつけて、残敵は居ないか一体目がまた動いてないかと確認するが、一体目はそれ以上に胴の部分に大穴を開けているので致命傷に変わりはない。

 

 

「疲れたぁ…二体相手にここまで手こずるとは…」

 

結果として二体を倒した響だが、彼女の頬や足には尻尾で地面に叩きつけられた時や炎の攻撃によって受けた火傷の傷が生々しく残っている。倒すこと自体は、彼女にとっても難しい話ではない。しかし二体同時、しかも休みなく連戦であれば疲労感だけでも相当なものだ。

しかし無事に二体を下し、白い肉の山から下りた響は少女のもとへと急いだ。

 

「よし、あの子のところに行かないと―――」

 

 

テナントの奥に逃げ込んだ。今からなら間に合うだろう。

目の前の二体を倒し、ガングニールを纏ったままだったがそれよりも先に彼女の安全を確かめたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが幸いしたのか。響はガングニールを纏っていたお陰で、少なくともその瞬間に命を落とすということは避けられた。

彼女の背には、気づかないうちに吐き出された深い毒の色をした粘液の塊が大砲の弾の如く勢いをつけて降り注いできたのだから。

 

「―――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界各地に現れたドラゴンは、ワイバーンなどといったタイプだけでなく、その種類は様々であることが新たに判明した。

小型の四足歩行タイプは身軽な動きと爪で獲物を狙い、ハエのタイプは真空波を飛ばしたり羽から特殊な音波を出して相手を混乱させる。

そして。もっともドラゴンとは呼びにくいタイプの一つとして、四本の細長い足を持つタイプが居る。

そのタイプは極めて身軽な動きが可能で、攻撃法は牙による噛みつきだけでなくブレス攻撃もできる。しかもそのブレスには体内で生成された物質が混ぜられており、人体に影響を及ぼす。ゲームでいうところの状態異常を起こすものが混ぜられている。

 

 

「わっ!?」

 

空高くから降り注いだ粘液は一直線に響へと降り注ぐ。吐き出された粘膜を最初は水の塊だと思っていたが、どろりとした粘膜と腐臭から直ぐにその可能性を切り捨てた。

粘膜によるブレス攻撃が、どこからか撃たれたのだ。狙いは当然自分だろう。

だが辛うじてそれに気づいたので、反射的に防御してダメージ自体は少ない。纏っていたもののお陰でもあるのか、水を掛けられた程度にしか今は(・・)感じていない。

 

「なに…これって…!?」

 

べたべたの粘膜が体中にへばりつき、纏っていた白とオレンジの中に濃い緑の色が混ぜられた。さつきまでは無かったハズだと顔を近づけると、鼻をつまむような腐臭がしてくる。

あまりに臭い粘液にどこからか敵が吐き出したものだと、直ぐに辺りを見回す。

上か落ちて来たのだから必然的に敵は上にいる。

どこにいるのかと探していた響だが、その状態は長く続かない。

 

 

「一体どこから吐いて…き…」

 

 

―――刹那、響の目の前の世界がゆらりと揺れ動く。目の前の光景が混ぜ合わされたかのように変化し始め、彼女の見る世界は崩れ出した。

 

 

「あ、れ…」

 

そして間もなく全身にズンと重くなるような重圧がかかり、肩に鉛でもかけられたように動きが鈍くなる。

 

「なに…これ…」

 

全身に力が入りづらくなり、視界も変にふら付いて焦点が合わない。

頭も正常だった思考ができなくなり、グルグルとかき回されたようになって考えることすらも難しくなる。頭の中でクラッカーボレーでも動かされているのか、頭が右へ左へと動いて止まろうとしない。

 

「体に…ちから…」

 

 

やがて、立っていることすらできなくなった響は片足を地面につかせる。そして両膝が擦りつけられる頃には、全身に力が入らず動くことすら難しくなった。

 

「これって…」

 

毒。おそらく今吐かれた粘膜の中に毒の成分が紛れていたのだろう。いや、毒の色だからこそ、濃い緑の色をしていた。

今更気付いてしまった響は、もう遅いと自分の考えの悪さに苛立ってしまう。既に毒は彼女の体に降りかかり、成分は露出した肌から進入している。しかもさっきのドラゴンとの戦いで出来た傷もあるので、そこからも入っているのは確実だ。

 

「しまっ…」

 

シンフォギアはダメージは防いでくれた。だが、都合よくはいかないのか。それとも吐かれたこの粘膜が特殊なのか、響の体には本来も目的である毒が回っていた。

 

「毒…なんで…」

 

 

まさか毒が体に回るとは思ってもなかった響は、脱力していく体を立たせることができずに重力に引っ張られる形で地面に伏す。一応、自分の意識で辛うじて気は保てているが、だからといって体の状態がマシになるわけではない。

動きが鈍くなった体をコンクリートに着けた時、何処かから黒い影が目の前に飛来した。

 

「―――ドラ…ゴン」

 

四本の細長い足を持つドラゴン。緑色の鱗に身を纏い、一目で毒のブレスを吐いた張本人だと気づく。見ただけで、いや見た目だけで分かるものだ。

しかもご丁寧に口からはヨダレと共に吐き出した粘膜の残りが垂れている。

正に自分がやりましたと自己申告し、同時に勝利を勝ち誇っているかのような光景だ。

 

「くそっ…」

 

ズンと音を立てて地面に着地したドラゴンは何もせずに細い目でジロジロと響の様子を窺う。先ほどの二体との戦いを見ていたのか、慎重な様子で彼女が完全に動かなくなるのを観察しているようだ。

 

(動けなくなるのを…)

 

毒によって動きが封じられ、虫の息になるまで待っている。抵抗されるということに警戒しているのか、それとも完全な勝利であると確信して無駄な行動をしたくないのか。

あるいは、ただ自分が息絶えるのを見てみたいのか。

理由はどうでもいい。ただ言えることは、目の前のドラゴンは今勝利を確信しているということ。勝ったのだと思い切って油断しているということだ。

 

(舐めるなよ…)

 

こんなことで終わるわけがない。幸い地面に倒れた体だが、動くこと自体はできる。

加えて毒を吐かれただけなので、響の武器である拳やそれを補助するものは無傷。体のことを顧みないやり方になるが反撃の余地はある。

後は隙を見て食らいつけば逆転はある。

 

 

 

 

 

「――――――。」

 

ドラゴンが小さく唸ると小さく鋭い牙が生えた口をぱかりと開ける。肉食のいい色をした口の中が見えたが、その光景に響は言葉を失い血の気が引いた。

 

「………え」

 

飽きたのだ。目の前で餌が毒にもだえ苦しむ光景が、どうにも面白くないと思ったらしく諦めたらしい。

もうそうなれば後は何をするかは決まっている。

食べるだけ。目の前で毒のソースをかけられた響を、腹の中に入れるだけだ。

 

(嘘…)

 

唐突なドラゴンの判断に反応が遅れた響は反撃の用意すらできず、声も上げることができない。まさかここまで早く食べようとは思ってもなかったと自分に言い訳をするが、人語が通じる相手でもない。

大きく開かれた口の奥を見て、ぞくりと背筋を凍らせた彼女は血の気が引いて冷たくなる体温に死期を悟る。

目の前の光景、それは一直線に死へと向かうものだと。

そして。その口の奥からは、小さな白い骨らしきものが見えていた。

 

「―――――ッ!!」

 

 

 

―――死を覚悟した。生を祈った。

 

 

 

その結果は。

 

 

 

 

 

「―――オイ、毒トカゲ野郎」

 

背中から聞こえて来た声に、目を見開く。

ドラゴンは声のする方へと顔を向けるが、それと同時に口の中に何かが放り込まれた。

一瞬だが見えた響には、それが大砲の砲弾に見えた。

…実際に砲弾だが。

 

 

 

放たれた砲弾はドラゴンの口の中で破裂した。中身は大量の火薬が詰まった爆弾なので、当然ドラゴンの口の中は灼熱の炎に変化する。

まさか口の中に砲弾を撃ち込まれるとは思っても無かったドラゴンは、破裂し爆発と同時に痛烈な痛みによる甲高い叫びをあげた。

爆発の熱によって体内は燃やされ、粘液に満たされていた肉は高温で焼かれていく。それがダイレクトに痛みが反映される体内であれば、どれだけの激痛だろうか。

 

 

「―――――――――――――――!!!!!」

 

あまりの激痛に声にならないほどの叫びをするが、今の砲弾で喉もやられたようで声もかすれている。

口からは黒煙と共に焦げた肉と硝煙の匂いが吐き出され、体内を破壊されたドラゴンはその場でもだえ苦しむ。

 

「どうだ。エデン特性の対ドラゴン用の砲弾の味は。

―――ま。答えられねぇよな。その口じゃあ」

 

 

聞こえて来た声に、響は小さく口を開けた。呆けたような表情はどうしてと語っている。

なぜ、どうして。そういった疑問が口の代弁として彼女の顔に現れていた。

彼女の耳に聞こえて来た声は、自分の意識と記憶が正しければ

 

 

「その…こえ…」

 

「――――。」

 

「いき…て…?」

 

 

「―――――ナツッ!!」

 

重量のある大型の槍を構え、大声を張り上げる。タイミングが正しければ名を呼んだ彼はもう居る筈だ。

その期待に応えるようにドラゴンの背には飛び上がる青年の姿があり、彼の手には一本の日本刀が握られていた。

いや、日本刀と呼ぶには少し形が違う。白い刀身を持つ刀は、僅かだが差し込んだ日差しを浴びて輝いた。

 

「居合い一撃―――」

 

小さく呼吸を整える。息を飲み込み、腹にため込むと腹筋を固定する。

全身の筋肉が固定化され、ぎちぎちと引き締まる。骨が固まって姿勢が整うと、血管から血が回りそれが力となる。

あとは

 

 

「崩し払いッ!!」

 

鞘に収まった刀身を抜き放つだけ。

 

 

 

「―――――――――!!!」

 

抜き放たれた一太刀は、その場にいた誰もが見切れないほどの速さで走り、ぶおん、と風が巻き起こる音が直後に聞こえたが、風の音は巻き起こったというより「切り裂かれた」といった方が正しい。一本の線のように鋭く細い風が、その光景をドラゴンの正面から見ていた二人が肌で感じていた。

 

「相変わらずの居合いだな、オイ…」

 

「そうか? 少し失敗したと思うけどな、俺は」

 

ドラゴンの足を軽々と切断した青年の居合いに、軽く口笛を吹く。丁度ドラゴンを挟んで対面にいる青年は、答えつつも刀を鞘に戻す。

 

「それより、そこに倒れてる子は助けなくていいのか。毒回ってるだろ」

 

「ああ。けど、助けた途端にもう一度ってこともあり得るだろうからな」

 

仮に解毒したとしても直ぐにまた毒にされては無駄骨どころの話ではない。解毒した直後は毒による脱力と疲労から直ぐには動けないので、望まずとも鈍足な動きになってしまう。特に解毒されてからは体が治癒されていく状態に慣れなければいけないので、強引に体を動かせばそれこそ重量の感じる体を自分が引っ張るという事になってしまう。

感覚と体との間で感じる誤差が生じてしまうのだ。

 

「だからとっととソイツを倒すぞ」

 

「分かってる。けど…アイツ、どこ行った?」

 

「ああ…アイツはなんか遅れるって言ってたな」

 

「迷ってなきゃいいけどな」

 

重量感のある槍を構え、戦闘の姿勢をとる。重心を低くし片手で持つ槍はドラゴンから逸らすが、突進する構えを取り今にも切先が喉へと突きつけられるようだ。

ドラゴンの後ろでは青年が再び抜刀し、白銀の刃を光らせて威圧している。後ろからだというのに殺意のような気配がドラゴンの背を圧迫し、痛みと共に感じる感覚に身動きを封じている。先ほどの一撃で唯の餌ではないと認識したらしい。

 

「さて。とっとと始めるか!」

 

「だな。行くぜ、奏」

 

「おうよッ!」

 

前後からの挟撃だけでも劣勢は明らかだが、二人がドラゴンとの戦闘に慣れているという経験からさらにドラゴンの敗北は濃厚になる。

それでもドラゴンは目の前で抵抗しようとしている彼女たちが気に入れず、怒りの咆哮を上げるが、既に焦げた喉のせいで掠れた軋りしか聞こえてこない。

もう援軍は呼べず、さらに毒すらも吐くことはできない。

 

この瞬間、ドラゴンの完全敗北は確定した。

あとは夏也と、天羽奏がどう料理するかだ。

 

しかし二人が今からドラゴンを討伐するという時に、響の意識はそこでぷっつりと途絶えてしまう。そこから先は全て闇の中。手放してしまった意識に、後に彼女はどうしてあのまま起きていなかったのかと恥じた。

 

 

 

「―――生きる事は、諦めんなよ。折角、命かけて助けたんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から八十年前。後に第一次ドラゴン襲来と呼ばれる惨劇が始まった。

西暦2020年。人類は初めてドラゴンと遭遇し、そして蹂躙された。何十億と居た人類生命は瞬く間に潰され、残された命は隠れつつも抵抗を諦めなかった。

その時に活躍したのが当時のS級の異能力者たち。後にその者たちは「ムラクモ十三班」と呼ばれ伝説として語られる。

 

 

 

「八十年前の二度にわたるドラゴンとの戦い。そしてそれを終わらせた十三班。君たちは、その伝説を再現しようとしているのか」

 

『さぁてな。十三班の名前は借りただけだ。別に特別な意味はねぇさ。けど、ゲン担ぎには丁度いいだろ?』

 

「しかし、だからといってそれが理由になる筈がない」

 

眉をひそめた真剣な眼差しでS.O.N.Gの司令官である風鳴弦十郎は言葉を返す。普段は空っとした性格をしているが、この時ばかりは真剣そのもので一言が重く逃がす気はないと睨みを利かせる。

しかしそれをまるであざ笑うかのように通信相手はケタケタと笑みを浮かべているのは余裕のあらわれか、まるで気に留めていない。

 

「君たちが十三班と呼ぶ者たち。本来は一般人のハズだ。なのに、君は彼らを戦力として使っている」

 

『一般人だから戦わせちゃいけねぇっていうのは筋違いだぜ。あくまでアイツらとは合意の上だし、そのステータスはISDFのお墨付きだ。一般人っていうにゃ、ちと違うな。アイツはハントマンだからよ』

 

「それは承知している。こっちは一企業がどうしてそんな戦力を持っているかというのを私は知りたいんだ」

 

『………。』

 

裏の事情というのもあるだろうが、基本として商いを行う企業が戦うための力を持っているという事は確かに矛盾している。加えて、その戦力が前もって用意されていたものだといよいよ何か作為めいたものを感じるだろう。

まるでこの時を待っていたかのように現れた者たち。そしてその戦力はドラゴンに対抗可能となれば

 

「あらかじめ、君はこの事態になることを想定していた。違うか」

 

『…ま。近々とは思ってたさ。だからよ、俺は警告したぜ? 近いうち、アンタらの上から奴らが現れるってよ。けど、あの馬鹿どもはそれを信じなかった。過去の経験、忘れられない記憶がある筈なのによ』

 

「………。」

 

『アンタの言う通り、これはある意味八十年前の追体験だ』

 

「追体験だと…?」

 

『そうさ。ドラゴンが来襲し、人は食われ、世界は壊される。人類が築き上げた生活基盤のシステムは精密ではあるが同時に脆い。たった一度の世界的な攻撃によって何千年と築き上げたものは一瞬にして崩れ去る』

 

八十年前、ドラゴンの襲来によって当時築き上げられていたシステムの大半は崩壊した。通信、交通、生産、流通。あらゆるシステムがたった一度の攻撃によって崩れ、それによって人々の生活だけでなくドラゴンへの抵抗は著しく低下した。現代の機能の大半がITなどに依存しきっていることから、諸機能は軒並み停止してしまい日本だけでなくあらゆる国が外国との通信を行えないという状態になった。

 

『まさに今の状況じゃねぇか。…もっとも。八十年前のようにアメリカとEU諸国が機能していたら話だが…その辺はお前らが詳しいんじゃねぇか?』

 

「ッ………!」

 

見透かされていた、いや読まれていた。嘲笑うような表情はただ自分たちの有様を笑っているだけと思っていたが、それだけでなく彼女(・・)は既に同等ないしそれ以上の情報を持っていた。

アメリカとはドラゴンが襲撃してきて一週間が経った日を境に音信が途絶え、EUはフランスを皮切りに現在はイギリスが健在ということだけ。しかし、イギリスも時期に陥落するだろう。

 

「そこまで知っているとはな。なるほど、人工衛星の事業に手を入れていたのはこれが理由か?」

 

『…さてな。が、当たりとは言えねえな』

 

「が。どの道、君たちが行っていることは黙って見ていられるものではない。行動しかり、体制しかりだ」

 

『政府を見捨てたって件については自業自得だ。なにせ、あの異常気象があったってのに、奴らは一笑したんだ。アンタだって薄々と嫌な予感はしてたろ?』

 

「してはいたさ。だが、それが体制を見捨てる理由にもならんだろ」

 

『あくまで体制にこだわるか。ご苦労なこったぜ、風鳴司令殿』

 

それでも体制、今の政府に味方をするという弦十郎に対し呆れた様子で息をつく。ドラゴンの襲撃によって既に大半の政治家を失った政府をそれでも助けるという彼のやり方にどうにも理解ができなかった。

 

『それでも俺たちのやる事は変わらねぇ。俺たちは俺たちのやり方で…ドラゴンを倒させてもらうぜ』

 

「…わかった。しかし、こちらの目があるという事、忘れるなよ」

 

『フヒヒ…アンタらの目…ね。ま、ついで程度に覚えておくさ』

 

 

どの道、今のお前らじゃ無理だからな。

その理由を、原因を知っているからこそ不適な笑い声が出てきた。嘲笑い、そして教えて欲しいかという上からの目線。自分が持っている強力なカードを裏側でチラつかせるというもどかしいやり方をするナナガミは、その言葉を最後の締めくくりにして通信を切った。

我ながら幼稚なやり方だとは自覚していたが、だからといって彼らに義理を売る気はなく逆に敵対する理由もない。あくまで干渉してこなければ、こちらからも手を出さないというだけで、ナナガミは初めから彼らのことは眼中にはなかった。

 

 

「…アリーのヤツが居れば、アイツらと手を組むぐらいは考えただろうが、生憎と俺はアイツと違って、手を組む気はサラサラないんでな」

 

ナナガミがS.O.N.Gと手を組まないのは、政府の飼い犬にされるということが目に見えているという理由もあったが、それとは他に予想されるだろう事態を考えてのことだ。

未だ帝竜が跋扈しているこの現状で抵抗勢力が一本化してしまっては、もし帝竜ないしそれより上のドラゴンと戦いや奇襲攻撃を受ければ、組織の機能が停止ないし麻痺してしまう。

ならばあえて、一つにまとまらずに複数の組織が抵抗する状態であれば、最悪一つの組織が戦えなくなっても他の組織が健在で抵抗できる。

現在、日本国内で抵抗を続けるのは「S.O.N.G」を戦力として使っている政府、国連に所属し現在は独自の判断でドラゴン殲滅に乗り出す「ISDF」。そして、ナナガミが率いる組織「アンダーグラウンド」。この三つが現在は諸勢力としてドラゴンに対して抵抗を続けている。

 

 

「アンダーグラウンドは、そもそもドラゴンを潰すために作った組織だ。正義の味方みたいに弱い連中助けて、延々とひもじい生活なんてのはゴメンだ。だからってアイツら(政府)を受け入れる余裕も俺たちにはない」

 

三勢力はそれぞれ特筆した戦力を持っている。S.O.N.Gはシンフォギア、ISDFは最先端の科学技術とそれによる兵装、そしてアンダーグラウンドは十三班。

しかしそれだけで対抗できるほどドラゴンは甘くはない。それをナナガミは嫌というほど理解している。

 

「…これは時間との勝負だ」

 

 

今回のドラゴン襲来は今までよりも過激かつ徹底的、そして素早い速さで人類を制圧しようとしている。今までの教訓なのか、容赦ない彼らは問答無用に人を食らい、全てを破壊し異界の花で染め上げる。

以前はここまで積極的な制圧をしなかったドラゴンたちがどうしてここまで徹底的なのかは分からない。恨みか、それとも危機感か。

いずれにしても、そのスピードによって既に人類は瀬戸際に追い込まれている。

 

 

「フヒヒヒヒ…さて、始めようじゃねぇか。ドラゴンども。今回はスピード勝負を挑んできたが…果たして俺たちに勝てるかな?」

 

圧倒的な速度で制圧をするドラゴンたちに対して、それでも余裕を崩さないナナガミは不適な笑みを浮かべている。

彼女も無策ではない。十三班をつくり、ドラゴンに抵抗するというだけでは焼石に水で、根本的な解決にならない事は一番よく知っている。末端のドラゴンや帝竜だけでなく、その上位種である「真竜」を討伐せねば人類はまず勝てないだろう。

 

「前の戦いで学習はしたらしいが、だからって勝てるほどこいつ等はラクじゃねぇぜ。それを分かってやってるってんなら、話は別だけどよ」

 

しかしその根源たる真竜は残念ながらこの「時代」には一体しかいない。今回の襲撃で襲って来た真竜は三体。残る二体はこの世界どころか「この時代」にすらいない。

ナナガミの予想が正しければ、真竜は恐らく「以前と同じく」現代とは別の時代に居る筈。

つまり一度は現代に姿を現したが、何等かの理由で二体は今の時代から離れたということ。その理由は不明だが、何かしらの策や意味があるには違いない。

 

「同じパターンをしやがって…時代が違うからって通用すると思ってんのか…?」

 

同じことをするということは、それなりの考えがあってのことなのだろう。ドラゴンたちの行動に警戒するナナガミは次の行動を起こすべくある場所に連絡を入れる。そこはナナガミだけでなく夏也や澪といったある共通点を持つ者たちが知る場所、そしてこの世界にも存在する企業だ。

 

 

「俺だ。ジュリエッタ…ノーデンスに連絡を入れろ。始めるぞ」

 

これは運命か。それとも必然か。

かつての様な追体験を行うことに自分の言葉をナナガミは思い返す。過去の追体験。その再現を自分たちはしようとしている。

これは十三班と呼ばれた者たちが中心となって繰り返すハズの追体験だ。

ただし、その元である出来事とは大きく異なった結末と道筋になるのは彼女の目では明らか。以前は居なかった、居るはずもなかった者たちがこの追体験に関わるのかもしれないのだ。それがいい意味では悪い意味でか、それはまだ彼女でさえも知ることはできない。

 

 

「…(ドラゴン)を狩る物語。妙な話を作ったもんだな、アリー」

 





・補足設定

・ドラゴンに対してのシンフォギアの効果

末端(雑魚ドラゴン)→通常状態でも余裕。ただし複数の場合は苦戦するかも。

帝竜→苦戦はする。イグナイトだと一方的に勝てる

真竜→まず通常状態では無理。ついでにどうやっても完全討伐は不可(竜殺剣ないので)


・バーローが生きてるワケ
ナナガミが頑張ってくれました(他人事)
ジョブは悩んだけどバニッシャーです。

・ナナガミの今。
ノーデンスからは離れて別企業を立ち上げた。けど、やはりノーデンスとは関係を切りたくないのでそれに関係した事業をしている。


その他、質問がありましたらお気軽に。


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