マネー is パワー (おやき)
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軟禁部屋から

二次創作はほぼ初心者なので色々とハラハラしています。
のんびりと読んでいただけたら幸いです。

ザンザスいいですよね。年取ってから読み返すと連載当時とはまた違った良さが見つけられて最高です。


 目を開けると知らない天井だった。照明を直視したせいで目がチカチカとする。それとも、薬の影響が残っているのか思考が鈍い。手足を拘束されていないのは、私ごときが抵抗したところで大した脅威にはならないからだろう。彼らからすれば私なんて目を閉じていても殺せる。

 そう、殺せるのだ。それが見事生きていることは大変喜ばしいことだ。この脳に詰まっているあれそれが正しく評価されるというのは悪い気はしない。しかし、これは拉致された割に厚遇なのではないだろうか。窓の鉄板に目を瞑ればベットは清潔で室温も暑くもなく寒くもなく快適。もっと不潔な地下の檻とか手足を拘束されて椅子に固定されるとかマフィアらしいものを想像していたが、予想外の人間扱いに戸惑いすら感じる。ここのボスが決してフェミニストでも人道主義でもないことを考えるとなおさらだ。どうやら想像以上に評価されているようだ。彼の築く次世代の組織に私は有用であるらしい。私が従うかは別ではあるが、そもそも人を引き込むだけの弁が立つ人間がこの組織にいるのだろうか。ここにあるのは暴力と首を垂れさせるカリスマだけだろう。他の組織ならそれで充分だが、ボンゴレではそれだけでは足りない。

 目だけを動かし監視カメラのある場所を確認する。露骨にこちらを睨むものから家具などに隠されたものまでどこに設置されているのかハッキリと分かった。私がそこにあると確信すれば、例え目視出来なくてもあるのだ。私の直感が教えてくれる。一族の恵みに感謝。

 しかし、これまた大量に置かれたものだと彼らの過大評価に少し意外に思う。それほど大きな部屋ではないのに死角を埋め尽くすように8つのカメラが設置され、盗聴器まである。ファミリーの財政管理を任されている自分が暗殺部隊の隙をついて何が出来るというんだろう。妙なことをして間違っても暗殺部隊に叱られるようなリスクは犯したくはない。痛いのは大嫌いであるし、いい子に大人しく寝ておこう。

 私が決意とともに目を閉じると同時にガチャリとドアが開いた。まだ怠い体でゆっくりと目を開けゆっくりと顔をそちらに向けると昔馴染みの顔があった。

 

「君だとは思ってはいたけど、こんなに早く顔を見せてくれるとは思わなかったよ、ザンザス。」

 

 ムッスリと黙りこんだ顔だ。眉間の皺が深く刻まれて常に挑むような睨むような視線が非常に威圧的だ。復帰後から数回しか顔を合わせていない為か、今の姿を通して昔の姿がチラつく。初めて出会った頃から常に威圧的ではあったが、火傷の痕が余計に凄味を出している。絵に描いたような悪党だな。彼に似合いすぎて微笑ましいくらいだよ。

 

「8年前が懐かしいよ。」

 

 あえて地雷を踏んでみたが、眉一つ動かさずゆっくりとした歩調でザンザスはベット近くのソファーに腰掛けただけだった。正直、怒らせて殴られたらどうしようかとドキドキしていたから無反応で逆によかった。痛いのは大嫌いなんだ。

 しかし、困った。もう少し会話をしてくれなくてはこちらの対抗手段がない。私に許された手段といったらこの口くらいなのに、薬のせいかまだ思考が鈍い。まさか、これも計算ずくではないだろうな。圧倒的暴力と狡猾さを併せ持つ男はたちが悪くて最悪だ。

 

「随分と評価してくれるんだね。こんなに快適な拉致は初めてだよ。」

「テメェは客だ。ここには会議で呼ばれた。」

「なるほど。」

 

 本当に彼は8年前をくり返そうとしているらしい。私が解放される頃には前時代の人間は消え去っているか、ザンザスが再び負けたことになるんだろう。本当に思い切ったことをする。

 

「さながら私はトロフィーか何かかな。」

 

 最年少幹部、ボンゴレ財政部総轄、ボンゴレ内の金の流れを管理する自分がそちらに着けば自動的にボンゴレ内の財源は新時代の懐に流れ、それこそ新しい時代の幕開けか。歴史や義理人情を重んじる人間以外の大半は金の流れに乗って流れてくるだろう。さらにボンゴレ直系の私がザンザス側にいるだけでもある程度の大義名分も与えられるだろう。自分の存在価値の高さは充分理解しているつもりだ。だからこそ、誘拐には気をつけていたのだが・・・。本当に鮮やかに襲撃されてしまった、気付いても戦力的実力差はどうしようもないな。そういえば部下たちは死んだのだろうか。

 

「あの場にいた私の部下たちはどうなった?」

「死んだ。」

 

 やはり、死んでいた。真面目ないい部下たちだったのに勿体ないことをしてくれる。上を支えられる人材がどれだけ貴重かこの男は理解しているのだろうか。していないんだろうな。

 

「私を抱え込みたいくせに部下を殺すなんて賢い選択とは思えないね。私が恨むとは思わなかった?」

「コンピューターが人間みてぇな口をきく。」

「コンピューターだって成長したんだ。ただの足し算引き算ではなく人材価値ってものを理解している。」

「ハッ・・・。」

 

 鼻で笑われたが、この男の方が私より非人間的だろう。ザンザスは昔から私を「コンピューター」と呼んだがコンピューターは人を撃たないし燃やさない。ただ計算をして株価の変動を見守るだけ、実に非暴力的で生産的だ。部下の命もちゃんと重んじる。今回の損失は8人、うち新人が2人に妻帯者が3人。遺族への葬儀の手配や今後の援助まで考えている。そして今後を考え全体の3割のスキルアップ、教育の効率を考え5人新人を加える予定だ。

 

「無価値なカスは消えて当然だ。」

「価値あるものが残るのは道理ではあるけれど、消えてしまったから無価値というのは強者の傲慢だね。」

「当然だ。」

 

 この男は確かに強者であるだろう。傲慢さを振りかざすだけの説得力があるだろう。存在だけで自分の価値を示す男だ。自分の比重を自分で決められる人間は決して多くない。当然だろう、価値とは他者の評価が介入して初めて成立するものだ。それを物ともしない自信とカリスマはザンザスをさらに非人間的な評価に近づけるんだろう。相変わらず暴力の権化のような男だ。

 会話も途切れ、向けていた首が疲れてきたので天井を眺めることにする。やれやれどうしたものかと息を吐き出すと体の怠さが薄れる気がした。ふと上質な革張りソファーが軋む音がした。視線だけそちらに向けると相変わらずゆっくりとした歩調でザンザスが近づいてきた。どうしたものか、接近されれば勝てる見込みが全くない。非力なこの身を呪うよ。数歩の間に考えを巡らすが、無理だ。さながらまな板の上の鯉、ホラー映画でクローゼットに隠れる人間の気持ちがよく分かる。出来れば私もあの狭い空間にとても潜り込みたい、距離を取りたい。そもそも今近づく意味も更に言えばこの部屋にこんな早いタイミングで現れた意味も分からない。再会を喜ぶ間柄ではないだろう。

 

「無価値なカスは消えて当然だ。」

 

 先程と同じ台詞を吐くと、まさかベットに乗り上げてきた。顔の両わきに手をつかれている、視界はザンザスの顔で埋まっている。赤い目がよく見える。久しぶりに呆然としている、処理が全く追いつかず視界に映るものを見返すことしか出来ない。この男はなんと言っていた?「無価値は消える」?まさか、私を無価値と断じたわけではないだろう。では、私の弟を沢田綱吉を殺すという宣言か?なんの為に?その程度で私が動揺するはずがないだろう。それよりもこの状況だ。男が女を押し倒したような、まさか女としての価値を示せと?そんな馬鹿な、そこまで愚かではないだろう。この男はフェミニストではないがわざわざ強姦を脅迫手段と使うほど堕ちてはいないだろう。いや、これは推測の域を出ないが、そんなまさか・・・。何故、無言なんだ。何か言え。

 

「ザンザス、なんのつもりだ。」

 

 相変わらずザンザスは何も発さずゆっくりと私の首に手をかけると徐々に圧迫してくる。まさか、本当に殺すつもりか?それこそまさかだろう。顔を覗き込まれているせいでザンザスの顔がよく見える。自分の苦しそうな声と荒い呼吸が耳障りだ。こんなにまじまじと目を見たのは初めてだ。生理的な涙で視界は滲んでいるが、こんなにまっすぐ見つめてくる男だったろうか。何故か8年前の会話が思い起こされる。そう言えばあの時もこの男は私の目を覗き込んできた。その時は胸ぐらを掴まれていたが。思えば初めて会った時から目に感情がよくのる男だった。大体は無関心か他者を威嚇する威圧的な光であったが、あの8年前ゆりかご事件の直前は別の光をたたえてはいなかっただろうか?いつもと違う光に「おや?」と思いながら会話を交わした気がする。あれは気のせいだったのだろうか。ダメだ、意識が霞んで考えが飛躍する。走馬灯じゃないだろうな。

 瞬きと一緒に目に溜まった涙が溢れて一瞬視界が若干クリアになると覗き込むザンザスと目があった。その瞬間記憶が結びついた。同じだ、ゆりかごの直前と同じ光だ。相変わらず強い光であるのに揺らいでいる。そんなまさか、もしかして不安なのか。もう、自分の比重が分からなくなってしまったのか?そんな、あれほどの君の人生が揺らいでしまうほどなのか。君にとってのボンゴレボスの椅子はそれほどのものなのか、根幹が揺らいでしまうものなのか。それが君の全てだったのか。分からなくなってしまったのか?考えてみれば、ボスになる為に生きてきた男だ。それが取り上げられて、失うことが恐ろしくなってしまったのか?

 そこまで考えて「しまった」と思ったが遅かった。息苦しさから解放されたと思った瞬間、頬に衝撃が走った。脳が直接揺れているように感じる。いや、今のは完全に私が悪い。完全な悪手だった。私は今何を思ったんだろう、誰に対してどう思ってしまったんだろう。もしかして私はこの男に「同情」してしまわなかっただろうか。最悪だ、殴られて当然だ。ザンザスに対しての完全な侮辱だ。

 ザンザスがゆっくりと離れていくのが布の擦れる音で分かった。遠ざかる背中が揺れる視界に写る。

 

「すまなかった、ザンザス。」

 

 当然、返事はなく声が届いたのか確証すらないまま無言で扉が閉まった。頬は痛むが、それよりも自分がザンザスを侮辱してしまったことの方が衝撃だった。

 これから、私の弟はあの男とボンゴレボスの座をかけて戦うのだろう。弟の敗北は微塵も感じていない。私は弟こそがボンゴレボスになるのだと私の直感により確信したうえで今まで行動してきた。しかし沢田綱吉に敗北したザンザスはどうなるのだろう。負け犬として死ぬような男ではないはずだ。こうやって考えを巡らすこともザンザスへの侮辱となるのだろうか。私は数字以外のことには本当に弱いな。そこまで考えて意識の限界を感じ、私は目を閉じた。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
ご意見・ご感想・誤字報告お待ちしております。


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沢田家から

ひたすら自分が楽しいだけです。


 その少女は人とは少し違っていた。いや、少しというのは語弊があるかもしれない。その子は1を知ってそこから起こる可能性を枝分かれ式に予想することが出来た。小さな枝も数えるならそのifは膨大な数になるだろう。しかし、彼女にはそれを処理するだけの頭脳とその中から最善を選び取る天性の直感があった。それは彼女の血筋が持つ超直感と呼ばれるものであった。彼女は歴代の中でもその超直感が強く、ある種の未来予知に近かった。優秀な頭脳を持つ人間はこの世にある程度存在するが、そこに反則的直感を合わせ持つ人間は中々いない。この条件により彼女はこの世で唯一無二となった。

 そのことが発覚したのは、ほんの些細なことだった。彼女が3歳になろうとした頃、彼女の父親である沢田家光が娘と遊ぶために神経衰弱をした。使用したのはトランプではなく大きく絵柄が描かれたカードだ。数字も覚束ないであろう娘でも分かりやすいように5種類のマークで対になるように計10枚のカードで行った。「同じマークを揃えるんだよ」とだけ娘に説明し、いざ勝負をしてみれば娘は異常な正解率を叩き出した。いや、それどころか全てのカードがまるでどこに何があるか分かるかのように全てのカードを揃えてしまった。透視実験というこれと同じようにカードを伏せ言い当てる実験があるが、この子の能力はその類ではないと家光は確信していた。血筋が受け継ぐ能力に心当たりがあったのだ。まさかと思い、今度は正規のトランプをジョーカーを抜いた状態で52枚用意した。今度も娘は迷いない手つきで全てのカードを揃えてしまった。絵柄の違う2種類のトランプを混ぜ合わせ104枚用意した状態でも結果は変わらず数字どころか絵柄まで揃えてしまった。ここで家光は確信してしまう、父親としてではなくマフィアの直系として、門外顧問としてこの少女が有用であるという確信を抱いてしまった。思えばこれが沢田家光と沢田煕子の親子としての最後の交流だったかもしれない。その1年後より充実した教育を受けるため彼女はイタリアで暮らすこととなった。

 

「おかあさん、いってきます。」

 

 父親である沢田家光に手を引かれながら煕子は小さく目の前の女性に告げた。彼女の母親にあたる沢田奈々は非常に人間的で優しい母親だった。生まれて4年しか生きていない娘を遠い海外にやることに最初はもちろん反対したが家光の説得と煕子本人の意思であることを説かれてしまい「娘本人が望むなら」と渋々了承したのである。今だって涙をこらえて微笑むことに精一杯であった。本人の希望でも可愛い娘と離れることは耐えがたかった。本来であれば頑なに拒んだが、娘の成長を日々見守っていた母親として自分の娘が他の子と違う才能を持っていることは感じていた。その事実がなければ断固とこの歳での海外留学など認めなかった。全ては娘の将来を想ってだった。

 

「ひろちゃん、向こうに行ったらキッチリご挨拶するのよ。好き嫌いしちゃダメよ?夜更かしもしちゃダメよ?ママみたいに大きくなれないわよ〜。大丈夫よ、ひろちゃん優しいからすぐお友達出来るわよ。」

 

 励ますような優しい言葉を煕子は靴のつま先を見ながら「うん、うん」と小さく相槌を打っていた。こういう時にどうしていいのか分からずキョドキョドと視線が動いてしまう。そんな娘と妻の様子を家光は複雑な思いで見つめていた。

 

「奈々そろそろ時間だから・・・。」

 

 正規の航空便を使わないために家の前までの見送りとなる。そのまま車に乗り込むと煕子はチラリと自分の母親に視線を送る、ガラス越しに優しい微笑みと目が合った。やはり、どうしていいか分からず直ぐに視線を下げてブラウスのボタンを爪でカリカリと引っ掻いた。もう一度視線を上げて小さく手を振った。その瞬間、堪えきれなかったのか母親がボロボロと泣き出してしまった。その瞬間に煕子の脳内では「やってしまった。」と警報が鳴り響き子供ながらに慌ててオロオロと視線を母親に向けていたが、そのまま車が走り出してしまい家の前で蹲って泣く母親の姿がどんどん小さくなってしまった。煕子は見えなくなるまで心配そうな視線を母親に向けていた。沢田家光は娘のそんな人間らしい姿に密かに安堵の息をついていた。

 

「着いたらママに手紙を書いてあげような。写真とかもつけてな。」

「うん。お友達もつくらないと」

「・・・・ママが言ったからか?」

「うん。」

 

 普段、友達など全く必要としていない娘の発言に意外に思えば案の定母親への義理立てのためであった。先程、娘の人間味に安心したせいで落胆が大きい。いや、こればかりは彼女のせいとは言えない。既に母国語以外にイタリア語を習得するような娘とは当然ながら同年代と会話が成立しないのだ。周りの同年代はただでさえ知性が高く独特な彼女の感性についてこれず、1度近所の同年代の子供と引きあわせてみれば煕子の方が無理矢理あちらに合わせ接待のようになってしまい本人も疲れ果てていた。ここで相手に合わせるだけの柔軟さと聡明さが分かったのは良かったが、友情を築くことは難しいだろう。しかし、これから娘が過ごすのは非日常こそが日常の普通ではない世界だ。特殊な環境下で彼女の感性と合う人間と巡り会えればいいのだがと、沢田家光には娘の孤独に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 



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ボンゴレの屋敷にて

このへんはサクサクと進みたい。進みたい気持ちはあるのに進まない。


 大きな屋敷だ。屋敷自体も呆れるサイズだが、何よりボンゴレ本部が有する敷地が広大だった。周囲を警戒するような高い塀の中は屋敷自体を隠すように鬱蒼と木々が生い茂り森の中に忽然と姿を現すように屋敷がそびえ建っていた。厳重に警備された門を車に乗ったまま抜け、屋敷の玄関まで整備された道を進んでいる間、煕子は窓の外を眺めながら自分が普通に生きていれば踏み入れることがない非日常に足を踏み入れているということだけ漠然と感じていた。まだ、幼い彼女にはどういう部類の非日常であるのかまでは理解出来なかった。沢田家光が娘に最低限の情報しか与えなかったため理解するための判断材料がまだ揃っていなかったのだ。

 珍しそうに木々の影を眺める娘に対して沢田家光は不思議な安心感を抱いていた。日本の沢田家では感じなかった安心感だ。まるで鳥を本来あるべき空に返せたような、ここにあることが正しい姿であるような。達成感と呼ぶ方が正しいかもしれない。彼も超直感を持つ血筋の者だ、明快ではないが自分が何かを果たしたような感覚を味わっていた。

 

「煕子、向こうに着いたらまず父さんの上司に挨拶をしよう。なに、優しい方だからそう気を張る必要はないさ」

「うん。ねぇ、おとうさん」

「ん?」

「私はここで暮らすの?」

「そうなるだろうな。まぁ、父さんも基本ここに居るから不自由があったらすぐ言ってくれ」

「うん。」

 

 屋敷の玄関が見える。先ほど通った門と同じように黒服の人間が周囲を警戒していた。車が滑るように玄関のすぐ側にで停車するとドライバーはいそいそと沢田親子が降りやすいようにドアを開けた。煕子が降りようとすると近くに立っていた黒服の男がスッと静かに手を差し出した。煕子が何事かと少し目を丸くしながら答えを求めるように父親を見上げると当の家光は薄く笑みを浮かべ愉快そうに眺めてくるだけなので、煕子はこういうものなのかとなんとなく自分を納得させて小さな手をオズオズと重ねた。重ねられた男はその初々しい様子に少し微笑み「どうぞこちらに」と丁寧に玄関まで煕子をエスコートした。

 

「・・・・ありがとうございます」

「いいえ、お気になさらず。」

 

 優しく微笑みながら手を差し出してきた時同様に静かに離れていく。その様子を煕子はジッと観察していた。

 

「どうだった?初めてのエスコートは?」

「なんか変な感じだった。」

「はっは!まぁ最初はそうだろうな!!」

 

 家光はケラケラと心底愉快そうに笑うと「ほれ」と手を差し出して煕子の手を繋いで歩きだす。それに少し引っ張られるように煕子は屋敷に足を踏み入れた。

 屋敷の中は予想を裏切らない豪華だが品のある内装だった。高い天井にはシャンデリアが吊るされ広いエントランスの先には幅の広い階段があった。視線を上げると杖を持ちながらもしっかりとした足取りで階段を降りてくる老人がいた。厚い絨毯が足音を吸収していた。

 

「9代目!こちらから伺いましたのに!」

 

 父親の珍しく畏まった様子に煕子は目の前の老人が父親の上司にあたる人物だろうと推察した。

 

「いや、なに。私は耐え性がなくてね。君の娘が来ると聞いて楽しみで迎えに出てしまったよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけるなんて・・・。」

「まぁ、今回は仕事の話ではないんだ。そう固くならず楽にしてくれ」

「はい、9代目」

「ふむ、ところで彼女がそうかい?」

「ええ、娘の煕子です。ほら、ご挨拶しろ。」

「初めまして、沢田煕子です。4歳になりました。」

「そうかい そうかい、綺麗なイタリア語だ。」

 

 目の前の9代目と呼ばれる人物は煕子の返答に嬉しそうに目を細めた。煕子から見ても実に品のいいスーツを着ている事、黒服に厳重に守られた屋敷に住んでいるという事からこの人物が優しいだけの人間ではないことは分かった。

 

「二人とも長旅で疲れただろう。お腹は空いているかな?上に食事を用意させたんだ。」

「是非、ご一緒させていただきます。」

「うんうん、ヒロコちゃんはどうかな?」

「はい、いただきます」

「それは良かった。そうだ、私の息子もいるんだ。今年で9歳になる。ここでヒロコちゃんに一番近い年頃になるかな。なかなか気難しい子なんだけどね、良かったら仲良くしてやってくれるかい?」

「はい」

「ありがとう。さ、立ち話もなんだ。食事にしよう」

 

 煕子の返事に満足気に頷くと9代目はスタスタと部屋へ歩いて行った。その後に続くように親子で手を繋いで歩いていく。長い廊下に重厚な扉が並んでおり敷かれた厚い絨毯が三人の足音を吸収していた。煕子にとっては全て初めて見るものであり、珍しげに視線を動かしていた。しばらくすると迷いなく進んでいた足が一つの扉の前で止まり、待ち構えていたメイドが静かに扉を開けて中に招き入れた。メイドという存在も煕子にとっては新鮮で思わず頭の先からつま先まで見つめてしまった。伏し目がちに待機していた彼女らの視界にまだ背丈の小さい煕子は視界に入りやすく、珍しそうに自分たちを見つめる日本人の少女が微笑ましく少し頬を緩ませた。その様子も煕子は少し不思議そうに観察していた。

 部屋に入ると目つきの悪い少年が気だるげに席についていた。すぐに先ほど9代目が言っていた9歳の息子であることは分かったが、正直煕子には少年の存在自体が予想外であった。眼光は年不相応に鋭く、部屋に入ってきた煕子達をジトリと睨みつけていた。その視線の中に煕子自身が少年本人より強いか弱いか値踏みするような意味も込められていることをなんとなくではあるが煕子自身察していた。その様子は人間というより動物的であった、少年なりの生きるための手段であるのだろう。まるで自分以外は全て敵であるかのように部屋にいる全ての人間に対して威圧するような気配を漂わせ、少年がいる部屋の中は妙な緊張感で満ちていた。9歳にして周囲の大人を飲み込むカリスマは脅威的なものである。

 しかし、煕子はその鋭い視線を浴びながら先ほどまで珍しそうに周囲に視線や興味をめぐらしていた時とは正反対に気持ちがどんどん冷めていくことを自覚した。つい先ほどまで自分の周囲には知らないもので溢れていた。一歩踏み出したこの生活もどのようなものになるのか分からず、常に周囲を観察していた。久しぶりの分からないという感覚を楽しんでいたのだ。しかしどうだ、この視線はこの目は私はすでに知っている。知っているから察してしまった、分かってしまった。ここでの生活も、これから置かれる自分の立場も、ひどく空っぽな気分だった。失望に近いかもしれない。ヒントはそこ彼処にあったが、あえて気付かないフリをしていたのに、少年の視線が決定打となってしまった。少年の自衛の視線がここが暴力の世界であり、害悪に抗えない者から淘汰されることを彼女に確信させてしまった。目的と仕組みを把握すれば後は数多とある具体案から最善を選びとるのみである。

 一方の少年は自分よりも明らかに非力で暴力とは無縁の世界で生きてきたであろう幼い少女に対してなんの感慨も湧かず、邪魔になれば消せばいいとすぐに関心が失せた。少女は周囲全てを拒絶する少年に対して楽しみを邪魔されたほんのわずかな不快感以外何の感情も湧かず、すぐに意識から外した。

 

「ヒロコちゃん、彼は私の息子のザンザスだ。仲良くしてやってくれ。」

「煕子です。よろしくお願いします」

 

 形式的に行った挨拶に対してザンザスと紹介された少年は特に返事もせず無関心を決め込む、9代目は少し困ったように眉を下げるが、煕子はザンザスからの返答など微塵も興味がなかった。

 

「さぁ、食事にしようか。どうぞ席について」

 

 9代目の一言で控えていた黒服の男が煕子のために椅子を引いた。煕子は車を降りるさいのエスコートを思い出して示されるがまま席に着いた。

 遠くない未来、裏社会で名を馳せる少年少女の出会いは互いに関心の向かない、無味無臭なものであった。

 

 




 仲良くしなさいよ。


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庭園の片隅にて

オリキャラがチラチラ出て来ます。


 煕子がボンゴレ邸で暮らすようになって数日が経過した。元々、日本で窮屈な思いをしていた為か自分に深く干渉せず「門外顧問のお嬢様」として一定の距離を置いて世話をする周囲に対してある種の安堵感を抱いており、自分を奇異の目で見ることなくスポンジのように吸収する優秀な頭脳を面白がってどんどん知識を詰め込んでくる家庭教師の存在も手伝ってある一つの問題を除いて快適に過ごしていた。

 

「ジューリア少し外に出て来きます。」

「はい、お嬢様。先日も申し上げましたが、庭園から外に出てはいけませんよ。」

「はい。」

 

 ジューリアは煕子がボンゴレ邸に来てすぐに煕子の世話係に任命されたメイドである。メイドの中でも年若く親しみやすく落ち着いた人柄から日本から来て間もなく心細いであろう少女の慰めになればと周囲の配慮により選ばれたのだ。少し遅い朝食を済ませ、用意していたトートバックを持つと昨日も訪れたボンゴレ邸のよく手入れが行き届いた庭園へと向かう。昨晩予習は済ませてきたが、とても役に立つとは思えなかった。半ば義務のように庭園へと足を運ぶ気分は今までの戦歴を思い返して少し憂鬱だった。

 

「おはようございます。」

「・・・・・。」

 

 噴水の近くのベンチに座っていた昨日とは違い、今日は薔薇の茂みの陰になっている芝生に目つきの悪い少年が腰掛けて本を読んでいた。9代目の息子であるザンザスである。彼は自分に挨拶をよこす日本人の少女にジロリと目線をやったのみだった。煕子はその視線にたじろぐことなくジッと見返していた。それは、研究員がマウスを眺めているような非常に無機質な視線でありその視線がますますザンザスを不愉快にさせた。

 

「何の用だ。」

「お友達になってください」

 

 幼い少女が白々しく告げる言葉は昨日と同じもので無機質な視線と相まって非常に不気味であった。ザンザスは自分が一目見て無力だと断じた少女が世間の常識の枠の中にいないことをこの数日で実感していた。たった数日で何人の家庭教師が彼女に慄いて屋敷を去ったか知れない。今や彼女に付き合えるのはあの変わり者の数学者のみである。優秀な有識者達に「化け物」と言わしめる頭脳は勿論脅威的であるが、それよりもザンザスの気に障ったのは今も自分に向けられる視線であった。無機質であるが正確にこちらを把握しようとジッと観察しているのだ。ザンザスは自分が子供の枠におさまっていない自覚はあったが、目の前の少女よりは人間である自信があった。

 

「断る。失せろ」

 

 強い語気で言い放ったが、目の前の少女には堪えていない。

 

「頑ななあなたのために今日は先人の知恵を借りて来ましたよ。」

 

 涼しい顔で言い放った煕子は持って来たトートバックから「じゃじゃ〜ん」と気の抜けた効果音を口にしながら一冊の本を取り出した。眼前に突きつけられたそれに思わずザンザスは目を剥いた。

 

「ッッ!!?」

 

 それはポルノ雑誌だった。しかも、ティーンが読むようなグラビアではなくとても口に出来ない部位が露わになっている過激なものでザンザスは真っ白になった頭で引ったくるようにポルノ雑誌を奪うと自らの炎で灰も残らぬ火力で燃やした。ボンゴレの炎をこんな事に使うのはなんとも情けない気分であったが、年端もいかぬ少女とポルノ雑誌を見ているところを誰かに見られでもしたら9代目の息子としての己の沽券に関わる。

 変な汗をかきながら煕子を睨むが本人はキョトリと目を瞬かせただけだった。珍しく人間らしい表情であるが、そんなことに構っている余裕はザンザスにはなかった。

 

「なんのつもりだ。」

 

 まさか己を貶めようとしているのかと邪心してしまうほど悪意のある差し入れであった。

 

「先生が男と友情を深めるならこれと言って貸してくれました。」

 

 彼女が「先生」と呼ぶ存在は一人しかいない。ザンザスの頭には自分が回答を間違えるのを楽しそうに眺めるあの面と笑い声が思い出され「一体どうしてやろうか」と沸々と怒りを煮え滾らせていた。

 

「今回も失敗ですかぁ」

 

 横から残念そうな声が聞こえザンザスの意識が切り替わる。先に片付けなくてはならない問題があった。

 

「お前はこの間からなんなんだ。何が目的だ。」

「お友達になろうとしただけですよ。」

 

 この間までまともに取り合っていなかったが、次にどんなことを仕掛けてくるか考えれば先にこの少女をなんとかするしかなかった。

 

「友達なんて必要としてねぇだろ。」

「お母さんからのお願いですから」

「いちいち、言いつけなんて守るタマじゃねぇだろ。」

「いいえ、言われたことは守ります。」

 

 そうやってあの家庭教師の言葉を鵜呑みにして自分にあんなものを差し出して来たのかと思うとザンザスは頭が痛かった。

 

「それに先生が何事も経験が一番だと言っていました。」

「・・・・・。」

「あなたは友達がいますか?」

「ボンゴレで暮らしててそんなもん出来るわけないだろう。」

「そうです。だから、身近にいるあなたに目をつけたんです。」

「諦めろ」

 

 ザンザスはバッサリと切り捨てるが、煕子は少し思案する素振りを見せた。最近、変わり者の家庭教師の影響か煕子自身の思考の幅が広がった。選べる選択肢が多くなるとその中でも「楽しみ」を見出せる選択をするようになった。完全に悪影響でしかなかったがそれは煕子に新鮮な満足感をいつも与えてくれた。

 

「なら、ごっこ遊びをしましょう」

 

 見た目と不釣り合いな頭脳を持つ少女が口にするにはあまりに不吉な単語だった。

 

「・・・何をする気だ。」

「ただの遊びですよ。」

 

 本当に自分は人間と話しているのかザンザスはこの数分でドッと疲労感が蓄積されているのが分かった。そもそも、その「ごっこ遊び」の全貌が見えないことにはyesもnoも言いたくなかった。

 

「何かを共有するとそこから友情に発展する場合もあると先生が言っていました。」

「・・・・・・・。」

「だから、一緒にゲームをしましょう。」

「・・・・・チェスやカードってわけじゃないだろう。」

「けど、きっと楽しいですよ。」

「・・・・・なんだ。」

 

 もうザンザスは一刻も早くこの会話を切り上げたかった。しかし、次に飛び出して来た単語に頭の中のスイッチがカチリと切り替わるのを感じた。

 

「ネズミ捕りですよ。」

 

 もちろん額面通りの意味ではないことは察した。思わずザンザスはまじまじと煕子の顔を眺めてしまう。果たして、自分が気付かなかったネズミにこの日本人の少女が本当に気付いたのか。いや、それを確かめるのもゲームなのか。

 

「ねぇ、スリルは楽しいことなんでしょう?」

 

 そう淡々と言い放つ挑発めいた言葉にジワジワと自分の口角が上がるのをザンザスは感じていた。

 

 




いい子だからお手玉とかで遊んでて

主人公がスラスラ喋り出したのはイタリア語になれたのと「先生」のせいです。


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