遊戯王GX ―ウィンは俺の嫁!― (隕石メテオ)
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ウィンは俺の嫁!

 
 左手に盾を右手に剣を……とはいったものだが、いま俺の手にあるものはそこまで丈夫なものじゃない。
 左手には白を基調にして、埋め込まれた翡翠色のクリスタルを中心に広がる扇状の半円盤。
 右手にはたった5枚の(カード)
 ――盾と剣にしては貧相すぎる。
 だが、この"戦い"において、それらは唯一無二の武器だ。

『デュエルモンスターズ』

 今更説明は不要だろう。
 この世界において最も有名なカードゲーム。
 むしろカードゲームと言われればこれのことを指していると考えて相違ない。
 プレイヤー――決闘者(デュエリスト)は、たった40枚から60枚の紙束(デッキ)に人生を賭け、たった4000のライフに文字通り命を賭けている。
 なにせ、デュエルが強ければそれだけでどうとでもなる世界だ。
 もしデュエルモンスターズの無い世界なんてものがあって、そこから見たときはさぞかし滑稽な光景だろうが……まぁ、考えるだけ無駄なことだろう。
 この世界に生きる一個人の俺にはこの世界こそが全てで、俺も自分が信じたカードに魅せられ、全てを賭けている馬鹿の一人。俺にとってはそれだけで十分だから。
 ドローと宣言して、左腕につけた半円盤(デュエルディスク)にセットされたデッキからカードを1枚引き抜く。
 合計6枚の手札。悪くない手札だ。こいつらも今は悪い気分じゃないらしい。
 左手に持ち替えた六枚の手札からカードを1枚選び取る。
 そしてそのカードを裏向きのまま、ディスクの上にセット。さらにあと2枚、今度は側面に設けられたスリットに差し込む。
 現状において、先攻である俺の打てる最善手の筈だ。
 もしも突破されたらそれはそれで仕方が無い。その駆け引きを楽しむのがこのデュエルモンスターズというゲームなのだから。
 ターンエンドを宣言すると俺の正面、10メートルほど離れた場所に立ち、俺とほとんど同じものをつけたスーツ姿の男性が自らのデッキからカードを1枚引き抜いた。

 ――全てが始まる。

 デュエルアカデミア――デュエル専攻の高等学校の入学試験に臨む俺の耳元で、不意に流れた風が囁いた気がした。



 

「私は手札より《サファイアドラゴン》を召喚!」

 

 対戦相手――試験官の目の前に、光の中から透き通った蒼いドラゴンが姿を現す。

 

 《サファイアドラゴン》

 星4 風属性 ドラゴン族 ATK1900/DEF1600

 通常モンスター

 

 下級通常モンスターとして高い攻撃力を誇り、守備力もリクルーター辺りならば超えられない数値を持つ優秀なカード。

 ドラゴン族だから幾つかのドラゴン専用サポートカードも使えるのも利点だろう。

 

「さらに手札からスタンピング・クラッシュを発動」

 

 《スタンピング・クラッシュ》

 通常魔法

 自分フィールド上にドラゴン族モンスターが

 表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。

 フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊し、

 そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。

 

「向かって左側のカードを破壊させてもらう」

 

 言った傍からか……。

 スタンピング・クラッシュ、ドラゴン族主体のデッキなら採用されていてもおかしくはない。

 正直除去性能としては速攻魔法である《サイクロン》の方が上だろうが、対してこちらは500のバーンダメージを与えることが出来る。

 飛び上がったサファイアドラゴンが俺の魔法・罠ゾーンのセットカードを1枚踏み抜いて、その衝撃波を俺は受けた。

 

 LP4000→3500

 

 ディスクに表示されたライフを示す数値が減少して、踏み抜かれた方のカードがスリットから排出される。俺はそのカード、《攻撃の無力化》を墓地に送った。

 こっちを踏み抜いてくるとは……確立は2分の1とはいえ運が良いのか悪いのか。

 

「バトルフェイズ! セットモンスターを攻撃、サファイア・フレイム!」

 

 (アギト)の内に溜め込んだ見惚れるほど綺麗な蒼い炎を俺に――正しくは俺の場にセットされたモンスターカードに吐きかけるサファイアドラゴン。

 まぁ、そのまま通しはしないが。

 俺の指が残された1枚のセットカード、その発動スイッチを押し込む。

 

「リバースカードオープン《和睦の使者》。このターン、俺のモンスターは戦闘破壊されない!」

 

 《和睦の使者》

 通常罠

 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。

 このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 フリーチェーンの防御カードとしては最もポピュラーな部類に入るだろう1枚のカード。

 モンスターの戦闘破壊を防ぐだけでなく戦闘ダメージも防いでくれると、俺のデッキではなにかとお世話になるカードだ。

 

「だが戦闘は行われる。そのカードの正体を見せてもらおうか」

 

 蒼炎に煽られ、俺の場のカードが表になる。

 

「俺のセットモンスターは――《風霊使いウィン》!」

 

 星3 風属性 魔法使い族 ATK500/DEF1500

 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上の風属性モンスター1体のコントロールを得る。

 

 セットカードから現れたのは、10代前半ほどに見える少女。

 明るい緑色の髪に、翡翠色の瞳。フード付きのローブを纏い、その手にはエメラルドを風を模した装飾で囲んだ身の丈ほどもある杖を持っている。

 サファイアドラゴンの顎から迸る蒼炎は少女を守るように展開された不可視の壁に遮られ、その威力を発揮することなく消えていった。

 

「そしてこの瞬間、風霊使いウィンのリバース効果を発動。このカードが表側表示で存在する限り、相手フィールドの風属性モンスターのコントロールを奪う。――風霊術『縛風(ばくふう)』!」

 

 少女――ウィンがなにかを唱えて杖を振ると風が舞い、それが一度サファイアドラゴンを包みこんで首元に集約する。

 出来上がったのは風で出来た首輪。それを嵌められたサファイアドラゴンは何かに強制されるように本来の主の下を離れ、ウィンに頭を垂れた。

 その宝石龍の頭をウィンが優しく撫でると、サファイアドラゴンは今度こそ明確に元の主へ牙を向ける。

 

「む……私はカードを2枚伏せてターンを終了する」

 

 相手の場にカードが2枚伏せられ、ターンが俺に回ってきた。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 引き当てたカードは緑の枠――魔法。

 それを手札に入れ、俺の手札は4枚。場には風霊使いウィンとサファイアドラゴン。

 サファイアドラゴンは早いうちに生け贄にするなりして処理したいが、伏せカードに《リビングデッドの呼び声》等の蘇生カードがあれば蘇生させられてしまう。

 場に居させるのが良いのは確かだが、その場合はお世辞にもステータスに恵まれているとは言い難いウィンを守る必要がある。

 守備力1500はリクルーターに破壊されない一歩上のラインだがサファイアドラゴンが出てきた相手のデッキからすれば、別の良ステータス通常モンスターを召喚してくるのは確かだ。ウィンが撃破されてしまえば奪ったコントロールは戻るし。

 とりあえず打つ手は、

 

「バトルフェイズ、サファイアドラゴンで直接攻撃(ダイレクトアタック)。サファイア・フレイム!」

 

 今度は俺の号令で蒼い宝石龍は炎を吐く。

 

「リバースカード《炸裂装甲(リアクティブアーマー)》! 攻撃宣言したモンスター1体を破壊する。サファイアドラゴンを破壊!」

 

 《炸裂装甲》

 通常罠

 相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

 その攻撃モンスター1体を破壊する。

 

 サファイアドラゴンの蒼炎を遮るように人型の人形のようなものが出現する。

 その人形は試験官に向かう炎を全て受けきっても倒れず、炎を吐き終えたサファイアドラゴンがその硬い体を生かして殴りかかったのを切欠に木っ端微塵に吹き飛んだ。サファイアドラゴンごと。

 ポリゴン片になって消えるサファイアドラゴンをウィンが若干沈痛な面持ちで見送り、フィールドから蒼い宝石龍は姿を消した。

 

「俺はモンスターをセット、さらにカードを2枚伏せてターンエンド」

 

 俺の場に伏せられたカードが3枚現れ、ターンが試験官に移る。

 

「私のターン、ドロー」

 

 試験官は引いたカードに目を落とすと、それを手札に加え別のカードをディスクに置く。

 

「ふむ。ならば、《ジェネティック・ワーウルフ》を召喚!」

 

 《ジェネティック・ワーウルフ》

 星4 地属性 獣戦士族 ATK2000/DEF100

 通常モンスター

 

 四本の腕に梟のような面構えをした人型モンスターが出現する。

 正直、どこがワーウルフ……人狼なのか俺にはわからない。むしろ阿修羅像とか、そっち系の名前の方がしっくり来る気もする。

 ただ名前はともかく、そのステータスは攻撃力が2000と低級通常モンスターでは最高値。

 その攻撃力だけで低級モンスターへのメタとなる性能の持ち主だ。

 

「そしてバトルフェイズ、ジェネティック・ワーウルフでセットモンスターを攻撃! パワー・クラッシュ!」

 

 伏せカード2枚に対して無警戒――いや、これは入試のテストだからこっちがどんな対応をするのか見るために向こうはとにかく動いてきている。

 そしてウィンではなくセットモンスターを狙ってきた……まぁ、風霊使いウィンは一度効果を使ってしまえばもう一度裏になれない限り再び効果を使うことは出来ない。つまり、低ステータス通常モンスターと同じだ。薄い壁に構う必要は無いと判断されたらしい。

 四本の腕に殴り飛ばされたセットモンスターはリクルーターの《ドラゴンフライ》。

 

 《ドラゴンフライ》

 星4 風属性 昆虫族 攻1400/守900

 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

 

 トンボを模したドラゴンフライは殴られ、耐えられずその身をひしゃげさせてポリゴン片へと姿を変えた。

 だが、こういったリクルーターは主に戦闘破壊されてこそ効果を発揮する。

 飛び散ったポリゴン片が一陣の風となり、俺のデッキから一定の制限下でカードを呼ぶ。

 そして再び現れるのはドラゴンフライ。

 

「ドラゴンフライの効果発動! このカードが戦闘破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。俺は2枚目のドラゴンフライを特殊召喚」

 

「ならリバースカード《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地のモンスター1体を特殊召喚する。サファイアドラゴンを特殊召喚! 続けて攻撃表示のドラゴンフライに攻撃、サファイア・フレイム!」

 

 《リビングデッドの呼び声》

 永続罠

 自分の墓地のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。

 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

 そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

 このデュエル通算3度目の蒼炎が放たれる。一度目と比べてもその輝きに衰えは見えない。

 だが、伏せたのに使わないのは勿体無いか。

 

「リバースカードオープン《皆既日蝕の書》!」

 

 《皆既日蝕の書》

 速攻魔法

 フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て裏側守備表示にする。

 このターンのエンドフェイズ時に相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを全て表側守備表示にし、相手はその枚数分だけデッキからカードをドローする。

 

 場に存在する全てのモンスターカード、ジェネティック・ワーウルフ、サファイアドラゴン、風霊使いウィン、ドラゴンフライが全て裏側守備表示に変更する。

 それに応じて攻撃を放とうとしていたサファイアドラゴンもブレスを中断させられ、その姿をカードの裏面へと変えた。

 

「これも止めますか。なら、私はこのままターンエンド。ですがエンドフェイズ時、あなたの皆既日蝕の書の効果で私の場のモンスターは表側守備表示に。さらにカードを2枚ドローさせてもらいます」

 

「どうぞ。そして俺のターンドロー」

 

 良いカードを引いたが、今回使うことは無いだろう。

 

「俺は風霊使いウィンを反転召喚! 効果により、再びサファイアドラゴンのコントロールを奪います。風霊術『縛風』!」

 

 表側攻撃表示となり姿を現したウィンが、再び蒼い宝石龍に風の首輪を掛ける。

 再び俺の場へと身を移したサファイアドラゴンが若干疲れて見えるのは気のせいではないだろう。今回のデュエルでは働きすぎだろうし。

 とはいえこれで最後だ。ゆっくり休んでくれ。

 

「俺は場の風霊使いウィンとサファイアドラゴンを墓地へ送り、デッキから《憑依装着-ウィン》を特殊召喚! ――来てくれ、俺の嫁(マイ・フェイバリット)!」

 

 《憑依装着-ウィン》

 星4 風属性 魔法使い族 ATK1850/DEF1500

 自分フィールド上の「風霊使いウィン」1体と風属性モンスター1体を墓地に送る事で、手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。

 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

 フィールドのウィンが杖を掲げ、そこから巻き起こった竜巻がウィンとサファイアドラゴンを包む。

 だが包まれていたのも一瞬で、竜巻は内側から押し破られるように散り、中から1人の少女が髪を風に揺らしながら姿を現した。

 その姿はウィンの特徴を強く残し、彼女であるということは見ればすぐにわかる。

 風属性モンスターの力を取り込み、自らの力へと変えたウィンの成長した姿。

 俺がその頼もしい背中を見て頬を緩ませると、体半分こちらを向いたウィンがほんの僅かに微笑み返してくれた。

 流石俺の嫁。この気持ちは最早言葉では表せない。

 ――おっと、デュエルを続けないと。

 

「手札から装備魔法《団結の力》をウィンに装備。そしてセットされているドラゴンフライを反転召喚、これによりウィンの攻撃力は1600ポイントアップ!」

 

 ATK1850→3450

 ドラゴンフライと一度手を繋ぎ、離しても作られた風のラインがウィンの力に転化する。

 

「更にリバースカードオープン、リビングデッドの呼び声。俺の墓地の風霊使いウィンを表側攻撃表示で蘇生! 俺の場の表側表示モンスターが増えたことで、憑依装着-ウィンの攻撃力は更に800ポイント上昇!」

 

 ATK3450→4250

 ドラゴンフライは飛んでいる関係上手を繋いだのは1回だけだったが、2人のウィンは確りと手を繋いで離さない。

 その手を通して流れ込んだ力が、ウィンを攻撃力4000の大台へと押し上げた。

 

「バトルフェイズ! 憑依装着-ウィンでジェネティック・ワーウルフを攻撃!」

 

「皆既日蝕の書で守備表示にしたのは、単なる攻撃封じというだけではなかったということですか。巧いタクティクスです」

 

「その通り。自身の効果で特殊召喚されたウィンは、その攻撃力が相手の守備モンスターの守備力を上回っていればその数値分の戦闘ダメージを与えることの出来る貫通効果を持つ――――」

 

 2人のウィンが掲げた杖の上に風が集まり、それはほど経たずして嵐の如く荒れ狂う。

 

「――風霊術『天嵐(てんらん)』!!」

 

 解き放たれた嵐が試験官を飲み込み、そのライフを一撃の下に0にすることで決着が着いた。

 




やってしまった感が凄いネ!orz

はい、自分の中で再燃した遊戯王熱の勢いで書きました。
反省はしています。でも後悔はしていません←
今回は活動報告に上げたものを改稿して出しました。

ちなみにデッキは作者のウィンちゃんデッキを適宜改造して動かしてます。
リアルの構築だと電光千鳥連打可能。挙句には星態龍も出ます。トーテムバードが意外と使える。
でも結局戦い方は団結つけたウィンちゃんで殴る(ヲィ

デュエル書くのは初めてだったので、状況的に相手の動き方を抑制した部分は有れども、次からはもうちょっとデュエル構成がんばります。
ありがとうございました。


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TURN-1

 あれから2週間。俺は他の一般高校の合格発表と時を同じくして合格通知を受け取り、無事ラーイエローとして無事に地元中学からデュエルアカデミアへの進学を果たした。

 一口にアカデミアといってもいくつか候補が出てくるが、俺の言うアカデミアはデュエルアカデミア本校のことだ。姉妹校がいくつか立てられ、各地で運営されているがいまは何ら関係は無い。 ちなみに一般中学におけるデュエルは部活動のような扱いであり、専門授業があるわけではない。そしてデュエルアカデミアは工専等の専門高と同じ扱いだ。

 

「やっぱ可笑しいだろ、コレ」

 

 つい声として漏れてしまった本心は、目の前の光景を目前にすれば仕方の無いことなのかもしれない。火山島を丸々1つ使って建てられた学園、それがデュエルアカデミア本校だ。まず移動をヘリですること自体普通じゃあない。アカデミアを運営するKC社の常識はどうなっているのか。

 まぁ、その会社自体も本社ビル屋上にV-TOL(垂直離着陸)機の離発着場があるのだから、これ以上はなにも言うべきではないと確信できる。それにどう思ったところで変わる訳ではないのだから考えるだけ無駄なことだろう。金持ちのやることは理解できない。とはいえその恩恵を甘受させてもらっている身ではあるから、感謝はしているのだが。ヘリのローターの振動が伝わって小刻みに振動を続ける機内で、俺はそっとデッキケースに手を触れる。ここから先、このデュエル専門校で自らの武器になり得るのはこのカード達だけだ。蓋を開けたケースから無造作に取り出した1枚は、確認せずとも"彼女"のもの。

 ――ホント、頼むぜ?

 一言念じてカードをデッキに戻した俺は、随分と近くに見えるようになったアカデミアに視線を定めた。

 

 ◆

 

 当分は着慣れないであろう黄色の制服に身を包んで臨んだ入学式は、とにかく退屈だとしか記憶してない。

 島に降りてから碌に休む時間も無く始まった恒例の儀は学校が変わっても景色以外代わり映えしないもので、ダラダラと長い校長の話を聞く気にもなれず、気分に任せて意識を半分は飛ばしていた。他にも同じようなヤツは居たから、問題なんてないだろう。そして入学式直後の指導をホールのような教室で受けた後、俺たち新入生はそれぞれの寮――成績の良い順でオベリスクブルー、ラーイエロー、オシリスレッド。だが最初のブルーは中 等部からの繰り上がりのみ――ごとの案内を受けて解散。各々知り合いと組むなりで教室を後にしていく。とは言うものの、俺は同じ中学のよしみで知っている顔はあっても友人と呼べるヤツが居るわけでもなく、ひとり座ったまま出入り口の混雑が解消するのをボーっと見つめていた。そこまで時間も掛からずガラガラになった教室を出ようとしたところで、俺は机に突っ伏す 茶髪を見つけてしまった。

 

「……馬鹿かアイツ」

 

 このまま放置しても俺個人としては別段困らないが。まぁ、俺の席と出口の直線上に居るし、よく見ればさっき入学式でも俺と同じで上の空だった奴だ。声を掛けてやればいいだろう。しかし初っ端から睡眠学習とは肝が据わってるヤツだ。

 

「おい、起きろ。おい」

 

「んぅ……あれ? 他のみんなは?」

 

「ほとんど寮に行っちまってる。あとは俺らと駄弁ってる連中くらいだ」

 

 俺が教えてやるとその茶髪はバッと立ち上がり、辺りをキョロキョロしだすと、合点がいったように頷いた。

 

「終わってたのか。翔も先にいっちまったみたいだし……」

 

 終わったことにすら気づいてなかったのか……って、寝てれば当然か。

 

「あ、そういや起こしてくれてサンキュー! おれは遊城十代。あんたの名前は?」

 

「俺は天風遊斗(あまかぜゆうと)。見ての通りイエローだ。それより、呑気に自己紹介してて良いのか? さっきの独り言を聞いてた限り、知り合いは先に行ってるらしいが」

 

「そういやそうだ。早くいかねぇと! -―あ、1つだけいいか?」

 

 走り出そうと俺に背を向けた遊城が振り返って、俺の返答を待たずに聞いてくる。

 

「今度さ、おれとデュエルしようぜ!」

 

 それだけ俺に投げかけて、今度こそ遊城は走り去ってしまう。

 忙しない奴だったなと思う傍ら、あいつから感じた風は嵐の前の静けさとでもいうように澄んだ風だった。

 これから何かが起きるような、そんな感じの。

 

「遊城十代-―面白そうな奴」

 

 俺がボソリと呟いた一言は他の人間の耳に入ることもなく、ほとんどがらんどうの教室に消えた。

 

 

 ◆

 

 

 俺と遊城との出会いから少しして辿り着いたイエロー寮は、黄色い屋根と高さよりも縦横に長いことが特徴のアパートといった風情だった。

 事前に受け渡されていた鍵についているストラップに刻印された番号の部屋をさほど時間を掛けることもなく見つけ、これから自室として過ごすことになる部屋のドアを開ける。

 見渡してみた感じ、部屋の内装も外見から想像できるような、至って普通の独り暮らし用アパートの一室といった感じだ。

 簡易キッチンとトイレに加え、ベッド等の必須とも言える家具一式、さらに学習机にはPCが備え付けてあり、それについては若干豪華というか、賃貸目的では無いからこその備品だろう。

 ボストンバッグ1つ分持ってきた手持ちの荷物をとりあえずベッドの脇に投げ置き、俺はベッドに腰かける。

 この島に来て3時間ほど。ようやく一息つける環境になった。

 時間はもう昼を過ぎていて、夕方からは寮で歓迎会があるとのこと。昼は早速学食や購買で各自確保と言われたが、腹はそこまで減ってないから食わなくても歓迎会位までは持つだろう。

 一息ついた勢いでこのままベッドに身を沈めたくなったが、部屋の中を吹き抜けた風-―ドアも窓も閉まっているこの部屋に吹くはずの無い風に意識を引き戻された。

 

「そっちも疲れたのか――ウィン?」

 

 俺の呼び掛けに答えるかの如く、ベッドのスプリングが更なる加重にギッと軋む。

 

「――こんなに引っ込んでいたのは久しぶりでしたから、少し」

 

 背後から聞こえる涼やかな風のような声音。

 振り返ると緑がかっている髪を揺らし、俺に背を向けてベッドの反対側に腰掛ける少女の姿があった。

 シンプルな白地に軽い装飾の付いたキャミソールに、黒に近い濃緑のミニスカート。若草色のパーカーを羽織り、その上から茶色のローブを羽織っている。

 彼女がウィン……正確には、デュエルモンスターズの精霊《風霊使いウィン》。

 本人曰く精霊も成長はするということで、カードに描かれたウィンより大人びていて、どちらかといえば憑依装着した状態のウィンに近い。パッと見では俺と同年代に見えるだろう。それでも髪色は僅かに暗めで傍らに置かれた杖も細め……と、差はハッキリしてるが。

 なにはともあれ、彼女-―ウィンが俺の最高(最愛)相棒(パートナー)だ。

 

「ユート、なにか良いことがありましたか?」

 

「ああ、数時間ぶりにお前の姿が見れて嬉しいのさ」

 

 背を向けてるくせにこちらの心情を悟ってくるウィン。だが返した言葉は事実であっても、深い意味の無い咄嗟に放った言葉には違いない。

 

「……そういうことではなくてです。やはり、あの遊城十代ですか?」

 

 言葉通りそういうことじゃない、といった口調で先を促してくるウィンが口にした個人の名前は、先程突っ伏していたレッドの茶髪。

 カードの中に引っ込んでいたとはいえ、外のことは視ていたらしい。

 

「やっぱ感じたか。あいつの風はどうも特別みたいだったしな」

 

「私も感じていましたが、ユートが話し掛けたのもそれが理由でしょう?」

 

 そこまでお見通しとは、流石だ。

 

「纏ってる風は澄んでるのに、奥には嵐みたいに暴力的なものまで内包してる……正直視たこと無い風だった。興味深いけど、どんなものを引き寄せてくるのかは未知数だな」

 

 上体をそのまま後ろに倒して、ベッドに寝転がる。

 と、ほぼ同じタイミングで横からもボフッとベッドに倒れ込む音がして、俺の顔のすぐ横に上下逆になったウィンの横顔があった。

 

「真似しないでください」

 

「心がシンクロしてるのは良いことだろ」

 

 翡翠色をした瞳だけが一瞬こっちを見たが、ウィンは顔を背けて反対側を向いてしまう。

 だが、緑の髪から覗く耳が仄かに赤い。

 俺も素面で恥ずかしいことを言ったという自覚はあるが、ウィンのこういう所を見れるのなら安い出費だ。

 

「……よくそんなことを言えますね。馬鹿じゃないんですか」

 

「相手がお前だからな」

 

 べし、と裏拳が降ってきた。

 もちろん力の入ってない、ただ腕を上げて重力に任せて下ろしただけの一発。

 

「痛て」

 

「ユートが悪いんです」

 

 はいはい。とおざなりな返事を返して、腹に力を込めた俺は上体を起き上がらせた。

 それから腕をウィンの頭に伸ばして、その髪の毛をくしゃくしゃ撫でる。もちろん、結ってあるポニーテールが解けないように気をつけながら。

 視線は向けられたが拒否られはしなかったので、しばらく続けてから乱したウィンの髪を梳いて直して立ち上がる。

 

「俺は羽伸ばしに外行くけど、どうする? ここで寝てるか?」

 

「……ついていきます」

 

 不機嫌そうなフリをして見せているウィンだが、軽く釣りあがっている唇の端を誤魔化せていない。

 外に出れることが嬉しいのか、いま頭を撫でてやったのが良かったのか。個人的には後者が嬉しいが、実際のところ俺には確認する術はないためわからない。

 それでもまぁ、ウィンにとっていいことをするのはやぶさかではないので、どちらでも構わないが。

 ウィンを傍らに引き連れ、ドアに手をかけて、そこで思い出した。というよりは、改めて気づいたという方がいいか。

 ここはアカデミアの寮であり、学校内だ。

 つまり、ウィンのような生徒でない者が入れる場所ではなく、それにここは男子寮。見つかればどちらの意味でも騒ぎになる。

 俺たちは顔を見合わせて、

 

「あー、そういや忘れてた」

 

「……霊体になってます」

 

 呟くやいなや、スッと空間に溶けるようにしてその姿を消す――といっても、俺には少し薄くなっただけで見えているのだが。

 正確には、デュエルモンスターズの精霊を認識できる者にしか見えなくなった。

 

「すっかり忘れてたな。ウチじゃ特に問題はなかった訳だし」

 

 本土にある俺の街では実体化して外にいても問題は無かったが、ここではそうもいかない。

 

「行くなら早く行きましょう。遅くなると、歓迎会が始まってしまいます」

 

「ああ、そうだな」

 

 霊体といっても透明なままでこちらの世界に干渉することもできるのはこれまでの経験則でわかっているので、俺はウィンに手のひらを差し向ける。

 そっと触れてくる柔らかくて暖かい感触を優しく捕まえて、俺は改めてドアを開けた。

 




見てくれた人が予想以上に居て、少し予想外でした。
お気に入り登録、評価を入れてくださった方、ありがとうございます。

ウィンちゃん、素直デレ的なキャラを目指したつもりだったのにどうしてこうなった……。


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TURN-2


デュエル中の表記を増やしました。
ターン終了時にターンプレイヤーだった方のフィールド状況を入れて、わかりやすくしたつもりです。
モンスターの見方は
モンスター名・表示形式(A=攻撃表示 D=守備表示)攻撃力
です。
例)テストデュエルの主人公の最後のフィールド

遊斗
LP3500
手札1枚

憑依装着-ウィンA4250(団結の力)
ドラゴンフライA1400
風霊使いウィンA500(リビングデッドの呼び声)
伏せ0

こんな感じですね。
こうした方がいい等の意見があれば、検討次第採用したいと思います。




 

 部屋を出た俺たちは、何処へあてもなく校舎周りをブラついていた。

 尤も、何処に何があるのか判ってないから、それも当たり前か。

 一応、それを把握しておくために寮を出たんだが。

 林道を抜けると、そこは校舎の正面。

 タイルが正面玄関へと続いていて、タイルを辿った先にある校舎は中央にある大きな円柱を中心に複数の円柱を組み合わせたような校舎本館を、四隅に配された石柱(オベリスク)に囲まれている。

 火山島に建てられた校舎はその火山を背にしていて、巨大な校舎よりも更に大きな火山が一体となって異様な迫力を醸しだしていた。

 

「やっぱデカイな、校舎の中移動するだけでも一苦労だったから予想はついてたけどな」

 

「正直、私達の(さが)には合ってないように思います」

 

「それ言ったら、学校ってもの自体が合ってないよ。俺もお前も、規則とかで縛られるのは嫌いだろ」

 

 とある事情――主に俺の事情だが、それで俺はこのアカデミアに居る。

 ウィンはウィンで精霊界――デュエルモンスターズのカードたちの世界――から出てこっちの世界に常駐してる理由があるが、それでもこんな場所にまでついて来てくれたことには感謝してる。

 

「まぁ、なんだ、悪いな。これから3年は付き合わせることになる」

 

「いえ、私も好きでやってますから」

 

 そんな風に言ってもらえると、俺も気が楽だ。

 校舎に向けていた視線を横のウィンに向けると、丁度こっちに目を向けていたウィンと目が合った。

 澄んだ翡翠色の光を満たした宝石のような瞳。

 ああ――いつ見ても綺麗だ。

 こうして見ることが出来るのが嬉しい。多分いまの俺は笑っているだろう。

 俺の様子に気付いたのか、呆れたようなウィンにはそっぽを向かれた。

 

「ん、もうちょっと見せてくれてもいいだろ」

 

 少し我侭を口走ったら、体ごと背かれて背中を向けられてしまった。

 

「嫌です。それに誰か来ますよ。こんな場所で、何もないところに目を向けてニヤニヤしてる不審者認定されても私は知りません」

 

 あー……そういや外だったな、ここ。

 惜しいが入学早々に不審者認定されるのは勘弁願いたい。

 それでも誰かが近づいてきたことに気付いたのは、流石ウィンだな。

 

「了解。なら、また今度にしとく」

 

「今度も何も無いですが」

 

 繋いだ手に力を込められる、というか爪を立てられた。

 地味に痛いが、流石にちょっとやりすぎたかもしれない。反省反省。

 

「そんな風に浮ついてるから不安なんですよ。――方角は南、まっすぐこっちに向かってます」

 

「わかった。ったく、ちょっと位信用してくれたっていいだろうに」

 

 そういうところ意外は信用してます――そう言ってくれたウィンの気配が薄れていく。

 同時に俺の手のひらにあった温もりが消えて、ウィンはその身を完全にカードに納めた。

 別に戻る必要は無かっただろうに、どうして戻ったのか。

 気になって俺がデッキケースに視線を落とすよりも先に、ウィンの示した方角から2人走ってきた。

 あの海産物(クラゲ)茶髪は……遊城十代? 一緒に居る身長の低い水色髪は知らないな。

 

「あれ? ――お前は確か、遊斗だっけ?」

 

 オシリス・レッドの制服に身を包んだ遊城十代は俺の前で止まる。ほとんどタイミングを置かず、その背中に水色が突っ込んだ。

 

「おわぁっ、気をつけろよな翔」

 

「突然止まるアニキが悪いッスよ~」

 

「なにやってるんだ……」

 

 目の前でコントを繰り広げられても正直困るだけなんだが。

 それに、このままじゃ話が進まない。

 

「なぁ。それで遊城、どうした」

 

「俺のことは十代でいいぜ。俺も遊斗って呼ばせてもらうからな! っと、そんなことはどっちでもいいんだ。いま暇か!?」

 

「お、おう。暇だけど?」

 

 クワッ、と目をキラめかせて顔を近づけてくる遊城……いや、十代。

 ちょ、そういう趣味は無いからこっち寄って来るな!

 仰け反りながらも俺が一歩下がると一歩近づいてくる、ってだから近い! ウィンなら嬉しいけど男とかぜんぜん嬉しくない!

 

「っし、ならデュエルだ!」

 

「っ――わかったわかった。デュエルは受けるから早く離れろ!」

 

 よっしゃ! と声を上げた十代は早速デュエルディスクを構え、腰のケースからデッキを出した。――可動域的に無理をした俺の腰が若干の悲鳴を上げてるのもお構いなしに。

 

「ったく、突然なんだよ」

 

「折角デュエルの学校に来たってのに相手が見つからなくて困ってたんだ。それにさっき言ったろ? “今度デュエルしようぜ”って。こんな早くチャンスが来るなんてラッキー!」

 

 さっきって1時間も経ってねぇぞこのデュエル馬鹿。

 心の中だけでそうつぶやいて俺もデッキを出す、が。

 そういえばディスクを持ってきてない。散歩のつもりだったのにまさかこんな展開でデュエルに発展するなんて考えても無かったからしょうがないか。

 

「悪い、俺いまディスク持ってないんだけど……」

 

「じゃあ、僕のを貸してあげるよ」

 

 十代についてきた水色が腕からディスクを外して投げ渡してくれたので、有り難く受け取っておく。

 

「お、サンクス。えっと……」

 

「僕は丸藤翔。翔で良いよ。アニキもデュエルおあずけなんて可哀想だし」

 

「――アニキ? 兄弟なのか?」

 

 兄弟にしては顔つきも体格も似てない。

 

「ああ、うん。本当のお兄さんも居るんだけど、本当の兄弟ってわけじゃなくて舎弟っていうか、十代くんは心のアニキっていうか」

 

 俺はそういうことか、と納得しながらデュエルディスクを展開させる。

 当人がそう思ってそう呼んでるならそれで良いだろうし、困るわけでもない。

 

「悪いな翔! さぁ、いくぜ!」

 

 ディスクはデザインが違えど基本の規格は同じだ。

 いつも俺が使っているディスクは専用の一点ものとはいえ、そこに変わりは無い。

 そうでなければKC社のシステムは使えず、ソリッドビジョンはおろか対戦すらできない。

 借りた着け心地に違和感のあるデュエルディスクを展開。

 それぞれ五ヶ所の長方形の窪みとスリットを持つブレードのような部分が伸張し、基部の赤いクリスタルに光が灯る。

 シャッフルしたデッキをディスクに収め、五枚のカードを抜き取った。

 

「「――デュエル!!」」

 

 俺のディスクに表示されたのは後攻の表示。

 つまり、先行は十代。

 生憎と俺は試験のとき、自分の番が終わり次第帰ったおかげで十代のデッキを知らない。

 対応もなにもカードはデッキしか持っていない今は調整すらも出来ないが、情報ってものはかなり大きいアドバンテージだ。それを逃しているのは痛いな。

 

「へへっ、先攻は貰ったぜ。俺のターンドロー! 俺は手札から《E・HERO(エレメンタルヒーロー)エアーマン》を召喚!」

 

 《E・HEROエアーマン》

 星4 風属性 戦士族 ATK1800/DEF300

 このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●このカード以外の自分フィールド上の「HERO」と名のついたモンスターの数まで、フィールド上の魔法・罠カードを選んで破壊できる。

 ●デッキから「HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 

 十代の場に現れたのは一対のファンを翼のように背負い、風を纏ったHERO。

 ならば恐らく、デッキはE・HERO。多彩な融合モンスターや多数の専用サポートカードで様々な戦術を取れるカテゴリだ。

 

「エアーマンの特殊効果を発動! 召喚に成功したとき、デッキから《HERO》と名のついたモンスター1体を手札に加える! 俺が選ぶのは《E・HEROバーストレディ》!」

 

 《E・HEROバーストレディ》

 星3 炎属性 戦士族 ATK1200/DEF800

 通常モンスター

 

 そしてエアーマンはHEROのイグニッションキー的存在。

 HEROをサーチする効果はエンジン(デッキ)を回し始める起点となり、下級としては単体でのステータスも高い優秀なカードだ。その強力な効果故にE・HERO唯一の制限カードに指定されている。

 そして通常モンスターを手札に持ってきた、ということは早速来るか。

 

「さらに手札から魔法カード《融合》を発動!」

 

 《融合》

 通常魔法

 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。

 

「手札のE・HERO2枚、バーストレディとフェザーマンを融合! 来い! マイフェイバリットカード《E・HEROフレイム・ウィングマン》!」

 

 《E・HEROフレイム・ウィングマン》

 融合

 星6 風属性 戦士族 ATK2100/DEF1200

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」

 このカードは融合召喚でしか融合デッキから特殊召喚できない。

 このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 緑の体躯に左側だけの白い翼。右腕は紅く、その手首から先は龍の(アギト)

 その効果は相手の攻撃表示モンスターを戦闘破壊した場合、ダイレクトアタックと同じダメージを叩き出す。

 まぁ、正直なところ、HEROっていうより魔人に見えるけどな。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 十代

 LP4000

 手札2

 場

 エアーマンA1800

 フレイム・ウィングマンA2100

 伏せ1

 

 ったく、1ターン目から頑張りすぎだろ。

 制限カードが初手にあるといい、融合と素材の片方も握ってるなんてどうかしてる。

 俺の手札は悪くは無いが、この形勢をひっくり返せるほどの札じゃない。

 俺のデッキは元々高打点を連打できる構成のデッキじゃないし、地道にアドバンテージを稼いでいくスタイルだ。程度を超えた力押しは大の苦手とも言える。

 

「飛ばしすぎじゃないのか? 俺のターン、ドロー」

 

 ドローカードは《ドラゴンフライ》。

 よし、これなら次のターンは効果除去されない限り耐えられる筈だ。

 

「俺はドラゴンフライを守備表示で召喚。さらにカードを2枚セットしてターンエンド」

 

 俺の場にかなりゴツいトンボが現れ、羽と足を畳んで防御姿勢を取る。

 十代と比べるとかなり地味な動きになってしまったが仕方が無い。

 ドラゴンフライのリクルート効果に頑張ってもらう。

 

 遊斗

 LP4000

 手札3

 場

 ドラゴンフライD900

 伏せ2

 

「あんま動かないんだな」

 

「お前が動きすぎなんだよ。どんな手札してんだか」

 

「信じればデッキは応えてくれるんだ。いくぜ俺のターン、ドロー! バトルだ!」

 

 勢いよくデッキトップを引き抜いた十代は、そのままHEROに攻撃を命じる。

 

「エアーマンでドラゴンフライを攻撃! エア・インパルス!」

 

 飛び上がったエアーマンが巻き起こした突風が技名通り衝撃となり、直撃された防御姿勢のドラゴンフライが粉々に砕け散る。だがドラゴンフライが身を挺して壁になってくれたため、俺への戦闘ダメージは無い。

 そして効果により、砕けたドラゴンフライのポリゴン片が新たなモンスターを形成する。

 

「ドラゴンフライの効果発動! このカードが戦闘破壊された場合、デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。俺は《九蛇孔雀》を特殊召喚!」

 

 《九蛇孔雀》

 星3 風属性 鳥獣族 ATK1200/DEF900

 フィールド上のこのカードが生け贄に捧げられ墓地へ送られた場合、自分のデッキ・墓地から「九蛇孔雀」以外のレベル4以下の風属性モンスター1体を選んで手札に加える事ができる。

「九蛇孔雀」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

「それじゃフレイム・ウィングマンは止められない! フレイム・ウィングマンで攻撃、フレイム・シュート!」

 

「だが止める。リバースカードオープン《ゴッドバードアタック》!」

 

 《ゴッドバードアタック》

 通常罠

 自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げ、フィールド上のカード2枚を選択して発動できる。

 選択したカードを破壊する。

 

「俺は九蛇孔雀を生け贄に捧げ、フレイム・ウィングマンとセットカードを破壊する。神風特攻(ゴッドバードアタック)!」

 

「なんだって!?」

 

 ひと啼きした九蛇孔雀がフレイム・シュートの焔弾に飛び込み、その身体を燃え上がらせながらも焔を切り裂いて無力化する。

 そしてそのまま自身が燃え尽きるよりも疾く、火の鳥となり焔を纏った身がフレイム・ウィングマンの胸を貫き、セットカードを燃え上がらせた。そしてそこまでで九蛇孔雀は燃え尽き、光の破片になって消えていく。

 

「フレイム・ウィングマン!?」

 

「さらに生贄に捧げられた九蛇孔雀の効果発動。このカードが生贄に捧げられ墓地へ送られた場合、デッキまたは墓地から九蛇孔雀以外のレベル4以下風属性モンスターを手札に加えることができる。俺はデッキから《ハーピィ・ダンサー》を手札に加える」

 

 《ハーピィ・ダンサー》

 星4 風属性 鳥獣族 ATK1200/DEF1000

 自分のメインフェイズ時、

 自分フィールド上の風属性モンスター1体を選択して発動できる。

 選択したモンスターを持ち主の手札に戻し、その後、風属性モンスター1体を召喚できる。

「ハーピィ・ダンサー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 このカードのカード名は、フィールド上・墓地に存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。

 

 残された九蛇孔雀の尾羽の残骸。そこに宿った蛇がカードを俺の手札に加えてくれる。

 サンクス、九蛇孔雀。また頼む。

 

「――くぅ、やるな遊斗。じゃあ、俺は《フレンドッグ》を守備表示で召喚してターンエンドだぜ」

 

 《フレンドッグ》

 星3 地属性 機械族 ATK800/DEF1200

 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、

 自分の墓地から「E・HERO」と名のついたカード1枚と

「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 

 十代

 LP4000

 手札2

 場

 エアーマンA1800

 フレンドッグD1200

 伏せ0

 

 とりあえず厄介なフレイム・ウィングマンは潰した。

 十代の場に伏せカードは無い。いまなら多少の無理も通る筈だ。

 

「俺のターン、ドロー。俺は手札よりフィールド魔法《霧の谷(ミストバレー)の神風》を発動!」

 

 《霧の谷の神風》

 フィールド魔法

 自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスターが手札に戻った場合、自分のデッキからレベル4以下の風属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 デュエルディスクのブレード部分、その前端がスライドして出てきたスペースにカードを収める。

 途端、空気の流れが変わり、フィールドの上空に美しい虹色をした風が流れ始めた。

 いつ見ても、無色透明な空気の流れである風に色が付いてるのは不思議以外の何でもない。

 

「さらに俺は手札からハーピィ・ダンサーを召喚」

 

 風に乗って現れたのは豪奢な金髪を靡かせた妖艶で美しい女性。

 だがその手足は鳥の鍵爪のようで鋭く、腕から純白の翼が生えていることが人間ではないことを主張していた。

 

「ハーピィ・ダンサーの効果発動。1ターンに一度、自分フィールド上の風属性モンスターを手札に戻し、手札の風属性モンスターを召喚できる。俺はハーピィ・ダンサー自身を戻す」

 

 飛び立ったハーピィ・ダンサーがカードに戻って手札に帰ってくる。そして俺は代わりに別のカードを手札から引き抜いた。

 

「そして《憑依装着-ウィン》を召喚!」

 

 フィールドに現れる、ついさっきまで俺の隣に居た少女。

 ちなみに通常召喚なので、貫通効果は持っていない。

 ウィンは場に出るやいなや一瞬ジト目で俺のほうを見てきたが、すぐに視線を相手のモンスターに移した。

 さっさとカードに戻ったことといい、何か機嫌を損ねるようなことしたっけなぁ……。

 個人的にはそっちのほうが重要だが、デュエルをほったらかしたらそれこそウィンに怒られる。

 

「さらに霧の谷の神風の効果発動! フィールドの風属性モンスターが手札に戻った場合、デッキからレベル4以下の風属性モンスターを特殊召喚できる。俺は2枚目の九蛇孔雀を特殊召喚」

 

 上空に流れる虹色の風から1羽の鳥が降りてくる。

 ウィンの隣に舞い降りた尾羽に9匹の蛇を宿した孔雀。

 場所代われ――じゃなくて、

 

「バトル! ウィンでエアーマンを攻撃、風霊術-『乱風(らんぷう)』!」

 

 ウィンが杖を一振りすると、それだけで乱れ狂った風がエアーマンに押し寄せる。

 エアーマンも風のHEROとして巻き起こした風で対抗するが、若干の拮抗も虚しく荒れた風に呑まれて吹き飛ばされた。

 

「くっ、エアーマン!」

 

 十代LP4000→3950

 

 ウィンの攻撃力1850は以外と使いやすい。

 エアーマンにしても差はたった50ポイントだが、それだけで戦闘破壊できるモンスターはかなり増えるからな。

 フレンドッグはなるべく戦闘破壊したくないし、九蛇孔雀の攻撃力とフレンドッグの守備力は同じ。攻撃する意味は無い。やるなら一気に決められる札が揃った時だ。

 

「俺はそのままターンエンド」

 

 遊斗

 LP4000

 手札3枚

 場

 憑依装着ウィンA1850

 九蛇孔雀A1200

 伏せ1

 

「俺のターンドロー! へへっ、俺は手札から《強欲な壺》を発動!」

 

 《強欲な壺》

 通常魔法

 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 

 単純すぎる効果テキスト。

 だが故に最強とも言える手札補強。

 2枚から4枚まで手札を増やした十代はその顔に笑みを浮かべていた。

 

「俺は魔法カード《E-エマージェンシーコール》を発動!」

 

 《E-エマージェンシーコール》

 通常魔法

 自分のデッキから「E・HERO」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 

「俺は《E・HEROクレイマン》を手札に加えるぜ!」

 

 《E・HEROクレイマン》

 星4 地属性 戦士族 ATK800/DEF2000

 

 緊急要請を受けたクレイマンが十代の手札に加わる。

 E・HERO専用の増援。九蛇孔雀を使っていて思うが、サーチカードの類は純粋に強い。

 

「そしてそのままE・HEROクレイマンを守備表示で召喚!」

 

 十代の目の前に現れる、腕をクロスした防御体勢を取った土の戦士。

 

「さらにカードを2枚セットしてターンエンドだぜ!」

 

 十代

 手札1

 場

 フレンドッグD1200

 クレイマンD2000

 伏せ2

 

 一気に仕掛けてくると思ったんだが……防御を固めてきたか。

 セットカードは2枚。HEROサポートか、汎用か。

 どっちにしても、判断は俺のドローの後だ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 ドローカードは……ふはっ、お前が来るのか。

 

「俺はハーピィ・ダンサーを召喚、そして効果を発動。ダンサー自身を戻して手札から《風霊使いウィン》を召喚!」

 

 ドローカード。それはウィン。

 ステータスは心許ないし効果も現状では使えない。だが、これで貫通効果を持った憑依装着を出せる。

 

「さらに神風の効果、デッキからドラゴンフライを特殊召喚」

 

 これで俺の場にはウィンが2人、九蛇孔雀とドラゴンフライが1枚づつ。

 

「俺はウィン2枚を墓地に送り、デッキから憑依装着-ウィンを特殊召喚。もう一度来てくれ、ウィン!」

 

 2人のウィンが風に包まれ、その中からさっきまでよりも強い風を纏った憑依装着ウィンが現れる。

 場の2枚を代償に出すモンスターとしては効果も貫通だけで攻撃力も通常召喚時と変わらない。正直アドバンテージ的には損だ。だが、俺のデッキはこのカード――ウィンを出し、活かすためだけにある。

 

「さらに手札から《団結の力》をウィンに装備」

 

 不思議な力場で繋がる俺の場の3体。

 その力場はウィンに比類無き力を与える。

 

「団結の力の効果によりウィンの攻・守は俺の場のモンスター×800ポイント。つまり2400ポイントアップで攻撃力は4250ポイント」

 

 憑依装着-ウィンATK1850→4250

 

 力強いウィンの背中。

 それが見えるだけで、俺は限りない勇気を貰える。

 

「4000オーバー!?」

 

「バトル! ウィンでフレンドッグに攻撃、風霊術-『天嵐』!」

 

 ウィンの操る嵐という名の圧倒的な風の暴力は機械で出来た犬を飲み込み、まるでミキサーに掛けたかの如く粉々に粉砕した。

 そしてその一撃は守備表示だったフレンドッグでは止まらず、その後ろに居た十代にまでも牙を剥く。

 

「うぁぁぁぁっ!?」

 

 十代LP3950→900

 

「くっ、でもフレンドッグの効果で墓地の融合を手札に。それとフレイム・ウィングマンを融合デッキに戻すぜ。そしてリバースカードオープン《ヒーロー・シグナル》!」

 

 《ヒーロー・シグナル》

 通常罠

 自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され

 墓地へ送られた時に発動する事ができる。

 自分の手札またはデッキから「E・HERO」という名のついた

 レベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

 

「俺はデッキから《E・HEROスパークマン》を特殊召喚!」

 

 《E・HEROスパークマン》

 星4 光属性 戦士族 ATK1600/DEF1400

 

 虹色の風に投影された、デフォルメされたHマーク。HEROの頭文字。そこで(いかずち)が弾け、雷のHEROが姿を見せる。

 HEROサポートの召喚系罠だったのか……俺の伏せは《風霊術-「雅」》。

 

 《風霊術-「雅」》

 通常罠

 自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体を生け贄に捧げ、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。

 選択した相手のカードを持ち主のデッキの一番下に戻す。

 

 残ったクレイマンをデッキボトムに戻してダイレクトアタックするつもりだったんだが、これじゃ無理だ。

 さっき笑ったのはこういうことか。このターンで決めきれないのは厳しい。フレンドッグの効果も使わせちまったし。

 リクルーターのドラゴンフライを残しておいたのが不幸中の幸いか。攻撃力がアテで残しておいたんだが。

 

「チッ、駄目か……俺はカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 遊斗

 LP4000

 手札1

 場

 ウィン(団結の力)A4250

 ドラゴンフライA1400

 九蛇孔雀A1200

 伏せ1

 

「うぉぉ、危ねぇな。でも、HEROは負けないぜ! 俺のターン! ドロー!」

 

 このデュエル、このターン次第で全て決まる。

 俺はこのモンスターたちと2枚の伏せで耐えられるかどうか。十代はこの布陣を突破できるか。

 

「俺はカードを1枚セットして手札から魔法発動! 《天よりの宝札》!」

 

 《天よりの宝札》

 通常魔法

 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードを引く。

 

 このタイミングでそんなカードを引きやがるか!

 俺と十代、互いに手札が6枚になるように――十代は6枚、俺は5枚引く。

 

「よし、俺は装備魔法《クレイラップ》をクレイマンに装備」

 

 《クレイラップ》

 装備魔法

 このカードは「E・HERO クレイマン」のみ装備可能。

 装備されたこのカードが墓地に送られた時、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を墓地に送る。

 

 クレイマンが上から掛かった透明な膜に包まれていく。

 見ている感じ、そのまんまキッチンにあるラップだ。

 

「そしていまセットした魔法カード、融合を発動! 場のクレイマンとスパークマンを融合して――現れろ! 《E・HEROサンダー・ジャイアント》!」

 

 《E・HEROサンダー・ジャイアント》

 星6 光属性 戦士族 ATK2400/DEF1500

「E・HERO スパークマン」+「E・HERO クレイマン」

 このモンスターは融合召喚でしか融合デッキから特殊召喚できない。

 自分の手札を1枚捨てる事で、フィールド上に表側表示で存在する元々の攻撃力がこのカードの攻撃力よりも低いモンスター1体を選択して破壊する。

 この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

 

 交わることの無い土と雷。だがそのHEROであるクレイマンとスパークマンが溶け、混ざり合い、雷の巨人が姿を見せる。

 俺の場のモンスターは全てその破壊効果の効果圏内だ。

 そしてこの召喚に続く一連の流れは終わってない。

 

「そして装備されていたクレイラップが墓地に送られたことで効果が発動。相手フィールドの魔法・罠を1枚墓地に送るぜ。俺が選ぶのはもちろん団結の力!」

 

 ウィンに集まっていた力場が消失して、ウィンの纏う風も勢いを弱める。

 正直不味い。この状況だと超攻撃力のウィンだけが頼りだった。

 

 ウィンATK4250→1850

 

「チッ、だがサンダー・ジャイアントの効果は使わせない。リバースカードオープン、風霊術-「雅」! 俺の場の九蛇孔雀を生け贄に捧げ、サンダー・ジャイアントをデッキに戻す!」

 

 ウィンが術を唱え、九蛇孔雀の身を風に変える。

 風と化した九蛇孔雀がサンダー・ジャイアントに飛び込んでいき、風に巻き込むことでフィールドから共に消えようとする。が、

 

「させるか! 手札から速攻魔法発動! 《融合解除》!」

 

 《融合解除》

 速攻魔法

 フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。

 さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、

 その一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

 そんなカードまで引いてたのか……。

 風となった九蛇孔雀の特攻は、サンダー・ジャイアントが融合素材であるスパークマンとクレイマンに分裂することで不発に終わった。

 だが風として吹き去っていった九蛇孔雀の効果は生きている。俺は2枚目の風霊使いウィンを手札に加えた。

 

「そう何度も思い通りにはさせないぜ。さらに《ミラクル・フュージョン》発動! 墓地のフェザーマンとバーストレディを除外して、再び現れろ! E・HEROフレイム・ウィングマン!」

 

 再び十代の場に現れた魔人のようなHERO。

 これで十代の場にモンスターは3体。

 これ以上何も無ければ、まだこのターン耐えられる。そして神風があればもう一度展開し直すことも可能だ。十代のおかげで手札は潤ってるからな。

 

「よし、バトルだ! スパークマンでドラゴンフライを攻撃、スパークフラッシュ!」

 

 スパークマンの放った電撃がドラゴンフライを襲う。

 大きな電気は熱さえ伴う。電撃で焼き尽くされたドラゴンフライが砕け、その余波の熱波が俺のLPを削っていった。

 

 遊斗LP4000→3800

 

 そういえばダメージを食らっていなかったと今更ながらに思う。

 だがいくらライフで差をつけていようと、フィールドのアドバンテージは完全に持っていかれてる。

 

「ドラゴンフライの効果。俺はデッキからハーピィ・ダンサーを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 ハーピィ・ダンサーの攻撃力は1000。これで攻撃力800のクレイマンの攻撃は止めた。

 

「これで決める! フレイム・ウィングマンで憑依装着-ウィンを攻撃!!」

 

「だが、まだライフは残る!」

 

 フレイム・ウィングマンの破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果、それはダイレクトアタックを通す事とダメージ的には同じだ。

 つまり、俺のライフは1700残る――

 

「それはどうかな。俺は手札から速攻魔法《決闘融合-バトル・フュージョン》を発動! フレイム・ウィングマンの攻撃力に憑依装着-ウィンの攻撃力を上乗せする!」

 

 《決闘融合-バトル・フュージョン》

 速攻魔法

 自分フィールド上に存在する融合モンスターが戦闘を行う場合、そのダメージステップ時に発動する事ができる。

 その自分のモンスターの攻撃力は、ダメージステップ終了時まで戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

 

 ――筈だった。

 

 フレイム・ウィングマンの右腕の顎に溜め込まれた焔弾の激しさが格段に増す。

 

 フレイム・ウィングマンATK2100→3950

 

「いっけぇ、フレイム・ウィングマン! フレイム・シュート!!」

 

 獄焔の焔弾が虹色の風をも吹き払いながら、ウィンに向かって放たれる。

 それを俺に止める術は無く、ウィンの張った風の防壁はいとも容易く食い破られた。

 

「――ごめん、ウィン。勝てなかった」

 

 俺の口から漏れた呟きは、いまにも焔に飲まれそうになっている状況で「仕方ないですね」とでも言っていそうな表情を見せたウィンに届いていたと信じたい。

 

 LP3800→0

 

 デュエルの終了でソリッドビジョンが消えていく。

 構えを解いた俺に向かって十代がピッと指を向けてポーズを取った。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 楽しい、か。

 確かにこんなデュエルは久々だった。

 これは、アカデミアでの楽しみができたかな。

 

「俺もだ。サンクス、十代。でも、次は勝つ」

 

 ――当面の目標は目の前のデュエル馬鹿に勝つことになりそうだ。





おかしい、もっとウィンちゃん書きたかったのに。

ということでガッチャさんとデュエッ!な話でした。

ラストはウィンちゃんとフレイム・ウィングマンにしようと最初から決めてた。
お互いのフェイバリットカードでね。
でもやっぱりステータスの差を埋める手段もっと増やさないとウィンちゃん今後辛いな……。

しかし十代、奴にはどんな引きをさせても違和感が無いから困る。

では、ありがとうございました。


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TURN-3

 

 デュエルの後、少し話をしていると十代達とイエロー寮に帰る俺の行く方向は反対方向だということで、十代は翔を連れて走り去っていった。

 ……去り際に「またデュエルしようぜ!」と言っていくあたり、十代は筋金入りのデュエル馬鹿なんだと再確認。

 いや、俺としてもこのまま負けっぱなしっていうのは決闘者(デュエリスト)としていい気分じゃないからそのうちリベンジはさせてもらうが。

 翔に借りていたデュエルディスクを返す時に抜いた俺のデッキは、まだデッキケースに入れず手に持っている。

 理由は――言うまでも無くウィンが出てこないからだ。

 自由なのが好きというか規則とかで縛られるのが嫌いなウィンは、デュエル等の理由が無い限りはカードには戻らない。

 カードからはウィンの気配が感じられるから、精霊界に戻ったわけでもないのに。

 一応周囲に人の気配が無いことを確認して、声を掛ける。

 

「ウィン、どうした?」

 

 デュエルに負けたから出てこない……なんて理由だったら、デュエル前に戻ったことに説明が付かないし。

 

「おーい?」

 

 裏返して、カードの表面を上に向けたデッキトップにある《憑依装着-ウィン》のカードに触れてみても反応は無――あ、反応した。

 

「……遊城十代は離れましたか」

 

 まんまカードから抜け出てきたかのような小さな姿で上半身だけ出てきたかと思えば、すぐにいつもの等身大へと戻って辺りを見回すウィン。

 

「あぁ、少し前に走ってったけど……なんか気になるのか?」

 

 初めて会ったときと変わらず、あいつの風は不思議な風で変わりなかった。

 俺は十代に対して、特に違和感は感じていない。

 

「彼は――彼のデッキにも精霊が居ます。当人からも微弱とはいえ精霊の力を感じました」

 

「ん? ってことは、あいつ俺らのお仲間か?」

 

 とはいえ、俺にそんな気配は感じられなかったが……。

 

「まだ自覚がないんだと思います。あと、ユートの精霊に対する感覚は頼りにならないです」

 

「まーな。一応は気にしてるんだから言うなよ」

 

 確かに俺は、ウィンという精霊の存在を霊体でも知覚できるし触れることもできる。

 普通、そういう能力のある人間は他の精霊もはっきりと知覚できるみたいなんだが、俺の場合はちょっと話が違う。

 俺はどうにも、こっちの世界では《風属性》以外はあまり感じることが出来ない。

 むしろ特化してるというべきかもしれないが……一応、デュエルのフィールドに出ていたり、いわゆる活動的(アクティブ)な状態なら他の属性も認識できる。が、ただ傍にいるだけとか、姿を隠そうとしているとか、そういう状態だと俺は精霊を知覚できない。

 別に風以外の精霊が見えないからどうこうというわけでもないから、特に不便には感じていないけどな。

 ただその代わり、俺は雰囲気や個人の性格とかを風として感じることができた。この超能力じみた能力は便利だから結構利用してる。

 ――閑話休題(それはともかく)

 つまり、十代は精霊の宿ったカードを持っていて、十代自身にも精霊を知覚できる能力はあるということをウィンは言っている。

 

「わかっているとは思うのですが、私はそういう人間にあまり見られるわけにはいきません。精霊を見れるということは、精霊界(向こうの世界)を認識することが出来てしまう」

 

「ああ、わかってる。ウィンの事情は当の本人以外で俺が一番よく知ってる。――ま、もしお前を連れ戻そうとしたってさせないから安心していい」

 

 その“事情”で現状、ウィンは自分の居場所を精霊界の一部の住人に知られるわけにはいかない。

 だからここ数年、向こうには戻っていなかったはずだ。

 俺の事情ってヤツも、ウィンがこちらに滞在することに限っては重宝している。

 精霊が見えようが見えまいが、俺はまだ高校生。齢もまだ20を数えていない。結局、俺は保護者の庇護下に居るのを拒めない。

 残念というか仕方が無いというか、たった1人の高校生には自分の生活環境さえ自分の力じゃ大方どうにもならない事ばかりということだ。

 俺の事情はどうでも良いが、ウィンの事はそのうち語るときが来るだろう。俺の口からかどうかはわからないが。

 

「守るよ。お前は、俺がな」

 

「私がユートを守る時の方が多そうですけど」

 

「あのな、カッコくらいつけさせてくれよ。男ってのはそういう生き物なんだ」

 

 いつものペースに戻ってそんな軽口を叩きながら、俺達はどちらからともなく再びを手を繋いでいた。

 

「馬鹿な生き物ですね」

 

「馬鹿で結構。もし俺が女だったらお前とイロイロできな――痛って!」

 

 ゴッ、と硬いもの……ウィン愛用の杖で叩かれた。

 ベースは木材とはいえ、魔術的な強化で金属以上の強度を持っている杖の硬さは洒落にはならない。

 鈍く痛む頭を空いているほうの手で押さえながら若干マジな涙目でウィンを見ると、怒っているのか恥ずかしいのか、耳周りを赤くしたウィンがそっぽを向いていた。

 

「訂正します。男性ではなくて、ユートという存在が馬鹿な生き物でした」

 

「ヒッデェ」

 

「いつか襲われる前に、ユートから離れてこちらの世界で暮らせる用意をしておかないといけなさそうですね?」

 

「それ、マジで言ってるなら勘弁してくれ。お前が居なくなったら死ぬ自信がある」

 

「変態なユートが死んでも困らないです」

 

「……ごめん」

 

 少し調子に乗った言葉の代償として、半眼ジト目のわりかし真面目に冷たい視線を向けてくるウィンの手を引きながら、俺はイエロー寮へと戻る足を進めることになった。

 

 

 ◆

 

 

 寮の歓迎会。

 盛大とはいえないまでもパーティの様相を示しているそれを、俺は近くに居た連中と同調してある程度楽しんだところで抜け出して部屋に戻ってきた。

 

「ただいま」

 

「――お帰りなさい。早かったですね」

 

 普通なら帰ってくる筈の無い返事だが、一足先というか歓迎会の前には部屋に戻っていたウィンが迎えてくれる。

 流石に室内ということで、ローブと上着のパーカーは脱いでキャミソールにミニスカートという薄手の格好になったウィンが、好物というか持ち込む位にはお気に入りの紅茶を淹れてひとり寛いでいた。

 

「同級生との交流をゆっくり楽しんできても良かったんですよ?」

 

「ウィンが部屋で独りで居るのに、俺だけ楽しむってのはどうも気が乗らない」

 

 備え付けのテーブルセットのイスに座るウィンの向いに腰掛け、歓迎会の会場からさりげなく持ってきた瓶を机の上に置く。

 

「シャンメリー。クリスマスでもないのに、パーティ的な雰囲気を出すためなのか出されてさ。ちょっと1つ貰ってきた」

 

 あくまで借りてきたワイングラスも2つ机の上に出して、飲むか? とウィンに目で聞いた。

 それにウィンが頷いたのを確認して、俺は瓶の蓋を開ける。そこまで良い物でもないから蓋はコルクじゃない。

 ポンという軽い破裂音を聞き流して、淡い琥珀色の液体をグラスに注いだ。先に入れた方をウィンの方に差し出して、自分の分も入れる。

 

「ありがとうございます」

 

「じゃ、乾杯するか」

 

「何に乾杯ですか?」

 

 何に、か。正直考えてなかった。

 あー、そうだな……。

 

「これからのアカデミア生活に、でどうだ?」

 

「心から思っていないことに乾杯しても……。1つ、ユートも納得してくれそうなものを思いつきました」

 

「なら、それで。俺が考えたのよりは良いのになるだろ」

 

 考えてくれたのなら歓迎だ。

 ウィンのことだから、変なものにはならないだろうし。

 優しく微笑んだウィンがグラスを持ち上げたのに合わせて、俺もグラスを顔の前辺りにまで持ち上げる。

 

「では――これからの私達に、乾杯」

 

 キィン、とグラスの縁を触れ合わせて、少なめに注いだ中身を一気に飲み干した。

 冷たさと炭酸の爽やかさが喉を通り抜けて、グラスを口から離すと同時にほぅと息をつく。

 空になったグラスをテーブルに置くとほぼ同時に同じ動作をしたウィンと目が合って、俺の口から笑いが漏れた。そんな俺にウィンは訝しげに聞いてくる。

 

「なにか可笑しかったですか?」

 

「いや、逆だ逆。良いよ、最高だ。俺達らしい」

 

 ああ、本当に。

 ――自分本位で、縛られるのを嫌って、俺達だけで歩き続ける。

 なんとか笑い声を納めた俺は、言葉を繋げた。

 

「そして多分、それはこれからも変わらない」

 

「ええ、そうですね」

 

 ウィンは先の訝しげな表情も一転、いつも通り感情を大きくは出さない表情ながらもどこか誇らしげに、澄んだ風のような声で語った。

 

「私達は風のように気ままに、流れ続ける。これまでと同じように」

 

「そうだな。でも、良かったよ。これからも一緒に居てくれるみたいで」

 

 俺は悪戯っぽい表情を作って、ウィンに微笑みかける。

 そんな俺にウィンは一度あっけに取られたような呆けたような雰囲気を滲ませて、それからなにか言い辛そうにした後、ハァと息を吐いた。

 ウィンが表情をコロコロ変えるなんて珍しい。良いものを見れたな。

 

「昼にも言った筈です。私がやっていることは全部、私自信が好きでやっていることです。一族を出奔したのも――こうしてユートと一緒に居ることも」

 

 最近良く見る、というか俺が誘発させる恥ずかしそうな素振りを見せたウィンだったが、それはすぐにどこかに消えてしまった。

 その代わり、ウィンの宝石のように綺麗な翡翠色の瞳が俺の瞳を射抜いて、俺もその瞳から目を逸らせない。

 

「……私もユートも、本当は寂しがり屋なのに自分から出て行くような真似をしています。そんな矛盾。でも、だから。お互い同じような性質だから、いまこうして一緒に居るんでしょう。お互い必要なものを補うように」

 

 テーブルの向こうから伸びてきたウィンの手が、グラスを握ったままだった俺の手を取った。

 体温の差で少し冷たい、女の子特有の柔らかくて線の細い手。

 

「――今の私には貴方が必要です、ユート。私を独りにしないでくれますか」

 

 それは願うような声音。そして翡翠色の瞳は、ブレずにジッと俺を見つめてくれていた。

 

「ああ、もちろん」

 

 俺は即答で返して、ウィンの手を握り返す。

 好きな女に必要とされて断る男が、この世界のどこに居るのか。

 そして残念ながら、ウィンの言う通り俺は寂しがり屋なんだろう。いまこうして握っている手を離してしまうのが嫌だ。

 ただ単に触れていないというだけのはずなのに、その程度のことに不安を覚えてしまう。

 そこにはもちろん、俺からウィンへの好意という感情の影響もあるだろう。だが、もっと深いところで俺は1人になるのを忌避していた。

 独りになるのが怖いんじゃない。他者の温もりを失うのが嫌なんだと思う。

 繋いだ手の指と指を絡ませて、キュッと壊れ物を扱うように力を入れた。

 

「むしろ嫌だって言っても離さない」

 

「嫌ではないので、何も問題は無いです」

 

 初恋を体験してる初心な少年でもないのに、自分の中に響き渡るくらい早鐘を打つ心臓を感じて、やっぱり俺は目の前の少女のことが好きなんだと再確認する。

 顔を見合わせて笑いあう。その程度のことで幸せを感じられるのは幸福なんだろう。ただ、何か物足りないと感じてしまう自分もそこには居て。

 不意打ち気味に繋いだままの手を引き寄せると、ウィンの上体はテーブルの上に乗り出すような格好になる。

 自分も身を乗り出し、空いている方の手でウィンの肩を支えると同時に心の中で一言謝りを入れて――俺はウィンの唇を奪った。

 触れる程度の軽いキス。それでもその唇の柔らかさだとか暖かさだとかを感じることができた。

 唇を離して、目を白黒させているウィンがなにか言い出す前にこっちから切り出す。

 

「――これは契約(約束)。これからも俺はお前から離れない。ずっと傍に居る」

 

 酷く近くなった物理的な距離を離さないまま、頬から耳までを赤く染めたウィンを見つめる。

 ややあって、ウィンが若干俯かせていた顔を上げた。

 

「私も――私も、ユートから離れません。これからも傍にいます」

 

 俺としてはもう満足するしかない答えをもらって、もう一度唇を重ねたい衝動に襲われたが流石に抑える。

 その代わり鼻先の触れ合うような距離のままおでこをコツンと触れ合わせると、ウィンが軽く唇を尖らせて愚痴るように呟いた。

 

「ふ、不意打ちは駄目です。心の準備が、できてません」

 

「初めてじゃないのに。こうでもしないと毎度断られる」

 

「仕方ないじゃないですか。恥ずかしいんです、気持ち良いのがいけないんです」

 

 なんだそりゃ、と言う前に人差し指で唇を押さえられて、ウィンの若干潤んだ瞳と目が合う。

 

「だから駄目なんです。流されたら、私、弱いみたいじゃないですか……」

 

 ……どうしてこう、リアクションが一々俺の男の部分をそそるんだろうか。

 何か言おうと思っても唇は指を当てられたままだったので、どうしようかと考えてひとつ答えを導いた。

 ひゃ、と小さく可愛い悲鳴がウィンの口から漏れて、指が離れる。

 恨めしげな視線をもらってしまうが、仕方ないじゃないか。抑えられてたんだから。

 

「指、舐めるなんて……やっぱり変態ですか」

 

「突っついただけだって。しょうがないだろ、抑えられてたんだし」

 

 ちなみに味なんてのは、感じられるほど舐めてないから無理。

 

「俺だって、入学初日で情事起こすほどアレじゃないっての。だからキスだって1回だけにしたし」

 

「何回もするつもりだったんですか」

 

 軽蔑するような視線を向けられても俺は懲りず、1回だけで深いほうが良かった? なんて口にしてみれば、どう想像したのか顔をさらに赤くしたウィンにポカスカとぜんぜん痛くないパンチで殴られて。でも俺は両手が塞がってるからガードすら出来ずに受けて。

 落ち着いてから、今度はウィンに許可を取って1回抱き締めさせて貰って。

 最後は寝るために2人で1つしかないベッドに潜り込んで、またどうしようもないようなやり取りをして、俺達の学園初日は過ぎていった。

 

 

「おやすみ、ウィン」

 

「おやすみなさい、ユート」

 





なんというか、満足は出来たけど疲れた回(笑

さてはて、この週末は青眼ストラクの発売だったわけですが自分はもちろん買いました。増Gとか、蘇生とか、デモチェとか、ブルーアイズ関係無しに美味しい収録でしたし。
ちなみにストラク大会はうっかり行き忘れて参加できませんでした←
でも買ったからにはブルーアイズデッキ組みたいですね。買ったストラク3つ+α程度で組みたいですが……社長じゃない俺に回せるデッキになるのか(爆)
ただ、蒼眼の銀龍は意外と使えるようで。
個人的にはビジュアルもかなり好きです銀龍。

では、ありがとうございました。


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TURN-4

 「ぅ…………」

 

 カーテンの隙間から漏れだす朝日にあてられて、目が覚める。

 起きなくてはいけないという義務感と、あと少し微睡んでいたいという本音がせめぎあって、朝食の準備もあるから起きようという結論にたどり着く。

 ……朝飯を抜いて辛いのは自分だからな。

 別に食堂に行って朝食を食べてもいいんだが、どうにも習慣というものはしていないと落ち着かない。

 固まった体をほぐしつつ隣を見てみると、ウィンはまだ穏やかな寝息を立てていた。

 寝汗で多少張り付いている前髪を払ってやって、起こさないように注意しながら俺はベッドから抜け出す。

 まずは顔を洗ったりして身だしなみを整えてから、昨日購買で買っておいた食パンをキッチンに置いてあったトースターに突っ込んで、昨日ウィンも飲んでいた紅茶をトーストの雑さとは正反対に手順を踏んで丁寧に淹れる。

 別に俺の趣味というわけじゃないが、ウィンが紅茶を好んで飲むため、そのウィンのやっていたことを見様見真似で始めたのが始まりだ。

 沸騰させたお湯を、あらかじめ温めておいたティーポットに茶葉を入れてから注ぎ、少し蒸らす。

 その間にトーストが出来上がったので、トースターから皿に移して蒸らし終わるのを待った。

 そして特に時間を測ってはないが、結構続けているが故の感覚で蒸らしを終えた紅茶を、ティーポットからカップへと入れていく。

 美味しい香りが鼻孔を通り抜け、今日も成功したと確認。

 まぁ、成功といってもプロのそれと比べれば格がまるで下だろうけれど。

 そしてその香りに刺激されたのか、ベッドの方で身を起こす気配がした。

 丁度2人分用意したタイミングで振り返ってみれば、緑を基調としたパジャマに身を包んだウィンが眠そうに立っているのが目に入る。

 

「おはよう、ウィン」

 

「……おはようございます、ユート」

 

 朝、というか寝起きに弱いウィンは、そのままフラフラとした足取りでシャワールームに入っていく。

 用があるのは洗面台だろうし、ウィンのことだから出てくるときには寝起きの低速運転から平常運転に切り替わっているだろう。

 俺はその背中に「早くしないと冷めるぞ」とだけ投げかけて、アカデミアから貸し出された統一のPDAに視線を落とす。

 生徒証の代わりであり、授業の連絡等はこれに回ってくるとのことで、変更の連絡が回る場合もあるから朝と夜だけは毎日最低でも目を通しておくようにと言われた。

 学校から支給されているものとはいえ、個別にアドレスは設定されているし、個人間の連絡ツールとしても使えるというのは便利な代物だ。

 寮で分けられてはいても、明確なクラス分けというものが存在していないアカデミアでは、学年ごとに集まる機会でもなければHR的なことは開かれないと聞いている。

 更に授業は選択式で、単位さえ取れば自由に取捨選択できるようになっていた。最も、さしものデュエルアカデミアとはいえ日本の学校である以上法律からは逃れられず、必修は設定されているが。

 どうもこれにはオーナーであるKC社、ひいてはその社長である海馬社長の意向が存分に取り入れられた結果らしい。

『己の(ロード)は己で切り開く』

 その通りの生き方、身の振り方でKC社社長まで上り詰めた彼の言葉には説得力があるが、誰しもがあんな色々と一線を画している訳ではないから少しくらい手心があっても良いとは思うけども。

 まぁ、プロデュエリストなんていうシビアの塊のような世界に飛び込むにはその程度できて貰わねば困るのは自分になるからこその言葉だろう。そう考えれば、あの海馬社長にも思いやりというものはあるのかもしれない。

 まぁ、プロになるつもりは余り無い俺にとっては卒業、それ以降にウィンと2人で落ち着いて生活できる環境を整えられれば、ここから先3年間での目標は達成だ。

 さて、最後以外余計なことを散々考えたが、PDAに新規の連絡は無い。履歴にあるのは、支給されてすぐに届いた不良が無いか確認するための入学祝メールだけだ。

 つまり今日の授業は予定通りに進められるということで、それを確認した俺はPDAをイスの背もたれに掛けてあるイエローの上着に放り込んでおく。

 カチャ、と扉が開き、先ほど入っていったウィンが普段の服装に戻って出てきた。先ほどは眠気からかトロンとしていた瞳も、今はいつも通りに綺麗な翡翠を輝かせている。

 

「朝食の用意ありがとうございます、ユート」

 

「なに、1人も2人も変わらないから気にするな。それにいつものことだろ」

 

 そう、ウィンと生活している間に、基本的に朝食を作るのは俺の仕事というか役割にいつの間にかなっていた。

 別にウィンが料理できないというわけではなく、ただ単に俺がウィンより朝に強いからという理由だ。

 俺たちにとっては毎朝のやりとの後に、向い合わせでテーブルに着く。

 いただきます。と自然に声を合わせてから俺はトーストを、ウィンは紅茶をまず手に取った。

 一口啜ったウィンが僅かに口元を緩ませたということを目ざとく見ていた俺は、それだけで朝の苦労が報われた気分になる。

 所詮はトースト1枚、健全な男子高校生である俺はあっさり平らげてティーカップに手をつける。

 他人から言わせれば少ないらしいが、朝にガッツリ食べるほどの食欲も無い。

 

「今日はどうする? 授業に着いてくるか、それとも好きにしてるか」

 

 紅茶を一口啜った俺は予想していた味とほぼ変わらないことに自己満足しつつ、ウィンに声をかける。

 ウィンはトーストを齧る手を止めて、少し考える素振りを見せたあとで口を開いた。

 

「……今日は、ユートに着いていきます。こちらの高等学校の教育というものも気にはなりますし。ただ、例の遊城十代のように精霊の見える人間を見つけた時は離れていますので」

 

「ん、了解。授業中とか人目のあるトコじゃろくに相手できないけど、悪いな」

 

 昨日、当のウィンに言われた通り、人目のある場所で虚空に向かって喋ったりしていたら、事情を知らない人にとっては幻覚か何か見えているイカれた奴だと思われちまう。

 俺の謝罪に対してウィンはわかっていますと一言返してくれて、食事に戻った。

 正直、一緒に居てくれるだけで俺の精神安定剤――ある意味では乱すが――になってくれるから有り難い。

 準備は俺だが片付けはウィンがかって出てくれている朝食の片づけを済まし、俺たちはイエローの上着を羽織って玄関を出ようとした。

 そこで止まっているのは、部屋のドアに手を掛けたところで反対の手をウィンに引かれたからだ。

 振り向いた俺の頭を、ウィンは手で撫で付ける。

 

「寝癖が残ってます。学校でのユートはウィン()を使うマスターなんですから、身だしなみ位はちゃんと整えてください」

 

「あ、おう、悪いな」

 

 身長差から少しだけ背伸びをしたウィンが手を伸ばす様は見ていてなんかこう微笑ましいが、直してもらっている身なので、大人しく身を屈めてやり易いであろう高さにする。

 暫く俺の髪に触れていたウィンの手が離れて、ひとつ頷いたウィンは実体化を解いて霊体になった。

 行く場所が人目の多い場所なので手を繋ぐわけにもいかず、それに若干の寂しさを覚えながら、俺は半透明で現実味を失ったようなウィンを引き連れ、改めて部屋のドアを開いた。

 

 

 ◆

 

 

 入学の翌日とはいえ早速始まった授業は、環境の変化を気にさえしなければなにか突飛なことがあるわけでもなく、特に変わり映えしないものだった。

 とはいえその授業がカードゲームであるデュエルモンスターズ中心というのは、やはりデュエルアカデミアなんだと実感させられる。

 カードの種類はモンスター・魔法・罠の3種類、各種カードの使い方などといった基本的なルールから一部の有名なカードの効果について、テキストの違いと効果処理の関係……etc。いざ座学として並べてみると意外に多種多様に渡っていた。

 まぁ、無意識に進行してるデュエルも細かい処理の上に成り立っているわけだから、知っていないと困る。

 個人的にはバトルフェイズでの処理が面倒に思うが、まぁ、いま話すことじゃない。決して面倒だからじゃない。

 で、だ。そんな授業の中で昨日十代と一緒に居た……丸藤だったか? あいつがフィールド魔法の詳細について説明しろと指名されて、しどろもどろで終わってしまったり、その流れで十代が先生に喧嘩を売っていたり。十代の場合わざと馬鹿にしようとしてないぶん、タチが悪い。

 というか先生も自分でレッドを貶めにかかって、カウンター受けてるんじゃ自業自得としか思えない。

 そんな感じで十代に喧嘩を売られることになった先生――クロノス・デ・メディチ実技担当最高責任者。

 服装はともかく、正直時代錯誤してるんじゃないかって感じのメイクで、あれじゃ顔面凶器だ。精神ダメージ的な意味の。

 それに加えてなんて表現したらいいかわからない感じの、語尾を無理矢理片言にしたような口調で喋るからその声がちょっと耳に障る。

 言動から察するにレッド寮の生徒を見下していて、教師としてはお世辞にも見本のような先生とは言えない。でも、あの人の周りの風からはそこまで悪いものは感じられるわけではないから、人が悪いわけではなさそうなんだが。

 それはともかく、実力のほどは知らないが、耳に挟んだ情報だとデッキは暗黒の中世デッキ……厨二病みたいなのは気にしないとして、古代の歯車(アンティーク・ギア)というカテゴリを扱うらしい。

 まぁ、どんなデッキであれ実技の最高責任者を任されるレベルでは強いんだろう。古代の歯車の特徴なんて覚えていないから相性は未知数とはいえ、戦ったら苦戦は必須だろうな……とかなんとか考える。

 俺は冴えないイエローの一生徒だし、この時点で目を付けられる問題も起こしていなければ、馬鹿にされるようなことをした覚えもない。

 つまり、大多数と同じく第三者の視点でそのやり取りを見せられているわけだが……正直最高責任者がこんなで大丈夫なのかと入学早々に先行きの不安を感じ始めてしまった。

 初っ端に茶番のようなやり取りを見せられると流石に疲れる。

 

「ん――っ」

 

 最後の授業が終わって早々に伸ばした背骨がポキポキと、数時間も苦痛を強いられた文句だとでも言うように子気味のいい音を鳴らしていた。

 ウィンの気配は結構離れてるな……。

 そしてそれが示している通り、教室には十代の姿がある。

 若干疎ましげに十代の方を見ているとこちらを向いた十代と目が合ってしまって、向こうは手を振りながらこっちに向かってきた。

 しくじった、ウィンと会う時間を先延ばしにされたか。

 

「遊斗! 昨日ぶりだな!」

 

「ああ。――悪いな十代、ちょっと今から予定があるんだ」

 

 俺が話を展開しそうだった十代の出口を止めると、十代はあからさまに残念そうな表情になった。

 

「そっか。わりぃな、引き止めて。あ、でもPDAの連絡先だけ教えてくれないか?」

 

 そうきたか。

 まぁ、1分も掛からないし、有事に人脈は大事だからあって損は無い。

 そのくらいなら。と快く承諾して、とりあえず俺の連絡先を送りつける。本当なら双方向でやったほうがその場で交換できるけれどこっちのほうが手軽だ。あとで返信を貰えればそれでいいだろう。

 

「じゃ、俺は行くな」

 

 急いでる風を装ってそれだけを済ませた俺は、最後にそう告げて十代に背を向ける。

 顔の横に上げた片手をブラブラと振りながら、俺は教室を後にした。

 

 

 ◆

 

 

「どうだった、アカデミア(ここ)は」

 

「まぁ、なんというか、流石デュエルアカデミアかと」

 

 寮への帰路を歩みながら、隣に浮くウィンに声を掛ける。

 校舎を出た時点で戻ってきたウィンは、どうも離れた後で学園内の探索をしていたらしい。

 広い校舎を気の向くままに巡ったようで、見つけた物・事を説明してくれた。

 

「あちらこちらにデュエル場がありますし、屋上というか中央の屋根は開くギミックがあるみたいです」

 

「へぇ、もっと探せばいろいろ出てきそうだな、この学校」

 

 まぁ、下手に探すと変なものまで探し当ててしまいそうで怖いけど。

 

「それよりユート、交友を蔑ろにしてしまってよかったんですか?」

 

「あんまり良くはないだろうけど、まだ入学翌日だ。それにお前のこともあるしな」

 

 連絡先の交換はしたし、会ってまだ2日目の相手だ。こっちも距離を測りかねる。

 それに十代が居るとウィンが離れてなきゃならないから、ウィンに悪い。

 まぁ、そう考えてしまうと十代とは自然に疎遠となりそうだが。

 こんな面倒な事情は早く何とかしたい。

 

「――ま、落ち着くまでの当分はうまく立ち回るさ」

 

 とりあえず落ち着いてからのほうが何かと動きやすいしな。

 中等部からの成り上がり組も居ることだし、落ち着くのにもそう時間は掛からないだろう。

 

 

 ……なにか起きない限りは。

 





今回もデュエル無しの日常パートでした。
もっといちゃいちゃさせたい!(最早病気
ちなみに今日は学校での授業中、机にウィンちゃん描いてたら午前の授業が終わってました←
僕のTwitterID知ってる人は見れます。見たくもないだろうけど。

では、ありがとうございました。


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EXTRATUNE-七夕

二日、というかほぼ三日遅れですが七夕ネタで投稿。

え、遅れた理由?
書き始めたのが7月7日当日の夜7時だったからですね。やった、777ですよ(マテ


 まだ中学の頃の自室で。

 

「七夕とは、なんですか?」

 

 そう呟いて小首を傾げてみせるウィン。可愛い。――じゃなくて。

 

「知らないか? ……っても、精霊界(むこう)人間界(こっち)じゃ文化から違うか」

 

 今日は7月7日。

 日本の世間一般では、七夕と呼ばれる日だ。

 説明するまでもないだろうが、七夕とは織姫と彦星の伝承を元にして作られた行事。

 天の神の娘である織姫とその婿として迎えられた牛飼いである彦星は、結婚して以降遊んでばかりで天の神を怒らせてしまい、離れ離れにさせられてしまう。だがあまりにも悲しむ織姫を見かね、父親でもある天の神は年に一度、7月7日の夜だけ会うことを許した。

 夜空の光景と合わせると二人を別ったのが天の川であり、アルタイルとベガがそれぞれ彦星と織姫に当たる。

 まぁ、月の満ち欠けの関係上7月7日でも天の川が見づらい年もあるが。

 

「――ってのが、一番良く知られている伝承。だからまぁ、7月7日の今日がその日で、七夕って言われてる」

 

 あれこれ端折って簡潔に七夕の解説をした俺は、テーブルの向かいに座るウィンに視線を向ける。

 

「ま、伝承が元の行事は深く考えないほうがいいか。習慣化してることの、そこにある意味は薄いからな」

 

 俺だって7月7日だから七夕で、こういう伝承が元らしいっていうことしか知らない。

 どんな意味があるのか、なんて事は態々考えようとも思わない。

 特に見るわけでもなしに付けっぱなしになっていたテレビのニュースでも、ちょうど七夕祭りのことを報道している。

 

「……それで、2人はどうなったんですか?」

 

 ウィンがテレビのほうに顔を向けたまま、質問を投げかけてきた。

 

「さてね。こうやって俺達が信じてるみたいに毎年、年に1回会ってるのか、もう許されてずっと一緒に居るのか、逆に会えなくなったのか。こっちの伝承なんてほとんど曖昧なんだ。言ったろ、深く考えるだけ無駄だって。あるとすれば、空が曇って天の川が見えないと2人は会えないって話くらいか」

 

 あと七夕といえば……。

 先のニュースは、商店街の七夕祭りの場を写している。

 ――ああ、そういえば一番大切なのを忘れてた。

 俺はイスから立ち上がり、どうしたのかという視線を向けてくるウィンの瞳を見返して言う。

 

「ちょっと、出かけよう」

 

 

 ◆

 

 

 ウィンを連れて出てきたのは、最近は近寄っていなかった最寄の商店街。

 中々大きな商店街で、その通りは俺の予想通り七夕ムードに包まれている。

 ウィンと一緒に居るところを学校の奴に見られると色々厄介だから、という理由であまり近寄らなかったが、こう活気に満ちた場所はいい所だ。

 

「お、あった」

 

 その通りの中央付近まで入っていくと、1本の大きな笹が青々とした葉を風に靡かせて天を指していた。

 それにはまるでクリスマスツリーの装飾のように、縦長の色紙が数多く付けられている。

 

「これは?」

 

「短冊って言って、願い事を書いて飾ると願いが叶うって伝わってるんだ」

 

 背の高い笹を見上げるウィンが投げかけてきた質問に答え、俺は笹の足元に設置してある台から緑色の短冊を2枚抜き取った。

 

「はい、これ」

 

 片方をウィンに渡して、残った1枚は自分で書く。

 あらかじめ決めてあった俺はササッと書いてしまったが、ウィンは書こうとしてやめて、書こうとしてやめてを繰り返して迷っているみたいだった。

 突然話を振った俺も悪かったかな。

 

「そんなに考えなくても大丈夫。元々願掛けみたいなものだし、思った事をそのまま書けば良いよ」

 

 アドバイスのつもりでそう言った俺の目を、翡翠色の瞳でジッと見つめ返してきたウィンに、若干気恥ずかしくなって俺は少し目を逸らす。――と。

 

「出来ました」

 

 早っ、と言いそうになったのを堪えてウィンの手元を見れば、確かに一瞬前までは書かれていなかった文字が短冊に書かれている。

 そんな数秒も惚けては居なかったはずなんだが。

 

「お、おう。じゃ飾るか。上に掛けるほど願いが叶いやすくなるって話だけど……」

 

 見上げてみれば、3メートル近い場所にも何枚か色紙が靡いている。肩車でもしたのか。

 だがそれでも高さ的にはこの笹の半分程度だ。天辺となると6メートル位の高さになる。

 流石に人の力だけでそこに行くのはシビア。組体操の如くピラミッドを組み立てても何段必要になることやら。

 人の目があるから、ウィンの霊術も使えないし。

 

「ま、普通でいいよな。貸して、俺のほうが身長高い」

 

 俺が短冊を受け取ろうと手を差し出すと、ウィンは恥ずかしいのか若干頬を赤らめて短冊を出し渋った。

 

「ズルいです。ユートの書いたのも見せてください」

 

 あぁ、俺だけ両方知ってるっていうのはズルいってことか。

 俺は若干の苦笑いで、自分の短冊をウィンに差し出す。そして代わりにウィンの短冊を受け取る。

 

 ――“ユートとずっと一緒に居られますように”

 

 受け取った緑色の短冊には、そう書いてあった。

 ただそれだけのことに、なんだか嬉しくなってくるのは単純な男の性か。

 さっきより赤みを増した顔のウィンから俺の短冊を受け取り、さて、と思案する。

 普通でいいかと思っていたが、この願いは叶ってもらわないと困る。

 若干無茶があるが――やってやろうじゃないか。俺たち2人のために。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

「え、あの、ユート?」

 

 ウィンの困った声が聞こえてくるが、心の中で謝っておく。

 まずは助走をつけて、普通じゃ登り辛いだろう少し背の高い近場の塀によじ登った。これで3メートル。

 そしてその塀の上から次は、笹に沿うように立っている――実際、支えにしているんだろう――電柱の整備用の取っ手に飛びつく。後はこれを登っていくだけだ。

 下からざわめきが聞こえてくるが、気にしたら手を滑らせかねないのでいまは手元だけに集中する。

 よじ登ってなんとか到達した笹の頂に最後の作業として、邪魔にならないよう口に咥えていた2枚の短冊を上手く片手で括り付けた。

 よし、我ながらいい仕事をした気がする。

 が、それで気を抜いたのがいけなかったのか。

 

「――!」

 

 取っ手に引っ掛けていた足が滑って、俺の身体が傾く。そのせいで完全にバランスを崩した。

 一度崩れたバランスをこんな不安定な場所で取り戻すのは正直無理だ。

 下からの悲鳴を聞いて、クソッと内心で毒づきながら、駄目元で届かないだろう取っ手に手を伸ばす。

 後数センチ、たったそれだけで支えを逃した俺の指先が虚空を掻いた。

 ウィン、ごめん。そう思った瞬間――

 

 ――不意に、風が吹いた。

 

 突風のように巻き起こった風は俺の背を押して、足りなかった数センチを届かせる。

 起死回生のチャンスを逃すまいと生存本能に突き動かされた俺の身体が、確りと鉄製の棒を握る。

 

「――っは」

 

 腕だけでぶら下がる格好になったが、先の状況よりは確実にマシだ。

 大きく息を吐くと、ようやく生きた心地がした。

 初夏の気温は高く暑いはずなのに、背筋は冷や汗で冷たい。

 まずは安全確保だとその片腕を支えに体勢を整えて、なるべく早くに地上に降りる。

 登るときよりは楽な行程で降り終えた俺は、まだ注目の残る中、ウィンを連れて急いで抜け出した。

 

 

 ◆

 

 

「助かったよ」

 

 落ち着ける場所まで移動して、ようやく一息。

 公園のベンチに座って、ウィンに礼を言う。

 最後の風、あれはウィンの術だ。風霊使いであるウィンにとって、あの程度の事は造作も無いだろう。

 ここまでウィンの手を引いてきたが、その間会話は交わしていない。

 というのも、ウィンからはなにやら……怒りの雰囲気が伝わってくるわけで。

 俺としてはどうしようか悩んでいるところでもある。

 

「……ユート」

 

「はい、何でしょうか」

 

 俯いたままで呟くように呼ばれて、つい敬語で返してしまった。

 

「自分が何をしたのか、わかっていますよね」

 

「はい」

 

「なら、私の言いたいこともわかりますよね」

 

「はい」

 

 わかるだろうか、静かな怒りというものの怖さは。

 場合によっては感情を思い切りだしてくるよりも怖い。

 

「今後、ああいう行動は慎んでください。ユートだってまだ死にたくはありませんよね。怪我をしても一番困るのは自分なんですから――」

 

 ……不意に、早口で捲くし立てていたウィンの声が途切れた。

 不思議に思った俺が下から覗き込むようにしてウィンの顔を見てみると、ウィンは――泣いていた。

 そして今度は弱弱しい声で、呟きだす。

 

「ユートが、居なくなってしまうんじゃないかと思いました。またひとりぼっちになっちゃうんじゃないかと思って……とても、怖かったです」

 

 俺はその姿を見て、これ以上無いほどに後悔していた。

 ウィンを泣かせたかったんじゃない。むしろ喜んで欲しかったがためにあんな事をして、結果的に助けられた上に泣かせてしまった。それじゃあ、俺の行動の意味が無い。俺の求めていた結果とは違う。

 

「ごめん。ごめんな……」

 

 そっと、壊れ物を扱うように、線の細いウィンの体を横から抱き締める。

 いま俺ができるのは、自分の浅はかさを後悔しながら、ウィンを安心させてやることくらいだ。

 俺の胸元に身を寄せてきたウィンの頭を、髪を梳くようにしてそっと撫でる。

 

「……今回だけは、許します。次は許しません」

 

 腕のなかで、胸元から顔を離したウィンが囁く。

 

「ありがとう」

 

 俺はそうとだけ返して、もう一度ウィンを抱き込んだ。

 

 ――それからどのくらいそうしていたのか。

 少なくとも、ウィンの瞳から零れた涙が消えるまではそうしていたと思う。

 

 

 ◆

 

 

 家に着いた頃にはもう陽は落ちて、空の黒が夜の訪れを告げていた。

 家を出たのも早い時間とは言えなかったが、かなりの時間抱き合っていたのが主な原因だろう。別に問題は無いが。

 普段も星という名の光源は空を埋め尽くすほどに展開されているが、今日はそのど真ん中に1本、大河のように連なった星が瞬いている。

 

「――天の川」

 

 まずウィンがつい、という風で口に出した。

 星を見ようと屋根の上まで出てきた俺たちを出迎えたのは、正に圧倒されるような光景だった。

 運よく雲ひとつ無い夜空は星々が彩り、その中でなお圧倒的な存在感を放つ天の川。

 俺もここまで綺麗なものは記憶の中では見たことが無い。

 

「織姫と彦星は、出会えているのでしょうか」

 

「これならきっと、今頃俺たちみたいに寄り添ってるんじゃないかな」

 

 腰を下ろし、隣同士で肩を触れ合わせながら、地球を見下ろしているかもしれない。

 そんな幻想を抱きながら、夜空の大河を見つめる。

 真上を見上げて圧倒的なそれに魅入っていると、袖をクイと引かれた。

 

「ユート、私の短冊は憶えていますか?」

 

「もちろん」

 

 ただ一言だけなのに、俺をあそこまで突き動かすものはそう無い。

 思い出すだけで、つい顔に笑みが浮かぶ。

 

「神様に叶えてもらえる。という話でしたが、そんな必要は無いですね」

 

 真意を測りかねた俺がどういうことか、と口にする前にウィンは言葉を繋げた。

 

「私の願いを叶えられるのは、ユート、貴方だけです。だから、私の願いは貴方が叶えてください。貴方の願いは私が叶えますから」

 

 笑顔で、祈るように願うように、告げられる。

 当たり前のように、俺も笑顔で答えた。

 そのときにウィンが見せてくれた表情は、これまでで最高の笑顔だったと思う。

 

「――任せろ」

 

 あの商店街にあった笹の天辺では、その特等席で2枚の短冊がこれと同じ夜空を見上げていることだろう。

 片方は言うまでもなくウィンの

 “ユートとずっと一緒に居られますように”

 という願いの籠められた短冊。

 もう1枚。俺の短冊には

 “ウィンと幸せになれますように”

 と書いてある。

 ウィンの腰元に手を回して抱き寄せながら思う。

 

 ――ウィン、いま君が幸せだと感じていてくれるのなら――ありがとう。今回俺の願いは叶ったよ。

 

 眩いばかりの星空の下で、俺たちの影はいつまでも寄り添っていた。




では、最近ガンダムブレイカーとか、vitaのGRAVITYDAZEとかに手をつけてて、執筆ががが……orzな作者でした。
閲覧、ありがとうございました。


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Valentine day kiss

 突然ながら、男子には誰にでもこんな経験があるだろう。

 

 

 例えば――登校して下駄箱を開けるときに一瞬期待する。

 

 例えば――教室で自分の席に着いてまず、さりげなく机の中を探る。

 

 

 ――そしてその結果、所謂勝ち組と負け組に別れる。

 

 斯く言う俺、天風遊斗もそんな健全な学生生活を送っているワケだが。

 とはいえ最初から諦めの入った期待など、リターンが無いに決まっている。

 普通に登校、下駄箱には何も無し。教室に入り、机の中を漁っても何も無い。

 だよなぁ、と予想通りだったことにある意味安堵しつつ、人気のあるヤツの自慢が耳に入ってきて鬱陶しさを感じる。

 

 

 そんな――――バレンタインデー。

 

 

 元は聖なる日だったはずが、我が母国日本では菓子会社の儲けイベントだ。

 どうしてこうなったと嘆かわしいことではあるんだろうが、なんというかこの国らしいと言ってしまえばそれまでな気がする。

 ……べ、別に義理すらも手に入らなかったことに現実逃避しているわけじゃないしっ。

 それに本命はただ一つ、“彼女”からさえ貰えればそれで俺は満足だ。

 

「つっても、このイベント自体知ってるか怪しいんだよなぁ」

 

 多分、知らない。

 バレンタインデーというイベント自体、日本、そして人間のイベントだ。

 その外にいた存在である彼女が知っているかと考えれば、それは期待できない。七夕を知らなかったという前例もあるし。

 ハァ、とため息ひとつ。

 わかっている。だがわかっていても、この虚しさはどうしようも無かった。

 

 

 ◆

 

 

 ワイワイと俺たち生徒が盛り上がっていたとしても、学校の予定に変更は出ない。

 いつものように作業的な授業を終え、放課後に普段とは違う行動をしだすヤツらを横目にさっさと帰ることにする。

 俺と同じ境遇のクラスメイトと挨拶を交わして、別に今日はただの平日だろうがと現実逃避する連中の横をすり抜け、帰路につく。

 その途中で、なんとなく商店街へと足が向いていた。

 帰るのに使う道から大きくは逸れていないから、特に問題はない。気まぐれだ。

 いざ辿り着いて覗いてみると、やはり食品系の店前には様々な種類のチョコレートが山のように置かれ、色とりどりのポップに飾られていた。

 正直、本命チョコ用として今更買っていくようなヤツは手遅れな気もするが、義理だったりなんだったりでまだ需要はあるんだろう。

 店側からすれば、残ってしまうと大量の在庫を抱えてしまうから売りさばいてしまいたいといったところか。

 いまなら交渉次第で安く手に入れることが出来るかもしれない――が、よりによって今日、そんな風に自分でチョコを買うようなマネをしても虚しいだけだ。こうして考えただけでも結構凹むっていうのに。

 ただいま、と玄関から声を家の中に投げると、リビングに通じるドアが開け放たれた。

 

「お帰りなさい、ユート」

 

 そこから顔を見せたのは魔法使い然とした服装ではなく、年頃の女の子が着ているような私服を纏ったウィンだ。

 

「今日は少し、遅かったですね?」

 

「ああ、ちょっと寄り道してきたからな」

 

 壁に掛けてある時計に目を向けてみると、普段家に着くより30分は遅い。

 

「なぁウィン、母さんは? またどっか行った?」

 

「おばさまなら、昼過ぎにご友人に用があるということで行ってしまいました。日付が変わる前には帰ってくると言っていましたが」

 

 相変わらず、自由人だなぁあの人も。俺も人のことは言えないが。

 といってもやることは全部やってくれるから、感謝こそすれ文句を言う筋合いもないけどな。

 それに……あの人が外出してるうちはウィンと二人きりになれるってワケだし。

 

「了解。じゃ、とりあえず着替えてくるよ」

 

 学生服は着てるだけで堅苦しくて好きじゃない。

 

「わかりました。紅茶を用意しておきます」

 

「お、マジか。ウィンのは美味しいから楽しみだ」

 

 別にバレンタインのチョコが誰からも貰えずとも、こうしてウィンと一緒に居られるだけで幸せだし。とか考えながら着替えた俺がリビングに戻ると、ウィンが既に用意を終えて待っていた。

 こちらには背を向ける位置にいるが、どこかそわそわしているような感じがする。

 

「別に待ってなくても良かったのに」

 

「いえ、その、お茶の前にユートに用があって」

 

 声を掛けたことで俺が来たことに気づいたらしく振り返ったウィン。

 普段なら空気の流れですぐに気づかれるのに。

 どうしたんだろうと疑問に思っていたが、目の前まで来たウィンの顔がほんのり赤らんでいるのに気づいた。

 

「どうした、何かあったか?」

 

「そ、その……おばさまから聞いたのですが……今日はバレンタインという行事なのですよね?」

 

 そう言われ、俺はドキッとした。主に期待で。

 だが同時に、ウィンの顔の赤みが体調不良によるものではないということに安堵した。

 

 

「そ、そうだな」

 

「女性が男性にチョコレートを送って告白したり、そういう、恋愛ごとのイベントだと聞きました」

 

 最近は逆チョコとか友チョコとか、色々幅が増えて特別性が薄れている気もするが、基本的には女性から男性へのイベントということで合っている。

 

「ゆ、ユート、少し、目を瞑ってもらえますか」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 俺は言われた通りに目を瞑る。

 ウィンと同じように風を感知することで周囲の状況を知るということは俺もできるのでウィンがどう動くか知ろうと思えば知れるが、流石に無粋だと思ったためその知覚はカットした。

 何秒かはなにも動きが無くて、少しして俺の手が細くて華奢な指に包まれた。

 若干とはいえ手を引かれて上体が前に傾いたが、そこは倒れ込まない程度に身を任せる。

 

 ――直後、そっと俺の唇に柔らかいものが触れた。

 

 少し驚いた俺が目を開けるより早く、触れている唇から甘いものが流れ込んでくる。

 取り戻した視界はウィンで埋まっていて……ああ、キスされてるんだと再確認した。

 俺は目を開けてしまったが、ウィンは閉じていて、俺が目を開いてしまったことには気づいていない。

 耳の方まで赤く染め、時折熱い吐息を漏らしながらチョコを俺に全て渡そうと唇を重ねてくるウィンにゾクゾクとする。

 

「ん……ふぁ……」

 

 やがて唇が離れ、俺とウィンの間にチョコ交じりな銀の糸が繋がった。

 開いた翡翠色の瞳と視線が合う。

 

「ユート……どう、でしたか……?」

 

 そんなことを聞いてくるウィンが愛おしすぎて、その背に腕を回して抱き寄せた。

 

「もう一回」

 

「っ、ユートっ――!?」

 

 そのまま、今度は俺の方から、唇を重ねる。

 

「や、んっ……お茶、冷めちゃ……んんっ――!」

 

 確かにウィンの淹れてくれた紅茶が冷めてしまうのは勿体無いとは思う。

 だが、今の俺はウィンのことしか頭に無い。

 彼女を俺で埋め尽くしたい。そんな支配欲。

 俺の持てる全てでウィンの口内を蹂躙していく。口の中に残るチョコの甘さの残滓を、上書きして消してしまう程に。

 どの位の時間、そうして唇を重ねていたかわからない。

 俺がある程度満足してウィンを開放した頃には、彼女は若干涙目で非難がましい目線を向けてきていた。

 

「はぁ、はぁ…………最低です、ユート」

 

 だがその少しトゲのある言葉と視線とは裏腹に、ウィンの腕も俺の首にまわされたままだ。

 

「こんな酷いことするなんて最低です。私以外だったら、こんなことをしたらその場で絶縁ものです」

 

「ウィンにならいいんだ」

 

 俺がそう返すと、ウィンは真っ赤な顔を一度横に逸らして、そうしてもう一度向き直った。

 そして僅かに目線をズラしながら囁くような声で言う。

 

「……今日がそういう日だって聞いて、ユートも他の女の人から……その、告白とかされているんじゃないかと想像したら、モヤモヤしてどうしようもなかったんです。だから私も、何かしないとって思って……ユートに必要とされなくなったら私は……」

 

 あー、ヤバイ。ウィンが可愛くて辛い。

 こう恥らいながら首にまわしている腕にギュッと力を込めていたりするのが。

 そんなウィンにだから、俺はこう言う。

 

「――ばーか」

 

「え?」

 

 どうしてそんなことを言われるのかわからない、とわかりやすく顔に書いてあるウィンが首をかしげる。可愛い。

 でも少し考えればわかるだろ。

 

「俺が、お前以外に目移りするワケないだろ。それこそありえない。どのくらいありえないかといえば俺がお前を嫌いになるくらいありえない」

 

 俺はウィンを胸に抱いて、その耳元で告げる。

 

「だからさ――お前はずっと俺のそばにいてくれ」

 

 額にひとつキスを落として、俺はウィンの背にまわした腕を解く。

 だがウィンの腕は俺の首にまわされたまま、彼女に動くそぶりはない。

 

「――ちど」

 

「え?」

 

「もう一度、ギュッてしてください」

 

 俺の視点からだと表情が隠れてしまっているウィンからのリクエストに、是非もなく応える。

 再びウィンの背に腕をまわして、華奢なその体をそっと抱きしめた。

 

「もう少し、このままで……今の顔、見られたくないです」

 

「どうして」

 

「嬉しくて、情けない顔してます。だから、見ないで……」

 

 いや、それは……凄く見てみたい。

 

「嬉しいならいいだろ、見せてくれよ。ウィンの顔、見たい」

 

「恥ずかしいです……」

 

「どうしても?」

 

「……ユートが……どうしてもって言うなら」

 

「ああ、どうしても見たい」

 

 抱きしめる腕の力を抜いて身動ぎ出来る程度のスペースを開けてやると、ウィンがゆっくり顔をあげる。

 

「――――」

 

 ――瞬間、見惚れた。

 

 顔は真っ赤なままで、目元と口元が緩んで見たことのない笑顔を浮かべている。

 潤んだ目がエメラルドのようで、目尻に浮かんだ涙さえその一つひとつが宝石のようで。

 少なくともこの瞬間を永遠に記憶に刻みつけようと思う程度には、綺麗すぎた。

 つい惚けてしまった俺の目の前で、ウィンが口を開く。

 

「今日は、特別です――

 

 

  大好きです、ユート」

 

 

 ――今日三度目のキスは、嬉し涙の味がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 蛇足

 

 淹れ直した紅茶を飲みながら。

 

「なぁ、なんでチョコを口移しだったんだ?」

 

「おばさまから、そういうものだと聞きました」

 

(なにデタラメを教えてるんだあの人はぁぁぁぁぁぁぁッ!! GJ!!)





本当だったらクリスマスとか書きたかったです(血涙)

これも一日遅れだしね!

そして外の雪が本気でやばいレベル。
その中、作者は徒歩でバイトに行く←

では、次はホワイトデーかなと予想しながらまた今度。


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すこし昔のお噺 1

お久しぶりです。

今更何しに戻ってきたんだよとか言わないでください許してください。

リハビリでもあるので拙いですがよければどうぞ。
この話は3話ほどで終わります。


 ある日、俺――天風遊斗は日課とは言えないまでも、気が向いた時に時折向かう林道を散歩していた。

 なぜだが不思議な感覚に襲われて、少しでも体を動かしておきたいという気分になっていたからだ。

 それなりに歩き馴染んだ、人の殆ど来ない林道でただボーっと歩き続ける。目的地があるわけではない。ただこうして歩いて、気分をリフレッシュできればいいなといった程度。

 年度も変わり桜も咲き始めた四月とはいえ、夕暮れ時の風は肌寒い。それに加え平日の夕方というのもあるのか、この道を歩いているのは俺独りだった。世界に自分ひとりしか居ないような寂しさと――とある事情もあり雑多な社会からの開放感を感じる。

 砂利道を一歩一歩歩き進めながら、取り留めもないことを考える。

 デュエルのこと、学校のこと、来週の週刊誌……etc

 考え事をまとめようとか、そんなことは全く考えていない。ただアレコレ考えてそれを取捨選択して情報の整理を大雑把にしてるだけ。

 

 ――そんなふうにボーっと歩いていたからなのだろうか、普段は気にも留めないであろう道の外れからガサガサという林を分け入るような音が聞こえたのは。

 

 ちょうど思考の合間、空白地帯に割り込んできたその雑音の方向に目を向ける。ここは林道だ。なにか小動物がいてもおかしくない。それに何より、俺の感覚がなにか居ると“教えてくれている”。

 一瞬身構えた体から力を抜き、好奇心からその林の奥を覗き込んだ。

 犬猫の類かそれとも――と、鬼が出るか蛇が出るかといった心境で視線を巡らせる。

 好奇心猫をも殺すというが、やはり好奇心には逆らえない。

 再びガサガサと聞こえ、今度はその場所の特定に成功した。

 道の脇からひとつ奥の周囲よりも太い木、その根元に生い茂る背の低い草木が音を立てて揺れた。

 ひと目見て気性の荒い野良犬とかヤバそうな感じだったらすぐに逃げればいいといった算段で、足音を殺してその木の裏が見える場所まで分け入り覗き込む。

 

「――――え?」

 

 つい、気の抜けたような声が、自分の口から漏れ出した。その声が自分のものだということにも一瞬理解が遅れてしまうほどに。

 その位には、目の前の光景が信じられなかった。

 

 ――オレンジがかった木漏れ日の中で、背を木に預けこちらを見つめる翡翠色の少女。

 

 彼女と確りと目を合わせてしまった俺は、金縛りにでもあったように体が動かなかった。

 体へ伝わる全ての命令をその場で一時停止してしまったような、そんな感覚。

 ポニーテールに結われた翡翠色の髪、エメラルドのような光を湛える瞳、あどけなさの残る顔立ちは俺と同じくらいの年頃だろうか。

 頭の中ではそんな風にいろいろと考えが巡りに巡っているが、体はまだ思うように動いてくれない。

 そんな俺に対して、翡翠の少女が動きを止めていたのは一瞬だった。

 座っていた体勢から即座に立ち上がり、手にしていた彼女の身の丈ほどもある棒状の物――杖だろうか――をこちらに向けてくる。

 

「――風霊術『縛風』」

 

 凛とした鈴のような声で彼女が呟くと、なにか見えない力が俺の体を押さえつけようと働いてくる。

 そして俺は、その見えないものが風だと感じ取ることができた。

 ここまできてやっと、意識が我を取り戻したらしく体の感覚が戻ってくる。

 咄嗟にこの見えない力――風に抗おうと身をよじると、思っていたより簡単に風から抜け出すことができた。

 おかげで体に込めた力が余ってしまい、その場でたたらを踏んでしまう。

 どうにか転ばないように体をコントロールし体勢を整え、再び少女に視線を向けると彼女は信じられないものをみたような目で俺のことを見つめていた。

 

「嘘、霊術が効いていない……?」

 

「あー、えっと……君はこんなところで何を?」

 

 咄嗟に出た言葉が問い詰めるような言葉というのは我ながらどうかと思うが、一度言葉にしてしまったものは取り消せない。

 やらかしたなと思いつつ、少女の反応を待つ。

 しかし彼女、さっきの様子だと風を操っていた……? そんな超能力じみたことが可能なのか……?

 

「…………」

 

 無言。

 ただこちらを睨みつけて来ているだけ。

 美少女と呼んで差し支えない少女に睨みつけられるというのは、なにかイケナイ意味で防御力が下がりそうだ。

 それにたじろいでしまったわけではないが、足が動いてしまいそうになった瞬間、改めてその杖を突きつけられた。

 

「動かないでください。あなたは何者ですか、なぜ私の霊術を破れたんですか、あなたは――私の敵ですか」

 

 突然矢継ぎ早に紡がれた言葉に驚きながら、俺はそのエメラルドのような瞳を見つめていた。

 揺れる瞳。そこには不安や恐怖、不信感などのマイナス感情がありありと浮かんでいる。

 下手に刺激しないほうが良さそうだと判断して、とりあえず答えられる範囲で答えることにした。

 

「俺は天風遊斗、14歳で中学3年。レイジュツってのがなんなのかはわからないけど、少なくとも君のことはなにも知らないから、君のことを敵視する理由はない」

 

 再びの沈黙。

 俺はただ、嘘ではないというせめてもの誠意で彼女の目から視線を逸らさずにじっとみつめる。

 数十秒か数分か、体感的にはかなりの時間が経ったような時が過ぎて、彼女がなにか呟いて突きつけられていた杖が下ろされた。

 とりあえず俺が危害を加える気がないってことはわかってくれたみたいでなにより。

 緊張の糸の張り詰めていた体から力を抜いて――あれ?

 

「う、ぉっと……」

 

 力を抜きすぎたのか、自分で思っていたよりも気を張っていたのか、気を緩めた瞬間足から力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 

「は、はは。えっと、とりあえず信じてくれてありがとう……?」

 

 身長差の問題からさっきは少し見下ろすようにして見ていた彼女を、今度は見上げるようにして見る。

 力を抜くように大きく息を吐いた彼女は俺が彼女を見つけた時のように、木を背もたれにして座り込んだ。座り方の差もあって、今度は視線が同じくらいの高さになる。

 

「そう、ですよね。来ているとしたらあまりにも早すぎる。まだ見つかってもいないはず……」

 

 納得したようにひとしきり頷いた彼女の視線が俺に向く。

 

「すみません。少し、事情がありまして気が立っていました。失礼をお詫びします」

 

「いや、いいって。気にしてにないから。ここまで入ってきた自己責任でもあるし」

 

 頭を下げた彼女にそう言い、ついでにふと思いついたことを口にすることにする。

 

「もしよければ、だけど……その事情っていうの、聞かせてもらえない?」

 

 ジトっとした視線が俺に向けられた。

 失言だったかと一瞬思ったが、正直気になってしまって彼女を放っておけなかったのでそのまま通す。

 

「別に深い意味はないしどうしてもってわけじゃない。君が今すぐここから離れろって言うならそうする。でもほら、抱え込んでるより誰かに話したりした方が気が楽になるって言うだろ? 自分の中での整理にもなるし。それに親しくない関係のほうが話しやすい内容ってのもあるし、さ」

 

 少しというかかなり無理やりな気もしたが、とにかく思ったことを口にした。

 対する彼女はなにか考えるように数秒目を閉じて、それから視線を何処か遠くへ向けて何か思い出すようにして口を開いた。

 

「いいですよ、お話します――」

 

 ぽつりぽつりと彼女が語ったことをまとめると、彼女はデュエルモンスターズの精霊世界からこちらの世界に来た。彼女の一族の中で風霊術――先ほど使っていた魔法のようなもの――に稀代の才能を持っているということで、父親からそれに関する修行を申し付けられた。幼い頃からの修行でその才能を存分に発揮していた彼女だったがそれゆえに期待を寄せられ、巫女という立場へと収まる。が、巫女としての働きの中で彼女は自分自身の存在意義に疑問を抱くようになる。皆巫女としての自分しか見てくれない。巫女という役職の前にひとりの存在だというのに。次第に一族・家系に縛られることを嫌になり、外の世界へと飛び出してきた。そして連れ戻すために追われている――ということらしい。

 

「なるほど、ね」

 

 予想していたより少し……いやかなり複雑というか重い事情だった。

 いきなり敵ですかなんて問い詰めてくるような事情から只事じゃないとは思ってたがこれは。それににわかには信じ難いようなおとぎ話のような話でもある。デュエルモンスターズの精霊という存在がいるということを噂で耳にしてはいたがどうせ都市伝説だと思っていたから。

 そしてその話を聞いた俺は、もし自分だったらどうするだろうかと考えていた。

 使命やしきたりに縛られ続ける人生……そんなものは嫌だと素直に思う。だがその状況に陥ったと考えたら。

 

「――君は、強いんだな」

 

 つい、そんな言葉が出ていた。

 

「おかしな人ですね、あなたは」

 

 まぁ、突然こんなことを言い出したんだからおかしい人認定されても仕方がないといえば仕方がない。

 とはいえこれは本心だ。

 

「俺なら、そんな風に動こうとは思えないからさ。縛られたまま自分を殺して、周りの流れに流されるままに生きていく。俺のこれまでの生き方なんてそんなものだから。変わらないといけないとは思ってるんだけどさ」

 

 大きな目標も夢もないただ過ごすだけの人生を今の俺は辿っているし、変われなければずっとこのままなんだろう。

 目の前の少女のようには動けない。

 

「だから君は強いなって。羨ましい……って何言ってんだろな俺。いまは俺の話なんてどうでもいいのに」

 

「いいんじゃないですか? さっきあなた自身が言っていました。親しくない方が話しやすいものもあると。――実際その通りだと思います」

 

「……そう言ってもらえると俺も気が楽だ」

 

 この場限りの刹那的な関係。

 お互い何を語っても今後関わることはない、白昼夢のようなもの。

 本気でそう考えていた――最初は。

 でも今はなぜかこのまま彼女と離れてしまうことを、二度と関わりのない人生に戻ってしまうことを拒否したくなる自分がいた。

 この思いがどこから来るのか何が原因なのかいまの俺には思い当たる節が無いが、どうしてか強くそう思っていた。

 

「それに強くありません。私なんかが、強い訳がありません。私はただ逃げ出しただけです。嫌になったことから逃げ出すのは弱さ……私には、いえ私にも、立ち向かえるだけの強さは無かった」

 

 膝を抱え込むように座り、そう言う彼女に改めて視線を向ける。確かにそこには逃避行を続けているとは思えないほど華奢な独りの女の子しかいなかった。

 触れてしまえば壊れてしまいそうで、つい伸ばしそうになった手を押さえ込む。

 

「そうだな。そんな強さが、欲しかった」

 

 そういう強さがあれば彼女の守れるのだろうか――一瞬そう考えて、その思考を頭を振って捨てた。

 それはダメだと頭の中で警告が出る。それは考えれば考えるほど自分に傷を与えるものだと。

 

「……強さってなんなんでしょうね」

 

「それは俺も知りたいよ」

 

 お互い無言になって、木々の間を通る風が起こす葉擦れの音が聞こえる。

 不思議と気まずさは感じなかった。お互いの事を少しずつとはいえ話したあとだからだろうか。

 しばらくお互いそうしていると、不意に強い風が木々の間を通り抜けた。土埃から顔を庇うように伏せると隣から焦ったような空気を感じる。

 

「どうかしたか?」

 

 彼女の方を振り向けば、焦った様子で立ち上がった彼女が周囲を見回していた。

 その様子からはただ事じゃない雰囲気を感じる。

 

「……今の風から、魔力を感じました」

 

「魔力? 最初に君が使ったみたいなものか?」

 

「そうです」

 

 それが意味するところはつまり……。

 

「追っ手か」

 

「まだ場所は特定されていないでしょうが、間違いないかと」

 

 ふと感じた感覚に上を見上げれば、木々の上を少し大きな鳥が通っていったのが葉の隙間から見えた。

 同じように隣で上を見上げていた彼女が呟く。

 

「ガルド……」

 

「知っているのか?」

 

「一族の使い魔のようなものです。近くに来ていることは確定しました」

 

 空からも探してくるとは厄介な。

 どうすればここから抜け出せるかという算段を考え始める。

 

「転移か何かないのか? こっちの世界に来たってことはそういうのもあるんだろ?」

 

「恐らく魔力サーチは広げているでしょうから、術を展開している間に見つかってしまう可能性が高いです」

 

 そのサーチとやらがどんなものなのか、転移の術にどのくらい時間が必要なのかは把握できないがそういう特別なもので離脱できないことは把握した。そうなると足だけでここを抜け出す必要がある。

 幸い、すぐそこには俺の歩いていたルートがあるから、それを頼りにすれば迷う心配はない。

 さてどうするか。さっきの様子だと彼女は術みたいなものはほぼ全て使えないんだろう。

 

「……すまない、俺が話しかけなければ時間は取らせなかった」

 

「いえ、私自身の落ち度です。転移先の痕跡は消したはずだったのですが……不手際があったようです」

 

「それでも……いややめておく。今は来てるヤツをなんとかしないと」

 

 俺の拙い頭では上手い案がなかなか出てこない。見つかるのも時間の問題といったところだろう。

 

「あなたが離れる分には何の問題もありません。もしも荒事になれば身を守る術のないあなたは危険です、離れたほうがいい」

 

「初対面でも少しくらい力にならせてくれ。そこまで薄情じゃない。それに危なかったらすぐ逃げる」

 

 彼女の言うことは正しいんだろう。俺にできることなんて少ない。それでもこのまま彼女だけ置いて離れることができるほど俺は薄情ではないつもりだ。

 とはいうものの俺にも彼女のように特別な力があれば……いや有るには有るんだが、通用するだろうか。

 

「ちょっと聞いて欲しいことがある」

 

「なんでしょうか」

 

「俺さ、小さい頃から変な感覚があるんだ。周りが見えすぎるっていうか周囲の様子を感じられるような感覚が。だから多分、上手くいけば君をこの場所から連れ出せる」

 

 昔から生き物の気配というものに敏感だった。明確な感覚ではないし、小さい頃にやったかくれんぼで鬼になったときに確実に全員を見つけ出せたとかそういう程度のもの。さっきもあのガルドとかいう鳥の気配を感じ取れた。

 ただ他人より少し感覚が鋭いだけかもしれないし、人が多い場所だと疲れてしまう。他人に話すことは憚られるが能力と言っていいのか怪しいもの。だがいまは俺の力になってくれる気がした。

 

「――気づいていなかったのですか?」

 

「え?」

 

 気づいていない? 俺が? 何に?

 どういうことか聞き返す前に、彼女が再び口を開く。

 

「どうもあなたは風の精霊に好かれているようです。そういう体質といっても良いかもしれません。だからさっき、私の霊術があっさりと破られた。それになにより――私を視認できている」

 

 突然与えられた自分の情報に、少し混乱してしまった。

 じゃあ気のせいとか、偶然とかそんな風に思っていたこの感覚は必然のものだったってことになる……のか?

 

「話の時に言いましたが、私はデュエルモンスターズの精霊。実体化していない今、私の存在はただの人間には見ることも聞くことも触れることもできない筈です。それなのにあなたは私を見つけることができた。それは単にあなたが風の精に好かれ、感じることができているからだと私は予測しています」

 

 詳しいことはもう少し調べてみなければわかりませんが。そう締めくくった彼女は何事もなかったかのように周囲への警戒を再開していた。

 一方いろいろと一時停止を掛けられてしまった俺は固まったまま、いま与えられた情報を整理する。

 まず俺は風の精霊とかいうものに好かれているらしい。体質だとか言っていたがそこはどうでもいい。そして好かれているのが理由で他人の気配を感じることができたり、彼女のようなデュエルモンスターズの精霊を見ることができている。……そういえばさっきの鳥も精霊ということになるのか。

 霊術というものの原理は分からないが文字通り精霊を使った術なのだろうと考えれば、その精霊に好かれている俺には効き目が薄いということになる。

 なんとか情報を飲み干した俺は、改めて脱出の手段を考えることにした。といっても。

 

「なぁ、とりあえず俺が先導するから一緒に来い。君があちらに気付かれないで周囲の探査ができるなら必要ないだろうけど」

 

「……いいでしょう。目的地はどこまで?」

 

 苦々しい表情で俺の提案を飲む彼女――なんかこの表現だと卑猥に思える不思議。

 自分の思考ながら緊迫感ないなと思いつつ、行き先を提案する。

 

「俺の家。隠れるにはもってこいだろ。普通の人間には精霊は見えないみたいだしな」

 

「家に連れ込んで、なにか企んでいないですか?」

 

 ねーよ! と叫びそうになって慌てて口をつぐむ。

 

「ないから安心しろ。つかそんなこと言ってる場合か」

 

 改めてボリュームを落としてそう言うと、今度は素直に頷いてくれた。最初からそうしてくれ……。

 とりあえず現状、周囲に気配は感じない。原理というか力のことを知ることができたからなのか、今までよりも感覚がクリアだ。

 

「よし行こう」

 

 俺は彼女の杖を持っていない方の手をとって、林道を駆け出した。



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すこし昔のお噺 2

デュエル描写ありますがプレミ等を見つけてもご容赦ください……


 結果から言って、あの場所から抜け出して俺の家にたどり着くことには成功した。

 空にいたあの鳥のせいで危うい場面こそ何度もあったが、なんとか切り抜けて。

 玄関に飛び込んで、安心したと大きく息を吐く。

 

「はぁ、はぁ、大丈夫か?」

 

「ええ、はぁ、なんとか」

 

 家に入るには隠れる場所の少ない住宅街に入ることになるので、最後はダッシュで駆け抜けたおかげでそれまでの移動もありお互い息が荒い。

 それを整えながらリビングに彼女を連れて入る。

 

「ただいま、っても誰もいないけどな。お茶出すから座っててくれ」

 

「わかりました。ただ……」

 

「ん?」

 

 彼女の視線が下の方を見ているのでそれに倣うと、あの林道から抜け出す時からずっと彼女の手を握ったままな自分の手が見えた。

 

「あ、わ、悪い。すぐ用意するから待っててくれ」

 

 スッと頬に熱気が集まるのを感じて、サッと手を離す。それでも汗ばんだ手のひらに彼女の手のひらの温度が残っていて、俺は逃げるようにキッチンに向かった。

 異性の手を握ったのなんていつ以来か……なんて考えてしまう位には、異性とそういう繋がりはない。だからといって同性に興味があるわけではないと強く言っておきたいが。

 コップを用意して、冷蔵庫から麦茶を出して――と作業しながら改めて考える。

 その内容はもちろん彼女のことで、かといってさっきの手のひらの女子特有のやわらかな感触を思い出すとかそういうわけじゃない。

 純粋に本心から、彼女のことを心配に思っている俺がいた。逃避行していると言っていたがどの位経っているのか、その間生活はどうしていたのか、体調を崩したりはしていないか――寂しくはなかったのか。そういう考えが俺の頭の中を巡る。

 お茶をいれる程度の動作に大して時間が掛かる訳もなくすぐ思考を中断することになったが、まぁいい。彼女と話すのはこれからだ。

 

「お待たせ」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女の前にコップを置いて、テーブルを挟んだ向かいに座る。さっきから変わらずクールというかなんというか、表情が固い。

 さて取り合えずは……そういえば俺は彼女の名前をまだ聞いていなかった。見覚えのある容姿だしヒントも多いから予想できているが、こういうのはキチンとしておくべきだろう。

 

「改めて自己紹介するよ。俺は天風遊斗。しがない中学生だ」

 

「私はウィン。デュエルモンスターズのカード《風霊使いウィン》の精霊です」

 

 やっぱり、と納得する。

 リバースすることで自分と同じ属性の相手モンスターを奪取する効果持ちの魔法使い族モンスター。

 確かにカードの効果だとそれだけだが、魔法使いだしいろんなことができても不思議じゃない。

 さっきのガルドと呼ばれていた鳥が追っ手の使い魔ということと彼女自身のカード能力を合わせて考えると、彼女の一族は使い魔だとかそういった方向に特化しているのかもしれない。

 

「とりあえず怪我とかはないか? あれば簡単な手当てくらいならするけど……」

 

「問題ありません。怪我と言えるほどの傷は無いので」

 

 よかった、少し無理に引っ張ってきた感があったから怪我でもしてたらどうしようかと。

 それに会う前からの怪我とかも見る限りなさそうだ。

 

「そっか。よかった」

 

「お気遣い感謝します」

 

「…………」

 

「…………」

 

 と、そこまでで会話が途切れてしまった。

 会って1時間程度の子とするような軽い話題もないし、なによりそんな他愛のないことを話す空気でもない。

 彼女は見るからに大人しい雰囲気だし、向こうから話題を提供してくれることは期待できなさそうだ。

 しばらく距離感を測りかねてお互いチラチラと視線を交わすだけで、徐々にいたたまれなくなりなにか話題を――と思考を巡らせてみる。

 聞いておくべきと思っていることを先に聞くべきか、それを話す前にもう少し何か話をしてみるべきか。

 とはいえ適切な話題が思いつかない以上こちらから振れる話題は堅苦しいが前者に限られてしまうし、いつまでも黙ったままではいられない。

 まぁ、そういう状況になっている今が話をする機だと考えたほうがいいかもしれないな。

 

「えーと……聞きたいことがあるんだけど」

 

「どうぞ」

 

「このあと、どうするつもりなのか聞かせてもらってもいいか?」

 

 追われる身の彼女はこのあとどうするつもりなのか。流石に無策のまま放り出すなんて薄情なことはできない。

 

「まだあなたを完全に信用したわけではありませんが、そのくらいなら」

 

 言外に教えても何もできないでしょうから、と言われているようでアレだが……それは事実だしこの短時間で信用してもらえるなんて思っていないから問題はない。いやちょっと心が傷ついたけど。

 俺が彼女をどうこうしようとしたら、それこそ男女の身体的な力の差で押し倒すくらいしか方法はないのは確かなのだし。

 

「といっても、私としてはこれまで通りとしか。とりあえず外の追っ手がどこかへ行くまではどこかで大人しくしているしかないですが、そのあとはまた別の場所まで転移します。精霊世界の街に行けば術を使って路銀くらいは稼げますし、そのあとも転移を続けて放浪するだけです」

 

 彼女自身の望んだ道であろうと、まだ少女だろう彼女にとってそれは楽な旅路ではないはず。だから当人の前では言葉になんてできないが俺は少し、ほんの少し、楽しそうだと思ってしまった。見知らぬ地を渡り歩くということに対する恐怖は、全部は無理でも少しならわかる。だがそれよりも強く、そんな自由な旅路が羨ましいと思う自分がいた。体験したことがないからこその楽観視だというのはわかっているけれど。

 だがそれとは正反対な考えも浮かんでくる。その考えは案外するりと口にすることができた。

 

「寂しく、ないのか?」

 

「ッ……寂しくなんて、ありません。これまでもこれが普通だったんですから」

 

 一瞬、驚いたような感情が伝わってくる。そして強がっているということが、目を逸らした彼女の表情や動作から読み取れた。

 まぁそうだよな、と思う。こっちの世界で俺の歳ならまだ子供だ。事情がない限り親元を離れたりするようなことはないだろう。向こうの世界の事情は分からないが、少なくとも大人と呼ぶには彼女はまだ幼い。だがこれからの予定の口ぶりからするに彼女が逃避行を始めたのは最近の話では無さそうだ。

 帰る場所のない旅というのはどんな感覚なのだろう。帰る家のある俺には理解できないであろう感覚。当たり前のものがないというのは、どんな辛さなのか。

 

「そっか」

 

 ――だが、俺に彼女を止める言葉を言う資格はない。

 彼女の思いは、決意は、ポッと出の俺が口を挟んでいいものではないと思うから。

 逃避行の理由はもう聞いている。そこに彼女の非は無い。あるとすれば彼女に役割を押し付けた周囲にあるんだろう。

 それを材料に使っても、俺が彼女を家に帰ればいいと諭すことはできない。俺では、漫画の主人公のようにちょっと出張って解決してハッピーエンドなんてことはできやしない。

 なにより、第三者からのそれは彼女への侮辱だろう。彼女が自分で決めた、自分で行動した。求められてもいないのに俺が手を出すことはできないししちゃいけないと思う。あくまで彼女が自分で考えて、動いて、その上で納得するような解決でなきゃならない。それが道理だろうと思った。

 同時に、彼女から助けを求められたのなら手を貸してあげたいとも。

 

「やっぱり君は強いよ」

 

 ――そして、脆い。

 でも、それを意志の強さで繋ぎ留める強さが彼女にはあるんだと思う。

 だから俺の目には、彼女がとても“魅力的”な女の子に映るんだろう。俺には持てないものを持っているから。

 

 ――ああ、やられた。認めよう。認めるしかない。俺は彼女に、ウィンに惚れている。たぶん、初めて言葉を交わした瞬間には落ちていたんだと思う。ウィンという存在に心奪われていた。

 

 理解したとたん、ギアが一段上がったように心臓がドクドクと脈打つ。顔に血が上る。テーブルを挟んで座る彼女を抱きしめてしまいたくなる。

 でも、それはできない。俺には彼女をここに引き止める権利も資格もないのだから。そう再確認する。

 

「どうかしましたか?」

 

 突然不自然な状態になった俺に、彼女の声が掛けられる。それだけで心臓が高鳴った。……ああ、重症だ。

 恋患いが死に繋がっているのなら、俺は後一歩で死ねるだろう。

 

「いや、なんでもない」

 

 極めて平然を装って、なんでもない風に振舞う。

 自分の気持ちを確認した、できてしまった。だとしても俺が彼女にしてあげられることが増えるわけじゃない。

 それに、彼女の事情に今の俺が直接手を出すことはできないという考えに変化はない。

 でも、それでも、支えになってあげたいと強く思う。そのための提案を。

 

「とりあえず、今夜はここに泊まっていけばいいと思う。たぶんまだ、近くにいるだろ」

 

 何が、とは言わずともお互い分かっている話だ。

 それに外はもう夜の帳に包まれている。そんな中に行くアテもない少女を放り出すなんて、自分の感情を抜きにしても非情すぎるだろう。

 

「その提案は嬉しく思います。ですが、あなたのご家族は……」

 

「それは気にしなくていい。忙しいからって両親とも職場に泊まり込みでさ。このところは俺ひとりなんだ」

 

 普段なら俺に家のことが全て任されてしまい面倒だと思う状況が、今だけはとても好都合だった。

 やることが減るわけじゃないにしても、状況が状況だけに気が軽い。

 

「でしたら、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 提案を受け入れてもらえたことに安心する。

 そしてその程度には信用してもらえたのかと嬉しくも思う。

 

「正直、いろいろ疑われるんじゃないかと思ってたよ。手を出さないかとか」

 

「そのつもりなら、私を招き入れたときにそうなっていたでしょう? それに、あなたからは邪なものをあまり感じません」

 

「あー、ありがとう?」

 

 俺は苦笑いでそう返す。

 まぁ、彼女を傷つけるようなことはいまの自分だと自分を許せそうにない。

 さて、そうと決まればすることをしないと。

 

「風呂がもう沸いてるから、お先にどうぞ。着替えは持ってる?」

 

 もともとランニングから帰ってきた後に汗を流すつもりで出かける前に用意していたのだが、ちょうど良かった。

 

「大丈夫です、かさばるものは魔術的な空間にしまってありますから」

 

 それは便利だなぁと思いつつ、風呂場の場所を教えて彼女を向かわせる。

 さ、俺は夕飯の用意をしないと。

 

 

 ◆

 

 

 彼女が風呂から上がってきたあとで食事を振る舞い俺も風呂で汗を流した後、俺たちはまたリビングのソファで向かい合っていた。

 食事の前のように堅苦しい話をするわけではなく、ただゆったりとした時間が流れている。

 振り返ると少し……いやかなり濃い一日だった。

 夕方にウィンと出会い、木漏れ日の中で言葉を交わし、俺の家まで2人で逃げ帰り、そして今に至る。

 こう表すとそうでもないように思えるが、その中身がかなり濃い。

 デュエルモンスターズの精霊という存在を知ったり、その精霊の世界があると知ったり、出会ったウィンは追われていて、俺のちょっと人とは違う程度に思っていた感覚の理由を知ったり。

 人生変わるレベルの出来事を連打されたような気がする。

 

 それになにより――俺はウィンに惚れてしまった。

 

 正直言って、今日初めて知ったいくつかのことよりも重大なことだ。俺の能力? そんなことその辺に置いとけ。

 一目惚れってそんなものホントにあるのかと疑っていたが、実体験として体験してしまえば否定する要素がない。

 とはいうものの、彼女はすぐ……早ければ明日にでもここを離れるだろう。諦めたくはないがどうしようもないことだし、事情を知ってしまった以上引き止めることはできない。

 マジで未練タラタラになるだろうがどうしようもなく、もうなるようになれといった感じだ。

 思い出のひとつくらい追加しておきたいところではあるが、お互いそれなりに疲れているので寝るまでそんなに時間もない。

 俺があーでもないこーでもないと考えていると、まさかの助け舟が彼女の方から出された。

 

「ユートさん、ひとつお願いを聞いてもらっていいでしょうか」

 

「あ、え、うん。なにを?」

 

 突然のことで完全にどもってしまった。

 恥ずかしいと思いながらも、声をかけてもらえただけで恥ずかしさとは関係なく強く拍動する心臓は正直だ。

 なんだろうかと期待しながら彼女の言葉を待っていると、続けて向けられたのは言葉ではなく――カード。

 見覚えのないほうがおかしい、茶色の背をしたカードの束。それが意味するところはつまり。

 

決闘(デュエル)を、しましょう」

 

 彼女は真っ直ぐに俺の瞳を見つめて、そう言った。

 そう言われてしまえば俺も一介の決闘者(デュエリスト)だ、頭のスイッチを切り替える。

 浮ついた気持ちで決闘はできない。

 

「挑まれたら受けなきゃ、デュエリストじゃないな」

 

 デッキを取ってくると言い残して、リビングから自室に向かう。

 なぜ彼女が突然デュエルをしようと言い出したのかはわからないが、相手をするなら真剣に全力でいかせてもらう。

 なによりデュエルモンスターズの精霊とデュエルなんて、そうそうできることじゃない。その点はかなり楽しみだ。

 机の上に置いておいたデッキケースを手にリビングへ戻る。

 

「さあ、やろうか」

 

「お願いします」

 

 流石に一般家庭のリビングでデュエルディスクを使うわけにもいかないため、今回はテーブルデュエルだ。

 立体映像(ソリッドビジョン)の迫力や若干の衝撃発生などの演出も、デュエルの楽しさを高めてくれるものであるとは思うし実際その通りなのは事実なのだが、個人的には正面で向き合ってするテーブルデュエルを気に入っている。

 何より今は、彼女と向き合っていられるというのがなによりいい。

 先攻後攻はダイスで決めることにして、俺が勝ったので先攻をもらう。

 テーブルを挟んで向き合い、お互いに聞こえる声で宣言する。

 

「「デュエル」」

 

 初手5枚は、まぁ、結構微妙だなこれ。大事なサーチがない。

 

「ドロー……んー、永続魔法《魔導書廊エトワール》を発動」

 

 《魔導書廊エトワール》

 永続魔法

 このカードがフィールド上に存在する限り、自分または相手が「魔導書」と名のついた魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。

 自分フィールド上の魔法使い族モンスターの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×100ポイントアップする。

 また、魔力カウンターが乗っているこのカードが破壊され墓地へ送られた時、このカードに乗っていた魔力カウンターの数以下のレベルを持つ魔法使い族モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。

 

「それから《魔導戦士フォルス》を召喚」

 

 《魔導戦士フォルス》

 効果モンスター

 星4/炎属性/魔法使い族/A1500/D1400

 1ターンに1度、自分の墓地の「魔導書」と名のついた魔法カード1枚をデッキに戻し、フィールド上の魔法使い族モンスター1体を選択して発動できる。

 選択したモンスターのレベルを1つ上げ、攻撃力を500ポイントアップする

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 LP4000

 手札3

 場

 フォルス A1500

 伏せ1

 エトワール(0)

 

 もうデッキがバレたといってもいい。

 俺のデッキは魔法使いを魔導書という魔法でサポートしながら動く《魔導書》デッキ。

 もしも……まぁないとは思うが、彼女のデッキに魔のデッキ破壊ウィルスとか入ってたら魔法宣言されて死ぬ。

 

「ドロー。モンスターをセットしてターンエンド、です」

 

 LP4000

 手札5

 場

 セットモンスター1

 伏せ0

 

 お互い動きの少ない滑り出し。

 あちらのデッキの情報がまるでないため、初手の良し悪しを読み取れない。もしスロースターターだったら早く動けないと負けるな。

 

「ドロー。手札から《ヒュグロの魔導書》を発動。フォルスの攻撃力を1000ポイントアップ。さらに魔導書が発動されたことでエトワールにカウンターが1つ乗ってさらに100ポイントの攻撃力アップだ」

 

 《ヒュグロの魔導書》

 通常魔法

 自分フィールド上の魔法使い族モンスター1体を選択して発動できる。

 このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップし、戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、デッキから「魔導書」と名のついた魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「ヒュグロの魔導書」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

 魔導戦士フォルス A1500→2500→2600

 

 守備力警戒というよりも後半の効果を目的としたエンハンス。

 あのブラック・マジシャンよりも高い打点を得たフォルスで、セットモンスターを攻撃する。

 

「セットモンスターはドラゴンフライ。効果でデッキから風属性で攻撃力1500以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚。私はデッキから《九蛇孔雀》を特殊召喚する」

 

 セットはリクルーターだったか。

 出てきた九蛇孔雀はリリースされることでサーチを行うモンスター、ってことは手札に場のモンスターをリリースするカードがあるって考えていいかもしれない。

 

「こっちもヒュグロの効果。相手を戦闘破壊したことをトリガーにサーチ効果を発動。《グリモの魔導書》を手札に」

 

 このデッキのエンジンともいえるグリモを手札に持ってこれた。

 まだ必要なカードが手札にないからなんともいないが、これでマシになっただろう。

 

「メインフェイズ2、《グリモの魔導書》を発動。デッキから《セフェルの魔導書》を手札に加える。手札の《ネクロの魔導書》を見せて墓地のグリモを選択してセフェル発動。グリモの効果をコピー。デッキから《ゲーテの魔導書》を手札に」

 

 《グリモの魔導書》

 通常魔法

 デッキから「グリモの魔導書」以外の「魔導書」と名のついたカード1枚を手札に加える。

「グリモの魔導書」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

 《セフェルの魔導書》

 通常魔法

 自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する場合、このカード以外の手札の「魔導書」と名のついたカード1枚を相手に見せ、「セフェルの魔導書」以外の自分の墓地の「魔導書」と名のついた通常魔法カード1枚を選択して発動できる。

 このカードの効果は、選択した通常魔法カードの効果と同じになる。

「セフェルの魔導書」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

「魔道書を2枚使ったためエトワールにカウンターを2つ乗せて、1枚伏せてターンエンド」

 

 LP4000

 手札2

 場

 フォルス A1800

 伏せ2

 エトワール(3)

 

 グリモのおかげでデッキを圧縮できた。

 できれば初ターンからこうやって回したいところだったが、無いものねだりはしてもしょうがない。

 

「私のターンドロー。モンスターをセット、九蛇孔雀を守備表示に変更。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

「おっとそのエンドフェイズ、リバースカード発動《ゲーテの魔導書》。墓地の魔導書1枚を除外して効果発動。《セフェルの魔導書》を除外してセットされた魔法罠を手札に戻す。そして魔導書が発動されたためエトワールにカウンターが乗る」

 

 しぶしぶといった風でいま伏せたセットカードを手札に戻すウィン。

 これで次ターン動きやすくなった。でも怖いくらい静かな動き方だ。

 

 LP4000

 手札5

 場

 九蛇孔雀 D900

 セットモンスター1

 伏せ0

 

「俺のターンドロー」

 

 引いたカードはいま使えない。そして手札に通常召喚できるモンスターはいない。仕方ないか。

 

「バトル。九蛇孔雀を攻撃。そしてターンエンド」

 

 LP4000

 手札3

 場

 フォルス A1900

 伏せ1

 エトワール(4)

 

 何事もなく孔雀を破壊してターン終了。むぅ、なかなか引きたいカードが引けない。

 それにお互い、ライフには手が付いていない状態だ。ボードアドはこっちが取っているが勝負はまだわからない。

 

「ドロー……モンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 LP4000

 手札3

 場

 セットモンスター2

 伏せ2

 

 怪訝そうな表情を少し見せた彼女がエンド宣言する。

 手札が宜しくないみたいだが、加減するのはデュエリスト的によろしくないから攻めるのみ。

 

「俺のターンドロー。手札から《魔導召喚士テンペル》を召喚。そして伏せていた《トーラの魔導書》を発動。テンペルを対象に罠カードの効果を受けなくする。エトワールにカウンター追加」

 

 《魔導召喚士テンペル》

 効果モンスター

 星3/地属性/魔法使い族/A1000/A1000

 自分が「魔導書」と名のついた魔法カードを発動した自分のターンのメインフェイズ時、このカードをリリースして発動できる。

 デッキから光属性または闇属性の魔法使い族・レベル5以上のモンスター1体を特殊召喚する。

 この効果を発動するターン、自分は他のレベル5以上のモンスターを特殊召喚できない。

 

 《トーラの魔導書》

 速攻魔法

 フィールド上の魔法使い族モンスター1体を選択し、以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●このターン、選択したモンスターはこのカード以外の魔法カードの効果を受けない。

 ●このターン、選択したモンスターは罠カードの効果を受けない。

 

「テンペルの効果発動。魔導書を使ったメインフェイズ時にこのカードを生け贄にデッキから光または闇でレベル5以上の魔法使いを1体特殊召喚する。俺はテンペルを生け贄にデッキから《魔導法士ジュノン》を特殊召喚」

 

 《魔導法士ジュノン》

 効果モンスター

 星7/光属性/魔法使い族/A2500/D2100

 手札の「魔導書」と名のついた魔法カード3枚を相手に見せて発動できる。

 このカードを手札から特殊召喚する。

 また、1ターンに1度、自分の手札・墓地の「魔導書」と名のついた魔法カード1枚をゲームから除外して発動できる。

 フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

 このデッキの主力の片割れ、ジュノンをデッキから取り出して場に置く。

 手札が必要とはいえ最上級を特殊召喚できる効果と、単体除去を持つ優秀なカードだ。

 

「リバースカード《風霊術-「雅」》。風属性を生け贄に場のカード1枚をデッキの1番下に戻す。私はセットしてある《風霊使いウィン()》を生け贄にジュノンをデッキの1番下へ」

 

 おうふ。マジか。

 せっかく場に出したジュノンを裏にしてデッキゾーンにおいて、その上に残っているデッキを置く。これでサーチするかシャッフルしないと手札にはもう来ないような状態になってしまった。

 というか自分を生け贄にするって複雑な気分じゃないんだろうか。

 

「しょうがないからバトル。フォルスでセットモンスターを攻撃」

 

 エトワールのカウンターが5つになったことで攻撃力が2000になったフォルス。現状お前だけが頼りだッ。

 

「セットモンスターは《ドラゴンフライ》。もう一度《九蛇孔雀》を特殊召喚」

 

 やっぱりというかなんというか、ただで墓地に送られるヤツじゃなかった。

 再び孔雀が彼女の場に置かれる。

 

「じゃあこのままターンエンドだ」

 

「そのエンドフェイズにリバースカード発動《ゴッドバードアタック》。場の九蛇孔雀を生け贄にそちらのフォルスとエトワールを破壊します」

 

 LP4000

 手札4

 場0

 伏せ0

 

 やば、場がガラ空きだしせっかく貯めたエトワールのカウンターが。

 

「私のターンドロー。手札から《デブリ・ドラゴン》を召喚。効果により墓地の攻撃力500以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚します。《風霊使いウィン》を特殊召喚」

 

 あまり見覚えのないカードだ、デブリ・ドラゴン。

 しかしその属性といい効果といい、ウィンを特殊召喚するために用意されているようなカードだな。

 

「憑依装着。場の《風霊使いウィン》と風属性モンスターを墓地に送ることでデッキから《憑依装着-ウィン》を特殊召喚します。さらに団結の力を装備」

 

 憑依装着-ウィン A1850→2650

 

 目の前の彼女そのもののカードがドラゴンと墓地に送られ、その成長したような姿のカードが場に置かれた。

 でもどちらかといえば、憑依装着の方がいまの彼女に似ている気がするな……。

 

「カードの精霊だって成長するんです。特に人型は。モンスターは成長してもそこまで変化することはないですが」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 って思考を読まれた? いや、カードとウィン本人を交互に見てたらそりゃ気づくか。

 

「バトル。ウィンでダイレクトアタック」

 

 遊斗

 LP4000-2650→1350

 

 ライフを一気に半分以上持って行かれてしまった。

 しかも貫通ついてるし団結の力装備だし、壁が意味をなさない怖さだな。

 

「1枚伏せてターンエンドです」

 

 LP4000

 手札2

 場

 ウィン(団結の力) A2650

 伏せ1

 

「俺のターンドロー……! 手札からフィールド魔法《魔法都市エンディミオン》を発動、これは魔法が発動する度にカウンターが乗る。さらに《魔導書士バテル》を召喚。バテルの効果でデッキから魔導書と名のついたカード1枚を手札に。デッキからグリモを手札に加えてそのまま発動。グリモ効果で《アルマの魔導書》を手札に。そのままアルマ発動、除外されてるセフェルを手札に。手札のネクロを見せて墓地のグリモ選択してセフェル発動、ゲーテを手札に」

 

 《魔法都市エンディミオン》

 フィールド魔法

 自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。

 魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、破壊されたカードに乗っていた魔力カウンターと同じ数の魔力カウンターをこのカードに置く。

 1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを取り除いて自分のカードの効果を発動する場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除く事ができる。

 このカードが破壊される場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事ができる。

 

 

 《魔導書士バテル》

 効果モンスター

 星2/水属性/魔法使い族/A500/D400

 このカードが召喚・リバースした時、デッキから「魔導書」と名のついた魔法カード1枚を手札に加える。

 

 《アルマの魔導書》

 通常魔法

「アルマの魔導書」以外のゲームから除外されている自分の「魔導書」と名のついた魔法カード1枚を選択して手札に加える。

「アルマの魔導書」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

「さらに《死者蘇生》を発動。墓地のフォルスを蘇生。そしてゲーテ発動。墓地の魔導書3枚、グリモとエトワールとゲーテを除外して場のカード1枚を除外する。憑依装着ウィンを選択」

 

 ウィンを除去するというのは心が痛むが、手を抜くほうが悪いだろう。

 そして、これで高い壁はいなくなった。

 

「フォルスの効果で墓地のグリモをデッキに戻してバテルの攻撃力を500ポイントアップ。バトル、2体でダイレクトアタックだ」

 

 バテル A500→1000

 

 ウィン

 LP4000-1500-1000→1500

 

「俺はこれでターンエンド」

 

 LP1350

 手札2

 場

 フォルス A1500

 バテル A1000

 伏せ0

 エンディミオン(5)

 

 ボードアドも返したし、ライフの差もほぼなくなった。なにより高攻撃力を持っていたウィンを処理できたことは大きい。

 

「私のターンドロー。手札から風霊使いウィンを召喚、さらに手札の《A・ジェネクス・バードマン》の効果発動。場のウィンを手札に戻してバードマンを特殊召喚します。このカードはこの効果で特殊召喚するときに戻したモンスターが風属性だった場合、攻撃力が500ポイントアップします」

 

 《A・ジェネクス・バードマン》

 チューナー・効果モンスター

 星3/闇属性/機械族/A1400/D400

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を持ち主の手札に戻して発動できる。

 このカードを手札から特殊召喚する。

 この効果を発動するために風属性モンスターを手札に戻した場合、このカードの攻撃力は500アップする。

 この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 なんでわざわざ攻撃力500のウィンを出したのかと思ったら、こういうことか。また面白い効果のモンスターだ。

 面白いが、これで俺のフォルスの打点を超えられた。

 

「バトル。バードマンでフォルスを攻撃。そしてターンエンドです」

 

 LP1500

 手札2

 場

 バードマン A1900

 伏せ1

 

 遊斗

 LP1350-400→950

 

 マズい。場には攻撃力1000のバテル、残されているネクロともう1枚の手札はこの場では使えない。

 頼む何かきてくれ――。

 

「俺のターンドロー。よし、バテルを生け贄に《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》を召喚。召喚時このカードにカウンターが2つ乗り、カウンター1つにつき攻撃力が300ポイントアップ。バトルだ」

 

 《闇紅の魔導師》

 効果モンスター

 星6/闇属性/魔法使い族/A1700/D2200

 このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。

 このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

 1ターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンターを2つ取り除く事で、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

 

「ではその攻撃宣言時、リバースカード《憑依解放》を発動します」

 

 闇紅の魔導師 A1700→2300

 

 ウィン

 LP1500―400→1100

 

「憑依解放の効果、自分フィールドのモンスターが戦闘破壊されたのでそのモンスターの元々の属性と異なる属性尚且つ守備力1500の魔法使いを特殊召喚します。私はデッキから憑依装着ウィンを特殊召喚」

 

 霊使いシリーズ用のサポート罠か。なかなか良い効果を持ってるな。

 でもとりあえず、攻撃力は超えられてないから大丈夫だと思いたい。

 だがバックのカードを用意できてないっていうのはちょっと辛い。何かされても守る札がない。

 

「俺はこれでターンエンド」

 

 LP

 

「私のターンドロー……!」

 

 ほんの少し、わずかに口角を釣り上げたウィンがいまドローしたカードを見せてくる。

 これまで完全なポーカーフェイスで動揺とかを全く悟らせなかったのに、よほどいいカードを引いたらしい。

 

「私は、団結の力を憑依装着ウィンに装備します」

 

 それは団結の力。ここで引くかそれを……なんてドロー運だ。

 でも魔法の発動により闇紅の魔導師にもカウンターが乗った。このままならまだライフが残る――そう信じたいが、モンスターを握ってないとは思えない。

 

「さらに、霊使いウィンを召喚。これにより憑依装着ウィンの攻撃力が3450までアップします」

 

 憑依装着ウィン A1850→3450

 

 闇紅の魔導師 A2300→2600

 

 ウィンが並び、攻撃力が闇紅の魔導師を超えた。

 それどころか憑依解放込みで4000オーバーなんて、あの伝説の神の一柱オベリスクすら倒せるレベルだ。

 

「バトルです。憑依装着ウィンで闇紅の魔導師を攻撃。さらに攻撃時、憑依開放で800ポイント攻撃力アップです」

 

 憑依装着ウィン A3450→4250

 

 遊斗

 LP950―1650→0

 

「ふぅ――参りました」

 

 一気に脱力して、ソファの背もたれに全体重を預ける。

 あー、負けた負けた。これでもそれなりに自信はあったのになぁ。

 それに結局、彼女がデュエルを挑んできた意味もわからなかった……が、まぁそれはどうでもいい。デュエリストがデュエルをすることに疑問なんてないのだから。

 

「あー悔しい。でも楽しかった……次は負けないからな」

 

「私も楽しかったです、ありがとうございました」

 

 ふわりとした、自然な笑みを見せてくれる彼女。

 息が詰まりそうになり、顔が赤くなるのがわかる。そんな顔を見せてくれたのは今日の中で初めてだ。

 というか、これまで表情での表現が乏しかったのに突然のそれは反則だろって。

 彼女のことを直視出来なくなって視線を逸らしながら、俺は言う。

 

「お互い疲れてるだろうし、もうそろそろ休もう。君は悪いんだけど俺の部屋にあるベッドを使ってくれ。俺はここで寝る」

 

「私は構いませんが……良いのですか? 私がここで寝ても構いませんよ」

 

「流石に女の子にソファで寝てくれって言って、自分だけベッドで寝るなんてできねーよ」

 

 そのくらい格好つけさせてくれ。

 

「じゃ、部屋に案内するから」

 

 両親の部屋でもいいかと思ったが、仕事のものが置いてある部屋にその部屋の主たちがいない時に入って弄るのは肉親とはいえ気が引けた。

 家の2階にある自室に彼女を案内して、俺はそのままベランダに出る。春先とは言え寒々しい風が体を撫ぜて、つい首をすくめた。

 

「まだ来ないほうがいい」

 

 そう彼女に言って、空に目を向ける。

 精霊とはいっても鳥は鳥なのか、あのガルドとかいうのも含めて空に生命の気配はしない。

 どうも俺を好いてくれている風の精霊とやらは俺の意思も汲み取ってくれるらしく、なんとなくだがこの周囲一帯にそういった生物がいないことも把握できた。なんで好かれているのか、全く覚えがないというかそれに関してはホント意味わからん。

 

「ん、とりあえずいまこの辺りで探してはないっぽい」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 俺の言葉をOKの合図だと捉えたらしい彼女が、部屋からベランダに出てきた。

 風に髪を靡かせる彼女を、月明かりが照らし出す。

 

「明日にでも、出て行っちゃうのか?」

 

「あまり長居してしまうとよくないです、この辺りにいるということはバレていますから。――ユートさん、今日は助かりました。お返しもできずにすいません」

 

「そんなのはいいよ、俺がやりたくてやったことだ。今日みたいに家に俺しかいないってこと結構多いから、誰かが居てくれるっていうのはそれだけで少し嬉しいし」

 

 両親が忙しいのもわかっているし、そのおかげで今の暮らしがあるのも理解している。

 でもそれでも、少しの寂しさを感じてしまうのは我が儘なんだろうか。

 

「――だから、さ。君さえよければ、たまにうちに来なよ。旅の途中で思い出したときにでもいい、俺でよければ歓迎するからさ」

 

 ついそんなことを言ってしまったのはその寂しさからなのか、彼女への感情からなのか。おそらくは両方だろう。

 俺も自身がかなり自由な、それこそ奔放といっていいかもしれない性格をしていると思う。でもそれは“帰る家”があるから、フラフラと流れることができる。彼女にとって仮でもいいから、そんな場所があってもいいんじゃないかと思った。

 

「……いいんですか? またご迷惑をお掛けすることになります」

 

「いいさ、待ってるよ」

 

 彼女の方に向き直り、右手を差し出す。

 握手だと悟ってくれたようで、すぐに握り返してくれた。

 

「俺のこと、信じてくれてありがとうな」

 

「風が言っていました、あなたは悪い人ではないと。私自身も実際にあなたと話をして、そう思っています」

 

「それは光栄だ」

 

 名残惜しくも手を離して、俺は部屋のドアに向けて歩き出す。

 

「じゃ、おやすみ。ウィン」

 

 部屋を出る際にそう言い、扉を閉じる直前に背中に返ってきたおやすみなさいという返事を聞いて、なんだか今日はとてもよく眠れそうな気がした。

 

 

 ――翌朝、夜明け直後ほどの時間に彼女は家を出ていった。ただ一言「また会いましょう」と言い残して。





もうちっとだけ続くんじゃ


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すこし昔のお噺 3

お待たせしましたというかお待たせしすぎましたすいません。
ということでひっそり投稿。

ARCⅤのジャックを見て私のリビドーがバーニングソウルして活力をいただきました。
いやぁ、まさかジャックがちゃんとキングしてるとは()

近頃の私のウィンちゃんデッキでは音響戦士を取り込んだりそのギータスと共に召喚師ライズベルトを取り込んだりしてペンデュラムにも対応、尚且つレベル操作でランク4やレベル8を出しやすくなっているのでスカーライトも出せそうです。
最近はスターダストクロニクルを出して大満足しております←
いやぁいろいろ弄っているといろいろできることが増えて楽しいですねぇ。






 スゥ、と深呼吸して空気を吸い込む。

 精霊世界特有の、魔力を含んだ大気。やはりこちらのほうが私の体に馴染む。

 私――ウィン――は(ユートさん)と出会ったあの街を離れて、精霊世界へ戻っていた。

 私を追っている人たちは今頃あの街から私が離れたことを悟っている頃だろう。――追ってきた人たちがあの街から離れるように、意図的にそれがわかるようにしたのだから。

 なぜそんなことをしたのかといえば、彼から言われた一言が理由であることは確かだった。

 

 “たまにうちに来なよ。旅の途中で思い出したときにでもいい、俺でよければ歓迎するからさ”

 

 風に愛された彼から言われたその言葉が、頭から離れない。

 流浪の旅を続けている私にそう言ってくれた人は初めてだった。人間界で実体化していない私を見ることのできる人とであったのも初めてのことだったけれど。

 こちらの世界では部族を抜け出た私を受け入れてくれるところはほとんどない。あるとしてもいくつかの種が集まった街で、数も少ないことから見つかる可能性が高いせいで長居はできない。路銀を少しばかり稼いで、旅に必要なものを手に入れて、できるだけ早く離れる。そんなことの繰り返しだ。

 だから、私が頼れる……頼ってもいい場所ができたのは少なからず嬉しいことだった。彼からは私を騙したりしているような空気は感じられなかったこともある。

 それに昨夜の会話。彼にとっては何気ないことだっただろう、私に貸してくれた部屋を出る間際にかけられたおやすみなさいという一言。そんなことを言われたのは久しぶりで、動揺してしまって、なにか無性に嬉しくなって、同じ言葉を返すだけなのに時間がかかってしまった。……思い出すと心が少し暖かくなる。

 彼は少しおかしな人だったけど、優しい人だった。見ず知らずの私に良くしてくれて、本当に感謝している。でもそんな彼だから、あまり迷惑をかけられないと思った。

 追っ手を撒くという意味でも、しばらくは行かないほうがいいだろう。あの街をマークされたら行けなくなってしまう。

 

「……《プチリュウ》?」

 

 どこからともなく小さな黄色の体をした子供の竜が現れて、私の周りをくるくると回りだす。

 私の使い魔(パートナー)であるプチリュウだ。決別の意志とまで言うつもりはないが部族の皆が鳥獣族をパートナーとしている中で、旅に出るまでパートナーを持っていなかった私はドラゴンであるこの子を選んだ。

 こっちの世界に残ってもらっていたこの子は、私が帰ってきたのがわかってここに来たんだろう。

 

「そろそろ行かないと」

 

 転移のための術を起動する。

 こちらの世界なら、人間界ほど術の発動に神経質にならなくていいのはいいことだ。そういったものは溢れているのだから。

 ただ、行き先を追跡されないようにする細工だけは必須になる。前回はそれをどこか間違えて追われてしまった。

 次に行く場所はこっちの世界の街だ。プチリュウに手を伸ばして術の中に入れる。

 ――瞬間、私の意識と肉体は別の場所に飛ばされた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 あれから時間は流れて……。

 

 

 ――ウィンと出会ったあの日から、もう半年が過ぎる。

 

 あの日からひと月ほど経った頃に一度、彼女はまたウチに現れた。

 必ず会おうとかそういう約束をしたわけじゃなかったからまた来てくれるかわからなくてそのひと月なにかとそわそわしていた俺は、そのときは自分でも想像してなかったほど嬉しかったのを覚えてる。

 そのあともウィンは定期的に、少なくともひと月に1回はウチに来てくれた。

 始めの頃は、ただ話をした。ウィンのことをもっと知りたいと思っていた俺にとってはいい時間だった。ウィンは旅の間にあったことを、俺はこっちの世界でのことを。話に夢中になってしまって、真夜中まで語り合っていたこともあった。

 そうして会って別れてを繰り返して、それは確か3回目以降のこと。俺はウィンを連れて街に繰り出した。話す内容が少なくなってきたのもあったけれど、それよりも旅を続けるウィンに楽しんでもらいたいと思ったからだ。

 街のショッピングモールを中心にして、いろんなものを見て回りながらのウィンドウショッピング。行く店を決めて回っても良かったけれど、俺たちには気ままに見て回った方が性にあっている気がしてブラブラと歩き回った。普段ならあの能力のせいで人ごみにいると感じてしまう疲れも忘れて。

 目に付いた映画を見に行ったり、アクセサリをウィンにプレゼントしたり、ゲーセンで盛り上がったり。

 ウィンがやってくる度に話をして、街を歩き回って――そういう、楽しい時間をウィンと何度も過ごした。

 やらかしたというかミスったことといえば、俺の母親にウィンのことがバレたということくらいか。

 こちらの世界に実体化しているウィンなら俺のような特性のない人にも見えるのは当たり前のことで、あるときリビングで2人ともうたた寝してしまい、しかも肩を寄せ合わせるような感じでいたのを母親に目撃されてしまったのだ。

 寝ていたので気づかず、しかも余計な気を回したのかその日母親は家に戻って来ずに、後日根掘り葉掘り聞かれたのは精神的に辛い出来事だった。

 

 ――会う度に俺のウィンへの想いは強くなって、別れるのが辛くなっていく。仕方のないことだと分かっていても、辛い。

 

 女々しいことは重々承知。でもどうしようもないんだ。こんな強い感情を抱くのは初めてだから。

 不定期に訪れる彼女だが、前回来た時から空いた時を考えるににそろそろ来る頃なんじゃないか。そう思ってしまうとついそわそわしてしまう。

 自室のベッドの上で悶え続ける男子の図なんて誰得でもないが。

 

「あー、会いたいなぁ」

 

 

 

 ――結局彼女が我が家を訪れたのは、それから更に1週間が経ってからだった。

 

 

 

「お邪魔します」

 

「おう、おかえり」

 

 “おかえり”

 俺はウィンが来たときはそう言うようにしている。

 少しでも拠り所と思って欲しいという想いでそうしている。

 俺のいる時間を見計らって来ているようで、来るのはほぼ確実に俺がいる週末の朝。それは今回も変わらず、土曜の朝に彼女はやってきた。

 

「まぁ、とりあえず上がってくれ」

 

「はい、お邪魔します」

 

 それからはとてもゆったりとして落ち着ける時間が流れていく。

 他愛もない会話を交わして、デュエルで盛り上がる。

 そんな風に時間を忘れて過ごしているといつの間にか昼時になり、街へと繰り出す流れになった。

 

「ウィンはさ、なにか食べたいものある?」

 

「そうですね……クレープを食べたいです」

 

「ん、了解。飯食べたあとでな」

 

 外食といっても、中学生の俺らが利用するような場所といえばファストフードやファミレス程度だ。

 やはりこの頃は量がないと満足できなくなってきている。女の子なウィンと比べて確実に多い量を同じくらいの時間で腹の中に収めて、まだ余裕がある。

 

「――まだ満足できねぇぜ……」

 

「何か言いましたか?」

 

 なんでもない、と誤魔化しつつ何故か受信した電波を頭の中から消去。

 満足民はまだ当分来てはいけない時代だ。

 特に問題なくお姫様(ウィン)ご所望のクレープも手に入れて、俺たちは近場の広場のベンチに腰掛けた。

 眼前では小学生低学年位のちびっ子たちが走り回っていたり、その横の方ではデュエルディスクを使ったデュエルをしているグループもいたりと、子供も大人も休日を満喫している。

 自分の分のクレープに口をつけながら視線を横目でウィンのほうに向けてみる。

 彼女もクレープに口をつけだしていて、啄むように食べていた。予想以上に可愛らしい動作でドキっとする。

 つい視線を向けたままにしてしまい、こちらを見たウィンと目が合ってしまった。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いや――」

 

 なにか、なにか言わないと……!

 と無意味に焦りだした俺が口に出した話題は、このクレープを買った移動販売のお店での一幕だった。

 

「――買えなくて残念だったな、って思ってさ。クラスの連中が話してたから、あの店のミックスベリーのこと」

 

 おすすめはミックスベリー。そう聞いていたんだが買えなかった。

 店を間違えてはいないと思う。実際メニューにも書いてあったし。ただし、売り切れマークと共に。

 なので大人しく諦めて俺は1番人気だというブルーベリーを、ウィンはストロベリーをチョイスしていた。

 

「ユートさん、私にそちらを一口いただけませんか?」

 

 ウィンがそう言ってくる。

 断る理由もないので包みごと手渡そうと差し出すと、彼女は俺の差し出したクレープにそのまま口をつけた。

 こ、これは俗に言うあーんとかそういうやつなのではついでに間接キスですかねそうですよね……?

 心拍数の跳ね上がりを抑えられない俺を他所に、その元凶である彼女は自分のクレープに口をつけていた。

 

「――ブルーベリーとストロベリーで、ミックスベリー。そういうことなんじゃないでしょうか」

 

 気恥ずかしさだとかテンパりだとかを置いておいて、ハッと気付かされる。

 そういうことだったのか……あの店主、やってくれる。つい視線を公園の隅にあるクレープ屋の車の方に向けてしまった。

 デュエルだとしたら、止める手段はあったのに既に発動されているカードとのシナジーに気づかないまま続くカードの効果を軽く見て発動を許したところでコンボを通されてしまったといったところか。

 これは上手く踊らされてしまった。悔しがるどころか賞賛してしまいそうになる。

 なるほどなるほどと納得していたところ、俺の目の前にクレープが差し出された。

 

「ユートさんもどうぞ」

 

「お、おう。ありがとう……でもいいのか、口つけちゃって」

 

 俺がそう問いかけるとウィンは一瞬何を言ってるのというような顔をして、そのあとにハッと何かに気づいたような表情になって、自分の手元に視線を向けながら僅かに頬を染めていた――――めっちゃ可愛い。

 

「私はいただいてしまいましたし……あなたなら、私は構いません。これで、その、おあいこというか」

 

 クレープを差し出したまま、呟くようにそう言うウィン。

 

「そ、そうか。じゃあ……」

 

 溢れそうになるリビドーを押さえつけるのに精一杯な俺が返せたのはそれだけで、とにかく差し出されたクレープを一口いただく。そのまま自分の分も一口。

 二種類のクレープを一緒に味わうものの――この状況で味なんて正直わかんないんだよなぁ……。

 その後妙に声を掛け辛くお互い無言でクレープを食べ進めていたのだが、心の中の俺がこのいい空気で日和ってどうするんだよと主張してくる。突然どうしたんだもうひとりのオレ!

 いやまぁ確かにこうアタックするには悪くない状況だと思うけどそんな簡単に言われてもどうすればいいか……とにかく行動? ま、まぁさっきのウィンの態度からして、その、悪くは思われてないようだからチャンスではある……と思いたい。とはいえどう行動すればいいのか思い浮かばないんだが。女性経験ゼロなめんな。

 え、勢いでいけ? こういう時には勢いが大事? 嫌われてなければ大丈夫ってそんな。てかもうひとりのオレ一体何人いるんだ。囲むなこっちくんな。

 でもまぁ確かに、今の俺が考え続けても碌な答えなんて出ずに時間が過ぎるのは確実。自分の気持ちに素直になって動くのも悪くないのかもしれない。それになんというかこういうのは俺の方からいきたいし。女の子から来るのを待ってるのはちょっとカッコ悪い。

 さあ、覚悟を決めようか。大丈夫何の問題もない。心の(気持ち)を信じればいいだけだ。――ここまでもうひとりのオレが出てきてから数秒の自問自答(一人漫才)

 

「なぁ、ウィン」

 

 変に上擦った声にならないように、自然に声を掛ける。

 

「な、なんでしょう」

 

「もう一口、もらえないかな」

 

「わ、わかりました」

 

 こちらを振り向いた彼女のエメラルドのような瞳と目が合って一瞬たじろいでしまったが、気を持ち直してしっかり相対する。

 

「えっと、もう一度、ですか?」

 

「そうしてくれると、嬉しいかな」

 

 おずおずと差し出されたクレープを先ほどと同じように一口もらう。そして自分の分も一口。これから考えてる事のために量は少なめで。――どちらにせよ相変わらず味はわからない。

 多分顔とか真っ赤になっているだろうが、ここまで来たらもう勢いだ。いまさら止めることはできない。止まっちゃいけない気がする。

 二種類のクレープを頬張ったままそっとウィンの肩に手を掛けてこっちを向かせる。そして心の中でごめんと思いながら――

 

 ――その小さな唇に自分のそれを重ねた。

 

 ウィンの目が驚きで見開かれているのが、ごく至近距離で見える。とっさだったのか、空いている方の手が俺の胸に当てられて押し返すように力が掛けられる。

 俺はその力に負けないよう肩に置いた手を彼女の背中に回して、想いを伝えるようにキスを続けた。

 次第にウィンの腕から力が抜けていき、もう俺の胸に手を置いているだけになっている。

 対する俺はというと緊張が一周して吹っ切れてしまったのか、口の中にあるクレープの味を感じることができていた。甘酸っぱく、そして彼女の唇の感触という特別なトッピング付きのミックスベリー。

 舌をつかってウィンのほうにもおすそ分けを渡す。

 それは拒否せず受け取ってくれて、結局、口の中のミックスベリーが無くなるまで俺はウィンを離さなかった。

 キスをして同じ味を感じている――そう考えるだけでなんていう官能感なのか。

 ミックスベリーが無くなってお互いの舌先が僅かに触れ合って、それを合図に名残惜しくも背中に回していた手を解放した。

 これ以上は本当に歯止めが効かなくなりそうで……こんなにとは思っていなかった。

 目の前には惚けた表情のウィン。俺も今のキスの感触を思い返して、少しボーっとしてしまう。

 

「ゆ、ゆゆ、ユート突然な、何を――」

 

 先に再起動したのはウィンの方だった。

 頬どころか耳まで真っ赤に染めて、とても驚いたという感情を表情で訴えてきている。

 普段の落ち着いて冷静な雰囲気とはまるで違う彼女の表情に見蕩れてしまう。

 が、俺も何も言わないわけにはいかない。

 

「ウィン――好きだ。君と、ずっと一緒に居たい」

 

 だから、ただ真っ直ぐに、最短で、一直線な言葉で想いを言葉にした。

 細かいことはどうでもいい。余計な言葉もいらない。どんなに言葉を重ねても、言いたいことはこれだけだからシンプルに。

 

「突然なのは悪いと思ってるけど、この気持ちは本物だから。」

 

 ウィンの答えを聞かせて欲しい。俺がそう口にしようとした瞬間――

 

 

 

 ――轟! と、音を立てて空気が変わった。

 

 

 

「なん、だ?」

 

 咄嗟にに周囲を見渡す。周りの風景は変わっていない。だが、

 

「人がいない? いや、いなくなった?」

 

 勢いでキスとかしてしまっていたが、ここは休日の公園。それなりに人はいた。それにさっきクレープを買った店の車も消えている。

 偶然とかそういう話ではないことはもう確定的だ。

 

「ウィン、大丈夫か」

 

「はい、大丈夫です。これは結界ですね、それもこの公園を覆っています」

 

 さっきまでの空気は文字通り吹き飛んでいて、ウィンも真剣な表情で周囲を見渡している。

 

「私たちだけをこの空間に引き込んだ、といった感じでしょう。下手人には心当たりがあります。たぶん――」

 

 その言葉の先をかき消すように、再び轟と風が唸った。

 吹き付けてきた風に反射で目を瞑って腕で顔を庇う。

 

「……っ」

 

 それが吹き止むのをまって目を開ける。目の前には俺と同じように腕を顔の前で交差したウィンの姿。

 再び目を開いた彼女と目が合って、それから状況把握のためにベンチから立ち上がり視線を周囲に向ける。

 すると、さっきまでは居なかったはずの人影が視線の先に立っていた。

 白でミニスカート丈のワンピースに、太腿の半ばまでを覆う黒いショートパンツ。そしてウィンの身につけているものと似た茶色のローブ。

 なにより目を引かれたのは、ポニーテールにまとめられたウィンと同じ色をした髪とこれまた同じエメラルド色の瞳。

 ――下手をすればウィンと見間違ってしまいそうな容姿をした少女が、そこにはいた。

 

 

「久しぶりね、ウィン」

 




ガスタの回し方知らないどうするか←


どこかの世界線↓

ユート「ウィン、ウィンなのか? どうしてここに、自力で脱出を!?」
ウィンダ「えっ……」
プチリュウ「彼女はウィンではない(無言の腹パン)」

なんか変なの思い付いてしまった←


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