無職転生ールーデウス来たら本気だすー (つーふー)
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一章 屍の前で産声をあげる赤子は決意を
1話 『ターニングポイント・ゼロ』


皆様、大変お待たせ致しました…。
原作との矛盾した設定の練り直しが完了致しましたので、投稿を再開致します。
今後はこのようなことがないよう、努力致します。申し訳ありませんでした。

※10月9日追記
批判募集したいと思います。もし、この作品を読んで下さった方で、この作品に不満点を感じられましたら、遠慮なくそのことを言ってくださると幸いです。
そういった不満点を参考にし、改善出来るようにしたいものですので。やはり、書くからには皆様も納得出来るものを書きたいものですから。
どうぞ、よろしくお願いいたします。


 

 

 

 ――どうして、私を助けてくれるの?

 ――さて、どうしてでしょうね?

 

 白髪の少女の問い掛けに、私はからかうかのような笑みを浮かべて答えた。

 はぐらされたことは明らかであろうが、少女はそのことを気にした様子も見せず、自身の腰に掛けられた毛布へと視線を落とす。

 

 ――私には…何もないの。私は…貴方に何も返せないのよ…?

 ――いえいえ、既に貴方からは十分なものを頂いてますよ。

 ――…………。

 

 私のあっけらかんとした態度に、白髪の少女は黙り込んでしまう。

 

 ――私はですね、大きな目標を成し遂げたばっかりで、空っぽになってたんですよ。

 ――空っぽに…。

 ――そう、私も貴方と同じで空っぽなんですよ。

 

 そんな辛辣とも言える言葉に、白髪の少女は気にした様子も見せず、隣に置かれていた新聞を手に取っていた。

 

 ――大きな目標…それはこれに載ってること?

 

 白髪の少女が差し出してきた新聞には、『時空間の権威、現る!?』なんてことがデカデカと記載されていた。

 因みに、この権威というのは私のことである。以前にとある実験を成功させ、世界的に有名となった学者だ。

 

 ――そうですよ。燃え尽き症候群って言うんですかね? 頑張って必死こいて成し遂げたんですけど、それ以来、一気にやる気なくなっちゃったんですよ。

 ――……そう。

 

 だが、少女は素っ気ない態度で再びうつむく。

 

 ――……ふむ。

 

 そんな彼女の様子に、私は思案げな声を上げる。そして、ポツリと口を開いた。

 

 ――私が貴方を拾った理由なんですけどね…単純に、私の目標になるかも知れないって思ったからなんですよ。

 ――…どういうこと?

 ――そのままの意味ですよ。貴方の存在は、私の新たな目標になりうるってことですよ。

 ――…………。

 

 よく分からない。そんな表情を浮かべる少女に、私は苦笑を浮かべる。

 

 ――つまり、貴方の願いを共に叶えましょうってことですよ。

 ――……えっ?

 

 私の言葉を聞いた少女は、とても、とても酷く驚いた表情を浮かべていた。

 

 ――…どうして…そんな…。

 ――だから、言ったではありませんか。貴方は私の新たな目標になりうるって。

 ――……そう、そういうことね。

 ――ええ、そういうことですよ。

 

 そして、私は胸をドンッと叩く。

 

 ――任せて下さいよ。何てったって、私は天才ですからねっ!

 ――天才…自分でそんなこと言うのね。

 ――フフフ、世界的に認められてますから問題ありませんよ。泥船に乗ったつもりで安心したまえ!

 ――……それ、全く安心出来ないわよ…。

 

 大して笑うことも出来ない寒い冗談を口走る私に対し、呆れからなのか少女はようやく笑顔を見せる。

 

 ――…………。

 

 けれど、唐突にその笑みは止まり、顔をうつむけた。一筋の雫が垂れ落ち、そのまま鼻を鳴らして泣き始めてしまう。

 

 ――ありがとう、ございます。

 

 声を殺した嗚咽を上げながら、白髪の少女はそう呟いた。

 

 ――……貴方は救われるべき人です。こんなところにいるべきではありませんよ。

 ――私のために、ありがとう、ございます…。

 

 私の言葉に、少女は感謝の言葉を出しながら泣き続ける。

 

 

 

 

 これは、私の根底にある思い出。決して忘れてはならぬ記憶。

 過ちではない、罪ではない、贖罪でもない、ただの私情。やりたいから、やるのだ。

 気付くには遅すぎた。失ってからでは、何もかも手遅れなのだ。温もりは、暖かさは、掌から零れ落ちてしまった。

 だからこそ、忘れてはならぬ。次こそは失わぬよう、刻み込まなくてはならない。魂に、その意思を。

 

 

――――

 

 

 その山脈は、陸地を横断するかのように存在していた。そんな山脈の中心部には、ひときわ大きな山が存在する。

 名は龍鳴山。

 

 遠い昔、龍界と呼ばれる世界に存在していた龍族の故郷にあやかり、その名が付けられた。

 大陸の中央に位置するこの山は、しかし、レッドドラゴンと呼ばれる獰猛な竜の縄張りとなり、とても人が住めるような地ではない。

 

 だが、龍鳴山の中腹に、一軒の家がポツンとあった。ドラゴンが飛び交う山に、人の住むための家があるなど異様な光景だろう。その家に近寄れば、更に驚く光景が映ることとなる。

 幼女だ。

 年端も行かぬ幼い子供がいるのだ。

 緑と銀の混ざり合ったメッシュで、肩まで届かぬ髪を伸ばした可憐な幼子である。

 そんな幼女は桶を持ちながら、家の前をえっちらおっちらと歩いているのだ。家の裏へと行っては戻り、桶の中身を裏手へと運んでいた。

 

 幼女を追い掛けて裏手へと進めば、その先は大きな洞窟となっている。そこから更に奥へと進めば、巨大なナニかがそこにいるのだ。

 巨大な体と長い首、赤い鱗、鋭い牙と爪を持つ、爬虫類が棲息していた。即ちレッドドラゴンだ。

 それも通常のものよりも巨大な竜である。体格だけでも、平均的なレッドドラゴンの二倍、翼を広げれば三倍はあるだろう。

 

 幼女は竜の近くに置かれた箱の中へ、桶の中身を流し込んでいた。レッドドラゴンは、少女を見ても、敵意を示さなかった。それどころか、欠伸をするかのような仕草を見せながら、幼女の働きぶりを眺めていた。

 幼女もそのことを気にした様子も見せず、何度と何度も往復しては、桶の中身を箱の中へと流し込んだ。そして、箱がある程度満たされたところで、幼女は桶を置いて疲労したからだを伸ばし出す。

 

「ふぅ…ようやく終わりましたね」

 

 幼女は幼女らしからぬ滑舌で呟き、竜へと一礼する。ドラゴンはドラゴンで「ご苦労」と言わんばかりに鼻を鳴らし、桶へと顔を突っ込み始めた。

 その様子を確認した幼女は、問題なくご飯の用意が出来たと判断し、家へと戻って行った。

 木造の、何の変哲もない家である。だが、見る者が見れば、その家には高度な魔術結界による防護が施されていることがわかっただろう。

 

「ラプラス様ー、サレヤクト様への食事の用意が終わりましたよー」

 

 幼女が家の中へと入れば、そこには生活感あふれる光景が広がっていた。

 椅子にテーブル、観葉植物、紙束に、何に使うのかわからないガラクタの数々。それらは綺麗に整頓されており、まるで展示品のように並べられていた。

 幼女は特に周りへと視線を向けることなく、家の奥へと歩いていく。声を掛けた相手の元へと、向かっているのだ。

 お城のように巨大な家でもないので、目的の場所にはすぐにたどり着いた。家の最奥にある部屋だ。この家の主が滞在している、もっとも広い部屋である。

 

「ラプラス様?」

 

 幼女は扉を開き中へと入った。中には少女の背丈の数倍はあろうかという高さの本棚が、所狭しと並んでおり、まるで図書館のような部屋であった。

 幼女は本棚の立ち並ぶ区画の、更に奥へと足を運ぶ。

 図書館という建物は、この世界には数えるほどしか存在していない。

 だが、この本だらけの環境は、彼女にとっては見慣れた光景であり、目をとられるようなものでもなかった。

 

 そんな本だらけの領域の中に、一人の男がいた。入り口に背を向け、机に向かって無心に何かを書いていた。

 銀色と緑色の入り混じった斑模様の髪。

 幼女と似たような髪色であるが、幼女とは違い不気味な模様だろう。けれど、その幼子にとってはそれすらも見慣れたものであった。

 

「ラプラス様」

 

 幼女が呼びかけると、男は弾かれたように顔を上げる。背中の翼をゆっくりと広げて後ろを振り返り、幼女の姿を認めた。

 

「おや、リベラル。こんなところで何をしているんだい? 君が覚えることは沢山あるんだ。まだ終わってないだろう?」

「いえ…サレヤクト様への食事は終えましたし、鍛練は既に終えましたよ…」

「おや、そうかい?」

 

 男は立ち上がった。すると、少女は男を見上げるハメになった。なにせ、男の背丈は二メートルを越えるほどに大きかったからだ。

 ラプラスと呼ばれた彼は、顎へと手を当て、悩む仕草を見せる。

 

「そうか、食事の用意も終わったか。ご苦労様。それにしても、そうか、鍛練が終わるほどに時間も経っていたか」

「何ですかその反応は。まさか今からまたやれとか言いませんよね…」

「勿論やれと言うとも。君には何としても、私の持ちうる全ての技術を会得してもらわないといけないからね」

 

 男の返答に、幼女はげんなりした様子を見せる。最早この世の全てに絶望したかのような、苦い表情を浮かべた。

 

「もう休みたいんですが」

「駄目だよ。既に奴の攻撃を受けているからね。私は無敵じゃないから、どうしても早急な保険の確保が必要なのだよ」

「……保険…ですか」

「そう、保険だよ。何度も言っているだろう? 私も、君も、何としても生き延び、将来に誕生する御子様に伝えなければならない、と」

 

 そこから彼は一呼吸置き、更に言葉を口にする。

 

人神(ヒトガミ)を殺す知識を、技術を模索し――オルステッド様へと譲り渡すのだ」

 

 それが、それこそが、我ら龍族の悲願だと――。

 

 

 

 

 人神(ヒトガミ)は、無の世界と呼ばれる世界に存在している。

 そして、その地に至るには、五龍将の秘宝が必要だ。世界の各地で見つけた五龍将の末裔。その彼らに渡した龍神の神玉の欠片から作った秘宝が。

 

 だが、その際に――龍神の神玉は一欠片だけ余っていた。

 ラプラスは欠片の扱いに悩んだ。ヒトガミを倒すために使おうと考えていたのだが、どのようにして使わせてもらうのか悩んだのだ。

 

 魔道具に組み込み、ヒトガミの未知の力に対応する――奪われた際のリスクを考慮し、その案は却下した。

 無の世界へと至ることを更に磐石とするため、五龍将の秘宝と同じ扱いをする――既に方法は確立されているので、無駄に補強する必要はない。

 自身に埋め込み、龍神の神玉の力をより多く得る――既に埋め込まれている以上、更なる力は死を招きかねない。

 様々な案を捻り出し、迷いながらもラプラスはひとつの答えを出した。

 

『己の子孫に、龍神の神玉の力を与える』

 

 これが自身の無い頭で絞り、考え付いた最良の答えだった。慎重に吟味し、辿り着いた未来への一手。

 もしもラプラスが死んだとしても、未来に生まれるオルステッドに繋げられる保険にもなる。

 神玉の力によって、ラプラスが解明出来ないヒトガミの脅威に対応出来る可能性もある。

 そして何よりも、オルステッドと共に戦う仲間となる。

 

 五龍将であるラプラス自身は、無の世界へと至るための生け贄なので、共に戦うことが出来ない。彼にとって、それだけは拭いようのない無念であった。

 しかし、己の子孫が御子と共に戦うのであれば、憂いのひとつがなくなるのだ。

 

 だが、子孫に龍神の神玉の力を託すには、大きなリスクがあった。

 

 龍神の神玉とは神の力である。欠片とは言え、それは途方もない力だ。

 だからこそ、力ある五龍将にしか神玉は与えられなかったのだ。身に余る絶大な力により、魂を維持出来ないが為に。

 子孫に龍神の神玉を託す最大のリスクとは、即ち子孫の死である。もしも死んでしまえば、定着させる神玉を無駄に失うことになるのだ。

 けれど、ラプラスは迷うことなく実行した。

 

 神の力をより強く馴染ませるためには、不純物のない赤子の時が最良だ。神の持つ運命は強固であるが、妊娠中であれば運命は最も弱くなる。

 不完全な理論を組み立てつつも、ラプラスは目的の為に進んで行った。同胞の龍族と人族のハーフである女性に協力してもらい、彼は大きな一手の為に子孫を生み出し――

 

 

 ――失敗する。

 

 

 神玉の力に耐えきれなかった女性は死亡し、赤子も当然ながら耐えきれずに死亡した。そして、神玉は碎け散った。結果として、龍神の遺産を無駄に失ってしまったのだ。

 その後、ラプラスはとあるエルフの少女を拾い、闘神によって魂を真っ二つにされる。そして、“人”を憎悪する『魔神』と、“神”を打倒せんとする『技神』となり、オルステッドの最大の障害として立ちはだかってしまう。

 それが、本来辿る正史。

 

 けれど、この世界では違った。未来に大きな揺らぎがあったのだ。

 とある無職転生(ルーデウス)が生み出した揺らぎは、更に大きな波紋を呼び、ナナホシと呼ばれる少女を呼び出す。

 しかし、それは遠い過去であるラプラスには何も関係はなかったし、実際に彼の運命が変わることはない。

 だが、彼が生み出そうとした子供には、ありうべからざる奇跡が起きた。

 

 

 この世界では、ラプラスの子孫が誕生した。

 その子を生んだ女性は死んでしまったが、赤子は龍神の神玉の力を馴染ませ、誕生したのだ。

 ラプラスは生まれた己の子供を抱き抱え、とある名を授けた。

 

 ――リベラル。

 

 それが、最初のターニングポイント。

 生まれる筈のなかった特異点。

 

 平行世界とは、行動によって無限に分岐する。

 過去が揺らげば未来が変化するのは当然のこと。しかし、未来が揺らぐことによって、過去が変化することもあるのだ。



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2話 『だから彼女は嫌いだった』

前回のあらすじ。

リベラル「私、誕生!」
ラプラス「保険、誕生!」

尚、この話の前に12話も更新されておりますので、そちらを観覧されていない方はお気をつけ下さい。


 

 

 

 龍鳴山の中腹に、木の無い空間がポッカリとあった。その不自然さから、人工的に手が加えられていることは明らかであろう。

 ポッカリと開いた空間の中心に、一人の男と幼い少女が向き合って位置していた。ラプラスとリベラルである。

 

「では、始めようか」

「……はい」

 

 ラプラスの問い掛けに対し、リベラルは心底嫌そうな表情を浮かべながらも、彼女なりの構えを見せる。両手を前に置き、軽く膝を曲げた。ボクシングに近い構えである。

 ラプラスはその様子を棒立ちのまま眺め、自然体のまま立ち尽くす。遠い昔の野性的な獰猛さはなりを潜め、今では理知的な姿だった。

 

「君のタイミングで始めるといい。私を殺すつもりで掛かってきたまえ」

 

 彼の言葉に、リベラルは無言のまま佇む。呼吸を図るかのように観察し、ただ時間だけが過ぎて行った。そして、意を決したかのように足に力を込めると――大きく後ろへと跳躍した。

 飛び下がりながら掌に魔力を集め、着地と同時に魔術を放とうとするリベラルであったが、彼女の眼前には既にラプラスが迫っていたのであった。リベラルの行動を読んでいたラプラスは、彼女が動いた瞬間に全力で駆け出し、距離を詰めていたのだ。

 苦し紛れに魔術を放ったリベラルであったが、彼は軽く腕を動かすだけで受け流し、彼女の腹へと蹴りを見舞う。

 

「うぐっ!」

 

 フワリとからだが浮き上がり、そしてボールのように跳ねながら地面へと打ち付けられる。リベラルは受け身を取ることすらままならず、勢いがなくなるまで地面とキスをする羽目になった。

 ようやく止まったところで立ち上がろうとする彼女であったが、その前にラプラスが目の前へとやって来ていた。

 

「立ち上がるのが遅い。受け身を取らないからそうなるのだ」

 

 それだけを告げたラプラスは、呆然としているリベラルに追撃を仕掛ける。地面に倒れていた彼女は、当然ながら防御すら出来ず、無防備なまま拳を受け入れた。

 血ヘドを吐こうが、ラプラスの手が緩むことはなかった。助かりたければ、自分の力でこの状況を打開しろと言っているのだ。

 リベラルは歯を食い縛りながら、何とか隙を見付けようと目玉を動かし、顔面を殴られる。辺りに使える物はないかと見渡そうとし、からだを蹴られる。

 どうすることも出来ない現状に喚きながら藻掻くも、ラプラスの手が緩むことはなかった。

 

 結局、リベラルは何も出来ないまま気絶した。

 

 

 それから数時間後、意識を取り戻したリベラルはムクリとからだを起こし、辺りを見渡す。ラプラスは既にこの場から去っており、彼女の周りには誰一人としていなかった。

 リベラルは自分の傷だらけとなったからだを見下ろし、溜め息をひとつ吐く。全身血塗れで、常人ならば致命傷であろう大怪我だ。それでも、死ぬことはない。龍族としての生命力の強さを垣間見る光景であった。

 何で自分はこんな目にあってるのだと思いつつも、魔力を高めて行き、

 

「『ヒーリング』」

 

 その言葉と同時に、全身が淡い光で包まれたかと思いきや、リベラルの負っていた傷はひとつ残らず治る。

 自身の状態を確認出来た彼女は、再び地面へと寝転がり、日の落ち始めた空を眺めながら、

 

「ラプラスの修行マジつらたん」

 

 この時代には合わぬ、軽い呟きを溢すのであった。

 

 

――――

 

 

 リベラルは天才であった。

 

 言葉を教える前に言葉を覚え、意味を理解する。自分の足で動けるようになれば、家の隅々を探索するかのように移動し、本などを読みあさっていた。ラプラスが何をせずとも、一人で学習をしていたのだ。

 

 特に驚くべきことは、その魔術の才能であった。

 勝手に本から知識を得て、誰の教えもなく一人で魔術を行使した。問題点などを見付ければ、瞬く間に改良して扱いやすくする。

 幼子とは思えぬ異常な行動であったが、ラプラスはそのことを喜んだ。リベラルは戦うことを宿命づけられた子である。その異常な才覚を喜びこそすれど、忌諱するなどあり得ないのだ。

 彼女の才がヒトガミを追い詰め、将来誕生するオルステッドの力になることを思えば、頬が弛む一方である。

 だが、リベラルに対して、ひとつだけ不満があった。

 

 彼女は近接関係がからっきしであったのだ。

 

 身体能力を向上させる内なる生命の力、龍気――闘気を纏えぬわけでもない。からだが弱いわけでもない。むしろ、自分の子として相応しい力がある。

 けれど、何故かリベラルが戦う時は、魔術だけでどうにかしようとするのだ。だからこそ、ラプラスが稽古をつけると、いつも一方的な展開にしかならなかった。

 ラプラスはどうしてなのか一度問い掛けたことがあるのだが、素っ気なく「別にいいじゃないですか」としか言わず、結局理由は不明なのだ。

 将来のことを思えば、それは非常に由々しき問題であったのだが、ラプラスはしばらく放置することにした。どのみち、稽古でボコボコにされているのだから、いずれは覚えてくれるだろう、と。

 魔術だけでは限界があることなど、賢い娘ならばすぐに気付くだろうと、期待を込めて様子見することにしたのだ。

 

 だが、ラプラスは気付かなかった。

 

 リベラルがどうして賢いのか。どうして魔術だけしか扱わないのか。その魂が本来よりも歪であったことに、ラプラスは気付けなかった。

 本来の魂は、龍神の神玉の力に耐えきれずに消滅し、別の魂が肉体に滑り込んだことに、彼は気付けなかった。

 

 

 即ち――リベラルが転生者であることに、ラプラスは気付かなかったのである。

 

 

――――

 

 

「んう、くぅぅ…!」

 

 リベラルは大きくからだを伸ばし、疲労で凝り固まった筋肉をほぐしていく。気持ち良さげに吐息を溢しながら、からだを伸ばし続ける。

 それから一息吐き、すっかり日の落ち始めた空を眺めた後に立ち上がる。のんびりとここで休んでいても仕方ないので、家へと向かう。

 

(ハァ…それにしても、転移事件が起きるまで何千年待てばいいのでしょうか…)

 

 鬱蒼とした気持ちで、彼女は未来で起きるであろう出来事へと思い馳せた。

 リベラルには、未来の知識があった。とある無職の男が異世界転移を果たし、この世界を本気で生きて行く物語だ。

 

 とは言え、それは不完全な情報だった。

 

 彼女が知っているのは、ギースとの最終決戦前…即ち、ナナホシが異世界転移装置を作り出したところまでである。生憎、その先の話を知ることが出来ずにいた。

 そこまではいいのだ。未来の知識は強力な武器であり、利用出来るものなのだから。しかし、その知識を活かすには、あまりにも長く、遠すぎた。

 今は第一次人魔大戦から数百年ほどであり、転移事件が起きるまで約五~六千年も先のことなのだ。

 リベラルの未来の知識は、全く持って役に立たなかったのである。

 

(ラプラスには申し訳ありませんが…私はなるべく歴史を改変しないようにさせて頂きますよ)

 

 正直、彼女はラプラスに対して、そこまで好感を持っていなかった。元々知っている知識では、ただの殺戮者であり、オルステッドの最大の障害になるのだから。

 勿論、それがヒトガミの策略によってそうなってしまったことも理解しているし、ラプラスが語ってくれたので、現在に至るまでの過去も知っている。将来、オルステッドの役に立ち、ヒトガミを打倒するために、どれほどの想いで行動しているのかも、全部知っている。

 五龍将を殺され、龍神を殺され、龍界を壊され、夢を壊され、掌で踊らされ続け。ただヒトガミを倒すためだけに、ずっと独りで戦い続けた男。けれど、その想いが実ることなく、最終的にオルステッドの邪魔をする魔神へと変貌して。

 “人” を憎悪し、世界を戦禍に巻き込む、救われない最後の五龍将の一人。

 ずっとオルステッドのためにやってきたのに、そのオルステッドの前に立ちはだかるなんて、あまりにも救われない。

 だけど、その歴史を知っていても尚、

 

(ラプラスは見殺しにする他ありませんね)

 

 冷徹にそう思うのであった。

 

(どのみち、ヒトガミは私とラプラスだけでは倒せませんですし)

 

 オルステッドが行動を開始するのは、甲龍歴330年の冬頃。即ち五~六千年後だ。そこから200年の間、ヒトガミを殺すまでループし続ける。

 

 ここで問題になるのは、その時期までラプラスが無事に過ごせるか、である。

 

 例え第二次人魔大戦でラプラスを助け出したとしても、そこから何千年もの間、ヒトガミから一方的な攻撃を受け続ける羽目になるのだ。

 強力な未来視を持ち、読心術も持ち、更にはそれ以外にも不明な力を持つかも知れない“神”を相手に、助け出すなどどう考えても無理である。

 ルーデウスはよくそんな相手に立ち向かえたと感心することしか出来ない。大切な人を守るため、そしてオルステッドに脅されたようなものだとは言え、常人にはとても無理だろう。

 

(行動を起こすのは転移事件後。そのことを見据えて布石を置くべきですかね…?)

 

 だが、ヒトガミが相手であることを考えれば、それは無意味であると思い直す。

 ヒトガミの未来視がどれほど正確なのか不明であるが、オルステッドが200年間のループを100回以上しても勝てていないのだ。その事実を考えれば、どれほど先のことを見据えていても、無駄なような気がしたのだ。

 こちらにも未来の知識があるとは言え、そんなものはヒトガミがちょっと動けば壊せる程度のものである。

 リベラルは何をどう行動しても、勝利するイメージが沸かなかった。

 

(となれば、やはり鍵は私の持つ『龍神の神玉』ですか…)

 

 ラプラスにより、自身が龍神の神玉の恩恵を受けられることをリベラルは知っていたが、それでも効果を検証することが出来ずにいた。

 当たり前である。対ヒトガミ用に調節された神玉は、ヒトガミを相手にした時にしか効力を発揮しないのだ。そもそもどのような効果なのか、検証のしようがない訳である。

 正に宝の持ち腐れという言葉が相応しいだろう。

 

(しばらくは神玉について調べたいんですけどねー…)

 

 そう思うも、毎日ラプラスにボコられる日々である。そんな余裕はなかった。

 

 リベラルは溜め息を溢し、トボトボと家の中へと入る。だが、そこは以前とは違い、様々な物が乱雑に放置されていた。グッチャグチャのゴッチャゴチャだった。

 彼女が寝転んでいた間にラプラスは実験でも行っていたのか、綺麗だった筈の室内は見るも無惨な姿になっていたのである。

 そのことに、リベラルは再び溜め息を吐いて片付け始めた。片付けを終えれば、彼女はソファーに寝転んで疲れを癒そうとする。

 数少ない休息だ。至福の時間とも言える瞬間であったが、そこになに食わぬ顔をしたラプラスが現れ、

 

 

「何をしているんだいリベラル? 次は私が教えた型の動きを反復練習するんだよ。それが終われば飛行練習もしよう。君に羽はないが、やりようによっては飛べるようになるだろう。飛べるようになれば、私と空中での戦闘訓練としよう。やはり、空を飛べることは大きな利点になるからね。ああ、飛んでいる相手を打ち落とす術も教えなければ。オルステッド様が飛べるとも限らないからね。一緒に最適な方法を模索していこう。レッドドラゴンの相手をするのもいいかも知れないね。なに、もしも危なければもちろん助けるさ。そろそろリベラルも一人でレッドドラゴンを狩れるようにならないと龍鳴山から降りられないからね。後、それからは――」

 

 

「もう嫌だぁぁ!」

 

 ひたすらに戦闘訓練を課すラプラスに、リベラルはうんざりしていたのであった。

 彼女がある程度成長してからは、24時間毎日ずっとこれである。食事は数日に一度。睡眠は数年に一度。休みは無し。風呂もなしで水浴びのみ。そして血が流れぬ日のない暴力。

 龍族の血を引いているので何とか耐えられていたが、中身が現代人であるリベラルにとって、ブラック企業とかそんなレベルを越えている重労働っぷりである。

 いつか逃げ出そうと考えているのだが、龍鳴山にはそこら中を飛び交うレッドドラゴンがいるため、その願いが叶うことはなかった。

 

 ただ、補足するのであれば、この内容は龍族の日常を少し厳しくした程度のものでしかない。

 龍界で過ごしていた龍族は、一歩でも町の外に出れば、レッドドラゴンに襲われる。だからこそ、ドラゴンに負けない戦闘力が必要だった。

 そして、ある一定の年齢から厳しい戦闘訓練が行われ、立派な戦士へと育てられる。多大な特訓を経験したからこそ、彼ら龍族は六種族の中でも一番強いという自負があった。

 つまり、ラプラスは自分の常識に従っていただけななのだが、リベラルの知る常識とはかけ離れていたのだ。

 確かにリベラルには、通常よりも厳しい訓練を課しているが、将来誕生する御子のためであり、そもそも魔術による戦いの才を見せてしまったからである。

 結局、互いに常識のズレがある以上、通常の特訓でもリベラルは泣き言を溢すことに変わりない。

 

 

 つまり、リベラルがラプラスのことを見捨てようと考えた一因は、過度な特訓が原因であった。

 

 

――――

 

 

「――そういう訳だから、しばらく家を開けることになりそうだよ」

 

 ラプラスが違和感を感じたのは、家から離れようとした時であった。

 ヒトガミの打つ布石を取り除くため、しばらく家から離れるとリベラルに告げたときである。

 

「本当ですか!?」

「……うん?」

 

 何だが、リベラルが無性に嬉しそうにしていたのである。

 普段はムスッとした様子で、淡々と訓練をこなしていた娘が、まるで龍神様と会話しているルナリア様のように、輝かしい笑顔を見せていたのだ。

 

「何か嬉しいことでもあったのかい?」

「えっ!? いえいえ! そんなことはありませんよ!?」

「ふむ…ならいいけれど、特訓はサボらないようにしなさい」

 

「はーい! 頑張りまーす!」

 

 笑顔を浮かべる娘が元気のよい返事をしたことに、ラプラスは頬を緩めながら行ってくると告げた。きっと、ヒトガミの策略を潰せることを喜んでいるのだろうと、都合のよい解釈をして。

 そして彼は、長年の相棒であるレッドドラゴンのサレヤクトの背に飛び乗り、龍鳴山から離れていく。

 

 だが、彼は気付かなかった。

 リベラルが笑顔を浮かべていたのは、ヒトガミなど関係のないことに。

 ただ、ラプラスがしばらくの間、留守にすることを喜んでいたのだと…。

 

 

 それから無事にヒトガミの布石を潰すことの出来たラプラスは、約一ヶ月後に龍鳴山へと帰ってきた。

 きっと出発時のように、娘が笑顔で出迎えてくれるだろうと頬を綻ばせて。そんな想像をしていたラプラスであったが、その予想は完全に外れることとなった。

 

「あ、ああっ…!? そんな…もうですか…? 私の安息の時間は…ここまでなのですか…?」

 

 龍神様の神玉を砕かれ、ヒトガミによってネタバラシがされた時のシラード様と同じような、絶望した表情を娘が浮かべていたのだ。

 

「リベラル! 何かあったのかい!」

 

 その様子に、ラプラスはただならぬ事態を感じた。

 

(まさか…ヒトガミの布石は罠であり、私が離れた隙にリベラルを狙ったのか!)

 

 サレヤクトから飛び降り、急いでリベラルの元へと駆け付けたラプラスは、まずは怪我の有無を調べた。リベラルが無事であることを確認すると、次は家の中に向かった。

 しかし、特に荒らされた形跡もなく、特に何かが無くなっていた訳でもなく、ラプラスは混乱することとなった。

 それからリベラルに事情を訊ねて、特に何かがあった訳でもないことを知り、彼はホッと一安心する。

 

 ここまでは良かったのだが、ラプラスが更なる違和感を感じたのは、ヒトガミの布石を潰すために、再び家から離れようとした時だ。

 この時もまた、リベラルは嬉しそうに笑顔を見せていたのだが、帰ってきた時には無表情になっていた。

 その次の時も、また次の時も、リベラルは出発時は嬉しそうだったのに、帰還時は無表情になっていたのだ。

 

(何だ…これはヒトガミの攻撃なのか?)

 

 ラプラスは考えた。

 もしかしたら、リベラルはヒトガミに唆されてしまっているのだろうかと。

 もしかしたら、リベラルはヒトガミの術中により、事情を語ることも出来ぬ事態に陥っているのだろうかと。

 もしかしたら、リベラルは誰にも語ることの出来ない悩みを抱えているのだろうかと。

 

(ならば…どうして私が龍鳴山から離れる時は笑顔なのだろうか? そして、どうして私が帰ってきた時には、あのような表情を浮かべるのだろう…?)

 

 共通点は全て同じである。笑顔なのは離れた時で、暗くなるのは戻ってきた時。

 家にいる間も、何だかリベラルは暗い空気を纏っていた。ならば、自分が離れた時はずっと笑顔を浮かべているのだろうか。

 何故? どうして? 本当にそうなのだろうか? ヒトガミは関係している? もしくは私の勘違い? それとも、他に何か――。

 

 そして、ラプラスは気付いた。

 

 

(まさか――私はリベラルに嫌われているのか?)

 

 

 その事実に。

 

 

――――

 

 

 本日の特訓を終え、クタクタとなったリベラルは家の中へと入り、ソファーに寝転ぶ。

 ラプラスがいない間はずっと特訓をサボったりしていたので、彼が帰ってきてから始まる特訓はいつも以上にキツく感じるのだ。

 ずっと引きこもりニートと化していたので、からだを動かしていなかったことを軽く後悔するのがいつもの流れである。

 そんなこんなで寝転がって休憩をしていたリベラルであったが、

 

「リベラル、いるかい?」

 

 そんな呼び声と共に部屋の扉が開かれ、現れたラプラスに対してビクリと飛び起き、

 

(クソッタレがふざけんじゃねー! さっさと封印されちまえよコンチクショー!)

 

 と、心の中で呪詛を吐くのだ。

 だが、本日のラプラスはいつものように、容赦なく外へと追い出そうとせず、何かを考えるかのような仕草を見せるのであった。

 そのことにリベラルは首を傾げつつ、

 

「どうかされましたかラプラス様? 私に用事があったのでは?」

 

 と、訊ねた。言われることなど既に予想してゲンナリしていたリベラルであったが、ラプラスの口から出されたのは思いもよらぬものであった。

 

「お風呂というものに入らないかい?」

「お、お風呂…ですか?」

 

 予想外の言葉に動揺を隠そうとしつつも、リベラルは内心に沸き上がる期待を抑えられずに声が震えた。

 

「ああ…昔、私が外交官であった時、人界に立ち寄った際にこのような話を聞いたのだ――」

 

 そして、ラプラスは懐かしむかのような表情を浮かべながら、トンでもないことを口走る。

 

 

「――本音を語り合うならば、裸の付き合いをしたらいい、とな」

 

 

「はっ…?」

 

 その台詞を聞いたリベラルは、しばらく頭を捻ることとなったが、気が付けばラプラスによってからだを持ち上げられていたのだった。

 

「ちょ、降ろして下さい!」

「リベラル…君は私のことを嫌っていないかい?」

 

 抵抗して暴れていたリベラルであったが、その言葉にギクリとからだを震わせ、何も言うことが出来なくなった。

 その間にもラプラスは進んで行き、外へと出た。それから手早く魔術を発動させ、簡易的な湯船のようなものを作り出す。

 

「確か…この中にお湯を入れ、からだを浸からせるのだったかな?」

 

 ささっと魔術で水を張り、ラプラスは火の魔術で水を温めていく。沸騰直前となった時に、彼の魔術は止まった。

 

「さて、と」

「うぇ!?」

 

 ラプラスがリベラルを地面に降ろすのと同時に、彼女の服は剥ぎ取られていた。抵抗することも出来ず、いつの間にか上着もズボンもスルスルと脱がされて彼の手に握られる。

 その事実に混乱している内に、ラプラスは更に下着などを剥ぎ取っていく。傍目から見れば完全に事案ものである。

 

「ちょ、ちょっまっ」

「リベラル、これは相手の武器を奪う技術の応用だよ。しっかり覚えて、君も使えるようになるんだ。相手の武器を奪うことは、戦う上でかなり有効な術だからね」

 

 全く持ってお門違いなことを抜かすラプラス。しかし、リベラルはそのことに気を向ける余裕などなかった。

 ここは家の中ではなく外である。龍鳴山という自身のテリトリーにいるとは言え、外で裸にされてしまい、リベラルは羞恥心で動けなくなっていたのだ。

 

「なるほど…裸になって心に衣きせず、くったくなく、隠し事もせずか…人族もよくこのようなことを考えたね」

 

 その間にゆっくりと服を脱いだラプラスが、彼女の肩を掴んだ。

 

「さあ、リベラル。本音で私にぶつかって来て欲しいんだ。どうして私のことを避けているんだい?」

 

 そして、ラプラスはリベラルをお湯へと放り落とした。…沸騰しかけていたお湯へと。

 

「あっ、あづ、あづづづ!?」

「む…少し熱いかな」

 

 あまりの熱さに藻掻いているリベラルを傍目に、ラプラスは龍気を纏うことによって、お湯の熱さを中和していた。

 しかし、リベラルはそのことに頭が回らず、絶叫を上げながら湯船から飛び出る。

 

「こんなん喋れるかぁぁぁ!!」

 

 あまりの熱さに喚くリベラルに対し、ラプラスは肩までお湯に使ってリラックスした様子を見せる。

 

「リベラル、これは特訓でもあるのだよ。龍気を上手く纏えば熱くないからね。丁度いい湯加減になるよう努力してみなさい」

「うるせーよロリコン親父が! 沸騰寸前の湯に我が子を放り込むとかどこの世界の常識だよバーカ!!」

 

 いつもの丁寧な口調も鳴りを潜め、乱暴な言葉遣いでリベラルは裸のまま家へと逃げ出していった。結局のところ、両者にある常識の違いをどうにかしない限り、二人の距離が縮まることはないのだ。

 

 リベラルは更にラプラスのことが嫌いになった。



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3話 『誇りと仇』

前回のあらすじ。

ラプラス「一緒にお風呂入ろう(*´Д`)ハァハァ」
リベラル「こっちくんな変態」

※10月9日修正
リベラルがテレポーテーションを発明したという訳ワカメな記述を削除致しました。彼女はただの学者なのです。


 

 

 

 龍鳴山の中腹には、場違いとも言える一軒家がポツンとある。その家の中へと入り、奥へと進んで行けば、そこには所狭しと本棚が並べられた図書館のような部屋へと辿り着く。

 そんな本だらけの領域の中に、一人の少女がいた。入り口に背を向け、机に向かって無心に何かを書いている。

 幼子から少女…妙齢と呼べる程に成長したリベラルであった。

 

「ふむ…大した成果はなし、ですか。まぁ、時間も足りませんし仕方ありませんね…」

 

 ラプラスがヒトガミの目論見を潰すため、家から離れた際に、リベラルはいつもの鍛練をサボってこの部屋で調べものをしていた。

 

「『龍神の神玉』…やはり興味深いものですね」

 

 彼女は自身に埋め込まれた龍神の神玉について、調べていたのだ。

 本来であれば、そのような研究など普通の者には出来ないだろう。だが、リベラルはこの世に転生する前――即ち前世では、研究者であったのだ。主に時間や空間などについての研究をしていた物理学者で、天才とまでは言わずとも、秀才と呼べるほどの人物だった。それ故に、柔軟な思考が出来ずに凝り固まった考えしか出来なかったが、そのことはいいだろう。

 その知識があったからこそ、彼女は魔術に対して天賦の才とも言える片鱗を見せていたのだ。

 とにかく、リベラルは常人にはない知識や経験を駆使していき、龍神の神玉について調べていった。

 と言っても、ほとんど分かっていない。分かったことと言えば、精々、埋め込まれた『龍神の神玉』に形はないこと。そして、取り出すには専用の魔術が必要となることくらいだ。

 

 それ以外には、ヒトガミの読心術や未来視、それに千里眼などから逃れられるのではないかと考えている。もっとも、それらについては、実際に効果を見るまでは絶対と言えないのだが。

 これ以外にもまだ『龍神の神玉』の効果はあると思われるのだが、それについては現段階では不明だ。

 

「しかし…五龍将は悲しい宿命を背負ってますね…」

 

 無の世界に至るには、五龍将の秘宝が必要な訳だが、五龍将はまず生き残れないようであった。

 まだ推測の域を出ていないのだが、恐らく、五龍将の秘宝に全魔力と生命力を注ぎ込む必要があるのだろう。それほどのエネルギーがなければ、無の世界にある結界を越えることが出来ないようだ。

 即ち、ラプラスを含む五龍将の皆は、ヒトガミとは絶対に戦えない訳である。彼らほどの力を持った者達でなければ、結界を越えるためのエネルギーが足りないのだから。

 

『奴らはちっぽけな誇りと共に自由に生き、くだらん仇のために死ぬ』

 

 オルステッドは未来でルーデウスにそのように告げ、龍王を名乗ることを許さなかったらしいが、その気持ちも分からなくはない。

 ただヒトガミを倒すためだけに存在し、ただヒトガミを倒すためだけに死ぬ存在。

 リベラルにはそのような誇りもなければ、仇のために死ぬつもりもなかった。だから、ラプラスが死んだとしても、『魔龍王』の名を継ぐことはないだろう。

 

 本当に、どうして私なんかが“ラプラスの娘”として誕生したのだと溜め息を吐く。今のところは歴史を改竄する予定などないので、何とも言えぬ罪悪感に絡め取られていた。

 

「とにかく、研究を続けましょうか……『龍神の神玉』を宿している以上、ヒトガミと敵対することは目に見えてますし……」

 

 リベラルに信念などなく、ただの護身として研究を続ける。彼女のやりたいことなど、転移事件が起きるまで存在しないのだから。

 

 そして、リベラルが鍛練に乗り気でないのには、3つ理由がある。

 

 まず、ラプラスはオルステッドに研鑽した技術を伝えることを目的としているが、オルステッドはループによって世界を繰り返しているので、既に伝えられているのだ。故に、リベラルという保険は元より必要ない。

 もしも、この世界がループ初期頃のオルステッドであるのならば、ヒトガミを殺すことはほぼ不可能なので諦める他ないのだ。それに、ルーデウスやナナホシも現れないということになる。

 もっとも、それについてリベラルは不安に思っていないのだが。

 

 2つ目、既にある程度の実力を持っているからである。

 比較対象がラプラスしかいないので、あまりアテに出来ないかも知れないが、恐らくルーデウスと同じくらいの力量を、手に入れていると思っているのだ。魔導鎧を着用前の、であるが。

 科学者として前世の知識を生かした魔術は、既にルーデウスと同程度と考えている。それに加え、龍気――もとい闘気も纏えるのだ。

 ぶっちゃけてしまうと、「私って十分強くね?」と思っている。とは言え、そんな驕りをラプラスは叩き潰してくるわけだが。

 とにかく、護身としては十分過ぎるほどの実力が備わっていると、リベラルは考えているのだ。

 

 3つ目、鍛練に乗り気にならない理由があるとすれば、特に強くなるつもりがないからであった。

 そもそも、目指す場所が可笑しいのだ。ヒトガミの実力は、間違いなく世界最強の『七大列強』よりも上であり、恐らく一対一であればオルステッドにも負けない。

 ラプラスはそのヒトガミを殺すために研鑽している訳だが、生半可の強さでは辿り着くことの出来ない、頂点を越えようとしているのだ。

 

 つまり――最強を目指している。

 

 そして、当然ながらリベラルがそんなものを目指している訳がない。龍族の過去とヒトガミの所業を知っているからと言って、命を賭けて戦う気概も信念もないのだから。

 漫画やアニメなどで、救われないキャラクターを助け出す妄想をする人は少なからずいるだろう。けれど、妄想は妄想だ。

 仮にその世界に行けたとして、助け出そうと行動したとしよう。最初の内は助けるための行動が出来たとしても、実際に痛みや恐怖を感じれば、その想いは次第に薄れ行く。

 最初から軽く一捻り出来るチートな力でもあれば、勿論助けるだろう。けれど、所詮はその程度の想いなのだ。努力の過程をすっ飛ばして楽を出来るのであれば、誰でも助け出すだろう。

 

 ラプラスの娘であるリベラルの素質はかなり高い。世界トップクラスと言っても過言ではないだろう。

 けれど、それはあくまでも素質だけだ。才能だけで頂点など取ることは出来ない。

 龍神と人神の血を引くオルステッドですら、最初から最強ではないのだ。何百回と繰り返しているループの中で磨き続けた努力があるからこそ、彼は最強なのだ。

 

 少なくとも、なあなあで努力を続けられる人はいないだろう。その程度の覚悟で頂点を目指すなど、舐めているとしか言えない。

 

 リベラルの想いは、そこまで強くなかった。

 けれど、それが普通なのだ。

 

 過酷な道を突き進むには――それ相応の覚悟が必要である。

 

 

 因みに、リベラルは転生する前、同僚の学者から「お前太ったよな?」と言われ、腕立て伏せ100回上体起こし100回スクワット100回ランニング10㎞を行おうと決心した時期がある。

 ハゲてしまうことを代償に、敵をワンパンで粉砕する最強の力を手に入れられるかも知れない、なんて馬鹿な妄想をしながら。

 

 初日はクタクタになりながらも何とかやり遂げ、全身筋肉痛になりながら一日を終えた。その時のリベラルはかつてない達成感に満たされ、「明日も頑張ろう!」と誓って泥のように眠った。

 2日目は疲労したからだを言い訳に、トレーニングの半分を終えることなく終了した。昨日の誓いはどこに行ったのやら、「何かめんどくさくなったな…」と既にやる気を喪失させながら眠った。

 3日目は仕事があるから面倒だと言って行わず、その日を境にトレーニングを辞めた。同僚には「トレーニング? なにそれ? おいしいの?」と告げながら仕事に励んだ。

 

 残念ながらリベラルの意思は、その程度の強さである。興味のあることであれば持続するが、なければ長続きもしない。

 

 

――――

 

 

「うぐっ!」

 

 リベラルは地面を激しく転がり、呻き声を上げていた。そしてその様子を、ラプラスは無表情のまま眺めている。

 この数週間、引きこもり生活を堪能していたリベラルであったが、それもラプラスが帰ってくるまでの話である。彼が帰還すれば、いつもの鍛練の日々が待っていた。

 

「また受け身を取れていないようだな……しばらくは受け身の練習としよう」

「えぇっ? 嫌ですよそんなの……」

 

 ラプラスの提案にゲンナリした様子を見せるリベラルであったが、当然ながらその意見が通る訳もなく、毎日転がされ続ける羽目となる。

 リベラルは戦うよりも、魔術などの研究がしたいのだ。だと言うのに、ずっと近接訓練ばかりしているのでモチベーションが上がらずにいた。

 確かに龍気……闘気についても研究したいことなどあるが、得られる効果は既に判明しているのだ。身体能力の向上に、身体硬化とも言える物理耐性の向上。

 なるほど、確かに心踊るものはあるが――現在やっていることは近接訓練である。研究者気質の強いリベラルは、全く持って楽しくもなかった。

 

 戦うことで得られる情報もあるが、それよりも痛みで泣きそうだった。

 だって、ドラゴンを手刀で倒せるような化け物に、延々とサンドバッグにされているだけなのだから。

 

「あぅ……」

「守勢から攻勢へと転じられなければ、勝つことなど出来ないと言っているだろう」

 

 相も変わらず吹き飛ばされるリベラルに対し、ラプラスは語りながらも手を緩めることはない。

 地面に倒れている彼女に容赦なくサッカーボールキックを放ち、リベラルの顔面を蹴り抜く。鼻血を撒き散らしながら更に吹き飛ばされるも、その最中に追い付いたラプラスに腹部を踏みつけられて、血ヘドを吐く。

 親子だとか、女だとか、子供だとか、そんなことなどで一切手加減されることなく、ラプラスの訓練は続いていった。

 ボロ雑巾のようになり、地面から立ち上がることの出来ない我が子に対し、

 

「リベラル、早く立ちなさい。これが本当の戦いならば、君は既に何度も死んでいるよ」

「……はい……ラプラス様……」

 

 血も涙もなく、延々と訓練と言う名のリンチは続いていった。毎日、毎日、ずっと……。

 

 前世という記憶を持ち、生まれた時から自我を持っているリベラルにとって、それは最低な家庭環境でしかなかった。

 もしも彼女がそのような記憶を持たず、純粋なリベラルとして生まれていたのであれば、そのように感じることはなかったかも知れないだろう。もしかしたら彼女と同じような考えを持ったかも知れないが、それは訪れることのない“もしもの話”でしかないのだ。

 地球の常識を持つリベラルにとって、この状況は理不尽な地獄でしかない。

 生まれたくて、ラプラスの子供として生まれた訳ではないのだ。使命だとか、誇りだとか、仇だとか、そんなことはリベラルに関係のない話なのだ。

 龍族の過去を知り、ラプラスの力になろうと思った時期もあったりするのだが、度重なる暴力によってその想いは薄れていった。

 

 ラプラスは、いつもヒトガミが如何に悪い神なのか語っていた。

 神々を騙し、争わせ、自分の為だけに他者を貶める。未来で起こる出来事も知っているリベラルにとって、ヒトガミがどのような悪さをするのかも知っている。

 だが、洗脳するかのように延々と教え込まされていれば、誰でも嫌になるだろう。リベラルの心は、徐々に不満が溜まっていったのだ。

 

 助けたいと、そう思った時期はあった。未来で起きる惨劇を回避させたいと思ったりした。義兄弟とも言えるオルステッドに殺されるのは悲しい。ヒトガミを殺すためだけに存在しているなんて虚しい。それでも使命を果たさんとする姿は美しい。ラプラスは救われるべき存在だ。

 そう思っているのに、何でこんな目に逢わなければならないのだ。そもそも龍鳴山から離れたことすらない。町に行ってみたい。もう少し優しくして欲しい。容赦がなさすぎる。実はいたぶることを楽しんでるのでないか。痛いので戦いたくない。のんびりと研究したい。

 ごちゃごちゃとそんな思いが巡り回っていたリベラルであったが、

 

(……何か、もうめんどくさくなってきましたね)

 

 顔面を容赦なく殴られ、考えることを止めた。

 でも、やっぱり痛みはあった。辛い。

 

 

「今回はここまでにしよう。私はまたしばらくここを離れる。その間の留守は頼んだよ」

「…………」

 

 それから一体、何時間、何十時間と戦わされ続けたのだろうか。

 既に日の落ちた夜空を、地面から起き上がれずに眺めていたリベラルを傍目に、ラプラスは家の中へと戻っていく。その後、サレヤクトと共に飛び立つ彼を見送った。

 それからしばらくして、彼女から溜め息が溢れる。

 

「……ラプラスの修行……マジつらたん……」

 

 初めの頃に比べ、その軽口には活気がなかった。

 

 

――――

 

 

 ――ラプラスにとって、リベラルとは希望であった。

 

 自身が死んでしまったとしても、未来へと繋げられる、道標だ。それと同時に、宿命に囚われた存在でもある。

 未来に誕生するオルステッド様も、人神(ヒトガミ)を打倒しなくてはならない宿命に囚われている。

 そのことを考え、ラプラスはかつての龍神のことを思い返す。思えば、あの御方もこのような気持ちで、息子を未来へと送ったのではないのだろうか、と。

 

 リベラルは強くならなくてはならない。そのために生み出したと言っても、過言ではないのだ。

 保険――そう、保険である。彼女はラプラスの後継者として誕生させた。リベラルを生んでもらった今は亡き半人半龍の女性も、そのための犠牲。

 

 全ては、人神を打倒するためなのだ。その目的のために、数多の死体を築き上げてきた。同族たちもそのために切り捨て、オルステッドに技術を伝えるためだけに、ここまでやってきた。

 今更、自身の娘もそのための犠牲にすることに、感情を感じてはならない。それに、賽は投げられたのだ。リベラルには龍神の神玉が宿っている。そして、そのような存在を、人神は決して無視することはないだろう。

 

 リベラルは、戦いを宿命つけられた存在だ。

 

 だからこそ、強くならなくてはならない。殺されないためにも、誰より強く、ただ強く、未来に繋げるために。

 そのために、ラプラスは厳しい訓練を課す。かつての自身も経験した、甲龍王ドーラ様との訓練を思い出しながら、それよりも過酷に鍛え上げて。

 

「うぐっ!」

 

 地面に転がり、呻き声を上げる己の娘をラプラスは見つめながら、足りないと心の中で呟く。リベラルは幼い頃から魔術の才を発揮し、戦いの才能を見せた。

 けれど、それだけでは足りない。もっともっと強くならなくてはならないのだ。

 

「また受け身を取れていないようだね…しばらくは受け身の練習としよう」

「えぇっ? 嫌ですよそんなの…」

 

 戦いを強制されるリベラルは辞めたいと懇願するが、それを聞き入れる訳にいかないのだ。

 ささやかな抵抗のつもりなのか、近接関係を全く覚えようとしないリベラルに対し、ラプラスは僅かな焦りを感じながらも、ゆっくりと待つ。賢い己の娘であれば、その行いが如何に無意味なのか、いずれは理解してくれるだろうと。

 

 賽は投げられてる。

 宿命は、運命は、既に定められている。

 

「あぅ……」

「守勢から攻勢へと転じられなければ、勝つことなど出来ないと言っているだろう」

 

 強くならなくてはならない。

 今更引き返すことなど出来ない。

 数多の屍の上に、数え切れない犠牲の先に、リベラルという存在はいるのだ。

 

「リベラル、早く立ちなさい。これが本当の戦いならば、君は既に何度も死んでいるよ」

「……はい……ラプラス様……」

 

 だから、こんなところで立ち止まることは、決して許されない。

 だって、リベラルは――魔龍王の後継者なのだから。五龍将なのだから。龍神様のために、尽くさなくてはならない。

 

 それからラプラスは、ひたすらリベラルを叩きのめした。泣き言を溢しても手を緩めず、悲鳴を上げても容赦せず、魔龍王としての、五龍将としての責務を果たすために。

 そして、地面に倒れ伏せた己の娘を瞳に映し、今回も駄目だったかと溜め息を溢す。だが、時間はあるのだ。焦らず、確実にやっていけばいいと考える。

 

「今回はここまでにしよう。私はまたしばらくここを離れる。その間の留守は頼んだよ」

「…………」

 

 それから、彼は倒れているリベラルを一瞥し、この場から離れていく。そのままサレヤクトのいる洞窟へと向かい、彼の元へと歩み寄る。

 そのことに気付いたサレヤクトは顔を上げ、相棒たるラプラスを視界に映す。

 

「行こう、サレヤクト……戦いの時間だ」

 

 その言葉に、竜は咆哮を上げ、意気を高揚させる。立ち上がり、洞窟の外へと走り出し、飛翔した。その背にラプラスは飛び乗り、彼もまた咆哮を上げる。

 

 龍と竜は叫ぶ。

 戦いに臨む。

 

 古き龍たちは、過去の誇りを胸に抱き、果たせぬ仇のために戦い続ける――そんな哀れな存在だった。




次回はラプラスがヒトガミの布石を潰すお話ではありません。ロステリーナちゃんが登場してからのお話になります。
正し、ほのぼのとは言えないナニかになる模様。


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4話 『リベラルの呪い』

前回のあらすじ。

ラプラス「ボクシングやろうぜ! お前サンドバックな!」
リベラル「もうヤダここ」

早くロステリーナとほのぼのしたいなぁ。…今回はそんなお話になりませんけど。


 

 

 

 ヒトガミが施した布石を取り除くため、龍鳴山から離れていたラプラスは、無事に目的を果たして帰路に着こうとしていた。しかし、彼の状態は何時もと違い、その両腕には一人の幼子が抱き抱えられていた。

 

「…………」

 

 その娘を見付けたのは、偶然だ。偶々帰り道に倒れていたところを、発見しただけである。

 その子を発見した時、最初は気にせずに帰ろうとした。今の時代は人魔大戦の影響が残っているのか、まだまだ安定しておらず、道端で誰かが倒れているのはよく見掛ける光景だ。そんなものを一々助けていては、キリがない。

 だから、気にせず帰ろうとしたのだが、ラプラスはその娘からとてつもない魔力を感じたのだ。

 

「……ふむ、これは呪いか。とてつもない魔力量によって体が蝕まれているようだね」

 

 少しばかり調べ、その本質を見抜いた彼は、考える仕草を見せてその場に止まる。それは呪いであったが、利用出来ると考えたのだ。

 将来誕生するであろうオルステッドには様々な術が施されている。その術には、何かしらのデメリットがあったりするだろう。しかし、この子を利用すれば、その問題を解消出来るかも知れないのだ。

 それ以外にも、彼女の魔力には価値があるかも知れない。打てる限りの手を打ち、未来に繋ぐのがラプラスの役目なのだから。

 まだ考えは纏まっていないが、彼は選択した。

 

「リベラルのこともある…家に連れて帰ろうか」

 

 仮に彼女のからだに眠る膨大な魔力が利用出来ずとも、我が家を管理してくれる者が欲しいと考えていたのだ。

 現在は、ラプラスとリベラルの二人で生活を送っている。だが、ラプラスは常に研究と製作によって家事の類いはほとんどやっていないのだ。

 それに比べ、リベラルはよく家事を行い、部屋の掃除や整頓、サレヤクトの世話などをしている。綺麗好きなのかは分からないが、その行いは彼にとってありがたいものであった。しかし、何も自分の娘がそんなことをする必要もないと考えてもいたのだ。

 そんなことは、いましがた家に連れて帰ろうと決めた、この子にやらせればいいだけだ。そうすれば、リベラルは余計な時間を取られず、鍛練に打ち込むことが出来るだろう。

 ラプラスはそんな感じのことも考えていた。

 

「……ん…んぅ…?」

「おや、目覚めたかい?  私の名前はラプラス。君の名前を教えて欲しい」

「ひっ」

 

 腕の中で目を覚ました幼子に対し、彼は努めて穏やかな表情を浮かべて自己紹介をする。だが、彼女は怯えた様子を見せて小さな悲鳴を上げていた。

 

「思っていたよりも元気そうだね…そう怯えなくていい、私は君を害するつもりはないからね」

「ほ、ほんとうに…?」

「もちろんだとも」

 

 怖がらせないよう優しい表情を取り繕い、ラプラスはその娘を安心させていく。

 

「見たところ、その魔力が原因で迫害か、もしくは制約でも受けていたのだろう。けれど、もしその呪いを解消出来ると言えば…君はどうする?」

「……え」

「もちろん、無理に付いてくる必要はないし、無理やり連れていく気もない。だから、どうするのかは君が選択するのだ」

 

 ラプラスは強制しない。連れて帰ろうと考えはしたが、最終的な判断は本人にさせる。色々と娘に宿る魔力の使い道を考えはしたが、まだ考えは纏まってもいないのだ。

 将来のことを考え布石を置くにしても、協力してもらう際には、本人の意思をなるべく尊重することにしている。無理やり従わせることは極力しない。もしそんなことをして、土壇場で裏切られたりしたら堪ったものではないからだ。

 ラプラスはずっと昔から知っていることがある。昔に行ったレッドドラゴンの調教で、改めて理解したことだ。恐怖による支配は絶対ではない。必ず、従わない者が出てくる。

 

 必要なのは心を共にすることだ。共に食い、共に眠り、共に戦う――それが仲間という存在なのだ。

 

「さて、どうする?」

 

 ラプラスはその娘から一切目を逸らさず、決断を委ねた。かつてサレヤクトにもしたように、その行く末を見届けようとする。

 

「…私の呪いを…治せるのですか?」

「治る、と言うよりも、抑えるといった形になるだろうね」

「私はもう…あんな思いをしなくていいのですか?」

「あんな思いと言うのはよく分からないが、それは君次第だろう」

「嘘なんてついてないですよね? ついていって嘘だったなんてことはないですよね?」

「ああ、私がここで話していることに嘘はない」

 

 ラプラスの言葉を聞いた彼女は更に口を開こうとし、途中で閉じる。その様子を眺めた彼は、もう一度同じ質問を投げ掛けた。

 

「どうするのだ?」

 

 そして、ラプラスの言葉に小さく頷いた。

 

「私の名前は…ロステリーナです。よろしくお願いします…」

 

 それを見たラプラスは、満足そうな笑みを浮かべる。ロステリーナの過去に何があったのか知らないし、聞くこともしないが、今はこれでいいのだ。

 初めから打ち解けるのは難しいことである。だが、そんなものは時間を掛けてゆっくりと築き上げれば済む話だ。焦る必要などない。

 

 それが、昔からやってきたやり方。

 ラプラスの仲間の作り方だ。

 

 

――――

 

 

 数ヶ月ほど前に、ラプラスが幼女を誘拐してきた。その幼女の名前はロステリーナ。エルフの幼子だ。どうやら我が家で奴隷の如く、ビシバシと働かせるつもりらしい。

 リベラルは最初、「遂にロリコンへと手を染めたかコイツ…」と思いつつ彼を出迎えた。そして、その鬼畜な所業をするラプラスに憤怒したリベラルであったが、

 

「これでリベラルが余計なこと(家事)に気を取られず、修練を積めるな」

 

 その一言により、撃沈することとなった。単にリベラルにより多くの訓練をさせるためだけに、ロステリーナを連れて来たのだと理解したのだ。

 その事実に心底嘆き、「拾って来た場所に帰しましょう」と提案したものの、当然ながら却下される。

 

「そもそもどうして彼女を拾ったのですか?」

「ロステリーナの内に宿る魔力には使い道があると思ったのだよ。それに、リベラルも年頃の娘だからね、私以外の人とも関わりを持つべきだろう。だが、強いて言うなら…気まぐれだね」

「……そうですか」

 

 何だかんだでリベラルのことも考えて連れて来たようなのだが、その目論みは完全に失敗していると言えるだろう。

 それに、他者との関わりがないのは、レッドドラゴンが飛び交う龍鳴山を、一人で降りれないからである。ラプラスがヒトガミの布石を取り除きに行く時も、保険であるリベラルに危険を及ばせないために、着いていかせてもらえないのだ。

 

『年頃の娘であるリベラルに、他者との交流を』

 

 なるほど、確かにそれはいい考えかも知れない。普通であれば喜ぶ状況だろう。だが、ラプラスには幾つかの誤算があったのだ。

 まず、リベラルの中身は転生者なので、年頃でも何でもない。むしろ、ロステリーナとの精神年齢に大きな差があるので、遊んだりしても疲れるだけである。

 そもそも、リベラルは鍛練をサボる理由に家事をしていた。なのに、その家事が出来なくなったので、鍛練一辺倒となったのである。ストレスマッハでハゲそうになっていた。

 そして最後に、何故かロステリーナから避けられているのだ。つい数日前に、家事やサレヤクトの世話をしていた彼女に手伝いを申し出たのだが、

 

「ひっ」

 

 何故か小さな悲鳴を上げられた。

 

「…わ、私だけでいいです! お嬢様はそんなことしなくていいですから! 近寄らないで下さい!」

 

 そして、こんな感じで断られたのだ。近寄らないで下さいとまで言われたのだ。リベラルは泣き出しそうになった。

 思い返せば、ラプラスが連れて来た時からそんな態度であった。小さな悲鳴を上げて、隠れられたのだ。ラプラスに対しては平然としているのに、リベラルにだけはそんな感じだ。

 お嬢様、と呼んではくれるものの、それは明らかにラプラスをご主人様と呼んでいるから、リベラルのことはお嬢様と呼んでいるだけである。つまり、ただの形式だった。

 

 因みに、ラプラスはその光景を微笑ましく見守るだけであった。完全に子供の喧嘩を見守る親の顔である。

 

 

――――

 

 

「ひっ」

 

 小さな悲鳴とともに、ロステリーナは逃げ出して行く。そしてその光景を、リベラルはガックリと落ち込みながら眺めていた。

 ロステリーナという存在により、家事(サボリ)が出来なくなってしまったので、彼女は代わりの癒しを求めたのだ。休憩時間が減ってしまい、肉体的にも精神的にもキツくなってしまったので、精神だけでもどうにか休めようと考えた。

 幸いにも、癒し成分はラプラスが連れて来ていた。そう、ロステリーナである。

 休息を奪った相手を心の拠り所にするとは何とも皮肉な話であるが、幼女でパツキンなエルフは、リベラルを骨抜きにした。

 

「ハァ…どうして避けられてるのでしょうね」

 

 だと言うのに、そのロステリーナにはずっと逃げられているのだ。幼女に避けられ続け、リベラルの心はズタズタでいい加減に泣きたくなっていた。

 

「もしや、私の邪な考えを察知してるんじゃないでしょうね」

 

 具体的には抱き枕にして愛でたいとか。ハスハスしたいとか。もちろん、無理矢理そのような行為に及ぶことは可能だが、そんなことをすれば泣き出しかねない。

 幼女を愛でこそすれど、脅えさせてしまうのは不本意だ。リベラルもダメージを受けてしまう。彼女は変態と言う名の紳士なのだ。yesロリータ! noタッチ! である。

 

「ゆっくり地道に仲良くなっていくしかありませんか…」

 

 そもそも、どうして避けられてるのか不明だが、結局時間を掛けて打ち解けるしかないわけである。

 

 

――――

 

 

 えっちらほっちらと、洗濯物を抱えて歩くロステリーナを発見したリベラルは、後をつけて声を掛けた。

 

「大変そうですね。私も手伝いましょう」

「ひっ!」

 

 唐突に後ろから掛かった声に驚いたのか、悲鳴を上げたロステリーナに、リベラルはなるべく柔らかい表情であるように努めるが、

 

「い、いらないです! お嬢様はいつもの鍛練でもしていて下さい!」

 

 呆気なくフラれてしまう。だが、一度でめげずに言葉を続けて、

 

「鍛練は終わりましたので(嘘)」

「一人でやりたいので大丈夫です!」

 

 どうしてここまで拒絶されるのだと悲みつつ、それでも諦めず手伝おうとするも、

 

「まあまあ、そんなこと言わずに。二人でやった方が効率よく終わらせられますよ?」

「し、失礼します!」

 

 ロステリーナは無理矢理話を途切らせるかのように逃げ出して行き、その場にリベラルは取り残されてしまう。

 一人になってしまった彼女は溜め息を溢し、いっそのこと堂々とサボってやろうかと思案し、

 

「おや、そんなところで何をしているのだいリベラル? まだ鍛練は終わってないだろう?」

 

 偶々通り掛かったラプラスに発見され、リベラルは狼狽えてしまう。流石にサボろうとしていたと言うことも出来ず、取り敢えず無難な言い訳でもしようと彼女は口を開き、

 

「あ、いえ、ちょっと疲れたので休憩をば」

「ふむ、ならば休憩が終われば私と組手でもしようか」

「…………」

 

 このあと滅茶苦茶ボコられた。

 

 結果――家事を手伝おうとするも、あえなく撃沈。

 

 

――――

 

 

 この日も同じく、鍛練の際にロステリーナを見かけたので、リベラルは後をつけて声を掛ける。

 

「サレヤクトの水を運んでいるのですか。重たいと思うので持ちますよ」

「ひっ!」

 

 もはや悲鳴を上げられることが日常のように感じられるも、リベラルはニッコリと笑みを崩さずにロステリーナを見つめ、

 

「これは私の仕事ですから結構です!」

「でも、かなり疲れている様子ですので…よし、 私にお任せあれ!」

「あっ!」

 

 無理矢理バケツを奪い取った。

 漫画やアニメで時折見かける、重たいものを運ぶヒロインの荷物を奪うかのように運んで上げる主人公を意識しながらの行動だ。

 この行動で少しくらいは好感度が上がるかな、なんて甘い期待をリベラルはしていのだが、

 

「ひぅ」

 

 可愛らしい悲鳴と共に、ロステリーナはその場で固まっていた。そして、泣き出す。まさかの展開である。

 

「ひっく…」

「え…あ…運んでおきますね!」

 

 想像とかけ離れていた反応を目の当たりにし、リベラルは動揺しながら水を運んでいった。綺麗なロリコンを自称している彼女であったが、フォローはダメダメである。

 尚、その光景を眺めていたサレヤクトは、「どっちでもいいからはよ」と言いたげな目をしていた。

 

 結果――重たいものを運ぶも、あえなく撃沈。

 

 

――――

 

 

 永い寿命と強靭な肉体を持つ龍族にとって、食事は数日に一度だけでも平気である。もっとも、一度の食事で取る量はかなりのものになるが。

 

「お食事が出来ましたご主人様!」

「おや、そう言えばそろそろお腹も空いてきた頃だね。ありがとうロステリーナ」

「はい!」

 

 ともあれ、数日ぶりの食事にリベラルは歓喜し、汗だくとなったからだをタオルで拭ってから席へと着いた。

 

「ロステリーナ、私の隣に来ません?」

 

 ラプラスの対面に座っていたリベラルは、ラプラスの隣に座るロステリーナへと声を掛けたのだが、

 

「早く食べましょう! 私、お腹ペコペコです!」

 

 リベラルの言葉に被せるように発言し、自分の作った料理へと手を伸ばし出す。

 

「おや、そんなに急がなくても料理は逃げないよロステリーナ」

「何を言ってるのですかご主人様! ご主人様は一杯食べるので急がないとなくなるのです!」

「ははは、それもそうだね。なら、ロステリーナの食べたいものは後回しにしよう」

 

 過去に、自身を絶望のドン底に突き落とした呪いを治したラプラスに、ロステリーナはとてもよくなついていた。

 リベラルとは対照的に、関わることに悲鳴を上げたりしなければ、泣き出すこともせず。今まで見たことのない、とても嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「…………」

 

 楽しそうに食事をする二人を見て、リベラルは沈黙してしまう。

 

 ロステリーナが拾われてから既に数ヶ月ほど経過したのだが、未だにリベラルは避けられ続けていた。常人であれば、ロステリーナは拾われた身であるのに、あまりにも不躾な態度だと憤るかも知れないだろう。

 だが、リベラルは馬鹿ではない。自分が避けられてる理由について、ある程度察することが出来ていた。そしてそれは、どうしようもないものだった。

 

「……ごちそうさまです」

 

 和気あいあいと食事を取る二人を傍目に、リベラルは静かにその場から離れていった。

 

 

――――

 

 

 リベラルが暗い表情を浮かべ、この場から立ち去って行くのをラプラスは見ていた。それから、隣に座るロステリーナへと視線を向ける。

 

「ロステリーナ」

「何ですかご主人様?」

「どうして、リベラルを避けているんだい?」

 

 初めの内は、単に人見知りなだけなのかと流していたが、流石に避けている期間が長すぎたのだ。時間感覚が人よりもずっと長いラプラスでも、気付ける程に。だから、彼は訊ねた。かつての龍神様のように、言葉足らずで失敗してしまわないように。

 

「…えっと…それは…」

「怒らないから話しなさい」

 

 ばつが悪そうに顔を俯けるロステリーナ。その反応は、彼女に自覚があったことが明白だろう。だが、自覚がありながらも避けていた“理由”があるのだ。

 そのことに、ラプラスは思考を傾ける。

 

「……怖いんです」

「怖い? リベラルがかい?」

 

 意外な言葉を聞き、ラプラスは思わず首を傾げてしまう。

 ラプラスから見て、自身の娘は贔屓目なしでも、かなり整った容姿をしていると思っているのだ。少なくとも、怖がられるような顔ではない。だからこそ、その反応は予想外であった。

 

「はい…ご主人様の娘様なので、頑張って仲良くしようと思ってたんですけど…その、悪魔のような化物に見えることがあるのです…」

「悪魔? リベラルがかい?」

「そうなのです…今まで私を追い立ててきた人達や、遭遇してきた魔物よりもずっと恐ろしいナニかの面影が見えるのです…」

 

 申し訳なさそうにポツリポツリと事情を話すロステリーナに、ラプラスは思案げな表情を浮かべた。

 普通の人ならば、自分の娘が悪魔やら化物に見えると言われれば怒ったりするだろう。当然ながら、ラプラスとて良い気にはならなかった。だが、そのことでロステリーナを叱ったりするつもりもない。

 

「……なるほど、呪いだね」

 

 ラプラスは聡明な男だ。すぐに理由へと至った。

 呪いであれば、ロステリーナがリベラルと仲良く出来ないことにも納得出来る。呪いであるのならば、本来は近寄ることすら困難であろう。

 話を聞く限り、リベラルの抱える呪いは、相手の本能に直接影響を与える類のものだ。理性でどうにか出来るものではない。

 しかし、それでも逃げ出したりしなかったロステリーナを褒めるべきか。ともかく、どうしてロステリーナだけが、悪魔のように見えるのかと考えたが、それすらもラプラスはすぐに理解した。

 

(『龍神の神玉』…龍神様の威光や威圧が残っているのか)

 

 かつて龍神は、4つの世界を滅ぼした。獣界、海界、天界、そして…魔界。全てを破壊した、まごうことなき“神”だ。『龍神の神玉』にかつての力は残ってなくとも、恐怖は人々の奥底に眠っているのだろう。仮に恐怖はなくとも、神の威光はある。

 ならば、何故ラプラスに呪いの影響がないのかと考えるも、簡単な理由だった。

 ラプラスは古代龍族であり、龍神に仕えてきた身なので、神の威光を直接その身に受けている。だからこそ、リベラルの呪いなどそれに比べればあまりにも温く、呪いといった形で通用しないのだろう。

 

 ラプラスを含む五龍将は、全員が『龍神の神玉』を調整した『五龍将の秘宝』を所持しているが、他者から恐れられるような副作用はない。

 しかし、リベラルは違う。彼女に宿らせたのは、ヒトガミを殺すためだけに調整したものである。まがりなりにも“神”を殺すためのものだ。結界を破るためだけの『五龍将の秘宝』よりも、純粋な『龍神の神玉』としての力を持っていた。

 

「呪い…ですか?」

「ああ、その通りだよ。リベラルは他者に恐れられる呪いを持っているみたいだね。ならば、恐らく未来に生まれる御子様も同じ……おっと、話が逸れるところだったね」

 

 ロステリーナの問い掛けに、長考から我を取り戻したラプラスは、諭すように語り掛ける。

 

「私の娘は可愛いからね。決して悪魔などではないよ」

「……でも、怖いんです」

「まあ、そういう呪いみたいだから仕方ないか」

 

 自分の娘が悪魔や化物のように見えるのは不本意だし、未来に生まれるオルステッドも、似たような呪いを抱える可能性があるのは問題だ。ラプラスはするべきことを考え、結論を出す。

 

「どうにかして呪いを抑えられるようにしないといけないね」

 

 それに、ロステリーナに避けられ続けられているのも哀れなので、早急に対策を取ろう。

 ラプラスは当然な答えに行き着いた。

 

「ありがとうロステリーナ。君が話してくれたお陰で何とか出来そうだよ」

「そうですか。お役に立てて良かったです!」

 

 いくら呪いのせいで仕方ないとは言え、ずっと恩人の娘を避け続けてしまうのは罪悪感を感じるだろうし、同棲している以上、必ず会うことになるのだ。けれど、呪いがなくなれば普通に接することが出来る。

 「呪いがなかったらどんな人なのかなー?」なんてことを思いながら、ロステリーナは無垢な笑みを浮かべた。だが、すぐに何か気付いたかのように、オロオロと気まずそうな表情へと変わる。

 

「あっ! でも、私が今までリベラル様を避けたことに怒るんじゃ…」

「それは、その時にならないと分からないね」

「…ど、どうしましょう! 私、今までとっても失礼な態度を取ってました!」

 

 ロステリーナはラプラスに拾われるまで、呪いを患っていた。そしてそれは、リベラルと同じように周囲の者に影響を与える類いのものだ。

 だから――彼女は知っている。呪いが原因で避けられてしまう辛さを。そして、知っているからこそ、自分が如何に愚かな行動を取っていたのかに気付いたのだ。

 

「うぅ…私は酷い子です。自分がされて嫌だったことをしてしまうなんて…」

「謝ればいいだろう。己の行いを悔いて反省しているのならば、きっとリベラルは許してくれるさ」

「でも、私はきっと、今まで私を追い立ててきた人が謝っても許せないです。なら、やっぱりお嬢様も許してくれません…」

 

 項垂れるように落ち込むロステリーナに、ラプラスはどうしたものかと思案する。確かに彼は、呪いを身に宿していたことはないので、二人の気持ちは分からないかも知れない。だが、遠い昔に魔獣のような扱いを受けた経験があるのだ。

 

 その当時のラプラスに親は居らず、一人穴ぐらの中で孤独に過ごしていた。けれど、ずっと一人っきりでどうしようもない孤独感に襲われ、いつしか縄張りを飛び出したのだ。そして、自分と同じ人型の者達が住む町を見つけた。ラプラスは仲間を見つけたと、喜んで町へと近付いたのだが、『化物!』と叫ばれ、敵意と殺意をぶつけられたのだ。戸惑うラプラスを追い払ったのは、魔王である。『八大魔王』――ネクロスラクロスだ。

 魔王によってボロボロな姿にされたラプラスであったが、癒されぬ孤独感によって何度も町へと訪れた。その度に敵意と殺意を向けられ、ネクロスラクロスに殺されそうになった。そんなことを、何百年と続けていたのだ。

 結局、町の人たちと相容れぬまま龍神に拾われたラプラスは、五龍将に抜擢されてからネクロスラクロスと遭遇した訳だが――最終的には友となった。

 

 何百年と敵意と殺意を向けられても、友にはなれる。ネクロスラクロスは第一次人魔大戦で亡くなってしまったが、ラプラスは今でも彼のことを友だと思っている。

 そのことを思えば、今のリベラルとロステリーナなど簡単に仲直り出来るだろう。

 

「ロステリーナ、前向きに考えなさい。君はリベラルと同じ経験をしているのだ。ならば、リベラルが何を求めているのか知ってる筈だよ」

 

 ラプラスの言葉に、ロステリーナはハッとした表情を浮かべる。

 

「私は…あの人たちを恨んでました。邪険にされて、悪意を向けられて、怖かったのです」

「…………」

「ずっとずっとそんな扱いを受けて、とっても辛かったです」

「……それで?」

「でも、それでも関わりから抜け出せなかったのは…一人が嫌だったからです!」

 

 ロステリーナは幼い子供だ。良くも悪くも、純粋であり無垢である。だからこそ、求めていたものを理解していた。

 

「人は、一人で生きていけないのです!」

 

 私分かりました! と言わんばかりの笑顔を見せるロステリーナに、ラプラスは微笑んだ。それと同時に、どうして己が彼女を気まぐれに拾ってしまったのかも理解する。

 一人よりも二人、二人よりも三人。人との関わりがあるからこそ、目標に向かって行ける。他者との関わりは、心を満たしてくれるのだ。

 

「そうだね、その気持ちはよく分かるよ」

 

 かつてのことを思い出しながら、ラプラスは同意してロステリーナを見つめる。

 

「私、リベラル様といっぱい遊びたいです! 一緒にお風呂なんかに入って洗いっこしたり、色んなことしてみたいです!」

「ふむ、リベラルならきっと喜んでくれるだろうね」

「ですよね! そうと決まれば早速お嬢様のところに行ってきます!」

 

 それだけを告げると、ロステリーナは勢いよく駆け出し、部屋から飛び出して行った。

 

「……ふむ」

 

 思い立ってすぐに行動を起こすのは子供らしいが、良いことだ。しかし、良いことなのだが、呪いの件が解決した訳ではない。ロステリーナは感情のまま飛び出して行っただけである。

 それから少し時間が経過すると、ロステリーナの悲鳴が響き渡った。ラプラスはそのことに軽い溜め息を溢し、研究所として扱っている部屋へと向かう。

 そして、リベラルの呪いを解消するために、魔道具の制作へと取り掛かるのであった。




めっちゃ長くなってしまった…一応一万文字はいってないみたいですが…。
そして、この辺りから捏造設定が飛び交いますがご了承下さいませ。


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5話 『父の望みと、娘の望み』

前回のあらすじ。

リベラル「ヤらせろ!!」
ロステリーナ「私はビッチではないのです!」
ラプラス「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」

何と言うか、思ったように書けない。書きたいことがどうしてもずれてしまう…。孫の手さんみたいな心理描写にしたいんだけどなぁ…やっぱ孫の手さんは偉大ですよ。


 

 

 

 毎日毎日、朝から晩まで鍛練と、同じことをひたすら繰り返し、はや数年が経過した。

 ラプラスは相変わらず、ヒトガミの使徒と戦い、家にいる時は鍛練と魔道具製作である。特に代わり映えのない日々であったが、鍛練以外に変わったことと言えば、精々ロステリーナに関してだろう。

 ロステリーナはリベラルに対し、関わりを持とうとする努力を見せ始めていたのだ。しかし、実際に接触すると、小さな悲鳴を上げて逃げ出してしまうのだが。後は、ロステリーナがラプラスから、『古龍の昔話』を少し聞いていたくらいだろう。

 とにかく、そんなこんなで同じような日々が続いていたが、その日はいつもと違った。

 

「リベラル、今回は私と共に行こう」

 

 いつもヒトガミの布石を、一人で潰しに向かっていたラプラスから、そのように言われたのだ。つまり、今回は彼一人ではなく、リベラルも同行しろということである。

 

「そろそろ、次のステップに移ってもらうよ。鍛練だけではなく、実戦経験も必要だからね」

「そうですか…分かりました」

 

 ラプラスの言葉に、リベラルは小さく頷く。正直、彼女にとってそれは、嬉しさ半分、諦観が半分といったところであった。

 リベラルは今までずっと、龍鳴山から出たことがないのだ。当然ながら、望んで出なかった訳ではない。単純に、レッドドラゴンが数多く棲息しているから、龍鳴山から出られなかったのだ。

 だからこそ、この世界に転生してから、初めて龍鳴山の外を見られることを、純粋に楽しみにしていた。未知への探求心だ。子供のような冒険心を、彼女は持ち合わせていた。

 

 諦観の気持ちは、ラプラスの目的である。ヒトガミの布石を潰すために、行動するのは問題ないのだが、殺し合いが発生することに脅えていた。

 ラプラスの娘として生まれた以上、いつか必ずその日が来ることをリベラルは理解している。しかし、理解しているからといって、受け入れられる訳ではない。

 だが、それは人を殺すことへの忌諱感ではない。そんなものは、命の軽いこの世界で、いつかは訪れると分かっているものだ。人を殺めるという行為に対して、彼女は生まれてからずっと覚悟を決めていた。

 だから、リベラルが抱いているもの。それは――自分が殺されてしまうかも知れないという忌諱感だ。

 何者であれ、死ぬときは死ぬ。だというのに、殺し合いなどすれば、更に死へと近付くだろう。

 

 リベラルは、死にたくないのだ。

 全ての生物が持つであろう当然の欲求を、彼女は強く抱いていた。

 

「ご主人様、行かれるのですか?」

 

 そこへ、最初に会った頃よりも僅かに成長した姿のロステリーナが、トテトテと駆けてくる。彼女はラプラスの隣にいたリベラルに気付くと、「ひっ!」と小さな悲鳴を上げたが、逃げ出さずにその場で止まっていた。

 リベラルは呪いのことを把握しているので、そんな反応を見ても大きなダメージを受けず、素直に受け入れる。それに、ロステリーナが関わろうとしてくれてることを理解してるので、リベラルは怖がらせるような行動をせず、ただ見守ることにしていた。

 

「ああ、ロステリーナ。君は留守番を頼むよ」

「はい! お家の中、ピッカピカのキラッキラにしておきますっ!」

 

 元気よく返事をするロステリーナを確認し、ラプラスはサレヤクトのいる洞窟へと向かう。リベラルもそれに付いていこうとしたのだが、

 

「あの…お嬢様も無事に帰って来て下さいね!」

 

 そんな言葉が、背後から聞こえたのだ。リベラルはそのことにクスリと笑みを浮かべ、

 

「ええ、もちろんですよ」

 

 そう告げて、今度こそサレヤクトの元へと向かって行った。

 

 

――――

 

 

 初めて乗ったサレヤクトの背中は、ゴツゴツしていて心地よいものではない。鱗は変な場所に当たるし、そもそも上空を滑走してるので寒い。

 竜騎士のような格好いい存在にちょっぴり憧れていたリベラルは、そんな感想を抱き、数刻も経たぬ内に幻想を壊されていた。それに、手すりがないので、ラプラスの背中にしがみつく羽目になっていたのだ。そのことも、何となく嫌であった。

 

「リベラル、緊張をする必要はない。まだ君を、ヒトガミの使徒と戦わせるつもりはないからね」

「……では、私は何を?」

「今は魔大陸にある街へと向かっている訳だけど、その途中にいる盗賊の始末をしてもらうよ」

 

 ラプラスの台詞に、リベラルはキョトンとした様子を見せる。

 

「何故、そのようなことを…?」

「何、そう難しい理由でもないさ。以前に盗賊の話を聞いてね。今のリベラルには手頃な相手のようだから、街への寄り道がてら戦ってもらうだけだ」

「…………」

 

 ラプラスは、どうやらその街に用事があるらしい。そして、リベラルを盗賊と戦わせるのは寄り道がてらだと言う。

 それは、本当についででしかなかった。

 

「……そう、ですか…死なぬよう、精一杯努力致しますよ」

 

 命の軽いこの世界で、ずっと命のやり取りに覚悟を決めていたリベラルに対し、ラプラスは『ついで』だと、そう言ってしまったのだ。

 

「心配しなくていい。私から見れば、リベラルはまだまだ未熟だが、間違いなく強い。盗賊などに、遅れを取ることはないさ」

「はは…そうですか」

 

 頼もしさすら感じられる言葉であったが、リベラルは曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。

 ラプラスがそう言うのであれば、恐らく、名も無き盗賊などに負けることはないだろう。だが、そういう問題ではない。これは、心の問題なのだから。

 

(ラプラス様…もう少し、優しさが欲しいですよ。…確かに私は前世の記憶などを持っていますが、貴方の娘として誕生した、家族なのですから…)

 

 ラプラスは、殺し合いを望んでいる。

 リベラルは、殺し合いを望んでいない。

 父と娘。二人の意思は、ずっとすれ違ったままだ。

 

 だけど、リベラルは己に求められている役割を、理解している。強くなって欲しいと願われてることを、知っている。この先、望まなくとも茨の道を歩むと、分かっている。

 だからこそ、ほんのちょっとでいい。僅かでもいい――父親としての優しさを、見せて欲しかった。

 

「…ところで、何故ラプラス様は魔大陸にある街へと向かうのですか?」

 

 だが、リベラルはすぐにその思いを振り切り、別の話題を口にする。

 

「盗賊退治がついででしたら、態々このような遠出をせず、龍鳴山の近隣でもよかったのでは?」

「…私が現在作ろうと考えてるものに必要なものが、近隣の街に無くてね。残念なことに、魔大陸にしかないのだよ」

「ああ、そう言えば、何か作られてましたね。どのようなものを作ってるのですか?」

「それは……完成してからのお楽しみという奴だな」

「じゃあ、いいです」

 

 結局――昔からずっと、今もずっと、二人はすれ違ったままだった。

 

「…因みに、リベラルは何か好きな色はあるかい?」

「色ですか?」

「そうだ。一番好きな色を教えて欲しい」

 

 ラプラスの唐突な質問に、リベラルは首を捻る。だが、特に深く考えることもせず、素直に答えた。 

 

「……緑…ですね」

「ほう、緑か。それは何故だい?」

「なんと言うか…落ち着く色なのですよ」

「ふむ、そうか…分かった」

 

 ラプラスは小考し、そして普段は見せぬ笑みを浮かべた。そのことに、リベラルは再度首を捻る。

 

「とにかく、もうすぐで出来るからね。きっと喜んでくれるだろう」

「……? そうですか。では、完成したら見せてもらいますね」

「ああ、そうするといい」

「ところで話は変わりますけど、サレヤクト様ってどうして他のレッドドラゴンと比べて、ここまで大きいのですか?」

 

 だが、ラプラスの作成しているものに興味を失った彼女は、また別の話題を出し、魔大陸へと向かっていく。

 

「ふむ、理由は幾つかあるけれど、一番の事由は年齢だね。人界にいるレッドドラゴンに長く生きているのはいるだろうけど、サレヤクトよりも長く生きてる古竜はそういないだろう」

「歳と強さは比例する訳ではないでしょうが…やはり人とは構造が根本的に違うのですね」

 

 到着する頃には、ラプラスが作成している魔道具のことを、リベラルはアッサリと忘れた。

 

 

――――

 

 

 サレヤクトの背に乗り、街を目指していた二人であったが、到着する前に陸地へと着陸する。レッドドラゴンを街中へと連れて行ける訳でもないので、彼に騎乗するのは途中までだ。

 

「さて、リベラル。私の集めた情報によると、ここから街の反対側へと向かう道で、盗賊がよく出没するらしい」

「……はい」

「私が街へと用事を済ませてる間に、片付けておきなさい」

 

 彼の台詞に、リベラルは怪訝な顔を見せて、

 

「ラプラス様は近くにおられないのですか?」

 

 当然の疑問を口にする。彼女はてっきり、危険がないよう手出しが出来る場所に、ラプラスがいてくれると思っていたのだ。だが、そんなことはなく、彼はリベラルが盗賊と戦っている間に、一人街へと向かうと言う。

 

「流石にそれは過保護すぎるからね。私は常に君の近くにいられる訳ではないのだよ」

「それはそうですけど…だからって、最初からこんな…」

「安心しなさい。サレヤクトに近くを飛んでいてもらうよ」

「……でも…」

 

 初めての実戦で、一人ホッポリ出されることに、リベラルは不満そうにする。しかし、ラプラスは目を逸らさず彼女を見つめ、

 

 

「――まだ、足りないのかい?」

 

 

 冷たさを感じさせる声色で、そう告げた。

 

「君のために、盗賊の大体の強さは調べた。間違いなく、遅れを取ることなどあり得ないだろう。生き残ってもらうために、私はリベラルに戦う術を教えたのだから。それでも万が一に備えて、サレヤクトも近くにいてもらうことにしたのだ」

「…………」

「今でも十分に過保護だろう。私はそう思っているよ。それに、私が帰って来なければ、君はどうするのだ? 一人では何も出来ないと嘆き、龍鳴山から出ることすら諦めるのかい?」

 

 リベラルの未来は、過酷かも知れない。しかし、それでもリベラルの現在は――恵まれている。

 この世界では、何も抵抗すら出来ず、何も成すことすら出来ず、静かに朽ちていくことなど珍しくもないだろう。親に捨てられた訳でもなく、生きることが困難な環境でもない。

 父親(ラプラス)によって戦う術を教えられ、戦いの場まで用意してもらい、更には、窮地に陥ってもサレヤクトが介入してくれるのだ。

 ここまでお膳立てをされているにも関わらず、不満を溢したリベラルに、ラプラスは我が儘を言うなと告げたのだ。

 

「リベラル。私たちは強くならなければならない。生き残り、未来に誕生するオルステッド様に、ヒトガミを倒す術を伝えるのだ」

 

 魔龍王としての、五龍将としての使命をラプラスは語る。

 

「私の娘として、龍族の希望として、この程度の試練など軽く乗り越えて欲しい」

 

 覚悟のないリベラルにとって、それは余りにも重く、大きく、押し潰されてしまいそうになる願いであった。

 苦い表情を彼女は浮かべ、ラプラスから視線を外してしまう。

 

「私は行くよ。リベラル…期待している」

 

 背を向け、立ち去って行くラプラス。そんな彼の背中を見つめ、

 

(何で…私がこんな…。どうして…私なんかがリベラルとして誕生してしまったのですか…ッ!!)

 

 余りにも大きな期待に、リベラルは己の命運を呪った。最早、どうすることも出来ないだろう。望んでいようがいまいが、ヒトガミと戦うことは宿命付けられている。

 

(……逃げたい。今すぐ逃げ出したいです。…どうして、私にそこまでの期待を寄せるのですか…紛い物の私なんかに…)

 

 歩き出すことが出来ず、リベラルはその場に立ち尽くす。戦う覚悟を決めていても、本番を前にアッサリと崩されて。

 そんなリベラルに対し、隣で佇んでいたサレヤクトが、元気付けるかのように鼻先を寄せる。そしてそのまま、リベラルへとからだも寄せていた。

 通常のレッドドラゴンよりも、倍以上の大きさのあるサレヤクトが、だ。

 

「ぐえっ!?」

 

 質量差により、呆気なく押し倒されたリベラルに、サレヤクトはペロリと全身を舌で舐め上げる。

 

「くっさ!! ちょ、止めてくださいサレヤクト様!! 臭いですから!!」

「グオ」

「あ…そこちょっと気持ちいいかも…もっと…。ハッ…今のは違います!! 嘘です嘘! 冗談ですから止めてください!」

 

 静止の声も聞かず、しつこく舐めてくるサレヤクトをリベラルは何とか押し返そうとするも、当然ながら出来る訳もなく、

 

「…………」

 

 サレヤクトの唾液でベトベトになったリベラルは、恨みがましい視線でサレヤクトを睨み付ける。だが、当の彼はあっけらかんとした態度で、鼻を鳴らす。そして、まるでリベラルの存在に気付いていないかのように、大空へと飛翔して行った。

 

「うぅー…何で私がこんな目に…」

 

 立ち上がったリベラルは、トボトボと重い足取りで、街の反対方向へと歩を進めて行く。

 

 リベラルは気付かなかったが、これはサレヤクトの優しさであった。彼はリベラルを慰めた訳でもなく、励ました訳でもない。ただ、自身の臭いを彼女につけたのだ。

 確かに臭かったりしただろうが、その臭いにより――リベラルを狙う魔物は大幅に減ることだろう。レッドドラゴンの臭いが染みついていれば、並の魔物は手出しなどしてこない。

 つまり、サレヤクトは彼女に対し、マーキングを行ったのだ。少しでも危険を減らすために。いつも洞窟の中で、グータラと過ごして世話をされていた彼であったが、何だかんだでリベラルに感謝していたのであった。

 

 サレヤクトは軽く鼻を鳴らし、上空からリベラルを見守る。

 

 

――――

 

 

 トボトボと道を歩きながら、リベラルはどうするべきかを考える。

 

(盗賊退治…そもそも、遭遇出来るのでしょうか?)

 

 ラプラスは特に、盗賊たちがどこにいるのかを告げていない。人数もハッキリとしていない。それに、本当に存在するのかも不明なのだ。

 ラプラスが調べたことなので、確かに存在するとは思っている。しかし、こちらに移動している間に、盗賊たちが魔物やら流れの旅人などに討伐されてる可能性もあるのだ。

 

「魔物…そう言えば、私は一度も見たことがありませんね…」

 

 考えていて、ふと、彼女はそう思う。レッドドラゴンなら幾らでも見たことがあるのだが、その他の魔獣や魔物は見たことがないのだ。

 相手は、盗賊だけではない。そのことに気付き、リベラルはブルリとからだを小さく震わせた。

 もっとも、サレヤクトのお陰で、魔物に関しての心配はあまり必要ないのだが。

 

 それから数十分ほど歩を進めていたリベラルは、人の気配を感じ取る。否、その言い方は適切ではないだろう。道の真ん中に、三人の男たちはいたのだから。

 彼らはリベラルに気付いていないのか、背を向け、何かを見下ろしていたのだ。

 流石にそれだけでは、まだ盗賊かどうかの判断はつかないので、リベラルは一旦様子を見ることにする。

 

「ヘヘヘ、お嬢ちゃん、一緒にきたら腹いっぱい食わせてやるぜ」

「お、おお…お主たち…それは本当かっ!」

「もちろんなんだぜ。だから、俺たちと一緒に来るんだぜ」

 

 リベラルはなんとなく既視感のようなものを感じ、頭に疑問符を浮かべる。それから、男たちの足に隠れて見え難いナニかを見た。

 

 黒いレザー系のきわどいファッションをした幼女だった。

 膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。

 青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。

 そして極めつけは、ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。

 

 一目見て分かった。あれはサキュバス(魔界大帝)だと。とんでもない爆弾が、そこに転がっていたのだ。




次回、ロリBBA登場!
魔界大帝のスーパーアダルトなお話を見逃すな!!


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6話 『行き倒れの幼女大帝』

前回のあらすじ。

ラプラス「行けっ! ファンネル! 幼女を救うのだ!」
リベラル「嫌です」
盗賊「へっへっへ」
幼女大帝「めしをくれればなんでもするのじゃ」

あー…何か違う。もっと感情移入出来るように書きたいのに…これじゃ淡々と話が進んでるようにしか感じん。もっと感情の起伏や物語に起伏を与えんといかんけぇ。


 

 

 

 リベラルは転生者であり、未来の知識を持った存在だ。

 そんな彼女は生前、文章にて『魔界大帝』の姿を知り、歴史を知った。実際にその姿を見た訳ではないが、それでもリベラルは確信する。

 即ち、目の前で三人の男たちに囲まれている幼女の正体――『魔界大帝』キシリカ・キシリス、その人であると。

 

 

――――

 

 

 リベラルは、どうするべきか考える。盗賊退治に来たら、何故か魔界大帝がその盗賊たちに、餌付けされそうになっていることに。

 このまま介入して、盗賊たちと戦って大丈夫なのだろうか? と、そんな疑問が頭に渦巻いた。しかし、そんな考え事をしている間に、彼らの話は進んで行く。

 

「めしっ…はよう欲しいのじゃぁ…妾は腹が空いてしかたないぞ…」

「ああ、俺たちのアジトに付いてきてくれたら、たんまり食わせてやるよ…へへへ…俺のをな」

 

 純粋で、穢れを知らぬかのような、あどけない笑みを浮かべるキシリカ。そんな彼女とは対称的に、男の声色からは下卑た笑みを隠し切れていなかった。

 なんというか、助けて上げなければいけない場面にしか見えない。

 

「…ん? 何だ、後ろにも女がいる、ぞ…?」

 

 ふと、後ろに顔を向けた男と目が合う。どうやら、他の仲間たちの方を向こうとした際に、リベラルに気付いたようだ。

 男はリベラルの存在に気付き、鴨が増えたと言わんばかりのにやけ顔を晒し――すぐに恐怖の顔色を浮かべた。

 

「ひっ」

「何だ?」

「どうした?」

 

 男は小さな悲鳴を上げ、腰に帯刀していた剣を引き抜く。その様子に、仲間の二人もこちらに気付き――顔色を変えて剣と杖を構えた。

 

「えっ…?」

 

 いきなりの展開に、リベラルは混乱する。だが、すぐさま原因に思い至った。――呪いだ。他者に恐怖を与える呪いが、この場では悪い方向に作用していた。

 ロステリーナに対しては、逃げ出されたり、泣き出されたりする程度であった呪いは、何も知らぬ者を襲わせてしまう力を持っていたのだ。

 そのことを思えば、今までのロステリーナの反応は、かなりマシだったのだろう。

 

 そして、そんな思考も束の間である。深く考える時間もなく、男の一人が斬り掛かって来たのだ。

 

「し、死ねやぁバケモノ!!」

 

 完全に不意を突かれたリベラル。彼女が普通の人であれば、このまま殺されていたことだろう。

 だが、リベラルには盗賊の動きが、あまりにも緩やかに見えていた。ラプラスとは比べものにならぬほど、その剣筋は遅く感じられたのだ。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に、からだが動いていた。

 それは、ラプラスに教わり、何十、何百、何千と、毎日毎日繰り返してきた動きのひとつだ。

 

 眼前に迫る剣を、そっと撫で上げるかのように添える。その瞬間に、力の(ナガレ)を操り、向きを変えた。そこに自身の力も付け加え、男を吹き飛ばす。

 ただ、それだけだ。それだけで男は竜巻のように回転しながら、空から地面へと墜ちていく。

 

 そして、グギッと、嫌な音が響いた。

 男の首はあらぬ方向に折れ曲がり、既にその瞳から光を失わせていた。

 

「……えっ」

 

 死んだ。

 呆気なく、殺してしまった。

 

「テメェ!!」

「くそったれがぁ!!」

 

 現状についていくことが出来ず、頭を混乱させていたリベラルに、男たちが待つ訳もなく突っ込んで来る。

 

 再び、リベラルは反射的にからだを動かしていた。

 闘気で強化した指先を固め、そのまま前方に貫く。単純な貫手だ。故に最速の一撃。一直線に進んだ拳は、剣を振り下ろそうとしていた男の胸に突き刺さる。確実に、心臓を貫いていた。

 

 リベラルは、グチャリと引き抜いた手を眺め、嫌悪感に苛まれる。

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

 二人が瞬殺される様を見ていた残りの一人は、半狂乱になりながら魔術を放とうとしていた。

 だが、リベラルは咄嗟に掌に闘気を纏い、ヌルリと滑らせるかのように、後方へと受け流す。

 

「な、何だと!?」

 

 男が狼狽えていた隙に、リベラルはまるでスライド移動するかのように、彼の目の前に現れる。そして、その胸に、双掌打をめり込ませていた。

 男のからだは吹っ飛ぶことなく、全ての衝撃を内部に集約され、内臓が、肺が潰れ、血反吐を溢す。

 

「ガ、ガブ…ブ…ゥ…」

 

 肺を潰された魔術師は、何も出来ない。男は魔術を放とうと口を動かしていたが、意味のない音が漏れ出すだけであった。

 リベラルは、男が死ぬその瞬間までの様子を、顔を顰めながらも黙って見つめる。己がしてしまったことから、目を逸らさぬよう、最期の時まで。

 

「――――」

「――――」

「――――」

 

 三人の男たちを始末したリベラルは、自身の掌を見つめた。血で真っ赤に染め上がり、鉄臭い不快な臭いが漂っている。

 

(……臭い…)

 

 サレヤクトの唾液まみれになるのとは根本的に違う、赤色の死臭。掌にこびりついた血が、脳裏に強烈な刺激を与える。

 リベラルは、人を殺すことに忌諱感を持っていなかった。それは、既に覚悟を決めていたからだ。遅かれ早かれ、この世界でいずれ人を殺すことを、分かっていたから。

 

 だが、覚悟を決めていたからといって、嫌悪感を感じぬ訳ではない。

 

 ただ、気持ち悪かった。殺意を向けられた事が。命のやり取りが。血の臭いが。肉を抉る感触が。死ぬ瞬間が。とても、とても気持ち悪かった。

 こんなこと(殺し合い)を死合う雰囲気でもなかった筈なのに、自身の呪いもあってか、身構える間もなくアッサリと、一線を越えてしまったのだ。

 

 そして、ラプラスの言った通り、リベラルが盗賊ごときに遅れを取ることはなかった。殺し合いなどと表現したが、これは完全に一方的な殺戮であった。

 

「お、おお……」

 

 そんな気落ちをしていたリベラルの耳に、声が聞こえる。幼い声だ。

 そう言えば、この場にキシリカがいたな、と彼女はボンヤリと思い出し、そちらに顔を向ける。

 

「お、おおお……き、貴様、なんということを……! なんということをしてくれたのじゃ…!」

 

 キシリカは震えていた。だが、それはリベラルの呪いに対してでも、ましてやこの惨状に対してでもなかった。

 

「この男たちは、腹の空いた妾に、め、めしを…くぅぅ…めしがぁ!」

 

 やはり、魔界大帝は魔界大帝(バカ)であった。

 場違いとも言えるキシリカの発言に、リベラルは少しばかり気持ちを落ち着けることが、出来たのである。

 

 

――――

 

 

 『魔界大帝』キシリカ・キシリス。

 

 かつて、第一次人魔大戦を引き起こした張本人であり、好戦的な魔王の傀儡に成り下がっていた考えなしでもある。

 勇者アルスによって討伐された筈なのだが、彼女は死んでも1000年ほど経てば蘇るらしい。『復活の魔帝』とも呼ばれる、正真正銘、不死身の存在だ。

 

 そして、オルステッドと同じ、神の血を引く者――魔神の娘である。

 

 キシリスは、直接的な戦闘能力は高くない。だが、真に恐ろしいのは彼女の持つ12の魔眼だ。

 キシリスは、体内で魔眼を生成し、移植することが出来る。その力によって、数多くの魔族を魔眼持ちにし、種族全体の戦力を底上げ出来るのだ。完全なるサポート特化だが、それ故に恐ろしい力である。

 

 

「くぅぅ…腹が空いたのじゃ…誰か…めしを…めしをぉ…!」

 

 そんな魔界大帝は、リベラルの目の前でジタバタと手足を動かし、駄々を捏ねていた。

 そのマヌケな姿は、未来でも晒されることになることを思えば、昔からずっとこのような性格らしい。

 

「なぜ…なぜその男たちを殺したのじゃぁ…」

 

 ぎゅるぎゅるとお腹を鳴らし、グチグチと文句を溢すキシリス。

 

「ぐ……ううぅ……復活してより400年。よもやこんな所で倒れるとはな……」

「…………」

 

 そんな彼女に対し、リベラルは今一度倒れている男たちを眺める。

 割り切らなくてはならないのだ。いつまでもこの気持ちを引き摺っていては、日常を謳歌し、笑うことすら出来ない。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていたのだ。

 だから、偽りでもいい。この感情を押し殺し、笑顔を浮かべられるようにならなくてはならない。

 

「……ふぅ…」

 

 それから、リベラルは一度目を瞑り、何か押し留める仕草を見せて、目を開いた。

 

「…ん? おぉ?」

 

 しかし、気持ちを強く持とうとしていたリベラルに、キシリスが唐突に顔を寄せた。

 近くで視線が絡み合う。紫と黒の綺麗なオッドアイだ。そして、右目がぐるんと回り、瞳の色彩が紫色から青色へと変わった。

 

「うっわ…なんじゃおまえ…気持ち悪いのぉ…いやいや、なんじゃこれ、なんじゃこれは、意味が分からんぞ」

「……何がですか?」

「色々と突っ込みどころが多いのじゃが…おまえ、本当にこの世に存在しとるのか? 魂が透けておるぞ?」

「――――」

「それに、お主の体内で恐ろしい気を放っておるのは一体なんじゃ?」

 

 次々と質問を投げ掛けてくるキシリカに、リベラルは答えることが出来ずに、言葉をつまらせる。

 

「…ん? なんじゃおまえ、手が震えておるぞ?」

 

 けれど、そんなことよりも、リベラルは先ほどのことが脳裏に染み付き、離れることがなかった。

 頭では分かっていても、心が言うことを聞かない。リベラルは震える自身の手に気付き、抑えようと反対の手で握るのだが、益々震えは大きくなった。

 その情けない様子に、キシリカは目をパチパチさせる。

 

「もしや、人を殺めるのはこれが初めてなのかの?」

「……ええ、そうですよ」

「むぐぐ…そのような醜態を晒すくらいならば、その男たちを殺さないで欲しかったぞ…」

 

 三人の男たちが死んだことに対し、特に思うことはないのか、キシリカはあくまで己の欲望を優先した発言をする。

 

「まぁ、よいのじゃ。おまえのように震える兵士たちを、妾は見たこともあるからの。何を求めてるのかは理解しておるぞ」

「……そうですか」

「ほれほれ、こっちに来んか。少しくらい慰めてやらんこともないぞ?」

「…………」

 

 リベラルは、言われるがままに寝転んでるキシリカへと近寄った。もしかしたら、目に指を突っ込まれて、魔眼に変えられるのではないかと考えるも、キシリカは盗賊たちから助けられたと思ってすらいないだろう。なので、それはあり得ない。

 結局、よく分からないまま、リベラルは寝転んでるキシリカの目の前で、膝をついた。

 

「よっこいしょ。ふぅ…腹が空きすぎてからだを起こすのも一苦労じゃ」

 

 上体だけを起こしたキシリカは、リベラルと同じ目線になる。

 

「えっと…確かこうじゃったかの……うむ! 大義であった! これでお主は一歩立派な戦士に近付いたのじゃ」

 

 リベラルの頭はナデナデされた。

 

「……何してるのですか?」

「うむ、こうしてやるとの、少しだけ気持ちが楽になると好評だったのじゃ!」

「…馬鹿じゃないですか」

「なんじゃ、文句を言いよってからに。止めてええのか?」

「……いえ、しばらくこのままでいさせて下さい」

「ハッハッハ! 妾の魅力に陥落したのかの? ファーハハハハハ! ファーハハハ! ファーハハアフアガホゲホ……」

 

 空腹が原因なのか、思いっきり噎せてるキシリカを無視して、リベラルは無言で撫でられ続ける。

 

 龍鳴山には、こうして甘えられる存在がいなかったのだ。ラプラスは言うまでもなく、いつも手合わせなどと抜かして、ボコボコにしてくるDV野郎である。ロステリーナに関しては、呪いが原因で近寄れないこともあるが、そもそも甘えてくる側である。

 もし、もしも己の母親がいたのであれば、こうして泣き出したい時や苦しんでる時に、そっと身近にいてくれたのではないだろうか。あり得ないもしもの可能性を思い、なんとなく寂しい気持ちに陥った。

 

 リベラルは自身の母親のことに関して、特にこれといった感情を抱いていない。己が生まれたと同時に死んでいるため、顔すら知らないのだ。よく分からない、と言うのが素直な感想だろう。

 だけど、もしも生きていたのであれば、きっとキシリカのように、頭を撫でたりして甘えさせてくれたかも知れない。それに、鍛練ばかりを要求してくるラプラスを、止めてくれたり。

 リベラルは、静かにキシリカに抱き付き、頭を撫でられ続ける。

 

「おお? 可愛い奴じゃの。うむうむ、これも妾の人徳がなせる技と言うべきかの」

「…………」

「辛いことや苦しいことがあれば、笑えばええのじゃ。どんな時にでも笑え。そうすれば、心が楽になるぞ!」

「……そうですかね?」

「妾がそうだと言えばそうなのじゃ! ほれ、堅苦しい言葉遣いを止めて笑わんか。ファーハハハハハ!」

 

 キシリカは楽しそうに笑う。正直、何一つとして笑う要素はない。それに、笑える心境ではなかった。だが、長年生きてきた彼女がそう言うのであれば、きっとそうなのかも知れない。

 リベラルは心にある様々な感情を振り切り、無理矢理な笑顔を作ってみせた。

 

「…フ、ファーハハハハ!」

「それでいいのじゃ! もっと思いっきり笑え! ファーハハハハハ!」

「ファーハハハハハ!」

 

 二人で大声を出して、笑い合う。

 死体の転がる中で爆笑している二人は、あまりにも異様な光景だったかも知れないだろう。けれど、そんなことはリベラルにとってどうでもよかった。

 笑う度に、心の中にあったしこりが抜け落ちて行き、段々と気楽になってきたのだ。まるで、本当に楽しいことがあったかのように、悲しみや苦しみが塗り潰されていく。まさか、このような幼女に、ここまでの母性があるとは思いもしなかった。

 

「ファーフアガホゲホォ……」

 

 が、キシリカは再び噎せ出す。

 

「……むぅ、無理じゃぁ…もう笑う気力すらなくなってきたぞ…」

 

 それだけを呟くと、先ほどまでの爆笑がピタリと止み、ビターンと地面に倒れてしまう。

 

「こ、これだけやれば十分じゃろ…」

「はい…ありがとう御座いましたキシリカ様…」

 

 キシリカのお陰で、リベラルはいくばか心に余裕を取り戻すことが出来たのだ。本当に、心の底からの感謝の言葉を、口にしていた。

 

「…それより、じゃ。妾はもう腹が空いて動けん…じゃから、おぶってくれんか?」

「私が背中におぶるのですか?」

「そうじゃ。お前があの男たちを殺さなければ、妾は今頃めしにありつけたのじゃぞ…」

「何でそこを蒸し返すのですか…」

「それはそれ、これはこれなのじゃ」

 

 先程まで、そのことを気にするなと言わんばかりの施しを受けたというのに、それをぶち壊す発言にリベラルはゲンナリする。

 

「あの男たちは、キシリカ様に良からぬことを行おうとしていたのですが…」

「構わん! 妾の命を救おうとしてくれたのじゃぞ! 良からぬことの1つや2つ、妾は受け入れておったわ!」

「えぇ…」

 

 キシリカのとんでもない発言に、ちょっぴり引いた様子をリベラルは見せる。だが、少しばかり考えた。別に、あの場にキシリカを放置したところで、何ら問題はないのだ。どのみち、彼女は死んだところでいずれ復活するので。

 しかし、と思い直して、キシリカの姿を眺めた。

 

 黒いレザー系のきわどいファッション。

膝まであるブーツ。レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。

 青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。そして、ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。

 

 中々素晴らしい幼女である。どちらかと言えば、ロステリーナの方が好みであったが、そのロステリーナは呪いが原因で近寄ることが出来ない。

 だが、キシリカは違う。彼女には、呪いは強く作用しない為か、キスが出来るほど近寄っても平気なのだ。

 思い返せば、今まで癒しがなかった。毎日毎日鍛練鍛練。ラプラスにサンドバックにされては、やりたくもない殺し合いまでさせられたのだ。

 それに対し、キシリカは違う。まるで母親のような包容力と母性を持ち、慰めてくれた。正直、この世界に来てから、あのような気持ちになったのは初めてかも知れないのだ。

 その上、キシリカに飯を食わせれば――何でも一つだけ願いを叶えてくれるのだ。リベラルはどうして食料を持ち歩かなかったのだと、悔しそうに表情を歪める。

 

「畏まりました…では、私がキシリカ様の足となりましょう」

「お?」

「キシリカ様は『千里眼』を持っていた筈です。それを使い、食事のある場所まで案内してください。そこまでお運び致しましょう。一緒にご飯を食べるのです!」

「ほう、ほうほう…いい反応じゃ! 妾はそういう反応を待っておったのじゃ! 妾のことを忘れておる、あやつらとは大違いなのじゃ!」

 

 空腹で動けないと喚いていた割には、それなりに元気そうな様子を見せるキシリカ。だが、リベラルは気にしない。

 

「それより! まずは名を名乗れ!」

「失礼しました。リベラルと申します」

「よし! 知っておるようじゃが、妾はキシリカ・キシリス! 人呼んで、魔・界・大・帝!」

 

 キシリカは地面に転がりながらも、腰に手を当てて、股間を突き出すように胸を張った。

 なので、リベラルは未来のルーデウスの行動をリスペクトし、目の前にあった太ももをペロリと舐める。砂がこびりついていたのか、ジャリジャリした味しかしなかった。現実は無情である。

 

「うひゃぁ! 何するんじゃい! キッタナイのう!」

 

 キシリカは内股になり、なめられた所をゴシゴシと擦りながら、睨んできた。その姿には、何かそそるものを感じていた。

 

 リベラルは、元々常識的な人間であった。特に異常な性癖を抱えていた訳でもなく、ごく普通の感性を持った常人だ。ロステリーナに関しても、単純に可愛いと感じていたから、愛でたいと思っただけである。

 だが、度重なる鍛練の果てに、リベラルの感性は狂い始めていた。愛でたいではなく、ハスハスしたくなっていた。その兆候は、ロステリーナによって芽を咲かせてたのだ。

 極み付けは、先ほどの殺し合い。そして、キシリカの包容力によって、その余計な才能は、完全に開花してしまった。

 

「では、こちらにお乗り下さい。お運び致します」

「うむ」

 

 素早く背中を向け、リベラルは幼女を背中に搭載する。

 

「うむ、うむ…そのまま森の中に行くのじゃ! その先にめしが待っておる!」

 

 ぐるんと瞳を回転させ、『千里眼』を使用したキシリカは、道から外れた場所へと指をさす。

 

「ハッ! 畏まりました陛下! そのめしを奪い取ればいいのですね!」

 

 なんとなく楽しくなってきたリベラルは、ノリノリになって森の中を突き進んで行く。ぶっちゃけてしまうと、今まで抱えていたストレスの反動により、頭のネジが弛んでいた。そして、キシリカに甘えてもいいという思いが、悪く組み合わさっていたのだ。

 不死身の魔帝は、どうやら寛容な存在らしい。むしろ、不死身だからこそ寛容なのだろう。

 恩を返すのに、からだを差し出すことも厭わないとは、幼女の姿で恐ろしいことを言う。こんな幼女を野放しにするのは間違いである。早急に保護しなくてはならない。

 

「うむ、行くのじゃー! ファーハハハハハ!」

 

 こうして、ラプラスに課された試練を途中で投げ出し、リベラルは幼女を背負って走り続けた。

 そしてその光景を、上空からサレヤクトは静かに見守る。その顔は「何やってんだアイツ…」と言いたげであった。




次回はキシリカではなく別の人物とわちゃわちゃします。凛凛しい姉キャラとです。


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7話 『魔王との邂逅、そして――』

前回のあらすじ。

キシリカ「よしよし、可愛い奴よのお」
リベラル「……」(抱き付きながらクンカクンカ)
サレヤクト「変態としての開花か…」

書きたかったあやつを書けたので思わず投稿。代わりに、次回の更新は遅くなるかもです。

※7月11日、アトーフェラトーフェ親衛隊隊長を、ムーアからムーア(祖父)に変更致しました。


 

 

 

 リベラルはキシリカを背負い、森の中を駆けて行く。中々の速さで走っているせいか、キシリカは辛そうな表情を浮かべていた。

 どうやら、体力の減っている空腹状態で、激しくからだを揺さぶられるのは堪えるらしい。不死身のキシリカでも、そういった根本的なものは通用するようだ。

 

「き、貴様! もう少しゆっきゅっ! むぎゅ! 舌を噛んでゅ! イダッ!」

「あ、すいません」

 

 からだが揺さぶられてる時に口を開いたせいか、キシリカは舌を噛んで涙目を浮かべる。流石に申し訳なかったので、リベラルは速度を落とし、歩き始めた。

 

「うぐぐ…もう少し気を使えんのか…」

「それより、後どれくらい進めば?」

 

 リベラルはキシリカの不満を無視して、目的地の場所を問う。そのことに彼女は不満そうな表情を浮かべたが、腹の音と共に死にそうな顔になり、静かに答えた。

 

「数分ほど歩けば着くのじゃ…」

 

 そして数分後、森は開け、リベラルの目の前に小さな砦が映った。どうやら、昔に放棄された砦のようである。

 木造で四角に作られており、周囲には堀がある。しかし、橋は降ろされており、無防備に入口が開かれていた。

 

「あれ? ここってもしかして…」

「うむ、先ほどの男たちの住み処のようじゃの」

「無人なのですか?」

「数人ほどおるの。中で食事をしとるようじゃ」

「……まさか、それを奪い取れと?」

 

 恐る恐ると言った様子で、リベラルは背負っているキシリカへと顔を向ける。すると、彼女は笑顔を浮かべ、

 

「なに、別に奪い取れとは言っておらん。ただ少しばかり分けて欲しいと頼めばいいのじゃ。妾はいつもそうしておるぞ」

 

 どうやら、彼女の性根は乞食と何ら変わらないらしい。賊を相手にそのような頼みをしたところで、薄い本のような展開にしかならないだろう。それはそれで見たい気もするけど。

 それに、未来でも何故かキシリカは城に戻らず、浮浪者のように魔大陸のあっちこっちで出現していた。バーディガーディーによって、身元が保証されていたにも関わらず、だ。

 根っからの乞食だと、思うべきなのだろうか。仕方ないので、リベラルは中に入ろうと一歩踏み出し、

 

「むっ、待つのじゃ」

 

 顔を顰めたキシリカによって、その歩は止められた。

 

「どうしたのですか?」

「…今し方、中の男どもが倒されたのじゃ」

「倒された? 魔物か何かがこの中にいるのですか?」

「違うのじゃ…何故あの阿呆がここにおるんじゃ…」

 

 千里眼で辺りをキョロキョロと見回し、いまいち要領を得ないことを呟くキシリカに、リベラルは頭に疑問符を浮かべる。

 

「くぅぅ…しかし、めしがそこにあるのじゃ…退きたくないぞ…」

「キシリカ様、私には何のことかサッパリなのですが」

「…アトーフェじゃ。あの阿呆が中におる」

「…は?」

 

 『不死魔王』アトーフェラトーフェ。

 何故かこの場に、その魔王がいると言うのだ。

 

 キシリカの言葉に、何で? と言った疑問しか湧かなかったが、彼女の様子では本当にいるのだろう。

 未来の情報を知っているリベラルは、アトーフェラトーフェという存在が、どれほど理不尽な人物なのかを知っている。頭が悪すぎるせいで話が通じず、すぐに肉体言語を行おうとする脳筋である。どれほど丁寧に説明を行おうと、アトーフェラトーフェは言葉の意味を理解してくれない。

 

「いやいや、そもそも何でここにいるのですか?」

「恐らく妾を追ってきたのじゃ。一年前からあのアホウに追われておっての…」

 

 それは、どこか(未来)で聞いたことのある話だった。

 

「……因みに、その原因は…?」

「うむ、それは…あやつの父親、ネクロスラクロスが残した、形見の秘酒を拝借してしまっての。ほーんのちょこっと貰っただけだというのに、アトーフェの阿呆はそれはもうカンカンにブチキレての…」

「…………」

 

 どうやら、キシリカも阿呆だったらしい。思わず地面に落とすと同時に、「むぎゃっ!」と悲鳴が上がる。

 

「完全に自業自得じゃないですか!」

「し、仕方ないじゃろ! だって、昔に飲んだことがあったけど、それがもう本当にものすごく美味しかったんじゃもん!」

「じゃもん! じゃないですよ! もうこのままここに捨てて行ってもいいですか!?」

「い、嫌じゃぁ! 置いてかないでくれい! 妾をおぶる……あ」

 

 そこで、キシリカは言葉を切って、リベラルの後ろを見る。

 

「……まさか」

 

 半ば予想は出来ていたが、リベラルも後ろを振り返れば、そこには、黒い鎧を着た兵士たちがいた。数はそれなりに多く、20人程おり、全員が二人を取り囲んだ。

 

 絶体絶命である。

 

 

――――

 

 

 兵士たちは威圧するかのように、リベラルを睨み付けていた。中には、腰につけている剣を引き抜いてる者もいる始末だ。

 どうやら、リベラルの呪いが原因で、既に臨戦態勢に移ってるらしい。数が多すぎるせいで、逃げ場もない。戦いになれば、間違いなく殺されるだろう。

 

「この殺気…ヤバイぞアイツ…」

「こえぇ…何だあの化けも…あれ? 何か一瞬美人に見えたぞ?」

「バカ言うな。あの恐ろしい眼を見てみろ…あれは血に飢えた獣の眼だぞ」

「それより、アトーフェ様はどこにいるんだ?」

「今こっちに来てるらしい」

 

 この時代でも、割りとアットホームなようで、兵士たちはワイワイとざわついていた。だが、リベラルはそんなことどうでもよかった。内心では、この危機をどう乗り越えればいいのか、頭をフル回転させていた。

 このまま進めば、リベラルは契約を結ばされて、無理矢理アトーフェラトーフェの親衛隊に入隊させられるだろう。もしくは、このまま殺されるか。

 前者ならば、いずれ状況が打開される可能性は高い。リベラルは曲がりなりにも魔龍王の娘なのだ。ラプラスが黙っていないだろう。

 呪いのせいで後者になってしまえば、諦めるしかない。ジ・エンドだ。

 

「貴様ら、少し黙らんか」

 

 と、そこで、一人の兵士が周りの兵士を一喝し、黙らせた。彼はそのままリベラルへと歩み寄ると、兜を外す。中身は灰色の髪をした、彫りの深い歴戦の戦士といった感じの老人だ。

 彼はリベラルの目の前に来ると、頭を下げた。

 

「恐ろしき御方よ…我々は貴方と敵対するつもりは御座いません。どうか、そこにいるキシリカ様を引き渡して下さりませんか? 自分には孫がいるのですが…再び顔を見るまで、こんなところで死ぬわけにはいかないのです」

 

 呪いの影響を受けているだろうに、柔和な笑みを作り、なるべくリベラルを刺激しないようにしている。その姿勢は、とても真摯であった。

 リベラルは、いつの間にか背中にしがみついている、キシリカへと視線を向けてしまう。

 

「そ、そんな奴の言葉を聞くでない! アトーフェは話の通じる奴ではないぞ!」

「…………」

 

 そんなにもアトーフェラトーフェの元に行きたくないのか、必死になるキシリカ。リベラルとしても、不死魔王と話し合いをするつもりはない。だって、まともな会話が出来ると思ってないし。

 正直、この状況はキシリカの自業自得なので、素直に引き渡すべきだろう。それに、アトーフェラトーフェが現れる前に、早急にこの場から立ち去る必要があるのだ。

 リベラルは、キシリカへと笑みを向けた。

 

「キシリカ様」

「な、なんじゃ」

「思えば、貴方と出会ってからはや数百年…いつも飯ばかりたかってきましたね」

「何を言っておるのじゃ! 妾とお主はさっき出会ったばかりじゃろう!」

「私はもう疲れました…こんなにも尽くしてるのに、キシリカ様は私を見てくれないのですから…」

「そ、そうか…それが貴様の望みなのじゃな!? 分かった! これからはリベラルだけを見る! だから…妾を引き渡さないで欲しいのじゃ!」

 

 あまりにも意味不明なリベラルの発言に、キシリカは必死についてきて何とか難を逃れようとする。だが、リベラルは彼女の肩に手を置く。

 

「まぁ、冗談はここまでにしまして」

「ほへぇ?」

「どうぞ、新鮮な幼女です」

 

 そして、ポイッと、キシリカを目の前に放り投げた。

 

「こ、こんの薄情ものめぇぇぇぇ!!」

 

 腹が減ったと言ってる割には、未だに元気そうなキシリカ。彼女は「グルルルル!」と唸り声を上げ、リベラルに襲い掛かろうとするも、あえなく兵士たちに拘束される。

 しかし、既にリベラルには関係のない話だ。むしろ、人として正しい行動と言えよう。

 

「ありがとうございます。これで、アトーフェ様も怒りを鎮めて頂けるでしょう。孫とまた再会出来そうです…」

「それはよかったです。では、私はこれにて……」

 

 とにかく、キシリカを引き渡した以上、リベラルはもうここに用はない。早急に立ち去ろうと、手短に返事をしたリベラルであったが、

 

「ムーア! キシリカのアホを捕まえたと聞いたぞ!」

 

 そこに、女の声が響き渡る。

 時間切れだ。

 とうとう、魔王が現れてしまったのだ。

 

「アトーフェ様。はい、こちらに」

「キシリカ…よくもオレの親父の酒を呑んでくれたなぁ?」

 

 青色の肌。白い髪。

 赤い目。コウモリのような翼。

 そして額から突き出る、一本の太い角。

 服装は兵士たちと同じ、黒鎧。だが、まだあまり使われていないのか、汚れや傷は、それほど見当たらなかった。

 

「アトーフェ…妾が呑んだのはほんのちょっとだろう! 妾は何も悪いことをしとらんぞ!」

「うるっせぇ! ほんのちょっとだろうがテメェが呑んだせいで酒が見付からないんだぞ! どこに隠しやがった!」

「ちゃんと元の場所に戻したわ!」

「なかったからオレがここにいるんだろうが! 訳の分からんことを言うな!」

 

 二人は言い争いをし、リベラルに意識を向けていなかった。なので、彼女はそっとこの場から立ち去ろうとしたのだが、

 

「待てお前!」

 

 何故かアトーフェラトーフェに呼び止められ、逃走に失敗する。

 

「その面構え…その出立ち…そして今にもオレを殺さんとする殺気…よしっ! 合格だ! 貴様には我が親衛隊に入る権利をやろう!」

「は?」

「知り合いが人族との戦争の準備を始めていてな! オレも使える兵士を集めてるのだ!」

 

 要は、リベラルをスカウトしているらしい。後々起こる戦争のために、戦力が欲しくて。

 

「中にいた奴らは貧弱だったが…貴様はそんなことなさそうだ! 名を名乗れ!」

「リ、リベラルです」

「オレは不死魔王アトーフェラトーフェだ!」

 

 ドガッと、からだを殴り付けられたかのような感覚。

 ラプラスが刃物のような鋭い殺気だとすれば、アトーフェラトーフェは鈍器のような重たい殺気だ。

 質の違う殺気を前にして、リベラルは思わず名前を答えてしまった。

 

「貴様には我が親衛隊に入る権利をやろう! どうだ、嬉しいだろう!」

 

 先ほど言った台詞を忘れたのか、再び同じことを言うアトーフェラトーフェ。だが、リベラルはそのことに、突っ込む余裕もない。

 

「け、結構です!」

「なんでだ!」

「戦いが嫌いだからです!」

「なんだと! 何故だ!」

 

 この流れは不味い。

 

 漠然とそう思いながら、リベラルは何とか親衛隊に入らないように会話を進めていこうとする。だが、考えることに必死で、アトーフェラトーフェに会話が通じないことを忘れていた。

 

「痛いのは嫌ですし、危ない目に遭うのも嫌だからです!」

「なんでだ!」

「いえ、だって…え? そのままの意味なのですが…」

「訳の分からんことを言うな! ちゃんと説明しろ!」

 

 ここまで会話が噛み合わないことがあるのだろうか。リベラルはそう思わずにいられなかった。

 

「えっと…つまり、死にたくないってことです!」

「安心しろ! 親衛隊に入ればオレが少しくらい鍛えてやろう!」

「いえ、だから戦いが嫌いなんです」

「なんだと! 何故だ!」

「痛いのも危ない目に遭うのもごめんだからです!」

「なんでだ! その程度気にすることはないだろ!」

 

 いつの間にか、二人の会話はループしていた。

 

「なに同じ話をしとるんじゃ。馬鹿じゃろ。アトーフェにまともな話などできるものか」

「オレは馬鹿じゃねぇ!」

 

 口を挟んできたキシリカに、アトーフェラトーフェは激昂する。

 

「それに貴様もだ! 生意気にもオレに殺気を向けてる癖に戦いが嫌いだと? オレを馬鹿にしてるのか! 馬鹿にしてるんだな!」

「むぎゃ!」

 

 殺気なんて向けてません。全力でそのことを否定したかったが、全てはリベラルの呪いが原因である。無駄になるだろう。

 キシリカに蹴りを入れてから、ズンズンと歩み寄って来るアトーフェラトーフェに、リベラルはもはや諦観の念を抱いた。周りの兵士たちも、特にそれを止めようとしてくれない。

 

(……ど、どうしましょう)

 

 『不死魔王』アトーフェラトーフェ。未来では、七大列強の下位陣と同等の強さを誇ることになる。だが、それはあくまで“未来”の話だ。

 今の彼女は、まだ北神カールマン・ライバックと結婚している訳でもないので、北神流を扱える訳でもない。それに、未来で台頭し始める第二次人魔大戦前なので、戦闘の経験値も少ないだろう。

 しかし、アトーフェラトーフェは『不死魔王』だ。受けたダメージを、体質だけで再生させる不死身の肉体を持つ。それだけでも、かなり驚異である。むしろ、その能力のお陰で、恐怖の象徴として伝わるのだ。

 

 ――勝てるだろうか?

 

 それは、実際に戦ってみなければ、分からないだろう。それに、例え倒せそうになったとしても、周りに兵士たちもいる。止められることは明白だ。

 やがて、アトーフェラトーフェはリベラルの目の前までやって来て、

 

「グルオオォォォオオ!!」

 

 

 ――巨大な赤竜が、咆哮と共に舞い降りた。

 

 

――――

 

 

 サレヤクトは、空からずっとリベラルを見守っていた。そして、彼の役割は、リベラルの窮地を救うことである。もしもの時に備え、近くを飛んでいたのはそのためだ。

 

「何だこいつは!」

 

 舞い降りたサレヤクトは、まず目の前にいたアトーフェラトーフェに突進し、彼女を吹き飛ばした。

 

「グアァァァァ!!」

「アトーフェ様!」

「てか何でこんな場所にレッドドラゴンがいるんだ!」

「しかもデカイし!」

「お前ら! 掛かれ!」

「お前行けよ!」

「いやお前が行けよ!」

 

 次に、周囲にいたワイワイと騒ぐ黒鎧の兵士たちを、尻尾で薙ぎ払う。彼らは、防ぐことも出来ずに直撃し、吹き飛ばされた。

 サレヤクトのたった二回だけの行動で、アトーフェラトーフェと親衛隊は、あっという間に壊滅状態になったのだ。圧倒的である。

 

「トカゲの分際でよくもやってくれたなぁ!」

 

 だが――アトーフェラトーフェは不死だ。

 もう傷を修復したのか、すぐさま目の前まで戻って来ていた。それに、親衛隊たちにも不死魔族が混じっているのか、ヨロヨロとゾンビのように立ち上がる。

 因みに、キシリカは尻尾に巻き込まれて気絶していた。

 

「サ、サレヤクト様…」

 

 リベラルの不安そうな呟きに、サレヤクトはチラリと視線を向ける。それから、今の内に逃げるようにと首を振った。

 その合図を受けたリベラルは、すぐさま逃走を選択する。彼女の力量では、サレヤクトの戦闘に合わせて戦うことなど出来ないだろう。巻き込まれて、先ほどの兵士たちのように、薙ぎ払われるのが落ちだ。

 

「ムーア! 奴を逃がすな!」

「ハッ!」

 

 アトーフェラトーフェの叫びに、ムーアは動く。走り出すリベラルに、彼は魔術を放とうとしていた。

 

「死せる大地にあまねく精霊たちよ! 我が呼びかけに答え、かの者を――」

乱魔(ディスタブ・マジック)!」

 

 リベラルが咄嗟に放ったのは、今はまだ世に作られていない未来の技術、乱魔(ディスタブ・マジック)。未来にて龍神ウルペンが作り出すこととなる、奥義のひとつだ。

 発動前の魔術に対し、対応した魔力を送ることで術の発動を阻害するもの。比較的単純な理論で成り立っていたからこそ、リベラルはこれを既に会得することが出来ていたのだ。

 

「なんだと!?」

 

 だが、そんな未知の術を受けたムーアにとっては、何が起きたのか理解出来ないだろう。

 

「くっ…全員、魔術を放て!」

「はっ!」

 

 しかし、そこから立ち直るのは早かった。自身が魔術を放てないことを悟ると、すぐさま周りの兵士に指示を出していたのだ。

 ムーアは優秀な指揮官と言えよう。魔術師としても、高位に位置するかも知れないだろう。だが、この場の相手は、リベラルだけではないのだ。彼は判断を誤った。

 

「むっ! いかん! 総員、防御を――」

 

 ムーアが指示を出し切る瞬間――彼らは巨大な炎に包まれた。

 アトーフェラトーフェだけでは、サレヤクトを抑えることが出来なかったのだ。彼のもたらしたブレスが、周囲の兵士たちに直撃したのである。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「ぐうぁぁ!」

「うおおぉぁぁぁ!」

 

 プスプスと異臭を放ちながら、黒焦げになって地に倒れ伏せる兵士たち。死んでない者もいるだろうが、リベラルが逃走を完了させるには、十分すぎる隙であった。

 

「この、トカゲ野郎がぁぁ!!」

 

 部下たちを灰燼に変えられたことに激昂したアトーフェラトーフェは、持っている大剣を構えながら、サレヤクトへと立ち向かう。

 その様は、魔王である彼女には皮肉なことに、まるで巨悪に立ち向かう勇者にも見えた。

 

 

――――

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 ひたすら走り続けていたリベラルは、森の開けた位置まで戻って来ていた。

 あの様子であれば、サレヤクトは恐らく負けないだろう。アトーフェラトーフェは倒せないかも知れないが、機を見計らい、適当なタイミングで戦闘から離脱することは明らかだ。

 もう、安心しても大丈夫だろう。そう思い、リベラルは肩の力を抜いた。

 

「ここは…あの盗賊たちがいた場所ですか…」

 

 ふと、地面へと目を向ければ、そこには血溜りの跡があった。どうやら、男たちの死体は魔物が食ってしまったのか、はたまたアンデット化したかの、どちらかだろう。

 悪いことをしてしまったな、とリベラルは思い、静かに黙祷を捧げる。

 

 それから、ラプラスが帰って来るのを待つため、最初にこの地に降り立った場所に向かおうとし、

 

「…………」

 

 足を止めた。リベラルは、気付いてしまったのだ。今、この場には自分しかいないという事実に。

 ラプラスは言わずもがな、街へと買い物に行ってるのでいない。サレヤクトは、アトーフェラトーフェたちの相手をまだしていると思うので、間違いなくいないだろう。

 

「…別に、大差ないですよね」

 

 それに、もうひとつ気付いたのだ。

 

 リベラルは、アトーフェラトーフェが親衛隊への勧誘をした時に、断った。理由は単純なもので、戦いたくないからだ。だが、このままラプラスの元へと戻れば、遅かれ早かれ戦うことが宿命付けられる

 それに、アトーフェラトーフェは「親衛隊に入ればオレが少しくらい鍛えてやろう」と勧誘していたが、『少しくらい』とも言っていたのだ。もしかしたら、今の時代ではまだ、あまり兵士たちを鍛えてないのかも知れない。

 とは言え、無理矢理アトーフェラトーフェと契約させられ、死ぬまで一生彼女の元で働かせられるかもしれないだろう。だが、どのみち、ラプラスの元にいても、未来が宿命付いてるのだ。未来を縛り付けられている。無理矢理契約を結ばされてるのと、差ほど変わらない。

 それに、龍鳴山で鍛練をするのは、もう懲り懲りだったのだ。

 

 リベラルは気付いた。

 アトーフェラトーフェもラプラスも、そう大差がないことに。

 

「……帰りたく、ないな」

 

 ポツリと、そんな思いが溢れ落ちる。

 一言溢れれば、その心が止めどなく溢れて、抑えられなくなった。

 

「そうですよ…元々はラプラス様は一人で戦って行くのですから…」

 

 そう、元々リベラルという存在は、異分子だ。

 彼女がいないところで、未来に影響は及ばない。

 

「私がいなくても…何の問題もないのでは…?」

 

 だからこそ、リベラルの心は揺れ動いた。

 

「……ちょっとくらい…家に帰らなくていいですよね? ちょっとした家出とそう変わりませんから…」

 

 リベラルはまるで言い訳するかのように、誰ともなしに言葉を呟く。そして、その足は、別の方角へと向いていた。

 

「そう…ちょっとだけですから…」

 

 フラリフラリと、リベラルはあてもなく歩いて行く。彼女を止めるものは、この場にはいない。リベラルの意思は、完全に片寄っていた。もう、溢れた思いは止められない。

 やがて、リベラルの姿は見えなくなる。この場から完全に立ち去り、ラプラスと合流することなく消えた。

 

 

 それから、しばらく経ってから戻って来たラプラスは、リベラルを待ち続ける。

 己の娘の呪いを抑える魔道具を手にし、喜んでくれる姿を想像して。普段はあまり見せぬ、柔らかい笑みを浮かべて。

 

 サレヤクトが現れるまで、ずっと…。

 

 

――――

 

 

 その日、リベラルは夢を見た。

 

 そこは、不思議な場所であった。

 真っ白い空間だ。

 何もない空間だ。

 彼女自身も、すぐに夢だと気付いた。

 

「やあ、初めましてかな。こんにちは。リベラルちゃん」

 

 そこに、奴はいた。

 のっぺりとした白い顔で、にこやかに笑っている。

 しかし、モザイクが掛かっているかのように、その顔を記憶することが出来ない。

 

「知っていると思うけど、僕は人神(ヒトガミ)さ」

 

 気さくすぎるぐらい気さくに、彼は片手を上げて、

 

「そして、君の味方だよ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべ、そう言ったのだ。




※どうでもいい補足。
アトーフェラトーフェの酒を飲んだのはキシリカですが、彼女は全てを飲んでません。
その後に現れたバーディガーディが酒を全部飲み干して、キシリカに罪を擦り付けたのです。この頃のバーディガーディは、眼鏡を掛けたインテリアなのだった。

という設定にしてみた。どうでもいいだろうけど。


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8話 『人の神が齎す、破滅の神託』

前回のあらすじ。

ヒトガミ「(´・ω・`)やあ」
リベラル「死ね。氏ねじゃなくて死ね」
アトーフェ「人神にいいとこかっさらわれた」
親衛隊「せやな」

書いてる時はとてもいい感じに仕上がってるように感じるのに、時間が経ってから見直すと凄く駄目に感じる。そして、一度そう感じてしまうと「いやいや、つまらなさすぎだろこれ」と何度も思ってしまう。書き直しても、何度も何度も……例え、面白くてもだ。
ネガティブ思考…奴は厄介だ。書く気力をゴリゴリ削ってきて、投稿する気持ちをむしり取りやがる…。
せめて、その気持ちが晴れることを願おう。あーめん。
なんちゃって。


 

 

 

 最初にその姿を見たとき、リベラルは「何故?」といった疑問を浮かべていた。

 そもそも、彼女のからだには『龍神の神玉』が埋め込まれており、人神に対しての対策を持っているのだ。だからこそ、こうして姿を現せたことに、疑問を抱く。

 

「え…?」

 

 リベラルは、ふと自身のからだを見下ろす。

 未来でルーデウスが人神と邂逅した際、彼の姿は前世の死ぬ前の姿であったのだ。しかし、今のリベラルの姿は、前世の姿でも、ましてやリベラルとしての姿でもなかった。

 

 まるで――火の玉のような緑色に光るナニかだ。自身のからだであろうそれは、中空でフワフワと漂っている。

 

「えぇ…? 何ですかこれは?」

「『龍神の神玉』だね。それのせいで、ここでは君の姿が変わってるみたいだよ」

 

 こんな姿で、どうやって喋ってるのかよく分からないが、それでもリベラルは声を発することは出来た。

 そんな彼女の疑問に答えた人神は、『龍神の神玉』の単語を溢した際、僅かに忌々しそうな雰囲気を晒す。しかし、すぐに人の良さそうな笑みへと切り替わった。

 

「…それより、何故私に接触を? 貴方と私は敵同士の筈ですが」

 

 リベラルは抑えきれぬ鋭い殺気を溢しながら、人神を睨み付ける。彼女にとって、人神など敵でしかないのだ。確かに、戦ったりするのはなるべく避けたいが、それでも味方になるつもりもない。

 

 六面世界の5つを、裏で糸を引いて崩壊させたことは気に食わないし、順調に進む筈だった世界をぶち壊されたのは、非常に胸糞悪い話であった。

 何より、未来でルーデウスへの対応を知っている以上、いずれ裏切られることは明白だ。このような糞野郎に従う使徒の気持ちが、何一つ理解出来ない。

 それに、人神が原因で、リベラルは現在進行形で、泣き出したくなる厳しい鍛練を強制させられている。それも許せなかった。

 

「そりゃあ、君となら仲良く出来ると思ったからさ」

「私と仲良く…? まさか、それを本気で言ってるのですか?」

「本気だよ。僕は君と仲良く出来ると思ったからこそ、こうして姿を現したんだから」

「…………」

 

 正直、訳が分からなかった。

 

 リベラルが過去の出来事を知っており、尚且つ未来の知識を持っていることを把握しているのであれば、人神とは絶対に相容れぬことが分かる筈なのだ。例え、人神から返しきれぬ程の恩を受けようとも、それだけは絶対である。

 なのに、言うに事欠いて「仲良く出来ると思った」等と抜かしたのだ。何をどう考えれば、そのような思考に行き着くのか理解不能であった。

 しかし、ひとつの可能性に辿り着く。

 

 もしかしたら――人神は私が転生者だと気付いてないのか?

 

 そんな疑問だ。

 それに、心を読み取れていない可能性があった。

 

 今見ているこの夢――この空間は、人神が他者の精神に直接語り掛けてるかららしい。だが、この場にいるのはリベラルではなく、揺らめく緑色の火の玉(龍神の神玉)だ。

 『龍神の神玉』によって、上手くこちらの精神に干渉出来ていないとも考えられる。もっとも、だからと言って楽観視するつもりは毛頭ないが。

 

(くたばれモザイク野郎! 誰がお前みたいな卑猥な奴と仲良くしてやるか! 会話するだけで妊娠してしまいますよ!)

 

 試しに、リベラルは強くそう念じてみた。これは軽い気持ちなどではなく、本心から思っていることである。

 人神は特に気付いた様子を見せず、何見てんだよと言いたげな態度だった。

 

「なんだいなんだい、そんなに睨み付けてさ! 僕が嘘吐いてると思ってるのかい?」

「…どうでしょう。余り信じられませんね」

 

 などと言いつつ、内心では「どっちでもいいから早く消えろよ」と思う。どちらにせよ、人神と会話することにメリットなど、ほとんどないのだから。

 しかし、人神はそんなことを思われてると知ってか知らずか、図々しい態度で居座り続ける。

 

「そもそもさ、君はラプラスから過去の話を聞いたんでしょ?」

「それが何ですか? 貴方が最低の屑野郎で、性根が腐りきってると言われましたよ」

「それだよそれ。僕は確かに彼らを騙したけどね、それは悪い龍神をどうにかするためだったんだよ」

「ほう、それ相応の理由があったと言うのですか?」

「そりゃそうだよ。君は知らないだろうけど、龍神は龍界以外の世界を滅ぼそうとしてたんだから」

 

 リベラルは、思わず頭にクエスチョンマークを浮かべた。しかし、人神は言葉を続ける。

 

「ずっと昔から企んでたみたいだけど、僕だけはそれに気付くことが出来たんだ。でも、僕は神々の中で一番弱かったからね」

「…………」

「だから、知恵を振り絞ったんだ。どうすれば龍神に勝てるか、必死に試行錯誤してね」

「はぁ」

「その結果、騙すことになった訳だよ。確かに僕の行いは非道だろうけど、そうしなければ世界は滅んでいたからね」

 

 …何だ、これは。

 まさか人神は、これで信じると思って、話してるのだろうか?

 

 余りにも荒唐無稽な与太話だ。冗談にしても笑えないだろう。嘘を吐くにしても、もっとまともなものがあった筈である。ラプラスの話した龍族の過去話と、全く違うことをのたまうとは。

 そんな話を信じるほど、リベラルは馬鹿ではないのだから。

 

「五龍将たちも、ラプラスも、みんな龍神の言葉に踊らされてる。そもそも、六面世界の5つが崩壊した以上、僕が死ねば本当にこの世界は終わるんだよ?」

「……確かにそうかも知れませんね」

「でしょ? ラプラスが自分に妄信的なことを利用して、龍神は最後の悪足掻きに僕を殺すように命じるしさぁ…堪ったもんじゃないよ」

「…………」

 

 ひとつ、リベラルに確信出来ることが出来た。それは、人神がリベラルの心を読み取れていないことだ。

 未来の知識があるリベラルは、人神がどのような性格をしているのか知っている。甘言で誘い、目先の欲に導き、そして最後に大切なもの全てをぶっ壊す。

 自身が死にたくないがための行動なのかは分からないが、それでも人神の非道を知っているのだ。

 人神がリベラルに未来の知識があることを知っていると仮定すれば、それは流石にあり得ぬ発言である。幾らなんでも、人神が馬鹿すぎるだろう。そんな嘘が通じないことは明白だ。

 

 だが、もしもリベラルをただの子供だと考えているのであれば――、

 

「君は、ラプラスに都合のいい人形として作られてるよ」

 

 

 ――人神の狙いは、即ち父親(ラプラス)との離反。

 かつての五龍将たちのように裏切らせて、互いに戦わせようと考えているのだ。

 

 

「都合のいい人形…ですか?」

「そうだよ。だってさ、今まで君、龍鳴山から出させてもらうことも出来ず、ずっとやりたくもない鍛練をさせられてたでしょ?」

「それは…貴方を打倒するために…」

「それだよ。僕を倒すためだって? 君は一体僕の何を知ってるんだい? ラプラスの話でしか知らないじゃないか」

 

 未来の行いを知っている。そのことを人神が知っていれば、その発言が矛盾してることに気付くだろう。

 もはや、心を読み取れてないのは確定的であった。

 そのことに気付いたことを悟らせぬよう、リベラルはなるべく声色を変えぬよう意識する。

 

「それは…そうですけど」

「君は洗脳されてるんだ、リベラル。僕はそのことを伝えたかったんだ」

「…………」

「僕の言葉が届いてなくてもいい。けれど、少しでも自分の意思で考えて欲しいんだ」

 

 そして、人神は僅かな溜めを作り、口を開く。

 

「――君の知る世界が、どれほど狭いものなのかを」

 

 なるほど、とリベラルは思う。

 もしも己が純粋なリベラルという存在であったのならば、この話はいわば布石だったのだろう。

 人神は、ここで無理に信じさせるつもりなどなかった。ただ、リベラルという存在に、疑心を与えたかったのだ。ずっと龍鳴山という狭いコミュニティに閉じ込められてる彼女に、ほんの僅かなヒビを加えようと。

 

 だが、生憎なことに、リベラルはリベラル(転生者)だ。

 

 確かに、龍鳴山で延々と鍛練を強制させられていることに対して、不満はある。しかし、それだけだ。鍛練ばかり要求してくるラプラスのことは、確かにあまり好きになれないが、結末を知っている。あまりにも報われない結末だ。救うことも出来ない。

 魂を二分にされ、魔神と呼ばれる片割れは良いように使われる始末だ。しかし――魔神の恨みは本物である。オルステッドは言っていた。

 

『二つに割かれたラプラスは、記憶を失い、

 人の存在を憎悪する『魔神』と、

 神を打倒せんとする『技神』に別れた』

 

 果たして、記憶が失われてもなお、ここまで強い意思を持つことがあるだろうか。もしも、あるのであれば――それは魂の奥底にまで染み付いてるのだろう。

 ラプラスは、決して嘘を吐いてない。彼は人神に騙され、奪われ、使命までも壊されるのだ。そんな結末を、リベラルは知っている。

 

 ラプラスの言葉は、とても重たく心に響く。

 人神の言葉はあまりにも軽く、心に響かない。

 

 どちらを信じるかなど、言うまでもないだろう。父親に決まっている。だからこそ、その重圧に耐えきれずに、飛び出してしまったのだ。

 

「それで、話はそれだけですか?」

「いやいや、まだあるよ! 言ったじゃないか、僕は君の味方だってね」

 

 人神の言葉に、リベラルは一切揺れなかった。

 彼女は、人神の企みを防いだことを確信する。

 けれど、人神はまがりなりにも“神”の名を冠する存在だ。そんな簡単な存在でないことを、リベラルはすぐに思い知ることになる。

 

「君ってさ、今は家出しちゃってる訳じゃん?」

「そうですね…」

「鍛練ばかりで嫌気が差したんだろう? リベラルちゃんってば随分と子供らしいところがあるんだね」

「……よ、余計なお世話ですよ!」

 

 図星を突かれ、彼女は現在顔がないにも関わらず、頬が赤くなるのを感じた。ラプラスの結末は知っているが、それと同時に、無限の鍛練を要求されるのが嫌だったのだ。

 それに、ラプラスを下手に助け、歴史を改竄してしまえば、間違いなくルーデウスは誕生せず、転移事件は起きなくなるだろう。それは、不味いのだ。

 人神を倒せないだとか、それ以前の問題になってしまう。全てが台無しになるのだ。

 

 人神はそんな様子を見せる彼女に、軽く苦笑するかのような仕草を見せた。それから、軽く咳払いをして、

 

「君に、ひとつ助言を授けるよ」

 

 人の良さそうな笑みを止めて、真面目な雰囲気を纏った。

 

「助言…ですか?」

「そう、助言だよ。これは、ささやかな友好の証だと思って聞いて欲しい」

「いえ、そんなものいりませんけど」

「…真剣に聞いて欲しいんだ。人神の名に誓って、冗談を言うつもりはないよ」

 

 リベラルは思い知る。

 神を甘く見るべきではないと。

 

 

「リベラルよ、ラプラスの元へとすぐに帰りなさい。

 帰らなければ――ラプラスは君を殺そうとするでしょう」

 

 

「……は?」

 

 唐突な予言に、リベラルは思わず頓狂な声を上げた。

 無理もないだろう。いきなりそのようなことを言われ、動揺しない筈がない。

 

「それは…本当ですか?」

「本当さ。どういう因果でそうなるのかは知らないけど、すぐに帰らないとラプラスは君を殺そうとするよ」

「…………」

 

 リベラルは考える。

 果たして、ラプラスが本当にリベラルを殺そうとするのか、と。

 

 普通に考えれば、あり得ない話だ。だって、ラプラスが未来に抱く想いは――本物なのだから。その未来に繋げるためのリベラルを殺そうとするなど、あまりにも荒唐無稽な話である。

 しかし、と思い直す。人神が持つ予知の力も――本物だ。その力があるからこそ、何百回とループを繰り返しているオルステッドに、一度も負けたことがないのだから。

 

 ――これは、単に疑心を与える為の言葉なのか?

 ――そもそも、人神は本当に私の心を読み取れてないのか?

 ――人神は、一体どういうつもりでこんなことを言った?

 

 ぐるぐる、ぐるぐると、

 疑問が渦巻く。

 迷いが渦巻く。

 

 人神は、答えの出せないリベラルのそんな様子を、怪しい笑みを浮かべて眺める。まるで、考えても無駄だと言わんばかりの表情で。

 

「……因みに、帰らなければ確実に殺されるのですか?」

「さぁね。リベラルちゃんの未来って、どうにもソレ(龍神の神玉)のせいで見辛いんだもん」

「見辛いって…信憑性が一気にガタ落ちしましたよ」

「でも、ラプラスに明確な殺意を向けられるのは確かだね。それだけは、自信を持って言えるよ」

「…………」

 

 考える。人神の真意を見抜かなくてはならないのだ。

 人神は、決して善意で助言を与えない。必ず、自分に利があるように仕向けるのだ。考えなしに従ってしまえば、それこそ人神の思う壺である。

 しかし、いくら考えても、リベラルをラプラスの元に帰そうとする意図が読めなかった。

 ラプラスと龍鳴山に戻ったところで、纏めて始末するつもり、と考えるのは流石にないだろう。そんなことが出来るのであれば、とっくの昔にそうしている筈だ。

 

「と言うか、ラプラス様は私を見付けることが出来るのですか?」

「そりゃ、勿論さ。彼には魔眼があるからね。リベラルちゃんを探し出すのは容易だろうさ」

「そして…そのまま襲われると?」

「そう言うことだね」

「…………」

 

 いや、そもそも、本当にラプラスに殺されるのだろうか。人神は“殺そうとする”とは言ったが、“殺される”とは言ってないのだ。

 だからと言って、安易に人神の助言に、真っ向から対立するのも、どうかという話でもある。

 未来で、ルーデウスは一度だけ人神の助言に真っ向から逆らったことがある。その結果として、彼は父親(パウロ)を失ったのだから。

 

 ……何となく今の状況と似ている気がして、リベラルは少し嫌な気持ちになってしまう。

 

 だが、もう少しだけ考えなければならない。ルーデウスが人神の助言に逆らったのは、彼の母親を助けに行くか否かである。

 そして、人神が助けに行くべきではないと助言を出した理由が、ルーデウスとロキシーが結婚してしまうからだ。その結果として、オルステッドと共に人神を倒す娘が誕生する。

 

 …そう考えれば、この助言には真っ向から逆らうべきなのかも知れない。

 

「……もし、私が貴方の助言を素直に聞けば、ラプラス様は私を殺そうとしないのですね?」

「うん。特に何事もなくハッピーエンドさ。確かにラプラスは厳しい鍛練を要求してるけど、リベラルちゃんのことを大切に思ってるからね」

「…………」

 

 全く分からなかった。

 人神の考えが、読めない。

 

「何故…そのような助言をするのですか…?」

「はぁ、何度も言ってるじゃないか。僕は君の味方だって」

「……信用出来ません」

「でも、僕はリベラルちゃんに死んで欲しくないから、こうして目の前に現れて助言してるんだよ。それは本当さ」

「……そうですか…」

 

 結局、考えることなど無意味なのかも知れない。

 人神が見据えているのは、未来だ。

 “人神”の未来だ。

 

 リベラルが知るちょっとした未来では、彼の考えを暴くことなど出来やしない。情報も何も持たず、人神の未来に先手を打つことなど不可能である。故に、考えるだけ無駄であった。

 

「さて、もう一度言うよ」

 

 思考を続けるリベラルに、人神は念押すかのように、再度口を開く。

 

「リベラルよ。ラプラスの元へと、すぐに戻りなさい」

 

 そこで、彼女の意識は途絶えた。

 

 

――――

 

 

 リベラルはとある山の中腹にある、洞窟の中で目を覚ます。あてもなく彷徨っていた彼女は、適当な寝床として、ここに行き着いていたのだった。ゴツゴツとした岩肌が、寝覚めを悪くしていた。

 しかし、今はそんなことどうでもよかった。問題は、人神が現れたことである。

 

「……これは、どうするべきなのでしょうか…」

 

 もはや、人神のもたらした助言は、考えるだけ無駄であった。人神の狙いなど、オルステッドのようにループでもしなければ見抜けないだろう。

 しかし、リベラルは選択肢を突き付けられたのだ。第三の選択肢など存在しない、二つの道を。

 

 すぐにラプラスの元に帰るか。

 それともラプラスの元に帰らないか。

 

 ヒトガミ曰く、戻らなければラプラスがリベラルを殺そうとする、らしい。だから、早く帰って欲しいと。リベラルには死んで欲しくないと。

 意味不明だ。リベラルは敵なのだから、助けるメリットがないだろう。けれど、もしかしたら、これも疑心を植え付けるための布石なのかも知れない。

 そう考えれば、しっくりくるものもあるだろう。とは言え、しっくりくると言っても、様々な疑問が晴れる訳ではないのだが。

 

「仕方ありませんね…ここは一度、人神の考えに乗ってみますか」

 

 結局、リベラルが選んだのは様子見だった。

 

 現時点では、人神の真意を図ることが出来ない。出来ないのであれば、諦めるしかない。ある意味、妥当な選択とも言えよう。

 それすらも人神の手の内かも知れないが、そこまで考えることは不可能だ。正に諦めるしかないだろう。

 

「…とりあえず、さっさと帰りましょうか。ラプラス様に殺されそうになるのは嫌ですし」

 

 自嘲気味にそう呟き、リベラルは立ち上がる。しかし――すぐに気付いた。ある事実に。

 

 

「あれ? 私一人じゃ――龍鳴山に戻れませんよね?」

 

 

 そう、龍鳴山は数多のレッドドラゴンが飛び交う地である。そして、リベラルの実力では、登ることなど出来やしない。

 リベラルはまだ弱い。有象無象を倒せる程度の実力はあるが、ドラゴンに打ち勝つ実力などないのだ。

 

 即ち、二つの選択肢があると思ったのに――選択肢は一つしかないのだった。

 意図せずして、人神の助言に逆らうことになる。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山の中腹に、一軒の家がポツリとあった。

 その家の中へと入れば、銀色と緑色の入り混じった斑模様の髪をした男が、机で腕を組み、静かに目を瞑っていた。

 その傍らには、金色の髪をした少女が、悲しそうに顔を伏せている。

 

「…………」

「お嬢様…帰ってきませんね…」

 

 ラプラスとロステリーナだ。二人は机の前で無言のまま座り、じっとリベラルが帰ってくるのを待っていた。

 

「……そうだね」

 

 ラプラスは表情を浮かべず、冷たい声色で返事をする。その雰囲気は、己に対する怒りと、後悔が混ざり合っていた。

 彼はサレヤクトと合流した際、リベラルがいないのは、人神による攻撃を受けたからだと考えた。人神によって、己の娘は殺されてしまったかも知れないと。

 

 ラプラスには、使命がある。

 未来に繋げるものがある。

 

 だからこそ、龍鳴山へと帰った。何としてでも、己が生き延びる為に。

 しかし、帰還したラプラスに対し、ロステリーナは、キョロキョロと辺りを見回して「お嬢様はいないのですか…?」と、不安そうに訊ねてきた。リベラルの呪いが原因で、怖がってるにも関わらず、だ。

 彼女のその台詞に、ラプラスは頭を殴り付けられたかのような衝撃を覚えた。

 

 ――ロステリーナが心配してるのに、どうして父親である私が、真っ先に娘の心配をしなかったのだと。

 

 激しい後悔に襲われた。何故、私は先にリベラルの安否を確認しなかったのだと。帰らずに探していれば、見付けられたかも知れないのに。

 ラプラスにとって、一番大切なのは龍神が最期に与えた使命だ。人神を倒すために、御子へと術を伝えることである。

 あの御方には返し切れぬほど、大切なものを沢山貰った。だから、リベラルは一番ではない。

 けれど、それでも――大切な存在である。

 

「――リベラルは私の娘だ」

 

 

 未来のことを思えば、正しい選択だっただろう。

 だが、父親としては最低の選択だった。

 真っ先に己の保身に走ってしまうとは。

 

「ロステリーナ、私は行ってくるよ」

「……ご主人様…私を一人にしないで下さいね」

「もちろんだとも。リベラルを連れて帰ってくることを、龍神様の名に賭けて誓うよ」

 

 ラプラスは魔眼を開眼する。かつて、『剛龍王』クリスタルを殺害した下手人を捜索するのにも使用したものだ。

 人神という忌々しい存在によって開眼された魔眼は、奴の思惑に乗ってしまっているようで、なるべく使いたくなかった。それでも使ったのだ。

 リベラルが生まれてからは、一度も使用したことがない。彼がこれを使用するのは、本気の時だけだ。あらゆる装備を整え、彼は立ち上がった。

 

 故に、ラプラスは気付くこととなる。

 

 

 リベラルの魂が、歪であることに――紛いものの魂(転生者)に、乗っ取られているという事実に。




人神が一体何のためにこのような助言を与えたか。
それはいずれ、絶望にうちひしがれるリベラルの肩を叩き「君が馬鹿なおかげで、僕の思い通りに事が進んだよ。お疲れさん」と言いながら説明してくれるかも知れませんね、きっと。


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9話 『生まれた後悔』

前回のあらすじ。

ヒトガミ「帰ったらラプラスに襲われるよ(意味深)」
リベラル「へ、変態だー!」
ラプラス「誠に遺憾である」

ついつい感想にあったのをあらすじに使用。ギャグセンスないからアイディア頂けるのは嬉しい限りです。


 

 

 

 薄暗い洞窟の中に、ひとつの光源があった。パチパチと小さな音を響かせ、焚き火の前で一人の少女が暖を取っている。

 

 リベラルだ。彼女は思案していた。

 もう一度、考えていた。

 人神の助言の意味を。

 

「……駄目ですね。何がしたいのかサッパリです」

 

 一体、どのような考えがあって、リベラルにすぐさまラプラスの元へと帰るように告げたのか。

 それに、そのように伝えたのに、物理的に龍鳴山へと戻れないのだ。意味不明すぎるだろう。

 

 もしや、ただ単にからかってきただけではないのかとも思える。

 もしくは、こうして悩ませること自体が、目的か。

 いずれにせよ、戻れないのだから、ラプラスを待つ以外の選択は出来ない。

 

「…………」

 

 衝動的にラプラスの元から、飛び出してしまったリベラルだが、別に一人で生きていくことが困難な訳ではない。

 ラプラスによって鍛えられた彼女は、十分すぎる生存能力を持ち合わせている。故に、帰らなくていいのであれば、このまま一人で過ごしたいと考えていた。

 

 どうせ、帰れば延々と鍛練をさせられる。今はまだ存在しない『七大列強』のような化物たちと、戦わされることも目に見えている。

 何が悲しくて、態々死地へと向かわなくてはならないのか。ヒトガミの使徒に勝てる保証など、どこにもないのに。

 それに、あのラプラスでさえも、ヒトガミの使徒に敗北を喫することになる。リベラルがどれほど強くなっても、安心することなど出来やしないだろう。

 

「……ハァ」

 

 人神の話では、ラプラスはリベラルを捜すとのことだ。己の使命を、より確実にするために。

 

(捜さないで欲しい…)

 

 それが、溜め息を溢した彼女の、率直な思いであった。

 龍族の過去を知っていても、父親の未来を知っていても、命を賭けるのは嫌だった。

 

 リベラルは自由に生きたい。いや、自由でなくてもいい。必要最低限、自身のやりたいことが出来れば、それで構わない。

 しかし、ラプラスの役目を引き継ぐのは駄目だ。いや、やはり役目を引き継ぐこと自体は構わないかも知れない。

 転生者であるリベラルだけにしか、出来ないこともあるだろう。それならば、構わないのだ。

 そんな僅かな一部分だけであるのならば。

 

 しかし――『魔龍王』を引き継ぐのは無理だ。

 

 例え、第二次人魔大戦でラプラスを救ったとしても、ヒトガミは彼を殺すまで延々と手の届かぬ場所から、一方的に攻撃を続けるだろう。

 ラプラスを救うことは、実質不可能である。ラプラスが敗北するのは、ほぼ確定事項だ。

 もしも彼を助けられるとすれば、それはオルステッドのようにループをするか、テンプレ主人公のような馬鹿げたチートを持つかだ。

 

 ふざけるな。

 そんな力があれば、そもそもこんなことになってなどいない。リベラルでは救えないのだ。

 

 そもそも、記憶を失った技神が技の研鑽を続けるので、リベラルが引き継ぐ必要などない。

 本来ならば、引き継ぐ必要はないのだ。

 だが、ラプラスは違う。

 もしも自分がいなくなれば、リベラルが跡を引き継ぐことを願っている。期待されているのだ、彼女は。

 

 その期待が――とても怖かった。

 

 そう、怖かった。

 リベラルは、ラプラスの使命を受け継ぐことに耐えられない。

 

 龍神の願い。五龍将の無念。龍族の悲願。父親の希望……。

 

 どうして、彼らの想いを背負えようものか。

 その責務に、突き進めようものか。

 それら全てを抱えるには、あまりにも長く、重すぎる。

 

 彼らだけではない。その他にも、騙された人々はいる。神々も騙されている。誰もが怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き、奪われていった。

 それら全ての想いを引き継ぎ、乗り越え、決着をつけなければならない。耐えきれる訳がないだろう。

 

 あまりの重圧に、潰れてしまう。

 彼らの歴史を紡ぐには、覚悟が足りなかった。リベラルには、その全てを背負うことなど出来やしなかった。

 

 だって――彼女の背中はあまりにもちっぽけで、たった一人しか背負えないのだから。

 

 

「……本当に、どうして、私なんかがリベラルとして生まれたのでしょうね…」

 

 

 力なく溢す。

 人を殺す覚悟をしていても、そんな使命を抱える覚悟なんて、出来る訳がない。

 彼女は生まれてから、常々考えてきた。

 

 もしも、ラプラスの娘でなければ。

 もしも、使命を背負わなくて済むならば。

 未来を知っていなければ。

 転生なんてしてなければ。

 本来のリベラルであったのならば……。

 

 どのみち、それらはもしもの話でしかない。既に過ぎてしまった話だ。

 どれほど拒絶しても、現実は変わりやしない。

 

「……ん?」

 

 ふと、洞窟の外から音が響く。

 そのことに気付いたリベラルは、そちらに顔を向け、警戒しながら立ち上がった。

 

 魔物であれば、撃退するのみ。

 野盗でも、同じく撃退するのみ。

 静かに構え、耳を澄ませるリベラルは、ひとつの足音を聞いた。

 カツカツと一定のリズムを刻み、ゆっくりと彼女の元へとやって来る。

 

 やがて、その音の主は姿を現した。

 

「……想像よりもずいぶんと早いですね、ラプラス様…」

 

 ある意味、予想通りであったリベラルは、肩の力を抜いた。しかし、まだ彼と対面することに気持ちの整理が付けられていない。

 僅かな緊張感を持って、彼女は声を掛けた。

 

「――――」

 

 そんなリベラルに対し、ラプラスは返事をしなかった。

 目を見開き、何かに絶句している様子を見せている。

 

「ラプラス様…?」

「貴様は…」

「……?」

 

 小さく呟かれた言葉に、リベラルは首を傾げ、

 

「貴様は誰だ――!!」

 

 瞬間、目にも止まらぬ速さで接近したラプラスに首を掴まれ、とてつもない力で壁に叩きつけられた。

 

「がはぁ!」

「答えろ…貴様は何者だ…!」

 

 何とかして掴まれた手を解こうと藻掻くも、彼の手は微動だにせず、益々力が込められる。

 リベラルは苦しみに呻き、意味なき言葉を溢す。

 

 何故こんなことを?

 どうして?

 これが人神の予言なのか?

 

 苦しみながらも、何とかこの状況に陥った原因を、考え続けていたリベラルであったが、

 

「――その魂は…何だ…? リベラルを乗っ取っている貴様は誰だ…? 私の娘をどこにやった…!」

 

 ラプラスの言葉を聞き、頭が真っ白になった。

 

 

――――

 

 

 ロステリーナに見送られ、龍鳴山からサレヤクトと共に飛び立ったラプラスは、まずは元の位置へと戻って行った。

 元々、リベラルと合流しようと考えていた場所だ。彼女がサレヤクトとはぐれてしまった場所から推測し、どの辺りでいなくなったのかを、先に調べる。

 

 すると、ラプラスにはリベラルの痕跡や気配が見えた。

 僅かに地面に血の染み付いた場所だ。そこから、リベラルは別の方角に進んで行ったことを理解する。

 

「リベラル…一体どこへ…?」

 

 戦闘があった痕跡は見られない。ただ、己の意思でどこかへ向かったことだけが分かった。

 

 ひとまず、リベラルが無事かも知れないという希望が涌き出ると同時に、どうしていなくなったのかという疑問が涌き出る。

 だが、痕跡があるので、捜索は難しくない。

 ラプラスは魔眼の力を使い、サレヤクトと共にリベラルの気配を追って行った。

 

 

 サレヤクトの背に乗り、数時間ほど飛行を続けると、とある山に辿り着く。

 

 名もなき山だ。

 特に標高も高くなく、狂暴な魔物が住み着いてる訳でもない。

 どこにでも見かける、普通の山である。

 

 そして、その山の中腹に、ポッカリとひとつの洞穴があった。

 リベラルの気配は、その先にあった。

 ラプラスは迷うことなく降り立ち、サレヤクトに入口の見張りを頼み、中へと入って行く。

 

「……ふむ」

 

 中を探索しながら、ラプラスはふと昔のことを思い出す。

 己が『五龍将』となり、『魔龍王』の名を授けられる切っ掛けとなった事件を。『剛龍王』クリスタルを殺害した下手人を、躍起になって探していた頃のことを。

 あの時もまた、魔眼の力を用いて、ここと同じような山に辿り着き、洞窟の中を探索した。

 もちろん、その時に引き連れていた部下たちもいなければ、洞窟が人工的でもないのだが。

 

 ただ、なんとなく。

 人神に誘導されてしまったあの時と、状況が似ているように感じたのだ。

 

「……いるな」

 

 警戒しながら奥へと進んで行けば、益々リベラルの気配が強くなるのを魔眼が捉える。

 己の娘がいることはほぼ確実だろうと、ラプラスは強く確信した。

 

「……しかし、何だこの気配は…?」

 

 リベラルが無事だという事実に、安心感で気が抜けそうにもなる。だが、ラプラスは娘のものとは別の、異質なナニかを魔眼で捉えていた。

 再び警戒心を高め、更に奥へと進めば、焚き火でもしているのか、揺らめく炎の影が視界に映る。

 

 

「……想像よりもずいぶんと早いですね、ラプラス様…」

 

 リベラルは、あまりにも呆気なく見付かった。

 心配するのが烏滸がましく感じるほど、無事な姿を見せて。

 

「――――」

 

 しかし、ラプラスは目の前の事実に絶句していた。

 驚きで目を見開いてしまい、心臓が高鳴るのを自覚する。目の前の現実を認めたくない気持ちが湧き出し、思考するのに僅かな時間を要した。

 魔眼で見たリベラルの姿は、致命的におかしかったのだ。

 

 ラプラスが魔眼を介して、己の娘を見るのは確かに今回が初めてだった。

 そんな眼に頼らずとも、普段から気配の察知は出来る。魔力を感じ取ることは出来る。龍気を感じ取ることも出来る。

 だからこそ、目の前にいる己の娘の異常さに気付いた。

 

 外側の力は、普段から感じるものと同じなのに――内側の力は別人だったのだ。

 

 まるで、からだ()の中に異物が入り込んでいるかのような姿。

 何者かが寄生し、力を利用しているかのように歪な魂。

 

 そう、己の娘は、別の“ナニかが成り代わっていた”のだ。

 そのことを理解したラプラスは、沸々と煮えたぎるかのような怒りが湧き出し、怒気に身を染める。

 

「……ラプラス様…?」

 

 不思議そうなリベラルの声が響く。

 己の娘と、同じ声で喋っている。

 

「貴様は…」

「……?」

 

 仕草すらも、同じだ。

 その事実に、怒りが止まらない。

 憤怒が心を燃やし尽くす。

 

 ラプラスがリベラルと共に歩んだ時間は、たったの百年すら経過していないほどに短い。悠久の時を生きる彼にとって、それは刹那とも言えるほどに、短い時間。

 確かに、リベラルとはほとんど鍛練でしか関わっていない。正直な話、ラプラスは己の娘の好物や、好きな物すら知らない。

 だが、違うだろう。そんなものは関係ないのだ。己の娘を大切に思うことに、時間など関係ないだろう。好きなことすら知らないが、それも関係ないのだ。

 

 父と娘。

 たったそれだけの関係なのかも知れない。

 けれど。

 それこそが。

 何よりも大切な繋がりだった。

 

「貴様は誰だ――!!」

 

 とても堪え切ることが出来ず、ラプラスは怒りを爆発させた。

 凄まじい速度で移動し、驚いた表情を浮かべる、リベラルの姿をした“ナニか” の首を掴む。そして、そのまま壁にあらんかぎりの力で叩き付けた。

 

「がはぁ!」

 

 痛みによる叫び声を上げていた。

 そんなことお構い無しで、ラプラスは首を掴む手に力を込めた。

 苦しそうな顔で呻き声を漏らしていたが、力は一切弛めない。

 

「答えろ…貴様は何者だ…!」

 

 ラプラスは怒気を孕ませた声で、正体を問いただした。

 手に込めた力を弛めることはなかった。そんな状態では、答えたくても答えることすら出来ないだろうに。

 

 だが、彼はあまりの怒りで冷静さを失い、そのような些細な事実に気付くことが出来なかった。

 

「――その魂は…何だ…? リベラルを乗っ取っている貴様は誰だ…? 私の娘をどこにやった…!」

 

 叫び。心からの叫びだ。

 使命の為か。父親としてか。

 だが、どちらにせよ些事でしかない。その嘆きの結果に、大差はないのだから。

 

 リベラルは、怯えるかのような様子を見せた。唇を震わせ、忙しなくあちこちに視線を動かす。血の気の引いた顔色で、真っ青だ。

 傍目から見ても、動揺していることは明らかだった。

 

「……あ、ぅ…ぐぅぅ…」

「ああ、そうか、私としたことがうっかりしていたね。これでは話したくても話せない訳だ」

 

 苦しそうにずっと呻くリベラル。

 ラプラスは力を込めすぎていたことに気付いた。力を弛めると同時に、反対の壁へと思い切り投げ捨て、

 

「これで話せるだろう?」

「がっ…ぁぁ…」

 

 虫のように感情のない目で、冷徹に見つめた。

 

「さて、君が何なのか早く答えて欲しい。今なら答えられるだろう。君は答えるべきだ。私の質問に答えてくれ。さあ、早く答えろ。貴様は誰だ? 貴様は何だ?」

 

 まるで、羽根をもぎ取ったトンボを見下ろすかのように、観察していた。なのに一切の隙なく、油断なく、まるですぐにでも処理が出来るように。

 

 壁に投げ捨てられたリベラルは、フラフラと覚束無い足取りで立ち上がる。けれど、恐怖でからだを震わせながらも、口を開いた。

 

「わた、私は…リベラルです…」

「そんな答えは聞いてない」

 

 ラプラスは再びリベラルへと超速で接近した。そのままの勢いで腹部に掌底を叩き込む。

 

 そんなものをぶちこまれた彼女は、何の抵抗も出来ぬまま衝撃を全身へと行き渡らせ、吐血した。

 それだけで済む訳もなく、衝撃によって吹き飛び、奥の岩肌へとからだを激突させる。肉の抉れる嫌な音を響かせて。

 

「ああぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫を上げるリベラル。痛みに苦しみ藻掻き、その場でのたうち回っていた。

 そんな光景を、ラプラスは黙って見つめる。

 

 …僅かでも受け身を取っていれば、もう少し軽傷で済んだだろう。

 あまりにも無抵抗に岩肌へと激突していたことに、場違いにもそう思ったラプラスは、既視感のような感覚を覚えていた。

 だが、すぐに雑念だと切り捨てる。

 

「…もう一度問う。貴様は誰だ?」

「えぐ…ぅ…リベラル…ですよ。ラプラス様…」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、ガタガタと足を震わせて再度立ち上がったリベラルに対し、

 

「――紛いものが私の娘を騙るな!!」

 

 ラプラスは怒声を上げた。

 我慢ならないのだ。

 このような存在が、己の娘と同じ姿で、同じ声で喋ることに。

 

 彼にとって、リベラルとは宝物だ。

 大切なもののひとつ。

 それが汚されて、怒らぬ訳がない。

 

 そう、先程から感じる苛立ちは、それが原因だ。原因の筈なのである。

 なのに、どうしてか。

 偽物の姿が、妙に見覚えのある動きをしていたのだ。まるで、本物をトレースしたかのように、だ。

 

「私は、リベラルですよ…!」

「黙れ!」

 

 リベラルは何度も同じことを答える。

 そのことにラプラスは心を抉られる。

 みたび超速で接近し、先程のように掌底を放った。だが、あまりにも不用意で、単調すぎたのか、今回は別の結果となる。

 

 返されていたのだ。

 力の(ナガレ)を。

 

 このままでは自身の力を反転されるだろう。ラプラスは中空に吹き飛ばされることを察知し、微かに動く。

 刹那の間に、返される(ナガレ)を更に変えて、後方へと受け流したのだ。

 あまりにも圧倒的で、卓越した技だ。ラプラスはそこで止まることなく、カウンターへの反撃を放つ。

 

「あぐぅ!」

 

 それを避けられる訳もなく、リベラルはまた吹き飛ばされた。受け身を取ることも出来ず、地面をゴロゴロと転がっていく。

 ぼろ雑巾のような姿になっていた。

 それは、どこかで見たことのある光景だった。

 

 どこだったか。

 リベラルだ。

 今まで組手をしていた時に見た光景だ。

 

「あ、うぅ…話を聞いて下さいよ…ラプラス樣…」

 

 今度は立ち上がらない。

 地面に倒れたまま、リベラルは声を上げていた。

 

「私は…生れた時からリベラルですよ」

「ならば、私の魔眼に映る歪さは何だ?」

「……それは…私が……転生、してるからです…」

 

 自白した。

 目の前の存在は、言ってしまった。

 認めたくない事実を。

 

「『転生法』か」

「それとは違いますけど…そう大差はないかも知れませんね…」

「……貴様は、最初から私の娘だったと…?」

「そう言ってるじゃないですか…」

 

 リベラルの言っていることが事実かどうか。そんなもの、事実だろう。

 神々が存在した、太古から生きてきたラプラスは、だからこそ事実だと理解させられる。

 『転生法』とは、龍神が編み出したものなのだ。神が作り出した奇跡の技。人神であれど、そう易々と真似出来ないだろう。

 リベラルがいなくなってからの僅かな間に、魂を乗っ取る術など存在しない。

 

 そう――リベラルは最初からリベラル(転生者)なのだ。

 

 その事実に、心が揺らぐ。

 何をすればいいのか分からない。

 棘が刺さったかのような感覚を覚えた。

 

「確かに…私は紛いものかも知れません…」

「そう、だな…」

 

 認めたくなくても、それが事実なのだと、理解してしまう。フラリと力が抜け、頭が白く染まることを自覚した。

 あまりにも残酷な現実だ。ただ、その事実を受け入れられなかった。

 

 転生とは、別の生命体を乗っ取るものだ。本来の魂を奪い取り、その者になりすますものだ。

 即ち、本来のリベラルという存在は、もういない。

 

 いないのだ。

 ラプラスの本当の娘は。

 この世のどこにも。

 死んでしまってるのだから。

 

「それでも…私はラプラス様の娘です」

 

 なのに。

 それなのに。

 

 弱々しい姿で、けれど強い意思を持って、リベラルはそう言った。

 

「――――」

 

 上手く物事を考えることが、出来なかった。疑問すら沸き上がることがない。

 ここまで思考が停止してしまったのは、初めての出来事であった。声を出すことも出来ず、何かを思うことも出来ず、ただただ茫然とした。

 

「今までずっと、ラプラス様のことを父親だと思ってましたよ。優しさを見せてくれず、ずっと厳しかったですけど……嫌になって逃げ出してしまいましたけど……」

 

 それでも、リベラルの言葉が心に染み込む。

 

 

「それでも、私にとって、この世界で唯一の家族なのですよ…!」

 

 

 彼女は、ラプラスの娘だ。

 全てを失ってしまったラプラスの、唯一の家族。

 たった一人の娘。

 心が折れてしまいそうになった時に生まれた、一筋の希望。

 

 そんな彼女が、ボロボロの姿で必死に懇願している。

 誰がこんな姿にしてしまったのか。

 

 ラプラスだ。

 ラプラスが、こんな姿にした。

 

「――――」

 

 確かに紛いものかも知れない。

 魂は歪だ。

 本来の魂を乗っ取っているだろう。

 

 それでも、自分の娘だ。

 今まで自分が育ててきた娘なのだ。

 彼女と共に、今までずっと過ごしていた。

 それは、揺るがない事実。

 

「私にとっての父親は、ラプラス様しか、いないのですよ……」

 

 望んで生まれた訳ではない。

 生まれたくて、生まれた訳でもない。

 それでも、たった一人の父親だ。

 だから。

 

 

「だから――ごめん、なさい……お父様ぁ…」

 

 

 気付けば、リベラルは泣いていた。

 顔をクシャクシャに歪めていた。

 酷い涙声で、懇願していた。

 

 ラプラスは、己の娘の泣き顔を見たことがない。

 鍛練でどれほど傷付こうが。不満を溢していようが。リベラルが泣き出すことは、一度もなかった。

 

 その娘が、泣いていた。

 許して欲しいと涙を流して。

 どうしてか。

 そんなの簡単だ。

 

 ラプラスの娘として生まれたことを、謝罪していた。

 

「――……」

 

 その姿を見て。

 ラプラスは。

 

「……私は帰るよ…リベラルがどうするかは好きにしたらいい」

 

 煮え切らぬ台詞だった。

 それだけを告げて、洞窟の外へと出ていった。




心情の描写がムズいぃ。上手く書ける人ほんと羨ましいなぁ…。


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10話 『足りないものは』

前回のあらすじ。

ラプラス「娘返せンアアァァァァ!」
リベラル「ごめん、私が娘なんだよね(テヘペロ」

改訂前の扱いについて意見が欲しいです。消そうかと考えております故。活動報告を見てくださると幸いです。
因みに、意見がなければ……申し訳ありませんが改訂前を削除しますので…。


 

 

 

「……あ…ま、待って下さい…!」

 

 一人洞窟の外へと去って行くラプラス(父親)を見て、リベラルは反射的にその後を付いていった。龍鳴山に戻らない選択肢もあったのに、それでも帰ることを選んでいた。

 その選択によって、どのような運命が宿命付けられているのか知っているのに。

 

「……………」

 

 ラプラスは付いてきたリベラル()を一瞥するが、すぐに無言で出口へと向かった。リベラルもそれ以上は何も言わず、黙ってついていく。

 どうしてそんな選択をしたのかは、自分でも分からない。あれほど嫌だと思い、家出のようなことまでしたにも関わらず、こんなにもアッサリと翻して。

 

 ただ――ラプラスの背中はとても寂しそうだったのだ。

 

 同情だったのか、それとも慰めだったのかは自分でも理解出来ない。けれど、立ち去って行くその背中を見て、リベラルは追い掛けていた。放って置くことが出来なかった。

 彼女にとって、ラプラスが好きではない一番の理由は、鍛練を要求してくることだ。それも、よく手合わせと称して、ぼろ雑巾のような姿にしてくる。だからこそ、嫌になった。寧ろ、それで嫌にならない人などいないだろう。

 けれど、逆に言えば“それだけ”だ。元よりどうしてそんなことをしてくるのか知っているし、どれほどのものを背負い込んでいるのかも知っている。

 

 そんな大きな背中が、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、儚く見えた。

 今にも消えてしまいそうなラプラス(父親)を、見ていられなかった。

 

 二人は無言のまま洞窟の外に出る。

 そして、外で待機していたサレヤクトの背に騎乗した。

 

「…………」

「…………」

 

 空を飛んでる間、気まずい沈黙が二人を包み込み、風切り音が嫌に大きく聞こえる。

 

 ラプラスはその雰囲気を特に気にした様子も見せず、ずっと変わらぬ表情のままだった。

 リベラルは何か話し掛けようとしては、結局話し掛けることも出来ず、空回りしていた。

 何を話せばいいのか、分からなかったのだ。普段から、二人の間に大した会話はない。精々、鍛練に関することか、昔のお話だけである。そんな状態で、こんな状況になり、会話を出来る訳がない。

 

 と、そこでリベラルは、ふと人神のことを思い出す。人神との会話の内容によっては、話さなかったかも知れないが、今回のことはラプラスに報告すべきことだろう。

 しかし、つい先程のことが頭を過る。リベラルのことを転生者だと知り、殺されそうになったことを。

 このまま話して大丈夫なのかと。人神の使徒だと怒り、殺そうとしてくるのではないかと。

 そのことでしばらく悩み続けたが、リベラルは決心して話すことにした。

 

「ラプラス様…人神が私の夢に現れて……」

 

 だが、言葉は続かなかった。

 

「――――」

「ひっ」

 

 とてつもない殺気がラプラスから漏れ出し、彼女は情けない悲鳴を上げてしまった。

 

「……続けなさい」

「は、はい…」

 

 怒気の孕んだ雰囲気であったが、ラプラスはその場から微動だにせず、リベラルに続きを促した。その空気に気圧されながら、リベラルは何とか別れてからのことを話す。

 

 キシリカ・キシリスと遭遇したこと。

 アトーフェラトーフェの親衛隊にされかけたこと。

 今の状況が魔王と変わらなく感じたこと。

 だから、嫌になって飛び出したこと。

 そして、人神が夢に現れたこと。

 

 なるべく状況を細かく説明し、何があったのかをリベラルは話していく。その話を、ラプラスは黙って聞き続けた。

 相槌を打つこともなく、疑問点を口にすることもなく。ただただ黙って聞いていた。

 やがて、ラプラスに会うまでのあらましを語り終えると、

 

「……そうか」

 

 彼は静かに頷いた。状況を整理するかのように、しばらく沈黙し、

 

「…魔界大帝キシリカキシリスが復活していることを知れたのは大きいね。……そして恐らく、アトーフェラトーフェの言う魔王によって…」

 

 そこでまた考える仕草を見せる。ラプラスの予想では、そう遠くない内にまた戦争が起きると考えたのだが、流石に判断材料が少なすぎるので確信を持てなかったのだ。

 ただ、人神が関わっているかも知れないという、漠然とした予測だけはあった。

 

「…それに、そうか。…リベラルにも、奴は接触してきたか」

 

 毅然とした態度だった。なのに、リベラルの名前を呼ぶときに、僅かに言い淀んでいた。

 そのことに彼女は気付くが、何も言わずに言葉の続きを待つ。

 

「そして、私の元に戻れ、と……」

 

 ラプラスは再び考える仕草を見せる。

 これは、リベラルがいくら考えても分からなかったことだ。一体どういう目的があれば、そんな助言になるのかサッパリだった。

 もしかしたら、ラプラスはその話を真に受けて、このままサレヤクトの上から突き落とされるのではないかと、リベラルはひやひやした気持ちでいたのだが、

 

「奴の言うことを一々真に受ける必要はない。……自分の意思で戻ると決めたのならば、それでいい」

 

 と、言うのだった。身も蓋もない結論だったが、それこそが人神に対する対策なのかも知れない。

 人神は自分に都合の良いように人を誘導しようとするので、その甘言に惑わされなければ問題ないのだ。そうすれば、人神は動かしたい人物を、動かすことが出来ないのだから。

 言うは易く行うは難し。目の前に餌をぶら下げられ、それに釣られない者がどれほどいるのだろうか。

 

 とは言え、今回のリベラルの件に関しては、あまりこの考えに当てはまっていない。人神が現れなかったところで、結果は何も変わらないのだから。

 一人で龍鳴山に戻れない以上、探しに来たラプラスに殺されかけた筈だ。

 人神が現れたことに違和感しかなかった。どうして現れたのかが意味不明だった。けれど、その明確な原因が今一つ理解出来ないのだ。

 

「…………」

 

 結局、会話はそこで途切れる。ラプラスはそれ以上は何も言わず、沈黙した。重たい空気だ。

 人神にも感じたが、ラプラスにも違和感を感じていた。彼はリベラルがリベラル(転生者)であることを受け入れたのかは定かでないが、それにしてはあまりにも静かなのだ。

 普通なら、もう少し何か話すだろう。怒りでも、悲しみでも、何かしらの感情を見せる筈である。だが、内容は全て報告のような考察だけだ。

 リベラル自身のことに関して、ラプラスは一切触れていない。

 

 龍鳴山に辿り着くまでの間、ずっと、沈黙が支配していた。

 

 

――――

 

 

「やっと着きましたか…お疲れ様ですサレヤクト様。ありがとうございました」

 

 龍鳴山に到着し、サレヤクトから降りたリベラルはからだを伸ばしながら、感謝の言葉を口していた。頭を撫でて上げると、サレヤクトは「ええんやで」と言いたげに一鳴きし、施しを素直に受け取ってくれた。

 それからラプラスをチラリと見るが、彼はずっと静かなままだった。その気まずい雰囲気に耐えきれず、リベラルは家の中にそそくさと入ろうとしたが、

 

「リベラル」

 

 ずっと黙っていたラプラスに、声を掛けられた。そして、リベラルが振り返ると同時に、彼は何かを投げ渡す。

 それを受け取った彼女は、それをまじまじと観察した。

 緑と銀色の混じった腕輪だ。よく分からないもので繋ぎ合わされているが、不思議と脆さは感じられない。内側にはびっしりと紋様が書き記され、リベラルにも理解出来ない術式が編み込まれていた。

 彼女は思わずラプラスを見る。

 

「これは?」

「……君の呪いを抑える魔道具だよ」

「私に…いいのですか…?」

「そうだね……元々その為に作った物だよ。むしろ、着けて貰わないと困るね…」

 

 まさか、このような物を貰えるとは思えず、リベラルは静かに喜ぶ。これさえあれば、ロステリーナに、それ以外の者にも呪いの影響を与えることがないのだから。

 ラプラスがサラリと、このような魔道具を作り上げていることに畏怖すると同時に、感謝の念に包まれる。

 

「……ありがとう、ございます」

「…………」

 

 感謝しなくてはならない。勘違いしていたのだ。ラプラスは言葉にしなかっただけで、ちゃんと優しさを持ち合わせている。

 ちゃんと、娘のことを考えていたのだ。ただ、彼が不器用なだけだった。

 

 しかし、お礼を言うリベラルに対し、ラプラスは目を合わせようとせず、どこか上の空のような態度であった。

 

「…………」

 

 そこで、リベラルはようやく気付く。

 ラプラスに感じた違和感の正体を。

 

 リベラルへの態度が、どこか余所余所しいのだ。

 

 ラプラスはここに辿り着くまでの間、一度もリベラルと目を合わせなかった。なのに、妙な優しさのようなものを見せて。

 気持ち悪い、とも言える。その中途半端な仕草は、ラプラスが何を考えているのかを分からなくしてるのだ。だからこそ、違和感を感じていた。

 

「ラプラス様…」

 

 もしかしたら、ラプラスはまだ受け入れられてないのかも知れない。リベラルが転生者である事実に。どのように接すればいいのか分からず、曖昧な態度になっているのかも知れない。

 けれど、だからと言って、リベラルがどのように声を掛ければいいのかも分からなかった。

 

「……ああ、リベラル。そう言えば人神が夢に出たと言っていたね。なら、しばらく鍛練はしなくても構わないよ」

「……それは…嬉しいですけど……その、理由を訊ねても?」

「君には『龍神の神玉』の研究をしてもらいたい。もし、かの御方の力の一端を扱えるようになれば…奴の力から完全に逃れられるようになるだろう」

「なるほど…つまり、人神への対策ですか。把握しました」

 

 結局、それ以上のことを話すことが出来なかった。

 

 

――――

 

 

 ラプラスは分からなかった。

 己の娘に対し、どのように接すればいいのか分からなかったのだ。

 

 彼は使命のために、様々な犠牲を払いながらも、ここまでやってきたのだ。迫害される龍族を見捨てたりもした。だからこそ、使命を突き通さねばならなかった。

 リベラルは、不安因子になった。本来の娘を乗っ取り、紛いものとして存在していた。人神とも遭遇していた。あまりにもおかしな存在だろう。

 

 本来ならば、殺すべきだった。

 

 けれど、ラプラスは殺せなかった。涙を溢しながら謝罪する娘を前に、何も出来ずに立ち去ってしまったのだ。

 それは、昔からずっとリベラル(転生者)だったからか。それとも、情に絆されてしまったか。どちらにせよ、何も出来なかったのは確かだ。

 しかし、ひとつハッキリ分かったことがある。

 

 リベラルは生まれたことを後悔していた。

 泣きながら生まれたことを謝罪していた。

 

 だからなのだろうか。

 不安の芽を摘み取ることが出来ず、洞窟から立ち去ってしまったのは。リベラルとして誕生したのは、彼女の望んだことではないと分かってしまったから。

 ポッカリと胸に穴が空いたかのような気分だった。娘を既に失っており、更には娘の代わりとして存在していた彼女にまで、そのように言われたことがショックだったのかも知れない。

 

「……リベラル…」

 

 ラプラスは分からなかった。

 己の胸に抱く気持ちが、ラプラスは分からなかった。

 

 彼女は生まれたときから偽者だった。しかし、そんな彼女に愛情を注ぎ込み、龍族の技術を何十年も教えた。

 未来に繋げる希望として、ずっと見ていた。

 それは長い年月を生きる龍族にとっては刹那とも言える間だったかも知れないが、その愛情に偽りはなかったのだ。

 

 モヤモヤとした奇妙な感覚である。

 胸の中でずっとリベラルのことを考え、それ以外のことに手が付かなかった。まるで、恋煩いをした乙女のようになっていたのだ。

 彼女が転生者であることは、理解している。しかし、だからといって受け入れられるかは別なのだ。

 

「……………」

 

 リベラルに対し、以前のように愛情を注げるのだろうか。

 

 そんなこと、分からない。

 

 心の中にわだかまりがあったのだ。愛情を向けることに何かつっかえのような、小骨が喉に刺さったような、そんな違和感があった。

 言葉には出来ない、小さな感情の揺らぎだ。どこかでリベラルが己の娘だと、受け入れられてないのかも知れない。

 けれど、ちゃんと受け入れてもいるのだ。でなければ、洞窟でリベラルをそのまま殺してしまった筈なのだから。

 

「……龍神様。龍神様は、一体どのような気持ちで私を拾って下さったのですか…」

 

 かつて、遠い昔のことを思い出す。

 己が魔界で魔獣のように生活していた頃のことを。

 あの時、死にかけていたラプラスを、龍神は助けてくれた。

 

 それは打算だったのかも知れない。気まぐれだったのかも知れない。興味が湧いたからかも知れない。

 しかし、明確な意思を持って助けたことは確かだ。

 

 どんな気持ちだったのかは、本人にしか分からないだろう。けれど、魔族との混じりものであったにも関わらず、龍神はラプラスを助けたのだ。

 引き合いに出すべきではない。だが、リベラルも似たようなものではないだろうか。

 

 混ざりものと、紛いもの。

 

 なるほど、親子揃ってなんとも厄介な存在だ。親と子でこんなところが似てしまうとは、失笑するしかないだろう。

 もしも龍神様がここにいたとすれば、ラプラスの時と同じように、リベラルを我が子として扱うかも知れないだろう。

 奥方であるルナリア様ならば、きっと隔たりのない愛情を注いだ筈だ。

 

 けれど、ラプラスと龍神は違う存在だ。例え状況が似ていようが、同じ気持ちを抱く訳ではない。抱ける訳ではない。

 

「………私は、どうすればいいのですか…」

 

 意味などないのに、虚空に浮かべた龍神へと問い掛けてしまう。

 ラプラスは人だ。どれほど冷酷に振る舞おうと、彼には心がある。使命だけに生きてくことなど、出来やしない。耐えることなど出来やしない。

 

 ラプラスにとって、リベラルとは大切な家族である。全てを失ってしまった彼に、唯一残された宝物。

 

 なのに。

 その娘を失ってるのか、失ってないのか。

 それすらも曖昧だ。

 

 気持ちを整理したかった。

 己が何を求めているのか、ハッキリさせなければならない。

 

 

――――

 

 

 あれ以来、ラプラスはずっと上の空で過ごしていた。何をするにしても、心ここにあらずといった様子だ。

 最近は龍鳴山からも出ず、家の中でボーっと考え事をしている姿を、リベラルはよく見ていた。

 

「リベラル様、リベラル様!」

 

 ふと、声を掛けられたリベラルは、そちらへと視線を向ける。

 ロステリーナが頬を膨らませながら、彼女を見つめていたのだ。

 

「どうしましたかロステリーナ?」

 

 呪いが解消されたリベラルは、ロステリーナと呆気なく仲良くなれた。当たり前と言えば当たり前だろう。

 元々二人が関われなかった原因は、畏怖される呪いがあったからに過ぎない。その原因が解消された以上、仲良くなるのは当然の帰結だ。

 仲良くなろうとしていたロステリーナと、仲良くしたかったリベラル。

 避けてしまったことをロステリーナが謝り、そんなことは気にしてないとリベラルが言って終了だ。

 たったそれだけで、二人のわだかまりは解消された。

 

「ラプラス様…最近は元気がないように見えるのです」

「そうですね…それは仕方ないことでしょう」

「それに、リベラル様もどこか上の空だと思います」

「…やっぱり、そう感じますか」

 

 ロステリーナと仲良くなったとは言え、リベラルは馬鹿みたいにはしゃいだりすることはなかった。

 ラプラスは気持ちに整理が出来てないのだが、それは彼だけではないのだ。リベラルもまた、そんな父親の姿を見てどうするべきか悩んでいた。

 ずっと、重たい空気のままなのだ。顔を合わせても、父と子の間に会話は一切なかった。

 

「私、リベラル様が帰ってきてくれて嬉しかったのに…二人とも、全然嬉しそうじゃないです…」

「……色々と難しい事情があるのですよ」

「喧嘩したのですか?」

「違いますよ。しかし、説明に困りますね…ややこしい状況なのですよ」

 

 キョトンと無垢な姿を見せて、疑問を投げ掛けてくるロステリーナに、リベラルは苦笑する。

 ラプラスとの事情は、単純と言えば単純なのだが、色々と複雑な面もあるのだ。

 

 カッコウの托卵。

 そんな一言が過る。

 

 もちろん、鳥であるカッコウとリベラルは全く違う。親鳥から餌をより多く貰うために、態々他の卵を壊すかのようにラプラスの邪魔をするつもりはないし、するわけがない。

 どこかの物語シリーズを思い浮かべたりもする。遺伝子上では娘だろうが、分かる人には異質に映ることだろう。

 親としては、あまりにも複雑な気持ちを抱くことが理解出来た。

 

「どんなですか?」

「うーん…そうですね。例えば、ロステリーナが誰かカッコいい男の子を好きになって、付き合うことになったとしましょう」

「……私、そういうのまだ分からないです」

「まあまあ、例えですから。それで、その男の子が、実は女の子だったと後から知ってしまった…みたいな? ずっと騙してたようなそんな感じの状況……うん、例え下手くそですね私」

 

 いい感じの例が思い浮かばず、ションボリするリベラル。ロステリーナも、あまり分かってない様子だった。

 けれど、彼女はリベラルよりもずっと純粋で、真っ直ぐな心を持っていた。

 

「……よく分かりませんけど、どうすればいいのかはよく分かりました」

「なんですか?」

 

 何てことないかのように、ロステリーナは悩みもせず、

 

 

「そんなの、お話したらいいだけじゃないですか」

 

 

 あっけらかんと、そう言ったのだ。

 

「お話…ですか?」

「そうですよ! ラプラス様もリベラル様も、二人とも全然お話しないじゃないですか!」

「それは…何と言うかお互いに顔を合わせるのも気まずくて…」

「何言ってるのですか! 言葉にしなければ、気持ちなんて伝わらないのです!」

「……あ…」

 

 当たり前のことじゃないですか、と言わんばかりの様子を見せるロステリーナに、リベラルはようやく気付く。

 単純な話だったのだ。互いに、言葉が足りなかっただけだった。

 

 もしも、ラプラスが娘への優しさを口にしていれば。

 もしも、リベラルが最初から己が何者なのか話していれば。

 

 きっと、互いに理解し合えたことだろう。

 

「そう、ですよ…そうですよね…! 私はラプラス様にまだ自分のことを知ってもらってませんよ!」

 

 そうだ。リベラルは洞窟で、ラプラスを父親だと思っていることを告げた。だが、まだそれだけしか口にしていない。

 何を思ってここにいるのか、ラプラスにどんな思いを抱いているのか、自分が何者なのか。

 ラプラスはそんなことを、まだ知らないのだ。

 

 ラプラスのことも分からない。

 何を思って見逃したのか。リベラルにどんな思いを抱いているのか。何を迷っているのか。

 

 互いに、何も知らないのだ。

 だったら、知ればいい。

 本当に、単純な話だった。

 

「ロステリーナは凄いですね…私はダメダメですよ」

「そんなことないと思いますけど」

「でも、ありがとうございます。私、ちゃんと向き合いますから……」

 

 言いたくないこともある。

 隠したいこともある。

 腫れ物のような秘密を抱えてたりもする。

 

 けれど。

 それら全てを引っ括めて、受け入れて欲しい。

 

「ラプラス様の娘として」

 

 それが、家族と言うものだと信じてるから。




シリアスばっかりですが、私はギャグを書くことが苦手です…。
書いてる時は「ぶっはっwwアホらしwwけれどそれがいいww」みたいな感じで思考停止して書いていくのですが、見返すと「……えっ、なにこれ…?つまんないんですけど…小学生並みの内容なんですけど…」と冷静になり、何を見てもそう感じてしまいます。

ギャグを書ける人を本当に尊敬します。
現実で受けることがあっても、常にワンパターンのネタしかないので…。


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11話 『全てを言葉にして』

前回のあらすじ。

リベラル「にっちもさっちも行かへん、どないしょ」
ロステリーナ「家族会議したらええやん」
リベラル「流石やな!ほなそうしよか!」
ラプラス「感想欄の丸パクりじゃねーか。横着すんなし」

予定より早いですが、改訂前の作品を別の場所に移しました。改訂前の作品を見たい! という方は、私のページから行ける…のでしょうか?
その辺りのことはよく分かりませんが、チラシ裏に投稿してますので、チラシ裏から原作を検索すれば見れると思います。


 

 

 

 互いのことを話し合おうと決めてから、リベラルはタイミングを計ることにした。

 人は誰しも、一人になりたい時というものがある。あまり変なタイミングでラプラスの元に行っても、追い出されてしまうかも知れないだろう。今のラプラスはナイーブなので、あまり近寄らない方がいいかも知れない。

 そう考え、機を合わせることにしたのだが、

 

「何言ってるのですか! そんなことをしていたら、ずっと話せないままお婆ちゃんになりますよ!」

 

 なんてことをロステリーナに言われ、背中を押されながら無理矢理外へと引っ張り出された。

 とは言え、彼女の言ってることはもっともだ。正にその通りである。大袈裟だとは思うけど。

 機会を計ると言いながら、ズルズルと意味のない言い訳をし、結局顔を合わせることすらしない。リベラルがへたれる可能性は、残念なことに十分あった。

 

「ラプラス様の好きな食べ物や好きなことを教えますから! リベラル様はちゃんと仲直りしてください!」

「あ、はい」

「今からここにラプラス様を呼んできますから、リベラル様は絶対に逃げないで下さいね!」

「あ、はい」

「絶対ですよ!」

「あ、はい」

 

 世話焼きっ子だ。将来はいいお嫁さんになるな。

 てか、何で娘の私より父親のことを把握してるんだ。

 

 リベラルがそんな場違いな感想を抱かれてるとは露知らず、ロステリーナは元気よく家の中へと駆け出して行った。

 それから少しすると、先程のリベラルのように、背中を押されながらラプラスが外へと出て来た。

 

「早く早く! こっちですラプラス様!」

「どうしたのだいロステリーナ? 理由も告げずに外に出て欲しいとは……」

 

 目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに言葉はない。

 嫌な沈黙が場を包み込む。

 

 けれど、その空気を読まず、ロステリーナはニコニコと明るい笑顔を浮かべ、

 

「では、仲直りしてくださいね!」

 

 なんてことを言い、ない胸を張りながらその場で止まっていた。

 その様子を見たラプラスは、溜め息を溢す。まるで、余計なお節介を、と言いたげな表情だ。

 

「ロステリーナ。少し席を外してくれないかい?」

「えー、でも…」

「君がどういう意図でここに連れてきたのかはよく分かったよ。ここまでお膳立てしてくれたんだ。しっかり話すとも。だから、リベラルと二人きりにしてくれないかい?」

「むぅ…分かりました。でも、仲直りはしてくださいよ?」

「もちろんだとも」

 

 ロステリーナは少しションボリした様子を見せながらも、ラプラスの言葉に従い家の中へと戻って行った。

 それからラプラスは、リベラルへと視線を向ける。

 

「さてと……」

「…………」

「…………」

 

 先程まで円滑に口を開いていたラプラスは、そこで言葉を詰まらせた。何を話せばいいのか、分からなくなったのだ。

 リベラルもリベラルで一言も話さず、再び沈黙が場を支配した。

 

「……少し、散歩でもしようか」

「……そうですね」

 

 結局、交わした言葉はそれだけだった。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山は人の住む地ではない。数多くのレッドドラゴンが棲息し、通行するだけでも命懸けになるからだ。当然ながら、例外も存在するが今は関係ない。

 従って、人が通るための舗装された道と言うものはほとんどない。精々、家の周りが少し整備されてる程度である。散歩するにしても、出掛けられる範囲は狭い。

 

 ラプラスとリベラルは、家から出てすぐの場所で立ち止まっていた。

 

「……こうしてリベラルと話をするのは何時ぶりだろうね」

「まともに話をした回数は少ないですよね…多分、数年はしてませんよ?」

「ふむ、ならば言うほど昔でもないか…。とは言え、面と向かい合うこと自体が少なかったようだね」

 

 やはり、時間感覚に違いがあるようで、さらりとそう告げたラプラスに、リベラルは眉を顰める。彼女にとってはとても長い時間でも、彼にとっては大した時間ではないのだ。

 転生者とは言え、リベラルはまだ百年も生きていない。そんな若者と、数万年も生きてきたラプラスとでは、根本的に年月の感覚が違った。

 だが、そんなこと今は関係のないことである。リベラルはすぐにその思考を消し去り、父親(ラプラス)を見据えた。

 大きく息を吸い、意を決して口を開く。

 

「……ラプラス様は、私が紛いもの(転生者)だと知ったのに、どうして生かしたのですか…?」

 

 いきなり、核心を突く質問だった。

 

 機会を得るために繋ぎの会話をしていては、ロステリーナに言われた通り、延々と問題が解決しないと思ったのだ。うじうじとしていたが、リベラルは既に覚悟を決めていた。

 どのような結果になろうとも、もう後悔はしない、と。

 

「…そう、だね……」

 

 ラプラスはその時の想いを思い出すかのように、静かに目を瞑った。

 

「私は……君を殺したくないと思ってしまったのだよ」

「……何故ですか?」

「そりゃあ、君が最初からリベラル(転生者)だと理解したからね…」

「それだけですか?」

「いいや、まだあるとも。君がリベラルとして生まれたことを、後悔していたからだよ」

 

 情けなく泣き出し、懇願していた。

 今まで涙を見せなかった娘が。

 ただ、そうなってしまったことを謝罪して。

 

 ラプラスは、その光景を今でも鮮明に思い出すことが出来た。曲がりなりにも、娘として共に過ごしてきた存在だ。

 いくら過ごした時間が短かろうが、大切な存在だった。そんな娘が泣いてる姿など、親としても見たいものではないだろう。

 

「確かに私は使命のために生きてるけれど――心まで捨てたつもりはないからね」

 

 ラプラスは五龍将だ。今は『龍神』の名を名乗っているが、彼の根底は『魔龍王』である。

 人神を殺すことを目的としているが、それと同時に、龍族としての誇りも残っているのだ。故に、龍神様と五龍将の誇りを踏みにじった人神のような外道にだけは、絶対にならないと誓っていた。

 冷酷な判断を下すことはある。

 けれど、非道な判断を下すことはない。

 

 

 それが、ラプラスに残っていたちっぽけな誇り。

 使命に囚われたラプラスが掲げる、唯一の自由。

 

 

「…そう、ですか……」

 

 リベラルは口を閉ざす。結局、ラプラスはラプラス(父親)だったのだ。

 どれほど残酷に振る舞おうが、心を切り捨てることをしない優しき者だ。

 だからこそ、リベラルが転生者であったことに怒ったのだ。

 だからこそ、リベラルが転生者であっても殺さなかったのだ。

 

「ラプラス様…私は、私がリベラルとして生きていても…構わないのですか…?」

リベラル(転生者)は既にリベラルだ。それ以外の何者でもない」

「それは…私を家族として認めてくれてるのですか…?」

「……今まで過ごしてきた時間は本物なのだろう?」

「そうですけど…」

 

 力なく返事するリベラルに、ラプラスはハッキリと告げる。

 

 

「ならば、リベラルは私の娘だとも」

 

 

 結局、彼がどれほど思い悩んだところで、その事実が変わることはないのだ。だから、必要なのはその事実を受け入れる心。ほんの僅かな優しさだ。

 心の何処かにあったわだかまりは、その一言を告げただけで決壊していた。ラプラスに足りなかったのは、ただ己の想いを言葉にすることだけだったのだ。

 

「……ズルいですよ。何で今更そんなこと言うのですか…こんなの卑怯ですよラプラス樣…」

 

 リベラルは、ラプラスが嫌いだった。

 

 鍛練ばかりを要求してくるから。いつもボロ雑巾になるまでしごくから。そして――家族の温もりを与えてくれなかったから。

 リベラルとして生まれてから、ずっと強くなることを求められた。十年以上も鍛練を続けていたのに、ラプラスはちっとも優しさを見せない。ずっと辛かった。

 

 なのに、陰で呪いを抑える魔道具を作っていたり、突然このようなこっぱずかしい台詞を言ったり。

 

「……リベラル。またこの前のように、私を父と呼んでくれないか?」

「うぅ、ぐす……本当に、卑怯ですよ…私がラプラス様と呼ぶのは、本当の家族ではないと戒めるためでしたのに…」

「ならば、その必要はもうないようだね」

 

 涙ぐんで話すリベラルを、ラプラスは優しく抱き寄せる。静かに頭を撫で、娘をあやす。

 

 二人に足りなかったのは、言葉だった。

 たった一言告げるだけで、そのすれ違いは回避できたのだ。

 

「…お父様……」

「うん、私はリベラルのお父様だ」

「……ぐす…すいません…しばらく胸を貸してくださいお父様…」

「構わないよ。それが父親として出来ることだからね」

 

 リベラルは胸に顔を埋め、嗚咽を押し殺した。

 彼女が泣き止むまでの間、ずっと。

 

 

――――

 

 

 その日、二人は一日中話し合った。大した話でもない他愛ない話だ。

 今まで鍛練が辛かった、とか。厳しすぎるから優しくして欲しかった、とか。

 どちらかと言えば、リベラルが愚痴を溢していたような感じだったが、ラプラスはそれを黙って聞き続けた。

 

「そうか…私としては普通だと感じていたのだけどね…」

 

 因みに、これは愚痴を聞いたラプラスの溢した台詞である。それを聞いたリベラルは心外であったが、大昔に過酷な生活を送っていたラプラスにとっては、大したものではなかった。

 二人の認識の違いを埋めるには、一日中話し合うだけでは到底足りなかったのである。

 

「アトーフェラトーフェ様にも言ったのですが、私は痛い目に遭うのも危ない目に遭うのも嫌いなのです」

「そうだったのか?」

「そうだったのです」

 

 むしろ、それが常人としての感覚である。大抵の人は、そもそもそんな力を求めないものだ。戦士が一番を目指すのは分かるが、リベラルの心は戦士ではない。

 どちらかと言えば怠け者に近いだろう。ある程度の自衛能力を欲しても、最強の座など狙ってなどいない。そんなものに興味などなかった。平和が一番。ラブ&ピースである。

 

「もっと早くに言って欲しかったよ…」

「申し訳御座いません」

 

 ガックリ項垂れるラプラスに、リベラルも反省して謝った。

 

「…なら、引き続き『龍神の神玉』の研究に励みなさい」

 

 リベラルの望んでいることが判明した以上、彼は無理強いすることはない。強制的に協力させるのは、ラプラスのやり方ではないからだ。

 もしも己の娘に裏切られなどすれば、もはやどうすればいいのか分からない。未来への希望で紡いできた心が、完膚なきまで壊れてしまいそうだ。

 だったら、彼女のやりたいことから協力して貰えばいいだろう。幸いなことに、リベラルには魔術の才があるのだから。

 魔術の方面では、ラプラスに匹敵するとまでは言わずとも、それに近しい実力を兼ね備えている。ならば、その才能を磨いて貰えばいい。

 

「…………」

 

 リベラルは不意に、言葉を途切らせる。

 

「ん? どうしたんだいリベラル?」

 

 その様子に、ラプラスは不思議そうに声を掛けた。

 

「……少しだけ、考える時間をください」

 

 リベラルは受け入れられたが、まだ己のことを知ってもらった訳ではないのだ。抱えているものが、あるのだ。

 リベラルは未来の知識という情報を持ち得ている。そして、ラプラスがこの後どうなるのかを知っている。

 

 ――言ってもいいのだろうか?

 

 そんな漠然とした思いが、渦巻いていた。

 もしも、ラプラスが助かるようなことがあれば、歴史は大きく変わることになるだろう。その後も人神の手から逃れられるとは限らないが、変わることは間違いないだろう。

 ラプラスの存在は、人神を倒すためのキーマンだ。彼が死んだ時の保険として、『五龍将の秘宝』を各地にいる五龍将たちに渡した。その結果が、龍神に殺されるものだと言うのに。だからこそ、詰んでしまうという事態は回避出来るのだが。

 故に、もしも彼が生き延びれば、人神を打倒する目的は容易く果たされることだろう。それに、人神が今この場を覗いてる可能性もある。下手なことを言うわけにいかない。

 

 そして、ひとつ疑問があるとすれば、オルステッドだ。

 

 もしも過去が大きく改変されれば、オルステッドがどうなるのか分からないのだ。彼はループをしている。しかし、ラプラスが生き残った歴史に改竄してしまえば、オルステッドのループがどうなるのか不明なのだ。

 特に過去の影響を受けず、ループしたままのオルステッドが現れるのか。それとも、過去の影響を受けて新しいオルステッドという存在が形成されるのか。

 

 本来、未来というのは不確定なものである。だが、強い“運命”と言うのは存在する。

 過程がどれほど変化しようが、ひとつの結末に収束されてしまう。それを変化させるには……決定的に違う結末が必要だ。そうすれば、世界線が変化し、別の運命へと世界は切り替わる。

 もしもラプラスが生き残れば、世界は切り替わるだろう。そうなれば、オルステッドがどのような存在になってるのかが不明になってしまう。

 龍神の施した、世界の理から外れる力がどれほどのものか分からないが、少なくとも楽観していいものではないだろう。運命はあっても、未来はまだ不確定なのだから。安直に物事を進めてはならない。

 

 それに、未来が変化してしまえば――。

 

 

「リベラル」

 

 

 ゴチャゴチャと悩んでいた彼女に、ラプラスは一声掛けた。

 

 

「私はリベラルの全てを受け入れよう」

 

 

 ただ、静かにそう告げた。

 視線を逸らさず、力強い意思を見せて。

 

「……ああ、そうですね…そうですよね…」

 

 ストンと、納得した。

 

 今まで思い悩んできた気持ちが嘘のように霧散し、素直な気持ちが沸き出す。

 元々は、ラプラスを見捨てようと考えていた。幸いなことに、鍛練と称して娘をいたぶる鬼畜野郎と言い訳が出来たから。

 でも、ラプラスとは和解してしまったのだ。その優しさに触れてしまった。最早、言い訳など残されていない。自分の父親が死に行くのを黙って眺めるほど、リベラルの心は非道ではない。冷たくはない。

 

 ラプラスと同じように――リベラルは心を捨ててなどないのだ。

 

 目の前の人を見捨てるほど、リベラルは冷酷になれない。どんな目的を掲げていようとも、ゆらりふらりと揺れ動く、天秤のような人らしい心を持っていた。

 結局なところ、リベラルは人なのだ。日本という生温い世界で過ごし、道徳心を切り捨てることなど出来やしない。非情になりきることなど無理だった。

 

「お父様…私は、未来の知識を持っています…」

「……何?」

 

 だから、リベラルは話す。

 どれほどの言い訳をしたところで、目の前にいるラプラス(父親)に死んで欲しくないと、思ってしまったのだから。

 一度でもそう思ってしまえば、後は底無し沼のように沈み行くだけ。心に嘘を吐くことは出来ないのだ。

 

 リベラルは語った。

 未来でどんなことがあるのか。

 どんな歴史を歩んだのか。

 人神が覗いてる可能性を考慮し、言葉を選びつつ。

 

 そして――ラプラスがどうなったのか。

 全てを、話した。

 

 

「……そうか。私のしてきたことは無駄ではなかったか…そうか、そうだったか……」

 

 リベラルの話を聞き終えたラプラスは、噛み締めるように溢す。

 

「そのことが知れただけでも、私は救われたよ…教えてくれてありがとう、リベラル…私の娘よ」

 

 感慨深く頷き、ラプラスは自分のしてきたことが無駄ではなかったことを喜ぶ。己の全てを捧げてまでなし得ようとしてるのだ。嬉しくない訳がない。

 故に、彼は問わなければならない。そのような知識を持っている娘が、何を目指しているのか。本当に、味方となりうる存在なのか。

 見極めなくてはならない。

 

「教えて欲しいリベラル。……君が何者なのかを」

 

 だからこそ、全てを話す。

 

「そうですね…至極単純なものです。私は、私が目指してる目的は――」

 

 

――――

 

 

「……ふむ」

 

 一人机に座ったラプラスは、龍族の技術を書物に書き記していた。

 

「…無駄にならなくて良かった……このまま進めば、使命は果たせるのだね」

 

 未来の情報を知り、ラプラスは順調に人神打倒へと近付いてることを小さく喜ぶ。とは言え、オルステッドの前に立ちはだかる最大の壁になるのは不本意だ。

 差し当たり、まず己が為すべきことは第二次人魔大戦とやらだろう。ここで敗北すれば、人神の策略により、魂を二分されてしまう。

 

「……難しいか」

 

 だが、第二次人魔大戦でされなくとも、敗北すれば同じような結末を辿ることになるのは、想像に難しくない。即ち、最終的に魔神と技神と呼ばれてしまう可能性は高いのだ。

 

「未来は無限であり、けれど縛られている、か…」

 

 当然ながら、ラプラスは敗北するつもりなど更々ない。リベラルの言うオルステッド様の可能性に関しては、現時点では何とも言えないし、結局は不明なのだ。

 龍神様によって施された術式を垣間見たとは言え、ラプラスとてその全てを理解出来てる訳ではない。不測の事態とは、いついかなる時でもあり得ることだ。備えあれば憂いなしだ。

 

 ラプラスの使命は、未来に繋ぐことである。

 己がどうなるにせよ、それだけは必ずなし得なければならない。

 

 最悪、リベラルがいるのだ。彼女は敵ではない。ラプラスの使命を引き継ぐことを嫌がるだろうが、それでも必要なことはしてくれるだろう。

 ならば、安心して後のことを任せられる。

 

「私は、死ぬつもりなどないさ」

 

 第二次人魔大戦とやらは、人神が裏から糸を引くことによって起きるだろう。そして、ラプラスはそれに参戦することになる。

 関与しなければ、人神の布石を潰すことが出来ないからだ。そうしなければ、後々オルステッド様が詰んでしまう。

 

 その結末がどうなるのであれ、ラプラスは出来ることを行ない、未来に繋げるだけだ。

 その結果として、彼が生きるか死ぬかなど、その時にならなくては分からないことである。




次回は番外編を投稿します。
なんかよく分からん感じにロステリーナとラプラスにふざけたりする内容ですね。
まあ、期待せずに待っていて下さい。


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閑話 『私が変態なのはどう考えてもお前らが悪い!』

息抜きとして書いた筈なのに、何故かシリアスを書くよりも疲れた。
どうやら私はほのぼのしたものを書くのは苦手なようです。日常は駄目ですね…。
まあ、これもほのぼのしてるとは言い難いですが…。
因みに、書き直しが発生したのはこの回です。ほのぼのの定義を見失い、ただただリベラルを変態行為に暴走させるだけの内容になってしまい、最終的に何が書きたいのか分からなくなりました。


 

 

 ラプラスとロステリーナの朝は、意外にも不定期である。早朝から活動をすることもあれば、昼頃から仕事を開始することもあった。酷いときには、夕方に起床することすらあったのだ。

 その理由は単純なもので、ロステリーナを拾ったラプラスが、時間に無頓着だからである。長い寿命を持つ者にとって、一秒の価値は低いのだ。

 故に、たったの数時間程度の誤差は、何一つ気にされない。夜更かししたロステリーナが起きなくても、誰も咎めることはなかった。

 

 しかし、この龍鳴山には、一人だけある程度のルーチンワークを組み立てている者がいた。

 

「ふあぁ……ねむ…」

 

 寝起きなためか、緑と銀色の髪をボサボサさせ、小さな欠伸を彼女は溢す。言うまでもないだろうが、リベラルである。

 数か月ぶりに睡眠を堪能したリベラルは、ボーッとしながらも起床をし始めた。しかし、まだ頭が半分寝惚けているのか、布団を片付けたリベラルはボンヤリとその場で佇む。

 それから数分ほど経過すると、ようやくからだを伸ばし、頭を覚醒させた。

 

「んぅー…! やっぱり睡眠は大切ですね。寝る必要がなくても、人として感覚を維持するには必要な行為ですよ」

 

 家の庭前へと出ていき、深呼吸しながら明朝の空気をリベラルは味わう。魔術で水を発生させ、軽く顔を洗ってストレッチをしていく。

 そうしてからだを解したリベラルであったが、そこでハッとした様子を見せた。

 

「……鍛練しなくていいから、準備体操する必要ないじゃないですか」

 

 そう、ラプラスに本音をぶつけた結果、リベラルは鍛練を必要最低限するだけでよくなった。

 その代わり、『龍神の神玉』の研究に多くの時間を掛けることになったのだが…リベラルとしてはその方がありがたいことである。

 それに、自由時間も多くなったため、のんびりとやりたいことをやれるのだ。

 

(以前は酷かった…)

 

 寝るのは数年に一度のみで、食事は数日に一度だけ。龍鳴山の外にも出ることは叶わない。

 ひとつの型を覚えるために、一日中鍛練を行い、それを覚えれば次の型を覚えるのに、再び一日も掛ける。その繰り返しを毎日毎日行った。更には、ラプラスにサンドバックにされるオマケ付きだ。

 休憩もろくにもらえず、数時間休めば数十時間鍛練に勤しむ羽目になる。ずっと鍛練しかしていない。

 そして、それほどまでにやらされてるのに、ラプラスはあまり褒めることもない。そんな環境でやる気を出せる訳がないのだ。

 やる気のなかったリベラルの成長は悪く、実力の伸び代が少なかった。そしてそれを、ラプラスが咎める。咎められたことにより、更にやる気を失わせる。そんな悪循環であった。

 ぶっちゃけた話、アトーフェラトーフェの親衛隊になる方が幸せだっただろう。

 

 ラプラスからすれば、大したことのない内容なのかも知れない。しかし、元日本人であり、人間としての感性を持っているリベラルからすれば、それはただの地獄と変わらなかった。

 

「まぁ、暗い回想は止めてと…フヒッ」

 

 とは言え、それは既に終わったことである。リベラルはアッサリと過去の出来事だと割り切り、気持ち悪い笑いを溢した。

 

「ロステリーニャンへの進化を進めなくては」

 

 ニヤリと表情を歪め、自分の部屋へと戻って行く。その道中にてロステリーナの寝室に足を運び、ソッと静かに扉を開ける。

 中では布団にくるまっていたロステリーナが、スヤスヤと幸せそうな笑みを見せて眠っていた。

 忍び足で彼女へと近付く。

 

「ハァ…ハァ…」

 

 荒い息だ。血走った目をしたリベラルは、ゆっくりとロステリーナへ手を伸ばし、

 

「…リベラル。何をしてるのだい?」

 

 背後から聞こえた声に、大きく飛び退いてしまう。振り返った先にいたのはラプラスだ。壁に背中を預け、佇んでいる。

 彼はじっとりした視線を娘へと向け、とても微妙そうな表情を浮かべていた。

 

「…アハハ、ちょっとした研究の一環ですよ! やだなーもう。疚しいことは何もしてませんってば!」

 

 リベラルはキョロキョロと忙しなく視線を戸惑わせ、愛想笑いをしながら答える。

 そのあまりにも分かりやすい態度に、ラプラスは深い溜め息を溢した。

 

「リベラル。君の性癖(ロリコン)について私は特に何も言うつもりはない…。だが、まがりなりにも私の娘なのだ…少しばかりその行動を自重して欲しい」

「うっ…何のことかさっぱりですねぇ?」

「……その言い訳をする癖も改めて欲しいところだ」

 

 ラプラスと和解してからというもの、彼女の行動は唐突におかしくなっていた。まるで枷から解き放たれた獣のように、淑女にあるまじき欲望にまみれたことばかりする。

 具体的には、ロステリーナとのスキンシップがやけに激しいのだ。いきなり抱き付いたり、胸を触ったり、夜這い紛いなことをしたり。そしてラプラスに対しても、異様にベタベタと接触することが多かったのだ。唐突に股間をまさぐられた時は、流石の彼も焦ってしまった。

 ラプラスは父として、そんな娘の行いにどう対処すればいいのか分からず、上手く止めることが出来ずにいたのだ。

 

「何か勘違いされてるみたいですが、私は研究の一環としてここに訪れたのです!」

「ほう」

「なので、変に疑わないで欲しいです!」

「ふむ、ならばその研究の内容を是非とも教えて欲しいな」

「フッ…その言葉を待っておりましたよ」

 

 内容を訊ねられることをあらかじめ予測していたリベラルは、ドヤ顔を見せながら懐に手を入れる。そして、カチューシャのようなものと、モフモフした何かを取り出した。

 

「これこそ私の研究成果…獣族なりきりセットです!」

 

 ドンッ!

 と擬音が出そうな仁王立ちをし、自信満々にそれを掲げる。

 

「それは…?」

「よくぞ聞いてくださいました! これは猫耳カチューシャとモフモフテールです! 『狂龍王』カオス様の技術を参考に作ってみました!」

 

 リベラルはその二つを装着した。

 上目遣いでウインクし、親指と人差し指を顎に当て、シャキーンとポーズを決めて見せる。

 だが、ラプラスは頭に疑問符を浮かべ、困惑していた。

 

「これさえあれば、獣族への変装が可能ですよ旦那! 今ならお1つ一万円! 何と一万円ですよ! しかも尻尾が動くんですよこれ!」

「お、おう…」

「ささっ、どうぞお付けください!」

「あ、ああ…」

 

 ラプラスが狼狽えてる間に、リベラルは手早く黒色の猫耳と黒色の尻尾を取り付けてしまう。あっという間の出来事だ。何が何だか分からぬ内に、進められてしまった。

 やがて、キッチリと装着することが出来たのか、リベラルが「よし、オッケーです」と言って、その場から離れる。

 

「どうかなリベラル? 似合っているかい?」

「…………」

 

 ラプラスはかなり大柄な男だ。肌は透けるように白く、背中には翼が生えている。眼光は鋭い三白眼であり、無愛想にも見える。そんな男に猫耳と尻尾を着ければ、カオスな見た目になるのは当然だろう。更には何故か尻尾がひとりでにブンブンと荒ぶり動いていた。

 

 猫耳+尻尾+翼+男+斑髪=カオス。

 これこそ『狂龍王』カオスが生み出した、技術の結晶。

 

 二つを取り付けたラプラスは、キマイラのような姿だった。特に、黒色の猫耳と激しく動く黒色の尻尾が、実に髪色とマッチしていない。

 リベラルはサッと目を逸らす。

 

「……リベラル?」

「…え、ええ、とてもお似合いですよラプラス様。迫力が増しました…」

「そうか」

 

 娘の感想を聞けたラプラスは、少し照れてしまったのか頬を赤く染め、嬉しそうにしていた。

 

「折角リベラルが作ってくれたものだ。近々獣族のところに寄る予定だから、使わせてもらうよ」

「うぇ!?」

 

 今度はリベラルが狼狽える番だった。真面目なラプラスは、娘のお世辞をそのまま受け取り、本当に似合ってると思ってしまったのだ。感情に呼応しているかのように、尻尾の動きは激しいままだった。

 そんな間抜けな姿の父親を、外に出してはならないと何とか止めようと試みる。

 

「んぅ…何だか騒がしいのです…」

 

 と、そこに寝ていたロステリーナの声が響き、二人の視線はそちらに向く。寝ている幼女の前でくっちゃべっていたので、目を覚ますのは当然のことだった。

 目覚めたロステリーナはボーッと虚ろな瞳を見せ、それからラプラスへと顔を向ける。

 

「ひっ」

 

 悲鳴を上げてしまった。

 髪の毛は緑と銀色の斑模様であり、強面で猫耳で翼が生えていて、尻尾をモフモフブンブンさせてる男が目の前にいれば、誰だって怯えてしまうだろう。完全にただの変態だ。

 

「あ、あぁ……リベラル様…助けて下さい…!」

「おー、よしよし、私ならここにいますよー」

「…………」

 

 泣き出してしまったロステリーナを、リベラルは抱擁して慰める。「うへへ」と表情を崩し、だらしなく涎まで垂れさせていた。完全にただの確信犯だ。

 

「ぐすっ…リベラル様ぁ…」

「大丈夫ですよロステリーナ。私が変態から守って上げますからねー」

「…………」

 

 事ここに至れば、流石に騙されたことにラプラスは気付く。

 不機嫌そうな雰囲気に変わって行くが、リベラルはそれに気付かず、ロステリーナの頭に顔を埋めている。

 

「ハァ…ハァ…クンカクンカ」

「おい」

「幼女…幼女…」

「おい」

「さて、そろそろ性教育でもしましょ……」

 

 次の瞬間、リベラルはとてつもない衝撃に襲われ、窓を突き破って吹っ飛んでいく。

 

「ぷぎゃあ!!」

 

 残ったのは、呆れた表情をして猫耳と尻尾を取り外すラプラスと、何が起きたのか理解出来ず、キョトンとした様子のロステリーナであった。

 

「……あ、ラプラス様」

「ロステリーナ、顔を洗ってそろそろ今日の仕事を始めなさい」

「はい、分かりました!」

「…………」

 

 元気よく返事をするロステリーナに対し、ラプラスは無言で先程取り外したなりきりセットへと視線を落としていた。

 しばらく思案げにしていたが、やがてそれをロステリーナの頭へと近付け、装着させる。

 

「ラプラス様?」

「…ふむ」

 

 猫耳と尻尾をつけられ、不思議そうにするロステリーナを、ラプラスは凝視する。

 

「あの、これは…?」

「ああ、いや、気にしないでくれ。何となく着けてみただけだよ」

「そうですか」

「……ふむ」

「……?」

「ありがとう、もう十分だよ」

 

 性能を見ることに満足したのか、なりきりセットを回収したラプラスはその場から離れていく。そして、窓の外で鼻血を撒き散らしてぶっ倒れているリベラルに、お仕置きをするのは止めておこうと思うのであった。

 結局、ロステリーナは何が何だか分からぬまま、その場に取り残されてしまう。

 

 

 後日、猫耳と尻尾をつけてるロステリーナを発見し、リベラルは発狂した。

 

 

――――

 

 

「リベラル様」

「何ですか?」

 

 ロステリーナの声に、リベラルは返答する。

 

「どうしてくっついてくるのですか?」

「抱き心地がいいからですよ」

 

 むぎゅっと腕を回し、ロステリーナを抱き枕にしているリベラル。抵抗したところで、龍族である彼女には力で敵わず、どのみち抜け出すことが出来ない。

 ロステリーナは諦めて受け入れていた。

 

「ところでリベラル様。リベラル様はどうして、ラプラス様のことをラプラス様と呼んでるのですか?」

 

 ロステリーナは、ふと疑問に思ったことを口にする。

 二人でちゃんと話し合い、和解した筈なのだが、リベラルは何故かラプラスのことを『お父様』と呼ぶことが全くないのだ。他人行儀だろう。たまに呼んでる時があるだけに、不思議に思っていた。

 リベラルは「んー」と顎に手を当て、思案げな表情を浮かべる。

 

「そう、難しい理由でもありませんよ。今までずっと父と呼んでなかったので、今更そう呼ぶのがちょっぴり恥ずかしいだけです」

「そうですか? 別に私もラプラス様も気にしないと思いますけど」

「…まぁ、私にだって色々あるのですよ」

「色々ですか」

「色々ですよ」

 

 どことなく寂しそうに呟くリベラルに、ロステリーナはソッと彼女の背中に手を回した。ビクッと一瞬だけ震えたが、素直に受け入れる。

 

「ふふ」

「どうしたのですか?」

「いえいえ、まさかロステリーナから抱きついてくれるとは思いませんでしたよ」

 

 とても嬉しそうな声だった。顔を見上げれば、リベラルは「むふふ」と笑みを溢しながら、ロステリーナを見下ろす。

 何となく身の危険を感じたロステリーナは、すぐさま逃げ出そうと試みるが、残念ながらリベラルの拘束を解くことが出来ない。

 

「ほーれコチョコチョ!」

「んひゃ! あふっ! ひゃうぅ!」

 

 逃げ出そうとしたロステリーナは、からだをくすぐられて、少しでも刺激を弱めようと全身をよじらせる。しかし、その程度でリベラルの手から逃れられる訳もなく、延々とくすぐられ続けた。

 

「ハァ…ハァ…もう止めて下さいぃ…」

「ちょこっと、後ちょこっとだけですから!」

「うぅ…」

 

 逃げ出せないので、終わりはリベラルのさじ加減である。

 

 最近のリベラルはずっとこの調子なので、あまり近寄りたくなくなっていた。ボディタッチというか、スキンシップがあるのはいいのだが、些か激しすぎるのだ。

 胸とお尻を鷲掴みにされて、「グヘヘ」とおっさんのような笑いを溢されたときは、流石に気持ち悪かった。ドン引きである。

 だが、力では敵わないし、どこに逃げても何故か見付けられるのだ。それに、龍鳴山から降りれる訳もないので、あまり遠くに逃走することも出来ない。

 今のロステリーナはさながら、猛獣の檻の中に閉じ込められた哀れな草食動物であった。

 

「今はラプラス様もお出掛けしてますし、時間はたっぷりありますよ」

 

 普段からリベラルの暴走を止めてくれるラプラスもいないのだ。絶体絶命である。

 

「ヘヘヘ…」

「ひっ」

 

 再びサワサワと撫でられる全身。ロステリーナのからだに鳥肌が立つ。

 彼女は色恋をまだ知らなければ、同性愛などというものに目覚めてる訳でもない。ただ抱きつかれるだけならまだしも、下心丸出しでは流石に嫌悪感に包まれてしまう。

 

「い、いやっ!」

 

 故に、拒絶する。

 ジタバタと藻掻くと拘束されていた腕がすっぽ抜け、偶々リベラルの顔に手が当たった。

 

「あだっ」

 

 怯んだ一瞬の隙を見逃さず、ロステリーナは脱出に成功する。

 

「逃げないで欲しいですね」

「こ、来ないで下さい!」

 

 やれやれと言った様子を見せるリベラルであったが、明確な拒絶の言葉を聞いて足を止めてしまう。

 

「それ以上近付いたら、リベラル様のことを嫌いになります!」

「なん…だと…!?」

 

 リベラルはそれ以上先に進むことが出来なくなった。ロステリーナの目に見覚えがあったからだ。

 そう、あれは畏怖の目。

 呪いを抑える前に向けられていた、敵意だ。

 

 リベラルに呪いがあろうとなかろうと、その目を向けられることに変わらなかった。

 

「あっ…」

 

 そうして狼狽えてる間に、ロステリーナは駆け足でこの場から逃げ去って行く。当然の結果であった。

 

 

――――

 

 

 それから、何度も何度もリベラルから逃亡をし続けた。用を足してる最中に現れたり。水浴びをしている最中に現れたり。その度に、逃げ続ける。

 

 けれど、その日だけは少し違った。

 

 スヤスヤと寝息をたてながら布団にくるまり、完全に寝入ってるロステリーナ。そんな彼女の部屋に、またもやリベラルは侵入していた。

 

「いけませんね…暴走し過ぎてロステリーナに嫌われちゃいましたよ…。これでは呪いの影響があった頃と変わらないじゃないですか…」

 

 欲望に忠実になりすぎたと反省し、寝入るロステリーナを見下ろす。

 

「すぅ…すぅ…」

「…………」

 

 無言のまま隣に座り、ロステリーナの頭を優しく撫でる。すると、彼女は「んぅ…リベラル様…」と寝言を呟いた。

 可愛い姿だ。天使のようである。本音で言えばこのまま夜這いをしたいところだが、リベラルはその欲求をグッと堪えた。

 代わりに、彼女の名前を呟く。

 

「ロステリーナ…」

 

 リベラルは薄々と気付いていた。

 ロステリーナが何者になるのか。未来でどのような人物になるのか。

 今の思い出全てが無意味となってしまうことを、リベラルは知っていた。

 

 未来は不変であり可変だ。

 

 ラプラスに未来を伝えたが、未来を変えられるとは限らないのだ。その時にならなければ、分かりやしない。

 ロステリーナがこの先、どうなってしまうのかも分からない。もしかしたら、全く違う未来を辿るかも知れない。もしかしたら、同じ未来を辿るかも知れない。

 故に、その時に後悔しないよう、今を楽しまなければならないのだ。

 

(だからこそ、無駄にはっちゃけてしまいましたが)

 

 未来での淫乱っぷりを知っていたからこそのスキンシップだったのだが、どう考えてもただの言い訳だった。誰も聞いている者はいないので、自分が欲望にまみれるための言い訳である。

 今のロステリーナは変態ではないので、リベラルの独り善がりでしかなかった。残念ながら、変態はリベラルだけである。

 

「んぅ…ん……」

「ん?」

「ふぁ……リ、リベラル様…!?」

 

 どうやら起きてしまったロステリーナが、怯えた様子でリベラルを見ていた。彼女を視界に映しただけで、眠気を吹き飛ばして完全に頭を覚醒させたらしい。

 

「おや、気付きましたか」

「ひっ」

 

 とんでもない勢いで飛び下がり、露骨に警戒した様子を見せるロステリーナに対し、リベラルは手をワキワキとさせながら近付く。

 

「おやおや、どこに行こうというのですか? ここが貴方の帰るべき場所だと言うのに」

「い、いやぁ…」

「なぁ…スケベしようや…」

「いやぁぁぁ!!」

 

 リベラルは今日も暴走する。

 いつか訪れる終わりの日に後悔しないよう。

 都合のいい言い訳を並べて。

 

 結果として、リベラルは呪いを抑える前よりも嫌われてしまった。




失敗作……一応、別の場所に投下しておきます、正直恥ずかしいですが…まぁいいでしょう。


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12話 『信じた未来には程遠く』

前回のあらすじ。

リベラル「私には未来の知識ある」
ラプラス「なんやて!? 詳しく教えろや!」
リベラル「よかろう、貴様はまもなく死ぬ…それが定めだ」
ラプラス「なん…だと…!?」

今回はタグの独自設定がようやく活用されます。しかし、これから先はこれ以上に盛りまくることになる予定です。


 

 

 

「私も……私にも、何か出来ることはありませんか?」

 

 彼女の問いに、十分助かってると答えた。

 

「そんなの嫌です! 私もラプラス様のお役に立ちたいんです! 一緒に戦えるとは思えませんけど、何か、何かありませんか? 将来、御子様のためになるようなこと、なにか……」

 

 彼女は戦いたいと願った。私も龍神様の役に立ちたいと、そう願った。

 ならば、だからこそ、その意思を尊重しなければならない。五龍将として、龍神のために働こうという者を、どうして無碍にできようか。

 どのような感情を抱こうとも、受け入れなければならない。

 

「! 何か、私にも出来ることがあるのですか!?」

 

 必死となる彼女に、説明する。

 呪いを元に戻すことによって、将来誕生する御子様の役に立てると。

 長い時間を掛けて、からだを少しずつ変化させる必要があると。

 眠っている間に、精神に影響のないよう調整をしてみせると。

 

「……ご主人様がそう仰ってくれるなら、大丈夫です」

 

 ――そうか、君は耐えられると、そう言うのだね?

 

「はい」

 

 結局、それが彼女の――ロステリーナの選択であった。古龍の昔話を聞き終えた彼女は、共に戦うことを選んだ。

 どのような結末になろうとも、それがロステリーナの選んだ道。だからこそ、それに応えなければならない。

 

 

 その日、ロステリーナは長い眠りについた。

 

――――

 

 

 龍鳴山より遠く離れた地下洞窟。ラプラスが研究所の一つとして使っている場所。そこに、ひとつの台座があった。

 透明なカプセルが被せられ、淡く輝く水で満たされている。そんな中に、美しい一人の女性が眠っていた。

 

「……ロステリーナ、眠ってしまいましたね」

「そうだね…龍鳴山も寂しくなるな」

 

 少しでも龍神様の役に立ちたいと願ったロステリーナは、その身に宿る膨大な魔力を利用するために、からだを作り変えることにした。

 彼女は長い眠りにつき、未来へと繋ぐひとつの希望となり、やがて目覚める日を待ち続ける。

 

 動作に問題がないことを確認できたラプラスは、僅かに逡巡する様子を見せるが、踵を返す。

 

「じゃあ、大人しく待ってるんだよ」

 

 ラプラスには、やることが山ほどある。このようなことで感傷に浸り、立ち止まっている暇などないのだ。

 悲しみを振り切り、前へと進み続けるのみである。

 コツコツと音を立て、寝台から足音が遠ざかっていく。彼には次の戦いがある。それに備えなくてはならないのだ。

 

 やがて、眠っているロステリーナと、リベラルは二人きりとなった。

 

「……あっという間でしたね。ロステリーナと過ごした日々は」

 

 ラプラスと和解してから、既に数百年。ロステリーナは可憐な少女から、立派な美女へと成長した。

 その間を、ずっと共に過ごしたのだ。長い、長い時間だ。

 最早、リベラルはロステリーナのことを家族の一員…妹だと思っている。

 

 だからこそ、この先の未来によって、どうなるのかが決まる。

 

lostelina(ロステリーナ)lost elina(失われたエリナ)elinarise(エリナリーゼ)elina rise(目覚めしエリナ)

 

 寂しそうで、泣き出しそうな、そんな表情を浮かべ、リベラルは眠る彼女を見つめる。

 

「私は…何が起きようともここに干渉はしません」

 

 ポツリと、そう言った。

 

「ラプラス様が生き残れば、貴方はきっと何も失わずに目覚めるでしょう」

 

 そう、リベラルが干渉しないと言ったところで、ラプラスがいれば何も問題はないのだ。彼さえいれば、ロステリーナは願い通りの未来を過ごすことが出来るのだから。

 けれど、もし、もしも、そのような未来が訪れないのだとしたら――。

 

「ラプラス様が負けてしまえば…全ては歴史通りになります。歴史通りにします」

 

 そうなれば、リベラルは全てを投げ捨て、ロステリーナを見殺しにするだろう。

 

 ロステリーナの存在は、とても重要な位置にいる。

 彼女は将来誕生するルーデウスの父親である、パウロと大きな関わりを持つのだ。実際にその時にならなければ分からないだろうが、ロステリーナ…エリナリーゼがいなければ、ルーデウスが誕生しないかも知れないのだ。

 それは、大変困る。ルーデウスが生まれなければ、恐らくナナホシも転移事件によって現れないだろう。

 それだけは、避けなければならないのだ。ある意味、一番重要だとも言える。

 

「……とは言え、それはあくまでもラプラス様が負けた時の話です」

 

 だが、やはり捨てきることは出来ない。大切な家族が死に行くのを、黙って見つめることなど出来ないのだ。

 例え、ルーデウスやナナホシが現れなくなったとしても、ラプラスは助けたい。それが、自身の願いである。

 だからこそ、父親(ラプラス)に未来の話をした。結末を変えるために。

 

「ロステリーナは大切な家族です。妹です。でも…こんな馬鹿な姉でごめんなさい」

 

 しかし、ラプラスが死ねば、リベラルは目の前のロステリーナ()を見捨てなければならない。こんなにも大事だと思ってるのに、割り切らなければならない。

 だって、そうしなければ、望む未来に辿り着けないのだから。

 

 上辺だけの想い。

 そう言われても仕方ない選択だ。

 もしも記憶を取り戻せば、罵られてしまうだろう。

 その覚悟は出来ている。

 

「例え、ロステリーナが全てを忘れようとも……私だけは覚えてます」

 

 故に、この先何が起きようとも、刻み付けなくてはならない。

 己の選んだ選択を。己が選んだ道を。

 その結末を、見届けなくてはならない。

 

「ずっと、覚えてますから……」

 

 リベラルはそれだけを告げると、その場から立ち去っていく。彼女が遠ざかるにつれて、部屋の明かりも落ちていく。

 やがて、足音は完全に消え去り、部屋の中は暗闇に包まれた。

 

 ロステリーナは真っ暗となった部屋の中で、ただ一人待ち続ける。

 共に戦える日を夢見て、ずっと……。

 

――――

 

 

 巨大な羽音が響き渡る。そこらにいるレッドドラゴンよりも遥かに力強く、そして待ちわびた音。

 サレヤクトの背に乗り、ラプラスが帰ってきたのだ。

 

「帰って来ましたか」

 

 その音を聞いたリベラルは、出迎えに家の外へと向かう。そこには、いつもと変わらぬ様子のラプラスが、リベラルの姿を認めて片手を上げていた。

 サレヤクトが家の前に悠々と着地すると、その背中からラプラスが飛び降りる。

 

「お帰りなさいラプラス様」

「ああ、ただいまリベラル。態々出迎えてくれてありがとう」

「グオ」

 

 挨拶を交わしてる間に、サレヤクトは一声上げてノシノシと家の裏手へと帰って行った。長い間飛び続けて疲れてると思われるので、そのまま寝てしまうのだろう。

 

「……成果はどうでしたか?」

 

 そんなサレヤクトを傍目に、リベラルは尋ねた。

 

「ああ…やはり今回も駄目だったよ」

「そうですか…バーディガーディ様は見つかりませんでしたか」

「以前は痕跡自体はあったんだけどね…。今では痕跡すら見つからないよ」

 

 お手上げだと言わんばかりに、ラプラスは両手を上げてしまう。

 

 二人は和解してから、先ずはバーディガーディの身柄を確保することを優先した。第二次人魔大戦でラプラスを倒すのは、『闘神鎧』を着用したバーディガーディだからだ。

 故に、戦争前に彼をさっさと押さえようと考えたのだが、いくら捜しても見つけることが出来ずにいた。原因は分かっている。人神だ。

 どうやら、リベラルとラプラスが和解してる間に接触でもしていたのか、その時期から足取りを掴めなくなっていた。ラプラスが魔眼を使用したにも関わらず、見つけられないのだ。人神の関与は、ほぼ間違いないだろう。

 

 それに、リベラルの未来の知識もほぼあてにならなかった。彼女が知っているのは『ラプラスがバーディガーディに負ける』という結果であって、過程など何も知らないのだ。

 そもそも、未来で有名となるアルデバランが、本当はどちらなのかすら曖昧であった。そんなものに頼るには、あまりにもあやふやな情報だろう。

 

「しかし…どうしますか? 戦争の火蓋は切られたのですよね?」

「ああ…人神の手によって戦争が始まった以上、私はそれに介入せねばならない」

 

 一応、戦争そのものを回避するための行動も行った。幸いなことに、キシリカキシリスの発見は早かったので、彼女を傀儡にしようとしていた好戦的な魔王を殺したのだ。

 だが、それとは別の魔王が現れ、そいつがキシリカキシリスを傀儡にしてしまったのである。ラプラスはその魔王も殺し、その他にも何人か殺したのだが、不毛な行為だと思い止めた。

 蜥蜴の尻尾切りだ。人神をどうにかしない限り、新たな使徒を延々と遣わせるだろう。

 魔王を殺し続け、魔族全体を敵に回しでもすれば本末転倒である。4つの世界を滅ぼしてしまった、龍界での過ちを繰り返すことになってしまう。

 

 キシリカキシリスをどうにかしようとも考えた。

 だが、彼女はバカだった。アホだった。

 ちょっと煽てられれば調子に乗り、アッサリといいように使われてしまうのだ。あまりにもチョロイ魔界魔帝だ。簡単に操られ、傀儡にされてしまう。

 ラプラスとしては、いっそのことキシリカキシリスを殺してやろうかとも考えたが、それは最後の手段だと思い止まる。今は亡きネクロスラクロスが残した、魔神の娘だ。そんな彼女に手を掛けるのは、あまりやりたくもない。

 龍鳴山に拉致しようにも、彼女は魔大陸から離れることも出来ない。お手上げだ。

 それに、人神を倒すのには、やはり魔神の血を引くキシリカキシリスの力が欲しかった。彼女の力は強力なのだから。

 

 そう、本来であれば、互いに手を取り合うべきなのだ。

 

 なのに、どうしてこんなチョロイ娘となってしまってるのか。あまりにも残念すぎてラプラスは思わず頭を押さえてしまう。

 母親であるキリシスカリシスがこの光景を見れば、きっと同じ気持ちを抱いてくれるだろう。……いや、特にそんなこともなく、「それでこそ我が娘だ。ファーハハハハハ!」と笑い飛ばすかも知れないが。

 

「そうですか…」

「なに、心配することはない。やれることは全てやったのだ」

 

 ラプラス一人では、出来ることに限界があった。一手ずつしか手を進められないのだ。どうしても間に合わないものがある。しかし、もしも他にも戦う仲間が存在していれば、結果は違ったかも知れないだろう。

 彼はそのことを僅かに思案し、リベラルを見るがすぐに視線を外した。リベラルはリベラルで『龍神の神玉』を研究する役目がある。人神への対抗手段なのだ。

 それに、リベラルはまだまだ未熟な身。安心して背中を任せるには時期尚早だ。そんな娘に手助けを求めるのは無粋だろう。

 

「……勝つさ、私は」

 

 戦争を止めることは出来なかった。だから、そのことを嘆いても仕方ない。すぐに切り替え、出来ることをするのだ。

 既に、人族側で『アルデバラン』と名乗り、介入する準備は出来ている。後は、魔族との戦いに勝利することによって、人神の目論見を阻止するだけだ。

 

 もっとも、それが一番の問題なのだが。

 

「あの鎧……どうしますか」

 

 リベラルは後方へと顎をやり、後ろに立て掛けられている黄金色に輝く、大きな鎧へと目を向ける。今は別の名前だが、いずれ『闘神鎧』と呼ばれることになる、ラプラスの最高傑作にして最狂の失敗作だ。

 

 ラプラスは、間違いなくこの世界で最強の存在である。恐らく、世界で一番強いだろう。彼を殺すことが出来る者は、存在しない。

 そんな慢心をしていては駄目だろうが、未来の情報も持ち得るリベラルからすれば、その予想は間違ってはいないと考えている。

 だが、相手が『闘神鎧』を着用するとなれば、話は別だ。着用した者は、魔術を無効化し、疲れも痛みも感じず、常に最高の力で戦うことができる。意味不明な装備だ。

 これは、バグのような代物である。

 以前にリベラルが尋ねたのだ。

 

『この鎧はどうやって作ったのですか?』

 

 と。魔力自体が意思を持っているなど、それはもはや擬似的な生命の創造である。いくら魔術が万能な力とは言え、流石に生命の創造を出来るとは思えなかったのだ。

 恐らく、この世界を創り出した創造神くらいにしか出来ないだろう。だから、尋ねたのだ。

 それに対するラプラスの回答は、

 

『分からない』

 

 なんて言われてしまったのである。元々はも少し別のものを作成しようと考えていたらしいのだが、何故かこの鎧が出来上がったと言う。

 手順通りだった。1+1の答えが2となるように、丁寧に仕上げていた。それなのに、どういう訳か1+1が100になってしまったのだ。違う答えとして現れたのが、『闘神鎧』。だからこそ、世界の法則をすり抜けたバグである。

 製作者であるラプラスにすら、御しきれぬ代物。だからこそ決戦用の鎧。

 

「それは私にも破壊出来ない。戦争で使おうと考えていたが…奪われるリスクがあるから止めておこう」

 

 故に、ここにある『闘神鎧』さえどうにかすれば、ラプラスが敗北する未来を回避出来る筈なのだ。

 相手が人神である以上、どこかに破棄するなんて馬鹿なことは出来ない。拾われてしまうのは目に見えてるだろう。

 

 だからこそ、答えはひとつしかなかった。

 

「ここに置いておくしかないだろう」

 

 龍鳴山はラプラスのテリトリーだ。周囲には大量のレッドドラゴンたちが飛び交い、ほとんどの者が近寄ることも出来ない。ラプラスの目の届く範囲と言えるだろう。少なくとも、適当に海の底へと捨てるよりは安心出来る筈だ。

 恐らく、龍鳴山はラプラスにとってもっとも信用出来る場所である。彼にとっては、庭同然なのだから。

 

「……そうですか。確かにここよりも安全な場所なんてなさそうですよね」

「ああ、そうだろうね……」

 

 そこで、ラプラスは口を閉じ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。リベラルもその意味に気付いているので、黙って言葉の続きを待つ。

 

「リベラル」

「はい」

「もう分かってるみたいだけど、もしかしたらこの鎧を目当てに使徒が襲撃してくるかも知れない」

「そうですね」

「だから、リベラル。君に頼みたいことがあるんだ」

「…………」

 

 両者の視線が交わる。

 

 リベラルの気持ちを聞いたラプラスは、彼女は戦うことが嫌いだと理解している。

 痛いのはラプラスだって嫌だし、死にそうになるのはもっと嫌だ。生物としての当然な欲求なので、彼とて同じ気持ちだ。だから、無理強いをすることはしなかった。

 しかし、ラプラスは戦争に参加しなくてはならない。そうなれば、龍鳴山へと戻ることは出来なくなるだろう。その間、リベラルが一人きりになってしまう。

 ラプラスにとっては庭同然だが、彼はいないのだ。故に、その間の守護は、リベラルに任せるしかない。

 

 苦渋に満ちた表情で、ラプラスは己の娘に告げる。

 

「この地を守れ。誰にも全てを奪わせるな」

 

 頼みと言った筈の言葉は、命令のようなものであった。

 

 

「――人神に勝つぞ」

 

 

 しかし、苦渋に満ちた表情は何処へやら。いつの間にか、ラプラスは決意に満ちた表情を見せ、力強く宣言してみせた。

 

「……はい! 勝ちましょう!」

 

 リベラルも力強く頷いてみせた。

 

 どれほど痛みや恐怖を拒絶したところで、この気持ちに嘘を吐くことは出来ないから。例え歴史が変わろうとも、父親には死んで欲しくないから。

 この先の未来を、ラプラスと共に歩みたいのだ。誰もが悲しまない、笑って過ごせる結末を見たいのだ。

 

 

――――

 

 

「さて、私はそろそろ行くよ」

 

 数日ほど、親子としての時間を過ごしたが、ラプラスは不意にそう告げた。

 

「……そうですか」

「なに、心配することはない。龍鳴山はレッドドラゴンの群れによって堅牢な要塞と化している。君に守護を頼んだが、誰も来やしないさ。それに、家の中には私が作った魔道具もある」

「いえ、そうではなくて」

 

 リベラルとしては、そのことを心配などしていない。

 

「……負けないで下さいよ」

 

 そう、『闘神鎧』などなくても、ラプラスが敗北する可能性はあるのだ。彼は最強であるが、孤独なのだから。傍で戦ってくれる仲間がいないのだ。

 そのことに、不安を感じていた。

 

「大丈夫だ。私は誰にも負けないよ。必ずここに帰ってくるさ」

 

 不安そうにするリベラルに、ラプラスは近寄る。

 

「何せ、私には使命があるのだ。こんなところで終われないよ。そして何より……」

 

 そして、リベラルの頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 

 

「こんなにも愛おしい娘が帰りを待ってるのだ。負ける訳がないだろう?」

 

 

 その手は、ゴツゴツしていた。

 戦いに明け暮れ、血に染まっているかも知れない。

 けれど、その掌には温かみがあった。

 父親の温もりだ。

 

 リベラルはラプラスに抱き付く。

 そして、言葉を送る。

 

「いってらっしゃい――お父様」

「いってくる――愛しき娘よ」

 

 こうして、ラプラスは第二次人魔大戦へと赴いた。二人とも完璧ではないので、足りない準備はあったかも知れないだろう。それでも、出来ることは全てした。後は、勝つのみである。

 その未来を信じて、サレヤクトの背に跨がった彼の背中を見送る。

 

 

 そして、父親(ラプラス)が帰ってくることはなかった。




闘神鎧は破壊できない(破壊できないとは言っていない)

まあ、破壊したとしても、不死魔王みたいにどっかで復活しそうなんですよね。自己修復するみたいですし。
なので、ラプラスにも破壊できないということにしました。
因みに、エリナリーゼとロステリーナの英語読みに関してはWikiのコメント欄にあったのを使用。実際に合ってるかはともかく、よくあんなの気付けますよね…。


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13話 『神託の意味』

前回のあらすじ。

ラプラス「ヒトガミに勝つんやで」
リベラル「頑張るんやで」
ラプラス「」
リベラル「パパ帰ってこーへんやん…」

風邪…なのか?すっごいしんどい。ただ、症状が完全にノロウイルスなんですよね…医者にはまだ行ってませんので、本当にそうなのか分かりませんけど。。もう動けない。
そうだ…こうなったのも全て人神が悪いんだ。この小説の駄目な部分も、体調が悪いのも、投稿が遅くなったのも…全部、人神さんが居たからじゃないか…!


 

 

 

 ラプラスが戦争に参加してから約十年。その間、リベラルはずっと龍鳴山で父親の帰りを待っていた。

 といっても、その間に何もしていない訳でない。リベラルはずっと研究を行っていた。『龍神の神玉』の力を引き出す方法を調べていたのだ。

 

「あふぅ、んぅ……こんなものですか」

 

 だが、ようやく最低限の目標を達成し、リベラルは凝り固まったからだを伸ばして解す。

 

 人神の能力の無効化。

 長い研究のお陰か、ようやくその効果を確立出来たのだ。

 

 恐らくこれで、人神の持つ千里眼や未来視から、完全に逃れられるようになったのである。以前のように、夢の中に現れることも出来ないだろう。

 今のリベラルは、呪いを克服した状態のオルステッドと同じ状態である。人神の干渉を受けることはない。人神から視られることはもうないのだ。

 

「まあ、まだまだ引き出さなければならないものはありますけど…」

 

 しかし、人神の能力の無効化は、あくまで一部の力に過ぎない。一応、他にも出来ることは沢山あると予想しているのだが、全く持って見当が付かずにいた。

 ただ、今は研究が一段落着いたことを喜ぼうと、肩の力を抜いた。それから、窓の外に映る空を眺め、ボンヤリとする。

 

「ラプラス様…無事でしょうか?」

 

 龍鳴山は閉鎖されたコミュニティである。当然ながら、外の情報など一切流れてこない。態々レッドドラゴンの巣に、自殺しに来るバカなどもいる訳がないので、誰かと遭遇することもない。

 研究をしていた時は、そちらに集中していたから良かったものの、やることがなくなれば外の情勢が気になり、悶々とするのだ。

 龍鳴山を降りられたら…なんて思うが、それは鍛練をしなかったリベラルが悪いので、どうしようもない。

 

(そう言えば…人神の助言は一体何だったのでしょう)

 

 人神が言ったのは、ラプラスと仲直りしろという助言。選択肢のない状況だったので、従う形になってしまった。しかし、今のところはただの良い奴でしかない。

 まさか本当に良い奴なのでは……なんて思ってしまうかも知れないが、そうして油断した時に致命的な一撃を加えてくるような存在だ。気を抜くことは出来ないだろう。

 自分が人神のことを知らず、ルーデウスと同じ状況に陥れば、きっと人神の助言を信じてホイホイと従っていただろう。そう考えると、ルーデウスは凄い。偉大なる先人だ。彼には感謝しておかなければならない。

 

「人神…本当に何がしたいのでしょうね」

 

 助言をしてきた理由も分からないが、そもそも人神が何を目指しているのかもよく分からないのだ。ただ単に生きることが目的、というのであれば、態々龍神などを殺した意味が分からない。

 ラプラスは唯一の神になりたかったのではないか、と予想していたが、実際にそうなのかも不明だ。人神はあまりにも自分本意で、俗物過ぎる。

 

「しかし…暇になってしまいましたね」

 

 手持無沙汰になってしまったせいか、リベラルは短い間隔で様々なことに思考を傾けてしまう。

 それから少しボーッとすると、その場から立ち上がり、外へと出ていく。そして、昔にラプラスから教わった、型のひとつの動きをゆっくりとなぞっていった。

 たまにしかしていないためか、どことなくぎこちない動きだ。しばらく型の繰り返しをしていたが、動きを間違えて手を止めてしまう。

 

「むぅ…ダメダメですね…」

 

 研究のためにずっと机に向かい合っていたこともあり、体力自体も落ちていた。その事実にリベラルは溜め息を溢す。

 だが、流石にこれは不味いと感じ、終了することなく、ゆっくりと鍛練を続けていく。

 そんな感じで、リベラルは日々を過ごしていた。充実しているようにも見えるだろう。実際に、彼女はやりたいことだけをやってるので間違いない。

 

 だが、それから事が起きたのは、数日後のことであった。

 

 

――――

 

 

 研究を一段落終えたリベラルは、しばらく『龍神の神玉』について調べることを止めていた。ずっと研究漬けだったので、少しばかり違うことをしたくなったのだ。

 なので、彼女が家でやっているのは、主に自主鍛練になっていた。掃除などはリベラル一人しかいないので、特に散らかることもない。たまに埃を掃く程度だ。

 特にラプラスにしごかれてる訳でもないので、のんびりと自分のペースでこなしていき、リフレッシュするリベラル。やはり、たまにからだを動かすのはいいな、なんて思いながら続けていく。

 

「……ん?」

 

 ふと、何かを感じたリベラルは、鍛練の動きを止めた。微かな違和感だ。その感覚が何なのか気になり、そちらへと意識を向ける。

 

「んー…? 何かの気配…ですかね?」

 

 龍鳴山から降りたのは一度だけであり、他者との関わりが極端に少なかったリベラルは、それが本当に気配なのか分からず、首を傾げた。

 それに、龍鳴山には数多のレッドドラゴンがいる。レッドドラゴンたちの感知能力はずば抜けて高く、縄張り内に侵入すれば、ネズミ一匹と逃しはしない。気付かれずに家に近付くことは不可能なのだ。

 

(人神の使徒が来たとしても、レッドドラゴンたちで足止めを食う筈です。それだけの時間があれば、その間に迎撃の準備は整えられますが…)

 

 この家の中には、ラプラスが開発した魔道具が山ほどある。それらを全て駆使すれば、ある程度の実力差は補えるだろう。

 それに、最悪でもリベラルが『闘神鎧』を纏い、逃走することも出来るのだ。『闘神鎧』を纏えば、リベラルでも龍鳴山から降りることは可能になるのだから。その場合は彼女の消耗が凄まじいものになるだろうが、背に腹は変えられない。

 

(まあ、それは人神の使徒が来ればの話なのですがね)

 

 特にレッドドラゴンたちが騒いでる様子もないので、リベラル先ほど感じた気配は勘違いだと胸を撫で下ろす。

 杞憂なら構わないと、再び鍛練を行おうとするのだが、

 

「…………ん?」

 

 足が動かなかった。

 

 まるで地面に縫い付けられているかのように、ビクともしなかったのだ。

 不思議に思い、リベラルは自身の足を見る。

 

 手があった。

 真っ黒な手だ。

 その手が、己の足を掴んでいたのだ。

 

「…………え?」

 

 リベラルは頓狂な反応を見せ、固まった。だが、それも仕方ないだろう。地面から生えた黒い手が、自分の足を掴んでいるのだから。意味不明な状況だろう。

 しかし、その反応はあまりにも致命的過ぎた。

 

「――ふぇ?」

 

 気が付けば、リベラルは宙を舞っていた。

 

「あ、ああああぁぁぁぁ!!」

 

 恐ろしい速度で飛来し、目まぐるしく変化する景色を前に、リベラルは情けない悲鳴を上げる。

 しかし、徐々に迫り来る大木を目にし、何とか体勢を整えようと空中でからだをひねった。だが、体勢を整えるのは間に合わず、全身を大木に叩き付けられる。

 

「がふっ!?」

 

 全身に走る痛みと圧迫感に、リベラルは強制的に息が吐き出された。そのまま地面を転げ、のたうち回る。

 

 しかし、打ち付けられた痛みを我慢し、リベラルは何が起きたのか知るために顔を上げた。

 だからこそ、目の前にいた男を視界に映し、絶句してしまう。

 

 

「――貴様がリベラルだな?」

 

 

 馬鹿な。

 あり得ない。

 何故この男がここに。

 

 混乱した頭で、リベラルは目の前の事実を否定する。だが、現実が変わることはない。

 

 

「我が名はバーディガーディ! 愛しき者、魔界大帝キシリカを守るために参上した!」

 

 

 地面に亀裂が入り、漆黒の肌を持つ六本腕の偉丈夫が、地の底から現れたのだ。

 ラプラスが百年以上捜しても、見付けることの出来なかった魔王が、目の前にいた。

 

 

――――

 

 

 何が起きたのだと、リベラルは混乱する。しかし、疑問の答えは単純で、目の前にあった。

 バーディガーディは穴を掘ってきたのだ。どれほどの時間を掛けたのか分からないが、レッドドラゴンの縄張りの外から地面に潜り、ピンポイントで龍鳴山にいたリベラルの懐まで掘り進んで来たのだ。訳が分からない。

 訳が分からないが、バーディガーディが人神の助言に従った結果なのだろう。でなければ、こんな家の目の前に現れられる訳がない。別の場所に出ていれば、レッドドラゴンたちの餌食になるのだから。

 

 息を整え、リベラルはバーディガーディを見据える。

 

「ラプラスから逃れるのは困難であったぞ? ヒトガミの助言がなければ、恐らく捕まっていたであろう。奴の言うことにただ従うだけであったのはつまらなかったが、我輩とてなさねばならぬことがあるのだ」

 

 よく分からないが、何か語り始めた。

 なので、リベラルはその隙に受けたダメージを回復させていく。

 

「龍鳴山に忍び込むのにも骨が折れたな。流石の我輩とて、あの数のレッドドラゴンの相手は出来ぬ。故に、単純な手であるが掘って進むことにしたのだ。これもヒトガミの助言がなければ、辿り着くことは出来なかったであろう」

「何故ヒトガミの手助けをするのですか…? あんな奴の味方をしたところで、待っているのは破滅ですよ…」

 

 実際な話、バーディガーディはラプラスと相討ちになり、キシリカと共に死んでしまうことになるのだ。

 人神の言うことに従ったところで、良いことなどありやしない。

 

「何を言っておる? 実際にヒトガミが助言をしてなければ、我輩はラプラスの手に掛かっておったのだぞ。ならば、構わん!  我輩は一度死んだ程度では死なぬのだ。破滅など気にせぬ! 故に不死魔王! それが我輩よ!」

「それはごか……」

「それに、貴様が言うのは未来の話であろう? 我輩は自分の選んだ選択を後悔などせぬ! 破滅するのであれば、それが我輩の天命であっただけのことよ!」

「…………」

 

 どうやら、説得は無理らしい。先に行動を起こしたのは、こちら側である。助言のお陰で助かった人神の味方をするのは当然だろう。

 そして、バーディガーディの言う通り、破滅と言っても未来の話だ。ならば、この男は自分の選択を曲げることはないのだろう。その結末が確かだと理解したとしても。バーディガーディとは、そういう男だ。

 

「御託はこれくらいにしておこうではないか。我輩はやることがあるのだ。さて、リベラルとやら、問わせてもらうぞ」

 

 彼の語りもここまでらしい。ある程度の状況を把握出来たが、肝心なところはまだ把握出来ていない。

 この問い掛けで、ハッキリするだろう。

 

「黄金に輝く鎧はどこにある? 我輩にはそれが必要なのだ」

「――――」

 

 彼の問い掛けに、やはり狙いは『闘神鎧』かと、状況を確認していく。となれば、『闘神鎧』が奪われればどうなってしまうのかに想像は難しくない。

 リベラルは沈黙で返し、ユラリと立ち上がった。

 

「ふむ…やはり渡す気はないか。我輩は戦うのはあまり好きではないのだがな…仕方あるまい」

 

 バーディガーディを視界から外さず、リベラルは両者の位置を確認する。先ほど投げ飛ばされてしまったため、家から距離を離されてしまった。

 それどころか、中間地点にバーディガーディが位置している。彼を無視して家の中に入るのは無理だろう。

 つまり、何の準備も無しで『不死魔王』バーディガーディをどうにかしなくてはならない。

 

(レッドドラゴンたちを利用するのは……無理ですね)

 

 サレヤクトの施した縄張りの外へと出ていき、レッドドラゴンたちにバーディガーディを襲わせることが出来ないかと考える。しかし、それでは自分も被害を受ける上、彼が無視して『闘神鎧』を探すかも知れないので、すぐにその考えを却下した。

 

 気が付けば、王手を取られていたのだ。

 ここから搦め手などで、状況を覆すことは出来ない。まずは、目の前の王手をどうにかしなければならないだろう。

 故に、必要となるのは知略でも奇策でもない。

 

 ――目の前の敵を叩き潰す力だ。

 

 

「長々と語っておきながら何だが、我輩には時間がないのだ…不死たる我が時間に追われるとは、何とも皮肉なことであるがな」

 

 バーディガーディは構える。

 当然ながら、リベラルと戦う気だ。

 詳しい経緯は分からないが、ヒトガミの使徒であることは明らかである。

 

 彼女としても『闘神鎧』を盗まれる訳にいかないので、逃げ出すという選択肢は存在しなかった。ここで負けてしまえば、歴史を繰り返すことになってしまうのだ。

 

 ――父親(ラプラス)を、殺させはしない。

 

 静かな闘志を瞳に宿らせ、リベラルも構えた。

 

「――――」

「――――」

 

 互いに沈黙し、出方を伺う。

 

 リベラルは彼の実力を…体質を知っている。剣王による『光の太刀』以上の威力でないとダメージを通さず、受けたダメージは破片を集めて再生する不死身の肉体を持つのだ。

 今の時代でも、それほどの防御力があるのであれば、生半可な攻撃は通用しないだろう。それどころか、大きな隙を見せてしまうことになる。

 リベラルは、気付かれないようゆっくりと魔力を練り上げ、魔術をすぐに発動出来るようにした。

 

 放つのは土系統中級魔術『岩砲弾(ストーンキャノン)』。

 未来でルーデウスがバーディガーディに放ったのと同じ魔術だ。しかし、状況が違うので、ゆっくりと準備をすることは出来ない。ルーデウスほどの威力を出すことは出来ないだろう。

 だが、魔術の扱いに関しては、ラプラスのお墨付きだ。全力で放てなくても、それなりの威力が期待出来る。

 

「『岩砲弾』!」

 

 瞬間、中空に岩が現れ、射出された。

 凄まじい勢いで放たれた岩砲弾は、身構えていたバーディガーディへと一直線に突き進んでいく。常人には視認することすら困難な速度だ。

 普通ならば防ぐことなど出来ないだろう。普通であったのならば。

 

「むんっ!」

 

 バーディガーディは反応していた。

 

 六本ある内の一本の腕を眼前に掲げ、そこに岩砲弾が命中したのだ。腕は粉砕されたが、それだけである。どうやら、後方へと僅かに受け流されたらしい。

 バーディガーディは破壊された腕のことを気にした様子も見せず、リベラルへと走り出す。

 

「『岩砲弾』!」

 

 更にもう一発放った。だが、それすらも先ほどと同じように一本の腕を犠牲とすることで、直撃を回避される。

 もう、魔術を放つ時間はない。肉薄するバーディガーディを前に、リベラルは体術で対応することを選んだ。

 

「ゆくぞ!」

「っ!」

 

 一手目、右上段から振り下ろされる拳を受け流す。二手目、左上段と左中段から同時に迫る拳を、大きく屈んでかわす。三手目、残り一本の腕は掴もうと伸ばされ、渾身の打撃を持って相殺する。

 全ての腕は振り抜かれ、最初の一合を乗り切った。

 

 凌いだ。

 しかし、そう思った瞬間、リベラルの腹部に拳が突き刺さっていた。

 

「あぐッ、がはッ」

 

 更にもう一発、顔面に凄まじい衝撃が走り、リベラルは鼻血を撒き散らしながら吹っ飛ぶ。

 

「凄まじい魔術であったが、我輩には無駄であったな」

 

 見れば、バーディガーディの腕は既に生えていた。粉砕された筈の二本の腕は、あの僅かな攻防の間に治されていたのだ。

 

「う、ぐぅ……」

 

 幸か不幸か、吹き飛ばされたお陰で、バーディガーディとの距離が出来る。 立ち上がったリベラルは、すぐさま魔力を練り上げ、魔術を発動させた。

 本来であれば、炭化出来る高火力な火系統を使いたかったのだが、ここは山奥である。自然と使える魔術が限定されてるリベラルは、圧縮させた水の中に細かな砂利を混ぜ込み、レーザーのように放った。

 現代知識を用いた、簡易的なウォーターカッターだ。

 

 だが、バーディガーディはそれを避けることもせず、無抵抗で受け入れた。

 

「無駄だ無駄だ!」

 

 命中はした。しかし、薄肌を僅かに傷付けただけであり、彼の進行を止めることは叶わない。威力が足りなかったのだ。

 再び迫り来るバーディガーディに、十分な火力を見込める魔術を、放つ時間がなかった。リベラルはもう一度構え、近接戦闘を挑む。

 

「くっ…!」

「どうした! そんなものか!」

 

 上段から大きく振りかぶられた拳をすり抜けるようにかわし、バーディガーディの腹部にそっと手を置く。そのまま力の流れを変え、合気によって彼を逆に吹き飛ばそうとし、

 

「――ッ!!」

 

 失敗してしまう。

 

 鍛練不足が原因か、満足に力を変えることが出来なかったのだ。ラプラスを相手にしても出来た技は、長らくサボっていたことが原因で、出来なくなっていた。

 リベラルは無防備なまま拳の嵐に晒され、バーディガーディのサンドバックとなってしまう。何度も何度も殴られ、リベラルは防戦一方となった。

 

 

――――

 

 

 それからは、似た展開が続いた。

 十分な時間を掛けずに放つ魔術では、バーディガーディにろくなダメージを与えられない。故に、近接戦でどうにかしなくてはならなかった。

 格闘に関しては、力や速さなどは互角であった。技に関しては上手く出来ずにいたが、それでも両者の間に然程の差はなかった。

 

 だが、互いの実力差は近かったが、手数は違った。

 

 リベラルはバーディガーディとの一度の攻防で、約六手もの攻撃を凌がなければならないのだ。実力が近いが故に、全てを防ぎきることが出来なかった。

 攻防する度に一発、一発とダメージを蓄積させ、リベラルは徐々に追い詰められていく。家の中にある魔道具を使用しようにも、彼とてそれくらいは警戒しているのか、両者の立ち位置が変わることはなかった。

 長らく同じ攻防を続けていたが、リベラルは限界を迎えていく。

 

(ま、不味いです…このままでは…)

 

 焦りが彼女の胸中を埋め尽くす。状況を覆す手が思い付かないのだ。

 格闘では僅かな手数差を埋められない。強力な魔術を放とうにも、その隙を見せてくれない。逃げれば『闘神鎧』が奪われてしまう。

 先手を取られただけで、ここまで追い詰められているのだ。情けない話である。

 

 焦りはそのまま動きに現れ、判断が鈍っていく。判断が鈍っていけば、瞬時の攻防を制することが出来ず、体勢を崩していく。体勢を崩せば、攻撃を避けることが出来ず、体力を削られていく。

 じわりじわりと、一歩ずつ追い詰められる。泥沼に嵌まったかのように、徐々に深みに沈みゆく。

 

(なんで…どうして思い通りに出来ないのですか…!)

 

 両者の間に、地力の差は少なかった。そうでなければ、ここまで長引くことはないだろう。

 確かに手数に差はあったが、リベラルは本来、その差を埋めるだけのものを持っている筈だった。お互いに、戦闘スタイルが違うのだ。

 

 バーディガーディは、その不死身の肉体を生かした強引な戦闘。いわゆる“剛”のタイプである。

 リベラルは、今までに教わった様々な状況に応じた技術を用いた戦闘。いわゆる“柔”のタイプである。

 ここに、決定的な差があった。

 

 今まで鍛練を行わなかったリベラル。

 ずっと研究を行い、からだを動かさなかった結果。

 その因果が、ここにきて顕著になっていた。

 

 

 ――リベラルの技量が、追い付いていない。

 

 

(私がもっと、鍛練をしていれば……)

 

 受け流しに失敗し、血ヘドを溢しながら吹き飛ばされたリベラルは、そこでようやく気付く。

 

(そっか…そういうことですか…)

 

 今までずっと、気になっていたことがあったのだ。それは、ラプラスの元から飛び出してしまった日にあったこと。その日の夢で、見たこと。

 

 人神だ。

 リベラルはずっと、人神が与えた助言について、引っ掛かりを覚えていた。

 何故、リスクを犯して『龍神の神玉』を持つ、己の前に現れたのか。何故、選択肢のない選択肢を与えたのか。何故、態々助言を与えたのか。

 その理由に、ようやく気付いた。

 

(全ては、この日の為ですか……)

 

 リベラルが鍛練をしなくなった原因は何か。

 

 鍛練がキツかったから?

 否。鍛練を課していたのはラプラスである。リベラルの意思で、止めることは出来なかった。

 リベラルが本音を打ち明けたから?

 否。本来であれば、ただ鍛練が嫌だからという理由だけで、何もしなくていいと許可される訳がない。

 

 ならば、何故か。

 そんなの、単純な理由である。

 

 ――人神が夢に現れたと、報告したからだ。

 

 だからこそ、リベラルは『龍神の神玉』だけに集中して、研究することを許された。人神の能力の無効化という、免罪符があったから。

 その結果、リベラルは鍛練から離れてしまった。間抜けにも、そのためだけに人神が現れたとも知らずに。

 

(何故、何故気付けなかったのですか…!)

 

 人神の狙いに気付くことは、不可能ではなかった。未来を知るリベラルであれば、可能だった筈なのだ。

 人神は、無意味な助言をしない。彼の言葉は、必ず布石となって意味を持っていた。

 そして、第二次人魔大戦でのラプラスの結末。その障害に、娘であるリベラルが立つことになるのは、誰にでも分かることだろう。ならば、その障害の力を削ろうとするのは、自明の理。

 もしも、人神が助言などせず、無駄話だけをすれば、その狙いに気付けただろう。もしくは、適当な助言でもされていれば、リベラルは気付けた。

 だが、人神はそのことを悟られないよう、混乱させるためその後に起きることを教えた。その結果、リベラルは狙いに気付くことが出来なかった。

 

(おと、うさま……)

 

 防ぐことも出来ず、顎に拳が突き刺さる。

 

 それがこの結末。

 リベラルは強くならなかったことを死ぬほど後悔し、その意識を手離した。

 

「――安心せよ。ヒトガミから貴様は殺さなくてもいいと言われておる」

 

 最後に、そんな言葉を聞いた気がした。

 

 

――――

 

 

 ザラリとした感触が、頬を撫で上げる。ヌチョヌチョと顔がベタつき、リベラルは不快感から目を覚ます。

 

「グルゥ…」

 

 目の前に、サレヤクトがいた。かの赤竜王は心配そうな瞳を見せ、倒れ伏せていたリベラルを舐め上げていたのだ。

 目を覚ましたリベラルは、目の前にいるサレヤクトを見つめながら、ボンヤリと思う。

 

「私は……?」

 

 何故、私は生きているのか?

 

 そんな疑問が、真っ先に浮かんだ。リベラルはバーディガーディとの戦いに敗北し、意識を失っていたのだ。幼子ですら殺せる無防備な姿を晒していた。

 だというにも関わらず、サレヤクトが現れるまでの間、誰にも危害を加えられていなかった。

 殺せたと言うのに、生かされたのだ。意識を失う前に聞いた言葉は、正にそのままの意味だった。

 

「ま、さか……っ!!」

 

 中身が日本人であるリベラルにとって、本来ならば『情けを掛けられる』という状況を、喜ぶ人間であった。生きてるだけマシだという、単純な意見だ。

 だが、この時ばかりは、生きてることを喜ぶことが出来なかった。

 

 

「――ふざけるなぁ!!」

 

 

 胸中を埋め尽くすは、身を焼き焦がす怒り。煮えたぎる憎悪。即ち屈辱だ。

 舐められているのだ、リベラルは。生かされてしまった、幾つもの答えが浮かび上がる。至極単純な理由だ。

 

 “いつでも始末出来る”。

 “駒として利用する”。

 “敵になり得ない ”。

 

 そのことを思い、堪えきれぬ憤怒に包まれる。

 

(私を生かしたこと…必ず後悔させてやる…)

 

 許せる訳がないだろう。どうして、人神はここまで人を怒らせられるのだろう。

 

「グゥ…」

 

 怒りに滾るリベラルであったが、しかし、隣にいるサレヤクトの鳴き声のような唸りを聞き、意識を傾ける。

 そして、そう言えばと思い出した。

 

「……ラプラス様は?」

 

 今更ながら、どうしてここにサレヤクトがいるのだという疑問が沸き出ると同時に、ひとつの結末が思い浮かんでしまう。だが、そんなことは決してあり得ないと、言い訳するかのように否定する。

 

(いえ…バーディガーディは私との戦闘でそれなりに消耗した筈です…『闘神鎧』を着用されたとしても、お父様が負けるわけ…)

 

 しかし、現実が変わることはない。サレヤクトは小さく首を横に振り、ラプラスが負けたという事実を悲しそうに伝えた。

 

(そんな……)

 

 足元から力が抜けていくような感覚がした。目の前に広がる光景が視界に入っているはずなのに、上手く思考することが出来ない。頭の中が真っ白になる。

 

 ラプラスは負けたのだ。

 リベラルが原因で。

 

「あ、あぁ……ああっ……ご、ごめ、ごめんなさ、ぁあ、ぅあああ……っ」

 

 口を突いて出たのは、ラプラスへの謝罪の言葉だった。嗚咽まじりに、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。

 なんて愚かな娘だろう。なんて不甲斐ない娘だろう。荒れ狂う感情の嵐で、先程までの怒りも相俟って、何がなんだかわからなくなってしまう。

 

「お父様…お父様ぁ……」

 

 ただ、龍鳴山にひとつの嗚咽を響かせた。




Q.バーディガーディが龍鳴山を掘って進んだってどゆこと?
A.他にいい案が思い付きませんでした。ヒトガミが助言しながら家に進んだと思って下さい。

Q.何でリベラルが『龍神の神玉』で人神の能力を無効化したのに、この結末を見通されてるの?
A.独自設定になってしまうのですが、人神はリベラルが『龍神の神玉』の能力を確立させてない未来も見てます。要は、別の可能性の未来を見た結果、鍛練してなければバーディガーディに勝つことが出来ないと知りました。

Q.そもそも、何でよわっちいリベラルに自宅警備員させてるの?
A.リベラルはよわっちいので、龍鳴山から降りることすら出来ません。なので、あれこれ理由をつけましたが、警備員をしてもらうしかなかったのです。戦争に連れてくなんてもっての他ですよ!


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14話 『覚悟と決意』

前回のあらすじ。

リベラル「闘神鎧が欲しければ――我が屍を越えて行け!!」
バーディ「うはっ、リベラルYOEEEE!完全にただのサンドバックだわwwww」
ヒトガミ「雑魚だし、リベラルちゃんは生かしてても問題なし」

今回でこの章は終わりとなります。次回からは一気に時間が飛び、甲龍歴に突入します。ラプラス戦役の話とかも考えてましたが、冗長になりそうだったのと、別にちょくちょく触れていく予定があったので全カットです。
まあ、想像にお任せしますって奴ですね。


 

 

 

 どれほど長い間、そうしていたのか。リベラルはずっと、無為に時間を浪費して過ごしていた。

 何もやる気が起きないのだ。人神への怒りは何処へいったのか、何をすることもなく龍鳴山で過ごしていた。

 

 胸にポッカリと穴が空いていた。

 気が付けば、独りになってしまったのだ。

 ロステリーナもいなくなって、ラプラスもいなくなって。そしてその原因が、自分にあって。

 今まで過ごした家族との一時を思い出し、悲しみに明け暮れる。

 

(私はまた、失ってしまったのですか…)

 

 胸中にその思いが渦巻き、心が折れた。無力感だ。己は何をしても、成し遂げられない。やるだけ無駄。あまりにも弱い。どうしてこうなってしまったのか。寂しい。悲しい。辛い。

 

 ラプラスが第二次人魔大戦で敗北することは知っていた。なら、もっとやりようがあったのではないのか。

 そもそもな話、無理矢理にでもラプラスを戦争に行かせなければ、こんなことにはならなかっただろう。今にして思えば、戦争が起きたのはラプラスを始末するための罠だったようにも思える。

 そう、そのことにも気付けた筈なのだ。なのに、リベラルは龍鳴山でのんびりと父親の帰りを待っているだけだった。未来のことよりも、現在のことを優先すべきだった。

 

 

 ――お父様(ラプラス)はずっと戦っていたのに。

 

 

「……もう嫌だ…嫌です…」

 

 己の情けなさに、間抜けさに失望する。ラプラスが戦っている間、のうのうと過ごして。その結果が、これだ。馬鹿過ぎて言葉も出ない。

 

 ラプラスは使命に生きていた。

 元々リベラルを生み出したのも、保険のためだったかも知れない。いや、実際に保険だったのだろう。彼が死んだ時のための、『魔龍王』の後継者である。

 最初は厳しかった。延々と鍛練を要求されて、ずっと痛め付けられた。そのことは、今でも嫌である。リベラルはラプラスと過ごすのに、そのような殺伐とした関係を求めていない。もっと気楽で、楽しく温かい関係を望んでいたのだから。

 でも、愛情を見せてくれた。呪いを抑える腕輪を作ってくれたし、鍛練が嫌だという要求も聞き入れてくれた。

 家から出ていく時はちゃんと「いってくる」と言ってくれたし、帰ってきた時には「ただいま」と言ってくれた。

 家族として、リベラルは受け入れられていた。帰る場所と認識してくれていた。

 

 不器用なだけだった。

 ラプラスは確かに父親であった。

 

 ロステリーナは拾われた身であるが、家族のような存在である。リベラルに変わって家事などを行ない、皆の負担を減らしてくれた。

 呪いが原因で避けられたりした時期もあったけれど、解消してからは妹のようになついてくれた。癒しの存在だ。

 更には、ラプラスと和解するための切っ掛けを与えてくれた。簡単なようで難しい一歩を、踏み出させてくれた。

 

 リベラルであれば、ロステリーナの封印を解き、再び共に暮らすことも出来るだろう。けれど、それは駄目だ。

 ロステリーナは己の意思で、ラプラスと共に未来で戦うことを望んでいた。それなのに、一体どの面を下げて向き合えというのだ。

 リベラルが原因で、ラプラスは魂を真っ二つにされたのだ。のうのうと自分だけが生き延びて、「ラプラス様はいませんが、一緒に戦いましょう」などと言える訳がない。

 

 それに、だ。『ラプラスが第二次人魔大戦で敗北する』という運命を、覆せなかったのだ。ひとつの結末に、収束してしまった。

 多少の差異はあれど、これから先は己の知る歴史を辿ることになるだろう。ならば、父親の死を無駄にする訳にいかないのだ。

 

 人神に勝つためにも。

 己の目的のためにも。

 ロステリーナを見殺しにしなくてはならない。

 

(何で私は…こんなにも無力なのですか……っ!)

 

 手の届く範囲にいる、大切な人を救うことすら出来なかった。

 今すぐ封印を解き、共に過ごしたい。話したい。分かち合いたい。なのに、それをすることが出来ない。

 

 それは何故か?

 リベラルが負けたからだ。

 鍛練をしたくないと言ってしまったからだ。

 

「うぅ……何で、私はあの時、我が儘を言ってしまったのですか……いずれ戦うことを知っていたのに…どうして…ああぁぁ……!!」

 

 ずっと同じ自問自答を繰り返す。同じ後悔を繰り返す。意味のない行為だけれど、リベラルにはそうすることしか出来なかった。

 

 不意に、リベラルは外に目を向ける。彼女はとある気配を感じていた。長い間家の中に閉じ籠ってしまったが、まだリベラルの元には一匹だけ残っているのだ。

 かの赤竜王は狩りから帰ってきたのか、大きな獲物を掴んで家の前に降り立ったのである。

 リベラルは飛ぶように部屋から出ていき、サレヤクトを出迎えた。

 

「サレヤクト様!」

 

 返り血で汚れていることも気にせず、リベラルはサレヤクトに飛び付く。

 血でベタベタとし、鱗でゴツゴツした触り心地であったが、気にせず抱きついていた。

 

「サレヤクト様、サレヤクト様!」

 

 リベラルはまだ独りではないのだ。今までの時間を共に過ごした、家族とも言える存在がいる。

 ラプラスの相棒である古竜だ。彼だけは、死ぬこともなく生き延びてくれた。

 同じ気持ちを分かち合える、唯一の存在。独りになったリベラルを受け入れてくれる、心の拠り所だ。

 

「もう同じことは繰り返しませんから…サレヤクトだけは、どこにも行かないで下さいね…」

 

 嬉しそうに抱きつくリベラル。けれど、彼女は気付かなかった。サレヤクトの瞳が冷ややかになっていたことに。

 

 サレヤクトは『赤竜王』である。気高き赤竜の頂点に立つもの。最初の頃は違ったかも知れないが、ラプラスとは対等であり、互いに信頼して背中を任せていた。

 そんな彼の娘だからこそ、今の今までリベラルから離れずにいた。ラプラスと同じ、気高き戦士であると思っていたから。

 故に、サレヤクトは思ったのだ。いつまでも悲観し、閉じ籠っているリベラルに。

 

 

 ――この雌は何故戦わないのだ?

 

 

 サレヤクトは当然ながら、ラプラスの使命を知っている。確かに彼はドラゴンだが、人の言葉を理解出来るのだから。人神と長年戦ってきたのだから。

 しかし、サレヤクトだけでは人神を倒せないことも事実。そもそもな話、人神の元に辿り着くことすら出来やしない。

 

 サレヤクトは待っていた。共に戦い、ラプラスの意思を受け継ぐのを。使命を引き継ぐのを。

 だが、リベラルは何故か戦おうとせず、同じ問答を繰り返しているだけだ。そのくせ、サレヤクトに鬱陶しいほどベタベタと引っ付いて、施しを受けているだけ。

 

 失望。

 それが、サレヤクトの抱いた気持ちである。

 

 リベラルは既に大人となり、一人で生きていくだけの力はある。なのに、今回もこうして仕留めた獲物を持ち帰り、何もしていない《ニート》の食い扶持を渡しているだけだ。うんざりである。

 サレヤクトは、彼女のペットでも家来でもない。共に戦う日を待ち続けていたが、心折れた者の介護をする気などない。

 

 リベラルが戦わないのであれば、サレヤクトは独りでも戦い続けるのみだ。

 

 ラプラスならば、きっと戻ってくるだろう。あの男はそう簡単には死なない。長年の付き合いだ。そのくらいは分かる。

 ならば、来るべき日に備え、力を付けなくてはならない。いつまでもこの地で、燻り続けてる訳にいかないのだ。

 

 

――――

 

 

 サレヤクトが帰って来なくなった。

 

 

(そんな…まさかサレヤクト様まで…?)

 

 何ヵ月も、何年も待ち続けていたのに、一切帰ってこない。いつもならば、数日で帰ってくるのに。

 リベラルは呆然自失となる。訳が分からなくなった。どうしてこんなことになっているのか。

 

(何で……)

 

 かろうじて繋ぎ止められていた心が、完膚なきまで叩き折られてしまう。心の拠り所になっていた、サレヤクトまでいなくなってしまい、支えがなくなり崩れ去った。未来でサレヤクトが死んでしまうのか分からないので、本当に亡くなったのかも判別がつかない。

 ただ、ひとつだけ分かったことがある。リベラルはこれで孤独となったのだ。もう、彼女の周りにかつての家族たちはいない。

 

 今度こそ、独りだ。

 

(何で、こんなことに)

 

 大したことは望んでなかった。

 平凡でもよかった。

 裕福じゃなくてもいい。

 貧民でもいい。

 

 一日一日を精一杯に生きて。

 大切な人と語り合って。

 一緒に過ごしたりして。

 

 

 ――そんな幸せでよかった。

 

 

(私はただ、それだけでよかったのに……)

 

 気が付けば終わっていた。

 訪れることもなく、儚い夢となって。

 ただそれだけの願いも叶わなかった。

 

(もう、やだ……何でこんなことに……)

 

 心折れたリベラルは、ずっと同じ問答しか繰り返せない。そして、そのことを指摘し、支えてくれる者もいない。だって、彼女は独りになったのだから。

 毎日毎日泣き叫んでは後悔し、過去の幸せに追い縋って夢を見る。有り余った時間を無為に過ごし、リベラルは後悔し続けた。

 己がバーディガーディに敗北した日を思い出しては、どうして強くならなかったのだと吐瀉物を撒き散らして。人神の狙いに気付かなかった自分が情けなくて。

 

 それだから、サレヤクトに見放されたとも気付かずに。ずっと、ずっと……。

 

 

――――

 

 

 何年か、何十年か、はたまた何百年か。リベラルは立ち直れずに過ごしていた。しかし、それも仕方ないだろう。彼女を支えてくれる人も、励ましてくれる人もいないのだから。

 龍鳴山から出ることも出来ないリベラルは、空腹を感じては近場にある山菜を食べたりして、毎日を凌いでいた。

 テーブルの席に着き、リベラルはボーッとしたまま食事を取る。心が折れている筈なのに、それでも死ぬことなく生きている。

 それは、未来に一筋の希望があるからか。それとも、諦めきれぬ思いがあるのか。リベラルは諦めて死ぬことだけは、絶対に受け入れていなかった。

 

 テーブルには3つの皿が置かれ、彼女はそのひとつに座っていた。

 

『……リベラル、野菜しかないじゃないか』

『流石にこれはあんまりだと思います……』

「…はは、申し訳ありませんね。でも、これが私の限界ですよ」

 

 リベラルは赤竜を狩ることも出来なければ、龍鳴山から降りることが出来ない。それに、最近はサレヤクトの施した縄張りの中に、ちょくちょく侵入してくる個体もいるのだ。ご飯が貧しいのは、仕方ないことだ。

 居もしない二人に謝罪しながら、リベラルは目の前の山菜に手をつける。

 

「そんなに文句を言うなら、ラプラス様が取ってきて下さいよ」

『…………』

『…………』

 

 ふたりに言葉はない。けれど、それでもリベラルは構わずに喋り続けた。

 

「大体、淑女である私とロステリーナがいるのに、どうして人神人神とこちらに目を向けてくれないのですか」

『…………』

『…………』

 

 分かっている。目の前に誰もいないことなんて。殻に閉じ籠ってしまった己が、幻を見ているだけだと。

 そのことに気付くには、十分過ぎるだけの時間があった。元々人間であったリベラルには、悠久とも言える時間だ。折れた心を取り戻すだけの時間があった。

 

 カチャカチャとフォークを扱い、リベラルは目の前の食事を食っていく。

 

「……ほんと、現実とは儘ならないですね。私のような凡人には、厳しい世界ですよ。天才が羨ましいですね…」

 

 ふと、リベラルの動きが止まる。

 気配を感じたのだ。バーディガーディが現れた時に似たような感覚だ。赤竜は特に騒いでなどいないが、それでも感じた。

 

「…………」

 

 彼女はそちらに意識を向け、警戒を高めていく。今更人神の使徒がリベラルを始末しに来たとは思えないが、それでも警戒するに越したことはない。

 リベラルはソッと窓から外の様子を伺い、そこにいた人物を目撃する。

 

「――――」

 

 銀色の髪をした男だった。背丈は2メートルを越え、背中には翼がある。他の同族にあったことはないが、その男が龍族であることは明らかだった。

 彼はレッドドラゴンが飛び交う山の中腹に、このような家があることが意外だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

 リベラルはその男を見て、まるで幽鬼のようにフラりフラりと表へと出ていく。

 

 

「――おや、君はここの住居の方かな?」

 

 

 音色、雰囲気、気配、全てが懐かしい感覚だった。些細な違いはあれど、それはリベラルの思い出に残っているものだ。

 

「驚いたね。まさかこのような山奥に住んでる者がいるとは…」

「……立ち話も何ですし、中へどうぞ」

 

 リベラルは彼を家の中へと招き入れ、彼女なりの持て成しを施す。大したものなんてなかったけれど、彼は喜んで受け入れてくれた。

 

 そこで、話を聞く。

 銀髪の男は、世界各地を旅しているようだ。記憶は朧気だったが、膨大な技と、それを何者かに伝えなければならぬという目的だけは覚えていたらしい。そして、世界の各地で己の技術の研鑽と、伝授をしているのだとか。

 どうして自分でも、そんな曖昧な目的を掲げているのか分からないが、使命感が彼を突き動かすらしい。そうしろと、魂が叫ぶのだと言う。

 『七大列強』も作り出し、今のところは順調に事が進んでる、と感じてるらしい。後は、何者かに己の技術を伝えるだけだと。

 

 彼の名を『技神』と言うらしい。

 『七大列強』の第一位である。

 

「――おや、泣いてるのかい?」

 

 

 そして、魔龍王(ラプラス)の成れの果て。

 

 

「いえ…すいません……埃が目に入りまして…」

 

 涙を溢していたリベラルに対し、彼は怪訝そうに首を傾げていた。だけど、こんなの仕方ないだろう。

 まさか、こんな予期せぬタイミングで、彼と会うことになるなんて、思ってもいなかったのだから。

 抑えなくてはならない、この気持ちを。彼の目的のために、邪魔をしてはいけない。

 

「――お父様…」

 

 けれど、知らぬ内に、その思いが溢れ出た。

 ずっと、待っていたのだ。こうして会える日を待ち望んでいた。

 

「ん? お父様?」

「…ああ、いえ、すいません。貴方の雰囲気が私のお父様と似てまして…つい」

「ふむ、そうか…そう言えば、私も君と会うのは初めてじゃないような気がするのだ…もしかして、以前にどこかであったことがあるかな?」

「……それは、気のせいでしょう。私と貴方が会うのは初めての筈です。何せ、私は龍鳴山から降りたのは一度だけですから」

 

 だが、無理やり心を押さえ付ける。彼の邪魔をしてはいけない。余計な足枷となってしまえば、彼の目的は遠退いてしまうのだから。

 必死に己へとそう言い聞かせ、リベラルは涙を溢したまま笑って見せる。けれど、ちょっとくらい我が儘を言ってもいいだろう。

 

「しばらくゆっくりとしていって下さい。大した持て成しは出来ませんが、客人は歓迎です…」

 

 だって、親子なのだから。

 

 

――――

 

 

 それから数日ほど技神は滞在すると、どこかへ去って行った。まだまだ世界の各地を巡るらしい。

 後ろ髪を引かれる思いで、その後ろ姿を見送ったリベラルには、ひとつの思いが芽生えていた。

 

(――…皆、戦っているのですね)

 

 そう、皆戦っていた。

 ラプラスは魂を真っ二つにされながらも、記憶を失いながらも、『技神』として人神と戦い続けている。片割れである『魔神』も、間違いとは言え彼なりの方法で戦うことになる。

 ロステリーナも、未来で戦うために眠りについた。彼女も記憶を失ってしまうが、それでもオルステッドと共に人神と戦うことになる。

 サレヤクトも、きっと人神と戦うために出ていってしまったのだろう。不甲斐ないリベラルに愛想を尽かし、独りでも戦おうとしている。

 

 皆、戦っているのだ。

 リベラル以外の、皆が。

 

(……ああ、そっか。そうですよね)

 

 答えは最初から出ていた。

 泣いて喚いて叫んで、過去の後悔をして。

 昔の幸せに縋り付いていた。

 

(私も、戦わないと…)

 

 壊れてしまったのは、弱かったから。

 リベラルの弱さが招いた結末だ。

 繰り返してはならない。

 

 

 ――強くなるのだ。

 

 

 誰にも負けないように。

 二度と後悔しないように。

 

(お父様…もう、負けませんから…強くなってみせますから…)

 

 弱ければ、全てを失う。

 大切なものも、大事なものも、己の身すらも守れやしない。

 力を求めるのだ。

 

 幸いにも、ここにはラプラスの残した古代龍族の技術がある。以前のように泣き言を言わず、取得しなくてはならない。

 戦え――覚悟を決めるのだ。後悔も悲しみも乗り越え、前に進むのだ。皆の意志を引き継ぎ、己も戦わなくてはならない。

 それが、魔龍王の娘としての責務。受け継がなくてはならない使命だ。

 

 勝つのだ。

 人神に。

 逃げてはならない。

 

(それに、皆が戦ってるのに、私だけ何もしない訳にいきませんよ)

 

 リベラルは立ち上り、かつてラプラスが過ごしていた書斎へと向かった。

 

 

 ――それからの彼女は、顕著になった。家の奥にある書斎を読み漁り、戦う術を身に付けていったのだ。

 以前のように何度も型の動きをなぞり、時には激しく動いて。休む間もなく、力を求めた。

 辛くて苦しくて、もう止めたいと思ってしまった時には、過去の後悔を思い出した。二度と繰り返さないと。歯を食いしばって堪え、ずっと鍛練を続けた。

 そんなリベラルの胸中にある想いはひとつだけ――誰にも負けないように、強くなるのだ。

 何年も、何十年も、何百年も、ずっと続けた。決して止めず、がむしゃらに鍛練を続ける。

 

 リベラルには素質があった。

 強くなる素質だ。

 彼女は魔龍王ラプラスの娘である。

 強くなるのは当然だった。

 

 一通りの技術を身に付けたリベラルは、初めて一匹の赤竜を狩ることに成功する。

 身に宿る龍気は皮膚の硬度を上げ、ドラゴンの厚い鱗を貫く。強大な力を体内に練り込み、ドラゴンを投げ飛ばす。

 決して無傷とはいかなかったけれど、リベラルはようやく一歩前に進むことが出来たのだ。

 

 それからもリベラルは怠けることなく、鍛練を何百年も続けた。どれほどの力を手にしても慢心せず、ひとつひとつこなしていった。

 もうリベラルの周りには誰もいないけれど、それでも彼女は戦い続ける。

 

 過去は壊されてしまったかも知れない。

 けれど、未来があるのだ。

 きっと、笑って過ごせる筈だ。

 その時に後悔しないよう、力をつけるのだ。

 

「私は…もう負けませんから……だから、許して下さいお父様」

 

 気が付けば、リベラルは龍鳴山を降りられるようになっていた。

 数多の赤竜を退けるだけの力を、手にしたのである。

 

「――今度こそ勝ちましょう」

 

 リベラルは前へ進む。

 過去を振り切り、未来へと。

 

 

 

 

 一章 “屍の前で産声をあげる赤子は決意を” 完

 

 

――――

 

 

 私の親はラプラスだ。

 魔龍王ラプラスである。

 

 彼はこの世界において、魂を真っ二つにされたことで魔神と技神と呼ばれる存在になる、キーパーソンだ。

 だが、未来の知識を持っている私は、ラプラスが子供を作っていた事実に困惑していた。

 

 彼は未来に転生するであろう、龍神の息子であるオルステッドに、自身の持つ技術や知識を伝えることを目的としている。

 全てはヒトガミを打倒するために。人神の打倒は、龍族の悲願である。

 奴はたくさんの人々を騙し、己の目的の為に非道な企みをよくしている。

 ヒトガミによる被害者は故郷を失ったり、恋人を失ったり、世界そのものを失ったり、そして…父親を殺されたりしているほどだ。

 人神はたまに被害者面をしているときがあるが、自業自得だろう。

 

 

 話がずれてしまった。

 とにかく、そんなヒトガミを打倒せんとするオルステッドに、龍族の技術と知識を伝えるのがラプラスの役目である。

 そしてそこに、私という存在は必要ない。そもそも彼には、転生法と呼ばれる裏技があるのだ。子孫を残さずとも、生き長らえる手段がある。

 なのに、どうして私を生み出したのやら。なんて深く考えていたが、理由は単純なものだったけど。

 

 保険。

 それが私の存在理由だ。

 

 もしも、なんらかの理由で使命を果たせない時の保険。そんな事態に備えて、私を生み出したらしい。

 実際にラプラスは人魔大戦にて闘神に魂を真っ二つにされてしまった訳なので、その保険には意味があったのだが。

 が、龍神の意思を継いだ私の父親にも、1つの誤算があったわけで。

 

 私だ。

 本来ならば、私はラプラスの娘であるリベラルとして誕生していた筈だった。娘に己の技術と知識を授け、共に人神を倒すために。

 けれど、イレギュラーな存在である私が、本来のリベラルの魂を乗っ取っている。

 とは言え、それはひとまず置いておこう。ラプラスはその事実を受け入れたのだから。リベラルはリベラルだと、言ってくれたのだから。

 

 さて。

 本題だが、私はラプラスの意志を継ぐつもりはない。

 オルステッドは放って置いても、ループの中で育って最強になるし、私から技術を伝える意味などない。既にラプラスの目的は果たされてると言っても、過言ではないだろう。

 人神への対策も、私の中にある『龍神の神玉』によって、既にある程度達成されてると言っても過言ではない。

 継ぐつもりがないと言うよりは、継ぐ意味がないと言うべきか。

 

 人神(ヒトガミ)はオルステッドだけでは、倒せないだろう。奴は曲がりなりにも『神』なのだ。人智を超越した存在だ。

 如何に龍神と人神(じんしん)の血を引くとは言え、彼だけで倒すのは厳しいだろう。神の力にも目覚めていないのだから。

 だから、彼等が必要なのだ。

 

 ルーデウス・グレイラッ卜。

 七星 静香。

 

 きっと二人の存在は、オルステッドの大きな力となることだろう。勿論、私も戦うが、恐らくそれだけでは足りないと思っている。

 これは、一度きりの奇跡だ。これから先、二度と起きることはないだろう。断言出来る。

 それすらも無為にする可能性があることも自覚している。私という特大のイレギュラーが混じり込んだ世界。未来の知識などという、観測者としての記憶を持った奇跡。

 

 けれど、それだけでは足りない。

 足りないから、仕方ないのだ。

 倒せないのであれば、奇跡に価値などないから。

 目的を果たせないのであれば、私の存在など無意味なのだから。

 

 私は動くつもりなどない。

 働きたくないでござる。

 タイトル通り、私は無職でいい。

 無職に転生だ。

 そのスタンスを貫く。

 

 けれど、もし。

 もしも。

 

 甲龍暦417年に転移事件が起きるのであれば――。

 甲龍暦407年に奇跡が誕生するのであれば――。

 

 その時が、物語の始まりだ。

 人神と龍神の長い因縁に決着をつける時。

 

 

 ――そう、だから私は、

 

 

「ルーデウス来たら本気だす」

 

 

 それまで無職だ。




改訂前のと繋げてみました。一応、最初からこの形を考えてましたので、ようやく繋げられたというべきですか。

Q.技神が自宅来たけど、過去の文献読み漁らんかったの?
A.技神は一応、自分のことを客人だと思っているので、家の奥にある本を読み漁るという非常識なことをしません。因みに、自宅に訪れたのは魂に引っ張られてです。無意識の内に、リベラルに会いたがってたのでしょう。


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二章 廻り移ろう運命の路
1話 『世に蔓延る盗賊たち』


前回のあらすじ。

リベラル「ヒトガミ殺す!殺してやるああぁぁぁ!!」
サレヤクト「こんな奴のお守りなどごめんだ」
技神「こわっ、近寄らんとこ」

更新が遅れて申し訳ないです。細かい話の流れを考えるのに手間取ってしまいました。
前回でも話した通り、今回からいきなり甲龍歴に突入です。ラプラス戦役?知らない子ですねぇ。
どうにも私は展開をスムーズに進めていくのが苦手みたいですので、前章のようなゆっくりと展開を進めていくことになりそうですが、暇潰しがてらに見てやってくれると幸いです。


 

 

 

 甲龍歴402年。

 

 時代は変われど、人の本質が変わることはない。人は欲望にまみれている。故に、貧富の差は現れるのだ。上に立つ者は下々の人々から搾取し、犠牲の上に政治とは成り立つ。

 安定はしていても、貧しき人は必ず存在する。そして、そうした貧しき人々は、やがて悪事に手を染め、略奪を行うようになってしまうのだ……。

 

 

――――

 

 

 森の中を、一人の女が駆ける。

 

 ショートに整えられた、緑と銀色のメッシュが特徴的な髪だ。胸は控え目だが、スラリとしたスリムな体型で、駆け抜けるその姿はまるで、豹のようにしなやかである。

 しかし、彼女は後ろを気にする様子を見せながら、時おり視線を後方へと向ける。まるで、何者かから逃げているかのように。

 

「――――ッ!」

 

 が、不意にその脚は止まる。彼女の目の前には、三人の男が進行を邪魔するかのように、立ちはだかっていたのだ。

 鋭い眼光を見せ、彼女は男たちを睨み付ける。

 

「おうおう! こんな森ん中を女一人でいちゃ、危ないぜぇ?」

「へっへっへ! ジャンの言う通りだな。俺達が町まで案内してやろうか?」

「それとも、俺らのアジトにでも来るか?」

 

 下卑た笑いを見せ、そのようなことを宣う男たちに、彼女は「ハッ!」と挑発するように鼻を鳴らす。

 

「残念ですが、貴方がたのような男と私では釣り合いません。退いてください――死にますよ?」

 

 その言葉を聞いた男たちは、顔を怒りで真っ赤にした。

 

「んだとオラァ! 女だから下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」

「俺達をナメてっとぶっ殺すぞオラァ!」

「犯すぞオラァ!」

 

 威嚇するかのように怒声を上げる男たち。だが、女はそれに臆した様子も見せず、腰につけてる剣に手を掛けた。

 男たちもそれに釣られて剣に手を伸ばし、鞘から刃を剥き出しにする。

 

「ほう、やる気ですか…? 後悔しますよ」

「後悔すんのはテメェだよこのクソアマァ!」

「やっぞオラァ!」

「いてまうぞオラァ!」

 

 その叫び声と同時に、女は鞘を抜き去り、男たちへの懐に飛び込む。意表を突いた動きだ。彼らは反応が遅れ、対応に数瞬ほど時間を掛けてしまう。斬り捨てるには、十分過ぎるほどの隙であった。

 驚愕に歪む男たちの顔。勝利を確信した女の表情。そして、剣は振り下ろされ――アッサリと避けられてしまう。

 

「おっと!」

 

 からだを少し横に逸らしたことにより、剣はギリギリを通過していく。男は冷や汗をかきながらも、カウンターに女の腹部に拳をめり込ませ、

 

「ふぐぅ!?」

 

 威力によって軽く宙に浮き上がりながら、押さえの効かぬ重い悲鳴を溢す。女はそのまま地面に崩れ落ちそうになるも、周りにいた二人の男によって後ろから支えられ、無理やり立たされる。

 拳を叩き込んだ男は、コキリと首を鳴らしながら女の顎に手をやり、顔を上げさせた。

 目立った傷痕もなく、十分に整った顔立ちだ。美人と言えるだろう。三白眼であったが、短めな髪とマッチしており、どことなくクールな雰囲気を感じさせる。だが、そんな女が痛みによって表情を僅かに歪ませていたのが、嗜虐心をそそらせた。

 男はニタリとした笑みを浮かべる。

 

「ほう…中々上玉じゃねぇか。緑髪が混じってるのと、おっぱいが小せぇのが気になるが、金にゃなりそうだな…」

 

 マジマジと彼女を観察した男は胸を揉みながらそう呟くと、捕まえてる二人の男に顎でしゃくる。すると、彼らは抵抗する女を縄で拘束し、完全に捕らえてしまった。これでもう、彼女は身動きを取ることを出来ない。

 

「へっへっへ。たっぷり楽しんだ後に、奴隷として変態貴族たちに売っぱらってやるぜ」

「……くっ! 殺せっ!」

「ハッ、殺す訳ねぇだろ? そんなことしたところで、一銭の得にもなりゃしねぇんだからよ」

 

 屈辱や恥辱を受けるくらいならば、死んだ方がマシだと彼女は懇願する。だが、男たちはそれに取り合うこともなく、イヤらしい目付きでからだを見つめていた。

 

「よし、アジトに運ぶか」

「そこでお楽しみといこうぜ」

「ひゃっはー!」

 

 猿轡として彼女の口に、布を巻き付ける。そして、男たちは女を担ぎ上げ、何処かへと運んで行ってしまう。

 

「んんぅー! うぅふー!」

 

 助けを求めるかのように叫び声を上げるも、くぐもった声しか出すことが出来なかった。最早、彼女になすすべなどないのだ。

 馴れているのか、手早く準備を済ませた男たちの姿は、あっという間に森の奥へと消えていく。

 

 

 結局、連れ去られてしまった女――リベラルは、呆気なく盗賊たちに敗北した結果、住処へとお持ち帰りされてしまうのであった。

 

 

――――

 

 

 拘束されたリベラルが運ばれたのは、森の中にひっそりとあった洞窟だ。見張りなのか、武装した者が二人立っていた。男たちは彼らへと親しげに手を上げ、軽い世間話をする。

 

「よお、どうしたんだその女?」

「そりゃ、当然獲物さ。マヌケだったぜ? キリッとした顔で『後悔しますよ』なんて言いやがった癖に、呆気なくこの様よ!」

 

 その時のことを嘲笑しながら、男たちは洞窟の奥へと進んで行く。リベラルは侮辱するなと言いたげに睨み付けていたが、当然ながら誰も怯えたりせず、むしろ活きのいい獲物だと笑って流されてしまう。

 男たちの二人は道の途中で別れ、リベラルを担いだ男だけが更に奥へと進み行く。やがて、牢獄のような鉄格子のある場所に辿り着くと、彼は無造作にリベラルをそこへと投げ捨てた。

 どうやら、他にも捕らわれていた者がいるようで、彼女の視界に裸で横たわる女性が映る。

 

「…………」

 

 慰みものにでもされて、心を閉じてしまったのか、その女性はリベラルに反応を示さず、微動だにしなかった。

 

「へっへっへ! 安心しな! そこにいる女は玩具にし過ぎたせいか、商品としての価値が下がっちまってな。同じヘマをしねぇよう、おめぇさんは優しく扱ってやるぜぇ?」

「…………」

 

 何が面白いのか、楽しそうに彼は語り始める。だが、リベラルは男の話を無視し、倒れ伏せる女性へと顔をずっと向けていた。

 確認していたのだ、この女性が“話に聞いていた”人物であるのかを。

 

「そいつの心配でもしてんのか? まだ死んじゃいねぇよ」

 

 目線を合わせなかったことが気に入らないのか、男はペッと地面に唾を吐き捨てる。それから、上着を脱ぎ始めた。

 

「まあいい。その女よりは優しく扱ってやるからよ。いい鳴き声を上げてくれよぉ?」

「……全く、どうしてこうも外道が多いのでしょうね。この方が生きていたのは良かったですが…無事とは言えませんよ」

「あぁん?」

 

 いきなり何言ってんだテメェ?

 

 そう言葉を発しようとした男であったが、強烈な違和感に口をつぐむ。そして、すぐに異常に気付いた。

 そう、おかしいのだ。リベラルは猿轡をされていた筈なのに、平然と喋っていたのだ。口元を見れば、当然のように猿轡はなかった。

 もしかして、移動中に布が弛んで落ちたのかと男は考えたが、

 

「『光の太刀』」

 

 スルリと、リベラルの拘束が解け、縄が地面に落ちる。

 

 

「――あ?」

 

 

 その事実に、男は間抜けな表情を晒したまま固まってしまう。何が起きたのか、理解を出来てないのだ。

 たかだか拘束を解かれたくらいで大袈裟な、なんて思うかも知れないが、他の者がその光景を目の当たりにしても、彼と同じ様な反応を見せたことだろう。

 

 リベラルはいつの間にか持っていた剣の刃を鞘に戻し、鯉口を切るように「チンッ」と音を鳴らせていた。

 

「お前はもう死んでる……ってやつですよ。これ一度言ってみたかったんですよね」

 

 瞬間、男の上半身が下半身と分断され、地面に落ちる。

 

 彼は何が起きたのか分からぬ呆然とした表情のまま、痛みを感じる間もなく死んだ。

 今し方のリベラルの動きは、洞窟の外であったマヌケ扱いされるようなものではない。視認することすら出来ぬほど、極限まで洗練された一閃であった。

 拘束を解き、男の剣を奪い、斬る。

 それが、今の一瞬で起きた一連の出来事だ。ただ、あまりにも速く、斬られたことにすら気付けなかったのは、男にとって唯一の幸いだろう。

 

 男の死を確認したリベラルは、倒れている女性の元へと歩み、怪我の有無を調べる。

 

「本当に玩具にされていたのですね…助けに来たので安心してください」

 

 女性に怪我自体はほとんどなかったのだが、男たちの体液でからだはベタついていた。リベラルはそのことに顔を顰めながら、魔術でお湯を発生させて、からだを洗い流していく。細かい擦り傷もヒーリングで癒し、全身を綺麗にする。

 それでも女性は虚ろな瞳を見せて反応を示さなかったが、心の問題はリベラルにどうすることも出来ない。出来ることと言えば、精々励ましの言葉を掛けて上げるぐらいだ。

 汚れを洗い流せたリベラルは、着ていた上着を脱ぎ、女性に掛けて上げる。それから外の様子を伺った。

 

「やはり、人助けはするものではありませんね…このような姿を見せられるのは胸糞悪いものです」

 

 周囲に誰もいないことを確認したリベラルは、再び女性へと近付き、懐からひとつの巻物を取り出す。中には魔法陣が書かれていた。

 

「召喚魔法陣です。貴方の村に帰るまでの間ですが、立派な守護魔獣が守ってくれますよ」

 

 広げた巻物をサッと地面に広げ、リベラルは手早く魔力を注いでいく。守護魔獣を召喚するのに大切なのは、イメージである。

 高貴で、忠義心が高くて、強い奴。そして、顔を隠す仮面。清潔感が欲しいので、制服に似た白い衣装を。主を守護するための、大振りのダガー。

 そんな具体的なイメージを抱き、リベラルは更に魔力を込めていく。

 

「龍の盟約に従い出でよ! アル……守護魔獣!」

 

 まばゆい光が、魔法陣から放たれる。だが、召喚を拒否するかのように、光は点滅していた。しかし、リベラルはそれでも構わず魔力を注ぎ込み、強引に呼び寄せていく。

 そして、召喚される。

 そいつは片膝を付き、両手で己の肩を抱くようなポーズで、魔法陣の上に鎮座していた。

 

 ペルギウス第一の下僕、光輝のアルマンフィ。

 それが、召喚された者の名だ。

 

「よく来ましたアルマンフィ様。早速ですが、この女性を守って下さいね」

「き、貴様……リベラルか…!」

「はい、貴方のご主人様のリベラルです。なので、ちゃんと従って下さいね」

「貴様が俺の主だと…? ふざけるな! このアルマンフィはペルギウス様の誇り高き下僕だ! 決して貴様の下僕などではない!」

 

 激昂してリベラルへと殴り掛かろうとするアルマンフィであったが、召喚された際の誓約により、主に危害を加えることを禁じられていた。

 故に、途中で動きが止まり、悔しげにプルプルと拳を震わせるのであった。

 

「まあまあ、終わったらちゃんとペルギウス様の元に返しますから。そこでドットバース様に契約を破壊してもらえばいいでしょう」

「当たり前だ! 貴様の下僕など願い下げだ!」

「嫌われたものですね。では、すぐに終わらせてきますよ」

 

 アルマンフィの怒声などどこ吹く風といった様子で受け流し、リベラルは鉄格子を魔術で破壊する。そして、そのまま外へと出ようとしたのだが、

 

「待て。そう言えば、貴様は何故このような場所にいるのだ?」

 

 後方から聞こえた疑問の言葉に、リベラルは足を止めた。

 

 アルマンフィとしては、不思議だったのだろう。彼は、彼女が強いことを知っているのだ。リベラルは“ラプラス戦役を生き抜いた”人物である。

 かつて、ラプラス戦役で七英雄の一人、ペルギウスを幾度となく助けた上に、“赤竜王を討伐した”猛者だ。更には、龍神ウルペンと共に龍神流を開発している。

 そんな人物が、何をどうすればこのような薄汚い牢獄に捕らえられ、隣で倒れている女のように、賊の慰みものになりそうになっていたのか。

 事の途中で召喚されたアルマンフィに、この状況は意味不明すぎた。

 

「そうですね。強いて言えば、武者修行の一環です」

「武者修行? 貴様がか?」

「ええ、通り掛かった村で盗賊の話を聞きましてね。始末していい手頃な相手なので、鍛練がてらに。ついでに、その村で拐われたお姫様の救出でもしようと思っただけですよ」

 

 なるほど、とアルマンフィは納得する。どうやら、リベラルはわざと捕らえられることによって、救出対象の近くに潜り込んだらしい。

 

 リベラルはどういう訳か、歳を取っていない。ペルギウスと同じ400年を生きてる筈なのに、小皺のひとつもないのだ。中身はババアなのに、見た目は若い。おまけに特徴が人族と大差ない。

 確かに、容姿だけを見れば、騙される者が大半だろう。だからこそ、リベラルが森の中を一人で歩いていれば、賊は勘違いするのだ。カモがネギを背負って来た、と。

 最も、その戦闘能力は恐ろしいものだが。

 

「では、今度こそ行ってきますよ」

 

 そして、リベラルは牢獄の中から出ていった。

 

 

――――

 

 

 アルマンフィに言った通り、リベラルは強くなるために、態々盗賊退治などに精を出していた。普段は自己鍛練によって精進しているのだが、やはり実戦経験も必要と考えてのことだ。

 魔物を相手に経験を積むことが大半だったが、対人経験も必要である。故に、時おり戦争に参加したり、今回のように賊退治を行ったりするのだ。

 

 リベラルは強くなった。

 父親に胸を張って告げれる程に。

 

「ぎゃああ!」

 

 斬り伏せた男を飛び越え、次の相手を探して駆け抜ける。

 

 人を殺めることに抵抗はなくなってしまったが、長い時間を生きたことを考えれば、仕方ないことかも知れない。慣れとは恐ろしいものなのだ。

 だが、今更その程度の些事で、リベラルの意思が揺らぐことはなかった。

 

 二度と後悔しないよう。

 強く、ただ強く。

 戦え、戦うのだ。

 

 しかし、有象無象を幾ら薙ぎ倒したところで、ろくな経験になりやしないだろう。リベラルがここに来たのには、もうひとつ理由があった。

 村で聞いた話では、この盗賊たちに“出来る奴”がいると聞いていたのだ。それも、三大流派の全てを上級まで扱えるのだとか。まさかパウロではないのかと思い、詳しく話を聞けば、知らない人物であったので安心した。

 

 何故、態々盗賊退治などをしてるのか。いくら三大流派を上級まで扱えたところで、リベラルの敵ではないのに。それも、簡単な理由であった。

 魔龍王の目的のひとつ、技術の回収と伝授だ。

 最も、リベラルは伝授などせず、回収だけしかしていないのだが。

 

「チッ…騒がしいと思ったらさっきの女じゃねぇか」

 

 すると、騒ぎを聞き付けたのか、一人の男が顔を赤くしながら現れる。洞窟の外で、リベラルへと腹パンをした男だ。そして、手に持っているのは酒瓶である。

 舌打ちして不機嫌そうであったのは、どうやら酒盛りの邪魔をされたかららしい。だが、酔っているように見えて、意外と隙の少ない立ち姿に、リベラルはもしやと思う。

 

「まさか、貴方が話に聞いていた、三大流派を操る剣士ですか?」

「へっ! だから何だってんだよ。もしかしてビビってんのか?」

「いえいえ、ただの確認ですよ。酔っ払いなど相手になりません」

「チッ…テメェこそその様子だと、捕まったのはわざとのようだが…一人でどうにか出来るとでも思ってるのか? それともあれか? 昔に聞いたことあるんだが、犯されたいがためにわざと俺らのような奴等に捕まる変態がいるって話があったんだが…お前もその口か?」

「私をそのような変態と同じにしないで下さい。ヤっちゃいますよ?」

「俺がヤられんのかよ。やっぱおめぇ変態じゃねぇか」

 

 軽口を叩き合い、互いに挑発し合っていた両者であったが、ピタリと男の動きが止まる。

 見れば、彼の頬に石が掠り、壁に突き刺さっていたのだ。放ったのは勿論、リベラルである。

 

「お喋りは程々にしましょう。さっさと掛かってくるといいですよ」

「上等だこのアマ…ぶっ殺してやるぜ!」

 

 それを開戦の合図とし、男は抜刀して斬り掛かってきた。リベラルはそれを受け止める体勢を見せる。

 

 男は真っ直ぐ駆け、間合いに入った瞬間に、剣を振り下ろした。その斬撃は風切り音すら残さず、男の練度の高さを窺わせる。

 リベラルは半歩後ろに下がるだけでかわすが、二の太刀に鞘が振り下ろされていた。からだを側面に逸らすことによって避け、そのまま後ろへとバックステップする。

 

「今のは『無音の太刀』ですか」

「よく避けたな」

 

 今の攻防で、男がどれほどの研鑽をしてきたのか理解出来るほどに、教科書通りのお手本と言える綺麗な太刀筋であった。

 リベラルは男の技に対し、素直に素晴らしいと評価した。だが、それだけだ。残念ながら、彼女が求めてるのはそのようなものではない。

 

(アレンジもなければ癖もない…基本を大切にするのは立派ですが、新たな技術の切っ掛けにはなりませんね)

 

 彼女が求めていたのは、人によって違うであろう技術の齟齬。癖があれば、技の形は僅かに変化する。十人十色というものだ。何故リベラルがこのような男と戦っているのかも、それを見るためであった。

 尤も、彼は特徴らしい特徴もなく、純粋に綺麗な技を見せてくれたので、何の参考にもならなかったのだが。これでは、新たな派生技を思い付くことすら出来やしない。

 

 リベラルが呑気にそのような考え事をしている間に、男は四つん這いとなり、地を駆けていた。北神流の『四足の型』だ。

 だが、それも先程と同様に、参考にならなかった。良く言えば、綺麗。悪く言えば、変哲もない。という感じである。

 

「おらあぁぁ!」

 

 身体をひねりながら跳躍し、腰の剣で斬りつけると同時に、口に銜えた剣を左手に持ち、逆手で斬りつける。

 それが、『四足の型』から繰り出される攻撃である。しかし、リベラルからすれば、種の割れてる技だ。

 

「素直過ぎますね」

 

 男が身体をひねりながら跳躍したタイミングで、前蹴りを放つ。飛び上がった瞬間に、リベラルの靴底が顔面に命中し、男の首の骨がポッキリと折れた。

 

「闘気を纏う必要すらないとは…鍛練にもなりませんよ」

 

 呆気なく戦闘終了だ。特に何の成果も得られず、リベラルは勝利した。

 

「アルマンフィ様も待っていることですし、手早く片付けますか」

 

 宣言通り、リベラルは洞窟内にいた賊たちを皆殺しにする。誰もが皆、逃げ出す暇もなく倒れていく。洞窟内の掃除が終わると、リベラルはアルマンフィの元へと戻り、捕まっていた女性を保護して外へと向かう。

 道中で特にトラブルが発生することもなく、無事に村へと辿り着いた。リベラルは女性を預け、そして、アルマンフィは恨み言を溢しながら光となって、ペルギウスの元へと帰って行った。

 

 これが、この時代に至るまでにあった、リベラルの一幕である。

 誓いの日を決して忘れることなく、研鑽を積み重ねてここまで歩んできた。

 

 ルーデウスが誕生し、ナナホシが転移してくるまで、後もう少しである。




Q.何かリベラル性格変わってね?
A.この時代に至るまで、何千年も経過しております。そして、その間は強くなるため、基本的に戦いに明け暮れてました。ちょっとくらいキツくなってるのも仕方ないでしょう。

Q.リベラルってラプラス戦役に参加したのかよ。散々改変がどうこうといってロステリーナ放置したのに。
A.参加した理由は次回に説明してもらうのですが、ロステリーナに関してはルーデウスの誕生に大きく関わるので、触れないことにしてます。ラプラス戦役は大丈夫だと根拠でもあったのか、そう判断したのでしょう。


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2話 『甲龍王と名無しの龍』

前回のあらすじ。

盗賊「ひゃっはー!」
リベラル「盗賊死すべし、慈悲はない」
アルマンフィ「私はペルギウス様の下僕だ」

私はどうにも頭が固い人間ですので、一度「これだ!」と思うと、それ以外のことが考えられなくなります。例え、矛盾や穴があろうと、一切気付きません。なので、この作品内でそういった疑問点などがありましたら、ご指摘お願いします。ここらからタグが本領発揮ですので。
……もっとも、矛盾してたり穴があった場合のことを考えてないので、上手く修正出来るか微妙ですけど…。やっぱり、指摘しないで微笑ましく見守って欲しいなぁ、とも思ったり。
…つまり、指摘は私が泣き出さない程度にお願いします(殴


 

 

 

 空中城塞ケイオスブレイカー。

 

 かつてラプラス戦役にて、『甲龍王』ペルギウス・ドーラが、ラプラス本陣に強襲を仕掛けた空飛ぶ城。アスラ王国王城よりも大きく、強固であるこの城は、いつか復活するラプラスを監視するために、世界中の空を旅している。

 リベラルは、そんな城の中の奥、長い廊下の果てにある謁見の間にいた。彼女の周りには、十二人の男女が赤いビロードの絨毯の両脇に立ち、全員が白い服と仮面を被っている。

 そしてその先、玉座のある場所に、一人の男が座っていた。輝かしい銀髪。相手を威圧するような三白眼、金色の瞳。全身から立ち上る王者の気配。

 

 彼こそ三英雄が一人、『甲龍王』ペルギウス・ドーラである。

 

 しかし、ペルギウスは忌々しそうな表情を浮かべ、目の前にいるリベラルを睨み付けていた。周りにいる使い魔たちも、僅かに殺気立っている。

 

「リベラルか。相も変わらず、図々しい奴よ」

「いえいえ、近くに寄りましたので、挨拶に来ただけですよ」

 

 彼女の言葉に、ペルギウスは「ハッ!」と吐き捨てるように笑う。

 

「魔族の血を引く貴様がここにいることが、我には耐え難い事実なのだ。かつての戦友である貴様であれば、我の言うことも分かるであろう」

 

 ペルギウスはラプラス戦役にて、人族側として戦っていた。幾度となく魔族と殺し合いを行ない、彼は数多くの仲間を失っている。長らく戦い続け、魔族の底を知っているのだ。

 端的に言ってしまえば、生理的に受け付けないのである。魔族が嫌いで、醜くて、卑しくて、仲間たちの仇で。魔族との長い戦いを続けていたペルギウスは、魔族を拒絶していた。

 魔族を受け入れるには、争いの時間が長く、失ったものが多すぎたのである。

 

「戦友の貴様であるからこそ、我は堪えているのだ」

「ご配慮、心痛みます」

「……フン」

 

 面白くなさそうにそっぽ向くペルギウスに、リベラルもやれやれと言いたげな仕草を見せる。

 

 リベラルはラプラス戦役に参加していた。

 死ぬ危険や未来が変化してしまうリスクを背負ってまで、参加したのには様々な理由があるが、“ペルギウスと仲良くする”と言うのが目的のひとつであった。

 ラプラスを封印した三英雄の一人、ペルギウスはこの時代では有名人だ。そんな男とあらかじめ友好関係を築いていれば、何かと便利なのだ。その他にも、世界中の空を旅しているケィオスブレイカーは、いずれ復活する『魔神』ラプラスとの決戦に横槍を入れやすくなる。

 

「とは言え、生まれだけはどうすることも出来ませんよ」

 

 自身が与える、歴史への影響力を調べる必要もあった。

 人神がルーデウスに言っていたことなのだが、この世には“運命の強さ”という不確かなものがあるのだ。

 運命の強さとは、世界に与える影響力だ。運命が弱ければ、世界どころか、自分の命運すら変えることが出来ない。

 己の行動がどの程度の変化を与えるのか、検証する必要があった。もしも運命が弱ければ、リベラルはリベラルの知る歴史を1つたりとも覆すことが出来ないのだから。ラプラスを失ってしまった時のように。

 だから、その不確かなものを調べるには、大まかな歴史を知っているラプラス戦役に、参加しないという選択肢などなかった。どの程度の行動で、歴史が変化するのか知るのには、丁度いい機会でもあったのだ。

 それに、己がどれほど戦えるようになったかも知ることが出来る。もう二度と負けないと誓ったリベラルが、どれほど強くなったのかを。それも、重要なことであった。

 

 他にも“ナナホシとの関係”も理由に上がる。

 この世界にやって来る七星 静香は、元の世界に帰還するために異世界転移の研究を行う。その際に、彼女はこのケィオスブレイカー内で暮らすことになるのだ。

 リベラルは、ナナホシとどうしても必要最低限の友好関係を、築いておきたかった。そのためには、魔族嫌いであるペルギウスとの関係が必要となる。故に、魔族の混血であるリベラルが彼と仲良くなるには、戦争に参加するのが一番の有効手段であった。

 共に死線を潜り抜ければ、嫌でも心を許すものだ。幸いにも、龍神ウルペンは龍族の悲願を知っていたので、彼に協力してもらい、仲良くなれた。

 

「それと、勝手に光輝のアルマンフィ様を召喚し、契約を結んだことへの謝罪を」

「貴様は悪いと思っていながらも、召喚したのか」

「ええ、まあ、それだけアルマンフィ様が優秀と言うことですよ。彼以外の存在なんて思い付かないです」

「我にそのように宣うのは貴様だけだな、リベラル」

「貴方だからこその台詞ですよ、ペルギウス様」

 

 挑発とも思えるやり取りにより、互いに剣呑とした雰囲気が晒される。

 

「昔から変わらず生意気な奴よ」

「貴方は随分と老けてしまいましたね。昔はもっとイケメンで、小生意気な感じでしたのに」

「そういう貴様は、一向に姿が変わらんな。それも魔族の血であろう」

「いえいえ、淑女の嗜みですよ」

「淑女とは呼ぶには、その手は汚れすぎておるがな」

 

 だが、どちらともなく笑い出し、一触即発の空気から和んだものへと変化した。

 ペルギウスはリベラルの魔の部分は嫌いだが、リベラル本人は嫌いではないのだ。昔から命を助けられたりしたからこそ、このような軽口を互いに叩き合うのであった。

 それは、信頼の証拠でもある。

 

「それで結局なところ、リベラルは何をしに訪れたのだ? まさか、本当に挨拶をしに来ただけではあるまいな?」

「いえ、挨拶と謝罪だけですよ?」

「……何?」

「いやいや、何ですかその反応は。友人が遊びに来てはいけないのですか」

 

 リベラルの返答に、ペルギウスは目を丸くし、再び笑うのだが、

 

「……構わぬさ。リベラルは我に残された、戦友の一人なのだからな」

 

 寂しそうに、ポツリとそう呟くのであった。

 ラプラス戦役にて、ペルギウスの友は数多くが亡くなった。無論、生き延びた者も多数いるが、そこから現在も生きている者はほとんどいない。

 龍神ウルペンは人族の血が濃かったためか、寿命で亡くなった。北神カールマン・ライバックも、王竜王に挑んで戦死した。

 ペルギウスにとって、リベラルは昔のことを語らえる、唯一の友でもあるのだ。歓迎はすれど、無下に扱う道理はない。

 

「では、ゆるりと過ごすがいい。我が友よ」

 

 こうして、ペルギウスとの謁見は終了した。

 

 

――――

 

 

「……ふぅ」

 

 リベラルは城塞から見える庭を見下ろしながら、一息吐いた。ペルギウスの魔族嫌いはともかく、ラプラスへの執着を考えれば、ラプラスの娘である私とよく友でいてくれるな、と感じるのだ。

 当然ながら、ペルギウスがそのことを知らないなんてことはない。隠していたところでいずれバレると思っていたので、ずっと昔にそのことは告白してるのだ。告げた時は、ウルペンの陰に隠れながらであったが。

 しかし、その事実を打ち明けたからこそ、ペルギウスは許してくれているのかも知れない。

 

「おや、溜め息など溢されてどうなさいましたかリベラル様」

 

 背後から聞こえた声に、リベラルは後ろを振り返る。

 そこには、白髪に近いブロンドを肩口までたらし、顔には白い鳥の仮面をつけた女性が佇んでいた。法衣のような純白の衣装を身にまとい、その背中には漆黒の翼があった。

 天人族である彼女は、ペルギウスの第一の僕、空虚のシルヴァリルだ。

 

「ああ、シルヴァリル様。どうにもこうにも、昔のことを思い出していただけですよ」

「昔のことをですか」

「ええ、ラプラス戦役のことをですよ」

 

 シルヴァリルはペルギウスに創り出された精霊ではなく、ラプラス戦役にてペルギウスに助けられた天人族の女性だ。故に、シルヴァリルにとって、その当時の話は苦い思い出が沢山である。

 

「ここに来ると、その時のことをよく思い出します。ペルギウス様は今でこそ威厳たっぷりですが、あの頃は小生意気な若造でよく負けていたなー、てことを」

「……もっと別の思いを抱いて欲しいのですが」

「何を言ってるのですか。昔はウルペン様の後ろに隠れてたようなガキだったのに、今では歴史に名を残す英雄になってるのですよ? そりゃあもう、当時を知る私としては感慨無量ですよ」

「そうですか…」

 

 シルヴァリルがペルギウスに助け出されたのは、彼がもっと逞しくなった頃なので、貶すような話はあまり面白くないのだろう。話しているのが、女であるリベラルだからこそかも知れないが。嫉妬の可能性もある。

 シルヴァリルがペルギウスに、どのような感情を抱いてるのかは本人にしか分からないだろうが、少なからず尊敬以上の好意を持ってることは確かだ。

 己が一番という自負を持ち、ある程度の好意を抱いているのに、自分の知らぬペルギウスの顔を語られてはつまらないものだ。

 リベラルはそのことを考え、「ふむ」と悩む仕草を見せた。

 

「まあ、昔のことはいいでしょう。大切なのは今ですよ」

「確かに、過去に拘る必要はありませんね。リベラル様の言う通り、大切なのは今です。私は、ペルギウス様の第一の僕なのですから」

 

 ちょっと誇らしげに胸を張るシルヴァリルに、リベラルは「チョロいな」と思ったが、決して口にすることはなかった。

 

「とりあえず、それはさておき」

 

 リベラルは一息置いて、もうすぐでターニングポイントが訪れることを思う。

 

 彼女にとって、ラプラス戦役など前哨戦に過ぎないのだ。全力を尽くすための、準備運動みたいなものだった。

 ルーデウス・グレイラッドが誕生し、転移事件によってナナホシが現れた時、リベラルは本格的に行動を起こすのだ。この時代には、ラプラス戦役ほどの猛者は多くないが、人神と真っ正面からぶつかりあうことになる。

 

 バーディガーディに敗北した日以来、リベラルはヒトガミの攻撃を一度も受けていない。それが何故なのかリベラルは何度も考えたのだが、理由など分かる筈もなかった。

 何の目的を持ってリベラルを生かしているのか不明だが、転移事件によってヒトガミの視る未来が大幅に変わることとなる。未来が改変されれば、リベラルの行動も変化するだろう。

 そうなれば、リベラルはヒトガミの攻撃を受けても不思議ではない。ヒトガミが干渉をしてこないのも、もしかしたらそれが理由なのかも知れない。

 

「私はそう長く生きられないかも知れませんから、貴方だけはちゃんとペルギウス様のことを見て上げて下さいね」

「リベラル様? 何を……」

「もうすぐで転換期ですからね。私はそこを乗り切れるかどうかが微妙でして」

「……?」

「とにかく、シルヴァリル様はペルギウス様を支えて下さいってことです」

 

 何を言ってるのかよく分からない。

 

 そう言いたげなシルヴァリルであったが、リベラルはそれ以上何かを話そうともしない。なので、素直に諦めようとしたのだが、

 

 

「貴様のそういうところ、我は気に食わんな」

 

 

 背後から聞こえた声に、シルヴァリルは一歩後退し、彼の側に控えた。ペルギウスだ。

 彼は不愉快そうな表情を浮かべ、リベラルを睨み付けていた。

 

「リベラル。貴様は昔からずっとそうだ。現在(いま)を見ず、未来しか見ておらぬ。運命などという不確かなものを、信じてな」

「いけませんか?」

「…貴様の目線が苛立たしいのだ。未来も運命も、不確かなものだ。だというにも関わらず、確信して行動しておる。昔からずっとな」

 

 その瞳は、憎々しげであった。

 リベラルの見ているものは、当時の戦友たちと何もかもが違ったのだ。彼女は、未来しか見ていない。過去を嘲り、現在を貶める考えだ。

 行動によって未来を作り出すのではなく、未来に起きることに合わせて行動しているのだ。

 昔も、今も、己の意思を持って生きるペルギウスにとって、それは許せないものだった。

 

「今が未来を作るのだ。未来は定められてなどおらぬ」

「そうかも知れませんが、それはペルギウス様の願望ではありませんか?」

「己の意思で選んだ選択が、全て予定調和であるなどあり得ん。未来とは作るものだ。断じて作られてるものではない」

「……まあ、私もそこまでは思ってませんよ。それこそクソ食らえ(・・・・・)です。確かに私の見ているものはおかしいでしょうが、全ては未来を己の手で作り出すためですよ」

 

 リベラルの言葉に、ペルギウスはつまらなさそうに明後日の方に顔を向ける。

 

「ならば、その目を止めよ。現在(いま)のことなどどうでといいと言わんばかりの、その目をな」

 

 ペルギウスの言う通り、リベラルは現在のことを軽視していた。当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが、彼女は未来を知っており、それを元に行動を起こしているのだ。

 更には、ルーデウスやナナホシが現れたら本気を出すなどと考えており、そのために今までずっと力を付けてきたと言っても過言ではない。

 ペルギウスもラプラス戦役も、眼中にない。そんなふざけた考えをしていれば、彼が苛立つのも当然だろう。

 

「…………」

 

 何も反論することが出来ず、リベラルは無言となる。その様子にペルギウスは「ふん」と鼻を鳴らすと、踵を返して背を向けた。

 

「我はラプラスのことを決して許すつもりなどないが、貴様のその姿勢も同じくらい許せんぞ」

「……それは、貴方にかなりの恨みを向けられてるみたいですね…」

「当然であろう」

「…………」

 

 そのまま立ち去っていく二人の姿を見送り、リベラルは再び庭を見下ろす。

 

「……はぁ…だからと言って、際限なく好き勝手しては、勝てる戦いも勝てなくなるのですよ…」

 

 ペルギウスの言い分はもっともで、どうしてそんなことを愚痴るのかも理解している。だが、リベラルが頼れるのは、頭に刻み込んだ未来の歴史なのだ。

 彼女としては、転移事件が起きれば、歴史を大きく改竄したところで構いやしない。むしろ、望むところである。

 オルステッドがループさえしていれば、彼の方が未来の歴史について詳しいのだから。最悪でも、リベラルは転移事件によって発生する、オルステッドの知識の埋め合わせで問題はない。

 

 だが、もしも。

 転移事件すら起きなければ。ルーデウスが誕生しなければ。オルステッドがループしていなければ。

 そんなもの、完全に詰みである。

 

「それこそ、強くなった意味がなくなるのですよ」

 

 とは言え、リベラルはその可能性はほとんどないと考えていた。

 忘れそうになるが、前世では一応ながら、時空間についての研究をしていた身である。それなりの確信を持っていた。

 

「しかし…ラプラス様と同じほど恨まれてるとは、あまり笑えませんね」

 

 ペルギウスが魔族嫌いになったのは長い争いが原因なのだが、それよりも魔神ラプラスの存在が大きいのだ。

 魔神ラプラスは技神ラプラスと同様、使命と記憶を失ったが、『人』への憎しみだけは忘れなかった。それこそが、ラプラス戦役の原因だ。

 ラプラスは『人』――人神に全てを奪われた。それこそ、心も完膚なきまで破壊された。ラプラスは感情すら奪われたが、それでも残っていたものがあった。

 

 『憎悪』だ。

 勇気も、優しさも、慈しみも、全ての心が削ぎ落とされた、純粋なる憎しみ。

 

 心を失ったラプラスは、『人』を殺さねばならぬという目的のために、あらゆる手段を用いた。以前のような優しさは失われているので、理性という歯止めが存在しなかった。

 ラプラスが人族にした仕打ち。それは、ヒトガミがラプラスにしたことと大差がなかった。本当はヒトガミが姿を変えているのではないかと思うほどに、卑劣で残酷な悪逆非道を尽くしてしまったのだ。

 だからこそ、ペルギウスは魔神ラプラスを、そんな行いに加担した魔族を、憎悪している。ラプラスとリベラルが、ヒトガミを憎悪しているのと、同じほどに。

 

「まあ、どうしようもありませんが…」

 

 リベラルの姿勢に対し、それほどの怒りを持たれているのは由々しき事態だが、どうにか出来る問題でもない。そのことから一度頭を切り離し、この後どうするかを考える。

 

(オルステッド様はどこを彷徨ってるのでしょうか…一度コンタクトを取りたいのですが…)

 

 オルステッドは過去に何度か、ケイオスブレイカーに訪れたことがあるらしいのだが、リベラルがその場に居合わせたことはない。その時のことをペルギウスから話を聞いたので、オルステッドがループをしていると分かっているのだが、本当に本来の歴史通りのオルステッドなのかまでは分からない。

 つまり、ループ開始からどの時点のオルステッドなのかを、リベラルは知りたいのだ。

 実は、前ループがルーデウスと遭遇した後のオルステッドなどという、嬉しい可能性すらあり得るのだから。その辺りのことも、詳しく知りたかった。

 

(ペルギウス様に伝言をしてからは、ケイオスブレイカーに来てないみたいですし…)

 

 会うことが出来ないので、世界中の各地にある、転移魔法陣の遺跡に伝言を刻んでやろうかとも考え、ペルギウスに相談してみたのだが、

 

「禁術となった転移魔法陣に、貴様がいた証拠を残すつもりとは…」

 

 と、呆れた表情を浮かべたり、

 

「愚か者のすることだ」

 

 と、溜め息まじりに告げられたり、

 

「呆れて何も言えんな」

 

 などと、盛大に馬鹿にされた挙げ句、十二の使い魔たちに罵倒までされたのだ。遺跡が取り壊されたら困る、と。こっそり使っているからこそ、誰も文句を言わないが、あまり目立つことをされては、壊されかねないのだ。

 そんなことになれば、やがて訪れるラプラスの復活時に、活用出来ねぇじゃねぇかボケェ! と言うことである。

 リベラルが原因で、本当に遺跡が破壊されては堪らないので、結局諦めてしまった。

 

 最終的に出た結論が、「気長に待てばよかろう」である。ペルギウスもまた、長寿な種族だ。一秒の価値が、低すぎるのだった。

 

(これだからボッチは……どこをほっつき歩いてるのやら)

 

 もしもオルステッドに仲間でもいれば、既にコンタクトを取って行動を共にすることも出来ただろう。だが、オルステッドに仲間などいない。常に一人旅である。孤独な男なのだ。呪いが原因だけど。

 お陰さまで、動向が全く掴めない。

 

(これも全て人神のせいだと思っておきましょう。人神がいるから、こんな些細なことで躓いてるのですよ)

 

 たった一人の人物を探して、世界中を巡ったところで時間の無駄になることなど目に見えている。なので、こうしてケイオスブレイカーに立ち寄る頻度を増やしているが、一向に現れてくれないのだ。

 

「ハァ……」

 

 再度溜め息を溢し、ボーッと雲を眺めた。「この空の続く下で、きっと生きている」などと馬鹿なことを思いながら、いずれ出会える日を夢見て。

 

「……よしっ」

 

 それから、ポエムな気持ちを振り払い、考えを纏めたリベラルは、

 

「ブエナ村にでも行きますか」

 

 もうすぐで誕生するであろうルーデウスへと、会いに行くことにした。




Q.別にペルギウスと仲良くしなくても、ナナホシと仲良くなれるのでは?
A.保険です。ナナホシはサイレントとして、ラノア大学に在籍するのは数年だけなので、会うことなくケイオスブレイカーに引っ越しされた時のためです。

Q.オルステッドにそんなに会いたいなら、遺跡じゃなくてそこら中の街全てに伝言でも書けばいいじゃん。
A.リベラルはラプラス戦役に参加しましたが、名前は広まらないようにしてます。ラプラスの娘ですので、広まり過ぎると不都合があるので。なので、念のためですがあまり名前を広めたくないのです。


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3話 『間抜けだけど間抜けじゃない』

前回のあらすじ。

シルヴァリル「私はペルギウス様の下僕です」
ペルギウス「リベラルの姿勢許すまじ」
リベラル「ルーデウスに会いに、ブエナ村に行ってきます」

今回の話を書いてて気付いたんですけど、ロキシーとリベラルって口調が似てたんですよね。字面にしたら、どっちが喋ってるのか物凄く分かりにくかった…。
とは言え、今更どうしようもありません。どうにか描写を詳しく書くことで対処するしかないのだろうか…。あんま自信ないですね…。


 

 

 

 甲龍歴410年。

 ロキシー・ミグルディアは、ブエナ村へと向かっていた。

 

 魔大陸ビエゴヤ地方に存在するミグルド族の女性であり、種族の身体的特徴として全体的に小柄である。トンガリした帽子を被り、水色の髪を三つ編みにし、いかにも魔術師っぽい茶色のローブで身を包んでいた。

 彼女はブエナ村で、魔術の家庭教師を募集していたのを目にし、割が良かったので受けることにした。今はその村へと向かって、歩いている最中だ。

 鞄をひとつと、魔術師っぽい杖を持つロキシーは、傍目から見れば危うい存在だろう。あまりにも無防備に見える。

 だが、彼女はA級冒険者であり、水聖級の魔術師である。その実力は折り紙つきだ。この辺りの魔物が、ロキシーに敵うことはないだろう。

 

「…………」

 

 しかし、熟練の冒険者であるロキシーは、決して油断することなく周囲を警戒し、目的地へと歩き続ける。

 本来であれば、馬車などに乗ってのんびりと向かいたかったのだが、生憎と金銭に余裕がないがために、途中から徒歩で行く羽目になっていた。

 

「……!」

 

 ふと、気配を感じたロキシーは、後ろを振り返った。すると、一台の馬車が街道を走り、彼女の元へと向かって来ていたのである。

 

「……おかしいですね。ブエナ村に向かう予定の馬車は、もうない筈ですが…」

 

 乗合馬車の待合所にて、あらかじめ便を確認していたロキシーは、訝しげに感じた。予定にない馬車の正体は、通りすがりの行商人かも知れないが、ただの賊の可能性もある。

 更に言えば、ロキシーの姿は現代での中学生くらいでしかない。そんな女性の一人旅は、悪人に狙われやすいのだ。ロキシーはいつでも仕掛けられるように身構え、接近してくる馬車へと意識を向ける。

 

 徐々に近付き、御者の姿を視認したロキシーは、更に警戒を高めた。手綱を握る人物がおかしいのである。

 緑と銀色のメッシュの髪を伸ばした女性だ。特に防具を着用しておらず、無骨な茶色のコートを羽織っていた。それだけならばあまり気にしなかったのだが、隙らしい隙を一切感じられなかったのだ。

 例え、ロキシーが唐突に最大火力の魔術を放ったとしても、アッサリと対処されてしまいそうな、そんな予感。何をしても、勝てるイメージが沸かないのだ。

 己よりも強いかも知れない存在が現れては、嫌でも警戒してしまう。

 

「むっ……お一人ですか?」

 

 走行していた馬車は、ロキシーに近付くと速度を緩め、彼女の目の前で停止する。銀緑の女性は笑顔を見せて語りかけるが、三白眼のせいか睨んでいるようにしか見えなかった。

 ロキシーはどう答えるか逡巡し、なるべく相手を刺激しないように努めることにした。

 

「そうですね。この先にあるブエナ村へと、向かってる最中です」

「ほう、奇遇ですね。実は私もこの先にある村へと用がありまして……」

 

 ふむふむと言いたげに頷く女性に、ロキシーは首を傾げる。

 特に悪意を感じられなかったのだ。それに、ロキシーを見る目が、どことなく憧憬を混じらせていた。まるで、キラキラと瞳を輝かせているようである。

 そんな女性の様子に、ロキシーは僅かに警戒心を下げた。

 

「私はリベラル。見ての通り旅人です」

「何が見ての通りなのか分かりませんが……ああ、いえ、申し訳ありません。わたしはロキシー・ミグルディアです」

「……なるほど、ロキシー様ですか。私の記憶が正しければ、確かA級冒険者であり、水聖級魔術師の凄腕ではありませんか?」

「えっ…いえ、それほどでも……」

 

 まさか、いきなりそのように褒められるとは思わず、少しばかり照れてしまうロキシー。

 確かに吟遊詩人によって有名にはなっているが、名前や種族は明らかになっていない。しかし、詩が流行りだした頃に冒険者だったものにとっては、ロキシーの名は有名だった。

 つまり、目の前のリベラルは冒険者である可能性が高く、更にはこんな辺境地でもロキシーの名を知ってる者がいると言うことだ。

 

「んー…折角なので、乗っていきますか? ロキシー様が護衛して下さるのでしたら、私も安心して御者に勤めることが出来ます。勿論、護衛なのでタダですよ。報酬は渡せませんけど」

「しかし…その、わたしよりもあなたの方が強いのでは?」

「何を言ってるのですか。一人よりも二人の方が、安心出来るではありませんか。私も貴方も、女性の一人旅をしているのですよ?」

 

 ふむ、とロキシーは考える。リベラルが悪意を持っていなければ、メリットしかない提案なのだ。

 無料でブエナ村まで行ける上、馬車なので休息することも出来る。一人では襲われやすいし、魔力を消費し過ぎれば無力になってしまうが、二人ならばカバーも出来るだろう。

 それに、僅かとは言えリベラルと言葉を交わしたので、ある程度の人柄も掴めた。この人は、悪人ではないと感じるのだ。

 なので、提案に乗っても問題ないだろうと、ロキシーは判断した。

 

「確かに、一理ありますね。では、失礼します」

「はい。ご乗車ありがとうございます! ブエナ村まで金貨十枚でーす!」

「えっ……まさか、お金を取るのですか?」

「あはは、言ってみただけです。お金なんていりませんよ。冗談です冗談」

 

 じっとりした目で見つめると、リベラルは苦笑いを浮かべて頭を掻く仕草を見せる。ただからかってきただけのようだ。

 この様子なら大丈夫そうだな、とロキシーは再度思い、今度こそ馬車へと乗り込んだ。

 

 

――――

 

 

「ロキシーです。よろしくおねがいします」

「リベラルです。よろしくお願いします」

 

 二人並んで、自己紹介をする。

 そんなロキシーとリベラルの眼前には、三人の男女がいた。

 

 一人は年若い茶髪の男性で、ワガママそうな顔をしている。パウロ・グレイラットだ。

 もう一人も年若くて金髪の女性だが、おしとやかな顔をしている。ゼニス・グレイラットだ。

 そして、二人の息子であろう少年も、茶髪で父親似の顔をしていた。彼こそが、リベラルの待ち望んでいた存在。ルーデウス・グレイラットである。

 

 そんな三人は、びっくりして声も出せない様子で、ロキシーとリベラルを見つめていた。

 

「あ、あ、え、二人…?」

「どういうことなの……」

 

 ゼニスとパウロは何がなんだか分からないと言いたげな表情を浮かべ、二人を見つめたまま微動だにしなかった。その様子に、ロキシーも頭にはてなを浮かべている。自分が魔族だから、驚いてるようにも見えなかったのだ。

 そこに、冷静に状況を見守っていたルーデウスが、一声掛けた。

 

「小さいんですね」

「あなたに言われたくありません」

「3歳児に良さなど分かりやしませんよ」

 

 ロキシーは2つの意味で言い返し、リベラルは胸の小ささなどお前に理解できぬと言い返す。二人とも、何だかんだで気にしていた。

 そんなやり取りを見ていたゼニスとパウロは、ハッとした表情を浮かべ、前に出てきた。

 

 

「あの――家庭教師の応募は一人だけの筈なんですけど……」

 

「えっ」

「あっ」

 

 ゼニスの戸惑いの言葉に、ロキシーとリベラルは顔を見合わせた。二人とも、まさか目的地が同じで、更には目的も同じとは恐ろしい偶然だな、くらいにしか思っていなかったのだ。

 しかし、ロキシーは単純にお金が欲しかったので、ここで不採用などと言われては非常に困る。ある程度の路銀を使い、既に手持ちの余裕はほとんどなかったのだから。

 

「わたしは依頼が受理されたことを確認してから、ブエナ村へと向かったのですが……リベラルさんは?」

「私は依頼を見ただけです。現地で交渉すればいいやと思ってました」

「…………」

「…………」

 

 互いに沈黙。

 リベラルは無言の圧力を掛けてごり押そうとしていたが、そんなことでロキシーが退くわけもなく。既に答えなど出ているのだった。

 そもそも、採決するのはロキシーではなく、パウロとゼニスの二人である。

 

「では、そちらのロキシーさんが家庭教師ということですか」

「そのようですね」

 

 当然ながら、正式な手続きを踏んだロキシーが採用されるのであった。必要な手順をすっ飛ばし、いきなり現地に向かったリベラルが、採用される訳もなかった。

 ショボーンと落ち込むリベラルであったが、チョンチョンと膝元を突っつかれ、そちらへと視線を向ける。そこには、ルーデウスがネットリとした笑顔を浮かべ、

 

 

「父さま、母さま。リベラルさんも一緒に採用することは出来ないのですか?」

 

 

 助け船を出すかのように、擁護してくれたのである。とても、3歳児の心遣いとは思えない。精神年齢は37歳くらいであるが。

 彼の言葉に、リベラルは神はここにいたと言わんばかりの表情を見せ、期待に満ちた瞳を両親の二人に向ける。

 

「い、いいのですか……?」

 

 だが、現実は非情であった。

 

 

「いや、無理だな。金が足りん。そもそも、家庭教師は二人も必要ないからな」

「そうねぇ…あらかじめ知っていれば何とかなったかも知れないけど、突然だもの」

 

 

「あ、はい」

 

 キッパリと断られたリベラルは、ルーデウスの家庭教師になることを諦めざるを得なかったのである。

 途方に暮れるリベラルであったが、同情でもされて「やっぱり採用ね」となる訳もない。そもそもな話、リベラルが馬鹿で間抜けなだけなのだから。

 

「……分かりました。私はその辺りで小金でも稼いで細々と暮らします。気が向いたら採用してやって下さい…」

 

 リベラルはトボトボとその場から立ち去り、門の外へと出ていった。

 

「……はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」

 

 残念ながら、世間は冷たく。

 そんな去っていくリベラルのことを無視して、ロキシーは家庭教師としての雇用確認を行っていた。ブエナ村まで送ってくれた恩はあれど、彼女にどうこう出来る問題ではないのだ。手持ちのお金も少ないので、何かを上げることも出来ない。

 そもそもな話、リベラルが実力者だと勘づいてるので、自分がどうこう世話する必要もないだろうと思っていた。

 

 パウロとゼニスも同様で、見知らぬ他人に無償で金銭を授けるほどお人好しでもない。ちょっとくらい、村の者たちに口利きしてもいいと思うが、今はどうしようもないのである。

 結局、誰も声を掛けることが出来なかったが、ルーデウスだけはその後ろ姿をじっと見送るのであった。

 

 

――――

 

 

「馬鹿なことをしてしまいましたが……まあ、問題はなさそうですね」

 

 家から離れ、馬車へと戻ってきたリベラルは、この目でルーデウスの姿を見れたことに、安堵を抱いていた。

 正直、ルーデウスが誕生する根拠と確信はあったが、やはり万が一の可能性が訪れた時の恐怖もあったのだ。しかし、ルーデウスが存在したことにより、未来はある程度確定したと言っても過言ではなかった。

 

 ルーデウス・グレイラット。

 七星 静香。

 篠原 秋人。

 

 この三人はトラックの居眠り運転によって地球から消え去り、この世界へと転生と転移してくる存在だ。篠原 秋人は本当にこの世界に転移するかは現時点では不明だが、状況的にほぼ間違いなく現れると考えている。

 そして、ルーデウスが現れた以上、サイレント・セブンスターことナナホシが、転移事件によって現れることが確定した。もしも現れないのであれば、ルーデウスの存在は矛盾してしまうのだ。

 この世界に来る前に、トラックに轢かれたのがルーデウスと篠原君だけなどというふざけた平行世界でもない限り、絶対にナナホシは転移することとなる。仮にしてなければ、彼女と篠原君はトラックに轢かれて死んでることになるだろう。そもそもそうであれば、ルーデウスも転生など出来ない。

 世界を隔てる次元とは、そう易々と破れないのだ。ナナホシと篠原君が召喚され、転移したことによって生じる、次元の隙間がなければ、魂だけになったルーデウスがこの世界に来ることは出来ない。

 

 つまり、ルーデウスが転生している以上、必ず召喚による転移が発生してるのだ。

 

「ややこしいので頭が混乱しちゃいますよ。……私の推測が外れてて、静香が現れなかったらどうしましょう…」

 

 どれだけ確信や根拠があったところで、所詮は仮説だ。自分の考えが全くの的外れな可能性もあり得る。

 その場合は、本当にどうすればいいのか分からなかった。正直、想定すらしていないし、想定して行動する気にもならないのだ。

 そんな未来を、想像すらしたくなかった。

 

「……うん、そのことは一先ず置いておきましょう。今はルーデウス様のことです」

 

 リベラルは難しい考えを振り払い、先程の家庭教師でのやり取りを思い返す。

 

 家庭教師としてブエナ村にやって来た訳だが、別に家庭教師になるつもりなど全くなかった。ロキシーがルーデウスに魔術の基礎から教えるのはもちろん、彼のトラウマを解消させるのは、逃してはならぬ重要イベントだ。

 外に出ないことには、事態が進展することがないのだから。態々その邪魔をする必要などない。ならば、何故あのような間抜けな行動をしたのかと問われれば――縁作りのためである。

 切っ掛けはどうあれ、間違いなくリベラルは印象深い人物として頭に残っただろう。それに、ルーデウスは転生前での経験か、あまり胡散臭い人物を信用しない。ヒトガミがいい例だ。

 

 打算と計算で関係を作るのは美しくないが、ペルギウスの時と同じである。必要だから、関係を作らなければならない。綺麗ごとだけでは、目的は達成できないのだ。

 オルステッドも似たようなことを行ない、自身の望む未来に進むよう、仕向けている。それと同じようなものだ。

 

 とは言え――嫌々やっている訳でもない。

 

(フフ……ルーデウス様とロキシー様、パウロ様にゼニス様。リーリャ様にシルフィエット様…早く仲良くなりたいですね!)

 

 ペルギウスもそうだったのだが、自身の知識にある人物と過ごせる日を、リベラルはずっと楽しみにしていた。

 彼らは、希望なのだ。

 ラプラスが敗北し、孤独になって以来、ずっと戦いに明け暮れていた、リベラルの希望。この時代に至るために、力を蓄え続けていた。

 

 待ち望んでいたのだ。

 こうして出会える日を。

 

 そのために、力を付けたのだ。そのお陰で、挫けることがなかったのだ。復讐心だけでは、心が折れていた。

 だからこそ、リベラルは喜ぶのだ。自分のしてきたことは、決して無駄ではなかったと。

 まだまだ始まったばかりだけど、始まってすらいないかもしれないけど、ようやくスタートラインに立てたのだと、実感が沸き上がるのだ。

 

(それにしても…道程でロキシー様と会えるとは、運命を感じます)

 

 リベラルは家庭教師の依頼を確認して、ブエナ村へと向かった訳だが、その道中でロキシーと遭遇したのは本当に偶然であった。元々はロキシーより遅く到着しようと、のんびりと出発し、ゆっくりと向かっていたのだが、まさか徒歩で向かっていたとは思わなかったのだ。

 

 父さん、神の気配がします。

 

 その気持ちが分かった気がした。遠目から一目見た時、一瞬で何者なのか分かってしまったのだから。強い運命を持っていた。確かに迷宮の中でも、探し出せそうである。

 

(私も魔眼を使えば不可能ではなさそうですが…ルーデウス様には敵わないでしょう)

 

 ルーデウスとロキシーは強い運命によって、ヒトガミが阻止しようとしても結ばれるらしい。ヒトガミですらその運命を阻止出来ないのだ。世界の意思を感じてしまう。

 だからこそ、運命の弱まるらしい妊娠中に、ロキシーは狙われてしまうのだが。

 取り合えず、リベラルが家庭教師と採用されていたとしても、実際には問題なかったのかも知れないし、逆に何をしても採用されなかったのかも知れない。

 

 とにかく、先程も言ったように、顔繋ぎは出来た。リベラルは数年ほどブエナ村に滞在し、彼らとの交流を深めるのだ。

 転移事件が発生するまでの、当面の目標も決まっている。

 

(ルーデウス様を強くしましょうか)

 

 3歳児(おっさん)の強化。

 イレギュラーが発生しても大丈夫なように、ルーデウスには強くなってもらうのだ。




次回はろくに話が進まない上、ルーデウスとほぼ会話なしです。
私の文才に早くも限界が見えてしまったよ…。


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4話 『銀緑のちょっとした伝説』

前回のあらすじ。

パウロ「家庭教師の応募は一人やで」
ロキシー「私が本当の家庭教師です」
リベラル「ルーデウスとロキシーの運命には勝てなかったよ…」

さて、下らないあらすじはさておきまして。

皆様に待たせて起きながらこのようなことを告げるのは大変申し訳ないのですが、今回の話、私的には「失敗」してるように感じております。
ただ、そう感じてはいるのですが、どこが悪いのか理解出来てません。単に話が陳腐なのか。それとも展開に起伏がないのか。はたまた文法がそもそもおかしいのか。話のテンポが悪いのか。
なので、敢えて投稿することにしました。皆様の意見を聞きたく思いまして。
もしかしたら、私が失敗してる、と思ってるだけで、他の人からは普通だったり、面白く感じるかも知れません。勘違いの可能性もありますからね。
宜しければ、悪い点などを指摘してくださると幸いです。

※ジーナスが無詠唱の使い手→師匠の友人の男が、無詠唱の使い手に修正しました。


 

 

 

 ルーデウスを強くしようと考えたリベラルだが、別にすぐさま強化しようと考えてる訳ではない。当面は本来の歴史通り、ロキシーから得られるものを吸収してもらうつもりだ。

 そもそもな話、ルーデウスはまだ三歳の子供である。あまり無茶をさせて、成長に異常をきたされても困るのだ。取り合えず、徐々に強くなってくれればいいや、くらいの気持ちだった。

 

「うーん……」

 

 問題の育成だが、これにはリベラルも頭を捻らせた。未来のルーデウスは、完成された魔術師となるのだから。

 膨大な魔力、無詠唱、魔術の多彩さ、技量、知識、機転……並大抵の者では、ルーデウスに敵うことがない。接近されれば地面を変化させる『泥沼』で距離を取り、帝級に匹敵する『岩砲弾』で狙撃。そのふたつを繰り返せば、ほぼ敵無しだ。必勝パターンが構築されている。

 更には『魔導鎧』なる物まで作り出し、七大列強並の実力まで手にする始末。魔術師として完成されるので、手を加える必要がほとんどないのだ。

 

「剣術と…治癒魔術ですかね」

 

 そんなルーデウスの問題点と言えば、闘気を纏えないことと、治癒魔術の無詠唱が出来ないことくらいだろう。その他にもあるが、あまり詰め込み過ぎても他が疎かになる可能性もある。

 剣術については『ラプラス因子』によって膨大な魔力量の素質を得ている代わりに、一切の闘気を纏えないのが難点だ。残念ながら、リベラルではその問題を解消することが出来ない。遺伝子に直接組み込まれているようなものなので、手の施しようがないのだ。

 治癒魔術については、メカニズムが理解出来てないから無詠唱が使えなかった筈なので、その辺りのことを教えれば済むだろう。

 基本的な方針としては、早目の段階で魔術師として完成してもらい、生存率を上げてもらう予定だ。

 

 一先ず、ロキシーの教えで水聖級魔術師になるまでは、助言程度でいいと考える。分からないことを教える感じで。

 本気で生きることを誓ったルーデウスだが、彼は人間だ。休日のない月月火水木金金のような生活では、かつてのリベラルのように癇癪を起こして、本気で生きるのを止めてしまうかも知れない。もしくは、全てが中途半端になってしまったり。

 

「…………あ」

 

 そうして、時おり助言でも与えようと考えていたリベラルだったが、ひとつの問題に気付く。

 

「どうやってルーデウス様にお会いしましょうか……」

 

 ルーデウスは、ロキシーの卒業試験である2年後まで、一度たりとも外に出ることがない。魔術の実践のため、庭までは出てくるが、それ以上は外に踏み出さないのだ。

 

 彼は生前、よく夢を見ていた。

 日本がいきなり戦争に巻き込まれたら。ある日、突然美少女の居候ができたら。

 そんな起こり得ない非日常を妄想し、その中でのルーデウスは、超人のように全てが上手くいくのだ。

 しかし、妄想は妄想。現実が変わることはない。彼は後悔にまみれた絶望の日々に戻ってしまうことを、恐れていた。

 

 もしかしたら、これは夢なのではないかと。自分はまた妄想をしているだけじゃないのかと。一歩でも外へと踏み出せば、現実に戻ってしまうのではないかと、恐怖している。

 もちろん、これが夢であってたまるかと、自分に言い聞かせたりしているが、それでも踏み出せないのだ。

 どれほど本気になると誓っても、身体は決して付いてこない。

 

「……ロキシー様は偉大ですね」

 

 そんな彼を外に連れ出すのが、ロキシー・ミグルディアだ。だからこそ、ルーデウスは彼女を尊敬する。

 そしてそんな関係を、リベラルは見たかった。

 

 

――――

 

 

 1週間後のことである。

 

「――フンッ! ハァ!」

 

 早朝のグレイラット家の庭で、一人の男が木剣を手に素振りをしていた。言うまでもないが、パウロである。

 彼はS級冒険パーティー『黒狼の牙』の元メンバーであり、三大流派の剣術を上級まで修めた、天才剣士と呼ばれた男だ。隠居後も、こうして鍛練を怠らず、腕を研き続けていた。

 

 そんなパウロは、鍛練を一通り終え、滴る汗を拭いながら、庭の外へと顔を向ける。その視線の先には、食材を抱えたリベラルがいるのであった。

 

「や、やあリベラルさん」

 

 リベラルの存在に気付いたのは、鍛練を始めてから数十分後である。そこから鍛練が終わるまでの間、リベラルはずっと庭の外からパウロのことを見つめていたのだ。

 気を使われていたのか、終わるまで声を掛けられなかったので、無視をする訳にもいかず、ようやく彼女へと反応して近寄るのだった。

 

「おはようございます、パウロ様。朝から精が出ますね」

「……まぁ、曲がりなりにもこの村の騎士だからな。修練を怠る訳にはいかないさ」

「確かに、見事な太刀筋でした。流石は元“黒狼の牙”のリーダーですね」

「おまっ、知ってたのか……ああ、だからこんな辺境地まで来たのか」

 

 家庭教師の応募を出す際、当たり前だがある程度の個人情報を記載しなければならない。でなければ、依頼を受ける者なんて一生見付からないだろう。

 リベラルがどうして依頼の受理を確認することなく、いきなり現地に赴いたのかパウロは疑問であったが、ようやく府に落ちた。要は、有名人を一目見たいミーハーな気持ちがあったのだろう、と。

 まさか、自分がそこまで有名になってたとはな、とパウロは内心で照れる。

 

「しかし、この1週間どうしてたんだ? 何もしてやれなかったが、大丈夫だったのか?」

「フフン。こう見えて、腕に自信はありますからね。空き家を借りて、狩りや採取で凌いでますよ」

「それは…何かすまないな」

 

 実際にはパウロは何も悪くないのだが、この地に来てもらったのに、家庭教師として採用してやれなかったことに罪悪感を感じてしまう。

 だからと言って採用する訳にもいかないので、顔を逸らしながら謝った。

 

「いえいえ、元々はここで小銭を稼いでまた旅でもしようと考えてましたが…のどかでいいところではないですか。なので、しばらくはこの辺りでゆっくり過ごそうかと思いまして」

「そうか。この村のことは俺も気に入ってる……そう言ってくれるなら嬉しいもんだ」

「ですので、ロキシー様がいなくなってからでもいいので、家庭教師をやりますよ?」

 

 あっけらかんと言い放ったリベラルの言葉に、パウロは呆れた表情を見せる。

 

「なんだ、まだ諦めてなかったのか?」

「意地みたいなものですね。何十日も掛けて態々ここまで来たのに、何もせず帰るなんて嫌ですよ」

「とは言ってもな。それは君の自業自得だぞ?」

「だからこそですよ。それとも、パウロ様の剣術でも見て上げましょうか? 今なら三大流派の何れかが神級クラスになれるスパルタンコースで、金貨百枚! お得ですよっ!」

「嘘を言うな嘘を。それにそんな金持ってねぇよ。無理に決まってんだろ」

「そうですか…残念です」

 

 シュン、と落ち込むリベラル。

 当然の結果であった。

 

 パウロは冗談だと思い、軽く受け流してしまったが、実際には本気(ガチ)であった。もしも頷いていれば、リベラルは本気で彼を鍛えようと考えていたのだ。

 金貨百枚や神級は流石に無理かも知れないが、三大流派の何れかを聖級か王級なら可能だと考えていた。伊達に天才剣士と呼ばれてないだろうし、実際に彼の太刀筋を見た上での判断である。

 パウロを死なせないようにしたいなら、本人に強くなってもらうのが一番なのだから。それと、魔龍王の娘として、技術の伝授の意味も込めて。

 

 もっともそうなった場合は、無理やり鍛えたところで成果が出る訳もないので、本人にやる気を出してもらわなければならないのだが。

 

「まあ、いいでしょう。ところで、こちらに伺った用件なのですが……実は大量に食材が手に入ったので、お裾分けしようと思いまして。よろしければどうぞ」

 

 すると、リベラルは手に持っていた食材を幾つか渡そうとしてきた。パウロは目を丸くしながら、彼女へと視線を合わせる。

 

「こんなに沢山いいのか?」

「むしろ、私一人でこんなに食べきれるとでも?」

「……それもそうだな」

 

 女性一人で食べる量ではないな、と思い、パウロは素直に受けとることにした。

 既に解体されてる動物の肉や山菜、食用のキノコや燻製された魚と、選り取り見取りである。これほど集めるのは、それなりに苦労したことだろう。

 何かしらのお返しをしなければいけないな、とパウロは考え、まだ食事をしていなかったことを思い出す。

 

「折角だ。うちで朝食でも取っていくか? この食材のお礼代わりと言っては何だがな」

「では、遠慮なくお邪魔させてもらいます。……一人で食べるご飯は、寂しいですからね…」

 

 何処か影のあるその仕草に、パウロの食指が僅かに動いた。

 

「お、おう」

 

 かつて、女を節操なく食い荒らしていた男であり、それが原因でパーティーまで解散しているのだ。

 リベラルが美人と言うこともあり、妻子持ちにも関わらずドキッとしていた。見境がないのである。

 

「…………」

「あの、何か?」

「いや、何でもない」

 

 しかし、リベラルの全くない胸を見て、「ちっさ、やっぱないわ」と思うのであった。

 

 

――――

 

 

 ロキシー・ミグルディアが家庭教師となってから、1週間が経過した。住み込みとなったグレイラット家の寝室にも、慣れてきた頃である。

 まだまだ短期間であるが、彼女は先生としてルーデウスのことを見てきて、驚きの連続であった。

 まず、ルーデウスは無詠唱で魔術を行使するのだ。無詠唱の使い手は、ロキシーの知る限り、師匠の友人の男しか知らない。自分にも出来ないことをするのだ。探せば他にもいるだろうが、3歳の子供が既に使いこなしてるのは、どう考えても異常である。

 それと、要領の良さだ。ロキシーが教えたことを全て吸収し、とてつもない勢いで成長している。あまりの成長っぷりに、ルーデウスの将来に恐怖を抱くほどだった。

 

「ジーナスさんもこんな気持ちだったのでしょうか……」

 

 ロキシーは、かつて喧嘩別れしてしまった師匠のことを思い出す。互いの顕示欲の強さが、ぶつかり合ってしまったのだ。ロキシーは師匠のことを越えたと傲慢になり、師匠はそんな彼女にあれこれと口出しし、喧嘩になった。

 いずれ、自分もルーデウスのことを罵るような人になってしまうのだろうか、という漠然な気持ちを抱き、思わず顔を顰めてしまう。弟子に越されるかもしれない焦燥を感じていたのだ。

 

 それから顔を洗ったロキシーは、もうすぐで朝食が出来るとゼニスに呼ばれ、居間へと向かう。

 今日はルーデウスにどのようなことを教えようかと考えながら、居間への扉を開けば、そこにはいつもとは違う顔ぶれが、ひとつ増えていた。

 

「おはようございます、ロキシー様。じっとりした表情と相まって、とても眠そうな顔をしてますね」

「……リベラルさん?」

 

 思わぬ人物がいたことに驚き、ロキシーは隣に座っていたゼニスとパウロへと視線を向ける。そのことに気付いた二人は、笑顔を浮かべ、

 

「ああ、お裾分けにって食糧をもらってな。折角だから朝食に招待したんだ」

「そうねぇ、結構良いものが一杯だったから、私も腕によりをかけて作っちゃったわ!」

 

 純粋に嬉しそうな様子で、事情を語ってくれた。二人の食卓事情のことをロキシーは何も知らないが、やはり食糧を貰えるのはありがたいのだろう。ロキシーだって、貰えれば普通に喜ぶ。

 

「てっきり帰ったかと思ってました…」

「帰っても良かったのですけど、折角ここまで来たのでのんびり過ごそうかと。それに……」

 

 そこまで告げたリベラルであったが、唐突にロキシーに近付き、耳元へと口を寄せる。

 

「パウロ様ってグレイラット家の者じゃないですか。なので、どうにかここでコネを作り、次の職探しに口添えしてもらおうかと思いまして」

「……なるほど。そういうことですか」

 

 パウロは既に貴族としての爵位を失ってるが、ノトスの血を引いている。元S級冒険者であり、元貴族でもあるのだ。それに、このブエナ村では、下級騎士としての身分もある。

 確かにリベラルの言う通り、パウロとの繋りはコネにならない訳でもない。彼が口添えすれば、仕事にもよるが有利に事が進むことだろう。

 

「…………」

 

 ロキシーはリベラルのことをじっと見つめる。何となく、彼女の髪色のことが気になったのだ。

 この時代ではラプラス戦役であった、スベルド族の見境ない暴走の名残で、緑髪に近い種族は凶暴で危険と言われてしまっている。

 ロキシーの髪色は目が醒めるような水色だが、光加減によっては緑に見えなくもない。そのことが原因で、いらぬトラブルを招いたこともあるのだ。

 しかし、リベラルは銀髪がほとんどだが、完全に緑髪が混じっていた。

 

「……ん? どうかしましたか?」

「リベラルさんの髪は、銀緑色ですね」

 

 ロキシーの言葉を聞いたリベラルは、どこか感慨深そうな表情を浮かべ、前髪をクルクルと弄る。

 

「今は緑髪がどうこう言われてますが、私は私の髪色を気に入ってます。だって、父親と同じですからね」

「父親ですか?」

「ええ、父親と違う部分はありますが、お揃いですよ」

 

 リベラルはそれ以上は言う気がないのか、口を閉じて黙ってしまう。ロキシーとしても、何となく言葉にしただけなので、追及はしなかった。

 

「“銀緑”と言えば、確か『ペルギウスの伝説』に登場したな」

 

 そこに、黙って話を聞いていたパウロが口を挟んでくる。

 ロキシーもその人物のことは伝承で聞いたことがあるので、頷くことで同意した。

 

「魔神ラプラスの騎竜であった、赤竜王サレヤクトを討伐した人物として出てきましたね」

「ああ、そうだったな。名が広まってない代わりに、“銀緑”と表現されてたんだったか」

「はい。七人の英雄の友と呼ばれ、最終決戦前に魔神と赤竜王を切り離したとされてます」

 

 パウロと情報の確認を取れたロキシーは、本で読んだことを思い出す。“銀緑”と呼ばれる存在は、地方によって様々な正体になっているのだ。

 曰く、架空の人物。ウルペンの恋人。魔族の裏切り者。魔神の娘。龍神の後継者。人族と魔族の二重スパイ……それ以外にも、正体は数多く呼ばれていた。

 地方による正体が、あまりにも多すぎるのだ。そのため、恐らく偽の情報が意図的にばらまかれてるのではないかと言われている。情報が錯綜し過ぎて、実は男だとかいう話や、最終決戦で相討ちしたと言われてる始末だ。

 

 ラプラス戦役の生き残りはそれなりに存在する筈なのに、正確な情報が出回ってないことは、伝承内の不思議として扱われている。

 

「……まあまあ、今はそんな話どうでもいいじゃないですか。私としては、ここでの家庭教師のお話をお聞きしたいですよ」

 

 そんな考察を続けていたロキシーであったが、リベラルの言葉で現実へと引き戻された。

 

「ルディのですか?」

「ええ、私も元々はルーデウス様の家庭教師になるために来たのです。そりゃあ、気になりますよ」

「俺も気になるな。元々剣術だけを教えるつもりだったが……ルディには魔術師としての才能がある。是非とも君の率直な意見を聞きたいな」

「私も気になるわね。水聖級魔術師としてのロキシーちゃんから、ルディがどう見えるのか聞きたいわ」

 

 3人から一気に訊ねられ、ロキシーは答えに詰まってしまう。食卓に来る前に抱いていた、ルーデウスへの嫉妬心を素直に話すのは、流石に嫌だったのだ。

 なので、先生としての観点で考え、話す内容を整理していく。

 

「とても3歳の少年とは思えない、と言うのが、率直な感想ですね。あの歳で中級魔術を使いこなすだけではなく、無詠唱まで扱うのですから……天才と呼ばざるを得ないでしょう」

「そうよね! やっぱりウチのルディちゃんは優秀よね!」

「ゼニスさんには、ここに来た当初に『ウチの息子は優秀だから大丈夫』と言われましたが、確かにその通りでした。正直、大したことないだろうって思ってましたよ」

 

 とは言え、ロキシーの思いも当然のことだ。どこの世界に「3歳児の息子だけど、優秀だから大丈夫」と告げた親の台詞を、鵜呑みにする馬鹿がいるか。

 どう考えても、親バカとしか思わないだろう。そうでないにしても、3歳児の”中では”優秀と考えるだろう。

 

「とは言え、驕慢になられても困ります。確かにルディは優秀ですが、世界は広いですからね」

「そうだな。慢心しても良いことなんてひとつもない。その辺りのことは俺からも教えるつもりだが、君からも頼むよ」

「はい。任せてください。先生としてしっかり教育しますので」

 

 無い胸を張るロキシーに、パウロとゼニスは満足げな表情を浮かべた。愛する息子は、確かに才能に満ち溢れているが、まだ子供なのだ。精神的に未熟な筈だし、力に溺れる可能性は十分あり得る。

 もしも、ルーデウスが大した訳もなく他人を傷付けるようになれば、パウロは容赦なく怒り、間違いを認めさせる腹づもりだ。

 

「おはようございます父さま、母さま。それに先生」

 

 と、そこにリーリャに連れられたルーデウスが現れる。

 

「おお、ルディ。おはよう」

「おはようルディ。お寝坊さんね」

「おはようございますルディ」

 

 ルーデウスは三者三様な挨拶を交わした後、もう1人食卓に座っていた人物へと顔を向けた。そして、少し考えるような仕草を見せ、口を開く。

 

「えっと……リベラルさん、でしたっけ? おはようございます」

「覚えてくれてたのですね。おはようございます、ルーデウス様」

 

 名前を覚えられていたことに、リベラルは意外そうな、そして嬉しそうな表情を浮かべ、挨拶を交わす。

 心なしか、ニマニマした笑みが、隠しきれてなかった。

 

 

――――

 

 

「リベラルさんって冒険者なのですか?」

「いえ、違いますよ。旅人です」

「…なんだそりゃ。お金とかどうやって稼いでるんだ?」

「主に魔物の素材ですね。食事も魔物がほとんどです。なので、常に金欠ですよ」

「馬車はどうしたのですか? ここに来た際に乗ってましたが」

「売りました。愛馬のヤクトは、それなりの値段になりましたね」

「そ、そうか……」

 

 それからは、リーリャによって運ばれてきた朝食を食べながら、軽い雑談を交わしていく。まるで転校生が現れたかのように、皆がリベラルへの質問をしていたため、彼女から何かを話すことは少なかった。

 朝食を終えれば、ルーデウスとロキシーは勉強をするし、パウロは騎士としての仕事がある。リーリャは家事があるし、ゼニスも一緒に手伝いをするのだ。

 故に、一方的な質問ばかりで、ろくに会話をすることが出来なかったリベラルは、そのままグレイラット家を後にするのだった。

 とは言え、そのことに関して、リベラルは不満など感じていない。ここに至るまでに、とても長い時間を待ち続けたのだ。一方的であろうと、彼らと言葉を交わせただけで、十分嬉しかった。

 

 今はこれでいいのだ。無理やり輪の中に入ろうとしても、乱れるだけだ。ゆっくり、徐々に馴染んでいけばいい。

 何気ない日常は、宝物である。ささやかな幸せを噛み締め、謳歌するのだ。彼らの生活は、ラプラスと過ごしていた頃を思い出す。

 

「時間は、まだまだたっぷりありますからね」

 

 リベラルは上機嫌な様子で、ブエナ村を歩いて行った。




このネガティブ思考をどうにかしたい…。
全てが駄目に見えるよ…。


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5話 『龍の伝道師』

前回のあらすじ。

リベラル「近所に住むお姉さんが食事のお裾分けに来ましたよ」
パウロ「ちっぱい…」
ロキシー「銀緑…一体何者なんだ…」

前回でネガティブなことを書いてしまい申し訳ないです。あまりウジウジした態度をとってたら鬱陶しいと思うので、以後なるべく控えますね。
尚、今回も独自設定が火を吹く模様。

※リベラルの闘気の説明の際に、「この世界の人のからだには~」の“この世界の”の部分を削除しました。


 

 

 

 4ヶ月ほど経過した。

 

 その間にルーデウスは、魔術師としての力をメキメキと伸ばし、3歳児として異例の才能を発揮していた。流石に技術に関しては拙いが、魔力量だけで言えば、既に平均的な大人の許容量を上回っている。

 午前中にある、ロキシーと魔術の勉強は順調に進んでいると言えよう。予定通りである。リベラルはまだ助言も何も出来てないが、しなくても問題ないんじゃないかと思うほどだった。したところで、急激に強くなれる訳でもないのだから。

 

 しかし――問題は午後にある剣術の特訓だった。

 

 

――――

 

 

 それは、リベラルが偶々近くを通り掛かった時に見た、ルーデウスとパウロの様子である。

 素振りや型の動きを中心とし、父親相手に打ち合いをして、足運びや体重移動の訓練をしていたのだ。その辺りの基礎的な部分は特に問題なかったのだが、パウロは教えるのが致命的に下手過ぎた。

 見本のつもりか、岩を真っ二つにせしめたパウロに、ルーデウスは地球で培った常識的な疑問を抱いたのだ。

 

 ――剣で岩を斬るっておかしいよね? 普通は弾かれるよね? 細マッチョなパウロに、ゴリラ以上の筋力があるとは思えないんだけど?

 

 当たり前だが、地球でそんなことを出来る人間はいない。いや、もしかしたらいるかも知れないが、限られた極一部の存在だけだろう。

 だが、パウロはそんなことが出来るのに、それでも上級剣士である。ならば、上級以上の剣士は、全員岩を切断出来るかも知れないのだ。

 何人いるのかは知らないが、流石に多すぎるだろう。この世界の空気に、特殊なプロテインでも含まれてなければあり得ない。ならば、何かしらの原理があるのではないか、という答えに行き着くのは、当然の帰結であった。

 

「父さま、どうすれば剣で岩を切断できるのか分からないんですが」

「なんだ、分からんのかルディ。ならば教えてやろう」

 

 息子に頼られたことが嬉しいのか、表情を緩めて胸を張るパウロ。だが、すぐにその顔を引き締め、庭に作成されてる木人へと向き合う。

 

「いいかルディ。剣術ってのは迷っちゃいかん。雑念を混じらせると、剣先が鈍るんだ」

「……つまり、僕が剣を振るってる時は、当たる瞬間に剣先がぶれてるってことですか?」

 

 正直、それだけで岩を切断出来るとは思えないが、ルーデウスは一応納得することにした。剣術なんて素人なのだ。精々、学校の授業であった、剣道をしたくらいである。よく分からないが、剣術とはそういうものなのだろう、と思うことにした。

 だが、パウロは息子の返事に、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「え? そうだったのか?」

「え? ちがうのですか?」

 

 互いに話が噛み合っていないような反応を見せ、二人とも困惑してしまう。しかし、パウロは咳払いをひとつし、「まぁ、見ておけ」とルーデウスに告げる。

 再度、木人に向き合い、上段で剣を構えた。どうやら、口で説明するよりも、実際に見せた方がいいと判断したらしい。

 

「よく見ておけよルディ……こう、クっと踏み込んで――」

 

 木人の懐に深く入り込むよう、パウロは全身のバネを使って膝を屈ませるのと同時に、

 

「――ザンッ! って感じだ」

 

 腕から振り下ろした剣で、木人を斬り裂いた。一方の肩から他方の脇へかけて、大きく切断される。綺麗な袈裟懸けだ。

 ルーデウスはその光景に感心し、素直に「凄い」と溢したが、肝心な原理が分からないままだった。

 先程の「クッと踏み込んでザンッ!」って何だよ。説明になってないんだが…と思うのだ。意味不明だろう。分かる訳がない。

 

 そしてパウロに言われ、ルーデウスもチャレンジするのであったが……。

 

「こうですか!?」

「馬鹿者! それじゃぐぅっと踏み込んでドン! だろうが! クッと踏み込んでザンだよ! もっと軽やかにだ」

 

 結局、あのような説明ではルーデウスが理解出来る訳もなく、再現することが出来ないのであった。シンパシーの出来る感覚派(へんたい)以外では、誰もが同じような結果になったことだろう。

 その様子を見ていたリベラルは、溜め息を溢す。

 

 やはり魔術は後回しにして、まずは剣術だな、と考えるのであった。

 

 

――――

 

 

 その日のルーデウスは、珍しく何もすることがない日であった。

 

 先生から師匠となったロキシーは、何やら体調が優れないらしく、本日は休ませて欲しいと言われた。と言うより、ゼニスが「休め!」と怒り、リーリャに看病されながり無理やり寝かされてるらしい。

 パウロと二人っきりになったので、「ならば俺が…」と剣術の稽古をしようとしたが、魔物が現れたらしく、退治するためにエルフっぽい男の人に連れられてしまったのだ。

 

「…………」

 

 そうして、手持ち無沙汰となってしまったルーデウスであったが、何をする気にもなれなかった。昔であれば、庭へと出ていき、1人で黙々と魔術の練習でもしていただろう。

 だが、ロキシーという存在を知り、誰かと共に励むことを知ってしまったルーデウスは、何となくやる気が出なかった。言い訳するかのように、「今日は師匠がいないから」とか、「1人では分からないことがある」だとか、そんな気持ちが溢れ、やる気が出なかった。

 だからと言って、何もしないのは退屈なので、ウロウロと所在なく歩き回る。この家にある本を手に取り、パラパラと流し読みし、すぐに本棚へと戻す。

 折角ならロキシーの看病をしたかったのに、ルーデウスは近付くなと言われていたのだ。理由を訊ねたが、何故か濁された。

 

「……ハァ…」

 

 思わず溜め息を溢してしまったルーデウスであったが、その時に誰かが訪ねてきたのか、家の扉のノック音が響き渡る。

 ゼニスとリーリャは二階にいるんだったな、と言うことをボンヤリ思い出し、ルーデウスは玄関へと向かい、扉を開いた。

 

「はい、どちら様ですか?」

「おや、ルーデウス様。私です、リベラルです」

 

 扉の先には、食糧を抱えたリベラルが立っており、出迎えてくれたルーデウスを見下ろしていた。

 

 ルーデウスにとって、リベラルとは近所に住むお姉さん的な存在だった。こうして食事のお裾分けにくるのは、この数ヵ月の間で、何度もあったことである。そのお陰か、彼女とは両親やリーリャ、ロキシーと共に仲良くなり、今ではすっかり顔馴染みとなった人物なのだ。

 今回もまた、お裾分けに来てくれたのだと思い、ルーデウスは素直に家へと上げることにした。

 

「今は父さまが外出中で、母さまとリーリャさんは先生の看病中ですので、大した持て成しは出来ませんが」

 

 リベラルを客室へと案内し、ルーデウスは手慣れた様子で飲み物の準備を整え、サッと彼女の前に差し出す。リベラルはそれをゆっくりと飲み、「ふぅ…」と吐息を溢した。

 

「魔物が出たと聞いたので、パウロ様はそちらに向かってるのでしょう。しかし…優秀な侍女であるリーリャ様と、治癒魔術師であるゼニス様が居られるのに、看病ですか……?」

「先生は特に大丈夫そうな様子だったんですけど、何故か母さまに止められたみたいでして」

「……ゼニス様は何か治癒魔術を使ったりしてましたか? もしくは、解毒魔術など」

「『ヒーリング』を何度かしてたみたいですが、僕にもそれ以上は……」

「…………」

 

 ルーデウスの話を聞いていたリベラルは、何やら険しい表情を浮かべ、沈黙してしまう。それからしばらく何かを考える様子であったが、不意に立ち上がった。

 

「少し、私も様子を見て参ります」

「えっ…でも…」

「大丈夫ですよ。私はこう見えて、探求者です。様々な分野を追究してますので、この世のあらゆる病気に対しての知識を、人並み以上に兼ね備えてます」

「そ、それは凄いですね…」

「ええ、ですので、ロキシー様がどんな病に掛かっていても治してみせますよ」

 

 頼もしい発言と共に、部屋から出ていってしまったリベラルを、ルーデウスは唖然と見送ってしまう。しかし、5分も経たぬ内に、彼女は何故か戻って来る。

 その表情は、どこか疲れているような、呆れているようなものだった。

 

「どうでしたか?」

「ああ、うん……」

 

 リベラルはどことなく歯切れの悪そうな様子で、告げた。

 

「あの日ですね」

 

 あの日ってどの日? などと思うことはなかった。あの日が何なのか、ルーデウスはすぐに思い至る。

 

「もしかして、生理ですか?」

「……私の台詞からよくその答えに行き着きましたね」

 

 普通に考えて、まだ3歳である子供が、あの日から生理を連想するなど、気味が悪過ぎるだろう。率直に言ってキモい。

 己の失言を悟ったルーデウスは、しどろもどろに言い訳を並び立てる。そんな情けない様子に、彼女は「ハァ…」と溜め息を漏らし、じっとりした目でルーデウスを見つめた。

 

「……まぁ、ルーデウス様がませてるのは別にいいでしょう。その様子では、ロキシー様のお風呂などもコッソリ覗いてそうですね…まぁ、可愛いので一緒に入るのも吝かではありませんが」

「うっ、あ、いえいえ、そんなことないですよ? って言うか、え? 一緒に入っていいのですか?」

「とにかく、生理は治癒魔術で治せませんし、出血自体も抑えられません。つまり、ゼニス様が無理やり休ませてるのも、そういうことでしょう」

 

 流石のルーデウスも、体の機能に関してそこまで深く知っている訳ではない。どの部位がどういう機能を持ってるか何となく分かってはいるが、それ以上詳しくは分からないのだ。

 特に深く追及することなく、黙っていることにした。先程のように失言もしたくないので。

 

「まだまだお子ちゃま…いえ、男の子であるルーデウス様に聞かせる話でもありませんね。取り敢えず、ロキシー様はしばらくゆっくりさせて上げましょう」

 

 生々しい話はここまで、と言わんばかりに会話を打ち切り、ロキシーの話題はそこで終了した。

 

 

――――

 

 

「ルーデウス様」

 

 テーブルに置かれていた、果物や飲み物をパクパクと食べていたリベラルであったが、不意に口を開いた。

 

「先日、庭でパウロ様と特訓していたところを私は見学していたのですが…どうにも芳しくないようですね」

「…やっぱりですか? 父さまをあまり悪く言いたくないのですが、ちょっと説明が分かり辛いんですよね…」

「むしろ、あの説明で分かる方がおかしいですよ」

 

 思わぬ味方が現れたことにより、ルーデウスの表情は明るくなる。魔術だけではなく、剣術にも本気で取り組んでいたのだが、ふたつの差は顕著になっていたのだ。

 魔術は確かな手応えを感じ、成長している実感があるのだが、剣術に関しては自分でも全く進歩が感じられずにいた。最終的にどちらでもいいと思っているものの、やはり真面目に取り組んでいるので、成長してないのは悲しいのだ。

 

 リベラルは「ふむ」と考える仕草を見せ、ルーデウスを見据える。

 

「ルーデウス様は、魔術を扱うのに何が必要か分かりますか?」

「……先ずは魔力ですよね?」

「そうです。魔力がなければ、そもそも魔術は使えません。どれほど卓越した技量を持っていようと、それは当たり前の事実です」

 

 何をするにしても、必ずエネルギーは必要になる。

 魔術を機械、魔力を電気と考えれば分かりやすいだろう。電気がなければ、大半の機械は動かせない。それは当然のことだ。

 

「では、剣術に必要なものは分かりますか?」

「剣術にですか?」

 

 ルーデウスは以前、パウロの動きを見て、ある程度の仮説を立てていた。この世界の剣術というのは、魔力を使っているのではないか? と。

 魔術が見た目通りに魔法っぽく発現するのと違い、剣術の方は肉体強化や、剣などの金属の強化といった方面に、特化しているのではないかと考えた。でなければ、超高速で動き回ったり、岩を両断するなど出来る訳がないだろう。

 

 しばらく悩んだルーデウスは、やがてポツリと答えを溢す。

 

「……魔力…ですか?」

「半分正解ですね」

 

 半分、と言う言葉に、ルーデウスは更に頭を捻ることとなる。魔力でなければ、どうやって身体能力の強化をしてるのか、見当もつかなかったのだ。

 

「人の体には、魔力とは別の力が存在します。闘気と呼ばれる、身体能力を何倍にも引き上げ、皮膚を硬化させる力です」

「闘気ですか。そんな力があるんですね」

「上級剣士であれば、闘気を纏えなくても、何とかなれるかも知れませんが…それ以上には絶対になれません」

「はぁ…」

 

 気の抜けた返事をするルーデウスであったが、リベラルはそれを気にすることなく続ける。

 

「それを使いこなせなければ、剣士として成長するのは難しいでしょう」

「なるほど。ついでに、使い方も教えてくれると嬉しいんですけど」

「ふむ……ある人物の言葉を借りますが、体を作る肉片の一つ一つを魔力で覆い、押し固めるのです」

「……ん?」

 

 リベラルの言葉に、ルーデウスは首を傾げた。先程、魔力は違うと言われたのに、その魔力が必要だと言うのだ。

 

「闘気ではなく、魔力をですか?」

「魔力も必要と言うことです。『龍気』と呼ばれるものと掛け合わせることによって、効果を発揮するのですが……」

「……ですが?」

「…………」

 

 そこで言葉が途切れる。何だろうと思い、リベラルの顔を見てみれば、彼女はじっとルーデウスのことを見つめていた。

 それだけならば気にしなかったのだが、ひとつだけ変化している点があった。

 目だ。リベラルの右目の色が、変わっていたのだ。今までは煌めくような、金色の瞳であった。しかし、それが髪色と同じ銀緑色の瞳に変化していたのだ。

 

 底を見通されてるような感覚を受け、ルーデウスは思わずリベラルから、目を逸らしてしまう。

 

「その目は何ですか?」

「『魔眼』です。カッコいいでしょう?」

「はぁ…」

 

 疑問を一言で片付けてしまったリベラルの目は、やがて元の金色へと戻ってしまう。顔を上げながら吐息をひとつ溢し、再びルーデウスへと視線を戻した。

 

「どうやら、ルーデウス様には『龍気』がないみたいですね」

「……と、言うと?」

「闘気を扱えないので、剣士として伸び代は小さいですね。まれにいるのですよ、闘気を纏えない人は」

 

 リベラルの言葉に、ガーン! と擬音が鳴りそうな程、ルーデウスはガッカリした様子を見せる。才能がない、と面と向かって言われているのだ。落ち込むのは当然だろう。

 そこへ、フォローするかのように、声が掛けられる。

 

「しかし、魔術面に関しての伸び代は大きいですね。このまま本気で取り組んでいけば、歴史に名を残す魔術師となることも出来るかもしれませんね」

「……そうですか。剣士としては駄目でも、魔術師としてはいいですか…」

 

 慰めるかのような台詞に、ルーデウスは素直に喜ぶことが出来なかった。

 確かに剣術でも魔術でも、最終的にはどちらでもいいと思っていた。だが、今まで報われることを信じて、励んできたことは確かなのだ。それを、才能の一言で無駄だと片付けてしまうのは、何とも歯痒いものを感じてしまう。

 

「ルーデウス様。何か勘違いしてるようですが、剣士や戦士とは謂わば戦う為の力を持つ者です。そこに才能なんて、関係ありません」

「そうですかね」

「この世界は危険が多いので、力を持っていることは損になりません。ですが、強いか弱いかなんて、極論を言えばどうでもいいことです」

 

 言ってることが滅茶苦茶だな、とは思いつつも、ルーデウスは耳を傾ける。

 

「何のために力をつけてるのか、なんて、突き詰めていけば結局のところ“生き残るため”なのですから。どれほど才能がなくても、どれほどの実力がなくても、生き残った者が強いのですよ」

「…………」

「例え、倒したいものを倒せなくても、守りたいものを守れなくても、部屋の片隅で震えていても、恐怖で情けなく動くことが出来なくても、生きていれば次に繋げられます」

 

 死ねば、そこまでなのだから。

 築き上げたものが、全て無駄になってしまうから。

 そのために、力がなくてはならない。けれど、それは何もひとつの力に固執する必要はないのだ。

 

「貴方のやってきたことは、無駄ではありません。その知識は、技術は、必ず役に立ちますよ」

 

 ハッキリと言い切った。

 ルーデウスに剣術の才能がなかろうと、その経験が無駄になることはないと。

 

「中途半端に止めれば、それこそやってきたことが無駄になります」

「……それもそうですね」

 

 ルーデウスの脳裏に、前世の記憶が甦る。やりたいことを中途半端に投げ出し、後悔しか残らなかった日々が。知識はまだ微かに残っているが、それまで積み重ねてきたことを全て、己の手で壊してしまった。

 二度とそのような後悔をしたくないからこそ、ルーデウスはこの世界で本気で生きていくことを誓ったのだ。無駄にならないと言ってくれるのであれば――才能がなかろうと諦める理由にはならない。

 

「…教えて下さってありがとうございますリベラルさん。やれるだけやってみます」

「ええ、頑張って下さい。頑張る男の子はカッコいいですよ」

 

 パッチリとウィンクして見せるリベラルに、ルーデウスは笑みを溢す。

 

「それに、努力する人は応援したくなるものです……ルーデウス様、もし宜しければ、私も少しお教え致しましょう」

「えっ…いいのですか? 先生もいるので、お金とか渡せないと思いますよ?」

「構いませんよ。私は貴方の姿勢に感銘を受けたからこそ、そう提案したのです」

 

 そこまで言われてしまえば、ルーデウスも照れてしまう。誰かに褒められたりしたくて努力している訳ではないないが、認められたくない訳ではないのだから。

 今まで頑張ってきたからこそ、リベラルという女性は手を差し伸ばしてくれたのだ。前世でも長らくなかった経験である。今までの努力が、ひとつの形で報われた瞬間だった。

 

「使いこなすのは難しいでしょう。もしかしたら、使えないかも知れませんが、決して無駄にはならない筈です――」

 

 そして、彼女は告げる。

 

 

「――私の龍神流を伝授致しましょう」

 

 

 ルーデウスが聞いたこともない、流派を。糧にしてみせろと、笑顔を浮かべ言ってみせた。




Q.生理治せんの?
A.老廃物出すための行為らしいんで無理ということにしました。ロキシーを休ませるためだけに態々調べてしまったよ…。

Q.龍気と闘気って同じじゃないの?
A.独自設定です。魂を真っ二つにされた魔神ラプラスと技神ラプラスは、どちらも闘気を纏えません。魔神は魔力があるのに纏えず、技神は魔石を利用することによってなんとか擬似的な闘気しか纏えない。
魔だけじゃ駄目、龍だけじゃ駄目。ならば闘気は何なの?と思ったときに、ふたつ掛け合わしてるだけじゃね?と考えました。結構安易に思い付いた設定です。

今回の最後を読んで察した方もおられるかも知れませんが、この作品ではオリジナル技が出ることになります。龍神流の技なんて本編で『乱魔』しか登場しませんし。
もっとも、バランスブレイカーなものは出しませんし、既存の技の原形…みたいな感じにします。
厨二心が試される時ですね。あまり期待しないことをオススメします。


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6話 『発展途上的』

前回のあらすじ。

パウロ「クッと踏み込んでザンッだよ!」
ルーデウス「分かりません」
リベラル「なら私が教えますよ」

ネーミングセンスのない私は、名前を考えるところでいちいち詰まります。そして最終的に妥協して安易な選択をしてしまいます…。
昔飼ってたハムスターも、金色っぽい毛並みだったから『キン』とか名付けてましたね(真面目に考えた結果、そう名付けた)。
……作中でもところどころおかしなネーミングがあるかも知れませんがご了承下さい。


 

 

 

 ルーデウスは5歳となり、あっという間に誕生日を迎えた。その日はグレイラット家でささやかなパーティーが開かれ、ルーデウスは祝福される。

 この国では5歳おきに誕生日を祝い、10歳と成人である15歳の計三回、祝日があるのだ。

 

 そのパーティーには、師匠であるロキシーはともかく、よくお裾分けに来てくれるリベラルの姿も、当然ながらあった。ルーデウスがなついていたと言うこともあり、招待されていたのだ。

 

「男は心の中に一本の剣を持っておかねばならん、大切な者を守るには―――」

 

 長く重い実剣と、短めの木剣をプレゼントしたパウロは、長ったらしい薫陶を講釈していたが、ルーデウスはニコニコした笑顔で聞き流していた。

 そのことに気付いてないのか、上機嫌な様子で語るパウロは、最終的にゼニスが「長い」となだめたことにより終了した。

 

「ルディは本が好きだから」

 

 そのゼニスは、ルーデウスに植物辞典をプレゼントしていた。本を読むことによって独学で言葉を覚えた彼は、読書をしていることが多い。

 読書をしてる姿をよく見ているからこその、本なのだろう。ルーデウスも新しい本が欲しいと思っていたので、純粋に喜んで受け取った。

 

「先日作成したものです。ルディは最初から魔術を使っていたため失念していましたが、師匠は初級魔術が使える弟子に杖を作るものでした。申し訳ありません」

 

 ロキシーは、30センチほどのスティックの先に小さな赤い石のついた、質素なロッドをプレゼントしていた。

 ジーナスとの拗れてしまった関係を思い出すため、師匠と呼ばれるのを嫌がってたが、やはり教えていく内に情が芽生えたのだろう。可愛い弟子に何も贈らぬほど、彼女は器量の小さい者ではなかった。

 

「では、パウロ様と被ってるような気もしますが、私はこちらを」

 

 リベラルが贈ったのは、ナイフであった。鞘に華麗な装飾の施された、実用するには少しばかり派手過ぎる代物だ。鑑賞用に見えないこともない。

 パウロからもらった短剣は木製なので、ありがたいとは思ったものの、骨董品にも見えるそれは、使えるのか微妙なのでルーデウスも微妙な気持ちになる。

 とは言え、プレゼントなのだ。実用性か鑑賞用なのかは関係ない。すぐにその気持ちを振り払い、感謝の言葉と念を送った。

 

 その際に、リベラルはルーデウスの耳元へと口を近付け、

 

「そのナイフ、とある名工が作った物ですので、売ったらいい値段をしますが……ルーデウス様がどうするのか楽しみにしてますよ。肌身離さず持ち歩いて下さいね?」

 

 何やら悪い顔を浮かべ、そんなことを告げた。どうやら、リベラルなりの意地悪らしい。

 金に目を眩ませ売り払うのか、それとも記念として保存してくれるのか。人間性を試されてるかのようである。

 

「ありがとうございます。何があっても絶対に手離さないようにします」

「まあ、どうしてもお金に困った時は別に構いませんけどね」

 

 こうして、ささやかなパーティーは進行していった。

 

 

――――

 

 

「フンフンフーン」

 

 ブエナ村に滞在し、空き家を借りてるリベラルは、畑仕事に励んでいた。自由気ままに過ごせる旅人だが、今はこの村の一員となっているのだ。流石に狩りだけでは時間が有り余るので、こうして村人たちの手伝いをしていた。その対価として、野菜などをたんまり貰っている。

 

 仕事を一段落終えたリベラルは、拝借させてもらった野菜をざるに移し、魔術で発生させた水で汚れを落とす。

 

「んー、やっぱり取れ立ては最高ですね!」

 

 新鮮な野菜を一口囓り、表情を緩ませていた。そのままパクパクと食べていき、あっという間に野菜はなくなる。

 張り詰めた生活を長く続けるのは辛いので、こうしてのんびり過ごせる時はのんびり過ごすのだ。要は、メリハリが大切なのである。

 

 休憩を終えたリベラルは、再び畑仕事に戻り、やるべきことを終わらせる。そうして、のんびりと本日の仕事を終えたリベラルは、村人たちに挨拶をしながら帰ろうとした時に、とある女性を見付けた。

 中学生のような発展途上なからだに、トンガリ帽子。はみ出ていた水色のように澄んだ髪は、ルーデウスの家庭教師であるロキシー・ミグルディアだ。

 しかし、彼女は思案げな表情を浮かべ、どうにもリベラルに気付いてなかったようなので、声を掛けた。

 

「ロキシー様。何やら表情が優れませんが大丈夫ですか?」

「えっ? ……ああ、リベラルさん」

 

 そこでようやく、彼女は気付いた反応を見せる。

 

「いえ、少しルディのことを考えていました」

「どうしたのですか? まさか惚れたのですか?」

「違います。師匠として教えられることがなくなってきたので、そろそろ卒業試験にしようかと考えておりまして」

「そう思うなら、したらいいじゃないですか」

「……ただ、あっという間だと思いまして」

 

 どこか寂しそうな、悔しそうな表情を見せるロキシーに、リベラルは納得した。

 表情通りなのだろう。2年間も魔術を教え、弟子として可愛くなってきた頃に、教えられることがなくなったのだ。それは、己への不甲斐なさと同時に、ルーデウスの才能への嫉妬もあった。

 

 ロキシーとて、一人の人間なのだ。

 

 この短期間でほとんど己へと追い付かれてしまい、何も感じない訳がなかった。しかも、ルーデウスはまだ5歳の少年なのだ。自身が積み重ねてきた40年近くもの研鑽に、たったの2年で届こうとしている。

 

 ――その事実が、魔術師としてとても悔しかった。

 その想いが、ありありと滲み出ていた。

 

「ルディの卒業試験が終われば、また旅に出ようかと思ってます。しばらくは各国を巡り、魔術の腕を磨くつもりです」

「……そうですか」

 

 ロキシーが魔術師を目指した理由を、彼女は知らない。だからこそ、慰めの言葉が分からなかった。神妙な表情で頷き、その台詞を受け入れる。

 

「私はブエナ村から去りますが、リベラルさんはどうするつもりですか?」

「家庭教師…と言いたいところなのですが、既に無償で教えてしまってるんですよね……今更お金が欲しいとはとても言えませんし…」

「無償で教えてたのですか……」

「まぁ、まだまだ発展途上なので、もうしばらくは教えようかと思ってます。中途半端に止めても気持ち悪いので」

「でしたら、もうすぐでお別れのようですね」

「そうなりますね」

 

 会話はそこで途切れ、ふたりは別れた。

 

 その背を見送っていたリベラルは、どうするものかと思案する。

 ロキシーは単独で迷宮攻略を成し遂げ、シーローン王国で水王級魔術師となってしまう。しかし、迷宮攻略に関しては、男が欲しくて物語のようなロマンチックな出会いに憧れ、潜っていたような気がするのだ。

 助言も糞もない。掛ける言葉が見付からなくて当然である。そもそも、リベラルも今世で、相手は一度も出来ていない。長生きし過ぎたせいか、男でも女でもどっちでもいいと思ってるが、全てが終わるまで、そう言うのは無しにしていた。恋愛相談など持っての他である。

 

「……まあ、魔術師としての助言くらいはしておきますか」

 

 完全に化石だなぁ、と苦笑しながら溜め息を吐く。どう見ても行き遅れのババアだ。正直、今更恋愛などと言うような歳でもない。そんな乙女な時期は、とうの昔に過ぎ去っている。流石に相手が欲しいとも思ってなかった。

 取り合えず、相手がいないことなんてどうでもいいか、なんて思いつつ、リベラルは収穫した野菜を一口齧る。

 

 

 そして数日後。

 ロキシーはブエナ村から去っていった。

 

 

――――

 

 

 数か月ほど経過し、いつもの仕事を終えたリベラルは、自宅でゆっくりと過ごす。

 

「…………」

 

 静かに机へと向かい合い、これまでの出来事や、習得した技術を本に記述していたリベラルは、扉のノック音を聞き、そちらに意識を向けた。この家に誰かが訪ねて来るのは珍しいので、相手が誰なのかは一切分からない。

 一息吐いたリベラルは立ち上がり、入口の扉を開けた。

 

「こんにちは、リベラルさん」

 

 扉の先には、ルーデウスがいた。相変わらずネッチョリした笑みを浮かべ、挨拶を交わしてくるのだ。

 

「おや、よく私の家が分かりましたね」

「そりゃ、父様から聞いたので分かりますよ」

「なるほど……と、他にも誰かいるようですね?」

 

 そこで、リベラルは扉の陰にもう一人何者かがいることに気付き、そちらへと意識を向ける。そこには緑髪の少女が、おずおずした様子でふたりを伺っていた。

 リベラルはすぐに、その少女が何者なのかに気付く。

 

 シルフィエット。

 将来、ルーデウスの妻となる人物だ。

 それに、ロステリーナ――エリナリーゼの孫である。

 

「ほら、シルフ。そんな所にいないで、挨拶しなよ」

「う、うん……えっと、初めまして……」

「こちらこそ初めまして、リベラルです。ロールズ様の所の子ですね?」

「は、はい…」

 

 ビクビクと怯えた様子を見せる彼女は、まさに小動物のようであった。美少年とも言える可憐さを併せ持つ彼女は、確かにルーデウスの言う通り、己がショタコンであればジュンっときただろう。

 しかし、どう見ても女の子だ。リベラルの目からは、とても男の子に見えない。ルーデウスが彼女の性別に気付いてなさそうだったので、敢えてご息女だと言わなかったのだ。

 

「それで、態々私の家にまで来られて、どうしたのですか?」

「ロキシー先生も旅立ってから暫く経ちましたので、そろそろ別のことも教えて欲しくて」

「それは、隣にいるシルフィエッ……シルフ様も一緒にですか?」

「その…言いにくいんですけど、あまり村の子たちと仲良く出来なくて……だから、シルフのことを放って置く訳にもいきません」

 

 元々は打算があったのかも知れないが、ルーデウスにとって、シルフィエットとはこの世界で初めて出来た友達である。何だかんだで、気にかけてしまうのかも知れない。それに、前世のルーデウスは過去に虐められていたのだ。シルフィエットの気持ちがよく分かるのだろう。

 しかし、それが原因で、互いに依存し合ってしまう訳だが、それをリベラルが気にする必要もない。どうにかするのはリベラルではなく、両者の親の仕事なのだから。

 

 取り合えず、リベラルとしてはふたりに教えるのは構わないと思っていた。むしろ、エリナリーゼの孫であるシルフィエットには、積極的に教えたくもあった。

 どのように教えて行くのかをボンヤリ考えながら、リベラルは頷く。

 

「分かりました。では、ルーデウス様は以前のように一時間ほど座禅でも組んで下さい。そして頑張って奥義を習得してくださいね」

 

 何てことないかのように告げた彼女の言葉に、ルーデウスはげんなりした様子を見せる。

 

「……また座禅ですか? あまり意味があるように感じないんですけど…」

 

 リベラルが彼に『龍神流』を教えると告げたあの日、習得出来たのは結局『乱魔(ディスタブ・マジック)』だけである。流石にそう容易く習得出来るとはルーデウスも思っていなかったので、それは別にいいのだ。

 だが、その日以降、リベラルはずっと座禅を組ませるだけであった。本当にそれで大丈夫なのかと思い、ルーデウスは素朴な疑問を溢したのである。

 

「闘気を纏えぬルーデウス様には、『明鏡止水』と呼ばれる奥義を習得してもらいたいのです」

「はぁ…明鏡止水ですか?」

「水神流の五つある奥義のうち、もっとも困難と言われる奥義…『(マロバシ)』と『(サザナミ)』の原型です。気配察知をより鋭敏にした感じのものですね」

 

 龍神ウルペンが龍聖闘気を纏えるようになる前、彼は歴代最弱と呼ばれながらも、龍神の座についていた。その際に使っていたのが、『明鏡止水』である。

 己を極限まで静めることにより、周囲の流れを読み取る技術。要は、自分の心を落ち着かせ、周囲に気を配りましょう、と言うことだ。

 それを限界まで極めたのが『明鏡止水』。ウルペンの編み出した奥義のひとつだ。そして、闘気を纏えぬ『技神』の得意技。

 

「相手の動きを察知出来るくらいにはなって欲しいところです。出来るようになれば、パウロ様にも勝てるかも知れませんよ?」

「うーん…では、やれるだけやってみますよ」

 

 いまいち納得していない様子のルーデウスだが、それも仕方ないだろう。いきなりそんなよく分からないものを習得しろと言われても、ピンとこないのも当然である。

 水神流の奥義の原型、などと大層なことを言われたが、そもそもルーデウスは水神流もまだまだ知らないことばかり。奥義など、ひとつも知らないのだから。凄さを理解出来ないのだ。

 

「ひとまず、敵から接近された時に対処出来るようになって欲しいのです」

 

 魔術師となるルーデウスは、遠距離は無類の強さを誇ることになる。だが、接近された時、彼の魔力量は恩恵を与えることがない。

 なので、リベラルはその短所をどうにかしようと考えていた。闘気を纏えないのであれば、相手の動きを先読みすればいい、と。完全に脳筋思考である。当たらなければどうということはないのだ。

 もちろん、それ以外の術も授けるし、そちらが本命になるのだが。

 

 とにかく、キシリカから貰うことになる予見眼と合わせれば、聖級と斬り結ぶことも可能になるだろう。もしかしたら、王級にも太刀打ち出来るかも知れない。

 そこに魔導鎧も組み合わされれば、神級との近接戦も不可能ではないと睨んでいた。

 もっとも、それは習得出来たらの話である。

 

「大丈夫ですよ。魔術も剣術も教えますから。剣術に関しては、パウロ様は北神流を教えてないみたいですので、そちらを中心に教えます」

「……思ったんですけど、リベラルさんって剣術どれくらい出来るんですか?」

 

 今まで一切聞いてなかったな、と思い、ルーデウスはつい訊ねてしまう。成り行きで、リベラルから『龍神流』とやらを教わることになったが、彼女のことをほとんど知らないのだ。リベラルに対する認識が、近所の優しいお姉さんのままなのだから無理もない。

 

「世界一です。私の剣術に敵う者など存在しません」

「…………」

 

 ドヤ顔を見せつけ、無い胸を張るリベラルに、ルーデウスは呆れてしまう。どこか冗談めいた口調からは、本気で言ってるように感じられなかったのだ。

 

「…コホン、下らない冗談はさておきまして。私は特に師がいた訳でもないので、正確な階級はありません、が……三大流派の奥義は大体修めております。なので、全部帝級ということにしておきましょう」

「適当ですね…」

「正式な手順を踏んでませんからね。そもそも誰にも認められてませんし、何を名乗るのかは自由ですから」

「……分かりました」

 

 本当に大丈夫なのか不安になってきたルーデウスだが、どうやらリベラルは本気のようだった。そのことを察し、大人しく頑張ることにする。

 剣術に関しては、パウロがいるのだ。例え、リベラルが適当なことを教えても、一応問題はない。魔術に関しては、ロキシーがいなくなり、完全な独学となっているのが現状だ。なので、教わるだけなら損はない。

 

「シルフ様は……」

 

 その他には、結界魔術や治癒魔術も、ひとつひとつ教えていくつもりだ。ルーデウスはこれでいいだろうと考え、リベラルは次に隣にいた少女へと視線を向ける。

 今の今まで話についてこれず、口を挟むことの出来なかったシルフィエットは、キョトンと可愛らしい表情を浮かべていた。

 

「ふむ…そうですね。ルーデウス様が教えてください」

 

 最初は自分が教えようかと考えていたが、並び立つ二人の姿を見て、やはり止めることにした。

 

「僕がですか?」

「はい、ルーデウス様のことなので、今まで教えてきたのでしょう。なので、引き続き教えてください。そして、私から教わったことを教えられるようになってくださいね」

 

 人に教えるには三倍理解していないといけない、と言う。復習にもなるだろう。それに、教えることによって、自分に足りないものを知る切っ掛けにもなろう。

 

 ルーデウスは本気で生きると誓ったが、今はまだ我武者羅に頑張ってるだけだ。後悔したくないという願いも、定義が広すぎる。

 明確な目標も定まってないのだから、それはあやふやな誓いだとリベラルは考えていた。最終的には、家族のために何でもするようになるが、今は違うのだ。

 リベラルとしては、己の知る未来の形になって欲しいと思ってはいるものの、無理にその未来にしようとは考えていない。ルーデウスの人生は、ルーデウスのものだ。彼がどのような選択をするのか、現時点では分からないが、リベラルは彼の意思を尊重する。リベラル自身の意思を、押し通すことももちろんあるが。

 とにかく、ルーデウスが“何のために”本気で生きるのか、シルフィエットの教師をすることによって、少しでも学んでくれれば幸いだった。

 

「まあ、最初は私も見ますよ。同じ緑髪のよしみで。もちろんタダです」

 

 何故か怯えた様子を見せるシルフィエットへと再び視線を向け、ニッコリ微笑んで見せる。しかし、三白眼が原因なのか、態度が変わることがなかった。

 

 シルフィエットとは、リベラルにとって言葉には表せない存在だ。先程も言ったように、ほぼ義妹であったエリナリーゼの孫であり、父親であるラプラスが世に放ったラプラス因子の持ち主で、緑髪なのだから。ラプラスの血も引いてるようなものである。

 ルーデウスと結婚して幸せになってくれるなら、それに越したことはない。だが、もしそうならなかった時に、一人で生きる力を持っておいて欲しい。

 

 結局、怯えられてロクにシルフィエットと会話出来なかったことにションボリしつつ、リベラルはふたりを教えることにした。

 

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 

 そして、外へと向かおうとした際、リベラルは家の中へと戻り、机の上で開きっぱなしとなっていた本を、本棚へと戻す。

 龍族の技術を書き記したこの書物は、あまり見られたくないものなので、せめて片付けるくらいのことはしなくてはならない。

 

「どうしたのですか?」

「日記をしまってました。私の黒歴史ですからね。誰かに見られたら恥ずかしさで死んでしまいますよ」

 

 そうして準備を終えたリベラルは、今度こそ外へと出ていった。




Q.明鏡止水?転?漣?何それ?
A.独自設定たちです。水神レイダの『剥奪剣界』を見て考え付きました。明鏡止水はその原型という設定です。


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7話 『変化』

前回のあらすじ。

パウロ「誕生日おめでとう」
ロキシー「旅に出ます」
ルーデウス「イケメンの友達ゲットだぜ」
シルフィ「よろしく」

前書きであれ言っとかないとなぁ、なんて考えながらいざ投稿すると、何を告げようとしていたのか忘れてしまう悲しみ。
まあ、忘れるくらいなら大したことないよね?なんて思って放置すると、何故か大切なことだったり。
ありますよね。


 

 

 

 2年の歳月が経過し、ルーデウスは七歳の少年となっていた。その間に、色々なことが起きていた。

 

 まずは、ルーデウスがようやく、シルフィエットのことを女の子だと気付いたのだ。生憎、その場にリベラルは居合わせてなかったし、その後に特に相談も受けてなかったので、問題が解決してから聞いた話である。

 次に、グレイラット家のご息女が二人誕生していた。勿論、ゼニスの娘と、パウロの不倫によって出来たリーリャの娘である。これに関しても、リベラルは解決されてから聞いたのだが、修羅場に割り込む勇気はないので、むしろ良かったと思っている。

 取り合えず、娘のノルンとアイシャは抱っこしてきた。とても可愛く、思わずおっぱいを上げてしまいそうになった程だ。赤子と触れ合う機会が少なかったので、母性が刺激されたのかも知れない。

 

「少し不味い兆候ですね…」

 

 2つのイベントを、いつの間にか見逃していたリベラルであったが、そのこと自体はどうでもいいのだ。口出しするような問題でもなかったし、本人たちで解決すべき出来事だったのだから。

 見ることが出来なかったのは残念だが、それはただの私情に過ぎない。

 

 危惧していたのは、自身の問題だった。

 

 リベラルがブエナ村へと訪れてから、“もう”4年も経過していたのだ。あっという間の感覚だった。

 ルーデウスに教えるペースが遅いわけではない。シルフィエットもいつの間にか、水聖級魔術師になっていた。あまりにも順調と言えよう。むしろ、やり過ぎたと反省しそうになったほどである。

 だから、問題はこの4年間が、リベラルにとっては“数ヵ月程度の感覚でしかなかった“ことだ。時間の感覚が、人間から龍族のものになっていた。

 

「時間の軽視は現実を鈍らせます。一秒はとても貴重なものです……1日を大切に過ごさなければ…」

 

 約五千年もの時を過ごしたリベラルは、あらゆる出来事を経験してきた。膨大な経験が、彼女の中に根付いている。故に、毎日が新鮮みのない、陳腐な1日に感じるのだ。

 同じ出来事の繰り返しのように感じ、日々の思い出が記憶に残らない。長寿である不死魔族や龍族は、時間を軽視するからこそ、好機や転機を見落としがちだ。

 今回見逃してしまったイベントは、たまたま重要なものではなかった。しかし、また今回のように時間の感覚を忘れてしまえば、取り返しのつかない失敗をしてしまうかも知れない。

 

 リベラルは深呼吸を行ない、意識を切り替えていく。同じことを繰り返さぬよう、自らの心に戒めて。

 

「そうと決めたからには、早速行動しましょうか」

 

 立ち上がったリベラルは、グレイラット家へと向かう。いつものような食事のお裾分けではなく、パウロに用があったのだ。

 最近のルーデウスは、実力が既に平均的な冒険者以上のものとなっている。手札的には、既にパウロを越えているだろう。今まで父親らしいところを見せてなかったパウロに、そろそろ父の偉大さを示してもらわなければならない。

 

 本来の歴史では、フィットア領のお嬢様(エリス)の元へ家庭教師として送られる頃だ。だが、このままではそうならない可能性がある。その辺りのことで、手を打つ必要があった。

 あまりルーデウスの意思は無視したくないが、リベラルにもリベラルの事情があるのだから。

 

 

 

――――

 

 

 ルーデウスはこの2年の間で、恐ろしいほど成長した。また、そんな彼が教えていたシルフィエットも、水系が聖級となり、土と風も上級となっていたのだ。

 リベラルの教えが良かったのかは分からないが、二人にそれだけの才能があったことは確かだろう。

 

 ルーデウス自身のレベルも、大きく成長した。正直、自分でもここまでやれるとは思っていなかった程だ。

 現在のルーデウスのスキルを表すと、以下の通りである。

 

――――

 

・剣術

 剣神流:中級

 水神流:初級

 北神流:初級

 

・攻撃魔術

 火系:上級

 水系:王級

 土系:聖級

 風系:聖級

 

・治癒魔術

 治療系:上級

 解毒系:中級

 結界系:上級

 

・召喚魔術:初級

 

――――

 

 やはり、剣術は闘気が纏えないことが原因か、あまり成長している気がしないが、実際にはそんこともない。そもそも上級とは、才能ある者が一つの流派に打ち込んで、10年ぐらいかかると言われている。

 今のルーデウスは、まだ七歳の少年なのだ。それで既に中級であることを考えれば、明らかに異常でしかない。パウロも我が子は天才だと喜んでいた。それに、この他にも龍神流の技もあるのだから。

 因みに、中級で剣士としては一人前、と言われている。

 

 魔術に関しては、言うまでもないだろう。攻撃魔術は、火系以外は全て聖級に至っているのだ。治癒系も、リベラルが丁寧に治るまでのメカニズムを説明し、無詠唱での発動が可能になった。

 とは言え、結界魔術に関しては詐欺である。理解も出来てなければ、発動の出来ないものがほとんどなのだ。だが、リベラルが取得させたかったものだけ取得させたので、何故か上級という扱いになったのである。

 尚、召喚魔術に関しても、触りを教えてもらっただけなので、ほぼ扱えない。

 

 

――――

 

 

「……うーん…」

 

 思案げな表情を浮かべ、ルーデウスは考え事をする。つい先日、パウロから学校はどうするのか聞かれたのだ。

 パウロは「学校は堅っ苦しいだけで貴族にろくな奴がいない」と、実体験のように溢し、行くかどうかは任せる、と告げた。

 友達を増やしたい気持ちのあったルーデウスだが、そのように言われれば、当然ながら通う気も失せる。

 だが、ロキシーから最近届いた手紙には、『ラノア魔法大学』は種族的な差別もない良いところだ、と書かれていたのだ。敬愛するロキシーがそう言うのであれば、友達は沢山出来そうである。

 

「先生、今はどこにいるんでしょう…」

 

 手紙の内容も、少しばかり慌ただしい様子であった。

 どうやら、しばらく腰を落ち着かせることがないらしいので、こちらに手紙を送ったとのこと。去り際にもらったリベラルの助言を切っ掛けに、水王級魔術師になれたらしく、今は様々な場所を旅してるらしい。

 水王級魔術師なので、立ち寄った各国では宮廷魔術師として引く手数多のようだが、今のところは全部断ってるみたいだ。魔術師として、もうワンランク上がれそうな手応えを感じてるみたいで、腰を落ち着かせたくないらしい。

 

 ともかく、様々な場所を巡り、腕を磨いていると言うことだ。どこにいるのかも分からないので、返信も出来ない。

 文通をしたかったが、そういう事情であれば仕方ないだろう。ロキシーからの一方通行しか出来ないのだから。

 

「学校か……」

 

 リベラルのお陰で、特に行き詰まりもしていない。なので、魔術のレベルアップのために行く必要はないのだ。

 しかし、友達は欲しい。ブエナ村にはシルフィエットがいるのだが、彼女だけしかいないのだ。苛めっ子であるソルマたちとは、残念ながら友達にはなれそうにもないので。

 ルーデウスは生前、引きこもりだったのだ。少なくとも、中学までは順調に歩めていたのに、高校で変な正義感を見せてしまったせいで、虐められるようになった。それを機に引きこもりとなった訳だが……もう一度青春をやり直したい気持ちが、心の奥底にあった。

 

 もっとも、パウロの話を聞いたので、貴族の少ない学校――ラノア魔法大学に通いたいとは思っているものの、シルフィエットのことを考えればそうもいかない。

 

「ルディ、学校に行くの?」

 

 ふと呟いていた言葉に、シルフィエットが覗き込むようにルーデウスを見ていた。

 不安げな表情だ。まるで、迷子になってしまった幼子のような、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気。

 

「いや、行くつもりはないよ。父様は学校に行ってもイジメられるだけで、何も学べないって言ってたし。ただ……」

「ただ?」

「ずっとブエナ村で過ごすつもりはないしさ……父様には冒険者になった方がいいって言われたし、友達も欲しいから学校にも興味がない訳じゃない」

 

 ルーデウスのその言葉を聞いたシルフィエットは、絶句した様子を見せていた。

 だが、彼はそれに気付かず、言葉を続ける。

 

「学校に行くか、冒険者か、どっちになろうかな」

 

 それは、軽い気持ちだった。

 

 転生者であるルーデウスは、このファンタジーな世界に生まれ落ちたが、自分が主人公のような存在だとは思っていない。そのような妄想は、生前に何度も行ない、結局は現実に引き戻されたのだから。

 しかし、世界を見て回りたいとは思っていた。生前の常識が通じぬ不思議な魔術に、実際にあった伝説の数々。未だ見たことのない種族に、植物や動物。

 それらはブエナ村で暮らしている限り、決して見ることが出来ぬだろう。未知への好奇心だ。ルーデウスを繋ぎ止めるには、ブエナ村という世界はあまりにも狭すぎた。

 リベラルの教えもあるので、魔物や何者かに後れを取るとも思えない。世界を巡るだけの実力を、手にした自信もある。

 

 そんな、村の外への興味から溢れた言葉だった。

 

「……や」

 

 けれど、その事実をシルフィエットは拒絶し、まるでルーデウスを引き留めるかのように抱きついた。

 

「し、シルフィエットさん?」

「い、や、いや……いや!」

 

 シルフィエットは苦しくなるほどの力で、ルーデウスを抱き締める。彼も思考が追い付かず、戸惑ってしまう。

 突然なことに何も言えなかったルーデウスの沈黙を、拒絶されたと感じたのか、シルフィエットは涙を溢し始めた。

 

「い、いか、行かないで……うぇ、う、えぇぇ~ん」

 

 泣き出してしまったシルフィエットに、ルーデウスはどうすればいいのか分からず困惑してしまうが、取り合えず抱きつかれたまま、頭や背中をなでたりさすったりする。つい、お尻も触ってしまいそうになるが、流石にそれは自制した。

 代わりに、背中をギュッと抱き締め、身体の全面でシルフィエットの感触を味わう。

 

「ひっく、やだよぉ、どこにも、いかないでよぉ……」

「あ、ああ……」

 

 その必死な姿に、ルーデウスもふざけた気持ちを鎮めていき、シルフィエットのことをしっかりと見つめる。

 

 最近、シルフィエットは午前中から、ルーデウスの家に訪れることが増えた。嬉しそうな表情を浮かべ、パウロとの剣術の稽古を見つめるのだ。

 稽古が終われば、二人で魔術の練習をしたり、勉強をする。分からないことがあれば、その都度リベラルに訊ねたりしてるが、その時にだけしか彼女とは会わない。

 そんな生活を送ってきた。稽古と質問の時間を除けば、ほとんど一緒に過ごしている。

 

 苛めっ子から助けたのは、ルーデウスだ。

 魔術を教えたのは、ルーデウスだ。

 共に過ごすことを教えたのは、ルーデウスだ。

 

 何もかもをルーデウスが教え、シルフィエットはそれについてきた。孤独や偏見から解放し、一日中一緒にいる相手になった。

 ルーデウスの存在が、シルフィエットの中でとても大きなものになっていることに、流石の彼とて気付く。間違いなく好意を抱かれ、大切な存在だと想われてることに。

 

「わかったわかった。どこにも行かないよ」

 

 そう思った瞬間、外の世界などどうでもよくなった。

 

 魔術の上達にしても、リベラルがいるから問題はない。剣術も同様だ。パウロもいる。少なくとも、既に十分すぎるほどの実力は手にしている。無理に焦る必要もない。

 どこかへ旅立つにしても、それは一人立ちする年齢からでも問題はないのだ。学校だって、その歳から入れるだろう。外の世界への興味はあったが、焦らなくとも逃げていくことはないのだ。

 そう、これからも共に過ごせばいいだけである。最初は打算があってシルフィエットへと近付いてしまったが、今は彼女が愛おしいのだ。それに、共に世界を巡るのも楽しそうだった。

 今更、シルフィエットをほっぽりだして、何処へ行こうと言うのか。これは、彼女へと抱いた、確かな好意――即ちシルフィエットへの恋心だ。好きな子を放って置ける訳がない。

 

 互いに抱き締めあったまま、時間が過ぎていく。そうして、この時間が永遠に続くかと思われた時、

 

 

「――…ルーデウス様。幾らなんでも、その歳からお手付きしないで下さいよ?」

 

 

 いつの間にか部屋へと侵入して来た邪魔者(リベラル)の声に、ルーデウスは自分の世界から舞い戻った。

 それと同時に、シルフィエットから離れる。

 

「シルフィエット様にはまだ分からない世界でしょうが……ルーデウス様はエロいですからね。見境なしですよ。私の下着もいつの間にか盗まれてますし…」

「え、えっと……ボクは大丈夫ですから…」

 

 先程まで抱きついて泣いていたシルフィエットも、羞恥心はあったのだろう。恥ずかしそうにしながら、リベラルへと真面目に答えていた。

 ルーデウスとしては、その台詞に歓喜雀躍である。あのままあーるじゅうはちに突入しても、許されていたのかもしれなかったのだから。

 

 しかし、その言葉を聞いたリベラルは、じっとりした目でルーデウスを見つめる。

 

「まさかここまで調教済みとは……末恐ろしいですね。もしや、私のことも狙ってたり……?」

「失礼ですね。僕はこう見えて紳士で通ってるんですよ。なので、シルフィ一筋です」

「変態という名の紳士ですね、分かります。後、パンツ返してください」

 

 結局、乱入者(リベラル)のせいでシルフィエットとこれ以上の進展は起きなかった。

 ぶっちゃけた話、ルーデウスの中身はおっさんなので、止めてくれたのはありがたくもあった。あのままでは、本当に手を出しかねなかったので。

 

 

――――

 

 

 ハッキリ言おう。

 ルーデウスは調子に乗ってしまった。

 

 生前の科学などの知識を保有していたルーデウスは、初めの内は驕ることもなかった。自分と同じ立場の者――転生者であれば、容易くこのくらいは出来るだろうと思っていたから。

 他の者はゼロからスタートしているのに、自分だけはずっと前からスタートしているのだ。ならば、これくらい出来て当然だと。誰よりも数多くのハンデを貰ったのだから、誰よりも早く先に進めるのは当たり前なのだ。

 

 しかし、この世界のことを知っていくにつれ、その謙虚な考えは薄れていった。

 

 まず、この世界では何故か無詠唱の使い手がほとんど存在しない。それはいい。何やら間違ってるように思える知識が広がってるようなので、転生者である自分はその常識に染まらず、無詠唱が出来たのだから。

 魔力量。これもいい。これも間違った知識が広がってるようなので。幼少期に魔力量の限界を伸ばせることは、シルフィエットを見ていればよく分かる。恐らく自分も、馬鹿みたいに魔術を使っていたお陰で、伸びたのだろうと考えているので。

 取得した数多くの聖級魔術。これもいい。現代知識を保有するルーデウスにとって、それらを会得するのはさほど難しいものでもなかったのだから。転生者なら誰でも出来るだろう。更には、リベラルの教えまであるのだから。

 中級になった剣術。これもいい。パウロによる英才教育によってここまで伸びたが、それでも中級。ぶっちゃけた話、一人前と言われようとも、下から二番目なのだ。頂が全く見えない。

 

 ならば、何がルーデウスを増長させていたか。それは――単純な地力だった。

 ひとつひとつは彼の謙虚さが幸いし、大したことではないと、切り捨てることが出来た。これらの何れかを出来る人は、数多く存在することだろう。

 だが、この全てをこなせる者が、どれだけ存在するか。そんなもの、このブエナ村という狭い世界から出たことがなくとも、数が少ないことは理解出来た。

 本の『ペルギウスの伝説』で出てくる登場人物にも、そんな存在はほとんどいなかった筈だ。化物染みているのも、初代水神くらいか。

 

 過去に一度、パウロに連れられ魔物と戦うところも見たことがある。父親の戦う姿はカッコよかった。それはもう、年甲斐もなく興奮するほどだ。どんな映画のワンシーンにも敵わないと思わせるほどに、魅せられた。

 しかし、ふと思ったのだ――今の自分でも可能なのではないかと。華のある戦いは出来なくとも、魔物を倒すだけなら間違いなく出来る確信があった。

 それに、己の手札を駆使していけば、もしかしたらパウロにすら勝てるのではないかと。そんな考えも、頭の片隅にあった。脳内でのイメージトレーニングでは、パウロに勝つことは出来る。自分の勝つ姿を想像することが出来た。

 魔術を教えてくれるリベラルにしても、稽古をしたこともないのでよく分からないままだ。実力が未知数であるが、どのみち彼女と戦う予定も何もない。

 手取り足取り教えてくれる、よく分からないスレンダーなお姉さんだ。

 

(……もうこれくらいで十分なんじゃね? けっこー頑張ったよな俺?)

 

 そもそも、ルーデウスがここまで頑張ってきたのは、ひとえに後悔したくなかったからである。生前のように後悔にまみれた最期を迎えたくないからこそ、本気で生きることを誓ったのだ。

 だが、その誓いはあまりにもあやふやである。努力に終わりがないのだ。誓いの終わりは、己の死の瞬間にしか訪れない。死の間際に「いい人生だった」と言えればいいのだ。しかし、だからと言って、その瞬間まで本気で生きることなど出来る訳がないだろう。

 

 だから――どこかで妥協しなくてはならない。

 

 剣術は中級? 別に構わないだろう。中級で一人前と言われてるのだから。少なくとも、ルーデウスは今まで本気で励んだからこそ、そこまで辿り着けたのだ。

 魔術は聖級? 十分すぎるだろう。敬愛するロキシーですら、最近までは聖級であった。なのに自分は、水系が王級になるだけではなく、他の系統も聖級になったのだ。

 確かに、他にも学びたいことは沢山ある。しかし、そんなのはゆっくりと学んでいけばいい。今まで本気で頑張り、十分な成果を得られた。その努力は、己の中に根付いている。

 それに、聖級の魔術師になれたので、就職先に困ることもない。転生前の最期のように、どうすることも出来ない“詰んだ状況”になることはなくなった。それだけでも頑張った甲斐がある。

 

(シルフィを育てて、一人立ちの年齢になったら一緒に学生か冒険者になる。それでいいじゃないか)

 

 本来の歴史よりも力を付けた彼は、際限のない生き方に妥協することにした。




Q.何で誰もリベラルがそんなことを教えられるのか疑問に思わんの?
A.ルーデウスは訊ねたがはぐらかされ、パウロなどはある程度何者なのか察してはいるものの、お裾分けしてもらったり村での困り事を解決してもらってるので口にしてないだけです。

Q.え、これ…ボレアス家行かないの?
A.行きます。けっこう無理矢理繋げます。不自然な展開に感じても気にしないで!

※追記
原作でのルーデウスが、この時期にどれくらいのスキルを持っていたのかコピペ貼っときます。

・剣術
 剣神流:初級
 水神流:初級

・攻撃魔術
 火系:上級
 水系:聖級
 風系:上級
 土系:上級

・治癒魔術
 治療系:中級
 解毒系:初級

言うほど成長してない…?
そう思うかは、読み手次第なのですかね…。


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8話 『親の心子知らず』

前回のあらすじ。

リベラル「最近物忘れが激しい」
シルフィ「やだ!ルディと離れたくない!」
ルーデウス「俺超強いし何処にも行かんよ」

今回は結構無理矢理にイベント進行。主人公がパウロを唆すことで進めていく…みたいな?
ルーデウスをボレアス家へ行かせない訳がないじゃないですか!ルディはエリスと結婚させるんや!


 

 

 

「…………」

 

 パウロ・グレイラットは、悩んでいた。悩みの元凶は、息子であるルーデウスのことだ。

 この数年の間に、ルーデウスはとてつもなく成長していた。それ自体は喜ばしいことだ。我が子の成長を喜ばぬ訳がない。その嫉妬してしまいそうなほどの才能は、親として誇らしくも感じていた。

 しかし、その才能故か、どうにも最近のルーデウスは弛んでいるのだ。稽古中も明らかに気が抜けており、以前のような勤勉さを感じられない。

 冒険者時代に見掛けた、己の力を過信して早死にした奴らの雰囲気にも似ていた。不味い兆候である。

 

 それに、シルフィエットとの関係もあまり良い傾向とは言えない。彼女の父親であるロールズからも相談されたのだが、この頃のシルフィエットは言うことを聞かなくなってるらしい。どうやら、ルーデウスを盲信し過ぎて、周りの声を聞かなくなったようだ。

 まるで、洗脳されてるかのようである。シルフィエットはルーデウスに依存し過ぎてるのだ。もしもルーデウスがいなくなれば、彼女がどんな行動を起こすのか想像もつかないが、悪い方向に事態が進むことになるだろう。

 昔のパウロは、彼女のような他者に依存しきった貴族の娘たちを見たことがある。しかも、今のシルフィエットは、変に力を付けているのが危なっかしい。

 

「はぁ…失敗したなぁ…」

 

 ロキシーが家庭教師だった頃のことを思い出す。あの時「力を教える者として、ルーデウスに慢心させないようにしましょう」と、会話していた筈なのだ。

 しかし、それが今ではこの有り様である。ロキシーはルーデウスの才能を前に、己の力不足を痛感して去っていった。その後釜で、何やら知らぬ間にリベラルが教えてるようだが、力を持つ者としての心得は教えられてるように思えない。

 と言うか、以前に丸投げされた。それは父親の仕事だと。

 

 パウロは剣士としてならば、我が子を叩きのめせる自信がある。少なくとも、剣術はまだまだ未熟者だと思い知らせている筈だ。だが、大きく距離を開けたところからの戦いとなれば、パウロは勝つ自信があまりなかった。

 いつの間にか覚えている数々の聖級魔術を鑑みるに、遠距離戦でルーデウスに勝てる存在はほとんどいないだろう。ルーデウス自身もそのことを自覚してるのか、いくら心得を説いても流されてしまってるのだ。

 

 そんな折りに現れたのが、リベラルである。彼女はひとつの提案をしてきたのだ。

 

「ルーデウス様に世界の広さを見せてあげてはどうでしょうか?」

 

 パウロとしても、その提案には賛成であった。と言うよりも、世界は広いから慢心するなと教えたかったのだ。是非もない願いである。

 ルーデウスがこの村に収まる器でないことは、パウロも察していた。いずれ一人立ちし、世界を巡るだろう、と。だからこそ、その前に教えなくてはならない。手遅れになる前に。

 

「どうやら、ボレアス家のお嬢様が暴れん坊らしくてですね……シルフィエット様のこともありますし、一度そのお嬢様の家庭教師をさせてみては如何でしょうか?」

 

 その言葉を聞いた時は、リベラルに読心術があるのではないかと疑ってしまった。もしも、ルーデウスがシルフィエットと共に学校に通いたいと言い出していれば、コネを使ってボレアス家の家庭教師をさせようかと考えていたのだから。

 もっとも、そんなことは言い出してないので、その案は却下していた。だが、再びそのことを一考してみれば、どうにもしっくりくるのだ。ありかも知れないと。

 剣術を途中で教えられなくなってしまうが、ボレアス家には元“黒狼の剣”のメンバー『剣王』ギレーヌ・デドルディアが食客としている。最悪、彼女に引き継いでもらえばいいだろう。

 

 元々考えていた案を、リベラルが後押ししたことにより、明確な選択肢となっていた。

 

「貴族の世界を経験してもらうのもありかと。黒くドロッドロに濁った世界ですので、立ち回りの経験も必要でしょう」

 

 なるほど、と考える。父親との折り合いの悪さが大半だったが、貴族の面倒臭さを知ったからこそ、パウロはノトスの名を捨てて出奔したのだ。

 ルーデウスは強い。だからこそ、ルーデウスの力を欲しがる貴族が、必ず現れる筈だ。その時に、上手くあしらえないと大変なことになったりする。厄介事は誰でも嫌だろう。

 ボレアス家には従兄弟であるフィリップがいる訳だが、彼にその辺りのことを息子へと教えてもらうのもありだろう。世界の渡り方を学べる筈だ。上手い処世術を身に付け、振る舞いを覚えてくれれば幸いである。

 

「あ、ついでに私もコネで使用人にでもしてくださると嬉しいです。最近、本格的にお金がなくなってきまして……」

 

 途中で図々しい頼みもされたが、それはさておこう。

 リベラルとはとうの昔に顔馴染となっているので、コネを使われるのはいいのだ。今までお裾分けを沢山貰ったので、その恩返しにもなる。

 しかし、どう考えてもルーデウスの異常な成長に、一役かってる元凶の一部と言っても過言ではない。彼女とルーデウスを行かせることに、不安しかなかったのだ。

 

 とにかく、リベラルの言う通り、息子の慢心をどうにかするのは、父親の仕事だと考えている。今の現状が駄目であることなんて分かりきってるのだ。

 手段はどうあれ、我が子を正しい道へと導くのが親の責務だ。

 

 とは言え、問題もある。

 ルーデウスをボレアス家へと届けるのはいいのだが、素直に言うことを聞くとは思えない。説き伏せようにも、口の回る息子を説得出来そうにないのだ。逆に、パウロが丸め込まれる未来しか見えない。

 いっそ、力尽くで捩じ伏せようかとも思うが、どうにもルーデウスは切り札や奥の手を隠し持ってるように感じるのだ。だからこそ、こちらの言葉が流されてるようにも思える。

 自信がない訳じゃないが、あまり無様な姿を晒しては説得力もなくなるだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そんな不安を打ち消すかのように、リベラルは告げた。

 

「今のルーデウス様は、パウロ様の敵じゃありませんよ。あのような腑抜けた世間知らず(ガキンチョ)に、パウロ様が負ける訳ないじゃないですか」

 

 そう、元々はその心構えのままでは、呆気なく野垂れ死にすることを教えたいのだ。だったら、そんな気の抜けた息子に負けてはならない。お前は俺よりもまだまだ弱いのだと、教えてやらねばならぬのだ。

 パウロがいつもしてきたことである。口で説明しても分からないからこそ、実践してきた。今回も、その事実を目に見せればいいのだ。

 

「ただ……その辺りのことをパウロ様に丸投げして申し訳ありません」

 

 今回の件は自分が悪いと、リベラルはアッサリ謝罪した。彼女としても、少しばかり考えなしだったと反省してるのだ。

 もしもルーデウスがオルステッドと遭遇した後であれば、どれほど伝授して強くしても、驕ることなどなかっただろう。上には上がいると、骨の髄まで思い知らされることになるから。

 けれど、今はそんな歯止め的存在がいなかった。パウロには勝てるのではないかと、そのような考えが透けて見えるのだ。

 

 もちろん、リベラルが力を見せ付けても良かったのだが――。

 

「とにかく、父親の偉大さをルーデウスだけでなく、私にも見せて下さいよ」

 

 それは、我が儘だった。

 

 かつて龍鳴山で、ラプラスと過ごしていた頃のことを思い出し、親子の姿を見たくなってしまったのだ。今のルーデウスは、どこかリベラルと似ている。

 彼のように全く頑張ってなかったけれど、そこから鍛練をサボるようになってからは弛み続けて、結局後悔しか残らなかった。けれど、それでもラプラスと和解出来たことだけは良かったと思っている。

 今のルーデウスは、パウロのことを父親だと思えてないかも知れない。だが、パウロは確かに、ルーデウスのことを息子だと思ってるのだ。

 そして、互いの気持ちがどうあれ、二人は血の繋がった家族である。

 

 どうか、そのことを理解して欲しい。

 当たり前のように過ごせているこの日常が、どれほど儚く、そして美しいのか。

 見せて欲しいのだ。その絆を、繋がりを。

 失ってからでは遅すぎる。後悔なんてしてほしくない。

 

「不器用でも、口下手でも、だらしなくても、情けなくても、威厳がなくても、良いところがなくても――」

 

 リベラルが最初からルーデウスを説いていれば、話が拗れることもなかっただろう。ただ、二人の絆を見たいが為に、助言だけで押し止めた。

 ただ、それだけのために。

 

 

「――それでも我が子を導くのが、親ってものでしょう?」

 

 

 だから、これは我が儘なのだ。

 

 

――――

 

 

 本日も午前中からの鍛練を行ない、パウロと稽古を続けるルーデウス。とうの昔に日々のルーチンワークと化した稽古に、彼はマンネリしていた。

 

「あふ…ふあぁ……」

 

 気の緩みからか、思わず欠伸を溢してしまったルーデウスに、パウロの振るった木剣が迫るも、咄嗟に後ろへと飛び退きかわす。

 避けられると思ってなかったのか、僅かに目を見開くパウロ。次の動きをルーデウスは待っていたが、やがてパウロは木剣の切っ先を地面に下ろし、構えを解く。そのまま溜め息をひとつ溢した。

 

「なあ、ルディ」

「はい、なんでしょう父様」

「俺との稽古はつまらんか?」

 

 ルーデウスはいきなりそのようなことを尋ねられ、キョトンとしてしまうも、先ほど欠伸をしてしまったことを思い出す。あのような姿を見せては、そう思われるのも無理はないだろう。

 

「いえ、そんなことはないですよ」

「けどなぁ…最近のルディからは気迫を感じないんだよ。全てをものにして見せるって気概がな」

「……今までの僕は少し急ぎすぎてましたからね。だから、これからはゆっくり学んでいこうかと思いまして」

「ははっ…確かに、今までのお前は生き急いでたからなぁ……本当ならこれくらいが普通なのかも知れん」

 

 どこか自嘲気味に呟くパウロに、ルーデウスは首を傾げる。

 いつもなら途中で会話を交えようとも、稽古を中断してまで話に乗じることはなかった。しかし、未だに剣を構えようともせず、口を開き続けるのだ。

 

「今まで聞いてなかったが……ルディは何のために頑張ってるんだ?」

 

 ふと、そのように聞かれ、ルーデウスは答えに詰まってしまう。

 

「剣術と魔術は俺とゼニスが習わせたことだが、お前は嫌なことは嫌だと言うだろ。だが、弱音を吐くことなくここまでやってきたんだ」

「それは……」

「なのに、最近のお前からはやる気が感じられねぇんだ……なあ、ルディ。今まで何のために頑張ってたんだ?」

 

 ――前世での後悔を繰り返さないため。

 

 なんてことを言える訳もなく、当然ながらルーデウスは沈黙してしまう。自分が何者で、何のために本気で生きていたのか、言える訳がなかった。

 咄嗟に尤もらしいことも言えず、沈黙が空間を支配する。

 

 パウロは違和感を感じていたのだ。言われるがままに習っていたのであれば、今までの必死さに理由が付かない。何か目標があったとしても、弛んできた理由が分からない。確かに強くなったが、何故ここで気概がなくなったのか分からないのだ

 だが、もしもその才能にかまけ、十分に強くなったのだと思ってるのならば――その勘違いを正さねばならぬ。

 

「ルディ。お前もしかして、自分の力を過信してねぇか?」

「してませんよ。むしろ、上には上がいると思ってます。父様に剣術で勝てる気もしないのに、更には聖級やら王級やらと上が存在するじゃないですか」

「……そうだな、父さんはまだ上級だしな」

 

 もっともなことを言うルーデウスであったが、パウロは内心で「やっぱり心得を教えられてないか」と落胆していた。

 

(俺が言ってるのはより強い相手じゃねぇよルディ……俺を基準で考えてる時点でお前は俺をナメてるんだよ)

 

 パウロは自分のことを最強だと思ってる訳じゃない。自分より強い奴なんてゴロゴロ存在することを理解している。

 だが、ルーデウスが目を向けるべき相手はそんな上の高みじゃない。もっと身近にいる下の存在だ。そこらにいる魔物もそうだし、町のチンピラだってそうだ。そんな奴らだって、ルーデウスを殺すことは不可能でも何でもないのだ。

 牙やナイフで首を掻っ切られれば、それだけで呆気なく人は死んでしまう。そんな当たり前なことを、ルーデウスは忘れてしまってる。

 

 パウロを基準にしてる時点で、パウロより弱い者を侮っていた。自分より弱いと侮れば、それは慢心でしかないのだ。そのことを自覚してないのだから、質が悪い。無意識の内に驕ってるのだろう。

 外では誰もが己を殺しうる存在だと、気を抜いてはならないのだ。人は、簡単に死ぬのだから。

 

「――――」

 

 パウロは意識を切り替えていく。思考が戦闘のものへと変化し、周囲から音が消えた。殺気を剥き出しにし、目の前にいる相手(息子)へとぶつける。

 

「えっ!?」

 

 パウロの豹変に、ルーデウスは戸惑いを見せた。だが、そんなことに構わず、むしろその戸惑いを隙と受け取り、パウロは仕掛ける。

 

 無言で踏み込み一閃。

 殺す気で木剣をルーデウスへと振るった。

 

「ッ!」

 

 ほとんど反射的だったのだろう。ルーデウスは風と火の魔術を使い、爆風を発生させた。更にはその爆発を利用するかのように飛び退き、距離を取る。牽制と後退を兼ねた、素晴らしい判断と言えよう。

 だが、パウロはそんなものお構いなしで、前傾姿勢のままルーデウスへと突っ込んでいた。

 

 既に剣士の間合いだ。

 

 そのことを瞬時に判断したルーデウスは、手に持つ木剣を構え、パウロの攻撃に備えた。心を深く落ち着かせたまま一挙一動を注視し、視線や間合いなどの様々な要因から、パウロの動きを先読みする。

 

「ふっ!」

 

 剣神流・先手『腕落とし』。

 見事に動きを見切ったルーデウスは、木剣を振るうパウロの腕に目掛けて小手を放つ。タイミングを合わせて放たれた小手は、完全にパウロの腕を捉えていた。

 

 ――勝った。

 

 まさかここまで想定通りに運べると思わず、ルーデウスは内心で歓喜する。脳内でのシミュレート通りだ。

 あのタイミングの太刀を、避けることは無理だろう。剣士としてはまだまだ敵わないと思ってたのに、実際にはそんなこともなくパウロに一泡吹かせられた。

 だが、ルーデウスはタイミングを合わせられただけで、まだ攻撃を当てた訳ではない。確かに、地球であれば避けられる者は存在しなかっただろう。だが、ここは異世界であり、相手はパウロなのだ。

 喜ぶには、早すぎた。

 

「えっ?」

 

 パウロは剣を手放していた。

 本来であれば、回避の間に合わなかったルーデウスの小手は、木剣を手放し身軽となることで、パウロの速度を一手早めた。

 そのまま空を斬るルーデウスの木剣の、更に下を潜り込むかのようにパウロは身を屈め、勢いのまま足払いを放っていた。

 

「うわっ!」

 

 無様に転んでしまうルーデウスに、パウロは地面へと落ちる寸前の木剣をキャッチし、それを振るおうとした。

 ルーデウスは少しでも距離を取ろうと足掻いてたのか、倒れたまま地面を蹴っている。

 

「むっ!?」

 

 だが、ルーデウスのからだは不自然な動きで後方へと飛び上がり、パウロの木剣をかわしていた。

 フワリとした奇妙な動きだった。まるで重力を失ったかのような、通常ではあり得ない重たさを感じさせぬ動き。フワフワと後ろへと浮き上がりながら、ルーデウスは距離を取っていた。

 しかし、パウロはその奇異な動きに動揺せず、着地点に向かって踏み込む。

 

 『泥沼』。

 

 ルーデウスはフワリと浮き上がってる最中にもパウロから目を離さず、既に仕掛けていた。将来で彼の代名詞ともなる魔術だ。

 パウロの踏み出した一歩は泥沼と化し、片足を踏み抜いてしまう。が、一瞬で逆足へと体重を乗せ替え、そのまま前へと進もうとし、

 

「ぬおっ!?」

 

 唐突に泥沼側の足が重くなり、バランスを崩して両手をついてしまうのだった。ルーデウスがパウロの重力を、一瞬だけ重くしたが故の現象だ。

 ルーデウスは、今度こそ勝ったと確信する。剣士に両手をつかせたのだ。それはもう勝ったも同然だろう。

 

 しかし、ルーデウスの眼前には、パウロがいつの間に投げていたのか、木剣が迫っていた。

 

「えっ…?」

 

 気が付いた時には、既に脳天へと木剣は直撃する。

 ルーデウスは敢えなく意識を失った。

 

 

――――

 

 

 

「あ、あっぶねぇ……」

 

 パウロは気絶した我が子と、泥沼で汚れた靴を見下ろす。一度父親の強さを見せ付け、ルーデウスの驕りを改めさせようとしたが、危うく返り討ちに遭い掛けたのだ。そんなことになれば笑えない。

 確かに強くなってることは理解していたが、まさかここまで追い詰められるとは思いもしなかったのである。

 

 内容的には完敗だった。

 完全な奇襲は避けられ、反撃に小手を取られそうになった。一瞬でも判断が遅れていれば、腕は持っていかれただろう。

 極めつけは、奇妙な魔術と足元に作り出された泥沼である。両手を地面につけてしまうなど、剣士としてあるまじき失態だ。

 寸前に投げていた木剣が当たらなければ、確実に負けていたであろう。これでまだ七歳なのだから、将来が末恐ろしい。

 

「お見事ですパウロ様」

 

 そこに、観戦していたのか拍手をしながら、リベラルが庭の中へと入ってきた。パウロは思わず、じっとりした目で彼女を見つめてしまう。

 

「おま…ルディに何教えたんだよ。調子に乗るのも当然な強さだったぞ……」

「龍神流ですよ」

「りゅ……!? ……コホン、あ、あー、聞かなかったことにするよ」

「そうですか。パウロ様なら構いませんのに」

「変なこと言うなよ。勘違いすんだろ」

「浮気をしてリーリャ様を孕ませるようなクズに惚れると思ってるのですか? 馬鹿なのですか?」

「…………」

 

 リベラルがブエナ村へとやって来てから約四年。彼女が只者でないことに気付くには、十分すぎるほどの時間だった。

 ルーデウスへと教えた数々の聖級魔術に、王級魔術。剣術の奥義にも精通しており、更にはミリス神聖国に独占されてる筈の結界魔術まで扱える始末。

 だが、今まで食事のお裾分けや、ロキシーに代わって村での困り事を解決してくれた恩もあり、彼女へと深く踏み込むことはしなかった。しなかったのだが、まさか自分から何者なのか仄めかすことを言うとは思わず、軽口を叩き合いながら呆れてしまう。

 

「しかし、なるほどな……道理でルーデウスが強くなる訳だ」

 

 何となく何者なのか察してしまったが、そんな人物から教わってるのであれば、強くなるのも当然なのかも知れない。突然ルーデウスの動きがフワリとしたものになったのも、足が重くなってしまったのも、恐らくリベラルの入れ知恵なのだろう。

 あんな魔術、パウロは見たことも聞いたこともなかった。それでも対処して見せた彼は、流石と言うべきか。そのことにリベラルは素直に賞賛していた。

 

 パウロは戦いの際、考え事をしない。考えることが出来るのか出来ないのかはさておき、無駄な思考をしないパウロは、全てを感覚に任せて動いている。

 本能的に最適解を導き出す野性的な戦いは、ルーデウスにも理解出来ないものなのだろう。だからこそ、彼は勝てなかったのだろうか。

 

「っと、こんな事言ってる場合じゃないな。早くしないとロールズ達が来てしまう」

「そうですね。馬車も既に来てることですし、さっさと運びましょうか」

 

 気絶しているルーデウスを縛り、馬車の中へと放り込む。そのタイミングで、ロールズとシルフィエットは現れた。

 

「ルディ!?」

 

 縛られたルーデウスを見て、シルフィエットは魔術を放とうとする。だが、放つ寸前に集めた魔力を掻き乱され、何も起こすことが出来なかった。

 彼女はパウロの隣にいたリベラルを睨み付け、困惑と憤りを見せる。だが、それをロールズが宥め、何かを話してるようだ。

 

 その間に、馬車から降りてきたギレーヌが現れる。

 

「おまえがリベラルか?」

「はい」

「ギレーヌだ。明日からよろしく頼む……なにをしてる?」

 

 挨拶が終わると同時に、リベラルが懐に手を突っ込み猫耳や尻尾の装飾品を取り出したことに、ギレーヌは訝しむ。だが、リベラルはそんなことを気にした様子も見せず、それらを装着していった。

 

「ボレアス家は獣族が好きだと聞いてます。なので、好みに合わせようかと思いまして」

「そうか」

「にゃんにゃん。明日からよろしく頼むにゃん!」

「あ、ああ」

「何してんだお前……」

「……すいませんやってみたかっただけです。もうしませんごめんなさい」

 

 呆れるギレーヌとパウロを無視し、リベラルはそのまま馬車へと乗り込んだ。

 どうやら、少しばかり無理をし過ぎたのだろう。あのような痛いことをするのに、リベラルはあまりにもババア過ぎた。無茶すんなである。

 ギレーヌもパウロから手紙を受け取り、続いて馬車へと乗り込んだ。

 

「ふぅ……」

 

 三人を見送ったパウロは、一息吐いた。

 

(……ルーデウス)

 

 馬車を眺め、彼は息子のことを想う。今回は短絡的で暴力的な手段となってしまったが、世界のことを知るにはいい機会だと思うのだ。

 情けないことに己の力不足が原因で、こうなってしまったと言っても間違いではない。けれど、それでも父親として出来ることは尽くしたつもりだ。

 

(お前の行く先で起こる出来事は、きっとこの村では味わえないものだ)

 

 世界は広い。

 だから、もっと知って欲しい。

 可能性の広さを。

 

(それはきっと、お前の力になる)

 

 ルーデウスの乗った馬車を見ながら、パウロはそんなことを考えていた。




Q.ルディ強制連行?
A.本人の了承どころか、話を通してすらいません。パウロとリベラルがクズ野郎なのです。次回は拐われたルーデウスへの説得パートとなります。

Q.まさかそんな…重力魔術!?
A.今のルディでは、流石に僅かな間しか使えません。どこぞの三世のようなアクロバティックな戦いには、もっと修練が必要です。

Q.原作改編…あれ?しないの?
A.しますが、それはまだです。ちょっとずつずらしていってる最中なだけです。完全な改編はもうちょい先なのです。


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9話 『心の距離感』

前回のあらすじ。

ルーデウス「調子のってたら襲われた」
パウロ「俺に勝とうなど百年早い」
リベラル「一緒にボレアス家へ行くにゃん!」

今回はまだボレアス家へ行きません。シルフィエットに全然触れてませんしね。彼女ともう少し戯れます。
後、今回は改訂前から私が成長出来てるのか問われる回。核心を語らせず、如何に遠回しに語らせられるのか。突拍子さが薄く出来てるか。
皆様がどう感じるかは分かりませんが…うん、なるようになーれ!


 

 

 

 ルーデウスが目を覚ました時、彼は全身を縄でグルグル巻きにされていた。いわゆる簀巻き状態である。

 状況を確認するために首を動かせば、ここが小さな箱の中――馬車に乗せられていることを理解した。それと同時に、二人の人物が視界に映る。

 

 一人はリベラル。

 己に魔術や剣術を教えてくれた師匠とも言える人物。だが、何故か彼女に猫耳と尻尾が生えていた。まあ、そのことは置いておこう。色々と突っ込みどころはあるものの、知ってる人物なのだから。

 

 もう一人の人物は、見たことがなかった。

 チョコレート色の肌、露出度の高いレザーの服、ムキムキの筋肉、全身に傷、眼帯をつけていて姉御って感じのするキリッとした顔立ち。彼女もリベラル同様、獣っぽい耳と虎っぽい尻尾が生えていた。

 

(どうなってんだ……?)

 

 最後に見た光景を思いそうにも、木剣が迫ってきたところで記憶が途切れている。何故そこからこんな状況に陥っているのか分からない。

 

 と、そこでマッチョなウーメンと目が合ったので、先制の意味も込めて挨拶から入ることにした。

 

「初めまして、ルーデウス・グレイラットと申します。こんな格好で失礼します」

「パウロの息子にしては礼儀正しいのだな」

「母様の息子でもありますから」

「そうか。ゼニスの息子だったな」

 

 どうやら両親の知り合いだったようで、ルーデウスはホッと一安心する。リベラルがいるのであまり心配はしていなかったが、やはり簀巻きにされて無防備な状態を晒してるのはあまり心地よくなかったのだ。

 取り合えず、ルーデウスは火の魔術を使って縄を焼き切る。拘束を解いたことに何か反応するのだろうか、と思ったが、二人とも特に反応は示さなかった。

 何で拘束されていたのか疑問は残るものの、とにかく状況を確認しようと考える。

 

「ギレーヌだ。明日からよろしく頼む」

「それは、どうも、よろしくお願いします」

「ああ」

 

 適当に返事をしたものの、何だかよく分からないまま話が進んでおり、ルーデウスは困惑してしまう。周囲を見渡しても、ここが馬車の中であることと、小さな窓から見える外の景色が、自分の知らぬものであることしか分からなかった。

 何でこんなことになってるのか幾ら考えても分からず、気が動転してしまうもリベラルから教わった『明鏡止水』の心持ちで落ち着かせていく。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 心が落ち着いてきたので一息吐き、隣に座っていたリベラルへと視線を向ける。分からないのであれば、分かる人物に聞けばいいだけだ。

 

「あの、リベラルさん」

「どうしましたか、ルーデウス様」

「状況が分からないんですけど……何で僕は縄で縛られて、馬車で何処かへと運ばれてるのですか?」

「気絶する前……パウロ様が言ってたことを覚えてますか?」

 

 リベラルにそう聞かれたので、ルーデウスは何を言われたのかを思い出していく。

 

「確か……最近やる気を感じられないってことと、自分の力を過信してないかってことを言われましたね」

「そうですか。つまり、そう言うことでしょう」

「いや、全く分からないんですけど」

 

 まるではぐらかされてるかのような返答に、ルーデウスはじっとりした目付きになってしまう。結局、それでは何でこんなことになってるのか分からないままなのだ。

 

 なんて悩んでいると、対面に座るギレーヌが口を開いた。

 

「パウロは懸念していたのだ。息子の成長は早いが、慢心してきていると」

「はぁ」

「だから、一度外の世界を見せようとしている」

 

 いまいち要領は得られなかったが、ルーデウスは何となく事情を理解していく。要は、調子に乗ってたから厳しい環境に放り込もう、といったところだろう。

 何で頑張ってきた俺がこんな目に遭うんだと、ルーデウスは納得出来ずに憤慨する。

 

 確かに、パウロの言う通り自分の力を過信していたかも知れない。それは認めよう。だが、だからと言って唐突に強硬手段に出るなんて可笑しいだろう。口で言えば済む話だ。

 それに、どこへ向かってるのか知らないが、下手をすればシルフィエットに会えなくなるのかも知れないのだ。それも嫌だった。

 そもそも、外の世界を見せるなんて、余計なお世話である。

 

「これ、どこに向かってるんですか?」

 

 言ってから、ルーデウスはその質問の無意味さに気付いた。ブエナ村の周辺地のことも知らないのに、目的地を聞いても結局分からないだろう。

 だが、既に質問したことなので、返答される。

 

「フィットア領の一番大きな都市であるロア。そこの領主の館へと向かっています」

「……どういうことですか?」

「パウロ様のコネを利用し、ロアという都市に住むお嬢様の家庭教師をすることになってる、と言うことです」

「……話が見えません。どうして僕がそんなことをしなければ?」

 

 結局、肝心な理由が分からないままだった。どうして自分がそのような場所に向かい、どうして家庭教師をしなければならないのか。

 

「理由は幾つもありますが……取り合えず3つ挙げます」

 

 隣に座るリベラルは、3本の指を突きつけるかのように示す。

 

「まず、ルーデウス様が慢心しているようでしたので、その驕りを直すため」

「……そこまで自分の力を過信してるつもりはないんですけどね」

 

 とは言ったものの、ここまでされたのであれば、恐らく周りからは目に見えて慢心していたのだろう。

 少なくとも、家族であるゼニスやリーリャ、それにリベラルも今回の件を止めようとしてないみたいだ。パウロ以外のその3人から見ても、最近のルーデウスはあからさまだったのだろう。

 そのつもりはなかったものの、こうまで突き詰められてしまえば、その事実を受け入れざるを得ないだろう。

 もっとも、理解はしたが納得はしていない。

 

「そして、シルフィエット様との関係です。まるで洗脳でしたね。ルーデウス様の言うことを何でも聞く、人形のような子になってましたよ」

「えっと……周囲からはそのように見えてたのですか?」

「そうですね。彼女の父親であるロールズ様の言うことも聞かなくなってましたし、私の目から見ても洗脳と変わりない状態でしたね。……私がルーデウス様に教えるように言ったのが原因かも知れませんが」

「……いえ、僕もある程度自覚してましたので、リベラルさんは悪くないです」

 

 そこまで言われてしまえば、肯定せざるを得なかった。

 元より、ルーデウスは自身への好意を利用し、シルフィエットを自分好みな女の子へ育成しようと考えていた。光源氏計画だ。リベラルの指摘は間違えていない。

 これはそのことを突っ込まれてしまったようなものである。非を認めるしかない。

 

 それに、将来的なことを考えても、あまりいいことではなかったのかも知れない。一緒に冒険者や学生になろうと考えていたが、旅先でもずっと甘えられっぱなし、学校でもずっとルーデウスとだけしか関わらない。なんてことになっていたかも知れない。

 そう思えば、離れると言うのはお互いにとって良いことだったのかも知れない。……と、思わないとやってられない。凄く寂しかった。

 

「最後の理由ですが……先程も言ったように、外の世界を見せるためですね」

「……余計なお世話です」

「そうかも知れませんが、最近のルーデウス様は真面目に稽古へと取り組んでましたか? 欠伸をよくするとパウロ様が愚痴ってましたよ」

「僕なりに精一杯頑張ってましたよ」

 

 欠伸はしていたものの、パウロの言うことはちゃんと聞いていた。と言うより、欠伸くらいいいじゃないかという気持ちが渦巻く。

 気の緩みなんて、誰にでもあることだろう。稽古中であれど、ずっと張り詰めた気持ちで行うのは結構しんどいのだ。 

 

「……ルーデウス様。もう少しパウロ様の気持ちを考えてください。あの方は貴方の為にやっていたのですから」

「父様の気持ちですか?」

「はい。パウロ様は息子が後悔しないように、強くなって欲しいと願って何を教えるのか考えてます。感覚的で分かり辛いことも多いでしょうが、パウロ様なりに分かりやすく説明してるのですよ」

「…………」

「そこで欠伸を溢し、やる気の見えないルーデウス様を見れば……『もしかして、俺との稽古はつまらなかったかな?』とか『剣術に飽きてしまったのかな?』とか、どうしても不安に思ってしまうものですよ」

「……あ」

 

 リベラルの言葉に、ルーデウスは心を抉られた。それは、自分も経験のあることだったからだ。

 

 それは前世で小学校くらいの時だ。

 大したことではない。少なくとも、その後の人生に影響のあることではなかった。なのに、何故か鮮明に覚えていた。

 確かその日、テストの点が良くて喜んでいた。百点満点だ。小学校のテストだったので、そう珍しいことでもない。けれど、その時の彼はそのことがとても嬉しかったのだ。

 なのに、頬を緩めて両親にそのことを報告した時、両親は大した反応を示さなかった。面倒そうな表情で「へぇ、よかったね」と告げただけである。その日の両親は素っ気なかった。

 何故だったのかはすぐに知った。単純にその日は忙しかったのだ。忙しいところに現れた息子に、偶々素っ気なくなってしまっただけのこと。

 だが、その日のルーデウスは悲しくなった。「二人に嫌われたのだろうか?」とか「俺のことなんてどうでもいいのかな?」とか。冷たさを感じさせる態度に、そう思い傷付いたのだ。

 

 パウロも、きっとそうだったのだろう。

 息子のためを想って稽古をしているのに、つまらなさそうな反応を見せてしまって。酷く、悲しい思いをさせたに違いない。

 

 ストンと、どうしてパウロがこんなことをしてしまったのか腑に落ちる。

 

(ああ、そうだったな……)

 

 世界の広さを見せると言っていたが、他にも何か熱中出来るような好きなものを見付けてこいと、そんな意図もあったのだろう。剣術しか教えられない父親の、不器用な優しさだった。

 そのことに気付き、ルーデウスは思わず頭を抱えてしまう。

 

(ほんと――余計なお世話だよパウロ)

 

 こんなまだるっこしい真似をせず、口で説明して欲しい、と。これでは、ルーデウスが我儘を言ってしまったみたいではないか。

 だが、そう言うことであれば仕方ないだろう。

 

 今回の件について、ルーデウスは目を瞑り受け入れることにした。

 

 

――――

 

 

 経緯を受け入れたルーデウスは、パウロの手紙をギレーヌから受け取り、より状況を把握していく。まだまだ分からないことが多いので、自分のすべきことをしっかり確認しなくてはならない。

 

 リベラルが告げたように、ロアという都市に住むエリスお嬢様の家庭教師をすること。

 そこでお金の使い方や、貴族を相手にした世間の渡り方。つまり、処世術を学ぶこと。

 自分が何をしたいのか、何を目指してるのかを理解すること。それに、相手を見極められるようになること。

 

 それらの情報の整理が終われば、隣と向かいにいる二人へと視線を向けるのも、当然のことだろう。ずっと考え事をしていても、退屈なのだ。

 

「ギレーヌさん。改めまして、これからよろしくお願いします」

「ギレーヌでいい。さんはいらん」

「あ、じゃあ、僕のことはルーデウスでいいです」

 

 そのようなやり取りをしたルーデウスは、ふとリベラルのことを思う。

 リベラルは誰が相手でも敬語で話す。それはいいのだ。そういう口調なのだと受け入れられるのだから。

 しかし、必ず“様”と敬称をつけるのが不思議だった。この数年間で、彼女から敬称抜きで呼ばれたことはない。ルーデウスはまだ子供だと言うのにも関わらずだ。

 

 勿論、過去に敬称なんていらないと告げたことはあるのだが、

 

「ところで、ギレーヌ様」

「ギレーヌでいい。様はいらん」

「そうですかギレーヌ様。では、私のことはリベラルで構いません」

「……そうか」

 

 このように相手の意思を無視し、ずっと止めることがなかった。否が応でも、余所余所しい雰囲気を感じてしまう。

 どうしてなのか理由を訊ねたこともあるが、ありふれた言葉を並び立てるだけであったのだ。そう呼ぶことに慣れてしまっただけ、と。

 

 どうにかして普通に呼ばせたい。

 そんな気持ちが沸き上がってきたのだ。

 

「リベラルさん」

「どうしましたかルーデウス様?」

「僕のことをルディって呼んでみて下さいよ」

「……うーん」

 

 普通に頼み込んでみると、意外にも反応は悪くなかった。思案げな表情だ。どうするのか悩んでるようにも見える。

 

「……駄目、ですか?」

 

 なので、ルーデウスはだめ押しとばかりに、上目遣いで目に涙を溜めてみせる。

 本来であれば役割が男女逆なような気もするが、ショタがお姉さんにおねだりしてると考えればありだろう。

 両者の中身がカオスなのが実態だが。方や中身おっさんのショタで、方や猫のコスプレをした痛いババアだ。

 リベラル自身もそのことを自覚してるので、微妙な気分である。

 

「では、ルディ様とお呼びしますよ」

 

 長考した末、結局愛称で呼ぶのであった。

 

「……リベラルさんって、どうして頑なに敬称をつけるのですか? 本当の理由を教えて欲しいんですけど…」

 

 ルーデウスとしては、そのことがずっと不思議であった。三歳の頃からの付き合いだと言うのに、どこか隔たりのようなものをずっと感じていた。

 建前のような理由ではなく、彼女自身の本心を知りたいのだ。

 

「そんなに知りたいのですか?」

「はい」

「結構酷い理由ですけどいいのですか?」

「はい」

「もしかしたら、ルディ様が傷付くかもしれませんが……」

「構いません」

 

 ルーデウスの揺るぎない意思に、リベラルはひとつ溜め息を溢した。ここまで強く望むのであれば、無下にする訳にいかないのだ。

 彼女とて、どうしても理由を告げたく訳でもない。ただ、差別的な理由でしかないのだから。

 

「仕方ありませんね」

 

 故に、リベラルは口を開いた。

 

「私にとって特別な人にだけ、私は敬称を付けないのですよ」

「……特別、ですか?」

「ええ、私が怒った時は粗い口調になってしまい、敬称を付けないこともありますが」

 

 リベラルにとって特別な存在。

 それは四人いる。

 

 先ずは、父親であるラプラス。最終的に『お父様』と呼んでいたので、結局敬称になってしまってるが、それは父親と呼んでるだけだ。構わないだろう。

 次に、ロステリーナ。彼女には幾度もなく助けられた。父親との和解の切っ掛けを作ってくれたし、精神的に辛くなっても癒しを与えてくれた。妹だと思ってる存在だ。

 そして、サレヤクト。ラプラスの相棒であった赤竜王は、確かにリベラルを見放した。けれど、それ以前ではずっと頼りになる存在だったし、ラプラス戦役にて彼の魂は受け継いだ。サレヤクトの最期に、応えることが出来た。

 

 最後の一人は――。

 

(……もう少し、ですね。二十年以内に決着をつけますよ)

 

 リベラルの脳裏に思い浮かぶは、とある白髪の少女。

 全ての始まりの約束。

 

 彼女がいなければ、ここまでやることは出来なかっただろう。

 

 ロステリーナが眠り、ラプラスは死に、サレヤクトが離れたあの日、きっと龍鳴山で全てを諦め死んでいた。未練たらたらと生き残ろうとしなかっただろう。

 ラプラスにも告げた、この世界で成し得なければならぬ目的のひとつ。今では人神を打倒することを目的としてるが、魂に刻み付けたこの意思と約束を忘れることはない。

 

 やがて、それらの記憶を振り払い、リベラルは隣に座るルーデウスを見据えた。

 

「とにかく、私にとって敬称とは区別するためのものです。他者を特別視しないためにも、私には必要なのです」

 

 いずれ、隣にいるルーデウスや、目の前にいるギレーヌが特別な存在になるかも知れない。けれど、それは今ではないのだ。

 少なくとも、もっと先の話。リベラルの生きた年月は、たったの数年程度の関わりで揺らぐことはなかった。

 

 例え、ルーデウスが必要な存在だとしても。

 

「分かりました……でも、僕はリベラルさんのことが好きですからね」

 

 そう心に戒めたと言うのにも関わらず、ルーデウスはアッサリと心に踏み込む台詞を告げていた。

 

「え?」

「今は無理かも知れませんが、いずれ僕も特別な人になれたら嬉しいです」

 

 ルーデウスがどのような意図を持って告げたのかは、何となく察しが付いていた。今のルーデウスは、まだまだハーレムを夢見る子供(童貞)だ。理想を見ている。

 ロキシーを相手にもしていた、口説き文句である。十年後にも同じようなことを言うのだろう。しかし、残念ながらリベラルは、ルーデウスの考えを見切っていた。

 生憎、堕とされるつもりはないのだ。けれど、好意を向けられるのは素直に嬉しかった。

 

「……フフ。では、その時を楽しみにしてますよ」

 

 リベラルはニッコリと優しい笑みを浮かべ、そう告げた。

 

 

――――

 

 

 ルーデウスが初めてリベラルと出会ったのは、家庭教師の応募でやって来た時だ。

 

「リベラルです。よろしくお願いします」

 

 ロキシーと二人でやって来た彼女を見た時、ルーデウスは俗な気持ちを抱いていた。

 

(おお、ドジっ娘だ!)

 

 家庭教師としての依頼を正式に手続きをすることなく現れたリベラルは、なんとも間抜けなお姉さんに見えた。ロキシーが真面目な中学生のようなタイプだとしたら、リベラルはだらしない大学生みたいなタイプだ。そんな第一印象である。

 去って行くリベラルの後ろ姿を見て、何としても家庭教師になって欲しいなどと思ったものだ。

 

 とは言え、当初はそんな俗な気持ちを抱いただけで、それ以上の感想はなかった。

 

「食事のお裾分けに来ました」

 

 だが、間抜けだとか、だらしないだとか、そんな悪印象はすぐに払拭された。むしろ、ロキシーとリベラルの印象が入れ替わっていた。

 ロキシーは確かに真面目であるが、どこか間抜け――ドジっ娘な光景を多々見ることになった。それに比べ、リベラルは口調も丁寧でミスも少ないのである。印象が変わるのも、当然の帰結と言えよう。

 人を見た目で判断してはいけない良い例である。

 

「私の龍神流を伝授致しましょう」

 

 剣術の腕が上昇しない時に、胸を張りながら告げてくれた。あの時ほど、リベラルのことが頼もしく見えたことはない。そして、実際に強くなることが出来た。

 近所のお姉さんから、親しいお姉さんになった瞬間だ。リベラルは無理に押し掛けようとせず、ルーデウスが頼れば応えてくれる。

 押し付けがましくないのだ。困った時に手を差し伸べてくれる。そんな優しい温かさ。見守られているかのような感覚。

 

 ロキシーは生前ですら、誰もすることの出来なかったことをしてくれた。ルーデウスを家の外へ出してくれた。だから、彼はロキシーのことを尊敬し、崇拝とも言える信頼を寄せる。

 リベラルは崩れそうになった自信を、取り戻させてくれた。過信してしまうほどにまで引き上げてくれた。彼女のことも、ルーデウスはとても信頼している。

 だからこそ、リベラルと隔たりのような壁があることに、ルーデウスは悲しみを感じていた。

 

 ――もっと俺のことを信用して欲しい、と。

 

 

――――

 

 

「でも、リベラルさんも付いてきてくれて安心ですね」

「いきなりどうしたのですか?」

「いえ、僕だっていきなり村の外にほっぽり出されたのは不安でしたので。リベラルさんがいてくれて心強いです」

 

 ロアへと辿り着き、案内していたギレーヌと別れる。そのまま執事の案内によって待合室のような場所に通された二人は、そのような会話をしていた。

 

「手紙にも書いてありましたけど、ここの侍女になるんですよね?」

「ええ、給料ガッポリ手に入りますからね。やはり、お金はトレジャーするよりも、働いて手に入れる方が実感が湧きます」

「……変わってますね」

「お金はお金、宝は宝と分別してるだけです。換金するのは本当に困った時だけですね」

 

 そんなやり取りをしてると、扉がノックされて先程の執事が入ってくる。

 

「ルーデウス様。若旦那様がお戻りになられましたので、こちらへどうぞ」

「あ、はい」

 

 お嬢様の家庭教師をするルーデウスと、侍女として応募したリベラルでは、雇用条件が違う。なので、二人同時なんてこともなく、面接も別々となっていた。

 先に呼ばれたルーデウスは、どこか緊張した面立ちを見せて立ち上がる。

 

「何か、緊張しますね」

「既に話の付いてるルディ様は、不採用、なんてことはあり得ません。契約内容の確認をするだけですので、そこまで緊張する必要もありませんよ」

 

 ルーデウスが家庭教師となるのは、既に決定している話だ。むしろ、暴れん坊であるエリスを教えられるとは思われておらず、逃げ出すと思われている始末。

 取り合えず、彼が何かを意気込む必要はない。

 

「なら、リベラルさんも不採用なんてことにならないで下さいよ? 頼りにしてるんですから…」

「ははは、面白いことを言いますね! 私が不採用になる訳ないじゃないですか! この私が!」

「だといいんですけど……」

 

 そうして扉の向こうへと立ち去るルーデウスを見送り、リベラルは堂々とした態度で呼び出されるのを待つ。装着している猫耳と尻尾の手入れを行ない、準備も完了だ。

 やがて、呼び出されたリベラルは扉の向こうへと消えて行った。

 

 

――――

 

 

 それから数十分後。待合室にて、死んだ魚のような目を浮かべるリベラルの姿があった。

 別にふざけていた訳でもない。わざとこうなってしまった訳でもない。ただ、時には計算外なことも起こりうるだけだ。

 

 リベラルは侍女として採用されなかった。

 無職続行である。




Q.ルーデウスの過去……。
A.捏造です。けれど、そんな同じような経験なら沢山の人がしただろう、と言うものを挙げてみました。

Q.白髪の少女?オリキャラ?
A.違います。とはいえ、何者なのか察する人は察するでしょう。そして何者なのか察することが出来たのであれば、自然とリベラルがどんな存在かも想像がつくことでしょう。まあ、流石に言いませんけど。


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10話 『失敗続き』

前回のあらすじ。

ルディ「パウロを許してやろう」
ギレーヌ「さんはいらん」
リベラル「不採用言い渡されました」

大変お待たせしました。書く時間が思ったよりもなかった&細かい話の流れが思い付かなかったことで、更新が遅れ……え?言い訳はいらない?
す、すいませんでした……申し訳ないです……。


 

 

 

 不採用を言い渡される数十分前。

 

 自信満々なリベラルが室内に入った時、そこにはフィットア領の領主であるサウロス・ボレアス・グレイラットがいた。

 何故か用意されてる椅子に座っておらず、腕を組んで、顎をそらして、上から目線で、睨み付けていた。厳しい表情だ。その視線は、リベラルの頭へと向いている。

 

「……ふん!」

 

 鼻息をひとつ。

 どうやら、リベラルの髪に緑色が混じっていることが気に入らないらしい。ラプラス戦役にて『銀緑』の話が出回ってるとは言え、それはスペルド族に掛けられた呪いを覆すほどの効力はないのだ。『銀緑』の正体がハッキリしてないことも拍車を掛けている。

 

 が、リベラルの頭に装着されてる猫耳と尻尾を視認し、サウロスの表情は和らぐ。

 

「貴様! 名を何と言う!」

「リベラルです」

「ならばよし! リベラル! 貴様をこの館の侍女として認めよう!」

「ありがとうございます」

 

 面接も何もなく即決である。

 

 本当にそれでいいのかとツッコミを入れたくなるが、とにかくリベラルは採用された。

 ボレアス家は、勘当されてるパウロに良いイメージを持っていないので、彼のコネだけで採用されるのは厳しい。なので、ここは己の交渉術が試される時だと意気込んでいたリベラルは、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまう。

 とは言え、楽に事を運べるのであれば、それに越したことはないのだ。

 

「こちらの館に住み込みとなりますが大丈夫ですか?」

「構わん!」

 

 滅茶苦茶である。心なしか、後方で待機している執事が、オロオロと困った仕草を見せていた。

 

「大旦那様。しかし、現在空き部屋は……」

「貴様は黙っておれ! 儂は構わんと言ったのだ!」

 

 実際は何も良くないのだろうが、サウロスに一喝されて執事は押し黙ってしまう。とんでもなくブラックな職場だった。

 このような強引な上司に恵まれて、執事(トーマス)もさぞかしやり甲斐があることだろう。きっと、サウロスの愛孫であるエリスを、どこかの変態貴族に売り渡しそうだ。

 

「お祖父様!」

 

 そこに、乱暴な足音を立てながら、更に乱暴に扉が開かれ、赤髪の少女が登場する。先程考えていたエリスが現れたのだ。

 彼女は既にルーデウスと出会って喧嘩でもしたのか、怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にしていた。しかし、サウロスに何かを言おうとしていたエリスは、リベラルの姿を見や否や、顔色を変えてそちらを窺うのだった。

 

「おーエリスや。どうしたのだ?」

「お祖父様! 獣族よ!」

「うむ! 先程採用したばかりの新たな侍女だ!」

 

 サウロスの言葉を聞いたエリスは、嬉しそうに顔を綻ばせてリベラルへと近寄る。周囲をクルクルと周り、興味津々とばかりに尻尾を撫でたりしていた。

 

 リベラルのつけてる猫耳と尻尾は、ラプラスの残した龍族の技術から作り上げた魔導具だ。『狂龍王』カオスの技術を用いたその装飾品は、本物と変わらぬ感触を持ち、自在に動かすことが可能である。

 サワサワと尻尾を撫で回すエリスに、自分の作品で喜ばれてることに気を良くしたリベラルは、尻尾をフリフリと動かし、猫じゃらしを操るようににエリスを弄ぶ。彼女も揺れ動く尻尾に魅了され、掴まえようと手を伸ばしたりしていた。

 

「あなたの耳と尻尾、銀色に輝いていてとっても綺麗ね! 気に入ったわ! お祖父様、私が飼ってもいいかしら!」

「おぉ、エリスはこの娘が気に入ったのじゃな。もちろんおっけーじゃよ」

 

 孫にねだられ甘やかしてしまうおじいちゃんの図である。サウロスは微笑ましいものを見る目で、リベラルの飼い主になることを了承していた。

 飼う、という表現にあまりいい気のしない人も沢山いるだろうが、アスラ王国の領土である城塞都市ロアでは、獣族に対する扱いが結構キツかったりする。アスラ貴族に変態が多いことが原因なのだが。

 その辺りの事情をリベラルは理解しているので、特に文句を言うことなく受け入れた。

 

「ねぇあなた! 名前は何て言うの!」

「リベラルです」

「そう! それより尻尾触らせなさいよ!」

「畏まりました。どうぞご自由に」

 

 リベラルは尻尾を動かすことを止め、自慢の逸品を触らせることにした。すると、エリスはニマニマした笑みを浮かべ、楽しそうに尻尾を撫で回したり先端を弄ったりし始める。

 骨の形もある程度再現してるので、先端部分の軟骨っぽい感触に骨抜きとなったのだろう。リベラルが執事から雇用条件を告げられてる間も、ずっとコリコリと弄くり回していた。

 

「……では、月に支払う給与はアスラ銀貨三枚と言うことで宜しいですか?」

「はい、それで大丈夫です」

 

 そして話も纏り、後は部屋への案内となった時だ。

 全ての予定が狂う元凶となった、彼が現れたのは。

 

「彼女が新しい侍女かい?」

「はい、左様でございます」

 

 新たに部屋へと入ってきたのは、この城塞都市ロアの現町長であるフィリップ・ボレアス・グレイラットだ。彼はリベラルへと値踏みするかのような視線を投げ掛け、しばらく見つめる。

 やがて、「うん?」と訝しむような声を上げ、

 

「少し、失礼するよ」

 

 唐突に、リベラルのお尻へと触れてきたのであった。

 

「んひゃ!」

「動かないで。じっとして欲しい」

 

 エリスと一緒にお尻へと集り、親子揃って尻尾を撫で回し始める。いきなり何なんだと思いつつも、そんなに尻尾が気になるのかとリベラルは考え、素直に触らせることにした。

 だが、不意にお尻からスルリとした音を聞き、彼女はギョっとした表情を見せる。

 

「やっぱり……贋物だったか」

 

 フィリップの手には、何とリベラルの尻尾が握られていたのだ。その事実に、周りの者たちは動揺して口々に驚愕の反応を見せる。

 

「……そ、そんな……嘘でしょ……!?」

 

 見るからに焦燥し、顔色を悪くしながら涙を溢すエリス。獣族という種族が、それほどまでに好きだったのだろう。アイデンティティである尻尾が千切れてしまったように見えたのか、死ぬほど悲しんでるようだった。

 エリスがこのような姿を見せるとは、思いもしなかった。彼女の普段を知ってる訳ではないが、リベラルの知る気丈なエリスからは想像もつかない泣き顔だ。

 そして、尻尾が取れたという事実に、近くにいたサウロスも狼狽していた。この世の全てに絶望したかのような、深い悲しみに満ちた表情を見せている。

 

 リベラルとしては、高々尻尾のひとつでここまで大袈裟な事態になるとは思わず、呆然とその光景を眺めてしまう。……が、それは判断ミスであった。

 一人冷静であった執事が、フィリップの持つ尻尾と、リベラルのお尻を交互に眺めながら、何が起きたのかを把握してしまったのだ。ケモナーというものを、リベラルは理解していなかった。

 

「大旦那様。どうやらこれは装飾品のようです」

「なんだと!」

 

 深い悲しみから一転して、驚愕に満ちた声を上げるサウロス。ギロリと、その視線がリベラルへと向いた。

 

「貴様! よくも儂に獣族だと嘘を吐いたな!」

「……へ?」

 

 怒り狂うサウロスを前に、リベラルは思わずキョトンとしてしまう。無理もないだろう。彼女は一言も自分が獣族だと騙っていないし、そもそもパウロの送った手紙にリベラルが獣族でないことは記載されてる筈なのだ。

 完全に詭弁であるのだが、最初から猫耳と尻尾を装着していたが故に、手紙の情報は間違いだと思ったのだ。つまり、サウロスはリベラルが獣族なのだと勘違いしていた。

 

 そして、怒りに任せたまま、サウロスは告げる。

 

 

「――貴様の雇用は無しだ! 二度とその顔を見せるな!」

 

 

 装飾品の脆さ、フィリップの観察眼、情報の錯綜などなど。

 以上の様々な要因はあるものの、リベラルにとって最大の誤算は、ボレアス家の獣族愛だろう。

 

 獣族好きに獣族であると騙るのは(騙ってないけど)、ボレアス家にとって最大級の侮辱であった。

 

 

――――

 

 

「――と言うことがありまして、戻ってきました」

 

 テーブルにつき、出された食事をはふはふしながら食べていたリベラルは、しみじみとその時のことを語る。

 

「そうでしたか」

「大変だったのねぇ」

「お前は何してんだよ……」

 

 そんな彼女の向かいには、リーリャとゼニス、そしてパウロが、それぞれの感情を浮かべながら話を聞いていた。

 数時間前に送り出した友人が、そのままとんぼ返りしてきたのだ。何と声を掛ければいいのか分からないのも無理はない。

 

「いえ、だって、手紙で私のことが獣族でないことは伝えた筈ですよね?」

「……まあ、確かに伝えたな」

「なのに、態々ボレアス家の趣向に合わせて恥ずかしい格好をしていたのに、この仕打ちはあんまりですよ……」

「可哀想にねぇ。リベラルちゃんよしよし」

 

 落ち込むリベラルを、ゼニスがあやすように慰める。彼女もそれを素直に受け入れ、抱き付いてゼニスのおっぱいを堪能していく。

 

 正直、今回の件に関しては完全に誤算であった。以前あった家庭教師の時のような、間抜けを演じた訳でもない。

 リベラルの予定では、侍女として採用されるのは当然のことであった。当然のことであったのだが、この様である。アッサリと予定外の事態へと逸れていった。

 慢心していたのはルーデウスではなく、リベラルの方だったのだろう。

 

「それで、どうするんだ? 金欠と言ってたが当てはあるのか?」

「金欠に関してはどうとでもなります。贅沢は出来ませんが、自給自足すればいいだけなので」

 

 生きていくだけならば、リベラルはこの世界の何処へと裸で放り出されても死ぬことはない。最低限の布と木の槍でもあれば、部族ゴッコくらい出来る。ドラゴンが相手でも狩ってみせよう。元モンスターハンターなのだから。

 だが、やはり彼女も人なのだ。多少の娯楽は欲しかった。そんな野生的な生活など求めてなかった。

 

「私個人のコネを使えば仕事もすぐに見つかると思うのですが……後々面倒なことになるんですよ」

 

 ペルギウスという繋がりを見せれば、金なんて幾らでも手に入るだろう。だが、そうなれば今度は、貴族関係のしがらみに捕らわれることになる。

 ペルギウス本人も王族や貴族との関わり合いに嫌気が差し、空中城塞に引きこもってしまった。それくらいドロドロとした世界なのだ。

 彼の名を使うのにメリットはあるものの、デメリットも少なからずある。

 

 ボレアス家へと雇用されたければ、いつでも雇用されることは可能だろう。

 しかし、リベラルはそこまでして働きたい訳でもない。どちらかと言えば、楽に過ごしたかった。

 

「とは言え、ボレアス家には用事があるんですよねー…」

「用事、ですか?」

「まあ、ただの私用なのでいいんですけど」

 

 リーリャの疑問に適当な返事をし、リベラルはフィットア領で起こる転移事件のことを考える。

 

 結論から言えば、リベラルは転移事件を止めるつもりがない。むしろ、起きて欲しいと思ってる。七星 静香の存在は、リベラルにとって必要なものだからだ。

 しかし、リベラルとて冷血無比ではない。実際に転移場所を変えられるかはさておき、哀れな被害者を減らせるのであれば、減らすべきだと考えている。それくらいの道徳心は持ち合わせていた。

 転移事件による被害者がいなければ、本来の歴史と大きな齟齬が起きるだろうが、オルステッドがちゃんとループしているのであれば問題ない。むしろ、オルステッドとしてはその方が事を運びやすいだろう。ルーデウスの行動に関しても、リベラルが把握出来るので大丈夫だ。

 

 なんて色々考えていたのだが、ボレアス家の侍女として雇用されなかったのでどうしようもない。今更な話である。

 過去のことよりも、これからのことを考えなくてはならない。

 

「ごちそうさまでした。ご飯、美味しかったです。ありがとうございます」

「ふふ、構わないわよ。今まで貰った分を考えれば、こんなの全然お返しの内に入らないしね」

「では、遠慮なくまた来ますね」

 

 そうしてグレイラット家から出ていったリベラルは、空を見上げながら一息吐く。状況の整理をしたかった。

 

 そもそもボレアス家へ行きたかったのは、先程挙げた転移場所を変えられるかどうか調べたかったのと、単純にボレアス家に出現する『赤い珠』を見たかったのだ。

 エリスの強化合宿も考えていた。ルーデウスやシルフィエットのように、不足の事態に備えて成長させられるだけ成長させる。

 まあ、それはもう出来ないのだが。リベラルとしても、先程言ったように絶対にしたいと考えていた訳ではない。エリスに関しては、ギレーヌと成長したルーデウスがいるので、元の歴史よりもきっと強くなるだろう。

 赤い珠に関しては、一応ながら見るだけなら可能だ。近い内にボレアス家へと忍び込んで見ようと考えている。それに、手紙のやり取りは禁じられてない。

 リベラルが皆の手紙を直接届ければ、合法的にボレアス家に行ける上、お金も貰えて一石二鳥だろう。

 

「予定外なことは起こりましたが、今のところは特に問題もありません。……ま、大丈夫でしょう」

 

 どのみち、ヒトガミを倒すのに一番肝心なのはオルステッドだ。ボレアス家でのイベントは、絶対に必要だとは考えてない。

 リベラルは気軽な気持ちで、以前借りていた家へと戻っていった。

 

 

――――

 

 

 再び家を借りて戻っている最中、リベラルはとある少女を見掛けて歩を止める。

 緑色の髪をした少女――シルフィエットが、丘の上にある木の下で一人座っていたのだ。それを見たリベラルは、帰路から外れて彼女の元へと歩み寄った。

 

「こんなところで黄昏て、どうしたのですか?」

「ひゃっ…! リ、リベラルさん…?」

 

 リベラルに声を掛けられてからようやく気付いたのか、シルフィエットは驚いた様子を見せる。だが、すぐに暗い表情を浮かべ、そっぽ向いてしまう。

 

「ルディ様と離れ離れになったことが辛いのですか?」

 

 しかし、リベラルの言葉にビクリとからだを震わせ、シルフィエットは再び彼女へと視線を向ける。

 

「だって、ボクね。ルディのことが好きだったのに、いきなりこんな、酷いよ……」

 

 ポツリと力なく呟くシルフィエットは、ルーデウスと無理やり距離を取らされたことに、納得出来てなかった。

 今までずっとルーデウスと一緒に過ごし、当たり前の存在となっていた。朝はルーデウスの鍛練を眺め、昼は一緒に魔術の勉強を行ない、夕方まで一緒に遊んで。

 このままずっと一緒に過ごしていくと思ってたのに、このような形で引き離され、納得出来る訳がなかった。

 

「ロールズ様から何か言われませんでしたか?」

「お父さんは、ルディを助けられるくらい……支えられるくらい強くなりなさいって……でも、無理だよぉ…」

 

 シルフィエットは嗚咽まじりな声で項垂れ、悲壮感を漂わせる。しかし、すぐにリベラルを恨むかのように睨み付けた。

 

「どうして、あの時邪魔したの…?」

「シルフィエット様の為ですよ」

「お父さんも、お母さんも、ボクの為だって言ってくれた……でも、ボクはそんなこと望んでないもん……」

「…………」

 

 リベラルは言葉を返さず、沈黙する。元より、彼女はこうなることを知っていながら、ルーデウスに教師役としてシルフィエットの面倒を見させたのだ。そして、自分のエゴでルーデウスを彼女の元から離れさせた。

 リベラルは浅慮だったと反省しながら、シルフィエットを真っ直ぐと見つめる。

 

「シルフィエット様は、ルディ様以外と関り合いたくないのですか?」

「村の皆は、ボクの髪色のことバカにするもん。今でもボクのこと、無視するし……」

「ふむ」

「ルディと会いたい……寂しいよ。一人はつまらないもん……」

「…………」

 

 大好きな人と離れ離れとなり、独りぼっちになってしまった。リベラルはその悲しみが分かるし、辛さを知っている。リベラル自身も経験したことがあるからだ。

 だからこそ、このままではいけないことを、リベラルは知っているのだ。殻に閉じ籠り、自分だけの世界で完結していては、永遠に前へ進むことが出来ない。

 

 故に、彼女は心を鬼にし、発破を掛けねばならぬ。かつてサレヤクトがしたように、停滞させてはならないのだ。

 

「そのままでは一生会えませんよ」

「えっ……」

「きっとルディ様のことなので、知らない地で彼女でも作り、ラブラブに過ごすんじゃないですか?」

 

 エリスの存在を考えれば、間違いなくそうなるだろう。事実、本来の歴史で起きる転移事件後のルーデウスは、シルフィエットよりもエリスのことを大切に思っていた。

 

「そ、そんなことないもん!」

「いえいえ、このままだとそうなっても不思議じゃないですよ」

「で、でも……ルディはそんなことしないもん!」

 

 尚も否定しようとするシルフィエットに、リベラルは露骨な溜め息を見せる。

 

「外の世界を知らぬ貴方が幾ら否定したところで、意味などありません。この世界に今のシルフィエット様より素敵な女性なんて、腐るほどいるのですから」

「そんなことないもん!」

「……では、貴方はずっとルディ様に守られながら生きるつもりですか?」

 

 辛辣な言葉に、シルフィエットは悔しさから涙を溢し始める。けれど、リベラルはそこで止めずに話しを続けた。

 

「もしルディ様が病気で倒れたらどうするのですか? 貴方はそれでも行動を起こさず、現実を否定し続けるだけですか?」

「ルディは倒れないもん!」

「……矛盾した台詞ですが、この世に絶対というのは絶対ないのです。もしかしたらルディ様は次の日に死ぬかもしれませんし、もしかしたら次の日にはこの村が消えるかもしれません」

「知らない! ボク、そんなこと知らないもん!」

 

 駄々をこねるように叫ぶシルフィエット。その姿は子供らしい反応だ。

 けれど、いつまでも子供ではいられないのだ。いずれは現実へと向き合い、理想から離れなくてはならない。夢から覚めるときは必ずくる。

 その時に子供から成長してなければ、現実は一気に過酷な世界となってしまう。ずっと今のままではいけないのだ。

 

「シルフィエット様。世界は広いのです。いつまでも自分の世界に引きこもっていては、ルディ様が手の届かぬ場所に行ってしまいますよ……」

「知らない! リベラルなんて大っ嫌いだ!」

 

 立ち上がったシルフィエットは、感情のままに吐き捨て、その場から走り去ってしまう。

 取り残されたリベラルは、その後ろ姿を見送りながら再び溜め息を溢した。

 

「ハァ……人の心とは難しいですね。パウロ様も、こんな気持ちでルディ様と向き合っていたのでしょうか……」

 

 元々、こうなった原因のひとつがリベラルだ。本心からシルフィエットの為を思って言ったものの、あまり説得力を感じられなかった。

 打算ばかりにかまけ、相手の気持ちを蔑ろにしてしまった報いだろうか。今回は上手くいかないことばかりで、リベラルも少しばかり参ってしまう。

 だが、弱音を吐いてばかりもいられない。シルフィエットのことを思ってるのは確かなのだ。誠実に何度も言葉を投げ掛け、どうにか納得してもらうしかないだろう。

 

 木の根本にもたれ掛かり、リベラルは静かに遠くを眺めた。




Q.あれ?シルフィエット何でこんなことになってるの?
A.リベラル介入による改変の1つです。本来ならばロールズの言葉で強くなろうとしますが、この世界線ではなりませんでした。だから、リベラルもちょっと焦ってます。

Q.ケモナー……。
A.私見ですが、ボレアス家で一番の獣好きってフィリップだと思うんです。まあ、個人的なものなので深く考える必要もないかと。ケモ耳万歳!


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11話 『シルフィエットの成長』

前回のあらすじ。

フィリップ「猫耳に偽物はいらないよ?」
パウロ「仕方ねぇ、俺が慰めてやるよ」
シルフィ「ルーデウスと引き離されたことに納得できないよ」

うーん、低評価を受けるとやっぱへこみますね。そして、どういった理由で低評価されてるのか分からないので、改善することも出来ないジレンマ。展開が気に入らないのか、それともキャラそのものが気に入らないのか。
と言うわけで、批判募集のタグ付けときます。「~~が駄目だから、~~だと思う」とか、具体的に指摘して下さると幸いです。また、批判募集しますので、自分の気に入らないコメントが出てくる可能性も御座います。そういったものがあっても、皆様はスルーしてくださるようお願いしますね。
ただし、「つまらんから」とか「面白くない」のような具体性のないものに関しては、参考のしようがないので私もスルーさせてもらいますが悪しからず。
やっぱり、書くからには完成度を高めたいですからね。自己満かも知れませんが、皆様も楽しめるようなものを書けるようになりたいものです。
後、最初の話にも批判募集について追記しておきますね。

さて、話が長くなりましたが、今回はシルフィエットのお話です。こんなことがあっても不思議じゃないかな、と思い書いてみましたが、実際に同じ状況に陥った時に彼女のような成長が私には出来る気がしません。

それでは本編どぞ。


 

 

 

 シルフィエットが初めてルーデウスと出会ったのは、村の子供たちに虐められていた時のことだ。

 父親へとお弁当を届けに行く最中、イジメっ子たちから寄って集って泥団子をぶつけられていた時に、彼は現れた。泥団子を投げ付けてくる子供たちの中へ乱入し、皆を追い払ったのだ。

 助けてくれた後も、一緒に父親の場所まで送ってくれた。

 

 最初、シルフィエットはその事実に戸惑った。今まで緑髪であることを理由に虐められていたのに、偏見を持たずに接してくれたルーデウスに。

 ――どうして、ボクなんかに優しくしてくれるのだろう、と。

 

 勿論、何で守ってくれたのかも訊ねた。

 すると、ルーデウスはこう答えたのだ。

 

『弱い者の味方をしろと父様に言われてるんだ』

 

 家族でも何でもない赤の他人を、たったそれだけの理由で助けてくれた。ルーデウスが村の皆から仲間外れにされるかも知れないのに。

 

『その時は君が遊んでくれよ。今日から友達さ』

 

 何てことないかのようにそう言われた時は、どうすればいいのか分からなかった。生まれて此の方、友達と言うものが出来たことがないのだ。

 ルーデウスとどのように接すればいいのか分からず、シルフィエットが戸惑ってしまうのも必然だった。

 

 その後、何だかよく分からないままルーデウスに連れられ、父親の元へと弁当を届けに行った。そこで二人は難しい話をしていてつまらなかったのだが、ふとルーデウスが泥を落とす際に使っていた、不思議なお湯のことを思い出す。

 そのことが聞きたくなり、シルフィエットはルーデウスの裾を掴んだ。そして、そのまま二人で遊ぶこととなった。

 

 

――――

 

 

 凄い。

 ただこの一言に尽きた。

 

 ルーデウスはシルフィエットの知らないことを沢山知っていた。そして、知らないことを沢山教えてくれた。

 魔術、知識、遊戯。今までの彼女が触れることのなかった楽しみを覚え、辛かった日常が浄化されゆく。イジメっ子のソマルたちが現れても、追っ払ってくれる。

 シルフィエットは、気が付けば毎日ルーデウスと遊ぶことが楽しみになっていた。待ち合わせ場所である木の下へと向かい、彼が現れるのを心待にしてしまう。

 今日は何をするのか。どう過ごすのか。そんな期待で、眠れない夜も増えてしまった。

 

 リベラルのことを紹介されたのは、このくらいの時期だった。

 

 ずっと尊敬しているらしい魔術の師匠だったロキシーとは別で、努力を認めてくれたもう一人の師匠。初めて顔合わせをした時、三白眼が怖くてまともに向き合うことが出来なかった。

 ルーデウス曰く、「あの三白眼がむしろいい」とよく分からないことを言われたが、最終的に見た目のことで差別するのは良くないと諭された。

 見た目。一部分だけとはいえ、リベラルもシルフィエットと同じ緑髪をしている。更には目付きもキツいのだ。もしかしたら――自分と同じ境遇だったかも知れない。

 そう思うと、途端に親近感を抱き始めた。

 

 ルーデウスの言葉に、シルフィエットは少しづつリベラルと接してみることにした。

 

 

――――

 

 

 ルーデウスのことを男として意識し始めたのは、彼に男と間違われてお風呂で脱がされた時くらいからだろう。父親のアソコを見たことはあるが、ルーデウスのは小さいのに大きかった。矛盾しているが、そう言う他なかったのだ。

 彼はその後に現れたパウロによって叱られて連れ去られたが、間違いなくその一件から徐々に男女の意識が芽生え始めた。けれど、今まで男と勘違いされていたのは不服だった。

 

 その後のルーデウスはおかしな態度となり、怖くて近寄れなかったが、彼の弱りきった態度を見て改めた。

 その時の後ろ姿は、儚く消えてしまいそうなほど小さく見えた。今までのルーデウスからは想像も出来ない姿だ。

 消えてしまいそうなその姿を見て、思わず彼の手を握り締めてしまった。そのままルーデウスの悩みを聞き、そして解決した時、彼はとても嬉しそうな表情を見せた。

 

 それから、また日常が戻った。

 朝からルーデウスの家へ向かって鍛練を眺め、終われば一緒に魔術の練習をしたり、勉強をする。お昼ご飯も一緒に食べて、日が暮れるまで一緒に遊ぶ。

 そんな毎日だ。ずっと一緒で「将来も一緒なのかな?」なんて思ったり。けれど「そうなれば嬉しいな」と頬を緩めて。

 幸せだ。シルフィエットはルーデウスと共に過ごして、幸せだった。

 

 だから、ルーデウスがどこかへと連れ去られ、無理やり引き離されたことが悔しかった。脈絡もなく日常を崩され、悲しかった。

 皆は言う。シルフィエットも強くなりなさい。ルーデウスに守られてばかりではなく、彼を支えられるようになりなさい、と。

 勝手に壊しておきながら、そのように宣う大人たちが腹立たしかった。けれど、どうしてそんなことを言うのかも理解している。今までの日常で自分の弱さが、それが事実だということは学んでいたのだ。

 だから、どうすることも出来ない憤りだけが渦巻く。けれど、やっぱりルーデウスと一緒にいたい気持ちが湧き出る。

 

 グチャグチャだ。

 分かっているけど、分かりたくなくて。

 強くなりたいけど、弱いままでいたくて。

 

 強くなってしまえば、ルーデウスに甘えられなくなってしまう。今までのようにイジメっ子たちが現れても、ルーデウスが必要なくなる。理由がなくなってしまう。

 以前のように弱々しくなった時、支えて上げたい。困ったことがあれば、一緒に解決したい。頼って欲しい。

 両立出来ない願望からか、何が正解なのか分からなかった。

 

 シルフィエットはまだまだ子供だ。

 まだ七歳の少女なのだ。

 

 未熟な精神を切り離すことも出来ず、我が儘な子供になってしまう。彼女は子供のままでいたかった。

 

 

――――

 

 

「はぁ……」

 

 ルーデウスがブエナ村からいなくなりしばらく経過したが、シルフィエットはいつもの習慣で丘の上にある木の下にいた。ここは、彼とよく魔術の特訓をしたり勉強をしたりする場所だ。

 一人になってもここへと訪れては、魔術の特訓や勉強をする。しかし、以前のようにルーデウスがいないので、あまり成長してる実感は湧かなかった。と言うより、何をすればいいのか分からなかった。

 段々とヤル気が削がれていき、やがて溜め息と共に腰を下ろしてしまう。何と言うか、一人でやるのが虚しかったのだ。今まではルーデウスと頑張っていたから楽しかったが、一人だとつまらなかった。

 

「…………」

 

 リベラルに魔術を教わることも可能だ。けれど、以前に酷いことを言ってしまったので、顔を合わせ辛かった。

 

「ボク、ルディと出会う前は何してたっけ……」

 

 ボンヤリと空を眺めながら、ふとそんな疑問を溢す。

 ルーデウスという友達が出来てからの数年間は、ずっと彼と共に過ごしていた。毎日ずっと一緒だ。ルーデウスと会わない日なんて、ほとんどなかった。

 だからこそ、ルーデウスと出会う前に、自分がどのように毎日を過ごしていたのか思い出せない。友達もいなかった自分が、一人で何をしていたのか。何をして一日を乗り切っていたか。

 

「……ボクって、本当にルディがいないと駄目なんだな」

 

 皆に言われた通りだ。シルフィエットはルーデウスに甘えすぎていた。彼がいなければ、自分は何も出来ないのだと思い知らされる。それがルーデウスと引き離された原因のひとつなのだ。

 けれど、分かっていてもルーデウスがいないと努力が億劫に感じてしまう。頑張る気になれないのだ。

 

「もういいや」

 

 お尻についた土を払いながら立ち上り、木の下から離れていく。何もしていない以上、ここにいても時間の無駄なのだ。家に帰り、父親と過ごす方が有意義だろう。

 

「……まだ正午前なのかな」

 

 空を見上げれば、照り付ける太陽はまだ昇りきっていなかった。

 いつも以上に時間の経過が遅く感じられ、一日の終わりはまだまだ先なのだと思い知らされる。これでは、家に帰っても誰もいないかも知れない。

 仕方がないので、シルフィエットは遠回りをしながら帰宅することにした。

 

 今まではルーデウスにばかり目を向けていたせいか、見慣れた筈のブエナ村がやけに新鮮に感じられた。不思議なことに、「こんなに綺麗な場所だったっけ?」なんて感想まで思い浮かべてしまう。

 何となく心が落ち着いていっているような気がし、からだを伸ばして吐息を溢す。

 

「ルディ、今頃何してるんだろ……」

 

 それでも、ルーデウスのことばかり考えてしまう。やはり、シルフィエットの心は、大半がルーデウスで占められているのだ。

 

 しかし、そんな思考は次の瞬間に掻き消される。

 

「あ、おい! あっち見てみろよ!」

「魔族がいるぞー!」

「ほんとだ! 緑髪じゃねーか!」

「今なら騎士んとこの奴はいねーぞ!」

 

 不意に、シルフィエットと同世代たちの声が響き渡ったのだ。そして彼女は、その声が誰のものなのか知っていた。

 

 イジメっ子たちの声だ。

 緑髪であることを理由に、いつも虐めてきていた。

 

「あ、ぅ……」

 

 昔のことを思い出し、シルフィエットのからだは竦み上がる。どれだけ時間が経とうとも、当時の光景が脳裏へと鮮明に思い浮かんでしまうのだ。トラウマだった。

 今なら逃げるだけの力はあるだろう。けれど、何故か分からないが、からだが思うように動かないのだ。怖い夢を見たときに、上手く逃げられなくなってしまう感覚。

 動かなければならないのに、動けない。

 

「ル、ルディ……」

 

 助けを求めてルーデウスの名を呼ぶけれど、彼はここにいない。近付いてくるイジメっ子たちに対し、シルフィエットは逃げることも出来ずに震えたまま佇んでしまう。

 

「こっち見てんじゃねー!」

「やっつけちまえ!」

「あぅ!」

 

 泥団子を投げ付けられ、顔に命中した。ジャリジャリとした苦い味が口内に広がり、泥が口の中に入ったことを理解させれる。彼らは大した理由もなく、シルフィエットに悪意をぶつけた。

 

 子供とは無邪気であり、しかし残酷な存在だ。彼らは悪意を悪意として自覚していないのだから。昆虫の羽をむしりとって喜ぶかのように、暴力に対して無頓着なのだ。

 あるのは、幼稚な願望。幼稚な欲求。

 目の前にいる異物(シルフィエット)を痛め付けることによって、無意識の内に優越に浸っていた。

 けれど、それは仕方のないことだ。差別とは必ず起きるものである。どこの世界でも存在するものだ。そして、彼女はその内の一人に過ぎない。差別される側に立ってしまっただけのこと。

 

 泥団子を投げ付けられ、地面にへたりこむシルフィエットへと、子供たちは容赦せず手を緩めない。

 

「止めろよお前ら!」

 

 だが、そこへ一つの泥団子がイジメっ子たちへと投擲され、一人の顔に命中する。

 

「えっ……?」

 

 それは昔にもあった光景だ。シルフィエットが集団から泥団子を投げ付けられ、ルーデウスがそれらを追い払う。正に当時の再現だった。

 まさか、という気持ちを抱き、彼女は声のした方へと顔を向ける。

 

「何すんだよソマル! 痛ぇじゃねぇか!」

「そうだぞソマル! 魔族の味方すんのかよー!」

 

 そこには、かつてシルフィエットを虐めていたソマルがいたのだった。彼は泥団子を集め、イジメっ子たちの叫びを無視して投げ付けた。

 ルーデウスのように華麗とは言えなかったけれど、むきになって投げ続けたお陰か、イジメっ子たちは悪態を吐きながら去っていった。それなりの時間が経過した筈なのに、あっという間の出来事に感じられた。

 何が起きたのかよく分からないままのシルフィエットに、ソマルはソッポ向いたまま近付いてくる。

 

「……別に、お前のためじゃねぇからな! 母ちゃんに女の子は守ってやれって言われたからだよ!」

「あ……うん」

「勘違いすんなよ! 俺は母ちゃんに言われただけだからな!」

「えっと……ありがとう」

「うっせーよ!」

 

 彼はそれだけを告げると、恥ずかしそうにしながら何処かへと走り去っていく。その後ろ姿を、シルフィエットは呆然としながら見送るのだった。

 特に自宅まで送ろうとせず去ったソマルは、決してルーデウスとは似ていなかった。けれど、この感覚はルーデウスに助けられた時と似ていた。

 

(ソマル……もしかしてボクのことを守ってくれたのかな……?)

 

 理由はどうあれ、今回助けられたことは事実だ。

 

(今度からも、守ってくれるかな……)

 

 ルーデウスがいなければ、シルフィエットは何も出来ない。けれど、彼以外に自分を支えてくれるものがいるのであれば、話は別である。

 無意識の内に頼れる存在を求めていたシルフィエットは、ソマルに対して気を緩めていき、

 

 

 ――本当に、それでいいのかな?

 

 

 すぐに、ルーデウスのことを思い出す。

 父親も、母親も、周りの人たちも、皆が言っていた。

 ルーデウスを支えられるくらい強くなりなさいと。

 

 ソマルは確かに助けてくれた。それは本当に感謝している。だけど、その姿をルーデウスと重ねるのは違うだろう。思い出を自分の手で汚してしまっている。

 ここでまたルーデウスの時のように、ソマルに頼りきって過ごすのは駄目だ。それでは、また同じことを繰り返すだけだ。ソマルがいなくなれば依存先がなくなり、そしてそもそもソマルが依存させてくれる訳でもない。

 

(ボク、本当に嫌な奴だな……)

 

 自分の考えていることに気付き、嫌悪感に陥ってしまう。シルフィエットは今の自分がどれほど醜いのか理解したのだ。

 相手に甘えるだけ甘え、それ以外のことをしない。頼れる存在がいなければ、何も出来ない。まるで、寄生虫のようだ。

 一人で何も成せないという事実を、今更ながら思い知らされる。

 

 シルフィエットという存在に、価値がないのだ。

 

(ソマル……変わったんだね……)

 

 昔は自分を虐めていた存在が、今やどういう訳か自分を守る側になってくれた。切っ掛けは知らないが、彼は昔と変わったのだ。

 

(ルディも、変わるのかな……?)

 

 村からいなくなってしまったルーデウスのことを考え、シルフィエットの気持ちは暗くなっていく。恐らく、彼は変わるだろう。どのように変化するのか分からないが、自分の知ってるルーデウスでなくなるかも知れない。

 もしかしたら、自分を必要としないなんてこともあり得る。

 

 

 ――嫌だ。ルディに嫌われたくない。

 

 

 心の奥底から、そんな気持ちが沸き上がる。幼い彼女にはまだその気持ちの正体が分からないが、それでもルーデウスとずっと離れ離れになることを拒絶した。

 根底にある想いだ。シルフィエットはルーデウスを尊敬し、好意を抱き、共にいたいと願っている。

 

 知らない内に、ソマルは変わっていた。ルーデウスもきっと変わるだろう。そして、周りの人たちは強くなりなさいと告げた。

 恐らく、ここが子供としての変わり目なのだろう。シルフィエットは変わらなくてはならない。ほんのちょっとでいい。成長する時なのだ。

 

(ボクも……変わらなくちゃ……)

 

 ルーデウスならば、きっとシルフィエットが甘えることを許してくれるだろう。けれど、甘えるだけでは駄目なのだ。

 以前のことを思い返す。ルーデウスは強いけれど、無敵ではない。パウロに叩きのめされ、彼は村から強制的に引き離されたのだ。

 それに、シルフィエットが女の子であると気付いた時の、弱々しい背が鮮明に思い浮かぶ。ルーデウスだって、悩んで苦しむ時はあるのだ。

 

 皆の言う通りだ。

 強くならなければならない。

 ルーデウスを支えられるくらいに。

 

(ルディが頼れるくらい強くなってみせるよ……!)

 

 シルフィエットは心の殻を破り、一つの成長を遂げることとなった。

 

 

――――

 

 

「お~よちよち可愛いでちゅね~ノルンたん」

 

 赤子であるノルンを抱き抱え、破顔していたリベラル。その様子を、ゼニスも微笑ましく見守っていた。

 

「リベラルちゃんは赤ちゃんが好きなのね」

「うーん、別に嫌いではないですけど、好きでもないって思ってたのですけど……これが母性本能というやつですかね」

 

 胸を曝け出し、乳を上げようとしていた彼女は、今まで子供との接点が少なかったことを思い返す。ずっと旅人や傭兵として血生臭い生活を送っていたのだ。子供と縁がなくて当然だった。

 だからこそ、こうしてゼニスの子であるノルンを抱き上げ、自分が子供嫌いでなかったことを自覚した。新たな命とは尊いものだ。

 

「あの、リベラル様……何故普通に授乳しようとしてるのですか?」

 

 そこへ、リーリャからの当然の突っ込みが入る。しかし、リベラルはデレデレとした表情を浮かべ、

 

「え? えへへ……おっぱいを吸わせる行為に興味があったんですよ」

 

 胸に吸い付くノルンから目を離さずに答えるのだった。だが、胸が小さいことへの不満か、はたまたおっぱいが出ないことへの不満からか、ノルンはすぐに泣き出してしまい、泣く泣く手放すのであった。

 ゼニスによって授乳されるノルンは、とても満足げな様子だ。

 

「言い方をもう少し改めて欲しいのですが……」

「これは失礼。どうやら私は赤ちゃんを抱き上げることに憧れてたみたいですね……ちょっとはっちゃけてしまいました」

「はぁ……」

 

 テヘ、と言い出しそうな仕草を見せるリベラルであったが、呆れからかリーリャもそれ以上は何も言わず、別の方向へと顔を向ける。

 そしてその視線の先には、礼儀作法を身に付けようと練習するシルフィエットの姿があった。

 

 シルフィエットが今回のような努力を始めたのは、最近のことだ。何が切っ掛けだったのかは誰も知らないが、彼女は今の自分を変えようと頑張っている。だからこそ、グレイラット家は変わろうとしているシルフィエットに力を貸した。

 以前のような子供らしい我儘な姿はなくなり、あるのは強くなろうとする意思だ。それは、悪いことではない。とても良いことだ。

 

(私があれこれする必要もありませんでしたね)

 

 今回の件に関して、リベラルは一切関与していない。以前に泣かせてしまった上に逃げ出されて以来、何かをすることも出来なかった。

 けれど、それでもシルフィエットは変わろうと努力を始めた。彼女にリベラルなんて必要なかったのだ。

 

(それは、立派な強さです)

 

 ラプラスを失った時のリベラルは、前に進み出すのに長い年月を要したが、シルフィエットはずっと早くに殻を破ってみせた。それだけでも、凄いことだ。彼女はリベラルに出来なかったことをしてみせたのだから。

 シルフィエットはもう大丈夫だな、とリベラルは思い、パウロたちから預かった手紙のことを思い出す。

 

「では、私もそろそろルディ様へ手紙を渡しにいきましょう。シルフィエット様の手紙も預かりますよ」

「あ、ボクの手紙お願いしますリベラルさん」

 

 拠点はブエナ村のままであるが、やはりルーデウスの様子も気になるもの。

 リベラルは用事のことも含め、サクッと城塞都市ロアへと向かうことにするのだった。




Q.えっ……ソマル、まさかシルフィが寝取ら(ry
A.ソマル君の母親は原作通りパウロにアタックし続けてましたが、パウロから「そのような教育をする人はお断りだ」と言われ、息子に弱い者の味方をするようにと仕付けた。という設定です。彼は常に母親に振り回されてますね。
因みに、ルーデウスがロアでエリスとイチャイチャしてる間に、ブエナ村でパウロかソマルがシルフィをアへ顔ダブルピースにするところを想像した私は末期。死んだ方がいい。

他にも書こうとしてましたが、何を書こうとしてたのか忘れました。それってあるあるですよね……?
尚、次回は閑話になります。その頃のルーデウスは…みたいな感じです。原作での「自作自演」の部分ですね。結構無茶苦茶になる予定です。主に、ルーデウスtueeee!方面で。強化しすぎた感満載です。


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閑話 『原作とちょっとだけ違う自作自演』

前回のあらすじ。

ソマル「シルフィを苛めっ子たちから守って寝取(ry」
シルフィ「ルディを守れるくらい強くなるよ…!」
リベラル「私役立たずだった」

前回の後書きでルーデウスを俺tueeeeで滅茶苦茶にするとか記載してましたが、自分で見返したら全く滅茶苦茶になってませんでした。むしろ、原作をなぞってるだけという。
大袈裟に書いてしまうのは悪い癖ですね……もっと冷静に見なくては。


 

 

 

 ルーデウスはお嬢様の家庭教師として採用され、まずエリスと顔合わせすることになった。家庭教師になる以上、互いのことを知るのは普通のことだ。

 娘は暴れん坊で、今まで五人の先生が逃げ出したとフィリップから聞いたが、まあ何とかなるだろうとルーデウスは考えていた。

 

 が、それは如何に甘い考えだったのか、彼はすぐに思い知らされる。

 

「フン!」

 

 第一印象は「こいつはナマイキだ」だった。キッとつり上がった眦に、苛烈な雰囲気。刺々しい、という表現が最適だろう。

 生前にいた、所謂ヤンキーと同じ空気を纏ってるのだ。不良ではなくヤンキーだ。気に入らないことがあれば、すぐに暴力で訴えそうな気配。転生前なら絶対に関り合いたくない人種だ。

 丁寧に挨拶をしたと言うにも関わらず、文句ばかり言われた。

 

 それからエリスのことをよく知るため、好感度を上げるために会話をしていくのだが、ナマイキだと思われたのか唐突に頬を張られる。

 流石に叩かれるのは予想外だったため、避けることも出来なかった。

 

「じゃあ、殴り返しますね」

 

 彼女が暴力を振るうのは、他人の痛みが分からないからだろう。

 

 そう考えたルーデウスは、ひとまず暴力を振るわれる気持ちを知ってもらおうと頬を張り返したのだが、それは失敗だったとすぐに気付く。エリスという少女の人間性を垣間見るのだ。

 

 エリスは頬を叩かれたという事実に対し、理解するのではなく怒りを抱いた。

 それはプライドなのか、はたまた自分のことを天下人のように考えてるからなのかは不明だ。だが、彼女は自分のしてきたことを反省するのではなく、自分に危害を加えたことに怒っていた。

 出会ったばかりのルーデウスからすれば、何と自己中心的な性格なのだと嘆かずにいられない。

 

「何すんのよ!」

 

 仁王像のようなおっかない表情を浮かべたエリスは、叩かれてから叩き返すまでが尋常でないほど早かった。常人であれば、反応など出来なかっただろう。

 しかし、一度エリスに叩かれたことにより、すでに明鏡止水の心得となっていたルーデウスは、後ろに一歩下がってアッサリかわした。

 

「誰に手を上げたか! 後悔させてやるわ!」

 

 だが、かわされたことをエリスは気にせず、再び手を振り上げる。今回はパーではなく、グーで握り拳を作っていた。彼女がどれほど容赦ないのかよく分かる光景だ。

 それでもルーデウスは慌てることなく、冷静に軌道を読んで体を逸らす。そして、そのままパイタッチだ。なるべく余裕を見せることを意識していた。

 暴力の痛みを理解してくれないのであれば、自分の方が格上だと思い知らせることによって、暴力を止めようと考えた。ペットの躾と同じ要領だ。

 

 しかし、それも失敗だとすぐに悟る。

 

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

 鬼の形相を浮かべ、更なる怒りを露にしたエリスは、絶対に殺してやると言わんばかりの勢いで拳を振るい続ける。ルーデウスはそれらを何とか避けるものの、このままでは反骨心剥き出しで襲われ続けることは目に見えていた。

 最早、エリスをどうすればいいのか分からなくなったルーデウスは、情けなくその場から逃げ出すことしか出来なかったのだ。

 

 結局、フィリップに提案した誘拐の件で、自作自演することにした。

 

 

――――

 

 

 小汚ない倉庫の中で目を覚ましたルーデウスが、自作自演から本物の誘拐に変化していたことに気付いたのはすぐだった。

 あまりにも容赦なくエリスへと暴力を振るう誘拐犯に違和感を感じ、彼らの話に聞き耳を立てて確信に至った。本当に命の危険が伴うことに恐怖心を抱くものの、やることに変わりはないと自らに言い聞かせ、プランを考え始める。

 

「……ん?」

 

 ふと、懐に何か硬い物が入っていることに気付き、中身を確認してみれば、そこには以前の誕生日でリベラルから貰ったナイフがあった。

 

(ざ、雑な奴らだな……)

 

 子供だからと思ったのか、ろくに持ち物も調べずにいたらしい。それに、普通に聞き耳を立てられる声量で会話してることを鑑みるに、そこまで大した賊でもなさそうだ。

 もしかして、俺でも簡単に倒せるんじゃね? という考えが過った。

 

(いやいや、それは早計だな)

 

 パウロから教わったことだ。慢心は駄目だと。命の危険がある場面で油断は禁物。こんな幼い体では、彼らの攻撃を一発でも受ければ確実に負けるだろう。

 強い弱い関係なく、リスクが高過ぎる。戦闘行為は愚の骨頂だ。それに、血生臭い戦いなんて好きじゃない。

 

 すくざま殲滅という考えを振り払い、すべきことに目を向ける。

 一先ず、ボロ雑巾のような姿になってしまったエリスを、軽く治癒魔術で治すことにした。

 

「かひゅ……ま、まだ、痛いわよ……ちゃ、ちゃんと治し……なさいよ」

「嫌ですよ。治したらまた蹴られるじゃないですか。自分で魔術使ってください」

「で、できないわよ……そんな、こと……」

「習ってれば、できましたね」

 

 自分が如何に無力なのか知らしめつつ、時間稼ぎのためにドアを土魔術で埋め立てていく。その後、鉄格子の周囲の土を水の魔術で少しづつ溶かしていき、鉄格子を丸ごと取り外す。これで脱出路の確保完了だ。

 そして、縛られているエリスを放置し、一人だけ脱出しようとして見せる。

 

「お嬢様、どうやらサウロス様によからぬ感情を抱くならず者たちに拐われたようです。今夜には仲間たちと共になぶり殺しにすると話しておりましたが、僕は死にたくないので逃げます……さようなら」

 

 そのまま窓から身を乗り出し、脱出しようとするのだが、

 

「何だ、開かねぇぞ! どうなってやがる!」

 

 異常に気付いた誘拐犯たちが、怒声を上げながらドアを叩く。その様子に、エリスは顔を真っ青にしてルーデウスとドアを交互に見た。

 やがて、ガタガタと恐怖に体を震わせながら、

 

「ぁ……お、おいていかないで……たすけ……」

 

 今にも消えそうな小さな声で、そう懇願するのであった。ルーデウスはニヤリと顔を歪ませる。

 

「では、僕の言うことを聞く、大声を出さない、それを約束出来ますか? ギレーヌは近くにいないようなので、お嬢様を助けられる人はいませんからね?」

「聞く、聞くから……は、はやく、きちゃう……あいつが、きちゃう……!」

「約束破ったら、今度こそ置いていきますから」

 

 そうして、二人で倉庫の中から脱出した。

 

 

――――

 

 

 外へと出たルーデウスは、この街が城塞都市ロアでないことを確認し、まずは何処に運ばれてしまったのかを知ろうと歩を進める。

 だが、エリスはもうならず者たちから逃げ切れたと楽観的な思考をしたのか、

 

「ふう、ここまでくれば大丈夫ね!」

 

 早々に約束を破り、大声を出すのであった。ルーデウスはそのことに呆れつつ、事態がほとんど好転していないことを教えようとする。

 この場に留まり、彼女と少し口論をすれば、すぐにならず者たちの怒声が聞こえてくるのだ。そのことにエリスは気付き、態度を改める。

 

「さ、さっきのは嘘よ。もう大声は出さないわ。家まで案内なさい」

「……僕は確かにお嬢様の家庭教師になりましたけど、家庭教師とは生徒の協力がなければ出来ません」

 

 コロコロと自分の意見を変えるエリスに、流石のルーデウスも苛立ちを感じ始めた。彼としては、別に家庭教師などどうでもいいのだ。ただ、成り行きでなってしまっただけに過ぎない。

 最悪、ここでエリスを見捨てたとしても「お嬢様をお守りすることが出来ませんでした」とフィリップたちに告げればいい。勿論、それだけで許されるとは思わないが、どのみちエリスの協力がなければ連れて帰ることなど出来ないのだ。

 どちらでも同じことだった。ある意味、運命共同体とも言えよう。

 

「先程言いましたが、僕は死にたくないのです。それは、お嬢様も同じでしょう」

 

 だから、このままではいけないのだ。エリスには少しでも成長してもらわなければならない。

 

「お嬢様はこの見知らぬ土地で、何が出来ますか? ただ闇雲に進んで帰れると思いですか? 僕だって、ここが何処なのか知らないのですよ?」

「……だ、だから、それをどうにかしなさいよ! 家庭教師なんでしょ!」

「ですから、それには生徒(エリス)の協力が必要と僕は言いました。反発されては、何もすることが出来ません」

「わ、分かったわよ……協力するから、助けなさ……助けてよ……」

 

 取り合えずルーデウスは、それで納得することにした。彼とて、態々危険な目に遭いたくないのだ。これ以上、この場にいる意味はない。

 いっそのこと、この地の町長が領主に保護してもらおうかとも考える。だが、誘拐犯に依頼したのがこの街の領主だったりすれば目も当てられないだろう。なので、これは却下する。

 

(相手が分からないと取れる行動が限られるな……)

 

 一介のならず者たちに拐われたと考えるのは浅はかだろう。自作自演で拐われる予定であったが、そこに偶々本職に襲われるなんて、どんな確率だという話だ。

 ボレアス家の誰かが、手引きしたと考えるのが自然だった。そして、その相手は貴族といったところか。自分とエリスだけが味方だと考えた方がいい。周りは全て敵。それくらいの警戒心で問題ないだろう。

 

 取り合えず、追手からは物陰に隠れることでやり過ごし、取るべき手段を考える。今のところ確認出来た賊は二人だが、もっといてもおかしくない。

 前世の知識、今世で得た経験。それらを総動員し、最適解を考えていく。

 ロキシーの教育、パウロの教え、リベラルの鍛練。それらがあれば、きっと切り抜けられる。

 

(ロアの館への到達。もしくは賊の殲滅か……)

 

 サウロスやフィリップの元にまで辿り着けば、一先ずルーデウスが殺される可能性はほぼなくなるだろう。間者がいたとしても、エリスを狙う筈だからだ。身分を考えれば、ルーデウスが狙われることはない。

 賊の殲滅に関しては、まあ無理だろうと考えている。こちらは相手の顔を一人しか知らないのだ。打って出ることは出来ない。とは言え、やりようはあるかも知れないが。

 

「とにかく、帰ることを先決にしましょう」

 

 ルーデウスはエリスの手を引きながら、ロアに戻るまでのプランを話し始めた。隠し持っていたお金はロアまでのギリギリ分しかなく、釣りを騙されたり値段を誤魔化されれば、帰れなくなること。後、文字を読めれば現在位置を知れることも、一応教えておいた。

 

 そして馬車へと乗り込み、隣町へと辿り着いたのだが、次の便が明日からしかないのでその町で宿泊する。

 エリスはならず者が怖くてよく眠れずにいたが、ルーデウスも辺りを警戒していたので、あまり眠ることが出来なかった。二人揃って寝不足だ。

 しかし、その警戒は無駄だったのか、翌日も特にトラブルなく馬車へと乗り込み、ロアへと辿り着くのであった。遠くであるが、既に領主の館も見えている。

 

(何か、呆気なかったな……)

 

 想像ではもっと苦労すると思っていたのだが、予想以上にアッサリとロアまで辿り着いた。賊たちも、倉庫の中で数回見ただけ。

 これでは、ただエリスと遠出しただけだ。隣にいるエリスも、気が抜けたのかホッとした様子を見せている。

 

「……あ」

「どうしたのよ?」

 

 ふと、声を上げたルーデウスに、エリスは不思議そうな表情を浮かべる。

 

(これ、もしかしてアイツらか……?)

 

 後ろから聞こえる、二人連れの慌ただしい気配。気付いたのはつい先程だ。確証は持てないが、追い付かれたらしい。

 視線を動かすが、都合よく衛兵が巡回していなかった。近くにいる人たちも、腕っぷしの強そうな人がいない。故に、保護してもらうという選択肢は切り捨てる。

 

「お嬢様、どうやら追手に追い付かれたようです」

「えっ?」

「辺りに頼れそうな人がいないので、次の曲がり角から走ります」

「わ、分かったわよ……」

 

 そして、曲がり角に差し掛かった時だ。ガシリと、ルーデウスの腕は掴まれていた。同様に、エリスの腕も別の者によって掴まれている。

 掴まえたのは、背後から来ていた者たちではない。曲がり角の正面にいた者たちだ。

 

 ルーデウスは読み違えていた。

 賊は二人ではなかったのだ。

 

「よし、ずらかるぞ!」

「おうよ!」

 

 一瞬の早業だった。隣にいたエリスは猿轡を噛まされ、担がれる。ルーデウスも同じように猿轡を噛まされ、担がれそうになり、

 

「ぐあっ!?」

 

 リベラルから貰ったナイフで斬り付け、拘束を解いた。そのことに動揺したのか、動きの止まったもう一人の乱暴者に風の魔術で作った真空波を放ち、腕を切り落とす。

 

「ギャアァァ!」

 

 堪らずエリスを落としたので、ルーデウスは彼女をキャッチすると、そのまま重力魔術でからだを軽くして、その場から全力で逃げ出した。他に追い掛けてくる賊たちを撒こうと試みる。

 だが、ルーデウスはこの街のことをほとんど知らない。家庭教師として訪れたばかりで、余所者と大差なかった。故に、誘導でもされたのか、領主の館に向かっていた筈なのに、気が付けば袋小路に追いやられていたのだ。

 振り返れば、倉庫で見た男の二人と、ナイフで斬り付けた男の計三人がいた。

 

「お嬢様、どうやら僕たちはここまでのようです……潔く切腹でもしましょう」

「ちょっと! 諦めないでどうにかしなさいよ!」

「しかし、貴方を差し出せば僕だけは助かるかも知れませんね」

 

 その言葉を聞いたエリスは、顔を真っ青にしてルーデウスを見る。ここで裏切られれば、彼女に為す術などないのだ。

 

「へ、変なこと言わないでよ……嘘よね?」

「まあ、嘘ですけど」

 

 そんなやり取りをしてる間に、乱暴者たちは二人へとジリジリと距離を詰め出す。

 

「ちっ、クソガキめ。余計な手間取らせやがって。魔術師だったとはよ……そのナリにすっかり騙されちまったぜ」

「大人しくその娘を差し出せ。そうすりゃテメェだけ見逃してやるぞ」

「おいおい待てよ。俺は腕を斬られちまったんだ。あのガキだけは絶対に許さねぇよ!」

 

 意見が割れたのか、ルーデウスを始末したいやら、別に始末しなくていいだろう、と言い争い始める。

 彼らとしては、態々リスクを負ってまでルーデウスと戦いたい訳ではない。エリスさえ確保出来ればそれでいいのだ。それに、彼と争ってる間に憲兵が現れれば最悪だろう。

 だが、腕を斬られた男はそれで納得出来なかった。ルーデウスを確実に殺せるであろう状況だからこそ、逃がしたくなかったのだ。

 目に見える怒気を纏い、ルーデウスへと殺気を向けていた。

 

「ど、どうすんのよ?」

「……ぃ……せよ……」

 

 何とか気丈に振る舞うエリスを無視し、ルーデウスはボソボソと小声で何かを呟きながら動かない。その様子に、彼女は段々と不安を大きくさせていく。

 

 事ここに至り、ルーデウスは逃走を諦めていた。袋小路に追い詰められたのは、自分の責任だ。自分一人であれば逃げることも容易だったが、エリスもいるとなれば話は別である。

 彼はこれから起きるであろう殺し合いに恐怖しつつも、持てる力の全てを使って目の前の敵を排除しようしていた。

 小声で魔術を組み立て、詠唱をしていたのだ。

 

 

――――

 

 

 結界魔術、と呼ばれるものがこの世界にある。

 

『いいですかルディ。ミリス神聖国にはですね、とある魔術が存在します』

 

 ロキシーは結界魔術が扱えなかったが、どのようなものがあるのかルーデウスに教えた。曰く、“防御力”を上げるもの。曰く、障壁を作り出すもの。

 

 そう、防御力だ。障壁による防御力ではなく、自身の防御力。彼女はそう説明していた。

 当時は理屈が不明だったものの、リベラルのお陰で防御力を上げるという意味が分かった。要は、闘気を一時的にブーストすることによって、防御力を上げるらしい。

 

 そしてそれは、かつて“古代魔族”と呼ばれる存在が得意としていたものだと。

 貧弱な体が力に耐えられるよう、体を変質させる方法だと。

 

 故に、ミリス神聖国は、魔族の術である『結界魔術』の制限をしている。魔術排他思考の強いミリスが、魔族の術を使っていることを知られないように。それ以外にも理由はあるが、それが理由のひとつだった。

 使い手は極少数だが、使いこなせる者は非常に強い力を手にすることとなる。同時に、身体への負担も多大なものであるからこそ、制限もされていた。

 

『ルーデウス様。人は潜在的な力を半分以上も持て余していることを知ってますか? 私が今から教えるのは、それらを引き出す魔術です』

 

 そして、古代龍族の知識を持つリベラルは、古代魔族の魔術を扱える。リベラルはその結界魔術を――ルーデウスへと伝授していた。

 『明鏡止水』と同様に、彼の近接能力を飛躍的上昇させる本命の魔術。闘気を纏えぬルーデウスが、剣士と渡り合うために伝授した術。

 

 

――――

 

 

 決着は一瞬であった。

 

 地に倒れ伏せるのは三人の男たちであり、それを見下ろすのはルーデウスだ。

 したことは至極単純だった。リベラルのナイフを持って接近戦を挑み、三人の男たちを完封した。

 

 最初に『岩砲弾』を放つも真っ二つに切り裂かれたが、既に懐へと接近していたルーデウスは一人の男の脚を切り裂いていた。

 続いて、そのことに気付いた二人目の男は剣を振るっていたが、水神流の技で受け流すのと同時に、魔術の衝撃波をぶちかまして吹き飛ばす。男は壁に激突して気絶した。

 三人目の男はその隙に剣を振り下ろしていたが、足元に発生していた『泥沼』に足を取られて手をつく。そして、その間に『電撃(エレクトリック)』による感電によって、意識を失わせていた。

 

 そして、ナイフを懐に仕舞ったタイミングで、脚を切り裂いた一人目の男が剣を投げ付けていたが、軌道を見切ったルーデウスは柄をキャッチし、普通に受け止める。

 唖然とした表情を浮かべる男の顔面には、既に『岩砲弾』が直撃しており、彼は何が起きたのか理解することなく地に倒れ伏せた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 びっしょりと額に滴る汗を拭いながら、ルーデウスは呼吸を整えていく。リベラルから教わった高速思考に類する魔術を使用した反動で、頭が割れるかのような痛みに襲われていたのだ。

 身体強化の魔術もあったが、恐らくこの子供の体では耐えきれなかっただろう。この魔術は多量の魔力が必要な上、身体への負担が大きすぎる。

 過去、リベラルに監視してもらった状態で限界まで使用したのだが、約三分ほどが限界であった。それ以上の使用は、命に関わる。

 だから、これは本当に奥の手であり、使いたくない手段だった。戦闘に陥ったのは、まだまだ心のどこかで油断していたからだろう。

 

 今回は速攻で片を付けられたが、戦闘への緊張感からか、想像以上の消耗で落ち着くまでに時間が掛かる。

 乱れた呼吸は静かになり、ルーデウスは今回の件を反省していく。

 

「やるじゃない!」

「ぐへっ」

 

 そこへ、エリスが背中を思いっ切り叩き、彼は情けない声と共に膝をついてしまう。だが、エリスはそんなことを気にした様子も見せず、キラキラと目を輝かせた。

 

「すごいわねあなた! 正直、生意気なクソガキだって思ってたけど、見直したわ!」

「は、はぁ……」

 

 お前が言うな、という言葉をグッと押し止め、ルーデウスは気のないような返事をする。

 

「お嬢様。それよりまずは、彼らをどうにかしましょう」

「エリスでいいわ!」

「え?」

 

 エリスの唐突な台詞に、彼は思わず聞き直してしまう。

 

「特別にエリスって呼ぶことを許してあげるわ!」

 

 特にデレのような恥ずかしそうな様子はなかったが、確実にエリスとの距離を一歩進めていた。

 元より、自作自演をしようと考えていたのも、エリスに自主的に学びたいと思わせるためのもの。

 

「特別なんだからね!」

「ありがとうございます! エリス様!」

「様はいらないわ! エリスでいい!」

 

 その目論見が成功したのかは微妙であった。しかし、彼女のその台詞を聞き、ルーデウスは「まあ、いっか」と思うのであった。

 暴力によって問題を解決してしまったが、今後からエリスは言うことを少しくらい聞くようになるだろう。




Q.結界魔術……え、なにこれ……?
A.無職転生第八話『鈍感』にて、ルーデウスのステータスの記述後に少し結界魔術のことに関して触れており、『結界は防御力を上げたり、障壁を作り出す術だ。』と書かれておりました。
『結界は防御力を上げたり』、の“結界”に関しては『結界魔術』のことを指してると私は考えております。障壁で防御力を上げるにしても、先に防御力が書かれているので『障壁による防御力上昇』だと文体が可笑しいでしょう。
なので、ミリスの結界魔術には、もしかしたら古代魔族の身体操作の魔術があるのでは?と私は考えました。そうすれば、『防御力を上げたり』というのも納得です。
ロマンがありますよね、潜在能力って。私も潜在能力を解放して超人になりたいです。

Q.何か無理矢理倒したな……。
A.そうですね。まだ僅かにルディは慢心していたのかも知れません。だからこそ、最終的に賊たちに拐われる失態を晒し、結局倒すことに……。

Q.てか、賊の数増えてね?
A.原作でもルーデウスは既に『水聖級魔術師』です。本作では『水王級魔術師』ですが、それはさておき。
ルーデウスがそのような魔術師であることは、流石に主犯のトーマスも知ってると思うんですよね。だから、原作でも同じくらいの人数は雇ったのでは……と。しかし、雇った相手が悪かったのか、「ガキだから余裕だろ」とろくに話も聞かず適当な仕事をしたのではないかと考えております。
まあ、魔術師であることすら知らなかったので違うとは思いますが、増えたのはリベラルが関わった影響だと思ってください。


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12話 『赤い珠』

前回のあらすじ。

ならず者「誘拐していい?」
ルーデウス「もちろん俺らは抵抗するで?」
ならず者「どう抵抗すんねん」
ルーデウス「…とっ…(踏み込み) 拳 で 」
エリス「かっこいい」

お待たせしました。ストック無しで投稿ペースが早い人ってほんと頭おかしいと思います(褒め言葉)
私はスマホから投稿してますので、職場から投稿することもままあり……。
次回作成は深夜のテンションが極まる真夜中に書いており、大体自宅に帰宅する24時~1時頃が大半です。たまに職場でも書いてますが、やはりそこまでテンポよく進まないですね……。


 

 

 この世界に、手紙を届ける仕事というものは当然ながら存在する。そして、仕事であるのだから、お金のやり取りが発生するのも当然だ。

 なので、リベラルがルーデウスへと直接手紙を届けるという申し出は、素直に喜ばれた。無料で届けてくれるのだから、当たり前だろう。

 皆の手紙を預かったリベラルは早速ロアに向かい、ルーデウスへと会いに来ていた。

 

「はぁ……」

「…………」

 

 そしてリベラルの向かいには、ルーデウスがいた。彼女は以前のケモミミのことで門前払いされるのではないかと身構えていたが、アッサリと面会が許可されたのだ。

 もっともそれは、以前の執事と別人になっていた、というのが理由だった。

 

 前の執事(トーマス)は金に目が眩み、ルーデウスの自作自演を利用してエリスを売り払おうとした。だが、ルーデウスが思いの外強かったようで、雇った賊たちが返り討ちにされたらしい。

 更には自分が手引きしたことも明るみに出てしまい、捕らえられた後はそのまま処刑されたようだ。

 一応、顔を合わせた仲なので、リベラルは黙祷しておいた。幼女を襲うとか紳士の風上に置けねぇ死ね、と。

 

 とにかく、新しい執事であるアルフォンスは、リベラルのことを知らなかったので普通に館に入れたのだ。

 侍女の採否なんて伝えるほどのことでもないので、伝達出来てなかったらしい。サウロスに遭遇すれば、追い出されるかも知れないけど。

 

「ハァ、ほんと、ハァ……不採用になる訳がないって、ハァ……僕の聞き間違いだったんですかね……?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 対面に座るルーデウスは、露骨な溜め息を何度も溢しながら、じっとりした目でリベラルのことを見ていた。

 だが、それも仕方ないだろう。彼女はルーデウスに対し、自信満々に言ったのだ。

 

『ははは、面白いことを言いますね! 私が不採用になる訳ないじゃないですか! この私が!』

 

 無い胸を張って、確かにそう告げていた。

 だから、彼も不安に思うことなくいられた。

 

 しかし、現実ではリベラルは不採用となり、ロアから去ってしまった。強制的にブエナ村から引き離されたルーデウスは、ただでさえ心細かったのにこれだ。呆れてしまうのも無理はないだろう。

 尊敬していただけに、何とも言えない心境に陥った。

 

「ハァ……まあ、過ぎたことなんでもういいんですけど。それより、早く手紙見せて下さいよ」

「はい! どうぞこちらを!」

 

 無駄に失敗を引っ張ることなく、ルーデウスは本題へと入る。

 いつもはしごかれる側だったので、もう少し弄ってみたい気持ちもあったのだが、彼は紳士なのだ。後が怖いというのもあったが。

 

 手紙の差出人を全て確認したルーデウスは、ひとまずそれらを懐にしまい、置かれていた紅茶を一口啜る。

 

「ロキシー先生の手紙も届いてたんですね」

「ルーデウス様がロアの家庭教師をしてることを知りませんので、当然かと」

 

 そこで、ルーデウスはふと口を閉ざし、何か考える仕草を見せた。

 

「……そう言えば、リベラルさんって魔神語は習得してますか? 以前に興味のある本を見かけたのですが、僕にはそれが読めなくてですね」

「それを読めるようになりたいと?」

「はい、家庭教師としてエリスに教えるのは勿論、僕自身もステップアップしなくてはいけませんから」

「なるほど、素晴らしい向上心ですね。いいでしょう、魔神語を教えますよ」

「ありがとうございます。本当はロキシー先生に教わりたかったんですけど」

「ほう、生意気言いますね。私では不満だと?」

 

 他愛ないやり取りにリベラルは苦笑し、ルーデウスは自然な笑みを浮かべて応対する。

 リベラルもロキシーも、彼にとってどちらも尊敬する人物だ。冗談めかしてそんなことを言ったものの、教えてくれることに感謝と喜びの気持ちを抱く。

 

「まあ、ロキシー様とは連絡が取れませんからね。どのみち、私しか教える人がいない訳です」

「……? はい、なのでお願いします」

 

 彼女は少しばかり思案げな様子だったものの、すぐにいつも通りの姿になったので、ルーデウスは特に気にすることなく流した。

 

「畏まりました。私が責任を持って教えましょう。魔神語の辞典を作っておきますので、またこちらに戻ってきた際にお渡しします」

 

 こうして、ルーデウスは本来の歴史よりも数年早く、言語学習をするのであった。

 

 

――――

 

 

 自分がいない間のブエナ村での様子を聞きながら、リベラルと談笑をしていたルーデウスであったが、唐突に扉が勢いよく開かれ、そちらへと顔を向ける。

 

「ルーデウス! ここにいたのね!」

 

 バン! と扉の音を響かせながら現れたのは、仏頂面をしたエリスだ。彼女はつまらなさそうな雰囲気を纏い、ルーデウスを睨み付けた。

 

「ギレーヌが探していたわよ。お陰で私が呼び出す羽目になったじゃない!」

「ああ、もうそんな時間でしたか。態々ありがとうございますエリス」

 

 どうやら、剣王であるギレーヌとの稽古の時間なのか、ルーデウスは席から立ち上がった。

 そして、ちゃんと頑張っているんだな、ということを確認出来たリベラルも立ち上り、おいとまする準備に掛かる。既に龍神流の基礎をルーデウスへと伝えているので、彼女からはしばらく何かを教える必要はなかった。

 実力はもちろん、精神的な隙も少なくなった今の彼を、無理に成長させる必要なんてない。それに、あまり無理をさせては、身体的な成長に悪影響を及ぼす可能性もある。

 

 ルーデウスは、基礎的な部分は全て教えられた。全てを扱える訳ではないが、一通りは教わったのだ。魔術に至っては、いつでも王級を取得出来るだろう。

 これ以上に強力なものを教えることも可能だが、人族の体では耐えきれない危険なものばかりになる。潜在的な力を引き出す魔術も、その一つだ。

 魔力を限界まで使う戦い方は、あまり教えるべきものではない。つまり、今のルーデウスは基礎を反復し、地力を伸ばす段階なのだ。

 なので、ギレーヌとの稽古は今のルーデウスにとって、丁度いいものになってるだろう。

 

「……ん? 誰よあんた?」

 

 と、そこでエリスは、初めて気付いたのかリベラルへと視線を向けていた。

 どこかで見たことがある。けれど、思い出せない。喉に小骨が刺さったかのような、そんな微妙な表情だ。

 

 リベラルとしては、既に忘れ去られていたことに僅かなショックを受けたものの、都合のいい状況とも言える。以前のことを覚えられてないのであれば、今回はもっと好印象になるよう、やり直すことが出来るのだから。

 彼女は貴族式のお辞儀を見せ、改めてエリスと自己紹介することにした。

 

「リベラルと申しますエリス様。ルディ様へと時おり手紙を届けに参ると思いますので、もしかしたらこれからも会うことがあるかも知れません」

「ふぅん? そうなのね」

 

 凄くどうでも良さそうに返事をするエリスは、恐らく数十秒後にはリベラルのことを忘れてしまうだろう。普通な応対過ぎて、彼女の印象に残らなかったのだ。

 

「エリス、リベラルさんは僕の尊敬する師匠の一人です。ギレーヌさんとは違う方向で凄い人ですよ」

「そうなの?」

「誘拐犯たちに使った魔術も、師匠たちの教えがあってこそのものです」

「……へぇ! ルーデウスに魔術を教えた人なのね!」

 

 誘拐騒動の時を思い出したのか、エリスの目がランランと輝き始める。彼女からしてみれば、その時のルーデウスは誰よりも頼もしい存在に見えたのだ。

 迫り来る無法者を接近戦で圧倒し、更には見たことも聞いたこともない魔術で倒したその姿に、きっと憧れを抱いたことだろう。

 

 興味を示し始めたエリスに対し、リベラルとしては苦笑せざるを得なかった。教えたのは確かに己だが、それらを無駄にすることなく生かしたのはルーデウスだ。

 それに、リベラルは既に不採用にされた身。興味を示されても、彼女に魔術を教える立場になるのは難しいだろう。

 

「魔術に興味があるのでしたら、ルディ様から教わるといいでしょう。家庭教師なのですから」

「……それもそうね! ルーデウス! いいわよね!」

「まあ、出来る限りは教えます。ですが、取得出来るかどうかはエリスの努力次第ですよ?」

 

 勉強嫌いなエリスも、魔術に関しては元から興味があったので、特に積極的な様子だ。ルーデウスもこの会話を利用し、上手いこと勉強するように誘導していた。

 ルーデウスが教えるのであれば、リベラルが教える必要もないだろう。それに、リベラルの説明は難しいので、きっとエリスには理解出来ない。お世辞にも彼女の頭は良いとは言えないので、途中で投げ出すことだろう。

 中身が異世界人かつ大人であったからこそ、ルーデウスは理解出来たのだ。

 

「ルーデウス! 行くわよ!」

「では、リベラルさん。あまりギレーヌを待たせては悪いので、そろそろ行かせてもらいますね」

「私もやることがあるので、この辺りで失礼しましょう。稽古、頑張ってくださいね。努力が無駄になることはありませんから」

 

 ルーデウスとの挨拶を終えると、彼はエリスに急かされ、慌ただしい様子でこの場から立ち去って行った。

 残されたリベラルも、控えていた獣族の侍女に案内され、出口へと向かって行く。そのまま外へと辿り着き、一人になった彼女は軽いストレッチをしながら、再びボレアスの館へと顔を向ける。

 

「では、次は侵入者として入らせてもらいますか」

 

 その表情は、いつになく真剣なものだった。

 

 

――――

 

 

 『赤い珠』。

 それが今回の目的だ。

 

 リベラルも詳しく知らないが、それは転移事件に置ける元凶であり、七星 静香が現れる兆候である。彼女の存在は、リベラルにとってとても大切なものだ。

 ナナホシがいなければ、話が進まない。そう言っても過言ではないほどに。

 

 残念ながら、ルーデウスの案内では『赤い珠』の場所まで行くことは出来なかった。ボレアス邸の最上階、その中空にあるのだが、ルーデウスは最上階に立ち入ることを禁止されてるらしい。

 獣族の侍女たちとのヤリ部屋だから駄目、という下世話な理由だ。彼がいくら背伸びをしても、ませたガキンチョ程度にしか思われないので、立ち入れないのは仕方ないだろう。

 

 なので、侵入という形を取ることにした。

 侵入者の鬼門であるギレーヌは、現在ルーデウスとエリスに稽古をつけてる最中なので、騒ぎにならない限り現れないだろう。騒ぎを起こさず見付からないように行くので、ヘマをしない限り問題はない。

 

(『赤い珠』があるかは不明ですが……あれば彼女が現れるのは確定と考えて大丈夫でしょう)

 

 館の廊下を堂々と歩き、目的地へと向かうリベラルは、そのことを考える。実際に『赤い珠』が何なのかは彼女にも分かってないが、もしも可能であれば場所を変更させることも視野に入れていた。

 転移事件は必要なものと考えているからこそ、リベラルにとって転移事件による被害などは他人事であった。しかし、被害を軽減出来るのであれば、当然ながら軽減する。その程度の道徳心は、長年生きていても持ち合わせていた。

 

 先程から堂々と廊下を歩いているリベラルであるが、誰もいない道を進んでいるからこその態度であった。

 周囲の気配を感じ取りながら、リベラルは最上階へと歩いていく。しかし、誰もいない道を選び進んでいるものの、侵入したことに気付かれるのは、恐らく時間の問題だろう。

 獣族の鼻は優秀だ。そう遠くない内に、リベラルの匂いに気付く。それまでの間に調べられれば、それでいいのだ。

 

 結局、リベラルは誰とも遭遇することなく、最上階へと辿り着く。

 

「…………ぁ……ぅ……」

「……ん?」

 

 そうして最上階に辿り着いた彼女だが、目的地の部屋から人の気配を感じ取り、息を潜めて耳を澄ます。

 

「……んぁ……ぁぁ……んにゃぁ、ぁぁ!!」

「…………」

 

 扉の先からは女性のくぐもった喘ぎ声が響き渡り、リベラルは閉口してしまう。どうやら、中では獣族の侍女と誰かがお楽しみ中らしい。

 チラリと隙間から覗けば、相手はサウロスだった。

 

(ど、どうしましょう……)

 

 目的の『赤い珠』は、この部屋の出窓から見える場所にあるため、部屋の中に入らなければならない。だが、お楽しみ中の彼らは、しばらく退出することはないだろう。

 久し振りに見た情事に動揺しながら、彼女は何をすることなくモジモジしていた。

 

(と言うか、ご丁寧にアロマまで焚いてるのですか……臭いが紛れるので好都合と言えば好都合ですが、これ完全に媚薬成分入ってますよね! 私にも影響受けて困るんですけど!)

 

 結局、リベラルはそこから動くことも出来ずに待機し、二人が出ていくまでチャッカリと覗き見してしまう。

 それから、中に誰もいないことを確認した彼女は、深呼吸をして心を落ち着かせていく。トラブルがあったものの、目的地には辿り着いたのだ。

 

「しかし、うん、まあ、私はエロいことにあまり耐性がなかったのですかね……」

 

 過去に乱暴をされた女性を何度か介抱したことはあるものの、その時は単純な嫌悪感しか沸かなかった。特に、白くべたつくなにかに触ってしまった時は、発狂する。その他には、被害者への同情心くらいか。

 しかし、同意で致してる場面となれば、話は別だったらしい。事後のベッドに顔を向けてしまい、再び赤面した頬を直すことが出来なかった。

 

(うぅ、しかし……私もああした過程を得て生まれ……うん? 龍族ってセッ……あの、アレするんでしたっけ? 何かもっと爬虫類的な生態だったような……生むのは卵ですし。でも、えっと、その、爬虫類も交尾はしますか。それに、相手くらいは……いやいや、私には関係ない話です! 確かに興味がないことも……いえ、そうではなくて。興味はありますけど! いや、でも、ちょっと怖いような……じゃなくて!)

 

 しばらく部屋の中で悶えたリベラルは、再度深呼吸を行ない気持ちを鎮めようと試みる。あまり馬鹿なことで、時間を食ってしまう訳にいかないのだ。

 ブンブンと顔を振っては、パンパンと両手で頬を叩いて冷静さを取り戻す。そして、ベッドから目を逸らして、出窓へと歩み寄った。

 

「……ふむ、あれですか」

 

 窓からひょっこり顔を出せば、上空に『赤い珠』が浮かんでいることを彼女は確認する。

 

(魔術的なものは感じませんね……と言うことは、次元の裂け目ですか。……もしかして、ルディ様がこの世界に転生出来たのはあの裂け目があったから……?)

 

 むむむ、と小さく唸りながら、リベラルは一度目を瞑った。そして、再び目を開けた時、彼女の金色の瞳は銀緑色に輝く。魔眼を開眼したのだ。

 

(あ、無理だこれ)

 

 しかし、リベラルはすぐさま魔眼を閉じて、諦めるのであった。

 

 リベラルがここへ訪れた目的は、あくまで『赤い珠』の有無の確認だ。この珠があるかどうかで、転移事件が発生するか否か把握出来るからだ。なので、それは達成できた。

 魔眼まで使用し、調べているのはついででしかない。ただ、転移事件による被害を減らせるのであれば減らそう、という道徳心によるものだ。絶対の目標ではない。出来ればの話だ。

 そして、それが無理だと判断したからこそ、アッサリ諦めた。

 

 実際には不可能ではなかった。転移事件による被害の軽減、もしくは場所の変更。時間を掛けてじっくり調べれば、リベラルなら出来たことだ。

 しかし、それには時間が足りなかった。転移事件が発生するまでの約三年という期間では、それらが不可能だと判断せざるを得なかったのだ。

 もっと早くに調べていれば、と思わなくもないが、転移事件自体はリベラルの望んでいるものである。後回しにしていたのも、当然であった。

 

「目的は果たしました……仕方ありませんが帰りましょうか」 

 

 いまいち納得出来ない結果になったものの、今からではどうすることも出来ないのが現実。転移事件が発生するのは確定だ。

 少しばかり暗い表情を浮かべながら、リベラルはこの部屋を後にした。

 

 

 と、リベラルはカッコよく去って行ったが、帰り際に獣族の侍女に発見され、騒ぎになったのはご愛敬だ。

 最上階で時間を食い過ぎたため、彼女の臭いで気付かれたのだった。

 

 

――――

 

 

 リベラルは知らないが、この『赤い珠』は、甲龍歴500年にて『再生の神子』と呼ばれる人物の持つ、過去改変の力によって生じたものだ。

 未来に召喚される篠原 秋人の死の運命を覆すため、『再生の神子』が己の全てを捧げて生じた最後の足掻き。

 

 だが、彼女の力だけでは、過去を改変することなど出来なかった。

 

 しかし、『再生の神子』の力によって生じた次元の裂け目から、篠原 秋人と七星 静香の隣で死んだルーデウスの魂が、偶然通り抜けた。本来ならば、越えることが不可能な世界の壁を越える奇跡だ。

 そして、転生したルーデウスが歴史に変化を与えたからこそ、次元の裂け目が広がった。『再生の神子』のもたらした過去改変は、ルーデウスのお陰で成功する。

 つまり――篠原 秋人の死の運命を覆す七星 静香が、『再生の神子』によって召喚されるのだ。

 

 リベラルはそのことを知らない。

 故に、自分の行動がどのような結果を生むのか、気付かなかった。

 

 

 次元の裂け目は――リベラルの存在によって広がっていた。




Q.何でリベラルが赤い珠の詳細を知らないの?
A.何度か言いましたが、リベラルの原作知識はナナホシの異世界転移装置を作り上げたところら辺までしかありません。

Q.赤い珠の移転諦めるの早いな。
A.年の功です。長年の経験から、赤い珠の研究におよそどれほどの時間が必要なのか悟りました。転移事件自体は必要イベントと思ってるので、その辺りの気持ちも絶対ではありませんので。

Q.侵入バレたの?
A. 見付けた侍女をにゃんにゃんして記憶を抹消させました(適当


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13話 『嵐の前の平穏』

前回のあらすじ。

ルディ「不採用とかないわ」
サウロス「獣族とにゃんにゃん」
リベラル「赤い珠は放置しよう」

次でこの章は終わりになります。前章と全く同じ長さになりましたが偶然なので、次からは長くなるかも知れませんし、逆に短くなるかも知れません。私が如何に丁寧に纏められるか次第ですね……。


 

 

 

 半年が経過した。

 

 城塞都市ロアからブエナ村に戻ってからのリベラルは、特筆することもない毎日を送っていた。

 狩りや採取で食料を確保したり、グレイラット家へと今までのようにお裾分けしたり、時折シルフィエットの努力を手伝ったりだ。日が暮れれば自宅に引きこもり、書物にこれまでのことなどを書き記し、そしてルーデウスの言語学習用の教材作りをする。

 眠ることなく次の日を迎えることもあるが、リベラルにとってそんなことは既に慣れており、種族的にも問題はない。ここ最近はずっと一睡もしてなかった。

 それ以外には、たまにグレイラット家にお泊まりすることや、ちゃんと自己鍛練を怠たらず体を動かしてるくらいだろう。

 

 因みに、ノルンやアイシャの世話を任される程度には信頼されている。リベラルもそのことは嫌ではないので、リーリャと共にあやしてる場面が増えた。

 

「では、そろそろロアへ行ってきます。手紙を預かりましょう」

「おう、悪いな」

「お願いするわリベラルちゃん」

「ボクのもお願いします」

 

 ルーデウスの為に制作していた言語学習用の本も完成したので、彼女は再びロアへと向かう。その際に、以前と同じように皆の手紙を預かり、郵便の役割を全うするのだった。

 純粋な善意であり、特に打算もないリベラルの優しさ。この程度のことならば、彼女は面倒だと思うことなくちゃんと引き受けるのだ。

 

 

――――

 

 

 城塞都市ロア。その中心地にある領主の館のボレアス邸。リベラルは再びそこへと向かい、面会の手続きを終えてルーデウスと向かい合っていた。

 ルーデウスの手には、分厚い辞書のような本が開かれていた。彼は中身を確認しながら、破顔した表情を見せる。

 

「ありがとうございますリベラルさん……こんな丁寧に作ってくださって……」

「いえ、構いませんルディ様。貴方は可愛い弟子みたいなものですからね。それに、ロキシー様だって絶対同じものを作ってくれましたよ」

 

 リベラルが渡した魔神語教材の本は、本来の歴史でも彼がロキシーから貰ったものと同様で、あらゆる魔神語を人間語で翻訳したものだ。単語から、細かい言い回し、発音の仕方までを、完全に網羅してある。

 そんなものをこの地まで直接手渡しで届けられ、あまつさえ直筆本なのだ。ルーデウスはリベラルに対し、感謝の念を抱くことしか出来なかった。

 

「これで、魔神語の習得に取りかかれます」

「獣神語は既に覚えてるのですか?」

「はい、幸いにもギレーヌがおりますので、彼女に手伝ってもらいました」

 

 そうしてリベラル作の魔神語教本の受け渡しを完了させると、続いて渡されるのはパウロたちの手紙だ。こちらもルーデウスにとって大切なものである。

 彼はそれらを受け取りながら、ふと疑問に思ったことを口にした。

 

「そう言えば、シルフィの様子はどうですか?」

「様子、と言われましても、その手紙に書かれてませんか? ルディ様の為に頑張ってますよ」

「えっと、そうではなくてですね。寂しそうにしてたりしないかなって思いまして」

 

 ルーデウスの台詞を聞いたリベラルは、キョトンとした表情を浮かべた後、微笑ましいものを見るかのような目になる。

 

「なるほど……ホームシックに陥った訳ですか。愛しのシルフィエット様に会えず、寂しいのですね」

「当たり前じゃないですか。元より望んでここにいる訳じゃないですし」

「それもそうですね。ですが、エリスお嬢様といい感じになってるのでは?」

 

 その言葉に、ルーデウスは「むう」と口ごもらせた。彼としては、疚しい気持ちがない訳ではないのだ。むしろ、下心に満ち溢れている。

 シルフィエットは今まで、妹のようにずっと見てきた存在で愛おしさもあったが、エリスに関しては生徒としてとてもやり甲斐を感じる存在になってきた。ツンデレ的な反応にもグッときている。

 極論を言えば、どちらもありなのだ。互いに良い部分と悪い部分があり、ルーデウスはそれが自分の好みとして当てはまっている。

 今でこそシルフィエットの方が好きだと感じているが、その気持ちもずっと続くかなんて分からないのだ。結局、彼が現状に満足していることに変わりない。

 

 そんな会話をしていると、扉のノック音が響き、二人の意識はそちらへと向いた。

 

「失礼するよ」

「フィリップさん? どうかされましたか?」

「少し、気になることがあってね」

 

 入って来たのは、エリスの父親であるフィリップだった。ルーデウスと軽い応対を交わしながら部屋の中を見渡した彼は、リベラルで視線を止める。

 

「君は確か、以前侍女の面接に来ていた……リベラル、だったかな?」

「はい、フィリップ様。本日はお日柄もよく……」

「ああ、そういう社交辞令はいいよ。それよりルーデウス、少し彼女に用があってね。来てもらってもいいかな?」

「え? はぁ、どうぞお構いなく」

 

 よく分からないと言いたげな表情を浮かべるルーデウスを他所に、フィリップはリベラルへと着いてくるように促し、部屋から出ていく。彼女としても断る意味がないので、それに付き従った。

 それから、フィリップの自室と思われる場所に辿り着くと、彼は椅子に腰を下ろし、リベラルを見据えた。

 

「さて、早速質問で申し訳ないけど、君、ルーデウスの師匠で間違いないよね?」

 

 フィリップの質問に対し、リベラルはすぐにその意図を悟る。

 現在のルーデウスのステータスは、誰の目から見ても異常なものだ。全般的な魔術を扱える上、王級と聖級の魔術を数多く取得している。

 剣術も一般的な騎士と同等な腕前を持っているにも関わらず、十歳にもなってない子供なのだ。しかし、彼の異常性に目が行きがちになるとは言え、それを独力で成し遂げたと思う者はいないだろう。

 間違いなく、誰が教えたのか、という疑問に行き着く。

 

「ルーデウスから聞いたけど、彼には二人の師匠がいるらしいね」

「ルディ様から聞いたのですか?」

「彼がよく師匠は凄いと口にしていたから、気になってね」

 

 なるほど、とリベラルは納得する。別に、彼女は自分が教えたことを秘密にして欲しいなどと思っている訳ではない。むしろ、リベラルが師にいることが明らかになることを望んでいる。

 

 それは、人神への布石だった。ルーデウスに不信感を与えることなく、人神に牽制するための措置。

 果たして、リベラルが背後にいることを理解して尚、人神はルーデウスに関わろうとするのか。それとも、関わることを諦めるのか。

 もしも関わるようであれば、彼の動きから狙いの察知も容易だろう。歴史をなぞるのであれば、何が目的なのかも筒抜けに出来る。歴史と変わるのであれば、相違点から人神の狙いが分かるだろう。

 関わらないのであれば、リベラルは動きが読みにくくなるものの、オルステッドの知る歴史をなぞることになる筈だ。ルーデウスの持つ運命の力とやらで、歴史を変えないのだから。

 これは、今は音沙汰のない人神が、どのように動くのか見極めるための先制。

 そして、リベラルによる人神への明確な布告。あの時私を始末しなかったことを後悔させてやらんとする、意思の現れだ。

 

 が、今は関係のないことである。

 リベラルは思考を止め、フィリップへと意識を向けた。

 

「一人はロキシー・ミグルディア。過去にエリスの家庭教師に応募していたみたいだけど、不採用にしていたらしいね……惜しいことをしたよ」

「とは言え、ルディ様とロキシー様の相性が良かったというのもあるでしょう。あの方がエリス様に教えても、他の家庭教師と大差なかったと思いますよ」

「……まあ、たらればの話は止めようか。とにかく、ルーデウスの言うもう一人の師匠が、君のことだね」

 

 そこでフィリップは言葉を区切り、小考する仕草を見せる。

 

「君のことを調べさせてもらったけど……どうにも情報が出てこなくて困ってるんだ」

「そうですか。なら、気にしなくてもよろしいのでは?」

「はは、面白いことを言うね。私は跡目争いに負けて、大きな権限がないとは言え、ボレアスの血筋なのだよ? この国のことなら大概のことは調べられるさ……大概のことはね」

 

 意味深に溢した最後の言葉に、リベラルは露骨だと苦笑せざるを得なかった。

 つまり、フィリップはその調べられない“大概以外”の部分に、リベラルが関係あるのではないかと、睨んでいるのだ。

 

「世界中にいる王級魔術師の数は、そう多くない上に名前が知れ渡っている。そして、ロキシーが水王級魔術師になったのは、そう昔のことでもないよ。それこそ、ルーデウスがここに来るほんのちょっと前のことさ」

「だから、私が教えたのではないかと?」

「そう。君が教えたことは状況的に明らかなのだけれど、私は君の名前を知らなかったんだ。水王級魔術を扱える君の名前を、ね」

 

 それに、と彼は言葉を続ける。

 

「君のその髪。この辺りではとても珍しいね。そして、とても特徴的だ」

「そこは綺麗だと言ってくれないのですか。銀色と緑色が美しく映えてる、とか」

「『銀緑』……そうだね。美しく綺麗で、伝説に出てきそうだ」

「……ふふ、お上手ですね。ですが、そのように褒められても靡きませんよ?」

 

 フィリップの考えは、短絡的であったが的を射ていた。

 

 ラプラス戦役で活躍したリベラルの名前が知れ渡ってないのは、大きな権力が動いていたことも関係していた。むろん、彼女が名前を明かさないように努力したのもあるが、偶然知ってしまった者の口を閉じさせるには、個人の力では不可能だろう。

 それこそ、かつてペルギウスの朋友であった、ガウニス・フリーアン・アスラのような、今は亡き過去の王が力添えしていてたとしてもおかしくない。王の力があれば、人の一人の情報を有耶無耶にするくらい可能だろう。

 

「前置きはこのくらいにしておこう」

 

 冗談混じりな会話もそこで終わり、フィリップは真剣な表情を見せていた。

 

「単刀直入に聞くけど、私に力を貸してくれないかい?」

「……随分と直接的な行動に出られましたね」

「私としても不本意さ。けど、君の望むものは何も分からないから、外堀を埋めることも出来なくてね」

 

 不満そうに語るフィリップは、特に嘘など吐いてないのだろう。本来の彼であれば、外堀から埋めて確実な状況にしてから事を進める。それがこの男のやり口だ。

 しかし、先程も言ったように、彼はリベラルの弱点と成りうるものを知らなければ、望みも知らない。それに、フィリップの予想が正しければ、ペルギウスに並ぶ偉人かも知れないのだ。

 余計なことをして怒りを買うよりは、ルーデウスという繋りから協力を仰ぐ方が、確実でリスクも少なかった。故に、彼は直接頼み込んでいる。

 

「私としましては、回りくどくされても鬱陶しいだけです。なので、こうして直接的な行動には感心致しました」

 

 しかし、だからと言ってリベラルが頷くことは出来ない。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

 

 彼が何に対して力添えを望んでいるのか、リベラルは大体の予想がついていた。ボレアス家の乗っ取りだ。十歳になったルーデウスにも提案する、未来のイベントである。

 跡目争いに敗北して、城塞都市ロアの町長という立場に甘んじてるフィリップだが、まだ当主の座を諦めている訳ではなかった。

 

 だが、彼女はそれに協力することなど出来ない。

 

 ペルギウスがラプラス討伐を目的としているように、リベラルにもリベラルの目的がある。人神討伐という目的だ。

 『甲龍王』と同じで、貴族へ深入りした関係になれば、目的のために動き辛くなる。繋りが足枷になってしまうのだ。故に、自由に動ける立場を彼女は望む。

 それに、フィットア領で転移事件が発生することが確定している以上、全てが台無しになるので手伝う価値がほとんどないのだ。

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

「単純なものです。私の目的とフィリップ様の目的は、利害が一致しないからです」

 

 リベラルの目的は二つあるが、取り合えず人神を打倒することが現在の目的だ。その際にポイントとなるのが、オルステッドと転移事件である。

 オルステッドはさておき、転移事件に関してはボレアス家は大きく関わることになる。具体的には、被害者として破滅に追い込まれるのだ。

 

 転移事件の発生そのものを止める気のない彼女は、転移事件の発生場所を変えようとして、それが不可能だと判断して諦めた。単純に、移す時間が足りないからだ。

 しかし、転移事件が発生してからの対応は出来る立場にあった。前以て知っていたのだから、長い時間を掛けて備えることは出来た筈なのだ。資金的な事情然り、被害者への対策然り。

 

 だが、リベラルは備えることをしなかった。

 否、備えることが出来なかったのだ。

 

 人神はリベラルの動きを察知できない。『龍神の神玉』の力によって、人神は能力で姿を捉えられないのだから、それは当然だろう。しかし、あまり大きく動けば、人神がリベラルの動向を知ることは容易だ。

 彼女が本来の歴史をあまり変えようとせず、今も尚なぞるように動いているのは、人神に未来の動向を悟らせないためだ。人神は転移事件が発生することを知らないからこそ、リベラルはそれを起こそうとしている。

 だからこそ、転移事件発生後に備えた動きを控えた。もしも何らかの理由で人神が転移事件のことを知れば、今までの苦労が水の泡となるから。

 もしもの可能性を極力減らし、人神をより確実に殺すため――リベラルはフィリップたちを見捨てることにしていた。

 

「とは言え、フィリップ様はルディ様の上司。頼みを無下にし、可愛い愛弟子が虐められるのは不本意です」

「と、いうと?」

「こちらを譲りましょう。肌身離さず所持することをオススメしますよ」

 

 そうしてリベラルが渡したのは、幾つかの指輪だ。

 

「プロポーズかい? 光栄だけど……私には既に妻がいてね」

「違います」

 

 フィリップの冗談に彼女は即答し、指輪の説明をしていく。

 リベラルが渡したのは魔道具だ。自身の身を守るための道具。未来でナナホシが所持していた物と、同じような代物だ。

 リベラルは転移事件による被害者への対策はしていないが、それはあくまでも大人数への対策だ。選定した少人数ならば、多少の対策は取れる。

 

 取り合えず扱い方を教え、それらを「自分の信頼する人物に渡すといいですよ」とリベラルは伝えた。選定するのは、彼女である必要はない。むしろ、政治に深く関わるフィリップの方が、適切な人物を選ぶだろう。

 

「……そうか。取り合えず、感謝はしておくよ。君の協力を得られないのは痛いが、強制は出来ないからね」

「それが賢明でしょう」

 

 フィリップはしつこく引き止めようとせず、アッサリ身を引いた。やぶ蛇になっても困るし、そもそも自由に動かせない駒など必要ないのだ。

 御しきれぬ力は、身を滅ぼす切っ掛けになってしまう。そのことを理解していた。

 

「話は変わるけれど、どうして侍女として応募していたのだい? 君ならば、働く必要もないだろうに」

 

 ふと疑問に思ったのか、フィリップはそのようなことを訊ねていた。彼の疑問も尤もだろう。

 

「働くというのは建前ですよ。したいことがあったから応募しただけです」

「ふぅん? 何なら、今から君を雇用しても構わないよ?」

「いえ、結構です。既にすべきことは出来てますし、何よりボレアス家の趣向に合わせた格好をしていたのに、あの仕打ちには堪えましたので……」

 

 自分が如何に痛い行動をしていたのかを思い出し、リベラルは身を悶えさせる。

 フィリップはそんな彼女の様子を、不思議そうに眺めていた。

 

 元々リベラルが侍女になろうとしていたのは、娯楽的な要素が大きかった。労働による正当な報酬を獲得するというのは、人間社会に適応している証だ。元日本人のリベラルとしては、昔の思い出に浸れる要素でもあった。

 採否の結果など、彼女の予定に影響などほとんどない。精々、エリスの魔改造が出来なくなるくらいだ。

 『赤い珠』を調べるためでもあったが、既にそれは果たされている。なので、今更侍女として採用されても意味などなかった。

 

「ところで、もうすぐでエリスの誕生日なのだけど……もしよければ君も参加するかい?」

「唐突ですね……誘いは嬉しいですが、それも辞退しますよ。そもそも、お嬢様と会話もほとんどしたことないですし、サウロス様に猫耳のことで絡まれても困りますし」

「父上はそのことを既に忘れてると思うけれどね……とは言え、他の貴族たちに絡まれても困るか」

「ええ、そういうことです。しばらくはのんびりとブエナ村とここを行き来してますよ。用があれば、また訪れた時にでも」

 

 そのまま扉から出ていくリベラルを、フィリップは止めようとせずに見送った。彼としては、満足な結果は得られなかったが、最悪でもなかったからだ。

 彼女を説得するための時間はある。いつ姿を消すかは不明だが、しばらくはフィットア領で暮らすと言ったのだ。ならば、そのチャンスをものにしなくてはならない。

 

 必ずやリベラルを味方に引き入れてやると意気込むフィリップは、とても悪い表情を浮かべていた。

 

 

――――

 

 

 それからのリベラルは、淡々とした毎日を送った。

 基本的にはブエナ村で過ごし、定期的にロアへと向かってルーデウスの様子を見に行く。そこでフィリップからアプローチを受けたり、如何わしい場面に遭遇したり。

 とても平和な日々と言えよう。少なくとも、争いもなく平穏であった。あっても、エリスとルーデウスがじゃれあっていたくらいだ。

 

 誰もが思っていた。

 この毎日が続くだろうと。

 

 けれど、世界は微かな歪みを持って進んでいた。そしてその綻びは、やがて大きな形となって現れることとなる。

 

 そして数年後――ターニングポイントが訪れた。




Q.転移事件後の対策って、別に大きく動かなくても地道に金策すればよくね?
A.お金は無限にある訳ではありません。アホみたいに金とか集めたら、色々と経済が悪くなりますし、武具関連でもあまりやり過ぎると、オルステッド社長が困るかも知れませんので。


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14話 『ターニングポイント・イチ』

前回のあらすじ。

フィリップ「リベラル、君が欲しい」
リベラル「お断りします」
赤い珠「そろそろ本気出す」

お待たせしました。今回でこの章も終わりです。なので、リベラルの原作をなぞるだけの行動も終了ですね。まあ、次章でもなぞるところはなぞりますが……この章ほどではないと思います。
ただまあ、私の構成力などが大きく問われることになるので……不安しかないですね。


 

 

 

 ボレアス邸の中庭にて、ルーデウスとエリスは稽古を行っていた。監督するギレーヌの掛け声と共に、二人は木剣を振るう。

 静かな庭に、木剣が空気を斬る音が吸い込まれていく。そしてすぐに掛け声に掻き消され、また空気を斬る音が響く。

 

「では、疾風の型より始める!」

「はい!」

 

 素振りが終われば、次は型の決まった動作にて、再び素振りを開始する。初めこそ戸惑っていたものの、二人は既に二年もの間、同じことを続けていた。

 特に戸惑うことなく振り続け、しばらくすればまた違う型で素振りを行う。全ての基礎を繰り返し、全てを身体で覚えるのだ。

 基礎は大切だ。ルーデウスはそのことを知っているし、エリスですら知っている。全力で振るい続けた二人の額には汗が張り付き、息も僅かに乱れていた。

 

「対!」

 

 号令で、ルーデウスとエリスは向き合う。これは所謂、二人で行う稽古を指す。攻め手と受け手に別れ、互いに打ち合うものだ。

 

「はじめ!」

 

 ギレーヌの合図と共に、エリスは打ち込んでいく。彼女が攻め手で、ルーデウスが受け手だ。

 剣神流の剣は、基本的に剣道のような面、胴、小手、突きの動きに似ている。とは言え、それらの基礎的な動きを極めるのが剣神流。

 速度と攻撃力を重視するからこそ、シンプルな攻撃が多い。故に、剣神流の剣筋は、三大流派の中で最も読み易いのだ。だが、読み易いからと言って、攻撃を捌ける訳ではない。

 

「ぐえっ!」

 

 初めの内は、明鏡止水の心持ちでエリスの動きをルーデウスは読んでいた。しかし、何度か対の稽古を進めていくと、彼女の木剣を捌けずに、叩かれる場面が増えていくのだ。

 

 ひとつは、単純に集中力の問題。明鏡止水は己の心を落ち着かせ、相手の動きをよく見ることが真髄だが、生半可な集中力では相手の一挙一動を読み切ることなど出来ない。疲労が溜まれば、見切れなくなっていくのだ。

 もうひとつは、エリスの地力。ここ最近の彼女は、どうにも剣神流として何歩か成長を遂げていた。

 剣速そのものが向上し、動きに鋭さが増している。また、エリスが仕掛ける際の技の組み合わせも、受けにくい形のものが増えた。同じ攻撃が少なく、目が慣れることがないのだ。

 

「ルーデウスもまだまだね!」

 

 結果、ここ最近のルーデウスは、彼女との戦績が芳しくなかった。集中力のある最初はいい戦いをするのだが、時間の経過と共に負けてばかりだった。

 だが、それ以上に身体が追い付いてない場面が増えているのだ。エリスは闘気を纏っているのか、動きがとても速い。けれど、ルーデウスは闘気を纏えないので、限界がある。

 明鏡止水を発動させていても、エリスは稀に木剣を当てていた。彼女の動きを見切っていても、防ぐことに身体が追い付かないのだ。

 

 闘気を纏えないルーデウスは、純粋な身体能力が足りなかった。

 

「これにて、稽古を終了する」

 

 終了の合図と共に、二人はギレーヌへとお辞儀をする。それから彼女は、稽古中に指摘した反省点などを纏めていく。二人に足りない部分を再び指摘し、修正させる。

 それらが終われば、本日の剣術の指南も終了だ。しかし、家庭教師であるルーデウスは、この後にエリスとギレーヌの二人に魔術を教えることになっている。

 用意のためこの場から去っていったギレーヌを他所に、ルーデウスはその場で腰を下ろして一息吐いた。

 

「はぁ……」

 

 今のルーデウスは、剣士としての限界を感じていた。ギレーヌの指導が悪い訳ではない。闘気を纏えないので、行き詰まっていたのだ。

 この数年間で、剣神流は上級になったが、来たばかりの頃からほんのちょっとだけしか上達していない。今以上の伸び代を、ルーデウスは感じられなかった。

 

 ブエナ村でリベラルに教わっていても、同じ問題にぶつかっただろう。彼女は剣術そのものの向上よりも、闘気の代わりとなるものを授けたが、結局なところ根本的なものは解決していない。

 明鏡止水は長期的な使用ができないのだ。もっとも、それは普段からの心構えを変化させるので、不意打ちなどには対応出来るのだが、戦闘になればやはり長持ちしない。

 

「なによ。溜め息なんて吐いて」

 

 何故かこの場に留まっていたエリスは、彼の溜め息に反応を示す。

 

 ルーデウスに比べ、彼女の成長は目覚ましかった。彼に負けることが気に食わないのか、エリスは剣術の稽古に必死だった。

 剣神流だけでいえば、明らかにルーデウスへと追い付いていたのだ。下手をすれば、彼より上かも知れない。

 他の流派に取得差があるので、何でもありの剣術でルーデウスは“まだ”負けないだろう。しかし、それも時間の問題に感じられたのだ。

 

 エリスには剣士としての才能がある。ルーデウスはそう思わずにいられなかった。

 

「いえ、最近はどうにも僕自身の限界を感じまして」

「限界? でも、ルーデウスは強いじゃない」

「ええ、確かにそうかも知れません。ですが、これ以上剣神流が上達する気がしないんです」

 

 そう言うと、エリスは口をへの字に結んだ。

 最近は勝率が上がってるとは言え、ルーデウスにそのようなことを言われては面白くないのだろう。

 

 ルーデウスは奥の手として、リベラルから教わった結界魔術もあるが、それこそ短期決戦用の手段だ。それに、あくまで魔術なのだから、剣神流としての地力に含めるものではない。

 基礎的な動きは上達してる。だが、そこから先に進めないのだ。それに対し、エリスは明らかに次のステップへと進んでいた。

 この差に、僅かな焦燥を感じるのだ。

 

「じゃあ、もう教わるのを止めるの?」

「止めませんよ……それこそ、今までの頑張りが無駄になるじゃないですか」

「なら、大丈夫よ! ルーデウスは凄いんだから!」

 

 その根拠はどこから出てきたのだと言いたかったが、悪意があるわけでも何でもない。むしろ、励ましてくれてるのだ。

 感謝こそすれど、無下にすることなどない。

 

「では、もう少しだけ頑張ってみますか」

「そうしなさい!」

「ええ、ありがとうございますエリス」

 

 限界を感じたとはいえ、それは諦める理由にならない。それに、今まで本気で取り組んできたのだ。

 確かにエリスは才能があるし、本人の気質と剣神流は合っていると思う。しかし、ルーデウスは彼女よりも先に剣神流を習い始めた上、前世の記憶というアドバンテージがあるのだ。

 

 だから、なのだろう。

 

 エリスという女の子に負けてるという事実が、非常に悔しかった。それと同時に、努力が馬鹿馬鹿しく感じてしまう。この頑張りに意味などあるのだろうか、と。

 けれど、その度に前世での記憶が蘇る。言い訳を並び立てては全てを途中で投げ出し、何もかもが中途半端になってしまったことが。やってきたことを本当に無駄にしてしまった。

 だから、ここで投げ出さない。例え行き詰まっていようと、前世の過ちを繰り返さないために。

 

 

 だって――ルーデウスはこの世界では本気で生きると誓ったのだから。

 

 

 改めて自分の目標を認識した彼は、エリスに促されて立ち上がる。しかし、その際に、ふと空の景色がおかしくなっていることに気付いた。

 

「……あれ?」

 

 茶色、黒、紫、黄色と、普段の空ではあり得ぬ、歪な上空。ルーデウスの視線に釣られ、エリスも空を見上げていた。

 

「なによあれ?」

「……僕にも分かりません。ただ、召喚魔術とどこか似ている気がします」

 

 自然現象でないことは、一目見て分かった。けれど、人の手で起こせる規模でもないことを彼は察する。

 問題は、なぜ唐突にあんなものが空に出現しているかだ。兆候などは一切感じられなかった。だから、理由なんてルーデウスが把握出来る訳がない。

 

「あれが何かはよく分かりませんが……一応、館の皆に避難するよう伝えた方がいいかも知れませんね……」

「そう。なら、早く行きましょ!」

 

 エリスはルーデウスの手を引き、足早に館の中へと戻って行った。けれど、その直後に白く染まった空から、一条の光が地面へと伸びたことに気付かなかった。

 白い光の奔流が、館を、町を、城壁を、全てを呑み込む瞬間を目撃しなかったのは、もしかしたら幸運だったのかも知れない。

 

 

――――

 

 

 同時刻。

 

 ロキシー・ミグルディアは、中央大陸にあるラノア魔法大学の近くにいた。彼女はルーデウスやリベラルと関わり、自分が如何に小さな存在なのかと思い知った。

 その影響か、ロキシーは師匠と一度向き合おうと考え、この地にいたのだ。今一度、自分を見つめ直したかった。

 

「……おや?」

 

 ルーデウスのことを考えた彼女は、自然とブエナ村へと顔を向けて、空の異常に気付く。

 

「なんでしょうかあれは……」

 

 遠目から見ても、ハッキリと分かるほどに渦巻く魔力。恐らく、何らかの理由で暴走しているのではないかと推測していく。

 

「まさか、ルーデウスが……? いえ、しかし……リベラルさんもいる筈です」

 

 彼女が教えていた当時、ルーデウスは五歳だった。だが、その時から彼の魔力は底知れない。

 そんな少年を、既に五年近く見ていないのだ。もうすぐで十歳になるルーデウスは、教えていた時よりも更なる成長を遂げてるだろう。

 そう考えれば、遥か彼方に見える空の異常も、ルーデウスが起こしたものではないかと思えるのだ。だが、リベラルがいる以上、魔術の制御に失敗してああなったとは思えない。

 

「……久しぶりに、顔を見たくなりましたね」

 

 ルーデウスがどれほどの成長を遂げてるのか。ロキシーはそれを知らない。こちらが一方的に手紙を送っているだけだから。それに、あの空が何なのかも知りたくなった。

 

 ブエナ村に向かうことを決めたロキシーは、旅路に踵を返す。

 彼女は水王級魔術師になり、単独での迷宮攻略も果たしてしまった。やりたいことは一段落ついていた。だから、またあの家族と触れ合い、ゆっくり過ごすのも悪くないだろう。

 

 そうしてブエナ村へと向かい始めたロキシーは、そこでとある緑髪の少女と出会うことになる。その出会いは彼女にとっての転換期であり、緑髪の少女にとっても転換期となることだろう。

 

 転移事件後、ロキシー・ミグルディアに、新たな弟子が誕生することとなる。

 

 

――――

 

 

 “九十九代目”『龍神』オルステッドは、フィットア領の隣にあるミルボッツ領から、上空を眺めていた。

 

「また、奴の仕業か……」

 

 そう呟いたオルステッドの足下には、女性が胸に穴を開けて転がっている。

 その娘はかつて、盗賊に拐われて慰み者にされていたところを、銀緑の髪をした女性に助けられた者だ。しかし、既に事切れ、その瞳から光を失わせていた。

 

 オルステッドにとって、この娘は死んでいて欲しい存在だった。彼女が何かをするのではなく、彼女が生むことになる子供が邪魔になるのだ。端的に言えば、賊になる。

 とは言え、大きな障害ではない。些細なものだ。将来、オルステッドが必要とする人物を、彼女の子孫が拐って殺してしまう。

 しかし、オルステッドが必要とする人物は、必ずしも必要ではない。死んだとしても、代わりになる人物がいるのだ。

 だが、代わりの人物を用意するのは余計な手間となり、次の一手に時間を要してしまう。その無駄を削減したいだけだ。

 

「『銀緑』……ペルギウスの話では、ラプラスの娘らしいが……」

 

 もしかしたら、味方かも知れない。もし味方ならば、心強い存在になるだろう。しかし、オルステッドはその可能性を切り捨てる。

 

 彼女は余計なことをし過ぎなのだ。今回、オルステッドが始末した者は、偶々近くに寄った時に気付いたから、始末したのだ。本来であれば、自身が手を下さぬとも盗賊の手によって勝手に死ぬ。

 世界を幾度となくループしている彼は、どの人物が必要で、どの人物が不必要なのか把握している。その中には、当然ながら自滅する者たちも数多く存在する。

 『銀緑』は時おり人助けをしているのか、不必要な人物まで助けていることがあった。更には、ループしてるオルステッドが知らぬ人物まで、存在する始末。

 

「観察しようと思っていたが――やはり危険だな」

 

 だが、それよりも一番の問題は、オルステッドの“ループ地点より前に存在していた”ことだ。これが、見過ごせない点だった。

 リベラルの存在によって、彼はこの世界では己の知る立場が変化している。本来であれば、オルステッドは九十九代目などではなく、百代目の『龍神』だ。

 

 甲龍暦330年の冬。中央大陸北部、名も無き森の中。そこがオルステッドのループ開始地点だ。彼がヒトガミを倒すことが出来ぬまま200年が経過すると、己の生死に関わらずそこへ戻されてしまう。

 ……そう、問題は、『銀緑』がそれ以前から誕生している特異点ということだ。百回以上ループをしているオルステッドだが、『銀緑』やリベラルという存在は聞いたことすらない。

 どういう経緯か不明だが、リベラルはオルステッドのループ開始地点より前に干渉している。それはつまり、彼の知る歴史を大きく変化させられる立場であり、オルステッドのループ地点を判明させられる者なのだ。

 己の立場も、歴史も、知らぬものに変化しつつある。可能性として一番最悪なのは、『銀緑』が敵であること。もしもそうなれば、オルステッドは詰みかねない。ループ地点より前を干渉されれば、何も出来ないからだ。

 次にループした時にも存在するか不明だが、ヒトガミの使徒だとすれば手の付けようがない。

 

 『銀緑』が使徒なのか見極めるため、彼は今まで干渉せずにいたが、この空の異変を見てまで放置は無理だった。リベラルは危険過ぎる。

 

「……殺すか」

 

 疑わしきは殺せ。

 それが、一番確実な手段だった。

 

 オルステッドは歩み出す。

 人神を殺すため。特異点を殺すため。

 全ては、己の忌まわしき使命の為に。

 

 

――――

 

 

 同時刻。

 リベラルはグレイラット家の自宅にて、ノルンとアイシャをあやしていた。隣にはリーリャがおり、同じく二人の世話をしている。

 

「リベラル様、いつもありがとうございます」

「まあ、暇ですからね。長寿な種族はよく時間を持て余してるんですよ」

「それでも、手伝ってることに変わりありません」

「律儀ですね。ですが、構いませんよ。私は二人の世話、結構好きですし」

 

 ノルンとアイシャは生まれてから、もうすくで三年になる。間もなく三歳だ。赤子の頃よりマシになったとはいえ、それでもまだまだ粗相をする年頃。

 色んなものは散らかすし、遊び相手に様々なことをさせられる。普通の人ならば、結構疲れるものだ。しかし、龍族であるリベラルは、その程度のことで疲労などしない。

 

「おねえさん、だっこして」

「ええ、構いませんよノルン様」

 

 舌足らずな言葉でねだるノルンに、リベラルは笑顔で応える。覚束無い足取りで彼女の元へと歩んできたノルンを、抱き抱えた。

 その様子に、妹であるアイシャはむくれた様子を見せる。ノルンと同じ舌足らずな言葉で、「ずるい、あたしも!」と文句を溢すのだ。そして、リーリャによって抱き上げられる。

 

 リベラルは頬を弛めながら、「ほへぇー」と気の抜けた言葉を漏らす。ノルンとアイシャとのこうした触れ合いは、彼女にとって完全なる癒しと化していたのだ。

 

「今は魔物が活性化して、パウロ様も大変になるでしょうね」

「そうですね。その影響か、奥様も診療所では忙しいようです」

 

 現在、パウロとゼニスの二人はいない。今し方話したように、二人とも忙しいのだ。だからこそ、リベラルが暇潰しも兼ねて、お手伝いとしてここにいるのだ。

 別に、リベラルが魔物退治をしてもいいし、診療所にて患者の治療をしても構わない。だが、二人ともそれが仕事であり、正当な報酬の元で働いてるだけだ。

 魔物退治はまだしも、手の回らない段階になるまでは、リベラルが仕事を奪うわけにもいかないだろう。

 

「……おや、眠ってしまったようですね」

 

 そんな感じの世間話をしている間に、二人が抱き抱えていたノルンとアイシャは、小さな寝息をたてていた。リベラルとリーリャは顔を見合わし、寝かすためベットへと向かおうとして、

 

「――……っ」

 

 リベラルの動きが、唐突に止まった。その様子に、リーリャは不思議そうな表情を浮かべる。

 

「どうかされましたか?」

 

 子供たちが起きぬよう、小さな声で呼び掛けるリーリャを他所に、リベラルは天井を見上げる。

 

「……まさか」

 

 彼女は、空の異変に気付いたのだ。

 すぐさま外へと飛び出し、再度空を見上げる。その視線の先には、魔力の暴走によってか変色した空があり、リベラルは顔を顰めた。

 

(……ああ、そういうことですか)

 

 すぐに、己が原因で転移事件の発生が早まったことを悟る。やはり、彼女が『赤い珠』の場所を移そうとしても、確実に間に合わなかったわけだ。そんなことをしていれば、更に早まっていたことだろう。

 

(パウロ様は魔物退治、ゼニス様は診療所、リーリャ様はアイシャ様を抱き抱えていて、そしてノルン様は私が抱えている。シルフィエット様は、恐らく自宅でしょう)

 

 現在の状況を整理していき、転移事件後にそれぞれがどのような状況に陥るかを、リベラルは考えていく。

 

(エリス様とルディ様は……何とも言えませんね)

 

 しかし、と彼女は首を振った。

 

(まあ……問題はありませんか。転移事件が早まる事態は、想定してなかった訳ではありません)

 

 自身の存在がどれほどの影響を与えるかなんて、リベラルはまだ完全には理解出来てない。だが、理解出来てないからこそ、あらゆる事態に備えているのだ。

 

(こういった不足の事態に備え、ルディ様を強くしたのですから。そのルディ様に教わったエリス様も、本来より強くなってるでしょう)

 

 どのみち、既に賽は投げられた。慌てたところで、何の意味もない。ならば、今は自分の考えが間違ってなかったと、信じるのみ。

 リベラルはリベラルの望む未来のため、自分の最善を尽くしたつもりだ。その結果がどうなるかなんて、それこそ神のみぞ知る、だ。

 

(問題は……彼女ですか)

 

 この転移事件によって、七星 静香が地球からこの世界に転移してくる。だが、その場にリベラルが駆け付けることは、恐らく無理だろう。自分がどこに飛ばされるか分からないからだ。

 それに今のリベラルは、腕にノルンを抱えてしまっている。流石に今まで可愛がってきた、この幼子を見捨てることは出来ない。パウロに預けようにも、彼は現在魔物退治のためにいない。

 

(そちらも対策はしておりますが……その先の計画が穴だらけになりそうですね……)

 

 ナナホシを自分の手で助けられない。

 その事実に、リベラルは小さく歯軋りする。

 

 あらゆる事態を想定し、それらに様々な対策を施しているリベラルだが、全ての状況に完璧な対策を取ることなど出来ない。想定が複数ある場合、確率の高いものから対策を優先するのが普通だろう。リベラルも例から漏れず、そうしていた。

 故に、確率の低いものは疎かになってしまう。想定していても、必ず対策が疎かになる状況は、起こりうるのだ。

 単純に、手が回りきらない。単に頭から抜けていた場合もある。リベラルがどれほど努力したとしても、ミスを無くすことはできないのだ。リベラルは、万能な存在ではないのだから。

 

(オルステッド様……貴方の運命の力とやらを信じてますよ……)

 

 そして、白く染まった空から一条の光は地面へと墜ち、光の奔流が全てを呑み込んでいく。

 眼前に迫り来る光の波に、リベラルは目を瞑りながら受け入れた。

 

 

 

 

 二章 “廻り移ろう運命の路” 完




Q.オルステッド社長……。
A.社長の弱点……『人の話を聞かない』、『報告しない』、『連絡しない』、『相談しない』、『疑わしきは殺す』。これがボッチのコミュ力か……。
元々リベラルに関わるつもりはなかったのですが、改変し過ぎなのでいい加減オルステッドがキレた形ですね。

因みに、次回はちょっと遅くなる……かもです(保険)。


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三章 変わるものと変わらぬもの
1話 『始まりの地からの始まり』


前回のあらすじ。

ロキシー「フィットア領に向かう際に新たな弟子が出来るみたいです」
オルステッド「銀緑とかいうやついい加減邪魔だし消すか」
リベラル「社長……信じてますよ」

今回思った以上に文字数が少なかった悲しみ。5998文字だったけど……まあ、いいよね。
今回から章が変わりますが……例によって展開スピード遅いかもです。

では、見てくださってる皆さま、今回からもまたよろしくお願いいたします。


 

 

 

 友は、間違えた。

 

 

 使命を忘却し、内から無限に溢れ出す『人』への憎悪に従い、殺戮の限りを尽くした。その姿は余りにも痛々しく、そして、救いがなかった。

 何十年、何百年と準備を整え、人族を滅ばさんとした男は、道を間違えていることに気付かず、前へと進み続ける。だが、虐げられていた魔族たちは、彼を英雄視し、その背に続いた。彼らにとっては、正しい道だったのかも知れない。

 

 

 ――ああ、友よ……随分と変わり果ててしまったな。

 

 

 復活した男と再会できたのは、必然の出来事だ。いずれ蘇ると信じて、彼をずっと待っていたのだから。それ故に、使命を忘れ、憎悪に囚われていたことに嘆いた。

 その行動にかつての面影はなく、ただの修羅と化している。人の身を持たぬ己では、間違いを指摘することも出来やしない。昔のように意志疎通出来なくなったのだから、仕方なかったのかも知れない。

 友は間違え、己はそれを止めることも出来ぬ。

 

 しかし、しかしだ。

 間違えているとはいえ、友はそれでも戦い続けている。憎悪に身を焦がされながらも、『人』を打倒しようと藻掻いている。

 きっと、彼は救われないだろう。無意味な戦いの果てに待つは、終わりなき『人』への殺意だ。全てを壊したとしても、その憎悪が収まることはないだろう。そして、訳の分からぬ怒りを抱いたまま、朽ちゆくことになる。

 今はその背に続く者たちも数多くいるが、やがて誰も付いていけなくなるだろう。

 

 

 ――ならば、己だけでも傍に居よう。せめて、味方であり続けよう。それが、友というものだろう。歩みを止めぬ限り、付いていこうではないか。

 

 

 間違っているのならば、その道を正すのが本当の友なのかも知れない。けれど、間違っていると知っていても、その結末を見届けるのも、本当の友ではないのだろうか。

 後悔はなかった。少なくとも、友と再び戦えたことに、喜びを覚えていた。かつての記憶が甦り、心高ぶった。力が滾った。

 

 

 ――だから、後悔などない。後悔などないから……どうか、泣かないで欲しい。

 

 

 そして、通常個体よりも遥かに巨大な体を持つ赤竜は、己の目の前で泣きじゃくる家族へと、穏やかな視線を向けた。

 

『……うぅあ、ああ……嫌です、嫌ですよぉ……私を、私を独りにしないで下さい……!』

 

 その巨体を血塗れにし、地面に横たわる赤竜の眼前には、友の娘がいた。己も娘のように接し、共に日々を過ごした『魔龍王』の後継者。

 しかし、強くなった筈の彼女は情けなく涙を溢し、人目も憚らず喚いていた。強者であるというにも関わらず、すぐにこれだと赤竜は内心で溜め息を溢す。

 

 

 ――ああ、強くなったな……昔とは比べものにならぬほどに。今ならば、殺されても悔いはない。

 

 

 結果論かも知れないが、殻に閉じ籠もってしまった彼女の元を離れたのは、正解だった。

 きっと、この赤竜が傍に居続けていれば、彼女はここまで強くならなかっただろう。堕落した生活を続け、前に進めなかった筈だ。

 

 

 ――あの時は、見捨てて悪かった。だが、その結果がこれならば良かったのかも知れない。

 

 

 地に墜ちた赤竜は、穏やかな瞳を浮かべ、目の前にいる『銀緑』へと愛おしそうな視線を見せる。その姿は、今から死にゆくものとは思えぬほどに、落ち着いていた。

 けれど、目の前にいる『銀緑』は、その事実を覆そうと必死に治癒魔術を使い、赤竜の傷を癒そうとしている。しかし、開いた傷口から血が止まらず、徐々に生命の灯火を弱らせていた。

 

 

『どうして、どうして!!』

 

 

 ――もういい。もう治らぬ。既に手遅れだ。

 

 

『嫌、嫌っ!! 死なないで下さいよ……強くなったのに、もう二度と繰り返さないと誓ったのに……なんで、こんな……あんまりですよ……!』

 

 

 未だに泣きじゃくる彼女に、赤竜は再び溜め息を溢す。けれど、昔から変わらぬその姿に、安堵を感じていた。

 そう、昔の彼女はこんな感じで、あまっちょろい奴だった。今は敵同士だというにも関わらず、これだ。

 甘い思想に甘い心意気。だが、その甘さは嫌いではなかった。

 

 だから、かつての頃に戻れたような気がして、赤竜は最期に笑った。

 

 

 ――託した。この意志を、誓いを、魂を。さあ、勝とうではないか。

 

 

 赤竜は死んだ。

 それでも、終わりではない。

 『銀緑』は後継者だ。

 

 『魔龍王』の意思を継ぎし者。

 数々の誓いと約束を背負い、新たな道を切り拓く力を持つ。彼女は弱くなどない。それらを受け継げれるほどに、強くなった。

 

 だから、立ち止まることは許されない。

 どれほどの困難があろうとも、重荷に押し潰されそうになろうとも、それは許されないのだ。

 前に進む以外の選択を、彼女には許されなかった。

 

 

――――

 

 

「――……ぅ……」

 

 ふと気付いた時、リベラルは地面に倒れていた。辺りはすっかり暗くなっていたようで、転移してからどれほどの時間が経過したのかを窺わせる。

 

(……あぁ、懐かしい夢でしたね……それより、ここは……?)

 

 ボンヤリとした思考のまま、その場から起き上がろうとした時、傍に誰かがいることに気付く。

 

 ノルンだ。

 

 彼女は顔を涙でグシャグシャにし、今までずっと意識を失っていたリベラルの傍で、泣き叫んでいた。

 寝ている間に転移事件に巻き込まれ、起きた時には知らぬ場所だったのだ。共に転移してきたリベラルは倒れており、状況を理解出来なかったことだろう。幼子なのだから、余計にそうだ。

 更にはその状態で日まで暮れてしまい、きっと恐怖に押し潰されてただろう。

 

「うぇぇん! おどうさん、おかあさん! どこ、どこにいるの!」

「……ノルン様、大丈夫です。落ち着いて下さい」

「……!! リベラルおねえさん!」

 

 泣き叫ぶノルンへと声を掛けると、彼女はリベラルが意識を取り戻したことに気付き、勢いよく抱き付いた。そのまま胸の中でずっと喚き、感情を吐露する。

 リベラルは抵抗することなく受け入れ、ノルンの背中を優しく擦った。あやすかのように「よしよし」と声を掛け続け、彼女に安心を与えていく。

 

 やがて、泣き疲れてしまったのか、はたまた安心感からか、気が付けばノルンは小さな寝息をたてていた。

 

「…………」

 

 リベラルはノルンが眠ってしまってからも優しく抱き抱え、なるべく起こさないように配慮しながら、辺りを見回す。

 

(暗くて見え辛いですが……ここはもしかして……)

 

 日も沈んだ闇夜の中、それでもリベラルがすぐに気付いたのは必然のことだろう。彼女にとってここは、忘れられる場所ではない。

 とても馴染み深い場所であり、そして原点ともいえる場所……とある山の中腹にある、ひとつの家の前だ。

 

 リベラルとノルンは転移によって――龍鳴山に飛ばされていた。

 

(何ともまぁ、運の良いことですね……体制を整えるためにも、一度中に入りましょうか……)

 

 ひとまず、状況整理と休息のため、ノルンを抱えたリベラルは家の中へと入っていく。奥へと進んでいき、埃まみれになっていたベットを魔術で軽く掃除し、そこにノルンを寝かせる。

 その他にもやるべきことや確認すべきことはあったのだが、リベラルは近くにあった椅子へと座り、大きく一息吐いた。

 

(……身体が、重い……それに、魔力が枯渇していますね……頭も痛いです……)

 

 体調の問題だった。意識を取り戻してからは、体力が著しく低下し、まるで病気に掛かったかのように体が怠かったのだ。

 家の中をもう少し見て回りたかったものの、今すぐしなければならない訳でもなく、自然と休憩を優先してしまう。とにかく、リベラルは休みたかった。

 

(……こんな状態では、無理に活動も出来ませんね。強行して死んだりすれば笑えません……)

 

 実際なところ、もっと優先すべきことがあった。転移事件が発生した現場――ナナホシが現れる場所へと、向かわなくてはならない。それが、ずっと掲げていた目的の1つだからだ。対策しているとはいえ、やはり自分の手でどうにかしたい気持ちがあった。

 しかし、ここは龍鳴山である。幸いなことに、家の前に転移したからこそ赤竜に襲われなかったが、ここから離れれば赤竜の群れに襲われる可能性があるだろう。

 そんなところへ、魔力が枯渇という最悪なコンディションで向かえば、リベラルとて死んでも可笑しくはない。

 

 それに、ノルンのこともある。

 彼女を引き連れたまま、強行軍など不可能だろう。

 

(……全く、こうして情にほだされぬよう、他人事のように全員に敬称を付けていましたのに……ほんと、私は甘いですね……)

 

 パウロたちと数年も接していながら、このようなことを言っても説得力などないが、深く入れ込むつもりはなかった。しかし、彼らと関わり合う内に、それなりの情が湧いてしまった。

 

 ノルンを抱えたまま転移したのは、自分の意思だった。光の波に包まれるより前に、彼女を手離していれば、一人で龍鳴山かその他の場所に飛ばされただろう。けれど、いくらなんでもそんなことは出来なかった。

 もしもノルンを手離していれば、きっと彼女は一人で転移して確実に死んだだろう。リーリャに預けるにしても、アイシャと同時に面倒を見切れるとは思えない。下手すれば、三人ともお陀仏になる可能性もあっただろう。

 パウロがいない状況下で、ノルンの生存率が一番高くなるのは、リベラルと共にいることだった。

 

 チラリとノルンの寝顔を見つめ、己の判断は間違ってないと言い聞かせる。長年生きてきて感情も少しばかり希薄になった。けれど、その判断が目的から逸れる行為だったとしても、幼子を助けるだけの道徳心は捨てられなかった。

 それだけの人間性が残っていることに、リベラルはむしろ喜ぶべきなのかも知れない。

 

(ですが、これでよかったのかも知れませんね……)

 

 ノルンがこの場にいなければ、きっとリベラルはすぐに龍鳴山から降りようと行動しただろう。その結果、赤竜の群れに襲われて死んだかも知れない。

 賽は既に投げられている。焦って行動したところで、現実は変えられないのだ。例え、目的から遠回りしてしまうとしても、今から慌ててフィットア領に向かうのは下策。

 その程度のことは、彼女とて理解していた。

 

(……クソッ……)

 

 焦燥する気持ちを必死に押さえ付けるあまり、噛んでいた唇から血が滴り落ちた。けれど、どうすることも出来ずに、苛立ちばかりが募る。

 結局、疲労で凄まじい眠気に襲われているにも関わらず、リベラルは一睡もすることなく夜を明かした。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山にある自宅で休息を取れたリベラルは、ノルンの世話をしながら今後の計画を練り上げていく。

 

「おねえさん……ここ、どこ……?」

「ここは私の実家ですよ」

「おねえさんのじっか?」

「ええ、ちょっとした事情でこんな場所にいますが、すぐにパウロ様の元に帰りましょうね」

 

 ノルンは不安そうな表情を浮かべていたが、リベラルが怖がらせないように優しく応対し、恐怖を取り除いていく。数年もの間、グレイラット家へ入り浸っていたお陰か、彼女の信頼はそれなりに高かった。

 しばらくは付きっきりで過ごし、徐々に安心を与えていくことによって、ノルンは大きく取り乱すことなく、静かになっていく。初めの内は泣いてばかりであったが、今ではそのようなこともなく落ち着いていた。

 

「体力が回復しましたら、出発しましょう。いつまでも私と二人っきりでは、ノルン様も退屈でしょうし」

「……うん」

「大丈夫ですよ。私が付いてます。もしかしたら道中で辛い思いをするかも知れませんが、必ず守りますから」

「……うん」

「では、明日の明朝に出発します。キツかったらすぐに言って下さいね?」

「……うん」

 

 落ち着いているとは言え、どこか暗い様子のノルン。しかし、唐突に見知らぬ場所で家族と離れ離れになれば、それも仕方のないことだろう。

 極力明るい表情を浮かべ続け、リベラルはノルンが寝入るまで隣に居続けた。

 

 やがて、ノルンが寝静まったことを確認したリベラルは、近くの椅子に座って思考に耽る。

 

(まずは、城塞都市ロアに向かいましょうか)

 

 龍鳴山からフィットア領への距離は、さほど遠くもない。山伝いに移動していけば、一直線に向かえるからだ。しかし、そうすると自然に、赤竜の群れから常に狙われることとなる。

 自分一人ならまだしも、ノルンを連れた状態では無理だと彼女は判断する。故に、迂回して行く必要があるだろう。必然的に時間も掛かってしまうが、どうしようもない。

 

(そこで一度情報を集め……状況に応じて考えていたプランを選択しましょう)

 

 まず、フィットア領に辿り着いてから知りたいのは、ナナホシの情報だった。現場は混乱しているだろうから、情報を集めるのには難儀するかもしれないが、それだけは何としても知らなくてはならない。

 次に、パウロがちゃんと生きているのかどうか、または、彼等の身内がいるかどうかだ。パウロか身内がいるのならば、ノルンを任せて一人で行動することが出来る。いないのであれば、ボレアス家に預けることも視野に入れていた。

 最悪の状況は、どちらも壊滅してることだが……もしもそうであれば、ノルンはリベラルが引き連れることになるだろう。もっとも、その可能性はないと考えているが。

 

 とにかく、リベラルのこれからの行動は、ロアでの状況によって変化することとなる。

 

(しかし……体力を回復するのに時間が掛かってしまいましたね)

 

 魔力の枯渇に体調不良。この転移事件でのナナホシの推測では、エネルギー保存の法則によって魔力が持っていかれたという。だが、体調不良は明らかに転移とは別の要因にしか感じられなかったのだ。

 とは言え、リベラルはそれもある程度の心当たりがあった。恐らく、『龍神の神玉』と“自分の存在”に関係することだ。考察しか出来ないので確証はないものの、どのみち無意味な思考だと首を振る。

 

 そんなことよりもまずは、ルートを選択する必要があった。流石のリベラルも、龍鳴山から伝ってフィットア領に向かうつもりはない。無謀というものだ。

 故に、中央大陸の紛争地帯を経由して、山を迂回して行くことになる……と言うのが普通の選択だが、リベラルは普通の範疇から外れた存在。

 

 世界中を旅回ったリベラルは、転移魔法陣の位置をある程度把握していた。

 龍鳴山を下山し、ずっと先に進んだ麓に、反対側へと向かうための転移魔法陣が存在する。そこまで辿り着けば、ミラボッツ領へと転移出来るのだ。

 およそ1ヶ月半から2ヶ月の間に、フィットア領へと辿り着ける。

 

(ノルン様の体力の問題もありますので、もう少し掛かるかも知れませんが……上出来でしょう)

 

 ひとまずルートを考え付いたリベラルは、静かに目を瞑る。体力は回復したものの、まだ完全ではない。魔力も満タンではなかった。大体七割といったところだ。

 けれど、それで問題ないと判断したからこそ、出発することにした。むしろ、これ以上待つのは精神的に辛かったのだ。

 

「おやすみなさいノルン様……良い夢を見れることを期待しております」

 

 やがて、龍鳴山の中腹にある家からは、寝息だけが響き渡った。




Q.サレヤクトの傷治せんかったの?
A.銀緑とやらもテンパってたんでしょうね。禁術となってる呪術や、毒の可能性が頭からすり抜けてたのでしょう。

Q.龍鳴山にいるのに赤竜に襲われてないだと…?
A.リベラルは一応、定期的に実家に帰ってます。その際に、魔物避け的なことをしてるので家の周囲には近付いてきません。

書いていて思いましたが、ノルン(幼少期)の口調がいまいち分かりません。もしかしたら、皆さまの思ってる口調と違うかも知れませんが、その際は指摘してやって下さい。


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2話 『圧倒』

前回のあらすじ。

サレヤクト「俺ってマジで死んだのかよ」
ノルン「ここはどこ?私は誰?」
リベラル「取り合えずフィットア領に向かおうぜ!」

おうどんたべたい。
今回の話はちょい雑かも知れません。


 

 

 

 ベビーキャリアのようなものを使い、ノルンを背負ったリベラルは、目的地へと出発を始める。

 彼女は四歳くらいなので自分の足で歩けるかも知れないが、龍鳴山でそんな馬鹿なことをさせるつもりはなかった。目を離した間に死、なんてことになれば、悔やんでも悔やみきれない。それに、幼児が山を歩くのは流石に厳しいだろう。

 

「さて、行きますか。ノルン様、私の背中は大丈夫ですか?」

「うん、だいじょうぶ」

「それは良かったです」

 

 龍鳴山の自宅という拠点にいるリベラルは、装備を整えることが出来る。ブエナ村に運んでいた荷物は転移によって全滅したので、ありがたいことだろう。

 しかし、彼女はほとんど何も持たず、まるで近所に出掛けるかのような着の身着のままだった。所持しているのは、ある程度の金銭に金目の物。それから、白紙の本とペンのみだ。

 武器すら持たずに龍鳴山にいるその姿は、傍目から見ればただの自殺行為にしか見えないことだろう。

 

 リベラルは基本的に、武器を持たない。単純に、彼女の力が強すぎるからだ。並大抵の武器では、簡単に折れてしまう。

 流石に魔剣などの類いは簡単に折れないが、それでも長期的に使用し続けていると折れてしまうのだ。リベラル専用のものでも作らない限り、武器を常用することはないだろう。

 故に、彼女は基本的に武器など持たずにいた。もちろん、そんなものを持たずともリベラルは十分に強い。

 

(ブエナ村に持っていった物がなくなったのは痛いですが……まあ、仕方ありませんね)

 

 ブエナ村の家に保管していたのは、主に書物関係のものだ。龍族の技術に関するものや、自分の歴史を記した日記。本来の歴史との相違点や、自分なりの考察なども纏めていたりした。

 その他には、魔道具が幾つかといったところだろう。高価なものがあったので、そのことにリベラルは悲しみを覚える。

 

(そんなもの、また新しく書いていけばいいだけです)

 

 なくしたことを嘆いたところで、意味などない。喚いたところで手元に戻ってくる訳でもないのだ。

 サッと意識を切り換え、なくした事実を割り切る。そしてそのまま、目の前に意識を集中させていった。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山を下山している途中、案の定と言うべきか、やはり赤竜に襲われることとなった。単体であれば、リベラルも気にはしなかったが、龍鳴山では竜たちは群れで棲息する。

 赤竜山脈に連なる龍鳴山は、赤竜のテリトリー。ドラゴンは探知能力が非常に優れており、縄張り内に入った生物は小動物であれ、一匹たりとも見逃すことがない。山の何処にいようと、彼らの標的だ。

 山の中腹にあるリベラルの自宅には、彼女の施した竜避けの魔術があったので、ドラゴンたちは近寄らなかったが、その範囲から出れば別となる。

 

 つまり、ノルンを背負っているリベラルに対し――数百匹もの赤竜たちが襲い掛かるのだ。

 

 

――――

 

 

 リベラル一人であれば、龍鳴山や赤竜山脈を突破できる。それは当然のことである。でなければ、リベラルは『魔龍王』の死去から、今もなお龍鳴山から降りることが出来ず、餓死していたことだろう。

 

 上空を旋回し、狩りのために群れと連携を取る赤竜たちをリベラルは見上げ、迎撃のために魔力を練り上げる。その視線の先には、空を覆い隠すほどの赤竜たちが群れを為していた。

 

「お、おねえさん……」

「大丈夫ですよ。私がついてるので安心してください」

 

 まるで羽虫のように集う赤竜たちを前に、ノルンは恐怖に震えた声を上げていたが、リベラルは優しく宥める。とはいえ、流石にそれだけで恐怖を払拭出来る訳もなく、ノルンは震えたままだった。

 

「さてと……コソコソするのはもう終わりですからね。ド派手にいきましょうか」

 

 彼女が今まで、己の存在をなるべく明かさないよう行動していたのは、転移事件を起こすためだった。なるべく本来の歴史通りに事を進め、ナナホシを召喚させるためのもの。あまり余計なことをしなければ、起きるという確信を持っていたのだ。

 そして、その目的が果たされた以上、リベラルは本来の歴史通りに動く必要がなくなった。今までは道をなぞるだけの人生だったが、これからは自らの望む未来を掴み取るために、自分だけの道を歩むことになる。

 

「『土槍(アースランサー)』」

 

 使用するのは、土系統中級魔術。魔力を操作していき、本来の用途とは違う形へと作り上げていく。

 地面から土の槍が生えると、リベラルの隣に浮き上がった。魔力を圧縮させていき、鋼鉄のような硬さへと変質させると、内側からまるでマグマのような熱量を感じさせる。

 そして次の瞬間、音だけを残して、向かってくる何百匹もの赤竜たちへと射出された。

 

 先頭にいた赤竜たちは、放たれた土槍を回避する。着弾までの距離があったので、避けるのは難しくなかったのだ。

 しかし、その後ろにいた赤竜たちは避けられなかった。目の前の仲間が横に動いた瞬間には土槍が目前に迫り、その強固な鱗に守られた身を貫くのだ。

 土槍は一匹貫いただけでは勢いが止まらず、何匹、何十匹もの赤竜たちを貫いていき、

 

「『爆発(エクスプロージョン)』」

 

 群れの中心地にて、土槍は大きな爆発を引き起こし、周囲を飛び交う大量の赤竜たちを巻き込む。また、爆発に巻き込まれなくとも、凄まじい爆音と閃光によって平衡感覚を失わせ、何匹もの赤竜が地に墜ち行く。

 

 一気に仲間の数を削られたことに赤竜たちは唖然とするも、すぐさま怒りを露に咆哮しながら突撃を再開する。

 

「グオォォォォ!!」

「ノルン様がいる以上、残念ですが近寄らせませんよ」

 

 背中にノルンを背負っているリベラルは、緊急時以外で近接戦をするつもりがなかった。単純に危険なのはもちろん、リベラルの動きが激しすぎて、ノルンが耐えられない可能性を考慮してのことだ。

 そしてそれは、赤竜たちを魔術のみで追い払うことを意味していた。

 

 迫り来る赤竜たちに対し、再度魔力を練り上げたリベラルは、次の魔術を発動させる。

 

 ――水帝級魔術『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』。

 

 リベラルの目の前は一瞬で凍結されていき、怒り狂う赤竜たちを絶対零度が包み込んでいく。ブレスを吐いてどうにか脱出しようとするも、それよりも早くに芯まで凍り付き、やがて氷の彫像を作り上げた。

 後方から更に突撃していた赤竜たちは、勢いのまま氷の彫像を破壊していき、周囲に氷の結晶を散らばらせる。そして、リベラルはそれらに紛れこみ、ユラリと夢幻のように移動し、距離を取った。

 

 驚異的な探知能力を持つ赤竜たちであっても、彼女の歩行術に惑わされ、一時的に姿を見失う。怨敵を探して、キョロキョロと首を動かしていた。

 そんな無防備な赤竜たちに、リベラルは容赦なく次の魔術を放つ。

 

「これで終わりです」

 

 風聖級魔術『颶風(バイオレントストーム)』。

 

 旋風が、赤竜たちを呑み込む。

 全てを消し飛ばす風の旋律は、飛び交う赤竜たちをことごとく吹き飛ばし、その飛行能力を奪い取る。

 空を覆っていた大半のレッドドラゴンは、無様に地に墜ちていく。だが、それでも王者のプライドか、何匹かのドラゴンは旋風を堪えてみせた。

 

 しかし、残ったことを確認したリベラルが指を動かすと、重力が乱れ狂い、努力を嘲笑うかのように掻き消す。

 重力を失った赤竜たちは、突風に対して踏ん張ることも出来ず、回転しながら地面へと墜ちていった。

 

「ふぅ……思った以上に魔力を消費してしまいましたね……」

 

 一息吐いた彼女へと、襲い掛かる存在はいなかった。空を覆い隠していた筈の赤竜たちは、一匹残らず地に墜ちたのだ。

 

 全滅。

 リベラル一人で、全ての赤竜を退けてみせた。

 

 もちろん、墜ちただけでは赤竜たちは死なない。だが、飛行能力がお粗末な彼らは、平地から飛び立つことが出来ない。故に、山の中に墜ちたドラゴンたちは、無力となったのだ。

 圧倒的。もしもこの光景を見たものがいれば、それ以外の言葉を思い浮かべることが出来なかっただろう。

 

「す、すごい……」

「ふふん、どんなもんですか」

「おねえさん、すごい! すごい!」

 

 すごいという言葉以外を発さなくなってしまったノルンに対し、リベラルは得意気に無い胸を張って応える。それでも、無邪気なノルンは純粋にリベラルを褒め称えた。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山はとても広いので、赤竜が落ちたところで山から出ることは出来ない。どこか高い崖を見付けるか、ある程度長くて滑走出来る斜面を見付けるまでは、再び空に現れることはないだろう。

 とはいえ、リベラルはこの辺りの赤竜を殲滅しただけであり、他の場所にまだまだ棲息する。悠長にしている暇はないので、極力急いで山から降りることを優先した。

 

 やがて、数日ほど費やし、リベラルとノルンは龍鳴山から下山することが出来た。夜通し移動し続けたお陰だろう。

 一睡もすることなく、リベラルは先へと歩を進め続けていた。

 

「ぅぅ……ハァ……ハァ……」

「これは……仕方ありませんね……」

 

 しかし、基本的にリベラルに背負われていたノルンだが、それでも四歳児には過酷な道程である。体力面の消耗は魔術で治せても、精神面の消耗はそうもいかない。

 山から下りた頃のノルンは高熱にうなされ、看病を余儀なくされた。精神的な疲労からきたものなのか、治癒してもすぐにぶり返すのだ。

 

 仕方ないので、リベラルは一度龍鳴山から最寄りの国へと立ち寄り、休息を取ることにした……のだが、龍鳴山より南にある国々は、紛争地帯である。

 数多くの小国が、祖国を発展させようと無意味な争いに興じる。貧民街はそこかしこにあり、大勢の者たちが貧富に喘ぎ苦しんでいた。

 当然ながら、治安は悪い。傍目から見て、リベラルとノルンの二人はとても美味しい鴨に見えたことだろう。スリなどは可愛いもので、あからさまに体目当てな乱暴者や、奴隷商人のような者たちが数多くちょっかいを掛けてくる。

 こういった余計な者たちが沸くことはリベラルとて理解しており、だからこそあまり近寄りたくなかった。

 

「…………」

 

 日も暮れたので、そのまま宿で休息を取っていたリベラルは、寝静まったノルンの傍で、思案げな表情を浮かべていた。ノルンの体調は安定してきており、明日には出発出来そうだった。

 だが、それよりも気になることがあったのだ。確かに現在地は紛争地帯で治安も最悪なのだが、リベラルを狙う襲撃者がやけに多く感じられた。

 

「んぅ……おとうさん……おかあさん……」

 

 安静させたお陰か、顔色が幾ばか良くなったノルンが、寝言を溢す。転移事件という不幸に巻き込まれ、親の元から強制的に引き離されてしまったのだ。

 彼女以外にも、同じような境遇になってしまった者は数多くいるだろう。そのことを思い、リベラルは顔を顰めるも、すぐに頭を振った。

 

「……ん?」

 

 その時、部屋の外から何者かの気配を感じたリベラルは、その場から立ち上がる。

 

「誰ですか?」

 

 また強盗の類いかと思い、内心で悪態を吐いた彼女は、気配を殺したまま扉へと近付く。感覚を研ぎ澄まし、四人の存在が潜んでいることを確認したリベラルは、静かに扉を開いた。

 その瞬間、短剣を構えて黒衣を纏った二人の男が飛び掛かり、リベラルへと襲い掛かる。

 

「今は夜中ですよ? 静かにしてください」

 

 だが、彼女は身体を逸らすだけで突き出された短剣をかわし、そっと二人の男たちの胸元へと掌を添える。それと同時に、凄まじい衝撃が心臓へと轟き、心の臓を破壊した。

 グッタリと力なく崩れ落ちる男たちを傍目に、リベラルは残りの二人へと音もないままスライド移動し、一人の顎を殴って気絶させる。

 残りの一人は、何が起きたのかも分からぬまま唖然とした表情を浮かべ、気が付けば手に握り締めていた短剣を奪われていた。

 

「もう一度問います。誰ですか? あなた方は何者でしょうか?」

「……ッ!」

 

 一瞬の内に羽交い締めにし、首元に短剣を押し付けたリベラルは、声を低くして問いただす。襲撃者は力量差に恐怖したのか、冷や汗を滴ながら固唾を飲んでいた。だが、彼は何も答えようとせず、沈黙を押し通す。

 リベラルは倒れた襲撃者たちの格好をチラリと見て、何者なのか推測を立てていく。

 

「隠密に適したその格好。それに、汚れも少ない……ただの乱暴者でないことは確かですね」

「…………」

「連携していたことと言い、力量も訓練されたものでした」

「…………」

「この国の暗殺者か何かでしょうか? 態々無法者をけしかけたことと言い、余程私の命でも欲しかったのですかね」

「……っ!」

 

 僅かであったが、リベラルの言葉に反応を示した男に、図星であることを確信する。だが、問題は、何故唐突にリベラルが狙われたかだ。

 少なくとも、彼女はこの国で何もやってない。龍鳴山から下山し、ノルンの体調を整えるために立ち寄っただけである。知らない内に恨みを買っていた可能性もあるが、襲撃されるほどのことはないだろう。

 

 しかし、リベラルには心当たりがあった。

 今までずっと沈黙を保ち、けれど転移事件が発生してから関わってくるであろう存在を。

 

 

「――人神(ヒトガミ)、という単語に聞き覚えはありませんか?」

 

 

 リベラルの怨敵。

 果たすべき目的のひとつだ。

 

 このタイミングでちょっかいを掛けてくる存在なんて、ヒトガミ以外にあり得なかった。ただの強盗の可能性も捨てきれなかったが、それよりも確率が高いと確信していた。

 

「な、なぜそれを……」

「うわー……分かりやすい反応ですね。てっきり貴方の上司とかその辺りが知ってるとばかり思ってましたが、私の予想も外れてしまいました」

 

 もしかしたら、と思い口に出しただけなのだが、あからさまな反応を見せた男に、リベラルは思わず苦笑してしまう。とにかく、これで確定した訳である。

 目の前の男が、ヒトガミの使徒であるということが。そして、命を狙われる訳が。

  

「死んだらヒトガミに伝えてください。『今頃慌てるとか、お前バカだろ?』と。草を生やしまくれば尚良です」

「や、やめ――!」

 

 隙を見て逃れようとしていたであろう彼は、もう殺されることを察したのか、何とか止めようと声を上げる。だが、リベラルはそんなことお構い無しで、首に当てていた短剣を引き抜いた。

 ドバッと吹き出す血をサッと避け、絶命した男から離れる。ついでに、気絶しただけの男にも止めを刺しておいた。

 

 一息吐いたリベラルは、寝入ってるノルンの元へと歩み、彼女を抱き抱える。こんな死体だらけの場所で目覚めてしまえば、トラウマものだろう。さっさと離れるに限る。

 そのまま受付にいた宿主の元へと向かい、事情と共に謝礼などを払って宿から出ていく。襲撃者がどのような地位の者なのかはハッキリと分からなかったものの、もしかしたら指名手配される可能性もあるだろう。

 ヒトガミの使徒だったため、殺すのは確定していた。どのみち、この国からは早めに出なくてはならない。

 

(それにしても……フフ、まさか本当に今頃慌てたりしてませんよね?)

 

 思い返すは、ヒトガミのことだ。

 

 どうして第一次人魔大戦の時に、リベラルを見逃したのかは不明だった。けれど、ひとつの理由として上がるのは、彼女はその後に敵にならないから、というもの。

 実際にそれが正しいのかは分からないが、今の今までヒトガミは一度たりともリベラルへと干渉することはなかった。故に、転移事件によって未来は変化し、リベラルの存在が厄介なものになったと考えるのが自然だろう。

 

 もしもその予想が当たっていたのだとしたら、何とも滑稽なことだ。

 彼女は転生してからずっと転移事件を待ち望んでいたのにも関わらず、ヒトガミはそのことに一切気付けなかったのだから。リベラルが今まで本来の歴史をなるべくなぞっていたのも、無駄ではなかった。

 

「私を生かしたこと、必ず後悔させてやりますよ」

 

 不敵な笑みを浮かべたリベラルは、過去の決意を再度口にし、人神の打倒へと道を進めた。



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3話 『背負いし罪』

前回のあらすじ。

ノルン「すっごーい! 君はとっても強いフレンズなんだね!」
山賊「俺たちがヒトガミの使徒な訳がない!」
リベラル「今頃慌てるとかwwwwwお前バカだろwwwww?」

お待たせしました。書こう書こうと思いながら空き時間はずっとゲームしてました。申し訳ない……。因みに、現在クリア出来てないのはアルマゲドンだけです(唐突)
まあ、モンストの話はさておき、これは不味い兆候ですね……こうして徐々にゲームにかまけ、投稿が遅れる……なんてことにならないようにしなければ。


 

 

 

 十分な休息を取れたリベラルとノルンは、再び移動を開始した。リベラルは今回の失敗を反省し、もっとこまめに休憩を挟むことにより、極力ノルンの体力を消耗させないことを選んだ。

 急がば回れ。焦って先に進むよりは、確実に物事を進めた方が、効率がよくなる。それに、龍鳴山からは既に下りられたので、強行軍をする必要もない。

 

 だが、商人などの馬車に乗せてもらうという選択肢は選べなかった。

 単純な話である。紛争地帯での商いは困難であり、金目の物を奪おうとする襲撃者が多いからだ。そもそも、この辺りに商人自体ほとんどいない。

 結局、他者の手を借りることは出来なかった。

 

「ノルン様、手を離さないように気を付けてください」

「うん」

 

 転移してからのノルンは、比較的大人しくリベラルの言うことを聞いていた。

 赤竜の群れを屠ってみせたからか、はたまた、この知らない地でリベラルしか頼れる存在がいないからか。しがみつくかのように寄り添い、幼子とは思えぬほどリベラルに忠実だった。

 とはいえ、変に反抗されるよりかはずっとマシだろう。リベラルも特に何も言わず、大人しく付き従うノルンを受け入れていた。

 

 世話などに関しては、多少手を焼いた部分はある。単純な粗相の後始末であったり、食事を一人で満足に取れなかったり。その都度どうすればいいのか分からず、慌てたりしたものの、何だかんだで上手くいっていた。

 

 もっとも、それより厄介な問題もある。

 

 

「貴殿がリベラルであるな?」

 

 二人の道行く先に、何人もの男たちが立ち塞がる。みすぼらしい格好であったり、まともな姿をしている者は少ない。だが、彼等のギラつく瞳からは、欲望を感じさせた。

 見たところ盗賊の類いであるが、リーダー格らしき男だけは、明確な意思を感じさせる。

 

「とある者より、貴殿に高額な懸賞首が掛かっていると聞いた。女子供である貴殿らには申し訳ないが、我らも生きるためだ……死んでくれ!」

 

 ヒトガミの使徒だ。

 彼らが、道行く先に現れるようになった。

 

 襲い掛かる理由は様々だ。彼のようにデタラメを吹き込まれ、あることないことで彼女へと立ち向かってくる。当然、リベラルは賞金首など掛けられてないし、そのような理由で今まで襲われたこともない。

 貧相な格好の彼らを見れば、希望にすがりついているだけだろうに、その先が全くの無駄だと知っているリベラルには、憐れみを抱くことしか出来ない。

 ヒトガミの持つ『信頼される呪い』は、何とも厄介なことだろう。あのような邪悪が持つ力ではないのだ。

 

「……因みに、そのとある者って、夢に出てきたとかしますか?」

「ほお、知っておるか……だが、容赦はせぬ!」

 

 大勢で寄って集ろうとする彼らに、リベラルは溜め息をひとつ溢し、己の隣を見下ろす。

 

「ノルン様、私の背後に」

「おねえさん……またこわいひとたちがあらわれたの……?」

「そうみたいですが、大丈夫ですよ。パウロ様の元に辿り着くまでは、必ず私が守りますから。ですので、眼を瞑っていてください」

 

 リベラルへと襲い掛かった者たちの結末は、言うまでもないだろう。全員、死以外の結末などありはせぬ。

 

 ヒトガミの使徒であろうとなかろうと、襲い掛かった時点で明確な敵なのだ。その後に芽を咲かせぬよう、キッチリと摘み取る。

 それは、厄介というよりは、面倒さが大きい。もちろん、余程な大物でもない限り、リベラルの敵ではないからだ。少し腕が立つ程度の相手ならば、基本的に一撃で決着がつく。

 だが、襲撃者である彼らは、ヒトガミに何を吹き込まれたのかは不明であるが、積極的にノルンを狙うことが多かった。それも、当然のことだろう。幼子(ノルン)という分かりやすい弱点が傍にいるのだ。

 リベラルを直接殺そうとするよりも、ノルンなどを人質に取った方が可能性は高いだろう。もっとも、そんなことを許す彼女ではないが。

 

「まだ眼を瞑ったままですかノルン様?」

「……うん」

「では、私が楽しい話でもしましょう。そうすればきっと、怖さなんて吹き飛びますよ」

「たのしい、おはなし……?」

「ええ、あなたのご家族……パウロ様やゼニス様のお話です。聞きますか?」

「うん……ききたい」

 

 小さく震えるノルンを抱き抱えたリベラルは、旅路を続ける。

 

 ヒトガミの使徒に何度も襲われたことにより、フィットア領に辿り着いたのは大体二ヶ月後のことだった。予定通りと言えば予定通りだが、やはり邪魔がなければもっと早くに辿り着けただろう。

 それに、ノルンが思いの外大人しく、世話に手を焼くことが少なかった。我が儘も大したことがなく、精々、寝るときに傍にいて欲しい、などと可愛らしいものだった。

 

 

――――

 

 

 フィットア領に辿り着いたリベラルは、何もない『草原』の前で息を飲んでいた。

 

 フィットア領にある街道は、石畳の道で整えられ、馬車などの通行に最適とも言える状態だった。それが、都市の端から端まで敷かれていたのだ。

 しかし、とある境界線から石畳は綺麗に消え去っている。その先に続くのは、最果てまで続く『草原』のみ。

 

 繁栄していた町や村の面影は、跡形もなく消え去っていた。

 

「リベラルおねえさん、おとうさんとおかあさん……どこ……? おうち、まだなの……?」

「…………」

 

 隣で不安そうに呟いたノルンに、リベラルは何も言葉を返せなかった。これほどの規模の災害だということは知っていたが、それでも“知っていただけ”なのだ。

 実際に被害の規模を目にし、その凄惨さを認識する。そして、自分が“フィットア領を見捨てた”という事実を、改めて叩き付けられた。

 リベラルは転移事件を引き起こす『赤い珠』を、別の場所に移そうと試みるも、それは無理だとすぐに諦めた。もっと根気よく様々なことを試しても、きっと出来なかっただろう。

 

 だから、それは仕方のないことだった。

 そう割り切ることが出来た。

 

 しかし、リベラルは転移事件自体は起こそうとしていた。そのために、態々なるべく本来の歴史からずれぬよう、生きてきたのだ。

 知っていながらも、止める努力をしなかった。むしろ、引き起こす努力をしたのだ。

 

 それは――首謀者と何ら大差ない。

 

 

「おねえさん……おとうさんとおかあさんは……? おうちは……?」

「…………」

 

 隣にいたノルンが、泣きそうな表情で再び問い掛ける。けれど、リベラルはそれに何も答えない。答えられない。

 そのまま沈黙は続き、やがてノルンは不安に耐えきれず、泣き出してしまう。

 

「おとうさん……おかあさん……どこ……? おうちは? おうちはどこなの……?」

「……ノルン様、大丈夫です。すぐにパウロ様とゼニス様に会える筈です」

「でも……さっきとうちゃくしたって……」

「そう、ですね……確かに、到着はしましたね……」

 

 ノルンがその言葉の意味を理解したのかは分からない。けれど、家も家族もここにないことだけは、理解したのだろう。

 涙をポロポロと溢し、不安を爆発させる。

 

「やあぁぁああ! はやくおうちかえるの! おとうさんおかあさんどこなの!」

 

 きっと、リベラル一人でフィットア領の光景を見ていれば、そこまで大きく心は揺らがなかった。

 簡単に割り切ることが出来た。だが、親しい存在(ノルン)の悲痛な叫びに、魂が大きく揺さぶられる。

 彼らと親密になるべきではなかったと後悔し、けれど村で過ごした穏やかな日々が脳裏を過った。

 

 せめて、親密となった者たちだけでも、あらかじめ避難させるべきだったのかと思う。しかし、それは無理だと首を振る。

 転移事件のことを伝える訳にいかなかった。パウロやゼニスがそのことを信じた時、きっと村人全員に呼び掛け避難するだろう。そうすれば、ヒトガミに転移事件のことを気付かれたかも知れない。それだと大きく動きすぎなのだ。

 かといって、親密な人だけを避難させる都合のいい理由も思い付かなかった。否、もしかしたら都合のいい理由もあったかも知れないが、リベラルには思い付かなかった。彼女だけでは限界があった。

 

「えぅ……あぅぅ……! かえりたい……おとうさん、おかあさん……うぇぇぇん!」

「ノルン様……」

 

 慰めや励ましのつもりで頭を撫でようとし、けれどその手を引っ込める。リベラルに、そのようなことは出来なかった。

 

 彼女が何も語らず黙り続ければ、きっと転移事件を傍観したことに誰も気付かないだろう。ペルギウスには前以て伝えているものの、きっと彼は何も言うことはない。

 だが、この事実はリベラルの中でずっと残り続けるのだ。

 もしも、転移事件を引き起こしたことを知られれば、皆は糾弾するだろう。怒りをぶつけるだろう。見放すだろう。蔑むだろう。

 それだけの罪が、彼女にはある。

 

(ああ……ほんと、私には重荷ですよ……今にも潰れてしまいそうです……)

 

 長年生き続けた中で、似たようなことがなかった訳ではない。規模は違えど、敢えて見殺しにしたこともあるし、逆に積極的に潰しに掛かったこともある。

 戦争も経験したのだから、その程度のことは何度もあった。長年生きてるのだから、あって当然だ。

 今回の件は、積み重ねてきた罪のひとつに過ぎない。今までも、そしてこれからも、リベラルは自分の引き起こした罪を背負い、前へと進まなければならないのだ。

 

 過ちも後悔も、全てを受け入れてきた。 彼らの嘆きを、叫びを、無駄にしないためにも、彼らの命を踏み台にするのだ。

 だから――立ち止まることは決して許されない。彼らの命に、報いるためにも。

 

 

 それが、リベラルの背負いしもの。

 忘れてはならぬ責務だ。

 

 

「…………」

 

 天を仰いだリベラルは、目を瞑り大きく深呼吸をする。そして、目の前の現実を受け入れた。

 

「ノルン様、必ずパウロ様とゼニス様に会えます。リーリャ様とアイシャ様にも会えます。そして、あなたのお兄様であるルディ様にも会えます」

「でも……でも……もう、おうちも……!」

「だから、泣かないでください……それまで、私が守りますから……!」

 

 この先に起きるであろう全てを理解した上で、リベラルはノルンの頭を撫でたのだ。

 安心させるために笑顔を浮かべ、そして、心の奥底で謝罪を繰り返して。

 

 きっと、リベラルは許されないだろう。

 それでも、彼女にはそうすることしか出来なかった。

 

 

――――

 

 

 転移事件の影響により、人も物も全てが転移して草原となったフィットア領だが、当然ながら放置などされない。復興のために、アスラの本国からある程度の人材や資材は届けられるし、近場に転移した人物たちも戻って来ている。

 けれど、圧倒的に人手が足りていない。難民キャンプの設営自体は出来ていたが、ただそれだけでしかなかった。

 どうやら、転移によって行方不明になった被害者を探す捜索団も出来ていないようで、試練がまだまだ始まりに過ぎないことを窺わせる。

 

「……やはり、一人では限界がありますね……」

 

 泣き疲れたのか、寝入ってしまったノルンを背負ったリベラルは、現場の情報収集に勤しんでいた。ナナホシの情報、グレイラット家の情報、ボレアス家の情報。

 それ以外にも必要かも知れない情報も収集し、フィットア領の状況を整理していくリベラルは、ここからどうするべきか悩んだ。

 

 七星 静香の情報に関しては、一切手に入ることがなかった。この世界では一風変わった姿の少女を見た人もいなければ、そのような痕跡を見た人もいない。この場では、お手上げと言わざるを得ない結果だった。

 そして、現段階でパウロはまだここに辿り着いておらず、行方不明のままだった。彼の家族にしても、同様に行方不明だ。

 シルフィエットの家族は、死亡したらしい。父親のロールズも、母親の方も、確認が取れていた。

 

「…………」

 

 一応、シルフィエットの家族である彼らにも、フィリップに渡した魔道具と同じ代物を渡していた。だが、無敵になれる代物ではない。

 単純に、防御出来る耐久力を越えてしまったからかもしれないし、被害にあった時点で身から離していた可能性もある。どちらにせよ、対策をしていたにも関わらず、シルフィエットの家族が死んだのは事実なのだ。

 

(転移場所が変わった際の対策として、リーリャ様やゼニス様にも指輪は渡しておりますが……最悪の可能性も視野に入れなければならないのですか……)

 

 転移の時期が早まった影響で、転移先が変化しているかも知れない。だが、リベラルは一人であり、全てに手が回らない以上、可能性の高いものから優先して対策をしている。

 実際に転移先が変わっているとして、どこに飛ばされるかまで分かるわけないだろう。故に、魔大陸などの危険地帯に飛ばされていた場合は、生存率が非常に低いものとなる。

 

 無理に決まってるだろう。頭が回りきらない。分かっていたとしても、対処しきれない。

 そもそもな話、リベラルの目的は被害者を助けることではない。ヒトガミを殺すことだ。

 そのために必要な存在が、

 

 『七星 静香』。

 『ロキシー・ミグルディア』。

 『オルステッド』。

 『ルーデウス・グレイラット』。

 

 極端な話をすれば、上記の存在がいれば、恐らくヒトガミ討伐は可能なのだ。もしかしたら、彼らがいなくても倒せるかも知れないが、リベラルは彼らに縋り付くしかない。

 その存在を信じて、今までやってきたのだから。今更、必要ないなどと割り切ることなど無理だった。

 

 ナナホシは転移術を研究し、地球と六面世界を繋ぐ者だ。研究の果てに、もしかしたら『五龍将の秘宝』を必要とせず、人神のいる『無の世界』に至れるかも知れない。……もっとも、リベラルは彼女にそんなことをさせる気は毛頭ないが。

 ロキシーは将来、救世主を産む者だ。それだけではパッとしないかも知れないが、人神はそれを阻止する為だけに何重もの策を施していた。間違いなく、彼女の子供は人神討伐の鍵となりうる。

 オルステッドは言うまでもない。世界最強の実力を持ち、人神に至るまで何が必要なのか全て把握しているのだ。皮肉なことに、ループし続けたことが、彼を最強たらしめている。

 ルーデウスは、運命を覆す存在だ。彼と関わり合った者は大半が味方となり、未来に大きな変化をもたらす。

 

 長々と説明したが、とにかく、彼らがいれば最悪の状況からでも巻き返すことは出来る。故に、優先しなければならないのだが――。

 

「本当に、私は甘いですね……」

 

 背中に背負っているノルンを見て、溜め息を溢す。せめて、家族の誰かには引き渡すべきだろう。「それまで私が守りますから」と言ってしまった以上、吐いた唾を飲む気にはなれない。

 とりあえず、オルステッドは心配する必要はない。ナナホシも確認さえ出来れば心配はない。ルーデウスはこのために強くした。ロキシーは強固な運命に守られてるらしいので、簡単には死なないだろう。

 人神曰く、「運命の力が弱まる妊婦の時にしか手出し出来なかった」ほどだ。彼女を殺そうと必死に頑張ってる人神の御墨付なのだから、恐らく大丈夫だろう。

 だからと言って、気を抜くつもりもなかったが。

 

 とにかく、最優先の対象には、ある程度の余裕がある筈なのだ。ならば、幼子の面倒くらい、少しばかり見ても大丈夫だろう。

 

「問題は、ボレアス家ですね」

 

 リベラルが情報収集をしている際、ボレアス家の執事であったアルフォンスと再会した。何度も顔は合わせていたので、面識はあったのだ。

 チラリと手を見たとき、フィリップに幾つか渡した指輪の魔道具を、彼はつけていた。実際に使用したのかはさておき、渡した意味はあったのだろう。

 それはさておき、彼はリベラルの正体など何も知らない。なので、協力要請もされずに事情だけを説明された。アルフォンスの視点からすれば、リベラルは幼子を抱えた女性なのだから、協力を頼まないのも当然だろう。

 

 ボレアス家の被害も、甚大なものだったらしい。エリス、フィリップ、ヒルダ、サウロスは現時点で行方不明であり、ギレーヌもまだ音沙汰無しだ。

 指輪の効果が絶対ではないことが証明されている以上、楽観は何一つ出来ない。転移の時期が変わった関係で、エリスが一人の可能性もある。問題だらけだ。

 更に、本来の歴史通りフィリップの兄弟が領主をしているらしいが、転移事件の責任を取らされ、今にも失脚寸前のようだ。このままいけば、サウロスが無事であっても彼の処刑は免れないだろう。

 

 そもそも、ボレアス家に関しては、転移事件がフィットア領で起きた時点で詰んでいる。

 資金も何もかも文字通り吹っ飛んでおり、全てを失ってしまったのだ。そこから追撃のように責任を擦り付けられ、何かしらの処罰も下ることが確定している。太い横の繋がりもあるだろうが、死に体のボレアスを庇ってくれるとは思えない。

 

「正に、問題だらけと言う訳ですか」

 

 ボレアス家に関して、リベラルの打てる手はほとんどない。彼女が王家との繋がりがあったのは、ガウニス王が存命の頃――即ち、四百年ほど前のことだ。

 残念ながら、現在リベラルのことを知る者はほぼ存在しないだろう。リベラルの存在を隠蔽したことによる弊害だ。自分の存在を隠したことによって、後世に何者なのか伝わりきっていなかった。

 フィリップがリベラルを引き込もうと画策した際、彼は『銀緑』の持つ権力に警戒していたものの、実際には何も警戒するものなどなかったのだ。ただの虚栄である。

 

(まあ……いいでしょう。フィットア領の現状確認は出来ました。次の場所に向かうとしましょうか)

 

 長考していたリベラルは、やがてフィットア領を後にした。



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4話 『今はまだ、その時ではなくて』

前回のあらすじ。

使徒「勝てない戦いを要求されてつらたん」
ノルン「フィットア領に何もなくてつらたん」
リベラル「責務が重すぎてつらたん」

大変お待たせいたしました。投稿してからの数日間は、細かい構成すら考えることなく過ごしてしまいましたね。くそやろうなのです。罵倒してやってください。


 

 

 

 リベラルが向かったのは、フィットア領の少し外れにある、名も無い小さな森の中。人里から近いこの森には、整えられた道が存在しており、その道中にてとある物が存在するのだ。

 特に長い時間を掛けることなくそれを見付けたリベラルは、眠ったノルンを背負ったままその“石碑”の前で場で立ち止まる。

 

「ありましたありました『七大列強』の石碑。相変わらず汚いですね……」

 

 その石碑には、現在この世界で最も強いとされる、七人の戦士が描かれている。

 

 序列一位『技神』、

 序列二位『龍神』、

 序列三位『闘神』、

 序列四位『魔神』、

 序列五位『死神』、

 序列六位『剣神』、

 序列七位『北神』、

 

 本来の歴史通りだ。そこに、リベラルを示す紋様が刻まれていることはなかった。

 

 石碑は魔道具であり、古代龍族の技術が用いられている。

 世界中に散らばるこの石碑は、全てがインターネットのように繋がっており、更新された情報を自動で記載している。石碑の周囲にある情報を検知し、現在の情報を認識しているのだ。世界中に漏れなくあるので、“無の世界”や別の六面世界にでも行かない限り、全てが検知される範囲内である。

 だが、自動で更新されるということは、手動でも情報の更新が出来るということ。リベラルは自分の情報を明かさないために、『七大列強』の情報を“書き換えて”いた。

 

 『七大列強』なんかにされていれば、大きく歴史が食い違う上に、武勇を求めた輩に絡まれるだけだ。

 転移事件まで自分の存在を広めたくないのだから、隠すのは当たり前だろう。

 

「さて、久し振りに送迎してもらいますかね」

 

 リベラルは懐から金属性の笛を取り出し、口に咥える。音色を奏でるための穴のない、ホイッスルのような笛に、彼女は息を吹き込んだ。

 「フスーッ!」と息の漏れる音だけが響くも、リベラルは気にすることなく笛をしまう。今ので、空中城塞にいる『轟雷のクリアナイト』が笛の音を聞き取り、使者をこの場に届けてくれるのだ。

 

「…………」

 

 それからしばらくすると、遠くの空で何かが光る。その瞬間、リベラルの目の前に彼は現れたのだ。

 金髪に、白い学生服のようなカッチリした前留めの服とズボン。キツネに似た動物をモチーフにした仮面で顔は隠されており、腰には大振りのダガーが下げられている。

 

「光輝のアルマンフィ。参上」

 

 そして、現れた彼がリベラルへと視線を向けると、

 

「き、貴様……リベラルか……!」

 

 今にも「ゲッ!」と言い出しそうに体を仰け反らせ、そのようなことをのたまったのだ。前回強制的に召喚した時と、全く同じ反応である。

 

「何ですかその反応は」

「いや、何故俺を呼んだのだ……一人で来れるだろう……」

「は? 別にそんなことはどうでもいいじゃないですか。それより、さっさと転移に必要となる媒介の棒を渡してくださいよ」

「き、貴様……」

「あーん? さっきから何ですかその態度は? 私は客人ですよ? 貴方のご主人様にこのことチクりますよ?」

「……フン! ペルギウス様はこのような些事など気になさらん! 勝手にほざいてろ!」

 

 吐き捨てるかのように叫んだ彼は、踵を返し、その場から文字通り光速で立ち去ろうとする。だが、それより前に、リベラルはアルマンフィの服を掴んで阻止した。

 

「なんのつもりだ! その手を離せ!」

「はい、どうぞ」

 

 アルマンフィの要求に従い、リベラルはパッと手を離した。あまりにもアッサリと従ったことに対し、彼は「何故?」と疑問を抱いたが、すぐに氷解する。

 己の手から転移に扱う魔道具が無くなっており、それはリベラルの手に握られていたのだ。

 

「なっ……貴様、いつの間に……!」

「はいはい、そういうのはもういいので。さっさとパシられてくださいよ」

「ふざけるなぁ!」

「ちょっと! ようやく眠ったノルン様が起きるじゃないですか! 静かにしてください!」

「き、きさまぁ……!」

 

 実際にはリベラルの方が大声だったのだが、そのことにアルマンフィは気付かなかった。

 

 何故リベラルが幼子を背負ってるのかはともかく、起きて泣き出されても面倒だろう。そのことで彼女から理不尽に怒られるのも嫌だし、もうこれ以上この女のペースで話しをしたくなかった。

 アルマンフィはそう考え、悔しげに舌打ちをする。泣く泣く彼が引き下がった形だ。

 

「……次は許さんぞ」

 

 捨て台詞のようにそれだけを言い残した彼は、光となって消え去ろうとする。だが、そこでリベラルは再びアルマンフィを引き止めた。

 

「ちょっと待って下さい」

「何だ? 早く行かせろ」

「……真面目な話です」

 

 真剣な表情を浮かべ、アルマンフィを見据えるリベラルに対し、彼も仕方なく彼女へと向き直る。

 早く戻りたい気持ちはあったものの、重要な話であれば聞かなければならない。

 

「――例の件は、どうでしたか?」

「例の件? それは、貴様の言っていた召喚された小娘のことか?」

「ええ、彼女の元にオルステッド様は現れましたか?」

 

 リベラルが言う人物は、七星 静香のことである。

 

 どのような時期に発生したとしても、とにかく転移事件が起きれば最初に現場へと向かって欲しいと頼んでいたのだ。この世界で『光輝のアルマンフィ』以上に、早く移動できる存在はいない。これが、彼女の保険だった。

 故に、転移事件がいつ起きたとしても、彼が中心地へと飛んでいけば、必ずナナホシを保護することが出来る。しかし、オルステッドが現れるようであれば、接触せずにそのまま彼に任せて欲しいと頼んでおいたのだ。

 

 目的であった転移事件が起きたので、リベラルは大々的に動けるようになった。そうなれば、必然的に歴史も変わってくるだろう。

 だが、それでも本来の歴史通りでいて欲しい存在はいるものだ。そしてその人物が、ナナホシであった。彼女が歴史通りの行動をして貰わなければ、リベラルの目的から逸れるかも知れないので困るのだ。

 

「貴様の言う通り、オルステッドは現れた」

「ふぅー……そうですか……」

 

 彼の言葉に、リベラルは安堵の溜め息を溢した。今までずっと、彼女はこの日を待ちわびていたのだ。

 

「…………はぁ……長かったですね……」

 

 ナナホシが現れるのを待ち続け、歴史をあまり変化させないようにもした。ナナホシを召喚するために、非情な判断もした。ナナホシと出会うために、何千年と待ち続けたのだ。

 ルーデウスが転生していたので、現れることはほぼ確実ではあった。しかし、絶対ではなかった。本当に現れたからこそ、目的へと大きく前進出来たのだ。

 ここまできて、ようやく安心することが出来た。

 

「それより、本当に接触しなくて良かったのか? 貴様はオルステッドと会おうとしていただろう」

「……まあ、タイミングの問題と言うものです。もちろん、あのお二人方とは会いたかったのですが……機会を見極めなくてはなりません」

 

 リベラルとしては、ナナホシと関わりを持つのはもっと後にしておきたかった。先程言ったように、彼女の行動を歴史通りにしたいからだ。下手に関わって大きな齟齬が起きることを好まなかった。

 そして、オルステッドに関しては、むしろ慎重にならなくてはならない。流石に、彼もリベラルの存在は認識しているだろう。意図的に避けられていたのかは不明だが、以前から二人が出会うことはなかった。

 

 リベラルは転移事件を起こすために、ある程度歴史通りに事を進めたが、全てを同じように進められた訳ではない。当然ながら、彼女自身もそのことを理解している。

 問題は、オルステッドがリベラルのことをどう思っているかだ。少なくとも、好意的に捉えられてるとは思ってなかった。彼の知る歴史からどのように変化しているのかは不明だが、もしかしたら不都合な変化をもたらしてる可能性もあるだろう。

 極めつけは、この転移事件だ。きっと彼の視点からは、リベラルが起こしたものに見えるだろう。歴史との相違点に、リベラルしかいないのだから。

 実際に、彼女は起こそうとして起こした。なので、それは間違ってない。間違ってないからこそ、目を付けられる。

 

 そう――オルステッドが敵対する可能性を、リベラルは考慮していたのだ。

 

 転移事件前であれば、まだ何とか話も出来ただろう。しかし、このような大規模な変化が起きてしまっては、問答無用で襲われる可能性がある。それは、両者にとって不利益しかなく、非常に困るのだ。

 

「別に、今すぐオルステッド様と会わなくてはならない訳ではありませんし」

「そう言うのであれば、構わんのだが……」

「とにかく、私的にはもっと別のタイミングでいいと考えただけです」

 

 ナナホシとも関わるつもりがないのだから、無理に接触する必要はないと判断した。だからこそ、ペルギウスを介せるとは言え、今は最適でないと考えた。

 どのみち、ナナホシがいつでもオルステッドを呼び出せるようになるのだ。だったら、もっと確実なタイミングでいいだろう。

 

 オルステッドの性格を、知っているからこその判断だった。

 

「そうか。ならば、今度こそ俺は帰るぞ?」

「ええ、お願いしますアルマンフィ様……貴方に、最上の感謝を」

 

 空中城塞ケイオスブレイカーへと帰っていくアルマンフィを見送りながら、リベラルは感謝の言葉を捧げた。

 

 

――――

 

 

 巨大な魔法陣の上に現れたリベラルは、天空から雲を見下ろしながら一息吐く。そこに、天人族の女性が歩み寄った。

 

「お久し振りですね、シルヴァリル様」

「はい、リベラル様もお元気そうで」

 

 空中城塞ケイオスブレイカーへと転移したリベラルは、シルヴァリルに案内されながら、謁見の間へと向かう。

 その際、のんびりと景色や芸術品などを見ながら歩くリベラルに対し、彼女は背負われているノルンが気になるのか、チラチラとそちらに目線を向けていた。

 似ているのかはともかく、状況的にリベラルの娘だと思っていても不思議ではないだろう。ここでその説明をしてもいいのだが、どうせペルギウスに訊ねられることは分かりきっている。

 なので、シルヴァリルには主人の元に辿り着くまで、事情の把握を我慢してもらうことにした。リベラルとしても、何度も説明するのは面倒だったのだ。

 

「くれぐれも無礼のないよう、お願いします」

「善処しましょう」

 

 目的地に辿り着き、シルヴァリルは扉を開く。そして先に存在するのは、十一の精霊を従えるペルギウス。シルヴァリルもそこへ混ざり、十二となった。

 

「よく来たな、我が友よ」

「はい、やって来ましたよペルギウス様」

 

 気軽に挨拶を交わすリベラル。しかし、ペルギウスはどこか不機嫌な様子でいた。

 

「フン……貴様の言う通りであったな」

「そうですね。見事に起きましたね、転移事件」

「……つまらん」

 

 以前、ペルギウスと会話した時、彼は「今が未来を作るのだ。未来は定められてなどおらぬ」と言った。しかし、結果的にリベラルの告げた予言が的中したのだ。

 ペルギウスからしてみれば、その結果は何とも面白くないだろう。だが、リベラルとしても、その反応は面白くなかった。

 

「何言ってるのですか。私はあくまでも転移事件を指標とし、起こそうと努力したのですよ? 定められた未来ではなく、私の築いた結果です」

「ハッ……ものは言いようだな」

「ええ、そういうものです」

 

 しかし、どちらともなく互いに笑い出し、邪険な雰囲気が消え去る。何だかんだで、二人の関係は良好なのだ。この程度の言い合いなど、正に挨拶代わりでしかなかった。

 

「それより、なんだその幼子は? まさか、貴様の娘か? 貴様に惚れるような奇特な者がいるとは……驚きだな」

「私としても、そうだったら良かったのですけどね。あーあ、どこかにいませんかねー、私を貰ってくれる奇特な方は。チラチラ、いませんかねー」

 

 冗談混じりに彼女がそう呟くと、ペルギウスは笑顔から真顔に変化していた。どうやら、つまらない冗談に感じたらしい。

 彼の傍に控えていたシルヴァリルも、キッと擬音が出そうなほど、仮面越しにリベラルを睨み付けていた。こちらは嫉妬なのかも知れない。

 

 あまり受けがよくなかったので、リベラルは気を取り直し、咳払いをしてから真面目に返答する。

 

「この子は懇意にしてる家族の娘ですよ。転移に巻き込まれる際に、連れてきました」

「ほう、貴様が態々連れてくるとはな。よほど気に入ってるようだ」

「まあ、せめてもの罪滅ぼしですよ」

「ならば、その者がここにいても構わぬのか?」

 

 ペルギウスの言葉に、リベラルは一瞬何のことか理解出来なかったが、すぐに把握する。

 ノルンは転移事件の被害者であり、リベラルは転移事件の主犯者とも言える立場だ。今は何も理解できずとも、後々成長していけばこの件の恨みや嘆きを募らせるだろう。

 もしかしたら、ここでのやり取りをずっと忘れないかも知れない。そうなれば、きっとリベラルへとその感情をぶつけるだろう。

 

「……まあ、構いませんよ。どうせ忘れるでしょう。それに、今は眠っておりますし」

「そうか」

「仮に覚えていれば、その時はその時です。この子には、真実を知る権利がありますから」

 

 もっとも、それすらも利用する算段があるのだが。

 

 そんな内心の思いを飲み込みながら、リベラルはノルンの寝息を背中で感じ取る。どのみち、打算があってもそのようなことが出来るかは別問題だ。感情を抜くことは出来ない。

 被害者たちに対し、リベラルから積極的に教えるつもりはないが、彼らが真実を求めるのであれば、それを拒否するつもりはなかった。

 ペルギウスは彼女のそんな考えを理解したのか、それ以上は追求せずに、次の話題へと傾ける。

 

「それにしても、貴様は言っていたな。転移事件によって一人の少女が召喚されると」

「そうですね。その為に起こしたようなものです」

「そこまで重要な者なのか? 直接会っていない我には分からぬことだが……」

 

 彼にとって不思議なのは、被害者たちを度外視したリベラルの行動だった。昔からある程度の話を聞いてるとは言え、ペルギウスからしてみれば、そこまで入れ込む理由が分からないのだ。

 態々アルマンフィに頼み込んだし、更にはオルステッドと接触する機会を潰してまで、ナナホシという少女を優先している。それが、分からなかった。

 

「もちろんですよ。その為に、今までやってきたのですから」

「具体的な内容が分からんな」

「……まあ、そこは内緒と言うことで。ですが、いずれ分かりますよ」

 

 悪戯っぽく笑みを見せるリベラルに、ペルギウスは不満そうにしながらも口を閉じた。

 

 リベラルにとって、ペルギウスとは様々な関係性で繋がっている。

 共に古代魔族の血を引いた初代五龍将の子であり、戦争を生き抜いた戦友。ラプラスと因縁を持ち、互いの事情をある程度共有している。

 共に過ごした時間も、かなり長い。それこそ、数百年以上もの付き合いだ。喧嘩だって何度もした。楽しみや悲しみを分かち合った。とても気心の知れた仲だ。

 

 

 だからこそ――リベラルはそれ以上の関係になることを拒む。心を開き切ることを許せなかった。

 

 

(……五龍将とは、本当に救われない存在ですね……)

 

 ペルギウスは『甲龍王』だ。五龍将の一人であり、『五龍将の秘宝』を内に宿す者。ヒトガミの元に至るには、彼等の秘宝が必要であり、いずれぶち当たる存在なのだ。

 そして、リベラルは『龍神の神玉』を内に宿す。それは、『五龍将の秘宝』の代わりと成りうる価値がある。そう、リベラルが生け贄になれば、ペルギウスは死ななくて済むのだ。

 だが、当然ながらリベラルとて死にたくはない。彼女にだってやるべきことがあり、果たさなければならないものがある。死ぬわけにいかないのだ。

 

 全てを曝け出すことは出来なかった。親友となるのには、その運命はあまりにも残酷過ぎる。

 故に、友以上になるわけには、友以上にはなりたくはなかった。だって、そんなの辛すぎるから。オルステッドも、同じような気持ちなのだろう。

 

 人神は倒さなくてはならない。そして、人神の元に至るには、どちらかの犠牲が必要となる。リベラルは死にたくないし、ペルギウスだって死にたくないだろう。

 やがて、非情な決断を迫られる時は来る。その時に、リベラルが彼を見捨てられるかは、その時にならねば分からないことだ。

 

(ちっぽけな誇りと共に自由に生き、くだらん仇のために死ぬ……ですか。溜め息しか出ない運命ですね……)

 

 一つだけ言うのであれば、リベラルはその問題を解消できる手段を持ち得ていた。リベラルにとっての奥の手であり、最終手段とも言える手段だ。

 だが、容易に行うことを憚れる方法でもある。失敗してしまえば、それこそ世界を滅茶苦茶にしてしまうかもしれない。

 リベラルにとって奥の手とは、使わされれば敗北したのと同然だ。そこまで追い込まれた時点で、既に駄目なのだ。それに、矛盾しているように思えるが、使用しても結局どちらかが死ぬことになってしまう。

 奥の手を使うのであれば、更に次の手を用意しなければならない。少なくとも、容易に行うものではない。下手に使い過ぎて、ヒトガミに対策されれば台無しになってしまう。

 

 結局、どうすることも出来ないのだ。“その時”になるまでに、『五龍将の秘宝』の代わりとなる手段を作り出すか、それとも諦めて、残酷な運命を受け入れるかだ。

 ペルギウスの過去を知っているリベラルとしては、やるせない気分だった。少しくらい、救われて欲しいと思っている。

 

 そんなリベラルの気持ちを知ってか知らずか、彼は優しい雰囲気を晒しながら、次の疑問を口にしていた。

 

「ならば、人神(ヒトガミ)とは何だ?」

「そんなものを知りたいのですか?」

「当然であろう。ラプラスはその言葉を聞いて激高したが、貴様もそれが目的だと言ってただろう」

「……まあ、知りたいのであれば、別に構いませんが」

 

 ペルギウスとヒトガミに、直接的な関係はない。だが、間接的には関わりがある。それこそ、どれもが彼の因縁と繋がりのあるものだ。

 彼の本当の母親である初代『甲龍王』は、ヒトガミの策略によって殺されたし、彼が恨むラプラスだって、ヒトガミの策略によって『魔神』となってしまったのだ。更には、ヒトガミの元に至るための生け贄になるかも知れない。

 だが、そんなことを伝えても、ピンとこないだろう。特に、本当の母親のことを教えても困惑してしまう。

 

人神(ヒトガミ)とは、全人類の敵ですよ。人神(ジンシン)の成り代わりです」

人神(ジンシン)、太古の七神か。興味深い存在だな」

「龍族を滅ぼした張本人ですよ。探せば同胞はいますが、それでも私たちは数少ない存在となってしまいましたからね」

「ふむ……にわかには信じられん話だ。だが、貴様が言うのであれば真実なのだろう」

 

 顎を擦りながら、興味深そうに頷くペルギウスに、リベラルは更に話を続ける。

 

「全ての『龍神』はヒトガミを倒すために存在し、技術を研鑽させてます。勿論、ペルギウス様の兄貴分であったウルペン様も、同様ですよ」

「……なに?」

「龍神ではありませんが、私も似たようなものです。ヒトガミを殺すために、牙を研ぎ続けてます」

「…………」

 

 不快そうに眉をひそめるペルギウスだが、それも仕方ないことだろう。元々、親のいなかった彼を拾ったのは、ウルペンだった。まだまだガキンチョで世界を知らなかったペルギウスは、ウルペンの背中を見て育ったのだ。

 二人の過ごした時間は、とても長いものだっただろう。それこそ、本当の家族のように過ごしていた。

 

 そんな“兄貴”のことを、ペルギウスは知らなかったのだ。理由はどうあれ、ウルペンは自分の使命を彼に教えなかったのだ。

 嫌な気分になるのも、当然だった。

 

「他にも色々とありますが……聞きますか?」

「いや……もうよい。十分だ」

「そうですか。では、また聞きたくなれば、いつでも聞いてください」

「……そうさせてもらおう」

 

 会話は、そこで途切れた。

 ペルギウスは口を重たく閉じ、黙りこくる。

 

「……では、私はここでおいとまさせてもらいますね」

 

 彼がもっと深く事情を求めるのであれば、リベラルはそれに答える。しかし、何も一度に全てを知る必要もないのだ。

 一つ一つの真実を知っていき、やがて自分がどうするのかを決断すればいい。

 

 ヒトガミは、そこかしこに因縁をばら蒔いてる。きっと、ペルギウス以外にも深い繋がりを持つものもいるだろう。

 

 リベラルにとって、ヒトガミが何なのかは既にどうでもいい問題だ。

 人神(ジンシン)に成り代わったナニかなのか、それとも何かしらの事情で変貌してしまったのか。

 実は罪の意識をずっと抱えていても、逆に欲望にまみれた思考しかなくても、そんなことはどうでもいいのだ。

 ヒトガミの罪は、矛先を納められる段階を過ぎてる。仮にどんな事情を抱えていたとしても、許されることはないのだ。

 少なくとも、リベラルは絶対にヒトガミを許すつもりはない。必ず打倒せんとする意思を持っている。

 

「ペルギウス様、また会いましょう」

 

 そうして、リベラルは空中城塞ケイオスブレイカーから立ち去った。




Q.七大列強の石碑……。
A.独自設定ですね。レーダー的な検知をしていて範囲のギリギリの位置に石碑が置いてあるみたいな。まあ、深く考えなくていいと思います。

Q.ナナホシにして欲しいことって?
A.リベラルが説明した通り、原作通りのことですね。後々判明させます。

Q.奥の手……なにそれ?
A.本気で考察すれば、恐らく現時点でも分かる……のかなぁ。まあ、深く考え(ry


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5話 『人の神は再び齎す』

前回のあらすじ。

アルマンフィ「俺をパシるなぁ!」
リベラル「後々のことを考えると、ぺ様とは仲良くし過ぎる訳にいかないね」
ペルギウス「我だけ現状を把握できてない件について」

大変なことに気付いてしまいました……。
作中で何度か記載したと思うのですが、主人公であるリベラルの原作知識は、二百三十六話の『異世界転移魔法装置』らへんまでしかないと書いたと思います。ですが、その段階だと闘神=バーディガーディだとまだ判明してなかったような気がするんですよね。
なので、一章でラプラスにバーディガーディ闘神になることを告げるのは矛盾してたんですよ……やってしまった。もしかしたら、矛盾してないかも知れませんけど……闘神=バーディの図式が、頭に染み付きすぎてたようです……。

これは……凍結か。
この作品を削除して書き直さねば(殴

……まあ、削除するとかいう笑えない冗談はさておき。
一応、リベラルの知る知識の段階でも、闘神=バーディという考察自体は可能だと思うのです。なので、だからリベラルはそのことを知っていたということにしてくださると幸いです……。
申し訳ないです……。


 

 

 

 空中城塞ケイオスブレイカーから立ち去ったリベラルは、フィットア領の難民キャンプへと再び向かう。ぺルギウスたちの情報により、ナナホシとオルステッドが共にいることは判明した。

 次に知らなければならないのは、ロキシーとルーデウスの現在地だ。しかし、二人の居場所を知る術はリベラルにない。この広い世界から居場所を特定できるのであれば、そもそも転移事件前からオルステッドと出会えていただろう。

 なので、二人のことは一度さておく。

 

「おねえさん……おなかすいた……」

「おや、もうそのような時間でしたか」

 

 ノルンの声に、リベラルはハッと思考を取り戻した。自分は食事など何日かに一度で問題ないが、ノルンは別なのだ。リベラルとは違い、人族のか弱い幼子だ。

 既に日も暮れ始めていることもあり、行動するのは次の日でいいかと考える。なので、今日はこの難民キャンプで過ごすことにした。

 

「いっしょにねよ?」

「ええ、一緒に寝ましょうか」

 

 ノルンは昼頃に沢山寝ていたためか、夜更かしして寝静まるまでが遅かったものの、やがてリベラルの隣でグッスリと寝息を立てた。それを確認したリベラルは、これからのことに思考を傾ける。

 流石にボレアス家へと、ノルンを預ける訳に行かない。フィリップもサウロスも現在行方不明なのだから、バタバタと慌ただしいだろう。それに、捜索団などもまだ結成されてないので、そちらに預けることも出来ない。

 その他に預けられる場所と言えば、ゼニスの実家であるラトレイア家だろう。ミリス神聖国の中で、かなりの地位だったと記憶している。だが、そこに預けるのは止めておこうと考える。

 

 単純に、パウロが心配だった。

 彼は本来の歴史でも、ルーデウスと再会する頃には荒れ果てていた。転移した際に、抱えていたノルン以外の家族を見付けることが出来ず、絶望していたのだ。

 やはり、ノルンはパウロの傍にいるべきだろう。生きてることが分かっていても、顔を見れなければ心が折れるかもしれない。

 

(取り合えず、伝言は残しておくべきですね)

 

 ノルンの処遇に結論を出したリベラルは、次の課題に意識を向ける。

 

 彼女のヒトガミ打倒という目的に対し、向かうべき目的地が定まってないのだ。やがて復活する、ラプラスの持つ『五龍将の秘宝』を手に入れることが出来れば、ヒトガミへの道が開かれる。

 そこに至るにあたっての絶対条件が、オルステッドの温存。彼に魔力を使わせないために、戦う必要がある。だが、今の時代でオルステッドに魔力を使わせられる存在は、神の二つ名を持つ者たちくらいだろう。

 

(魔神ラプラス……お父様の復活位置の固定。それはやっておきたいですね……)

 

 復活位置の固定に必要な人物は、シーローン王国のパックスだ。彼が将来重用する、ボルト・マケドニアスという男の子孫が、転生した魔神ラプラスとなる。オルステッド曰く、『パックスが共和国を作る』ことが重要であり、そうしなければラプラスの転生先を固定出来ない、とのことだ。

 だが、問題として上がるのが、既にリベラルの知る歴史から外れているということ。ロキシーは転移事件前にシーローン王国へと向かってないので、色々と変化が起きてる筈なのだ。

 仮にリーリャとアイシャの二人がシーローン王国に転移しているとしても、パックスは捕らえる理由がないので解放するだろう。そうなった時、ヒトガミの布石が知らないものになるのだ。

 

(ですが、シーローン王国へ向かうのは、もうしばらく後でいいでしょう)

 

 結局、将来的にどうにかしなければならない問題なのだが、今はどうすることも出来ない事だ。故に、後回しにせざるを得なかった。

 

 一度整理する。

 ルーデウスはヒトガミの動向を知るために、しばらくは放置。もしもヒトガミが干渉してないのであれば、彼も保護する方針だ。

 オルステッドとナナホシに関しても、しばらくは放置。彼の敵意を買ってる可能性を考慮し、機会を見極めるねばならぬ。そして、タイミングを見計らってナナホシと接触だ。

 ロキシーとは、出来れば共に行動をしておきたかった。ヒトガミですら、どうすることも出来ぬ強固な運命に守られてるとは言え、やはり一番戦闘力のない人物なのだから。

 上記の人物たちは最優先だが、安全が確保されてるとも言える。なので、ロキシーと遭遇しなければ、そちらは後回しとなる。

 

 当面は、ヒトガミの布石の取り除きをすべきだろう。

 取り合えず、アスラ王国へと向かう。それは元々予定の一つだった。そこで、アリエル王女の手助けをしようとリベラルは考えていた。

 距離的にも、そして布石としての重要さもある。ボレアス家の手助けも行えば、将来的に大きな一手となろう。パウロが捜索団を作れば、すぐにノルンも届けられる。

 

(一度、アスラ王国で根回ししましょうか)

 

 リベラルの知る、ヒトガミの布石はルーデウスが関係するものが多い。彼の運命の力によって、ヒトガミの望む未来へとねじ曲げてしまう。だが、どれもこれも小さなもので、ロキシーと出会わせないためのものがほとんどだ。例外はあるが。

 目先の利益によって懐柔されていってしまうが、予めルーデウスと親しい関係になってるので、リベラルなら阻止は容易だだろう。

 

 眠るノルンを眺めたリベラルは、これからの方針を纏めたので目を瞑る。

 ここから先は知らぬ歴史だ。故に、彼女の予想が呆気なく外れることもあろう。ミスを犯したとしても、それに対応する柔軟さが必要だ。

 だからこそ、そういった人種は意外性に弱い。対策を立てようとも、それらを嘲笑うかのようにすり抜けてくる現実に。

 

 次の日――リベラルは初手から挫かれることとなる。

 

 

――――

 

 

 事は、朝食の時に起きた。

 食事を用意したリベラルが、ノルンと食べていた時だ。

 

「あのね、おねえさん。けんのせいちってとこにいってみたいの」

「『剣の聖地』ですか……?」

 

 ノルンの唐突な意見に、リベラルは首を傾げる。

 

 『剣の聖地』は中央大陸の北部にあり、同じ大陸内であるフィットア領から特別遠い場所でもない。ただし、赤竜山脈を越えた最北端にあり、『剣神流』の総本山となってる地だ。喧嘩っ早い性格な者も多く、あまり近付きたい場所でもなかった。

 それに、何か用事のある場所でもなく、将来的にもあまり訪ねる予定もなかった。

 

 だが、唐突にその場所へと行きたいとノルンに言われれば、リベラルのキョトンとした反応も当然だろう。それに、彼女が剣の聖地を知ってることも不思議だった。

 もしかしたら、パウロがノルンに話したのかも知れないが、それでも今行きたいと言う場面ではないだろう。

 

「……ノルン様、それは何故ですか? そんな場所へ行っても大したものはありませんよ?」

「えっとね」

 

 だからこそ、リベラルは尋ねる。

 どうして、そのようなことを言ったのかを。

 

 

 

 

「そこにね、おとうさんがいるっていってたの!」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 その言葉の意味を理解するのに、リベラルはしばらくの時間を要した。何故、ノルンが自分の父親の居場所を知っているのか。

 少なくとも、思い付きで言った訳ではないだろう。だからと言って、ノルンは特別な力を持つ神子でもない。しかし、何かしらの根拠を持って、そう意見したのだ。

 

 そして、そのような入知恵が出来る人物を、リベラルは一人だけ知っていた。

 

「……ノルン様」

「どうしたの?」

 

 あり得ない。

 そんな焦燥感を押し止め、彼女は問う。

 

「もしかして――人神(ヒトガミ)、という単語に聞き覚えはありませんか?」

 

 どうか、違っていて欲しい。偶々天啓を得ただけであれと、リベラルは祈りながら尋ねる。

 けれど、分かっているのだ。その願望は無意味なものだと。

 

 ノルンが口を開くまでの間が妙に長く感じられ、リベラルは一筋の汗を地面に垂らす。やがて、望まぬ答えが返ってくる。

 

「うん、しってるよ。きのうね、夢にでてきたの!」

「――――」

 

 リベラルは、言葉を返せなかった。分かっていても、それは受け入れがたい事実だったのだ。

 

 何故だと、自問する。

 

 リベラルが傍にいるのだから、ヒトガミはノルンの姿も見えない筈だろう。しかし、見えずとも夢に現れることは出来たのだ。

 ならば、どうしてこのような助言を与えたのか。幼い少女であるノルン一人では、決して剣の聖地へと向かうことは出来ないだろう。本来ならば、意味のない助言なのだ。

 

「おねえさん! けんのせいちにいこ! おとうさんにあいたい!」

「……少し、待ってくださいねノルン様」

 

 ノルンの明るい笑みに、リベラルは上の空で返しながら思考する。ヒトガミが介入してきた以上、予定通りに事を進める訳にいかなくなったのだ。

 

 ヒトガミがノルンの夢に現れた理由は、いくつか推測出来た。単純に、リベラルの動きを監視するためであったり、ノルンを介して事態を掻き乱そうと企んでいるか。

 オルステッドの傍には、監視の眼となる人物はいない。彼は一人で世界を巡っているからだ。だが、リベラルにはノルンという弱味がある。フィットア領に辿り着くまでの間に遭遇した、多数の使徒からそのことに気付いたのかも知れない。

 ノルンはまたまだ幼く、自我というものを成長させてる途中だ。そんな幼子に対し、餌を撒けば食い付くのは当然だろう。故に、ノルンは自分の願いをリベラルに望む。

 

(ヒトガミ……ふざけやがって……)

 

 ここで問題となるのが、ヒトガミの狙いだ。ヒトガミはリベラルのことが見えないから、ノルンを使徒にしたと思える。実際に、そのつもりかも知れないだろう。

 だが、ヒトガミは態々助言を与えた。詳細は不明だが、ノルンに対して剣の聖地に行くようにと。そして、ノルンが一人で向かえない以上、それはリベラルに対しての助言なのだろう。

 『龍神の神玉』がある以上、未来視されてる訳ではない。ならば、行動を起こされる前に、抑制や誘導の意図を持って助言したのだろうと考える。

 

 リベラルは推測していく。

 何を目的に、ヒトガミが態々介入してきたのかを。

 

(私の未来は見えない筈なので、何かをさせるつもりではないでしょう。同様に傍にいるノルン様の未来も、見えてない筈です。

 ヒトガミは私が何をしようとしていたのか知っていて、介入してきた訳ではないでしょう……つまり、フィットア領のこの場から、私を動かすことが目的ではない)

 

 深い思考に沈んでいるリベラルが、チラリとノルンを見れば、剣の聖地に行きたいと駄々をこねながら喚いていた。

 それに対して曖昧な返答をしながら、どうするべきか考える。

 

(ヒトガミの傾向から鑑みるに、恐らく剣の聖地にパウロ様はいるのでしょう。目先の利という奴ですが……どうして私をその場に向かわせようとするのか謎ですね……)

 

 ヒトガミが敵であることを理解しているリベラルに対し、そのような餌は無意味と言えるだろう。懐柔しようとして、そのような助言をしたとは思えない。

 

(ああ、私を始末するために、剣の聖地へと向かわせるという可能性もありますか……)

 

 フィットア領に向かう際に襲ってきた使徒たちで、リベラルの実力を測ったということも考えられた。ノコノコと剣の聖地へと向かうと、使徒と化した剣神流の者たちによって、袋叩きに遭うかも知れないと。

 しかし、それでは小学生並の発想だ。引っ掛ける方も引っ掛かる方も大概だろう。ヒトガミがバカではないことを知ってるリベラルは、流石にそのような安易な手段に出るとは思えなかった。

 

 パウロは実際に剣の聖地にいると考えたが、それもただの勘に過ぎない。確証のない根拠で、時間を無駄にするのはどうかと思う。

 

(私の姿が見えてる訳でもない。未来が見えてる訳でもない。行動が読まれてたとも思えない。

 それなら、ヒトガミは未来を変えようとしてるのではなく、かつてのように布石を打とうとしている?)

 

 彼女が思い返すは、まだ魔龍王であったラプラスと過ごしていた日々のこと。己がヒトガミの策略を読み切ることが出来ず、後悔にまみれた日のことだ。

 昔の失敗を思い出し、リベラルは思わず歯軋りする。恐らく、今回も似たような手口だと感じていた。

 

 昔に受けた手口は、至極単純なものだ。

 強くなる気のなかった、リベラルの夢にヒトガミが現れたことにより、修行よりも“研究をさせられた”のだ。その結果として、人魔大戦時に『闘神鎧』を回収しに来たバーディガーディーに、遅れを取った。

 ならば、今回はどうなのだろうかと、リベラルは思考する。

 

(……何となく、読めてきましたね)

 

 そして、彼女はひとつの答えを導き出した。己の予想が本当に正しいのかは不明だが、以前とは違い、答えへと思い至った。

 剣の聖地へ向かうように告げたのは、布石を置く前段階。後々の一手が、有効なのか知るための確認だ。

 

 リベラルはノルンを見つめる。

 恐らく、オルステッドであれば、ヒトガミの使徒は女子供であろうとも、容赦なく切り捨てるだろう。だが、彼女にはそんなことは出来ない。

 ループをしている彼とは、違うのだから。リベラルには、今回だけしかない。今回で、勝たなければならない。

 

 だからこそ――取り零さぬよう必死に足掻くのだ。

 

「ノルン様、剣の聖地は近くありません。道中で辛い思いや大変な目に遭うかも知れません。それでも、向かいますか?」

「いきたい! だって、おとうさんにあいたいもん!」

 

 元気よく返事をしたノルンは、何も考えずに言ってるのだろう。幼子なのだから、深く考えて判断できないのも当然だ。

 

「分かりました。それでは向かいましょうか」

 

 しかし、リベラルは薄い笑みを浮かべながら、そう答えた。

 

 

 アスラ王国へと向かう予定を変更し、剣の聖地に向かうことにしたリベラルは、早速準備を整えていく。

 もしもヒトガミが真っ赤な嘘を告げていた時の事を考え、パウロへの伝言なども残す必要があるだろう。

 

「すいません、ノルン・グレイラットは保護したので、斜線をお願いします」

「はい……情報提供ありがとうございます」

 

 難民キャンプの建物へと赴き、そこにいた職員に、行方不明者の欄にあったノルンの名前を消してもらう。そのついでに、リベラルはパウロへの伝言を貼り付けた。

 

『パウロ様へ。

 ノルン様は私が保護しました。

 ですが、私には連絡先がありませんので、正式に捜索団が結成されれば、そちらに引き渡しに行きます。

 私の我儘で、ノルン様を危険に晒すことをお許しください。 

 

 リベラルより』

 

 この場に留まるつもりがない以上、連絡先なんて作りようがない。パウロが怒りそうな内容になってしまう。だが、この辺りに信用できる者がいないのだ。

 ボレアス家の執事であるアルフォンスは、フィットア領の再建で手が回りきらないだろうし、ペルギウスも間違いなく断るだろう。ゼニスの実家であるラトレイア家も、目的地の反対方向だ。

 

 取り合えずこの場は後にし、次はアルフォンスの元へと向かった。パウロがここに現れた際に、フィットア領の再建を手伝ってもらうように後押しをしておく。

 パウロがここへ辿り着く時期がずれたとしても、彼へと協力を要請するように。これも、念のためだ。

 

「なるほど、ルーデウス様の父親ですか。フィリップ様は扱き下ろしておりましたが……関わった時間が長いであろう貴方がそう仰るのであれば、確かに頼りになるかも知れませんな」

「ええ、パウロ様はこういった状況でこそ頼りになります。きっと適任でしょう」

 

 他にも細かい準備を整え、やり残しがないかを確認できたリベラルは、今度こそこの場を後にした。

 

 

――――

 

 

 

 本来、ヒトガミの助言に対し、リベラルはその通りに動く必要はなかった。元々の予定通り、アスラ王国に向かうのが最善だっただろう。そしてリベラルは、そのことを理解していた。

 だが、理解していながら、リベラルはヒトガミの思惑に乗ったのだ。その判断は、かつての誓いからくるものである。

 

『私を生かしたことを、必ず後悔させてやる』

 

 挑発に乗ってしまったとも言えるだろう。リベラルは、真正面からヒトガミの思惑を叩き潰そうとしている。そうして、そのことを思い知らそうと、無意識の内に攻撃的になっていた。

 その結果がどうなるのかは、誰にも分からぬことだ。

 

 未来視が出来るヒトガミにも、

 未来を予測するリベラルにも、

 

 結末なんて、些細なことで左右される時もある。結局、その時になるまで分からないのだ。




Q.リベラル傍にいるのにヒトガミが現れた……。
A.原作の二百六十話『最後の夢』にて、フェリスが腕輪を外したことによって、ルーデウスはヒトガミとまた顔を合わせることになりました。そして夢から覚めた後、すぐにオルステッドが現れたことを鑑みて、近くに社長やリベラルいても、ヒトガミは夢に現れるだけなら可能だと考えました。まあ、深く考えなくてもいいかと。

Q.ヒトガミの使徒の人数……。
A.ノルンはヒトガミの使徒ではありません。ただ、彼女の夢に現れ、父親が剣の聖地にいることを教えただけです。ヒトガミは何の力も使ってません(ネタバレ感)

Q.リベラルってほんとにヒトガミの能力無効化出来てんの?
A.出来てます。ですが、ヒトガミは曲りなりなりにも自分以外の神を滅ぼした存在です。オルステッドは否定してたような気もしますが、ちゃんと知略も練れるんじゃないですかね。まあ、深くかん(ry


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6話 『使徒の出来事』

前回のあらすじ。

ヒトガミ「パウロは剣の聖地にいるよ」
ノルン「パパはけんのせいちにいるの!」
リベラル「ノルンを利用するとかヒトガミ許すまじ」

お待たせしました。この時期は本当に忙しいですね……(言い訳)
何と言うか、思ったように書けないんですよね……展開自体は考えていたものに沿えてるけれど、考えているよりも意外性やら期待感が足りないというか。有名著者の作品のように、次の展開を見るのがワクワクさせれないというか。
スランプっていうか、私の力量が足りない悲しみ。
うーむ、もっと精進せねば。


 

 

 

 それは、まだ転移事件が起きる前のことだ。その日、パウロは何が起きたのか、分からなかった。

 

 シルフィエットの父親である、ロールズと共に魔物を相手にしていた時に、それは起きた。空に何か異常が起きていたことには気付いていたが、だからと言ってそちらに意識を向ける暇もない。

 いや、正確には二人とも空に意識は向いていた。そのせいで、本来ならアッサリと仕留められる筈の魔物たちに、手こずっていたのだ。

 しかし、それでもパウロは元S級冒険者。目の前の魔物に対し、注意力が散漫になりながらも、危なげなく仕留めていく。だが、魔物が最後の一体になった時に、それは起きてしまった。

 

「パウロさん!」

 

 さっさと始末しようとしていたパウロの後ろから、ロールズの切羽詰まった叫びが響く。何事だと思い、彼は反射的にそちらへと意識を向けてしまった。

 現役から退いてしまったパウロが見せた、致命的な隙と言えよう。その機を逃さず、魔物は飛び掛かっていった。

 

「ちっ!」

 

 そのことに気付いたパウロは、結局ロールズの叫んだ意味を悟ることなく、反応に遅れつつも魔物へと剣を振り下ろし――迫り来る光に包まれた。

 

 そして彼は、空にいた。

 

 大体、2~30メートルほどの高さだろうか。目測なので、正確な高さまでは把握できなかった。

 目の前には、魔物もいた。

 剣が胴体の半ばまで食い込み、死に体となってる魔物だ。

 

「…………あ?」

 

 一瞬、パウロは夢を見ているのかと思った。現実味の感じられぬその状況に、思考が追い付かなかったのだ。最後に覚えてる光景を思い出そうとし、頭を混乱させる。

 やがて、彼の体と事切れた魔物は、地面へと落下していく。そこで、パウロはようやく目の前の現実に気付いた。

 

「う、おおおぉぉっ?」

 

 どんどん落ちていく感覚。人がどれほどの高所から落ちれば死ぬのか分かっていないが、パウロは本能的にこれは死んでしまう高さだと感じた。

 彼は剣士だ。魔術を扱うことは出来ない。手元には何もない。けれど、無情にも雪景色の地上は段々と迫り来る。

 

 だが、パウロはやはり引退していてもS級の冒険者だった。地面に落ちるまでのほんの僅かな間に、彼は生き残るための解答を導き出した。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 目の前にいた魔物から、剣を引き抜く。ドバドバとそこから血が溢れ出すが、そんなことは気にせず魔物に抱き付く。そしてそのまま空中で体を捻り、魔物が下になるようにする。

 やったのはそれだけだ。恐らく、いや、間違いなく常人であればそれでも死んだだろう。しかし、パウロは地面に衝突する寸前に、無意識の内に闘気を纏っていた。死の恐怖に対する本能か、それは普段よりも強力なものだった。

 

「ぐがっ! あぁっ!」

 

 そして、地面に衝突したパウロは、魔物をクッションに一度大きく跳ね飛ばされ、それでも勢いは殺しきれずに何度も地面を跳ねる。その際に、北神流の受け身で極力衝撃を殺した。

 実際、それだけでは厳しかっただろう。しかし、落ちた場所に恵まれた。辺り一面が雪に覆われたこの地によって、運よく致死的なダメージを避けていたのだ。

 やがて、勢いはなくなり、地面を転がり尽くしたパウロは、そのまま気を失う。

 

 彼は、何とか生き残った。

 けれど、パウロにとっての悪夢は、これから本当の意味で始まる。

 

 

――――

 

 

 パチリと目を開けば、そこは不思議な空間だった。

 

 真っ白な空間だ。最果てまで白で埋め尽くされ、空を見上げても白に阻まれて何も見えない。

 すぐに、夢だと悟った。いや、もしかしたら死んだのではないかと、言い知れぬ恐怖を感じた。

 

 けれど、その不安はすぐに払拭されることになる。

 

 

「――やあ、初めましてかな。こんにちわ。パウロ君」

 

 

 目の前に、ソイツはいた。

 その姿は認識しようとしても、何故かボヤけて見ることが出来ない。

 

 けれど、その神々しさに、言い知れぬ安心感に、パウロは妙に心が落ち着き、信頼感を抱いた。――ああ、目の前にいる存在は俺を救ってくれる、と。

 何故だか分からないが、そんな気持ちを抱いてしまうのだ。目の前の存在は信じられると、心を傾けてしまう。妙に心地よい気分だった。

 

 そして、ソイツは名乗る。

 

 

「――僕は人神(ヒトガミ)。神様さ」

 

 

 その名を知る意味を知らず、パウロは無条件の信頼を寄せた。

 

 

――――

 

 

 

 

 リベラルとノルンがフィットア領から出発し、剣の聖地に辿り着くまでに約4ヶ月ほど経過した。

 

 転移事件から既に半年だ。

 本来であれば、転移陣を用いて剣の聖地へと辿り着くのに、1ヶ月程度で十分だった。しかし、予定よりも大幅に遅れていたのだ。

 

 単純な理由である。

 季節は冬となり、雪が降り始めたからだ。中央大陸北部『北方大地』の冬は、過酷だった。

 大量の雪が振り続け、積雪は5メートルを超える。国内なら街道もあり、国がある程度整備するため移動する事はできるが、国外となると難しくなる。

 魔術で天候を操作しても、延々と魔力を持たせることは出来ない。雪を溶かしながら進むにしても、ろくに道も見えず、遭難してしまうだろう。

 

 勿論、これも龍鳴山の時と同様に、リベラル一人なら冬でも関係なく向かうことは可能だ。しかし、そうするにはやはり、ノルンの存在がネックとなり、向かえなかった。彼女の体力では、途中で力尽きてしまうだろう。

 その事を失念していたことにリベラルは己の馬鹿さに頭を抱え、冬が終わるまでの間、仕方なくアスラ王国の情報収集を優先していた。

 

(シルフィエット様……守護術師フィッツの存在が確認できませんね……)

 

 そこで気になったのが、アスラ王国でシルフィエットを見付けられなかったことだ。無論、リベラルは直接王国内に足を運び、自らの目で見た訳ではないので、確証は持てない。

 それに、フィッツを名乗るシルフィエットの存在は、ある時期まで隠蔽されていたと記憶していた。だから、今はまだ表に出ていないだけだと考える。

 少なくとも、アリエル王女が死亡したという話は聞いてないので、安心は出来た。

 

(ヒトガミの言う通り、パウロ様は剣の聖地にいました……シルフィエット様の転移位置が変わっていても可笑しくありませんが……)

 

 既に、己の知る未来から変化している。転移場所まで分からない以上、皆の居場所を考えて仕方ないだろう。

 そのことに関しての思考を止め、リベラルは目の前へと意識を切り替えていく。

 

「ご無事なようで何よりです。パウロ様」

 

 そこには、怪我によって包帯などでグルグル巻きにされた、パウロの姿があった。

 

「お前はこれが無事に見えんのかよ……」

 

 彼はどうやら剣の聖地の上空に転移したらしく、その際の落下で重傷になったようだ。しかし、近くに剣神流の門下生が数多くいたこともあり、手早く処置された。

 その結果、事なきを得たらしく、完治するまで保護されてるとのこと。野蛮な者ばかりだと思ってた剣神流だったが、意外と優しい人たちが多いらしい。

 くせ者は全て斬り捨てるイメージを持っていたリベラルとしては、ホッと安心な結果だ。

 

「おとうさん!」

「おお、ノルン!」

 

 無事だったパウロに、ノルンは喜び抱き付く。本来であれば、感動的な場面なのだろう。

 だが、ヒトガミの言葉でこの地に訪れたリベラルとしては、あまりその光景に喜ぶことが出来ず、難しい表情を浮かべながら見守っていた。

 意図的に図られた再会。喜びよりも、警戒心が高まるばかりだ。

 

 リベラルとノルンが剣の聖地に訪れてから、パウロと再会するまで、実にスムーズに事態が進んだ。

 この地にいた門下生に、パウロを探していることを告げれば、アッサリと彼の元まで案内されたのである。どうにも、フィットア領で起きた転移事件自体は、冬が来る前に伝わっていたようだ。

 フィットア領が壊滅した事実に、重傷のパウロは結構喚いていたらしく、保護したのはいいが結構迷惑だったらしい。とは言え、怪我人なので無理に追い出すことも出来ずにいたとのこと。

 だが、迎えも来たようなので、さっさと帰って欲しいのだろう。雪も溶け始める時季ということもあり、丁度いいタイミングだったのかも知れない。

 

「パウロ様、怪我の具合はどうですか?」

 

 剣の聖地に治癒魔術の使い手がいるのかは不明だが、パウロの怪我はあくまでも応急的な措置だ。それ以上のことはされてないように見えた。

 なので、再会した二人のほとぼりが冷めるのを待ったリベラルは、機を見て怪我のことを尋ねる。

 

「まだ完治してる訳じゃないが、フィットア領に向かうぐらいなら大丈夫だろ」

「無理は禁物ですよ。仕方ありませんね、私が治しましょう」

「お、おう」

 

 患部の状態を確認し、リベラルは治癒魔術でパウロの怪我を治していく。それが終わると、彼は包帯を外し、具合を確かめるかのように何度か手を閉じたり開いたりして、満足げに頷いた。

 

「……おし、大丈夫そうだな。すまんなリベラル、助かった」

「構いませんよ」

 

 パウロはその場から立ち上がり、ストレッチをしたりと体を解していく。体の準備を整えた彼は、近くにいた門下生へと視線を向け、頭を下げる。

 

「ティモシーさんはいるか? 介抱してくれた礼が言いたいんだが」

「今は当座の間におられる。案内いたそう」

「そうか、頼む」

 

 ここから出ていく以上、世話になった方々にお礼を言うのは当然だろう。ましてや、パウロは瀕死の重傷から助けられた身である。門下生たちもそれを当たり前だと思っているので、特に迷うことなく案内を承った。

 

「おとうさん! わたしもいっしょにいく!」

「おお、なら手を繋いで行こうか」

「うん!」

 

 抱き付いたままのノルンに対し、快く了承したパウロは、チラリと申し訳なさそうな表情を浮かべながら、前にいる門下生へと視線を向ける。

 

「すまん、そう言うことなんだが……娘が一緒でも構わないか?」

「大人しくしていれば、大丈夫だろう」

「……では、私が騒がないように面倒を見ますよ」

 

 結局、ノルンも一緒に付いていくことになったので、リベラルも共に向かうことにする。彼女としても、パウロを保護してくれていた剣神流の皆に、感謝を捧げる立場だ。だから、そのこと自体は気にしなかった。

 しかし、ヒトガミのもたらした助言が、何度も頭を過るのだ。剣神流の総本山であるこの地には、リベラルを殺しうる存在がいる。

 

 七大列強第六位――『剣神』ガル・ファリオン。

 

 そして、その他にもいる剣帝や剣王も、リベラルを殺しうるだけの実力を秘めている。『光の太刀』を放てる剣聖も、リベラルを殺すことは可能だろう。気を抜けるような相手ではないのだ。

 更に言えば、彼ら一同が揃ってるかも知れない場所に、お礼を言いに赴くのだ。行かなくてはならないことは分かっているが、正直、気が進まないのがリベラルの本音だった。

 十中八九、ヒトガミの使徒も混ざり込んでいるだろう。誰が敵なのかは現時点では不明だが、戦闘になる可能性はある。

 考えれば考えるほどに、リベラルは行きたくなくなった。

 

 だからと言って、行かない訳にもいかないが。

 

「暫し待たれよ」

 

 やがて、当座の間に辿り着いた門下生は、保護していたパウロが出ていく旨を伝える為に一人中へと入っていく。

 それを確認したリベラルは、懐からスクロールを取り出し、何かを書き始めた。彼女の唐突な行動に、パウロは怪訝な表情を浮かべる。

 

「……何してんだ?」

「念のための準備ですね。もしもの想定をして、相手を無条件で無力化するための用意です」

「無条件って……滅茶苦茶だな」

「いえいえ、備えておくのは聖級の結界魔術です。闘気を霧散させることを主にしておきますので、魔術師がいれば何とか抜け出せるかもしれませんよ」

 

 やがて、スクロールに記述し終えたのか、リベラルは床を剥がし、その下に設置した。

 

「おいおい……」

「魔術で綺麗にしますので、大丈夫ですよ」

「おねえさん! ものこわしちゃだめ!」

「ハハハ、ノルン様。バレなきゃいいんですよ」

「そうなの?」

「そうなのです」

「おい。俺の娘に変なこと吹き込むな」

 

 他愛ないやり取りだ。実際にしていることと言ってることは大概だが、それでもほのぼのと平和的であろう。

 けれど、ノルンがリベラルになついてる様子を見て、パウロはどこか複雑そうな表情を見せる。

 

「どうしましたか?」

「……いや、そう言えばノルンを保護してくれてたなって思ってな」

「まあ、一緒に転移しましたからね」

「そうか…………今更こんなことを言うのも何だが……ノルンを助けてくれてありがとう、ございます。リベラルがいなければ、きっとノルンは死んでたよ……」

 

 唐突に、敬語で感謝の言葉を口にしたパウロに対し、リベラルは目をパチパチと瞬かせる。あまりにも突然過ぎて、どう反応すればいいのか分からなかったのだ。

 

「敬語、似合ってませんね」

「うっせえよ」

「ですが、まあ、ノルン様を助けるのは当然ですよ。感謝されるほどのことでもありません」

「だが、リベラルは俺の娘を助けてくれた。その事実に変わりないだろ。……だから、感謝“は”する」

 

 何か含みのある言い方だったものの、パウロは本当に感謝しているのだろう。突然フィットア領から剣の聖地へと転移させられ、瀕死の重傷に陥った。更に、その状態でブエナ村が壊滅した報告を聞いたのだ。

 恐らく、リベラルとノルンが現れるまでの間、気が狂いそうな時間を過ごしただろう。すぐさま飛び出して家族を探したいのに、探すことも出来ず、ただ傷を癒すために床に伏せるだけの生活。まるで、拷問のようだ。

 だからこそ、当事者でないリベラルには、想像も出来ない。同情も出来ない。ただただ、その深い苦しみを、受け入れることしか出来なかった。

 

 けれど、そう告げたパウロの表情は、どこか違和感のあるものだった。

 

「あー……なあ、リベラル」

「何ですか?」

「一つ聞きたいんだがよ、いいか?」

「エロいこと以外なら、構いませんよ」

 

 歯切れ悪く、どうにも言いにくそうにしていたので、緊張感を解すためリベラルは軽い冗談を言う。その心遣いに、パウロは苦笑しながら改めて向き直った。

 

「以前に、ゼニスとリーリャに指輪を渡してただろ? 詳しく聞いてなかったが、あれって何だったんだ?」

「魔道具ですよ。魔力を込めれば、ちょっとした結界を張るものです。低位の魔物なら、破ることも出来ない代物です」

「……何で渡したんだ? 金欠金欠って言ってた割には、あれって結構高価な物だったよな?」

 

 魔道具というものは、全般的に高価なものしかない。

 

 リベラルがブエナ村にいた頃、彼女は金稼ぎという理由で、ボレアス家へ出稼ぎに行こうとしていた。その時、実際に金があったのかどうかはさておこう。

 しかし、パウロの目からは、リベラルは金がないように見えていたのだ。当時はあまり疑問に思わなかったようだが、今にして思えば、リベラルが魔道具をプレゼントしたというのは疑問に思えたのだろう。

 

「何で渡したもなにも、プレゼントを渡すのはいけませんか?」

「いや、そう言うことじゃなくてよ……はぁ、まあいい。代わりにもう一つ聞かせてくれ」

「一つと言った割には、三回も訊ねてますが?」

「茶化すなよ」

 

 真面目な表情を浮かべたまま、パウロは口を開き、

 

「別に、リベラルを疑ってるわけじゃねえんだけどよ……あー、あれだ。その、な?」

「私は逃げませんので、ゆっくりどうぞ」

「……すまんな」

 

 言いにくそうに何度も躊躇し、

 

 

「…………もしかしてよ、フィットア領で起きた転移っておま――」

 

 

「お待たせした。パウロ殿、当座の間に進まれよ」

 

 その台詞を言い切る前に、扉から門下生の男が現れる。タイミング良く準備が整ったようで、話しの流れが完全に途切れた。

 パウロはもう一度訊ねようかと、何度か口をパクパクさせていたが、やがて口を閉じてしまう。

 

「……いや。やっぱ何でもねえ。気にしないでくれ」

 

 葛藤してるかのような、そんな表情を隠すかのように顔を背けた彼は、そのまま扉の先へと進んで行った。その後に続こうと、ノルンがリベラルの腕を引っ張る。

 

「おねえさん、いこ?」

「……そうですね」

 

 パウロが何を言いかけたのか、リベラルは理解した。あそこまで言われ、分からぬほど彼女は鈍くもない。

 それと同時に、ここに来る前に抱いた、自分の予想が本格的に的を射てきてる事実に、小さな溜め息を溢す。断定はしてないが、恐らくそうなのだろうと、ほぼ確信に至っていた。

 

 

 ――ヒトガミの使徒はパウロだ。

 

 

 ノルンをメッセンジャーとして利用した時点で、それは予想出来ていた。そもそも、ヒトガミの使徒とは誰もが成りうるものだ。

 『信頼される呪い』を持つヒトガミは、信念や信じるものを持たぬ人を、容易に操ることが出来る。グレイラット家の人間も、その例から漏れない。

 ルーデウスにはその呪いは通用しなかったようだが、 目先の利を取らせ続けることにより、最後の最後で騙されることとなった。

 パウロは息子のような耐性を持たないのだ。リベラルとしても、彼を責めるつもりはなかった。

 

 もちろん、パウロだけが使徒だとも思っていない。先程も述べたように、ここは剣神流の総本山だ。リベラルを殺せるだけの存在は、何人かいる。

 

(ハァ……我ながら安い挑発に乗ってしまいましたね……)

 

 その事実にもリベラルはうんざりし、再度溜め息を溢した。




次回は剣神流の皆様と戯れる回です。

Q.おい最初……冬であること忘れてたって……。
A.ヒトガミはそのあたりのことも計算していたのかも知れませんね。なので、リベラルは剣の聖地に向かう際に、仕方なく情報収集しながら向かいました。

Q.冒頭唐突だな。
A.私の力量では、もっと最適な場面を作れませんでした。前書きで言ってた不満点ですね……。

Q.パウロ剣神流に保護されてたのか。
A.流石の彼らも、行倒れを放置するほど無情とは思いませんので。それに、フィットア領のことも耳にしますので、死にかけのパウロを雪の中に放り出すことはしないでしょう。多分。

Q.リベラル行くの嫌だったら待機しとけよ。
A.一応、使徒がいるかを確認しなくてはなりませんので。流石に使徒を放置はしません。もちろん、パウロも含めて。


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7話 『出稽古』

前回のあらすじ。

ヒトガミ「来ちゃった」
パウロ「ヒトガミ……一体何者なんだ……?」
リベラル「どうやら私は出稽古するようです」

今回は期待通り、とはなりませんかね……。ただ、変化の兆しを書きたかったのです。
しかし……戦闘シーンは他の場面に比べてスラスラ書ける。皆様には戦闘描写が良いのか悪いのか分かりませんが、一番何も考えずに書いていけるんですよね……。
パウロとガルに違和感があるのか分からなくなってしまったよ……。

※12月14日、ティモシーの妻の形見という記述を修正→ティモシーの妻との結婚記念品に変更致しました。


 

 

 

 当座の間へと入ったリベラルたちに襲い掛かるは、鋭い威圧感。今にも斬りかからんとする殺気だ。中で何を話し合ってたのかは不明だが、そこで引きずったままの重い空気が、辺りを支配していた。

 中へと入った三人の周囲には、剣聖以上の称号を持つ、剣神流の高弟たち。女子供がいようと、その緊張感を途切らせることはなかった。

 だが、そんな彼らの奥に、一人だけ弛い雰囲気を持つ者がいた。

 

 『剣神』ガル・ファリオンだ。

 

 彼は胡座をかき、肘をつき、呑気に欠伸を溢している。入ってきた三人のことなどどうでもよさそうに、流し目で見ているだけだった。

 実際に、興味などないのだろう。ただ、剣帝に介護してくれたお礼を言いに来ただけなのだから。ガルには関係のない話である。無礼な態度を取らぬ限り、気にも止めないだろう。

 

「おお、怪我は治ったのかパウロ」

「ああ、お陰様でな」

 

 気軽な口調で話し掛けてきたのは、剣帝ティモシー・ブリッツだった。彼とは介護されてる間に仲良くなったのか、パウロも気軽な応対をしていた。

 その空気に触発されたのか、周りの雰囲気も僅かに軽くなりつつある。

 

「もう帰られるのか?」

「迎えが来ちまったからな。それに、家族が心配でな」

「そうか……」

 

 ティモシーはパウロの言葉に、どこか落ち込んだ様子を見せた。リベラルにはそれが何故なのかは分からないが、恐らく介護中に何かがあったのだろうと考える。もしくは、何かがあったから介護してもらえたのか。

 リベラルはそのことが気になり、ちょんちょんとパウロの肩を叩く。

 

「剣帝様と随分親しいのですね?」

「ん? ああ、俺がここに転移した最初はよ、誰も手を差し伸べようとしてくれなかったんだよ。けどまあ、ちょっとした切っ掛けがあってな」

「切っ掛けですか?」

「ティモシーさんが無くしてしまった、妻との結婚記念品を偶々見付けてな。そのお陰で、態々世話してくれてんだ」

「結婚記念品……」

 

 色々と可笑しな話だろう。しかし、剣神流の者たちが、重傷を負っていたパウロの世話が嫌なのは理解できる。

 単純に面倒なのもあるだろうし、見ず知らずの他人を助けても見返りは薄い。人助けにこんな考えを持つべきではないのだろうが、パウロを助けても利益がないのだ。

 他の木っ端ならまだしも、剣帝がパウロの介護をしたのが不思議なのである。そして、重傷を負ってる筈のパウロが、どうして彼の大切な物を見付けられたというのか。色々と都合良く進み過ぎだろう。

 

 だからこそ、とても分かりやすい。

 ヒトガミがどのような介入をしたのか。パウロが使徒であることが、ハッキリ分かる。むしろ、あからさまだろう。

 

「…………」

 

 リベラルは何も言わず、一歩後ろへとさがった。しかし、次の会話でその動きはピタリと止まることとなる。

 

「ところで、パウロよ。そちらの女性が、よく話していた御方か?」

「まあ、そうなるな」

「ほお……何でも、彼女は『銀緑』だとか。ラプラス戦役でも有名な、龍神流の使い手だと」

 

 その台詞に、道場にいる者全ての視線が、リベラルへと向けられた。様々な感情が込められている。驚愕、猜疑、好奇、期待……彼らがリベラルのことをどう思っているのであれ、彼女へと意識が集中する。

 それに対し、リベラルはひきつった表情を浮かべることしか出来なかった。

 

 転移事件が起きた以上、リベラルとしてはその名を隠す必要はなくなった。しかし、だからと言って、容易に広めていいものでもない。

 少なくとも、自慢するために広めるつもりはなかった。名声として利用することはあっても、利用されるのはなしだ。厄介事にしかならない。

 

「……パウロ様?」

 

 なんとか開いた彼女の言葉に対し、

 

「すまん。良ければ稽古でもしてやってくれねえか? 俺じゃ、ティモシーさんに恩返しが出来ねえんだ」

 

 図々しくも、そう告げるのであった。

 そのことに、リベラルは頭を抱える。ヒトガミの使徒になると、性格が改変でもされるのだろうかと内心で思う。バカなのかと。アホなのかと。愚痴を溢したくなった。

 つまり、要約すると「俺の代わりに恩返し宜しく」ということだ。リベラルのことを何だと思っているのだという話だろう。

 

「頼む! 以前に約束しちまったんだ!」

「チッ……本人の了承も得ずにそんな約束しないで下さいよ……」

 

 苛立ちを隠さず、舌打ちしながらそう告げたリベラルに対し、パウロは狼狽えながらも「すまん」と口にし続ける。

 彼の様子は、本当に申し訳なさそうだ。不本意だと言いたげだった。普通ならば「ふざけるな!」と 怒り、取り合うこともしなかっただろう。しかし、ここまでヒトガミの介入があからさまであると、どのような態度を取るのが正解なのか、彼女には分からなくなった。

 

「ハァ……まあ、いいでしょう。お相手します」

 

 ヒトガミの狙いは、正確には分かっていない。

 だが、リベラルの予想では、グレイラット家との繋がりを切り離したいのではないかと考えている。あわよくば、ルーデウスをぶつけようとしている、とか。

 

 リベラルに対する猜疑心を与えることにより、徐々に敵対させようとしているのだろう。ヒトガミの視点でも、彼女がグレイラット家と仲良くしたいと言うのは分かる筈だ。恐らくそこに、ヒビを入れようとしている。

 リベラルが甘い性格のままならば、決してグレイラット家の人間を殺さないだろうと。だからこそ、予めノルンに助言を与え、リベラルの反応を知りたかったのだ。

 

 ――リベラルがグレイラットの人間を切り捨てるのかどうか、と。

 

「私が本当に銀緑なのか疑ってる方も多いでしょう。試しに、誰かどうぞ」

 

 その言葉に、周囲の者たちはざわめき、互いにどうするか顔を見合わせる。一人奥にいたガルも、興味深そうにリベラルを見ていた。

 やがて、一人の男が立ち上がり、道場の中央へと進み出る。それに合わせ、彼女も前へ進み出た。

 

「得物はどうなされる?」

「真剣ならまだしも、木刀相手なら無手で問題ありません」

「ほう……」

 

 開始の合図もなく、唐突に木刀は振り抜かれた。

 

 それは、彼女の言葉を挑発と受け取ったからかも知れないし、単純に彼がそうしなければ勝てないと感じたからなのかもしれない。

 男は剣聖だ。そして剣神流の剣聖は、全員が必殺技を放つことが出来る。『光の太刀』である。全ての闘気を注ぎ込むことで放つ、最速の一太刀。あらゆるものを両断する、防御不能の必殺だ。それがあるからこそ、剣神流は最強と謳われる。

 

 しかし、男の振るった木刀は、途中で止まっていた。

 リベラルの掌に、握られていたのだ。

 

「なっ……」

 

 寸止めをしたつもりはない。手加減したつもりもない。だが、男が感じたのは、何か柔らかいものに受け止められたような感覚だ。

 棒切れで布団を叩いたかのような、手応えの無さ。自分が握っているのは、本当に木刀なのかと錯覚してしまう。けれど、その瞬間に男の体勢は大きく崩れ、投げ飛ばされていた。

 男はすぐに立ち上がるも、手にしていた筈の木刀はなかった。代わりに、目の前に突き付けられる。

 

「……参った」

 

 男は、悔しげにそう呟いた。

 

 

――――

 

 

 龍神流とは、ヒトガミを打倒するため、ラプラスが作り出した流派だ。

 世界のあらゆる技術を取り込み、その後、改良点を加えて世に伝える。そして再び取り込み、世に伝える。その繰り返しの果てに、高純度な上澄み(技術)が残るのだ。

 しかし、龍神流はとある男がその名を継承したことにより、大きな変化がもたらされる。

 

 三英雄が一人――『龍神』ウルペン。

 

 歴代最弱と蔑まされた彼の代から、龍神流は更なる飛躍を見せた。それまでは魔力を大幅に使う技が多かったのだが、彼の編み出した龍神流は、魔力を極力使わずに、相手を追い詰めるものだった。

 そして、魔力を使わない、と言うことは、闘気すらも極力扱わぬ、純粋な『技』だけが研ぎ澄まされる。その果てに、龍神流の真価が生まれた。

 

「おお、お見事……」

「これが龍神流か……」

 

 最初は、悔しげな者が多かった。

 しかし、いつしか彼らの表情は変わり、彼女の技に感嘆し、賞賛し出す。

 

 リベラルの動きは、常に最小限だ。余分な力はなく、間を見極め、相手の力を利用する。決して彼女の動きが速い訳ではない。しかし、それでも彼女の方が速い。

 何故か?

 無駄な動きがないからだ。

 最速に追い付くため、リベラルは常に最短を先取っていた。

 

 合理。まさに合理だ。

 彼女の戦いに、その場にいた多くの者たちは素直に認める。それと同時に、その技を己の糧にしようと、目を離さなかった。

 

「では、次は私がお相手致そう」

 

 ここまで見せ付けられれば、彼らもリベラルが『銀緑』であることを納得したのだろう。剣帝ティモシー・ブリッツが前に出て来ても、誰も文句を言わずに見守っていた。

 ティモシーは奥にいる剣神へと視線を投げやり、自分が戦ってもいいか訊ねる。それに対し、ガルはニタニタとした獰猛な笑みを浮かべ、頷く。

 

「ティモシー、どうにかしてソイツの本気を引き出してみろ。俺様の予想が正しけりゃあ、面白いもんが見れるかも知れねえ」

「本気……? 師匠、彼女はまだ本気ではないと?」

「お前なぁ……ソイツは素手で戦ってんだぞ? 本気な訳ねえだろ」

 

 リベラルはずっと素手で、彼らの相手をしていた。しかし、それでも彼女は圧倒していた。単純に、技量に差がありすぎたのだ。武器を持つまでもないとは、正にこのことだろう。

 まだまだ隠し持ってるものがあるのかと、ティモシーはブルリと体を震わせる。底知れぬ相手を前に、己の勝つ姿を想像できなかった。

 しかし、それでも戦わせてもらおうと笑う。

 

 リベラルは紛うことなき達人だ。そして達人の動きには、合理性がある。

 彼女は剣神流の『光の太刀』のような技を使うことなく、ただ“行動の選択”で最適解を選んでいるのだ。派手な技もなく、詰め将棋のように一手ずつ追い込んでいくもの。

 ならば、その動きを見極められれば、己はまた一歩精進出来るだろう。

 

「…………」

「では……尋常に!」

 

 気合いを入れるかのように宣告し、ティモシーは居合いの構えで間合いへと足を踏み込んだ。その瞬間に『光の太刀』を振るい、彼にとっての最速最短を選択した。

 それに対し、リベラルはほんの僅かに体を逸らすことによって、木刀は彼女の服を掠りながらも空振る。

 

「フンッ!」

 

 かわされるのを予期していたのか、ティモシーは木刀を振り抜くことなく、返す二の太刀を振るっていた。こちらも『光の太刀』だ。

 剣帝まで登り詰めた彼だからこそ、二連続の必殺を放てた。あらかじめ準備していたということもあるが、それでも放てたのはティモシーの才能と努力故と言えるだろう。

 

 リベラルはそれに反応出来ていないのか、対応が一手遅れていた。何かをしようとしていたが、それよりも確実に、彼の一太刀の方が速い。

 放つは『光の太刀』故に、回避も防御も意味をなさない。彼女は選択を間違えたのだ。

 

(今更何をしようと間に合わんッ!)

 

「『(マロバシ)』」

 

 気付けば、ティモシーは床に倒れていた。

 

 二の太刀を放ち、リベラルに一撃を加えた……と確信したところまでは覚えていたが、そこから何が起きたのか分からなかったのだ。意識が一瞬飛んでいた。

 唖然とした表情を浮かべて体を起こせば、無傷のリベラルが彼を見下ろし、奥では剣神が笑っていた。

 その光景に、己は負けたのだと悟る。

 

「……参った」

「連続で『光の太刀』を放てるとは、私はどうやらティモシー様のことをお見逸れしておりました……もう少しで、こちらがやられておりましたよ」

「嫌味では、なさそうだな」

「もちろんですよ」

 

 小さな吐息を溢し、立ち上がったティモシーは一礼して下がっていった。その光景を見ていた周囲は、よりざわめきたつ。

 

「なんだ今のは……?」

「見えたか?」

「いや、何が起きたのか分からなかったぞ……」

 

 困惑する彼らの声を無視し、リベラルは二人の元へと戻る。パウロも周囲と同様に、ポカーンと呆けた表情を浮かべていた。まさか、ここまで凄いとは思わなかったのだろう。

 逆に、ノルンは父親とは違い、純粋な目を向けて喜ぶ。

 

「勝ちましたよノルン様。いえーい!」

「おねえさんのかちだ! いえーい!」

 

 手のひらを向けたリベラルに、ノルンはその意味をいまいち理解してなかったものの、真似をしてハイタッチを交わした。

 それから彼女は、優しくノルンの頭を撫でながら、隣にいるパウロへと視線を向ける。

 

「どうですか? パウロ様もやります?」

「い、いや……遠慮しておこう」

「そうですか、残念です」

 

 パウロの性格からして、リベラルと剣神流を戦わせるような真似はしないだろう。少なくとも、今回の件は不自然だった。きっと、ヒトガミから「リベラルと剣神流を戦わせて欲しい」とでもお願いでもされたのだろう。

 だから、リベラルは他にもヒトガミの使徒がいると考えていた。しかし、今のところ彼以外にそうだと思える人物を発見できずにいたのだ。

 

 ならば、単純にリベラルの戦闘力をより明確にしたいが為に、パウロに今回の件を頼んだのかと考える。山賊や盗賊たちよりも、遥かに手強かったのは間違いない。

 だが、もしそうだったとしても、全く本気を出していないので、ヒトガミの思惑は失敗した訳だが。純粋な地力だけで戦ったので、何が出来るのかなんて結局分からず仕舞いだろう。

 使った技も、ひとつだけだ。引き出しはまだまだ沢山温存できている。

 

 そこまで思考したところで、笑っていた剣神が拍手していた。

 

「ハァッハッハッハー! なるほど、確かにお前は『銀緑』だ。龍神流の使い手なだけはあんな!」

「まあ、伊達にラプラス戦役を生き抜いてないってことですよ」

「そうかそうか……一つ聞きてぇんだけどよ。お前、オルステッドと知り合いか? 戦い方がやけに似てやがるぜ」

「オルステッド様ですか? 生憎、名前しか知りませんね。現在の龍神とは会ったことがないのですよ」

「ってことは、ウルペンも同じ様な戦い方ってことか。なるほどなぁ……」

 

 愉快そうにクツクツ笑うガルは、やがて剣を手にしながら立ち上がる。

 

「龍神流ってのは、三大流派を取り込んでやがるな? 水神流の奥義なんて使いやがってよ。お前といいオルステッドといい、どこでそんなもん覚えてやがんだ……」

「流石に、剣神様なら『(マロバシ)』のことも知っておりましたか」

「当たりめぇだ」

 

 剣神はそう言いつつ、ゆっくりと剣を抜く。刀身が金色に輝くその剣を。

 剣神七本剣が一つ。魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ。魔剣『喉笛ノドブエ』。

 剣神が魔剣を、だらりとぶら下げるように持った。気合い十分殺る気満々だ。周囲にいた者たちも、息を飲む。

 

 けれど、リベラルはその光景に顔を顰めた 。

 

「何ナチュラルに本身を取り出してるのですか。嫌ですよ、剣神様とガチバトルなんて」

「なんだよ、ビビってんのか?」

「そりゃビビってますよ……流石に貴方の太刀を素手で受け止められる自信はありませんし……」

 

 白ける台詞を宣ったリベラルに、ガルは小さな溜め息を吐く。

 

「俺様としちゃあよ、そこにいるパウロって男のことなんざどうでも良かったんだよ。テメェ等が勝手に世話して、勝手に出ていくだけだ。興味なんざねぇ」

「はぁ……」

「だがな、お前は別だ。態々遠くからパウロを迎えに来てご苦労さん、って感じだったがよ、ちょっとばかし好き勝手しすぎだ」

「好き勝手、ですか?」

「お前はこの場にいる剣聖から剣帝まで、全員のしちまったんだぜ? 事情はどうあれ、それは事実だろ」

「……まあ、そうですけど」

「なら……なぁ? 剣神である俺様が出張るのも、当然だろ?」

 

 元々は、パウロが勝手に約束し、リベラルが巻き込まれた形だ。しかし、ガルはそんなことは関係ないと言う。どんな理由だろうと、やったのはお前だと。

 別に、リベラルはそれが間違ってるとは思わないし、反論する気もなかった。落としどころを見送り、ずっと戦ったのだから。

 そう。まだ、剣神が使徒であるのか確認出来ていない。多少流されたところはあれど、そのことを確認するには今が最適だ。

 

 リベラルは魔眼を開眼した。

 

「分かりました。ですが、その前に私からも一つお尋ね……いえ、この場にいる皆様に尋ねたいのですが、構いませんか?」

「なんだよ?」

人神(ヒトガミ)、という単語に聞き覚えのある方はおられませんか?」

 

 辺りを見回し、全員の反応を確認する。

 

「ヒトガミ? 何だそりゃ、知らねぇな」

 

 魔眼によって、普段よりも些細な動きすら鮮明に読み取れるリベラルだったが、反応を見せたのはパウロだけだった。他の者たちは、不思議そうに顔を見合わせるのみだ。

 僅かな心臓の高鳴りすら察知出来るのだが、その生理的な反応すらなかった。ということはつまり、この場にいるヒトガミの使徒は、パウロだけと言うことだ。

 

(ふむ……予想が外れましたね。一人くらいいると思っていたのですが……)

 

 考えていた結果と違っていたことに、リベラルは首を傾げる。しかし、いないのであれば、それに越したことはないのだ。

 魔眼を閉じた彼女は、すぐに目の前へと意識を切り換え、剣神を視界に映す。彼は、既に殺気立っていた。

 

「いえ、知らないのであれば結構です」

「あ、そう」

 

 ガルは大上段に構える。相手の理合を崩し、より前へと攻める者に向いた、攻撃型の構えだ。

 己の技と剣に絶対の自信を持つ、彼らしい構えと言えよう。

 

「よし、行くぜ」

「…………」

 

 それに対し、リベラルは構えを解いた。怪訝な表情を浮かべる剣神は一歩前進するが、彼女は合わせるかのように一歩後退する。

 リベラルは龍神流の使い手だが、龍神流の全てを扱える訳ではない。残念ながら、扱えないものが幾つかあるのだ。

 

 その内の一つが『龍聖闘気』。

 ウルペンの龍神流最大の奥義だ。

 

 剣神ガル・ファリオンですら「反則みてえな防御力」と言わしめ、ルーデウスの帝級威力の岩砲弾ですら、かすり傷を負わせることしか出来ない最強の闘気。リベラルは、それを纏うことが出来ない。

 故に、無手の彼女は本身を持った剣神に対して、近寄らない。流石のリベラルでも、彼の太刀を受け止めることが出来ないからだ。

 だが、やりようは幾らでもある。

 

「ここからは龍神流ではなく、私の戦い方で行かせてもらいます」

「あん? なにを――」

 

 言葉を紡ぐ前に、剣神へと衝撃波が襲い掛かる。リベラルが無詠唱で魔術を使ったのだ。

 予想外の攻撃に不意を突かれた彼は、しかし、軽く後方に吹き飛ばされながらも綺麗に着地し、すぐさまリベラルへと走り出そうとした。

 

「降参します」

「は……?」

 

 突拍子な行動は、相手の思考を停止させる。人とは誰しも、想定外な出来事に弱いものだ。

 だからこそ、ガルは思考を制限されることとなる。

 

「それを許す訳なんざねぇだろ!」

「じゃあ、逃げます」

 

 リベラルが入口へと背を向けて逃げ出すのを見て、彼は怒りに顔を歪めた。

 

「テメェ……! 待ちやがれ!」

 

 逃げ出す相手がいれば、本能的に追い掛けたくなるものだ。そして、突拍子な行動によって思考が制限されていたガルは、無意識のうちに理性よりも本能を優先した。

 彼は、リベラルを追い掛けてしまった。

 

 困惑する門弟たちだったが、リベラルが事前にとある準備をしてる場面を見ていたパウロは、その行動の意味を理解した。

 入口の近くに、結界魔術が用意されているのだ。彼はそれを知っている。

 

 

――――

 

 

 敵わないと思った。

 けれど、越えたいとも思った。

 

 彼はオルステッドとの邂逅を、今でも覚えている。その時に受けた衝撃を、まさかこのようなタイミングで再び受けるとは思っていなかった。

 

(……おいおい、逃げるとかねぇだろ?)

 

 ガル・ファリオンは、リベラルをオルステッドと重ねて見ていた。それは、二人の戦い方が酷似していたからだ。三大流派を扱い、更には詰め将棋のように相手を追い詰める合理性。

 かつてオルステッドと戦ったことのある彼が、重ねて見ない訳がないだろう。だからこそ、リベラルと戦えることに歓喜していた。

 

 ――頂きに近付けるかも知れねぇ、と。

 

 銀緑との戦いは、オルステッドを越えるための踏み台だ。己が前へと進むための礎。

 リベラルと戦い、本当に勝てるかなんて分からなかった。オルステッドと同程度ならば、きっと勝てないかも知れねぇ、なんてことすら思ったりもした。

 

 ガルは、リベラルに対して盲目的になっていたのだ。

 

「――逃げてんじゃねぇよ!」

 

 平常時の彼であれば、リベラルの行動が誘いであることに気付けただろう。彼女の行動は、些か突発すぎる。

 けれど、オルステッドという幻影を見ていたガルにとって、リベラルの行動は許せなかった。あれほどの力を見せ付けて置きながら、背を向けるな、と。

 リベラルはリベラルで、剣神が己とオルステッドをそこまで重ねていたことは知らなかった。しかし、挑発の意味を込めて、門下生たちを相手にしたのだ。

 

「アッサリ釣れましたね……」

 

 リベラルは剣神と龍神の因縁など、ほとんど知らない。けれど、挑発のために落としどころを無視して、門下生たちと戦った。

 剣神は、リベラルをオルステッドと重ねて見てしまった。龍神の戦い方を知っているからこそ、そんなことはしないだろうと選択肢を除外してしまった。

 

 その結果が、これだ。

 剣神は、呆気なく結界に捕らわれた。




Q.パウロと剣帝。
A.母親亡くなってる設定は独自ですね。ジノのお母さんは原作で一度も出てきてなかったと思うので、そうしました。もしも原作でジノの母親の描写があれば、修正してティモシーの無くした宝物を見付けたということにします。
……勝手に殺してごめんね!
↑上記の設定を修正したので、記念品に変更となってます。まあ、これも全てヒトガミのせいと言うことで……。

Q.パウロ恩返しをリベラルにやらせるとか、自分勝手過ぎだろ。
A.きっと、そうするようにと神様からのお告げがあったのでしょうね。神の指示じゃ仕方ない。

Q.何かみんなリベラルの実力認めすぎじゃね?そんな凄くない気がする。
A.原作での対オルステッドを参考に書きましたが、そう感じたのであれば私が未熟と言う他ありませんね。
剣神以下の皆さんは、彼女の精錬された動きに格上だと認めてしまい、ガルはオルステッドとの戦いを思い出しただけですね。

Q.ガルさん呆気ないよ……。
A.け、剣神流は喧嘩っ早いから……。
それはさておき、作中でも書いたようにオルステッドと姿を重ねすぎた弊害ですね。リベラルを相手にしてるのに「オルステッドはそんなことをしない」という先入観を持ってましたので、アッサリと引っ掛かったのです。
まあ、次回で反省してくれますよ、きっと。


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8話 『信頼の嘆き』

前回のあらすじ。

パウロ「俺の代わりに恩返しよろ!」
リベラル「こ、今回だけなんだからね!」
ガル「オルステッドとリベラルを重ねてしまったよ……」

今更ですが、この小説はWeb版と書籍版の設定が入れ混じります。と言っても、サラとかを出す予定はありませんが。ただ、所々「ん?」ってなるところがあるかも知れません。


 

 

 

「ハァ……何やってんだか……」

 

 剣神ガル・ファリオンは、深い溜め息を溢した。思い返すは、以前の戦いだ。否、戦いと呼ぶには、些か茶番すぎるものだった。

 

 彼は、リベラルをオルステッドと重ねて見ていた。別に、それは悪いことではない。似たような戦い方をするのだから、仮想敵には丁度良かった。

 しかし、リベラルはオルステッドではないのだ。重ねるにしても、限度があった。そもそも、二人に面識はないのだから、当たり前の話だ。

 結局、剣を振るうことなく搦め手でアッサリと結界に捕らわれ、なす術なく敗北した。それはただ、ガルが間抜けなだけのこと。

 剣聖たちはリベラルへの賞賛などなかったかのように、卑怯者の烙印を押し付けていた。剣王や剣帝はそれを冷ややかな目で見ていたが、正にその通りだろう。

 

 常在戦場。その心を忘れてはならぬ。

 昔の大戦では、不死魔王を倒すために、人族は結界を用いたと言う。結界なんて、とうの昔に戦術として確立されてるものだ。

 その策略を使われ、卑怯と罵る方が恥だろう。ガルが考え無しだったと言わざるを得ない。

 

「俺様の剣は、どんなもんだったんだろうなぁ……」

 

 けれど、やはり虚しい気持ちはあった。

 己が剣聖の頃に、オルステッドに敗北した訳だが、間違いなくその頃よりも遥かに強くなれただろう。格下ではなく、格上かも知れない相手に剣を振るう機会なんて、もうないものだと思っていた。

 そのチャンスを、みすみす逃してしまったのだ。

 

 ガルは剣を手に、その場から立ち上がる。

 

「師匠?」

「わりぃ、ちょっと素振りしてくるぜ」

「素振り? 師匠がですか?」

 

 戸惑うティモシーを無視して、ガルは外へと歩み出す。ここで何もせず、門弟たちを見下ろしているのが、苦痛になったのだ。

 静かに降り注ぐ雪の中へと踏み込み、空を見上げる。吐息は白く染まり、景色へと溶けゆく。

 やがて、静かに剣を構えた彼は、無言のまま振るった。

 

(ああ、畜生……悔しいなぁ……)

 

 リベラルは強い。剣聖たちを相手取った姿を見れば、それくらいは分かる。けれど、そんな彼女は搦め手なんてものを使った。

 

 

 ――強いのに、そうしたのだ。

 

 

(クソ、クソ、ふざけんなよ……意味がわからねぇ)

 

 卑怯だと、罵りたかった。

 

 そんなものに頼る必要がないほど、リベラルは強かっただろう。なのに、そんな戦い方まで“知っている”のだ。

 上に登り詰めた強者は、戦闘が杜撰になる。それは、自分よりも弱い者を相手にするからだ。適当に戦っても、勝ててしまう。

 それ故に、強さは停滞するのだ。上にいるのだから、それ以上の強さを目指すことに理由がなくなる。段々と、心が萎えていくのだ。

 

 けれど、リベラルは違った。

 彼女と戦ったからこそ、分かってしまうのだ。あれは心が萎えていない。強さを手にいれても、貪欲に求め続けている。

 剣術、魔術、戦術、あらゆるものを会得し、それらを利用していた。既に強いのに、更に強くなるなんて可笑しな話だ。

 

(それに比べ、俺様はなんだ?)

 

 ガルは剣神の座についてから、停滞してしまった。

 昔は自分の為だけに剣を振るっていた筈なのに、気が付けば女ができて、子供が生まれて。弟子を育てて。剣神としてやるべきことは何だと悩んで、いつの間にか強さに陰りを生み出していた。

 弟子たちに「自分のために強くなれ」と教えながら、己がそれを出来てなかったのだ。無様な話だろう。

 

 龍神オルステッドという、絶対的な何かを打倒しようとしていた筈なのだ。少なくとも、それがガルの夢だった。

 その為に、剣を振るっていた。自分の欲望の為に、強さを求めていた。なのに、いつしかその気持ちを忘れている。

 

 

「――ああ、強くなりてぇなぁ……」

 

 

 久方振りに経験した敗北の味。

 それは剣神の心に、かつての夢を宿らせた。

 

 

――――

 

 

 リベラルたちがフィットア領に帰還するまでに、一月も経過しなかった。それは勿論、転移魔法陣を利用したからである。

 パウロに見られたくないなんて理由だけで、倍以上もの時間を移動だけに費やすわけにもいかないだろう。なので、仕方なく利用したのだ。

 とは言え、パウロに更なる猜疑心を与える原因ともなってしまった。道中では、二人の雰囲気が良くなることはなかった。

 

 それから、フィットア領の現状を目の当たりにしたパウロは、唖然とした様子で立ち尽くす。既に話を聞いていたとは言え、現実味のないこの惨状に、言葉が出なかったのだろう。

 やがて、ポツリと言葉を漏らした。

 

「なあ、リベラル。もう一度ブエナ村の被害状況を教えてくれないか……」

「……文字通りの壊滅です。人はおろか、建物すらも全て消え去りましたよ」

「…………そうか」

 

 長い沈黙だった。物思いに耽るように、悲痛な表情で黙りこくっていた。それから、顔に手を当て俯いてしまう。

 

「なあ、リベラル。何でこんなことになったんだ?」

「……運が悪かった、としか言えませんね」

「運が悪かった、か……ははっ、そうかそうか、俺たちは運が悪かったか」

 

 彼は呆れような、自嘲のような、そんな声色でリベラルの言葉を咀嚼する。

 

「若い頃の俺は、そりゃヤンチャもしたもんだ。だから、俺を恨んでる奴は、探せば結構いるだろうな」

「…………」

「けどよ、ゼニスとリーリャはそんな女じゃない。俺みたいなクズじゃない。少なくとも、幸せを享受すべき人間だ。

 それにルディだって、ノルンだって、アイシャだって、何も悪いことなんてしてねぇ。まだまだ子供なんだ。こんな不条理に遭うべきじゃねえだろ……?」

 

 やがて、感情が抑えきれなくなったのか、パウロの声は段々と荒々しく変化していく。けれど、リベラルはそれを止めることもせず、静かに聞き続けた。

 

「ブエナ村が壊滅だぁ? ふざけんなよ。俺の嫁や息子たちは、運が悪かったの一言で、こんなことになっちまったってのかよ?」

「……そうです。ただ、運が悪かったのです」

「そんな理不尽が認められるかよ……!」

 

 転移事件を知っていて見過ごした彼女は、白々しくもそう答えた。だが、リベラルとて、フィットア領で転移事件を起こしたかった訳ではないのだ。元からフィットア領で起きるものだったのだ。

 そしてそれを、リベラルは避難も含めて止める訳にいかなかった。ただ、己の目的を果たすために。

 

 だから、そう。

 偶々、そうだっただけのこと。

 

 転移事件は偶然フィットア領で起きて、そしてリベラルはそれを止められる立場でなかった。つまり、彼ら被害者たちは、運が悪かっただけのこと。

 リベラルはそんな言い訳を、心の中で並び立てることしか出来なかった。

 

(私は、とんだ外道ですね)

 

 己の発言に、吐き気すら覚えた。けれど、仕方ないだろう。彼女はその為に、この世界で何千年と待ち続けてきたのだ。今更、止まることは出来なかった。

 だから、彼らの想いを呑み込み、向き合わなくてはならない。

 

「ああ、クソ。訳分かんねえよ。何なんだよ。何でこんなことになってんだよ。なぁ、おい。何でだよチクショウ」

 

 呪詛を吐き続けるパウロは、怒りと悲しみにまみれていた。その思いをどこかにぶつけることも出来ず、苛立たしげに頭を掻きむしる。

 しかし、傍にいたノルンがパウロの裾を握り、泣きそうな表情を浮かべた。

 

「おとうさん……こわいよ……」

 

 娘の存在に、彼はハッとした様子を見せて、力強くノルンを抱き締める。

 

「ノルン、大丈夫だ。すぐに母さんとも会える。絶対に会えるから、泣かないでくれ……」

 

 安心させるためか、パウロはノルンにそう呟き、抱き締め続ける。

 根拠も保証もない、気休めにもならない言葉だった。けれど、リベラルは見ていた。パウロの瞳に、確信しているかのような、強い意思が宿っているのを。

 

「…………」

 

 リベラルは何も言わず、二人を見守った。

 

 

――――

 

 

 いつの間にか寝入ってしまったノルンを背負うパウロは、辺りに誰もいない場所へと移動していた。それから、付いてきているリベラルへと向き直る。

 

「……なあ、リベラル。聞きたいことが幾つかあるんだ」

「奇遇ですね。私もありますよ」

「そうか……なら、俺からいいか?」

「どうぞ、出来うる限り答えましょう」

 

 パウロの雰囲気は明るくない。むしろ、剣呑さすら孕んでいた。その態度から、何について訊ねられるのか察した彼女もまた、真剣な表情になる。

 フィットア領に辿り着くまでの道中では、彼は何かを迷うかのように、何度も聞こうとしては口を閉じたりと繰り返していた。しかし、フィットア領の惨状を改めて認識し、聞く踏ん切りがついたのだろう。

 

「一度確認するが、リベラルは本当に『銀緑』で間違いないんだよな?」

「剣の聖地で言い触らしたのに、今更ですね。パウロ様の言う銀緑が、ラプラス戦役に出てくる銀緑であれば間違いありません」

「ここに来る道中で転移陣を使用してたからには、転移に関しての知識はある程度あるよな?」

「そうですね、ペルギウス様よりも知識があると自負しております」

 

 リベラルの持つ知識は、前世からのものも含まれる。時空間に関しての知識を持つ彼女は、この世界に転生してからもそれらを探究していた。自身の目的のために、必要となるからだ。

 もっとも、転移や召喚にも更に細かい分野があるので、全てがペルギウスよりも勝ってると考えてる訳じゃない。それに、実際に知識比べをした訳でもないので、結局は口だけに過ぎなかった。

 

 その返答に対し、パウロは逡巡しつつも口を開く。

 

「……ならよ、この転移災害は偶然起きたものか? それとも、誰かの手によって起こされたものなのか、分からねえか?」

「私の推測が正しければ、人為的に起こされたものでしょう。ですが、転移災害を起こすことが目的ではありません」

「…………あ?」

 

 その言葉に、パウロの気配が殺気にまみれたものとなった。だが、リベラルは構わず続ける。

 

「転移が起きる直前にあった空の異変。あれは召喚魔術と酷似してました。つまり、召喚するために周囲の魔力を取り込み、その結果として転移災害となったかと思われます」

「……召喚だぁ? 誰が、誰がそんなことしたってんだよッ?」

「そこまでは、私にも分かりません。ただ、だからこそ私は先程“運が悪かった”と言ったのです。多分ですが、召喚が目的であって、転移災害自体は意図的に起こされたものではないでしょうから……」

「ふざけんな! 転移災害は意図的じゃないだと? 何の目的で召喚魔術なんざ使ったのか知らねえがよ、そのせいで俺の家族はバラバラ! それに沢山の人たちが亡くなってんだぞ!?」

 

 憎悪を瞳に宿すパウロは、忌々しげに荒れた心を吐き出す。

 

「なあ、リベラル。あり得ねえだろ? 何のためだか知らねえがよ、そんなことの為に、ブエナ村は、フィットア領は、無くなっちまったって言うのかよ?」

「……恐らく、そうなりますね」

「ああ、そうかよ。クソ……絶対に許さねえぞ、チクショウが……」

「…………」

 

 パウロの怨嗟に、リベラルは沈黙する。彼女の目的の一つであるナナホシの召喚は、赤の他人である彼ら被害者たちにとっては“そんなこと”でしかないのだ。

 どれほど重要性のあるものであれ、結局彼らは被害者でしかない。リベラルがどれほど力説したところで、彼らからしてみれば「だから何だ」という話でしかないのだ。

 

 パウロの恨みはもっともだ。しかし、その割には、どうにも物分かりが良すぎるとリベラルは感じていた。彼女が幾ら、転移術や召喚術に精通しているとは言え、言葉を鵜呑みにし過ぎなのだ。

 リベラルとて、今回の件に関して全ての事情を知っている訳ではない。あくまで、未来の知識と実際に目の当たりにした現象、それと昔から考察してきた考えを、口にしてるだけだ。本当にその通りなのかまでは、分からなかった。だからこそ、断定的に言わず「恐らく」や「多分」、「だと思われる」と話していたのだ。

 しかし、パウロの反応はまるで、事前にある程度の情報を得ているかのような、予め心の準備が出来ているような、そんな違和感だ。彼の瞳には、ずっとリベラルを映していた。

 

「……私からもいいですか?」

 

 リベラルはリベラルで、些細な反応にすら猜疑的になってしまっていた。パウロの反応に、本当に違和感があるのかなんて、他者には分からなかっただろう。

 パウロにヒトガミの関与があるからこそ、彼女もより敏感になってしまってるのだ。

 

「パウロ様は、人神(ヒトガミ)のことを知ってますね?」

「それ、剣の聖地でも訊ねてたよな? ……悪いが知らねえな」

 

 リベラルの問いに、彼はあくまで知らないと言い張る。しかし、状況的に関与していることが明らかなので、嘘であることを一瞬で見抜く。

 なので、彼の言葉を無視して続ける。

 

「パウロ様、貴方の為に言ってるのです。ヒトガミと手を切って下さい。でなければ、取り返しの付かないことになります」

「ヒトガミなんて、知らねえよ」

 

 ヒトガミがパウロをどのように利用するかなんて、実際には分からない。今までの考えは、結局のところ推測でしかない。だから、本当に正しいなんて根拠はないのだ。

 しかし、ヒトガミとの関わりを絶つことさえ出来れば、最悪が起きないことを知っている。強い意思で拒み続ければ、ヒトガミは他者を操ることが出来ないのだ。

 

「パウロ様、嘘を吐いてることは分かってます……もう一度言いますよ? ヒトガミと手を切って下さい」

 

 そんな想いを込め、リベラルは必死に願う。だが、パウロは苛立たしげに叫んだ。

 

 

「――だから、知らねぇつってんだろ!」

 

 

 怒りを露にした彼の表情に、リベラルは閉口する。ノルンが寝ているにも関わらず、大声で怒鳴ったのだ。

 それほどに、パウロはリベラルのことを拒絶していた。

 

 そして、その感情の爆発は、今まで口にするのを躊躇っていた言葉を出させた。

 

「リベラル。お前は知ってたんじゃねえのかっ? この転移災害が起きることをよ!」

「それは」

「けどよ! 俺はそんな訳ねえって思ってんだ! リベラルはそんな奴じゃねえってよ!」

「パウロ様……」

 

 互いに分かっているのだ。

 リベラルが転移災害に、ある程度の関わりを持っていることを。パウロがヒトガミに、どんなことを吹き込まれたのか。

 分かっているからこそ、分かり合えなかった。信じたくなくて、知りたくなくて、言葉に出来ない。

 

「んぅ……おとうさん、どうしたの?」

「……いや、何でもない。すまん、起こしてしまったみたいだな。でも、大丈夫だ。父さんの背中で寝てなさい」

「うん……わかった」

 

 しかし、ノルンの声に平常心を取り戻したのか、パウロはすぐさま平静を装い、娘へと優しく接する。その様子にノルンは安心したのか、しばらく経つと再び寝息を立てた。

 それを確認したパウロは、落ち着くためなのか一つ深呼吸をし、リベラルへと向き直る。

 

「リベラル。俺はよ、お前のことを信じたいんだ」

「私も、信じて欲しいですよ……」

「ああ、分かってるさ……ブエナ村では何度も世話になったし、よく俺たちを助けてくれた。息子や娘たちの世話をしていたお前の顔は、本当に嬉しそうな表情だったよ」

 

 転移災害前。ブエナ村で過ごしていたリベラルとグレイラット家は、それなりに長い付き合いだ。

 何度も食事を分けてもらったし、ロキシーが去った後に、何だかんだでルーデウスの教師もしていた。プレゼントも贈っていたし、家事の手伝いなどもしてくれた。

 なのに、そんなリベラルに対して、恩返しをまともに出来てないのだ。ずっと、世話になりっぱなしだった。

 

 故に、パウロはそう告げた。

 リベラルのことを信じたいと。

 

「だからこそ、一つ頼みたい。この願いを聞いてくれれば、俺はきっと、リベラルのことを信じられるからよ」

「何をですか……?」

 

 彼女は完璧ではない。どれほど思考を続け、対策を張り巡らせ、あらゆる状況に対応しようとも、結局は限界がある。

 それは、力及ばずなこともあれば――単に思い付かないこともあるのだ。リベラルも人間だ。対策を忘れ、失念してしまうこともある。

 

 次の台詞に、彼女は呆気なく切り崩されることとなった。

 

 

「その腕輪を、一度外してくれねえか?」

 

 

「――――」

 

 リベラルは動けなくなった。

 パウロの要求に、応えられなかった。

 

 五千年以上も前に、父親であるラプラスが作ってくれた形見。リベラルの抱える呪いを何とかするために、態々作ってくれた宝物。

 パウロの頼みを、聞ける筈がなかった。彼女は『この世界のあらゆる生物に嫌悪されるか恐れられる』呪子なのだから。呪いを患ってるリベラルは、呪いを封じている腕輪を外す訳にいかなかった。

 もしも頼みに従い、素直に外してしまえば、パウロはきっとリベラルのことを信用しなくなるだろう。それどころか、化物と糾弾するかも知れない。

 彼女の呪いは、それほどまでに強力なのだ。信用される呪いを持つヒトガミとは違い、外してしまえば誰からも信用されなくなる。

 

 自身の呪いを利用される可能性を、リベラルは考慮してなかった。

 

(やってくれましたねヒトガミ……ッ!!)

 

 だって、仕方ないだろう。

 呪いが解消したのは、五千年以上も前の話なのだ。

 

 ならば、リベラルの持つ未来の知識はどうなのかと思うかも知れない。そちらも同じく、五千年以上前のものなのだから。

 しかし、そんな忘れては困るような記憶は、龍鳴山の日記や書物に残していた。その為に、ブエナ村でも日記をずっと書き続けていたのだ。

 そして、他者に読まれても分からぬよう、日本語で書き置いている。故に、ずっと薄れることなく残り続けているのだ。仮に忘れたとしても、読み返せば済む話だった。

 

 それに対し、呪いは違う。

 既に解決してる出来事だからこそ、完全に頭の中から消えていた。

 

「…………」

「おい、何で黙ってんだよ」

 

 何とも間抜けな話だが、リベラルが忘れていただけだ。自身の呪いのことを。

 そして、ヒトガミがそれを利用した。そんな単純な手口だった。しかし、その効果は強力である。

 

「……申し訳ありません。それは、出来ないのです」

「あ? 何でだよ?」

「…………私は呪子であり、この腕輪で呪いを抑えてるからです」

 

 一筋の願いを込めて、けれど、諦観を抱きながらそう告げた。

 パウロは馬鹿にするかのように、ペッと唾を吐き捨てる。

 

「呪子だぁ? ハッ! なら、どんな呪いを持ってんだよ? 俺に教えてくれよ?」

「……他者に恐れられる呪いです。腕輪を外せばきっと、パウロ様は私を信頼してくれなくなるでしょう」

「おいおい、随分と都合のいい呪いだな。それで、外そうが外さまいが俺から信用されなくなるから断るってか? ハッ、笑わせんなよ。そんな言葉が信じられるかよ」

「…………」

 

 呆れるかのように言い捨てるパウロに対し、リベラルは何も言い返せずにいた。ヒトガミがパウロに何を告げたのか具体的には不明だが、これで拭えぬ猜疑心を彼に植え付けられたのだ。

 最早、パウロに何を告げても信じてもらえないだろう。内心で小さく溜め息を溢し、リベラルはどうするか思考する。

 

 完全にヒトガミの使徒と化そうが、彼女としてはパウロを始末することは避けたかった。

 取り返しの付かない段階まで進むようであれば、諦めてその前に始末するだろう。けれど、それは最後の手段だった。

 

 リベラルがパウロを殺してしまえば――ルーデウスはヒトガミ側に付くかも知れない。

 

 肉親を殺した相手を、誰が信じるかという話だ。殺した事実を隠蔽することは可能だが、ヒトガミにはバレバレだろう。

 故に、パウロがヒトガミの使徒になろうとも、殺すことは出来ない。ルーデウスは必要な存在だから、敵に回す訳にいかないのだ。

 

「…………」

「チッ、もういい。もう俺には分かんねえ」

 

 言葉を返さぬリベラルに、パウロは舌打ちをする。

 

「俺は、何を信じりゃいいんだよ……」

 

 踵を返した彼は、この場から離れていった。




Q.リベラル転移災害の原因知らんのか。
A.知りません。彼女はあくまで推測してるだけであり、それ以上のことを知りません。と言うか知れません。神視点の読者ですら、全てを把握できてないのですから……。

Q.腕輪。
A.本編通りです。覚えてた方はいらっしゃいますかね?見事にヒトガミに利用された形です。

追記。
Q.何で怒り心頭のパウロに自分の要求を通そうとするんやリベラル……。
A.龍鳴山時代の彼女を思い出してみましょう。黙って唐突に家出したり、ロステリーナが仲介するまでマトモに親とも接することのできない子なんです。

次回はここに至るまでのパウロ視点です。


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9話 『迷い迷って』

前回のあらすじ。

ガル「強くなりたいお!」
リベラル「私を信じて下さい」
パウロ「要求押し付けてんじゃねえ!」

いやー…なんとか今年中に投稿できましたね。忙しいし執筆は全然進まないしでどうしようもない状況でした。まあ、どうでもいいであろう言い訳はさておき。
遅れて申し訳ございませんでした。次回も遅れるかも知れません……申し訳ない。


 

 

 

 人神(ヒトガミ)は言った。

 

 

『フィットア領は、魔力災害によって消滅したんだ』

 

 

 そんなこと、パウロには信じられなかった。

 否、信じたくなかった。

 

 唐突に訳も分からぬ出来事に遭遇し、剣の聖地の上空に転移した。それだけならば良かったのだが、同じ様な目に家族が遭ってるかも知れないと思うと、気が気で夜も眠れなくなった。

 最初は、その言葉を受け入れることが出来ず、ヒトガミの話を一切聞くこともしなかった。

 

 

『大丈夫、僕は君の味方さ』

 

 

 けれど、ヒトガミは何度も何度も夢に現れては、パウロを励ました。彼が幾ら現実を拒絶しようとも、残酷な事実を突き付けて。

 訳が分からなくて、でも、どうすることも出来なくて。転移によってボロボロになったこの体では、動くことすら困難だ。

 辛くて苦しくて、泣き叫びたくなって、幾度となく暴れたが、ヒトガミはずっと自分は味方だといい続けた。

 

 

『君の家族は生きている』

 

 

 ある意味、ヒトガミは希望だった。

 本当にフィットア領が消滅した報を聞き、死にたくなった。だが、どれほど残酷な運命を見せ付けられても、ヒトガミは希望の一筋を見せ付ける。

 

 夢から覚めれば、世話をしてくれた剣神流の門弟たちに沢山の迷惑を掛けた。ボロボロのまま飛び出そうとして抑えられ、帰らせろと喚けば宥められて。

 何も出来ず、この地で寝ているだけなんて、パウロには耐えられなかったのだ。ヒトガミが夢に現れない日には、ずっと悪夢に悩まされていた。

 ゼニスとリーリャは見も知らぬ男たちに犯されて、ノルンとアイシャは助けてとワンワン泣き叫んで、ルーデウスも魔物に食い殺されて。

 そんな悪夢を見続け、発狂しそうになった。皆が助けを待ってるかも知れないのに、俺はこんな場所で何をしてるのだと狂いそうになった。

 

 気付けば――パウロはヒトガミの元で泣いていた。

 

 

『僕なら、君の家族の居場所を見付けられるよ』

 

 

 だから、それに縋った。

 

 ヒトガミはとても信頼出来る雰囲気を持っている。ヒトガミが本当に神様なのかは分からなかった。それでも、頼れるのはヒトガミだけだったのだ。

 家族を見付けられるのならば、神だろうと悪魔だろうと、魂を売ってやるとさえ思えた。それほどまでに、パウロは苦しかったのだ。

 

 

『その代わり、僕のお願いを聞いて欲しいんだ』

 

 

 取り引きは成立した。パウロは家族を探してもらうことを条件に、ヒトガミの言うことに従う。分かりやすい関係だ。

 何故お願いするのだろうか、とか、そんな疑問は抱かなかった。ただ、家族を見付けられるかも知れないという希望が、胸の内に渦巻いた。

 

 

『僕とリベラルは敵対関係にあってね。彼女、ちょっと邪魔なんだよね』

 

 

 とは言え、ヒトガミの指示に対して思考停止した訳ではない。流石にその言葉には、パウロも疑問の声を上げた。

 リベラルとは何年も世話になった仲である。幾らヒトガミと取り引きするとは言え、恩人を売りたくなどない。それは、当たり前のことだった。

 むしろ、ヒトガミへの猜疑心が沸き出すこととなった。目の前の存在は神聖な雰囲気を纏い、心に安らぎを与えてくれる。しかし、リベラルと敵対関係だと告白したのだ。本当に、信用していいのか不安になった。

 

 

『リベラルが転移災害の発生と関わりある、と言ってもかい?』

 

 

 その言葉に、思考が停止する。ヒトガミが何を言ってるのか、分からなかったのだ。

 訳の分からないことを言うなと問い詰めた。リベラルが転移災害と関わりある訳がないだろうと。そんなことをする奴じゃないと怒った。

 必死に問い詰めるパウロに、ヒトガミは相も変わらず飄々とした態度で答える。

 

 

『君はリベラルが銀緑であると、何となく察してるのだろう? その通りだよ。彼女はラプラス戦役で異名だけ残ってる存在さ。そして、“あの”ラプラスの娘なんだ。

 それに、転移災害が起きる前段階で、君の家族に護身用の魔道具まで渡してたじゃないか』

 

 

 ウルペンの恋人。“魔神”ラプラスの娘。魔族の裏切り者。龍神の後継者。人族と魔族の二重スパイ。

 

 そんな伝説の数々が、頭を過る。

 

 

『彼女は生まれつき、世界を滅ぼそうとしてる。僕はそれを食い止めたいんだ』

 

 

 銀緑に関しては、様々な噂だけが飛び交っていた。しかし、ヒトガミと言う超常的存在の言葉によって、噂は本当なのではないかと考える。

 魔神ラプラスに関しては、言うまでもなく有名だ。魔族にとっては英雄的存在であるが、人族からしてみれば正に大罪人の悪魔だろう。魔神は卑劣な輩であることも有名だ。そんな存在の娘が、あのリベラル。

 確かにそう考えれば、災害を起こすだけの力があっても可笑しくない。リングス海のような、大穴を作れると言われても納得出来る。

 

 しかし、と思い直す。

 

 ブエナ村で過ごしていた頃のリベラルは、村人の皆から好かれていた。何度も食事のお裾分けをしては、家事の手伝いをしてくれて。ルーデウスやシルフィエットを無償で鍛えていたり、態々手紙をボレアス家まで届けたり。

 少なくとも、魔神とは違って心優しい女性だったのだ。子供たちと触れ合ってる時、とても素敵な笑みを浮かべていた。

 魔神の娘であろうと、リベラルが転移災害と関わりあるとは、やはり思えなかった。

 

 そんな心中を見透かしたヒトガミは、口を開く。

 

 

『だったら、リベラルがつけてる腕輪を外してみなよ。そしたら、僕の言ってることも納得出来るからさ』

 

 

 何のことか分からず、腕輪が何なのかとヒトガミに問えば「リベラルの本当の姿が分かるよ」と言われた。売り言葉に買い言葉。それに対して、パウロは「だったら外してやるよ」と言った。

 それは、ヒトガミではなくリベラルへの信頼からの台詞だった。アイツが疚しいことなんてする訳がないと、そう信じてるからこそだ。

 

 結局、パウロはリベラルの腕輪を外すまで、ヒトガミの指示に従うことにした。

 

 

――――

 

 

 最初に言われた指示は、ただ待機することだった。どのみち、怪我や時期的な問題もあり帰れなかったとは言え、苦痛な時間である。

 けれど、その憂鬱もすぐに吹き飛ぶこととなった。

 

 

『君の娘を見付けたよ。どうやら、リベラルと一緒のようだね』

 

 

 ヒトガミが早速仕事を果たしたのだ。ノルンを発見した上、剣の聖地にまで健康体のまま誘導すると告げてくれた。

 それには流石に半信半疑だったが、リベラルと共に現れた己の愛娘を前にして、少しはヒトガミの言葉を信じようかと思った。

 

 だって、本当にノルンを見付けてくれたのだから。

 ヒトガミは、己の家族たちを見付けられる力を、実際に持っている。

 

 

『多少、無茶な理由でもいいから、リベラルと剣神流に稽古をさせてくれないかい? そのために、態々剣帝に彼女のことを教えたんだから。

 君の娘を見付けてあげたんだから、それくらい構わないよね?』

 

 

 本来ならば、無視しようと思っていた言葉。それをパウロは思い出していた。

 確かに、ヒトガミの言う通りだろう。ヒトガミは家族を見付けることを対価に、言うことを聞いて欲しいと告げたのだ。

 結局、リベラルに申し訳ないと思いつつも、仕方なく実行に移した。

 恩返しを代わりに頼む、なんてことを図々しくも頼んだ上、本人に話を一切通してないのだ。舌打ちされてしまったが、普通の人ならば怒って当然だろう。

 

 リベラルの実力は、凄いの一言に尽きた。剣聖以上の門弟を相手に、素手であしらっているのだ。

 本当に、彼女がラプラス戦役を生き抜いた銀緑であると、染々感じさせられる。更には、七大列強などと言う雲の上であった存在を相手に、アッサリと結界魔術で捕らえたのだ。圧倒的過ぎる。

 

 

『へぇ、そうかい。やっぱり彼女、龍聖闘気は纏えないんだね。七大列強の上位陣並の実力はあるみたいだけど、これなら何とかなるかも知れないね……』

 

 

 そのことをヒトガミに話すと、ブツブツと一人考えていた。そして、それ以上何かを話すこともなく、夢は覚める。

 

 フィットア領に戻る道中では、何度もリベラルに訊ねようと思っていた。転移災害の発生に、彼女は本当に何の関わりもないのかどうか、知りたかったのだ。ヒトガミの言うことなんて、実際はデタラメだと思いたかった。

 けれど、言えなかった。ノルンを己の元にまで無事に届け、こうして共に行動して助けてくれるリベラルに対して、そんなことを問える訳がなかった。

 リベラルが禁術指定されてる筈の転移魔方陣を使用した時は、やはりと言うべきか転移術や召喚術にある程度精通してるのだと認識させられた。

 けれど、ちょこっとだけだ。それだけで、リベラルへと僅かに芽生え始めていた猜疑心は、芽吹かなかった。大したことではなかった筈なのだ。

 

 

 事態は急転する。

 

 

『もういいよ』

 

 

 夢で見たヒトガミの開口一番は、それだった。

 

 

『パウロ。君は僕の言うことに従ってくれないんだよね? だったら、もういいよ』

 

 

 ヒトガミの突き放すかのような言葉に、パウロは頭が真っ白になる。

 

 元々は、取り引きだったのだ。家族を見付ける代わりに、言うことに従って貰う。彼の嫌々な態度は、ヒトガミの機嫌を損ねた。

 ヒトガミがいなければ、家族を探すのは困難だろう。いや、もしかしたらアッサリと見付かるかも知れないし、既にフィットア領の難民キャンプで保護されてるかも知れない。

 けれど、それは“もしかしたら”であり、そうなる保証はないのだ。少なくとも、フィットア領に一度寄ってるリベラルは、他の生存者を確認出来ていない。

 

 実際にヒトガミの機嫌を損ねていたのかは分からないが、パウロはそう思ってしまったのだ。

 その焦りに、つけこまれた。

 

 

『僕よりも、リベラルを信用するんだろう? つまり、君は僕の敵だ』

 

 

 ヒトガミとリベラルは、敵対してると言った。なのに、パウロはどっちつかずな態度を取り続けていたのだ。見放されても仕方ないだろう。

 焦るパウロを傍目に、ヒトガミは淡々とした態度を取る。

 

 

『さようなら。家族を見付けることも出来ず、せいぜい後悔しなよ』

 

 

 そこで、目が覚めた。

 ビッショリと全身に汗を掻き、先程のことを鮮明に思い返せた。体は小さく震え、剣の聖地で見た悪夢が脳裏を過る。

 何度も見た夢だ。ゼニスとリーリャは見知らぬ男に犯され、ノルンとアイシャは助けてと泣き叫んで、ルーデウスは魔物に殺される。

 そんな現実は信じられない。ただの悪夢だと割り切ろうにも、ヒトガミの言葉を思い出して気が狂いそうになった。

 

 けれど、誰かに腕を掴まれ、そちらに意識が向く。

 

「おとうさん……だいすき……」

 

 そこには、静かに寝ているノルンがいた。

 

 そう、ノルンがいるのだ。

 目の前には、愛する娘がいる。

 

「ノルン……」

 

 ふと、涙が零れ落ちた。

 何度も見た悪夢だが、ノルンは無事なのだ。

 少なくとも、ヒトガミはノルンを助けてくれてる。

 

「…………」

 

 少し遠くで夜番をしてくれてるリベラルを視界に映し、心が締め付けられた。彼女はいつも、辛い夜番を引き受けてくれる。

 何度も世話になりながら、恩を仇で返すような真似をする。それは最低のクズ野郎だろう。けれど、それでもパウロは家族の方が大切なのだ。

 

「俺は……俺は……」

 

 ごちゃごちゃと、様々な思いが沸き出る。

 

 見付かってない家族を助けなければならない。リベラルは恩人だ。ヒトガミは家族を見付けることが出来る。リベラルは信頼出来る。家族が助けを求めてるかも知れない。リベラルはノルンを保護してくれていた。ヒトガミは二人を届けてくれた。リベラルは転移災害の元凶かも知れない。ヒトガミは信用出来る。

 

 ぐるぐる、ぐるぐると渦巻いた。

 何を信じて、己は何をすべきなのか。

 ぐちゃぐちゃで、もう何も分からなかった。

 

 けれど、一つだけ分かることがある。

 

 

「――俺は、家族を助けなきゃならねえ」

 

 

 どれほど思い悩み、何が正しいのか分からなくなろうとも、それが根底にある想いだ。それだけは、確かである。

 

 パウロは再び目を瞑り、深い眠りについた。

 

 相も変わらず、そこは白い空間だった。パウロはまた、ここに訪れることが出来たのだ。

 そんな彼の目の前には、ヒトガミがいる。

 

 

『やあ。どうやら、腹は括ったようだね』

 

 

 先程とは打って変わり、ヒトガミは友好的であった。しかし、パウロにとって、そんなことはもうどうでもいいのだ。

 フィットア領に辿り着けば、リベラルに全てを尋ねるつもりだった。転移事件のことも、腕輪のことも。

 ヒトガミとリベラルのどちらに着いていけばいいのか分からなくなったが、ヒトガミは言ったのだ。彼女の腕輪を外せば分かる、と。

 

 だったら、確かめればいいだけの話だ。そして、確かめた上で、より家族を助けてくれるだろう方へとついていく。

 それが、パウロの決断だった。

 

 

『随分と図々しい考えだね。まあ、好きにすればいいよ。最終的にどうするのかは、君次第なんだから』

 

 

 そして、フィットア領に辿り着いた。今まではずっと話に聞いていただけであるが、やはり実際に見るのとでは大きく違うと思い知らされる。

 全てを失ったことに嘆く若者や、孫を亡くしたことを悲しむ老い先短い老人。様々な悲しみで、満ち溢れていた。

 そんな雰囲気に当てられ、パウロは再び家族の安否に不安を感じる。それと同時に、どうして俺たちがこんな目に遭わなきゃならないんだと、行き場のない憤りに駆られてしまう。

 リベラルにその怒りをぶつけててしまったが、彼女は受け入れてくれた。

 

「…………」

 

 ヒトガミの言葉が、脳裏を過る。

 転移災害の発生に、リベラルは関わりがあると言われた。幾度もそんなことはあり得ないと否定し、けれど、真偽を知りたかった。

 リベラルの表情が、脳裏を過る。

 剣の聖地にて、彼女へと転移事件と関わりがあるのか問おうとした時の顔が。緊張してるような、泣き出してしまいそうな、そんな表情だった。

 

 そんな折に、リベラルの口から問われる。

 

「パウロ様は、人神(ヒトガミ)のことを知ってますね?」

 

 心臓が、高鳴る。

 ヒトガミからは、なるべく隠しておいて欲しいと言われていた。だから、下手に知られて、また不機嫌になられては困るのだ。

 

「パウロ様、貴方の為に言ってるのです。ヒトガミと手を切って下さい。でなければ、取り返しの付かないことになります」

 

 その言葉を信じたかったけれど、信じられなかった。どうすればいいのか、もう判断できなかった。

 ヒトガミは、家族を見付けられる力を持っている。なのに、そんな存在から手を切ってしまえば、悪夢の通りになってしまいそうで。

 そうなってしまうのが、怖くて、辛くて、耐えられなくて、どうしようもなくて、拒絶してしまう。

 

「パウロ様、嘘を吐いてることは分かってます……もう一度言いますよ? ヒトガミと手を切って下さい」

 

 リベラルのその問いに、パウロは慟哭と共に叫び散らしたかった。

 だったら、どうすればいいのだと。ヒトガミと手を切って、その次に当てはあるのかと。お前につけば、家族を、皆を救えるのかと。

 寝言を溢したノルンの姿に、その気持ちがより一層高まる。

 

 リベラルのことは信じたい。ブエナ村での日々を思い返せば、ヒトガミと手を切って彼女に付くべきなのではと思ってしまう。

 あの頃のリベラルは、間違いなく偽りのない本当の姿を晒していた。

 

 だから、信じさせて欲しかったのだ。

 ヒトガミの言葉を否定して欲しかった。

 

「その腕輪を、一度外してくれねえか?」

 

 リベラルがパウロを信じてくれるのであれば、彼も信じることが出来ただろう。例え、どのようなものを抱えていたとしても、逃げずに向き合って欲しかった。それが、信頼と言うものだ。

 呪子だとか、呪いだとか、そんなことはどうでも良かった。話が本当であればきっと恐れていたであろうが、それは問題じゃないのだ。

 

 リベラルは、パウロを信じてくれなかった。

 己の内を隠し、曝け出してくれなかった。

 

「俺は、何を信じりゃいいんだよ……」

 

 もう、何も分からなかった。

 

 

――――

 

 

 ノルンを連れて離れていくパウロを、リベラルは追い掛けなかった。少し、頭を冷やす時間が欲しかったのだ。互いに冷静さを失わせていただろう。

 必要なのは、時間だ。心に余裕を持たせねばならない。

 

 パウロがヒトガミの使徒になったのは確実で、リベラルはそれを認識している。だが、リベラルはパウロを始末することが出来ない。

 だからと言って、放置する訳にもいかないだろう。しかし、ヒトガミに大きな一手を打たれてしまった。

 分かっているのに手を出せない今の状況が歯痒く、どうしようもない焦燥感だけが彼女に募る。

 

「……一度、状況の確認をしましょうか」

 

 パウロとは後で話し合うことにし、まずは臨時営業している冒険者ギルドへと足を運んだ。既に五ヶ月ほど経過しているので、現在の情報をより正確に知るためだった。

 掲示板の前へと歩み、行方不明者などをリベラルは確認する。すると、二つの名前で目が止まった。フィリップの名前に、斜線が引かれていたのだ。

 

(生きてましたか。魔道具を渡したお陰か、はたまた私の介入によってかは定かでありませんが……とにかく無駄にならなくて良かったです)

 

 そしてもう一つ。シルフィエットの名前にも斜線が引かれ、生存者の欄に記載されていたのだ。

 その近くに、伝言が置かれている。

 

「……なるほど。そうなりましたか」

 

 伝言は、ロキシーからのものであった。

 どうやら、リベラルが剣の聖地に向かった後に訪れたらしく、丁度すれ違っていたようだ。そして、伝言を見付けた彼女は、これからの行動を残していた。

 

 

『リベラルさんへ。

 連絡先が分かりませんので、こちらに伝言を残しておきます。

 

 貴方とルディの弟子であるシルフィエットは、私が保護しました。本人から二人の知り合いであると聞きましたが、世間の狭さが染々と感じられます。

 彼女を水聖級魔術師にまで育て上げていたことには驚きましたが、基礎が疎かでしたので、差し出がましいかも知れませんが私が指導することにしました。

 シルフィは素直で、言うことをよく聞いてくれます。ルディ程ではありませんが、末恐ろしい成長を見せてますね。

 彼女を見ていると、私もうかうかしてられないと、緊張感を持てます。

 

 さて、本題に入りましょう。

 

 リベラルさんはルディの家族を探してるようですので、私も捜索したいと思います。あの家族と過ごしたのは二年程ですが、私の中では今でもいい思い出ですので。

 また皆さんと共に過ごせたら、どれほど素晴らしいことでしょうか。そうするためにも、協力しましょう。家族を亡くして悲しんでいたシルフィも、ルディを見付けるんだと張り切っております。

 

 当てもなく探すのは大変だと思いますので、まず私たちは中央大陸北部を重点的に捜索したいと思います。そちらには色々と伝がありますので、それらを頼りにしてみます。

 また、一度リベラルさんとも合流したいので、捜索団が結成されればそちらに寄らせてもらいます。シルフィも、貴方に会いたがってますよ。

 

 ロキシーより』

 

 その伝言を確認したリベラルは、どうするか思考する。捜索場所が中央大陸北部と言うことは、二人とは二度ほどすれ違ってるのだ。

 とは言え、それ自体は構わない。グレイラット家の者たちも、どこに転移したのか分からないのだから。中央大陸北部もリベラル一人で、隅々まで調べられた訳じゃないので、見落としてる可能性を考慮すれば、特に問題はなかった。

 

 だが、気になるのはシルフィエットの存在だ。

 彼女がアスラ王国に転移してないのであれば、守護術師フィッツは誕生しないと言うこと。本来の歴史で彼女は、どう過ごしていたのかリベラルには分からないので、どのように変化するのか予想が難しいのだ。

 しかし、剣の聖地に向かう際に調べたときは、第三王女のアリエルは特に暗殺騒ぎなどなかった。転移災害によって、魔物がアリエルの近くには転移してないということ。

 転移災害が起きたということ以外に、オルステッドの知る歴史との差異を観測出来なかった。つまり、しばらく放置していても大丈夫ということだ。

 

「……取り合えず、パウロ様の生存報告だけでもしておきますか」

 

 行方不明者の欄に、パウロの名前が残っていることに気付いたリベラルは、職員に声を書けて彼の名前を消してもらう。そして、この場から離れようとし、

 

「あら、あなた……パウロの知り合いなのかしら?」

 

 不意に聞こえた声に、鼓動が高鳴った。

 

 忘れるわけがない。その声は、かつて何度も聞いたことのあるものだった。

 振り返った先にいたのは、二人の男女。フランスパンのような髪型をした長耳族の女と、長いヒゲを伸ばした炭鉱族の男だ。

 

「ほう、お前さん見たところ龍族か? 珍しいの」

「…………」

 

 炭鉱族の男が物珍しそうにリベラルを眺めていたが、彼女はそれに反応を示さず、長耳族の女をずっと見ていた。

 リベラルのその様子に、女は首を傾げる。

 

「ロステリーナ……」

「ロステリーナ? 誰かと勘違いしてませんこと? わたくしはエリナリーゼ・ドラゴンロードですわ」

 

 かつて龍鳴山で、ラプラスに拾われた少女。リベラルと共に過ごした、妹のような存在。家族同然だった仲。しかし、今は昔の記憶を失い、リベラルのことを忘れている。

 元Sランクパーティー『黒狼の牙』。竜道の二つ名を持つエルフの戦士、エリナリーゼ・ドラゴンロード。その隣にいるのは、厳しき大峰のタルハンド。

 

 不意な再会。

 リベラルだけにしか認識出来ないが、それでも彼女の時間はそこで止まる。

 

「う、あぅ、ぅぅ……」

「え? ちょ、ちょっと?」

「な、なんじゃあ?」

 

 涙が零れ落ち、リベラルは二人の目の前で突然泣き出してしまう。そのことにエリナリーゼとタルハンドは戸惑い、困惑した表情を浮かべる。

 けれど、抑えられなかった。昔の記憶が蘇り、彼女の心を締め付ける。だって、目的の為に、ロステリーナを見殺しにしてしまったのだから。

 

(ごめんなさいロステリーナ……私が弱かったばかりに辛い目に遭わせて……ごめんなさい……)

 

 リベラルの嗚咽に、二人は落ち着くまで宥めることとなった。




Q.ヒトガミずいぶん直接的な手段だな。
A.原作でのルディの時に思ったんですけど、ヒトガミって利用価値の少ない人物には適当な対応するんじゃないかと。つまり、パウロのでぃすてにーぱわーは……。

Q.ロキシーとシルフィ。
A.転移事件が起きなかった場合のオルステッドの話を参考にしております。まあ、あの二人なので上手くやれるでしょう。

Q.エリナリーゼとタルハンド。
A.Web版ではフィットア領に立ち寄らないみたいですけど、コミック版だとフィットア領でロキシーとパーティー組むらしいですよ。


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10話 『必要なのは当たり前のこと』

前回のあらすじ。

人神「君の家族を探せるのは僕だけだよ。だから言うこと聞いてね」
パウロ「くっ、仕方あるまい」
エリナリーゼ「何か唐突に泣き付かれましたわ」

いやぁ……見事なまでに遅れてしまいましたね。あらすじにもちょっと記載しましたが、執筆の手が全く進まないこと。細かいやり取りが上手いこと思い付かないし、上手く書けない。
何か、時間掛かってる割に雑なところが多いような気がしてままなりません。文章とか展開とか。時間を掛ける=丁寧という訳ではありませんからね……。

遅れて申し訳ございません。
最近、同じ内容の謝罪しかしてませんね……。


 

 

 

 割り切ることは、出来た。

 

 目の前にいるのはロステリーナではなく、エリナリーゼ・ドラゴンロードであると。今はもう、別人なのだ。

 だから、ラプラスとの約束を忘れているのであれば、思い出すのを待つだけだった。龍族の宿命に、彼女は本来関係のない立場なのだから。

 故に、思い出すのか出さないのか、そして約束を果たそうとするのかしないのか、その時になるまで、見守ることにした。

 それがいつになるのかは分からない。でも、大丈夫だ。

 

 リベラルは、待つことに慣れているのだから。

 

 

 ――そう、決めたのに……。

 

 

――――

 

 

「……なるほど。いなくなった貴方の妹と、わたくしが瓜二つだったと。それで、つい泣いてしまったのですわね」

「ええ、お見苦しいところ見せて申し訳ございません……」

 

 リベラルの事情を訊ねたエリナリーゼは、どうして唐突に泣き出したのかを納得する。人違いでそのような姿を晒したことは醜態かも知れないが、それを笑ったりするほどエリナリーゼとタルハンドは嫌な人間ではない。

 ましてや、ここは難民キャンプだ。リベラルと似たような人たちも、数多くいるだろう。馬鹿に出来るわけがない。

 

「それで、お前さんはパウロの友人なのじゃな?」

「ええ、まあ、先ほど喧嘩してしまいましたが……」

 

 タルハンドの質問に、リベラルは暗い表情を浮かべながら答える。そのどんよりした雰囲気に反応するのは、エリナリーゼだった。

 彼女は憤慨してるかの様子で、リベラルの肩を掴んだ。

 

「喧嘩、ですの? どうせパウロが悪いことでもしたんでしょうし、貴方が気にする必要なんてありませんわ」

「いえ、別にそうでもないですけど」

「パウロを庇う必要なんてありませんわ。あの男はロクデナシですし」

「同感じゃ。あの男はろくなことをせん」

 

 元パーティーメンバーに陰でボロクソ貶されてるパウロだが、リベラルとしてはその言葉に頷くことは出来ない。

 そもそも、今の彼は平常時とは違い、家族が被害にあっている。更にはヒトガミもちょっかいを掛けてるのだ。

 リベラルが悪い部分も多いのに、そんな状態のパウロを悪く言うことなど出来なかった。

 

「どうするのじゃ? やはり、パウロと会うのは止めておくかの?」

「そうですわね。元パーティーのよしみで助けて上げようかと思ってたけど、こんな綺麗な女性と喧嘩するくらいですわ。どうやら、必要なさそうですわね」

「いやいや、何を言ってるのですか。今のパウロ様は心身共に参ってるので、お二人からも声を掛けてあげて下さいよ」

 

 折角ここにやって来たのに、そのまま踵を返して去ろうとする二人を、リベラルは慌てて引き止める。どこまで本気なのかは不明だが、二人の表情は心底呆れてるものだったのだ。

 リベラルとしては、もう一度パウロと話をしてどうにか和解しようと考えている。しかし、本当にちゃんと話し合えるのか、あまり自信がなかった。激情のまま拒絶され、何も話すことなく終わってしまいそうな、そんな不安だ。

 だが、パウロと元パーティーの二人がいるのであれば、少しくらい気持ちも落ち着かせてくれるかも知れない。そんな気軽な気持ちだった。

 けれど、二人は首を横に振る。

 

「そうは言ってもの、わしらもパウロとは喧嘩別れしておるのじゃ。あまり話すこともないわな」

「私もパウロと会ったところで、罵倒するだけになりそうですわ」

 

 だったら、どうしてここに来たんだと言いたかったが、

 

「私、ゼニスのために来たんですもの」

「同じく、わしもじゃな」

 

 アッサリそう告げた二人に、リベラルは口を閉じてしまう。元パーティーメンバーの問題に、彼女は何の関わりもないのだ。そう言われてしまえば、割り込むことも出来ないだろう。

 詳しい事情は何も知らないし、二人がどうしてそこまで怒っているのかも知らない。

 

「そう、ですか」

 

 なので、リベラルは二人を強く引き止めることも出来ず、静かにそう呟くだけだった。

 残念ながら、強制なんて出来ないのだ。仮にパウロと会うことになったとして、それが嫌々であれば意味などない。余計に話が拗れるだけだろう。

 

「でも、貴方を見て気が変わりましたわ」

 

 しかし、エリナリーゼは悪戯っぽい顔を浮かべ、顎に指を当てる。

 

「貴方のような綺麗な女性を怒らすんですもの。ちょっとくらい、文句でも言ってやりますわ」

「ですが……」

「ですがもヘチマもありませんわ! ガツンと一発言ってやらないと、パウロは調子づきますのよ?」

 

 有無を言わさず手を取るエリナリーゼに、リベラルはまともに応対出来ずに引っ張られていく。

 その状況に、彼女はどこか懐かしさを覚えていた。けれど、思い出すことが出来ずに首を傾げる。

 

「タルハンド。貴方はどうするんですの?」

「わしは遠慮しておく」

「そう、それは残念ですわ」

 

 そのまま手を引っ張り、難民キャンプの外にズンズンと出ていくエリナリーゼに、リベラルは既視感があった。昔にも、同じようなことがあった筈なのだ。

 そんな思いに引かれ、何となく口を開いてしまう。

 

「……やっぱり、パウロ様と顔を合わせるのが気まずくなってきました」

「いきなり何ですの?」

「いえ、ただ……何を言えばいいのか整理出来なくて」

 

 その言葉を聞いたエリナリーゼは、歩を止めた。それと同時に、リベラルの足も止まる。

 向き直ったエリナリーゼの表情は、今にも溜め息を吐きそうな、残念そうなものだった。実際に「ハァ」と息を溢し、彼女はリベラルの胸を軽く押す。

 

「貴方の気持ちを、思うままに伝えればいいんですの」

「思うままに、ですか?」

「そうですわ。ウジウジ悩んだところで、意味なんてないですもの」

 

 あっけらかんとそう告げるエリナリーゼに、リベラルはかつての面影を見た。

 

 

「言葉にしなければ、伝わりませんのよ?」

 

 

 それは、同じだった。昔となんら変わらぬ笑みを浮かべる彼女(ロステリーナ)が、そこにいたのだ。

 ああ、そうかと、一人心の中で納得する。

 記憶を失ったとしても、彼女の根底は何も変わってなどいないのだ。リベラルよりもずっと純粋で、真っ直ぐな心を持ったままだった。エリナリーゼは、ロステリーナのままである。

 

 それと同時に、先ほどから覚えていた既視感が何だったのかに気付く。

 

(……あの頃と一緒、ですね)

 

 かつて、龍鳴山で過ごしていた時にあったことだ。転生者であることを父親(ラプラス)に知られ、互いに距離が出来てしまった時と似ている。

 リベラルはリベラルで上手く言葉にすることが出来ず、ラプラスに殺されそうになって。ラプラスはラプラスで、直情的に行動を起こしてしまって。

 そんなどうしようもない二人の架け橋になってくれたのが、目の前の女性だ。

 

 リベラルは、同じ失敗を繰り返してる。

 過去と同じ過ちをしていた。

 

 家族を見付けたいパウロに、ろくな言葉を掛けずに自分の要求だけを通そうとして。そんなもの、拒絶されて当たり前だろう。

 父親(パウロ)なのだから、必死になってるのだ。それなのに、自分勝手な目的を押し付けたのだ。パウロが怒って当然だった。

 

 泣きたくなった。

 自分の仕出かしたことに気付いて。

 怖くなった。

 私は本当に許されるのだろうかと。

 

 けれど、そんなリベラルを励ますかのように、エリナリーゼは言葉を紡ぐ。

 

「どういう経緯であれ、お話をしなければ始まりませんわ。それこそ、死ななければいつでも出来ますのよ?」

 

 そう、そんな当たり前のことだった。

 

 けれど、リベラルはそんな当たり前のことを忘れていた。そして、エリナリーゼはそれが当たり前だった。

 恐れてはならないのだ。互いにどんな言葉を交わしたのであれ、それで全てが終わる訳ではない。伝えたいことは、ちゃんと伝えねばならぬ。

 そして今回が駄目であったとしても、その次に何度でも話し合えばいいのだ。

 

(本当に、ロステリーナ……エリナリーゼは凄いですね……。それに比べ、私はダメダメですよ)

 

 昔から、変われていない。そのことが悲しくて、悔しくて、投げ出してしまいそうになるけれど、だからこそ前に進まなくてはならないのだ。

 パウロの気持ちを、リベラルは理解してるつもりだった。けれど、全く出来てなかった。ちゃんと向き合い、互いに認識し合わなくてはならない。

 落胆の溜め息が溢れる。どうして己はこんなにも駄目なのだろうかと。だが、そんな自己嫌悪に意味などないのだ。自分に足りないものを理解した上で、向き合わなくてはならない。

 

「……ありがとうございますロステ……()()()()()()。パウロ様とはしっかり言葉を交わします」

「どういたしまして。それでよろしくてよ」

 

 また同じようなことを繰り返すかも知れない。上手くいかず、どうすればいいのか分からなくなる時もある。

 だけど、その度に思い出せばいいだろう。

 

 

 ――言葉にしなくては、伝わらないのだと。

 

 

「吹っ切れたようですし、そろそろ行きますわよ」

「そうですね」

 

 エリナリーゼと共に歩み出したリベラルの瞳に、一切の不安はなかった。

 

 

 

 

「……ところで、パウロはどこにいますの? 勢いに任せて適当に向かってしまいましたわ」

 

 その言葉に、リベラルは思わずずっこけてしまった。

 

 

――――

 

 

 人伝に探すことしばらく。二人がパウロを見付けた場所は、本営の奥の部屋であった。どうやら生還していたフィリップと話し合っていたようで、中では席を挟んで向き合っていた。

 そしてその部屋の隅で、辺りを警戒するように立っている獣族の女性が一人。ギレーヌ・デドルディアも、そこにいたのである。

 パウロとギレーヌは、部屋へと入ってきた二人に目を見開く。そして、ギレーヌは小さな笑みを、パウロは剣呑な雰囲気となった。

 

「……うん? リベラルと……君は誰かな?」

 

 エリナリーゼのことを知らないフィリップだけは、キョトンとした表情を浮かべていた。だが、パウロは制するように手を出し、その場から立ち上がる。

 

「俺の元パーティーメンバーだ。気にすんなフィリップ」

「……そうかい。ならば、気にしないでおくよ」

 

 パウロの言葉に、フィリップはアッサリと引き下がった。そのまま深い溜め息を溢し、天上を喘ぐ彼の姿に、城塞都市ロアの町長としての貫禄は微塵もない。ただ、疲れ果てたかのように、諦観に満ちた暗い表情を浮かべるばかりだ。

 フィリップへと声を掛けようかと思っていたリベラルだったが、その姿を見て口を閉じる。あまりにも暗く、声を掛けられなかったのだ。

 

 そんな彼を他所に、パウロはエリナリーゼとリベラルを見比べ、苛々した表情を浮かべている。まるで「今はお前らに構ってる暇はない」と言わんばかりの空気だ。

 しかし、エリナリーゼはそんな空気を気にすることなく、一言声を掛けた。

 

「パウロ。付いて来てくださいまし」

「ちっ……分かったよ」

 

 外へと促す彼女に、パウロは渋々といった様子で付いていく。久方振りの再会とは思えぬ程、物々しい雰囲気であった。

 しかし、それは二人だけのようで、エリナリーゼがギレーヌへとウィンクすると、彼女は「フッ」と小さく笑う。パウロとは違い、信頼感のあるちょっとしたやり取りであった。

 

「隣の部屋を使うといい。今は誰もいない。積もる話もあるだろう」

「あら、感謝しますわギレーヌ。と言っても、私は何も話すつもりがないんですの」

「そうか」

 

 何てことを言いつつも、エリナリーゼは示された部屋へと入っていく。パウロとリベラルもその部屋へと入り、扉を閉めると、彼女は向き直った。

 

「パウロ。私からは一言だけですわ」

「……何だよ」

 

 互いに邪険な態度を取り、空気はピリピリと張り詰めて、一触即発となる。しばらく沈黙が続き、二人は睨み合う。

 だが、ふとエリナリーゼは小さな溜め息を溢し、肩の力を抜いた。それと同時に、重たい空気はパウロだけのものとなる。

 

「と、思いましたけれど、やっぱりいいですわ」

「あ?」

 

 まるで、呆れてるかのような、哀れむかのような、そんな表情だった。彼女はそのまま歩み出すと、パウロの横をすり抜け、扉へと手を掛ける。

 

「呼び出しておいて、なんなんだよお前は?」

 

 しかし、唐突にそのような反応を見せられれば、当然ながらパウロはより不機嫌となる。再び唾を吐き捨て、苛立ちを募らせた。

 そんな彼に対し、エリナリーゼは哀れむように呟く。

 

「私に今のあなたの気持ちは分かりませんわ。でも、パウロ……貴方がそこまで追い詰められてるのは、初めて見ましたもの」

「ハッ、見たことないほど俺が焦ってるから、やっぱりいいってか? 同情してんのか?」

「ええ、そうですわ。今のあなたは、とても見てられませんわ……」

 

 昔のパウロを知ってる彼女からすれば、今の姿は苦痛でしかなかった。

 二人で何度も馬鹿をやらかし、それを見てギレーヌは尻尾を振っていたり。互いに男と女を捕まえ、部屋に連れ込んだり。

 くだらないけれど、楽しかった記憶だ。出来るのならば、もう一度あの頃のようにやりたいとも思っている。当時のパウロは、常に自信に満ち溢れていた。

 もちろん、彼の家族が災害に巻き込まれてることは知っている。落ち込んでいるであろうことも。けれど、それでももう少し精神的に落ち着いてると思っていたのだ。

 昔であれば、きっと「なに、全員すぐに見つかる」と楽観的に自分を励まし、視野を広くして最善を尽くすだろう。

 だが、今のパウロは駄目だ。見るからに焦燥し、一切の余裕がない。追い詰められても飄々としてる男なのに、冷静さが微塵も見えないのだ。

 

 流石のエリナリーゼも、空気を読むことにした。今のパウロに、パーティーが解散する原因となった昔のことを怒れる筈もない。

 今は、そんなことで喧嘩する場面ではないのだ。

 

「パウロ。ここにはタルハンドも来てますわ。そして、あなたの家族を助けるために来てますの」

「………タルハンドも、来てんのか」

「ええ、あなたとゼニスの為に、ですわ」

「そうか……」

 

 ゆっくりと深呼吸をしたパウロは、やがてポツリと溢す。

 

「ありがとう、エリナリーゼ」

「どういたしまして、パウロ」

 

 そんなしおらしいパウロの様子に毒気を抜かれたのか、彼女も小さな溜め息と共にお礼を返していた。

 そして、そのまま扉を開こうとし、ふとその動きを止める。首だけを後ろに向けたエリナリーゼは、一言だけ呟いた。

 

「パウロ。家族とは大切なものですのよ。必ず見つけなくてはなりませんわ」

「当たり前だろ」

「でも、手段は選ばなくてはなりませんわ。形振り構わずだけは、絶対にお止めなさい」

「…………」

 

 言いたいことを言い切れたのか、エリナリーゼは「ごきげんよう」と最後に告げて、扉から出ていった。それを無言のまま見送ったパウロは、何かを考えるかのような仕草を見せ、やがてリベラルへと振り返る。

 エリナリーゼと会話したことによって苛立ちはなくなったのか、先程よりも幾分か平静な表情を浮かべていた。話をするにはこのタイミングしかないと思い、リベラルは口を開く。

 

「パウロ様」

「……なんだよ」

 

 彼の声は、固さを含んでいた。リベラルとの喧嘩はほんの少し前の出来事なので、それも仕方ないだろう。あまり時間も経過してないのだから、忘れてしまうようなものでもない。

 何をすべきか、どうしなくてはならないのか。そのことを踏まえ、リベラルはまず頭を下げた。

 

「先程は申し訳ございません。家族が行方不明になった者に対する態度ではありませんでした」

「……おう」

「理由はどうあれ、私は傷付いてるパウロ様に自分の主張を通そうとしてしまいました。その結果、とても不快な思いをさせてしまったでしょう」

 

 リベラルに謝罪に対し、パウロは腕を組んだまま見つめていた。二人は喧嘩しまったが、リベラルはそのことで真摯に頭を下げているのだ。

 どのような意図を持ってるのかを知るためにも、パウロは言葉の続きを待つ。

 

「……私はパウロ様と仲良くしたいです。少なくとも、ブエナ村で過ごした数年間は私にとって大切なものでしたので」

「ハッ、そうかよ……」

「今更この腕輪を外し、私のことを信じて欲しいなどと言うつもりはありません。それは烏滸がましいでしょう。ですので、ヒトガミについてお教えいたします」

 

 パウロに伝えるべきことは変わらない。ヒトガミとの関わりを、止めさせなくてはならないのだ。このまま使徒となれば、彼がどうなるのか想像に難しくないのだから。

 しかし、要求だけを押し通すのであれば、先程の二の舞となってしまうだろう。だから、ヒトガミのことをちゃんと知って貰わなければならない。その上で、パウロ自身が判断するのだ。

 リベラルの言葉を信じず、ヒトガミに従うのか。リベラルの言葉を信じ、ヒトガミと手を切るのか。全てを知った上で、判断すべきことだ。

 

「まず、私とヒトガミは敵対しております。実際に夢の中にも現れたこともありますね」

「…………」

「ヒトガミの手段は単純です。目先の甘言によって、後々自分に有効な布石を敷きます」

「……それだけなら、別に構わねえんじゃないか?」

 

 何となくそう呟いた彼に、リベラルは端的に返す。

 

 

「その結果、家族が失われるとしても、ですか?」

 

 その言葉に、パウロは口を閉じた。先程までの平静な表情は崩れ去り、再び苛立ちを募らせた表情へと変化する。

 しかし、彼が何かを言う前に、リベラルが先に話し出した。

 

「ヒトガミと戦って来た私は、使徒となった色々な人たちを見てきました。友人のため、恋人のため、金のため、名誉のため……その者たちは皆、求めたものを失っております」

「求めたものを、だと?」

「はい。友人のために使徒となった者は友人を失い、恋人のために使徒となった者は恋人を失い。そして絶望に暮れてるところに、奴は肩を叩いて言うのです。『ありがとう。君が馬鹿なおかげで、僕の思い通りに事が進んだよ』……と。性格もかなり酷いですね」

 

 気休めのように「もっとも、全員がそうなった訳ではありませんが」と告げたが、全く安心できる話ではないだろう。むしろ、パウロからすればその話が事実であれば、悲惨な未来が待ち受けることとなる。

 しかし、リベラルとの喧嘩によって信頼が失われてる今、その情報は不安を煽るものでしかなかった。嘘か真か不明だが、そのような話を聞いて無視できる訳がない。

 

 リベラルからしてみれば、ヒトガミにとってパウロとは、使い捨ての駒のようにしか見えないのだ。

 何をさせるつもりだろうと、ヒトガミからすればその程度の価値しかない。だからこそ、ヒトガミはあそこまで邪悪になれるのだと。

 

「…………」

 

 パウロにとって、その話はどうしようもないものだった。家族が人質に取られてるような立場なのだ。リベラルの話を聞いて、やはりヒトガミとはそうなのかと、納得してしまうほどである。

 だが、それとこれとは話が別だ。彼女の話を信じるにせよ信じないにせよ、パウロの取れる手段なんてないのだから。

 

「転移災害によって皆はバラバラになりましたが、ヒトガミの力ではすぐにどうこうなることはありません。必ず、段階を踏んで布石として繋げてきます」

 

 そんなことを言われたところで、どうしろという話だ。パウロには、今すぐ行方不明の家族を探す手立てがないのに。そんなことを言われても、困るだけなのだ。

 家族を助けるための手段が段々と失われていき、パウロに焦りが募る。苛立ちが募る。そんな話を、聞きたくなかった。希望にすがっていたかった。

 けれど、リベラルは構わずにずっと続ける。

 

「どちらにせよ、未来視を持つヒトガミを相手に先手を打つことは難しいです。読心術もありますので、夢の中に現れたりすれば、どんな作戦も台無しですからね」

「……うるせえよ」

「とにかく、ヒトガミと関わった大半が、ろくな目に遭ってませんね」

 

 やがて、その思いを抑えきれずに溢れ出す。

 

 

「――だったら! 俺はどうすりゃいいんだよ!!」

 

 

 再びパウロは、怒声を上げた。先程とは違う怒りだ。リベラルへの怒りではない。

 どうすることも出来ない理不尽なこの状況に憤慨し、世界を呪っていた。

 

「ヒトガミは家族を見付けられる。実際にノルンを見付けてくれた! けどよ、そのヒトガミは家族を害するかもしれない! なのに、俺だけじゃ家族を見付けられねえ!」

 

 パウロはもう、何を信じればいいのか分からなかった。自分の力で家族を見付けることが出来れば、ここまで悩むこともなかっただろう。

 だが、一人で探そうかと考える度に、脳裏に過るのだ。誰も見付けることが出来ず、家族の嘆きに苛まれる悪夢が。それが現実になりそうで怖くて、一人で助けることが出来なかった。

 

「なぁ、どうすりゃいいんだよ? 俺ぁ、どうすりゃ家族を助けられるんだよ……!」

「…………」

 

 咽び泣き、己の無力にパウロは涙した。

 いい歳した大人のその情けない姿に、リベラルは様々な想いに深く駆られる。

 

「誰か、助けてくれよ……」

 

 パウロの消え入りそうな声に、

 リベラルは目を開く。

 

「大丈夫です。貴方の家族は見付かりますから」

「気休めで言うんじゃねえよ……」

「いえ、気休めなどではありません」

 

 いつの間にかパウロの手を握り締めていたリベラルは、安心させるかのように彼を抱擁し、力強く宣言する。

 

 

「――魔龍王の名にかけて、貴方の家族を見付けてみせます」

 

 

 今まで、消極的にしか動かなかったリベラル。

 その彼女が、名誉を口にしてまで動き出す。

 それが意味することを知る者は、この場にはいない。

 

 転移事件は、彼女にとって必要なイベントだ。様々な理由がある。絶対に引き起こさなくてはならない様々な理由があるのだ。

 それは父親と交わした使命のためである。かつて“友人と交わした約束”のためである。そして、転移事件によって“死ぬ筈であった己が死なないため”である。

 全部、利己的な理由だ。何とも最低な女だろう。きっと、真実を知れば誰もが彼女を罵るだろう。

 

 リベラルには目的がある。

 けれど、それは一つだけではない。

 

 目的とは、基本的に複数持つべきものではないだろう。抱えた願いが多ければ多いほど、叶える為に相反する状況が出てくるものだ。そのせいで今現在、彼女の行動は既に中途半端となってしまってる。

 故に、リベラルは大切な存在を作ろうとしない。作ってしまえば、それは枷となり、更に目的から遠退いてしまうからだ。全てを抱えられるほど、彼女は強くも凄くもなかった。

 だが、自分勝手に物事を進め、大切なものを作らなかったお陰で、リベラルは目的に近付けている。ヒトガミの打倒も、後手に回っているように見えて実際には既に目前だ。

 パウロを助けようが助けまいが、それは揺るぎない。必要なものは揃っている。これは寄り道でしかないのだ。

 

 けれど、それでも、心に嘘を吐くことは出来なかった。

 

「私のことは信頼しなくても構いません。パウロ様は自分の思うままに行動してください」

「お前……」

「なので、もしも私が家族を保護すれば、その時はちゃんとヒトガミと手を切ってくださいね」

 

 本来であれば、彼らの家族を探す必要なんてないのかも知れない。そんなことをしなくても、勝手に生き延びてフィットア領に帰還するかも知れないだろう。

 けれど、これはリベラルの蒔いた種。彼女の我儘で起こしてしまった、不始末の後片付けだ。

 

「どうやって探すんだよ……?」

「そんなの簡単です。探す力を持つ者に頼ればいいだけですから」

 

 その人物には、過去に何度か出会ったことがある。龍鳴山から降りて初めて出会った存在。それから、オルステッドを捜すために力を借りたりもした。

 とは言え、オルステッドは理から外れる力のせいか、彼女でも、リベラルの能力でも見付け出すことが出来なかった。

 けれど、パウロの家族はオルステッドとは違い、万里眼や千里眼で発見することが出来るだろう。呪子でも神子でもない普通の人間なのだから。

 

 そして、リベラルはその人物の名を口にする。

 

 

「魔界大帝キシリカ・キシリスの助力を得ます」

 

 

 ラプラスの魂が二分される原因となった戦争。

 人魔大戦を勃発させた人物の名前を。




Q.エリナリーゼの呼び方……。
A.ロステリーナと同一人物だからね、仕方ないね。

Q.リベラルって昔から今までコミュ障だったの?
A.コミュ障と言うより、自分本意です。他者と深く関わらず、表面的な付き合いが多かったので、他者の内心を察することが出来ませんでした。

Q.キシリカにオルステッド捜索頼んだりしたのか。
A.キシリカに限らずですが、千里眼や万里眼があればオルステッド見付けられんじゃね?と考えましたが、人神が社長の動向を知るためにその手段を使ってなかったとは思えません。それでも見えなかったことを考慮すれば……。
魔眼で直接見る分には見えるけど、千里眼や万里眼のように見えない場所から見る場合には、オルステッドの姿は見えなくなるのではないかな、と考えました。
つまり、視界内でなければ見えない。視界外では見えない。そういう感じとか?

Q.結局、リベラルはパウロに転移事件とかちゃんと事情説明してねぇぞ……。
A.家族を救うと告げることで、わざと有耶無耶にしてます。実は、時期が訪れるまで話す気がなかったり。


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11話 『皮被り』

前回のあらすじ。

リベラル「にっちもさっちも行かへん、どないしょ」
エリナリーゼ「話し合ったらしたらええやん」
リベラル「流石やな!ほなそうしよか!」
パウロ「過去のあらすじ丸パクりじゃねーか。横着すんなし」
リベラル「じゃあ、キシリカに会いに行きます」

今回は短め。日常回が含まれると、私がまた無様を晒してそうで怖い。一章の番外編とか見ると超悶えますし……。


 

 

 

 有言実行。

 それこそが、信頼を取り戻すために必要なものだろう。

 

 リベラルはパウロに言葉を伝えた。自らの失敗を謝罪し、誠意を示すためにも彼の家族を見付けると宣言したのだ。

 パウロへしつこく自分の要求を押し付けることを止め、彼女は素早く準備を整えていく。目指すは、魔大陸だ。そこで、魔界大帝を見付ける。

 

「ふむ、パウロの事情は分かった。今のあやつじゃ、近隣にしか手が回らんじゃろうな」

 

 しかし、そこで待ったを掛けたのが、タルハンドとエリナリーゼであった。

 何だかんだでパウロのためにフィットア領まで訪れた二人としては、やはり彼を助けようという情があったのだ。はたまた、ゼニスの為か。

 

 どちらにせよ、二人はパウロの為に、家族を捜索しようとしていた。

 

「わしとしては、土地勘のある中央大陸北部を捜したいのじゃがな」

「けど、中央大陸北部はリベラルが既に捜したらしいですわね。それに、奴隷になっていたとしても、それならそれで死ぬことはありませんわ」

「うむ。じゃから、捜索が困難なベガリット大陸か、魔大陸のどちらかに向かおうとなっておったのじゃが……」

 

 そこまで口にしたタルハンドは、リベラルへと視線を向けた。魔大陸に向かうという彼女の計画は、まさに渡りに舟だった訳である。

 

「なるほど。そう言うことですか」

「ええ、そう言うことですわ」

 

 一人で向かおうとしていたのは、それなりの土地勘があってこそだろうと、二人はそう考えたのだ。

 であるならば、土地勘のないタルハンドとエリナリーゼとしては、願ってもない話である。

 

「因みに、魔大陸に訪れたことはありますの?」

「何度もありますね。ただ、以前に訪れてからそれなりの時間が経過してますので、細かい地理は分かりません」

「それくらいでしたら、大丈夫ですわね。現地人に尋ねればいいだけですもの」

「全く……すぐにこれじゃ。色情魔め。おぬしがいると面倒しか起きん」

 

 呆れる様子を見せるタルハンドを他所に、三人はパーティを組むことになった。パウロには申し訳ないと思いつつも、リベラルはエリナリーゼと共に行動出来ることに喜びを感じる。

 あまり長い旅路ではないが、それでも楽しみであった。

 

 因みに、タルハンドの他者には理解出来ぬ愚痴に関して、リベラルはエリナリーゼを複雑な表情で見つめていた。

 どういう理由なのか理解出来ていたが、今すべき話ではないと首を振る。

 

「それで、リベラルは魔界大帝を捜すようじゃが……当てはあるんじゃろうな?」

 

 ふと、タルハンドが尤もな疑問を漏らす。家族の捜索の助力を得ようとするのは構わないのだが、そもそも居場所が分からなくては話にならないだろう。

 彼の不安に対し、リベラルは自信満々に告げる。当てもなく、その様なことを提案したりしない。

 

「私の魔眼があれば、魔界大帝を見付けるのは難しくありません」

「魔眼? どんな力ですの?」

「ふむ……平たく言えば、流れを読み取ることが出来るものですね」

「流れ、ですの?」

「ええ、空間や魔力、身体など様々な流れを読み取ることが出来ます。特に名称は付けてませんが……まあ『流視眼(りゅうしがん)』とか『流見眼(りゅうけんがん)』とでも適当に名付けておきますか」

 

 リベラルの持つ魔眼は、父親であるラプラスの魔眼とは似ているようで違うものだった。

 ラプラスの魔眼は、端的に説明するならば眼が良くなるだけの魔眼である。魔力しかり、気配しかり、痕跡しかり、それらを見逃さないものだ。

 それに対し、リベラルのものは抽象的な部分もあった。先ほど説明したように、空間に渦巻く流れや、魔力や身体そのものの動き。そういったあらゆる動きを見逃さないものだ。

 

「ここからでは見えませんが……魔大陸からであれば、キシリカ・キシリス様を捉えることは可能でしょう」

 

 リベラルが魔眼で視るのは、大気の流れだ。だが、本来であれば、彼女の魔眼は人探しに向いていない。

 しかし、キシリスは曲りなりにも初代魔神の娘であり、神の血を引く存在。彼女の存在は強大が故に、空間に違和感を孕ませるのだ。

 それは、完全復活出来ていない今でも変わりない。神の血は目立つ。

 

 とは言え、こちらも万里眼や千里眼同様に、オルステッドの発見には繋がらなかった。魔眼で捉えられないと言うよりも、まるで幽霊のように見えないのだ。

 理から外れる、というオルステッドの呪いの範囲に関してはいまいち分からなかったものの、リベラルが見付けられなかったのは事実。

 

「とにかく、心配は不要です。キシリカ様とは面識もありますので」

「ふむ……そうか。ならば構わん。無理であれば、途中で方針を切り替えればいいだけの話じゃしな」

「分かりましたわ。それでよろしくてよ」

 

 こうして、方針は決まった。

 

 

――――

 

 

 魔大陸に向かうまでのルートは、言うまでもないだろう。あれこれと意見を出し合うタルハンドとエリナリーゼを嘲笑うかのように、転移陣を使えることを彼女は告げた。

 本来であれば、半年以上掛かる。だが、リベラルのルートであれば、片道1ヶ月程度だ。そこから魔界大帝の捜索具合で時間は前後するものの、魔大陸までならあまり時間は掛からない。

 

 驚愕の表情を浮かべる二人に対し、転移陣のことは口外しないよう頼み、準備を整えて早速向かうこととなった。

 旅慣れてる三人は、道中で特に足止めを食うこともなく進み続け、あっという間に転移陣のある遺跡へと辿り着く。そして、そのまま転移すれば、もう魔大陸に到着である。

 あまりの早さに、呆れた様子を見せるタルハンドとエリナリーゼであったが、禁術指定されているのにも納得した。確かに移動には便利であるものの、こんなものが戦時中に使われたりすれば、どこもかしこもやりたい放題になるだろう。

 

 それはともかく、転移先の遺跡から出た三人は、辺りを見渡しながら地図を広げる。

 

「おお……海の向こうに大森林が見えるの……」

「ええ、ここは魔大陸の港町ウェンポートの近くですので」

「こんなに早く……凄いですわね」

 

 ここは港町ウェンポートの付近。詳しい現在地を確認出来た三人は、ひとまず遺跡へと戻り、そこで食事などの休憩を取る。

 その際に、タルハンドは疑問に思っていたことを口にした。

 

「おぬしが何者なのかはさておくとしてじゃ。今更じゃが、ウェンポートから行くのはどうしてじゃ?」

 

 リベラルの魔眼で魔界大帝を捜索するのであれば、魔大陸の端からよりも中央から始めた方が効率的だろう。どれほどの精度なのかは不明だが、そちらの方が捜しやすいものだ。

 それに対し、彼女は「ふむ」と顎に手を付け、考えるポーズを取る。

 

「私の予想が正しければ、キシリカ様はウェンポート付近にいるからです」

「予想? 根拠はありますの?」

「魔神ラプラスの活動により、魔族の地位は獲得されてます。キシリカ様の影は薄くなっており、誰にも相手にされてませんでした」

「つまり?」

「本来の力を取り戻してないので、現在の活動範囲は狭いです」

 

 これは、リベラルが持つ未来の知識から来るものだった。

 

 転移事件の発生から、既に七ヶ月程の時間が経過している。そしてキシリカはその間に、食事を一度も取っていないのだ。

 本当に取ってないのかは不明だが、体力のない状態では活動範囲も狭まるだろう。最終的に、乞食のような生活を送る魔界大帝だ。

 半年以上時間があったとしても、ろくに動けずにいるのではないかと考えていた。動けていれば、空腹くらい満たせるだろう。

 

「パウロ様の家族の捜索も含まれてます。すれ違う可能性を考慮すれば、ウェンポートから行くのが最善でしょう」

 

 それに、もしもルーデウスが魔大陸にいれば、確実にウェンポートを目指してくることになる。故に、本来の歴史のようにすれ違わないようにすればいいのだ。

 人神からはリベラルが見えないので、ルーデウスに助言をして、彼女を避けて通ることもないだろう。

 

「それもそうですわね」

「ええ、そういうことです」

 

 そうして、休憩は終了した。

 

 

――――

 

 

 まず、リベラルたちはウェンポートへと訪れた。消耗品を補給するためであり、そしてエリナリーゼの為であった。

 チラリと、リベラルは彼女の姿を見る。元気そうな様子を見せているものの、顔色の悪さが垣間見えるのだ。それも全て、エリナリーゼの『定期的に男と交尾しないと死ぬ』呪いのせいだろう。

 ここに来るまでの間は、立ち寄った小さな村などで発散していたが、やはり長期間交尾しないのは厳しいらしい。

 

「リベラル! 行きますわよ!」

 

 エリナリーゼのウズウズした様子を見て、彼女は小さな溜め息を溢す。本人は性交渉を楽しんでるからいいものの、嫌々であれば地獄だっただろう。

 出来ることであれば、今すぐどうにかしてあげたいところだ。しかし、今はその時間がない。最低でも、治すのに数年間は欲しいのだ。

 

「ええ、今行きます」

 

 チクリと胸を刺す痛みを堪え、リベラルは先行くエリナリーゼを追い掛ける。

 

「はしゃぎすぎじゃろ……」

 

 そんな二人の様子を、タルハンドもまた溜め息交じりで見守った。

 

 

 それはともかく。

 エリナリーゼが情事をしにパーティーから一時的に離れるため、二人は情報収集に勤しむ。タルハンドは地道に聞き込みをし、リベラルは魔眼によるキシリカの捜索だ。

 ウェンポートで一番高い建物に登ったリベラルは、早速魔眼を使用して辺りを見渡す。

 

「ん……この町にはまだいないようですね」

 

 キシリカ近辺の空間は、神の血の影響か強い力の奔流が発生する。そのお陰で捜索が可能なのだ。更に言えば、魔大陸という地に“魂が絡め取られてる”ので、他者との違和感は強かった。

 魔界大帝が不死魔族とは違う、本当の意味での不死身であることに所以するのだが、今はいいだろう。そのお陰で、捜索が楽なのだから。

 

 そして、ウェンポート内に力場の乱れがないことを確認したリベラルは、更に遠方へと眼を向ける。

 その視線の先には、乱れが僅かに見えたのだ。

 

「およそ……隣町ほどの距離ですかね。あまり遠すぎたら視認出来ないので安心しましたよ」

 

 あまりに呆気なく目標を捕捉した彼女は、軽く体を伸ばし、町並みを見下ろす。無言のまま眺めてるリベラルは、別にその景色を楽しんでる訳ではない。

 視線の先は町並みではなく、地面だ。六面世界の中心――無の世界へと向けていた。

 

(人神がここから見えないのは知ってますが……それでも気になりますね)

 

 彼女は、人神が今どんな表情を浮かべているのかを知りたかった。別に、人神に会いたい訳ではない。

 ただ、リベラルの現状に対し、どのような反応なのか、知りたいのだ。

 

 喜んでいるのか。笑っているのか。リベラルの焦った様子に、してやったりとほくそ笑んでいるのか。はたまた、自身の未来に安堵でもしているのか。

 どちらにせよ、その表情を見ることの出来ない彼女は、予想しか出来ない。

 

(まあ、転移事件が起きるまで気付かない鈍感なバカです。どうせ、今も勘違いして笑っているでしょう)

 

 リベラルは後手、後手と回り続け、今も尚後手となってしまっている。転移災害が発生してから、人神は自身の未来を覆すために精力的に行動を開始した。

 人神の動きは、リベラルに確かなダメージを与えている。実際に、彼女の『他者に恐れられる呪い』を逆手に取ったのは有効手段だ。

 恐らく、ヒトガミのビジョンには、自身の生存が映っているのだろう。このまま行けば間違いなく、その未来が実現されると。

 

 しかし、リベラルは嗤う。

 他者に見られぬよう、顔を隠して。

 

 こんな姿を見られては、ヒトガミに気付かれてしまう。己にそう言い聞かせ、彼女はすぐにその笑みを消した。

 

(さて、そろそろいつもの調子に戻りますか。シリアスは疲れますし)

 

 一息吐いたリベラルは、やがて魔眼を閉じて空を仰ぐ。ヒトガミのことを考えたせいか、脳内が汚染されたような気がしてままならないのだ。

 このまま集合地点である宿に戻ろうかと考えるも、時間はあまり経過していない。エリナリーゼがまだえっちぃことに耽ってるだろう。

 なので、リベラルはフィットア領の難民を探すことにした。

 

 

――――

 

 

 ある程度時間も経過し、リベラルは情報収集もそろそろ終えるかと考える。と言うのも、あまり著しくなかったからだ。

 

 魔大陸は、中央大陸に比べて過酷な地だ。外にいる魔物は、質も量も桁違い。常人はすぐに死ぬだろう。かと言って、魔神語を習得してる人も少ない筈なので、町中でも言葉が通じない。

 現代のように警察がいる訳でもないので、保護してくれる人もいないだろう。それよりも、人攫いに遭う可能性の方が高い。

 

 予想通りと言うべきか、ろくな成果がなかったリベラルは、小さな溜め息を溢しながら宿へと戻る。

 

(もしも、ルーデウス様以外の者が魔大陸に転移していれば……生存は厳しいですね)

 

 改めて、現状の不味さを認識したリベラルは、そう思わずにいられなかった。リーリャやゼニスに渡した護身用の魔道具も、魔大陸に単身ホッポリ出されれば大した効力もないだろう。

 ルーデウス本人にしても、単身であれば流石に危ないかも知れない。確かに彼は実力的には申し分ないが、やはり経験が圧倒的に少ないのだ。

 今更焦ったところで後の祭りなのだが、もう少し手を施しても良かったのではないかとリベラルは思い始める。

 

 と、ふと視界にタルハンドの姿が映り、彼女はそちらに歩み寄った。

 

「タルハンド様、首尾はどうでしたか?」

「む? おお、リベラルか。残念じゃが、特に成果なしと言ったところかの」

 

 結果は予想出来ていたのか、タルハンドは口で言うほど残念そうには見えなかった。淡々とした様子だ。それどころか、手には酒が握られている。

 それには流石のリベラルも呆れてしまう。

 

「あの……私はそろそろ宿に戻るつもりですが、タルハンド様はどうなさいますか?」

「わしは少し酒場にでも寄らせてもらうわい。なぁに、心配しなくても大丈夫じゃ。これも情報収集じゃからな。酒は口を軽くするからの!」

 

 酒場と言うのは、タルハンドの言う通り口が軽くなるので、情報を集めやすい。しかし、難民についての情報は誰も隠す必要がないので、口を軽くする必要はないだろう。

 酒の力を借りずとも、得られる情報だ。自分が飲みたいだけなんじゃないかと、彼女はジットリした目を向ける。

 

「リベラル。おぬしもどうじゃ?」

「いえ、禁酒中なので遠慮します」

「なんじゃ、つまらん奴じゃの」

 

 そんなやり取りをしつつ、タルハンドと別れた。そのまま宿まで辿り着いた彼女がエリナリーゼの部屋の前を通ると、そこから嬌声が響き渡る。

 

「ああっ! イイ! イイですわ! もっと、もっと!」

「ま、まだやってるんですか……」

 

 こうなることを予想していたので、時間を潰してきた。しかし、五時間は既に経過している。それでもまだ、情事に耽っているのだ。衝撃だった。

 最早ここまでいくと、恐るべきはエリナリーゼよりも彼女の相手をしている男だろう。どれほど絶倫だという話だ。

 

 そんな嬌声を聞かされ、何となく落ち着けないリベラルは、気配を殺して中の様子を窺ってしまう。音もなく僅かに開いた扉の先には、五人の男たちとまぐわうエリナリーゼの姿があった。

 ローテーションで回してるのか、二人の男は休憩し、残りの三人が程よく楽しんでいる。むわり漂う交じり合った匂いを気にせず、ついその様子を見続けた。

 一人は寝転がり、その上にエリナリーゼが。そして、彼女の後ろで腰を振る男。残りの一人は、エリナリーゼの手や口で慰められて。

 そういうプレイなのか、男たちは結構乱暴にエリナリーゼを扱い、それに対し彼女は喜んでる様子だ。なすすべなく蹂躙され、それを悦んでるように見えた。

 

 リベラルはそっと扉を閉じた。

 そのまま自分の部屋へと戻る。

 

(うわぁ、うわぁ……何か、複雑な気分です……)

 

 ベッドで一人身悶え、リベラルは先程の光景を思い出す。一言で言えば、エロかった。つい自分の下腹部に手を伸ばしてしまう程に。

 

(んっ……)

 

 幼い頃から成長を見続けてきたエリナリーゼ。妹のようにずっと思っていた。穢れを知らず、無垢な笑みを浮かべて。その表情に、何度救われたことか。

 それが今や、複数の男たちと繋り、淫らな表情を浮かべていた。他のことなんてどうでもいいと言わんばかりに、彼らのモノに夢中になっていた。

 

 あのロステリーナが。

 大切な人である彼女が、そんな。

 

 とても背徳的な気分に陥り、興奮した。しかし、すぐにその手を引っ込めてしまう。

 

(……虚しい)

 

 自分の今の状況に、リベラルは泣き出しそうになる。

 まるで、嫁や恋人が寝取られた場面を偶然見てしまうも、何も言えず一人で自分を慰めるヘタレな男みたいだった。

 自分が未だに経験なしであることが、余計にその背徳感を加速させる。

 

 それはそれで興奮するのだが、リベラルは理性で無理やり抑えつけた。取り敢えず、全てが終わるまで誰かと致したりはしないつもりだ。妊娠なんてしてしまえば、全てが台無しになってしまう。

 とは言え、このまま嬌声を聞かされ続ければ、モヤモヤした気持ちが募るばかりだ。ベッドから立ち上がったリベラルは、取り敢えずこの場から退散することにした。

 

(……呪いがなくても、エリナリーゼはセ……エッチなことが好きみたいですね。呪いが解消したとしても、同じ様な場面に遭いそう……)

 

 今後も似たような状況に陥ることを想像した彼女は、ゲンナリした様子で宿から出ていった。




Q.流視眼、流見眼。
A.今後その名称を使うかは不明ですが、一応。作中で説明したように、何か色々な流れを読み取れる。詳細を濁すのは後付けするかも知れないから。多分しないと思いますけど。

Q.キシリカの魂がうんたらかんたら。
A.独自解釈です。キシリカが本当の意味で不死身なのは、魔大陸と密接な繋りがあるからではないかな、と。魔大陸にある様々なエネルギーによって、復活!みたいな。キシリカを本当に殺すには、魔大陸破壊しないとしなないとか。
とにかく、それほど大きな力があるため、リベラルの魔眼で捜索出来たという感じです。魔力お化けのルディも見付けれるんじゃね?とも思いますが、神には程遠いので無理でした。

Q.リベラルが……嗤った!?
A.彼女からすれば、目的からは離れてもないからでしょうね。ヒトガミ打倒という目的からは。じゃなければ、本当にこの何千年もの間なにやってたんだって話なので。
……ちょいと地の文で嘘を吐いてる気がしてままならないです。

Q.皮被り……。
A.包茎。

Q.皮被り……。
A.ここ最近の主人公は間抜けでしたね。


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12話 『本気の錯覚』

前回のあらすじ。

タルハンド「魔大陸に到着なのじゃ」
エリナリーゼ「エロイことして情報集めますわ」
リベラル「魔眼で幼女を発見しました」

お待たせしました。
とある方の意見により、私の作品に、今までのもの全てに足りないものを指摘されました。私自身も全く気付いてないことでしたので、とても参考になり感謝感激です。
どうしても意見を取り入れたかったので、プロットをちょい変更。矛盾しない程度に取り入れさせてもらいました。
まあ、喜ぶのは上手いこと書けてから喜ぶべきですね……これからも努力していきますので、どうぞ批判も含めて意見してくださると幸いです。


 

 

 

 人神にとって、リベラルとは唐突に現れた存在である。

 

 己が持つ神としての能力を持ってしても、リベラルの誕生を予知することは出来なかった。むしろ、己の持つ能力では、魔龍王に子孫など絶対に誕生しない筈であった。

 気付けたのは、偶々だ。偶々、リベラルに施された『龍神の神玉』の強大な力のお陰で、その存在に気付くことが出来た。

 そして、『龍神の神玉』が彼女に施されてなければ、人神は彼女を認識出来なかっただろう。

 

「……訳が分からないよ」

 

 気付けなかったことは、問題だった。けれど、それよりもリベラルの未来を見たときに、人神はそのことを忘れてしまう。

 リベラルの未来は、ある特定の歴史まで存在していた。しかし、その時期を過ぎてしまうと、彼女は“存在そのものが消滅してしまう”のだ。

 数多の未来全てでその結末が映り、リベラルが消滅しない未来が存在しても、彼女は何故か自害してしまうのだ。

 

 理由は何もかもが不明で、頭に疑問符を浮かべることしか出来なかった。

 神としての力を持っていながら、理解出来ぬ存在だった。

 

「だったら、利用出来るだけ利用させて貰おうかな」

 

 故に、人神は己の能力を信じ、リベラルを生かした。彼女が何をしたところで、どのみちいなくなることは確定していたのだから。

 障害にならない絶対的な根拠が、人神にはあったのだ。むしろ、リベラルが消滅する時期に、何が起きるのか興味が湧いた。

 

 時おり彼女の動きを探っても、特に大した行動をしておらず、安心して見ていられた。だから、その時期に決定的な“ナニか”があるのだと考え、警戒する。

 だが、警戒するだけでそれ以上のことをしなかった。リベラルに不自然さがなかったので、何も分からなかったのだ。どうすることも出来なかった。

 

 そして、その時は訪れる。

 

「何だよこれ……ふざけるなよ……!!」

 

 結果は、最悪だった。

 転移事件と共に、未来が変化したのだ。

 

 己の持つ絶対的な未来視が、今まで映し出すことのなかった絶望の未来を映し出す。あり得ない筈の未来が、そこにはあった。

 初代龍神の息子であるオルステッド。最初、彼の存在に気付いた時、ヒトガミは大して気にしなかった。

 当たり前だろう。

 オルステッドの未来は見えずとも、己の未来は見えるのだ。そしてその未来で、彼に敗北する世界はひとつたりともなかった。

 

 しかし、しかしだ。

 転移事件が起きた時、新たな可能性が生まれた。

 

「訳が分からないよ……」

 

 己の未来を見たとき、そこには四肢をバラバラにされ、封印されている己の姿があった。辺りを見渡してみれば、オルステッドに、リベラル、更に見たことのない人族や魔族たちがいた。

 彼らに、人神は敗北していたのだ。ふざけるなと、憤った。こんな未来は認めないと。

 

 数多の未来を探し、その未来を覆そうと画策する。人神が動けば動くほどに、その場にいた者たちは数を減らす。

 けれど、どうしてもオルステッドとリベラルを排除することが出来なかった。そして、この二人が揃った時、ヒトガミは負けてしまう。

 オルステッドだけなら、何とでもなる。リベラルだけでも、問題はない。

 

 だが、両者が揃うと駄目だ。

 ヒトガミは勝つことが出来なくなる。

 

 否、その言い方には語弊があった。二人と戦っても殺すことは可能だが、己も死んでしまう。相討ちになるのだ。

 そして、二人以外にも仲間がいれば、相討ちにすらならない。仲間が増えれば増えるほど、どんどん悪い結末に傾いてしまう。

 

「僕は唯一無二の神なんだ! こんなところで死んで堪るか!」

 

 とにかく、どちらかを始末しようとヒトガミは動いた。戦闘能力で言えば、リベラルの方が容易いだろう。故に、彼女を狙った。

 動揺を誘うため。精神的優位を築くため。今現在、様々な方法で排除しようとしている。

 駒《パウロ》を使い、場を掻き乱したりもした。僅かながら情報も手に入れた。

 

 そして、ヒトガミはようやく見付けたのだ。リベラルを排除するための未来を。

 ニヤリと笑みを浮かべ、ヒトガミはいつもの調子を取り戻す。確定はしてなくとも、未来は存在したのだ。

 

 

 ならば――始末出来る。

 

 

「ふぅ……やれやれ、焦らせてくれちゃってさ。……リベラル、君だけは絶対に許さないよ」

 

 自身が生き残る未来を見付けたヒトガミは、その未来を実現するために行動する。そうすることで、唯一無二の神となれたのだ。

 

 けれど、ヒトガミは忘れていた。

 未来は、唐突に変わることを。

 

 転移事件が起きた時、見ていた未来は唐突に変化したのだ。そしてそれは、ヒトガミが今見ている未来にもあり得ることである。

 その時が訪れるまで、未来は確定しない。そんな当たり前なことを、ヒトガミは忘れていた。

 

 

――――

 

 

 そこに、幼女は倒れていた。

 町の裏路地で、腹の虫を鳴らせながら。

 

 黒いレザー系のきわどいファッション。膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。

 そして極めつけは、ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。

 

 彼女こそが、魔界大帝キシリカ・キシリス。かつて世界を震え上がらせた魔族の偉人だ。

 しかし今となっては、魔神ラプラスによって存在感を奪われ、空気と化したただの用無し娘。力も取り戻しておらず、乞食のような生活で日々を凌いでいる哀れな幼女だ。

 

「ぐ……ううぅ……体が動かん……。まさか妾が、こんな所で力尽きるとはな……」

 

 地面に横たわる彼女は、自虐的な笑みを浮かべてみせる。思い返せば、復活してからろくな目にしか遭ってないのだ。

 ラプラス戦役で魔族は権利を手にし、平和な時代となった。今更、彼女が公の場に現れる必要はないのだ。既に用済みの存在だった。

 

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ、か……ぐう、そういうことなのか……」

 

 キシリスがそんな馬鹿みたいなことを呟いてる時、彼女はふと、目の前に何かがあることに気付く。

 肉だ。何故かポツンとある皿の上に、調理済みの肉があったのだ。

 

 瞬間、彼女の小さな体躯が目にも止まらぬ速さで動き出す。

 

「肉ぅぅぅぅ!! 肉じゃあぁぁぁぁ!!」

 

 今まで死にかけていたとは思えぬほど、俊敏に肉へと手を伸ばすキシリス。

 しかし、目の前の肉を掴んだかと思えば、独りでに動き出しその手を避ける。

 

「ま、待て! 待つのじゃ! 妾の肉じゃぞ!」

 

 スルスルと奥の方へ逃げ出す肉を前に、キシリカはよつん這いになり、獣のように疾走した。そして、勢いのまま飛び掛かり、肉へとかぶり付く。

 もしゃもしゃと食らうキシリカであったが、肉に施されていたロープに引き摺られ、奥の路地へと運ばれてしまう。

 

「……お、おう。これが魔界大帝なのじゃな……」

「ちょっと……いえ、かなり予想と違いましたわね……」

 

 その先にいたのは、タルハンドとエリナリーゼだ。あまりにも情けない伝説の存在に、二人は目を丸くしながら呆れていた。

 

「なんじゃ貴様ら! この肉は渡さんぞ! これは妾の拾ったものなんじゃ!」

「そんなものいらんわい」

「いりませんわね」

 

 すげなく断る二人であったが、キシリカは気にせず肉へと貪りつく。しかし、ガシリとその頭は掴まれ、無理やり肉から引き離される。

 何をするんだと、怒りながら顔を上げた彼女の視線の先にいたのは、表情を変えぬまま見つめるリベラルであった。

 

「お久し振りです。キシリカ様」

「ムッ……」

 

 顔を見合わせた二人の雰囲気は、みるみるうちに変化し、剣呑な空気と化す。

 

「貴様は……銀緑か。何故ここにおるのじゃ?」

「私がいたら悪いですか?」

「……何をしに来おった? 妾にはしばらく用は無いと言うとらんかったか?」

「以前に会ってから二百年近く経過してます。しばらくと言う言葉は当て嵌まりませんよ」

 

 言葉を交わしたキシリカとリベラルは、視線を外さぬまま見つめ合う。やがて、根負けしたかのようにキシリカは目を瞑り、溜め息を溢した。

 

「では、何の用じゃ。今更、妾に復讐しに来た訳ではあるまい」

「まさか。キシリカ様を恨む気持ちがないと言えば嘘になります。ですが、貴女も私と同じ被害者です……無論、バーディガーディ様も」

「ほうかほうか。ならばええ」

 

 第二次人魔大戦にて、彼女の父親であるラプラスは魂を二分にされた。その原因となったのは、ヒトガミに利用されたキシリカとバーディガーディである。

 そう、利用された、だ。当時の状況はどうあれ、二人は利用された結果、ラプラスと相討ちとなって死んでしまった。

 

 原因に怒りをぶつけるのではなく、元凶に怒りをぶつけなくてはならない。

 彼らに憤りをぶつけたところで、ヒトガミが喜ぶだけなのだから。

 

「ふぅぅ……」

 

 リベラルは長い深呼吸を溢し、キシリカのように目を瞑る。それから目を見開いた彼女は、再びキシリカを見据えた。

 

「お願いしたいのは、私が懇意にしてる家族の捜索です」

「うーむ、しかしのう……恩義もなく願いを叶えるのは、妾の流儀に反してるしのう」

「ほう」

「じゃがなあ、妾は今ものすごーくお腹ぺこぺこなのじゃ。この肉だけでは空腹が満たされんくてのお」

 

 チラチラとリベラルを見るキシリカ。その催促するかのような態度に、三人は呆れた表情を見せる。

 

「たらふく飯を食えば、魔眼の調子も良くなりそうでのぉ……」

「仕方ないですね。辺りにある屋台で好きなだけ食べていいですよ」

「おお? ええんか? ええんじゃな?」

「二言はありません」

 

 その言葉を聞いたキシリカは、カッと目を見開き、足の力だけでよつん這いから飛び上がる。先ほどまで行き倒れていたとは思えぬほどの、はしゃぎっぷりだ。

 立ち上がったキシリカは、腰に手を当てて、股間を突き出すように胸を張った。

とても偉そうな態度だった。

 

「よし! では案内せよ!」

「…………畏まりました」

「わーい。半年振りのご馳走じゃ!」

 

 こうして、三人は魔界大帝キシリカ・キシリスの助力を得た。

 

 

――――

 

 

 購入した食料を、片っ端から食らい尽くしていく。その小さな体躯のどこに収まっているのだと思えるほどに、キシリカは食べて食べて食べた。

 やがて、満足した彼女は「ゲプ」と音を鳴らし、満足げに腹をさすった。

 

「ふぅ……それで、懇意にしてる家族を見付けて欲しいんじゃったな?」

「はい。特徴は先程教えた通りです」

「そうかそうか。ちょいと待っておれ」

 

 ぐるりとキシリカの眼が回転し、瞳の色が変化する。彼女が持つ魔眼の一つ、遠方を自由に観測する『万里眼』に切り替わったのだ。

 それからキシリカは、あちらこちらへと首を回し、やがて「うむ」と頷く。

 

「まず、父親と娘の一人は中央大陸の南部におるの。赤竜の下顎を越えた付近じゃが、集団で移動しとる」

 

 その言葉に、リベラルたちは顔を見合わせた。フィットア領から移動し、更に多くの人と行動していると言うことは、捜索団を結成したのだろう。

 元より、ボレアス家の執事であるアルフォンスに、パウロが適任だと彼女は進言していた。フィットア領から移動してるのは、むしろ当然の話だ。

 そして、捜索団が結成されたので、ロキシーとシルフィエットも、いずれ合流することだろう。

 

「ムッ……(めかけ)とその娘はシーローン王国におるようじゃが……ちと厄介なことになっとるの」

「厄介? 何ですの?」

 

 顔をしかめつつ呟かれた言葉に、エリナリーゼが反応する。

 神妙な様子を見せつつ、キシリカは答えた。

 

「奴隷になっておる」

 

 それは、生存してることを喜ぶべきか、それともその状況に嘆くべきか。キシリカの言葉を聞いた三人は、どちらの反応も見せずに沈黙した。

 生きてることは把握出来たものの、奴隷であるのならば、どのような状態に陥っても可笑しくはない。少なくとも、手放しに喜べないことは確かだろう。

 

 表情を僅かに顰めたタルハンドが、確認するように告げる。

 

「扱いが酷ければ、死ぬかもしれん。今は良くても、いつ悪くなるか分からんぞ」

「そうですわね……わたくしも奴隷になったことはありますけど、あまりいい待遇ではありませんでしたわ。人族の女子供では、辛いですわね」

 

 エリナリーゼは彼の言葉に同意はするものの、答えを出すことは出来なかった。

 リベラルは顎に手を当て、考える仕草を見せる。それから自分の考えを意見した。

 

「いえ……リーリャ様は優秀な侍女です。更に剣も扱えますので、大切な商品として丁寧に扱われるでしょう。そして、娘であるアイシャ様は幼いですが……天才です。自分の価値を認めさせることが出来るでしょう」

 

 実際にどういう扱いになるのかは不明だ。しかし、リーリャとアイシャと接してきた彼女は、二人の優秀さを知っている。

 とは言え、問題も幾つかあった。二人が優秀であればあるほどに、それだけ商品としての価値が高まり、売られる時期が早まるのだ。

 奴隷から解放させるにせよ、シーローン王国に辿り着いた頃に売り払われていれば無駄足になる。売られた先で娼婦のように扱われるかも知れないし、普通の侍女として暮らせるかもしれない。

 どちらにせよ、早急に向かうのが得策だろう。……普通であれば。

 

「取り合えず、ゼニス様とルディ様の状況を確認してから決めましょう。判断するのはそれからでも遅くありません」

「わしはその二人のことをよう知らんが……おぬしがそう言うのであればそうなのじゃろうな」

「……そうですわね。早とちりして行動するのは愚作ですわ」

 

 三人の意見が纏まるのを確認したキシリカは、うんうんと頷き、再度『万里眼』で捜索を開始する。

 むむむ、と目に力を込め、何度も唸り出す。やがて、一息吐いたキシリカは、微妙な表情を浮かべ、魔眼を閉じた。

 

「うーむ、母親はベガリット大陸の、迷宮都市ラパンにおるようじゃが……ちとよく見えんの」

「……見えないと言うことは、つまり、魔力の濃い場所にいると言うことですね。となると……迷宮内ですか?」

「うむ、多分そうじゃろ。迷宮の中は、高濃度の魔力で満ちておるし」

 

 キシリカの返答に、リベラルは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 

 彼女はその状況を知っているのだ。本来の歴史において、ゼニスがどこへ転移してしまうのかを。恐らく、迷宮のコアに囚われてるのだろうと考える。

 正直、リベラルはその状況を回避したと思っていた。転移事件の発生時期が変化したからだ。それにより、被害にあった人々の状況は色々と変わっている。

 フィリップがその最もな例だろう。本来死ぬ筈の歴史を、覆しているのだ。

 

 だが、ゼニスは変化していない。

 

(……転移事件が発生すれば、ゼニス様は神子になる強い運命を持ってるということですか……?)

 

 まさに、運命の力と言わざるを得ないだろう。ほんのちょっとやそっとでは、決して揺るがぬ強い運命だ。

 ある意味、一番安全な状態だった。しかし、一番最悪な状態とも言える。助け出したとしても、ゼニスが廃人になってしまうことを知ってるからだ。

 廃人になってないかも知れない。なんて安易な考えは持たない方がいいだろう。希望的観測よりも、悪い状況に備えるべきだ。

 

「迷宮内じゃと? 転移事件が起きてから半年は過ぎとるが……一体何をしとるんじゃゼニスは……?」

「迷宮……ですのね」

 

 タルハンドはその情報に困惑してるものの、エリナリーゼは何かを察したかのように、表情を曇らせた。元々彼女は迷宮に囚われ、記憶を無くした存在だ。

 もしかしたら、同じ境遇に陥ってるのでは……と、考えてるのかも知れない。

 

 とは言え、詳しい状況が分からないので、次の居場所を聞くためキシリカへと向き直った。

 

「最後に長男は……赤毛の少女とハゲの男と行動しとるの」

「ハゲの男……もしかして、スペルド族ですか?」

「ちょい待て……うむ、隠しておるがそうじゃな」

 

 まさかと、リベラルは思う。彼女の脳内には、とあるスペルド族の男が思い浮かんだ。

 ラプラス戦役中に、彼女は二度ほど遭遇したことがある。撤退戦であったため、戦うことなく逃走しながらだったのだが、顔だけは見たことがあった。

 本来の歴史において、ルーデウスとエリスの師匠となる男だ。そして、転移した二人をフィットア領にまで送り届ける、心優しき戦士――ルイジェルド・スペルディア。

 

 ゼニスに続き、ルーデウスまで同じ道程を歩んでるのかと首を傾げた。転移時期の変更により、エリスと共に転移していないのではないかと考えていたのだ。

 しかし、そんなこと関係ないと言わんばかりに、同じ歴史を辿っている。ルイジェルドが頭を剃っているのであれば、似たようなイベントが起きたと言うことなのだ。

 

「さてさて、どうやら結構近くにおるようじゃな。逆に気付かんかったわ。えーと、移動中じゃな……分かりにくい場所じゃのぉ、魔大陸の……ムッ?」

 

 考察に耽っているリベラルを他所に、キシリカは居場所を告げようとする。しかし、その台詞は言い切られることなく、不意に途切れた。

 

「どうしましたの?」

「見えなくなった」

 

 心なしか唖然とした表情を見せるキシリカは、考える仕草を見せた。そして、リベラルへと視線を送ると、納得したかのように頷く。

 

「なるほど……そういえば、銀緑。お主はヒトガミと戦っておったな」

「邪魔でもされましたか?」

「うむ……覚えのある感覚じゃった。間違いないの」

 

 溜め息を溢すキシリカからは、心底嫌そうな雰囲気が滲み出ていた。なにせ、彼女はヒトガミと因縁があり、第二次人魔大戦の頃に関わりがあったのだ。そのせいで、ラプラスに殺された。

 そして、ラプラスの娘であるリベラルに、ヒトガミの事を告げる。嫌に決まってるだろう。キシリカからすれば、また殺される羽目になるのではないかと、ウンザリする状況だ。

 

 しかし、リベラルは気にした様子も見せず、むしろ嗤っていた。ルーデウスが同じ歴史を辿っていると言うことは、本来の歴史と同じことをさせるつもりなのだ。

 つまり、ヒトガミの狙いが筒抜けだった。

 

 一瞬でその表情は収まるものの、それを見ていたキシリカは溜め息を溢す。相変わらず胡散臭い奴だ、と。

 リベラルが計算や打算を持つのはいい。しかし、盤上の駒を見るような上から目線なのだ。思惑通りに事が運んでいたとしても、今のままであれば、やがて付いてくる者はいなくなるだろう、と。

 人の不幸を嗤っているのだ。そんなの、当たり前に抱く思いだった。

 

「……まあ、妾に出来るのはこれくらいじゃ。お主らの戦いに巻き込まれたくもないしの」

「出来れば、キシリカ様にも協力して貰いたいんですけどね。取り敢えず、今はいいでしょう」

 

 リベラルの言葉に、彼女は当たり前だと言わんばかりの様子を見せる。

 

「では、妾はそろそろ行かせてもらうぞ! また食べ物でもくれれば、助けてやろう!」

 

 ヒトガミの下りから、いまいち話に付いてこれてないタルハンドとエリナリーゼ。

 そんな二人を他所に、キシリカはトンッと跳躍し、屋根の上に飛び乗った。

 

「では、サラバじゃ銀緑よ! お主らの戦い、多少は応援してやろう! ファーハハハハハ! ファーハハハ! ファーハハアア…………」

 

 ドップラー効果を残して、高笑いが遠ざかっていく。

 よく分からない表情を浮かべた二人は、よく分からないままそれを見送った。

 

 リベラルは溜め息を溢した。

 

 

――――

 

 

 キシリカが去った後、三人は宿で相談していた。

 

「それで、どうしますの?」

 

 パウロの家族の居場所は分かった……とは声高に言えないものの、ある程度は把握出来たのだ。

 全員が生存していることは、一先ず確認出来た。問題は、これからどのように動くのが最善かである。

 

「まず……居場所がハッキリせんのはルーデウスとゼニスじゃな」

「そうですわね……ルーデウスは魔大陸のどこにいるのか分かりませんし、ゼニスはベリガリットの迷宮内。どちらも探すのに時間が掛かりますわ」

 

 キシリカの台詞的に、もしかするとルーデウスは結構近くにいるかも知れない。しかし、所詮は憶測。把握出来てる窮地に比べれば、どうしても優先度は下がってしまうものだ。

 リベラルとしても、ルイジェルドが一緒にいることを知れたので、ルーデウスに関しては心配してなかった。下手をすれば、パウロと共にいるより安全かも知れないのだ。

 もう少し北へと進めば、彼ら三人のパーティー名である『デッドエンド』の噂も聞けるかも知れないだろう。

 

 しかし、“かも知れない”だけである。そして更に言えば、ヒトガミの狙いがよく分かるのだ。

 ルーデウスとヒトガミの関係を、早期に解決するというのであれば、このまま魔大陸を北上するのもありだった。だが、リベラルは首を振る。

 

「ルディ様と同行している者は、恐らく私の知り合いです。エリス様も共にいるようですが、問題なく魔大陸を踏破出来るでしょう」

「スペルド族、って言ってましたわね。本当にリベラルの知り合いですの?」

「ラプラス戦役以降、スペルド族は魔大陸から離れ、別の場所で暮らしてます。まだ魔大陸にいるスペルド族と言えば、恐らく知り合いだけです」

「であれば、この町とウェンポートに伝言でも残せば大丈夫そうじゃな」

 

 ルーデウスに対しての方針は決まり、次の人物へと話は進む。

 

「ふむ……ゼニスはどうしようもないの。一番遠い上に迷宮内じゃ。状況がもっとも不明と言えよう。正直、わしにはどうすべきか判断出来ん」

「転移してから半年以上、ですわね……今も尚生きてるのでしたら、普通は脱出してる筈ですわ」

「しかし、魔界大帝は生きておると言った。まだ迷宮のどこかにいるのであれば、早急に救助する必要があるの……」

 

 ゼニスの実力を知る二人としては、その状況は不可解である。戦闘職でないとは言え、彼女はしぶとい存在だった。しかし、迷宮内で半年も一人で過ごすのはいくらなんでも不可能だ。

 不死魔族であるのならばともかく、ゼニスは人族だ。転移後、自分から迷宮に入ったというのもあり得ないだろう。

 脱出しておらず、まだ迷宮内で生きてるという状況は、どれほど考えても二人には分からなかった。

 

「では、決まりですね」

 

 ルーデウスへの対応が決まった時点で、どうすべきかの方針は定まっていた。ルーデウスの安全が保証された以上、優先すべきは奴隷にされてるリーリャとアイシャ。そして迷宮にいるゼニスだった。

 幸い、転移遺跡の場所を知るリベラルがいるため、移動に大幅な時間が掛かることはない。

 

「シーローン王国へ二人の救出する者。そして、パウロ様に家族の居場所を伝える者と別れましょう」

 

 中央大陸のリーリャとアイシャ。ベリガリット大陸のゼニス。

 どちらも時間を争うとは言え、ゼニスに関しては迷宮内だ。どうしても準備が必要になるし、人手も必要になる。

 キシリカより聞いたパウロの位置は、シーローン王国に近い。だが、フィットア領民を捜索しながらであれば、訪れるまでに時間は掛かるだろう。

 奴隷解放も状況によっては、強硬手段が必要になる。むしろ、優秀なリーリャとアイシャを金だけで手放すとは思えない。

 タルハンドとエリナリーゼ、どちらか一人でその相手にするのは困難だろう。迷宮探索は言うまでもない。

 

 どちらにせよ、パウロの助力は必要であり、彼に伝える者が必要となる。

 

「私は嫌ですわ。パウロなんて顔も見たくない。フィットア領で会った一度だけで十分ですわ」

「儂もじゃ」

「では、私がパウロ様に伝えますね」

 

 こうして、一先ずの方針は決まり、二人と別れることとなった。

 タルハンドとエリナリーゼはシーローン王国へと先に向かい、リーリャとアイシャの救出に当たる。そしてリベラルは、パウロへと家族の居場所を伝える。

 

 その後はどちらかの手助けだ。

 

 

――――

 

 

 タルハンドとエリナリーゼは、リベラルのその提案に疑問を感じることはなかった。感じられる訳がなかった。

 当たり前だろう。感じる方が可笑しい。大概の者は同じような結論に至るのだから。

 しかし、リベラルは『銀緑』だ。ラプラス戦役を戦い抜いた猛者である。そう、彼女であれば、一人でゼニスの救出に向かえたのだ。

 

 けれど――リベラルはその選択肢を挙げなかった。ゼニスの安全を知ってるが故に、言わなかったのだ。

 すぐに助ける必要はない、と。

 

 結果的に言えば、三手に別れることが出来ないので、同じ結論に至っただろう。だが、提示したのと提示してないでは、大違いである。

 リベラルは昔からずっと、目的に向けて歩んでいる。それは今も変わらない。だからこそ、他者に特別な感情を抱かぬため、他人行儀であった。必要以上に関わり合おうとしなかった。

 特別な存在を作り、それが枷とならぬよう生きてきた。

 

 故に、必死になれなかった。

 彼女が見据えているのは、未来だから。

 

 目の前の現実から、無意識の内に目を逸らしていた。先のことに目を奪われ、人の心を忘れてしまっていた。

 未来のために行動するのは、悪いことではない。しかし、度が過ぎれば悪となる。

 

 かつて空中城塞にて、ペルギウスは言った。

 

『ならば、その目を止めよ。現在(いま)のことなどどうでもいいと言わんばかりの、その目をな』

『我はラプラスのことを決して許すつもりなどないが、貴様のその姿勢も同じくらい許せんぞ』

 

 彼の言う通りだ。

 リベラルは未来のことに囚われ、現在を疎かにしている。それ故に、人の心を理解しきれてなかった。

 彼女は人神の打倒に近付けている。そのために生きているのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。でなければ、今までの人生が無駄でしかない。

 

 だからこそ――目の前の出来事に全力を尽くせなかった。

 

 ヒトガミを倒すという未来を磐石とするため、目先の目標を作らなかった。解決出来るものであっても、必要ないものだとして目を向けなかった。

 例え、助けられる命があっても、仕方ないと割り切って行動していたのだ。それが正しいと信じ、必要な命だけを救うべきだと。

 何度も暗示のように押し止めていたものだ。大切なものを作ってしまえば、枷になると。目的の邪魔になってしまうと。

 非道であることから目を背け、前に進んでいった。だが、それこそが間違いであることを、彼女は気付けなかった。

 

 未来のために、現在を切り捨てる。

 人はそれを妥協と呼ぶ。

 

 

 ――リベラルはルーデウスが来てからも、本気を出してなかった。




Q.ヒトガミの未来。
A.龍神陣営の勝利条件『オルステッドが消耗せずにヒトガミの元に辿り着く』。
尚、ラプラスの復活を待たずとも、ペルギウスとリベラルを殺せば無の世界に行ける模様。

Q.みんなの行方。
A.ヒトガミが頑張ってリベラルに嫌がらせをしているようです。取り合えず、周りの戦力を削ろうとしてるんじゃないでしょうか。ルディがルイジェルドと共にいるのも、それが原因です。

他にも説明しようとしてたものがありましたが、忘れてしまいました……。疑問があれば感想欄にお願いします。


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13話 『ターニングポイント・ニ』

前回のあらすじ。

キシリカ「人探ししてやるかの」
エリナリーゼ「旅がもう終わりましたの」
リベラル「いつから本気だと錯覚していた」

制☆裁
因みに、次でこの章は終わりです。まさかの14話構成です。別に意識してないんですけどね……。


 

 

 

 物事とは、唐突に起きることがある。

 悪いことは、予測も予防もできない時があるのだ。

 

 リベラルは予想していなかった。

 こんなことになるのならば、もっと早くに出会えている筈だと。

 少なくとも、この二百年の間に出会うことはなかった。

 

 

 それが起きたのは、タルハンドとエリナリーゼの二人と別れてからだ。

 シーローン王国に向かうための転移陣から消えたのを見送ったリベラルは、パウロに会うために別の転移陣へと向かった。そこまではいい。何も起きてないのだから。

 けれど、問題は転移遺跡に辿り着いてからであった。

 

「さてと……パウロ様に報告した後は、シーローン王国ですか」

 

 転移遺跡を隠す迷彩を解除し、中へと入ったリベラルは、ふと呟く。

 

 彼女の予定では、シーローン王国でリーリャとアイシャを助けた後に、ゼニスの救出に回るつもりだった。ルーデウスに関しては、中央大陸に辿り着けば、遅かれ早かれフィットア領捜索団とコンタクトすることになるだろう。

 仮に、キシリカと出会わず、大森林の聖獣を助け出してなかったとしても、特に問題でもなかった。聖獣なんてリベラルからすれば、いつでも、どこからでも、助けられる存在だからだ。そんなの召喚すればいい。

 結界魔術で囚われてるとしても、精々上級から聖級程度のものだろう。それくらいならば、召喚する際に外側から刺激を与えれば壊せる。

 内側からならともかく、外側であれば魔力でも対応出来るのだ。聖級程度ならば、容易である。

 

 とにかく、ルーデウスが捜索団と会うのは確実だ。

 伝言だけで伝えきれなかったことや、新たな情報を残しておけば、以後の行動も把握できる。

 

 ロキシーが転移事件前に、シーローン王国へと訪れてないので、未来のルーデウスに布石を置かせるのは難しい。王宮に二人が囚われてる訳でもない上、第七王子のパックスが、ルーデウスに絡む理由がないのだ。

 故に、ヒトガミはパウロに、シーローン王国での布石を置かせるのではないかと予想していた。アイシャとリーリャは、そのための餌だ。

 将来生まれる、魔神ラプラスの転生位置を固定させないために、パックスを殺そうとするだろう。その布石を、どこかで打つ筈なのだ。

 

「ヒトガミの使徒と分かっているパウロ様の側にいる方が、動きが分かりやすいですからね」

 

 絶えず思考を行ないながら、リベラルは転移陣へと足を踏み込み、別の大陸へと転移した。

 

 

「――――」

 

 

 転移先の遺跡内に、違和感を感じた。

 

 

 転移後に感じた、ハッとするような眠気の覚醒ではない。それは転移を行えば、毎回起きることなのだから。自身の体に変調はない。

 では、違和感は目の前なのかと思えば、それも違う。視界に映るのは、己の知る石造りの遺跡であり、魔法陣以外は何もない質素な空間だ。奥に上へと上がる階段が見える。

 

 ならば、違和感は何か。

 すぐに理解した。

 

 

 視界の端――部屋の隅に、体育座りをしていた黒髪の少女がいたのだ。

 

 

 唐突に転移して来たリベラルに驚いてるのか、白いのっぺりとした仮面を手に、その動きを静止させていた。驚き戸惑う表情を浮かべ、思考を停止させてるようにも見える。

 リベラルも同じ様な表情を浮かべ、思考を停止させていた。何度も修羅場を潜り抜けてきた筈の彼女が、その出来事に頭を動かせてなかった。

 

 その少女は、リベラルの知る人物だった。

 

 忘れる筈もない。

 長い長い間、ずっと待ち続けて来た存在なのだから。

 そんな感動にも似た心境。転移前までの思考は完全に途切れ、目の前の存在だけに全てが集中される。

 

 ドクンと、心臓が高鳴った。

 

 頭の中には、全てが狂い、全てが終わってしまった光景が映し出される――――。

 

 

 

 

『だから、その……あなたでよかった――ありがとう』

 

 照れているのか、赤面しながらも笑ってくれた白髪の少女。

 

『……はい。必ず帰ります。幸せになってみせます――!』

 

 かつての荷物を手に、決意に満ちた表情を見せる、かけがえのない友人(パートナー)

 

『……私は、やっぱり、駄目、なのね。もう、分からない。分からない、のよ……帰りたいのに、帰れない……――』

 

 そして、別れの日に、全てを失敗した。

 全てに絶望し、諦めてしまった彼女は、自宅の家で、プラプラと宙を漕いで。 

 込み上げる腐敗臭、吐瀉物、汚物。

 

 思い出が絶望と変わった、あの日のことが。

 

『絶対に、助ける。助けると約束したんです……まだ、終わりじゃありませんから……終わらせませんから――!!』

 

 

 ――――自由(リベラル)となった、あの日のことを。

 

 

 

 

 過去の記憶が溶け込み、目の前以外の現実が曖昧な中、リベラルは言ってしまった。

 たった一つの過ちを、犯してしまった。

 

 

「――――静香?」

 

 

 未来に囚われていたリベラルは、過去に囚われた。

 目先を見捨ててきた彼女は、目の前の現実だけに目を向けてしまった。

 

「……え?」

 

 唐突に現れた、知らない筈の女性。

 そんな存在であるリベラルから、いきなり名前を呼ばれたことにより、ナナホシは頓狂な声を上げて目を丸くした。

 互いに口をパクパクと開き、言葉を発しようとする。けれど、言葉を見付けられず、見つめ合ったまま無為に時間だけが過ぎていく。

 

(何故、彼女がこんな場所に? 今は確か、アスラ王国でこの世界の言葉を勉強してる筈では? そもそも、部屋の隅に一人でいたのは何故? いや、それよりも魔力の無い彼女一人ではこの場に来ることは…………)

 

 混乱していたリベラルは、そこで思い出した。

 否、ナナホシに気を取られ、間抜けにも忘れていたのだ。

 

 この際、アスラ王国にいるであろうナナホシが、この場にいることはどうでもいい。問題は、彼女と共にいるであろう筈の男が、どこにいるのかだ。

 魔力が必要である遺跡の中に、魔力を持たぬナナホシがいる時点で、共にやって来たことは明白。ならば、どこにいるのか決まってるだろう。

 

 階段の先である。

 そこから、気配がした。

 

「――――ッ!」

 

 とてつもなく恐ろしい殺気が、リベラルの元へと届いた。唐突に発生したイレギュラーを排除せんとする強烈な殺意が、階段の先から漏れ出す。

 

 彼が気付いたのだ。

 転移陣から現れたリベラルのことを。

 ナナホシが一人でいる部屋に、現れてしまったことに。

 

 久々に感じた死の恐怖を前に、リベラルの背中に悪寒が走り、額から冷や汗が零れ落ちる。しかしと、冷静さを取り戻した。

 己が仕えるべき龍神と、敵対する訳にはいかない。こんな出会い頭の不幸で、ヒトガミを喜ばる訳にいかないと。

 転移事件の発生により、リベラルへと疑心は向けられていること。それくらいは理解している。だから、その疑惑を晴らすために、機先を制するのだ。

 龍族の最敬礼を持って迎えれば、いくらオルステッドと言えども、いきなり攻撃はしないだろう。先に誠意を見せるのだ。そう、考えた。

 

 故に、リベラルは服従のポーズを取ろうとした。魔龍王の娘として受け入れてもらうため、拳を組み、翼を畳むような仕草のポーズ。

 

 龍族の最敬礼をしようとした。

 敬礼しようとしたのだが――出来なかった。

 

 

「ちょっと、ねぇ、あなた。なんで、私のなまえを、しってるのよ!?」

 

 

 それは、たどたどしい人族語であった。

 

 ポーズをしようとしていたリベラルの腕が、横合いから掴まれる。誰が掴んだかなんて、言うまでもないだろう。

 己の名を言われたナナホシが、恐怖や驚きよりも好奇心を優先して、リベラルの腕を掴んだのだ。

 元の世界に戻るための方法を、目の前の存在が知っているのではないかと縋って。当然の状況だった。

 ナナホシの名前を呟いてしまった、彼女の大きな失敗だ。

 

 リベラルの意識が隣へと逸れる。

 その僅かな間が、命取りとなった。

 

 

「――貴様が銀緑か」

 

 

 気付けば、龍神が、オルステッドが階段から降りていた。目の前に佇んでいた。

 彼の目には、確かな殺意が宿っている。既に、動き出している。

 

 声を上げる間はなかった。

 リベラルの目には、オルステッドの行動が見えていた。

 

「死ね」

 

 彼は弾丸のように飛び出し、勢いのまま貫手を放ったのだ。

 

 

――――

 

 

「くっ……!」

 

 リベラルは咄嗟にナナホシを突き飛ばし、身構えた。いくらリベラルと言えども、攻撃に対して無防備になることは出来なかったのだ。

 オルステッドの貫手は、胸元へと向かっている。避けなければ、致命傷になるのは明らかなのだ。心臓を貫かれてしまう。

 

 槍のように迫る貫手を、横へと逸らす。

 が、オルステッドはその瞬間に受け流した彼女の手を掴んだ。

 

「……!」

「む……」

 

 しかし、リベラルはすかさず反応し、肘を払ってオルステッドの手を弾く。会話するために、そのまま距離を取ろうとするも、それを阻止するかのように足の甲が踏み付けられていた。

 下がろうとしていた彼女の体勢が、大きく崩れる。

 

 剣神流奥義『光の太刀』。

 

 防御不能の必殺が、オルステッドの手刀から放たれる。リベラルの首元へと、視認出来ぬ速度で迫る。

 そのまま振り抜かれれば、彼女の首は切断され、絶命は免れないだろう。体勢を崩しているのだから、避けることも叶わない。

 

 故に、リベラルは左腕を犠牲にすることにした。首元に迫る手刀に対し、無理やり割り込ませる。

 無論、そんな苦し紛れで『光の太刀』は防げない。だが、水神流の達人でもある彼女は、逸らすことなら出来る。

 

「っ」

 

 手刀はリベラルの左腕を斬り裂き、首元を僅かに抉った。しかし、命にまで届くことはなかった。

 攻撃した直後に存在する微かな硬直時間を見逃さず、彼女はオルステッドを蹴り飛ばす。

 

(勝利は許されず、敗北による死も許されない……保険が必要ですね。私の次の行動を、よく覚えておいて下さいよ、オルステッド様)

 

 そのまま体勢を立て直したリベラルは、クルクルと宙を舞う己の左腕を掴み、治癒魔術でくっつける。それと同時に、首元の傷も治っていく。

 あまりにも不毛な争いだ。この戦いには何の意味もない。するだけ無駄なものだ。

 それを理解しているリベラルは、降参の意を示そうとするも、オルステッドはホバー移動のような歩法で詰め寄り、再び攻撃を仕掛けていた。

 

 それを無抵抗で受け入れられれば、どれほど楽なのだろうかとリベラルは思う。しかし、今回は両者の高い力量が仇となった。

 ループによって、一万年以上もの経験を持つオルステッド。四千年以上研鑽を続けて来たリベラル。

 そんな膨大な時間を生きてきたからこそ、互いの技量は底知れなく高い。高過ぎるが故に、戦闘を終わらせられない。

 

(何で、こんな、的確に、急所しか、狙わないんですか!)

 

 オルステッドの攻撃に対し、リベラルは何度も防いでは避けてしまう。しかし、それも仕方ないだろう。オルステッドの放つものは全て、致命傷となりうるものだけだ。

 そしてリベラルは、彼の攻撃が全て致命傷となりうることを理解していた。だからこそ、防いでしまうし、避けてしまうのだ。

 

 死ぬことが分かっておりながら、無抵抗で受け入れろと言うのは、酷な話だろう。

 

「――――」

「――――」

 

 二人は無言のまま戦い、声を発することをしない。これもまた、互いの力量の高さがもたらした弊害だった。

 達人はあらゆる要素から、相手の動きを読み解く。雰囲気、仕草、目線、挙動、呼吸。

 それら以外にも多々あるが、こうした一つ一つの動きが、何十手もの先にある行動へと影響を及ぼす。それらを悟らせれば、やがて“詰み”へと追い込まれる。

 

 

 つまり――オルステッドを相手に、手加減する余裕がなかったのだ。

 

 

(初見の相手は、様子見するんじゃ、なかったんですか!)

 

 一片足りとも気を緩めることの出来ないリベラルは、内心で愚痴る。

 彼女が距離を取ろうと一歩後退すれば、オルステッドは同じ様に一歩前進する。言葉を発しようとすれば、その呼吸の間を読み速度が増す。攻勢の手を、一切緩めないのだ。

 その姿勢からは、ここで必ずリベラルを殺さんとする気概が見えた。ナナホシが二人に争いを止めるよう叫ぶも、その声が届くことはない。

 

 オルステッドからすれば、リベラルの存在はイレギュラーだ。

 今までにいなかった存在なだけならば、問題なかった。未来を変化させるだけなら、観察に留めた。しかし、過去が改変されるのは駄目だ。

 己のループ地点より前の歴史を変化させたリベラルの存在は、あまりにも危険すぎる。ヒトガミに勝利するまでループするオルステッドへと、届きうるのだ。

 最早、様子見などという悠長な選択など出来なかった。オルステッドの“次”が、失われるかも知れないのだから。

 

(平和的解決は、出来ませんね)

 

 リベラルからすれば、あまりにも理不尽な条件戦だった。

 

 まず、オルステッドに本気を出させてはならない。彼はループする代償に、魔力がほとんど回復しないから。魔力を使ってしまえば、ヒトガミに勝てなくなる。

 そして、オルステッドに殺されてはならない。言うまでもないが、死ねばそこまでだから。意識を失っても、そのまま殺されるだろう。

 更に、オルステッドに勝ってはならない。勝てるかどうかはさておき、互いに大きく消耗してしまうから。

 

 つまり、リベラルはオルステッドに本気を出させず、かつ殺されないよう負けなくてはならない。

 文面で見れば容易に見えるが、降参する間もない状況ではほぼ不可能だ。それに、あまりにも戦闘が長引けば、オルステッドは徐々にギアを上げ、魔力を使い始めるだろう。

 

「っぐ」

 

 リベラルは逃げるように、段々と遺跡の外へ後退していくが、無傷とはいかなかった。捌き損ねた攻撃が所々を抉り、その度に彼女は治癒魔術で傷を治していく。

 オルステッドの攻撃を全て防ぐのは厳禁だ。そんな状況になれば、本気を出されてしまう。かと言って、手抜き過ぎれば致命傷を受けかねない。

 じり貧だ。徐々にダメージが蓄積されていき、リベラルの動きは精彩を欠いていく。

 

(魔術は……駄目ですね)

 

 リベラルの真価は、魔術だ。彼女は体術や剣術よりも、魔術を得意としている。

 しかし、リベラルが魔術を使えば、オルステッドも魔術で対処せざるをえない状況に陥るだろう。結局、治癒魔術以外にろくな魔術を使うことも出来なかった。

 乱魔に関しても、絶対の効力はない。だからこそ、オルステッドの魔術を無効化出来ないし、リベラルもまた治癒魔術を扱えている。

 

 捌き、抉られ、治す。

 避けて、貫かれ、治す。

 

 何度もそんなやり取りを繰り返しながら、リベラルは何とか遺跡の外へと出ることが出来た。最初は転移陣に逃げようとしていたが、オルステッドの誘導により階段側へ行くのが精一杯だったのだ。

 しかし、狭い遺跡内では行動が限られていたが、これで逃走などの選択に幅が増えた。そしてそれは、オルステッドも同様である。

 遺跡内という狭い空間では、ナナホシを巻き込む恐れがあった。だが、その制限のなくなった今、攻撃はより苛烈となるだろう。

 それを察知したリベラルは、魔術によって衝撃波を起こし、無理やり距離を取る。その瞬間、その場所は剣閃によって大きな穴が開く。

 

 砂煙が舞い、視界が遮られる。それを機と見たリベラルは、戦闘を止めるために大声を上げようとし、

 

「……仕方ないか」

 

 ポツリと、小さな声が聞こえた。

 刹那、空気が変わる。

 

 龍神が、その真価を発揮させ始めた。

 

 

――――

 

 

 砂煙が晴れる。

 しかし、それまでの間、リベラルは何も行動していなかった。

 

「ぅ……」

 

 距離が出来たにも関わらず、動くことが出来なかった。声を上げることも出来なかった。

 オルステッドの取った構えを前に、彼女は指先一つ動かすことが叶わなかったのだ。

 

 水神流奥義『剥奪剣界』。

 

 それは、ある体勢から前後左右上下。

 四方八方どこにいる相手でも、斬る事ができる。

 一歩でも動いたら、その動作に反応して、全てを切り捨てる事が出来る水神流の、幻の奥義。

 

 現水神レイダ・リィアの編み出したそれを、オルステッドは無手で使った。長年生きてきたリベラルにとっても、近年編み出されたその奥義は初見の技だ。

 水神流の奥義を組み合わせたものとは言え、正確な対処法を理解出来てない。更に言えば、それを使ってるのがオルステッドである。

 外であるというにも関わらず、間合いの広さが見えなかった。地の果てまで届くのではないかと思えるほどの間合いを前に、リベラルは硬直してしまう。

 

 動けないリベラルに、オルステッドは右手を向けた。

 

(オ、固有魔術(オリジナルマジック)!?)

 

 何をしようとしたのか、リベラルは察知する。それは、龍族特有の固有魔術だ。

 第二次人魔大戦にて、魔龍王ラプラスが闘神を倒すために使ったもの。巨大陸を破壊し、リングス海を創り出した龍族最強の魔術。

 

 瞬間、リベラルの視界が光で埋め尽くされた。

 

「あ、アアアァァァァ!」

 

 咄嗟に横へと飛び退き、光の奔流を回避する。

 オルステッドの手の向けた先は大きく陥没し、その威力を目の当たりにさせる破壊痕が残された。

 そして、『剥奪剣界』の中で動いたリベラルは、オルステッドによって腹部を斬り裂かれていた。すぐさま治癒魔術で傷を治すも、『剥奪剣界』の効果は収まらない。

 

 動くことの出来なくなったリベラルに対し、オルステッドは再び右手を向けた。

 

(冗談じゃない!)

 

 同じ様に回避し、同じ様に斬り裂かれる。剥奪剣界と固有魔術の組み合わせは、容赦なくリベラルを追い詰めていった。

 それに、オルステッドは遂に魔力を使い始めたのだ。このままでは駄目だと理解しているものの、強制的に動きを止められてしまう以上、ろくなことが出来ずにいた。

 

(逃げながら避ける? いえ、それでは別の魔術を使われるかも知れない……どうせ斬られるならば、前に!)

 

 死中に活を。

 どのみち、動かなければ固有魔術によって狙い打ちにされる。結果は変わらない。ならばと、リベラルは剥奪剣界の中を動き出す。

 

 その瞬間、オルステッドの体がブレる。

 腕が定まらない。

 

 リベラルが駆け出し、距離を詰める度に黄金の剣閃が飛ぶ。剣閃が残像を残し、二人の間に黄金の糸が紡がれた。

 最初は何度か斬り裂かれていた。しかし、剣撃が飛ぶごとに、弾いては回避する数が増える。

 剥奪剣界の剣筋を、見切り始めていたのだ。

 

 二人の距離が縮まる。

 

「――――」

 

 これ以上は無意味だと、悟ったのだろう。オルステッドは剥奪剣界の構えを解き、両手を合わせようとしていた。

 彼女はそれが何を意味するか知っている。

 かつて、初代五龍将の狂龍王カオスが造り上げた、龍神の神刀。神の力に耐えうる、この世に現存する最強の武器。

 それが引き抜かれようとしているのだ。

 

 リベラルの目が見開かれる。

 それを抜かせてはならないと、頭の中に警鐘が鳴り響く。

 

「『泥沼』」

「『乱魔』」

 

 オルステッドは魔術を防ごうとするも、リベラルは無理やり術を行使する。龍神の周りが泥沼に変化していく。

 足元への対処をする僅かな間に、彼女は大きく跳躍した。とてつもない速度で迫り、オルステッドの眼前へと躍り出る。

 抜くだけで多大な魔力を消費する神刀を、抜かせまいと手を伸ばし――、

 

 

『待って! 二人とももう止めて!』

 

 

 リベラルにとっては懐かしい、日本語の叫びが聞こえた。

 

 オルステッドの背に、ナナホシの姿があった。危険を承知で近付き、必死に懇願していた。

 彼女のその姿を前に、リベラルの動きが硬直する。無意味な争いであることを理解してるが故に、止まってしまう。

 

 完全な静止。

 その大きすぎる隙を前に、オルステッドは心臓へと貫手を放っていた。

 

「がふっ……」

 

 回避は間に合わなかった。

 防御も間に合わなかった。

 

 超速で打ち出された貫手は、アッサリとリベラルの体を貫通した。寸分違わず心臓を打ち抜き、確実な致命傷を与える。

 戦いは終結だ。オルステッドは多少の魔力を消費し、リベラルは絶命するという、最も最悪な形で。

 

(不味い……意識が……早く、治さないと……)

 

 だが、まだ彼女の意識は途切れていない。意識がなくなるまでの僅かな間に、致命傷を何とか治癒しようとし、

 

「『乱魔』」

 

 アッサリと、可能性の芽が潰される。更に、追い討ちを掛けるかのように、オルステッドは掌底を放ち、リベラルを吹き飛ばした。

 体は宙を舞い、ドサリと音を立てながら、地面に落ちる。そして、彼女が起き上がることはなかった。

 

「――…………」

 

 その光景に慌てるのは、ナナホシだった。この世界に召喚された原因がようやく分かるかも知れなかったのに、潰れてしまったのだから。

 

『オルステッド! こいつの怪我を治して!』

「……駄目だ。この女は危険だ」

 

 必死な表情を浮かべる彼女を突き放すかのように、オルステッドは淡々と事実だけを告げる。

 

「……ふむ」

 

 リベラルが確実に絶命したことを確認したオルステッドは、ナナホシへと顔を向けた。

 

「ナナホシ。そのニホンゴとやらで話すな。何を言ってるのか分から――むっ!」

 

 しかし、唐突に言葉を途切らせたオルステッドは、弾かれたかのように再びリベラルへと向き直った。

 ナナホシもそちらへと視線を向ければ、地面に魔法陣が浮かび上がっていた。

 

「これは……召喚魔術か? 下がれ、ナナホシ」

 

 オルステッドの言葉と同時に、魔法陣は更に輝きを増す。目映い光が周囲を照らしゆく。

 

 そして、顕現する。

 

「グルオオォォォオオ!!」

 

 

 ――巨大な赤竜が、咆哮と共に地から這い現れた。

 

 

――――

 

 

 唐突に召喚された巨大な赤竜。だが、オルステッドは慌てることもなく、冷静に観察する。

 

「ふむ、術者の意識がないにも関わらず召喚されたということは……そうか、魔道具だな」

 

 倒れているリベラルを一瞥した彼は、赤竜へと視線を戻す。巨大であろうが、赤竜は赤竜だ。オルステッドの敵ではない。

 赤竜は歩み寄る彼に対し、小さく唸りながら威嚇する。攻めあぐねているような仕草を見せていたが、やがて、動き出した。

 己の体を回転させながら、尻尾で周囲を薙ぎ払う。巨大な体から繰り出されるそれは、草木を薙ぎ倒しながらオルステッドへと迫った。

 

 手刀両断。

 赤竜の尻尾は切断される。

 

「むっ」

 

 血吹雪を舞い散らし、尻尾は地に落ちた。だが、赤竜はそんなことお構い無しで突進し、オルステッドを前足で弾き飛ばす。

 彼は防御体勢を取っていたものの、体重さにより踏ん張ることも出来なかった。しかし、空中で体勢を整え、着地と同時に赤竜へと走り出す。

 

「グオォォ……」

 

 赤竜はオルステッドを無視した。地に倒れ伏すリベラルへと向き直ると、彼女を口で咥えて羽ばたく。

 そのまま飛翔して逃げ出すその背に、オルステッドは右手を向けて――何もしないまま掌を下ろした。

 

「…………」

「……追いかけないの?」

 

 沈黙したまま空を見上げるオルステッドに対し、横に並んだナナホシが不思議そうに声を掛ける。

 

「あの赤竜は、魔道具によって条件的に召喚されただけだ……あの女の魔力で召喚されていない」

「……つまり?」

「銀緑は既に死んでる。これ以上は魔力の無駄だ」

 

 溜め息を一つ溢したオルステッドは、服についた汚れを払いながら、遺跡の中へと向かって行く。

 取り残されたナナホシは、落胆した表情を浮かべ、豆粒のように小さくなった赤竜を眺める。

 

「……折角見付けた手掛かりだったのに」

 

 彼女も溜め息を溢し、やがて遺跡の中へと戻って行った。




Q.オルステッド様子見もせんと攻撃しとる!
A.龍神「次に影響及ぼすかもだし危険だ。死ね!」
銀緑「転移事件が原因で敵対するかもだけど、喋るくらいの余裕はあるっしょ!つーかこれからっしょ!」
二人の認識の差です。結局喋る余裕もなく殺されました。

Q.静香……?
A.七星 静香、えいえんのじゅうななさい!
そろそろリベラルの転生前も明かしていきます。尚、リベラルは完全オリ主なので原作に登場したキャラの誰かとかではありません。

Q.固有魔術。
A.古龍の昔話でラプラスが八大魔王に使ったアレ。大陸に巨大な穴を開けるなんてアレ以外に思えません。
それに指向性を持たせたのが、オルステッドの放った光の奔流なのでは?と思いました。龍神の固有魔術ではなく龍族の固有魔術。
龍神の固有魔術は黄金に輝き、光を越える速度で動く奴じゃないですかね。初代魔神VS初代龍神で使われたアレ。
固有魔術……龍気と呼ばれるものを解放して放ったもの、みたいな?

Q.リベラル死んだの?
A.ちがうよ、かのじょはほしになったんだよ。

Q.サレヤクト!?生きていたのか!
A.いいえ、死んでます。サレヤクトは私の作品では既に死んでる設定です。


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14話 『過去の名残』

前回のあらすじ。

ナナホシ「あなた……何者!?」
オルステッド「怪しい奴だな、死ね」
リベラル「」
サレヤクト「ゲスト出演です」

ゲームをし過ぎた、と言うのもありますが、私を含む大勢の作者が患うことのある『構成や展開は思い浮かんでるけど何故か筆が進まず書けない病』に掛かってしまいました…。
何でしょうね…私の場合は書いてる際に「ここはどういう表現にしよう?」「適当な言葉が分からない」となったりすると、一気に詰まります。
まあ、言い訳ですね…1ヶ月近くも遅れてしまい、申し訳ございません。


 

 

 

 パチリ、パチリと部屋の中に音が鳴り響く。

 

 私の向かいには、白髪の少女が思案げな表情を浮かべながら、目の前のテーブルを睨み付けている。

 そこには、将棋盤が置かれており、二人はボードゲームに興じているのであった。

 

『…………』

『ふっふっふ、どうですか? 今回は負けませんよ! 私の戦術は完璧ですから!』

 

 打つべき一手に悩む少女へと、私は煽るように言葉を掛ける。

 彼女はムッとした表情を浮かべたものの、すぐに不敵な表情へと変化し、駒が置かれた。

 

『はっはっは! 無駄無駄む……あれ? これ飛車取られる……? 取られますよね!?』

『いえ、取るのは角よ』

『えっ……? あっ、嘘』

 

 目先の利に気を取られ過ぎたのか、私の角が取られる。

 抵抗して取り返そうと足掻いたが、更に続けて飛車が取られてしまい、私は絶体絶命のピンチに陥ってしまった。

 

『王手飛車角落ち……あなた、頭が悪い訳じゃないのに弱いわよね……』

『ぐぬぬ』

『はい、これで終わりよ』

 

 パチリと角を動かした少女は、苦笑を浮かべながら私を見つめる。

 盤面を見れば、王をどこに動かしても、取らてしまう状況であった。

 つまり、詰みだ。

 

 私の負けである。

 

『ぬがー! 何で勝てないんだー!』

『あなたが間抜けなだけじゃない?』

『酷っ!』

 

 実際にその通りなのかも知れないが、もう少し言葉を選んで欲しいところだった。

 言った本人は小さく笑い、悪戯っぽい表情を浮かべている。

 

『冗談よ。あなたは単に視野が狭いだけでしょ』

『言葉はマイルドになりましたけど、意味ほとんど変わってませんからね?』

 

 口ではそういいつつ。

 しかし、彼女の言うように、私は視野が狭いのは確かだ。

 目的の駒自体は取れるものの、それに夢中になってしまい、すぐに取り返されることがほとんどだった。

 

『もう少し周りに目を向けて見れば?』

『向けてるつもりなんですけどねー……』

 

 パチリパチリと再び始め、五十手くらいでまた詰みにされる。

 何でだよー、なんて気持ちしか沸き上がらない。

 ずっと連敗しているが、別に目の前の彼女が特別強いわけではない。

 何せ、彼女は将棋ゲームの強さ3レベルのCPUと、どっこいどっこいなのだから。

 

 因みに、私は1レベルに勝てない。

 何でだよコンチクショー。

 

『あー……勝てない……』

『やっぱり。あなた視野が狭いのよ。目的に進み続けるのはいいのだけれど……周りを尊重しないと』

 

 悩む。

 と言うより、私の場合は凡ミスが多い気がする。

 

『頑固者。固執し過ぎよ』

『……そうですかね?』

『あなたは遠くしか見てない。もっと目先の目的を作ってもいいんじゃないの?』

 

 目先の目的か。

 言われてみれば、私は最終目標しか作ってない気がする。

 今の将棋にしてもそうだ。

 王を倒す、だけと言うわけではないが、そのことに意識を向けすぎてるのかも知れない。

 

 もちろん、過程を疎かにしてる訳ではない。

 過程が大切なのは当たり前の話だ。

 

『……なるほど。そういうことですか』

 

 何となく分かった。

 彼女の言うように、私は視野が狭く、頭が固いのだ。

 

 決して、過程を疎かにしてる訳ではない。

 ただ、全体に目を向けすぎなのだ。

 俯瞰し過ぎてる、と言えばいいのだろうか。

 全てに目を向け、全てをこなそうとしている。

 だから、ミスが多いのだ。

 

 “視野を広げ過ぎてるが故に、視野が狭くなってる”。

 

 つまり、そう言うことだろう。

 色々なものに意識を割きすぎて、細かい見落としをしてるだけなのだ。

 なんてことはない。

 彼女の言う通り、私が間抜けだと証明されただけだった。

 

『目の前の状況に、もっと集中する。要は一手一手を大切にしろってことですね』

『分かってるじゃない。その通りよ』

 

 なんて簡単なことなのだと、溜め息が溢れてしまう。

 しかし、自分の欠点に気付けたのだ。

 私が負けることはもうない。

 

『じゃあ、もっかいやりましょう!』

『……まあ、いいわよ』

 

 再び勝負。

 

『参りました!』

 

 あっさり敗北した。

 なんでやねん。

 

『……まあ、今までしなかったことをしようとしてるのだし、そう簡単には直せないでしょ』

『うぐぐ……勝者の余裕ですね』

『負けなしだから仕方ないわよ』

 

 今はまだ無理かも知れない。

 でも、いずれ直していこう。

 それはきっと、私にとって必要なことだ。

 

『それに、私が勝てるのも今だけよ。あなたは天才なんだし』

『……私は天才なんかじゃありませんよ』

『でも、自他共に認める天才、なんて言ってなかった?』

 

 彼女の言う通り、私はそんなことを言ったことがある。

 けれど、そんなのは冗談だ。

 目の前の少女を励ますために吐いた、まやかしに過ぎない。

 

『記事もまだあるわよ?』

 

 捨てずに取っておいたのか、机の下から取り出されるのは、私の姿が写った記事だ。

 時空間の権威がどうたらこうたらと記載された、世界的に有名となった出来事。

 

 ああ、彼女は意地悪だ。

 私ではなく、“彼女の知識で得た”称号なのに。

 私がしたことなんて、翻訳と機材の調達だけだ。

 全部、私が掠め取ったものだと言うのに、そんな笑顔を浮かべないで欲しい。

 

『捨ててもいいですよ、そんなもの』

『何いってるのよ。ほら、見る?』

 

 彼女が渡した記事。

 そこには、デカデカと文字が書かれていた。

 

 

 ――――転移装置の開発に成功。

 

 

 そう、それは“彼女が異世界から持ち帰った”ものであり、彼女の人生の全てを集約させた結晶。

 出会ってからずっと、姿の変わらぬ白髪の少女である――、

 

 

『…………静香は意地悪ですね』

 

 

 ――七星 静香の知識と技術で、作り上げたものなのだから。

 

 

 それは、忘れていた過去か。

 長い時の流れにより、いつの間にか失っていた思い出。

 交わした約束は履行されず、果てしなく遠い繋がりとなってしまった。

 けれど、一度足りとも七星 静香を忘れたことはない。

 

 彼女との約束のために、随分と遠回りをしてしまった。

 

 

――――

 

 

「ん……んぅ……」

 

 夢うつつの中、懐かしい記憶を巡ったリベラルは、静かに瞼を開ける。焦点の定まらぬ虚ろな瞳で辺りを見渡せば、そこは何処かの洞窟の中であった。

 寝覚めたばかりのせいか頭は回転せず、意識が途切れる最後の出来事を思い出すことが出来ない。しかし、胸の奥底から沸き上がる痛みに、彼女は思わず噎せて血反吐を吐いた。

 地面に染み込んでいく己の血を見つめながら、リベラルは徐々に何があったのかを思い出していく。

 

「……ああ、オルステッド様と静香に、偶然出会ったのでしたね」

 

 転移移動をした先に、二人が偶々……そう、偶々いたのだ。その結果として、誤解を解く間もなく、リベラルはオルステッドと戦うことになってしまった。

 そして、戦いの最後は胸を貫かれ、心臓の鼓動が止まってしまったのだ。つまり、敗北して死んだ訳である。

 

(生きてる、と言うことは……保険を掛けた甲斐があった訳ですか)

 

 死んだ筈のリベラルが、生きている。それは、何も不思議なことではなかった。

 彼女は“魔”龍王ラプラスの娘だ。魔神ラプラスと同じ血を引く者。魔族としての側面を、彼女は持ち合わせていた。

 つまり、魔神ラプラスと同じで――リベラルは不死身であった。不死魔族に近い特性を、持ち合わせていたのだ。

 

 もっとも、人の血も混ざっているためか、首から上を破壊されれば死んでしまう。しかし、心臓を破壊されただけでは死なない。

 とにかく、治癒魔術を扱わずとも、怪我など放っておけば治るのだ。

 

(無理に治癒魔術を使い続けて正解でしたね……)

 

 オルステッドと戦っていた時、リベラルは怪我をする度に魔術で治療し続けた。その結果、不死魔族の血は薄いのだと、オルステッドを騙すことに成功したのである。

 何度も自然治癒する場面を見られていれば、確実に心臓以外にも致命傷を加えようとしただろう。

 そうならないよう認識をずらすことが、リベラルの保険であった。

 

(オルステッド様が使ったのは龍族の固有魔術(オリジナルマジック)を数回程度……これなら問題なさそうですね)

 

 不意に発生した、龍神との戦闘における目標も、無事に達成出来たと言えよう。リベラルは死んでいないし、オルステッドも魔力をあまり消費していない。

 和解出来なかったのが唯一の悔いだが、こればかりは仕方ないと割り切る。一先ず、両者の消耗は大幅に抑えられたのだ。

 

 胸の痛みがまだ続いていたので、治癒魔術で治す。それから休憩しつつ、思案する。オルステッドに関しては、今はどうすることも出来ないので、別のことを考えねばならない。

 

「ここまで運んでくれたのは……」

 

 ふと、声を出した彼女は、懐をまさぐる。そこから取り出したのは、真っ赤に燃えるかのような輝きを見せる、宝石のようなもの。

 リベラルはそれを大切そうに握り締め、黙祷を捧げる。

 

 そして、一言。

 

「――ありがとうございます……サレヤクト」

 

 リベラルの大切な家族の名前。

 かつてラプラス戦役にて、彼女は赤竜王の最期を看取った。そして、亡骸から作り出したのが、この宝石。

 前世の記憶。龍族の技術。魔龍王の知識。ありとあらゆるものを扱い、長い時間を掛けて作り上げた。

 サレヤクトを召喚することは出来ない。死んだのだから、当然だ。死者は蘇らせられない。それはどの世界でも同じ理。そんなことは誰にでも分かることだ。

 試行錯誤の末、彼女はひとつの結論を出した。ならば、“生きてる時代”のサレヤクトを召喚すればいいと。

 

 ――過去召喚。

 

 過去から現在へと召喚する術。

 それが、彼女の編み出した魔術。何百年もの時間を費やし、ようやく辿り着いたものだ。

 ラプラスが見た、龍神の時間に関する魔術を、僅かに覚えていたのが幸いだった。そして、ルーデウスが過去転移を成功させた事実も、自信となった。

 サレヤクトの亡骸から得た情報を元に、同じ存在を“過去という別世界”から召喚する。端的に説明すればそれだけだが、それでも大変なことだ。

 

 紅い宝石は、サレヤクトの魂そのもの。彼の魔力と、リベラルが数百年掛けて備蓄し続けた魔力。

 四百年以上も前の存在を召喚するのだ。大量の魔力を消費するので多用出来ない上、召喚出来るのも数日が限界だ。

 しかし、リベラルが死の淵に瀕した時、紅い宝石はその危機を察知して、自動的に召喚を行う。

 サレヤクトがいなければ、リベラルは死んでいただろう。

 

 サレヤクトの紅い宝石と、ラプラスの贈り物の腕輪。

 折角ならば、ロステリーナの代物も何か欲しかったが、彼女とは会えるのでまあいいかと思考を切り捨てる。

 

「しかし、オルステッド様は何故あそこまで攻撃的だったのでしょうか……」

 

 次に思い浮かべるは、己に傷を負わせた龍神の姿だ。一応であるが、リベラルはオルステッドと不意に遭遇してしまった時のことも考えていた。

 彼にとって、自分がイレギュラーであることは理解している。だからこそ、敵対してしまい、戦ってしまう状況は想定していたのだ。

 しかし、それでも喋る間もなく攻撃され続けるのは想定外であった。持てる全ての力を使って、という訳ではなかったが、制限内で出せる本気で排除しに掛かっていた。

 数百年間をループし続けるオルステッドは、初見の相手や技には、必ず様子見をする。例えそこで敗北しても、次に繋げることが出来るからだ。

 それに、見てから対応出来るという自信もあるだろう。

 

 なのに、反撃する間もない程の猛攻を仕掛けた。 

 

「……分かりませんね」

 

 そのことを知っているが故に、リベラルには分からなかった。“次”のことを省みないかのような、オルステッドの姿勢に。絶対に殺さんとする気概が。

 どうして、それほどまでの怒りを買っているのか、いくら考えても分からないのだ。

 そもそも、リベラルはラプラスの娘だ。オルステッドもそのくらいの情報は持っているだろう。五龍将の娘ならば、味方と判断しても可笑しくない筈である。

 なのに、敵だと判断された。

 

 そして、分からないからと言って、放置できる問題でもない。

 解決しなくてはならない問題である。

 

 リベラルは魔龍王の娘だ。まだ五龍将の座を継いではいないものの、龍神であるオルステッドは仕えるべき存在である。

 ヒトガミを倒すためにも、誤解は必ず解かなくてはならなかった。リベラルがいなくても勝てるかも知れないが、味方と争うなど不毛でしかない。

 原因を知らなくては、次に出会った時も同じ戦いが起きるだろう。

 

「……仕方ありませんね。後回しにせざるを得ない、か」

 

 とは言え、リベラルがいくら頭を悩ませたところで、分からないことに変わりない。

 どのみち、オルステッドとは七星 静香を経由して出会う予定だ。その時に、理由を傍にいた彼女に尋ねるしかないだろう。それでも分からなければ、手紙などで事情を一方的に説明すればいい。

 彼女としては、「オルステッド様のために頑張ってるのに、何でこんな仕打ちを」なんて気持ちもある。しかし、己に何か不備があったからこそ、こうなったのだと言い聞かせる。

 理不尽な理由なら文句くらいは言いたいが、リベラルは何か見落としをしてる気がしてままならかった。その内の一つが、オルステッドの強い敵対心だ。

 

 

 ――私は何か、過ちを犯している。何かを見落としている。

 

 

「…………」

 

 ジワリジワリと、焦燥感が募る。

 けれど、リベラルはその不安の種が何か分からず、しばらく沈黙が辺りを支配した。

 

 そう、大切なことなんだ。

 昔に何度も繰り返した筈なのに……。

 

 

――――

 

 

 現在地は不明であり、何処かの洞窟に放り投げられたかのような状態だった。まずは、ここが何処なのか知る必要があるだろう。

 当たり前な結論に至ったリベラルは、思考を中断して外に出た。しかし、そこは彼女の実家――龍鳴山にある自宅だったのだ。

 

「あぁ……まさかの我が家でしたか……」

 

 良い意味での思いがけぬ光景に、リベラルは胸を撫で下ろす。つまり、サレヤクトは己の住み処である洞窟へとお持ち帰りした訳である。

 確かに、ここはもっとも安全と言える地だ。またここから行かねばならないのかという気持ちはあるが、再出発をするには思い入れのある良い場所だった。

 やはり、実家は安心するものだ。

 

(丁度いいですね。一度日記の見直しと、これまでの行動を書き記しておきましょう)

 

 必要な情報を纏め、準備を整えたリベラルは、龍鳴山から見える景色を眺めながら一息吐く。

 今回はノルンを抱えてる訳でもないので、下山の際に無茶も出来る。フィットア領に向かう訳ではないので、以前とルートは変わらないが、下りる早さは段違いだろう。

 

(そう言えば……フィリップ様は大丈夫でしょうか?)

 

 ふと、そんな思いが過った。

 

 フィットア領へと生還した彼と、リベラルは特に何も喋っていない。しかし、その時に深い絶望に満ちた姿を見ている。

 普通に無視してしまったが、フォローしなくてはならない状況だろう。地位を失い、家族を失い、部下を失い。どう考えても自殺しかねない状況だ。

 最後の部下であるアルフォンスが支えてくれると思うので、何とか持ってくれるとは思う。けれど、それでも限度はある。

 

 リベラルは一瞬、フィットア領に立ち寄ろうかと考えた。少しくらい、パウロの元に到着するのが遅れても良いのではないかと。

 けれど、首を振り否定する。あまりコロコロと予定を変えるものではない。一度決めたのならば、そちらを優先すべきだろう。

 片方だけに集中しなければ、どちらも中途半端になりかねない。

 

(いえ、早くパウロ様の元に向かうべきですね)

 

 そうして結論を出した彼女は、下山を開始する。迫り来る赤竜を、ものともせず退けて。

 

 

 

 

 三章 “変わるものと変わらぬもの” 完




Q.ナナホシの知識で転移装置を作り上げた?
A.修正前の最初の話で、『テレポーテーションの実験に成功』とか表記し、その割にはリベラルのオツム弱くね?とか散々言われてました。
しかし、それらは全部ナナホシの手柄です。召喚とか結局はテレポーテーションですので、応用すれば作れました。なので、リベラルは決して馬鹿ではありませんが、皆様が思われてるほど天才と呼べる人物ではありません。
異世界の技術とナナホシがパネェのです。

Q.時系列どうなってんの?
A.見ての通りです。リベラルが転生した理由も今回で察しがつかれたかと思います。彼女の原作知識はどこから?と思われるかも知れませんが……リベラルは作中で原作知識とは一言も言ってません。全て未来の歴史と表現してます。
……どこかでうっかり原作知識とか、私書いてませんよね…?

Q.リベラルの特性強すぎじゃね?魔神と同じで特定部位破壊しないと死なないとか……。
A.その代わり、頭パーンとか首チョンパされれば即死します。つまり、ルディの岩砲弾が直撃すれば普通に死にます。
龍聖闘気も纏える訳ではありません。それと、彼女はとあるデメリットも背負ってます。まあ、それは次回に説明します。

Q.サレヤクトを過去召喚?もうわかんねぇなこれ。
A.その代わり、召喚される本人の心臓(魂)と多大の魔力が必要です。古代龍族の知識と召喚魔術があれば何でも出来るんだ!

と言うわけで、今回でこの章は終わりです。


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四章 揺れるゆりかごは幸福への兆し
1話 『それぞれの道中のお話』


前回のあらすじ。

ナナホシ「リベラルと知り合いだったなんて知らんかったよ……」
リベラル「何かもう思い通りにいかなくて草生えてきた」
サレヤクト「社長に殺されそうなリベラルを龍鳴山へと運んだらしい」

前回の投稿から滅茶苦茶間が空いてしまい、大変申し訳ありません……更に謝罪すべきことは、今までよりもこれからの方が忙しくなるという意味不明な事態です……。
こんな不定期なのに未だに読んで下さってる方々には、感謝しか出来ません。ありがとうございます。


 

 

 

 カタカタと、キーボードを打つ音が響く。

 長い時間その調子でいた私は、やがて凝り固まった筋肉を解すように身体を伸ばす。

 

『ハァ……もう分からない。本当に分かりません。何でこれで駄目なのか意味不明ですよ』

 

 パソコンに書き記した文章を見つめながら、私は思わず愚痴った。

 そこに映し出されているのは、異世界転移に関する理論だ。

 私が静香の知識を元に作り上げたもの。

 

 結局、私の理論は静香のものと大差のないものとなった。

 むしろ、最終的にそこへ行き着く、と言うべきか。

 少なくとも、理論上では異世界転移が出来る筈であった。

 

 しかし、それでは駄目なのだ。

 この理論ではまだ未完成なのだ。

 

『……やはり、理論では語れない別の要因か、誰にも気付けない何かしらの穴があるとしか思えませんね……』

 

 先程言ったように、私が作ったものは、静香の作ったものと大差がない。

 そして静香は、その大差のないものを使った結果、故郷に帰ることに失敗したのだ。

 

 だから、駄目なのだ。

 これでは同じような結果になってしまう。

 

『……静香が帰還しようとした場面に居合わせていれば、失敗の原因も分かるかも知れませんが……』

 

 なんて、過ぎた話なので無理なのだが。

 異世界転移すらままならないのに、その上過去にまで転移するなど、夢のまた夢だし。

 まあ、無い物ねだりしても仕方無い。

 考えるべきことはそんなことではない。

 

 ともかく、転移に失敗したのには理由があるはずだ。

 全ての事象には必ず因果がある。

 

 なんて意気込んだタイミングで、部屋のドアが開かれた。

 そこから一人の女性が姿を現す。

 

『……おはよう』

『おはようございます静香』

 

 昔から変わらない容姿である彼女は、眠たそうに目元を擦っていた。

 欠伸を噛み殺しながら静香はコーヒーを用意すると、それを私の側に置いてくれた。

 

『お疲れ様』

『ああ、ありがとうございます』

 

 コーヒーを一口飲み、私は姿勢を崩す。

 長時間机と向き合っていたので、そろそろ休憩としよう。

 

『どう?』

 

 端的な彼女の一言に、私は難しい表情を浮かべる。

 

『そうですね……空中城塞で完成させた異世界転移装置を見たいですね。そうすれば、失敗した原因も多分分かると思いますので……』

 

 無理だと分かっていても、ついそう思ってしまう。

 理論は完璧であり、モルモットなどを使った実験も成功。

 なのに、それでも空中城塞にて静香は失敗した。

 そう、今の私達は行き詰まっているのだ。

 

 だが、静香はポカンとした表情を浮かべていた。

 何を言ってるんだろう、この人。

 などと言いたげな雰囲気だ。  

 

『……ごめんなさい。言葉が足りなかったわね。私が聞いたのはコーヒーのことよ』

『え? あ、ああ! そっちでしたか!』

 

 どうやら勘違いしたようだ。

 それも、配慮の足りない悪い形で。

 そもそも、“今の彼女に空中城塞のことなんて分からない”だろう。

 いかん、この空気を払拭せねば。

 

 誤魔化すかのように、私はコーヒーを一気に飲み干す。

 コップを机に置き、私は満面の笑みを浮かべてサムズアップしてみせた。 

 

『美味しいですよ。砂糖も私の好みの量ですし、流石は私の嫁です!』

『なにそれ。私はあなたの嫁じゃないし』

『何でマジレスするんですか! 一夜を共に過ごした仲じゃないですか! あんなにも激しく燃え上がったのに!』

『間違ってはないけど、あなたの言い方に悪意を感じるわよ……』

 

 なんてことを言い合いながら、二人は日々を過ごしていく。

 今となっては遠い、本当に遠い昔の出来事だ。

 まあ、この頃の言動はともかく。

 今の私は、矛盾を抱えてばかりだ。

 

 しがらみに囚われた存在でしかない。

 

 

――――

 

 

 パウロ・グレイラットは、舌打ちをしていた。

 

「チッ……」

 

 後方を見渡せば、大勢の人間が彼を先頭に追従している。

 しかし、旅慣れてないものが多いためか、進行速度は遅い。休憩も極端に多い。襲ってきた魔物への対処も甘い。

 あまりにも不出来であり、練度がないことは明らかな集団だ。素人ばかりなので仕方ないと言えば仕方ないが、パウロは苛立ちを隠せずにいた。

 

 捜索団を結成した彼は、アルフォンスやその他大勢の希望により、リーダーとなり皆を率いる立場となっていた。

 パウロ自身も家族を捜すつもりだったので、人手が多いに越したことはないと思った。世界のどこかに転移した家族を捜すのを、一人で行うのは不可能だからだ。

 だが、リーダーになったのは浅はかだったと後悔した。

 

『希望者を募り、フィットア領の難民を捜索する』

 

 やることは単純であるが、その目的を果たすのは途方もなく難しいことだ。まず、金銭が足りない。

 大勢を賄う食費は馬鹿にならないのに、アスラ王国からの援助がほとんどないのだ。否、フィットア領にはある程度の援助があるものの、捜索団にはほとんど回ってなかった。

 そして、先程も挙げた練度の低さ。これも問題だ。農夫などの素人が多いため、行程でどうしても時間が掛かる。馬も人を乗せれるだけの数がないので、徒歩なのも問題だ。

 

 一応、妻であるゼニスの実家は他国にあるものの、高名な爵位なのでそちらから援助を貰う予定だ。そこで下地を作り、ミリスやアスラ、そして道中にある国々を捜す予定なのだ。しかし、あくまでも予定だ。

 本来であれば、十分な資金を得てから活動を開始するものだと言うにも関わらず、早く捜索を行いたいという者達が多すぎた。パウロはそれに押し切られた。

 

 約七ヶ月。

 その間、捜索はされていない。

 一応、個人でしている者達はいるものの、所詮は“個人”でしかないのだ。

 

 親しい者が行方不明である人々に、不安が募った。早く見付けなければ、助けなければと。焦る心が正常な判断力を奪い、毎日を過ごす中で徐々に失われていった。

 その結果、強行軍だ。元Sランク冒険者であるパウロを祭り上げ、無理やり捜索団としての活動が開始された。

 民衆とは愚か者が多いものだ。例え間違っていても、それが正しいと思えばそちらに流されてしまう。パウロからしてみれば、堪ったものではないだろう。

 しかし、彼自身も民衆と同じで、家族が見付からずに不安を抱えている。まだ活動すべきじゃないと頭では理解していたものの、強く否定は出来なかった。

 

 近くにいた男が後続の遅れに気付き、パウロへと進言する。

 

「パウロさん、遅れてる人が多い。もう少しゆっくり行こう」

「……分かったよ」

 

 が、そんな準備の足りない集団では、満足に活動出来る訳もない。本人が楽観的であることも悪かったのだろう。

 厳しい旅路になることが分かっていながらも、「まあ、何とかなるだろ」と甘い考えを持っていた。

 

 本来の歴史であれば、この時期には既にゼニスの実家であるラトレイア家に話を通し、援助を得られていた。けれど、剣の聖地に転移していたパウロには、組織の団長として準備する時間が足りなかったのである。

 

(クソ……出発する前の自分をぶん殴りてえよ……)

 

 歩くペースを落としたパウロは、苛々しながらも無意味な反省をする。今更後悔したところで、何の意味もないのだ。

 後方でのろのろと歩く集団を眺めると、ノルンを連れて一人で行動したいという欲求が増すばかりである。

 

 そして、苛立ちの原因はもうひとつあった。

 

(奴隷になってるんだな、リーリャ、アイシャ……父さんが絶対に助けてやるからな)

 

 彼は、二人の所在を知っていた。ヒトガミから、シーローン王国にいることを教えられたのである。

 それは、喜ばしい情報だった。ずっとずっと探していた愛おしい家族の行方が分かったのだ。喜ばない訳がない。

 しかし、リベラルの言葉が何度も頭を掠めたのだ。ヒトガミの使徒は最終的に大切なものを失う、という台詞が。ヒトガミの言う通りにして大丈夫なのかと、焦燥が募る。

 

 ヒトガミはリーリャとアイシャを助ける手順まで、丁寧に教えてくれた。捜索団という荷物を抱えた状態で、何をどうすれば助けられるのかを。指示通りに動けば、全てが上手くいくと言った。

 もちろん、パウロはリベラルの話を伝えた。最終的に俺を嵌めるつもりだろう、と。

 それに対し、ヒトガミは言った。

 

『なら、どうするんだい?』

 

 あっけらかんと、悪びれもない態度で。

 

『未だに音沙汰もないリベラルと、こうして家族の居場所を教えた僕か、どっちを信じるべきかなんて言うまでもないよね?』

 

 まるで、救いの手を差し出すかのように。

 

『それに、僕は君の家族に害を及ぼすつもりはないよ。人神の名に誓って約束しよう』

 

 すがりつきたくなる約束を、結んでくれた。

 

 やはり、リベラルよりヒトガミの方が信用出来ると思ってしまった。雰囲気然り、神々しさ然り、どれもリベラルの持ち合わせてないものだ。

 だから、ヒトガミの言う通りに動くつもりだった。けれど、やはりリベラルの言葉が何度も頭の中を反芻する。

 

 奴を信じてはならない。リベラルのあの表情を見ただろう。必死で間違いを正そうとする顔を。

 否、信じるべきだ。ヒトガミのあの空気を体感しただろう。あれは本当に神様だ。それに、家族を救うためならば、俺は神でも悪魔にでも魂を捧げてやる。

 

 ぐるぐると思考を繰り返し、正解が分からず苛立ちばかりが増す。だが、真実の沙汰はさておき、シーローン王国には立ち寄るべきだろう。

 シーローン王国を無視して進み、やっぱりその地で奴隷でした、死んでました。なんて結果になれば、悔やんでも悔やみきれない。

 そう、パウロは後悔したくないのだ。己の選択で間違えたのならば、まだいい。辛うじて納得は出来る。

 しかし、他者に全ての選択を委ねて間違えるのだけは、絶対に自分を許せそうになかった。

 

 なのに、こうして他者の言葉に揺らいでる己が腹立たしかった。

 

(リーリャとアイシャを救う。その後にミリスに行けばいいだろ)

 

 資金のない状態なので、穏便に奴隷から解放させることは出来ないだろう。間違いなく戦闘に陥る。

 その時、きっと少なからず捜索団の誰かが死ぬ筈だ。けれど、それでも彼らはついてきてくれるだろう。フィットア領民を救うと言う、大義名分があるのだから。

 練度に差はあれど、ここにいる者達の気持ちはひとつだ。だから、そう。上手くいく筈だ。

 パウロは己へとそう言い聞かせ、不安や心配を誤魔化していく。どのみち、賽は投げられてる。どんな状態だろうと、やるしかないのだ。

 

 

――――

 

 

 龍鳴山から移動していたリベラルは、パウロの元を目指して進んで行く。フィットア領から既に彼がいないことは知っているので、紛争地帯を突っ切っている最中だった。

 パウロがどこを目指しているのかまでは不明であるものの、ある程度の見当はついていた。恐らく、ゼニスの実家であるラトレイア家から、援助を貰うためミリス大陸を目指してるのだろう、と。

 とは言え、予想通りであるとは限らない。取り合えず、捜索団を結成しているのならば、動きも目立つ筈だ。

 彼等が立ち寄った国々で残す伝言を当てに、追い掛ける。それが彼女の予定であった。

 

 もちろん、転移して先回りしてもいいのだが、それでもリベラルは紛争地帯を通って行った。誰かを連れてる訳ではないので、移動速度は格段に早い。

 彼女の実力ならばそれが容易であるし、もしかしたらパウロ達が紛争地帯へと進んでいる可能性を考慮してのことだ。すれ違いを防ぐための保険である。

 

 単にそれだけの理由であり、それ以上の意図は特になかった。

 しかし、その判断は彼女にとって、好機をもたらすこととなった。

 

 

――――

 

 

 彼と出会ったのは、偶然だった。

 

 紛争地帯を突っ切っていたリベラルが、他国の密偵と疑われ、兵士と敵対しそうになっていた時のことだ。

 

「おや、もしかしてリベラルさんですか?」

 

 兵士たちとの問答の場に現れたのは、金属の棒を持つ男だ。50歳ほどに見える初老で、この世界では珍しい黒髪であった。

 何でこの人がここにいるんだろう、と言わんばかりの表情を彼は浮かべ、頭を下げる。

 

「お久し振りですリベラルさん。私ですよ、シャンドルです」

「いや、誰ですか貴方」

 

 口ではそう言いつつ、リベラルは彼が何者なのかを把握していた。昔に見た頃よりも随分と老いていたので、気付くのに遅れてしまったのだ。

 

「何を言ってるのですか。私の顔を忘れられたのですか? 私ですよ、リベラルさん」

「知っているのかシャンドル?」

「ええ、私の知人です。密偵ではありません」

 

 ただ知人だ、というだけで容疑が晴れる訳もなかったのだが、シャンドルは兵士たちを説得する。その甲斐があったのか、やがて彼等は納得して引いていった。

 そして、残されたリベラルへと、シャンドルは笑みを浮かべながら再び頭を下げる。

 

「改めまして、お久し振りですリベラルさん」

「ええ、久し振りですねアレックス様。何十年振りかは覚えてませんけど」

 

 元七大列強第七位。

 先代『北神』アレックス・カールマン・ライバック。

 それが彼の真名であった。

 

「改名されたのですか?」

「ええ、今はシャンドル・フォン・グランドールと名乗っております。息子に北神の座を譲ったアレックスは、もういませんよ」

「なるほど。では、今後はシャンドル様とお呼びします」

 

 リベラルは初代北神である、カールマン・ライバックと戦友だった。ウルペンやペルギウスとも戦友だったのだから当然だろう。

 そんな戦友の息子である、アレックスと知人であるのも、また当然のことであった。もちろん、彼の息子のアレクサンダーとも知人だ。

 彼と最後に会ったのが何時なのかまでは覚えてないものの、久し振りと挨拶する程度には会ってなかった。

 

「紛争地帯にいる、と言うことは……傭兵でもしてるのですか?」

 

 この地にいる兵士から、ある程度の信頼を得ているようだったので、そう予想する。実際に自分も傭兵として活動したことがあるので、目的もある程度察しがつく。

 それに対し、彼は頷くことで肯定した。

 

「はい、武者修行といったところです。やはり、実戦に勝る修行はありませんね」

「ふふ、違いないです」

 

 ブエナ村に赴くまで、賊の相手をしたり、傭兵としての活動を行ったりしていたリベラルは、笑いながら同意する。

 そこまで考えた彼女は、ふと思い付く。シャンドルが傭兵であるのならば、雇うことは出来ないだろうか、と。

 元北神である彼は、将来的にも味方でいて欲しい人物だ。未来の仲間を得るという打算があったからこそ、ラプラス戦役にも参加した。

 しかし、彼が傭兵という立場であるのならば、雇い主という立場で味方に引き込める。知り合いでもあることも加味し、シンプルな関係だからこそ裏切りに遭う可能性も少ないだろう。

 

 未来への布石を考えたリベラルは、しばらく難しそうな表情で唸る。脳内でどうすべきか考え、思考が纏まると口を開いた。

 

「……シャンドル様。今の仕事が終わったら私に雇われませんか?」

「リベラルさんに、ですか?」

「そうです。力を貸してください」

 

 彼女の直球な言葉に、シャンドルは目をパチパチさせる。珍しいものを見たと言いたげな様子だ。

 が、そんなことなど気にせず、リベラルは続ける。

 

「依頼内容は……フィリップ様の護衛です」

「フィリップ? 誰かなそれは」

「フィットア領の領主の息子で、城塞都市ロアの町長です。……今となっては元、が付きますが」

 

 リベラルの言葉に、彼はなるほどと頷く。二人の関係に関しては不明なものの、先の転移事件の責任を取らされかねない立場なのはハッキリしてるだろう。

 フィリップをアスラ王国に引き渡さないようにする、と言うのが依頼なのかと顔を向ける。

 もっとも、そうであるのなら難しい依頼なのだが。国からの要請を断る、と言うのは国賊扱いされかねないものだ。アスラのような大国ならば、そういった反逆者に容赦はしないだろう。

 

「そうですね……紙とペンを貰えませんか? フィリップ様への伝言も渡したいので」

「少々お待ちを」

 

 リベラルの頼みに従い、ささっと何処かへ紙とペンを取りに行ったシャンドルは、すぐさま戻り二つを手渡す。

 受け取った彼女は、紙に伝えるべきことを書き連ねていき、やがて手紙として折り畳む。

 

「……フィリップ様をアリエル様の陣営に付かせます。グレイラットとしての立場を捨てるかは任せますが、一度表舞台から引いてもらうつもりです」

「ん? 何故それを私に?」

「フィリップ様には裏で動いてもらうからです。そして、シャンドル様にはその護衛を頼みたいのです。護衛対象が何をして、その結果どういう危険が起こりうるのか、ある程度の前情報は必要でしょう」

「なるほど、確かに」

 

 リベラルがフィリップに頼みたいこと。それは至極単純なものだ。

 正直、まともな手段で彼が立ち直ることは不可能だろう。兄のジェイムズは保身に走り、父であるサウロスを上級大臣へと売ってしまった。一応ながら、ボレアス家自体は首の皮を繋いだとも言える。

 しかし、城塞都市ロアの町長であるフィリップには、もはや立場など存在しない。あるのはボレアスという血筋の枷のみだ。

 放置していれば、むしれるだけむしりとられ、やがてゴミのように捨てられるだろう。

 だったら、そうならないように新たな立場を手にしてもらう。

 

 アリエルを王にするため、貢献し、功績を残し、再び爵位を貰う。

 これがリベラルの考えであった。

 

 とは言え、あくまでも提案だ。リベラルはアリエルを王にするつもりなので、その際に「一緒にやらないか?」と誘ってるようなもの。

 今のリベラルに出来る、唯一の罪滅しだ。転移事件に対し、ろくな対応を取らなかったフィリップへの償い。

 現状から確固たる立場を取り戻すのならば、逆転の一手とも言えるだろう。兄のジェイムズと完全に敵対することになるが。

 危険は多い。アリエルは第二王女であり、上に第一王子と第二王子の兄が二人いるのだ。それを押し退け王となる細工を頼むのだから、確実に尖兵を差し向かわされるだろう。

 

 故に、フィリップがこの提案に乗った時、彼を守る強力な護衛が必要だった。ギレーヌも護衛をしてくれるだろうが、さしもの彼女も一人では厳しい筈だ。

 だからこそ、目の前にいるシャンドルにも護衛を頼みたかった。……フィリップが提案に乗らなければ、当然ながら白紙となるが。

 

「ふむ……」

 

 思案げな表情を浮かべ、シャンドルは悩む。と言うのも、突拍子もない話だからだ。

 それとは別に、実際にその依頼を受けた際のメリットとデメリットについても考える。少なくとも、アリエルが王になれなければ、アスラ王国から一生命を狙われるだろう。

 

 しかし、リベラルがアリエルを王にする助力をするのであれば、その可能性も低くなる。シャンドルは彼女の強さを知ってるからだ。

 政治方面に対する力量までは知らないものの、こうして偶然出会った己に声を掛ける程度には、先を見据えているのだろう。目的を達成させられるだけの手があると考えるべきだ、と。

 

「まあ、他ならぬリベラルさんからの頼みです。私は別に構いませんが……」

「何か、欲しいものでも?」

「うん、こうして再会したのも何かしらの縁です。稽古でも付けて下されば構いませんよ」

 

 彼の言葉に、リベラルはポカンと呆れた表情を浮かべる。危険であるのにも関わらず、あっけらかんとした態度だからだ。

 

「つまり、報酬とは別に手合わせして欲しいと?」

「いやぁ、傭兵として活動したのはいいものの、あまり手強い方がいなかったんですよ! 北神流を教えつつ、自らを省みてばかりしてまして! しかし、リベラルさんと手合わせできるとはありがたい!」

 

 嬉しそうに語感を強める彼に、リベラルは苦笑することしか出来なかった。シャンドルがどうして北神の座を開けたのか知らないが、その言葉で大体は察せよう。

 きっと、初代北神の教えを広めるため、身軽な立場になったのだろうな、と。そのついでに、自身もまたステップアップするためか。

 

「分かりました……私自身も反省したいことがありますので、特別ですよ?」

 

 何にせよ、協力してくれるのであれば、その程度の願いは叶えよう。三日三晩と戦い続けるわけでもない。

 仕方ないなぁ、なんて態度で了承してみたが、シャンドルは気付いた様子も見せず、笑顔のまま人目のない場所へと案内し始めた。

 

 

――――

 

 

 人気のない広い場所へと辿り着いた二人は、静かに対峙する。リベラルは無手のまま立ち尽くし、シャンドルは棒を構えて彼女を見据える。

 激しい戦いにはならない。これはあくまでも稽古であり、組手だ。互いに長引かせる気もなく、すぐに終わることだろう。

 

 リベラルの何も持たないその手を、シャンドルは見つめる。彼はそれに対して不満を覚える訳もなく、普段通りの様子で口を開いた。

 

「無手と言うことは……“呪子のまま”ですか」

「まあ、治すこと自体は出来るんですけど、そうすると新たな問題点が出てしまいまして」

 

 『神子』と『呪子』。

 

 魔力の変異により、あらゆる特殊能力を持つものが、そう呼ばれている。その二つの根本は同じではあるものの、役に立つ力を持つ者を『神子』。役に立たない力を持つ者を『呪子』と呼ばれていた。

 リベラルは後者の呪子であった。それは、生まれつきそうだったのではない。後天的に呪子となったのだ。

 

 『龍神の神玉』。

 その効果を発揮した時、リベラルはヒトガミの手から逃れられる。しかし、強力な力故か、それに伴いひとつの副作用をもたらすこととなった。

 

「今の私が武器を持っても……聖級以上の動きをすれば壊れるままです」

 

 彼女の源でもある初代龍神には、神としての力を受け止められる武器があった。柄は『龍神刀』。オルステッドに受け継がれた、神の武器だ。

 魔剣と呼ばれる剣を含め、彼等が全力で武器を振るえば武器は破損する。そして、ヒトガミの力を退けるため、龍神の神玉の力を纏うリベラルもその例から溢れなかった。

 

 つまり、リベラルは――『武器を振るえない呪子』なのだ。

 

 とは言え、全力でなければ普通に振るえる。先程言ったように、聖級程度の動きが、武器の破損をさせない彼女の限界なのだ。

 リベラルが剣を振るったのも、ブエナ村に訪れる前に行った、盗賊退治が最後である。その時も僅かな闘気を纏っただけだ。

 

 魔龍王の知識を受け継いでるリベラルは、呪子としての呪いを消すことが出来る。しかし、それは龍神の神玉の力を打ち消すことになるのだ。

 それではヒトガミの能力に捉えられてしまうので、未だに呪子の呪いを打ち消すことが出来ずにいた。上手いこと良いとこだけを取る技量と知識が足りなかった。

 

「まあ……『王竜剣カジャクト』並の代物があれば、壊れることもないでしょうけど……」

「ははは、あれは倅に託しておりますよ。あの剣は強すぎるんです。だからこそ、私はこれを使ってるんですがね」

「なるほど、確かに。王竜剣で修行したところで、技量なんてろくに上がらないでしょうね」

「そうです。そうなんです。武者修行したいのに、それでは意味がないんですよ!」

 

 ははは、と陽気に笑うシャンドルに、リベラルも気を弛める。彼の明るい性格に、張り詰めていた緊張が僅かに途切れた。

 その瞬間、リベラルの額にナイフが凄まじい速度で飛来する。

 

「うひゃあっ!」 

 

 迫り来るナイフを、彼女は咄嗟に挟み込んで止めた。

 

「殺す気満々じゃないですか!」

「気を抜いてるのが悪いんですよ。それに、アッサリ止めてるので構わないでしょう?」

「ぐぬぬ……許しませんよ。全力で終わらせます」

 

 リベラルは魔眼を開き、シャンドルの流れを読み解く。オルステッドに使うことのなかった魔眼だ。

 力、魔力、重心、それらの流れを視つつ、距離を縮める。迫り来る彼女に、シャンドルは待ちの姿勢を見せた。

 剣士の勝敗とは、本来一瞬でつくものだ。そして、その刹那の間に、本人たちにしか知り得ぬ激しい攻防があった。

 

 細かいフェイントを織り交ぜ、距離を詰めていくリベラルに、シャンドルは惑わされず待ち続けた。

 棒を持つ彼の間合いは広い。リベラルが素手であることも加味すれば、一の太刀が避けられても、二の太刀は間に合うだろうと。

 それに、『流れを視る』魔眼を持つ彼女を相手にするのならば、動かないのは最善手とも言えよう。

 

「おおおお!」

 

 リベラルが間合いに入った瞬間、シャンドルは棒を振るった。それに対する彼女の反応によって、二の太刀をどうするのか一瞬で決める必要がある。

 避けるのならば、右か、左か、下か、上か、それとも退がるのか。どれにせよ、二の太刀には間に合う。

 受け止めるのならば、水神流の『(ナガレ)』か、それとも違う技か。『(ナガレ)』をされれば受け流されないように対応する必要がある。

 

 シャンドルが様々な考えを巡らせていることを、リベラルは理解していた。理解していたからこそ、彼女の取った選択はシンプルだった。

 走りながら、渾身の力を込める。そして、振るわれた棒に対し、大きく振りかぶった。

 

「むぅっ!?」

 

 ゴン、と大きな音を経て、シャンドルの棒は弾かれる。振り抜かれた拳が、打ち勝ったのであった。

 剣ならばともかく、棒では攻撃力不足だったのだ。ただそれだけのことだった。リベラルの龍族としての強靱な肉体を、突破することが出来なかった。

 

 棒が大きく弾かれ、体勢の崩れたシャンドル。立ち直るよりも早く詰め寄ったリベラルに、手刀を首元に置かれる。

 チェックメイトだ。勝敗のハッキリしたその状況に、彼はガッカリした表情で手を上げた。

 

「見事に私の思惑を読み切られましたよ……やはり、昔から変わらずお強い」

「棒じゃなくて剣だったら、こうはなりませんでしたけどね」

「それも所詮はたらればでしょう……。態々付き合って頂き、ありがとうございました。ご依頼の件、お受けいたしましょう」

 

 構えを解き、一息吐いたシャンドルは、再び笑みを浮かべて了承する。

 こうして、リベラルは北神二世であるシャンドルの協力を得ることとなった。





Q.そいえば社長に対して魔眼使ってなかったね。
A.全力を出されたら駄目なので、色々な力をセーブしてました。

Q.シャンドルさんアッサリ負けたな。
A.作中で書いた通り、長引かせる気は両者共にありませんでしたし、やはりただの棒では勝つのが厳しかったのです。

Q.シャンドルさんに会えたのは偶然?
A.偶然です。一応、誰か頼れる人がいたらいいなぁ、と思ってたりしないこともないですが、本当にいるとは一切思ってませんでした。


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2話 『支離滅裂』

前回のあらすじ。

ナナホシ「何か回想でリベラルと話してたらしい」
パウロ「人神から家族の居場所を教えて貰ったから助けに行くぞ!」
シャンドル「リベラルに雇われてフィリップの護衛になったよ!」

作成率が仕事してない?いえいえ、次話(皆様にとっての次話ではなく、私がストックしてる作品の次話)なので嘘はついてないんです!
……まあ、既にストック尽き果ててますので、次からは作成率詐欺にはならないと思います。
亀更新ですが、お付き合い頂けると幸いです。


 

 

 

 魔大陸で唯一の港町であるウェンポート。そこに、ルーデウスたちは道中でトラブルなく辿り着いていた。

 ここから船に乗れば、魔大陸から離れ、ミリス大陸へと辿り着ける。過酷な地である魔大陸の外へと出れば、フィットア領までの道中の安全度は跳ね上がるだろう。

 ここまでの旅路で一皮剥けたルーデウスとエリスならば、もう容易に帰れるほどだ。

 

 しかし、リーダーとして方針を定めていたルーデウスの表情は、優れなかった。むしろ、暗い表情だ。

 皆が寝静まっているであろう夜更けの中、静かに目前の問題に向き合っていた。

 

「緑鉱銭200枚……」

 

 原因はここまで二人を護衛した、ルイジェルド・スペルディアである。四百年前のラプラス戦役にて、敵味方区別なく暴れまわった彼らの種族が、忌み嫌われているのが理由だ。

 スペルド族は、全ての種族から畏れられ、忌諱されている。故に、船に乗るだけでも多額の金額を要請されていた。

 

 ――すまんな、俺のせいで。

 

 顔を曇らせたルイジェルドの表情を思い出し、ルーデウスはここからどうやって渡航するのかを考える。

 スペルド族である彼を、ここに残していくという選択肢はない。己とエリスを助けてくれた恩人だ。

 失礼なことを思ったり、冗談で貶したりすることもあるが、ルイジェルドを裏切るようなことは絶対にするつもりはない。それほどまでに、彼から恩を受けているのだから。

 

 しかし、ウェンポートに辿り着いてから、既に一週間ほど経過しているものの、渡航の目処が立っていない。

 否、どうすべきかの方針自体は定まっている。正当な方法で金を稼ぐか、迷宮で一攫千金するか、裏業者に渡りをつけるか。元々エリスとルイジェルドには、そのように提案した。

 だが、冷静に考えてみれば、選択肢なんてあってないようなものだ。正当な方法で金を稼ぐにしても、時間があまりにも掛かりすぎる。迷宮も命の危険性がある上、確実性に欠ける。

 故に、裏業者の者に頼むことになるのだが……交渉に失敗したのだ。

 

「どうするか……」

 

 断られた理由は、幾つかある。

 単純に運び手である彼らが、何か別の準備に忙しかったからだ。つまり、今はスペルド族という爆弾を抱え込めないと言われたのである。

 次に、その彼らの準備にトラブルが起きたようだ。どうやら、ミリス大陸に“はぐれ竜が出現した”とかで、何やら慌ただしくなってるらしい。

 魔大陸から離れてるから関係ないだろ、と思ったものの、そもそもルーデウスは彼らが何をするつもりだったのか知らないし、詮索するつもりもなかった。

 

 ともかく、一段落するまでは無理と言われた訳だ。

 

「よし……売るか」

 

 口に出せば、アッサリと決意出来た。ルーデウスは懐に手を入れる。

 そこから取り出したのは、実用するには少しばかり派手過ぎるナイフだった。5歳の誕生日に、リベラルより貰った代物。

 肌身離さず持ち歩いてくれ、という言葉に従った結果、転移してからも懐に入っていた物だ。

 

 ルーデウスにとって、これは大切な物だ。実際にこのナイフを扱った機会は少ないものの、リベラルとの思い出の代物。

 だが、この町のギルドであった出来事を思い出し、僅かに顔を曇らせる。というのも、そのリベラル本人の伝言があったからに他ならない。

 

「…………」

 

 まず、転移事件の詳細。これにより、ルーデウスはフィットア領で何が起きたのかを把握した。受け入れがたい話であったが、ともかく現状は理解した。

 次いで、ミリス神聖国で合流出来そうなこと。何故こちらの動きが把握出来てるのか首を捻ったが、魔界大帝の力を借りたと記載されていたので納得する。ルイジェルドも納得していた。

 もうひとつは、ヒトガミに関すること。驚き戸惑ったが、ヒトガミではなく私《リベラル》を信じて欲しい、と書かれていたので、一先ず再会した時に話を聞こうと考えている。

 

 そして最後に、ルイジェルドとの会話が、頭に鮮明に残っていたのだ。

 

 

――――

 

 

 時は遡り、伝言を確認した後の話だ。

 

「魔界大帝と会ったのか……そのリベラルとは、何者なのだ?」

 

 当然のように書かれていたその事実に、ルイジェルドは軽く驚いたような表情を浮かべていた。

 

「僕に魔術や戦闘術を教えてくれた師匠です。詳しくありませんけど、ラプラス戦役とやらにも参戦していたらしいですよ?」

「ラプラス戦役に?」

「えっと……確か、銀緑と呼ばれ――」

 

「――銀緑だと?」

 

 そこで、ルーデウスの言葉は途切れる。ルイジェルドが今まで見たことがないほどに、真剣な表情をしていたからだ。

 

「ルーデウス」

「は、はい」

 

 口を開いた彼は、ルーデウスの肩を掴みながら逡巡した仕草を見せる。しかし、迷いを振り切るかのように大きく息を吸った。

 

 

「銀緑は信用するな」

 

 

 その言葉に、ルーデウスは固まる。何を言われたのか理解出来なかったのだ。

 

「いや……すまん。それは言い過ぎだったな」

 

 謝罪するルイジェルドに対し、ルーデウスは混乱する。唐突な台詞に、思考が追い付かなかったのだ。

 故に、疑問をぶつける他ないだろう。己にとっては、間違いなく恩人であり、大切な人なのだから。

 

「それは……何故ですか?」

「……奴は、銀緑はラプラスとの最終決戦の際、その場にいた」

「……うん?」

 

 その台詞に、ルーデウスは頭に疑問符を浮かべた。自分が聞いた話と違うからだ。

 というか、その場にリベラルがいたのであれば、『魔神殺しの三英雄』ではなく、『魔神殺しの四英雄』になってるだろう。

 

 そんな不思議そうにしてるルーデウスに、ルイジェルドは告げる。

 

「あの女は、決戦の場で影から高みの見物をしているだけだった。俺が乱入しようとも奴は決して動かず、見ているだけだった……」

「見ているだけ、ですか?」

「ああ。戦いが終わった後は、何もせずその場から静かに離れていった」

 

 確かにそれは、胡散臭いだろう。この話だけを聞けば、ルイジェルドがそう告げたのも納得出来る。

 現在のリベラルを知ってるルーデウスからすれば、それは信じられない話だ。

 

「よくリベラルさんに気付きましたね」

「俺にはコレがあるからな」

 

 トントンと、自身の額にある宝石を叩く彼に、ルーデウスは納得する。索敵能力に関しては、スペルド族の右に出るものはいないだろう。

 ウェンポートに来るまでに、散々と見せ付けられた力だ。確かにルイジェルドが間違えるとは思えない。

 

 

「ルーデウス。銀緑はお前の師だ。信用するなとは言わん」

 

 恨んでる訳でもない。蔑んでる訳でもない。しかし、ルイジェルドとしては、どうにも信用出来ない人物だった。

 リベラルにどのような意図があったとしても、その行動は彼女の憎んでいる存在と似ていたのだ。

 

 

「だが、警戒はしておけ」

 

 

 ただ、胡散臭かった。

 それだけだ。

 

 

――――

 

 

 

 団体で移動しているパウロ。

 単独で移動しているリベラル。

 

 どちらが早いかなど、言うまでもないだろう。素人の多いパウロの方が遅いのは、当たり前の事実であった。ましてや、リベラルは実力者。倍以上の速度で進行している。

 シャンドルと別れた彼女は、あっという間に紛争地帯を走り抜け、各国に残された捜索団の足跡を見付けていた。そこから彼らがどこを目指しているのかを把握し、特に苦難もなく追い付く。

 

 捜索団に追い付いたリベラルは、休憩をしていたパウロの元へと歩み寄り、声を掛ける。それに対し、彼は驚いた表情を浮かべながら応対した。

 

「リベラル? 何でここにいるんだよ?」

「はい、報告することがありまして……アレを使い、パウロ様を追い掛けて来ました」

「あ? アレってなんだ?」

「剣の聖地からフィットア領に向かう際に使ったものです」

 

 パウロは彼女の言うものが、転移装置を指してることに気付く。態々隠喩して言ったのも、周りの者たちに分からないように、配慮してのことだろう。

 

 と、同時に己の失敗に気付いた。

 

 転移装置だ。あれを使っていれば、こんなにも苦労してシーローン王国や、ミリス大陸を目指す必要などなかった。

 魔大陸に向かった筈のリベラルが追い付いてきたのも、転移装置を使ったからだろう。そして、フィットア領でもう少し待っていれば、もっと安全に、そして早急に向かうことが出来ていた。

 シーローン王国まで、後もう少しだ。一週間も掛からない。今更そんなものを使っても、むしろ遠回りになる可能性が高いだけだ。

 

「しかし、どうやら皆の不満が多かったようですね……もっと早くにフィットア領に戻れていれば良かったのですが……申し訳ございませんパウロ様……」

「……構わねえよ。そんなの今更だ」

 

 どうしてもっと早くに来なかったのだと、喚いたところで意味などない。例え皆の不満がなかったとしても、ヒトガミの助言もあったのだ。

 結局、パウロはリベラルを待たずに飛び出すことに変わりなかった。まだまだ幼いノルンを連れての旅になっていただろうし、その場合はもっと困難な道程になっていた可能性すらある。

 

「それで、報告ですが……ご家族の所在が判明しました」

「なんだと!?」

 

 だが、そんな後悔もリベラルの一言で吹き飛ぶ。

 

「どこだ!? 頼む、教えてくれリベラル!」

「ちょ、落ち着いて下さい!」

 

 肩を掴み、必死の形相を浮かべるパウロ。そんな彼の様子に、周りの者たちも何があったのかと集まってくる。

 リベラルの報告は、喜ばしい情報である。しかし、同時に周りの平静さを失わせるものだ。魔界大帝から家族の居場所を教えてもらったと皆が知れば、他の者たちも同様に「俺も、私も教えてほしい」とパニックが引き起こるだろう。

 只でさえ強行軍で押し進めているというのに、そのような事態に陥れば収拾がつかなくなる。遭難者を探す前に、こちらが遭難してしまう。

 

 そのことに気付いたパウロは、ハッと冷静さを取り戻し、皆を散らしていった。

 

 

――――

 

 

 周囲の者たちに二人きりになりたいと告げ、パウロとリベラルは離れた場所にやって来ていた。

 

「……それで、どこなんだ?」

 

 ある程度考える時間があったためか、頭が冷えたのだろう。すっかり平静となったパウロに、己の得た情報を伝えていく。

 魔大陸にルーデウス、ベガリット大陸の迷宮都市ラパンにゼニス、シーローン王国にリーリャとアイシャ。それぞれがどういう状況に陥ってるのかも伝えた。

 

 ルーデウスのことを聞いた時、パウロはホッとした表情を見せる。自分の息子の優秀さを信じていたからなのだろうか。「ルディなら大丈夫だろう」という信頼が見えた。魔大陸にいたということで、今まで情報が入らなかったことにも納得した様子だ。

 だが、他の三人の状況を伝えると、一転して表情を曇らせる。

 

「そうか……奴隷になってる、か」

 

 それは、既にヒトガミから聞いてる情報であった。あの存在が嘘は吐いてないという証明がされたのだ。

 予め聞いていたお陰だろうか。パウロは動揺することなく、その事実を受け止めることが出来た。むしろ、希望を持つことが出来るのだ。

 恐らくヒトガミの言った手順で進めれば、リーリャとアイシャを助け出すことが出来るのだろうと考える。確かにヒトガミは胡散臭いが、それでも滅茶苦茶なことは未だに言ってない。

 

 家族を助けるために告げられたこと。

 それはひとつだけだ。

 

『奴隷市場を潰して欲しい』

 

 ただ、それだけであった。何もおかしなところのない、神らしいお願い。それだけであるのならば、受け入れるのも当然だろう。

 そもそもな話、そこにはパウロの家族だけではなく、他の者たちの家族もいるというのだ。確かに奴隷市場を破壊するのは多大な労力が必要だが、協力者も数多くいるだろう。

 更に言えば、ヒトガミは潰し方も助言してくれた。ならば、出来ないことはない筈だ。

 

 だからこそ、パウロは当然の答えを出す。

 至極真っ当な考えだ。

 

「リベラル……頼みがある」

「何ですか?」

 

 彼の家族で不透明な状態に陥ってるのは、ひとりだけだ。魔界大帝の力を持ってしても不明で、現在の状況がハッキリと分からないのは。

 

「ゼニスを、助けてくれ……頼む、お前しかいねえんだ……!!」

 

 迷宮都市ラパンに、パウロは行ったことがない。数多の迷宮を踏破してきたSランクパーティー『黒狼の牙』ですら、挑戦したことのない未知の領域だ。

 ゼニスなら……アイツならきっと切り抜けられる、という気持ちはあるが、だからと言って絶対的な信頼を抱ける訳がないだろう。それ以上に胸中を不安が締めていた。

 

 ノルンは己の側におり、ルーデウスは自力で帰れる段階。リーリャとアイシャは今から助けに行くことが出来る。故に、遠い上に救出の困難なゼニスを助けに行って欲しいのだ。

 相手がリベラルだからこそ、パウロは頼み込んでいた。実力があり、移動手段も確保しており、ゼニスとも仲が良かった。そして実際に、それを成し得るだけの実行力がある。彼女が助けてくれさえすれば、また家族が揃えるのだ。

 

 だが、懇願するパウロに対し、リベラルは困ったような表情を浮かべる。

 

「ゼニス様を助けに行くのは構いませんが……シーローン王国はどうされるのですか?」

「そっちは大丈夫だ。奴隷から解放するくらいなら何とでもなる。それに、タルハンドとエリナリーゼが既に向かってんだろ?」

「まあ、そうですが……アイシャ様とリーリャ様の安全を確保してから、ベガリット大陸に向かっても遅くないのでは?」

 

 リベラルとしては、シーローン王国に寄っておきたかったのだ。何せ、ここはある意味大きな分岐点となり得るのだから。

 シーローン王国は、約80年後に魔神ラプラスが復活する地だ。ラプラスの復活地点を固定することが出来れば、ヒトガミの打倒に大きく前進出来る。

 リベラルの今までの失敗を帳消しにして有り余るほどに、重要で重大なイベントだ。

 

 とは言え、ここで絶対にシーローン王国へ行かなければならないかと言われれば、そうでもない。正直、この段階で第七王子のパックスが殺されない限り、詰みに陥ることはないだろう。

 王子として落ちこぼれであるパックスは、その劣等感を刺激され、将来自殺に追い込まれるが、その大きな切っ掛けとなるロキシーはこの地を訪れていない。

 ならば、ヒトガミはどのような手で、パックスを始末しようとするのかを考えるべきだ。まあ、当然そんなことは分からないが。オルステッドなら知ってるだろうが、聞けないので除外だ。

 

 だが、誰を駒として動かそうとしているのかは、ある程度予想出来てる。

 

「パウロ様、もしかしてヒトガミから何か言われたりしてますか?」

「…………ああ、その通りだ」

 

 少しの間の後、パウロは正直に答えた。

 

「詳細を伺っても?」

「分かったよ……」

 

 パウロは、まだ迷ってる段階だ。リベラルは家族の居場所を見付けてくれたし、ヒトガミは家族の助け方を教えてくれた。

 リベラルとヒトガミが敵対してなければ、何とも簡単な話であっただろう。だが、そんなことはなく、両者共にハッキリと敵対関係を口にしている。

 明らかに、どちらかがパウロを利用しようとしていた。少なくとも、唐突に両者が手を取り合い、パウロを助けようとしている、なんて馬鹿げた思考にはならない。

 

 ある程度の間が空いてることもあり、頭は冷静になっている。リベラルは転移事件のことを否定しなかったが、それでも行動(家族の捜索)によって誠意を示した。それは事実だ。

 だったら、今はヒトガミではなく、ちゃんと彼女のことを見つめるべきなのだろう。どちらが正しいのか分からなくても、それだけは分かることだ。

 だから、パウロは彼女の誠意に応えることにした。

 

 ポツリポツリと口を開いた彼に、リベラルは優しい表情を浮かべて頷く。

 

「……なるなど。奴隷市場を潰して欲しい、ですか」

「俺が頼まれたのはそれだけだ。それ以上は言われてねえ……」

「いえ、十分です。答えて下さりありがとうございますパウロ様」

 

 これにより、リベラルはヒトガミの狙いを正確に理解することとなった。そう難しいことでもない。未来の知識を持つ彼女は、ヒトガミの狙いに簡単に気付く。

 今までに纏めた知識を思い出しつつ、彼女は結論を出した。

 

 まあ、単純な話である。

 シーローン王国で出来損ないと称されるパックスは、奴隷市場とのツテを作ることによって、将来大きな力を得ていく。だから、その前に奴隷市場を潰して欲しい。そんなところだろう。

 とても分かりやすい狙いだ。未来の知識がなければ分からなかっただろうが、そんなことを知らないヒトガミからすれば、どうしようもない話である。

 

 そして、実際にヒトガミはそのつもりだった。

 呆気なく見破られたものの、ヒトガミとしても出来たらいいな、程度のものだった。猜疑心を持ってるパウロを使徒にしてる時点で、ヒトガミの余裕の無さも窺えるだろう。

 行動の見えないリベラルによって、既にルーデウスとも間接的に接触されている。故に、ルーデウスを都合の良いように操ることも難しくなった。

 そう、ヒトガミは現状打つ手がほとんどなかったのである。

 

「……奴の言うことを聞かず、家族を解放出来るのか……?」

 

 場の状況を理解したリベラルとは対照的に、パウロは不安げに疑問を漏らす。ヒトガミの正確な力は知らずとも、強大な存在であることは理解しているのだ。

 リベラル側に付くということは、ヒトガミと敵対するということ。手の届かぬ場所から一方的に悪意を振り撒かれる可能性を考えれば、パウロの不安も当然だろう。

 もしかしたら、俺は間違えた判断をしたのかも知れない。もしかしたら、これが原因で家族が害されるかも知れない。もしかしたら……そんな不安が胸中を渦巻き、段々と最悪の光景が脳裏を走り出す。

 

 だが、そんな気持ちを振り払うかのように、リベラルは笑顔を浮かべてパウロの手を取った。

 

「私もシーローンへ向かいますよ。早く皆様を奴隷から解放しましょう。なぁに、荒事になれば私にお任せ下さい! 誰が相手でも一捻りしてやりますよ!」

「……それはともかく、皆を解放するための具体的な方法はあるのか?」

 

 そう、それがパウロの不安点でもあった。ヒトガミは奴隷から解放するための方法を、市場を潰すための方法を教えてくれた。

 というか、奴隷市場の幹部連中や、弱味や急所をヒトガミは教えたのである。徹底的に潰すのであれば非常に使える情報だが、中途半端には使えない情報だ。

 確かにこれらを駆使すれば、皆の解放は容易だろう。だが、弱点を付く戦略は、それ以上に相手を“やる気”にさせてしまうのだ。

 パウロは生き延びられる自信があっても、他の者たちはそうでもない。一方的な虐殺が、繰り広げられてしまうだろう。

 

 しかし、そんなパウロの言葉に対し、リベラルはコテンと首を傾げる。

 

「何を言ってるんですかパウロ様……奴隷なら買えばいいだけじゃないですか」

 

 余りにも当たり前な解答。パウロとて、穏便に済ませられるのならそうする。

 だが、根本的な問題として『フィットア領捜索団』には資金がないのだ。

 

「……金はどうするつもりなんだ?」

「そんなの私が出しますよ」

「は?」

 

 あっけらかんと言い放たれた言葉。それに対し、パウロは唖然とした表情を見せる。

 

「え、リベラルお前……金あるのか?」

「ありますけど」

「ブエナ村にいた頃に、金欠って言ってなかったか?」

「当時は手持ちがなかっただけで、自宅に帰ればありましたけど」

「いや、だが……俺の家族だけとなると、捜索団の奴らは納得しねぇぞ?」

「ふぅ……私を誰だと思ってるのですか? 私は銀緑ですよ? 金なんて幾らでも用意出来ますよ」

 

 かつて、彼女はルーデウスの五歳の誕生日に、派手な装飾のナイフをプレゼントした。そして、誰も気付かなかったが、それは世界的に有名な鍛冶士の作り上げた名品。

 魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ、『指切(ユビキリ)』。

 そんな大層な物を、ポンとプレゼントしていたのである。売却すれば、アスラ金貨1万枚相当。約十億円である。

 

 幼い頃から龍鳴山で過ごし、その遺産を引き継いだリベラルは、自宅に帰れば高値で売れるものを大量に所持している。むろん、ある程度の資金も必要になる可能性を考慮し、今回は売っても問題ないものを幾つか持ってきている。

 流石に知名度がないので、ユリアンの作品ほど高値では売れないが、それでもそれなりの金貨は手に入る。

 

「…………そうか」

 

 もちろん、市場の金相場が崩れない程度に加減をする必要があるので、リベラルだけで捜索団のバックアップは出来ない。しかし、今回の奴隷解放には十分過ぎる金を用意出来る。

 もしも既に二人が売り払われていたら、なんて問題点もある。しかし、先に向かってるタルハンドとエリナリーゼがいる以上、それもないだろう。

 シーローン王国で情報収集をし、状況の把握をしてる筈だ。仮に、二人が到着する前にリーリャとアイシャが売り払われていたとしても、足取りを掴むことは出来てるだろう。

 

 即ち、問題解決である。

 

「しかし、いいのか? こんなこと言うのも何だが……俺はその金に見合ったものを返せねえぞ?」

「構いませんよ。私は別に金が無くても生きていけますし、そもそも渡すのも微々たるものですし」

「…………そうかよ」

 

 これ以上の詮索は止めようと、口を閉じる。この話題を続けてしまい、「じゃあ借金ってことで、貸したお金はいずれ全部返して下さいね」なんてことを言われれば、堪ったものではないだろう。

 どれほどの金額になるかは不明だが、パウロ一人で返せる額でないことは確かだ。捜索団員たちも、現在は無一文である。皆で協力しても、返済に長い時間が掛かることは明白であった。

 

「では、気を取り直しまして……シーローン王国へと向かいましょうか」

「リベラル、そのことなんだが……アイシャとリーリャは俺に任せてくれねえか?」

 

 だが、リベラルの提案をパウロは断る。その事実に、彼女は首を傾げた。

 

「何故ですか?」

「……俺がとんでもなく最低なことは自覚してる。けどよ、リベラルにはゼニスを助けに行って欲しいんだ……」

「シーローンでの金はどうするつもりですか?」

「……貸してくれ」

 

 それは言葉通り、とんでもなく滅茶苦茶なことだった。

 つまり、パウロは金だけを置いて、ベガリット大陸へと向かってくれと言ってるのだ。それも、対価なく無償で。

 

「ふむ……自分が何を言ってるのか理解されてますか?」

「ああ……」

「では、その上で今の台詞を述べたのですか」

「ああ……」

 

 パウロの言葉に、リベラルは溜め息を吐く。

 

「……正直、私はゼニス様を助けにベガリット大陸に向かうことも、パウロ様にお金を差し上げることも構いません」

 

 リベラルからすれば、それはどのみちすることである。だから、構わないと思ってるのは確かだ。

 問題は、その理由だ。どういった意図があって、そう提案しているのか。パウロがどうしてそんなことを言い出したのか、彼女には一切分からなかった。

 それに、シーローン王国にも寄りたいと思ってるのだ。ヒトガミへの対応策は出来たので、絶対に寄らなければならない訳ではない。だが、自分の手で不安を取り除きたいと思うのは当たり前だろう。

 

「ですが、どのみちゼニス様を救出するのに時間が掛かることは確かです。ならば、ここでアイシャ様とリーリャ様を助け、万全を期してから向かってもいいと思うのですが」

「俺は……一秒でも早く、家族と会いてえんだよ……」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、リベラルは沈黙した。

 

「なぁ、リベラル。ゼニスは……絶対に無事だという保証はあるのか? ゼニスだけは、詳しい状況が分からなかったんだろ?」

「…………」

「この非常事態に自ら迷宮に入る理由なんてねえ。なら、ゼニスは迷宮の中に転移しちまったんだろ?」

 

 普段からは考えられぬ程、冷静な考察を述べるパウロに、リベラルは小さく頷く。

 

「……そうなりますね」

「既に一年以上経ってる。分かるか? ゼニスは、一年以上も迷宮の中に一人でいるんだぞ? 魔眼に映ったからには、生きてるんだろ!?」

 

 己がどれほど支離滅裂な頼みをしているのか、パウロはしっかりと理解している。けれど、それでも言うしかなかった。

 転移事件が起きてから、もう一年以上経ってる。捜索団は結成されてるが、資金的な問題もあり、未だにろくな活動が出来ていない。

 家族の居場所を知ることが出来たのは、何の関わりもない魔界大帝やヒトガミの能力によるもの。ノルンを保護してくれたのも、リベラルのお陰。

 

 ――パウロは一年以上も経って尚、家族のために動けていなかったのだ。

 

「俺は、ゼニスに、リーリャに、アイシャに、ルディに、早く会いてえんだよ……」

 

 気が狂いそうだった。家族を捜すこともせず、無為に時間を浪費してしまって。

 グダグダと長ったらしく『フィットア領捜索団』に縛り付けられてしまい、ろくな活動も出来ず。何度投げ出してやろうかと思ったものだ。

 王都からの復興資金も、捜索団にまであまり回らず、それこそ自力で帰ってこれるような場所にしか行けなかった。

 

 動き出すのが遅すぎた。

 誰もが焦燥していた。

 心が、壊れてしまいそうだった。

 

「リベラルには、大切な人はいねえのか? 絶対に、何が何でも守りたいような、そんな人が」

「…………まあ、いない訳ではないですけど」

「なら、俺の気持ちを分かってくれるだろ!? 不安なんだよ! 情けなく泣き出しちまいそうになっちまうほど、怖いんだよ……!」

 

 もしも、リーリャが、アイシャが、ゼニスが、ルディが死んでたら。そんな想像が脳裏を過り、パウロの瞳から本当に涙が零れ落ちる。

 

 確かに今は生きてるかも知れない。けれど、誰もがいつ死んでもおかしくない状況下にいるのだ。

 安心出来るわけがない。分かったからこそ、より必死になるのだ。手の届きそうな場所にあるからこそ、手を伸ばしてしまう。

 未来の知識を持つリベラルと違い、パウロには安心出来る要素がひとつもなかった。リベラルのように落ち着ける訳がなかった。

 

「だからよ、頼むよ。ゼニスを、助けてくれよぉ……!!」

 

 大の大人が嗚咽混じりに懇願し、すがりつく。あまりにも惨めで、情けない姿だった。

 だからこそ、パウロがどれほど家族のことを大切に想っているのか理解出来る。元より、そのためならば神だろうが悪魔だろうが、魂を売り払ってもいいと思っていたほどだ。

 ヒトガミにも、その気持ちを散々利用されている。

 

「…………」

 

 パウロのその姿に、リベラルはかつての光景を思い返していた。

 五千年前、そして、地球からこの世界にやって来る前。もし、あの頃からやり直すことが出来るのであれば、目の前のパウロ(父親)のように必死になれるだろうか。

 例えば、エリナリーゼが窮地に陥れば。ナナホシが危機に晒されれば。

 ああ、きっと、助けるために必死になるだろう。大切に想っているのだから、当然だ。

 

 そのために、私はここまでやってきたのだ。

 誓いを、約束を果たすために、道なき道を歩んできた。

 だからこそ、パウロの気持ちが痛いほどに分かった。

 

「…………ハァ、分かりました」

 

 長い沈黙の後、彼女はポツリとそう呟いた。

 

 確かにシーローン王国に行きたいが、リベラルにはまだ余裕があるのだ。甘い選択と認識しつつも、己には次のチャンスがあることも認識している。それ故の甘さなのかも知れないが、少なくともパウロの我儘を聞くことは出来ると判断したのだ。

 仮に、次の機会を不意にしてしまったとしても、オルステッドの代わりに責任を持って『五龍将の秘宝』を回収する。その為にも力を蓄え続け、更にはラプラス戦役に参戦したのだから。

 もうひとつの保険として、自身に宿る『龍神の神玉』を渡すと言うのもある。そうすれば、ペルギウス……甲龍王の秘宝を回収して無の世界に辿り着くことが出来るだろう。

 その場合は、リベラルが約束を果たした後の最終手段となるが。

 

「その代わり、私の頼みを聞いて下さいね?」

「あ、ああ! 分かった! 何でもやってやる!」

「大したことではありません。シーローン王国に着いたらすぐに、此方の人形を第三王子ザノバ・シーローンに渡して下さい」

 

 勢いよく頷く彼に対し、リベラルが懐から取り出すは、ロキシーを模したフィギア。

 昔、ブエナ村でルーデウスから教わって作り上げたものだ。

 

 リベラルはボレアス家でのような失敗をするつもりはない。ルーデウスから予め教わった技術を元に、丁寧に作り上げた逸品である。

 彼の拘り抜いた細部の芸術性を理解することは出来なかったものの、それに近しい代物を作り上げた自負はある。少なくとも、そこらに売っている人形よりも、遥かに出来がいいことは確かだ。

 

「これをか? と言うか、ロキシーかこれ?」

「はい、彼女を模して作りましたので」

「……相手は王子なんだろ? どうやって渡せばいい?」

 

 問題はそこだろう。気軽にその国の王子と出会える訳がない。

 リベラルは「ふむ」と頷き、その場で人形を幾つか作り上げる。グレイラット家全員分の人形だ。その他に、魔物やらを模した物を作った。

 最後に、自分を模した人形を作り上げる。

 

「市場に何個もこれらを流して下さい。そうすれば、向こうから接触してくる筈です」

「来なければ?」

「取り合えず、私とルディ様が作ったと言い触らして下さい。どんな人物かも人形のお陰で分かるでしょう」

 

 ここまですれば、ザノバの元に人形が行き着く。流石に一個くらいは手にするだろう。人形狂いで有名な人物なのだから。

 一先ず、これで彼との繋がりが出来る。ルーデウスがシーローンで騒動を起こさなければ、ザノバがラノア魔法大学に留学しないかも知れない。

 布石としては不十分かも知れないが、やるだけやっておいた方がいいだろう。上手く行けば、これでザノバはラノアに留学することになる。

 

「人形を対価にすれば、きっと快く手伝ってくれますよ」

 

 国に有益な神子であろうと、抑えられる問題にも限度はある。

 これまで何度も問題を起こしているので、次の失態があればザノバは国外追放という形になるだろう。

 

「その上で、ラノア魔法大学に数年後に向かうことを伝えれば大丈夫です」

 

 人形に対して異常な執着を持つザノバならば、必ず何かしらの行動を起こす。人形の為に、配下の近衛兵を売り飛ばす程だ。

 ラノア魔法大学へ強い関心を持つと共に、ルーデウスとリベラルに何としてでも会おうと考えるだろう。

 

「では、お願いしますパウロ様」

「ああ、そっちもゼニスを頼む」

「任せて下さい。必ず連れ帰りますよ」

 

 こうして、話は纏まった。

 

 

――――

 

 

 パウロと別れた後、リベラルは何をするでもなく、その場で立ち尽くしていた。

 

(家族……大切な人、か……)

 

 かつての失敗を思い出し、リベラルは自分の世界に没入する。そもそもな話、ヒトガミを打倒するだけであれば、不可能ではなかったのだ。

 そう、400年前のラプラス戦役。彼女はそこで『五龍将の秘宝』を全て回収することが可能だった。聖龍帝シラード、甲龍王ドーラ、冥龍王マクスウェル、狂龍王カオス……そして、魔龍王ラプラス。

 全ての五龍将がいた時代。ヒトガミに辿り着く鍵を揃えられた時代だ。けれど、リベラルは己の我儘のために、それらを放棄してしまった。

 オルステッドに殺されても文句の言えない失態だろう。

 

(あぁ、中途半端です。二兎追うものは一兎をも得ず……私はどちらか片方だけを取るべきだったのでしょうか……? 今回の判断も、間違えてるかも知れません)

 

 今は考えるべきことではない。しかし、それでも思うのだ。私は中途半端な気持ちを引き摺ってるがために、失敗しているのではないか、と。

 

 先程のパウロとの会話もそうだ。ザノバは将来的に見れば、必要な存在ではないとオルステッドは言っていた。

 

(5000年も前の約束です……私は煩わしいと思ってるのでしょうか?)

 

 パウロ同様に、彼女の行動も支離滅裂となっていた。

 ザノバがいなくても、人神打倒と言う誓いは果たせる。しかし、リベラルが約束を果たすには、ザノバの存在は必要不可欠となるのだ。なのに、確実性のない行動をしてしまった。

 

(ですが、果たせなければ私の前世での生涯も、そして今生でやって来た事が全て無に帰します……だから、やらなければならないのです)

 

 内心で深い溜め息を吐き、リベラルは気持ちを切り換えた。




Q.ラプラス戦役の最終決戦で何やってんだリベラル……。
A.ラプラスの復活位置の固定が出来なかった場合の保険です。歴史に大幅な齟齬を起こさない為に参戦出来なかったので、せめて魔神の戦いを観察して復活時に備えようとしてました。
尚、リベラルは隠密に自信があったようで、誰にも気付かれてないと勘違いしてる模様。

Q.指切……値段ヤベェ……。
A尚、.ルーデウス、エリス、ルイジェルドの三名はは指切であることを知らない為、クッソ安い値段で買い取られる模様。

Q.パウロの言動。
A.パウロは現在精神的に不安定になってます。家族が危機的状況下であることを人神に煽られ、情緒不安定なのです。

Q.リベラルの言動。
A.前世からずっとナナホシとの約束を果たそうとしてるクレイジーサイコレズ。5000年以上もその為に生きてきて、「私は何でこんな苦労して、人生を捧げてまで約束を果たそうとしてるんだ」とならない人はいないんじゃないですかね。
つまり、リベラルも情緒不安定なのです。


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3話 『ベガリット単独攻略』

前回のあらすじ。

ルイジェルド「ルーデウス、銀緑は胡散臭いから警戒しておけ」
パウロ「有り金全部置いてゼニス助けに行ってこい」
リベラル「おk。その代わりシーローン王国でやることやってね」

大変お待たせ致しました。活動報告に記載したように、リアルの事情により中々書き進めることが出来ませんでした。事情を知りたい方は活動報告を御覧ください。
そして、更には投稿までの期間が開きすぎたせいで、細かい伏線や展開を忘れてしまう始末。大まかな展開などは流石に忘れてませんが、それでもそこに持っていくまでが完全にあやふや。
矛盾が起きないよう気を付けねば……。


 

 

 

 ベガリット大陸。

 大陸の大部分が砂漠であるのだが、唐突に途切れて森や山がある土地。魔力溜りが多く、魔物も迷宮も多いので冒険者も多い。

 魔物の強さは魔大陸より弱いが、ほぼ同等の強さで魔大陸の次に危険な土地とされている。

 

 龍鳴山に住んでいたリベラルからすれば、それらは大した問題にはならない。魔物は当然、砂漠という慣れない環境も、体力の多さを考えれば余裕の範疇だろう。

 しかし、問題はあった。迷宮だ。長年生きてきた彼女は、幾つもの迷宮を踏破しているし、今回も攻略自体は容易であろう。だが、攻略には時間が掛かる。

 リベラルの向かう先は、この世界でも有名であり、高難易度として知られる『転移の迷宮』。最奥に到達するのに、幾つもの転移魔法陣に乗らねばならぬのだ。地図もなく進むのは、困難を極める。

 彼女の力量ならば、罠や魔物によって力尽きる可能性は少ない。故に、純粋な迷路として攻略に時間が掛かるのだった。

 

 とにかく、そのことはいいだろう。

 今は向かうことが先決である。

 

 

――――

 

 

 シーローン王国から最寄りの転移遺跡に移動し、ベガリット大陸へと辿り着く。ここから徒歩で迷宮都市ラパンへと向かうことになるので、約一ヶ月後に到着する予定だ。

 リベラルは辿り着いた遺跡の中を見渡しながら、どこかビクビクと警戒した様子を見せる。当たり前だが、そこには誰もいないし何もない。

 

「……まあ、同じことがそう何度もあって堪るかって話ですね」

 

 以前、オルステッドとナナホシの二人と遭遇したことが、完全にトラウマとなっていた。

 そもそも、長年生きてきた彼女にとっても、転移先か転移場所で誰かと出会うこと自体、初めての経験だった。この時代で転移遺跡を利用してる者は少なく、更に無数に存在する。

 なのに、偶然あの二人と遭遇したのだ。どんな確率なのだと嘆きたくなっていた。

 

 それはさておき、リベラルは遺跡の外へと向かい、照り付ける日差しの元に出た。

 

「ふぅ、やはり暑いですね……あまり油断せず行きましょうか」

 

 丁度昼頃であるためか、日差しは高い位置に昇っている。リベラルの種族柄、体力は多く、頑丈であるとは言え、消耗しないわけではない。

 素肌を晒さぬようにコートを纏い、砂漠の柔らかい砂の上へと足を踏み出す。

 

 魔物との戦闘は、極力回避したいものだ。僅かな手間とは言え時間は掛かるし、体力だって使う羽目になる。

 戦いをするメリットなんて、食料が手に入ることくらいだろう。出来ることならば、遭遇することすら回避したいところだ。

 もちろん、そんなものは願望に過ぎない。

 

「ん」

 

 近くの足下から気配を察知したリベラルは、内心で溜め息を吐きながらさっさと対応する。

 土の中に潜り込んでる魔物、サンドワームは土魔術のミキサーに掛け、終了。

 尻尾が二つあるデカイ蠍の姿をした双尾死蠍(ツイン・デス・スコルピオ)という魔物は、一瞬で間を詰め発勁にて内蔵が破壊され死亡。

 日中に現れる魔物は、大体この二種である。

 

 日が沈み始めると、大抵二足歩行のトカゲが二桁近い群れで現れる。そしてそれらを倒せば、血の臭いに釣られて別の魔物が多数引き寄せられ、魔物同士の乱闘が始まるのだ。

 それら全ての相手をする必要もないので、その場合は大体リベラルは逃走していた。戦うのは本当に時間の無駄なのだ。当然の判断と言えよう。

 

 その他に、この地で有名なサキュバスは、女一人で行動してるためか、未だに遭遇していない。ありがたい話だった。とは言え、あれは魔神ラプラスによって送り込まれた存在。少しは気にすべきなのだろうかと思ってしまう。

 だが、ファランクスアントと呼ばれる魔物と遭遇した時だけ、リベラルは苛立ちを感じていた。軍隊蟻が魔物化したようなその存在は、ひたすら数が多い。その上、好戦的なので姿を見せれば襲い掛かってくる。

 別に、赤竜の群れに比べれば簡単に対処出来る相手だ。大魔術でも使えばすぐに決着がつく。

 しかし、面倒だった。この砂漠に生息する魔物の数はとても多いので、多大な魔力を消費する大規模な魔術を出来れば使いたくないのが本音である。

 流石に、チマチマと一匹ずつ相手にしたいとは思わなかった。仮にそうしたとしたら、別の魔物が乱入する可能性もある。リベラルとしても、避けたい魔物だった。

 故に、おおよそ一時間ほどの足止めを食らってしまうのだ。

 

「…………」

 

 数日掛けて、次は岩棚地帯に辿り着く。この辺りでは魔物の生態系が変化しており、棲息している大半がグリフォンとなる。

 もっとも、それらはリベラルの敵となり得ない。飛び掛かってきたところに、カウンターの一撃を叩き込むだけで倒せる。

 砂漠の生態系に比べれば、岩棚はずっと楽であった。

 

 そして更に数日後、リベラルは人の手の入った街道へと辿り着くこととなった。

 

 

――――

 

 

 迷宮都市ラパンや、その他の地域の中継地点となるバザールで一度休憩を挟み、リベラルは先へと進む。

 一応、向かう途中で何かあったりしないか情報を収集したが、道中で盗賊がいる可能性が高いくらいだった。今まで盗賊相手に散々技の練習をさせてもらってる彼女からすれば、特に問題はなしだ。

 しかし、今回の盗賊たちは規模が大きいので、壊滅させるのは手間である。絡んでこなければ何も刺激せず、そのまま先を目指す方針となった。

 

「おっと、ここは通行止めだ!」

「女一人でこんなところをうろついてるのが悪いんだぜ……ヒヒ」

 

 まあ、盗賊たちの縄張りに入ってすぐに、絡まれてしまったが。

 

「胸は小せぇが、ツラはかなりのもんだ」

「金目の物も持ってそうだな」

「腕に自信があるのかも知れねぇが、この人数だ。大人しくしていれば、優しくしてやるぜ」

 

 街道を歩いていたところ、前から数十人ほどの男たちが、下卑た笑みを浮かべながら現れる。基本的に商人たちの積荷を狙う彼らだが、やはり女一人ならば絡むのだろう。

 お楽しみが来たぜ、とニヤニヤ笑う盗賊たちは、相手が銀緑じゃなければ、その表情が変わることもなかっただろう。

 

 リベラルが相手であったことが、最大の不幸である。

 

「……では、お望み通り逝かせてあげましょう。私の凄テクに10分間耐えられれば、何でもしてあげますよ?」

 

 そして数十秒後、この場にいた盗賊たちは誰一人として耐えきれず、胸に穴を開けて倒れ伏す。彼女の凄テク(戦闘術)からは誰も逃れられない。

 盗賊などいなかったのである。

 

 約二週間後、リベラルは迷宮都市ラパンへと辿り着いた。

 

 

――――

 

 

 迷宮都市ラパンに着いたリベラルは、まず情報収集から始める。先程も告げた通り、『転移の迷宮』を一から攻略するのは時間が掛かりすぎるのだ。

 故に、ある程度攻略を進めているパーティーなどを探し、マッピングされた地図を買い取ったりした。

 

 『転移の迷宮』は、全七層まである。攻略者が未だにいないのか、正確な階層は知られてないものの、リベラルは未来の知識により、そのことを知っている。

 そして、彼女が入手できた情報は、その内の四層までの地図だった。それなりの情報料が掛かったものの、半日ほどで入手出来たのは大きいだろう。

 そこから先の階層は手探りで進むことになるとは言え、リベラルからすれば十分すぎる成果だ。

 

「さて、行きますか」

 

 一度休憩を挟み、準備を整えたリベラルは、ラパンから転移の迷宮へと移動し、一人で中へと入っていく。洞窟の中は薄暗く、夜目が特別きく訳でもない彼女にとっては少しばかり見にくい環境だ。

 リベラルは懐から精霊のスクロールを取り出し、それを使用する。明るく光る精霊が飛び立ち、彼女の頭上を回った。

 光源を手にしたリベラルは周囲を見回し、地図との差異を確認しながら、奥へと足を進める。

 

 第一階層は、アリの巣のような洞窟だ。

 壁や天井には白い糸が大量に張り巡らされており、さらにその奥には、青白い転移魔法陣が光っている。足元を這い回る子蜘蛛もプチプチと踏み潰しながら、先へと進んで行く。

 魔術に関する知識が豊富なリベラルからすれば、この迷宮にある転移の罠は、一目見ればあらかた理解できる。罠に引っ掛り、魔物が大量にいる部屋に飛ばされる、なんて事態に陥ることはない。

 

 サクサクと進み続け、半日とちょっとほどで第四階層へと辿り着いた。前以て入手した地図が、思ったよりも正確だったお陰か、一度も道を間違えることなく辿り着く。

 

「ふぅ……高い金を払った価値がありましたね」

 

 しかし、ここから先は全て手探りとなるので、あっという間に攻略完了、となることは絶対にない。

 未来では、ルーデウスが『転移の迷宮探索記』という本を手にしていたため、六階層までトントン拍子で進むことが出来た。当然ながら、彼女はそんなものを持ち合わせていない。

 

 探索と戦闘とマッピング。しらみ潰しに先々へと進んでは元の場所へと戻り、食料が尽きれば迷宮から出たりもした。

 罠で死ぬこともなければ、魔物に殺されることもない。しかし、疲労は蓄積していくものだ。

 何度も何度も同じ作業を繰り返し、リベラルの迷宮攻略は日数を進めていった。

 

 

――――

 

 

 約一ヶ月後、リベラルは第六階層の最奥へと辿り着く。

 迷宮の守護者がいるひとつ前の部屋である。

 

 

――――

 

 

 石造りの広い部屋。正方形で、入り口に面していない壁の付近に、それぞれ一つずつ魔法陣がある。その魔法陣以外、ここには何も存在しなかった。

 部屋の中心へと歩き、リベラルはそこで腰を下ろして一息吐く。魔物に殺されないくらい強いとは言え、絶対と言うわけではないのだ。

 リベラルは純粋に、疲れていた。

 

「ようやく、辿り着きましたか」

 

 三つある内の一つの魔法陣の前に、石が置かれている。6という数字の刻まれた、綺麗に磨かれたこぶし大の石だ。

 それを眺めながら、彼女は思考に耽る。

 

 ここにある魔法陣は全てが罠であり、正解ルートなどない。これらに触れれば、恐らくイートデビルと呼ばれる魔物の巣に飛ばされることだろう。

 まあ、飛ばされてもリベラルなら死なないが、黒くヌメヌメとした魔物が無数に蠢く空間に行きたいとは思わない。

 立ち上がった彼女は、床にあった隠し階段をこじ開け先へと進む。階段を降りた先には、血のように真っ赤な色をした魔法陣がひとつ、ポツンと存在していた。

 

魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)……文献でしか見たことがないドラゴンですが……」

 

 迷宮の守護者。その先に待つ存在を口にし、リベラルはもう一度考える。

 この先に、ゼニスは確実にいるだろう。そして、迷宮の守護者との戦闘を避けることは出来ない。

 

 魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)

 第二次人魔大戦にて、巨大陸の消滅と共に絶滅した筈の存在。赤竜の2倍ほどの巨体を持ち、ずんぐりした胴体から9本の首が生えている。

 叩きつけられれば軽く皮膚が削げ落ちる鮫肌のような鱗は、魔術を無効化する吸魔石と呼ばれるもので出来ている。ラプラスの一撃で絶滅に追い込まれているので、全ての魔術を無効化出来る訳ではないものの、帝級ですら無効化されるのは驚異だろう。

 極めつけは、その再生能力。頭を切り落としてもすぐに生えるのは、やはり厄介だろう。

 

「よくもまあ、こんな生物が絶滅寸前に陥りましたね」

 

 リベラルにとって、魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)は非常に相性の悪い相手であった。理由は単純なものだ。

 彼女の攻撃力は、この世界でも上位に位置するほどに高い。しかしそれは、魔術による超火力であり、近接による物理攻撃は極端に低かったりする。

 武器を持った状態で、全力の闘気を纏えない彼女は、基本的に素手で戦う。だが、闘気は纏えても龍聖闘気を纏えないので、防御力は常識の範囲内で収まっていた。

 強烈な鮫肌を持つ魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)を相手に、素手で全力の攻撃をすれば、自身もダメージを負ってしまうのだ。

 

 魔術が通用しない魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)は、リベラルを持ってしても苦戦を免れないだろう。

 

「とにかく、ゼニス様を救出しましょう」

 

 呟きと共に、彼女は魔法陣へと足を踏み入れた。

 

 魔法陣を抜けた先は、凄まじく広い空間だった。長方形にかたちどられた、野球場ぐらいの広さを持つ宮殿の広間。地面はタイルのようになっており、一つ一つに複雑な文様をしたレリーフが刻まれている。

 その宮殿の奥に、魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)はいた。侵入者であるリベラルに気付いているのか、その9本の首が彼女へと向けられる。

 

 そして魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)の奥。

 そこに、彼女はいた。

 大きな魔力結晶に閉じ込められ、眠るかのようにしてゼニスがいた。

 

「やはり、こうなってましたか……!」

 

 恐らく、魔力結晶に閉じ込められていると、考えていた。キシリカにこの場所を告げられたので、予想はしていた。

 結果を変えることが出来なかったと、後悔が生まれる。ゼニスの運命に、同情してしまう。リベラルの行動では、彼女の運命は変わらなかったのだ。

 

 そして、奥にいる魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)へと視線を向ける。ヒュドラはリベラルに驚異を感じたのか、既に臨戦態勢へと移っていた。

 

「泥沼」

 

 ヒュドラの足元に、巨大な泥沼が出現する。ヒュドラはそれに気付き、その場から離れようとするも、体は愚鈍なのか動き出すのが遅かった。

 

 ヒィィィン!

 

 ガラスを引っ掻いたかのような不快な音が鳴り響く。それと共に、ヒュドラの足元に広がる泥沼は収束していき、やがて消滅した。

 泥沼に少し沈んだのか、ヒュドラの足は地面にめり込んでいる。しかし、僅かに力を込められただけで抜け出され、大した拘束力を発揮することはなかった。

 

「地面は泥沼の影響を受けたままですか」

 

 魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)たる所以である鱗の吸魔石に触れた泥沼は、掻き消えてしまった。しかし、泥沼によって地形は変化したままだ。

 複雑な文様をしたレリーフのタイルは見る影もなくなり、グチャグチャな基盤となっている。

 

「ならば、これはどうなります?」

 

 リベラルの瞳の色が、煌めく金色から銀緑へと変化していく。魔眼が開かれたことにより、流れが読み解かれる。それと同時に魔術を構築し、濃霧を生み出した。

 ヒュドラは彼女の姿が見えなくなったことに反応し、ドシンドシンと音を立てて近付いてくる。そして、ヒュドラが濃霧に近付いた瞬間――濃霧は一気に晴れ渡った。

 その光景を、リベラルは魔眼にて確認する。

 

(触れた所から連鎖的に魔術が打ち消されましたか)

 

 長い年月の中で、魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)の吸魔石を持つ敵と、リベラルは戦ったことがある。その時は、全方位からの魔術によってアッサリと倒すことが出来た。

 しかし、全身を吸魔石の鱗で覆われているヒュドラには通用しない。同様に、空気中に魔術的要因を混ぜ合わせ、体内で発動させると言うことも出来ないだろう。

 発動出来ても、連鎖的に掻き消されてしまう。

 

「シャアアァァァァ!」

 

 濃霧が晴れた先には、ヒュドラがいる。そこは既に、ヒュドラの間合いだ。3本の首を動かし、リベラルへと蛇のようにしならせながらに迫る。

 迫る1本の首を、慌てることなく冷静に横へとステップして避けると同時に、リベラルの右手は白く発光し、眩しい光が周囲を照らした。

 

「甲龍手刀『一断』」

 

 己の右手に掻き集めた魔力を、全力で振るった。

 

 ヒィィィン!

 

 そんな音と共に、右手の魔力は光を失う。しかし、先程の泥沼や濃霧よりもずっと甲高く、何かが割れそうな音であった。

 

(全力で魔力を掻き集めれば、突破出来そうですね)

 

 魔術が通用することは、大昔に判明している。ラプラスが大陸ごと消し去っているのだ。だからこそ、どこまでの魔力に耐えられるか、その強度を知りたかったのだ。

 恐らく、ペルギウスが『前龍門』と『後龍門』を発動した後であれば、容易に破壊出来るだろう、と。

 

 迫る2本目の首を同じ様に横へと避けつつ、3本目の首に視線を向ける。これに関しては、切り落とそうと考えた。

 ヒュドラの首がリベラルへと迫り、その身を食らおうとした瞬間、彼女の姿はブレるかのように消える。

 

「ハッ!」

 

 すれ違うかのようにヒュドラの首を高速ですり抜けたリベラルは、相手の勢いと己の勢いを込めた手刀を既に放っていた。

 鮮血を振り撒き、慣性のままヒュドラの首は遠方へと吹き飛んでいく。リベラルの速さに追い付けなかったヒュドラは、何が起きたのか理解出来てなかった。無くなった首を元の位置に戻そうと、滑稽な姿を見せていた。

 

 しかし、リベラルも無傷とはいかなかった。

 

 切り裂いた際の衝撃が原因なのか、はたまな鮫肌のような鱗が原因なのか、彼女の右手は抉れて血塗れとなっている。

 己の右手を認識したリベラルは、ヒュドラへと追撃せず後ろへと下がった。慌てることなく治癒魔術で怪我を治すと同時に、ヒュドラの失われた首も再生していく。

 

(このような相手に手傷を負うのは、久々ですね)

 

 オルステッドのような名のある強者でもない、ただの魔獣にダメージを与えられたのは何百年もないことだった。

 普通の魔獣、と言うには些か語弊があるかも知れないが、第二次人魔大戦前には多く生息していた存在だ。七大列強のような強敵と言うわけでもない。

 そんな己の不甲斐なさに嘆きつつも、次なる手を打つ。

 

 掌を上に向け、両手を持ち上げる。

 そしてポツリと、口を開いた。

 

「……名も無き無力な龍は、信念もなく惰弱であった。

 故に運命に翻弄され、故に大切なものを失ってしまう。

 それでも龍は、前へと進んだ」

 

 祈るかのように言葉を噛み締め、胸元に手を置く。

 

「数々の誓いと約束を背負い、新たな道を切り開く力を持つ。

 立ち止まることは許されない。

 どれほどの困難があろうとも、重荷に押し潰されそうになろうとも、それは許されない!」

 

 リベラルを中心に、魔法陣が展開されていく。しかし、その様子を黙ってヒュドラが見ている訳でもない。

 近付くことは危険と判断したのか、体を直立させ、大きく息を吸い込む仕草を見せた。

 彼女はそれを確認しながらも無視し、詠唱を続ける。

 

「我が名はリベラル。

 魔龍王の後継者にして、その意思を受け継ぐ者。

 家族として、友として頼みましょう――」

 

 大きく息を吸い込み、溜め込んだ熱量をその身に溜め込んだヒュドラは、その圧倒的なエネルギーをリベラルへと放出した。

 

「顕現せよ『赤竜王(サレヤクト)』!」

 

 瞬間、リベラルの眼前から巨大な赤竜が這い出る。それと同時に、ヒュドラのブレスは召喚された赤竜へと迫り、直撃してしまう。

 凄まじい熱量を誇るヒュドラのブレスによって、室内の温度が上昇していく。しかしそれでも、リベラルは平然とその場に佇む。

 

 やがて、ヒュドラの吐き出した炎が収まると、そこには僅かに鱗を焦げ付かせただけの赤竜がいた。

 

「本当のブレスを見せてやりましょう、サレヤクト!」

「グオオォォォ!」

 

 リベラルの言葉に呼応するかのように、赤竜は大きく息を吸い込む。そして、その身に溜め込んだ熱量を、ヒュドラへとお返しした。

 先程のブレスが霞むほどに、圧倒的に高温で勢いのある炎がヒュドラを襲う。

 

「シャアアァァァ!」

 

 威嚇するかのように咆哮を上げたヒュドラは、炎に包まれた。断末魔のような苦しそうな悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうとするも、ブレスの威力によって動くことすらままならない。

 7本の首をジタバタと動かし、必死に藻掻く様子を見せたヒュドラ。炎の勢いが収まると、ボロボロで弱った姿を晒した。自慢であろう吸魔石の鱗も、かなりの量が剥がれ落ちている。

 

「サレヤクト、ありがとうございました……またお会いしましょう」

「グオ」

 

 リベラルの言葉と同時に、サレヤクトの姿は消え去る。召喚に維持する魔力が、使い果たされたのだ。

 以前のオルステッドの時とは違い、真っ赤に輝くサレヤクトの宝石には、何百年もの魔力は貯蓄されていない。

 約一ヶ月に一度。それが再使用可能までの期間。召喚したサレヤクトは、一撃を放つのが限界だ。

 

「……さて」

 

 サレヤクトを見送ったリベラルは、ボロボロとなったヒュドラへと視線を向ける。傷が深いのか、小さく唸るだけで彼女へと攻撃する様子はない。

 

(召喚魔術で現れた存在からの攻撃は、吸魔石によって掻き消されませんか……大体分かったのでもういいでしょう)

 

 今後同じ様に吸魔石を用いる敵が現れたとしても、対応策はあらかた把握出来た。全ての魔術を破壊出来る訳でもない。

 格付けは済んだ。それが今の状況を表す的確な言葉だろう。

 

 リベラルの瞳は銀緑から金色へと変化していき、魔眼は閉じられた。もうこの力は必要ないと判断したのだ。

 

「終わらせましょうか」

 

  彼女の呟きにヒュドラは反応し、怯えるかのように後ろへと下がっていた。そんなことを気にせず前へと進み、重力を操作して大きく跳躍する。

 

 北神流『四足の型』。

 跳んだリベラルは、天井へと両手両足をピッタリとくっ付けると、全身の力を使い一気に地上へと加速していく。

 勢いのまま回転し、やがてヒュドラの顔が迫った瞬間、

 

「サレヤクトによって爛れたその鱗で、私の一撃など防げませんよ!」

 

 彼女の姿は不自然に揺らめき、その脚が振り抜かれる。

 食らい付こうとしていたヒュドラの動きが、ピタリと止まった。リベラルはその横をすり抜け、悠々と着地していく。

 

 

「その太刀にて負わされし疵、不治なり」

 

 

 リベラルはそのまま脇を通り抜けるが、ヒュドラは動く様子も見せず、停止したままだった。

 そんなヒュドラを背に、リベラルは奥にあるゼニスの魔力結晶へと歩みながら、ゆっくりと右手を持ち上げる。

 

 

「――不治瑕北神流『八双(ハッソウ)』」

 

 

 パチンと、指を鳴らす。

 ヒュドラの体が、真っ二つに裂けた。

 

 再生する様子はない。これは、そういう技なのだから。不死であろうと、免れぬ死を与える奥義。

 リベラルは初代北神から、不治瑕北神流を教わってなどいない。だが、彼の技は幾度となく目にする機会があった。

 初代北神カールマン・ライバックは、魔龍王ラプラスと似た技を使っていたのだ。ラプラスも不死魔族を相手取る時、その不死性を無効化する魔術を使っていた。

 

 八大魔王への対処法として生み出された、魔龍王ラプラスの消滅魔術『八双』。

 一撃で屠ることを目的に生み出された、カールマンの不可逆の剣術『不治瑕北神流』。

 

 リベラルだからこそ、模倣することが出来た。不完全でオリジナルの不治瑕北神流だが、紛れもなく同じ領域であった。

 

 

――――

 

 

 ヒュドラが息絶えると同時に、魔力結晶は砕け、ゼニスは解放された。既に歩み寄っていたリベラルは、倒れる前に彼女の体を受け止める。

 

「スゥ……スゥ……」

 

 微かな呼吸音が、ゼニスの命を証明する。時期が変わろうとも彼女は死なず、けれど、結末が変わることもなく未来と同じであった。

 倒した魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)へと顔を向けることなく、ゼニスを背負う。そのまま、拾えるだけの宝を拾ったリベラルは、大きな息をひとつ吐いた。

 

(ゼニス様を、必ず元の状態に戻しましょう。それが、私に出来る償いです……)

 

 まだ確定はしていない。しかし、ゼニスはきっと知識を、記憶を、知恵を失った神子となってしまってるだろう。

 だから、リベラルはそれを治す。時間は掛かるだろうけれど、己の知識を用いれば治せる筈だ。

 

 彼女は静かに帰路へと付いた。




Q.ヒュドラに苦戦…してる?
A.してないですけど、ちょっとした手傷を負う程度の差。

Q.サレヤクト…?
A.最終幻想の4.5.6の召喚獣をイメージすると分かりやすいと思います。1回行動したら消えちゃうアレです。

Q.甲龍手刀。
A.甲龍手刀は元々龍神流の技なのではないかと考察してます。五龍将の技術は一度失伝したが、ラプラスが再生させて今に至る、みたいな。だから、龍神流は全ての技の始りではないかなぁと。三大流派以外の。

Q.八双。
A.オリ技。そもそも北神流とラプラスの技に関連性はない。ただ互いに不死キラー持ちなだけ。
北神流が物理的に不死を殺す概念斬りみたいなものならば、ラプラスの使った魔術は不死性ごと破壊するゴリ押し。しかし、魔神がバーディガーディに使えなかった(使わなかった?)ことを考えると、もしかしたら龍族にしか扱えないのかも知れない。

Q.吸魔石。
A.作中の説明通り、限界値があると考察。しかし、ルディが全力で魔術を放っても無効化されたことを考えると、神級に近い魔力量及び威力が必要なのかも知れない。
また、召喚されたものには効果無しと考察。吸魔石をザリフの義手に取り付けて誤作動なく使用していたことを考えると、魔力の吸収にも条件がある(つけられる)と思う。
もしもアルマンフィとかが消滅するならば、ルディはペルギウスの精霊たちを容易に全滅出来ることになる。ランドルフも全滅させることが出来る。と言うか、空中要塞が落ちる。


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4話 『母親の在り方』

前回のあらすじ。

リベラル「転移の迷宮攻略するんやで」
多頭竜「なんか不死疵北神流の技で止め刺されたマナタイトヒュドラでーす」
ゼニス「魔結晶の中から救出されました」

暑すぎてからだが動きません。やらなきゃいけないこといっぱいあるのに…誰か助けてください()
今回はちょっと短くなりました。もうちょっと書こうかと思ったんですけど、そうすると文字数が余裕で万を超えそうだったので…。

※追記。むっちゃどうでもいいかも知れませんが、感想の返信に数ヶ月単位で遅れて返しても大丈夫かな?返信しても「いつのコメントに反応してんだ…」と思われそうで、ちょくちょく返信してないのがある……。


 

 

 

 転移事件が起きる前。まだリベラルがブエナ村にいた時の話だ。

 ゼニスはグレイラット家の中で、リベラルとの関わりが最も少ない人物だった。

 

 リベラルがグレイラット家に立ち寄っていたのは、主に食料のお裾分けとルーデウスの稽古をするためだ。お裾分けの際に対応していたのは基本的にリーリャであったし、稽古にしても外で行われることが多かった。

 ノルンとアイシャが生まれてからは関わる機会が増え始めたものの、その時もゼニスは診療所で働いていることが多かった。食事で同席した時も、やはり他の誰かと話すことが多かった。

 けれど、ゼニスはリベラルを信頼していたのだ。していなければ、リーリャと共にノルンとアイシャの世話なんてさせたりしないだろう。

 少なくとも、我が子を預けられる程度には信頼していた。

 

 コミュニケーションが少なかったからこそ、彼女のことを客観的に見ることが出来た。リベラルの自身に対する関わり方が、他の者と違うことに。

 別に避けられてる訳でもない。かといって会話がない訳でもない。

 

 ただ、ぎこちなかったのだ。

 どう接すれば良いのか分からぬ困惑が見て取れた。

 

「ねえリベラル。私気付いたのだけれど、貴女ってもしかして母親との接し方になれてない?」

 

 だから、何度か観察している内に気付けた。リベラルはきっと、自身の母親との繋がりが薄かったのだろう、と。

 故に、母親という立場である自分と、どのように関わればいいのか分からないのだ。

 

「…………そのように見えますか?」

 

 長い間を開けた後、リベラルはポツリとそう呟く。

 

「私にはそう見えるわね」

 

 ゼニスの言葉に彼女は顎に手を当て、やや上の方向を見た。その視線の先には特に何もないが、考える仕草であることは分かる。

 そのまましばらく経過するも、何かを言うわけでもなく、ずっと悩んでいたのでゼニスは口を開いた。

 

「そうねぇ……『ルディに対する私たちの態度』に対して求めてる態度で、差を感じたのよ」

「…………あぁ……なるほど。確かに、それを言われると弱りますね……」

 

 彼女の言葉に再度しばらくの間を空けた後、リベラルは納得する。

 リベラル自身、無意識だったのだろう。パウロとゼニスとの関わり方に差があったのは。

 

「パウロには『父親の偉大さをルーデウスだけでなく、私にも見せて下さいよ』なんて言ったみたいじゃない? 更には『我が子を導くのが、親ってものでしょう?』なんてことも言ったらしいわよね?」

「あー……はい、言いましたね……」

「もうっ! 私にはそんなこと言ってくれなかったのに! 私にもそんなカッコいいこと言って欲しかったわよ!」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 純粋に、ルーデウスに対してゼニスがどのように接することが良かったのかが分からなかった。だからこそ、リベラルは彼女に対し、ルーデウスのことをあまり話さなかったのだ。

 

 リベラルは父親(ラプラス)という理想像を知っていた。

 けれど、母親という理想像を知らない。

 

 故に、ルーデウスたちとの関わりを客観的に見たとき、そのことが浮き彫りとなったのだろう。

 

「そうですね……正直に言いますよ。私には母親が居ませんので、よく分からないんです」

 

 正確にいえば、リベラルとして転生する前にはいた。けれど、それももうずっと昔のことである。

 彼女が前世のことで覚えているのは、七星 静香のことと、そこであった出来事だけだ。

 それ以外の、静香が関わること以外の思い出は、最早ほとんど覚えていない。少なくとも、以前の家族との記憶は残ってなかった。

 

「もしも私に母親がいたとしたらどんな人だったのだろう、とか、どんな風にしてくれただろう、とか、あんまり考えたことはないですね」

 

 最も、それは考える余裕がなかったというのもある。小さい頃から毎日鍛練を要求されていたので、そのことで頭がいっぱいだった。

 もしも母親がいたとしたら、リベラルに優しくしてくれたかもしれないだろう。逆にラプラスと共に、厳しく接したかもしれない。

 今の自分自身を否定するつもりはないので、リベラルは別に母親が欲しかったと思うつもりはない。けれど、もう少し愛情を注いでくれる存在が欲しかったな、とは思わないでもなかった。

 

 しかし、所詮はたらればの話だ。今更そんなことを妄想したところで意味はない。

 

「んふふ」

「なんですか、急に変な笑い方をして……」

「ううん、ごめんなさいね。でも、リベラルちゃんのことが知れて良かったなーって思って」

 

 ニコニコと笑顔を見せるゼニスに、リベラルは小さくため息を溢す。

 

「別に、私に甘えてもいいのよ?」

「……私の年齢を考えて下さいよ。そんなことする訳ないじゃないですか」

 

 その発言に、呆れた表情を浮かべるリベラルだったが、不意にゼニスが動く。まるで寄り添うように自然と近寄った彼女は、そのままリベラルを抱擁した。

 突然のことに反応することも出来ず、リベラルは驚いた表情を浮かべる。

 

「ちょ、ちょっといきなり何ですか……?」

「んー? 何となく抱き締めて欲しそうにしてたからよ?」

「……あの、もうやめません?」

「もう恥ずかしがっちゃって! 可愛い反応するのね!」

「あぅ……」

 

 羞恥心から顔を赤くしたリベラルは、されるがままとなる。異性から劣情を抱かれたことはあれど、同性からこのような好意を抱かれたことはほとんどなかったのだ。つまり、慣れてなかった。

 どうすればいいのか分からずに固まった彼女だったが、結局解放されるまでの間、ずっと動くことなく受け入れることしか出来なかった。

 

「別に歳なんて関係ないわよ。誰だって人肌が恋しくなるときはあるのだもの」

「…………」

「ちょっと寂しくて甘えたくなっても、私は気にしないわよ?」

「…………ありがとうございます

 

 恥ずかしそうにポツリと呟いたリベラルに、ゼニスは微笑んだ。

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 だからこそ、なのだろう。

 パウロの要求を聞き入れ、ゼニスの救出に向かったのは。

 この長い年月の中で、リベラルは間違いなくルーデウスを含む周囲の人々に入れ込んでいた。

 

 その関わりはきっと、彼女に小さくない変化を与えていることだろう。

 

 

――――

 

 

「…………む」

 

 星空の明かりしかない真夜中、睡眠中だったリベラルは近くで気配がしたことにより、目をパチリと開ける。音のした方を見れば、ゼニスがふらふらと立ち上がっていた。

 別にどこかに行こうとしていた訳ではないが、それでも危ないと判断したリベラルは立ち上がり、彼女の側へと近付く。

 

「ゼニス様、魔物に襲われてもしもの可能性がありますので、この時間は中にいてもらえると助かります」

 

 リベラルが促した先にあるのは、アルマジロのような魔獣と、それが引く車だ。

 以前のノルンのように、成人であるゼニスを背負っていく訳にもいかず、かといってずっと歩いてもらうわけにもいかないので購入したもの。

 

 彼女の言葉に対してゼニスは特に反応を示さなかったが、そのまま車の中へと戻っていった。

 

「…………」

 

 そう、ゼニスは失っていた。知識を、記憶を、知恵を。救出の際にした予想通り、神子となっていたのだ。

 だからこそ、驚きはなかった。迷宮から帰還し、ゼニスが意識を取り戻す前から身体検査などを行い治療出来るか試みたものの、やはりそう簡単に治せるものではない。

 

 少なくとも、数十年単位は掛かるだろう。

 

「……パウロ様や、ご家族の方々に合わせる顔がありませんね」

 

 これから向かうのは、ミリス神聖国だ。そこでパウロやルーデウスたちと合流する手筈となっているが、当然ながらラトレイア家――ゼニスの実家にも寄る必要がある。

 変わり果てたゼニスの姿を見て、皆がどう思うかなんて言うまでもないだろう。ちゃんと報告しなければならない事実なだけに、気持ちが沈みゆく。

 ゼニスの母親であるクレアの説得もしなくてはならない。リベラル自身がミリス神聖国に腰を据える訳にもいかないので、そのことで揉める可能性も高いだろう。

 

 それに、ヒトガミの使徒に注意する必要もある。

 

 ここまで動いていれば、リベラルがグレイラット家に随分と肩入れしていることくらい分かるだろう。

 リベラルの生死に関係なく、ヒトガミから嫌がらせとして何かしらの妨害があっても不思議ではない。とはいえ、現れるであろう人物についての見当はついている。

 

「さて、どうするのが正解でしょうか……」

 

 ギース・ヌーカディア。

 オルステッドですら気付くことの出来なかった、最後の使徒。

 

 戦闘は不得意だが、それ以外のことは大抵出来るサル顔の男だ。パウロの仲間である元『黒狼の剣』のメンバー。彼が本気で逃走すれば、捕まえられる者などこの世に存在しないだろう。

 しかし、リベラルがその事実を知っていることを、この世界の誰も知らない。だからこそ、ギースを始末するのは容易だった。

 

(とはいえ、そのことを知られるのは避けたいです)

 

 流石に皆の前でギースを殺してしまえば、リベラルの信頼は地に墜ちるだろう。知られるのは不味い。

 特にルーデウスの信用を失うのは避けるべきことだ。事情を説明しても、納得してもらえるか分からなかった。

 

 しかし、ギースに関してひとつだけ引っ掛かることがあった。

 

(……ヒトガミを裏切ってくれれば解決なんですけどね)

 

 ヒトガミは、ルーデウスとロキシーが結ばれてしまうことを止めたかった。二人の子供が自身を殺しうる存在となるからだ。故に本来の歴史では、ゼニスの救援に行けば後悔するとルーデウスに告げた。

 ならば、何故その後にギースから救援の要請がきたのだろうか。彼が手紙を送らなければ、ルーデウスは家族の窮地を知る術がなかった。手紙がなければベガリット大陸へと向かうこともなかっただろう。

シルフィエットの出産も間近だったのだから。

 

 ならば何故手紙を送ったのか。

 考えられるとすれば、ギースが本当にゼニスを助けたかったから、だろう。

 

 思えば、彼はヒトガミの思惑とずれた行動を起こすことが多々あった。例えばルーデウスを聖獣と引き合わせたりと、純粋にルーデウスを喜ばせようとすることがあったりする。

 上手く説得すれば、ヒトガミから引き剥がせるのではないかという思いもあった。いくら恩があるにしても、自分のために働いた者を嘲笑うような奴の下になどいたくないだろう。

 だが、これはただの理想論に過ぎない。彼を放置した結果、窮地に陥ったりすれば笑えない話だ。基本的にギースが一人になる状況があれば、始末することとなるだろう。

 

(まあ、ミリス神聖国に現れなければどうしようもありませんけど……)

 

 そこでギースに関する思考を一度止め、リベラルは目を瞑る。先程まで睡眠中だったのだ。

 これ以上の考え事は、起きてからすることにした。

 

 

――――

 

 

 迷宮都市ラパンからミリス神聖国へと向かう旅路も、往路より時間が掛かった。ゼニスを運んでいるため、移動速度が大幅に遅くなったのだ。

 しかし、それは仕方のないことなので、時間に余裕のあるときにゼニスの容態を少しずつ診ていくことにしている。

 

「ゼニス様、気温が非常に高いですが大丈夫ですか? 冒険者だったとはいえ、それは昔の話ですから。無理は禁物ですよ?」

「…………」

 

 ときおり車からふらりと出ていき、リベラルと歩こうとする彼女へと気遣いながら、周囲の気温を弄って涼しくする。

 ゼニスは特に反応を示さなかったが、それでも言葉が届いていることを理解している。リベラルはゼニスへと極力話し掛けることにしていた。

 

 その過程で、リベラルはひとつ発見をしていた。

 

「……なるほど、大丈夫ですか。確かにまだ体力に余裕がありそうですもんね。ですが、私が辛そうだと判断すれば休んでもらいますからね?」

「…………」

 

 リベラルの言葉に対し、ゼニスは何も反応をしていない。けれど、それでもリベラルはゼニスの言いたいことが分かった。

 彼女は魔眼を開いていた。金色に煌めく瞳は銀緑となり、ゼニスを見据える。流れを読み解くその魔眼は、外見からは分からぬ内面のことまで見抜いていたのだ。

 だが、思考まで読めるわけではない。精々どういう反応を示したのかが分かる程度だ。

 しかし、コミュニケーションを取るという意味ではそれだけで十分である。

 

(自身の現状を正確に認識出来てないし、外界からの刺激に大した反応も見せられない。けれど、ゼニス様はしっかりと私の言葉を理解している。それに……)

 

 ゼニスの全身の魔力の流れを視れば、頭からの魔力の流れに明らかな異常が見て取れた。ここまで分かっていながら治せないなど、魔龍王の娘として許されない。

 人族の頭の中は繊細なので、治療は慎重に行う必要があるので時間は掛かるだろう。

 しかし――確実に治せるという確信が、リベラルにはあった。

 

「…………」

「ん? そうですか、やっぱり家族と会えるのは楽しみですか」

「…………」

 

 内面から見えるゼニスの感情を肯定したリベラルだったが、その表情は僅かに暗くなる。

 

「え? えーっと……まあ、私はちょっと皆様と会うのが怖いので」

「…………」

「何故って……言いにくいですし自分でも自覚出来てないでしょうが……今のゼニス様には魔結晶に閉じ込められた後遺症があります」

「…………」

「もう……自分では自覚出来てないって言ったじゃないですか。ですので、そのことを報告するのがちょっと辛くて……」

 

 特に、パウロに不安があった。

 ゼニスは魔結晶に閉じ込められていたので、誰が行こうと結末は変わらなかった。しかし、誰が行ったかで心境は変わるだろう。

 人間誰しも、やった後悔よりやらなかった後悔の方が大きくなる。そういうものだ。

 

「…………」

「ふふっ、ガツンと言ってくれるのですか? それは頼もしいですね。期待しちゃいますよ?」

 

 ゼニスに励まされ、リベラルは苦笑してしまう。後遺症を負ってしまった彼女の方が、よっぽど前向きである。

 例え気休めだとしても、ゼニスの反応はとてもありがたかったのだ。

 

「とにかく、ゼニス様の後遺症とやらは私が責任を持って治しますので、安心してください」

「…………」

 

 今のゼニスは、何もリアクションを見せてくれない。けれど、いつの日かまたブエナ村でのように、明るい彼女が見れるようになるだろう。

 

 

 そして数ヶ月後――リベラルはミリス神聖国に到着した。




Q.ギース。
A.何度か見返したのですが、やっぱりギースが救援求めたのはヒトガミの指示とちょっと違う気がするんですよね。もし私が間違ってるようであれば、他にも色々と善意で動いていた場面があったと思いますので、そちらで納得していただけると幸いです。

Q.ギース生存フラグ?
A.ギースがもしも寝返れば、ヒトガミは本格的にこの時代で出来ることがなくなりますね。というか、詰んでしまう気がする。まあ…原作見てたら寝返ってくれる気が全くしませんけど。

Q.ゼニス治るの?
A.リベラルは魔龍王の娘なので、呪いに関することはこの世界で頭抜けてます。時間は掛かるでしょうけど、きっと治るでしょう。

Q.ゼニスとコミュニケーション。
A.ララはゼニスとコミュニケーションを取れており、ミグルド族の念話だと通じるようです。また、ゼニスは人の思考を読む能力のお陰で、言葉にしなくても意図を汲み取ってくれます。なので、これを応用すれば……。


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5話 『後悔先に立たず』

前回のあらすじ。

リベラル「やっぱり、家族と会えるのは楽しみですか?」
ゼニス「……(こんなことになっちゃったから、パウロは責任を感じて一人で抱え込んでると思うの。だから、私があの人を支えてあげなくっちゃ!)」
リベラル「……ゼニス様、必ず治しますから、少し、少しだけ待っていて下さい」

投稿までの期間が開きすぎて、プロットを忘れてしまう始末。原作から大きく解離させる予定だった気がするのに、全然出来てない…。
毎回の恒例となってしまってますが、大変お待たせして申し訳ございません……少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


 

 

 

 ミリス神聖国、首都ミリシオン。

 この世界で最も美しいとされる都市の光景に、馬車の中から眺めていたルーデウスは感嘆の溜め息を吐く。

 側にいたエリスとルイジェルドもまた、その光景に驚いた表情を浮かべていた。

 

「すげえだろ?」

 

 と、ここまで彼らを案内していたサル顔の男――ギースは自慢気にそう告げた。

 

「凄いですけど、あんな大きな湖じゃあ、雨期は大変なんじゃないですか?」

「そりゃ昔は大変だったらしいが、今はあの七つの魔術塔が水を完璧にコントロールしてる。だから安心して湖の真ん中に城が立つってわけだ。城壁もねえだろ?そりゃあ、あの塔が常に結界を張ってるからよ」

「なるほど、つまりミリス神聖国を攻め落としたければ、まずあの塔をなんとかする所からってことですか」

「物騒な事言うなよ、冗談でも聖騎士連中に聞かれたら捕まるぜ?」

「……気をつけましょう」

 

 そんな会話を繰り広げながら、彼らは都市へと入っていった。

 

 

 ――ルーデウスたちがギースと出会ったのは、ウェンポートである。

 ルイジェルドを渡航することを裏業者の人に依頼したものの、結局断られてしまったルーデウスは、誕生日にリベラルから貰ったナイフを売ることにした。

 しかし、そこに待ったを掛けた人物が現れる。それがギースであった。

 偶然その場にいた彼は、ルーデウスにナイフの価値を説いたのだ。本来の価値に比べて、とんでもない安値で買い取られそうになっていることを教えたのである。

 

 もちろん、最初はギースのことを懐疑的に見ていたし、あまり信用していなかった。

 だが、彼が元『黒狼の牙』――即ち、パウロの仲間であったことが判明してからは、その疑いも徐々になくなっていった。

 ギース自身の対人能力の高さもあったのだろう。皆と仲良くなるのに、さほど時間は掛からなかった。 

 

 結局、ギースはパウロと再会出来るであろうミリス神聖国まで同行することになった。

 彼自身が地理に詳しかったこともあり、そのまま案内役を買って出たのだ。手始めにルーデウスが失敗した裏業者との交渉を成功させ、ザントポートへと渡航する。

 大森林を移動中は、雨季の影響で長耳族の住み処に寄ったり、そこで聖獣と呼ばれる存在になつかれたり、なんてこともあったりした。

 その際、森の中で獣族を誘拐しにきた密輸人に襲われたりしたものの、近くにエリスがいたこともあり、危なげなく撃退できた。

 時間は掛かったものの、それ以外は特にトラブルもなく大森林から青竜山脈を越え、そのままミリス神聖国まで辿り着いたのである。

 

「はやく行きましょうよ!」

「……エリス、準備を済ませれば冒険者ギルドに寄りましょう。伝言通りであれば、父様やリベラルさんと合流出来る筈です」

 

 街の景色を見てソワソワとしているエリスを宥めつつ、ルーデウスは目的地を告げる。

 彼としても、早急に皆と会いたかった。リベラルの残した伝言により、フィットア領で何が起きたのか把握はしたものの、そのことに対して上手く頭が働くことはなかった。

 

 ミリシオンの町は四つの地区に分けられており、彼らが向かうのは南側にある『冒険者区』だ。

 冒険者たちが集まる場所であり、冒険者ギルドの本部を中心に、冒険者向けの店や宿屋などが揃っている。冒険者崩れの住むスラム街や、賭博場もあるが……今の彼らにとってはどうでもいいことだ。

 他の地区のことは知らないものの、特に見所もなかったので観光は後回しにして、まずは宿を探す。

 

「さてと、俺はアテがあるから、ここらで一度失礼するぜ」

 

 そのタイミングで、ギースはそう切り出した。

 

「同じ宿には来ないのですか?」

「俺みたいな奴にゃ、適度にごまをする必要のある相手がいるってこった」

「はあ……」

「冒険者ギルドにはいるから安心しろって」

 

 その言い方では、彼はまだ皆と別れるつもりがないようだったので、ルーデウスはいまいち要領の得られない返事となる。

 取り敢えず、パウロと再会出来るまでは面倒をみてくれるらしい。態々別れる必要があるのだろうかと思いつつも、彼の言葉を受け入れた。

 

 ギースが一時離脱したものの、滞りなく宿を決めたルーデウスたちは荷物を整理し、準備を進めていく。

 装備の手入れと、補充すべき消耗品をメモ。ベッドを乾燥に掛け、シーツも洗濯、ついでに掃除。既にルーチンワークと化したそれらは、手早くこなされてこなされていった。

 そして、やるべきことが終わると三人で車座に座り、顔を突き合わせる。

 

「それでは、チーム『デッドエンド』の作戦会議を始めます。司会は私、ルーデウス・グレイラットが進行します」

 

 わーぱちぱち、とふざけるのも大概にし、彼は咳払いをひとつして真剣な表情を浮かべた。

 

「さて、ようやくここまでやってまいりました。当初の予定通り、この後は冒険者ギルドに寄ろうと考えてます」

 

 このことについては元から決めていたことなので、特に異論もなく進む。むしろ、寄らない理由がない。

 

「なので、その後のことも少し考えておきましょう。フィットア領に辿り着いた時に僕が懸念しているのは――」

 

 転移事件のことは理解した。どの程度の規模で起きたものなのかも理解したが、被害までは分かっていない。

 

 フィリップの元で貴族のドロドロとした関係を観察していたルーデウスとしては、もしかしたら今回の転移事件が原因でボレアス家に何かしらの処罰が下されるのではないかと思っていた。

 生前の日本でも何か起きれば、すぐに責任をとって総理が辞任していた。

 兆候がなくても、未然に防げなくても、損失は計り知れないし、不満は大きく糾弾もされよう。

 そう、誰かが責任を取らなければならないのだ。

 流石にあり得ないとは思うが、それでもエリスに飛び火するのであれば、フィットア領に帰るのは止めるべきだろう。

 

 己の考えを告げたルーデウスは、二人へと視線を向ける。

 

「帰るわよ」

 

 しかし、彼女は毅然とした態度でそう告げる。

 

「私たちの故郷なんだから」

「故郷……そうですね。僕たちの故郷ですから、帰るべきでしたね」

 

 その言葉を、ルーデウスは反芻する。

 自身が転生者である関係上、フィットア領が故郷であるという実感は、他の者に比べて薄い。けれど、それでもあの地で過ごした思い出は沢山ある。

 エリスの言葉に、少しだけ揺らいでいた気持ちがハッキリと定まった。

 

「ルイジェルドさんはどう思いますか?」

「危険ならばと思ったが……今の話を聞いた以上、止めようとは思わんな」

 

 そう答えた彼に、まあそうなるに決まってるかと内心で苦笑する。家族を失い、故郷すらもなくなってしまったルイジェルドが、エリスの言葉を聞いて止める訳がないだろう。

 

「分かりました。改めますが、僕たちの目的はフィットア領への帰還。それでいいですね?」

 

 その台詞に、二人は頷いた。

 

 

――――

 

 

 

 日も沈み始めた頃、準備を終えたルーデウスは冒険者ギルドへと向かう。付いてくるのはエリスだ。

 ルイジェルドは親子の再会になる可能性を考慮し、近くで待っているという話になった。

 彼のことなので、見付からない場所から見守っているのだろうと考える。

 

 

「…………」

「ルーデウス、父親は見付かった?」

「いえ、今この場には居なさそうですね……」

 

 冒険者ギルドの中に入ったルーデウスはキョロキョロと辺りを見回し、パウロらしき人物がいないかを探す。しかし、残念ながら見当たらなかった。

 仕方がないのでそのまま奥の方へと歩いて行き、伝言がないかを確認していく。

 

 掲示板にはフィットア領で起きた詳細が記載されていた。そしてそこには、多くの「死亡者」と「行方不明者」の名前が載っている。

 その隣には家族への伝言が書かれていたり、情報を求むことが書かれていた。

 

「死亡者と行方不明者が具体的に分かっている、と言うことは……」

 

 フィットア領からミリス神聖国まで、かなりの距離がある。転移事件のことは伝わっていても、具体的な被害者までは分からない筈だろう。

 だが、これだけの数の被害者が判明しているのならば、それだけの情報を持っている人物がこの国へ既に訪れていることになる。

 

 ――間違いない。パウロはこの国にいる。

 

 ウェンポートにて、ミリス神聖国で合流出来そうだという伝言は確認している。

 魔大陸に伝言が届けられたこともあり、リベラルだけは既に来ていると思ったが、この伝言板を見る限り違うようだ。

 流石に彼女一人で、この数の情報を持ち込んだのは無理があるだろう。

 

 ルーデウスはそのまま伝言板を見つめ、自分への伝言を探していく。

 

「あった」

 

 伝言はすぐに見つかった。多くのことは書かれていない。だが、重要なことは載っていた。

 

『ゼニス以外は救出できた』

 

 その下にパウロが滞在している宿のことが記載され、捜索団としてしばらくこの地に留まることが書かれていた。

 その情報を確認出来たルーデウスの表情は、少し気難しそうなものとなる。母親だけが見付かっていないため、素直に喜ぶことが出来なかった。

 だが、続けてシルフィエットの名前を探し、そちらが無事であることが分かるとホッと一息吐く。

 

「エリス、どうやら僕の家族は母様以外は無事なようです」

「…………」

「……エリス?」

 

 ふと、ルーデウスは隣にいるエリスの様子が可笑しいことに気付いた。彼女はこちらの話に反応することなく、ずっと伝言板を見続けていたのだ。

 よく観察してみれば、握りこぶしを作り体を微かに震わせている。そしてその視線の先を辿り、ルーデウスはようやく理解した。

 

『ヒルダ・ボレアス・グレイラット』

『サウロス・ボレアス・グレイラット』

 そのふたつの名前が、死亡者の欄に並んでいたのだ。

 

 自分のことばかりに気を取られ、エリスに対する配慮を欠いてしまった己を恥じる。

 フィットア領全体で転移が起きたのだ。エリスの家族が亡くなっている可能性も配慮すべきだった。

 今世では親しい人を亡くしていないし、前世でも家族の死にすら無頓着であった。だからこそ、彼女の悲しみに気付けなかった。

 

「…………」

「エリス」

 

 掛けるべき言葉が分からなかった。

 けれど、今まで本気で生きてこなければ、きっと前世で見ていた漫画やアニメのクサイ台詞でも言っていただろう。

 しかし、そんな借り物の言葉では駄目だ。それでは意味がない。

 

 ここまで共に歩んできたエリスが、一体どのような気持ちを抱いていたのかは理解できる。

 ルーデウスは静かに彼女の手を取り、自分の言葉で語り掛けた。

 

「大丈夫です。僕がいますよ」

 

 まるで自身に依存させるかのような甘言。かつてシルフィエットを己に依存させてしまったことを思い出させる。

 周囲からまるで洗脳のようだ、と思われてしまったことにより離れ離れとなったが、これではまた同じことを繰り返してしまいそうにも思える。

 

 けれど、そんな心配をルーデウスはしていなかった。

 ここまで歩んできた旅路で、エリスから頼られることはあれど、依存されたことはない。少なくとも、ルーデウスが何もしなくても自分で自主的に活動していた。

 

 エリスは自分の手の震えを彼に隠すこともせず、静かに口を開く。

 

「ルーデウスは……」

「はい、なんですか」

「ルーデウスは、家族と会えるのはやっぱり楽しみよね……?」

 

 予想外の質問に、ルーデウスは少し戸惑ってしまう。何でそんなことを、なんて思った。

 どう答えても彼女を傷付けてしまうようにしか思えない。けれど、ずっと黙っている訳にもいかず、質問に答える。

 

「そうですね、楽しみですよ。妹も生まれたのに、一度も顔を見たことがありませんから」

「私も、お祖父(じい)様とお母様に会いたかったわ」

「…………」

 

 その言葉には、流石のルーデウスも閉口した。今の彼には、まだ大切な人を亡くしてしまうということが分からない。

 親の葬式も放置して、ずっと部屋に篭っていたくらいだ。分かる訳がない。

 

「すこし……一人にさせて」

「……分かりました」

 

 いつもの快活さもなく、エリスのしおれた声を聞いたルーデウスは、握っていた手を離す。どう声を掛ければいいのか、分からなくなったのだ。

 身動きが取れるようになった彼女は無言でルーデウスの元から離れ、そのままギルドから出ていった。

 落ち込んだ状態のエリスを一人にさせるのには不安はあったが、外にはルイジェルドがいる。誰かに襲われる心配はないだろう。

 

 結局、ルーデウスは自分の掛けた言葉が正解だったのか分からないままだった。エリスの悲しみを少しでも和らげようとしたが、余計なお節介だったかもしれない、とも思ってしまう。

 今のルーデウスとエリスでは、状況が違いすぎる。彼女の悲しみを理解したつもりだったが、もしかしたらそれは同情でしかなかったのかも知れない。

 

「……なんで、転移事件が起きたんだろ」

 

 ポツリと呟かれる、素朴な疑問。

 

 転移に関する知識はほとんどないため、事件が意図的なものなのか偶発的なものなのかも分からない。

 けれど、間違いなく人生の分岐点(ターニングポイント)であったことだけは分かる。

 無駄な想像でしかないが、もし転移事件が起きずに過ごしていたら……きっと、今とは違った人生を歩んでいただろう。

 

 あのままエリスと結婚してアスラ王国の貴族になっていたかも知れないし、出奔して今のようにエリスと冒険していたかも知れない。

 パウロやフィリップと普通にやり取りしてたかも知れないし、サウロスを義祖父様、ヒルダを義母様なんて呼んでいたかも知れない。

 だが――それも今となってはあり得ぬ未来だ。

 

 サウロスとヒルダは、もうこの世にいない。

 

「……俺、あの二人に何も返せてないな」

 

 そう考えると、ふつふつと悲しみが込み上がる。

 

 

 ――だが、習っていないと開き直らず、自分に出来る限りの礼儀を尽くそうという姿勢は良い! この館への滞在を許す!

 

 エリスの誕生日にあったダンスパーティー。あの日、サウロスが走りこんできて、二人を肩の上に乗せ、嬉しそうに笑いながら中庭を走り回った。

 元気なお爺さんだな、なんて思ったりした。

 

 ――大丈夫よルーデウス、安心していいの。あなたはもうウチの子よ!

 

 実子を養子として取り上げられながら、我が物顔でボレアス家にいたルーデウスを気に入らなかったヒルダ。けれど、いつしかその努力を認め、彼女は抱き締めながらそう言った。

 あの時は嫌われてると思っていたから、困惑して何も返事出来なかった。

 

 約3年。それがボレアス家にいた時間だ。

 上手くいかずに辛い思いもしたし、空回りもした。不安もあったし、やり残したこともある。

 

 

 ――思い返せば思い返す程に、後悔が溢れ出す。

 

 

「……あれ?」

 

 自分が想像以上に悲しんでいたことに、ルーデウスは驚きの声をあげる。

 前世では親の死に悲しみすらせず、葬式にすら出なかった。それはきっと、自分以外の世界をどうでもいいと拒絶していたからだ。

 もしかしたら自分は、他人のことで悲しむことが出来ないのではないかと思っていた。自分のことでしか後悔出来ないんじゃないかと思っていた。

 けれど、そんなことはなかった。

 

 ルーデウスは今、サウロスとヒルダの死に悲しみを感じていた。

 二人にもっと色んなことをしてあげれば良かったと、そんな後悔が浮かび上がる。

 

 けれど、何をどこまでしていれば後悔しなかっただろうか。そのことをいくら考えても、答えなど見つかる訳もなかった。

 結局、何をしていても後悔したのだ。

 

「…………」

 

 思い返せば、ルーデウスは家族とまともな別れ方をしていない。ブエナ村でパウロに叩きのめされて以来、彼らとは一度も会っていないのだ。

 手紙でやり取りしていたので、ある程度の近況は知っているが、それだけだ。そう考えると、無性に家族と会いたくなってくる。

 

(家族か……俺はパウロたちを、ちゃんと家族として見れてるのかな……)

 

 前世の記憶などを持っているが故に、普通の人に比べてその意識は薄くなっているだろう。

 それに、ブエナ村を離れてから一度も顔を合わせてないのだ。最後に顔を見たのは何年前だ、と聞かれれば即答出来ない。

 

 パウロたちはきっと、サウロスが亡くなったことを知った今の自分と、似たような気持ちを抱いている筈だ。

 ちゃんと向き合わなくてはならない。

 今までは何となくであったが、このままではまた後悔することになる。

 

「宿の場所は……『門の夜明け亭』か」

 

 伝言を再び確認したルーデウスは、家族と会うためにギルドから出ていった。

 

 

――――

 

 

 宿の前にいた捜索団の人に事情を話すと、彼らは驚いた様子を見せてパウロたちへと伝えにいった。

 しばらくすると捜索団の一人に部屋の前まで案内され、入るように促される。

 

「あ……」

 

 中には、家族がいた。

 パウロにリーリャ、そして恐らく妹たちであろうノルンとアイシャ。

 

 パウロは疲れた様子を見せており、目に隈が出来ている。記憶に残っているよりもやつれていた。

 そしてその後ろに隠れるようにして、パウロによく似た鼻立ちと、ゼニスによく似た金色の髪をした少女がいる。一目見て、彼女がノルンであると分かった。

 メイド服を着ているリーリャはパウロ同様に疲れた様子を見せていたが、目が合うと顔を綻ばせて一礼する。

 彼女の隣には、リーリャと同じメイド服を着た少女が、ニコニコと笑顔を浮かべて見ている。

 

 そんな中、パウロが一歩前に出た。

 

「ルディ……」

 

 先程までのやつれた表情から一転し、安堵の表情を浮かべる。

 

「父様」

 

 ルーデウスはパウロの傍へと歩み寄り、静かに胸に抱き付く。

 最初は戸惑った様子を見せていたが、抱き締め続けるルーデウスに対し、彼も抱き締め返した。

 

「父様、無事でよかったです」

「る、ルディ……お前も無事でよかった……。優秀だからって、何もしてやれなくて……もし会えなければって、怖かったんだ……」

 

 泣き声でそう語るパウロに、ルディは優しく背中を擦る。

 

 ――やっぱり、俺はこんなにも想われているんだ。

 

 ルーデウスとしてこの世に誕生してから、パウロには何も返せていない。

 いつも自分のことばかりで、周りに目を向けることが出来ていなかった。自分は本気で生きてきたつもりだったが、そんなことはなかったのだ。

 稽古中に欠伸をして落ち込ませたり、口喧嘩で大人気なく勝ったりと、パウロを喜ばせることを全くしていない。

 だが、今回の転移事件のように、前触れもなく理不尽に日常が崩れ去ることもあるのだ。

 

 ――自分は後悔しないように、本気で生きていけてるのだろうか?

 

 そんな不安に駆られながらも、ルーデウスはパウロの肩に顎を乗せて温もりを感じる。とても温かく、懐かしい感覚だった。

 亡くなってからでは遅いのだ。己はまだ、家族に何も恩返しを出来ていない。

 けれど、皆に無事な姿を見せることが出来たのは、きっとこれまで本気で生きてきたからなのだろう。

 

「ごめんな……今まで、父親らしいこと出来なくて……」

「こちらこそ、今まで何も出来ずに、すいませんでした……」

 

 パウロの嗚咽を聞きながら、ルーデウスは生きて会えた喜びを分かち合った。




Q.ギースに対するルディの口調。
A.牢屋で会ってない上、詐欺られそうだったところを助けて貰った恩人なので丁寧に喋ってます。先輩呼びさせたぃぃ。

Q.聖獣とルディ普通に遭遇してない?
A.聖獣が拐われる前であったため、普通に接触し、かつ雨季前に誘拐にきた密輸人たちに勝利した。襲撃には北聖ガルス・クリーナーもいたものの、強化されたルディの前に敗北したらしい。後ほど閑話で戦闘シーン書きます。

Q.回想の中のヒルダの台詞、時期的に言ってなくなくなくない?
A.ルディの誕生日パーティーは行われてませんが、原作よりもちょっと凄くなったのでヒルダがちょっと早い時期にデレました。

Q.リーリャとアイシャいるやん。
A.そうですね、無事に助け出せたみたいですね。その話も書こうとしたのですが上手く書けなかったので、パウロからどんな感じだったのか軽く説明するだけになります。

今回は原作キャラの視点+原作に似た流れとなっていたので、もうちょっと捻れよ、なんて思われてる方もいると思います。
オリ主視点をメインにし過ぎると、原作とどういうところが変わってるのか細かく分からない為に書いてるのですが…もう今回のような話ではキャラクターに軽く説明させるだけの方がいいのでしょうか?
もしくは何かいい感じに頑張って纏めるとか…出来たらいいんですけどね…。

その辺りについて意見してくださると助かります。


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6話 『リーリャ・グレイラット』

前回のあらすじ。

エリス「お祖父様、お母様……」
ルディ「俺は…本当に本気で生きれてるのかな…?」
パウロ「ルディ…ダメな父親でごめんな…」

やばい…投稿に時間開きすぎて作中の時間がどうなってるのか訳ワカメになってしまった……。そもそもルディ今何歳なんだ…原作とほぼ同じなんだけど、旅の途中でのイベントとの時差が本当に分からなくなっちゃった…。
……あまりそこに突っ込まずにスルーして下さると助かります。


 

 

 

 ――ルーデウスがパウロと再会してから約半月後。

 

 ミリス神聖国へと、アルマジロの魔獣が引く車がやって来た。

 それを誘導するように、フードを被り顔を隠した人物が前を歩いていく。当然ながら、その人物はリベラルである。

 

「ハァ……全く、相変わらず面倒な国ですねここは」

 

 溜め息を溢す彼女は、疲れた表情を浮かべ一人愚痴る。

 

 ラプラス戦役が原因で、ミリス神聖国は魔族に対して排他的となっている。そのため、髪色の問題もあり彼女は魔族として見られてしまうのだ。

 なので、リベラルがミリス神聖国に訪れる際は、基本的にトラブルを避けるために顔が分かりにくいようにしていた。とは言え、既に面倒事が何度も発生している。

 入国時には高い入国料(金貨一枚)を取られ、更にはゼニスの姿を見た衛兵にあらぬ疑いを掛けられ捕縛されそうになったり。そこで無駄に時間を取られたかと思えば、冒険者ギルドの位置を街の誰も教えてくれないので、虱潰しに探し回ったり。

 その途中で再び衛兵に捕まったりと、余計なことばかり起きていたのだ。

 

 溜め息の溢すのも仕方のないことだろう。

 

「…………」

「ゼニス様には敵いませんね」

 

 いつの間にか側にいたゼニスが、慰めるかのように頭をポンポンと撫でている。

 嬉しいがそれ以上に恥ずかしいこともあり、リベラルはそそくさと歩みを速めた。

 

 既にギルドの場所も確認できた彼女は、一度アルマジロを宿に預けてからギルドへと向かう。

 ゼニスがはぐれないように手を繋ぎ、歩調を合わせながらギルドにたどり着いたリベラルは、そのまま中へと入った。そのまま奥へと進んで伝言板を確認し、現在の状況を把握する。

 

 内容は、リーリャとアイシャのこと、ルーデウスと合流出来たことや、現在は奴隷を解放していることが記載されていた。

 その内容に、彼女はホッと胸を撫で下ろす。

 

「ゼニス様、どうやら家族は無事のようですよ」

「…………」

 

 リベラルの言葉に、ゼニスは反応しない。けれど、魔眼によってある程度の思考を読める彼女の目には、とても喜んでいる姿が映っていた。

 

「場所も確認出来たことですし、早速向かいましょうか」

「…………」

「後は……ゼニス様の容態の説明ですね」

「…………」

 

 リベラルの言葉に、ゼニスは『私に任せなさい!』なんて反応を示しているが、それが周りの者に伝わることはない。

 けれど、その頼もしい心意気にリベラルは笑顔を浮かべ、そのままパウロたちの元へと向かった。

 

 

――――

 

 

 パウロたちの泊まる宿へとたどり着いたリベラルは、近くにいた捜査団の者へと事情を説明する。

 生憎と現在パウロは奴隷解放のために席を外しており、帰るのは何時になるか不明らしい。けれど、リーリャたちはいるようなので、彼女たちと先に会うことになった。

 部屋までの案内中、団員たちが気の毒そうにゼニスを見ていたが、それを無視しておく。やがて、部屋の前へとたどり着きノックをする

 

「どうぞ」

 

 返事を聞いて中に入れば、リーリャ、ノルン、アイシャの三人がそこにいた。訪れたことを先に聞いていたのであろう三人は、並んで出迎えてくれた。

 ゼニスの顔を見たリーリャは喜びを隠しきれずに破顔するも、すぐに表情を取り繕いリベラルへと一礼する。

 

「リベラル様、奥様を救って頂きありがとうございます」

「いえ、別にかま――」

 

 彼女はその言葉に返事をしようと口を開くが、その途中でノルンが飛び出す。

 

「おねえさん! おかあさん!」

 

 再び会えたことに喜び、ノルンは涙声で二人に抱きつく。転移事件でリベラルと共に転移したこともあり、彼女はとてもリベラルのことを慕っていたのだ。

 当時は幼かったこともあり、ドラゴンの群れを追い払う姿や、パウロの元まで届けてくれたことも鮮明に覚えている訳ではない。しかし、長いこと一緒にいて助けてくれたことは覚えていた。

 だからこそ、ゼニスよりも先にリベラルのことを呼ぶほどに、信頼が寄せられていたのだろう。

 

 その後ろで様子を窺うようにしていたアイシャであったが、彼女もタイミングを見計らうかのようにして飛び付く。

 

「私も二人に会いたかった!」

 

 悪戯っぽく笑顔を浮かべながら抱き着いてきたアイシャに、リベラルも合わせて抱き止める。

 アイシャと関わった時間はあまり多くない筈なのだが、喜び方が少し大袈裟なように感じられた。

 その証拠に、抱きつきながらもチラチラと様子を窺っている。昔から幼子とは思えないほどに頭が良かったことを考えると、空気を読んでそうしているだけのようにも見えた。

 が、そこはあまり気にすることではないだろう。リベラルは素直にその配慮を受け入れた。

 

 そこでリーリャも歩み寄り、ゼニスの目の前へと来る。

 

「奥様、よくぞご無事で……」

「…………」

「……奥様?」

 

 ゼニスは問い掛けに対し、何も反応を示さない。それどころか、表情も何一つ変わらないのだ。

 思い返せば、ノルンとアイシャが抱き付いた時ですら、何も反応がなかった。

 

 その事に気付いたリーリャは、怪訝な顔をリベラルへと向ける。

 

「……申し訳ございません。私の力が至りませんでした」

「それは、どういう……」

「……ゼニス様の現在の状態について説明します」

 

 最初から誤魔化す気などなかった彼女は、ゆっくりと口を開く。

 

 転移事件で転移迷宮に飛ばされていたこと。その最奥の魔力結晶に囚われていたこと。そして――人間性を失ってしまったことを。

 包み隠すことなく、全てを話した。

 

「…………」

 

 リーリャは、それを黙って聞いていた。固く口を閉ざし、決して表情を変えることなく最後まで聞き続けた。

 

「――……そして今、ここまで辿り着きました。私の力が至らず、申し訳ございません」

「……何故、謝られるのですか。リベラル様は何も……。ここまで、奥様を連れて来て下さったではないですか」

 

 ゼニスを迷宮にいることを発見したのも、そこから助け出したのも全部リベラルのしたことだ。だからこそ、リーリャはそのことに感謝し、それ以外の感情を抱きようがない。

 そもそもな話、リベラルが転移事件が起きることを知っていようが知ってなかろうが、防ぐことなど結局は出来ないのだ。

 転移時期がずれたにも関わらず、ゼニスは転移迷宮に囚われてしまった事実に揺らぎはない。

 ゼニスの容態のことで、リベラルを恨むなどお門違いである。

 

「……おかあさん?」

「かあ……ゼニス様……?」

「…………」

 

 そんな二人の隣で、ゼニスはノルンとアイシャの頭を撫でていた。緩慢な動きで表情に変化もなかったが、二人のことを認識して愛情表現をしていたのだ。

 そのことに何か感じるものがあったのか、ノルンは悲しそうな顔を浮かべる。アイシャは事情をきちんと理解したのか、暗くなっていた。

 

「奥様……」

 

 その次に、ゼニスはリーリャの目の前に立つ。何かをするわけでもなく、しばらくそこに佇んだ。

 そしてずっと顔を見つめられているリーリャは、戸惑った様子を見せている。

 

「…………」

 

 そんな彼女に、ゼニスは優しく抱擁した。まるで再会を喜ぶかのように、穏やかな雰囲気で。

 

「……っ」

 

 リーリャは何かを堪えるかのように、凛とした表情を僅かに崩した。

 そして抱き付かれたまま、時間だけが緩やかに過ぎていく。

 

 ――私に、この方に抱擁される権利はあるのだろうか。

 

 ふと、リーリャの頭にそんな考えが過った。自分はゼニスと気軽に接するべきではないだろうと。

 己は侍女として後ろで控えるべきであり、このような抱擁をされるべき存在ではない。

 むしろ、リーリャよりも実子であるノルンにこそされるべきだろう。自分はとんでもない過ちを犯した存在なのだから。

 

「奥様、いけません。私よりもノルン様に……」

「…………」

 

 けれど、それでもゼニスはリーリャから離れなかった。

 状態が状態なだけに、決して力強い訳ではない。離れようと思えばいつでも離れられるだろう。

 だが、無理に離れようとする訳にもいかず、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

「……リーリャ様、大丈夫です」

 

 そこで、リベラルが口を開いた。

 いつの間にか魔眼を開いていた彼女は、ゼニスの想いをしっかりと理解し、それを代弁する。

 

「ゼニス様は、貴方のことをちゃんと家族として見ていますよ」

「……リベラル様、何を仰って……?」

「抱き締め返して欲しいと、そう思ってますから」

 

 魔眼によってリベラルは、ある程度の意志疎通が出来ることをまだ伝えていないので、リーリャとしては何故分かるのだという思いを抱く。

 けれど、未だにゼニスは離れようとせずに抱擁を続けたままである。

 

 やがて、どうするべきか悩み悩んだようであったが、リーリャも背中へと腕を回し、ゼニスを優しく抱き締めた。

 

「…………」

「っ!!」

 

 彼女は微笑んでいた。

 昔から変わらぬ美しい顔で、リーリャ

を優しく見つめる。

 

 ――どうして、奥様は私などに……。

 

 ゼニスはいつだってそうだった。

 あの時も最初は怒っていたが、最終的には今のような優しい眼差しを送ってくれたのだ。

 何故、自分なんかにそのような表情を見せるのか不思議だった。

 

 胸中に過るは、ブエナ村で過ごした過去の思い出。けれど、両者にとって最悪であった筈の出来事だ。

 

「……っ! まさか、奥様もルーデウス様のように……私のことを、私などのこと許して下さるのですか……?」

 

 だからこそ、その可能性に思い至ったリーリャは衝撃を受けていた。

 

 

――――

 

 

 ――ゼニスとリーリャの関係は、複雑である。

 

 元々は侍女とその雇い主、といった関係であった。しかし、パウロと不倫関係となり、アイシャを懐妊してしまう。

 そのため、リーリャは侍女でありながら、第二夫人という立場になった。

 

 ルーデウスによって家庭崩壊は防げたが、当然ながらパウロを誘惑していたリーリャには引け目があった。

 騒動後にゼニスが仲良くしようという姿勢を見せてくれたことも一因だ。

 負い目が大きく募る関係となっていた。本当に私はこの家に居ていいのだろうか、という気持ちも少なからずあった。

 

 実際のところ、不倫関係を作って修羅場にまで発展したにも関わらず、互いに仲良く出来ていたとは思える。

 雇用されてすぐの頃から、良好な関係となれたこともあるのだろう。意外と共通の話題も多く、会話することも多々あったのだ。

 少なくとも、険悪な雰囲気はなかった。

 

 けれどそれは、ルーデウスや生まれてきた娘のために、仕方なく築いた表面上の関係なのではないのかと不安だったのだ。

 家庭が崩壊することを恐れたルーデウスのためを思い、罵倒したい気持ちを我慢していただけではないのかと。

 ゼニスはミリス教徒であり、『一人の相手を愛すべし』という教義を持つ。

 貞操観念が強かった彼女は、『他の女性に手を出さない』という約束の元で、パウロと結婚して現在の関係になったとリーリャは聞いている。

 

 だから――内心では恨まれてるだろうと、そう思っていた。

 

「…………」

 

 微笑みを見せるゼニスには、確かにリーリャを想う気持ちが宿っている。

 そこには、恨みなど微塵も存在しなかったのだ。あるのは、ただひとつの想いだった。

 

 そのことに気付いたリーリャは、どうしようもない気持ちに駆られる。

 

「っ……! 奥様、申し訳、申し訳……ございません……」

 

 彼女の謝罪に、ゼニスは穏やかな表情を浮かべたままだ。それはまるで、無事に再会したことを喜ぶかのようでもあった。

 本来であれば、そのような思いを抱かれる資格など無い筈なのに。 

 

 ゼニスは優しかった。このような姿になっても尚、リーリャを気遣っていたのだ。

 嫌われてると思っていた。憎まれてると思っていた。無事であることを願われてないと思っていた。

 けれど、そんなことは決してなかった。

 自分が一人勝手に、そうなのではないかと恐れていただけに過ぎなかったのだ

 

 ――ゼニスは、リーリャのことを家族として受け入れていた。

 

 その事実に至ったリーリャの瞳から、涙が溢れ出す。抱擁の温かさから、ゼニスの想いを、心を感じたのだ。

 このような姿となってしまったが、それでも彼女は昔からずっと受け入れ続けてくれた。

 

(私は、この家族と出会えて、仕えることが出来て、幸せ者です……)

 

 始まりは、あまり良い形ではなかったかも知れない。

 ただなるべくお金が欲しいから、侍女の募集に飛び付いただけに過ぎなかった。断られそうなら、過去にパウロによって強引に夜這いされたことを交渉材料にすればいいか、なんて考えもあった。

 生まれたルーデウスに対しても気味の悪さを感じたりしたし、必要性は薄かったがあまり世話も出来てなかったと思う。

 それ以外では給金分はそつなく働いていたが、最終的に情欲に負けての妊娠騒動だ。

 

 本来であればそのまま家から追い出され、赤子のアイシャと共に野垂れ死んでいたところである。

 けれど、そうはならなかった。

 

 パウロも、ルーデウスも、ゼニスも。

 三人とも、リーリャとアイシャを家族として見てくれていたのだ。

 

(最大限の敬意を払い、全てを尽くして仕える。それが、私に出来る唯一の恩返し……私が死ぬまで仕える人物だ)

 

 今のゼニスは、まともに行動が出来る様子ではない。ならば、自分が支えねばならぬだろう。

 介護というのは決して楽なことではないが、それでも不安は一切なかった。

 

 ――アイシャと共に、ゼニスたちを支えよう。

 

 リーリャはそんな強い決意を胸に抱いた。

 

 

――――

 

 

 ゼニスとの再会からしばらく経過し、リーリャたちの気持ちも大分落ち着き始める。

 ノルンとアイシャは、いつの間にかベッドで横になって眠っていた。その横でゼニスも同じベッドへと座り、二人を静かに眺めている。

 

「奥様は、治るのでしょうか……」

 

 人間性を失ったと聞いた時は、頭が少し真っ白になってしまったリーリャであった。しかし今のゼニスは、僅かだが考えて行動しているように見えるのだ。

 もっと廃人のように何も行動出来ない可能性があったことを思えば、かなり希望の見える状態と言えよう。

 

「パウロ様と合流した時にも改めて伝えると思いますが、私が必ず治します」

「……治せるのですか?」

「時間は掛かりますが――治せます」

 

 ハッキリと断言したリベラルに、リーリャは瞠目する。

 けれど、その驚きを決して口にすることなく、彼女は頭を下げた。

 

「奥様を、お願いします」

「ええ、任せてください。なんてったって――私は『銀緑』なのですから」

 

 リーリャの願いに、リベラルは力強く答えた。

 

 実際に治せるのかどうかと言われれば、答えは当然ながらイエスである。

 既に告げたことだが、時間さえあればリベラルはゼニスを治せるのだ。

 そもそも、ゼニスの容態は本来の歴史に比べて軽症となっている。本来であれば、彼女はこんなにも活動的ではない。

 日常生活に必要な行動は教えれば出来たが、それでも他者との関わりはほとんど出来なかった。

 けれど、今のゼニスはノルンとアイシャの頭を撫でられるし、リーリャの不安に気付いて抱擁することも出来る。何よりも、既に現状を理解してリベラルと断片的なコミュニケーションが取れるのだ。

 

 恐らく、本来の歴史よりも魔力結晶に閉じ込められた時間が短かったために、軽症になったのではないかと考えている。

 パウロはゼニスを助けに行って欲しいとリベラルに懇願した。

 

 そしてそれは――決して間違えではなかったのだ。

 

 もしそう願ってなければ、ゼニスはもっと重症な状態で救出されただろう。そうなっていれば、治すのに途方もない時間が必要となっていた可能性もある。

 

「とは言え、この国で腰を据えて治療するのは厳しいので、ラノア王国にあるシャリーア辺りで本格的な治療の研究をしようと思います」

「シャリーア……ですか?」

「ゼニス様は魔力結晶に閉じ込められた影響で、神子となっています。なので、医術よりも魔術方面から治療を進めていくことになりますから、魔法都市にいる方が都合も良いんですよ」

 

 リベラルは龍族だが、髪色の問題もあり魔族としてしか見られない。故に、魔族に排他的なミリス神聖国では落ち着いて治療に専念出来ないし、余計な邪魔をされる未来しか見えない。

 逆にシャリーアでは、種族的な差別がなくリベラルも過ごしやすいし、研究をするための設備も用意しやすいのだ。

 行かない理由がないだろう。

 

 もちろん、本来の歴史にもなるべく近付けようという意図もある。

 しかしそれを抜きにしても、シャリーアの環境が最も整っているのも事実だった。

 

「まあ、パウロ様や他の方々との情報交換が終われば、そのまま向かうことになると思いますよ」

「…………」

 

 リベラルの答えに、リーリャは少しばかり悩む。と言うのも、ゼニスの世話をどうするべきか、ということについてだ。

 

 パウロは捜索団の団長として身動きが取れない以上、誰かが彼の傍で支えなくてはならない。しかし、アイシャはまだ幼い上に教育が終了しておらず、中途半端な状態だ。

 いくらアイシャが優秀と言えど、流石に世話を任せるのは無理だろう。

 

 そんな悩んでる姿に、リベラルも気付いたのだろう。もしや、といった様子で口を開く。

 

「……もしかして、ゼニス様のお世話のことで悩んでますか?」

「はい……」

「あー、まあ、大丈夫ですよ」

「しかし、リベラル様に負担をお掛けさせる訳には……」

 

 ゼニスの治療だけでなく、世話も行うのは流石に大変だろう。それに、効率もあまりよくない。

 そもそも、先ほどゼニスに全てを尽くそうと誓ったばかりである。なのに任せっきりというのもどうかというもの。

 

「いえいえ、召し使いにはちょっとした当てがいるので問題ありませんよ」

「当て、ですか?」

「ええ、光の速さで雑用をこなすパシリがいるんですよ。まあ、雑魚ですが世話をさせるには丁度いいのでソイツにさせようと思います」

「そ、そうですか……」

 

 なんだがよく分からないが、取り敢えず凄そうという感想をリーリャは抱いた。

 リベラルが大丈夫だというのであれば、きっと大丈夫なのだろう。

 

 そう思うことにした。

 

「そう言えば、私の話ばかりでそちらの話を聞いてませんでしたね」

 

 そこで話題は切り替わり、リベラルはリーリャたちの出来事を訊ねる。彼女が最も知りたいのは、シーローン王国でのことだ。

 リーリャとアイシャがこの場にいるので、問題なく助けられたのは分かるのだが、どういった過程で進んだのかが気になるのだ。

 

「千里眼で状況を把握したと伺いましたので知ってるとは思いますが、私とアイシャは奴隷にされてました――」

 

 奴隷になってしまった二人は教養の高さもあり、安物扱いにはならなかった。そのため、貴族向けの金額となっていたらしい。

 また、比較的自由に過ごせたこともあり、アイシャの教育も出来たとのこと。そして教育をしているときに、ふと思い付いたことがあったのだ。

 

 他の奴隷もついでに教育してしまおうと。

 

 その目的は、自分達の優秀さをよりアピールすることと、教育することで自分達への金銭的負担の軽減だ。

 奴隷にされてしまっても食事程度は出されるが、当然ながらその分の金銭的負担が胴元に発生する。売れ残れば残るだけ負担も大きくなるため、売り手は早く売りたいのが本音だろう。

 しかし奴隷たちに教養を与え、価値を上昇させ続けることで、その分の負担を帳消しにしていたのだ。そうすることで売られることなく、ずっと過ごせていたらしい。

 その上で、アイシャが合間に救援を求む手紙なども出したりしていた。

 

「そうしている内に、エリナリーゼ様とタルハンド様が現れました」

 

 ここで、パウロたちよりも先にシーローンに到着していた二人が発見したようだ。アイシャがこっそり出し続けていた手紙からたどり着いたらしい。

 しかし、値段の問題で二人を購入出来ずに行き詰まってしまう。何とか出来ないかと交渉など色々したらしいが、それは二人の本分ではない。

 『黒狼の牙』の交渉担当は、生憎いないのだ。

 

 とは言え、色々と妨害を行ったりしたらしい。

 

 アイシャとリーリャを購入しそうな者が現れたりすると、嫌がらせなどの行為をやりまくったのだ。やり過ぎて何度か危ない場面もあったらしいが、何とか切り抜けたとのこと。

 そうこうしている内に、ようやくパウロたちが到着だ。

 

 パウロは人神ではなくリベラルの助言通りに動き、人形を売り払って金銭を獲得し、第三王子であるザノバへのメッセージも無事に送れた。

 そしてそのお金でそのままリーリャとアイシャを購入してお仕舞い。その後はミリス神聖国へと向かい、ルーデウスと合流だ。

 

 何ともまあ、上手くいった話である。

 

(残念無念ですね。ヒトガミにお疲れさんって言ってやりたい気分です)

 

 リベラルの動きが見えないヒトガミは、エリナリーゼとタルハンドをシーローン王国に向かわされたことが誤算だったのだろう。

 二人がいなければどうなっていたのか分からないが、もしかしたら誰かに買われていた未来があったのかもしれない。しかし、それも既に“たられば”の話である。

 

 リーリャとアイシャは、もう奴隷から解放されてるのだ。

 

「ルーデウス様と既に合流したらしいですが……彼らは既にフィットア領へと向かわれたのですか?」

「いえ、ルーデウス様の仲間に、その、スペルド族の方がいたのですが、ウェストポートを渡るのに莫大な資金が必要なため立ち往生しているとのことです」

 

 結局、資金の問題を解決出来なかったため、こちらに一度戻ってきたらしい。

 そもそも資金があっても渡航出来るか怪しいが、取り合えずどうするべきか考えてる途中のようだ。

 

 つまり、ミリス神聖国にみんな集合していた。

 

「なるほど、状況は分かりました。ありがとうございます」

 

 しかし、タイミングとしてはバッチリではある。そのままパウロとルーデウスにゼニスのことを報告出来るのだから。

 

 リベラルはそう考え、リーリャとの会話を終えた。




Q.リベラルのミリス神聖国での扱い。
A.作中に記載したように、魔族扱い。見た目以外の判断方法はよく分かってない。そのため、酷い扱いを受けてる。どれくらい酷いかっていうと、初めて訪れたロキシーが心折れそうになるくらい。そして今後の展開のための伏線というか意味付けのひとつ。自分が何を考えていたか忘れた時用のために、『ミリス神聖国にある魔術』と書き残しとく。

Q.リーリャとゼニスの関係。
A.見落としてるだけかもですけど、原作にリーリャの独白でルーデウスへの尊敬はあるけど、ゼニスへの思いが見当たらないんですよね。なので、きっとこうなんじゃないかな?という想像を込めて書きました。

Q.リーリャとアイシャの救出…。
A.…まあ、無事に完遂。というか、ヒトガミもあまり期待してなかった。それと同時に、グレイラット家がヒトガミと敵対することが決定。そして、投げやりになったヒトガミが取る行動といえば…。

Q.あれ?そう言えばもうすぐミリスで暗殺騒ぎがあるような…。
A.ミコ様は運命が弱いですけど、運命の強い人が今いっぱいいるのです。クリフせんぱぁぁぁい!学校に行きましょうぜぇ!

Q.スペルド族は渡航出来ない。
A.ガッシュと会えてない&テレーズさんまだ来てない。


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7話 『無力の嘆き』

前回のあらすじ。

ゼニス「…………」
リーリャ「奥様を裏切り、不貞を働いたこんな私を許して下さるのですか…?」
リベラル「ゼニス治せるんやで」

このコロナ期間中に話のストックを作ろうとしたけど出来なかった……申し訳ぬえ……。

※4/29日、パウロがゼニスを言いくるめて孕ませたことに関して修正。徐々に好きになったような感じのものに書き直しました。


 

 

 

 ――望みと違った結末を迎えた時、人はどのような思いを抱くだろうか?

 

 絶望、悲哀、憤怒、虚無、諦観、楽観……統計的に多い感情はあれど、結局は個人によって抱く思いは違う。

 人それぞれの感情を抱き、その結末を受け入れざるを得ないのだ。どれほど拒絶したところで、現実は変わらないのだから。

 

 感情とは複雑なものだ。

 正しいことでも、間違っていることでも、残虐でも、理不尽でも、矛盾していても、道理でなくとも、過程が同じでも、必ずしも同じ感情にはならない。

 失敗をした時にそれを自分の過ちだと認める者もいれば、他人が悪いのだと過ちを認めない者もいる。

 客観的にどれほど可笑しいことでも、やはり認められない者はいるのだ。

 

 今回の出来事であるゼニスの救出。最終的に、ゼニスの人間性が失われる結果となった。

 しかしリーリャは、リベラルに対して感謝の気持ちを抱いた。ベガリット大陸にまで赴き、転移の迷宮を踏破して救出したのだから当然だろう。

 娘であるノルンとアイシャも、状況を全て理解出来てないが感謝していた。

 

 では、彼は、パウロならばどのような気持ちを抱くだろうか?

 

 パウロが三人と違う点として挙げるならば、リベラルが転移事件に関与があることをヒトガミから聞いた点だろう。

 だが、それでも普通は感謝の気持ちを抱く。パウロ一人では不可能に近いことを成して救出したのだから。 

 けれど、それはあくまでも一般的な観点の話でしかない。

 もしかしたら、それくらいは当然の行いだと思うかも知れないし、怒りを抱くかもしれない。逆にリーリャたち同様に感謝の気持ちを抱くかもしれないだろう。

 とはいえ、この仮定は何の意味もない話だ。

 

 結局、感情なんてものはその時になって初めて当事者にしか理解出来ないものなのだから。

 

 

――――

 

 

 パウロがゼニスの容態を知った時……リベラルの予想では、激情に駆られ衝動的な行動をするのではないかと考えていた。

 彼と別れた際の発言を、リベラルは今でも覚えている。家族に会いたいと、道理を無視してまで思いの丈をぶちまけていた。

 そしてその気持ちを、彼女も知っている。会いたくても会うことの出来ない家族(ラプラス)が、いるのだから。

 ラプラスの復活は、今のリベラルが掲げる目標のひとつである。その過程には様々な困難があるだろうが、パウロと同じように諦めるつもりなどない。

 

「リベラル……これは、どういうことだよ……?」

 

 だからこそ、現状を理解出来ていないかのような表情を浮かべるパウロの姿は、予想通りでもあった。

 

 誰かから聞いたのか、息を切らせながら宿へと戻ってきたパウロは、ゼニスの無事を確認すると、涙を溢しながら抱き締めた。しかし、それも束の間の話だ。

 言葉も喋れず、表情の変化もほとんどないゼニスの姿に気付いた彼は、困惑した様子で後ろへと振り返っていた。

 

「旦那様、奥様は救出時の後遺症によって、この状態となられました……」

 

 その疑問に答えたのは、リーリャだった。彼女はリベラルから聞いた話をそのまま伝える。

 転移によって迷宮に囚われたこと。それを救出してもらったこと。囚われたことが原因で、人間性を著しく失ってしまったこと。けれど、ちゃんと現状を把握していること。リベラル曰く、治療は可能であること。

 それらを一つ一つゆっくりと話していく。

 けれど、リーリャの話を聞いている彼の表情は、唖然としたままだった。現状を受け入れられないかのように、表情が変わることがない。

 

「治療が出来るって……すぐに治せるのか……?」

 

 何とか口を開いたパウロ。

 その問いに、リベラルが答える。

 

「すぐに治すことは無理です」

 

 何度も言ってるように、リベラルであれば治すことが出来る。魔龍王の知識を受け継いでるからこそ、神子や呪子といった知識に精通しているのだ。

 しかし、それでも短期間の治療は不可能と言わざるを得なかった。

 

「どれくらい……掛かりそうなんだ……?」

 

 その問いに、リベラルは伏し目がちに嘘偽りなく答える。

 

 

「正確な時間は言えませんが――最低でも十年以上は掛かかります」

 

 

「―――――」

 

 その答えに、彼は絶句した様子を見せた。

 傍にいたリーリャもまた、治せることは聞いていたが、どれほどの期間を要するのかまでは聞いていない。

 同じように、絶句した姿を見せていた。

 

「嘘だろ……? なあ、医者にでも見せればそんなに時間も掛からねえだろ!?」

「残念ながら、さじを投げられるかと思います……。神子などの力を治せる医者がいれば、私としてもお任せしたのですが……」

 

 当然ながら、パウロやリーリャも神子の存在は知っている。だからこそ、その言葉を信じたくないのだ。

 そもそも、王族でもない限り名前を取り上げられて国のために働かされるのが神子である。治療しようと試みた存在自体少ないだろうし、治療出来たという話も聞いたことがない。

 リベラルの言うように、医者などに見せてもさじを投げられるだろう。それどころか、下手にゼニスが神子になったことを知られれば、余計なトラブルにも発展しかねない。

 

「ただ、時間は掛かりますが治せます。それだけは、しっかりと理解していて下さい」

「治るったって、なあ、そりゃねえだろ……」

 

 彼が長寿な種族であれば、反応もまた違ったであろう。

 だが、人族であるパウロにとって、十年とはあまりにも長い時間だ。現在の自分の年齢の約半分は掛かると言われてるのだから、あまりにも長すぎる。

 

「そうだ、治療を進める毎にある程度改善していくんだろ!?」

「いえ……治療手段の確立に大半の時間が掛かりますので、段階を追った改善は見込めません」

 

 僅かな希望にすがったパウロだったが、リベラルは嘘を吐くことなく、静かに事実だけを語っていく。

 大前提として、ゼニスは迷宮に囚われた結果、脳内に大きな魔力の影響を受けて思考を読む神子としての力を手にした。言い方は悪いが、頭に障害を負った状態となっている。

 つまり、その頭に負った障害を取り除く手術を行うのに、彼女は多くの時間を必要としているのだ。

 それさえどうにか出来れば、多少のリハビリは必要としてもほとんど完治した状態となる。

 

 とは言え、それを受け入れられるかは別問題だ。

 結局なところ、ゼニスは約十年間は今の状態で過ごすことを余儀なくされることとなる。その間はろくにコミュニケーションも取れず、自力での生活が不可能となるのだ。

 理解は出来ても、納得するのは難しいだろう。

 

「…………っ!!」

 

 だが、意外にもパウロは静かだった。

 唇を噛み、握り締めていた拳からは血が滴り落ちる。

 それでも堪えるかのように、彼はリベラルへと視線を向けて話の続きを促す。

 

「リーリャ様にも話しましたが、ミリス神聖国では私が治療に専念出来ませんので、ラノア王国のシャリーアに腰を据える予定です」

「……ここじゃ何で専念出来ないんだよ」

「私が魔族として見られるからです。恐らく治療に専念出来ないでしょう。それと、神子から元に戻すのであれば、医術よりも魔術方面からのアプローチとなりますので、設備の整っているシャリーアが最適となります」

「……ゼニスの世話はどうすんだ」

「ペルギウス様に伝がありますので、12の使い魔を借りて世話をしてもらいます。それ以外にも必要であれば、世話人を雇います」

 

 パウロの疑問に対し、彼女はリーリャに行った同じ説明を行う。

 彼の不安を少しでも払拭するために、理由も添えての説明だ。内に溜め込まずに疑問を溢してくれることは、リベラルとしてもありがたかった。

 

「治療に時間が掛かるって言ったけど、それはどうしてだ……?」

「神子となったことにより、常人と比べて頭部からの魔力の流れがおかしくなってますので、まずはそこを正す必要がありますが……繊細かつ重要な部位です。重篤な後遺症が残る可能性もありますので、慎重に行わなければなりません」

 

 治癒魔術があるとはいえ、全てを治せる訳ではない。欠損部位を再生出来たとしても、頭部の再生まで出来る訳ではないのだ。そこまで出来れば、死者の蘇生すら出来るだろう。

 不死魔族以外は例外なく、頭を著しく損傷すれば即死する。魔神ラプラスの性質を有してるリベラルも同様だ。

 だからこそ、慎重に行わなければ取り返しのつかない結果を招きかねない。

 

「今のゼニス様は日常的な動作は自力で行えてますが、喋ることが出来てません。使われない筋肉が萎縮してしまうと思いますので、治療後もしばらく喋れないでしょうが、それはリハビリすることですぐに回復する筈です」

 

 治療後の経過も踏まえて説明を行っていくが、パウロの表情は変わらず暗いままだ。

 

「……やはり、私に任せるのは不安でしょうか?」

「いや、そんなことはねえよ……」

 

 そう、そんな訳がない。

 治るかどうかの不安はあれど、リベラルに任せることに対しての不安などある訳がなかった。

 

 彼の常識では、神子とは治せるものではない。冒険者として世界各地をある程度巡った自負はあるが、それでもそんな話を聞いたことはないのだ。

 もしかしたら、神子などの研究をしていて治せる、なんて医者や研究者が世界のどこかにいるかも知れない。しかし、そんないるかどうかも分からない存在を探すなど馬鹿馬鹿しいだろう。

 とは言え、リベラル以外に治せるかも知れない存在(ヒトガミ)に心当たりはある。だが、指示に従わなかった以上、もう助言もしてくれないだろう。

 

 結局、パウロが何を思ったところで、選択肢はひとつしかないのだ。

 

「…………」

 

 それでも、やはりこの状況を理解はしても、納得は出来なかった。

 

「……すまねえ、ゼニスと二人きりにさせてくれ」

「……分かりました」

 

 絞り出すかのように紡がれた言葉に、リベラルはリーリャに視線を向けて静かに頷く。そして、子供たちを連れて部屋から退出した。

 

 そしてその日、パウロが部屋から出ることはなかった。

 

 

――――

 

 

 パウロにとって、ゼニスとは大切な存在――愛する存在である。

 

 彼女と出会って仲間となり、しばらくしてから徐々に芽生えた想いでもあった。当時の彼は否定するであろうが、パウロはゼニスの気を引きたくて様々なアプローチをかけたりもしていた。

 そんな甲斐もあってか、やがて彼女と結ばれることとなる。

 

 妊娠が発覚してから段々と大きくなっていくゼニスのお腹を見て、愛しい想いは更に強くなっていった。

 しかし、妊娠自体は予期せぬものであったのだ。パウロとしてはもっと冒険者として色々な地を巡ったり、迷宮の攻略をしたいという気持ちがあった。

 いずれは『転移迷宮』や『龍神孔』、更には『魔神窟』や『地獄』などといった伝説的な迷宮にも挑戦してみたいとも思っていたが……デキてしまったものは仕方ないだろう。

 危険は多く、収入も安定しない冒険者を続けることは、流石に諦めざるを得なかった。

 

 ゼニスの妊娠が発覚してからは大変であった。仲間たちは孕ませてしまったパウロを強く責め立て、それに対して彼も謝罪もなく強く反論。

 その結果、大喧嘩となり“黒狼の牙”は解散となった。パウロがクズだったことが解散の原因であることは、誰の目から見ても明白である。

 

 彼の言い分としては、

 

「まさか一発でデキるとは思わなかった」

 

 なんてふざけた台詞だったり、

 

「ゼニスの中が気持ち良かったから仕方ないだろ」

 

 である。最低な言い分だ。

 

 しかし、パウロの夜這い自体はよく行われていたことである。それどころかエリナリーゼと共に夜の相手を漁ることもよくあった。仲間たちも承知していたことだった。

 誰かを抱くなど、日常的に行われていたことである。だからこそ、パウロは妊娠という結果をあまり重大に捉えてなかったのだろう。

 

 しかし、仲間たちの中でゼニスはとても大切にされていた。

 一癖も二癖もある人物ばかりが集まった凸凹パーティだったが、彼女だけが唯一普通であった。

 ミリス教徒らしく、仲間たちのだらしない部分を叱ったり、潔癖だったりとめんどくさいことも沢山ある。

 

 けれど、みんなゼニスが好きだったのだ。

 理由も様々である。

 

 優しいから。親友だから。気配りが出来るから。仲間たちを纏めてくれるから。不器用だから。可愛いから。

 大した理由でもないが、そんなものだろう。だからこそ、孕ませたパウロと大喧嘩になった。

 

 それはともかく。子供が出来た以上は責任を取るということで、パウロはゼニスと結婚することとなった。

 パーティーを抜けた彼はフィリップを頼り、駐在騎士という役職を貰ってブエナ村へと越したのだ。

 それからは、理想の父親となれるように努力を続けていった。

 

 とは言え、残念ながら理想の父親には程遠いと考えてる。というのも、ルーデウスが優秀すぎて、自分の不甲斐なさが浮き彫りになってしまってるからだ。

 息子に良いところを見せようとしても、空回りしてばかりである。そして新たに出来た娘たちも、転移事件によって触れ合う時間が奪われた。

 

 ろくに反応も出来なくなったゼニスを前に、彼はポツリと口を開く。

 

「……言ったかどうか忘れたけどよ、オレは自分の父親が嫌いだった」

「…………」

 

 リベラルの話では、ゼニスはちゃんと現状などを把握出来ているという話だ。だが、反応が返ってこないのであれば、一人で話しているのと大差ないだろう。

 けれど、それでも良かった。

 この胸中にある想いを吐き出さねば、彼は気が狂いそうだったのだ。

 

「堅苦しい家で厳格な父が頭ごなしに叱ってくるのに嫌気がさしてさ、大喧嘩の末に家を飛び出したんだ」

 

 当時は後悔なんてなかった。

 出て行けという売り言葉に買い言葉で、迷いなく家を出ていった。

 

「父はオレが旅に出てしばらくして病に倒れ、死んだと聞いたよ。風の噂では、今際の際までその日の喧嘩のことを後悔していたらしい」

 

 だからこそ負い目はあるし、後悔もしたものだ。

 故に、パウロは決意したのだ。同じ後悔を繰り返さぬよう、子供が生まれた時に決めた。

 

 あの父のようにはならないと。

 

「なあゼニス、オレは父親としてちゃんとやっていけてたか?」

「…………」

 

 けれど、そんな理想(ちちおや)には程遠い結果となってしまった。

 

「オレはもう……自信をなくしちまったよ」

 

 既に何度か話し掛けているが、彼女からは相変わらず返事がない。

 それでも構わず、パウロはずっと喋り続ける。

 

 

「ルディはオレの手を借りることなく自力で戻ってきたしよ」

 

「それも、魔大陸からだ」

 

「すげえよな。自分の息子とは思えないほど優秀だよ」

 

「ノルンはリベラルが助けてくれた」

 

「オレが負傷して動けなくなっていた剣の聖地まで送り届けてくれてさ」

 

「それも、大量の赤竜に阻まれて誰も通ることの出来ない龍鳴山から無傷でよ」

 

「笑っちまうよな」

 

「リーリャとアイシャもそうだ」

 

「態々魔大陸まで行って、魔界大帝の力を借りて、そしてオレは言われた通りに動いただけだ」

 

「……大したことは何もしちゃいねえ。作ってくれた人形を売っ払っただけだよ」

 

「その間に、ベガリット大陸にある転移迷宮の最奥にいたゼニスを助けてもらってさ」

 

「実際はどうか分からねえけど、苦労もあっただろうよ」

 

 

 そこで、パウロはふと、言葉を切った。

 肩を震わせ、顔をうつむける。

 懺悔するかのように、ゼニスの手を取った。

 

「ごめんな」

 

 ポトリと、涙が落ちる。

 

「こんな父親でごめんな」

 

 ゼニスと結婚を決めた時、彼女を幸せにすると誓った。

 それが、己の使命だと思った。

 

 なのに、何だこれは。

 何一つ、出来てはいない。

 

 

「オレ、情けねえよな。

 皆が助けを待ってた間、何も出来てねえんだ。

 家族が魔物に襲われて死にそうになってるかも、奴隷にされて酷い目に遭ってるかも。

 そんな最悪の想像に駆られてよ、何とか助け出すんだって思って行動したけど、所詮は思ってただけに過ぎなかったんだよ。

 オレは誰も助けられてねえ。

 ゼニスも、リーリャも、ノルンも、アイシャも、ルディも。

 誰一人としてオレは助けられてねえんだ」

 

 

 結局、家族は全員リベラルが助け出したようなものだ。ルーデウスだけは違うが、そんなもの慰めにもならない。

 むしろ、息子が自力で戻ってきたことが、パウロの惨めさを際立たせる。

 

 そもそも、彼自身もリベラルの迎えによって帰ることが出来た立場なのだ。

 確かにパウロなら一人で帰れたかも知れない。しかし、彼女がいなければ、転移術によって早期にフィットア領に戻ることは出来なかった。

 もし迎えがなければ、きっと今よりもずっと状況は悪化していただろう。それこそ、ゼニスもリーリャもアイシャも、皆が未だに救い出されてなかったかも知れない。

 

 

「こうして皆で再会出来たけどよ、オレは家族のために何も出来ちゃいねえ。

 今もそうだ。

 ノルンやアイシャの世話もろくに出来てねえ。

 転移事件が起きる前に、二人からもっと世話の仕方を教えてもらってたら良かったって後悔してるよ。

 リーリャには励まされてばかりで、何も返せてねえ。

 お前との約束を破って、子供を作っちまった立場なのによ。

 ルディもそうだ。

 アイツはオレを頼ることなく一人で何でもこなして、逆にオレが頼りにしちまうくらいだ。

 ゼニス……オレだけじゃ治療の目処も立たせられなかったろうな。

 お前がこんなにも辛い目に遭ってるのに、何も出来ることが……ねえんだよ……」

 

 

 そして。

 何よりも許せないのは。

 自分自身だ。

 

 

「……何が、何が父親だ!?

 何も出来てねえ! 自分のケツすら拭けてねえ!

 家族の誰一人として守れねえ奴が父親だ? そんなふざけた話があるかよ!

 オレなんかよりも、皆の方が立派に生きてるじゃねえか!

 リベラルには無駄に苦労をさせただけだし、場を乱して足を引っ張っただけじゃねえか!

 こんなふざけた奴が父親なんてあり得ねえだろ!?」

 

 

 堪えきれなかった。

 ゼニスの前で情けなくて慟哭する。

 

 

「昔から何も変わっちゃいねえ!

 これしかねえと思って真っ直ぐに突き進んだら、結局は間違った道をずっと進んじまってよ!

 黒狼の牙で活動してた時も、みんな言ってたよな!?

 パウロは楽観的すぎるって、慎重さが足りないって。

 確かにそうだ、オレは考え無し過ぎたよ!

 もっと考えて行動してりゃ、こんな悩まずには済んだろうよ!

 オレは……昔からずっと成長してねえんだ……」

 

 

 だからこそ、許せなかった。

 

 

「こんなにも無力な自分が、大嫌いだよ……ッ!!」

 

 

 周りから見れば、彼への評価がどうなのかは分からない。立派だと褒め称えるかも知れないし、無能と責め立てるかも知れない。

 けれど、周りがどう思おうと、パウロは自分自身を世界で一番駄目な父親だと思っている。

 

 彼は、無力な自分自身を許せなかったのだ。




Q.ゼニスの治療の説明。
A.作中で説明したように、段階的な治療は行われない。後遺症も失敗しない限りは、しばらく喋れなくなる程度の予定。

Q.パウロって本当に何もしてないの?
A.それはこれを読んだ方の判断に委ねられます。してないと思うならきっとしてないですし、してると思うならきっとしています。
けれど、パウロ本人は何もしていないと思っています。

Q.ゼニス孕ませたパウロ糞だな。
A.言いくるめたとは表記してますが、実際には同意です。黒狼の牙の時代ではゼニスはパウロに好意を抱いてご飯の作り方をギースから教わったりしています。なので、言いくるめたというのはパウロ主観での話ですね。
少なくとも、ゼニスは幸せに暮らせていたと私は思ってます。
↑修正のためこのQ&Aはあまり意味のないものになりましたが、一応残しておきます。


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8話 『方針』

前回のあらすじ。

リベラル「ゼニスの治療時間掛かるけど出来るで?」
ゼニス(さすりべ!)
パウロ「俺なんもしてねーじゃん鬱だ死のう」

長らくお待たせしました……といってももうすぐ資格試験なんですけど(殴
相変わらずの亀更新なのに未だに見てくださってる皆さま、ありがとうございます。時間掛けすぎて何を書こうとしてたのか分からなくなって更新作業が全く進まなくなってるけど、書ききるって言ったからにはやるんだよ!!


 

 

 

 日も既に暮れ、星の輝きが見えるようになった夜。喧騒とする酒場に、一人の少年が足を運んだ。

 灰色のローブを身に包んだ彼は、この場に似つかわしくない歳であることもあり、周りからチラチラと視線が向けられる。

 だが、それらを気にすることなく奥へと進んでいく。

 やがて、角にあったそれなりの人数が座れるテーブルにいた人物たちを見付けると、少年はそちらへと足を進めた。

 

「あらルーデウス、一人で来ましたのね」

 

 近付いてくる彼に気付いた女性――エリナリーゼが、気安く声を掛ける。それに対し、ルーデウスもまた軽く会釈を返す。

 

「こんばんは皆さん。ルイジェルドさんが“家族の問題だから口出しをするつもりはない”と言ってましたので、二人は宿にいると思いますよ」

 

 そう言いつつ、彼はこの場にいる人物たちに目を向ける。

 席に座っているのは、エリナリーゼ、タルハンド、ギース、リーリャの四人だ。何の集まりなのかと言えば、パウロがとても酷く落ち込んでるのでどうにかしましょう、という集まりである。

 というのも、彼の家族が全員救出されたのだが、ゼニスが廃人のような容態になってることでパウロの心が折れてしまったからだ。

 この場にいる皆もそうだが、ルーデウスも既にパウロとゼニスに会ってきた。しかし、想像よりも酷い状態だったため、何も言えずにそのまま帰ってきてしまったのだ。

 

「リベラルさんはいないのですか?」

「今はゼニスの容態を見ておる」

「顔色が少し悪かったような気もしましたけど、健康状態の管理がどうこう言ってましたし問題ないと思いますわ」

 

 どうやらリベラルはこの場にいないようで、治療のための準備をしているらしい。

 それならば邪魔をする訳にもいかないので、この場にいないのも仕方ないだろう。

 

「しっかしすげえよな? 話に聞いたけど、神子になった人間を元に戻せるなんて聞いたことねえよ」

「……わたくしも、確かにそれは信じられませんでしたわ」

「俺はリベラルとはまだ会ってねえけど、どんな感じの人なんだ?」

 

 ギースの素朴な質問に、リーリャが答える。

 

「どんな感じ、と言われますと答え辛いですが、少なくとも私たちには優しくして下さってるお方です」

「ふぅん……まぁ今はいいか。実際に会えば分かるわな」

 

 話が脇道に逸れたので、一度仕切り直す。今はパウロをどうするのかという話だ。

 

「それより、父様のことです。皆さんが会った時はどんな様子だったんですか?」

 

 ルーデウスは頭が回らず、ろくに話すことが出来なかったが、長らくパーティーを組んでいた彼らの方がパウロも話しやすいだろう。

 しかし、その場にいるものたちは、誰もが首を横に振る。

 

「大したことは言っておらん。気にするなと言ったくらいじゃな」

「私も似たようなものですわ。フィットア領の時のように励ましましたけど、効果なし、ですわね」

「俺なんて何か言う前に追い出されちまったよ。ひでぇ奴だな」

 

 お手上げと言わんばかりに両手を上げるギース。詳細を聞くと、どうやらタイミングが悪かったらしい。

 タルハンド、エリナリーゼと連続で面会していたようで、それを知らなかったギースは「今は放っておいてくれ」と突っぱねられたようだ。

 

「ま、後で上手く落ち着かせてやるよ」

 

 やれやれと言わんばかりの様子であり、どうやら拒否されたことは気にしていなさそうな感じであった。

 ギースのコミュニケーション能力の高さを知っているルーデウスとしても、彼がパウロを励ましてくれるのはとてもありがたい話である。

 

「それでルーデウス、パウロとは会ったのじゃろ? そっちはどうじゃった?」

「わたくしたちがパウロと話したのは少しだけれど……あれは駄目ですわね。完全に心が折れてましたわ」

 

 二人の所感では、パウロからは覇気というものが一切感じられなかった。

 投げ掛けた言葉に対し、「あぁ」や「そうだな……」と無気力に頷くだけ。そして最終的に、励ましに対しては全て否定的となる。

 自らを卑下し、扱き下ろし、自分では何も出来ないと殻に閉じ籠ってしまっていた。

 昔の彼からは全く持って想像も出来ない姿であった。痛々しいというよりも、哀れな姿。

 今のパウロとなら、きっと彼らは喧嘩別れすることもなかったであろう。

 

 ルーデウスもそれは同意見だったのだろう。肯定するように頷き、自分の率直な感想を告げる。

 

「僕もほとんど同じでした。何を話し掛けても空返事で、あまり言葉が届いてる様子じゃなかったです」

 

 前世の記憶を持つルーデウスは、今のパウロの状態に近いことを体験したことがあるので、彼の気持ちは分かるのだ。

 

 引きこもりとなってからしばらくして。ルーデウスは何度も思ったことがある。

 “俺は本気を出していないだけだ。本気を出せば出来る”……と。

 当然ながら、出来る訳がなかった。当たり前だ。大した学歴もなければ、何かの資格もない。ずっと家に引きこもってただけなのだから、知能も運動神経も何もかもが人並み以下だった。

 それでも、出来る出来ると心の中で言い訳をしながら、結局何もしなかった。

 何年、何十年とそんなバカなことを続けてきたが、流石に三十路辺りからいい加減に気付いた。今更頑張っても遅いと。頑張っても無駄だと。

 代わりに、最低な言い訳を始めた。

 

 ――俺は悪くない。世界が悪いんだ。

 

 自分の過去を棚に上げ、原因を周りのせいにした。

 俺をボロカスにした不良が悪い。俺を助けなかった周りの奴らが悪い。俺を見下す家族が悪い。

 あまりにも無意味な八つ当たり。けれど、分かっていても止められなかったのだ。

 自分の弱さを直視出来なかったのだから。

 

 きっとパウロも、似たような状態なのだろう。自分の弱さに苦しんでるのだ。

 家族を誰一人として自分の力で助けることも出来ず、ゼニスすら治療に何十年と掛かる。

 ルーデウスとは違うけれど、それでも近しい部分はあった。

 

(けど、パウロは違う。パウロは俺なんかよりもずっと凄い奴だ)

 

 弱さを受け入れられなかったルーデウスと、弱さを嘆くパウロでは全く持って違う。

 前世のルーデウスはずっと弱さから目を反らし、認めようとせず、結局変わることが出来なかった。それこそ――死ぬまで変わらなかった。

 だが、パウロは違う。彼は自分の弱さを、情けなさを嘆き、そして“受け入れているから”苦しんでいるのだ。

 

 正直、掛けるべき言葉は分からない。前世の自分は全ての言葉を無下にしていたのだから。

 今でも、当時の自分に何を言えば変われたのかなんて分からない。むしろ、何を言っても変われなかったのではないか、とさえ思うのだ。

 

 けれど、パウロは違う。

 死ぬまで気付けなかったバカな己とは違うのだ。

 

 彼は、父親だ。

 守るべきものがあるのだ。

 

「もう一度、父様と話してみます」

 

 守るべき存在(エリス)が出来てから、その大変さが分かった。

 ルーデウスは前世の知識――異世界の知識を有してるからこそ、上手く立ち回れている。それでも失敗だってしたし、思い通りにいかなかったことも多々ある。

 もしも今の自分にそれらの知識がなければ、既にこの世に存在してなかったかも知れない。

 

「そう言ってくれるのはいいんだけどよ、行ったところで同じ問答の繰り返しにならねぇか?」

 

 意気込むルーデウスに茶々を入れるかのように告げるギースだが、その疑問も最もだろう。

 

 ルイジェルドがスペルド族であるため、渡航するのに莫大な資金が必要となったルーデウスたちは、この国で現在立ち往生となっていた。

 幸か不幸か、ルーデウスとパウロはそれによって親子としての時間をそれなりに取ることが出来ていたのだ。

 だが逆に言えば、パウロはルーデウスの現状を理解するのに十分過ぎる時間があったとも言える。

 

 父親として何も出来てない無力感に苛まれてる彼に対し、優秀なルーデウスが励ましても逆効果ではないか、と。

 

「……正直に言うと、あまり何も考えてません」

「なら」

「でも、僕は父様の息子です」

 

 ピシャリと言い切ったルーデウスに、ギースは閉口する。

 

「僕は皆さんより父様と過ごした時間が短いでしょう。何せ五歳の時にフィットア領に移って以来、手紙でのやり取りしかしてませんので」

 

 ルーデウスは黒狼の牙が何年間活動していたのか知らないが、この中でパウロと一番関わってないのはきっと自分なのだろうと考えてる。パウロのことを一番知らないのはきっと自分なのだろう、と。

 けれど、ふと頭を過ったのだ。

 

 ――俺はパウロに何か返すことが出来たか?

 

 経済的なことは勿論、剣術はパウロから教わったし、わがままだってよく聞いてくれた。

 恵まれた環境に、恵まれた生活。当たり前のように享受していた暮らしは、パウロがいたからこそ成り立っていた。

 思い返せば、前世も含めて親孝行もしていない。

 

 二度目の人生で思いは薄れていたが、パウロは父親でルーデウスの息子なのだ。

 

「でも、僕は……俺は、父様に感謝しています」

 

 確かに短かったが、それでもブエナ村での暮らしは鮮明に思い返せる。

 前世は恵まれた環境だった筈だったのに、自分の手で台無しにしてしまった。なのに、今生でも恵まれた生活を送れたのは、パウロがいたからだ。

 

 やり直すチャンスを、彼は与えてくれた。

 

 本が置いてあったから滞りなく魔術は扱えたし、魔力量も大きく増やせた。更にルーデウスのために家庭教師(ロキシー)を雇い、パウロ自身も剣術を教えてくれた。

 調子に乗る訳ではないが、今の自分の実力はこの世界でもそこそこ通用するだろう。けど、それもこの家族の一員となれたからこそだ。

 ここまで旅をしてきたからこそハッキリと分かる。もしも自分が魔大陸のどこかで生まれていれば、死んでいた可能性もあっただろう。

 

 だからこそ――苦しんでるパウロを支えたい。

 

「父様を助けたいんです」

 

 息子としての想いをそこまで言われれば、誰も反論なんてするわけがなかった。

 首をすくめたり、苦笑したりと反応は様々だが、誰もがルーデウスの気持ちを受け入れた。

 

「そこまで言うのでしたら、任せましたわ」

「倅にここまで言わせるパウロは幸せもんじゃな」

「ルーデウス様……私からもお願いします」

 

 最後にギースはケラケラと笑い、

 

「失敗してもフォローは任せろよっ、と」

 

 銀貨を1枚弾き渡した。

 飛んできた硬貨をキャッチしたルーデウスがギースへと視線を向けると、彼は席から立ち上がり、いつの間にか出口へと背を向けている。

 

「何カッコつけてるんですの?」

 

 演技懸かったキザったらしい仕草に、エリナリーゼが呆れた様子で呟く。

 

「へっ、ジンクスだよ」

 

 笑いながら言った彼は、そのまま酒場から出て行った。

 

「相変わらずじゃの」

「全くですわ」

 

 タルハンドとエリナリーゼのやれやれと言わんばかりの態度に、ルーデウスも苦笑を見せる。

 共にこの地にまでやってきたからこそ、ある程度の人柄は理解してるので特に口には出さなかった。ふざけているように見えるが、ここまででかなりフォローされてきたのだ。

 今回も見えないところで色々してくれるのではないかと期待していた。

 

「では、僕もそろそろ戻ります」

「なんじゃ、全然飲んどらんではないか」

「そうよルーデウス。ここには家族もいるのですのよ?」

 

 エリナリーゼがチラリと視線を向ける先にはリーリャがいる。

 確かに、ここではほとんど会話も交わしてなかったので、再び家族としての時間を過ごすのも悪くないだろう。

 

「分かりました。一度宿に戻って説明して来ますので、少し失礼しますね」

 

 そうして、ルーデウスは退席した。

 

 

――――

 

 

 酒場から立ち去ったギースは、夜道を一人で歩いていた。

 ルーデウスに告げた通り、パウロを慰めて立ち直るように、何をしようか、と考えながら歩いていた。

 酒場でも告げた通り、あそこまで沈みこんだパウロを見るのは初めてだった。冒険者としてそれなりの付き合いでもあり、仲間であったからこそ、本心からどうにかしたいと思っていた。

 

 しかし、そこに近付く影があった。

 

「ギース様」

 

 声を掛けられた彼は、立ち止まりそちらへと振り返る。

 いつの間にかギースの側にいたリベラルは、銀緑の髪を仄かに反射させながら佇んでいた。

 その瞳はエメラルドのような、銀緑色に輝いている。彼女は魔眼を開いていたのだ。

 

 彼はその姿を見たとき、特に動揺も気負った様子も見せず、平然とした様子でそちらを見つめていた。

 

「初めまして、リベラルと申します。どうやらルーデウスがお世話になったようですので、挨拶に来ました」

「ん? おお、あんたがリベラルか!」

「こんな夜分に申し訳ございません」

「いいって、気にすんな!」

 

 ギースもリベラルのことはある程度聞いていたのだろう。彼は歓迎した態度を見せる。

 

「そういえば、ゼニスの容態見てたからさっき酒場に来れなかったって聞いたけどよ、どうしたんだよ?」

「さっき終わったので酒場へ向かったのですが、その際に丁度ギース様が出てこられたので」

 

 ある意味タイミングが良かったと言うべきか、酒場の中で唯一面識がないのがギースだ。実際に話し掛けるのは後日でも問題なかっただろう。

 けれど、リベラルとしてはこの二人きりという状況は、とてもタイミングの良いことだった。

 

「ずいぶんと早く話終わったようですが、結局どうなったのですか?」

「落ち込んだパウロはルーデウスが励ますとよ」

「そうですか……それなら大丈夫かも知れませんね」

 

 ふむ、と考える。別に元気になってくれるなら誰が関わってもいいのだが、やはりルーデウスとパウロは親子喧嘩をしないのだなと。

 これからするのかも知れないが、それに関しては深く首を突っ込む必要もないだろう。

 

 それよりも、今は目の前の男に関してだった。

 

 今のところ、魔眼で確認していてもギースに不審な点は見受けられない。リベラルと出会って動揺してる様子もない。

 彼女のことをどれだけ聞いているのか、はたまた何も聞いてないのかも判断出来ずにいた。

 ならば、少し突っ込んだ質問をしてみようかと考える。

 

「話は逸れますが――ギース様はヒトガミ、という言葉を聞いたことがありますか?」

 

 今のリベラルは、魔眼を開いている。流れを読み解く彼女の瞳は、偽りを許さない。

 ギースがヒトガミと関わりのある使徒であるのならば、外面上では関係を誤魔化せても内面まで騙すのは不可能だ。必ず反応を見せる。

 ヒトガミとの関係の裏付けさえ取れれば、このまま彼を始末しようと考えていた。都合のいいことに、この場所は人気も少な目だ。

 誰にも気付かれず、証拠もなく実行するには最高のタイミングである。

 

 じっと返事を待つ彼女であったが、ギースは何てことのないように口を開いた。

 

「いきなり何だ? ヒトガミ? なんだそりゃ?」

 

 

 ――反応がない……?

 

 

 不思議そうな表情を見せるギースだったが、その仕草が本当であることを魔眼ごしに理解出来た。

 魔大陸でも、別地域からキシリカの魔力を探り当てることが出来るほどの精度を持った魔眼だ。対面した状態で見間違えるわけがない。

 実際、剣の聖地でもパウロの動揺を一瞬で見抜くことが出来ていた。

 

 即ち、ギースは本当にヒトガミという言葉を聞いたことがないのだ。

 

「……いえ、知らないのなら大丈夫です。いきなり申し訳ございません」

 

 どうなっているのだと、リベラルは僅かに混乱する。

 一応ながら、彼の故郷であるヌカ族の住み処は滅んでいることは確認している。流石にギースが最後の生き残りであるかの裏付けまでは取れてないが、それでもリベラルの知る限りヌカ族は彼しか知らない。

 純粋にヒトガミが名乗ってないだけなのか、それとも本当にこの世界では関わりがないのか。

 今はまだ断定出来ないだろう。しかし――。

 

「っ……」

 

 一瞬、彼女はふらつく。

 

「おいおい、顔真っ青だけど大丈夫かよ?」

 

 彼の言うように、リベラルは顔を青くしながら冷や汗もびっしょりとかいている。

 誰がどう見ても平気そうな様子には見えなかった。

 

「ああ、すいません。少し魔眼を使いすぎたようです…」

 

 リベラルの眼は、全ての流れを読み解く瞳だ。多大な情報量を取り込むため、延々と使える訳ではない。

 しかし、ここ数ヶ月はゼニスのために高頻度で長時間使っている状態であった。そのため、最近の彼女は不調気味となっていた。

 

「少し休めば平気です」

「ならいいんだけどよ……」

 

 ふーっ、と深呼吸をしたリベラルは魔眼を閉じ、そのまま壁にもたれる。

 

「引き留めてすいませんでした。もしヒトガミ、と名乗る存在が夢の中で現れても、話は聞かないようにしてください」

「お、おう。分かったよ」

「もし関わりがあるようでしたら、それは私の敵となります。くれぐれも、関わり合わないようにしてください」

 

 まだ断定する訳にいかないだろうが、ギースがヒトガミと関わっていないのであれば、それは喜ばしい話なのだ。

 リベラルとしても、態々エリナリーゼやパウロの仲間を殺したい訳でもない。むしろ、仲間であれば頼もしいとまで言える。

 とりあえず、今は様子見でもいいだろう。

 

「本当に大丈夫かよ? 必要なら水でも持ってくるぜ?」

「……大丈夫です。少し休憩したら戻りますので」

「ならいいけどよ……」

 

 未だ壁にもたれるリベラルを見かねてギースがそのように尋ねるも、彼女は静かに断った。

 気を付けろよ、と口にして立ち去る彼の後ろ姿を眺めながら、これからのことをリベラルは考える。

 ひとまず、パウロやゼニスのことを先に解決しても問題ないだろう。

 パウロに関してはルーデウスがどうにかするようだが、リベラルも少し声を掛けるくらいはしておくべきだろう。

 

「ふぅ……問題は山積みですね」

 

 しばらく休憩したリベラルは、その場を後にした。




Q.魔眼の副作用。
A.冷静に考えたら脳みそのキャパ超えてますよね。むしろ冷や汗とか顔色悪くなるだけなのはヤバい…。

Q.ルーデウスたち出航出来てないん?
A.ルイジェルドがガッシュと会えてない&港町ウェストポートでテレーズと会えてない状況だった。立ち往生していたが、リベラルがゼニスを救出した話を聞いて戻ってきた。

更新がんばるんば


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9話 『だからこそ、本気で生きていく』

前回のあらすじ。

ルディ「落ち込んだ父様説得します」
リベラル「ギースはヒトガミを知らない…?」
ギース「へっ、ジンクスだよ」

お待たせ致しました。パウロ説得回(物理)です。
新しい環境になりましたが勉強もお仕事も頑張ります。お勉強は微妙ですが病院のお仕事は楽しいです。


 

 

 

 アマラント・ノトス・グレイラット。

 バレンティナ・ノトス・グレイラット。

 

 その二人の長男として誕生したパウロは、甘やかされながら育っていたのである。

 初めての子供だからか、父親であるアマラントは表面上は厳しい顔をしていても、基本的に息子に甘く接していた。

 母親であるバレンティナは、 息子の優しさや明るさを認め、パウロの心の拠り所となるような存在であった。

 

 とはいえ、それもずっとではなかった。

 

 勉強を真面目にせず女遊びばかりしていたパウロに、アマラントは徐々に冷めた態度を取るようになっていった。

 従僕やメイドたちも同様に、初めの頃の態度から変化していった。

 唯一変わらなかったのは、母親であるバレンティナだけだ。彼女だけはパウロを見限らず、ずっと優しく愛情を注いでいた。

 次男であるピレモンが生まれてからは、そちらに対して愛情を向ける時間が多くなったものの、それは変わらなかった。

 

 パウロは学校の勉強を頻繁にサボりはしていたが、剣術だけは必ず出向いていた。

 しかし、剣術が出来ることは貴族としてそこまで重要なことではない。

 やることもせず、女遊びしかしないパウロは、ノトス家に泥を塗り続けていた。

 

 結果、パウロはアマラントに軟禁され、部屋から出ることを禁じられてしまう。

 

 軟禁されてからというものの、バレンティナは毎日パウロの元へと足を運んでいた。

 母親を心の拠り所としていたパウロはそれだけで十分だったが、いつしかバレンティナは来なくなってしまう。

 

 ――彼女は病に犯されていたのだ。

 

 そのことを知ったパウロは、軟禁が解かれてからは必死に母親を助ける方法を探した。

 けれど、そんな努力も虚しくバレンティナはこの世を去ってしまった。

 

 心の拠り所を失ったパウロ。

 信頼してくれなくなった父親のアマラント。

 嫌味ばかり言う弟のピレモン。

 

「――知るか! 好きで貴族の家に生まれた訳じゃない!」

 

 結局――パウロは家から出ていった。

 もちろん、彼に味方してくれる者もいた。けど、その信頼の重みも怖かったのだ。

 全てを掛けて歩み寄ってくるこの人に、自分は何も返すことが出来ない、と。自分に味方をしても何も出来ない、と。

 その思いに、ただの一度も報いることも出来ず、家から立ち去ってしまった。

 

 

 ――パウロは強いが、打たれ弱かった。

 

 

 それは過去からくる経験なのか、それとも本人の気質なのかは分からない。

 今でこそ気の合う仲間や、最愛の妻(ゼニス)と息子たちに恵まれたが、その過去は変わらないのだ。

 

 転移事件後。

 今回の件で彼は自身の力で誰一人として助けられず、助けられてばかりだった。

 そんな彼が深く傷付いてしまうのも当然の結果だったのだろう。

 このままではまたバレンティナのように、家族を助けられない場面が訪れるかもしれない。

 

 自分はまた何も出来ない。

 あまりにも無力だ。

 

 そんな思いが、胸中から離れることがなかった。

 

 

――――

 

 

 とある酒場の奥。

 そこで、酒を一気にあおる男がいた。

 既に何本も飲んでいるようで、瓶がテーブルの上にいくつか置かれている。

 

「ちっ、酒がなくなったか…」

 

 ろくに身支度をしていないのか、無精髭に髪の毛もボサボサとなった男――パウロがイライラした様子で酒を飲み干す。

 捜索団が貸し切りとしている酒場に、最近のパウロはずっと入り浸っていた。もちろん、捜索団としてやるべきことは行っているが、それでも最低限だ。

 どうにもこの国には、奴隷として連れて来られたフィットア領の人々がいるようなので、しばらくは留まる必要がある。

 また、ゼニスの実家でもあるラトレイア家でのやり取りもあったため、心身共に疲れ果てていた。

 ゼニスの母親であるクレアからも、散々言われてしまったことも原因だ。

 

「…………」

 

 もう何も考えることが出来ずにいた。

 奴隷となったフィットア領民の解放も、無心でこなしていた。

 今は何も考えたくなかった。

 

「おいマスター! 酒をもうひとつくれ」

「おいおい、飲みすぎじゃねぇか? そろそろ止めとけよ」

「いいだろ別に。早く寄越せよ」

 

 聞く耳を持たぬパウロに、酒場の店主はため息を吐きながら水を突き渡す。酒を飲むのはいいのだが、飲みすぎて辺りを汚されても困るのだ。

 もちろん、パウロはそれに納得するわけもない。舌打ちしながら「おい」と呼び止める。

 

「テメェふざけてんのか。俺は客だぞ」

「限度を考えてくれ。飲んでくれるのはありがたいが、お前さんが荒らしてるせいで客足が遠退いてんだ」

 

 酒癖が悪いのか、ここ最近のパウロは周囲のものに当たる傾向があった。そのため、フィットア領捜索団の人間以外が利用せず、酒場の売上に影響が出ているのだ。

 もちろん、そう言われて今の彼が素直に「はいそうですか」と言う訳もない。頭に青筋をたてながらジョッキを店主へと投げつける。

 

「何すんだ!」

「あぁ!? いいから早く持ってこいよ!」

「うるせえ! お前さんはもう客じゃねぇ! さっさと出ていきやがれ!」

「テメェ……!」

 

 売り言葉に買い言葉。互いに感情をぶつけ合い、怒り心頭となったパウロは遂に席を立ち上がり、そのまま店主へと殴り掛かる。

 当然ながら、両者の腕っぷしの差は歴善だ。普通に店主が負けるだろう。

 

 だが、そのタイミングで誰かが入店する。

 

「ちょ、ちょっとちょっと父様!?」

 

 あわや殴り合いへと発展しそうな現場に訪れたルーデウスは、慌てて二人の間に割り込む。

 興奮する二人を何とか宥めたルーデウスは店主へと謝罪し、場を取り持たせることが出来た。

 その後、パウロを席へと促し、自身も席につく。

 

「何してるんですか父様……」

「…………」

 

 ルーデウスの問いかけに対して、パウロはどこかイライラした様子を見せつつ無言になる。

 とてもではないが、話しが行いやすい雰囲気ではない。昔にあったリーリャの妊娠騒動のときとは訳が違う。

 しかし、そのまま同じように無言となるわけにもいかないだろう。意を決したルーデウスは、口を開く。

 

「父様、僕がブエナ村から出ていく前までのことを覚えてますか?」

「……覚えてるよ」

「じゃあ、僕の五歳を迎えた誕生日のことも覚えてますか?」

「……ああ」

「それは良かったです」

 

 これで忘れられていればかなりショックだし話しも止めようかと思ったが、流石にそんなことはなかったようだ。

 最近は冒険で忙しかったルーデウスは、思い出すようにゆっくりと語り出す。

 

「『男は心の中に一本の剣を持っておかねばならん』……確か、そんな感じのことを言ってましたね」

「…………」

「今なので正直に言いますが……すいません、あれあんまり聞いてなかったです」

「おい…」

「それに、貰った剣も結局なくしてしまいましたし」

 

 なくしてしまったと言っても、フィットア領に強制連行された際に、家に置きっぱなしとなったことが理由だ。不可抗力と言えよう。

 生憎、ルーデウスの手元にあるのはリベラルから貰ったナイフのみだ。ゼニスの植物辞典やロキシーの杖も転移事件と共に全てなくなってしまった。

 御神体とリベラルのパンツも含めて。

 

「父様も、たくさんのものをなくしてしまったと思います」

「……どうだろうな」

 

 確かにパウロも多くを失った。家はなくなったし、愛馬のカラヴァッジョもいなくなったし、多くの知り合いを失った。

 家族は散り散りになりつつも、何とか合流出来たことは僥倖と言えるだろう。しかし、彼はそのことに目を向けれても、自分の無能さからも目を離すことが出来なかった。

 結局はただの幸運だ。ルーデウスはともかく、他の家族はリベラルがいなければこのような結果になることはなかっただろう。

 

「……父様。少し、外に行きませんか?」

 

 暗い表情を浮かべるパウロを見かねたルーデウスは、空気を変えるために提案した。

 

 

――――

 

 

 人通りは少ないが、街並みを見れる広場。そんな場所まで二人は散歩していた。

 道中の会話はあまりなかった。ルーデウスが話し掛けても、「ああ…」「そうか…」と相づちを打つだけだ。

 そこで立ち止まった彼は、パウロへと向き直る。

 

「先ほどの誕生日の話ですが、父様は僕が今何歳か覚えてますか?」

「……確か、11歳だったか?」

「そうです。残念ながら10歳の誕生日は魔大陸の道中で迎えてしまいました」

「それは、すまんな」

 

 本来の歴史であれば、ルーデウスはボレアス家で小さな誕生日パーティーが開かれたが、その前に転移事件が起きてしまった。そのため、彼は傲慢なる水竜王(アクアハーティア)も貰うことなく過ごしていた。

 とはいえ、ルーデウスとしてはそこまで気にしてることではない。ただの話の流れだ。

 

「何故、父様が謝るのですか?」

「……親として何もしてやれなかったからよ」

「今回の件は完全な不運です。父様がそこまで落ち込む必要はありませんよ」

「…………」

 

 そんなことを言われても無理があるだろう。

 無言となったパウロに対して特に気にした様子も見せず、ルーデウスは続ける。

 

「でもしっかりと五歳の誕生日のことは覚えてますし、僕としてはその思い出だけでも十分ですよ」

「でもよ……」

「誕生日の後にあったことは覚えてますか? 僕がシルフィと会った日のことです」

 

 無論、そのこともパウロはちゃんと覚えている。息子を叱ろうとしたら、逆に説教されてしまった時のことを言ってるのだろう。

 あれは当時のパウロには堪えた。父親らしいところを見せようとして空回りしてしまったのだから。

 

「では、父様が僕に対して何と言ったのかも覚えてますか?」

 

『男の強さは威張るためにあるんじゃない』

 

 その日以外にも、鍛練中にはよく言っていた台詞だ。同年代の中で圧倒的な強さを持つルーデウスに、戒めも込めて告げた言葉。

 彼のその台詞に、パウロは自嘲するように鼻で笑う。

 

「さっきの店主とのやり取りのことでも言ってんのかよ?」

「いえ、そうではないです」

 

 確かに今のパウロは、昔とは比べ物にならないほど落ちぶれた様子となっている。けれど、そんなことは関係ない。

 

「僕は、父様の凄さを知っています」

 

 ルーデウスが一番最初に目指したのは、パウロなのだから。

 

 この世界に転生し、一番最初にこの世界の凄さを教えてくれた人物はパウロだ。

 最初は素振りしている痛い父親、なんて思ったりもしたが、世界のことを知っていくにつれ、その思いはすぐに霧散した。

 

 魔術とは違う動き。

 まるで映画の一場面のような剣術。

 岩をも切り裂く一閃。

 

 そんな姿を見て、憧れを抱いた。

 自分もああなりたいと。

 

 魔術は順調に進んでいたが、剣術は思うようにいかなかった。魔術抜きではアクロバティックな動きは出来ないし、岩なんて切り裂けない。

 更には自分の生前の半分程度の年齢で、家族を支えてそのような強さまであるのだ。

 クズだし不倫するし子を孕ませるような奴だが、自分には何一つとして出来なかったことである。

 

「昔のように組手をしたいです」

「何でだよ」

「いいじゃないですか。たまには息子のわがままくらい聞いて下さいよ」

 

 パウロの返事を待つことなく、土魔術で剣をふたつ作りあげる。それを彼へと投げ渡す。

 それを反射的に受け取ったパウロは、ぶつぶつと文句を言っていたが、

 

「ふっ!」

「うおっ!?」

 

 懐へと飛び込み、剣を振り下ろそうとする息子(ルーデウス)の姿に、後方へと大きく飛び退いた。

 

「なにすんだ!」

 

 思わず怒声をあげるパウロ。

 しかし、ルーデウスは気にした様子を見せず、再び彼へと接近していた。

 

 間合いに入り込んだ瞬間に剣を横凪ぎしようとしたパウロであったが、ルーデウスの足が一瞬だけホバー移動となる。

 

「くっ!?」

 

 想定と違う間合いの入られ方に、パウロはタイミングをずらされる。狼狽えながら剣を振るうも遅すぎた。

 既に懐まで入り込んでいたルーデウスは、そのまま体重を乗せた体当りをする。

 体重差があったからこそパウロは倒れなかったが、大きくよろめいてしまう。

 

「ちぃ!」

 

 その隙を逃さず剣を振りかぶる息子(ルーデウス)の姿を視界に捉えた彼は、よろめいた勢いを使って前蹴りを当てる。

 そのまま後方へと飛び退き、距離を稼ぐことに成功した。

 

 だが、その瞬間には岩砲弾(ストーンキャノン)が目前に迫る。

 

(考える余裕がねぇ!)

 

 何故ルーデウスがいきなりこのようなことをするのか。何かしただろうか。

 そんな疑問が頭に浮かんでいたが、深く思考する間もなかった。

 次々と襲い掛かる息子からの猛攻に、パウロは凌ぐことで精一杯だった。

 

「う、おぉ!?」

 

 岩砲弾(ストーンキャノン)を受け流していたパウロであったが、地面が泥沼へと変化して両足を絡め取られてしまう。

 その隙に、ルーデウスは更に魔術を行使し、次の射出の準備を整える。

 流れるように剣術と魔術を繰り出され、パウロはほぼ詰みの状態となってしまった。

 

(強く、なりすぎだろ……)

 

 ごちゃごちゃと考えていたら、いつの間にかそんな状況に追い込まれていたパウロ。

 当たり前と言えば当たり前だが、ルーデウスは昔よりもずっと強かった。

 ブエナ村からフィットア領に送り付ける際は、何とか叩きのめすことが出来たが、今はそんなこと出来そうにない。

 今回のこの組手も、その時の意趣返しなのだろうかとぼんやり考える。

 

 それと同時に、ルーデウスがここまで強くなったことも何故か誇らしく感じられた。

 本当に自分の息子なのかと疑いたくなるほどの優秀さだ。

 己とは違うのだろう。

 ルーデウスはやはり天才だ。

 それこそ、自分の手が届かなくなるほどの……。 

 

 そこまで考えた時、不意に過去の言葉が過る。

 

 

 

 

『不器用でも、口下手でも、だらしなくても、情けなくても、威厳がなくても、良いところがなくても――』

 

『――それでも我が子を導くのが、親ってものでしょう?』

 

 

 

 

 どうしていきなりそんな言葉を思い出したのかは分からない。

 けれど、余計な思考が頭から抜け落ちた。

 

「――ッ!」

 

 瞬間、パウロの動きが変わる。

 射出した筈の魔術は、いつの間にか切り裂かれていた。

 

 『無音の太刀』。

 斬擊を放つことで、後の先を取ってみせた。

 

 その隙にパウロは泥沼から脱出し、両手を地面に付ける『四足の型』となる。

 まるで狼のように四足歩行で駆け寄るパウロに、ルーデウスは岩砲弾(ストーンキャノン)で狙いを定められない。すぐさま氷柱(アイスピラー)を地面からパウロへ向けて発生させた。

 

「らあああぁぁ!」

 

 パウロの姿が一瞬ぶれる。

 次の瞬間には、氷柱(アイスピラー)は宙を舞っていた。

 氷塊に紛れパウロの姿も見えなくなる。

 

 ほんの僅かだが、父の姿を見失ったルーデウス。

 悪寒を感じた彼は、後ろへと飛び下がる。

 そのタイミングで、横から剣を振り下ろしていたパウロの切っ先が通り過ぎた。

 何とか体勢を整えたルーデウスだったが、今度は彼の目の前に何かが飛んでくる。

 

 靴だ。

 パウロは自分の靴を足で投げ飛ばしたのだ。

 

 靴と言っても、鉄板の入れられたものである。当たれば痛いだけでは済まないだろう。

 咄嗟に剣で受け流したルーデウスであったが、続けて投げられた剣が目前まで迫る。

 何とかそれも弾くことが出来たものの、

 

「なっ」

 

 懐まで迫っていたパウロは、先ほどの意趣返しのように体当りした。

 

「ぐっ!」

 

 地面に弾き飛ばされるルーデウス。

 すぐに起き上がろとするが、パウロが上にのし掛かる。

 更にいつの間にか、手から剣も奪い取られていた。

 

「まだ続けるかルディ?」

「……いえ、参りました父様」

 

 ルーデウスは、再びパウロに負けた。

 

 

――――

 

 

「で、何でいきなりあんなことしたんだよ」

 

 戦いの後、パウロは尋ねた。

 いきなりあのような実戦形式の組手が始まったのだ。

 何かしらの理由があるだろう。

 

「理由はいくつかあります」

「ほう」

「ひとつは、悩んでいるときは部屋に引きこもるよりも、身体を動かす方が健康的だからです」

 

 これは、ルーデウスの過去の経験から来る考えだった。

 生前のニートであった時は家の中にずっといたため、悪い思考しか出来なくなっていた。

 部屋に閉じこもると、閉鎖的空間の影響でネガティブなことしか考えられず、負のスパイラルに陥ってしまうからだ。

 

「もうひとつは、父様のことを尊敬してるからです」

「……俺を尊敬、か」

「そりゃ父様は臭いですし、クズですし、情けない父親だと思いますよ」

「どこが尊敬してんだよ」

「でも、父様は強いです」

 

 目を逸らさずハッキリと言ったルーデウスに、パウロは目を丸くする。

 

「昔は一度も勝てませんでしたけど、今なら父様に勝てると思ってたんですよ」

 

 ブエナ村にいた頃、パウロと鍛練中に一度も剣を当てることが出来なかった。

 それどころか、何度も脳内でシミュレートしたにも関わらず、有効な魔術すらも当てることが出来なかった。

 そんなこともあってか、ルーデウスは慢心することなくここまで帰還することが出来たのだ。

 

「言ってませんでしたけど、実は大森林で北聖のガルス・クリーナーって人と戦ったんです」

「北聖と?」

 

 それは初耳であった。

 デッドエンドを名乗っていることや、エリスとスペルド族と共にいることなどは聞いたが、詳しい道程までは聞いてなかったのだ。

 

「タイミングも悪く、僕一人でしたので危なかったですよ。それはもう、ええ、死にかけました。……いや本当にですよ?」

 

 ルーデウスが死ぬ。

  あまりにも軽々しく言われたため、その言葉に実感がわかなかった。

 けれど、北聖を相手にしたのであれば、それは当たり前の事実でもあった。

 間違いなく、自分よりも格上の剣士なのだから。

 

「まあ、何とか勝ちましたけど」

「そ、そうか」

「けど、父様には勝てませんでした」

 

 それも、不意を突いて先手を仕掛けたにも関わらずだ。

 

「そりゃあ、おめー……」

「僕が手を抜いたと思いますか?」

 

 それこそないだろう。

 ルーデウスは強かった。

 昔よりもずっとだ。

 

 剣術、魔術、戦術。

 どれを見ても非常に高レベルに使い分けていた。

 もちろん、剣術はまだまだ粗があったものの、パウロからしてみればそれくらいしか言うことがなかった。

 剣士の間合いで戦っていたにも関わらず、魔術の行使があまりにも早いのだ。戦っていたパウロは、複数人と戦っているかのような感覚に陥っていた。

 

「もう一度言います」

 

 そんなルーデウスに勝てる人物は、そう多くないだろう。

 

「父様は強いです」

 

 だからこそ、ルーデウスはハッキリと断言出来るのだ。

 

「…………」

 

 そこまで言われても、どこか浮かない表情を浮かべるパウロ。

 けれど、気にせずルーデウスは続ける。

 

「……父様が失敗をしたように、僕だってたくさんの失敗ばかりですよ」

「ルディがか? 想像出来ねぇな……」

「思い出すことも辛い失敗だってありますよ」

 

 ルーデウスの生前は、後悔ばかりだ。

 けれど、今の人生も後悔はたくさんある。

 

「あの時ああすれば良かった。こうすれば良かった。何であれをしなかったのだろう。どうしてやらなかったのだろう。

 思い返せば思い返すほど、その気持ちは強くなるばかりですよ。

 けど、それは出来ないんですよ。いくら過去の失敗を考えたところで、それをなかったことには出来ないんです

 僕はもう、そんな後悔をしたくないんです」

 

 そこで、一度言葉を区切る。

 

 

「――だからこそ、本気で生きていくんです」

 

 

 それは、後悔ばかりしてきた男の、心の底からの誓いだった。

 

「それでも失敗だってするし、思い通りにならないことも沢山あります。けれど、そういう過程を得て僕は……僕たちは成長していくんです」

 

 ルーデウスは両手を広げ、パウロに抱きつく。

 

「父様、一緒に前に進みましょう」

「ルディ……」

「父様だって、守りたいものがあるでしょう」

 

 抱きつかれたパウロは戸惑いながらも、ルーデウスの言葉に反応する。

 

「ああ……俺は家族を、失いたくないよ」

「僕だってそうですよ」

「ルディ……お前はやっぱ凄いな」

 

 パウロは背中へと手を回し、力強く抱きしめ返した。

 

「ごめんな、こんな情けない父親で」

「そう思うなら見返して下さい」

「ああ、ああ……分かったよ」

 

 口で言うのは容易いが、実現するのは難しいだろう。何せ、相手は優秀すぎる息子(ルーデウス)なのだから。

 けれど、そんな言い訳は情けなさ過ぎるだろう。

 ルーデウスが前を見て歩いてるように、己もまた前を向いて歩かねばならない。

 

「そんなに不安なら修行でもすればどうです? 少しは自信も付くんじゃないですか?」

 

 冗談めかして言うルーデウスであったが、パウロはその発言でとある人物が頭に浮かんだ。

 彼の知る中で、最も強いであろう人物であり、実際に息子を更に強くした実績を持つ。

 

「……そうだな。ルディに追い付かれそうだし、父さんもちょっと頑張ろうかな」

 

 いつの間にか胸の中にあった不安もなくなり、前を向くことが出来た。

 ならば、後はその気持ちに見合うだけの力をつける必要がある。

 

 もっと強くなろう。

 もう迷わないように。

 次こそは助けられるように。




Q.パウロの両親と過去のお話。
A.『無職転生~ゲームになっても本気だす~』に公開されたオリジナルストーリー『パウロの幼少期』を参考に書きました。ゲームとしては…正直微妙。ファンじゃなければ辛いかもです。

Q.ルディとパウロ強すぎん?
A.ルディは強化によって魔術を近接で織り混ぜられるようになってます。パウロは…本来の実力ならこれくらい出来るのではないか、と思いこうなりました。

Q.パウロの愛馬のカラヴッチョ。
A.カラヴッチョは転移で飛ばされましたが、シルフィエットの愛馬になりました…と考えてますが、普通に忘れそうな設定です…。

Q.パウロの最後。
A.ここのシーンを変えたのは、全部このためです。つまり、パウロの強化フラグです。原作ではルディとあまり肩を並べることが出来ませんでしたが、この作品では強くなったパウロがルーデウスを助けてくれます。いずれ王の称号が付くかもしれない。


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10話 『手が足りないんです』

前回のあらすじ。

パウロ「臭いし女たらしだし酒カスだし俺良いとこなんもないわ」
ルディ「(ぶん殴りながら)そんなことないですよ父様!」
パウロ「息子にボコられそうなので頑張ります」

矛盾点や見落としってプロットや執筆中って中々気付けないですよね。オセロならともかく、将棋とかチェスはくそ雑魚ナメクジで先を見通すのが不得意だから、常にアワアワと自信無さげにやっています。にゃんこ。
他の人たちはもしも作品に矛盾点やらの不備が見付かったらどうするんだろ…。わんこ。


 

 

 

 ルーデウスの説得により、立ち直ったパウロ。そんな彼は捜索団の団長であり、やることがたくさんある。

 呑んだくれるなんて、本来ならば出来ないことだ。そんな出来ないことをしていたのだから、仕事は山積みとなっていた。

 今現在も、頑張って活動していることだろう。

 

「――て感じみたいですよ」

「そうですか。解決したようで何よりです」

 

 部屋の中でノルンとアイシャの相手をしながら、ルーデウスは今回の経緯をリベラルへと伝えていた。

 良い結果であったため、彼女も安心するかのように微笑んでいた。

 そして、特にノルンと不仲になるような出来事もなかったため、兄妹の仲も良好である。

 

「それで、そちらは渡航する目処は立ったのですか?」

「残念なことにその件については行き詰まってますよ」

 

 やれやれと不満げな仕草を見せるルーデウスに、彼女も小さく吐息を吐く。

 

「スペルド族の渡航料はぼったくりですからね。そもそもちゃんと払っても許可してくれるかも怪しいですし」

「ですよね。だから僕も何が正解か決めかねてるんです」

「どうするつもりですか?」

「…………」

 

 リベラルの言葉に、ルーデウスは沈黙する。その反応で、何も決まっていないのだと察することが出来た。

 正規の手順では進めず、裏ルートから行けるかも探してみたが、結果は未だに進めずにご覧の通りだ。

 正解が見付からず、行き詰まっている。

 

 そんな様子のルーデウスに、彼女はポツリと口を開いた。

 

「もしよろしければ、私が案内しましょうか?」

「えっ?」

「渡航しなくても海を渡る方法はあります」

 

 不思議そうな表情を浮かべる彼に、リベラルは続ける。

 

「転移魔法陣を使いましょう。それが何かは分かりますか?」

「名前だけは聞いたことがあります」

 

 転移魔法陣は安易に広めてはいけないが、ルーデウスであれば信用出来る。彼ならば口外しない筈だ。

 エリスやルイジェルドもにも知られることになるが、そこは目を瞑る。あまり広まらなければ、潰されることもないだろう。

 

「途中までですが案内しましょう」

「いいんですか?」

「構いません。私の目的地はラノアです。途中で別れることになりますので、簡易的な地図は作成しておきます」

 

  転移魔法陣を抜け目的地付近まで辿り着いたら地図は燃やすように、と付け足す。

 これならば、ルーデウスたちも無事にフィットア領へと向かうことが出来るだろう。

 彼らはシーローン王国の近くに転移し、そこから赤竜の下顎を通りアスラ王国の領土へと進むことになる。

 

 ……そう、赤竜の下顎を通る必要があるのだ。

 

 本来の歴史ならば、ルーデウスはそこでオルステッドとナナホシの二人と初めて出会うことになる。

 今回はどうだろうか。彼の行動は誰にも分からないため、どうなるのか分からなかった。時期もずれてるため、出会わない可能性が高いだろう。

 だが個人的には、同じ過程を歩んで欲しかった。

 

(……人神は倒します。ですが、約束も果たさなければなりません)

 

 ナナホシの行動さえ大きく変わらなければ、他は気にする必要もない。

 ナナホシのことが全て終われば“制約”が無くなり、自由に行動出来る。そうなれば、一気にヒトガミの喉元まで食い込むことも出来る。

 

 とはいえ、それには先ずルーデウスが必要だ。

 ゼニスはラノアで治療するので、遅かれ早かれ彼は来てくれるだろう。

 

「経路についてはエリスとルイジェルドさんとも共有したいので、二人を呼んで来ても大丈夫ですか?」

「構いませんよ」

 

 デッドエンドとして活動しているのだから、当然ながらルーデウスだけで聞くわけにもいかない。

 二人を呼びたいという提案に、リベラルは快く受け入れた。

 

 そのまま外へと出ていったルーデウスであったが、そう時間を待つことなく戻ってくる。

 どうやら、エリスとルイジェルドは近くで待っていたようだ。

 中へと入り、エリスとルーデウスは向かいに座るも、ルイジェルドは立ったまま二人の背後でこちらから目を離さずに警戒している。

 

 だが、ノルンとアイシャが近付くと何だかんだで相手はしていた。

 

「この人がルーデウスのもう一人の師匠なの?」

「そうですよエリス。僕の偉大なるお師匠様です。なので嫌なことがあってもハウスですよ」

 

 エリスは興味津々な様子でこちらを見ている。しかし、彼女の視線にはどこか困惑が混じっていた。

 どこかで見たことがある。けれど、思い出せない。喉に小骨が刺さったかのような、そんな微妙な表情だ。

 

 以前にもあったようなやり取りである。

 エリスがリベラルと顔を合わせるのはボレアス家の面接時と、ボレアス家へと手紙を届けていた時に何度かだ。

 あれからかなりの時間が経っているため、忘れているのも仕方ないだろう。

 

「僕の魔術の数々は、師匠の教えがあってこそのものですよ」

「……へぇ! ルーデウスに魔術を教えた人なのね!」

 

 などと過去と同じようなやり取りをしつつ、リベラルはルイジェルドへと視線を向ける。

 

「…………」

 

 ルイジェルドは特に表情を変えることなくリベラルから視線を外さないままだ。

 口を開く様子もないため、再びルーデウスへと顔を向けた。

 

「とりあえず、二人の為にももう一度転移魔法陣について話します」

 

 ルーデウスにした説明を再度する。

 エリスはやはりと言うべきか、いつものように腕を組み、口をへの字にして無言だった。あまり話を理解出来てないのだろう。

 ノルンとアイシャもそれを見て同じ様なポーズを取っているが、特に気にしなくてもいいだろう。

 ルイジェルドは難しい表情を浮かべながら、相変わらず無言だ。何を考えてるのかは分からないが、内容は理解してるだろう。

 

「転移魔法陣を使えばどの辺りまで移動出来るのですか?」

「フィットア領に一番近いであろう場所でしたら、赤龍の下顎を越えて少し脇道に逸れた場所です」

「遠い場所だと?」

「渡航した先にあるイーストポートの近くになりますよ」

 

 その返答に、ルーデウスは顎に手を当て考え込む仕草を見せる。

 それからすぐに、ルイジェルドとエリスに視線を向けた。

 

「僕としてはすぐにフィットア領に向かいたい気持ちはありますが、捜索団のこともあります。大変だとは思いますが、僕はイーストポートから転移事件の行方不明者もなるべく探すべきではないかと考えてます」

「どうしてよ?」

「父様たちはしっかりと捜索した訳ではないので、行方不明者の取りこぼしがあると思ってます」

 

 捜索団はあまり支援金がなかったため、一ヶ所に長く滞在出来ずミリス神聖国へとやってきたのだ。

 そのため、本来の歴史よりもずっと行方不明者が多い状況だった。

 

「それに、フィットア領の被害によるしわ寄せがエリスに及ぶ可能性も否定出来ません。少しでも心象を良くするために、行方不明者を探すべきと考えました」

「……二人に何かあれば、人間を皆殺しにしてでも二人を救い出す」

「どうどう。落ち着いて下さいルイジェルド」

 

 アスラ王国相手に、それは流石に厳しいだろう。

 ルイジェルド一人なら逃げれるかもしれないが、ルーデウスとエリスを連れて皆殺しなんて無理がある。

 

「でもまあ、本当にエリスの身が危険でしたら助けて欲しいです」

「わかった」

 

 たった一言であったが、そこに込められた気持ちは生半可ではないだろう。ルイジェルドは、やると言ったら必ずやる男だ。

 二人の関係性を知ってはいたが、それでもその信頼し合っている姿に、リベラルはラプラス戦役の時を思い出す。

 銀緑として活動していたため、同じくラプラス戦役を生き抜いたルイジェルドに警戒されているのは仕方ないだろう。

 

「では、転移魔法陣での行き先はイーストポートでいいですか?」

「それでいいわよ!」

「ああ」

 

 そして、ルーデウスはリベラルへと向き直った。

 

「と言うことで転移先はイーストポートになりましたのでお願いします」

「分かりました」

 

 あまりにもアッサリと、フィットア領までの道程を決めたルーデウス。今までの旅路でも、同じ様に話し合っていたことが窺えるやり取りだ。

 フィットア領へと早急に戻れないことは残念だが、彼の言うことも確かに想定せねばならないことだ。

 リベラルもパウロも、フィットア領がどうなったかを知っており、フィリップが生存していることも知っている。

 ルーデウスとの情報交換も既に行われていることだ。しかし、それは過去の話であり、現在のことは分からない。

 

 既に数ヶ月は経過しており、正確な情報は誰も持っていなかった。

 

 更に言えば、紛争地帯で偶然出会ったシャンドルがフィリップの元へと辿り着くには十分すぎる程の時間があっただろう。

 リベラルからの伝言である『アスラ貴族としての地位を取り戻すため、アリエル陣営に付くように』という話は伝わっている筈だ。

 その準備のために、フィットア領から離れて雲隠れしている可能性が高い。

 

 そのため、フィリップが不在であれば皺寄せがエリスに向かうかも知れないのは確かだ。

 

「リベラルさんは途中まで同行するとのことですが、どの辺りまでになりそうですか?」

「王竜山脈に転移魔法陣がありますし、サナキア王国……王竜王国を越えた次の国までですね」

「なるほど、分かりました」

 

 もしも渡航して本来の道筋で進んでいれば『イーストポート』→『王竜王国』→『サナキア王国』の順路となる。

 リベラルはゼニスの移送があるため少しばかり移動速度は落ちるが、それでも大体1~2ヶ月程度の付き合いになるだろう。

 

 行方不明者のフィットア領民がいれば、護送する必要もあった。

 馬車や人員、それを賄うだけの金銭も必要になるが、お金は捜索団から少し借りれば問題ないだろう。渡航するためにある程度の資金もあるので、それほど借りる必要もない。

 人員に関しても、戦える人は少しくらいいるだろう。いないとしても、ギルドで冒険者を雇うことはできる。

 

「では、次の議題に移りましょう」

 

 転移魔法陣のお陰で、フィットア領までの道のりで最大の障害である渡航は解決した。

 人数が増えれば増えるだけ護衛が大変になるが、魔大陸に比べれば楽だろう。魔物はそこまで強くないし、何より道が整えられている。

 だから、順路の話はおしまいだ。

 

「リベラルさん、別件で聞きたいことがあります」

「なんですか?」

「ウェンポートでの伝言についてです」

 

 その一言で、リベラルは察した。

 

「ヒトガミのことですか?」

「はい。折角なので二人にも聞かせてもいいですか?」

 

 態々二人だけの秘密にする必要はないし、ヒトガミの指示でルイジェルドと関わりを持ったこともある。

 情報の共有はするべきだろう。

 

「構いませんよ。私としても、味方を増やせる切っ掛けになりますし」

 

 エリスもルイジェルドも、いまいち話を理解した様子がない。

 ヒトガミの単語は、ウェンポートの伝言にちょっと載ってただけなのだから、二人が知らないのも当然だ。

 

「何の話よ?」

「それを今から話します」

 

 いつ、どこで、だれが、何を、何故、どのように、と5W1Hを意識しながらルーデウスは話し出す。

 最初はルイジェルドを助けるように助言し、その他でも時おり夢に出てきたことを。

 そしてウェンポートでリベラルからの伝言を読んだところを最後に、助言がなくなったことを。

 

「予想通りですが、干渉してこなくなったのですね」

「ヒトガミ本人にもどういうことなのか聞こうと思ったんですけど、それ以降音沙汰がなくなりました」

 

 逆に「リベラルは巨悪なんだ」とか助言する可能性もあったが、流石にそんなことはなかったようだ。

 昔からの知り合いであり師匠であるリベラルか、ぽっと出の胡散臭い詐欺師だと思っているヒトガミ。どちらの言を信じるかなんて言うまでもないだろう。ヒトガミの『信用させる呪い』もルーデウスには通じないのだから。

 

「そうか……ヒトガミとやらの助言だったのか」

 

 当事者でもあるルイジェルドは、当時のことを思い出すかのように黙り込む。

 しかし、すぐに気を取り直したのかルーデウスへと視線を向ける。

 

「だが、ルーデウス。それを選んだのはお前の意思なのだろう」

「はい」

「ならいい」

 

 短い言葉であったが、そこには彼なりの想いが込められていた。

 ルーデウスも瞠目してルイジェルドを見つめ返す。

 

「ヘヘッ、ルイジェルドの兄貴のためなら当然でさぁ」

「俺はお前の兄ではない」

「ルーデウス、その変な言い方止めなさいよ」

 

 照れ隠しのように茶化す彼と、マジレスするルイジェルド。そしてそれに呆れた様子を見せるエリス。とてもホッコリしたやり取りだ。

 ほぼ部外者であるリベラルは入り込み難い雰囲気であったが、話が止まってしまったので咳払いをひとつする。

 

「それで、それ以外の助言はされてないのですね?」

「はい。なので結局、ヒトガミが何をしたかったのかもよく分からないんですよ」

 

 現状、ルーデウスの得になることしか起きていない。

 リベラルの干渉により音沙汰がなくなったため、今のところは本当に助言をした奴、というイメージにしかならなかった。

 リベラルも本来の歴史では結局、ルイジェルドに関係する助言についてまで辿れなかった。

 とは言え、推測自体は出来ることであった。

 

「ルイジェルド様は、今まで魔大陸でスペルド族を探していたそうですが、痕跡すら見付かりませんでしたか?」

「……ああ」

「私も様々な場所に行きましたが、魔大陸にはルイジェルド様以外のスペルド族はいませんでしたね」

 

 リベラルの言葉に、彼は表情を暗くなる。自分一人であれば見落としていてもおかしくないが、街中に入れる彼女の言葉には己の手の届かぬ場所にもいなかったことを示す。

 本当にスペルド族は自分しかいないのか、という不安が胸中を占めた。

 

 しかし、リベラルの言い回しにルーデウスが疑問を挟む。

 

「魔大陸には、ですか?」

「ええ、別の大陸には少数ですがスペルド族はいましたよ」

 

「――――」

 

 彼女のカミングアウトに、ルイジェルドの雰囲気が大きく変わった。

 衝撃を受けて目を見開き、先程までのどこか柔らかさを感じさせる空気が霧散する。

 

「どこだ! どこにいるんだ!」

 

 我を忘れたかのようにリベラルへと詰め寄り、肩を掴む。

 彼女は取り乱すことを分かっていたのか、落ち着いた様子でルイジェルドを宥めた。

 

「落ち着いて下さい。順を追って説明しますので」

 

 リベラルの言葉に同調するように、ルーデウスとエリスも同じ様に彼を宥める。

 少しして落ち着いた様子を確認し、それから彼女は口を開いた。

 

「まず、スペルド族はラプラス戦役の影響により、別大陸へと住処を変えました」

 

 ルイジェルドがずっと魔大陸を探しているのに、噂話すら出ないことを考えると既に誰もいない可能性が高いだろう。

 

「移り住んだ土地では、スペルド族の能力である探知能力を使い、その土地特有の透明な魔物を狩っております。

 その対価に、暮らすことを許可してもらっておりました」

「そうか……」

 

 迫害を受けることもなく穏やかな暮らしをしていることを知り、彼はホッとした様子を見せる。

 魔大陸ではデッドエンドとして恐れられていることを考えると、素直に驚くべきことだろう。

 

「それで、どこに過ごしている?」

「回りくどくなって申し訳ありませんが、その前にお話しなければならないことがあります」

 

 リベラルの前置きに、ルイジェルドは怪訝な表情を浮かべる。

 

「……スペルド族の過ごしている土地に、疫病が蔓延しております」

「なに?」

「何の疫病なのか特定出来ておりませんので、現状ルイジェルド様を案内する訳にいきません」

 

 昔から長生きし、あらゆる技術を身に付けているリベラルだが、全ての知識を有している訳ではない。特に、病気関連についてはまだ未熟なことが多かった。

 何せ、病気は実際を見る機会が極端に少ないのだ。知識としてあっても、見たことはないものばかりである。

 例えば、魔石病などもリベラルは治せない。遭遇したことはないし、神級の解毒魔術を習得出来ていない。流石にミリシオンの大聖堂にコッソリ忍び込むのは難しかったからだ。

 

「僅かですが死者も出ておりましたので、緩やかにスペルド族の全滅に向かっておりました」

 

 症状が軽い者がいれば、重い者もいた。

 全滅などと大袈裟に言ったのも現状では確実とは言えないが、ヒトガミが干渉していたのなら大袈裟でなくなる。

 ギースの種族であるヌカ族は、ヒトガミの手によって絶滅したのだ。スペルド族に対して躊躇することもないだろう。

 

 内心怒り狂っているのか、ルイジェルドは肩を震わせている。

 途中で話を遮られると長くなりそうだったので、リベラルは矢継ぎ早に話しを続けた。

 

「ルディ様とルイジェルド様を引き合わせたのは、恐らく魔大陸から離れさせて別の大陸を捜索させるためだったのでしょう。

 もしもルイジェルド様がスペルド族の住む場へと辿り着けば、スペルド族は一人残さず絶滅します。

 スペルド族が絶滅するのはヒトガミにとって都合が良いでしょうし」

 

「どういうことですか?」

 

「封印されてるラプラスはいずれ復活するでしょうが、その時にスペルド族がいなければ弱点を突くことが出来ないからです」

 

 情報量の多さに、エリスはともかく流石のルーデウスも混乱した様子を見せていた。

 しかし、ルイジェルドはその話の意図に気付いたのか、殺気混じりの視線を向ける。

 

「ヒトガミとやらは、ラプラスの仲間ということか?」

「……色々と複雑な理由はありますが、結果的にそうなりますね」

 

 技神と魔神の関係性を知っている存在は少ない。

 実際には利用されてるだけだが、ラプラスの所業を考えれば言い訳は出来ないだろう。

 

「えっと……つまり、ラプラスを倒すにはスペルド族が必要だけど、それを阻止するためにヒトガミはスペルド族を滅ぼそうとしていたってことですか?」

「端的に言えばそうなります」

「…………」

 

 話のスケールが大きすぎて、ルーデウスは再び無言となってしまう。衝撃的な内容なので、無理もなかった。

 ルイジェルドとフィットア領まで冒険することが切っ掛けで、ひとつの種族が滅んでしまうなど理解のしようがないだろう。

 そんなことを想像出来る訳がなかった。

 

 因みにエリスは話に付いてこれなくなったのか、途中からノルンとアイシャの相手をし出したのはご愛嬌だ。

 

 とにかく、ルイジェルドとルーデウスは事の経緯と理由は理解できた。

 だからこそ、次に出てくる言葉は必然のものだった。

 

「銀緑……その疫病の蔓延した地にいるスペルドたちは、見殺しにするつもりか?」

 

 もっともな疑問だろう。

 もしもここでリベラルが「そうです」と答えれば、ルイジェルドが怒り狂うことは目に見えている。

 しかし、簡単に解決出来る話でないことも確かだ。そのことを把握しているルーデウスは、ハラハラとしながら成り行きを見守る。

 

「私自身が疫病に掛かる可能性を考慮して、しっかりとは調べられていない状況です。

 ペルギウス様の助力を得られれば疫病の詳細も分かるかも知れませんが……魔族嫌いなのでそれは難しいでしょう」

「つまり、見殺しにするということか?」

「いえ、放置すればルイジェルド様はどうにかしようとスペルド族を探しに行ってしまうでしょう。それを見過ごす訳にもいきません」

 

 それをどうにかしないと、種族単位で滅ぶことになるのだ。

 リベラルも流石にそれは寝覚めが悪いし、ラプラスの復活を阻止出来なかった時にも苦労が増える。

 放置する、というのは出来ない選択肢だった。

 

「……ただ、ゼニス様の治療がありますので、治すまでは合間に診ることが限界です」

 

 ゼニスのことを引き受けたのに、それを中途半端にしてしまうことは流石に出来ない。

 そのことはルイジェルドも分かっているため、文句を言う訳にはいかなかった。しかし、それでは時間が掛かりすぎることも事実だ。

 それに、リベラルが手助けする姿勢なのは非常に助かるが、己のわがままで付き合わせるのも矜持に反する。何せ、ラプラス戦役では直接何かあった訳ではないが、敵同士だったのだ。

 

「…………」

 

 己がスペルド族の元に行っても犬死にするだけ。

 スペルド族の名が恐れられ、ろくな協力者も得られない。

 

 そんなどうすることも出来ない状況にルイジェルドは歯痒い思いを抱き、無力な己を呪う。

 

「ルイジェルドさん」

 

 だが、そこにルーデウスが声をかける。

 

「ルイジェルドさんは魔大陸で、何を目的にしていましたか?」

「スペルド族の誇りを取り戻すことだ」

「なら、今まで通りそれで良いじゃないですか」

「どういうことだ」

 

 冗談を言っている訳でもなく、真面目な表情で告げたルーデウスに、彼は疑問を返す。

 

「――スペルド族の悪評を取り除く。それが出来れば、自然とスペルド族に手を貸してくれる人が出来る筈です」

 

 原点回帰だ。

 自分の力でどうにも出来ないなら、周りの力を借りる。

 至極当然の話だ。

 そのためには、どのみちスペルド族の悪評をどうにかしなければならなかった。

 

 ルーデウスは少しばかり考える仕草を見せ、意を決したかのように顔をあげる。

 

 

「ルイジェルドさん――フィットア領に辿り着いてからもデッドエンドとして一緒に行動しませんか?」

 

 

 その言葉に、彼は目を見開く。

 

「だが、お前にはやるべきことがあるだろう」

「いえ、そうでもないですよ」

 

 ルーデウス自身も、これまでフィットア領に到着してからのことをあまり考えていなかった。

 目的地に辿り着いても、まだ復興作業の途中だろうし、生まれ育ったブエナ村はなくなっている。

 ゼニスは北方大陸のラノア王国で治療をするので、最終的に家族は皆そちらに移住するだろう。

 

 当初の目的はフィットア領に帰ることだったが、そこから先は何も考えていなかったのだ。自分ではゼニスを治す手伝いが出来るとは思えない。

 だったらこれまでのように冒険者として、デッドエンドとして活動し、ルイジェルドの手助けをしてもいいのではないか。

 少なくとも、そう思えるくらいには彼に対しての好意を抱いていた。

 

「…………」

 

 珍しく、ルイジェルドは返答に詰まっていた。

 いつもの彼であれば、戦士としての矜持か何かで断っていたのかも知れない。スペルド族の問題は、ルーデウスに関係のないことなのだ。いつまでも付き合わせる訳にはいかなかった。

 

 しかし、今のルイジェルドは手詰まりである。

 

 同胞が全員亡くなる可能性がある以上、個人の感情で断る訳にもいかない。

 かといって、いつまで掛かるのかも分からない名誉の回復に、人族であるルーデウスを付き合わせる訳にもいかない。

 どうすればいいのか迷い、葛藤するのも仕方ないだろう。

 

「……まあ、いいんじゃないですかルイジェルド様」

 

 そこで、成り行きを見ていたリベラルが口を挟む。

 

「簡単に言うな」

「ルディ様も考え無しに言ってる訳でもないでしょう。それはここまで共に歩んできた貴方がよく分かっている筈です」

「……そうだな」

「ソ、ソウデスヨ、僕ちゃんと考えてる」

 

 二人のやり取りにルーデウスは動揺して片言になる。

 まさか自分の人生を全てスペルド族のために捧げるなんて、そんなことを安易に言う訳がないだろう。

 何かしら思い付いてると考えるべきだ。

 

 ルーデウスは咳払いをひとつし、気を取り直す。

 

「じゃあ期限を付けましょう。それなら気兼ねなく組めるでしょう」

 

 そして、彼は三本の指を立てる。

 

「フィットア領に帰還してから、約三年。その間に出来ることを行い、やれることを考えましょう」

 

 もっとも、今までの歴史を考えれば、三年間の活動で与えられる影響なんてたかが知れてるだろう。

 迫害や差別が簡単に無くならないことは、前世の歴史だけでなくルーデウス本人も身をもって知っている。

 けれど、ここに至るまでの旅路で、スペルド族であるルイジェルドに対して、笑顔や気さくに対応してくれた人たちはいた。

 名誉の回復までは出来なくても、協力者なら見付けられる筈だ。

 

 やがて、ルイジェルドは根負けしたのか、溜め息を溢しながらルーデウスの目を見つめる。

 

「――分かった。それでいい」

 

 こうして、フィットア領に到着後もルイジェルドとパーティーを組むこととなった。




Q.ナナホシのことが解決すれば制約がなくなる?
A.何かリベラルって行動不自然なときありますよね。
リベラル「ヒトガミ討伐RTAはっじめるよー!じゃあ先ずはラプラス戦役と戦役前に五龍将から秘宝を回収しちゃいましょうねー。ルーデウスとナナホシは(討伐に必要)ないです。社長一人いれば倒せます。肝心の社長は転移事件起きたらホイホイ出来るので待ちましょう。私の事情を話せば仲間になります。後は秘宝を渡してヒトガミ討伐に乗り込んで終了です。ヒトガミとの対決は社長だけでは厳しい場面はありますが、私が持つ切り札と奥の手を使えば問題なく勝てます。はいタイマーストップ!」
上記のが最善であり、このようにすればこの作品ではヒトガミの討伐RTAが出来ます。

Q.スペルド族の疫病。
A.原作245話『天才』にてクリフが治す病気。ドライン病であったが、途中からギースの手でやって来た冥王ビタによって治癒。その際にスペルド族にばらまいた分体によって、ビタは症状を自在に調整していた。時期的に現在ビタは憑依していない。

Q.リベラル疫病治せへんの?
A.可能か不可能かで言えば可能です。ドライン病の知識自体は持っています。作中の言葉通り、自分も病気になることを恐れて深く調査してないだけ。

Q.デッドエンド。
A.フィットア領で本来ならデッドエンドは解散しますが、スペルド族の現状を把握したことでルイジェルドの離脱は無しです(期間限定)。

Q.スペルド族の呪いのことは伝えないの?
A.ルイジェルドが髪の毛剃ったことで呪いは急速に薄れているので、この後さらっと説明したってことにしといてください。呪いだったんだなんだってーでも薄れてるから大丈夫Vやったーくらいのノリで話してます。


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11話 『ラトレイア家』

前回のあらすじ。

リベラル「ゼニスを連れて途中まで同行します」
ルイジェルド「フィットア領到着後もデットエンドの契約3年延長した」
ルーデウス「ルイジェルドの協力します」

今回はクレアを書くのに非常に苦労しました。なんかよく性格というか、この場面ではこういう言動をするだろうな、というのがいまいち掴めず。それと、リアルが忙しくて中々執筆出来ていない状態が続きます。申し訳ございません。

幼少期リベラルイメージ画像

【挿絵表示】

使用させていただいたメーカー:「テイク式女キャラメーカー」
キャラメイキング楽しくてつい作ってしまいました。


 

 

 

 ルーデウスたちとリベラルの話し合いも終わり、後は準備を整えて出発するだけ、とは行かず。

 ミリス神聖国から出発し、ラノア王国へとゼニスを連れて行くために、やらなくてはならないことがある。

 ゼニスは実母であるクレアとまだ会っていないのだ。流石にパウロは既に何度か会って娘が行方不明であることを伝えているが、捜索済みであることは未だに伝わっていない。

 パウロがしばらく鬱になっていたことと、仕事が溜まってしまったことのふたつが主な原因だ。

 

 出発する前に、状況と事情の説明をしなくてはならないだろう。

 

「それで、ルディ様は何故まだお会いしてないのですか?」

 

 ルーデウスにとっては祖母であり、クレアにとっては孫である。

 しかし、どういう訳かミリス神聖国にそれなりに滞在している筈の彼も、まだクレアと会っていないというのだ。

 

「そりゃそうですよ。僕だって祖母のことを知ったのが最近なんですから……」

 

 ルーデウスは何とも言えない表情を浮かべる。

 

 クレアと喧嘩別れしたゼニスは、あまり実家の話をしていなかったため、ルーデウスが詳しく知る機会がなかった。

 更に言えば、エリスを送り届けることを優先していたため、気が回らなかったのだろう。パウロが伝えていないことも原因だ。

 仕方ないと言えば、仕方のない事情であった。大体パウロが悪いのだ。

 

 ともあれ、行かないという選択肢にはならないため、彼もクレアと会う準備をする。

 

「でも、すんなりいけるか分からないですよね?」

 

 パウロからクレアがどういう性格か聞いておいたため、ルーデウスは不安そうな表情を見せる。

 頑固で厳しい人物、と言われると、銀緑色のリベラルに対しての偏見が強い可能性が高い。彼女がラプラス戦役で活躍した『銀緑』だとハッキリ知れば手のひらを返すかも知れないが。

 しかし、廃人のようになってしまった娘を連れて行かれる、となると喧嘩別れしていたとしても簡単には頷かないだろう。

 

「分からなくても、私はこの国でゼニス様の治療をするのは無理ですけどね」

「はは……とりあえず、門前払いにはならないようにしないとですね」

 

 なんて口にするが、流石にそうならないだろう。当然ながらラトレイア家には訪問することを事前に通達しているし、向こうも分かった上で招待しているのだ。

 パウロを門前払いすることはあっても、リベラルは銀緑と確認が取れれば追い返されないだろう。とはいえ、どのような反応を見せるかまでは分からない。

 

「待たせたな」

 

 既に礼服に身を包んでいる二人は、扉の先から出てきたパウロへと目を向ける。娘たちやリーリャも既に正装になって外で待っているので、彼が最後だ。

 真面目な格好をしているパウロを見るのが地味に初めてのルーデウスは、普段と違う立派な姿に感嘆の声を漏らしていた。

 

「中々様になっていますね」

「そりゃ元貴族だからな。ちゃんとした格好じゃねえと次こそ追い返されちまう」

 

 どうやら前回は鬱状態のままクレアと会っていたようで、その時は無精髭にヨレヨレの服だったようだ。

 それでよく門前払いされなかったなと二人の胸中を占める。

 

「みんなも待ってるので早速行きましょう」

「おう」

 

 今回はグレイラット家が全員揃って向かうのだ。パウロも気合いが入ってる様子だった。

 しかし、そこに水を差すような発言が出る。

 

「……私、行きたくない」

「……私も行きたくない」

 

 まだまだ幼いノルンとアイシャが、非常に嫌そうな表情を見せてそう言った。

 発言こそしてないが、リーリャも難しそうな表情を浮かべている。

 

「だっておばあちゃん意地悪だもん……」

 

 どうやらラトレイア家でふたりは散々な目に合ったらしい。感情に素直な年頃であることもあり、否定的な気持ちが強めだ。

 どう考えても呑んだくれていたパウロの方が、クレアのヘイトが向いてそうではあった。しかし、そんなことはなかったのだろうか。

 それとも、ダメな父親だったせいで余計に娘たちに強く教育しようとしてしまったのか。

 どちらにせよ、マイナスイメージが定着してしまっていた。

 

「大丈夫ですよ。いざとなったら僕が助けますから」

「ほんと?」

「約束しますよ」

 

 本来の歴史と違い、妹たちに嫌われることなく仲良くなっているルーデウスがふたりを宥める。

 しばらく何かを話していたが、ノルンとアイシャは納得してくれたらしい。アイシャはルーデウスに笑顔で抱きついていた。

 どうやら、パウロやリーリャが声を掛けなくとも、彼ひとりで宥められるほどに頼もしい兄になっているようだ。

 

 そんな様子を見つつ、パウロがリベラルの側へと近付く。

 

「以前の俺は酒浸りだったからな。あんまりにもダメな父親だったから、クレアが何とかしてノルンを引き取ろうとしてたよ」

「ノルン様だけですか?」

「そりゃここはミリス教が盛んだからな。アイシャは妾の子扱いで歓迎されてなかったよ」

 

 貞操観念の強いミリスではノルンが優遇されるのは仕方ないことだろう。

 それよりも、そんな状況を作り出してしまったパウロにリベラルは呆れる。

 

「まあ、今回は上手くやるさ」

「ならいいんですが」

 

 そんな会話をしつつ、馬車に乗りラトレイア家へと向かう。

 

 道中ではルーデウスがクレアの人物像について細かく話を聞き、パウロやリーリャと何度もどういうところに気を付ければいいか、などの礼儀作法を質問していた。パウロは答えられてなかったが。

 途中からはアイシャもその会話に混ざっていたが、礼儀作法だけならば既にルーデウスよりも知識を有しているようだ。

 いつの間にか問題形式になっていたが、ノルンもそれに混ざって早押しクイズみたいになっていた。

 結果は一位がアイシャ。二位がノルン。三位がルーデウスである。

 とは言え、負け続きで泣き出しそうになったノルンに、ルーデウスが勝利を譲ったような形であった。

 

 その頃にはノルンとアイシャもすっかり行きたくないという気持ちも薄れたようだ。

 

「着いたぞ」

 

 そんな道中を過ごしつつ、ラトレイア家へと到着する。

 

 大きな門、門の両脇にたつ獅子の像、門から入り口へと続く長い石畳の道、道の途中にある噴水、変な形に刈り揃えられた芝。

 そして、その奥に白く綺麗なお屋敷。

 

 訪問に対応していた衛兵は、見違えたパウロに驚いた様子を見せていたが、それだけだ。

 それからしばらく待つと、屋敷から衛兵や執事が出迎える。

 

「ゼニス様。ようこそお帰りくださいました。我ら一同、心よりお待ち申し上げておりました」

 

 頭はゼニスへと下げられていた。

 もちろん、そのことに対して気にする者もいない。

 そして、そのまま案内されて中へ入ろうとするが、

 

「申し訳ありませんが貴方はしばらくお待ちください」

 

 リベラルだけ止められてしまう。

 

 確かに銀緑であることをラトレイア家に伝えているが、所詮は手紙のやり取りだけだ。

 魔族にしか見えないのだから、確かな身分を証明しなければそうなるだろう。

 

 リベラルは懐からとある紋章を取り出し、執事へと渡す。

 

「これで私の身分の証明になると思います」

「これは……」

 

 リベラルが見せたのは甲龍王の紋章だ。

 アスラ王国でなくとも、ペルギウスの名は絶大なものである。

 今の時代を甲龍暦と名付けられる程に、ペルギウス・ドーラの存在は大きい。

 それに、今は偶々だが空中城塞ケイオスブレイカーが何とか目視出来る距離にあるのだ。余計にその偉大さが伝わる。

 そんな人物の身分を見せているのだ。

 

 紋章を持っている以上、彼女が銀緑であろうとなかろうと、丁寧にもてなさなければならない人物であった。

 

「……本物で御座いますか?」

「もしも本物でなければ、私はペルギウス様の名を騙る不届き者ですね」

 

 まあ借りパクしたものですけど。

 そんな言葉をリベラルは飲み込む。

 

「分かりました。大奥様にはお伝えします。どうぞ、リベラル様もお入り下さい」

 

 そのまま通され、不安そうに見守っていたパウロたちと合流する。

 

「危うく私が門前払いされるところでしたね」

「お、おう……」

 

 パウロたちもリベラルがそのようなものを持っているとは思っておらず、驚いた様子を見せてた。

 

「……リベラルが甲龍王の仲間なんだって改めて実感したよ」

「フフフ、貴方のことを私の下僕として迎い入れても構いませんよ。ほら、3回まわってワンと言いなさい」

「バカ言うな」

 

 なんてふざけたやり取りをしつつ。

 屋敷の中へと案内される。

 案内された先は応接室で、リベラルたちはそのまま席に座っていった。

 

「大奥様、こちらです」

 

 しばらく待つと扉が開き、先程の執事と白髪の混じった金髪の神経質そうな初老の女性――クレアが入ってきた。

 それに合わせてこちらも全員立ち上がり、パウロが代表して口を開く。

 

「お義母様、本日はお日柄もよく――」

「……ふん、多少は小綺麗な格好が出来るようですね」

 

 パウロらしからぬ丁寧な挨拶は遮られ、クレアは見下したかのような言葉を吐き捨てる。

 そのまま立ち上がった全員を一瞥すると、彼女は車いすに座るゼニスの前へと歩いていく。

 

「……ふん、無様な姿になりましたね。見たことですか。私の言うことを聞かずに逆らうからそうなるのです」

 

 廃人のようになってしまった娘に対して、罵声を浴びせるクレア。ゼニスはそれに対して相変わらず反応しなかったが、パウロは聞き捨てることが出来なかった。

 怒気を含ませ、今しがた無視した彼女へと声を荒げる。

 

「おい、それはねえだろ? 久し振りに会った娘に……こんな姿になったゼニスに対して何だよそれ?」

「貴方は外見を整えても、中身は変わらないのですか。声を荒らげないで下さい」

「ああ!?」

 

 クレアの馬鹿にするかのような発言に、パウロは思わず詰め寄ろうとする。しかし、それをルーデウスが間に割って止めた。

 彼を含めた他の者たちはパウロほど顔には出てなかったが、それでも不服そうな雰囲気が見て取れる。

 もっとも、パウロが最初に怒ってなければ他の誰かが声を荒げただろう。

 

 間に入ったルーデウスは胸に手を当てて軽く会釈をした。

 

「はじめましてお祖母様、ルーデウス・グレイラットと申します」

 

 彼も内心穏やかではなかったものの、第一印象だけで相手を拒絶しないように意識して過ごしている。

 ゼニスとの間に何か合ったからこその反応かも知れないのだ。クレアのことを何も知らないのだから、まずはそれを知る必要があると冷静になるよう努めていた。

 

「ルーデウス……長男ですか。顔はそこの男に似てますが、礼儀は私の娘に似て少なからずあるのですね。しかし挨拶に来るのが遅いのでは?」

「それは……まあ、そこの男が何も話さず塞ぎ込んでいたので」

「……なるほど。それでは仕方ありませんか」

 

 以前までのパウロがどれほど憔悴していたのかは知っていたため、クレアも納得を示す。当時は門前払いこそしなかったが、ろくな反応を示さなかったため彼に業を煮やして最終的に追い出していた。

 だからこそ、あの状態から立ち直らせたルーデウスのことを内心で評価する。

 

「そのことはともかく。お祖母様は母様がどこに転移していたかはお聞きしてますか?」

「いいえ。ただ、ベガリット大陸の迷宮都市ラパンにいるとだけ」

「その通りです。ただ補足すると、過去に誰も攻略することの出来てない『転移の迷宮』の最奥に囚われていたそうです」

 

 それはただ迷宮都市ラパンにいるだけだと思っていたクレアにとって、寝水に耳だった。

 

「態々そこまで出向き、迷宮を踏破し、ミリスまで護送したリベラルさんにとっても、先程の発言はあまりにも失礼ではないですか?」

 

 彼の示す先には、不満げな表情を見せるリベラルがいた。

 彼女としても、先程の発言はかなり不快であった。ルーデウスが取り持とうとしなければ、文句のひとつは溢していただろう。

 

 武に疎いクレアでも、迷宮探索がどれほど危険であり大変であるのか理解出来る。そもそも、ラパンからここまで来るのにもかなりの時間が必要だ。

 相当な労力が伴ったことは容易に想像できるだろう。

 リベラルが強いだとか、そんなことは関係なく大変だったのは事実なのだ。

 ゼニスへの対応は、確かに配慮に欠けていた。

 

「なるほど……確かにその通りです」

 

 リベラルが何者なのかは、先程執事から聞いていた。その上でゼニスを優先してしまったのだから失態だろう。

 

「私の名はクレア・ラトレイア。神殿騎士団・剣グループ『大隊長ラージリーダー』カーライル・ラトレイア伯爵の妻です。

 現在は、この屋敷を切り盛りさせていただいています。先ほどの失礼は、平にご容赦を」

「私はリベラルと申します。ラプラス戦役では『銀緑』として名を馳せました。

 現在は懇意にしているグレイラット家の家族の捜索を行ってましたが、無事に見つかりましたので次はゼニス様の治療を考えております」

 

 お互い挨拶を交わし、一息つく。

 『銀緑』の名はもちろんクレアも知ってはいたが、迅速に家族の捜索を終えていることから想像以上に優秀な人物であることは窺い知れた。

 彼女は頑固な人物であったが、ゼニスを救出していたことに関して素直に感謝する。

 

「では、どうぞ、皆様お座りください」

「はい、失礼します」

 

 全員が席に着いたことを確認すると、お茶が運ばれてくる。クレアはそれに一口つけると、ゼニスを見ながら口を開いた。

 

「それで、本日はどのようなご要件で? ノルンさんとアイシャさんへの教育日ではなかった筈ですが」

 

 ゼニス発見の報告であることは聞いているが、それだけならこんな大人数で訪れる必要もない。

 娘が見つかったというのに素っ気ない態度だが、今の時期のクレアはゼニスに対して複雑な心境となっている。

 家を飛び出して冒険者となり、消息を絶ったことは今でも許してないし、話し合いくらいはしてやろうかという考えでいたら、心神喪失の状態で帰ってきたのだ。

 もちろん悲しみもあったが、意固地で見栄っ張りな性格が、尊大な態度を取らせた。素直に喜ぶことが出来ない状態だったのだ。

 

「それについてだが……ついてですが、ひとまず捜索団の活動のために俺とリーリャ、アイシャとノルンはしばらくこの国に残らせてもらう」

 

 パウロの目的である家族の捜索は完了した。しかし、家族や親しい人が転移事件に巻き込まれたのは彼一人ではない。

 家族とゆっくりと過ごしたいのは山々なのだが、捜索団のリーダーとしてこの国までやって来たのだ。自分だけが先に離脱する訳にもいかない。

 一応と言ってはなんだが、親しくしてくれたブエナ村のメンバーを捜したい気持ちはあるのだ。

 そう考えると、この国を中心に行方不明者を捜すのが丁度いいだろう。

 

 パウロの言葉に頷くクレアだったが、すぐに己の娘の名前が挙がらなかったことに気付く。

 

「ゼニスはどうするつもりですか?」

「それについては私から説明します」

 

 発言をしたリベラルへと、全員の視線が向く。

 

 彼女は以前にパウロたちにした同様の説明をクレアたちへ行う。

 ゼニスが神子になっていること。それによって今の状態に陥っていること。治すためにシャリーアに向かうこと。そして自分は魔族として扱われるので、この国では治療に専念出来ないこと。

 

 説明を聞かされたクレアだったが、当然というべきかとても納得したような様子ではなかった。

 

「ーーゼニスが神子になっている……にわかには信じられない話です。心を読むと言いますが、証拠はあるのですか?」

「論より証拠です。好きな数字を念じて下さい。ゼニス様なら当てることが出来ます」

 

 本来よりも軽症となっているゼニスは、簡単な意思疎通なら可能となっている。緩慢な動きだが、日常生活に必要な動作も自分で行うことが出来る。

 ゼニスは夢心地のような現実の中で、かつてのような思考力がある訳ではない。それでも自分の現状を理解出来てる程度には、現実を認識出来ているのだ。

 

 クレアとゼニスは何度か数字のやり取りを行う。何気なく選んだ数字や、記念日などの数字。敢えて数字を選ばないという意地悪な選択や、簡単な数字。

 ゼニスはそれを一度も間違えずに全て当てた。

 それを見ていたルーデウスたちも、実際にここまで当てられるとは思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべている。

 意外なことと言えば、当てられたクレアは虚偽の報告を一切しなかったことだ。

 当てられたことに対し眉をひそめる様子を見せていたが、何度も数字を選んでいた。

 

 やがて、小さく溜め息を吐いたクレアは、

 

「もう結構です。ゼニスが神子となり心を読めることは十分に理解出来ました」

 

 そう告げ、目を伏せるのだった。

 

「パウロ」

「なんだ?」

「あなた方がこの国に残り、捜索団として活動することは分かりました。ノルンとアイシャについても、今まで通り教育は続けます」

 

 別に今までラトレイア家から大きな支援を受けていた訳ではない。フィットア捜索団として、グレーな活動も行ってきた。

 そのことは、クレアも知っていることだった。

 しかし彼女の応答は、それを黙認するという意味であった。

 そのことを理解したパウロは数巡ほど固まるも、すぐに真面目な表情を浮かべて頭を下げる。

 

 その後、クレアはリベラルへと視線を向けた。

 

「ラトレイア家が全面的な支援をすれば、外見的な差別への対処は十分に可能と思います」

 

 クレアの提案は、至極真っ当なものだった。

 ゼニスに対して複雑な感情を抱いていようとも、やはり彼女も母親なのだ。娘は介護を必要とする状態なのだから、手の届く場所に居て欲しかったのだろう。

 しかし、リベラルは首を横に振る。

 

「ペルギウス様がアスラ王と対等な立場でありながら、その地位から離れた理由はご存知でしょう。

 銀緑である私が食客として居座れば、クレア様の意思などと関係なく周囲の思惑に関わる可能性があります」

「それは……」

「それに、私は自分の髪の毛のことを気に入ってます」

 

 リベラルは髪をクルクル弄りながら話す。

 

 自分の髪色は嫌いではない。むしろ、好きだった。

 今は会うことの出来ない、親愛なる父親からの授かりものだ。

 ミリスの事情は理解しているので、魔族に近しい髪色の者への差別があるのは仕方ないことだと思っている。だが、理解はしても納得は出来ない。

 ハッキリ言って、髪のことで差別されるのは不愉快だった。

 

「申し訳ございませんが、魔法都市シャリーアで治療を行いたいです」

「しかし……」

 

 差別のことに関しては、クレアが頑張ったところでなくすことは出来ないだろう。

 リベラルの拒絶の意思に対して、彼女は狼狽える。

 

 クレアは気丈で冷たさを感じさせる態度を取っていた。しかし、いざゼニスが離れた地に行ってしまうのだと思うと、離れたくない気持ちが湧き出てきたのだ。

 今のクレアは、少しばかり情緒が不安定になっているのだろう。ラトレイア家を切り盛りする人間として、どこか一貫性が欠けつつあった。

 そしてそれを、彼女自身も自覚する。

 

 どうにかしてゼニスを傍に置きたいという欲求を抑え込み、唇を噛み締める。

 いつの間にか娘へと伸ばそうとしていた腕を引っ込め、一度深呼吸をしたクレアは、リベラルへと向き直った。

 

「え?」

 

 だが、その数巡の間に、ゼニスがクレアの目の前に立っていた。

 驚くクレアを他所に彼女は儚い笑顔を浮かべ、優しく抱きついた。

 

「――――」

 

 呆気に取られたクレアは固まったまま抱擁を受け入れ、静かな時間が過ぎ行く。ルーデウスたちも言葉を発さず、静かにその様子を見守る。

 やがて、抱擁を止めたゼニスは元の位置へと戻った。

 

「…………」

 

 そのまま無言でいたクレアはゆっくり目を閉じ、小さな溜め息をひとつ溢す。

 

「こうして娘と抱擁したのはいつ振りでしょうか。貴方は随分と大きくなってしまったのですね、ゼニス」

 

 自分にも他人にも厳しいクレアは、娘を抱きしめた経験がほとんどない。

 正直なところ、抱きしめたことがあったかどうかすら記憶が曖昧だった。

 

「私は今でも貴方を馬鹿な娘だと思っています。冒険者などにならず、この国で過ごしていれば転移事件などに巻き込まれることもなかったでしょうに」

 

 一番目をかけていた娘が、一番望まぬ結果に終わった。

 それが、誰よりもショックだったのだ。

 

「ゼニス。貴方はそんな状態になって尚、私の教育が間違っていたと思うのですか?」

 

 クレアとしては、自分の教育は正しいのだと今でも信じている。

 だが、喧嘩別れしてしまった娘は、未だに己とは違う意見なのだろうか。

 

「…………」

 

 ゼニスはその言葉に反応を示さなかった。

 言葉が届いていないかのように、無反応だった。

 クレアは再び口を開く。

 

 

「貴方は今、幸せですか?」

 

 

 だが、その言葉には反応を示した。

 両隣にいるパウロやルーデウスの手を握り、彼女はまるで転移事件前のような――花のように咲き誇る笑顔を一瞬だけ見せた。

 

「……なるほど、分かりました」

 

 その反応で、ゼニスの気持ちはよく分かった。

 クレアは再びリベラルへと向き直ると、頭を下げた。

 

「娘の治療を、よろしくお願いします」

 

 クレアは今でも自分の言葉が正しいと思っている。

 だが、娘が幸せだと思っているのならば、それで良いのだろう。

 

「お任せ下さい。定期的に手紙は送りますし、治療が終わればお連れします」

 

 こうして、ラトレイア家での話し合いは終結した。

 




Q.甲龍王の紋章借りパクしたん?
A.ペルギウスは戦友であるリベラルのことを信頼してるので、基本的に彼の名を使うことを許してます。本当にダメなものはちゃんと管理してるし、リベラルにもしっかり伝えてます。

Q.ルーデウスなんでラトレイア家のこと知らんのや。
A.ゼニスがほぼ話題にしなかった&パウロが鬱で話さなかったため。また、テレーズとも会っていないので全く気付いてなかった。


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12話 『パンツの恨みは忘れない』

前回のあらすじ。

リベラル「ゼニスは神子になってるんで治療しに連れ帰ります」
ゼニス(聞こえますかお母様…私は今貴方の心に直接話しかけてます)
クレア「ゼニスの治療を認めます」

年明け初日から謎のウイルス感染により39度台の高熱に苛まれ、今もなおしんどいです。大量の口内炎も発生して喉も痛いしご飯も全然食べられない…。
課題も沢山あるのに終わらせられない体調になるし、休み明けは試験が大量に待ってるしとどうしようよない状況になってしまったので、朦朧とする思考の中「もうどうにでもなーれ」と現実逃避して執筆しました。


 

 

 フィットア領へと旅立つための経路や、物品の再確認や準備を行っている最中、ルーデウスはふとウェンポートでルイジェルドに言われた台詞を思い出していた。

 

『ルーデウス。銀緑はお前の師だ。信用するなとは言わん』

 

『だが、警戒はしておけ』

 

 ラプラス戦役に参戦していたリベラルは、魔神との最終決戦で隠れ見ているだけであった。

 それによってルイジェルドの警戒心が上がっており、その発言に至ったのだ。

 ルーデウスとしても、彼の言葉が嘘などとは思っていない。だからこそ、リベラルがどうしてそのような行動を取っていたのか、純粋に疑問に感じていた。

 

 動きの止まっているルーデウスに疑問を感じたのだろう。

 それに気付いたエリスが声をかける。

 

「どうしたのよ?」

「いえ、以前にルイジェルドに言われたことを思い出していただけです」

 

 名前が挙がったことにより、ルイジェルドも反応を示す。

 

「何のことだ?」

「リベラルさんのことを一応警戒しとけって話です」

 

 彼の返答に、ルイジェルドは「ああ」と納得した様子を見せる。

 リベラルとルイジェルドはラプラス戦役では敵同士であり、ちゃんと顔を合わせるようなことはなかった。

 彼が知っているのは、ラプラスとの決戦時のことと戦争中や、それ以前からの噂話だけである。そうした断片的な情報の中で、信用出来るのか分からない存在となっていた。

 実際にリベラルと会ってからもなるべく近くで行動することで監視していたし、第三の眼によってこの国での彼女の動向はほぼ筒抜けであった。

 

「今も警戒すべきって思ってますか?」

「……いや、正直驚いてる」

 

 ずっと監視して言葉も交わした結果、己の考えは間違いだったのだろうという結論に至っていた。

 

 グレイラット家とどういう関わりがあるのか分からないが、打算なく助けようという想いが見えた。

 ノルンやアイシャといった子どもたちにも、優しく接していたし慕われていた。

 ゼニスを治療することに対しての誠実さを見せていた。

 そして、己の問題でもあるスペルド族の疫病の治療についても、協力しようという姿勢だった。

 

 ラプラスとの決戦にいたリベラルは、本当にリベラルだったのだろうかと疑問に思うほどだ。

 正直、見間違えていただけではないのかとすら思っている。

 

「せっかくなんで、ルイジェルドの言うラプラスとの決戦時のことを聞いてみようと思います」

「そうか」

 

 尋ねてもはぐらかされるかも知れないが、聞くだけならタダだ。ヒトガミのような邪悪な意図が合ったとは思えない。

 

 そんなやり取りが行われ、早速尋ねることとなった。

 しばらくして、話し合いの元にリベラルが訪れる。

 

「ルディ様、久し振りに鍛錬でも行いましょうか」

 

 やってきて開口一番にそのように言われ、ルーデウスは戸惑ってしまう。元々はフィットア領までの道のりの再確認をするために話し合いの場を設けたのに、そのように言われたのだ。

 とは言え、違う話をしようとしたのはこちら側も同じである。リベラルが鍛錬と言ってきたことにも、何かしらの理由があるのだろう。

 

 取りあえず、ルーデウスは先にこちらの話をさせてもらうことにした。

 

「すいませんリベラルさん。その前に聞きたいことがあるんですけど」

「ん? 何ですか?」

「ルイジェルドから聞いたんですけど、ラプラス戦役のことです」

 

 それは彼女にとっては意外な話題だったのだろう。

 キョトンとした表情を浮かべ、ルーデウスの隣に立っているルイジェルドを見つめた。

 

「銀緑……ラプラスとの最終決戦のとき、何故お前は隠れていた」

「え? あー…気付いてたんですね」

「当たり前だ」

 

 リベラルは気まずそうに頬を掻く仕草を見せる。

 当時の彼女は、決戦の前後で誰も反応を示さなかったため気付かれてないと思っていたのだ。

 ラプラス戦役から約400年も経過してからまさかそのことを突っ込まれるとは思わず、どう説明するか迷っているようだった。

 とは言え、嘘を吐く必要もない。胡散臭い内容になるが、ルーデウスなら信じてくれるだろう。

 

「いくつか理由はありますが……端的に言えば検証のためです」

「検証だと……?」

「因果律、という言葉をご存知ですか?」

 

 その言葉にルイジェルドは首を横に振るが、ルーデウスは縦に振る。

 因みにエリスは話に付いていけずイライラした様子だった。

 

「過去に戻って歴史を変えようしても、結局は似たような結果になる、とかいうやつですか?」

「そうです」

「まさか、リベラルさんは……」

 

 そこまで言えば、ルーデウスは何かを察した様子だった。

 

「私は未来の出来事を識っています」

 

 この情報をここで話すことでヒトガミに知られる可能性もあったが、リベラルとしては別に問題のないことだった。

 結局、ヒトガミはリベラルの行動を視ることが出来ないのだ。しかも、ヒトガミの知る未来は転移事件によって変化した。

 むしろ、リベラルが未来を識っている、ということを知っても混乱するだけだろう。そもそもそれが本当かどうかも分からないし確かめようがないのだから。

 

「もちろん、全部ではありません。私が未来を識っているのは、まあ……『とある人物が書いた未来日記』のようなものを読んだからです」

「未来日記?」

「はい、未来のことが書かれた書物です」

 

 ルーデウスたちは言葉の意味は理解出来ていたが、いまいちピンときてないようだった。

 

「その人物視点の行動や、周辺の動向しか分かりませんので、全ての未来を私が分かってる訳じゃないですけどね」

「……つまり?」

「限定的な未来しか知りません」

 

 そもそも、主要な布石さえ分かっていれば問題ないのだ。ヒトガミを倒すのに一番壁となるのは、ラプラスである。

 ラプラスを倒すのにオルステッドは多くの魔力を必要とするので、ヒトガミを倒すことが出来ない。

 しかし、その問題もリベラルがいれば解決する。もしも魔神ラプラスと戦闘になれば、彼女は勝つ自信があった。

 

(私は……魔龍王の娘です。ヒトガミという神を倒すためにずっと研鑽をしています。父を超えた力を私が持っているかは分かりませんが――父を超えてなければ、私が生み出された意味なんてないんです)

 

 リベラルは魔龍王の知識と技術を受け継いだ。

 そしてそれらの術を更に研鑽し、純度を高め続けていた。

 ヒトガミを殺すためのいくつかの切り札に、奥の手。そして全ての状況を覆す禁じ手もある。

 魔眼を使えばスペルド族のように、魔神ラプラスの弱点を突くことも出来るのだ。負けるわけがないだろう。

 

 

 だから。

 魔神ラプラスに。

 父親の半身に負けるということは――何も受け継がれていないことを意味するのだ。

 

 

「それで……結局ラプラスとの決戦にどうつながるのだ?」

 

 思考が完全に逸れていってるリベラルを余所に、ルイジェルドが口を開く。

 そのことに気付いた彼女は我に返り、コホンと咳払いをして気を取り直す。

 

「先ほど言った因果律に繋がります。私の行動が本当に影響を与えられているのか……私が行動することで、本当に未来を変えられるか知るために、戦時中は結構そんな感じで干渉したりしなかったりしてたんです」

「…………」

 

 一気に纏めてしまったためか、結局ルーデウスたちは煮え切らない様子となった。

 しかし少しの間を置いて、ハッと気付いたかのような表情をルーデウスが浮かべる。

 

「あっ、つまりその未来日記とやらの記載を覆せるか知りたかったんですね」

「そうなります」

「それに未来日記の内容が本当に起きるか知るためにも、様子見も交えていたってことですか」

「伝わったようで何よりです」

 

 ルイジェルドは理解したのか不明だが、難しい表情のままだ。

 なお、エリスは知らない間に室内で素振りをしていた。

 

「ルイジェルド様も分かりましたか?」

「因果律やらよく分からない単語はあるが……銀緑が悪意を持っていた訳ではないことは分かった」

「そう思って頂けたなら良かったです」

 

 ルイジェルドが警戒していたことは、リベラルも知っていた。

 まさかラプラス戦役のことで未だに警戒されていたとは思っていなかったが、彼はちゃんと説明すれば納得してくれる男だ。

 特に害があった訳ではないし、スペルド族の呪いや迫害のことも教えている。

 真摯に対応したのだから、ルイジェルドが無碍にすることはないだろう。

 

 パンッと手を叩き、小難しい話はおしまいにする。

 

「さて、それでは身体を動かしましょう」

「さっきの鍛錬しましょうってお誘いのことですか?」

「フフフ……ルディ様に色々教えていた時期もありますからね。どれくらい成長したのか見せて欲しいんですよ!」

「うーん……」

 

 ルーデウスはどうして彼女がこんなにノリノリになっているのか分からないが、特に断る理由もない。

 

「そう言えば、リベラルさんと手合わせするのも初めてですよね」

「そうですね。だから楽しみにしてたんですよ」

「……師弟関係なのに手合わせもしたことなかったのか?」

 

 ルイジェルドの疑問通り、ふたりはちゃんとした手合わせをしたことがなかった。何せ、瞑想ばかりさせられていたのだ。

 それ以外では、龍神流の型や技を反復練習したり、魔術について教わったくらいだ。実戦形式のことは一切していなかった。

 

「ルーデウス! 負けるんじゃないわよ!」

 

 ようやく自分にも分かる話になったためか、いつの間にか素振りを終えたエリスが応援の言葉を投げかける。

 しかし、リベラルは少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。

 

「今のルディ様はデッドエンドとして活動してるんです。折角なので3人一緒にお相手しましょう」

「そう、いいわよ!」

「えっ、それは構いませんけど……大丈夫なんですか?」

 

 エリスはともかく、戦っている姿を見たことのないルーデウスは己の師匠の心配をしていた。

 ラプラス戦役で活躍していたことがあり、銀緑として名を馳せていたことは理解してる。

 しかし、どうしてもピンと来ないらしい。七大列強に入り込んでる訳でもないのだから。むしろ、ルイジェルドがいるから勝てるんじゃね? などと思っている節まである。

 だが、そんなお気楽な様子のふたりと違い、ルイジェルドは流石に緊張した様子を見せていた。

 

「……油断するな二人とも。奴は人知の及ばぬ本当の化け物だ。

 どういうカラクリか知らんが七大列強に名が乗らないようにしているだけで、上位の七大列強と実力は変わらん」

 

 戦時中に実際に顔を2度ほど見たことのあるルイジェルドは、リベラルの強さを知っている。

 なにせ前線で戦っていたのにも関わらず、誰も彼女のかすり傷すら見たことないのだ。撤退戦でリベラルが逃げているときも、誰一人として近寄ることが出来なかった。

 とは言え、今は味方として手合わせしてくれる存在だ。むしろルイジェルドとしては嬉しいことであった。

 

「なるほど、ルイジェルドがそこまで言うならそうなんでしょうね」

 

 そこまで言われれば、ルーデウスも気を取り直す。

 エリスもムスッとした表情こそしていたものの、言葉を受け入れたようだ。

 

「だが、神に匹敵するものと戦い、その技を受けられるのだ。その意味が……わかるな?」

 

 ルイジェルド。

 俺には分からないよ。

 

 そう言いたげなルーデウスとは違い、エリスは目を爛々とさせ頷く。

 どうやら彼の言葉が響いたらしい。かなりやる気になったようだ。

 

「やってやるわ!」

「なら大丈夫だ」

 

 ルイジェルドはポンポンとエリスの頭を叩き、その手を外した。

 エリスは口をへの字に結んで、既に剣を握り締めるほどモチベーションが上がったらしい。

 

「本来はパウロ様も誘いたかったのですが……あの人は今忙しいですからね。取りあえず移動しましょうか」

 

 山賊役としてデッドエンドに襲い掛かって欲しかったが、出来ないものは仕方ないだろう。

 パウロがエリスに襲い掛かれば、ルーデウスもかなり本気で戦うだろうに、なんて考えながら一人で苦笑する。

 

 

――――

 

 

 移動を終えたリベラルたちは、ルールの確認を行う。といっても、この場には治癒魔術の使い手が二人いる。

 即死するような事態に陥らなければ、大抵の状態から復活出来るのだ。

 そういう意味ではルーデウスの魔術は危険なのだが、リベラルは手加減しなくて大丈夫と伝える。

 伝えたところで本気では魔術を使わないだろうが、十分な殺傷力はあるので問題はないだろう。

 

「手合わせですので、なるべく技を用いて制圧します。準備が整ったら教えて下さい」

 

 そんな言葉とともに、リベラルは離れた少し離れた位置へと移動していった。

 

 魔龍王の娘として技術の研鑽を続けてきたリベラルは、莫大な量の技を持っている。

 しかし、今の時代になってから彼女は、ほとんどの技を見せていない。

 剣神や龍神、更に北神二世と戦ったときにも見せなかった。

 唯一引き出して見せたのは、剣帝であるティモシー・ブリッツだけだ。そう考えると、彼は凄い剣士だったのだろう。

 

 移動後に作戦会議の時間をもらった彼らは、予めどのように行動するか話し合った。

 そんな中で、ルイジェルドはこう伝えた。

 

『初めから相応の距離を取るといい。ルーデウス、お前の得意な魔術を全力で使え』

 

 それはどうなのかと思ったが、彼はその程度でリベラルが死ぬと思っていないらしい。

 不安はあるものの、その言葉に従うことにした。

 

 全員でリベラルから遠く離れていき、手を上げて合図を送る。大体150メートルほどの距離だろうか。

 それと同時に、魔術を構築していく。

 

(取りあえず距離もあるし…ルイジェルドに言われたようにちょっと強めに調整してみるか)

 

 かつての歴史でバーディガーディーに使用したように、岩砲弾を選んだ。

 自身の生み出せる最高の硬さにし、高速回転させて銃弾のようにした。

 

「では、いきます」

 

 キュイン、と音がした。

 その瞬間にはリベラルの眼前に岩砲弾が迫る。

 

 ――(ナガレ)

 

 リベラルがそっと手を添えただけで、岩砲弾は空へと逸れていった。

 ルーデウスは己が驚いた表情を浮かべていることを自覚する。

 そのまま彼女はゆっくりと歩き出した。

 

大火球(エクサフレイム)

 

 次は、火系統中級魔術を放つ。

 かなりの量の魔力を込めたそれは膨大なエネルギーを伴い、まるでもう一つの太陽が生まれたかのようになる。

 そして、太陽がリベラルへと高速で射出された。

 

 ――水弾(ウォーターボール)

 

 リベラルは水系統初級魔術で対応していた。大きさで言えば、ルーデウスの火球の半分程度のもの。

 だが、放たれた水弾は火球にぶつかると、水蒸気爆発を起こして消滅した。

 明らかにルーデウスの魔力量の方が多かった筈なのに、相殺だったのだ。

 それによって辺りに水蒸気が発生し、互いの姿が見えなくなる。

 

(水蒸気を晴らす様子は……ないか)

 

 だが、その状況は想定していたものだ。

 この水蒸気に扮してリベラルが詰めてくるだろう。

 魔術で対応してくる可能性もあったが、今回はあくまでもデッドエンドを交えての手合わせ。

 態々リベラルとルーデウスのふたりで魔術の撃ち合いだけをするつもりはないだろうと考えていた。

 

「ルイジェルド、お願いします!」

「ああ」

 

 姿が見えなくなったことで互いに攻撃が出来なくなったかのように思えるが、そんなことはない。

 こちらには常に相手の位置を把握出来るルイジェルドがいるのだ。

 視界の遮られてる彼女に対し、こちらは狙い撃ちのチャンスである。

 

「この方角だ」

岩砲弾(ストーンキャノン)!」

 

 まだ距離が遠すぎるため、重力や電撃といった魔術は使えない。

 自身の得意な魔術を、再び射出する。

 キュイン、と放射音がするも、外れたのかその後は何の音もしない。

 

(中で何が起きてるんだ?)

 

 更に何度も放って違う種類の魔術も放つが、手応えを感じることはなかった。

 動きが見えてる筈のルイジェルドを見ると、険しい表情を浮かべている。

 

「もうすぐで水蒸気が晴れるわね……」

 

 それまで間はずっとルイジェルドの力を借りて狙撃していたが、一切当たらなかったようだ。

 ルーデウスも舐めていた訳ではない。最初に魔術を受け流された時点で、本気でやらなければ当てられないと感じた。

 しかし、遠距離から一方的に攻撃させて貰ったにも関わらず、一切役に立ててなかったことを悟る。

 これ以上は剣士の間合いとなるため、下手に魔術を放つことが出来なくなったのだ。

 

 目測で50メートルほどの距離があったが、ルイジェルドとエリスは前へと出た。

 

 ――剥奪剣界。

 

 ボソリと聞こえた声に、3人の身体は動かすことが出来なくなった。

 ルーデウスが感じたのは、この世界で初めて感じた圧倒的な殺気。今までに何度か危険な相手と戦ってきたが、これほどまでのものは経験がなかった。

 後ろに下がろうと思うが、明鏡止水となり未来の予測が出来るようになったルーデウスは、その瞬間に身体を引き裂かれる未来を見た。

 ルイジェルドとエリスも感じているのだろう。ふたりも一切動かなかった。

 

「本来は動けないことが難点な技でしたが……どうやら改良には成功しているみたいですね」

 

 やがて完全に姿が見えるようになったリベラルは、最初と変わらぬ様子でゆっくりと歩いてきていた。

 

 本来の剥奪剣界は体勢が固定されて動けなくなることが欠点だった。更に、間合いもパーティ用の広間程度だったのだ。

 しかし、オルステッドからその技を受けた彼女は見事に吸収して発展させていたのだ。

 リベラルの剥奪剣界は、既に別の技と化していた。

 

「いつまでもそこに居たら詰みますよ?」

「……くっ!」

 

 彼女の言葉に、ルイジェルドが動いた。

 その瞬間、リベラルの身体がぶれる。

 黄金の剣閃がルイジェルドの身体を引き裂いていた。

 そのまま吹き飛ばされ、彼は元の位置まで戻された。

 

「あっ」

 

 それと同時に、圧倒的な気配が霧散する。

 どうやら、剥奪剣界とやらが解けたようだ。

 

「ルイジェルド!?」

「ぐっ……大丈夫だ。深手ではない」

 

 ルイジェルドは血まみれとなっていたが、普通に立ち上がっていた。見ているこっちが怖かった。

 やせ我慢だと困るので、ルーデウスは手早く治癒魔術で治そうとする。

 

「ふむ……まだ完成とは言えないですね」

 

 リベラルも自らの意思で剥奪剣界を解いたわけではない。

 一撃放った時点で結界を維持出来なくなったのだ。

 それに、その肝心の一撃も甘かったようだ。

 

 ルーデウスが治療するまでの時間稼ぎのためだろうか。

 エリスが一人で前に飛び出した。

 

「エリス! 時間稼ぎですよ! 無理しないでください!」

「分かってるわ!」

 

 その距離の詰め方は、まるで獣のようにしなやかで力強さを感じさせる。

 そして、ジャンプして一気に距離を詰めたエリスは、渾身の力で剣を振り抜く。

 

「ハアァァァァ!」

「奥義『止水(シスイ)』」

 

 エリスは確かに手加減なく渾身の力で振り抜いた。

 それなのに彼女の剣の刃は、まるで何事もなかったかのようにリベラルの掌に受け止められていた。

 そして、そのまま剣を握られる。

 

「!」

 

 エリスは剣を引き抜こうとしたが、一切動かせなかった。

 まるで巨大な大木を引っ張ってるかのような感覚を覚える。

 

「エリス!」

「ええ!!」

 

 ルーデウスの声に、彼女は剣を諦め手放す。

 そのまま後ろへとバックステップしようとする。

 彼らのいつものパターンであった。

 ヒットアンドアウェイを行い、離脱した瞬間にルーデウスが援護の魔術を放つのだ。

 

「あっ!?」

 

 しかし、エリスのバックステップにリベラルはピッタリと引っ付く。

 それによって、ルーデウスは援護射撃が出来ずに僅かに手が止まる。

 その間にリベラルは彼女の手を掴んでいた。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 ルーデウスの視点からでは何も起きてなかったように見えた。

 だが、何かが起きたのだろう。

 エリスは身体を痙攣させながら地面に倒れていた。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 そこに突っ込むのは、治療を終えたルイジェルドだ。

 自身の得意な間合いに入った彼は、神速の突きを連続で放つ。

 少なくとも、ルーデウスの目にはその槍さばきは見えなかった。

 だが、命中していないことは明らかだった。

 

 リベラルは最小限の動きで、突きを全て避けていた。

 まるで残像しかないかのように、悉く外れる。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 ルーデウスの目には、リベラルが槍を側面から受け止めたようにしか見えなかった。

 どう見ても彼女は防御を行い、反撃しているように見えなかった。

 なのに、攻撃した筈のルイジェルドは先程のエリスのように身体を痙攣させ、地面へと倒れたのだ。

 

(ややややべー!! この人本当に化物地味た強さじゃん!!)

 

 ルイジェルドが射線にいたので何も出来てなかったように見えるルーデウスだが、実はちゃんと援護をしていた。

 重力魔術の範囲内に入っていたので、頑張ってリベラルだけに対して重力を変えていたのだ。

 なのに、何の影響も受けずにルイジェルドを相手に余裕を持って倒したのだ。

 

(多分重力魔術も相殺されてたよな? 相殺しながらあんな動きしてたのか? 泥沼の方がよかったか?)

 

 何にせよ、今動けるのは彼だけとなった。

 手合わせなどでなく実戦だったなら、そのまま土下座して降参するか逃走していただろう。

 もう既に降参したかったのだが、きっとリベラルは受け入れてくれない気がした。

 全く敵う気がしないが、剣は構えておく。

 しかし、まだ魔術を放てるだけの距離はあった。

 再び岩砲弾を作り出し、迎撃の準備を整える。

 

「……乱れてますねルディ様。そんな精神状態ではブエナ村で教えた『明鏡止水』は使えませんよ?」

 

 明鏡止水は心を落ち着かせることで、周りへの気をより配るものだ。

 そのため、極めることで擬似的な未来視に到達することが出来る。

 残念ながらルーデウスはまだ未熟なのか、慌てていることが傍から見ても丸分かりだった。

 それでは動きを読むことなんて全く出来ないだろう。

 

「リベラルさんが強すぎることに動揺したんです。ちょっと僕にはついて行けない世界だったんで」

「まさか降参ですか?」

「いえ、正直勝つどころか一泡吹かせられるビジョンも見えませんが、それでもやれるだけやりますよ。……降参したらなんか恐ろしい目にあいそうなんで」

「それならよろしい。もしも仲間を見捨てて降参なんてふざけたこと抜かしたら、家族の目の前でお尻ペンペン百回の刑にしようと思ってましたよ」

 

 ――百回は嫌だけどちょっとだけお尻叩かれたいかも。

 などと煩悩にまみれた思考を彼はするが、すぐに首を振り雑念を払う。

 もしもそんな馬鹿なことを告げれば、某グラップラー漫画のルミナくんのように、全力でケツをシバかれ川に叩き落されたことだろう。

 そのことを知らずに済んだのはある意味幸運なのかも知れない。

 

「……『処理能力向上(クロックアップ)』」

 

 どういうつもりか不明だが、お喋りに興じてくれたのでその間に結界魔術を使用する。

 かつてボレアス家の家庭教師になったばかりに行った自作自演の際に、賊を相手に使った脳の処理速度を上昇させる魔術だ。

 それによって彼の世界はゆっくりとなる。

 

(これなら動きだけでも見切れるはず)

 

 いくら速くても、瞬間移動してる訳じゃないのだ。

 動きさえ見えれば、まだ対応も出来る筈なのだ。

 

 ルーデウスは迎撃用に展開していた岩砲弾に、魔力を込める。

 なんにせよ、これが最後の攻防になるだろう。

 が、彼女はポツリと呟く。

 

「――『(マロバシ)』」

 

 ルーデウスは確かにリベラルを見ていた筈だった。

 動きを見るために、態々脳みそをフル回転させて処理能力まで上げた。

 けれど、彼は何も認識出来なかった。

 岩砲弾に魔力を込めて放った、と思ったらいつの間にか自分が地面に転がっていたのだ。

 

(な、何が起きたんだ? 本当に何も見えなかったんだけど?)

 

 完全に無防備な状態だ。

 リベラルも倒れているルーデウスに対し、手刀を首元に突き付けていた。

 

「勝負ありですね」

「……ですね」

 

 ルーデウスは魔術を解いて負けを認める。

 

 手合わせが始まる前は、普通に勝負出来ると思っていた。

 だが、蓋を開けてみればこの結果である。

 リベラルがどれほど本気でやったかは分からないが、全力ではないだろう。

 ルイジェルドやエリスと共にここまで冒険し、自分の力に対して結構自信はついてきていた。

 しかし、努力で到達出来ない領域を見せ付けられた気分だ。

 これは無理だなと、本気で思った。

 とは言え、こうなって良かったのかも知れない。

 ルーデウスは生前からそこそこ上位には行けても、最上級に到達したことはなかった。

 

 この世界には七大列強などという最上級の強さを誇る者がいる。

 ルイジェルド曰く、4位からは完全に別次元の強さらしい。

 リベラルは何故か分からないが、七大列強に入っていないのに上位陣と同等の強さだという。

 ということは、七大列強でもないのにやたらと強い奴もいるのだろう。

 

 ルーデウスは最強にはなれないかも知れない。

 けれど、せめて強い奴から逃げられるくらいの力は欲しかった。

 今回の手合わせは、その指標をくれるキッカケとなった。

 態々手合わせしてくれたリベラルに、感謝する必要があるだろう。

 

「ところで……ルディ様」

 

 そんなことを考えていたが、声を掛けられたことによりそちらへと意識が向く。

 手刀を突き付けていたリベラルが起こしてくれるのかと思ったが、そんな訳でもなく。

 仰向けに倒れているルーデウスに対し、彼女は起こそうとせず何故か馬乗りとなった。

 笑顔を浮かべていたが、妙に怖い雰囲気を纏っている。

 

「そういえば、ブエナ村で私のパンツ盗んだままでしたよね……返してと言ったにも関わらずに」

「えっ」

「ロキシー様のパンツは手元に戻りましたか? まさか祀ってるなんてことはないですよね」

「いや、あの」

「ほう、エリス様のパンツもよく触っていたと。洗濯と称して臭いを嗅いでたと」

 

 何故そこまで知っているのか分からないが、リベラルは盗難下着の事情を知っていた。

 正確にいえばエリスのものは盗難していないが、彼女からすればさしたる差はないらしい。

 

「今まで誰もそのことに対してお仕置きしている様子がないので、私が今からお仕置きします」

 

 その後、エリスとルイジェルドが復活するまでルーデウスはくすぐりの刑に処された。




Q.未来日記?
A.もちろんヤンデレが出る方の未来日記ではないし、それと似たような能力を持つものでもない。
今までの作中に出てきたリベラルの未来の歴史についてのヒントです。といっても、かなり話したのでそろそろリベラルの事情が分かるかも知れませんが…。
ただ、まだ不明点はあると思いますのでそれはまた後ほどに。

Q.リベラルが今まで技を使ってなかった。
A.言葉通り、魔術以外ではただの体術で全て対応してました。リベラル自身もそろそろ技の整理をしたかったので、使わせてもらった形。
……うっかりで『転』以外の技使わせてませんよね? それ以外だと多分2章1話の盗賊相手に光の太刀を使ったくらいだと思いますが……。

Q.もしかしてオルステッドの代わりに戦った?
A.特にそんな意図はないです。リベラルが手合わせの提案をしたのは、上記の理由の他、純粋にデッドエンドの実力を見たかったためです。

Q.剥奪剣界
A.魔龍王の娘としてのお仕事です。技術の吸収と研鑽です。それによって進化しました。とはいえ、まだ未完成。こんな感じで改造されてしまう原作の技がいくつか出てくるかも。

Q.技の解説ないから結局何も分からない。
A.本編でしようと思いましたが、冗長になりそうなのでこちらで行います。

『止水』衝撃を無くすだけの技。優しく受け止めて上げてる。刃物も関係なく素手で受け止められるオリジナルの龍神流の技。流の方が強くね?と思われるが、受け流すのか受け止めるのかを状況に応じて使い分けられるため、便利になる。特に武装解除や無力化に繋げやすい。

『鯨波』鉄の棒とかを思いっ切り地面に叩き付けたら手が痺れるアレ。それを全身に広げたオリジナルの龍神流の技。攻撃にも防御にも使える超万能な技だが、使いすぎたら自分も痺れちゃう。

『転』ティモシーさんにも使った水神流のオリジナル奥義。相手の意識の隙間に入り込む。「攻撃しよう」→その瞬間に意識が相手から攻撃そのものに移る→その一瞬を見逃さず意識から外れて、なんやかんやしてカウンター→認識外からの攻撃により相手は何が起きたか理解できない。
つまり、相手の意識の切り替わり時に攻撃する技。


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13話 『旅は順調に進む』

前回のあらすじ。

リベラル「私は未来日記により未来を知ることが出来る!そして神になるのだ!」
エリス&ルイジェルド「手合わせしてボコられた」
ルーデウス「手合わせしてボコられた挙げ句、今までにパンツ盗んでいたお仕置きでめっちゃくすぐられた。ご褒美でした」

しんどいが布団から動けず暇すぎるためなんとか作成。
本当に小説書いてる暇ないんだが一体何をしてるんだろうか…。
今回はちょっとダイジェスト風味でお届けします。


 

 

 

「では、第百回『デッドエンド作戦会議』を始めます。拍手」

 

 ルーデウスの言葉と共に、全員が拍手を返す。

 ここにいるのは、エリス、ルイジェルド、リベラル、ゼニス(拍手はしてない)の5人である。

 旅立つ前の最終確認がまだだったので、手合わせの後改めて時間を設けたのだ。

 

「作戦会議を百回もやってたんですね」

「いえ、途中から回数は数えてないんで適当に言っただけですよ」

 

 議題が出る度に行われた会議だが、第一回から既に一年半以上経過している。

 そんなにやったようなやってないようなあやふやな状態だった。

 しかしせっかくリベラルという一時的な仲間が増えたので、記念回数ということにしておいたのだ。

 

「既にルートと行動方針は決めてますので、確認の意味合いが多いですけど何か質問はありますか?」

「はい」

「どうぞリベラルさん」

「ギース様が旅に同行していると聞きましたが、ここにいないと言うことは同行しないということでしょうか?」

 

 リベラルはギースと酒場以外でも何度か会っていたが、特に怪しい行動はなかった。

 ヒトカミの使徒がリベラルにも割かれているため、もしかしたらギースは使徒から外れている可能性も僅かにあるだろう。

 ボロが一切なかったので取りあえず様子見の為に放置している状態だった。

 

「ギースさんは父様の活動を手助けすると言っていたので、同行はしません」

「なるほど、分かりました」

 

 どのみち、使徒として活動すればボロは出るだろう。少なくとも、本来の歴史では行動に明らかな矛盾があったりした。

 しかし、使徒とならなければギースは基本的に善性である。捜索団の手助けをするのも彼の善意なのだろう。

 

「はい!」

「どうぞエリス」

「リベラルは何担当にするのかしら!」

「確かに途中までの同行ですが、何かしらの役割分担は必要ですもんね」

 

 ここに来るまではルイジェルドが食材確保、ルーデウスが火と水、エリスが洗濯物、ギースが食事担当であった。

 メチャクチャ美味しいご飯を作れるギースがいなくなったのは大きいが、リベラルがご飯を作れるのかを彼は知らない。

 ブエナ村では狩ってきた食材をよくお裾分けしてくれたが、調理済みのものをお裾分けされたことがない。

 

「リベラルさん」

「はい」

「貴方は食事を作れますか?」

 

 ゴクリと、生唾を飲み込み問いかける。

 この答えで、旅での満足度は大きく変わるのだ。

 

「得意ですよ。というか結構味にはうるさい方かも知れません」

 

 リベラルは転生者である。

 かなりの歳月があるので流石に日本での食事の味は忘れてしまっているが、それでも昔からご飯の味を改善したかったのだ。

 そのため、なんだかんだで故郷のような美味しい味を追求していたこともあった。

 

「本当ですか!」

「本当ですよ」

 

 ルーデウスとしてそれは嬉しい話である。

 すぐに食事担当はすぐにリベラルにしようと考え、

 

「食事の時間にはまだ早いですけど、ちょっと何か作ってもらうことできますか?」

 

 一応メシマズの可能性も考慮してそう提案した。

 それに対して、リベラルも嫌な顔をせずに頷く。

 

「構いませんよ。小腹を満たせそうなものでも作って来ますのでしばらくお待ち下さい」

 

 そんな言葉と共に、彼女はデッドエンドが元々保管していた食料を手に取る。

 目の前で調理を始めたリベラルだっだが、すぐに「あ、これめっちゃ美味いやつや」となった。

 大した器具もないのに迷いなく下処理し、匂いもお腹を刺激するようなものだ。

 少なくとも調理過程で明らかに異常と思えるような行動はなかった。

 明らかに技術の無駄使いだろ、と思えるような場面はあったが、そのお陰か30分ほどで完成となる。

 

「ジビエ料理、兎肉の野菜包〜エストラゴン香るソース〜の完成です」

「わぁ! 美味しそうじゃない!」

「いや、色々とツッコミどころしかないんですけど」

 

 ギースとは全く別種というか、料理に対する技術が未来を先行きすぎていた。

 まるで料理マンガに出てくるような見た目に匂いだ。 

 確かに美味しそうだが、これを食べてしまうとこの世界の食事に満足出来ない身体にされてしまいそうである。

 

「一体どこでこんなの覚えてきたんですか」

「独学ですが、龍神流の技術を惜しみなく出し切った逸品ですよ」

「技術の無駄使いが過ぎません?」

 

 流石にリベラルの料理だと舌が肥えてしまうので、もう少しランクを落とした食事を用意してもらうことで話はついた。

 なお、それを食べてしまったエリスとルイジェルドの服が(あまりの美味さでリアクションによって)弾け飛び、大惨事となったのは余談だろう。

 

「リベラルさん、因みに醤油ってものを知ってますか?」

「知ってますよ。ビヘイリル王国で鬼族の飲み物として存在しますね」

「マジですか!?」

 

 近い将来、ビヘイリル王国とやらには必ず行こうとルーデウスは誓ったが、これも余談だろう。

 しばらくご飯を巡っての騒動があったものの、いい加減に話を終えて旅支度を再開するのであった。

 

 

――――

 

 

 パウロたちとは既に別れの挨拶も済ませており、今後の予定については全員で共有をしている。

 そのため、やるべきことが終わればみんなラノア王国に向かうことになるだろう。

 そこでゼニスの治療が行われるのだから。

 

「では、出発しますか」

 

 デッドエンドにリベラルとゼニス。

 ゼニスはまともに動けないため、介護が必要な状態だった。といっても、日常生活における基本的な動作は行える。

 勝手にフラフラと歩いたり、意思疎通が困難であることが問題なくらいだった。

 リベラルが魔眼を使うことで意思疎通が出来るようだが、彼女は魔眼の使い過ぎで体調が悪くなってきたらしい。

 そのため、「魔眼は治療の際ぐらいにしか使わないようにしておきます」とちょっと元気のない様子で告げていた。

 

 そういう状況だったので、最初にルートを決めた際は不安もあった。

 しかし、リベラルと手合わせをしてからは既に不安などなくなっている。

 魔大陸でも問題なく魔物への対処が出来ていたため、更に魔物が弱い中央大陸ではほとんど戦うことがなくなっていた。

 というか、リベラルという存在のせいで過剰戦力になっていたのだ。

 

 そのため、出発してからの道中は何も問題なく進んでいった。

 

「ねぇリベラル! 私に料理を教えなさいよ!」

「それくらい構いませんよ」

「本当!? やったぁ!」

 

 以前に聖剣街道では料理をギースから教えてもらえなかったが、リベラルは特にジンクスなどないのでアッサリと了承していた。

 旅の道中では、エリスが楽しそうにリベラルとご飯を作ってる場面が見られた。

 元々手合わせ以降は警戒心を抱いていたのだが、仲良くなったので良いことだろう。

 ルーデウスもホッコリしてたし、ルイジェルドも温かい目で見守っていた。

 

「ル、ルーデウス! 今日のご飯は私が作ったわよ!」

 

 しばらくふたりで作っていたが、今回はエリス一人で作ったらしい。

 どこか緊張した様子の彼女からご飯を受け取ったルーデウスは、躊躇うことなく食べる。

 

「ど、どうかしら?」

「とても美味しいですよエリス」

「本当っ!?」

 

 その一言で非常にニマニマした笑顔を浮かべる彼女は、とても分かりやすいだろう。

 ルーデウスも不覚にもキュンとしてしまった。

 流石に毎日エリスが作る訳ではないが、彼女だけでご飯を作る日も存在するようになった。

 

 旅は順調に進む。

 

「ここに転移する場所があるのですか?」

「あまり言いふらさないで下さいね。取り壊されてしまうので」

「分かりました」

 

 石碑に手を付けたリベラルは詠唱を行う。

 

「その龍はただ信念にのみ生きる。

 広壮たる(かいな)からは、何者をも逃れる事はできない。

 二番目に死んだ龍。最も儚き瞳を持つ、緑銀鱗の龍将。

 聖龍帝シラードの名を借り、その結界を今うち破らん」

 

 同時に石碑の目の前にある空間が歪んでいく。

 グニャリと歪んだ先。

 木が生い茂り、壁のようになっていた所に、石造りの建物が出現した。

 

「おお、すご」

「さて、馬車を一度分解して運びましょうか」

 

 そして作業中、ルーデウスはふと気になったことを訊ねる。

 

「五龍将って一体なんですか?」

「ヒトガミの策略に踊らされた被害者ですよ。彼らは……ちっぽけな誇りと共に自由に生き、くだらない仇のために死ぬ。そんなどうしようもない、私の同胞ですよ」

「えっ、あの、なんか聞いちゃ不味かったですかね」

「ふふ、気にしなくて構いませんよ。私達龍族とヒトガミにまつわるどうしようもない話ですから」

「そうですか……」

「私もまた同じですよ。誓いと約束に縛られた存在ですから。しがらみに囚われてしまうのは、私たち龍族に掛けられた呪いなのかも知れませんね、ふふ」

 

 なんだか深い事情がありそうだったので、彼もそれ以上追求せずに話を止めた。

 

 旅は順調に進む。

 

「悪いがここを通す訳にいかねぇ」

 

 舗装された道の途中、賊に襲われる。

 なんだかんだで旅の途中で賊に襲われたのは初めての経験であるルーデウスは、ソワソワした様子となる。

 

「……潜んでいる数が多いな」

「どれほどいますか?」

「10人ほどだ」

「なら、問題ありませんね」

 

 一人馬車を降りたリベラルは、賊の前へと進み声を上げた。

 

「ヒトガミ、という言葉を聞いたことがありますか?」

「なぜそれを」

「ああ、やはりですか」

 

 結果として、虐殺に近い状態になるのは必然だった。

 エリスとルイジェルドも共に援護していたが、人殺しに対しての忌避感のあるルーデウスだけは参戦せずゼニスの護衛に務める。

 

「彼らはヒトガミと関係があるんですか?」

「先ほどの賊はヒトガミの使徒です。奴の甘言に騙されて私たちの始末に来たのでしょう」

「マジですか。ヒトガミそんなことしてくるんですね」

 

 ヒトガミという恐ろしさを垣間見た瞬間でもあった。

 手の届かない位置から一方的に攻撃してくる。

 とんでもない奴と敵対してしまったのかも知れないという後悔が僅かに抱く。

 

「因みにルディ様の夢にヒトガミが現れ続けていた場合、ヒトガミの使徒と勘違いした龍神が貴方を殺しに掛かる可能性が高かったですよ」

「……その龍神ってどれくらい強いんですか?」

「私より強いですよ」

 

 とは言え、どのみちヒトガミに害されていた可能性が高いのだから、リベラルと協力出来る状況なのは良かっただろう。

 龍神とやらに襲われていればなす術もなく殺されると思うので、ヒトガミと手を切っていたのは正解の筈だ。

 

 旅は順調に続く。

 

 転移魔法陣によってイーストポートを経由し、王竜王国にたどり着く。

 そして、ルーデウスは米が売られていることを発見する。

 衝動買いしてしまった。

 

「リベラルさん! お米の炊き方分かりますか!?」

 

 だが、日本の懐かしい味を求めていた彼に後悔はなかった。

 すぐさまリベラルの元へと戻り、炊飯方法をレクチャーしてもらう。

 

「米の質が悪いですね。あまり美味しいものは出来ないと思いますよ?」

「構いませんよ! お米が食べられるなら多少不味くてもいいです!」

 

 そして出来上がるお米。

 一口食べれば思い出補正込みで45点程度のものだったが、それでも懐かしい味にルーデウスは満足する。

 更に卵かけご飯にしてエリスと共に食べていた。

 醤油は現在手元にないものの、所在が分かっている以上、必ず日本での卵かけご飯を再現出来るのだ。

 そのことにルーデウスは感動する。

 

 冒険者ギルドにも顔を出し、デッドエンドの名を広めることも忘れずに行う。

 リベラルとゼニスも付いてきていたが、些細な問題だろう。

 エリスも成長したのか、冒険者を相手に喧嘩を起こすこともなく過ごしていた。

 問題と言える問題も、胸の小ささをバカにされたリベラルが冒険者をボコってしまったことくらいだろう。

 リベラルは半殺しにした冒険者を治癒魔術で復活をさせた後、貧乳の素晴らしさを熱く語っていた。

 ルーデウスも同じように貧乳の素晴らしさを語った。

 エリスにシバかれてしまった。

 

「ル、ルーデウスは小さい方が好きなの?」

 

 なんて可愛いことをエリスが聞いてきたので、胸を触りながら「おっぱいに貴賤はないですよ。エリスのおっぱいも大好きです」と告げたら本気で殴られた。

 解せぬ。

 

 旅は順調に進む。

 

 当然ながら、旅の道中でも鍛錬は行われた。

 今のルーデウスは本来貰う筈だった魔眼を手にしていないが、それでも魔眼を手にした歴史よりも強かった。

 リベラルから教わった『明鏡止水』によって、攻撃に対する予測能力が格段に上昇しているためだ。

 身体能力は明らかにルーデウスの方が低かったが、それでもエリスと渡り合うことが出来ている。

 

「ルイジェルド様の指導方法はシンプルですが分かりやすいですね」

「……だが、ルーデウスにはあまり理解出来ないらしい」

「それはまあ、受け手側にも得意不得意はありますからね。仕方ありませんよ」

 

 ルイジェルドがルーデウスを相手にした時、いつも「分かったか?」と聞いても「分かりません!」と言われてしまうらしい。

 エリスは大丈夫だったのだが、ルーデウスは毎回そんな状態だったので実は困っていたようだ。

 しかし、リベラルが同行してからは彼の手合わせ中の動きが、目に見えて良くなっていた。

 

「ルディ様の近接があまり成長しないのは、闘気を一切纏う才能がないためですからね。なので、それに合せた特訓を行う必要があっただけですよ」

「そうだったのか……」

 

 といっても、ルイジェルドは闘気を纏えぬものに合わせた訓練方法なんて知らない。

 途中まで強者たるリベラルがいるのだから、彼女の方法で鍛錬するのもいいだろう。

 

「フッ……折角だ。俺の相手もしてもらおう」

「おやおや随分と楽しそうですね。負けてしまう屈辱が好きになってしまいましたか?」

「バカなことを言うな」

 

 ルイジェルドと手合わせをし、その後はエリスとも手合わせを行う。

 エリスはやはり才能があるようで、手合わせを行う度に動きが良くなっていった。

 彼女にも龍神流の技を教えると、多少の苦戦はしたものの覚えるものは覚えた。

 難しく考えることが不得意なエリスだが、訓練を重ねることで理を理解出来るだけの頭はあるのだ。

 攻撃的な性格なだけであり、勝利のために必要な工程を考えることは出来る。

 エリスならば技の引き出しが増えることで、逆に迷ってしまうということにはならないだろう。

 ルイジェルドも龍神流の技に触れたことで、何かしらを掴んだようだった。

 

 しかし、打って変わってルーデウスは相変わらず瞑想や型の動きをなぞるだけである。

 

「瞑想はともかく、型というものをどうして反復させるか分かりますか?」

「咄嗟に出せるようにするため、でしたよね確か」

「そうです。戦いに限った話ではありませんが、反復練習することでその動きが身につきます。逆に言えば、身につかないと瞬時の動きが鈍ります」

 

 ゲームでもスポーツでも同じことが言える。

 練習していないことは本番で出来ないのだ。

 練習で出来ないことを本番で出来る訳がないだろう。

 

「もっと言えば、選択肢が増えます。相手の行動に合わせて最適解を選べるようになるのが理想です」

 

 相手がAの行動をすれば自分はAの反撃を行う。

 BならB、CならCといったように、反射的に選択出来るほどに型が身に付けばかなり強くなれる。

 ルーデウスは闘気を纏えない。

 なので、リベラルやオルステッドのように相手の動きを誘導したり、制御出来るようになるのが一番いい方法だと考えるのだ。

 反射的に最適解を選べるようになれば、相手は段々と崩れて行くのだから。

 

「うーん……ちょっと理想論的な気もしますけど」

「まあ、理想論も混じってますね。でも、相手に襲われて硬直するんじゃなくて、反撃出来るようになるにはやっぱり繰り返すしかないんですよ」

 

 かつてギレーヌから言われたことだが、ルーデウスは相手に攻められると体の動きが鈍る。

 彼女は足が竦む癖の治し方を知らなかったので、リベラルが代わりに教えるのだ。

 

「いいですかルディ様。怖いとき咄嗟に腕で庇ったりするのは反射的な動きです。なので、その反射的な動きの内容を今作り変えてるんですよ」

「なるほど」

 

 ルーデウスは手合わせよりも、その方が成長出来るだろう。

 もちろん、魔術についてのことも教えたりする。

 ルーデウスは既に魔術師として完成していると言っても過言ではないので、教えられることは少ない。

 特に結界魔術や召喚魔術は彼にとっても難しいようだ。解毒と治癒魔術も覚えることが多いため、苦戦している。

 

 その他では、状況設定の問題をよく行っていた。

 扱える術の多いルーデウスは、逆に選択肢が多くて迷ってしまう可能性がある。

 そのため、エリスも交えて早押しクイズの形式で問題を出したりしていた。

 剣士用の問題も出しているので、エリスも答えるのが非常に早い場面もある。

 もちろん実践形式でルイジェルドの手を借り、問題を出すこともする。

 エリスはルーデウスと出来ることが嬉しいのか、稽古中は楽しそうに笑顔を見せる場面が多かった。

 

 旅は順調に進む。

 とは言え、リベラルと別れるのもすぐだった。

 

 王竜王国の属国であるサナキア王国。

 そこを過ぎれば彼女たちとは別行動になるのだ。

 フィットア領民も道中で何人か見付けることが出来た。

 しかし、位置関係により捜索団と合流を希望するものしかいなかった。

 そうした者たちはお金を渡し、護衛を付けてミリスへと向かうことになっていた。

 

「実に早い別れになってしまいましたね」

「……そう、ですね」

 

 中でも1番悲しそうな表情を浮かべるのはルーデウスだ。

 魔術や剣術を分かりやすく教えてくれたこともあり、かなりステップアップした実感があった。

 それに、彼女のご飯を食べられなくなるのは非常に辛かった。エリスと共に水浴びしてる場面を覗けなくなることも非常に辛かった。パンツを盗むことは叶わなかった。

 もっとも、水浴びの場面ではルイジェルドだけでなくリベラルにも気付かれ、お仕置き(全力でケツをシバかれ川に叩き落された)されたのだが。

 

「もう行っちゃうのね……」

「大丈夫ですよ。今度会ったらまた一緒に料理でもしましょう」

 

 エリスとリベラルは関わる時間が長かったためか、結構仲良くなっていた。

 鍛錬でも嫌がるような場面はなかったし、難しくて分からない、ということも殆どなかった。

 水浴びも料理もよく一緒だったので、会話する時間が多かったのだろう。

 エリスもいつリベラルのことを認めたのか分からないが、割と最初の段階から認めていたような気がするのだ。

 

「世話になったな、銀緑」

「スペルド族の差別意識を取り除く手伝いが出来なくて申し訳ございませんね」

「構わない。それよりもルーデウスの母親を早く治してやれ」

「ええ、終わり次第スペルド族の疫病調査を行いましょう」

「……助かる」

 

 このふたりの仲も結構良好だった。

 鍛錬についての相談もし合っていたようだし、意外にもラプラス戦役の話もしていた。

 エリスは目を輝かせながらその話を聞いていたが、ルーデウスもまた貴重な話なので楽しく聞かせてもらっていた。

 最初の頃に抱いていた猜疑心も、すっかり晴れた様子だ。

 

「ルディ様、フィットア領についたら……もしかしたらあの2人に会えるかも知れませんよ」

「あの2人、とは?」

「ルディ様が大好きな2人ですよ」

 

 その言葉に彼は頭にはてなマークを浮かべる。

 リベラルはそれを楽しそうに眺めていた。

 

「それは例の『未来日記』とやらの情報ですか?」

「いいえ、状況から見たただの推測ですよ。なんせ捜索団に合流すると伝言を残したのに、王竜王国には痕跡もなかったのでその可能性があるかなと考えただけです」

「えっと、よく分からないですけど……」

「ふふ、それは着いてからのお楽しみです」

 

 ルーデウスはよく分からなかったが、取りあえず頭の片隅には入れておくかと考える。

 

「あと、それとは別件ですがもしも龍神と遭遇したときのことを伝えておきます」

 

 旅の道中で、既にオルステッドの存在は伝えられていた。

 容姿や性格、呪いについてのこと。

 最終的にエリスとルイジェルドの反応ですぐ分かるだろうとのことだった。

 やることは単純で、コミュニケーションを取ればいいとのことだ。

 

 リベラルはオルステッドにいきなり殺気全開で襲いかかられたが、ルーデウスは大丈夫だろうと考える。

 彼の周りにはルイジェルドとエリスがいるのだ。

 少なくとも、無言で3人を強襲して殺しに掛かることはあり得ない。

 ルイジェルドとエリスは彼にとって必要な存在なのだから。

 絶対に何言か会話がある筈なのだ。

 その際に、ヒトガミへの敵意を見せれば問題ない。

 ついでにリベラルに対する誤解も解いてもらえると助かる、と伝えておいたのだ。

 

「まあ、遭遇すればですけどね」

「僕としては遭遇するのは天文学的確率だと思いますけど」

 

 歴史もずれてしまっているため、ルーデウスの言うように遭遇する可能性は低いだろう。

 なので、ただの備えとして伝えただけだ。

 

「では、私はそろそろ行きますね」

「リベラルさん!」

 

 ゼニスを連れて別れようとしたリベラルだが、呼ばれた声に反応して振り返る。

 

「母様のこと、よろしくお願いします」

「任せて下さい」

 

 この旅の道中で、ゼニスは皆と関わる時間が少なかった。

 というのも、コミュニケーションが取れないからだ。

 みんな話し掛けたりしたが、ゼニスの応答は微妙なものばかりだった。

 微笑みながらみんなのことを眺めているのだが、どういう風に対応すれば良いのかが分からなかったのだ。

 リベラルとしては、ちゃんと治す予定なのでその後に今までの分も含めて接していってくれたらいいと考えていた。

 

 こうして、旅は順調に進んでいった。




Q.ルーデウスが醤油の所在地をしれっと知ってしまったけど大丈夫?
A.普通に輸入品として手に入れるようになるだけで特に影響は受けません。

Q.あの2人!?まさか!!
A.一体誰なんでしょうか。私分かりません。でも中央大陸北部に行ったっきりですもんね。忘れてた訳じゃないよ!

Q.リベラルの料理
A.生前は一人暮らしに困らない程度の腕前だった。たまにネットのレシピから美味しそうなものを作る程度だった。
しかし、リベラルとなってからは故郷の味を追求し、気が付けばグルメ漫画に通用する実力となる。しかし、主人公のカマセで終わる程度の腕前。龍神流の技術を惜しみなく注ぎ込み作られるその料理は六面世界でも有数の美味しさを誇る。実はメシマズリベラルと設定を迷っていたが、どっちでもよかったのでペンを転がして決めた。良かったねリベラル!


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14話 『エリスの選択』

前回のあらすじ。

リベラル「エリスに料理教えて仲良くなりました」
リベラル「ルイジェルドと仲良くなりました」
リベラル「ルーデウスにも稽古つけて別れました」

今回でこの章は終了です。
相変わらず謎の14話構成。でも狙ってやってないです。たまたまです。
今回は原作と似てる部分はあれど、決定的に違う結果になったと思います。
後…更新は今回以降また遅くなっちゃうと思いますずびばぜん!!
前回から言ってましたが、やることが溜まってるけど体調崩してダウンしたことを言い訳に、何もやらずにサボって小説書いてました!
大量の課題に休み明けは大量の試験が待ち受けており、また課題も沢山出されながら仕事もして、更には実習が待ち受けている…書く暇どころかスマホイジルジカンモナイヨ(泣)
では皆さんしばらく逝ってきます(絶望)


 

 

 

 ルーデウスと別れた後の旅路は、相変わらず順調だった。

 忘れられていたかも知れないが、リベラルはべガリット大陸でアルマジロのような魔物をずっと使役してきていた。

 この辺りにいる魔物よりも格の強い魔物だったため、他の魔物が寄ってくることはほとんどなかったのだ。

 たまにヒトガミの使徒も現れるものの、基本的に一撃で仕留められる程度である。

 

「ゼニス様、体調はどうですか」

「…………」

 

 特に反応を返すことはなかったが、問題はないのだろう。

 ゼニスは馬車の中で寛いでいたので、気にせず顔を前に向ける。

 

(ルディ様たちはフィットア領にたどり着いた後、ルイジェルド様の名声回復の手伝いをするという話ですが……)

 

 それについては上手くいくか微妙なところだろう。差別をなくすには時間が足りないのだから。

 結局ルイジェルドが一人でスペルド族の元へ向かわないように場所は伝えてないが、リベラルに聞きにやってくることも考えられる。

 治療の進行状態によっては、そのタイミングで見に行くのもいいだろう。

 

(病気に関しては私も分からないことが多いですからねー…)

 

 スペルド族の疫病を治せるかどうかの不安はあった。

 人体の損傷を知るために魔眼は有効だが、流石にウイルスだとか細菌だとかまでは魔眼で見ることは出来ない。

 顕微鏡だとかの仕組みは分かるが、そんな現代レベルのものを作成するのは困難だ。

 特に、自分が病に侵されるというのは避けたい事態である。

 

(魔石症とか、もしかしたらヒトガミが狙ってやってくるかも知れませんね)

 

 本来の歴史で、魔石症のあるネズミがルーデウスたちに紛れ込んだのはヒトガミが原因であるかは分からない。

 なにせ、ヒトガミの助言は一切なかったのだから。

 己の意思でナナホシを助けようと、ルーデウスは魔大陸に向かったのだ。

 なので、ネズミに関しては本当に偶然だったのだろう。

 問題は、そのネズミをヒトガミが利用したことだ。

 

 ネズミが忍び込むなんてヘマをリベラルはするつもりはないし、守護魔獣をルーデウスに召喚させる予定である。

 余程の例外がない限り、ロキシーが魔石症になることは防げるだろう。

 

(まあ、疫病については空き時間にでも勉強しておきましょう。ケイオスブレイカーなら本も多くあるでしょうし)

 

 ペルギウスと戦友であるため、彼女がケイオスブレイカーの書庫に立ち入ることを許してくれる。

 持つべきものは友であった。

 アルマンフィを借りる予定なので、ついでに持ってきてもらうのもありかもしれない。

 

(ペルギウス様、何だかんだで私のワガママ許してくれますからね。私も甘えさせてもらいますよ)

 

 リベラルに甘いのも僅かな戦友の一人だからだ。

 いつか借りは返すので許してくれるだろう。

 

(病気といえば……静香ですね)

 

 ナナホシは転移者であり、魔力を持つことなくこの世界にやってくる。

 それによってドライン病になってしまうのだ。

 リベラルはドライン病はソーカス草によって抑えられることを知っているが、手元にある訳ではない。

 ソーカス草は日の差さない深い洞窟の奥地に生えるが、栽培するなら管理する必要がある。

 そのため、リベラルはどうしてもソーカス草を確保することが出来なかった。

 栽培するとしたら、手の空いたタイミングで魔大陸のどこかの魔王城から分けてもらうしかないのだ。

 結構時間が掛かるため、行くタイミングも考えなくてはならない。

 

(取りあえず、ラノア王国に着いてからですね)

 

 そうして、リベラルは苦労することもなく目的地にたどり着くのだった。

 

 

――――

 

 

 リベラルと別れたルーデウスたちだが、こちらも順調に旅は進んでいた。

 シーローン王国は本来の歴史ではパックスにちょっかいを掛けられていたが、その原因となるロキシーもいない。

 なにやら第三王子が人形に興奮して暴れてるだとか、ラノア魔法大学に行かねばならぬだとか、人形を作ったルーデウスとリベラルに会うまでは死ねないだとか。

 よく分からないが、そんな感じの騒ぎはあったらしい。

 市場を覗くと、過去にルーデウスとリベラルが作った人形がいくつかあったのを見て察した。

 どうやら金策として売られていたようだ。

 

 第三王子のことはよく分からないが、きっと人形のファンなのだろう。

 そう思うことにした。

 

「ルーデウス! 早く行きましょ!」

「ええ、今行きます」

 

 取りあえず、シーローン王国では特にトラブルもなかった。

 

 北に進んで行く。

 

 中央大陸のアスラ王国に行く道のりは、かなり整備されてる方だ。

 そのため、ルーデウスたちは比較的のんびりと向かうことが出来ている。

 魔物にもあまり襲われないし、賊にも襲われない。

 懸念であったヒトガミの使徒も、どうやらリベラルの方に向かわせてるのか一度も見なかった。

 

 赤竜の下顎を通る際も、別に赤竜に襲われるとかいったこともなく平和だ。

 赤竜狩りたいよねー、私たちなら出来るでしょー? いや、無理だよー。みたいな会話をしたくらいだった。

 どちらかと言えば、転移事件によって転移したフィットア領民を保護したときの方が大変である。

 彼らは戦闘能力がないし、旅に慣れてる訳でもない。

 そのままその地で生きていくことを決めた者はともかく、帰ることを望んだ難民を護衛するのは意外に大変だった。

 

 そんなこんなで、アスラ王国へと無事にたどり着いたのだ。

 

 それから約2ヶ月。

 難民たちを護衛していたこともあって想定よりも遅くなったが、フィットア領へと到着する。

 転移事件によって全てなくなったことに難民たちは悲しげな表情を浮かべていたが、ルーデウスたちに感謝を告げて難民キャンプへと入っていった。

 もちろん、スペルド族のことも宣伝してからだ。

 彼らはルイジェルドと仲良くなり、スペルド族の現状について嘆いてくれた。

 中には「俺は医者だったから、力になる」という人もおり、ルイジェルドもどこか救われたような表情を浮かべていた。

 

 ともかく、到着した彼らも難民キャンプへと立ち寄る。

 

「…………」

「行きましょうエリス」

 

 エリスは何もなくなったフィットア領に思うところがあるのか、時おり立ち止まることがあった。

 その度にルーデウスが引っ張る。

 ルイジェルドも無言でついてきていた。

 

 難民キャンプの本部へと入ると、今回の件で行方不明になった者の名前が載った紙があった。

 ルーデウスたちは今回それなりの数の難民を連れてきたため、ちょっとした騒ぎになっている。

 鬱蒼とした雰囲気と再会を喜ぶもので二分化されているが、騒がしいので見つけた人の名前を伝えるのは後にした。

 受付でエリスが戻ってきたことを伝えると、受付のおばさんはすぐに奥へと引っ込んだ。

 そして、凄い勢いで一組の男女を引き連れ、戻ってきた。

 見覚えのある男女だった。

 

 片方は、白髪に髭を蓄え、執事然とした顔をしつつも、

 やや裕福そうな町人じみた服装をした、壮年の男。

 アルフォンス。

 

 もう一人は、チョコレート色の肌に剣士風の格好をした女。

 

「ギレーヌ!」

 

 エリスは非常に喜んだ様子で駆け寄った。

 ギレーヌもそれを嬉しそうに迎い入れる。

 

「エリス、いや、エリス様、よく無事に……」

「……もう、エリスでいいわよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、大切な話をするため4人は建物の奥へと向かうことになった。

 ルイジェルドは完全な部外者だったため、入ることは出来なかった。

 アスラ王国の話をするということを聞かされたので、彼も素直に従う。

 

 ルーデウスが中に入って聞いた話は、本来の歴史とそう大差のないものであった。

 

『サウロス様、フィリップ様、ヒルダ様が亡くなったこと』

 

 といっても、フィリップが生きていたことはリベラルから伝え聞いていたので疑問が浮かぶ。

 詳しく話を聞けば、どうやら何者かに殺されてしまったとのことだ。

 一体全体どういうことなのか全く把握出来ない。

 そんな混乱をよそに、話は進んでいく。

 

『ピレモン・ノトス・グレイラットが、エリスを妾として迎え入れたいこと』

 

 これについては、ギレーヌとアルフォンスの意見が大きく食い違い、一触即発な雰囲気となる。

 2人は言い争いとなるが、結局エリスが一人にさせて欲しいという話によって終了した。

 本部から出たルーデウスは、取りあえずルイジェルドと話の共有するために彼と合流することにした。

 

 

――――

 

 

 一人になっていたエリスだったが、そこに誰かがノックする。

 彼女は無視していたが、やがて部屋の中へと誰かが入ってくるのだった。

 

「エリスお嬢様」

「何よギレーヌ。一人にさせてって言ったでしょ……」

 

 彼女が文句を吐くのも仕方ないだろう。

 言葉通りだ。

 時間が経ってから戻ってきたのならともかく、ギレーヌはすぐに戻ってきたのだから。

 

「大切な話がある。付いてきて欲しい」

「なによいきなり……嫌に決まってるでしょ」

「フィリップ様が、会いたがっている」

 

 その言葉にエリスは固まる。

 そしてキッとギレーヌを睨みつけた。

 

「さっき死んだって言ってたじゃない!」

「そういうことにしてるだけだ」

「なんでよ!」

「私には分からない。だから直接聞けばいい」

 

 アルフォンスがそのことを知っているのか不明だが、フィリップが生きていることは確からしい。

 僅かに迷いながらも、エリスは頷いた。

 

「分かったわ。連れて行きなさい」

 

 そうして本部から出た2人は、道から外れた先を進む。

 しばらくするとちょっとした小さな家が見えて来る。

 ギレーヌがその家のドアをノックすると、一人の男が出てきた。

 

「やあ、ギレーヌさん。エリスさんを連れてきたのですか?」

「ああ。フィリップ様を呼んできて欲しい」

「分かりました」

 

 黒髪で50歳ほどに見える初老だ。

 彼はギレーヌの言葉に従い、部屋の中へと戻って行った。

 しばらくすると、その男とフィリップがやって来る。

 

「エリス……」

「お父様……」

 

 2人はしばらく無言で見つめ合った後、どちらともなく近付き互いに抱きしめ合った。

 

「よく、無事だったね」

「お父様も、死んだって聞いて、私」

「すまないね。余計な心配を掛けさせてしまったよ」

 

 互いに涙は見せなかった。

 フィリップはともかく、エリスも流石はボレアスの名を持つだけのことがあったのだろう。

 すぐに切り替えていた。

 

「……それで、どういうことなの?」

「そうだね。詳しく説明するから中に入るといいよ」

「分かったわ」

 

 そして、彼らは中へと入っていく。

 あまり贅沢はしてないのか、部屋の中は質素で椅子と丸いテーブルがあるだけだった。

 そこに2人は座る。

 

「エリス、3年程度しか経ってないけど変わったね」

「3年もあれば変わるわよ」

「これも全てルーデウスのおかげということかな」

「そうね、そうだと思うわ」

 

 じゃじゃ馬だった娘があっさりと認めたため、彼は瞠目してしまう。

 かつて山猿扱いまでされ、貴族としての人生を絶望視されていた頃の姿はそこになかった。

 

「……そうか、成長したんだね」

 

 そのことにどこか悲しいような気持ちもあるが、やはり父親として喜ばしいことでもあった。

 それと同時に、彼女に対して現状とこれからのことを伝えても大丈夫だと確信する。

 

「父さんが処刑されたことは知ってるね?」

「ええ、知ってるわ」

「私も処刑されそうになったけど、何とか免れることが出来た。けどね、この地を食い荒らそうとする連中に取っては邪魔だったんだろうね」

 

 土地も資産もなくなったのに、まさかの追い打ちを掛けてきたのだ。

 本当にこの地をどうにかするためだとは思わないが、フィリップを生かしておいても邪魔になると考えたのだろう。

 だが、その考えは間違えていない。

 彼は再起を図り、かつての栄誉を取り戻そうとしているのだから。

 

「私の存在はフィットア領の復興に邪魔になっていた。だから死んだことにしたんだ。アルフォンスには申し訳ないことをしたけどね」

 

 かつての部下を思い、彼は目を伏せる。

 アルフォンスも納得していたのだ。

 フィリップは能力がある。あるからこそ、止めを刺そうと――恐らくノトス家に――されたのだから。

 

「だからね、私はリベラルの提案に乗ることにした」

 

 唐突にリベラルの名が出たことにより、エリスは頭にはてなを浮かべる。

 

「アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラに王位を継いでもらう。そして私はその手助けをする」

 

 その宣言をし、隣りにいた黒髪の初老――シャンドルに視線を向ける。

 彼が持ってきた手紙には、リベラルからの伝言が書かれていた。

 アリエル王女を王にすること。

 貢献し、功績を残すことで再び爵位を手に入れること。

 それに対しての協力を行うこと。

 

「私は決意したよ――かつての栄誉を取り戻すことを」

 

 リベラルが本気だったことは分かった。

 手紙を届けて己の部下として扱っていいと言われた目の前の男は――北神二世アレックス・C・ライバックだったのだから。

 元七大列強7位の武術の達人である彼は、お釣りが出るほどに優秀な存在だ。

 情報収集能力も非常に高く、ギレーヌにはない能力を持ち合わせていた。

 

「そう、お父様は諦めないのね」

「ははっ、エリス。君らしくない台詞だね」

 

 フィリップの雰囲気が変わる。

 線のいい人当たりのよい空気は鳴りを潜め、そこには激しい怒りが宿っていた。

 

「フィットア領がこうなったのは事故だ。仕方ないことだよ。けどね――父さんが処刑されたのは納得できる訳がない」

 

 そう。サウロスは失脚したことによって敵対勢力に責任という形で消されてしまったのだ。

 フィリップがいたから、なんて理由もあるかも知れない。

 けれどどちらか片方だけだったとしても、どのみち処刑に追い込まれていただろう。

 

 

「私はかつての栄誉を取り戻すとは言ったけどね――父さんの仇が討ちたいんだ……!!」

 

 

 それは、フィリップらしからぬ姿だった。

 娘であるエリスも、彼のこのような姿は初めて見た。

 だが、当たり前の感情だった。

 

 サウロスは殺されなくてもいい存在だったのだ。

 フィットア領をいち早く再建するならば、必要な存在だったのだ。

 なのに、死亡者も行方不明者も数多くいるにも関わらず、先に責任を取らされた。

 彼が愛したフィットア領は無くなり、妻のヒルダも死んでしまった。

 そこから更に父親まで奪われたのだ。

 

 ――許せるわけがないだろう。

 

「エリス、君は納得してるのかい? この結果に」

「……納得してる訳ないでしょ……!」

 

 彼女もまた、悔しく感じていた。

 作られた握り拳から血が滲み出るほど悔しかった。

 いきなり転移事件に巻き込まれ、大好きだった家族が奪われた。

 政治のことは分からないが、それでも誰かに殺されたのだという話だけで十分だった。

 彼女はいつもそうだ。

 殴る相手がいるのならば殴っていた。

 感情に任せて怒りをぶつけていた。

 最近は自制出来るようになったが、この身に走る怒りがなくなった訳ではない。

 

「そうだよ、私も納得してない。だから、選択したよ」

 

 政治はフィリップの領分だ。

 流石に娘に任せることはない。

 けれど、娘のためにも殴る相手をハッキリさせることは出来る。

 

「私が行く道は過酷だ。非常に苦しい戦いになるかも知れない」

 

 でも、それでも彼は進むと決めたのだ。

 

「私はボレアスの名を捨てることを選択した。だから、エリス。君も決めるといい」

 

 フィリップは腹黒さもあったが、それでも父親としての優しさがあった。

 以前の彼ならば、エリスだけでなくルーデウスも利用して王家の戦いに勝とうとしただろう。

 だが、それが辛い道のりであることを分かっているフィリップは、無理に引き入れなかった。

 

「私としては、君が付いてきてくれるのなら嬉しい。けどね、ルーデウスと共にいたいと願うなら引き止めはしない」

「…………」

「私も父親だからね……娘の幸せは願っているさ」

 

 エリスは無言となる。

 難しい話ではなかったので、彼女にも理解は出来た。

 けれど、それを選択するのはとても難しいことだった。

 

 父親か、好きな人か。

 フィリップを選べば、長い間ルーデウスと会えなくなるだろう。女に目のない彼のことだ。もしかしたら知らぬ間に新しい女が隣にいるかも知れない。そして、それに対して文句をいう訳にいかない。父親を選んだのだから。

 ルーデウスを選べば、父親がどうなるのか分からない。死目を見ることも出来ないかも知れない。私がいれば、なんて後悔を抱く可能性もある。なによりも、残された最後の家族なのだ。

 

 どちらを選んでも、とても辛い選択肢だった。

 

「……ちょっとだけ、考えさせて」

 

 唐突すぎて、心の整理ができなかった。

 そしてフィリップのどこか悲しそうな表情が、頭に焼き付き離れない。

 苦しかった。

 自分はこんな悩みを抱くことなんてないと思っていた。

 いつもはもっと簡単に決められる筈だったのに、決めることが出来ない。

 

「……また来るわ」

「私もそろそろ行動を起こす必要がある。明日には決めて欲しい」

「……分かったわ」

 

 椅子から立ち上がったエリスは、そのまま出口へと向かう。

 そして、その後ろ姿をフィリップは見送った。

 

 

――――

 

 

 宿にたどり着いたエリスは、2人に何かを相談することはなかった。

 相談出来る訳がなかった。

 

 だが、ルイジェルドに一言出て行って欲しいとだけ告げる。

 彼は何かしらの事情をルーデウスから聞いていたのか、何も聞かずに「分かった」と静かに告げて出て行く。

 残されたルーデウスは真面目な表情でエリスを見つめる。

 

「ルーデウス。聞いていい?」 

「なんですか?」

「やっぱり家族って大切よね?」

「……そうですね。とても大切です。少なくとも僕は家族のために命を掛けられるほど大切だと思ってますよ」

「そう、そうよね」

 

 なんだか普段と違う様子のエリスに、ルーデウスは何かを感じる。

 しかし、家族が全員亡くなったと聞き、ノトス家に嫁がないかという提案をされたばかりだ。

 しおらしくなるのも仕方ないことだろう。

 

「私ね、今日が15歳の誕生日なの」

「えっ? そうだったんですか?」

 

 本来の歴史よりも日数がズレていたため、彼女の誕生日を迎える場所は変化していた。

 しかし、冒険により月日が曖昧となっていた彼にとっては、全く気にしていなかった事実だった。

 唐突な宣言にルーデウスは今から誕生日を用意しなきゃ、という焦りに捕らわれる。

 だが、エリスは彼の手を掴んだ。

 

「えっと、すみません。何も用意出来てなくて……」

「別にいいわよ。その代わり……い、一緒に寝ましょ」

「今日は寂しい気持ちなので、エッチなことをしちゃうかもしれませんよ?」

「きょ、今日はいいわよ」

「……ちょっとくらいじゃ済まないかも知れませんよ?」

「分かってるわよ。今日は、ぐっちゃぐっちゃにしてもいいって言ってるのよ」

 

 その言葉で、互いに無言となる。

 ルーデウスはまじまじとエリスの身体を見つめていたが、彼女は羞恥心から顔が真っ赤だった。

 

「な、なんで突然そんな事を言い出したんですか?」

「……その、私がしたいからよ」

「えっ?」

「何度も言わせないでよ!」

 

 煮え切らない態度のルーデウスに痺れを切らし、エリスは無理やり口付けをちょっとだけする。

 

「私がしたいって言ってるのに……ダメ?」

 

 

 結局、その日の2人は繋がった。

 内容は語る必要もないだろう。

 けれど、その繋がりは今のエリスにとってとても大切なものだった。

 ルーデウスと繋がることで、彼女は自身の気持ちを再確認することが出来た。

 

 やっぱり、私はルーデウスを愛しているのだと。

 だからこそ、決意することが出来た。

 

 

 ――お父様に付いていこう。

 

 

 もう迷いはなかった。

 それが己の選択だった。

 エリスはここで、ルーデウスたちと別れるのだ。

 

 沢山したこともあり、彼は既に寝静まっている。

 もしかしたらルイジェルドに聞かれたかも知れないが、彼なら野暮なことは言わないだろう。

 服を整えて支度したエリスは、ルーデウスへの置き手紙を書いていく。

 事情を説明する訳にいかない。

 けれど、家族のことを出せばきっと彼は気付くだろう。

 ただ端的に、ハッキリと一言だけ書く。

 

『私には守るべきものがあります。そのために、旅に出ます』

 

 とても辛い選択だった。

 けれど、その選択を後悔することはないだろう。

 決意を示すため、彼女はその燃えるかのような真っ赤な髪を切り、机の上に置いた。

 

「……むにゃむにゃ……エリス……」

「ルーデウス、愛してるわ」

 

 寝言を零す彼の頬にキスをしたエリスは、準備を終えて外へと出る。

 外は既に真っ暗で誰もが寝静まってる様子だった。

 だが、そんな時間でもエリスの動きを察知していた彼は――ルイジェルドは壁に背をつけながらそこにいた。

 

「こんな夜更けにどこに行く?」

「私の家族の元よ」

「そうか」

 

 ルイジェルドは気付いていた。

 フィリップと出会っていたことを知っていたのだ。

 隠密行動で彼以上のものはいない。

 

「……ルーデウスはいいのか?」

「いいのよ。だって、知ったら絶対に私のこと助けようとするでしょ」

 

 そうだ。

 ルーデウスに知られる訳にいかなかった。

 ルーデウスがエリスの事情を知れば、絶対に付いてきただろう。

 どれほどの危険があろうとも、付いてくる筈だ。

 

 けれど――愛しているからこそそれが嫌だった。

 

 自分の選択で、彼の選択を歪めたくなかった。

 自分の選択で、彼に危険な目に遭って欲しくなかった。

 助けて欲しいとは思っている。

 けれど、ルーデウスは小さかったのだ。

 自分よりも歳も体格も小さいのに、ずっと助けてくれていた。

 今までずっと、ルーデウスのことはあまり考えなかった。

 彼の大きさばかりに目を取られ、小ささには目をそむけていた。

 

 そんな自分を変えたかった。

 これ以上の負担を掛けたくなかった。

 

「ルイジェルド。絶対にこのことを言っては駄目よ。伝言以上のことをルーデウスに伝えないで」

「……分かった」

 

 ルイジェルドも家族が絡む件であったため、無理に止めることは出来なかった。

 彼もエリスのことを助けたいとは思うが、自分自身の問題もある。

 何よりも国家に対する問題に突っ込むと、スペルド族という肩書が足を引っ張りかねない。

 ルイジェルドは、エリスの選択を見守るしかなかったのだ。

 

「エリス。お前は、今日から戦士を名乗ってもいい」

 

 だからこそ、彼を言葉を贈る。

 

「守るべきものがあるお前は戦士だ」

 

 エリスにもまた、守るべき大切な者がいた。

 転移事件を切っ掛けに沢山のものを失くした。

 けれど、まだ残っているものがあったのだ。

 

「ルイジェルド」

 

 エリスはルイジェルドを抱き締める。

 彼も抵抗することなくそれを受け入れた。

 

「また会いましょう」

「ああ、また会おう」

 

 そして、彼女は旅立った。

 

 

 

 

 四章 “揺れるゆりかごは幸福への兆し” 完

 

 

――――

 

 

 朝起きてからのルーデウスは、本来の歴史のように混乱して取り乱した。

 初めてを捧げ合ったエリスがいなくなり、残されたのは『私には守るべきものがあります。そのために、旅に出ます』と書かれた置き手紙だけなのだから。

 何が起きたのか理解出来なかった。

 ルイジェルドに話し掛けても、知らないと彼は言う。

 そんな訳がないだろう。

 ルイジェルドがエリスを見失った挙げ句、そんな一言で話を終わらせる訳がない。

 何度も問い詰めたが、手紙の内容以上のことを語ることはない。

 痺れを切らしたルーデウスは、アルフォンスの元へと向かう。

 

「あ、アルフォンスさん、エリスは!?」

「ギレーヌと共に旅立たれました」

「ど、どこに?」

 

 聞くと、アルフォンスは、やや冷ややかな目で俺を見た。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「ルーデウス様には口外するなと、申し伝わっております」

「あ……そう、ですか」

 

 結局、ルーデウスは何も分からないままエリスに捨てられたのだと思ってしまった。

 だが、ルイジェルドは「捨てられた訳ではない」と伝える。

 正直何も教えようとしない彼に対して苛立ちを感じたものの、時間が経つことで僅かに冷静となった。

 そもそも、ルイジェルドが何も言わないのだから、それなりの理由があるのだろう。

 少なくとも、彼が納得出来るだけの理由がある筈なのだ。

 けれど、その理由が分からない。

 

 何度も何度も考え悩み、そして答えが出せないまま時間だけが過ぎていく。

 やがて、どれほどの時間が経ったのだろうか。

 苦悩する彼の元に、ルイジェルドが訪れる。

 

「ルーデウス」

「……なんですか」

「客だ」

 

 彼が連れてきた先。

 その視線の先に、2人がいた。

 

 ひとりは、三編みの青い髪にじっとりした表情。

 ひとりは、短い緑髪にまだ幼さを残す美少年のような少女。

 

「ロキシー先生に……シルフィ……?」

 

 そこに居たのは敬愛する師匠と、可愛い妹分の2人だったのだ。




Q.リベラルフィリップのこと忘れてない?大丈夫?
A.忘れてませんが、優先度低めになってます。シャンドル送り込んだしへーきへーきとか思っているかも知れません。取りあえず、アリエルとペルギウスの繋ぎはしなきゃとは考えてます。

Q.シャンドルさんルイジェルドの隠密気付かんかったんか。
A.描写してませんが気付いて会話しに行き、結果「ヨシッ!」となりました。

Q.ルーデウスとエリス。
A.どうあっても別れる運命でした。エリスに取っては唯一残った家族だったので、どうしても見捨てられませんでした。原作のようにもっと想いを書きたかったんですけど、無理でした。

Q.ロキシーとシルフィエットが一緒にいる!?
A.今作で何度か描写しましたが、転移したシルフィはロキシーに拾われそのまま師弟関係になりました。なので、これから先のルーデウスはデッドエンドを名乗りつつルイジェルド、シルフィ、ロキシーというメンバーで活躍します。

Q.ルイジェルドもうちょっと上手くルーデウスに説明できひんかったんか?
A.これが彼なりの精一杯でした。

Q.覗き疑惑のルイジェルド。
A.彼は紳士なので「2人っきりになりたい」という台詞で全てを察してちゃんと離れました。

Q.エリスこれ原作より強くなれる?
A.北神の教えを受けながら剣王の教えも受けられます。かなり強くなれると思います。


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五章 それが貴女と交わした約束
1話 『状況確認』


前回のあらすじ。

リベラル「ラノア王国に向かいます」
エリス「残された家族よ……私は父様を助けるわ」
ルーデウス「エリスいなくなったと思ったらシルフィとロキシーが現れた」

今回は恒例の状況説明回。
それはさておき。
低評価来るとやっぱりショボーンとなりますね。低評価理由の大半はリベラルの行動理念関係なので、一章のラプラスと和解した時に飛ばさず書けば良かったと後悔。
今回の章の終わり頃に、リベラルの行動理念について明記します。
また、明日から実習が始まるので添削せず何とか形にして投稿しました。いつもより短くてすまぬぅ!
実習の関係上、スマホもほぼ触る暇がなくなるので1ヶ月近く次話作成率が進行しないと思います…。


 

 

 

 甲龍歴422年。

 転移事件から5年が経過した。

通称『フィットア領転移事件』から五年が経過した。

 

 領主サウロス・B・グレイラットは死亡。

 その息子であり、城塞都市ロアの町長、フィリップ・B・グレイラット及びその妻も死亡。

 その報告のしばらく後。

 フィリップの娘エリス・B・グレイラットも死亡したと報告された。

 それにより、ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣は資金援助をうちきった。

 個人で捜索活動を続ける者はいたが、フィットア領捜索団は事実上解散。

 難民キャンプはその活動を捜索から開拓へと移行していった。

 

 こうして、アスラ王国にとっての転移事件は終了した。

 

 

――――

 

 

 ここはラノア王国の北端に位置する大都市。

 魔法都市シャリーア。

 

 ネリス公国、バシェラント公国との国境線ギリギリに存在する魔法三大国の中枢だ。

 魔術に関するありとあらゆるものが凝縮されて詰め込まれた魔法都市と呼ばれている。

 この都市には魔法三大国と魔術ギルドが合同で管理しているため、領主が存在しない。

 街の構造はミリシオンを参考にされていて、最新式の耐魔レンガで組まれた魔術ギルド本部を中心に、東にはラノア魔法大学を中心とした学生街。

 西にはネリス魔道具工房を中心とした工房街。北には商業ギルドを中心とした商業街。

 南には外から来る者や冒険者を迎え入れる宿場街がある。

 ラノア魔法大学がどんな種族でも拒むことなく迎えていることから、様々な種族が暮らしている。

 

 そんな都市の外れに、一軒家がポツリとあった。

 庭もあるその家は、一人で暮らすにはあまりにも大きい家だ。

 家族前提で過ごすなら快適な広さと言えよう。

 交通の利便性さえ度外視すれば中々良い家だ。

 そこに彼女――リベラルは生活していた。

 

「…………」

 

 その肝心のリベラルは机に座り、何かを書いていた。

 彼女の周りにはビッシリと文字の書かれた紙が乱雑に置かれている。

 集中した様子で書き続け、周辺の環境にも気付いている様子がない。

 そこから更に数時間ほど書き続けたところで、リベラルはようやく肩を伸ばして一段落ついた様子を見せる。

 

「ん、ふぁ……今どれくらいの時間でしょ」

 

 散らかった書物を整頓し、彼女は窓の外を覗く。

 既に夕暮れ時となり、雲のない空に赤色を残していた。

 ご飯の用意をしていなかったな、と思いそのまま一階へと降りていく。

 リビングへと向かうと、そこには車いすに座っているゼニスと仮面を被った金髪の男――アルマンフィがいた。

 

「…………」

 

 アルマンフィは何かを堪えるように身体を震わせている。

 リベラルはどうしたのだろうかと白々しく口を開いた。

 

「発情期ですか?」 

「訳のわからんことを言うなぁ! このアルマンフィは誇り高きペルギウス様の下僕! 決して貴様の下僕ではない!」

「でもそのペルギウス様公認ですよ?」

「黙れぇ!!」

 

 色々とストレスが溜まっているのだろう。

 アルマンフィはリベラルへと殴り掛かろうとしては停止、という行動を繰り返していた。

 残念ながら召喚された彼は、契約によりリベラルへの暴力を禁じられている。

 彼の不思議な挙動は、殴りたいのに強制的に動きを止められていることによって生じていた。

 

 リベラルが態々町外れの家で過ごしているのは、理由があってのことだ。

 とは言え、単純な理由だった。

 魔術の実験をする際に、周辺への被害を出さないため。

 鍛錬と技術の発展によって身体を沢山動かすため。

 そのために人のいない場所の家を買い取り、便利な足として光の速度で移動出来るアルマンフィを召喚していた。

 もちろん、先程の発言通りペルギウス公認である。

 流石に毎日は無理だったが、週に数回アルマンフィは家の手伝いのためにやってくることになっていた。

 

「今日のやるべきことは全て終えた! 早く……早く俺に帰れと命令しろ……!」

「あっ、晩ご飯作っといて下さい」

「貴様ァァァァ!!」

 

 だが、悲しいかな。

 命令に逆らうことの出来ない彼は、怨めしい悲鳴をあげながら光の速さで料理を始めた。

 下ごしらえや包丁さばきは文字通り光速であったが、煮たり焼いたり漬けたりといった工程は光速で出来ない。

 アルマンフィのご飯はなんだかんだで時間が掛かるのであった。

 その間にリベラルは自宅に届けられていた手紙を確認する。

 

 1枚目の差出人はパウロ。

 

 結局フィットア領民捜索団は解散となった。

 正式に打ち切られたのは最近と言えるタイミングだが、団長の座は他のものに託して既に捜索を止めていたようだ。

 辞めるにあたってのトラブルは色々とあったようだが、最終的には平和的に見送られることとなったらしい。

 パウロがどうしても見つけたい存在は既に見つかっている。

 結局、ブエナ村の人々は無事に発見されたり死亡確認されたりしつつも、全員の安否確認が出来たらしい。

 そうなった以上、パウロのモチベーションも維持出来ないだろう。

 むしろ、十分すぎるほど貢献したくらいだ。

 手紙を出したのと同時期に、シャリーアへと向けて家族全員で出発したと記載されていた。

 まだまだ子どものノルンとアイシャもいるため、旅路は時間の掛かるものとなっている筈だ。

 しかし、そう遠くない時期にパウロたちはシャリーアにやってくるだろう。

 

 2枚目の差出人はルーデウス。

 

 ルイジェルド、シルフィエット、ロキシーたちと共に『デッドエンド(仮)』として活動。

 予定通り冒険者として活躍すると同時に、人助けを積極的に行ってたらしい。

 一箇所に留まらず、色んな場所を旅しながらやっていたようだ。

 唯一ランクの低かったシルフィエットも無事にAランクの冒険者となり、ランク差による問題も解決。

 吟遊詩人たちのハートを掴んだのか、色々な場所で『デッドエンドのルイジェルドは名誉を取り戻すために戦い、同胞を救うために優秀な医者を求めている』といった感じの内容が広まっていた。

 もちろん、シャリーアにもその名声が届いており、リベラルも微笑ましく聞いていた。

 彼との契約期間は終えてるのでパーティーは既に解散し、シャリーアに向かっているとのことだ。

 その割には未だにやって来ていないことに疑問を感じるが、ルーデウスならば大丈夫だろうと考える。

 シルフィエットとロキシーのことに余り触れていないことが気になったものの、解散している訳ではないので思考から外す。

 取りあえず、ルーデウスたちも遠くない時期にやって来るだろう。

 因みにパウロとルーデウスの2人は、転移遺跡の場所を把握出来てないので地に足をつけて来る必要がある。

 

 3枚目の差出人はシャンドル。

 

 北神二世には依頼を頼むと同時に、住居予定の地も教えているため手紙のやり取りが可能であった。

 更に言えばアリエル王女も既にラノア大学におり、リベラルが支援者であることを知っている。

 既に顔見せも済んでおり、両者の状況について把握済みだ。

 シャンドルたちはアリエルを王にするため、アスラ王国で裏工作や敵対者の排除に精を出していた。

 第一王子派である上級大臣ダリウス・シルバ・ガニウスを失墜させるため、トリスティーナのことは伝えてある。

 今回の手紙には、そのトリスを保護出来たという内容が記されていた。

 今はトリスを確保したためなのか追手の追撃が激しいため、しばらく隠れている状況のようだ。

 エリスのことも書かれており、ギレーヌにより剣聖として認められたことと、シャンドルが北聖と認めたことも書かれていた。

 実戦による死線を多く潜り抜けた影響か、エリスの成長が今尚続いているらしい。

 今後の方針はトリスには安全な場所にいてもらう必要があるため、アリエルの元へと送り届けることにした、とのことだ。

 彼らもそう遠くない時期にやって来るだろう。

 

 手紙の内容を読み終えたリベラルは、一息吐いて思考する。

 

(ほとんど予定通り、ですかね)

 

 以前のように、ヒトガミがノルンに干渉するといった誤算もない。

 その肝心のヒトガミも、直接使徒をぶつけてくるだけなので取り除く布石もほとんどない。

 特にアスラ王国への対策が順調に進んでいるのはいいことだ。

 デリックも死んでいないため、アリエル王女は王としての志というものに対しての意識も芽生えている。

 ヒトガミの妨害はあれど、オルステッドとペルギウスの協力を得られれば間違いなく王位を継ぐことが出来るだろう。

 

(これならばオルステッド様とも問題なく関係を築ける筈です)

 

 ラノア大学には既にサイレント・セブンスターこと七星 静香が在籍している。そしてまだ彼女とは会っていない。

 なので、必然的にオルステッドとの繋がりも持ててない。

 オルステッドに関しては、元々の予定通りにコンタクトを取るつもりだ。

 ナナホシが彼をいつでも呼び出せるため、中継役として頼るつもりだった。

 流石に手紙などのやり取りを挟んで事情を伝えれば、前回のように問答無用で襲ってくることはないだろう。

 というか、ペルギウスを通してリベラルのことが既に伝わっている筈なので、同じ結果になることはあり得ない。

 ペルギウス本人からも悪くはない感触だったと聞いたし、料理を作っているアルマンフィも多分大丈夫だろう、などと言っていた。

 それでも尚、本気で襲い掛かってくるのようであれば、諦めて一人でヒトガミと戦うしかない。

 

 そしてもう一つは――

 

(……そろそろ静香と向き合わなければなりませんね)

 

 ここに至るまで、父親であるラプラス以外でリベラルの目的は誰も知らない。

 ラプラスと和解した日に、彼女たちは話し合った。

 己の目的はヒトガミ打倒の邪魔になってしまうのだろうか、と。

 それは分からない、と言われた。

 未来を作るのは現在(いま)なのだと、ペルギウスと同じような台詞を言われた。

 だからこそ、リベラルは試行錯誤して考え付いた道筋を伝えた。

 その結果、ラプラスからそれなら大丈夫だろうというお墨付きを貰う。

 何せ彼女は考える時間だけはずっとあったのだ。

 己の知る未来とのシュミレートをし続けていた。

 そしてその想定通りに事は進んでいる。

 

 自覚はあるのだが、ナナホシとリベラルの関係性は非常に重い。

 重たすぎて拒絶されかねないが、当事者であるナナホシには知って欲しいことがあるのだ。

 彼女に全てを知ってもらうタイミングは決めている。

 

 ――オルステッドと会うときだ。

 ナナホシ、ルーデウス、オルステッドの3人には聞いて欲しかった。

 その時に、リベラルという存在について明かす。

 

「おいリベラル。出来たぞ」

「はーい」

 

 そうして思考に耽っていたところで、アルマンフィから声が掛かる。

 手紙は保管し、テーブルへと向かうとオムライスが2人前作られていた。

 リベラルが調理を教えたこともあり、今ではすっかり世界有数の料理人となったアルマンフィだ。

 ゼニスとリベラルの分があり、精霊であるアルマンフィは食事を必要としないので用意されていない。

 彼は、やるべき仕事は終わったのでさっさと帰るのかと思うのだが、腕を組んで2人を眺める。

 

「どうした? 食べないのか?」

「いえ、いただきます」

「そうしろ。料理が冷めてしまう」

 

 座りもせずに料理を眺めていたことを不審に思ったアルマンフィから声が掛かったので、リベラルはゼニスの介助をした後に席につく。

 彼は変わらず腕を組んで2人を眺めるばかりだ。

 リベラルとゼニスはそのことを気にすることもなくオムライスを口に運ぶ。

 

「美味しいです。調味料の配分がまた正確さを増しましたね」

「フンッ……ペルギウス様の下僕たるもの、この程度当然だ」

「でも料理の感想待ってましたよね?」

「……黙れ」

 

 料理の美味しさに頬を緩めるゼニスを見て、アルマンフィも満足気な雰囲気を出す。

 早く帰りたがってた割には食事のことが気になっていたらしい。

 ツンデレとはこのことなのだろうか。

 

 結局、アルマンフィはご飯を食べ終わるのを待ち、食器洗いまでしてくれるのであった。

 彼はとても優しかった。

 

「では、今度こそ俺は帰るぞ」

「ありがとうございました」

「ふん……」

 

 光速で飛び立つツンデレアルマンフィを見送ったリベラルは、続いての作業としてゼニスの容態の確認を行う。

 ミリス神聖国やその道中では、魔眼をずっと使用していた影響で体調を崩してたりしていた。今ではその時のことを反省し、魔眼は必要最低限しか使用しないことにしていた。

 というのも、ゼニスが無理をするなと怒っていたからだ。体調を崩していたことに気付いていた彼女は、自分のために無理をしていることが嫌だったらしい。

 リベラルと考え合った結果、日常的な会話が伝わらない場面があっても構わないとゼニスは告げた。

 そのため、今では体調管理などのタイミングでしか魔眼を使わないことになっていた。

 

「……ん、特に問題はなさそうですね」

 

 診察を終えたリベラルはそう告げる。

 ゼニスの治療に関しては今のところ順調だ。

 パウロたちに告げていた治療期間は最低でも10年。

 既に5年が経過して折り返し地点となっている。

 だが、シャリーアに来てからは誰にも邪魔されずに集中して取り組めていたお陰か、もう少し早く治療出来そうな手応えがあった。

 もしもルーデウスがラノア大学に入学すれば、卒業する頃には治せるかも知れないと考えた。

 

「…………」

 

 ゼニスがニッコリしながら手を握り締めてきたので、リベラルも笑顔を返しおっぱいに顔を埋める。

 この柔らかいお餅に顔を埋めると安心感が凄かった。

 研究漬けで疲れていたので、少しばかりの充電だ。

 決して疚しい気持ちはない。

 

 それはさておき、今後の展開について考える。

 といっても、しばらくは平和になる予定だ。

 

 ルーデウスたちが来ればラノア大学への進学を勧め、その傍ら治療の準備を進めるだけ。

 静香へのコンタクトはルーデウスを経由して行い、オルステッドとしっかり話し合う。

 静香の転移の研究は口出ししすぎないように見守り、観察に留める。

 フィリップとのやり取りを進めつつ、アリエルの行動経過に異変がないか確認。

 時おり空中城塞に赴き、文献を読み漁ったり。

 

 鍛錬以外に血生臭いことは起きない予定だ。

 少なくとも、この地から離れない限り武力行使による妨害は来ないだろう。

 ヒトガミもリベラルの目的を知る余地がないため、大きく逸れることはない。

 

 唯一の不安は、静香との関係性だけだと考えていた。

 リベラルの今までの動向を考えれば、不信感しかないだろう。ヒトガミ並に怪しい気がしてままならなかった。

 といっても、そのためにオルステッドたちと話し合いの場を設ける予定なのだが

 それを踏まえた上で、不安な要素があるのが困りものだ。

 しかし、それはリベラルの約束を果たすのに必要な工程。

 互いの信頼関係が影響する話なので、ここでウダウダ考えても仕方のないことだ。

 

 次に考えるのはヒトガミ打倒に必要なことだ。

 ヒトガミの戦闘能力は不明なものの、恐らくオルステッドとリベラルの2人が万全な状態で相対すれば勝てる、と思う。

 そしてその状況に至るために障害となるのが、魔神ラプラスだ。

 というかそれ以外の障害は無いと言っても過言ではない。

 

 アリエルをアスラ王にするのは、魔神ラプラスが復活した時の備え。

 パックスをシーローン王にするのは、魔神ラプラスの復活位置を固定するため。

 

 オルステッドは既にヒトガミに至るまでの道筋を見付けており、後は魔神ラプラスさえどうにかすればいい段階に至っているのだ。

 今の彼がしている布石の大半は、ラプラスの復活位置を固定出来なかった時の備えに過ぎない。

 そして肝心のパックスだが、ロキシーが関わらなかったことによりオルステッドの知る歴史通りに進む可能性が高かった。

 リベラルの知らない歴史は、オルステッドがカバー出来る。

 ならば問題ない筈だ。

 ヒトガミを打倒するという誓いは順調に進んでいる。

 

「ん、ありがとうございましたゼニス様。充電完了です」

「…………」

 

 取り敢えず今出来ることと言えば、ゼニスの治療と日々の鍛錬だ。

 ルーデウスたちが来るまでは、しばらくのんびりと出来るだろう。

 スペルド族の治療もあるので、また文献とにらめっこする日々が続く。

 

 それまで無職の生活でも堪能しよう。

 ルーデウス来たら本気出す。

 リベラルはそんな感じの気分だった。




Q.なんでまだナナホシと会ってないん?
A.リベラルは自分が胡散臭くなっていると思っているため、ルーデウスを介して知り合った方が円滑に関係を築けると思っている&何度も同じ事情の説明を省くため。

Q.オルステッド…ペルギウス曰く悪くない感じだったんかい。
A.というか突然の遭遇が両者にとって想定外だっただけで、仲介役いれば普通に話聞いてくれる。

Q.アルマンフィ。
A.ツンデレ。

Q.唐突なタイトル回収。
A.特に意味はない。ただの文字数稼ぎ。


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2話 『ルイジェルドの誓い』

前回のあらすじ。

パウロ「捜索団止めたからシャリーアに向かうぜ」
ルーデウス「デッドエンドとして頑張ったよ!」
シャンドル「トリス確保したからアリエルの元に送り届ける」
リベラル「みんなが来るまで無職を満喫します」

実習が終わったと思ったら吐きそうな量の課題に試験の数々。プライベートの時間がないんやぁ…(血涙)
医療系と言った気がしますが全く関係ない英語の試験だけを現在落とした悲しみ。英語は日常的に使わないからホントに覚えらんない。英語ぺらぺーらになりたい思いはありますけど現実は残酷でした。


 

 

 

「では、よろしくお願いします」

 

 5年前、フィットア領にたどり着いたルーデウスたちはパーティーメンバーが変わった。

 エリスがいなくなり、その代わりにシルフィエットとロキシーが加入したのだ。

 加入する際には特に問題もなかった。

 エリスと正式な恋人になれたと思った矢先、事情を告げずに去られてしまったことに対しての悲しみはあった。

 しかし、そこは敬愛すべき師匠に幼馴染の妹弟子だ。

 2人がルーデウスの気持ちに寄り添い、支えてくれたのである。

 そのお陰もあり、彼は失恋から立ち直ることが出来た。

 デッドエンドのパーティーメンバーが変わったことに対して、ルイジェルドはどことなく寂しそうな表情を浮かべていたものの、

 

「出会いがあれば別れもあるように、変わらないものはない」

 

 と、深そうなことを呟いていた。

 ルーデウス自身もデッドエンドと言えばエリスとルイジェルドの2人だったが、目的を考えればパーティー名を変えるわけにはいかない。

 立ち直ったルーデウスは、あてもない世直し活動を始めるのであった。

 

 基本的には、今までのような活動内容であった。

 問題なさそうな依頼にはルイジェルドの名を、失敗したりした依頼にはルーデウスの名を使っていた。

 とは言っても、失敗した依頼はほとんどないのだが。

 魔大陸で旅をしていた頃に比べれば、冒険者や依頼内容のレベルが全体的に低いのだ。

 魔物のレベルも高くてCランク程度であり、ルーデウス一人で余裕を持って対処出来る程度の相手しかいない。

 もちろん、気を抜いていたらアッサリ殺されてしまう可能性もあるので油断はしない。

 そのようにパウロやリベラルに叩き込まれたのだから。

 

「魔術師が3人に前衛が1人……どうします?」

 

 パーティーを組むに当たって頭を悩ませたのは、フォーメーションである。

 全員が予想していたことなのだが、何度か依頼を熟して行くとパーティーのバランスの悪さが浮き彫りになった。

 前衛のルイジェルドが強すぎて3人の働くタイミングがないのだ。

 ぶっちゃけた話、ルイジェルドが1人いれば残りの3人は棒立ちでも問題ないのだが、流石にそうする訳にもいかないだろう。

 かと言ってルイジェルドも己の我儘に付き合わせているため、働かないという選択肢はなかった。

 

「……では、折角なので僕が前衛に回ります。ルイジェルドはサポートして下さい」

「前衛が出来るのですかルディ?」

「まあ、そこそこですけど」

 

 ロキシーが疑問の声を上げる。

 魔術師としての力が突出してるせいで忘れられてそうだが、彼はブエナ村で過ごしていた時点で剣神流は中級になってたのだ。

 魔大陸で旅をしている時も、ルイジェルドの手合わせがあったお陰で腕は鈍っていない。

 ルーデウスは闘気を纏えないものの、その腕前は既に上級と言っても差し支えないレベルに上達していた。

 更に言えば、剣神流よりも北神流に適正があったこともあり、そちらも既に上級と言える実力だったのだ。

 パウロと近接戦を繰り広げたのは伊達ではなかった。

 

「分かった」

 

 ルイジェルドは実力を知っているため驚きはないが、ロキシーとシルフィエットはその事実に目を丸くする。

 ロキシーとシルフィエットの2人は魔道具によって近接関係の対処をしていたが、素の実力では戦えない。

 魔術も使えて剣も使えるような存在は珍しく、それこそ初代水神くらいしか知らないのだ。

 

「とりあえずそれでやってみましょう。駄目そうならまた考えればいいだけです」

 

 こうしてフォーメーションは決まった。

 連携の調整をするためにも、まずはあまり強くない魔物を相手にする。

 

「じゃあ、これとかどう?」

 

 ギルドの掲示板にあった依頼を剥がしたシルフィエットが、それを見せる。

 

 

=========================

 

フリー

 

・仕事:ゴブリン討伐

・報酬:耳一つにつきアスラ銅貨5枚

・仕事内容:ゴブリンの間引き

・場所:フィットア領北部

・期間:特になし

・期限:特になし

・依頼主の名前:ピレモン・ノトス・グレイラット

 

・備考:新人は時折発生するホブゴブリンに注意。なお、この依頼は剥がさず、収集したものをカウンターにそのままお持ちください。

 

=========================

 

 

 Eランクのクエストである自由依頼<フリークエスト>を手に取った彼女に、ルーデウスは頷く。

 フィットア領は転移事件の影響で人手が足りてない状況だ。

 そのため、魔物への対応が全く追い付いていない。

 ゴブリンに限らず、魔物は狩れば狩るだけ喜ばれる。

 

「それにしましょう」

「分かりました」

 

 ゴブリン程度であれば近付かれる前に魔術で一掃出来るが、今回はルーデウスの実力の確認と連携が目的だ。

 ルーデウスが攻撃を仕掛けるまで魔術は禁止となった。

 

 準備はあまり時間も掛からずに終わった。

 本来の歴史ではシルフィエットはアリエル王女の側近だったが、今は冒険者だ。

 旅慣れしたメンバーしかいないため、目的地には滞りなくたどり着く。

 転移事件によって辺り一面が草原となっているため、ゴブリンはすぐに見つかった。

 6匹のゴブリンがおり、更に1匹体格の良いホブゴブリンが棍棒を持ってうろついている。

 

「僕がナイフで一撃を加えたら離脱しますので、2人はそのタイミングで魔術をお願いします!」

 

 既に魔術の射程距離だが、ルーデウスは剣を持って駆け出す。

 因みに、剣は適当なお店で買ったロングソードだ。

 

 ゴブリンたちも接近するルーデウスに気付き、喚き声をあげながら駆け出す。

 彼は頭の中でシミュレーションを繰り返し、ゴブリンたちの行動を予測しながら動く。

 少し斜めへとズレながら移動することで、ルーデウスしか見ていないゴブリンたちもそれに合わせて動きがズレていった。

 ゴブリンたちが一列に近い集団となったタイミングで、彼は持っていた剣を投げつける。

 

「ギャッ!」

 

 虚を突かれた先頭のゴブリンは胸に剣が突き刺さり、そのまま転げるかのように倒れていく。

 一列になっていたため、その後ろにいたゴブリンたちは躓いて倒れていった。

 最後尾にいたホブゴブリンだけはそれを飛び越え、ルーデウスへと駆けていく。

 完全に一対一の形となる。

 

 既に明鏡止水へと入っていたルーデウスは、目の前に迫るホブゴブリンを見つつ懐からリベラルのナイフを取り出す。

 単調な動きで棍棒を振り上げるホブゴブリンに、彼は完全に軌道を見切った。

 

 ――(ナガレ)

 

 水神流の基本にして奥義とも言える技。

 流石に力をそのまま跳ね返すことは出来ないが、受け流すことは出来る。

 迫り来る棍棒を滑らせるかのように逸らしたルーデウスは、そのままホブゴブリンの首をナイフで切り裂いた。

 悲鳴をあげ何とか一矢報いようとするホブゴブリンを視界に捉えつつ、ルーデウスはバックステップして離脱する。

 その瞬間、後方から放たれた魔術によってゴブリンは粉砕された。

 

「泥沼」

 

 転げていたゴブリンたちも既に立ち上がり復帰していたが、足下が泥沼と化したことによって再び転げてしまう。

 何とか逃れていた個体もいたが、接近したルーデウスに蹴り飛ばされ泥沼へと沈められた。

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れをいまここに『水弾(ウォーターボール)』」

「『水矢(ウォーターアロー)』」

 

 更に追い打ちにロキシーとシルフィエットの魔術が命中し、ゴブリンたちは一網打尽となった。

 無事に依頼完了だ。

 ふぅ、と一息吐いたルーデウスの元へ2人は駆け寄る。

 

「凄いよルディ!」

「これほどの腕前だったのですね……驚きました」

「2人の魔術のタイミングが完璧だったからですよ」

 

 ルーデウスは棍棒を受け流すときに内心ビビっていたが、無事に倒せたことにホッとする。

 頭の中で描いていた通りに事が進んだ。

 なんだかんだで魔物に剣やナイフで斬り掛かったのは初めてだったので、上出来な結果と言えよう。

 後ろから歩いてきたルイジェルドも、満足そうな表情を浮かべていた。

 

「ある程度強い魔物相手でも、今の立ち回りが出来れば十分だろう」

 

 彼も今の戦い方に文句がなかったのか、太鼓判を押す。

 例え大型の魔物が相手でもルーデウスには魔術がある。

 対応力だけで言えば世界有数とも言えるほどだ。

 後は、その引き出す判断力が培われれば、ドラゴンを相手にしても倒せるだろう。

 

 こうして、依頼は問題なく終えた。

 

 

――――

 

 

 旅の途中の夜、見張り番であったルーデウスは夜空を眺めながら黄昏れていた。

 そんな彼の隣に、ルイジェルドが座る。

 

「ルーデウス」

「どうしました?」

 

 普段から彼は、見張り番であろうとなかろうと起きていることが多い。

 ルーデウスのことを認めてない訳ではないだろうが、任せきりにさせないのがルイジェルドの性なのだろう。

 ルーデウスも驚くことなく受け入れる。

 

「…………」

「……?」

 

 隣に座ったルイジェルドは、神妙な表情を浮かべたまま黙っていた。

 それに対して疑問を感じたルーデウスは、不思議そうな顔をして彼を見る。

 

「……エリスのことをどう思っている?」

 

 ようやく口を開いたかと思えば、この旅路にはいない人物の名が挙がりキョトンとする。

 てっきり、いつものように手伝わせてすまん、みたいことを言われるかと思っていたのだ。

 

「いきなりなんですか?」

「いや……気付いているか知らんが、シルフィエットとロキシー。あの2人はお前にそれなりの好意を抱いている」

「あっ、そうだったんですね。全然気付かなかったです」

 

 ルイジェルドは2人のことを彼から旅の最中に何度も聞いている。

 己の全てを変えたという偉大なる家庭教師ロキシーと、初恋であり初めての友人だったシルフィエット。

 思っていたのと違った、というルイジェルドの感想はさておき。

 シルフィエットは明らかにルーデウスのことを意識していると外から見て分かった。ロキシーについては不明だが、少なくとも親愛の気持ちがあるように見えた。

 

「数年間会っていなかったというのに、健気な様子だったな」

 

 元々シルフィエットはルーデウスに依存していたものの、自らの殻を破りその傾向はなくなっていた。

 しかし、ルーデウスに頼り切りにならないように、という彼への想いを根底に抱えながら成長していたのだ。

 だからこそ、数年振りの再会でも好感度が高いのだろう。

 

「……そうですか」

「エリスのことが気になるのか?」

「当たり前ですよ」

 

 だが、エリスへの想いもあったからこそ、彼は今の状況に浮かれることも出来ずにいた。

 立ち直ったとは言え、割り切った訳ではない。

 それに、ルーデウスには考える時間があった。

 

「ちょっと考えれば分かることでしたよ。フィリップ様が亡くなったなんて情報はなかったのに、フィットア領にいなかったんですから」

「…………」

「詳しい事情は分かりませんが……エリスはフィリップ様の元にいるのでは?」

 

 言葉通りだ。

 パウロから一度フィットア領の状況は聞いている。

 仮にサウロスのように処刑されたのであれば、アルフォンスがあの場で伝えていただろう。

 それがなかった以上、フィリップは逃避のためかは不明だが表舞台から姿を消したことは想像できる。

 そしてそのことをエリスが知れば、きっと父親を選ぶだろう。

 旅の途中、彼女は家族への思いを見せる場面があった。

 だからこそ、その答えに至った。

 

「……気付いていたか」

「まあ、冷静になれば気付けました」

 

 なにより、ルイジェルドがエリスの行方を伝えなかったことが大きなヒントだ。

 最初は恨みもしたが、時間を置けばおかしいことに気付ける。

 家族に対する思いのある彼だからこそ、ルーデウスも察することが出来た。

 

「シルフィに関しては、自分でも気持ちが分からない状態です」

 

 シルフィエットのことは好きだ。

 けれど、ライクであってラブではなかった。

 

「元々はシルフィが初恋です。でも、離れていた時間や関わった密度を考えれば記憶は薄れるものです。今となっては妹のように感じてたんだと思いますよ」

「…………」

「エリスとは長い時間関わりました。だからこそ、彼女のことを好きになっていた部分もあるんですけど……」

「次はエリスが離れてしまった訳か」

 

 ルーデウスは自分という人間の性根を、前世で嫌というほど理解させられた。

 嫌なことには耐えられず、すぐに逃げ出すような人間だ。

 自分の都合の良いことばかりに流されてしまう。

 このままエリスと長く会わなければ、きっと記憶から薄れてしまうだろう。

 シルフィエットとこのまま過ごすと、きっと彼女のことを好きになるだろう。

 前世で散々悪意をぶつけられたからこそ、好意に対して弱いのだと自覚していた。

 

「どうすればいいですかね」

「…………」

 

 エリスはいずれ戻ってくるだろう。

 そして情けない話だが、ルーデウスはそこまで待てる自信がなかった。

 手紙のやり取りすら出来るかも怪しい状況だ。

 いつになるかも分からない。

 だが、エリスの想いを分かってるからこそ、シルフィエットの想いに応えることも出来なかった。

 どっちつかずとなり、現状を変える努力を怠っているのだ。

 

 典型的なクズ男だな、と内心で溜め息を吐く。

 これではパウロに文句を言うこともできない。

 

「話し合え」

「話し合う、ですか」

「それしかないだろう」

 

 当たり前の話だが、何も言わなければシルフィエットは何も分からない。

 エリスという少女に失恋したという話はルーデウスを立ち直らせる際にしていたのだが、それ以上の話は誰も分からないのだ。

 引きずるにせよ、忘れるにせよ、気持ちをハッキリさせた方がいいだろう。

 

「話すのは、ちょっと怖いです……」

 

 だが、そこでヘタれてしまうのがルーデウスという人間だ。

 前世では画面越しの嫁は沢山いたが、残念ながらリアルでは誰一人としていなかった。

 ゲームとは違い、返答を誤ることで取り返しの付かない結果になることを恐れているのだった。

 現状に甘えてるとしか言いようがないだろう。

 

「……そこまでの面倒は見れん」

 

 誰かを好きになるのは自由だが、気持ちを蔑ろにするのは頂けない。

 エリスのことは仲間として気にかけてるので、出来ればそっちとくっついて欲しいと思っている。

 だが、人の恋路を邪魔するのもどうかといったところだ。

 結局、ルイジェルドは頼られても何かを出来る立場ではない。

 

「ミリス教でないなら……いや、何でもない」

 

 一夫多妻のことをルイジェルドは考えたが、すぐに首を振る。

 それは当人たちで決めることだ。

 あまり口出しをして迷わせるわけにいかない。

 

 情けない発言をしたルーデウス本人も、何が最善なのかは知っている。

 けれど、今の彼は分かっていても行動に移すことが出来なかった。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言の時間が流れ、ルーデウスはどこか気不味くなってしまう。

 ルイジェルドは小さく溜め息を吐き、立ち上がった。

 

「今すぐ決める必要もないだろう。だが、気持ちというものは揺れ動くものだ。ずっとこの状況が続くわけではないことを忘れないようにしておけ」

「……そうですね」

 

 エリスの時もそうだったが、今の旅路も正直に言うと楽しかった。

 出来ることなら、こうして悩むことなく過ごしたい。

 ルイジェルドの言う通り時間は有限だ。

 この世界に転生したときに誓ったように、後悔しないように努力しなくてはならない。

 ただ、前世も含めて恋愛というものはこの世で一番むずかしい問題ではないのかと彼は思った。

 

 結局、その後もルーデウスは何も話すことが出来ずに時間だけが過ぎていった。

 

 

――――

 

 

 旅は順調に進む。

 デッドエンドの名はとても有名になった自覚があった。

 その名を出すと驚く人々が多くいたからだ。

 以前のようにルイジェルドに対して立ち合いを申し込む者もおり、そんな彼らも事情を知ることで協力すると笑顔で話していた。

 

 また、ルーデウスの魔術師としての実力も広まっていた。

 なにせ今の彼は全ての攻撃魔術が聖級以上なのだ。

 その他の魔術も全て上級以上となっている。

 ひとたび魔術を使えば、空は裂け海は割れるとまで言われていた。

 ホラ吹き扱いされることもあったが、ルーデウスの魔術を見れば誰もが称賛する。

 そんな彼のことをいつしか人々は――『魔術王』ルーデウス・グレイラットと呼んでいた。

 

 知らぬ間にそんな中二病を患ったかのような称号で呼ばれていた彼は狼狽えていたが、時間が流れればいつしか慣れてしまう。

 そんな呼び方をされていることも利用し、スペルド族の治療に対する協力者を募っていたのだ。

 その甲斐もあってか、スペルド族に対する差別はかなり緩和されることとなるのであった。

 

 シルフィエットとロキシーもルイジェルドに対して協力しており、彼女たちもまたスペルド族の差別や治療に貢献していた。

 

「よう! ルイジェルドの旦那!」

「今日もまた手伝ってくれないかい?」

「酒でも呑もーぜー!」

 

 ずっとデッドエンドの名を使い、活動を続けていた。

 魔大陸では誰かを助けても、恐れられることしかなかった。

 いつも誰かに罵声を浴びせられてばかりだった。

 

 こんな光景は、もう二度と見れないと思っていた。

 

「…………」

 

 今日もまた依頼熟し、人助けを行い、そして感謝される。

 ずっと昔。

 ラプラス戦役よりも前に見た、自身に向けられる多くの笑顔。

 とても、胸の熱くなるような光景だった。

 

「……ルーデウス」

「どうしましたか?」

「お前と出会えて良かった」

 

 フィットア領に辿り着いてから、3年の年月が過ぎた。

 約束していた期間は過ぎている。

 ルーデウスは相変わらずシルフィエットやロキシーと上手く会話出来ていないようだが、それでも頼りになった。

 出来ることなら、まだ皆と旅を続けたかった。

 だがこれ以上、己の我儘で彼を縛る訳にいかないのだ。

 ルーデウスの家族が待っているのだから。

 

「たったの3年で、ここまで状況を変えられたのはルーデウス、お前のお陰だ」

「そうですかね……未だにヘタれてシルフィと話せてない僕のお陰とは思えませんけど」

「そんなことはない。確かに女関係は上手くいってないが、この状況を生み出したのはお前のお陰だ」

 

 魔大陸にいたときからそうだった。

 愚直に子供を助けるだけでなく、いろんな方法があるのだと教えてくれた。

 デッドエンドが失敗した時は、自分が泥を被るように立ち回っていたことも途中で気付いた。

 

「汚名を雪げさえ出来ればそれでいいと思っていた。だが、それすら困難な状況だった。

 我武者羅に何かを成そうとしたが、どれもこれも空回りばかりだった。今までずっと、俺はスペルド族のために何も出来なかった」

 

 それが、気付けば笑顔に囲まれるようになっていた。

 己では動かすことの出来ぬ状況を、目の前の少年が動かしてくれたのだ。

 まだまだ差別はあるし、地域を移り変わると再び偏見の目に晒されるだろう。

 それでもデッドエンドと出会った者たちは手を差し伸ばしてくれるようになった。

 

「転移事件が起きたあの日、お前と出会わなければこの未来は存在しなかっただろう」

「そんなことはないですよ。自分自身の力で状況は変えられた筈です。それに、一緒にいようとしたのも元はヒトガミの助言で……」

「見たこともない神などどうでもいい」

 

 目を逸らすことなく見続け、彼は言葉を続ける。

 

「ルーデウス、誓うぞ。お前が困っている時、苦しんでいる時、どうしようもないそんな時――俺は必ず駆け付ける」

 

 ルイジェルドの人生は大きく変わった。

 もしも人生に分岐点(ターニングポイント)があるのだとしたら、1つ目はラプラスから呪いの槍を受け取った日。

 そして2つ目はルーデウスと出会ったことなのだろう。

 彼との出会いは、ラプラスよりもずっと大きな意味を持ったと断言出来る。

 

「この恩は一生忘れない」

 

 だからこそ、ルイジェルドは誓った。

 ルーデウスを裏切るようなことは絶対にしないと。

 常に彼の味方であろうと胸に刻みつけたのだ。

 

「ルーデウス、また会おう」

「……はい、また会いましょう!」

 

 こうして、デッドエンドは解散した。




Q.シルフィエットとロキシー。
A.ロキシーはそうでもありませんが、シルフィエットとは知らない間にギクシャクしてるような雰囲気になっている。ルーデウスが恋愛に対して過敏になってることが原因。

Q.ヘタレウス・グレイラット。
A.前世はヒッキーだからね、仕方ないね。性根はやはり中々変えられずにいたのだった。

Q.ルイジェルドとの変化はどんな感じ?
A.原作と大きく違う点はルイジェルドルートが解放されたこと。今のルーデウスが告白すればルイジェルドとのBLルートに行くことが出来る。ただし将来的にはBADEND。

Q.魔術王の称号。
A.傍から見たら化物。無尽蔵とも言える魔力量に、ありとあらゆる魔術を扱える魔術師としての頂点。伝説上でもルーデウスと同等の魔術の使い手は『魔神』ラプラスしかいないんじゃないか?と思われている。神級魔術も扱えると周囲から思われているが、原作通り人族の肉体では耐えきれないため神級魔術は扱えない。


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3話 『ターニングポイント・サン』

前回のあらすじ。

ルイジェルド「シルフィエットはお前に好意を抱いてるけどエリスはどうする?」
ルーデウス「なんか知らん間に魔術王とか呼ばれるようになってる…」
ルイジェルド「その甲斐もあって順調だから後は独りで頑張る。また会おう」

お待たせしました。今回もルーデウス回で分岐点&布石のお話です。
5月からまた実習が待ち受けている……安息の時間はないのだろうか。結局春休みも課題と仕事で予定が埋まりました!ヤッタアアアウワァァァ!!


 

 

 

 ルーデウスにその出来事が起きたのは、シャリーアへと向かう少し前のことだった。

 ルイジェルドと別れ、ロキシーとシルフィエットの3人で旅を続けていた時のことだ。

 

 中央大陸北部。

 ラノア王国から更に東に進んだ小国のひとつ。

 位置的に言えば、ビヘイリル王国の隣だろうか。

 その辺りから、彼らはシャリーアを目指し旅を続けていた。

 

 雪国であるため移動速度は遅かった。

 流石のルーデウスも、魔力にものを言わせて強行することは出来ない。

 天候の悪くない日を狙い、商人たちの護衛として移動していた。

 といっても、全ての道を護衛として進んだわけではない。

 タイミング次第では護衛の依頼がないこともあり、偶々徒歩での移動となっていた。

 

 そんなタイミングで、彼は現れたのだ。

 馬車が通るために少しだけ舗装されている街道。

 その道の先から、やけに軽装な男が歩いてきた。

 腰に一本の剣を差した、中年男性。

 その他に持っているのは、水分補給のためと思われるやや大き目な水袋だけだ。

 この過酷な環境を生き抜くための装備が出来ているとは思えない。

 ましてや、見た目的に剣士である。

 魔術による恩恵が受けられないとなると、厳しい旅路であっただろう。

 

「…………」

 

 ルーデウスは少しだけ悩む。

 デッドエンドは解散したとは言え、ルイジェルドのためにも人助けを続けていく予定だ。

 彼に恩を売り、ちょっとでも汚名返上の手伝いをするのも悪くない。

 しかしと、男の様子を見る。

 軽装でありながら平然とした様子であり、何より服に目立つような汚れもなかった。

 この辺りにいる魔物はCランクも普通に出没するため、一人旅が出来てる時点で強さの証明になるのだ。

 手助けが必要なのかと言われると微妙である。

 

「どうしましたかルディ?」

 

 隣を歩いていたロキシーも、ルーデウスの様子に気付き声を掛ける。

 

「いえ、あそこにいる人に何かしてあげようかと思いまして」

「ああ、デッドエンドとしての活動ですね? 昔に一人旅をしていた身なので分かりますが、ちょっとした気遣いをしてもらえるだけでも嬉しかったですよ」

「なるほど」

「こっちは3人だから、あんまり警戒させないようにもしないとね」

 

 ロキシーがそう言うのであれば間違いないだろう。

 シルフィエットの言葉にも同意を示す。

 困りごとがあるかは分からないが、情報交換くらいするのはありだろう。

 

 それから男の姿がハッキリと見える位置まで近付いたタイミングで、ルーデウスは声を掛ける。

 

「こんにちは。この辺りで一人旅しているなんて凄いですね」

「……ん? ああ、それくらい普通だろ」

 

 男は話し掛けられると思っていなかったのか、少し驚いた様子が見えた。

 その割には傲慢とも取れる発言が特徴的である。

 しかし、ルーデウスも近付くにつれて気付く。

 目の前にいる男の強さに。

 間違いなく、自分よりも強いと直感した。

 

 自分から話し掛けておきながら、無意識のうちに明鏡止水へと移っていた。

 彼との距離も、自然と間合いの外になるであろう位置で立ち止まる。

 

「それで、なんか用か?」

「……いえ、ひとりだと何かと大変なことでもあると思いまして。困りごとが無いかと思い声を掛けました」

「…………」

 

 男は頓狂な顔を浮かべた後、胡散臭そうなものを見るかのような目でルーデウスを見る。

 

「うさんくせぇ野郎だな」

「あ、えーと、何も騙そうとかしてる訳ではなくて」

 

 いきなり見知らぬ人からそのような話を持ち掛けられれば当然の反応と言えよう。

 己の話しかけ方のミスに気付いたルーデウスは、テンパって「あっあっあっ」と前世のようなコミュ障を発揮していた。

 ロキシーも彼の様子に気付いたのか、助け舟を出す。

 

「不快にさせたようでしたらすみません。私たちは見ての通り魔術師しかいませんので、旅の道中では不安があります。貴方の通ってきた道のことを教えてくれませんか」

 

 北方大陸は雪国であるため、他の大陸に比べて情報伝達に遅れが生じている。

 地域によっては、訪れても中に入れないなんて場所もある。

 目の前の男は手助けがなくても支障なく旅を続けられるであろうと判断したロキシーは、情報交換をメインに行うことにした。

 

「それくらいならいいぜ」

 

 ということで、男から情報を得る。

 話を聞く限り、特に天候的な問題や魔物に関することも問題なさそうな感じだった。

 それから何度か応答を繰り返し、互いにある程度の情報を得られたところでロキシーは話を切り上げる。

 

「なるほど、ありがとうございました」

 

 話が終わり、感謝の言葉を告げたロキシーは地図を広げて3人で相談し合おうとする。

 しかし、目の前の男は立ち去ろうとせず、無言で彼らを眺めていた。

 

「あの、なにか?」

 

 そのことを不審に思ったシルフィエットが、男に声を掛ける。

 

「いや、お前らもしかして……『デッドエンド』か?」

「そうだけど……」

「ハッハッ! そうか、なるほどな。本当にこんなところにいたんだな」

 

 いきなり笑い始めた男に対し、ルーデウスたちは警戒心を見せて距離を取り始める。

 3人はなんとなく嫌な予感がしていた。

 

「そうかそうか、ということはお前がルーデウスか」

「………それが何か?」

「俺様には斬りたい奴が2人いる。1人は『龍神』オルステッド。そしてもう1人は――『銀緑』リベラルだ」

 

 ニヤニヤとした表情だ。

 だが、その瞳の奥には爛々とした殺気が混じっていた。

 その覇気に怖気つきつつも、ルーデウスは何とか言葉を絞り出す。

 

「それで、僕と何か関係が?」

「とぼけんなよ。お前はリベラルの弟子だろ」

「……そのことは特に吹聴してない筈なんですけどね」

 

 デッドエンドとして活動している間は、スペルド族の名誉を取り戻すために自慢や善行の話をばら撒いた。

 そこにリベラルの話をしたことはないし、したとしてもポロッと言ってしまった程度だろう。

 それなのにルーデウスの師弟関係を知っていることに対し、更に警戒する。

 

「まあどこで知ったかなんてどうでもいいだろ。オルステッドとリベラルはどちらも神級魔術の使い手だ。なら、なぁ? 俺様が言いたいことは分かるだろ『魔術王』さんよ」

 

 男の脳裏には、かつて2人にいいようにあしらわれた記憶が巡る。

 そのことを思い返し、ニヤニヤした表情はいつしか獰猛な表情へと変化していた。

 

 どうやらそのメインの2人と戦うための前菜として選ばれたらしい。

 戦闘を避けられないと察したルーデウスたちは後方へと飛び退き、互いの援護が出来るように散開する。

 

「それであなたは一体どこの誰ですか? それくらいは教えてほしいんですけど」

「いいぜ、俺様は『剣神』ガル・ファリオンだ。『龍神』も『銀緑』も斬って最強を証明する男さ」

「剣神」

 

 その名を聞き、彼らに動揺が走る。

 ここにいるのは3人とも魔術師だが、それでも知っている名だ。

 七大列強六位――この世で最も強いとされる7人の内の1人であり、純粋な人族の中で一番強いとされる存在。

 何故こんな存在に喧嘩を売られなければならないのかと混乱し、そしてリベラルが原因かと思い出して嘆く。

 

「僕はリベラルさんほど強くないですよ?」

「ハッハッハッ! お前は嘘が下手くそか? 自分の吹聴した話を思い出せよ」

 

 全ての攻撃魔術が聖級以上。

 ひとたび魔術を使えば、空は裂け海は割れる。

 魔神ラプラスを彷彿させる無尽蔵の魔力。

 

 どれもこれも吟遊詩人が広めた話である。

 そしてその内容を否定出来ないのも確かであった。

 ルーデウスは確かにリベラルよりは強くないが、リベラルとオルステッドに最も近い魔術を扱えるのだ。

 そこに剣神は目を付けていた。

 こいつなら対魔術の練習代わりになるだろう、と。

 

「ルディ、どうしますか?」

「…………」

 

 判断を仰ぐロキシーに、ルーデウスは思考する。

 逃げるという選択肢が真っ先に浮かんだが、すぐに否定した。

 剣神という近接のスペシャリスト相手に、現在10メートル程度の距離しかないのだ。どう考えても逃走は不可能だろう。

 全員で戦うにしても、誰かが犠牲になる可能性が高い。そもそも勝てるのかも怪しい。

 かと言ってルーデウスが1人で相手をするのも無理だ。既に明鏡止水となっていたので分かるのだ。

 何か行動を起こした瞬間に『光の太刀』で斬られる予感をヒシヒシと感じていた。

 

 だったら、選択肢はひとつしかないだろう。

 対話だ。

 相手は同じ人間なのだから、話くらい通じるだろう。

 ルーデウスは緊張しつつ一歩前へと歩み出た。

 

「剣神様は僕と手合わせをしたいんですよね?」

「ああ? まあ、手合わせと言えば手合わせだな」

「でしたら、もし僕が負けても、どうか命だけは助けてください」

 

 その言葉にガルは目を点にする。

 それから少しの間を置いて、ブハッと笑い出した。

 

「ハァッハッハッハー! そうだな、お前は魔術師で俺様は剣士だ。この距離じゃ命乞いしたくなるのも当然だったな!」

 

 状況的にルーデウスが詰んでいることは彼も分かったのだろう。

 確かにその提案は最善と言えよう。ガルも悪くないと考える。

 その反応には話が通じたのだろうとルーデウスはホッとした。

 

「けどな」

 

 ピタリと笑いが止まる。

 

「俺様は始まる前から諦めるような負け犬が大嫌いなんだよ」

「え」

「お前みたいな奴を見るとたたっ斬りたくなる」

 

 思わぬ言葉にルーデウスは一瞬固まる。

 好感触と思いきや、まさかの反応だ。

 今から土下座でもしようかと思うも、彼の発言的に逆効果だろう。

 

 その間にガルは構えていた。

 足を広げ、腰を落とし、剣柄に手を添えて、剣を隠すような構え。

 相手の理合を見切り、嗅覚で最善のタイミングを取れる者に向いた、防御型の構えである居合だ。

 剣神流上級であるルーデウスはそのことを知っていた。

 

「だが、俺様は優しいからな。先手は譲ってやるよ」

 

 そう告げたガルは、完全に待ちの姿勢となる。

 もちろん、その理由は優しさではない。

 この距離ではルーデウスたちを瞬殺出来るため、先手を譲らなければ練習にならないからだ。

 あくまでも自分本意な理由であった。

 

「……そうですか。では、お言葉に甘えます」

 

 逃げることは困難なため、ルーデウスは僅かに逡巡するも決心する。

 剣神流は一撃の威力が非常に高いため、無血での制圧が難しい流派なのだ。

 その剣神流の頂点が目の前で剣を構えている。

 本気で魔術を放たなければ、反撃の一撃で間違いなく致命傷を受けるだろう。

 今すぐ逃げ出したい気持ちを押さえ付け、ルーデウスは手を構えた。

 

 出来る限りの魔力込める。

 作り出すのはやはり岩砲弾だ。

 

 形成。

 魔力を練り上げ、固く、硬くする。

 靭性などは考えず、ただ硬くする。

 可能な限りとがらせ、紡錘型に。

 ドリルのような刻みもつける。

 

 そして、それを回転させる。

 できうる限りの高速回転。

 ただひたすらに回す。

 秒間で何回転しているのかは、彼にもわからない。

 

 本来の歴史ではバーディガーディを相手に放った全力の岩砲弾。

 それがここでは、剣神を相手に放たれることになる。

 

「…………!!」

 

 射出のタイミングは告げない。

 態々相手に教える意味がないからだ。

 

 高速回転していた岩砲弾は、何の兆候もなく放たれた。

 キュインと、そんな音だけを残して消える。

 後は破壊音が響くだけであったが――何の音も響くことはなかった。

 

「ハッ、流石はあの女の弟子だな。こんなやべえ魔術は初めてだぜ」

 

 気が付けば、剣を振り下ろした姿の剣神が目の前にいた。

 射出された岩砲弾を最小限の動きで避け、そのまま光の太刀を放っていたのだ。

 

 ドサリと、何かが落ちた音が響く。

 左腕だ。

 そのことを認識した瞬間、とてつもない痛みがルーデウスを襲う。

 

「――ぐ、アアアアアァァァ!?」

 

 己の肘から先の左腕がなくなり、彼は絶叫する。

 辺りに血飛沫を撒き散らしながら、その場に蹲ってしまう。

 

「ルディ!!」

「このっ……!!」

 

 そのことを認識したロキシーとシルフィエットの2人は、剣神に向けて魔術を放とうとする。

 だが、不意でも何でもないその丸わかりな予備動作に、ガルは白けた表情を浮かべた。

 

 ――やっぱり魔術師ってのは近寄られたら弱っちいな。

 

 刹那を奪い合う剣士にとって、詠唱短縮をしていようと魔術を放つまでの間は長すぎる。

 ガルが剣を振るう方が早かった。

 しかし、それよりも先に早く行動していた人物がいた。

 

「くぅ……!!」

「おっ」

 

 ロキシーとシルフィエットが狙われたことを認識した瞬間に、ルーデウスは2人に対して衝撃波を放っていた。

 2人は吹き飛ばされる。

 それと同時に、ガルの振るった剣が通り過ぎた。

 吹き飛ばされたロキシーとシルフィエットは、当たりどころが悪かったのかそのまま気絶して起き上がることはなかった。

 

「……相手は、僕なんですから……あの2人を狙うのは違うんじゃないですか」

「健気な奴だな。だが、お前の言うことは間違っちゃいねえぜ。俺様も雑魚を斬る趣味はねえ」

「っ、どうせなら、もう1回先手を、譲って下さいよ」

 

 痛みを堪えながら提案しつつ。

 ルーデウスは既に魔術を構築して放っていた。

 

 ――電撃<エレクトリック>

 

 光の太刀に匹敵する、文字通り光速の魔術。

 ルーデウスの手から、ガルに向けて紫電が走る。

 ガルはいつの間にか剣を軽く振っていた。

 それだけで紫電はアッサリと弾けた。

 

「なっ」

「遅え」

 

 先程の焼き直しのように、既に二の太刀を振るい終えたガルが目の前にいた。

 あっ、と思った時にはもう遅い。

 ルーデウスの左腕だけでなく、身体からも血飛沫が舞う。

 

「――――ぁ」

 

 血が抜けすぎたせいだろうか。

 痛みはあまり感じなかった。

 代わりに耐えきれない眠気に襲われた。

 

 眠るわけにはいかない。

 このままでは死ぬ。

 死んでしまう。

 今から治癒魔術をすれば何とか命を繋ぎ止められる。

 

 そう思っても、彼の身体は言うことを聞かなかった。

 地面に倒れてしまうが、その感覚すらも曖昧だった。

 そしてルーデウスは――生気を喪った瞳を閉じた。

 

 

――――

 

 

 俺は気付いた時、真っ白な空間にいた。

 何もない空間だ。

 身体を見れば、前世のだらけきった肉体だった。

 そのことにうんざりしつつ。

 俺はこの空間が一体何なのかを知っている。

 

「やあ、久し振りだね」

 

 ふと気付くと、目の前に白いのっぺりしたモザイクの存在が立っていた。

 人神だ。

 ウェンポート以降、音沙汰のなかった存在が目の前にいた。

 

 ――ヒトガミ。

 

 またこの空間に来ることになるとは思わなかったが、考えてみれば必然だったのかも知れない。

 何せ、剣神に斬られてしまったのだ。

 最期の光景はハッキリと覚えている。

 真っ二つにはされなかったが、大きく身体を斬られたのだ。

 きっと死んでしまったのだろう。

 

「おやおや、随分としおらしい態度だね」

 

 この空間では、考えていることが筒抜けになる。

 そのためか、ヒトガミは小馬鹿にした様子で口を開いていた。

 

「リベラルなんかにつくからそうなったんだよ。馬鹿だねえ君は」

 

 そんなことを言われても、ヒトガミが夢に現れない以上は双方の言い分が分からないのだ。

 リベラルの弟子であることを抜きにしても、そうなるのは当然だろう。

 それにしても、ヒトガミは態々挑発するためだけに現れたのだろうかと疑問に感じる。

 

「ああ、違うよ。どちらかと言えば警告のためかな」

 

 警告、と言われても俺はいまいちピンと来なかった。

 死んでしまってるのだから、今更警告などされても意味などないだろう。

 

「やっぱり勘違いしてたか。君、まだ死んでないよ?」

 

 左腕はなくなり、身体も斬られたのにまだ生きてるらしい。

 大量に出血もしていたので助からないと思うのだが、不思議である。

 シルフィは気絶していたので、治すことは出来ないだろう。

 もしかしたら、ヒトガミが何かしらの手回しをしていたのかも知れない。

 

「さぁてねぇ。どうだろうねぇ」

 

 どこか小馬鹿にするような口調のまま、答えははぐらかされる。

 一体何が言いたいのか分からないままだ。

 

「さっき言った通りだよ。これは君に対する警告さ」

 

 警告というのは、リベラルの側につくなということなのだろうか。

 それにその言い方だと、剣神があの場に現れたのもヒトガミによる意図的な遭遇と考えられる。

 

 剣神。

 あんな存在が、殺しにきた。

 圧倒的に格上の存在だった。

 

 だが、剣神が相手ならまだやりようはある。

 遠距離からならまだ戦えるだろう。

 次に遭遇したら、広範囲の魔術を全力で放てば返り討ちに出来る筈だ。

 近寄らせなければ、まだ何とかなる。

 だが、剣神だけを警戒してどうにかなるものなのだろうか。

 ヒトガミは今回のように様々な存在を操り、こちらに仕向けることが出来るのではないだろうか。

 

 もしも。

 今回のような遭遇戦になったら。

 街中で突然襲われたら。 

 睡眠中のような無防備なところを襲われたら……。

 

 そのことを自覚した瞬間、悪寒が駆け巡る。

 ヒトガミの恐ろしさを実感した。

 

 手の届かないところから、一方的にこちらを攻撃出来る。

 こちらからは、為す術もないのだ。

 天災のような存在。

 人『神』という存在が、どれほどの高みにいるのかようやく理解する。

 

「警告の意味が分かったかい? 君なんていつでも始末出来るんだよ」

 

 そう告げるヒトガミに対し、俺はまともに思考することが出来ない。

 

「ルーデウス。僕の側につきなよ。リベラルなんか裏切ってさ」

 

 傍まで近付いて来たヒトガミは、耳元で恐ろしい言葉を告げる。

 

「今までは君に何とか信用してもらおうとしてたけど、もう止めたよ」

 

 そして背中を見せて離れたヒトガミは、完全に開き直っていた。

 ルーデウスの存在に気付いてからは、未来への布石として徐々に誘導していたものの、リベラルによって全て台無しとなった。

 だったら、脅して従えた方がマシだったのだ。

 

「僕の言うことを聞けないなら……次はどうなるんだろうねえ?」

 

 言うこととは一体何なのか。

 ヒトガミは一体何をさせようとしているのか。

 けれど、今の俺を支配していたのは恐怖だった。

 

「まあ強制ではないよ。けれど、それでも僕と戦うつもりなら……覚悟しておきなよ」

 

 ヒトガミと戦う。

 リベラルからの話では、漠然とした感覚でしかなかった。

 だが、今になってその意味を実感していた。

 文字通り、この『神』と戦わなければならないのだ。

 

 どうすれば勝てるのか。

 どうやって戦えばいいのか。

 それすらも見当が付かなかった。

 

「君だけじゃない。君の家族も、君の想い人も、全員タダでは済ませないよ」

 

 それは、嫌だった。

 この世界で本気で生きて、何とか築き上げた関係だ。

 それをぶち壊しにされるのは、死ぬよりも嫌だった。

 

「それなら僕の言うことを聞かないとねえ」

 

 何をさせるつもりなのだろうか。

 どんな内容にせよ、今の俺は首を横に振ることが出来なかった。

 

「そうだねぇ……可能性は低いけどオルステッドよりかは何とかなるかな」

 

 そして、ヒトガミは告げる。

 

 

「リベラルを殺してよ」

 

 

 どう考えても無理な内容だった。

 実力的にも、心情的にも出来そうにない。

 以前にリベラルと手合わせをし、絶対的な差を見せつけられたばかりである。

 俺では彼女をどうにかすることは出来ないのだ。

 

「そんなことないと思うけどなあ」

 

 ヒトガミは何かしらの根拠があるようだった。

 ニヤァと笑いながら、続けて口を開く。

 

「だって君、あいつと親しい仲でしょ? 不意を突いたり寝込みでも襲えば、何とか出来ると思うよ。龍聖闘気を纏えないから、君の攻撃なら十分に通用するさ」

 

 確かに親しい仲である。

 師弟関係であるし、よく気にかけてくれていることも分かった。

 思い返せば、リベラルは俺に対して無防備な姿を見せる場面が多々あった。

 だけど、それを抜きにしても殺せるとは思えなかった。

 

「何故だい?」

 

 リベラルもまた、この世界に来てからの恩人だからだ。

 そんな人物と敵対出来るとは言えなかった。

 

「ふーん。ならそうだねぇ……ロキシーだったかな。目を覚ましたら彼女の死体でも見てもらおうかな」

 

 ……………は?

 

「シルフィエットもいたよね。彼女もついでに死んでもらおうかな」

 

 何を。

 何を言っているのか分からない。

 

「さっき言ったよ? 君も、君の周りの人たちもめちゃくちゃにするって」

 

 そんなこと許す訳がない。

 

「別に君に許されなくてもいいよ」

 

 問答無用な様子だ。

 俺もそれ以上のことを言えなくなる。

 ヒトガミは本気なのだ。

 

「ルーデウス・グレイラット。そうだね、今回はお告げじゃなくて選ばせてあげるよ」

 

 そして、ヒトガミは。

 この悪魔は肩を叩きながら言葉を続ける。

 

「僕につくか、それともリベラルにつくか――ちゃんと考えて選ぶんだね」

 

 

――――

 

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 目を覚ました時、ルーデウスは大量の汗を流していた。

 喉はカラカラで、体全体から寒気がした。

 辺りを見回せば、真っ暗な空間だった。

 いや、よく見てみるとかまくらの中のようだ。

 

「ロキシーとシルフィは」

 

 2人はすぐに見つかった。

 ルーデウスの傍で気絶したままだったのだ。

 どこかに外傷があるようには見えない。

 どうやら、無事だったようだ。

 

「良かった」

 

 次に自分の身体を確認する。

 光源を用意して見ると、斬られた筈の左腕がそこに生えていた。

 身体も傷があるように見えない。

 しかし、先程までの現実を証明するように服は血で染まっていた。

 

「……」

 

 どうして無事だったのかは分からない。

 どう考えても全滅の状態だった。

 剣神は生殺与奪の権利を握っていた筈なのに、見逃したらしい。

 

「…………はぁ」

 

 傷を誰が治したのか、何故見逃されたのかも分からない。

 何も分からないけれど、ルーデウスは無事だったのだ。

 そのことに安堵の溜め息を溢し、再び目を瞑る。

 

 ヒトガミの言葉が頭を過るが、今は何も考えたくなかった。




Q.えっ、なんでヒトガミがルーデウスとロキシーの生殺与奪の権利握れるの?運命の力で無理なんじゃ。
A.リベラルがいるため、運命とやらが忙しく動き回ってます。でもまあ、ルーデウスとロキシーが見逃されたのも運命なのてしょう。

Q.剣神。
A.こんなところでバッタリ遭遇するなんて凄い偶然ですね。近寄られた魔術師では一切太刀打ち出来ないのであった。

Q何で見逃されたの?何でルーデウスあんな致命傷で生きてるの?
A.ヒトガミは無意味なことはしません。その結果ガバろうとも意図を持って行動をしています。


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4話 『借金まみれ』

前回のあらすじ。

ガル「リベラルとオルステッドと戦うための練習相手にルーデウスを選んだぜ」
ルーデウス「剣神に殺されかけてヒトガミと会った」
ヒトガミ「ルーデウスにリベラルを殺せって脅したよ」

スケジュールがエグいので相変わらず亀更新申し訳ないです。実習も始まりますのでこれからも変わらず亀更新の予定です…。


 

 

 手紙が届いてから数ヶ月が過ぎた。

 リベラルの方は特に変わりない生活を送っている。

 ゼニスの治療を行い、家事を行い、鍛錬を行う。

 基本的にはそのルーチンワークだ。

 その生活に変化が訪れたのは、手紙が届いてから数ヶ月もしない時だった。

 

 日も暮れ始めた頃。

 いつものように部屋で書物の整理や魔術理論の制作をしている際に、外から気配を感じたのである。

 作業中でありながら気配に気付いた彼女は、手を止めて外の様子を窺う。

 少し先からパウロ、リーリャ、ノルン、アイシャがやってくるのが見えた。

 それを確認したリベラルは玄関へと向かい、4人を出迎える。

 

「長旅、お疲れ様でした」

「お、おう……何でそんなとこにいるんだ」

「やって来るのが見えたからですが」

 

 パウロはタイミングよく出てきたリベラルに疑問を感じていたが、それはどうでもいい話だろう。

 労いの言葉を掛けながら、リベラルは家の中へと招待する。

 今のパウロが気になるのは、ゼニスの様子だろう。

 ゼニスのいる居間へと案内し、彼女の姿を見たパウロは駆け寄って行った。

 

「ゼニス!」

「…………」

 

 相変わらず返事のないままであったが、パウロは気にせず抱き締める。

 そんな彼に対し、ゼニスもまた緩慢な動きで抱き締め返していた。

 

「リベラル様……ゼニス様のお世話、ありがとうございました」

「いえ、ひとりでもある程度の行動は出来ていましたので、そこまでの苦労はありませんでしたよ」

 

 アルマンフィが来るのは週に数回なので、それ以外はリベラルが家事を熟していた。

 ゼニスはご飯を食べたりトイレなどは自分で出来るため、お風呂くらいしかお世話と言えるお世話をすることがなかった。

 おっぱいと戯れることは出来たが、流石に廃人のような状態のゼニスを相手に変なことはしていない。

 

「あ、えっと……お久し振りですリベラルさん」

 

 リーリャの後ろからノルンがおずおずと挨拶してきた。

 心無しか以前に会った時よりよそよそしさを感じる。

 そんなノルンを馬鹿にするように、アイシャが一歩前に出た。

 

「ちょっとノルン姉! なんでそんな恥ずかしがってるのさ!」

「別に、恥ずかしがってない」

「ならちゃんとリベ姉に挨拶しなよ!」

「言われなくてもするつもりだったの!」

 

 何だかよく分からないが、目の前で喧嘩をし始めていた。

 それに気付いたリーリャとパウロはそれを止める。

 どうやら本来の歴史同様、2人は才能の差によってあまり仲の良い姉妹ではないらしい。

 恐らくミリスでも色々と厳しくされていたのだろう。

 

 妾の子扱いされ、努力や才能を見せてもあまり褒められないアイシャ。

 才能に恵まれず、努力しても結果を出すことが出来ないノルン。

 

 難しい問題であるが、リベラルが首を突っ込む話ではない。

 放って置いてもパウロかルーデウスが解決するだろう。

 相談されれば口を出すが、積極的に関わると話が拗れる可能性もある。

 取り合えずは様子見でいいだろう。

 

「そう言えば泊まる場所は確保出来てるのですか?」

「いや、まだ出来てないな」

「それでしたら今日はこちらに泊まるといいですよ。久し振りにゼニス様と再会出来たことですし、きっと傍に居りたいでしょう」

「そうか……それは助かる」

 

 ということで、本日はグレイラット一家がお泊りとなった。

 流石に4人分の部屋はないので狭くなってしまったものの、そのことに対して文句をいう人もいない。

 気になることと言ったら、ノルンとアイシャの空気が悪いことくらいだろう。

 親がいるから大人しくしてるが、雰囲気の悪さまでは誤魔化せないようだ。

 ノルンはリベラルと一緒に寝たがっていたが、アイシャに馬鹿にされて離れた所で寝てしまった。

 2人の仲の悪さはともかく、どうやら本当にノルンは恥ずかしさから余所余所しい態度を出していたようだ。

 離れていた時間が長かったので、どう接すればいいのか分からなくなっているのだろう。

 

 それからしばらくして。

 長旅であったこともあり、ノルンとアイシャの2人はすぐに寝静まった。ゼニスもいつの間にかノルンと一緒に寝ていた。

 そのことを確認しつつ、リベラルはリビングへと向かう。

 そこにはパウロがリーリャから酌を受け呑んでいた。

 

「改めまして、長旅お疲れ様でした」

「まあ、俺は旅慣れていたから平気だったよ」

「それもそうですね」

 

 元々冒険者であった彼と、その娘たちに体力の差があるのは当然である。

 パウロはあまり疲労があるように見えなかった。

 

「リベラル様もどうぞ」

「頂きます」

 

 パウロたちが購入していた酒を注いでもらい、リベラルはゆっくりチビチビと飲む。

 ついでに作っておいたビーフジャーキーをつまみつつ一息吐く。

 

「ふぅ……たまにはお酒も悪くないですね」

「大量って程じゃないがある程度は買ってるし、好きなだけ飲めよ」

「ふふ、ではお言葉に甘えて」

 

 リーリャも交えて何度かお酒を口に運ぶ。

 パウロたちの道中での話も、少し酔っているのか自慢話をされる。

 盗賊に襲われても返り討ちにしただの、魔物も強いのを狩れただの、のんびりと話を聞く。

 ゼニスとまた会えたことが嬉しかったのだろう。

 彼はとても上機嫌な様子だ。

 治療のための研究も順調に進んでおり、約5年ほどで出来るかも知れない、という報告にも喜んでいた。

 人族からすればまだまだ長い年数とはいえ、待てない年数ではない。

 

「ところでパウロ様」

「ん? なんだ?」

「これからはどうする予定ですか?」

 

 酒を飲み交わす中で、彼はこの地で過ごすことをサラッと告げてもいた。

 今更アスラ王国のどこかで過ごすメリットもない。

 転移事件により親しい者はいなくなったし、実家との縁も完全に切れている。

 しかし、ルーデウスと関わる中で変化したこともあり、父親であるアマラントと少しくらい会話すれば良かったという気持ちも湧いていた。

 いつか弟であるピレモンから父親の最期を聞いてみたいという思いもあった。

 シャリーアでの状況が落ち着けば、一度アスラ王国に行くのもいいな、とボンヤリしたままパウロは考える。

 

「まあ、特に決めてねえな。ルーデウスが来たら考える必要があるな」

「ええ、ですからそれまでの間はどうするつもりで?」

「……ん?」

 

 パウロはどこか理解できないように首を傾げた。

 どうするも何も、ルーデウスが来るまでの間はのんびりと過ごすつもりだったからだ。

 

「リーリャ様、懐事情はどうなのですか?」

「……捜索団からの餞別金があるので余裕はありますが、今の状況ではあまり長く持ちません」

「具体的にはどれくらい持ちます?」

「1ヶ月くらいです」

 

 そこまで話せば、パウロも何が言いたいのか把握出来た。

 旅の道中では仕留めた魔物でお金を稼いだり、仕留めた獣で食費代などを浮かせていた。

 これからは街中で暮らすので、魔物には自分から会いに行かなければ遭遇しないのだ。

 旅をしていた頃よりもずっとお金は掛かる。

 ゼニスの分はともかく、これからは4人分のお金を賄っていく必要があるのだ。

 捜索団からのお金だけでは、一時凌ぎにしかならないだろう。

 

「あー、そうだな……また冒険者にでもなるか……」

「それは構いませんが、大丈夫ですか? 知ってるでしょうけど冒険者じゃ収入は安定しませんよ?」

 

 リベラルの言う通り、冒険者は安定には程遠い職業だった。

 お使い程度の依頼ではお金は全く手に入らず、討伐関係も日帰りでは難しいものも多い。

 ソロでやるにはリスクが大きく、かと言ってパーティーを組めば取り分が大きく減り家族を養えない。

 大物を仕留めた時の見返りは大きいものの、そんなポンポンと狩れるものではない。

 何よりもシャリーアは雪国だ。

 時期によっては吹雪によって活動が出来なくなる。

 家族のいない孤独な人なら特に問題ないのだが、家族がいる状況ではお金が減る一方なのだ。

 

 今のパウロのステータスを見てみよう。

 剣神流上級。

 水神流上級。

 北神流上級。

 魔術は扱えない。

 元貴族でありながら学は多くない。

 

 悲しいことに剣を振ることしか出来ない脳筋だった。

 シャリーアは新天地であるため、アスラ王国のようなコネも一切ないのだ。

 更に言えば、この地は魔法都市と言われるほど魔術が盛んである。

 魔法三大国と魔術ギルドが合同で管理しているため領主が存在しない。

 そのため、ブエナ村のような騎士としてのお仕事も行うことが出来ない。

 

 魔法都市シャリーアとパウロの相性はあまり良くないのであった。

 

「ああ、まあ、何か出来そうな仕事でも探すよ」

「旦那様、私も働きます」

「いや、リーリャにはノルンとアイシャの世話をして欲しいからな……」

「ですが……」

 

 リーリャは学のある女性だ。

 水神流も中級でありながら、家事も全て熟せるメイドさんである。

 計算にも強いため、商いが出来ないこともない。

 元アスラ後宮の近衛侍女という肩書は伊達ではなかった。

 彼女が稼ぎに出れば、間違いなくパウロよりも稼いで来るだろう。

 パウロの父親としての威厳はズタボロだ。

 将来は息子と娘たちに養われることになるのだが、それはまた別の話である。

 

「お金にまだ余裕があるのでしたら、もう少しゆっくり考えてもいいのでは? 今ここで決める必要もないでしょう」

「そうだな」

 

 お金の余裕は確かにあるが、心の余裕は一気になくなったパウロ。

 そのことはおくびにも出さず、腕を組んで堂々とした姿で同意を示す。

 仕事は確かに大切だが、彼らはこの街に来たばかりだ。

 どんな仕事があるのか吟味してから選べばいいだろう。

 

「取りあえず、住む場所から決めてはどうです?」

「そうだな、なるべくゼニスの様子を見たいからこの家からそこまで離れてない所を見つけないとな」

「明日、土地管理斡旋所に向かいましょうか。案内しますよ」

「助かる」

 

 そうして、グレイラット家の家探しを行うことになった。

 

 

――――

 

 

 翌日、パウロと2人で土地管理斡旋所へと向かう。

 リーリャは娘とゼニスの世話を希望したので留守番だ。

 つまり、パウロとのデートである。

 

「ふふ、こんな美少女と出歩けるなんて幸せものですねー」

「何言ってんだ。俺はゼニスとリーリャ一筋なんだよ。せめてそのちっこい胸をどうにかしてから言え」

「胸の大きさは気にしてないですけど、面と向かって言われるとムカつきますね」

 

 身体的特徴は馬鹿にするものではない。

 リベラルは静かな怒りを込めてパウロの乳首をつねる。

 彼女に掛かれば、服の上からでも乳首を探し当てることなんて造作もないのだ。

 本気で痛がるパウロは何とか振り払おうとした。

 しかし、軽やかな動きでフェイントも織り交ぜることで翻弄され、彼の乳首は為す術もなく蹂躪される。

 

「いだっ! ちょ、いっ! ヴッ! や、止めろ!」

「ふん、許して欲しいなら世界中の貧乳の皆様に謝ることですね」

「おっ、ぐっ! す、すまんっ、おふっ! 俺が、んんっ! 悪かったから!」

「仕方ないですね、私は許してあげましょう」

 

 デッドエンドと行動していた際、胸の大きさを馬鹿にした冒険者たちが半殺しにされたことを考えると寛大な処置だろう。

 ある程度の交流があったからこそ、この程度で許されたのだ。

 そんなふざけたやり取りをしつつ、2人は斡旋所へと辿り着いた。

 

 中へと入り、早速家を購入したいことを伝えたパウロはリストを渡される。

 値段によっては貸家や借家を検討する必要もあるだろう。

 カタログを眺める彼は、難しそうな表情を浮かべている。

 良い感じの家が見付からないようだ。

 リベラルも隣から覗き込み、どんな家が掲載されているのか見る。

 

「なるほど、結構いい値段のところばかりですね」

「ああ、買えないことはないんだが、かなりカツカツになっちまう」

 

 昨日仕事に対する不安が発覚したばかりなのに、職に就く前から大金を払う訳にもいかないだろう。

 パウロの望む物件だと厳しいところばかりであった。

 リベラルの家の近く、という条件に当てはまらないのであれば良さそうな家もあったが、そこは妥協したくないらしい。

 

 因みに、本来ルーデウスが購入する呪われた家は、冒険者が調査中ということで売りに出されてなかった。

 狂龍王カオスの作り出した魔導人形によって、残念ながら死亡者が出てしまっているらしい。

 とはいえ、冒険者なのでそこは自己責任だろう。

 

「くっ……悩むな……」

 

 パウロはカタログとにらめっこを続けていた。

 金銭管理はリーリャがしていたので彼女こそが来るべきだったのではないだろうか、と思わなくもない。

 この世界では家は男が購入し、女を迎え入れるものなので、彼にもプライドがあるのだろう。

 

「購入出来ないのでしたら貸家にする予定だったんですし、そっちの方はどうなんですか?」

「そっちも立地的に微妙なんだよな……」

 

 リベラルの家からあまり離れていなくて、なるべく安い家。

 ありそうだがないらしい。

 不思議である。

 

「ていうか何でお前の家はあんな都市の外れにあるんだよ。それが原因で見つからねぇんだよ」

 

 それが一番の原因であった。

 だが、リベラルの家は自分のお金で購入したものだ。

 パウロに文句を言われる筋合いはないだろう。

 

「魔術の実験のためですよ。近隣への影響を及ぼすことがあるのでそうなっただけです」

「おいおい、ゼニスを巻き込むようなことしてねぇだろうな」

「危なそうな実験に関しては、予めアルマンフィ様に避難してもらっているので大丈夫ですよ」

「ならいいけどよ」

 

 とにかく、そういった事情もありどうしようもないのだ。

 安全面への配慮もしているので、パウロもそれ以上のことは愚痴れなかった。

 

「仕方ねぇな。最終手段を使うか」

 

 そう告げた彼は、リベラルへと向き直る。

 やけに畏まった様子だ。

 

 

「お金貸してくれないか?」

 

 

「シバきますよ?」

 

 悲しいことに、パウロが選んだのは最も情けない選択肢だった。

 『黒狼の牙』で一番金遣いが荒かったのはギースらしいが、本当は目の前にいる男なのではないだろうかと呆れる。

 捜索団として活動していた頃に十分な資金の援助をした記憶があるのに、また頼りにするとは思わないだろう。

 

 ――もしかして私、チョロい女と思われてる?

 

 DV男から離れられない彼女扱いなのか。

 ホスト狂いの女扱いなのか。

 ヒモとして扱われてるのか。

 そんな思いを込め、ジト目でパウロを見る。

 その視線に対し、彼は真剣な表情そのものだ。

 少なくとも、冗談でそのようなお願いをした訳ではないらしい。

 ふざけているのでないなら、どうするかリベラルは悩んでしまう。

 なにせ、お金を特別使うようなことがないのだ。

 

 比較的外に近い郊外にあるため食料を自給自足しやすく、食費はいくらでも抑えられる。

 実験に使う道具も自給自足だ。態々街で買うよりも、自分で作るほうが質は良かった。

 魔術により日用品は作ることができ、何なら魔道具を売り払う余裕もあった。

 更に言えば、使用人として働いていた経歴もあり、料理も店を出せるレベルである。

 パウロとは違い、リベラルは何でも熟せるのだ。

 ニートでありながら、パウロよりもずっと余裕があった。

 

「まあ、構いませんよ。私は別にお金が無くても生きていけますし」

「本当か!?」

 

 数年ほど前にも同じようなやり取りがあったと思うが気のせいだろう。

 

「ふふ、私が何でもかんでも引き受けると勘違いしないで下さいね」

 

 お金の使い道がないから仕方なく、なんて言い訳をしながらアッサリ陥落するリベラル。

 彼女なりに考えた結果なので、仕方ないだろう。決してチョロい訳ではなく、将来を見据えた行動なのであった。

 家を購入してもらえるようになり、パウロもウッキウキである。

 

「ですが、流石にお金は後々返してもらいますからね」

 

 当然ながらそうなった。

 ゼニスの治療をしてもらっている以上、彼に借金を踏み倒すという選択肢は取れない。

 家を買ってあげたリベラルも大概だが、家を買ってもらったパウロも大概である。

 働く宛もないのにお金を貸し、そしてそのお金を受け取ったのだから。

 

 もし返せそうにないなら身体で返してもらおうか、などとリベラルは考える。

 もちろん変な意味ではなく、実験体的な意味でだ。

 攻撃的な魔術だけではなく、補助的な魔術も開発したかった。

 所謂ゲームなどでいうバフやデバフだ。この世界では身体強化は闘気だけなので、それ以外の方法も発明したかったのである。

 闘気を阻害するような魔術などを作れれば、魔術師の立ち位置はかなり面白いことになるだろう。

 とはいえ、新しいことは簡単に開発出来ない。特にデバフ関係は中々大変であることは想像に難しくなかった。

 だからこそ、パウロに実験体になってもらえればかなり捗るのだ。

 実験をしたかったので、むしろ借金は返済しないでくれとさえ彼女は思う。

 

 そんな後々のことを想像していたリベラルは、悪どい表情を浮かべてニヤニヤする。

 それを見たパウロは悪寒を感じて身震いしていた。

 

「因みに、パウロ様だけのお金で返して下さいね」

「は?」

「リーリャ様やルディ様を当てにした考えは許しません」

「いや、なんでだよ!」

「妻と息子に金銭面で頼る父親って凄いダサいですよね」

 

 その言葉に、パウロは「ぐっ」と声を漏らす。

 彼にも父親としてのプライドがあるのだ。

 そのように言われては頼ることも出来ないだろう。

 

「大丈夫です。返せない時はちょーっとだけ私の魔術の実験に付き合ってもらうだけですから」

「そのちょっとが怖いんだが」

「ちゃんと契約書も用意するので安心して下さい。逃げることは許しませんから」

「安心出来ねぇよめちゃくちゃ危険な実験に付き合わせる気満々じゃねぇか」

「それだけのお金が動くんです。多少の危険には目を瞑るんですね」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 リベラルのお金で家を買うのだ。

 現代で言えば1000万以上のお金を無担保で借りることになるのだ。

 むしろ彼女に喜んで身体を差し出すべきだろう。

 そのことをパウロも理解しているため、反論出来ずに受け入れてしまう。

 

「と、とにかく戻ろうか。リーリャにも報告しないといけないしな!」

「そうですね。私もお金を渡す必要があるので一度戻りましょうか」

 

 そんなこんなで、パウロの家選びは終わった。

 それに伴い彼らの居宅が出来たため、ゼニスもそちらに移ることになった。

 ずっとリベラルの家に預けっぱなしというのも申し訳ない。

 それとは別に、ゼニスは家族だから共にいたいという強い願いもあった。

 治療に関しては週に何度も通い、調整を行うことになった。

 そういった事情もあり、パウロとしてはなるべくリベラルの元から近い家がよかったのである。

 

 それから数ヶ月もしない内に、ルーデウスたちがシャリーアへと到着した。




Q.パウロ軽率だな。
A.彼としてはちょっとでよかったのだが、リベラルが当然のように全額払おうとしており、気付いたら全額借りることになっていた。

Q.パウロの就活。
A.土方仕事くらいなら出来るが、給料が安くて家族を養えるか怪しかった。また、シャリーアは魔道具や魔術が盛んであるため、土方系の職業も需要が少なかった。

Q.リベラル金持ちじゃな。
A.やろうと思えば宝石とかを無から生み出せる。魔術で大体解決出来た。

Q.リベラルちょろ…ちょろい…のか?
A.リベラル「私がチョロい訳ないじゃないですか!今までパウロ様のお願いとかほとんど断ってないし、めちゃくちゃ言うことも聞いてますけど全部私なりの考えがあってですし?考えなしにホイホイ言うこと聞いてませんし?何ならパウロ様の方がチョロいですけど?」


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5話 『目標』

前回のあらすじ。

パウロ「お金貸してくれ…」
リベラル「ええで。担保はお前の身体な」
ルーデウス「そんなやり取りがあるとは知らず、ようやくシャリーアに辿り着きました」

実習中ですが何とか書き上げました。なのに何で今日は朝の8時から0時頃まで仕事してるんだろ…ちょー頑張ってるから誰か褒めて()


 

 

 

 

 シャリーアへと辿り着いたルーデウスたちは、ギルドを通して家族やリベラルの所在を把握した。

 早速パウロたちの新しい家へと赴いた彼らは、突然の訪問だが当然歓迎される。

 

「おかえり、ルディ」

 

 パウロからの言葉にルーデウスは一瞬呆然とした表情を浮かべるが、すぐにここが自分の帰る場所になったんだなと感慨深い気持ちとなる。

 このような当たり前な挨拶も、転移事件が起きてからはずっとなかったのだ。

 旅の最中にはなかった新鮮さを感じつつ、ルーデウスも気恥ずかしそうに、

 

「ただいま」

 

 とホッとした様子で返した。

 ヒトガミの件で沈んでいた気持ちが、少しだけ良くなった。

 

「お邪魔します」

 

 その後ろからシルフィエットとロキシーがおずおずと声を掛ける。

 家族の再会の場なのでここにいていいのだろうか、という気持ちはあったものの、リーリャが丁寧に案内することでそれは払拭された。

 荷物もあるので2人は部屋へと案内され、そのまま汚れを落とすためにお風呂へと連れて行かれてしまう。

 更にそこへノルンとアイシャも放り込まれ、大人数での浴場となるのであった。

 

 近況を話し合っていたパウロだが、女性陣がお風呂へ消え去るとニヤリとした表情を浮かべた。

 

「で、ルディ。誰が狙いなんだ?」

 

 ニチャァ、と擬音が聞こえそうなほどに下品な表情を浮かべるパウロ。とても楽しそうである。

 ルーデウスは呆れつつも惚けた返答した。

 

「えー、何のことです?」

「おいおい、ロキシーもシルフィもお前の大好きな子たちじゃないか。そんな2人と旅をして……何も起きない訳ないだろ?」

「いえいえ、残念ながら何も起きませんでしたよ」

 

 彼の下世話な話をサラリと躱すルーデウスだが、パウロも諦めず喰い下がる。

 

「ぶっちゃけどっちとヤッた?」

「どっちともヤッてませんよ」

「何だ。ならルディはまだ童貞なのか……」

「いえ、童貞じゃないです」

 

 その返答は反射的なものだった。

 かつて前世で童貞であることがコンプレックスだったルーデウスは、女性関係のことで馬鹿にされることが苦手であったのだ。

 パウロにおちょくられることを分かっていても、童貞という単語に反応してしまうのであった。

 故に、パウロはニヤニヤした表情のままルーデウスの肩に手を回し問い詰める。

 

「ロキシーでもシルフィでもないってことは、エリスか。ヒュ~やるねぇ! 流石は俺の息子だ!」

 

 全くも待って嬉しくない仲間意識だが、パウロはとても喜んでるようだった。

 彼としては息子と一度はそういう話をしたかったのだろう。

 ルーデウスからすれば勘弁してほしいが、いつも以上に上機嫌な様子である。

 

「確か、別れたんだってな? 理由は知らんがその前にヤることやった訳なんだな」

 

 かなりゲスい発言だ。

 息子に掛ける言葉ではないだろう。

 だが、とてもいい笑顔である。

 殴りたい、この笑顔。

 

「父さん、そっちの事に関してはちょっとばかし自信があるんだ。何でも聞けよ。こう見えても、父さん若いころは遊んでたからな」

 

 そう言われると、ルーデウスとしても相談したいことがあるのは確かだった。

 ルイジェルドにも指摘されたシルフィエットからの好意のことだ。エリスのことを忘れきれない彼は、曖昧な態度で接し続けている。

 自分でもいけないと分かっているのだが、ウジウジと情けない姿を見せ続けているのが現状だ。

 色恋沙汰とは別に、シャリーアへと辿り着く前の出来事で頭を悩ませていることもあるのだが……彼に話すべき内容ではないと頭を振った。

 なるべく明るく振る舞ったつもりだが、パウロの反応的に外面には出なかったのだと安心する。

 しかし、それらについての思考があったためか、パウロの話は上手く聞き取ることが出来なかった。

 

 愛想笑い、という訳ではないが、ルーデウスの反応はどこか上の空であった。

 

 

――――

 

 

 現在、ルーデウスを一番悩ませているのはヒトガミからの助言である。

 

『リベラルを殺してよ』

 

 それが出来ないのなら、これからも使徒を送り込むと告げられた。

 使徒の強さは毎回剣神クラスが来るとは思わないが、寝込みや自分以外の者が襲われたりすれば対応出来ない。

 自分が生きている限り、ヒトガミからの攻撃が続く可能性があるのだ。

 当然ながらそれは困るし、何とか解決しなければならないことである。

 問題は、どうすればいいのか分からないことだ。今までは現代知識や経験を活かして前へと進むことが出来たが、今回はそうもいかない。

 ヒトガミにどうすれば一泡吹かせることが出来るのかも見当がつかない。

 

 リベラルは小さい頃からの付き合いであり、尊敬している存在でもある。今の自分の強さは彼女のお陰とすら思っている。

 ある程度親しい仲でもあるし、そもそも前回手合わせで為す術もなくボコボコにされたばかりだ。

 ヒトガミに言われたように寝込みでも襲えば殺せるかも知れないが……心情的に実行するのは難しかった。

 

 本来の歴史では、絶対に敵わないとすら思っていたオルステッドに挑む決心をしていた。

 そんなルーデウスがリベラルに挑む決心がつかないのは、彼女の強さや親しい関係だけが理由ではない。

 今のルーデウスはまだ結婚をしておらず、守るべきものも定まっていない時期なのだ。

 だからこそ葛藤していた。

 ヒトガミと戦う決心もつかず、リベラルと戦う決心もつかない。

 

「…………」

 

 最初は気丈に振る舞っていたルーデウスだが、徐々に精神的苦痛に犯されていく。

 何とか笑みを浮かべていても、心の中は常にヒトガミの助言で埋め尽くされる。家族と過ごしていたが、段々と笑みが減っていった。

 パウロもそのことに気付いていたが、彼から声を掛けることはなかった。己の息子は賢く、どうしようもない時はいつも自分から口を開いていたからだ。

 その父親からの信頼に、ルーデウスは応えることが出来なかった。いや、どうすればいいのか分からなかった。

 歓迎パーティーを開こうと提案していたパウロたちだが、所々話を聞き漏らしてしまう。

 

「ルディ、大丈夫か?」

「え、ええ……大丈夫です。ちょっとボーッとしてしまいました」

「……そうか。旅してたもんな。疲れたんだろう。一度睡眠を取って休むといいさ」

「……ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 

 部屋から一人離れたルーデウスは魔術で身体を洗い流した後、家の窓から空を眺める。

 ヒトガミはリベラルの告げたように、邪悪な存在だった。仮にリベラルを殺したとして、アレはそれで満足するのだろうか。

 いや、もしかしたらそれからも良いように使われ続ける可能性もあるだろう。それは避けなくてはならないことだ。

 そもそもヒトガミとの確約はしてない。こちらからは手の届かない存在なのだから、気まぐれで災厄を振り撒かれる可能性もあった。

 だからといって、ヒトガミと敵対するのも避けたかった。

 ヒトガミと出会った場所は、あの夢のような場所なのだ。そもそもあそこは何処なのかも分からない。自分の姿も前世のものになるような場所なのだから。

 

 もしかしたら……本当に次元の違う存在なのではないかと恐怖している。

 画面越しから見てる視聴者のように。

 漫画を読んでる読者のような。

 そんな別次元の存在に喧嘩を売られてるのではないかと思い、心底怖かった。

 

 もしも本当にそんな存在であれば、敵対するなんて無理だ。そんなの馬鹿のすることだろう。

 そんな考えが頭の片隅にあったからこそ、踏み切れずにいたのだ。

 リベラルの話し方的に別次元の存在ではないと分かっているのだが、それでも恐怖は簡単に振り払えなかった。

 

「…………」

 

 しばらく無言でそのことを考えていたルーデウスだったが、不意に部屋の扉がノックされる。

 

「ルディ、ちょっといいかな」

「シルフィ? ええ、いいですよ」

 

 声からシルフィエットであることを把握した彼は、彼女を中へと招き入れる。

 お風呂上がりで髪の毛を仄かに濡らしていたシルフィエットは、いつもよりどこか艶っぽく感じられた。

 

「どうしました?」

「ねぇ、ルディ……悩んでいること、ない?」

 

 唐突にそんなことを言われ、彼はドキッとしてしまう。

 

「えっと……特にないですよ?」

「…………」

 

 その返答に、シルフィエットは無言で彼の目を見続けた。ふざけた様子もなく、真剣な表情だ。

 そのことにルーデウスは混乱してしまう。何せ、今までシルフィエットがこのようなことを聞いてきたことがないからだ。

 本当に脈絡もなく、彼女は悩んでることはないのかと問い掛けてきたのである。

 

「……いえ、ありませんよ」

 

 しかし、ルーデウスも話せる内容だと思わなかったため、あくまでもしらを切った。

 

「ううん、嘘だよね」

「……何故そう思うんですか?」

「だって、ルディ、ずっと気付いてないもん」

「気付いてない? 何にですか?」

「ボクたちみんなが心配してることに」

 

 脈絡もなく、というのはルーデウスの視点からの話でしかなかった。

 旅の途中から、シルフィエットとロキシーは彼が何かに悩み、そして不安を抱いていることに気付いていた。

 

「ちょっとした時間だったのに、パウロさんもリーリャさんもルディが辛そうにしていることに気付いてたよ」

「そう、なんですか?」

「うん。ボクとロキシーは家族のことで心配があったのかなって思ってたけど……ここに来てもルディが変わらなかったから」

「…………」

 

 まさかそこまで心配されているとは思わなかったルーデウスはたじろいでしまう。

 上手く隠してたつもりのルーデウスだったが、パウロたちにまで筒抜けだったのなら俺は大根役者だったのだろうな、なんて場違いなことを思考する。

 

「……剣神と遭遇してからだよね。ルディが辛そうにし始めたの」

「そこまで分かりますか……」

「分かるよ。本当に辛そうだったもん」

 

 旅の道中では心配に思っても声は掛けなかった。

 パウロたちと会えば解決すると思ってたからだ。

 けれど、シルフィエットからは余計に苦しくなっているように見えた。

 

「ねぇルディ。何があったの?」

「……それは、言えない」

「どうして?」

「……話すことで状況が悪化する可能性が高いからです」

 

 ルーデウスの答えは結局そこに行き着く。

 話せないと思っているからこそ、一人で抱え込んでいるのだ。

 重要なことを相談せずに抱え込むのは、デッドエンドの頃からにもあった傾向である。

 

 ブエナ村でシルフィエットは彼の言葉にしつこく食い下がることはなかった。

 ここまで言えば彼女の追及は終わると思っていた。

 

「ルディが一人で解決出来るならこれ以上は言わないけど……そうじゃないよね?」

 

 けれど、シルフィエットは引き下がらなかった。真っ直ぐとルーデウスの瞳を捉えたまま、視線を外さない。

 その様子に彼は後ろめたさを感じたのか、反射的に顔を背けてしまう。

 

「……ブエナ村でのこと、覚えてるかな。ボクと初めて出会ったときのこと」

「覚えてますけど……それがどうかしましたか」

「ソマルたちを追い払った時、ルディが足を震わせてたこと思い出したの」

「えっと、震わせてましたっけ?」

「うん、そうだった」

 

 当時のシルフィエットはルーデウスに依存していた。その切っ掛けとなった最初の邂逅のことを、彼女はハッキリと覚えている。

 今でもその時のドキドキした気持ちを覚えている。けれど、離れ離れになってから自分がどれほどルーデウスに依存していたのか気付いた。

 そして、特別視していたことに気付いた。

 

「ルディは凄かった。今も凄いって思ってる。ボクに魔術を教えて、見たことのない世界に連れて行ってくれた」

「そう、ですかね」

「昔は漠然とした感覚だったけど、今はルディがどれほど高度なことをしてるのかも分かった」

 

 シルフィエットに出来ることは、ルーデウスも全て出来る。

 治癒魔術なら何とか追い付けそうだったが、今ではすっかり引き離された。

 聖級にはなれたが、王級には中々到達出来ないし、近接関係もからっきしだ。旅の途中でもルーデウスやロキシーに頼ってばかりだし、一人で出来ることは多くない。

 きっと転移事件でロキシーと出会えてなければ、どこかで野垂れ死にしていただろう。

 だからこそ、ルーデウスの凄さが分かるのだ。

 

 ルーデウスがロキシーを神聖視しているように、シルフィエットもルーデウスを神聖視していた。

 いじめから助けるという誰にも出来なかったことをやってみせたのが彼だったのだ。

 

「でも、ルディも普通の男の子なんだって思い出したの。

 魔術は帝級だし色んな知識を持ってる。魔大陸に飛ばされても、無事に帰ってくることも出来た。

 けど、知らないことは知らないし、恐怖を感じれば怯えたりする。

 それでも勇気を出してボクを助けてくれた同じ歳の男の子なんだって」

 

 だからこそ、放って置けなかった。

 ルーデウスは何かに怯えているのだと気付けた。

 そしてそれを誰かに話すことなく抱え込んでいるのだと。

 

「頼りないかも知れないけど、ボクはルディの味方だよ」

 

 安心させるかのように、シルフィエットは微笑む。

 どうすることも出来ず、一人で迷っていたルーデウスに手を差し伸べるかのように。

 

「…………」

 

 ルーデウスの脳裏に、ブエナ村でのことが蘇る。

 ずっと後ろについてきていた最初の友達。

 何をするにしても、一緒に過ごしていた。

 頼りないと思いながら、光源氏作戦みたいなゲスい考えも持っていた。

 共依存になってしまい引き離されてしまったが、今ではその頃の面影はなくなっていた。

 

 あの頃の少女はいなくなり、いるのはシルフィエットという意思を持った一人の人間だった。

 

「……シルフィ、相談があります」

「うん、何でも言って」

 

 ルーデウスはその言葉に導かれ、口を開く。

 ヒトガミという存在とリベラルが敵対していること。

 剣神が現れたのはヒトガミの手によるものだと。

 ヒトガミ側に付かなければこの先ずっと使徒を送り続けると言ったこと。

 リベラルを殺さなければならないこと。

 

 言葉に詰まり、所々震えた声になっていた。

 途中で話すのを止めようとも思ったが、何とか紡いでいった。

 難しくて分かりにくい話もあったが、シルフィエットはその言葉を否定せず全て受け止めた。

 急かすこともせず、話を聞き終えた彼女はゆっくりとルーデウスを抱き締める。

 

「ありがとうルディ。旅の途中からずっと不安だったんだよね。ずっと相談に乗れなくてごめんね……」

「……いえ、シルフィは何も悪くないです。謝る必要はないですよ」

「ううん、ボクもロキシーも気付いてたのに、甘えっぱなしだったから」

「…………」

 

 しばらく抱き締め、落ち着いてきたのかルーデウスは離れた。

 シルフィエットは名残惜しそうな表情を浮かべながらも、自分の意見を口にする。

 

「今の話だけどね、リベラルさんにも話すべきだと思うよ」

「……その結果、みんなに被害が及ぶとしてもですか?」

 

 ルーデウスその選択を出来ずに迷っていたのは、今しがた口にした通りのことが理由だ。

 彼一人だけの問題であれば、ここまで悩むことはなかった。

 だがその選択の結果、周りに影響が出るからこそ踏み切れないのだ。

 

「ボクはね」

 

 ポツリと、シルフィエットは口を開く。

 

「もしも同じような状況になって、ルディを殺せって言われても、絶対にそんなことしないよ」

「……そうですかね」

「だってその後平和に暮らせたとしても、そのことを一生後悔すると思うもん」

 

 …………。

 ……。

 

「後悔」

「うん、絶対に忘れないと思う」

 

 ルーデウスは不思議とその単語が、スッと胸の中に染み込む。

 

「ルディって、凄いよね。昔から見てきたから知ってる。でも、才能だけじゃなくてずっと努力してたのも知ってる」

「…………」

「どうしてそこまで頑張れるの? ボクには分からないけど、何か理由があったの?」

 

 今まで頑張ってきた理由。

 それはこの世界に生まれ落ちてから、ずっと変わらない理由だ。

 前世の過ちを繰り返さないと。

 そう誓った。

 

「ルディが決めたことならボクもこれ以上何も言わないよ」

「――――」

「でも、本当に後悔しないの?」

 

 シルフィエットの言葉と、生まれてから立てた誓いを反芻する。

 ヒトガミの言葉に従い、リベラルと敵対することは本当に誓い通りの行動なのだろうか。

 

「――……そう、ですね」

 

 冷静に考えれば、選択肢なんてひとつしかなかった。

 ヒトガミに恭順する道を選べば、これから先の人生はヒトガミに怯え続けるだけになる。

 そんな人生、後悔しかないだろう。

 

『俺はこの世界で本気で生きていこう。

 もう、二度と後悔はしないように。

 全力で』

 

 ルーデウスは生まれてから、そう誓ったのだ。

 だからこそ、頑張ってきた。

 もちろん、途中で妥協しそうな時期もあった。

 ブエナ村にいた頃に、際限のない生き方に疲れた頃だ。

 結局パウロに叩きのめされることで心を入れ替えたが、根本的な問題は解決していなかった。

 

「シルフィの言う通りです……よし、決めました」

 

 後悔しないように生きる。

 その目標はいいだろう。

 だがそれは着地点のない目標だった。

 

 しかし――今回の件で明確な目標が出来上がった。

 

「リベラルさんに相談します。冷静に考えればそれが一番正しかったですね」

 

 スッキリした顔で、ルーデウスはそう告げた。

 

 

――――

 

 

 ルーデウスは今でも戦いが嫌いである。

 危ないし、痛いし、怖い。

 自分より強い相手がいれば、逃げ出したくなる。

 可能であれば、戦いなんて避けたいことだった。

 それでも彼が魔術や剣術を習っていたのは、この世界で生きていくのに必要な技能だったからだ。

 外の世界では魔物は闊歩してるし、盗賊なんかも存在する。

 戦う術を持たなければ生き辛いだろう。

 

 きっとこの先、理不尽なことで大切なものを失うこともある。

 正しいと信じた選択をしても、望まぬ結果になることもある。

 前世でもそうだった。

 妙な正義心に駆られて行動した結果、イジメに合って不登校。そして目出度くニートまで引き摺ってしまった。

 

 あの時正義心に駆られなければ、とか。

 勇気を持って登校していれば、とか。

 そもそも違う学校に行ってれば、とか。

 

 そんなことばかり考えていた。

 けれど、それはもう変えられないことなのだ。

 後悔してもどうしようもないことだった。

 最終的に現実から逃避し、都合の良い世界に入り浸ってしまった。

 

(……親の葬式、行けばよかったな)

 

 この世界で努力すればするほど、前世の失敗を思い出す。

 昔からもっと頑張っていればよかったなんて、誰でも抱くような当たり前の後悔ばかりが溢れ出るのだ。

 

(俺は今、人生の分岐点(ターニングポイント)に立っていた。

 そして、選んだ。

 怖くて震えそうになったけど、それでも選択した)

 

 シルフィエットの言う通り、ヒトガミに従うことを選べばきっと後悔しただろう。

 リベラルと敵対するからなのか、それともヒトガミに怯え続けなければならないからなのか。

 どの理由で後悔することになるかは分からない。

 ヒトガミと戦うことを選んだが、それでも後悔することもあるだろう。

 大切な人を傷付けられるからなのか、それとも自分が殺されるかもしれないからなのか。

 それもその時にならなければ分からない。

 

 この世界で本気で生きることに、明確な目標が出来上がった。

 言葉だけの決意では、揺らいでしまうこともあるだろう。

 それでも前に進むために、心の奥底に刻みつけるのだ。

 

(ヒトガミを倒す――それがこの世界での目標だ)

 

 この先どうなるかなんて、誰にも分からない。

 かつてのように、やっぱり後悔する日が来るかも知れない。

 全力を尽くしたのに、どうすることも出来ないなんてこともあるだろう。

 けれど、それで終わりじゃないのだ。

 楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、苦しいことも、悲しいことも。

 どんな生き方をしても経験することだ。

 その結果を受け止め、先に進まなければならない。

 それが本気で生きるということ。

 

 

 ――生きていくのだ。

 いつ死んでも後悔しないように。

 本気で。




推敲してないから誤字あったら申し訳ない。

Q.パウロ…息子が苦しんでるのに何故下世話な話を。
A.まあきっとルディの気を少しでも緩めるためでしょう。

Q.ロキシー
A.本当は相談に行きたくてウズウズしてましたが、シルフィエットがルーデウスに好意を抱いてることを知ってるため、一歩引いてしまいました。

Q.シルフィエット
A.ルーデウスが好きなので、ちょっとでも励ましたかったようです。結果は大成功。

Q.ルーデウスの目標
A.二章7話で少し触れましたが、際限のない生き方だったと記載したので、明確な目標を立てました。後はそれを達成するための道筋を整理するだけです。

Q.今回の最後。
A.原作でも特に大好きなシーンだったので入れさせてもらいました。汚してしまってないことを祈る。
本気で生きていくって言葉にするだけなら簡単ですけど、それを行動に移せてるからこそルーデウスはカッコいいし大好きなんですよね。


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6話 『謝罪』

前回のあらすじ。

パウロ「ルディなんか悩んでるな…まあどうしょうもないときは自分から言うだろ」
シルフィ「本当に後悔しないの?」
ルディ「分かったよ……俺はヒトガミと戦う。後悔しないよう本気で」

今回もまた説明回みたいなの。
前話のアンケートですが答えて下さってありがとうございます。選択肢が一個少なかったですね。『今のままでいいよ』(どちらでもいい)なのか『今のままでいい』(今の戦闘回数が丁度いい)なのかが分からなかった。
ということなので、アンケートは戦闘シーンは今のままよりちょっとだけ増やすことにします。少な目が良いと希望して下さった方もすみません。アホみたいに増やしはしないので許してください何でもしますから!


 

 

 

 ヒトガミと戦うことを決めたルーデウスだが、どうやって戦えばいいのかすら分からない状態だ。

 こんな状態では何も出来ないため、まずはヒトガミのことを知る必要がある。

 旅の疲れやパウロたちが歓迎してくれてることもあるため、別の日にリベラルの元へ行くとしよう。

 ルーデウスはそう考えた。

 

 そして後日。

 みんなに相談があると告げた彼は、リベラルとの場に同行して欲しいとお願いする。

 もう自分だけの問題ではないため、全員に情報を共有する必要があると考えたのだ。

 彼らはふたつ返事で答えてくれた。

 パウロは「女の相談か?」なんて茶化しながら背中を叩いてきた。もちろん、緊張を解すためだと分かっていた。

 ルーデウス自身も決断してからは霧が晴れ渡ったかのように穏やかな気分だったので、笑って受け流すことができた。

 

「今日は随分と大所帯ですね……」

 

 リベラルの家へと到着し、出てきた彼女は何の準備もしてなかったのかラフな格好で出迎えた。

 流石に家の中は狭いと判断したのか、庭へと案内される。

 全員分の椅子を土魔術で自然と作った彼女は腰掛け、全員に座るように促す。

 

「さて、おかえりなさいと言うべきですかね。ルディ様、シルフィエット様、ロキシー様。無事で良かったです」

「お久し振りですリベラルさん。貴方の助言のお陰で水王級に至れました」

「ロキシー様なら私が何かをしなくても到達出来たでしょう」

 

 ロキシーの言葉に笑顔でうんうんと頷きながら、彼女は他の人達にも視線を向ける。

 

「シルフィエット様もブエナ村の頃のままでしたらかなり厳しい旅路になってたでしょうけど……大きく成長したようですね」

「ルディとロキシーがいたから」

 

 えへへ、とはにかむ彼女に、リベラルは可愛いものを見る目になる。

 言葉通りシルフィエットは能力以外に、精神的に大きく成長を果たした。幼馴染の男の子に依存していた少女はもういなくなったのだ。

 

「そしてルディ様。なんか随分と格好よくなりましたね。キスしませんか?」

「え? いいんですか? じゃあドロッドロの濃厚なキスでお願いします。ついでに胸も触っていいですか?」

「あっ? えっ、いや」

 

 からかうつもりで冗談を言ったリベラルだったが、アッサリ対応された挙げ句に反撃を受けて動揺してしまう。

 そんな彼女に追い打ちを掛けるかのように、ニヤニヤした表情を浮かべたパウロが口を開く。

 

「おいおい、それなら俺も混ぜてくれよ」

 

 リベラルがヤラシイことに慣れていないことに気付いたのだろう。息子のための意趣返しの台詞だった。

 しかしパウロはその発言の後、リーリャと全く動けない筈のゼニスに両足を思いっ切り踏み付けられていた。

 ルーデウスもシルフィエットとロキシーにジト目で見られていた。

 アイシャもいつの間に知識を付けていたのか「お兄ちゃんのえっちー」なんてことを言っている。

 何も反応しなかったのはノルンだけである。無垢な幼女だけが唯一の救いであった。

 可愛かったのでほっぺにキスをしたらはしゃいだので更に癒やされた。

 

「コホン。それで今日は皆さんで来られましたが用件はなんでしょうか?」

 

 気を取り直し、リベラルはパウロへと問いかける。ゼニスの診察日ではないし、ルーデウスが到着したにしても全員でやってくる必要もない。

 パウロも同行して欲しいと言われただけで詳しいことは知らないため、ルーデウスへと視線を向けた。

 

「……実は、リベラルさんに謝りたいことがあります」

「私にですか?」

「はい。最初から順番に説明していきます――」

 

 そして、彼はリベラル以外の皆にも分かるように、ヒトガミとの最初の邂逅から説明していく。

 転移事件発生直後のこと。

 剣神に遭遇したこと。

 その後に仲間になるよう脅されたこと。

 特に最後の脅しには心底参り、ヒトガミに従いリベラルを殺そうと考えてしまったことを謝罪する。

 

 その話を無言で聞いていたリベラルだったが、それより先にパウロが反応した。

 今までに見たことがないほど、彼は怒っていた。

 

「おい……ふざけてんじゃねぇぞ……!!」

 

 底冷えしそうなほど怒りに満ちた声をあげたパウロは、うつむきながら身体を震わせていた。

 これほどまでの感情を見たことのないルーデウスは、その様子に思わず怯んでしまう。

 

「ヒトガミの野郎、俺だけじゃなくルディにも関わってやがったのか?!」

 

 パウロの怒りの理由は、自身もまたヒトガミと関わりがあったからに他ならない。

 転移事件直後から関わりがあったということは、彼と同時期にルーデウスと関わっていたということ。

 そして家族を救う手助けをすると言っておきながら、ルーデウスを始末しようと剣神を差し向けていた。

 とんだ道化だった訳だ。

 敵になったとしてもすぐに害することが出来るよう関わっていたのだろう。

 

 ヒトガミの言葉に惑わされ、一時とはいえリベラルを疑ってしまった。

 あのときの自分をぶん殴りたい気持ちだった。

 それと同時に、ヒトガミへの敵対心を大きく増やす。

 

「えっと、父様もヒトガミから何かされてたんですか?」

「ああ、似たような感じだよ」

 

 ルーデウスは父親が怒った理由がヒトガミと関わっていたからだとは思わず、ポカンとした表情を浮かべる。

 自分が特別だと心の奥底で思っていた訳ではないが、あのような存在の干渉を受けているのは自分だけなのかも知れないと思っていたのだ。

 結局、自分の父親という身近な存在にもちょっかいを出していた訳だ。

 ルーデウスはヒトガミのことを最初から詐欺師だと思っていたが、その所感は間違いではなかったらしい。

 

「それで、ヒトガミとは一体何なんですか? 何で敵対してるんですか?」

「比較的シンプルな理由ですよ。ヒトガミの打倒は龍族の悲願だからです。なので自分の身を守りたいヒトガミは龍族を攻撃するんですよ」

「それだけ聞くと龍族が悪い気がするんですけど」

「どちらが悪いかの詳細は分かりません。単に争いが泥沼と化してるだけですよ」

 

 彼女は父親であるラプラスから六面世界の頃の話を聞いてるが、全ての事情を識ってる訳ではない。

 あくまでもラプラス主観の話である。

 どうせヒトガミが悪いんだろうな、とは思いつつも最初の切っ掛けは不明なのだ。

 

「将来的に脅威となる存在を潰そうとしてるので、私も特にヒトガミに何かした訳じゃないですし」

 

 リベラルの言うように、彼女はヒトガミに対して直接何かをしたことはない。内心バカにしたり、将来ぶっ潰してやる、なんてことを思ってはいるが。

 未来視によって先に攻撃を仕掛けてくるため、当事者は特に何かをした認識がないので泥沼化しやすいのだろう。

 リベラルも先に仕掛けられた側の人間である。

 本来はヒトガミのことは放置しようと考えていたのに、敵対する原因を作ったのがヒトガミなのは皮肉と言うべきか。

 未来視のせいで余計な敵を作ってるんじゃないかと考えてしまう。

 

「ルディ様も遅かれ早かれ敵対することになってたと思いますよ?」

「そうですか……」

 

 彼女の言う通り、本来の歴史ではルーデウスは悲惨な道を辿ることになる。

 最愛の人を奪われ、子どもも奪われ、守るべきものを全て失った未来のルーデウスが修羅の道を歩む世界もあった。

 態々そんな道を経験する必要はないのだ。魔石症も未然に防ぐため、そのような未来を経験させるつもりは毛頭なかった。

 

「ヒトガミの使徒になったとしても破滅しかしないでしょうし」

 

 使徒になった者は、基本的にオルステッドの未来への布石を潰すために動くことになる。

 

 が、冷静に考えて欲しい。

 

 ヒトガミが「この世界を滅ぼせる」と断言する程の強さをオルステッドは持っている。

 そんな存在へと直接妨害を仕向けたり、布石を潰すために行動させているのだ。

 ヒトガミの使徒がどうなるかなんて目に見えてるだろう。運が良ければ見逃されるが、基本的には死ぬ。

 更には未来のルーデウスや故郷を奪われたギースのように、大切なものを失う始末だ。

 ヒトガミの『信頼させる呪い』という詐欺師のような特性のせいで、誰もが口車に乗せられていると考えると不憫で泣けてくる。

 

「……リベラルさん」

 

 そんなことを考えていると、ふとルーデウスが暗い表情で口を開く。

 

「どうしましたか?」

「ヒトガミは倒せる存在なのでしょうか? そもそもどこにいるんですか?」

 

 ルーデウスの一番の不安はそこにあった。

 決して手の届かない場所から攻撃され続けるのではないかという不安があったからこそ、リベラルと敵対しそうになっていたのだ。

 

「疑問に答えましょう。まず皆さんはこの世界が六面世界だったことをご存知ですか?」

「昔見た本でそのようなことが書かれていたような気がします……」

 

 リーリャの答えに、彼女は頷く。

 

「今はもう崩壊していますが、かつて世界は『魔の世界』『龍の世界』『獣の世界』『海の世界』『天の世界』……そして今私たちがいる『人の世界』に分かれてました」

 

 いきなり壮大な話となったため、少し呆気にとられるルーデウスたちだったが、話を遮らずに黙って聞き続ける。

 

「『人の世界』以外が崩壊し、それぞれの世界が融合する最中、初代龍神とヒトガミが戦いました」

「…………」

「結果、龍神は死亡しましたがヒトガミは『無の世界』に封印されることとなったのです」

「……『無の世界』?」

「六面世界の中心。要はサイコロの真ん中ですね。

 転移事件を経験された人なら分かる人もいると思いますが、転移中に通る白い空間こそが『無の世界』ですよ」

 

 リベラルの説明に、転移事件を経験した何人かがハッとした表情を浮かべる。

 転移遺跡を利用していたパウロは特に覚えているようだった。

 

「まあ、龍神の施した封印があるので転移でヒトガミの元へ向かうことは出来ませんけど」

「ってことは、今からヒトガミの所に行ってみんなでぶっ倒すってことは出来ないんですね」

 

 残念そうに呟くルーデウスだったが、それに対してリベラルは首を横に振る。

 

「――不可能なのか、と言われれば、多少の準備は必要ですがヒトガミの元に行くことは出来ますよ」

「え? 行けるんですか?」

「初代龍神の施した封印を解く術は分かっていますし、そのためのアイテムも揃えられます」

 

 封印を解くには五龍将の秘宝が必要であり、ラプラスの持つ秘宝だけはどうしても現在入手することは出来ない。

 しかし、リベラルは五龍将の秘宝の代用品となるものを持っているため、別にラプラスの復活を待つ必要はないのだ。

 

「まあ、戦うのはオススメはしません。ヒトガミは曲がりなりにも“神”なのですから。私よりもずっと強いですよ」

「……そんなにですか?」

「今この場にいる全員で戦いを挑んでも勝てないでしょう。やらなければ分からないのは確かですけど」

 

 ラプラスから伝え聞いた初代五龍将は、間違いなく現在の七大列強以上の力を持っていた。ラプラスですら一番弱い状況だったのだ。

 そんな彼らが揃って初代龍神へと挑んだにも関わらず、全く歯が立たなかった。

 その龍神に不意打ちとはいえ致命傷を与え、その後に真正面から戦い抜いているのだ。

 ヒトガミと普通に戦えば、負けるのは目に見えるだろう。

 

「そもそも――私自身の命を対価にする必要があるので封印は解きたくないんですけどね」

 

 彼女の中にある龍神の神玉。

 それを用いれば代用品とすることが出来るのだった。

 もちろん、リベラルの言葉通りその選択は死を意味する。

 彼女としてもまだ死ぬわけにいかないのだ。

 何せ、“ナナホシと交わした約束”をまだ果たしてないのだから。

 それさえ果たせれば、命を差し出してもいいと考えていた。

 

「それは、僕も嫌ですね」

「ふふ、そう言って下さるなら幸いです」

 

 そういう理由であれば彼らも納得する。

 しかし、根本的なことが解決した訳ではない。

 

「それではヒトガミとやらを倒すのにはどうすればいいのでしょうか?」

 

 ロキシーの疑問に、リベラルは悩むような仕草を見せる。

 

「そのアイテムを確実に入手出来るのは約百年後になります。基本的には防戦一方になりますね」

「百年後……遠すぎて想像出来ないです」

 

 代用品でも開発出来れば時間の短縮は出来るだろうが、それでもどれほどの時間が掛かるのか想像は出来ない。

 本当の意味での神が命を賭して作り上げた封印だ。簡単に解除出来ないのは当然だろう。

 そして、防戦一方という言葉に喜ぶ人間もいないだろう。シルフィエットが困ったような表情で口を開く。

 

「じゃあ、ボクたちは何も出来ないの?」

「いえ、そんなことはありません。ヒトガミは強力な未来視を持ってるが故に、自分の未来を変えるために使徒を動かします。

 駒取りと同じですね。ヒトガミの使徒を邪魔すれば、未来のヒトガミが段々と苦しむことになります」

 

 それに、ヒトガミはこちらをずっと相手することが出来ない。

 

「そもそも今代の龍神の相手でいっぱいいっぱいですからね。こちらに気を掛ける余裕なんてヒトガミにはないんですよ」

「……というと?」

「ルディ様に後悔させるだとか、使徒を送り込み続けるだとか言われたようですが、そんなのはハッタリです」

 

 ヒトガミにとってルーデウスは確かに脅威だが、最優先の対象ではない。それよりもオルステッドの方が脅威なのだ。

 なんせ彼はヒトガミと対面するところまでの道筋を確立している。既に喉元まで食い込まれているのに、それを放置する訳がないだろう。

 更に言えばリベラルもいる。使徒を4人ずつしか動かせないヒトガミに対応するのは困難だ。

 

「そう、ですか」

 

 ヒトガミと戦う決意をしたルーデウスからすれば、呆気ない状況とも言えるだろう。

 しかし、彼も将来的に危険な存在と認識されているので、完全に放置されるということもないのだ。

 

「今回のように不意に使徒を送り込んでくることもあるでしょう。それに対処する必要はあります」

「……それもそうですね」

「でもよリベラル。ルディのように剣神が現れたりしたら、俺でも対処出来るか分からねぇぞ?」

「ふむ」

 

 リベラルだってずっと同じ場所にいるとは限らない。所用でシャリーアから離れることもあるだろうし、その間に強力な使徒が現れれば対処が難しいだろう。

 パウロも七大列強なんかが現れれば力不足だと自覚しているため、頭をポリポリと掻きながら呟いた。

 それに、誰が使徒になるのか分からないのだ。戦える者はともかく、ゼニスが狙われたりしたらひとたまりもない。

 

「でしたら、守護魔獣を召喚するといいでしょう」

「守護魔獣?」

「ペルギウス様の12の使い魔のようなものです。まあペットみたいなものと思ってもらえばいいです」

 

 ルーデウスはペルギウスを見たことはないが、その伝説のことは知っている。

 なんとなく前世にあった某運命のゲームのような主従関係になるのかな、などと思う。

 

「さてと、ちょっと待ってて下さいね」

 

 そう告げたリベラルは立ち上がり、家の中へと入っていく。

 しばらく待つと、巻物のようなものを手にして戻ってきた。

 

「どうぞ」

「これは?」

「今しがた話題に挙がった守護魔獣の召喚魔法陣です」

「おお」

「魔力を込めながら、家族を守る存在をイメージするか言葉にすれば召喚出来る筈です」

 

 ルーデウスも多少は召喚魔術を習っている。そんな彼が中身を確認しても、なんかそれっぽい模様があるな、程度の認識しか出来なかった。

 シルフィエットやロキシーも後ろから覗き込んでいたが、彼と同じように難しくて分からない様子だった。

 

「何かコツとかありますか?」

「そうですね。ルディ様はドルディアの村に行かれたと聞きましたが、聖獣と呼ばれる存在のことは覚えてますか?」

「あー、何か大きい犬ですよね? 懐かれてた記憶はありますね」

「そのワンちゃんをイメージして魔力を注げば問題ないですよ」

 

 はぁ、と気のない返事をする彼に、リベラルは苦笑する。

 

「聖獣は強いですよ。本来の力を取り戻したときの姿を知ればビックリすると思いますよ」

「そんなにですか?」

「獣族から特別視されているのには理由があるんですよ。聖獣とは世界を救うとされる獣……ですが、その正体は初代獣神の因子を持つ獣です」

「えっ?」

「どういった経緯でそうなったのかは私も分かりませんが、聖獣は神の力を持っているんですよ」

 

 そこまで言われれば納得せざるを得ないだろう。

 あの犬っころに神の力があるとはにわかに信じ難いが、態々そのような嘘を付く意味もない。

 素直に信じたほうが気も楽だろう。

 

「では、ありがたく貰いますね」

「ええ、どうぞ。聖獣を召喚すればヒトガミも家族に手出し出来なくなりますよ」

 

 受け取ったルーデウスは懐へと仕舞い込んだ。

 そして、少し戸惑うかのように彼女へと視線を合わせる。

 

「思えば、リベラルさんにはお世話になりっぱなしですね」

「ん? いきなりどうしましたか?」

 

 キョトンとした表情を見せるリベラル。

 だが、ルーデウスは最初に言ったように、謝罪したい気持ちもあってここに来たのだ。

 

「昔からずっと、僕や家族はリベラルさんに助けられてばかりでした」

「…………」

「転移事件後も、教わったことを実践することで窮地を切り抜けることが出来ました」

「それは貴方の力でもありましたよ」

「いえ、僕だけでは厳しい場面もありました。特に、今話したドルディアの村で北聖と戦った時は本当に危なかったです」

 

 大森林の雨季前に獣族の子どもと聖獣を攫いに来た盗賊たちの中に、大物が紛れ込んでいたのだ。

 北聖ガルス・クリーナー。自身よりも格上の剣士を相手に、ルーデウスは見事に勝ちきったのである。

 その際、リベラルの教えた重力魔術や電撃魔術が大きく役立つことになった。

 

「ロキシー先生のように、リベラルさんもまた僕は尊敬している人です」

「それは光栄ですね」

「でも、ヒトガミの脅しにアッサリ屈してしまい、リベラルさんを本当に殺そうと何度も考えてしまいました」

 

 実際に彼が行動に移し、リベラルを殺すことが出来たのかは分からない。真正面からは確実に無理でも、寝込みを襲うことは可能なのだから。

 ヒトガミの言う通り、ルーデウスは間違いなくリベラルを始末出来る可能性のある人物だった。

 

「シルフィに説得されなければ……本当にどうしていたか分かりません」

「…………」

 

 今ならそれがどれほど馬鹿げたことなのか分かる。

 ヒトガミに従えば、破滅しかなかっただろう。

 それにゼニスの治療も出来なくなり、家族は誰一人として笑うことの出来ない結果になっていた筈だ。

 そんな馬鹿な未来に自ら歩もうとしていたことが、ルーデウスはどうしても許せなかった。

 

「もしも殺せと言われていた相手がロキシー先生だったりしたら、多分僕は迷わずヒトガミに逆らっていたと思います」

「正直ですね」

「リベラルさんの強さもあったでしょうけど、僕は恩人である貴方にそのような行動をしようとしてました……申し訳ございませんでした」

 

 頭を下げて謝るルーデウスに、彼女は「うーん」と困った表情を浮かべる。

 行動に移されなかったのだから、別に何かを思うようなことはなかったのだ。

 

「ルディ様、私は別に気にしてませんよ。そもそも貴方が何かをしたとしても、それはヒトガミが悪いんですから」

「……でも、気が収まらないです」

「でしたら、貴方の納得出来る形で誠意を見せればいいですよ。私はそれをちゃんと受け止めますから」

「……はい!」

「はい、この話はおしまいです。誠意を見せるのは別の機会でいいですよ」

 

 当然ながらそうなる。

 ルーデウスは罪悪感を抱いているのだ。

 一人で解消することが出来ないなら、師匠としていくらでも手を貸そう。

 元より、本当に襲われていたとしても気にはしなかった。

 どちらにせよ、彼はヒトガミの被害者なのだから。

 

「話が変わりますが、あなた方は今後どうする予定ですか?」

 

 あなた方、というのはルーデウス、シルフィエット、ロキシーの3人に向けられた台詞である。

 パウロたちは住む場所を手にしているが、3人はそういう訳でもない。

 ルーデウスはパウロの元で寝泊まりすればいいだろうが、残りの2人はいつまでも頼りっきりになるわけにもいかない。

 ここに残るにせよ、去るにせよ、どうするのだろうとリベラルは疑問に思ったのだ。

 

「ルディ、シルフィ。せっかくだ。昔に言ってただろ? ラノア魔法大学に行きたいって」

「ああ、そんなこと言ってたような気もしますね」

「行きゃいいじゃねぇか」

「へ?」

「今のお前たちは共依存してる訳でもねぇ。なら丁度良いじゃねぇか」

 

 あっけらかんと告げるパウロに、ルーデウスたちはどうするかと思案する。

 

「それにロキシー」

「はい?」

「教員でも目指せばどうだ?」

「突然ですね……」

「ルディもそれを望んでるぜ?」

「えっ?」

 

 唐突に話を振られ、ルーデウスは頓狂な声をあげる。

 パウロへと視線を向ければ、ウインクしてきた。

 どうやらシルフィエットとロキシーの2人の恋路を応援するつもりらしい。

 援護射撃してくれたのだろうが、誰を選べばいいのか決めきれてない彼からすると展開が早すぎた。

 

「まあ、今すぐ決める必要もないしな。しばらくはウチでゆっくり過ごせばいいさ」

「……分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 キラッと擬音が聞こえそうなほどにはにかむパウロに、ルーデウスはまあいいかと思う。

 2人と過ごす日々は楽しいと感じているのだ。

 彼女たちと学校生活を送れるのであれば、前世のような思いをすることもないだろう。

 というか充実した青春を送れそうである。

 本当に通うかはまた後日決めればいい。

 それよりも、同居出来ることの方が嬉しい話だ。

 

 ルーデウスは……否。

 ロキシーとシルフィエットもまた、ブエナ村で過ごしていた日のことを思い返し、懐かしい気持ちになった。

 

「ああ、ルディ様」

 

 そこへ不意にリベラルから声を掛けられる。

 

「どうしましたか?」

「もしラノア大学に入学されるのでしたら、サイレント・セブンスターと仲良くなって欲しいです」

「サイレント・セブンスター?」

「ええ、ヒトガミを倒すために必要な人物です」

 

 そう言われれば、仲良くする他ないだろう。

 具体的にどう必要になるのかも気になるところだ。

 

「倒すのにどういったことで必要となるんですか?」

「彼女は今代の龍神との連絡手段を持つ唯一の存在です。ヒトガミを倒すには龍神オルステッド様の協力が必要不可欠ですから」

「なるほど」

 

 リベラルの言葉に、彼は納得する。

 オルステッドという人物についての詳細は知らないが、ヒトガミと敵対していることは聞いている。

 更にリベラルよりも強いということもだ。

 それならば断る理由もないだろう。

 

「分かりました。友人となれるように頑張ります」

「きっと打ち解けられますよ」

 

 そうして、リベラルとの話は終了した。

 

 

――――

 

 

 家の中の椅子に座ったリベラルは、一人思案する。

 今のところ、ほとんどが想定通りに進んでいる。

 ルーデウスがヒトガミに脅され、敵対しそうになったことも想定内のことだ。

 

「…………」

 

 本来の歴史でも、ヒトガミは脅すことでルーデウスをオルステッドと戦わせたのだ。

 そのため、どこかのタイミングで同じようなことをすることは分かっていた。最悪、不意打ちで最大級の魔術を打たれることも想定していた。

 結果、襲われることなくシルフィエットによって説得された訳だが。

 

 もちろん、想定外のこともいくつかある。

 昔にノルンを使徒として伝言扱いされたこともそうだし、パウロに猜疑心を植え付けられたことも想定していなかった。

 今回、剣神によってルーデウスが生殺与奪を握られたことも想定外だ。

 結局無事だったので良かったが、何か違和感を覚える結果でもある。

 

「まあ、守護魔獣も召喚しますし対応出来るでしょう」

 

 聖獣がいれば、ヒトガミは家族に手出しを出来なくなる。それは本来の歴史でも実証済のことだった。

 後はナナホシと会い、オルステッドの誤解を解くことが出来れば勝利したも同然となる。

 後もうちょっとなのだ。

 もうすぐで全てを終わらせることが出来る。

 

「後10年。それまでの間に、準備は整えられると思いますが……ヒトガミ次第ですかね」

 

 ヒトガミの行動の多くは読めていたが、これからもずっと読みが当たるとは限らない。

 外れれば一歩後退することもあるし、場合によっては全てが台無しになる可能性もゼロではない。

 一個一個丁寧に、ヒトガミの手を潰すのだ。

 

「まあ、今は素直にルディ様たちと再会出来たことを喜びましょう」

 

 そして、彼女はまた研究へと取り掛かった。




今回も推敲なしです。誤字脱字あれば申し訳ない。

Q.聖獣。
A.独自設定。でも聖獣には特別な力がありそうなんですよね。ヒトガミが手出し出来ないって相当ですよ。原作で盗賊に捕まってたのだけは何故かわからないですけど…。

Q.ノルンとアイシャ。
A.空気でしたが今回ずっとリーリャとゼニスの側にいました。アイシャはともかく、ノルンは話を全く理解出来てないです。

Q.ルーデウス。
A.罪悪感MAXで実は苦しんでいた。そのため謝罪をしたかった。誠意の見せ方はまた別の機会に。

Q.ラノア魔法大学に行くんか。
A.行きます。これも運命ですね。

Q.パウロのアシスト。
A.作中に記載したように、シルフィエットとロキシーが息子に気があることに気付いていた。そのためアシスト。早く孫の顔が見たいなぁ、という訳ではないがルーデウスを純粋に応援している。


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7話 『銀緑の青空道場』

前回のあらすじ。

パウロ「ヒトガミ俺の息子にも手を出してやがったとか許さねえ」
リベラル「ヒトガミはハッタリが好きなので大丈夫ですよ」
ルーデウス「ヒトガミを倒す。それが僕の目標になりました」

忙しいからこそ逆にストレスを発散するために書いてしまうのだろうか。そんな時間はないのに…まあ支障なく勉強出来てるからいいでしょう。きっと大丈夫と私は信じてます。
作品を閲覧や評価して下さってる皆様、いつもありがとうございます。
※以前のエリナリーゼの一人称が「わたくし」になってたので「私」に修正しました。修正抜けがあったら教えてくださると幸いです。


 

 

 

 後日、ルーデウスたちは家族総出で外に出ていた。

 目的は守護魔獣の召喚である。

 我が家を守る存在を呼び寄せるのだから、みんなで確認したいという思いがあってのことだり

 ルーデウスは何が召喚されるのか知っているが、他の人たちは何も知らない。

 

 台座の上に乗せた巻物に手を伸ばす。

 

「では、いきます」

 

 助言されたように、聖獣のことをイメージしながら出来得る限りの魔力を注ぎ込んでいく。

 それと同時に魔法陣からまばゆいカラフルな色の光が溢れ出た。

 手を伸ばされるような感覚を覚えたルーデウスは、それを掴み、引っ張り上げる。

 

「よし、こい!」

「ワオォォォォン!」

 

 遠吠えと共に光が収まった。

 そこには当初の予定通り、大森林で出会った白い獣……聖獣がいた。

 成功である。

 

「これが聖獣ですか……」

 

 獣族の神聖な獣を初めて見たロキシーが、興味深そうに近付く。思っていた以上に可愛かったのか、口元を緩ませていた。

 ノルンやアイシャも同様の気持ちだったのか、近付いてペタペタと聖獣を撫でていた。

 

「ひゃっ」

 

 ロキシーは聖獣に顔を舐め回され、そんな声をあげていた。

 何してんだコイツ、と思ったルーデウスは間に割り込みふたりを引き離す。

 神聖だろうが犬畜生ごときにロキシーを舐めさせる訳にいかないのだ。

 

「ガルル……」

 

 引き離されたことにご立腹なのか分からないが、聖獣に小さく唸り声をあげられてしまう。

 ドルディア族の村では随分と懐いていた筈なのに、悲しい応対である。撫でようとしてもプイッ、と顔を背けられてしまった。

 

 しかし、ふと思う。

 

 リベラルに言われるがままに聖獣を召喚したが、聖獣は獣族たちに大事にされていた存在だ。

 勝手に召喚してしまったが、後で怒られたりしないだろうか、と。

 そんなことを思ったが、まあいいかと流す。

 大切なのは聖獣がこの場に留まる意思があるかどうかだ。

 

『聖獣様、あなたにうちの家族を災厄から守る力、あるんですか?』

「……わふん」

 

 そして、以前の歴史通りと同じ応対を行う。

 家族を守ることや、敵対者への対応。契約に納得したのならお手をする。

 聖獣の名前は『レオ』と同じように名付けられた。

 しかし、以前のようにルーデウスに懐いた様子はなく、どこか警戒されてるかのような反応を続けられてしまう。

 そのことに疑問を浮かべるも、契約出来た以上不利益な行動をレオが取るとも思えない。

 契約を破棄出来るような力があれば別だが、それが出来るならそもそも契約もしようとしないだろう。

 こうして、聖獣レオが守護魔獣となった。

 

 余談だが、以前よりリベラルからアルマジロ型の魔獣を預けられており、ジローという名のペットも彼らの家にいた。

 ゼニスを転移迷宮から救出した際、彼女を乗せていた馬車を引いていた魔獣であり、地味にラノアまで騎乗していたのであった。

 

 

――――

 

 

 数日後、パウロはひとりでリベラルの自宅へと赴いていた。

 用件はすぐに済むようなものではない。強くなる必要があると感じ、そのために彼女の元に向かうのだ

 

 彼もまたヒトガミと戦うことに賛同した人物であり、あの悪神を許さないと思っていた。

 みんなに言ったと思うが、ルーデウスのように剣神に襲われればパウロも対処出来ずに負けてしまうだろう。

 七大列強はパウロもかつて目指していた領域だからこそ、その強さを知っている。

 今の自分では間違いなく太刀打ち出来ない。

 

 そこで、かつてミリス神聖国で言われた言葉を思い出したのだ。

 『そんなに不安なら修行でもすればどうです? 少しは自信も付くんじゃないですか?』とルーデウスに言われたのである。

 その際に、リベラルに教えを請うことを考えていた。

 ヒトガミという明確な敵が出来た以上、今よりもっと強くなる必要がある。

 それに、うかうかしていたら息子(ルーデウス)に追い抜かれてしまうのだから。

 

「ははっ……誰かに教わろうとするなんていつぶりだろうな」

 

 パウロの剣は我流なとではなく、しっかりと教わったものを使用している。

 幼少期、家を飛び出す前から剣神流の指南を受けていた。才能があったためある程度の強さを手に入れた彼は調子に乗っていた。

 趣味は婦人のスカートに潜り込むことだった。そんなことをしても問題ない地位にいたし、力も持っていた。

 父親と喧嘩し、飛び出した後はスラム街にいたラットという悪ガキたちと共に好き放題暴れ回った。

 誰にも負けることなく天狗となっていた俺だったが――リーリャの父親にコテンパンに負けた。

 そこからは彼女の父親の道場で扱かれ……最終的にリーリャとやることをやって出ていったのだが。

 

 パウロの持つ三代流派は幼少期からの才能であったが、大人になるにつれ伸び代は減っていった。

 天才などと持て囃されていたが、彼はただ早熟なだけだったのだ。

 

 家へと到着したパウロがリベラルを呼び出すと、すぐに家から彼女は出てくる。

 

「はいはいどうしましたか?」

「よお」

「パウロ様? ひとりで来てどうしたんですか?」

 

 顔を覗かせたリベラルに対し、パウロは気恥ずかしそうに頭を掻きながら口を開く。

 

「あー、その、なんだ。ブエナ村にいた頃に冗談で俺に剣術を教える、みたいなこと言ってたよな?」

「そんなことありましたっけ? 流石に数年前のことですから会話の内容を細かくは覚えてませんよ」

「まあ、あったんだよ。だからこうしてここに来たんだ」

 

 パウロの言いたいことを察したのか、彼女は「あー、なるほど」と呟きながら全身を観察する。

 意外にも、今のパウロに隙は見当たらなかった。

 リベラルの性格的に、強さを求めれば不意打ちで何かを仕掛けてくると考えていたのだろう。

 正解である。

 何気ない感じで手刀を放てば、バックステップして避けていた。

 

「なるほど。ヒトガミと戦うためにも強くなりたいのですか」

 

 会話中も手を伸ばし何度もパウロの乳首をつねろうとするが、彼はことごとく防ぐ。

 

「ああ、その通りだ。ってもういいだろ。ちょ、やめろ! いたっ! いただだだっ!!」

 

 手を伸ばすペースを上げていくと、防げなくなったパウロは何度も乳首をつねられ、悲鳴を上げていた。

 本気で藻掻こうとしたタイミングで手を止めたリベラルは、庭へと付いてくるように促し先を歩き始めた。

 ブツブツと文句を言いつつも、彼もそれに付いて行く。

 

「それで、パウロ様はどれくらい強くなりたいんですか?」

「まあ、最低限が家族を守れる程度の力だな」

「理想は?」

「七大列強クラスだ」

「ふむ……ちょっと待って下さいね」

 

 リベラルは魔眼を開き、パウロの全身の力の流れを読み解く。潜在能力まで見抜くことは出来ないが、指標を立てることは出来る。

 パウロの基本的能力はとても高い。戦闘能力だけで言えば、この世界でも比較的上位の方にいるだろう。

 剣神流、水神流、北神流がそれぞれ上級であり、七大列強の神級と比べたらパッとしない習熟度である。

 良く言えば万能剣士。悪く言えば器用貧乏だ。

 魔眼を閉じたリベラルは、土魔術で作った剣を彼に投げ渡す。

 

「一度手合わせしてみましょう。パウロ様に最適な戦闘スタイルを考えたいです」

「分かった」

「最初は上級剣士程度で、段々と強く対応して行きますね」

 

 そう告げたリベラルも土魔術で剣を作り、上段に構える。

 

「準備はいいで…………ん?」

 

 ふと、リベラルはパウロの後ろへと視線を向け動きを止める。

 なんとなく嘘臭さを感じたものの、背後から音がしたので彼もそちらへと視線を向けてしまう。

 

 そして、後ろには誰もいなかった。

 

「誰もいねぇ――うおっ!?」

「今のを避けますか」

 

 リベラルから視線を外した瞬間、彼女は前へと踏み込み剣を振るっていた。

 その気配を察知したパウロは辛うじて反応し、後ろに一歩下がることで避けていた。

 どのタイミングかは不明だが、あらかじめ魔術か何らかの方法で音が鳴るように仕掛けていたリベラル。

 パウロはそれに釣られてしまうものの、対応することは出来た。

 

 だが、後ろにバランスを崩し体勢を乱してしまう。

 その隙を見逃さずに、リベラルは彼に向けて再度剣を振り下ろした。

 

「チィ!」

 

 パウロは自身の身体を回転させ、迫る剣を受け流した。その勢いのまま蹴りを放つ。

 

「なるほど」

 

 リベラルもその蹴りに反応し、頭を下げて避ける。

 パウロはまるでスケート選手のように、回転させた身体を空中で滑らせて着地した。

 向き合う状態となったため、彼女は追撃せず動きを止める。

 

「素晴らしいです。パウロ様の動きは私も戦闘に取り入れる価値のある動きでした」

「はっ! そりゃどうも、よっ!」

 

 一気に間合いへと踏み込むパウロ。

 懐から隠すように構えていた剣を、横に一閃させる。

 剣神流の技である『無音の太刀』だ。

 

「『(ナガレ)』」

 

 リベラルは後方に一歩下がりながら手首をくるりと回すことで受け流していた。

 更に受け流した勢いのまま、パウロへと剣を滑らせる。

 しかし彼は受け流されることを予感していたのか、元々の重心が後ろにあった。

 そのため、身体を捻ることで躱すことが出来ていた。

 互いの身体が交差し、視線が絡み合う。

 体勢を立て直したパウロは、激しく左右にフェイントを入れ混じらせながら何度も剣を振るった。

 

 大きく振りかぶり一閃。

 横から滑らかな一閃。

 鋭い突きを一閃。

 

 だが、どれもリベラルは受け流す。

 重心まで崩されないようにするため、パウロは中々身体を前に押し出せずにいた。

 それどころか、受け流される度に後ろへとジワジワ押しやられる。

 このままでは押し切られると直感した彼は、次の行動に出た。

 

「お、らぁッ!!」

 

 パウロは地面を削るように、剣を振り抜く。

 北神流の技である『石蕾剣(せきらいけん)』だ。

 ガリガリと音を立てて振るわれたそれは、数多の石つぶてを纏いながら放たれた。

 

 水神流『廻天(かいてん)』。

 

 迫りくる剣と石つぶてに、リベラルが取った行動は実にシンプルである。

 円を描くように持っていた剣を高速で回転させたのだ。

 石つぶてはその回転に巻き込まれ、そしてパウロの剣は弾かれた。

 その瞬間にパウロはバックステップし、距離を取る。

 回転を止めたリベラルが剣先を地面に付けると、先程巻き取った石つぶてが綺麗に並んだ。

 

「お返しです」

 

 パウロの行動を模倣するかのように、リベラルは地面を削り取りながら『石蕾剣(せきらいけん)』を放つ。

 地面に並んだ石つぶてと新たに巻き込んだ石つぶては、まるで散弾銃のようにパウロへと向かった。

 

「ちっ!」

 

 四つん這い状態となり、放たれた石つぶてをパウロは躱す。

 地面に両手を付けさせられたことに敗北感を覚えつつも、そのまま北神流の『四足の型』へと移行して距離を詰める。

 

「――――っ」

 

 そのまま飛び掛かってくるかと思いきや、パウロはリベラルの間合いの外で動きを止めた。

 そのまま進めば、タイミングを合わせた前蹴りによって首の骨を折られるような予感がしたのだ。

 そしてその予感は正しかった。

 リベラルはかつて『四足の型』を使ってきた盗賊を相手に、飛び掛かってきた瞬間に足を出すだけで倒したことがあった。そして今回もそのように対応しようとしていた。

 そのことを読み取ったのは素晴らしいことだろう。

 

「パウロ様、見事()()()

 

 だが、動きを止める場所が悪かった。

 十分な予備動作をする時間が出来たリベラルは、居合の構えとなっていた。

 そこから放たれる技を、パウロは知っている。

 かつての仲間だったギレーヌが得意としていた技だ。

 

 『光の太刀』。

 ポツリとそんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 ――光を置き去りにした刃は、時間の停止した世界を斬り裂き、全ての事象が遅れて発現する。

 刹那の間も存在せず、剣を振り終えたリベラルがそこにいた。

 

 

「ぐ、ああっ!」

 

 パウロの右手が弾け飛んでいた。

 それと同時に、彼女の持つ剣も粉々に割れる。

 

 空中をくるくると舞う腕をキャッチしたリベラルは、すぐさまパウロの右腕に引っ付けて治癒魔術を唱えた。

 次の瞬間には、彼の腕は綺麗に癒着していく。

 

「お疲れ様でしたパウロ様。想像以上の強さでしたよ」

「ぐっ……お、おう。こっちこそありがとよ……」

 

 痛みを堪えながら感謝をするパウロ。

 リベラルは彼の痛みが治まるのをしばらく待ち、顔色が良くなったタイミングを見計らって口を開いた。

 

「落ち着きましたか?」

「ああ、久し振りに泣き喚きそうになっちまったよ」

「どうやら大丈夫そうですね」

 

 軽口を叩いたため、平気だと判断する。

 それから先程までの手合わせについて、リベラルはひとつひとつ評価していく。

 

「結論から言えば、今のパウロ様は聖級と同等以上の実力ですね」

「聖級、か。もうちょっとやれると思ったんだがな」

「もちろん王級とも渡り合うことは可能ですが、現時点での勝利は厳しいでしょう」

 

 リベラルは武器を扱うことの出来ない呪子だ。

 聖級以上の動き……即ち王級の実力で戦えば今回のように武器が壊れてしまう。

 彼女の最後の『光の太刀』は、剣王クラスを模倣した一撃だった。

 そしてパウロはそれを凌ぐことが出来なかったのである。

 とはいえ、パウロは聖級までの動きであれば全て対応してみせた。

 十分すぎる強さだろう。

 

「先程の戦闘で、私は徐々にレベルを上げていきました。

 三大流派の上級、聖級、王級と。

 パウロ様は聖級に至っているものがないにも関わらず、その動きに付いてきてました」

 

 パウロの何が凄いのかと言われれば、それに尽きる。彼は三大流派を全て習ったが、それぞれが上級までのレベルでしかない。

 恐らくどれかひとつの流派だけで戦えと言われれば、聖級のレベルですぐに敗北しただろう。

 

 行動に迷いがないのだ。

 技が増えれば増えるほど、選択肢も増えて迷いが生まれる。

 だが、パウロにはそれがなかった。

 直感的、本能的に戦う彼のスタイルと、とても噛み合っていた。

 それぞれの三大流派を淀みなく扱うことで、聖級以上の実力を発揮していたのだ。

 

 自分が何をしているのか理解出来なければ強くなれない、とギレーヌは言った。

 リベラルもそれには同感である。

 しかし、考えない方が強い人種もいるのだ。

 

「パウロ様、貴方はどれかひとつだけを伸ばす必要はありません。それぞれの流派のいいところだけを取り込んでいきましょう。

 そうすれば七大列強に届く強さを得られるかも知れません」

「……まじで言ってんのか?」

「まじで言ってるんですよ」

 

 理想として七大列強の名は出した。

 けど、本当にそれほどの可能性があるとは思ってなかったのだろう。

 パウロは驚いた表情を見せていた。

 

「もちろん、そのレベルに至れるかは貴方の努力次第ですが」

「ああ、やれる限りやるよ」

「では契約成立ということで、パウロ様は私の魔術の実験台になってもらいますね」

「……は?」

 

 頓狂な声を上げる彼に、リベラルは当然と言わんばかりの顔をする。

 

「今までに剣術を無料で習った経験がありますか?

 それに私にお金を借りてるからないじゃないですか。

 だったらもう身体で払ってもらうしかないじゃないですか」

 

 別にお金に困っているわけではないが、最近のパウロはリベラルに頼り過ぎなのだ。

 別にそれは構わないのだが、何でもかんでも頼られるのはいいように使われてる気がして嫌だった。

 そろそろ貸しを返してもらってもいいだろう。

 

「くっ……危ないことは止めてくれよ……?」

「善処しますが……取りあえずまたパウロ様の乳首をつねりましょうか」

「お前のその乳首への執念はなんなんだよ?」

「乳首スイッチONです」

 

 再び手を伸ばすリベラルに、パウロは悲鳴を上げる。

 そんな下らないやり取りをしていたが、彼女はふと動きを止めてパウロの後ろに視線を向けた。

 視線の誘導は既にやられた手法なので、彼はそれに引っ掛からず手の動きに注視する。

 

「エリナリーゼ? ラノアに来られてたんですか?」

「おいおい、そんな露骨なフリすんなよ」

 

 何とか胸を死守したいパウロは、意地でもリベラルから目を離さない。

 

「ふぅーっ」

「うおおおお!??」

 

 だが、唐突に背後から耳へと息を吹きかけられパウロは跳び跳ねる。

 驚いて振り返れば、そこには本当にエリナリーゼが立っていたのであった。

 彼女とはミリスでお別れした筈なのだが、どういう訳かこの場に現れたことに驚きを隠すことをしない。

 

「なんですのその反応は。童貞になりましたの?」

「お前なんでここにいるんだよ?」

「ゼニスのことが心配だったからですわ……悪い?」

「いや、悪くねぇけどよ……」

 

 喧嘩ばかりしていたとは言え、そこは元仲間だ。

 驚かせたりしつつも、特にいがみ合う様子もなく会話を続けていく。

 

「ギースとタルハンドも来てますわ」

「けっ、ゼニスは俺の嫁だからお前らには渡さねぇぞ?」

「うるさいですわね。私の嫁にしますわよ?」

 

 などと言い合いつつ。

 彼女が現れた用件も聞いていく。

 

「ゼニス様に会いに来ただけなのですか?」

「元々はその予定でしたわ。けど、ルーデウスたちの話を聞いて考えを改めましたの」

「何の話を聞いたんですか?」

「ラノア大学に入学するみたいですわね。私も大学に興味が湧きましたの!」

 

 どうやら先にルーデウスやゼニスたちと会い、こちらに来たようだ。

 恐らくギースとダルハンドも、今はそっちにいるのだろう。

 ルーデウスたちから話を聞いたエリナリーゼは、3人がラノア大学へ入学することを知ったらしい。

 恐らく本人たちから直接聞いたのだろう。

 

「なんでまた入学しようと?」

「決まってますわ。ルーデウスが心配だから……」

「嘘付け、男漁りしたいだけだろ」

「その通りですわ。ルーデウスぐらいの歳の子に興味が湧いて来ましたの」

 

 あっけらかんと告げる彼女に、リベラルは呆れた表情を浮かべる。

 ルーデウスは15歳前の少年だ。

 そんな年代の子に手を出すのは犯罪臭がする。

 

「あらあら、そんな顔して貴女も興味ありますの?」

「興味ありそうな顔してませんけど。それに今のところ男を作る予定はないですよ」

「でも聞きましたわよ。ルーデウスととっても仲がいいって」

 

 エリナリーゼは何故かしなだれかかってきたが、リベラルは努めて冷静に話す。

 

「興味、あるんじゃなくて?」

「確かにな。こいつやけに俺の乳首触ってくるし」

「パウロ様はちょっと黙ってください」

 

 知識だけは豊富なため、興味があるのは確かだ。

 しかし、ヒトガミを倒すまでの間に妊娠などしてしまえば目も当てられないだろう。

 本来の歴史では強固な運命に守られていた筈のロキシーが、妊娠という運命の緩むタイミングに一度殺されてしまっている。

 龍族であるリベラルは妊娠期間が人族より長かったと記憶してるため、ヒトガミに大きな隙を見せることは避けたかった。

 

 そういった恋愛や性への活動は、全てが終わってからにしようと考えていた。そのため、ルーデウスは対象外としていた。

 推し、といえばいいのだろうか。

 確かに彼への好意はあるが、愛だとかそういった感情ではない。リベラルが抱いているのは憧れやファンのような気持ちだ。

 だからこそ皆のことを敬称で呼び、心の距離感を最低限保てるように彼女はしているのだが。

 

「ちょ、ちょっと触りすぎじゃないですか?」

「そんなことありませんわ。私はあなたに素直になって欲しいだけですもの」

 

 指先でふんわりとなぞるように背中を触られ、思わず反応してしまう。制止してもエリナリーゼはクスクス笑っているだけだ。

 その場から移動しても、彼女はピッタリと付いて着る。仕方ないので龍神流の歩法を使い、無理やり距離を引き離した。

 

 少し不満そうな表情を浮かべるエリナリーゼだったが、気を取り直し口を開く。

 

「私も色々な経験がしたいのですわ」

「まあ、俺が金を出すわけじゃねぇしな。好きにすりゃいいだろ」

「当たり前ですの。貴方からお金を借りる訳ありませんわ」

 

 そうして、何故か分からないがエリナリーゼもラノア魔法大学へと行くことになった。

 

 それに反対する者はいない。そもそも個人の自由なので止める権利もないだろう。

 ルーデウスたちにも事前に話を通していたらしく、後日会った際に「楽しみですね」と口にしていた。

 エリナリーゼも以前の歴史通り、パウロの娘になるのは嫌みたいなので彼には手を出してないようだ。

 

 

――――

 

 

 そしてしばらくして、ルーデウスたちはラノア魔法大学に入学した。

 

 ルーデウスは巷で『魔術王』などと呼ばれているのだから当然ながら特待生。

 ロキシーは希望通り教師。

 エリナリーゼは一般科。

 そしてシルフィエットも一般科。

 

 シルフィエットも特待生になれるだけの実力と実績もあった筈なのだが、特待生になることを断ったとのこと。

 そのことを聞くと、ブエナ村でのことを反省しているらしい。

 

「おんなじところに行ったら、またルディに頼り切りになっちゃいそうだから」

 

 とのことだ。

 シルフィエットはシルフィエットなりに努力をしていた。

 ハーレムを築きバラ色の学校生活を送る予定だったルーデウスは、彼女のその選択は誤算だったのだろう。

 特待生は変なやつばっかで大変だと愚痴っていた。

 また、その際にサイレント・セブンスターと会うアポも取れたとのことなので、後日会うらしい。

 リベラルは大学に通う予定はないので、友達が出来たら紹介して下さいとだけ伝えておいた。




今回も推敲なし。やる時間がぬぇ…。
あと全く関係ないんですけど、執筆してる端末の文字変換がクソ過ぎて『わからないけど』みたいな簡単な言葉も漢字に変換してくれなくてキレそうです。たまにひらがなだったり漢字だったりすのはそれが原因です。すまぬぅ…。

Q.聖獣。
A.予定調和。召喚される運命だったようです。

Q.アルマジロのジロー。
A.原作と同個体なのかは誰も分からないのであった。ロキシーが学校に通う際の足になります。

Q.パウロ。
A.原作での対人戦がほぼなかったため具体的な実力は不明ですが、当作品では聖級上位ほどの実力としました。水聖と北聖には勝てますが『光の太刀』にまだ対応出来ない状態なので、剣聖には勝率が低い感じです。

Q.エリナリーゼ。
A.言葉通りです。
ゼニスのことを見に来たらルーデウスがカッコよくなってた→キュン!→でもパウロの息子だからヤルわけには…→せや、同じ年代の子とヤればええんや!→なら入学しよう!
と、原作とほぼ同じ理由での入学です。

Q.手合わせで使った技。
A.もちろんオリジナルです。それぞれの流派の特性に合わせた技にしました。有効性は作中の通りです。
石蕾剣→剣をスコップ代わりにして砂を掛ける技。※蕾は『らい』で音読みです。
廻天→剣をくるくる回転させるだけの技。


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8話 『サイレント・セブンスター』

前回のあらすじ。

ルーデウス「聖獣召喚した」
パウロ「強くなるためリベラルに師事した」
リベラル「学校楽しんでね」

更新が早いのはたまたまです。
原作と同じような流れのためかな?
気が向いたら失踪します()


 

 

 

 ルーデウスたちが大学に入学し、しばらくの時間が経過した。

 その間、リベラルは変わりない生活を送っていた。

 ゼニスの治療、パウロの指南、魔術の開発。

 どれも順調に進んでいる。

 タルハンドとエリナリーゼも好きなように過ごし、警戒する必要のあるギースも時おりゼニスに語り掛けてるだけだ。

 何度か会話を交わしたものの、やはりヒトガミの使徒なのか判断はつかなかった。

 

 ルーデウスたちは大学の寮で過ごすことにしたらしい。

 冒険者としてある程度お金も稼いでいるし、この世界での成人間近の年齢なのだ。世話になりっぱなしは嫌だったのだろう。

 前世が引き籠もりであり、親にそれ関連の迷惑を掛けたくなかった思いもあったためかその選択に迷いはなかった。

 

 たまにリベラルの元へと遊びに来るため、その際に大学での話をした。

 

「ちゃんと青春してるじゃないですか」

「そうですかね? ……いえ、そうなんでしょうね。僕も驚くほど楽しめてると思います」

 

 ルーデウスから聞いた話は、本来の歴史と大体似たような流れだった。

 入学時期に違いはあるが、辿る運命はやはり変わらないようだ。

 

 シーローン王国で人形のことを伝えたため、ザノバ王子はルーデウスの弟子になり、

 リニアとプルセナも力の差を見せることで従順になり、

 クリフはミリス神聖国で神子の暗殺騒動があった影響で、こちらに留学しに来たがツンケンしてるとのこと。

 

 後は、よく分からないがアリエル一派の人間から接触を受けているらしい。政治争いに巻き込まれるのが嫌なルーデウスは、ゲンナリした様子で愚痴っていた。

 この様子だとどうやらエリスがアリエル陣営に所属し、剣客として暴れていることを知らないようだ。

 ロキシーは戸惑うことがありながらも順調に先生をすることが出来ているらしい。

 飲み込みの悪い生徒も沢山いるが、それでも教えることが楽しいと笑顔で語っていた。

 シルフィエットは周りから頼りにされているらしい。ブエナ村の頃のような気弱な姿を見せず、凛々しいお姉様のように認識されてるようだ。

 そして意外なことに、アリエル王女と仲良くなっていた。

 恐らくルーデウスと親しいから近付いたのだと思われるが、それでも運命を感じる話である。

 

「後、ザノバがリベラルさんにも会いたがってましたよ」

「ああ、人形製作ですか。別に構いませんよ。いつでもとは言えませんが、空いている時間は多いので」

「ありがとうございます。ところで、この人形ってリベラルさんが作ったのですか?」

 

 彼が見せたのは、ロキシーを象ったフィギュアだ。

 奴隷になっていたリーリャとアイシャを購入するため、資金調達用にリベラルが作製した人形。

 シーローン王国へ行く前にパウロへと渡したそれは、しっかりとザノバ王子に売り払われたらしい。

 こうして巡り巡って製作者に戻って来たのを目の当たりにすると、感慨深いものがあった。

 

「ええ、その通りですよ」

「おお……貴方も同志でしたか……!」

「貴方も、ということは?」

「フッフッフッ……僕も作ってみましたよ!」

 

 ドンっ! という擬音を出しながら、目を輝かせたルーデウスもロキシー人形を目の前に出す。

 そして、ロキシー人形の魅力について長々と語り出した。

 脇下のホクロのギミックや、細長い杖を作るのにどれほどの技術が必要だったのか。パンツも綺麗に作った。更には上着も取り外し可能にしたと。

 人形に込められた想いを熱く語っていた。

 リベラルはそれを「うんうん、頑張ったんですね」と聞き、微笑みながら見つめる。

 

 やがて、全てを語り終えたルーデウスは満足そうな笑顔を浮かべ、

 

「あなたもロキシー教に入信し、幸せになりませんか?」

 

 などとよく分からないことを言ってきた。

 ロキシーが可愛いことは認めるが、パンツを祀る趣味はない。

 というか何故祀っているのかは彼女にも理解出来ないことだった。

 そもそもフィギュアの話をしていたのに、どうしてその結論に至ったのか不思議だ。

 

「いえ、結構です」

「そうですか、残念です……」

 

 リベラルは即答で断る。

 しょんぼりしたルーデウスだが、流石に同情心は沸かなかった。

 そんな姿を見て、どこかのタイミングでパンツを回収しておこうかと考える。

 しかし、そんなことをしたらルーデウスが発狂し、最悪自殺するのではないかと思い止めることにした。

 そんな馬鹿な理由で彼を失いたくない。

 

 気を取り直すかのように咳払いをひとつしたルーデウスは、伝えようとしていたことを話す。

 

「そう言えば、サイレント・セブンスターとのアポが取れましたよ」

「そうですか。気負わず気楽に接して下さい。龍神を目的に近付いたなんて思われたら、嫌われちゃいそうですからね」

「そうですね。僕も気になることがあるのでサイレント先輩と会えるのは楽しみです」

 

 ルーデウスは今までの旅路で、サイレント・セブンスターの名前を何度か耳にする機会があった。

 それにラノア魔法大学でもその人物が発明したものが多数ある。

 イメージアップのための制服。授業を円滑に進めるための黒板。その他にも様々な聞き覚えのあるものが作られていた。

 この世界の住人が知らず、そして彼が知っている物。

 鈍感さに定評のあるルーデウスも、サイレント・セブンスターがどんな存在なのか想像出来た。

 

「気になることですか?」

「まあ、色々です」

 

 そして彼は自分が転生者であると告げていないため、リベラルに濁すように言ってしまう。

 彼女はルーデウスが転生者であることを知っているが、態々正体を突っ突く必要もないので特に何も言わずにいた。

 

「大丈夫ですよ。ルディ様なら仲良くやれますって」

「……リベラルさんってもしかしてサイレントさんのこと知ってるんですか?」

 

 以前から仲良くやれると何度か言われていたため、彼は思わず尋ねてしまう。

 彼女の言い方は、どこかサイレントのことを知っているかのような口振りに感じるのだ。

 

「面識はありませんが、よく知ってますよ。周りには冷たく接しますが……本当は寂しがりな子なんです」

「はぁ、何で知ってるんです?」

「未来の知識によるものですよ」

 

 そう言われれば、それ以上の追及も出来ないだろう。

 以前はそこまで気にしなかったが、リベラルの未来の知識とやらは都合の良い言い訳に使えそうである。

 とは言え、彼女のことは信用してるので誤魔化しにその台詞は使わないだろうと思っていた。

 

「いつ会われるのですか?」

「明日ですよ。ロキシーやシルフィも誘おうと思いましたけど、ひとりで会う予定です」

 

 態々ひとりで行く必要はないのだが、なんとなくひとりで行くべきという予感のようなものがあった。

 ルーデウスが思っているような存在であれば、恐らく他の人物がいても話についていけないだろう。

 とにかく、他の人たちは抜きで会ってみたいと思っていた。

 

「そうですか。じゃあ、適当にお菓子でも作ってあげますし明日持っていくといいですよ」

「本当ですか? リベラルさんの作るものは美味しいので嬉しいです!」

 

 その後、じゃが芋を薄くスライスし、油で揚げたお菓子。つまりポテトチップスを作ったリベラルは、それを渡したのであった。

 ルーデウスはとても喜んでいた。

 思わずツマんでしまい、全部食べてしまうほどに美味しかった。

 サイレントの分のお菓子がなくなってしまったため、リベラルがちょっと怒りながら作り直すことになった。

 ルーデウスはその隙にタンスからパンツを物色しようとしていたが、バレてしまったのはご愛嬌だろう。

 

 

――――

 

 

 翌日。

 研究棟の三階。

 その最奥。

 サイレントはそこにある三つの部屋を借りきっている。

 その三部屋をぶちぬいて研究室にし、ほとんどそこから出ずに生活しているという話は事前に聞いたものだ。

 

 部屋の前まで来たルーデウスは、一度深呼吸してからノックをする。

 

「……どうぞ」

 

 すると短く、やや苛ついた声による返事があった。

 彼はドアに手をかけ、ゆっくりと押し開いた。

 

 部屋の奥、大量の本や紙束が散乱し、各所に何に使うかわからない魔道具が放置され、

 そして、大量に置かれた魔力結晶や、魔石が山と積んである研究室。

 

 その奥に座っている人物。

 特徴的なのは、そののっぺりとした白い仮面。

 そしてこの世界ではあまり見かけない黒い髪。

 

「……それで、何の用なの?」

 

 仮面の彼女、サイレントはどこか嫌そうな声色でそう尋ねた。

 

 本来の歴史と違い、ふたりの邂逅はここが初めてである。

 ルーデウスが地球出身ということを予想すら出来ていない彼女は、どう見ても歓迎している様子ではなかった。

 それでも会おうと思ったのは、ルーデウスが魔術方面で有名だったからなのかも知れない。

 

「召喚魔術を専門に研究されてると聞きましたので、お話しをしたくて」

「ハァ……そう。別にそこまで詳しくないわよ」

 

 どこか落胆した様子のサイレント。

 そのことに疑問を感じつつも、ルーデウスは自身の知識を絞り出しながら話しをする。

 といっても、彼の知識量は初級程度である。

 質問をして、答えて、といったやり取りを繰り返すだけで、話題が一向に進展しない。

 ルーデウス自身も凄く退屈に感じでしまってるため、サイレントも退屈に感じてることだろう。

 

 召喚魔術以外に話題を変えてみても、「そうね」と「知らないわ」しか口にしない。

 俺はやはりコミュニケーション能力が低いのだろうか、と自虐気味になりつつあるルーデウス。

 相手が大した反応を返してくれないので仕方ないだろう。

 

「もういいかしら? 私も暇じゃないのよ」

 

 しまいにはこのように言われる始末だ。

 滅気そうになりながらも、彼はリベラルからもらったお菓子を差し出す。

 

「あ、これお土産です」

「…………ポテトチップス?」

 

 驚いたかのような声色を上げる彼女に、ルーデウスはやはり地球関連の話が一番興味を引くのではないかと判断する。

 

「これ、どこで手に入れたの?」

「俺の師匠の手作りですよ。じゃがいもをスライスして揚げるだけでしたから簡単に作れますし」

「…………」

 

 彼の返答に、サイレントはなにやら考える仕草を見せる。まだ何か迷うことがあるらしい。

 このまま相手の反応を待つだけでは進展しないかも知れない。

 そう思ったルーデウスは、更に地球だけの物の名前を出すことにした。

 

「まあこちらとしてはポテトチップスよりフライドポテトの方が好きなんですけどね」

「あなた……そう、そういうことね」

「ん? 何がですか?」

「それだけ露骨に言ってるのだから、流石に分かるわよ」

 

 彼女は懐から一枚の紙を取り出す。

 受け取って見れば、

 

『篠原秋人

 黒木誠司』

 

 と、日本語で書かれた名前が記されていた。

 もちろん、その名前に見覚えはない。

 

『この言葉は分かる?』

 

 そして、彼女は日本語で問い掛けた。

 やはりかという気持ちが湧き出る。

 ルーデウスの予想通り、サイレントは日本人だったのだ。

 

『日本語ですね、分かりますよ。けどその名前は知らない』

『言葉は分かるのね』

『元日本人だしそりゃね』

『元日本人……ということは、私とは少し違うのね』

 

 そう言いつつ、彼女は仮面を外した。

 その顔には見覚えがあった。

 ルーデウスが転生する直前、目の前で口喧嘩をしていた内のひとりだ。

 彼らを助けようとして、無様にトラックに跳ね飛ばされた訳だが……彼らも轢かれたのだろうかと考えてしまう。

 

『異世界転移……ですか』

『そういう貴方は異世界転生ね』

 

 彼女は納得したかのように呟き、少しだけ表情を緩ませる。

 

『私の名前はナナホシ・シズカ。日本人よ。

 最近はサイレント・セブンスターという偽名を名乗っているわ』

 

 それからふたりは互いのことを話し合った。

 ナナホシも先ほどまでの退屈そうな様子はなく、饒舌になり色々なことを語る。

 

 この世界には気付いたらいたこと。

 龍神に拾われて世界中を旅したこと。

 元の世界の知識を使い、お金を集めたこと。

 魔力がないため扱えないこと。

 

 そして――日本に帰りたいこと。

 

 そのためにずっと研究をしていると告げた。

 最後の言葉に、ルーデウスは共感は出来なかった。

 けれど、気持ちは分からないでもなかった。

 彼にだってやり直したいことは色々とある。

 パウロたちとの関係を築けば築くほどに、前世の家族に対しての罪悪感が大きくなっていくのだ。

 もっと親孝行していれば、なんてことも思うが、それはもう出来ない。

 親は亡くなり、その葬式にすら出なかったのだから。

 日本に戻ったとしても、ルーデウスにはもう兄弟たちからの恨みしかないのだ。

 

『そう……大往生だったのね』

 

 それからも話は続く。

 

 歳を取らないことや、魔法陣を習得したこと。

 この世界への不満や、ナナホシの研究に協力する約束なども交わした。

 そんな中で、彼女はひとつの疑問をこぼした。

 

『あなたがさっき言ってた師匠……もしかしてその人も転移者か転生者だったりするの? ポテトチップス作ってたのでしょう?』

『えっ?』

 

 それは思ってもない疑問だった。

 接してきた時間が長かったからこそ、特に不思議に思うことがなかった。

 お菓子に関しても簡単な内容であり、元々料理の腕前が高かったこともあり気にならなかったのだ。

 だが、よくよく思い返せば醤油のことを知っていたのもおかしい話だった。

 長生きしているからこそ知っているのかと思ったが、ナナホシに言われたことで疑問が湧き出る。

 

『どうだろ……気にしたことがなかったから分からないな』

『どんな人なの?』

『尊敬する人、かな。俺が魔術王なんて小っ恥ずかしい名前で呼ばれるようになったのもリベラルさんのお陰だし』

『へぇ、そうなのね魔術王さん』

 

 からかうかのような言葉に、ルーデウスは苦笑しながら「止めてくれ」と訂正させる。

 

『昔からの師匠だよ。あの人より強い人はいないんじゃないかって思ってる』

『そんなに強いのね』

『龍神の方が強いって言ってはいたけど、俺は龍神のことを知らないからな』

『オルステッドも確かに凄いわ。襲ってきたのはドラゴンだろうと全て一撃だったし』

『それは……想像できない世界だな』

『そうね。私も想像出来ないわ』

 

 ルーデウスもそれなりに強くなった自負はあるが、上を見上げれば切りがない。

 そもそも闘気とやらを纏えないので、超人みたいな身体能力で戦っているのは憧れたりする。

 

『それに、随分と昔から生きてきたみたいだし、知識の量が凄かったな』

『召喚魔術にも精通してるの?』

『自称全神級だよ』

 

 それが事実かどうかは分からない。

 だが、ルーデウスの知っていることの大半は知っているし、ルーデウスの知らないことの大半も知っているのは事実だ。

 出来ないこともあるだろうとは思っているが、何が出来ないかの想像は出てこなかった。

 

『それなら、是非とも手伝ってもらいたいわね』

『お願いしてみようか?』

『いいの?』

『優しい人だから引き受けてくれると思うよ。

 パウロ……父親の家の購入を肩代わりするくらいだし』

 

 その言葉に、ナナホシは微妙な表情を見せる。

 

『……大丈夫その人? すぐに騙されたりしてない?』

『用心するところは用心してるから大丈夫だと思う。多分』

 

 ルーデウスの脳裏に過ぎるのは、かつてボレアス家へ面接に行ったときのことだ。

 自信満々に使用人になれると言っておきながら、無様に不採用された時の四つん這いになった時の姿。

 時おり凄いうっかりというか、変な行動や言動があったりするような気がするのだ。

 

『まあ、パウロが金を返さないなら俺が回収するから大丈夫だ』

『あ、そう……』

 

 それでいいなら言うことはないが、突っ込みどころはあるだろう。

 しかし自分が態々介入する気にもならないので、ナナホシは軽く流した。

 

『そのリベラルって人、昔から生きてるって話だけれど、有名な人だったりするのかしら?』

『俺は詳しく知らないけど、ラプラス戦役では銀緑って呼ばれてたらしいな』

 

 

『――――銀緑、って今あなた言った?』

 

 

 ナナホシは驚きのような、焦りのような様々な感情を表れている表情でそう尋ねる。

 

『言ったけど……それがどうした?』

『…………』

 

 彼女は何か考えるかのように、難しい顔を見せる。

 すぐに表情を戻し、口を開いた。

 

『その人とすぐにでも会えるように調整出来る?』

『ええと、向こうの予定次第だから何とも……』

『その人の予定の合うタイミングならいつでも来ていいからお願いしてもいい?』

『まあ、それなら……』

『ありがとうルーデウス』

 

 難しい表情だと思ったが、何とか冷静さを保たせるためのものだと気付く。

 ルーデウスに事情は分からないが、ふたりの間に何かしらの関係があったと考えるのが自然だろう。

 だからこそ、彼も当然ながら尋ねる。

 

『どこかで会ったことあるのか?』

『ええ、会ったわ』

『何があったんだ?』

 

 彼の疑問に、ナナホシは答える。

 

 以前、旅の道中で遭遇したこと。

 その際に、初対面であるにも関わらず下の名前で呼ばれたのだと。

 明らかにナナホシのことを知っている様子だったが、龍神との戦闘中のため割って入ることは出来なかった。

 結局、オルステッドに殺されてしまったため話を聞くことが出来ず、今に至ったと彼女は語る。

 

 さらっとリベラルが殺されたという話が出たが、生きているため追及する必要もないだろう。

 そのような幾つかの疑問を飲み込み、ルーデウスはナナホシのことを考える。

 確かに気になるのも当然だ。

 彼女と同じ立場であれば、ここまで冷静にはなれないだろう。

 

『分かった。伝えておくよ』

『ええ、お願いするわ』

 

 その返答に、ナナホシはホッとした様子を見せる。

 日本からこの世界に来た原因の手掛かりをやっと掴めそうなのだ。

 一度取り零したと思ったからこそ、よりその安堵は深かった。

 

『それと、さっきのことだけど』

『どのことですか?』

『そのリベラルって人が異世界人かもって話よ』

 

 どういった理由でナナホシのことを知っていたのかは分からないため、その推測は絶対とは言えない。

 しかし、状況的にリベラルが異世界人である可能性は高いと考えていた。

 ルーデウスもその考えには同意する。

 とはいえ、異世界人であろうとなかろうとリベラルへの見方が変わることはないと考えていた。

 

『せっかくだし、あなたからそのことを聞いてみて欲しいのよ』

『あー……悪いけどそれは断るよ』

『どうして?』

『この前ちょっと罪悪感を感じることがあってさ。それでリベラルさんには誠意を見せるって伝えてるんだ』

 

 リベラルが異世界人であるかどうか、大いに興味はある。

 出来ることなら知りたいと思ってはいるが、今の台詞通りそのように伝えたばかりだ。

 今までリベラルがそのことを話していない以上、自分から調べるのは引け目を感じるのだった。

 

 そのことを説明すると、ナナホシは溜め息を吐きながら「まあいいわ」と口にする。

 

『それなら私が本人に直接確認するわ』

 

 その結論に彼は特に文句はないし、言う資格もないだろう。まあ頑張れという感じである。

 

 こうして、ナナホシからリベラルへとコンタクトを送ることになった。

 ルーデウスも伝言役となることに不服はないし、素直に伝えることにする。

 話も聞きたい気持ちはあるが、宣言したことをここで覆すのもどうだろうと言った感じだ。

 

 いつの日かちゃんとリベラルのことを聞こう。

 そう思うがそれは今ではない。

 

 

 そして、この場にいる誰もが想像出来なかっただろう。

 ルーデウスにも、リベラルにも、ヒトガミにもそれは分からなかった。

 

 話を聞かない。

 

 たったそれだけの選択。

 けれど、彼のその行動が後の運命に大きく影響するのであった。

 

 

――――

 

 

 後日、ナナホシの元へ一通の封筒が届く。

 差出人を見てみれば、そこにはリベラルと記載されていた。

 彼女はすぐさま中身を取り出し、手紙の内容に目を向ける。

 

 

『七星 静香へ

 お誘いは嬉しいのですが、オルステッド様にも事情を説明したいと思います。

 私の目的はオルステッド様にも関係があることなので、同時に説明したいためです。

 話が長くなり面倒……もとい大変なので、話し合いの場を設けて呼んでくださると幸いです。

 日程が決まり次第、返答をお願いします。

 

 p.s今夜の晩ご飯はお寿司です。

 好物なのでとても楽しみです。

 

 貴方の超絶大切な友人、リベラルより』

 

 

 色々と言いたいことはあるが、ナナホシはすぐさまオルステッドを呼ぶための指輪を起動させた。




Q.ルーデウス。
A.学校生活をエンジョイし、かつての青春を取り戻してます。

Q.学校生活なんで原作と同じになるんや…。
A.そのように誰かが調整したためです。まあヒトガミではないですけどヒトガミが悪いと考えておきましょう。

Q.ナナホシ。
A.転移した理由や原因を知りたいので必死になってます。

Q.ルーデウスの最後の不穏な文章なんや。
A.フラグです。ここで地味に重要な選択をしてるので強調しておきました。かなり先のことなので多分自分を含めてみんな忘れると思います。

Q.最後の手紙。
A.借金を笑顔で肩代わりする変人ですからね、仕方ないね。実は後々のためにわざとこう書いてます。そのときに見返したらきっと何か思うはず…。でもはかなり先のことなので多分自分を含めてみんな忘れると思います。


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9話 『特待生たちとの交流』

前回のあらすじ。

ルーデウス「ロキシー人形は尊いのです。あなたもロキシー教に入信し幸せになりませんか?」
ナナホシ「ポテトチップス美味しかったわ」
リベラル「静香に会うのは社長が来てからです」

いざ書こうとすると、キャラクターたちの口調が分からなくなる。あると思います。
また、エリナリーゼの一人称を修正したと報告しましたが、原作をもう一度確認すると、最初は『私』でしたが、途中から『わたくし』になってたので時折入れ混じらせるようにしました。


 

 

 

 いつものように研究やパウロへの鍛錬を行っていたリベラル。

 その日はいつもとは違う来客が来るのであった。

 

「ルディ様、いらっしゃい」

「おはようございます。今日は一緒に来てるのが3人いるんですけど……大丈夫ですか?」

「学友ですか? ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます」

 

 リベラルのその言葉に、ルーデウスは「外で待ってるので呼んできます」と告げて退席する。

 それからすぐに、面長で丸い眼鏡をつけた男、炭鉱族の幼女、決して美女ではないが気遣いのできそうな女性がいた。

 彼女が首を傾げると、前に出たルーデウスが紹介を始める。

 

「はいじゃあザノバからお願いします」

「シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンである」

 

 自己紹介をした彼は、とてもウズウズした様子でリベラルを見つめていた。

 まさか私に惚れたか? なんて馬鹿な思考をするが、惚れているのは別のことである。

 

「リベラル殿の作った作品を鑑賞しましたぞ!」

「こらこらザノバ。この方は俺の師匠なんだ。先生と呼びなさい」

「リベラル先生の作品……師匠に負けず劣らずな素晴らしい出来であった!」

 

 純粋な称賛は嬉しいがこそばゆい気持ちになる。

 彼女は感謝の言葉を告げつつ、気恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「しかし、師匠の人形の方が工夫点は多かったかと」

「はぁ」

「余が師匠の人形を見たとき……感動しました」

「はぁ」

「たったひとつのホクロで、全体の印象を塗り変える工夫……余の人形への世界は変わりました」

「はぁ」

「リベラル先生は師匠の師匠です。

 片手間などではなくしっかり作れば、誰も見たことのない素晴らしい人形を作れるのでしょう。

 いつかその手腕を見ることを楽しみにしてますぞ!」

「あっ、はい。頑張ります」

 

 残念ながら、リベラルにそこまでの期待に答える力はない。

 確かに人形の材質や形はルーデウスと同等以上の物を作れるだろう。

 しかし、人形や芸術への造詣が深い訳ではない。

 工夫のない人形を作るので精一杯なのであった。

 悲しいことに、ルーデウスの作る人形を超える代物を完成させるのは現時点では不可能だった。

 そんなことを知らないザノバは、ニッコニコな笑みを浮かべていた。

 

 気を取り直した彼女は、残りのふたりへと視線を向ける。

 

「自分は第三王子親衛隊に所属しているジンジャー・ヨークと申します」

「ご丁寧にどうも。ゆっくりくつろいで下さい」

「いえ……自分のことは気になさらないで下さい」

 

 本来の歴史では、ジンジャーはルーデウスの家族の護衛をしていたためこの時期にシャリーアにはいない筈だった。

 しかし、アイシャとノルンは既にこの地にいるため、護衛などする必要がなかった。

 そのため、ラノア魔法大学へと留学しに来たザノバの護衛騎士として、そのままやってきたのである。

 

 彼女は護衛らしく前に出ようとはせず、いつでもザノバを守れる位置へと一歩身を引いていた。

 

『ジュリです』

 

 自力で人形を作ることが困難なザノバは、奴隷に技術を教えることで専属人形技師を作ることにした。

 そのためにジュリエットは購入され、まだ日が浅いこともあり基礎的な知識がないため獣神語しか喋れない。

 

『はじめましてリベラルです。可愛いですね、抱き枕にしてもいいですか?』

『……いや、です』

 

 当然ながらリベラルも獣神語を習得しているので話し掛けたが、ジュリエットは怯えるかのように一歩身を引いた。

 そのやり取りにルーデウスは苦笑しながら口を開く。

 

「今日来たのはザノバとジュリに土魔術についてよければリベラルさんからも教えて上げてほしくて来たんです」

「ああ、人形製作するためですね。ルディ様がある程度教えているでしょうし、新しいことはあんまり教えられないかもしれませんよ?」

 

 ザノバは魔術と細工への適性が皆無だったため、ジュリエットを育てることにした。

 今の発言通り、人形作りに関してはルーデウスの方が得意である。

 知識的なことをあまり言えないため、そのように告げるがザノバは笑顔であった。

 

「ハッハッハ、こうして話を聞けるだけでも楽しいものです故、あまり気にせずともよいですぞ」

 

 本人がいいならそれでいいか、と思い、リベラルも話ししていく。

 ザノバは人形に対しての知識を熱心に求めているためか、質問を沢山してくるので彼女も話しやすく感じた。

 態々メモを取りながら、ジュリエットにも時おり声を掛けている姿は好ましく映る。

 

 そんな楽しそうにしている姿を見て、リベラルはふと思う。

 

「本当に楽しそうですね」

「当たり前です。余は好きなことを聞いているのですから」

「それもそうですね」

「リベラル先生にも趣味はあるのではないですか?」

 

 趣味、と言われ彼女は考える。

 リベラルの過ごす大半の時間は研究と鍛錬だった。

 どちらも嫌々やってる訳ではないが、それが趣味なのかと言われれば否定するだろう。

 必要だからやっているのであり、それらが目的でやっているのではない。

 忙しい身ではあるものの休息の時間はあった。

 息抜きに何かするのもいいかな、なんて考える。

 

「特に趣味と言えるようなものはないので、この機に色々とやってみるのもいいかもしれませんね」

「おお、それが宜しいでしょう」

「ありがとうございますザノバ様」

「でしたら、人形なんてどうですかな?」

 

 ということで、新たな趣味になればいいとザノバはマシンガントークで話し始めた。

 細かい造形についてや、ロキシー人形がいかに素晴らしいかなど。

 それはもう止まることなく話し続けた。

 気が付けばジュリエットは寝ているし、ルーデウスも話半分に別のことをしていた。

 真面目に聞いてるのもジンジャーだけである。

 

 眠らなかった彼女を褒めるべきだろうか。

 リベラルは人形が少し苦手になってしまった。

 

 それなりの時間話し続け、正午ほどの時間になったところでルーデウスがようやく話を止めるのであった。

 

「そういえばなんですけど」

 

 ふと口を開いたルーデウスに、リベラルは視線を向ける。

 

「エリナリーゼさんが結婚を前提にお付き合いしてる奴がいるんですよ。俺が仲介したんですけど、どうにも上手くいってるみたいです」

「…………え?」

 

 彼の言葉に、思わずリベラルは固まった。

 いや、彼女の知識としてそれは知っていることであった。

 けれど、唐突であったため変な声を出してしまったのだ。

 

「クリフ・グリモルって奴なんですけど」

「……………なるほど。そうですか」

 

 知識通りであり、少し冷静になる。

 そして彼女は思うのだ。

 

 クリフ・グリモルに一度会おう、と。

 

 

――――

 

 

 翌日、リベラルは早速行動に移った。

 

 恐らく昼食であろう時間帯にラノア魔法大学へと向かい、エリナリーゼとクリフのふたりを探す。

 制服姿でもないため、周りからジロジロ見られるが彼女は気にせず中を歩き回る。

 学生たちに特待生たちの居場所を聞きつつ、しばらく歩く。

 

 そして食堂と思われる場所で、エリナリーゼとクリフを見つけた。

 ふたりは人目をはばからずイチャイチャした様子を見せ、互いに「あーん」食べさせ合うようなバカップルぶりを見せている。

 公衆の面前で凄いな、なんて思いながらも近付いていった。

 

「あらリベラルじゃないですの。こんなところまで来てどうしましたの?」

「ん? 彼女は誰なんだ?」

「わたくしの友人ですわ」

 

 友人という言葉を聞き、クリフは口に入っていた食物を飲み込み彼女へと向き直る。

 

「食事しながらの挨拶ですまない。僕はクリフ・グリモル。エリナリーゼの婚約者だ」

「食事中に来たのは私なので気にしなくて構いませんよ。ご紹介された通り、私はエリナリーゼの友人のリベラルです」

 

 ご飯を食べてる途中なので、彼女はエリナリーゼの隣に座った。

 ふたりに許可を取り、昼食を少しだけつまませてもらいながらふたりの関係性について話す。

 

「それにしても、いきなり婚約なんてしててビックリしましたよ」

「あらあら、嫉妬ですの?」

「まあそうですね。エリナリーゼが取られてしまうのはちょっと嫉妬しちゃいます」

 

 そこまで素直に言われると思ってなかったエリナリーゼは、少しだけ驚いた様子を見せる。

 

「ずいぶんと素直ですのね」

「ふふ、それだけ貴方のことを想っていたってことですよ」

「駄目ですわ。私にはクリフがいますの。貴方の気持ちには応えられませんわ」

「いや、誰もそこまでは言ってませんけど」

 

 からかい、それに突っ込みを入れる。

 そんな微笑ましいやりとりを、クリフも穏やかな表情で眺めていた。

 婚約した影響か、今の彼は人の上に立とうとする子どもっぽい性格も丸くなってきていた。

 

 それからしばらく他愛ないやり取りを行い、食事が終わるのを待つ。

 食べ終わったタイミングで、エリナリーゼは本題へと切り出した。

 

「それで態々学校まで来てどうなさいましたの?」

「それはもちろん、婚約したと聞いたので居ても立っても居られなかったんです」

「さっきのは本気で言ってましたのね」

 

 エリナリーゼは少し不思議に感じていた。

 確かにリベラルのことは友人だと思っているが、ここまで強く思われるほどに関係を持っていただろうかと。

 そういえばと思い出す。

 一番最初に出会ったのは転移事件後のフィットア領だ。

 そこで彼女はエリナリーゼを見た途端泣き出し、いなくなった妹と似ていると言っていた。

 リベラルの発言は、恐らくその妹と重ねて見てるからこその反応か、とひとり納得する。

 

「実はクリフ様に用がありまして」

「僕に?」

「ええ、そうです」

 

 唐突に名前が出され、素っ頓狂な声を出すクリフ。

 エリナリーゼは先ほどの予想をしていたため、そこまで驚きはなかった。

 

「ちょっと2人きりで話せませんか?」

「あらあら愛の告白でもされるかも知れませんわね」

「もしそうだとしても、僕はエリナリーゼ一筋さ」

「いや、愛の告白じゃないんで」

 

 そんなやり取りをしつつ、リベラルとクリフは2人きりになれる場所へと移動する。

 最後までエリナリーゼにからかわれたのはご愛嬌だろう。

 

 クリフに場所を確認しつつ、誰も使ってない部屋へと入りドアを閉める。

 周りに誰もいないことを確認出来た彼女は、真剣な表情を浮かべ口を開いた。

 

「本来であれば私が口出しすることではありません。ですが、それでも確認したいことがあるんです」

「なんだ?」

 

 リベラルの真面目な様子に、クリフも真面目な様子となり彼女を見据える。

 

「エリナリーゼと婚約するという話ですが、あの子を決して悲しませないと誓えますか?」

「なにを言ってる。当たり前だろう!」

 

 先ほどの台詞通り、リベラルがこのようなことを言うのはお門違いだ。

 ロステリーナは彼女の義妹であったが、記憶を失ったエリナリーゼはそうではない。

 そして記憶を失い、呪いすらも放置しているのだ。

 そんなリベラルが口を挟むのはおこがましいことである。

 

 クリフについての知識も当然ながらあった。

 この先エリナリーゼの呪いを解くために魔道具の作成に取り掛かるし、呪いに対しての理解も十分あった。

 命を掛けて彼女を守ろうとするし、誰よりも真摯に向き合うことも知っている。

 

 だが、ここは未来の知識とは違う世界。

 クリフのことは知っているが、それでも自分の目で見極めたい。

 わがままに過ぎないが、自分自身でクリフの考えを知りたいのだった。

 

「この先、もしかしたら彼女に危険が迫ることもあるでしょう。その時に命を掛けて守れますか?」

「愚問だな。守るに決まってるだろう!」

「では、試させてもらいます。私にもう一度同じ台詞を言ってみせて下さい」

「なにを――」

 

 クリフが言い切る前に、リベラルはかつて父親(ラプラス)から貰った腕輪を外す。

 龍鳴山で暮らしていた頃の、遥か昔から付けていた呪いを緩和するための腕輪を。

 

 この世界のあらゆる生物に嫌悪されるか恐れられる呪いを持った彼女が、クリフの前に立っていた。

 

 

――――

 

 

 ぐにゃりと、リベラルの姿が歪む。

 それと同時に、世界が黒く染まる。

 視界に映るのは闇だけの世界。

 

 そんな世界でドロドロと彼女の姿は崩れ、虚空に顔だけが浮かび上がる。

 瞳は真っ黒に変色し、そこから更に闇が広がりクリフは吸い込まれていく。

 

「――……っ!? ぅ!!」

 

 いや、吸い込まれてなどいなかった。

 そのように感じただけであった。

 けれどそれでも世界は変わらず、闇が崩れ落ち肩に伸し掛かる。

 未知の体験に彼は跪いてしまうが、視線だけは目の前から離すことが出来ない。

 何が起きてるのかも分からないまま、リベラル……否、黒いバケモノが口を開いた。

 

 もう一度言ってみろ。守ってみせると。

 

 耳元でささやかれているかのように、不透明な声が頭から離れない。

 闇は深淵に移り変わり、最早自分のことすら分からなくなる。

 けれど、目の前にいるバケモノの姿だけは鮮明に映っていた。

 髪の毛が抜け、皮膚が溶け、骨だけに変化し、ケタケタと笑う。

 手を伸ばしたバケモノに、クリフは死を予感する。

 

 カタカタ、

 カタカタ、

 ケテケテ、

 

 音が変わり、闇に飲まれた骸骨は巨大な獣に変化した。

 猟奇的で、冒涜的な、巨大な目玉が彼を見据える。

 ガチガチと彼は身体を震わせるが、現実は変わらない。

 まるで触手のような黒いナニカが迫り――。

 

「それでも、ぼ、僕は、リーゼを愛、あいしてる……」 

 

 クリフの返答を聞いたリベラルは、腕輪を嵌めた。

 

 

――――

 

 

「それでも、ぼ、僕は、リーゼを愛、あいしてる……」

「そうですか」

 

 流石に無理かな、なんて思っていたリベラルだったが、クリフは見事に返答することが出来た。

 腕輪を外したことで、リベラルの姿がどのように見えていたのかは分からないが、それでも意思を見せたことに彼女は満足する。

 

 呪いの効果がなくなり、正気に戻ったクリフはしばらく身体を震わせていたが、やがて心を落ち着かせる。

 

「……い、今のはなんだったんだ?」

「私の呪いですよ。あらゆる生物に嫌悪される呪いです」

「バカな……あれが呪いだって……?」

 

 彼が何を見たのか分からないが、納得した様子はなかった。

 彼女としてはその事実に首を傾げてしまう。

 

 かつてロステリーナは腕輪のないリベラルに話し掛けることも出来ていた。

 盗賊たちは「死ねやぁ!」と叫びながら襲い掛かってきた。

 魔王とその親衛隊は「恐ろしい御方」と呼びながら会話出来た。

 

 そのためめちゃくちゃ効果が高い訳ではなかったのだと思うのだが、クリフには効果てきめんだったようである。

 悪いことをしたな、と思い、謝罪の言葉を掛ける。

 

「あなたが本気でエリナリーゼを愛しているか知るためにさせてもらいました。申し訳ございません」

「いや……あぁいや、少し状況に追い付けないんだ。ちょっと待ってくれ」

「どうぞ」

 

 何度か深呼吸をしたクリフはようやく整理出来たのか、小さな溜め息を吐いた。

 やがて、リベラルへと視線を向ける。

 

「それで、何でこんな試すようなことをしたんだ?」

「私に取って、エリナリーゼは特別な存在なのです。

 だからこそ先ほども言いましたように、あなたが本気であることを確かめたかった」

「特別? 友人じゃないのか?」

 

 不思議な様子を見せる彼に、リベラルは隠し事をせず答えることにした。

 ここまで真摯にエリナリーゼのことを思っているクリフは、過去のことを知る権利がある。

 実際に関わり彼の人となりを見たことで、この男になら話してもいいと思ったのだ。

 

「私はあの子が記憶を失う前から関わりのある存在……エリナリーゼは私の義妹だったんです」

「…………なんだって?」

 

 その答えはあまりにも予想外だったのだろう。

 唖然とした表情を見せていた。

 

「何でそのことを伝えてあげないんだ!?」

 

 彼の疑問は最もだろう。

 だが、リベラルにも事情があるのだ。

 

「あの子が記憶を取り戻すことで、戦いの世界に身を置くことになるかもしれないからです」

「どういうことだ?」

「詳細は省きますが、彼女は私や私の父親のために戦うことを選び、出来ることを行うことにしました」

「それで?」

「あの子は私たちの戦いに参加することを決意しましたが、記憶を失ったことでその争いから身を引くことが出来てるんです」

 

 龍鳴山にいた頃のロステリーナは、とても優しく戦いのことを知らない子であった。

 今のエリナリーゼはSランクパーティーとして名を馳せるほどに強くなったが、ヒトガミとの戦いに巻き込みたいとは思わなかった。

 純粋にリベラルのわがままなのだ。

 

 エリナリーゼには幸せな道を歩んで欲しかった。

 

 態々龍族の宿命に付き合う必要はない。

 記憶がなくても、エリナリーゼはロステリーナだったのだから。

 仮に何らかの理由で記憶を取り戻し、再び戦う道を選べば全力で守るだろう。

 けれど、思い出す必要はないのだ。

 ラプラスはいなくなり、サレヤクトも散ってしまった。

 記憶を取り戻しても、辛いことの方が多い。

 リベラルの義妹であることなど、今のエリナリーゼには不要な情報なのだ。

 

 もちろん、自分本位な言い分であることは分かっている。

 それでも彼女には危険な目にあって欲しくなかった。

 

「だからこそ、エリナリーゼには今を生きて欲しいんです」

 

 昔のように暮らせるのならばそれはいいことだ。

 だけど、昔の記憶が彼女にどういう影響を及ぼすか分からない。

 そのことで苦しむかも知れないし、逆にアッサリと受け流すこともあり得る。

 だが、記憶を取り戻せば龍族の使命に巻き込まれることになるのだ。

 態々離れられたのに、重荷を増やす必要もないだろう。

 

「クリフ・グリモル。

 敬虔なミリス教徒であるあなたにこのようなことを言う必要もないでしょう。

 ですが、それでも言わせて下さい。

 エリナリーゼを傷付けるようなことがあれば、あなたを決して許さないと」

 

 彼ならば幸せにすることは出来る。

 そのことを知ってはいるが、本人の口からも言葉を聞きたかった。

 

「当たり前だ! 僕はそんなことする訳がない!」

「それを聞いて安心しました」

 

 リベラルは小さく微笑み、2人の関係を祝福した。

 

 

――――

 

 

 その後、クリフはエリナリーゼの元へと帰っていった。

 他にも色々と聞きたいこともあっただろうが、それはまた追々と説明することを伝えると引き下がった。

 

 ここでの用事も済んだため、リベラルは帰宅することにする。

 ナナホシのことも気にはなるが、オルステッドがいるタイミングの方が説明しやすいことも多々あった。

 今会いに行ってもややこしくなるだけなので、素直に帰ることにする。

 

 そして学内を歩いていたリベラルだったが、意図せずとある人物に絡まれることになるのであった。

 

「そこの女、ちょっと待つニャ」

 

 別にやましいことをしていた訳でもないが、ひとりの女生徒に呼び止められ足を止める。

 振り返れば2人の獣族の少女がいた。

 猫耳を生やした少女――リニアと、犬耳を生やした少女――プルセナだ。

 彼女たちは何故か手にパンツを握り締めながらこちらへと歩み寄ってきた。

 

「?? なんでしょうか?」

 

 状況が見えないため、疑問符を浮かべてしまうのも仕方ないだろう。

 そんな彼女に対し、リニアが口を開く。

 

「ここは部外者の立ち入り禁止ニャ」

「そうなの。入っちゃ駄目なの」

「え? あー、それはすみません」

 

 至極当然な注意に、リベラルは頭を下げて謝罪する。

 そのことに「フン」とリニアは鼻を鳴らし、隣にいたプルセナが手を前に差し出す。

 

「通行料は今履いてるパンツなの」

「…………はい?」

 

 その言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。

 パンツ。

 それも今履いてるものが欲しいと言われたのだ。

 目の前にいるのが男子生徒であったのならば、問答無用で殴り倒していただろう。

 しかし2人は女子生徒だ。

 もしかしたら何かしらのやむを得ない事情により、下着を欲している可能性もある。

 

「……因みに通行料が何故パンツなのかお伺いしても?」

「うるさいニャ。この新品のパンツやるからさっさとズボンを脱いでパンツ寄越すニャ」

「???」

 

 言葉の意図を理解出来ず、更に疑問符を頭に浮かべるリベラル。

 新品のパンツを渡すということは、用があるのは使用済みの下着だと言うことだ。

 どう考えてもいかがわしい用途に使われる未来しか見えなかった。

 

「嫌に決まってるじゃないですか」

「てめぇ、あちしの言うこと聞けニャいのか?」

「ファックなの」

「言うこと聞く方がおかしいでしょう」

 

 渋られることも考慮していたのか、リニアはやれやれと面倒そうな仕草を見せる。

 

「あちしの言う意味が分からニャいか? 部外者であるお前がここを通ることを黙ってやる代わりに、パンツを寄越せって言ってるだけニャ」

「通報されたくないなら渡す方が賢明なの」

 

 まさかの脅迫である。

 2人はニヤニヤした表情を浮かべながらリベラルを見つめた。

 まるでエロ同人誌のような展開だ。

 このまま貞操まで奪われるかも知れない。

 同性にそんなことを言われるのは、別の意味で怖かった。

 

 そんな怯えるかの様子に、自分の方が格上だと勘違いしたのだろう。

 リニアは面倒そうに手を伸ばしてきた。

 

「もういいニャ。さっさと交換させるニャ」

 

 もちろん、脱がされる気はないのでサッと避ける。

 避けられると思わなかったのか目を丸くするリニアだったが、すぐに彼女を睨み付けた。

 

「ニャんで避けるニャ」

「せめてパンツを求める理由を教えてくれませんか?」

 

 いや、リベラルは未来の知識によりある程度の理由を把握し始めていた。

 それでも確認をしたのは、最終警告の意味合いでもあった。

 これ以上のセクハラ行為を、彼女は許容する気がなかった。

 

「ボスに渡すの」

「ボス?」

「あちしらのボスはパンツが好きニャんだ。だから献上するニャ」

「…………」

 

 彼女らの言うボス――ルーデウスには後でお仕置き……否、パウロたちにこのことを伝えなければならないなと考える。

 ルーデウスがパンツを集めるように指示をするとは思えないが、それでも2人と交流があることは知っている。

 2人の暴走を止められないのは、ルーデウスの責任でもあるだろう。

 他にも下着を取られた被害者もいると思われるため、彼には存分に反省してもらおう。

 

「お二人のパンツを献上したらどうです?」

「それは嫌ニャ」

「ボスは巨乳が嫌いなの。その点あなたの貧乳は合格点なの」

「その乳もぎますよ? 後パンツに胸の大きさ関係ないですよね?」

 

 リベラルは自らの胸が絶壁であることを自覚してるが、特にコンプレックスではない。

 それでも面と向かって言われれば傷付くのである。

 

「いいからさっさとパンツ寄越すニャ!」

「あなた方のパンツを献上して下さい。私はお断りです」

「それなら通報するの」

「…………」

 

 ふと冷静に考えると、リニアとプルセナの行為はただの性犯罪である。

 一度2人を叩き潰した方が周りも幸せなのでは? と思った。

 そこからはリベラルも方向性をシフトチェンジする。

 

「ふん、そんなに私のパンツが欲しいなら無理やり剥ぎ取ることですね」

「ニャ、ニャんだと〜?!」

「ファックなの」

「変態なんかに私は屈しません。ほら、さっさと掛かってきて下さい」

 

 指をチョイチョイと動かすと、2人は青筋を立てながら睨み付けてきた。

 恐らく変態扱いされたことが嫌だったのだろう。

 しかしパンツを要求される方がもっと嫌である。

 

 ドルディア族の中では、腐った果実を相手の頭部に叩きつける行為が決闘の作法になるらしい。

 水魔術で果物を模した水玉を浮かべ、それをヒョイとリニアの顔面に投げつける。

 当然ながら躱されてしまったが、その意味を理解したのだろう。

 

 リニアの瞳孔がスッとすぼまった。

 フーッと怒りの息を吐き、尻尾がピンと立てる。

 

「上等ニャ! 裸に剥いて水ぶっかけてやるニャ!」

「リニアはすぐにキレる……ファックなの」

 

 プルセナはそうつぶやきつつ、牙をむき出しにしながら口元に手を当てた。

 吠魔術だ。

 特殊な声に魔力を乗せることで、相手の平衡感覚を奪う厄介な魔術である。

 

 その予備動作と同時に、リニアが真横にステップしながら拳を振り被っていた。

 ヒョイと身を躱しながら、足を出すことでリニアはバランスを崩して前に転けそうになながらも堪える。

 背後に回っていたリベラルはその隙を見逃さず、スカートの下へと手を伸ばしてパンツに手を掛けた。

 

「スカートってパンツを盗って下さいって言ってるような格好ですよね」

「ニャ!?」

「ズボンでも履いてから出直して下さい」

 

 そのままリニアの背中を押すことで、彼女は前方に倒れてしまう。

 そしてリベラルの手にはリニアのパンツが握られていた。

 戦利品ゲットである。

 

『ウオオオオォォォォォン!』

 

 それと同時に息を溜めきったプルセナの吠魔術が響き渡った。

 魔力の乗せられたその遠吠えはリベラルの三半規管を狂わし、平衡感覚を狂わせ――なかった。

 いつの間にか耳栓をしていた彼女は、なんともない様子でケロッとしていた。

 彼女の吠魔術は届いてなかったのである。

 

 リベラルは大きく息を吸い込んだ。

 

『アオオオオォォォォォン!』

 

 魔力の乗せられたその遠吠えは、リニアとプルセナの三半規管を狂わし、平衡感覚を狂わせた。

 2人は地面に倒れ込み、何とか動こうと手足を動かすが起き上がることが出来ない。

 それどころか声を出すことすら出来ない。

 そんな2人に歩み寄ったリベラルは、プルセナからもパンツを剥ぎ取った。

 

「パンツを盗ろうとしたんです。当然ながら盗られる覚悟もしてましたよね?」

 

 2人のパンツを器用に指先でクルクルと回しながら、色や柄を観察する。

 

「2人とも白色ですか。汚れが目立ちやすいので気を付けて下さいね」

「っ! ぅ!」

「――ぃ! ゃっ!」

 

 窓の外から下を見れば、丁度ルーデウスが外を歩いていた。

 タイミングがいいなと思いつつ、リベラルは外にパンツを放り投げた。

 舞い落ちた2枚のパンツはルーデウスの頭上へと舞い落ちる。

 それを視界に収めた彼は、凄まじい手の速度でパシンと受け止めた。

 今までで一番速かった。

 あの速さで剣を振るえば、光の太刀でも放てたのではないかと思うレベルだ。

 

 彼は手元にあるものがパンツであることに気付いたらしい。

 上を見上げると、落としましたよと言わんばかりにパンツを掲げてきた。

 そして声が届くように話しかける。

 

「これ! もしかしてリベラルさんのですか!?」

「ルディ様、それは貴方の学友からのプレゼントです! 脱ぎたてホヤホヤですよ!」

「な、なんだってー!? 因みにパンツの持ち主は美人ですか!?」

「猫耳と犬耳の女生徒です! 何でも『ボスのために献上するニャ!』とのことですよ!」

「リニアとプルセナですか!? 分かりました! 後で洗濯して返します!」

「そうですか! お二人にはお伝えしておきますよ!」

 

 ガラガラと窓を閉めたリベラルは、未だに地面に倒れているリニアとプルセナに視線を向けた。

 

「ということで、あなた方のボスには私から献上しておきました。後で返してもらうといいでしょう」

「ぱ、パンツはもういらないニャ……」

「そうなの……新しいのを買うの……」

 

 男の手に渡った下着を履こうとは流石に思わないらしい。

 悲しそうな声色であった。

 しかし自業自得である。

 

「これに懲りて、人のパンツを盗ろうとしないことですね」

 

 その後、リニアとプルセナは今回の件がトラウマになったのだろう。

 2人が女子生徒からパンツを要求する姿は見られなくなるのだった。

 

 こうして、リベラルの手によって学園の風紀はひとつ正された。




Q.ルディの一人称。
A.学校に行きだし、友達が増えたことによって『僕』から『俺』という話し方に変化しつつある。確かこれくらいの時期から敬語が減ってきてたような気がします。

Q.リベラルの呪い。
A.※実際にクリフのように見える訳ではありません。個人差があります。

Q.エリナリーゼの記憶戻さんのか?
A.何だかんだ言ってますが、最終的に本人に選択を尊重します。望めば戻すための手伝いをします。

久し振りに文字数が一万を超えました。
文字数少ない方が皆さんは読みやすいのかな?
またアンケートでも取ろうかな…。


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10話 『第二王女の進捗』

前回のあらすじ。

ザノバ「人形友達が増えましたぞ」
クリフ「なんかSAN値が削られた気がする」
リニア「パンツを寄越すにゃ」
プルセナ「パンツを盗られたの」

まるで最初の頃のように更新ペースが安定している…!
お願い止まらないでつーふー!あんたが今ここで止まったら、楽しんでくれてる人たちの思いはどうなっちゃうの?気力はまだ残ってる。ここを耐えれば、五章の終わりも目前なんだから!


 

 

 

 いつものように研究に明け暮れていた日。

 郵便が来たため手紙を受け取れば、そこにはアリエルの名前が記載されていた。

 中身を確認したリベラルは、現在の状況について納得する。

 

「なるほど……」

 

 どうやら保護したトリスティーナを無事にラノアまで送り届けることに成功したらしい。

 現在はトリスティーナの身分を偽装し、アリエルの侍女として傍に仕えさせているとのことだ。

 これからの方針について話がしたいため、少しだけ会いたいと締め括られていた。

 

 アスラ王国の時期後継者争いは、どうやら順調そうである。

 このタイミングでダリウス上級大臣を失墜させるための切り札が手に入ったことは大きい。

 王国まで辿り着ければ、王手を掛けられるだろう。

 これからの方針についても、恐らく今までやってきたこととほとんど変わらない活動になる。

 今のアリエルに必要なのは名声と後ろ盾だ。

 名声は今すぐに手に入れることは出来ないし、後ろ盾もリベラルだけでは政治方面で力不足である。

 

「まあ、会うだけ会いましょうか」

 

 返事を書いたリベラルは、これからのことを考えるのであった。

 

 

――――

 

 

 アリエルが指定した場所は、意外にもラノア大学の校内――生徒会室であった。

 部外者ではあるが、既に何度か侵入した身である。

 今回も気にせず大学の中を歩んでいき、生徒会室の前まで辿り着く。

 もちろん以前のように誰かから絡まれたり、パンツを盗られそうになるということもなかった。

 

 アリエルの付き人に案内され、生徒会室のドアをノックする。

 返事があったため中へと入れば、そこには茶髪をオールバックに纏めた男、ルーク・ノトス・グレイラットと守護術師のデリック・レッドバットの2人がこちらへと視線を向けていた。

 その間にアリエル・アネモイ・アスラ……アスラ王国第二王女がいた。

 彼女はいつもより元気そうな表情で、リベラルを迎え入れる。

 

「お久し振りです、リベラル様。最近はいかがお過ごしでしょうか」

「アリエル様お久し振りですね。人望集めは順調そうで何よりです」

「そうでしょうか……あまり大きな後ろ盾がない状態ではありますが」

 

 アリエルは少しだけ表情を暗くする。

 確かに学校では顔が広く、第二王女の派閥も多くあるだろう。

 しかし、その規模は未だ学内に収まるレベルだ。

 様々な種族や他国の人間も集まっているが、どの人物もアスラ王国への影響力は低い。

 それに、特待生たちの助力を誰からも得られていないのも痛手だろう。

 トリスティーナという大きな武器を手にすることは出来たが、それだけでは不安が残るのも事実である。

 

「まあ、私もあまりアスラ王国への影響力はないですしね」

「いえ、そんなことは。リベラル様が後ろについて下さってると思えば、そこまで不安はありません」

「いいんですよ取り繕わなくても。私はアスラ王国に名を残さぬように動き、こうして今に至っているだけなんですから」

「…………」

 

 彼女の言うように、リベラルはあまり政治的な力を持っていない。

 襲撃などされた際には大きな力となってくれるものの、それ以外の恩恵はあまりないとも言える。

 もちろん、人脈という点では頼りになる部分もあった。

 しかし、以前にペルギウスとの橋渡しをお願いした際に「それは貴方の力で機会を掴んでください」と断られたのだ。

 理由としては、断られることが目に見えてるからとのこと。

 リベラルが懇願すれば力を貸してくれるかも知れないが、このことで借りを作りたくなかったという事情もあった。

 

 頼りになった面も当然ある。

 トリスティーナのことを教えてくれたのはリベラルであり、北神二世であるシャンドルを戦力として送り届けた功績もあった。

 それ以外にも、フィリップが裏から手を進めてもいる。

 既に十分すぎるほどの恩恵を与えてくれてるため、無理にお願い出来ない立場でもあったのだ。

 

「フィリップ様はどうしてますか?」

「あの方は現在王国に残って活動してます」

「ひとりでですか?」

 

 リベラルの質問に、アリエルは首を横に振る。

 

「いいえ、シャンドルと共にいます」

「なるほど」

 

 アリエルがラノア魔法大学にいるのは、自ら望んで留学したからではない。

 第一王子派閥に暗殺されそうになり、シャリーアへと逃げてきたのだ。

 故に現在のアスラ王国で、アリエル派閥として活動するのは非常に危険だった。

 そのため、一番の実力者である北神二世がフィリップのサポートとして残ったのだろう。

 諜報活動にも長け、少数で行動するなら北神流が一番適任である。

 

「順調に引き抜き出来てそうですかね」

「それは何とも言えないようです。相手に気取られないことを優先しているみたいですので」

 

 少数で行動している以上、大きく動けないのは仕方ないだろう。

 とはいえ、話だけ聞くと順調そうではある。

 

「アリエル様の方はどうですか? 学園内で行き詰まってることはありますか?」

「そうですね……少し、支援者が少ないのが現状です」

「時間はまだあるでしょう。それまでに集めればいいですよ」

 

 リベラルにそう告げられるものの、彼女は浮かない表情であった。

 入学してからそれなりの時間が経過してるものの、これといった成果がないのかもしれない。

 

「今後はどうするつもりですか?」

「現状を変える手立てはあまり思い浮かんでおらず、少々困っている状況です」

「仲間に引き入れたい候補はどうです?」

「特待生たちを何とか引き入れたいのですが、気難しい人が多く上手くいってないです」

 

 現在のアリエルは、ルーデウスと何のつながりもない。

 本来の歴史ではフィッツが彼との縁を作ったが、ここではフィッツが存在しないため切っ掛けがないのだ。

 特にルーデウスはノトスとボレアスのどちらとも関係があった。グレイラットに対する確執も考えられるため、何度も接触出来てない状態である。

 だが、フィッツ以外にもルーデウスとつながりのある人物がいる筈なのだ。

 フィリップの元へと駆けつけた、赤髪の剣士がいるのだから。

 もっとも、そのことを知らないのであれば彼女は何も言わずに戦っているのだろう。

 

「ペルギウス様をご紹介して下さるのはやはり駄目でしょうか…?」

「不可能ではないですが、アリエル様が王を目指すのであれば自らの手で機会を作って下さい。私に全て頼り切るようではこの先やっていけないことは理解してるでしょう」

「しかし、どうすれば」

「この学園内にペルギウス様と繋がりのある人物はいますし、趣味の合う人物もいます。人脈を見つけるのも、作るのも王に必要な素質ですよ」

 

 本当にどうしようもなくなれば紹介することも考えるが、今はそこまで切羽詰まった状況ではない。

 今は出来ることをしていけばいいと考えていた。

 

「それに、ひとりで考える必要もないでしょう。貴方の臣下以外にも悩みを話してもいいかもしれませんよ」

「それもそうですね……」

 

 アリエルは相談せずにひとりで勝手な判断を下すことは少ない。

 臣下たちと会議はするものの、人数が少ないため意見が広がらずに似たような結論に落ち着くことは確かだ。

 深い事情を話せる友人がいないという根本的な問題があったものの、そこまで頼ることも出来ないだろう。

 

「ひとまず、今後の方針についてはこれまでのように仲間を増やしていく、ということになりますかね?」

「はい。トリスティーナを確保したとはいえ、今から王宮に向かうのはよろしくないと思われます。フィリップもいることなので、もっと地盤を固めてからにする予定です」

「そうですか。まあ現国王もまだ健在してますし、焦らずにやっていって下さい」

 

 少々浮かない表情を見せているものの、彼女はその言葉に頷いた。

 

「ところで、ギレーヌ様やエリス様はどうしてますか?」

 

 その質問には、隣に控えていたデリックが口を開く。

 

「御二人は恐らく鍛錬をしています。この時間であれば寮の近くにいるでしょう」

「ありがとうございます。そちらにも顔を見せてみます」

 

 彼の言葉にお礼を告げ、リベラルは部屋から出ていった。

 

 アリエルは少しばかり焦っているように見えるが、恐らくトリスティーナを確保出来たということから来ていると思われる。

 第一王子派のダリウス大臣のアキレス腱となる存在を手にしたため、気持ちが逸っているのかも知れない。

 それにトリスティーナを確保したという情報がハッキリと相手側に伝われば、何とかして排除しようとしてくる可能性もあるだろう。

 ラノア王国にいるためアスラ王国はおいそれと手出し出来ないだろうが、それでも警戒するに越したことはない。

 

 とはいえ、その可能性は低かった。

 ヒトガミからはリベラルの姿が見えないため、適当に使徒を送り込んでも始末されることは目に見えてるからだ。

 ヒトガミは博打を好まず、自身の未来視を最大限に活用した手を打ってくる。

 アスラ王国に向かう際に、総攻撃を仕掛けてくる方が可能性として高いだろう。

 とりあえず、アリエルのことは現在心配する必要もない。

 本来の歴史でももっとゆっくりと準備をしていたし、盤石な体制になってからアスラ王国に向かえば確実である。

 

 そのような思考をしていたリベラルは、エリスたちがいると思われるアリエルの寮の近くまでやってきた。

 近付くにつれ、剣戟の音や掛け声が響く。

 音の方へと向かい、様子を見てみれば予想通りエリスとギレーヌのふたりが剣を交えていた。

 かなり集中しているようで、ある程度近付いたのにも関わらずリベラルに気付く様子が見られない。

 邪魔にならないように、終わるまで静かに見守ることにした。

 

「ハァ!」

 

 エリスが剣を振るい、それをギレーヌが受け止める。

 どうやら型の練習をしてるようで、同じ形で攻防を繰り返していた。

 彼女の剣は、以前見たときよりもずっと速く、そして鋭かった。

 

 しばらく眺めてると、どうやら終わったようでふたり揃って一礼する。

 それからリベラルに気付いたようで、こちらに視線を向けた。

 

「エリス様、ギレーヌ様。お久し振りです」

「お前は……ああ、ロアでの馬車以来か」

「リベラルじゃない! こんなところで会うなんて奇遇ね!」

 

 ギレーヌとはブエナ村にて、ルーデウスを馬車に乗せていた時くらいにしか会ったことがなかった。それでも覚えていたことは素直に凄いことだろう。

 エリスは共に旅をしたこともあり、忘れられている、なんてことはなかった。料理も教えたし、鍛錬の相手もしたため印象は強かったのだろう。

 

 駆け寄ってきたエリスはどこか嬉しそうな表情だ。

 こんなデレの入った彼女を見るのは初めてかも知れない。

 

「それでどうしてここにいるのよ?」

「以前に話しませんでしたっけ? ラノア王国でゼニス様の治療をするためですよ」

「……そうだったわね!」

 

 エリスもフィリップの元で忙しく活動していたため、忘れていたとしても仕方ないことだろう。

 リベラルも特に文句を言わず受け流す。

 

「そうか、リベラル。お前がアリエル様の話していた銀緑だったか」

「どこまで話を聞いてるのかは分かりませんが、私が銀緑で間違いないですよ」

 

 元々トリスティーナを確保するのはリベラルの指示によるものだったし、フィリップやシャンドルも同様にリベラルの指示で動いている。

 ある程度の事情を彼女が知っているのも当然だろう。

 特に否定せずに頷くと、ギレーヌは小さく笑う。

 

「銀緑の話はあたしも知っている。ラプラス戦役で知る人ぞ知る名だった」

「はぁ」

「折角の機会だ。手合わせをしたい」

 

 リベラルとしては別に断る理由はない。

 毎日鍛錬はしているが、ひとりでやるよりも相手がいる方が練習になるからだ。

 しかし、最近はよく多くの人と戦う場面が増えたような気がした。

 まあ、彼女としては歓迎すべきことなので別にいいのだが。

 

「腕が鳴るわね!」

 

 エリスは実際に何度か手合わせをしたことがあるので、リベラルの強さをよく知っていた。

 まだ了承していないが、既にやる気満々らしい。

 リベラルは苦笑しつつも、ギレーヌの頼みに頷いた。

 

「いいでしょう。死にかけても私が治しますので最善を尽くしてやりましょう」

 

 

――――

 

 

 リベラルと向かい合うエリスとギレーヌ。

 2対1の形で行うこととなった。

 折角なのでルールも設けている。

 2人は護衛役で、リベラルが刺客役だ。

 後方にある木を傷付けたらリベラルの勝ちで、三分間耐えたらエリスたちの勝利だ。

 

 現在の2人は実際に護衛をする身なので、このルールの方が今後にも役立つと判断した。

 互いにこの形での手合わせを行うことには納得済みだ。

 エリスは「フンッ!」と鼻を鳴らし、ギレーヌは静かに佇んでいた。

 因みに、二人には念の為真剣ではなくいつもの土魔術で作り出した剣を渡している。

 

 ギレーヌは剣王であるが、現在のエリスはどの程度のレベルなのか不明だ。だが、それでも先ほどの稽古を見た限り、剣聖以上はあるだろうなと評価していた。

 剣神ではなく北神の元で実戦を経験しながら強くなったのだ。本来の歴史より弱いことはないだろう。

 以前のパウロのような舐めプをしていたら、痛い目に遭うかもしれない。

 

 と、考えながらリベラルは何気ないように一歩後ろに下がる。

 

「うらぁぁぁぁ!」

 

 そこには目にも留まらぬ速さで踏み込んだエリスが、既に剣を振り終えていた。

 剣はリベラルの寸前を過ぎたのか、服だけが斬り裂かれる。

 

 今のは紛れもなく『光の太刀』であった。

 剣神の元にいなくても、エリスはしっかりと剣神流の奥義を習得していた。

 

「ガアアァァァ!」

 

 振り終えたのと同じタイミングで、ギレーヌも『光の太刀』を放とうとしていた。

 ふたり揃って必殺の一撃を放つなんて殺意が高すぎやしないかとリベラルは苦笑しつつ、半歩横に移動する。

 そうすることでギレーヌの直線上にエリスが並び、剣を振るうことが出来ずに動きが止まった。

 

 リベラルはその隙にエリスを押し、ふたりの体勢を崩そうとしたがそうはいかない。

 

「!!」

 

 エリスは凄まじい速度で横に飛び退き、一瞬にして背後へと回っていたのだ。

 地面スレスレとも言えるほどに身体を低く倒し、そこから剣を振るおうとする。

 北神流の技である『地空剣(ちくうけん)』だ。足下を刈り取る剣技であり、今のエリスのように体勢を低くして足を狙う技だ。

 だが、それだけではない。

 リベラルにはそれが『光の太刀』で放たれるように見えた。

 

 その動きに合わせるように、ギレーヌも再び正面から『光の太刀』を放とうとする。

 挟まれた状態からの必殺の一撃を前に、彼女はトンッ、と足踏みをひとつしただけであった。

 

 ふたりの足元の地面が勢いよく盛り上がり、ギレーヌは体勢を崩す。

 エリスは低い体勢だったため、腹部を強打して宙に浮かんでいた……が、すぐさま空中で剣を振り抜き反撃の隙を与えないようにしていた。

 

「安易ですよ」

 

 リベラルはそっと手を添え力の流れを変える。

 空中に浮かんでいた彼女の力の流れはより浸透し、激しく回転しながら吹き飛んだ。

 

 その間に体勢を戻したギレーヌが剣を振るおうとしたため、リベラルは後ろに飛び下がった。

 その動きに反応し、彼女は斬撃を飛ばす。

 しかし、それもリベラルからすれば安易な攻撃だった。

 

「『(ナガレ)』」

 

 放たれた斬撃はまるで方向が入れ代わったかのように、ギレーヌへと戻っていった。

 それを防ぐギレーヌだったが、リベラルは既に懐へと入り込んでいた。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 とてつもない振動が彼女を襲い、身体が痺れて動かせなくなる。

 崩れ落ちるギレーヌと入れ替わるかのように、復帰したエリスが駆けつける。

 

 頭から落ちることは何とか防げたのか、肩を庇っているようにしていた。

 そのことをほとんど感じさせないかのように、エリスはしなやかな動きでステップを織り交ぜながら距離を詰める。

 そして、ジャンプして一気に最後の距離を詰めた。

 

(その動きは以前のデッドエンドと同じで――っ?!)

 

 空中でエリスが身を翻すことで、身体に隠れていた日光がリベラルの目に入り込み一瞬眩んでしまう。

 環境を利用したまさかの戦い方に不意を突かれるが、彼女は冷静に対処する。

 そのまま前へと進むことによって、飛んでいたエリスの下を潜り抜けたのだ。

 エリスが着地するのと同時にリベラルの眩みも収まり、そのままもう一歩前へと進む。

 

 向き直るのかとエリスは思ったが、リベラルは前方へと魔術を放っていた。

 

「あっ?!」

 

 狙いに気付いたエリスだったが時既に遅し。

 放たれた魔術は、護衛対象として設定していた木に命中するのであった。

 

「戦闘終了です」

「うっ……仕方ないわね」

 

 元々そのようなルールで行っていた以上、彼女も文句を言わずに引き下がる。

 自分が生き残っても護衛対象がやられてしまっては元も子もない。

 最初の方からずっと離れていた自分が悪いため、悔しそうにしつつもリベラルの治癒魔術を素直に受け入れた。

 その後、痺れが収まり復活したギレーヌもリベラルの元たちへと歩み寄ると、何も出来なかったことを悔しそうにしていた。

 

「しかし、エリス様の実力が想像以上に伸びてましたね」

「でも、勝てなかったじゃない」

「何が悪かったのかは分かっている筈です。一つ一つ修正していけば貴方はもっと強くなれますよ」

 

 それは世辞ではなく本心だった。

 ギレーヌやルイジェルドは、エリスの才能を己以上だと評価している。

 そしてそれはリベラルも同様であり、もっと強くなれると感じていた。

 

「それに、今のエリス様の実力は剣聖の域を超えていました。間違いなく剣王と同等の実力がありますよ」

「ああ、エリスお嬢様はあたしにほとんど追い付いてる。正面からならまだあたしに分はあるけど、条件が変わればどうなるか分からない」

 

 以前に評価したパウロが剣聖と同等以上だったことを考えると、エリスの強さは頭一つ上だろう。

 リベラルも先ほどの手合わせでは驚くことが多かった。

 剣神流はともかく、北神流を使いこなしていたのだ。

 更に驚くべきは、そのふたつの剣術を複合させて扱っていたことだ。

 

 三大流派全てを修めている人物は、探せばいるだろう。

 身近なところで言えばパウロとリベラル。遠いところで言えば剣神。

 だが、どの人物も三大流派を使い分けて扱っており、エリスのように複合させた剣術を扱う者はいない。

 彼女の剣術は、最早三大流派に属しない新たな流派の域に踏み込みつつあった。

 リベラルとしても是非その技術を吸収したいと考える。

 

 そんな感じでエリスをべた褒めすると、彼女は満更でもなくなってきたのか途中からニマニマした笑みになっていた。

 

「話が変わりますが、お二方はこれからどうする予定ですか?」

 

 トリスティーナの護送のためシャリーアまでやってきたエリスたちだが、このまま留まる可能性もある。

 ある程度の予想はしていたが、確認のため質問した。

 

「もちろん、お父様の元に行くわよ」

「そうだな。あたしはアリエル王女の護衛じゃない。フィリップ様の剣だ」

 

 どうやら決意は固いようで即答だった。

 フィリップはアスラ王国で孤立奮闘していることを考えると、確かに彼女たちもそちらに向かった方がいいだろう。

 しかしと、リベラルは考える。

 

「エリス様の事情について、ある程度の予想は出来てますが確認します。

 分かっているとは思いますが、この街にはルディ様もいます。顔を見せたりはしないのですか」

「…………」

 

 その問い掛けには、即答しなかった。

 キュッと唇を結び、目を伏せた後に顔を上げる。

 

「ルーデウスと会うのはお父様を助けてからよ」

「……現在彼の周りには好意を寄せる女性もいますが、それでも大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」

 

 最後には必ず自分を選んでくれるから、という思いでそう告げた訳ではない。

 

 ルーデウスは格好良いし凄い。

 それは分かっていることであり、他の女性が寄ってくることも考えなかった訳ではない。

 もしも自分以外の誰かと結婚などしたら、激しく嫉妬するだろう。

 だが、既に決意したことなのだ。

 ルーデウスを愛しているからこそ、父親を助けると決めた。

 こんな中途半端なタイミングで彼と出会っても、心が揺らいでしまうだけである。

 

 それにルーデウスは優しいのだ。

 全てが終わった後に会いに行っても、真摯に対応してくれるだろう。

 そこで想いを伝えればいいのだ。

 家族になりたいとちゃんと向き合って伝えれば、ルーデウスは必ず答えを出してくれる。

 

「そうですか。素晴らしい意思ですね」

「当たり前よ」

「安心して下さい。私もエリス様の想いが伝わるようにサポートしますから」

 

 ウインクをしたリベラルだったが、エリスは「ふんっ」とそっぽ向いてしまう。

 

「ところで、エリス様は誰かにアプローチを受けてたりします?」

「知らないわ。興味ないもの」

 

 実際にはトリスティーナの護送が完了し、ルークと初めて顔合わせをした際に猛アタックを受けていた。

 しかし悲しいかな。

 エリスはルークのアプローチをアプローチとして認識しておらず、ただのうるさい奴、という印象しかなかった。

 今の彼女の頭を占めるのはフィリップとルーデウスのふたりだけだった。

 

 エリスの答えから何となく事情を読み取ったリベラルは、一応ルーデウスにもそのことを伝えておくかと考える。

 現在はシルフィエットやロキシーへの好意に対し、どう対応するか迷ってるヘタレっぷりを見せているがまあいいかと思う。

 

「フィリップ様の元へはいつ向かうのですか」

「準備が出来次第になる。早くても3日後になるだろう」

「そうですか……」

 

 随分と急いでいるが、フィリップ側のことを考えると仕方ないのだろう。

 アスラ王国に辿り着くまでかなりの時間を要するため、少しでも早めに出るのは仕方のない話だった。

 

「まあ、出発までの間に困ったことがあれば力になりますよ」

「助かる」

 

 そうして、エリスとギレーヌとの時間を過ごしていった。

 

 

――――

 

 

 それからしばらくエリスたちと過ごしたリベラルは、特に何事もなく帰宅した。

 家に到着した彼女は、中に入る前に郵便が来ていることに気付く。

 この世界では郵便はある程度普及しているが、そうそう頻繁に届くものではない。

 今日の朝もアリエルからの手紙が来ていたため、次は誰からだと思い郵便の中身を確認する。

 

 

 手紙の差出人は――ナナホシ シズカ。 

 

 

「……遂に、ですか」

 

 名前を確認したリベラルは小さく呟き、手紙に書かれた指定時間も確認する。

 早急に会いたいという思いがあるのか不明だが、明日と記載されていた。

 

「…………」

 

 オルステッドもようやくこの地に到着したようで、話を聞くための準備は整っているとのことだ。

 以前のような出会い頭の殺し合いに発展することはないだろう。

 

「……やっと、会えますね」

 

 約5千年。

 ずっと会える日を待っていた。

 彼女との約束を果たすために、リベラルはこの世界にやってきたのだから。

 




前書きは深夜テンションで書きましたすみません。

Q.技紹介。
A.地空剣→作中での描写通り、身体を地面近くまで倒しながら剣を振るう。
鯨波は四章12話を参照下さい。

Q.エリス強くね?
A.強いです。剣神よりも北神の方が教えるの上手かったのかも知れません。現在のステータスを表記するのであれば…
剣神流:剣聖
北神流:北聖
となります。しかしその2つを組み合わせた戦いをするため、王クラスの領域に入り込んでます。現時点でもパウロより強く、ギレーヌと僅差という設定です。


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11話 『セブン』

前回のあらすじ。

アリエル「トリスティーナ確保したけどもっと盤石な体制にしてからアスラ王国に向かいます」
ギレーヌ「銀緑の伝説はあたしも知っている。一手願おう」
エリス「リベラルに負けて悔しい…」

更新遅れると思ったけど、だいぶ昔(5年前)に作ってた過去話があったのでそれとくっつけて無理やり完成させました。
今言ったように5年前に考えた設定&書いたものが11話に編集もせずに使われてますが、特に違和感ないと思います……ないよね?

こうして考えると、最初に投稿してから5年以上経ってるんですよ…更新遅すぎて草すら生えませんね…。


 

 

 

 シャリーアの郊外にある小屋。

 そこにリベラルは足音を立てながら歩んでいた。

 ナナホシから指定された場所はそこであり、オルステッドと共にそこで待つと記されていたのだ。

 ふたりと会うことはずっと待ち望んでいたことであり、心臓が高鳴って自然と高揚していた。

 

 小屋に辿り着けば、異様な雰囲気が漂っていた。

 初代龍神の血を引くオルステッドの神の魔力がそうさせているのだろうか。

 何かしらの効果線が出ていそうな感じがしていた。

 もちろんそれに怯むことはないし、リベラルは躊躇なく扉の前まで歩み寄る。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 深呼吸をひとつ。

 扉をノックした。

 

「お待たせしました、リベラルです」

「来たか。入るといい」

「はい」

 

 ガチャリと扉を開けば、中にある椅子にオルステッドは座っていた。

 その横に並ぶかのように、ナナホシも椅子に座っている。

 三者面談かな? なんて冗談を思いながら向かいの椅子にリベラルも着席した。

 

 オルステッドは僅かに警戒しているのか、すぐにでも動けるような重心であったが、そのことには触れずに口を開く。

 

「はじめまして、と言うべきですかね。知っていると思いますが私はリベラルです。今回は忙しい中お集まり頂きありがとうございます」

「…………」

「前回の出会いについては、不幸なすれ違いとしてなかったことにしましょう」

 

 争いになった原因は既に分かっていることであり、態々そのことを蒸し返す必要もない。

 サラッと流しつつ、今回来てもらった目的について話しを始める。

 

「お前のことはナナホシやペルギウスから聞いた……ヒトガミを倒すことを目標にしていると」

「ええ、それが私たち龍族の悲願ですから」

「それだけではないだろう」

 

 他の龍族でヒトガミ打倒を掲げている者は少ない。

 明らかに形式的な理由を告げたリベラルに、オルステッドは訝しげに睨み付ける。

 ピリピリした雰囲気が辺りに漂い、隣にいたナナホシは居心地が悪そうだった。

 彼女としてはこんな場所で争われたら巻き添えになってしまうので、逃げ出したい気持ちも湧き出る。しかし、早く話をしたい思いもあり、ジレンマに襲われていた。

 

 そのことを察したリベラルはフッと小さく笑い、無駄な駆け引きを止めることにする。

 

「私がヒトガミを倒したいのは、父親であるラプラスの願いだからですよ」

「ラプラス……『魔神』ではなく『魔龍王』か」

「私の大切な家族です。暴力ばっかり振るってきて何度も逃げ出してやるって思ったりもしましたけど、今となっては微笑ましい過去ですよ」

 

 龍鳴山で過ごした日々は、辛いことも多かった。けれど、それでも幸せな思い出も沢山あるのだ。

 ラプラスを出迎え、サレヤクトに餌をねだられ、ロステリーナに癒やされて。

 狭い世界であったが、それでも十分だった。

 今でも思い返すことが出来る。

 互いに家族として認め合い、わだかまりのなくなったあの日のことを。

 

 そして、全てを失った日のことを。

 思い返せば思い返すほどに腸が煮えくり返る。

 許せない。

 人の大切なもの(ラプラス)を奪い、今も人々の大切なものを壊すヒトガミが憎い。

 

 当時のことを思い出したリベラルは、自身の過去について語っていた。

 龍鳴山にてずっと鍛錬を要求されたこと。

 思わず家出してしまったこと。

 殺されかけたこと。

 仲良くなったこと。

 自身がバーディガーディに敗北したこと。

 父親とサレヤクトを失ったこと。

 そして、誓いを立てたこと。

 

 途中で声が荒くなったり、悔しさで握り締めた拳からも血が溢れ出たりした。

 それでもゆっくりと全て話し、オルステッドも口を挟むことなく聞き続けた。

 

「とまあ、それがここに至るまでの私の歴史ですよ」

「……そうか」

 

 オルステッドはそれ以上何も言うことはなかった。

 彼もヒトガミのことはよく知っているのだ。

 似たような経験もあったし、実際に似たような境遇の者を見たことがあったりする。

 だからこそ、リベラルのその気持ちが本気であることは伝わったし、口を挟むようなこともしなかった。

 

「私からもいい?」

 

 と、そこで今までで黙っていたナナホシが口を開く。

 

「貴方は……異世界人、なのよね?」

 

 ルーデウスに対しても溢していた疑問。

 リベラルが訪れてから真っ先に知りたかったことだ。

 その質問に彼女は特に物怖じせず平然とした様子で答える。

 

「ええ、私は異世界人であり転生者です。ただし、静香のいた日本とはちょっとだけ違う平行世界から、ですけどね」

「平行世界……?」

「言葉通りです」

 

 思っていた答えと違ったことに、ナナホシは怪訝な表情を浮かべる。

 

「じゃあ、何で私のことを知ってるの?」

「転生前の私と静香は親友だったからですよ」

「平行世界から来たって言わなかった?」

「言いましたよ」

 

 ナナホシの疑問はもっともだろう。

 平行世界にいた自分と仲が良かった、と言われても納得出来るような反応ではなかった。

 それに、期待していた答えでもなかった。

 もしかしたら彼女なら転移事件について知ってるかも、と思ったがこれでは期待薄だろう。

 

 そうして僅かに落ち込んだナナホシだったが、リベラルは言葉を続ける。

 

「私が出会った静香は、未来の貴方なんですけどね」

 

 サラッと告げられた言葉に、ナナホシやオルステッドは驚いた表情を見せた。

 

「待って……つまり、どういうこと?」

「本来私という存在は誕生しない筈でした。オルステッド様ならその意味が分かるでしょう」

「………」

 

 話を振られたオルステッドは、その言葉の意味に気付く。

 何度もループを繰り返してヒトガミを倒そうとしている彼は、ループ期間におけるありとあらゆる人物を知っている。

 それこそ、誰と誰がくっつけばどの人物が生まれるかすら知っているのだ。

 ナナホシ、リベラル、そして話に聞いているルーデウス。この3人は彼のループにて一度も存在しなかった人物たちである。

 

 そしてリベラルの発言は、オルステッドがループをしていることを知っていることを告げていた。

 

「本来の歴史での静香は、ルーデウス様や特待生の皆様、そしてペルギウス様たちと協力し、異世界転移装置を作り上げました」

「――――」

「その装置を使った結果、静香は私の元に転移して来た訳ですよ」

「……待って、つまりそれは――」

 

 声を震わせるナナホシ。

 そう、リベラルの言葉から考えられることはひとつしかなかった。

 

「――私は……失敗して知らない世界に行ったというの……?」

「その通りです」

「そんな……」

 

 ナナホシは唖然としてしまう。

 まだまだ先は遠いが、それでも異世界転移装置を作る道筋は見えていたのだ。

 なのに、それが失敗すると前もって伝えられればショックを受けるのも当然だろう。

 自分の努力が全て無駄になってしまったかのような気持ちに苛まれる。

 

 だが、話には続きがある。

 それだけではリベラルがこの世界にいることに繋がらない。

 

「お前がこの世界にいるのであれば、そちらの世界からこちらに来ることは出来ているのだろう」

 

 そのことを疑問に思ったオルステッドが質問していた。

 

「そうですね。私は静香の持っていた異世界転移についての資料や設計図を元に、この世界に転移したんです」

「じゃあ……私は元の世界に帰れるの……!?」

「まあ、失敗したから転移じゃなくて転生しちゃったんですけど」

 

 失敗したことをカラカラ笑いながら告げるリベラルだったが、ナナホシからすれば笑いごとではない。

 転生したということは、つまり彼女は死亡して今のリベラルになったということだ。

 原因は知らないが、それでは帰れると喜べないだろう。

 ナナホシは帰りたいと願っているが、転生した状態で帰りたい訳ではない。

 今の姿のまま日本に戻りたいのだ。

 

 その願いを持っている彼女からすれば、その宣告は絶望そのものだろう。

 そんなナナホシとは対照的に、オルステッドは納得することがあった。

 

 リベラルという存在はイレギュラーであり、正体が何も見えなかった。

 しかし、話を聞く限り異世界とこちらの世界では時間の流れが違うようなのだ。

 未来のナナホシが異世界に行き、その情報を持ったリベラルがこちらの過去の世界にやってきた。

 言葉にすればそれだけのことである。

 

 詳しい原因は分からないものの、異世界とこちらの世界の時間の流れが違ったため、リベラルは過去に転生してラプラスの娘になったのかも知れない。

 異世界を経由した転生のため、オルステッドの持つループの効果をすり抜け、ループ開始地点より更に過去へと干渉することが出来たのではないかと考える。

 もしかしたら、オルステッドの持つループが世界へと影響をもたらすため、そこから何らかの要因が働き転移が失敗して過去へと飛ばされた可能性もある。

 とはいえ、憶測に過ぎない以上混乱させるだけと判断し、彼は言葉にはしなかった。

 

「折角です。異世界での静香の話もしましょう」

「……その話は、必要なの?」

「必要ではありませんよ。ただ私が話したいだけです」

「なら興味ないわ」

「無理ですぅー! 聞かないと私もこれ以上何も話しませーん!」

「…………」

 

 謎のテンションで告げるリベラルに、ナナホシは少しイライラした様子を見せる。

 だが、彼女から色々な話を聞かなければならないことも事実だ。

 嫌そうな表情を浮かべながら、根負けしたナナホシは了承する。

 

「昔々、あるところに私がいました。私は買い物をし、家から帰る途中で――」

「その話し方止めてくれない? 私は真面目に聞いてるのよ」

「……コホン、失礼しました」

 

 彼女からの注意に、リベラルは謝罪しながら気を取り直す。

 そして次は、真面目に話し出した。

 

 

――――

 

 

 リベラルは転生する前、周りからは『セブン』とあだ名で呼ばれていた。

 名前に七という文字が入るためか、自然とそう呼ばれるようになったのだ。

 それはさておき。

  ある程度頭の良い大学を卒業してるのにも関わらず、 周りからは目先のことしか見てないから詰めの甘い奴と言われてる人間だった。

 

 そんなセブンはロマンを求めたのか、 研究職で色々な科学分野の勉強をしていた。とは言っても、周りのレベルに追い付けずに落ちこぼれに近い状態だが。

 そしてその日、セブンは冷蔵庫の中が空っぽだったことに気付き、近所のスーパーへと買い物に出掛ようとしていた。

 

「雨ですか。外に出る日に限って降りますね、全く……」

 

 パラパラと降り注ぐ雨雲を見上げ、セブンはゲンナリした様子を見せる。

 しかし、どのみち外へ行かなければ食事にありつけることが出来ないのだ。デリバリーは割高なので却下である。

 セブンは愚痴を溢しながらも車へと乗り込み、何を食べようかと考えながら走らせた。

 

「我ながら安直な気もしますね……」

 

 買い物を終えて食材を車に乗せたセブンは、自分が買ってきたご飯を思い、苦笑を浮かべる。

 正直、料理をするのが面倒だったので、インスタント系のものを適当に購入しようとしていたセブンだったが、日持ちのするカレーへとシフトチェンジしたのだ。

 やすい、うまい、おおい。

 その3拍子を兼ね備えているものこそ、カレーだろう。

 野菜をタップリ入れれば、栄養も満点だ。鼻歌を歌いながら車を進めていたセブンであったが、その日に運命が変わることとな った。

 

「ん? 誰か倒れてる……?」

 

 家の前へと到着し、駐車場へと車を止めようとしていたのだが、 何者かが家の前にうつ伏せで倒れていたのである。

 車を止めたセブンはドアを開け、雨の中を出歩くことに怠く感じながらも、その人物の元へと駆け寄った。

 

「酔っ払いですか? 邪魔ですよー。そんなところで寝ていたら風邪引きますよ」

 

 元々この場所は住宅街であり、車が暴走出来るほど広い場所でもないし、周囲に荒れた様子はない。

 なので、事故による怪我人でないことは明白だろう。 病人でなければ、倒れているのはただの酔っ払いだと判断したセブンは、メンドクセェなあ……と内心思いながらも声を掛ける。

 だが、声を掛けても反応がなかったので、セブンは仕方なく倒れている者を仰向けにしようとし、そこで初めてその者が女性だということに気付く。

 

「ずいぶん若いですね。酔っ払いではなさそうですが……もしかして病気ですかね?」

 

 見た目的には何処にでもいそうな女子高生くらいの年齢のように見えたが、可笑しなところがあるとすれば、その格好であろう。

 現代人が着用するとは思えない旅装姿だったのだ。ローブのようなものを着ており、何かのコスプレと言われれば納得出来そうな格好である。

 

 そして、まるで天使の羽のような“白い髪の毛”であり、染めているようにも見えない美しい純白さ。

 どこかの漫画から飛び出してきたかのような姿であった。

 

「……何か、面白そうな臭いがしますね」

 

 少しばかり現実離れしたその状況に、セブンは玩具を見付けた子供のような瞳を見せ、倒れ伏せていた少女を看病することにする。

 さっさと警察や病院にでも連れてった方が良さそうだったが、興味が湧いてしまったのだ。

 

 ただの好奇心。

 今のセブンを突き動かしたのは、ただそれだけである。

 こんなことばかりだからこそ、周りから馬鹿にさ れるのだ。

 

 しかし、 セブンはこうした好奇心は人生を楽しむのに必要であり、従うべきだと思っている。もちろん常識の範囲内で、だが。

 

 目の前に倒れている少女に関しても、取り合えず身元の分かる物の確認が取れて、 ただのコスプレイヤーだったりすれば、普通に警察でも呼ぶつもりだ。

 けれど、 何となく予感があったのだ。 この少女はそんなものではない、と。常識では測れない未知である、と。

 

「リュックも持ってるのですか。後で中身を拝見させて貰いましょうか」

 

 少女を家の中へ運び、リュックも運び、車を駐車場に停めたセブンは、意気揚々と家へ帰宅する。

 残るはシトシトと降り注ぐ雨音だけであり、 何事もなかったかのように雨だけが降り続いた。

 

 

――――

 

 

「……ん、んぅ… ここは……?」

 

 目を覚ました少女は、ボンヤリと瞼を開けて天井を眺める。

 そのまま何をするでもなく、じっと廃人になったかのように眺め続けた。それから暫くすると部屋の扉が開き、一人の人物が中へと入って来た。

 

「おや、 目覚めたようですね」

「…………」

「私はセブンと周りから呼ばれてます。 貴方が私の家の前で倒れていたので看病させてもらいました。 それで、貴方の名前は何ですか?」

 

 セブン、と名乗った人物に対し、 少女はボンヤリとそちらを眺めるだけであった。

 そのことをセブンは怪訝に思い、 踏み行った質問をしようと考える。

 

「自分の名前を覚えておりますか?」

「……覚えてない」

「そうですか。貴方の名前は七星 静香さんらしいですよ」

 

 セブンの言葉に対し、 少女は何故分かるのだと言いたげに首を傾げたが、カードのようなものが差し出される。

 少女はそれを手に取って見れば、とある高校の生徒証であることが分かった。

 

 表記されてる名前は――七星 静香。

 

 記載されている写真を見て、彼女は近くにあった鏡へと顔を向ける。

 髪色に違いはあったものの、それは確かに自分の顔であったのだ。

 

「七星さんは私の家の前で倒れていた訳ですが…… どこまで記憶があるか教えてもらっても?」

「…………」

 

 セブンの質問に対し、 七星は考える素振りを見せながら口を開く。

 

「昨日までよ。 気付いたら知らない場所にいて……けど、とにかく帰らなきゃって感じて……。

 どこを目指してるのか分からないまま歩いていたら……ここに辿り着いて……表札を見たときに意識を失ったの」

「……なるほど、昨日までですね」

「えっと、その……態々看病してくださってありがとうございます」

 

 ある程度意識がハッキリとしてきたのか、七星は礼を述べる。だが、セブンは別に構わないと一瞥するのみであった。

 

「七星さんにひとつお伝えすることがある とすれば……貴方はちゃんと家に帰れてるということですかね」

「……? それはどういう……」

「いえ、その生徒証に記載されてる住所なんですけどね、この家なんですよ」

「えっ……?」

「記憶喪失になりながらも帰って来れるとは、人体は神秘に満ち溢れてますね」

 

 軽く笑いながらそう告げるセブンに対し、七星は唖然とした表情を浮かべたまま固まる。

 何故なのかは分からないのだが、七星はどうしても家に帰りたいという気持ちが心の中に燻っていたのだ。そのために、今までずっと頑張ってきたのだから。

 

 けれど、 出された答えは帰れてるのか帰れてないのかよく分からないものであった。そのことに、混乱してしまう。

 

「あの……ここは私の家じゃないの……?」

 

 そんな馬鹿なと思う。

 七星は確かに見たのだ。

 この家にあった表札の名前を。

 

 ――――『七星』と刻まれた表札を。

 

 それに対し、セブンは何が面白いのか愉快そうに顔を綻ばせ、

 

「勿論違いますよ。この家には結構前から住んでますので。

 それに、私には貴方のような娘がいた記憶なんてありません。

 そもそも子供なんていませんし、 まずパートナーもいないので」

 

 更に言えば、 親戚にも『静香』と言う人物はいないのだ。

 もしかしたら遠い親戚にいるのかも知れないが……それはあり得ないという確証がセブンにはあった。

 

「…………どういうこと……?」

「さあ? 私にも分かりませんよそんなことは。 ただですね……貴方が眠っている間に、知り合いの公務員に七星さんのことを調べさせてもらったんですよ。そしたらですね? 何とも驚くべきことが分かったんですよ!」

 

 口を三日月のように歪め、答えた。

 

「――七星 静香という戸籍は存在しなかったのです」

 

 楽しそうな様子を見せるセブンに、七星は不快に感じながらもどういうことなのか考える。

 

 そもそも昨日以降の記憶がないのでロクな考察など出来ないが、セブンはこの家が生徒証と同じ住所だと告げたのだ。だが、 実際には七星の家ではなかった。

 本能が覚えているのか、もしくはただの勘なのか。 けれど、それは自分でも感じていたことなのである――ここは私の家ではない、と。

 

 胸の中に燻るのは、顔を思い出すことの出来ない母親と父親の顔。

 その日は秋刀魚を焼くと言っていた。

 早く帰って来ると言っていた。

 朧気だが、そんなやり取り があったような気がするのだ。

 

 そのことを思うと、胸の奥が締め付けられるような気持ちになり、涙が溢れてしまいそうになる。

 

 帰りたい。

 

 その想いが、 消えない。

 

「驚くべきことは、この生徒証の学校そのものも存在しないことですね」

「学校も……ないの?」

「ええ、戸籍に関しては見落としによる勘違いの可能性もありますが、学校に関しては間違いようがないでしょう」

「そう……」

 

 自然と落胆した声が溢れ出していた。学校もないのであれば、大好きだったあの人にももう会えない。

  存在しているかも知れないけど、もう2度と会えない気がして。

 

 そんな悲しみが溢れているのに、思い出すことも出来ない。

 そのことが余計に辛くて、もどかしくて、苦しかった。

 

「それと、勝手ながら貴方のリュックを調べさせてもらったのですが……こちらも興味深いものでしたよ」

 

 悲しむ七星のことを気にした様子も見せず、セブンはポケットから宝石のような物を取り出し、 彼女へと見せる。

 

「これが何だか覚えておりますか?」

「……魔力結晶」

 

 見たことのない物の筈だった。

 だけど、七星の頭の中にはその使い道がハッキ リと流れ込んでいた。

 知らないのに、知識だけが頭を埋め尽くす。

 けれど、頭の片隅に何かが残っていた。

 魔力なんてないから、ずっと代わりに使い続け、彼と協力するようになってからは消費量が減ったもの。

 別れのあの日に護身用として渡されたもの。

 

 七星はデジャヴのような不思議な記憶にとらわれ、思い出すことが出来ないのに寂しさを感じた。

 ポッカリ空いたかのような喪失感は、ずっと拭うことが出来ずにいる。

 

「なるほど。 魔力結晶は覚えているのですか……知識自体は残っているみたいですね」

「……全然分からないわよ」

「魔素と呼ばれる不思議物質で出来たものらしいですね。科学の根本をぶち壊す存在ですよコイツは」

「…………」

 

 研究者であるセブンからすれば、魔力結晶などと非科学なオカルトの塊である意味不明なものを手に入れ、阿鼻叫喚な気持ちであった。

 だが、 それ以上に興味を抱き、強制的に冷静さを取り戻させるものがあったのだ。

 

「では、ルーデウス・グレイラットという名に聞き覚えは?」

「……分からないわ」

「オルステッドという名は?」

「……分からないわ」

「ペルギウス・ドーラは?」

「…………」

「そうですか……では、最後にもう一人だけ」

 

 少し溜めつくりながらセブンは口を開き、

 

「――篠原 秋人、という名も知りませんか?」

 

 ドン! と床を叩く音が響き渡った。

 七星が怒りの表情を浮かべながら、腕を振り下ろしたのだ。

 先程まで感じられていた寂しさは無くなり、セブンを睨み付けるかのように見ていた。

 

「分からないって言ってるじゃない! 分からない……分からないのよ!

 皆の名前を聞く度に胸が締め付けられて……苦しくなるの……!

 もう、聞かないで下さい……私はそんな人たちのことは知りませんから……!」

 

 七星の激情にセブンは少し呆気に取られた様子を見せ、すぐ病人に対して深く突っ込みすぎたと謝罪をする。

 それからこれ以上のことを訊ねても無駄だと判断し、セブンはどうするべきか思案しながら部屋から出ていった。

 

「もしこれが事実だとすれば……世紀の大発見どころではありませんね」

 

 カレーでも持っていって落ち着いてもらおうと考えながら、セブンは七星のリュックに入っていたもののことを思い、楽しげな表情を浮かべる。どれもこれもが現実離れしたものだ。

 

 存在しない戸籍に学校。

 聞いたこともない物質。

 怪しげなスクロール。

 そして家族宛に書かれた手紙。

 

 結局、篠原秋人という戸籍も存在しなかったし、ルーデウスの前世の家族とやらも見付からなかった。

 それらの状況を鑑みて、七星 静香という人物が何なのか……にわか信じがたいがとある仮説が思い浮かぶ。

 

 即ち――異世界人だと。

 

 無論、それ以外の仮説も山ほどあるのだが、セブンは七星が異世界人だと信じた。

 オカルトを信じるのは学者として失格だろうけれど、その方が夢のある話なのだから。

 

 むしろ、そうあって欲しいと願う。

 つまらない現実より、夢想した方が面白いもの だ。

 

「異世界ですか……もしもこれらが事実であれば……ふふっ、こんなにもワクワクするのはいつ以来でしょうね……」

 

 そしてその手には、本のようなものが握られ――『無職転生』 とタイトルが記載されていた。

 とある転生した人物が、かつての家族宛に書いた書籍。

 

 ルーデウス・グレイラットが書き記した人生の軌跡だ。

 

 

――――

 

 

 セブンがその場から立ち去った後、七星は何をする訳でもなく、虚ろな瞳で虚空を眺める。

 

 七星の記憶にあるのは昨日までのことで、その時は漠然とした気持ちのまま、何も思考することも出来ずに帰路を探していた。

 けれど、辿り着いた先に帰るべき場所はなく、自分の居場所はなかった。

 とても遠い場所に迷い込んでしまい、ここは異世界なのだと告げられたのだ。

 

「……なんでよ」

 

 見知らぬ世界に放り出され、記憶すらも失った。

 何で自分がこんな場所にいるのかも分からず、心の奥を帰郷の気持ちで締め付けられる。

 

「……なんでなのよ」

 

 孤独だった。

 頼れる者もいない。

 不安が七星の胸を押し潰す。

 

「なんでっ! 私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……っ!」

 

 親の顔すら思い浮かべることが出来ず、訳の分からない状況で昨日以降のことを思い返すことも出来ない。

 なのに、知らない知識だけは頭の中に残っている。

 誰一人として知人を思い出せないのに、そんなことだけは覚えているのだ。

 知らないことを知っていることが気持ち悪くて、思い出したいことを思い出せなくてもどかしい。

 どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのか、行き場のない憤りが心の中をグルグルと駆け巡っていた。

 

「私は何なの……」

 

 自分が何者なのかも思い出せない。世界にたった一人だけ取り残されたかのような孤独感に襲われ、七星の嗚咽が部屋の中に響き渡る。

 

「帰りたい……帰りたいよぉ……」

 

 ずっと消えることのない渇望を口にし、七星は泣き続けた。




※ここから過去編に突入はしません。後は口頭で説明してもらいます。
過去編書こうかと思いましたが、冗長になりそうなのと上手く書けなさそうだったので止めときます。

Q.リベラルの話を少し整理して欲しい。
A.原作二百三十六話のナナホシが転移失敗→セブンの世界にやってくる→異世界転移装置の資料を元にセブンが六面世界に転移する→何らかの要因で失敗して死ぬ→過去に魂が行く→セブン改めリベラル誕生
社長が考察してくれた通りです。

Q.社長今回は大人しいな…。
A.ペルギウスとナナホシから釘を刺されてるので流石に見敵必殺はしませんでした。

Q.なんかリベラルのテンションおかしくね?
A.彼女本人に自覚はありません。作者である私が意図的にテンションバグらせてます。お陰様でナナホシも激おこです。

Q.え?リベラルって七星なの?!
A.七星ですが静香ではありません。ただの七星であり、それ以上でもそれ以下でもないです。

Q.リベラルの前世って男? 女?
A.決めてません。どちらでもいいですが、うぶっぽいところや女性であるナナホシがこれから先家に居付くことを考えれば、女性の方が違和感はないかもしれませんね。

Q.何でナナホシの髪の色が白になってるの?
A.なんでやろなぁ。
ところで話が変わりますが、原作にもいましたよね。髪の色が変わり、記憶も中途半端になった人物が。不思議ですね。


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12話 『龍神と五龍将』

前回のあらすじ。

オルステッド「リベラル、お前のことはペルギウスやナナホシから聞いた」
リベラル「私は平行世界から異世界転生してきました」
ナナホシ「え?どういうこと?」

今回は2話連続投稿になります。
書いた話が約1万2千文字だったので、それなら分けようかなってなった結果です。


 

 

 

 リベラルから語られた内容は、とても信じられないものであった。

 記憶を失った自分を助けたのがリベラルであり、同じ七星という名前だと言うのだ。

 しかし、静香と下の名前で呼ぶことに納得はいった。

 同姓であれば呼びにくいため、自然と下の名前で呼ぶことになるだろう。

 

「それから、あてのない静香は私の家で暮らすことになりました」

「……どれくらい一緒に過ごすことになったの?」

「約50年ほどですね」

 

 アッサリ告げられる年数に、ナナホシは頭が痛くなる。

 現在のリベラルは約5千年も生きてるので大したことないように思えるが、人間の五十年はとてつもなく長い時間だ。

 当時の彼女は人間だったのだから、それはもう長い間一緒だった訳である。

 

 それに、ナナホシは転移の影響か不明だが歳を取らない。

 リベラルの世界ではどうだったか分からないが、同様に歳を取らなかったとしても不思議ではなかった。

 そんなナナホシと共に、五十年も共にいたというのだ。

 正直、頭がおかしいのではないかとさえ思った。

 

「色んなところに行きましたよ。遊園地や動物園、オシャレなカフェ、それに世界旅行など……。

 まあ、それでも貴方の焦燥感は取り除けませんでしたけどね」

 

 この世界でもそうだが、ナナホシは『帰りたい』という願いを強く持っている。

 そんな長い時間ずっと帰れずにいたとしたら、その気持ちはもっと強くなるだろう。

 

「それと、私の出会った静香は髪の色が白かったと言いましたよね?」

「言ったわね」

「それについての疑問も答えます」

 

 この世界では別に髪を染める文化などないし、ナナホシ自身もそんなことをしようとは思ってない。

 将来的にはどうか分らないが……少なくとも白に染めようとはしないだろう。

 

 隣で聞いていたオルステッドは、ひとり納得したような表情を浮かべていた。

 ナナホシは何も分かってないのに何で隣の男はそんな表情を見せてるんだと思うが、すぐにその雑念を振り払う。

 

「ある程度の年数を共に過ごしても歳を取らない静香に疑問を持った私は、少しばかり貴方の身体について調べたんです」

 

 リベラルとしては、その不老のような体質は転移に失敗したことに関係していたのではないかと考えた。

 異世界に来ただけで歳を取らなくなる、と言われてもその因果関係が全く持って不明だからだ。

 

「結果、貴方の遺伝子配列はもうめちゃくちゃであり、異常に少なかったということが分かりましたが……当時の医学ではそれ以上のことは何も分からず終いでした」

 

 それがどういう意味を持つのかは誰にも分からなかった。

 リベラルも今なお分からないことなのだ。

 

「貴方の身体からは何のヒントも得られませんでしたが……何か似ているなって感じたこともありました」

「似ている?」

「ええ、私の父親であるラプラスとです」

 

 魔龍王ラプラスは闘神に敗北し、転生する際に魂がふたつに分かれた。

 人の存在を憎悪する『魔神』と、神を打倒せんとする『技神』。

 記憶を失い、丁寧に髪の色まで変わっており、魔神は緑髪、技神は銀髪となっているのだ。

 

 とてもよく似ているだろう。

 ナナホシは記憶を失いつつも、帰りたいという帰郷の思いだけが残っていたのだから。

 そこから彼女はひとつの結論を出していた。

 

 即ち――己の出会ったナナホシは抜け殻でしかなく、本体は転移すら出来ずにいたのではないか、と。

 

「まあ、今となっては確かめようがないんですけどね」

 

 オルステッドも当時のナナホシの状況がラプラスと似ていると感じたからこそ、納得した表情を浮かべていたのである。

 

「リベラル。ナナホシがこの世界にやって来たことはどう考えている?」

 

 今までの話は、リベラルが誕生するまでの過程の話だった。

 しかし、その過程を生み出したナナホシたちはオルステッドも知らない存在なのだ。

 オルステッド自身も考えてはみたが、結論は出せずにいた。

 

「ペルギウス様にも言われたかも知れませんが、静香を召喚することが可能な人間はこの世界にいません」

 

 この世界で最も召喚魔術に長けているペルギウスが出来ない以上、他の者に出来ないことは道理だろう。

 

「私は転移事件が起きることを知っていましたので、前もって現地の調査を行いましたが……そこには赤い珠がありました」

「赤い珠?」

「適切な言葉がありませんが……次元の裂け目とも言えるようなものです。そしてそこに魔術的な要素はありませんでした」

 

 じっくりと調べた訳ではないが、それでも魔眼を使用して調べたことだ。

 僅かな時間だったが、それでも圧倒的な情報量があったからこそ、リベラルは転移事件の被害を最小限にするのは時間の都合上不可能だと断じた。

 

「やっぱり、私は偶然この世界に来たのね……」

「いえ、そうでもないですよ」

 

 残念そうに呟くナナホシへと、リベラルは即座に否定する。

 

「思い出して下さい。貴方はこの世界に来る直前、どういう状況でした?」

「……トラックに轢かれそうだったわ」

「では、貴方の傍にいた人はどうなったと思います?」

「それは……」

 

 ナナホシもそのことを考え、篠原 秋人を探し回っていた。

 しかし、見付からないのだ。

 世界中を旅し、あらゆる場所に行っても彼の痕跡は見付けられなかった。

 

「……あれ、ちょっと待って」

 

 ふと、ナナホシは気付く。

 何故リベラルはそこまで知っているのだろうと。

 未来の自分は記憶を失ったと言っていたため、トラックに轢かれそうだったことは知らない筈である。

 リベラルの言うルーデウスの人生を記した書籍も、そこまで分かっているのはおかしいだろう。

 詳細を知りすぎていることに違和感を感じた。

 

「気付きましたか? その事故が起きる直前に、もうひとり誰かがいた筈です」

「…………あっ」

「ルーデウス・グレイラットの正体は静香が思い浮かべた人物ですよ」

「ちょっと、え、嘘でしょ……あの時のデブがルーデウスなの……!?」

 

 あまりの衝撃に目を見開くナナホシ。

 リベラルも今までのルーデウスの立ち振る舞いを見てきたので、あまりのギャップに当初は驚いたものだ。

 何があれば親の葬式日にブリッチオ○ニーをするようなクズが、ここまで成長することが出来るのだと突っ込みたかった。

 実は自身の過去を捏造して盛ってるのではないか? とすら思っているほどだ。

 

「このようにルディ様の話もするつもりだったので、是非同席して欲しかったんですけどね」

「……一応誘ったわよ。断られたけど」

「まあ、彼には申し訳ありませんが今はそのことはいいでしょう」

 

 来なかったものは仕方ないので、これ以上ルーデウスに関しての話をするつもりはない。

 

「でも、そう……そういうことね……」

「ルディ様が生まれたのは、静香が来る約5年前。元の世界であっても時間の流れが違ったんです」

「ということは、未来に現れるかも知れないということね……」

 

 ルーデウスの存在がなければ、その仮説を立てるのに多くの時間を必要としただろう。

 だが、彼の存在が未来に現れるであろう篠原 秋人の存在を感じさせることになった。

 

「そして話は戻りますが、静香が現れる原因となった転移事件。あれは先ほど言ったように人為的に起こせるものではありませんでした」

 

 魔術的な要素がないと言った以上、人の手で起きたとは考えにくいだろう。

 かといって、自然に起きたとも考えにくい。

 

「魔術以外であのような現象を起こせる存在を、私たちは知ってる筈です」

「なるほど、神子か」

 

 オルステッドの言葉に、彼女は頷く。

 

「ええ、そうです。神子については未だ解明出来ていないことが数多くあります。

 神子や呪子の力は魔力的要因でありながら、魔術としての法則を一切無視して力を発揮します。

 篠原 秋人の願いか、またはそれに類似することが起きた結果、恐らく静香を召喚したのではないかと私は考えてます」

 

 神子であれば、ペルギウスでも出来ないことを出来る可能性があった。

 もちろん、分からないこともある。

 全て推測に過ぎないため絶対という訳ではないものの、十中八九この予想が正しいだろうと考えていた。

 

「……そう」

 

 その答えに、ナナホシは残念そうにしていた。

 自分が召喚された理由についての推測が出来たが、これでは答えがなかったのと大差ないのだから。

 神子と呼ばれる存在の不思議パワーでこの世界にやって来たという結論は、今後の研究が困難でしかないことを指し示している。

 

 落ち込んだ様子のナナホシを他所に、オルステッドが考える仕草を見せながら口を開いた。

 

「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

「私はヒトガミを倒すために生み落とされた存在です。オルステッド様の力になるために強さも付けてきました」

「そうか……」

 

 ヒトガミ討伐には、オルステッドの協力が必須である。

 魔神ラプラスが復活すれば簡単には『五龍将の秘宝』は手に入らないだろうし、既に3つ確保しているオルステッドから貰えるかも分からない。

 仮に無の世界に辿り着いたとしても、ヒトガミに勝てるかも分からないだろう。

 ヒトガミの強さは未知数だ。

 初代龍神はラプラスにこう言った。

 

『なぜ奴が人神の姿をし、神の力をもっているのかはわからぬ。それを解かねば、敗北は必至だ』

 

 今のリベラルは、ヒトガミに対してある程度の推測は出来ている。

 何故人神の姿をし、神の力を持っているのか。

 そしてヒトガミという存在はどこから現れたのかも、それなりに考察することは出来ていた。

 しかしそれが正しいという確証はないし、ルーデウスが言っていたように格ゲーでキャラの性能を知っているのと、実際に対戦するのは別だ。

 そもそも能力の断定も出来てないのである。

 ヒトガミと相対しても、いきなり即死技を受けて殺されてもおかしくない。

 

「私はヒトガミを倒すと誓った身です。

 まだまだ信用出来ない部分もあるでしょうが、その想いは本当です。

 私の知っていることは何でも話しますし、持ち得た技術もお伝えします。

 

 だから――私も共に戦わせてくれませんか?」

 

 ラプラスの願い。

 それはオルステッドの力になることだった。

 そしてその望みは、娘であるリベラルに託された。

 その思いを背負い、彼女はここまで歩んできたのだ。

 決して短い道のりではなかった。

 長く、辛い日々だった。

 

 それでもリベラルは希望を捨てずに、オルステッドと共に戦える日をずっと待っていたのだ。

 

「…………」

 

 オルステッドは無言となる。

 

 彼は長い時間孤独だった。

 呪いによって他者と関わることが出来ずにいた。

 己がまだ弱かった頃、何度も人々から迫害を受けて深い関係を築くことが出来なかった。

 ペルギウスに拾われた時は、大きな救いだった。

 強さを教わり、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 出来ることなら、あの頃に戻りたいとすら思っている。

 

 ペルギウスの死を何度も経験することになった。

 ラプラス戦役を生き残れず、敗北するペルギウス。

 相打ちとなり倒れる姿も見てきた。

 やっとの思いで生き残り、ラプラス戦役を乗り越えたオルステッドを待っていたのは、新たな絶望である。

 復活した魔龍王ラプラスから聞いた、無の世界への行き方。

 五龍将の秘宝がなければ辿り着けないという残酷な事実。

 

 甲龍王以外にも、仲良くしてきた者たちはいた。

 聖龍帝、冥龍王、狂龍王……彼らからは多くのことを学び、頼りとなる“仲間”であった。

 彼らと共に、ラプラス戦役を乗り越えたこともあった。

 けれど、龍将たちの命を対価にしなければならないという事実に、オルステッドは酷く苦しんだ。

 

 それでも彼は選択した。

 彼らの命を糧に――ヒトガミを必ず打倒せんと。

 

 何度もループしていく中で、助けを求めたくなることもあった。

 袋小路に迷い込み、道を切り拓くのに多大な時間を要したこともあった。

 だが、オルステッドは孤独に進み続けた。

 そうしなければ、互いに苦しむだけだったからだ。

 

「……いや、助かる」

 

 彼は端的に、一言呟いた。

 誰の目から見ても明らかなほど、オルステッドの声には安堵が含まれていた。

 そんな姿を見るのは初めてだったのか、隣にいたナナホシは思わず彼を見ていた。

 

「リベラル。お前が手を貸してくれることに感謝する」

 

 リベラルは異質な存在である。

 しかし、それでも信用することにした。

 だって彼女は、魔龍王が残した希望のひとつなのだから。

 

(ラプラス、お前の力にまた頼ることになるとはな……)

 

 魔龍王に初めてあった時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 彼は優しい男だった。

 過酷な道を進ませてしまったことを、何度も謝罪していた。

 

 自分は望まれずに誕生したのではないかと思ったこともある。

 けれど、そんなことはなかった。

 彼は全てを教えてくれた。

 かつて世界が6つに分かれていたことを。

 全ての種族に祝福され生まれたことを。

 オルステッドが生まれたことを、ラプラスは「ありがとう」と感謝しながら泣いていた。

 

 他者から恐れられ、拒絶されてきたオルステッドにとって、その言葉は何よりも救いであった。

 

 そして再び、ラプラスの残したものが現れた。

 五龍将でない彼女は、オルステッドにとってこれ以上ないほどに都合のいい存在だ。

 呪いの効果を受けず、全ての事情を知っている。

 更には実力もあり、背中を任せられる強さがあった。

 今までのループの中で、彼女のような存在はいなかった。

 

「私も貴方と戦えることを嬉しく思いますよ。お父様が知ったらきっと共に戦えないことを悔しがるでしょうね」

 

 その言葉に、オルステッドも柔らかい笑みを浮かべた。

 

「それと、後でルディ様も紹介する必要がありますね」

「ルーデウス・グレイラットか。お前の話では俺の仲間になるという存在だったな」

 

 リベラルの言葉に、彼は思い返す。

 彼女が未来の知識を持っているのは、ルーデウスの人生の軌跡を記した日記を読んだからだと言った。

 つまり、彼には自ら教えたということだ。

 オルステッドは今まででの人生で、ループのことを告げた相手は一人として存在しない。

 それでも唯一己の真実を教えたということは、それほどの存在なのだろう。

 気になるのは当然だった。

 

「まあ、それはまた後ほどのタイミングでいいでしょう」

 

 そう言いつつ、リベラルは懐から分厚い一冊の本を取り出す。

 

「これが私の知る未来の知識、即ちルディ様の軌跡です」

「……残していたのか」

「ヒトガミを倒すための大きな武器になると思いましたので」

 

 オルステッドとこうして会合し、仲間となった時点で未来の知識は無用の長物である。

 ヒトガミを打倒するためにも、ループをしている彼がその情報を持ったほうが有効活用出来るだろう。

 そもそもリベラルは未来の知識に関して、全てをヒトガミ打倒のために活用していないのだから。

 

「分かった。後で読むとしよう」

「お願いします」

 

 そう言いつつ、オルステッドは最初の方のページを流し読みする。

 顔を顰めたりしていたが、開幕のブリッチオ○ニーの部分を見てしまったからかも知れない。

 プライバシーも何もあったもんではない。

 ルーデウスには申し訳ないと心の中で謝罪しつつ、彼女は話を続けていった。




Q.オルステッド。
A.社長が仲間になったよ!これで勝つる!!
オルステッドは優しいので、ちゃんと心を込めたお話は聞いてくれるのであった。

Q.ルーデウス。
A.プライバシーはありません。しかし情報の出処は明らかにする必要はあるでしょう。ナナホシも言ったように、誘っても来なかったので言いたい放題の状況になりました。

Q.ルーデウスの日記
A.リベラルが転生してから書き記したもの。頑張って覚えてた内容をそのまま書き写したので恥ずかしい内容も全部載ってます。


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13話 『前世からの約束』

前回のあらすじ。

リベラル「前世では約50年の付き合いです」
ナナホシ「神子が原因で転移したのなら、私の研究は無駄だったの?」
オルステッド「俺は孤独だったが、新たな仲間が出来た」

13話で五章は終了です。14話までやろうと思えばやれましたが、引き伸ばすだけになりそうだったのでやめました。遂に14話まで行きませんでしたが、今までは偶々だったので未練はありません。ないったらない!

今回は文字数が多くなってしまったため、ふたつに分けたので2話連続投稿となってます。
前話を見ずにこっちに飛んできた人はご注意下さい。
因みに文字数はこれくらいの方が良かったりしますかね…。


 

 

 

 

「他にも聞きたいことはありますか?」

 

 疑問に対してはある程度答えただろう。

 後ほど聞かれることもあると思うが、今聞きたいことはもうないかリベラルは確認する。

 

「私の研究についての意見を聞きたいわ」

 

 リベラルの話は、転移事件の仮説についてだった。

 ルーデウスという存在のお陰もあり、それなりの根拠を持った答えを聞くことが出来た。

 しかし、神子の力によって召喚された以上、ナナホシは転移の研究を続けて成果を得られるのか不安になったのである。

 

 未来の自分は転移に失敗したということを告げられたが、実際にこの世界から別の世界に移動することは成功していた。

 そしてその成果を元に、こちらの世界に転移――失敗したが――してきたのである。

 故に、リベラルは自身が将来辿るであろう研究内容について知っており、それが正しいかどうかを判断出来る存在なのだ。

 

「まあ、今の調子でいいんじゃないですか」

 

 だからこそ聞いたのだが、その答えは曖昧なものであった。

 

「……なに、その言い方?」

「言葉通りですよ。ルディ様や特待生の皆様、それにペルギウス様の協力を得ながら研究を続ければ大丈夫です」

 

 未来の自分は異世界転移装置自体を作れたが、結局失敗している。

 協力者もルーデウスやペルギウス、それに特待生のザノバやクリフだと先ほど言っていた。

 リベラルの台詞からは、前回の失敗と同じ道程を進むように言われているようにしか感じられなかった。

 

 そのため、ナナホシは険しい表情を見せる。

 

「それだと私は失敗するんでしょ?」

「十中八九、失敗するでしょうね」

「…………」

 

 失敗すると分かっていながら、そのような回答をしているのだ。

 ハッキリしない言い方に、ナナホシは段々とストレスを募らせていく。

 昔話をする時の態度もふざけていたし、ナナホシに対する対応も違和感を覚えることが何度か見られる。

 もしかしてリベラルは私のことが実は嫌いで、遠回しに煽って嫌がらせをしているのではないかと思うほどだ。

 

「何が言いたいのよ……」

 

 彼女の発言の意図を読み取れず、ナナホシは疲れた声色で呟く。

 

「えーと……そうですね……」

 

 リベラルは言い淀む様子を見せ、忙しなく視線を交互させていた。

 その様子には黙っていたオルステッドも怪訝に思うほどだ。

 

「ちょっと待って下さいね」

 

 そう言ったリベラルは、深呼吸をひとつして自らを落ち着かせようとする。

 言葉の整理がついてないのでなく、気持ちの整理がついていないかの様子だった。

 

 やがて、落ち着いた彼女は口を開く。

 

「……異世界転移装置自体は私がいつでも作れるんですよ」

「…………は?」

 

 あまりの爆弾発言に、ナナホシは目を白黒させてしまう。

 作れるのであれば、先ほどまでの勿体振った態度や転移に失敗したという発言は何だったのだという話だ。

 頓狂な声を出してしまったのも仕方のないことだろう。

 

「どういうことよ? それなら私が研究を続ける意味なんてないじゃない」

 

 当然の疑問である。

 作れる人間が既に存在するのに、なぜ何も知らない人間が一から作る必要があるのだと言いたかった。

 それに、今までの話も必要なかっただろう。

 

 リベラルは言いにくそうに視線を逸しながら、言葉を続けた。

 

「静香には……そのまま転移装置の開発を続けて欲しいんです」

「なんでよ」

「異世界転移に失敗した理由を知るためです」

 

 全く持って意味の分からない話だった。

 あまりにも説明が足りてないことはリベラルも自覚していたため、ポツリポツリとひとつずつ説明していった。

 

「実を言うと、先ほどの話で言ってなかったことがあります」

「なんのこと?」

「私が異世界転生をしたことについてです」

 

 リベラルは元々、転移をするつもりだった。

 結局失敗して死亡して転生となったが、その原因に関しては早期から判明させていたのだ。

 

「転移をするためのエネルギーが足りなかった。私はそんな初歩的なミスで死んだだけですよ」

 

 馬鹿な話ではあるが、それ以外に原因はなかったと言うのだ。

 転生先がラプラスの娘だったことは完全に予想外だったが、それでもルーデウスの例に当て嵌めれば説明出来ることだった。

 

「実を言うと実験を何度も重ね、静香の世界に行くことには成功してるんです」

「……ちょっと……どういう意味よ……」

「そのままの意味です。私やそれ以外の人間を異世界転移させることには既に成功してます」

 

 頭が痛くなりそうだった。

 本当にナナホシには彼女の意図が読めなかったのだ。

 

「分かりませんか静香? 私の異世界転移装置は、貴方が生み出したものです。にも関わらず、貴方は失敗したんです」

 

 彼女の研究成果は、全て未来のナナホシが作ったものから出来上がっている。

 つまり、ナナホシの技術をそのまま使い回ししてるだけに過ぎない。

 

「性能やコストに関しては改良出来ましたが……基盤は何も変わってません」

「!!」

 

 そこまで言われれば、リベラルの言葉の意味も理解出来た。

 リベラルは“未来のナナホシが作った異世界転移装置と同じものしか作れない”のだ。

 そしてその装置を使えば……ナナホシは転移に失敗してしまうだろう。

 未来の自分はそれを使って失敗したのだ。

 今の自分が同じものを使っても失敗すると考えるのは当然だろう。

 

「私自身の転移には成功しましたが……静香が失敗した理由が一切分からないんです」

 

 完成した異世界転移装置の実験に成功している筈なのに、ナナホシだけが転移に失敗する。

 何が原因か分からない以上、今のナナホシに使用することは出来ないだろう。

 僅かな望みに賭けて使用し、失敗して知らない世界に飛ばされたりすれば目も当てられない。

 

「私は製作過程に失敗する何かしらの原因があると考えてます」

「……何でそう思うの?」

「静香だけが転移出来ないからです」

 

 だからこそ、先ほどの発言につながったのである。

 ナナホシにはリベラルの助言なく、異世界転移装置を作って欲しかったのだ。

 

「オルステッド様も、今までの私の行動に幾つかの不審点を感じたでしょう」

「……そうだな」

 

 リベラルが未来の知識を持っていることや、その情報の出処にについてもハッキリした。

 だからこそ生じる疑問点もあった。

 未来の情報というアドバンテージがあったのだから、もっと上手く立ち回れたのではないか? という点だ。

 流石にループしているオルステッドほどでなくても、もっとやりようのある場面があった筈なのだ。

 

 むしろ、わざと今の状況に持っていったかのような節さえあった。

 オルステッドがループしてることを知っているようなので、敢えて手を出さずに流れに身を任せた、ということも考えられる。

 とは言え、仮にそうだとしてもおかしな点があることは否めないのだが。

 

「……私がここまでやってきたのは、誓いと約束があったからです」

 

 思考していたオルステッドだったが、彼女の言葉に意識を向ける。

 

「私の誓いは、ヒトガミを倒すこと」

 

 これは先ほどから言っていたことだ。

 リベラルひとりではどうすることも出来ないため、オルステッドの協力が必要不可欠だった。

 そして、己の家族を壊したヒトガミへの復讐心や使命によって築き上げられた誓いだ。

 そのために、長い鍛錬に身を捧げて力を手にした。

 

「そして約束は――静香を元の世界に帰すことです」

 

 元々リベラルがこの六面世界に転移しようとした理由は、その約束があったからだった。

 約50年間、前世の彼女は文字通り人生を捧げてナナホシを元の世界に返す協力を行い、結局失敗した。

 それでも尚諦めなかったからこそ、リベラルは龍鳴山でバーディガーディに敗北した日、絶望によって自害せず耐えることが出来た。

 

 ヒトガミの打倒と、ナナホシの帰還。

 それがリベラルの目的であり背負い続けたものだった。

 

「静香を元の世界に返すためには、先ほど言ったように失敗した原因を知る必要がありました」

 

 ナナホシだけが転移に失敗する以上、己の知る未来と違う異世界転移装置が作られるのだけは阻止する必要があった。

 基盤の違うものが作られでもすれば、もう失敗した原因を何も知ることが出来ないからだ。

 

「だからこそ、ルディ様に、ザノバ様、クリフ様、そしてペルギウス様の行動はなるべく変えないように調整しました」

「調整、か……」

「ええ。私はラプラス戦役に参戦し、運命の力というものを観測することに徹することにしたのです」

 

 ラプラス戦役に参加したのは、ルーデウスやルイジェルドにも伝えた通りの理由である。

 己の行動が本当に運命に影響を与えられるのか。

 また、与えられるとしてどの程度の変化をもたらすことが出来るのか。

 それらについての検証を行い、自身の影響力の推測を行った。

 

「幸い私には未来の知識がありましたので、その影響を観測することが可能でした」

 

 未来の知識がなければそのようなことは出来なかっただろう。

 どれほどの影響があるのか比べる対象がないのだから。

 しかし、リベラルにはその知識があり、それを為すだけの力もあった。

 その上でずっと自身の影響力。

 即ち運命の力という不確かなものについて調べたのだ。

 

 何度もシミュレートして考えた。

 ラプラスに全てを打ち明けた際にも、そのことや起きるであろう出来事について相談もした。 

 だからこそ、未来についての予測がついていたのだ。

 

「ペルギウス様はラプラス戦役を越えれば、特に干渉する必要もありませんでした」

 

 ペルギウスは強い運命の力を持ち、行動は大きく変えなくても問題ないことは分かっていた。

 

「ザノバ様はその神子としての力を国が持て余していたため、人形という切っ掛けを与えてラノア王国に来るように誘導が必要でした」

 

 ザノバはあまり強い運命の力はないものの、リベラルの干渉によって容易く動かすことが可能だった。

 

「クリフ様は教皇の孫であり、神子暗殺未遂事件が原因で権力争いに巻き込まれないようラノア王国に避難させられます。

 神子の暗殺に関しては時期が不明だったものの、どのみちそれが起きれば生きてようが死んでようが避難されることに変わりはなかったでしょう」

 

 恐らく、転移事件が発生してなくても彼はラノア王国に来ていたのではないかと考えていた。

 元からその運命にあるのならば、特に干渉する必要もなかったのだ。

 

「そしてルディ様。

 あの方の運命の力は強く、ちょっとした干渉では調整出来ず一番難しかったです。

 彼に強い影響を与えるためには、親しい仲になる必要がありました。

 だからこそブエナ村で私は過ごし、幼少期から関わりを持ち続けたのです」

 

 特に転移先が変われば、以降の行動も大きく変化しただろう。

 故に、干渉はしつつも本来の歴史通りを踏襲するように関わる必要があった。

 多少の変化はあれど、誤差の範疇に収まるようにするのには苦労した。

 そして、転移事件の時期が変化するという誤算はあったものの、それでもリベラルの調整は成功したのだ。

 

「親しい関係に、家族との交友関係。

 そうすることでゼニス様の治療を任された私は、ラノア王国に来るよう伝えました。

 それによってルディ様の行動も、静香に関することだけは変えないようにしたのです」

 

 もちろん、リベラルの行った調整はナナホシに関することだけではない。

 ヒトガミを倒すための調整も含めていた。

 

「ヒトガミを倒すのに避けることの出来ない私のお父様……魔神ラプラスの存在。それに対しても調整を行いました」

「……なに?」

「オルステッド様はまだ日記を読んでないので知らないでしょうが、ヒトガミはロキシー様を利用することで、シーローン王国第七王子パックス・シーローン様を自殺に追い込もうとしてました」

 

 パックスの存在は、オルステッドにとって非常に重要な存在だった。

 彼の存在がなければ、将来復活する魔神ラプラスの復活位置を固定することが出来ないのだ。

 パックスが自殺すれば、魔神ラプラスの復活位置を特定することが出来なくなり、いずれラプラス戦役が再勃発してしまう。

 魔神ラプラスが復活すれば、ヒトガミを倒すための一番の障害となり、勝ち目がとても薄くなってしまうのだ。

 

 その原因となるパックスの自害の阻止。

 彼が自害しようとしたのは、誰にも期待されなかったことが理由で絶望したからである。

 そしてその最初の切っ掛けとなったのが――ロキシー・ミグルディア。

 そこからパックスの認められない戦いが始まり、やがて疲弊して諦めた彼は自殺してしまうのだ。

 

「だからこそ、私は最初の切っ掛けをなくすためにロキシー様に魔術を教え、水王級になるための助言を与えました。

 それによって彼女はシーローン王国に寄ることがなくなり、パックス様との接触もなくなったのです」

 

 パウロを使って奴隷市場を潰そうともしたが、それも対処した。

 リベラルの行った干渉により、シーローン王国は転移事件が起きていない状況と同じものになった。

 つまり、オルステッドがループで知り得た状況と同じになるように調整したのだ。

 

「そうか……」

 

 オルステッドはリベラルの行動の違和感に納得がいった。

 彼女は自分の知らない情報を元に、ずっと動いていたのだ。

 情報に差がある以上、行動に対しての猜疑心が出るのは当然だった。

 そしてその行動に対しての説明を、リベラルは全て行ったのである。

 最早疑う必要もないだろう。

 

 リベラルは全て計算尽くで行動していたのだ。

 

「……なんで、そこまでするのよ」

 

 ナナホシは、ヒトガミに関してのことはあまり知らない。

 それでもオルステッドやリベラルのふたりが、ヒトガミを倒すために行動していることは知っている。

 きっとナナホシの転移に関する行動をしていなければ、既にヒトガミを倒すための道筋は完成していたのだろう。

 実際に完成していたのかは分からないが、それでもそう思わせるほどにリベラルは考えていた。

 

 “ナナホシが異世界転移装置を本来の歴史通りに作るように”細かく調整しながら活動していたのだ。

 そしてそれは、話を聞く限りこの世界に転生してからずっと考えていたことなのだろう。

 どれほどの時間を掛けたのかは分らないが、昔から計画していたことは分かった。

 

「……そんなの決まってるじゃないですか」

 

 リベラルは、何てことないかのように口を開く。

 あまりにも重く、強い想いを感じさせる言葉だ。

 

 

「先ほどから言ってる通りですよ」

 

「私は静香を元の世界に帰すために、この世界にやってきたのです」

 

「前世から、そしてこの約5千年の間、一時も忘れはしませんでした」

 

「静香が転移に失敗した原因を解明し、異世界転移装置を完成させることが私の役目です」

 

 

「……どうして、そこまで私を帰すことにこだわるのよ」

 

 その台詞に、リベラルは小さく笑った。

 

「貴方は知らないでしょうが、前世でずっと何度も言ってきたことなんですよ。

 静香を元の世界に帰してみせますって。

 

 だから――私はここにいるんです。

 

 

 

 

 五章 "それが貴方と交わした約束" 完

 

 ですから」

 

 

――――

 

 

 それは、狂気とも言える想いだった。

 己の人生を掛けて、失敗して。

 新たな生を受けて尚、リベラルは約束を果たそうとしていた。

 約5千年もの時間を掛けて、彼女はこの場に立っていたのだ。

 その約束があったからこそ、リベラルはここまで歩むことが出来た。

 

 そしてその約束も――もう少しで果たされる。




五章の終わり方どこかで見たことある、って方はその通りです。思い浮かべたであろう作品を参考に書きました。好きな作品なので宣伝しようかと思いましたが、私の作品と全然関係ないので今回は控えておきます。

Q.ナナホシの転移が失敗するからその製作過程を見る?
A.四章1話の過去話にて触れましたが『……静香が帰還しようとした場面に居合わせていれば、失敗の原因も分かるかも知れませんが……』と転移前から言っており、そのためにナナホシの状況を変えないようにずっと動いてました。

Q.リベラルの計算。
A.一応最初から考えてましたが話に矛盾や穴があったらすみません。
尚、リベラルが他者に対して『様』付けで距離感のある呼び方をするのは計算した上で関わりを持っている部分があることからも来ています。


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六章 結ばれし友人に祝言を
1話 『リベラルとナナホシ』


前回のあらすじ。

リベラル「全部予定通りです。これまでの行動は全て静香を帰還させるための行動でした」
ナナホシ「どうしてそこまで私のために…」
リベラル「それが貴方と交わした約束ですから」

今回は文字数多め。
1万2千文字くらいです。
分けようかと思いましたが分けれる区切りがつけれませんでした。
結局過去のお話をちょっと行います。


 

 

 

 それは、遠い昔のことだ。

 まだこの世界に来る前のお話。

 参考資料などが片付けられておらず、あまり綺麗とは言えない部屋にふたりの人物がいた。

 

 ペラペラと、紙をめくる音が響く。

 やがて、全てを読み終えた白髪の少女は静かに目を瞑る。

 どれもこれも信じられない話であり、頭の中を整理する時間が欲しかったのだ。

 

『どうです? 何か思い出しましたか?』

『いいえ、何も思い出せないわ……』

『そうですか。それじゃ仕方ありませんね』

 

 どことなく悲しそうな表情を見せるナナホシへと、私は淡々とした様子で答える。

 彼女の記憶を取り戻すことが出来れば話は早かったのだが、思い出せない以上仕方ないだろう。

 内心で溜め息を吐きながら、私はナナホシへと別の本を見せた。

 

『ですが、この文字は読めるんですよね?』

『……読めるわね』

『知識だけでも残っていたのは幸いです』

 

 そのことに私はホッとした様子を見せる。

 こんなファンタジーな存在が目の前に現れたというのに、何の成果も得られなければ悲しいだろう。

 そんなあからさまな態度に、彼女は眉をひそめていた。

 

『取り引きしましょう』

『取り引き?』

『ええ、貴方はこの世界で戸籍すらない天涯孤独の身。更には記憶もないのです。まともに生活するのは困難でしょう』

 

 国から何かしらの保護を受けられればいいだろうが、それだけでは彼女が生きていくには足りないのだ。

 自分の知らぬ世界で、誰も自分のことを知らない。

 自分の知っていることもどこかズレているし、会いたい人物もこの世界に存在しない。

 ナナホシは孤独なのだ。

 そしてその孤独を、誰からも理解されないだろう。

 

『私が貴方の身元保証人になります。そして元の世界に帰るための手助けをしますよ』

『!!』

『その代わり、貴方は私に知識を提供してください』

 

 ナナホシが持ってきた本は日本語の物もあるが、どこの国のものでもない言語のものがある。

 彼女本人やその本にある技術をもしも使えるのであれば、それこそ世紀の大発見となるだろう。

 

『……分かったわ』

『取り引き、成立ですね』

 

 静香との最初の出会いは、そんな打算まみれなものだった。

 

 

――――

 

 

 リベラルから過去話を聞きながら、ナナホシは彼女の隣を歩いていく。

 今は気分転換に散歩をしながら、リベラルの前世での話を聞いていた。

 

「まあ、ビジネスパートナーとして最初は静香と関係を結んでいたんですよ」

「…………」

「と言っても、長いこと一緒にいたので互いに遠慮のない関係に変化していったんですけどね」

 

 当時のナナホシからすれば、リベラルの存在はまさに救いの手だったのだ。

 誰も頼れる人がいない中、目的を果たすための道筋を作ってくれた恩人である。

 今のナナホシで言えば、オルステッドのような存在だったのだろう。

 取り引きなどと言っていたが、頼れるのは彼女 しかいなかったのだから。

 打ち解けていくのも当然の話だった。

 

「まあ、最初の頃の静香はニートとして暮らし、それを私が養うような形でしたよ」

「言い方に悪意を感じるんだけど」

「自宅警備員として過ごしていましたが、私はそれを許しませんでした。働かざる者食うべからずです」

 

 何の戸籍もなかったナナホシは危なそうな仕事でもしない限り働けなかっただろう。

 流石にそんな場所にほっぽり出すほど当時のリベラルは鬼でもなかった。

 

「なのでコスプレ猫耳メイド服をプレゼントし、家事をしてもらうことで住み込んでもらいました」

「…………」

「ご主人様と呼ばせた時の表情は、それはもう屈辱的で楽しかったです」

「うわ、きも……」

 

 小さな声で呟いた声はリベラルの耳に届いていたものの、それを気にした様子も見せずあくどい笑みを見せる。

 

「そうして静香は私に仕えるメイドとして人生を過ごしたのです」

「…………」

「まあ、嘘ですけど」

 

 ナナホシに無言で腕をつねられ、リベラルは「痛い痛い」ともがきつつ謝罪をする。

 現在はまだ関係性を構築出来てないのに、可愛い反撃をしてきた彼女は優しいと言うべきか。

 リベラルは笑いながらも「猫耳メイドコスさせたのは事実ですけどね」と油に火を注ぎ出す。

 

 ナナホシはドン引きした表情を浮かべ、あからさまに距離を取った。

 

「あーごめんなさいごめんなさい! つい出来心だったんですー! だから離れないで下さい!」

「嫌よ。近付かないで」

 

 歩みを止めればナナホシも止まり、進めば同じ歩幅だけ彼女も進む。

 試しに近寄ってみたのだが、同じ距離だけ離れられてしまう。

 

「くっ……仕方ないですね。蕎麦を作ってあげますからこっち来てくださいよ」

「……蕎麦? 作れるの?」

「もちろんです。私は大抵の和食を作ることが出来ますから」

 

 材料から集める必要があるものの、食事は大体のものをリベラルは作ることが出来る。

 ルーデウスたちにも振る舞ったように、胃袋から掴めば人間という生き物は離れられなくなるのだ。

 クククッ、と言い出しそうな顔を見せてるリベラルに対し、ナナホシはジト目で見ながらも小さく溜め息を吐いた。

 

「仕方ないわね」

「ふふふ、静香は食い意地を張ってることを私は知ってますからね」

「…………」

「いい子ですね……さっ、おいで」

「……やっぱり遠慮するわ」

「そんなぁ」

 

 何だかんだやり取りをしつつも、ナナホシは結局リベラルの家でご飯を食べることになった。

 

 

――――

 

 

 あの日、猫耳メイドの格好をした白髪の少女は、不機嫌そうな表情で出された食事を見ていた。

 それはもう、羞恥心を通り越して怒りが勝っていることは明らかだった。

 

『……何でこんな格好させるのよ』

『私の趣味です』

『悪趣味ね』

『いいじゃないですか、普通に生きてたらこんな経験出来ないんですから。それに貴方のお手伝いするんですから、ちょっとくらいわがまま言わせて下さいよ』

『だから着てあげたじゃない』

『写真撮ってもいいですか?』

『無理』

 

 そんな馬鹿みたいなやり取りを私たちはしていたが、気を取り直して食事に手をつけ始める。

 今日の献立はカレーである。

 前回もカレーだった気がするが、きっと気のせいだろう。

 

『またカレー? 今日で3日目じゃないのこれ』

『そりゃもうたっぷり作りましたからね。おかわりはありますよ。だから、いっぱい食べて大きくなるのよ』

『誰の真似よ』

 

 一人暮らしなのである程度の料理は出来るものの、私のご飯は基本的にレトルトか半額になった惣菜ものが多い。

 後は、今食べてるカレーや鍋といった作り置きが出来るものだ。

 お金がないから、という理由もあるのだが、一番はやはり面倒くさいからだろう。

 ご飯を食べる時間よりも、作る時間の方が長いのは嫌だった。

 

『ご飯のレパートリー増やしてみたらどうなの?』

『えー……めんどいです』

『飽きないの? 同じものばっかだし』

『まぁ飽きますね。誰ですかこんなにカレーを大量に作ったのは』

『いや、貴方でしょ』

 

 味は悪くないのだが、流石に3日目ともなれば美味さは感じられなくなる。

 ナナホシも同じ気持ちだったのだろう。

 スプーンの進みが明らかに遅かった。

 もちろん、私も遅くなっている。

 

『分かったわよ。私もご飯一緒に作るわ』

『ええ!? ご飯作れたんですか!?』

『作れるわよ! ……多分』

『多分? 多分ってなんすか? 嘘は良くないっすよ?』

『うるさいわね。なんでそんな口調で言うのよ』

 

 そんなこんなで、私はナナホシに夕食を準備してもらうことになった。

 車に乗って買い物へと一緒に行き、彼女が何を作ろうとするのかを隣で見極める。

 

『……まさか、肉じゃが?』

『なによ』

『いえ、肉じゃがって結構難しい料理だった気がするんですけど大丈夫ですか?』

『大丈夫よ』

『ならいいんですけど……』

 

 先程まで自信なさげだった筈なのに、何故今はここまで自信があるのだろうか。

 不思議に思いつつも、私は会計を済ませて食材を車に詰め込む。

 自宅へとともに帰ったナナホシは、意気揚々とご飯を作るための準備をしつつ、レシピ本を取り出した。

 そして私はそれを取り上げる。

 

『いやいや、レシピ見ながら作るのは料理が出来るとは言いませんけど?』

『何言ってるのよ。レシピ見ながらの方がちゃんと作れるでしょ』

『ダーメーでーす! 料理出来るとは言えないので認めません!』

 

 言い争いをしながら、私はレシピ本が取られることを阻止する。

 レシピを見ながらだったら、子どもでもご飯を作れるだろう。

 料理が出来ると言うのであれば、頭の中にレシピを叩き込んでから言うものだ。

 

『くっ……どうなっても知らないわよ』

『だったら料理出来ないと認めることですね』

 

 ぶつくさ文句を言いつつ、ナナホシは料理を作り始めた。

 私はそれを後ろから見守っていたのだが、途中からおかしいことに気付く。

 肉じゃがを作ろうとしていた筈なのに、どう見てもレシピの肉じゃがとは違う作り方をしてるのだ。

 

『出来たわよ』

『…………』

『…………』

 

 出来上がったのは、じゃがバターとサラダと焼いただけのお肉だった。

 肉じゃがはどこに消えたのだろうか。

 ニヤニヤしながらナナホシの顔を見れば、悔しそうな表情を見せていた。

 

『料理を語るには10年早かったようですね』

『…………』

『痛っ! いたたた!』

 

 無言で腕をつねられ、私は悲鳴をあげてしまう。

 

『分かったわよ。認めるわ。私は料理が出来ないのよ!』

『それはいいですから離してください!』

 

 ようやく離してくれた腕を見れば、皮膚が赤くなってしまっている。

 よほど悔しかったのだろう。

 いつもはブスッとした表情を浮かべていたナナホシであったが、ここまで感情を見せるのは初めてだった。

 

 取り引きから始めた関係性だが、ずっと固いままだと疲れてしまうのだ。

 自分から始めた関係だったが、ようやく彼女が別の面を見せてくれたことに安心する。

 

『ご飯だけど、私も一緒に作るわ』

『ハハハ、残念ながら私も料理が出来ると言えるレベルじゃないですよ』

『胸を張って言うセリフじゃないわよ』

 

 この頃からだろうか。

 ご飯を面倒くさがらずに作るようになったのは。

 ナナホシと一緒に色んなレシピを作ったりした。

 もちろん、レシピを覚えてないものもたくさんあるが、お陰様で食事のレパートリーは多く増えた。

 私一人の時は手軽に済ませていたが、これからは料理に掛ける時間も増えていくだろう。

 

 

――――

 

 

 ズルズルと、冷えた蕎麦をナナホシはすすっていく。

 麺つゆは日本のものとは違うが、それでも日本のものに近付けたのだ。

 蕎麦を食べてるナナホシは、とても満足そうな表情を浮かべていた。

 リベラルも蕎麦を口へと運び、自分の料理の腕前を自画自賛する。

 

「貴方って思ってたよりもお茶目な性格だったのね」

 

 過去の話を続けていたリベラルに対し、蕎麦を食べてひと息ついたナナホシは、呆れた口調でそう告げた。

 随分と長生きしているのでもっと頭の固い性格だったのかと思えば、案外そうでもなかったのだ。

 今までの関わりと過去の話から、思ってた以上に軽い性格であることがうかがえた。

 

「そうでもないですよ。静香の前だからこそ気を抜いてるだけです」

「ふーん、それなら実際はどうなの?」

「それはもうペルギウス様のように尊大な口調で頭が高いぞ、跪け! ってみんなに言いまくるくらい高貴な中身なんですから」

「そういうところが軽く感じるのよ」

 

 最近は真面目な場面が多かったためふざけることは少なかったが、本来のリベラルは結構子どもっぽい部分が多い。

 ブエナ村で過ごしていた頃はそれが顕著だっただろう。

 猫耳メイドの真似事をしたり、幼いノルンにおっぱいをあげようとしたり。

 思い返せばアホなことを結構している。

 

 それに、その性格は前世にも見られていた。

 何せ、ナナホシを拾った理由が“非日常的だったから”である。

 良く言えば、子ども心を忘れずに過ごしている、とでも言うべきか。

 面倒さから逃げず、自らイベントを引き起こすだけの行動力はあったのだ。

 

「まあ、静香とはそんな感じで打ち解けていきましたよ」

「そう……」

「静香が寂しくないよう、今回も同じように接していきますから安心してくださいね」

「え? いや、いいわよ別に」

「ふふふ、結構寂しがり屋だってことは知ってるんですよ」

 

 蕎麦を食べ終え、立ち上がったリベラルはナナホシへと近付いていく。

 そして、手を伸ばす仕草を見せた。

 それには当然ながら彼女も警戒心を示し、反射的に身構えてしまう。

 

「はい、食器洗いますよ」

 

 リベラルは何もせず、空になったお椀を手に取り洗い場へと向かって行った。

 ナナホシは反射的に庇うような動きをしていたため、間抜けな格好をしているだけになってしまった。

 

「警戒心の強い猫みたいで可愛いですね」

「…………」

「ほーら、怖くないですよ。こっちに来て一緒に洗いましょうか」

「チッ」

 

 おちょくられただけだと気付いたナナホシは、リベラルの声を無視して立ち上がりそのまま出口へと向かおうとする。

 しかし、それをリベラルは呼び止めた。

 

「ご飯食べたんですから一言くらい言って欲しいですね」

「…………」

「私は貴方をそんな無礼な子に育てた覚えはありません」

「……美味しかったわ。ごちそうさま」

「ふふ、お粗末さまです。ほら、デザートもありますから席に戻って下さいよ」

「…………」

 

 ナナホシは無言でテーブルへと戻った。

 決して食べ物に釣られたのではない。

 食事を作ってもらってそのまま帰るのは失礼だと思ったから、大人しく座ったのだと自分に言い聞かせる。

 リベラルはその様子をニヤニヤしながら眺め、自作のアイスを彼女に差し出した。

 

「はい、お手製りんごシャーベットです」

「……美味しそうね」

「遠慮なく食べてくださいね」

 

 シャーベットを口へと運ぶナナホシを、彼女は両手で頬杖をついて見つめる。

 そこまでジッと見つめられると気恥ずかしくなってきたのだろう。

 視線が合ったナナホシは、目を逸らしながら食べ続けた。

 

「ところで、未来の私は結局どうなったの?」

 

 話題を変えるためだったのだろう。

 何気なく尋ねたナナホシだったが、その質問にリベラルの雰囲気が変わる。

 先程までのふざけたような雰囲気は霧散し、真面目な表情となっていた。

 

「…………」

「えっ、聞くの不味かった……?」

「……いえ、静香にとってはあまり良い話ではありませんから。まあ、これでなんとなく察したとは思うんですけどね」

「そう、ね……確かに察したわ」

 

 こうも雰囲気が変われば何が起きたのかは分かるだろう。

 具体的には分からないが、暗くなるような出来事があったのは想像に難くない。

 

 正直、ナナホシはリベラルに対してどのような感情で接すればいいのか迷っていた。

 元々は一方的な知り合いであり、彼女はリベラルのことをほとんど知らないのだ。

 リベラルの前世で関わりがあったと言われても、今のナナホシはその時の記憶を保持してる訳でもない。

 しかし、目の前にいる女性はナナホシとの約束を果たすためだけに己の人生を捧げた。

 更には転生してから約5千年も時間を掛けて、目の前までやって来たのだ。

 嬉しいという感情よりも先に、重すぎるという感想が出て来てしまったのも仕方ないだろう。

 それほどまでの長時間、約束も忘れずに果たそうとするなんて狂気と言う他ない。

 

「……ねぇ」

 

 だが、それはナナホシが原因だったのだろう。

 リベラルは確かに言ったのだ。

 ここにいるのは“それが貴方と交わした約束”だからだと言った。

 

「今の話、聞かせて頂戴」

「……いいのですか? 楽しい話ではありませんよ?」

「構わないわ」

 

 リベラルがここにいるのは、言ってしまえばナナホシが理由なのだ。

 今の自分とは何も関係ないことは分かっている。

 その選択をしたのは彼女だが、その選択を与えてしまったのは自分なのだ。

 本来であれば、これほどまでに長い時間拘束することはなかった筈だった。

 そんなリベラルに対し、蔑ろにした態度で接するのも良くないだろう。

 

 あまり知りたくないというのは確かなのだが、それでも知っておかねばならないと感じたのである。

 きっと彼女の知るナナホシが、今のリベラルを形作っているのだと思った。

 それが、約束のためにここまで歩んできたリベラルに対する礼儀だった。

 

「いいでしょう。包み隠さず全部お話しますよ」

 

 

――――

 

 

 ナナホシの持ち込んだ書物や文献は、現代では考えられぬほどに高等技術であった。

 見知らぬ言語で書かれたそれは、私ひとりではきっと解読出来なかっただろう。

 けれど、思い出をなくしたナナホシは知識をその身に残していた。

 私は彼女と協力し、持ち込まれた技術の再現に努めた。

 

 結果、成功する。

 

 保険だったのだろうか。

 こちらの世界でも似たような理論もあれば、全く知らない理論もあった。

 しかしそれらには全て解説がつけられており、理解するのに難しくはなかった。

 もしもナナホシの転移が失敗した時のために、誰かと協力して再び作れるようにしていたのだろう。

 

 私はその理論を用いて、転移装置の開発に成功する。

 異世界人である彼女が表舞台に出るのは避け、私の成果として発表することになった。

 態々世間にその成果を発表したのは、支援金を貰うためであった。

 研究を続けるには資金が圧倒的に足りなかったのだ。

 ナナホシも面倒事に巻き込まれることを危惧したものの、お金が足りないことは分かっていたため了承した。

 

『うーん……魔力の代用として電力を利用してますが、魔力ほどのエネルギーがないのが困りものですね』

『私も魔力に関してはよく分かってないわ』

『静香の持ってた魔力結晶を使いたいところですが、数が少ないですからね……』

 

 転移装置の開発に成功した私たちだったが、今言ったことが難点だった。

 そのため、自然と性能の向上やコストを削減するための研究へとシフトチェンジしていったのである。

 エネルギーが足りないと、転移に失敗して対象物が消滅してしまうのだ。

 生物を用いた実験を行うのは危険であり、人間を転移させる段階にはまだまだ到達していなかった。

 

『まあ、時間はあります。焦らずにやっていきましょう』

『そう、ね……』

 

 そうして一つ一つ性能を改善させていったが、あることに私は気付いたのである。

 いくら年月が過ぎようとも、ナナホシに老化現象が起きてなかったのだ。

 段々と小皺が増えていく私に対し、ナナホシだけは若々しい姿のままである。

 そのことに気付いた私だったが、そのことを口にすることはなかった。

 

 彼女が持ってきたルーデウスの日記にも書かれていたことだ。

 ナナホシは想像よりもずっと過酷な環境下におり、帰れないことに対して焦燥感を抱いている。

 きっと今もその焦燥感を抱き、苦しんでいるのだろう。

 自分だけが変わらず、周りだけが変わっていく。

 取り残されてしまう恐怖を私は想像出来ないが、それが苦痛であることは理解出来る。

 表にはあまり出さないが、彼女はきっと恐怖してるのだろう。

 私が死ぬ前に、何とかしてナナホシを元の世界に帰してあげたかった。

 

 

 

 

 実験は成功した。

 私はようやく生物を転移させることが出来たのだ。

 ナナホシと顔を見合わせた私は、笑顔で頷きあった。

 

『ようやく次の段階に進めますね』

『ええ、そうね……長かったわ』

 

 性能を向上させることに成功した私たちは、順調に結果を残していった。

 転移だけでなく、恐らく六面世界のものであろう物質も召喚することに成功する。

 そこに至るまで十年、二十年と歳月を掛けてしまったが、それでも前に進むことは出来ていた。

 

 ナナホシに焦りはあったが、成功を重ねるごとに笑顔の表出も見られた。

 歩みは遅いが、それでも着実に進んでいる。

 そのことを彼女も分かっているからこそ、折れずにやってこれたのだろう。

 

 その日の私たちは、お祝いに美味いご飯をふたりで作った。

 ふたりでご飯を作るのはたまにしていたが、その日の料理は格別に美味しかったことは覚えている。

 

 

 

 

 成功した。

 ようやく最後の段階に至れる。

 座標を別世界に合わせる、というのは非常に苦労したものの、ナナホシの持っていた学生証から何とか元の世界を割り出すことが出来たのだ。

 彼女に由縁するものを召喚することが出来た私たちは共に、今までのことを語り合った。

 

『……今更だけど、ありがと』

『今更でもありませんよ。静香からの感謝の言葉は結構聞いてますから』

『えっ、そうかしら……?』

『ええ、頻繁に言ってますよ』

 

 照れ臭そうに話すナナホシに、私は感慨深い気持ちとなる。

 彼女の姿は未だに変わらない。

 戸籍に関しては私が保証人となることで取ることが出来たものの、表舞台に立たなかったことは正解だっただろう。

 ナナホシの存在が表舞台に伝われば、きっと転移装置以上に世間を驚かせることになった筈だ。

 それこそ、人体実験と称して彼女が害されることになっただろう。

 今のナナホシは傍から見れば完全な不老である。

 そのことが知られていれば、とても大変なことになっていたであろうことは想像に難しくない。

 

『……お別れの日も、そう遠くなさそうですね』

『そうね……』

 

 しばらく無言となったナナホシだったが、何か言いたげな表情を見せる。

 私はそれを急かさず、静かに言葉を待った。

 

『えっと……その』

『はい、なんですか』

『……私は今もずっと、昔のことを思い出せずにいる。

 ずっと空っぽのままだったけど、この世界に来てからの思い出がたくさん出来ました。

 貴方にはおちょくられてばっかりだったけど……今にして思えば私のためだったことに気付いたの』

 

『まさか。私は貴方をからかうのが面白かったからしてただけですよ』

 

 ナナホシはずっと焦燥感を抱いて生活していた。

 だからこそ、私は彼女が寂しくないようたくさん接していったのだ。

 

『それだけじゃない。私のわがままを聞いて、色んなお世話もしてくれた』

『そりゃあ、静香は私の取り引き相手ですからね。機嫌を損ねないように配慮しますよ』

『茶化さないで。私は、貴方に感謝してるのよ』

『…………』

 

 ナナホシは今までになく真剣な表情だった。

 まるで祈りを捧げるかのように、静かに目を瞑り、噛み締めるかのように言葉を紡ぎ出す。

 

『何も覚えてない空っぽだった私を拾ってくれた日、私は自分のことしか考えられなかった。

 一人ぼっちだった私に、貴方は手を差し伸べてくれた。

 取り引きという言葉を使い、対等な立場にすることで警戒心を最小限にしたんでしょ。

 そこから徐々に接していって、打ち解けやすいように関わってくれた』

 

 今だからこそ、ナナホシは分かるのだ。

 当時のリベラルは随分と配慮して関わってくれたのだと。

 

『確かに今も私の中に焦りがあるわ。

 帰りたい……帰らなきゃって気持ちがずっと付き纏ってくるの。

 けれど、貴方と接している時間はその気も紛れた。

 貴方がいなければ、私はきっと狂っていたでしょうね』

 

 この世界に転移してきたナナホシに残っていたのは、知識だけではなかった。

 帰郷の気持ち……帰らなければならないという使命感のようなものが心の奥底にあり、ずっと焦燥感が燻っていたのだ。

 

『私ひとりだったら、きっとどこかで野垂れ死にしてたわ。

 貴方が拾ってくれたから、私はここまで漕ぎ着けることが出来たのよ』

 

 辿り着いた先がリベラルでなかったら、誰もまともに取り合わなかっただろう。

 それくらいはナナホシも理解していた。

 

『貴方じゃなかったら、私は頭のおかしい人として扱われ、どこかの精神病院に放り込まれてたかも知れない。

 貴方じゃなかったら、私の過去を誰も信じようとしなかった。

 貴方じゃなかったら……研究なんてしようとしなかった』

 

 奇跡という他ないだろう。

 ナナホシの境遇を理解し、その上で保護し、そして転移装置を完成させる。

 拾ったのがリベラル以外の誰かだったら、このような結果に至ることはありえなかった。

 

『……楽しかったわ。貴方と過ごした時間は』

 

 そしてナナホシは照れ臭そうに顔を逸しながら、ポツリと呟く。

 

 

『だから、その……あなたでよかった――ありがとう』

 

 

 そんな彼女に対し、私は抱き締めた。

 驚いたのかビクッと身体を震わせたが、すぐに落ち着いた様子を見せる。

 

『感謝するのは私の方です。貴方がいなければ、私の人生はきっと平凡だったでしょう。それでも問題はないですけど、静香と過ごした時間は楽しかったですよ』

『…………』

『貴方は救われるべき人です。こんなところにいるべきではありません』

 

 ナナホシの境遇は悲惨だろう。

 唐突に見知らぬ世界に飛ばされ、ようやく帰れるかと思えばまた見知らぬ世界に飛ばされて。

 ずっと孤独に過ごし、帰郷の気持ちを抱き続けてきた。

 

『きっと帰れる筈です。貴方は幸せになれる』

 

 彼女の境遇を考えると、そう願ってしまう。

 ナナホシだけがそのような目に遭うのはおかしいだろう。

 苦労の分だけ報われる筈だ。

 彼女の努力を、私は知ってるのだから。

 

『……はい。必ず帰ります。幸せになってみせます――!』

 

 

 そして、転移は失敗した。

 

 

 

 

 何度も試行錯誤した。

 理論上で言えば、転移は成功する筈なのだ。

 けれど、何度やってもナナホシの転移だけは失敗し続けた。

 原因は……不明だった。

 何も進展しないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 あの日笑顔を見せてくれたナナホシだったが、今ではその面影もなくなってしまった。

 何度も繰り返される失敗を前に、いつしか暗い表情しか見せなくなったのだ。

 

 そして、彼女は諦観の表情で告げた。

 

『……もう、いいわ』

 

 泣きそうな声色で、続けた。

 

『……私は、やっぱり、駄目、なのね。もう、分からない。分からない、のよ……帰りたいのに、帰れない……――』

 

 ただ失敗するだけだったら、ここまで絶望しなかっただろう。

 けれど、共に研究を続けている私の姿が年老いていき、耐えられなくなったのだ。

 進展しないまま何十年も経過してしまった。

 私はすっかり歳を取ってしまったが、未だにナナホシの姿だけは変わらない。

 そのことがより一層怖かったのだろう。

 

『……大丈夫ですよ静香。私が死ぬまでに必ず貴方を帰してみせますから』

『…………』

『そう約束したじゃないですか。だから、ね?』

『…………』

 

 ナナホシは返事をしなかった。

 そして、私にとって忘れることの出来ない日が訪れる。

 

 買い物を終え、家へと帰った私は彼女からの返事がないことに気付いた。

 不審に思いながらも彼女の部屋に向かった私は、その姿を見てしまったのだ。

 

 

 ――天井に掛けられたロープ。

 全てに絶望し、諦めてしまった彼女は、自宅の家で、プラプラと宙を漕いでいた。

 込み上げる腐敗臭、吐瀉物、汚物。

 

 思い出が絶望と変わった、あの日のことが。

 

 

『なんで』

 

 自然と涙が溢れ落ちる。

 

『約束したじゃないですか』

 

 まだ諦めるには早いのに。

 

『貴方を助けるって。帰してみせるって』

 

 どうして、こうなってしまったのだろうか。

 

 

『――――』

 

 けれど、私は諦めない。

 諦められる訳がない。

 

 あの日、ナナホシは言った。

 私は何も返せてない、と。

 それはこちらの台詞だった。

 彼女にはたくさんのものを貰い続けた。

 地位や名誉、財産と知識に、そしてかけがえのない思い出。

 何もかもナナホシがいたからこそ手に入ったものだ。

 私こそ、彼女に何も返せてなかった。

 唯一交わした約束すら、果たすことも出来ず。

 

 友の亡骸を前に、私は決意した。

 

『絶対に、助ける。助けると約束したんです……まだ、終わりじゃありませんから……終わらせませんから――!!』

 

 そして私は思い付いた。

 ルーデウスの日記にあった過去転移についてだ。

 六面世界でナナホシが研究していた時期に向かうことが出来れば、きっと転移に失敗した原因が分かるだろうと。

 原因が分かれば、元の世界に帰すことが出来る筈なのだ。

 私はその考えを実行することにした。

 

 そして――私はリベラルとして生まれ変わったのだ。

 

 

――――

 

 

「まあ、そんな感じですよ」

「…………」

 

 予想はしていたが、思った以上に重たい話であり、ナナホシは無言となった。

 聞かなければよかったと内心思ってしまう。

 だが、こうして話を聞いたことで、リベラルのことをより知ることが出来たのも事実だ。

 

 そんな思いを感じ取ったのだろうか。

 リベラルは笑いながら肩を軽く叩いた。

 

「気にしなくて大丈夫ですよ。貴方と私の知ってる静香は別の人間ですから」

「いや、でも……」

「嫌な思いをさせるために話したんじゃないんです。私は静香の味方だってことを知って欲しくて話したんですよ」

 

 そう告げた彼女は、何かをナナホシへと渡す。

 ナナホシは受け取ったものを見てみると、びっしりと文様の詰まった指輪がそこにはあった。

 

「生まれる前から好きでした! 結婚してください!」

「いや、なんで今の流れでそうなるのよ」

 

 暗い雰囲気だったからこそふざけただけかも知れないが、そのセリフには呆れるしかないだろう。

 コホン、とひとつ咳をしたリベラルは、気を取り直して説明を始める。

 

「その指輪は保険です」

「保険?」

「致命傷を受けると一度だけ身代わりになってくれるものです」

 

 本来の歴史でシーローン王国に向かう際にロキシーが装備したものと似た性能の代物だった。

 ロキシーが装備したのは致命傷を受けると一度だけ身代わりになってくれる首輪だったが、リベラルが渡したのはそれの上位互換の性能を持つものだ。

 彼女が長い時間を掛けて作り上げた逸品である。

 

 その説明を聞いたナナホシは素直に指輪を装着した。

 彼女にとって害のあるものでもないので、当然の判断だろう。

 

「えっ!?」

 

 装着した指輪は、まるで身体に溶け込むかのように消え去った。

 そのことに驚きの声をあげてしまうが、リベラルはクスクスと笑う。

 

「そうなるように作ったので大丈夫ですよ。別に身体に悪いものでもないので安心してください」

「ならいいけど……」

「指輪を外してる時に……ということがないようにするための仕様です」

 

 そう言われてしまえば納得するしかないだろう。

 どのみち、今のナナホシにどうにか出来るものでもない。

 素直に受け入れることにした。

 




Q.リベラルの性格。
A.作中でも話したように、本来は結構子どもっぽいです。だからこそ、ナナホシを警察とかに引き渡しませんでした。

Q.リベラルの料理。
A.後付設定。ナナホシと共に料理をたくさんするようになった結果、色んな料理法を会得した。料理バトル並の腕前になったのは転生して龍神流を活用するようになってからだが。

Q.なんか過去に見たことある台詞が何個かある。
A.一番最初の1話やターニングポイント2での台詞が入り込んでるためです。


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2話 『俺の黒歴史がばら撒かれてる』

前回のあらすじ。

リベラル「前世では静香に協力して元の世界に帰すよう過ごしてました」
ナナホシ「――――」
リベラル「帰すって約束したのに……何で諦めてしまったんですか」

マヨネーズを作るも失敗してしまったリベラル。
龍鳴山でサレヤクトと別れた頃くらいの容姿をイメージ。

【挿絵表示】

使用させていただいたメーカー:「もぐもぐメーカー」
キャラ作成って楽しいですね。何か気付いたら作ってました。


 

 

 

 唐突に自分の秘密を暴かれれば、とても驚くだろう。

 ルーデウスはその日、驚愕の連続を体験することになった。

 ナナホシの実験を手伝っている際に、いきなり言われたのだ。

 

「ルーデウスって私がトラックに轢かれそうになってた時にいたぽっちゃりした人だったのね」

「え゛っ!?」

 

 あまりにも不意打ちであり、間抜け面を見せるルーデウス。

 どうして分かったのか、という感情よりも先に、前世の情けない頃の姿がバレてしまったという焦りが湧き出す。

 冷や汗をダラダラと流し、焦りを隠せないルーデウス。

 そんな彼の姿を見て、ナナホシは苦笑を隠せなかった。

 確かに昔チラリと見たルーデウスと、今のルーデウスは見た目からして全然違う。

 けれど、それは昔の話であって今とは違うのだ。

 そもそも当時のルーデウスは最後にその姿を見ただけであり、外見以上のことを知らない。

 小汚いおっさんだったな、くらいの感想しかなかった。

 今のルーデウスはイケメンだと思っているが、その姿を維持するために相応の努力をしていたことは知っている。

 

「それと、オルステッドとリベラルが郊外にある小屋に来て欲しいって言ってたわ」

 

 ナナホシは「何で私が伝言役を……」などと愚痴っていたが、今はそれどころではない。

 衝撃を与えられた後に用件をサラッと言われてしまったため、内容が上手く頭に入らなかった。

 深呼吸を何度か繰り返したルーデウスは、なんとか冷静さを取り戻す。

 

「えっと……色々聞きたいんだけどそもそも何で転生前の俺のことが分ったんだ?」

「リベラルから聞いたのよ」

「何でリベラルさんが俺のことを知ってたんだ?」

 

 それは……と答えようとしたナナホシだったが、思い出したかのように口をつぐむ。

 

「そういえばあなた、前に反省の意味を込めて詮索しないって感じのこと言ってたわね」

「ぬぐっ」

 

 確かにルーデウスはそのようなことを告げた。

 殺そうとしてしまった相手のことを探るのは良心が痛むし、ましてや恩人である。

 リベラルのことをもっと知りたい……知りたいのだが、勝手に詮索することに抵抗を感じてしまう。

 

「確かに言ったよ。言ったけど……あの、やっぱその発言無かったことに出来ない?」

「私みたいに本人に直接聞けばいいじゃない」

「……がんばる」

 

 情けないことを言うルーデウスに対し、彼女は至極真っ当な助言をする。

 そのことは彼も分かっているのだが、一歩踏み出すことが出来ずにヘタれてしまう。

 別にそこまで躊躇する必要もないことは分かっているため、覚えていれば聞こうなどという結論に落ち着いた。

 

「話は変わるけど、オルステッドさん? ってどんな人なんだ?」

 

 郊外の小屋へと向かうのはいいのだが、片方は会ったことのない人物だ。

 話を何度か聞いたことあるものの、圧倒的な実力者ということしか知らない。

 ヤクザみたいな人だったら嫌だな、なんて思いつつ尋ねる。

 

「そうね……見た目は怖いけど実際には優しいわよ」

「具体的には?」

「何だかんだ言いつつも、私のわがままは全部聞いてくれたわね」

 

 ナナホシがオルステッドと旅をしていた頃、最初は言葉も通じなかったため非常にコミュニケーションに難航した。

 しかし、それでも彼はナナホシが言葉を覚えるまで接していたし、意図を読み取ろうと努力してくれていた。

 疲労で歩けなくなった時はおぶってくれたし、戦いでは巻き添えにならないようにも立ち回ってくれていた。

 金銭関係の工面もしてくれたし、人脈づくりの手伝いもしてくれた。

 かなり良くしてくれてることが窺える。

 最初に出会ったのがオルステッドでなければ、魔法大学に入学して研究なんて出来なかっただろう。

 

「敵には容赦ないけど、味方には優しいと思うわ」

「なるほど」

 

 ナナホシの話を聞き、ルーデウスはある程度の人物像を掴む。

 もしもヒトガミ側についていたら、世界最強と言われる存在と敵対していたのかとしみじみする。

 知らない間に味方になっているが、心象をよくするためにも実際に接するのは悪くないだろう。

 少なくとも、悪い人ではなさそうだった。

 

 

――――

 

 

 予定時刻に合わせ、ルーデウスは郊外の小屋へと向かっていた。

 顔合わせと今後の方針についての話し合いだと彼は聞いている。

 以前にリベラルからヒトガミとの戦いについて少しだけ聞いていたが、具体的にどうすればいいのかは分かってないままだ。

 ヒトガミの布石を潰すと言っても、何が布石なのかも分からない。

 それについての説明がされるのだろうか、と考える。

 

 到着したルーデウスは、小屋から漂う雰囲気に怯みながらもノックする。

 返事があったので入れば、リベラルと三白眼をした銀髪の男が座ってご飯を食べていた。

 思った以上にホッコリした場面に、彼も思わず肩の力が抜けてしまう。

 食べているのは……餃子だろうか。

 ご飯をまだ食べてなかったルーデウスは、思わずお腹を鳴らしてしまう。

 

「ルディ様の分もありますよ」

「あ、どうも」

 

 席に促された彼の目の前に、餃子が置かれる。

 早速一口食べてみれば、前世でも食べたラーメン屋さんに出るような味がした。

 美味しかったのでもう一口食べようとしたが、自分がここに来た目的を思い出す。

 ここにはご飯を食べに来たのではなく、今後のことについて話しに来たのだ。

 

「あなたがオルステッドさんですか? はじめまして、ルーデウス・グレイラットと申します」

「ああ、オルステッドだ。話に聞いた通り、本当に呪いを受け付けないんだな……」

「呪い?」

 

 唐突に出てきた単語に疑問符を浮かべると同時に、自分は何らかの影響下にいるのかと警戒を抱いてしまう。

 その様子にリベラルが苦笑しつつ説明する。

 

「ルイジェルド様と同じようなものですよ。オルステッド様は『他者から恐れられる呪い』を持ってるんです」

「なるほど……」

 

 ルーデウスはかつてあったリカリスの町でのことを覚えている。

 髪色を緑に戻しただけで命を助けた筈の人物からも悲鳴を上げられ、町の人々が逃げ惑う光景があった。

 当時は呪いであることを知らなかったが、髪色をキーに強い呪いが発動していたことを後から知った。

 ルーデウスにはその呪いは通用しなかったが、オルステッドも同じような呪いがあるならリカリスと同じ光景を再現することも出来るのだろう。

 

 と、そこまで考えてふと気付く。

 何故自分に呪いが通用しないことを知ってるのだろう、と。

 

「あの、リベラルさん」

「どうしましたか?」

「俺に呪いが効かないことを知ってたのも、例の未来日記とやらの情報ですか?」

 

 ナナホシには情けないことを言ったが、タイミング的に今なら聞けるだろう。

 先延ばしにしていたことを、ルーデウスはようやく聞くことが出来た。

 

「ええ、その通りです」

「なんか、随分と細かいところまで分かるんですね」

「そりゃあ、ルディ様が書いた未来の日記ですからね。ルディ様のことならほとんど情報が載ってますよ」

「…………へ?」

 

 あっけらかんと告げられた言葉に、彼の頭は疑問符で埋め尽くされる。

 未来の日記とやらは、俺が未来で書いていた日記? ぱーどぅん? わんもあぷりーず。

 そんな感じで混乱していた。

 いきなりそんな事実を言われたので、その反応も仕方ないだろう。

 リベラルはニヤニヤしながら更なる情報を告げる。

 

「34歳無職童貞」

「ちょ!?」

「静香を助けようとするもトラックに轢かれ転生」

「待って!!」

「親の葬式日にブリッチオナ――」

 

「――うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ?!!」

 

 突然告げられる黒歴史に、ルーデウスは発狂した。

 錯乱しながらリベラルを押し倒そうとし、逆に足を掛けられ倒される。

 そのまま上に伸し掛かかったリベラルは、更に耳元で囁く。

 

「よくロキシー様の水浴びを覗き、パンツまで強奪。更には私のパンツまで盗みましたね」

「うわ、わぁぁぁぁっ!! 殺せぇぇぇ!! 殺してくれぇぇぇぇぇ!!」

「ルディ様の弱み……握られちゃいましたねぇ?」

 

 馬乗りされてるため、ルーデウスはもがくが脱出出来ない。

 ついでに謝罪も要求されたが、最早それすらも耳に入らず暴れまわる。

 唐突に暴露された黒歴史には、それほどの恐ろしさを秘めていたのであった。

 

「……そこまでにしておけ」

 

 あまりにも楽しそうにおちょくっていたリベラルだが、呆れたオルステッドにいい加減に引き止められる。

 残念そうにしていたリベラルだったが、ルーデウスの狂乱っぷりに「やりすぎたかも」と思い、大人しく引き下がった。

 

 これ以降、彼女はルーデウスから少し避けられるようになるのであった。

 そのことについて「ルーデウスに恐れられる呪いを患ってしまった」などと触れ回るのは余談だろう。

 尚、心の中でオルステッドへと感謝したルーデウスであったが、彼もまた『リベラルが書いたルーデウスの日記』を読んでいるのだった。

 そのことを知らないのは不幸中の幸いなのかも知れない。

 

 それからしばらく時間を置くことで、ルーデウスもようやく落ち着いていく。

 リベラルに対して僅かに距離を取るようになってしまったが、それも仕方ないことだろう。

 完全にトラウマとなっていた。

 

「すみません、取り乱してしまって」

「いや、いい」

 

 何だか居心地が悪そうなオルステッドは、端的に返事する。

 あまりこのようなふざけた雰囲気に慣れてないのかも知れない。

 

「俺のことを知ってるみたいですけど、よければオルステッドさんのことも教えてもらっていいですか?」

「俺のことか?」

「はい」

 

 リベラルに紹介されたとはいえ、それでホイホイと全てを信じるほど彼は甘い人生を送っていない。

 大丈夫だと思ってはいるが、念の為オルステッドのことを見極めたかった。

 

「何から知りたい」

「そうですね……」

 

 そうして、本来の歴史と似たようなやり取りが行われた。

 オルステッドとヒトガミの関係や、4つの呪い、そして転生体について。転生してくる魔神ラプラスについても話す。

 しかしループしてることは流石に言わず、運命を見る力と濁していた。

 彼もまた日記だけの情報で判断せず、実際に接していく中で信頼出来るかの確認をしたいようだ。

 横でやり取りを眺めていたリベラルも、そのことは分かっていたので反応せずに過ごす。

 

 魔神ラプラスの話の過程で、ルーデウスは自身が本来のルーデウスを乗っ取ってしまったのではないかという不安も見せていたが、それについてのフォローも行われた。

 本来は死産だったということを知った彼だが、リベラルの持つ未来日記との話に齟齬が生じることについての質問も出る。

 

「オルステッドさんの話では本来の俺……ルーデウスは死産だって言いましたけど、リベラルさんが持つ俺の未来日記ってどこから湧いてきたものなんですか?」

「それは私が未来から来たからです」

「……ん?」

「順を追って説明しましょう」

 

 どういうことか分からず首を捻る彼に対し、リベラルはゆっくりと話していく。

 

「元々ルディ様や静香はイレギュラーであり、本来は存在しない筈でした」

「オルステッドさんの話で死産って言ってましたもんね」

「そうです。ですがふたりが転生と転移をしてきたことによって、その歴史が変化しました。

 それから静香の手伝いをしていた貴方は最後の転移が行われる際に、自身の軌跡を記した日記などを彼女に渡したんです」

「えっと、まさかそれが……?」

「予想通りですよ。それが私の持つ未来日記です。その日記を持った静香は転移に失敗し、私の元に現れました」

「…………」

 

 ルーデウスは混乱した様子だったため、少しばかり整理する時間を設けた。

 しばらく待つと、彼は次に進んで大丈夫だと促したため話を続ける。

 

「そして私も静香に協力するため転移を試みましたが、結果は失敗。何故か知りませんけど5千年前にやってきた訳です」

「なるほど……」

 

 5千年前まで遡れた原因が分からないことに疑問はあるものの、何となく理解は出来た。

 本来はルーデウスがいない世界に進む筈だったが、そこに自分が転生したことによってイレギュラーが起きる。

 しかしそのイレギュラーの世界から更に過去に遡ったリベラルという存在が現れたということだ。

 つまり、言ってしまえばここは2週目の世界ということなのだろう。

 オルステッドはイレギュラーの世界を知らないが、リベラルは未来から来たため知っているということだ。

 

「てことは、俺のこと知っててブエナ村に来たってこと?」

「そうなります」

「…………」

「ロキシー様のパンツだけで満足すると思いましたが、誤算でした」

「そのことはもう勘弁してください」

 

 ロキシーは未だにパンツの行方を知らないが、リベラルには知られてしまっているのだ。

 悪いのは自分のため、謝ることしか出来なかった。

 

「もしかして、転移事件についても知ってたりするんですか?」

 

 ふと思い出したことについて、彼は口にする。

 ナナホシにも尋ねたが、彼女曰く『自分が召喚されたことが原因』と言っていた。

 だが、リベラルならそれ以上のことを知ってるのではないかと考えたのだ。

 

「静香が召喚されたことが原因ということ以上は分かりませんが……転移事件が起きることは知ってました」

「やっぱり、ですか」

「沢山の人が巻き込まれることを知ってながら対処しなかったんです。……軽蔑しましたか?」

 

 どことなく怯えた雰囲気を纏うリベラルに対し、ルーデウスはとても冷静であった。

 

「まあ、思うところはありますけど、そんなに気にはなりませんね」

「…………」

「薄情かも知れませんけど、俺は俺の身の回りの人が無事だったらそれでいいですよ」

「でも、サウロス様やロールズ様など貴方の知ってる人も亡くなってしまいました……」

 

 ロールズはシルフィエットの父親だ。

 あまり関わりがなかったので何とも言えないが、サウロスはそれなりに関わった存在である。

 エリスの母親であるヒルダもそうだろう。

 確かに彼らが亡くなったことは悲しいことである。

 

「シルフィとエリスが聞いたら怒るのは確かでしょうね」

「…………」

「とはいえ、俺たちのために配慮してくれたことは分かりますよ」

 

 例えばゼニスがそうだろう。

 廃人のようになってしまったものの、それを治すために治療を行っているし、そもそもベガリット大陸まで救援に向かったと聞いてる。

 初動の早さからして、迷宮に囚われていたことを知っていたのだろう。

 それでも単独で救助してるのだ。

 フィリップもリベラルが助けたのではないかと予想出来た。

 サウロスの死亡原因は処刑されたからであり、決してフィリップも無関係ではなかっただろう。

 エリスが離れたのも恐らく彼が生きており、その手助けをするためであることはもう分かっている。

 本来ならばフィリップも死んでいたことは予想に難しくない。

 

 そして何よりもルーデウスの家族が全員無事であり、生存確認からひとつ屋根の下で暮らすまでが非常に早かった。

 そのことから、リベラルがルーデウスたちに配慮していたことは分かるのだ。

 

「それに、辛い思い出は時間が解消してくれました」

「……そうですか」

「少なくとも、今の俺は気にしてませんよ」

「ルディ様……ありがとう、ございます」

 

 気に病んでるリベラルを元気付けるための行動だったのだろう。

 感謝する彼女に対し、ルーデウスは「お礼におっぱい揉ませてもらいますね」と告げ、そのまま手を伸ばしていた。

 罪悪感があったリベラルはそれを拒絶せず受け入れてしまったため、小さく「んっ」と言いながら触らせてしまう。

 茶化すための冗談だったため、そのことにマジかよと思いつつも手を止めないルーデウス。

 しかし、近くにいたオルステッドに止められてしまう。

 

「話が進まん。それくらいにしておけ」

 

 オルステッドはかなり不機嫌な様子だった。

 もしかしたら呪いの関係で、今まで女性と致したことがない可能性もある。

 羨ましかったのかも知れないと考え、ルーデウスは彼にこう告げた。

 

「オルステッドさんも揉みます?」

「…………ふざけすぎだ」

「すみません」

 

 残念ながらオルステッドに冗談は通じないのであった。

 

 

――――

 

 

「それで、これからのことについてですよね?」

「ああ、そうだ。今までの俺は呪いの関係もありひとりで戦っていたが、これからは二人の手を貸して欲しい」

 

 それについてはルーデウスとしても是非もない。

 ひとりではどうやって戦えばいいのかすら見当もつかないのだ。

 オルステッドの存在は非常に頼もしいだろう。

 

「リベラルからはどの程度聞いた?」

「ヒトガミの布石を潰し、将来的に追い詰めると」

「その認識でいい」

 

 オルステッドは顎に手を当て、やや上の方向を見た。

 

「ヒトガミの所に到達するには、ラプラスの持つ秘宝が必要となる。ラプラス戦役を乗り越えるために必要な人材や環境を整えることが主になろう」

「はあ」

「危険の多いことに関しては俺とリベラルで手を回すが、細かい布石はお前に任せることになる」

 

 彼なりの配慮なのだろう。

 以前に殺されかけたことは聞いているため、なるべく安全な場所へと出向けるようにしていた。

 ルーデウスとしてもそれは非常に助かる話だった。

 

「だが、危険でもお前の手が必要な場面はある」

「ほうほう」

「ひとつはアスラ王国での王位継承。アリエルを王にする必要があるが……その際に同行してもらうことになる」

「因みに、何故アリエル様を王に?」

「約100年後にアスラ王国は危機に晒されるが、アリエルが王になることで滅びを回避することが出来る。

 アスラ王国からはラプラスを倒す人材が生まれる故、それは避けねばならん」

 

 想像以上に具体的なビジョンがあったため、ルーデウスは本当に目の前の人物が未来を知っているのだと再認識する。

 具体的なビジョンがあるのであれば、ヒトガミに対して優位に立てるのは確かだろう。

 

「シーローン王国にも出向いてもらうことも考えたが……そちらは恐らく大丈夫だ」

「なんのことですか?」

「ああ、それは私からの情報を元に考えたんですね」

「そうだ。俺は知らないことだが、本来であればシーローン王国で起こる戦争にお前が出向くことになったらしい」

 

 いきなり話が飛躍したことで何のことだと混乱するが、ルーデウスはすぐに理解した。

 今はリベラルの未来からの情報を元に、話をしてるのだと把握する。

 

「そこでパックス・シーローンが自害することでラプラスの転生位置が分からなくなるのだが……奴が自害することはリベラルの干渉によりなくなった」

「そうなるようにしたので、それは幸いです」

「ああ、恐らくいつものようにクーデターを起こし、共和国を作る筈だ。使徒は恐らくジェイドになるだろう」

 

 ルーデウスだけ何のことか分からないまま話が進んでいく。

 

「とはいえ、絶対ではない。念のため俺も直接出向き確認しよう」

「分かりました。私はその間どうしますか?」

「ザノバのこともある。ルーデウスのサポートに回るといい」

 

 よく分からないまま話が終わってしまった。

 だが、分からないことは時が来れば説明されるだろう。

 流石に今の説明だけで「よし行け」ということになるわけがない。

 

 オルステッドは他にも何かあるのか、再び顎に手を当て、やや上の方向を見ていた。

 きっとそれが彼の考えるポーズなのだろう。

 

「ルーデウス。お前の妹であるアイシャが作るルード傭兵団も便利な存在だ。それも作られるよう働きかけてもらう」

「それはどのようにですか?」

「そうだな……」

「それについては私が説明しますよ」

 

 オルステッドもあまり分かってないことだったのか、リベラルが前に出てきた。

 

「まず、リニアーナ・デドルディアはラノア魔法大学を卒業後、詐欺にあい多額の借金を抱えた奴隷になります」

「……はい?」

 

 突然出てきたリニアの名前に目が点となるが、彼女は気にせず話を続ける。

 

「彼女を買い取った後、アイシャ様をサポートにつけて傭兵団を作るよう促せばオッケーです」

 

 色々と突っ込みどころがあり、ルーデウスは思わず額に手を当ててしまう。

 

「あの、リニアって奴隷になるんですか?」

「言った通りですよ。リニア様は商人を目指しますが、残念ながら才能がなかったんです」

「それを、俺が買い取る……? 幾らでですか?」

「金貨1500枚相当です」

「……代わりの猫いませんか?」

 

 今のルーデウスにそんなお金がないのは分かりきってる話だ。

 奴隷購入断固拒否、と言わんばかりに嫌がる彼に対し、オルステッドが溜め息を溢しながら軍資金を渡すことで解決するのであった。




推敲無しがデフォになりつつあります。誤字脱字あれば申し訳ない。

Q.リベラルの未来日記はルーデウスの日記だけど、そんな詳細まで覚えてるの?
A.元々過去に行くつもりだったので、事前にルーデウスの日記を読み込んでいた。そのため、転生後も日記の内容について覚えており、忘れないよう何冊かに分けて書いてました。

Q.黒歴史を無許可でばら撒いてる。
A.ヒトガミを倒すためだからね、仕方ないね。

Q.おちょくるリベラル。
A.最近ハマってます。

Q.何故餃子が出された?
A.作者である私が本日(昨日)ラーメン屋さんに行ったのですが、餃子を食べ忘れてしまったため食べたくなりました。

Q.今回の話見る限り、原作とあんまり変わらなくなる?
A.めちゃくちゃ変わるので安心してください(安心出来ない)。

Q.オルステッド。
A.今までふざけるようなことがなかったため、戸惑ってます。


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3話 『旅路の前に』

前回のあらすじ。

ルーデウス「はじめまして、よろしくお願いします」
オルステッド「取りあえずアリエルを王にするからよろしく」
リベラル「王にするための情報はルディ様の未来からの日記です。恥ずかしいこともいっぱい書いてますよ!」

執筆していて気付きました。暇なときの方が筆進まないことに。
休み期間中、何か無駄な時間をずっと過ごしてました。やはり、ある程度の忙しさがないと脳細胞は死滅してしまうのか…。
そして、書籍版もついに最終刊が出てしまいますね…。完結するまでに終わらせる予定だったのに、どうしてこんなに時間を掛けてるんだ…。


 

 

 

 オルステッドたちとの話し合いの後、ルーデウスはヒトガミ以外のことで気になることがあった。

 以前からずっとどうすれば良いのか悩んでいたことについて関係がある。

 それは自分の未来についてだ。

 ナナホシの転移装置の開発に最後まで協力することは分かったが、それ以上の情報を何も聞けなかった。

 特に知りたかったのは、シルフィエットやロキシー、エリスたちのことについてである。

 果たして未来の自分は、彼女たちとどういう関係になったのかが気になった。

 

 現在ヘタれたことにより悩んでいたため、これからについての判断材料にしたかった。

 

「ということなんです」

「贅沢な悩みですね」

 

 そのことを伝えると、リベラルは呆れた表情で呟く。

 言葉通り贅沢な悩みだろう。

 複数人からの好意に対し、どうすればいいのかを未来の自分の行動から判断するのだ。

 本来なら不可能な選択である。

 自分の意思で決めろよ、というのが彼女の率直な思いだった。

 とはいえ、気になるのも当然だろう。

 もしもの世界を知りたいのは大半の人が抱く思いだ。

 

「へへっ、おねげぇしやす姉御」

「ふっ……可愛い弟分の頼みです。聞いてあげないこともないです」

「流石です姉御!」

 

 話すだけなら無料である。

 やれやれと首を振りながら、リベラルはどこから話し始めるか考える。

 

「そうですね……まず転移事件後、エリス様を無事にフィットア領まで送り届けると、そこで彼女と添い遂げることになります」

「おお、一緒です!」

「やっぱりエリス様と致しちゃってましたか。彼女とするのは気持ち良かったですか?」

「それはもう最高でした!」

「……何かウザいので肩パンしますね」

 

 宣言通り肩パンすると、ルーデウスは悲鳴を上げながら「聞いてきたのそっちじゃん!」と文句を言うがお構いなしだ。

 ポカポカ殴り、満足したところで続きを話す。

 

「その後、諸事情によりエリス様は黙ってその場から立ち去るのですが……ルディ様は幻滅されたと勘違いして不能になります」

「えっ」

「不能になったルディ様は絶望の中冒険者としての活動を続け、その際に知り合った『カウンターアロー』のサラという女性と結ばれる直前まで行きましたが……不能が原因で破局します」

「ちょっ」

「そしてヒトガミに不能を治す鍵はラノア魔法大学にあると告げられ、そのままここに移住することになりました」

「あああぁぁぁぁ!!」

 

 再び告げられる黒歴史を前に、ルーデウスは悶え苦しむ。

 不能は病気なのだからそこまで恥ずかしがらなくても、などどリベラルは思うものの、その様子が面白かったので何も言わずに微笑ましく眺め続けた。

 まあ不能が原因で破局、なんて確かに情けないかも知れないが、男には時にどうしようもないことがあることは理解してる。

 それにこの世界のルーデウスとは別なのだから、そこまで過剰に反応しなくてもいいだろう。

 

「ところで、ルディ様は現在不能になってたりするんですか?」

 

 リベラルとしては、そのことは普通に心配でもあった。

 何だかんだでエリスとは離れ離れになっているのだ。

 本来の歴史と同じく不能になっていてもおかしくないだろう。

 

 しかし、先程から散々弄り回されてるルーデウスには反撃の好機に見えた。

 仕返しと言わんばかりに暗い表情を浮かべ、視線を自身の股間に向ける。

 

「……実は不能になってるんです。リベラルさんが治してくれませんか?」

「いいですよ。因みに私の握力は恐らく500kgを超えてるんですが、力加減を誤ってうっかり握り潰してしまったらすみませんね」

「ごめんなさい不能なのは嘘です」

「遠慮しなくて大丈夫ですよ。潰れても魔術で治せますから」

「新手の拷問じゃん」

 

 嘘をあっさり見破られたルーデウスは、敢えなく撃沈するのであった。

 とりあえず、そのような感じで未来での出来事を話していった。

 結局3人と結ばれたことは伝えたし、その際にパウロが亡くなったことも伝えた。

 驚いた様子を見せるものの、今は生きてるのだからそれ以上気にした様子はない。

 むしろ、ザノバやクリフの話を聞いて「あいつらとはもっと仲良くしよう」と呟いていた。

 

「それで、参考になりましたか?」

「ええ、まあ……」

 

 元々未来の話をしたのは、ルーデウスがシルフィエットたちとどのように接するのが正しいか参考にするためだ。

 返事をしたものの、まだまだ迷いがありそうな彼に対し、リベラルは怪訝な表情を見せる。

 

「何か気掛かりでもありますか?」

「未来のことは聞きましたけど、現在とは状況が違うので同じようになるか不安で……」

 

 その台詞には、リベラルも「はぁぁ?!!」と顔を歪める。

 ここまで情報を伝え、結果がこれでは文句も言いたくなるだろう。

 何故そこまで腰が引けてるのか一切理解出来なかった。

 

「今度からヘタレウス・グレイラットと貴方の名前を改名しませんか?」

「えっ? それはちょっと……」

 

 こんなにも情けない彼の姿は見たくなかったが、今すぐにそのヘタレっぷりが治るわけでもない。

 我慢しようかと思ったが、思わず文句を言ってしまう。

 

「いいですかヘタレウス様」

「は、はい」

「私の話と今の状況が違うのは当たり前です。

 シルフィエット様はアリエル様の護衛じゃないですし、ロキシー様もシルフィエット様を弟子にしてます。

 それにエリス様も剣の聖地に行ってません」

 

 しかし、それは問題ではないのだ。

 

「彼女たちは貴方に好意があり、アプローチもしてるじゃないですか」

 

 そのことは変わらないのだ。

 3人が好意を抱いているのは、今までのルーデウスの行動があってこそである。

 今の彼が好きなのであり、そこに未来の話は関係ないだろう。

 

「不安に思ってるのは、自分の行動で相手を傷つけてしまうかも知れないと考えてるからですよね?」

「そうです……」

「どのみち先伸ばししても傷つけるだけではないですか?」

 

 行動に移せない気持ちは分かるし、今の関係を崩したくない気持ちも分かる。

 だが、終わりの見えてる関係でもある。

 

「迷っていても結果は分からないままですよ」

「それは分かってるんですけどね……」

「はぁ……じゃあ思い出してください。昔のことを」

 

 ずっとウジウジと言い続けるルーデウスに対し、溜め息を見せるのも仕方ないだろう。

 彼女はブエナ村でのことを話し、自分なりの励ましを送ろうとする。

 

「ゼニス様はどうでしたか? パウロ様とリーリャ様の関係でどう反応してましたか?」

「そりゃあもう、カンカンに怒ってましたね」

「じゃあ、ずっとそうでしたか? パウロ様に愛想尽くしてましたか?」

「そうではないですけど……」

 

 子どものため、という理由もあっただろうが、何だかんだでゼニスはパウロが好きだったのだ。

 彼女がお人好しだったこともあるが、最終的にはちゃんと笑顔で過ごしていた。

 リーリャとの仲も良好だったし、パウロとも上手くやっていた。

 

「大切なのはその後の行動ですよ。ルディ様が誠意を持って接すれば思いは伝わる筈です」

 

 結局、そういうことなのだろう。

 未来のルーデウスは3人に序列など付けなかったし、平等に愛していた。

 現代ではその考えは通用しないだろうが、ここは異世界であり多種多様な思想がある。

 少なくとも、リベラルの目には未来のルーデウスは楽しそうな様子で過ごしていたし、同様にゼニスたちも不満は少ないように見えた。

 

「他の人にも相談してみて下さい。きっと最善の選択に繋がる筈です」

「……分かりました」

 

 今のルーデウスは不安に負けてるだけであり、本心では彼女たちとの関係を望んでいるだろう。

 うじうじしてるものの、今の彼は灰色だった青春を取り戻してる最中なのだ。

 こうした悩みを持つことも青春だと考えているので、あまり邪魔せず見守ろうと考えた。

 

 相談相手もそれなりにいる筈である。

 パウロは二股をした張本人で実例を聞けるし、エリナリーゼからも色々聞けるだろう。

 

 

――――

 

 

 今のところ、リベラルの研究は上手くいっていた。

 ゼニスの治療は順調に進んでいるし、ナナホシの研究も未来と変わりなく進んでいる。

 今のところは転移に失敗した原因がまだ不明なので不安はあるものの、予定通りと言えば予定通りだ。

 オルステッドとの関係も良好で、時おり手合わせなんかもしている。

 現在はあまり大きな布石もないため、彼はこの地にいることが多く、ナナホシも呼んで適当にお喋りに興じることもあった。

 聞くのは主にこの世界に来てからのことだ。

 二人がどんな風に過ごしていたのか純粋に興味があったのである。

 

 そんなこんなで日々を過ごしていた。

 

 変化があったのはしばらくしてからである。

 リベラルの元に、とある男が訪ねてきたのであった。

 ツルッとした坊主頭に、額についてる特徴的な宝石。

 ルイジェルド・スペルディアだ。

 状況は分からないが、彼が唐突に現れたのである。

 

「お久し振りですね、ルイジェルド様」

「ああ、久し振りだな」

 

 別れてからしばらく経つが、彼は変わらぬ様子だった。

 定期的に髪は剃っているためか、ルイジェルドの頭は少しばかり眩しく感じられる。

 いかつく見えるし好みの見た目でもないので、そろそろ髪を伸ばして欲しいというのが素直な思いだ。

 

「ちょっと失礼しますね」

 

 一言断りを入れたリベラルは、魔眼を使用する。

 ルイジェルドの呪いがどうなってるのか確認するため、態々使用した。

 以前に使いすぎたことによる副作用があったものの、治療やこういった機会に使うくらいなら問題はないのだ。

 彼の状態を確認出来たリベラルは、ふむふむと頷きながら口を開く。

 

「既に呪いの効力もなくなっています。髪の毛はそろそろ伸ばしていいと思いますよ」

「そうなのか?」

「ええ。それに私は緑髪が好きなので、その方が嬉しいです」

「そうか……ならば伸ばすとしよう」

 

 ルイジェルドとしては、実用性を重視してるため別にどちらでもよかったのだろう。

 しかし、そのように言われれば悪い気もしない。

 素直にその提案を受け入れた彼は、以前の容姿に戻そうと考える。

 

「それで、ここに来たということは支援者を見付けられたということですか」

 

 旅をしていた頃、ルーデウスの提案によりデッドエンドとしての活動を延長していた。

 スペルド族のいる地域には疫病が蔓延してるため案内出来ないと言われたが、代わりに協力者を見付けるという話になっていただろ。

 差別自体は簡単になくせないが、個人からの差別をなくすことが出来る。

 ルイジェルドは優しいので、人助けにより恩を感じる人は数多くいるだろう。

 

 リベラルの確認に、彼は頷いた。

 

「ああ。事情を伝えたら引き受けてくれた。ビヘイリル王国での医療団が動いてくれることになったな」

「医療団って……一体なにをしたらそうなるんですか」

「ただ困り事を助けただけだ」

 

 本当かよ、とツッコミを入れたいところだが、ルイジェルドは冗談を言わない。

 事実なのだろう。

 それよりも気になることがあった。

 スペルド族の村があるのは、ビヘイリル王国の比較的近くなのだ。

 旅を続けていた彼が、それに気付かず人助けだけをしていたとは考えにくい。

 もしかしたら同族の居場所が分かったのではないかと不安になる。

 

「そして……スペルド族を見つけた」

「やはり、ですか」

「だが、約束は忘れていない。俺はそこには近寄らなかった」

 

 リベラルと交わした約束は、スペルド族の居場所には案内出来ないというものだった。

 疫病が蔓延しているからこそ、不必要な感染を起こさぬためだ。

 彼はその言葉を覚えていた。

 そして、治すための手助けをすると言うこともだ。

 だからこそ、ルイジェルドはここに来たのである。

 

「銀緑、頼む。手を貸してほしい」

 

 彼はとても不安そうな表情だった。

 リベラルにもやることがあり、まだそれが終わっていないことも分かっている。

 断られてもおかしくない状況なのだ。

 

 そんなルイジェルドに対し、リベラルは笑顔を見せる。

 何百年も探し求め、やっと見付けた光明なのだ。

 それが失われるかも知れない不安を、彼女は知っているのだから。

 

「もちろん、構いませんよ」

「……助かる」

「感謝は早いですよ。状況を教えて下さい」

「分かった」

 

 彼から話を聞くと、想像以上に状況を進めてることが分かった。

 どうやらその医療団たちは、既にスペルド族の村に向かっているらしい。

 そこまでしてるなら自分が手助けする必要もない気がするものの、何が起きていたのか興味もあるため向かうことに異論はなかった。

 リベラルは病気方面に対する知識が少ないため、知見を広げるためにも同行したかったのである。

 

「取りあえず、準備や報告する必要がありましたので、出発は明日でよろしいですか?」

「ああ」

 

 ルイジェルドと共に行くのであれば、ペルギウスにお願いしてビヘイリル王国の近くまで転移することは出来ない。

 転移遺跡も近所にある訳ではないため、それなりの時間この国から離れることになる。

 大体どの程度の時間離れるのか、伝える必要があるだろう。

 それに、ついでと言っては何だがこの機会に行くべき場所もあった。

 

(静香のことも、そろそろ対処しないといけませんからね)

 

 異世界人であるナナホシは、この世界に存在する魔力を一切持たない人間であり、発散させることが出来ない。

 その魔力が蓄積することによって、様々な病気を引き起こすドライン病になってしまう。

 現代で言うところのエイズに近い症状が発生するのだ。

 魔力が蓄積する限り発症する病気であるため、完治させることは出来ない。

 ナナホシに肉体改造でも施せばその限りでもないかも知れないが、流石にそんなことをする気はない。

 一先ずの対処法として、ソーカス草と呼ばれるものを摂取することで魔力の排泄を促すことが出来る。

 リベラルは遠出をするこのタイミングで、ソーカス草を取りに行きたかったのだった。

 

 以前にも伝えたことであるが、ソーカス草は環境を整えないと栽培出来ない。

 そのため、今までずっと旅をしてきた彼女は手元に用意することが出来なかったのだ。

 

「明日の日の出には出られるようにしますので、その頃にまたここに来て下さい」

「分かった。だが、離れることを伝えるのだろう?」

「そうですが、どうしましたか?」

「離れる理由である俺がいなければ不義理だろう。途中まで同行する」

 

 ルイジェルドの言うことは最もだ。

 オルステッドは呪いの関係があるため見送るが、パウロには挨拶すべきだろう。

 ゼニスのことを診れなくなるため、彼から事情を説明するのが筋である。

 

 そういうこともあり、ルイジェルドと共にパウロの家へと向かった。

 しかし、意外と言うべきか話は特に難航することなく進んだ。

 元々はルーデウスの恩人であり、彼もまた家族捜索の貢献者である。

 パウロも悪い顔は見せず、リベラルが離れることを受け入れた。

 

「じゃあ、私は次の場所に向かいますね」

「分かった」

「おう」

 

 ルイジェルドはその場に残ってパウロたちと話をすることにしたようだ。

 ミリスではあまり会話出来てなかった様なので、魔大陸でのルーデウスとの旅路を聞きたいらしい。

 いつの間に懐いていたのか不明だが、ルイジェルドの背中にしがみついてるノルンを見ながら次の場所へと向かった。

 

 辿り着いた先はナナホシの部屋である。

 外出することが少ない彼女にも伝えておく必要があるだろう。

 ノックをすれば返事があったため、リベラルは中へと入る。

 相変わらず散らかった部屋であり、端っこの方で窓の外を眺めながらナナホシは椅子に座っていた。

 

「黄昏れてますね」

「休憩中よ。気分転換だから気にしないでいいわよ。それで、どうしたの?」

「ええ、実はしばらく離れることになりまして」

 

 どこかムスッとした様子の彼女を傍目に、リベラルは単刀直入で用件を伝える。

 

「離れる? どれくらいの時間?」

「ここより更に北東にあるビヘイリル王国に向かった後、別件で魔大陸まで行きます」

「…………」

「1年も掛からないと思いますが、半年以上は掛かる予定です」

「……そう。分かったわ」

 

 ある程度の時間を伝えたが、彼女は思ったより平静であった。

 本来の歴史から考えれば、別にリベラルはいてもいなくても研究に支障は出ないのだ。

 特に手伝ってくれる訳でもなく、ただ研究過程を観察してるだけの人である。

 当たり前と言えば当たり前だが、離れるからと言って困ることはないのだ。

 むしろ、リベラルの目的である研究過程の観察に支障が出るのではないか? と逆に心配されるのであった。

 

「あの、それだけですか?」

「……何が?」

「もっと寂しがってくれてもいいんですよ?」

「別に私は貴方とそこまで深い仲でもないのに?」

「ひどっ!!」

 

 ナナホシは「冗談よ」と言いながらクスクス笑う。

 ブラックジョークではあったが、リベラルもそんなことでへこたれるほどのメンタルはしていない。

 そもそも彼女がとても強いことは知ってるのだ。

 何の力も持たないナナホシが心配したところで意味などないだろう。

 

「まあ、なるべく早く帰ってきてね」

「!!」

 

 その言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「任せて下さい! 秒速で帰ってきますから!」

「……ゆっくりでいいわよ」

「またまたー。照れちゃちゃってー」

「うざ」

「私、この旅が終わったら静香に結婚を申し込むんです。返事は帰ってきてから下さい」

「お断りに決まってるじゃない」

「そんなー」

 

 なんて馬鹿なやり取りをしつつ、しばらく会話を楽しんだリベラルは次の場所へと向かう。

 オルステッドのいる小屋だ。

 彼はリベラルから受け取った本来の歴史の情報を元に、これから先の布石について一度考え直している。

 そのため、最近はこの地にいることが多かった。

 

 早速辿り着いたリベラルは、小屋の中からオルステッドの気配があることを確認する。

 そのままバンッと扉を開いて中へと入っていく。

 

「たのもー」

「……そんな性格だったか?」

「たのもーたのもーたのもー!」

「静かにしろ」

 

 流石に鬱陶しかったのか、リベラルは黙らされてしまう。

 表情はいつもと変わらず怖い顔のため、怒っているかどうかの判別はつかなかい。

 ただ、彼女の予想では別に何も怒っていないだろうと思っていた。

 

「社長、お願いがあります」

「社長……?」

「将来建設するオルステッドコーポレーションの社長なのでオルステッド社長です」

「意味が分からん」

「まあ、それはさておき。少しばかり遠出する用事がありまして」

 

 彼であれば、もしかすると解決法を知ってるのではないかという期待を込め、ルイジェルドのことやスペルド族の元に行くことを伝える。

 ループしてきた中で、間違いなくスペルド族の事情は知っているだろう。

 どうすれば治せるのか聞ければ、到着してからも時間を掛ける必要もないのだ。

 そんな期待を込めて伝えたのだが、オルステッドは難しい表情を見せていた。

 

「スペルド族の村か……」

「……その反応、治療方法は知らなさそうですね」

「そうだ。全ての解毒魔術を試し、治る可能性のある薬を全て試した。だが、治らなかった」

「なるほど」

 

 そう言われると困ってしまう。

 リベラルも別に病気に対して詳しくないのだ。

 未知の病などであれば、対応できるとは言えない。

 

「ちょっと確認したいんですけど、オルステッド様って魔石病とか治せますか?」

「いや、無理だ。知っての通り、魔石症はそもそも掛かるのに特殊な条件を満たす必要があり、遭遇例自体少ない。

 そして、治すのには神級の解毒魔術を使わねばならず、多大な魔力を必要とする。

 それならば、そもそも魔石病にならないようにした方が効率が良かったからだ。

 故に、俺は魔石病を治せない」

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 彼女が唐突にそのことを確認したのは、未来で発病する可能性を考慮してのことだ。

 魔石病はネズミを媒介にする。 

 子宮の中にいる胎児にしか感染せず、経口感染しかしない。菌も長生きせず半日程度で死滅する。

 そして“雪国であるラノア王国に、ネズミは存在しない”。

 本来の歴史にてソーカス草を取りに魔大陸へと向かったルーデウスたちだが、帰還した際にネズミが紛れ込んでいたのである。

 それによってロキシーが魔石病に掛かるのだが、オルステッドが治せない以上、絶対に予防しなければならない。

 

 彼もそのことを警戒してることに気付いたのだろう。

 フッと笑いながら、安心させるかのように声を掛ける。

 

「ルーデウスが聖獣を召喚した以上、ネズミが紛れ込んだところで問題はない」

「まあ、それもそうですね」

 

 聖獣レオがいるため、そもそも家の半径2キロメートルは野良猫すら寄り付かなくなるのだ。

 ネズミのような小動物が寄り付くわけもなかった。

 すぐに逃げ出すだろう。

 

「それで、スペルド族の村はどう考えている?」

「実際に見てみなければ分かりませんが、治せるとは思ってますよ」

「何故そう思う?」

「それが私の生み出された存在理由だからですよ」

 

 元々リベラルは、ラプラスの保険として生み出された。

 その本質は『ありとあらゆる技術の進化』である。

 確かにループをしているオルステッドに対し、その保険はあまり意味がなかったのかも知れない。

 しかし、ループ開始地点より過去から誕生したリベラルは、オルステッドの持ち得る技術とはまた別の技術を持つのだ。

 どちらの技術の方が優秀かはさておき、彼の知らない技術を持っていることは確かである。

 

 だからこそ、オルステッドとは違う視点で病気に対処出来るのではないかと考えていた。

 

「もちろん、私の持つものは全て社長に伝授しますから安心してくださいね」

「……そうか」

「ああ、でも伝授する訳にいかないのもありました」

 

 リベラルが思い浮かべるのは、自身の持つ禁じ手や奥の手についてだが今はいいだろう。

 他にも話すことはあるのだ。

 

「オルステッド様も来られますか?」

「いや、いい」

 

 折角なので彼も誘ってみたが、生憎断られてしまう。

 

「しばらく離れるのであれば、俺もこのタイミングに片付けられるものは片付けておこう。1年以内には戻るつもりだ」

「布石潰しですか」

「ああ。そろそろ動かねばならん」

 

 そういう事情であれば仕方ない。

 オルステッドがこの地にずっと留まるには、準備がまだ足りないのだから。

 本来の歴史では事務所を作り、その地下に世界各国の主要地に転移魔法陣を作ることになる。

 拠点と移動手段を盤石にするまでは、どうしても不在の時間が増えてしまうのだ。

 

「ルディ様はどうしますか?」

「この状況で付いてこさせてもどうしようもないだろう。拠点作りに力を入れてもらうしかあるまい」

「お留守番ですね」

 

 遠出させるのは、本来の歴史通り大学を卒業後でいいだろうとオルステッドは考えていた。

 今はリベラルがいるため、無理にルーデウスを動かす必要もないのだ。

 それに、アリエル王女の動向を見守っているだけでも十分な仕事である。

 彼女をアスラ王にする方針は伝えているため、その手伝いをするのがいいだろう。

 

「それに、俺の呪いを抑えれるようにする必要もあるからな」

 

 他者に恐れられる呪いを持つ彼は、クリフの協力によってその呪いの効果を抑えられるようになる。

 そのための協力を得るにも、ルーデウスの力が必要であった。

 もちろんリベラルも作る予定ではある。

 しかし、ゼニスのことやルイジェルドのこと、そしてナナホシのこともあるためクリフの協力はやはり欲しかった。

 

「取りあえず、ビヘイリル王国の近くと魔大陸の2つに転移魔法陣は設置しときますよ」

「頼む」

 

 そうして、リベラルの準備は整うのであった。




Q.ヘタレウス・グレイラット。
A.正直に言いますと、ここまで引き伸ばす予定ではなかった。もっと心情を具体的に表現して既にシルフィとくっついてる予定でしたが、自身の力不足により出来ませんでした。
どちらの子を選ぶか、なんて状況やいっそハーレムでも作ろう!なんて状況をリアルで体験したこともないので、全然想像出来んのですよ。
ちゃんと内面まで書ききった孫の手さんは本当に凄い。

Q.オルステッド社長魔石病治せないんか。
A.独自解釈です。作中で説明したように、オルステッドは魔力の回復が遅いため誰かの治療のために神級魔術を使用するとは思いません。
また、男性であるため妊娠もしないので自身に使う機会も皆無。
誰かに使ってもらうにしても、流石にハリーポッター並の分厚い本を全て写本して渡せるとは思えませんし、何より呪いによって他者との交流が困難です。
それなら、そもそも対象者が魔石病にならないように布石を打つのが道理でしょう。
設定だけ見れば治せるとは思いますが、私の作品では治せないことにしました。

Q.リベラルはっちゃけてるなあ…。
A.ナナホシに対しては過去の交流があったことや、帰れないことへの焦燥感を和らげるために明るく振る舞ってます。
同様に、オルステッドに対してもループをし続けて孤独に生きてきたことを知ってるため、明るく振る舞ってます。
もちろん、自身の性格ありきなので無理をしてるという訳でもありません。


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4話 『スペルド族の村』

前回のあらすじ。

ルイジェルド「同胞たち見つけたから助けて欲しい」
オルステッド「俺は治し方を知らない」
リベラル「おk、挨拶してくる」

前々から気付いてましたが、モブキャラ書くのがめちゃくちゃ苦手です。僅かな出番しかないため想いや苦労、心情を表現するのが難しいです。
モブキャラまで丁寧に書ける人は本当に凄いと思います。


 

 

 

 今回はルイジェルドと共に向かうため、準備も必要最低限で十分であった。

 ルイジェルドは普段から荷物もなく、槍だけを手にしてるし、リベラルも幾つかの本を持っているだけだ。

 旅を舐めるなと言いたい軽装っぷりであるが、実力者であるふたりだからこそ可能な格好である。

 

 翌日、日の出と共に出発したリベラルたちは、当然ながら苦労もなく順調に進んでいく。

 魔物が出てもリベラルの魔術で一撃だし、ルイジェルドも率先して狩ってしまう。

 むしろ着の身着のままだったため、魔物は食料として大歓迎された。

 唯一の不安は天候が崩れることによる足止めくらいだったが、そこも時期的に問題なく勧めた。

 談笑しながら進めるくらいの余裕がある。

 

「『龍神』オルステッドか。一目見たいと言えば見たかったな」

「まあ、今のオルステッド様は呪いによって他者から嫌悪されるんですけどね」

「かつての俺のように、か」

「ええ。誰かとまともにコミュニケーションを取ることが困難ですよ」

 

 その中で話題に挙がったのはオルステッドの話だ。

 世界最強とも名高い人物が、そのような呪いを宿していることに彼は興味を示していた。

 かつての自分も同じような経験をしていたからこその思いだろう。

 

「顔を合わせれば今抱いてる思いも全て疑惑に変わっちゃいますからねー…」

 

 例えば、パウロたちはルーデウスがオルステッドの仲間になったことを知ってるが、彼自身が顔合わせをしたことはない。

 今言ったように、呪いによって息子が悪魔の配下になってしまったと勘違いしてしまうからだ。

 呪いの力は強いため、言葉だけの説得は困難であった。

 

「そうか。ならば、リベラルは呪いの影響を何故受けないんだ?」

「私が一応古代龍族とも言える存在だからですよ。

 初代龍神の血を引くオルステッド様は、かつて六面世界を滅ぼした初代龍神の威光……魔力によって、この世界の生物から恐怖されるようになってるだけですので」

「ほう……それは初耳だ」

「私は龍族だからこそ耐性があるだけで、全ての呪いを無効化する訳じゃありませんよ」

 

 そういう点で言えば、スペルド族に掛けられた呪いなんかもそうだろう。

 本来の姿を知ってる彼女が、ラプラスの呪いの効力を受け付ける訳がなかった。

 

「まあ、呪いを軽減出来れば顔合わせしても問題ないでしょう」

「そうか」

 

 とは言え、それはスペルド族の疫病をどうにかしてからの話である。

 ルイジェルドを仲間に迎え入れるには、そちらをどうにかしなければならない。

 仲間を見捨てて一人だけのうのうと生きていくのは、彼の性格やプライドからしてないだろう。

 

「疫病についてはどう考えている?」

「現場をちゃんと見てないので詳細は分かりませんが、予めオルステッド様より意見を貰いました」

 

 オルステッドがこの世全ての技術や知識を持っていることを伝えた上で、前に話した内容を伝える。

 曰く、現存する病気に当て嵌まる症状はない、と。

 本当に現存する全ての知識を持っているかの疑問は飲み込み、ルイジェルドは不安な表情を見せる。

 

「オルステッド様が誕生したのは恐らく百年ほど前であり、そこからふたつの可能性が割り出せます。

 ひとつは、最近生まれた完全なる新種の疫病。それならば知識があろうとも無意味でしょう。

 もうひとつは、大昔に撲滅した筈の疫病。それならば百年前に生まれたオルステッド様が知らないのも仕方ないでしょう」

「そうか……」

「しかし、新種の疾病であれば他所への感染がないことが疑問です。少なくとも、スペルド族と関わりを持ってる人がいるのにも関わらず、そちらには感染してませんし」

 

 その土地特有の魔物を狩ることを対価に、スペルド族はその地で過ごしていた。

 彼女自身の目で、交流があったことは目にしているのだ。

 だが、感染していたのはスペルド族だけであった。

 

「であるとするならば、その土地特有の疾病であることは確実でしょう」

 

 頭の中で整理していたリベラルだが、恐らく大昔の病気ではないかと考えていた。

 仮に新種の病気と仮定しても、オルステッドのループではスペルド族以外への感染がないのは不自然だ。

 そして魔物が原因で昔からその地に人が住んでいないのであれば、昔から存在していた風土病である可能性が高い。

 もしもそうであるならば、昔から生きてきたリベラルの知識に当て嵌まる病気があるかもしれない。

 

「詳細は調べなければ分かりませんが、感染者ではなくその土地を調べれば答えに辿り着けるかも知れませんね」

「……そうか」

 

 病気についての知識が乏しいルイジェルドは、取りあえず頷くのであった。

 

「……しかし、随分と雰囲気が柔らかくなったな」

「え? そうですか?」

「ああ。少なくとも、ラプラス戦役の時は誰も寄せ付けない鋭さがあった」

 

 唐突に告げられた言葉に、リベラルは頓狂な声を上げる。

 戦争をしていた頃に比べれば丸くなってるのは当たり前なので、いまいち実感の湧かない言葉であった。

 とはいえ、彼の言葉に思い当たる節は当然ある。

 

「まあ、私の目的のひとつに終わりが見えてきたからでしょうね」

「ほう」

「ウキウキしてるのかも知れません。本当に、ずっと、5千年近くも掛けてようやく約束を果たせそうですからね」

 

 折角なので、この機会にお互いのことを話し合うことにした。

 リベラルは別に過去のことを隠したい訳でもないので、話すことに抵抗はない。

 ルイジェルドもまた、彼女が自己開示してくれたからこそ話す気になったのだろう。

 ラプラス戦役前からのことも話してくれた。

 

 ラプラスの真実を知った彼はとても驚いた様子を見せていたが、怒りが収まるわけでもない。

 リベラルとしても、魔神に関しては恨まれても仕方ないと考えているため、特に言うこともないだろう。

 それに、将来的に魔神と戦うことも告げているため、むしろ意気投合すらした。

 

「ラプラスはふたりいる、か」

「間違っても技神の方に恨みを向けないで下さいね」

「魔神に恨みこそあれど、技神に怒りを向けることはお門違いだろう」

「まあ、技神は戦いを避けるでしょうけど」

 

 技神ラプラスは魔神ラプラスと違い、表舞台に名前はあっても姿を知ってる者はほとんどいない。

 忘れてしまった何者かへと自身の持ちうる全ての技を伝えるために、危険は避けようとしているからだ。

 使命を果たすことを第一に考えているため、最低限しか姿を見せることはない。

 リベラルもほとんど会ったことはないし、どこにいるのかも分からなかった。

 

「そっちはもう家族を作ったりとか考えてないのですか?」

 

 互いの過去の話を聞き、どちらも天涯孤独とも言えるような状態であることが分かった。

 だからこそ、リベラルはなんとなく気になって質問する。

 

「さてな。そんなことを考える余裕はなかったから分からないな」

「まあ、私も似たようなものなので人のことは言えませんけどね」

 

 その言葉に、ルイジェルドはフッと笑う。

どこかいじらしい笑みだ。

 

「ルーデウスのことはどう思っているのだ? 俺には師弟以上の思いを感じたのだが」

「ん……まあ、大好きですよ。強く求められたら断れないかも知れないです」

「ほう」

 

 以外というべきか、素直に答えた彼女にルイジェルドは感嘆の声を上げる。

 

「ただ、やはり断るでしょうね」

「そうか」

「私が戦ってるヒトガミは、妊娠中に積極的に狙ってくるようなことをしてきますから」

「それは……」

 

 もちろん、警戒すれば未来のロキシーのような事態は防げるだろうが、そうすると身動きが全く取れなくなってしまう。

 リベラルだけで全ての戦況を変えられるとは思ってないが、オルステッドの手が遅れることに繋がるとは思っている。

 それが原因で負けたりしたら笑えないので、誰かと恋愛するのは禁じていた。

 

「取りあえず、ヒトガミを倒すまでは誰かと添い遂げるつもりはありませんよ」

「そうか……」

 

 ラプラスの復活を待つ必要がある以上、ヒトガミを倒せるのは百年近く後になる。

 その頃のルーデウスはお爺ちゃんになってるだろう。

 というか故人になってる可能性が高い。

 そうなっては恋愛以前の問題である。

 

 リベラルの返答に、ルイジェルドはどことなくつまらなさそうな表情だった。

 彼もまた目的のひとつの達成を間近にして、気が緩んでいるのかも知れない。

 

 こうして、道中は苦労もなく進んで行った。

 そして数ヶ月もしない内に、ビヘイリル王国にへと到着するのであった。

 

 

――――

 

 

 ビヘイリル王国にある地竜の谷。

 そこを超えた先で、リベラルはあることを思い出していた。

 

「そう言えばここからはこの地特有の魔物がいましたけど、医療団の方々は無事に辿り着いたんですかね」

 

 この土地にいるのは『透明狼(インビジブルウルフ)』であり、名前の通り透明な狼だ。

 当然と言うべきか、人間は目に頼ってる部分が大きいため、姿の見えない魔物は非常に厄介だろう。

 魔物としてのランクもAはある。

 情報もなく踏み込めば被害は甚大になるだろう。

 

「いや、そのことは伝えてある。スペルド族に護衛を受ければ大丈夫だろう」

「それなら問題なさそうですね」

 

 額にある第三の目で魔力を感知するスペルド族は、透明であろうとその姿を見逃すことはない。

 近くの茂みからガサガサと音がしたかと思えば、彼は素早く手にした槍を突き立てた。

 それと同時に、断末魔のような声が響き渡る。

 姿は見えないものの、血飛沫がその存在を証明していた。

 

「狼のお肉って美味しかったでしたっけ」

「忘れたが、食えば分かるだろう」

 

 リベラルも魔眼を開けば、襲い掛かる狼の姿は当然ながら丸見えとなっていた。

 前後から挟むように飛び掛かってきた透明狼に対し、手刀を作り回転するかのように振りかぶる。

 まるで本物の刃のように振り抜かれたそれは、綺麗に前後にいた透明狼の首を跳ね飛ばすのであった。

 今更この程度の魔物に苦労をする訳もなく、互いに余裕な様子である。

 

「修練も兼ねて魔眼は使うの止めときます」

「好きにするといい」

 

 もちろん、魔眼など使わなくても彼女は余裕を持って対応していた。

 揺れる草木や音、更には臭いから具体的な位置を割り出して手刀で斬り飛ばす。

 ルイジェルドは魔眼があるので問題ないが、そんなリベラルの様子にやれやれと小さな溜め息を溢した。

 

 途中からは調子に乗って目まで閉じ始めたリベラルだったが、流石にその状況では対応しきれるわけもなく。

 

「ふぎゃ」

 

 透明狼に腕を噛み付かれた彼女は、そのまま押し倒されるのであった。

 

「ふざけているからそうなる」

 

 と呆れていたルイジェルドだが、特に助けることなく透明狼を解体していた。

 この程度でやられる訳がないだろうという信頼でもある。

 実際に闘気によって堅くなったその腕からは、出血などしていない。

 だが、頑なに目を開けないせいで他の透明狼に囲まれ、色んな部位をガブガブと齧られているのであった。

 

「助けてルイジェルド様!」

「目を開けてから言え」

「顔にも噛み付かれてるんです!」

 

 とまあ、それほどふざける余裕のあったふたりだが、傍から見ればそうは見えなかったのだろう。

 投擲された白い槍が、噛み付いていた狼を貫くのであった。

 

「大丈夫か!?」

 

 そして駆け付ける緑髪の男。

 額に宝石のあるそれは、紛れもなくスペルド族であった。

 4匹に噛み付かれていたリベラルは、とても窮地に見えたのだろう。

 当たり前と言えば当たり前だ。

 

 駆け付けた彼は槍を回収しつつ、あっという間に残った透明狼を倒すのであった。

 

「!? 無事……なのか?」

 

 そして倒れていたリベラルへと駆け寄った男だったが、彼女が無傷であることに驚愕していた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「そうか……怪我がないのならばよかった」

 

 何だが腑に落ちない様子ではあったものの、無事である以上何かを心配する必要もないだろう。

 気を取り直した彼は、ルイジェルドへと向き直っていた。

 

「ルイジェルド、か?」

「……ああ」

「ここにやって来た人族たちから聞いた。本当に……お前だったんだな」

 

 既に医療団からの話が通っていたためか、互いに大きな驚きは見えなかった。

 けれど、実際に顔を合わせるとなると違った。

 スペルド族の男は、どこか感慨深い表情が見える。

 

 ルイジェルドもまた、様々な感情を思い巡らせていた。

 ラプラス戦役以降、彼はずっとスペルド族を探し続けていたのだ。

 何百年と経過し、もうスペルド族は滅亡したのではないかと諦めそうになった時もあった。

 ルーデウスに出会ってから名誉の回復にも兆しが見え、そして同胞の存在をようやく見付けることが出来たのである。

 戦士であるルイジェルドは、大きく感情を表には出さなかった。

 代わりに、今までの思いを込めた一言を呟いた。

 

「すまなかったな」

 

 ルイジェルドらしいと言えば、ルイジェルドらしいだろう。

 言葉足らずでまだまだ口にしたいこともあった筈だ。

 ラプラスに騙されたことが原因だが、それでも今のスペルド族の状況は彼にも関係がある。

 弁明することなく、己の責任を認めていた。

 

「いや……構わない。それよりも、来てくれたことに感謝する」

 

 スペルド族の男もまた、ラプラス戦役でのことを追及することなくアッサリした態度だった。

 しかし、リベラルの目には男が寛容だったからではなく、余裕がないからこそアッサリしているようにも見えた。

 疫病が蔓延してから、それなりの時間が経過している。

 もしかしたらスペルド族全体が既に不味い状況なのではないかと考えた。

 

「医師団が来ていると言いましたが、状況はどうなってますか?」

 

 彼女の問いかけに対し、男の視線がそちらへと向く。

 

「ルイジェルド。その女は……?」

「銀緑だ。疫病を治すために来てくれた」

「銀緑……? それは心強いが、病に対する知識はあるのか?」

「安心してください。大昔に撲滅したようなものに対しても理解はあります」

 

 そこまで言われれば、無下にする意味もないだろう。

 男は疲れ果てたかのような表情を浮かべながら、村へと案内した。

 

 村へと到着すれば、予想よりも酷い状況が目の前に広がっていた。

 外に出ているスペルド族は少なく、どの人物も顔色が悪くしており目に見えて不調である。

 先に来ていた医師団は忙しく駆け回り、やって来たルイジェルドに気付く様子すらなかった。

 吐血した者でもいるのか、血まみれな人物もいた。

 ルイジェルドは険しい表情を浮かべ、特に医師団の出入りが激しい大きな家を見つめる。

 リベラルもそちらに意識を向ければ、多くの者が臥せっていることに気付いた。

 

「取り敢えず、医師団のリーダーに状況を確認しましょう」

「ああ」

 

 ひとまず走り回っていた人を捕まえ、案内してもらう。

 とても忙しいためか悪態をつかれてしまったが、仕方ないだろう。

 気にせずリーダーの元へと行き、互いに自己紹介を行った。

 

 症状についての報告も聞く。

 風邪にも似た症状で、吐血して倒れてしまう。

 年齢や性別に関係なく、スペルド族に無症状の者はいない。

 魔族特有のものであれば治すのは不可能だと言うこと。

 現在は解毒魔術で進行を抑えているが、時間の問題であること。

 

 全ての報告を聞き終えたリベラルも、実際に患者を確認していく。

 

「ん……」

 

 魔眼を開き、全身状態を確認する。

 微かに違和感を覚えた彼女は思考するが、現段階で分かるわけもない。

 一人だけではなく全てのスペルド族を回っていき、症状の確認をしていく。

 それでも分からないため、予定通り土地に対しても魔眼で確認しながら検分していった。

 

 

――――

 

 

 結果として、アッサリと疾病の正体に辿り着いた。

 ――ドライン病ではないか、と結論が出る。

 

 本来ならばリベラルも答えに辿り着けなかっただろう。

 しかし、偶然と奇跡が重なったため、と言うべきか。

 現在のリベラルはスペルド族の村に立ち寄った後、ナナホシのドライン病を治すためのことを予定していたのだ。

 あまりにもタイムリーな疾病である。

 だからこそ、スペルド族に起きている病がドライン病であることに気付けたのだ。

 

 魔眼で確認すれば、この土地とスペルド族は例外なく高濃度の魔力を宿していたのだ。

 医師団からの報告と、実際に観察した症状。

 それがドライン病であることは、タイミングが違えば気付けなかった可能性もあるだろう。

 

「――という風に私は考えています」

 

 医師団やルイジェルドにそのことを伝えると、ざわめきが起こった。

 リベラルがすぐに突き止めたことはともかく、この場にいる者たちはドライン病のことなんて名前を知っている程度なのだ。

 元凶が分かったところで、対処法が分からないのだから動揺が広がるのも仕方ないだろう。

 しかし、リベラルはドライン病を治すための材料を取りに行く予定があったため、そちらについても伝えるのであった。

 

「ソーカス草? それはどこに群生しているものなのですか?」

「魔大陸にあるキシリカ城にて栽培されてます。それ以外では日の差さない深い洞窟の奥地に生えますが……見たことはありません」

「キ、キシリカ城!?」

 

 魔王城の中にあると伝えられれば、流石に驚愕するものが多かった。

 魔界大帝キシリカを実際に見たことある者は少ないだろうし、物語での彼女はとても強そうな存在である。

 そんな場所へと取りに行くしかないと言われれば、絶望しかないだろう。

 

「分かった……俺が行こう」

 

 そこで名乗りを上げたのはルイジェルドだ。

 彼の実力であれば、確かに不可能ではないだろう。

 リベラルもこの後に予定していたため、着いてきてくれると言うならば歓迎した。

 

「いえ、申し訳ございませんが私一人で行きます」

 

 しかし、今はそういう訳にいかなかった。

 

「何故だ?」

「時間が掛かり過ぎるからです」

 

 転移陣を利用したとしても、往復に何ヶ月も掛かってしまうのだ。

 現在のスペルド族の状況を考えると、それでは遅すぎるとリベラルは判断したのである。

 であればどうするのかと言うと、

 

「ペルギウス様の力を借りて移動します。それならば一ヶ月もしない間に戻れるでしょう」

 

 甲龍王の力を使えば、驚くほど早く移動できるのであった。

 スペルド族の村のあるこの帰らずの森には、七大列強の石碑があり、そこからならばアルマンフィを呼ぶことが出来る。

 空中城塞を経由すれば一週間も掛からずに魔大陸へと行けるのだ。

 

 しかし、ペルギウスは魔族嫌いであり、ルイジェルドを通すことは拒否されるのである。

 そのため、彼を連れて行くことが出来ないのであった。

 その理由には彼も渋々と納得する。

 同胞の窮地に役立てないことが悔しいのだろう。

 握られた拳は微かに震えていた。

 

「ドライン病でない可能性もあるため、引き続きそちらはそちらで症状の緩和と原因の模索をお願いしたいです」

「分かった……そっちは頼む」

「任せて下さい」

 

 しかしリベラルの力強い返事に、ルイジェルドは平静さを取り戻すかのように頷く。

 着いていくことが出来ないのであれば、この村で出来ることをすればいいのだから。

 

 そして、リベラルはスペルド族の村から離れ、帰らずの森にある石碑を目指すのであった。




Q.クリフじゃなくてリベラルが疫病に気付くんか。
A.この時期のクリフは大学でエリナリーゼとイチャイチャしており、離れる理由がありません。彼が来る頃にはスペルド族は全滅します。

Q.リベラルガブガブ齧られるけど無傷なのか。
A.リベラルの闘気による硬さはバーディガーディより少し弱い程度です。光の太刀は防げませんし、聖級ならダメージを与えられますが、それ以下はダメージが通りません。


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5話 『魔王再臨』

前回のあらすじ。

リベラル「スペルド族の疫病はドライン病の可能性ありです」
ルイジェルド「ならば治すための方法はあるのか?」
リベラル「ソーカス草取りに空中城塞経由しますので、同胞の看病をお願いします」

文章に詰まったら一生詰まる病に掛かりました。
そんなときは一度作品から離れるといいでしょう…なんていって離れるとずっと離れてしまうので、頑張って治しました。
誰か褒めてくだちぃ。


 

 

 

 帰らずの森の中を移動するリベラルは、すぐに七大列強の石碑を発見していた。

 スペルド族の疫病の症状が深刻だったため、行きしなのように目を瞑って透明狼の相手をせず、魔眼を開いて蹴散らしていた。

 魔眼の力もフル活用したため、発見には然程の時間は掛からなかったのである。

 

「光輝のアルマンフィ。参上」

 

 早速アルマンフィを呼び出した彼女は、手短に用件を伝える。

 

「お久し振りですアルマンフィ様。魔大陸に至急行かなければならないので、空中城塞の転移陣の使用許可を貰ってきて欲しいです」

「何が……いや、分かった」

 

 普段はふざけたやり取りが多いが、今回は真面目な様子だったため彼は無駄口を叩かず言うことに従う。

 返事をしたアルマンフィは、転移に必要な媒介を渡すと、文字通りの光速となって目の前から飛び立っていった。

 しばらくすると、触媒から反応があったため抵抗せずに受け入れる。

 

 ちょっとした浮遊感の後、リベラルは空中城塞へと転移された。

 

「ようこそリベラル様」

「シルヴァリル様、お久し振りです。申し訳ございませんが急ぎですので案内お願いします」

「……分かりました」

 

 そうして案内された彼女は、謁見の間へと辿り着く。

 中へと入れば、王座に肘を付いているペルギウスがリベラルを見つめていた。

 

「久しいな、リベラル。急ぎの用があると聞いたがどうしたのだ?」

「お久し振りですペルギウス様。足代わりにするようで心苦しいのですが、魔大陸への転移陣を使わせて下さい」

「それは構わぬが……何があった?」

「ラプラス戦役にて、魔神との最終決戦に助太刀したスペルド族の男を覚えてますか?」

 

 彼女の言葉に、ペルギウスは不可解そうな表情を浮かべながらも答える。

 

「ルイジェルド・スペルディアか。奴がどうしたというのだ?」

「実は彼の一族……スペルド族全体が原因不明の病に掛かりまして」

「ほう」

「病気の正体の予想は何とかつけられましたので、治療するための薬を至急取りに行きたいのです」

「…………」

 

 その話に、彼は鋭い眼光で彼女を見つめた。

 ペルギウスは魔族嫌いであるため、魔族を救うための行動を面白く思ってないのだろう。

 もちろん、リベラルはそんなことで怯んだりしない。

 彼女もまた、沈黙の中返答を待ち続ける。

 

「貴様くらいだな。我に向かって物怖じせぬのは……」

「私の中のペルギウス様は、まだまだ昔のようにわがままで弱っちいガキンチョのままですからね」

 

 どれほどの時間が経とうとも彼が後から生まれた以上、リベラルの過ごした年月を超えることはない。

 戦争時の未熟だった頃のペルギウスを知っている彼女にとって、歴史に名を残すような人物になろうとも可愛い弟のような存在だ。

 

「ククッ、言ってくれるな。ならば生意気な口を叩く貴様に転移陣を使わせる訳にはいかんな」

「あっ! 嘘、嘘です! ペルギウス様最強! 素敵! カッコいい! だから転移陣使わせて欲しいです!」

「貴様の言葉からは誠意を感じられん」

「くっ、何が望みですか?」

「1分間、我の椅子代わりとなれば考えてやろう」

 

 愉快そうに笑うペルギウス。

 これはなにも彼が変な趣味を持っているからではない。

 ウルペンや北神一世が生きていた頃の話だ。

 彼はこのようにリベラルにからかわれ、喧嘩をしてはボコられていた。

 そしてその度に、椅子代わりにされてウルペン達と談笑するという屈辱的な経験があったのである。

 つまり、昔にされたことの意趣返しであった。

 

「仕方ありませんね。ペルギウス様の変態的な欲求を満たして上げましょう」

「その強がりがいつまで続くか見ものだな」

「さっ、どうぞ」

 

 サッと四つん這いになるリベラル。

 ペルギウスは何も言わずそこに座った。

 

「やーん、ペルギウス様おっきいですー。潰れちゃいそうですー。もう許してくださーい」

「…………」

 

 豪華な諸葛の間で、人間椅子に座る二人の姿。

 それを見守る十二の使い魔たち。

 

 リベラルは特に羞恥心を感じてないのか、棒読みの台詞を溢していた。

 ペルギウスも別に趣味ではないので楽しい訳でもなかった。

 彼としては、リベラルの悔しがる表情を見たかったのだ。

 決してこんな棒読みの台詞を聞くためではない。

 昔の意趣返しすることで謝らせようとしたのに、何も堪えた様子がないため恥をかいたのはペルギウスだった。

 

 無言でリベラルから離れた彼は、玉座へと戻った。

 

「つまらん」

「ふっ、まだまだですね」

「黙れ」

 

 ハァ、と深い溜め息をついたペルギウスは、忌々しそうに彼女を睨み付ける。

 リベラルはニコニコとした表情で彼を見つめるだけだ。

 

「もうよい。転移陣なぞ好きに使うといい」

「ありがとうございます」

 

 結局、ただただからかわれただけのペルギウスは、疲れたようにそう呟くのであった。

 

 

――――

 

 

 リベラルは空中城塞の地下にある転移魔法陣を使い、早速魔大陸へと移動した。

 転移先はもちろん、旧キシリカ城のあるリカリスの町の近くだ。

 城の中にソーカス草が栽培されている。

 詳しい場所は分からないものの、探せば見つかるだろうと考えていた。

 

「ふっ……よっと!」

 

 転移魔法陣のある場所は外への道が封鎖されていたため、リベラルは全身に力を込めて固く閉じられた扉を開く。

 外へと出れば、眼下には赤茶けた大地。

 巨大な石がゴロゴロと転がる、高低差の大きな地平が広がっていた。

 その先の坂の上へと登っていけば、そこからリカリスの町を見下ろすことが出来た。

 

 斜面を降り、クレーターの外周をぐるりと回って、入り口へと向かう。

 入口には門番がふたり立っていたが、それを見たリベラルは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

 

 トゲトゲとした漆黒の全身鎧に、フルフェイスの兜を被っていたのだ。

 普段ここにいる門番は、このような格好をしていない。

 この特徴的な格好をした兵士を、リベラルは知っていた。

 

「何故アトーフェ様の兵士がいるのですか……」

 

 かつての記憶が蘇る。

 ラプラスに初めて龍鳴山から連れ出された日、リベラルはかの魔王に強制的に徴兵されそうになった。

 とはいえ、ラプラス戦役にて何度か戦い、仕返しは既にしたので今となってはただの思い出である。

 

 彼女が言いたいのは、時期的にアトーフェラトーフェはまだリカリスの町に来ていないと思っていたのだ。

 本来の歴史では、アトーフェが受け取る筈だったお酒をキシリカが飲み干したことが原因で怒るのだが、もっと後だと思っていた。

 

 何かしらの理由があり、この地にいるのだろう。

 

「あ、お疲れ様でーす」

「ああ、お疲れ様」

 

 普通に挨拶しながら入ると、そのままスルーされたので彼女は門を通り抜けることが出来た。

 門番たちは互いにお喋りに興じており、全く警戒されてる様子がなかったのである。

 

 町の中は特に変わった様子もなく、ただアトーフェの兵士を時おり見かけるくらいだった。

 誰かを探しているという様子もなく、余り者を警備に回しているかのようなザルさだ。

 状況を把握するため、リベラルは近くにいた兵士へと話し掛けた。

 

「すみません」

「どうした」

「もしかしてこの町にアトーフェラトーフェ様が来られてたりするんでしょうか」

「ああ、来てるぞ。キシリカ様と宴会をしている」

 

 兵士のその言葉に、彼女はふむふむと考える。

 少なくとも、お酒を奪われたとかそのような理由で来た訳ではなさそうだ。

 

「何か目出度いことでもあったのですか?」

「いや、突発的なものだ。たまたま我等の元に辿り着いたキシリカ様は、どういう訳かみすぼらしい格好で飢えていた」

「はぁ」

「食事を分け与えたが……お礼にキシリカ城で酒盛りでもしようという話になったのだ」

「なるほど……ありがとうございます」

 

 その説明に何となく話の流れを掴む。

 元々キシリカが乞食のような生活をしているのは、魔神ラプラスによって影が薄くなったことと、魔族が権利を得た平和な時代のため相手にされなくなったからだ。

 飢餓によってうっかり死んだこともあるらしい。

 恐らくキシリカ城に行っても相手をされなかったのだろう。

 悲しい話である。

 

 たまたまアトーフェたちと出会ったのであれば、彼女たちの力を借りて自分のお城に戻りたかったのかも知れない。

 観光地になってるとは言え、自分のお城なのだから食べ物くらいは保管してるだろう。

 飢えを凌ぐための手段として考えたのかも知れない。

 推測なので事実は知らないが、リベラルはそう考えた。

 

「ところでお前……何処かで見たことあるような気がするな……」

 

 リベラルは銀緑としてラプラス戦役に参戦していたので、同じく参戦していたアトーフェの兵士たちは彼女のことを見たことがあるのかも知れない。

 怪訝な表情で顔を観察してくる彼らに対し、リベラルはキリッとした表情で答える。

 

「私、アトーフェラトーフェ親衛隊の大ファンなんです!」

「お、おお?」

「鎧越しでも分かります……とても過酷な訓練をされて来たのでしょう」

「おお……そう、そうなんだよ! 分かってるなお前!」

「サインください!」

「いいだろう!」

 

 嬉しそうな雰囲気を隠しきれず、上機嫌にサインをする親衛隊。

 

「ヨシッ!」

 

 ということで、リベラルは疑われることもなくその場を切り抜けた。

 そのまま兵士に見送られながら、先へと歩いていく。

 

「さて、アトーフェ様がいるようですがどうしましょうかね」

 

 北神カールマンは死去する前にアトーフェとの殺し合いを禁じたが、それはペルギウスだけにされた約束だ。

 リベラルは特にそんな約束をされてないため、遭遇すれば戦闘になる可能性が高い。

 過去のやり取りを考えれば、説得が無意味なことは言わずとも分かるだろう。

 とは言え、リベラルとしては魔王と戦闘になってもならなくてもどちらでもよかった。

 ソーカス草はなるべく早く回収すべきだが、彼女の最終目標であるヒトガミの打倒を見据えるならば戦うのも悪くない。

 

 リベラルは技神と同じく、技術の研鑽と伝授という使命がある。

 しかし、ふたりの大きな違いを挙げるとするならば、それは危険を避けるかどうかだ。

 技神は伝授することを重要と考えており、ラプラス戦役にも参加しなかったように、リスクを避ける傾向がある。

 リベラルは研鑽することを重要と考えており、戦争にも参加して実戦でもその技術を磨いてきた。

 

 アトーフェは北神カールマンと結婚し、現在は不死疵北神流を扱える数少ない内の一人となっている。

 リベラルも扱えないことはないが、ベガリット大陸のヒュドラ戦で見せた『八双<ハッソウ>』くらいしか使えない。

 彼女の放つ技はどちらかと言えば魔術寄りであり、呪術にて呪いを纏うことで再生能力を封じてるかのような仕組みだった。

 だが、本当の不死疵北神流は魔術などではなく、純粋な剣術にて不死を無効化する。

 そこにまで至ってないため、是非とも扱えるようになりたかったのだ。

 そのためには、やはり直接その剣技を味わう他ないだろう。

 

「…………」

 

 考えた結果、戦闘に陥ったら応戦しよう、というほとんど考えてないような結論に至った。

 どちらでもいいと思っているのだから、当然の帰結と言えよう。

 

 取りあえず城のどこにソーカス草栽培されてるのかまでは分からないため、上から探すことを決めた。

 その場で土魔術を使用し、カタパルトを作成。

 それに乗った彼女はそのまま発射される。

 宙に投げ出されたリベラルは、そのままキシリカ城の屋根上に着地し、そこから中へと入って行くのであった。

 

「(他の二人が見るだろうから)ヨシッ!」

「(前と後ろも見るだろうから)ヨシッ!」

「(前二人が見てるだろうから)ヨシッ!」

 

 中の警備はこのような感じでザルである。

 そもそも観光地になってるキシリカ城に忍び込むような者なんていないし、魔王に喧嘩を売るバカもいない。

 そのような先入観もあるため、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 壁際で銅像の真似をしていたリベラルは、警戒せず過ぎ去っていく親衛隊たちに気を抜いてしまう。

 

 上階からソーカス草を探していった彼女は、特にヒヤッとする場面もなく1階まで辿り着くことが出来た。

 ついでに、希少性のある物品も盗めるだけ盗んでおいた。

 

「……地下への入口付近で宴会してますね」

 

 気配を辿れば、玉座でもなくただの通路で何故か酒盛りをしていた。

 近付いてみると、アトーフェが親衛隊を巻き込んでずっと酒を浴びるように飲んでいる姿が見られた。

 その側でキシリカが素っ裸で踊っている。

 中々カオスな状況だ。

 しかし、素通りするのは難しい。 

 

「ヨシッ! ……ぐえっ!?」

 

 仕方ないので近くを歩いていた親衛隊を背後から襲い、装備を剥ぎ取る。

 それらを装着して変装したリベラルは、そのまま酒盛りをしている彼女たちの横を通り抜けていった。

 特に誰かに気付かれた様子もなく地下へと入れるのであった。

 

「ありましたありました」

 

 黄土色の葉をしたしなびたアロエのようなものを見つけたリベラルは、それをポーチに詰めれるだけ詰め込む。

 鎧の外にパンパンになったポーチがあるため違和感は強いが、スペルド族の全員にソーカス茶を振る舞う必要がある。

 栽培に失敗する可能性も考えれば、出来る限り多く持ち帰りたいのだ。

 

「さっさと帰りましょうか」

 

 このまま順調にスペルド族の村へと戻れれば、約一週間で往復出来たことになる。

 これほど早ければ流石に既に全滅してました、なんて事態には陥らないだろう。

 念のため地下通路の奥を調べてみたが、崩落しており先に進めなかったため、来た道を引き返すことにした。

 

「ファーハハハ! 気持ちいい飲みっぷりじゃのうアトーフェ!」

「アーッハハハハハ! お前のようなアホウに負けるつもりはないからなぁ!」

 

 未だに裸のキシリカと、軽装のアトーフェがずっと酒を飲んでいる状況だった。

 周りを囲む親衛隊たちは「イッキ! イッキ!」などと煽っている。

 先ほどと変わらぬ様子だ。

 

「いやぁ、キシリカ様の裸も悪くないなぁ」

「役得だな」

「うっ、ふぅ……幼女の裸なんてどうでもいいだろ」

「あんなチンチクリンがキシリカ様だなんて未だに信じらんねぇよなぁ」

 

 キシリカの裸に欲情してる者もいるのが不憫である。

 それを咎めることも、告げ口することも出来ないのは口惜しい。

 

 そうして、そそくさと何食わぬように通り抜けようとしていたリベラルだったが、

 

「おい! そこのポーチをパンパンにしてるお前!」

 

 酒盛りをしていたアトーフェに呼び止められてしまうのであった。

 バレてしまったかと、彼女は腹をくくる。

 振り返れば、アトーフェは酒を片手に手招きしていた。

 

「なんで兜を被ってる! ここは酒を飲む場だぞ! さっさと脱いでこっちに混ざれ!」

 

 別にバレた訳ではなさそうだが、どこかに行こうとしていたことが不審に見えたらしい。

 こうなってはもうどうしようもないため、彼女は素直に兜を脱いで近付いていく。

 

「お、おお……お前は!」

「…………」

「いや、気のせいか!」

「あ、はい」

 

 リベラルはラプラス戦役にてアトーフェと戦ったことがあるため、顔を覚えられていると思っていた。

 実際にペルギウスと共に何度か痛い目に遭わせたこともあるし、恨まれていると思っていた。

 だが、彼女はそんなことを全て忘れてしまったらしい。

 

「おお、リベラルか! こんなところで何をしておるんじゃ! もしかして宴に参加しに来たのか!?」

 

 隣にいたキシリカは、当然ながら名前を覚えていた。

 しかし、その名を聞いたアトーフェは顔を歪ませる。

 

「リベラルだとぉ!! 誰だそれは!」

「アトーフェ様、銀緑でございます」

「なにィ!? 訳の分からんことを言うな! 銀緑は男だぞ!!」

「…………?」

 

 唐突に告げられた言葉に、リベラルは頭に疑問符を浮かべた。

 しばらく意味が分からず考えたが、ふと思い出す。

 かつてラプラス戦役に参加した彼女は、自身の正体が分からぬように様々な情報をばら撒いた。

 曰く、架空の人物。ウルペンの恋人。魔族の裏切り者。魔神の娘。龍神の後継者。人族と魔族の二重スパイ……それ以外にも、正体は数多く呼ばれていた。

 その中にひとつ、流した記憶のない情報もあった。

 

『銀緑は男である』

 そんな情報だ。

 

 当時は気にしなかったが、思い返すとモヤモヤした気持ちが湧いてくる。

 私のどこをどう見れば男と勘違いするのだろうか、と。

 しかしそれは、目の前にいる魔王が原因でばら撒かれた情報なのだと理解した。

 

「銀緑は男だった! オレが間違ってるって言いたいのか!?」

 

 間違ってるのはオメェだよ。

 その一言を親衛隊は誰も口にしなかった。

 

「間違ってるのはお前じゃ馬鹿」

 

 代わりにキシリカが告げるのであった。

 周りの親衛隊たちは「あーあ、言っちまったよ」と顔を背けてしまう。

 当然ながら、その言葉にアトーフェは顔を赤くしながら怒り出す。

 

「うるっせぇ! 馬鹿じゃねえ!」

「ファーハハハ! 性別すら見分けがつかんとは頭だけじゃなく目も馬鹿になったようじゃな!」

「黙れぇ!」

 

 激しく言い争うふたり。

 その間にソロリソロリとリベラルは後ろに下がっていく。

 

「待てお前!」

 

 アトーフェに呼び止められてしまい、逃走に失敗するのであった。

 

「元はと言えば貴様が男と名乗ったのが悪いんだ!」

「名乗ってませんけど」

「うるっせぇ! どっちなのかハッキリしろ!」

「女ですけど」

「だったらなんで男の格好してやがった!」

 

 リベラルは特に男装した記憶はないが、アトーフェの中ではそうなってるらしい。

 自分の想像を他者に押し付ける理不尽に、彼女はゲンナリする。

 

「オレを馬鹿にしてるのか! 馬鹿にしてるんだな!」

「むぎゃ!」

 

 キシリカに蹴りを入れてから、ズンズンと歩み寄って来るアトーフェラトーフェに、リベラルはもはや諦観の念を抱いた。

 周りの兵士たちも、特にそれを止めようとしない。

 むしろ、リベラル――銀緑がいたことに対して強い警戒を示し、既に剣を引き抜いていた。

 

(……懐かしいですね)

 

 龍鳴山から降りた彼女が最初に出会った強者が、魔王アトーフェラトーフェであった。

 このやり取りも、過去のものと大差ない内容である。

 

 当時のリベラルは未熟であり、魔王を相手に何も出来ずにいた。

 襲われそうになった時、監視役として上空にいたサレヤクトによって窮地を救われてなければ、今頃どうなっていたか想像も出来ないだろう。

 そして今はそのサレヤクトも居らず、正真正銘敵地に一人でいる状況だ。

 リベラルを助けてくれる存在はいない。

 

 だが――

 

(ちょっとくらい、昔の仕返しをしてもいいですよね?)

 

 ラプラス戦役では何度か戦ったが、それは義務的なものだった。

 けれど、今から行うのは私的なものだ。

 

 不敵な笑みを浮べたリベラルは、ズンズンと歩み寄るアトーフェを見据える。

 

「オレは馬鹿じゃねぇ!!」

 

 勢いのまま振り抜かれた拳に、彼女はそっと撫でるように掌を当てた。

 それだけで拳を振るったアトーフェは体を竜巻のように回転させ、吹っ飛んだ。

 

 クルクルと回転したアトーフェは、そのまま地面に激突して首の骨があらぬ方向に折れ曲がった。

 親衛隊たちは、その光景に時を止めたかのように固まる。

 

 

「その程度で死ぬわけがないでしょう――久々に遊びましょうか、アトーフェ様」

 

 

 その言葉に立ち上がった彼女は、折れた首の位置を戻しながらリベラルを獰猛な表情で睨み付けた。

 

「アーッハハハハハ! その技……確かに銀緑だな。いいだろう! カールとの盟約はペルギウスだけだった! 貴様は殺してやる!」

 

 アトーフェは親衛隊へと視線を向ける。

 

「ムーアァァァ! 剣を寄越せぇ!」

「ハッ!」

「貴様は勇者でも英雄でもない。手加減してやる必要もないだろう!」

 

 剣を手にしたアトーフェ。

 周りを取り囲む親衛隊。

 

「オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック!

 親父がどれだけ苦心しても勝てなかった龍族のお前を、代わりにぶち殺してやる!」

 

 咆哮する魔王に、リベラルはいつものように力を脱いて構えるのであった。




安定の推敲なしです。
いつもの誤字脱字を修正してくださる皆様、ありがとうございます。

Q.アトーフェとキシリカなんで宴会してる?
A.独自解釈ですがキシリカって社長がループしても特定の行動をしてなさそうな気がするんですよね。ずっと乞食して宛もなくフラフラしてるので。なのでたまたまアトーフェと遭遇し、原作と勝手にズレてしまったという感じになってます。

他にも疑問点がありましたら感想欄にどうぞ。


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6話 『不死魔王VS銀緑』

前回のあらすじ。

ルイジェルド「俺は留守番か」
リベラル「ソーカス草取りに行きまーす」
アトーフェ「お前銀緑か?銀緑なのか?銀緑は男だろ?」

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 ――不死魔王アトーフェラトーフェ。

 

 彼女は昔から生きている古代魔族であり、人魔大戦も経験している存在だ。

 当時からその不死性と強力な闘気によって、数多の人族を打ち砕いてきた恐怖の象徴である。

 

 本来の歴史ではルーデウスと2回戦い、2回ともルーデウスが勝利を掴む結果になっていた。

 それだけ聞けば、魔王と言っても大したことのない実力なのかと思う者もいるかも知れないがそんな訳ない。

 アトーフェはその不死性に自信があったり、魔王と勇者の関係性を大切にすることから油断が多いだけである。

 ペルギウスにも「油断をするのは貴様ら不死魔王の血族のお家芸」などと馬鹿にされたりしているが、それでも戦争を当然のように生き抜いているのだ。

 言い換えれば、油断していても死なないのである。

 

 歴史上、彼女を真正面から打ち倒したのは魔神ラプラスと、北神カールマン・ライバックのふたりだけであった。

 

 ラプラス戦役ではその不死性に物を言わせた戦闘に、彼女をサポートする親衛隊。

 そのふたつが合わさることでとてつもない強さを発揮した。

 親衛隊も不死性を持つものが多く、普段はふざけていても戦場では非常に多くの戦果を上げていたのだ。

 更に言えば、アトーフェはラプラス戦役よりもずっと強くなっている。

 北神一世であるカールマンと婚約したことによって、彼の持つ不死瑕北神流をも身に付けることとなった。

 

 最強の肉体に、最強の技術。

 更に親衛隊のサポートも受けるアトーフェの実力は――本物の七大列強と遜色ない実力だった。

 

 

――――

 

 

 アトーフェは大剣を上段に構えながら、歩み寄っていた。

 そしてリベラルは、それがただの剣術でないことを知っている。

 不死瑕北神流の一撃である『不帰(フキ)』だ。

 不死に死を与える一閃であり、奥義のひとつ。

 

 アトーフェは臨機応変な応用力が要求される北神流を使いこなすことは出来ないが、それでも基本的な奥義くらいは使えるのだ。

 更に、親衛隊も不死疵北神流を扱うことが出来る。

 

「!!」

 

 目の前のアトーフェに集中していたリベラルだが、横合いから炎が放出されたことに気付く。

 素早く水の魔術にて相殺するが、その瞬間に魔王の一閃が襲い掛かる。

 

「むっ!?」

 

 だが、その一撃は僅かに上体を後方に下がることで、地面を叩き付けることとなった。

 元々の重心を後ろに置き、身体だけを前方に置いていたことで、アトーフェが距離感を見誤ったのだ。

 その間に、リベラルは腕を大きく振りかぶっていた。

 

 右手は白く発光し、眩しい光が周囲を照らす。

 

「甲龍手刀『一断』」

 

 しかし振り抜かれた手刀は、アトーフェの首をはね飛ばすには至らず、中心付近で止まってしまう。

 にたぁ、と顔を歪ませたアトーフェは、彼女の腕ごと肉体を再生させて拘束するのだった。

 

「捕まえたぞ」

「いや、それは悪手でしょう」

 

 瞬間、拘束されているリベラルの腕から、マグマのように燃え盛る炎が放出される。

 超高温のそれはアトーフェの体内で爆発し、胴体から上をバラバラに炭化していった。

 もちろん、リベラルの右腕も無事では済まず、真っ黒に燃え焦げてしまう。

 だが、気にした様子も見せず、左腕で残った下半身を粉砕しようとし――。

 

「させん!! 『水砲(スプラッシュフロウ)』!」

 

 そうなることを予期していたのだろうか。

 既に詠唱を終えていたムーアの手から、圧縮された大量の水が放たれていた。

 それに気付いた彼女は左腕を方向転換させ、射線上に置く。

 それによって斜めへと射線はズレるが、炎と水がぶつかることによって水蒸気が発生するのであった。

 

(視覚妨害……やはりムーア様は厄介ですね)

 

 目の前にいるアトーフェはともかく、水蒸気によって辺りにいた親衛隊を見失ったリベラル。

 次の瞬間には、全方位から様々な魔術が襲い掛かる。

 

 彼女は未だ再生中であったアトーフェの足首を左手で掴んだ。

 

「!! はな――」

「魔王防壁!!」

 

 力任せにアトーフェの足を引っ張ったリベラルは、そのまま振り回して魔術を防いでいく。

 更には回転した風圧で水蒸気も晴れていった。

 盾代わりにされたアトーフェは、魔術と急激な遠心力によってボロボロになってしまう。

 全ての魔術を防げば、そのままムーアに向かってアトーフェをぶん投げた。

 

「ぐっ!」

 ムーアはそれを受け止めようとしたが、勢いに負けて壁に激突してしまう。

 彼らが立ち上がるよりも先に、リベラルは魔術による追撃を行った。

 

 火系統上級魔術『溶岩(マグマガッシュ)』。

 

 高熱を秘めたる溶岩がアトーフェたちへと向かって放出されるが、そこに親衛隊のひとりが飛び出し身を挺して防ぐ。

 黒鎧は魔術ダメージを半減させるためバラバラになるという事態にはならなかったが、飛び出した男は真っ黒に焦げながら弾け飛んだ。

 それを合図にするかのように、3人の親衛隊がリベラルへと飛び掛かっていく。

 

 ご丁寧に、先ほどのアトーフェと同じ『不帰(フキ)』を扱っていた。

 

(普段は馬鹿にされてますが、部下に不死疵北神流を教えてるのは優秀ですよね)

 

 魔眼を開いた彼女は、受け流そうとした瞬間に腕を切り落とされる未来を予期する。

 囲まれた状態では避けきれないと判断し、土魔術によって自身をカタパルト発射。

 そのまま空中から戦線離脱して距離を取りつつ、右腕を治癒魔術にて治した。

 そこに複数の魔術が放たれていたが、それは難なく受け流す。

 

「銀緑ィィ!!」

 

 既に立ち上がっていたアトーフェが、激昂しながら突進していく。

 周りの親衛隊もそれに合わせるかのように、魔術を放ったり北神流の構えを取って追従する。

 

「冷静さを欠いてませんか?」

「うるせぇぇ!!」

 

 言葉と同時に、無詠唱による岩砲弾を放った。

 それは親衛隊が放った魔術を打ち破りながらアトーフェへと迫り、

 

「見切ったぁ!」

 

 残像を残して動いたアトーフェは、岩砲弾を後方へと逸していた。

 打ち漏らしていた魔術への対処をしてる間に、アトーフェは間合いへと入り込む。

 最小限の動きで振るわれる刃を躱すが、やって来た親衛隊に囲まれてしまう。

 突きや上段、横振りと様々な方角から振るわれる。

 

「――全然足りません」

 

 リベラルがしたのは、ただその場で回転するかのように腕を一振りしただけだった。

 誰かに触れたわけでもない。

 だというにも関わらず、その場にいたアトーフェを含む親衛隊は勝手に転がってしまう。

 

「?!」

 

 ダメージは特になかった。

 しかし、まるでリベラルの動きに誘導されるかのように、身体が地面に倒れてしまうのだ。

 

 魔眼を開いた彼女は、全ての流れが可視化されている。

 力の流れに、魔力の流れ。

 それらを自身の動きで誘導して制御することで、完全なる合気を体現していた。

 

「『鯨波(ゲイハ)』」

 

 近くにいる者は確実に無力化し、着々と動ける親衛隊の数は減っていく。

 無論、それを黙って見ていた訳ではない。

 魔術で応戦したり、剣術で斬り伏せようとした。

 それら全ては難なくいなされてしまい、ムーアは焦りを隠すことが出来ない。

 

「うがぁぁぁぁ!」

 

 突進してきたアトーフェが剣を振り下ろす。

 あまりの威力に床が陥没し、クレーターが出来上がる。

 だが、リベラルは身体を僅かに逸らすだけで避け、アトーフェを蹴り飛ばす。

 

 ムーアの放った炎が迫るが、半円に腕を振るえばその軌道上に魔術は誘導され、そのまま彼の元にブーメランのように帰っていく。

 他の魔術もリベラルが腕をひとつ振るうだけで、全て軌道が逸れていった。

 

「お前の攻撃は非力すぎる!」

 

 すぐに復活したアトーフェが、再び間合いへと入る。

 今回は学習したのか、ようやく縦振り以外で剣を振るった。

 もちろん、それは簡単に避けられてしまう。

 

「フハハハハハ! 死ねぃ!」

 

 そんなことを気にした様子は見せず、アトーフェは何度も剣を振るった。

 調子も上がってきたのだろう。

 段々と速度が上がっていき、残像すら残さぬほどその動きは加速していく。

 縦、横、斜め。

 最早目で追うことすら出来なくなる。

 

 残っている親衛隊も、魔術を遠巻きに放っていた。

 氷の矢が、炎の矢が、岩砲弾が、雨のように降り注ぐ。

 

 けれど――当たらない。

 

 アトーフェの剣技も、親衛隊の魔術も、まるですり抜けてるかのように届かない。

 最小限の動きで、紙一重の回避が続く。

 本当に、少しなのだ。

 たった数ミリで彼女に届く筈なのに、その僅かな距離が果てしなく遠かった。

 リベラルは、未だに掠り傷すら負っていない。

 

「『発勁(ハッケイ)』」

「うぐぅ!?」

 

 アトーフェは目にも止まらぬ速さだったが、リベラルもまた速かった。

 一歩踏み込むだけで懐に入り込み、魔術を避けると共に添えた手でアトーフェを弾き飛ばす。

 再度親衛隊の魔術の射線上に晒され、ボロボロになっていくアトーフェ。

 

「アオォォォォォォォン!!」

 

 『吠魔術』。

 圧倒的な声量で発せられた咆哮は、まるで質量を持っているかのように大気を揺らした。

 周りにいる親衛隊は、それに対応出来ずに大きく硬直してしまう。

 

「私の攻撃が非力すぎる、ですか」

 

 リベラルの身体が、仄かに白色に発光する。

 

「これを受けても同じことを言えますか?」

 

 既に再生し、立ち上がっていたアトーフェへと掌を向けた。

 

 

「――龍族固有魔術(オリジナルマジック)『龍門解放』」

 

 

 ――光が、前方を埋め尽くした。

 視界に映る全てを破壊し、圧倒的破壊痕がそこに残る。

 

 アトーフェは意外と言うべきか、避けていた。

 彼女の魔術に危機感を感じたのかは不明だが、横に大きく飛んでいたのだ。

 しかし足が消滅しており、それが再生する様子も見られない。

 

「こ、の……!!」

「まだやりますか?」

「当たり前だぁ!!」

 

 アトーフェは自身の腰を斬り、自身を真っ二つにした。

 すると下肢はぶよぶよの肉塊と化し、ぐねぐねとうごめきながら腰に引っ付くと、下肢を形成する。

 だが、元々の大きさの三分の一程度の身長になっていた。

 

「おいおい、まだあんなのと戦わなきゃいけないのか?」

「いやぁ、これは無理だろ」

「アトーフェ様が再生出来ないの初めて見たぞ」

「鎧も意味をなさないな。なんだ今の魔術……」

「おい諦めるな! 掛かれお前たち!」

「いや、俺は倒れた奴らの介抱しないといけないし……」

「あ、俺もその手伝いしなきゃいけないし……」

「じゃあ俺も」

 

 親衛隊は戦意喪失してる者もいるが、リベラルは油断せず周囲への警戒も怠らない。

 かつてラプラスからプレゼントされた腕輪に手を伸ばすと、それを外した。

 その身に宿す『恐怖される呪い』が、周囲の者たちを威圧する。

 更に先ほどまでの圧倒的な戦力によって、親衛隊は恐怖に身を震わせ動けなくなってしまった。

 

 そんな彼らへと、彼女は再び掌を向ける。

 

「12の精霊よ、その力の象徴を示せ。『破壊(ドットバース)』」

 

 光の奔流が一部の親衛隊を飲み込んだ。

 けれど特に外傷を負ったわけでもなく、先ほどの破壊痕を残したわけでもない。

 親衛隊は何が起きたのか分からず、首を傾げていた。

 

「今のは契約を破壊する魔術です」

「!!」

「アトーフェ様に無理やり契約を交わされた者がいることは把握してます……契約が破壊された以上、今がチャンスかも知れませんね?」

 

 その言葉に、彼らは目を見開く。

 大半は好きで魔王の親衛隊をやっているが、そうでないものもいるのだ。

 特に人族は嘆くものが多くおり、帰れなくなったことに絶望してる者もいた。

 

 アトーフェは押されており、親衛隊の多くも無力化されている。

 そんな状況下で契約がなくなれば、どうなるかなど言わずとも知れよう。

 人族の親衛隊は、互いに顔を見合わせて頷いた。

 

「少しの間だけ他の親衛隊を任せます。そうすれば、アトーフェ様の元から逃して上げますよ」

「本当か……? 帰れるのか……?」

「帰りたくないなら私が貴方がたの相手になるだけです」

 

 そこまで言われれば、選択肢はひとつしかなかった。

 

「ワコ村に……帰れるのか!」

「馬鹿野郎お前俺は帰るぞお前!!」

「やったあぁぁぁぁ!!」

 

 リベラルの言葉に歓喜した彼らは、そのまま魔術を放とうとしていた親衛隊に魔術を浴びせかける。

 魔王の元から逃げ出せることに希望を見出し、完全にリベラルの側に付くのであった。

 

「き、貴様ら……!!」

「すんませーんムーア様! 今日限りで親衛隊辞めまーす!」

「自由だあぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして、親衛隊はアトーフェの援護が出来なくなった。

 それにより、彼女はリベラルとのタイマンを強制される。

 

「銀緑ィィ……!!」

「先ほどまでの速さがなくなってますよ」

 

 姿が小さくなったアトーフェは、彼女の発言通り弱体化していた。

 不死魔王は小さくなれば速さが上昇するなんてことはないのだ。

 彼らは細胞ひとつひとつに力を宿しているため、量が減れば必然的に弱くなる。

 

 先ほどまでの精彩さを欠いたアトーフェは、技術だけでなく力もリベラルを下回っていた。

 何度倒されても立ち上がるが、完全に子どもを相手にするかのような状態だ。

 更に言えば彼女は油断をしておらず、全ての動きに完璧な対応をしていた。

 

「準備完了です」

「!!」

 

 一瞬の隙をついたリベラルは、アトーフェの剣を掴むとそのまま蹴り飛ばす。

 剣を奪われ吹っ飛んだ彼女は、地面をしばらく転がり続けた。

 もちろんその程度でやられる訳もなく、立ち上がろうとしたアトーフェだったが、何かにぶつかってしまう。

 よく見れば、いつの間にか光り輝く壁が彼女を囲んでいたのだ。

 

 

「結界だとぉ!?」

 

 

 ――聖級結界魔術。

 物理と魔力を遮断するその障壁は、不死魔王を完全に無力化する。

 外部からならともかく、内側にいるアトーフェにはどうすることも出来なくなった。

 

「昔の仕返しであって、別に殺したい訳じゃないですからね。何で負けたか、明日まで考えといてください。そしたら何かが見えてくるはずです」

「くそがぁぁぁ!!」

 

 叫ぶアトーフェを傍目に、彼女は未だ残っている親衛隊に視線を向ける。

 ムーアが必死に応戦していたが、彼らの装着している黒鎧は魔術に対して耐性を持つ。

 優秀な魔術師ではあるが、如何せん相性が悪く、元部下たちを押し切ることは出来ずにいた。

 

「くっ……ここまでか……」

「いきなり喧嘩をおっぱじめてすみませんね」

 

 全ての親衛隊を無力化したリベラルは、最後にムーアへと発勁を放ち吹っ飛ばす。

 壁に激突した彼は、地面に倒れ伏すとそのまま動かなくなるのだった。

 

 そして彼女は、魔眼を閉じた。

 

 

――――

 

 

 アトーフェたちを倒したリベラルだったが、ソーカス草を入れていたポーチを守り切ることは出来なかった。

 無惨にボロボロとなったため、再度ソーカス草を取りに行った。

 採取し終えたリベラルが戻ると、帰郷を望む親衛隊たちが何故かキシリカを取り囲んでいる。

 どうしたのかと思い様子を窺うと、ぷりぷり怒っていた。

 

「くぅ……宴が台無しじゃ馬鹿者!」

「いやぁ、俺たちは悪くないんで」

「そっすよ。悪いのは銀緑っすよ」

「そーだそーだ」

「俺たちに怒るんじゃねー!」

 

 幼女を取り囲む彼らは、全ての罪をリベラルに擦り付けていた。

 実際に間違いではないし、スマートに切り抜けなかったのは彼女なので文句は言えない。

 小さく溜め息を吐いたリベラルは、親衛隊のひとりを背後からカンチョーして悶絶させる。

 

「帰りたいのでしたらそれ以上は言わないようにしましょう」

「ヒェッ」

 

 反射的にお尻に手を回した親衛隊たちはさておき、リベラルはキシリカへと向き直る。

 

「リベラルお主! 何てことをしてくれたのじゃ!」

「すみませんキシリカ様。ついカッとなって……」

「嘘付け! お主はもっと理性的じゃろ!」

「いえいえ私は本能的ですよ。あー、キシリカ様可愛いからお持ち帰りしたいですねー」

 

 素早く背後へと回り込んだリベラルは、そのままキシリカを抱き締めた。

 長らく風呂を入ってないことや、宴で酒を飲みすぎたのか残念ながら良い匂いとは言えない。

 しかし、幼女であることで全てのマイナスはプラスとなるのだ。

 抱き締めながら座り込んだ彼女は、キシリカを存分に堪能するのであった。

 

「ええい! 離さんか!」

「我が龍神流拘束術から逃れられるなら逃れてみるがいい!」

「しばらく見ない間にずいぶん気色悪くなったのう!」

「これが私の素です」

「なんと」

 

 拘束から抜け出そうとしばらく抵抗していたが、キシリカはやがて諦める。

 観念したかのように力を抜いた彼女は、そのままリベラルを見上げた。

 

「それにしても、一体何をしに来たのじゃ? アトーフェのアホに喧嘩を売りに来ただけではあるまい」

「私の友人や仲間たちがドライン病に掛かったんで、治すためにソーカス草を取りに来たんですよ」

「ほうかほうか、お主が仲間の為に動いたのか。昔に比べて棘がなくなったの。それは良いことじゃ」

 

 うむうむと頷く仕草を見せていたが、キッと睨みつける。

 

「それならば、何故戦いになったのじゃ?」

 

 よほど宴会を楽しんでいたのだろうか。

 キシリカは恨みがましそうに彼女を見るのだった。

 

「すみませんキシリカ様。ついカッとなって……」

「嘘付け! お主はもっと理性的じゃろ! じゃなくて、さっき言ったことじゃろそれ!」

「アトーフェ様なら会話がループするのに……それを断ち切るなんて……!」

「お主アホになったのか?」

 

 なんてやり取りをしつつ、咳払いをして気を取り直したリベラルは正直に答える。

 

「まあ、将来ヒトガミと戦うことに向けての鍛錬ですよ」

「うむ、別の場所で別のタイミングでやって欲しかったのう」

「それは本当に申し訳ないです」

「取りあえず、離してくれんかの」

 

 素直に謝罪したリベラルが拘束を解くと、キシリカは向き直るように座った。

 

「さて……リベラルよ」

「どうしましたか」

「…………」

 

 先ほどまでの雰囲気とは一転し、どこか話しづらそうな様子のキシリカ。

 何から話すか考えていなかったのか、言葉に詰まっているようだった。

 首を傾げつつも、彼女の言葉をゆっくり待つリベラル。

 やがて、意を決したかのように口を開く。

 

「ここ最近、バーディを見ておらんか?」

「見てませんが……それがどうしましたか?」

「……ここで宴会する前、妾は一度バーディの元に向かったのじゃが、奴はずっといないようだったのじゃ」

「…………」

 

 リベラルの場合、ここ最近ではなくラプラス戦役後にその姿を見たことはなかった。

 不死魔王バーディガーディはラプラス戦役にて、ラプラスによって殺されそうになっていた。

 しかし終戦後にバーディガーディなどの穏健派の魔王たちと、人族の間で条約が交わされているため、死亡した訳でもない。

 少なくとも、ここ数年の間はバーディがいたことは確からしい。

 

 キシリカが言葉に詰まっていた理由を察したリベラルもまた、口を閉じてしまう。

 彼女の言いたいことを分かってしまったのだ。

 

「あの方は目立つ存在ですが、どこからも目撃情報がないのは不思議ですね」

「うむ、不思議じゃが……妾たちは経験があるだろう」

 

 キシリカの言葉に、リベラルは思い出すかのように呟く。

 

 

「……――第二次人魔大戦、ですか」

 

「そうじゃ」

 

 あの頃は、闘神バーディガーディと龍神ラプラスの戦いを避けるために、鎧を手にしてないバーディを先に確保しようと動いた。

 結局、ヒトガミの手によって逃げ延びたバーディは、龍鳴山でリベラルを打ち倒し、本来の歴史を辿ることとなった。

 今回は特にバーディを捕まえようなどとしてないが、それでも行方不明となってるのは昔のことを思い出さざるを得ないだろう。

 

「まあ、ヒトガミが関係してるとは限りませんよ」

「うむ、そうじゃな! 案外辺境地で酒を飲み漁ってるだけかも知れんしのお。ファーハハハハハ!」

 

 互いにそう口にしたが、もちろん楽観的に考えてる訳ではない。

 バーディガーディが今更ヒトガミの頼みを聞く理由もないだろう。

 そんな考えもある。

 しかし、キシリカは過去に殺される原因となり、リベラルは父親を失う原因となった。

 彼本人も痛い目に遭い、ヒトガミを恨むこととなったのだ。

 故に、ヒトガミの使徒になどなって欲しくないという願いがあった。

 

「…………」

 

 けれど、そんな願いと違う結果であるのならば――。

 

「リベラルよ」

「なんですか?」

「もし、もしもバーディがヒトガミの使徒になっておったら……殺さないで欲しいのじゃ」

「…………」

「無茶な頼みなのは分かっておる。じゃが、妾たちは同じ過ちを繰り返す必要もあるまい」

 

 第二次人魔大戦では、ヒトガミ以外の誰も得をしない結末となった。

 龍神ラプラスは魔神と技神に魂を引き裂かれ、バーディは守ろうとしていたキシリカごと失くしてしまった。

 

 戦時中なので妥協は出来なかっただろうが、それでもこのような結末に至る必要はなかったのだ。

 

「アトーフェとの戦いは見ておった。今のお主なら殺さずとも容易に制圧出来るであろう」

「それもそうですね」

 

 リベラルはずっと力を磨き続けてきた。

 龍鳴山で誓ったのだ。

 誰が相手であろうが、二度と負けないと。

 

 その甲斐もあってか、彼女はこの世界で最上位の実力に至れた。

 あらゆる戦い方に、技術を身に付けた。

 卑怯とも言える戦い方をすることもあるが、リベラルには矜持があるのだ。

 

 何千年にも渡り磨き続けたこの技術は――決して誰にも負けないと。

 

「まあ、バーディ様がヒトガミの使徒になったとは限りません。出会ったら昔のことは水に流し、仲直りでもしますよ」

「うむうむ、そうするといい! 仲良しになるのはいいことじゃ! ファーハハハハハ」

 

 そうして話し合いは終わり、リベラルはスペルド族の村へと戻ることとなった。

 アトーフェの元親衛隊は全員人族であったため、ペルギウスに事情を説明することで故郷の近くに転移されていった。

 意外と言うべきか、中には故郷に行かずリベラルに仕えようとするものもいた。

 そうした者たちはラノアへと向かわせ、将来建設予定のルード傭兵団として使うことにしたのだった。




Q.不帰、龍門解放、破壊(ドットバース)。
A.『不帰』は不死に疵を与える剣術。原理は不明。現在のリベラルは扱えません。オリジナル技です。
『龍門解放』は龍族に宿る力を解放した魔術。名前はオリジナルです。ラプラスが魂を引き裂かれる原因となったもの。力の流れをコントロールすることで、オルステッド社長VSルーデウスの時のように光の奔流として扱える。コミック版では第二次人魔大戦でラプラスがそれを使って不死魔王たちを消滅させまくっていた。
『破壊(ドットバース)』はペルギウスと協力して開発したオリジナル技です。12の精霊の力を一部扱えるようになります。

Q.アトーフェ再生せずに身体ちっさくなったけど、ずっとそのままなの?
A.独自解釈ですが、ご飯食べて寝てたら成長して元の大きさにいずれ戻ります。

Q.アトーフェと親衛隊と不死疵北神流を合わせると本物の七大列強に匹敵するみたいなこと書いてあったけど、リベラルが圧倒的すぎん?
A.本物の七大列強とはラプラス戦役でお亡くなりになった方々のことですが、それでも上位と下位では実力差があると考えてます。
魔神ラプラスを相手に、北神と龍神、甲龍王の3人が揃っていたのに勝ち切れてなかったためです。
また、相性の差もあると考えてます。
今回はリベラルが相手でしたが、それ以外だとアトーフェを倒したり封印したり出来ないため、最終的に完封されると考えてます。不死瑕北神流を扱える北神だったからこそ、アトーフェを倒して婚約したと考えてます。


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7話 『不自然』

前回のあらすじ。

アトーフェ「リベラルにボコられた」
リベラル「アトーフェをボコって親衛隊を解放しました」
キシリカ「バーディが見当たらないのじゃ」

お待たせしました。そして実習もようやく終わりました。でも国家試験が待ってます。やったね!
4月には資格を持って働きますが、ずっと勉強しながら働く必要があるから結局時間がない悲しみ。完結まで走るんだよォ!


 

 

 

 ――時は遡り、ラノア王国での話だ。

 

 リベラルが離れてから数ヶ月ほど経過していた。

 オルステッドも既にラノアから離れており、ルーデウスはのんびりした時間を過ごしていた。

 

 シルフィエットやロキシーと共に学校へ向かい、友人であるザノバやクリフと雑談し。

 前世の頃には考えられないほど充実した時間を過ごし、青春を満喫していた。

 皆と食事を食べながら、ルーデウスはそんなことを思う。

 自分の歩んできた道のりは無駄ではなかったな、と。

 

 毎日の日課として鍛錬し、学校で勉強し、研究し、そして遊んで学校が終わる。

 家に帰れば家族と穏やかな時間を過ごして。

 前世では途中から出来なくなったことだ。

 

 その日も当然ながら学校で過ごしていた。

 

「ふわぁ……」

「眠そうですな師匠」

「ああいや、知ってる内容だったからつい、な」

 

 講義中に欠伸をしていたルーデウスに、ザノバが声を掛ける。

 ブエナ村にてロキシーやリベラルから魔術を学んでいたため、時おり知っている講義内容のときがあるのだ。

 無論、知らない内容もあるため退屈という訳ではないが、気が抜けてしまうのも仕方ないだろう。

 そもそも緊張して受ける必要もない。

 上級までは数が多すぎるため覚えていないものも多いが、それでも基本をマスターしてれば流用出来るものも多くある。

 魔術に関しては成長が止まってきてるように感じているものの、リベラルやオルステッド曰く「魔術に関してはほぼ最上位の実力だろう」と言われた。

 戦闘力を伸ばしたいのであれば、新しい魔術を覚えるのではなく経験を重ねればいいとのことだ。

 

 実際に接近戦になった際、魔術は攻撃までが遅いため剣術を磨く方がいいだろう。

 引き出しを増やすにしても、数が多ければ多いほど判断が難しくなる。

 オルステッドは『泥沼』で距離を稼ぎ、『岩砲弾』で攻撃するだけで大半は完封出来ると言っていた。

 もちろん状況に合わせた最適解を選べれば一番だが、基本はその組み合わせを軸にすれば問題ないらしい。

 

「ザノバ、今日は一階で食べようか」

「構いませぬぞ」

「ぐらんどますた、りょうかいです」

 

 昼食時、ジュリが三階の食堂を使えないため一階の食堂へと向かう。

 何故かこの学校の番長になってしまったため、人混みになっていても道を譲られるのはご愛嬌だ。

 空いてる場所を探してキョロキョロしていると、どこかから声を掛けられる。

 

「あっ、ルディ! こっちこっち!」

 

 遠くから手を振りアピールしてくるのは、シルフィエットだ。

 最近の彼女は男を侍らかして逆ハーレムを築いていたため、そちらに向かうことに抵抗してしまう。

 彼女は学校に入学してからモテるようになったらしく、必ずといっていいほど男が近くをうろついていた。

 そんな状況にモヤモヤしてしまうが、シルフィエットは押して駄目だったので引いてるらしい。

 因みに、それはエリナリーゼからの談である。

 

 このままではNTR同人誌のような展開になってしまうのではないかという焦燥感もあるが、結局ヘタレてしまいアタックすることが出来ずにいた。

 彼女の元へと歩めば、人混みが割れる。

 

「おい、ルーデウスだぜ……」

「くそぅ、シルフィちゃんに好かれてるとか氏ね!」

「やめろ! 聞かれたら殺されるぞ!」

 

 そんなヒソヒソ話をされるが、それは入学してから何度も経験したことだ。

 小さな溜め息を溢しながら、シルフィエットの元へと向かう。

 

「ねえルディ。アリエル様が生徒会室に来て欲しいって言ってたけど、何かしたの?」

「え? いや別に何もしてないけど……多分」

「うーん、怒ってたりとかはしてなかったから勧誘だと思うよ」

 

 王位継承のために、現在のアリエルはまだまだ支援者や仲間を募っている途中だ。

 ルーデウスも『魔術王』なんて大層な二つ名があるため、これまで何度もアプローチを受けてきた。

 最終的に彼女をアスラ王にする方針になってるものの、オルステッドやリベラルからは「命を懸けられるほどの価値があると思うまで断ってもいい」と言われたのだ。

 別にアリエルと親しいわけでもないし、政治に関わりたいとも思ってない。

 そのため、曖昧な返答で濁し続けてる状況だった。

 

「今日は別の用事があるから行けないと思う」

「そっか。それならボクから伝えとくよ」

 

 そう告げた彼女に、ルーデウスは首を傾げる。

 王女の伝言係みたいポジションに彼女はなってしまってるのだろうか、と。

 

「シルフィはアリエル王女とよく話したりするのか?」

「うん、不思議と気が合うんだ。身分も何もかも違うのに、なんでだろうね」

「勧誘とかは受けてないのか?」

「受けてるけど、ボクはまあ……今はいいかなって」

 

 ルーデウスの影に隠れてはいるものの、彼女も聖級魔術師なのだ。水王級にも既に至っている。

 それならば勧誘されていてもおかしくないだろう。仲も良いなら尚更だ。

 シルフィエットは元々気の弱い性格であるため、争い事も苦手だろう。断ってるのも頷く話だ。

 

「余にも支援を願われましたが、断っております。少なくとも、師匠が手を貸すまで干渉しませんぞ」

「ぐらんどますたに、したがいます」

「あ、うん。別に俺を理由にしなくてもいいぞ」

「何を言いますか師匠! 余は師匠にどこまでも着いていきますぞ!」

 

 熱く語るザノバに呆れつつ、彼は食事を食べ始める。

 ジュリもザノバにベッタリなため、変な影響を受けなければいいが……なんて思うが、ジンジャーが教育してるので大丈夫だろう。

 

 そんな感じで会話を続けた。

 

 昼食が終わればシルフィエットと別れ、ザノバと別の場所に移動する。

 この大学では研究も行えるため、最近の午後は授業ではなく彼と共に研究に勤しんでいるのだ。

 研究内容はリベラルから貰った資料を元にした自動人形、及び魔導鎧についてである。

 どうやら未来の自分が作ることになるらしいもので、どちらも有用性の高いものだ。

 魔導鎧は大幅な機動力と防御力、そして攻撃力を兼ね備え、自動人形は義手などの作成に役立つ。

 ロケットパンチを撃ってたらしいので、取りあえずその機能も搭載する予定である。

 リベラルの渡した資料にはザノバも大興奮し、順調に制作が進んでいた。

 

 時間になれば帰宅準備をし、学校の外へと向かう。

 ザノバは少し居残りをするとのことなので、ひとりで外へと向かうこととなった。

 その道中にて、彼は青髪の少女――ロキシーとバッタリ出会う。

 

「ロキシー先生! どうしたんですか帰らずに?」

「あぁ、ルディですか。アリエル王女に会いに行く途中なだけです」

「ということは、勧誘?」

「ええ、そうです。水王級魔術師としての腕を見込んで、アスラ王国で弟子の育成や教育をしませんかと誘われました」

「流石は先生! 俺の尊敬する人です!」

「何言ってるんですか。ルディだけでなくシルフィも誘われてることは知ってますよ」

 

 小さく溜め息を溢す彼女に対し、ルーデウスはとんでもないと言わんばかりに顔を振る。

 

「確かに誘われましたけど、そんな教育をしてくれなんて言われてませんよ」

「では、なんと?」

「護衛を依頼したいって言ってました」

「……そうですか」

 

 王位を巡った争いが起きていることは知っているため、ロキシーは同情的な視線を向けてしまう。

 報酬はかなり良さそうだが、その分のリスクが高すぎる。

 もしも自分が誘われていれば、間違いなく断るだろうなと思った。

 

「それで、先生はその誘いを受けるつもりですか?」

「……正直、悩んでます。最近ここに教師として就任したので今すぐという訳ではありませんが、条件次第では将来的にそちらに移るのも悪くないんじゃないかと考えてるので」

「えっ!?」

 

 彼女の返答にルーデウスは思わず驚いてしまう。

 まさか悩んでいるとは思いもしなかったのだ。

 

 ロキシーがいない学園生活を想像すると、胸の奥が締め付けられるかのような思いになってしまう。

 しかし、自分が彼女を止める資格もない。

 結局、そのことに対して「もしいなくなったら寂しいです」と言うことしか出来なかった。

 

「ところでルディ、話は変わるのですが」

「なんでしょうか」

「前々から思ってましたが、少々わたしのことを過大評価し過ぎてるように思えるんです」

「そんなつもりありませんが?」

「そうですか?」

「先生の素晴らしさは俺ごときの言葉では言い表わせませんからね、あれでも足りないぐらいです」

 

 ルーデウスのその言葉に、ロキシーはジト目で見つめる。

 どうしてもからかわれてるようにしか感じられないのだ。

 

「以前のことですが、授業をしようとしたら生徒から怯えられて授業になりませんでした」

「ロキシー先生の素晴らしさが分からないなんて徳が足りませんね。どこのどいつですか? 俺が言い聞かせますよ!」

「そう、それですよ! 何ですか徳が足りないって。私のことを神様か何かと勘違いしてませんか?」

「ロキシー先生は神じゃないですか」

「えっ?」

「ロキシー先生は神じゃないですか」

「えっ? ……えっ?」

 

 血走った目でそのようなことを告げる彼の姿に、ロキシーは困惑と僅かな恐怖を覚えてしまう。

 自分としては特別なことをした記憶はないのだが、いつの間にか家庭教師として教えていたことが崇拝されてるのだ。

 何がどうなってそうなったのかが理解出来ないのも仕方ないだろう。

 その後にルーデウスを弟子にしたリベラルに対し、そのような様子もないため余計に不可解だった。

 

「……と、とにかくわたしのことを大袈裟に吹聴しないように!」

「大袈裟にした記憶はないですけど」

「わたしが困るので止めてください。いいですか?」

「むぅ……分かりました」

 

 そんな感じで、ロキシーとの会話は終わった。

 彼女の素晴らしさを人々に伝えられないのは悲しいが、(ロキシー)の言葉なのだから止めるしかないだろう。

 嫌われたくはないので、大人しく引き下がった。

 

 

――――

 

 

 家へと帰れば、庭でパウロがレオへとブラッシングを行っていた。

 毛玉の塊であるため、時おりしないと家の中が抜毛まみれになるのだ。

 特に当番などは決めてないが、パウロが一番レオへと世話をしていた。

 そのレオはウトウトと頭を揺らし、気持ち良さそうに受け入れている。

 

「おう、ルディ。おかえり」

「ただいま父さん」

 

 帰宅してきた彼に気付いたパウロが声を掛けると、ブラッシングされていたレオも気付く。

 

「グルル……」

 

 それと同時に立ち上がり、ルーデウスへと唸り声をあげるのであった。

 最早いつものことと言える光景だ。

 結局、レオは召喚してからというものの、どういう訳かルーデウスに対してずっとそのような様子を見せていた。

 特に危害を加えるといったことはないものの、かつてのドルディア族の村のようにすり寄ってくることはなかった。

 

「こらっ、レオ! いつも言ってるじゃないか!」

「くぅん」

 

 パウロに叱られ、しょんぼりした様子を見せるレオ。

 しょんぼりしたいのはルーデウスの方であった。

 

「なあルディ、本当に何したんだ?」

「何もしてないよ……多分」

「本当か? ドルディア族の村で色んな子たちにお手つきしたんじゃないだろうな?」

 

 冗談めかして告げるパウロだが、もちろん本気で言ってはいない。

 大森林では人攫いたちと戦っていたことを知ってるからだ。そして、北聖ガルス・クリーナーを退けたと聞いた。

 ルイジェルドからもその話を聞いてるため、嘘だとは思っていない。

 魔術師対剣士であり、恐らく乱戦の場であろうことは想像できる。ハッキリ言ってルーデウスが死んでてもおかしくなかっただろう。

 そんな状況下で、態々聖獣に何かしたとは考えにくい。

 

「なあレオ。ルディが一体何やったんだ?」

「ワンッ!」

「何言ってるか分かんねぇ」

 

 当然ながら言葉が通じる訳もなく、小さな溜め息をこぼす。

 ルーデウスもそのやり取りには慣れてしまったため、苦笑を浮かべるだけだ。

 

「まあ、今度獣族の友人を連れてきてみますよ」

「そうか。それで解決出来たらいいんだがな」

「そうですね」

 

 リニアとプルセナならばレオの言葉も分かる。

 今まではパウロにからかわれることを嫌って連れてこなかったが、そろそろいいかな、なんて思う。

 まあ、あのふたりを連れてきてもロクなことにならなさそうだが。

 

「お帰りなさいませ、ルーデウス様」

「ただいまリーリャさん」

 

 帰宅すればゼニスを車椅子に乗せたリーリャが出迎える。

 リベラルから引き取った後、彼女はゼニスの世話を中心に働いているが、家のメインは既にアイシャが行っていた。

 ノルンは基本的にパウロから剣術を習っており、ラノア大学に入学するため勉強も行っている。因みに、来年入学予定だ。

 時間がある時だけだが、ルーデウスはふたりに魔術を教えたりなんかもしていた。

 

 その後はご飯を食べ、大学での話をしながら家族と談笑する。

 これがルーデウス・グレイラットの一日であった。

 

 

――――

 

 

 数日後、ルーデウスは生徒会室へと向かっていた。

 以前にシルフィエットから聞いていたアリエルからのアポである。

 話の内容は分かり切ってるが、ヒトガミとの戦いに必要なことなので向かう。

 

 辿り着いた先でノックをし、返事があれば中に入る。

 机の中央にはアリエル。その両隣にルークとデリックが立っていた。更にその後ろにはトリスティーナが控えていた。

 彼らに対して軽い会釈をし、ルーデウスはアリエルに視線を向ける。

 

「来るのが遅くなって申し訳ないです」

「いえ、構いませんルーデウス様。こちらの都合で来てもらってますから」

「それでも来るのが後日になってしまいましたので」

 

 別に来ようと思えば来れたのだが、自分のわがままで後回しにしてしまったのだ。

 形だけになろうとも謝罪はするべきと考え、アリエルに頭を下げた。

 

「それで、本日の用件は」

「予想しているでしょうが、ルーデウス様の勧誘です」

「はぁ」

 

 それは既に何度も繰り返されたやり取りだ。

 アリエルは過去にいくつもの条件を提示した。

 富、名誉、権力……そのどれもにルーデウスは首を縦に振らなかった。

 

 いい加減諦めるべきかと彼女も考えていたが、リベラルから彼の協力を引き出せないならアスラ王になるのは厳しいと言われたのである。

 リベラルが説得すれば確かに協力するだろうが、大魔術師の一人くらい己の力で勧誘出来ないようでは王としての資質は未熟と言わざるを得ない。

 そうした事情もあり、アリエルは諦めずに勧誘を続けていたのだ。

 

「ルーデウス様は無欲なのですね」

「いえ……別にそんなことはないですけど」

「ほう、例えば?」

「例えばというか、平穏に暮らせれば十分ですね」

「それを無欲というのでは?」

「そうかも知れませんが、争いが増えたからこそ望んでるんです」

 

 その返答に彼女は目を細める。

 ルーデウスはヒトガミと戦うことを決めた以上、戦いから逃れられない運命となった。

 元々彼は争い事は好きではないのだ。

 アリエルに協力して大きな報酬を貰ったりすれば、それこそ新たなトラブルの元になりかねない。

 

 ルーデウスの返答は、政治的なことに関わりたくないという答えであった。

 

「それは困りましたね」

 

 その意図に気付いた彼女は、苦笑しながらも凛とした雰囲気を崩さない。

 

「ところでルーデウス様」

「はい」

「転移事件の際、魔大陸にて『デットエンド』を名乗ってたらしいですね」

 

 唐突な話題に、彼は疑問を浮かべながらも頷く。

 

「そうですけど……それがどうかしましたか?」

「当時のメンバーは、シルフィエットとロキシーのふたりではないと聞きました」

「……?」

「エリス・ボレアス・グレイラット。彼女と共に行動していたそうですね」

 

 デットエンドはルーデウスが冒険者として名乗っていたパーティ名だが、アスラ王国からメンバーが変わっている。

 そのため、ラノア王国では彼が元々は3人パーティであることを知らない人が大半であった。

 

 とは言え、特に隠していたことではない。

 エリスの名前が出たことに驚くが、それがどうしたのだろうとしか思えなかった。

 

「エリス様ですが、今は私と共に行動していることをご存知ですか?」

「……え? そうなんですか?」

「現在は王国の方にいますが、私の後ろで控えているトリスティーナをこの地まで護送して下さいました」

「エリスが……そうですか……」

 

 アリエルの言葉に、ルーデウスの脳裏にかつての旅路が駆け巡る。

 初体験後に去ってしまったことはショックだったが、事情についての推測が出来てからは立ち直ることも出来た。

 

(……そっか、やっぱりエリスはフィリップを助けに行ったんだな)

 

 ようやく知ることの出来た事実に、彼はホッとした気持ちとなる。

 少なくとも、自分が下手くそだったから立ち去った訳ではないのだ。

 それだけでも安心出来た。

 

「エリスは、元気でしたか?」

「元気かどうかは分かりませんが、激しい戦いを乗り越えてきたそうです」

「激しい戦い……そりゃ戦いになりますよね」

 

「――後、ルークが求婚してました」

 

「は?」

 

 その言葉に、ルーデウスは隣に控えているルークを睨み付ける。

 しかし、彼はどこ吹く風だ。

 あっけらかんと答える。

 

「おいおい、こういうのは早い者勝ちだろう?」

「――――」

 

 そんなことを告げる彼に、ルーデウスは胸が締め付けられるかのような気持ちになってしまう。

 胸糞悪いというか、何だが擬似的な寝取られ体験をしてるかのような気分だった。

 

「断られはしたけど、諦めるつもりはないぞ」

「そう、ですか……」

 

 だが、ルーデウスに文句を言う権利はない。

 エリスのことを放ったらかしにし、呑気にこの地で過ごしているのが悪いのだ。

 少なくとも、探すことすらせずに諦めてしまったのだから。

 それと同時に、強い思いが宿る。

 

 ――エリスを渡したくない。

 

 我儘なのだろうか。

 シルフィエットやロキシーに好意を向けながら、そのような気持ちを抱くのは。

 けれどルークの言葉を聞き、そんな思いに駆られてしまう。

 

 典型的なクズ男だな、なんて自虐しつつもその思いを否定は出来ない。

 様々な思いが駆け巡りつつ、ルーデウスは口を開いた。

 

「分かりました。アリエル様に協力します」

「あら、どういう心変わりでしょうか」

「分かってて言ったんでしょう。俺の負けですよ」

「さて、何のことでしょう」

 

 妖艶な笑みを浮かべるアリエルに、彼は小さく溜め息を溢す。

 ルークに渡したくない気持ちは本当なので後悔はないが、上手いこと誘導された訳である。

 

「協力はしますので、どこかのタイミングでエリスと会える機会を作って下されは助かります」

「もちろんです。それを協力の条件としましょう」

「お願いします。ついでにルークに求婚させないでください」

「おい」

 

 そういうことで、アリエルとの協力関係が築かれた。

 今回の内容であれば、リベラルのことを抜きにしても協力しただろう。

 上手いことやられたわけだ。

 こうした強かな面も、王に必要な能力なのだろう。

 正直言って政治には関わりたくないが、今回に関しては致し方ない。

 

「結構話し込んでしまいましたね」

 

 その他にも色々と話し合いが行われた。

 やがて用件が全て終われば、彼は疲れた表情で挨拶する。

 

「では、俺はこれで」

「ええ、有意義な時間でした。ありがとうございますルーデウス様」

 

 ニッコリと笑みを浮べるアリエルを見つつ、ルーデウスは退出した。

 元々彼女を王にすることは決まっていたが、自分の意思でも王にする手助けをすると決めたのだ。

 今更取り消すことも出来ないが、争い事に関わるのはいつだって不安である。

 

 そう思いつつ通路を進めば、バッタリとロキシーと出会った。

 

「ロキシー先生!」

「突然どうしたんですかルディ?」

 

 反射的に抱き着いてしまい、彼女は驚いた声を上げる。

 セクハラで訴えられかねない行為だが、ロキシーは赤面しつつも一度距離を取った。

 

「アリエル王女に協力することになりました」

「意外ですね」

「俺もビックリです」

 

 どういう理由かは分からないが、自分の意思で協力すると決めたのだと言うことは把握する。

 ルーデウスが争い事は苦手だとロキシーは知ってるため、意外に思うのであった。

 

「ということは、先ほどまで話し合ってたんですね」

「そうなります」

「私も今からアリエル王女と話し合うんですよ」

 

 以前から彼女も勧誘されてることは知ってるため、特に驚きはない。

 ルーデウスがロキシーの意思に口出しする権利はないため、ラノア王国から離れないことを祈ることしか出来ないのだ。

 だが、権利はなくても自分の気持ちを口にするのはいいだろう。

 

「出来れば、離れないで欲しいですね」

「ふふ、善処します」

 

 ということで、ロキシーも生徒会室へと向かうのであった。

 

 

――――

 

 

 大学での用もこれ以上ないため帰宅しようとしたルーデウスだったが、強烈な違和感に襲われていた。

 違和感を感じたのは、ロキシーと別れてからすぐのことだ。

 いつも通っている中庭を歩いていたのだが、普段の風景と違って見えたのである。

 思わず立ち止まり、違和感の元を探してしまう。

 

「なんだ……?」

 

 

 ――突然だが、ルーデウスはリベラルより幼少期からあるものを教わっている。

 龍神流の心構えであり奥義でもある『明鏡止水』だ。

 己を極限まで静めることにより、周囲の流れを読み取る技術。要は、自分の心を落ち着かせ、周囲に気を配りましょう、と言うものだ。

 この技術で最も磨かれるのは、観察力である。

 意識することで戦闘時では相手の動きを高度に予測することが出来るが、それ以外にも効果は発揮されるのだ。

 

 それは、普段からの観察力。

 何気ない日常の風景においても、洞察力が向上するのであった。

 

 リベラルがそれを教えたのは、ルーデウスの近接戦闘の弱さを補うためである。

 しかしそれ以外にも意図があった。

 奇襲に対する察知能力の向上だ。

 魔術師は近接戦闘以外にも、不意打ちに弱い。

 だからこそ、索敵能力も同時に鍛えるようにしたのだった。

 

 そして前述の通り、普段からの洞察力が上がっていたルーデウスは、中庭で違和感を感じたのである。

 

「…………」

 

 違和感を辿り目に付いたのは草陰だ。

 パッと見では何もないようにしか見えない。

 しかしよくよく見てみると、迷彩柄の姿をした人物が潜んでいることに気付いた。

 それもひとりではない。

 隣に3人ほど同じ格好をした者がいる。

 

 何だあいつら、なんて思いつつ放置しようとしたが、脳裏に警鐘が鳴り響く。

 少なくとも、ラノア大学の生活でこんな隠れ方をする者はいなかった。

 というか、隠れる意味が分からない。

 かくれんぼでもしてるならともかく、平常時なら堂々としていればいいだろう。

 潜んでいるのは、やましい理由があるからこそだ。

 

 故に、ルーデウスは何者かを知るために魔術をひとつ発動する。

 万が一のことを考え、殺傷力のないただ脅かすだけの音の魔術だ。

 射出された魔術が潜む者たちの近くに着弾すると、大きな破裂音を振りまく。

 

「ぬおぉ!?」

 

 当然ながら攻撃されたと思った彼らは慌てて飛び退いた。

 それと同時に、剣を抜きルーデウスへと向き直るのであった。

 

「!!」

 

 ひとりだけ声を上げてはいたが、それ以外の者たちは淀みない動作で素早く散開する。

 素人ではなく、訓練された者の動きだ。

 明らかに堅気ではないその雰囲気に、ルーデウスは地雷を踏み抜いてしまったことに気付く。

 

 その中のひとり。

 声を上げていた男の姿に目を奪わる。

 一言で言えば、傾奇者だ。

 いつの間に着替えたのか、虹色の上着に、膝までしかない下履き、腰には三本の剣。

 頬には孔雀の刺青があり、髪型はパラボラアンテナのように開いていた。

 

「……まさか気づかれるとはな」

 

 感心したかのような声だ。

 けれど、すぐに視線を外す。

 

「今の音で目標に気付かれた可能性がある。作戦通りに進めよ」

「はっ」

「!!」

 

 傾奇者はルーデウスへと目を向けず、その先へと駆けていく。

 そしてひとりだけこの場に残り、ルーデウスへと刃を向けて走り出していた。

 

(まさか……アリエル王女を狙った暗殺者?)

 

 いやいや、そんな馬鹿なと考える。

 アスラ王国からラノア王国までの距離を思えば非現実的だろう。

 更にこの地は雪国であり、忍び込んだところで孤立無援となる。

 獣族も多くいるため、学校に潜入するのも非常に困難だろう。

 少数で敵地に赴くことがどれほど無謀なのか言わずとも知れる。

 

 そんな状況で、暗殺者を送り込んだ?

 

 立案した者は頭がイカれてるとしか思えなかった。

 理解出来ぬ状況に混乱するだろう。

 あまりにも常識外れな出来事だ。

 だが、今のルーデウスの脳内はそれどころではなかった。

 

 ――ロキシーが危ない。

 

 タイミング的に、己の恩師がアリエルとの話し合いをしてるのだ。

 そのことに気付いたルーデウスは、すぐさま駆け付けねばと考えるのであった。

 




いつも安心推敲無しです。誤字脱字あれば申し訳ない。

Q.シルフィエットとロキシーはどこに住んでるの?
A.現在はラノア大学の寮で暮らしてます。

Q.何で襲撃が起きたの?ヒトガミ馬鹿なの?
A.追い詰められてるのかも知れませんね。立案者も頭が悪いのかも知れませんが、ヒトガミ以外の理由もあるかも知れません。

Q.急な展開だな?
A.これが私の限界でした。


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8話 『暗殺者』

前回のあらすじ。

ルーデウス「アリエル王女に協力することになった」
アリエル「ロキシーとシルフィエットも勧誘したい」
オーベール「暗殺しにきたで」

筆が……筆が進まない!!でも今年はせめてもう一話更新したいから今年最後の挨拶はしない!動け我が手よ!奏でろ我が妄想よ!深夜テンションの今なら書けるはずだ!
ということで、何とかもう一話今年中に上げられたらと思ってます。出来なかったら申し訳ない。


 

 

 

 ――全く持って無謀な任務であるな……。

 

 アリエル王女のいる生徒会室へと駆けて行く傾奇者――北帝オーベール・コルベットは内心でやれやれと愚痴る。

 彼がアスラ王国から遠く離れたこの地にいるのは、当然ながら自分の意思ではない。

 己の雇い主である、ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣からの依頼が原因だ。

 第一王子グラーヴェルを王にするためにアリエルを狙うのは構わないが、いくらなんでもこのような任務を言い渡されるとは思わなかった。

 

 もちろん、彼もその依頼には反対した。

 不可能だと。

 北帝であり世界有数の実力者ではあるものの、他国にいる重鎮の暗殺に戦闘力など当てにならない。

 出来ないことをする必要もないため、オーベールは元々断ろうと考えていた。

 

 しかし、ダリウスより勝算はあると説得され話を聞くことになったのだ。

 彼の話では、ラノア王国に“内通者”がいるという話だった。

 それもアリエル王女と定期的に会話するほど親しい者であると。

 そんな人物がいるのであればソイツが暗殺すればいいだろうと思ったが、どうにも出来ない事情があるとのことで断念することになったらしい。

 詳しい理由は分からないが、潜入したオーベールに直接的な支援が出来ないことに関係するとのことだ。

 

 その代わり、非常に多くの情報をダリウスを通してその“内通者”からもらった。

 

 アリエルの1日の行動パターン。

 護衛の数に見張りの交代時間。

 交友関係や近隣にいる実力者。

 ラノア王国の立地や人気のないタイミング。

 

 潜入や暗殺をするには非常に有用な情報が沢山あったのだ。

 中でも一番危険であった『龍神』オルステッドと、『銀緑』リベラルがしばらく離れる時期まで情報として提供されていた。

 更に言えば、追手を撒きやすい退路まで教えられてしまったのだ。

 そこまでお膳立てされてしまえば、断ることも出来ないだろう。

 情報があっても難しいことに変わりはないため、オーベールは渋々受け入れるのであった。

 

「しかし、これは厳しいな」

 

 息を乱さずに駆け抜ける彼は、現状を冷静に分析する。

 そもそも今回この大学まで来ていたのはアリエルを暗殺するためでなかった。

 いくら情報があるにしても、実際にこの目で確かめるまでは安心することは出来ないからだ。

 話に聞く協力者の顔も名前も知らないのに、その情報だけを元に動くことは出来ないだろう。

 そのため、下見のために来たのだが……敢え無く見つかってしまったことは誤算だった。

 潜入ではなく変装して行くべきだったかと、彼は自らの判断を悔いる。

 

 先ほどのルーデウスの魔術により、様子を見に来た生徒の何人かにオーベールたちの姿は見られてしまったのだ。

 アリエルに暗殺のことを知られれば警戒して守りを固められるし、姿を隠すことも考えられるだろう。

 そのため、今アリエルを殺らなければ暗殺に失敗するという焦りがあった。

 

「情報通りならば、今いるのはアリエル王女と3人の護衛だけである。手筈通りに行くぞ」

 

 追従する部下のふたりに合図を送ると、彼らは頷き先行して五階にある生徒会室に辿り着く。

 部屋の周りに別の生徒がいないことを確認すると、そのまま扉を開け放った。

 

 中にいたのはアリエルとルーク、デリックとトリスティーナ。そしてロキシーもその場にいた。

 

「!! 何者だ!?」

 

 扉が開かれれば気付くのも当然だろう。

 異国の地に突然現れた襲撃者に驚愕しながらも、ルークたちは素早く剣を引き抜いていた。

 

 だが、それよりも早くにオーベールが4本の苦無を投げ付けていた。

 ロキシーがいることは誤算だったため、彼女以外を狙って投擲される。

 

「くっ……!!」

 

 一番早く反応したのはデリックだった。

 彼は真っ先にアリエルに飛び付き、苦無からその身を守った。その代償として背中に刃が突き刺さる。

 ルークとトリスティーナは素早くしゃがむことで回避していたが、そこにふたりの暗殺者が駆け出した。

 

 オーベールもアリエルとデリックを始末しようと剣を引き抜いたが、そこに冷気を纏った魔術が走る。

 

「『氷撃(アイススマッシュ)』」

 

 魔術を放ったのはロキシーだ。

 突然の出来事に困惑しながらも、状況を理解して援護することを決めたらしい。

 

 当然と言うべきかオーベールは回避するが、アリエルかロキシーのどちらを狙うか一瞬迷ってしまう。

 事前の情報としてロキシーのことは知ってるため、背を向けてまでアリエルを狙って大丈夫なのかという不安があったのだ。

 ルークとトリスティーナも始末されることなく粘っているため、援護も期待出来ない。

 更に言えば、急いで駆け付けてきたため野次馬……大学の生徒たちも戦闘音に気付き集まりつつあった。

 アリエルと無関係であろうと、止めようとする者が出てくるだろう。

 事が大きくなりすぎるとラノア王国の正規兵まで出張ってくる可能性もあるため、他の者を巻き込みすぎる訳にいかない。

 

 時間を掛けてる暇はないと思い、アリエルを一撃で仕留めようとオーベールは考える。

 

「『電撃(エレクトリック)』!」

「ぬおぉ!?」

 

 追加でロキシーより放たれた紫電が、彼の腕を撫でた。

 ルーデウスが編み出したその魔術を、彼女は教え受けていたのであった。 

 

 当然ながらオーベールはそれが見えていたし反応もしていたが、その魔術の性質までは理解してる筈もない。

 受け流した筈なのに、右腕が痺れてしまうのであった。

 

「くっ……『黒煙』」

 

 オーベールは地面に何かを叩きつけた。

 バフンと粉っぽい音が響き、周囲が一瞬にして黒い煙に包まれる。周囲の状況が見えなくなってしまう。

 室内であったため、風魔術による換気によって煙を晴らすことも出来ない。

 広範囲の魔術を使おうにも、アリエルたちを巻き込む可能性がある。それによってロキシーの魔術は完全に封殺された。

 最早アリエルの暗殺を阻む者はいない。

 

「覚悟!」

「『泥沼』」

 

 が、室内全ての地面が変質し、その場にいた者たちは足を取られてしまう。

 オーベールは回避しようとしたが、足場全てが変わったため避けようがなかった。

 上半身は無事なため先ほどのように苦無を投げようとするが、

 

「『土壁』」

 

 恐らくアリエル近辺に出現した土の壁によって防がれるのであった。

 

「ロキシー! アリエル様! 無事ですか!?」

 

 ルーデウスの声が響き渡る。

 差し向けられた暗殺者のひとりを倒し、早急に駆けつけてきたのであった。

 黒煙によって状況は確認出来ないものの、ある程度の妨害には成功していた。 

 

「ルディ! この煙をどうにかして下さい!」

「分かりました! 伏せてください!」

 

 ロキシーたちは頭を下げ、オーベールたちも魔術が放たれると思いその場にしゃがみ込む。

 その瞬間に、彼らの頭上を何かが通り抜ける。

 

 放たれた魔術は生徒会室の壁を大きく破壊し、外界との通路を露わにした。

 生徒会室は校舎最上階の一番奥にあるため、当然ながら高所にあり風が強く靡く。

 黒煙は晴れたものの、あまり状況が進展したとも言えない。

 

 だが、オーベールはルーデウスを警戒し、すぐには動かなかった。

 彼の逸話をこの地に来るまで何度も聞いたため、あまり不用意なことが出来なかったのだ。

 室内で魔術師を相手に負けるとは思わないが、自暴自棄になって自爆覚悟の大魔術を使われればひとたまりもない。

 

「むぅ」

 

 もうひとつ言えば、彼としてはモチベーションが上がらなかった。

 遠い異国の地まで来るのに体力は多少なりとも消耗しているし、元々乗り気な任務でもなかった。早々に見つかったため、予定とも違う状況になっている。

 そうした心理的な重なりが、オーベールに隙を生み出す。

 

「フロスト・ノヴァ」

 

 呪文と共に、足元の泥沼が凍り付いていく。

 無詠唱により威力や範囲を操れる彼は、味方を巻き込まぬように暗殺者のいる場所までを凍結させた。

 オーベールは凍り付いた泥の上に移動して回避したが、残りの暗殺者は足を固定されそのままルークたちに斬られてしまう。

 ルーデウスはその隙にロキシーの傍まで移動していた。

 

「皆さん大丈夫ですか?」

「こっちは大丈夫だ。しかしデリックが……」

「ロキシー、彼を診て上げて下さい」

「分かりました」

 

 この場で治癒魔術を使えるのはルーデウスだ。

 ロキシーも簡単なものなら出来るようになっているが、状態によっては手に余るだろう。

 だが、正面から目を離すことが出来ない以上、彼女に頼まざるを得なかった。

 

「気を付けて下さい。あれは『孔雀剣』オーベールです」

「『孔雀剣』?」

「北帝です」

 

 トリスティーナの言葉に、ルーデウスは緊張した顔付きとなる。

 リベラルや剣神のせいで感覚が麻痺しそうだが、北帝は北神流の中でも五指に入る強さを有するのだ。

 そのふたりには及ばないかも知れないが、恐らくルイジェルドよりも強いかも知れない相手。

 ルーデウスは過去に何度もルイジェルドと手合わせをしたが、勝利どころか一発も当てられた試しがない。

 そんな彼より強いかもしれないオーベールを相手に、僅か数メートル程度の距離での室内戦。

 

 ――確実に負ける。

 

 今はどういう訳か立ち止まっているが、このまま戦えば勝機がないことはハッキリしていた。

 だからこそ、考える時間が必要だった。

 ルーデウスは魔術を発動し、ロキシーたちの傍に生成した土で文字を作りながら口を開く。

 生成した文字は、次に行う行動を伝えるためのものだ。

 

「狙いはアリエル様ですか?」

「愚問であるなぁ、ルーデウス・グレイラットよ」

「……仮に王女を殺したとして、ここから逃げられるとでも?」

「某だけなら可能だ」

 

 最初にルーデウスに襲い掛かってきた者は気絶させてるので生きているが、先ほどルークたちに斬られたふたりは絶命している。

 既にオーベールだけの状況となってるため、彼の実力ならば確かに逃げ切れるだろう。

 

「第一王子側に付くのは何故ですか? お金ですか?」

「まあ、そうであるな」

 

 とてもシンプルで分かりやすい理由だった。

 その言葉にアリエルが反応を示す。

 

「では、それ以上の報酬と地位を約束しますので私の元に来ませんか?」

「魅力的ではあるが断る」

「……それは何故?」

「義理くらいあるだろう。某は雇われてる途中故、乗りかかった船には最後まで乗る責任がある」

「それでしたら、そちらの契約が終わり次第私の元に来ませんか?」

「ほう、おかしなことを言う。それはまるで某に殺されることもなく、そして殺すつもりもないと言っているように聞こえるな」

「互いに生きてたらの話です」

 

 アリエルの台詞に、オーベールは思わず笑い出してしまう。

 

「面白い。互いに生きていればアリエル殿の話に乗ろうではないか」

「それには現状をどうにかしなければなりませんがね」

「違いない」

 

 話は終わりだと言わんばかりに剣を構えるオーベールに、ルーデウスは慌てる。

 

「待って下さい! この流れで戦うつもりですか!?」

「当たり前であろう。理由は言ったばかりであるぞ」

「それならば何故最初から全力で来なかったのですか? 北帝である貴方の力量であれば仲間のふたりを失う前に対処出来たでしょう!」

 

 彼の言う通り、本来ならば一瞬で片の付く状況だった。

 室内戦でロキシーやルークを突破することなんて簡単だっただろう。

 だが、明らかに緩慢な動きだったからこそルーデウスは間に合ったのだ。

 

「それは自分で考えよ」

 

 オーベールの足に力が入る。

 距離を詰めるための予備動作に気付いた彼は、話し合いでの解決を諦めざるを得なかった。

 

「じゃあもういいです。さようなら」

「ぬぅ!?」

 

 ルーデウスの言葉と共に、互いの間に壁が生成される。

 もちろん、その程度では障害になり得ないだろう。

 オーベールは一瞬にして土壁を斬り裂いた。

 

「いない?」

 

 しかし、彼の眼前には誰ひとりいなかった。

 ルーデウスやロキシーだけならまだしも、アリエルとその護衛もおらず、破壊された壁から外の風景を映し出すだけであった。

 僅かな困惑が駆け巡るが、すぐに崩れた壁から外の状況を視認する。

 

「無茶をしますなぁ」

 

 外を見下ろせば、全員で落下していく姿を目視することが出来た。

 ここは五階であり、そのまま地面に衝突すれば間違いなく絶命するだろう。

 

 様子を窺っていたオーベールだったが、彼の眼前に変化が現れる。

 壁が変形し、大きな滑り台となったのだ。そこに水魔術による水流を流し、滑り降りていったのだ。

 ルーデウスたちが確実に生き残ることを予期した彼も、五階から飛び降りる。

 

「追い掛けないで欲しいんですけどね!」

 

 地上に無事到着したルーデウスは、オーベールが飛び降りたことに気付く。すぐさま魔術によって作り出した滑り台を解除した。

 だが、オーベールが大の字に身体を広げると、まるでウイングスーツのように服に膜が現れ、そのまま滑空していく。

 

「!! 『閃光炎(フラッシュオーバー)』!」

 

 このまま無事に着地されると不味いと考えたルーデウスは、火聖級魔術による広範囲の迎撃を行った。

 極めて広範囲に炎を行き渡らせるその魔術は、滑空していようが避けられぬ状況を生み出す。

 仮に避けられたとしても、ウイングスーツのようなその服まで無事では済まないだろう。

 

 オーベールは炎に包まれたかのように見えたが、空中で体勢を整えながら剣を一閃させる。

 迫る炎は綺麗に真っ二つとなり、その隙間をすり抜け一直線に滑空を続けていた。

 

「くっ!」

 

 風聖級魔術を使おうとしたが、ロキシーやアリエルを巻き込むことを危惧し別の魔術を使用する。

 『突風<ブラスト>』によって風の向きを変えたことにより、オーベールはそのまま気流に流され別の方向へと滑空していく。

 とは言っても、そこまで距離は稼げていない。

 約30メートル程度だろうか。

 北帝を相手するには微妙な距離と言えよう。

 

「ルーク先輩! 俺が殿を努めます!」

「分かった! 死ぬなよ!」

 

 負傷したデリックを支えながら、アリエルたちは後退していく。

 恐らく学生の多い場所に逃げるだろう。

 人混みに紛れれば、流石に手出し出来ない。

 それに音を聞き付けて人が集まってくる筈なので、それまでの辛抱だ。

 

「ルディ! 援護します!」

「ロキシー先生も……いえ、分かりました。ありがとうございます」

 

 これほどの騒ぎを起こしたのだ。

 1分程度で人は集まるだろうと考えていた。

 とは言え、剣士との戦いは刹那の奪い合いである。

 とても長い1分間になるだろう。

 

 ルーデウスは『明鏡止水』に加え、結界魔術による肉体操作によって潜在能力を解放する。

 近寄られたら負けてしまうが、それでも備えられるだけ備えておく方がいいだろう。

 

「いざ」

 

 着地したオーベールが剣を構える。

 そして、駆けた。

 

「『泥沼』!」

 

 地面がぬかるみと化す。

 オルステッドやリベラルに教わった定跡だ。

 妨害しつつ、距離を開けたまま魔術を一方的に放てれば勝つことが出来る。

 

 そう考えていたが、オーベールは懐から浮き輪のような靴を取り出し履き替えると、特に沈むこともなく駆け始めた。

 まるで忍者が使う水蜘蛛だ。

 しかもスムーズな動きで早い。

 剣士じゃなくてまんま忍者じゃないか、と思ってしまう。

 

「勇壮なる氷剣にて彼の者に断罪を! 『氷霜撃(アイシクルエッジ)』!」

 

 隣で援護をしていたロキシーの魔術が放たれる、

 八つ裂き光輪のような氷刃が射出されたが、オーベールは滑るように左右に動いて躱す。

 

 直後にルーデウスは無詠唱による『電撃』を放った。

 ふたりの眼前は泥沼であり、伝導した電撃が一瞬にしてオーベールに到達する。しかし、彼は無反応だった。

 

「なっ!?」

「残念ながらゴム製でなぁ」

 

 電撃に関しては、生徒会室で受けたばかりの魔術である。

 警戒していたからこそ、対策を講じていた。

 水蜘蛛を履いてるため想定よりも距離を詰めるのに時間が掛かってるが、あと20メートルほどだ。

 

「ロキシー! 合わせます!」

 

 既に次の詠唱に入っていたロキシーのタイミングに合わせ、ルーデウスは両手を構える。

 右手は岩砲弾、左手は大火球。更にロキシーの氷霜刃も同時に放たれる。

 当然と言うべきか、迫る魔術は呆気なく避けられてしまうが、彼の放った魔術はただの魔術ではない。

 炸裂岩砲弾だ。

 本来の歴史でもダリウスとオーベールに放たれたそれは、対象者の近くで爆発して破片が襲う。

 

 それだけではなく飛んでいた大火球に対し、

 

「『爆発(エクスプロージョン)』」

 

 こちらも爆発することで、爆風がオーベールに襲い掛かる。

 炸裂した岩砲弾と爆発した大火球に挟まれたオーベールは、その予兆を感じ取っていたのかいつの間にか脱いでいた服を受け流すかのように振り回す。

 しかし、その程度で防げる訳もない。

 

 炸裂した岩砲弾の破片の幾つかはオーベールの腕や足に刺さり、爆風によって泥沼に転んでしまう。

 

 ――よし、このまま凍り付かせれば――。

 

 そう思考したルーデウスの眼前に、投げられていた剣が迫っていた。

 

「――――」

 

 明鏡止水により予測能力が向上していようとも、潜在能力の解放により動体視力が上がっていようとも、意識の隙間というものは必ず存在する。

 ルーデウス本人ですら認識出来ないその刹那を、オーベールは見切っていた。

 

 完璧なタイミングの投擲。

 気付くのにほんの0.1秒遅れたルーデウスは、必死に身体を逸らそうとする。

 だが、間に合わないのだ。

 刹那を奪い合う剣士の領域に、魔術師である彼の世界は遅すぎた。

 

 そうして剣の切っ先がルーデウスの身体に向かい――

 

「ルディ!!」

 

 

 ――横からロキシーに突き飛ばされる。

 

 

 けれど無事ではなかった。

 彼女の太ももに剣が深々と突き刺さる。

 ふたりして地面に倒れ込んだが、起き上がったルーデウスはすぐさまその事実に思考が支配されてしまう。

 

「ロキシー!」

「わ、わたしのことよりあちらを!」

 

 彼女の声に反応してそちらを向けば、既に体勢を立て直したオーベールが迫っていた。

 残り10メートルほどだ。

 先ほどの魔術により手足を負傷しているにも関わらず、その動きは変わらず速かった。

 

 これ以上踏み込まれれば剣士の間合いとなる。

 そこまで行けばルーデウスに勝ち目はない。

 

 『水流(フロードフラッシュ)』。

 水の塊を発生させ対象を押し流すその魔術は、彼が発動することで激流のような大量の水が放出される。

 

「ぬおぉぉっ?!」

 

 唐突に滝のような激流が広範囲に現れれば、躱すことも出来ないだろう。十分に引き付けられたため選択肢もない。

 オーベールは水流に飲まれ、押し返されていった。

 

 その隙に、再度ロキシーの様子を窺う。

 

「……え?」

 

 彼女の太ももの傷口は、紫色に染まっていた。

 すぐに毒であることに思い至った。

 オーベールの剣には、毒が塗ってあったのだ。

 

「ふむ、そろそろ潮時であるな……」

 

 立ち上がっていたオーベールは、こちらに向かって来てなかった。

 まだ1分は経過していないものの、アリエル王女はほぼ見失い、生徒たちも集まりつつあったからだ。

 暗殺の任務は失敗と言えよう。

 故に、諦めたのだ。

 

「ちょっ……まっ……」

 

 そのことに気付いたルーデウスは焦る。

 解毒魔術は扱えるものの、全てを扱える訳ではない。

 解毒するには、最低でもそれが何の毒であるかを知っていなければならないのだ。

 使用してきた毒なんて分かる訳がない。

 そんなルーデウスの思いとは裏腹に、オーベールは背を向け走り去ろうとする。

 

 いや、駄目だ。

 ここで逃がすとロキシーが不味い。

 絶対に止めなければならない。

 

「待て!!」

 

 彼は咄嗟に岩砲弾を放つ。

 背を向けているのだから簡単に当てられると思った。

 けれど、背後から飛来した岩の塊を、オーベールはなんなく回避した。

 その後に何度も放つが避けられる。

 土壁を作り出したが、それもアッサリ斬り倒される。

 

 焦りにより明鏡止水も維持出来ず、思考も単調になってしまう。

 ルーデウスはオーベールを追い掛けていた。

 否、追わざるを得なかった。

 ロキシーを見殺しにすることは出来ないからだ。

 いつの間にか、両者の立場が逆転していた。

 

「誰かロキシー先生を診てください!!」

 

 ルーデウスは集まりつつあった生徒たちに呼び掛けつつ、オーベールを追い掛ける。

 泥沼を警戒しているのか水蜘蛛の靴を履いたままなため、見失うほどの速さではなかった。

 そうして追い掛け、大学を抜け、人気のない路地に差し掛かり――

 

「……ひとりで追い掛けて来るとは不用心であるな」

 

 当然というべきか、オーベールは逃走を止めるのであった。

 投擲した剣は回収出来てないため、短剣のような苦無を構える。

 完全に一対一の状況だ。

 

 ルーデウスもこうなることは分かっていた。

 分かっていたが……それでもロキシーを助けるためだ。

 更に言えば、毒のことを知るためにオーベールを殺す訳にもいかない。

 いつの間にか、ほぼ詰みとも言える状況に追い込まれてしまった。

 

「冥土の土産に毒の詳細を教えてくれません?」

 

 焦る気持ちを抑えつつ、ルーデウスは状況を少しでも進展させようとする。

 

「某に勝てれば教えようではないか」

「……ハンデ下さい」

「断る」

 

 そしてオーベールは駆けようとし、

 

 

 ――アオォォォォォォン!!

 

 

 獣の咆哮が、響き渡った。

 凄まじい気配を撒き散らし、何かが迫りくる。

 オーベールの視線は、そちらへと向いた。

 

 

「――ルディ!! 無事か!!」

 

 

 そしてやって来たのは、聖獣レオとパウロだった。

 主人の危機を察知した守護獣が、パウロを連れて駆け付けてきたのである。

 予想外の援軍であったが、非常に心強い存在であった。

 

「む」

 

 オーベールも予想外だったのだろう。

 撤退するべきか悩んでいる様子だった。

 その間に、パウロがルーデウスの横に並び立つ。

 

「よぉルディ。こんなところで何してんだ? 正義の味方ごっこか?」

「違います。真面目にしてください。相手は北帝です」

「え……まじか?」

「まじです」

「まじかよ……」

 

 そう言いつつ、彼は一歩前に出る。

 それはルーデウスを守れる前衛の位置だった。

 

「それで、俺はどうすればいい?」

「……助けて下さい。ロキシーが危ないんです」

 

 その言葉にパウロは目を見開き……ニヤリと表情を変える。

 

 

「――おう、父さんに任せろ」

 

 

 パウロは剣を引き抜き、北帝と相対した。




前書き通り、深夜テンションで仕上げました。穴や抜け、誤字脱字あれば申し訳ない。

Q.オルステッドのヒトガミジャミング効果は?
A.原作において実際にどの程度の距離までジャミング出来るか不明なため、今作でもその効果範囲も曖昧です。
検証も出来ないでしょうし、多分オルステッドも範囲については知らないんじゃないでしょうか。

Q.内通者?一体誰なんだ…。
A.8章くらいで明らかにする予定です。

Q.室内で泥沼を使ってる…?
A.ルーデウスは態々土を発生させてから泥沼にしたのだと解釈してください。

Q.オーベール。
A.作中で記載したように、モチベーションがあまりありません。そのため、アリエル王女を仕留められる機会を何度か逃してます。

Q.オーベールの戦闘スタイル。
A.NINJA。

Q.何でレオとパウロ来たの?
A.守護魔獣であるレオがロキシーのピンチを感じとったのでパウロを引っ張って行ったら、誰かを追うルーデウスを見掛けたためです。


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9話 『告白』

前回のあらすじ。

オーベール「某は暗殺者である。名はない」
ロキシー「ルディが危なかったから庇ったけど、太ももに短剣を受けてしまってな…」
ルーデウス「ロキシーが毒に侵されたからオーベールを追いかけなきゃ」
パウロ「レオがピンチを察知したから援軍に来たぜ」

これで今年の更新は最後になると思います。この作品を見てくださってる皆様、読んでいただきありがとうございます。
亀更新で遅いですが、来年からも完結まで更新していきたいと思います。
よいお年をお過ごしください。


 

 

 

 本来の歴史でのパウロは、三大流派を全て上級まで修めた天才剣士として名を馳せていた。

 聖級と大きな差があるものの、上級で免許皆伝と言えるレベルなため十分すぎるだろう。

 現代で言えば、上級で柔道の黒帯と同等なのかもしれない。

 

 先ほど言ったように、聖級と上級では越えられない壁が存在する。

 闘気を自在に扱えることが聖級に至る必須条件だ。

 闘気によって身体能力に雲泥の差が生まれるため、それも当然と言えよう。

 

 以前リベラルと手合わせをした際、パウロの評価としては聖級レベルだと告げられた。

 彼は闘気を自在に纏うことは出来ないが、本能レベルで扱うことが出来る。

 しかし、その程度の練度では、オーベールを相手にするには力不足だろう。

 何せオーベールは剣王が二人がかりでも優勢に立てるほどの実力者なのだから。

 とは言え、それは以前のままの実力であるならばの話。

 パウロにはまだまだ伸び代があった。

 彼は成長しているのだ。

 

 そしてその実力は、この戦いを通して明確になるだろう。

 

 

――――

 

 

 ――隙は見当たらない、か。

 

 援軍として現れたパウロに対し、静かに観察したオーベールは素直にそう感じた。

 情報の片隅に三大流派の全てを上級まで修めた剣士、というものはあるが、所感としては上級以上だとその身で感じ取る。

 少なくとも、剣神流でもない限り真正面から一撃で仕留めることは難しいだろう。

 今のパウロは水神流の構えを取っているので、余計に隙が見当たらなかった。

 

 試しに視線や動作による揺さぶりをかけるが、彼は微動だにしない。

 リベラルから何度も視線誘導や不意打ちを受けてきたパウロは、フェイントに掛からぬ観察眼と不動の心を手に入れていたためだ。

 であるならばの、動きの中で崩していくしかないだろう。

 

 そうして仕掛けようとしたオーベールだったが、

 

「ワォン!」

「!!」

 

 聖獣レオが短い咆哮を上げると、身体が重くなるのであった。

 闘気の出力が減少したのである。

 

「これは……っ」

 

 逆にパウロやルーデウスは、身体が軽くなっていた。

 闘気が向上したことで、身体能力が上昇する。

 まさかのバフとデバフ効果のある咆哮であった。

 このような力があることを知らなかったルーデウスとパウロは驚くが、集中力を切らさず動きを注視する。

 

 オーベールは正面から打ち合おうとしていたが、今しがたの現象によりそれを中断することにする。

 代わりに、手に持っていた袋を投げた。

 袋はゆったりとした放物線を描いて、パウロへと飛んでいく。

 

「俺が対応します!」

 

 それに対し、ルーデウスは『水弾(ウォーターボール)』を放つ。

 前世で見た漫画で、同じような場面を見たことがあったからだ。中に何かが入っていると咄嗟に感じた。

 

 水の弾は投げられた袋を包み込むと、そのまま地面にべシャリと落ちる。すると中から粉らしきものが溢れ出す。

 それが何かまでは分からないが、ルーデウスの予想通りだった。

 

「おらぁ!」

 

 その間に、パウロは『石蕾剣(せきらいけん)』を放つ。

 地面をガリガリと削り取り、破片を伴いながらオーベールへと飛んでいく。

 彼は素早く身を翻すことで難なく避けるが、そこにパウロが走り込んだ。

 

 『無音の太刀』。

 音すら置き去りにするその一閃は、しかし短剣の切っ先を合わせられることでズラされた。

 それと同時に、体勢の崩れたパウロを斬り裂こうとするが、岩砲弾が飛来したことで回避を選択する。

 本来であれば岩砲弾も対処しながら斬れたのだが、レオの闘気への干渉により出来なかったのだ。

 

 バックステップしたオーベールの背後から、レオが爪を振り抜いていた。

 

「ぐっ」

 

 何とか受け止めたのだが、衝撃は殺せず弾き飛ばされる。

 受け身を取りながら立ち上がろうするのだが、身体がまるで何かに抑えつけられるかのような重圧に襲われ、膝をついてしまう。

 ルーデウスの重力操作による妨害だ。

 

 そこにパウロが再び『無音の太刀』を放つ。

 

「ぬ、おぉぉぉ!!」

 

 別に遊んでいた訳ではないが、本気で殺らなければ殺られると悟る。

 最早やる気が出ないなどと言ってる場合ではなかった。

 自分の持てる限りの力を発揮し、なりふり構わず相手をしなければこの場を切り抜けることは出来ないだろう。

 

 足に力を入れたオーベールは、横に跳躍することでパウロの一太刀を回避する。

 そのまま壁を蹴り、ルーデウスの方へと跳んだ。

 

「ガウ!」

 

 空中にいるオーベールへと、レオも爪を立てながら飛び掛かっていた。

 そのまま腕を振るったレオだったが、彼は短剣で受け止める。

 吹き飛ばされることもなく、まるで衝撃を受け流すかのように全身を回転させ、レオの背中に身体を滑らせていく。

 背中を飛び越えたオーベールはレオを蹴り、更に加速しながら跳んだ。

 

 オーベールはこの中でルーデウスが一番厄介だと評価していた。

 彼は魔術師として常識を壊す戦い方ばかりだ。

 普通の魔術師はこれほど魔術の発動は早くないし、連射も出来ない。

 更には剣士と連携しながら妨害魔術など出来るものではない。

 先ほどの重力魔術もそうだ。

 オーベール自身は何が起きたのかは理解してないものの、ルーデウスが引き起こしたことは理解した。

 

 重力魔術は強力なものの、王竜剣とは違い“対象そのものの重力”を操作している訳ではない。

 “対象のいる地点の重力”を変えることで妨害しているのだ。

 その場から動かれると効果は発揮されない。

 今の攻防でそのことを理解したオーベールは、動くことで重力魔術を回避していた。

 まだ空中にいるため、泥沼による妨害も出来ない。

 そしてルーデウスはその動きを捉えることが出来ず、魔術を放つも避けられ接近を許した。

 

「ルディ!!」

「おおっとぉ!」

 

 背後からパウロの投げた剣が迫るも、彼は身体を捻りながら躱す。

 だが、その剣をルーデウスはキャッチした。

 そのまま水神流の構えを取り、オーベールの攻撃に備える。

 

「ほう! 剣術も出来るのであるか!」

 

 そのことに驚きつつも、飛翔は止めない。

 オーベールは両手に持った苦無をふたつ、ルーデウスに振り下ろした。

 咄嗟に『土壁』の術を左手に使いながらガードし、もうひとつは右手の剣で受け止める。

 

「北神流奥義……『朧十文字』」

 

 オーベールの手がブレた。

 中空で剣を捨て、上体を倒しつつ、懐にある苦無へと手を伸ばしていた。

 その技をルーデウスは知っている。ラノアでリベラルから稽古をしてもらった際に、受けたことのある技だった。

 だからこそ、反応することが出来た。

 

 だが、反応出来てもその動きに付いていける訳ではない。

 ルーデウスは本来の歴史のように、受け止めることしか選択出来なかった。

 両手の塞がっている彼は、曲げていた膝を伸ばし、跳躍しながら、オーベールの抜刀を左足で受ける。

 しかし――土壁を左足に纏いながらだ。

 

「ぬぅ!」

 

 オーベールの一撃は土壁を砕き、けれど切断にまでは至らなかった。

 ルーデウスの皮膚は斬り裂いたが、骨で止まっていた。

 

「ガルルル!」

 

 そこにレオが迫ったため、彼は素早く横に移動して回避する。

 

「ルディ! 大丈夫か!?」

「こっちは大丈夫です! それよりこれを!」

 

 ルーデウスは土壁を解除しつつ、走ってきたパウロに剣を投げ渡す。その間に自身の足の治癒を行っていく。

 剣を受け取ったパウロは、時間稼ぎも兼ねて再びオーベールへと立ち向かった。

 

「まさか魔術師に某の奥義を受け止められるとはな……」

 

 眼中にないとはまさにことことなのだろうか。

 距離を詰めて剣を振るうパウロに対し、オーベールは短剣すら使わず避ける。

 上体を逸らし、半身となり。

 そこにレオも突進していくが、彼はそれを待っていたかのように間を走った。

 

「!!」

 

 パウロの剣とレオの爪がぶつかり、オーベールはその間を悠々と通り過ぎる。

 狙いは治癒魔術を使い動けないルーデウスだ。

 

「ち、くしょお!」

 

 全く相手にすらされず、ひたすら息子だけを狙われるパウロ。

 そのことに歯噛みし、悔しさにまみれる。

 だからこそ、ムキになりオーベールの背に跳躍していた。

 

「待ちやがれ!」

「軽率であるなぁ」

 

 オーベールはそれを待ってたかのように向き直り、パウロに苦無を投げつける。

 空中にいる彼は身をよじり躱すが、もう一本の苦無を持ったオーベールが振り下ろそうとしていた。

 体勢を崩している彼に、回避する余裕はない。

 

「――――」

 

 彼の脳裏に過去の思い出が過ぎる。

 それは走馬灯ではない。

 リベラルと行っていた鍛錬での記憶だ。

 

 

――――

 

 

『――本能的に戦うのを止めた方がいいか、ですか?』

 

 更なる高みを目指していたパウロは、悩んでいた疑問を口にした。

 ルーデウスを通し、剣王となったギレーヌから言われてしまったのだ。

 自分が何をしているのか理解していなければ強くなれない。

 ――即ち合理が必要であると。

 

 パウロは自分の動きを言語化することが出来ない。

 言葉にしても「グッ!」や「ザンッ!」と擬音でしか説明出来なかった。

 少なくとも、ルーデウスに自身の動きを伝えることは出来なかったのだから。

 

 だからこそ、その悩みや疑問を口にした。

 リベラルは苦笑しながら答える。

 

『――別に止めなくていいですよ?』

 

 その答えに、パウロは更なる疑問を抱く。

 ギレーヌからの言葉に彼は納得していたからだ。

 パウロは彼女が剣聖の頃から勝ったことがない。そのギレーヌが剣王にまで至るのに必要なのが『合理』だと告げたのだ。

 それを否定するほど彼も馬鹿ではない。

 

『パウロ様――本能的に戦うことと、合理を追究することは両立出来ますよ』

 

 もちろん、自分がどうすればその動きを出来るのか考えていくことは必要だ。しかし、戦いの中で一個一個に思考を取り入れる必要はない。

 当たり前と言えば当たり前だが、そんなことをしていては動きが鈍ってしまうのだ。

 

 だが――本能的に戦うというのは、その思考過程を省略して最短を行くことが出来る。

 

 だからこそ、本能的に戦う者は強いのだ。

 リベラルやオルステッドほどの高みに至れば、思考と本能を両立することが出来る。

 

『それが出来れば――貴方はもっと強くなれる』

 

 

――――

 

 

「ぐはッ!?」

 

 窮地にありながらも、一瞬の攻防を制したのはパウロだった。

 オーベールの顔面に蹴りが突き刺さっていたのだ。

 

 彼は地面に剣を突き刺すことで自分の動きを強制的に止め、オーベールの一太刀を回避した。

 それと同時に慣性によって流れた身体で、そのまま蹴りを繰り出したのである。

 

 オーベールは吹き飛び、地面に両手をついてしまう。

 

「ぬぅ……!」

 

 ふらつく身体を無理矢理動かし、彼は横に跳躍する。

 迫りくるレオの一撃を避けたオーベールだったが、そこに岩砲弾が放たれていた。

 当然ながら、彼はそれを苦無で受け流すように弾いた。

 

 だが、その隣には既にパウロは迫っていた。

 

 水神流奥義――『(ナガレ)』。

 

「――――」

 

 岩砲弾を弾いた苦無を、パウロは更に受け流していた。

 それが確実な一撃を入れる方法だと本能的に感じ取ったのだ。

 オーベールは体勢を崩され、再び両手を地面に付いてしまう。

 

 パウロの蹴りが彼の胸に突き刺さった。

 

「ごはッ!!」

 

 再び吹き飛ばされたオーベールは地面を転げ、口から血を吐き出す。しかし休んでいる時間はない。

 視界に迫りくるレオと魔術を放とうとしているルーデウスを捉えていた彼は、吹き飛ばされながらも備えていたのである。

 

「『赤墨』」

 

 いつの間にか地面にまかれていた赤い玉。

 それはパァンと大きな破裂音が響き渡らせながら、粘着性の強い液体をばら撒いた。

 レオはそれに足を取られ動けなくなり、ルーデウスもどうするべきか迷い硬直する。

 

 だが、パウロは壁を蹴りオーベールの元に跳んでいた。

 

「オラァァ!!」

 

 いくつも繰り出される斬撃を、オーベールは冷静に苦無で受け流す。

 本能的となり疾くなったパウロだったが、真正面からの打ち合いであればまだオーベールに分があった。

 更に加速させていくが、オーベールには届かない。

 

「ぐっ」

 

 斬撃の隙を見抜いた彼は、仕返しと言わんばかりにパウロの胴体を蹴飛ばす。

 吹き飛んだパウロは受け身を取ることで、素早く立ち上がった。

 

「だが……この間合いは丁度いいな」

 

 今まで『無音の太刀』しか放たなかったパウロだが、それは何となくそうするべきだと感じたからだ。

 そして無意識の内に隠していたからこそ、オーベールは“それ”は使えないのだと思いこんでしまった。

 パウロは納刀し、居合の構えを取る。

 

 ゾクリとした感覚がオーベールを襲う。

 この位置は不味いと感じ取った。

 距離的に放つことを妨害することは出来ない。

 彼は咄嗟に身を捻る。

 

 『光の太刀』。

 ポツリとそんな声が聞こえたような気がした。 

 

 

 ――光を置き去りにした刃は、時間の停止した世界を斬り裂き、全ての事象が遅れて発現する。

 刹那の間も存在せず、剣を振り終えたパウロがそこにいた。

 

 

「……見事だ」

 

 オーベールの右手が弾け飛んでいた。

 光の太刀というものは、回避できるものではない。

 踏み込みをずらす。体勢を崩させる。本気で斬れない位置に立つ。そうやって事前の工夫にて放たせないことはできる。

 だが、刷り込みによって彼はその対処が遅れた。

 

 空中をくるくると舞う腕をキャッチしたオーベールは、観念するかのように左手で待つように制した。

 それを見たパウロたちは、首を傾げながら動きを止める。

 別に従う必要はないのだが、それでも彼からはそうさせるだけの雰囲気があったのだ。

 

「――負けを、認めよう。現時点で某がお主たちに勝つことは出来ぬ」

「……では、大人しく俺たちに従うと?」

「否、そういう訳ではない!」

 

 オーベールは懐から瓶を取り出す。

 

「ルーデウス・グレイラット。解毒薬……これが欲しかったのであろう?」

「……それが本物である証拠は?」

「ふむ、某がそれに答える必要はないなぁ」

 

 彼は懐から更に瓶をふたつ取り出す。

 何をするのか気付いたルーデウスは、慌てて妨害しようとし――

 

 

「――嘘であると思うならば、某を追い掛けるとよい」

 

 

 ――それよりも早く、3つの瓶は高く投げ捨てられた。

 そしてオーベールは反対方向に駆け出す。

 

「……父さん! レオ! 解毒薬を!!」

 

 オーベールを追い掛けるか迷うが、瞬時に投げ捨てられた瓶を追うことにする。

 解毒薬が本物であれば取り返しがつかないし、かと言って二手に別れてオーベールを追いかけても返り討ちに合う可能性が高い。

 今回は3人だったからこそ相手取れたが、ひとりでも欠ければ負けていたのはこちらだろう。

 オーベールを追い掛けるという選択肢は始めからなかったのだ。

 

「くっ!」

 

 走り出したルーデウスは間に合わないと感じ、重力操作によって瓶の衝撃を抑える。

 結局落下には間に合わなかったものの、瓶は割れることなく入手することが出来た。

 

「ルディ! こっちは大丈夫だ!」

「ワンっ!」

「ありがとうございます」

 

 ルーデウスよりと身体能力の高いパウロは手に取っており、レオは器用に口で咥えていた。

 何とか解毒薬を失わずに済んだことにホッとしつつ、オーベールが立ち去った方を向く。

 

「逃げられちゃいましたね……」

 

 そうなることは分かっていたものの、どうすることも出来なかっただろう。

 ここでオーベールを仕留められなかったことを残念に感じつつ、パウロへと向き直る。

 

「レオなら追跡出来ると思うけどどうする?」

「いえ、ロキシーの解毒をしたいです。それに、デリックさんにももしかしたら必要かも知れないので持って行って欲しいです」

「分かったよ、レオと一緒に届ける。……その方がいいよな?」

「はい」

 

 何か含みのある言葉であったが、その意図はしっかりと通じる。

 そう。今はロキシーと二人っきりにして欲しかったのだ。

 パウロはそのことに気づいたのである。

 

 そうして、ルーデウスたちは大学へと向かうのであった。

 

 

――――

 

 

 大学へと戻れば、ロキシーは生徒たちから応急手当を受けていた。

 流石に怪我人を放置するほど彼らは薄情者ではない。

 治癒魔術の使い手も居たため傷口は塞がっていたものの、相変わらず皮膚は紫色に変色している。

 解毒魔術を掛けている者もいたようだが、効果がないことは明らかだった。

 

 ルーデウスが来ると人混みは割れ、ロキシーまでの道が出来上がる。

 

「ロキシー!」

「……ルディ、ですか。そちらは大丈夫でしたか……?」

「当たり前です! 解毒薬も手に入れました! 飲んで下さい!」

 

 オーベールから手に入れた解毒剤を飲ませた後、彼はロキシーを抱えて医務室まで運ぶことにした。

 流石にあのような人混みの中で、落ち着いた会話をすることは出来ない。

 それに毒を受けたのだから、安静にしておくべきだろう。

 

 ベッドまで運び寝かせたルーデウスは、ホット一息吐く。

 ロキシーの顔色は悪かったものの、それ以上の症状は見られない。紫がかった皮膚の色も、徐々に引いていってる。

 医務室の医者にチェックしてもらった後、ルーデウスは二人っきりにしてほしいことをお願いし、退室してもらった。

 

「ロキシー先生……どうして俺を庇ったんですか?」

 

 落ち着いてきた頃合いを見て、彼は質問する。

 

「どうしてって、当然でしょう。庇わなければルディは死んでましたよ」

「だからって、ロキシーが庇う必要はありませんでしたよ!」

 

 その言葉に彼女はムッとした表情となる。

 どうしてそこまで否定されるのか分からないのだ。

 感謝されたかった訳ではないが、それでも「ありがとう」の一言があればこの話は終わる筈だった。

 

「幸いにも今回は大丈夫でしたけど、ロキシーが死んでいても可笑しくなかったんですよ!?」

「……ルディ、わたしは邪魔でしたか?」

「そういう訳じゃないですけど……ロキシーが苦無に刺されて毒に侵された時、俺は本当に怖かったんです」

「それを言えば、ルディが死んでしまうかもって思ってわたしも怖かったですよ」

 

 先ほど言ったように、彼女が庇わなければ苦無はルーデウスに刺さっていた。

 その場合、残念ながら解毒剤を入手することは出来なかっただろう。

 この毒に致死性があったのかどうかは不明だが、ロキシーは何も出来ずに見守ることになっていた筈だ。

 寧ろ、自分が傷付くことよりそうなる方が怖かった。

 

「ルディ」

「何ですか?」

「以前にも言いましたが、わたしのことを過大評価し過ぎてるように思えるんです」

 

 ロキシーはどうしてそこまで自分のことをそこまで評価しているのか理解出来なかった。

 家庭教師としてルーデウスを育てたが、彼は自分と出会った時にはもう無詠唱魔術を扱っていたのだ。

 

「わたし以外の魔術師が教えていたとしても、ルディはきっと今と同等の実力に至っていたと思います。

 それこそ、家庭教師がいなくても独学で成長していたでしょう。

 だからこそ、分からないのです。

 どうしてわたしのことを尊敬しているのですか?」

 

 言葉にはしていないが、ルーデウスの態度からは崇拝とも言えるほどの尊敬の念を感じていた。

 以前に聞いた時は神だからとかそのように濁されてしまったが、今回こそハッキリ聞きたかった。

 いくら思い出しても分からないのだ。自分は何か特別なことをしただろうかと。

 むしろ、リベラルの方が上手に教えていた筈だ。

 

 今回のこともそうだ。

 確かに庇ったことによって負傷したが、致命傷ではなかった。短剣には毒が塗られていたが、それは結果論である。

 ルーデウスはロキシーが傷付くことを過剰に恐れていることは誰の目からも明らかであった。

 自分の身よりも、彼女のことを優先しているのだ。

 

「…………」

 

 ルーデウスは何か躊躇うかのように言葉に詰まっていた。

 けれど、やがてポツリと口にする。

 

「俺にはどうしても出来ないことがあったんです」

「出来ないことですか?」

「はい、誰にも出来なかったことです」

 

 彼が思い返すのは、その時の場面だ。

 今にして思えば、なんと下らないことだろうとすら感じること。けれど、パウロやゼニス、そして生前の両親や兄弟にすら出来なかったことだ。

 

「俺は、外へ出ることに心的外傷(トラウマ)があったんです」

 

 何を馬鹿な、なんて思うかも知れないが、当時の彼は本当に庭より先に出ることが出来なかった。

 

「……どういうことですか?」

 

 彼女の疑問も当然だろう。

 当時出会ったルーデウスは幼かったものの、とても大人びた姿も見られた。

 魔術の才能も発揮し、両親からも愛されて育てられ、何不自由なく過ごしているように見えたのだから。

 

 ルーデウスはその先も話すかどうかを迷う。

 迷ったが、隠し事なく話すことを決めた。

 

 

「俺には、ルーデウス・グレイラットとして生を受ける前の記憶があります――元々はこの世界の人間じゃないんです」

 

 

 本来であればその告白がされることはなかった。

 墓場まで持っていく秘密であった。

 

 けれど、リベラルによる未来日記の影響や、転生していることを知ってる人物が増えたことによって、隠したいという気持ちが和らいでいたのである。

 それによって、ルーデウスは己が転生者であることを開示することになった。

 

「転生する前の俺は、イジメられたことが原因で引きこもりになってました」

「…………」

「誰かと関わることが怖かったんですよ。だから外に出られなくなったんです」

 

 結局、変わることが出来ずに死んでしまうことになる。

 情けない人生であり、人を呪うことしか出来なかった。

 

 

「――俺は、この世界が実は夢なんじゃないかって思ってたんです。

 だって、都合が良過ぎると思いませんか?

 新たな生を受けて人生をやり直せるって。

 前世の知識があって、魔術に対する才能もあって、平和に過ごせて。

 以前とは違い、誰よりも優遇された環境にいたんです」

 

「生前、俺は家の中ででもんもんとしながら何度も妄想しました。何度も夢に見ました。

 夢の中の俺は超人ではありませんでしたけど、人並みでした。

 人並みに、自分のできることをやっていました。

 一人で生きていくことができていました。

 けれど、夢は醒めました。

 

 もし一歩でも家の外に踏み出せば、この夢も覚めてしまうかもしれない。

 夢が覚め、あの絶望の瞬間に戻ってしまうかもしれない。

 後悔の波に押しつぶされそうな、あの瞬間に………」

 

「夢じゃないことは分かってました。

 わかっているのに、俺は一歩も踏み出せなかったんです。

 心の中ではどれだけやる気になっても、本気になると口で誓っても……身体は決して付いてこない」

 

 

「そんな俺を――ロキシーが外に連れ出してくれたんです」

 

 

 それは大したことではなかったのかも知れない。

 彼女が外に連れ出したのも、単に聖級魔術の影響を受けない場所に移動するためのものだ。

 そこに深い理由はなかった。

 

 けれど。

 それでも。

 ルーデウスはその行動に救われたのだ。

 

「……それは、別にわたしでなくても最終的に出来ていたのではないですか?」

 

 彼女の疑問はもっともだろう。

 だが、ルーデウスは首を横に振った。

 

「ロキシーは、誰にもできない事を、やってのけたんです。

 生前、両親も兄弟もできなかったことを。

 ロキシーがしてくれたんです。

 無責任な言葉でなく、責任ある勇気を与えてくれたんです。

 だから俺は――ロキシーを尊敬してるんです」

 

 それが、尊敬の理由だった。

 彼女だけにしか成し得なかった行動だ。

 

「……そう、ですか」

 

 ロキシーは照れるかのように顔を俯ける。

 転生だとか、色々と沢山な情報があって混乱もしているが、それでも自分の行動がルーデウスの救いになったことは分かった。

 

「次は俺の番ですよ。何で俺を庇ったんですか?」

 

 ルーデウスの話はこれでおしまいだ。

 ロキシーが傷付いて欲しくない理由は十分伝わっただろう。

 

「何でって、ルディのことが大切だからに決まってるじゃないですか」

「――――」

 

 彼女はなんてことないかのように告げた。

 まるで告白のような台詞なのに、特に恥じらう様子も見えない。

 

 けれど、ルーデウスはスッと受け入れた。

 リベラルから聞いた通りだ。

 ロキシーは純粋な好意を向けてくれている。

 

 思い返せば、何でここまでヘタれていたのだろうと思う。

 ロキシーは身体を張ってまで自分のことを助けようとしてくれた。

 そして、シルフィエットもそうだ。

 今回は関与していないが、以前のヒトガミに関することでとても助けられた。

 

(俺は、何でふたりの気持ちから逃げてたんだろうな……)

 

 そう思うと、気が楽になった。

 ヒトガミを倒すためだけに頑張る。

 それもいいだろう。

 けれどルーデウスはまたひとつ、本気で生きる人生の目標を見つけた。

 

「ロキシー。相談があります」

「何ですか?」

「シルフィにも告げるつもりではあるんですけど――」

 

 だからこそ、自然とその言葉を告げることが出来た。

 

 

「――俺と結婚してくれませんか?」

 

 

 ロキシーも、シルフィエットも幸せにすることだ。




宣言通り更新した俺えらい!でも見返してないから誤字脱字あったらごめんね!

Q.VSオーベール戦。
A.MVPはレオです。闘気のバフとデバフがなければパウロは普通に返り討ちにあってました。デバフのお陰でオーベールの動きは鈍り、ルーデウスも朧十文字を回避することが出来ました。

Q.聖獣レオの能力。
A.独自設定です。ヒトガミですら手を出すことの出来ない守護魔獣なので、それ相応の力があると思い付け足しました。

Q.パウロ。
A.現在は三大流派全て聖級です。彼の強みは作中で説明したように、本能的に最適解を選ぶことです。合理で動かないためミスもありますが、三大流派を状況に合わせて使い分けられるため、どのような場面にも対応出来るようになりました。それによって実力は王級のレベルに到達しています。

Q.解毒剤。
A.オーベールが使うのは一種類だけであり、かつ致死性のあるものではありません。全ての苦無に毒を塗ってますが、どちらかと言えば相手の隙を作るためのものです。
逃走する際に瓶を優先しなくても問題はありませんでしたが、そのことを知らないためオーベールを追うことが出来ませんでした。

Q.ルーデウスの告白。
A.ヘタレウス・グレイラットは消え去りました。原作よりも転生者であることを知ってる人物が多いため、隠したい気持ちは控え目になってました。そしてしれっとシルフィとも結婚することを告げてます。
ヒトガミ打倒以外の目標を手にした彼は、これからも本気で生きていくでしょう。


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10話 『披露宴の始まり』

前回のあらすじ。

パウロ「北帝を撃退したぜ」
ロキシー「どうしてこんな私をそこまで尊敬してるのですか?」
ルーデウス「ロキシーとシルフィエットと結婚する」

あけましておめでとうございます。今年も完結目指して更新していきたいと思います。
執筆が遅いですが、のんびり見守ってくださると幸いです。


 

 

 

「――ということがあったんです」

 

 スペルド族の村の治療と、ソーカス草の入手。そのふたつの目的を無事に果たしたリベラルは、無事にラノアへと帰還する。

 そこで彼女がいない間に起きていた出来事を、ルーデウスから聞いていた。

 

「北帝が暗殺しに来た、ですか……」

 

 そのことにリベラルは首を傾げる。

 ヒトガミの仕業であることは明白だが、かなり強引に盤面を進めようとしている印象だ。

 遠い国から遥々暗殺のためだけに来ても失敗することは明白なのに、何がしたかったのだろうか、という感じである。

 とは言え、話を聞く限りあと一歩というところまで手を伸ばしていたことも事実。

 そのことに彼女は顔をしかめていた。

 

「……後でオルステッド様とも相談してみましょう」

 

 異国の地での暗殺の何が難しいのかと言われれば、支援者がいないことが大きな理由だ。

 見知らぬ土地で1から情報を集めるとなると、多大な時間が掛かる。

 それに、オルステッドやリベラル、聖獣レオがいるとなると、潜入や変装も困難だろう。

 にも関わらず、一直線にアリエルの元へと向かい、逃走も手際良く行えたとなると、内通者がいるとしか思えなかった。

 

 もちろん、この街の隅々から末端の人間全てを知ってる訳ではないので、絶対に紛れ込んでいないとは言わない。

 しかし、明らかにリベラルとオルステッドのいないタイミングを狙われていたのだ。

 更に言えば、アリエルの行動まで知られていたと思われる。でなければ、生徒会室に真っ直ぐ向かわないだろう。

 そうなると末端の人間ではなく、アリエルやルーデウスに近しい者……ラノア大学の誰かがヒトガミの使徒である可能性があった。

 

 詳しく調べておく必要があるな、と考える。

 念のため、ザノバやクリフなどの特別生たちが使徒になってないかの確認も必要だろう。

 オルステッド曰く、彼らも使徒になる可能性があるとのことなのだから。

 

「まあ、その話は一旦置いておきましょう」

 

 オルステッドはまだ帰ってきていないため、相談は出来ない。

 ここで悩んでいても一向に分からないため、北帝のことは後回しとする。

 今回は全員無事だったので、素直にそのことに安堵してもいいだろう。

 それに、リベラルの方は無事に目的を達成できたのだから。

 

「ソーカス草で作ったお茶です。ルディ様も飲みますか?」

「あー、いえ、今は喉が乾いてないので大丈夫です」

 

 ソーカス草はそれなりの量を持ち出したため、ストックに余裕がある。栽培もしていくため、他者に振る舞うだけの余裕があった。

 ルーデウスは遠慮していたが、既に彼の家族にもお裾分け済みである。

 ナナホシには後ほど飲んでもらう予定だった。

 

 そしてスペルド族の村であるが、そちらは無事に疫病が完治することとなった。予想通り、ドライン病だったのである。

 ソーカス草を飲んだスペルド族は、体調が回復していったのだ。もちろん全員ではないものの、経過は良好となっていた。

 医師団の者たちもしばらく残って治療してくれるとのことなので、恐らく大丈夫だろう。

 

 ルイジェルドはしばらくスペルド族の手伝いをするとのことで、残ることになった。

 その際にオルステッドの味方をするようにお願いしておいたため、将来的にも心強い存在となってくれるだろう。

 スペルド族は感謝しながら、仲間になってくれることを約束してくれた。

 オルステッドもきっと喜ぶ筈だ。

 

 リベラルはニマニマ笑みを浮かべながら、報告するときのことを考える。

 

「そして……遂にヘタレウス・グレイラットを卒業しましたか」

 

 結婚パーティの招待状を受け取ったリベラルは、からかうかのようにそう告げた。

 それに対し、ルーデウスも調子に乗りながら答える。

 

「この度――シルフィエットとロキシーのふたりと結婚することになりました!」

 

 まさか同時に結婚するとは思わなかったが、とても喜ばしいことだ。

 シルフィエットやロキシーとは付き合いもあるので、彼女も一安心である。

 

「もうヘタレウスとは呼ばせない。俺はリア充になったんだ!」

「ヒューヒュー! ハーレムだ!」

「いやー、リベラルさんお先に悪いですね! 俺みたいに良い相手見つけて下さいね!」

「は?」

「大丈夫ですよ。リベラルさんならきっと見つけられますって」

「うわ、マウントうっざ」

 

 イラッとしたリベラルは、彼の腕をつねる。

 手加減してつねったとはいえ、彼女の握力はゴリラ並だ。

 ルーデウスは「いだだだだ!!」と叫びもがく。

 しばらくして何とか謝罪の言葉を絞り出したことで、リベラルは渋々解放するのであった。

 

「ふぅ……マイホームを用意しましたので、そちらでパーティをする予定です」

 

 詳しく話を聞けば、本来の歴史と同様に『狂龍王』カオスの家をマイホームにしたようだ。

 人形も見付けたし、そこからも魔導鎧や義手の作成に再度取り掛かることにしたとのこと。

 順調に本来の歴史を辿ってくれていることに安心しつつ、更に話を聞いていく。

 

「マイホームを用意したのであれば、パウロ様とは別の場所で暮らすんですか?」

「いえ、みんなと話し合ったんですけど、一緒に暮らすことにしました。母さんのこともありますから」

「あー、そうでしたね……治療はあともう少しなので待ってて下さいね」

「期待してます」

 

 そういう事情であれば、仕方ないだろう。

 ルーデウスは前世とは違い、家族の大切さについて理解したのだ。出来る限りの手助けをしたい気持ちがあるのだろう。

 リーリャやパウロに全て押し付けて出て行くのは出来なかった訳だ。

 

 しかしまあ、親がいることで子作りし辛い環境になった訳だが、そこまでリベラルが気にするのは無粋だろう。

 本来の歴史通り、彼らの子どもが無事に生まれることを祈るしかない。

 

「参加者は誰を予定してるんですか?」

「父さんたちと、特別生のみんなと、アリエル王女、リベラルさんです」

「オルステッド社長は?」

「え? あの人は呪いがあるから人前に出るのは無理なんですよね?」

「まあそうですけど、招待されたらきっと喜びますよ。周りに配慮してコッソリ様子を窺うだけにするでしょう」

「そういうことでしたら」

 

 オルステッドは孤独に生きてきたので、こういった催しに招待されたことはほとんどないだろう。

 孤独である辛さは彼女も知ってるので、是非とも招待してほしかった。

 

 そして省略されているが、特別生枠にジュリやエリナリーゼも当然入っている。

 

「静香は来るって言ってましたか?」

「招待状は受け取ったので、来ると思いますよ」

「それは良かったです」

 

 彼はリベラルとナナホシの関係性を深くは知らないため、随分と気にかけてるように見えるだろう。

 ルーデウスは同郷ということもあるため、彼女の言いたいことは分からないでもなかった。

 

「仲良いですね」

「ルディ様も仲良くして上げて下さいね。表には出さないでしょうけど、きっと喜んでますから」

「ふたりが百合百合してたら挟まっていい?」

「それは死刑です」

「そんなー」

 

 という訳で、彼女は招待状を受け取るのであった。

 

 

――――

 

 

 パーティ当日。

 リベラルは真っ直ぐ会場には向かわず、ナナホシの元へと向かっていた。

 どうせなら彼女と共に行きたかったのだ。帰郷の気持ちが強いので、この世界の人とはあまり仲良くしようとしないだろう。

 しかし寂しがり屋であることは知ってるので、放っておく気はなかった。

 

 いつもの研究室まで足を運ぶと、ナナホシは丁度身支度をしているタイミングであった。

 そのためもうしばらく待つと、彼女は扉を開けて出てくる。

 

「……待たせたわね」

「早めに来ましたからね。気にしてませんよ」

 

 ナナホシは暖かそうな服をたくさん着込み、モコモコしていた。部屋から出ることが少ないので、寒さには弱いのだろう。

 迷わないようにリベラルがリードしながら、会場へと向かっていく。

 

「結婚なんて……ルーデウスは、本気でこっちで生きていくつもりなのね」

 

 抑揚のない声で、彼女はポツリと呟く。

 帰りたいナナホシからすれば、その気持ちは分からないのだろう。

 リベラルも彼女を帰すことを目的としているため、そのことを否定するつもりはない。

 

「転生と転移ですからね。私やルディ様は帰ったところで居場所はありませんから」

「……それもそうね。ごめんなさい」

「謝る必要はありませんよ。私もルディ様も、帰りたい気持ちを理解してるからこそ、手伝ってるんですから」

 

 ルーデウスは昔とは違い精神的に成長しているため、ナナホシの気持ちに寄り添った考え方が出来るようになっている。

 同郷であるため、互いに邪険に思っているということもないだろう。

 

「大丈夫ですよ静香。元の世界に必ず返してみせますから」

「……ありがと」

「まあ、私は何も手助けしてないんですけどね。ハッハッハ」

「…………」

 

 ジトッとした目をしたナナホシに無言で腕をつねられ、リベラルは「痛い痛い」ともがきつつ謝罪をする。

 とはいえ、手伝えない理由については説明されてるため、文句を言うことはない。

 ただウザかったのでつねっただけである。

 

「今回は素直に祝いましょう。私にとってはカワイイ弟子で、あなたにとっては友人なのですから」

「……そう思ってるから参加するのよ」

「わー! 素直な静香かわいいー!」

「毎回どういうテンションで言ってるのよ。情緒不安定なの?」

 

 相変わらずナナホシの前では様子がおかしくなるリベラルに呆れつつ、ふたりはパーティ会場へとたどり着いた。

 家の前でまごつくこともなく、ノックをするリベラル。

 少しすると、ルーデウスが出迎えるのであった。

 

「ようこそ、本日は来てくださりありがとうございます」

「ふたり同時に結婚するとは思わなかったわ。でも、その……おめでとう」

「おお、ありがとよナナホシ。今日はゆっくりしていってくれ。ポテチとかも用意したからな」

「あなたも作れたのね」

「芋を薄く切って油で揚げて塩をまぶすだけだしな」

 

 地球でのおかしがあることで、少しだけ嬉しそうなナナホシ。それだけでも来た甲斐があったのだろう。

 頬が緩んでいることがふたりの目からも分かった。

 

「それに、リベラルさんも来てくれてありがとうございます」

「私は君が生まれた時から、君のことを知っている。来るのは当然でしょう」

「黒幕ムーブですか?」

 

 そんなやり取りをしつつ、奥へと進んでいく。

 中にはクリフとエリナリーゼ以外の人が来ており、各々で会話をしていた。

 ルーデウスは準備もまだあるため、軽く会話をすると離れてしまうのであった。

 リベラルが周りを見渡していると、ザノバがすぐに反応して近寄ってくる。

 

「おお、リベラル先生! お久しぶりです!」

「りべらるせんせ。こんばん、は」

「リベラル殿、お久しぶりです」

 

 彼以外にもジュリとジンジャーのふたりが挨拶をしてきたため、彼女も挨拶を返す。

 

「聞きましたよザノバ様。この家でカオス様の遺品を見つけたらしいですね」

「耳がお早い。見つけたのは人形だったのですが、そこから色々な着想を得ることが出来ましてな……」

「ほうほう、今度見に行ってもいいですか?」

「断る理由も御座いません! 是非いらして下され!」

 

 ザノバは上機嫌な様子だ。

 彼からしたらルーデウス以外に自分の芸術を理解してくれる人物なのだから、好感度が高いのだろう。

 彼の視線がリベラルの隣へと向く。

 

「それとそちらは……」

「……サイレントよ」

 

 ナナホシは無愛想に答えるだけだった。

 しかしザノバはそれに気にした様子を見せない。こう見えて彼は人の機微を読み取ることが出来るので、そっとすることを選んでいた。

 

 リベラルはナナホシに耳打ちをする。

 

「静香、ザノバ様は行き詰まった研究に新たな視点を教えてくれます。少しくらい仲良くして損はないですよ」

「……あなたが教えてくれたらこんなに回りくどいことをしなくてもいいのに」

「私が全部教えたら、失敗する原因が分からないまま完成してしまいますからね」

「ハァ……」

 

 彼女は面倒そうにしつつも、リベラルの言葉に従いザノバの元へと行くのであった。

 

 その姿を見送りつつ、リベラルは本来の歴史で起きる出来事を思う。

 時期は違うものの、研究の第一段階に躓くことになるナナホシは、感情を決壊させて暴れ回った後に諦観してしまうのだ。

 今回はリベラルという未来からの存在がいるためそうなってはいないが、それでも小さくない絶望を味わうことになるだろう。

 リベラルは転移装置の開発に大きく干渉しないことにしているが、ナナホシの絶望した姿は見たくない。

 

 転生前のことを思えば当然だろう。

 リベラルはナナホシの最期を見てしまっているのだ。

 この世界では、彼女を一度たりとも絶望させるつもりはなかった。

 

「…………」

「リベラル様、ご健勝なようで何よりです」

 

 そうして物思いに耽っていたところに、アリエルたちが挨拶をしてくる。

 

「あ、アリエル様どうも。勧誘は順調ですか?」

「順調ですよ。ルーデウス様は無事に引き入れることが出来ましたし、フィリップの方も順調に味方を増やしているそうです」

「それは良かったです」

「これも全てリベラル様のご助力による賜物ゆえ……」

 

 実際にどう思っているのかは不明だが、リベラルの手助けが大きいことは事実だ。

 ルーデウスはともかく、フィリップがアスラ王国で味方を増やしているのは非常に大きく助かっているだろう。

 表立って動けないものの、それでもいるのといないのとでは大違いだ。

 更に言えば、北神が護衛についてることも心強いだろう。北神によってフィリップが暗殺される可能性が非常に低くなっている。

 北帝オーベールなどの奇抜派に関しては、北神カールマンが居たからこそ生まれた派閥だ。

 彼らも暗殺しろと言われてもやり辛いだろう。

 

「先ほどの方はどなたか教えて頂いてもよろしいですか?」

「彼女はサイレント・セブンスターですよ。と言っても政治方面には絶対に関わってくれないと思いますが……」

「そうですか。それでも数々の素晴らしい功績を残された方です。お話だけでもよろしいでしょうか?」

「それを止める権利は私にありません。ここにいる以上、誰かに話し掛けられることは覚悟してるでしょう」

「それでしたら、失礼します」

 

 そう告げたアリエルは、護衛を伴ってナナホシの元へと向かっていった。

 話し掛けられているナナホシは、相変わらず無愛想で自分から口を開こうとはしないものの、反応は必ずしている。

 この様子なら大丈夫だろうと安心するのだった。

 

 ザッと周りを見渡せば、リニアとプルセナもいた。

 しかしそのふたりはリベラルと視線が合うと、縮こまるかのようにコソコソと視線を逸らすのであった。

 どうやら以前のパンツ騒動でコテンパンにされたことがトラウマのようだ。

 おちょくりに行こうかと思ったが、リベラルに声を掛けてきた存在がいたため諦める。

 

「リベ姉さん!」

「ん? あぁノルン様。しばらく見ない間に大きくなりましたね」

「?? 何を言ってるんですか? お母さんの治療をしに来る時に毎回顔を合わせてますよね?」

「まあそうなんですけど、何となく言っただけです」

 

 彼女の言う通り、治療の際には彼らの家族と顔を合わせている。

 そのため、別に久し振りでも何でもないのだが、ちゃんと顔を合わせながら言葉を交わすのが久し振りに感じたため言ったのだ。

 

「それよりも、今回の結婚どう思います?」

「どう、とは?」

「シルフィ姉さんとロキシーさん……ひとりを選ばずふたり同時に結婚するなんて、不誠実と思いません?」

「あー……そうですね……」

 

 ノルンはミリス教徒であるため、今回の結婚に対して反対とまでは言わないものの、不満があるようだった。

 リベラルは今でこそ多様性を受け入れてるので不快に思うことはないが、現代社会の常識が残っている頃であれば同じ感想を抱いただろう。

 なので、彼女の思いを理解することは出来る。

 

「本人たちが納得してるのであれば良いんじゃないですか? ミリス教徒ではないですし」

「それは、そうですけど……」

「ゼニス様やリーリャ様のことも思い出して下さい。あの方々はブエナ村で文句を言ってましたか?」

「言ってはいませんけど……」

「それなら良いじゃないですか。シルフィ様やロキシー様が不満を溢したりしていれば、その時にガツンと文句を言ってやりましょう」

「……うん、そうですね。そうしてみます」

「その時は私も一緒に文句を言いますよ」

 

 ノルンはその言葉に納得したようで、力強く頷いていた。

 

「ところでアイシャ様とリーリャ様は? 姿が見えませんが、やはりお手伝いでもされてるんですか?」

「そうですよ」

「それなら後で挨拶するしかないですね」

 

 リベラルは最近のアイシャのことを思い浮かべる。

 リーリャはともかく、アイシャはリベラルに対して完全にお客様モードになってしまったため、会話が上手く弾まないのだ。

 教育の賜物でキッチリ線引をするようになったからこそだが、ルーデウスの前で見せる姿を見ると羨ましく感じてしまう。

 息ピッタリにやり取りし、以心伝心してるかのような姿が見られるので、リベラルも同じことをしたい限りである。

 

 アイシャの立ち位置としては、自分の父親を治療してくれる医者という形になるので、丁寧に接するのは当たり前であるのだが……。

 まあ、そんなことを愚痴っても仕方ないだろう。

 気を取り直したリベラルは、ノルンと共にパウロの元へと向かうのだった。

 

「よおリベラル! 飲んでるかー?」

「お父さん! まだ始まってないのに何で飲んでるんですか!」

「かてぇこと言うなよノルン。息子の晴れ舞台だぜー? 無礼講だよ」

 

 傍に近寄ると、酒気を帯びた顔でパウロはそう告げる。

 まだ完全に酒は回ってなさそうであり、ほろ酔いといったところだろう。

 上機嫌な様子にノルンは呆れつつも、それ以上の文句は言わない。

 

「なあゼニス。別にいいよなー?」

「…………」

「ほら、母さんもいいってよ」

「いや、言ってませんよね!?」

 

 隣にいたゼニスに語り掛けるパウロに、ツッコミを入れるノルン。

 とはいえ彼の言うように、言葉にはしていないもののどことなく喜んでるように見えた。

 

 リベラルはゼニスの正面に行き、目線の高さを合わせる。

 長らく彼女を見てきたため、魔眼を使わずとも

言いたいことは何となく読み取れるようになったのだ。

 

「ゼニス様、こんばんは」

「…………」

「ふふ、ルディ様も成長しましたよね。本当にあっという間です」

「…………」

「もちろん私も嬉しいですよ。小さい頃から見てきましたからね」

「…………」

 

 ゼニスは微笑んだ。

 僅かな表情の変化だったが、それでも明らかであった。

 そのことにパウロとノルンは目を見開き、更に声を掛けていく。

 家族だけの時間にした方がいいだろうと判断したリベラルは、そっとその場から離れていくのであった。

 

 そのタイミングで新たな人物が到着する。

 エリナリーゼとクリフだ。

 アイシャに案内されてきたふたりは、キョロキョロと参加者と席を確認している。

 席へと座る前に、リベラルは歩み寄った。

 

「こんばんは」

「あらリベラルじゃないですの。こんばんは」

「リベラル? なんだ一体?」

 

 着席前にやって来たことに不思議そうな表情を浮かべるクリフにアイコンタクトを送りつつ、エリナリーゼへと視線を合わせる。

 その様子にクリフはハッとした様子を見せた。

 恐らく以前のやり取りを思い出しているのだろう。

 彼の想像通り、リベラルはそろそろ己の家族と向き合う覚悟を決めていた。

 

「今夜は月が綺麗ですね」

「……? いきなりどうしましたの?」

「後でお話ししたいことがあります。いつでも構いませんので時間を開けてもらってもいいですか?」

「あらあら、告白ですの?」

「そうですね……告白みたいなものです」 

「いけませんわ! わたくしにはクリフがいますの!」

 

 腕を抱き、腰をクネクネさせるエリナリーゼに、クリフは思わず口を挟んでしまう。

 

「リーゼ、そういう意味じゃないと思うぞ」

「んもう、分かってますわよ。ただのスキンシップですわ」

 

 そう告げた彼女は別の方を見る。

 視線の先にはシルフィエットがいた。

 

「わたくしの用事が終わった後でしたら構いませんわ」

「分かりました。用事の後にお願いします」

 

 タイミングはいつでもいいため、リベラルはその言葉に了承する。

 それを傍で見守っていたクリフは何の話をするのか理解したため、エリナリーゼの隣に並んで口を挟む。

 

「リベラル、僕も一緒に聞いていいか?」

「もちろん構いませんよ。クリフ様はエリナリーゼ様を支えると誓ったんですから」

 

 そのやり取りにエリナリーゼは目を白黒させる。

 自分だけ事情を理解していないのだから仕方ないだろう。

 後で話をすることになったため気になってはいたが、彼女は口にすることなく席へと向かっていった。

 

 参加者全員が揃ったため、ルーデウスとシルフィエット、ロキシーの3人が前に出てくる。

 彼は本日の主役なので、音頭を取ってくれるのだろう。

 飲み物のコップも行き渡ったところで、彼は咳払いをひとつし、口を開いた。

 

「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。

 改めて宣言致しますが、私ルーデウスと、こちらのシルフィエットとロキシーのふたりと結婚することになりました」

 

 ルーデウスは緊張しているのか、顔を真っ赤にしなが喋っていた。

 人前で喋る経験も少ないため指先が震えていたが、ふたりが手を握りサポートする。

 微笑ましい光景だ。

 

「ひとりだけを愛しないことに言いたいことがある人もいると思う。けど、俺はふたりを幸せにしたい」

 

 赤面していたルーデウスだったが、徐々に臆することなく言葉に力が宿っていく。

 

「今までの俺は、空っぽだった。明確な目標もないままがむしゃらだった。

 道に迷ったり、答えに迷ったり、生き方に迷ったり、分からないまま過ごしていた。

 20年も生きてない若造だけど……色々と苦労もしたと思う。

 けど、そんな俺を支えて助けてくれたのがふたりなんだ。

 だから俺は、ふたりに恩返しがしたい。

 ふたりを幸せにすることが、俺の目標になったんだ」

 

 彼は周りを見渡した後、フッと笑みを浮かべる。

 

「まあ、なんだ。

 俺は、ふたりとやっていく。

 何かあったら力になってくれ。よろしく」

「当たりめぇだろ! 俺の息子の行く末に、乾杯だ!」

「乾杯!」

 

 既に酒を飲んでいたパウロが、酒盃を持ち上げた。

 それに合わせて、全員が酒盃を持ち上げる。

 

 こうして、ルーデウスの結婚を祝う会食が始まるのであった。




「あ、オルステッド社長が窓から覗いてる」フリフリ


Q.やっぱりヒトガミの使徒がどこかにいる?
A.いるんじゃないでしょうか。知らんけど。

Q.社長。
A.披露宴に誘われてますが、呪いのこともあるため会場には入らずコッソリ中の様子を窺ってます。描写はしてませんがそれに気付いたリベラルが手を降っていたり。

Q.パウロたち引っ越しするのか。
A.作中の説明通り、ゼニスの介護のためです。彼らは仲が良いので現実の姑問題のようなことに発展することは皆無です。快く了承しています。

Q.パウロの借金。
A.闇金リベラルくんから借りてるため、最終的に身体で支払うことになります。

Q.リベラルが助けた親衛隊はどうなった?
A.つなぎで冒険者をしており、ルード傭兵団が出来たらそちらに移籍することになりました。

Q.今ってどれくらいの時期なの?
A.原作だとゼニスの救出のため転移迷宮に潜ってるくらいの時期ですが、かなりアバウトに時間が過ぎてるのであまり参考にはなりません。


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11話 『祝言』

前回のあらすじ。

ルーデウス「披露宴しますんで来てね」
参加者「おk」
リベラル「みんなと会話もしました」

書きたい描写を思いついた時ほど書けない状況という悲しみ。そのせいで書こうと思っていたのと違う感じになっていく。あると思います。
あと余裕ぶっこき過ぎて国家試験の模試がヤバいめぅ。勉強も頑張ります。


 

 

 

 我先にと肉に群がるリニアとプルセナに呆れつつ、リベラルも食事に手を付け始める。

 今回は調理を何も手伝っていないため、シルフィエットとロキシーがメインで食事を用意したのだろう。

 リーリャとアイシャは補助に回っただけのようだが、本来の歴史と違い人が増えたことで豪華なものになっていた。

 

 参加者がルーデウスたちに挨拶を順番に行っているのを眺めていると、エリナリーゼの番の際に離れていく姿を確認する。

 恐らくシルフィエットがエリナリーゼの孫かも知れない、という話をするのだろう。

 リベラルが関わる必要もないため、気にせず料理へと視線を向けた。

 

「中々、見た目もいいですね……と?」

「にゃ?」

 

 ご飯に手を伸ばすと、同じものを食べようとしていたリニアの手と重なる。

 彼女は相手がリベラルであることに気付くとギョッとした表情を見せるが、すぐに牙を剥き出しにして威嚇し始める。

 背後でプルセナも「ファックなの」と口にしていた。

 どうやら以前にパンツを取られたことがトラウマになっているようだ。

 それでも舐められないように虚勢を張っている姿は微笑ましくもあるだろう。

 

「ふ、ふん、あちしのの方が早かったにゃ! だからこれはあちしのにゃ!」

「そうなの。これはリニアのであって私のじゃないの。だから私は関係ないの」

「ちょっ!? プルセナも欲しいって言ってたじゃにゃい!」

「知らないの」

 

 勝手に潰し合いをし始めたふたりを放置し、リベラルは狙っていた食事を口にする。

 普段から食べている自身の料理とは違うものの、それでも十分過ぎるほどの美味しさだった。

 彼女は頬を緩ませながら他のものも食べる。

 

「んー、おいしっ」

「プルセナのせいで取られたにゃ!」

「美味しいの」

「にゃんでお前も食べてるにゃ!」

 

 再びご飯を取ろうとしたリニアの手を、リベラルはブロックする。

 今日の彼女は酒も入り、気分が良かったのだ。

 少しばかり猫とじゃれたい気分だった。

 

「邪魔にゃ!」

「無駄です」

「美味しいの」

 

 パクパク食べているプルセナを他所に、リベラルはひたすら彼女の邪魔を続ける。

 龍神流の技術を駆使しているリベラルに対し、素人同然のリニアが勝てる筈もなかった。

 どんどん減っていくお目当ての肉を前にして、彼女は焦りを見せ始める。

 

「ちょ、ほんとやめろにゃ!!」

「そうなの。やめるの。あ、これも美味しいの」

 

 楽しくなってきたリベラルはしばらく続けていたが、料理を運んで来たリーリャによって止められてしまうのであった。

 

「リベラル様、そろそろお戯れは……」

「あ、はい。すみません」

 

 今の彼女は客という立場である。

 あまりやり過ぎてグレイラット家に迷惑を掛けるわけにいかない。

 本来の歴史ではバーディガーディが好き勝手やっていたのだが、彼とリベラルでは関わっている時間が違う。

 彼女は魔王とは違い、分別のある淑女なのである。

 

 背中を見せて離れていくリベラルに対し、リニアが中指を立てていたが見なかったことにしておく。

 最終的に自分を一切助けてくれなかったプルセナと喧嘩をし始めたが、彼女には関係のない話だろう。

 そこにルークが仲裁しに行き、ついでに口説き始めたのでカオスな空間となってしまっていた。

 

「リーリャ様、挨拶が遅れて申し訳ございませんね」

「いえ、謝る必要はありません」

「何言ってるんですか。ブエナ村からの仲じゃないですか」

「はぁ」

 

 気安く肩を叩くリベラルに、呆れた表情を浮かべるリーリャ。

 最近は真面目な様子だったが、昔はノルンやアイシャに自分の母乳をどうにか飲ませようとしていた変人なのだ。更に言えば、絶対に採用されると豪語していたボレアス家のメイドに不採用される始末。

 当時のことを思えば、かなりマシになっているのかも知れない。

 

 近くを通り掛かったアイシャもリベラルに気付き、隣へとやって来るのであった。

 

「あっ、リベ姉! ご飯の味どうだった? 今回は補助だったけど、教わったことは活かしてみたんだよ!」

「アイシャ、お客様の前です」

「リベラル様に教わった味付けをしました。お口に合いましたか?」

「グッドでした」

 

 本日は無礼講のためか、お客様モードではなく砕け気味のアイシャ。そのことに彼女は感動を覚えつつ、親指を立ててサムズアップするのであった。

 リベラルも満足するほどの十分な料理を作ることの出来た彼女は「やったー」と喜ぶ。

 そんなふたりのやり取りに、リーリャは小さく溜め息を溢すのであった。

 

「まあ、他のも色々と食べさせてもらいますよ」

「期待してていいからね!」

「それじゃあ期待してます」

 

 片付けや飲み物の補充があるため、アイシャは一言挨拶をして離れていく。

 その後を追うように、リーリャもお辞儀をして離れるのであった。

 そのふたりに手を振りながら見送ったリベラルは、再び料理に手を付け始める。

 地球で食べたことのあるようなものもあるため、他の参加者も満足気だった。

 

 周りの様子を窺えば、ナナホシはジュリと共にポテトチップスを貪っている。本来の歴史と違いバーディガーディがいないため、邪魔されることなく味わえてるようだ。

 他の誰かがナナホシに話し掛ける姿も見られるが、意外にも柔らかく応対していた。

 恐らく転移装置の開発がある程度上手く進む保証があるため、心に余裕があるのだろう。

 余裕があるのはいいことなので、リベラルはソッと見守ることにした。

 

「リベラル、終わりましたわよ」

 

 そんな風に黄昏れていた彼女へと、エリナリーゼが声を掛けた。隣にはクリフも付いてきている。

 どうやらルーデウスたちへの挨拶は終わったようだ。

 本来の歴史通り、シルフィエットに祖母であることを告げたのか、目元が少しだけ赤い。

 態々そのことを指摘する必要もないため、

 

「……分かりました。少し、離れましょうか」

「ええ」

 

 3人で隣の部屋へと移動し、向かい合う。

 まだ口を開いてはいないが、クリフが緊張した表情で見守っていた。

 

「それで、何の話ですの?」

「……色々と世間話を交えつつ、と思いましたが告白と言ったので素直にお伝えします」

 

 まわりくどくしてしまうと、ちゃんと伝えられずに有耶無耶にしてしまいそうだったのだ。

 リベラルは少しばかり怖かった。

 拒絶されるかもしれないだとか、そういうことではない。

 自分の告白が原因で、今の幸せな時間を壊してしまうんじゃないかという不安があったのだ。

 もちろん、考えすぎであることは分かっている。

 それでもエリナリーゼは大切な存在だから、僅かでも不安要素があるのが嫌だった。

 

「かなり前……フィットア領で私と出会った時のことを覚えてますか?」

「覚えていますわ」

「あの時にいなくなった妹と貴方が似ているという話をしたかと思います」

「しましたわね」

「いなくなった妹というのは、貴方のことなんです。エリナリーゼ」

「……え?」

 

 エリナリーゼはキョトンとした表情をする。

 思っていた告白内容と違ったのだろう。

 

「……どういうことですの?」

「記憶を失う前の貴方を知っているということです」

「それは……本当ですの?」

「本当ですよ」

 

 態々そのような嘘を吐く意味はない。

 リベラルの言葉が真実である理解した彼女は、神妙な面持ちとなる。

 

「どうしてこのタイミングで言おうとしましたの?」

 

 エリナリーゼの疑問も当然だろう。

 伝えるタイミングはいつでもあった。

 最初に出会った時はともかく、大学に通っていたのだから言えた筈だ。

 

「……どうしてなのかは、分かりません。ただまあ、これはエゴです。過去から離れられない私のエゴです」

 

 そう。

 リベラルは自分本位だった。

 龍鳴山でエリナリーゼの眠りを見届けた時、そのまま記憶を失うことを知っていた。

 けれどそれを放置したのはリベラルだ。

 今の状況を作り出すために、彼女は不干渉を貫いた。

 助け出せるタイミングがあったのに、それも放置した。

 ルーデウスやナナホシの誕生に必要なことだっからだ。

 こうして告げようとするのも、罪の意識があるからなのかも知れない。

 

「……昔の話、聞きますか?」

「…………」

 

 エリナリーゼは逡巡する。

 しかしすぐに口を開いた。

 

「いいえ、今はいいですわ」

 

 彼女はリベラルの内心を見抜いたかのように、アッサリとそう告げるのであった。

 

「……どうしてですか?」

「なんとなくですわ」

「なんとなく、ですか」

 

 先程の意趣返しと言わんばかりに、ウインクをするエリナリーゼ。

 

「そんな顔で告げようとしても怖いですもの」

 

 確かに彼女は自身の過去を知りたいと思っている。取り戻したいと思っている。

 けれど、リベラルはどこか怯えている様な表情だったのだ。

 自分は許されるのだろうか、という気持ちが透けていた。

 

 それに、と続ける。

 

「今はルーデウスを祝う場。長話するものではありませんでしてよ」

 

 その言葉に唖然とした表情を浮かべるリベラル。しかしすぐにふっ、と笑みを見せた。

 エリナリーゼの言う通りである。

 ここは暗い話をする場ではないし、そもそもエリナリーゼにとっては朗報でもあるのだ。

 それならば、明るく話すべきだろう。

 

「そうですね……その通りです」

「あと、これはまだ誰にも告げてないことですけれど……私とクリフも、近々結婚する予定ですの」

「へ?」

「ああ、リーゼの言う通りだよ」

 

 ふたりの言葉に、今度はリベラルがキョトンとする番だった。

 結ばれることは未来の知識によって知っていたものの、まさかこのタイミングで告げられるとは思わなかったのだ。

 

 エリナリーゼは彼女の両肩に手を乗せ、顔を向き合わせる。

 

「わたくしはリベラルの義妹……ですのね?」

「少なくとも、私はそう思ってます」

「でしたら、良いじゃありませんこと?」

 

 どういう意味か、そう言葉にする前に彼女が口を開く。

 

 

「――わたくしは今、幸せですわ」

 

 

 かつて龍鳴山で見たことのある笑顔を浮かべ、エリナリーゼは告げた。

 

「記憶がありませんので、リベラルがどうしてそのような表情を見せていたのかは分かりませんわ」

「――――」

「でも今は……恋人は出来て、友人の晴れ姿を見て、孫の結ばれる場面も見れて……とても、幸せですの」

 

 確かに苦労してた過去もある。

 自らであるが、盗賊の慰み者になったこともある。

 呪いが原因で、同胞たちから追い出されたこともある。

 それでもエリナリーゼは、ここで笑って過ごすことが出来たのだ。

 

「リベラルが何に思い悩んでいるのかは分かりませんわ。でも……今この場で思い悩んでる人は居ませんわよ」

 

 その言葉に思い返せば、暗い表情を浮かべている者は誰もいなかった。

 

「ほら、しゃんとしなさいな――貴方は銀緑なのでしょう?」

「――――」

 

 エリナリーゼの言葉は、スッとリベラルの胸の中を透き通っていった。

 彼女のことで思い悩んでいたことが、バカバカしくなるかのようだった。

 

 リベラルは銀緑だ。

 自分のエゴで様々なものを見捨ててきた。

 今までも、そしてこれからもそれは変わらないだろう。

 ヒトガミの打倒と、ナナホシの帰還のために取捨選択していく。

 

 目の前にいるエリナリーゼは、その最初の被害者だった。

 それでも彼女は笑ってくれてるのだ。

 それならいいじゃないか。

 今はその事実を喜ぼう。

 

「ふふ、本当は昔の記憶戻ってるんじゃないですか?」

「あらあら、わたくしはいつも説教じみた事ばかり言ってましたの?」

「……いいえ、そんなことはありませんでしたね」

 

 見つめ合うふたりは、静かに笑った。

 

 

――――

 

 

 会場に戻ったリベラルは、お酒を飲みながら周りを見渡す。

 エリナリーゼに言われたことを脳内で反芻していた。

 

「幸せ、ですか」

 

 勝手に保護者づらをしていたが、そんなことをする必要はなかった。

 もしも龍鳴山でエリナリーゼの先に助けていれば、どうなっていたのだろうかと考えてしまう。

 今のように笑って過ごしてくれるのか。それとも嫌なことが起きてしまうのか。

 しかしそれは結局なところ、タラレバでしかない。

 オルステッドのように時間を回帰しない限り、起こり得ない世界だ。

 リベラルには関係のない世界である。

 

 お酒をもう一杯飲み込み、全員の表情を眺めていく。

 

 アリエルはあまりお酒を飲んでないようだったが、普段よりも柔らかく見えた。護衛たちも緊張している様子はない。

 ザノバやジンジャーも変わらず元気そうだ。

 リニアとプルセナは言うまでもないだろう。美味しいご飯に夢中だ。

 クリフとエリナリーゼはイチャイチャしつつ過ごしている。

 ナナホシはジュリとひたすらポテトチップスを頬張っていた。何だかんだで仲良くしているようだ。

 リーリャは忙しそうにしながらも満足気だし、ノルンとアイシャは喧嘩なく過ごしている。

 

 そしてリベラルの介入で一番変わったのは、パウロとゼニスだろう。

 パウロはお酒が入った影響か分からないが、いつの間にか泣いていた。

 そのパウロに手を添えながら、ゼニスは微笑んでいる。

 あのふたりは結婚式を見ることも出来ず、結局パウロは亡くなってしまう。

 そう考えると、今の方がとても幸せそうだ。

 

 泣いているパウロをおちょくるルーデウス。

 そんな起こり得なかった世界を見れて、良かったと彼女は思う。

 

「よぉリベラル〜! ルディのよ、こんな姿見れるなんて思わなかったんだよ〜!」

「そうですね……私も、思いませんでした」

 

 いつしか酔っ払ったパウロが傍へと近付き、肩を組みながら話しかけてくる。

 リベラルはお酒を再度飲みながら静かに頷く。

 そこにノルンが「もうっ」なんて言いつつやって来る。

 

「ちょっとお父さん、お酒飲み過ぎ!」

「こんな日くらいいいじゃねぇかよノルン! でも、ルディだけじゃなくてお前もいつかは結婚するのか……良い相手はいるのかよ〜?」

「酔いすぎてるみたいだから、ほらっお水飲んで!」

「おお、ありがとうよ〜」

「リベ姉さんも、お父さんがいきなりごめんなさい!」

「構いませんよ。こんな日なのですから、無礼講です」

 

 介抱しながら離れていくふたりを傍目に、リベラルは心地良く過ごしていく。

 

 転移事件後のブエナ村を見て、彼女は罪悪感に苛まれた。

 他者が原因ならともかく、自分が原因で起こしたようなものだから、それは当たり前の話だろう。

 防ぎようがなかったものの、もっとやりようがあったのだから。

 

 けれど、エリナリーゼの話を聞いて、そして皆の顔を見て、その罪悪感は和らいだ。

 彼女の言う通りである。

 幸せに過ごせているなら、それで十分だろう。

 

 いいじゃないか、エゴでも。

 自分が居なければ、この光景を見ることは出来なかった。

 失敗もあったし、失ったものもあった。

 けれど、助けられた人は増えた。

 それはきっと、素晴らしいことなのだ。

 失ったものばかり見ず、残ったものを見るべきだろう。

 

「…………」

 

 お酒を飲み干したリベラルは、ほろ酔いしてきた思考のままルーデウスを視界に入れる。

 エリナリーゼとのやり取りや、転移事件のことを考えていたため挨拶するのを忘れていたのだ。

 空になったグラスをリーリャへと渡した後、彼の元へと近付いていく。

 

「ルディ様」

「あ、リベラルさん。席を外してたみたいだったけど大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫でしたよ。むしろ外してしまって申し訳ないです」

 

 せっかくの祝いの場なのに、私的な理由で外すのは頂けないだろう。

 今日以外のタイミングでも良かったなと、彼女は反省する。

 

「リベラルさん、今日は機嫌良さそうですね」

「うん、ちょっと酔ってる? 珍しいよね」

 

 隣に居たロキシーとシルフィエットの言葉に、彼女は苦笑しつつ答えた。

 

「それだけ私の気が緩んでるということですよ」

「そっか。それなら良かった」

 

 そう言いつつ、リベラルは改めてルーデウスへと向き直る。

 小さい頃から見てきたが、今では立派な青年だ。

 五千年という時間を掛けてようやく成長している自分とは違い、数十年という短期間で心身ともに大きく成長していた。

 元々は日記越しでしか知らなかったが、それでもリベラルはその時から彼のファンだったのだ。

 そう考えると、今のルーデウスの姿は感慨深いものがあった。

 

「ルディ様、貴方は今幸せですか?」

 

 唐突に投げかけられた質問に、ルーデウスたちはキョトンとする。

 けれど、シルフィエットとロキシーのふたりと視線を合わせたルーデウスは、頷き合うと口を開く。

 

「もちろんですよ。俺は今――幸せです」

「それなら良かったです」

 

 色々とウジウジ悩んでいたが、その答えにリベラルは安心する。

 

 

 これからもきっと、思い悩むことは沢山あるだろう。

 だけど、それが失敗だったのかは分からないのだ。

 エリナリーゼのことや、転移事件の件然り。

 リベラルは被害の少ない人にしか聞いてないのだから、良い言葉が出てくるのは当然なのだ。

 もしも沢山のものを失った人に聞けば、反対の言葉が飛び出るだろう。

 

 だが、彼女は銀緑だ。

 今更止まるつもりなんてない。

 屍を乗り越えた先に、目指すべき未来があるのだ。

 

 それでも――今くらい思ってもいいだろう。

 

 

「ああ、そう言えば言い忘れてましたね」

 

 

 ――私の選択は間違ってなかったと。

 

 

「結婚、おめでとうございます――貴方たちが幸せを歩んでいく姿を、これからも見守らせてもらいます」

 

 

 だからこそ、胸を張って彼らにこの言葉を送ることが出来る。

 

 

 

 

 六章 “結ばれし友人に祝言を” 完

 

 

――――

 

 

 ナナホシが帰るため、リベラルも一緒に帰ることにした。

 日本とは違い、安全とは程遠い世界だ。

 危ないのでひとりで行かせる訳にいかないだろう。

 

 そういうことでふたりで並んで帰っていたのだが、ポツリとナナホシが言葉を溢す。

 

「結婚、ね」

「羨ましいですか?」

「……分からないわ。そんなこと考える余裕もなかったから」

 

 溜め息を吐きながらそう告げる彼女に、リベラルは酔いながらあくどい顔を見せる。

 

「でも、私は静香の好きな人を知ってますからね」

「……何で知ってるのよ」

「ふふふ、未来の貴方から聞いたからですよ」

 

 年寄りになるまで共に過ごしたのだ。

 恋バナのひとつやふたつくらい普通にするだろう。

 ナナホシのことは、ナナホシよりも知っている自信が彼女にあった。

 

「篠原 秋斗……でしたっけ? たくさんのお話を聞きましたからね」

「ハァ……私はまだまだ帰れないんだから、その話は止めてくれる?」

「むぅ、仕方ないですね」

 

 無理にその話をしても傷付けてしまうだけだろう。

 大人しく引き下がったリベラルだったが、そのタイミングで物陰から気配を察知する。

 すぐにナナホシを手で制して立ち止まった。

 

「な、なに? どうしたの?」

「これは……暴漢ではなさそうですね」

 

 物陰からした気配の動きを待つ。

 すると、オルステッドが現れるのであった。

 内心恐怖を感じていたものの、その姿を認めたナナホシは安心するかのように溜め息を吐く。

 

「オルステッド? どうしたの?」

「楽しめたか?」

「……はい。楽しめました」

「そうか。ならば良かった」

 

 それだけ聞くと、立ち去ろうとするオルステッド。

 それをリベラルが呼び止める。

 

「何だ?」

「あの、私にも何かないんですか?」

「……楽しめたか?」

「めっちゃ楽しめました」

「そうか。報告は後で聞こう」

 

 端的な会話だけをし、オルステッドは立ち去っていった。

 その様子にリベラルはやれやれと言わんばかりの仕草をし、ナナホシへと向き直る。

 

「オルステッド様はコミュニケーション能力が足りないと思いません?」

「貴方も大概足りないわ」

「…………」

「ほら、帰るわよ」

「あ、はい」

 

 こうして、披露宴は終了した。




推敲どころか見直しすら無しです。色々ミスってたらすみません。

Q.エリナリーゼ。
A.記憶は戻ってませんが、それでも満足して過ごしてます。くりふらぶ。

Q.オルステッド。
A.普通に披露宴を外から見てました。ナナホシが帰ったので彼も帰りました。


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七章 禍福は糾える神の如し
1話 『遠く離れた地にて』


前回のあらすじ。

エリナリーゼ「わたくし、幸せですわ。だから無理に過去のことを告げようとしなくても構いませんわ」
リベラル「周りの皆を見てセンチメンタルになってました。あ、あとルディ様結婚おめでとうございます」
オルステッド「招待されたから一応様子は見ていた」

今回から新章で不吉な副題ですが、基本ほのぼのとする予定です。あまり長くなる予定はありませんが……日常的な話って終わりがないから上手いこと区切らないと長引いてしまうんですよね。逆に短過ぎる、なんてことになる可能性もあります。
今章は「この話とこの話をしたいな」、と思ってるだけでプロットは最後以外出来てないので、冗長にならないよう気を付けます。


 

 

 

 アスラ王国。

 王宮のとある一室にて、ふたりの人物が向かい合っていた。

 ひとりは、北帝オーベール・コルベット。

 もうひとりはダリウス・シルバ・ガニウス。

 彼らはラノア王国での顛末を報告していた。

 

 全ての報告を聞き終えたダリウスは、溜め息をひとつ溢す。

 

「そうか。アリエルは始末出来なかったか」

「申し訳ありませんなぁ。思った以上に手練れがおりました故に」

「ふん、仕方ない。無茶な依頼をしていたことは儂も自覚しておる」

 

 ダリウスはこの国を支える上級大臣だ。

 馬鹿ではない。

 失敗する可能性が高いことは分かっていたため、そのことで怒ることはなかった。

 しかしその言葉を聞いて疑問に思うのはオーベールである。

 

「失敗を予想していたのならば、某が行く必要はなかったのでは?」

 

 それは当然の疑問だろう。

 彼のしたことは、無駄に兵力を減らしただけだ。

 確かに暗殺が成功する直前までは行けたので、全部が無駄だとは言わない。

 けれど、貴重な北神流の使い手を失ったことは確かだ。

 

「まあそう言うな。情報は正しかったのだろう」

「それは確かにそうであったが……」

 

 釈然としない表情を見せる彼に、ダリウスは言葉を続ける。

 

「オーベール、銀緑や龍神は度外視するとして、もしももう一度暗殺をするとなれば可能性はあるか?」

「……某ひとりであれば、不可能である」

「そうか」

「先ほど言ったように、手練れがおりますからなぁ」

 

 彼が思い浮かべるのは、ルーデウスたちとの戦闘だ。

 あのふたりと一匹が揃っているタイミングで勝つことは出来ないだろう。

 

「『魔術王』は近接戦闘もある程度熟せていた。まさか某の『朧十文字』を防ぎ切るとは思いもしなかった……」

「それほどか?」

「少なくとも、剣術は聖級の実力がありましたな」

 

 別に聖級程度であればオーベールも問題なく倒せるのだが、ルーデウスは後衛である。

 真正面から距離があれば、恐らく接近することは出来ないだろう。

 それに加え、観察力も高い。

 変装や潜伏も見破られる可能性があるのは厄介だろう。

 

「そしてその父親のパウロ・グレイラット。あの男も厄介ですな。天才剣士と呼ばれていたようだが、誇張ではなかった……」

 

 情報では三大流派が全て上級ということだったが、明らかにそれは間違いだった。

 高く見積もっても聖級程度だったのだが、実際にはパウロは王級の実力者だったのだ。

 三大流派を修め、全ての状況に対応し得る汎用性の高さは、魔術師であるルーデウスとの相性が非常に高いのである。

 

「そうか……アリエルの暗殺は難しそうだな」

「遠方に態々暗殺者を送り込まない方が無難でしょうなぁ」

「アリエルはいずれアスラ王国に来るだろうが……道中で始末しようにも、銀緑と龍神がいる以上難しいか」

「そのお二方のことは知りませんが、まあ無理でしょう」

 

 オーベールは七大列強の実力をよく知っている。

 自分たちの長である北神が七大列強なのだから当然だろう。

 不可能とは言わないが、困難であることは確かだ。

 それならば、政治的な方向からアリエルを抹殺する方が利口である。

 

 そのことを思い、発言するものの、ダリウスはしかめっ面であった。

 

「……フィリップが厄介なのだ」

 

 リベラルの手によってアスラ王国に送り込まれたフィリップだが、ずっとダリウスの妨害を行っていた。

 力の失った彼だったが、地道に力と信頼を取り戻していき、第一王子派の貴族を取り込んでいってるのだ。

 

 もちろん、そのことに気付いてからはすぐに始末しようとした。

 けれど、それは出来なかった。

 

「…………なるほど。それは仕方ありませんな」

 

 ご愁傷さま、と言わんばかりに同情の目を向けるオーベール。

 それに対してダリウスは文句も言わずに受け入れる。

 

「……何故フィリップの元にあれほどの戦力がいるのだ? どうなっている?」

「さあ……それは某にも分かりませんな」

 

 ふたりが脳裏に思い浮かべるのは、フィリップの元にいる護衛たちだ。

 

「北神二世は某の師。このお方だけでも勝つことは難しいが……いつの間にか北帝ドーガまでおりますからな」

「北帝ドーガか。門番をしていたのにどうしてこうなっている……全く、忌々しい限りだ」

「十中八九、師が呼び出したのであろう」

 

 その事実に溜め息を溢すしかないだろう。

 北神と北帝が揃っているだけでも厄介だと言うのに、それ以外にも戦力がいるのだ。

 

「そして剣王クラスがふたり……とんでもない戦力としか言えませんな」

 

 剣王クラスは、言うまでもなくギレーヌとエリスのふたりである。

 特にエリスに関しては、ダリウスの戦力に大きな被害を与えていた。

 剣神流と北神流を複合させたかのようなその剣術は、誰も対応出来ることなく一方的に葬られることになっていた。

 

 戦場でのその苛烈な性格と獅子奮迅の活躍を見た者は口を揃えて言った――『獅子王』エリスと。

 

 彼女には奇抜派北神三剣士の北王ウィ・ターと、ナックルガードも敗走という結果になっている。

 そのことから一対一で打ち勝てるのは恐らくオーベールくらいだろう。

 

 つまり、フィリップの元には北神、北帝、剣王、獅子王と王級以上が4人も揃っているのだ。

 暗殺しようにも返り討ちに遭うのは仕方のないことだった。

 水神もダリウス陣営にいると言えるが、動かせる戦力ではない上に、暗殺は不得意な剣士だ。

 現在のダリウスの戦力では、フィリップを止めることはほぼ不可能であった。

 むしろ、何故一個人がそれほどの戦力を保有してるのだと嘆きたい気分だ。

 

「儂がフィットア領の立て直しに力添えしてやったというのに、恩知らずな奴らめ!」

 

 机を叩き、怒鳴るダリウス。

 それを傍目に、オーベールは冷静に尋ねる。

 

「これからどうなされる?」

「…………」

 

 どちらの暗殺も無理であるなら、ダリウスが政治方面から圧力を掛けて頑張るしかないだろう。

 それをサポートするために彼は尋ねたのだが、ダリウスは黙ったままだった。

 まあ今すぐに考えることは難しいか、と思いオーベールは立ち去ろうとするのだが、彼はポツリと口を開く。

 

「……神が言っておったのだ」

「神はなんと?」

「アリエル王女はラノア王国で死亡するとな……」

「……やれやれ、信心深いことですが……今は神頼み以外もしてくれませんかねぇ……」

 

 呆れた表情を浮かべ、オーベールは立ち去っていった。

 

 残されたダリウスは、自分の発言が馬鹿馬鹿しいことなど承知している。

 アリエルが勝手に死ぬのであれば、何のためにオーベールを暗殺させに向かわせたのだという話だ。

 もちろん、そのことについて――夢の中で出てきたヒトガミなる存在に尋ねた。

 

『オーベールを向かわせたのは、ただの保険さ。ボクの計画が失敗した時のためのね』

 

 結局、そのような言葉を告げられた。

 その事実にダリウスは悔しさで胸一杯だった。

 つまり、ただのついでで己は利用されたのである。

 

 けれどそれ以上に、衝撃的な言葉を残していくことになった。

 

 

「――『銀緑がアリエルたちを皆殺しにする』、か。そんな馬鹿なことがあり得るのか……?」

 

 

 ヒトガミの残したその言葉は、到底信じられるものではなかった。

 銀緑の名は、ダリウスも知っている。

 ラプラス戦役にて赤竜王サレヤクトを討伐した偉人だ。

 その実力は、七大列強の上位に匹敵すると噂されている。

 しかし政治面に関してはペルギウス以上に関わることなく、表立った話を聞かない人物だ。

 そんな人物が今更何故、という疑問が尽きない。

 

 否、もしかすると、銀緑こそがヒトガミのいう内通者の可能性がある。

 しかしそうなると、態々オーベールを向かわせず今すぐにアリエルたちを始末すればいい話。

 そうしないのは何故なのか。

 どこか不可解さの残る助言であったのだ。

 

「……まあよい。儂はアリエルが死ななかった時のことを考えねばな……」

 

 疑問を口にしつつも、すぐに思考を切り替える。

 オーベールの言う通り、神頼みだけをしている訳にいかない。

 神がいようといなかろうと、アリエルを始末することに変わりないのだから。

 

 自分にやれることを行い、第一王子のグラーヴェルを王位継承させることを考えなければならないのだ。

 

 

――――

 

 

 とある部屋の一室。

 そこにフィリップたちはいた。

 

 彼は自身の元に届けられた手紙をシャンドルに検分してもらった後、自身も内容について確認していた。

 その内容を見終わった後、フィリップは呆れた表情を見せる。

 

「まさかプライベートの手紙が届くとはね……」

 

 差出人自体はリベラルだった。

 そのため、以前のような何かしらの指示でもあるのかと思ったが、そんなことはなかったのである。

 中身を拝見すると、ルーデウスが書いたものも同封されていた。

 ご丁寧に自分が結婚したことを報告してきたのである。

 更にエリスも迎え入れたい、といった内容であったのだ。

 

 普通であれば激昂するところであるが、フィリップは貴族であり一夫多妻についての偏見は特にない。

 そのため、エリスを嫁に送ることについての異論はなかった。自身の娘もそれを希望しているのだから。

 ルーデウスにパートナーが出来ていることにエリスが嫉妬しないか、という不安はあるが……隠していても仕方ないので素直に伝えることにする。

 

 シャンドルを伴って外へと出れば、エリスとギレーヌが剣を打ち合っていた。

 途中で声を掛けるのは危ないため、観戦して終わるのを待つ。

 

「らぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁ!!」

 

 模擬戦であるのにも関わらず、闘志を剥き出しにして戦うふたり。

 とてつもないスピードで素人目には何がなんだか分からなかったため、シャンドルに解説をしてもらいながら観戦する。

 

 剣神流は基本的に『光の太刀』をメインに使う。

 その不可避の一太刀を放つことが出来れば、相手に大きなダメージを与えられるからだ。

 だからこそ、剣神流は『光の太刀』を放つ状況を作ることが大切となる。

 故に、剣神流を相手取る時は、如何に『光の太刀』を放てない状況を作り出すかが鍵となるのだ。

 オーベールが良い例だろう。

 彼は本来の歴史にてギレーヌとエリスのふたりを相手に、状況をコントロールすることで翻弄していた。ルーデウスが居なければ、恐らくオーベールが勝利していただろう。

 

「くっ!」

 

 剣神ガルの教えのないエリスは、本来の歴史に比べると光の太刀の速度は遅くなった。

 しかし北神の教えを取り入れた彼女は、格段に“状況を作り出す能力”が高くなっていた。

 

 ギレーヌが自身の間合いを確保する前に、エリスはヒットアンドアウェイを行い着実に妨害する。

 獣のような機動力を持って縦横無尽に駆け回るそのスタイルは、他の剣術にはない北神流の理を汲んでいる。

 それでいて相手への攻勢を許さないそのスタイルは、確かに剣神流の理も汲んでいた。

 

「があぁぁぁ!!」

「っ!」

 

 絶え間ない攻撃にギレーヌが一瞬だけ体勢を崩した隙を見逃さず、エリスは槍のような突きを放った。

 流石にその程度でやられる訳もなく、ギレーヌはその突きを弾く。

 

 北神流奥義『剛鉄山(ごうてつざん)』。

 

 エリスは弾かれた勢いのまま、体重を乗せたショルダータックルを放っていた。

 ギレーヌはまるでトラックに弾き飛ばされたかのように吹っ飛び――立ち上がる前に光の太刀の体勢となっていたエリスが視界に映る。

 ここから回避する術はない。

 苦し紛れに飛び退こうとするが、それよりも先に彼女の太刀が身体を捉える。

 

「……強くなったな、エリスお嬢様」

 

 いつの間にか傍に居たドーガから治癒のスクロールを受け取りつつ、ギレーヌは感慨深く呟いた。

 

「まだ1回しか勝ってないわ」

「それでも、勝ちは勝ちだ」

 

 口をへの字にして納得出来てなさそうな彼女に、ギレーヌは事実を端的に告げる。

 

 今までに何度も稽古による立ち合いをしてきたが、初めてエリスが勝利を掴んだのだ。

 昔の彼女なら、そのことにとても喜んでいただろう。

 けれど合理を理解した今のエリスは、まだまだ足りないものを自覚している。

 更に言えば、このメンバーの中で最も弱いのは自分だ。

 ギレーヌには初めて勝てたが、ドーガとシャンドルにはまだ勝利したことがない。

 たった一度の勝利で喜んでいる訳にいかないのだ。

 

 そんなやり取りを眺めていたフィリップは、そろそろ良いかと思い声を掛ける。

 

「エリス、手紙が来てるよ」

「手紙?」

「ルーデウスからさ」

「ルーデウス!」

 

 フィリップから手紙を受け取ったエリスは、ワクワクした様子で内容を読み始める。

 戦いばかりで文字が読めないかと思われたが、フィリップがちゃんと教えていたため特に問題なく読むことは出来た。

 

 読み進めていく内に、エリスの表情は微妙なものとなり、段々と固まっていく。

 隣にいたギレーヌが声を掛けた。

 

「内容は何だった?」

「ルーデウス、結婚したって……」

「そうか……」

 

 掛ける言葉がなかった。

 エリスがルーデウスのことを好きなのは知っているため、こういうときにどうフォローすればいいのか分からなかったのだ。

 見兼ねたフィリップが代わりにフォローする。

 

「エリス、最後までちゃんと読んだのかい」

「読んでないわ」

「なら、読んでみるといいよ」

 

 自身の父親にそう言われれば、素直に従うしかないだろう。

 すると、エリスとも結婚したい、という文章があったことに気付く。

 

「!!」

 

 嬉しい気持ちが湧き出る。

 しかし複雑な心境でもあった。

 なにせ既に結婚しているのだ。

 自分でもどういう気持ちなのか分からなくなり、思わず眉間にしわが寄ってしまう。

 

 けれど、自分も結婚すればいいだろう、というアッサリした結論に落ち着く。

 父親(フィリップ)を助けるために離れたのは己であり、そしてエリスのことを忘れずにいてくれたのがルーデウスだ。

 今はそのことを純粋に喜ぶべきだろう。

 

「後は、リベラルからも連絡があったよ」

「そう。内容は?」

「ルーデウスもアリエル陣営に付いたから、そう遠くない内にアスラ王国に来るそうだ」

「!!」

 

 その言葉に彼女は嬉しそうに顔を明るくし、けれどすぐに表情を暗くしていた。

 我が娘ながら感情豊かだな、と思いつつフィリップはどうしたのか尋ねる。

 

「だって私、ルーデウスを自分の戦いに巻き込みたくないから離れたのに……」

「エリス。ルーデウスは様々な選択肢の中から、その道を選んだんだ。ならば喜ぶべきじゃないかい?」

「…………それもそうね!」

 

 先ほどの言葉通り、エリスはルーデウスの選択を狭めたくなかったからこそ、彼の元を離れたのだ。

 だけど、ルーデウスが自分の意思でエリスと戦う道を選んだのであれば、それは喜ぶべきことだろう。

 

 実際の事情は知らないし、ただの偶然の可能性もある。けれど、再び一緒に戦えることは素直に嬉しかった。

 むしろ、わくわくする気持ちもあった。

 

「エリスお嬢様、結婚するのか?」

「もちろんよ!」

「そうか」

 

 ギレーヌはどこか安心したかのように、表情が緩んだ。

 まだ安心するには早いが、それでも両者に結婚の意思があるのならば実現するだろう。

 

「フィリップ様は、どう考えてる?」

「勿論、私もそれには賛成してるよ。元から彼に嫁いでもらう予定だったからね」

 

 その言葉に、エリスは赤面する。

 親からの公式な許可が下りたのだ。

 喜んで当然だろう。

 

 フィリップとしても、流石に己の娘を政治の道具にするつもりもなかった。

 ルーデウスの嫁となれば、アスラ王国での貴族同士の盤石な縁結びは出来なくなる。

 それはアリエルを王とした後の活動に影響が出るだろう。出るだろうが……昔ならばともかく、今はそんな気も起こらない。

 全てを捨てて、親を助ける選択をエリスはしたのだ。

 そんな娘を蔑ろにするわけがない。

 それよりも、ルーデウスたちとの繋がりの方が重要になるだろう。

 彼の名声は遠く離れたアスラ王国にも届いている。

 更にアリエル王女の味方になるのならば、政治的な力を手にする可能性もある。

 それならば、エリスの結婚にも大きな意味が出てくるだろう

 

 と、そこまで思考していたフィリップは、首を横に振る。

 物事をすぐ打算的に見てしまうのは自身の悪い癖だ。

 今までの貴族生活で染み付いたものなので、簡単に振り払うことは出来ない。

 でも、今回ばかりは親として純粋に己の娘の幸せを願いたかった。

 

「この戦いが終われば、行くといいさ」

「お父様」

「エリスも、そうしたいのだろう?」

「したいわ」

 

 その問い掛けに、彼女は素直に頷いた。

 とても良い笑顔だった。

 その笑顔を奪うわけにいかない。

 というよりか、政治的に利用しようとしても恐らく無理だろう。

 エリスの現在の強さを考えれば、当たり前の話だった。

 無理矢理ルーデウスの元に向かいそうだ。

 

「それで、アリエル王女たちがこちらに来るのはいつ頃になりそうですか?」

 

 後方から話を聞いていたシャンドルが、質問してくる。

 結婚の話も大切だが、それは戦いが終わった後の話だ。

 今は予定を確認することも大事だろう。

 

「具体的な日数は書かれていないね。だが、ペルギウス様の協力を取り付け次第らしい」

「ふむ、ペルギウスの協力、ですか」

「あの御方はアスラ王国のドロドロとした政治関係を嫌っている。そう簡単に協力はしてくれないだろうね……」

 

 リベラルがいるため、ペルギウスと会うことは出来る。

 しかし協力してくれるかは、アリエルの力量次第だろう。

 ペルギウスまで味方となってくれるのであれば、アリエルがアスラ王となるのはほぼ確定する。

 協力を得られないのであれば……こちらの裏工作次第となるだろう。

 ラノア王国で多くの協力者を付けてるようだが、所詮は外様のものだ。

 アスラ王国での味方をつけない限り、勝利することは出来ない。

 

「まあ、まだ時間は掛かりそうだ。私たちは、私たちに出来ることをすればいいさ」

 

 どちらにせよ、フィリップは行動しなければならなかった。

 ボレアス家は例の転移事件の責任を負わされたことによって、没落してしまったのだ。

 だからこそ、彼はボレアスの名を捨てざるを得なかった。

 ただのフィリップ・グレイラットとなってしまった以上、功績を作らなければ貴族として舞い戻ることは難しい。

 第一王子派閥を唆し、味方にすることで、アリエルが王となった際に有利なポジションに立てるようにする必要がある。

 

 そのためには、フィリップも働かなければならない。

 

「…………」

 

 転移事件が起きて、フィットア領に戻った時、彼は全てを失った。

 そのまま処刑されるのを待つだけの日々だったが、リベラルとの出会いによって全てが変わった。

 あの日、彼女の提案を受けなければこのような未来はなかっただろう。

 少なくとも、エリスの縁談が確定する場面を見ることは出来なかった。

 

「やれやれ、人生とはままならないものだね」

 

 ここまで来たのであれば、エリスの晴れ舞台も見たいものだ。

 そのためにも、休んでいる訳にいかなかった。




安心安全の一発書き。
いつも誤字脱字の報告ありがとうございます。

Q.フィリップの戦力。
A.なんでこんな揃ってるんでしょうね。不思議ですね。

Q.ヒトガミの予言。
A.不吉ですね。知らない間に何かされてるのかも知れません。

Q.フィリップ。
A.久々の登場。原作ではエリスとの会話が多くないせいで口調が分からない。でも今回はエリスの成長を見守る親になってます。

Q.エリスの強さ。
A.エリス=ギレーヌ≦ドーガ<シャンドル。
 機動力高め。戦闘スタイルを他キャラクターのイメージで言えば、リゼロのエルザ・グランヒルテが光の太刀を放ってくる感じ。※イメージなのでどちらが強いとかはありません。

Q.剛鉄山。
A.龍が如くの『酔鉄山』をイメージ。酔ってなくても放てます。
説明通りショルダータックルをしますが、非戦闘職が受ければ死ぬ威力です。

Q.結婚について。
A.エリスは原作でもアッサリ受け入れてたため、こちらでも普通に受け入れます。根底にあるのは、家族が増える喜びです。


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2話 『オルステッドなう!』

前回のあらすじ。

ダリウス「リベラルがアリエルたちを皆殺しにするとかヒトガミに言われた」
フィリップ「久し振りの出番ゲット」
エリス「ルーデウス結婚したのね。でも私にも結婚申し込んできたからヨシッ!」

ずっと喉が痛くて勉強が捗りません。コロナではありませんでした。
暖房つけすぎたことによる乾燥が原因と思いますので、皆様も乾燥には気を付けて下さいね。


 

 

 

 ラノアから少し離れた空き地。

 そこにふたりの人物がいた。

 リベラルとオルステッドだ。

 彼女は己の持つ技術を、龍神である彼に伝授している。

 

 既に幾つもの技を教えており、今は改良した『剥奪剣界』を披露していた。

 初見では術者が動けることに驚いた様子を見せる。

 原理を説明し、何度か見本を見せた後、彼にも実践してもらう。

 当然のように一発で成功するのであった。

 

「なるほど、こうか」

「流石です社長!」

「しゃちょ……まあいい」

 

 オルステッドはリベラルの持つ技術を、まるでスポンジのように吸収していた。

 それは神の血を引くからこそなのか、それとも彼特有の戦闘センスによるものかは分からない。

 しかし、オルステッドは最強の名に相応しい才能があることは確かだった。

 

「これらの技に名前はあるのか?」

「私はネーミングセンスがありませんし、つけてませんよ」

「なんだ、つまらんな……俺が名付けてやろうか? そうだな……」

「名付けるのは構いませんが、全部につけるつもりですか?」

「いや、流石にそこまでの時間はないな」

「それなら、今回は諦めて下さい」

 

 オルステッドは目を細め笑っていたが、リベラルの言葉にどこかションボリした様子を見せる。

 雰囲気だけとも言える変化だが、申し訳ない気持ちになるので勘弁して欲しかった。

 

「まあ、行き詰まった時の気分転換に名付けましょうか」

「そうか、そうだな」

 

 再び柔らかい雰囲気になったことに、リベラルは内心微笑ましく感じる。永い時間をひとりで過ごした体験があるため、彼の気持ちは分からないでもないのだ。

 

 ちょっとだけ面白くなってきた彼女は、その後もわざと拒否したり、逆に受け入れたりと繰り返す。

 態々魔眼まで解放し、感情の揺れ動きを観測して楽しんでしまう。

 そんなことをしていると、最終的にからかわれていることに気付かれ、怒られてしまうのだった。

 

「しかし、よくそこまでの技術を集めたな」

「時間は沢山ありましたからね。知らない技術もあるのなら幸いです」

「ああ、俺の知らないものは多くあった」

「それに、歴史への影響もなかったでしょう?」

「よく調整出来たものだ」

 

 過去に告げたように、リベラルは『魔龍王』としての側面もある。

 即ち、技術の伝授と回収だ。

 彼女は回収しかしていないため、オルステッドの知る歴史と齟齬のない技術しかこの世界にはなかった。

 回収方法も、以前に告げた通りである。

 様々な使い手たちの癖やアレンジしている技術から、新たな技を派生させてきたのだ。

 

 過去にリベラルと戦った際に、初見の技が惜しみなく使われていれば、さしものオルステッドも危なかっただろう。

 様子見もせずに戦ったのだから、初見殺しされる可能性もあった。

 

「それと、これを渡しておこう」

「はい」

 

 オルステッドは身に付けていた腕輪を外し、それをリベラルに渡す。

 腕輪はヒトガミの未来視から守るために、装着した人物を理から僅かに外す力が備わっている。

 本来の歴史ではルーデウスに渡される筈だったそれは、彼女に渡されることとなった。

 

「こういうものは私の得意分野です。量産出来るようにしますので期待しといて下さい」

「任せた」

 

 彼の持つ知識では、その腕輪を量産することが出来なかった。

 しかし長い歴史で失われた技術を持つリベラルなら、可能性があった。

 

 それに、彼女自身も腕輪を作るための知識に当てがあるのだ。

 リベラルがラプラスより賜った腕輪……ではなく、その身に宿す龍神の神玉。

 彼女も理から外れた存在であり、神玉があるからこそヒトガミの未来視から逃れられているのだ。

 そして龍神の神玉をリベラルは龍鳴山で過ごしていた頃から研究しており、ある程度の前知識がある状態だった。

 

「今後はリベラル博士とお呼びください」

「下らんことを言うな」

「さっき社長も『俺が名付けてやろう、キリッ』とか言ってましたよね」

「…………次の話に行くぞ」

「あっ、逃げた」

 

 ふざけていると話が進まないため、素直に言うことを聞く。

 

「俺の呪いについてだが……どうにか出来そうか?」

 

 オルステッドは『他者から恐れられる呪い』があり、それが原因で数多のループで仲間を中々作ることが出来ずにいた。

 その呪いを解消する術を手にすれば、彼の行動の選択肢が大きく広がる。

 仮に負けたとしても、今後は大きなアドバンテージとなるだろう。

 

「呪いについても私の専門です。恐らくどうにか出来るでしょうが……ちょっと多忙になりますね」

「ムッ、それもそうか」

「布石潰しの頻度が落ちますが、どうしますか?」

「ルーデウスもいる。しばらくは任せておけ」

 

 現在のリベラルは、パウロへの鍛錬、ゼニスの治療、魔術の研究、ナナホシの異世界転移装置、ヒトガミの未来視から逃れる腕輪と、多くのことに手を出している。

 ゼニスはもう少しで治療の目処が立つため、流石に手放すことは出来ない。

 魔術研究はヒトガミと戦うために必要となるため、今後もずっとしていく必要がある。

 腕輪は言うまでもないだろう。

 パウロとナナホシの件は優先順位を下げられるが、それ以外は難しい。

 更に言えば、エリナリーゼの呪いについてもどうにかしていく予定を考えているため、多重課題となっている。

 

「まあ、私の腕輪を参考にすればどうにかなるとは思いますし、大丈夫でしょう」

「そうか」

 

 リベラルがラプラスから貰った腕輪は、彼女の恐れられる呪いを抑えるためのものだ。

 もしもこれでオルステッドの呪いを解消できるなら、大きな時間短縮となるのだが、効果については既に確認済である。

 

 ルーデウスとリベラルが龍神オルステッドと組んだことは、当然ながら周囲に伝達している。

 まだ顔合わせしてない者が大半だが、それはさておこう。

 前日にクリフを呼び出し、呪いの説明をした後にオルステッドを見てもらったのだが、残念ながら腕輪の効果はなかったのだ。

 クリフは恐怖に顔を歪めつつ、一緒に研究することを約束してくれた。

 流石はエリナリーゼの婿だ、と称賛しつつ、ちゃっかり人手の確保はしているのであった。

 

「他の方々とも早く顔合わせ出来たらいいですね」

「ああ……そうだな……」

 

 どこか寂しそうな目を見せるオルステッドに、リベラルはふと思ったことを口にする。

 

「オルステッド様は、私にどのような立場でいて欲しいですか?」

「何が言いたい? ハッキリ言え」

「静香の友達である『銀緑』としての私か、それとも――五龍将としての使命を果たす『二代目魔龍王』としての私か」

 

「――――」

 

 彼女の言葉に、オルステッドの雰囲気が変わった。

 鋭い眼光でリベラルを睨み付け、明らかな怒気が見て取れる。

 しかし、彼女はその程度で怖気付くことはない。

 

「私はお父様によって保険として生み出された存在。お父様がいなくなった以上、私は魔龍王を継ぐ立場にあります」

「やめろ」

「もしオルステッド様が望むのであれば、私は心臓を捧げましょう」

 

「――やめろと言っている」

 

 ピシャリと、話は止められた。

 一触即発な雰囲気だ。

 だが、リベラルはフッと笑う。

 

「失礼しました。そうですね、私としても静香を元の世界に帰すまでは『銀緑』でいたいです」

「…………」

「ですが、私が『銀緑』である必要がなくなった時……もう一度お話しましょう」

「…………」

 

 オルステッドは返事をすることなく黙り込んでしまった。

 彼の事情を知ってるため、リベラルも何も言わない。

 

 何度もループして世界をやり直しているオルステッドは、きっと五龍将たちに幾度となく助けられたことだろう。

 だが、ループしていく中で、ヒトガミに至るには五龍将を殺さなくてはならない真実に辿り着いた。

 苦悩したことだろう。

 恩人であり、恩師であり、友人である彼らの屍を乗り越えなくてはならない事実に。

 心が張り裂けそうになっただろう。

 その残酷な運命を呪ったことだろう。

 だからこそ、これ以上の五龍将をオルステッドは必要としていない。

 

 リベラルはそのことを分かっていた。

 分かっていながらそのことを告げたのは、理由がある。

 オルステッドの手足となることをラプラスが望んだからだ。

 故にこれは、父親の願いを叶えるための問い掛けだった。

 

(それに、私も今は銀緑でありたいことは確かですからね……)

 

 リベラルは、まだ伝えてないことがあった。

 それは、自身に宿る龍神の神玉についての詳細だ。

 

 ヒトガミの元に至るためには、五龍将の秘宝が必要である。

 オルステッドは既に3つの秘宝を回収しており、残りはペルギウスとラプラスの持つ秘宝となった。

 ラプラスに関しては約100年近く先のことであり、現在入手出来ないからこそ失敗してループしてしまう最大の原因となっている。

 

 だが、リベラルの持つ龍神の神玉も――秘宝の代用品として使えるのだ。

 

 ヒトガミの権能を防ぐためだけの物ではない。

 文字通り彼女の心臓を捧げることで、オルステッドは今すぐにでもヒトガミの元に至れるのであった。

 それを告げなかったのは、リベラルの我が儘である。

 ナナホシを帰還させるためにこの世界にやって来たため、死ぬのであればせめてその後にしたかったのだ。

 

 ナナホシを帰還させれば――その事実を告げようと考えていた。

 

「さて、と」

 

 リベラルは手をパンッ、と叩き、話を切り替える。

 

「先ほどの話は無かったことにして、次の議題に移りましょう」

「……そうだな」

 

 オルステッドも態々話を蒸し返す気はないため、素直に頷く。

 

「社長の魔力問題についてですが、対応策も考えれたらと思ってます」

「…………そうか」

「……? どうしました?」

「いや、続けてくれ」

 

 当然のように社長呼びを止めないため、オルステッドは呆れた表情を浮かべていた。

 そのことに気付いてないリベラルは、疑問符を浮かべながらも話を続けていく。

 

「社長の魔力の回復速度が遅いのは、ループをするための術式に魔力を使っているからですね?」

「そうだ」

「他者の魔力を充填させて発動することは出来ないでしょうか?」

 

 それが出来るのであれば、一気に魔力関係は解消するだろう。

 もちろん、オルステッドがそのことを試さなかった訳がなかった。

 

「不可能だ。そもそも任意で解除出来るものでもない。途中で死んだとしてもループ出来るよう、常に魔力が使われている」

「でしたら、他所からの魔力を用いて戦闘を行うことは出来ませんか?」

 

 リベラルが思い浮かべるのは、技神ラプラスだ。

 彼は魂を半分に裂かれた影響で、魔力を失った。

 それでも魔石を使用することで最低限の魔力を確保し、己の持つ技術を最大限活かすことで高い戦闘力を保っている。

 

 そのことを思い尋ねたのだが、彼は首を横に振った。

 

「魔石を使えば出来んことはないが……全力の戦闘を行うことは現実的ではない」

「まあ、それで大魔術をポンポン放つことは出来ませんもんね」

 

 もしもそんなことが出来るのであれば、剣士の時代はとうに終わっていたことだろう。

 

「うーん……でしたら電池のように多量の魔力を蓄積させられる魔導具を作れば出来ますかね?」

「ムッ……それは、考えつかなかったな」

「えー、マジっすか社長……」

 

 かなり単純な方法を挙げたため、まさかの返答にリベラルは微妙な表情を浮かべた。

 しかしオルステッドが思い浮かばなかったのも、無理はないだろう。

 電池のようなものを作ったところで、供給が追い付かないのだ。

 特にオルステッドは魔力が回復しないため、自身の力で充電させることが出来ない。

 他者から恐れられ協力を得られない以上、考え付かないのは仕方のない話だった。

 

「じゃあ、それも作ってみましょう。私とルディ様がたくさんの魔力を充填出来ますからね」

「頼む」

「そこまで多量の魔力を回復させた例はないので、実験をしていく必要もありますが」

 

 もしも成功すれば、オルステッドも全力の戦闘を行えるようになる。

 失敗した時は次のループにルーデウスやリベラルがいない可能性が高いため、活かせなくなってしまう。

 それでも有用なのは変わりない。

 開発することが出来れば、ラプラス戦役が発生しても有利に立ち回れるだろう。

 

「取りあえず、研究が必要なものはこれくらいですか」

「ヒトガミの企みを潰すにはもっと必要だが、仕方あるまい」

「流石に時間が足りませんからね」

 

 リベラルの開発は、主にオルステッドそのものの強化であり、布石潰しに直接関係はない。

 布石潰しには特定の魔導具が必要となったりする場面もあるのだが、彼女だけではそこまで手は回らなかった。

 

「以前に言っていた、傭兵団についてはどうだ?」

「ルード傭兵団ですか。あれはリニア様のカリスマによって集められた人選と、アイシャ様の手腕によって成り立ったものですので、現時点では作れないでしょう」

「似たような組織を作れるのならば、そちらでも構わない」

 

 その提案に、リベラルは難しい表情を浮かべる。

 彼女はオルステッドよりも他者との関わりが大きく、紛争地帯にて部下を率いる経験もあった。

 それでも何かの経営をした経験はないため、組織を作ったとしても継続出来るのか不安があったのだ。

 ルーデウスを通してアイシャに経営を依頼してもいいのだが、リニアがいなければ取り纏めることが出来ない可能性がある。

 

「うーん……それでしたらそれまでの繋ぎとして私兵でも作りますか?」

「私兵か。あてはあるのか?」

「アトーフェ様と戦った際に付いてきた親衛隊がいますので、彼らを雇えるかもしれません」

 

 無理やり親衛隊にされた者たちの契約を破壊したため、多くが故郷へと帰っていった。

 リベラルに恩を返すために付いてきた者たちもおり、彼らは取りあえずいつでも呼び出せるように冒険者として放流している状態だ。

 そこまで多くない人数だが、それでもいるだけマシだろう。

 

「ならば、奴らを私兵として雇うか」

「報酬も用意しなきゃですね」

「ルード傭兵団が出来上がるまでの間なら問題ない」

 

 オルステッドは多くの資産を所有しているが、無限にあるわけではない。

 これからも様々な形で金銭を使う可能性があるため、使い過ぎない方が無難だろう。

 やはり金銭を生み出すことの出来るルード傭兵団の方が、コスパが良いのは当然の話だった。

 

「彼らは不死瑕北神流を多少扱えるので、社長が扱えないのでしたら習っておくのもありですよ」

「扱えないものは確かにある。習うのもありか……」

 

 偶々手に入れた戦力であるものの、ルード傭兵団と違ったメリットがあることも確かだ。

 オルステッドにとっては有用であることには変わりなかった。

 

「折角です。ルディ様やその身内も鍛えてみますか?」

「俺がか?」

「もちろん、呪いをある程度軽減してからの話ですが」

 

 その提案に、彼は怪訝そうな顔を見せる。

 

「リベラル、お前が既に鍛えているのだろう。俺まで関わる必要はあるのか?」

「そりゃあ、複数人で教えた方が違う視点が生まれますし、効率的になるでしょう」

「……そうか。ならば俺も教えるとしよう」

 

 そう告げたオルステッドは、どこか嬉しそうな様子だった。

 

「ん、後は私の切り札とかその辺りですかね」

「以前に言っていたものか。構わないのか?」

「もちろん構いませんが……これはオルステッド様に扱えるものではありません」

「ほう」

 

 その言葉に、彼は興味深そうに目を細める。

 まるで試されてるかのような台詞だったため、プライドを刺激されたかのような気分だったのだろう。

 とは言え、扱えないというのは語弊がある。

 扱うのに多大な魔力を要したり、そもそも扱う必要がないのだ。

 

 リベラルは己の持つ切り札、奥の手、禁じ手をそれぞれ説明していく。

 全ての説明を聞き終えたオルステッドは、納得したかのように頷いた。

 

「なるほど……確かに俺では扱えんな」

「それに使い勝手も悪いですからね」

 

 彼女の持つ術は、どれも事前準備を必要とする。

 事前に場所の決められた決戦のような場面なら扱えるが、突発的な遭遇戦には対応していない。

 更に言えば、大きな代償を必要とするため使いたくなかった。

 

 それでも発動さえ出来れば――神刀を抜いたオルステッドですら勝てないだろう。

 

「私は後2回変身を残している……その意味が分かりますか?」

「話が事実であれば、俺の『固有魔術(オリジナルマジック)』の再現に成功しているのだ。変身というのは的を射ているな」

「所詮は劣化コピーでしかありませんが、それでもヒトガミとの戦いに付いていけるとは思います」

 

 彼女の切り札と奥の手は、どちらもオルステッドの『固有魔術』には及ばない。

 だが、神の力を持つふたりの戦いに介入出来るだけの力はあるだろうと考えていた。

 

「そして禁じ手は……ループに影響を及ぼす可能性がある以上、使えんな」

「そうなりますが、本当にどうしようもない状況に追い込まれた時には使いたいと思います」

「仕方あるまい」

 

 もっとも、使わないに越したことはない。

 リベラルとしては、切り札とは使わせられた時点で負けだと考えている。

 それだけ追い込まれているということなのだから。

 故に、予定や計画にそれらは考慮せず進めていく必要があるのだ。

 

「最後は、内通者の可能性についてですかね」

「そうだ。現時点でオーベールが暗殺しに来るということは今までに一度もなかった。それでも来た以上、疑わねばならんだろう」

「はぁー、ほんと面倒ですねヒトガミ」

 

 ヒトガミの使徒は、誰もがなってしまう可能性を孕んでいる。

 ヒトガミの持つ『信頼される呪い』と、彼自身の話術によるものが原因だ。

 

 本来の歴史でもオルステッドが言ったように、ザノバやクリフといった身近な人物が操られてる可能性もある。

 披露宴の際に魔眼を用いて確認はしたためなっていないとは思うものの、魔眼も絶対的なものではない。

 オルステッドの腕輪を量産出来れば解決する問題ではあるが、今はどうしようもないことだった。

 

「疑わしい人の目星とかありませんか?」

 

 今までのループの中で、似たようなことがあったかも知れない。

 そう考えてオルステッドに尋ねるのだが、彼は視線を斜め上にし、考えるポーズを取る。

 

「……いや、この国にそのような人物はいない」

「候補とかもありませんか?」

「ギースはどうだ? 奴が使徒であったことは、俺も知らない情報だった。今は何をしている?」

 

 未来のルーデウスの日記を読んだため、オルステッドは彼が使徒だったことを知った。

 だが、ミリス神聖国で別れて以来、リベラルも彼とは会っていないのだ。

 

「現在は消息不明です。少なくとも、この国には来てない筈です」

「会ったことがあるのならば、何故その時に始末しなかった?」

「魔眼で確認しても、ヒトガミのことを知らない様子だったためです」

「疑わしいのならば、始末するべきだったな……」

「申し訳ございません」

 

 ギースを見逃した理由は、それ以外にもある。

 当時はパウロが落ち込んでいたタイミングだったため、彼を始末するとルーデウスの行動にも影響が出ると考えたためだ。

 パウロからの不信感も高まり、今の環境を作り出せなかった可能性があった。

 

「やはり、ギース様は使徒ですかね?」

「可能性は高いだろう」

「よく私の魔眼からすり抜けたと褒めるべきですかね」

 

 もしもギース以外も可能であるのならば、リベラルの魔眼は役立たずとしか言えない。

 それをフォローするようにオルステッドは口を開いた。

 

「奴には催眠魔術がある。魔力を用いなくとも自分自身を騙す術があるのだろう」

「なるほど……」

「本当に使徒でない可能性も確かにあるが、俺はそうだと考えている」

 

 当時は一切考慮していなかった考えだ。

 自分の失敗を理解したリベラルは、ションボリしてしまう。

 やれやれといった様子で、オルステッドは溜め息を吐きながらも続ける

 

「安心しろ、俺も今気付いたことだ。これまでに尻尾を掴ませなかった理由にも合点がいった」

「……ありがとうございます」

 

 フォローするかのような言葉に、彼女は思わず微笑んでしまう。

 

 だが、彼が言ったことも事実だ。

 今までにギースを疑い、殺したことすらあった。

 それでもギースはヒトガミの使徒であることを隠し通した以上、催眠によって自分自身を騙している可能性が高いだろう。

 むしろ、その情報をもたらしてくれたリベラルに感謝をしていた。

 

「消息が分からないのならば、裏から行動を起こしているかも知れん。ルーデウスにも見掛けたら捕まえるよう伝えておけ」

「分かりました」

 

 他にも、今回起きた暗殺についての狙いを話し合ったりしたものの、結論は出なかった。

 態々この遠い異国に、オーベールを送り込むメリットなんて分かる訳がないだろう。

 アリエルを暗殺する以上の目的があるとは思えなかった。

 

「それとここ最近、布石を潰そうとする俺の元に使徒が現れん」

「それは……」

「ああ、何か仕掛けてくるかもしれん」

 

 オルステッドはこまめに自分の都合のいい状況を作り出そうとしていたが、言葉通り何の妨害もなく行えていた。

 恐らく使徒を別のことに動かしているからだろう。

 数多のループの中で、それをオルステッドは経験したことがあった。

 

「……強力な使徒を一気にぶつけてくるかもしれん。気を付けておけ」

「社長は魔王と剣神と北神をぶつけられたんでしたっけ」

「そうだ。流石に相応の魔力を消費させられた……」

 

 その言葉に、リベラルは今後のことを考える。

 その上で使徒の候補に目星をつけるのだった。

 

「ルディ様を狙った剣神と、消息を絶ったバーディガーディ様が使徒ではないでしょうか?」

「なるほど、そうなると残りはダリウスか」

「状況的にそうかと」

「ならば、内通者はどうだ?」

「……剣神を使徒から外した、とかですかね」

「判断出来んな」

 

 結局、現状の情報だけでは分からないことが多い。

 だが、今上げた人物たちが一気に襲い掛かってくる可能性はあるだろう。

 

「予想通りバーディガーディ様が使徒であれば……闘神鎧は回収されてますかね」

「分からん。俺は闘神とは戦ったことがないからな」

「もし立ちはだかってきたら――私に相手をさせてくれませんか?」

 

 それは、リベラルの切実な願いだった。

 闘神バーディガーディは、父親の仇なのだ。

 闘神は乗り越えなければならない壁である。

 

 もちろん恨みはあるが、私怨だけで戦うつもりはない。

 キシリカの願いもある。

 ならば闘神に勝利することで、ラプラスを超えたことを証明しよう。

 

「いいだろう」

「ありがとうございます」

 

 こうして、話し合いは終了した。




見直しなんてなかった。

Q.リベラル博士。
A.多重課題で死んでます。やること多いので進捗は遅いでしょう。

Q.切り札とかの詳細。
A.まあ、ほとんど答えを告げてますね。古龍の物語を読んだ方なら分かるかと思います。寿命削って使いますので、実戦ではまだ使ったことがありません。

Q.ギースの催眠魔術。
A.ギースが今までオルステッドから使徒認定されなかったのは、これが原因ではないかと考えてます。リベラルにも通用するので、いやらしいこと出来ちゃいます。知らんけど。

Q.社長呼び。
A.将来のオルステッドコーポレーション社長なので、呼んでます。ルーデウスもたまにそう呼ぶため、本人はむず痒く思っている。

Q.ヒトガミの使徒の切り替わり。
A.孫の手様が公開したものが『ヒトガミの使徒』のwikiにありますので、そちらをご参照ください。因みに、自分はそんなものがあるとは知らずに過ごし、そして今日知りました。


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3話 『新たなる誓い』

前回のあらすじ。

オルステッド「オーバワークだが大丈夫か?」
リベラル「大丈夫だ、問題ない(問題しかない)」

喉の痛みがずっと収まりません。
体調にはみんな気を付けてね。
それはともかく。
今回はかなりくどい内容です(保険)。


 

 

 

 基本的には、本来の歴史と同じように穏やかな時間を過ごすことになった。

 

 ノルンが剣術を学びたいということで、パウロとルーデウスから剣術を教わったり。

 ラノア大学にノルンのファンクラブが出来ていたり。

 魔物であるトゥレントにビートという名前が付けられ、家の守護獣にもなっていた。

 また、ジローは元々リベラルのペットだったが、いつの間にかロキシーに懐いてしまう。ラノア大学まで騎乗するロキシーの姿がよく目撃されていたりした。

 ザノバたちは『ザリフの義手』や義足を完成させていたし、ルイジェルド人形の販売も始めていた。

 まだ水聖級だったシルフィエットが、ようやく水王級に至ったり。

 

 パウロから「ルディが3Pしていた」なんて話を聞かされることもあった。

 勘弁して欲しい。

 息子の性事情を何で知っているのかという突っ込みをいれたかった。

 だというのに、あろうことがこの男は、

 

「その間は俺もリーリャとシテたんだぜ。ルディがしてる傍でするのは背徳感あって興奮したけどな」

 

 と気持ち悪いことをのたまうのだ。

 ゼニスに申し訳ないと思わないのだろうか。

 仕方ないため、ゼニスに代わって普段の鍛錬の100倍厳しく扱きまくるのであった。

 

 ルーデウスは18歳となり、リニアとプルセナは卒業することとなった。

 こちらも本来の歴史通り、ルーデウスとナナホシを見届人とした決闘で、プルセナが勝利し族長になることが決定する。

 負けたリニアには悪いが、商人の道を歩んで借金塗れとなり、ルーデウスの奴隷になってもらう。

 最終的にルード傭兵団の取りまとめ役になってもらうので良しとしよう。

 

 話は変わるが、リベラルはルーデウスと会った際、以前のことを忘れずに尋ねた。

 即ち、聖獣レオについてだ。

 レオはオーベール襲来の際は力を貸してくれたものの、未だにルーデウスに対して威嚇してくるらしい。

 

「披露宴の際に、リニアとプルセナにレオと会話してもらいました」

 

 リベラルが見た感じ、特にそのような様子はなかったと思う。

 が、本人がそう言っている以上、気付かない間にしたのかも知れない。

 

「その、えっと……」

 

 ルーデウスは何か言い辛そうだった。

 一体どうしたのかと思ってしまう。

 

「何か……発情しすぎてて臭いから無理、らしいです」

 

 その答えには思わず脱力してしまうのだった。

 まあ、ルーデウスは毎日シルフィエットかロキシーと致してるらしいので、臭いのは仕方ないのかも知れない。

 そんな出来事もあるのであった。

 

「これ、お土産よ」

 

 ナナホシの研究も順調に進んでいき、遂に地球の物質を召喚することに成功もしたらしい。

 デカいスイカを召喚したため、全員に振る舞われることとなった。リベラルもそれを受け取った側の人間である。

 久方ぶりに食べたスイカは、とても甘くて美味しかった。

 

 以前魔大陸から入手したソーカス草のお茶も既に飲んでもらっているため、今のナナホシは体調も悪くなさそうだ。

 特に咳もしていないし、顔色も悪くない。

 その事実にリベラルは安心するのだった。

 

 研究の成果が出たため、空中城塞に皆を招待していた。

 リベラルはしれっと12の使い魔に紛れていたが、誰にも突っ込まれることはなかった。

 悲しい話である。

 

 空中城塞での出来事もあまり変化はなかったが、それでも変わったことはあった。

 ルーデウスがルイジェルド人形の販売許可をこの時点で取ったことと、ナナホシが倒れることなく過ごした点だ。

 もうひとつ大きな点を言うのであれば、シルフィエットの娘であるルーシーがまだ生まれていないことだろうか。

 結婚する時期がズレたため、まだ子宝には恵まれなかったらしい。

 とは言え、パウロの証言によりヤルことはヤッてるので、子どもを授かるのも時間の問題だろう。

 

 リベラルの予想では、ロキシーと近いタイミングで子どもに恵まれるんじゃないかな、と勝手に想像していた。

 それは別に悪いことでも何でもないが、子育てするのが大変そうだな、と苦笑するのであった。

 

 とまあ、本当に本来の歴史に近い出来事しかなかった。

 

 

――――

 

 

 先ほど告げてはいなかったが、エリナリーゼとクリフも結婚をすることになった。

 タイミング的には、シルフィエットが水王級になった少し後くらいだろうか。

 リベラルも結婚式に招待されることとなった。

 

「はぁ……」

 

 一緒に飲みに行こうと誘われ、彼女は酒屋へと同行していた。

 そこで、エリナリーゼは溜め息を吐いていた。

 

「どうしましたか?」

「クリフは、今日も結婚式の準備ですわ」

「いいじゃないですか」

 

 何もおかしなことはない。

 結婚式を行うにはお金は必要だし、人も必要だ。様々な準備を行わなければ、ショボいどころか開催すら出来ないなんてこともあるだろう。

 そのことを考えれば、クリフには頑張ってもらわなければならない。

 

 エリナリーゼは再度溜め息を溢し、口を開いた。

 

「最近クリフが忙しくて、三日に一度しかしてもらえませんの」

「ああ、うん」

「ルーデウスが3P出来るように根回ししたら、なんだかわたくしもムラムラしてきましたの」

「はぁ」

 

 そう言えば、ルーデウスが3Pをするようになった犯人は彼女だったな、なんてことをボンヤリ思う。

 それに、三日に一度ってかなりの頻度でしているような気もするのだ。

 

「パウロからもその話を聞かされて、わたくしとしたことが興奮してしまいましたの……」

「そうですか。でしたらパウロ様は私が懲らしめておきますね」

「お願いしますわ」

 

 前回は鍛錬を厳しくしたが、今回は更に精神的にも厳しい内容にしようと思うのであった。

 

「リベラル。あなたのお肌はずいぶんと綺麗ですわね」

 

 不意に、エリナリーゼは彼女の手を握る。

 そのまま撫でるかのように指先を滑らせ、その感触を堪能していく。

 

「まあ、治癒魔術を応用することで美容効果のある魔術も扱えますからね」

「そうですの? でしたら、わたくしにも掛けて欲しいですわ」

「いいですよ」

 

 そう言いつつ、エリナリーゼの指先は止まらない。

 腕を撫でていたのだが、ゆっくりと移動していき首筋を触るか触らないかギリギリの触り方に変わる。

 

「……あの、触り方がいやらしいんですけど」

「わざとですのよ」

「なるほど、わざとじゃ仕方ない……とはなりませんよ」

 

 スッと後ろに上体を逸らせば、エリナリーゼの手は届かなくなる。

 どこか不満げな表情を浮かべつつ、再び密着してくるのであった。

 

「リベラルは、結婚とかしませんの?」

「妊娠する訳にいかないので、特に考えてませんよ」

「あら、でしたらここは殿方を知りませんのね?」

「ちょっ」

 

 下に手が伸びてきたため、リベラルは流石にそれをブロックする。

 自分からするのはいいのだが、されるのはどうしても慣れない。

 まさか私が今まで抱きまくらにしてきた人たちは、こんな気持ちだったのでは、なんて思ってしまったり。

 

「わたくし、女性もいける口ですわよ?」

「うひゃっ!?」

 

 フッと耳に息を吹き掛けられ、リベラルは情けない悲鳴を上げる。

 そんな姿を見て、エリナリーゼはクスクスと笑うのであった。

 

「冗談ですわ。同性同士なら浮気にならないと思いましたけれど、無理やりはしませんもの」

「こんな情けない姿を見せたのは、一体いつ振りなんだって思いましたよ……」

 

 どうにも調子が狂わされてしまっていた。

 リベラルを相手にここまでベタベタ触ってくるのはエリナリーゼとルーデウスくらいだろう。

 ルーデウスはノリでやってしまってるところもあるが、エリナリーゼに関しては完全に上手に回られている。

 知識だけでは勝てない差がそこにあった。

 

「溜まってますのよ。この程度可愛いイタズラですわ」

「結婚したらもう毎日クリフ様と発散しといて下さい……」

「そのつもりですわ」

「……がんばれ、クリフ様」

 

 ふたりの結婚式では、精力剤でもプレゼントしてあげようと思うのであった。

 

 それにしても、と思う。

 ロステリーナが……否、エリナリーゼが結婚するのは知っていたが、それでも感慨深く感じた。

 ラプラスに拾われ、龍鳴山で過ごして、迷宮に囚われることになって。

 何千年もの時間が経過しながらも、彼女の晴れ舞台が見れるとは思わないだろう。

 

「今日来たのは、以前の披露宴で触れたお話をするためです」

「わたくしもそのつもりで来ましたわ」

 

 彼女もそれは分かっていたのか、あっけらかんと答えた。

 

「クリフからは記憶を取り戻すと戦いに巻き込まれるかも知れないって聞きましまわ」

「まあ、記憶に関しては戻せない可能性が高いですけど」

「それに関しては、構いませんわ」

 

 どうでもいいという訳ではない。

 ただ、記憶を失ってから長い時間が経過したのだ。

 それまでの間に、様々な繋がりや仲間が出来た。パウロたちの『黒狼の牙』もそうだし、孫であるシルフィエットがそうだ。

 だから、もしも辛いことがあるのであれば、無理に思い出す必要はないと考えていたのである。

 今のエリナリーゼは、十分に恵まれた環境にいるのだから。

 

「そう、ですか……」

 

 その答えには、悲しい気持ちもあった。

 けれど、それは喜ぶべき返答でもあるのだ。

 満たされてるからこそ、出て来た言葉である。

 

 もう二度とロステリーナが戻ってこないのかと思うと、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。

 だが、それ以上に嬉しい気持ちがも湧き出てきた。

 己の我儘によって迷宮に囚われる結果となったのに、それでも彼女は自分よりも今を生きているのだ。

 過去に囚われないその姿は、過去に囚われているリベラルにとって眩しすぎた。

 

「でも……何となくですけれど、こうしてリベラルと話してると安心出来ますの」

「安心、ですか」

「ええ。ロキシーやパウロたちとは違う親愛のような、そんな気持ちですわ」

 

 ニッコリと美しい微笑みを浮かべる彼女に、リベラルも自然と笑みを溢してしまう。

 例え忘れていようとも、同じ人物なのだ。

 同じような気持ちを抱くのも当然の話だったのかも知れない。

 

「わたくしは、わたくしですわ」

「…………」

「別に、過去を知っても変わりはしませんわよ」

「……ふふ、それもそうですね」

 

 ウインクをする彼女に、リベラルは納得する。

 エリナリーゼは記憶を失ってから呪いと付き合っていき、たくさん辛い目にも遭っただろう。けれど、それを乗り越え今に至っている。

 

 要は処世術があるのだ。

 嫌なことは嫌なこととして割り切ることが出来る。

 その上で、環境に適応して楽しむだけの余裕があった。

 エリナリーゼは大人なのだ。 

 

「分かりました。でしたら、どうか私の話を聞いて下さりませんか?」

「記憶を失う前のわたくしの話ですわよね?」

「そうです。エリナリーゼ様に聞いて欲しいんです」

「構いませんわ」

「ありがとうございます。では――」

 

 そうして、リベラルは龍鳴山で過ごしていた頃の話をした。

 

 魔龍王ラプラスに拾われた呪子であったこと。

 リベラルの呪いが原因で、中々仲良くなれなかったこと。

 呪いを克服したことで仲良くなったこと。

 ラプラスと喧嘩した際に、話し合う提案をしてくれたこと。

 

 そして――ヒトガミとの戦いのために長い眠りについたこと。

 

「…………」

 

 エリナリーゼは茶化すこともなく、その話を黙って聞いていた。

 やがて全てを聞き終えた彼女は、気負った様子も見せず、カラカラと笑う。

 

「あらあら、わたくしの方が義姉のように感じますわ」

 

 結構意を決して話したのにも関わらず、そのような言葉を告げられた。

 リベラルの目が点になるのも仕方ないだろう。

 

「えっ、全部聞いた感想がそれですか?」

「だって、ラプラスと喧嘩した時も、パウロと喧嘩した時もわたくしがいないと駄目駄目な様子ですもの」

「…………」

 

 悲しいことに、言い返すことが出来なかった。

 どちらの喧嘩もエリナリーゼが仲裁しており、彼女が居なければ拗れていた可能性が高かったのだ。

 しかも、どちらも同じような理由であり、同じような仲裁方法である。

 

 長年生きてきた割には情けない姿ばかりの義姉に、エリナリーゼは悪戯っぽく笑うのであった。

 

「プッ、ハハ! 冗談ですわ。冗談ですからイジケないで下さいまし」

「いや、イジケてませんけど」

「でしたら、笑って欲しいですわ」

 

 リベラルの口元に手を持っていき、むにぃと頬を引っ張り笑顔を作らせる。

 そんなことしなくても笑えるのたが、彼女はそれを甘んじて受け入れるのであった。

 

「……でも、いいんですか?」

「何がですの?」

「私は貴方を見殺しにしてしまったんです」

「理由があったのでしょう? でしたら構いませんわ」

 

「――――」

 

 本当に、アッサリだった。

 ずっと思い悩んでいたその事実は、エリナリーゼに取って取るに足りない出来事だったのだ。

 

 いや、とリベラルは思い直す。

 披露宴で彼女は言っていただろう。

 わたくしは幸せであると。

 つまり、それが全てだったのだ。

 

 どんな過酷な過去を辿っていようと、大切なのは今だった訳である。

 むしろ、エリナリーゼならばその過去があったからこそ、今に至ることが出来たとすら思っているのかも知れない。

 

 その思考に至ったリベラルは、言葉を出すことが出来なくなった。

 

「……“エリナリーゼ”」

「なんですの?」

「また我儘を言ってもいいですか?」

「構いませんわよ」

「ちょっとだけ抱き締めさせて下さい」

 

 思っていたことと違ったため、エリナリーゼは目を白黒させながらも快く頷く。

 無言のまま近付いたリベラルは、そのまま彼女を抱き締めるのであった。

 

 

「……本当に、大きくなりましたね」

 

 

 からだの熱を感じながら、リベラルは穏やかに呟く。

 昔は小さい少女でしかなかった。

 時間が経つにつれ成長していったが、それでもあどけなさが抜けることはなかった。

 そんな彼女は今、身体的にも精神的にも成長して目の前にいる。

 そのことが何よりも喜ばしかったのだ。

 

 再び昔のことを話せるとは思えなかった。

 自分の臆病さを言い訳に避けてきたが、エリナリーゼは全てを受け入れてくれた。

 

(ラプラス様もいたら……もっと良かったんですけどね)

 

 もちろん、今となっては実現することのない空想だ。

 けれど、大きくなったエリナリーゼを己の父親に見てもらいたいと思うくらいいいだろう。

 

 しばらく抱き締められていたエリナリーゼは、無言でその抱擁を受け入れ続けた。

 やがて満足したリベラルは、名残惜しそうにしつつも離れる。

 

「ありがとうございます。自己満足に過ぎませんが、それでも救われた気がします」

「ハグくらいいつでもさせてあげますわよ? わたくし、普段はもっと過激なことをしてますもの」

 

 そこは笑うところなのだろうか。

 昔の彼女は無垢だったのに、今となってはこの言動だ。

 こうなってしまったのが見捨ててしまったリベラルが原因であるのならば、なんともやるせない気持ちとなってしまう。

 

「折角ですわ。リベラルもわたくしと一緒に抱かれてみてはいいんじゃありませんの?」

「いやいや、妊娠したら不味いって言ったじゃないですか」

「大丈夫ですわ。ルーデウスが面白い発明をしましたの。避妊具でこう、殿方のアソコにゴムを被せるもので――」

「結構です」

 

 いや、本当に助けず放置してしまったことに罪悪感しか湧かない。

 というか、ルーデウスは何を開発してるんだよと突っ込みを入れざるを得なかった。

 

 

――――

 

 

 それから数日後。

 

 聖ミリス教会。

 魔法都市シャリーアに一つだけある教会。

 キリスト教の教会のような厳粛な雰囲気の漂う場所。

 質素な長椅子が並び、日当たりのいいガラス窓の前には、ミリス教のシンボルが置かれている。

 シンボルの前に立つのは、神父だ。

 神父は粛々と、長い祝詞を神へと捧げていた。

 

「聖ミリスは常に汝らを見守ってくださる」

 

 

 さらに神父の前に並んで立つのは男女だ。

 ふたりは純白の衣装に見を包んでいた。

 さらにそのふたりを、ルーデウスやその身内が見守っている。

 

「――二人を別つ者現れし時、聖ミリスは盾にて守られるであろう。

 ――二人に害なす者現れし時、聖ミリスは剣にて断罪するであろう。

 ――二人の愛が偽りだった時、聖ミリスはその身を焦がして天を穿つだろう」

 

 ミリスの結婚式は、地球でイメージされる結婚式にとても近い形で行われていた。

 リベラルも参列者のひとりとして、その式を静かに見守る。

 

「夫、クリフ・グリモルは、生涯エリナリーゼ・ドラゴンロードだけを愛し続けると誓うか?」

「死せるまでエリナリーゼを愛すると誓おう」

 

「妻、エリナリーゼ・ドラゴンロードは、生涯クリフ・グリモルだけを愛し続けると誓うか?」

「生きる限りクリフを愛すると誓いますわ」

 

 全員の前でそう宣言したふたりは、神父から首飾りを受け取り、誓いの口付けを額にする。

 

 とても、とても幸せそうな一場面だった。

 

(……ラプラス様。ロステリーナは……エリナリーゼは幸せに過ごしてますよ)

 

 今まで過ごしてきた日々が脳裏を過ぎる。

 

 

『そんなの、お話したらいいだけじゃないですか』

 

『何言ってるのですか! 言葉にしなければ、気持ちなんて伝わらないのです!』

 

『私も……私にも、何か出来ることはありませんか?』

 

『ロステリーナ? 誰かと勘違いしてませんこと? わたくしはエリナリーゼ・ドラゴンロードですわ』

 

『言葉にしなければ、伝わりませんのよ?』

 

『――わたくしは今、幸せですわ』

 

 

(……お父様、私、決めましたよ)

 

 皆から祝福される姿を見て、リベラルはひとつのことを誓う。

 それは、エリナリーゼを見捨ててしまった罪滅ぼしではない。

 ただ純粋に、彼女の幸せが続くことを願うが故の誓いだ。

 

 

(私たち龍族の戦いに巻き込まれないよう――エリナリーゼを必ず守ります)

 

 

 それは既に何度か思っていたことではあった。

 エリナリーゼは元々、呪子としてその身に莫大な魔力を宿していた。

 ラプラスはその魔力を、今の時代に有効活用出来るようにしようとした。

 望まぬ形となってしまったが、エリナリーゼが性行為によって魔力結晶を生み出すのはその名残である。

 

 エリナリーゼの本来の役割は――オルステッドの魔力の手助けだった。

 

 だからこそ、ヒトガミが彼女の本来の役割を知れば、必ず始末しようとするだろう。

 エリナリーゼがそのような役割を背負う必要はない。

 オルステッドが全力で戦闘を行うための電池を作ろうと思ったのも、それがひとつの理由である。

 

(もう二度と、あなたを見捨てたりなんかしない)

 

 ――エリナリーゼの業は、私が全部背負う。 




見直しは……ヨシッ!(してない)

Q.原作通りやね。
A.弄る必要がなかったので…(震え声)。

Q.エリナリーゼはもう過去の記憶戻らないの?
A.ゼニスとは違い、囚われてた年数が長すぎましたが…まあ、不可能ではないんじゃないでしょうか。知らんけど。

Q.リベラルの誓い。
A.エリナリーゼに降り注ぐ悪しき運命は全て打ち砕くマン!!


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4話 『冒険者のすゝめ』

前回のあらすじ。

リベラル「過去の話をエリナリーゼにしました」
エリナリーゼ「今が満たされてますし、全部受け入れますわ」
リベラル「結婚式を見てエリナリーゼは絶対に守るって誓いました」

模試の点数が低い…不味い。不味いけど執筆が止められないんだけど〜(以下略)
書ける内に書かないと、また何を書こうとしたのか忘れて更新が長期間停止しますからね。
ですが、本格的に不味いのでそろそろ勉強しないと…。


 

 

 

 特に何もない平穏な時期だった。

 

 リニアとプルセナが卒業したものの、大学生活に大きな変化は特にない。

 やりたい研究を行い、シルフィエットやロキシーを侍らかせ、ザノバやクリフと談笑して。

 たまにオルステッドの手伝いを行うが、危険があるのはその程度だ。

 ルーデウスの元にヒトガミの使徒が現れることはほとんどなかった。

 

「よお、ルディ」

 

 そんなある日、学校帰りのルーデウスにパウロが声を掛けてくる。

 リベラルとの鍛錬後なのか、寒いのに彼は半袖のラフな格好をして汗をかいていた。見ているこちらまで暑くなりそうな光景だ。

 

「どうしましたか?」

「明日か明後日、予定空いてないか?」

 

 パウロの言葉に、ルーデウスは自身のスケジュールを思い返す。と言っても、最近はそこまで忙しくないため、オルステッドからの仕事はない。

 学校に関しても、特に優先してやらねばいけないこともない。強いて言えば、ルイジェルド人形作りとザノバの研究を手伝うくらいだろう。

 ナナホシに関しても、絶対に毎日行かなければならない訳でもない。

 

 それらのことを脳内で考え、ルーデウスは問題ないことを確認する。

 

「空いてますよ」

「オレもたまには冒険者として活動したくなってな。雹の森に行かねえか?」

 

 現在のパウロは、冒険者としてほぼ引退状態だった。ゼニスたちを養っていくには、不安定すぎる職だからだ。

 そのため、今は街での土木作業を行ったり、リベラルの実験に付き合うことで稼いでいる。

 借金をしているものの、リベラルは律儀にお金を渡してくれてるため大助かりだ。

 

 そんな唐突な提案に、ルーデウスはキョトンとした様子を見せる。

 2人は高ランクの冒険者だ。どんな依頼だろうと受けることが出来るだろう。

 雹の森の冬季は危険だが、今はその季節から外れている。気を抜きはしないが、そこまで苦労はしないと思われた。

 ルーデウスも最近は冒険者として一切活動してないため、たまにはいいかと考える。

 

「分かりました。他に誰を誘いますか?」

「他はいないぞ」

「え? いないんですか?」

「ああ。エリナリーゼはオレとは行きたがらないし、タルハンドもギースもいねえしな」

「えぇ……」

「ノルンは行きたがってたが、流石に森の中に同行させるのは危ないからな」

 

 まさかの2人きりだった。

 何が悲しくてこんなむさいオッサンと森の中へとランデブーしに行かなければならないのだろうか。

 ルーデウスはめちゃくちゃ断りたくなるのであった。

 

「あっ、すみません。その日はそろばん教室に行く日なので無理です」

「さっき空いてるって言ったじゃねえか」

「父さんと2人きりで行ったら、貞操が危ないじゃないですか!」

「タルハンドだったら危なかったが、オレにそっちの気はねえよ」

 

 そんな風に何とか断ろうとしていたルーデウスだが、最終的に根負けして受け入れるのであった。

 森の中だと使える魔術に制限が掛かるため、準備もしっかりしないとな、と考える。

 

「依頼は何を受ける予定ですか?」

「特に決めてないが、討伐系だな」

「準備も必要ですし、先に決めておきましょう」

 

 ルーデウスは雹の森に出没する魔物の名前をつらつらと上げていく。

 スノウホーネット、ホワイトクーガー、マスタードトゥレント、その他諸々。つらつらと説明していくその様子に、パウロは驚いた様子を見せる。

 

 元々パウロの所属していた『黒狼の牙』はSランクパーティではあるものの、一癖も二癖もある人物ばかりが集まった凸凹パーティだ。

 単独では性能が尖りすぎているため、出来ることが限られていた。情報収集も不得意であり、ギースに任せっぱなしな状況だった。

 そのため、既に情報を集めきっている我が息子に大きく関心する。

 

「流石だなルディ。オレの自慢の息子だぜ」

「冒険者なんですから、生死に関わることはいくら準備しても足りませんよ」

 

 という訳で、出ている依頼を見にギルドへと出向くのであった。

 今回は切羽詰まった状況でもないため、依頼を吟味することが出来る。割の良さそうなものがあれば、それらをまとめて受ける予定だ。

 取りあえず、晩ごはんにも出来そうなものだと尚良しである。

 

「おい……ありゃあ『魔術王』じゃねぇか」

「久し振りに顔を出したな……」

「隣にいるのは誰だ?」

「知ってるぜ。ありゃ『黒狼の牙』のパウロだ。パーティは解散したって聞いたんだがな」

 

 ギルドへと入れば、2人の姿に何故か周りはざわつき始めていた。

 それなりに顔が売れている弊害だろう。まるでアイドルを目にした野次馬である。

 だが、ざわついてるだけで特に害はないため、ルーデウスは気にせず依頼の確認へと向かった。

 

「おっ、ルディ。はぐれの赤竜が依頼にあるぜ! 折角だしこれ受けるか!」

「は?」

 

 パウロの唐突な提案に、ルーデウスは頓狂な声を上げてしまう。

 先ほど雹の森に行くと自分で言ったばかりなのに、全然違うことを言い出したのだ。

 一体どういう意図で言い出したのだと彼を見る。

 

「まじかよ……流石は魔術王とSランクのリーダーだな……」

「あの赤竜ずっと倒すことが出来ずに放置されてるやつだろ? 2人でどうにかなるものなのか?」

「いや、魔術王がいるんだ。あいつの魔術を実際に見たことがあるけど、ありゃヤバかったからな……」

 

 再びざわつく冒険者たち。

 最高難易度の依頼をあそこまで気軽に受けようとするのだから、驚くのも当然だろう。

 

 パウロを観察していたルーデウスは、彼が今の状況にニヤついていることに気付いた。

 更に言えば、チラチラとこちらを見てくる。

 

(……まさか、チヤホヤされて舞い上がってんのか?)

 

 何でいきなりこんな幼稚なことをしてるんだと言いたかった。

 元々Sランクパーティで名声を得ていたのだから、あの程度の反応で今更舞い上がるなという話だ。

 ちょっと有名だからってイキってるチンピラみたいになっている。

 見てるこちらが恥ずかしくなるので、止めてほしかった。

 

「おっしゃルディ! これ受けようぜ!」

「いや、受けるわけないでしょう。何を言ってるんですか」

 

 その言葉に、パウロはショックを受けたかのように固まってしまう。

 当たり前の返答であるのだが、それに気付かぬほど舞い上がっていたらしい。

 そもそも当初の予定と違うことをするなという話だ。

 

 周りの冒険者たちも野次を飛ばしてきたが、無視である。

 適当に見繕った依頼をルーデウスは選んでいく。

 

「ラスターグリズリーかホワイトクーガー、それと採取系の2つにしましょう」

「しょうがねぇな。分かったよそうしよう」

 

 周りの冒険者に煽られ、ぶつくさしつつも依頼内容に同意するパウロ。

 赤竜退治は他の冒険者に任せておきたい。

 だって危険だし。

 

 そうして、準備のためにギルドから離れるのであった。

 

 

――――

 

 

 翌日、準備を整えたルーデウスは、パウロと共に雹の森へと向かった。

 雹の森は魔法都市シャリーアから北に3日ほど移動した場所にある。

 森の切れ目がそのままバシェラントとの国境にあたる。

 

 そして今更なことなのだが。

 誘ってきたときの「明日か明後日空けてくれないか」という、パウロの台詞に見積もりの浅さを嘆くのであった。

 格好に関しても、ルーデウスはもしもに備えた非常食や携帯品を多く抱えているにも関わらず、パウロは普通の旅装と胸当てに、剣を携えてるだけである。

 

 初心者の冒険者かな?

 そう言いたくなるのも仕方ないだろう。

 高ランク冒険者なのに、何故か軽装で森に入ろうとしているのだから。

 

「父さん、何でそんな軽装なんですか」

 

 ルーデウスは思わず口にしてしまった。

 

「そこまで難しい依頼じゃねぇだろ」

「難しくなくても、何かあるかも知れないじゃないですか」

 

 もっともなことを言ったのだが、パウロは軽薄に笑うばかりだ。

 

「大丈夫だって、オレとルディが揃ってるんだぜ。そうそうミスりゃしねえよ」

「いやいや、その油断が命取りになりますよ」

「わかってるよ、んなこたぁ」

 

 そう言いつつズンズン進んでいくパウロに、ルーデウスは溜め息ををひとつ溢して追従するのだった。

 とはいえ、腐っても冒険者である。

 森の中へと入れば軽薄な雰囲気はなくなり、真剣な様子になるのであった。

 ルーデウスは離れないようにし、すぐに援護出来るように付いて行く。

 

 雹は現在降っていないものの、足元には積もった雪がある。それらを踏み締めて探索していく。

 今回受けた依頼は、結局ホワイトクーガーの討伐と解毒草の採取である。

 ホワイトクーガーはその名の通り白いクーガーであり、ピューマーみたいな魔物だ。

 獲物に気付かれないように接近し、不意をついて飛び掛かってくるため、索敵が重要となる。

 解毒草は森の中程にあり、ついでに採取出来るため特筆することはない。地図もあるため、群生地については把握済みだ。

 

 雪で地面が見えないと、躓くこともあるため溶かしながら進んでいく。

 すると、パウロが関心するかのように声を上げる。

 

「おー、雪を溶かしてるのか。魔力は大丈夫なのかそれ?」

「大丈夫だ、問題ない」

「ほんとかよ。てか何だその口調」

「まあまあ、周囲を警戒しながら行きましょう。ちゃんと魔力は温存してますので」

 

 そうして進んでいくと、不意に蜂の鳴らす不快な羽音が聞こえた。

 パウロは立ち止まり音のする方角に注意を向ける。

 この森で大きな羽音を鳴らすのは、スノウホーネットだ。

 単体なら問題ないものの、巣の近くであれば脅威度は跳ね上がる。

 あまり相手をしたくない魔物だった。

 

「迂回しますか?」

「そうだな、そうしようか」

 

 パウロは別に戦闘狂という訳でもない。

 無関係な魔物を討伐したところで体力を消耗するだけなので、素直に提案に乗るのであった。

 

 そうして、なるべく気配を消しながら羽音から離れていく。しばらくすると完全に羽音はなくなったため、2人は立ち止まった。

 パウロはルーデウスに現在地を確認するよう促し、彼もそれに従い地図を広げる。

 迂回したため解毒草の群生地から離れてしまったものの、ホワイトクーガーを討伐する必要もあるため問題ないだろう。

 

「ルディ、マスタードトゥレントがいるぞ」

「えっ……あ、本当ですね」

 

 少し先にある草木に目を凝らせば、風がなくとも僅かに動いていることに気付く。

 ここに来るまで冒険者を舐め腐ったかのような態度をしていたパウロが、まさか先に気付くとは思いもしなかった。

 ルーデウスは観察力がある方だと思っていたのだが、意外にもパウロの方が周りに注意を払っていたようだ。

 

 因みに、マスタードトゥレントに関してだが。

 そこまで大きくもないし、脅威度もほとんどない魔物だ。野草みたいなものなので、薪代わりにすることも出来ない。

 放置しておいてもいいのだが、摩り下ろすことで調味料として使うことが出来るのだ。

 パウロはササッとマスタードトゥレントの元に行って、根元から刈り取るのであった。

 

「ラッキーだったな」

「そうですね」

 

 トゥレントは魔大陸では薪としてしか見られてなかったが、ここではただの調味料としてしか見られてないのであった。

 哀れなトゥレントであるが、魔物なので気にすることもない。

 手早く荷物として整理し、先を目指すのだった。

 

 森に入ってからのパウロは、流石の一言であった。

 ルーデウスよりも先に危険を察知するし、息も一切乱れず動けている。

 ルーデウスは荷物を背負ってることもあるが、多少の疲労があった。

 そのことに気付いたパウロは、休憩を提案する。

 

「ルディ、大丈夫か?」

「特に働いてもないので大丈夫です」

「キツかったらすぐに言えよ」

「はい」

 

 パウロは軽装であるが、前衛だ。

 ルーデウスの荷物を持ってしまうと、動きが大きく鈍ってしまう。

 後衛であるルーデウスなら問題ないが、前衛のパウロがそうなると不味いだろう。

 もしかしたら、そのことを考慮して荷物は最小限にしたのかも知れない。

 

 少なくとも、周囲への警戒はより集中の出来るパウロがしているし、魔物の強襲を受けることなく進めている。

 ルーデウスはもしもに備えていたが、パウロの装備も間違ってなかった。

 

「そろそろ行きましょう」

「おう」

 

 そうしてしばらく進むと、解毒草のある群生地へと辿り着く。

 道中も特に危険もなく、ルーデウスの魔術やパウロの剣で一撃で仕留められていた。

 2人ともブランクはあったものの、その実力はその程度で錆びつくことはなかったのである。

 

「ッ! ルディ! しゃがめ!」

「!!」

 

 解毒草を採取していた際、不意にパウロが声を荒げた。

 ルーデウスはそれに疑問を持つことなく、指示通りしゃがんだ。

 その瞬間に、抜剣したパウロの一閃が通り過ぎる。

 

「ギャウ!!」

 

 いつの間に迫っていたのか。

 既に飛び掛かっていたホワイトクーガーは、断末魔とともに首がはね飛ばされていた。

 血飛沫が吹き出し、地面が真っ赤に染まる。

 ついでにパウロとルーデウスも真っ赤に染まってしまう。

 

「うぇ……くっせぇな……」

「……血の匂いで魔物が来るかも知れません。洗い流しましょうか」

 

 ルーデウスは魔術を使い、周辺と自分たちをお湯で洗っていく。

 

「マスタードトゥレントを混ぜ込むと血の匂いを薄められると聞いたことがあります。それも使いましょう」

「ああ、分かった」

 

 そうして汚れの処理をし、魔術にて服をすぐに乾かしていった。

 パウロはその間も周囲を警戒していたが、特に魔物が来ることはなかったようだ。

 

「ホワイトクーガーが迫っていたことに気付くのが遅れました。ありがとうございます父さん」

「いいんだよ。後衛のお前に接近を許したのはオレの責任なんだ。むしろこっちが謝りたいぜ」

「でしたら、おあいこさまということにしましょう」

「ハッ、そうだな。そういうことにしようか」

 

 そう言ったパウロは、何だか楽しそうな様子だった。

 

 森の中に入る前からもそうだったのだが、もしかしたら彼は浮ついてるのかも知れない。

 こうして冒険者として2人で活動するのは、何気に初めてである。

 ギルドで赤竜討伐を提案したのも、もしかしたらチヤホヤされるためではなく、自分に良いところを見せようとした結果なのかも知れない。

 そう考えると、ルーデウスもあそこまでガミガミ言ってしまったことがバカらしくなった。

 自然と彼も笑ってしまう、

 

「あっ、ルディ。解体はオレできねぇから頼むわ」

「…………」

 

 笑顔は一瞬で引っ込むのであった。

 

 どうやら『黒狼の牙』ではパウロは解体担当ではなかったようだ。

 もしかしたら、ギースが担当だったのかも知れない。

 ギースは確か、何でも出来るが器用貧乏というポジションだった。

 しかし、『黒狼の牙』ではひとつに特化した人物ばかりだったため、彼は上手いこと一員としてはまり込んでいたらしい。

 ギースも大変だったんだろうな、とルーデウスはしみじみするのであった。

 

「依頼もこれで達成ですかね」

「ああ、余裕だったな!」

「それは否定しません」

 

 パウロの実力は、剣王に匹敵するものとなっている。

 もはや世界でも上から数えた方が早いほどの強さだ。

 そんな彼が油断なく依頼を受けたのだから、苦労せず達成出来るのも当然だろう。

 今回に関しては、魔大陸を踏破したルーデウスがいるのだから尚更だ。

 

 討伐証明の部位と、可食部に解体を終えたルーデウスは、そのままホワイトクーガーの遺体を焼き払う。

 これで全ての後処理が終了だ。

 後は帰るだけである。

 

「おし。じゃあ帰ろうぜ」

「……そうですね」

 

 そうして、2人は雹の森を後にした。

 

 

――――

 

 

 森を出てからの帰り道。

 元々3日ほど掛けて来たのだから、帰りも同じくらい掛かるのは当たり前の話である。

 

 日もすっかり沈んできたため、2人はキャンプの準備をして焚き火をつけるのであった。

 

「はは、久し振りの冒険で使い慣れてない筋肉を使ったから身体がいてぇや」

「情けないですね。もう歳ですか?」

「バッカおめぇ! オレはまだまだ現役だよ!」

 

 そんな雑談をしながら、夕食を準備していく。

 当然のようにパウロは調理が出来ないため、準備しているのはルーデウスである。

 今回入手したホワイトクーガーの燻製を作りつつ、今から食べる分も作っていく。

 元々ルーデウスもそこまで料理が得意な部類ではなかったものの、リベラルから教わったため必要最低限の調理は可能だ。

 

 あらかじめ血抜きはしており、獣臭さを消すためにマスタードトゥレント擦り込んでいるため、調理中もそこまで気になる臭いはしない。

 持参してきた鉄板に肉を乗せ、そのまま焼いていく。

 もちろん、その他の調味料も持ち込んでいるため、それらで下味をつけている。

 

 更にお米も持ち込んでいたため、そちらも炊き込んでいく。

 帰りに肉を食うことを分かっていたため、行きしなでは消費せずに取っておいたのである。

 これを焼肉と一緒にかき込んでいくのが最高に美味しいのだ。

 

「手際いいな。ギースを見てるみたいだぞ」

「まあ、あの人ほどではないとは思いますよ」

「いや、でもいい臭いだな……」

 

 ある程度肉を焼けば、最後にリベラルに作ってもらった焼肉のタレを上からかけていく。

 このタレは某黄金の味を再現しており、この世界で食べるにはかなり上等な味となる。

 その臭いに釣られ、隣で見ていたパウロはヨダレを垂らしていた。

 

 最後に炊き込み終えた白米を器に盛り、肉を乗せれば完成だ。

 何の変哲もない焼肉丼だが、動いた後に食べるそれは堪らなく美味だろう。

 

「ルディ、お前料理人になれるんじゃねぇか?」

「本家には敵いませんよ」

 

 そうして用意したご飯をセットし、ルーデウスは合掌して口にかき込む。

 パウロも「ハフッ、ハフッ」と言いながら同じようにかき込んでいた。

 作った側としては嬉しい光景である。

 近い将来に、ソウルフードである卵かけご飯も食べてもらおうと思うのであった。

 

 やがて食べ終えたパウロは、満足そうな表情を浮かべて腹をさすっていた。

 

「美味かったぜ。これからも毎日作ってくれよ」

「大変だから嫌です」

「ならよ、レシピをリーリャとアイシャに教えてくれよ」

「まあ、それくらいならいいですよ」

「よっしゃ!」

 

 と言っても、この焼肉丼はリベラルの焼肉のタレで成り立っているため、レシピもクソもない。

 そんなことをパウロに言っても仕方ないため、まあいいかと思うのであった。

 

「……ふぅ、ここまで快適な冒険は初めてだ」

「そうですか?」

「ああ、黒狼の牙でやってた頃は楽しかったが、今回は快適さが大きいな」

「俺としては、オッサンと2人旅だったのでむさ苦しかったですけどね」

「言ってくれるじゃねぇか」

 

 その言葉に、パウロは肩を組んだかと思えば、そのままヘッドロックをしてくる。

 魔術師であるルーデウスがそれから逃れる術がある訳もなく、そのまま痛めつけられるのであった。

 それからしばらくもがいていたのだが、やがて解放される。

 

「ヘッ、それを言うならオレだって黒狼の牙のメンバーとやりたかったぜ」

「それだったら、俺もデッドエンドのメンバーで依頼をしたかったですよ」

 

 そうして互いに睨み合っていたのだが、フッと同時に笑い出す。

 

「なぁルディ、今度はお前の嫁も連れて行こうぜ」

「それなら、俺も黒狼の牙のメンバーとしてみたいですね」

「おお、それいいな。いいぜ、タルハンドとギースも誘わないとな!」

 

 そうして楽しそうに笑っていたパウロ。

 だが、ふとその笑みは止まった。

 ルーデウスはどうしたのかと思い、視線を合わせる。

 

「…………」

「父さん?」

「いや、わりぃ。そう言えばあともうちょっとだったなって思ってよ」

 

 その言葉に、ルーデウスは頭に疑問符を浮かべる。

 

「もうちょっとって、何がですか?」

「リベラルが言ってた、ゼニスの治療の目安期間だよ」

 

 思い返すのは、彼女から言われた目安時間だ。

 まだ5年近い時間を要するが、それでも後5年もしない内に治療が完了する。

 今でもそれなりに意思疎通を取ることは出来るが、それでもやっぱりゼニスの声を聞きたかった。

 

 まだまだ時間はあるのだが、治った後の想像をよくしてしまう。

 またブエナ村でのように過ごせるのかは分からないが、今よりもずっと感情豊かな姿は見せてくれるだろう。

 もしもそうなった時、パウロにはしたいことがひとつあった。

 

「…………なぁ、ルディ」

 

 転移事件によって家族はバラバラになった時は、再会することを目的にやってきた。

 その次に立てた目標も、今日達成することが出来た。

 

 ――ルーデウスと、一度冒険したかったのだ。

 

 浮かれてしまって情けない姿を見せたりもしたが、ここまでの時間はとても充実したものだった。

 元々は、ルーデウスが大きくなったらしたいと思っていたことである。

 色々と回り道をしてしまったが、その目標も果たすことが出来た。

 後は、もうひとつの目標を残すのみだ。

 

 

「母さんが治ったら――今度は黒狼の牙で今日みたいな冒険をしないか?」

 

 

 それが、パウロのしたいことだった。

 転移事件によって多くのものを失ってしまった。

 それでも、こうして元の形に戻りつつある。

 それだけではプラスマイナスゼロでしかない。

 だからこそ、そこから先の未来に思いを馳せるのだ。

 

 そんなパウロの提案に、ルーデウスはポカンとした表情を見せる。

 しかしそれも、一瞬のことだ。

 すぐに笑みを見せて頷いた。

 

「――分かりました。母さんが治ったら一緒に行きましょう」

 

「言ったな? 約束だぞ!」

「もちろんですよ」

 

 そうして、2人は未来の約束を交わすのであった。




見直し?知らない子ですねぇ…。

Q.何でパウロ初心者みたいになってるん?
A.作中で説明したように、息子と冒険者の活動をすることに浮かれていた&前衛なので動けるようにするためです。

Q.はぐれの赤竜。
A.この世界ではルーデウスが『泥沼』として冒険者活動してないので討伐されてません。しかし、誰も受けようとせず放置してるので冒険者たちに被害はない。

Q.ギースを普通に誘おうとしてるやん。リベラル捕まえるようちゃんと伝えたん?
A.当然の違和感でしょうが、わざとなので悪しからず。

Q.パウロの思い。
A.きっと、原作でもそうだったんじゃないかな、と思いました。せめて私の作品では彼の願いを叶えてあげたいです。勝手に作り上げた願いですけど。


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5話 『胃袋を掴みし者』

前回のあらすじ。

パウロ「息子と冒険出来て超満足。次は治療が完了したゼニスと行きたいな」
ルーデウス「パウロが浮かれてて駆け出しみたいになったりしたけど、父さんとの冒険は楽しかったな」

勉強しなきゃ…。
次の日曜に試験だ…家の中だと勉強出来ない…。
話は変わりますが、次かその次の話でこの章は終わる予定です。仮に7話までなら、6話は短い内容になるかもです。


 

 

 

 空中城塞ケイオスブレイカー。

 謁見の間にて、2人の人物が向かい合っていた。

 リベラルとペルギウスだ。

 特に険悪な様子も見られず、談笑していた。

 魔大陸に行った際の出来事を、改めて話していたのである。

 

「ふん、アトーフェの奴などそのまま滅してしまえば良かったものを」

「そんなことしませんよ。戦争での恨みを引っ張るようなことはしませんから」

 

 実際にアトーフェラトーフェと戦った時に、完全に滅することを彼女は出来た。

 しかしそうせず、外部からの干渉で解除出来る聖級結界魔術で閉じ込めるだけだった。

 そのことについてペルギウスは不満を見せていたが、リベラルは苦笑しながら否定する。

 

「それは我への当てつけか?」

「違いますよ。私が恨むのは1人だけで十分ということです」

 

 そもそもラプラス戦役が起きてしまったのも、ヒトガミが原因だ。

 ヒトガミがいなければ戦争は起きなかったし、ペルギウスも魔族を恨むこともなかった。

 極端な考えであるものの、そう考える方が楽なのだ。

 アトーフェラトーフェやバーディガーディといった魔王たちを恨んでしまえば、それこそ魔族が滅亡するまで戦いが終わらなくなる。

 実際にどうなのか分からないが、ヒトガミの手のひらで転がされたくないのならば、許すことは大切になると考えていた。

 

「ヒトガミ、か」

「どうせなら、ペルギウス様も一緒に戦いますか?」

「断る。我の使命はラプラスを殺すこと。今更変えたりせぬ」

「……そうですか。そうですよね」

 

 提案したものの、リベラルもそれを受け入れられるとは思っていなかった。

 どのみち受け入れたとしても、ヒトガミの元に行くには『五龍将の秘宝』が必要となる。

 オルステッドは反対するだろうし、彼女もペルギウスと争いたいとは思わない。

 

(五龍将の秘宝の代用品……作れるものなのですかね)

 

 最善は犠牲なくヒトガミの元に至ることだが、それは非常に困難なことだ。

 リベラルの持つ龍神の神玉の破片は、五龍将の秘宝とは違いヒトガミの力に対抗するために調節されている。

 それに、リベラル自身も無の世界に至るための結界をしっかり調べられていない状態だ。

 オルステッドに関する様々な発明をしようとしている現状、そちらまで手が回せるかは何とも言えなかった。

 

 当たり前だがペルギウスに死んで欲しくない気持ちがあるのだから。

 可能であるのならば、五龍将の秘宝の代用品も作りたかった。

 

「でも魔神に関しては、ペルギウス様が関わることなく解決する予定なんですけどね?」

「ほう、それはどういう意味だ?」

「転生先を調節することが出来るんですよ。だから赤子の魔神をパパッと仕留めるつもりです」

「……そんなことが可能なのか?」

 

 リベラルの言葉に、彼は興味深そうに目を細める。

 

「可能だからこそ、ヒトガミが邪魔してきてます」

「……ふん、だから我に手伝って欲しいと、そう言いたいのか?」

「出来る範囲で」

「よかろう。赤子の状態で確保出来るのであれば、それは我にとっても重要なこと」

 

 ペルギウスとて、態々戦争をしたいという訳ではない。

 もちろん真正面から打ち破りたい気持ちがあるものの、戦わずに済むのであればそちらを選ぶ。

 

「あ、オルステッド様には秘密ですよ?」

「何故だ?」

「五龍将は心情的に仲間に出来ない理由があるので」

「具体的には何だ?」

「まあ、色々です」

 

 詳しく尋ねてきたものの、リベラルは適当にはぐらかす。

 ペルギウスは何か考える仕草を見せるものの、追及することはなかった。

 

「貴様が言わぬのであれば、それ相応の理由があるのだろう」

「すみませんね」

「構わぬ。我との仲であろう」

「…………ありがとうございます」

 

 何だかんだ言いつつ、2人は長い付き合いだ。

 再び共に戦えるかも知れないことに、彼はどこか嬉しそうな様子だった。

 そうして笑みを溢していたペルギウスに、彼女は何とも言えない気持ちとなる。こればかりは笑って流すことが出来なかった。

 

 オルステッドが五龍将の手助けを必要としない気持ちが良く分かるだろう。五龍将の秘宝を取り出すことは、その者の命を奪うことに直結する。

 笑みを向けられることが、これほど心抉られる行為になるとは思いもしなかった。

 これは本格的に秘宝の代用品を作らなければならないな、とリベラルは思うのであった。

 

「そう言えば、静香の様子はどうですか?」

 

 そのことばかり考えても暗い気持ちになってしまうため、彼女は話題を変える。

 ペルギウスは特に気にした様子も見せず答えた。

 

「研究に掛かりっきりである」

「今はここで過ごしてるんですよね」

「そうだ。時おり助言を貰いに来るが、それ以外は部屋に籠もりっきりだ」

 

 まあ、娯楽もないし外に出てもやることがないので、出てこないのは仕方ないだろう。

 あったとしても、外の景色を眺めたりするくらいしかない。芸術品もあるのだが、ナナホシはそちら方面には興味もないのだ。

 リベラルは何か息抜きが出来る物でも作ってあげようかな、と考える。

 研究に支障が出ない程度の物であれば、ルービックキューブだろうか。ちゃんと睡眠を取れるように特製の安眠枕をプレゼントするのも悪くない。

 

 そんな風に考えていた彼女を、ペルギウスは呆れた表情で見つめていた。

 

「本当に、ナナホシのことを大切にしているのだな」

「当たり前じゃないですか。私の今の優先順位は静香が1番高いんですから」

 

 発言通り、ナナホシを帰すことがリベラルの1番の目的である。その次にヒトガミ関係であり、3番目にエリナリーゼを守ることになっていた。

 そのナナホシの帰還に関しても、今のところは順調に進んいる。

 

「貴様は転移が失敗した原因を見つけることを目的としていたが、見当はついているのか?」

「何個かは」

「ほう、どう考えている?」

 

 ペルギウスもそれは気になるのだろう。

 彼も作成途中の状況を確認したのだが、今のところ失敗する要素がなかった。

 そのため、本当に失敗するのかと猜疑的でもあるのだ。

 

「1つは、単純な設計ミスによる失敗。私たちも人間ですから、見落としをする可能性もあるでしょう。

 2つは、転移先の座標を間違えていたことによる失敗。転移先が本当に正しいかは、転移しなければ分かりませんからね。

 3つは、既に未来が決められていることによる失敗。タイムパラドックスが起きるから帰れない可能性です」

 

 3つ目の台詞を聞いたペルギウスは、不機嫌そうに眉をひそめていた。以前にもやり取りしたように、彼は未来によって今が形作られていると思っていないのだ。

 未来を作るのは現在であって、自分たちの行動が決定付けられているとは思っていなかった。もちろんそれは、リベラルも同じ考えである。

 

 しかし、現段階ではペルギウスも考えたように、失敗するような要因は何もなかった。

 この調子で完成まで行き着けば、3つ目のタイムパラドックスによるものとしか考えることが出来ないだろう。

 少なくとも、リベラル自身は転移に成功しているのだから。

 

「相変わらず、つまらんことを言うな」

「そうですね、私もつまらないことを言ったと思ってます。ですが、備えておく必要はあるでしょう」

「どう備えるつもりだ」

 

 本当にタイムパラドックスによって失敗するのであれば、最早どうすることも出来ないだろう。

 ペルギウスも考えてみたのだが、そもそも時間関係には疎いため方法は何も思い付かなかった。

 

 リベラルは迷うことなく口を開く。

 

「まあ、自分で言っておきながら何ですが、備えることは無理ですね」

「ほう、おかしなことを言う」

「いや、だって無理でしょう。何をどう備えろと言うんですか」

「ふむ……」

 

 彼も思い付かないため、その返答を馬鹿にすることは出来ない。

 だったらどうするのだとリベラルへと視線を向ける。

 

「どうしましょうか」

「考えていなかったのか?」

「考えていることはありますが、それが駄目だった時は手詰まりです」

 

 困ったような表情を浮かべるリベラルだが、ペルギウスとて手助けすることが出来ない。

 それでも考えていることが1つでもあるのならば上等だろう。

 

「静香の話をしていると、様子を見たくなりました。そろそろお暇しますね」

「そうか、後で我も向かおう」

「分かりました。先に行って待ってます」

 

 挨拶をし、退室するリベラル。

 宣言通り、ナナホシのいる部屋へと向かっていった。

 シルヴァリルが案内しようとしたが、何度も行ったことがあるため一人で向かう。

 付き合いも長いため変な悪さをするつもりはないし、ペルギウスもその辺りは信用しているだろう。

 甲龍王の紋章を借りパクしていたが、それは考えないでおく。

 

 部屋へと辿り着いた彼女はノックし、返事を待ってから入る。

 

「お邪魔します静香」

「今日は何の用事?」

 

 リベラルが普段ナナホシの元に向かうのは、転移装置の進捗状況と制作方法の確認のためである。

 前回の確認からあまり制作が進んでいなかった彼女は、一体何の用事で来たのか疑問に思いつつ尋ねた。

 

「様子を見に来ただけですよ」

「……そう。邪魔はしないでね」

「将棋作ったんで将棋しませんか?」

「ふざけてるの?」

 

 思いっ切り作業を中断させられる提案をしてきたリベラルに、ナナホシはじっとりした目で見つめる。

 脈絡がなさすぎるし、そんなものを作る暇があるならもっと開発しなければならないものがあるだろう。

 本当に何をしに来たんだという話だ。

 

「息抜きですよ息抜き。ずっと作業してたら集中力も切れてくるでしょう」

「たまにストレッチとかしてるし、休憩も取ってるから余計なお世話よ」

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて下さい」

 

 ササッとソーカス茶を用意したリベラルは、それを差し出す。

 ナナホシはそのお茶を無言で見つめた。

 

「……あなたが持ってきたソーカス茶だけど、何かあるの?」

 

 以前から何度も渡されたそれに、彼女は特に違和感なく飲んでいた。

 別に毒が入っているとかそんな訳でもないし、むしろ便通も良くなったので良いものなのだろうと思っている。

 しかし、何となくソーカス茶を飲ませたいような、そんな思いがあるように感じたのだ。

 

「……ふふ、何もありませんよ。静香は健康面に気を使ってないように見えたので、健康に良いお茶を持ってきただけです」

 

 リベラルは優しく微笑みながらそう告げた。

 

 本来の歴史では、ナナホシは魔力が体内に溜まることでドライン病になってしまう。

 不治の病となり、転移装置の開発も思うように進まなかった彼女は、心の奥底に積もり積もった感情を決壊させ慟哭した。

 

 

 ――私、もともと、あんまり体強い方じゃなかったのよね。

 

 ――背も伸びてない、髪もそのまんま! お腹は減るし、ご飯も食べてうんちもするのに、爪も伸びなきゃ、生理もこない!

 

 ――なんで病気にだけ掛かるの!

 

 ――お父さん、今日は早く帰ってくるって言ってた。お母さん、今晩は秋刀魚を焼くって言ってた。

 

 ――ヒッ……ヒック……。

 

 ――誰か、助けてよ……。

 

 

「…………」

「リベラル?」

「ああ、いえ、何でもないですよ」

 

 リベラルは実際にその慟哭の場面を見た訳ではない。それでも長年の付き合いがあり、実際に絶望に沈んだ彼女の姿を目の当たりにしたこともある。

 だからこそ、想像するのは難しくなかった。

 ナナホシがドライン病であることは、知る必要のない情報だ。

 

 

(静香、貴方は十分すぎるほどの苦しみと絶望を味わっている)

 

 

 どういう理由でこの世界に転移してきたのかは分からない。

 だが、どんな理由であろうと彼女が悲しむ理由にはならないだろう。

 ましてや、既に一度経験したことだ。

 未来の話であろうと、リベラルがその出来事を観測した以上、それは“実際に起きた出来事”である。

 同じ苦しみを繰り返す必要なんてない。

 

 

(――貴方は報われるべき人です。救われるべきです。だからもう、二度と悲しませるつもりはありません)

 

 

 ソーカス草は体内に蓄積された魔力を排泄する効能があるものの、そのことを教えるつもりはなかった。

 教えた結果、余計な不安を呼び込むだけだからだ。

 そんな苦しみを、再び味わう必要はない。

 日本へと送り返すことが出来れば、魔力もなくなりドライン病になることもないだろう。

 ソーカス草を摂取し続ければ、体内に魔力が蓄積することなく数年間は健康に過ごすことが出来る。

 日本にさえ帰れれば、これ以上この世界の事情に巻き込まれることもない。

 

 そうして思いに耽っていたリベラルだが、ナナホシがそのことに気付くこともない。

 不思議そうな表情を浮かべつつ、自身の健康に対する行いを口にするのだった。

 

「ていうか、あなたから見ると不健康に見えたかもしれないけど、一応、部屋の中で運動もしてるし、自分なりに気をつけてるつもりよ」

「どんなことをしてるんですか?」

「ストレッチとか腹筋よ。筋肉痛になるからそこまで多くはしてないけど」

 

 ストレッチはともかく筋トレに関しては、そこまでやっていないのだろう。

 ナナホシの体格を見れば一目瞭然だ。筋肉は全然ついてないのだ。むしろ痩せ細っているようにすら見える。

 

「ご飯はちゃんと食べてますか? バランスに気を使ってますか?」

「……たまに1食抜いてるわ」

「駄目じゃないですか! ちゃんと食べないと大きくなれないわよ!」

「なにその口調」

「仕方ないので私がたまに作ってあげます。勘違いしないで下さい。貴方のためじゃないんですからね」

「私のためじゃないなら誰のためなのよ」

 

 とはいえ、リベラルの料理の腕前を知っている彼女としては、その提案はとても魅力的だった。

 現在は空中城塞で過ごしているため、ペルギウスの精霊たちが食事を用意してくれる。中でもアルマンフィの料理は非常に美味しいものの、やはり和食を食べたい思いがあった。

 

 そんな彼女の気持ちを察したのだろう。

 リベラルはニヤニヤしながらナナホシを見つめていた。

 

「前回で静香の胃袋を掴んでいることは分かっています。大人しく了承することです」

「…………」

「ふふ、こんなこともあろうかと既につまめるものを用意してました」

 

 懐から取り出されるのは1つの容器だ。

 リベラルがそれに手を当てて、数秒ほどじっとする。

 それから蓋を開けると、湯気が出てくるのであった。魔術にて温めたのである。

 中身を見れば、沢山の唐揚げが入っていた。

 

「唐揚げ……本当に何でも作れるのね」

「そもそも難しいものでもないですよ。卵と小麦粉でモモ肉を揚げるだけですし」

「それもそうね」

 

 作り置きしたのであれば、あまり美味しくなさそうなイメージもある。

 しかし漂ってくる匂いは、ナナホシのお腹を強く刺激した。口の中に唾が溜まり、思わず喉を鳴らしてしまう。

 ニンニクや醤油といった香ばしい香りに、思わずお腹まで鳴ってしまった。

 

「さ、どうぞ」

 

 スッとお箸を渡すリベラル。

 ナナホシはそれを無言で受け取った。

 

「……いただきます」

 

 手を合わせて一礼し、唐揚げを1つ口の中へと運んだ。

 作り置きのものだったためサクッとした食感ではなかったものの、そのマイナスを帳消しにするかのように濃厚な味わいが脳天に広がる。

 食感が悪くなることは分かっていたため、そのことを踏まえた味付けにしたのだろう。

 気が付けば嚥下し、後味だけが残っていた。

 

 物足りなかったナナホシは、自然と別の唐揚げに箸を伸ばして「ハフッハフッ」と言いながら食べる。

 リベラルはそれを微笑ましく見守るのであった。

 

「レモン……に似た柑橘系の汁もかけますか?」

「かける」

「はい、どうぞ」

 

 元々容器に入れていたのか、ディスペンサーを取り出した彼女はそれを唐揚げにかけた。

 匂いは確かにレモンであり、その酸っぱい香りがまた嗅覚から脳内を刺激する。

 無意識の内に箸を伸ばし、口の中へと放り込んでいた。

 

「ちゃんと噛んで食べて下さいね」

「んっ……」

 

 醤油やニンニクといった匂いの強いものであったが、レモンによってその重たい味が中和される。

 味に変化が加わることで飽きにくくなり、更に後味もスッキリしたものとなった。

 日本に帰ってからも食べたいと思えるような味だ。

 

「静香、食べながらでいいんですけど」

「ん?」

「さっき言ってた運動、私も一緒にやっていいですか?」

 

 口の中に入っていた唐揚げを飲み込み、ナナホシはその発言についての意図を考える。

 別に参加するのはいいのだが、リベラルは忙しいのでそこまでの余裕はなかった記憶があるのだ。

 多忙の身で何故そんなことを言ったのか不思議だろう。

 

「いいけど、そっちこそ大丈夫なの?」

「毎日来るわけじゃないので大丈夫ですよ。今日みたいにご飯を持ってきた時に一緒にやりましょう」

「あ、ご飯の話は本気だったのね」

 

 それならば、断る理由もないだろう。

 1人で黙々とやってるのも大変なので、話し相手がいるのはありがたいことだ。

 それにリベラルも日本のことを知っている人物なため、ルーデウスのように心を許しているということもある。

 

「ついでに格闘術も教えますよ」

「それは遠慮します」

「えー、良いじゃないですか。覚えておいて損はありませんよ」

「それはそうだけど……」

 

 この世界ではナナホシはほぼ無力だ。

 オルステッドやルーデウス、ペルギウスにリベラルといった者たちに囲まれてるため安全に過ごせている。

 しかし彼らの庇護下から離れることがあれば、すぐにでも死んでしまうだろ。

 そういう意味でも、自衛手段があった方がいいのは確かだ。

 あったところでどうにかなるとも思えないが。

 

「まあまあ、技術は日本に帰ってからも使えますし、不審者とか痴漢に襲われても対応出来るようにしましょう」

「ルーデウスからは相手をせず助けを呼べって言われたけど」

「それが最善ですけど、周りの人が助けてくれるとは限りませんからね」

「……それもそうね」

 

 何故か知らないが、日本人は面倒事を避ける傾向がある。

 見て見ぬ振りをする人が多い印象は、確かにあった。

 ニュースでもそれが原因で亡くなった人がいるということを見たことがあるような気もするため、その発言に反対することはなかった。

 

 

「ふん、異世界は人情に欠けているのだな」

 

 

 そんなやり取りをしていると、一人の男が部屋に入ってきた。

 白をベースにした豪華な衣装に身を包んだ、銀髪の男。

 ペルギウスだ。

 背後には、シルヴァリルの姿もある。

 

 美食家で芸術家の彼は、新しい料理に目が無いのだ。

 リベラルと話していた際に、態々ナナホシの元に後で向かうと告げたのも、彼女が料理を持ってきていることを知っていたからである。

 

「我も貰おうか」

「えー、どうしましょう」

「くだらん駆け引きをするな。さっさと寄越せ」

「はいはい」

 

 そこまで大量にあった訳ではないが、それでも分けられる程度の量はあった。

 ペルギウスはシルヴァリルからフォークを受け取ると、唐揚げを1つ頬張る。

 

「ほう……なるほど、安い味だな」

「じゃあもう食べないで下さい」

「……否、不味くはないぞ。美味である」

 

 辛辣なコメントをしたペルギウスであるが、リベラルの言葉に反応して率直な感想を述べるのであった。

 ナナホシとしては唐揚げを貶されたことは面白くなかったが、すぐに手の平返しするその姿にクスッと笑ってしまう。

 そのことにつまらなさそうな表情を浮かべるペルギウスだったが、唐揚げに伸ばす手は止めないのであった。

 

「おやおや、美食家たるペルギウス様の胃まで掴んでしまうとは、私も罪な女ですねぇ。オホホ」

「黙れ。気色悪い笑い方をするな」

「プークスクス」

 

 ペルギウスは否定しなかった。

 背後からシルヴァリルが射殺さんばかりに睨み付けていたが、当のリベラルはどこ吹く風である。

 そもそもラプラス戦役でも、こうしてたまにご飯を振る舞っていたのだろう。

 戦時中に美味いご飯を食べられるのであれば、士気も高まることも想像に難しくない。

 そんな昔から彼女のご飯を食べていたのであれば、その発言も確かに間違っていないのだろう。

 

 そんなやり取りを眺めつつ、ナナホシは唐揚げを食べていくのであった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 唐揚げを完食した後、手を合わせてお辞儀する。

 途中でペルギウスも食べていたため、満腹という程ではない。

 唐揚げだけだったので、食べすぎても胃もたれするだろう。

 小腹を満たせる程度の量だったが、丁度いい量だった。

 

「お粗末です」

「……美味しかったわ」

「ふふ、それは良かったです」

 

 唐揚げの味について彼女は言ってなかったため、最後にそのことを伝える。

 リベラルは嬉しそうに笑っていた。

 

「こうしてたまに来ますので、研究の方も滅気ずに頑張って下さいね」

「……もちろんよ」

「大丈夫です、静香はちゃんと帰れますよ」

 

 その発言に絶対の根拠がないことは分かっている。

 それでもナナホシは、その言葉に少しばかりの安心感を覚えるのであった。




見直しは後から。オンラインゲームのアップデートと同じ方式になりつつある。

Q.ヒトガミ討伐にペルギウスも協力するの?
A.しますが、大々的にはしません。転移陣利用の無料サービスにアルマンフィ無料貸し出しのサービスが行われます。原作よりちょっとだけ協力的なだけです。

Q.リベラルとナナホシ。
A.ナナホシガチ勢によるお母さんムーブとか親友ムーブとか様々なものがごちゃ混ぜになってます。取りあえず、ナナホシが笑顔でいて欲しいと願っていることは共通している。

Q.ナナホシのグルメ。
A.ナナホシのグルメを参考に書きました。もちろん、将来的にルーデウスもご飯持ってきてくれます。

Q.護身術。
A.日本に帰ってからも変質者とか何か事件に巻き込まれても何とかなるように、気持ち程度の護身術を教える予定。当たり前だが異世界帰りの勇者のように現代でチートになることは一切ない。


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6話 『ターニングポイント・ヨン』

前回のあらすじ。

リベラル「ナナホシのグルメ」
ナナホシ「ハフッ、ハフッ」
ペルギウス「美味すぎる!」

おまたせしました。
国家試験も終えたので、何とか投稿。
短いですが、これにて七章は終了です。これ以上やると冗長になる&ほのぼの平和ギャグを上手く書けそうにないためです。
また、今話から八章の間だけ『前回のあらすじ』とあとがきの『Q&A』は一時的にしません。適度な緊張感は必要だよね、ということです。


 

 

 

 リベラルの1日に決まったルーティンはない。

 

 その日ごとに進捗状況を踏まえて研究をしたり、余暇として冒険者の真似事をしたりすることもある。

 とはいえ、1週間という区切りで見れば、固定で行っていることもあった。

 パウロの稽古だったり、ゼニスの治療、ナナホシとの食事や格闘術の伝授だ。

 オルステッドと共に未来への布石を作りに行くこともあるため、彼女が家にいる日もバラバラである。

 

 連絡手段として既に七大列強の石碑を応用した連絡板が作られているため、情報のやり取りは可能だ。

 遠くに行った際くらいにしか使わないため、数日空けてる程度の時は活用されないので、あまり使用はされていなかったのは余談だろう。

 

 本日はパウロへの稽古をしていた。

 流石に成長速度は早くないが、それでも彼は着実に強くなりつつあった。

 

「中々良い動きですね」

「人のことボロボロにしときながらよく言うよ……」

 

 パウロは別に地頭は悪くないため、戦闘理論を教えればそれを活用することが出来る。

 型や思考を反復練習させるような、現代でもよくある練習方法を取り入れて教えていた。

 しばらくしてからは実戦形式の稽古を行い、既に彼を何度か叩きのめした後である。

 

 一番最初に稽古を行ってから数年経過していることもあり、当時に比べて著しく成長しただろう。

 リベラルは彼が既に王級の域に達していると感じており、世界でも上から数えた方が早いほどの実力を手にしたと言える。

 稽古の相手がリベラルであるため、パウロはその実感はあまりないものの、そのように太鼓判を押されて嬉しそうにしていた。

 

「ルディとか知らない間に強くなってたからな。これなら大丈夫そうだよな?」

「近距離からなら流石に勝てるでしょうけど、距離があったら無理だと思いますよ」

「……まじか?」

「現時点で勝てるのは……予想ですが七大列強や魔王くらいでしょう。それでも絶対ではないと思います」

 

 極めた魔術で一番恐ろしいのは、その火力と範囲の広さだろう。

 周囲への被害を考えなければ、オルステッドも魔力を使って全力で戦わねば対処出来ぬほどだ。

 条件さえ整えば七大列強にも負けないだろう。上位陣には勝てないが。

 

 ルーデウスならば広域に地形を変化させることも可能だし、核爆弾のような破壊力のある魔術も放つことが出来る。

 本来の歴史でもミリス神聖国の庭園のほぼ全域に泥沼を発生させることが出来ていた。本気でやればもっと広範囲に効果を出せるだろう。

 それほどの泥沼に対応出来るのも、王竜剣を持つ北神二世くらいだ。後は水神が相手だと、攻撃が当てれないと思われるので、魔力か体力が尽きるまでの耐久勝負になる可能性があるくらいだろうか。

 魔術を使えなければ、そもそも距離を詰めることが出来ないのである。もちろんこれは周囲への影響を考えなければの話なので、そのような戦い方は出来ないのだが。

 

「嘘だろ、そんなに強いのかよ……」

「まあ、ただの予想なので実際にどうなのかは分かりませんが」

 

 こうなれば剣術だけは絶対に負けないようにしよう、と思うパウロであった。

 もっとも、ルーデウスは魔導鎧の製作に着手しているのだ。それが完成すれば近接戦でも勝てるかどうか怪しくなるのだが、それはまだ未来の話である。

 

「あ、リベラルさん!」

 

 と、そこへ話に出ていたルーデウスが遠方からやってきた。

 遠くから手を振りながら歩いてきた彼に、リベラルやパウロもどうしたのだろうかと首を傾げる。

 やがて近くまで来たところで、彼女が先に声を掛けた。

 

「何かありましたか? 態々ここまで来るなんて珍しいですね」

「実は相談がありまして……」

 

 珍しい発言に目を丸くさせながら、リベラルはルーデウスの話を聞いていく。

 聞けば、ブエナ村にいた頃のような悩みを抱えていた。どうやら魔術の成長に限界を感じているらしい。

 現在の彼は、召喚や治癒といったもの以外の攻撃系の属性は全て帝級に至っている。この世界でも五指に入るほどの超火力を持っているだろう。

 そんな彼がまだ更に上を目指したいのかと、リベラルは呆れた目を向けるしかなかった。

 

「神級魔術を扱いたいということですか?」

 

 人族の身では、神級魔術を使うことが出来ない。その身が魔力に耐えきれないからだ。

 もし使いたいのであれば、古代魔族の秘術である肉体の作り変えを行う必要がある。その上で制御するための魔法陣も用意する必要があるのだ。

 

「いえ、流石にそれは求めてません」

「ふむ」

「俺の魔術なんですけど……避けられる頻度が増えてきてるんです」

「なるほど、もっともな悩みですね」

 

 ルーデウスは岩砲弾を得意としているが、電撃を扱うことも多々ある。それでも容易に受け流したり、避けたりする相手がいることも確かだ。

 なんなら、魔物にすら避けられることもある始末だ。少なくとも、Aランククラスの魔物は岩砲弾を避けることが出来た。

 贅沢な悩みとは言えないだろう。

 魔術師は一撃が大きいかわりに、次弾に時間が掛かるのである。一撃を外すことは、大きな隙を見せてしまうことに他ならない。

 

 リベラルは少し悩んだ後、何を教えるかを決める。

 空中に岩砲弾を5つ同時に生成してみせた。

 パウロやルーデウスはそれに驚いた表情を見せる。

 

「同じことが出来ますか?」

「やってみます」

 

 ルーデウスは何とか岩砲弾を生成しようとしていたが、両手で2つの岩砲弾を作ることが精一杯な様子だった。

 原因について、リベラルはすぐに気付いた。

 

「手以外の場所で魔術を発動出来ますか?」

「……もう一度やってみます」

 

 ということで、再び魔術を発動させようとするルーデウス。しかし、それは本来の歴史でのように、発動させることが出来なかった。

 理由についても明白だ。腕から放つものという刷り込みがあり、そこから以外で放てなくなったのだろう。

 リベラルはラプラスによって手からでなくても放てるように鍛えられたため、特に労せず出来る。

 だが、手から放つことに慣れているルーデウスは、そう簡単には出来ないだろう。利き手でない方で箸を扱うように、一夜で出来るようなものではない。

 矯正することは出来るが、努力が必要となるだろう。

 

「これが出来れば両手を自由に動かしながら魔術を扱えるようになりますので、戦い方に幅が広がる筈です」

「コツとかありませんか?」

「慣れるまで時間を掛けて努力するしかないでしょう。やり方のイメージもルディ様なら想像出来るでしょう」

 

 彼女と同じことが出来れば、今よりも実力は格段に上昇するだろう。

 

「まあ、単純に質量を増やしたいのであれば、魔道具を使うことをオススメしますが」

「魔道具……その手がありましたか」

 

 本来の歴史でも使われたルーデウス専用の魔道具。

 いくつもの魔道具を束ねてリミットを解除することで、ガトリング銃のような連射性を持った岩砲弾を放つことが出来る。

 魔導鎧と組み合わせればオルステッドでさえ無傷で凌ぎ切ることが出来ないのだから、その性能と破壊力は言わずもがな知れよう。

 

「どうすればいいのかイメージ出来ました。ありがとうございますリベラルさん」

「構いませんよ。貴方は私の弟子なのですから」

 

 ニッコリと微笑んでみせると、ルーデウスは感動したかのように破顔させ、バッと腕を広げる。

 

「師匠!」

「おお、我が弟子よ!」

 

 2人して抱き合い、茶番を行う。

 

「なに意味不明なことしてんだ……」

 

 それを隣にいたパウロが呆れた表情で見つめてるのであった。

 

 

――――

 

 

 リベラルの居宅にいたパウロたちだが、そのまま解散するということはなかった。

 今度は彼女がパウロの居宅へと向かうのであった。ゼニスの診療のためである。

 道すがら、雑談しながら向かって行く。

 

「ふと思ったんですけど、リベラルさんとオルステッドさんって結局どっちの方が強いんですか?」

 

 ルーデウスがポツリとそのような言葉を溢した。

 以前にリベラル本人からオルステッドの方が強いという話を聞いたものの、やはりオルステッドの実力を見ていない以上ピンとこないらしい。

 それに魔力の回復が遅いことで全力の戦闘が出来ないこともあり、状況次第ではリベラルの方が強いのではないかと思ったのだ。

 パウロはオルステッドと未だに会ったことすらないため蚊帳の外となっているが、問い掛けられたリベラルが一番分かるだろう。

 

「間違いなくオルステッド様ですよ」

「じゃあ、オルステッドさんが全力を出せないと仮定したら?」

「事前準備ありで戦えるなら、私になるでしょう」

 

 これに関しては、以前オルステッドに話した通りである。

 それについては彼自身も勝てないであろうと認めていた。

 

「どちらも魔力無しの純粋な技量対決なら?」

「それは、何とも言えませんね。ただ闘気の使用がありになれば普通に負けます」

 

 技量勝負になれば、初見の技に対応しなければならないオルステッドの方が不利になるだろう。

 以前に教えたばかりなので完全な初見ではないものの、実戦で使われるとなると話は変わる。

 初見殺しが成功すればリベラルが勝てるが、失敗すれば地力の差で負けるという見解だ。

 

 闘気に関しては、リベラルは『龍聖闘気』を使えないため大きな差が開く。

 リベラルの闘気も弱くはないが、光の太刀を防げるほどではない。また、光の太刀を素手で放てるほど硬くもならない。

 その時点でどうしようもない差が生まれるだろう。

 

「まあ、互いに手合わせくらいはしますが、本気でやり合うこともないですからね」

「2人の手合わせ見てみたいですね」

「俺も興味あるぞ」

「パウロ様は呪いの影響を受けるので無理ですよ」

「チッ、仕方ねぇか」

 

 とまあ、そんな感じの会話をしながらパウロの家へと到着する。

 中へと入ると、アイシャとリーリャが出迎えた。

 

「お帰りなさい旦那様」

「おかえりお兄ちゃん! ご飯にする? お風呂にする? それともあ・た・し?」

「馬鹿なこと言うな。リベラルさんも来てるんだぞ」

「あっ、ほんとだ。テヘッ」

 

 今度はリベラルが蚊帳の外となってしまったが、挨拶をして彼女も家の中へと入って行く。

 

「ノルン様はいないのですか?」

「ノルン姉はまだ帰ってきてないよ!」

「そうですか」

 

 そんなやり取りをしつつ、ゼニスのいる場所へと向かう。

 部屋の中へと入れば、ゼニスは車イスに座りながらのんびりと庭の景色を眺めていた。

 入ってきたことに反応はなかったものの、声を掛ければ顔をそちらに向けることは出来ている。

 まあ、いつも通りの様子であった。

 

「ゼニス様、こんにちは。今日も診察しに来ましたよ」

「…………」

 

 このように挨拶をすれば、ゼニスは微笑み返す。

 パウロたちには退室してもらい、リベラルは早速治療するための調整を始めた。

 

 基本的には魔眼を使用し、魔力の流れに合わせて術式の流れも調整していく形だ。

 既に最終段階とも言えるところまで治療は進んでいた。

 今回の調整で、治療するための日にちが決定する。

 パウロたちにはまだそのことを伝えてないため、結果次第でサプライズとして伝えられるだろう。

 

「ゼニス様は、治ったら何がしたいですか?」

「…………」

「なるほど、パウロ様とのデートですか。お熱いですね」

「…………」

「息子と娘たちとも一緒に街を見回りたいですか。ふふ、きっと良いところに案内してくれますよ」

 

 感情を読み取りつつ、会話していく。

 ゼニスは未来の話をするとき、いつも楽しそうな感情を見せるのだ。

 こんな身体になっても、彼女は暗い姿を見せることなく明るい。

 

「……よし、と。今日はこれくらいですかね」

 

 しばらく調整を行い、キリのいいところで本日の診療を終える。

 本当ならば数時間程度ではなく、もっと長い時間行いたいところなのだが、ゼニスの体力の問題もあるので注意が必要だった。

 彼女は主張が出来ない状態なので、毎回決められた時間でやるべきことを行うようにしているのだ。

 

 外で待機していたリーリャへと声を掛け、本日の診察が終了したことを伝える。

 それからしばらくすると、パウロたちが中へと入ってくるのだった。

 

「リベラルさん、お母さんはどうでしたか?」

 

 最初に声を掛けてきたのはノルンだった。

 どうやら既に帰って来てたらしい。

 本日で大体の目処が立つと伝えていたため、その表情はどこか緊張している。

 彼女の後ろに控えていたパウロたちも、同様の表情を浮かべていた。

 

「ノルン様、帰ってきたんですね。しばらく見ない内にこんなに大きくなって……」

「……あの、この前の披露宴でも同じようなこと言ってませんでしたか……?」

「いえいえ、ほんと大きくなりましたから」

 

 ノルンは現在12歳である。

 赤子の頃から見てきたリベラルに取って、確かに大きくなったのは事実だろう。事実だろうが今言うことでない。

 それとは別に、彼女の胸が既に膨らんできている事実に何とも言えない気持ちとなってしまうのだ。

 

「馬鹿なこと言ってねぇで早くゼニスの状況を教えてくれよ」

 

 急かすパウロに謝罪をしつつ、リベラルは咳払いを1つして気を取り直した。

 

「診療とは称してますが、私が行ってるのはゼニス様を直接治療するものではありません。

 神子となった異常な魔力を解決するために必要な情報を収集しているのです」

「ああ、それは前に聞いたからそれは分かっている」

「魔法陣によってその魔力の矯正を行うので、それまではゼニス様が変化することはありません」

 

 何度も治療して段階的にゼニスの魔力を調整してもいいのだが、その方法だと時間が今よりもずっと掛かる。

 そのため、リベラルは一発でズバッと治そうとしているのだ。もちろんリスクはあるものの、それは段階を踏んでも変わらないというのが彼女の見解だった。

 リベラルが行うのは古代魔族の扱う肉体変化にも似ているため、経験や知識の多い方法で行いたいのだ。

 

「それで、どうなんですか?」

 

 ルーデウスの問い掛けに、リベラルは頷く。

 

「半年以内に完成し、ゼニス様を回復させることが出来ます」

 

 その言葉に、その場にいた者たちは息を呑んだ。

 

「……本当か? 本当に半年以内に治せるのか?」

「はい、既に最終段階まで移行してます。後は細かい調整をしてゼニス様の体調にさえ合わせれば、ですね」

「…………」

 

 転移事件が起き、変わり果てたゼニスと再会してから約6年。

 治すのに10年は掛かると言われた。

 けれど、当初告げられた治療予定の日よりもずっと早い年数だった。

 

 パウロは信じられないかのように唖然としつつ、ゼニスへと視線を向ける。

 ヨロヨロと彼女の元へと近付き、その手を握り締めた。

 

「なぁゼニス、後もうちょっとだ。後もうちょっとで治るんだってよ」

「…………」

「治ったらよ、家族で旅行でもしようぜ。ルーデウスも、ノルンも、アイシャも、みんな大きくなったんだ」

「…………」

「後はお前だけだゼニス。お前さえ治れば……バラバラになった家族がみんな揃うんだ」

 

 転移事件が起きてから約8年だ。

 その間、パウロはずっと家族が揃う日を待ち続けていた。

 けれどそれも、ようやく終着点が見えたのである。

 

 そんな彼の傍へと、ノルンとアイシャ、ルーデウス、そしてリーリャが寄り添った。

 彼らは言葉を発することはなかったが、パウロと同様にその日を待ち続けていたのだ。

 そしてパウロがどれほどの苦痛を抱えていたのかを知っているのだ。

 

「すごい……ゼニスさん、本当に治るんだ」

「当たり前です。私に二言はありませんよ」

「それは、良かったです。ブエナ村で過ごしていた時のあの人が戻ってくるのですね」

 

 シルフィエットとロキシーはその光景を見ながら、感慨深そうにそう呟いた。

 2人もブエナ村でのゼニスを知っているからこそ、その言葉には確かな実感がこもっている。

 きっと昔のことを思い出しているのだろう。

 リベラルも情景を感じる。

 

 半年以内で治ると彼女は告げたが、まだ具体的な日数は決まっていない。

 何度か調整を重ねれば、詳しい日程も決まるだろう。

 

「では、私はそろそろお暇しますね」

「リベラル様……本日もありがとうございました」

 

 リベラルは退室し、その場を後にした。

 

 

――――

 

 

 取りあえず、リベラルはゼニスと親しいエリナリーゼにもそのことを報告する。

 彼女は驚きと喜びを混ぜたかのような表情を浮かべ、リベラルにお礼の言葉を述べた。

 当然のことをしたまでなのだが、素直にその言葉を受け取る。

 エリナリーゼは『黒狼の牙』のメンバーにも報告したがっていたが、いないものはどうしようもないだろう。

 タルハンドは放浪してるし、所在不明だ。ギースは言うまでもないだろう。

 クリフも素直に治療出来ることを祝福してくれた。

 

 その後はエリナリーゼの呪いをどうにかするための相談も受け、しばらくそこで時間を過ごすことになった。

 

「ここをどうするかで迷っているんだ……」

「そこはもっとコンパクトに纏めてみてはどうでしょうか。立体構造の魔法陣を利用すれば可能だと思いますよ」

「ああ、そうか! そしたらこの空いたスペースに別のものを入れられるようになるのか!」

「その通りです」

 

 クリフは優秀なため、アドバイスをするとすぐにその意図を理解してくれる。

 そうして順調に開発していく彼の姿を見ていると、きっと本来の歴史ではエリナリーゼの呪いを解消することに成功するんだろうな、という想像をしてしまう。

 本来の歴史とズレている部分もあるため、自分が原因で作成失敗、という事態に陥ることだけは避けなくてはならない。

 

 そんな感じで、エリナリーゼとの関わりの時間も過ぎていった。

 リベラルも呪子といえる存在のため、試着に付き合わされたのはご愛嬌だろう。

 呪子としてのタイプは全く違うのだが、オムツ型の試作品を装着させられることとなった。

 その姿を見たエリナリーゼに爆笑されてしまい、恥ずかしさで死にそうになるのだった。

 

 また別の日には、ザノバの元で『魔導鎧』に関する助言をしたり、ジュリにも魔術のことを教えたりもした。

 魔導鎧に関してはザノバ、クリフ、ルーデウスの3人で協同して作成しているものの、本来の歴史と違いヒトガミの助言がない。

 そのため、リベラルが積極的にアドバイスする必要もあった。

 本来であれば既に完成しているであろう時期だが、まだ出来上がる段階まで来ていない。

 とはいえ、アスラ王国に行く前までには完成する予定だ。

 

「さて、静香の様子も見に行きますか」

 

 ナナホシは日本の味を恋しく思っているため、ルーデウスか自分が会いに行くときには和食を持っていくようにしている。

 今回はおでんを用意していき、空中城塞で温めるという形にした。

 それを食べたナナホシは、頬を緩ませながら匂いも堪能している様子だった。

 

 当然のようにペルギウスも食べに来るのだが、必ずといっていいほどダメ出しを一言付け加えてくる。

 そのため、腹いせに辛子を大量に詰め込んだ巾着を食べさせるという嫌がらせもしておいた。

 キレたペルギウスに襲われるという事態に陥ったが、返り討ちにしたので良しとしよう。

 

「研究の方は順調ですか?」

「そうね……まだまだ時間は掛かりそうだけど、完成には近付いていってるわ」

「ふふ、それはよかったです」

 

 ナナホシは基本的に空中城塞で過ごしており、たまにペルギウスからもアドバイスを頂いているようだ。

 そのお陰で行き詰まることもなく、研究を続けていけてるらしい。ペルギウス本人からも状況を確認しているため、間違いないだろう。

 

「じゃあ、少しばかり運動でもしましょうか」

「……お手柔らかにお願い」

 

 以前に約束していた護身術も忘れず教えていく。

 内容も比較的シンプルなものを選んだ。

 金的などの急所を狙うようなものを教えつつ、それでも対処出来ないとき用のものも教えた。

 一番は逃げ足を速くすることなので、早く走るためのコツや、鍛えておくことで速くなれる筋肉も鍛えていく。

 

 とはいえ、ナナホシは非力なため、それだけでもすぐに息切れしてしまうのは仕方ないだろう。

 そこまでガチガチに教えている訳でもないため、リベラルは文句を言ったりせず優しく教えていくのであった。

 

「ハァ……ハァ……」

「今日はこれくらいにしておきましょうか」

 

 空中城塞はかなり広いので、短距離走をするくらいの余裕はある。

 辛子を食べさせられたりしているペルギウスだが、何だかんだ言いつつその程度のことは許してくれるのだ。

 

「シャワーでも浴びて一緒に汗でも流しましょうか」

「…………」

「ルディ様の家にでも行きますか? それとも空中城塞のを使わせてもらいますか?」

「……いや、何で一緒に入ろうとするのよ」

「いいじゃないですか同性なんですから。何も減りはしませんよ」

「あなたの目つき、何かイヤらしいのよね……」

「ひどい! 私はもっと静香と親睦を深めたいだけなのに!」

「……はぁ、分かったわよ。今回だけよ」

「ありがとうございます!」

 

 その後、お風呂場でじゃれ合ったら静香にメチャクチャ怒られた。

 しばらく口を聞いてもらえなくなるだが、それは自業自得だろう。

 

 

――――

 

 

 そんなのんびりとした日々を、リベラルは過ごしていた。

 そしてその日々の出来事を、記録として纏めていく。

 

「……ふぅ。今日の分はこれくらいですかね」

 

 ブエナ村にいた頃からしていた習慣だ。

 ブエナ村で書いた分の記録は、転移事件が早まったこともあり消失することとなった。

 しかし、ラノア王国に来てからの分はちゃんと保存しているし、龍鳴山で過ごしていた頃のものも龍鳴山にキチンと保存している。

 

 本日分を書き終えたリベラルは、筆を置いて身体を伸ばす。

 凝り固まった骨や筋肉が解れていき、じんわりした気持ち良さが全身を駆け巡る。

 

「今のところは全部順調ですね」

 

 ゼニスの治療に目処は立った。

 ヒトガミの邪魔は出来ているし、逆に布石を置くことも出来ている。

 アリエル関係も順調であり、アスラ王国の問題もこのまま行けば苦労せず解消することが出来るだろう。

 オルステッドの問題に関する研究も少しずつだが、ちゃんと進めていくことが出来ている。

 ナナホシの転移装置も、全て順調だ。

 

 このまま行けば、リベラルは全ての目標を達成することが出来るだろう。

 そして、ナナホシと交わした約束と、ラプラスとの誓いも果たせる日は遠くない。

 

「ふふ、楽しみですね」

 

 ペラペラと、書き記した記録を閉じる。

 そのまま書庫へと記録を戻し――。

 

 

「――ん?」

 

 

 ふと、違和感を感じて振り返った。

 もちろん、誰もいないし何かがあるわけでもない。

 リベラルが座っていた椅子と机、そして記録として書かれた本が乱雑に置かれてあるだけだ。

 

「…………」

 

 何故か分からないが、妙な胸騒ぎがした。

 己の気配察知をすり抜け、誰かがこの場で何かを出来るわけもない。

 キョロキョロと見渡しても、隠れられるスペースがある訳でもない。

 

「気のせいですか……」

 

 リベラルは扉を開けて出て行こうとし、

 

「まあ、誰もいませんよね」

 

 再び振り返ったのだが、もちろん誰もいないのだった。

 そんなことは分かり切っていたことだ。

 

 ここ最近、睡眠をあまり取っていなかったため疲れているのかも知れない。

 そう思ったリベラルは扉を開け、出て行くのであった。

 

 

 

 

 七章 “禍福は糾える神の如し” 完

 

 

 

 

――――

 

 

 分岐点(ターニングポイント)は既に過ぎ去っていた。

 

 とても大切な分岐点だ。

 全ての運命が決まると言っても過言ではなかった。

 だが、既に過ぎ去った分岐点は、巻き戻すことが出来ないのだ。

 

 ヒトガミの力を、私は知っている。

 知っているのに、気付くことが出来なかった。

 

 ヒントはいくつもあった。

 例えば、ルーデウスが剣神に襲われたこと。

 聖獣の様子がおかしかったこと。

 内通者によってこちらの行動が筒抜けになっていたこと。

 

 他にもたくさんあった。

 なのに、私は、私たちはそこから答えを導き出すことが出来なかった。

 

 平和に甘え、実力に驕り、侮ってしまったのだ。

 幸せは徐々に崩れていくこともあれば、唐突に壊れることもある。

 

 これは、応報だ。報いだ。

 

 何度も強く誓い、何度も約束した。

 けれど結局、私は何も果たすことが出来ない。

 現実は残酷で、理不尽で、不条理で、そして救いがないのだ。

 

 

 

 

 そして、数ヶ月後――シルフィエットと、ロキシーが魔石病に掛かったという報告を受けた。






「ねえ、君たちさぁ……僕のことを舐めてたよね?」

「どうせ何も出来ないって、舐めてただろ」

「まあ、いいさ」

「君たちが馬鹿なお陰で、僕は予定通りに事を進められたよ」

「あ り が と う」


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八章 未来へと紡ぐ一筋の希望
1話 『分断』


 

 

 

 リベラルはいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。

 その日は自己鍛錬の日に当てており、新たな魔術の開発や、武術の開拓に勤しんでいたのだ。

 

「ふっ!!」

 

 何度か型となる動きを繰り返しつつ、脳内で使う場面をイメージしていく。実用性がなさそうであれば続けることはないが、ありそうなら同じ動きを継続する。

 1人で黙々としているその姿は、素人目にはよく分からないだろう。だが、少しでも武に携わっているものであれば、高度なその動きからシチュエーションや相手すらも浮かび上がる。

 そうして集中していたリベラルだったが、遠方からの気配を感じ取り、その動きを止めた。

 

「リ、リベラルさん!」

「ノルン様?」

 

 遠くから駆け付けて来たのは、ノルンだった。

 よほど急いで来たのか、とても息を切らせてる様子だ。

 普段、彼女がここまで来ることはほとんどない。

 意外な人物がやってきたことに、リベラルは頭に疑問符を浮かべた。

 

「何かありましたか?」

「すぐ、すぐに来て欲しいんです! シルフィ姉さんと、ロキシー姉さんが……!」

「分かりました。すぐに向かいましょう」

 

 そのただならぬ様子に、リベラルはすぐに意識を切り替える。

 何か大変なことが起きたのであろうことは一目瞭然だ。

 態々ノルンが来ているということは、ルーデウスも手が離せないということだろう。

 以前あった暗殺者のように、敵襲の可能性も考えられる。

 状況は分からないが、早く行く必要があるだろう。

 

「背負った方が早く行けます。乗ってください」

「は、はい」

「場所はどこですか?」

「今は兄さんの家です」

「分かりました。舌を噛まないように気を付けて下さい」

 

 そのままノルンを背中に抱えたリベラルは、全力でルーデウスの家へと向かって行った。

 それなりの距離があるものの、彼女が本気で走ればあっと言う間にたどり着く。

 

 家に着くと、ノルンを降ろして中へと入る。

 家内に争った形跡はないため、敵襲でなさそうなことは一先ず確認した。

 

「こっちです!」

 

 ノルンに案内されて奥の扉を開けば、そこは大所帯となっているのだった。

 ルーデウスに、パウロ、リーリャ、アイシャ。レオも傍にいる。それだけではなく、クリフにエリナリーゼもいた。

 そして彼らの中央に、苦しそうに横たわる2人の姿が。

 

 シルフィエットとロキシーだ。

 2人は高熱にうなされているのか、顔を真っ赤にしながら大量の汗を流していた。

 

「状況を教えて下さい」

 

 これほどの人数がいるのだから、誰かしら分かっているだろう。

 そう思い質問したのだが、それに答えたのはクリフだった。

 

 

「…………魔石病だ。2人は魔石病に掛かっている」

 

 

 リベラルにも分かりやすくしようとしたのだろう。

 彼は2人のズボンの裾を捲り上げ、その足を見えやすくした。

 

 シルフィエットとロキシーの足先。

 指先の全てだ。

 その先端が、青黒くなっていた。

 

 内出血のような皮膚色などではない。

 まるで。

 そう、まるで。

 身体が結晶になっているかのように、固く変化していた。

 

 

「――――」

 

 

 リベラルは長年生きてきた。

 それでも実際にこの目で見るのは初めてだ。

 しかし、知識としてはよく知っている症状でもある。

 

 経口感染でしか掛からぬ、マイナーな奇病だ。

 仮に菌に感染したとしても、半日程度で死滅する。

 そして、子宮に胎児がいるときにしか掛からない。

 そんな特殊な病気。

 しかし、妊娠中にもしも罹患してしまえば。

 胎児を媒介に、母体を魔石へと作り変えてしまう。

 それは身体の末梢から段々と進行していくのだ。

 

 ここまで特徴的な症状で、間違えるわけがない。

 ――間違いなく魔石病だった。

 

 

「そんな……あり得ない……」

 

 

 思考を纏めることが出来ず、現実を否定してしまう。

 普段からふざけることはあっても、冷静さだけは欠くことがなかった。

 それでも、目の前の現実に取り乱してしまう。

 

 そもそも魔石病は、リベラルが一番避けようとしていたものだ。

 己も、そしてオルステッドも治療することの出来ぬ最悪の病。

 誰も罹患しないように、魔大陸から帰還する際は態々魔眼を使ってまでネズミがいないか確認もした。

 聖獣レオも召喚し、ネズミが一匹も縄張り内に侵入しないようにもした。

 

 だというにも関わらず、魔石病になった……?

 思わず近くにいるレオへと視線を向ける。

 

 

「くぅーん……」

 

 

 レオは悲しそうだった。

 少なくとも、ネズミを甚振るためにわざと見逃したりなどしないだろう。

 だが、どこか腑に落ちないことも沢山ある。

 聖獣がいながら、魔石病に掛かったネズミが侵入してしまうことがあり得るのだろうか、と。

 

 

「リベラルさんなら……2人を、治せますよね?」

 

 

 そうして思考に落ちていた彼女へと、ルーデウスの声が通る。

 彼は泣いてはいなかった。

 それでも、縋りつくかのような声色だ。

 全員の視線がリベラルへと向く。

 

 そんな希望に対し、彼女は首を縦に振ることが出来なかった。

 

 

「……残念ながら無理です。魔石病は私もオルステッド様も治療することが出来ません」

 

 

 残酷な宣告だ。

 ここで嘘を吐いたところで、誰も救われはしない。

 この場に。

 この国に治す手段は存在しないのだ。

 

 

「そう、か……なら、この病気の治し方は世界に1つしかない。

 ――ミリシオンの大聖堂に保管されている神級の解毒魔術。これだけだ」

 

 

 クリフのその言葉に、場は沈黙する。

 ミリス大陸の南東に位置する、ミリス神聖国の首都だ。

 転移陣を用いたとしても、数ヶ月は掛かる位置に存在する。

 しかし、ペルギウスの協力を得れば、もっと早くに到着出来るだろう。

 だとすれば、まだ希望はあった。

 

「……僕が行こう。僕は教皇の孫だ。絶対に見せてもらえるように取り計らってみせる」

 

 頼もしい言葉だった。

 クリフの言葉は、その場にいた全員に希望を与えた。

 

「俺も行きます」

 

 当然ながら、ルーデウスも声を上げる。

 

「オレも行くぜ。義娘の窮地だ。ここで行かなきゃ、ロールズの奴に顔向け出来ねぇ」

 

 傍にいたパウロも、力強い瞳で名乗り上げた。

 その隣で同じく名乗ろうとしたエリナリーゼだったが、彼によって止められる。

 

「エリナリーゼ、お前は来なくていい。そうだろクリフ?」

「パウロさんの言う通りだ。リーゼ、君は身重なんだ。ここで待っていて欲しい」

「……分かりましたわ」

 

 2人の発言に、彼女は挙げようとしていた手を下ろす。

 まだまだ華奢な身体をしており、目立ってはいない。

 だが、言葉通りエリナリーゼのお腹は少しだけ膨らんでいたのだ。

 そんな彼女を連れ回ることは出来ないだろう。

 

「ノルン、アイシャ、リーリャさん。3人は待っていて欲しい。母さんを頼みます」

「……分かりました旦那様。私たちはここでお待ちしております」

「うん、分かったお兄ちゃん。奥様のことは任せて」

 

 素直に受け入れた2人に対し、ノルンだけは不安そうな表情を浮かべているのだった。

 

「ノルン、2人は必ず助ける。だから任せてくれ」

「うん……気を付けてね、兄さん」

「ああ、大丈夫だ」

 

 安心させるかのようにギュッと抱き締めたルーデウスは、そのことを告げると離れる。

 最後にリベラルへと視線を向けるのだった。

 

「当然私も行きます、が……ザノバ様はどちらに居られるのですか?」

 

 普段であれば、ルーデウスとよく一緒にいる姿が印象的だ。しかし、このメンバーの中で彼だけがいないのは不自然だろう。

 そうして疑問を零したのだが、そのタイミングで入り口の扉が開かれた。

 入ってきた人物は、今しがた話にあがったザノバであった。

 

「ザノバ!」

「師匠……」

 

 どこか悲痛な表情を浮かべているザノバ。

 そんな彼の手には、1枚の手紙が握られていた。

 一体何なのかと思っていたところで、口が開かれる。

 

「話は聞いております。聞いておりますが……余は同行することが出来ませぬ」

「なっ……」

 

 咄嗟に言い返そうとしたクリフに、彼は手紙の内容を見せた。

 

 

「我が弟のパックスが、クーデターに成功しましてな。帰還の勅命がきました」

 

 

 その言葉に、クリフとルーデウスが固まる。

 

「クーデター……?」

「内乱で疲弊した所を他国が攻めてきそうなので、余を国に戻し、防備を固めるそうです。

 なので、ちょっと行ってまいります」

「いや、ちょっとってお前……」

 

 突然の話に、彼らは混乱してしまう。

 ザノバが同行出来ない理由も正当な理由だった。

 一体何があってそのようなクーデターが起きたのか分からないが、彼の持ってきた手紙は本物だ。

 であるならば、その問題を無視することは出来ない。

 

 シーローン王国での出来事は――魔神ラプラスの誕生に大きく関わるのだから。

 

 

 唐突に大きな出来事が2つも発生し、混乱は止まらない。

 その混乱は、時間を置くことで冷静さを取り戻したリベラルによって止められる。

 彼女は大きく手を叩き、注目を自身に集めた。

 

「状況を整理しましょう。

 シルフィエット様とロキシー様を治すためには、ミリシオンにある神級魔術を見に行かなくてはならない。

 ザノバ様は祖国がクーデターにより戦力が低下し、他国との戦争があるため戻らなくてはならない。

 ここまではいいですか?」

 

 言葉にしてしまえば、単純なことだ。

 単純なように聞こえれば、周りも落ち着いていく。

 

「幸いにも、ここには力や権力のある人物が揃っています。2つの問題に向き合うことは出来るでしょう」

「権力?」

「ペルギウス様の協力も得ます。そうすれば対処出来るはずです」

 

 甲龍王の名は絶大だ。

 確かにミリスでの影響力はアスラ王国に比べて少ないが、それでも無視することは出来ない。

 シーローン王国もそうだろう。

 小国であるため、その名を無視できない。

 

「借りれるんですか?」

「前々から力を貸してもらうことに了承を得ています。ミリスの方はともかく、シーローンの方には協力してくれるでしょう」

 

 先ほども言ったように、シーローンは魔神ラプラスの転生に関係する場所となる。

 であるならば、ペルギウスが手出しすることも吝かではないだろう。

 ザノバの安否が不安であっても、甲龍王がいれば安心出来る。

 

「オルステッド様にも伝えますので、力を貸してくれるでしょう」

 

 そちらに関しては言わずもがなだ。

 この問題を放置する訳がない。

 魔神ラプラスの誕生は、ヒトガミ打倒のために大きく関わるイベントだ。

 リベラルの書いたルーデウスの未来日記を読んでいるなら尚更である。

 

「ザノバ様にもサポートをつけられると思いますので、安心して下さい」

「……感謝しますぞ」

 

 予定としては、ミリシオンにはルーデウス、パウロ、クリフ、リベラル。

 シーローンにはザノバ、ペルギウス、オルステッド。

 留守番はノルン、アイシャ、リーリャ、エリナリーゼ、レオとなるだろう。

 元親衛隊を連れて行くことも考えたが、留守組の戦力が乏しいため、そちらの守りを固めてもらうようにしておく予定だ。

 

 しかし、やはり気になるのは魔石病に掛かったネズミが紛れ込んだ理由だろう。

 魔石病に誰もならないための準備をした上で、魔石病になってしまったのだ。

 本来の歴史では、運命の力が弱るロキシーの妊娠中を狙い、ルーデウスを誘導することで成功させた。

 だが今回は話が違う。

 聖獣レオは既に召喚しているし、何よりもルーデウスがヒトガミと敵対している。

 そんな状況の中で、魔石病に掛かるのは異常事態だろう。

 

「話が変わりますが、皆さんに確認です。些細なことでもいいので、普段と違ったことが最近ありませんでしたか?」

 

 唐突な質問に、全員が顔を見合わせて首を傾げる。

 その反応は、特に何もなかったということだろう。

 

「夢の中でヒトガミを名乗る存在と出会ったりしませんでしたか?」

「いや、そんなことはなかったな……」

「余もありませんな」

 

 クリフとザノバの返答に、リベラルは違うかと考えを改める。

 そこに、パウロが遠慮がちに挙手した。

 

「些細なことって訳じゃねぇが、そういえばこの前ギースと会ったぜ」

 

 

「――ギース様と会った……?」

 

 

 何てことないかのように告げられた発言に、リベラルは固まる。

 そんな彼女の様子に気付くこともなく、パウロは続けた。

 

「ああ、ゼニスの様子を見に来たんだよ。治るかも知れないって話は元々知ってたからな」

「…………何故捕まえなかったのですか?」

「は? 捕まえる?」

「ギース様は敵の可能性が高い存在です。そのように伝わってませんか?」

 

 その言葉に、ギースのことを知っている者たちは全員驚いた表情を見せる。

 誰もそのことを知らなかったのは明白だった。

 リベラルは思わずルーデウスへと視線を向ける。

 彼から皆に伝えるよう言った筈だった。

 

「いやいや、皆にそのことは言った筈です……えっ、言いませんでした?」

「……初耳ですわ」

 

 全員の反応から、ルーデウスが伝えられていないのは明らかだろう。

 否定しようとしていたが、途中から不安になり曖昧な様子となっていた。

 呆れる場面なのだろうが、状況が状況なだけにそんな反応は出来なかった。

 

「ルディ様、うっかりすることは誰にでもありますが、結果としてこうなったのです」

「……はい」

「私自身も全員に周知しなかったことが原因ですが、2人を救いたいなら気を引き締めて下さい」

 

 実際にギースが原因で魔石病になったのかまでは分からない。

 まだ挽回する余地はあるため、次こそは同じ過ちを繰り返さないようにする必要があるだろう。

 

「魔石病の進行速度は私も分かりません。明日にでも出発出来るように準備してください」

「分かりました」

 

 ひとまず、オルステッドやペルギウスにもこのことを伝える必要があるだろう。

 リベラルはこの場を後にし、まずはオルステッドの元へと向かった。

 

 

――――

 

 

 魔石病のこと、シーローンのこと、メンバーについての報告をオルステッドにした。

 彼はしばらく沈黙した後、深い溜め息を溢す。

 

「……分断させられたな」

「分断ですか」

「ああ、まずこの時期にパックスがクーデターを起こしたことはない。準備も何も足りない状態だからな」

 

 彼の言う通りだろう。

 本来であれば、奴隷市場を利用して資金を溜めたり仲間を増やし、人質を取って敵を倒して力を付けていく。

 そして、最後にクーデターを起こすことになるのだ。

 

 今回はパウロを使って事前に奴隷市場を潰そうとしていたが、そちらは失敗している。

 更にはルーデウスやロキシーも訪れていないため、王竜王国に追放されることもなかった。

 オルステッドの知る歴史通りになった筈なのだが……どういう訳かこの時期にクーデターが起きてしまった。

 クーデターが起きるのはオルステッドにとっても喜ばしいことなのだが、ヒトガミが関わっているとなれば話は別だ。

 ルーデウスの日記のように自殺するとまでは言わないが、何かしらのトラブルが起きる可能性が高い。

 

「お前の言う通り、俺はシーローンに向かう必要がある。ミリシオンに同行することは出来ないだろう」

「そりゃそうですね」

「ペルギウスを勝手に仲間にしたことに言いたいことはあるが……今はいいだろう」

 

 文句はあったが、優先順位がある。

 今すべきことはそんなことではないことくらい分かっているのだ。

 

 

「どちらかに使徒がいる可能性が高い。

 恐らく――『闘神』が待ち構えているだろう」

 

 

 以前の情報と照らし合わせると、その予想に至るだろう。

 キシリカからもそのことを警戒されたのだ。

 

「……なるほど、バーディガーディ様ですか」

「ああ。行方不明になっていることから間違いないとみてる」

 

 つまり、ヒトガミの持てる全力の戦力をぶつけてくる訳だ。

 オルステッドとリベラルが固まっていると返り討ちにされると考えているからこそ、このタイミングでシーローンでのクーデターが起きたのだろう。

 魔神ラプラスの誕生に関係する以上、オルステッドはシーローンに向かわざるを得ない。

 そのことを考慮した上での分断の恐れがあった。

 

 自然と、リベラルの手に力が入る。

 どちらに来るにせよ、彼女は負ける気など更々なかった。

 

「剣神もいる可能性がありますか」

「そうだな。……仮にミリシオンに2人がいたとしても、対応出来るか?」

 

 向かうのはリベラルだけではないが、闘神の相手で手がいっぱいになることを考えると、戦力不足感が否めない。

 それはオルステッドにも言えることなのだが、全力を出せば対処できる範囲だ。

 

「――出来ます」

 

 彼女は迷わずそう告げた。

 確かに不安はあるだろうが、パウロもルーデウスも本来の歴史よりずっと強くなっているのだ。

 少なくとも、時間稼ぎくらいは出来ると信じていた。

 

「そうか、ならばそちらは任せる」

「任せてください」

 

 力強く頷いたリベラルに、オルステッドも信じることにした。

 

「それと魔石病の進行速度だが、個人差はあれど3ヶ月程で手遅れとなる」

「3か月……結構早いですね」

「故に、余計な時間を食わないようにしておけ」

 

 その時間を早いと見るか、遅いと見るかは人それぞれだろう。

 ペルギウスの転移陣を使えば余裕はあるのだが、ヒトガミの使徒による邪魔があることを考えると心許ない時間でもある。

 ルイジェルドに応援要請することも考えたのだが、それは時間的に厳しかった。

 可能であればシルフィエットとロキシーも連れて行きたいとも考えたのだが、使徒の存在を考えると止めておくべきだろう。

 

「分かりました。明日には向かいたいと思います」

「そうするといい。使徒がいるにせよいないにせよ、こちらが向かう正確な時間までは分からんのだ。先手は取れるだろう」

「それもそうですね」

 

 どちらにせよ、ヒトガミが勝負を仕掛けてきた以上、行動しなくてはならないのだ。

 その結果がどうなるのかは、まだ誰にも分からない。



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2話 『饗宴』

 

 

 

 当初の予定通り、ミリシオンにはルーデウスとパウロ、クリフとリベラルが向かうことになった。

 シーローンに関してはまだ時間に猶予があるため、1週間後に出発予定だ。そちらに関してはザノバとオルステッド、そしてサポートとしてペルギウスがいる。

 留守組に関しては、こちらも予定通り元親衛隊が護衛に当たってくれることになった。治癒魔術を使えるものもいるため、なるべくシルフィエットとロキシーの傍にいてもらう予定だ。

 

 荷作りを終え、早速出発することになった。

 今回は急ぐ旅である。

 装備も最低限だ。

 数日分の飲食物と金銭。

 クリフの体力が少ないため、馬を購入して向かう。

 

 昨日の時点でペルギウスには話は通してあるため、馬でも空中城塞に入ることに了承は貰っている。

 そのため、ラノアから馬で向かうことになった。

 

「クリフ先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、これくらい大丈夫だ」

 

 クリフは馬に乗った経験が少なかったため、予定より向かう速度は落ちた。

 と言っても誤差の範囲内だ。

 徒歩で行くより何倍も早いことに変わりない。

 彼は申し訳なさそうにしていたものの、その程度で怒るものもこの場にはいなかった。

 

「なぁリベラル。闘神と剣神がいるかも知れないって本当か?」

 

 道中で、パウロが困惑するかのようにそう尋ねてくる。

 彼女はそれに対し否定することなく、可能性について話すことにした。

 

「絶対ではありませんが、私はそう考えてます。シーローンの方にいることも考えましたが……ミリシオンにいると睨んでます」

 

 リベラルがそう思うのには、理由がある。

 かつてオルステッドは3人の使徒と同時に戦ったことがあるのだが、その時のメンバーが剣神、北神、魔王なのだ。

 それは別の世界線での話だが、失敗に終わった。

 であるのならば、彼よりも弱いリベラルを潰そうとするのが自然だろう。

 そのため、戦力をミリシオンに向けてくるのではないかと考えていた。

 

「闘神って、七大列強三位ですよね? 勝てるんですか?」

 

 額面通りに受け取るのであれば、オルステッドの次に強い存在である。

 ルーデウスが不安に思うのも仕方ないだろう。

 

「そうですね……私も全力で戦う必要があります。切り札を使いたいところですね」

「切り札?」

「……かつて初代龍神を止めるために戦いを挑んだ五龍将たちが使っていた変身魔術です」

 

 と言っても、ルーデウスたちには伝わらないだろう。

 リベラルは続けて説明していく。

 

「変身することで、身体能力を爆発的に向上させ、その身を鋼よりも硬化に変えます」

 

 彼女の話すそれは、文字通り圧倒的な火力を生み出す。

 身体は本来の三倍ほど大きくなり、鱗も分厚く、顔に至るまでびっしりと覆う。

 鼻と口が突き出し、後頭部から角が生え、まるでドラゴンのように変貌するものだ。

 体をより原始的なものへと変質させ、爆発的な力を得る。

 その代わり、己の寿命を大きく縮めることになる秘術。

 

 気軽に使えるものではない。

 発動にも準備時間がいるため、余裕がある訳でもないだろう。

 

「もしも闘神がいれば……1分間、いえ、30秒だけ時間を稼いでください。その間に準備を終えます」

「30秒……稼げますかね」

「大丈夫だルディ。オレもいるぞ」

 

 自信を感じさせる声色でそう告げたパウロだが、実際にリベラルも彼のことを頼りにしていた。

 パウロは水神流のレベルも高いため、時間を稼ぐとなればこれ以上ないほどに適任とも言えるのだ。

 北神流にもそういった時間稼ぎに関する技もあるため、30秒なら十分稼げると信じていた。

 

「ルディ様も、無理に戦おうとせずに時間稼ぎに徹して頂ければ大丈夫です」

「……というと?」

「泥沼のような妨害系の魔術を全力で使えば、凌げる筈です」

「なるほど」

 

 ルーデウスが扱うのは攻撃系の魔術だけではない。

 泥沼もそうだが、重力魔術なども時間稼ぎにはもってこいの魔術だろう。

 それ以外にも一時的に空を飛翔することも出来るため、剣神がいようとも何とかなると見ていた。

 

「僕はどうすればいい?」

「クリフ様はなるべく私たちの傍を離れないようにしてください」

「分かった」

 

 彼も自分が一番足手まといであることは自覚しているのだろう。

 悔しそうにしながらも、素直にリベラルの言葉を受け入れた。

 

 その他にも、3人には状況に合わせた対処法について伝えていく。

 闘神や剣神がいるかは分からないものの、伝えることで不利益は発生しない。

 彼らも真剣な表情で話を聞いていった。

 

「それとクリフ様。ミリシオンでの神級魔術の観覧についてですが、出来ない可能性が高いです」

「なに?」

「魔族排斥派が必ず邪魔してくるでしょう。ですので、そのことを考慮する必要があります」

「そうか、そうだな。そのこと忘れていたよ……ありがとう」

「いえいえ、交渉を優位に進めれればそれでいいですから」

 

 魔石病の進行も遅くはないため、可能な限り物事を早く行う必要がある。

 なるべく不確定要素は減らしたかった。

 

 そのままミリシオンに向かうため、一度空中城塞を経由する必要がある。

 ケイオスブレイカーへとたどり着くと、ペルギウスが直々に出迎えるのであった。

 

「来たな、リベラルよ」

「ワガママを聞き入れてくださりありがとうございます、ペルギウス様」

「構わん。珍しいことに貴様が必死に懇願してきたからな」

 

 事情は既に聞いているため、態々声を掛けに来たのだ。

 彼とて魔石病について多少の知識はあれど、治す術は持たない。

 愛する妻を2人同時に失いそうになっているルーデウスに対し、流石に同情的な視線を向けている。

 

 ナナホシも様子を見に来たようで、ペルギウスの傍に控えていた。

 彼女はルーデウスに声を掛け、同情や励ましの言葉掛けをしているようだった。

 その間に、ペルギウスがリベラルへと話し掛ける。

 

「ふむ……どうやら死ぬ気はなさそうだな」

「いやいや、当たり前じゃないですか。治しに行くのに何で死を覚悟しなきゃならないんですか」

「だが、今回は敵の策略に見事に引っ掛かったのであろう?」

「策略ごと打ち破りますよ」

 

 ククク、と面白そうに笑う彼に対し、リベラルは呆れた表情を浮かべる。

 

「ふん、貴様の強さは我がよく知っている。不覚を取るとは思っておらぬ」

「ツンデレですか」

「ツン……? まあよい。我をここまでこき使うのだ。つまらん結果になれば承知せぬぞ」

「言われなくても」

 

 そこでペルギウスは押し黙った。

 何か言おうとしているのは分かったため、急かさず静かに待つ。

 

「この雰囲気、昔のことを思い出す」

「戦争の頃ですね」

「どうなるのか結果が分からぬ、五分五分の戦いを強いられた時の空気だ」

「でも、私たちはその勝負を勝ち続けてきた」

 

 ラプラス戦役でも、似たような状況はあった。

 彼女の言葉通り、戦いに勝ったからこそ2人はこの場にいるのだ。

 こんなところで負けるつもりなど更々なかった。

 

「…………リベラル」

「何ですか?」

「貴様は我に残された数少ない戦友の一人だ」

「そうですね」

 

 どこか不安そうな表情を浮かべ、彼は告げる。

 

「…………死ぬことは許さんぞ」

 

 珍しく弱気な発言を溢したペルギウス。

 その様子にリベラルは目を白黒させ、やがて苦笑を浮かべる。

 

「何言ってるんですか。そこはさっさと帰ってこいとか、そんな言葉でいいんですよ!」

「フッ……それもそうだな」

 

 ペルギウスは一呼吸置いた後、再びリベラルを見据えた。

 

「貴様に貸した借りは沢山ある。さっさと終わらせて帰ってくるがよい。その時は我が再び出迎えてやろう」

 

 その言葉に、リベラルは笑みを浮かべる。

 

「でしたら、温かい飲み物でも用意して待っておいて下さい」

 

 ペルギウスの肩をポンっと叩いた彼女は、その横を通り過ぎていった。

 彼も先ほどの不安を解消したのか、いつもの余裕ある表情へと変わった。

 

 そのタイミングでナナホシもルーデウスとの会話を終えたのか、彼女の元へと歩いて来るのだった。

 

「リベラル」

「何ですか静香、貴方まで不安そうな顔して」

「いや、心配して当然でしょ……」

 

 ナナホシは戦う力がないので、七大列強などと言われてもピンとこない。

 それでも戦地に向かうとなれば、そのような思いを抱くのも当然だろう。

 それに、彼女はある程度関わった人間が死んだり、死にそうになったという経験がない。

 シルフィエットやロキシーが誰にも治すことの出来ない奇病に掛かったとあれば、不安を隠すことが出来なかった。

 

 そんな彼女に対し、リベラルは安心させるかのようにウインクしてみせる。

 

「大丈夫ですよ。私は死ぬつもりもありませんし、誰も死なせる気もありません」

「…………」

「それに、静香との約束を果たすまでは何がなんでもここに帰ってみせますから」

「なら、いいけど……」

 

 そのまま脇を通り抜けたリベラルは、話し終えて待っていたルーデウスたちの元へと歩いて行く。

 そして、空中城塞を後にするのであった。

 

 転移魔法陣からミリシオンまでは、約3日間ほどの距離だった。

 馬を空中城塞に通す許可はもらっていたため、態々近隣の村に立ち寄る必要はない。

 なので、真っ直ぐ向かうことが出来る。

 

 馬やルーデウスたちの体力が持たないため、夜間は流石に野宿だ。

 ルーデウスとしては1秒でも早く到着したいだろうが、無理をした結果ヒトガミの使徒に不意を突かれたりすれば目も当てられない。

 焦っている時こそ、慎重にならなくてはならないのだ。

 

「ルディ、ご飯はちゃんと食っとけよ」

「……はい」

「あと、眠れないのは仕方ねぇけど、それでも無理やり寝るんだぞ」

 

 ラノアを出発する頃は問題なかった。

 しかし、時間が経つにつれて徐々に冷静になり、思い出してしまうようになったのだろう。

 道中ではルーデウスが焦りや緊張によって、酷い様子になっていたのだ。

 目には隈が出来ており、食事もあまり喉が通っていない。

 体調不良であることが目に見えていたのだが、パウロのように気休めな言葉しか掛けることが出来なかった。

 クリフも何とか落ち着いてもらおうとしていたが、あまり芳しくないようだ。

 

 ギースのことをみんなに伝えられてなかったという事実が、かなりメンタルにきているらしい。

 実際にギースが原因なのかは不明だが、かなり怪しい存在であることは確かだ。

 もしもちゃんと伝えていれば、という思考と自責の念に囚われている姿がよく見られた。

 

「ルディ様、魔石病を治せれば失敗なんて気にする必要もないでしょう」

「……まあ、そうかもしれませんね」

「落ち込むのは分かりますが、しっかりしないと助けられるものも助けられなくなりますよ」

 

 ルーデウスは転生する前にも、同じようなうっかりミスをしたことがあるのだろう。

 だからこそ、今回の失敗を引きずってしまっているのではないかとリベラルは考えている。

 今度こそ後悔しないように本気で生きていく、と誓ったのに、今の状況になればクヨクヨするのも仕方ないのかも知れない。

 もっとも、元気を出して集中してもらわなければならないのも事実だ。

 今の状況で襲撃を受ければ厳しい場面が出てくるだろう。

 

 そうしてミリシオンへと向かって行く中、遂にその時がやってくるのであった。

 

 

――――

 

 

 ミリシオンへと向けて馬を駆けて行く中、先頭を走っていたリベラルが足を止める。

 彼女の視線の先には、3人の人物が行く手を遮るように立っていた。

 

 リベラルに追い付いたルーデウスたちも、横に並ぶかのようにして馬を止めた。

 

「まじかよ……話は本当に事実だったのかよ……」

 

 信じられないものを見たかのように、パウロは悲しそうに呟いた。

 それもその筈だろう。

 彼にも前方に並んでいる人物の顔がハッキリ見えたのだ。

 

 

「ギース……! 何でお前がそこにいるんだよ!」

 

 

「悪いなパウロ、俺はこっち側なんだよ」

 

 視線の先に映るのは――ギース・ヌーカディアであった。

 

 彼は悪びれた様子も見せず、堂々とそう告げた。

 その事実をパウロは信じたくなかっただろう。

 同じ冒険者の仲間として、長年の付き合いがあるのだから。

 そんなギースが自分たちを裏切り、悪神の味方をするなんて悪い夢でも見てるのかとすら思うのだった。

 

「リベラルさん、隣にいるのは誰なんだ」

「……あれは、剣神ガル・ファリオンです」

 

 それは元々予想していたことだったので、特に驚きはなかった。

 しかし、もう1人の人物はリベラルも予想していない人物であった。

 

「そして更に隣にいるのは――北神カールマン三世アレクサンダー・ライバックです」

 

 まさかの人物に、彼女は計画の修正が必要なことを悟る。

 ルーデウスたちに伝えたのは、剣神と闘神の対処法だ。

 北神までいるのであれば、通用しない対応が出てくる。

 だが、肝心の闘神は見当たらない。

 周囲の警戒もするのだが、どこかに潜んでいる様子もなかった。

 

 まさか3人だけなのか、と勘繰ってしまう。

 もしもそうであれば、リベラルが1人で片付けることが出来るだろう。

 

「ルーデウス様、クリフ様は下がって下さい」

「分かりました」

「わ、わかった」

 

 魔術師である2人は後ろへと移動してもらい、リベラルとパウロは馬から降りる。

 パウロはいつでも動けるように、既に抜剣済みだ。しかしその視線はギースに釘付けだった。

 

「闘神はいないのですか」

「ハッ、見ての通りだぜ。俺様たちが相手だ」

「ガル様……何故私たちと戦おうとするのですか?」

 

 その質問は時間稼ぎという訳ではない。

 単純に気になったのだ。

 態々剣の聖地から離れ、どうしてこちらを襲おうとするのか。

 ヒトガミに一体何を言われたのか知りたかった。

 

 だが、ガルはその問い掛けに対して鼻で笑う。

 

「なぁ銀緑、お前が剣の聖地にその隣の奴を迎えに来た時のことを覚えてるか?」

「……覚えてますよ。稽古と称して百人組手みたいなことをさせられましたね」

「おいおい、まるでこっちが悪者みたいに言いやがるな」

「有無を言わさず戦わされましたので」

 

 その言葉に、彼は誤魔化すかのように頭を掻き、とぼけるのであった。

 

「まあ、それはいいんだよ」

「……? そのことが原因で戦おうとしてるのではないのですか?」

「それもあるぜ。けどよ、お前と戦って思い出しちまったんだよ」

 

 一拍おいて、彼は口を開く。

 

「俺様が目指していた高みが、どこにあるのかを」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、ガルはそう告げた。

 

 かつて龍神オルステッドに敗北した彼は、その頂きを目指した。

 才能はあったし、努力もした。

 それでも超えられない壁にぶち当たってしまい、燻ってしまうようになった。

 けれどリベラルと戦い、再び敗北したことで思い出したのだ。

 何のために自身が剣を手に取ったのかを。

 

 それが剣神ガル・ファリオンの戦う理由だった。

 

「そうですか……でしたら、ルディ様を襲ったのも私と戦うことが理由ですか」

「ああ、そうだぜ」

「何故生かしたのですか?」

 

 それが彼女の最大の疑問点であった。

 生殺与奪を握りながら、殺さなかった理由がどうしても分からないのである。

 その質問に、彼は悩むかのような素振りを見せつつ答えた。

 

「…………気まぐれだ」

「気まぐれですか」

「ハッ、別に理由なんざどうでもいいだろ。今、俺様とお前が戦う。それだけで十分だからな」

 

 最早敵対は避けられないだろう。

 戦う理由によってはこちらに取り込めないかと考えていたリベラルだが、その思考は捨て去る。

 彼女と戦うことが理由なのであれば、どうすることも出来ないだろう。

 

 抜剣しようとしたガルを手で制し、リベラルは続けてアレクサンダーに視線を向ける。

 

「アレクサンダー様、お久しぶりですね。貴方は何故私たちと戦うのですか?」

「もちろん銀緑である貴方を倒し、北神カールマン三世として恥ずかしくない名声を手に入れるためです」

 

 その返答に、彼女は呆れた表情を見せた。

 

「私を倒すことが、名声ですか」

「当然です。七大列強の上位層と遜色ない実力を持つ貴方を倒せば、僕は英雄としての歩を進めることが出来る」

「はぁ」

 

 思った以上に俗な理由に、リベラルは返す言葉がなかった。

 言ってることは剣神と大差ないのだが、名声のためという理由のせいでどこかお気楽さが見えてしまう。

 本人はそのつもりがないのだろうが、彼女から見ればそう見えるのだ。

 

「そんな理由でしたら、貴方の父親も、そして祖父も悲しみますね」

「父さんと祖父様を超えるためだ!」

「……全く、アレックス様が嘆くわけですよ」

 

 こちらも話など聞く耳を持たない様子だった。

 最早戦いは避けられないだろう。

 

 こうして無駄話に興じていたリベラルだが、無意味にしていた訳ではない。

 絶対に闘神がいるであろうという予感があったからこそ、会話しつつ周囲の警戒を続けていたのだ。

 バーディガーディは魔眼が通用しないため使用していないが、それでも彼女の索敵能力は高い。

 こうして会話の中で一切姿を現さないことから、近辺にはいないのだろうとリベラルは判断した。

 

「しかし……まさか貴方がた2人で私に勝つつもりですか?」

「おいおい、俺もいるぜ」

「おめぇは戦えないだろギース」

 

 茶化すかのように口を挟んできたギースだが、彼らは誰も緊張感を途切らせない。

 

「なぁギース、お前一体どういうつもりでゼニスの様子を見に来たんだよ」

「言ったぜパウロ、俺は単に心配なだけだってよ」

「ふざけんじゃねぇぞテメェ! ニコニコと良い顔しながら近付きやがって! そして内心ではオレたちを殺そうととしてただぁ!?」

「そう怒んなよパウロ。たまたまこうなっちまっただけだ。そしてたまたま俺たちは敵対しちまった。ただそれだけのことさ」

 

 あっけらかんとした彼の様子に、パウロの怒りは収まらない。

 けれど、それを制してルーデウスが声を上げた。

 

「ギースさん……シルフィとロキシーが魔石病になったのは、あなたが原因なんですか?」

 

 その言葉に、彼はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「違うぜルーデウス、俺はあの2人に何もしてねぇ。それは誓って言えるぜ」

「……だったら、どうして魔石病になるんですか!?」

「ヘッ、そりゃ、自分の胸に聞いてみろよ」

 

 軽薄に笑うギースに、傍にいたパウロが我慢の限界を迎える。

 堪えきれないかのように、剣を構えるのであった。

 

「リベラル、そろそろいいよな? あの野郎だけは許せねぇ」

「そうですね、お喋りはここまでにしましょうか」

 

 そんな雰囲気を感じ取ったのだろう。

 剣神と北神も剣を構えた。

 

「クリフ様はルディ様の傍から離れないようにしてください。余裕があれば援護をお願いします」

「分かった!」

「ルディ様はパウロ様の援護を。私は大丈夫です」

「分かりました!」

 

 後方の2人にも指示を出し、隣にいたパウロに視線だけを向ける。

 

「パウロ様は、北神の相手をお願いします」

「ああ」

「剣神流との戦いは一瞬で決まるものです。10秒だけ粘って下さい」

「10秒だな、それくらいなら余裕だぜ」

「くれぐれも油断はしないで下さいね」

 

 ガルは一撃で勝負を決めようとするだろう。

 勝敗はさておき、時間は掛からないのだ。

 リベラルも負ける気は更々なかったため、その時間内に倒すことを宣言するのであった。

 

「ルディ、背中は頼んだぜ」

「任せて下さい」

「さっさと終わらせて、ロキシーちゃんたちを治そうぜ」

 

 そう言葉にしたパウロは、足に力を込める。

 

「いきますよ!」

「おう!」

 

 そして、リベラルが飛び出すのと同時に駆けるのであった。

 

「牽制します!」

 

 後方から響く息子の声に、パウロは真正面を向いたまま応える。

 

 そして、

 この困難を乗り越えられると信じていた。

 自慢の息子がいれば、

 誰にも負けないと信じていた。

 だからこそ、安心して背中を任せられるのだ。

 

 そして、ルーデウスの放った岩砲弾は――

 

 

 

 

 ――パウロに直撃し、その身を粉砕するのであった。

 

 

 

 

 何が起きたのか分からぬ表情のまま、彼の身体はバラバラに砕けていった。

 どこからどう見ても即死だ。

 あまりの出来事に、リベラルの動きも止まる。

 

 

「あっ、めんご。ミスっちゃいました」

 

 

 軽薄な声が響き渡る。

 まるで大した失敗をしていないかのように、軽い謝罪をルーデウスはするだけだった。

 その彼の傍にいたクリフは、激怒してしまう。

 

「ル、ルーデウス! 何やってるんだ!?」

「ああ、すいませんクリフ先輩。手元が狂っちゃいまして」

「いや、狂ったってお前……!!」

「先輩ちょっとうるさいんで黙ってもらえますか?」

 

 

 そして――帯刀していた剣を、クリフの腹に突き刺していた。

 

 

 

「え、は……? なん、で……?」

 

 

 唐突な出来事に、反応できる訳もなく。

 クリフは信じられないものを見たかのように表情を歪め、その場に倒れる。

 ルーデウスはトドメを刺すかのように、倒れた彼に火を放つのであった。

 

 そうして残されたのは、リベラルだけだった。

 

 

「ま、さか……」

 

 

 彼女の脳裏を走るのは、今までの出来事だ。

 ルーデウスが突然の凶行に走ってしまった原因。

 

 いやそんな馬鹿なと。

 考えたくもない想像が駆け巡る。

 それでも、違和感はところどころあった。

 

 どうして聖獣レオがルーデウスに威嚇するのか。

 こちらの行動を筒抜けにしていた内通者は誰だったのか。

 ギースのことを何故誰にも伝えられていなかったのか。

 

 ヒントはたくさんあった。

 気付けるチャンスはあった筈なのだ。

 自分の考えが外れていることを願いながら、

 リベラルは魔眼を開き、彼の姿を捉えた。

 

 

 

 

「…………冥王……ビタ……」

 

 

 

 

 彼女の魔眼に映るは、浸食されきったルーデウスの姿だ。

 今の彼に、自分の意思はないのだろう。

 ただの操り人形として、そこにいた。

 

 

「ああ、ようやく気付きましたか」

 

「一体……いつから……」

 

「さて、いつからでしょうか」

 

 

 はぐらかすかのような台詞だったが、彼女は過去のことを思い返し紐解いていく。

 ラノアでは冥王ビタがルーデウスに憑依するタイミングはなかっただろう。

 内通者がルーデウスであったことを考えると、オーベールが襲撃するよりも前となる。

 聖獣レオが召喚された時には、既に憑依されていたのだろう。

 だからこそ、レオは警戒しながらも契約内容である絶対服従に逆らうことが出来なかった訳だ。

 リニアとプルセナにレオが何と言ってるのか聞いたと言っていたが、本当に聞いたかどうかも怪しい。

 

 

 そしてそれより以前となれば、1つしかタイミングはなかった。

 

 

「……剣神と、出会った時ですか」

 

「その通りです」

 

 

 そここそがルーデウスの分岐点(ターニングポイント)だったのだろう。

 生殺与奪を握りながらも、何もしなかった理由にも繋がった。

 ヒトガミはこの瞬間のために、ルーデウスを見逃した訳だ。

 どうして疑問に思わなかったのだと、過去の自分をぶん殴りたい気持ちになる。

 

 つまり――ルーデウスがラノアに来た時点で、既にビタは潜んでいたのだった。

 

 だとしたら、シルフィエットとロキシーが魔石病に掛かった原因は、ひとつしかない。

 目の前にいる存在が、自らネズミを用意し、2人に汚染した食事を摂らせたのだ。

 その残酷な事実に、思わず握りこぶしを作ってしまう。

 

 

(よりによって、よりよってルディ様にそんなことをさせるなんて……!)

 

 許せる訳がないだろう。

 あれほど悩み、苦しみ、ようやく結ばれた3人の仲を、このような形で引き裂くなんて、許せる訳がなかった。 

 

 

「…………」

 

 

 リベラルは無言で構える。

 こうなってしまった以上、もはやどうしようもない。

 様々な気持ちを押さえつけ、目の前の敵を倒すしかないのだ。

 

 けれど、目まぐるしく状況が移り変わる中で、彼女は忘れてしまっていた。

 魔眼を開いた結果、見えなくなるものがあることを。

 遠方より飛翔する()()()()に、リベラルは気付くことが出来なかった。

 

 

「だったら、貴方がたを倒して前に進むだけですよ」

 

 

 そうして駆け出そうとし――

 

 

「!!? バーディ――」

 

 

 ――飛来した黄金が、リベラルとぶつかった。

 

 

 凄まじい衝撃と共に彼女は弾き飛ばされ、地面に陥没を作りながら何十メートルも吹き飛ばされる。

 やがて勢いがなくなり、止まった彼女の近くに、それは着地した。

 

 

「フハハハハハハ! 吾輩、参上!!」

 

 

 ()()とは即ち。

 かつての因縁を持ち、

 第二次人魔大戦を終わらせた伝説。

 そして、父親の仇。

 

 

 七大列強第三位――闘神バーディガーディ。

 

 

 

「――バーディィィィィィ!!」

 

 

 憤怒の形相を浮かべたリベラルは、血まみれになりながら叫ぶ。

 

 

 

「銀緑よ! 貴様に父を超えられるか!」

 

 

 かくして孤立無援の中、戦いは始まった。

 何千年も前、龍鳴山にてぶつかった2人。

 その2人が再び、この地でぶつかることとなった。

 

 銀緑と闘神。

 第二次人魔大戦に終止符を打った2つの存在。

 伝説の戦いが始まる。



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3話 『四面楚歌』

 

 

 

 立ち上がったリベラルは、目に入りそうな血を拭い取る。

 闘神の不意打ちによって何十メートルも弾き飛ばされたダメージは、決して軽くはなかった。

 オルステッドと違い、龍聖闘気を纏えぬリベラルは、決して防御力が高くないのだ。

 

「バーディガーディィ!!」

「来るか! 銀緑よ!」

 

 目の前に闘神がいるため、回復よりも攻撃を選択した。

 

 何千年もの修練を重ね、磨き上げたその一閃は、ロクに鍛錬をしてこなかった闘神に見切れる筈がないだろう。

 例え傷を負った状態であっても、その鋭さは変わりない。

 

 心臓を狙った一撃は――闘神鎧を貫くことが出来なかった。

 

「!!」

「フハハハ! 効かん!」

 

 闘神はその六本の剛腕を振り上げ、リベラルへと反撃する。

 龍鳴山で戦ったかつての彼女であれば、その攻撃を捌き切ることが出来なかった。しかし、今は違う。

 まるで嵐の様に吹き荒れる六本の腕を前に、リベラルは全て受け流していく。

 ……が、背後からの気配を感じ取り、咄嗟に横へと飛び退いた。

 

「っ!」

「おっと、避けられちまったか」

 

 後方から迫っていた剣神の一撃は、呆気なく外れる。

 それをカバーするかのように、王竜剣を構えた北神が彼女の目前にいた。

 

「たああぁぁぁ!」

 

 もちろん、その程度の連携でやられるリベラルではない。

 ソっと手を添えたかと思えば、北神は回転しながら上空に弾き飛ばされるのだ。

 北神は王竜剣の固有能力である重力操作によって空中で体勢を整え、上空から剣を振り下ろした。

 

「!!」

 

 それに合せて、ルーデウスの岩砲弾が射出される。

 岩砲弾を躱すことは難しくないのだが、リベラルの視界には拳を振り上げている闘神と、光の太刀を放とうとする剣神の姿が目に映った。

 

 上空、左右、正面。

 あらゆる方角からの攻撃に、彼女は全てを避けることが出来ないと判断する。

 光の太刀を放つ剣神の攻撃は避けなくてはならない。

 王竜剣による一撃も致命傷だ。

 岩砲弾は言うまでもないだろう。

 だとしたら、答えは1つである。

 

 リベラルは闘神の方へと一歩踏み出し、彼の拳に合せて吹き飛ばされた。

 派手に吹き飛ばされつつも、ガードしたためダメージはほとんどない。

 

(まずは傷を治さなくては)

 

 着地と同時に治癒魔術を使おうとしたリベラルだったが、足が地面に沈み込む。

 ルーデウスによる泥沼だ。

 すぐさま抜け出そうとしたが、身体が重くなる。

 重力魔術による妨害であることに気付き、すぐさまレジストするのだが、それと同時に今度は軽くなり浮き上がった。

 

(王竜剣の能力!)

 

 北神の重力操作によって、彼女の体勢は乱れた。

 そこに剣神の光の太刀が迫ろうとしていたが、溶岩<マグマガッシュ>を放つことで中断させる。

 が、息を吐く間もなく北神が立体機動で迫っていた。

 更には横から闘神も迫る。

 

「――(ナガレ)

 

 空中に浮かび上がっているにも関わらず、リベラルは2人の攻撃を受け流してみせた。

 流されたことでたたらを踏んだ2人に対し、そのまま空中で回し蹴りを放つ。

 北神は弾き飛ばされていったが、闘神は怯みもせず前に出る。

 

「フハハハハ! その程度か!?」

「……!」

 

 未だに滞空していたリベラルの足首を掴んだ。

 そのままぶん回すと、地面に思いっ切り叩き付けるのだった。

 

「ガッ、ハッ!」

「――光の太刀」

 

 ぶん回される彼女の身体のタイミングに合わせ、剣神が一閃を放った。

 防御不能の一太刀が、最も最悪なタイミングで放たれたのだ。

 ついでと言わんばかりに岩砲弾もそれに合わせて放たれている。

 無傷で凌げないことを察したリベラルは、自身の掴まれていた足を手刀で斬り裂いた。

 彼女はそのままクルクルと上空を回転していきながら、治癒魔術を発動する。一瞬にして切断した足が生え、無傷の状態で着地するのであった。

 

 距離が出来たことで息を整える間が出来たため、4人へと向き直るのだった。

 

「全く……こんないたいけな女性に襲い掛かるなんて男の風上にも置けませんね」

「ハッ、誰がいたいけだよ。普通に凌ぎ切りやがって」

「……ガル様はこんな形で私と戦っていいのですか?」

「あ?」

 

 まるで挑発するかのように、やれやれとした仕草を見せながら続ける。

 

「貴方が頂きを目指しているのであれば、一対一で挑むべきではないのですか?」

「まぁ、それは俺様も考えたぜ。けどよ、おめぇが教えてくれたんじゃねぇか」

「私が、ですか」

「卑怯だろうがなんだろうが、勝てる手段を選ぶべきだってよ」

 

 かつて剣の聖地で戦おうとした剣神だったが、呆気なく敗れることになった。

 事前に用意されていた結界に誘い込まれ、何もすることが出来なかったのだ。

 実力があるにも関わらず、そのような手段を取られたことに悔しい思いをした。

 

 それと同時に思い知ったのだ。

 戦いとは身体だけで行うものではないと。

 頭でも行わなければならないのだと。

 勝つ手段を模索し、それを実行することも強さである。

 今回の作戦はギースが考えたのだが、見事と言う他ないだろう。

 この状況に追い込むのも、立派な力である。

 

「……それで数で押す、ですか」

「そりゃ一対一でやり合えねぇのは残念だけどよ、勝ちゃいいんだよ。それも強さのひとつだぜ」

 

 この様子では戦いから引かせることは出来ないな、と感じたリベラルは、続いて北神へと視線を向けた。

 彼も英雄を目指すのであれば、この状況に思うところがあるはずだろう。

 

「アレクサンダー様は何とも思わないのですか」

「思いませんね。僕の祖父様も魔神ラプラスを倒すために力を合わせて戦った。今の状況はそれと変わりませんよ」

「……さいですか」

 

 やはり無理かという諦観を抱きながら、彼女はどうするか考える。

 

 ハッキリ言って――腸が煮えくり返る思いなのだ。

 

 パウロもクリフも殺されてしまい、更にはルーデウスもビタに乗っ取られてしまった。

 彼らが様々な思いを抱いてミリシオンに向かったことを知っているのだ。

 誰も彼もが利己的な思考を捨て去り、助けるために動いていた。

 

 それを嘲笑うかのように、殺されたのだ。

 意思も想いも無駄だと言わんばかりに、無惨に殺された。

 

 

『――死せるまでエリナリーゼを愛すると誓おう』

 

 結婚式での誓いは、破られてしまった。

 ラノアで待っているエリナリーゼを思うと、心折れそうだ。

 

『――後はお前だけだゼニス。お前さえ治れば……バラバラになった家族がみんな揃うんだ』

 

 再会する筈だった家族の絆も、引き裂かれてしまった。

 ノルンも、アイシャも、リーリャも、ゼニスも悲しむだろう。

 

『――もちろんですよ。俺は今――幸せです』

 

 本気で生きて、後悔した人生を取り戻すことも出来なくなった。

 大切な家族と友人を自らの手で掛けてしまい、心折れるかも知れない。

 

 

 リベラルは彼らの思いを知っていた。

 知っていたからこそ、目の前の敵を許せなかった。

 仇を討たなければ、彼らの帰りを待っている者たちに顔向けすることも出来ない。

 

()()()……貴方は必ず助けます)

 

 この中で真っ先に排除出来るのはルーデウスだった。人の身であり、闘気すら纏えぬ彼は最も脆い。

 一撃でも当てれば倒すことが出来る。

 けれど、リベラルはそれを良しとしなかった。

 何が何でも彼だけは助けようと考えた。

 それが、彼女に出来る罪滅ぼしなのだ。

 可能であれば、気絶させようと考える。

 

「岩砲弾」

 

 詠唱すると、彼女の後方に10個ほどの岩砲弾が浮かび上がった。

 もっと発動することも出来るのだが、ルーデウスが死んでしまう可能性を考慮し抑える。

 

「貴方がたを許すことは出来ません……全力で排除します」

 

 その言葉と同時に、全ての岩砲弾が射出された。

 ルーデウスの放つ岩砲弾と遜色ない威力で放たれたそれは――闘神が先頭に立つことで全て 防いだ。

 

「吾輩に魔術など効かぬ!」

 

 全くの無傷で凌いだ闘神だったが、一発だけ地面に命中して砂埃が舞い散る。

 その間に、リベラルは次の魔術を用意していた。

 

「でしたら、これはどうですか――!!」

 

 彼女の右手は白く発光し、眩しい光が周囲を照らす。

 それは、甲龍王の奥義の1つだ。

 

「甲龍手刀『一断』」

 

 己の右手に掻き集めた魔力を、全力で振るった。

 

 光り輝く手刀は闘神へと迫り――僅かに拮抗した後、闘神鎧に穴を開けた。

 しかし、すぐに修復され塞がれる。

 リベラルも力を込めたため、追撃出来る体勢ではなかった。

 

「これは……」

「とりゃああああ!」

 

 僅かに動揺しつつも、横合いから突進してきた北神の攻撃を躱していく。

 今の魔術はリベラルの全力だった。

 もちろんあらゆる力を掻き集めたものではないものの、マナタイトヒュドラにすら拮抗することが出来た一撃だ。

 

 今の一撃で、吸魔石と同等かそれ以上の魔術に対する防御力があることを窺い知れた。

 闘神を魔術で突破するのは困難だろう。

 しかし己の持つ技術を持って突破すればいいとすぐに自答した。

 

「『鯨波』」

 

 接近している北神へと技を放つのだが、それを庇うかのように闘神が無理やり間へと割って入る。

 直撃した闘神はとてつもない振動に襲われその身を硬直させるのだが、それは一瞬とも言えぬ間だった。

 

「助かりました」

「いくぜ」

「…………!」

 

 左右から剣神と北神が飛び出し、リベラルへとその剣を振るう。

 右、左、下。

 神の名を冠する彼らの太刀は、生半可ではなく頂点に位置するものだ。

 しかしそれは彼女も同じこと。

 目にも止まらぬ速さで身体を動かすことで回避していく。

 

 急造チームであるため、連携に僅かな綻び見つけたリベラルは、その隙をついて剣神を最初に始末しようとする。

 が、ルーデウスが電撃を放ち、更に闘神が割り込んだことによって阻止された。

 

「っ」

 

 サポートに回っているルーデウスの魔術も厄介だが、何よりも闘神が一番厄介だった。

 彼はリベラルの攻撃をことごとく防いでいる。

 身体全体を使って割り込んでいるのに、耐久力が高すぎてダメージを与えられていない。

 

 これ以上ないほどに、優秀なタンクと言えよう。

 全てのダメージを闘神が請け負っているため、剣神と北神も自分のペースで戦うことが出来ている。

 ルーデウスを気絶させようとしているのだが、必ず割り込める位置にいるため出来ずにいた。

 

「…………」

 

 空を飛んで回り込もうとしたのだが、ルーデウスと北神が重力を操作することで阻止される。

 接近してきた剣神から倒そうとしても、闘神が体を張って身代わりになるため排除出来ない。

 北神は不死魔族の血を引いているため、多少の傷は気にせず戦い続ける。

 地形変化を伴う魔術も、ルーデウスによってレジストされた。

 困ったことに、彼らは完成度の高いチームだった。

 

 闘神たちの攻撃を回避し、一歩下がったリベラルは、僅かな溜めを作って放つ。

 

「――不死瑕北神流『不帰』」

 

 剣神に向け、全力を持って放った。

 闘神が割り込んで来ることを分かっているため、態々不死瑕北神流を扱ったのだ。

 

「ぬぅ!」

 

 彼女の予想通り、闘神が割り込む。

 全力で放った手刀は闘神鎧に直撃し――リベラルの手が破壊された。

 純粋に彼女の手刀の強度が足りなかったのである。

 

 血しぶきを上げ、振り切ったリベラルへと向け剣神の光の太刀が迫った。

 何とか避けようとするが、間に合わない。

 身体を捻りつつ、片腕を差し出すことで軌道を変え、何とか致命傷を避けるのだった。

 その隙を見逃さず、北神が立体構造で上空から迫って王竜剣を振るう。

 が、それは受け流して弾き返す。

 

「苦しそうだな! 銀緑よ!」

 

 闘神が突進してきたかと思えば、その六本腕を持ってリベラルの身体を拘束する。

 その瞬間、彼女は僅かに重心をズラすだけで闘神はバランスを崩し、そのまま股間を蹴り上げることで上空へと吹き飛ばす。

 そのままリベラルも上空へと飛び上がり、空中で回転する。

 

「――不治瑕北神流『八双(ハッソウ)』」

 

 踵落としをするかのように、闘神へと落下していく。

 彼女の姿は不自然に揺らめき、その脚が振り抜かれた。

 手を伸ばしていた闘神の動きが、ピタリと止まる。その横を彼女は着地し、すり抜けた。

 

 闘神鎧に、ヒビが入る。

 

「フハハハハ! 温い!」

 

 が、次の瞬間には修復し、リベラルへと襲い掛かるのだった。

 後方へとステップしつつ、剣神や北神、ルーデウスの射線が通らないように位置する。

 

「死靈魔術」

 

 それは第一次人魔大戦にて禁術となった魔術だ。

 言葉と同時に、大地から手が掘り返されていく。

 人族、魔族、魔物、種族を問わずに様々なスケルトンたちが這い出る。

 戦力として期待してる訳ではない。数を出すことで目眩まししようとしていた。

 

 

「右手に剣を、左手に剣を」

 

 

 しかし、這い出たアンデットたちは、その瞬間にフワリと浮き上がる。

 

 

「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」

 

 

 リベラルの身体も浮き上がりそうになるが、すぐさまレジストした。

 ……したのだが、ルーデウスも重力魔術を扱うことで、力負けして浮き上がってしまう。

 

 

「我が名は北神流アレクサンダー・ライバック」

 

 

 これほどの広範囲に影響を与えているのであれば、相手側にも干渉しているのではないかと視線を向ける。

 闘神は全て無効化しているのか、一切浮かび上がる様子もなく、剣神とルーデウスを抱き抱えていた。

 

 完全に無防備となっているのは、リベラルだけだ。

 レジストするのを諦め、アンデットたちを重力魔術にて近くに寄せ集めた。

 

 

「――奥義『重力破断』」

 

 

 爆音と閃光が辺りを包み込む。

 凄まじい衝撃が襲い掛かる。

 

 リベラルは寄せ集めたアンデットを盾にはしなかった。

 アンデットを蹴り、その場から離脱したのである。

 結果、僅かな衝撃波を受けただけで回避に成功。

 砂埃が舞っている間に接近するのだった。

 

「なっ」

 

 避けられるとは思っていなかった北神は、動揺した様子を見せる。

 だが、そこで割って入ってくるのはやはり闘神だった。

 もはや驚きもせず、リベラルは自身の持ちうる最強の魔術を使用することを決める。

 

 

「『龍門解放』――発勁」

 

 

 かつてアトーフェラトーフェにも使った龍族固有魔術(オリジナルマジック)

 それは第二次人魔大戦にて、魔龍王ラプラスが多用していた技だ。

 その技を纏うことで、数多の不死魔族たちを消滅させてきたのである。

 リベラルも父親と同じ技を扱った。

 

 光り輝く龍気を腕に纏った彼女は、そのまま闘神へと掌を振り抜くのだった。

 凄まじい衝撃音と共に、闘神が吹き飛ばされていく。

 吹き飛んでる最中の闘神に追い付いたリベラルは、そのまま腕を振り下ろし、闘神を地面に叩き付けた。

 

 何度も何度も、龍気を纏った拳を振り下ろす。

 闘神鎧は剥がれ、肉体を潰す感覚が手から伝わる。

 しばらく殴り続けていたが、やがて追い付いた剣神と北神の太刀によって回避を余儀なくされた。

 

(手応えはありましたが……)

 

 今の技は、リベラルが出せる最大の技である。

 もっと出力を上げることも出来るが、やり過ぎると大陸に巨大な穴を空けることになってしまう。

 かつてのラプラスのように、自爆する可能性がある以上、これ以上の威力を調整することが出来ないのだ。

 

 警戒する剣神と北神を他所に、怪我を治癒しながら闘神の様子を見ていたリベラルだったが――闘神はアッサリと立ち上がった。

 

「フハハハハ! 魔龍王と同じ技を扱うか! だが、それでは吾輩を倒すことは出来ん!」

 

 魔龍王は第二次人魔大戦にて闘神と戦ったのだが、当然ながらリベラルと同じように龍族固有魔術を使用した。

 それでも決定打を与えることが出来ず、結局最大出力の攻撃にて相打ちとなったのだ。

 今のリベラルは、確かに魔龍王ラプラスに追い付いている。

 

 追い付いているのだが――超えてはいない。

 

 それが闘神の評価だった。

 その言葉に、彼女は唖然とした表情を浮かべる。

 

 

(…………けるな)

 

 

 ギリッと歯軋りし、握られた拳に力がこもる。

 父親を超えられていない。

 その評価は別にいいのだ。

 実際の強さを測ることはもう出来ないのだから、気にはしなかった。

 

 

(ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁっ!!)

 

 

 何よりも許せないのは――闘神を突破出来ぬ自身の弱さだ。

 

 リベラルの火力の高さは、この世界では最上位であり、3指に入ると言っても過言ではないほどに高い。

 しかしそれは、魔術による破壊力が高いためだ。

 魔術抜きとなった時、彼女の火力は中の上。良くて上の下ほどしかない。

 呪いにより剣を扱うことが出来ず、かと言って素手では高威力な技を扱うことが出来ず。

 

 即ち、魔術が無ければ脅威度が一気に下がるのである。

 

 

(こんなところで、こんなところで負ける訳にいかない……!!)

 

 

 現在の戦いは一見拮抗しているように見えるのだが、実際には勝利することが絶望的な状況だった。

 剣神や北神は倒せるだろう。

 だが、闘神を倒すことが出来ないのだ。

 純粋に、リベラルとの相性が悪かった。

 

 魔術を無力化する上、高い防御性能を誇る闘神は、リベラルにとって天敵だったのだ。

 彼女の攻撃の大半は――通用しない。

 最大火力の魔術で突破出来なかった以上、今の彼女に倒す方法は存在しないのだ。

 その事実を理解したため、自分自身の弱さに憤ったのである。

 

 

(私は誓ったんだ――もう誰にも負けないと!!)

 

 

 龍鳴山でバーディガーディに敗北したリベラルは、尚も戦い続ける家族の姿に約束した。

 

 

(――強くなってみせると!!)

 

 

 闘神へと接近し、何度も殴りつけた。

 闘神、剣神、北神、更にルーデウスたちから放たれる嵐のような攻撃を前に、一切引くことなく殴り続ける。

 誰もがリベラルに触れることすら出来ていない。

 けれど、闘神にはダメージを与えることすら出来ていない。

 圧倒的な技量差があるのに、劣勢に立たされている。

 

 こんな理不尽なことがあっていいのかと、怒りを更に溜めていく。

 

 

(今度こそ勝つと――そう誓ったんだ!!)

 

 

 龍族固有魔術を身に纏い、思いっ切り闘神へと叩きつける。

 だけど、結果は変わらない。

 吹き飛ばされずに踏ん張った闘神は、反撃に六本腕を振り回す。

 それを受け流し、何度も叩きつけるのだが、やはり結果は変わらない。

 

 彼らの攻撃を避け続けてはいるが、いずれ限界を迎える。

 

 

「――光の太刀」

「ぐっ!」

 

 

 剣神の放った防御不能の一太刀が、リベラルの片腕を切り飛ばす。

 その隙を見逃さず、北神が剣を振り上げた。

 

 

「フハハハハ! 逃さんぞ!」

「――っ!!」

 

 

 避けようとしたのだが、闘神に抱きつかれる。

 もがいてすぐさま拘束から抜け出したのだが、その間は余りにも遅すぎた。

 残ったもう片方の腕が切り飛ばされる。

 

 それでも油断なく、彼らは攻撃を続けていく。

 リベラルは脚と身体の動きだけで翻弄し続けていたのだが、不意に足元が泥沼と化す。

 すぐさまレジストして泥沼を固めたのだが、次は身体が重くなる。

 それもレジストしたのだが、王竜剣の能力も相乗され、力負けして膝をついてしまう。

 

 そこに、闘神の剛腕が迫っていた。

 防ぐことも出来ず、顎に拳が突き刺さる。

 

 

(――……お父様、誓いを果たせず……ごめんなさい)

 

 

 闘神の剛腕が振り抜かれると、リベラルは空中を何回転もしながら地面に叩き付けられるのであった。

 薄れゆく意識の中、彼女は魔力を高めていき最後の悪足掻きをする。

 

 

(サレヤクト……ルディを頼みましたよ)

 

 

 そして、リベラルの意識は途切れた。

 

 

――――

 

 

 意識を失ったリベラルを前に、闘神たちは立っていた。

 勝者は彼らである。

 完全なる勝利だろう。

 

「中々手強かったですけど、何とかなりましたね」

「そうだな。一対一ならヤバかったぜ」

 

 北神と剣神の2人は、素直にリベラルの技量の高さを称賛した。

 余裕だったとは言わない。

 今回は間違いなくこちらの作戦勝ちだったのだ。

 特に、闘神が全てのヘイトを請け負ったのが大きいだろう。

 

 一番あり得た負け方は、各個撃破だ。

 闘神を完全に無視していれば、恐らく彼らは負けただろう。

 特にアレクサンダーが狙われていれば不味かった。

 彼の持つ王竜剣は、リベラルの呪いを乗り越える可能性が高かったのだ。

 

 しかし、リベラルはかつての因縁もあったためか、バーディガーディに執着してしまった。

 本人も気付いていなかったのだろうが、途中からは闘神にしか攻撃していなかったのだ。

 その執着が、今回の結果を生み出した。

 

「まぁ、そうなることも作戦の内なんだぜ」

 

 戦闘に巻き込まれないよう離れていたギースは、そんなことを言いながら戻ってくる。

 今回の作戦を立てたのも、剣神と北神を集めたのも全て彼の力だ。

 直接手出しはしていないものの、その功績は大きいだろう。

 

「旦那、それじゃあ次の作戦に移ろうか」

「そうであるな」

 

 ギースがルーデウスへと目配せすると、彼はヨロヨロと足を進める。

 そしてそのまま倒れていたリベラルに覆い被さると――キスをした。

 口付けを介し、冥王ビタがリベラルの中へと浸食していく。

 やがて全ての粘体を移し切ったルーデウスは、痙攣しながら横に倒れるのであった。

 

「この男はどうします?」

「そりゃあ、始末すりゃいいだろ」

 

 そして無防備なルーデウスへと剣を振り抜こうとし――、

 

 

「グルオオォォォオオ!!」

 

 

 ――巨大な赤竜が、空から飛翔してきた。

 

「あぁ!?」

 

 赤竜――サレヤクトは倒れていたルーデウスを掴むと、剣神たちを無視して上空へと舞い戻る。

 それは唐突に現れたドラゴンに対応する間もなく、あっという間の出来事だった。

 呆気に取られていた彼らだったが、やがて我に返る。

 

「おい、逃げられちまったぞ。どうすんだ?」

「どうするって言っても、どうしようもないでしょう」

「……まあいいか。逃げたのは大した奴じゃないしな」

「そうですね」

 

 そう結論付けた剣神と北神だったが、闘神とギースは険しい顔で飛び去った上空を眺めていた。

 しかし、今更どうすることも出来ないだろう。

 

 諦めた表情を浮かべ、彼らはその場から立ち去るのであった。



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4話 『幸せな悪夢』

 

 

 

 手が、震える。

 現実を受け入れることが出来ず、思わず込み上げた吐瀉物を吐き出す。

 全部、覚えていた。

 自分が何をしてしまったのか、全部だ。

 

 ルーデウス・グレイラットは薄暗い森の中で、1人焚き火を囲んでいた。

 けれどその顔に血色はなく、今にも折れてしまいそうな程に弱々しい姿となっていた。

 眠ることも出来ず、燃える炎を虚ろに見つめる。

 

「オエッ、オエェェェ」

 

 再び吐瀉物を吐き出し、漠然としたまま状況を整理していく。

 

「何で……何でこんなことに……」

 

 脳裏にこびりつくのは、大切な人たちの姿。

 そう、覚えているのだ。

 用意された魔石病のネズミを使い、シルフィエットとロキシーのご飯に病原菌を混ぜ込んでしまったこと。

 背中を預けてくれたパウロへと向けて岩砲弾を放ってしまったこと。

 驚いているクリフの腹部に剣を突き刺し、魔術で燃やしてしまったこと。

 全部、覚えている。

 

「あ、ああ……ああぁぁぁぁぁ……!!」

 

 自分のしてしまったことに絶望し、嗚咽と叫びが溢れ出てしまう。

 彼らの、彼女たちの表情が何度も脳裏をよぎる。

 信じてくれていたのに、その信頼を裏切ってしまった。

 闘神たちの援護をしてリベラルも追い込んでしまった。

 

 夢であって欲しかった。

 実はビタが見せている悪夢なんじゃないかと、現実を否定する。

 けれど、いつまで経っても夢は醒めない。

 クリフに突き刺した剣の感触が、ずっと手に残っていた。

 

「パウロ……クリフ……うぅ……俺は……!」

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 こうなるまで順調に全てが経過していたのに、唐突に全てが壊されてしまった。

 その原因に気付くことも、そして周りに伝えることも出来なかった自分の情けなさに嘆いてしまう。

 

 こうなってしまった原因は……分かっている。

 ヒトガミだ。

 あのモザイク野郎が全て指示したのだと、全部分かっている。

 けれど、分かっているけれど。

 それでもヒトガミ以上に許せない存在がいた。

 

 

「ビタ……殺す……絶対に殺してやる……!!」

 

 

 ヒトガミの指示だったとしても、その一線を超えたのは冥王ビタだ。

 この身体で周りに被害を振り撒いたことが、何もよりも許しがたい行為だった。

 信頼を裏切られた時の皆の表情が、鮮明に記憶に刻み付いている。

 湧き出した怒りは、再び絶望にのまれゆく。

 

 パウロとクリフだけじゃない。

 今もずっと臥せてるであろう愛しい2人の姿も脳裏に浮かび上がる。

 そしてそこで、ハッとしたかのように思い出す。

 

「そうだ……シルフィとロキシーを……助けないと……」

 

 元々は2人を助けるためにミリシオンに向かっていたのだ。

 冥王ビタに恨みはあるが、今はその怒りを堪えなくてはならない。

 パウロとクリフを失ったけれど、2人を助けなければ何のためにミリシオンに向かったのか分からなくなる。

 幸いにも、リベラルから神級魔術を入手する際の注意点は聞いているのだ。

 まだ、何とか間に合うと。

 この絶望を乗り越えるには、そう信じるしかなかった。

 

 ヨロヨロと立ち上がったルーデウスは、僅かな希望に縋り歩いていく。

 けれど、すぐに思い知ることになるだろう。

 それが儚い希望でしかないことを。

 更なる絶望が待ち受けていることを、今はまだ知らない。

 

 

――――

 

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 思わず飛び起きてしまう。

 目を開けた瞬間、私は大量の汗を流していた。

 最近の稽古でも、これほどの汗を流したことはなかった。

 とんでもない悪夢を見たのかも知れない。

 未だ動悸のする胸を抑えながら、私は辺りに目を向ける。

 

「あれ……何か忘れているような……」

 

 山積みになった本。

 申し訳程度に整えられている家具。

 ここは龍鳴山にある、私の部屋だ。

 そう、私の部屋……の筈だ。

 悪夢を見たせいか、いまいち意識がハッキリしていない。

 一度身体を伸ばした私は、ベットから出て立ち上がる。

 そして、そのまま扉の先へと向かう。

 

 扉の先では、金髪の縦ロールをした女の子がせっせと片付けをしていた。

 やがてこちらに気付いた彼女は、パァッと笑顔を見せて口を開いた。

 

「あっ! リベラル様! おはようございます!」

「ああ、おはようございますエリナリーゼ」

 

 そうだ、彼女はエリナリーゼだ。

 魔龍王ラプラスが拾ってきた少女。

 私の大切な家族である義妹。

 

 けれどエリナリーゼはキョトンとした様子で首を傾げていた。

 

「もう、何言ってるんですか! 私はロステリーナですよ!」

「あ、あれ、そうでしたっけ……?」

「そうです! 名前を忘れるなんて酷いです!」

「すみません、ちょっと寝ぼけていたみたいです」

「もう、しっかりしてくださいよ!」

 

 ロステリーナは将来エリナリーゼになるのだが、今はまだ違うのだ。

 ぷりぷり怒る彼女を見つめつつ、今度こそ記憶を失わせないように立ち回りたいな、と考える。

 いや、何かおかしいな。

 まだその時は来てないのに、今度こそという言い回しはおかしいだろう。

 どうやら私はまだ寝ぼけているらしい。

 そう思いつつ、居間へと向かう。

 

 居間では1人の少女が本を読みながらカップに手を伸ばしていた。

 黒い髪をした日本人らしい顔つきをした少女だ。

 何でここにいるんだろう?

 そんな違和感を感じたものの、私は彼女にも挨拶する。

 

「おはようございます静香」

「おはようリベラル。……凄い汗かいてるけど大丈夫?」

「大丈夫ですよ。それより何を読んでるんですか?」

「貴方が書いた転移理論よ」

 

 ナナホシはペラペラと本をめくりつつ答えた。

 その本は私が前世の知識を持ってして作り上げた本だ。

 既に私自身が転移を行い、効果を証明することが出来ている。

 

 後は彼女を帰すだけなのだが……何でまだ帰してないんだっけ?

 よく分からないけど思い出せない。

 まあ、いいか。

 静香に作ってもらうことに意味があった筈なのだから。

 

「リベラル、起きているようだね」

「あ、お父様」

 

 別の扉から現れたラプラス。

 その姿を見た私は、昔の癖で少しだけ身構えてしまう。

 稽古と称してずっとしごかれていたため、身体が覚えてしまったようだ。

 不思議そうな表情を浮かべつつ、彼は首を傾げていた。

 

「おや、リベラル……泣いているかい?」

「――え?」

 

 彼の言葉に反応し、顔を触ると確かに涙で濡れていた。

 別に泣くようなことなどなかった筈なのだが、止めることが出来なかった。

 

「あ、あれ……? すみません、何か止まらないです」

「リベラル様、大丈夫ですか!?」

「一体どうしたのよ」

「ああ、大丈夫です。大丈夫ですから気にしなくていいですよ……」

 

 私がいきなり泣き出したため、心配そうな表情を見せる2人に返事しつつ、袖で拭いながら涙を無理やり止める。

 けど、どうしてだろう。

 お父様の顔を見ただけでなくなんておかしい。

 分からないけど、とても安心したのだ。

 そんな感情を抑えることが出来ず、涙がまだ溢れ出ている。

 

 それからしばらく皆は黙って待ってくれた。

 私も何とか落ち着くことが出来たため、ようやく顔を上げることが出来る。

 涙で目の周りが赤くなってしまったが、時間が経てば治まるので気にはしなかった。

 

「落ち着いたかい?」

「……ええ、何とか」

 

 優しく語り掛けてきたラプラスに対し、私は返事をする。

 突然こんな姿を見せたというにも関わらず、彼は特に事情を聞いてきたりしなかった。

 私自身も何でなのか分かっていないため、それはとても助かった。

 

「それよりも、準備は出来ているかい?」

「第二次人魔大戦は既に始まっている。ヒトガミの企みを阻止するためには、暴走している魔王たちを止めなくてはならない」

「え、ああ……そういえばそうでしたね。明日には向かうんでしたっけ」

 

 あれ、そんな理由だったっけ?

 なんて思うが、確かに以前にそう言っていた気がする。

 戦争を止めるためにも、私は強くなったのだから。

 

「リベラル、君は既に十分な実力を身につけることが出来た。それこそ、私に匹敵するくらいにね」

「そうですかね……その割には無様な姿を見せてしまったと思いますけど」

「……? そんなことあったかい?」

「あれ? 前にボロ負けして……してませんでしたっけ?」

「そんな記憶はないけど……大丈夫かい?」

 

 不思議そうな表情を見せるラプラスに、私も首を傾げる。

 けど、彼がそう言う以上私の勘違いなのだろう。

 先ほどからどうにも頭が回っていない。

 こんな状態で戦場に立てば、アッサリ死んでしまうかも知れないんだ。

 しっかりしなきゃ。

 

「ともかく、明日には向かう。身体をしっかりと休め、備えておくように」

「分かりました」

 

 ラプラスの言葉に従い、今日はストレッチなど身体をほぐすことをメインにしていった。

 

 

――――

 

 

 グニャリと、景色が歪む

 

「――ハッ!?」

 

 気が付いた時、私は戦場にいた。

 辺りに怒声がこだまし、魔術が近くを飛び交う。

 どうやらこちらが優勢なようで、人族たちが撤退しようとしている魔族に追撃しているタイミングだった。

 

 それよりも、私はいつの間にここに来たのだろうか。

 龍鳴山からの記憶がすっぽ抜けており、いまいち状況が掴めない。

 知らない間に人族が優勢になってるし、援護する必要も感じられなかった。

 しかし、記憶が抜けているのは不味い。

 何らかの攻撃の影響が考えられるため、私はすぐさま遮蔽物に身を隠して怪我の有無を確認する。

 見たところ、特に外傷や魔術的な干渉は見られなかった。

 

「一体何が……」

「リベラル、ここにいたのかい?」

「お父様」

 

 タイミングよく現れたラプラスが、怪訝な表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 

「戦況はどうなってますか?」

「見ての通りさ。追撃中だよ」

 

 まあ、それは分かってるんだけどさ。

 

「では、私たちもそろそろここから離れますか?」

 

 私たちは援軍というより、第三者の介入という形でこの場にやってきた。

 どこの指揮にも属していないため、勝ち戦に長々と付き合う必要もないだろう。

 戦場では敵味方の区別をつけにくいため、人族から攻撃される恐れもある。

 長居は不要なのだ。

 

 そう思ったのだが、ラプラスは首を横に振る。

 

「いや、私たちも追撃しよう」

「構わないですけど……いいんですか?」

「ああ、実は奴らがヒトガミを召喚するという情報を手に入れてね」

「ヒトガミを召喚……?」

 

 唐突な言葉に、私は思わず驚いてしまう。

 私の知る人魔大戦では、そのようなことはなかった筈だ。

 

「……そんなことが出来るのですか?」

「出来るかどうかは分からないけど、可能性が少しでもあるのならば止めないといけないからね」

「まあ、それもそうですか」

 

 もしかしたら、私が介入したことが原因かと考えてしまう。

 もしくは、元からそのような話があったけれど阻止されたか。

 どちらにせよ、その話を聞いた以上ラプラスの言う通り止めなくてはならないだろう。

 

「リベラル、私は今の話を詳しく調べてみる。君は追撃を頼んだよ」

「任せて下さい」

 

 そうしてこの場から離れていったラプラスを見送りつつ、私も行動に移る。

 追撃であるのならば、そこまで周囲の被害を考える必要もないだろう。

 私は帝級魔術を使用し、広範囲に影響を与えていく。

 神級魔術を使うことも考えたのだが、ただの追撃にそこまで過剰なものを使う必要もない。

 実際、帝級魔術でも過剰であり、逃げ惑う魔族たちが僅かな間に沢山死んでいった。

 反撃しようと騎士のような格好をしたものたちもいたが、巨大な地割れを発動することで、全員仲良く地の底へとダイブしていった。

 

「流石に抵抗はありますが……やはりぬるいですね」

 

 逃げ腰の相手からの攻撃は、大して怖くない。

 流れ弾が当たらないようにだけ気を付けつつ、私は更に魔術を発動していく。

 

 そうこうしていると、視界に城が映った。

 魔族たちはそこに逃げ込んでいく。

 同じ調子で魔術を放ったのだが、外壁の結界に弾かれてしまった。

 

「ふむ……」

 

 私は魔眼を開き、その結界を解析していく。

 ほんの数秒で解析し終わったため、魔力を込めた岩砲弾を一発だけ放つ。

 たったそれだけで、結界はアッサリと破壊されるのであった。

 

「さて、と……?」

 

 城門から影が向かい出る。

 黒い影のように見えたそれは段々と形作られていき、とある人物を作り出す。

 漆黒の肌に六本の腕。

 魔王バーディガーディだ。

 

 思わぬ形の登場に、私は思わずたじろいでしまう。

 気持ち悪い形で現れたこともそうなのだが、そんな影みたいな形で移動出来たことも驚きだ。

 バーディガーディの両隣には騎士のような格好をした不死魔族もいつの間にか控えており、いつでも前に出れる位置にいた。

 バーディガーディが口を開いた。

 

「銀緑よ! 何故ここまで徹底的に追撃するのだ!!」

「何故、と言われましても、それが私の役割だからです」

「この光景を見て何とも思わんのか?」

 

 バーディガーディの言葉に、私は周囲を見渡す。

 辺りはいつの間にか焼け野原になっており、目の前にあった城壁も既に半壊している。

 ここまでやった記憶はないのだが、一緒に追撃していた人族の軍勢は何故かいなくなっていた。

 ここには私とバーディガーディとその側近しかいなかったのだ。

 

「ふむ、状況はよく分かりませんが……貴方は倒さなければなりません」

 

 バーディガーディには恨みはないのだが、今回の戦争で闘神鎧を手にしてラプラスと相討ちになることを知っているのだ。

 今度こそラプラスを助けるために、この男はここで仕留めなくてはならない。

 ……ん? 何かおかしいな。

 バーディガーディとはこれが初対面の筈なのだが、妙な既視感を覚えている。

 

 ……まあ、いいか。

 さっさと片付けてしまおう。

 

 そんな私の空気を察したのか、側近たちが動こうとした。

 だけど、私の方がずっと早い。

 

「不死瑕北神流『不帰』」

 

 飛び出した2人を手刀で一閃。

 真っ二つとなり血吹雪が舞い散る。

 私はユラリとした歩法で血吹雪すら避けつつ、そのまま飛び上がった。

 

「『八双』」

 

 目の前にいたバーディガーディへと、踵落としを振り下ろした。

 彼はそれに反応すら出来ず、時が止まったかのようにその場に静止する。

 

「その太刀にて負わされし疵、不治なり」

 

 その言葉と同時に、バーディガーディは縦に真っ二つとなるのだった。

 倒れた彼は微動だにせず、血溜まりに沈んでいった。

 

 不死魔族であろうと死を与える技だ。

 バーディガーディが復活しないことは当然だった。

 けれど、何故だろう。

 私はどこか釈然としない気分だった。

 

「…………」

「フハハハハ! 隙あり!」

「!?」

 

 唐突に背後から現れたバーディガーディに、突進される。

 そのまま抱きつかれて押し倒されそうになるのだったが、私は何とか踏ん張った。

 普通に蘇っていることに衝撃を感じつつ、私は冷静に対処する。

 

「『鯨波』」

 

 衝撃と振動を与えることで、バーディガーディの動きが止まった。

 私はその隙に拘束から抜け出し、再び『不帰」によってバーディガーディの首をはね飛ばす。

 何言か呟きつつ地面に倒れたのだが、再びバーディガーディが別方向から現れる。

 それどころか、バーディガーディが3人いるのだった。

 

 流石の事態に、私は混乱を隠せない。

 分身出来るとは思わないし、もしかしたら影武者の可能性もある。

 しかし、ここまで似た人物を集められるのも驚きだ。

 とはいえ、バーディガーディの数が増えようとも私のやることは変わらない。

 ただ殲滅するのみだ。

 

「ハァ!!」

 

 何人ものバーディガーディを倒していく。

 倒すたびに新たなバーディガーディが現れ、こちらに立ち向かってくる。

 異常事態としか言えない状況だが、幸いにも彼の戦闘力はさほど高くなかった。

 むしろ、弱かった。

 まるで無双系のゲームのようになぎ倒していき、私は城の中に入り込む。

 そこでもバーディガーディしかいなかったのだが、特に強くもないので恐怖もない。

 

 だけど、なんだろう。

 何で私は大量発生しているバーディガーディを気にせず対処しているのだろう。

 この状況を普通に受け入れていることにも違和感を感じる。

 

 バーディガーディは様々だった。

 剣を使うのもいれば、魔術を使うのもいる。

 立ち向かうのもいれば、逃げ惑うのもいる。

 同じ存在なのに、随分と個性を感じる光景だった。

 

「…………?」

 

 その中で、妙に気になるのがいた。

 衝撃波を発生させるエストックと、バックラーを持ったバーディガーディがいた。

 一撃で倒したので既に死んでいるのだが、妙に心の片隅に引っ掛かるのだ。

 何か取り返しの付かないミスをしたかのような、そんな感覚。

 

 他にも似たような感覚を覚えるバーディガーディがいた。

 何故かメイド服を着ていたり、完全に無抵抗で話し掛けてくるのがいたり。

 だが、ここは戦場だ。

 そんな感覚がしても手を止める訳にいかない。

 

「終わったかい、リベラル」

「…………」

 

 いつの間にかその城は更地になっており、傍にラプラスがやって来ていた。

 何故か喪失感のあった私はその言葉に返事をしなかったが、それをラプラスは気にした様子も見せない。

 

「ヒトガミの復活についての情報は無事に入手出来たよ」

「そうですか」

「ああ。上空にて行われるらしい」

「上空……ですか?」

「見てみなさい」

 

 彼が空へと指をさす。

 その先を見ると、大量の魔族たちが空の彼方に集っているのが見えた。

 とても巨大な一丸となってこちらへとゆっくり向かってきている。

 目を凝らすと、巨大な岩を運んでいるようだった。

 

「……それは、止めないといけないですね」

「私も追従する。先行して欲しい」

「分かりました」

 

 その言葉と同時に、私は弾丸のように飛翔する。

 上空にいる魔族たちの群れに向かって一直線に進んでいった。

 やがてある程度近付いたところで、魔眼を再び開いて規模を正確に確認していく。

 

「……上空ですし、本気で魔術を放っても問題なさそうですね」

 

 そう、今までは周囲への被害を考え、控え目な魔術しか使うことが出来なかった。

 けれど、上空というこの場所ならば周囲への影響も緩和される。

 

 魔族の群れは非常に高度な結界を使用しており、恐らく神級結界が張られていることが推測出来た。

 生半可な魔術では突破することが出来ない。

 だから私は、ありったけの魔術を込めていった。

 

 ――奥の手を一発だけ使いましょうか。

 

「――――」

 

 準備に約30秒間。

 私の奥底にある『龍神の神玉』から徐々に力を寄せ集めていく。

 身体が、金色に輝いていく。

 私の身体に埋め込まれた神玉は、無の世界に行くことよりも、戦闘面に調整されたものだ。

 それを活用することによって――私は初代龍神の力を行使することが出来る。

 文字通り、神の力だ。

 その威力は、神級魔術すら上回るものである。

 

 金色の輝きはやがて指先へと集約されていく。

 眩い光は徐々に薄くなっていき、しかし強大な力の奔流によって大気が震える。

 

「――神の一撃をお見せしましょう」

 

 腕をゆっくりと上げ、指先で魔族たちを示す。

 その瞬間、私の指先より不可視の力が発せられ、魔族たちへと飛んだ。

 

 たった一撃。

 その一撃で、魔族の群れは全壊し、巨大な岩は墜落していった。

 

「いっちょ上がり、ですね」

 

 墜落していくその光景を眺めつつ、私もそこへと向かっていく。

 周囲にいた魔族たちは逃げ去っていったようだが、まだ残っているものもいる。

 

 そう考えた瞬間、私は身体をずらしつつ、貫手を放った。

 

 一瞬光ったかと思えば、目の前には貫手で貫かれたバーディガーディがそこにいた。

 私はそのまま心臓を握り潰し、引き抜く。

 それと同時に見えない波動が放たれていたのだが、『流』によって受け流して跳ね返す。

 波動を放った人物は吹き飛んでいき、そのまま頭が潰れるのだった。

 

「……血迷ったか、リベラル」

 

 奥から何人ものバーディガーディが再び姿を現し、こちらへと手を向ける。

 それと同時に視界が暗黒に包まれていく。

 けれど魔眼を開いている私には、相手の行動を正確に読み取ることが出来ていた。

 

「厄介な力を持っているようですね」

 

 暗黒に紛れ何人かが突進してきたが、狙いに気付いた私はすぐさま魔術による迎撃に切り換える。

 どうやらバトル漫画のような時間とダメージ変換能力を持つものがいるらしい。

 触れられた時点でかなり状況を引っくり返されないため、遠慮なく帝級魔術を放つ。

 何発もの魔術が殺到し、何人かは消滅したようだがまだ残っているものも多い。

 

 ここに来るまでの間に神級魔術を放つ準備はしていたため、一気に殲滅しようとしたのだが、急激に魔力が吸い取られてしまい発動することが出来なかった。

 辺りを見れば、暗黒に紛れながら私を挟むかのように2つの扉が顕現していたのだ。

 どうやら前龍門と同じように魔力を吸収するみたいだ。

 

「『呪罰(パニッシュ)』」

 

 これは古代魔族が扱っていた呪いに分類される魔術だ。

 効果は単純明快。

 自身の魔力を毒性だったり暴発するものに変換し、それを吸収させるだけである。

 結果、術者は血反吐を溢し、龍門が解除されるのであった。

 

 隙を作らせぬよう突撃してきたものもいるが、手刀を放つことで呆気なく消滅していく。

 が、捨て身で来た1人が首を飛ばされながら私にタッチした。

 その瞬間、私の動きは停滞し、徐々に停止していく。

 

 本当に時間を操るものがいるとは思わなかったが、すぐさま私は自身の状態を解析する。

 こう見えて時空間に関係する研究をずっとしていたのだ。

 停止しきる前にレジストし、私の時間は正常なものに戻すことが出来た。

 

 その間に攻撃を仕掛けられていたが、私は残像すら残さぬ速度で回避していく。

 そのまま反撃し、どんどん相手の数を減らす。

 それと共に、先ほど発動しようとしていた神級魔術の準備を終える。

 

「そろそろ終わらせましょうか――『黒天……」

 

 発動しようとしたのだが、バーディガーディが阻止しようもこちらに走り出していた。

 そしてそのまま――目の前で手を広げて立ち止まるのだった。

 突然の行動に、私は一瞬だけ呆けてしまう。

 が、それもほんの僅かの間だ。

 

 

 私は構わず神級魔術を発動した。

 

 

――――

 

 

 神級魔術の影響か、私の眼前は見渡す限り更地へと変貌していた。

 指向性を持たせて発動したため、私より後ろには何の影響もない。

 目の前だけに影響を与えることには成功した。

 とにかく、これで魔族やバーディガーディたちは塵も残さず消滅しただろう。

 もはやこの場にいるのは私だけなのだが、目標は達成したので良しとしよう。

 

 そして帰還しようとしたのだが、そこにラプラスがやってくるのだった。

 

「……随分と無茶をしたようだね」

 

 ラプラスは眼前の光景に唖然としながら、そう呟く。

 だが、神級魔術を扱えるラプラスも同じ光景を作り出せるだろう。

 

「まあ、魔力は相応に消耗しましたがまだ余力はありますよ」

「そうかい。それなら良かった」

「良かった? どういうことですか?」

 

 私の問いかけに、ラプラスは視線を遠方に向ける。

 私も釣られてそちらに視線を向ければ、その存在はいたのだ。

 

 

 のっぺりとした白い顔で、にこやかに笑っている。

 特徴は無い。

 こういう顔の部位だと認識すると、すぐに記憶から抜けていくような感覚。

 覚えることが出来ない。

 まるで全体にモザイクが掛かっているかのような印象。

 

 私はそいつを知っている。

 ――ヒトガミだ。

 

「どうやら龍神様の結界から抜け出したらしい」

「らしいって……不味くないですか」

「ああ、不味いね。だから、ここで止めなければならない」

 

 振り向いたラプラスは、私のことを信じているのか真っ直ぐな眼差しを向けた。

 

「リベラル……君の力を貸して欲しい」

「ハァ……分かりましたよ。30秒だけ時間を稼いで下さい」

「30秒?」

「出し惜しみはしません。切り札を使います」

 

 先ほどのように神の力を使っていいのだが、あれは消耗が激し過ぎるので何度も使うことが出来ない。

 戦闘中に何とか回復出来ればいいが、使うにしてもヒトガミの強さを見極めてからの方がいいだろう。

 それならば、私は私に出来る全力を出すのみだ。

 

「……分かった。何とか凌いでみよう」

「お願いします」

 

 ヒトガミへと向き合ったラプラスを傍目に、私は詠唱していくのだった。

 

 まるで夢のような違和感。

 夢だとしても構わない。

 私は今度こそ、父様も、ロステリーナも、静香も、みんなを守り切るのだ。

 大切な人たちを傷付けるのであれば、私はそれを滅するのみだ。

 

 

「……その龍はただ使命にのみ生きる。

内包した技術は伝えるためだけにあった。

 

 かの龍が嘆きしとき、解放されん。

 龍と魔に別れ、しかし思い知るだろう。

 使命を握りし龍が、いかなる思いで使命を奪われたかを!!

 

 最後に封印された龍。

 最も優しき瞳を持つ、銀緑鱗の龍将。

 魔龍王ラプラスの名を以って解放する。

 

 目覚めろ『龍之怒(ヴリトラ)』」

 

 

 そして――私は切り札を切るのだった。



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5話 『龍神オルステッド』

 

 

 

 ザノバの後を追い、シーローン王国へと向かっていたオルステッドだが、そちらでは特にヒトガミの使徒の影は見受けられなかった。

 ルーデウスの辿った本来の歴史通りに戦争はあったのだが、王竜王国が相手ではなかった。

 周辺諸国の小さな国のひとつが戦争を仕掛けたのだが、それだけだったのだ。

 小国が相手であり、多少の苦戦はあれど負けることなく戦争に勝利する。

 それは非常に早い段階で終わったのだ。

 

 パックスが自殺することも危惧したのだが、特にそんなこともなく。

 彼は戦争で指揮を取り、見事に勝利に導くことでクーデターでの名誉を取り返したのだ。

 

 故に、シーローン王国でパックスは生き延び、魔神ラプラスの転生先が確定したのである。

 

 このことに困惑したのはオルステッドだ。

 まさか何も仕掛けられることなく、最も重要なポイントを抑えられると思わなかったのだから。

 そのため、今回の戦争はオルステッドとリベラルを切り離すためだけの手段であったことを理解した。

 

 そんな彼の元に連絡を届けたのは、ルーデウスであった。

 ルーデウスは連絡手段として作成された石碑を用いて、オルステッドへと現状を伝えたのである。

 自身が冥王ビタに今まで憑依されていたことと、敗北したリベラルが憑依されてしまったこと。

 それによってミリシオンへと向かうことが大きな罠であったことを知ることが出来た。

 そしてヒトガミの狙いもハッキリすることになった。

 

「リベラル、か……」

 

 冥王ビタの特性についてオルステッドは知っている。

 憑依した者を夢幻の世界に連れて行くことで、自身の操り人形にするのだ。

 本人は操られている自覚もないため、都合良く実力を発揮することが出来る。

 今まではこの時代にオルステッドを殺せるほどの者がいなかったため、特に警戒する相手でもなかったのだ。

 

 しかし、リベラルが相手となると話は変わる。

 彼女から伝え聞いた技術のそれらは、確実にオルステッドの命に手が届くだけの手段があるのだ。

 それに、闘神バーディガーディも同行していることがうかがえる。

 七大列強上位2名との同時戦闘は今までのループでもほとんど経験したことのない出来事だ。

 

 ヒトガミが魔神ラプラスの復活を捨てるだけの価値があり、まさに現代で最も有効な手段を取られたのだった。

 ここまで見事にヒトガミの計略に嵌まったことも久方振りである。

 

「……今回も失敗か」

 

 ポツリと呟いた彼の表情は、悲しそうだった。

 まだ確定とは言えないが、その可能性は非常に高いのだ。

 リベラルと闘神の2人と戦えば、勝とうが負けようが魔力を多く消費することになる。

 この時期なのでヒトガミと戦う頃には魔力も回復すると思うのだが、その間は魔力がない状態で過ごさなければならない。

 ヒトガミが何かを仕掛けてこなければ問題ないが、どう考えても仕掛けてくるだろう。

 今までのループと大きく歴史が変わってしまったため、魔力のない状態で対応出来る自信がなかったのである。

 

「…………」

 

 何より悲しかったのは、ミリシオンへと向かったものたちの現状だった。

 長いループの中でも、オルステッドと親しくなった者の数は少ない。

 親しくなったとしても、将来的に殺さなければならない五龍将だったりするため、本当に呪いの影響を受けない者というのは限られていたのだ。

 

 言葉にはしなかったが、内心リベラルやルーデウスと過ごした日々は楽しかったのである。

 オルステッドの拳に自然と力が込められていた。

 

「……せめて、助けてやらないとな」

 

 色々なことを打算した上で、彼はそう口にする。

 どうせ、という訳ではないのだが、オルステッドはループするのだ。

 そして彼らはループすることはないし、様々な偶然が積み重なった結果現れた人物。

 リベラルから聞いたことを踏まえ、もう2度とリベラルとルーデウスと言う存在が誕生しないであろうことを察していた。

 だからこそ、ここで諦める訳にいかないのだ。

 リベラルを助け、この状況を打ち破ることが未来への布石になるのだと信じていたのだった。

 

 

――――

 

 

「やはりこうなってしまったか」

 

 燃え盛る大地。

 更地となった市民街。

 墜ちた空中城塞ケイオスブレイカー。

 

 そんな惨状の中、彼は闘神バーディガーディとリベラルの前に立ち塞がった。

 

 状況は理解している。

 冥王ビタに操られたリベラルが、ラノア王国を攻撃して壊滅させたのだ。

 そこに闘神と剣神、そして北神が加わったのだろう。

 今回は、己の失敗だ。

 冥王ビタを知っていながら、そのことに気付かなかった己の失態である。

 

「フハハハハ! 吾輩が相手だ龍神よ!」

「俺様も行かせてもらうぜ」

「恨みはありませんが、悪神オルステッドを倒し、僕は英雄になってみせる」

 

 オルステッドの姿を認めた3人は、それぞれの獲物を構えた。

 そしてその背後で、リベラルが詠唱してとてつもない魔力が集っていく。

 彼女が何をしようとしているのか、オルステッドは知っている。

 既にリベラルの技術を教えてもらった彼は、切り札が切られることを理解した。

 

「……そうか、ならば俺も本気で戦おう」

 

 彼の目には闘神たちは映っていなかった。

 彼らの背後にいるリベラルへと視線を向けると、静かに目を瞑った。

 思い出すのは、ラノアで過ごした日々である。

 

 

『くっ……!』

 

 今にして思えば、リベラルとの出会いは不幸なすれ違いだった。

 危険な存在であると考えた己が、彼女の言い分を聞かずに戦闘を開始してしまったのだ。

 その結果、互いに消耗だけするという不毛な結果となってしまった。

 正直今となっては、申し訳ないと思っている。

 

『だから――私も共に戦わせてくれませんか?』

 

 次に出会ったのはラノアである。

 彼女は己の境遇を理解しており、それを踏まえた上で自分の目的を果たそうとしていた。

 リベラルは約束と誓いに縛られながらも、ただ力になろうと懇願していた。

 その姿は、今までのループで出会った五龍将の姿と被って見えた。

 彼女もまた、五龍将の血を引く存在だったのだ。

 

『ルディ様の弱み……握られちゃいましたねぇ?』

 

 ルーデウスとの顔合わせでは、随分と珍妙な姿を見ることになった。

 どことなく魔族の娯楽主義的な面を見せており、己のループの中でも中々経験しないやり取りを見させられることになった。

 何となく居心地は悪かったが、張り詰めていた緊張が緩んだような気がした。

 

『オルステッドさんも揉みます?』

 

 あのような冗談を言われたことも初めての経験だった。

 そのような冗談を言う存在は今まで周りにいなかったのだから。

 どのように反応したらいいか分からなかったが、これから知っていけばいいかと思った。

 あまり想像は出来ないが、もしかしたら己も同じような冗談を言うような未来もあるのかも知れない。

 

 ルーデウスの結婚式も遠目からだが見学させてもらった。

 今までは殺伐としていたため、久方振りに経験する祝いの空気は悪くなかった。

 やはり報われている姿を見るのは喜ばしい。

 そして、羨ましくもあった。

 

『さっき社長も『俺が名付けてやろう、キリッ』とか言ってましたよね』

 

 己をおちょくってくるのも、あとにも先にもあの2人くらいだろう。

 あのようなふざけた態度を取られることも初めての経験だった。

 だからこそ、戸惑ってしまったりした。

 

 悪くなかった。

 何百ものループの中であった、僅かな時間の話でしかない。

 それでも己の中に、彼らの存在は深く刻みつけられることになった。

 くだらないやり取りだったけれど、充実した時間だった。

 

 そんな中で、オルステッドは密かに1つの願いを持つ。

 

 

(――お前たちと、未来に進めたらいいな……)

 

 

 カッと目を見開いたオルステッドは、右手と左手を合わせる。

 そして、ゆっくりと離していった。

 左手から、何かが引き抜かれていく。

 一本の刀だ。

 

 初代狂龍王カオスが作り上げた、神の刀。

 将来誕生する龍神(オルステッド)のために作られた世界最強の刀だ。

 

 銘を龍神刀。

 オルステッドにしか扱えぬ刀である。

 

「――俺も、お前たちのために戦わせてくれ」

 

 七大列強第二位、龍神オルステッド。

 世界を滅ぼすことの出来る世界最強の男。

 

 己の願いを叶えるために、彼は本気で戦うことを決めた。

 

 

――――

 

 

 刀を取り出したオルステッドを前に、先に動いたのは剣神と北神だった。

 目にも止まらぬ速度で間合いを詰めた彼らは、各々が自身の得意技を繰り出そうとする。

 

 光の太刀。

 重力魔術。

 

 更に闘神も彼らを援護するような距離にいた。

 だが、その程度に対応出来ない訳がないだろう。

 目の前にいる男は、文字通り世界最強の男なのだから。

 

「なっ、にっ!?」

 

 剣神の光の太刀を歩法で躱した後、重力魔術を駆使しながら距離を詰めてきたアレクサンダーの両腕を切り飛ばす。

 何百ものループの中で、彼は何度も北神と戦ったことがあるのだ。

 北神の技に癖、それら全てを把握している。

 不用意に詰めてきた彼の腕を切るくらい造作もなかった。

 

 すぐさま闘神が間に入って来たが、オルステッドはそれを無視して北神だけを狙い続ける。

 

「ぬぅ!」

 

 3人はオルステッドの狙いに気付く。

 気付いたのだが、止められるかは別問題だ。

 

 両腕を失った北神は逃げ惑い、剣神と闘神の攻撃を捌きながら彼は追い掛ける。

 そして完全に1人だけを狙っていたからこそ、剣神はここでミスを犯してしまう。

 

「俺様を無視するんじゃねぇ!!」

 

 本当に、僅かなミスだった。

 いつも自身が太刀を放っている間合いから、半歩だけ踏み出してしまったのだ。

 けれど、その半歩によって彼はオルステッドの間合いに踏み込んでしまった。

 

「なっ」

「まずは1人」

 

 光返し。

 光の太刀に対するカウンター技だ。

 先ほどの光景を蒸し返すかのように、振り抜いた剣神の両腕が跳ね飛ばされていた。

 そしてその瞬間、彼の胸に貫手が突き刺さったのである。

 

 剣神は呆気に取られた表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちた。

 その光景に動揺せずバーディガーディが掴みかかるのだが、それもヒラリと躱す。

 そして未だ両腕のない北神の元へと駆けるのだ。

 

「う、うわあぁぁぁ!!」

 

 北神は情けない声で叫び声を上げていた。

 オルステッドとの余りの技量の差に、絶望してしまったのだ。

 リベラルを相手に完封出来たことで、増長していたのである。

 オルステッドも簡単に仕留められると勘違いしていたのだった。

 

 だからこそ、ここまで実力差があることを信じられなかった。

 両腕を無くしているアレクサンダーは、無様に逃げ出してしまう。

 

「狼狽えるなアレク!」

「ひ、ひぃ」

 

 バーディガーディの呼び掛けに対し、北神は平静を取り戻すことが出来なかった。

 変わらず無様に逃げるままだ。

 けれど、それにオルステッドが追い付けない訳がない。

 

「あっ」

 

 アッサリと追い付いた彼は、上から下へと綺麗な剣筋で振り下ろす。

 アレクサンダーは頭から股へとかけて綺麗に真っ二つとなるのであった。

 

 不死瑕北神流の『不帰』による一撃なため、不死魔族のハーフだった彼は復活することも出来ず呆気なく死亡したのであった。

 

「龍神……これほどとはな」

 

 闘神もここまで簡単にやられるとは思っていなかったため、余裕のない声で呟いていた。

 彼もアレクサンダーと同様に、リベラルを倒したことで自信がついていたのである。

 もっと善戦出来ると思っていたのだが、実際にはご覧の有様だ。

 

 だが、それでもまだ勝機はあると考えていた。

 こちらにはまだ余力があるのだから。

 

 切り札を使うと言っていたリベラルは、30秒凌いで欲しいといった。

 そして既にそれだけの時間は経過したのである。

 

 大気を震わせるほどに膨れ上がった魔力が、リベラルの元へと収縮していく。

 

 

「――『龍之怒(ヴリトラ)』」

 

 

 そんな声と共に、魔力の震えは消え去った。

 本当の戦いは、ここからである。

 

 

――――

 

 

 ――『龍之怒(ヴリトラ)』とは、かつて五龍将が初代龍神に離反した際に使われた肉体変化の魔術である。

 元々は魔族が開発していた、魔力によって体を変質させる秘術。

 それを龍族なりにアレンジし、進化させたものだ。

 体をより原始的なものへと変質させ、爆発的な力を得る。

 その代わり、己の寿命を大きく縮めることになる。

 

 しかしその力は強力であり、本物の神である初代龍神を消耗させるだけの力があった。

 龍聖闘気を纏えぬリベラルにとって、それは己の弱点を克服する術だった。

 過去の五龍将の魔術を模倣したリベラルの姿は大きく変化していく。

 身体は3倍ほど大きくなり、分厚い鱗が全身をびっしり覆う。

 鼻と口が突き出し、後頭部から角が生え、まるでドラゴンのように変貌していった。

 

 かつて五龍将が龍神を止めるために作り出した魔術。

 それは皮肉にも、魔龍王の娘が龍神の息子に対して使用されるのであった。

 

 変身を終えたリベラルは、オルステッドへと視線を向けると咆哮する。

 今の彼女は、オルステッドがヒトガミに見え、バーディガーディがラプラスに見えているのであった。

 

「――むっ!?」

 

 オルステッドはリベラルからこの魔術について伝え聞いていた。

 しかし実際に相対したことはなかった。

 

 リベラルが動いたかと思えば、既に手刀を振り上げ懐へと入り込んでいたのだ。

 咄嗟に防いだオルステッドだったが、あまりの威力によって弾き飛ばされてしまう。

 

「凄まじい力だな……」

 

 龍神刀で受け止めたのだが、僅かにリベラルの鱗が斬れた程度だった。

 龍聖闘気を纏っているオルステッドでも、龍神刀を殴り付けるなんて行為は出来ない。

 間違いなく彼女の防御力は龍聖闘気よりも高くなっていた。

 もはや闘神以上の強度と言えよう。

 オルステッドが戦ってきた中でも、リベラルが一番強い存在だ。

 ヒトガミを除けば、彼女より強い存在は長いループの中でも存在しなかった。

 

「ガァァァァオォォォ!!」

 

 内から力の奔流が溢れ出すリベラル。

 動く度に衝撃波が走り、腕を振るえば閃光がほとばしり、世界が震えた。

 余波によって街は破壊され、空が割れる。

 神を止めるために作り出された術に相応しい力だった。

 

 だが、オルステッドは神の力を受け継ぐ存在。

 リベラルから繰り出される攻撃を全て受け止め、時には逸していた。

 彼は力だけではなく、技すら神の極地に至っている。

 本気で魔力を使い始めたオルステッドは、徐々にリベラルを押し返していった。

 

「フハハハハ! 吾輩も混ぜてもらおう!」

「!!」

 

 しかし、ここにいるのは2人だけではない。

 魔族の頂点たる闘神もいるのだ。

 力も技術もどちらも両者に劣っているだろう。

 けれど、食らいついていけるだけの実力があった。

 

 乱入してきた闘神によって、傾いていた均衡が再び戻されていく。

 それどころか、僅かに押され始めていった。

 

「魔族と龍族の長き因縁に決着をつけようではないか!!」

 

 闘神のその言葉に同調するように、リベラルの動きが苛烈になっていく。

 驚くことに、リベラルは闘神と完全に動きを合わせていたのだ。

 元から色々な仲間と戦うことを想定していたリベラルは、誰とでも合わせて戦える存在だった。

 乱れのない完璧な連携に、オルステッドは更に苦しくなっていく。

 

 戦役にも参戦して仲間を作っていたリベラルと、ひとり孤独にヒトガミと戦い続けていたオルステッドの差がここにきて表れる。

 

 リベラルと闘神の息が合わさる度、オルステッドの身体が傷付いていく。

 強大な力を持ちながらも、個として決して動かないだけで更なる実力を2人は発揮していた。

 オルステッドの顔が徐々に歪む。

 己の切り札……龍神の固有魔術を使うべきかと考える。

 それを使えば、仮にここから巻き返せたとしても、ヒトガミとの戦いまでに回復しないのだ。

 そもそも使う隙があるかも怪しい。

 

「――――」

 

 冥王ビタを殺し、リベラルを正気に戻す術は既に思い付いている。

 だが、失敗した時のことを考えると、やはりこの場面で固有魔術は使いたくなかった。

 使うとしたら、己の考えている方法で駄目だった時に使うべきだと考えていた。

 

 徐々に押されてしまっているこの場面。

 何か状況を変える一手が欲しかった。

 何か、何かないかとオルステッドは思考する。

 

 そして――。

 

 

「岩砲弾」

 

 

 ――一発の魔術が、リベラルに向けて放たれていた。

 当然ながら、その程度の魔術に反応出来ないリベラルではない。

 指先を動かすだけで、受け流していた。

 それと同時に、全員の視線が放たれた方へと向けられる。

 

 黒と茶、深緑を混ぜた迷彩色。

 体高は約3メートルほどあり、ずんぐりむっくりした姿をしていた。

 右手にはガトリング砲が、左手には吸魔石のついた盾が装備されている。

 そしてそれが何か、そして誰なのかオルステッドは知っていた。

 

 

「――ルーデウス」

 

 

 彼は残念ながら、場違いとも言える存在。

 ここにいる誰の足元にも及ばない実力しかない。

 けれど、それでも駆け付けた。

 完成していた魔導鎧(マジックアーマー)を装着したルーデウスが、そこにいたのだ。

 

 

「――俺も、戦います」

 

 

 魔導鎧を装着していたとしても、まだ実力不足だ。

 それでもルーデウスは、覚悟と決意に満ちた声でそう告げた。



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6話 『後悔はしない』

 

 

 時は遡る。

 ミリシオンに辿り着いたルーデウスは、無事に神級魔術の写生をすることが出来ていた。

 元から盗み見ることを想定しており、そのための準備も前もって行っていたため、スムーズに行うことが出来たのだ。

 パウロとクリフが死んで心がグチャグチャに掻き乱れた状態だった。それでもシルフィエットとロキシーを助けなければならないという一心でやって来た。

 

 幸か不幸か、リベラルと闘神が戦った際に大きな余波が周囲に起きていた。

 その影響でミリス神聖国から調査がそちらに仕向けられたため、警備は普段より甘くなっていたのだ。

 それによって、彼は潜入に成功する。

 誰にも気付かれずに目的を果たしたルーデウスは、ミリシオンから脱出してラノアを目指すのであった。

 

「……反応しない?」

 

 最初に起きたトラブルは、そこからである。

 転移陣に辿り着いたのだが、空中城塞からの反応がなかったのだ。

 シーローン王国へのバックアップのため離れてはいるが、転移陣が使えなくなることはない。

 結局ルーデウスは、別の転移陣を経由して帰らざるを得なかったのである。

 それによって、帰還に大幅な時間が掛かってしまう。

 

 嫌な予感はしていた。

 リベラルがビタに憑依されてしまったことは把握しているため、心の奥底でヒトガミの目的に勘付いていた。

 けれどその不安を振り払い、ルーデウスは道中の村で購入した馬を使って休む間もなく移動し続ける。

 リベラルのことも気になるが、優先すべきはシルフィエットとロキシーの魔石病だ。

 そのためにミリシオンへと向かい、犠牲を払いながらも解毒の神級魔術を手にしたのだから。

 

 焦りと不安を隠すことも出来ず、必死に馬を走らせ続ける。

 頭が回らず馬を走り潰したりしてしまったが、それでもルーデウスはラノアへと辿り着く。

 けれど、近付くにつれて異変が顕著となる。

 遠目からでも火の手が上がっていることが見えたのだ。

 そんな訳はないと必死に否定しても、現実は変わらない。

 立ち昇る煙を前に、彼の不安はピークに達する。

 

「早く……早く……」

 

 まるで幽鬼のようにふらりふらりと歩いて行くルーデウスは、やがて崩れ落ちた我が家の前で立ち止まった。

 完全に倒壊しており、入るスペースなどありもしない状態だ。

 シルフィエットもロキシーも、魔石病によって寝たきりの状態となっていた。

 ノルンやアイシャも居ただろうけど、寝たきりの2人を運び出せたかは分からない。

 震える指先を動かし、何とか魔術でガレキを退かしていく。

 

 リーリャもいたと思うので、きっと避難している筈だ。

 戦闘がこの場で発生でもしない限り、逃げる時間は十分にあったと考えられる。

 だから、だからみんな無事な筈だ。

 

 そんな願いを持ちながら退かして行ったルーデウスだが、ガレキの下には誰もいないのであった。

 ホッと一息溢すのだが、ふととあるものが目に入る。

 

 階段だ。

 地下室へと向かうための階段が、妙に気になった。

 あまり入らないように伝えてはいるのだが、今回は非常時である。

 もしかしたらそこに逃げ込んでいる可能性もあるだろう。

 

 完全に埋まっていたガレキを取り出し、ルーデウスは地下の扉の前へと辿り着く。

 そして開けようとしたところで、脳内に警鐘が鳴り響く。

 

(開けちゃ駄目だ。開けたら俺は、きっと後悔する)

 

 そんな思考が入れ混じるが、ルーデウスはその予感を振り払い扉を開いた。

 地下なので暗くて見えないが、鉄の臭いが充満していた。

 奥へと歩を進めれば、足元に水気を感じる。

 嗅いだことのある臭いだ。

 嘘だと、そんな訳ないと。

 必死に否定しながらも、彼は明かりを点けた。

 

 

「あ、あぁ……ああぁぁ……」

 

 

 

 視界に映るのは、リーリャたちの死体。

 ノルンもアイシャも、そしてゼニスも無惨な姿となり、光のない瞳を見せていた。

 そしてこちらに避難をしていたのか、ジュリとジンジャーの姿もそこにあった。

 足元に流れる血は、全て彼女たちのものだった。

 

 

「おぇ、おぇぇっ」

 

 

 目の前の現実に堪えきれず、思わず胃から吐瀉物を吐き出す。

 直視することが出来ない。

 まともに思考することは出来ず、グチャグチャな感情で言葉を発することも出来なかった。

 

 そして、

 そして彼女たちの奥には。

 妻である2人の身体が横たわっていた。

 

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……!!」

 

 

 シルフィエットとロキシー。

 2人の身体は膝の下まで結晶化していた。

 恐らく、ギリギリで魔石病を治すことが出来ただろう。 

 けれど、抉られてしまっている上半身からとめどなく血液が流れ落ちている。

 

 魔石病が死因でないことは……明らかだった。

 

 

「うああああぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

 

 

 もう、抑えきれなかった。

 

 

「シルフィ!! ロキシー!! 何で、何でなんだよ!! 何でこうなったんだよ!?」

 

 

 叫びを上げ、溜まり溜まった感情が噴火する。

 

 

「おかしいだろ!? 2人を助けるために向かったのに!! 何でみんな死んでるんだよ!? 何でだよ!?」

 

 

 全部、無駄だった。

 ミリシオンまでの道中で死んだパウロとクリフも。

 治せると信じて必死に手に入れた神級魔術も。

 ラノア王国も崩壊し、家族もみんな失った。

 多くの犠牲の果てに、守りたい家族を守ることも出来なかった。

 ここまで歩んできた道のりは、何の意味もなかったのだ。

 

 もうグチャグチャだった。

 怒り、悲しみ、苦しみ……あらゆる負の感情が渦巻き、終わらない慟哭を上げる。

 けれど、その心は憎しみに染まりゆく。

 全てを踏み躙ったヒトガミ。

 アイツだけは殺さなくてはならないと、思考がひとつに埋め尽くされる。

 

 そのタイミングで、大きな衝撃によって地面が激しく揺れる。

 それと同時に地下の一部が崩れ、遺体がガレキで潰されるのだった。

 

 

「は?」

 

 

 突如起きた出来事に、思考が真っ白になる。

 弔うことも出来ないのかと、唖然としてしまう。

 必死にガレキを退かせば、もはや誰なのか判別もつかないほどグチャグチャになっていた。

 

 ピシリと、自分の中の何かにヒビが入る音がした。

 

 

「…………ハハッ、ハハハ! アハハ!」

 

 

 怒りを通り越し、笑いがこみ上げる。

 

 

「あーあ、結局俺はこうなるのかよ……」

 

 

 ほんの数ヶ月まで幸せの絶頂にいた筈なのに、この僅かな期間で何もかも失った。

 やはり、この世界での出来事は夢だったのかと失笑する。

 どんなに願っても変えられなかった前世と同じだ。

 いつもそうだった。

 頑張って努力をしても、呆気なくその成果はなくなる。

 細部は違えど、世界の本質に大きな差はなかった。

 そう思うと、全てが馬鹿らしくなってしまう。

 

 

「はぁ、もうどうでもいいや……」

 

 

 しばらく笑っていたルーデウスは、疲れた表情を浮かべて座り込む。

 もう何もしたくなかった。

 前世と同じであるのならば、何をしても無駄であることは分かり切っているのだから。

 頑張ってもどうにもならないのである。

 だったら初めから何もしなければいいだけの話だ。

 

 

「…………」

 

 

 ――そうして諦められたら、どれほど楽だったのだろうか。

 

 

 彼の脳裏に前世の記憶がチラつく。

 順調に進んでいた筈の人生は、たった一度の正義感によってイジメられることになった。

 それからは家の中に引きこもり、無為な時間を過ごした。

 何をやるにしても言い訳ばかりし、結局やり切ることなく投げ出し続けた。

 本気でやろうと思っても、心も身体も言うことを聞いてくれなかった。

 親の葬式も出ず、家から追い出されて。

 そして最期はトラックに轢かれて無惨に死んだ。

 

 後悔しかない人生だった。

 頑張れば何とかなるとは思っていない。

 それでも、もう少し努力すれば良かったと思うのだ。

 やり切ることも出来ずに散る辛さを、彼は知っている。

 後悔という名の呪いだ。

 その苦しみは十分に味わった。

 

 ルーデウスの視界に、ひとつの鍵が映る。

 制作していた魔導鎧が仕舞われている扉の鍵だ。

 ジュリが持っていたのか、ガレキの側に落ちていた。

 

 

「……俺は、何で生まれたんだろうな」

 

 

 ルーデウス・グレイラットは特異な存在である。

 彼と同じような存在はこの世界に存在しない。

 

 地球からこの世界に転生した稀有な存在。

 けれど、リベラルのように使命もない。

 ナナホシのように帰郷の目的もない。

 何の使命も目的もなく、この世界に生まれ落ちた。

 

 そう、彼は何にも縛られていない自由な存在だった。

 この世界で生きていくあらゆる選択肢があった。

 前世の知識を生かし、貴族になる未来もあっただろう。

 商人になる未来もあっただろう。

 ただの村人になる未来もあっただろう。

 平和で長閑な生活を送ることが出来たはずなのだ。

 それでも彼は知識を求め、力を手にした。

 普通に生きるには必要のないものも貪欲に求めた。

 ルーデウスは自由でありながら、生まれてからずっと抱いていた思いがあったのだ。

 

 

『俺はこの世界で本気で生きていこう。

 もう、二度と後悔はしないように。

 全力で』

 

 

 それがルーデウス・グレイラットの根底。

 この世界に生きている理由。

 彼が彼であるための願いだった。

 

 だから――まだ終われない。

 こんな形で、折れる訳がなかった。

 たくさんの人を失ったけれど、

 エリスも、ルイジェルドも、オルステッドも、そしてリベラルもまだいるのだ。

 ヒトガミに一泡吹かせなければ後悔する。

 

 立ち上がらなければならない。

 戦わなければ、前世の過ちを繰り返すことになる。

 後悔しないことは――自身の命より大切なことだった。

 

 

(それが、俺の生まれた意味なのかな)

 

 

 彼はヒトガミを倒すことは出来ない。

 魔神ラプラスの復活後でないと、無の世界に到達出来ないからだ。

 しかし、それでも今のルーデウスに出来ることはある。

 例え自分がヒトガミを倒せなくても、自分の成す一手がヒトガミの喉元に食い込めばいいのだ。

 今の自分に出来ることをやればいい。

 世の中には役割というものがある。

 全てを1人でやる必要はないのだ。

 ならば、リベラルを助けることが己に出来る最良の一手だろう。

 そのことに全力を尽くせばいい。

 ヒトガミを直接倒すのは、オルステッドとリベラルの2人がやってくれることだ。

 

 鍵を拾ったルーデウスは、みんなの死体から背を向ける。

 これ以上の後悔は必要ないのだ。

 そして、決静かな声で一言だけ呟く。

 

 

「……みんな、行ってくるよ。俺のことを見守ってて欲しい」

 

 

 そうしてルーデウスは、地下室から立ち去った。

 

 

――――

 

 

 魔導鎧を身に纏い、戦場に現れたルーデウスはオルステッドの隣へと並ぶ。

 本来の歴史では一度も肩を並べることのなかった2人だが、この世界ではそうはならなかった。

 彼は神妙な表情でリベラルとバーディガーディを視界に収め、口を開く。

 

「………リベラルさんを治す方法はありますか?」

 

 ルーデウスとしては、それが一番肝心であった。

 ビタに憑依されていたからこそ、その恐ろしさが分かるのだ。

 ビタに認識される方法でどうにかしようとすれば、リベラルを巻き添えにして自滅する可能性があった。

 それを避けるための手段を、彼は思い付かなかったのである。

 どうにも出来ないのであれば、リベラルを助けることは絶望的なのだが、オルステッドは静かに口を開いた。

 

「方法はある」

 

 その言葉に、ルーデウスはその瞳にわずかな希望を宿らせる。

 ここまで失ってばかりだったからこそ、その言葉は救いでもあった。

 彼が原因でこの状況を招いてしまったのだ。

 せめて、リベラルだけでも救いたかったのである。

 

「冥王ビタの肉体は虚弱だ。操る者が高出力の力を扱えばそれだけ負担となる」

「……つまり?」

「リベラルの今の状態をしばらく維持するか……奥の手を使わせられればビタは自滅する」

 

 オルステッドの説明通り、ビタはあまりにも強大な力を受け止めることが出来ない。

 現在リベラルが変身している『龍之怒(ヴリトラ)』も、かなりギリギリの状態だと彼は考えていた。

 そこから更にもう1段階ギアを上げれば、恐らくビタは耐えきることが出来ないのだ。

 既にギリギリなため、下手に操ることも出来ないだろうと予想していた。

 

「……分かりました。それなら俺は闘神を抑えます」

 

 ルーデウスはそのまま歩み出そうとしたが、オルステッドがそれに待ったを掛ける。

 

「出来るのか? 魔導鎧の力は把握しているが、それでも闘神の強さは桁違いだ」

「……任せて下さい。俺は既に覚悟を決めていますから」

 

 そう告げたルーデウスは、地面に落ちていた剣を拾う。

 北神の持っていた剣――王竜剣をその手に握り締めたのだ。

 

 その姿を見たオルステッドは声を掛けようとしたが、結局何も言わずにリベラルへと視線を向けた。

 そして、ポツリと一言だけ呟く。

 

「任せた」

「そちらも任せました」

 

 言葉と同時に、オルステッドは動いた。

 リベラルへと突貫し、そのまま彼女を突き飛ばす。

 闘神もそちらに行こうとしたのだが、それをルーデウスが防ぐ。

 

「俺が相手だ。この先には行かせない」

「フハハハハ! よかろう! 我輩を止めてみるがいい!」

 

 ターゲットを完全に決めた闘神は、ルーデウスへと小細工なしで六本の拳を振り下ろす。

 

 先程オルステッドが告げたように、魔導鎧を着ていようとルーデウスの力はこの場で劣っている。

 本来の歴史でも、改良した決戦用の魔導鎧で辛うじて渡り合えた程度なのだ。

 まだ試作品程度の魔導鎧では、闘神に敵わないことなど明らかだった。

 けれど、ここにいるルーデウスは本来の歴史とは違う。

 

「ほう、凌ぐか!」

 

 嵐のように降り注ぐ拳を、彼は全て受け流していた。

 その場から一歩も動くことなく、捌きながら力の流れを変えることで闘神の体勢を崩す。

 光すら置き去りにする一閃が――バーディガーディの3本の腕を切り飛ばした。

 

 それは紛れもなく――光の太刀だった。

 

 ルーデウスはずっと努力を続けていた。

 幼少期の頃からパウロに剣を教わり、ギレーヌから合理を教わり、ルイジェルドから戦い方を学んだ。

 リベラルやオルステッドからも、魔術だけでなく剣術を学んでいたのである。

 闘気を纏えず、才能がないと言われても止めることなく続けてきた。

 それでも限界はあるだろう。

 本当であれば、彼は光の太刀など扱うことは出来なかった。

 

 けれど、ルーデウスは結界魔術によって潜在能力の全てを引き出していた。

 脳は高速回転し、肉体も限界以上の力を引き出される。

 身体のセーフティーを全て取り払い、文字通り命を燃やしてこの場に立っているのだ。

 

 今までに蓄積し続けた知識、技術、経験……そして命。

 継続してきた努力の報われる日が来たのだ。

 それら全てを総動員することで――ルーデウスは最強の領域に足を踏み入れたのである。

 

(グッ……頭が割れそうだ……)

 

 けれど、それは限りある力だ。

 過ぎた力は、身を滅ぼす。

 

「……ルーデウス・グレイラット。貴様、死ぬ気か?」

 

 命を削って戦っていることに気付いた闘神は、腕を再生させながら思わず尋ねる。

 それに対し、ルーデウスは苦痛に苛まれながらもフッと笑みを見せた。

 

「俺の命なんかでリベラルさんを助けられるなら、喜んで」

「……よかろう!」

 

 後ろに飛び退いた闘神は、大きく構えながら口上を告げる。

 

「我が名は闘神バーディガーディ! ヒトガミの盟友にして闘神の名を受け継ぎし者! 勇者よ! 来るがいい!」

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 かつてのパウロのように踏み込んだルーデウスは、重力魔術を使いながら王竜剣を振り下ろす。

 闘神に魔術の効果が薄いことは知っているため、彼の足場ごと地面から浮き上がらせる。

 それによってバランスを崩した闘神は、無防備に一太刀受けてしまう。

 が、瞬時に鎧と本体を再生させながら掴みかかった。

 

「むぅ!?」

 

 今のルーデウスは、闘神の動きが止まっているかのように見えている。

 伸ばされた腕を弾きながら、彼は王竜剣を闘神の胸に突き立てた。

 そのまま王竜剣へと魔力を介し、魔術を放つ。

 

「『溶岩(マグマガッシュ)』」

 

 瞬間、王竜剣の切っ先からマグマのように燃え盛る炎が放出される。

 超高温のそれはバーディガーディの体内で爆発し、鎧の中で肉体が破壊されるのだった。

 が、それすらも瞬時に再生していく。

 動きを見ていたルーデウスは更に魔術を放ちながら後方に下がるのだった。

 

「まるでラプラスのようだな! だが無駄だ!」

「っ!」

 

 攻撃しても攻撃しても、その度に再生される。

 その事実に歯がゆく思いながらも、ルーデウスは止まらない。

 魔力を高めつつ、何度も斬り掛かるのだった。

 

「フハハハハ! その程度か!?」

 

 闘神の攻撃は一度も当たっていない。

 しかし、ルーデウスは鼻血を溢していた。

 限界を超え、脳みそがショートし始めていたのだ。

 まだ数分も経過していないのに、彼の全身は悲鳴を上げていた。

 

(まだ……まだだ……!)

 

 歯を食いしばりながら、ルーデウスは身体を動かし続ける。

 チラリと隣を見れば、オルステッドは徐々にリベラルを追い詰めているようだった。

 どうやら本気で魔力を解放し、多彩な動きで翻弄していた。

 

 ルーデウスも負けじと更に動きを加速させていく。

 最初よりもずっと速く動き、バーディガーディの腕をすれ違いざまに切り飛ばす。

 同時に魔術も発動し、様々な種類の炎や氷、岩が殺到する。

 振り返ればガトリング銃からも岩砲弾を放ち、砂埃が辺りに舞い散った。

 

 砂埃が晴れれば、無傷のバーディガーディがそこにいるのだ。

 

「この程度で我輩は倒せぬぞ!」

 

 何事もなかったかのように突進してくる闘神を前に、ルーデウスは思考を続ける。

 このままでは勝てないと。

 勝つために必要なのは何か。

 

 結界魔術だ。

 かつてアトーフェラトーフェを封じ込めたように、バーディガーディの部位を封印していけばいいのだ。

 しかしそれには結界魔術を扱える必要がある。

 そしてルーデウスは……結界魔術をまだ扱えなかった。

 

 それでも諦めず、彼は何度も攻撃を仕掛ける。

 何度も何度も腕や胴体を斬り裂き、その度に闘神は再生する。

 同じ展開を何度繰り返したのかも分からない。

 帝級魔術も放っているが、効果があるように見えなかった。 

 どれほどの時間が経過したのだろうか。

 ルーデウスは現状を打開することも出来ず、攻撃をがむしゃらに繰り返すことしか出来なかった。

 

「どうした! 動きが遅くなってきたぞ!」

 

 限界を超えていたルーデウスの動きは、闘神の言う通り精彩さを欠き始める。

 徐々に鈍り始めた彼は、遂にバーディガーディの一撃を捌き損ねた。

 放たれた拳は魔導鎧を砕き、ルーデウスの身体を吹き飛ばす。

 

「がっ、はっ……!」

 

 受け身を取ったものの、いくつもの骨を砕かれてしまう。

 苦痛に顔を歪めながら何とか立ち上がろうとするも、膝立ちから動くことが出来ない。

 治癒魔術で怪我を治そうとしたのだが……魔術を発動することが出来なかった。

 

 魔力が枯渇し始めたのだ。

 ルーデウスの髪も白く変色し始める。

 

 もはや限界だった。

 目や口など、至るところから血が流れ落ち、全身が悲鳴を上げる。

 命を燃やし戦っていた彼の身体は、燃え尽きようとしていた。

 

「ここまでのようだな……さらばだ、勇者よ!」

 

 立ち上がれないルーデウスに目掛け、闘神は拳を振り下ろす。

 当然ながら避けることも出来ず、その拳は彼の顔を撃ち抜いた。

 

「ルーデウス!!」

 

 傍目ながらもその光景を見ていたオルステッドが叫ぶ。

 だが時間が止まることはない。

 無情に倒れゆくルーデウスの姿を見る間もなく、リベラルが攻勢となる。

 

 障害を打ち倒した闘神もまた、その加勢に入るのだった。

 状況は振り出しに戻り、再びオルステッドは劣勢にとなってしまう。

 

「――――」

「むぅ!?」

「これは……」

 

 しかし、全員の動きが不意に止まる。

 この場にいる誰もが身体を動かすことが出来なくなったのだ。

 何が起きたのかはすぐに分かった。

 

「決めたんだ……後悔しないよう本気で生きるって……」

 

 もはや死に体となったルーデウスが再び立ち上がり、王竜剣を構えていたのだ。

 重力操作によって全員の動きが妨害される。

 

 王竜剣の能力である重力操作。

 ルーデウス本人の重力操作。

 

 2つの力を合わせた彼は、人族としての肉体の限界を超えてひとつの魔術を放とうとしていた。

 人族の身では扱うことの出来ない神級魔術。

 王竜剣と合わせ、更に命を絞り出したルーデウスはそれを放つ。

 

 その魔術に名前はない。

 ただ莫大なエネルギーを溜め込んだ黒い球体が、バーディガーディに向かって放たれていた。

 リベラルがそれを防ぐために何か魔術を使おうとしていたが、オルステッドの乱魔によって防がれる。

 重力操作によって動くことも出来なかった闘神は、そのエネルギーに呑み込まれるのであった。

 

「ぬ、おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 何とか逃れようと足掻いていた闘神だったが、どうすることも出来ずにエネルギーの破壊に巻き込まれ再生を繰り返していた。

 球体はそのまま彼方へと射出されていき、取り込まれていた闘神もまた堪え切れずに彼方へと呑み込まれて行くのであった。

 全てを出し尽くしたルーデウスは、満足そうな表情を浮かべながら倒れた。

 

 辺りは静寂に包まれる。

 そしてその静寂を最初に破ったのはオルステッドだった。

 

 

「――良くやった、ルーデウス」

 

 

 未だ唖然としていたリベラルへと一撃を与え、彼女は吹き飛ばされていく。

 すぐさま立ち上がったものの、何処か迷いの見える姿だった。

 

「……出し惜しみせず使うがいい。貴様では俺に勝てん」

「っ!」

 

 ポツリと呟かれたオルステッドの言葉に、リベラルは意を決したかのように後方へと飛び下がる。

 バーディガーディはいなくなり、形勢は逆転した。

 未だ夢の世界に囚われている彼女の視点では、ラプラスがいなくなったように映っている。

 ここから巻き返すには、今以上の力が必要だった。

 そのための声掛けも行った。

 条件は整ったのである。

 

 そして――彼女は奥の手を切った。

 

 

「――その龍は崩壊した世界を統べる

 

 何色にも染まらぬ銀の鱗と、全てを内包する瞳を持つ。

 

 かの龍が裏切られしとき、その力は振るわれん。

 

 仲間を失い、家族を失い、しかし思い知るだろう。

 

 始まりの龍が、いかなる思いで立ち向かったかを!

 

 輪廻に囚われし龍。

 全てを内包する瞳を持つ、龍族の神。

 その意思を継ぐものとして願う。

 

 力をこの身に宿せ――『龍神(オルステッド)』」

 

 

 龍神の神玉から、かつての神の力が引き出される。

 彼女が扱ったのは、初代龍神の固有魔術の模倣。

 初代魔神との戦いで使用された、光の奔流だ。

 今のオルステッドが相手ならば、倒すことすら可能だろう。

 

 しかしそれは、彼女の身に寄生するビタにとって、耐え切ることの出来ない絶対的な力であった。

 詠唱と同時にリベラルの全身は光に包まれ――そして耐え切れなかったビタの死によって光は弾け飛んだ。

 

 リベラルはそのまま意識を失い、地面へと倒れるのだった。



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7話 『禁じ手』

 

 

 

 ビタが死亡し、地面に倒れ伏したリベラルだったが、すぐに意識を取り戻した。

 彼女は全てを覚えていた。

 ビタに乗っ取られていたこと、ラノア王国を襲撃したこと、多くの人々を害してしまったこと、仲間を殺してしまったこと。

 己のしてしまったことを、瞬時に全て理解した。

 後悔や悲しみ、苦しみなど様々な感情が湧き出す。

 その上で、彼女は真っ先にルーデウスの元へと足をふらつかせながら駆け寄った。

 

「ル、ディ……」

 

 オルステッドとの戦闘に加え、切り札と奥の手を使ったリベラルの身体はボロボロだ。

 特に奥の手は命を削って扱うため、僅かな時間でも消耗が激しい。

 既に魔力も枯渇し、満足に闘気すら纏うことも出来ない。

 そんな彼女の視線の先では、オルステッドがルーデウスの介抱をしていた。

 

「……起きたかリベラル」

「すみませんオルステッド様。私が不甲斐ないばかりに……」

「構わん。今回はビタの特性を知りながらも気付けなかった俺の責任だ」

 

 そんなことはないと言いたかったが、今はそのことを言い合うタイミングではない。

 全身から血を流しているルーデウスの治療が先である。

 そう思っていたのだが、オルステッドは魔術を使おうとしない。

 まさかと思い顔を向けると、彼は首を横に振った。

 

「……その様子だと、そちらも魔力を使いすぎたようだな」

「そう、ですね……」

 

 互いに魔力が枯渇していたのである。

 絞り出せば治癒魔術を使えるだろうが、それで治せるところまで使えるかと言われれば出来なかった。

 魔術を使わなくても応急処置は出来るものの、潜在能力を全て引き出し、命を燃やしていた彼の身体を治すことまでは出来ない。

 悲痛な表情を浮かべたリベラルがルーデウスへと顔を向けると、彼は目を開けていた。

 

「ルディ? しっかりしてください! 今治療しますから!」

「……いえ、もういいですリベラルさん」

「何言ってるんですか! 諦めるなんて貴方らしくないですよ!」

 

 本気で生きると誓ったのなら、最後まで諦めるべきではないだろう。

 そう思ったのだが、ルーデウスは微かに笑顔を浮かべていた。

 

「諦める……? そうですね……そりゃそう見えますよね……」

 

 彼はハハッ、と静かに笑う。

 

「違います……満足したんですよ」

「満、足……? この結果にですか?」

 

 こんな何もかもを失ったかのような状況で満足出来ることなどあるのだろうか。

 少なくとも、リベラルは何も満足していないし納得もしていない。

 この結末を覆したいとすら思っている。

 だが、ルーデウスの考えは違った。

 

「2人とも……俺が転生する前のことを知ってるんですよね?」

「ええ」

「ああ」

 

 その言葉に、リベラルとオルステッドは頷く。

 オルステッドはそこまで深く知らないものの、シルフィエットやロキシーよりも知っていると言えよう。

 だからこそ、己の過去を知る者へと最期の言葉を残すのだ。

 

「……以前の俺は、ロクデナシでした。何もかも中途半端にしか出来ず……すぐに諦めてしまう……そんな情けない奴ですよ。

 自分でも何をしたいのかも分からず、見栄だけは人一倍大きくて……。

 無駄なプライドを振りかざして……家族に迷惑ばかり掛けてました」

 

 頑張ろうとしても言い訳をし、何かをやり遂げたことがなかった。

 

「途中で折れて……最後まで頑張ったことがなかったんですよ。

 何かを始めても……結果が伴わなければすぐに諦めて……。

 今にして思えば……最後まで頑張れば違ったかも知れません……。

 あの時ああすればよかったって……後悔ばかりです」

 

 だからこそ、この世界では本気で生きた。

 二度と同じ思いをしないように。

 後悔しないように、本気で生きてきた。

 

「そりゃ……家族を失って悲しいですし悔しいですよ……でも――初めて最後までやり遂げたんです」

 

 そう、ルーデウスは初めてだったのだ。

 途中で折れずにやりきったのは。

 

 本来であれば、妻の2人を失った時点で立ち直れなかった。

 これ以上の努力は馬鹿馬鹿しいと投げ出そうとした。

 心はグチャグチャになり、頑張ることが苦しかった。

 けれど、そこで折れなかった。

 前世の過ちを思い出し、立ち止まらなかったのだ。

 その果てに、今の結果を呼び寄せることが出来たのである。

 

「まあ……俺がいてもいなくてもオルステッドさん1人でどうにかなったかも知れませんけどね……」

「そんなことはない。ルーデウスがいなければ、俺はリベラルを助けられなかった」

「なら……良かったです……俺の努力に……意味はあったんですね……」

 

 オルステッドの言葉に、彼は満足気な表情を浮かべる。

 

 

「――俺、頑張りましたよ。

 

 本気で生きてきました。

 

 前世からずっと出来なかったことが……やっと出来たんです。

 

 その頑張りのお陰で……リベラルさんを助けられた。

 

 後悔なんてありませんよ。

 

 2人になら……俺は信じて託せるんです。

 

 だから……後はお願いします」

 

 

 その言葉を最期に、ルーデウスは静かに目を閉じた。

 彼はずっと満足そうな表情だった。

 一度も弱音を吐かず、リベラルたちの勝利を信じていた。

 二度の人生を歩んだその燃える炎は、ここで消えることとなった。

 

「――――」

 

 ――ルーデウスが死んだ。

 その事実にリベラルは言葉を発することなく立ち上がる。

 嘆きたい気持ちはあるが、それよりも大切なことを彼が教えてくれたのだ。

 立ち止まっている暇はなかった。

 ルーデウスの信用に応えなけれならない。

 それが彼の遺言なのだから。

 

「……どうするつもりだ?」

 

 未だルーデウスの傍にいたオルステッドは、リベラルへと視線を向ける。

 最期に託されたものの、ハッキリ言ってこの状況から巻き返すことは不可能だった。

 彼は既に魔力が枯渇した状態であり、回復に長い時間を要する。

 仮にヒトガミの元にたどり着いても、倒すことが出来ないのだ。

 

 しかし、オルステッドは知っている。

 彼女がここから巻き返す術を持っていることを。

 

「……禁じ手を使うつもりか」

「ええ、こんなところで終われないのは私も同じですから」

 

 リベラルの持つ最後の術。

 この状況から巻き返すことの出来る裏技。

 即ちそれは――。

 

 

「――過去に転移します」

 

 

 ――それこそ彼女の持つ禁じ手。

 時空間を研究していたからこそ出来るようになった裏技だ。

 本来の歴史で行われた過去転移を、リベラルは出来るのだった。

 

「……以前にリスクがあると言っていたが、大丈夫なのか?」

「背に腹は代えられません」

 

 彼女の言うリスクとは、世界が崩壊したりするのではないかと言うものだ。

 大袈裟と思われるかも知れないが、この世界は既に時空間が既におかしくなっている。

 オルステッドはループしており、リベラルは未来から過去に転生した存在だ。

 更に今の2人は知らないが、ルーデウスやナナホシは未来での捻れにより誕生した存在でもあった。

 

 未来と過去の時間を行き来した存在が複数人いるからこそ、そう考えていたのである。

 そんな状況で使えばどうなるか分からない。

 故に禁じ手なのだ。

 リスクが大きいため、使うのは避けたかった。

 

「一応、龍鳴山で過ごしていた頃に試しはしましたが……気軽に使っていいものではありませんからね」

 

 言葉通り、彼女は既に過去への転移のための実験を行っている。

 何の検証もせず、土壇場で使うほど考えなしではない。

 

 龍鳴山で過ごしていた頃のリベラルは、以前に過去への転移を行っていた。

 転移により3日前に戻り、過去の自分が行う行動を観測することに成功しているのだ。

 自身の魔力だけでは年単位の転移は厳しいものの、それは魔力タンクでも作れば解決出来る問題である。

 結果を変えればどうなるか分からないものの、こんな終わり方をするより遥かにマシだった。

 

「準備してきます。オルステッド様はどうしますか?」

 

 ループをしている彼を過去に転移させることが出来るか不明なため、使用するのはリベラルだ。

 オルステッドは魔力が回復しないため、出来ることはほとんどない。

 

「出来上がるのを見ていよう……気になることもある」

「気になることですか?」

「ああ、ルーデウスが倒したバーディガーディだが……まだ生きてる可能性がある」

 

 彼の話に、リベラルは眉をひそめる。

 バーディガーディは不死魔族のため、確かに死んではいないだろう。

 いずれ復活することは確かだ。

 しかし、神級に匹敵する魔術を受けて彼方に消え去ったのである。

 少なくとも、年単位で現れることはないだろう。

 

 その思いに気付いたのか、オルステッドはフッと笑いながら言葉を続ける。

 

「安心しろ。俺もあの魔王がまた現れるとは思っていない。念のため見張りをしておくだけだ」

「なるほど。オルステッド様が見張ってくれるなら安心ですね」

 

 どのみちバーディガーディに限らず、ヒトガミの使徒が現れる可能性はあるのだ。

 過去への転移をするには準備が必要だし、何より魔力を回復させなければならない。

 時間が掛かるため、オルステッドがいてくれるのはありがたい話だった。

 

「まずは周囲の安全確保ですかね」

「そうだな」

 

 ラノア王国は壊滅状態となっている。

 周辺諸国から様々な人々が集まってくるだろう。

 あまり目立つ場所で準備をしていても邪魔が入ることが予想されるため、一度場所も変える必要があった。

 

 そうして、2人は場所を変えるのであった。

 

 

――――

 

 

 場所を変えてからしばらくして。

 リベラルは宣言通り、過去転移をするための準備をしていた。

 オルステッドも近くで暮らし、周囲の状況を見張っていた。

 

「そういえばオルステッド様」

「なんだ」

「シーローン王国はどうなったのですか?」

 

 作業をしながら彼女は尋ねる。

 今回は魔石病の治療とシーローン王国での戦争によって戦力が分断されたのだが、結局帰ってきたのはオルステッドだけだった。

 ザノバはどうなったのか。

 それと時期的にアスラ王国の王位継承も近付いている。

 過去に戻るにしても、その辺りの状況を把握する必要はあるだろう。

 

「戦争はあったが、パックスの生死に関係のないものだった」

「つまり……捨てた訳ですか」

「そうだ。ラプラスの復活とお前を操ることを天秤に掛けた結果、シーローン王国を囮にすることにしたのだろう」

「それは……ヒトガミにしては随分と思い切ったことをしましたね」

「ああ。だが、結果は成功した訳だがな」

 

 今回の世界では、魔神ラプラスの復活地点が固定されたということだ。

 そもそもヒトガミの未来視では、オルステッドの行動が見えない。

 毎回邪魔をしてきているみたいなので「もしかしたら……」という思いはあるのかも知れない。

 しかし、ラプラスの復活地点を事細かに把握されているとまでは思っていないだろう。

 だからこそ、今回はそちらを捨てて魔石病を起こすことを優先させた訳だ。

 

 結果として大成功である。

 オルステッドは大幅に消耗させられたので、ラプラス戦役が起きても起きなくても、結果に変わりがなくなったのだ。

 

「ザノバも無事だ。役目を終えて戻ろうとしていたが……パックスの嫌がらせで遅れているだけだ」

「そうですか……それなら良かったです」

 

 とりあえず、シーローン王国の問題はヒトガミが深く介入しなかったことで、特に障害がないことが判明した。

 過去へと戻れれば大きなアドバンテージを得られるだろう。

 

「アスラ王国はどうでしょう。時期的にそろそろだと思いますが」

「暗殺者を態々送ってきたところを見ると、ヒトガミの準備はあまり出来ていないだろう」

「それもそうですか」

 

 今回はリベラルの介入によってフィリップが生きている。

 そのフィリップは転移事件後からずっと、アリエルが王位継承するための準備をしているのだ。

 暗殺者を使うという短絡的な方法を選んでいる以上、ダリウス側は苦しい状況になっていることが窺える。

 ダリウス失脚のためのトリスティーナも確保されているため、既にこちらは王手を掛けていた。

 

 と言っても、今の全て失った状態ではどうすることも出来ないのだが。

 ひとまず、態々こちらを狙っている以上フィリップは無事なのだろう。

 そして彼の護衛をしているエリスたちも、無事であることが推測出来る。

 

「はぁ……結局、私の不手際で全てを覆された訳ですか」

「それを更に覆すのだろう」

「ん……おっしゃる通りです」

「だったら気にするな。ここを乗り切ればヒトガミに出来ることはない」

「……ありがとうございます」

 

 オルステッドは優しかった。

 今回の件に関して、一言も責めなかったのだ。

 それどころか、自分も悪いと言い出していた。

 何度も慰められてしまい、自分の情けなさが顕著となってしまう。

 それに報いるには、やはり過去への転移だ。

 ヒトガミの企みを阻止することことそ、オルステッドへの最大の恩返しである。

 

 それからしばらく経過し、リベラルはようやく過去転移の準備を終えた。

 

 いくつもの石版が積み重なり、更に横へと敷き詰められている。

 ひとつひとつに文様を刻み込み、それが連なることで立体的な魔法陣となっていた。

 その陣の隣に組み立てられた巨大なタンクのようなものも立派であろう。

 これは魔力を溜め込む電池であり、計算上で約10年間分戻るのに必要な魔力を充電していた。

 

「完成です」

「……改めて見ると凄まじいな」

 

 素直に関心するオルステッド。

 彼の知らない知識と技術で作り上げた装置だ。

 何の感想もなければ、 リベラルも悔しく思うだろう。

 

「後は……私が今まで記してきた日記を起点に過去に戻るだけです」

「日記?」

「ええ、備えてはいたんですよ。取り返しのつかない失敗をした際に、またやり直すために」

 

 彼女はずっとこれまでの出来事を記していた。

 それこそ龍鳴山で過ごしていた頃からだ。

 ブエナ村での分は転移事件によって失ってしまったものの、それ以外は至るところにある。

 それも全て、過去転移をするためのものだ。

 

 今までずっと様々な備えをしてきた。

 未来の知識も使ったし、前世の知識も使った。

 ずっと先を見据えて行動し、ミスをしないよう手を尽くしてきた。

 今回でその備えも全て出し尽くすことになる。

 ヒトガミの一手により、それほどまでに追い詰められてしまったのだ。

 

 この先の未来に必要なものは、追い詰められたことで何となく把握出来た。

 

(……出し惜しみしない方が良かったんですかね。追い詰められたことで、自分に足りない課題が見つかりましたよ)

 

 今回の一番の失敗は何だったのかは言わない。

 けれど、リベラルの敗北は間違いなく原因の1つだろう。

 そして敗北しないために自分に足りないものは把握出来た。

 再び闘神と戦うことになっても、負けないようにする必要がある。

 

「……じゃあ、やり直してきますね」

「ああ……頼んだ」

「任せて下さい」

 

 頼もしい台詞と共に笑顔を浮かべたリベラルは、転移装置に魔力を送り始めた。

 それと同時に、彼女の位置から魔力が浸透していく。

 端から光り出した転移陣の輝きは、徐々に中心へと伝っていった。

 そして、魔法陣全てが白い光に包まれ――。

 

 

(何か……何か、おかしい。私から吸われる魔力が多すぎる。まさか――)

 

 

 リベラルは世界から消えた。

 眩い光に見えなかったオルステッドだけが、その場にいるのだった。

 転移は成功したのだった。

 ……過去への転移は、だが。

 

 そのことをオルステッドは知る由もなかった。

 

 

――――

 

 

 リベラルの危惧していたリスク。

 それは最悪な形となって彼女に襲い掛かることになる。

 転移陣の仕組みに不備はないし、理論は何も間違えていなかった。

 転移したのがルーデウスならば、きっと無事に成功しただろう。

 

 けれど、リベラルだからこそ失敗した。

 フィットア領での転移事件にヒントはあった。

 そのヒントに気付けなかったことが最大の失敗なのだろう。

 

 茶色、黒、紫、黄色。

 普段は見られない空の色。

 しかしどこかで見たことのあるような色。

 徐々に白く染まっていく空は、かつての光景に酷似していた。

 そして、空から一条の光が地面へと伸びる。

 

 それが地面に着いた瞬間。

 白い光の奔流があらゆるものをかき消しながら津波のように迫った。

 周辺にある様々なものを飲み込み広がっていく。

 

 即ちそれは転移事件。

 あらゆる物質を彼方に飛ばし、その中心にて彼女――リベラルは降り立った。

 

「ガハッガハッ……! そんな……まさか……魔力が、足りなかった、のですか……」

 

 その身体は無事とは言えなかった。

 魔力は枯渇し、真っ白に染まり上がり。

 その顔は生気を吸い取られたかのようにやせ細り。

 生命を維持するための臓器の大半が消え去っていた。

 

 本来の歴史にて、ルーデウスが過去に転移した状況と似ている。

 否、それよりも酷い状況となっていた。

 備え付けていた魔力の電池だけではまかない切れず。

 リベラルの持つ膨大な魔力でもまかない切れず。

 そして周辺の魔力の全てを吸い取り、辛うじて彼女は過去に転移したのである。

 

 

 ――()()()()()()に。

 

 

 魔力もなくなり、身体の大半も損傷したリベラルは動けない。

 怪我を治すことも出来ない。

 自身の種族としての特性により、辛うじて生きている状態だ。

 彼女は地面に横たわりながら、自身の身に起きた状況を解析していく。

 

(かつて行った過去転移では……こうはならなかった。3日前に転移することに成功したのに……何故……)

 

 既に出来ていたことなのに、失敗した。

 であるのならば、当時と何か違う因子が混ざっていたのである。

 その何かを必死に考えていたリベラルは、その原因に思い当たるものがあった。

 

(転移事件……なるほど……そういうことですか……あれこそまさに世界の分岐点(ターニングポイント)だった訳ですか……)

 

 言葉を発することすら出来ない状態で、彼女は更に思考を回転させていく。

 

(ならば……静香が元の世界に転移出来なかったのは……つまり因果の歪み、ですか……未来によって今が形作られている、と……参りましたね……)

 

 動けないリベラルは、何日もその場にいた。

 徐々に肉体は再生しているものの、まだ動くには不足している。

 考える時間だけはたくさんあった。

 

(私の転移が失敗したのも……因果の歪みですか。私の中にある龍神の神玉がネックになるとは……)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 始まりはオルステッドのループ。

 次は未来で起きた何か。

 その何かによって現れたルーデウス。

 ルーデウスの干渉によって乱れた因果の歪み。

 因果の歪みによって転移してきたナナホシ。

 ナナホシの分岐によって生じた(リベラル)

 そして因果の歪みは、転移事件(ターニングポイント1)によって世界が定着した。

 

 転移事件後に身体が気怠くなり、魔力が勝手に消耗された理由も今になって理解した。

 あれによって世界が確定したのである。

 (リベラル)は本来生まれることのなかった存在。

 そこに龍神の神玉という神の力を持った存在が定着したことが今回の原因なのだ。

 

 転移事件が起きる前は、まだ世界が確定していなかった。

 けれど、転移事件によって未来と過去に存在し得なかった(リベラル)という存在が確定したのだ。

 確定する前の世界だからこそ、実験で行った過去転移は成功した。

 

 端的に分かりやすく言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 力に関係なく、運命に与える影響も皆無に等しかった。

 だからこそ、ヒトガミはリベラルの姿を見ることが出来なかった。

 龍神の神玉しか姿は映らず、未来も転移事件が起きる前までのものしかなかったのだ。

 そして存在が確定したことにより、リベラルは龍神の神玉という神の力も世界に定着させたのである。

 

 即ち――龍神の神玉を2つ以上存在させられなくなったのだ。

 龍神の神玉を持つリベラルを転移させるには、あの程度の魔力では不足していたというだけのことだった。

 それこそが、今回転移に失敗した理由。

 

(まだ……まだ回復しないのですか……)

 

 再び転移事件が発生したことにより、周囲は更地となっている。

 しかし誰かが来るのも時間の問題だろう。

 ヒトガミの使徒に限らず、悪意ある者や魔物が現れたりしたら為す術もないのだ。

 それほどまでに、今の彼女は消耗していた。

 だからこそ焦っているのだ。

 

 更に日にちを跨ぎ、リベラルは辛うじて歩ける程度まで回復した。

 魔力も徐々に回復しているが、まだ何かを使えるほどではない。

 

 

 そしてそんな状況で――それは現れたのである。

 

 

「フハハハハハハ! まさかと思い来てみたが……こんなことになってるとはな!」

 

 そいつは、大きかった。

 そいつは、金色の鎧を身にまとっていた。

 そいつは、六本の腕を持っていた。

 

 その男とは即ち――。

 

「バー、ディ……」

 

 ――闘神バーディガーディ。

 

 ルーデウスによって彼方に飛ばされた彼は、既に復活していたのであった。

 オルステッドとルーデウスの与えた消耗は、完全回復していた。

 無傷でそこにいたのだ。

 

「満身創痍だな銀緑よ。何があったのかは知らぬが、これほどの好機はあるまい!」

 

 最悪のタイミングで、最悪の敵が現れたのだった。

 今の彼女に、反撃する力はない。

 それどころか、歩くことすら大変な状態なのだ。

 逃げることすら出来ないだろう。

 

 希望へと繋げるための過去転移。

 それは更なる試練と絶望の始まりでしかなかった。

 もはや詰みだ。

 この状況を覆す術を、リベラルは持っていなかった。

 

「最後に言い残す事はあるか?」

「……じゃあ、ひとつだけ」

「言ってみよ」

 

 態々時間をくれたバーディガーディに甘え、彼女は溜め息を溢しながら口を開く。

 

「……正直、私は別に貴方のことを恨んではいないんですよ」

「ほう」

「そもそもキシリカ様が友人ですし、諸悪の根源はヒトガミですから」

 

 それは前々から言っていたことだった。

 全部ヒトガミが悪い。

 それでいいのだ。

 無駄に争う必要はないのだ。

 ラプラスのことに関しても、既に割り切っている。

 

「……貴方はいつまで龍族と魔族というしがらみに囚われているのですか? 私もキシリカ様も、既に乗り越えてますよ」

 

 龍族と魔族は仲が悪い。

 それは昔の出来事が原因だ。

 龍族が魔界を滅ぼしたせいなのだろう。

 でもそれは今のリベラルに関係のないことだし、今のバーディガーディにも関係のない話だった。

 加害者側のこちらが言うのは違うかもしれないが、自分たちが生まれる前の因縁なんて知らないのだ。

 そして被害者側のキシリカ……即ち初代魔神の娘は既に許していた。

 だからこそ、ヒトガミに従わないで欲しかったのだが……。

 

「……その言葉、覚えておこう」

 

 バーディガーディは、噛み締めるかのようにそう呟いた。

 そして、その腕を振り上げる。

 

「では、さらばだ」

 

 やはり説得は出来ないかと、リベラルは目を閉じた。

 そうして拳が振り抜かれるのを待っていたのだが……衝撃はいつまで経っても来ることはなかった。

 

 不思議に思い目を開けば、バーディガーディの腕は寸前で止められていた。

 彼が自分で止めたのではない。

 リベラルの後ろから伸びていた手によって受け止められていたのだ。

 そしてその正体を、彼女は知っている。

 

「……あ、え……嘘……なんでここに……?」

 

 恐る恐る後ろへと視線を向ければ、いる筈のない男がそこにいた。

 

 

「本当は、来るつもりがなかった」

 

 

 その声、その顔、そして匂い。

 全部、覚えている。

 

 

「だが、私の魂が叫ぶのだ。君を助けなければならないと」

 

 

 彼と最後に会ったのは、遥か昔だ。

 けれど、忘れる訳がない。

 

 銀色の髪をした男だった。

 背丈は2メートルを越え、背中には翼がある。

 その男が龍族であることは明らかだった。

 

 

「闘神バーディガーディ。この子に手を出すことは許さない」

 

 

 朧げながらも記憶している使命のために、旅を続けていた存在。

 何者かに技を伝えなければならないため、争いの場に現れることはなかった。

 けれど、彼はここに現れた。

 自身の使命がありながらも、目の前の彼女を助けることを優先したのだ。

 

「お、父様……お父様ぁ……」

 

 思わぬ再会に涙を溢すリベラル。

 優しく守るように回された腕に、雫が滴り落ちる。

 

 

「――私が相手だ」

 

 

 七大列強第一位――『技神』ラプラス。

 記憶を失いし父親の片割れが、娘を守るために参上したのだった。



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8話 『未来からの贈り物』

 

 

 

 ――『技神』ラプラス。

 

 彼は魔龍王ラプラスの分身である。

 ラプラスは第二次人魔大戦にて闘神と戦い、魂が2つに割かれることとなった。

 人の存在を憎悪する『魔神』。

 神を打倒せんとする『技神』。

 それがヒトガミの思惑なのか不明だが、2つの存在に別れてしまったのである。

 

 魔神はヒトを殺さなければならないという記憶なき使命の元、魔族をまとめ上げて人族との戦争を勃発させた。

 その名は400年以上経った今でも語り継がれ、魔族の英雄として名を馳せている。

 

 それに比べて、技神に関しては戦場で見掛けたという声が圧倒的に少ない。

 それどころか今では行方不明とされており、存在すら疑問視されている。

 それでも尚その名が残り続けているのは、自身の作り出した七大列強というシステムのお陰だろう。

 膨大な技と、それを何者かに伝えなければならぬという目的だけはおぼろげに覚えていた技神は、技術の研鑽に努めた。

 結果として、彼は人前に姿を現さなくなった。

 それは目的を果たすために、自身が死ぬわけにいかないからだ。

 その何者かに己の知識を伝えることが目的であり、危険を犯せば伝えられなくなるかも知れないからだった。

 

 技神の実力を知るものはいないということだ。

 ループしているオルステッドや、未来視によって世界を見渡せるヒトガミを除き、誰も知らない。

 それは娘であるリベラルもそうだった。

 ただ、ひとつだけハッキリしているのは。

 

 ――技神は七大列強の一位だということだ。

 

 

――――

 

 

 技神ラプラスは、目的のために技術の研鑽に努めている。

 そんな技神が今、危険を犯してまでリベラルを助けに現れた。

 もちろん、彼女のことなんて覚えていない。

 それでも助けようとしたのは、その魂が娘のことを覚えていたからだろうか。

 

「フハハハハ! まさか貴様が現れるとはな! 久しいなラプラスよ!」

 

 思わぬ人物の登場に、闘神は高笑いしていた。

 そんな彼の様子に、技神は首を傾げる。

 

「私は君のことを知らないが……知っているということは昔の私を知る者のようだね」

「然り。だが今の貴様のことは知らぬ」

 

 バーディガーディは魔神ラプラスと戦ったことはあるものの、技神ラプラスとは出会ったことすらない。

 ヒトガミからラプラスの現状について聞いてはいるが、それだけである。

 むしろ、記憶を失っているのにこの場に現れたことに驚いていた。

 

「おとう、様……」

「久しぶりだね、リベラル」

「……私のことを、覚えているのですか?」

 

 リベラルの言葉に、彼は首を縦に振る。

 

「もちろんだとも。龍鳴山に訪れた時に出会った少女だね。随分と成長したようで嬉しいよ」

「……そう、ですね。成長したと思いますけど……それでもまだ未熟ですよ……」

 

 ラプラスの言葉は、やはりリベラルが娘であることを覚えていないものだった。

 そのことを残念に思いながらも、彼女はその感情をおくびにも出さずに応答する。

 そんな彼女の内心を読み取ったのか、技神は柔らかな笑みを浮かべ、頭に手を置いた。

 

「君のことは覚えていない。覚えていないけれど……何故か懐かしい気持ちになるんだ」

「…………」

「私と君の関係性については敢えて聞かないでおこう。だけど、きっと私にとって大切な存在だったのだろうね」

 

 ラプラスはその言葉と共に、彼女を守るかのように前に出る。

 

「――後は私に任せなさい」

 

 頼もしい台詞だった。

 彼はリベラルのことを覚えていないとは言っていたが、その背中は紛れもなく父親<ラプラス>のものだった。

 色々と言いたいことはある。

 けれど、リベラルの中にあった様々な感情は、その一言で安心感へと変わった。

 

「お願い、します」

 

 彼女の言葉に頷き、技神は闘神を見据える。

 闘神は動きを止めてその一連の流れを見ていたが、そこでようやく口を開いた。

 

「吾輩に勝つつもりか?」

 

 闘神は魔龍王ラプラスと相打ちになった存在だ。

 実際の実力差はさておき、少なくともそうなるだけの力はあった。

 そして今のラプラスは、魔龍王の半分程度の存在でしかない。

 負けることはないだろうと闘神は感じていた。

 

 リベラルもまた、技神の分が悪いと思っていた。

 彼もリベラル同様、闘神との相性が圧倒的に悪いのである。

 魔力を保有せず、闘気すらも魔力結晶の力を借りなければ纏えないのだ。

 どう考えても、闘神鎧とバーディガーディの防御力を突破することが出来ない。

 その耐久力を前に、ジリ貧となることは目に見えていた。 

 

 そんな2人の評価に対して、技神は特に表情を変えることなく答える。

 

「勝つ必要はないさ。私はリベラルを守るために来たんだからね」

 

 そう告げた技神は、足で地面に一本の線を引く。

 何の変哲もないただの線だ。

 意図を把握出来なかった闘神は、怪訝な表情で彼に視線を向ける。

 それに対して技神は不敵な笑みで答えた。

 

「ここから先は、私の領域だ。

 闘神バーディガーディ。君にこの線を越えることは出来ない」

「フハハハハ! よかろう! ならば吾輩はその線を踏み越えようではないか!」

 

 その発言と共に線の上に立つ技神。

 闘神はその挑発に高笑いし、六本の腕を振り上げた。

 

「奥義『止水(シスイ)』」

 

 それは龍神流の技だった。

 リベラルもかつてデットエンドとの手合わせにて使用した技。

 

 迫り来る闘神の腕の一本は、何事もなかったかのように受け止められた。

 だが、迫る腕はまだ五本ある。

 だというのに、その腕は途中でピタリと止まった。

 自身で寸止めしてるかのように技神の目前で止まり、闘神は不自然に身体を震わせる。

 

「ぬ、ぅ……!」

 

 後ろから見ていたリベラルは、何が起きているのか正確に理解した。

 迫りくる拳に触れただけで、闘神は身動きを取れなくなったのだ。

 技神は闘神の力の流れを完全に支配していた。

 それは合気を極めた柔の極地と言えよう。

 リベラルも魔眼を使えば出来るものの、魔眼の通用しない闘神には出来ない芸当だった。

 

「おや、どうしたんだい? 私はまだ闘気を纏ってすらいないというのに」

 

 軽口を叩く技神に、闘神は変わらず身動きを取れない。

 しびれを切らしたかのように、闘神は雄叫びを上げながら無理やり動こうとする。

 その瞬間、竜巻のように回転しながら空中に吹っ飛んだ。

 何十メートルも派手に回転し、闘神は地面に叩き付けられる。

 

「凄まじい力だね。そこまで吹っ飛ぶのは初めて見たよ」

「効かぬわ!」

 

 首があらぬ方向に折れ曲がっていたが、闘神には何のダメージもない。

 再び接近してその豪腕を振り下ろす。

 が、技神が素早く突き出した腕とぶつかると、闘神は威力負けしたのかよろめきながら後ろに後退した。

 

 リベラルはそれが何なのかも知っている。

 ただの『発勁』だ。

 龍神流の基本的な技のひとつである。

 

「ぬおぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げながら、闘神は何度も腕を振り下ろす。

 技神はその全てを龍神流の技で弾いたり、受け流したりしていた。

 そのどれもが彼女も扱える技だ。

 

 否、途中で気付いた。

 技神は龍神流の技しか使っていない。

 そして――それ以外の技を扱えないのだ。

 

「ふむ、その程度かい?」

 

 けれど、技神は涼しい表情でそう口にした。

 ハッタリなのではなく、本当に余裕があるのだ。

 

 龍神流とは元々ウルペンが独自に作り上げた、魔力を極力使わずに敵を追い詰める独自の技術である。

 しかしその源流となったのは、やはりそれまでの百人の龍神が築き上げた龍族の技術なのだ。

 技神が使っているのはそれらであり、先ほども告げたようにリベラルも扱うことが出来るし、オルステッドも扱えるだろう。

 だが、技神の使うそれは()()()()が違った。

 

 リベラルもオルステッドも、技神の技を同じ練度で扱うことは出来ない。

 それは龍神という足跡が築き上げた歴史そのものである。

 龍神流を極めた存在――それこそが技神だった。

 

「確かに凄まじいが……それでは吾輩を永遠に倒すことが出来ぬぞ」

 

 技神の技は確かに次元が違う。

 違うのだが、闘神に何のダメージもないのは相変わらずだった。

 それならば、最終的に体力の差で闘神が勝利を掴むことになる。

 

 その言葉に、技神はキョトンとした様子だった。

 

「そもそも私は君を倒そうとしていないよ。最初からリベラルを助けることが目的だからね」

 

 闘神の攻撃を捌きつつ、技神はリベラルへと顔を向ける。

 

「私は私の目的を果たす。君は君の目的を果たすといい」

「私の、目的……ですか……」

 

 余所見をしながら闘神を弾き飛ばした技神を前に、リベラルは言葉を反芻する。

 まだ満足に動けないため、彼の加勢に入ることは出来ない。

 それに彼女の目的は過去を変えることであり、技神と同様に闘神を倒すことではないのだ。

 いつまで均衡を保てるか分からない以上、なるべく早く過去に戻る必要があるだろう。

 

 しかし、今のリベラルは過去に戻ることが出来ない。

 入念な準備をしたとしても、今回と同じ結末になることは目に見えている。

 仮にオルステッドと合流出来たとしても、自身と同じことになる可能性がある以上、彼も過去に飛ばすことは出来ない。

 ならば、方法はひとつだけだろう。

 

「時間稼ぎを……お願いします……」

「任せなさい」

 

 未だ回復し切ってないリベラルは、逃走することが出来ない。

 ならばと懐から本を取り出した。

 自身が持っている日記の一冊だ。

 これに未来で起きる出来事を記載していく。

 

 ルーデウスにビタが寄生していること。

 それが原因で壊滅状態に追い込まれること。

 シーローン王国が囮であること。

 アスラ王国の考察。

 そして、自身が気付いたこの世界の歪み。

 それに伴うナナホシの異世界転移に失敗する理由。

 この世界は未来の影響を受けており、未来が決まっているからこそ転移に失敗すること。

 

 それらを全て記載していく必要がある。

 流石にすぐに書くことは出来ないため、技神には長く時間を稼いでもらう必要があった。

 

「ふっ!」

「ぬぅ!」

 

 激しく応酬を繰り広げる2人。

 両者ともにまだまだ余裕がありそうだった。

 技神は変わらず闘神の攻撃を捌き。

 闘神は無尽蔵の体力を持って襲い続ける。

 

 未だに線を超えることが出来ていない。

 それどころか、技神はずっと線上から動いていないままだ。

 腕を伸ばしては弾かれ、体当たりすれば受け止められ。

 闘神のあらゆる攻撃は全て無効化されていた。

 

「吾輩と体力勝負でもするつもりか?」

 

 しかし、先ほども言ったように闘神にダメージは一切なかった。

 攻撃を避けているのと、効いていないのでは大きな違いがある。

 持久戦になれば、不死魔族である闘神の方が有利だろう。

 

 ダメージを与えられない事実を告げたのだが、技神は相変わらず涼しい表情だ。

 

「……先ほども言ったが、君はひとつ勘違いしているようだね」

 

 彼はひとつの魔力結晶をその手に掴む。

 

 

「――私はまだ闘気を纏ってないよ」

 

 

 闘神の攻撃を捌いたのも、受け止めたのも、弾いたのも。

 それは全て彼の技術だけで行われていたことだった。

 一度たりとも自分から攻勢に出ることもなかった。

 技術だけでその場から動くことなく凌いでいたのだ。

 

 そんな技神は魔石の魔力を利用し――闘気を纏うのだった。

 

「……さて、そろそろ私からも行かせてもらおうかな」

「!!」

 

 気付いた時、闘神の心臓は貫かれていた。

 手の先から伸びた爪を限界まで強化し、貫通力を上げたことで闘神鎧の防御力を突破したのだ。

 怯んでいる隙に顔を叩けば、兜の目の部分が塞がれ前方が見えなくなる。

 そして次の瞬間には、闘神の四肢は切り飛ばされていた。

 

 その手には一本の剣が握られている。

 何の変哲もないただの剣だった。

 

「ぬ、おぉぉぉ!」

 

 身体を再生させた闘神が腕を振り回す。

 が、それと同時にその四肢は再び切り落とされるのだった。

 ついでと言わんばかりに目潰しもされている。

 最早ハメ殺しである。

 闘神は攻撃を認識することも出来ず、一方的にやられ続けるだけだ。

 

 ラプラスは魔神と技神に別れ、その特性も2つに別れた。

 魔神は無尽蔵とも言えるその魔力が。

 技神は最高峰とも言えるその闘気が。

 互いにどちらかひとつしか扱えぬが、そのひとつは歴代トップクラスの才能である。

 

 闘気を纏った技神は――まさしく七大列強一位に相応しい実力を持っていた。

 

「無駄だ!」

 

 しかし、やはり闘神との相性が悪いことに変わりはなかった。

 闘神を倒すのに必要なのは、圧倒的な破壊力か封印術である。

 そのどちらも、魔力のない技神には成し得ない方法なのだ。

 

「…………」

 

 闘神は最早動くことも出来ず、再生を繰り返すだけだった。

 攻めることを諦め、攻撃が緩むまで耐えることを選ぶ。

 そしてその選択は正しい。

 闘気を纏うのに魔力結晶を扱う以上、戦える時間に限りがあるのだ。

 

 嵐のような攻勢を繰り広げながら、技神はチラリと後ろを見る。

 リベラルはひたすら日記を書き続けていた。

 後どれくらいで終わるのか分からないが、それでも日記の一冊を書き上げる程度の時間だろう。

 その程度ならば――余裕を持って保たせることが可能だった。

 

 

――――

 

 

 リベラルには龍神の神玉がある。

 龍神の神玉があることで、過去への転移に莫大な魔力量が必要となる。

 そのため彼女が過去に転移することは、事実上不可能なことだった。

 

 さしものリベラルも、闘神が現れた状況から 過去に行くことは諦めた。

 今の彼女は、過去をやり直すことが出来ない。

 だからこそ、日記を書いていた。

 日記には今の状況に至るまでの全てが記載されている。

 これを読めば、今の状況を覆せるほどの情報が記載されている。

 

 ――リベラルは日記だけを過去に転移させるつもりだった。

 

 それならば、世界からの干渉を最小限にすることが出来る。

 そしてそれが可能かどうかは、本来の歴史のルーデウスが証明してくれた。

 未来のルーデウス……老デウスは実際に過去への転移を成功させており、違う世界線への移動を行っていた。

 この世界をやり直すことは諦め、別の世界の自分に託すことにしたのだ。

 

(私が出来ないのは……仕方ないですね)

 

 ヒトガミの打倒も、ナナホシの帰還も、彼女がしたいことだった。

 けれど、それはもう叶わない。

 過去の自分に託そうが、それはあくまで()()()()なのだ。

 今のリベラルが戻れるわけではない。

 この失敗した世界に取り残されてしまうのだ。

 

(静香やみんなには……悪いことをしましたね)

 

 操られていたとは言え、自身が害したことに変わりない。

 ナナホシを救うために転生したのに、自らの手で殺めてしまったのだ。

 表には出してないが、気が狂いそうなほどに腸が煮えくり返っていた。

 ヒトガミはもちろん、今回の件はビタも許すことが出来ない。

 超えてはならぬ一線を超えたのだ。

 ビタだけは確実に処分することを決定している。

 

「まだかいリベラル?」

 

 日記を書き終え、手を止めていた彼女に技神が声を掛ける。

 まだまだ余裕はあるようで、片手間に闘神を相手にしていた。

 その技量はリベラルでさえ目を見張るものがあり、せめて最期にその技術を取り込めればと思う。

 ついでに日記へとそのことを書き記すのだった。

 

「ありがとうございます……もうすぐで準備は終えます」

「そうかい。いつまでもここにいるつもりはないからね。なるべく早く頼むよ」

 

 一応疲労はしているのか、催促してくる技神。

 リベラルとしても、ずっと頼る訳にいかないので次は過去転移の準備をしていく。

 

 今回は事前準備なしだ。

 地面に簡易的な魔法陣を書いていき、そこに魔力を込める。

 必要な魔力量や操作、発動時間は掛かるものの問題はない。

 先ほども告げたように、過去に送るのは日記だけだ。

 

「…………」

 

 そしてその魔力は、今の己にはない。

 転移に失敗し、まだ枯渇寸前だからだ。

 だからこそ、覚悟は決めていた。

 この世界に未練はあるが、別の自分に託す覚悟は出来た。

 

 リベラルは不足している魔力を――龍神の神玉の全てを使うことで賄うことにした。

 

 他の五龍将同様、秘宝を失えば彼女もその命を失うことになる。

 だが、今から過去に日記を送るにはそれしかないのだ。

 龍神の神玉を魔力の代わりに捧げれば、十分なエネルギーを得られるだろう。

 今回のように、過去に転移事件が発生することもなく届けられる筈だ。

 

 リベラルは闘神の力をコントロールし、完全に抑え込んでいる技神へと顔を向けた。

 

「ラプラス様」

「どうしたんだい?」

「…………最期にもう一度、お父様って呼んでいいですか?」

 

 その言葉に、彼は目を丸くする。

 しかしすぐに微笑みながら頷いた。

 

「ああ、もちろんだとも」

「……ありがとう、ございます」

 

 そして、リベラルは魔法陣に龍神の神玉の力を注ぎながら口を開く。

 

 

「――お父様」

 

 

 僅かに躊躇うような仕草をしつつ、更に言葉を続ける。

 

「誓いを、守れなくて、ごめんなさい。私、頑張ったんですけど……駄目、でした」

 

 龍鳴山で誓ったのだ。

 もう二度と負けないと。

 けれど、負けてしまった。

 その結果がこれだ。

 本当はラプラスに顔向けなんて出来なかった。

 確かに強くなることは出来た。

 だが、それだけでは足りなかったのだ。

 

「ごめん、なさい……こんな娘で……ごめんなさい」

 

 いつしかリベラルは鼻声となる。

 言葉を重ねれば重ねるだけ、様々な思いが過った。

 今まで募り募った感情が、徐々に決壊していく。

 ずっと気丈に振る舞いここまでやってきたが、それももう限界だった。

 

「お父様も、守れず……誓いも、守れず……友人も失って……約束も破って、しまって……」

 

 悔しかった。悲しかった。

 どうすることも出来ない無力感に苛まれてしまう。

 気付けば、リベラルは泣いていた。

 顔をクシャクシャに歪めていた。

 酷い涙声で、懇願していた。

 

 技神は――否、ラプラスはその光景に既視感を覚える。

 過去にも似たような場面を見た記憶があった。

 

「リベラル、気にしなくていい」

 

 ラプラスは自然とそう口にしてしまう。

 実際に何かを思い出した訳ではない。

 けれど、言葉が次々と頭の中に湧き出てきた。

 

「君は、私の娘なのだろう? 娘が父に謝る必要はないよ」

 

 覚えてないけれど、何となくそう感じるのだ。

 己の魂がそう叫んだからこそ、彼はこの場に現れたのだ。

 だからこそ、ラプラスは娘にこの言葉を贈る。

 

 

「――生きたいように生きればいい」

 

 

 そう、リベラルは縛られる必要がないのだ。

 失敗することもあるだろう。間違いを犯すこともあるだろう。

 だが、そのことで己に何かを思う必要はない。

 

「後悔も、悲しみも、怒りも、全部受け入れるんだ。

 ――それも全て君の歩む人生だよ」

 

 

 だって、リベラルはラプラスの娘なのだから。

 娘の失敗を迷惑に思う親なんていないのだ。

 

 

「…………」

 

 その言葉に、彼女は呆気に取られたかのような表情を浮かべる。

 やがてその泣き腫らした顔で笑顔を見せた。

 

「お父様、さようなら」

「ああ、さようなら。我が娘よ」

「――貴方の娘として生まれて、よかったです」

 

 そして――リベラルは魔術を発動した。

 

 

(……実際に異世界への転生や転移なんてあるんです)

 

 自身の中にある龍神の神玉が砕けたかのような感触を覚える。

 それと共に、視界が暗くなっていった。

 崩壊していく世界の中、彼女は最後に思考する。

 

(きっと、またどこかで会うこともあるかも知れません)

 

 ルーデウスやナナホシ、ペルギウス。それにシルフィエットやロキシー。友人や仲間たち。

 自分の仕出かしてしまった失敗を謝れないことが心残りにしていたが、そう悲観する必要もないのかも知れない。

 

(――輪廻の果てに再会出来る日を願いましょう)

 

 最後にそう願い、リベラルの肉体は崩壊する。

 それと共に、日記はこの世界から消え去った。

 

 

 

 

 八章 “未来へと紡ぐ一筋の希望” 完

 

 

 

 

――――

 

 

 それは、空中城塞にいるナナホシの元へと遊びに行った日。

 

 のんびりとした日々を、リベラルは過ごしていた。

 そしてその日々の出来事を、記録として纏めていく。

 

「……ふぅ。今日の分はこれくらいですかね」

 

 ブエナ村にいた頃からしていた習慣だ。

 ブエナ村で書いた分の記録は、転移事件が早まったこともあり消失することとなった。

 しかし、ラノア王国に来てからの分はちゃんと保存しているし、龍鳴山で過ごしていた頃のものも龍鳴山にキチンと保存している。

 

 本日分を書き終えたリベラルは、筆を置いて身体を伸ばす。

 凝り固まった骨や筋肉が解れていき、じんわりした気持ち良さが全身を駆け巡る。

 

「今のところは全部順調ですね」

 

 ゼニスの治療に目処は立った。

 ヒトガミの邪魔は出来ているし、逆に布石を置くことも出来ている。

 アリエル関係も順調であり、アスラ王国の問題もこのまま行けば苦労せず解消することが出来るだろう。

 

 オルステッドの問題に関する研究も少しずつだが、ちゃんと進めていくことが出来ている。

 ナナホシの転移装置も、全て順調だ。

 

 このまま行けば、リベラルは全ての目標を達成することが出来るだろう。

 そして、ナナホシと交わした約束と、ラプラスとの誓いも果たせる日は遠くない。

 

「ふふ、楽しみですね」

 

 ペラペラと、書き記した記録を閉じる。

 そのまま書庫へと記録を戻し――。

 

 

「――ん?」

 

 

 ふと、違和感を感じて振り返った。

 もちろん、誰もいないし何かがあるわけでもない。

 リベラルが座っていた椅子と机、そして記録として書かれた本が乱雑に置かれてあるだけだ。

 

 しかし、見覚えのない本が一冊だけあった。

 先ほどまでなかった筈の本である。

 不審に思った彼女は、当然ながらその本を手にした。

 

「これは……なるほど、失敗した訳ですか」

 

 本の表紙を見たリベラルは、1人納得する。

 そこには未来の日付が記されていたのだ。

 自身が『禁じ手』を使ったことは容易に想像出来たし、それが失敗したことも理解出来た。

 

 だが、実際に未来で何が起きたのかまでは分からない。

 リベラルは本を開き、中身を読んでいくのであった。





これにて八章終了です。
次章から前書き&後書き復活します。


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失伝 『ヒトガミは実に楽しそうである』

 

 

 

 気が付けば、私は真っ白な空間にいた。

 ここがどこなのかはすぐに分かった。

 無の世界だ。

 龍鳴山で過ごしていた頃に、一度だけ来たことがある。

 ここでの出来事が原因で、ラプラスとの関係に大きな変化が訪れだのだ。

 忘れられる訳がないだろう。

 

 そうこう思っていると、全身モザイクの変質者が現れた。

 

「やあ」

 

 モザイクマン――ヒトガミはどこか楽しそうな様子である。

 モザイク越しだというのにも関わらず、満面な笑顔を浮かべていることが貫通して見えた。

 その理由についても察しは付くが、あえて何も言わないで置いた。

 

「あれ、今回も私の姿はこれなんですね」

 

 自身の姿を見れば、前回と少し違う姿だった。

 火の玉のような緑色に光るナニかだが、それは輪郭を作っている。

 自身のからだであろうそれは、まるでヒトガミのように姿がボヤケていた。

 全ての力を使い切ったと思ったのだが、まだ少しだけ残っていたようである。

 

「ふふ、そうみたいだね。まあ、今となっては何でもいいさ」

 

 笑いを堪えることが出来ず、少しだけ溢れていた。

 どうやら勝利が確定したことが嬉しいようだ。

 そしてこの様子から、私が最期に何をしたのか把握出来てないようだった。

 笑いを堪えたいのはこちらの方だ。

 

「やられましたよ。まさかルディにビタを憑依させていたとは思いもしませんでした」

「気付かずに過ごしていた君たちはとても滑稽だったよ」

 

 ヒトガミは、そこで一拍間を開けて口を開く。

 

 

「ねえ、君たちさぁ……僕のことを舐めてたよね?

 

 どうせ何も出来ないって、舐めてただろ。

 

 まあ、いいさ。

 

 君たちが馬鹿なお陰で、僕は予定通りに事を進められたよ。

 

 あ り が と う」

 

 

 口を三日月に歪めながら、ヒトガミはそう言った。

 今までの積もり積もった鬱憤を晴らすかのように、言葉に悪意が含まれていた。

 今までやられっぱなしだったので、さぞかし気分がいいのだろう。

 

 ヒトガミの楽しそうな姿に、私も楽しくなってくる。

 

「……何で笑ってるんだよ」

「え?」

「君さぁ、僕の策略に嵌って全部失ったんだよね?」

「そうですけど」

「なら、もっと悔しそうなしたらどうなの?」

 

 確かにヒトガミの言う通り、可能であればこの場でコイツを叩き潰したいくらい腸が煮えくり返っている。

 しかしそんなことをしても、ヒトガミが喜ぶだけなのは目に見えてるのだ。

 態々相手が喜ぶことをする訳がないだろう。

 

「私は所詮……先の時代の敗北者じゃけえ……!」

「……君ふざけてない? 実は余裕あるよね?」

「ふざけてないですよ。私は敗者で貴方が勝者。ここで喚いたところで余計に惨めになるだけですからね」

 

 実際にそれは本心である。

 今更どうすることも出来ないのに、喚いても仕方ないのだ。

 ヒトガミはどこか納得出来てない様子で、更に口を開く。

 

「何ならここで僕と戦ってみるかい? もしも勝てれば、今までの失敗全てを帳消しに出来る手柄だよ?」

「へー、じゃあ、ちょっとだけやってみましょうかね」

 

 その言葉に、ヒトガミは怪しく笑う。

 なので私は、自身の鼻をほじくって鼻くそをヒトガミに投げ飛ばした。

 

「うわっ! 汚いなぁもう!」

 

 鼻くそは空中でピタリと止まると、あらぬ方向へと弾き飛ばされていった。

 どうせ魔術を使っても無駄だと思っていた私は、その光景にやはり使わなくて良かったと安堵する。

 下手したら跳ね返されて殺されていたところだ。

 

「何で鼻くそを飛ばすんだよ」

「いやだって私にはもう魔力がありませんし」

「あるでしょ。何言ってるのさ」

「まあ、今の感じ魔術放っても無駄そうなんでやりませんけどね」

「ハァ……もういいよ全く」

 

 ヒトガミは不満そうな様子だった。

 私が悔しがってる姿をよっぽど見たいのだろう。

 当然ながら見せる気はないが。

 

「君、つまんないね」

「さっきまで楽しそうだったのにどうしたんですか」

「その余裕な態度をずっと続けてるからね……一人相撲してる気分だよ」

 

 楽しくないような態度を敢えて取ってるので、ヒトガミの不満も当たり前だろう。

 私としても満足である。

 

「こんなことなら君も父親と同じ目にあわせればよかったよ」

「……やはり、お父様は貴方の目論見通りだったのですね」

「そうだよ。君もラプラスと同じで、愚かな奴だったよ。無駄な使命のために生きて、そして無駄に死んでさ」

 

 小馬鹿にするように話すヒトガミだが、挑発であることは明らかなため私は涼しい顔で受け流す。

 

「そうですね。無駄な人生を歩んでしまいました。こんなことなら貴方の駒になった方が楽しかったかも知れませんね」

「……君さぁ、ほんとつまらないね」

「そうですか? 私は楽しいですよ? ヒトガミ様と会話出来て超ハッピーですよ?」

 

 こちらの心も読み取れてないし、過去を改変したことも把握されていない。

 更には一方的にヒトガミの情報を抜き取れているのだ。

 これで楽しくない訳がないだろう。

 惜しむらくは、この情報を誰にも伝えられないことだが、そこまでは求めない。

 

「それならもっと建設的な話をしましょう」

「建設的? 例えば?」

「貴方がヒトガミとして誕生した話や、そもそも何なのかって話です」

「――――」

 

 その言葉に、ヒトガミの雰囲気が変わる。

 だが、私は更に続けた。

 

「どうせ私はもう消えゆく定めなんです。冥土の土産に教えてくださいよ」

 

 これも本心である。

 どうせ知ったところで何も変わらないし、誰にも伝えられないのだ。

 だったら、最後に知的好奇心くらい満たしてもバチは当たらないだろう。

 そう思ったのだが、ヒトガミは相変わらず口を閉じたままだ。

 

「消えるなら、君に教えたところで意味がないね」

「そう言わずにお願いしますよ」

「やだよ。そもそも僕に何のメリットもないし」

 

 まあ、意味がないのはその通りなのだが。

 しかし、ヒトガミにメリットなんて与える必要がないのだから仕方ないだろう。

 何故ヒトガミにメリットがなければならないのかさっぱりである。

 

「君はどう考えてるんだい? 僕の存在を。僕の正体を」

「正解してたら教えてくれるんですか?」

「さぁてねぇ。どうだろうねぇ」

「それなら貴方の聞きたいことを答えてあげますよ」

 

 その言葉に、ヒトガミは小考しながらも頷いた。

 

「なるほどね。僕も色々と腑に落ちないことがあるんだ。互いに情報を交換するということなら構わないよ」

「交渉成立ですね。では、私の推測からいきましょうか」

 

 ということで、私はまずラプラスが立てた推測を話していく。

 

 そもそもヒトガミの目的については、龍鳴山で少しだけ考えていた。

 六面世界の5つが滅び、人界だけになった時にラプラスは驚いたと告げた。

 まるで6つの世界を統合したかのような世界であり、更にヒトガミが『僕が唯一無二の神だ』と口にしたこと。

 ただひとつの世界の、ただ一人の神になりたかったのだと。

 そのために、各世界を崩壊させて一つの世界に吸収し、全ての神を殺したのかも知れない。

 

「……ふぅん」

 

 そしてそもそも、どうやって神と同等の力を手に入れたのか。

 それは最初に六面世界を作った神……創造神が無の世界で死に、その死体から力を手にしたのではないかと予想していた。

 

 それがラプラスの推測である。

 内容もそう複雑ではない。

 ヒトガミは唯一の神になりたくて、そして世界を1つにした。

 ヒトガミの力の根源は、創造神の死体から手にしたもの。

 整理すればただそれだけのことだ。

 

「なるほどね……いい線いってるよ」

「そうですか。では、ここからは私の推測です」

 

 ラプラスの推測は、そこまでである。

 ヒトガミの目的も、その力をどこで手にしたのか。

 だから私は、ヒトガミがそもそもどうやって誕生したのかを考えた。

 

 創造神の死体が変異した存在ではないかと思った。

 といっても、創造神は身体を6つに分け、それをそれぞれの世界の管理者として最後に力を使い果たしたのだ。

 そこまで力は残ってなかったのだろう。

 

 そもそも最初に世界に起きた変化は何だったのだろうか。

 そう考えた時に出てきたのは――『魔物』の存在だった。

 この世界には魔物がいる。

 しかし魔物に関しては唐突に発生した存在なのだ。

 少なくとも、神々は魔物の存在がどこからやって来たものか認知していなかった。

 従来の動物から魔力溜りによる突然変異で生まれたものだが、最初からは存在しなかった。

 私は魔物の発生と、ヒトガミの誕生に何か関わりがあるのではないかと思ったのだ。

 

 魔力溜りから魔物が生まれるのだとして、そもそもその魔力溜りとは何なのかという話だ。

 動物が変異したものはともかく、アンデッド系のものは謎である。

 魔力が死体に意思でも与えているというのだろうか。

 そもそも魔力とは何なのか。

 ルーデウスは何でも出来る万能のエネルギーと告げた。

 実際にその万能なエネルギーで、過去にも転移出来るし、初代龍神はオルステッドをループさせることも出来ている。

 そこで私が思ったのは、魔力も創造神の力なのではないかというもの。

 より正確に言うのならば、創造神の残留。

 それならば万能エネルギーであることに説明もつく。

 

 世界を作る神の力を、私たちは使っている。

 だから魔術なんてものが使える。

 実際のところは不明だが、その方が単純明快ではないか。

 

 さて、ではそんな創造神の残留である魔力溜り。

 これは僅かに残った創造神の力とも言えるだろう。

 それに侵された結果、突然変異を起こしてしまうのだ。

 故に、アンデッドはその残留によって動く。

 アンデッド故に思考もなく動ける。

 

 では、創造神の死体の近くにいたのならどうなるのだろうか。

 創造神の死体であれば、それはより魔力が濃く残っていることだろう。

 そしてその魔力溜りは、何もない空間で意思を生み出したのではないか。

 行き場もなく積もり積もった魔力。

 どこに行くことも出来ず、それは形作られていき、そして生まれた。

 孤独の中、あらゆる六面世界を傍観し、意思は更に形作られていき。

 その思いはやがて羨望となり、それは変異して妬みとなり、そして壊そうとして。

 

 最も感受性が高かったのが……人神だったのではないだろうか。

 その意思を持つ魔力の影響を、人神が受けたのではないかと考えた。

 

 即ち、ヒトガミとは人神であり。

 ヒトガミとは――魔力が生んだ形ある意思である。

 

 

「――それが私の推測です」

「…………」

 

 無言で話を聞いていたヒトガミは、何も言わなかった。

 私の話を否定せず、最後まで聞いていた。

 やがて、口を開く。

 

「よく考えたね。まあ、素直に君のことを褒めてあげるよ」

「それはどうも。それで、実際のところはどうなんですか?」

 

 これはあくまでも推測である。

 実際に合ってるかどうかは、ヒトガミしか知らないのだ。

 だからこそ私は答え合わせを求め、ヒトガミはゆっくりと口を開いた。

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

「……なるほど。それがヒトガミという存在、ですか」

「満足したかい?」

「ええ、ありがとうございます」

 

 答えを聞いた私は、ひとり納得する。

 道理で六面世界を滅ぼした訳だと。

 だからといって、じゃあ仕方ないとはならないが。

 それでもヒトガミという存在について理解することは出来た。

 

「じゃあ、次は僕の番だね」

「貴方の番とか必要ですか?」

「必要さ。僕だって分からないことは沢山あるからね」

 

 まあ、オルステッドのことや私のことなど知らないことはあるだろう。

 そもそも転移事件自体何故起きたのかはヒトガミ視点でも分からないのだ。

 

「そうだね、君のことを教えてもらおうか」

「私のことですか?」

 

 その言葉に思わずキョトンとしてしまう。

 

「そうだよ。僕だって君が一体どこから現れたのかよく分からないんだ。

 未だに君の姿も分からないし、何で生まれる前から存在を認知出来なかったのかも分からない。何を目的に生きてきたかも分からないし、何がしたかったのかも分からない。

 だから最期に教えて欲しいんだ」

 

 ヒトガミの切実な願いに、私はふむと頭の中を整理していく。

 

「では、一個一個質問してください」

「そうだね……君はそもそも古代龍族なのかい? 滅びゆく龍界から転生してきたんじゃないだろうね?」

「……何故そう思うのですか?」

「リベラルという存在は、龍神の神玉の力に耐えきれず死ぬ運命だった。なのに生きているからそう思ったのさ」

「惜しいですね。正解はラプラスの実験によって死んだ龍族の生まれ変わりです」

 

 その言葉に、ヒトガミは頭に疑問符を浮かべた。

 

「ラプラスの実験で?」

「ええ、お父様は龍神の神玉を定着させるために、いくつかの人体実験を行い……その際に死んだ私は転生してラプラスの娘となったのです」

 

 そんな出生だとは思わなかったのだろう。

 ヒトガミは何かブツブツと考える仕草をしつつ、腕を組み始めた。

 

「じゃあ、元々はラプラスに恨みがあったのかい?」

「そうですよ。毎日あいつぶっ殺してぇって思ってましたよ」

「なるほど……」

「その思いに気付いていたからこそ、私の目の前に現れたのでは?」

「まあ、そうだね」

 

 当時は本当にそう思っていたし、無限の鍛錬の要求に私は心折れていた。

 

「最後に、君は転移事件が起きることを知っていたのかい?」

「知ってましたよ。実は私、占命魔術を趣味に扱うんですけど、それで定期的に未来を見ていたんですよ」

「そういうことか。通りで君はやけに未来を知っているかのような動きをしていたんだね……」

 

 まあ、全部嘘の話だけど。

 

 納得してるところ非常に申し訳ないが、バカ正直に言うわけない。

 未来視で過去から今の状況も見れる奴に対し、何故本当の情報を与えなければならないのかという話だ。

 適当なホラ吹きしかしてないので、ヒトガミには精々悩んでいて欲しい。

 

 そして私にだけ情報を与えてくれて感謝しよう。

 馬鹿め! ちね!

 お前はその卑猥な姿に相応しい道化だったよ!

 間抜けなセクハラ野郎め。

 別の世界の私が、私たちの仇を討ってくれるだろう。

 

「おっと、そろそろ時間のようですね」

「そうみたいだね」

 

 気付けば、私の身体は僅かに透け始めていた。

 魂が魔力に還元され始めているのだ。

 これがこの世界の死である。

 

「…………」

 

 ヒトガミはどこか神妙な様子だった。

 とはいえ、今更どうすることも出来ないだろう。

 

「じゃあ、また会いましょう」

 

 私はヒトガミの横を通り過ぎようとする。

 これ以上の言葉を交わす必要はない。

 

 けれど、ヒトガミの近くを通った際――ラノア王国で散った仲間たちの姿が脳裏を過った。

 様々な感情が一気に噴出する。

 私は反射的にヒトガミへと目にも止まらぬ一閃を放っていた。

 

「――無駄だよ」

「……ま、私もやっぱり悔しかったんですかね」

 

 私の拳は、ヒトガミの目前で止まっていた。

 まるでそこに壁があるかのようにそれ以上進められなかった。

 ヒトガミが人差し指を向けると、私の胸に穴が開く。

 

「ふふ、貴方の勝ちですヒトガミ」

 

 胸に穴が開いたが、今更この程度で私は即死なんてしない。

 ヒトガミへの攻撃は諦め、私はそのまま歩み出す。

 ここまで好き勝手しまくったのだ。

 一発くらい殴りたかったが、まあいいだろう。

 やれることは全部やった。

 もう振り返る必要はないだろう。

 

「精々残りの生を謳歌してください」

 

 徐々に消えゆく中、私は最後に言葉を紡ぐ。

 

「恨みは沢山ありますが、貴方のこと嫌いではなかったですよ」

 

 まあ、その言葉が本当かどうかは言わないでおこう。

 どのみち、私はここまでなのだから。

 

 別の世界の私には是非とも頑張って欲しい限りである。



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九章 それが貴女と交わす約束
1話 『対処』


前回のあらすじ。

ルーデウス「ビタに憑依されてて、リベラルに寄生させて、最後に命を掛けてリベラルを取り返した」
オルステッド「憑依されてたリベラルと戦った」
リベラル「過去に転移失敗してパパに助けられて、日記だけ過去に送った」

久しぶりの前書きです。
予定では次章である10章で完結します。
今章も長くなりそうですが、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 殴り飛ばされ、地面に倒れるサル顔の男。

 そしてそれを睨み付けるのは、オルステッドだった。

 

「おい、嘘だろ!? 待ってくれよ旦那!」

「…………」

「本当だって! 何も知らねぇんだよ!」

「…………」

「ほら! 何も持ってねぇだろ!? 信じてくれよ!」

 

 必死に弁明するサル顔の男――ギースは服すら脱いで自身の潔白を証明しようとする。

 確かに今の彼は何も持っていない。

 身の潔白を証明することが出来ている。

 だが、駄目なのだ。

 オルステッドは既に知ってるのだ。

 ――ギースがヒトガミの使徒であることに。

 

 そして彼は、ヒトガミの使徒に対して容赦しない。

 

「死んで人神に伝えるがいい。

 龍神オルステッドは、決してお前を生かしてはおかん、とな」

 

 

――――

 

 

 その日、パウロはいつものように彼女の家に訪れる。

 普段ならば気配でも読んでるのか到着する頃には出迎えてくれるのが、今日はその様子がなかった。

 それからノックや呼び掛けを行うのだが、彼女が出てくることはない。

 

「あれ? リベラルいねぇな」

 

 時おり街から離れることはあるが、基本的に伝言があったりする。

 だが、今回は特にそれらの類は一切なかったため、パウロは不思議そうにするのだった。

 

 誰もいないのに待機していても仕方ないため、その日のパウロは諦めて帰ることにした。

 後からルーデウスから聞いた話なのだが、やはりリベラルはしばらく留守にするようで、街にはいないとのこと。

 いつものように布石を取り除きに行ったらしいのだが、今回は慌てて出ていったようだ。

 

 それが数ヶ月前の出来事である。

 そして現在、大変な出来事が発生してしまう。

 

 シルフィエットとロキシーが倒れたのである。

 2人は高熱にうなされ、顔を真っ赤にしながら体力の汗を流していた。

 最初はただの風邪と思われたのだが、いつまで経ってもそれが治ることはなかった。

 そしてアイシャが2人の足先が結晶化してることに気付き、クリフを呼んだことで発覚する。

 

 ――これは魔石病である、と。

 

 リベラルがいないタイミングにて、それは起きてしまったのだ。

 ルーデウスは後ほどオルステッドにも相談したのだが、彼も魔石病を治す術は持っていなかった。

 最早どうすることも出来ぬ状況。

 このまま2人を助けることが出来ないのかとルーデウスは絶望してしまう。

 

「落ち着けルーデウス。予定ではリベラルがもうすぐで帰ってくる。奴にも確認するべきだろう。それからでも遅くはない」

 

 クリフからミリシオンにある神級魔術について話は聞いていた。

 居ても立っても居られず、飛び出してしまいそうだったがオルステッドにそう諭されてしまう。

 確かにリベラルならば扱えてもおかしくないため、彼は僅かな希望に縋り待つことにしたのだった。

 それから数日後、リベラルが帰還する。

 

 報告を受けたノルンが急いで迎えに行き、彼女は全員が集うこの家へとやってきた。

 案内されたリベラルが扉を開けば、そこは大所帯となっているのだった。

 ルーデウスに、パウロ、リーリャ、アイシャ。レオも傍にいる。それだけではなく、クリフにエリナリーゼもいた。

 

 そして彼らの中央に、苦しそうに横たわる2人の姿が。

 

「なるほど、事情は分かりました」

「どうにかなりませんか!?」

「もちろん、どうにかしますよ。治療しますので一度退席してもらっていいですか?」

 

 その言葉に、ルーデウスはパァッと表情を輝かせる。

 正直もう無理だと思っていたため、絶望から希望へと一気に引き上げられたのだ。

 中でもクリフが一番衝撃を受けていたが、治療の邪魔になるため一言二言だけ話すと退席していく。

 それに続いて、他の者たちも退席して行くのだった。

 

「さて、と。取りあえず治しますか」

 

 そうしてリベラルは、懐から分厚い本を取り出す。

 それはミリシオンにある解毒神級魔術を記した写本である。

 未来の出来事を知った彼女はオルステッドと相談した結果、先にこれを確保することにしたのだ。

 そのため家を長らく空けることになったが、この時期は研究程度しかしてないので特に支障もなかった。

 

「内容も長いことですし、さっさと治しましょうか」

 

 そうして彼女は、写本した内容を詠唱していく。

 分厚い本であるため、数十分程度では終わらない。

 数時間ほど掛けて、詠唱しながら魔力を練り上げていった。

 

 そして、解毒神級魔術を発動する。

 

「――ふぅ、中々疲れますね」

 

 彼女の視線の先には――魔石病の症状が消失したシルフィエットとロキシーがいるのだった。

 

 長い時間を掛けて詠唱し、ずっと集中していたリベラルは染み出た汗を拭う。

 一旦深呼吸をした後、魔眼を開いて2人の状態を確認する。

 結果は良好だ。魔石病によって不自然になっていた魔力の流れは整い、元の状態に戻っていた。

 

「子どもの方は……」

 

 そしてもう一つ大切なのが、2人の胎内に芽吹いていた新たなる生命だ。

 魔石病は胎児の身体を魔石へと作り変えることで、母体へと影響を与える。

 そのため、2人に症状が出た時点で非常に危険な状態となってしまう。

 

 魔眼でそちらも確認すると、魔力の流れに異常はなかった。

 とはいえ、どうなるのかは分からない。

 リベラルの予想では、神子や呪子のように何らかの力を有して誕生すると考えている。

 もちろん、何らかの障害を抱えて生まれる可能性もあり、楽観視することの出来ない状況だ。

 

「でもまあ、まずは2人を助けられたことを素直に喜びましょうか……」

 

 これで未来は変わった。

 最悪の結末がすぐに訪れることはない。

 ヒトガミの策略に見事に嵌められてしまったが、未来の自分が託してくれた日記により回避することが出来た。

 一番はそもそも魔石病を起こさず防ぐことだったが、それについては失敗してしまった。

 

 というのも、魔石病になるには魔石病に感染しているネズミが必要だからだ。

 そしてそのネズミもずっと生きている訳ではない。

 だからこそ、何者かが態々ネズミをこちらに運ぶ必要があった。

 その何者かは状況的にギースだと考えた。

 日記の内容的にそれ以外いないだろう。

 けれど違った。

 オルステッドがネズミを持ったギースを確保したのだが、それでも意味はなかったのである。

 ギースの存在に関係なく――魔石病は発生してしまったのだ。

 リベラルは念のためミリシオンにて神級魔術を写生しに行ったが、もしもその行動をしていなければ大変な事態に陥っていたであろう。

 未来からの日記があったのにも関わらず、綱渡りな結果となった。

 

 後ほど、魔石病になったネズミがどこから来たのかは発覚する。

 ビタに憑依されていたルーデウスが召喚していたのだ。

 魔法陣は彼の家の地下にある祭壇……ロキシーのパンツを祀っている場所にひっそりと作られていた。

 つまり、ギースはただの囮だったのだ。

 何らかの方法で知られていたとしても、目を他所に向けさせるための罠。

 ここまで用意周到に、魔石病の計画は進められていたのである。

 気付けなかったのも無理はないだろう。

 リベラルは祭壇のことを知っていたが故に、召喚魔法陣を作っているとは思わなかったのだった。

 

「今は取りあえず、みんなに伝えないとですね」

 

 魔眼を閉じた彼女は、外でずっと待っているであろうみんなに報告するため、この場から退出するのだった。

 

報告後、一同は安堵し喜んでいた。

 魔石病という難病を前に諦めるしかないと思っていたのに、治療に成功したのだ。

 魔石病をある程度知っているクリフは、驚きのあまり顎が外れそうな様子だった。

 パウロにとっては義娘になるため、喜びのあまり半泣きである。

 

「治せて良かったです……本当にありがとうございますリベラルさん……!」

「いいんですよ。私と貴方の仲じゃないですか」

 

 ポンポンと肩を叩くと、ルーデウスは身体を震わせながら涙を溢す。

 リベラルはそれを優しく抱き締め、安心感を与える。

 

 彼にとって家族とはこの世界で最も大切なものであり、前世の過ちを克服した証拠でもある。

 本気で生きてきたからこそ、シルフィエットとロキシーは彼を慕い、そしてその2人をルーデウスは愛していた。

 2人が死にそうになって一番辛かったのはルーデウスだろう。

 彼の不安と恐怖は誰にも想像出来ないほど大きかった筈だ。

 

 だからこそ、許せなかった。

 魔石病になってしまったのはビタが原因である。

 ルーデウスを操ることで、この事態を引き起こしたのだ。

 彼がどれほど本気で生きてきたか知っているからこそ、その行為がどれほど想いを踏みにじるものか理解していた。

 

(本当に、厄介な存在ですね……)

 

 しかし、今は手出し出来ない。

 ビタの本質は、憑依というより寄生だった。

 魔眼で確認したルーデウスの姿は、ビタの一部に脳が犯されているのだ。

 何か仕掛けたり結界による無力化をしても、ルーデウスを道連れにすることが出来る状態だった。

 態々ミリシオンまで神級魔術を写生しに行ったのも、それが理由である。

 ビタをどうにかすることが出来なかったこともあり、魔石病を防ぐことが出来なかったのだ。

 

「あの、リベラルさん」

 

 不意にルーデウスに話し掛けられたことにより、彼女は思考を中断する。

 彼は何かを決心したかのように、口を開くのだった。

 

「今日の夜……家に行かせてもらっていいですか?」

「今夜ですか? 構いませんけど、どうしたんですか?」

「大切な話があるんです」

 

 そう言われてしまえば断ることも出来ないだろう。

 予定はあったのだが、後回しに出来ることなので彼女は頷いた。

 

「いつでも来てください」

「ありがとうございます。今夜行かせてもらいます」

 

 シルフィエットとロキシーの2人は、リーリャやアイシャがいるので大丈夫だろう。

 大切な話の内容については、未来の日記を持ってる彼女にも分からない。

 だが、ビタのことがある以上、リベラルとしても好都合だった。

 一応、オルステッドにも報告した後、ルーデウスに来てもらうことにする。

 

 

――――

 

 

 日も沈み切った夜。

 ルーデウスは宣言通りやって来た。

 もちろん彼一人である。

 家の中に招待したリベラルは、お茶やおつまみなどをテーブルに置きつつ、椅子に座った。

 

「それで、どうしたんですか?」

「…………」

 

 彼は何か言い辛そうにしつつ、おつまみを食べる。

 それからようやく口を開いた。

 

「こ、今夜は月が綺麗ですね」

「……? 綺麗ですけど、そんなことを言いに来た訳じゃないですよね?」

「あ、ああ、今のはちょっと話の切っ掛けを掴むためのものなので……」

「何を緊張してるんですか……?」

 

 流石に気になったリベラルは、顔を近付けつつ彼のおでこを触る。

 とても熱くなっており、耳まで真っ赤になっていた。

 その様子から、ルーデウスの様子について察してしまう。

 

(ああ……そういうことですか……)

 

 事情を理解した彼女は、拳を強く握り締める。

 けれどきわめて冷静に努めつつ、何気ない会話からすることにした。

 

「シルフィ様とロキシー様は目を覚ましましたか?」

「はい、お陰様で」

「もしまた体調を崩すようでしたら教えてください。まあ、私より医者とかに見せた方がいいかも知れませんけど」

「いえいえ、リベラルさんの方が安心出来ますって」

 

 確かに彼女はある程度の医学に精通しているが、専門職に勝てるかと言われれば何とも言えないところだ。

 どちらかと言えば、オルステッドの方が知識はあるだろう。

 とはいえ、魔石病を治したことを考えれば、リベラルを頼るのも不思議ではない。

 

「……今日は、本当にありがとうございました」

「当然のことをしたまでですよ」

「それでも、俺には返しきれないほどの恩です」

 

 ルーデウスはお茶を一口飲み、テーブルに置く。

 

「実は、悪夢を見たんです」

「悪夢ですか」

「はい……魔石病になった2人を失う悪夢です」

「…………」

 

 それは実際に未来で起きた出来事であり、今回も起こり得た未来だ。

 

「2人だけじゃなくて、父さんや母さん、ノルンにアイシャ、ザノバ、クリフ、みんなが死んでしまう……そんな最悪な悪夢です」

「それは、辛かったですね」

 

 もしかしたら彼は、ビタに憑依されていることを無意識に知覚しているのかも知れない。

 だからこそ、不安になってリベラルに会いに来たことも考えられるだろう。

 

「思い返せば、俺は昔からずっとリベラルさんに助けられてばかりです」

「そうですか? かなり放任してた気がしますけど」

「そんなことはないです。ずっと、ずっと感謝してたんです」

 

 確かに彼女は龍神流を教えたが、基本的なことしか教えていない。

 ブエナ村で過ごしていた時も、大半の時間を瞑想だけに使わせていた。

 エリスの元へ家庭教師に行ってからは、手紙でしかやり取りしていないのだ。

 転移事件が発生してから再会したのもミリスであり、そこまで助けた記憶がなかった。

 だが、どうにもルーデウスの視点では違うようである。

 

「リベラルさんのお陰で、俺は魔術師としてそれなりの力を手に入れられましたし、生きる術を手にしました」

「ふむ」

「それに、母さんのことも助けてくれました」

「確かにそうですね。ふっ、私にもっと感謝するがいい」

 

 リベラルはあえて茶化したのだが、彼は真剣な表情を崩さなかった。

 

「父さんに稽古してくれてることもそうですし、フィリップを助けてくれていたこともそうです」

「…………」

「間接的ですけど、エリスも助けてくれたようなものです」

 

 ルーデウスも詳しい状況を知っている訳ではないだろう。

 だけど、フィリップたちが死なないようにリベラルが根回ししたことは確かである。

 

「そして今回の件です。俺にはどうすることも出来なかった。悪夢が実現してもおかしくなかった」

「…………」

「けど、リベラルさんが助けてくれた」

 

 魔石病を治癒したことは、あまりにも大きなことだった。

 心がグチャグチャになりそうな時に、彼女はそれを治してみせたのだ。

 そのことに対して、何も感じない訳がないだろう。

 

 ルーデウスは近くへと寄ってくる。

 そのまま手を握ってきた。

 そして意を決したかのように、言葉を続けた。

 

 

「気付いたんです――リベラルさんのことが好きなんだということに」

 

 

 彼女はやはりか、と思いつつ、首を横に振った。

 答えは以前から告げていた通りだ。

 

「……申し訳ございませんが、私はヒトガミを倒すまではパートナーを作るつもりがないです」

「分かってます。けど、言いたかったんです」

「そもそも妻が2人いるのに何を言ってるんですか?」

「リベラルさんのことが好きなんだって……その気持ちに嘘を吐きたくなかったんです」

 

 ギュッと握り締められる手の力に、リベラルは溜め息を溢す。

 

「ルディ様、お止めください」

「駄目ですか?」

「……もしかして溜まってるんですか?」

 

 毎日のように致していたが、魔石病によって倒れてからは妻と出来なかったのだろう。

 だからと言ってこちらを性のはけ口にされてはたまったものではない。

 

「違います! そんな訳ない!」

 

 ルーデウスの手が身体へと伸びる。

 リベラルはそれを振り払いはしなかったが、じっと彼の目を見た。

 

「もういいですよ、その下手な演技は」

「……なんのことですか? 演技じゃないですよ?」

「……いい加減胸糞悪いんです。人の気持ちを踏みにじって……」

 

 リベラルの見せた怒りの表情に、ルーデウスは僅かに狼狽える。

 

「――冥王ビタ。人の身体を使って変なことを言わせないで欲しいです」

 

 我慢の限界だった。

 ルーデウスがそんなことを言うわけがないのだ。

 

 彼は確かにリベラルに好意を抱いてるかも知れない。

 だが、シルフィエットやロキシーを蔑ろにするようなことは絶対にしないのだ。

 ここに来てからの発言は、ルーデウスに対する冒涜でしかなかった。

 そもそも、妻の2人が倒れていたのにも関わらず、別の女に告白するなんて頭がイカれてるとしか思えないだろう。

 

「……分かっていましたか」

「たまたまですよ。本当なら気付けませんでしたし」

 

 未来からの日記が無ければ気付けなかったのだ。

 言葉通り、気付けたのは偶然でしかなかった。

 

「ならば、私が何をしようとしていたのかも予想していたのでは?」

「どうせ私に寄生するために来たのでしょう」

「そうですね。魔石病は阻止されましたが、君の身体にさえ入り込めれば巻き返すことが出来る」

「なら、私に気付かれた時点で失敗ですね」

 

 ビタは再びリベラルの顔に両手を伸ばす。

 当然ながら振り払おうとしたのだが、彼の言葉により動けなくなってしまう。

 

「抵抗すればこの男の命はありませんよ」

「!!」

「彼の命は私が握っています。その意味が分かりますね?」

「……この、外道め」

「何とでもいいなさい」

 

 伸ばされた両手は、リベラルの顔を固定する。

 彼女の力ならばいつでも振り払えるが、それをすればルーデウスがどうなるか分からないだろう。

 人質を取られてしまったことで抵抗することも出来ず、彼女の表情に焦りが見える。

 

「……私が対策していないとでも思ってますか?」

「おかしなことを言いますね。対策していたのならば、このような状況にはならなかった筈です」

 

 そう、彼の言う通りだ。

 寄生したビタだけを取り除く方法がなかったからこそ、魔石病を起こされてしまった。

 ビタに気付いていながらこの状況に持っていかれたことこそ、リベラルの発言が強がりでしかない証拠だった。

 

 悔しそうな表情を見せる彼女に、ルーデウスはニチャリと顔を歪める。

 まるで幼少期の性欲しかない頃の顔だった。

 

「嫌ならば抵抗すればいいでしょう。その時はルーデウスがどうなるか分かりませんがね」

「……くっ、殺せ!」

「ええ、オルステッドと戦わせた後に、その願いを叶えてあげましょう」

 

 徐々にルーデウスの顔が、リベラルの顔へと近付いていく。

 やがて――2人の唇が触れ合う。

 彼女は最後の抵抗をするかのように口を閉ざす。

 そんな抵抗を嘲笑うかのように、何度も唇で啄まれることで徐々に脱力してしまう。

 力が抜けきった瞬間、半開きになった口にルーデウスの舌がねじ込まれた。

 

 それと同時に――液体のようなものが口内に侵入していく。

 そのまま冥王ビタは、リベラルの喉奥へと潜り込んでいくのだった。

 

 意識を失ったルーデウスとリベラルは、その場に倒れるのだった。

 

 

――――

 

 

 椅子に腰を掛けたリベラルは、オルステッドと向き合っていた。

 奥の方には、ベットに寝かし付けられていたルーデウスが静かに寝息を立てている。

 

「本当はもっとスマートにどうにかしたかったんですけどね」

「仕方あるまい。俺もビタに対する有効手は多く知らないからな」

「まあ、被害なく対処出来たので良しとしますか」

 

 予想通りと言えば、予想通りだった。

 ルーデウスに大切な話があると言われた時点で、そうなることは予測出来た。

 だからこそ、何の対策もなく冥王ビタと相対する訳がないだろう。

 

 家の床には、ビタの死骸とボロボロに崩れた指輪が落ちていた。

 

「――ラクサスの骨指輪。解析する時間が欲しかったですね」

 

 彼女はこの数ヶ月間、ラノアから離れていた。

 そしてそれは、ビタをどうにかするための手段を手にするためだったのだ。

 ミリシオンへと神級魔術を写生しに行ったのは、どちらかと言えばついでのことである。

 本当の目的は死神ランドルフと会い、ラクサスの骨指輪を貰うことだった。

 

「しかし、ビタも思い切ったことをしたな」

「そうでもないでしょう。彼にはそうするしか手段がなかったんですよ」

 

 今回のヒトガミの目的は、リベラルに冥王ビタを憑依させることだった。

 魔石病を引き起こし、その混乱に乗じて戦力を分断させることは、それをより確実にするための手段でしかない。

 リベラルさえ駒にすることが出来れば、後は未来の日記と同じような状況を作りだけるだろう。

 

 ビタはずっと綱渡りな状況に身を置いていた。

 偶然が重なり、ルーデウスの前でリベラルは魔眼を使用することがなかった。

 だが、それはずっとではなかっただろう。

 いつの日か魔眼が使われ、ビタの憑依が露呈する日が来る。

 そうなれば、リベラルに憑依することは困難だ。

 故に、魔石病を治されたことに焦ったのだろう。

 

「ずっと潜んでいてもジリ貧でしたし、無理やりにでも寄生せざるを得なかったんでしょう」

 

 ずっと潜んで正体がバレるか、脅してでも寄生するか。

 お粗末な告白のせいでバレバレだったが、互いに機転は効かせた方だろう。

 当初の予定では、告白された流れでキスをさせて寄生される、という流れだったのだ。

 しかし、ルーデウスたちを冒涜するかのような告白に、リベラルが怒りを堪えることが出来なかったのである。

 あのまま自害を迫られていたり、指輪に気付かれたりすれば危なかっただろう。

 

「まあ、ひとまず安心ということで」

「そうだな。ヒトガミは大きな失敗をした」

 

 未来の日記では、リベラルに憑依させるためにラプラスの復活位置の固定に関与していなかった。

 今回も同様だろう。

 既にザノバは戦争のために国に戻ることを伝えており、ここからヒトガミに関与出来ることはない。

 

「後、私の言ったことはちゃんと守ってますか?」

「守っているが、お前はそこまでの覚悟を持ってるんだな」

「まあ、どうせなら目指すはパーフェクトゲームですよ」

「……今回の功績はリベラル、お前だ。だからこそ判断は任せる」

「ありがとうございます」

「事が終わったら、責任を持って見ていろ」

「もちろんです」

 

 それを告げたオルステッドは、お茶を飲み干すと立ち上がる。

 ビタの死骸を一瞥した後、扉を開いて出て行くのだった。

 退出を見届けたリベラルも立ち上がり、使った食器を洗って片付けていく。

 

 片付け終わった後、彼女は寝静まっているルーデウスの前へと近付いた。

 

「……ルディ様、私は貴方の想いに応えることは出来ません」

 

 ベットに腰を掛けつつ、彼の身体をそっと撫でる。

 意識がないのにピクッと反応することに苦笑しつつ、言葉を続けた。

 

「でもまあ、先ほどのキスはそこまで嫌ではありませんでしたよ」

 

 彼が操られていることもなく、そして本気で結婚などを考えていたのであれば、正直かなり迷っただろう。

 使命と約束があるため、首を縦に振ることは出来ないが。

 少なくとも、それくらいにはルーデウスに対して好意はあった。

 

「……貴方たち家族の関係はとても好きです。見ていて心が暖かくなります。昔のことを思い出して、センチメンタルになったりしますよ」

 

 ぷにぶにと頬を弄った後、リベラルは立ち上がる。

 

「――()()()、私はいつだって貴方たち家族の味方ですからね」

 

 そして、彼女も部屋から出て行くのだった。




誤字報告、感想、評価。
いつもしてくださりありがとうございます。

Q.あれ、ギース…死んだ…?
A.オルステッドからは逃げられないのだった。

Q.魔石病防げなかったんか。
A.作中に記載したように二重工作です。ヒトガミも本気でここで仕留めるつもりでした。未来でのギースがネズミを仕込んだのかは…不明です。

Q.ルーデウスの告白。
A.残念ながらビタに操られ、本能のまま告白しました。本気ではありません。遊びでした。

Q.リベラルとルーデウス。
A.ルーデウスのファン。好きだけど、どちらかと言えば嫁たちの関係性が大好き。その間に入り込むなんてナンセンス!

Q.ビタ。
A.無性生物なので恋愛の機微が分からず、適当に告白させてしまい地雷を踏み抜く。勝ちを確信したリベラルにくっころごっこされた。


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2話 『澪尽くし』

前回のあらすじ。

オルステッド「ヒトガミの使徒は死ね」
ギース「うわー!」
リベラル「魔石病治してビタも始末したよん(^o^)v」

体調不良になったのでその間に一気に書き上げました。
皆さんも体調にはお気を付け下さい。


 

 

 

 日も沈んだ夜、パウロはリベラルの後ろを着いていっていた。

 いつもしている鍛錬とは別件だ。リベラルの家には向かっていなかった。

 彼の表情は普段の軽薄なものと違い、複雑そうなものである。まるで転移事件後を彷彿させるほど動揺しているようにも見える。

 

 2人がたどり着いたのは酒場である。

 ただの酒場だが、他のところと違うのはそこはアトーフェラトーフェの元親衛隊の利用が多いことだろうか。

 つまりオルステッドの私兵の溜まり場である。

 酒場にも関わらず実力者が多いことにパウロは驚きつつ、カウンター席にいた男の元へと足を進めていった。

 

 1人でカウンター席に座っていた男――ギースは彼の姿に気付くと、軽薄な笑みを浮かべながら手を上げた。

 

「よお、パウロ。久しぶりだな」

「ギース……」

「何だよ、辛気臭そうな顔してよ」

 

 ギースは殺されていなかった。

 オルステッドによって捕まった彼だが、親衛隊たちに止められたのである。どうやらリベラルが根回しし、殺されないようにしていたのだ。

 何とか死なずに済んだギースは、親衛隊に監視されながら今までを過ごしていたのだった。

 

 彼が魔石病に感染したネズミを持っていたことは、既にルーデウスたちに知らされている。

 その上で、最初にパウロをここに連れてきたのだった。

 

「では、私は離れています」

 

 ここまで案内したリベラルは、その場から退席して出て行く。

 周りに親衛隊はいるものの、声が聞こえるほどの距離にはいない。

 態々一対一で話せるように配慮されていたことは明白だった。

 

 パウロはギースの隣に座り、水を一口飲んだ。

 

「……一応確認するけどよ、魔石病のネズミを持っていたのは本当なのか?」

「ああ、本当だぜ。頑張って誤魔化そうとしたけど、無理だった」

「ヒトガミの使徒ってのも、本当なのか?」

「違う、って言いたいところだが、決定的な証拠があるから否定出来ねえな」

「…………」

 

 観念したかのようにそう告げるギースを前に、パウロは怒りで身体を震わせる。

 けれど、ここで手を出したり結論をすぐに出すことはなかった。

 ブエナ村で過ごしていた頃よりも、彼は成長しているのだ。

 話を最後まで聞こうとしていた。

 

「何でそんなことしたんだ? 何でヒトガミなんかの言いなりになってるんだ?」

「ネズミに関しては、それがヒトガミの指示だったからだぜ。言う事を聞いてるのも、まあ腐れ縁みたいなもんだ」

「……そうかよ」

 

 ギースは変わらず軽薄な様子だった。

 結論は出たも当然だろう。

 だが、パウロはそこで話を終わらせなかった。

 伊達に長年パーティを組んでないのだ。

 これでああハイそうですか、と終わる程度の関係性ではない。

 

「なあギース、もう一回言うぞ。何であんな奴の言いなりになってるんだ?」

「おいおい、言ったじゃねえか。腐れ縁だから仕方なくだってよ」

「違うだろ。お前はそんなことだけでオレの息子に危害を加えたりしない筈だ。何があったんだ?」

 

 キッパリとそう言い切ったパウロに、ギースは目を丸くする。

 やがて降参するかのように両手を上げた。

 

「ただヒトガミに恩があるからだぜ。嫌な事はされたけど、トータルで見りゃあ、俺は救われたんだ」

「恩か。確かにそりゃあ大切な理由だな」

「だろ? アイツは嫌な奴だけどよ、俺は救われちまったんだ。だから、従ってる。それだけだ」

 

 後悔のない様子の彼に、パウロはもう一杯水を飲み込む。

 ギースの故郷が滅んでいることは知っているし、きっとそれはヒトガミが原因なのだろうと考えた。

 そしてそれでも手を貸すようなお人好しであることを知っているのだ。

 

「パウロ、お前なら分かるだろ? 俺みたいに、どうしても出来ない事のある奴の気持ちをよ」

「まあ、な。オレたち黒狼の牙はそんな奴らの寄せ集めだったからな」

「ヘッ、ちげえねえ」

 

 ヘラヘラ笑うギースは、酒を飲み干す。

 ヒトガミの使徒であろうとなかろうと、彼は何も変わらなかった。

 パウロの知っているギースのままだった。

 

「……なあ、ギース。ヒトガミじゃなくてオレたちの方に付けよ」

 

 ふとパウロの口から溢れ出た言葉に、彼は再び目を丸くする。

 

「おいおい、何言ってるんだよパウロ。俺が筋を通す奴だって知ってんだろ? そんなこと出来ねえよ」

「ギース。お前はいつからヒトガミの使徒だったんだ?」

「そりゃあずっと昔からさ。何十年も前からだぜ」

「やっぱりオレたちと会う前からだったんだな」

「そうだぜ、駆け出しの頃から何度も助けられたんだ。黒狼の牙と出会えたのも、ヒトガミのお陰なんだよ」

 

 ギースはヒトガミと長い付き合いだった。

 元々彼はヌカ族の村長の息子に産まれて何不自由なく暮らしていたが、そんな生活を退屈に感じて冒険者になった。

 だが、剣も魔術も人並み以下だったギースは当然ながら死にそうになり、そこをヒトガミに助けられたのだ。

 それからはヒトガミの助言に従うことで、冒険者のランクを上げていき、何度も死を回避することが出来たのである。

 順調に進んできた最中、故郷を滅ぼされてしまったが……何度も助けられた事実は変わらない。

 恨みは恨み、恩は恩と考え、その後もヒトガミと繋がりを持った。

 

 パウロたちと出会ったのは、それから先の話である。

 黒狼の牙の一員となったギースは、Sランク冒険者として大成出来た。

 当時は楽しかった。間違いなく絶頂期だっただろう。

 だからこそ解散してしまったのは残念だったが、満足な結果は残せた。

 恨みはあれど、ヒトガミに感謝しない訳がないだろう。

 ヒトガミには数え切れないほど助けられたのだ。

 だからこそ、ヒトガミを裏切ることは出来ないのだった。

 

「だからよ、パウロ。俺はお前の側に付けねえんだ」

 

 数回程度なら、ギースはヒトガミの元から離れただろう。

 だが、そうではないのだ。

 与えられた恩義が大き過ぎたのだ。

 

 けれど、そんな彼の様子にパウロは鼻で笑う。

 

「なあギース。お前は本当にヒトガミの助言で今まで死地を乗り越えて来たのか?」

「はぁ? いきなりなんだよパウロ? そう言ってんだろ?」

「いいや、それは勘違いだ。ヒトガミがいなくてもお前は死地を乗り越えられた」

「おいおい……」

「オレたち黒狼の牙は、一癖も二癖もある集まりだった。互いの短所を埋め合うことは出来たけど、1人じゃロクなことも出来やしなかっただろ」

 

 そう、黒狼の牙は1人ではロクなことも 出来ない集まりだった。

 エリナリーゼは呪いによって男漁りしないと生きていけないし、戦闘力では随一を誇るギレーヌも道端で野垂れ死にしかける始末だ。

 だけど、そんな者たちでも今まで1人でやってきたのだ。

 

「だけどよ、オレたちは何度もお前の判断に助けられたことがあるんだぞ? それともその判断も全てヒトガミがしてたのか?」

「いや、そうじゃねえけどよ……」

「なら自分の判断で生き残れる道を選べた筈だ。ヒトガミの言葉があろうとなかろうとな」

「……それはこじつけだろ?」

 

 確かに無理のある言い分だろう。

 だが、パウロはそれを否定する。

 

「ギース、お前は用意周到な奴だった。ヒトガミはお前のことをちゃんと知らねえんだよ」

「…………」

 

 彼のその言葉には、思い当たる節があった。

 ヒトガミはギースのことを「何もできないゴミ」と見下しているのだ。

 本来の歴史でも、ヒトガミは一生懸命働いた彼に対して嘲笑うようなことしかしなかった。

 結局、最期までその言葉を訂正させられることなく役立たずの烙印を押されることになった。

 だからこそ、その評価を見返してやろうとギースはヒトガミの側につくのだ。

 

 けれど、ここには彼のことを良く知る人物が生きている。

 

「――()()()()()お前の凄さを知ってるぜ、ギース」

「――――」

 

 それはパーティの一員として頼りにしていたパウロたちの共通認識だった。

 そして彼が最も求めていた言葉だった。

 

「お前は何も出来ない奴じゃない。()()()()()()()()()だろ」

 

 情報収集、索敵、雑用と、戦闘以外のことは何でも出来る男だ。

 当たり前のことであろうと、それをパウロたちは出来なかった。

 戦闘が出来なくても、それは互いに補うことで完成したパーティだったのだ。

 

「なあ、ギース」

「なんだよ」

「お前がヒトガミ側に付いたら、俺たちは瓦解しちまうよ」

「そうかよ」

「だからよ、戻ってこいよ」

「…………」

 

 その言葉が嘘でないことを、彼はよく知っている。

 実際に黒狼の牙が解散した後は、ロクに冒険者として活動している者はいなかった。

 タルハンドは器用に魔法戦士として立ち回っていたようだが、結局エリナリーゼと同行していたところを見ると結果はお察しだろう。

 最近はどこかの酒場に入り浸っていると話を聞いており、冒険者どころかロクな生活を送ってないことが窺えた。

 ギースもギャンブラーになっているので、人のことは言えない。

 

「けどよ、恩義は消えないって言ったぜ?」

 

 結局、そこに行きつくのだった。

 パウロたちがどう思ってようと、それは彼にとっての事実なのだ。

 ヒトガミがいたから今まで生きてこれた。

 その認識を覆すには至らない。

 

 だが、パウロは呆れたかのように口を開いた。

 

「じゃあオレたちへの恩義は?」

「……は?」

「戦闘出来ないお前を散々守ってやっただろうが」

「いやいや、俺の判断で助けられたとか言ってたじゃねえか」

「それとこれは別だ。恩は恩だろ」

「無茶苦茶言いやがるぜ」

「トータルで見たらオレたちの方が救ってるからな」

 

 実際にどっちが多く助けたかなど分からないだろう。

 これは言ったもの勝ちでしかない。

 

「じゃあ今回のことは許してやるから、それでお前の恩義はチャラだ。これで残ってるのはオレ達への恩義だけだ。それでいいだろ」

「それを言われると弱いけどよ……」

 

 ギースだって別にルーデウスたちが憎くて、魔石病を仕掛けようとした訳ではないのだ。

 ヒトガミに指示されたからでしかない。

 

「それによ、パウロが許しても他の奴らが許さねえだろ。特にルーデウスとかよ」

 

 今回のことを考えれば、ギースは許されないだろう。

 確かにギースが魔石病を仕掛けることは出来なかったが、そちらに目が向いた結果シルフィエットとロキシーは魔石病になってしまったのだ。

 無事に治癒されることになったが、それは結果論でしかない。

 

「ああ、それなら大丈夫だ。ルディはお前じゃなくてビタに怒っていたからな」

「それなら龍神はどうなんだ? 真っ先に殺されそうになったけどよ」

「それはリベラルがどうにかするらしいぞ」

 

 ギースを殺そうとしていたオルステッドを止めたのはリベラルである。

 態々助けたのに、ここから放ったらかしにし、むざむざオルステッドに殺させるなんてことはしないとだろう。

 

「リベラルからの伝言もあるぞ。

『貴方を強大な力から命からがら……そう、命懸けで何とか助けたので、その恩義はしっかり返して下さい』

 ってよ」

「本当かよ……」

 

 とはいえ、助けてもらったのは確かである。

 

「まあ、エリナリーゼはお前のことを殺すって言ってたけどな」

「駄目じゃねえか」

「オレには止められねえ。頑張ってくれ」

 

 そこまで話し、2人は自然に笑い出す。

 この感覚はここ最近ずっとなかったものだ。

 忘れていた感覚を、ギースはゆっくり思い出していく。

 

(解散して以来だな。こんな気楽に笑えるのも……)

 

 本来の歴史では、ギースは最期まで敵として戦い、敵のまま散っていった。

 ヒトガミへの恩義を理由に、決して味方になることはなかった。

 

 けれど、ここでは違う。

 ギースをヒトガミから切り離すピースが揃っていた。

 彼自身の能力を肯定してくれる存在。

 仲間であることを認めてくれる存在。

 バラバラだった皆を繋ぎ止めてくれる存在。

 

 ――即ちパウロである。

 

 彼は本来ならば、転移迷宮へとゼニスを助けに向かい、そこで命を落とすことになる。

 けれど、この世界ではそうならなかった。

 パウロは黒狼の牙のリーダーであり、彼の元に自分たちは集まったのだ。

 そう、一番最初にギースの能力を見抜いたのはパウロだった。

 必要としてくれたのが彼だったのだ。

 

 だからこそ、ギースは差し出された手を握ることが出来た。

 

 

「分かったよパウロ――お前らは俺様がいないと駄目だからな」

 

 

 いつしか軽薄な笑みは消え去り、彼は黒狼の牙としての表情に戻る。

 

 

「――俺様が助けてやるよ」

 

 

 ギースは、ヒトガミの使徒から離れるのだった。

 その言葉に、パウロはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ヘッ、精々足引っ張んなよ」

「そりゃあこっちのセリフだぜ」

 

 2人は酒を頼み、互いに語らい合うのだった。

 しがらみはなくなり、昔の関係へと2人は戻る。

 

 

――――

 

 

 ギースとパウロ。

 2人が酒を飲み合う様子を、リベラルは外から観察していた。

 そして背後にいたオルステッドへとドヤ顔を見せるのだった。

 

「ね、やってみるものでしょう?」

「……まだ信用は出来ん」

「まあ、それは今後のギース様の行動から判断しましょう」

 

 今回この場を設けたのは彼女である。

 何とかしてギースを味方に取り入れられないかと考え、パウロに説得を頼んだのだ。

 結果は成功。

 もちろんオルステッドの言う通り、この場だけの口八丁の可能性もある。

 しかし、それを言い始めたらキリがないだろう。

 

 確かにギースを殺した方が確実だ。

 憂いもなくなるし、ヒトガミの手駒を減らすことにも繋がる。

 だが、短絡的な行動は味方を失うことにも繋がるのだ。

 今までのオルステッドは、呪いの影響により味方を作ることが出来ず1人で戦い続けた。

 けれど、今はルーデウスやリベラルがいる。

 ヒトガミを相手にするのならば、敵を増やすより味方を増やす方が有効だろう。

 スパイのような者が紛れ込む可能性もあるが、1人で戦い続けるよりか勝率は上がる。

 

「それに裏切ろうとしても、その前兆には気付けるでしょう」

「大した自信だな」

「ええ、私以外にギース様を見る人が増えますから」

 

 その言葉に、オルステッドはどの人物のことを指しているのかに気付く。

 

「……完成したのか?」

「ええ、無事に」

「なるほど、心を読める者がいるのならば、自己暗示していても気付けるか」

「それに、催眠魔術のことを考慮して私も観察しますので」

 

 そこまで責任を持って監視するのならば、彼としても言うことはなかった。

 本当にギースが裏切らないのであれば、それは喜ばしい事実であることは確かなのだ。

 中の様子を一瞥したオルステッドは、背を向けて離れていく。

 

「俺はそろそろシーローンに向かう。何かあったら伝えろ」

「お任せ下さい社長」

「しゃちょ…………ああ」

 

 既にザノバはこの地から離れている。

 それでもオルステッドならば容易に追い付くだろう。

 彼女も中の様子を最後に確認し、自身の準備のために離れていくのだった。

 

 

――――

 

 

 数ヶ月後、リベラルはゼニスを家へと招待していた。

 今までは彼女が家へと赴いていたが、今回は準備が必要だったので来てもらう必要があった。

 用件は言わなくても分かるだろう。

 

 ――ゼニスの治療の目処が立ったのである。

 

 この場にはグレイラット家だけでなく、ギレーヌを除く黒狼の牙のメンバーも来ていた。ギースはエリナリーゼにぶん殴られたのか顔を腫らしていたのは余談だろう。

 それにクリフやアリエルもおり、とても大所帯となっている。

 しかし今回の件はそれほど周りの者たちにとって重要なことなのだった。

 

「では、ゼニス様はこちらの椅子に座って下さい」

 

 彼女の示す椅子は、天井に届くほど背が高く、そして幾重にも魔法陣が刻まれていた。

 更にその下には土台があり、地面には大きな魔法陣が記されている。

 流石に転移装置ほどの規模はないが、それでも大規模な装置に変わりなかった。

 

「…………」

「大丈夫ですよ。別に痛いことはない……と思います。多分」

「おい、多分ってなんだよ」

「動物相手なら痛みにもがくことはありませんでしたけど、人間は今回が初めてなので……」

「不安になること言うなよ……」

 

 そんなやり取りをしてる間に、リーリャが椅子の近くまで介護し、ゼニスは座るのだった。

 

「リベラルさん……お母さんを、お願いします」

「ふふ、任せて下さいノルン様」

 

 ノルンの言葉を皮切りに、ルーデウスたちもお願いしますと口を開く。

 その全てを聞き届けた後、全員を魔法陣の外へと誘導し、魔力を込めていくのだった。

 

「では、始めます」

 

 魔法陣は魔力に呼応するかのように、端から輝きを増していく。

 青に、緑に、白にと色を変えつつ、魔法陣が光を放つ。

 やがてそれぞれの輝きが増大し、辺りを光が包んだ。

 それから数秒間、周りが見えなくなり、徐々に光源は消え去っていく。

 

 そして完全に光が消失した時、椅子にはぐったりと脱力していたゼニスが座っているのだった。

 

「完了です」

「ゼニス!」

 

 リベラルの言葉と同時に、パウロが駆け寄る。

 椅子から崩れ落ちそうなゼニスを支え、何度も声を掛け続ける。

 その様子を、周りの全員が見守っていた。

 

 やがて目を開いたゼニスが、パウロへと視線を向ける。

 

「ゼニス! ゼニス! オレが分かるか!?」

「――――」

「おい、ゼニス! 大丈夫か!?」

 

 彼女は、起き抜け特有のぼんやりとした顔でパウロを見ていた。

 それから周りへと視線を向けた後、再びパウロへと顔を向ける。

 

「…………ぁ」

「ゼニス?」

 

「――……ぱ、う、ろ」

 

 途切れ途切れだったが、ゼニスは確かに言葉を発した。

 今までの彼女は、単語すら発することが出来なかった。

 けれど、ハッキリとパウロの名を呼んだ。

 

「ゼニス……? 分かるか? オレだよ!」

「……う、ん……わか、る、わ」

「あ、あぁ……ゼニス、ゼニス……!」

 

 それは、ずっと待ち続けていた光景だった。

 転移事件が起きてから、ずっと追い求めていた。

 本当はもう無理なんじゃないかと諦めそうにすらなっていた。

 このまま一生廃人のようなゼニスを見続けなければならないのかと絶望していた。

 もう二度とあの笑顔を見ることは出来ない。そう思ってすらいたのに……。

 

「お、母さん?」

「の、るん」

 

 ノルンは冷静にいようとしていた。

 何せ転移事件後は離れ離れとなり、最早言葉を交わした年数よりも長い時間今の状態になってしまったのだ。

 けれど、無理だった。

 彼女もずっと待っていたのだ。

 自分の母親が良くなる日を。

 そしてゼニスの一言によって、その冷静さは決壊する。

 

「お母さん……お母さん……!!」

 

 駆け寄るノルンを静かに包容し、娘の感情を全て受け止める。

 そしてそのまま、ゼニスはルーデウスへと視線を向けるのだった。

 

「る、でぃ、がんば、った、のね」

「母さん……」

「おい、で」

 

 その言葉に従い、ルーデウスは彼女の元へと歩いて行く。

 そのまま視線を合わせるようにしゃがむと、ゼニスの手が彼の頭を撫でるのだった。

 

「あり、が、とう」

「……礼を言うのは俺の方だよ母さん。俺を産んでくれてありがとう。俺、今幸せだよ」

 

 ゼニスは更にアイシャとリーリャにも視線を向ける。

 

「ふた、りも、おいで」

「奥様……」

「ゆめ、を、みて、たの。みん、な、と、また、いっしょ、にすごす、ゆめを」

 

 静かに歩み寄るアイシャとリーリャ。

 そんな2人も、ゼニスは抱き締めた。

 彼女の周りには、ようやく家族が揃った。

 

 転移事件から失われていた家族の絆。

 それは長い年月を得て――元の形に戻るのだった。

 この瞬間、グレイラット家は本当の意味で再会を果たす。

 

「ゼニス様はしばらく喋らずにいましたので、しばらくしたら以前のように途切れることなく話せると思いますよ」

 

 リベラルの補足を聞きながら、彼らは再会の喜びを分かち合った。

 

 その後、シルフィエットやロキシー、エリナリーゼたちも会話に交じっていくのだった。

 クリフもルーデウスの友人として改めて挨拶し、アリエルもこれからお世話になる予定があるため挨拶を交わす。

 

 それはもう二度と見れないと思われていた光景だった。

 

 

――――

 

 

 しばらくして。

 全員から話しかけられることになったゼニスは休憩を取ることになった。

 それに伴い、集まった全員は解散していく。

 ゼニス本人もリーリャと共に出て行った後、その場に残ったのはパウロとリベラルだった。

 

「無事に治せて良かったです」

「ああ……本当に良かったよ……」

 

 パウロはどこか神妙な様子だった。

 先ほどまでゼニスが治ったことにより感極まり泣き出していたが、今は収まっている。

 とはいえ、既に彼から感謝の言葉は貰っているため、何故ここに残っているのかリベラルには分からなかった。

 

「リベラル」

「どうしましたか」

「改めて礼を言わせてくれ……ありがとう」

 

 僅かに目元が腫れているが、パウロの表情は真剣そのものだ。

 そしてそのまま、彼はその場に膝を付いた。

 相手への最上の敬意を示す最敬礼だ。

 彼なりの誠意を示す方法なのだろう。

 貴族の名を捨てたパウロも、作法を覚えていたらしい。

 そして、

 

「オレは、何度も無礼を働いちまった。

 最初はヒトガミの言葉に踊らされ、変な疑いを持って。

 家族の行方を教えてもらって。

 アイシャとリーリャの手助けまで受けて。

 ゼニスを助けに転移迷宮まで行かせるなんて無茶振りをさせて。

 お金は借りてしまって。

 ルディの嫁の魔石病を治してくれて。

 ゼニスの治療も任せて。

 

 オレは、オレは……こんなにも助けられたのに、全然何も返せてねえんだ……!!」

 

 ずっとリベラルにおんぶにだっこだった。

 こんな自分が情けないし、どうしようもないほど憎かった。

 だからこそ、今は言葉を並べることしか出来ないのだ。

 

「リベラル、家族がまた揃う光景を見れたのは、全部お前のお陰だ。

 オレにとっての希望を掻き集めてくれたんだ。

 この日を迎えられたことに感謝を。

 オレの全てに掛け感謝する。

 そして誓うぜ。

 オレは……何があってもリベラルの味方だ。

 この実力じゃ守る、なんてことは言えねえけど――それでもこの身が朽ち果てるまで力になる」

 

 それこそ、今の自分に出来る恩返しだった。

 この身を捧げる以上のことは思いつかなかった。

 そんなパウロに対し、リベラルは目をパチパチさせた後フッと笑う。 

 

「断るのは逆に失礼なので、ありがたく頂戴しましょう」

「……ありがとう」

「でも、ちゃんと家族のためにも身を尽くして下さいよ?」

 

 その言葉に、パウロも笑みを浮かべて頷いた。




誤字脱字、いつもご報告ありがとうございます。
感想もありがとうございますm(_ _)m

Q.ギース。
A.原作では散ったものの、今作では仲間入り。目指すはパーフェクトゲーム。
 裏切るかは……ま、大丈夫やろ。
 因みにオルステッドが言っていた監視者役はリベラルとゼニスになります。

Q.ゼニス復活。
A.予定通りの復活。今は作中で記載したように全然口を開いてなかったためあんまり喋れないが、言葉を重ねるごとに転移事件以前に戻っていく。なお、神子としての力は残っているので心を読める。

Q.パウロの誓い。
A.リベラルに身を捧げ、一生を誓った。


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3話 『アスラ王国へ向かう前に』

前回のあらすじ。

パウロ「ヒトガミの元から離れろよギース」
ギース「そうだったな。俺のことを認めてくれるのはお前らだったな…」
ゼニス「治して、もらった、わよ!」

前の体調不良による咽頭痛が今朝まで続いてました。かなちい。
時間関係がごちゃごちゃになってきてるので、なんか原作とどの程度時間に差異があるのか訳分からんくなってます。おかしな点があれば申し訳ないです。


 

 

 

 いつものように実験と研究に精を出していた日。

 リベラルはルーデウスからとある報告を受ける。

 というのも、アスラ王国の国王が危篤であるとのことだ。

 それは即ち、アリエル王女が祖国に帰る直近の時期であることを示している。

 

 取りあえずリベラルはオルステッドへと連絡し、対応についての再確認を行う。

 

「まあ、予定通りに進める以外ありませんよね」

 

 アスラ王国関係については元々話し合っており、対応については決めていた。

 既にダリウス大臣のアキレス腱であるトリスティーナはこちらの手にあるし、フィリップの工作により王国内の味方もそれなりに作られている状況だ。

 ペルギウスはまだ説得出来てないようだが、同じ歴史を辿るならば心配は無用だろう。

 説得出来るか様子も確認するが、そもそもリベラル本人が既にペルギウスとの協力関係を築いている。

 仮に説得に失敗しても、彼女が口添えすれば断れないだろう。ラプラス関係なので。

 

 道中に関しても、リベラル1人でお釣りが出る。

 闘神などの脅威も考えられるが、向かう頃にはオルステッドも帰還する予定だ。

 本来の歴史と違いエリスやギレーヌがいないが、不安を抱く要素はないだろう。

 想定される敵戦力の限界が判明している時点で負けることはないのだ。

 闘神、剣神、北神、北帝、北王、水神……そこから更に何かの間違いで死神が現れても止められないだろう。

 そもそも死神に関しては、ビタの件を解決する際に味方として取り込んでいるのだった。

 

 そのため、ペルギウスの説得に成功した後は真っ直ぐ進軍するだけである。

 既にこちらの準備は終えた状態になるため、アスラ王国にたどり着けば勝利が確定するのだ。

 

「使徒もダリウス大臣とバーディガーディ様で確定でしょう」

 

 日記の情報からも、ある程度の推測が出来る。

 元々は闘神とビタ、そしてダリウスが使徒だったのだろう。

 しかしビタが死んだため、急増の使徒が用意されていることが窺える。

 そうなると残りは水神と北帝しかいないのだ。

 

 不安があるとすれば、ギースの枠に別の使徒がいるかも知れないことだが……正直今の時代に彼以上の適任はいないだろう。

 ヒトガミも馬鹿なことをしたな、という感想しかなかった。

 

 そして後日、リベラルはアリエルの元へと向かう。

 空中城塞の庭園にて、彼女はお茶会をしていた。

 給仕はシルヴァリルであったが、ペルギウスの姿はなかった。

 その代わり、アリエルの前に座るのはナナホシである。

 

 疲れ果てている、という様子ではなかったが、どこか行き詰まっているかのような雰囲気が見え隠れしていた。

 ナナホシに対し「聞いて? どうしたのって聞いて?」というオーラを出している。

 もちろん彼女はそのオーラを無視し、居心地悪そうにしていた。

 それでも立ち去らないのはナナホシの優しさなのだろうか。

 

「ああ、リベラル。ちょっとこっちきて座ってくれない?」

 

 リベラルの姿を発見した彼女は、どこかホッとした様子だった。

 リベラルとしてもアリエルと話すつもりだったので、素直に従い席へと座る。

 座ると同時にシルヴァリルがお茶を入れたため、ありがたく頂戴するのだった。

 

「これはリベラル様。ご無沙汰しております」

「聞きましたよアリエル様。ペルギウス様の説得に苦戦してるようですね」

「デリックのお陰で何とか交渉の席に立てている状態ですので……」

「ふむ」

 

 オルステッドの知る歴史では、デリックがペルギウスを説得するらしい。

 ここでも例に漏れずデリックが説得してるようだが、まだ説得は出来ていないようだった。

 

「私はあまり関われていませんが、どういう状況ですか?」

「力を借りたいなら私の思う王とは何か答えよ、と。デリックは気に入られたようですが、私はまだ……」

 

 どうやらアリエルはそこでお眼鏡に叶わなかったようだ。

 そしてリベラルの知る歴史の流れを踏襲しているため、そこまで力添えする必要もなさそうである。

 

「そんなの適当に言えばいいんですよ。あの引きこもりおじさんはガウニス様が大好きですからね。ガウニス様の言いそうなことを言っとけば認めてくれますから」

「そんな、適当なんて……」

「まあ、アスラ王国に伝わってるガウニス様と本来のガウニス様は違いますけどね」

 

 ハハハ、と笑いながら告げるリベラルに、アリエルは苦笑するしかなかった。

 ナナホシも呆れた表情である。

 

 

「貴様と戦友であることをこれほど恨めしく思ったことはないぞ」

 

 

 と、そこで部屋に誰かが入ってきた。

 白をベースにした豪華な衣装に身を包んだ、銀髪の男、ペルギウスだ。

 彼は不機嫌そうな様子だった。

 引きこもりおじさんなどと言われれば当然の反応だろう。

 

 アリエルやデリック、ルークはその姿を見て固まっていた。

 ナナホシは気まずそうである。

 そんな彼らを気にせず、ペルギウスはリベラルの隣に座るのだった。

 

「引きこもりおじさん!」

「黙れ、その喧しい口を閉じろ」

「でも空中城塞から一切出てませんよね?」

「ラプラスの復活に備えるためだ」

「それならもっと世間と関わりましょうよ」

 

 結局、2人はやいやいと言い合う。

 その姿を見れば、ペルギウスはそこまで本気で怒ってないことが窺えた。

 2人が戦友であり、本当に仲が良いのだと再確認させられる。

 取りあえずアリエルたちはその光景にホッとするのだった。

 

「はい、お土産です」

「ほう、これは何だ?」

「これお寿司よね」

 

 ペルギウスが来ることは予想済みだったリベラルは、ちゃんと食事も持ち込んでいた。

 ナナホシが口にしたように、今回は握り寿司を用意した。

 日本の伝統料理なので、リベラルも気合を入れて作ってきた。

 アリエルたちも初めて見る料理に興味津々な様子だ。

 

「これは……生魚か?」

「新鮮な魚は美味しいんですよ」

「ふむ……」

 

 この世界ではコンロがなくても、魔術により火を扱うことが出来る。

 食料を生で食べるようなことは滅多にないのだ。

 流石のペルギウスも生魚は食べたことがないらしい。

 僅かに困惑が見て取れたが、隣にいたナナホシがヒョイとお寿司を手に取り食べるのだった。

 そして故郷の味と新鮮な味に彼女は破顔する。

 

 その様子を見ていたペルギウスも、続いて食べるのだった。

 

「魚本来の甘い風味とタレの塩っぱさ、そしてこれは酢か……調和を取れている見事な料理だな」

「でしょ?」

 

 彼の感想に答えたのはナナホシだった。

 お寿司がよほどお気に入りのようだ。

 アリエルたちもお寿司を食べ始め、その珍しい料理に舌鼓を打っていた。

 どうやら生ものが苦手な者はいないようで、自然と手を伸ばして次々に食べていく。

 

「さて、アリエル様」

「なんでしょうか」

「先ほどの話の続きをしましょう」

 

 リベラルが来れば、ペルギウスはご飯に釣られて来ることは分かっていた。

 せっかく同じ食卓に並んで食べているのだ。

 これで少しは話しやすい環境となっただろう。

 

「あ、その、それを話し合う前に一つ……」

 

 アリエルは話の腰を折り、ちらりとそのペルギウスへと視線を向ける。

 

「ペルギウス様の目の前で宜しいのでしょうか……?」

「ペルギウス様はアリエル様がいかにして答えを出しても、その答えが正であれば力を貸してくれますよ」

「無論だ。1人で考える必要などないだろう。存分に話し合うが良い」

 

 今まで1人で考えていた彼女は、如何に自身の視野が狭かったかを思い知る。

 やがてアリエルは本来の歴史のように切り替え、付き人のルークやデリックと話し合うことにするのだった。

 

「まあ、私から言えることはそんな大層なものでもありません」

 

 お膳立てはしたのでもう大丈夫だろう考えたリベラルは、立ち上がり退席の準備をする。

 

「アリエル様、貴方が王になろうとした理由を今一度振り返るといいですよ」

「王になろうとした理由ですか」

「切っ掛けはどうあれ、貴方は自らの意思で王になることを目指した筈です。初心を思い返せばいいと思いますよ」

 

 本来の歴史でアリエルが告げたように、彼女の理想とペルギウスの理想がかけ離れているのであれば協力などしない方がいいのだ。

 原点に立ち直り、答えを出せば結果はどうあれペルギウスはそれを尊重するだろう。

 仮にペルギウスの協力がなくとも、既に王位継承権の王手は掛けている。

 そこまで不安になる必要などないのだ。

 

 出口へと向かったリベラルは、話し合いに一切参加出来ずに置物と化しているナナホシへと視線を向ける。

 既にお寿司は満足出来るほど食べたのか手が止まっていたため、彼女の名前を呼ぶ。

 

「静香、ちょっと来てください」

「あ、分かったわ。それじゃあ皆さん失礼します」

 

 ナナホシは元からお茶会の席に嫌気が差していたため、退席するまでの動きが早かった。

 ごちそうさまと手を合わせ、ササッとリベラルの後ろへと移動するのだった。

 

「ありがとう、助かったわ。それとお寿司も美味しかったわ」

「いえいえ、話があるのは本当ですので構いませんよ。ご飯も喜んで頂けたのなら幸いです」

 

 移動しつつ感謝を告げる彼女に対し、リベラルは用件があることを伝える。

 そのことに対して、ナナホシはキョトンとした表情を浮かべた。

 

「貴方が帰還に失敗した理由について判明しました」

「!!」

 

 その言葉に、ナナホシは驚愕しながらリベラルへと顔を向ける。

 期待と不安が入れ混じった表情だった。

 理由次第では日本に帰ることが出来ないので、それも仕方ないだろう。

 リベラルは彼女に対し、残酷な事実を伝えなければならないのだ。

 

 ナナホシの部屋へと到着し、席に座って向かい合う。

 そしてリベラルは口を開いた。

 

「ひとつひとつお話しますね」

「分かったわ」

「まず、私は静香が転移に失敗したのは装置に不備があったからだと思いましたが……それは違いました――」

 

 リベラルは自身の考察について話していく。

 彼女は知り得ないことだが、それは本来の歴史で転移に失敗したナナホシが、ルーデウスに語った内容とほぼ同じだった。

 

 ここは過去と未来の干渉を受けている世界であること。

 未来にナナホシが存在しているであろうこと。

 未来に存在するため、ここで帰還するとタイムパラドックスが起きるから帰れないこと。

 

 それが本当に理由なのかどうか分からないが、少なくともリベラルはそうだと考えた。

 未来から届けられた日記に、恐らくそうであろう内容と考察が書かれていたのだ。

 それにリベラルとして転生する前にも、ナナホシを元の世界に返すのに失敗したのである。

 転移装置の基盤は同じなので、ナナホシ以外の転移に成功する理由もそうでなければ説明がつかない。

 

 ナナホシは強い因果で縛られている。

 例えタイムパラドックスでなかったとしても、それだけは絶対な事実なのだ。

 

 そうして自身の考察を語り終えたリベラル。

 聞いていたナナホシは、どこか納得したかのような腑に落ちた様子だった。

 

「……ってことは、私はアキと帰る運命ってことなのね」

「その可能性が高いでしょう」

「だから現時点では帰ることが出来ない、と」

 

 その未来までの期間は、約80年だ。

 ナナホシは歳を取らないとは言え、ドライン病のこともある。

 彼女自身はドライン病のことを知らないが、それでも長い時間待ち続けるのは大変だろう。

 命の軽いこの世界では、ペルギウスの元にいたとしても絶対に安全という訳でもない。

 

「…………」

「静香、これを」

 

 どうすべきか悩む様子を見せるナナホシに、リベラルは一冊の本を渡す。

 それを何気なく受け取ったナナホシだったが、本の中身を理解すると衝撃を受ける。

 

「これ……転移に関する本じゃない!」

「それを読めば例え素人であろうと、異世界転移装置を作ることが出来るでしょう」

 

 その本は、リベラルが前世から受け継いだ知識だ。

 言葉通り、見ながら作れば誰でも転移装置を作り上げることが出来る。

 それほどまでに理論から作り方まで記載されている本だった。

 

 受け取ったナナホシは、疑問に満ちた表情を見せる。

 リベラルは言ったのだ。

 本来の歴史を踏襲し、自身の力で転移装置を作り上げて欲しいと。

 理由は失敗する原因を知るためだった。

 だとすれば、原因が分かったから一旦作り上げようということなのかと考える。

 

「……どうしてこれを?」

「私やルディたちはアスラ王国に向かうことになります。その間に作って欲しいんです」

「だから、どうして今更こんなのを渡すのよ?」

「想像してる通りですよ。原因が分かった以上、静香たちだけで作る必要がなくなったからです」

 

 タイムパラドックスが原因であれば、誰が作ったところで意味などない。

 結局、ナナホシが帰れないことに変わりはないのだから。

 そんな諦観にも似た気持ちを抱くのだったが、リベラルは変わらぬ様子で言葉を続ける。

 

「安心して下さい――静香を帰す方法は思いついてますから」

 

 あっけらかんと告げられた言葉に、ナナホシは目を見開く。

 正直、タイムパラドックスと言われてからはもう帰ることは出来ないのかと思っていたのだ。

 何ならペルギウスに頼み、時間のスケアコートの力を使い未来に送り込んで貰おうとすらしていた。

 だからこそ、その言葉は衝撃だったのだ。

 

「元々、タイムパラドックスに関しては想定していたんですよ。静香だけが帰れない原因が回路の不備だとは思えませんでしたし」

「…………」

「だからもしそうだとしたらどうしようって、ずっと長い間考えてました」

 

 それこそ、この世界に生まれ落ちてからずっと考えていたのだ。

 世界そのものが敵だとしたら、約束を果たすことが出来るのだろうか、と。

 

「ここからは未知の領域。私の答えは間違ってるかも知れない。それでも私を信じてくれますか?」

 

 生憎、ナナホシと同じような者は存在しない。

 実験や考察を重ねることが出来ないのだ。

 故に、リベラルの考える方法は一発勝負となる。

 そのためリスクがあった。

 彼女の方法を取らなくても、きっと日本に帰ることは出来るだろう。

 約80年という時間を要するが、恐らくそちらの方が確実である。

 だが、ずっと先の未来で帰るという選択をするということは、即ち――。

 

「――――」

 

 リベラルは前世を捨て、この世界に転生してきた。

 約五千年もの歳月を過ごし、ナナホシと交わした約束を果たすために生きてきた。

 たったひとつの約束が、リベラルをずっと縛り付けてしまったのだ。

 もちろん今のナナホシには関係のない話だし、未だに実感の湧かないことである。

 

 けれど、それでもだ。

 リベラルが約束のために生きてきたことに変わりはない。

 ナナホシがその提案を断り、未来で帰れる日を待つということは――リベラルの生きてきた全てを否定することに他ならない。

 彼女のやって来たことは無駄だと言ってるようなものなのだ。

 

 そんな残酷なことを――ナナホシが選択出来る訳がなかった。

 

 

「――もちろんリベラルを信じるわよ」

 

 

 けれど、迷いはなかった。

 同情心などではない。

 ナナホシは知っているのだ。

 リベラルがずっと自身のためにしてきたことを。

 だからこそ、彼女の提案に迷いなく返事することが出来た。

 

 その言葉を聞いたリベラルは、静かに目を閉じる。

 そして一言だけ呟いた。

 

「……ありがとう静香」

 

 結果がどうなろうと、ナナホシはリベラルを恨む気はなかった。

 それに、こんなにも長い時間自分のことを思ってくれてるリベラルが、失敗をする訳がないという信頼もあった。

 

 こうして、空中城塞で2つの答えが生まれた。

 ひとつはアリエルとペルギウス。

 彼らはあの後、無事に盟約を交わすこととなった。

 デリックがいる以上、どのみちリベラルがいなくても説得に成功するため、元より不安はなかったのだ。

 ここまで準備をしたので、アスラ王国にたどり着けばアリエルの王位継承権は確定的となるだろう。

 

 そしてもうひとつは、ナナホシだ。

 彼女はリベラルを信用し、彼女の方法で帰還を目指すこととなった。

 そのためには転移装置が必要なため、リベラルから受け取った本を元に作られる。

 制作の目安時間として、アスラ王国から帰ってくるくらいだろう。

 それくらいのタイミングで完成出来るように、ナナホシも張り切って作ることにするのだった。

 

 

――――

 

 

 アスラ王国に行くことが決定したため、メンバーについてどうするか決める必要もあった。

 まずは当然だがアリエルとその従者のルーク、デリック、エルモア、クリーネ。そしてトリスティーナ。

 同行するのはリベラル、ルーデウス、パウロ、ギース、そしてゼニスだった。

 ゼニスに関しては「折角だからギレーヌにも会いたい」という軽い理由である。

 パウロは反対したが、結局口では勝てずに渋々受け入れるのだった。

 

 ゼニスは徐々に言葉を発せるようになっており、まだ所々詰まることはあるが、それでも気にならないレベルまで回復した。

 戦闘力については低いものの、彼女は回復担当になるため足を引っ張ることはないだろう。

 ギースは索敵と情報担当なので、こちらも戦闘には直接関わることはない。

 本来ならば元アトーフェ親衛隊も連れていきたいところなのだが、ラノアの守りが必要なため数人だけ連れて行くことになった。

 残りの者は揃って留守番である。

 シルフィエットとロキシー、エリナリーゼは先日出産していた。

 子どものこともあるため流石に同行は出来ないし、彼女たちを守る戦力も必要なのだ。

 

 王都アルスに到着すれば、フィリップたちと合流することになる。

 彼らの元にはカールマンとドーガ、エリスとギレーヌがいるのだ。

 流石にその戦力と合流すれば敵襲はないだろう。

 

 因みにだが、オルステッドは呪いの関係もあり直接同行することはない。

 ギースのように索敵を行い、潰せる兵力を先に潰してくれるということになった。

 闘神などの強敵が現れれば、加勢してくれる手筈だ。

 当然ながらアリエルとは既に顔合わせをしている。

 

 アスラ王国へ転移魔法陣を使おうとしたが、こちらに関しては転移先が潰されたのか使用出来なくなっていた。

 そのため、本来の歴史通り国境付近からアスラ王国を目指すことになるのだった。

 

「ここまでで質問はありますか?」

 

 それらのことを目の前にいるルーデウスに告げたリベラル。

 彼は少し悩む素振りを見せた後、挙手をする。

 

「ヒトガミの使徒に関してはどうでしょう」

「転移陣が壊されたことで、ダリウス大臣が使徒であることは確定。そして闘神もまだ使徒でしょう。後は北帝か水神……もしくは戦闘力の高い者になると思います」

 

 剣神や北神三世が使徒であることも考えられるが、その可能性は低いと見ていた

 未来の日記を見る限り、剣神や北神はギースやビタに従っていたように見えるのだ。

 ヒトガミの使徒を態々固めて行動させる意味もないので、使徒と連携を取っていただけと考える方が自然だろう。

 

「その考えで行くと、ダリウスと近しい者も違いそうですね」

「絶対ではないですけど、そうなります」

 

 とは言え、ダリウスが使徒である以上兵力は多い。

 アリエル側は約20人という人数のため、奇襲を受ければ死傷者が出てもおかしくないだろう。

 

「まあ、オルステッド様もいますし戦力は気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 それにオルステッドを抜きにしても、ルーデウスが居れば数の利などないも同然だ。

 ルーデウスの魔術は並大抵の術師では防げないため、一方的に攻撃を通すことが出来るだろう。

 そう思っていたのだが、彼はどこか不安そうな表情を浮かべていた。

 

「……俺に出来るでしょうか」

 

 ルーデウスの不安は、未だにこの世界で誰も殺したことのないものに起因していた。

 土壇場になって魔術の使用を躊躇ってしまう可能性もあるのだ。

 それが原因で死傷者が出れば目も当てられないだろう。

 

 そんな彼に対し、リベラルはまあまあと言いながら背中を軽く叩く。

 

「無理なら私がやるだけですよ。それに動けなくするだけでも十分ですし」

「頑張るだけ頑張ってみます」

「やるときはやる男だって知ってますから、私はそこまで不安ではないですけどね」

 

 本来の歴史でも、ルーデウスは戦場で多くの命を刈り取った。

 それは大切な者を守るためだったからだ。

 今回も同行者を考えれば、土壇場に躊躇することはないだろう。

 

「じゃあ、準備しましょうか。空中城塞でまた会いましょう」

 

 こうして、アスラ王国へと向かうことになった。




Q.ペルギウス。
A.リベラルが来たらいつもご飯を強請りにくる引きこもりのおじさんです。原作通り説得されました。

Q.ゼニス。
A.1人だけミーハー。回復要員なので戦闘には参加しませんが、ゼニスがいることでパウロとルーデウスに大きなバフが掛かる。

Q.ヒトガミの使徒。
A.今回ルークは使徒にならなかった。全然出番ないけどごめんね。

Q.ナナホシの信頼。
A.あそこでリベラルを信じず、未来で帰ることを選ぶとBADENDに行きつく。自身の半生を否定されたリベラルがヤケ酒をし、そのまま変な男に引っ掛かりヒトガミ陣営につくため(嘘)
実際のところでは、メンタル崩壊してしまい勝てる戦いに勝てなくなるためです。


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4話 『待ち伏せ』

前回のあらすじ。

アリエル「アスラ王国に向かいます」
ペルギウス「お寿司美味しい」
リベラル「静香へ。帰ってくるまでに転移装置作っといて」

お待たせしました。今回は特に言うことはありません。
暑いので熱中症にはお気を付け下さい。


 

 

 

 アスラ王国へ向けて出発する際、多くの人々が見送りに来た。

 魔法大学の教頭に、生徒会の役員。

 魔術ギルドの本部長。

 魔導具工房の長。

 その他、何かの組織の長や魔法三大国の王族・貴族の代理人が、続々とアリエルを見送りにきたのだ。

 リベラルは協力関係でありながら、ほとんどアリエルたちと関わっていなかった。

 基本的にヒトガミ関係のことや、実験と鍛錬の日々である。

 そのため、アリエルの人望を見ると本当に王女になるべく努力していたのだと実感が湧くのだった。

 

 そのまま馬車で移動しつつ、転移陣を利用して空中城塞へと赴く。

 シルヴァリル案内のもと謁見の間に向かい、ペルギウスと顔合わせを行う。

 

「来たか」

 

 ペルギウスは12の精霊たちに囲まれながら、椅子にふんぞり返っている。

 アリエルが前へ歩を進めると、堅苦しい挨拶が行われた。

 

「ペルギウス様、何から何までありがとうございます」

「構わん、協力すると我が決めたのだ。遠慮なく頼ると良い」

 

 そんな感じのやり取りを行った後、彼はリベラルへと視線を向ける。

 

「貴様とまた肩を並べられることを嬉しく思うぞ」

「いや、ペルギウス様は空中城塞で待機してるだけじゃないですか。そして良いとこ取りするだけですし」

「ラプラス戦役で名を隠した貴様が悪いのだろう」

 

 リベラルだけでなく、オルステッドもいるため道中の心配はないらしい。

 ククク、とペルギウスは笑みを浮かべて楽しそうだ。

 

「もう空中城塞でそのままアスラ王国に向かいません?」

「リベラルよ、貴様はどうにも演出というものを知らぬようだな」

「それくらい知ってます」

「ならば我のために舞台を作るがいい。主役は遅れてくるものなのだろう?」

 

 ラプラス戦役で散々コキを使われていた彼は、とても嬉しそうであった。

 今回コキを使われるのはお前の番だと言いたげな様子である。

 そして当然ながら、リベラルはそれを拒むことなど出来ないのだった。

 

「仕方ないですね。露払いは私がしてあげますよ」

「フッ……頼んだぞ」

 

 そうして、アリエルたちは案内された魔法陣に乗ってアスラ王国の国境へと転移するのだった。

 

 因みにだが、オルステッドとギースはこの場におらず、先に出発している。

 ギースが魔族であり、空中城塞を経由出来ないためだ。

 オルステッドと共に別の転移陣を使用し、先に安全確保をしてくれているのだった。

 そのため転移陣にて国境付近へと転移すれば、ギースが出迎えた。

 

「おう、ギース。どうだった?」

「流石にこの辺りには誰もいなかったぜ」

「そうか」

 

 現在地としては『赤竜の上顎』と呼ばれる渓谷の、やや北西だ。

 赤竜の上顎とは赤竜山脈によって隔てられた、アスラ王国と北方大地を繋ぐ谷だ。

 大きな馬車がすれ違える広さを持つ、一本道の谷であり、アスラ王国を目指すにはそこを通り抜けなければならない。

 それまではダリウス大臣からの敵襲もないだろう。

 

 ギース先導の元、馬車を進めて行く。

 といっても、彼の言うように誰もいない道を歩くだけだ。

 時おり魔物などに遭遇するが、パウロや親衛隊によって蹴散らされるのだった。

 

 しばらく進んだ先の街道で日が沈み始めたため、そこで一夜を過ごすことになる。

 リベラルとギース、そしてゼニスが食事を用意し、皆に振る舞うのだった。

 

「リベラルの、料理は凄い、わね」

「まあ、伊達に長生きしていないってことです。色々な料理を見てきたことも大きいですね」

 

 彼女の持つ料理の技術は、龍神流を応用することで最上級のものとなっている。

 前世で見てきたレシピや、今言ったように様々な国や種族の料理を知っていることも大きいだろう。

 更にルーデウスにも教えている『明鏡止水』により、観察力の高いリベラルは他者の好みまで見抜いているのだ。

 それによって本人が一番美味しく感じる料理を提供することが出来るのだった。

 完全に技術の無駄遣いである。

 

「久しぶりの旅はどうですか?」

「流石に、昔のようにはいかない、けど、やっぱり楽しいわ」

「楽しい、ですか。危険な道程になることが解っているのに?」

 

 パウロが止めたように、リベラルも彼女が付いてくることに関して良い顔は見せなかった。

 とは言え、元Sランク冒険者だ。

 ブランクがあるもののその実績は確かなので、リベラルは同行することを止めはしなかった。

 

「それは、勿論、分かってるわ。でも、ルディと、パウロと一緒に行けることが、嬉しいの」

「…………」

 

 ゼニスは転移事件後、ずっと介護されながら過ごしてきた。

 何をやるにしても1人では出来ず、付き添われてしまう状態だ。

 会話も出来ずに過ごし、けれど意識は朦朧としつつもずっとあった。

 自分のせいで家族がひとつになり切れないことが嫌だったのだ。

 だが、ようやくひとつになることが出来た。

 そしてそれから最初の遠征だ。

 応援だけでなく、傍で支えたいと思うのは当然のことだろう。

 その気持ちを分かっていたからこそ、リベラルも止めはしなかったのだ。

 

「それに、ルディも、パウロも、危なっかしいもの。私が見てあげなきゃ、いけないでしょ」

「……ふふ、それもそうですね」

 

 ゼニスの言葉を否定することなく、リベラルは笑みを浮かべて頷いた。

 

 彼女は失ってしまった時間を取り戻そうとしているのだ。

 家族との関係性を大切にするリベラルは、その行動の大切さを知っている。

 

「それと、私にも、料理を教えて欲しいわ」

「うーん……技量の問題もあるので限界はありますが、それでも良ければ構いませんよ」

「やった、ありがとう!」

 

 本題も終わり、ほんわかと会話をするリベラルとゼニス。

 元々ゼニスは料理下手であり、ギースに教わることでご飯を作れるようになったのだ。

 パウロのためにも今よりも上手になりたい彼女は、嬉しそうにするのだった。

 

「……俺にも教えてくれねえか?」

 

 対抗心という訳ではないが、ギースも教えてほしそうにする。

 旅をする上で食事の質というのは重要なものなのだ。不味い飯より上手い飯の方がいいのは当然だろう。

 彼は純粋に料理の腕を上げたくなり、そう口にするのだった。

 

「よろしければ私達にも教えて下さると助かります」

 

 そのやり取りを見ていたアリエルの従者であるエルモアとクリーネも、リベラルの料理の技術を知りたがる。

 パウロやルーデウスがその光景を微笑ましそうに眺める始末だ。

 

「仕方ないですね。手取り足取り教えますよ」

 

 リベラルとしても断る理由もないため、快く了承するのだった。

 そんな感じで、赤竜の上顎に到着するまでは緊張感のない道程を歩んでいった。

 

 赤竜の上顎は、ただ一本道が続く渓谷だ。

 まっすぐ伸びているわけではないが、道なりに進むことで迷うことなく歩くことが出来る。

 時おりアスラ王国からの商人たちとすれ違うことがあるものの、特に何かある訳でもない。

 会釈だけをして先に進んで行くのだった。

 

 ゼニスが病み上がりということもあり、何度か休憩を挟むことで赤竜の上顎を抜ける。

 抜けた先は森が広がっていた。

 大きく広がる森と、遠くにある城壁が見て取れるのだ。

 しかし木々の高さもあり、途中にある曲がりくねった道は見えない。

 ここは襲撃を行うにはもってこいのポイントなのだ。

 アリエルたちがラノア王国へと逃亡する際も、ここでの襲撃が一番激しかったらしい。

 そのためか、彼女やその従者であるルークたちの表情が固くなっている。

 ルークたちは馬から降りると、道端にある飾り気も何も無い石の所まで歩いた。

 アリエルの従者たちが散っていった地にて祈りを捧げ、再び乗馬するのだった。

 

「みなさん、行きましょう」

 

 アリエルの一言に、従者たちは力強く頷いた。

 

 

――――

 

 

 ギースは馬車から抜けて先行し、オルステッドと共に安全確認を行う。

 そのため、襲撃や待ち伏せを察知した際の合図や目印は決めていた。

 一個分隊(約5人)ならば∑のマークを。

 一個小隊(約20人)ならば$のマークを。

 それ以上では×のマークを木に印すことになっている。

 今回は×のマークが印されていた。

 そのことに気付いたアリエルたちは、緊張した表情で臨戦態勢に移るのだった。

 

 しばらく進むと、倒木によって道が塞がれていた。

 一本道なので馬車では迂回することが出来ないだろう。

 先頭にいたルークは声を張り上げ後方に呼び掛けるのだった。

 

「ルーデウス!」

「了解!」

 

 ルーデウスが腕を一振りすると、土が勢い良く盛り上がり倒木を弾き飛ばす。

 それによって呆気なく道は開くのだったが、同時に数十もの矢が馬車に向かって射出されるのだった。

 しかし、彼らに到達する前に、矢は全て光の壁によって阻まれる。

 

「『物理障壁(フィジカルシールド)』! みんなには、手を出させないわ!」

 

 結界魔術によって障壁を作り出したのはゼニスだった。

 伯爵家であるラトレイアの名を持っていた彼女は、ミリス神聖国が独占している結界魔術をある程度扱うことが出来るのだ。

 弓矢での襲撃を察知したリベラルの合図によって、彼女は障壁によって先手を見事に防いでみせた。

 

 それと同時に駆け出すのは、パウロだ。

 彼は二本の剣を両手に、襲撃者へと飛び掛かっていく。

 それに続くように、ルークやデリックも駆け出すのだった。

 

「ルディ、やっちまえ!」

「『電撃(エレクトリック)』!」

 

 後方から紫電が走る。

 ルーデウスの手から放たれた電撃は、襲撃者である兵士たちに感電していき、一気に何人もの数が倒れるのだった。

 そしてパウロたちは対策としてゴムの装備を身に着けていたため、何の影響も受けずに兵士たちを斬り裂いていく。

 魔術を扱う上でもっとも避けなければならないのは誤射である。

 対策は当然ながらしているのだった。

 

 眼の前の兵士たちを薙ぎ倒し、空白地帯が生まれる。

 だが、森の中から兵士が次々と現れるのだった。

 

「『泥沼』」

 

 ルーデウスの本来の歴史での代名詞である泥沼。

 それはここでもその威力を発揮することになる。

 現れた兵士たちは泥沼に嵌り、足を取られて転んでしまうのだった。

 その後ろを走っていた兵士たちもそれに反応出来ず、連鎖的に転がっていく。

 先頭にいた兵士たちは恐らく押し潰されてしまっただろう。

 そのことに嫌そうな表情を見せるルーデウスを傍目に、リベラルがトドメを刺していく。

 

「『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』」

 

 転げて団子状態となっていた兵士たちは、とてつもない冷気と共に氷像と化す。

 魔術を扱える兵士もいたが、混乱の中でレジストも出来る訳がなかった。

 泥沼に足を取られた兵士たちは全員凍り付くのだった。

 

「ひっ」

 

 あまりにも一方的な殺戮に、流石の兵士たちも怖気つく。

 ものの数秒で30人を超える兵士が殺されたのだ。

 無理もないだろう。

 だが、そのタイミングで兵士たちの群れが割れる。

 割れた間から出てきたのは小人族の男だ。

 小さな体を全身鎧に包み、日の光を反射させていた。

 

「我が名は北王ウィ・ター!

 北神三剣士が一人!

 『光と闇』のウィ・ターである!」

 

 名乗りを上げる彼に対する返答は、ルーデウスの魔術だった。

 先ほど使われた泥沼の泥を弾き飛ばすかのように、突風をウィ・ターに向けて放ったのだ。

 広範囲にばら撒かれた泥を回避出来る訳もなく、彼はそのキラキラに光る鎧を泥まみれにするのだった。

 

「き、貴様……!」

「急に口上を名乗ったから……」

 

 勿論、ルーデウスが魔術を放ったのはわざとである。

 リベラルやオルステッドから敵の情報を共有しているため、ウィ・ターの戦い方を全員が知っているのだ。

 彼は二つ名の通り、光と闇を利用した戦い方をする。

 具体的には、日光を利用した目潰しと、暗闇での目の錯覚の利用。

 そのため、ルーデウスは反射的に敵の武器を潰したのであった。

 泥まみれの鎧では、日光を利用することも出来ないだろう。

 

「くっ……致し方ない。『銀緑』リベラルとお見受けする!

 いざ尋常に一騎打ちの勝負を挑む者なり!!」」

 

 この不利な条件でどうするか逡巡したようだったが、覚悟を決めたのかリベラルを指名するウィ・ター。

 だが、彼女はそれに首を横に振った。

 怪訝な表情を見せるウィ・ターの前に、パウロが一歩前に出た。

 

「残念だがリベラルはお前にゃ勿体ねえ。オレが相手になってやるよ。パウロ・グレイラットだ」

「パウロ……なるほど、そういうことか。よかろう! 相手に取って不足なし!」

 

 パウロは暗殺者騒動にて、オーベールと戦ったことがある。

 そのためウィ・ターも彼のことを知っていたのだろう。

 不満そうな様子を見せることなく、パウロへと剣を向けるのだった。

 

 互いに一騎打ちを了承することで、戦場の流れは止まる。

 襲撃者である兵士たちは2人の行動を見守り、ルークやルーデウスも同様に見守るのだった。

 そのことに対し、様子を窺っていたデリックが不安そうに口を開く。

 

「……リベラル殿、大丈夫ですかな?」

「何がですか?」

「相手は北王です。いくらパウロ殿とはいえ、援護しないのは不味いのでは……」

 

 彼の不安はもっともだろう。

 パウロは三大流派を聖級クラスまで納めているものの、王級には至ってないのだ。

 雰囲気に飲まれてしまってるが、ルークたちも同じような不安を抱いていることだろう。

 しかし、リベラルはその言葉に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「大丈夫ですよ。そもそもウィ様は王級の中でも純粋な剣術の技量はそこまで高くない方ですから」

「む……そうなのか?」

「その強さは特有の戦闘法によるものですが……ルディによって封じられましたし」

 

 先ほど説明したように、光を利用した戦い方はもう出来ない。

 ルーデウスの泥飛沫によって鎧を汚されてしまったからだ。

 今のウィ・ターは純粋な剣術でしか戦うことが出来ない状態だった。

 

「それに――」

 

 リベラルが思い返すのは、日々の鍛錬の様子だ。

 彼女は驚いた。

 オーベールと戦った日から、パウロの実力は段違いに上がっていたのだ。

 ブエナ村で出会った頃は、冗談で神級を目指しましょうなどと口にしたこともある。

 けれど、それは冗談ではなく実現可能な目標であることを予感させるのであった。

 

 

「――今のパウロ様は帝級に匹敵する実力ですよ」

 

 

 リベラルの言葉と同時に、2人の剣士は駆け出す。

 ウィ・ターは鈍重そうな見た目からは想像出来ないほど素早く移動した。

 小人族らしく懐に潜り込み、刺突を繰り出す。

 パウロは反応していたが、防ぐよりも真っ直ぐに進む切っ先の方が早いことは明らかだった。

 苦し紛れのように、パウロはブーツを前に出した。

 刺突がブーツに触れた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――剣を使用することなく、足だけで(ナガレ)を扱ったのだ。

 

 今までのパウロとは違う練度の高さ。

 その技量は間違いなく王級に至っていた。

 

「なっ」

 

 姿勢を崩すウィ・ター。

 既に振り下ろす体勢だったパウロの剣を躱すことなど出来ない。

 そのまま両腕が斬り落とされるのだった。

 

「ぐ、ぅぅ……!」

 

 そこにすかさずリベラルが足元を凍り付かせ、動きを封じる。

 何か口を開こうとしたが、パウロがその前に布を口内に突っ込む。

 勢いに負けたウィ・ターはそのまま倒れ伏し、行動不能に陥るのだった。

 

「オレの勝ちだな」

「――――」

 

 猿轡により喋ることの出来ないウィ・ターだが、それでも驚愕の表情を浮かべていることは見て取れた。

 勝鬨を上げるパウロを中心に、ルークたちは驚きつつも歓声を上げる。

 同じく観戦していたゼニスも「よしっ」っと言わんばかりにガッツポーズを見せていた。

 逆に襲撃者たちは意気消沈し、動揺が辺りを支配する。

 惨敗だったことは、誰の目にも明らかだっただろう。

 

「さて、後はかくれんぼの時間ですかね」

 

 北王という大将首のひとつが取られた以上、兵士たちは逃げ出すかと思われたがその場に残り続けていた。

 そのため、この場に北王と同等かそれ以上の存在がいることは明白だろう。

 そうなると本来の歴史と同様に、オーベールが隠れて機を窺っていることが分かる。

 もちろんリベラルは既にオーベールの姿を捕捉していた。

 

 ルーデウスの丁度真下である。

 地面に穴を掘り、そこにオーベールは隠れていた。

 

「ルディ!」

「分かってます!」

 

 明鏡止水となっているルーデウスは、自身の真下に掘られた跡があることに気付いていた。

 土魔術を発動し、地中を動かすことでオーベールをそのまま押し潰そうとする。

 

「ぬ、おぉぉぉぉ!?」

 

 が、そこは剣士としての勘なのか、オーベールは慌てて地中から飛び出すのだった。

 ルーデウスの目の前に現れたのだが、その隣にはリベラルもいる。

 逡巡することもなく、流れるように懐から玉を取り出した彼は、それを地面に叩き付けようと振り被り、

 

「駄目じゃないですかゴミを捨てたら」

「!!」

 

 リベラルは足を伸ばし、ピタリと玉を受け止めていた。

 奥義、止水。

 衝撃をゼロにする龍神流の技だ。

 それによって割れることなく静止する。

 

 ――『毒霧』。

 

「うわっ!?」

 

 オーベールは口に含んでいたものを霧状にし、2人へと吹き掛けていた。

 微弱な毒物であり、掛かったところで大した効果のないものだ。

 しかし目に当たれば激痛により視界が閉ざされてしまうような代物。

 

 リベラルとルーデウスは、それをモロに受けてしまう。

 

 2人して絶叫を上げて目を閉じてしまった。

 オーベールとしてもここまで綺麗に当たると思っていなかったのか、僅かに驚いた表情だった。

 元々は撤退しようと考えていたが、あまりにも致命的な隙を晒している2人の姿に考えを改める。

 とはいえ、少し離れた位置にいるパウロがこちらに駆け付けているのだ。

 リベラルを潰しておきたいところだが、防がれる可能性はあるだろう。

 欲張らずに確実に始末出来るであろう、ルーデウスを狙って剣を振り上げるのだった。

 

「闇討ち御免――ッ!?」

 

 完全に意識が外れた瞬間だった。

 気付けば、オーベールは両腕を斬り裂かれていた。

 まるで先ほどのウィ・ターと同じ光景だ。

 斬ったのは当然ながらリベラルである。

 

 ――『誘剣』。

 

 それは七大列強五位の『死神』ランドルフが得意とする剣技。

 相手に攻めるべきだと思わせてカウンターを取る技である。

 騙されたことに気付いたオーベールは、踵を返して逃げようとするがリベラルの間合いから抜けられていない。

 すぐさま追撃しようとするリベラルと、駆け付けているパウロ。逃げ出すのは困難だろう。

 

「――!!」

 

 しかし、手を伸ばそうとしたリベラルは、危険を察知して飛び下がった。

 彼女の眼前に剣閃が走る。

 明らかに北神流にはない一閃だ。

 全員の視線が放たれた方向へと向く。

 

 

「――銀緑、ようやくお前と戦えるぜ」

 

 

 森の中から現れたのは――剣神ガル・ファリオンだった。

 

 彼は散歩するかのように悠然と現れる。

 その隙に、オーベールは走り去っていく。

 当然ながらそれを止められる者はいない。

 

「感謝する、ガル殿」

「気にすんな。俺様が自分のためにやったことだぜ」

「……撤収! 撤収!」

 

 その言葉に、兵士たちは一斉に森の中へと逃げ出す。

 追撃したい気持ちがルーデウスやパウロにあったが、剣神を相手に背中を見せたくはなかった。

 リベラルは特に焦った様子もなく、のんびりとその後ろ姿を見送るだけだ。

 逃してしまったことに、何も思うところがないかのように見えた。

 

「まさかこんなところにやってくるとは思いませんでしたよ、ガル様」

「ハッ、本来は別の形でお前とやり合う予定だったんだけどな。あのサル野郎が裏切ったみてえだからそれも叶わなかったんだよ」

「それで、ダリウス大臣辺りから情報でも貰ったという訳ですか」

「その通りだ」

 

 本来ならばギースの情報の元、リベラルたちを一網打尽にする予定だった。

 だが、魔石病は解決されてしまい、更にはギースまでいなくなったのだ。

 途方に暮れていたところで、ダリウスから情報を入手したのだろう。

 なんともまあ執念深いな、などとリベラルは他人事のように思う。

 

「貴方一人なのですか?」

 

 ギースがいなくなれば、彼らはまとまりがなくなりバラバラになると考えていた。

 しかし、まさかこうして一人でのこのこと現れるとは思わなかったのだ。

 

「元々は北神とも一緒にいたがよ、どっか行っちまったよ」

「本当ですか?」

「さあな、そんなことはどうでもいいだろ」

 

 ガル・ファリオンは構えた。

 足を広げ、腰を落とし、剣柄に手を添えて、剣を隠すように、構えた。

 居合の構えだ。

 相手の理合を見切り、嗅覚で最善のタイミングを取れる者に向いた、防御型の構えである。

 

「銀緑、剣の聖地の続きだ――俺様の剣を見せてやるぜ」

 

 剣神は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

――――

 

 

 両腕を斬られたオーベールだが、彼はバランスを崩すことなく森の中を駆けていた。

 

 北神流をほぼ極めているオーベールは、両腕がなくても険しい道であろうと走り抜けることが出来る。

 剣神が殿となったことで無事に撤収出来たのは僥倖だが、その剣神が持っていかれた可能性が高いことが悔やまれるだろう。

 そもそも剣神はもっと別のタイミングで動いてもらう予定だったので、今後のプランを練り直す必要があった。

 とはいえ、助けてもらったのは事実なので恨んだりボヤいたりすることはなかった。

 

「そろそろか……」

 

 撤収した際、兵士たちはバラバラに逃亡している。

 追跡されるのを防ぐためだ。

 相手の数が少ないことは分かっていたため、追い掛けられることは想定していなかった。

 罠があるかも知れないのに、無理に追わないのが道理だろう。

 実際に追跡はない様子だった。

 

 両腕は既に止血しているものの、相応の出血をしているためすぐに治療が必要である。

 合流地点には治癒魔術のスクロールもあるため、それを使って腕を治す予定だった。

 そうして合流地点の一軒家に辿り着いたオーベールだが、違和感を覚える。

 

「……? 某が一番乗りか?」

 

 そこには誰かがいる気配がなかったのだ。

 オーベールならば腕がなかろうと早いので一番乗りでもおかしくないのだが、元から在中している者もいなかったのである。

 治療が必要なため、寄らないという選択肢はない。

 警戒しながら一軒家の様子を窺ったオーベールは、中に一人の人物がいることを確認する。

 サル顔の男だ。

 その男はいつからこちらに気付いたのか不明だが、オーベールと目線が合っていた。

 男はまるで誘うかのように首を振り、中へ入るように促す。

 

 他に伏兵がいないことを確認したオーベールは、意を決して中へと入るのだった。

 

「よお、待ってたぜ」

「これは……一体っ?!」

 

 サル顔の男――ギースのいる部屋に入ったオーベールは、その惨状に息を呑む。

 部屋の中は撤収していた兵士たちの死体の山が築き上げられていたのだ。

 どれも胸元に大きな穴を開けており、一撃で屠られたことが分かる。

 衝撃に表情を浮かべながらギースへと視線を向けるが、彼は否定するかのように首を横に振った。

 

「俺がしたのは、合流地点を探し当てただけだぜ」

 

 ギースは元々斥候として、オーベールたちの待ち伏せを察知していた。

 戦闘するのはリベラルたちであり、それはギースの仕事ではない。

 故に、彼は()()()()()()で貢献することにしたのだ。

 

 

「――待ち伏せまで固まって動いてたのは失敗だな。お陰様で簡単にここが分かったぜ」

 

 

 撤退の際はバラけようと、待ち伏せ地点まで固まって行ったのならば痕跡は多く残る。

 足跡や木々の枝折れを辿り、ギースは兵士たちの合流地点を割り出したのだ。

 それによって撤退した兵士たちは全員この場に集まってきた。

 そして集まった兵士を始末したのは当然ながらギースではない。

 

 彼と共に行動していた男だ。

 

「こ、これは……!」

 

 何かがオーベールの体の芯を通り抜け、どばっと汗が吹き出る。

 びくりと身を震わせ、動きを止めた。

 それは恐怖だ。

 蛇に睨まれた蛙のように、オーベールの身体が支配される。

 

 そして、扉を開いて入ってきたのは世界最強の男――オルステッドだ。

 彼は鋭い眼光でオーベールを射抜き、彼の元へと歩を進める。

 

「安心しろ、ルーデウスから話は聞いている――殺しはしない」

 

 圧倒的強者からの、慈悲の言葉。

 安心出来る訳がない。

 オーベールは身体を震わせながらも、何とか身構える。

 それは剣士としてのプライドか。

 何とか戦意を失うことなく、彼は膝をおらず真っ向から受け立つ。

 

「……某は北帝オーベール・コルベット。龍神オルステッド殿とお見受けする」

「…………」

「いざ、尋常に――!」

 

 両腕もなければ、既に死に体である。

 それでもなお、彼は立ち向かった。

 

 結果は言うまでもないだろう。

 彼は北帝として、最後まで立派に戦った。




最近高評増えてうれちぃ。
いつもありがとうございます。

Q.ゼニスの結界魔術。
A.独自設定。多分原作でも使えないと思う。けれどこの作品では使えます。リベラルが原作前から行動していることで生じた差異ということで。

Q.パウロ。
A.めっちゃ強くなってるけど、相性の問題もある。光の太刀を扱う敵との戦闘経験が少ないため、剣聖以上と戦えば間合い管理をしくじり、光の太刀で即死させられる。

Q.リベラル。
A.保護者としての観光気分。ランドルフの技は王竜王国で彼と会った際についでに盗んだ。戦闘狂ではないが最近戦うことがストレス発散となっている。

Q.剣神ガル。
A.ギースという手綱がいなくなったため好き勝手に動いた結果、速攻でリベラルと戦いに来た。一応、彼なりの勝算はある。

Q.ギース。
A.剣神の保護者。こうなることが分かっていたため今まで必死に剣神の行動を抑えていたが、もうどうにでもなーれ!
因みにオルステッドの呪いに当てられ過ぎて、アリエルのように呪いを克服する術を掴みかけている。

Q.オーベール。
A.彼は立派に戦った。暗殺者騒動の際にルーデウスが仲間に引き入れようとしていたので、今回は生存することになった。ついでと言わんばかりに北王も捕獲されている。


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5話 『伝道』

前回のあらすじ。

パウロ「北王ウィ・ターを仕留めたぜ」
オルステッド「ギースから敵の合流地点を聞いて北帝オーベールを仕留めた」
ガル「オーベールたちの撤退の殿を務めた」

お待たせしました。最近暑すぎるのに湿気が高すぎて辛いです。蚊もうざいです。無限湧きします。一匹残らず駆逐したい。


 

 

 

 北帝オーベールの逃亡と共に現れた剣神。

 彼は獰猛な笑みを浮かべてみんなの前に立ちはだかった。

 

 ガルは言った。

 この場にいるのは己だけだと。

 その言葉には疑問が渦巻くだろう。

 少なくとも、パウロとルーデウスはそう思った。

 

 彼一人でここにいる全員に勝つつもりなのか、と。

 

 リベラルがいる以上、それは無理である。

 パウロやルーデウスは、彼女の強さをよく知っているのだ。

 間違いなく、頂点を目指せる実力であると。

 

 そしてそれは、ガル自身分かっていた。

 自分一人で戦うことが如何に無謀なのかを。

 けれど、止められる訳がなかった。

 銀緑と戦うまで、どれほど待ち続けていたことか。

 剣の聖地で敗北してから、己の剣を見直した。

 再び最強を目指し、欲望のまま剣を振り続けた。

 ギースの言う機会を待っていたのだが、結局彼は寝返りその機会は失われることになった。

 もう二度と最強に挑むことは出来ないと思ってしまった。

 

 だが、ダリウスから誘いを受け、最強に挑むチャンスがやって来たことを悟る。

 今ここでそのチャンスを逃せば、自分は二度と最強を目指すことが出来ないと思った。

 このまま朽ち果てることになるのであれば――挑むしかないだろう。

 男ならば、必ず最強を目指すものなのだ。

 

「これも、ヒトガミの指示ですか?」

「ヒトガミ? いいや、これは俺様の意思だ」

 

 元々、ガルはヒトガミと出会ったことはなかった。

 ルーデウスにビタを憑依させたのも、ビタ本人やギースから頼まれたことである。

 言う事を聞けば、必ずリベラルと戦うチャンスがあると言われ、その言葉に従った。

 結果はご覧の通りだが。

 

 ダリウスと出会う前に、ヒトガミとは夢の中で出会った。

 かの神は、必ずリベラルとの戦う機会を設けるから頼みを聞いて欲しいと言った。

 もちろん断った。

 ギースの件で、自分の間違いに気付いたのだ。

 他者から与えられた機会なんて必要ないことに。

 チャンスとは自分の手で作るものなのだ。

 

 だからこそ、剣神ガルは自分の意思でこの場にやって来た。

 最強を目指すために、彼はここにいるのだ。

 

「……仕方ないですね」

 

 リベラルは一歩前に出る。

 正直、彼女としてはあまり嬉しいことではなかった。

 龍聖闘気を纏えないリベラルにとって、剣神は相性の悪い相手とも言えるのだ。

 彼の放つ光の太刀は、残念ながら素手で受け流せるものではない。

 こちらの防御を容易に突き破り、即死攻撃を放ってくる相手と戦いたいなどと思う訳がないだろう。

 とは言え、この場で剣神を相手を出来るのはリベラルだけである。

 だからこそ、彼女は戦うしかないのだ。

 

 そう思っていたのだが、リベラルの後方からガルに向けて、魔術がひとつ放たれる。

 

「!!」

 

 当然ながら彼は魔術を斬り裂き、放ったであろう下手人に視線を向けた。

 

「……ルディ?」

 

 魔術を放ったのはルーデウスだった。

 争いが苦手な彼らしくない行動だ。

 一体どうしたのだとリベラルとパウロは視線を向ける。

 

「剣神とは、俺にやらせて欲しいです」

「本気……ですか?」

「冗談でそんなこと言いませんよ」

 

 本来であれば、ルーデウスは戦うことがなかった。

 魔術師が剣神に挑むなど、自殺行為に等しいだろう。

 怖いし、なんなら今すぐ逃げ出したいとすら思っている。

 だが、それでは駄目なのだ。

 ここで逃げてしまうと、二度と強敵と命を掛けて戦えなくなってしまう。

 

 リベラルから未来で起きた話は聞いている。

 ビタに憑依されていた己が、家族や親友に手を掛けてしまうことを。

 その結果、ラノア王国が崩壊することを知った。

 かつて剣神に敗北したことで、大きな分岐点<ターニングポイント>を迎えたのだ。

 未遂だったのならば、こんな真似はしなかった。

 けれど敗北が原因で、シルフィエットとロキシーは実際に魔石病になってしまったのである。

 子どもの命も、亡くなる寸前だった。

 自分の弱さが原因で、実害が出てしまったのである。

 ここで剣神を相手にしないと、ルーデウスは心にしこりを残したまま生きていくことになるのだ。

 

 ここで戦わないと、きっと後悔する。

 そんな予感があった。

 

「ハッ……俺様に挑むなんて百年早いぜ」

「それならハンデくれませんか?」

「やるわけねぇだろ」

 

 ルーデウスの提案は当然ながら断られる。

 元から期待などしていなかったため、特に気にせず彼は構えた。

 距離は約10メートル程度だろうか。

 剣士と戦うには致命的な距離だ。

 ガルはそれでも油断なく構えたままである。

 近くにリベラルがいるので、それも仕方ないだろう。

 

 正直、ルーデウスのことなど眼中になかった。

 彼とは過去に戦ったことがあるし、既に格付けのついた相手なのだ。

 リベラルと真正面から戦っても絶対に勝てるとは思っていないため、彼女の仲間を狙うことで隙を突こうとしていた。

 そういう意味では、ルーデウスはありがたい存在だっただろう。

 師弟関係があるため、リベラルは必ずルーデウスを守ろうとする。

 その隙を逃すつもりはなかった。

 

「いくぜ」

 

 ジリジリと、距離を詰める剣神。

 それに対し、ルーデウスは剣を構えていた。

 魔術師なのに、剣士の真似事をしているその姿に、ガルは一瞬目を丸くする。

 

「小細工したところで意味はないぜ」

 

 それは奇策ですらない無謀な姿だ。

 疑問に思いつつも、剣神は迷いなく一歩踏み出し『光の太刀』を放とうとする。

 

 ――ここでガルの失敗を挙げるとするのならば、やはりルーデウスのことを侮っていたことだろう。

 

 ルーデウスはこの世界で本気で生きている。

 そして彼は、同じ失敗を繰り返さない。

 2人は一度戦っているのだ。

 再び剣神と相対する可能性を考慮し、その対策をルーデウスが取らない訳がないだろう。

 

 あらゆるシミュレートを繰り返した。

 どうすれば良かったのか、何が有効なのか。

 様々な試行錯誤の先で、ルーデウスは剣士に対する答えを見つけていたのだ。

 

 

「――――あ?」

 

 

 光の太刀は、必殺の一撃。

 放たれれば、防ぐことも避けることも出来ない。

 けれど剣神の放ったその一閃は、ルーデウスに当たらなかった。

 否、()()()()()()()()()

 ルーデウスは何もしていない。

 それどころか、剣筋を見切ることすら出来ていない。

 

 呆気に取られていた剣神は、ルーデウスに足を斬られて膝を付いてしまう。

 そこに傍へと詰め寄っていたリベラルに組み伏せられる。

 そのまま剣を取り上げられ、彼は無力化されるのだった。

 

「……おい、なんだよ今の」

 

 この結果に茫然自失となるガル。

 近くで見ていたリベラルは、ルーデウスが何をしてのか正確に理解していた。

 彼は()()()()()()()()()()()()のだ。

 細かく操作した訳ではなく、反発するようにだけしていたのだろう。

 それによってガルの放った剣は、あらぬ先に逸らされたのだった。

 鉄の棒を振り回す剣士にとって、天敵とも言える魔術をルーデウスは作り上げていた。

 

 

 ――今のルーデウスに勝てる剣士は、存在しないだろう。

 

 

 リベラルから魔術に対しての理論を聞いてからは、魔術王の称号に相応しい実力をメキメキとつけていった。

 本来の歴史でも語られたように、魔術とは万能なものなのだ。

 術理を理解していれば、あらゆる事象を引き起こすことが出来る。

 現代知識のある彼は、この世界の人間よりも知識があるのだ。

 もはやリベラルがいなくとも、魔術の開発を行うことが出来るようになった。

 

「残念でしたね、ガル様」

「――――」

 

 敗北した相手が、まさかの魔術師。

 その事実に、剣神は言葉を失っていた。

 今まで培ってきた技術や経験、それら全てを否定されたかのような気分。

 かつて頂点を目指し振るい続けてきたその剣は、登る途中でへし折れる。

 一度ならず二度までも、その剣を振るい切ることが出来なかった。

 

「ハハ……ハァッハッハッハー! 予想しなかったぜ、この結果はよ!」

 

 己の目指した剣は、なんと小さきことだろう。

 人生を捧げてきたのにも関わらず、このザマだ。

 最早笑うしかない。

 魔術師に負けるなど、夢にも思わなかった。

 

「おい、お前。ルーデウスって言ったか?」

「はい」

「お前は何のためにその力を手に入れた?」

 

 ガルは最強を目指して、今の今まで剣を振るい続けた。

 燻っていた時期も確かにあった。

 それでも己には才能があり、あらゆる剣術を扱うことが出来た。

 そしてその中でも剣神流を特に磨いてきた。

 剣神流を選んだのは、それが一番強いと思ったからだ。

 実際に七大列強の中でも、剣神が三大流派の上に立っている。

 

 だからこそ、魔術師として異様な力を持つルーデウスが、何のために力を求めたのか気になった。

 

「何のためもなにも、後悔しないためです」

「後悔だ?」

「……どんなに頑張っても、結果が伴わないことがあります。

 やらなきゃ良かったなんて思う時もあるでしょう。

 でも、無駄なことなんてないんです。

 自分の歩んできた道のりは、きっとどこかで活きてくる。

 その時になってようやく気付くんですよ。

 あの時に頑張ってて良かったって。

 俺のこの力は、俺の歩んできた全ての道のりです」

 

 ガルとルーデウス。

 どちらも人生を捧げた者である。

 けれど2人の大きな違いは、力だけに全てを注いだか否かだろう。

 

 ルーデウスはブエナ村で過ごしていた頃、気付いたのだ。

 ロキシーの試験にて豪雷積層雲<キュムロニンバス>を扱った時、自身の知識を活用することで水聖級魔術を安定させることが出来た。

 あらゆる知識や技術は、あらゆる場面に応用することが出来る。

 故に、ルーデウスは剣や魔術以外の全てにも本気で取り組んだ。

 今度こそ後悔しないように。

 本気で生きるというのはそういうことだった。

 

 それこそがガルとの大きな差であり、今回の結果を生み出すことになったのだ。

 

「……そうか、それが俺様の敗因か」

 

 剣だけに生きてきた男が、剣以外のことで負けた。

 言葉にすれば、ただそれだけのことである。

 その答えに、ガルは満足したかのように笑う。

 

「結局、しがらみに囚われてたのは俺様だったって訳だ」

 

 リベラルやオルステッドを倒す。

 その一心でやってきたが、それによって選択肢が狭まっていたのだろう。

 

 組み伏せられていたガルは、抵抗を止めて力を抜いた。

 ここまで無様な姿を見せたのだ。

 これ以上情けない生き様を晒したくなかった。

 

「……俺たちの仲間になりませんか?」

 

 剣神もヒトガミにいいように使われた被害者だ。

 だからこそ、ルーデウスは勧誘する。

 その勧誘を彼は鼻で笑った。

 

「冗談言うなよ。俺様をこれ以上惨めな負け犬にするつもりかよ」

「生きていればまた最強を目指せるじゃないですか」

「青臭せぇ野郎だな。お前には一生分からねぇんだろうよ。純粋さが濁ってしまう意味を……」

 

 ガルはひたすら自分のために剣を振るっていた。

 自分のためだけに振るう剣は純粋で、純粋な剣は誰よりも鋭くなる。

 これがリベラルやオルステッドに負けたのならば、そんなことを思うことはなかった。

 けれど、ルーデウスという“剣士でもない魔術師に負けてしまった”ことで、その心は濁ってしまったのだ。

 剣神にまで登り詰めたからこそ、その濁りの持つ意味を知っていた。

 

 

 ――ガルは自分の目指してきた剣を、信じられなくなったのである。

 

 

「それが最期の言葉で良かったですか?」

 

 もう生きる気がないことを悟ったのだろう。

 遺言を確認するリベラルの言葉に、ルーデウスは慌てる。

 

「リベラルさん! ここで説得出来なくても時間を掛ければ仲間になってくれるかもしれませんよ!」

「これは私からガル様に送る慈悲です」

「慈悲? 生きていく方がよっぽどいいでしょう?」

 

 だが、剣神を組み伏せていたリベラルは立ち上がり、その場から離れた。

 もちろん、彼の愛剣である『喉笛』はリベラルの手に握られている。

 

「こう見えて、私はガル様のことを同志と思ってるんですよ」

「……俺様がお前と同志?」

「私の剣も貴方の剣も、その本質は同じですから」

 

 困惑しながら立ち上がるガルへと、リベラルは喉笛を構えた。

 

「貴方に倒したい相手がいるように、私にも倒したい相手がいます」

「……それがヒトガミって奴のことか?」

「そうです。私の全ては、ヒトガミを倒すためのものです」

 

 そういう意味で、ガルのことを同志だと思っていたのだ。

 その点で言えば彼のことをリスペクトしている。

 リベラルの築き上げた強さは、才能もあるが約五千年もの努力と経験によるものだ。

 ガルは約五十年かそこらで、今の強さまで登り詰めたのである。

 凄いと思うのは当然だろう。

 五十年ほど経過した時のリベラルは、彼よりずっと弱かったのだから。

 

 

「だから、貴方に敬意を評して見せましょう――私の築き上げた剣を」

 

 

 リベラルは武器を扱えない呪子だ。

 その身に宿る龍神の神玉の影響により、武器を振るえば壊れてしまう。

 しかし、魔剣や最高峰とも言える剣ならば、一度くらい全力で振るうことが出来る。

 

 居合の構えを取るリベラルに、ガルは唖然としつつも獰猛な笑みを見せた。

 自分が今しがた諦めてしまった剣の到達点を見ることが出来るのだ。

 振るうのが自分ではないとは言え、嬉しく感じるのは当然だろう。

 

「構えてください。予備の剣はあるでしょう」

「……いいぜ、見せてくれよ。お前の剣を」

「行きますよ」

 

 僅かに溜めを作った彼女は、深く腰を沈めたかと思えば距離を詰める。

 間合いに入ると同時に、剣は鞘から消えた。

 リベラルが剣を振るったようには見えなかった。

 ルーデウスも、パウロも、そしてガルも。

 誰もその剣がいつ振るわれたのか認識出来なかった。

 気付いた時には、鞘に入っていた筈の剣が剥き出しとなっている。

 

 まるで時間が切り離されたかのように、結果だけが現れた。

 

「光すら超えるその剣筋は、誰にも認識することが出来ない。斬られたことすら認識出来ない。

 ――故に私はこの技を『無の太刀』と名付けました」

 

 その言葉と同時に、彼女の力に耐えられなかった喉笛にヒビが入り、崩壊するのだった。

 

 リベラルは素手での戦闘が多いが、その真価は武器を持つことで発揮される。

 魔龍王としての彼女の役割は、龍神オルステッドに技を伝えることだ。

 そのオルステッドは全力で戦う時に、龍神刀を扱う。

 武器を持った技の方が多く、強力なのは必然だった。

 

 初代剣神の剣を見てきたリベラルは、光の太刀を次の段階に引き上げることが出来ていたのだ。

 とはいえ、完成させたのも最近である。

 未来からの日記を見て、今の自分では闘神に勝てない可能性を考慮して磨き上げたのだった。

 そしてその技を使うということは、魔龍王の使命である“技の伝道”を意味する。

 

 つまり――、

 

「……俺様を殺すんじゃなかったのか?」

 

 斬られたのは、ガルの持っていた剣だけだった。

 剣を動かすことで真っ二つに折れ、その刀身を失う。

 刀身を落としたところで、彼は斬られていたことに初めて気付くのだった。

 

「今回のことを切っ掛けに、また私の前に立ち塞がるも良しです。最強を目指す私の糧にするまでですよ」

「……ハッ、言ってくれるな」

「貴方が強くなることを祈ります。私の……私達の到達点はこんなものではない筈ですから」

 

 独りでは限界がある。

 だからこそ、技術を散りばめることで新たなる進化を促さなければならない。

 それが魔龍王の役目であり、リベラルの役目である。

 ガルが強くなるかどうか分からないし、再び敵対するかどうかも分からない。

 だが、伝えていくことに意味があるのだ。

 新たなる領域に、独りで到達するのは困難なのだから。

 

 剣神は折れた剣を捨てると、背を向けて去っていく。

 リベラルの剣に希望が見たのかどうか不明だが、目指すべき姿は見えたのだ。

 少なくとも、まだ剣を捨てるようなことはしないだろう。

 

「生かしてよかったのか?」

「構いませんよ。剣神流と敵対するのも愚策ですし」

 

 パウロの心配そうな様子に、リベラルは端的に答える。

 ガルを殺せば、剣神流は将来的に敵になる可能性が高い。

 オルステッドから剣神が近い将来代替わりすることを聞いているが、今のガルはまだ現役の剣神だ。

 ヒトガミの駒が増えるようなことをすべきでないという打算も当然あった。

 

「とりあえず、襲撃は一旦おしまいですかね?」

「それはギース様やオルステッド様からの報告次第ですね」

 

 ということで、今回の襲撃でこちらの損害をゼロで乗り切ることが出来た。

 その後、報告に来たギースにより正確な戦況が判明する。

 

 剣神、北帝、北王。

 今回の襲撃で相手はその戦力を失ったのだ。

 残す戦力は北王ナックルガードと水神レイダ。

 後はいるか不明だが、北神と闘神である。

 今回のガルの姿を見るに、北神はヒトガミも制御不能に陥ってるだろう。

 そのため、先ほどのガルのように各個撃破するチャンスである。

 オルステッドも同様の考えを示していた。

 

 それから先の道程では、特に襲撃もなく平和に経過することになった。

 トリスティーナも最初から確保しているため、余計な寄り道をせず真っ直ぐ向かうことが出来た。

 隠れずに堂々と進んだのだが、何の音沙汰もなく。

 流石のダリウスも、王級以上の3人を持っていかれたのは痛かったようだ。

 

 結局、アリエルたちは無事に王都アルスに辿り着くのだった。

 

 因みにだが、北王ヴィ・ターは治療されており、腕の封印が為された状態で同行している。

 反骨心を見せて逃げようとする場面もあったが、オルステッドに会わせることで大人しくなった。

 彼の恐れられる呪いも、使いようによって便利になるということだ。

 当の本人は微妙そうな顔をしていたが。

 

 

――――

 

 

 王都の中に入ったアリエルたちは、懐かしさに浸っていたがすぐに気を引き締め直す。

 彼女にとっては、ここからが本番なのだ。

 既に王手飛車取りとなっているが、勝つまで結果は分からない。

 緊張感を途切らせることなく、凛とした表情で予定を告げた。

 

「私の別宅へ移動します。そこを拠点としましょう。王宮に入る前に、いろいろと準備が必要です。それに……協力者との情報のすり合わせも必要でしょう」

 

 アリエルの言う協力者。

 それは当然ながら――フィリップである。

 彼は何年も前から準備を行い、アリエルがラノア王国に逃亡した時からずっと小さな積み重ねを行ってきた。

 その積み重ねにより、今や対局は傾いている。

 手紙でのやり取りで情報はあるものの、時差があるため近況のことまでは分かっていない。

 そのため、フィリップとの話し合いは必要だった。

 

 フィリップと会う。

 それの意味するところは、ルーデウスがエリスと会うということでもある。

 こちらも長い時間離れ離れとなっていた。

 シルフィエットとロキシーの2人と結婚していると手紙で送ったきりである。

 更にその状況で3人目として結婚しないかと言ったのである。

 当時はリベラルやエリナリーゼに乗せられ、一時のテンションに身を任せてしまった。

 こうして実際に会うとなると、恐怖を感じていた。

 

 何せあのエリスである。

 いつかの冒険者ギルド内で、大切な棒と玉を潰されそうなっていた男の姿が過ぎった。

 もしかしたら自分もそのような目に遭うのではないかと不安でいっぱいである。

 ヒェッ、なんて思いつつ股間を抑えるその姿に、アリエルたちは不思議そうな表情を浮かべるのだった。

 

「何ビクビクしてるんだよ?」

 

 ニヤニヤしながらパウロが話し掛けてくる。

 彼はルーデウスの不安を察していたのだ。

 自分も同じ様な轍を踏んでしまったので、その気持ちがよく分かるのである。

 

「大丈夫だって。オレも何とかなったんだしよ」

「何とかなったじゃ、ないわよ! あの時私がどれほど、傷付いたか知らないの!?」

 

 パウロの腕をつねりながら、ゼニスが怒った口調で問い詰める。

 円満に進んだことは確かだが、それでも裏切られたように感じたことに変わりないのだ。

 一夫多妻をよく思ってないミリス教徒のゼニスからすれば、やはり軽率な女関係は許しがたいものだ。

 

「ルディ、もよ? 悲しませるようなことをしたら、怒るんだから」

「それはまあ、勿論です」

 

 とは言え、2人の言葉でルーデウスも恐れることは止めた。

 ルーデウスも不安に思っているように、きっとエリスも不安な筈なのだ。

 魔大陸での旅路を共にしたからこそ、彼女のことはよく知っている。

 男である自分がドンと構えるべきだろう。

 

「アリエル様か!?」

「国王陛下のご病気を聞いて、戻ってらしたんだ!」

 

 別邸へと向かう道中で歓声を受けつつ、アリエルたちは貴族の地区を通っていく。

 貴族の地区に入ると、時折、甲冑を着て町中を隊列を組んで歩いている集団がいた。

 そこでリベラルは思い出す。

 今回はエリスと友人になっていないであろう、水帝にまもなく昇格する女性がいることに。

 

(有能な剣士が多い以上、あまり恨みを買うような結果を残さないようにしないといけませんね)

 

 アリエルが王位継承すれば、オルステッドたちと同盟関係になる。

 将来の仲間になるため、遺恨は少なくなるよう立ち回るべきだろう。

 その点で言えば、ここまでの道中は及第点である。

 北帝と北王を生かしているのは大きいだろう。

 もっとも、その部下をオルステッドが全員始末してしまったが。

 

 可能であれば水神レイダも味方につけたいところだが、それは流石に難しいと考えていた。

 レイダがヒトガミの使徒になるのは、ダリウスを助けるためだ。

 そのダリウスを排除しなければならない以上、敵対は避けられないだろう。

 

(まあ、レイダ様はペルギウス様に対処させればいいですか)

 

 ペルギウスが相手をすれば、そこまで角が立つこともないだろう。

 本来の歴史通り、オルステッドに任せても問題ない。

 後は、レイダが完全に反逆者の立場になった時くらいか。

 

 そこまで思考に陥っていたタイミングで、アリエルの声が響く。

 

「着きました」

 

 彼女の別邸に辿り着いたのだった。

 協力者であるフィリップとの合流地点もここである。

 彼らと顔を合わせるのも久し振りだ。

 特にルーデウスは緊張している様子だった。

 

 そうして、アリエルたちは中へと入って行くのだった。




いつも誤字報告ありがとうございます。
評価、感想も嬉しいですし励みになります。

Q.何でルーデウスが戦った?
A.作中の説明通り、自分が自分であるために必要だと感じたためです。
本気で生きていくと誓ったのは後悔しないためであり、何の関与もしないと何かモヤッとしたものが残ると思ったためです。

Q.ルーデウスつよ。
A.この世界に磁石はあるのだろうか。未知の扱いなら非常に強力。違うなら対応可能な範囲ではあります。

Q.無の太刀。
A.光の太刀の上位互換。最近編み出したというのは結構重要な事実だったりする。光速を超えた速さで斬るので、極めれば時間を超えて斬ることも出来るかも知れないが作中でそこまで到達することはない。
因みにオルステッド社長も教わってる途中。もうすぐ使えるようになる。


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6話 『絶対強者』

前回のあらすじ。

ルーデウス「後悔しないよう生きるために剣神と戦って勝利した」
ガル「魔術師に負けて銀緑にもボコられたけど何か伝授された」
アリエル「アスラ王国に帰ってきました」

お待たせしました。
アスラ王国は似たような展開が多いので巻き気味ではありますが、お付き合いしてくださると幸いです。


 

 

 

 別邸へと入り最初に出迎えたのは、燃えるかのような真っ赤な髪をした女性だった。

 女にしては背が高く、姿勢もいい。

 皮の上着に、動きやすそうな黒のインナーとズボン。

 傍からみても十分に鍛え上げられているとわかる肢体を包み込んでいる。

 

 ――エリスだ。

 

 彼女は顔も五年前と比べると幼さが抜け、キリリとした美人の顔立ちになっている。

 スタイルも成長し、体型も出るとこは出て、引き締まっているところは引き締まっていた。

 ルーデウスは一瞬見惚れてしまっていた。

 

「ルーデウス!」

 

 けれど、彼女は腕を組んで仁王立ちし、口をへの字に曲げて、あごをくっとあげている。

 昔と変わらぬその姿にホッとしつつ、同時に鋭い眼光に胸がドキドキし、気付いたら目線をそらしてしまう。

 これは恋? などと逸れた思考をしつつ、何と声を掛ければいいか分からず口籠ってしまうのだった。

 

「おい、ルディ。女を待たすもんじゃねえぞ」

 

 と、そこでパウロに背中を叩かれてしまうのだった。

 その衝撃で一歩前に出たルーデウスは、意を決して口を開いた。

 

「えっと、久し振りエリス。その、随分と綺麗になったね」

「……ルーデウスも、昔よりずっと格好良くなったわ」

 

 エリスは普通に返答したが、その挙動は傍から見て明らかに喜んでいることが分かる。

 獣族ではないのに、尻尾を振ってる幻影が見えるほど彼女はソワソワしていた。

 その姿に、彼は何故か安心感を覚える。

 

「……どうして来たのよ?」

 

 少しばかりツンとした言葉に、ルーデウスはキョトンとした表情を浮かべる。

 エリスは元々、自分が原因でルーデウスの選択肢を狭めたくないと思い、詳しい事情を伝えず離れたのだ。

 再び対面出来たことを喜びつつも、自分のせいで選択を歪めてしまったことに悲しく思っていた。

 

 フィットア領が転移事件で消滅した時、エリスはルーデウスに頼ってきた。

 ルイジェルドに怯えていたのを宥められ、道中の指針も任せっきりで、そしてずっと守られてきた。

 だからエリスはルーデウスの足手まといになりたくなくて、置いていかれたくなくて強くなろうとした。

 別れ際には、自分のワガママで家族を優先して離れてしまった。

 エリスはルーデウスに何も返すことが出来ていない。

 今だからこそ分かるのだ。当時の自分は迷惑ばかり掛けていたことを。

 そして、今回もまたエリスは決着を付ける前にルーデウスに助けられようとしている。

 横に並び立ちたいのに、守られてばかりなのが辛かったのだ。

 

 そんなエリスに対して、彼はなんてことないように答えた。

 

「今更ですよエリス。気にしなくていいんです。俺は俺の意思でここにいるからさ」

 

 アスラ王国にやって来たのは、ヒトガミの布石を潰すためだ。

 だが、その目的がなくてもルーデウスは向かっていただろう。

 そもそも本来の歴史と違い、彼は誤解などしていないのである。

 エリスへの好感度は高いままだし、純粋に好意を抱いている特別な人なのだ。

 彼女を助けるためにも、ルーデウスはここまでやって来た。

 

「手紙でも伝えた通りです。俺はエリスを迎えに来たんです」

「……本当に?」

「エリスは俺のことを褒めてくれるけど、俺はやっぱり1人だと失敗することもあります」

「そんなことないわ。ルーデウスはすごいんだから」

「そんなことあるんです。だからエリスには俺のことを支えて欲しいんです」

 

 そこでルーデウスは一度言葉を区切り、照れくさそうな表情をして告げる。

 

「だからその、まあ……さっさとこの戦いを終わらせて結婚しましょう」

 

 陳腐な台詞だ。

 けれど、誤魔化すことなく真っ直ぐに想いを伝えた。

 それで十分だった。

 その場にいた皆にも、ルーデウスの意思は伝わった。

 

「…………」

 

 すぐに気付いたのだ。

 ルーデウスはすごい。

 そんな彼に自分は置いていかれるかも知れないという不安があった。

 けれど、彼は優しいのだ。

 先に進んだとしても、ルーデウスは待っていてくれる。

 家庭教師の時から、ずっとそうだった。

 ワガママで分からず屋で、憤りを当たり散らしていたにも関わらず手を差し伸べ続けてくれた。

 昔と一緒なのだ。

 今の自分ではまだ相応しくないかも知れないけれど。

 それは今すぐでなくていいのだ。

 ひとつひとつ、並び立てるように出来ることをやっていけばいい。

 

「……仕方ないわね! 結婚してあげるわ!」

 

 エリスは嬉しそうに返答した。

 

 

――――

 

 

「やれやれ、遂に2人が結婚か。長い道のりだったね」

 

 公開プロポーズに、フィリップは表情を緩めながら呟く。

 手紙のお陰で結婚の意思があることは分かっていたが、やはりちゃんと言葉として聞くと安心出来るだろう。

 

「そして、本当の意味で君と家族になるとはね。パウロ」

「うるせえよフィリップ。そのことを考えずにいたのに現実を突き付けるんじゃねえ」

「おやおや、随分と嫌われたものだね。恩返しも全然されていないのに」

「……それを言われると弱いな」

「まあ、いいさ。パウロ、久し振りに会えて嬉しいよ」

「……ああ、オレもだ。こうしてまた会えるとは思ってなかったよ」

 

 フッと笑い合う2人。

 そこへアリエルは近付くと、フィリップは右手を胸に当て、少しだけ頭を下げた。

 

「ご健在でいらっしゃり何よりですアリエル様」

「いえ、貴方の尽力が有ってこその結果です。ここまでよく繋いでくれました」

 

 アスラ王国に入ってから、ここまでの道中で遣いを送る貴族は多かった。

 フィリップの根回しにより、第一王子派からアリエルの派閥に寝返ったものが多数いたのだ。

 力の失った彼が一体どうやって協力を取り付けたのか不思議かも知れないが、種明かしは簡単である。

 リベラルが借りパクしていた甲龍王の紋章を渡していたのだった。

 それによってフィリップは、貴族たちの説得に成功していたのだ。

 ペルギウスがそのことを知ればガミガミ怒るだろうが、まあいいかとリベラルは能天気に流していた。

 どのみち協力してるのに変わりないのだから。

 

「ここでは人の目に付きます。中へ入りましょうアリエル様」

「そうですね」

 

 そうして別邸の中へと移動し、今後の動きについて話し合う。

 状況はこちらに有利とは言え、最後まで油断は禁物だ。

 

「ダリウスの動きは掴めていますか?」

「剣客として剣神と私の息子のアレクを雇ったようです」

 

 シャンドルの言葉にやはりかと思いつつ、アリエルはその情報に捕捉を付け加える。

 

「剣神は既に対処済みですので、残るは北神ですね」

「それは……流石です」

 

 一体いつの間にと言わんばかりのシャンドル。

 彼は元七大列強であり、ガルの強さを知っているのだ。

 だが、アリエル側にリベラルやオルステッドという強者がいるため納得する。

 実際に倒したのはルーデウスであると知ると驚愕するが、それはまた別のお話だ。

 

「こちらが現在寝返っている貴族のリストです。それと、各所にいる味方への連絡は既に済んでいます」

 

 フィリップから報告書を受け取ったアリエルは、デリックと共に中身を確認していく。

 今しがた告げられた貴族のリストだけでなく、寝返っている貴族たちの動きまで簡易的に記載されていた。

 ご丁寧に寝返った理由まで調べられている始末だ。

 脅迫や人質という手段で寝返った者もいれば、単純に賄賂や時勢を読むことの出来ぬボンクラの情報まで選り取り見取りである。

 それはアリエルが求めていた情報だけでなく、アリエルが王になった後にも有用な情報だった。

 

 そのことを理解した彼女は目を見開く。

 隣にいたデリックも、感嘆のため息を溢していた。

 

「我々はつくづく味方に恵まれましたな」

「本当ですね。彼が敵でなくて良かったです」

 

 そして一緒に記事を見ていたルークだったが、とある名前を見て少しばかり安心した様子を浮かべる。

 その男の名はピレモン・ノトス・グレイラット。

 ルークの父親であり、パウロの弟だ。

 

 本来の歴史ではピレモンはダリウス大臣へと寝返ってしまうのだが、ここでは違った。

 元々はアリエルがラノア王国への逃亡に失敗したという偽の情報を掴まされたことが原因だったが、フィリップが本当の情報を教えることでその未来はなくなったのだ。

 寝返ることもなく、ずっとアリエルの味方のままだった。

 その事実に、ルークは安心したのである。

 

「へぇ、あいつ裏切らなかったのか。意外だな」

 

 ボソッと呟かれたパウロの言葉に、ルークはちょっと嫌な気持ちになるのだった。

 

「では、後は『場』を整えるだけですか」

「そうですね。そちらはアリエル様に動いてもらわなければどうしようも出来ませんのでお願いします」

 

 場というのは、ダリウス上級大臣を失脚させるための舞台だ。

 ペルギウスの要望でもある演出に必要なものである。

 場さえ整えば、失脚させるだけの情報と手段をこちらは持ち合わせているのだ。

 既に王手飛車取りであり、後一手で詰みのところまで来ている。

 ダリウス側がどこまで情報を掴んでいるのか不明だが、こちらがそれを成すだけの手段を持ち合わせていることは理解しているだろう。

 場が整うまでの間に総力戦を仕掛けてくることも考えられた。

 

 と、そこでフィリップが一歩前に歩み出て、アリエルの前にしゃがみ込んだ。

 

「アリエル様、ひとつお願いがあります」

「何でしょうか?」

「アリエル様が王位継承権を獲得した際に、褒美を頂ければ……」

 

 今のフィリップは転移事件の責任を負わされたことにより、全てを失った状態だ。

 ボレアスという立場も名ばかりとなり、他の親族や貴族たちに責任を擦り付けられてしまった。

 だが、リベラルからの誘いにより、こうしてアリエルを王にするために活動している。

 それは全て、かつての権威を取り戻すためなのだ。

 だからこそ、ここでアリエル本人から確約が欲しかったのである。

 

 そして彼女はその考えを理解していた。

 フィリップが何のために尽力していたかなど、誰にでも分かることだろう。

 故に、アリエルはその要求に快く頷くのだった。

 

「その時には、元の立場以上のものを約束しましょう。この場にいる皆様やペルギウス様の名に誓って」

「――ありがとうございます」

 

 転移事件から既に長い年月が過ぎた。

 リベラルの誘いに乗ってから、アスラ王国で息を潜め続けた。

 苛烈な戦いや暗殺者にも襲われたし、満足にご飯を食べることの出来ない日もあった。

 フィットア領があった頃には、考えたこともない生活を強いられることになった。

 とても苦しい時間だった。

 けれど、それももうすぐ終わりを迎える。

 

 アリエルの言葉を受け取ったフィリップは後ろへと下がり、傍にいた者たちに顔を向けた。

 

「エリス、ギレーヌ。後もう少しだけ力を貸して欲しい」

「当然よ」

「当然だ」

 

 嬉しそうでいて、どこか獰猛さを感じさせる表情で2人は頷く。

 彼女たちも、ここまで長い間戦い続けたのだ。

 フィリップを元の地位に戻すために尽力していた。

 ゴールが見えたのだから、気合も入るだろう。

 

「シャンドルとドーガも、よろしく頼むよ」

「ハハハ、ここまで来たんですから最後までお供しますよ」

「……うす」

 

 気楽な様子で返答する彼らに、フィリップは頼もしさを感じつつ安心する。

 ここまで事を上手く運べたのも、この2人がいたことが大きい。

 まだ未熟だったエリスを教えつつ、幾度も襲撃を跳ね返したシャンドルの存在は特に重要だった。

 彼がいなければ北帝ドーガもこちらに来なかったし、そもそも活動も出来なかっただろう。

 口にはしなかったが、深く感謝していた。

 

「さて、話は以上でよろしかったですか?」

「はい」

「それでは今後の対応について纏めていきましょう」

 

 アリエルの言葉に、皆が視線を向ける。

 

 先ほど言ったように、王手飛車取りの状態から詰みへと持っていくための場の用意から始める必要がある。

 第二王女アリエルが、第一王子グラーヴェルを慰労する名目のパーティだ。

 それによって全ての貴族を引きずり出すことが出来るだろう。

 そしてリベラルが懸念していた王国の騎士と敵対する可能性だが、そちらはあまり心配ないとのことだった。

 現時点のアリエルは、何も反逆していないという状態である。

 国賊扱いされ騎士が差し向けられることはない。

 水帝だとか、水王が出張ってくる可能性は低かった。

 

「ですので、やはり敵はダリウス上級大臣の刺客でしょう」

 

 北王ナックルガード、北神カールマン。

 そしてダリウスを守るであろう水神レイダ。

 警戒すべき相手はやはり変わらなかった。

 

「その戦力だと、パーティ中に総力戦になりますかね?」

 

 ルーデウスの言葉に、アリエルは思案げな表情を浮かべる。

 

「それは、何とも言えませんね」

「相手はパーティを始められたら不味いと思ってるだろう。フィリップ様が甲龍王の紋章を見せてることを把握しているだろうからな」

「とは言え、レイダ殿が積極的に暗殺者の真似事をするとは思えませぬ。こちらの戦力を考えると、パーティで仕掛けてくる可能性も否めませんな」

 

 ダリウス側も、アリエル陣営の戦力を把握しているだろう。

 龍神、銀緑、元北神、北帝、剣王と剣王クラスが1人、獅子王。

 ハッキリ言ってまともに戦おうとするのは馬鹿だけである。

 この戦力を相手に暗殺出来ると思わないだろう。

 こちらの戦力が過剰すぎるため、逆に相手の動きを予測出来なくなっていた。

 

「でしたら、オルステッド様からの伝言をお伝えしますよ」

 

 と、そこでリベラルが口を開く。

 オルステッドとのやり取りを皆に伝えるのだった。

 

『――北神カールマンは俺が相手をしよう』

『それは構いませんが……因みに理由は?』

『あの男がパーティ会場に現れたら、周囲の損害を考えない可能性があるからだ』

『……つまり、どこか別の場所に誘き出すということですか』

『そうだ。その間、オーベールやウィ・ターはシャンドルに監視してもらうといい』

『もし北神だけでなく闘神が現れたりしても大丈夫ですか?』

 

『――安心しろ。俺は負けん』

 

 ということだった。

 北神が周囲を気にせず暴れ回ることに関して、父親であるシャンドルは否定することが出来なかった。

 そのため、仕方ない様子で監視の役割を交代することに同意する。

 

「北神をどうやって誘き出しますか?」

「あの愚息は果たし状でも叩き付ければ喜んで飛び込んで来ますよ」

「……そうですか」

 

 父親から地味に馬鹿扱いされているが、そういうことらしい。

 確かにリベラルの知るカールマンも、結構盲目的な面があったのでそれで問題ないように思うのだった。

 

「よし、それならギース頼んだぞ」

「おいおい、なにが頼んだぞだ」

「お前なら北神の場所調べて届けられるだろ」

「無茶言うんじゃねえ」

 

 呆れた表情を浮かべるギースに、隣にいたゼニスが口を開く。

 

「出来る、でしょ、ギース」

「いやいや、乗ってくんなよゼニス」 

「出来る、でしょ?」

「……チッ、仕方ねぇな。天才の俺様に出来ねぇ訳ねぇだろ」

「なんだよ、出来るのかよ」

「うるせえ」

 

 とのことで、ギースが北神を誘い出すことになった。

 

 北神を削ることが出来れば、最早ダリウスは出来ることもなくなるだろう。

 レイダが暗殺に動くことがない以上、北王1人で何とかすることは出来ない。

 戦力でどうすることも出来ないため、パーティ会場で仕掛けるしか選択肢はないのだ。

 もしくはパーティを開かれないように工作するかだが……それはアリエルやフィリップの仕事である。

 フィリップの仕事のお陰で、味方は既に多くいる以上パーティを開くことは簡単だった。

 

 そうして、こちらの方針が決まるのだった。

 

 

――――

 

 

 パーティ会場の設置は本来の歴史通り、10日ほどが目処となった。

 アリエルとフィリップはそれぞれ動き、会場の準備と貴族たちの引き込みを行っていく。

 それによって戦力も分散するのだが、元の戦力が過剰なため問題なく経過する。

 悪足掻きのように暗殺者が送り込まれたりしていたが、残念ながらこちらの戦力を突破するに至ってなかった。

 

 ルーデウスはどう思ってるか不明だが、少なくとも剣王以上の者からすれば暗殺者は弱い部類だった。

 エリスたちは手慣れたように撃退し、パウロたちも問題なく撃退する。

 ヒトガミから情報をもらったのかトリスティーナを狙ったり、彼女の実家を狙うようなこともあったが、そちらも対処されてしまう。

 ダリウス陣営が刻々と追い詰められているのがよく分かる光景だった。

 

 因みに、捕虜となっていたオーベールたちはもう割り切ったのかシャンドルと談笑しているのであった。

 

「まあ、某は元々雇われの身ですからなぁ。この状況から巻き返そうとするほどの執念はあらぬよ」

「我もいい加減諦めた。師匠もいることだからな……」

「ハッハッハ、それで良いのですよ2人とも。生きていればいくらでもやり直す機会はありますよ」

 

 腕は封印されているが、とても気楽そうな様子である。

 オーベールに至っては、知らぬ間にエリスと多少は話す仲になっているのだった。

 ルーデウスもたまに会話しているが「……と…ゆだんさせといて…ばかめ…死ね!!!」というような不意打ちを警戒してビクビクしていた。

 その光景をパウロに馬鹿にされるのだった。

 

 そんな調子で5日ほど経過した時、ようやくギースから報告があるのだった。

 

「北神に果たし状を渡してきたぜ」

「おう……本当に渡せたのかよ。すまん無理だと思ってたわ」

「俺様を見くびるんじゃねえ。この程度余裕だぜ」

「そうかそうか」

 

 サル顔でドヤ顔するギースはそのまま放置され、パウロはリベラルへと顔を向ける。

 

「果たし状は無事に届けたぞ」

「ありがとうございますパウロ様、手柄ですね。では、ギース様はそのことをオルステッド様に伝えて下さい。お願いします」

「それはいいけど何だよ今の下り。俺の手柄じゃねえのかよ?」

「気のせい、よ、ギース」

「いや、気のせいじゃねえだろ」

「気のせい、よ」

「…………」

 

 どこか釈然としない様子のギースだったが、結局オルステッドへと報告に向かうのだった。

 

 

――――

 

 

 報告を受けてから次の日、オルステッドは町外れの場所にいた。

 リベラルたちにも告げたように、北神と戦うためにこの場に来たのだ。

 もちろん、北神がノコノコと1人でやってくる確証はないものの、来なかったところで問題もない。

 その時は戦いの場が別の場所になるだけである。

 逆に他の戦力を連れてくる可能性も勿論あったが、並大抵の戦力ではオルステッドの呪いの前に立ちはだかることすら出来ないだろう。

 

 そうして待つことしばらくして、遠方から1人の男が歩いてくることを視認する。

 背中に一本の大剣を背負った、一人の少年。

 

 北神カールマン三世。

 アレクサンダー・ライバック。

 

 彼はゆっくりと歩み寄り、オルステッドとの距離を空けると背中に背負っていた剣を引き抜き口上をあげた。

 

「我が名は北神カールマン三世! 呪われし悪神、オルステッドを倒し、英雄となる者だ!」

「…………」

 

 予想はしていたが、本当に1人でやってきた北神に呆れつつ、オルステッドは冷静に彼を見据える。

 その上で、過去のループでの情報と今の彼の情報を擦り合わせていた。

 

(……今の北神ならば、問題はないか)

 

 オルステッドは本来、戦いの場に出ないようにする必要がある。

 ループの代償に、魔力の回復速度がほぼ無いに等しいからだ。

 そのため、魔力を使用した戦闘は避けなければならない。

 

 それでも彼が北神との戦いの場に来たのは、“魔力を使用せずに勝てる“と考えたからだ。

 

 北神の持つ大剣――王竜剣カジャクト。

 それを相手に、オルステッドは素手で勝つつもりだった。

 

 もちろん、リベラルも反対した。

 得られるメリットが少ないからだ。

 しかし、オルステッドはここで北神を叩き潰し、彼を屈伏させる道を選んだ。

 結局、リベラルはその決定に従うのだった。

 

 それは何故か。

 彼女は誰よりも知っているからだ。

 

 

 龍神オルステッドが――最強であることを。 

 

 

 そして、戦いが始まる。

 本来の歴史では語られることのなかった、北神との対決。

 そしてそれは、北神カールマン三世アレクサンダー・ライバックに圧倒的な絶望を齎すことになるのだった。




誤字報告、評価、感想、いつもありがとうございます。

Q.エリス。
A.原作通り結婚。形は少しばかり違えど、ルーデウスの運命によって決まっていました。特に誤解もないのでスムーズです。

Q.ギース。
A.優秀な人材を貶していたヒトガミはアホだった。

Q.ダリウス。
A.無理だよこんなのぉ!勝てるわけないんだ!

Q.オーベール。
A.義理堅いので約束は果たします。ここから逆転負けでもしない限り味方になることが確定した。ついでにヴィ・ターも。

Q.アレクサンダー北神くん。
A.銀緑か龍神、どちらかと戦うことを望んでいたため、ホイホイ釣られた。原作同様、英雄だった父親を超えることに妄執しており、固執していたためサシで戦えることに喜んでいる。なお。

Q.オルステッド。
A.絶対強者。


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7話 『大魔王オルステッド』

前回のあらすじ。

ルーデウス「エリスにプロポーズしました」
ギース「北神の誘い出しは俺に任せな」
オルステッド「北神なんかに負けるわけがないだろう。縛りプレイで余裕だ」

深夜テンションの勢いで書き上げました。
暑いので皆さん熱中症にお気を付けてください。


 

 

 

 対峙する北神と龍神。

 方や巨大な大剣を構え、方や無手で自然な姿勢でいる。

 アレクサンダーは龍神と向き合い、その身から感じる威圧感に僅かな動揺を見せていた。

 ゾクリと背筋の凍るかのような殺気。

 これほどのものを彼は初めて体感していた。

 

「……あなたが、『龍神』オルステッド……か」

 

 王竜剣を構えたアレクサンダーは、若干引き攣った表情を見せつつも後退はしない。

 そんな彼に対し、オルステッドは変わりない様子で答える。

 

「そうだ」

「ならば、あなたを倒して僕は英雄となる!」

 

 その宣言に、オルステッドは小さく笑う。

 

「フッ、それは無理だ、アレクサンダー・ライバック。お前は英雄が何かを分かっていない」

「なっ! 馬鹿にするな!」

 

 アレクサンダーは舐められていると思った。

 だからこそ武器も持たずに己の前に立ち、自然体のまま王竜剣と向き合っているのだと考える。

 そしてそれは間違いではない。

 オルステッドは龍神刀も、更には魔力も使わずに戦おうとしているのだから。

 

 怒りが恐怖を凌駕する。

 先ほどまでの動揺は消え去り、目の前の敵へと意識が没入していく。

 僅かな沈黙の後、アレクサンダーは駆け出した。

 

「たああぁぁぁ!!」

 

 巨剣を軽々と片手にて振るい、袈裟懸けにオルステッドへと斬りかかる。

 その巨剣は一歩後退されることで避けられるが、アレクサンダーは恐るべきバランス感覚で体の向きを変え、再度打ちかかった。

 回転しながら嵐のように迫りくるアレクサンダーだったが、オルステッドは難なく躱していく。

 後ろへ、横へ、時には前へ。

 腕すら使わず、純粋な体捌きだけで猛攻を凌ぐ。

 

 いつまで経っても攻勢に出ようとせず、逃げ続ける彼にアレクサンダーはしびれを切らす。

 大きく王竜剣を振り被り、地面へと叩き付けた。

 当然ながらそれも軽々と避けられるが、衝撃波によって遠くに弾かれてしまう。

 

「逃げてばかり……口だけですか!?」

「いや、動きを見ていただけだ。だが、今ので十分だろう」

「残念ですけど、僕はまだ何も本気を出してませんよ」

 

 アレクサンダーはまだ王竜剣の能力を使っていない。

 この程度で実力を測った気になるのは早計だろう。

 ならば、油断している隙に一気に仕留めてしまおうと彼は考える。

 

「とあああぁぁぁ!」

 

 先ほどのように、袈裟懸けにオルステッドへと斬り掛かる。

 それに対して、彼は後ろへ一歩下がるという全く同じ対応を取った。

 が、同じ対応をするであろうと読んでいたアレクサンダーは、王竜剣の能力である重力操作を使った。

 一瞬だけ重力が変わり、オルステッドは体勢を崩す。

 その隙に大きく横へと振り被った一撃を、アレクサンダーは叩き込んだ。

 

 ――奥義『止水』。

 

 渾身の力で振り被った王竜剣は、オルステッドの手のひらで優しく受け止められていた。

 特に出血している様子もない。

 無傷で受け止められた……その事実に気付いた彼は慌てて後ろに下がろうとしたが、王竜剣を動かすことが出来なかった。

 

 次の瞬間には――アレクサンダーの右腕は斬り飛ばされていた。

 

 そのまま王竜剣は宙に舞い、それをオルステッドが手に取る。

 もちろん、アレクサンダーも残った腕で取ろうとしていたが、オルステッドに蹴り飛ばされ地面を転げてしまう。

 

 あっ、と思った時には、既に王竜剣を突き付けられているのだった。

 

「貴様は未熟だ、アレクサンダー・ライバック」

「くっ!」

 

 殺られる。

 そう思ったのだが、オルステッドは彼の右手ごと王竜剣を投げ返すのだった。

 何が起きたのか理解出来なかったアレクサンダーだったが、反射的にその2つを受け取る。

 唖然とする彼に対し、オルステッドは最初と変わらぬ表情で口を開くのだった。

 

「今のは油断しただけだろう? 次こそは本気で来るといい」

「……舐めるな! 僕を甘くみたことを後悔させてやる!」

 

 怒りに満ちた表情で、アレクサンダーは立ち上がる。

 右手をくっつけ、王竜剣を握り締めた彼は先ほどのように地面に振り被った。

 そして、衝撃によって弾け飛んだ無数の岩が、ゆらりとオルステッドの周囲に浮かぶ。

 

「ハァッ!」

 

 重力操作を扱い、周囲に浮かぶ岩を利用した立体機動でオルステッドへと迫っていく。

 上から下に、下から横に、横から斜めに。

 規則性のない動きを行い、オルステッドの死角から死角へと飛び移っていき、一気に距離を詰める。

 オルステッドは反応出来ておらず、アレクサンダーに背中を見せたままだ。

 そのまま縦から一閃を行い――半歩横にスライドすることで避けていたオルステッドに顔面への掌底を受けていた。

 

 重力が軽くなっていたことでクルクルと何回転もしたアレクサンダーは、いつの間にか腕が軽くなっていたことに気付きながら地面に叩きつけられる。

 そして目の前には、王竜剣を突き付けるオルステッドがいた。

 すぐさま立ち上がろうとするが、自身の右手が再び斬られていたことにそこで漸く気付く。

 

「俺の実力を見誤ったか、アレクサンダー・ライバック。次こそ本気で来るといい」

 

 そして、再び投げ返される王竜剣と右手。

 それを受け取ったアレクサンダーだったが、わなわなと肩を震わせる。

 明らかに舐められている。その上で手加減すらされている。

 今までに経験したことのない屈辱を前に、彼の怒りのポルテージが更に上がっていく。

 

「ふざけるな!!」

「ふざけてなどいない。まだ本気を出していないのだろうアレクサンダー・ライバック」

「〜〜!!」

 

 彼の表情は怒りや悔しさに満ちたものへと歪む。

 2回も王竜剣を奪われ、更には生殺与奪まで握られてしまったのだ。

 そこからこの発言である。

 ふざけているのか、それとも本気で言ってるのか、それすら分からなくなってしまう。

 けれど、アレクサンダーは再び立ち上がり、オルステッドへと挑むことを選択した。

 

「くそっ! くそっ! 絶対に殺してやる!」

 

 先ほどのように岩を浮かせ、立体機動を行うアレクサンダー。

 オルステッドの視線は完全に外れ、死角にいるのだが飛び込むことは出来なかった。

 先ほどのカウンターが脳裏に焼き付き、前に出ることが出来なかったのだ。

 ずっと周りを飛んでいるだけの彼に対し、オルステッドは近くにあった岩を殴り飛ばした。

 そしてそれは丁度立体機動をしていたアレクサンダーへと命中し、彼は弾かれてしまう。

 

「こうなったら……!」

 

 すぐさま立ち上がったアレクサンダーは、一度王竜剣の能力を解除する。

 

「右手に剣を」

 

 アレクサンダーの右手に持った剣が持ち上がり、先が天を向く。

 

「左手に剣を」

 

 左手が、剣柄を持つ。

 両手持ち。

 今まで片手で扱っていたあの巨剣を、両手で持った。

 

 オルステッドはそれをただ眺めているだけだ。

 明らかに大きな隙を見せているが、特に詰め寄る様子を見せない。

 油断からか、それとも警戒からか。

 どちらにせよ、アレクサンダーにとっては好都合だった。

 

「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」

 

 アレクサンダーは王竜剣を大上段に構える。

 

「我が名は北神流アレクサンダー・ライバック」

 

 気付けば、周囲の全てが浮き上がっていた。

 それはオルステッドも例外ではない。

 周囲に散らばっていた草木、岩やその破片。

 それらが宙に浮き上がる。

 

 オルステッドは浮き上がりながらも、真っ直ぐな姿勢でバランスを保っていた。

 完全に無防備な状態。

 アレクサンダーが全身に力を込め、王竜剣を振り下ろした。

 

 

「――奥義『重力破断』」

 

 

 爆音と閃光が周囲を包み込む。

 それと同時に――アレクサンダーの身体もまるで竜巻のように回転しながら宙に吹っ飛んでいた。

 最早何が起きたのか彼にもサッパリだった。

 クルクル回転していたアレクサンダーは、途中で蹴り飛ばされて地面を転げる。

 そしてやはり軽くなっている右手だ。

 いつの間にか王竜剣と右手がなくなっていた。

 

 目の前には、王竜剣を突き付けているオルステッドがいた。

 

「アレクサンダー・ライバック。お前は英雄と呼ぶには未熟だ」

「こ、この……!」

「お前にはお前の物語があるように、他の者にもそれぞれ物語がある」

 

 いつしか、アレクサンダーの怒りは恐怖に塗り替わっていた。

 

「誰もが様々な想いや背景を持っている。貴様に取っては路傍の石であっても、その者に取っては違う」

 

 たった3回やられただけだ。

 不死魔族の血を引く彼からすれば誤差の範疇かも知れない。

 再生能力もあり、ここから本領発揮をしていくのだろう。

 だが、それでも彼は目の前の男に敵う姿を想像出来なかった。

 

「アレクサンダー・ライバック。もう一度言おう……貴様は未熟だ」

 

 気付けば、王竜剣と右手が投げ返されていた。

 アレクサンダーは恐怖しつつも、2つを受け取り立ち上がる。

 それは勇気からの行動ではなかった。

 恐怖から逃れるための、本能的な行動にしか過ぎない。

 恐れを抱く彼に対し、オルステッドは再び口を開いた。

 

「まだ本気を出していないのだろう? 実力を隠さず全力で来るといいアレクサンダー・ライバック」

「……う、うわあぁぁぁ!!」

 

 

「――心折れるまで、何度でも相手になろう」

 

 

 そこからの戦いは……否、戦いとは呼べなかった。

 北神としての意地か、卓越した技量は見せていただろう。

 だが、それだけである。

 彼の技量と肉体に、心が追い付いてなかったのだ。

 完全に恐怖に飲まれたアレクサンダーの動きは、オルステッドに筒抜けだった。

 いくら死角を取ろうと、王竜剣の能力を使おうと、容易に対応される。

 そしてオルステッドの余裕の姿にまた恐怖し、剣先が段々と鈍っていく。

 

 何度も同じやり取りがなされた。

 気付けば斬り飛ばされる右手。

 奪われている王竜剣。

 倒れている己へと、王竜剣を突き付けるオルステッドの姿。

 そして……投げ返される右手と王竜剣。

 

 その度に、オルステッドは必ず同じことを口にしていた。

 

『まだ本気を出していないのだろう?』

『全力で来るといい』

 

 そんな訳がない。

 最初はともかく、それ以外は全力で挑んでいた。

 それなのに、オルステッドに取っては大差のないものだったのだ。

 全力を出そうが出さなかろうが、結果は何も変わらない。

 

 そんなやり取りを繰り返し――アレクサンダーの心はポッキリ折れた。

 

 最早立ち上がることも出来ず、投げ返された腕と王竜剣を眺めることしか出来なくなってしまう。

 そんな彼に対し、オルステッドは特に外傷もなく立っていた。

 せいぜい、服が多少汚れた程度だろうか。

 

「どうしたアレクサンダー・ライバック? もうおしまいか?」

「…………」

「ならばここで死ぬか。俺の配下となるか、選べ」

「…………」

 

 当然ながら、既に戦意はなかった。

 敗北者の目で、口を半開きにして、恐怖を顔に張り付かせ、涙を流しながらオルステッドを見あげている。

 そこには、英雄になるなどと息巻いていた少年の顔は無かった。

 完全に心を叩き折られた、一匹の負け犬がいるだけだった。

 

「…………配下に、なります」

 

 長い沈黙の末、アレクサンダーはそう言った。

 そうして、龍神と北神という戦いは、人知れず終えるのだった。

 

 

――――

 

 

 オルステッドからの報告を受け、リベラルは安堵する。

 魔力を使うことなく、そして無傷で北神に勝利したのだ。

 流石という他ないだろう。

 そのことにシャンドルやギレーヌ、パウロは驚くと同時に頼もしさを感じるのだった。

 

 懸念していた闘神の襲撃もなく、北神はオルステッドに下った。

 これで残すは水神と北王だけ……と思ったのだが、パーティ前日に北王ナックルガードが現れたのである。

 

 そして、ナックルガードは戦うことなく降参した。

 彼の視点では残す戦力は自分しかいないのだ。

 彼は双子であり2人とは言え、流石に己たちだけでこの戦局を覆せるとは思っていなかったらしい。

 オーベールやヴィ・ターが生きていることを嗅ぎ付けていたため、軍門に下っても生き残れると考えたのだろう。

 お金で雇われていたことが裏目に出た形だ。

 剣士としての意地はあれど、流石に犬死になると判断したらしい。

 

 こうして、パーティ当日にはダリウス陣営の戦力はほぼ皆無となるのだった。

 

 親衛隊とシャンドルは、捕虜の関係もあり留守番。

 オルステッドはアレクサンダーを引き連れ、不測の事態に備えて待機。

 それ以外のメンバーでパーティに参加することになった。

 因みに、アレクサンダーはオルステッドに付き従っている。

 まるで100年前からこのポジションにいましたと言わんばかりの従順っぷりだ。

 流石に警戒するのだが、オルステッドが「今の奴は大丈夫だ」という発言により警戒を止めるのだった。

 ループしている彼がそう言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。

 ルーデウスたちも警戒しつつ、アレクサンダーを受け入れるのだった。

 

 そして開催されるパーティ。

 大規模なパーティ用に作られた広間の一つ。

 スタッフの一人として現地入りしたリベラルたちは、待合室の入り口付近に立ちながら、参列者の顔を眺める。

 彼らは期待や不安に満ちた顔をし、アリエルとフィリップの話に興じるのだった。

 やはり甲龍王の紋章を見せびらかしていた効果は大きく、既に会場はアリエル派の者が多い様子だ。

 ピレモンやジェイムズといった者たちも参列し、最後に遅れてこのパーティにおける一番の目的人物が入ってきた。

 

「…………」

 

 ダリウス上級大臣だ。

 彼は非常にやつれた表情を浮かべ、何人もの護衛を引き連れてやって来た。

 護衛の中に名のある実力者はいない。

 それどころか練度の低い兵士であることは、誰の目にも明らかだった。

 

 ダリウスはリベラルやルーデウスの存在に気付くと、怯えた顔ですぐに視線を逸らしてしまう。

 今の彼からは、この戦いに勝とうという気概が最早見えなかったのである。

 流石に自身が詰みの状況に陥ってることを理解しているらしい。

 それでも尚、逃げずにやって来た事を褒めるべきだろう。

 

「リベラルさん……」

「分かっています。ルディはゼニス様を守れる位置に」

「分かりました」

「エリス様とギレーヌ様は、フィリップ様の近くに」

「分かったわ」

 

 水神がこの場にいないため、不意打ちを受けても大丈夫なように声掛けを行っていく。

 本来の歴史では、水神はパーティに参加せずダリウスを守るために天井を破壊し乱入してきた。

 今回も必ずしも同じとは限らないが、水神が乱入してくる可能性は高いだろう。

 乱入前に対処出来れば良かったが、水神を相手にする正当な理由もないため放置せざるを得なかった。

 そのため、水神に関してだけはどうしても後手に対処する必要があったのだ。

 

 やがて全員が揃い、パーティは始まる。

 貴族たちは順番に部屋へと入り、決められた席へと座っていく。

 会場に貴族が入りきったのを見て、上座に立っていたアリエルが、一歩前へと出た。

 

「本日、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

 

 主催のアリエルが開幕の挨拶。

 国王陛下の病気の話に始まり、昨今の国内情勢のあれこれ、

 留学中にどのような思いでアスラ王国を思っていたかを語り……。

 

 そして本来の歴史と同じように、トリスティーナを理由に、ダリウス上級大臣を弾劾した。

 貴族の子女を誘拐し、性奴隷にしていたこと。

 そのことに対し、処罰が必要だと声に出す。

 それに対して、ダリウスは反論せず苦い表情を浮かべるだけだった。

 何せ彼は、かき集めた戦力も全て失い、多くの貴族の仲間にも見限られていたのだ。

 反撃する余力がないのも当然な状態だった。

 

「貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱めるなど……。

 いかに王国の重鎮といえど、罪は罪。

 逃れうるものではありません。

 あなたは王国の法により、裁かれることでしょう」

 

 なんというか、もう可哀想にすらなっていた。

 ダリウスは無言でぷるぷると拳を震わせるだけで、何も出来ない。

 なされるがままに沙汰を受け入れるしか道はなかったのだ。

 

「……アリエル、いじめるのはそこまでにしておけ」

 

 そしてここで第一王子グラーヴェルも出てくるのだが、いまいちダリウスを庇い切ることも出来てない様子だった。

 第一王子も分かっているのだ。

 アリエルの背後にペルギウスがいるであろうことに。

 更にここまで追い詰められた以上、出来ることは少ないことに。

 それでも諦める訳にいかないからこそ、なんとか足掻くのだった。

 

「父上が倒れた今、ダリウス上級大臣の手腕はアスラ王国にとって無くてはならぬものだ。

 確かに罪だが、国の大事においてどちらを取るかなど、言わずともわかることだろう」

「兄上、罪は罪。これを裁かなくては、国は立ち行きませぬ」

「…………」

 

 話は平行線である。

 そうなった以上、この2人で話を決めることは出来ない。

 故に、周りの意見で決めなくてはならないのだが……フィリップの根回しにより、アリエル派の貴族が多いのは明らかである。

 結局、グラーヴェルは自分の言葉が悪足掻きでしかなかったことを再認識させられ、小さなため息を溢すのだった。

 

 もはやダリウスを庇うことは出来ない。

 そのことを悟った彼は、見捨てる以外の選択肢がなかった。

 

 

「やれやれ――夢のお告げはこういう事かい……」

 

 

 そうして雌雄が決しようとした時、1人の声が響き渡る。

 小さな体躯に、深い皺の刻まれた肌。

 美しき黄金色の剣を、杖のように床に突き立てて。

 その老婆はゆるりと人混みの中から現れた。

 

 ――水神レイダ・リィアだ。

 

 彼女はダリウスを庇うように前に出ると、膝をついて嘆願するのだった。

 

「アリエル様、どうかダリウスを許してやってくれませんかね?」

「それは何故ですか? 水神である貴方が庇う理由が分かりませんね」

「昔、あたしがその男に助けられたことがあるからさね。それで理由としては十分だろう?」

「そうですね」

 

 とは言え、ただそれだけでダリウスを許す訳にいかないだろう。

 彼を罰することは既に決まっており、今更取り消すことの出来ない事実だ。

 

「……あたしの命を対価にしても、駄目かね」

「残念ながら」

「そうかい。それは困っちまったねぇ……」

 

 自身の嘆願を聞き入れてもらえないことを悟った水神は、そのままアリエルを人質にしようとし――。

 

「いやいや、流石にそれを許しはしませんよ」

 

 横合いから現れたリベラルによって、蹴飛ばされるのだった。

 あんな堂々と剣を持ってアリエルに近付いたのだから、警戒していて当然だろう。

 アリエルを守るように前に立った彼女は、既に立ち上がっている水神に目を向けるのだった。

 

「おばあちゃんもう歳なんだから無理しちゃいけませんよ」

「……無理なんてしてないさね」

「恩返しでもして最後を迎えようとしてるのに、何を言ってるんですかね」

「…………」

 

 この場にダリウスの味方はいない。

 本来の歴史ならば、オーベールという護衛によってこの場から退避出来るのだが、ここでは彼がいないため出来ない。

 このパーティ会場から出た瞬間、ダリウスは捕縛されてしまうだろう。

 水神に残された手は、もう自身の命を賭してこの場にいる者たちと戦うしかなかったのだ。

 短絡的だろうと、ダリウスの処罰が決まった以上それを覆す力は水神にはない。

 

 昔に受けた一度きりの恩のために、一体なにをしてるんだろうねと、レイダは自嘲するのだった。

 

「受けた恩はなるべく早くに返すことをおすすめしますよ」

「全く、言う通りだよ。さっさと返してたら、あたしもこんな無謀なことをしなかったのにねぇ」

 

 そんなやり取りをしていた2人だったが、レイダの方は隙を見つけることが出来ずに困っていた。

 いっそのこと無関係な貴族たちも含めて無差別に剣戟を放とうとしたのだが、それは全て防がれる未来を見たのだ。

 ダリウスを助けに来たのに、一体どうすればいいのだと嘆いてしまう。

 

「そろそろですかね」

「なにがだい?」

「私の友人の到着がです」

 

 不意に呟かれた言葉に、水神も含めた全員の動きが止まる。

 彼らは気付いたのだ。

 いつの間にか王都に近付いていた空中城塞の姿に。

 アリエルたちが繋がっているであろう伝説の存在に。

 

 沈黙の後、響く足音に彼らは気付く。

 いつの間にか、アリエルの従者であるエルモアが、下座の扉の前へと立っていた。

 そして、扉が開かれる。

 

 

「招かれて来たというのに……ずいぶんと騒がしい様子だな」

 

 

 扉の先に現れたのは、甲龍王ペルギウス・ドーラだ。

 そして彼に付き従うかのように、12の精霊たちが背後に控える。

 そんなペルギウスの表情は、とても不満げであった。

 

 彼は整えられた舞台に主役として登場する予定だったのに、どう見ても舞台が崩壊しかかっているのだ。

 本来であれば、アリエルを王にするためのトドメの一撃として華麗に現れるつもりだった。

 だが、そのような状況にはどう見ても見えない。

 

 話が違うぞとばかりに、リベラルを睨み付けるのだった。

 

「ペルギウス様、これには深い事情がありまして」

「黙れリベラル。貴様が関わるといつもこうだ。思えばラプラス戦役の時も、貴様のせいで危ない目に遭ったぞ」

「それは誤解ですって」

 

 怒った様子のペルギウスに、リベラルは笑いながら対応する。

 真面目ではない態度に、余計に憤慨するのだった。

 

「舞台を壊したのは水神ですって。ほら、ペルギウス様が何とかしてくださいよ」

「リベラル、貴様! ペルギウス様に対していつもいつも……不敬だぞ!!」

「アルマンフィ様、ハウス」

 

 彼女の言葉に、水神が原因で舞台が壊されたことは理解する。

 しかし、ペルギウスとしてはそうなる前に対処出来ただろうと内心で思うのだった。

 

「ペルギウス様、いつも城の中で引きこもってばかりじゃなく、たまには身体を動かしましょうよ」

「…………」

「水神程度を軽く倒せなきゃ、魔神が復活しても倒せませんよ?」

 

 その言葉に、ペルギウスはハッと笑う。

 安い挑発だ。

 そもそもリベラルならば水神を軽く倒せるだろう。

 それでも尚、彼女は譲ろうとしている。

 

 試されているのだ。

 かつて戦役を乗り越えた戦友に対し、実力を疑われているのである。

 心外だろう。

 だが、言わんとすることは確かに分かる。

 

 リベラルの言う通り、水神程度をどうにか出来なければ魔神の相手など不可能だろう。

 今の己には、かつての兄貴分であるウルペンもカールマンもいない。

 1人で戦わなくてはならないのだ。

 

「――よかろう。我が自らこの舞台を立て直そうではないか」

 

 かつての英雄は、獰猛に笑った。

 ラプラス戦役に振るわれたその力が、ここで再び振るわれることになる。

 




Q.オルステッドとアレクサンダー。
A.残念ながら重力操作はリベラルもルーデウスも出来るため、ループを抜きにしても対策はバッチリだった。
 魔王ロールに心折れたが、アレクは頑張った。

Q.北王ナックルガード。
A.作中説明通り、犬死になると考え降伏した。2人で話し合って決めたが、実際に犬死にするところだったので英断である。

Q.銀緑=リベラルであることに誰も気付いてないの?
A.銀緑の顔を知ってる人は貴族の中にいません。ただ特徴を見てもしかして…と思ってる人はいました。

Q.ダリウス。
A.もう諦めの局地。なんか知らん間に水神とか銀緑、甲龍王が争いだしてビビってる。

Q.ペルギウスの強さ。
A.進捗転生140627にて召喚物全て込みだと9で、個人だと7かな……。まあ、私もこういうのはノリで書いてますので、あんまり数字は信用しないでください。
 と孫の手様の言葉がありますので、原作より強いか弱いのかは不明となります。しかし、私の作品ではラプラスを相手取れるだけの強さにする予定です。

Q.リベラルが水神対処すればいいのに。
A.ペルギウスはラプラスが復活した時の重要な戦力です。ずっと空中城塞に引きこもってるやつがラプラスを相手取れると思ってないので、たまには運動しようぜ!と優しさで誘った感じです。
実際、原作でもその辺りどうなんでしょうね。ぶっつけ本番で戦争に挑むとは思えませんが…。


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8話 『アスラの王』

前回のあらすじ。

オルステッド「心折れるまで、何度でも挑むといい」
アリエル「ダリウスもグラーヴェル兄上も完封ですわ!」
ペルギウス「パーティに招待されて来たのに、水神と戦わされることになった」

後2話…10話でこの章は終わる予定です。アスラ王国の話が大半ですけど、ナナホシの話も進めなくては。
本当は一章増やしてナナホシと戯れ続ける章を作ろうかと思いましたが、上手く書く自信がなく断念したのはここだけの話です。


 

 

 

 悠然と歩み寄るペルギウス。

 それを観衆は固唾を呑み見守る。

 ペルギウスの存在は、アスラ王国では国王と同等に見られていると言っても過言ではない。

 ラプラス戦役で活躍した、伝説の英雄だ。

 実際にその姿を見たことがあるものは、アスラ貴族の中にはいなかった。

 だからこそ、伝説をその目に見れることを歓喜していたのだ。

 

「さて、我の相手は貴様か。水神レイダ・リィアよ」

「……そうさね。このババアが相手さ。不満かい?」

「そんなことはない。だが、ここまで愚かだとは思わなかったぞ」

 

 ペルギウスが一歩歩み寄った瞬間、背後に控えていた『波動』のトロフィモスが手を前に出していた。

 その手から不可視の波動が放たれる。

 それに反応したレイダは、剣を傾けるだけで逸らすのだった。

 そのまま『流』によるカウンターを放っていたが、ペルギウスが腕を一振りすることで弾ける。

 

「話は聞いていたぞ。かつての情に絆され、判断を誤ったようだな」

「恩は恩だからねぇ。あんたも借りっぱなしにはしないだろう?」

「ふむ、確かにそれもそうだな」

 

 ククク、と愉快そうに笑う彼に対し、水神は冷静に状況を見ていた。

 リベラルの計らいで態々一対一の状況を作られたのは幸いだが、敵に取り囲まれていることには変わりない。

 ダリウスはその場から動くことは出来ていないし、その傍にはいつの間にかギレーヌがいる。

 逃げ出そうとした瞬間に斬られてもおかしくないだろう。

 貴族たちも周りにいるが、こちらの成り行きを見守っている状態だ。

 

 アリエル王女、そしてその仲間、リベラル、パウロ、エリス、ルーデウス。

 彼らの位置取りを確認しつつ、光速移動によって背後に移動してきたアルマンフィに斬撃を放つ。

 

「!!」

「無駄だ。貴様にペルギウス様の結界を破ることは出来ん」

 

 が、斬撃はアルマンフィに纏わりついていた障壁によって弾かれる。

 レイダの剣撃が弱いわけではない。

 それ以上にペルギウスの結界魔術が強力だったのだ。

 彼女は咄嗟に最小限の動きで、アルマンフィの流れを変えて投げ飛ばした。

 

「英雄の力は伊達じゃないようだね。そこの小娘の言葉通り、鈍っていたら幸いだったんだけどねぇ」

「フン、当然だ」

「やれやれ、老骨には厳しい状況さね」

 

 などと言ってる間に、アルマンフィが再び移動し――結界ごとその身体を斬り裂かれるのだった。

 死体は残らず、光の粒子となって霧散した。

 いくら衰えているとは言え、腐っても水神である。

 結界による防護をされた程度で、完封など出来る訳がないだろう。

 分かっていれば、防護を破る程度の斬撃は放てるのだ。

 

 ペルギウスはその出来事に対して、特に動揺した様子は見られない。

 先ほどと変わらぬ位置で、水神を眺めているだけだった。

 そんな彼の代わりを果たすかのように、『轟雷』のクリアナイトが前に出て指向性を持った超音波を放つ。

 横からトロフィモスも波動を放っていた。

 が、目にも止まらぬカウンターの斬撃が飛び交い、その2人は真っ二つになって消え去るのだった。

 

「おや、あたしもまだ捨てたもんじゃないようだね」

 

 一瞬にして3体の精霊が葬られた。

 周りにいた貴族たちもその事実に呆気にとられるのだった。

 戦役の頃と今では違うのではないかという動揺も走る。

 

 ペルギウスは手を掲げた。

 その手にはバトンのような棒が握られている。

 

「“戻れ”」

 

 ただ一言。

 たったそれだけで、先ほど消滅した筈の3体の精霊がペルギウスの目の前に召喚されるのだった。

 

 ペルギウスの精霊は、空中城塞で何度でも復活することが出来る。

 そして復活後、彼の持っていたバトンを媒介にすることで、いつでも呼び戻すことが出来るのだ。

 アルマンフィがいるため、全員を呼び戻すことは容易だった。

 

「……酷いね。あたしの頑張りは全部台無しかい?」

「我がいる限り、その努力が実ることはないだろう」

「そうかい。じゃあ、あんたを狙うしか方法はないって訳だね」

「それを出来るのであれば、だがな」

 

 ペルギウスは最初の位置から一歩動いただけで、後はその場に留まっているだけだ。

 大した時間は経過していないとはいえ、レイダはまだ彼に向けて一撃も放つことすら出来ていない。

 そのため、漸くペルギウスを狙い斬撃を放ったのだが――、

 

「……参っちまうね。あたしの一撃が精霊に止められるとはねぇ」

 

 横から『大震』のガロが腕を振るうと、まるで空間にひび割れたかのような亀裂が走り、斬撃が弾かれるのだった。

 それを遠くから見ていたルーデウスは、まるで某海賊マンガの白ひげじゃねえか、なんて場違いな感想を抱く。

 

「!! 目眩ましかい?」

 

 と、斬撃が弾かれるのと同時に、レイダの周りが暗闇に覆われる。

 『暗黒』のパルテムトによる能力だ。

 視界が暗闇に覆われ、一寸先すら見えない状態となってしまう。

 しかし、レイダは水神流の頂点に立つ剣士なのだ。

 例え視界が封じられようと、気配やその身に感じる流れから、相手の動きを読むことなど容易である。

 むしろ視界がなくなった分、精霊側の方が不利になったとさえ言える状態だ。

 

「…………」

 

 複数の気配を察知した彼女は、一気に仕留めるため静かに相手の動きを待つ。

 一度に多くを仕留め、召喚する間もなくペルギウスへと詰め寄りたかったのだ。

 

「そこだね!」

 

 撹乱するかのようにアルマンフィが周りを動き回っていたが、その程度に惑わされる水神ではない。

 アルマンフィを含めた複数の気配へと斬撃を放ち――手応えなく波動によって吹き飛ばされるのだった。

 

「?!」

 

 気配に向けて確かに放った。

 しかし、まるですり抜けたかのように当たらなかったのである。

 視界がないため、何が起きたのかレイダには理解出来なかった。

 

「苦しそうだな水神よ。我はまだ動いてないぞ?」

「……やれやれ、歳は取りたくないもんだねぇ」

 

 吹き飛ばされていたレイダは、受け身を取ることでダメージを最小限にすることは出来ていた。

 だが、暗闇はまだ辺りを覆っているままだ。

 彼女へと向けて、再びいくつもの気配が迫る。

 

 気配を読み、斬撃を放つ。

 けれど、結果は同じだった。

 レイダの剣は空振り、そして背後に回り込んでいたアルマンフィを辛うじて撃退する。

 

 いくら何でもこれはおかしいと彼女は気付く。

 流れを読む達人の己が、何度も騙されるということはカラクリがある筈なのだ。

 そしてその予想は当たっていた。

 『狂気』のフェリアスファイルによって、レイダは幻覚を見ていたのだ。

 通常時では通用しないが、五感のひとつを遮ることでその効果を発揮していた。

 フェリアスファイルの能力により、レイダは惑わされていたのである。

 

「困ったね。気配が読めないんじゃどうしようもないさね」

 

 水神は右手に持った剣を振りかぶるように持ち、そのまま半身となる。

 それを好機と見たアルマンフィが突っ込み、真っ二つとなって消滅するのだった。

 更に暗闇の中を動き回る気配だが、それら全て斬撃が襲い掛かり、いくつかの精霊が消滅する。

 

 

 ――それは『剥奪剣界』だった。

 

 

 水神流には五つの奥義がある。

 初代水神が編み出した、最強の奥義だ。

 レイダは五つの奥義の内、最も困難と言われる二つの奥義を組み合わせ、幻とも言える六つ目の奥義を扱えるのだった。

 

 彼女は、ある体勢から前後左右上下。

 四方八方どこにいる相手でも、斬る事ができる。

 一歩でも動いたら、その動作に反応して、全てを切り捨てる事が出来るのだ。

 全てに反応し、幻覚ごと精霊たちを屠るのであった。

 

「ふぅ、ようやく明るくなったね」

 

 先ほどの斬撃により、6体の精霊が消滅する。

 その中にはフェリアスファイルも含まれていた。

 暗闇は晴れ、彼女はパーティ会場にいる全ての人間を視界に収めるのだった。

 

「誰も動くんじゃないよ」

 

 そして『剥奪剣界』はまだ続いている。

 このパーティ会場は、今や全てが彼女の間合いとなったのだ。

 そのことを認識し、誰もその場から動けなくなるのだった。

 何かしらの動きを見せれば、精霊たちを即死させた剣が飛んでくることを理解する。

 

「……動く奴ぁいないようだね。賢明だよ」

 

 絶対的なカウンター技に、ペルギウスと精霊は動けない。

 動きそのものだけでなく、意識の始まりにすら合わせられるのだ。

 如何にペルギウスだろうと、初見でこの技を切り抜けることは出来ないだろう。

 

 そう、思っていた。

 

「……つまらん技だ」

 

 ポツリと、ペルギウスは言葉を溢す。

 その言葉に、レイダは眉を顰めるのだった。

 

「何がつまらないんだい?」

「見たところ、貴様も動けんようだな」

 

 そう、それが『剥奪剣界』の欠点。

 剣撃を放つために、今の姿勢を保持している必要がある。

 更に相手の意識の始まりに反応することでカウンターを決める性質上、先に攻撃することは出来ないのだ。

 完全に空間を支配したにも関わらず、レイダが動かないのはそれが理由だった。

 

 その膠着を嫌ったのか、一部の精霊が動く。

 

「――!!」

 

 レイダの体がブレた。

 剣が定まらない。

 黄金の剣閃が、『時間』のスケアコートの身体を斬り裂いた。

 そこからもうひとつ剣閃が煌めき、『贖罪』のユルズを真っ二つにした。

 一瞬の出来事だ。

 外野である貴族たちも、あまりの絶技にもはや何が起きたのか理解出来なかった。

 

 けれど、ペルギウスはその剣を観察していた。

 そして、口を開く。

 

「――もう十分だ。レイダよ、種は分かったぞ」

 

 レイダの剣が再び放たれる。

 『生命』のハーケンメイルの身体が消滅した。

 そしてペルギウスにも剣閃が放たれていたのだが、彼は腕を一振りすることで弾いていた。

 

「いくつか欠点があるな。距離のある状況から複数人同時に動けば、タイムラグが発生しているぞ」

 

 そう、それは当然の話だった。

 どれだけ速かろうが、順番に放つ以上ラグが発生するのは当たり前だろう。

 

「順番に動けば、次に狙われる者も分かるな」

 

 それも技の性質上、どうしても発生することだった。

 相手の意識の意表を突く以上、後手で動かなくてはならない。

 別のタイミングでも意表は突けるだろうが、人数がいればいるほどそれは困難となる。

 この会場にはペルギウスたち以外にも、多くの人がいるのだ。

 貴族たちは無視するにしてもリベラルたちを無視することは出来ない。

 

 また、ペルギウスは剣閃を弾いた。

 一歩前に進む。

 

「ククク、剣を振るうタイミングがまる分かりだぞ」

 

 意識の始まりを起点にカウンターを放つため、狙われるタイミングが読まれてしまうのだ。

 もちろんそこらの雑兵には出来ないことだが、それでも分かっていれば反応くらいは出来るのだった。

 

 ペルギウスは更に前に進む。

 黄金の剣閃は、幾つも弾かれていた。

 

 種が割れれば、後は読み合いの勝負となる。

 どのタイミングで剣閃を放つか意識し、その意識の隙間を如何に防ぐかが攻略の鍵となるだろう。

 だが――ラプラス戦役を乗り越えたペルギウスにとって、その程度の読み合いなど児戯に等しかった。

 

 そもそも彼は水神以上の剣士や戦士たちと幾度も戦い、それを制してきたのだ。

 数え切れないほど膨大な経験を積み重ね、その度に成長してきた。

 更には己の傍には頼もしい戦友たちがいたのだ。

 中には嫌がらせのようにしばき回ってくる奴(リベラル)もいたが、その経験も無駄にはなっていない。

 

「そして――格上には通用せん剣術だ」

 

 そもそも意識の隙間を突こうと、飛んでくるのは速くて真っ直ぐなだけの剣閃だ。

 読み合いを乗り越えれば、そこから先はそれだけである。

 その程度の剣撃を、ペルギウスが防げない訳ないだろう。

 

 剣閃は、当然ながらペルギウスに全て防がれていた。

 

 爪術。

 己の手にある鋭い爪に龍気をまとわせ、相手を切り裂くものだ。

 ペルギウスは結界や召喚術の他に、それを得意としていた。

 彼の前進は止まらず、やがてレイダの目の前に到達する。

 

「舞台から降りてもらおう水神よ」

 

 そして、その腕が振り下ろされ――

 

「お願い! 待って! おばあちゃん!」

 

 横合いから飛び込んできた鎧姿の騎士――イゾルテを目の前にし、腕を止めるのだった。

 唐突に現れた乱入者に、ペルギウスは不機嫌な様子となる。

 

「なんだ、貴様は」

「水王のイゾルテです。ペルギウス様、お師匠様には必ず今回の件に関してお詫びと償いをしてもらいますので、どうか手を引いてくださりませんか……!」

「聞く相手を間違えているなイゾルテよ。我は戯れに付き合っただけで、裁量を持っている訳ではないぞ?」

 

 すんなり引き下がった彼に意外な表情を浮かべるイゾルテだったが、特におかしな話でもなかった。

 

 ここまで戦ったが、ペルギウスは元々リベラルに焚きつけられただけなのだ。

 別に戦う理由など無かったし、何が何でも殺したいと思っている訳でもなかった。

 そもそもペルギウスは客人の立場なのだ。

 アリエルが殺せと言ったのならともかく、彼に水神を処罰する権限などなかった。

 つまらなさそうにアリエルへと視線を向けると、彼女は頷くのだった。

 

「水神レイダ・リィア。私や兄上、そして多くの貴族を危険に晒したその狼藉は見逃すことは出来ません」

「…………」

「水神の座を引きなさい。そして二度と剣を振るうことを許しません」

「……そうかい」

 

 敗北したレイダは、観念したかのように力無くそう呟くのだった。

 

 本来であれば、アリエルが決めることでもなかった。

 けれど、もはやこの流れの中でそのことを指摘出来るものなどいない。

 レイダへの罰も、言葉では軽く見えるが実際にはそうでもない。

 二度と剣を振るわないというのは、即ちその腕を切り落とされ、封印されるということだ。

 生きているだけマシと思うかどうかは、人それぞれだろう。

 けれど、傍にいたイゾルテはホッとした様子だった。

 本来であれば、この場で処刑されるところを許してもらえたのだから。

 少なくとも、剣を教えることを禁じてない以上、誰かに指導は出来るということだ。

 

「そして貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱めたダリウス上級大臣。あなたは王国の法により、裁かれることでしょう。沙汰は追って報告します」

 

 流れるようにダリウスのことも追及し、彼は観念するかのようにうずくまる。

 

 今の自身に発言力など無いも同然だし、護衛も全て失った。

 今回の件により、味方だった貴族も確実に離れていくだろう。

 最早まな板の鯉となったのだ。

 法により裁かれるとは言ったが、力をなくした以上どんな裁きがあっても不思議ではない。

 それどころか、裁きの前に暗殺されることだろう。

 自身の命運を悟り、ダリウスは静かに涙を溢すのだった。

 

 情勢は決した。

 アリエルの近くにいたグラーヴェルは、何も言葉にすることが出来なかった。

 今回の件でダリウスを引きずり降ろされ、ペルギウスの登場によって主導権を握られ。

 今の自分には何もすることが出来ない。

 ただ成り行きを見守ることしか出来なくなったのだ。

 そしてそのことを、この場にいた貴族たちは全員理解した。

 

 次代の王は、アリエルに決まったのだと。

 

「そして、最後にもうひとつ」

 

 けれど、彼女は言葉を止めずある方向に目を向けていた。

 その視線の先にいた人物を、真っ直ぐ見据える。

 

「今回、私のために尽力して下さった人物がいます。私はその方に褒美を授けたい」

 

 その人物とは、今更言うまでもないだろう。

 

「フィリップ・ボレアス・グレイラット。転移事件の責任は既にサウロスが取りました。ですので――その後任にあなたを任命します」

「――はっ!」

 

 フィリップは敬々しく敬礼し、静かに目を瞑った。

 

「……し、しかしそれは!」

 

 と、そこで空気を読まずに声を上げたのはジェイムズだった。

 彼はダリウスに頼み込み、サウロスを処刑に追いやった諸悪の根源とも言える。

 ボレアスの財産を守るための行動だったとは言え、当時の己は最善を選んだのだ。

 いきなり現れたフィリップに、当主の座を奪われるのは何としても避けたかったのである。

 

「ジェイムズ、報酬は必要なものです。彼はそれに見合った働きをした。それに比べ、あなたは何をしていましたか?」

「う、く……」

 

 フィットア領の再建は、まだまだ進んでいない。

 どうしようもないだろうと叫びたかったが、そんな姿を晒したところで何の意味もないのだ。

 悔しそうに顔を歪め、彼は発言することなく下がるのだった。

 

「フィリップ。改めて、あなたをボレアスの当主として任命します」

「ありがとう、ございます」

 

 フィリップはその言葉を噛みしめる。

 ここまで長かったのだ。

 転移事件が発生し、全てを失い、責任まで追及されて。

 それでもかつての目標を目指し、泥水を啜りながら生きてきた。

 何度も暗殺者に襲われ、死にかけたこともある。

 けれど、それでも前に進み続け――ボレアスの当主という座を手にしたのだ。

 

 数々の苦労も、1人では乗り越えられなかっただろう。

 護衛をしてくれたシャンドルやドーガ。

 忠義を果たしたギレーヌ。

 自分を選んでくれた娘であるエリス。

 そして、立ち直る手管を揃えてくれたリベラル。

 彼ら、彼女たちに、フィリップは深く感謝するのだった。

 

 

――――

 

 

 そうして、アスラ王国での戦いは終結した。

 アリエル側の被害はゼロである。

 更には戦力すら吸収し、完璧に勝利した。

 

 オーベール、ウィ・ター、ナックルガードの3人(4人)は宣告通り、ルーデウスの仲間になるのだった。

 ようやく出来上がったルード傭兵団に所属し、裏からルーデウスたちをサポートすることになった。

 北帝が所属しているため、戦力としては大幅に向上しただろう。

 

 北神カールマンは、もうオルステッドの傍にずっと控えるようになっていた。

 本来の歴史通り片腕を封印されている訳ではないが、王竜剣は没収されてしまった。

 それでも彼は本当の英雄というものを目指すために、日々研鑽を積み重ねるようになった。

 オルステッドやリベラルはともかく、魔術師の身で剣神を破ったルーデウスに今は興味津々となっている。

 

 ドーガとシャンドルは、契約を果たしたということでアリエルの立ち上げる騎士団に所属することとなった。

 これに関しては本来の歴史通りであり、シャンドルがアリエルに感銘を受けたためだった。

 アリエルはオルステッドやリベラルに協力するため、いつでも派遣出来るようにしてくれていたのだ。

 

 フィリップは、フィットア領の再建を目標にしていた。

 再興中であるかつてのロアへと戻り、フィットア領を立て直すために尽力することになった。

 そしてその傍らには、ギレーヌがついて行くことになったのである。

 フィリップがいる以上、アリエルに仕えないのは当然の話だった。

 その後の2人がどうなるかは……語る必要もないだろう。

 

 それが今回の顛末だ。

 そして戦いは終わり、リベラルたちは数日間の観光の後、ラノア王国へと帰還することになった。




安心安全の推敲なし。
いつも誤字報告ありがとうございます。
評価や感想もありがとうございます。やっぱり人間なので嬉しいです。

Q.『剥奪剣界』。
A.詳細については独自設定。しかしリベラルも既に扱える上に、ペルギウスの告げた欠点も修正しつつある。いずれイゾルテ辺りに伝道しようかな、なんて考えてたりする。

Q.水神レイダ。
A.ペルギウスには勝てなかった。両腕はなくなったが、弟子たちの育成に励んでいる。ダリウスに関しては、敗北した自分が悪いということで諦めた。

Q.ダリウス。
A.彼は二度と表舞台に顔を見せることはなくなった。

Q.ペルギウスつおい。
A.リベラル介入が原因で、原作よりも強く設定してます。自分なりにこんな戦い方かな、と妄想して書きました。もっと結界や召喚をバンバンに使わせたかったけど、初代甲龍王の爪術も外せないと思いこうなりました。一度の戦闘で全部出せる訳ないだろ!

Q.フィリップとギレーヌどゆこと?。
A.過去に妾にならないかと誘ったこともあるように、今回も誘って結ばれた……かも。

Q.エリス。
A.フィリップにはついていかず、勿論ルーデウスの元に行った。フィリップ生存のため、原作と同等以上にアスラ王国との結びつきは強くなってる。


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9話 『最後の試練』

前回のあらすじ。

レイダ「ペ様にフルボッコにされた」
ペルギウス「我が弱いと思ったか?」
アリエル「アスラ王になれることがほぼ確定しました」

ナナホシのお話も、ようやく終わりが見えてきました。
予定通り次話で、この章は終わりになりそうです。
でも、最後まで気を抜いちゃ駄目だぞ!


 

 

 

 アリエルをアスラ王国の王にするための戦いが終わり、リベラルたちはラノア王国へと帰還していた。

 ペルギウスはさっさと1人で帰ってしまったため、空中城塞を経由することなく移動することとなった。

 魔族であるギースを空中城塞に入れられないため、道中にある転移陣を使用することになったのである。

 

 流石に帰りは危険も少ないため、行きしなよりも全員肩の力を抜いていた。

 特にエリスは久し振りにルーデウスと旅を出来たため、非常に嬉しそうであった。

 パウロやゼニスも、その光景を微笑ましく見守っていた。

 まあ、シルフィエットやロキシーに紹介するのは緊張するだろうが、それでも彼らを見ていると安心出来るだろう。

 もし修羅場になったら、とりあえず頑張ってくれと投げやりに思うのだった。

 

「――とまあ、そんな感じでアスラ王国の問題は解決しましたよ」

 

 という顛末を、リベラルはナナホシに報告していた。

 それに対し、彼女は「ふーん」とどうでも良さげな様子である。

 

「何か反応薄いですね」

「だって、王位継承とか言われてもあんまり想像つかないし」

 

 日本からこの世界に転移してからそれなりに時間が経っているものの、ナナホシは国の揉め事に関わったことがないのだ。

 アリエルやザノバといった王位を持つものとある程度親しくなったとは言え、信頼関係まで構築されてる訳でもない。

 そんな状態でアリエルが王になるのが確定的だと伝えられても、良かったねとしか言えないだろう。

 武力的な話はもってのほかだ。

 王級だとか帝級などと言われても、サッパリである。

 オルステッドより弱いということしか分からないのだった。

 

「それに、あなたに言われた転移陣の作成に忙しかったのよ」

「完成しました?」

「まだに決まってるでしょ。あんな複雑なの簡単に作れるわけないし」

 

 日本への帰還用転移陣の作成を依頼してから約2ヶ月ほどだろうか。

 アスラ王国のいざこざに向かい、解決して帰還するまで大体それほどの帰還が経過した。

 しかし、ナナホシが作ろうとしているのは直径にして50メートル、高さ1メートルくらいある魔法陣だ。

 更に4方1メートル、高さ10センチほどの石版を10枚ずつ積み重ね、縦横に50枚ずつ並べたりする必要がある。

 それを1人で作成していくのだから、2ヶ月で完成させるのは厳しいだろう。

 残念ながらペルギウスは手伝ってくれないのだった。

 

 リベラルなら完成させられるが、それは経験や龍族特有の体力の多さ故のものだ。

 普通の女の子であるナナホシと比べるのは酷だろう。

 

「ま、仕方ないですね。私も手伝いますよ」

「助かるわ。最近はずっと寝不足だったのよ」

 

 ということで、リベラルも転移陣の作成に参加することもなった。

 彼女は過去に作成経験もあるため、当然ながらテンポよく作られていく。

 元々はナナホシがメインだったが、途中からリベラルが主導して作ることになるのだった。

 

「ふふ」

「何笑ってるのよ? 気味悪いわね」

「いえいえ、こうしてまた静香と一緒に地球に帰るための共同作業が出来るとは思わなくて」

 

 転生するまえのリベラルは、ナナホシを元の世界に戻すために転移装置を共に開発していた。

 だからこそ、こうして再び同じことを出来るのが嬉しかったのである。

 

「昔は貴女の持っていた本を元に試行錯誤してたのに、今では私が教える側ですからね」

「……そう」

 

 嬉しそうに話すリベラルだが、ナナホシは反応に困っていた。

 リベラルの知るナナホシと、今のナナホシは違うのだから仕方ないだろう。

 彼女からすれば知らない人の話をされているようなものなのだ。

 正直、そんなことを言われてもそうなのね、としか思うことが出来なかった。

 

 そんな思いに気付いたのだろうか。

 リベラルは微笑みながら言葉を続ける。

 

「こんな話をするのは私の我儘です。けど、長年の目標がもうすぐ叶いそうなので許して下さいね?」

「分かってるわよ。別に何も言ってないじゃない」

「つまらなさそうな反応をするからですよーってね」

「……謝らないわよ?」

「ふふ、構いませんよ。自己満足でもありますから」

 

 リベラルの年月と、ナナホシの年月ではズレがある。

 何十年も共に過ごした家族のような存在だと思っていても、ナナホシは数年ほど関わりのある友人程度のものだ。

 そのことに思うことはあれど、態々ここでぶつけるほど大人気なくもない。

 

「私としては、こうして顔を合わせられるだけでも十分すぎるほどなので」

「……そのうち私を襲ったりしないわよね? 私、そっちの気はないわよ?」

「…………」

「ちょっと、何よその沈黙は」

 

 あまりの激重感情につい気になったことを口にしたナナホシだが、それが失敗だったことを悟る。

 高校にいたメンヘラの友人のことを思い出し、彼女はドン引きしてしまうのだった。

 

「……まあ、私は純愛好きなので無理矢理はしませんよ」

 

 などと、リベラルは過去の記憶をなかったことにしてそのようなことをのたまう。

 当然ながら、ナナホシはそれを信用せず。

 というより、そっちの気があると言ってるようなものだったので、そそくさと距離を取るのだった。

 

「何で近付くのよ。離れてても出来るでしょ」

「いや、深い意味はないんですって! ただ静香が困ってたらすぐにアドバイス出来るようにって思ってただけです!」

「信用出来ないわよ」

「そこを何とか!」

 

 なんてやり取りをしていると、入口の扉が開かれるのだった。

 そこから現れるのは、白をベースにした豪華な衣装に身を包んだ、銀髪の男。

 この空中城塞の主、ペルギウスだ。

 

 

「随分と騒がしい様子だな、リベラルよ」

 

 

 ズカズカと入ってきた彼は、近くにあった席へと座る。

 そして、リベラルへと視線を向けるのだった。

 

「今日は何を持ってきたのだ?」

「…………」

「何故黙っている? 持ってきてるのだろう? 異世界の食事を」

「持って来てる訳ないでしょ」

「なん、だとっ……!?」

「毎回毎回ご飯をたかりにきて、貴方はまるで乞食のようですね」

「――っ!!」

 

 怒りに震えていたペルギウスだったが、リベラルの言ってることも事実。

 毎回リベラルが来るたびに、ご飯を求めて現れていたのだ。

 ぷるぷる体を震わせながら、彼は無言で立ち上がり去っていくのだった。

 

「ふん、百合の間に挟まろうとする男は馬に蹴られてくたばればいいんです」

「ねえ、私をあなたの同類にしないでくれる?」

 

 そんなやり取りをしつつ。

 数週間後、2人は地球への転移装置を完成させるのだった。

 

 

――――

 

 

 ナナホシの転移装置の完成は、色々な人たちに報告された。

 ルーデウス、ザノバ、クリフは作成に協力していたため、特に喜んでいる様子だった。

 最近は全員忙しいため、手伝うことが出来なかった。

 ルーデウスはアスラ王国の問題を。ザノバはシーローン王国の問題を。クリフは生まれてきた子どものお世話を。

 どれもこれも彼らにとって大切なことだったため、ナナホシは文句なんてなかった。

 むしろ、今まで手伝ってくれたことを感謝していた。

 

 本来の歴史通り、装置は空中城塞の地下15階のエントランスホールにあった。

 そこへと案内された彼らは、異世界転移装置を見てそれぞれの感想を溢す。

 

「ほう、これは……素晴らしいとしか言えませんな」

「くっ、そんな……僕だってこれくらい……!」

 

 ザノバはともかく、クリフは何故か悔しがっていたが、異世界転移装置の完成度の高さには舌を巻いてる様子だ。

 呪いを軽減するヘルメットを被ったオルステッドも近くにおり、表情は見えないが感嘆してるようだった。

 

「素晴らしい出来だろう」

 

 ペルギウスはやけに嬉しそうである。

 リベラルも手出ししているとは言え、ナナホシに召喚や転移の術を教えたのは彼なのだ。

 己の弟子が作ったのだから、胸を張るのも当然だろう。

 それに、リベラルも元は未来のナナホシが持っていた知識を活用してるのだ。

 結局、この装置はナナホシがいなければ完成されなかったのである。

 

「オルステッド。ついに……まだ、完璧ではないかもしれませんが、帰還用の魔法陣が、完成しました」

「やったな」

 

 オルステッドは端的な言葉を1つ残した。

 それでも何故か、暖かさを感じる言葉だった。

 それに対し、ナナホシは満面の笑みで答える。

 

「はい……はい!」

 

 ナナホシはこの世界に転移し、最初に出逢ったのがオルステッドだった。

 言葉も通じず、過酷な環境に身を置くことになった彼女を守ってきたのは彼なのだ。

 今までのループになかった出来事だったため、観察のために保護しただけなのかも知れない。

 それでも、守られてきた事実に変わりないのだ。

 

 特に、オルステッドにとっては途中からそのような打算もなくなっていただろう。

 何せ、自身の呪いの影響を一切受けない人間だったのだから。

 孤独であることの辛さは、リベラルも知っている。

 久し振りに他者とのまともな交流を与えたことは、きっとオルステッドの救いになっていた筈だ。

 

 祝福する彼の姿は、やはり暖かった。

 

「ルーデウス。今日は来てくれてありがとう」

「いや、むしろ今まで手伝うことが出来ずすまん」

「いいのよ。あなたは私と違って、この世界で本気で生きてるんだから」

 

 この世界で生きることを決めたルーデウスと、元の世界に戻ることを決めたナナホシ。

 決定的な違いはあれど、互いの意思は尊重していた。

 ルーデウスは己以外の転生者や転移者の存在に恐怖していた時期もあったが、今ではそのようなこともない。

 むしろ、同郷としてナナホシのことを頼もしく思っていたし、放っておけないとも思っていた。

 何だかんだで、故郷の話を共有出来る存在というのは嬉しいものなのだ。

 

 ナナホシもナナホシで、故郷の話をするのは嬉しかった。

 オルステッドやリベラルとはまた違う安心感だ。

 リベラルに関しても、どうにも平行世界と思わしき場所であり、本当の意味で共有することが出来なかった。

 最も心を開いていたのは、ルーデウスに対してだったかも知れない。

 彼と話す時のナナホシは、いつも嬉しそうだった。

 

「遅れたけど、その、お子さん、おめでとう」

「ありがとうございます」

「……ルーデウスを見てると、時おり置いて行かれたかのような思いになったわ。私は歳を取らないのに、あなたはいつの間にか大きくなってるし」

「…………」

「気付いたら家族が出来てて、子どもも生まれて……。その間、私はずっと帰ることだけを考えて何も変わってない」

 

 その言葉に、ルーデウスは何も言わなかった。

 下手な慰めは、余計に傷付けることになるだろう。

 こればかりは、誰にも心境を理解出来る者がいなかった。

 

「……ねえ、ルーデウス」

「はい」

「私、変われるかな」

 

 ポツリと溢れ出した言葉は、更に続けられる。

 

「まだ好きな人にも告白出来てないし、勉強だってたまに分からないこともある。あなたのように結婚とかして、子どもを作って、なんて考えたこともあるわ」

 

「でも、ふと昔の私と、今の私は一体何が違うんだろう、って思うのよ」

 

「姿は変わらないし、やっていることも変わらない」

 

「だから、不安になるのよ」

 

「元の世界に戻って、私はちゃんとやれるんだろうか、って」

 

 ナナホシの不安は、至極単純なものだった。

 成長する周りを見て、そう感じてしまったのだ。

 元の世界に帰ったとき、もしかしたら時間がかなり進んでるかも知れないし、逆に変わってないのかもしれない。

 けれど、ナナホシはこの世界で過ごした時間は確かなのだ。

 周りが大人になっていれば、その中に混じれるかも分からない。

 変わってなくても、ここで過ごした年月が足枷となる。

 帰ることが望みだが、それでも怖かったのだ。

 

「…………」

 

 不安そうなナナホシ。

 それに対し、ルーデウスはフッと笑う。

 

 

「変われるよ――俺でも変われたんだから」

 

 

 ルーデウスは今でこそ家族に囲まれ立派となっているが、昔は。否、転生する前はそんなこともなかった。

 引きこもりニートとして穀潰し生活を送り、親の葬式にも顔を出さないクズだ。

 転生してからも、最初は美少女ハーレムを作るぞ、なんて思ってクズな思考にとらわれていた。

 転移事件前までは、自分でも酷かったと思うほどだ。

 それでも、今はこうして父親になることが出来た。

 大学も卒業して、愛しい嫁に囲まれ、とても充実した生活を送っている。

 

 昔では考えられなかったほど、今のルーデウスは変わった。

 

「知ってるだろナナホシ。俺のことを」

「…………フフ、それもそうね。愚問だったわ」

 

 これほど説得力のある言葉もないだろう。

 暴走するトラックがやって来た時にいたルーデウスの姿は、今とは似つかわしくない小汚いデブのオッサンである。

 文字通り生まれ変わりでもしなければ、ここまでカッコよくはなれないだろう。

 ナナホシは小さく笑うのだった。

 

「帰ったら、やりたいことをやればいいさ」

「やりたいこと?」

「たくさんあるだろ」

 

 そう言われれば、彼の言う通り色々と湧き出してくるのだった。

 

「そうね……最初は、やっぱりお父さんとお母さんに会いたい。そして秋刀魚を食べるの」

「そうだな。家族は大切だからな。失ってからじゃ……遅いからな」

「友達にも会いたいわね。何だかんだで、楽しかったし」

「ああ、友達は良いよな。俺もザノバとクリフに出会えたことが幸福だったよ」

「好きな人もいるから、その、ちょっと付き合ったりもしたいわ」

「恋人が出来たら世界が変わるぞ。毎日が楽しくなる。シルフィも、ロキシーも、エリスも。俺にはもったいないくらいさ。毎日エッチなことも出来るし」

「……えっちなことは置いといて。でも、まあ、キスくらいはしたいわね」

「そりゃそうだろうな」

 

 なんてことを、2人は話すのだ。

 どれもこれも、多くの人が経験する普通なことである。

 その普通なことを、ナナホシは今までずっと出来なかったのだ。

 帰ることが出来たら、存分に楽しめばいいだろう。

 

「……ありがとうルーデウス」

「どういたしまして」

 

 同郷にしか交わせない暖かさがそこにあった。

 ナナホシはそれを心地良く思いながら、未来のことを馳せるのだった。

 

 と、会話が終わったタイミングで、ペルギウスがリベラルへと顔を向けて口を開く。

 

「リベラルよ。そろそろ我らに答えを教えてもらおうか」

「答えですか」

「そうだ。貴様は言っていただろう。ナナホシの転移が失敗してしまう理由を」

 

 その言葉に、全員の視線がリベラルへと向けられる。

 既にこの場にいる者たちには説明済みだが、ナナホシはタイムパラドックスが原因で、元の世界に帰ることが出来ないと考察していた。

 少なくとも、転移装置の不備ではないことは分かっている。

 

 未来で起きた歪みによって過去に生まれたルーデウス。ルーデウスのもたらした歪みによって転移したナナホシ。ナナホシの失敗によって誕生したリベラル。

 ここまで条件が揃えば、未来に原因があることは分かるだろう。

 そこから導き出した答えが、『未来にナナホシがいるから、元の世界に帰れない』である。

 未来が確定している、なんてことはペルギウスも否定していたが、それでも何か反論することは出来なかった。

 ループをしているオルステッドも、何も言わなかった。

 

 だからこそ、ナナホシは元の世界に帰れないと、そう思われていた。

 

 

「……私がすることは、至極単純です」

 

 

 リベラルはナナホシの元へと歩み寄って行く。

 

 

「誰にでも出来ることであり、けれどとても難かしいことです」

 

 

 彼女の傍に辿りついたリベラルは、そのままナナホシの腕を取った。

 

 

「ただ、約束をするんです」

 

 

 そして、2人は指切りをする。

 

 

「もしも未来に静香がいるのならば、その未来を変える必要はありません」

 

「未来で何かすることを定められていても、その未来を変える必要はありません」

 

「結果を変える必要はないんです」

 

「過程を変えるんです」

 

「未来に貴女がいるのならば、私がまた呼びましょう」

 

「未来で何かする必要があるのならば、共にしましょう」

 

「だから、約束して下さい」

 

 

「元の世界に帰っても――また、会いましょう」

 

 

 これが、リベラルの出した答えだった。

 つまりは、エル・プサイ・コングルゥ。

 未来が……運命が定められているのならば、世界を騙せばいい。

 実際に騙す必要はないが、似たようなものだ。

 

 ナナホシの帰還に必要なのは、確約だった。

 元の世界に帰っても、未来で再び出会うこと。

 そうすれば、『ナナホシが未来にいる』という矛盾はなくなる。

 矛盾さえなくなれば、タイムパラドックスは起きず帰ることが出来るのだ。

 

 ただし、それは強い意思がなくては出来ない。

 

 世界を隔てて、再会の約束を交わすのだ。

 互いに再び会おうという気持ちがなければ、きっと会うことが出来ないだろう。

 時間が経過すれば、想いや記憶というのは薄れていく。

 だからこそ誰にでも出来ることであり、けれどとても難しいことなのだ。

 約束を交わしても、それを果たせるかは別問題である。

 

 けれど、五千年もの前の約束を果たさんとするリベラルなら、それも可能だろう。

 彼女ならば、きっと忘れることなく実現させる。

 

「忘れないで下さい静香。私は執念深いですからね?」

「……当たり前よ。ここで過ごした日々を、私は忘れない」

「なら、良かったです。安心して送り出せます」

 

 そうして、交わされた指切りは離れる。

 リベラルは最初からずっとナナホシのために動いていた。

 約束に対し、不安など何もなかった。

 後は、帰るだけである。

 

 そして、異世界転移装置の最後の準備に取り掛かるのだった。

 

 

――――

 

 

 最後の準備が完了した後、ナナホシは世話になった人たちへと挨拶まわりをしていった。

 そして最後にルーデウスの家へと行き、お風呂を借りて行くのだった。

 空中城塞にあるお風呂は豪華すぎるため、庶民のナナホシには少し合わなかったのだろう。

 ルーデウス宅のお風呂が、一番好きな様子だった。

 

 リベラルもお風呂へと乱入しに行ったのだが、断られてしまい撃沈。

 何とか入ろうとしたが、ルーデウスやエリスによって阻止されるのだった。

 エリス曰く、何か気持ち悪い、とのことである。

 ボレアスの血を引く彼女にそこまで言わせるのはかなりのものだろう。

 泣く泣くルーデウスと入ろうとしたが、それはシルフィエットとロキシーに阻止されるのだった。

 

 ルーデウスの家で、ナナホシとリベラルは寝泊まりした。

 途中までは枕投げなどしてふざけていたが、最後の方は真面目な話も行う。

 本来の歴史通り、ルーデウスはナナホシのために手紙などを用意する。

 地球のどこに転移されるか分からない以上、備えはいくらあっても困らないだろう。

 もちろんリベラルも用意した。

 彼女も手紙を用意し、それとは別に転移魔術に関する本を渡すのだった。

 仮に別の平行世界だったとしても、どうにか出来るようにと思ってである。

 転生前のリベラルのように、協力者を探してもいいだろう。

 

「本当に、何からなにまで、ありがとうございます」

 

 涙ぐみながら、彼女は2人に感謝するのだった。

 そして、ナナホシの帰る日がやって来る。

 

 転移魔法陣の間に現れたのは、ルーデウスとリベラル、そしてペルギウスと下僕達のみだった。

 見送りがないのは、ナナホシの希望である。

 彼女は魔法陣の中心へと向かい、そこに立つのだった。

 大きなリュックを背負った旅装姿で、皆の方を向いて立っている。

 あのリュックの中には、考えられるあらゆる事態を想定して、色んなものが詰め込まれていた。

 リベラルとルーデウスの旅の経験を活かし、必要であろうものを必要最低限用意したのだ。

 

「…………」

 

 言葉は無い。

 言葉は、十分に交わした。

 もう必要ないのだ。

 

「ルーデウス! リベラル! 準備はいいか!」

「私はバッチリですよ」

「こっちもオッケーです」

「ナナホシ、いいな!」

 

 ナナホシがペルギウスに向かい、頷いた。

 

「はい、ペルギウス様、今まで、お世話になりました!」

「礼は必要ない。我も、面白い術式を学ばせてもらった」

 

 ペルギウスとナナホシの別れも、それだけだった。

 二人はすぐに視線を外す。

 そして、ペルギウスは下僕へと目配せをした。

 

「では、始める」

 

 ペルギウスの言葉で、転移装置が起動する。

 魔法陣の端がポウッと光り出し、ナナホシ以外の全員から魔力が吸い取られていく。

 魔力が供給されるのに呼応するように、魔法陣が輝きを増していく。

 青に、緑に、白にと色を変えつつ、魔法陣が光を放つ。

 

 ――ここが分岐点だ。

 

 本来の歴史のナナホシは、ここで転移に失敗した。

 そうして抜け殻となった片割れのナナホシが、転生前のリベラルの元に現れたのだ。

 フラッシュバックするのは、彼女の最期の姿。

 全てに絶望し、生気をなくした顔だ。

 ナナホシを救うために、ここまでやって来た。

 失敗は許されない。許せる訳がない。

 もう二度とあんな思いをさせないと、リベラルは更に魔力を込めていく。

 

 

 そして、

 眩い光が辺りを覆い尽くし、

 ナナホシの姿は消えた。

 

 

「どうだ?」

「……成功です」

 

 事前に設定しておいた魔力の残滓を辿り、転移陣のアーチが成功を告げる。

 転移場所も設定通りの場所になっていた。

 

 七星静香はこの世界から消え去り――元の世界へと帰ったのだった。

 

「……これで、終わりですか」

「そうですね。そして、始まりでもあります」

 

 ポツリと溢したルーデウスの言葉に、リベラルが感慨深く呟く。

 彼女にとっては、ここから新たな約束の始まりなのだ。

 元の世界に返すという約束は、無事に果たした。

 だから、次は。

 

 リベラルは交わした約束を思い出す。

 

(……静香、忘れないで下さいね。また会いましょう)

 

 その日まで、リベラルは進み続ける。

 どんな苦難も、乗り越えてみせよう。

 そう、決心するのだった。

 

 

 

 

 けれど――誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 ペルギウスも、その下僕も。ルーデウスも。オルステッドも。そしてリベラルも。

 誰も、その()()に気付けなかった。

 

 本来の歴史で起きた、ナナホシの帰還の失敗。

 その結果として、リベラルが誕生した。

 リベラルは転移事件が起きるまでその存在が確定しておらず、未来がないのに生きている不思議な存在だったのだ。

 では、ナナホシはどうだろうか。

 

 彼女も、不思議な存在だった。

 遠い未来で起きた、過去改変。

 その影響として誕生したのがナナホシ。

 未来の影響で、彼女は現れた。

 

 ナナホシとリベラル。

 そう、2人の存在は似ているのだ。

 共に未来の影響によって生じた存在。

 

 だからこそ、この世界ではそれが足枷となった。

 僅かな影響でしかなかったが……()()は歪さを見逃さなかったのである。

 

 皆が、ナナホシは無事に帰れたと信じていた。

 けれど、そうではない。

 

 

 ――七星静香に最後の試練が待ち受けていることを、誰も知らなかった。

 

 

――――

 

 

 真っ白な空間。

 どこを見ても、その景色は変わらない。

 ここは、どこだろうか。

 私は……帰れなかったのだろうか?

 そう思っていると、ふと声が響く。

 

 

「……本当に、偶然だったよ」

 

 

 そいつは、のっぺりとした白い顔だった。

 しかし、モザイクが掛かっているかのように、その顔を記憶することが出来ない。

 私はその存在を伝え聞いている。

 

 ――ヒトガミだ。

 

 

「……そう、偶然さ。前例がなければ、ボクは君に気付けなかったよ」

 

 

 悪意を感じさせる声。

 私はその声に、恐怖を感じる。

 一刻も早くここから逃げなければ。

 けど、どこに逃げればいいの?

 

 

「リベラルだよ。アイツも最初は見えなかった。どうしてか分からなかったよ。けど、アイツのお陰で、こうして君の存在を認知出来たんだ」

 

 

 怖い。

 私は、私は帰れないのだろうか。

 ここまで来て、帰れない……?

 

 

「異世界転移……凄いね。ボクもそのうち君の世界に行ってみたいものだよ」

 

 

 嫌だ。

 私は帰るんだ。

 ルーデウスにも言った。

 お父さんとお母さんと会うって。

 友達と仲良くするって。

 好きな人とキスとかするんだって。

 

 リベラルと約束したんだ。

 また会おうって。

 

 

「でも、お陰様で君を引き寄せることが出来た。仕方ないとは言え、無の世界を通って来たのは失敗だったねぇ?」

 

 

 身体を動かせない。

 ヒトガミの声だけが、私の中に響き渡る。

 のっぺりした顔が、段々と近付いてくる。

 

 

「元の世界に帰る君を殺したところで、何の意味もない。けど、これは嫌がらせさ」

 

 

 ふざ、けるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!

 そんな、そんなことで!

 私は帰るんだ。

 そう約束したんだ!

 

 

「大丈夫、君は帰れるさ――死体の姿で両親の元に届けてあげるから、安心しなよ」

 

 

 そして――私の胸を腕が貫く。

 

 

 不思議と痛みはなかった。

 けれど息が苦しい。

 意識が遠のいていく。

 暑いのに、寒い。

 

 死ぬ。

 やだ、やだよ。

 死にたくない。

 こんな訳の分からないところで、死にたくないよ。

 後もうちょっとだったのに。

 お父さん、お母さん。

 アキ。

 ペルギウス、オルステッド。

 ルーデウス。

 リベラル。

 

 誰か。

 誰か助けて。

 苦しいよ……。

 

 そして――ナナホシの世界は闇に落ちた。







「ビタを倒して、剣神も北神も撃退して、そしてアリエルをアスラ王国の王にして」

「勝ったって思ったんでしょ?」

「これ以上何も出来ないって、そう思ってたんだろ?」

「だから、嫌がらせしてあげるよ」

「ボクのことを忘れられないようにしてあげる」


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10話 『約束』

前回のあらすじ。

リベラル「また会いましょう」
ナナホシ「あなたのことは忘れない」
ヒトガミ「その約束は果たされないよ。だって、ナナホシはボクが殺したからねぇ?」

今回の話で九章は終了です。次章で終章となります。
もう少しだけお付き合いして頂けると幸いです。


 

 

 

「――……ん……」

 

 ポツポツと、冷たい雨が降りしきる。

 アスファルトの地面は冷たく、そして酷く硬かった。

 

 気付いた時、ナナホシは雨の中地べたに倒れていた。

 酷く痛む身体を起こしながら、彼女は辺りを見回す。

 どこか見覚えのあるような、住宅街の真ん中だった。

 

「ここ、は……」

 

 そこは、知っている場所だった。

 記憶の奥底に、ちゃんと刻まれている。

 通学路だ。

 高校へと向かう、通学路の途中だった。

 

「…………夢、だったの?」

 

 思い返すは、異世界転移後の景色。

 どこまでも真っ白な空間で、ナナホシはヒトガミと遭遇した。

 身体を動かすことも出来ず、嫌がらせと称してその身を貫かれたのた。

 

 けれど、今の自分は無事だ。

 体の節々は痛いが、外傷がある訳でもない。

 転移装置の上に立っていた時の旅装束に、リュックサック。

 どれもヒトガミと遭遇する前の姿だ。

 

 もしかして、リュックの中に危機を回避出来るものがあったのではないかと、中身を拝見する。

 

「…………」

 

 中身にあったスクロールや魔道具は、どれも破壊されていた。

 怪我をしたときのためのスクロール、悪人から逃げるための道具、追い払うための武器。

 この壊れ方は、使われる前のものだ。効果を発揮することなく、壊れている。

 ヒトガミは魔道具で危機を逃れることを考慮し、先に対策を立てていたらしい。

 

 だったら、どうして私は無事なのだろうか。

 ナナホシの頭の中は、その疑問で埋め尽くされる。

 

「……もしかして、今見てるこの景色が、夢なの……?」

 

 思い返せば、こんな住宅街のど真ん中に転移してることもおかしいのだ。

 異世界転移装置の設定では、転移先は海抜10メートルから30メートル以内の陸地となっていた。

 それが安全に転送するための限界だったからだ。

 故に、今この場所にナナホシがいること事態がありえないことだった。

 

 だからこそ、住宅街の……。

 ましてや通学路の途中に転移するなんて、都合が良すぎるのだ。

 この世界が、信じられなかった。

 

「…………」

 

 無言で、雨道を歩いて行く。

 ずぶ濡れになるが、もはやそんなことなど気にもならない。

 どこも記憶にある風景と一致していた。

 もうすぐで家に辿り着く。

 けれど、帰るのが怖くなった。

 

 ここが夢だったらどうしようと。

 家の中に足を踏み入れた瞬間、またあの真っ白な空間で目を覚ましたらどうしようと。

 そんな恐怖に足を取られ、前に動かせなくなってしまう。

 

「……私の、家」

 

 それでも、何とか辿り着いた。

 やはり、そこは記憶と同じだった。

 表札も『七星』と記されている。

 間違いなく、自分の家だった。

 

「……ただ、いま」

 

 意を決して、ナナホシは扉を開く。

 けれど、夢は醒めない。

 代わりに、懐かしい匂いが鼻腔を刺激するのだった。

 壁に飾られた写真、並べられた靴。奥に見える廊下と階段。秒針のない時計。

 どれもナナホシの記憶と一致している。

 ここは、間違いなく自分の家だった。

 

「――おかえり静香。今日は早いわね?」

 

 奥の居間から、母親の声が響く。

 ひどく懐かしい声だった。

 けれど返事がないことを不審に思ったのか、奥から顔を覗かせるのだった。

 

「ちょっとどうしたのよその格好? 傘も差さず……何があったの?」

 

 心配そうにする母親。

 そしてその姿は、今まで張り詰めていたナナホシの恐怖を振り払うには、十分だった。

 安心した彼女は、知らず知らずの内に涙を溢す。

 

「お、母さん……?」

「なになに? どうしたの?」

「お母さん、お母さん……!」

 

 気付けば、ナナホシは泣きながら母親に抱き着いていた。

 ずっとずっと、帰りたかったのだ。

 会いたかったのだ。

 その声を、温もりも感じたかった。

 これは間違いなく夢じゃなかった。

 この世界は、妄想ではなく現実だった。

 

 七星静香は――無事に元の世界に帰ることが出来ていたのだ。

 

 どうしてかは、今は分からない。

 だけど、今はその事実だけで十分だった。

 

 泣きはらしていたナナホシは母親はなだめられつつ、十数年振りに家族との再会を果たすのだった。

 

 

――――

 

 

 お風呂に入って、秋刀魚のご飯を食べて、父親とも再会して、自分の部屋のベッドで眠って。

 しばらくして落ち着いたナナホシは、現状の把握に努めることにした。

 

 ここは間違いなく、夢ではない。

 魔道具やスクロールが破壊されていたことからも、ヒトガミと遭遇したことも夢ではなかった。

 

 どうして自分が生きているのか。

 どうして無事に帰れていたのか。

 それらについては何も分からない。

 だけど、分かったこともある。

 

「アキ……ルーデウス……」

 

 テレビを点けた時、ニュースが流れていたのだ。

 トラックに轢かれて死亡した男性と、神隠しのように行方不明となった好きな人。

 何とか轢かれずに済んだ黒木誠司から連絡はあったが、流石に事実をありのまま伝えるのは避け、誤魔化すことにした。

 

 そして、ナナホシは自分の戻って来た日時が、異世界転移をした日であったことを理解するのだった。

 

「…………」

 

 どこか夢のような感覚だった。

 その日に帰って来てしまったせいだろうか。

 異世界にいたというのも、自分でも信じられない気持ちになりつつある。

 実は全て妄想だったと言われた方が、信憑性もあるだろう。

 だけど、持ち帰った荷物がその思考を否定する。

 

 ふと、リュックサックの中身を整理することにした。

 

 中から出てくるのは、壊れた魔道具とスクロールだ。

 飲み物や食べ物、小さなテントや防寒具。

 今にして思えば、よくこれほどの量を運んだものだと自画自賛する。

 そして更に奥から出てくるのは、いくつかの手紙と転移に関する本だ。

 

 分厚く束になっている手紙は、ルーデウスからのものである。

 彼はナナホシが元の世界に戻ったとしても、時間が経過していたり、頼るアテがなかった時のために、前世の家族に一言添える手紙を渡していたのだ。

 それとは別に、前世の家族に渡して欲しいという手紙もあった。

 これに関しては、勝手に中身を拝見するのも悪いだろう。

 ルーデウスの前世の名前を確認したナナホシは、それを大切に仕舞うのだった。

 

 必ず、彼の家族に届けよう。

 そう決意するのだった。

 

 そしてもうひとつは、リベラルからの手紙だ。

 何枚かあり、こちらも別の世界に行ってしまってたり、頼るアテがない時のための手紙が挟まれていた。

 これらに関しては、使う必要のない手紙だろう。

 捨てるのはちょっとアレなので、こちらは机の中に仕舞うことにした。

 

「…………リベラル」

 

 残りの手紙は、全てナナホシ宛のものだった。

 転移する前に話すことは全て話したと思ったが、どうやらまだまだ伝え残したことがあるらしい。

 手紙の多さが、それを物語っていた。

 正直、量が多いので読むのが億劫というのが本音だ。

 流石にそれは可哀想なので読むが、くだらない内容だったら再会した時に文句を言ってやろう、なんて思うのだった。

 

 そうして、手紙を取り出し中身を読むことにした。

 

 

『七星静香へ。

 

 この手紙を読んでいるということは、無事に元の世界へと帰れたのでしょうか。

 もしも帰れてなかったり、知らない世界に飛ばされているのならば、私が渡した転移に関する本の196頁を開いて下さい。

 

 そこに記載されたものを作ることが出来れば、私たちが作った異世界転移装置のアーチに合図が出ます。

 合図を確認すれば、こちら側からも静香を呼び戻す準備をしましょう。

 ちゃんと備えはしてますから、安心して下さい。

 褒めてくれてもいいんですよ?

 

 でも、日本から遠く離れたどこかの海外や、危険な場所に飛ばされている可能性もあるでしょう。

 むしろ、その可能性の方が高いと思います。

 身の危険を感じた時は、リュックに入れた魔道具を活用して下さいね。

 使い方は、分かりますよね? 分からなければ、382頁に書いておいたので、そちらを見ておいて下さい。

 

 まあ、静香はオルステッド様と共に色んな地を踏破したんです。

 今更地球の動物や悪人に恐れを抱く必要もないでしょう。

 どう考えてもこっちの世界の魔物の方が恐ろしいですし。

 静香なら軽くあしらえるでしょ(笑)。

 一応伝えておきますが、魔道具はそちらの世界では未知の道具です。

 要らぬ騒ぎを起こしたくないなら、無事に帰れた際に燃えるゴミに捨てておくことをオススメします。

 

 そんな冗談はさておき。

 

 ……私が一番危惧していたのは、静香がそちらの世界に戻った際に、トラックに轢かれるんじゃないか? ということでした。

 転移場所の設定はしていましたが、それでもこちらの世界にやって来る瞬間に戻される危険性もありました。

 ルーデウスが轢かれ、貴女と篠原くんが異世界にやって来たであろう、あの瞬間です。

 

 だから、私はあらかじめ静香に指輪を渡したと思います。

 覚えてますか?

 私が、貴女に過去のことを話した際に渡した指輪のことを』

 

 

 その文章を読み、ナナホシは反射的に右手を見る。

 結婚して下さい、などという戯言を言いつつ、確かにその指輪を渡された。

 そして嵌め込んだ指輪は、まるで肌に溶け込むかのように消失したのだ。

 

 

『あの指輪は、私の最高傑作です。

 時空間を研究していたからこそ、作り出せたのだろうと自負してます。

 

 効果についてですが、以前にも言ったと思います。

 まあ、かなり前の話ですし、きっと忘れてるでしょう。

 なので、もう一度お伝えします。

 

 端的に言えば、装着してる人物の時間を巻き戻します。

 トリガーは、その人物が死んだ時です。

 つまり、一回死んでも蘇るってことですね。

 超驚きでしょう。

 今の静香はキリストになれる訳です。

 

 攻撃を防ぐとか、身代わりになるとかじゃなく、死んでから発動するので注意が必要です。

 なので、トラックに轢かれていても無事だと思います。

 でも、一度きりしか効果はないので、何度も試そうとしないで下さいね?

 普通に死にますので。

 

 なのでまあ、その指輪が使われてないのなら、幸いです。

 静香が危険な目に遭うことなく無事に帰れたということですからね。

 注意点としては、病気とか慢性的に身体が蝕まれた際には効果がないということです。

 復活しても病気が治るとかそういう訳じゃないので、病気になった際は素直に病院に行って下さい。

 

 とりあえず、渡した指輪についてはそれくらいですね』

 

 

「……何からなにまで、私、返しきれないわよ……リベラル」

 

 やはり、夢ではなかった。

 静香は右手を見つめながら、リベラルとのことを強く思い馳せる。

 渡された指輪は、確かにその役目を果たした。

 

 異世界転移装置を使ったあの時、ナナホシは無の世界に引きずり込まれた。

 そこでヒトガミと遭遇したのは、現実だったのだ。

 そして、無惨に殺されてしまった。

 ナナホシは、実際に死んだのだ。

 だからこそ、ヒトガミは気付けなかった。

 死んだけれど、復活したのである。

 

 ――リベラルが保険として渡していた指輪によって。

 

 想定していた訳ではないだろう。

 ヒトガミが現れるなんて、誰も想像しなかった筈だ。

 だからこそ、ナナホシはヒトガミの攻撃を受けてしまったのである。

 けど、それでも対策はなされていた。

 それも転移する直前にではない。

 ナナホシと再会したその日から、ずっと彼女のことを思い、危険から遠ざけるために施されていたのだ。

 リベラルは、最初からナナホシのことを考えて行動し続けていた。

 

 感謝しても、感謝しきれないだろう。

 これほどまでに思われていたことに、ナナホシはギュッと胸が熱くなる思いにとらわれた。

 

「分かっているけど、どうして私のために、そこまで出来るのよ……」

 

 そんなことを言っても意味がないことは分かっている。

 それでもそう思わずにはいられなかった。

 ナナホシは、リベラルの知るナナホシとは違うのだ。

 以前に説明もされた。

 だけど、それでも納得出来なかった。

 ただ同じ姿をしてるだけの自分のために、どうしてそこまでしてくれるのだろうと。

 リベラルのことなんて、まだそこまで知りもしないのだ。

 少なくとも、ナナホシの主観では深い関係ではなかった。

 

「ねえ、リベラル……教えてよ。私は、あなたの知る私じゃないのに……どうしてここまで尽くしてくれたのよ……」

 

 どうして、ここまで強い意思を持てるのだろうか。

 どうして、死ぬまで約束を果たそうとしてくれたのか。

 どうして、五千年近い歳月を待ち続けることが出来たのか。

 何一つ分からない。

 今すぐ会って聞きたかった。

 それが叶わぬ思いだと分かっていても。

 

「……手紙。もしかして、これに全部書いてるの? 話す機会を避けて、態々手紙を書いたんだから」

 

 だから、答えを求めてしまう。

 例え期待していた内容と違っても、目を離さず読まなくてはならないのだろう。

 それが、今のナナホシに返せる恩返しだった。

 

 視線を次の手紙へと向け、彼女は続きへと目を通した――。

 

 

――――

 

 

『さて、ここからの内容は、個人的なものです。

 帰れなかったり、分からないことがあるのならば、他の手紙を参照して下さい。

 

 ……今更ですが改めて手紙にするのは、何か気恥ずかしく感じますね。

 書いた文章を私が目を通してしまうので、そう感じてしまうのでしょう。

 そもそも何で手紙? とか、会話した時に伝えれば良かったじゃん、なんて思ってるかもしれません。

 面と向かって伝えるには、ちょっと大変というか……かなり勇気が必要な内容だったんです。

 

 だから、これから貴女が読むものは私が勝手にしたことであり、私が勝手に思ったことになります。

 決して静香は何も悪くないので、気を悪くすることがなければ幸いです』

 

 

 そんな前置きを記し、リベラルの手紙は更に続く。

 

 

『静香と出逢ったのは、私の前世の話です。

 お伝えしたように、何十年もの間一緒に暮らし、元の世界に帰すための協力をしていました。

 打算もありましたけど、それでも凄く楽しい日々でしたよ。

 

 親友。

 

 その言葉が一番適切なんでしょうね。

 だからこそ、願いを叶えてあげたかった。

 まあ……失敗してしまったんですけどね。

 

 静香の亡骸を前に、私は約束を果たせなかったことを嘆きました。

 嘆いて嘆いて……そして、それでも諦めきれなかった私は、過去転移を実行しました。

 その結果、不思議なことに五千年近く前に転生したんです。

 

 当初の私は、静香との約束を果たすために行動しようとしてました。

 けどまあ、運が良いのか悪いのか……転生したらラプラスの娘だった件について、みたいな感じになったんですよ。

 そこで、私はヒトガミを倒すって誓いを立てました。

 

 そこから何十年、何百年、何千年と過ごしました。

 でもね、ふと思うことがあったんですよ。

 

 ――何で私は静香との約束を果たそうとしてるんだろう……って。

 

 馬鹿な話ですよね? 自分で選んだことなのに。

 でも、ただの人間だった私には、ここまでの時間はあまりにも長過ぎた。

 だって五千年ですよ? 20世紀の倍以上の長さなんて想像できますか? 出来ませんよね?

 

 それでも私は、その約束を捨てることが出来なかった。

 なんせ、そのために人生を一度捨てたんですから。

 途中で諦めるなんて、それこそ出来なかったんですよ。

 私は静香との約束を果たすために、前に歩み続けるしかなかった。

 

 ヒトガミを倒すための機会もありましたけど、それを手放したりしました。

 ラプラス戦役ではそれが顕著ですね。

 貴女との約束と、ヒトガミを倒すという誓いを両立出来ないタイミングがあったんです。

 

 正直、何してるんだろうって。

 静香と約束なんてしなければよかったって。

 何で私は、こんなに苦労してまで約束を律儀に守ろうとしてるんだって。

 時間と失敗を重ねる毎に、その思いは何度も渦巻きました。

 

 後悔もしました。

 恨みもしました。

 怒りもしました。

 

 全てを投げ出してやろうって、そんなことを思ったりもしました。

 自分勝手ですよね? 私もそう思います。

 それほどまでに、苦しかったんです。

 でも、その度に頭の中を過ぎた。

 

 貴女と過ごした日々が。

 静香の笑った顔、怒った顔、悲しんでる顔、泣いてる顔。そして、絶望した顔。

 もう二度とあんな想いをさせないと、そう奮い立つことが出来ました。

 

 静香と会った時、私ってかなり情緒不安でしたよね?

 私の自分勝手な思いが原因だったんです。

 なので、それに関しては本当に申し訳ないと思ってます。

 貴女を不安や不快にさせるつもりはなかったんです。

 

 ……話が逸れましたね。

 とにかく、私は静香のことが大好きだったんです。

 貴女と過ごした日々が、私の宝物だった。

 私にとって、貴女が全てだったんです。

 

 貴女は私の知る静香とは違うって思ってるかも知れませんけど、そんなことはありません。

 今の静香も、未来の静香も一緒です。

 その顔も、仕草も、声も、性格も、考え方も。

 全部全部一緒です。

 

 今の静香は知らないでしょうけど、かつて言いました。

 あなたでよかった、と

 でもそれは、こちらの台詞です。

 だから、これだけは言わせて下さい。

 

 

 私こそ――貴女でよかった。

 

 

 後悔も、悲しみも、苦しみも、怒りも、絶望も。

 その先にいたのが静香だったからこそ、乗り越えられた。

 

 だから――満足です。

 この結末に至れたことに、私は満足しています。

 

 静香、忘れないで下さいよ?

 あの時に言った私の言葉を。

 

 未来に貴女がいるのならば、私がまた呼びましょう。

 未来で何かする必要があるのならば、共にしましょう。

 

 だから、元の世界に帰っても。

 どれほどの時間が経過しようとも。

 私は決して忘れません。

 

 また、会いましょう。

 

 

 

 

 九章 “それが貴女と交わす約束” 完

 

 

 ですからね?』

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 異世界に転移した時、私は自分のことを不幸だと呪ってしまった。

 けれど、そんなことはなかったのだ。

 誰よりも、恵まれた環境にいた。

 

 ポタポタと、雫が流れ落ちる。

 溢れ出る感情を、塞き止めるとこが出来ない。

 私は、誰よりもずっと想われていた。

 

「……うっ……ひっく……」

 

 前世から。

 五千年前から。

 ずっとずっと、忘れることがなかった。

 

「……リベ、ラル」

 

 リベラルは、最初から最後まで一貫してやり遂げたのだ。

 途中で迷うことがあっても、歩みを止めなかった。

 

「ありが、とう……ありがとう、ございます……」

 

 思い返せば、私はリベラルに何も返せてなかった。

 素っ気ない態度はよく取ってたし、関わる時間もそこまで多くなかった。

 リベラルはそのことを気にせず、よく接してくれていた。

 

 ご飯もよく作ってくれた。

 馬鹿なことを言って雰囲気を変えようとすることもあった。

 さり気なく助け舟を出すこともあった。

 

 それなのに、私はそのことを当たり前のように受け入れていた。

 

「私、忘れないよ」

 

 噛み締めるように、口にする。

 

「待ってる。ずっと待ってるから」

 

 リベラルの知る未来の私がどうだったのかは知らない。

 分かるのは、今の私がリベラルに何も返せてないことだ。

 だから、せめて1つだけは絶対に返そう。

 

 

「また、会いましょう――!」 

 

 

 それがリベラルと交わす約束。

 再会の約束だ。

 

 

 

 

 ――こうして、1つの物語が終わりを迎えた。

 

 ナナホシとリベラル。

 前世から繋がっていた、1つの約束は果たされた。

 本来の歴史では、至ることの出来なかった結末。

 けれどこれで終わりではない。

 2人の間に、新たな約束が交わされたのだ。

 

 物語は、まだ終わらない。

 これからも、ナナホシとリベラルの物語は続いていく――。




作中で記したように、ナナホシ関連の話はこれで終了です。
当初の目的であった、ナナホシの帰還について書ききれて満足ではあります。
リベラルの前世についても、これで出し尽くした感じですね。
残すは、今世の話。
因縁の相手であるバーディガーディと闘神鎧です。
その2つに決着がついたら、この物語は幕引きとなります。

Q.何でナナホシの転移先が通学路の途中だったの?
A.ヒトガミの配慮です。かの神は優しいので、態々ご両親に発見されやすいよう、転移事件の揺らぎから近辺を割り出し届けてくれました。ありがとうヒトガミ!

Q.ナナホシの死亡回避。
A.正確には死亡してますが、そこから復活した形です。六章1話にて、その指輪を渡しております。

Q.指輪を嵌めた手。
A.右手です。リベラルと結婚する気はないので。

Q.リベラルは予見してたの?
A.作中で記載した通りです。ヒトガミが現れることまでは想定してませんが、転移後に即死する可能性を考慮してました。ナナホシと会うずっと前から、その可能性を消すことを考えていたため、五千年の間に用意してました。

Q.ナナホシのその後。
A.再び高校生活を送る。けれど、以前よりもずっと成長していたナナホシはラノベ主人公の如く逆ハーレムを築くのだった(嘘)。
ルーデウスの前世の家族と会ったり、リベラルの本を読んで転移装置を作ろうとしたりする。とりあえず、篠原くんを助けようと行動を開始しています。


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終章 これが私の物語
1話 『解放』


前回のあらすじ。

リベラル『あなたのお陰で今まで頑張ってこれました。私こそあなたでよかった。ありがとう静香、また会おう』
ナナホシ『約束よ、いつか必ずまた会うわ。あなたと絶対に再会する』

お待たせしました、今回から最終章です。終わり方も決めていますが、伏線回収し忘れてそうでビクビクしています。もちろん、忘れてしまって放置してる伏線も既にあるんですけどね…。

絵を書いて貰いました。大人バージョンリベラルです。

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

https://x.com/haruka_reality?t=5WLIzh2ML-l7QZe0B4Os9A&s=09
書いて下さったのは桃瀬はるかさんです。


 

 

 

 それは龍鳴山で過ごしていた頃の話だ。

 互いの内心を知り、本当の意味で親子となれた後のことである。

 戦うことを嫌うリベラルに対し、ラプラスは言った。

 

『リベラル、未来の話をしてもいいかい?』

『未来の話?』

『そう、未来の話だ。君の言う約束に関係する話だよ』

 

 微笑みながら問い掛けるラプラスに対し、リベラルはキョトンとした表情を見せる。

 彼女の目的については、既に話し合いが為されているのだ。あらゆる事態を想定し、リベラルの目的を果たすための道筋については既に相談し終わっている。

 それなのに、今更なにを話すのだろうと思ってしまっても仕方ないだろう。

 

『君は、約束を果たした後はどうするんだい』

『果たした後、ですか……』

『私も学習したからね。無理にヒトガミを倒すために戦えとは言わないよ』

 

 そう。当時のリベラルは争いが苦手だった。

 痛みや苦痛を嫌い、ラプラスの特訓に対して真摯に向き合うことが出来なかった。

 その結果が後の人魔大戦でのバーディガーディの敗北に繋がることになるのだが……今はその話ではない。

 

 五龍将の使命を押し付けたことによって、ラプラスとリベラルの親子関係に大きなヒビが入ることになった。

 今はロステリーナの手助けもあって関係を修復出来たが、ラプラスは同じ轍を踏むつもりはなかった。

 

『リベラル。私はね……出来れば君に意思を継いで欲しいと思っている』

『…………』

『けど、その思いを押し付けることがどれほど残酷なことなのか理解することが出来たんだ』

 

 リベラルの存在は、己の保険としてのものである。

 魔龍王である己が、ヒトガミの手によって行動不能に追い込まれた時の保険。二代目魔龍王としての知識と技術の習得だ。

 その役目を果たしてもらうために、厳しい訓練を課し成長を促した。

 その結果として、互いの願いのズレをヒトガミに利用された訳である。情けない話だろう。

 

 願いの押し付けは、信頼関係の構築には繋がらない。

 やろうと思えば洗脳だろうと出来たが……それこそヒトガミに利用されることになるだろう。

 ヒトガミの手先となり、本気で龍神と敵対するようなことになれば目も当てられない。

 

 とは言え、そんなことを言わずとも色々とやりようもあっただろう。

 使命を第一に考えてるラプラスならば、多少のリスクがあろうとリベラルを保険としてしか運用しなかった。

 

 けれど、ラプラスも心のある存在なのだ。

 リベラルと接する内に、彼も変化していた。

 

『私には使命がある。全てを賭して果たさなければならない使命だ。その本質は同じなのだろう……リベラルがリベラルの願いを叶えたい気持ちは分かるつもりだよ』

『…………』

『だから、約束を果たしたいならそれを止めたりしない。君も使命を持って生まれたのだろう。私は決してリベラルから使命を奪ったりしない』

 

 『使命を司る龍』は、使命を奪われる苦しみを知っている。

 己の娘が、その苦しみを味わう必要はないのだ。

 

『だからこそ聞きたい。約束の果てにリベラルが何を望むのかを』

『…………それは』

 

 ナナホシとの約束を果たした後。それを彼女は今まで考えたこともなかった。

 考えていたのはそこまでの道のりであり、その果てのことではなかったのだ。

 けれど、願いの根底にあるのはナナホシの幸せである。ナナホシが辛い思いをしなければ、それでいいのだ。

 

『君が何を考えているのかは分かるとも。私と同じなのだろう。私が願うのは御子<オルステッド>様の幸せだからね』

 

 悩むリベラルへと、彼は大らかな笑みで答えた。

 

『私は、私の願いが叶うのなら何でもいいんだよ。だから、私からリベラルに頼むのはそれだけだ』

 

 元々は、保険としてリベラルを扱っていくつもりだった。けれど、それでは恐らく願いへと辿り着けないのだろう。

 ヒトガミと戦い続けて、何となく分かってきたのだ。

 押し付けや強要は、心に隙を作る切っ掛けとなる。そしてその切っ掛けをヒトガミは逃さずに利用してくるのだ。

 大切なのは開示だった。打算もない願いの共有。

 それこそがこの歪な親子関係で重要なことだった。

 

『リベラル、君の人生は君の物語だ』

『…………』

 

 元々は道具として作った仮初の家族だった。

 己が何らかの理由で目的を果たせなかった時のための保険。

 それがリベラルである。

 けれど、当時の自身に親としての情もあったのだろう。

 だからこそ――己の娘を自由<リベラル>と名付けた。

 

 使命のこともある。ヒトガミとの戦いもある。

 だが、娘の幸せを願うくらいいいだろう。

 親の戦いに、子を巻き込むべきではないのだ。

 

 

『――私のように使命に囚われることなく自由(リベラル)に生きるといい』

 

 

 ラプラスの想いはいつしかそこに至った。

 

 

――――

 

 

 庭の広場。

 そこで激しい戦いが行われていた。

 剣を振るうのは、パウロとエリス。そしてカールマン・ライバックだ。それを魔術で援護するルーデウス。ルーデウスに至っては魔導鎧を装着している。

 

 そんな彼らに相対するのは、リベラルである。

 四対一で数的不利な状況でありながら、リベラルの動きには余裕が見て取れた。

 

「ちくしょう……」

「ハァ……ハァ……!」

 

 王級レベルが2人に、七大列強が1人。

 アレクは王竜剣を装備していないとは言え、それでも七大列強に恥じない実力を持っている。

 そんな彼ですら、リベラルの動きについていくことが精一杯だった。

 気付けば、他の仲間と共に吹き飛ばされている。そんな有様だ。

 

「うおぉぉ!」

「あはっ、ルディはまだまだ剣術が未熟ですね!」

 

 吹き飛ばされた3人と入れ替わるようにルーデウスが前へと出るが、足止めにすらならない。

 振り返る途中で手を払ったかのようにしか見えなかったのに、たったそれだけでルーデウスも吹き飛ばされていた。

 何度かリベラルと手合わせしたことのある彼らだったが、以前はここまで理不尽な強さではなかったのだ。

 アレクは今回が初の手合わせだったが、彼女の強さにオルステッドを彷彿とさせていた。

 

「ガアァァァ!」

 

 何度も立ち上がり向かっていくエリスも、何の妨害すら出来ていない。

 間違いなく、リベラルは以前より強くなっていた。

 やがて体力の切れたルーデウスを順に、1人1人脱落していく。

 アレクは最後まで粘っていたが、一対一になった瞬間に顎に拳が突き刺さり意識を刈り取られていた。

 

 あまりにも圧倒的な差だった。

 

「今回も私の勝ち、ですね?」

 

 そして何よりも、リベラルが楽しそうだった。

 戦っている最中も、彼女は笑顔を絶やすことがなかったのだ。

 以前であればもっと事務的のような、どこか使命を感じさせる気迫があったのだが……それを感じることはなかった。

 何がリベラルをここまで変えたのかは、言うまでもないだろう。

 

 ナナホシの帰還を切っ掛けに、リベラルは大きく変化していた。

 

「随分と強くなったな」

 

 少し遠くから、フルフェイスヘルメットを被った男が歩み寄ってくる。

 呪いを軽減する道具を装着しているオルステッドだ。

 彼が近付くことで呪いの影響を受けたエリスとパウロが顔を顰めるが、それだけだった。

 呪いがちゃんと軽減されていることを確認しながら、彼は更に近付き称賛の声を掛ける。

 

「……吹っ切れたようだな」

「そりゃあ、もちろんですよ。果たしたい約束を果たせたんですから」

「ふっ、それもそうだな」

 

 戦いで重要となるのは、心技体だ。

 いずれも欠けてはならない要素である。

 今までのリベラルは、技と体が飛び抜けていたのだろう。

 だが、約束を果たしたことで心にゆとりが現れた。

 焦り、緊張、不安……心のどこかで抱いていた恐怖が払拭され、心技体が完全に揃ったのである。

 その結果が、先ほどの手合わせなのだろう。

 以前ならルーデウスたちは勝てはしなくても善戦は出来た筈だった。

 それが終始圧倒され続けていたのだ。

 リベラルは自身の限界の壁を壊し、更に成長していたのだった。

 

「どうです、オルステッド社長も私と手合わせしますか?」

 

 2人は当然ながら、今までに何度か手合わせをしたことがある。

 リベラルの持つ技術を伝えるため、実戦形式で行うのも不思議ではないだろう。

 もちろん、互いに全力ではない。

 彼女の実力なら、オルステッドの魔力を引き出すだけの力がある。

 流石に彼の魔力をそのような形で使わせる訳にいかないだろう。

 そのため互いに魔力を使わずの形で行っていたのだが……完全な技量だけとなるとオルステッドの方が強い。

 

 そして、今後リベラル以上の技量を持った敵が現れることもない。

 それは何度も繰り返されてきたループの中で確立された事実なのだ。

 オルステッドの知る限り、リベラルはこの世界で最も技量のある存在だった。恐らく技神にも負けないだろう。

 そういう意味でも、彼女と戦うことには価値があった。

 なんせ、命の危険もない状況で腕を磨けるのだ。

 断る理由もないだろう。

 

「いいだろう」

「そうこなくちゃ、ですね」

 

 2人の言葉に、それを見ていたルーデウスたちは固唾を飲む。

 オルステッドやリベラルから教えを受けたり戦ったことはあっても、実際に2人が手合わせする姿は見たことがないのだ。

 どんな内容になるのだろうと緊張するのも仕方ないだろう。

 そんな雰囲気を察知したのか、気絶していたアレクもいつの間にか起きていた。

 

 向き合う2人を前に、ルーデウスはパウロたちへと口を開く。

 

「どうなると思います?」

「俺はオルステッドさんのことをあまり知らんからな……リベラルが勝つんじゃないのか?」

「……どっちでもいいわ」

「間違いなくオルステッド様でしょう。リベラル様も強いですが……技の深度が違う。洗練されているのはオルステッドです」

 

 パウロは言葉通り片方の実力しか知らず、エリスは自分より格上であることが悔しいのかそっぽ向いた感じだった。

 この中でオルステッドの実力を正確に知っているのは、アレクである。彼は2人の強さを体感した上でそう断言した。

 

 オルステッドが何度もループしていることを知っているルーデウスも、その言葉には納得である。

 リベラルは彼のループにない技術を持っていたが、それはもう伝授済みなのだ。

 初見の技というアドバンテージがもう彼女には存在しないため、厳しい展開になるだろうなと予想していた。

 

「……始まりますよ」

 

 アレクの言葉と同時に、リベラルが動こうとした。

 その動きに連動するかのようにオルステッドも反応し、僅かな動きを見せる。

 そしてその動きから未来を予測したリベラルは、動きを止めていた。

 そして次はオルステッドが動こうとしたのだが、リベラルが僅かな動きを見せるとピタリと静止してしまう。

 

 一瞬動いたかと思えば、2人してピタリと止まってしまった状況。

 その後も2人は同じようにピクピク動いては、ピタリと止まるという行動を繰り返していた。

 

「……解説のアレクさん。これは一体何が起きてるのでしょうか」

「これは、非常に高度な読み合い……だと思います」

「……というと?」

「あのお二方は今、未来を見ています。視線、呼吸、そして僅かな動きを察知し、その初動を潰し合っている。……流石にどのような世界を見ているかまでは分かりませんが」

 

 とのことらしいが、ルーデウスには高次元すぎて試合内容の良さがさっぱりであった。

 パウロへと顔を向けるが、彼もまたよく分からなさそうにしているのである。

 

「……ルーデウス様なら、お二方の読み合いにもついて行けてるのでは?」

「んな訳ねぇだろ」

 

 んな訳ねぇだろ。

 心に思ったことがそのまま口に出てしまうルーデウスだった。

 

「私はまだ習得してませんが、ルーデウス様の『明鏡止水』なら少しは見える筈です」

 

 本当かよ、と思いつつ、ルーデウスは未だにピクリと動いてはピタッと止まる2人の戦いを集中して見る。

 ずっと集中していると、僅かだが何か見えてきたような気がするのだった。

 

 <貫手を放つリベラルに、オルステッドがカウンターを放つ>

<カウンターに対して上体を逸らしつつ、体当たりでオルステッドを弾くリベラル>

<体当たりを踏ん張り耐えるオルステッド>

 

 一瞬だけピクリとした動きの中に、そのような攻防をルーデウスは感じ取る。

 更に集中して行くと、それらはもっとより鮮明にハッキリと感じ取れるのであった。

 

 彼もその全てを理解した訳ではない。

 だが、合理の取り合いが行われていたのだろう。

 両者の動きはシンプルなものだが、まるで盤上ゲームのように互いの最善手を突き詰めていることが分かった。

 一手打てば一歩陣地に入り込むかのように、相手の行動を制限していく攻防が行われている。

 ルーデウスの目には、それは互角に見えた。

 詰みへと追いやろうとするオルステッドに、その手を読み切り反撃するリベラル。

 喰い込もうとするが、それを許すことはない。

 けれど、リベラルが防戦で攻勢にまで出られていないことが大きな差だったのだろうか。

 何も狂ってない筈なのに、次第にオルステッドの手数が多くなり、リベラルの行動が制限されていく。

 やがてピースを1つだけ掛け違えたかのよう、リベラルは一手だけ追い付かなくなった。

 

 その瞬間に、オルステッドの一撃がリベラルの顔面を捉えるのであった。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言だったが、両者ともに完全に静止したまま動きを止める。

 ルーデウスは辛うじてその高度な攻防を察知することが出来た。

 息をつく間もない機械のような精密な未来だ。

 とてもフェイントだけで行われていたものには見えない。

 彼らはまだ実際に動いていないのだ。

 

「!! 今から始まりますよ……!」

 

 そして、一呼吸置いた後に互いに動き出すのだった。

 

「はえぇ! 何も分かんねえぞ!?」

 

 まるで互いに示し合わせたかのように、ルーデウスの見た光景をそのままに繰り広げていく。

 だが、あまりにも早い。

 何十、何百もの手組が、刹那の間に行われていく。

 パウロは言わずもがな、アレクですらその動きを追うことがやっとだった。

 

 合理の奪い合いが、目にも止まらぬ早さで景色を変えていく。

 けれどその結末は、リベラルの一手違いによる敗北へと繋がっている。

 ルーデウスは確かにその未来を見たのだ。

 

 そして、ピースの掛け違え地点まで到達し、

 

「――『陽炎(カゲロウ)』」

 

 ほんの僅かに速度の変わったリベラルの一手が、オルステッドの一手を追い抜いた。

 目を見開くオルステッド。

 最後の一手がまるで入れ替わったかのように、リベラルの一撃がオルステッドの顔面を捉えるのであった。

 

「……やるな」

「最初の攻防から、ほんのちょっとだけ速度を落としてました」

「ふっ、まんまと騙された訳か」

「私たちの領域なら、対面した瞬間から勝敗は決しているでしょう。けど、戦いは頭じゃなくて身体でやるものです。想像と現実を入れ替えることこそ『陽炎』の本質。最近編み出した技術です」

 

 どれほど高度になろうとも、最初からの全てを見切ることは出来ない。

 これはその意識の隅をついた単純な技であり、オルステッドのような最高峰の読みを持っていなければ使えない代物だ。

 正直使いどころはほとんどないものの、オルステッドに一矢報いたことに彼女は満足するのだった。

 

「さあ、続けましょうか社長!」

「いいだろう。来るがいい」

 

 そうして、2人は更なる手合わせを続けていくのだった。

 

 結果として、オルステッドの勝ち越しになるのだが、結局観戦していたルーデウスたちにはまだまだついて行けない領域であった。

 純粋に早いということもあるのだが、合理を突き詰めた2人の行動は何十手も先を見据えている。

 動きを止めて解説するならともかく、高速で進んでいく展開の中でその意図を読み取ることは困難だ。

 ルーデウスたちでは、まだ合理を突き詰めた戦いを理解することは出来ないのであった。

 

 そうして、彼らは来る日に備えて研鑽を重ねていった。




Q.リベラルつよ。
A.作中説明通り、ナナホシの件が解決し精神的に大きく強くなった結果です。

Q.陽炎。
A.最近編み出した龍神流の技。視線や挙動からあらゆることを察知出来る相手に嘘情報をお届けする感じ。ほんの少しだけ想像と現実に差異をつけるだけの技術。


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2話 『研究成果と今後』

前回のあらすじ。

リベラル「ヒャッハー!約束果たして最高にハイだぜぇ!」
ルーデウス「鍛錬でボコボコにされた」
オルステッド「手合わせで一撃入れられたけど勝ち越した」

本編で読んでも探している描写が見つからない時、ウィキの方を頼ることがあるんですけど、ウィキが間違えてたら悲惨なことになりますよね…。
今回は平和なお話です。


 

 

 

 とある研究室。

 そこにリベラルはやってきていた。

 コンコン、と扉をノックする。

 しばらくすると、奥から声が響くのだった。

 

「入って構わないぞ」

「では、失礼します」

 

 扉の中へと入れば、そこにいるのはクリフだった。

 彼の研究室は比較的整頓されており、特に散らかっている様子はない。

 パッと見でどこに何があるのか分かるほどだ。

 クリフは椅子に座りながら、リベラルの方へと向いていた。

 

「相変わらず綺麗にしてますね。私も見習うべきではあるんですけど」

「資料を探したり、試作品を失くしたりしたくないからな。整理しておく方がいいだろう」

「あはは、ごもっともです。私は作ったものを失くしたことがあるのでぐうの音も出ませんよ」

 

 クリフと会話をしながら、彼の研究室へと入る。

 この場にエリナリーゼはいない。

 彼女は生まれてきた子ども<クライブ>の子育ての真っ最中だ。

 リベラルと違い何人もの子どもを生んで育てた実績のあるエリナリーゼなら、1人でも問題なく出来るだろう。

 なのでここではクリフと2人っきりとなるのだった。

 

「ふふ、2人きりだね」

「誤解を招くような言い方は止めろ。それに後からルーデウスとザノバも来るだろう」

「そんな、4人でなんて……恥ずかしいです」

「以前と比べて吹っ切れすぎだろ!?」

 

 もちろん、リベラルにその気はないし仮にそんな雰囲気になったら撤退する。

 流石の彼女もエリナリーゼを怒らせる真似はしない。

 

 今回クリフの研究室へとやって来たのは、お互いの研究に対する成果の報告と助言が目的だ。

 クリフはエリナリーゼの呪いに対して。リベラルはオルステッドの呪いに対して。ルーデウスとザノバは魔導鎧に対してである。

 本来の歴史通り、彼らはリベラルが何かを言わなくても順調に制作しており、前回の報告時では特に問題はなかった。

 なのでリベラルとしても別に緊張する必要もなく、比較的リラックスしながら傾聴出来るものだった。

 

「どうします? 先に初めておきますか?」

「そうだな。履き心地についての意見だけ先に聞いておこうか」

 

 そうして渡されるのはオムツだ。

 これはクリフの趣味とかそういうのではない。

 エリナリーゼの呪いを抑えるために作っていた魔導具である。

 エリナリーゼの呪いは、体の中に魔力がたまり、それを男の精を受けることで結晶化させる。もし男の精を受けなければ、魔力が肥大化しすぎて死んでしまうというものだ。

 より具体的に言えば、排卵された卵子が魔力として溜まり、月経として外に排出することが出来なくなる。

 オムツの効能は、魔力化した卵子の中和である。

 それによって魔力が溜まることを防ぐ仕様なのだ。

 

 とは言え、オムツを常日頃から履くのは色々と不便だろう。

 蒸れやすいしゴワゴワしているし、なによりダサい。それに数も少ないし不衛生になりやすいだろう。

 そのため、呪いだけでなく純粋な機能性もクリフは高めていたのである。

 今回はその履き心地を確認するため、リベラルが装着することになった。

 

「では、少し失礼します」

「ああ」

 

 別室に移り、彼女は下着の上にオムツを装着する。

 そうしてクリフの前へと戻って部屋の中を歩き回るのだった。

 

「んー……以前よりも通気性が高まってるので暑い日は少しマシになりそうですね。ただやはり動くと股が擦れて痛くなりそうです」

「そうか。大きさや生地に関してはしばらく課題になりそうだな……ありがとう、助かった」

「いえいえ、こちらこそエリナリーゼのことをいつもありがとうございます」

 

 そんな会話をしつつ、リベラルはしばらくオムツを装着したまま過ごす。

 時間経過しても特に不快感を感じることもなかったため、その感想を伝えたところでルーデウスとザノバがやって来るのだった。

 

「お待たせしましたクリフ先輩」

「気にしなくていい。こちらはこちらで進めていたから問題はないぞ」

「やっほー、ルディ、ザノバ、調子はどうですか?」

「中々好調ですぞ。ジュリの方も順調に教育が進んでおりますし、魔導鎧だけでなく自動人形の方にも手が伸びておりますな。はっはっは」

 

 言葉通り、普段より上機嫌な様子のザノバ。

 仕事だけでなく、趣味も充実してるのならば何よりだろう。

 リベラルとしても、彼の手掛ける自動人形には興味のあることだ。

 なにせ、彼女もまだ深く学ぶことの出来てない分野である。

 狂龍王カオスの技術を独学で辿っているザノバは、間違いなくその分野に対しての才能を持ち合わせているだろう。

 新たなる後継者と言っても過言ではない。

 

「人形の方はどんな感じなのですか?」

「今はボディの方の仕組みも解明出来ましてな。後もう少し研究を進めれば自動人形の作成が出来そうでございます!」

「それは……楽しみですね。余裕があれば私もお手伝いしてもいいですか?」

「おお、先生の力を借りれるのならば研究も飛躍しそうですな!」

「ふふ、あまり期待しないで下さいね?」

 

 ザノバの自動人形に関しての話は、一度そこで打ち切る。

 彼の人形は今回の話の主旨ではないからだ。

 

「と、ちょっと待ってて下さいね」

 

 タイミングを見て別室へと離席したリベラルは、履いていたオムツをいい加減に脱ぐ。

 少しだけ蒸れてきて不快感があったため、そろそろ返品したくなったのだ。

 戻った彼女は、オムツをクリフへと渡すのだった。

 

「ク、クリフ先輩、絵面やばいですって……」

「エリナリーゼに見られたらキレられちゃいそうですね」

「いや、どうだろ……あの人なら逆に誘って来そうな気もするけど」

「それ以上は止めろ! オムツはもちろん処分するに決まってるだろ!」

「まあまあ、そんなに焦らないで下さいよ。別に直履きした訳でもないので好きにしてもらって構いませんよ?」

「好きにする訳ないだろ! 僕は敬虔なるミリス教徒だぞ!」

 

 少しおちょくると、クリフは叫びながらオムツをゴミ箱へと投げ捨てるのだった。

 オムツに刻まれた魔法陣は再利用出来るのに、それに気付かぬほど必死の拒否である。

 ゴミ箱に捨てられたオムツを見て、それはそれで複雑な気持ちになるリベラルであった。

 

(それにしても、リベラルはリニアみたいになってきたな……)

 

 そして楽しく笑いつつも、ルーデウスにそのように思われているとはつゆ知らず。

 彼の中では、リベラルとリニアの行動は同程度に認識されるという不名誉なことになっているのであった。

 

「まあ、気を取り直して……クリフのオムツは既に相応の効果があるんじゃないですか?」

 

 コホンと咳払いをひとつし、リベラルは完成状況について尋ねる。

 履き心地はともかく、実際に刻まれていた魔法陣を確認していた彼女は、その完成度の目安も把握出来ていた。

 実際に履いた上で魔眼を使用し自身の体内を確認したのだが、間違いなく卵巣などの生殖器への影響を与えていたのだ。

 魔力の流れも確認したところ、不自然になり害を与える様子もなかった。

 

「ああ、リーゼに履いてもらってるけど、魔力の補給もなく1ヶ月以上呪いの効果が見られていない。今も記録を更新中だ」

「流石ですねクリフ先輩。それはもう実質完成したと言っても過言じゃないのでは?」

「いや、耐久面の問題もあるからな。リベラルから指摘されたけど、やっぱり衛生面の問題もあるからコストカットした上で量産出来るようにしたい」

「魔法陣をスタンプのようにオムツ以外のものに写生は出来ないのですか?」

「オムツである必要は確かにないんだが、腹部に密着していないと十分な効果が得られないんだ」

「となると、やはり履くものが望ましそうですな」

 

 話としては上記のものが挙がっていた。

 とは言え、効果に関してはほぼ呪いの無力化までは漕ぎ着けている段階である。

 自身でどうにかすると宣言したクリフは、見事に有言実行したのだ。

 リベラルは素直に関心し、彼の能力を称賛するのだった。

 

「魔導鎧の方はどうでしょうか」

「既に小型化に成功している『二式』を改良し、クリフ先輩も着用出来るほど使用魔力量の削減には成功してますよ」

「おお!」

「ですが、やはり魔物を相手するのがやっとでしょうな。余が殴れば数発程度しか持ちませんでした」

「まあ、ザノバが神子であることを差し引いても、剣神流とかの一撃には耐えられそうにないです」

「んー、まだまだ課題がありそうですね」

 

 クリフとは違い、魔導鎧は本来の歴史よりも作成が遅れている状況だった。

 原因は純粋に魔導鎧を活用する場面が少ないからだ。

 オルステッドやリベラルも有用性を告げているが、今のところ魔導鎧を必要とするレベルの敵と遭遇していない。

 それに、オルステッド曰く今の時代の敵はほぼ片付いているため、今後も使う可能性が低いのだった。

 そのため、決戦用の『零式』ももちろん作られていなかった。

 

「少し行き詰まっているところがありましてな……」

 

 と、ザノバは持ってきていた魔導鎧二式を目の前に置き、皆に助言を求める。

 クリフやリベラルは解体され術式の刻まれた部品を見て、それぞれ意見を出し合うのだった。

 そうしてそれなりの時間を掛け、問題点を整理して改善すべき点をまとめ上げた。

 ザノバは嬉しそうに表情を柔らかくし、それらの内容をメモしていく。

 

「やっぱり他の意見もあると捗りますね」

「まあ、そのためにもこの場を設けていますからね。分からないことはじゃんじゃん聞いていきましょう」

「では、リベラルさんのパンツの色を教えてくもらえれば……」

「今日は黒ですよ」

「……なるほど、中々大人っぽいのを履いてますね!」

「うっふん」

 

 セクシーポーズを見せるリベラルに対し、やっぱりリニアみたいになってきたな、とルーデウスは思うのだった。

 

「以前に話していた零式にも手を付けるべきですかな?」

「今のところは最初期のものである一式で十分でしょう。流石に闘神とかと戦うのは不安がありますけど、七大列強の下位陣と戦うなら問題ないです」

「それ、毎回思うんですけど本当に言ってます?」

「状況によって勝敗が傾くことがあるので絶対に勝てるとは言いませんが、拮抗する程度には戦いになるでしょう」

 

 リベラルの発言に、彼は微妙な表情を浮かべる。

 実際に七大列強<アレクサンダー>と手合わせを何度もしているが、今のところルーデウスは負け越しているのだ。

 確かに勝負になっているが、それだけという印象を拭えなかった。

 

「そもそもルディは魔導鎧も無しに剣神を退けてるじゃないですか」

「いやまあ、それはそうなんですけど……あれは偶々というか運が良かっただけですって」

「偶々だろうが貴方は生死を掛けた戦いに勝利した――それが結果ですよ」

 

 リベラルとしては、逆に自身を過小評価し過ぎなんじゃないかと思っていた。

 剣士殺しとも言える魔術を初見で使ったとは言え、ルーデウスは完全に剣神の生殺与奪権を握ったのだ。

 この世界でそれを出来る存在なんて、数えられる程度しかいないだろう。

 傲慢になれとは言わないが、せめて自信を持って欲しかった。

 自信があるのは精神的にも安定し、勝敗を上げることに繋がるのだとリベラルは考えているからだ。

 手合わせとはまた違うシチュエーションであれば、魔導鎧を装着したルーデウスはきっとアレクサンダーにも劣らぬだろうと思っていた。

 

「取りあえず、いつでも召喚出来るようにしておけば窮地は切り抜けられるでしょう」

「……分かりました。リベラルさんを信じてますので負けたら恨みますね」

「構いませんよ。そんなことにはならないでしょうし」

 

 そんなこんなで、魔導鎧に関しての発表は以上となる。

 そもそも今のルーデウスは、魔術師として魔神ラプラスの次に強いとも言える練度に至っているのだ。

 彼が窮地に陥ることは、リベラルだけでなくオルステッドも無いだろうと太鼓判を押していた。

 

 因みに、本来の歴史で登場したガトリング砲についても搭載済である。ショットガンの方も搭載しているし、吸魔石も装備されている。

 

「じゃあ、最後の報告は私ですかね」

 

 リベラルの成果を見るには、彼女とルーデウス以外の人物が必要となる。

 そのため、オルステッドの呪いの影響を受けるザノバとクリフの存在は必須だった。

 彼らは立ち上がり、研究室から退出していく。

 向かう先は、当然ながらオルステッドの元だ。

 以前に少し触れたが、アイシャとリニアの手腕によりオルステッドコーポレーションは設立されている。

 そのため、既に出来上がった事務所の中へと入り、彼の部屋まで向かうのだった。

 道中ですれ違ったオーベールやアレクに挨拶をしつつ、リベラルたちはオルステッドの部屋をノックしてから入った。

 因みにオルステッドへのアポは済んでいる。

 

「来たか」

「うっ」

「むぅ……毎回慣れませんな……」

 

 中へと入れば、クリフとザノバは顔を顰めた。

 呪いの影響によって、強制的にオルステッドへの印象が塗り替えられてしまう。

 それでも暴れ出さず、何とかこの場から立ち去りたい気持ちを彼らは抑えつけた。

 

「お疲れ様です社長。試作品持ってきましたよ」

「そうか」

「自信作ですよ。3つあるので取りあえずひとつずつ着けてみて下さい」

 

 そうしてリベラルが最初に渡したのは、ゴツゴツとしたネックレスだ。

 ネックレスにはびっしりと文様が刻み込まれており、遠目から見ると呪われた代物にすら見えた。

 

「それは別の呪いが込められた装飾品です。社長の呪いを別の呪いに上書き出来ないかな、と思い作りました」

「ほう、どのような呪いが込められているのだ?」

「ブサイクになる呪いです」

「ブサ……なに?」

「嫌悪されるというワードから繋ぎ合わせました。きっと成功するでしょう」

 

 自信満々な様子のリベラルに、オルステッドは困った表情をしながらも渋々受け取る。

 そして、ネックレスを首に掛けるのだった。

 

 その効果は劇的だった。

 恐怖と何とか戦っていたであろう2人の表情は、スッと落ち着いていく。

 けれど、反応としては微妙なものだった。

 

「これは……確かに先程までの威圧感はなくなったが……」

「ふむ。余はまあ、そこまで気になりませんな」

「いやいや、これは流石に気にすべきだろう……」

 

 人形狂いであるザノバは平然とした様子だが、クリフは狼狽えた表情である。

 ルーデウスがどのように見えているのか尋ねると、彼は遠慮がちに小さな声で答えるのだった。

 

「その……太ったヒキガエルのような男に見える……それも脂でギトギトな感じだ……」

「ヒキガエル……そうか……」

 

 オルステッドはめちゃくちゃ嫌そうだった。

 恐れられることに慣れていても、気持ち悪がられることには慣れていないらしい。

 リベラルは堪え笑いしながらオルステッドの肩を叩いている。

 彼は無言でネックレスを外し、リベラルへと渡すのだった。

 

「良いじゃないですかヒキガエル社長になれば。私やルディは気にしませんよ?」

「それはお前たちが呪いの影響を受けないからだろう……」

「ふふ、じゃあ次は先ほど同様に嫌悪から繋いで作った、臭くなるネックレスを……」

「もういい。どうなるのか結果は分かった」

 

 素気無く断るオルステッドに、彼女は残念そうにしながらも大人しく引き下がる。

 嫌悪という呪いを引き剥がすには、同様のワードから関連させる方が容易に塗り潰せるのだ。

 元の呪いの力が強すぎたため、別の呪いに転換させても影響が強すぎるようだった。

 そのためこの方面からのアプローチは無理そうだな、とリベラルは考える。

 

「では、最後に本命のこちらをどうぞ」

 

 彼女は3つ目の試作品として、自身が着けてるものと似た腕輪を渡す。

 

「……これはどういったものだ?」

「オルステッド社長の呪いは、魔力を認知することで影響を与えるものです。なのでこれは、魔力そのものを薄める効果のものになります」

「魔力を薄める? それは戦闘には影響はないのか?」

「薄めると言うのは比喩みたいなものです。厳密に言えば、体外に出た魔力を洗浄するだけですよ」

 

 例えるなら、空気清浄機のようなものだ。

 リベラルが説明したように、排出された魔力を綺麗にする効果を持っている。

 完全に呪いを打ち消せなくても、これならば十分な効果を得られるだろうと考えていた。

 

 説明を聞いたオルステッドは、取りあえず先ほどのようなことにはならないと判断して装着した。

 

「おっ……凄いな。オルステッド……様の印象が凄く変わったぞ」

「確かに……先ほどまでは恐ろしい怪物に見えてましたが、今はそのように感じられなくなりましたな」

 

 効果はかなりのものだった。

 呪いにより緊張していた2人は、一気に肩の力が抜けた様子となる。

 先ほどのようにマイナス面の影響もなく、今のところは上々な成果と言えよう。

 

「俺は分からないんですけど、何か問題点はありそうですか?」

「ああ、顔がちょっと怖いくらいだな」

「……クリフ先輩、オルステッド様の顔が怖いのは元からです」

「なに、そうなのか? す、すまない、眼光が鋭かったからつい……」

「睨んでる訳ではないらしいので、気を悪くしないで下さいね」

「…………」

 

 クリフの言葉に、オルステッドはどこかションボリした様子だった。

 

 それからしばらく効果の確認をしたが、日常生活はほぼ支障なく過ごせることが確認出来るのだった。

 クリフの発言通り、周囲に少しだけ威圧感を与えている程度だ。

 現代で例えるなら、街中で刺青の入った厳つい男を見かけたくらいの反応だろうか。ちょっと避けたくなる感じだ。

 一度オルステッドと共に街を周ってみたが、呪いの影響によって恐怖まで至る者は皆無だった。

 街の人々やオルステッドコーポレーションの社員と会話している時の彼は、今まで見たことがないほど穏やかな表情を見せていた。

 

 もちろん良いことだけでなく、問題点もある。

 彼が僅かでも龍聖闘気を纏うと、呪いの影響が出てしまうのだ。

 魔力の出力が上がることで、魔力清浄の機能が追い付かなくなるらしい。

 闘気は魔力で身体を覆い身体能力を爆発的に上昇させる技術であるため、僅かながら魔力の消費をしてしまう。

 そのため、魔力を節約するため彼は常日頃から龍聖闘気を纏っている訳ではなかった。

 それによって呪いの影響がないタイミングは、オルステッドが無防備であることを示してしまうという問題が発生したのだ。

 

「この程度なら問題あるまい」

 

 オルステッドはそう言うが、リベラルとしてはもう少し改善したいところだった。

 

 ひとまず、彼の呪いに関しては以上の結果となる。

 十分すぎるほどの成果だろう。

 リベラルは後ほど制作方法を記した資料を渡すのだった。

 互いの研究内容の意見や共有も満足できる結果であり、そのままクリフとザノバは解散することとなった。

 

 残されたのはオルステッドとリベラル、ルーデウスの3人だ。

 ルーデウスが残ったのには理由がある。

 彼はヒトガミと戦う者として、今後のことについて気になっていたのだ。

 

「最近は大したことはしてませんけど、嵐の前の静けさだったりしますか?」

 

 ルーデウスは将来の布石のために行動していたが、アスラ王国の一件以来は特に活動をしていなかった。

 彼にはあまり危険なことをさせない話になっているが、リベラルも活動している様子がなかったのだ。

 だからこそ、オルステッドの呪いをどうにかする道具を作ったり、鍛錬に身を費やす時間があったのである。

 最近布石のために動いているのは、オルステッドだけなのだった。

 

「安心するといい。ラプラスの復活位置を固定できたことで、布石の多くが必要なくなっただけだ」

「それならいいんですけど……」

 

 オルステッドがヒトガミを倒す上で一番障害になるのは、魔神ラプラスの存在である。

 しかし復活位置を特定出来る状態にしたことで、その心配はなくなった。

 もちろん念のための布石を敷いてはいるが、現状はオルステッドだけで手が足りるのだった。

 

「俺がもうひとつ気になってるのは、闘神のことです」

 

 オルステッドの話では、今の時代の脅威はほぼいないとのことだった。

 だが、リベラルから未来で起こり得た出来事の共有はされている。

 2人がいないタイミングで闘神が現れたとき、ルーデウスは対処出来るのかという不安があったのだ。

 

 それに対し、オルステッドは難しそうな表情を浮かべる。

 

「闘神については未知数だ。奴が動いたのは今回が初めてだからな」

「……では、後手にまわらざるを得ないということですか?」

「否、そういう訳でもない」

 

 それはどういうことなのかと尋ねる前に、隣にいたリベラルが口を開く。

 

「闘神バーディガーディは私が対処する予定です」

「リベラルさんがですか?」

「ええ、あの男とは因縁がありますからね。私が戦いたいんです」

 

 そう告げる彼女だが、ルーデウスはそれだけで納得する訳でもない。

 聞きたいことは他にもあるのだ。

 

「でも、どこにいるのか分かりませんよね?」

「そうですね、どこにいるのかは分かりません」

「じゃあ……」

 

「ですが――どこに現れるのかは分かります」

 

 その言葉に、ルーデウスは口を噤んだ。

 

「バーディ陛下との付き合いは長いですからね。だから、何となく分かるんですよ」

「経験則ですか」

「あの時……第二次人魔大戦と同じです。今のバーディガーディは、闘神鎧の浸食に堪えながら身を潜めている」

 

 ヒトガミは現状、駒のほとんどを失っている。

 逆転の一手は覆され、更に北神やギースという手駒は寝返ってしまった。剣神もどこかに立ち去った。

 闘神を無意味に失うことを恐れ、動かすことも出来ていないのだろう。

 結果としてバーディガーディは誰とも戦うことなく、闘神鎧という正気を蝕まれる装備と戦うハメになっている。

 不死魔族や魔眼が効かないという特性もあり、長期間正気を保っているが……それも時間の問題だ。

 

 バーディガーディは、第二次人魔大戦にて正気を失い恋人であるキシリカを自らの手で殺めているのだから。 

 

 

「バーディガーディが正気を失う時――彼はきっとキシリカの元に向かうでしょう」

 

 

 それがヒトガミの元についた魔王の末路だった。

 誰とも戦うことなく、鎧に意識を乗っ取られて恋人を再び殺める。

 酷い話だろう。利用されるだけされて、そして捨てられてしまうのだ。

 

「じゃあ、キシリカのところに行けばいずれやって来るってことですか」

「そうなります」

 

 結局なところ、ルーデウスの心配は無用なものだった。

 今のバーディガーディに、こちらを襲撃する余裕はないのだ。

 キシリカは魔大陸から出られないため、決戦の場は彼女の元になるだろう。

 

「……リベラル」

 

 そこで声を掛けるのは、オルステッドだった。

 彼は事務所に保管していた大剣――王竜剣カジャクトを示しながら、問い掛ける。

 

「必要か?」

「いえ、不要です。その剣は強すぎます」

「……ふっ、そうか。目的を変えるつもりはないということだな」

「そうですね、私たちの目的はあくまでもヒトガミです。闘神ではありませんから」

 

 かの剣ならば、リベラルの呪いを上回り破損することもないだろう。

 だが、王竜剣カジャクトは言葉通り強すぎるのだ。

 恐らく彼女が使えば、労することなく闘神に勝てるだろう。

 しかし彼女は魔龍王の娘であり、ヒトガミに勝つための技術を研鑽し、模索していくことが役目なのだ。

 王竜剣に使用して戦うのは、ヒトガミとの決戦か全ての限界まで行き着いた時でしかない。

 

 

「――闘神に勝てるか?」

 

 

 故に、オルステッドはその質問をした。

 彼らは共有してるのだ。

 過去にバーディガーディに敗北し、そして未来でも闘神に敗北した。

 2度の戦いを得て、リベラルはまだ勝利していない。

 あまりにも苦い事実だ。

 

 彼女の脳内に、過去の記憶が蘇る。

 

『私は…もう負けませんから……だから、許して下さいお父様』

『――今度こそ勝ちましょう』

 

 ぎゅっと、自然と力が入る。

 必ず誓いを守らんと、リベラルは宣言した。

 

 

「――勝ちます」

 

 

 そのために、彼女は生きていたのだから。




推敲、見直し無しです。誤字あったらすみません。

Q.研究成果。
A.作中通りの進行速度。本編の時期で言えば、ザノバ編くらいです。子どもが生まれる時期とかも色々ズレてますが、特に影響のない範囲で収まってる。

Q.ルーデウスの魔導鎧。
A.今回では過剰戦力となりつつある。ガチガチに対策されたときの切り札で使うかなぁ、くらい出番がない。ルディの素の実力が老デウスと良い勝負出来るくらいになっているため。

Q.オルステッドの呪い。
A.呪いのスペシャリスト、リベラルの手によって本編よりもずっと呪いの効果が薄くなった。仮にここから失敗しても、オルステッドは呪いに悩むことはなくなる。

Q.バーディガーディ。
A.独自設定。本編で明言された気がしたが探しても見つからなかったので、wikiとか解説動画頼ってみた。結果、バーディガーディは正気を失ってキシリカを殺したということと、正気を失いつつも想い人を考えることでキシリカの元に行ってしまうという感じになった。


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