オリ主が挑む定礎復元 (大根系男子)
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特異点F:炎上汚染都市 冬木
純白の花嫁(女とは言ってない)


生を得た。

二度目の生だ。

眩しさを覚える。

幸福の絶頂を覚える。

真新しい血肉に有る筈の無い口元が綻ぶ。

笑みが、浮かんだ。

私は、僕は、俺は、生きている。

生きているのだ。

もう一度、今度こそ。

ああそうだ。

今度こそ、今度こそ、只々当たり前の幸せを得るのだ。

だから俺は、僕は、私は、幸福に成らなくてはいけない。

幸福であらねばならない。

もう二度と、死ぬようなことがあってはいけないのだ。

生を、生を。

ありとあらゆるモノを踏みにじってでも。

この身は生きねばならない、生きて生きてその先の未来に行かねばならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己評価ではあるが私は美少女なのだろう。

いや、三十路も近づくこの歳では少女というのも如何な物かとは思うが、やはり外見は美少女だ。

当然この時代には存在しないが西洋人形のような精巧な芸術品を思わせるその姿。

鏡を見れば何処か化け物染みていてぞっとすることはあっても、少なくとも王妃という立場で公に出る分には問題ないだろう。

如何せん胸の発育だけは母親の胎にでも置いてきたのかこれっぽっちも育つ気配を見せない。

とは言え、年相応に色気の一つや二つは出せた。

だから目の前で困惑する男に()()()()するのも簡単だった。

 

「ねぇ、ランスロット?良いでしょ?」

 

存外、甘い声が出た。

目の前の偉丈夫に向かって放たれた気だるげな甘い声は蜜を孕んだ果実の様。

 

「私ね、苦しいの。もっと、ね?もっと頂戴って、胸の奥でぎゅぅってするの」

 

退廃の毒気を纏わせて、嘆願する。

切なげに長い睫毛を震わせ、頬に赤みを施して小柄な自分の身体を活かして騎士を見上げる。

 

「ギネヴィアっ、いけませんっ……」

 

強くは出れない、知っている。

何せ長い付き合いだ。

中身がどうあれ、見てくれが美女だとこの男はどうにも強く出れないのだ。

それこそ王命であってもだ。

これが誉れある円卓の筆頭騎士でいいのかと思わず口から溜息が出そうになるが、そこはそれ、ぐっと堪える。

何せこの駆け引きを遂げなければ己の内から涌く欲求は如何にも解消できそうになかった。

己の心情を想う様に香り高い色彩が揺れた。

魔術工房だなんて言って王宮内に創った硝子で覆われた小さな箱庭。

そこで穏やかな春の日差しを受けて柔らかな香りを漂わせる草花。

その香気に混ぜながら甘い毒を漂わせる。

 

「ね?お願い……苦しいの、切ないの」

 

あと一押し。

明らかに動揺で揺れるヘザーの花弁を確認しながら彼の腕に触れる。

しな垂れかかる、その一歩手前。

男に花を持たせてやらねばと母から口酸っぱく言われたせいもあってかこういうことは得意だ。

貴方が抱いて、最後の一押しは貴方が踏み出して。

そう言う為の女の口実。

自分という存在が嘗てどんな器に入っていたのか知りはしないが、少なくとも今の入れ物が女であるという事はこういう時に便利だった。

 

「もう……我慢できないよぉっ」

 

幼子が父に強請るように、それでいてまるで娼婦のように唇から淫靡な音を出す。

蜜は溢れて臭いを泡立てる。

放蕩息子が見れば口を押さえること請け負いなしのこの光景。

主人が見れば間髪を容れずにお仕置き(エクスカリバる)だろう。

だが今この場に邪魔者はいない。

居るのは男の性に揺れる騎士(ヘタレ)と私だけ。

主人は政務に明け暮れ、もう二晩と会えていない。

息子は蛮族退治だといって盗んだ騎馬でお目付け役(ガウェイン)と共に遠征中。

全くもって問題なし。

さあ逝け、あっ間違えた、言ってしまえ。

お前の言葉を王妃が待っているぞ。

さあ、さあっ、さあっ!

 

 

 

「はいクラレントどばーんッ!」

 

 

 

自分の背後で馬鹿みたいに能天気な破壊音がする。

思わず舌打ちが出てしまったが後の祭り、ランスロットは自分から離れて襟元を正している。

手前にある扉、その向こう側に敷いた客除けの術式が纏めて、そして極めて頭の悪い方法で打ち砕かれていた。

そして勢いそのまま飛び込んでくる軽装姿の少女。

 

「そこまでだぜっ!母上っ!」

 

ばーんと脆い硝子に何の遠慮もせず開け放つ辺りもう少し教育に力を入れねばならなそうだ。

 

「いやぁ探した探した、此処ほんとなんでこんな迷路みたいなカタチしてるんだよ。仕様がないからつい、王剣(クラレント)使っちまったぜ」

 

清々とした顔でそう宣う馬鹿娘に頭を抱えそうになる。

どう考えても何かあれば聖剣ぶっぱ、とりあえず聖剣ぶっぱ、何はともあれ聖剣ぶっぱで解決できると思っている父親と同僚の所為だろう。

 

「(とりあえずあのゴリラは後で締める)」

 

愛馬も悲鳴を上げる筋肉馬鹿を思い浮かべながら私はくるりと回って息子に向き直る。

 

「いい加減いっつも城から抜け出して畑仕事するの止めろよ母上。……つうかランスロット卿、あんた母上のお目付け役だろ。その様子じゃまーたかどわかされたな」

「いや、落ち着け、モードレッド。これは違ゥッ!」

 

取り敢えず余計なことを話しそうな穀潰しは股間を蹴り飛ばして黙らせる。

振り返った先にいた先には自分がお腹を痛めて産んだ子ではないけれど、王とそして自分によく似た金紗の髪。

私の碧眼とは違う父譲りの翡翠色の瞳。

アーサー王に正当な嫡子として認められた可愛い可愛い馬鹿息子がいた。

 

「……ねえ、モードレッド」

「応、何だ!母上!」

 

まるで私を見つけたことを褒めてくれと言わんばかり。

むしろ尻尾が幻視できるほど。

 

「母さんね、何度も言ったと思うけど」

「応!あ、それで母上また勝手に外に「まだ母が喋ってますよね?」……ちぇー」

 

しかしこの子は武芸に関しては天性の才は有れど、如何せん、ちょっとばかし、うん、残念なのだ。

我が野望の為にも、ここで躾ついでに回避しなくてはいけない!

母の特権ここに極まれり、なのだ。

 

「工房は魔術師のお城、無暗矢鱈と入ったり壊したり聖剣をぶっ放してはいけません」

 

何度も言いましたよねと念を押せばしぶしぶ分かってるだなんて返事が返ってくる。

 

「(よしっ)」

 

いける、このぐだって来た感じはいける、行けるわギネヴィア、いい調子よ。

 

「良いですか、聖剣とは相応しき時に振るうからこその物。貴方に私が預けたその王剣はこの国の王権その物です。みだりに振るってはいけません」

「あーもう!わかってるって!」

「そうですか、ならよろしい。さて、モードレッド。此度の遠征もまたお疲れさまでした。父上もさぞお喜びでしょう、早く顔を見せてあげなさい。きっと素敵な食事で歓待してくれるでしょう。おお、そう言えばもう昼時ですね。貴方もお腹が減ったでしょう、早くお行きなさい。そうそう母はこれから少し所用で出かけますので留守は任せますよ」

 

反論許さず、口早に告げそそくさと歩き出す。

この間に用意していた荷物を圧縮し己の服の中に放り込む。

そのまま足早に去りながら、愚息の頭を一撫で。

完璧!まさに完璧よ!ギネヴィア!

自画自賛しちゃうっ!

さあこれで思う存分荒地で農作実験三昧よ!

 

「って駄目だぜ!母上!またそうやって勝手に王都離れて訳わかんねぇ実験するのは止めろってこの前アグラヴェイン言ってたじゃんか!」

「くっ!」

 

ぐだりが足りなかったか。

思わず王妃らしかぬ悔しさを声に出してしまう。

 

「……いいですかモードレッド。母のしている実験はそれはもう崇高な、ええそれはもう大変崇高な実験なのです」

ならばと正論で攻め立てる。

どうだ、母親に口喧嘩で勝てるまい!

「いや、母上毎回種植えちゃあよく分かんない幻想種擬き育ててるじゃん」

「ぐぅぅっ!」

 

ド正論で返された。

モードレッドに、それもモードレッドに!

 

「あ、アレはですね、弛まぬ実験の、そう必要な犠牲なのです。失敗は成功の母、そう述べた大偉人がきっといる筈でしょう。とりあえずチャレンジしてみなくては何も芽は出ないのですよ」

声が震えているのは気のせいの筈。

 

「いや、種蒔いて出てきたのが芽じゃなくて竜頭の怪物とか駄目だろ。アグラヴェインとベディの奴、青い顔してたぞ。ケイはブチ切れてたし」

「くぅぅ!」

 

まあガウェインは喜んで切り倒しに行ってたけど、という息子の正論が突き刺さる。 

何時からこの子はこんなに賢くなってしまったのか。

最早打つ手はなし、否、そう否!

 

「……お、」

「お?」

 

これは全ての誇り全ての恥を癒す最後の必殺技(ひっさつわざ)

 

「おぼえておきなさいよぉぉっ!」

 

即ち逃走。

戦術的撤退である。

足場に固めた魔力を爆発させ続けながら愚息の脇をすり抜ける。

情けない声によって注意を逸らし完璧なタイミングで駆け抜ける。

完璧、いっつぱーふぇくと。

 

「(勝った!アーサー王物語完!)」

 

勝利の未来へレッツゴー、さあめくるめく楽しい実験の始まりだ!

 

「其処までにしておきなさい、ギネヴィア」

「ぐえぇ」

 

襟元掴まれてレッツもゴーも糞も無くなった。

 

「全く、このお転婆は本当に……」

「おーやるじゃんランスロット卿。最優の名はだてじゃねぇなぁ」

「貴女もいい加減、王妃のやり口を覚えなさい。でなければ王の後継など夢のまた夢ですよ」

「……人妻の色仕掛けにやられそうになってるやつに言われたかねぇよ」

「ぐっ!」

 

器用に私を抱えたまま胸を抑えるランスロットとそれを見てケラケラと笑うモードレッド。

何時もの風景。

見慣れた日常。

 

「まっ、母上の言った通りいい時間だしな!円卓の連中誘って飯にしようぜ!」

「ふむ、偶にはそれも悪くない。漸く東の連中との小競り合いも落ち着いてきたのだ。ゆっくりと肩を並べて友諠を深めるのも時には必要だろう」

 

貴方もそう思わないか、そんな分かり切った問いに笑みを浮かべる。

 

「……仕方がない、偶には私が腕を振るいましょう!」

 

それに俄かに騒ぎ出す息子とそれを見て苦笑する友。

暖かい、何時もの光景。

光の差した硝子扉。

その向こうで待つ王の姿と幸せそうに食事をする姿を思い描いて笑みが零れた。

そんなごく当たり前の幸せ。

それがこのログレスの王妃ギネヴィアの毎日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下ッ、女王陛下ッ」

 

いつの間にか王座に座ったまま眠っていたらしい。

見慣れた玉座の間。

其処に切羽の詰まった、若い少女の声が響いた。

悲鳴とも懇願ともとれるその声の持ち主は馴染み深い王妃付きの近衛のものだった。

眠りに誘ってくれるような優しい声が何時も甲冑でその美しい顔を隠した恥ずかしがり屋の少女だった。

戦火の臭いが蔓延る王城内に相応しいものではなかった。

 

「ええ、ごめんなさい。少し眠ってしまっていたみたい」

少し前であれば舌をちろりとだして可愛げでも出していただろうか。

ああでも、今はもうそんな余裕はないのだ。

夢に見た、あの暖かい日を最後に享受したのは何時だったか。

戸を開けたその向こう、十二の席を埋める誉れある騎士達。

それを支える特別顧問たる先達者と世界最高峰の魔術師。

そんな彼らを束ねるは混迷極めるブリテンを統一し悪しき竜を討った騎士の王。

ブリテンが誇る十五騎の最大戦力、それが円卓の騎士。

そしてその半数以上が欠けてもう随分と久しい。

 

「御休みのところ、申し訳ありません。火急、アグラヴェイン卿より伝令が」

 

始まりは何てことはなかった。

剣帝の崩御。

音に聞こえる戦闘狂、その死。

分かり切っていたことだ、只々力を追い求めあの羅刹が道半ばで倒れるなど知れたことだったのだ。

そしてそれはそのまま朗報だった。

元より資源の少ないブリテンの地、新たな開拓の先を海の外に求めるのは当然の帰結で、だから王は旅だった。

ローマ遠征、後の世にそう語られる円卓崩壊の原因。

 

「そう彼が……では、行くとしましょうか」

 

だからこそ、私はそれを邪魔し続けた。

どう足掻いてもこの地に未来はない。

何の因果か、どんな理由か、それは定かではないが、自分は先の世を知っている。

そう言う風に生まれ落ちた。

千里を見通し世を選定する眼など持ち得はしないが、純粋な知識としてそれを知っていた。

 

輪廻転生。

仏教に語られる生まれ変わり。

それがどうしてかこの時代に生まれ落ちることとなったのか、魔術の徒となった今でもそれは分からない。

それでも此の瞳は先を知っている、その事実だけで十分だった。

 

「大変申し訳ありませんッ!御休みと知っていれば、せめて、せめてッこの首でアグラヴェイン卿に待って頂きましたッ」

「そんなこと言っては駄目よ?第一皆が剣を振るっている時に一人休んだ私を責めこそしても貴女が非を感じる必要なんてどこにもないでしょ?」

「どうかどうか、どうか御自愛下さい!開戦よりこれまで、陛下は幾夜御身を床に就かれましたでしょうか?」

さあ幾夜だったか、王が旅立ち、それに入れ替わるようにして蛮族が攻めてきてから半年。

 

既に国土の三分のニが蛮族の手によって犯されていた。

 

知っていた、滅びの要因が何であるか。

手に取るように先が分かっていた。

農作物が満足に育たぬ貧しい大地。

そこに魔術なしで、そして何れ農夫たちが自らの知恵のみで解決できるように種を選定して幾年か。

少しでも飢饉を先延ばし蓄えを増やすために道理にそぐわぬ禁呪を以って天候を改竄しどれほどか。

知っていようと足りぬ知識、それを補うために生まれを問わず出自を問わず海の外の識者を受け入れたのは幾人か。

間違っていると分かっていても悲しみの申し子に零れぬ霊薬を渡してどうなったか。

あの毒婦が生んだ悲しき少女を我が子として愛した年月はどれ程になったのか。

そうまでした。

そこまでやった。

分かりうる限りの原因を叩き潰し、知りうる限りの悪因を断った。

滅びを許せなかった。

死を許すことが出来なかった。

 

「大丈夫よ、貴女の見てないところでちゃんと寝てるの。知っているでしょ?私、魔法使いなのよ」

 

眼を開けながら寝るのなんて馬の世話より簡単よ、と鎧の下で悲痛な声を静かに上げる少女に告げてみせる。

 

嘘だ。

辛い。

苦しい。

休みたい。

眠気は慟哭に変わって頭の中で鐘を鳴らし続けている。

手足がずっと冷たくて仕方がない。

化粧を知らない白い肌が死人のように青くなって結婚式以来久しぶりに化粧道具を引っ張り出すことになった。

食事も満足に喉を通らず、磨り潰した泥のような物を飲み込んでいる。

辛い、苦しい、眠ってしまいたい。

嗚呼、それでも、彼女が愛する国を守らなくてはいけない。

 

「それに彼の事、そんな風に言っては駄目よ。あんな怖い顔して、彼、とっても繊細な人だから」

 

第二席パーシヴァル、第十三席ギャラハッド、聖杯探求の命を受け未だ帰還ならず。

第三席ケイ、第四席ランスロット、第六席ガヘリス、第九席ベディヴィエール、王の信任篤き最高の騎士たちは王と共にローマの地に。

このキャメロットに残ったのは半数、そして特別顧問の大領主。

それで十分だった。

一騎当千の武が、千を超える文官を束ねる智が、幾万の民を守る将が此処にあった。

王の判断に何の間違いもなかった。

そう、その筈だった。

 

「彼の処に行く前に大まかな戦況を教えて頂戴。時間が惜しいのでしょう?私は大丈夫だから、ね?」

 

戦況なんて、()()()()()()()()()()というのに。分かっていながらそんな言葉を吐き出す自分に呆れてしまう。

間違っていなかった。

王の為に費やした己の半生も、そしてこの先の未来を想い後事を騎士と私に託して旅だった王も、間違ってなどいない筈だった。

 

先ず先遣隊として向かったパロミデスが死んだ。

万を超える軍勢から生き残った数百を守る為に殿を引き受け、飲まれるようにその骸ごと姿を消したのだという。

次に逝ったのはボールスだった。

聖杯の兆しに触れ唯一生還した年若い騎士は獅子の如く奮迅し防衛線が出来上がる半月もの間休む間もなく戦い続けた。

誉れ高い円卓に座るのだと息巻いて、それに見合う心根と武勇を持った若者だった。

次代を担うと、息子が王となった暁には心から騎士として支えてくれる、そう秘かに思っていた。

けれど漸く築き上げた防衛線、それを壊さんとする猛威にただ一人立ち向かい相打ちとなって討ち死にした。

 

その次はペリノア老とガウェインだった。

始めは仲が悪かった。

仕方がない部分もあって、それを互いに武勲として酒の席で笑い合える程度には手を取り合えるようになった。

だからだろう、ペリノア老の領地を蝕む蛮族を真っ先に騎馬を駆って助太刀しに行った。

二月と半月、朝も夜もなく戦い続け最高の騎士の名に負けぬまま剣を持って息を引き取ったと眼も肺も潰れ息もできぬその身でガウェインの勇姿を告げてペリノア老は逝った。

 

兄の死に堪えられぬ嗚咽を漏らしながらガレスは剣を執った。

友だった。

何てことはない、王宮で身分が近しい数少ない女同士だったから。

密やかに恋話をしたり、甘い砂糖菓子を作ってみたり、時にはお忍びで城下町に遊びに出たり、子どものように遊んだ友だった。

彼女は拭いきれない涙をそのままにキャメロットの目前まで迫った敵を一月の間守り続けた。

勇ましい子だった。

騎士として相応しい武勇もあった。

けれど優しい子だった。

親しい騎士が一人失われるたびに当然のように涙する、当たり前のことを当たり前に出来る女性だった。

だから時間稼ぎだと言って出陣する彼女を、死に行く彼女を止められず、優しいその子を必要だからとこの手で彼女ごと撃った。

全身を炭化させて白い手の見る影もないまま帰ってきた彼女が最後に見せてくれたのは何時ものお人好しな笑顔だった。そんな笑顔こんな場所でさせたく無かったのに、私がさせてしまった。

彼女の献身によって敵が引いて、ようやく静寂になった。

敵が隊列を直すまで、半月有るか無いかの平穏が訪れた。

 

そんな時だった。

ある晩ふらりとトリスタンが消えた。

 

例に漏れず女好きで取り敢えず口癖を言えば何とかなると思っていて、寝てるのか起きてるのか分からない男だった。

よくランスロットと馬鹿をやってパロミデスと喧嘩してアグラヴェインが説教をする、そんな景色を王と並んで笑いながら見るのが楽しみで、そして当たり前の日常にいる大切な仲間だった。

円卓の十一番目の椅子に使い終わった空の瓶と幸運の印(ホワイトヘザー)が置いてあった。

便りもないただそれだけがぽつんとあって、もう彼の口癖も優美で寂しげな竪琴も聞けなかった。

翌朝彼が僅かな供回りを連れて間引きに行ったのが分かった。

誰もそんなことは命じてはいない、王命に背く働き。

珍しく私情を隠そうともせず忌々し気に報告するアグラヴェインの姿が印象的で場違いな笑いが出てしまった。

彼が笑わなかった分笑いたかったのに出たのは雨だけだった。

その後二月の間、蛮族の襲撃はなかった。

だから今、蛮族の攻勢が再開してしまってもこうして戦っていられる。

 

「いえ、其れには及びません。遅参を御許し下さい、王妃」

 

現れた黒騎士の姿は見知った男だった。

円卓の騎士第十二席アグラヴェイン。

誰も彼もが零れ落ちるこの場所で最後の綱を支え続ける猛者。

今現在ブリテンが何とか最後の一線を踏み留まれる要たる三人の騎士の一人。

 

「ええ、勿論。貴方が来るのは何時だって必要な時、遅参なんてないでしょう?」

 

渋面のまま返答も無しに押し黙るのは、そんな不敬を良しとされた自分のお目付け役で良き理解者だった。

 

「それで貴方が此処まで来たのですから、何かありましたか?」

「……モードレッド卿に帰投の命を下して頂きたく」

「……そう、ある程度集まったのね」

「はっ。それに着き王妃には聖槍を引き揚げていただきたく」

「そうでしょうね、分りました」

 

返事はもう慣れてしまった。

王妃が王の留守を預かるという事。

王宮の、否、国の全権を担うという事。

それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()という事。

最果ての錨、国土諸共外敵を討ち滅ぼす兵器を使うという事。

何度使ったか、最早キャメロットの前に人が住める土地はない。

大地という表皮(テクスチャ)は焦土と化している。

多くの騎士を犠牲に敵を槍で狙える場所にまで集め、そうして長い年月をかけて育ててきた国土を贄に敵を殺す。

大切な民と領土を手にかけて、僅かな勝利をこの半年の間ずっと拾い続けてきた。

それを今日もまたするだけ。

 

「……御気持ち、非才なるこの身で幾許も図れぬことを御許し願いたい」

 

顔に出たとはいよいよ年かしら、だなんて馬鹿みたいなことを思ってしまう。

情けない、この戦時に何をしているか。

感傷も絶望も必要ない。

求められた、民に騎士に国に。

支えでなくてはいけないのだ、王が帰るその時まで。

ほんの僅かに、久しぶりに恥ずかしさが込み上げて、つい人間らしい感情に突き動かれてしまった。

 

「貴方が非才なら、他の騎士たちはただのゴリラよ」

 

古馴染で生き残ってくれた戦友を相手につい軽口が出る。

ゴリラなんてそんな物、この国の誰も、勿論今生の自分ですら見たことないというのに。

咳払いを一つし、空気を切り替える。

さてお仕事だと活を入れてやらねば、もう駄目だった。

 

「アルテガール」

「此処に居るぜ、王妃殿。待ちに待ったお仕事の時間か?」

 

気負うことなく空気を読まないのではなく叩き潰す洒落っ気を交えて夫の盟友が返事をした。

若草色の髪を揺らす壮健な若者。

ガレンシス伯アルテガール卿。

今回の蛮族襲来で土地を焼かれ生き残った領民を連れてこのキャメロットまで落ち延びた一人だった。

本人は落ち武者だなどと嘯くが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この男ほど頼もしい存在は今この王城の中にはもうそれほど残ってはくれていなかった。

 

「殿を」

 

だから命ずるのも一声で良い。

 

「応、精々赤いのが戻るまでの間、敵さんを引っ掻き回してやるさ」

「アルテガール卿、貴公の騎馬は先日の防衛線で失われたと聞いたが如何にする?世もや健脚振りでも見せつけるわけでもあるまい」

 

暗にこちらではもう馬は用意できないぞと、そう告げるアグラヴェイン。

嫌味でもなく本当の事だった。

既に多くの騎士は馬を捨て徒歩で戦いに挑んでいる。

馬はこの王都に避難した人々の食料にされ残されたのは指揮官の騎馬と物資輸送の為の物、そして伝令用の早馬だけ。

それにしても酷使のし過ぎで多くの馬が足を故障している。

この国に残された財の底は見えていた。

 

「おいおい、忘れたのかよ?」

 

アルテガールはそんなこと知ったことかと笑ってみせる。

 

「いいかアグラヴェイン、俺は負け戦は苦手だし籠城なんて大嫌いだ。だから走ることにかけては誰にも負けない、例え騎馬が無くとも戦車がなくともだ」

 

思わずいいなと羨ましく思ってしまった自分が憎たらしかった。

どうしてこうも、この男は、こんな状況でも、光輝けるのだと嫉妬する。

そんなことは知る筈もない。

彼は言葉を続ける、絶対の自負に満ち溢れた言葉を。

 

「この国で俺より足の速い奴はいない」

 

 

 

 

 

 

 

深夜、皆が眠った。

無論文官は今も働いていて見回りの兵たちも交代で傷ついた身体を押して敵の襲来を観測している。

なら皆ではないかと下らない自問自答をしてしまう。

どうすればいいか。

その答えが出ないから、今も些末事に逃げ出そうとする。

逃げたい。

そう、逃げたいのだ。

こんな筈じゃなかった。

こんな、こんな苦しい生を何故、何故選んでしまったんだろう。

どうしようもなく誰も彼もが零れていく。

王妃とこんな小娘に敬意を払ってくれた兵士たちが。

城下町に遊びに行って窘めながらも見守ってくれた民が。

一緒に笑った仲間が、一緒に遊んだ親友が、一緒に王を支えてきた騎士たちが。

誰も彼もが欠けていく。

幸せが崩れていく。

描いた未来が泥で塗り潰される。

こんな筈じゃなかった。

こんな筈ではなかった。

こんな、こんな、未来に辿り着きたかったのではないのだ。

彼女に見せたかったのは、約束したのはこんな場所ではなかったのだ!

 

カツンと音が鳴る。

気づけばその場所にいた。

 

「な、に……これ……?」

 

城塞都市キャメロット、その王宮。

文字通り戦争用に造られたこの都市は一度邪竜の手に堕ちた。

だからこそ数多の識者と術者が粋を集めて浄化し二度と邪悪に染まらぬように仕上げた。

人の祈りで編まれたこの場所、当然自分もその儀式に参加した。

だからこんな門は知らない、知る筈もない。

自分が歩いたのは武器庫に行くための回廊。

明日戦場を征く兵の為に少しでも力となる様に術を掛けようとしたはず。

だから、こんな場所に行くはずがない。

 

「何……?何で、こんな門扉が?」

 

古ぼけた門だった。

灰と埃に塗れ、月明かりに照らされることもなく佇んでいる。

施された装飾は風化し腐ったように剥がれ落ち、唯一戸を開くために付けられた獅子の口輪だけが残っていた。

そんな白亜の城に似つかわしくない物が自分の前を遮っている。

蛮族の仕業かと疑うが、そんなことが有りえる筈がない。

この城はあらゆる邪悪を弾く場所。

万に一つも奴らが入れるはずがない。

マーリンの幻術すらこの場所では一定の制限が掛けられる、それほどまでに完璧な場所。

だからこんなものがある筈がない。

ゆっくりと服に仕込んだ武具の所在を確かめる。

何時でも、そしてどんな相手であっても生き残れられるように幾つもの術式を起動させる。

そうして私は扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば、其処にいた。

焼け付いた空気が肌に触れる。

戦場で嗅いだ血混じりのそれとは違う、ただ燃えているだけ。

降り注ぐ雨にはこびり付いた僅かな腐臭。

それは火を消す慈雨ではなく世界を侵す毒。

 

「ッ!?」

 

何が起きた。

何処だ此処は。

今は一体何時なのだ。

いや、其れよりも。

 

―――何故こんな身体になっている。

 

魔術師でなくても分かる。

血の通わぬ肉、軋むことすらない骨、張り付けられた皮。

その全てが霊子によって編まれた偽物。

掻き毟るように全身を調べ、この身が何かに変わっていることを見せつけられる。

この身が生者の物でないことが分かってしまう。

 

「っは……はっはっ」

 

乾いた笑いが漏れた。

まざまざと突き付けられる。

 

「どんな呪いよ、人の魂だけ引っ張り出すだなんて、そんなのマーリンだってできないわ」

 

蛮族の術士は凄いものだと笑って、

 

「そんな……わけ、ないか……」

 

そんな奇跡誰にだって使えない。

だってそれは魂の物質化、そんなこと出来るのは辿り着いた者(魔法使い)だけ。

なら、わたしは、こんな亡霊のようになって見知らぬ場所にいるわたしは、

 

「来客が現れたと聞いて来てみれば、よもや今更代役が宛がわれようとは」

 

思考を遮られた。

男の声がする。

老年というには若すぎる、だがその割に疲れきったそんな諦観に近い何かを纏った声だった。

自分の知り合いにこの声色の持ち主はいないが、よく知った声ではあった。

長く続く戦いに暮れた老兵によく似ていた。

 

「驚いたよ、こんな最果てまで抑止の手が届くとは」

 

己の何を見てそう思ったのか、見慣れぬ胴鎧(ボディアーマー)を朱塗りの呪詛で彩った騎士は口元を皮肉気に歪め其処に立っていた。

 

「……出会い頭に抑止力(アレ)と同類にするなんてちょっと口説き文句には洒落がないんじゃないかしら」

 

口から出るのは王妃としての言葉。

情けない所は見せられないと虚栄を張ってみせる。

 

「よく言う物だな、魔術師(キャスター)。君もまた聖杯に呼ばれて集った使い魔(サーヴァント)に違いなかろうに」

「あら素敵、籠の鳥だなんていい趣味だわ。それならご同類のよしみで仲良くお茶何てどうかしら?」

「いや結構だ。私にもやることがあるのでね」

 

そう言って矢を番える男。

ああ生きねば、生きなくては。

だから逃げなくては。

 

―――ナンノ為ニ?

 

キャスター。

口遊む者、語る者。

サーヴァント。

従者、従卒。

聖杯。

グレイル、ホーリーチャリス。

 

その言葉に聞き覚えあれどそれが意味する魔術的な意味は分からない。

己と同じように超高密度の霊子で編まれた目の前の戦士と、そして今の己がそれにあたることは理解できるが

さてどうしたものか。

何もかも分からない。

異邦の地で、謎の騎士。

それも妖精たちが住まう自分の国でもそう見ない神秘の塊。

嗚呼でも、もう、そんな事どうだっていい。

だってもう逃げる必要も取り繕う必要もなくなってしまったのだから。

最後の意地で張った虚栄が剥がれ落ちていく。

 

「ねえ騎士様、どうやら私死んじゃったみたいなの」

「……何?」

 

笑ってしまう。

何て無様。

あんなに生き足掻いて見せたくせに自分の死に際すら分からないまま自分は死んだ。

 

「あーんなに生きたかったのに、なーんにも残せないまま皆より先に逝ってしまったみたいなの」

 

嗤ってしまう。

何て愚劣。

任せられた役目すら果たせずあれだけ民に血を流させておいて勝手に死んだ。

おまけにあれだけ固執していたというに死んでみせたらこの通り、肩の荷が降りたと言わんばかりに清々としている。

 

「ふっふ、ばーかみたい。わたし、なんのために生きたというのでしょう」

 

自分勝手に生きて何一つ分からず死んで、勝手に楽になって。

そして今何一つ分からない場所で彷徨い出ている。

 

「そうか、君は……」

 

気持ち悪い。

状況なんてこれっぽっちも分からない。

ただただ勝手に楽になって祖国を見捨てた浅ましい己への憎悪だけが直走る。

嗚呼でも。

成程、そうか。

 

「ねえ聞いて下さる?」

 

「私ね、もうあの人の妻じゃなくなっちゃったの」

 

「もうあの人を支えられない……ッ」

 

「もうあの人とお話しできない……ッ」

 

「もうあの人を、彼女を幸せにしてやれないッ!」

 

「もうね……もう、もうッあの人の傍にいられなくなっちゃったのッ!」

 

―――私はもう王妃じゃない。

 

「不完全な召喚による記憶障害か……確かに覚えはある。いやそもそもこんな状況で呼ばれたのだ、生前の意識のまま引きずり出されることもあるか」

 

目の前の男が何を言っているのか分からない。

何故憐れむのかも分からない。

理解できない。

何一つ。

身体の力が抜ける。

馬鹿みたいにずっと考えていた政も今の状況への疑問を散っていく。

でも一つ分かる。

 

「……嗚呼どうしましょう」

 

馬鹿みたいに、狂ったように。

恋に破れた乙女の様に。

 

「ふふっ御免なさい。実は私とってもはしたないのだけれど、すっごく今()()()()()()

笑みを浮かべる。

可愛く、あざとく、とびっきり笑顔(殺意)を顔に張り付ける。

 

「……おや、君ほどの女性からそんな情熱的なお誘いを受けるとはわざわざ門番を代わってきた甲斐があったか」

 

ぐるぐるぐるぐる回る何か、ずっと忘れていた黒いもの。

情欲にも似た獣の情。

 

「ええ、ええっ!勿論よ!素敵な御人!素敵な騎士様!ねえ?どうか」

 

媚びる。

情けもなく。

遠慮もなく。

これは正しき戦いではない。

私情に全てを投じた情けない八つ当たり。

それでも。

それでも。

この行き場のない劣情を。

猛り狂う激墳を。

どうか。

 

「どうか受け止めて下さいな(死んで下さいな)?」

 

言葉を終えて哄笑と魔力が溢れ出し、辺りを焼き払った。

 

後に観測者(カルデア)の手によって名付けられるその名は特異点F。

その場所で初めて行われた異邦のキャスター(ギネヴィア/わたし)と正規のアーチャーによる開戦の合図だった。

 

 

 




学者系キャスターギネヴィア。
門の先は特異点F、しかも黒化無しマスター無しで魔力切れそう。
自分の死因も分からない。
おまけに狂化スキルもないのに自前で発狂中。
さあ彼女の明日はどっちだ!


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純白の花嫁(セルフ発狂完備)

ヒロイン、一応アルトリア先輩なんだけどね。
回想ですらこれっぽっちも出てこない、なんでだろ(すっとぼけ)


冷えた雨が全身を濡らした。

淡い空色の洋装もじっとりと水を含んで重くのしかかる。

 

『哀れだな』

 

先程まで自分を文字通り刻み続けていた男の言葉を思い出す。

雨よりもずっと重い言葉であった。

 

『数合わせとは言え我々とは違い、限りなく正規に近い霊基。ならば当然マスターが必要だ、不幸なことだがね』

 

主人、主人っ、主人ッ(マスター、マスターっ、マスターッ)

滑稽だ。

この期に及んで自分は未だ主人が無くては生きていけ無い身体らしい。

いよいよもって亡者めいてきた。

仮に王妃であったものが今ではただの亡霊とはとんだ喜劇も良い所だろう。

化けて出るならもっと素敵な姿がよかったというものを。

 

『その様子では聖杯から何も受け取ってはいまい』

 

首を剣で貫かれ、四肢を枯れた荒野に縫い付けられた私の横に片膝をついて男は話す。

最早何もできない私をこれ以上甚振ることもなく、ただ哀れみを込めて冥途の土産とでも言いたげに語りだした。

 

『君も含めた我々は英霊だ。過去未来にその名を遺した哀れな亡霊、その影を願望器を餌にクラスという名の器に縛り付けて代理戦争を行う。それが聖杯戦争、そしてそれが君が此処に居る理由だ』

 

英霊。

知っている。

死して世界の裏に在るとされる座に着いた超常の者。

丸っきり自分のような半端に玉座から逃げた愚か者では到底辿り着けない栄誉だろう。

そんなモノに自分が成ってあまつさえ聖杯欲しさに遠い時代の果てに未練がましく現れたというのか。

本当に、なんて無様なのだろう。

 

『マスター無き身では本来特殊なスキルでもない限り早々と座に送還されるのだが、幸か不幸か君はそれを持ってしまっていた』

 

わあ素敵。

そんな技能があるだなんて、頭がおかしくなりそうだ。

いやもう可笑しくなったのだろうか、それとも可笑しくなっていこうとしているのだろうか。

分からない。

 

『神性によるものか生前の功績か、そこまでは分からないが大地そのものから魔力を高効率で吸収する。成程通常の聖杯戦争で、正規のマスターが存在すれば最下位候補キャスターとは思えぬ猛威を振るっただろうよ』

 

猛威、猛威?

何処がだろうか。

振るった十三の砲門、大地の大源を貪りその己の身体を通して放たれた高密度の魔力砲。

見覚えのある、懐かしさすら感じる近代的な建築物を根こそぎ焼き払って見せたそれが、この男には何一つ通じなかったというのに。

魔術に対する霊的な防御、そして淡く輝く七つの花弁。

己の砲門一つ一つを嘲笑う様な莫大な神秘が秘められた百を超える剣軍。

幾ら、幾ら、幾ら撃とうとも一度たりともその身体を傷つけられず。

だからこそ点から面に、周囲の大源を結晶化させ空間そのものを地雷で埋め尽くした。

成程、傷はつけられた。

醜い喜びが、下卑た感動が胸を震わせ脳を活性化させて。

 

『残念ながらこの戦争はもう決着が着いていてね。それも飛び切りの厄ネタだ。何せ汚染された聖杯の中身が零れだし何もかもご破算にしたのだから』

 

固有結界などという規格外の神秘によって、私の振るった魔術は悉く否定されつくした。

後は簡単、無垢な乙女が欲望に汚されるように。

剣の総軍によって蹂躙されつくしたのだ。

 

『当然君が寄る辺にする大地も泥に侵された。となればそれを吸収した君も加速度的に泥を吸い込むことになる……そうなったのも必然だろう』

 

侮蔑と哀れみともとれるその目。

何ことだろうか。

一体彼は何を憐れむのか。

こんなに、この身体は軽くなってしまったというのに。

五体で無事な場所は一つもない。

それでも生きていられたのは、それでも魔力を振るえたのは、無意識に喰らった泥のお陰なのだと彼は言う。

 

『さて、私はこれで帰らせてもらうよ。騎士王からの命令でね、如何やら新しい来客がこの地に降り立ったようだ』

 

そう言って立ち上がると彼は固有結界を解いた。

何か聞き覚えのある単語が聞こえたような気がしたが、それを想うのが怖くてするりと溶けて泡となった。

再び雨が頬を打つ。

 

『さようならだ、哀れな少女よ。君は此処で朽ちていけ、若しかすると我らと戦列を並べるやもしれんしな』

 

後に残ったのは動くことすらままならない、襤褸衣だけ。

嗚呼何てことだろう、生きることすら、もう億劫だ。

王妃でもなければ、何者でもない亡霊がただいるだけ。

何て気持ちが悪い。

何て醜い。

これが結末。

これが終焉。

少しでも良き未来を、そう思って辿り着いた先すら満足に見れず、託された留守も流した血への報いも果たせず、異邦の地で誰にも看取られず消える。

 

「……あは」

 

愚劣で愚昧で無知蒙昧。

 

「…あははっ」

 

何て、何て。

 

「あははははは」

 

何て私からほど遠い結末なのだろうか。

笑って見せても楽しくない。

やっと声が出せる程度の回復したというのに視界の先が黒く沈む。

聖杯の泥だったか、ああ良いだろう。

飲み込めばいい、そうして喰らい潰して跡形もなく消してくれればそれでいい。

それいいのだから。

 

不意に、足音が聞こえた。

忙しなく、歩幅もばらばらの幼い歩みだ。

決して訓練された兵士の物ではない。

驚いた、彼の言った通りここは最果て。

誰もいない無毛の大地。

そんな場所で

 

「大丈夫っ!?」

 

聞こえた声は知らない者からだった。

暗く沈んだ瞳に何とか向ける。

後ろで忙しなく憤る少女を無視して必死に何度も呼び掛ける子どもが居た。

未だ二十歳も超えていないだろう、筋の付き方も戦士のそれではない。

全身の魔力回路も一見しただけで分かるほど未熟。

こんな場所に相応しくない、少女だった。

 

「今、助けるからね!」

 

何を言っているのだか。

嗚呼そうか後ろから魔力、大きさから言ってサーヴァントとやらなのだろう。

怪我をした私を連れてそれから逃げようというのだ。

何を。

嗚呼可笑しい。

可笑しい。可笑しい。

そうだ可笑しいぞ。

何を言っているのだ、この少女は。

 

「何……言ってるの?」

 

お前は何を言っている?

私が何一つ太刀打ちできない化け物、その仲間が迫っているのだぞ。

こんな不出来な女なんぞ捨て置けばいいじゃないか。

何一つ成し遂げられぬまま逃げ遂せて楽になって、その果てに辿り着いた場所で生涯をかけて培った魔術が何一つ役に立たなかった魔女だぞ。

何を、一体何を言っているのだ。

 

「もう良いんだよ、よく頑張ったね」

 

何を、だから何をっ。

 

「何考えてるのっ藤丸!マシュが抑えるのだって限界があるのよ!第一()()は……」

 

年若い魔術師が言う。

その通りだ、見知らぬ、どこの誰とも言えない私を何故っ。

 

「大丈夫です!私こう見えて力持ちですから小さな子ぐらい抱えて走れます!」

 

だから。

 

「もう大丈夫!私たちが来たからっ、お姉さんと一緒に逃げよう!」

 

だからッ!

そんな、そんなっ。

貴女は何を言っているの!?

こんな何も残せなかった愚か者を救って一体何の得がある!?

 

 

「いい……からっ!早、く逃げなさい。私はもう、いいのッ!こんなッこんな無価値な女なん「駄目だよ」……え?」

 

ぴしゃりと幼い子を窘める様に少女は私の言葉を遮った。

 

「そんなこと言っちゃダメ、諦めたりなんてしないで。貴女一人で無理でも、此処にはお姉さんが三人もいるんだよ」

 

自信ありげにそう言いながら私担いで走り出そうとする。

止めて。

 

「もう怖いことなんてない」

 

止めて。

折角、折角諦めたのに。

 

「もう怖い奴なんかに渡さない」

 

私を抱き上げ走り出す。

幾ら小柄でも人一人分抱えて走るのは辛いはず。

恐怖か疲れか、手が震えている。

足だってちょっと気を抜けばすぐに転びそう。

それなのに彼女は諦めない。

私は折角、折角諦めたのに。

もう死んだのだと、何もできることなんかないと、未来を見てしまった義務感を抱えて生きていくことに。

友と笑う毎日に。

仲間と食卓を囲む毎日に。

我が子に物を教える毎日に。

 

「もう怖い目なんて合わせない」

 

私の心なんか無視したまま彼女は走り続ける。

後ろから響く轟音に脅えることもせず、ただ愚直に走る。

諦めた私を。

 

「必ず、私が守るから。だからもう」

 

もう愛した人(アーサー王)と共に手を取り合って未来を見るのを諦めた私を。

 

「大丈夫」

 

大切な宝物(ブリテン)を見捨てた、こんな惨めな私を。

力強く抱きしめたまま助け出してくれた。

 

「あ……」

 

何も言えなかった。

何もできなかった。

ただ暗く沈んだ視界に光が差し込んで、泥は溢れた水と共に洗い流れていくのが分かった。

人として、ただ当たり前のことをする。

傷ついた力無き民を守る盾となる。

それはまるで自分の大切な宝物のようで。

そしてかつて、そんな宝物に泥を塗らぬ様励んだ王妃としての己のようで。

余りにも眩しかった。

 

「っ!藤丸!止まりなさいっ!」

 

少女の名が呼ばれて急静止する。

目の前に先程までなかった鎖が幾重にも張られている。

それは蛇。

獲物縛り上げじわりじわりと喰らう罠。

触れるが最後、骨すら溶かす甘き毒。

敵が来たのだ。

 

少女達の行き場が失われた。

もし私を拾っていなければ、そもそもあんな所に無様に転がって居なければ、もしかすると彼女達は此処から逃れられたのかもしれない。

そんな仮定が頭を過る。

でもそれは、そうそれは。

 

「ちょっと待っててね」

 

そう私に一声掛けると近くの瓦礫の裏に横たえてくれる優しい人。

きっと後ろの魔術師とこの先をどうするか相談しているのだろう。

ほら見たことか、私を拾ったことをこっ酷く叱られている。

嗚呼そうだろう、そうでしょう。

私を助けなければ、もしかすると、ひよっとしたかもしれない。

そうだ、そうなのだ。

だけどその仮定は彼女の正しい行いを否定することに繋がってしまう。

それは駄目ね、それは駄目よ。

だって目の前の幼子を救った優しい人が、そのせいで死ぬなんて、騎士の道を歩む王の妻として決して許してはいけない事なのだから。

 

「ねえ、貴女」

 

私の言葉に振り返った彼女は、此方を安心させるよう笑いかける。

手足の震えが隠されていない。

それはそうだ戦場も知らない生娘だ、怖くて辛くて逃げ出したくて仕方がないだろうに。

それなのに人の道を、人倫を捨てた獣に成り果てなかった。

ならば、応えなくては。

 

「ごめん、今何とか「ねえ、お嬢さん。お名前を教えてくれないかしら」へ?」

 

例えこの身が朽ちた亡霊であっても、最後の最後に逃げ出した愚か者であっても。

この身は、彼女の選択を間違った物にすることだけは、人の道を選んだ先に幸いが無いなどと馬鹿げた結末を描くことだけは許してはならないのだから。

 

「貴女のお名前よ?怖ーいお姉さんが来る前に、早く教えてくださいな」

「ちょっと貴女、急に何言ってるのよ!駄目よ藤丸、不用意に魔術の世界の人間に名前なんて教えちゃ。こんな状況でそんなこと言うサーヴァント、第一私たちを待ち受けて「立香、藤丸立香だよ」ちょっと!」

 

リツカ、フジマルリツカ。

何度か口の中で含むようにして確かめる。

大丈夫、如何やら自分はこの手の名前というか発音に慣れた土地に嘗てはいたようで、少しすれば慣れた調子で言えそうだった。

何せ一世一代の大舞台、此処で上手に名前を呼べなきゃちょっと恥ずかしいからと年甲斐も照れる自分が居て、笑ってしまう。

そうして韻を確かめること数瞬。

魔術師の言った通り、名前は容易く呪いとなる。

魔術の世界で尊ばれ秘匿される大切なもの。

それを渡されたなら、名前が紡いで縁を繋ぐ、そんな呪いを掛けるなんて欠伸が出るほど簡単なこと。

身体は重い、けれど心は何時になく軽い。

魔力回路が唸りを挙げる。

残っている僅かな小源を奮起させて、泥も何糞と大源を吸い上げて。

 

「綺麗……」

「……何よこれ。こんな陣、それこそ神代の魔術師じゃなきゃッ!?」

 

神代なんて何とまあ買ってくれる。

これは益々頑張らねば。

汚泥に染まった大地に描けるだけの精緻な魔術陣を描く。

刻むは『補完』『召喚』『邂逅』『循環』『再生』『固定』、そして『契約』。

都合七つの術を以って大番狂わせの術式と成す。

元よりこの身は王と民に捧げている。

今更誰かの飼い犬になるのに抵抗はない。

おまけに主人候補は随分と素敵な人だ、文句なんてこれっぽっちもない。

 

さあ準備は整った。

 

「藤丸立香。道無き場所で人の道を貫く貴女の姿に私は救われた。一時の恩義、この卑小なる身の全てを以って返しましょう」

 

陣は火花によく似た閃光を散らす。

状況は相も変わらずよく分からないまま。

まあでもどうやらサーヴァントというのは超一級の使い魔でそれを使って戦争する、ということだけはよく分かった。

なら後は簡単だ。

使い魔の一つや二つ、片手で足りる頃には作れていた。

ましてや使い魔との契約だなんてとっくの昔に通過した魔術なのだから。

 

「我が名はギネヴィア!ブリテン島を統べしログレスが王、アーサー・ペンドラゴンの妻!」

 

霊基に残る術式を読み取り有り合わせの術理で『補完』したと仮定。

己の身が既に『召喚』されたと偽証。

主人との『邂逅』を起点に設定。

体内の小源と周囲の大源を『循環』させ動力として起動。

汚染された肉体を再召喚したと誤認させ『再生』することで初期化。

名前を結んだことで縁を結び付けたことにして自分を世界と立香(マスター)に『固定』。

六つの門を通り、『契約』と成す。

そうすれば、ほら。

 

「我が杖は主が為に、我が声は主を導くために。あらゆる万難を排し如何なる難題も紐解こうッ!」

 

正規の方法っぽく契約をするだけなんて簡単なことだ。

 

 

 

 

 

 

装いが変わる。

空色の戦衣装(バトルドレス)が風で翻る。

先ほどの洋装とは違う、戦場に立つに相応しい装いに思わず口元が綻んでしまう。

魔力も潤沢に廻る。

パスを通してそれが彼女本人からだけでなく、大規模な魔術炉か何かの後押しを受けているのが分かる。

とは言えこういう契約は予想外なのか、立香は体調を崩したように膝を着いた。

 

「ごめんなさい、無理をさせてしまって。それに本当ならもっと素敵に華麗に可愛く決めたいとこなのだけれど」

 

本当に残念だ。

如何やら彼女と契約しているもう一人の方。

防戦で踏み留まるのもそろそろ限界なことが砂塵の向こうからも伝わってくる。

自分の所為で時間を取らせたのだ。

その分はおつりがくる程度には頑張らねば、仮にも王妃であったこの身の沽券に関わる。

 

「無理やり契約させてごめんなさい。とまあ、それはさておき、一先ず向こうの子を助けに行くわね?」

 

いいかしらマスター?だなんて聞いてみれば青い顔。

先程から忠告を続けていた年若い魔術師に介抱されながらそれでも強く頷き、答えてくれた。

 

「私はまだ貴女の事何も知らないけど……だけどわかるよ、さっきの言葉に嘘はなかった。だからお願い、マシュを守ってッ!」

 

主人の言葉に飼い犬の様に見っとも無く打ち震えてしまう。

マシュ、前にいる少女だろう。

自分の事よりも戦友を。

おまけに勝手にした契約の宣言を信じるとまできた。

堪らない、胸がぎゅっと熱くなる。

熱を帯びた仮初めの心臓が鼓動に応じて血潮を騒がせる。

先程と言い今の言葉と言い、如何にもこの子は人をその気にさせる天才の様だ。

悪くない。

気が付けば既に脚は駆けだした。

本当に犬になってしまったかなと思わず笑ってしまう。

良い、本当に良い。

血の巡りも久々に悪くない。

戦場にいるだけでない。

今一つ泥の影響で如何にも思考がクリアじゃないが、まあ何とかなるだろう。

見っとも無く茹で上がってヒステリーになるような年じゃないし。

ギネヴィアまだ若いもん。

三十路まであと一年あるもん。

大丈夫、うん、大丈夫、きっと、めいびー。

踏み出す足に魔力を載せ、叩きつける勢いで破裂バースト。

十分な速度で戦闘の余波で砂塵を舞うその向こうに到達して。

さて大仕事、そう思ったら、

 

 

 

「……あ?」

 

 

 

見っともなくも頭に血が上った。

 

騎士が居た。

大鎌を構えた女に対して、熟練の技に振り回される歪な少女。

立香同様後姿からでもわかる幼い様。

騎士の形をした少女だった。

 

「おや?……驚いた、生きの良い少女が増えたと思えば魔術師(キャスター)ですか。成程空席が漸く埋まったと、大変結構。私も素敵な獲物が増えて嬉しいですよ」

「ねえ……ちょっと……」

「はい?…ああこの子ですか、何、なかなかヤりますよ。貴方も一緒にどうです?前を守るだけで精一杯のこの子が後ろから刺されたらどんな顔をするでしょう」

「くッ!」

 

見慣れぬ少女だ。

当然だ、何せ私はついさっき此処に来たのだから。

盾を構え、目の前の鎌女と私を見ながらこの状況を如何にかしようと懸命に考えている。

 

「ねえ」

 

きっとそれは主人の為。

分かる、ええ分かる。

だって貴女の瞳はこんなにも美しい。

 

「ねえ、ねえ」

 

今を抉じ開けようとこの瞬間を生きる無垢な瞳。

嗚呼知っている。

 

「ねえ、ねえ、ねえ……」

 

知っている。

 

 

 

「ねえッ―――」

 

 

 

終ぞ、終ぞ返してあげることが出来なかった。

言ってあげれていない、抱きしめられていない仲間。

嗚呼知っているとも、誰よりも真摯で父親譲りの不器用な優しさを持った騎士。

見ればわかる。

彼とは異なる変質した霊基。

きっと彼女に託したのだろう。

マシュと呼ばれた少女は、あの優しい、そして私が『お帰りなさい』と、『ありがとう』と、そう言ってあげることができなかった、

 

 

 

「―――おまえ、なにやってるの?」

 

 

大切な大切な仲間の忘れ形見なのだろうから。

 

「ッ!?貴女ッ、一体何をッ!?」

 

魔力が渦を巻く。

吹き荒れる嵐となって叫びを上げる。

彼の騎士王は何故少女の肉体で、頑強にして屈強なる騎士たちの頂点に立つことができたのか。

一つは聖剣、王の証明。

もう一つは、

 

()()()()()()()()()()()()

 

膨大な魔力を動力とする特殊技能、溢れんばかりのそれを四肢から噴出し純粋な推力と成す秘儀。

強化の魔術を容易く嘲笑う一つの頂点。

 

魔力放出。

 

「決めたわ。何処の誰とも知らないけれど、ねえ?」

 

その疑似発現。

当然そんな魔力炉を持って生まれてはいない。

 

「この私が約束してあげる。素敵な御顔のお嬢さん?貴女は」

 

 

 

―――ぐちゃぐちゃに磨り潰して殺してあげるわ。

 

 

 

大地から吹き荒れた魔力を身に纏って前進。

内部拡張を施して仕込んである細剣を召喚する。

私が生まれ持った魔術回路はそれほど魔力を生めなかった。

だから魔力放出なんて夢のまた夢。

けれど私は魔女、足りないものは余所から補えばいい。

正規のサーヴァントとして再召喚された今の自分にならその真似ができる。

『魔力充填』、地母神に連なる己の系譜、その掠れきった権能とも言えない小さな伝承保菌。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

生者であった頃は気にも留めなかったものだが、成程不便になったこの身で使うとこれは確かに面白い。

 

「魔術師風情が三騎士に白兵戦を挑みますか!」

 

謂わば大地その物が簡易的な礼装。

足りなくなれば幾らでも汲み取れる、そこら中に底の浅い癖に矢鱈広い井戸が掘ってあるようなものだ。

魔力を放出しながら、そのまま吸い取る。

サーヴァントとしての器が理解できれば、大地の呪いなど呪詛除けの術で幾らでも何とでもなる。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

言葉を告げる。

原初の言語なんて大それたものじゃ無い。

ただ言葉を告げて勝手に術式を起動しただけ。

『話術』、そう括られたスキル。

言葉に乗せた通り、複雑なことは何も無いのだ。

王権の名の下に命じることで、世界は応える。

仮にも王妃、その程度できない筈がない。

迫る鎌よりなお早く、不可視の刃が蛇に襲い掛かる。

 

「それは騎士王のッ!?」

「あらご存知なの?それは結構、では死になさい」

 

元から護身用にと仕込んである細剣に纏わせた風の鞘。

いえ、風の渦、極小の嵐を纏わせ鍔迫り合うことを許さず無造作に振るう。

遠き果てで楽団を指揮する者が振るう指揮棒タクトのようにとはいかない。

しっちゃかめっちゃか、大騒ぎ。

ただ乱暴に、剣士としてではなく、ただ天災を振りまく悪鬼と化す。

 

「素敵でしょ?これ、隠すだけじゃなくてこんな使い方でもいける口なのよ」

「何をッ偉そうにッ!」

 

原型は言わずと知れた騎士王の第二の鞘。

風王結界、鞘を何処ぞの性悪女狐にぶん取られたから仕立てた騎士王の鞘。

ブリテン十三の秘宝が一つ、姿隠しの外套。

それを戦闘用に彼女でも扱えるように術式として再調整(デチューン)したのが不可視の鞘だ。

要するに、術式さえ分かっていれば誰でも扱えるのだ。

 

「貴女達、さっきの弓兵もそうだけど随分魔除けの加護(嫌味な服)を着てるのね」

 

お陰でちっとも魔術が通らないじゃないと嘆息しながら叩き続けれてやれば女神が如き美貌を歪めて蛇は叫んで返してくる。

 

「何を馬鹿な事をッ!その対魔力を通して傷をつける貴女のそれが魔術でないというならなんだと言うのです!」

「あらやだ、口を開けたら餌がもらえると思って?ええ、よちよち、可愛い赤ちゃんねー……誰が教えてやるものかよ、ぶわぁかッ!」

「きっ、さまァッ!」

 

誰が教えてやるものか。

珍しくしょげ返ってきたあの人。

まさか至宝の鞘を盗むとは流石に夢にも思っていなかったようで、マーリンも頬を引きつらせながらこの術式を編んだあの日の事。

こっそり隠れて術式を盗み見て、ばれてこってり叱られたあの思い出。

お前なんぞに一欠けらとてくれてやるものか。

そもうちの子に手を挙げたのだ。

 

―――死んで償うのが道理だろう?

 

ちらりと後ろを見やれば困った顔して盾を構えるマシュという少女。

如何やら突然乱入してきた自分に驚いているらしい。

うむ、子どもはそれぐらい驚いてくれないとサプライズの甲斐がない。

馬鹿息子はそこら辺、打てば響くように反応するから気持ちよかった。

特に―――、

 

槍兵(ランサー)の私とじゃれ合いながら余所見ですか。随分余裕がありますね?」

「チッ!」

 

頬のぎりぎりを鎌がすり抜ける。

風で身体を押して後ろに下がるけれど、さてどうしたものか。

 

「じゃれ合いだなんて、酷いわ。こんなに私がんばってるのに」

「どこがでしょう?斬り合いでもするのかと思って蓋を開けみれば、宝具擬きで頬を撫でるだけ。最初こそ驚きましたが対魔力があれば問題ない程度のお粗末具合。拍子抜けですよ」

「あらあら、私びっくり箱じゃないからそんなに期待されても困るのだけど」

 

さてどうしたものか。

魔力を垂れ流して身体能力を向上させ。

宝具に迫った大魔術で傷をつけてみたが、やはり擬きは所詮擬き。

王と戦場を駆けたあの術式ならば相応の神秘が宿るだろうが、私が使ったところで大した戦力には数えられそうにないようだ。

そもそも再召喚時に確認した自分のステータスを見る限り、どんなに背伸びしても殴り合いでは敵わない。

 

「ねえマシュさん?」

「っ!はい!えっと、何でしょうか?キャスターさん」

「元気のいい返事。とっても素敵よ、素敵ついでに一つお願いしてもいいかしら?」

 

分からないなりに確り受け答えをする少女を見て何となく視界がクリアになる。

成程、確かに円卓を担う物なら泥の残滓も熱した頭も冷やしてくれるか。

さてと、英霊なんて大それたものになったつもりはないが、隠し玉はちゃんとある。

まさかこの子が来るとは思わなかったが、まあ良しとしよう。

あの槍でなかっただけ幸運だ。

 

「私が今からとっても分かりやすい合図をするから、そしたら立香を連れて逃げて頂戴」

「え……あの、キャスターさんはどうされるのですか?」

「私は大丈夫よ。何て言っても無敵で可憐で素敵な王妃様ですもの。なーんの心配も要らないの」

 

だから良いわね?と念を押せばゆっくりと頷く。

こんなお喋りを待ってくれる程度には目の前の女も情緒が分かる様で、それならきちんとお礼を言わなくちゃ。

()()()()()()()()()()()()

 

「相談は終わりましたか?」

「お喋りに付き合ってくれてありがとう。意外とお話の分かる人ね?貴女も」

「この場合はどういたしましてと言えばよかったでしょうか?ふふっ、ですが、礼を言われるのはこそばゆい物ですね。今から食べられる獲物だというのに、上品に気取り返っている。なんて滑稽でしょう、思わずその細い首をへし折ってあげたくなりました」

「……ごめんなさいね。首を絞めて致す奇特な趣味はちょっと無いのよ」

 

あの人そういう趣味なかったし。

嗚呼愛しい人。

愛しい貴女。

貴女の宝が此処に居ます。

王命を全うした偉大な騎士が此処に居ます。

私の元まで帰ってきてくれた。

なんて素敵、まるで御伽噺の王子様みたい。

あ、駄目ね、駄目よギネヴィア。

私の王子様はアーサー・ペンドラゴンただ一人。

他の誰にもそれは譲れない。

というわけでも糞もないけれど。

ごめんなさいね、貴女。

使わないって約束、ちょっと破るわ。

 

「でもそうね、汚染されて尚感じる気品と神威。その大鎌も造形こそシンプルですけどとっても綺麗……アカイア所以の物かしら?そんなお局様にお礼の言葉だけじゃ足りないわね」

 

―――だから魅せてあげる、私の生涯の研究成果、使うなと言われた愛し子を。

 

魔力が奔る。

先程までの余技とは違う、正真正銘の切り札の一つ。

それに身構えるが、ざーんねん。

これはそんなに大それたものじゃない。

集い、集まり、形を作る。

くるくるくるくる廻って、廻って。

弾ける瞬間が合図の音!

 

「お腹を空かせたはらぺこ坊や?さあお食事の時間ですよ」

 

大見えを切ろう、楽しく愉快に上品に。

 

とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)!」

「ッ!??」

 

魔力が破裂し()()が顕現したのと同時にマシュも飛び出していくのが分かる。

物分かりの良い子でとっても安心。

この子も久しぶりの召喚ではあったけど、随分調子がよさそうだ。

(ランサー)もこちらを見ていた後ろ(立香たち)もびっくりしている。

中々いい反応についつい年甲斐もなくはしゃぎそうになってしまい、急いで取り繕う。

ささ、気品たっぷりお上品に軍配を振るとしましょう。

 

「久しぶりね、起き抜けに大変でしょうけどちょっとお仕事よ。頑張りなさいな?」

Fooooooo(よっしゃやったるで)!」

 

唖然とした表情のランサーがこの子の声を聴いて漸く口を開く。

さあさあどんな感想でもばっちこいよ!

自信作だから一杯褒めて頂戴な!

 

「なッ何ですか……その、醜い、余りにも醜い化け物は!??」

「はぁ?」

 

何を言っているのか分からない。

アグラヴェインなんか『流石は王妃。美的センスも一流ですな』なんて白目剥くぐらい褒めてくれたのに。

 

「……蛭、いえ蚯蚓ですか。ぶよぶよと汚らしい肉を晒す化外め!それほどの巨体、一体何を喰らえば……」

「そう蚯蚓よ!でも可愛く()()()にしてるの!ちょーっと大きくなりすぎたけど、まあうちの主人も食いしん坊だったし……っていうかみみずなんだから主食は土に決まってるでしょ?」

 

ねーと言えば「Foooo(それな)」と返してくれる。

あはは、ちょっと何言ってるか分かんないわ。

 

「ちょっと……この巨体が!?」

「もー!たかが()()()()()()()()()()何て、貴女の故郷にも似たようなの一杯いたでしょ?」

「いませんッ!!」

 

いないのか、王妃びっくり。

隣の子も自分の同輩が居ないことに驚いているのか可憐な桃色のお肉をぶるぶる震わせてる。

そんな呑気なやり取りか、それとも宝具その物が気に入らなかったのか。

美しい形の眉を吊り上げて、アカイアの英傑は牙を剥く。

 

「……まあ良いでしょう。聊か驚きましたが、何てことはありません。図体だけが取り得の幻想種程度、我が鎌の前ではひれ伏すほかありません。不死殺しの毒を帯びた我が宝具にとって巨体であることは何の取り柄にもなりませんよ?」

 

鎌を持った腕を引く。

四肢の力は見るからに夥しい魔力と溢れんばかりの力で満ちている。

ここが勝負所なのだろう。

 

「あらそう?なら怖いから私は帰るわね」

「……は?」

 

まあそんな話に乗る筈がないのだが。

あとよろしくねーと言えばやっぱり何時もの声で頼もしく鳴く我が切り札。

 

さて立香たちは結構前に行ったようだし、自分も走らなくては。

何時もの様に足元で魔力を弾いて、呆けたランサーとやる気満々の我が子を置いて私は戦闘離脱したのだった。




《宝具解説》
とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)
ランク:E
種別:対人宝具
レンジ:1~50
最大補足:1~20人
由来:王妃が在位して以降一〇年以上の歳月をかけて丹精込めて育てた蚯蚓
詠唱:お腹を空かせたはらぺこ坊や?さあお食事の時間ですよ

全身ぶよぶよとしたピンク色の蚯蚓。
元は貧しい大地が広がるブリテンを開墾する為に女王が庭先で拾ってきた蚯蚓。
蚯蚓って確か土に栄養くれるんでしょ?という絶望的に欠けている知識が原因。
勿論10センチに満たない蚯蚓でブリテン全土の土壌改良なぞ不可能。
故に、ルーンを刻んだ石やら騎士たちが狩ってきた魔獣の骨を餌と住処の土に混ぜて育てたことで10mを超す巨体に成長した。
この時点では幻想種としてのランクは『野獣』、決して宝具の域に至れる格ではなかった。
決め手はどこぞの人妻好きが隠し持っていた竜種の血肉を強請って奪い取り餌として与えてしまった事。
それによって雑種竜(デミドラゴン)以下の亜竜(ワーム)としての霊格を得て晴れて宝具として登録された。
人語は解さないが一定の知能はある、勿論女王は何を言ってるのかさっぱりわかっていない。
能力は食べた物を体内で貯蓄し魔力も含めた栄養素を分け与えること。
ブレスは出ないが糞は出る。
攻撃能力はその巨体を活かした体当たりのみ、実に男らしいとのこと。
ちなみにこれを見たアグラヴェインは暫く食事が喉を通らず、ベディビエールは夢に現れたのか三日ほど眠れない夜を過ごし、ケイは何時もの様にブチ切れた。
尚民衆には何時ものご乱心だとガンスルーされたとのこと。



無事に一時的な狂気から回復した主人公。
けれど不定の狂気が残っているぞ!
きっと円卓の騎士に会ったら発狂間違いなし。
おまけに宝具はEランクの蚯蚓、あれ?詰んでね?


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純白の花嫁(混沌・狂は伊逹じゃない)

メドゥーサ。

支配する女。

古くはキュベレイと崇められた地母神の末裔。

アカイア、現代でいうギリシャ地方の神霊である。

通常であればそんな存在を聖杯を通して召喚出来る筈もない。

如何に狂った状況であろうとその原理原則は変わらない。

 

メドゥーサ。

支配する女。

それは見たものを石へと変える魔獣の女王。

オリュンポスの神霊によって迫害された土着の女神、その呪われた末路である。

故にこそ彼女は呼び出すことができた。

その身を堕ちた神霊、英雄に破られる定めを持った反英霊として。

だが侮るなかれ。

上級位の英霊たちと遜色のないステータス。

最高峰の魔眼、宝石の瞳「キュベレイ」。

神代に生を受けし幻獣域の魔獣「ペガサス」。

そしてそれを駆る為の手綱「ベルレフォーン」。

其れだけならまだしも此度現界にて得た器は槍兵(ランサー)

故にその手に持つは不死殺しの大鎌「ハルぺー」。

数多の宝具を携える正しく優勝を狙える英霊。

それがメドゥーサだ。

だからこそ汚染され思考が霞み、通常であれば存在しない慢心と増幅された嗜虐心があったとしても木っ端な小娘風情に負けるはずがなかった。

 

―――だが例外があった。

 

「……な、ぜ?」

「何故?何故って貴女どうしたのかしら?」

 

口元に三日月が浮かぶ。

嗤ってしまう。

一体全体何が不思議なのだろうか。

 

「……だっ、て貴女は」

「ええそうね、私はさっきあの子たちの処に行ったわ。そっくりだったでしょ?私の霊子構造と丸っきり同じ構成に編んだ偽物は」

「馬鹿、な……そんな、そんなことッ!」

 

霊子を編む。

自分が生まれた時代にはそんなに難しい話じゃない。

この大源の薄い時代でやるのは聊か草臥れたがまあでも、そこまででもない。

 

「不思議なことかしら?ねえ支配する女(メドゥーサ)、宝石の瞳、悲しい女神、私と同じ母なる大地の末裔よ。貴女もアカイアの英傑ならばご存知でしょう?」

 

つらつらと挙げる名は比較対象としては間違っているだろう。

自分はそこまで万能ではなく、彼らには及ばない。

 

「コルキスの王女メディア、鷹の魔女キルケー、預言視カサンドラ、医聖アスクレピオス。ほら思い出して?彼らは何だって、それこそ神の定めたルールすら時に歪める万能の人だったでしょ?」

 

魔女とは、魔術師とは、そういうものなのだ。

この神秘の薄い世界ではどうだか分からないが、少なくとも神代、そしてそれに限りなく近い時代に生きた術者というのは源泉に触れてきたのだ。

それが当たり前で、故にこそ我らは人ならざる者(魔法使い)として時に崇められ、時に迫害される。

だからこそ大抵のことは、

 

「何だってできるの。彼らに及ばずとも、貴女の魔除けの加護を突破できなくても、大抵のことはこなせるのよ」

 

疑問を紐解こう。

なにせそうマスターに宣言したのだから。

 

「貴女の疑問に答えるわ。大して強くもない竜種擬きが何故不死殺しの呪いを受けないか。答えは簡単、一回死んで新しく生まれ変わってるのよ、この子」

 

無性生殖なの、疲れたり、死んだりしたら自分とそっくり同じ存在を生みだす蚯蚓という生物の特性。

元は小さなごく普通の蚯蚓ですもの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ね?小さな生き物ってすごいわね。

 

「貴女の疑問に答えるわ。魔力に乏しい私がどうやって分身を維持しながら隠れていたのか。答えは簡単、この子の中はねブリテン全土から拾い集めた大源で満たされてるの」

 

ちょっとねばねばしているけれど、土の優しい匂いがするとっても素敵な魔術工房。

それが私が育てて何度も何度も何度も何度も何度も殺して(愛して)は肉体改造してきた実験生物。

ね?やっぱり可愛いでしょ?

 

「貴女の疑問に答えるわ。体当たりしかできないただの蚯蚓がどうして貴女を捉えられたか。答えは簡単、実はね、貴女と殴り合ってるときにそこら中にばら撒いといたの」

 

もし暗殺者が来ても何時でも逃げれるよう。

そう備えて高い羊皮紙と海の果てから届いた高価な重草紙(パピルス)、ばら撒いたのは逃げる為の転移と足止めの為の麻痺の呪詛、それから誘導の呪詛を記したそれよ。

ね?歩きにくかったでしょ?

 

「貴女の疑問に答えるわ。幾ら竜種とはいえ最低階位(Eランク)の神秘如きが貴女をこうして咢で噛み砕かんとする万力に成り得るか。答えは簡単、ずぅっとね、ずーっと、私がこの子の中で強化の魔術を絶え間なく掛けてたから」

 

気づいたかしら?

貴女の加護が強すぎておへそが真っ赤になりそうな私が、顔を真っ赤にして強化の魔術を掛けてたことに。

静かに静かに、ずーと呪ってたのに。

ね?分からなかったでしょ?

 

「そして私は此処に居る。咢を閉められまいと必死に四肢を踏ん張って貴女、とっても素敵よ。顔を野苺みたいにして落ちてきそうな天井(上顎)をお手々で支えて、足を仔馬に震わせて迫って来る大地(下顎)を抑えてる」

「ッ!ッ!?」

「あらあらそんなに怖い顔しちゃ駄目じゃない。ほーら、がんばれ♡がんばれ♡」

 

嗚呼愉しい。

私の宝に手を出した愚か者。

私は王妃、円卓の主人の妻。

だから契約は違えない、そんな、そんな詰まらない(不誠実)な真似はしない。

 

「でも安心してもう大丈夫よ。だって私がここで待ってたもの!貴方の頑張り見てたわ!とってもうちの子じゃ敵いそうに無かったのに気が付けば足を取られてお口の中、あら大変、どうしましょう!?」

「ぎッざ、マぁッ!」

「だけどもう安心。私は嘘はつくけど皆から責任感が強いねって言われるの!だからそれに恥じぬよう()()()()()()()()……あら?忘れちゃったの?ええ嘘!?約束したでしょ!?もう!仕方がないわね、ならもう一度教えてあげる。いい?よく聞いて。貴女はね」

「ぐッがぁ、ああああッ!キャスターァァァッ!」

 

 

―――ぐちゃぐちゃに磨り潰して殺してあげるわ。

 

 

 

ぐちゃりと汚い音が聞こえて、ずりずりと噛みしめながら鋳潰され流れる泥が見えて。

 

「あらやだ、次郎丸?ばっちい物を食べたらちゃんと吐かないとだめよ?」

 

いつも通りアーサー王(藤丸立香)の下に戻るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、キャスター!一体この状況はどういうことなの!?」

 

ふうと人形と自分との置換を終えてマスターの下に戻ってみれば随分遠くまで走ったようだ。

音に聞くコルキスの王女であれば、有り合わせの材料、それこそ地面に転がる石ころ程度でも簡単に削って意識が同調させられる人形ぐらい簡単に作ったでしょうに。

私にはそんなことは不可能だ。

出来たのは表面処理だけして見かけだけ取り繕った人形擬き。

万能とは聞こえがいいが、何でもかんでも出来るわけじゃない。

出来たように見せかける、それが私の万能(限界)なのだから。

 

「どう、と聞かれも困るわ魔術師(メイガス)。可愛い後輩に手ほどきしてあげたいのは山々だけど、私もついさっき召喚されたばかりなーんにも分かってないの」

 

嘘はついてない、本当のこと。

その回答に困ってしまう三人の少女達。

困った、困ったどうしましょ。

まあでも事情が分からなくてもこれだけ分かりやすい目印があるなら然して問題はない。

 

「取り敢えずあっちの方に行ってみましょうか?英霊を呼ぶなんて馬鹿げた儀式、おまけに要石は真贋は分からないけれど聖杯。それならそんな厄ネタを置ける場所に行きましょ?」

 

いつの間にか来ていた山の麓。

指さしたのは山の中腹。

魔力で強化した視界に広がるのは莫大な魔力の上流部。

まず間違いなくあそこが本命だろう。

 

『僕もその意見に賛成だ、ギネヴィア王妃。こちらで確認したところあの山の奥から膨大な魔力反応が検出された。今この街でこれだけの規模をしでかせる魔力の源はまず間違いなくあそこにある』

 

ふむ、随分と()()()()()()()()()がする。

 

「あら貴方は?」

『僕はそこにいる三人と同じく人理継続保障機関フィニス・カルデアに所属する者ですよ、王妃。名前はロマニ・アーキマン』

「へえ、人理継続保障機関……」

 

それはまた随分と、

 

「人理の調整者を名乗りますか……成程、今一つ分からない状況ですがどうも厄介事なのね、この聖杯戦争というのは」

「さっき話したでしょ!この特異点Fで起きた聖杯戦争は人理焼却と何かしらの関わりがある。この問題を調査して私たちは2016年以降の人類の存続を保障しなきゃいけないのよ」

「あらありがとう……ええとキャロライン?」

「マリー!オルガマリーよっ!何で藤丸とマシュは覚えて私は憶えてないのよ!?さっき自己紹介したでしょ!」

「ああ!そうそうごめんなさいマリー!私ったらもうっ恥ずかしいわ」

 

よし誤魔化せた。

問題はない。

取り敢えず名前と所属を聞いた。

如何やら自分のマスターはとんでもないことに人類の未来を守る大役を担っているらしい。

実にいい。

人の道を進むマスター。

聖杯の騎士の後継たる無垢の少女。

何だか愉快なお嬢さん。

うん、愉しくなってきた。

何だかとっても気分もがいいし、さくさく進めたいところ。

 

「さっ、早く行きましょう!」

 

そういって貼ってある結界を踏みにじりながら一歩踏み出して、足を止める。

暗い顔をして少女たちが止まっている。

 

「どうかしたの?」

 

そう聞けば、マシュが口を重たく開いた。

まるで至らぬ自分を恥じる様に。

 

「キャスターさん、私は、その……まだ宝具を使えないんです」

「んん?……えっと、そうね、それがどうかしたの?」

「え?……いえ、ですから英霊の真価たる宝具がまだ使用できなくて……情けないことにこの力を貸してくれている方からまだ、聞けていないんです。宝具の名も、私に力を貸してくれた恩人のお名前も……」

 

「……あのむっつりめ。親子揃って何て面倒な性格なんでしょう」

 

ふぁっきん、思わず親子二人に文句を頭の中で言う。

小声で言ったから当然届いていない、だからマシュは気落ちしたように下を見ている。

すかさずマスターが励ましていた。

 

「ほら!それはその、私がマスターとして未熟なせいだからさ!」

「いえ、これは私自身の所為です。決して先輩の所為なんかじゃありません!」

「でもマスターは私だし……やっぱりマシュは悪くない!」

「いえ!これは私の所為です、先輩は一つも悪い所なんてありません!」

 

いや私が、いえいえ私が漫才の様に互いが自分を責める。

なんてまあ不器用なのか。

いっそ眩しい程に美しい。

とはいえこのままでは埒が明かない。

ぱんぱんと手を叩いてさっさと階段を上っていく。

速足の速度で進む私に遅れながらも三人は着いてきた。

その気配を感じながら後ろを向いたまま声を掛ける。

 

「別に誰の所為でもなければ、誰が悪いわけじゃないわ」

 

そう言いながら歩を進める。

鼻に突く泥の匂い。

近いなと思いながら何処か見知った気配を感じ嘔吐感と嗚咽の気配を感じる。

それに無理やり蓋をして言葉を続けた。

当然歩みは止めない。

もうすぐ入口だ。

 

「宝具が人を選ぶのか、それとも人が宝具を選ぶのか。それは分からないけれど、使用者とその宝具は血肉の様に深い繋がりがあるの。意図して人が爪や髪を伸ばせぬように、意図して己の四肢を動かすように。必要な時に必要な分だけ宝具っていうのは働いてくれるの」

 

最後の一段、その手前で止まりくるりと回る。

下の段にいる幼く無垢な少女の手を取って、言葉を届ける。

それがきっと王妃としての役目で、同じマスターに仕える仲間としての精一杯の助言。

 

「貴女の大切なもの、大切な人。守りたいと思うもの、守りたいと願うもの。決して心から離さずに戦いなさい。そうすればきっと貴女の中の英霊は応えてくれるから」

「っ!……はいっ!」

「良い返事ね、私、貴女の返事が大好きよ」

 

さて、あの時と同じように待ってくれる素敵な御人。

あんまり待たせるのも悪いから、

 

「さ、私は此処まで。合図をするから()()()()()()()()()

「キャスター?それどういう……」

「先約があるの。お礼を言わなくちゃいけないの、だからね、後は貴方たちだけで行って頂戴な」

 

光る。

言葉に仕込んだ魔術が発動し早駆けの加護が起動する。

これで後はあの子が来れば問題ない。

 

「まさか貴女!?」

「言いっこなしよ、キャロライン?大丈夫、()()()()()()()()()()()()()

 

光る。

必勝の加護。

使い慣れたそれは寸分違わず効果を発揮してくれる。

 

「……キャスター」

「ええ、なぁにマスター?」

「背中、お願いね」

「ッッ!……ええ勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。安心して、そういうの得意なの」

 

光る。

守護、そして連理の加護。

ああしかし本当に、この子は人をやる気にさせるのが上手な子だ。

気力は十分、仕込みも完了。

あとは仕上げ御覧じろ。

 

「さあ!行くわよ次郎丸!」

 

「へ?」

「え?」

「うぇ?」

 

FOOOOOOOOO(やったるでー)!」

 

景気よく下から昇ってきたとぐろ巻きみみず(次郎丸)

その背にひょいっと三人を掴んで飛び乗り、境内に飛び込む。

 

「え!?なに!?この子っ次郎丸って名前なの!!?」

「そうよー、かわいいでしょー」

「どこがッ!?嗚呼もうこれだから英霊は嫌なの!レフッ!レフッ!早く助けて!」

「そうですか?私はよく似合ってると思いますが……」

「「マシュ!?」

 

どうやら理解者が増えたよう。

ギネヴィアとってもハッピーよ。

さあ入口まで目前。

案の定そこに居たのは真紅の弓兵。

魔法の一歩手前まで迫る大禁呪の担い手。

不完全な状態で先の戦いで見せられなかった宝具を前にしても別段変化はない。

弓を引き矢を番える。

嗚呼そうでしょう。

そうするでしょうとも。

 

「させないけれどね」

 

矢に宿る膨大な神秘、自分の防壁ではどう考えても防げない。

ならやることは単純。

 

「三名様()()()()()()!」

Foooooooooooo(嬢ちゃんたち気ぃつけてなぁ~)

 

「ちょ!?」

 

誰の声だか、まあいいか。

しかし伊逹に十年以上一緒に暮らしていない。

こちらの意図を読み取り次郎丸は、先導の加護を載せておいた三人を入口へと弾き飛ばす。

加護が働いて、入口の奥の方まで加速しながら行くことだろう。

当然その射線上は巨体で潰す。

それに気づいてか舌打ち入れて弓兵は、次郎丸ごと撃ち貫かんとする。

 

()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

当然それも邪魔する。

次郎丸の巨体に隠れ、彼を盾として発動するのは前回も使ったもの。

周囲の大源をその場で結晶(マナプリズム)化させ即席の地雷、爆雷となす。

 

「くっ!」

 

轟音が響く。

次郎丸も巻き込まれその身を削られる。

だがそれで勝利が拾えるのなら安いことをお互い等に知っている。

 

「……やれやれ、驚くほど悪辣だな、君という女は」

「あらそう?必要な犠牲なら切って捨てるなんて当り前じゃない?」

「……不必要に痛めつけてメドゥーサを殺した君に言われると正直反吐が出るよ。なあ」

 

―――裏切りの女王(ギネヴィア)よ。

 

無言で返した。

そう蔑称がつく未来は知っている。

そして実際に役目を果たせなかった己は結末は違えど、その通りに違いない。

だからこそ無言で返した。

それにどう思ったのか、弓兵は気にした風もなく言葉を語る。

どこか惜別と、今度は侮蔑がこもっていた。

 

「しかし大それた化け物だ。耐久で劣るとはいえあのメドゥーサを()()()()()殺すとはな。それだけの竜種だ、君もそれに任せて彼女たちの処に行った方がよかったのではないかな?」

「本気で言ってるのかしら?竜殺しだろうと英傑殺しだろうと、それこそ不死殺しだって用意してみせる貴方相手にこの子一人じゃ荷が重い、そんなの分かり切ってるでしょ?」

「ほう、それは騎士王相手にあの三人で勝算があると、そう言い切るか。流石は嘗て()()を殺しただけはあるな」

「問題ないのよ。私が()と向き合えないように、彼もあの娘とは相性が悪いもの」

「向き合えない、か……どの口が言うかと思えば、浅ましい女だよ、君は」

 

やはりあの時息の根を止めるべきだったと告げる彼の勘違いを正す。

弓兵は正しい。

私は彼に合わせる顔がない、それは合っている。

けれど彼の下に行かなかったのはもっと根本的で単純に、()()()()()()()()()()()

 

「一つ、そうたった一つ、貴方の間違えを治してあげるわ弓兵」

「……何?」

 

そう違うのだ。

ここで背中を守ることこそがこの広い場所で戦うことが、そして彼女に刃を向けないことが必要なのだ。

 

「私はね、王妃なの」

「……何を」

「王から王権の代行を許された者。それが私、王妃ギネヴィア。先に逝った今でもその約定は続いていた。……では問題です、我が国の王権の証とはなんでしょうか?」

「まさかッ!?」

 

そう正解は至って明快。

右手に呼び出すのは王の留守を預かる者の証。

故にこそ、これは王に向かって振ることはできない。

仮初の主人、されど正当な権利として振るうことを許された身だからこそ登録された切り札。

 

「起きなさい、王剣(クラレント)。全力全開を許すわ、しっかり気張りなさいなッ!」

「貴様はっ何処まで彼女をッ!」

 

何か言っているようだが聞こえない。

腕を振って数十の剣が弾丸となって来るが問題ない。

それより早く『魔力充填』が全開起動し、宝具の真名が開帳される。

 

「―――過剰充填・王剣執行(クラレント・オーバーロード)ッッ!!」

 

刹那、肉体が音を置き去る。

 

かの湖の騎士が振るう星造りの聖剣。

その絶技を真似て、王剣の持つ『増幅』という特性を暴走させる。

足元からこの身を通して流れ込む魔力を増幅させ、かの常勝の剣に迫る光輝をそのまま身体活性と威力上昇に回す。

結果として、

 

「貴様は本当に愚かだな、ギネヴィアッ!そんな自滅ありきの方法で一体何が得られる!?」

 

腱を、筋を、肉を引き千切り魔術回路を焼き払う形で莫大な魔力が注がれていく。

元から低いステータスでも平均クラスのサーヴァント程度には至れるだろう。

 

「愚か?ふふっ可笑しいわ。私のやり方が間違っているなら、さあこの場の最善は、愚かでない方法は何だというのかしら?」

「チィッ!」

 

故に、弓兵の懐に飛び込み続け固有結界の展開も妨害できる。

剣戟を繰り出す。

降り注ぐ剣に突き刺されながら、それでも役目を全うする地面に繋がった足場(とぐろ巻くみみず)を踏みしめ加速を続ける。

魔術合戦なぞどうにもならない。

幾ら増幅したとしても弓兵の矢の方が早く重く多すぎる。

 

一合を重ね二合で押し切り三合目には凌駕する。

三騎士相手に白兵戦を挑んで見せる。

力任せに振るうのではなく、速度に委ね、己の技術を思うが儘に振るう。

 

「まさかッ!君の時代は女王陛下も剣を習うのかッ!?」

「知らないのね、私、大抵のことは何でもできるの。勿論、剣術だってねッ!」

 

身体能力が劣り幾ら技量があろうと体力が無かったあの頃とは違う。

手慰みに習っておいて本当に良かった。

 

上段、双剣により防がれる剣ごと砕く。

次の一太刀はより流麗により鋭く。

幅広とは言えリーチが違う。

加速が付けば問題ない。

 

十全な魔力で押し上げられた身体機能で漸く、漸く、

 

「彼らの剣技に近づける!」

「何をッ!?」

 

大切な思い出、沢山、そう沢山見たわ。

ずっと真似したかった。

ずっと己の中に仕舞いたかった騎士たちの動き。

やっと、やっと真似ができる。

 

「今ね、私とっても絶好調なのよ……さあもっとダンスと洒落込みましょうッ!」

 

一度距離を離し吶喊。

弾丸の様に跳び込めば、私の方が一皮分反応が早い。

横薙ぎ、当然防がれる。

只の剣ならもう一振りのほうではいお仕舞いだ。

ならちょっと早いし啖呵を切っておいてなんだけど、私の方からお仕舞いにしましょう。

 

「吼えなさいッ!」

「がッ!?」

 

―――閃光が世界を飲む。

 

言葉を載せて己の腕も焼きながら暴走する魔力を解き放った。

それは星光に手を伸ばす輝き。

ブリテンすべての民を守る護国の煌き。

獲った、その確信があった。

 

「驚いた。あの哀れな女がこうまで気狂いとはな」

 

声がする。

ああ糞、

 

「だがやはり貴様を生かしたのは失敗だった。あの哀れな姿の方がよほど美しかった。今の貴様は見るに堪えん。だからこそ、仕込んでおいて正解だったよ」

 

届かなかったか。

 

「───So as I pray, unlimited blade works」

 

閃光が閉じると、剣の世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もうこれ以上は無意味だと貴様にも理解できるだろう?」

 

見なくても分かる。

己の五体は焼け焦げ自慢の髪も台無しだ。

 

「見ろ、貴様が子と語った芋虫はどうなった?何の役にも立たずに転がっている」

 

出し切れるだけのことはやった。

勝利、守護、早駆け。

彼女たちにかけ、そして連理の加護によって互いが負けぬ限り強化を相乗し合うように簡易的な誓約(ゲッシュ)もかけた。

己を捧げて王剣を見っとも無くも暴走させて。

大事な子を踏み台にして壁にして。

それでも己一人ではこの男に勝てない。

 

「……もういいだろう。君は十分やった。いい加減、その見苦しい献身は止めたまえ」

 

献身。

成程確かに。

助けられた恩義に報いるためとはいえ、中々どうして身を献上し尽すほどに頑張ったではないか。

ならば此処が潮時か。

もう、限界だ。

 

「ええ本当、これだけやっても敵いそうにないわ」

 

弓兵、貴女の仰る通り。

私はもう貴方に敵わない。

だけど、だけど、

 

「でもごめんなさい。見っとも無く足掻くのは私の専売特許なの。これまで捨てたら、今度こそ何もかも失っちゃう」

 

ずっと、ずっと、生き汚く、見っとも無く生きてきた。

今更、今更こんな場所でその習性を変えるのはどだい無理な話なわけで。

だから、そうだから

 

「けどもう無理ね。どんなに足掻いても勝てそうにないわ」

 

―――だから私も、切り札を切りましょうか。

 

その言葉に答えず弓兵は剣を指揮する。

既に彼の頭上には千を越える葬列が行儀よく待っている。

まあでも答えてくれないのなら勝手に進めればいい。

 

「王妃が告げる……()()()()()とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)

 

只一声。

ただ死ねと命ずる。

それに恭しく頭を下げて、次郎丸は活動を停止した。

ここまで頑張ったのだから、これ以上裂かれる痛み何て必要ないだろう。

お疲れさまと心の中で告げる。

その間、彼は何をするわけでもない。

待ってくれている。

麻痺した思考と膨れた本能、なるほどこの泥は容易く人の心を解かす毒だ。

そして膨れた本能の先が『他者に優しくするだなんて』、嗚呼彼は何て素敵な人。

だからこそその思考が最後の欠片に繋がる。

 

「汝、我が身を寄る辺とし、我が意、我が理に答えるならば。そうね、こうしましょ」

 

彼女の身体から探り当てたこの戦争の始まりの痕跡。

即ち英霊との契約を自己流に変えて悟られぬように告げる。

けれど残念、どうやら彼は気づいてしまったよう。

ならば言葉は簡潔に。

こんなところが折衷案かしらね?

 

「一緒にお風呂に入る、っていうのはどうかしら!ねえ?」

 

 

 

―――ランサー?

 

 

 

冷たい鋼の暴漢が襲い掛かるその刹那、私の身体を風が攫った。

抱きかかえてくれる柔らかい肢体は自分の物よりずっと豊満で瑞々しい。

悔しくなんかない、ないったらない。

()()()()()()()()()()()()()()からか、ちょっとべっちょりしてるし。

そんな私に静かな声が降り注ぐ。

 

「その言葉、決して違わぬというならば良いでしょう。いい加減私も良いように扱き使われるのは癪ですし。……今この一度だけ貴女の騎馬となって戦場を駆け、爪牙となって敵を切り裂きましょう」

「わあ頼もしい。ええ、ええ勿論よ!私は大噓つきの魔女だけれど約束だけは守るわ。だって知ってるでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ええ、そうですね。まさかあんな辱めを受けるとは思いませんでした」

「えーいいじゃない。慣れたらそんなに悪くないわよ」

「……今後騎士王への見方を変える必要があるようですね。随分とまぁお盛んと言いますか、倒錯的というか」

「首絞めよりはよくないかしら?」

「それは貴女の勘違いでしょう?」

 

ぶーぶーと文句を垂れても頑なに聞き届いてはくれない女神様。

懐かしい円卓でのぐだぐだ感にも似た空気に頬も緩む。

これから命の取り合いだっていうのに、全く一体どうしたものかしら。

そんな緩い思考に怒りに濡れた声が喝を入れてくれた。

 

 

「……そうか、そういうことか。貴様、魔術師(キャスター)ッ!誤魔化したのだなッ穢したのだなッ!敗北し聖杯に還るはずの霊体(死体)を弄ったかッ!!」

 

弓兵が激昂する。

何を怒ったのかと思えば成程、至極真っ当な物だった。

本当に目の前の男は泥に侵されているのか甚だ疑問だが。

 

死体を弄る。

 

其れは人類にとっての禁忌だ。

人が人として進化していく中で得たもの、人を人足らしめる一要因。

それが死者を想う心だ。

故にその死を穢すものを人は決して許さない、生物として遺伝子に深く刻みつけられた本能なのだ。

だからこそ数多ある魔術系統の中でも死霊魔術は飛び切り倦厭されてしまうのだ。

とはいえ、こと今回の件に関して私は

 

「そう怒らないで……そうね、貴女の疑問に答えましょう。答えは簡単、そもそも私はランサーを殺してない。私が磨り潰したのは聖杯に還る用に剥離したランサーの泥。それを核にして次郎丸に貯蔵してある大源で着飾ったの。それでも足りなかったんだけど、()()()()()()()()()()辺り一面泥まみれだから材料がたくさんあって助かっちゃった」

「馬鹿な!あの泥を、霊体から剥離するなどッ!?」

「ええ出来なかったわよ。だから次郎丸で吸収したのよ。知ってる?みみずってね、食べた毒素をそっくりそのまま吸収するの」

 

どう?ちゃんと役に立つ子でしょ?とウインクしてやれば何故か愕然とした顔で呆ける弓兵。

全くそんな風に女の子の言葉に呆けるのは告白だけで十分だと王妃は思います。

は?年齢的にその発言はキツイ?ぶっ飛ばすぞゴリラ。

脳内に現れた年下巨乳好きという怨敵に反吐を吐いているとランサーが言葉を引き継いでくれる。

 

 

「磨り潰すと言った割りに亀甲縛りで蚯蚓の体内に放り込まれた時はどうしたものかと思いましたがね。……まあ見てくれを度外視すれば、土地に恵みを与える者である蚯蚓と地母神の末路たる私の相性はそう悪くありませんから、時間は掛かりましたがすっかり綺麗に取れましたよ」

 

ですがもう二度と体験したくありませんねというか蚯蚓って幾ら相性が良いから蚯蚓って…となぜかへこんでいる。

不思議ね?なんでかしら?

まあでも本当に単純なこと。

汚染されたことでパスがつながったのならそっくりそのまま原因を取り除いてやればパスは消えてる。

そうすれば誰とも繋がっていない野良サーヴァントの出来上がり、レンジでチンする必要なんかどこにも無い。

隠しておくのも楽だし、パスがないことをいいことに再契約だってちょちょいのちょいだ。

 

「後は簡単、出来上がった泥んこランサーを適当に磨り潰して聖杯に誤認させる。残った綺麗な方のランサーは次郎丸のお腹の中で待機。ね?簡単でしょ?私ね土いじりって、昔から大得意なの!」

 

さあ話は終わりと手を叩く。

未だ呆けた弓兵。

それぐらい油断してくれなきゃ途方もない魔力を宿した固有結界持ちになんか到底勝てっこない。

大鎌を向け四肢に力を入れるランサーを見て私も覚悟を決める。

 

「さあこれで準備は整った。あの子たちが勝ちを取るまで付き合ってもらうわ、アーチャー。私、大変残念だけどこういう地味な負け戦で勝ちを拾うの得意なのよ」

「……成程、貴女は()()ブリテンの出ですものね。……心中お察しします」

「やめて、言わないで」

 

ええい糞と思わないでもないが気を引き締める。

さあ大一番。

霊子構成をほんの僅かに弄って残った小源と王剣とを直結させる。

増幅の王権は歓喜の声を挙げて再起動し光を湛え刀身を焼け焦がす。

さっきまで程といかなくてもこれで十分時間は稼げる。

常勝の王、その妻たるものが必勝を誓ったのだ。

負け戦など慣れた物、だが最後の勝ちは貰っていくぞ。

何も残らぬ身なれども、最後に貰った借りだけは忘れない。

 

―――さあ、勝ちを盗りに行こう。それがきっと素敵な明日につながるのだから。

 

「ではでは愉しいお茶の時間です。……王妃の歓待、確り受け取ってくださいな?」

 

開戦の合図は初戦よりもずっとかっこよく決まった。




書けば書くほどわかる冬木市在住の葛木メディアさんの凄さ。
そして書けば書くほど増える次郎丸の描写。

後日談はまた明日にでも。
その時にはステータスも一緒に載せます


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純白の花嫁(なにか凄い風評被害を感じますね……by何トリア・某ドラゴンさん)

《宝具解説》

過剰充填・王剣執行(クラレント・オーバーロード)
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:1~2
最大補足:1人
由来:王妃が後事を託され時に贈られた宝剣、その全力稼働
詠唱:全力全開、塵も残さないわ。さあ気張りなさいな!
   我が身を喰らいて奔れ、銀の閃光!

アーサー王が誇る円卓の騎士、その筆頭騎士ランスロット。
彼の絶技を模した自滅ありきの超過駆動。
魔力充填スキルを全力稼働し、絶え間なく『燦然と輝く王剣』の中で魔力を増幅、そのまま身体にそれを流し込むで身体能力、推力、そして破壊力を過剰に膨れ上げる。
当然そんなことをすれば魔力回路も含めた肉体は焼き切れ、遠くない未来に自滅する。
スキルに回数制限が掛けられるカルデアの召喚式で召喚された場合は使用不可能。


荒野が崩れていく。

世界が移ろい、そしてまた、割れる。

己に施していた誓約が煙のように音もなく世界に流れ出して影もないまま消えていった。

ふむ、と愛らしく考える人ポーズを取る。

何せ私は王妃様、いつでもポップにキュートに愛らしくなくちゃいけないわ。

おうゴリラ、何痛ましい物見る目で哀れんでんだよ、金玉引き抜くぞ。

嘗て、アラサー貧乳は巨乳ロリの影に隠れて慎ましく生きてください、と爽やかに言い切った女の敵を思い出しては想像の中で蹴り飛ばす。

まあそれはともかくしてだ。

 

---結論から言えば私達は負けた。

 

完膚なきまでの敗北だった。

辛うじて脚は繋がっているが右腕は肩どころか肺ごと吹き飛んだ。

折角苦労して拵えた魔眼も片方潰されてしまった。

王剣も焼け焦げ大枚叩いて魔術用に買った紙は殆ど使いきってしまい。

ランサーが腹を切り破って出てきた後に起こした次郎丸も干からびて転がっている。

そのランサーにしても怪物殺しの魔剣や聖剣で、襤褸雑巾だ。

おまけに切り札の魔眼も潰され、結界封じまで仕込まれる有様。

お手上げ状態だ。

流石は聖杯と直結した弓兵。

無限に等しいとも思える魔力供給でも無尽蔵に時間差なしで放たれる剣軍。

その猛威の前にあるだけの手札をきって切った張ったを頑張ってみたものの、やはり厳しい。

 

「って言うか魔術師相手に弓兵が固有結界とかほんといい度胸よね、弓を使いなさいよ、弓を!」

「地母神の血が強い貴女にしてみれば大地から強制的に切り離されるわけですし、本当に相性が悪かったですね」

「ブリテンにだってこんなあほみたいな宝具使うやつ居なかったわよ……」

「……それは、何というか」

 

我らがブリテン、そしてその血統の頂点に立つケルト。

英雄犇めくそこにだってこんな、宝具を使い捨てにしながら爆撃する固有結界を持ってる英雄はいなかった。

まあ代わりに聖剣ぶっ放す騎士とかその王様とかいたし、先人には必ず心臓に刺さる上に治癒阻害の毒を孕んだ槍とか光って唸って伸びる剣だとか戦車持ってるのに走った方が早くておまけに()()()()()()だなんていう馬鹿げた宝具を持ってる反則染みた半神半人の大英雄もいるのでもあまり人のことは言えない。

しかも時々化けて出てくるし、何なのだケルトって。

そも弓兵は弓を使えと言ったが、よく考えれば自分のところの細目も大概だった。

……やっぱり英雄にもなる人ってみーんな頭おかしいのね!

 

「大体なんで正規の担い手でもない癖に真名開放できちゃうのよ……王妃びっくりよ、私だって旦那の許可が無かったらできないのに」

「おや、なんでも出来る万能だと仰っていませんでしたか?」

「あ、ごめんなさい、それ嘘。ほら、私って嘘つきだから」

 

敗者二人でああだこうだ言い合うぐだぐだっぷり。

いやー本当に清々しいわね。

 

「そもそもからして魔力供給が無制限の時点で勝ち目ないのよねー」

「流石に貴女の魔力供給だけではそう何度も我が子は呼べませんし、かといってハルペーは役に立ちませんし」

 

ほんと使えませんと足元に転がる折れた鎌を踏みながら嘆息する女神様。

そこでふと彼女は我に返ったようにこちらに尋ねてきた。

 

「……そう言えば気になっていたのですが貴女、どうやって私を維持してるのですか?」

「あ、それ聞いちゃう?」

「ええ、まあ。貴女はあの少女から魔力を供給してもらっていますし特殊なスキルもある様ですし……それに代役とは言え()()()()()()()()()()()()()()()()()ですから納得もできますが、私を維持しあまつさえ宝具を連発させるだけの魔力は一体どうしたのです?」

 

うーんとちょっと考えてしまう。

言ってもいいが、かなりずるしたのだ、私は。

万能と宣ったくせに最終的に他人だよりな辺り、ちょっぴり恥ずかしいし。

まあでもいいかと思い彼女に答えを告げる。

 

「そうね、じゃあ何時もの様に貴女の疑問に答えましょう。何故自らも不安定な身で極大の神秘の塊たる英霊を維持し戦わせることができたか。答えは簡単、えっとね」

 

ちょっぴり口をまごつかせ可愛く演じる。

ほうら此処に居るのはいたいけのない美少女よ、だから、ね?

呆れないでね?

 

「うちのマスターをバックアップしてるカルデアって所、マスター自身にも魔力供給してるのよ。優しいわよねー。だから、そのね……マスターとのパスを辿ってカルデアにある魔力炉に直接パス繋げてちょろまかしちゃった♡」

「はーと、じゃないですよ……貴女っていう人は本当に、本当にもう……」

 

ああもう呆れないでって言ったのに!

あ、言ってないや。

 

「勿論、無理しない程度にはしたわよ。なんか後ろで『ぎゃー停電したー、何でッ!?どうなってるんだレオナルドっ!?』とか『こっちが聞きたいさ!なんでプロメテウスの火がこんな低火力になってるんだロマン!』とか『ホントさ、私も大概だけど貴女も基本屑だよねギネヴィア、本当もうさッアヴァロンから火をくべるの抑止力とか誤魔化さなきゃいけなくて大変なんだぞ!労働基準法を守り給えッ!アルトリアに訴えるぞッ!』みたいな声が聞こえたけど。まっ問題ないわよね!」

「問題ありまくりじゃないですか……というか今さらっとすごいこと言いませんでしたか?」

 

えーそうかしら?

一応人命とかは潰さないように気を付けたつもりだけど。

やっぱり難しいわね、戦争って。

とはいえ、

 

「ま、でも、良いじゃない。勝てたんだから」

「そうですね。貴女は自分で言った通り約束を守る人の様です」

 

ね?アーチャーと声を掛ければ、ほとんど泥も落とされ下半身を失った弓兵が皮肉気に答えてくれた。

 

「試合に勝ったが勝負に負けるとはこの事だろうよ。まさか固有結界(切り札)まで切っておいて本当に時間稼ぎを達成させるとは、見事だよ王妃殿」

「あらありがとう、貴女からの賞賛、とってもいい気分よ」

「何とでも言い給え、勝者は紛れもなく君たちだ。……だが私もいい気分だよ。まさか裏切りの女王の代名詞たるギネヴィア妃に君のような結末(裏切らなかったif)があったとは思ってもみなかった」

 

アーサー王が王妃に裏切られなかった、そんな結末があると知っただけでも私はこの戦争に参加した甲斐があった。

戦いの最中で伝えた彼の勘違い。

それをこんな風に皮肉気にそれはもうかっこよく言いきるアーチャー。

でもね?

 

「あらやだ見て奥さん、あの人あんなニヒルな物言いなのに耳まで赤くしてるわ!」

「ええ本当ですね、素敵ですよアーチャー(士郎)、食べちゃいたいくらい可愛いです」

「ふっひょー、恥ずかしいわねー。っていうか貴方もしかして日本人なの!?まあなんて好都合!ちょっと後で和食教えて頂戴な!うちの台所事情ってとっても残念だったから中々練習できなかったのよ」

「士郎は料理が上手ですからね、安心して習うといいですよマスター。まあ洋食に関しては桜が、中華は凛の方が腕前が上でしたが。でも私は好きですよ?貴方の料理」

「くぅう!熱烈な愛の告白!素敵よ女神様!」

「いや……本当もう勘弁してくれないかッ!?痛みを消されて退去しないように無理やり存在固定されても、心は痛いんだぞッ!?」

 

助けてくれ桜、セイバー、君たちの身内が俺を苛める……だなんて呻く士郎(アーチャー)

うんうん楽しい。

気分がいい。

でも……もう限界ね。

そう思って空を見れば先程まで泥のような暗雲が犇めきあっていた空が、世界が、硝子細工のように崩壊しようとしていた。

重たい脚を引きずりながら歩く。

あ、千切れた。

まあいいか、空を飛ぼう。

 

さて、最後の仕上げだ。

彼に声を掛ける。

 

「ねえアーチャー?」

「……何かねキャスター」

 

憮然と返すまだ赤い彼に笑いかける。

 

「私ね、あなたにお礼を言ってなかったの」

 

マスターにそう言って出てきた、礼を言っていないのだと。

 

「貴方と最初に会った時、八つ当たりをする小娘に随分長い時間付き合ってくれたでしょ?その気になればさっきみたいに一息でも殺せたのに」

 

そのお陰でマスターに出会って、今こうして楽しくお喋りができる。

本当に私は幸運だ。

逃げ出した癖にとっても幸せなのだ。

 

「ありがとう、それをずっと言いたかったのよ。だからね、」

 

裏切者に幸福何て罪深いものを与えた其の、

 

―――幸せにしてくれた責任を取って頂戴な?

 

ぐぽりと彼の懐に掌を差し込む、ぐっちゃりと心臓(霊核)を抜き取る。

当然どんなに存在固定の術を施そうと霊核を抜き取られた英霊は座に還る他無い。

血を滴らせながら綺麗さっぱり抜き取れたことに心の中でガッツポーズを取っていると下から恨み言が聞こえてきた。

 

 

「やはり君は悪辣だよ、ギネヴィア」

「誉め言葉として受け取っておくわ。それじゃまた後でね?」

「……ああ了解した、糞ッ!地獄に堕ちろキャスター」

 

そう言って霞となって彼は消えていった。

次は彼女の番と後ろを振り向くと心臓を掴みだしたランサーがもうそこに居た。

 

「あら、ありがとう。ちょっと手間が省けたわ。でも良かったのよ?貴女は一応契約結んでるんだから」

「いえ、貴方も限界でしょうからね。それにまた彼の中には入りたくなかったので」

 

べちょべちょはもう勘弁です、そう言って彼女も去った。

 

世界が割れる。

世界が砕ける。

世界が焼ける。

世界が消える。

 

その最中最後の最後に私は彼女の手土産を用意する。

きっとこれから苦しい戦いが待っている。

そんな予感があったから。

それに折角仲良くなった友人を手放さすというのはどうにも癪に障る。

 

「そうでしょ、次郎丸?」

Fooo……(疲れたんご……)

 

あははだから何言ってるのか分からないってば。

そんな笑いと共に私は世界から去った。

久々に得た気持ちの良い勝利で、すごく、すごく、

 

 

 

―――反吐が出そうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

光が奔る。

燐光が輝き輪を作る。

急激に自分の意識がどこか深い場所から引っ張られるのが分かる。

今度は聞き覚えのある声だった。

 

「ガチャ!!ガチャ!!またガチャががが回せるぅう!!ヤッフゥゥゥウウウウア!!」

「待って!立香ちゃん待って!そんなに要らないから、三個で良いんだよ!」

「先輩止まってくださいっ!お願いですから聖晶石を置いて下さいっ!」

「落ち着きなよ、立香。流石に万能たる私が仕上げたシステムでも一気に三十個も使うのはどうかと思うぞ!」

 

聞き覚えのある……声のはずだ。

 

「ガチャァアア!!十連ガチャア!!いっぱいいっぱい回すのぉぉ!!」

「先輩!聖晶石を三十個使ってもサーヴァントが沢山来るとは限りません!」

「マシュの言う通りだ!供給する魔力が多くても一騎くるかどうかも定かじゃないんだぞぉ!?」

「だから落ち着くんだ立香君!過剰な魔力では召喚自体が失敗しかねない!」

 

聞き覚え、あったかしら?

ギネヴィアわかんないや。

 

「溶けるぅう!!溶けちゃうう!!」

「先輩!……私よく分からないですが、私も何かこう、目覚めそうです!!」

「おいロマン何とかしろッッ!」

「どうしたレオナルド!?口調が変だぞっ!?」

 

嗚呼でも、なんだか賑やかで楽しそう。

騎士たち皆がそろって馬鹿やっていたあの頃の様に。

本当に楽しい空気で胸が揺れる。

え?揺れるほどの胸はない?

ほざいたなガウェインッッ!!

 

光となった道を昇り私は彼女の下へと招聘される。

降り注ぐ魔力は私の身体を通して彼らの下にも届いたようで、何だか次郎丸が気持ち悪そうにしているのが分かる。

うんまあ急にお腹の中でとんでもない神秘が二騎も現れたらびっくりするわよね。

しかも何か騒いでるし。

……ま、いっか。

余計なことは考えまい。

カルデアから贈られる情報を通して今度こそ霊基が完成する。

成程随分制限がかかったがこれなら分かんない事だらけで頭を悩ませる必要もなさそうだ。

それなら後は、彼女との再会を祝して素敵な言葉を考えなくちゃ……そうね。

 

ぱっと視界が開けた。

とんと近未来的な床に降り立つ。

時代の進歩にちょっと感動しつつ、前で嬉しそうにするご主人様と何故かきらきらお目めのマシュ。

それから声だけ聴いてたドクターと、成程彼女が後代の万能の人か。

凄いところまできたものだ。

さて、と笑いかけて艶やかに艶やかに(つややかにあでやかに)楽しく愉快に謳いあげましょう。

 

「貴方の問に答えましょう(声に応えましょう)。ええそうよ!私は貴方の可憐な(キャスター)、貴女は私の素敵な(マスター)!ブリテンを統べしログレスが王、アーサー・ペンドラゴンの妻!王妃ギネヴィア、貴女と共に未来を見に来たわ!」

 

ドヤァ……。

決まった、完璧だ。

これにどう思ったのかは分からないけれど、彼女は笑って返してくれる。

 

「うんっ!これからよろしくねキャスター!」

 

そう言って手を伸ばすマイマスター。

良いわねこれ、大分気持ちがいい。

私も手を差し出して可愛く握手。

と、のぼせた頭に冷えた氷が自己主張する。

そうね、うん、あら?ちょっと待ってこれやばいんじゃないかしら?

 

「ほんわか歓迎ムードをありがとうね。とってもギネヴィアハッピーなのだけど、ちょっと待って下さるかしら」

 

訝しむ四人と次郎丸の中の二人。

彼らを置いて、知らない六人目のお客さんに声を掛ける。

 

「ねえお嬢ちゃん?そろそろ()()()()()()退かしてくれないかしら?」

 

その返答はあんまり予想しなかったもの。

 

「貴方がわたしたちのお母さん?」

 

空気が冷え固まったのがよく分かった。

その返答は背中に当たる鋼よりずっと冷たくて。

私の脳を噴火させるには十分な熱。

回数制限されたスキルが勝手に発動する。

暴走する。

喚起する。

ああでも知らない。

一度目はまあ許してやらんこともなかった。

モードレッドの件はあの毒婦の所為だし、私も見落としていた。

でも約束した、二度目はないと。

だから、うん、吼え立てて王剣出して暴れたって仕方がない。

か弱い素敵な女の子ですもの、偶には怒ったっていいだろう。

だって、これは、もう完全に。

 

 

 

有罪(ギルティ)ですもの。

 

 

 

「……あんの獅子娘!また私の知らないところで子どもこさえやがったなッッ!!」

「落ち着けッキャスター!その子はセイバーの子どもとは違うぞ!」

「ああセイバー……貴方への見方がこの一日で随分と変わりましたよ、私」

「どこだ!どこのどいつだ!またあの子の股間に剣生やした馬鹿野郎は!ファッキン!糞が!吹き飛べ蛮族ッ!」

「ええいライダー!君も彼女を抑えるの手伝い給え!!」

「申し訳ありません士郎、私これからお風呂に入るので、ほら次郎丸の体液でべちょべちょですし」

「GAAAAAAAaaa!」

 

あらやだ大変大騒ぎ。

でも知ーらない。

だってきっとあの人が私に内緒で子どもを作ったりするからですもん。

 

「汚れてるのは私もだ!糞ッ!手土産の触媒代わりに抜き取られた心臓(霊核)が過剰な魔力と召喚の儀式の所為で亜竜の中で現界する羽目になるとは思ってもみなかったぞキャスター!」

「あ、この霊基(姿)では初見でしたね。では改めまして、どうも、桜ルートのライダーです。贄がご要望とのことなので恥ずかしながら再び参りました、どうぞよろしくお願いしますね?可愛いマスターさん。ところで浴室は何処でしょうか?」

「何で君は勝手に自己紹介を始めるんだ!やめろ!これ以上ぐだぐだした空気を広めるのは止めてくれ!糞ッ初対面がちっとも締まらないではないか!!」

「Arrrrrrthurrrrrrrrr!」

 

どったんばったん大騒ぎ。

はてさてどうしたものかしら。

 

「うわーどうするんだい、これ?」

「取り敢えずあと一時間もしたらファーストオーダーの予定なんだけどね……」

「凄いですよ先輩!十連ガチャのご利益がありましたね!」

「でしょー、やっぱり運営は神ってはっきり分かんだね」

「浴室なら私が作った大浴場がある、ゆっくり浸かって汚れを落としてきたまえ」

「ありがとうございます、ええっと貴女は?」

「ああ、私はモニターもしてなかったしね、自己紹介しておこうか。私はキャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチだ、よろしく頼むよライダー」

 

騒ぐ私とそれを止めるアーチャー。

徹夜明けで疲れ切ったお兄さんにこの騒ぎを良しとみる少女達。

 

 

「あれお母さんが一人、二人、三人、四人、五人。それに六、にん?……まあいっか」

「なんでさ!?おいアサシン!何故今私も母親にカウントした!?」

 

阿鼻叫喚の騒ぎになってしっちゃかめっちゃかになってしまった。

これが私たちの聖杯探索の旅、非常に残念な始まりだった。




マテリアルが一部開示されました。

クラス:キャスター
マスター:藤丸立香
真名:ギネヴィア
身長/体重:133cm/34kg
出展:アーサー王伝説
地域:イギリス
属性:混沌・狂
カテゴリ:地
性別:???
イメージカラー:蒼銀
特技:料理
好きなもの:アーサー・ペンドラゴン
嫌いなもの:ブリテン島の外に住まう全ての人間(身内を除く)
天敵:アンデルセン、ナイチンゲール、晩鐘の導き手

魔術師のサーヴァント。転生を果たし未来知識を僅かに持ったことで『裏切らなかったギネヴィア』というifの存在。淡い空色の衣装を着る金髪に水色の瞳、生まれた時から胸に傷跡を持つ少女。

【ステータス】
筋力:E 耐久:D+ 敏捷:E 魔力:E 幸運:E 宝具:B
【クラス別スキル】
陣地作成:C+
道具作成:D
女神の神核:― 二重強制(ダブルギアス)。地母神の血を引く血統、そしてその生誕に際し■■を喰■う女神によって掛けられた呪詛によって変性したスキル。
彼女は常に王妃であり、必ずアーサー・ペンドラゴンを愛するように生まれ落とされた。そうあれかしと誕生したギネヴィアは狂っていることが正常であり、重度の精神汚染と記憶障害、味覚障害、軽度の身体麻痺による運動能力の低下と痛みへの耐性を得ている。
【保有スキル】
話術:B 気品に溢れ慈愛に満ちた言葉。語りかける相手を時に慰撫し時に鼓舞する王権の行使。ログレスの王妃として現界するキャスターにとって言葉に魔力を載せる、ただそれだけで魔術と同様であり彼女がキャスターとして召喚された所以である。

魔力充填:A 大地と呼応することで魔力補給する事ができる。地母神に連なる英霊の有するスキル。

王妃の采配:A+ 生前多くの識者を招き内政に尽力したギネヴィアの象徴とも言えるスキル。人間観察の派生スキルであり他者の得手不得手を観察しその人間の最も得意とする分野の仕事を振り分けることができる。
ゲーム的に言えば最短CT6でオダチェンが出来る。
【宝具】
とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)
ランク:E
種別:対人宝具
レンジ:1~100
最大補足:1~20人


燦然と輝く王剣(クラレント)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1
最大補足:1人


過剰充填・王剣執行(クラレント・オーバーロード)
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:1
最大補足:1人
備考:現時点の霊基では使用不可能。



星1キャスター、星3ライダー、星4のアーチャーに星5のアサシン。
さすがガチャの申し子、とんでもない運ですね(白目)

さて、ラスボスが見えてきたぞ。


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第一特異点:邪神百年戦争 オルレアン 女神の狩人
純白の花嫁(アーチャー、残念だけど君、胃酸過多だよ)


沢山感想ありがとうござます。
ぶっちゃけ感想乞食なので新着感想があるたびにテンションが上がります。
それから誤字報告、誤字する自分が悪いのは分かっているのですが、しっかり読んでくださる方々に本当に本当に感謝の言葉しか出てきません。
皆さん、本当にありがとうございます。


あと、本作のエミヤ先輩は魔改造っていうほどじゃないけど、とあるルートを経てるので強化されてますので、ご注意ください。
詳しくは後書きのマテリアルっぽいもので


成すべきことがあった。

 

人類史、幾千年と刻まれ最早数えることが出来ぬほど広がった可能性の塊。

その全てが焼き尽くされた。

忘却の火によって何もかも失われ辛うじて残ったのは特異点と呼ばれるばらばらの中継地点。

そして起点となったが故に辛うじてその光を繋ぐことが出来た、星の観測者の名を冠するカルデア。

そこに集うは数多の輝き。

刻まれ、時に歴史の中に埋もれながら、それでも人の祈りによって記録された人理の守護者。

束ねるは人類最後の希望、たった一人残ったマスター適正者。

幼い少女だ。

だが、決して彼女は一人ではない。

彼女と共に歩む無垢な騎士が、彼女に寄り添う名医が、彼女を導く賢者がいる。

そしてそんな彼らの影に隠れるように、家族を失い、同僚を喪い、中には恋人を燃やされ、それでも己の出来ることを全うせんとする名も無き職員達。

全員合わせても僅か三十にも満たない彼らが、かつて地球全土を埋め尽くし生態系の頂点にたった人類の生き残りだ。

彼らは一丸となって敵と立ち向かうのだろう、美しい我らが円卓の騎士の様に、己の出来る全てを投げ打ってたった一人残った最後の希望が勝利をつかめる様、力を合わせるのだ。

 

---なんて美しいんだろう、人が生きようとする姿はかくも素晴らしい。

 

だからこそ私に話さなくてはならないことが山ほどある。

彼らには足りないものがある。

物資、時間、体力、そして心の支え。

人間は欲に塗れた生き物だ、自分など分かりやすいだろう。

夫を、子を、友を、民を、国を愛しているからどんなに辛くても走り抜こうとした。

その結果がどうだったのか、私は知り得ないし知ることが出来ない以上自分は王に任された役目を果たせていない半端な裏切り者に過ぎない。

例え不貞を犯して裏切る結末でなくとも、結局ギネヴィア(自分)は裏切り者であるのだ。

……話がそれるのは私の悪い癖だ。

 

「おかあさん」

 

声がかかる。

突然出来た娘だが、まあ可愛いので良しとしよう。

 

「なぁに、ジル?」

 

とかくまあ、人は欲があるから頑張れるのだ。

しなくてはならないという義務感や使命感だけで走り切れる人間は最早正常ではない、ただの病人か、そもそも人間でないのかの何れかだろう。

 

「準備、できたよ」

 

であるなら、心の支えを、日々生きる喜びを、それを失う恐怖を、失わせない為に走らんとする激情を、芽がでるようにしなくてはいけないのだ。

 

緊張でいつになく硬くなっている。

初めての経験に、あの殺人鬼の名を冠す少女が戸惑っている。

歳をとると忘れてしまう、いつだって女の初体験は緊張で始まり達成感と虚無感が綯交ぜになって終わることを。

だからこそ、そっと抱きしめ頭を撫でる。

 

「貴女ならきっとできるわ、ジル」

 

だからこそ、この選択に間違いはない。

私はきっと間違ってない。

 

「うん」

 

これは賭けだ、ただの博打だ。

働き詰めの彼らの心、その火にくべる薪。

 

「さあ時間よ、これも貴女が望んだことですものね……大丈夫、私も頑張りますから」

 

だから言っておいでと背中を押す。

いつもと違う愛らしい服で着飾った娘。

さあお願いよ。

どうかどうか、届いて下さい。

どうかどうか、気づかないで下さい。

手に持つ魔法の紙切れ、それは誰もを魅了する言葉。

これより始まる悦楽の宴、それを指揮する大事な台本。

主演は私の子、きっと出来る、大丈夫。

貴女ならきっと、きっと彼らを癒してあげられる。

さあ私の愛しい子、今こそ女神になりなさいな。

 

ちらりとこちらを見た彼女が小さく書かれた魔法の言葉を、幼く甘い声で、そして私が作ったマイクを持って響かせた。

 

 

 

 

「萌え豚のみっんなー☆今日もきたない汗水たらしておしごとがんばった?ちゃんとしないと解体しちゃうぞ♡」

「っっっ!???」

 

お、ちゃんとカンペ通り言えたわね、初めてやるのに流石私の娘。

お母さん鼻が高いわ!

 

「「「「おおぉぉぉぉぉぉおおおッッ!!!」」」

「うっわぁ、大っきな雄豚さんと雌豚さんがこんなにたくさんっ!みんなそんなにご飯が欲しいんだ!」

「「「「ジルちゃん!ジルちゃん!ジルちゃん!はいっはいっはいっ!」」」

「◯◯◯っっ!◯◯◯◯◯っっ!」

 

わたしたちもアイドルになりたいと言い出すものだからちょっと針仕事と日曜大工と宣伝してみたけど、うんうん流石は私、いい仕事したわ。

達成感で小躍りしそう。

さてさて、と近くの機材を弄り回しながらのギネヴィア特性カラオケルーム(防護結界)の出力を調整する。

さっきから煩く剣を叩きつけている奴がいるからだ。

職員のみんながしっかり愉しめるよう干渉をばっちり遮断してるとは言え、この五日間の傾向から考えればそろそろ矢の一本でも飛んでくるだろうし。

 

「うん、ならわたしたちがんばる!だからその小汚い顔面をみっともなく床にこすりつけて耳の穴をかっぴらいてよく聴いてね!それじゃあいっきょく目!『ブリテンに栄光あれ!アーサー王万歳讃歌』、ちゃんと聞かなきゃ解体するね!それじゃあ逝っくよー♡」

 

「させるかァッ!捩れ狂えッ!偽・螺旋剣Ⅱ(からどぼるぐmk.Ⅱ)ッッ!」

 

 

曲の開始を知らせようとサンプラに手を伸ばしたがそれより早く爆発音。

ジルが曲名を言い終え、さあこれから歌うぞというきに入ってきた不埒者。

全く、どうしてこう彼はワビサビというものを理解出来ないのだろうか、日本人だというのに。

 

 

「もーびっくりしたっ。だめだよ、しろー、そんな事しちゃ」

「アサシンッ!いい加減その呼び方はやめろと言っただろうッ!というか君達何をしてるんだ!?」

「だっておかあさんがそう言えって、しろーって呼ぶとよろこぶよーって言ってたよ?あ、これね、あいどるって言うんだって!おかあさんと一緒に映像保管室(びでおの部屋)で見つけたの!」

 

今日のわたしたちは解体系アイドル、ジル・ザ・プリティだよっと律儀に答えるジャック。

でも惜しい、少し違う。

路地裏で会えるし殺してもらえる解体系アイドル、ジル・ザ・プリティでしょ?

敵が女体で条件さえ揃えば確殺よ?

ルーラー?あれはノーカンよ。

とは言え訂正なんてしたらどうなることか。

 

「ギネヴィアァァッ!出てこいッギネヴィアッ!今日という今日は俺も容赦しないぞッッ!貴様のその捻じ曲がった骨子を叩き直して火曜の燃えるごみと一緒に出してやるッッ!」

 

言われて出てくるわけがない。

あ、明日可燃ごみの日ね、ごみ袋を一つに纏めとかなくちゃ。

カルデアって無駄に広いからちょっと面倒なのよね。

とはいえ、随分元気な声だ。

これにはちょーっと気持ちが緩んでいたカルデア職員にもいい感じに喝が入ったようだ。

 

「あーばれたかー」

「そりゃバレるだろ、王妃様これ見よがしにライブの宣伝(ビラ)配ってたし」

「でもあれ、アーチャーさんには何が書いてあるか分からない術で書いてあるらしいですよ」

「うわー……」

「開発局長も隠蔽工作手伝ってたしねー」

「アーチャーさんが資材取りにレイシフトする時だけ放送したり」

「後はアーチャークラスのサーヴァントだけ見れなくなるポスター作ったりな。まあ今カルデアにアーチャーは一人しかいないから実質エミヤ特攻ポスターだけど」

「しっかしバレちまったから今日はお開きかね?ちょっと早いけど俺、他の連中と交代してくるわ」

「俺は仮眠でも取るかなー」

「あ、女の子組はこの後お風呂行きません?プチ女子会みたいな」

「女の子(暗黒微笑)」

「女子会(嘲笑)」

「何笑ってんだぶっ飛ばすぞいんぽ共っ!」

「帰るか」

「んだんだ」

 

「ダヴィンチィィィィッ!」

 

あ、いい感じにタゲが移ったわね。

ちゃっちゃとジャック拾って逃げましょ。

職員の人たちも、って言っても十人以下のほんの僅かしかいないけど、わいわいがやがや話しながら退場口から出て行く。

それにしてもまったく!

せっかく立香たちも寝静まって余裕が出来たからみんなで愉しもうと思ったのに!

 

「あ、萌え豚さんたち帰っちゃった……」

「何故私を恨めがましく見るんだ、アサシン……」

「本当子どもの遊びを邪魔するなんて酷いわ。()()()()()()?」

「うん。……しろーの意地悪」

「くっ」

「そうねー本当デリカシーに欠けるわよねー。メドゥーサから聞いたあなたの奥さんが見たら泣くんじゃないかしら?」

「しろーのおよめさん、かわいそう……」

「やめろ、やめてくれ、その攻撃は私に効く……心は硝子なんだ……」

「おっと心は硝子だぞ(嗤)」

「ギネヴィアァァァッ!」

 

あ、つい苛めすぎて意識誘導の呪詛が切れっちゃった、ついでに士郎君の堪忍袋も。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、今私は士郎君監視の下、トンカントンカン金槌を振るっているわけだ。

未だ爆発の爪痕は深く、おまけに人手も足りない。

そういうわけで私や士郎君のようなサーヴァントまで施設内の修繕に駆り出されている。

それにしても、ちょっと休憩がてら遊んだぐらいで怒るなんて酷い人もいた物ね?

「もーいい加減機嫌直して頂戴よ!」

「断る。貴様がこの連日で繰り返してきた愚行、最早看過しきれるものではない」

「ちょっと!ライブは今日が初めてよ!あっジャック、その釘は駄目よ、悪性殺しの呪い振りかけてるから。向こうの赤い釘取ってきて。あっちは結界用だから貴女が触っても火傷しないから」

「はーい」

「ライブ一つの事ではない!毎日起こしてる騒ぎ全部のことだッ!!」

 

むむむ、はて騒ぎとは一体何のことかしら。

一度手を止め可愛く首を曲げて一生懸命私考えてますポーズを取る。

それに疲れちゃったのか苦し気に呻くアーチャー。

しかも何故かお腹を擦ってる。

変な物でも食べたのかしらね?

 

「召喚された直後の騒ぎはまあ良いだろう。君の女神の神核(特性)上仕方もなかろう」

「あれねー。まーほら、丁度レイシフト前だったし立香もマシュもいい塩梅に緊張ほぐれたからもーまんたいよ」

「だがその後の惨劇は一体なんだ!?手が足りないからと言って召喚した蔓植物(触手)共は女性職員にセクハラするし!」

「マッサージだからノーカンよ、純潔までは奪ってないわ」

「寝ない子はお仕置きだべーと言って『王妃の采配』で無理やり寝室に移転、そのまま仮眠コースは確かに素晴らしい働きだ。休みなしでは作業効率が落ちるからというのはもはや常識だろう……だが見せる夢は大概淫夢ッ!身体を休める筈が男性職員は皆げっそりした顔で出て来るではないかッ!」

「定期的に出すもの出さないと浮気するのよ、男って。うちの屑共がいい例だわ」

「食事ででてきたマッシュポテトッ!どうして君の時代にじゃが芋があるのかは放っておこう。だがなッどうしてごりごりに鍛えた肢体が生えた幻想種擬きが材料なんだ!?二日目あたりから調理スタッフが死んだ目で手足切り落として調理していたのを見た私の気持ちが分かるかッ!」

 

あーそんなの混ざってたのか。

魔術工房としての機能を持つスーパーキューティーみみずちゃんこと次郎丸。

その中に予め収穫して備蓄していた農作物だが、どうやら失敗作も放り込んでしまっていたようで、それを調理要員に渡してしまったらしい。

まあ免疫が付いて大変宜しいのではないかしら?

 

「それから一家に一台と謳ってダ・ヴィンチと作った掃除機!何故形が英国式欠陥戦車(パンジャン・ドラム)なんだ!立香が今のカルデアを見たら卒倒するぞ!」

「ちょっと!英国式最終決戦兵器(パンジャン・ドラム)を馬鹿にしないで!あれさえあればピクト人共も尾葉(しっぽ)巻いて逃げたはずなんだから!」

「できるかッ!というかどうしてブリテンの蛮族はちょいちょいエイリアンみたいな要素が混ざるんだ!?」

 

いやあれ多分人間じゃないっていうか、間違いなくエイリアンっていうか。

普通に考えて神造兵器で星の光や疑似太陽の熱線を叩き込んでもスキルなしで戦闘続行してくるのを同じ人間として認めてやるのはちょっとあれだ、無理だ。

私は万能ですけれど、それでも王妃ちょっと無理って時だって物だってあるのよ。

 

「極めつけは農作プラントの蚯蚓ッ!どうして増殖しているんだ!?今朝見たらまた増えてたぞ!」

「前にお話ししたでしょ?あの子、小さいただのみみずからここまで育てたから蚯蚓という生物の特性をそっくりそのまま引き継いでるのよ。というわけで増殖もできるわ、流石にランクの上昇(成長)はできないけれどね」

「毎朝毎朝ッ食材を取りに行くたびに増えたり、時には増殖途中の見せられない光景を叩きつけられる私の身にもなって見ろ!」

「えー、別にいいじゃない。キャメロット(うち)じゃこんなの日常茶飯事だったわよ。それに職員のみんなだってだいぶ慣れてきたわよ」

「君の国と一緒にするなッ!廊下ですれ違った巨大ワームと朗らかに挨拶を交わす職員がいる国連組織があってたまるかッ!?」

 

「仕方ないじゃない、そうでもしないと()()()()()()()()()()()()()?」

 

その返しで勢いが止まった。

 

「人間じゃない時が止まった超越者。マシュ・キリエライト(デミサーヴァント)なんていう例外を除けば、私たちは生者じゃない」

「分かっているさ、曲がりなりにも我々は英霊の影、サーヴァント。だからそう簡単には揺らがない、成長しない。こと今回に限ればそれは幸いだ、何せどんな状況でも兵器としての己を全うできる」

 

人間に正英雄(望まれよう)反英雄(望まれなかろう)が、正統なる原典(認められていよう)ifの存在(認められていなかろう)が、座に刻まれた以上は『人類史を守るモノ』として確定された存在、それが英霊。

座にいた記憶のない自分はあまり詳しくそして完璧に理解しているわけではないが、それでも分かることはある。

 

例え無辜の民を虐殺した大悪党でも、その功罪や本人の存在そのものが人類史をより強く永く繫栄したと確認されれば、例え誰であっても英霊として認定されてしまう。

人々の願いを受けて造られた人類の始まりの意思、生存本能とでも言うべき延命機構こそが英霊でありその座なのだ。

故に英霊は例え本人がどうであろうと、運命に導かれるように全ての行動が『人類史存続』に繋がってしまう。

だからこそこの英霊を召喚し従える等と言う、世界最高戦力を揃えると宣戦布告しているような組織が認められているのだろう。

何せどんなに戦力を揃えようとそれが人類史継続に繋がらない限り、その暴力を振るうことは出来ないのだから。

 

そして英霊はそんな自分の在り方を良しとする。

例えどんなに人類を嫌おうと、例えどんなに世界全てを呪っていようと、何だかんだ英霊というものは悪を滅ぼすように、先が繋がっていくように戦える人たちなのだ。

だからこそ、彼らは人類史をより強く永く繫栄させる存在なのだと認められるのだろう。

 

とまあ遠い昔に聞きかじったことなのでかなり抜け落ちてる為、目の前の英霊には恥ずかしくて語れない。

のでそれっぽい雰囲気で私分かってますよーと誤魔化す。

結論さえあればいいのだ。

英霊は時が止まった存在。

人類史焼却、そういう人類存続に関わる事態であっても、むしろそういう事態だからこそその精神性が揺らぐことは例外を除けばまずないだろう。

逆に言えば、

 

「私たちみたいな人の域を踏み越えた防衛機構(英霊)ならまだしも只人が人類史焼却(こんな状況)で折れない筈がない。人という生命そのものの拠り所がなくなってるんだから」

 

大地が無ければ蚯蚓は意味をなさず、草は根を伸ばせず、馬は走れない。

空が無ければ鳥は羽ばたく翼を折る他ないだろう。

海が無ければ魚は泳げず、鯨は歌を伝えられない。

物理的な問題だけじゃない、概念的に生きとし生けるものは己の寄る辺がなくなれば()()()になる。

人間であればこの2016年まで絶え間なく歩き続けてきた歴史そのものがそれに当たるのだろう。

だから残され辛うじて生きているカルデアの職員も生きている人間という存在である以上、人類全ての系譜であり記憶である人類史が失われた今、寄る辺を失い下手をすれば心を無くしかねないのだ。

あの輝けるマスターやマシュの様には誰も彼もなれないのだ。

 

「だからこそ、私の胃を犠牲に君がこうして馬鹿騒ぎをやっているのは分かっているつもりだ。恐らくドクターやダ・ヴィンチも分かっているからこそ付き合っているのだろう」

「ま、そういうことよね?馬鹿やって思い出を増やして、何とかこれまであった寄る辺に替わるモノを辛うじて作り己の心を繋ぎ止めるの。ところで胃って何の話?」

「ドクターに会った時に言われたのだよ……」

 

『バイタルデータに異常があったから確認したけど……アーチャー、残念だけど君、胃酸過多だよ。原因はうん……僕にはあの王妃様止められなさそうだから、ごめん』

 

うわあ……。

 

「どうしてサーヴァントにもなって胃酸過多だなんていう情けない霊基の軋ませ方をさせてくれたんだ君は。ストレスで胃薬が手放せない日が来るとは思わなかったぞ」

「……それは、まあ、何ていうか貴重な体験をしたわね。それに髪が抜ける方向でなくてよかったじゃない!うんっ、不幸中の幸いを喜びましょうよ!」

 

そう言えば士郎は手で顔を覆い隠し深々と溜息を吐く。

うん、まあ、がんばれ?

けれど私の心配は筋違いだったようで、彼はほんの少し声色を優しくして語りかけてきた。

 

「それだけではなかろうに。それならこんな茶番染みた馬鹿騒ぎを起こす必要はないだろ?」

「……なんのことかしら?別に私がしたかったからしてるだけよ?立香のいる場所が心を無くしたゾンビだらけになるのがいやなだけ」

「君は本当に……戦闘になると悪辣というか手段も自分の身体もかなぐり捨てる癖に、随分とまあ偽悪的というか」

「……」

 

言葉が若干もたつく。

別にアレに深い意味はない、ないったらない。

だというのに士郎君は言葉を続ける。

 

「非日常、特に戦争というのは人の心に大きな傷と圧迫を与えるものだ。マスターであれば特異点を通して否応なしに免疫が付き、それが心を守る鎧になる。だが、マスターと違って戦場に出れない者達に免疫をつけるならば君がしたように日常を些細な非日常に変えるのが一番なのかもしれないな」

「……」

「大きな声で騒ぐというのはストレス解消にもなる。それにここは閉鎖的な場所だ、変化が起きにくい。それをことあるごとに馬鹿騒ぎを起こすお転婆娘がいれば、心もだいぶ楽になろうさ。おやどうかしたのかね?随分と顔が赤いようだが」

 

何かこっちがやってること全部見透かして肯定されるというのは恥ずかしい。

マテリアルをチラ見したので知っているが、成程、並行世界でこの世全ての悪を抱いた恋人を救っただけのことは有る。

なんかこうすっごい悔しいが、この人はどうやら、相当な正義の味方の様だ。

……なんて返せばいいのかも分からない。

 

「ねー難しいお話、おわった?」

 

と、ちょっぴり気まずい空気を終わらせるように、いいタイミングでジャックが声を掛けてくれた。

でも無性に何故だか、恥ずかしくてその言葉に返せれない。

 

「ああ。君の方も終わったのかね?」

「うんっ!壊れてるばしょ、ちゃんとふさいどいたよー!」

「そうか、助かったよアサシン。……そうだな、ご褒美というには些かあれだが、今日の夕食は君のリクエストに応えるとしよう」

「ほんとにっ!?じゃあねっわたしたちハンバーグがいい!」

 

ああ任された、だなんて微笑みながら目線を合わせる彼はやはり、ちょっと、かっこよかった。

 

 

 

 

 

 

『そんなことがあったんですね……ギネヴィアさんもあんまり悪戯してはいけませんよ』

「分かってるわよー、あんまり言わないで頂戴な?もうお小言はお腹いっぱいなの」

『そんなこと言ってまた明日も変な悪戯するんでしょー。まったく!あんまりエミヤの事苛めちゃだめだよ」

「はいはい分かってます分かってます。それで?貴女たちの方は何か進展あった?」

『はいっ!今日は解呪を終えたジークフリートさんのお力もあってかなり近くまで来ることが出来ました!』

『明日にはいよいよオルレアンまで行くよ。多分明日で全部終わると思う』

 

通信越しに立香たちの力強い声が聞こえる。

私が召喚され、そして彼女たちが十五世紀のフランスへとレイシフトして半月近くが経った。

留守番組と違いある程度強化を済ませて、魔力充填スキル擬きの呪符を持たせたメドゥーサは移動兼緊急時の避難役として着いて行っている。

きっと歩きながら湿布の様に貼ってある呪符の強化で日々強化されているだろう。

 

「そっ、なら最後だからって慢心せず、しっかり気張りなさいな?美味しいご飯つくって待ってるから」

『はいっ!あ、そう言えば今日はドクターはいらっしゃらないんですか?』

「ん?ああ彼ならちょっとお出かけよ」

 

毎晩恒例の定期連絡にも随分と慣れてきている。

近くにドクはいない。

あんまりにも隈が酷く、下手な化粧でも隠し切れていなかったので仮眠を取らせているからだ。

すっごく抵抗したが次郎丸で運ぶかと聞いたら青ざめた顔をしてすごすごと部屋に戻っていった。

それでもどうせもう少ししたら戻ってきてしまうだろう。

職員たちと同じ只人にしてはあんまりにも、そうあんまりにも頑張りすぎていて見ていて綺麗なほどに痛々しい。

本当に、頑張りすぎだ。

 

「しっかしフランスが誇る大英雄と竜殺しの代表格が二人、それから音楽神の申し子に竜種の化身が二人と、随分な戦力になったわね。私たちが居なくても大丈夫じゃない?それにメドゥーサはそっちに行ってるんだし」

『うーん、それでもやっぱり不安かな』

「ちょっと、そんなこと言っちゃだめよ。みんな貴女と戦ってくれる大英雄じゃない。というか聖ジョージとか私が会いたいぐらいなんだけど」

 

聖ジョージ、ゲオルギウス。

ケルトと原始キリスト教がいい感じに、というかぐっちゃぐっちゃに混じり合って混沌とする我がブリテンでもそれはもう英雄視された偉人だ。

できるならサインが欲しかったがそこはうん、大人の余裕でぐっとこらえた。

おらガウェイン、誰が年相応にねだってもいいんですよだ、次郎丸の腹の中に叩き込んで糞ごと海に放り投げるぞ。

私はくーるびゅーてぃーな永遠の17歳、外見幼女とか知ったことではない。

きっとこれから大きくなるのだ、多分、きっと、めいびー。

 

『それは先輩も分かっていますよ。ね?先輩』

「ならジャックや士郎君はともかく私は尚更必要ないじゃない。分かってると思うけど私はこれっぽっちも強化なんてしてないわよ」

 

私が此処に居る最大の理由。

それがカルデアの戦力の強化だった。

勿論施設内の補修や補強、職員たちのメンタルケアやら人手の足りない調理もしているが、正直後回しでもすぐには問題ない。

というか今いる人員を酷使すれば英霊三騎抜けた穴なんて戦闘でもない限り問題ないのだ。

それにも関わらず貴重な戦力を置いていった理由。

 

『エミヤとジャック、もう準備の方は大丈夫そう?』

「ええ勿論。半月も貰ったんですもの、完璧に仕上げたわ」

 

それはカルデアの英霊召喚システムにおける最大の欠陥(デメリット)にして神髄(メリット)

 

―――霊基の劣化。

 

「エミヤの方は霊基再臨も終わらせたし、ジャックにしてもスキルは全部復元したわ。神霊クラスの大英雄でも出てこない限り問題ないでしょうね。今回は中世のフランスだし神秘もかなり薄いから、あの黒い聖女に引っ張られてる竜種以外はそういう大物は出てこないでしょうし」

護国の英雄(ヴラド三世)のような史実系の大英雄も調べる限りもういないようです』

「それは結構なことね」

 

劣化、それこそがこのカルデアにおける最大の問題だった。

便宜上カルデア式と呼んでいる召喚術式、考えた人間は間違いなく天才の類いだろう。

聖杯や魔術基盤に頼らず()()()()とはいえ数多の英雄が集った円卓を起点とすることで時代も洋の東西も問わず数多の英雄を招聘する。

本来召喚者の力量で大きくぶれる霊基を、魔力炉を通すことで召喚者の力量を誤認させそれぞれを最良の霊基(からだ)で呼び出すそれ。

おまけに呼び出す案件が人理修復だなんていう英霊本来の職務なこともあって、願望の有無を問わず英霊が受諾さえすればどんな存在でも呼び出せて知名度補正も無しときた。

自分が冬木でしたずるが馬鹿らしくなる程の反則、そんな大魔術式だ。

とは言え、デメリットがないわけではない。

 

「士郎君の固有結界は面倒な相手が居ても有利な場所に引き込める。ジャックも相手がルーラーとはいえ数値を見る限り貴女のとこにいる聖女様とは随分違うから、宝具もある程度期待できるわ」

 

それが劣化。

呼び出す霊基を最高のステータスで呼べると言ってもそんな大きな霊基を呼べば円卓は無事でも術式が壊れたり、急激な魔力供給で炉の方が不調に陥る。

最悪令呪が効かないような大英雄や大魔術師を呼んでしまった日には、理解が得られなければ反抗されかねない。

だからわざわざ霊基自体に最高状態を記録させた上で劣化させて召喚するのだ。

完成図持ちの未完成の商品を発注して現地で組み立てる、みたいな感じだろうか。

そうして劣化させてやれば後はマスターと相互理解を深めながら最高の状態まで強化もできるし、反抗するなら自害もさせやすい。

 

『ありがとね、ギネヴィア。無理してもらったけど、これで明日に間に合う』

「別にこういうのは魔術師の仕事なんだからいいのよ。だから私なんて戦力、もういらないんじゃない?正直過剰なぐらいだと思うわよ」

 

うん、本当に利に適った方法だ。

即戦力にはならないが間違いなく霊基の劣化はメリットだろう。

だが落とし穴がある。

一つはスキルの使用回数制限。

本来なら英霊の技術でしかないスキルはそれこそよほどの制約でもない限り無制限に使える。

実際私も冬木で自壊寸前まで『魔力充填』を使ったし言葉全部に『話術』を載せられた。

だが今は使うごとに冷却時間(クールダウンタイム)が付いてしまった。

ジャックや士郎君のように白兵戦ができ、宝具も強力な英雄なら問題ないが、スキル頼りでしかも過剰充填・王剣執行(切り札)はスキルを無制限に仕える前提でなければ発動できない。

だからこそ自分を後回しに二人の強化をし続けたのだ。

 

「そもそもサーヴァント階位が第一階位の私じゃ、強化云々を抜きにしても大した活躍は無理に決まってるじゃない」

 

そしてもう一つが円卓を使用したからこその欠点。

選ばれた者のみが座れる円卓、そんな逸話を持つからこそ召喚されるサーヴァント自体にも階位が設定される。

設定された階位によって振るえる力が大きく変わる。

勿論、強化してしまえばあまり関係が無いがそれでも階位が低ければ頭打ちする上限も低い。

つまり第一階位の私は弱っちいのだ。

その選定理由は今一つ分からないが、恐らくは本来英霊が持つ格そのもの。

それから人理修復という大偉業にどれだけ貢献できるかだろう。

最大五階級のそれは、大英雄であれば当然その霊基は上級の階位を得るだろうし、円卓の騎士やそれに連なる者であればそれこそ無条件で第三階位以上だろう。

中には若しかすると余程性格が良くて、マスターの負担を考えて自分から階位を下げる英雄がいるかもしれないが、そんな無茶ができるのは一握りの、それも大英雄だけだろう。

しかもその階位でも十分な働きができるという実力が無くてはいけない。

 

士郎君は疑似サーヴァントとはいえ本来の霊基が守護者という人理救済向けの英霊だから第四階級。

メドゥーサはステータスが高くとも反英霊で、しかもそもそもが神話に描かれた魔獣の女王(ゴルゴーン)よりも劣化した状態で呼ばれているので第三階級。

 

『それ言ってしまうと私も第三階位ですし……』

「まあ階位なんて匂いの付いた文字(フレーバーテキスト)みたいなもんだから、強化しちゃえば問題ないわよ。第三階位なら聖杯で呼ばれた中堅どころとだって殴り合える。でもね私みたいにそもそもの格が低くてしかも上限も低い英雄にとっては死活問題よ」

 

ジャック・ザ・リッパ―。

彼女はもう一つの理由だ。

中身が悲しい繁栄の犠牲者であっても、今なお未解決の事件として世界から信仰を集め、その対女性という特殊性から円卓がかなり補正をかけている。

結果、何と第五階位という大英雄にも比類する上限を得た。

流石子どもの英雄、伸びしろは十分にあるという事だろうか。

やっぱりBBAとは違いますねって言ったゴリラ、今すぐ出てこい。

 

まあざっくり言えば、今の私はスーパー雑魚なのだ、それもびっくりするほど。

 

「だから明日も私はお留守番。それでいいんじゃないかしら?」

 

そう言うと二人は困った顔をして、今度は私を困らせることを言った。

 

『そういう事じゃないんだよ、ギネヴィア。私はね、貴女に居てほしいの。他でもない貴女に、あの時冬木で私たちを守ってくれた貴女に』

『そうです!ギネヴィアさん、一緒にこっちの空を見ましょう。明日皆さんと一緒に世界を守って、このフランスの綺麗な空を!』

『だから、エミヤだけじゃなくて、ジャックだけじゃなくて、ギネヴィアも一緒に来てよ!みんなで勝とうよ!』

 

そんな幼子に諭すように、悔しいことを言ってくれる。

どうしてもこの子たちの言う事には敵わない。

嗚呼もうどうしてこの子たちは、私が欲しい物をくれるのだろう。

どうしてこんなにも、

 

 

―――糞みたいな世界で輝けるのだろうか。

 

 

 

「……そうね、考えておくわ」

 

だなんて火照った顔を隠しながら言うとやったーだなんて騒ぐ二人。

まだ行くだなんて言ってないのに決まったことの様に信じている。

どうやら降参するほかないようだ。

 

挨拶もそこそこに通信を切り上げ、何時の間に居たのか後ろでニヒルに笑っている士郎君を蹴り飛ばし、私は次郎丸を呼ぶ。

 

Foooooooo(あれ母ちゃんどないしたん)?」

「少し貴方の中に籠るわ。今からそうね、六時間ほどしたら教えて頂戴」

Foooo(あいよー)

 

そう言って次郎丸の中に入る。

中は当然ブリテンで集めた魔力が()()()されている。

コストはかかるが召喚しなおせばその度に集めた魔力が修復された状態で召喚できるこの子は戦力としては心許無いが、魔術師としてはこの上なく便利な存在。

だからこそ英霊二騎の霊基を限界まで強化できたのだ。

そして今度は私の番。

一晩で何処まで行けるかは分からないが、

 

「良いわ。貴女(立香)の期待、貴女(マシュ)の願い、叶えて見せようじゃないの」

 

私はギネヴィア、アーサー王の妻。

あの地獄を逃げ出した愚か者でも、あの晩まで戦い抜き民の希望となったもの。

円卓が定めた枠が何するものか!

 

「さあ、気張るわよッ!」

 

そうして魔力を吸い込みながら夜が更ける。

決戦は明日、かのフランスの地だ。




マテリアルが解放されされされsaresasasa。
マてリあルが開放介抱会報解法回峰ささささささささささささsasasasasa.


……くすっ。


まてりあるがかいほうされました。



たった一人の正義の味方。

クラス:アーチャー
マスター:藤丸立香
真名:衛宮士郎/エミヤ
身長/体重:187cm/78kg
出展:不明
地域:現代日本
属性:中立・中庸
カテゴリ:人
性別:男性
イメージカラー:赤
特技:ガラクタいじり、家事全般
好きなもの:愛する奥さんですよ勿論、ね?
苦手なもの:勝手に誘惑してくる雌猫ですよ
天敵:■■桜

弓兵のサーヴァント。とある守護者の殻を被った疑似サーヴァント。
現代日本で自ら守ると誓った少女を生涯をかけて守り抜いた誰も知らない英雄。
その結果この世全ての悪を打ち倒した、神秘薄き世で神殺しをなした無銘の騎士。
でもやっぱり筋力はD、おっと心は硝子だぞ。

【ステータス】
筋力:D 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:D 宝具:?
【クラス別スキル】
対魔力:D
単独行動:B- 本来はBランクだが彼が生前受けた祝福という名の束縛によりランクが低下している。
戦闘時に行動する分には問題ないが女性に声を掛けたりいちゃついたりすると、行動に制限がかかる。
具体的に言うと戦闘には一切支障が出ないが霊基が軋み謎の胃痛に襲われる。
誰の所為かは言うに及ばず。
【保有スキル】
神殺し:D かつて東方の悪神を討ったことで得た特殊スキル。神霊特攻、特に悪神と戦闘する際に補正がかかる。
本来英霊エミヤが持ち得るスキルではないが、彼の寄り身となった名も無き存在が成した功績により獲得した。

鷹の瞳:A

投影魔術:A+
【宝具】
無限の剣製
ランク:E~A
種別:不明
レンジ:不明
最大補足:不明



偽・螺旋剣Ⅱ(からどぼるぐmk.Ⅱ)
ランク:-
対ギネヴィア用懲罰宝具擬き。度重なる騒ぎと奇妙な胃の痛みに耐えかねたアーチャーが召喚されて三日目に改造したもの。ラ○オンボード製でぐんにゃり曲がる。
形こそ彼が愛用する偽・螺旋剣だが材料が材料だけにすごくチープ、でもちゃんと塗装はしてある。
もっぱらギネヴィアが張った結界や生み出した幻想種擬きに打ち込んで壊れた幻想する。
ライオンボードだけだと心許無かった為、心材には彼と生前縁のあった女性教師が愛用した竹刀が使われている。
そのため使うと何処からともなく虎の鳴き声が聞こえるとか。
内包される神秘が少量な上に材料が材料な為、殺傷力は一切ない安心設計、子どもでも安心して使える。



■・■■■■■
ランク:C~A
種別:不明
レンジ:不明
最大補足:不明
遠く遥か海の向こう、数多の豪傑が名を遺した神代において最強の名を欲しいままにした大英雄。
狂い悪神の泥に染められて尚誇りを持ち続けた狂戦士が振るえなかった究極の一。
とある戦いで投影して以降も生涯使い続け、原典に当たる宝具自体が流派とも言うべき形態であったが為に奇跡的に登録された。
それは若しかすると己を討った若き勇者への大英雄からの贈り物なのかもしれない。







若い女の子といちゃいちゃして楽しいですかぁ?
そうですよね、出すもの出さないと男の人って辛いですもんね……。
大丈夫ですよ、すぐ私もそっちに逝きますから?



―――だから待ってて下さいね、士郎さん♡


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純白の花嫁(今日は素敵なみみず日和)

今日はかなり短めな上に駆け足です。
ごめんなさい。
後、タグに『難易度ルナティック』を追加しました。


人の歴史は長く広く、そして深い。

その始まり、まだ人が神秘と隣り合わせで暮らしていた時代。

神と人が天と地に住み分かれていて、それでも互いに言葉を交わすことが許された時。

後世においてそれは神話という形で語り継がれ、それぞれの民族の存在証明であった。

ケルト、北欧、日本、中国、インド、アッカド、果ては神話という区分こそ取っていないがコーカサスのナルト叙事詩。

世界各地に民族の数だけ存在し、そして忘れられつつある神代の残り香。

嘗ては自分たちのルーツとして誰もが教養の薫陶を受けたそれ等は、知っていて当たり前の常識から知らなくても構わない物へと転落した。

そんな黴の生えた異物だが人々の文化に色濃く残ったものがある。

芸術や占いを通して、それだと知っていなくても一定以上の知名度を得たもの。

それこそがギリシア神話。

様々な文化・芸術に影響を及ぼし、アカイア人たちの交易によって遠く東の国にまで存在を知らしめた、最早世界中で知らぬ者がいないとでも言うべき民族を越えた神話。

 

そしてその神話において一際強く輝く英雄達の叙事詩がある。

英雄の間を取り成す者(イアソン)に率いられし、その時代における最高の英雄達の航海記録。

アルゴナウタイと呼ばれる彼らの記録の中に一人の狩人の姿があった。

 

王族に生まれながらも女であったが為に実の父親から疎まれ生まれてすぐに山へと捨てられた。

彼女が後に奉じる純潔の女神の手で救われ、狩人達に見いだされ成長した『純潔の狩人』。

アルゴナウタイにも加わり、その後には恐るべき神の怒り、その化身を討ったともされるギリシャ神話が誇る弓の名手。

しかしそれによって数多の男たちは血で血を争うことになり、また彼女もその後に自らの純潔の誓いを浅ましい計略によって奪われることとなる。

貴種流離譚とも言うべきその在り方は正しく悲劇の英雄の典型であり、その精神性もまた高潔そのもの。

 

誰もが讃えしその名。

古きアカイアで謳われし麗しの狩人。

純潔を誓い二大神に奉じる謙虚な信徒。

災厄を討つ天穹の弓。

 

彼女の名はアタランテ。

親の愛を知らないが故に『この世全ての子に幸せを』、そう聖杯に願う心優しき英雄である。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……良かったのかい?こんな、のんびりとというか、ずるをして」

 

困った声が聞こえる。

音のある方へ顔を向ければ声色通りの表情で肩をすくめてお道化るキャスター。

その真名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、最早知らぬ者などいないであろう音楽家だ。

そう音楽家だ、彼は決して武勇で英雄となったものではなく生前も戦列に参加したという話は聞かない。

だからこそこんな移動の仕方に疑問を持つのだろう。

 

「いいえキャスター、決してずるではありませんよ。これは非常に賢い選択です」

「ルーラー……失礼、ジャンヌ・ダルクの言う通りだ。我々サーヴァントだけなら選択肢にすら入らないが、今回はマスターも同行している。隠密性そして奇襲性を重視するならこの方法は最適解の一つだろう」

「まあ僕は音楽家だからね、マスターの国の言葉でいうならば餅は餅屋さ。戦争のことは戦争屋に任せて僕は大人しく指揮棒(タクト)を振るうとしよう」

 

そんな風に彼は納得したのかソファの上に座りこむ。

士郎君と聖処女はそれぞれ緩い空気を醸し出しているこの中でもやはりどこかぴんと張り詰めている。

適温を保っているとは言えやっぱり火の灯りが欲しくて備え付けた暖炉の前では立香とマシュが初めて見たのだろうか、物珍し気に暖炉をつつき回したり火掻き棒で薪を弄っている。

勿論私も折角かの高名な聖ジョージから貰ったサインをずっとにまにま眺めている。

いや本当に昨日の連絡で誘ってもらえてよかった。

 

そんな訳で、あの定時連絡から一夜が開け決戦の日を迎えた私たちは、各々好きなように木組みの小屋でのんびりと過ごしていた。

 

「ですがアマデウスさんの言う通り、なんだかずるをしているみたいで不思議な気分です」

「そーう?これぐらいのんびりしたって罰は当たらないわよ、貴女たちずっと働きづめだったんですし」

「それは私たちだけじゃないよ、ギネヴィア」

「そりゃまああの子たちには頑張ってもらっていますけどね」

 

そう言って彼らが今戦っているであろう頭上を見上げる。

そこにあるのは木で組まれた天井。

だがそれを越えれば、次郎丸の内壁と剥き出しの大地が見れるだろう。

 

「それにしても君が居て良かったよギネヴィア。まさか地中を移動できる宝具があるとは、敵も思いはしまい」

 

地中、それこそがオルレアンでの決戦で私たちが取った秘策。

我らがマスターに召集された今朝、正面から攻めるか奇襲をかけるか悩んでいた私たちにマスターから言われた鶴の一声『次郎丸で地面の中進めばばれないんじゃないの?』という正面から奇襲をかける突拍子もない作戦。

 

上では今頃ジークフリートやジャック、それから自分から志願したエリザベートと彼女の手伝いで清姫、それから聖ジョージが残ったあちら側の英霊や竜種を切り伏せている。

それにジャックの宝具『暗黒霧都(ザ・ミスト)』で昼間だというのに現れた霧で大慌てだろう。

どれほど広い平野で物量があろうとあれなら簡単に敵を分断できる。

暗殺だけでなく対多数戦でも十分に活躍の見込める凄い子なのだ、うちの娘は。

もう一方のジャックの宝具は発動条件が厳しいが、この半月の間に用意できた日除けの加護を記した呪符を渡してある。

たった二度しか発動できない上に、『夜である』という条件を偽装していることからランクも下がるだろうが、それでも使えないよりかはましだろう。

何せ貴重な聖晶石を六十近く使ったのだ、これで発動できなきゃ資材管理をしているドクターが発狂しかねない。

 

この作戦は地上に意識が向くし戦力も削ぎ落とせる。

地中から向かうことを除けば実直な奇襲作戦といえるものだった。

 

「まーこんなこと出来る宝具をもってそうなのは、そうね、黄金の時代(ゴールドラッシュ)で金塊を掘り当てた開拓者ぐらいじゃない?」

 

まさか私とて、地面を肥やす宝具を地面を掘り進める奇襲兵器として使用することになるとは思わなかったが。

げに恐ろしきは若者か、随分と思考というか発想が柔軟だ。

……何も言ってないのは分かるけどガウェイン、あとでキャメロットの裏に来なさい。

誰がBBAだ、ぶっ飛ばすぞ。

 

「それにしても、宝具の中にまさか小屋があるとは思いませんでした。確かギネヴィア、貴女の魔術工房でしたか、素晴らしい物ですね」

「確かにそうだな、私とライダーが現界させられた時は肉壁と体液でとても人が居れる場所ではなかったが……一体何時の間にこんな設備を造ったんだ?」

「あ、これ、後付けよ、士郎君に冬木にレイシフトしてもらった時に木材集めてもらって、あ……」

「ギネヴィアァァッ!カルデアの資材でどうして物資がいるかと思ったが、貴様こんなものを作らせるために働かせたのか!?」

 

しまった、ばれた。

 

「いや違うのよ?あの時はね、ちょっと別のことに使おうかなぁとか思ってたんだけど。ほら、貴方達があんまり嫌がるからちょーっと居住性を良くしようかなぁって」

 

てへっと舌を出すが士郎君は無駄働きさせられたとぷんすかだ。

いやまあ今日こういう風に使わなかったら日の目を見ないこんな趣味、完全に無駄働きに終わるとこだったのだが。

 

「それとこれとは問題が違うッ!」

「いいじゃない、結局使ったんだし……貴方たち次郎丸の体液でぐっちょぐっちょになりたかったの?」

「それは……くっ!」

 

悔しそうな声が聞こえる。

どうやらまた勝ってしまったようだ、ふふん。

 

『諸君、朗報だ。()()()戦っているジャック達から連絡があったぜ。如何やら黒いジャンヌが召喚したカーミラと狂戦士、それから竜種の殆どを彼らが討ち終えたらしい』

『もう一騎のアーチャーに関しては宝具で霊核に相当な傷を負わせたみたいだ!皆これなら何の邪魔も入らず戦えるぞ!』

「よしっ!それじゃあ皆、最後の勝負だよ、()()()()()()()!」

 

誰かさんの真似をしながらそう言う立香に苦笑しながら、私たちは立ち上がる。

そろそろ時間だ。

 

次郎丸の動きが止まった。

さてと、私は家の外に出る。

 

「上の動きはどうかしら、ドクター?」

『しっかり隠蔽も静音の術も効いているから、振動に気づいている様子はないよ』

()()()()()()()()()()()、しかし大丈夫なのかいギネヴィア?幾らなんでも宝具が直撃したら、次郎丸だって元も子もないだろう?』

「大丈夫よレオナルド。ここは地面に触れてるし、何より敵が気づいてないから魔術を編む時間もたっぷりよ」

 

其処は次郎丸の口の中、後ろには次郎丸がこのオルレアンまで突き進んだ後。

そして真上は、黒い聖女の居城だ。

 

―――『魔力充填』起動。

 

かくし(隠蔽)つどい(収束)まもれ(保護)まもれ(防護)くずせ(術式分解)

 

そうして作るは一三の砲門。

かつて初めて士郎君と戦った際に何一つ傷をつけられなかったもの。

だが今は、マスターが居て、十分な魔力もあり、何より狙う敵はただの城。

例え強固な結界であろうと、()()()()()()()()()()()()十分に破壊できる。

次郎丸にも防御をかけ、万一上からの攻撃にぶつかっても数秒ぐらいは蒸発しないだろう。

それだけあれば最悪『王妃の采配』で何とでもなる。

 

「準備良いわよ、メドゥーサ」

『分かりました、ギネヴィア。それでは私とこの子も準備に入りましょう』

 

声飛ばしの魔術で()()で待機する彼女に準備を終えたことを告げ、彼女からも返事が届く。

 

『タイミングはこちらで図るよ。では5、4、3、2、1』

 

ドクターの合図で私たちは魔力を滾らせ、そして、

 

『0ッ!』

「突き立てッ!十三の門ッ!」

『行きましょう―――騎栄の手綱(ベルレフォーン)ッ!』

 

轟音を響かせて私たちの砲撃は、巨大な城を上下から押し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

「なんて……」

 

巨城が崩落し瓦礫の山と化した場所に降り立つ。

メドゥーサも天馬を地面に下し、次郎丸に乗って地中から出てきた立香たちも戦闘態勢に入っている。

 

「なんて愚かなッ!」

「オオおぉぉ!ジャンヌ、我らがジャンヌよ!怒りを鎮められよ、まだ我らに敗北の兆しはありませんぞ」

 

僅かに離れた先に居るのは黒い聖女と魔導元帥。

そして彼らの背後からは現れたのは数を数えるのが馬鹿らしくなるほどの海魔達と6騎の英霊。

だがそれは無理して急ごしらえで召喚されたからか、英霊としての格が伴っていない半端者(シャドウサーヴァント)だ。

 

立香とそれを守るようにマシュ、そしてこちら側のジャンヌが前に出た。

こちらも前に出ようかとすると後ろから声がかかる。

 

「―――アサシンの霧による戦線の分断、それによる多数対一を可能とした戦術と地下からの奇襲。見事だ、古き王妃よ」

「あら早いのね、ジークフリート(竜殺し)。でも褒めるならうちのマスターとアーチャーを褒めてあげて頂戴。発案はあの子だし、細かい調整をしたのは彼だもの」

「私の騎馬(ベイヤード)で運びましたからね。それはそうとお疲れ様です、王妃殿」

「おかあさんただいまっ!」

「……あっありがとうございます、聖ジョージ!それにお帰りなさいジャック、聞いたわよ?よく頑張ったわね」

 

聖ジョージに褒められる五世紀の王妃という恐らく明らかに常識を逸した光景に思わず言葉を失う。

ちゃんと抱き着いて挨拶をしてくれる娘を褒めれた自分のことも褒めてあげたいぐらいだ。

 

「さて、アーチャー君。この後の作戦は?」

「残念だが此処から先は策などないよ、キャスター(アマデウス)……英霊九騎が揃っているのだ、精々正面から激突するとしよう」

「やれやれこれはまた、肉体労働だね」

 

そう言って溜息をつくアマデウスとニヒルに笑い返す士郎君。

そんな彼に抗議の声が届いた。

 

「アンタ相変わらずがちむちねぇ」

「……残念だが、私は月の彼とは違うよ」

 

なんか凄くいい角度で言葉のボディーブロウが入ったようだ。

何故か冷や汗をかいている。

 

「はっ!どうだかねー」

「なんだねその顔は……いや本当に俺は妻一筋だ、やめろ、やめるんだその疑惑の眼は!俺はあんな可愛い女の子なら誰でも好きだよとか言うやつとは違う!違うんだ!やめてくれッ!どこからか聞きつけて桜が来るかもしれないだろッ!」

「……え、なに、アンタの奥さんそんなこと出来るの?」

「愛は偉大ですね……嗚呼安珍様、安珍様!私も貴方のいる場所なら千里とて駆け抜けますわ!!この戦いが終わった暁には是非私もかるであに!お待ちしてます、いいえ、必ずお迎えに上がりますからね!安珍様!」

 

素でドン引きするランサーと頭を抱え、やめてくれ桜お仕置きは嫌だと呻く士郎君。

どうやら疑似サーヴァント化した際に見た情報には、随分プレイボーイな平行世界の自分も居たらしい。

トリップしているバーサーカーの方は向かない。

うん、ちょっとこの娘は何だろう、うん、流石は日本という他ない。

こらそこ、誰が団栗の背比べだ、はっ倒すわよガウェイン!

 

「そろそろ漫才も良いでしょう。どうやらあちらのお話も終わったようですし」

 

メドゥーサの声で、周囲の空気が変わる。

そこはやはり英雄豪傑、どんなにふざけていてもやるときはやる。

 

「どうやら海魔だけでなく新たに竜も召喚したようだな、俺はそちらを引き受けよう。元よりこの身は竜を殺すこと以外取り柄もない男だ」

「ご謙遜を、それを言えば私も竜を殺すことと説法しか取り柄の無い坊主になってしまいますよ」

「むっ……そうだな、すまない」

 

最後にそんなやり取りをして私たちは飛び出した。

それぞれが竜を、海魔を、影の英霊を、屠りに向かう。

勿論私は後方だ。

まあ支援だけで終わらせる気はないが。

 

「王妃が命じます、とぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)よ。好きなだけ暴れてきなさい」

FOOOOOOOOOO(おっしゃーやったるでー)

 

呑気な声と共に次郎丸も突撃を始める。

残る敵は英霊が二騎と数多の海魔と竜、そして影の英霊が六騎。

だがこちらも英霊が九騎と戦力差は拮抗している、ならその差を埋めねばならない。

 

「さぁて私もがんばっちゃうわよー!」

 

陽気に華麗に魔力を振るう。

 

当然『魔力充填』を再発動することはまだ出来ない。

というわけで繋いだままのパスを通してカルデアの炉の魔力をちょろまかす。

それでも遠慮は憶えたというか、あんまりやると怒られるので、負担にならない程度にだ。

 

『こらぁ!ギネヴィア!プロメテウスの火の魔力を使うときは一声かけろと言っただろ!!』

『ドクター!調理スタッフから苦情が届きましたー、なんでも火力が落ちたそうです!』

『今調節するって言っといて!あーもう頼むよギネヴィアちゃん!これで負けたら僕泣くからね!』

 

あらあらそれは困ったわね。

なら私も精々気張るとしましょう。

王剣を展開し、魔術の杖として振るう。

望まれた通りに『増幅』の権限は機能し、魔力を高める。

 

「術式起動。―――突き立て、吼えなさい!十三の門ッ!」

 

空中に現れるのは都合十三の魔術陣。

先程と同じで芸はないが仕方がない、元より戦闘には不向きなのだ。

精々この程度の魔力砲で許してもらおう。

まあ当然、

 

時間差(タイムレス)の殆どない十三の砲門からの連続掃射……しっかり受け止めてもらいましょうか!」

 

魔力が尽きぬ限り連射できる上に、対魔力のあるうちの陣営には誤射したって問題がない。

バーサーカーの少女もその身を竜と変えている為辺りを焦土に返す程度の熱量なんて問題ないだろう。

マスターもマシュが掴んで後方に跳んだから問題なし。

周りはジャックと共に守っている。

というわけでぶっ放すとしよう。

 

「さあどんどん撃つわよ!『妃王鉄槌(ブラスト・エア)』!」

 

極大の魔力砲が唸りを挙げて突き進む。

大気中の大源を吸い上げ巻き込み放たれる暴風さながらの砲撃は彼女が振るった宝具の再現。

勿論私が使うのはただの魔術だが、それでも今は十分だ。

留まることを知らず、雑種竜たちの外皮を焼け焦がしその傷ついた部分を剣士たちが断つ。

断たれた血肉すら復元に回せる海魔も、肉片一つ残さず蒸発させれば、再生何て真似は出来ない。

護国の英雄(ヴラド三世)が居ると聞いた時は、『魔力充填』するための領土を奪われるため参戦などできなかったが、こうして彼が居なくなれば、自分のような最弱階位でも十分に役に立てる。

 

「あっはっは!最ッ高ね!後先考えずにばんばん魔力撃てるのは!」

「―――楽しくやるのは結構ですが、後ろにも気を着けて下さいね」

「チィィッ!小癪な貧夫めがアァッ!」

 

どうやら後ろには海魔が居たようだが、それもメドゥーサが串刺しにしてくれる。

勿論そのままなら分裂・再生させるので次郎丸で飲み込んでおいた。

時間はかかるがその内消化して栄養にするだろう。

 

「あらありがとう、助かっちゃった」

「それならもう少し用心して砲撃してください、今回の要は貴方なんですから」

「はーい」

 

そう要だ。

何せこうして雑兵を処理しながら、時間を稼がなくてはいけない。

けれど()()()()()

 

「ッ!?この程度の魔力砲ッ!」

 

驚きの声を僅かに上げながらも叩き落す黒いジャンヌ。

成程、対魔力を持ってなくてもルーラーという特権クラスは呪詛や魔術に強い抵抗力が施されている。

キャスターにしても手に持った宝具で結界でも作っているのか効いた様子はない。

ここまでくると自分の魔術師としての技量に若干嫌気がさす。

だが、

 

「まあでも、目くらましぐらいにはなるんじゃないかしら?」

「その通り、お陰で私の準備も整った」

 

 

 

―――So as I pray, unlimited blade works。

 

 

 

炎が世界を切り分けて、其処に大禁呪が発動する。

時間を稼ぐそれが私の今回の役目の一つ。

そうすれば、ほら、『無限の剣製』が発動し、拮抗していた戦力を覆すための物量が用意できる。

温存なんて器用なことはしない。

そんな時間も無ければ余裕もない。

全身全霊、全力全開。

これは戦争だ、汚いも糞もない。

使えるものは全部使う。

そうしなくては()()()()()()()()()

 

「なッ!?」

 

驚きの声を上げ、すぐさま黒いジャンヌは詠唱に入る。

恐らく増援を召喚するのだろう。

当然彼女との間にはキャスターが割込み、幾多の海魔を生み出す。

とはいえこの後は予定調和だ。

しっかり蹂躙するとしよう。

 

「さて、諸君」

 

士郎君が手を振り上げる。

それに合わせて剣が大地から一斉に引き抜かれる。

剣の形を成した軍団は指揮者の号令を待ちながら宙で陣形を組む。

 

「戦果を挙げる用意は出来たかね?」

 

言いながら振り下ろした手に合わせ、剣軍と騎士(サーヴァント)たちが荒野を駆けた。




初手から宝具ぶっぱというFGOプレイヤー恒例の光景を再現。
そんな感じで慢心している王妃様。

さあ次回で地獄に叩き落そうか。


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純白の花嫁(すごーい!貴女は猪のフレンズなのね!)

色々悩みましたが予定通り書いたのを投稿することにしました。
どうしてこうなった


世界は不変であった。

世界は完璧であった。

最早この時代に対界宝具という権能は存在せず、誰かが世界を歪めようと抑止力が人理守護の為働く。

 

「何故だ……」

 

だが誤算があった。

遠き古の世よりこれまでもの間、生命の救済を掲げ、現存する生命を燃やし尽くすことを覚悟した獣がいた。

これは大きな誤算で、抑止力の手を伸ばせる範囲を大きく超えた事態だった。

 

「何故、何故ッ何なのだッ!?」

 

だから抑止力は最後に残った人類に少しでも助力を送ろうとした。

例えば遠い平行世界に居た守護者の同一存在を呼び寄せ、英霊の殻を被せた。

本人は喜んで了承した、『それでその世界の桜を守れるなら』と。

可能だった、何せ時代が継ぎ接ぎなのだ。

()()()()()()()だろうと、余りに不安定な世界だということを逆に利用すれば簡単に招聘できた。

そういう存在なのだ、世界の修正力とは。

 

「何ダこの記憶は!?」

 

同じように点在する特異点ごとを繋ぐため、それぞれの時代を繋ぐため、失われた時間を補填しようとした。

だからあの記憶が流れ込んでしまった。

 

「何だこの思いは!?」

 

アサシンの宝具が胸に届いたが、それが魔術で限定的に使用を可能とした不完全なものだったから。

単独行動を許されるアタランテの霊核はそれでも現界していられた。

 

「嗚呼憎い……」

 

その時、傷ついた霊基にその記憶が入り込んだのだ。

 

「憎いぞ、猛る憎悪が、燻ぶるのだッ!」

 

彼女はそれを通り過ぎたはずだった。

あの戦争でついてしまった一つの疵。

幼き少女の亡霊を宿したが故に狂ったあの悲劇。

座で確かにその情報を知りはした。

 

「知らない知らない知らないッ!私はこんな思いを抱いてはいない!こんな思いはッ!この願いはッ!彼ガ正シテクレタッ!」

 

だが、他ならぬ大英雄の手によって、若草色の彗星が、心を壊した彼女を救ってくれたはずだ。

何よりこの地に召喚された彼女は座にある情報として知っていても、そもそもあのルーマニアに召喚された彼女とは別人なのだからそれに感傷を抱くことなど有るはずがない。

 

「違う違うッ!やめろッ私を曲げるなッ!私の願いを穢してくれるなッ!」

 

だが彼女は狂化が竜の魔女の手で施されていた。

気高い誇りが、英霊としての理性がそもそも薄かった。

だから入ってきた記憶の中の自分と、今ここにいる自分を混同してしまう。

だから間違えてしまう、壊れてしまう。

 

「私の復讐はあの時あやつが終わらせてくれたのだッッッ!!!」

 

復讐心に染まってしまう。

そしてまた、壊れた心に滑り込んできたものが居た。

 

―――AaaaaaAAaAaaaaAAAAAAAAAaaAAAAAaAAAaAaa。

 

彼女の衣が変わる。

淡い若草色が泥に染まったように暗く沈む。

何時の間に発動したのか彼女が忌み嫌った宝具が展開される。

それすらも暗く、暗く泥の中へと変わる。

彼女の意識もまた暗い泥の中に沈み、其処にいるのは心優しい願いを間違った方法で叶えようとする彼女の姿をしたナニカ。

 

「―――嗚呼そうか、そうだった。思い出したぞ聖女よ。思い出したぞ我が愛おしい子よ」

 

赤く脈動する魔力。

その眼もまた神霊の眷属たる証として深紅に輝く。

 

「今行こう、今殺そう、今愛そう。そうだそうだそうだッ!私はそうだった!」

 

彼女は元より純潔の女神に誓いを立てた存在。

それは英霊となった今も変わらない。

だがけれど、彼女が纏う神の香りはアカイアの物ではない。

 

「そうだッ私は全てのッ全ての報われぬ者ヲッ救ワレヌ愛し子を愛サネバナラナイッ!」

 

それはもっと古い原初の記憶。

それはだれも予測していなかった災厄。

此処が連綿と繋がった地続きの歴史から切り離された特異点であったが故に。

 

優しい願い(アタランテ)は、彼女に届いて壊されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

戦況は一変した。

当然だ。

固有結界『無限の剣製』、数多の宝具を抱きかかえる奇跡の結晶。

彼の持つ切り札の一つ。

多くの海魔は切り裂かれ、焼き払われ、そして竜種も大英雄によって完全に沈黙した。

それでも、未だ戦争は終わらない。

 

「攻めあぐねますね」

「ええ、あの海魔の軍団、本当に邪魔よ」

 

確かに竜は何とかなった。

だが未だ海魔の群れは減ることを知らない。

やはりというか、知識として知っていたが、ジル・ド・レェはあの宝具を持っている。

海魔を召喚するあの魔導書。

知っている、私のいた時代にはなかったが転生する前に得たと思われる知識で知っていた。

青髭と呼ばれた救国の英雄の末路を。

そして彼が手を出した魔術というのがどういう物かを。

 

知っているからこそ、対策は取ったがこの状況では決定打にならない。

あれを屠るには本体が出てこなくてはいけない。

ちまちまと消耗戦を繰り返し、あちらがしびれを切らして本命たる邪神の眷属を呼び寄せるその瞬間まで、戦争は終われない。

がりりと爪を噛む。

いやな癖だ。

自分はこうなると何時もこの癖が出る。

 

あれは危険だ。

名を知らずとも、彼ら古の神々を記した魔導書と聞けばその価値と危険性など幾らでもわかる。

だから早く倒しておきたかったが、どうにも上手くいかないものだ。

リスクは時間が延びればそれだけ増える。

膠着する時間が長ければ長いだけ、マスターやマシュの身に降りかかる危険が増えるのだから。

聖杯からの無限の魔力による無尽蔵の海魔は、無限を冠す固有結界をもってしても打破できず、おまけにこちらにはマスターが居る。

どうにか早く仕留めたかったが、やはり次の札を切らねばならない。

 

「メドゥーサ、お願いできる?」

「ええ、その為に私は貴女の近衛の真似事をしているのですから」

 

本当に、そう本当にこれは悪手だ。

何せ一瞬とは言えマスターを危険に晒すもの。

了解を得ているとはいえ、例えマシュがいるからと言っても、ほんの刹那の時間でも彼女の護衛を少なくするは馬鹿な話だ。

だが、決まれば抜群の効果がある。

何せまだこの地で披露してない切り札(スキル)なのだから。

 

「分断は出来たし、頃合いかしらね?」

「ジークフリートは前線で、聖女と竜種の娘たちもそのサポートに。ゲオルギウスは手筈通りキャスターを抑え込んでいますし、士郎とアマデウスは後方から剣軍と魔術で攪乱していますし。そうですね、この分ならマスターの護衛に回っているあの二人までには意識を向けていないでしょう」

 

戦況は膠着している。

こちらの魔力は無限ではない。

だからこそ風穴を開ける必要がある。

 

「そっ、なら行きましょうか」

「ええ、ギネヴィア。ではどうぞ」

 

メドゥーサの言葉を受けて私は高らかに歌い上げる。

注意が否応なしにこちらに向くように。

そして事前に伝えた作戦の合図なのだと娘が気づくように。

思い切り大声で可愛く叫ぶ。

さあ、キュートにポップに、

 

―――血祭の時間だ。

 

「スーパープリティギネヴィアちゃん!行っきまーす!!」

「可憐かどうかは別としますが、まあ良いでしょう、行きましょう―――騎栄の手綱(ベルレフォーン)ッ!」

 

手を挙げて突撃すると宣言した。

それと同時に私を載せてメドゥーサの天馬が黒い聖女へと突撃する。

 

「んなッ!?」

「ジャンヌゥゥゥッ!」

「申し訳ありませんが、此処を行かせるわけにはいきませんよ、キャスター」

 

当然気づくようにしたのだからキャスターもジャンヌを守りに行こうとするが、キャスター自身は聖ジョージの手で止められる。

上空からの突撃。

だがキャスターは止められても海魔の群れは止まらない。

増殖ではなく互いを貪るように大きく、醜く、肉の壁となって黒い聖女を守ろうとする。

恐らく、この突撃自体は彼女に届かないだろう。

けれど、十分だ。

 

「後ろは任せたわよメドゥーサ!」

「ええ、ご武勇を」

 

よく言うわ。

私が何をするか知ってるくせに。

武勇なんてもの私は一つも振るう気がないというのに。

 

海魔の城壁を突き抜けて、私は地上に降りる。

メドゥーサは再度分裂し後ろから迫る海魔達を押し留める役割に徹する。

さて準備は出来た。

ご機嫌な挨拶といきましょう。

 

「やっほーお元気?いい天気よ、蛸となんか遊んでないで私と遊びましょ?」

「どこがいい天気よッ!?」

 

それはそうか、ちゃんと見ていないが上空は黄昏色に染まっている。

おまけに至る所で血飛沫も舞っていることだ、さぞ壮観だろう。

 

まああんまり問答をする気はない。

それに返事はせずに、愚直に前進。

手に持った王剣を振りかざしながら吶喊する。

 

「チィッ!」

「舌打ちしてると嫌な癖になるわよー」

 

努めて呑気な声で剣を振りかぶり、叩きつける。

黒い聖女も当然、その手に持った旗で応戦し、

 

「ふんッ!そんなちんけな体と魔力で私に害をなせるわけないでしょ!」

「まあ本当、あらやだわ、どうしましょう」

 

当然の如く振り払われる。

自分の貧弱ぶりには情けなくなるが、今はその時ではない。

手から弾き飛ばされそうになったのを何とか掴めた王剣をもう一度構えなおす。

吶喊。

 

「何度も何度も無駄なことをッ!」

 

無駄、その通りだ。

王剣の真名を開放したところで自分のステータスでは彼女には及びもつかない。

どう考えても白兵戦で戦っても埒は飽かない。

だから切り札(スキル)が必要なのだ。

 

「そうね……だから、とっておきよ」

 

『王妃の采配』発動。

 

「なッ!?」

 

嘗て己が招聘した幾多の識者。

それは内政、農作、軍事を問わず、出身も身分も問わず、数多の有能な人間を集めたことに由来するスキル。

カルデア式で呼ばれたこの身では一度使えば暫く使えないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあね、黒い聖女様?」

 

―――此よりは地獄。

 

静かに彼女たちが死を告げる。

 

この効果は人間観察の派生。

己と向かい合ったものの得手不得手を見抜くこと。

同時に、その人間を必要な役職に配置する事。

 

「霧の中に沈みなさい」

 

―――わたしたちは、炎、雨、力。

 

それがサーヴァントとなったことで強化された。

人を見抜く側面ではなく、王権を以って人に果たすべき勤めを下す。

即ち、

 

―――殺戮を此処に。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だからこその突撃。

無能な自分がこの場でルーラーに肉薄した理由。

 

霧は濃くなり形を成す。

先程まで迫りくる魔物から主人を守っていた小さな暗殺者。

対女性であれば、格の違いも捨て去る究極の一。

 

「馬鹿なッ!?」

 

―――解体聖母(マリア・ザ・リッパ―)

 

かつて霧の街を不安の渦へと落とし込んだ明けぬ夜の再現が此処に成す。

ジャックの一撃は鋭く彼女の心臓へ向かい、寸分違わず彼女を切り裂いた。

 

「あぁ、そんな……ジル…たす…けて……」

 

そして彼女は光となって散っていった。

 

 

 

「オオオォォォッ!ジャンヌゥッ!ジャンヌッッ!」

 

絶叫が響いた。

 

「ジル……もう止めましょう。貴方がどんな思いを抱いてい「黙レェェッ!」……ッ」

 

零れ落ちそうになる眼球から血涙を流して、傷ついた身体を押して敵は立ち上がる。

 

「オノレ貧夫共メッ!許さぬ、決してッ!決してッ!」

 

ジル・ド・レェの宝具が何を呼ぶのか、それは間違いなく太古の邪神の現身だろう。

此方の戦力ではかなり厳しい戦いが予測できた。

だがそれは備えがあれば問題なく、備えはそもそもカルデアに居た。

だからむしろ、無限に再生する集団(海魔)よりも一個体に集合した邪神(大海魔)こそが勝利の鍵だと考えていた。

 

「聖杯よぉぅッ!我が願望をッ我が復讐を叶える杯よッ!我が身を……否ァッ!我が宝具を以ってここに顕現シナサイッ!」

 

けれど現れたのは異なっていた。

それは邪神よりもずっと、美しく、洗礼されている、

 

「これに至るは邪神に非ず!七十二柱の魔神ナリィッ!」

 

醜悪な魔神だった。

 

 

 

「美味なり。キャスターよ、貴様の憎悪(宝具)、些か以上に礼節は足りぬが実に美味なり」

 

その名は魔導を歩む者ならば決して無視できない言葉。

 

「我は七十二柱の魔神が一柱、ナベリウス。求められるがままに智慧を与え、復讐を以って儚き名誉を回復する者」

 

全能の指輪を神より授けられた偉大な先人が、束ねたとされる太古の魔神。

目の前の存在はその名を冠し、相応の格を持っていた。

 

「望むがいい、人間よ。儚く脆い貴様たちは思うが儘に復讐をするがいい、思うが儘に怨嗟を語るがいい、思うが儘に憎悪に焼かれるがいい」

 

この身では到底勝ち目はないだろう。

 

「この身は神、願いを聞き届けるモノ、悲鳴に手を差し伸べるモノ、決して悲劇を見過ごさぬモノ。乞われた復讐を今果たそう」

 

だが準備は十全だった。

 

「……これは流石に驚きましたね」

「かつて屠り、この時代でも矛を構えたが、あのファフニールですらここまで醜悪ではなかったぞ」

 

まさかこんなモノが現れるとは思わなかった。

皮膚が粟立ち、その神威を感じ取る。

同時にあれが予定と同じく『悪』であり『神』であることが分かる。

だから誰もが好戦的な笑みを浮かべる。

まだ目は死なない。

 

「ちょ、ちょっと!どうするのよ子犬!」

 

……一人は分かっていない子もいるが。

 

「大丈夫だよエリちゃん。だって此処にはエミヤがいるもん」

 

エリザベートを宥めながら、マスターは()()()()()()()()()()()()()

 

野に現れるは忌むべき魔神。

この神秘薄き中世で予測される最悪。

それがキャスターであるジル・ド・レェの持つ『螺湮城教本』によって召喚されるだろう邪神の現身だ。

けれど現れたのはソロモン七十二柱の悪魔の名を冠す魔神だった。

確かに脅威だ。

だがそれは、こちらに神殺しが、それも悪性の神を討った英雄が居ない限りだ。

 

「だからこそ弓兵()がいる」

 

真紅の外套を翻し、彼は己の得物たる双剣を捨てた。

左腕に現れるのは普段使う黒塗りの洋弓ではない。

 

「―――憑依、継承(トレース・オン)

 

魔力が爆ぜるように空気を吼えさせる。

番えるは荒らしき石剣、それを削り込んで造り上げたという矢。

 

「―――真名、装填(トリガー・オフ)

 

構えるは大いなる剛弓、彼自身は知らずともその業の原典が使ったとされる対幻想種用宝具。

彼の本質は投影魔術師だ。

固有結界『無限の剣製』に連なる宝具以外使用することはできない。

 

全行程収斂完了(Anfang/セット)―――」

 

 

本来であれば『エミヤ』という英霊は生涯真作を振るうことは許されない

究極の一を持つことはできない。

だがその原典の神髄は、アカイアの豪傑が生み出した業であり、事実として多くの英雄に受け継がれた物。

だからこそ許された。

 

「我が姉を守りし大英雄の業を此処に」

 

弓兵として召喚された身は、本来全てに全ての状況で使えうる技術の内二つ、即ち彼が生前使用した九つの斬撃の他にその弓兵としての業を与えられた。

 

彼は疑似サーヴァント。

英霊エミヤの殻を背負った名も無い人。

英雄にも守護者にもならずたった一人の愛する人を生涯かけて守り通した並行世界の存在。

彼が成したのはただそれだけ。

だがその果てにたった一人の正義の味方(たった一つの答え)を得て、それ故に彼はそれを持つことを世界から、そして彼の姉を守った大英雄から認められた究極の一。

 

だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()として許されたのだ。

 

 

 

是・射殺す百頭(ナインライヴズ・ブレイドワークス)ッッ!」

 

 

―――瞬間、この世界に神話が再現される。

放たれた一射は九つの竜へと形を変え突き刺さった。

それは呪詛でもなければ魔術でもない。

 

「ぬうぅぅぅッ!!?」

 

ただ殺す。

幾度再生しようと構わない。

この一度で殺す。

再生する為の頭を全て穿つ九つでありながらただ一度の一射。

だからこそ、一度ですべての命を奪うと豪語し成し遂げた英雄の功績。

その功績ゆえに、神秘となった復元阻害の神威と技術が顕現した。

 

「馬鹿な、莫迦な、バカナッ!!何故戻らない、何故修復しないッ!」

 

「それは神が定めたあらゆる試練を成し遂げた大英雄(ヘラクレス)の技術。無限に再生する魔竜を討ったとんでも宝具よ?再生なんて真似させるわけないでしょ?」

「残念ですが貴方が抗うのは無理ですよ、ソロモンの魔神の名を冠す者。何せ士郎が振るうそれにはヘラクレスの技術だけではなく、邪神殺しの神秘(『神殺し』)も載せられている」

 

この世全ての悪を討った彼は伊逹ではありませんとメドゥーサも続けて嬉しそうに自慢する。

 

射殺す百頭という万能宝具に『神殺し』のスキルを載せ一時的にランクを本来(原典)と同じA+まで叩き上げたその連撃は確かに魔神をも穿って見せた。

九つの孔を開けられた魔神はその格を大きく劣化させる。

何せ神たる所以、不死性(再生能力)を失ったのだから。

口に出さずとも分かる。

此処が好機だ。

 

「では俺達も行くとしよう」

「ええ。マスター、タイミングは貴方にお願いしましょう」

 

世界が誇る二騎の竜殺しは剣を構える。

 

「うん。任せて」

 

返答は各々が魔力で返す。

 

「仕方がない、大盤振る舞いだけで良いわ!とびっきりのナンバー聞かせてあげる!」

「勿論です安珍様(マスター)。貴女の主命に応えましょう」

 

竜種の化身はそれぞれの宝具の準備に入る。

 

「さて、私ももう一仕事頑張るとするか」

「やれやれ僕はこういう仕事は慣れていないんだがなぁ、まあでも即興の楽団とは言え随分と素敵な面子だ。―――マリアの名に恥じぬよう、全力で行かせてもらおう」

 

士郎君は弓を再び番える、今度は純粋に破壊力を底上げするための偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

楽聖もまたその指揮棒を振りかぶる。

 

「まさかこの私が魔獣退治とは、正に世は末、といったところですね」

「良いじゃない。折角サーヴァントになって正義の味方の真似事ができるのよ、どうせなら楽しみましょ?」

 

皮肉気にでも嬉しそうに言うメドゥーサに返事をしながら私も魔力を回す。

残念ながらこの場で魔神を打ち倒す切り札はないが、打ち倒すための切り札を強化することはできる。

 

「魔力を回すわ、皆さん存分に振るって頂戴な。―――起きなさい燦然と輝く王剣(クラレント)、仕事の時間よ」

 

真名開放した王剣を滾らせ本来の能力を迸らせる。

魔力と王の威光による強化が自陣の仲間たちに行き渡り、魔力だけでなく気分すらも高揚させる。

問題は無し、と。

 

「馬鹿な、莫迦な、バカナァァァァァアアアッ!!」

 

魔力は高まり、最早空気すら捻じ曲げるほど。

さあ最後の大仕事、よろしくね、立香?

 

「令呪一画を以って我がサーヴァントに告げる―――『私たちに勝利を』ッ!」

 

最高の号令が紡がれると同時に、彼らの宝具は真っすぐに魔神へと向かい、

 

「こんなッコンナッオオオオォォォ……聖女ヨ!我ラガ聖女ヨ!何故!何故!何故ナノダ!?」

「それは私たちがとうに終わっているからです、ジル。例えどんなに辛くともどんなに苦しかったとしても、決して、決して今を懸命に生きている人を穢してはいけない。あの瞬間、私たちが駆け抜けたあの時の輝ける日を、穢してはいけないのです。私は満足しているのです、だから」

 

―――ごめんなさい、ジル。

 

ジャンヌの別れの言葉と共に、魔力の奔流が魔神を跡形も無く消し去った。

 

勝利が、確かな勝利があった。

全員長時間の戦闘と最後の宝具を使ったことで魔力切れを起こしそうになっている。

もうぼろぼろだ。

だが満ち足りた勝利の確信がある。

見れば立香とマシュは手を取り合って笑っている。

士郎君たちもその姿をいつもの皮肉気な笑みを忘れて微笑ましそうに見ている。

 

固有結界が解けるように姿を消す。

戦いは終わった。

さあ約束通り空を見よう。

戦闘でろくすっぽ上を眺めていないのだ。

それはきっときれいな空が見れるだろう。

 

そんな風に私は勝利の美酒に酔痴れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……まだッまだですよ」

 

人の歴史は長く広く、そして深い。

世界は広く揺蕩い遍く可能性を持った。

それは平行世界と呼称され、有ったかもしれない可能性として刻まれた。

 

「まだ息の音があったのか、元帥よ」

 

人理焼却、人の歴史が、営みが、築いてきた時間が失われた悲劇。

人は寄る辺を失えば概念的に意味を失う。

それはこの特異点でも変わらない。

早くしなければ、例え特異点として形が残っていても何時かは人の心が失われ、世界として確立する為の人間という観測者が居なくなる。

 

「まだです、まだこの身は聖杯がある」

 

だから抑止力は最後の力を振り絞って壊れた世界を修繕しようとした。

悪手ではない。

当たり前の方法だ。

記録が無くなったのだから平行世界(余所)から持ってくる、実に当たり前。

それは儚い抵抗、そんなものでは彼の魔術王の企みに抵抗できるはずがない。

それでも抑止力は、足掻いて見せた。

 

「ジル、もういいのです。……せめて、せめてこの手で慈悲を」

 

人の歴史は長く広く、そして深い。

あったかもしれない歴史を乱雑に無我夢中に掻き集めて、失われた時間を補填しようとした。

 

それ故に、本当の悲劇が起こった。

 

気が付かなかったことは悪ではない。

何故ならこの場所に居る敵はもう、目の前で死に体を晒す魔術師と、その前にジャック・ザ・リッパ―の手によって深手を与えられた()()だけなのだから。

あの時逃した弓兵、だが霊核深くまで傷つけられ逃走した存在。

最早何の力も残していない筈の英霊。

だからそんな戦力外の、放っておいても問題の無い存在を無視したことは悪手ではない。

何よりカルデアによってこの戦闘域は観測されている。

例え単独行動によって現界し続け狙撃をしようと、魔力を感知しそれよりも早く警告でき、そして離脱できる騎兵もいた。

 

 

 

『AAAAAAAaaAAAAaaaAAaaaaAAAAa』

「嗚呼、そこに居たのか」

 

 

 

だがそれは、彼女がアタランテのままであった場合。

 

それは特異点故に起こった奇跡(悲劇)

人が寄り身を失ったことで起きた揺り返し。

失った人類史という記憶を世界が何とか補填しようと、微々ながらも掻き集めてしまった並行世界の残滓、辿り着いた異邦人。

外典の記憶(アポクリファ)、中欧で起きた聖杯戦争の記憶が流失し()()この場所に辿り着いてしまった。

彼女のいるこの場所に。

 

『みんなッ!気を付けるんだッ!そちらに一直線に向かう魔力反応があった!』

 

それは狂った彼女と密接に結びつき、彼女をかつてそうしたように本当に意味で狂わせた。

そして憎悪に染まり宿した『この世全ての子に幸福を』という願いが、()()を呼び寄せた。

 

『直ぐに霊基の確認を済ませろ!』

『特定完了しました!これは……アーチャー!?でも、なにこの出鱈目な魔力……ッ!?』

『ちょっと見せ給え!……なんだこれは、こんな魔力、神霊クラスでもなきゃッ!?』

 

その願い(特性)は、()()に似ていた。

だからこそ、()()は応えたのだ。

 

「エミヤ!ギネヴィア!マシュ!」

「分かってるわ!」

「赤原を駆けろ!赤原猟犬(フルンディング)ッ!」

「真名偽装―――仮想宝具ッ展開しますッ!」

 

 

 

「―――邪魔だ」

 

 

 

「ちょッ!?」

「なッ!?」

「くぅッ!?」

 

それは赤原猟犬を()()()()()()()()で叩き折りながらこの場に現れた。

戦闘後で魔力切れを起こしかけているとはいえマシュの宝具と私の結界をただ踏破することで踏みにじってみせたそれ。

見てくれは取り繕っているが、その限界も近いのか身体の至る所から魔力が零れ落ちている。

もうあと数分と現界は不可能だろう。

それでもその威圧感は圧倒的だった。

 

「メドゥーサッ!」

「分かっていますッッ!」

 

見ればわかる。

その身に纏った宝具が随分と格の高い神霊所以のものであることなど。

メドゥーサはすぐさま上空へと立香とマシュを連れて離脱する。

この疲弊した状況でマスターを狙われたのなら一たまりもない。

 

だがそれを無視して彼女は悠然とジル・ド・レェに近づく。

既に天馬に指示を出したメドゥーサも地上に降り立ち行方を見守る。

そう見守ることしかできない。

まるで、それこそ、神の威光に平伏しそうになる身体を支えるように、私たちの誰もが身動きを取れないでいる。

 

「あれは……カリュドーンの猪。そうですか、狂化があるとはいえ其処まで堕ちましたか、麗しの狩人ッ!」

 

聞きしに及ぶその名。

麗しの狩人アタランテ。

ならば彼女がその身に纏う莫大な魔力はきっと、彼女が仕留めたとも譲られたともされる魔猪の毛皮だろう。

だがそれなら、この神威は何だというのか!?

幾ら人知を超えたサーヴァントであろうと、神その物になる宝具を持つ筈がない!

 

「キャスター、敗れたか」

「おお、おおおぉぉぉ!まさか、まさか貴女が残っていたとは!狩人よ!アタランテよ!」

「ああ生きていたとも。おめおめと敗北を啜りここまで生きながらえていたとも」

「何という僥倖!何という幸運!恥じてはいけませぬ、なに、身体が欠けているのなら私を喰らえばよろしい!」

 

そうだなと詰まらなげに呟いた弓兵は目の前の魔術師に手をかける。

 

『拙いっ!魂食いだ!』

 

ドクターの焦った声が聞こえるが私たちは彼女の光に中てられ動けない。

まるで別次元の、最早格がどうこうと考えることができない、そんな存在と対面したような。

そんな畏れに近い感情が渦巻く。

 

『失った霊基を補完するつもりか!急げ!最悪さっきの魔神が復活しかねないぞ!』

 

そうしている間に、魂食いが始まる。

 

「では貰うぞ、救国の大英雄、青髭と恐れられた者よ」

「ええ!ええ!ええ!さあどうぞ!私の身を喰らってこの世界に復讐をッ!我が怨敵に我が復讐をッッ!」

 

ああ、言われずとも、な(AaaaaAaaaa)

 

そう言って弓兵は目の前の男を吸収し始めた。

 

ぐじゅり。

ずじゅり。

ぐぢぃり。

 

不快な音が焼け焦げ崩れた城跡に響く。

そんな筈がない。

魔力を吸い込むのにそんな音が出るはずがない。

にも拘らず幻聴のように聞こえる咀嚼音。

それは余りにも惨たらしく、そして何故かどこまでも崇高な、そう例えるなら母親が懸命に我が子に栄養を与える、そんな姿。

 

誰も彼もがその凄惨で美しい食事に動けないでいる。

余りにも、余りにも、それは酷すぎる。

だから彼女が動いたのは必然だった。

 

「……いくよ」

 

彼女は反英霊、数多の殺人を犯したことで近代社会の脆い防犯意識に結果として警鐘を鳴らした者。

正純な立ち位置に居ないからこそ、そして神の残り香すら薄い近代で生まれた英雄だからこそ。

何より対女性という特異性があったからこそ。

この禁忌とも言える光景にも誰よりも早く立ち向かえる。

 

「こういうのはわたしたちの出番―――解体するよ」

 

再び霧を纏い、吶喊。

如何に強力な宝具で身を包もうと、ジャックが宝具を使えなかろうと、刃は届く。

何せ先の一戦で霊核深くまで傷がついているのはデータで確認されている。

目の前の弓兵は無理やり宝具を使ったからか、神威に反してその身はぼろぼろだ。

どう考えても凶器を阻むだけの余力は残されていない。

例えその身を女神の神威で滾らせようと、彼女の刃は届くと、誰もが思った。

 

 

 

『AaaaaaAAaAaaaaAAAAAAAAAaaAAAAAaAAAaAaa』

「嗚呼、待っていたぞ。愛し子よ」

 

 

 

「え……」

 

誰の声だったかは分からない。

でもだれもがその事実に同じ思いを抱いた。

驚愕―――。

爪がジャックの心臓を貫いていた。

 

「う、あぁ……痛い、よぉ……」

「泣くな子よ、直に痛みは消える。母の腕は暖かろう?」

 

なんだあれは。

なんだこれは。

 

「おかあ、さん……」

「母を求めるか。嗚呼、愛しいな。愛いぞ、嗚呼実に愛い」

 

条件は満たされていた。

それを知る筈もない。

何故ならそれは遠い並行世界で行われた残滓。

外典と称すべき記憶。

 

「たすけ、て……」

「だが駄目だ。此処のままでは汝は幸せになれない」

 

知る由もない。

記憶がある。

聖女が居る。

小さき暗殺者がいる。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいる。

 

「おか、あ、さん……」

「だから私が喰らってやろう」

 

だからこその必然。

彼女が神罰の野猪を、世界を越えて再び纏ったのは必然だった。

だがそれで終わらない。

何故なら今の彼女は霊基が砕けかけた存在。

ならばそれを補填しなくていけない。

 

「安心せよ。汝らの歴史は私が貰い受けよう……ああ勿論、お前もだ、キャスター」

 

そう言って掴みだしたジャックの霊核を飲み込んだ。

 

姿が変わる。

屠った筈の邪神。

奪われた少女。

そして聖杯。

欠損した霊基を復元するためにそれら全てを取り込み、彼女はそれを発動する。

 

純潔の女神が下した魔獣の形をした神罰、カリュドーンの猪。

魔術王ソロモンが従えし智慧を司る魔神、ナベリウス、その残滓。

それらの核になるは麗しの狩人、アタランテ。

倫敦に爪痕を残した殺人劇(ジャック・ザ・リッパ―)

仏国に悲劇を成した復讐劇(ジル・ド・レェ)

そして魔術王より齎された聖杯。

それらすべてを吸収することでサーヴァントを越えた存在、複合英霊(ハイ・サーヴァント)

 

本来ならば現れる筈の無い73番目の魔神柱、そう称すべき存在が生まれるはずだった。

 

―――だが彼女はその身にこの世界に流出してしまった神威を宿していた。

 

誰も予期する筈の無い天災。

災厄の獣、二つ目の原罪、その名を冠した彼女が遠きウルクの地で眠っている。

一番目の獣がいるゆえに。

獣の特性、単独顕現。

一度顕現すれば()()()()()()()()()()()()事を可能とする規格外のスキル。

彼女は原初の女神。

神の形に編まれたのならば、乞い乞われた願いに祝福(災厄)を授ける定め。

それは即ち、未だ獣として完全に覚醒していない身であろうと、人理焼却によって時間など最早関係がなくなった特異点で()()見つけた己の理(回帰)と同調する願いを持ったサーヴァントを眷属化するなど容易いという事。

 

だからこそカリュドーンの猪でもなければ魔神柱でもない、全く別の怪物が生まれる。

 

魔神柱顕現。

否、それは神威。

怒りに揺れる女神の天罰。

人の形をした天災。

名付けるならば『災厄の女神』。

 

「我が名は女神カリュドーン。世界に等しく幸福を与えよう。だから、」

 

 

―――全ての子を貰い受ける。

 

汝等では駄目だ。

すべて、すべて不適格だ。

私だ。

私なのだ。

この私こそが母親に相応しい。

さあ還れ。

この私が幸せにする。

だから全ての子どもを喰らおう。

シアワセになる為にこの胎へと還るのだ。

 

「私の中で眠れ、愛し子達よ。汝等みな諸共に母の胎へと還るがいい」

 

 

Magna Mater(地母神顕現)

 

 

それは獣の現身。

遠き神代で原罪が顕現してしまったが為に、その神威をも疑似的に取り込んだ女神。

時代が分裂した特異点。

それぞれの時代に至るまでの歴史が失われてしまったが為に継ぎ接ぎだらけとなったこの世界で、数千年の時代を越えて単独顕現(眷属化)した、最新最古の女神だった。




ティアマト「来ちゃった///」



というわけでタグ通り『難易度ルナティック』です。
とはいえ1章からあんまり難易度高いときついので女神カリュドーンはティアマト程強くないです。
ゲームでいえば、女神ロンゴミニアドぐらい(白目)


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Defender of the Wild

遅くなって、ごめんなさい
今回は序盤にグロテスクな描写がありますのでご注意下さい


『たすけ、て……』

 

娘が。

 

『おか、あ、さん……』

 

死んだ。

 

「ロマニ。ジャックは、()()()()()?」

 

殺された。

惨たらしく、心臓を掴みだされて、餌を貪る家畜のように喰われた。

殺そう。

それが逆に思考をクリアにしてくれた。

神霊やそれに準ずる存在。

そんな上位者と対峙して肉体も精神も畏怖で雁字搦めになっていた。

それが今吹き飛んで、だからまず真っ先に娘の無事を尋ねた。

 

『……いや、駄目だッ。まだ帰還できない……完全に疑似霊核を奪われているッ!』

 

疑似霊核。

カルデアがマシュに施した憑依化(デミサーヴァント化)の実験の副産物。

英霊を人間が扱うための保険。

召喚時に霊基本体をカルデアに登録することで生成されるそれをレイシフトさせることで、本人を直接レイシフトさせるのではなく疑似霊核を仲介して再召喚する。

そして疑似霊核は破壊されるかカルデアに戻るまで残り続ける。

制約として同時に霊核を持つ存在を使役はできないが、戦闘時に死亡しても何度でも再召喚が可能となり、貴重な戦力を失うこともなく、戦力の立て直しも容易に可能となる。

逆に言えば、一度生みだした疑似霊核が敵の手に渡ればカルデアに帰還することも敵わないということ。

 

「やってくれるじゃない畜生風情がッ」

 

殺された。

嗚呼許せない。

殺そう。

それでも心の何処かでそれは割り切れる理性がある。

それはそうだ、我々はサーヴァント。

人理を修復する為の、敵を殺す為の兵器なのだから。

割り切れるが、それとこれとは別問題で、おまけに、

 

「来なさい、とぐろ巻くみみず(ワームコイル・エンジン)

 

私の娘の死を玩んだ。

殺そう。

そうだ、殺そう。

 

Foooooo(母ちゃん、ええんやで)

「ありがとう……()()()使()()()

 

海魔との戦いで幾つも小さくない傷を作ったとぐろ巻くみみず(ワームコイル・エンジン)が傍に寄る。

その傷ついた身に、慈しむように手をそっと添えて、

 

「ッ!?ギネヴィアッ何をッ!?」

 

()()()()()()

ずじゅりと土の香りのする肉が口内に溢れ、口で受け止められなかった汁がぽつりぽつりと顎を伝って零れていく。

殺そう。

喉を嚥下し臓腑へ収まる。

殺すのだ。

我が子を殺し愚弄し喰らった仇の前で、自分も生きた我が子を喰らう。

殺さなくては。

恥も外聞も忘れただ無心に喰らい、肉を貪る。

例えどんな手であっても。

周りがその光景でようやく動き出し、咎めるよりも先にまた凍り付いていた。

己の手によってでなくても。

どうでもいいことだ、これが最適解なのだから。

生を玩ぶ神を、家族を奪った化け物を、決して決して許すことなど、()()()()()()()()()()()()()()()()

そうして身を半分ほど抉るようにして食べ終えて、服の中に仕舞っておいた布巾で汚れた口元を拭い、

 

「ちょっと()()()()()()

 

肉片と体液が付着したそれも口に頬り込み、一息で飲み込んだ。

これでようやく準備は完了だ。

嗚呼やっと殺せる。

使い果たした筈の魔力が補完される。

 

「あら?どうしたの?」

 

見れば、悠然と構えているのはこれから狩られる分際の畜生だけで、周囲の英雄たちは誰も彼もが戸惑うように唖然としている。

何故私の仇を、あの愚か者を誰も殺しに行かないのだろう。

ああ、みーんな魔力がないからか。

なら、安心させてあげなくちゃ。

 

「大丈夫よ、今魔力を回すから。その為に魔力を蓄えた宝具(ワームコイル・エンジン)を食べたんですもの」

 

さあ奪還だ、私の娘を取り返して、神を名乗った愚か者を狩るとしよう。

 

「ふむ、もう待つのは良いだろうか?女神を待たせたのだ、それなりの物は見せてくれるのだろう」

 

煩いな、何か獣が吼えている。

だから返事はしない。

周りを見回し、声を掛けるのは仲間に対してだけだ。

 

「さて皆さん?準備はいいかしら……返事が無くて寂しいわ。燦然と輝く王剣(クラレント)、貴方ぐらいはお返事してね」

 

まあでも、どうでもいいか。

魔術回路が軋みながら起動する。

殺せれば、それでいい。

真名の解放と同時に『魔力充填』と『陣地作成』を起動させ、スキルその物を()()させる。

陽は落ち、月と星が輝く空の下で、その輝きを受ける様に大地から溢れた魔力が闇夜を照らす。

 

「……成程、確かに理には適っているか」

「僕としては耳を切り落としたい気分だけどね」

「ええ、やり方に聊か疑問を覚えますが、今この時は忘れましょう。感謝します、王妃殿」

「まっ、あれぐらい大したことないわよ。これでアイツ倒せるなら安いもんじゃない?」

「ドラ娘に同意するのは癪ですが、そのようですね」

「どういたしまして、皆さま。さあ士郎君達も早く行ってらっしゃい」

 

機能を拡大・変容する形で増幅させた陣地作成スキル、そして魔力充填によって、彼らに大地から魔力が一時的に、そして常時付与される。

魔力を漲らせた仲間たち。

そう長くは持たないが、それでも今は十分だろう。

必要なら、宝具をまた喰えばいい。

 

「そうですね、今は目の前のことを。皆さん、もう少しだけこの地の、人類の為に力をッ」

「……言いたいことは山ほどあるが後回しだ、行くとしよう」

 

その言葉で彼らは各々の得物を握って飛び出していく。

あのアマデウスすら指揮棒を力強く握りしめている。

けれど、顔を伏せたまま、メドゥーサは動かない。

早く、早く、殺しに行かなくちゃいけないのに。

大勢で蹂躙して、生娘の様に啼かせて、そうだ、ジャックの霊核を取り戻したら腹を裂いて子宮を抉り取ってやるのもいいかもしれない。

真なる母親、笑わせるなよ下郎。

あの身の程も知らない化け物の事だ、抜き取られて目の前で母の証を潰されればさぞいい声を上げるだろう。

そうだそうだ、それがいい。

死を玩んだのだ。

生を愚弄したのだ。

娘を奪ったのだ。

だから、これは当然の報いだ。

だって、そうでしょう?

 

 

―――復讐は果たさなくてはいけない。

 

 

 

だというのにちっとも動かないメドゥーサに少し苛立って、声を投げる。

 

「ちょっと!みんな行ってしまったわよ?私ももうちょっと供給が安定したらすぐに向かうから、気にせずはやくいきなさ「ドクター、貴方の行為はやはり正解でした」はぁ?」

 

この期に及んで何を言うのか。

ロマニがどうしたというのだろう。

 

マテリアル(あれ)の、あの女神の神核(スキル)()()()()()()()()()()()のは正解です。この子は余りにも……」

 

良く聞こえないが何だというのか。

 

「ぶつくさ言ってると小皺がふえちゃうわよー。……もういいわッ!私の方も準備万端、一緒に狩りに行きましょう?」

 

声を掛けても返事はない。

早く殺さなくちゃいけないのに。

生かしているのが、目の前に存在するのが、悲鳴を上げてしまう程悍ましいというのに、何を立ち竦んでいるのだろうか。

だから私は彼女を放って駆けだした。

さあ、娘を返してもらいましょう。

 

 

 

「……ダ・ヴィンチ、今の映像は」

『大丈夫だ、こちらで内密に観測していたバイタルデータが変化した時点で遮断しておいた。立夏やマシュ達は勿論、こっちのスタッフも見ちゃいないさ。それにこの会話も誤魔化してる』

「賢明な判断です……目の前の女神とやらについての計測は大丈夫でしたか?」

『すまない、映像を遮断していたからたった今観測計器を復帰させたんだ。女神についてはこれからになるよ』

「分かりました」

『……最悪、これ以上精神汚染が進むようなら君が彼女の疑似霊核を破壊してくれ。戦闘でなくても、平時のカルデアでは彼女は必要な人材だ』

「分かっています」

『すまない、メドゥーサ君』

「お気になさらず、私は彼女の友達、ですから。貴方方は計測の方に力を入れてください」

 

 

そんな言葉が風に乗って、私の耳に届く前に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、待たされたからには上等な贄が出されると期待したのだがな」

 

女神とやらが何かを呟く。

どうだっていい。

 

「格好つけて出てきたが、正面切って殴り合うのは僕にはちょっと荷が重すぎるかなッ!」

「あら?それなら得意の演奏で皆を応援してあげて」

「ギネヴィア、君はッ?」

「私はか弱い女の子ですもの、精々小狡く邪魔してやるわ」

「そうかいッ!」

 

飛ぶように風を切って走り後方の戦列に加わる。

前では白刃を煌かせながら士郎君たちの様に近接戦に長けた英霊が武を振るっている。

目の前の畜生はその攻勢に防戦を強いられ、躱すので精一杯。

多勢に無勢、と言ったところか。

とはいえ、あれだけの英霊を相手によく交わしている。

成程、カリュドーンの猪を冠すだけはあるだろう。

あれは野を這う害獣のそれだ。

忌々しくも農作物を荒らし、時に民に害成すブリテンでは見知った猪の動き。

それが女の形を模って這いずっている。

 

先に来ていたアマデウスの横に並ぶ。

言葉通り、アマデウスは指揮棒を振るって賦活を施す音楽魔術を響かせる。

なら自分は簡単だ。

あれの動きを邪魔してやればいい。

 

「修復後のことは今だけ目を瞑って頂戴な。どうせうちより土地は有るんですもの……起動(おきろ)萌芽(めぶけ)繁殖(みたせ)ッ!」

 

魔力を練り上げる。

空間拡張を施した袖の内に隠しておいた種を撒きながらスキル(話術)を再起動させる。

 

『Jiiiiiiiiiiii!』

 

失敗作(幻想種擬き)共が目を覚ます。

宝具のような意思を持つことはできず、ただ繁殖するだけの雑草、数は二十と七。

数だけ多くて、その癖、大地に根を張る所為で処理が遅れれば土地が傷つく。

これまでは土地を破壊すれば人理修復をしても歴史に爪痕を残しかねないから使わなかったが、どうでもいい。

そもガリアはブリテンより土地が多いのだ。

この一区画が十年程不毛の地になっても、許してもらおう。

蔓で編まれた木竜達はその触手を伸ばし、竜頭を擡げながら茨で出来た牙を剥く。

 

「殺しなさい。ああそれから、邪魔はしないように」

 

返事はなくただ機械の様に命じられたままに動き出す。

隣でうひゃーと嫌そうな声をアマデウスが出してるが仕方がない。

忌々しいことだが、目の前のアレは女神を名乗るだけあって相応の格のようなのだから。

出し惜しみなんてしていられない。

作戦なんてものも、一つもない突発的な戦闘だ。

何より、娘を奪われた。

なら、何をしたって、何を踏みにじったって、家族を取り戻さなくちゃいけない。

 

『諸君、朗報だ!如何やらその女神様だが魔力こそ莫大だが、霊基自体はアタランテの物だ』

「それでは聖杯の恩恵、それにあの様子では()()()()()といったところでしょうか」

 

レオナルドの声が戦場に響き、続いて遅れてやって来たメドゥーサの言葉にロマニが合意した。

それは確かに幸いな知らせであっただ。

如何に魔力が莫大で、格こそ神霊に近づこうと、まだあの女はサーヴァントの霊基の範疇に収まっている。

 

『その通りだ、メドゥーサ。如何やらあの女神は名前や魔力こそ神霊に準ずるほどだけど、霊基自体は前に観測されたアタランテのそれだよ。多すぎる魔力も聖杯から供給されたものだろう』

『そして英霊十騎を相手に立ち回っていられる能力強化は名前の通りカリュドーンの猪、女神から人間を間引くために遣わされた天罰が宝具化したものによるのだろうさ。とは言え高ランクの狂化でも付与されたのか、それともあんな無理やりな魂喰いで霊基が傷ついたのか……理由はまだ定かじゃないが湯水のように、それこそ肉体が自壊しかねない勢いで宝具の連続使用をしている』

 

暴走と呼ぶに相応しいだろう、そう肩を竦めて言うレオナルドの言葉で理解する。

 

「カリュドーンの猪と言えばアルゴー船の勇士達ですら手を拱いたそうですが、それでも不死の類ではありませんね」

「と言う事は、このまま殴り切れば勝てるってことでいいのかな?何だか随分とあっけない終曲のようだが」

「あらいいじゃない」

 

速く済むのはいいことだ。

何せそれだけ娘が早く帰ってきて、それだけ長く相手を苦しめられるのだから。

なら自分もガンバラネバ。

 

「ついでにもう一働きしましょう、かッ!」

 

魔力を撃ち出す為の陣が空中に描かれる。

王剣を掲げる。

目の前で剣と槍を交わしながら、その毛皮で炎を防いでいる敵へ向けてそれを振り抜き、号令を掛ける。

 

殺せ(放て)ッ!」

 

言葉を受けて頭上から光線は放たれる。

魔術は幾ら大地から受け取っていようと限度がある。

そもそも王剣を起動させながらの魔術行使では威力にも限界がある。

だがそれでも目晦まし程度にはなる。

当然、その意を酌んで魔力で編まれた弾丸は避けようとする女神の動きを阻害する。

ほらもう避けられない。

髪を焦がし、皮膚を裂き、毛皮を砕く。

不死ではない。

魂喰いでどれほど強化しようと、不死でなければいくらでも勝ち目はある。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あはっ」

 

先程の海魔とは逆に、今度はこちらが数で勝った。

ああ早く、あの母なんぞと宣う愚者の肢体を切り落とせないだろうか。

 

 

 

「ふむ……やはり駄目だな」

 

 

 

そんな考えは、

「肥えた鼠の方が腹も膨れると思って待ってはみたが、鼠ではなく蟻だったか」

 

目の前で膨れ上がった魔力で霧散した。

 

「鼠なら狩りにもなるが、蟻を踏み潰さぬよう歩くのは少しばかり疲れた……ん?ああ、このアタランテの身体(霊基)ではここまでか。狩人め、汝は欲の皮を張りすぎだ。余計な物まで取り込みおって……まあ、汝の願いを無碍には出来ぬか。しかしこれでは私に戻るにもまだ時間がかかるな」

 

魔力だけではない。

形が変わる。

魔獣の毛皮を纏っただけの人型が、冒し食まれるようにして人皮と獣皮が交わる。

溢れる魔力は夜空より尚深い闇色の靄へなり果てその身を包む。

人の肢体が獣の如き、それでいて体格と不揃いな物へと変じる。

 

「変わらんモノだ、お前たちは。アルテミスが私を地上に贈ったその時から幾星霜か、哀れなアタランテの願いはまだ叶わない。挙句の果てに自分たちが取り零した膿に首を絞められ全て燃やされるとは。本当に矮小で惰弱で、胸を打つほどに不出来な子らだよ、お前たち(人間)は」

 

一歩踏み出す。

地が悲鳴を上げ、作成した陣地が捻じ曲がり自陣に魔力を供給し続けてきた術式が崩壊する。

魔術行使ではなく、ただ存在するその(重み)が、ただ歩くという何の変哲もない一動作が、王剣の機能を凌駕した証左。

意識がないはずの木竜たちが狂ったように自らの身体に茨を突き立てる。

今自分で死ななくてはもっと悲惨な目に合うとそう感じ取ったように。

 

「どれ、戯れだ。母はこう見えて身重なのでな、少し」

 

 

 

―――身体を動かすとしよう。

 

 

 

 

宣告通り、風が吹いた。

 

 

「ぐぅッッ!」

「ゲオルギウスッッ!?」

 

その動きを、ただ前進するという挙動を咄嗟に防いだ聖ジョージの剣、それを握っていた腕は捩れた様に在らぬ方向へ折れ曲がる。

 

「嗚呼すぐ壊れてくれるなよ、異教徒よ。これでは私も少し困ってしまう、適度な運動とやらは子を胎に抱えていても必要な物なのでな」

 

初めからそこにいたように私たちの遥か後ろに降り立つ女神。

何てことはない、ただ走って、最高位の竜殺しが僅かに対応する隙しかなかった。

あの魔物がこの場にいる誰よりも速かったという事。

焦燥が汗となって落ちる。

 

「そう言えば、奏楽と言うのは胎児に良いと聞いたな……どうだ音楽家よ?」

「さあ?どうだろぅッ!?」

 

膨大な魔力を前に一度演奏が止まってしまったアマデウスも今一度魔術を行使するが、それを楽しむようにして、踊るように一歩を踏んだ女は、

 

「困ったものだ、母が聞いているというのに返事をしないとは。―――()()()()()()()()

 

その一歩で間合いを詰め、彼の胸に添えた手を押し出した。

 

「がっ、はァッ!?」

「アマデウスッ!」

 

転がり、吹き飛ばされた彼からの返事は帰ってこない。

衝撃で土が抉れ、倒れ伏してまま身じろぎ一つしない。

魔力付与の術式も切れ、最後の要だったアマデウスの音楽魔術による支援すらなくなった

それでもやれることはある。

 

「ならもう一回ッ!燦然と(クラレ)ッ!?」

「いけませんッギネヴィアさんッ!!」

 

少しでも強化を施さねばいけない、そう思って残り僅かな魔力を篭め真名を開放しようとした時にはもう剣が手から滑り落ちていた。

違う、

 

「なぁッ!?」

 

剣を掴んでいた自分の右腕を喰い千切られたのだ。

 

「ギネヴィアさん!今治療をッ!」

「ルーラーそちらは任せたッ!ライダー行くぞッ!!」

 

痛い。

焼けたように傷口が騒ぎ、喰い千切られた衝撃で骨も骨格を歪めながら引きずり出されている。

それでも感覚がある程度麻痺している自分でなら耐えられる。

ああでもこれはいったい何なのか。

 

「不味い腕だな、味がない」

 

それは迫る士郎君とメドゥーサを見て嗤う女の後ろにあった。

見れば背部より月光を浴びて濃い影を作りながら踊る尾、否、竜蛇のような咢を持って揺れるそれを尾と呼んでいいのか。

 

『魔力変動値、急速に変化ッ!霊基の変質が止まりませんッッ!!』

『こんな、こんなことがあり得るのか!?ついさっきまで、只の英霊だったんだぞ!!』

『手を抜かれてたんだ!いいから手を動かせロマニッ!最悪、ここで何もかもご破算だ!』

 

その言葉がどんな意味だったのかは分からないが、

 

「チィッ!」

「これ程とは……ッ!」

 

双剣を砕かれ、短剣を飴菓子の様に丸められて、そのまま弾き飛ばされた仲間の姿を見て、目の前の存在が勝算なんてものを何一つ描けないそんな相手と殺しあっているのだと今更だが理解できた。

 

「そッれならァッッ!!」

 

先程まで鳴り響いていたアマデウスが鳴らしていた音楽魔術とは違うただ吼えるような叫び。

私の『話術』の上位互換とも言うべき宝具、『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』によって増幅された絶叫が轟音という形で破城鎚が如き破壊を伴って吹き荒れる。

竜の系譜にある者だけが許される特権、呼吸をすることで莫大な魔力を生み出す。

そしてその大源を圧縮・具現することで生み出される天災こそが至高の竜種たる所以、即ち竜の息吹(ドラゴンブレス)

 

「忌々しいな、竜の息吹か。蝮風情が竜であるからという理由だけで幻想種(我ら)の頂点に立つ、誠に不愉快だ」

 

叫びは大地を捲り上げ、正しく竜のそれと称すに相応しい威力で魔物を捉えて。

 

無造作に振るわれた敵の腕によって霧散した。

 

「う、そ……」

「嘘?嘘な物か、これが現実だ」

 

渾身の一撃が露と消えて呆けたようにほんの刹那エリザベートが立ち尽くした。

その時にはもう彼方に居た魔物は、彼女の目の前にいた。

 

「ッ!?こんのォォッ!!」

 

間合いが近すぎる。

槍を獲物とするエリザベートの判断は正しかった。

だから再度宝具を発動させながら、その反動で後方に跳んで、

 

「汝の声は聊か以上に騒がしいな、これでは我が子が目を覚ましてしまうだろう?」

 

その時にはもう、目の前に居た筈の魔物が彼女の頭上で鋭爪を奔らせていた。

 

「退きなさいッ!!」

 

その爪がエリザベートに触れる直前、近くに居た清姫が押し退け割り込み、

 

「ッッ!?あああああああッ!」

 

容易く切り裂かれた。

 

「竜と聞いて手心を加えてやるのも如何かと思ったが、やはり蝮か」

「それ程竜種と相対したというのなら、是も貰っていけッ―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)ッッ!!」

 

黄昏に沈む神代の輝きがジークフリートの手から放たれる。

一度ではない、数度連続で放たれるそれは夜にあって尚明るく世界を照らす。

魔力供給が途絶えた状況で連続解放できる宝具の燃費、そしてそれを寸分違わず敵目掛けて放つ剣士の技量。

間違いなく絶技であり、

 

「これはカリュドーンの猪()の矜持の問題でな、アルテミス()の願いとは関係ないのだ、黒の剣士よ」

 

それを全て夜空へと飛び上がって回避して無力化するなど、思いもしなかった。

 

「神とは願い乞われた祈りに応えるモノ、故に私もアルテミス()の願いに応えよう。都市を喰らう魔獣(カリュドーンの猪)ではなく、新たなる地母神(女神カリュドーン)としてすべての子を愛すのだ」

 

腕から延びる先程まではなかった翼。

それを優雅に広げた女は、下卑た、それでいて異様なほど愛に溢れた笑顔を向けてきた。

風が吹いてほんの僅か、時計の針が一回りするよりも短い間に私たちの戦列はあっけなく崩れ、地に伏せそれを仰ぐことしか出来ない。

 

『撤退だ、今すぐその場から離れるんだッッ!!宝具の、それも高出力の魔力反応だッ!』

 

ロマニの言葉は焦燥で満ちていた。

言われなくても、誰もが分かる。

敗北だ、もう誰もあの宝具を迎え撃てるだけの余力も魔力も残っていない。

 

「闇天の弓よ、災厄を満たせ」

 

巨大化した腕を突き破るようにして漆黒の弓が顕現し、

 

訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)

 

夜空を埋め尽くす星の様に、数えることすら敵わぬ矢の軍勢が地上に降り注いで、

 

「ごめん、なさい……ジャック」

 

私たちは文字通り敗北した。

 

 

 

 

 




猪に車をお釈迦にされた時のことを思い出しながら書きました(ド田舎感)
まあ礼装なしで女神に挑んだらこうなるよなって感じです


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私は貴女の杖

感想、ご意見ありがとうございます。
どうすんのこの惨状、という感じですがまあ何とかします。


ぱちりと小気味良い聞き慣れた音と、歳を追うごとに磨り減っていく感じた覚えのない重みで目を覚ました。

何を、していたのだろうか。

ここは、どこなのだろうか。

体がやけに重い。

目を開けるのが何故か怖くて、嫌になる。

微睡みにも似た泥のような疲弊だけじゃない。

味覚なんて五年も前にほとんど失った自分が喉奥から血の味を噛み締めている。

覚えている。

これは、敗北の味だ。

 

「ああそっか……また負けたのね」

 

自分の声で今まで何があったのか思い出して、身体を起こした。

重い癖に体重自体は軽い。

そうだった、右は肘から先を切り飛ばされたのだったか。

それにしては妙な軽さだと思って、掛けてある毛布を横で眠る少女に静かに押しやって見てみれば、成程、理由は直ぐに理解できた。

 

「酷い様、仮にも常勝の王の妻がこぉんなことになるなんて」

 

■んだ方がましだ。

剥ぎ取った毛布の下から出てくる筈の両脚がある場所には、力尽きたように垂れて中に何もない事を知らせるドレスの裾だけ。

四肢の内、三つが欠けていた。

よく見れば身体の至る所に血の滲んだ包帯が巻かれている。

専門家と較べれば劣るとはいえ、神代の魔術医療の心得のあるメドゥーサがいるにも関わらずこの状態。

あれからどれ程時間が経ったかは分からないが霊体である自分が肉体の損傷を修復出来ない程に枯渇した魔力。

原始的な治療方法が施されたのも道理なんでしょうね。

何より、こんな戦力にもならない状態を兵器を手入れしてまで生かしておいているのだから、きっとカルデアからの再召喚も出来ない程窮した状況なのだろう。

 

「まあでも、行かなくちゃ」

 

今自分がどこにいるのかは分からない。

私の左手を握って眠っているマスターとまだ赤々と燃える薪。

あの女神が来た時点でマスター達は天馬でかなりの距離を運ばれた筈。

自ずとあの戦場から随分と離れた場所にいることだけはわかる。

それでも敵がどこにいるかなんてこと、感知するまでもない。

肌を通して感じる膨大な魔力、辿るのなんて目を瞑ったとしてもたやすい事。

おまけに時折()()()()()

あの女神の魔力が大きすぎて魔術なしでは感知できないが、きっと私以外の皆が戦っているのだろう。

距離はかなりある。

足を失った自分では辿り着けないかもしれない。

今の魔力量で空間転移なぞした日には一メートルだって跳べやしないだろう。

 

でも行くのだ。

這いずってでも、土の味を噛み締めてでも。

娘が待っている。

怨敵が生きている。

ならば行かない理由がない。

 

復讐は果たさなくてはいけないのだから。

 

「どこ、行くの?」

 

声がした。

心臓でも掴まれたんじゃないかと思う程、鼓動が飛び跳ねる。

親に悪戯がばれて咎められた童女のように、本当に年甲斐もない言い訳が口を飛び出しそうになって、一度口を噤んでから答えた。

 

「起こしちゃったかしら?ごめんなさいね、マスター」

「もう一回聞くね、何処に行くつもりなの?ギネヴィア」

 

話術、は流石に使えない。

マスター相手にということもあるが、そんな無駄な魔力消費は出来ない。

別に問題ない、分かってくれる筈だ。

 

戦争なのだから。

 

「ちょっとお花摘み、なんてどうかしら?」

「その身体で?」

「……ええ、これでも魔術師ですから。この程度の傷、なんてことないわ」

「……その身体で戦いに行くの?」

 

言葉に詰まる。

それは分かるでしょうとも、そこまで間抜けな子ではない。

だが、それならこんな問答に意味がない事も分かってくれる筈だ。

 

「そうね、もう一踏ん張りしてこようと思うの。大丈夫よ!ちょっと頑張ればあんな猪、ちょちょいのちょいで吹き飛ばしてやるんだから!」

 

返事はない。

ああ分かってくれたようだ。

そうよ、当たり前なのだ。

敗北は許されない。

負ければ人理は燃え尽きる。

負ければ母と呼んでくれたあの可愛い娘も居なくなる。

負ければ、愛しいあの人と過ごしてきた時間すら無かったことになる。

それは駄目だ、許されない。

 

「だから、ね?この手、離して頂戴」

 

殺さなくては。

復讐を果たさなくては。

だというのにまだ離してくれない。

 

「ねえちょっと聞いてるの?……ああ若しかして身体のこと?大丈夫よ、これぐらい次郎丸呼ぶなりして何とかするから。平気平気、お母さん意外と頑丈なの」

 

嘘だ。

次郎丸はさっきから反応がない。

憎い。

あの矢の大群から、夜空を埋める星のようなあの殺意から自分のような弱小サーヴァントがどうやって生き延びたのかと思えば、如何やらあの子が身を挺して守ってくれたようだ。

憎い……ッ。

当然、代償は大きい。

幾ら再生能力に秀でふんだんに魔力を宿していても、自死以外で、それも魔力が全て無くなるまで使い切って死んだ。

憎いッ!

あの子を再召喚するには魔力も時間も足りない。

殺したいッ。

恐らくあと二日と召喚は無理だろう。

殺さなくちゃッ!!

ああだから嘘だ。

嘘だ。

嘘だ。

嘘であっても。

取り返さなくては。

もう二度と、家族を喪いたくない。

 

「……いい加減にして、私は行かなきゃ「一人で?」……ええそうよ、一人でよ」

 

そうだ、一人だ。

立香が居るのならマシュもいるのだろう。

三人揃って、向かえば速いかもしれない。

だが、それは駄目だ。

 

「私も行くよ」

「駄目よ」

 

それは絶対に駄目だ。

 

「後ろにいるから、マシュが居るから、そんな理屈が通じないの。彼奴はそんなに綺麗な敵じゃない、必要なら私たち(サーヴァント)を無視して貴女の首を獲りに行くかもしれない」

「嫌だ」

「ッ!……嫌だじゃないの。あれは強いの、私たちがどんなに頑張っても勝てないぐらい、一瞬でかき消されちゃうぐらい強いのよ。……貴女は此処に居て、ちゃんと待っていて、ね?必ずジャックを取り戻して帰ってくるから」

「絶っ対にやだ」

 

ぷつりと何かが切れた。

 

「こっ、のっ!分からず屋!いい加減にしなさい!貴女が行ってどうするの!?いい加減手を離しなさい!!」

 

この娘は何を意固地になっているのだ。

私たちが勝てないほどに強いのだ。

英霊九騎が揃って成す術もなく蹂躙されたのだ。

私の娘を奪っていった憎い怨敵なのだ!

 

「……同じこと、言ってあげるよ。いいギネヴィア?」

「何よ!」

 

聞いてあげるから言ってみなさいよ!

そう思っていると立香は立ち上がり、偉そうに胸を張って腰に手を当て、吼えた。

 

 

 

「ギネヴィアがいたって糞の役にも立たないですよーだッ!このメンヘラ王妃!」

 

 

 

「……は?」

 

は?

 

「貴女がぐーすか眠ってる間にもう二回も戦ってるの!そうだよ二回とも負けたよ!もう朝が来ちゃうよ!今更ぼろぼろの星1くそ雑魚サーヴァントが増えたぐらいじゃ勝てませーん!」

 

は?

 

「ばーかばーか!何が王妃様だ!悔しかったらさっさと身体直しなよ!出来ないんでしょ!星1低ステですもんねー!」

 

この、

 

「今更一人で行ってどうするのよ!私とマシュが行っても負けたんだよ!一人で気持ちよーく寝てた王妃様は知らないでしょうけどねー!」

 

言わせておけばッ、

 

「悔しかったら言い返してみろ!この貧乳ロリババァ!」

「それを言ったら戦争でしょうがっ!自分の胸が大きいからって調子乗ってじゃないわよ!」

「やーいやーい!アラサー貧乳幼女ー!悔しかったら大きくなってみなさいよー!」

「ああん?うるせーぞっ糞餓鬼ッ!次郎丸の中に放り込むぞ!」

「きゃー、お化粧と一緒に猫かぶりも落ちてますよお客様ー」

「……うるさい!もういいわっ!冷蔵庫に作り置きして祝勝会で出そうと思ってたタルトッ!士郎君に教わって作った会心の出来だけどあんたにはあげませーん!ざまぁみなさい!」

「はあ!?ずるじゃん!それずる!!」

「ずるじゃありませーん!」

「……ケチババア」

「ウナギゼリー鼻に詰めるわよッ!!」

 

何があってブリテンの料理はああなってしまったんだろう。

初めてカルデアの端末でそれを見つけた時に絶望して、その後士郎君が作っていた鰻の煮凝りを見て二度絶望したわ。

同じ島国でどうしてこうなったの。

 

「っていうかギネヴィア腕ないし詰められないじゃん!ばーか!」

「ばかっていう方が馬鹿でしょうが!こんなもん、魔力があったら幾らでも治してやるわよ!百本ぐらい生やしてやるわよ!」

「腕を!?」

「腕を!!」

「……すごいじゃん」

「……ごめん、やっぱ嘘。流石に一から生やすのは無理」

「ダメじゃん」

 

ぐぬぬ、悔しいがおっしゃる通り。

腕なんか生やせないし、出来ても即席の義肢ぐらいだ。

せめて切られた腕があったら何とかなるのだが。

 

そこまで考えてふと、思う。

あれ、私、何してるのかしら。

ぜぇぜぇと二人して息を切らしながら子供みたいに口喧嘩。

そこそこ離れたとこでは神霊クラスの怪物と仲間が戦ってて、それで私は口喧嘩?

阿呆か私は。

阿呆だった。

 

こほんと仕切り直しで咳払いをする。

流石にこれは恥ずかしい。

 

「と、とにかく。貴女はここで待ってなさい。私は優雅に空でも飛んで助っ人に行くから」

「顔真っ赤にして言っても可愛いだけだよー」

「うるしゃいっ!」

「はいはい、あざといあざとい」

「くぅぅぅっ!」

 

足があったら地団駄踏んでるところだ。

何時からこの子はこんなに意地が悪くなったのだろう。

ああ冬木で私を救い上げてくれたあの子は何処。

ああ目の前だ、ふぁっきゅー。

 

「……私とマシュがさ」

 

一人で歯噛みしながら悔しがってる私を無視して、ぽつりと立香がこぼした。

 

「二人だけメドゥーサに運ばれて逃がされて、それで皆が帰ってきたときどう思ったか分かる?」

「……それは」

 

「皆ぼろぼろでさ、分かってると思うけど次郎丸が守ってくれて、ぎりぎりでジャンヌが宝具を発動できたから何とかなったって言ってたけど」

 

鎧も服も、体中もぼろぼろだった。

自分なんて脚もなかった。

ほかの皆もきっと相応の怪我を負っているはずだ。

それを見たこの子がどう思ったのか、考える必要なんてない。

 

「ギネヴィアなんて両足ないし、片腕もないしマシュなんか悲鳴上げながらすっ飛んでいったんだよ」

 

でも私は、そう言って立香がキッと顔を上げた。

 

「心配したんだよ……だけどね、それ以上に」

 

綺麗な瞳に涙が溜まっている。

 

「私は悔しかった!怖かった!」

「何で一緒に戦わせてくれないの!私も皆の仲間でしょ!?」

「頼りないのは分かってるよ!へっぽこなのも知ってるよ!一緒にいたって役に立たないのも分かってるよ!でもッ!」

 

ぽろぽろと涙が地に吸い込まれていく。

言葉が私の胸に突き刺さっていく。

 

「私は仲間でしょ!一緒に戦うってッ私の杖になってくれるって約束したじゃんっ!勝手に仲間はずれにしないでよ!私の居ないところで怪我しないでよっ!」

 

叫ぶように怒りにも似た切なる悲痛を、他者を心から思い、その一方で自分の心の悲鳴を告げる。

そんな矛盾していて、何処までも人間臭い叫びを立香は上げた。

 

家族と友達(みんな)がいない世界で、もうこれ以上一人ぼっちにしないでよ……勝手にぃ、勝手にぃ!どっか行こうとしないでよぉ!ばかぁ……」

 

何も、何も言えなかった。

自分だって、分かる。

王妃として何時も自分は戦友を見送る側だった。

数日たって帰ってくるのは何時も亡骸だった。

同じだ。

自分がガウェインを失った時。

自分がガレスを失った時。

そして自分がジャックを失った時。

 

自分が傍に居れば!

何が出来なくても、何かあったんじゃないか!

 

そう思わずにはいられなかった。

忘れていた。

自分のことで頭がいっぱいで、何も、何も、考えられなかった。

 

口からこぼれたのは情けない言葉だった。

 

「ごめんね、立香」

 

そっと、泣き崩れた立香を片腕で抱きしめる。

暖かい。

生きてるのか、死んでいるのかすらもう分からない自分とは違う。

優しい温もりだった。

 

「ごめんじゃないよぉ……」

「ええそうね」

「エリちゃんも清姫も、ゲオル先生もみんな居なくなっちゃった」

「そう」

「ギネヴィアがはやく起きてくれないからだよぉ」

「ごめんね」

「……嘘、ごめん」

「嘘なもんですか、私の方こそごめんなさい」

 

ほんの数秒か、どれくらいだろうか。

分からないけれど、優しい時間があって。

だから、気持ちが切り替わったのも分かった。

殺したいでもない。

殺さなくちゃでもない。

もうこの優しい少女がこれ以上泣かないように。

私の可愛い娘とタルトを食べれるように。

 

情けないことだ。

怒りに囚われて、一番大事なことを忘れてた。

 

「私は貴女の杖よ、立香」

「ふぇ?」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの可愛い主人。

とはいえ流石に鼻水は頂けないので、布巾で拭ってやる。

 

「貴女が指揮してなきゃ何処に行けない、何にも出来ない。だから」

 

―――一緒に戦いましょう。ね、私のご主人様(マイマスター)

 

「……うんっ!」

 

力強い返事が返ってきて、私は気が付いたらずっと抱えていた憎悪が吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

ざくりと音を立てながら森の中を進む。

 

『時間がないから簡単に説明するよ』

 

レオナルドの穏やかで、でも疲れが僅かに感じる声がした。

私を背負って歩く立香はもう聞き終わってるのか特に反応はしない。

ただ黙々とどこかへ向かって歩いていく。

 

『現在残っているのはエミヤ、メドゥーサのカルデアに所属するサーヴァントが二騎。そして特異点自体に召喚されたジークフリートとジャンヌ・ダルク、そしてアマデウスだけだ。そして次郎丸があの宝具を防ぐ盾になったときに過剰な回復をした所為で君が昏睡していた間、二度あの女神と戦った。その中で分かったことがある』

 

少ない。

明らかにあの規格外を相手に戦える戦力ではない。

広範囲の宝具と莫大な魔力、そして異様なほどの身体能力。

相手にするなら、如何にか相手を弱体化しなくてはいけない。

 

『一つはあの女神は宝具を介して表出化したカリュドーンの猪の意識が、聖杯を軸に英霊三騎の霊基を使って霊基再臨を図った存在だ。本来最高でも幻獣域の存在が霊基再臨によって、神獣まで階位を上げている。正直な話、単純な戦力としてみればどう考えても勝ち目はない』

 

あ、私知ってる。

これ無理ゲーっていうのよね。

うんうん、神獣とかどうしろっていうのよ。

神霊クラスの幻想種とか、ほんと、もう。

でも、

 

「逆に言えば、神霊でありながら幻想種っていう()()()()()でもあるのよね」

『その通りだギネヴィア。アーチャー、いや、衛宮士郎の持つ()()()のスキルと対幻想種用である宝具を同時使用すれば少なくとも傷をつけられる』

 

そう、相性の問題だ。

どれほど霊基再臨で強化しようと、神の獣なんていう存在が、恐らく現代最後の神殺しと大英雄の業を持つ彼から逃れえる筈がない。

 

『例えどれほど変質しようと神話の存在は伝承に縛られる。あれがカリュドーンの猪である限り、弓矢で傷をつけられるという行為は嘗てアタランテにそうされたように、敗北の兆しとなる』

 

遥かアカイアの地で語られるその狩りの顛末を思い出す。

最終的に撃ったのはメレアグロスではあったが、初めて傷つけたのはアタランテの矢によるものだ。

ジークフリートは竜の血を浴びて鋼の肉体を得ながら背中にはその加護が行き届かなかった。

それは今も変わらない。

アキレウスがその踵が弱点であるように。

クー・フーリンがカラドボルグを前にし敗北をよしとしなくてはいけないように。

伝説で語られる存在は誰しも克服できない生前の制約に縛られる。

矢傷を受けたことが女神が下した天罰(カリュドーンの猪)の終わりの始まりであるなら、一時的な弱体化は免れない。

如何に神獣の域まで霊基再臨を果たそうと、あれは元をただせばアタランテに討たれた毛皮を模した宝具(敗北者)

ならばサーヴァント同様、()()()()()()()

 

『当然問題はある、女神の高い基礎能力だ。幸い彼女の宝具は何とか発動の兆候が分かったからこちらの観測を伝えて妨害できるし最悪、ジャンヌ・ダルクの宝具で防げる』

 

現に今ロマニたちが総力を挙げてるしね、というレオナルドの後ろからは確かに引っ切り無しに怒声が聞こえてくる。

彼らも今、一緒に戦っているのだろう。

 

『だが要の士郎君の宝具は彼本来の持ち物ではないせいで制約がある。それが発動にかかる時間だ。おまけにカルデアの魔力を何とか回しているが、全員長時間の戦闘で限界も近い。恐らく、一度限りだろう。つまりその一度きりを無駄にしないよう宝具が発動するまでの時間を何とか稼いであの女神に当てられる状況を作るのが君の、いや君たちの役目だ』

「簡単に言ってくれるわね……」

 

役目だ、なんて言われても流石にこれはどうしようもない。

何せ自分の宝具は強化はできるが相手の弱体化は出来ない。

罠を張ろうにも今の魔力じゃ難しい。

 

「だから、マシュと二人でここまで作ったんだ」

 

ここまで会話に参加せず、黙々と自分を担いで森の中を歩いていた立香が口を開いた。

開けた場所に出る。

 

「お待ちしてました、ギネヴィアさん」

 

其処に居たのは当たり前だがマシュ一人。

だがその手にいつも携えている盾はない。

地面に置かれ、星光を受けて静かに鎮座している。

その周りには拙いながらもよく書き込まれた魔法陣。

 

私はこれを知っている。

何せ自分も、あの冬木で一度使用しているのだから。

 

「ちょっと待って頂戴……()()()()()?」

『いいや、待てないな。時間はそうない。だからこっちが勝手に言わせてもらうぜ?―――()()()()()()()()()

「なっ!?ばっ!?」

『おおーいい反応だ。うん、これにはダ・ヴィンチちゃんも大満足。というわけで、あとは君たちで説明してあげてくれ』

 

私はロマニの手伝いに行ってくるよーと努めて陽気な声でレオナルドは通信を切った。

その声に充てられてか、もう考えるのも疲れる。

 

「……それで立香、どうするつもりなの?」

「勿論、サーヴァントの()()だよ」

 

見りゃわかるわよ。

なるほど戦力が足りないなら補充すればいい、賢い考えだ。

こんな歩けないサーヴァントなんかじゃなくて、戦力足りえる英霊を呼び出せばいい。

うんうん、百点満点ね……なんてとてもじゃないが言えない。

 

「分かってるの?カルデア式の召喚された英霊が劣化した状態なのは、刻まれた術式そのものが耐えられないからなのよ?」

 

カルデア式の欠陥は召喚したサーヴァントが即戦力にならないこと。

カルデアの炉から供給される()()()()()()()()()()で召喚させることで最高の霊基状態をカルデアに記憶させた上で劣化させて呼ぶのは、そうでもしないと炉や十年以上かけて制作されたらしい召喚場(術式)が召喚の余波で砕けかねないからだ。

つまり、今この場で作った術式なんかで即戦力を召喚するなど、不可能だ。

 

「でもそれって()()()()()()()()()()()均一且つ最高水準の戦力を揃えるため、って私聞いたよ―――マシュ、()()()

「はい、先輩」

「だからっそれがどうした、って……貴女達まさかッ!?」

 

立香が私を背負ったまま、片腕を伸ばす。

マシュはその様子を見て、拳大の何かに魔力を通しながら陣の中央に投げ入れた。

その数は、十四個。

手を翳し、魔力の奔流で大気が揺れ動く。

止めようにも背負われた自分ではどうにもできない。

何とか術式を中断しようにも一度起動した術式はどうにもならず、崩壊しないように抑え込むので精一杯だ。

 

「止めなさいッ!このバカ娘!魔力炉を通さずに召喚なんてしても貴女の貧弱な魔力量じゃ碌な魔力供給も出来ないから無駄に決まってるでしょ!」

 

そうだ、カルデア式が魔力炉を通すのは術者の技量にサーヴァントの能力を左右されることなく最高のスペックを保つためだ。

結果、そのことで即戦力が呼べなかったとしても、当初の予定通り47人のマスターが同時に特異点を攻略するのなら戦力にバラつきのない安定した兵器(私たち)を求めるのは正解だ。

だがもし高い技量の人間や魔力量に富んだ術者なら、自前の魔力で召喚した方がいいかもしれない。

だが立香はそうじゃない。

ほんの半月前までただの学生だったというこの子は魔術師としての技量もひよっこと言って良いのかも微妙で、何より魔力量だって雀の涙みたいなもの。

だから、こんな方法に勝算なんて、ありっこない。

 

「だから私とギネヴィアさんが必要なんです」

「ってバカ!貴女何やってっ!?」

 

悲鳴が口から洩れる。

マシュが息切れをしながら必死に術式に魔力を送り込んでいる。

つまりだ、立香で足りない魔力をマシュが肩代わりしているのだ。

 

「私っ、これでもっ、マスター候補だった、んですっ!」

「そういうことじゃっ!?痛っぅ!」

 

三人揃って、魔力の嵐の中で吹き飛ばされそうになりながら何とか堪える。

それでも足りない。

術者本人の技量が圧倒的に追いついていない。

ああそうか、それで私が必要なのか。

ああくそっ、本当にもうッ、

 

「やってやろうじゃないのォッ!」

 

魔力充填、再起動。

話術、再起動。

魔力残量、僅か。

 

疑似味覚、解除。

皮膚感覚、解除。

視覚向上、解除。

聴覚向上、解除。

 

「王ッ権、執行ォッ!燦然と輝く王剣(クラレント)ォォッッ!!」

 

王剣、最大稼働。

肉体に掛けていた、失っている五感を補う魔術を解除し全力を宝具の発動に捧げる。

『増幅』の王権によって魔力が高められる。

霊核が小さくない皹をいれながら軋んでいく。

構うもんか、まだやれる。

この子たちの頑張りに報いなければ。

若い子に負けたんじゃ、ジャックに合わせる顔がない!

さあ後もう少し。

 

「「立香/先輩っ!」」

 

こちらにもマシュにも顔を向けない。

だからどんな顔かは見えない、というか視覚を切ったせいで正直景色なんてもう霞んだ様にしか見えない。

それでも分かる。

きっとうちの可愛いご主人様は『応!』とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべてる事だろう。

 

「いッ、けェェッッッ!!!」

 

右手に刻まれた令呪が光り輝く。

誰かに命ずるのではなく、純粋に魔力源として一画を残して陣に捧げられる。

そこまでやって漸く、

 

「ほんとうにもう、この子たちは……」

 

霞んでいる視界の中で、黄金の輪が見えた。

感覚器が失われていても魔術回路は稼働している。

触覚とは違うものを肌で感じる。

あの自称女神に感じた刺々しい威圧感とは違う。

もっとずっと優しくて、穏やかな、その清純で自然と畏敬を抱かせる神々しさ。

 

一際強く光が輝いて、召喚が終えたのだけは分かった。

全員息も絶え絶えだ。

魔力だってほとんど残ってない。

何とか視覚と聴覚だけ戻して、そこに立っている()()()を仰いだ。

 

「はぁい!ダーリンの永遠の恋人!アルテミスでーす!本当は名乗るの駄目だけど()()()()が随分迷惑かけてるみたいだし今日は特別ね!……ところでダーリン、さっきからどこ見てるの?」

「はーい、ペットできゅーとなおりべぇことオリオンでーすって分かった、俺が悪かった、謝るから!ちょっと隣の子が可愛かったから見とれちゃっただけで浮気じゃないから握りつぶさないでぇぇ!」

「成程、そういう風にすれば管理もしやすいと……ふふっ私も先輩(士郎さん)に会ったら試してみようかな♡」

 

星明りより尚柔らかく嫋やかに輝きながら、えっと、うん、多分恋人のオリオンさんらしき生物を握り潰す女神アルテミス。

もう一人はまだ自己紹介をしていないが、どうやら士郎君の知り合いのよう。

 

三人で顔を見合わせる。

くすりと思わず三人同時に笑みが零れた。

何がおかしいのかわからない。

これから戦場で命を懸けるというのに、それでも笑ってしまう。

 

「さあっ皆行こうッ!」

 

立香の号令がかかる。

随分と長く時間をとってしまった。

まずは移動をしながら新人さんに状況説明だ。

 

さあ、反撃の狼煙を上げるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 




カルデア式ではレベル1しか召喚できないよ、と言ってたのは今日この日のため!
まあ霊核崩壊寸前、令呪一画消費で魔力も枯渇寸前、しかも出てくるサーヴァントはランダムな裏技なので今回きりの裏技です。

次回でオルレアンは終了、きっちりカリュドーン狩りをします。
例のごとく型月名物『相性でごり押し』ですが。

しかし彼女がようやっと出せてよかった……


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女神を射止めた狩人

今回、かなり独自設定があり、とあるキャラクターが疑似サーヴァント化しています。
ご注意ください


『ロマニ達の支援は不可能だ』

 

軋む、音がした。

自分の内から零れるその音が自分の身体が限界なのだと知らせる。

 

『私以外のスタッフ総出で魔力供給の調整と戦闘の観測と解析をしている今、君たちの分に割ける人員は私しかいない』

 

思えば当然のこと。

暴走する術式、それも英霊召喚なんていう規格外の代物の制御なんて万全の状態であってもリスクが大きくて手を出したくない物を、ガタガタの霊基で宝具を発動したまま挑めばそりゃ霊核に罅の一つや二つ入るだろう。

カルデアからの魔力供給も戦闘中の彼等に割いているようで現界を維持するのでやっとの量だけ。

もう後30分もすれば修復が追いつかないまま罅が広がり砕け散るのだろう。

 

『……全員準備はいいかい?』

 

準備、準備ね。

 

五体が欠けた自分。

カルデアに頼らない召喚、その上とんでもクラスのサーヴァント二体と直接契約してるせいで魔力切れ寸前の立香。

長時間のレイシフト、そして二度連続の戦闘でまだ万全には程遠いマシュ。

そしてそもそも魔力が足りなくて宝具を撃つのも一度きりのオリオンと彼女。

この中でまともに何とかなるのなんて、たった一人しかいない。

その彼女だってぎりぎりだ。

そう、ぎりぎりの賭けに勝たなくては彼女が召喚してくれた意味がない。

 

嗚呼、準備か。

そんなもの、

 

「決まってるわ、()()に決まってるじゃない。ねぇ、立香?」

 

最悪だ。

戦場近くの森に身を潜めて状況を見てみれば、そこにあるのは、いいえ、あったのは固有結果の残骸。

己の心象世界を以って世界を塗りつぶす大禁呪。

世界を侵食して己だけの世界を独立させる魔法一歩手前の秘儀。

士郎君が持つ究極の一とはまた別の、無限を内包する一。

世界から分断するその術理は今、至る所から綻んだ様に世界から剥がされ中で戦っている彼らの姿が見えるほどに壊れかけている。

中で戦っている彼らだってそうだ。

己の肉体から剣を露出させ鎧としながら血だらけの士郎君。

すでに現界もままならないようで、粒子が零れだしているジークフリート。

己と同じように右腕を失いそれでも前へと進むメドゥーサ。

焼け焦げたように色を失った旗を掴み必死に宝具を展開するジャンヌ。

そして、彼らを嬲る様に嗤いながら蹂躙を続ける女神。

 

「そうだね」

 

 

敵は形はどうあれ神霊域の存在。

自分の陣地作成(魔力制御)の主導権が奪われたように、ただ存在するだけで周囲を疑似的な神殿と化す存在。

神とは崇め奉られるモノ。

当然のことなのだ、存在しているという事で周囲の存在を支配下に置くなど。

紛い物でも土地と魔力ぐらいは容易く奪って見せて、だからカルデアが外から届ける魔力も十全に渡し切れていない。

その癖相手は聖杯の魔力で万全の状態。

 

「でも、ううん、だからってッ」

 

これじゃどんなに頑張っても勝ち目はない。

だけど、

 

「ここで負けられないッ……負けたくないッ!」

 

そうだ、負けたくない。

 

「こんな所で私は終わりたくない、私はマシュと、皆と空が見たいッ!」

「ダヴィンチちゃん、私と先輩は大丈夫です。私もここで負けたくありませんッ!」

 

嗚呼、良い返事だ。

そしてちゃんとそれはカルデアに居る彼女にも伝わって、勿論此処にいる新しい仲間にも伝わった。

 

「……いい、マスターだな。俺らのところに居たらオリュンポスのご隠居達がさぞかし喜んだんじゃねぇか?」

「昔のダーリンみたいだね!」

「やめて」

「ふふっ、でも本当に素敵です……やっぱり世界って綺麗ですね、こんな真っ直ぐな人がこんな終わりの場所にもちゃんといてくれる」

『それには同意だ。嗚呼本当に、碌でもない状況だが、私は彼女がマスターでよかったと今この時に改めて思うよ』

 

そんな言葉に少し照れてやめてよーなんて言うが、直ぐにその顔は切り替わる。

まだ青い、でも戦士の顔だ。

そうだ時間は無い。

もうすぐ夜明け。

前で戦い続けている彼らも、そして私たちも限界だ。

なら、

 

「行こうみんな、此処で終わらせるよ」

 

勝ちに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

『では手筈通りに、頼むよギネヴィア、アーチャー』

「ええ勿論、思いっきりぶっ放せるようにしてあげる」

「さあダーリン、愛を放ちましょうねっ!」

「あー、まあちっとばかし気張るとするか」

 

手順は決まっている。

此処に来る前に、決めておいたのだから。

 

指を振るい四肢の殆どが欠けてしまった自分が大地に立つために土台を作る。

取り出すのは剣。

一度限界まで発動しきったこの子は未だ焼き付きの残る刀身を星明りに照らされている、王より預かった己の真価。

それを地面へと突き刺し手を放す。

準備は、もう済んだ。

ここからは、下拵えといこう。

 

さあ始めよう。

さあ歌い上げよう。

さあ、

 

勝ち()を取り返しに行くわよ―――起きなさい、燦然と輝く王剣(クラレント)。今宵、最後の仕事よ」

 

軋む音が大きくなる。

剣は私の言葉に応えて今一度魔力を増幅させていく。

当然もう魔力なんて殆どない。

『魔力充填』で大地から吸い上げるにも土地の支配権は奪われている。

だから疑似霊核を削り割る。

軋み、皹が広がる。

現界出来るぎりぎりまで魔力を注いでそれを種火に魔力を増やす。

 

『まずは一手目だ、土地を取り戻そう』

 

その言葉に立香が声を飛ばす。

 

「今だよ!アルテミスッ!!」

「はーい―――それじゃあちょっと、お仕置きと行きましょうか」

 

ざわりと空気が変わる。

清廉なそれから神話に描かれた荒らしき月の女神としての側面がこの現世に映し出される。

その気配は決して小さなものではなく、当然向こうにいる自称女神にも届いたのだろう。

汚らしい笑顔が固まり、その中に()()()()()が生まれる。

敵はすぐさま動きを止めてこちらに意識を飛ばしてきた。

 

「莫迦、な……ッ!?この神威はあの女のッ……何故ッ!?」

 

意識を向けられる。

こちらにしたのではなく気配を感じたアルテミスを探っただけの、たったそれだけの所作でも気を抜けば倒れそうになる。

大地に固定している身体が崩れそうになる。

でも、そんな腑抜けた結果は、手を繋いだ立香が、身体に寄り添って盾を構え続けるマシュが、支えてくれるから問題ない。

一人じゃない。

だから、絶対に負けない。

 

たんと、軽い足取りで空へと飛ぶアルテミスとオリオン。

遥か上空、月の光を浴びて純白の衣から深紅の戦衣装へと姿を変えている。

魔力は充填し、既に臨界を迎えようとしているのがわかる。

声が届くはずのないその場から、しかし月の女神の宣告はしっかりと夜空に響いた。

 

「何処の誰に玩ばれたのか、そこまでは知らないわ」

「どうせこいつはそんな事興味ないしな」

「でも私の可愛い信者と、私の天罰を勝手に使ってくれたことを許してあげるほど」

 

 

―――オリュンポスの一柱、純潔のアルテミスの名は安くない。

 

風が止む。

星が輝きを失う。

その光すら奪い月明りは真昼の様に世界を照らす。

星辰は息を潜めただ月の審判を褒め讃える。

世界に、正しい女神が降臨した瞬間だった。

 

「オリオン」

「応」

「汝の戒めを今一時だけ解きましょう……だから、一緒に愛を放ちましょう?」

「あたりめーだ、昔からそうだろ?お前が弓を構えて」

 

そう言って、アルテミスに寄り添っていた彼の姿が変わる。

熊を模した姿はもうない。

それは月明りに映し出された影。

一時だけの奇跡。

霞むように確かな存在を持たず、けれどその二つの脚は確かに空を踏む。

淡い栗色の髪を揺らし、甘い美貌と万物を射止める鷹の瞳。

ギリシャ神話に語られる、至上至高の狩人。

 

「俺が矢を放つ―――さあ、二人で愛を放つとしようか」

「ええッ!さあ、いくわよッ!」

 

その名をオリオン。

純潔の女神の心すら射止め天上に輝く星に名を連ねた世界最高峰の弓兵の一角。

その彼が弓を構えた女神に寄り添い、その手を重ねる様にして弦を引く。

 

月女神の(トライスター)―――ッ」

 

二人は言葉を紡ぎ、

 

「―――愛矢恋矢(アモーレ・ミオ)ッッ!!」

 

今、言祝ぎが人の世を荒らす害獣を誅する一撃を放った。

 

降り注ぐ光の矢。

永遠の愛を月へと誓った神話の一撃は天から下る月明りより眩しく世界を照らしながら、文字通り天罰となって地上へと降り注いだ。

 

「ぐゥッッ……!おのッ、レェェッッ!!」

 

狙いを見誤るような弓兵ではない。

彼は女神を射止めた狩人、彼女は狩りを司る古きオリュンポスの一柱。

当然、その矢は自称女神へと着弾する。

 

その矢は届いた。

だが殺すにはまだ足りない。

本人曰く、オリオンに捧ぐ溢れんほどのアルテミスからの愛を矢にして放たれるその宝具の神秘は対人用ながらも、星の聖剣と肩を並べる(A++)もの。

 

「餓アァァァァァァッッッ!!!」

 

それでも足りない。

彼女はアルテミスそのものではなく、あくまでオリオンと言う英霊の霊基を間借りすることで召喚されたイレギュラーな存在。

神威()を宿した矢も驚くべき威力だが、万全の状態ならまだしも魔力が心許ない状況下で放たれたそれは神獣の格を得たあのカリュドーンの猪(女神)を撃ち取るにはまだ足りない。

 

 

 

―――だが、狙いはそこじゃない。

 

 

 

「……くはッ、なんだ存外お前の言う愛とやらも温いものだな。えぇ?アルテミスよ」

 

結果はすぐに出た。

カリュドーンと拮抗していた宝具の矢はひび割れる様に砕けた。

光の粒子は地上に霧散して漂っていく。

それを成したカリュドーンは肩で息をし膨大な宝具の熱量によって全身に火傷を負いながら、それでも尚健在。

かつての主人をあざ笑っている。

それを言われるアルテミスも全力の一撃で、宙に浮いているので精一杯。

オリオンも元の熊に戻っている。

 

『さて、諸君。二手目だ』

 

ああそうだろう、そうなるだろう。

今の立香と、そしてどんなにマシュが肩代わりしていても、魔力供給が心許ない状況下で残る二画の令呪も使わないで放った宝具では勝ち目も薄いだろう。

だけど、

 

「ギネヴィアッ!」

「ギネヴィアさんッ!」

 

力強い掛け声が聞こえる。

この特異点で自分が出来る最後の大仕事だ。

フランスの皆さん、ごめんなさい。

人理修復後にちょっと地形が変わっていても、許してね。

いざ、華麗に綺麗に上品に、私の光に応えるとしましょう。

 

「さぁてッ!王妃の歓待、確り受け取ってくださいな?―――行くわよッ!きずけ(構築)ッ、いつわれ(偽装)ッ、つながれ(連結)ッ、かたまれ(固定)ッ、かわれ(置換)ェッ!!」

 

王剣が一際強く輝き、その内で溜め込み増幅し続けた魔力を術式(話術)に注ぎ込む。

『構築』するのは自分の技量(スキルランク)では本来なら出来ない神殿作成、その術式。

空間と存在を『偽装』。

土地同士を『連結』。

出来た不安定な、本来ならすぐにでも世界から修正を受けてしまうような術式をほんの数秒間だけ『固定』する。

そうして手元に完成した()()()()()()()()()()()殿()の術式を、周囲一帯に色濃く漂うアルテミスの宝具の残滓が残る場所へと『置換』する。

 

「なッ!??」

 

光は輝く。

星光を凌駕する純潔の女神の為の神殿が生み出される。

 

「なに、をッ……何をッ、一体何をしたァァッッ!??」

 

そう、すべては此の為。

 

『そうだ、神獣が存在することで魔力供給は阻害される。それはあのカリュドーンが女神を名乗る通り、地母神の権能を使って空間そのものの支配権を奪っているからだ』

 

そう、だから士郎君の固有結界が完全に稼働していなかった。

だから私が陣地作成で作った工房がただ土を踏む、その一歩で支配権を根こそぎ奪われ容易く破壊された。

それはあのカリュドーンが正しく神霊域のとんでもない存在だからだろう。

だが、それは逆にも言えること。

 

『逆に言えばカリュドーンより高位の存在なら同じことを、空間の支配権を奪い返せるというわけなんだよ』

 

そう、此処には英霊オリオンを依り身にしたとはいえ、アルテミスがいる。

オリュンポスの神にして、神話において()()()()()()()()()()()()()()()()が。

その格が幾ら神獣に至ろうとカリュドーンの猪は女神アルテミスには敵わない。

 

「だから宝具が必要だったのよ、英雄オリオンに所以するものではない彼女自身の愛を以って放たれる一撃。当然壊されるでしょうけど、それでも残った残滓は周囲に()()()()()()()()()()()()。そんな好条件の立地でおまけに本人もいるのなら、幾らランクが低いからって言っても宝具も使えば神殿ぐらい作れるのよ」

 

どうよと胸を張ると、何故か立香とマシュの二人から頭を撫でられる。

解せぬ。

後、そこの巨乳好き、お前は許さん。

素人は黙っているがいい、何せ―――この胸をアルトリアは一番好きだって言ってくれたんですからッ!

 

まあとにかく、だ。

少なくとも例え霊基が英霊のものにまで格落ちしていようと、女神の神威で満たされた神殿を荒らすことはできない。

何故なら、カリュドーンの猪は女神アルテミスの従僕にしかすぎないのだから。

 

「たかが時代遅れの女神風情の神殿を築いてッ……調子に乗るなァッ!!!」

 

これでもう空間ごと神殿に置換されたこの場所にあって、カリュドーンはもう大地(空間)を支配する地母神の権能は使えない。

カルデアからの魔力供給が再び万全に流れ始める。

疑似サーヴァントであり肉体を霊子ではなく生身で構成する士郎君以外の面子の傷が即座に癒えていく。

逆にカリュドーンの火傷はまだ癒えない。

何せ生みの親たるアルテミスが存在を否定するために撃ち放った宝具を受けたのだ。

純粋な火力を凌ごうと、概念として刻まれた『存在否定』自体には抗いようもない。

どれだけ小さかろうと、癒えぬ傷を与えられるのだ。

 

それでも尚、カリュドーンは止まらない。

憎悪を口にし、その咆哮と共に胴と比べて異様に長い手足に力を漲らせる。

それはそうだ、これじゃあまだ足りない。

何せ奴の中には今もまだ聖杯と()()()()()()()()()()()

 

『というわけでロマニ、そっちは頼むぜ。こちらはいよいよ下拵えも終了だ―――三手目だ、頼んだよ()()()()()()()

「それなら次は私と遊びましょうか。ねえ?薄汚い盗人さん」

 

光が作られれば、当然影は生まれる。

それは自然の摂理で、物理法則無き時代(神代)であっても変わらなかった。

そして彼女は、その影を背負う者。

 

「私はここに来たばかりで、実は今一つ状況も分からないんです。()()()()()()()()()()()もちゃんと説明してくれませんでしたし……でも」

 

影が蠢く。

何というか自信がなくなる光景だ。

何せ自分よりも後代の、それはもう神秘の薄い時代で固有結界持ちだけじゃない、虚数魔術だなんていう禁呪を得意とする魔女が居るだなんて思ってもみなかった。

己の負の感情を深層意識から汲み取る禁忌の一、研鑽でも血筋でも辿り着けない本物の神秘。

それが虚数魔術。

 

彼女は怒りを口にする。

それは深く深く、けれどその名に反し憎悪ではなく、

 

「なに、やってるんですか?」

 

ただただ、愛しい人を不条理にも傷つけられたという、

 

「なんで、士郎さんが怪我してるんですか?」

 

愛情深い一人の妻としての、

 

「なんで、ライダーが怪我してるんですか?」

 

家族としての、

 

「どうして、()()()()()()()()()()()?」

 

心優しい、

 

「……許さない」

 

正しい怒りだった。

 

「―――声は祈りに、私の指は大地を抉る」

「くゥッ!高が……ッ、高がッ魔女風情がこの私に歯向かうかァッ!!」

 

虚数魔術。

影が神殿より湧き出て殺到する。

その速度は決して遅くはないけれど、相手取るのは超上の存在(サーヴァント)を超えた神獣、女神カリュドーン。

影ではまだ追いつかない。

復讐者よりも遥かに怨嗟を込めた叫びをあげながらカリュドーンは吶喊する。

ほんの数歩でアヴェンジャーの元へ辿り着くだろう。

でもそれを、彼が許すはずがない。

 

 

 

「おい、誰に手を上げてるんだ、お前」

 

 

 

文字通り横槍が天から降り注ぐ。

二七の剣はカリュドーンの暴威から守るための城壁となってその行く手を阻み、アヴェンジャーの前には彼が、衛宮士郎が立っていた。

 

「……なんで、こんなところに来たのかなんて聞かないぞ」

「分かってます……というか私、怒ってます」

「うっ……それはその、悪い」

 

そんな夫婦漫才をしながらも二人の手は休まらない。

 

「いいです、どうせこの世界の私を守るためにここまで来てくれたんでしょうし……それは嬉しかったですから」

「桜……」

「でも私の見てないところでライダーと二人でイチャイチャしたり小さな子と遊んだり、それは許しません」

「ぐっ!」

 

何時の間にか並び立って互いの腕を指揮棒のように振るいながら剣と影を操作する。

宙から弾き出される剣軍は休む暇もなくカリュドーンの行く手を阻む。

 

「何よりまた私を置いてけぼりにしたんですから……寂しかったんですからね、もう」

「……ごめんな」

「いいです。でも忘れないでください、先輩。私強くなりましたけど、やっぱり先輩とずっと一緒に居たいんです」

 

地を滑り駆ける影は阻まれたカリュドーンの肉体に触れては魔力を『吸収』する。

そして影を使ってアヴェンジャーは他の仲間たちも回収してくれた。

 

「おのれッ!何故ッ!何故だッ!何故母のッ!?ぐうぅッッ!!」

 

そう、これが三手目。

本来なら、誰かが犠牲になってでもカリュドーンの動きを封じて高火力の宝具と共に士郎君の切り札を使って終わらせる、その手筈をいい意味で彼女の存在は狂わせてくれた。

 

「知りませんよ、そんなこと。貴女が何処の誰だろうと何だろうと、私の、()()()()幸せを壊すから。だから私はまた罪を背負います。何度だって、何時までだって」

 

魔力が高まる、此の一度きりだろう。

宝具の展開。

まだ自分たちの出る幕ではない。

だから此処でただ祈る。

きっと立香が此処に導いて、士郎君が愛した人が、この世全ての悪となった己が犯した罪を生涯掛けて償った彼女が応えてくれると信じて。

 

「私は戦います。だって」

 

 

 

---私は強くなったんだからッ!

 

 

 

彼女の名前は衛宮桜。

桜色の着物の上に漆黒の弓掛を纏った花の様に穏やかな魔術師。

 

「綺麗……」

 

その彼女から溢れる桜色の魔力に思わず三人とも同じことを言ってしまう。

私たちにはまだそれがどんな物なのかは、どんな思いが込められているのかは分からない。

けれど、それが負の感情をただ剥き出したものでないことを。

きっと優しい想いが込められていることは分かった。

 

「声は静かに……私の夢は蕾を開く」

 

告げられた言葉と同時に剣軍を掻い潜ったカリュドーンが迫る。

だけどそれよりもなお早く、宝具の真価は世界に開かれた。

 

 

 

「―――深層摘出・櫻の夢(イマジナリ・アラウンド)

 

 

 

世界が一変する。

夜空の下、光を湛えた急拵えの神殿が建っていた剥き出しの大地。

そこに今、全く別の世界が広がった。

戦場からかけ離れた、穏やかで静かな場所。

暖かな春の陽射しを受けて桜の木々が静かに佇む異界が其処にあった。

さながら固有結界にも見えるそれ。

だが本質は全くの別物。

ランクも低く単体での脅威は大した物ではないと、その場に立った誰もが感ずる。

現に展開された直後こそ驚いた顔をしていたカリュドーンも嫌らしい笑みを浮かべて嘲りを囀る。

 

「何をするかと思えばこんな瞞しか、心底呆れた物だ。もしやこの程度の低俗な虚飾で真なる母の愛を止めれるとでも汝は本当に思ったのか?嗚呼なんという、詰まらない英霊なのだろうな!」

 

虚飾、その通りだろう。

アヴェンジャーもその言葉を肯定した。

 

「低俗に、虚飾、ですか……ええそうです、これはそれ程凄いものじゃありません。これは只の虚数魔術、その応用です。深層意識を具現化した結界を生む、ただそれだけの物。ライダーの天馬や士郎さんの剣製みたいにたった一つで戦場を変える力なんてありません」

 

でも、と言葉を続ける。

それはカリュドーンの嘲笑を一蹴する、絶対の真実。

 

「でもこれは、私が夢見て漸く手に入れた幸せ、あの日四人で見た桜色の景色。そして、私が笑顔を見せることが出来た始まりの場所。だから」

 

その言葉に呼応して桜の木々が騒めき、突如魔術師である自分にすら感知させない影の触手が虚空からカリュドーンに向かった。

 

「チィッ!何度もッ何度もッ!忌々しい!馬鹿の一つ憶えに何が出来るッ!!汝如きの影でこの私を捕えられると思ったか……ッ!??」

 

そう、カリュドーンの言う通り彼女の影はあの健脚には追いつかない。

ただ忘れてはいけないのだ。

 

「ここに立ってる限り私はどれだけでも強くなれるッ!」

 

虚数魔術は自身の深層から汲み取る負の感情を触媒に魔術を発動させるもの。

けれどその応用だと言ったこの宝具は彼女の優しい内面を見せるように淡く美しい桜の花園を生み出した。

 

だからきっとこれは逆なのだ。

幸せだと感じたその一瞬を、その始まりを世界に映し出すことで、それを侵す敵から護ろうとする正当な怒りを糧に彼女は奮い立つ。

負の感情を汲み出す宝具ではなく、どれだけ自分が傷つこうと負の感情を生み出し続ける宝具。

感情に飲まれることなく、ただひたすら自分が守るべきものの為に戦うことを強制し続ける宝具。

それは途方もなく苦しいことで、だからこそ彼女の心が何処までも強いことを証明する。

 

「こんな物でェッッ!!」

「えぇ、誰かの愛を騙るしか出来ない貴女にとってはこんなものでしょう。でも私にとっては何よりも大切な物。だから、私は絶対に負けないッ!」

 

それでもカリュドーンは影を壊し時に揺らめく桜の花を散らし、吠え続ける。

魔力も僅か。

何より宝具の効果自体は負の感情の供給に特化した結界、言い方を変えればそれしか出来ない魔術工房。

だけど、忘れてはいけないのだ。

魔術師にとって工房とは己の胎の内。

最も自分の実力を発揮できる場所。

そして何人も逃れ得ぬ閉ざされた迷宮。

ならきっと虚数魔術を振るう彼女が展開したこの場所で、

 

「あら、随分遅いんですね?馬鹿の一つ憶えが何でしたっけ?私如きの影が貴女を捕まえられない、ですか……ふふっ、おかしいな。なら今目の前で捕まっちゃった貴女は一体全体何なんでしょう?」

 

逃げるなんて出来る筈がない。

 

罠を張るように詠唱によるタイムロスの一切ない影の腕はいつしかカリュドーンの速度を超え、遂にはその肢体を絡め取っていた。

 

「嗚呼アアァァッッ!離せッ!穢らしい汚泥がッ!」

「穢らしい、ですか。そうかもしれません。私は沢山の人を、何の関係もない人たちの幸せを奪った罪人です。その罪の上に作ったこの宝具(幸せ)は汚れているのかもしれない」

 

怒りに塗れた絶叫に静かな声が返答する。

 

「それでも私はもう諦めない、立ち止まらない。自分の弱さを認めて真っすぐ歩いていく、こんな私を愛してくれる人まで汚さないために。私が犯した罪の重さを何時までも忘れないために。諦めていた(弱かった)から罪を犯してしまったのなら、立ち止まらない(幸せで在り続ける)。そんな傲慢な思いが私の贖罪、私の真実、これが私です」

 

眩しいな、そう思う。

強く、気高い。

そんな一人の女性として尊敬できる人間が目の前に居た。

 

「だから貴女の傲慢(母の愛)を私は、私の傲慢(幸せ)で叩き潰します」

「嗚呼アアアアアアアアッッ!!」

 

そう宣言して起動するのは彼女の保有スキル『吸収』。

虚数魔術に載せられ、宝具によって使用回数の制限すら一時的に取り除かれた規格外(EXランク)

カリュドーンに纏わりつき呑み込んで宛ら蕾とになった影に施されたそのスキルは、主人の誓いに応える様に敵に牙を剥く。

カリュドーンは蕾の中では()()()()()()()()()()()()()()()()となった虚数の海の中で溺れているだろう。

 

だがそれも長くは続かない。

 

ぎしりと軋む音がする。

嫌な音だ。

生娘の股を無理やり開き、その秘密と貞節を奪う暴漢の様に。

影の檻をこじ開けようとカリュドーンはしている。

 

そんなことは分かっている。

そしてそんなことでもう勝利は揺らがない。

欲しかったのは()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

そして、カリュドーンを完璧に動揺させる一手を手に入れたのだから。

 

言わなくても分かったのだろう。

カリュドーンが檻をこじ開ける。

その身体は霊基構造が瓦解したように所々が解けた様に霊子が漏れ出している。

 

その表情は憤怒。

ああ分かっている。

分かっていた。

何せ、()()()()()()()()()()()

 

「何を……ッ」

「一体何ヲッッ!」

「私ノ体ニ何ヲシタァッッ!!」

 

『吸収』。

文字通り、あらゆる物を吸収するスキル。

英霊の所持するスキルのごく一部には、技能でありながら宝具に匹敵する物もあるらしい。

ならば彼女の規格外のそれは正しくそれ。

 

本人曰くサーヴァントを丸ごと呑み込んだこともあるだけあって、その力は計り知れない。

拘束力も吸収できる量も嘗てに比べれば劣ると言っている。

おまけに吸収できた時間も短時間だ。

 

「何って、簡単ですよ。貴女が抱え込んでいた霊基を私が吸収して取り戻した、それだけです」

 

それでも生みの親から存在を否定されて多少なりとも肉体が傷つき揺らいでいる相手なら、短い間であってもサーヴァント一騎の霊核だけに的を絞れば、それぐらい吸収できる。

 

そして、言わなくても通じ合っていた。

知らせていなかった、けれど完璧に時を見抜いた男は怒り狂うカリュドーンとは違い既に準備を済ませていた。

 

「なら、此処からは俺の仕事だ。―――行くぞッ大英雄(バーサーカー)ッ!」

 

珍しく士郎君が吼える。

 

「我が姉を守りし大英雄の業を此処に―――」

 

目の前のカリュドーンに吼えているのではない。

 

「射貫けッ!」

 

己の内に語りかける様に、自分自身の中にある最強を唱える様に。

 

是・射殺す百頭(ナインライヴズ・ブレイドワークス)ッッ!」

 

その姿はまるで、力強い偉丈夫を映し出したよう。

極限まで絞られた弦から放たれる石造りの矢。

神殿の柱を加工したというそれは放たれた時には九つの竜となってカリュドーンへと殺到する。

 

「咎ゥゥッッッッッ!!」

 

神殺し(悪神殺し)』、そして対幻想種用の宝具。

かの大英雄の業を引き継いだ現代の英傑の一撃は決して軽くない。

そしてカリュドーンの猪(自ら)の創造主であるアルテミスの宝具と神殿、虚数の影による吸収。

ここまでやった。

ここまでやってのけた。

 

「嗚呼アアアアアアアッッ!!」

 

それでも敵は倒れない。

分かっている。

分かっていた。

だからこそ、

 

『さあ最後の一手だ』

 

カリュドーンの猪の天敵を用意したのだ。

 

「くっ、あはッ、馬鹿がッッ!何が大英雄の業だッ!何が虚数の毒だッ!何が女神の裁きだッ!見ろッ!私はまだ死んでいないッ!死ぬはずもないッ!お前たちの力は届かないッッ!私が母だッ!私こそが最高の地母神ッ!最も新しき神ッ!!だれも、ダレモッ!私を害せなどしないィィィッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「いいや。汝の負けだ、カリュドーンの猪よ」

 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

彼女は、後天的に聖杯へと至った自然の嬰児。

杯としての機能は、彼女が呪いと決別した後もその身体に残ったのだという。

だからこそのスキル。

 

疑似サーヴァントと化したこと、そして直接的に大聖杯と繋がっていないから制限を受けたが。

第三の魔法、その一端。

 

かつて名は伏せていたが剣士の英霊を支配権ごと吸収して奪取り自分のものとしたというその力。

胎蔵曼荼羅(ヘブンズフォール)』。

吸収した存在に魔力を分け与え、一時的に従属化するスキルが衛宮桜には存在している。

だからこそあの時霊基を、一説にはカリュドーンの猪を討ったともされる英雄アタランテの霊基を吸収したのだ。

そして今、ほんの僅かなこの一時だけ、麗しの狩人が現界する。

それは仮初で、本来なら宝具なんて使えない筈。

それを残った令呪一画をアヴェンジャーを通して魔力を注ぐ。

何よりとっくの昔にカルデアからの供給は復旧したのだ。

施設が機能不全に落ちないギリギリまで魔力をアタランテへと注ぎ、存在は少なくとも宝具を撃つまでの間は確定させる。

 

これが切り札。

これが必勝。

これが、私たちの勝利。

 

「私の願い、私の思い。それはこの世全ての子が愛される世界」

「ば……か、なッ!?」

 

伝説で語られる存在は誰しも克服できない生前の制約に縛られる。

 

「それに狂った私と正面から向き合ってくれた馬鹿がいてな、だからこそ私はもう間違えない」

「そんなッ!?何故ッ!?嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッッ!!」

 

カリュドーンの猪、女神アルテミスが人の世を壊すために遣わせた魔獣であり、神話の敗者。

 

「さらばだ、女神カリュドーンよ。汝の抱く独善に満ちた愛欲は、私が今背負う願いとは違う。だから、此処で今一度私に討たれて逝け―――ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール、アルカイド。至上の七星、天上の大熊に希う」

「嘘ダァァァァッッッッ!!!!」

 

ならば、奴がアタランテ(勝者)に勝てる道理はない。

 

「降り注げ」

 

―――北斗の七矢。

 

天から注ぐ七つの流星。

それは寸分違わず女神に成り果てた魔獣へと降り注ぎ、塵すら残さず浄化した。

 

その光景に見入っているとぴしりと嫌な音がした。

どうやら、限界のようだ。

勝利を確信して喜びに沸く両隣の少女たちの気配と、遠く通信の向こうから聞こえるロマニからジャックが帰還したという言葉を聞いて、私は意識を落とした。

 

悪くない微睡だった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、なぁんですぐさま私はここに連れてこられてるのかしらね?」

「だってギネヴィア約束破ったじゃん」

 

あの後、つまり女神カリュドーンを討った直後。

自分は案の定疑似霊核が壊れて強制帰還した。

当然ジャックにも再び会えて、勝利もできて、私としては大満足の結果だったが。

 

「あのね、何度も言うけどあれは仕方がないのよ!不可抗力!」

「でも……私たち約束しましたよね?」

「うっ……それはそうだけど……でも、いいマシュ?大人には色々事情があるのよ」

「BBA」

「ぶっ飛ばすわよッ立香ッ!」

 

帰るなり修復直後の特異点に跳ぶと言ってきかない立香とマシュ、そして悪乗りしだすスタッフとレオナルドの口車に乗せられて、ここフランスに私はとんぼ返りしていた。

ちなみに士郎君は自室で療養中だ。

彼は生身の人間に限りなく近い存在。

しっかりと休まねばいけない。

アヴェンジャーこと桜ちゃんがその首根っこ掴みながら触手を蠢かせているのが怖くて見て見ぬ振りをしたわけではない。

何か士郎君とついでにメドゥーサの断末魔と言うか嬌声というか、なんかそこら辺が聞こえてこないわけでもないが知らないったら知らない。

 

ついでにオリオンも今調教中らしい。

何でもカルデアに来てすぐオペレーターの子に粉を掛けただのなんだの。

 

「おかあさん、約束、守らなきゃ駄目だよ?」

「うぅ……」

 

約束。

そうなのだ。

立香とマシュと、勝って一緒に空を見ると。

そう、約束したのだ。

 

空には不可思議な暈が架かっている。

それが魔術的にどれほど恐ろしいものか理解はできる。

嘗ての自分なら、少なくとも故郷から訳の分からないまま投げ出され異邦の地で無意識のうちにやけっぱちになっていた自分なら怖くて見れなかっただろう。

けれど今は不思議と悪くない。

 

隣にいる立香とマシュ、そしてジャックをみる。

嬉しそうに笑っている。

嗚呼、本当、どうしようもないぐらい綺麗な空と娘たちで。

 

「もういいわ!私の負けよ!今度からはもうちょっと気を付けるわよ!」

 

照れ隠しがてらがなってしまう。

二の句は言わせない。

自分に都合の悪いことはさっさと軌道修正するのも大人の知恵だ。

 

「それより折角早起きしてお弁当作ったのだからお昼にしましょ?」

 

その言葉にちょっと不満そうにしながらも口元緩めて喜ぶ立香。

そして素直に喜ぶマシュとジャック。

そこにはあの日見た七つの星に勝るとも劣らない輝き(笑顔)がある。

 

嗚呼糞、本当に、死んでしまいたくなるほどに幸せを感じさせられて。

 

如何にも、自分も笑ってしまうのだった。




マテリアルが開示されました。






影の虚数はいま、軽やかに駆ける風になる

クラス:アヴェンジャー
マスター:藤丸立香
真名:アンリマユ/衛宮桜
身長/体重:156cm/内緒です
出展:不明
地域:現代日本
属性:中立・中庸
カテゴリ:人
性別:女性
イメージカラー:桜
特技:家事全般、マッサージですよ♡
好きなもの:勿論士郎さんです♡
嫌いなもの:体重計
天敵:姉

其れは六十億の人間を呪い殺す究極の悪性。
嘗て彼女が呑み込んだ復讐の泥。
一度放たれればその泥を以って世界を犯す復讐者へと堕ちていくだろう。
だが今は違う。
手を取り光の当たる世界へと連れ出してくれた最愛の人がいるから。
犯した過ちを背負い続け生き抜いたのだから。
彼女はもう二度と泥に染まらない。
強く、強くなったのだから。

【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:A 魔力:A+ 幸運:E+ 宝具:D

本来疑似サーヴァントのステータスは元となったサーヴァントの物に準拠するが、魔力の数値のみ彼女本人のものとなっている。

【クラス別スキル】
忘却補正:A それは内に生じるスキル。
例え誰が忘れても、例え誰が許しても、他ならぬ彼女だけは背負った罪を忘れない。

自己回復(魔力):A

女神の神核:E 

【保有スキル】
吸収:EX 魔吸根。触れた物質を分解し高効率で吸収する

ヘブンズフォール:C 胎蔵曼荼羅。己の内に宿した魂に魔力を注ぎ再臨させる第三魔法の一端。
彼女が出来るのは霊基の損傷修復と言った本来の第三魔法の真似事に過ぎず、また大聖杯と繋がっていない現在は嘗てのように他者と契約しているサーヴァントと強制契約を結ぶことはできない。
ただし、マスターの居ないサーヴァントで合意があればごく短時間のみ契約を結び再召喚が可能。

自然の嬰児:B 聖杯として生を受けたわけではないがマキリの杯として完成したことで高いランクを得た。

【宝具】
深層摘出・櫻の夢(イマジナリ・アラウンド)
ランク:D
種別:魔術宝具(結界宝具)
レンジ:不明
最大補足:不明

あの日4人で見た景色を再現する宝具。
青空の下、一面に桜の木が立ち並ぶ空間を生み出す宝具。
一見すると長閑で穏やかな花園は彼女の原点。
生涯をかけて守ろうとした幸福の象徴であり、決して忘れてはならぬ贖罪の道標。
宝具の効果としては、この宝具を展開することで「愛しい人を守る為に敵を憎悪する」という逆説的な負の感情の供給を行う事が出来る。
つまりこの宝具の展開さえ維持できれば、結界内では彼女は無制限に虚数魔術を操ることができる。
また結界内では筋力・耐久・敏捷の各種ステータスが1ランクアップする。

その憎悪は正しき怒り。
家族を守るために振るう、静かなる祈り。
アンリマユとは違う、彼女自身が復讐と決別したが故に手に入れた贖罪(幸福)を象徴する宝具である。



呪■界・悪■祝祭(アート・ア■■■■)
ランク:EX
種別:対衆宝具
レンジ:1~999
最大補足:1000人

彼女が纏う英霊由来の宝具。
詳細不明。


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第二特異点:永世狂気帝国 セプテム 空位の皇帝
純白の花嫁(おしゃまでおきゃんなギネヴィアちゃん……え、これもう死語なの?)


命に、不要な物は一つとしてない。

世界という盤面に、何時だって不要な物はないのだ。

全ての物事には意味があり、因果は結ばれ繋がっている。

だから、こうなることは必然で、こうなることは分かり切っていた。

 

世界は間違えた。

たった一つの欠損が、たった一つの理由が、何もかもを台無しにした。

否、これからも台無しにしていくのだ。

消さねばならない。

何があっても、何が起こっても、誰を踏みにじっても。

生きているという結末を、生きているという過去を、生きているというこの今を。

消さなくてはいけない。

 

世界は間違えた。

たった一つの偶然から犯され。

たった一人の愛欲で殺されて。

そしてこれからたった一つの欲望で生かされる。

 

消さなくてはいけない。

例え、それが全てをなかったことにしてしまっても。

例え、それがどんなに罪深いことだったとしても。

私たちは、復讐を遂げなくてはいけないのだ。

 

だから。

そう、だから。

他ならぬ己の欲望のために。

誰の為でもなく、何のためでもなく。

たった一つの勝利を掴むために。

ただ勝つために。

ありとあらゆるものを踏みにじってでも。

ただ、この身が勝利を掴むために。

 

 

 

 

 

 

 

私は、僕は、俺は、アルトリア・ペンドラゴンを殺さなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、マリー・アントワネットに会いたかったなー」

 

自分より後代とは言え、正直自分などよりも遥かに格の高い女王に会ってみたかったのだ。

それだけ。

 

第一特異点、そう名付けられた特異点を修復し終え幾日かたったある昼下がり。

次の特異点である、あの因縁深い国に行くまでに与えられた束の間の休暇。

私は厨房に立ってオーブンをじっと見たまま、三時のおやつを心待ちにしている立香とマシュ、それからジャックに話しかける。

 

手に僅かについた粉はさらりとしていて、自分の居た時代から随分と遠い時代に来たのだと思い知らされる。

可愛らし気な名前がついているそれを支給された情報端末に載っていたレシピ本で知った時にはわざわざ冬木で食材と資材の確保に奮闘している士郎君に大急ぎで頼んでしまった。

後々意味を知ってあんまり可愛くないことを知ったのは内緒だ。

とはいえ、『イギリス料理』、というか我らがブリテン島の菓子作りには欠かせないものらしい。

勿論自分よりも後代の料理人たちが考案したものなわけで、実は馴染みも薄いのだが。

まあそれはそれ。

お前の物は俺の物、とは誰の言葉だったか。

王妃として即位するよりも前の記憶、そしてかつて自分がこの時代に近い場所で生きていた頃の記憶は欠損してしまっている。

そんなわけで、何となく覚えているものもあるが、如何にも誰の言葉だったとか、何の言葉だったとかそういうのは分からない。

 

まあ私が王を愛している、ただ一つその事実さえあればあんまり問題ではないのだが。

 

というわけで、ログレスに居た頃は中々できなかった物資をある程度好きなように使って調理、それも嗜好品である菓子を作るというちょっとというかかなり貴重な経験をしているわけだ。

うん、楽しい。

目の前には膨らみ、柔らかい乳白色を晒しながら食べてもらうのを待っているスコーン達。

四十近く作ってみたが、これでも足りるか不安な物。

どうにも大人数の食事と言うのは慣れなくていけない。

 

「なにがー?って、げぇぇっー!」

「ちょっと、あんまり女の子がはしたない声を出す者じゃないわよ?立香」

 

あれこれ考えつつ、ふとよぎった考えから目を瞑りたかった私に立香が返事を返して、そのまま悲痛に叫んだ。

だいぶ、ぐだってる情けない感じのを。

 

「……また失敗したー」

「はぁ、『頑強』ね。あのね、話しかけた私が悪いかもしれないけど少しは集中してなさいな。私が見てるからいいけど、一応魔術行使の一環なんだから。下手すりゃ、ぼんっていくわよ、貴女の髪が」

「うぅぅ、いいじゃん。一応使えないわけじゃないんだから……」

「そう言ってもう何十枚とそれを量産してるじゃない」

「わーん!ましゅー!ギネヴィアおばあちゃんが苛めるよー!」

「誰がおばあちゃんですってッ!私は若いッ!」

 

こいつッ!

情けない声を上げつつ隣に座るマシュに抱きつき、ついでとばかりに私を貶す小娘に怒声を返す。

ギネヴィアは若い、若いのだ。

いつの間にか二児の母になってたりしたし、どっちも気が付けば認知せざるをえない状況ではあったのは認めるが。

百歩譲って素敵で無敵で可憐なギネヴィアお姉さん呼ばわりは許すが、おばあちゃんは許せない。

そうとも実年齢がどうあれ、いや私はまだ若いけど、見た目完全に美少女なのだから。

水浴びしたってちゃんと肌が水を弾いてくれてるんだから。

 

「駄目ですよ、先輩。あんまりギネヴィアさんを苛めたりしたら」

「えぇぇ、でもすぐ怒るしさ……若しかして更年期障「立香ァッ!」あやべ」

「もう、ほら言ったそばから駄目じゃないですか。そんなことより、先輩も少しお疲れのようですし少し休憩にしませんか?ジャックさんも作業が終わったようですし」

 

そ、そんな事って……と思わぬところからダメージを受けつついる私を無視してマシュはぐんにゃり抱き着いている立香をどかしつつ三時のおやつの準備を始めた。

なんだろう、このどっかの誰かさんを思い出す合理主義な感じは。

いや言わなくても分かるのだが。

やはり血は繋がらずともうちの二枚看板の片割れと似ているテキパキ準備を始めたマシュの姿に思わず目頭が熱くなる。

いや、年じゃない。

絶対に年じゃない。

年じゃないって言ってるでしょうがッ!ガウェインッ!

 

「ジャックさん、お芋の準備は終わりましたか?」

「んー?あ、マシュ。うん、終わったよー!」

 

随分と集中していたようでマシュの言葉でようやく我に返ったように返事をする愛娘。

その脇には古新聞に乗せられた芽が取り除かれたじゃが芋。

如何やら今晩の夕飯の下拵えは済んでしまったようだ。

 

「先輩の礼装作りもやっぱり上手くいかないことですし、おやつにしましょう」

「え?ひどくない」

「うんっ!」

 

そんな感じで今日も長閑なお茶会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

野苺。

ブルーベリー。

オレンジ。

 

全部自家製、と言いたいところだが農業プラントで育てているそれらは魔術を使ってもまだ収穫には時間がかかる。

というわけで立香たちがスコーンに各々好きな物をつけたり挿んだりしているジャムの原材料は勿論士郎君にとって来てもらったものだ。

いやぁ、自衛もできて現代知識も豊富な英雄というのは素晴らしい。

そんな彼はここにはいない。

多分、そんな気はなかったのだろうけど傍から見れば口説いている風にし見えない現場を押さえられて、桜ちゃんの折檻を受けていることだろう。

彼の嬌声交じりの悲鳴が廊下に響き渡るのもここ数日でカルデアに増えた風物詩だ。

勿論それに見て見ぬ振りをするまでがワンセット。

今日も元気にカルデアの職員たちは鍛えられている。

それが一体何時役に立つのか……と魔術師にしては珍しく電気関係に聡い眼鏡をかけた職員がぼやいていたが、うん、聞かなかったことにしよう。

 

「美味しい!」

「はい、とっても美味しいです!」

「うん、普通においしい」

 

とまあ、可愛らしい感想が二つ、それから小憎たらしい感想が一つ来た。

 

「ありがとう、ジャック、マシュ」

「ねぇ、私には?」

「はいはい、普通で悪うござんした」

「ちょっとー、私の扱い軽すぎない?」

「あんたが私の扱い雑すぎるのよ」

 

えーと頬を可愛らしく膨らませて抗議の声を上げてくるマスターが居るが無視して自分もスコーンを口に放り込む。

食感に粉っぽさはない。

今回はこっそり味覚共有の魔術を仕込んでなかったから流石に分からないが、三人の表情筋と瞳孔、それから咀嚼の速さからまあ不味くはないのだろう。

味覚が薄れきってから随分とたった。

だからまあ、こういう時にぼろを出さずに食べる技術もあるし、相手の様子から味の評価もある程度分かる。

何より長年人妻をやってきたのだ。

流石に士郎君のように世界中の料理人と『めるとも』だったか、そういう文通友達がいるような人には敵わないが味見しなくたってそこそこのものは作れる。

 

私は決して全能ではないが、それでもそこそこ何でもできるのだ。

 

「というか貴女ねぇ、いい加減第一等級の礼装を量産するのはやめなさい。流石に使えないって程じゃないけど、これだけあっても使い道だってないし何より無駄に魔力やら材料がなくなるんだから」

「そうだそうだー資源も無駄じゃないんだぞー!取りに行かせられる俺の身にもなってみろー」

「そうよ……ってオリオン、貴方いつの間に来たのよ、というか奥さんどうしたのよ」

 

見ればいつの間にか大皿からスコーンを取って好き勝手にジャムを塗り付けて食べているナマモノがそこに居た。

 

「さっきだよ、さっき。いやほら、偶には息抜きしないと恋人関係って駄目になるって聞くし、だからさ。なんつうか、ちょっと、な?」

「な?じゃないよ、またアルテミス怒るよ」

「いやそこはほら、マスターがちょちょっと何とか言い聞かせてな」

「流石にアルテミスさんに言い訳は通用しないのでは」

「?でも……」

 

なんだかんだ言いながら理論武装を口にするオリオンにジャックが声を掛けようとして、直ぐに口をつぐんだ。

聡い我が子はどうやらしゃべらない方が色々と面白い結果になるのだと直感したのだろう。

うん、良い成長、なのかなぁ。

 

「まあ、とにかくさ。ちょっと休憩だ、休憩。アルテミスのオリュンポス山だけじゃなくて、偶には違う山を眺めながらお茶をしないと息苦しいっていうもんだ」

「オリオンさいてー」

「えーひっどーい」

「何とでも言えい!俺はオリオン!愛の狩人だぜ!」

「きゃー素敵―!で、これからどうするのかなー?」

「勿論、休息を終えたら狩人らしく次のカワイ子ちゃん(獲物)を狙いに逝くぜッ!……って、あれ……?」

 

いつの間にか、空気が冷え固まっていることに漸くオリオンは気づいたようでぬいぐるみのようなその身体で器用に冷や汗を流す。

自動的に空調機が暖房に切り替わっているのを眺め、時代の進歩に辟易しつつ私は大皿をそれとなく退かす。

流石にオリオンの後ろでにこやかに笑いながら冷気を垂れ流すというか吹雪の様に振りまく月の女神様が机をひっくり返すなんて真似しないと思うが、まあ一応だ。

ついでにポケットに入れてあった袋にスコーンを詰めておく。

 

「えーっと、アルテミス様?」

「やだーダーリンったら!そんな他人行儀な呼び方しちゃ駄目よー」

「あのー、えっと……何時から?」

「うーん、マシュが美味しいって言ってた時からかな?」

「あの、ちなみにその時私が居た場所は?」

「もっちろん知ってるわ!……ねぇ楽しかった?机の下で他の女の子の足眺めるの」

 

あ、これ私知ってる。

上告無しの一発死刑(ギルティ)だ。

 

ぐわしと、その細腕からはちっとも分からないほどの力でオリオンを掴むアルテミス。

ワタがー!どっちの意味でもワタがー!と叫ぶオリオンを無視してアルテミスはこちらに声をかけてくる。

 

「四人ともごめんねー、お茶の時間の邪魔しちゃって」

「いいよ、こっちこそ誘ってなくてごめんね」

「気にしなくていいの!私とダーリンもレイシフトから帰ってくるのもう少し後だと思ってたから」

 

はいこれ今日見つけた素材のリストねーと言って立香に手渡しているその様子は片腕で泡を飛ばしながら悲鳴を上げているオリオンの姿がなければきっと理想的な職場の風景なのではないだろうか。

ちなみにマシュはジャックにオリオンの醜態を見せないようにその手で両目を塞いでいる。

うん、良いお姉さんだ。

そこら辺の機微が聡いというか逞しいというか、最初に会った頃より随分と変わった風に思う。

それが立香やカルデアのみんな、そして彼女はまだ知らないどっかの誰かさんの影響だと思うとやっぱり嬉しい。

でもあのロクデナシ騎士のように誰かれ構わず、しかも人妻や未亡人だとなおよしとか言っちゃう、粉をかけるプレイボーイならぬプレイガールになるのだけは勘弁だ。

 

私は手に持ったスコーンを詰めた袋を差し出しながら談笑しているアルテミスに声をかける。

 

「素材回収お疲れ様、甘い物はいかが?」

「ありがとー!後でダーリン搾り尽くしてから食べるね」

「待ってッ!搾るってどこを!?っていうか何をッ!?」

 

そんなオリオンの悲鳴を無視しながら私たちに別れを告げて女神様達は去っていった。

うん、良き哉良き哉。

偶には夫婦で喧嘩もするのが長続きの秘訣。

きっとそれは愉しく弄ばれてくることだろう。

二人を見送り、皿をはしたないが少しだけ引き摺るようにして音を立てながら元あった場所に戻す。

さあお茶会を再開するとしよう。

 

「今すごい勢いで食堂の空調が稼働したんだけど何があったんだい!?」

 

と思ったらこれまたすごい勢いで血相を変えたドクターが入ってきた。

後ろではやれやれといった表情でレオナルドが笑ってついてきている。

うん、元々職員全員分は焼いたのだ。

先程の冷気で粗熱もとれたようだし、

 

「そんなことより、少しお茶にしようと思うのだけれど一緒にいかがかしらご両人?」

 

さあ王妃の歓待、とくとご覧あれってね。

 

 

 

 

 

 

「礼装の方の調子はどうだい?立香」

「全然だめー」

 

紅茶を優雅に飲みながらそう尋ねたレオナルドにぐだーっとだらしなくテーブルに突っ伏した立香が答える。その手に持っているのは本日通算十七枚目、倉庫にある分も数えれば五十枚は降らないであろう数を誇る、倉庫の肥やし(低等級礼装)の内の一枚、『頑強』君だ。

 

「またそれかぁ、まあ立香ちゃんと相性よさそうだしねぇ」

「壊れるなぁ?」

「へ?」

「……ごめん、今の聞かなかったことにして」

 

ロマニの返事を聞いて立香は何故か耳まで真っ赤にして変な呻きを挙げているが、気にしないでおこう。

 

「にしても本当上手くいかないわねぇ、マスター適正は高いくせにどうしてこうも魔術の素養に欠けちゃうのかしら」

「そこは君や我々で何とか補えるが、やはり概念礼装(これ)ばかりはね。今のうちに作り方だけでも覚えておかないと、レイシフト先で入用になることも多いだろうしね」

 

概念礼装(Craft Essence)

一般的によく知られていて私が纏うドレスや立香達が身にしている衣服のような魔術礼装(Mystic Code)とは少し異なる。

単純な魔術師の杖としての機能を主とする魔術礼装、それに対してより限定的な概念を再現する機能を持つのが概念礼装だ。

例えば私のドレスは単純な魔術行使を増幅・強化する機能を持った『補助礼装』。

立香の纏う制服は三種類の高度な魔術理論を編み込んだ科学的に特殊な繊維で縫い紡がれた『限定礼装』。

そう言ったものとは違い、概念礼装はどちらかと言えば概念武装や宝具に近しいものだ。

 

概念。

時にそれは人物であり、物体であり、無形であり、空間であり、国家であり、知識であり、はたまた愛しい記憶やあり得たかもしれない可能性まで、それこそ本当にありとあらゆる物事が宿した積み重ねてきた時間・歴史・記憶に宿った神秘の総称。

取り合えず概念ねわかるわ、と言っておけば三流魔術師ぐらいは気取れるのではないだろうか。

気取った瞬間論破されて、嘲笑されること請け合いだが。

とかくまあ、非常に多岐に分かれ奥が深く、それこそ人ひとりの一生では余程の天才や逸脱者でもなければ真に迫った解答なんて得られない、それぐらい魔術師としてはデリケートな単語なわけだ。

若しかすると「」にも通ずるかもしれないが、それはさておき。

 

とにかくそんなとんでもないモノが『概念』なわけだが、それを物質的に表出化させて身に纏えるようにするだなんていう、控えめに言っても頭の可笑しい術理が『概念礼装』なのだ。

勿論、これまでも似たようなものがなかったわけではない。

よく似た名前の概念武装や宝具だって元をただせば同じような物だ。

前者は言わずもがな、触媒となる物質に宿っている『概念』に最適な形を与えて魔術的な行使を可能とした礼装なわけだし、後者に至っては英霊が成した功績・奇跡がそのまま強力無比な神秘を宿した『概念』の結晶となっている。

 

「まあでも、こんな術式を昨日まで魔術のまの字も知らなかった子どもが仮にとは言え概念の抽出に成功させているんだ。うん、発案しておいてなんだけどやっぱり私って天才じゃないかな」

「せめて疑問形ぐらいつけなさいよ」

 

だが概念礼装は違う。

事象記録電脳魔・ラプラスと霊子演算装置・トリスメギストス。

カルデアが誇る星の本棚とも言うべきこの演算装置を通して作成されるその礼装は、この地球上であり得たかもしれない可能性を含めたあらゆる歴史から複写・摘出した()()()()()()を物質化したものだ。

正直言って話を聞いた時には阿呆かと思ったし、魔術舐めんなと発狂しそうにもなった物だ。

だってそうでしょ、疑似的とはいえ平行世界にまで裾野を広げた幾千年以上の歴史の中からほとんど手探りで目当ての強力な概念を引き当てるなんて正気の沙汰じゃないもの。

例えるなら、広い砂浜から十年前に自分がほんの一瞬見た砂粒を一つだけみつけるようなものだ。

 

「だけど概念礼装の抽出が難しいのは言うまでもない。立香ちゃんはよく頑張ってくれてるよ」

「そうです!本当に先輩はすごいと思います。わたしも頑張らなくては!」

「どくたぁー、ましゅぅー」

「はいはい、そこ甘やかさないの。幾ら難しいって言ったって戦力増強のためにはある程度等級の高い礼装が必要なんだから」

「くそー、BBAめ」

「おいこら何度目だ、ぶっ飛ばすわよ」

 

そんな途方もない魔術を行使する理由はいたって簡単。

戦力の増強、それに尽きる。

物質化した概念はそれこそ低等級の物であっても只人の手には負えないほど強力な礼装だ。

何せ、形こそカードの体を成しているが、実態は剥き出しの『概念』その物とも言えるのだから。

だからこそ使用するのはサーヴァント達になる。

物によっては宝具にすら匹敵するほどの強力な神秘を帯びたそれは、ただ持つだけで霊基を強化し、それぞれが内包する『概念』によって様々な効果を授けてくれる。

 

幾らカルデアからのバックアップがあっても立香自身がまだ能力的に未熟な今、あまり大多数のサーヴァントを現地で召喚・使役することは敵わない。

直接契約しているマシュや私、それから等級自体がそもそも無いだなんていうイレギュラー極まりない桜ちゃんを除けば、特に等級の高いジャックやオリオン達なんかを同時使役するのは前回のオルレアンの決戦の時のように()()()()()なんていう立香の肉体的負担とカルデアの消費電力を完全に度外視する状況でもなければ出来ないわけだ。

 

現時点でこれ以上サーヴァントを増やすのではなく、今いる戦力を強化するという結論に至るのも自明の理ってやつね。

いやまあ、とんでもなく楽ではないことなのだが。

地球規模のガチャガチャと言ったところだろうかなんて遠い昔に自分もしたような気がする玩具を思い受べていると、ぐだったまま立香が呻く。

 

「うぅ、そんな簡単に最高等級礼装(SRレア)なんて手に入るわけないじゃん……召喚ルーム使わせてよぉ、そしたら星3ぐらいすぐに手に入るからぁ」

「文句言わないの、私教えたでしょ?普遍的な概念を示す低等級じゃなくて、偉大な先人や術式が刻まれた高等級の礼装じゃなきゃこの先は厳しいって。大体レイシフト先じゃあ大がかりな召喚陣を敷けないかもしれないでしょ?今みたいに簡易的な召喚陣で練習しとかないと、痛い目見るの私よ」

「ならいいじゃん」

「100倍にして返してやるわよ」

「くそー」

 

まあでも裏技がないわけでもない。

実際に立香の言っている通り、召喚場で概念の抽出を行えばトリスメギストスのサポートを万全に受けられる。

だからまあ低等級の、つまりごく一般的で普遍的な『概念』を弾いて表裏の知名度を問わず歴史(人理)にその足跡を残した格の高い偉人の神秘を抽出できる確率も増えるのだが。

それはそれ。

いつでもカルデアのサポートがあるとは限らない。

前回も現に魔力供給がほぼ断たれた状況での戦闘だったのだ。

念には念を入れて、今しているように自分で簡易術式を刻んで抽出する必要があるのだ。

うん実にスパルタ。

たまには不便にも慣れておかないといけない。

人間、楽をしすぎると心が腐るっていうものなのよ。

 

「……まあでも、カルデアのバックアップも凄いけど低等級でも概念の抽出なんていうことしてるのは十分評価に値することね。才能、は別としても筋は悪くないんだから頑張んなさい。……きっと貴女なら出来るでしょうから」

「マシュッ!ジャックッ!ギネヴィアがデレたッ!!」

「言うに事欠いてそれか!」

 

人前だから結構頑張って褒めたのに!

何だか嫌に耳が熱い。

糞、疑似皮膚感覚も切っとくべきだった。

そう思っているとドクター達も口々に言いだす。

 

「僕たちに甘やかすなと言っておいて、自分は飴を差し出す。うーん、流石は稀代の悪女だなぁ」

「いいかい、マシュ、ジャック。ああ言うのがツンデレ、しかも割とメンヘラ入ってる最悪のパターンだ。間違ってもああなっちゃ駄目だぞ」

「……ああなんだか私の中の霊基が騒いでます。正確に言うと『王妃、あざとい。さすが王妃』とかなんとかだと」

「おかあさん、もっとマスター(お姉ちゃん)のこと褒めてあげてね」

「ぐぅ!」

 

ぐ、ぐうの音は出っちゃったけど反論できない。

ちくしょう、だいぶ悔しいわ、私。

でも負けない。

ふれーふれーギネヴィア、がんばれがんばれギネヴィア。

……駄目だ、心折れそう。

 

「良いもん、お話ししないで一人で情報端末突っつくから」

「見給え諸君、あれが世でいう構ってちゃんだ。流行らない上に同性に敵を作るので多用せず、もし見かけたら『嗚呼、この人はきっと友達少ないんだろうな』と思い給え」

「「「はーい」」」

「はい……」

「レオナルドォッ!!あと同意しないでマシュぅっ!」

 

そんな感じで鍛錬は進まず、されど会話は進む。

今日もオリオンと士郎君の悲鳴をBGMに優雅なお茶会を楽しむ。

迫る第二特異点へのレイシフト。

燻る様に残る憎悪と、纏わりつく後悔から目を逸らすように。

今だけは、この時間を私は楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦火でさえも息を潜めて眠る夜更けがあった。

帳は堕ち、世界は闇に沈んだそんな夜。

そんな世界に男はいた。

篝火が僅かに灯る()()()()()の上。

巨木のような逞しさと抱擁を思わせる偉丈夫。

褐色の肌とその下に内包されたしなやかで屈強な筋肉は正しく天上の美、神々からの授かり物。

神話の英雄。

否、彼こそが神話を終わらせた者。

人の世を見極め、人が人として独り立ちすることを良しとした裁定者の一人にして、生きたまま神の位階へと辿り着いた神代最後とも言うべき神霊。

大帝国の礎を築きし者。

 

名をロムルス。

 

その男は何をするわけでもなく、ただ静かに宙を見上げ続ける。

そこにある星々をその瞳に移し、何時間もただ老木の様に其処に在り続けていた。

 

「何を見ておられるのですかな?我らが神祖殿」

 

どれほど経ったか、ふいに大樹へと声をかける男が訪れた。

その体躯、大樹に負けず劣らず壮健な様。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

芳醇な葡萄酒の香りの様に漂う王者の風格(カリスマ)も合わさり、戦士としても、そして将としても一流なのが窺えた。

 

それもその筈。

彼こそが皇帝の代名詞。

その名を冠すことは没してなおもなかったが、それでも誰もが知りうる圧倒的な知名度。

ローマ帝国が誇る智将にして良き施政者、そして愛多き男。

 

名をカエサル。

 

声をかけてきたカエサルに対して、目線を向けたロムルスは何をするでもなく、ただゆっくりとその姿を見る。

それは裁定者として、法なき時代に人が人を裁くこと許された超越者としての瞳。

()()()()()()()()()()()()()

 

ただ人であるならばその視線だけで呼吸すら儘ならないだろうが、此処にいるのは歴戦の名将。

春風が凪いだようにロムルスの愛をしかと受け止め、微笑みを返す。

その様子に満足したのだろうか。

ロムルスは頷く。

 

それをどう受け取ったのかその胸中を語らず、されど返礼の様に、降りた許可のままに献策をする軍師のように、カエサルは口を開いた。

 

「我らがこの地に降り立ちあの宮廷魔術師、失礼、今はもう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。元宮廷魔術師から受けた言葉通りに新たなローマ(連合帝国)を築いて一月ほど。聖杯は我らの手中を離れることもなく、既にセプテムは陥落。薔薇の皇帝こそ逃したものの、あの者が史実よりも早く落陽を迎える日もそう遠くはありますまい」

 

それは事実。

覆しがたい、この時代本来の皇帝の敗北と歴史に名を残し人理にその名を刻んだ英雄たる彼らの勝利を示す言葉に他ならない。

言葉は続く。

 

「勝利は必定。見る必要もなければ、そこに至るが為に御身に来て頂く必要もなし。あちらが残すサーヴァントは手負いの暗殺者と勝利の女王、そして業腹ながら我が策をも上回って見せた古き王とその軍師のみ」

 

僅か四騎。

無論彼らを侮ることは皇帝たちにない。

嘗て全てを統べた異国の皇帝の首を落とさんとあと一歩の域まで踏み入った計算高き暗殺者。

復讐に燃え、それでも清廉なる女王の風格を残し今は民を守るために怨敵とすら手を取る気高い騎兵。

最果ての海を目指し数多の勇者、数多の国家を背負い民に夢を見せ続けた奔放にして偉大なる大王。

その彼を支えるは、遠く東方で語り継がれる大軍師の魂を宿した若くとも老獪な魔術師。

 

そして彼女がいる。

 

暴君と罵られ暗愚と貶められた哀しき皇帝。

なれど民へ向ける愛は真紅の薔薇が如く苛烈で誠実。

剣の才は冴え渡り、一流に及ばずとも数多の武芸・芸術に精通する一輪の大華。

麗しき者。

勇ましき獅子すら屈服させた、ローマ帝国第五代皇帝。

 

名を、

 

「ネロ・クラウディウス。確かにあの者の潜在能力は脅威でしょう。残す英霊たちも皆万夫不当。ですが我々の盤面に敗北の言葉はなく。我らは言わずもがな、麗しくも賢き我が愛しき妻、不死の騎兵を束ねる暴風王、堅き城壁よりもなお屈強な炎門の守護者、大陸を蹂躙した軍神(マルス)の申し子、そして」

 

指折り数えられるのは、彼女たちにとっての絶望。

誰も彼もが圧倒的であり、そして滅びかけたローマ帝国のサーヴァント達と異なり聖杯によって万全の状態を維持している大英雄たち。

 

その彼らの末席を彩る者。

最後に唱えられる者の名を口にしようとして、カエサルはほんの少し躊躇いを見せる様にして口を閉ざした。

彼の生前を、そして普段の日常を知る者ならば驚きのあまりそれこそ口を閉ざすだろう。

あのガイウス・ユリウス・カエサルが、口を閉ざすとは何事かと。

 

結局カエサルの口から出たのは、彼自身の内に残る蟠りであった。

 

「何故、何故なのですか、我らが神祖よ。偉大なる人、神代の終わりを告げた裁定者。何故、貴方はこれ程の力を必要とされるのか。何故()()()()()()()()()()()()()

 

分からない、そう美貌を歪め恥じる様にカエサルは呻く。

分からないのだ。

これ程の戦力を揃え、本当の意味で特異点を破壊しようとする男の考えが。

 

これが浅ましい反英雄にもなれないような愚か者であればまだ納得できた。

理想を振りかざし狂信者のように災厄を齎す破壊者であっても理解はできる。

その身を汚染され嘗ての理想も正義も愛すらも忘れてしまったのであれば、とうの昔に離反したことだろう。

 

だがカエサルの前にいるのはそのどちらでもない。

偉大なる先達。

人の身でありながら神の位階へと辿り着いた大英雄。

己の故郷を造り上げた、文字通り国造りの大権能を有するやも知れぬほどの存在。

何よりロムルスが神と成った際に手にした名は民衆の守護者(クィリヌス)

 

愛する人理(ローマ)を守ることがあっても、本気で破壊しようとするはず等あり得るはずもないのだ。

 

だが現実は違う。

 

「何故御身はその身にすべては我が愛に通ずる(第二の宝具)神の血(神性)を持って現界されたのか。どうか非才なるこの私に答えを与えて戴きたい、国造りの神祖、偉大なる民衆の守護者(クィリヌス)よ。どうして、」

 

 

―――あの羅刹を召喚されたのですか?

 

 

 

暫し、沈黙が流れた。

愛を以って悲痛に人理を崩壊させる手助けをせんとする己が主に問う、後進にロムルスは星空を見上げながら答えた。

 

「我が子、カエサルよ。見よ、星の廻りが変わる。星見の者達が人理を修復せんとなけなしの、されど掛け値なしの愛と希望(ローマ)を持ってこの地に訪れるのだろう。それは幸い(ローマ)であり正義(ローマ)である」

 

それは是より来訪する者達の事。

この最果てにおいてなお足掻き続ける人々の事。

 

「我らの所業は正義(ローマ)に非ず。されど我らはまた正義(ローマ)である」

 

故に、自分たちは間違っている。

足掻き、そして理不尽な別れを告げた世界を取り戻すため、正しい歴史を再び歩むために果てなき戦いに挑む彼らこそが正義だと告げる。

その上で間違っていないのだと、これが最善なのだとロムルスは宣言する。

言い訳のように己に言い聞かせる軟弱な言葉などでは到底ない。

元よりロムルスと言う男にそんな情けない思考回路は備わっていない。

徹頭徹尾、魂の芯からの英傑。

故にこそ、今、そしてこれから告げる言葉は全て事実なのだ。

 

「我が父マルスの星が強く輝いている。愛すべき世界(ローマ)を喰らわんとする愚かな戦いがこれより始まったのだ」

 

ロムルスは己が父である軍神(マルス)の居城ともそれそのものとも称され敬われてきた星を指さす。

その輝きは夜を騒がぬよう仄かに燃える篝火など比べることすら許されぬほど強く、強く輝いている。

古く火星は争いを指し示す凶星とされた。

その星が今、未だかつてない程眩く輝く。

 

「聞け、我が子(ローマ)よ。我が血肉、我が同胞、我が愛する者(ローマ)よ。是より我らは試金石となって彼らを見極めねばならぬ。正義を、愛を、希望を、理想を、夢を、恋を、あれ為る者達の背負うモノ(ローマ)がこの先の戦いで決して吹き飛ばされないよう。決して犯されることがなきよう」

 

祈るよう、愛するよう。

ロムルスの言葉は大海が如く何処までも夜の世界に溢れていく。

それは正しく父の愛。

 

「この世界に芽吹いてしまった愛欲と恋慕と無知の暴威によって最後の希望(ローマ)が失われぬために。我らは高き城壁と成らねばいけないのだ」

 

そう言って言葉を切り、ロムルスは再びカエサルを見る。

その瞳の色は憂いであった。

 

「そして知れ、我が子(ローマ)カエサルよ。この身は見極めねばならぬ」

 

知れと、そう告げたその身の内は分からずとも、この言葉こそがカエサルの欲した答えなのだと悟る。

 

それは真実であり、虚構であり、欲望であった。

 

「人形がこの地に来る。閉じた箱庭から逃れた愚かな乙女、哀れな人形、悲しき幼子だ。その姿は地を這う蚯蚓によく似ている。知り、そしてこの言葉を刻め。あれは(ローマ)であって(ローマ)に非ず。だからこそ私だけでなく()()()が必要なのだ」

 

その言葉は真理であり、虚飾であり、希望であった。

 

「知らねばならんのだ。七つの門を下りて降り立ったあのモノが何者になるのか、その在り方を、その結末を、その終演を。すべて、すべて我らの道(ローマ)希望(ローマ)に通ずる。だからこそアレを人間(ローマ)ではないと私はこの神に近き身を以てしてもまだ断言できぬ。故にこそ私は見極めねばならぬ。ただの機械仕掛けの泥人形と成り果てるのか、それとも真に人として愛する何かを得て(ローマ)として在り続けるのか。若しくは既に結末を迎えたのかを」

 

それきり、ロムルスは言葉を閉ざした。

カエサルにはその言葉の真実の意味を、ロムルスの胸中を完璧に推し量ることはできないでいた。

 

星が流れる。

その輝きは凶星よりも静かで、大気の中で燃え尽きる儚いもの。

それがまるでこの世界そのものの結末を暗示させるようで、カエサルは未だ胸のしこりを取れないまま、神祖の隣に立ち並ぶほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで第二特異点は神祖ロムルス(神性所持各種ステ・スキルアップ仕様)と愉快な仲間たち(うち一人は冬木市民マラソン大炎上モードダイエット仕様)でお送りします。

カリュドーンさんみたいなほぼ完全なオリ敵はいないので安心ですよ!
彼は出すけども


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純白の花嫁(質量兵器MIMIZU)

遅くなって申し訳ないです。
今回は長い上に1000字目から2200字目ぐらいまでに若干のグロテスクな描写がありますのでご注意ください


目覚めが怖くて、眠れなかった。

 

 

 

サーヴァントに、睡眠なんて高尚な機能は必要ない。

けれど、どうにも召喚に不備でもあったのか、自分の身体はある程度の睡眠と魔力供給だけでなく食事による栄養の摂取を欲してしまう。

否。

そもそも本当に死んで英霊になったのか、そもそも自分はまだ生きてるのか。

それすら分からないあやふやで中途半端な身の上なのだ。

不備があろうとなかろうと、結局こうなっていたように思う。

 

第一、朧気ながらも自分はかつて立香の生まれた小さな島国で生きていたという()()がある。

その時だってどうやって生きてどうして死んだのかなんて覚えていない。

だから同じ。

一度あったのだ、転生なんて言う馬鹿げたことが。

現代に生きた人間が五世紀の王妃になるなんてことが。

だったらそんな中途半端な、世界の理から外れた人間擬き(転生したナニカ)がまたもう一度生き返って、いいえ亡霊になるのだってあり得なくない。

 

不備ではなくこれが正しいのだろう。

誰もが一度しかない人生を踏みにじって嘲笑う気色の悪い化け物みたいな私が、中途半端に生きている人間の真似事をしなくちゃ体が壊れるなんて気の利いたブラックジョークなわけで。

 

 

 

だから否応なしに眠ってしまい、結局、最悪の目覚めで起きることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼アアアアアアアァァァァァァァァッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

叫ぶ自分と叫ばざるを得ない自分が乖離するように存在して、何処かそれを俯瞰するように眺める自分もいて。

自分と言う存在がバラバラなのだと理解しながら、やはり悲鳴を上げるしかなかった。

 

声が聞こえる。

起きるといつも聞こえる。

いいえ、違う。

嘘はよくない。

だってママはわたしにそうやって教えてくれたもん。

 

そうね。

そうよ。

そうだとも。

 

起きてる間は必死に一生懸命生きている(サーヴァントの)ふりをして、逃げ出した現実から目を背けて。

そうやって耳を塞いでるから。

優しくて暖かい人たちと、かつて自分が夢見て、その癖自分から壊すことを善しとした『幸せ』に浸りながら。

死んでいった友も民も、一時だけだからと自分に噓をついてまで誤魔化して。

ずっと聞こえないふりをしているのだ。

 

 

 

『私は貴女のことを信じている』

 

それは約束。

あの人がローマ遠征に向かう前夜に交わした言葉。

 

 

『私たちを待っていてくれる』

 

それは信頼。

大切な人から送られた大事な大事な言葉。

 

 

『約束、守ってくれるのでしょう?』

 

それは愛情。

あの人との最後の思い出。

 

『私を』

 

私が

 

 

 

 

 

 

 

―――幸せにすると

 

 

 

 

―――踏みにじった裏切りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

待てなかった。

 

「……なさい」

 

待てなかった。

 

「…めんなさい」

 

待つことが、

 

「ごめんなさい」

 

出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」

 

待てなかった。

王の帰参を。

守れなかった。

王の宝物である民を。

自ら焼いた。

任された土地を。

自ら命じて無駄死にさせた。

騎士たちを。

 

待てなかったのだ。

 

私は、ギネヴィアは。

 

愛する人と約束した、再会を、踏みにじって、王妃の責任も騎士たちからの信頼も娘からの尊敬も民からの希望も、

 

「全部ッ、全ブッッ、ゼンブッッッ!!!」

 

王からの愛からすら裏切って、勝手に一人で()()()()()()()()()()

 

「嗚呼ああああァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

責任があった。

信頼があった。

尊敬が、希望が、そして愛情が。

そんな果たすべき、背負うべき重圧をあの蛮族に立ち向かう誰もが背負って膝をつかぬよう必死に前を見据えていた戦場から。

何の役にも立てないまま、一人勝手にこの未来に逃げ込んだのだ。

 

「グゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!」

 

死ね。

死ねっ。

死ねッ!

 

死んでしまえ。

 

喉の奥から潰れた蛙の断末魔が漏れる。

肺の奥から出鱈目な呼吸に悲鳴を上げて、その癖これで罰を受けれると喜ぶ自分がいて。

 

「ゲエェェェェェッッッ!!!」

 

まず眼を潰した。

 

誰の所為なのか。

死んだからか。

それとも生きたまま誰かの意思で送り込まれたのか。

それは定かではないけれど、たった一つの事実がある。

 

 

 

私はあの戦場から逃げ出した。

 

 

 

なら、誰が何で如何であっても、どんな理由があっても関係がない。

逃げた、裏切り者なのだ。

 

 

痛い。

でもまだ王の言葉が脳を駆けている。

 

体中を掻き毟ってその言葉から逃げ出そうとする。

それでも出て行ってくれるのは霊子で作られた仮初の血液だけ。

 

「フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」

 

ぶちっと鈍い音に続いてがんと骨に纏わりついた神経を通して鈍い音が聞こえて。

その音に傾けように王の言葉は止むことがなく。

結局もっと痛みを求めて、右腕の指、五本ともを喰い千切った。

 

「痛いのッ!!!なんでッ!?どうして!?どうすればいいの!?もっとなの!?わかった!わかった!分かったからアッッ!!」

 

もっと傷ついて。

もっと苦しんで。

もっと。

もっとっ。

もっとッ!

 

傷んで苦しんで傷ついて悲しんで儚んで恨んで憎悪して後悔して憐憫して貶して汚れて犯して染めて侵して穢して唾棄して千切って砕いて襤褸衣にして吐き捨てられて傷つかなくちゃッ。

 

皮を引き裂き、鈍い音をたてながら水が飛び散る不快な赤で彩って肉を打つ。

何度も。

何度も。

何度も。

爪を剥いで。

胸を削いで。

喉を引きちぎって。

皮を引っ掻き回して。

指を力の限り捻じ曲げて。

 

嗚呼、そうでもしなければ、私の罪は終わらない、終われない。

 

そうやって今日もこのカルデアに来てからの朝の通過儀礼になってしまった自傷行為を行う。

終わり(贖罪)は見えない。

虚しさすら浮かばない。

自分自身を許すなんて言う機能もない。

ただ、ただ、声なき誰かから罰を受けているのだとそう思い込むことで今日も無意味に罪の海を泳いでいく。

 

それが私の現実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど『そうして』いたのだろうか。

二度目の覚醒にも似た感触を得た。

ぱさりと誰かがタオルをかけてくれる。

誰かだなんて分かっている。

 

この部屋は空っぽだ。

魔術工房としての機能だって最低限。

それこそ立香が手に入れた一時的に魔力を増幅させる概念礼装(龍脈)をしこたま仕込んでこんな風に身体がぼろぼろになったときに一日一度だけ回復できる機能、そして心配性のドクター達からの観測を欺瞞する術式しかない。

それでも工房で乙女の部屋だ。

私の許可なく入り込める鼠なんて要る筈がない。

だからいるのは同居人でたった一人の同郷の仲間、大切な子どもだけ。

 

きっと()()()私の自傷行為で汚れ続ける部屋を丁寧にふき取り感情と共に溢れる魔力の余波で己の身体が傷つくことも厭わず掃除に勤しんでくれていたのだろう。

 

「……ありがとう、次郎丸」

Fooooooo(ええんやで、母ちゃん)

 

自分で感謝の言葉を言って、漸く我を思い出す。

タオルを被せてくれたのはきっと処刑場の様になった部屋の惨状を見せないためと、顔の皮どころか骨もぐちゃぐちゃになっている自分の姿を部屋にある姿見に映させないため。

相変わらず気の利くいい子だ。

本当に、自分なんかには勿体ない。

 

「……ほんと、やんなっちゃうわ」

 

紅くなった指先で虚空に文字を書く。

魔力と神秘で意味を増幅した文字。

北欧から伝わって、ちょうど私たちの代ぐらいで流行った魔術言語。

神代において自らの瞳を捧げ至宝の英知を授かったとされる高き者(ハーヴァマール)、彼の神の紡ぐ言葉(原初のルーン)に比べるには片腹大激痛請負無しの劣化品。

後世でアングロサクソンルーンと呼ばれるそんなものの原型。

とはいえ、便利なのだ。

何せ文字を刻むだけで効果がすぐ出るのだから。

 

期待した効果は『龍脈』の恩恵を受けてすぐに発揮した。

刻んだのは魔力を循環・吸収し再生を促すための『収穫(jara)』『(lagu)』『(yr)』、そして『野牛(ur)』の四つ。

 

別になんてことはない。

完全無欠、華麗で美麗、麗しの魔法少女系人妻ギネヴィアちゃんがいつも通り戻ってきた、ただそれだけ。

要するに仮初の肉体と第三再臨で喪服の様に黒く染まったワンピースを再生させた、ただそれだけの話なのだ。

 

「……次郎丸、あとはお願いね」

Foo(おー)

 

とはいえ治ったのは自分の身体だけ。

血と肉片に塗れそう多くはない家具が暴走した魔力の余波でしっちゃかめっちゃかになった自室。

その片づけを頼み、重い足取りで扉へと進む。

きっと立香たちがお腹を空かせて朝ご飯を待っている。

徹夜明けで碌に食事も喉を通らない程疲れたスタッフが英国風粥(ポリッジ)を待っている。

何よりここを出たら、何時ものように完全無欠のギネヴィアちゃんであらねばならない。

もう弱いところは見せられない。

私はサーヴァントだ。

弱くて情けない、直ぐ負ける雑魚だが。

それでも今立香たちは私を頼り信頼してくれる。

なら杖として信頼に応えなくては。

 

もう二度と、逃げてはいけない。

 

こんどこの信頼を裏切ったのなら。

 

きっと自分は、何モノでもなくなってしまうのだから。

 

そう改めて自己を認識して、扉を開く。

その光景を何時か何処かで見たような気がして、だからだろうか。

そんな■れた記憶(デジャブ)が頭に描かれたから。

 

聞き覚えがないはずの、聞きなれた小憎たらしい誰かさんの声が、自分の内から響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

―――完全無欠、ねぇ。随分と()()()()()、君は

 

 

 

けれど、その言葉は。

 

 

 

―――()()がいなくては()()は何も出来なかったというのに……ああすまないね、もうそんな事は忘れてしまったんだったか

 

 

私の頭に残ってくれる筈もなくて。

 

 

 

―――そうだろう?■■■…

 

 

 

すぐに忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけでブリーフィングね」

「誰に向かって言ってるのですか、ギネヴィア」

「さあ?」

 

ただの現状把握だ。

どうにも最近数分前のことも随分と遠い昔のことに思えて仕方がない。

ぴしりと嫌な幻聴がする。

前回の戦闘で疑似霊核が壊れてからというものちょっと調子が悪い。

どうしたものか。

 

まあいっか。

別に、そんなことどうだっていいのだから。

 

というわけも糞もないのだけれど、今は第二特異点に向けてのブリーフィングの真っ最中。

 

サーヴァントも素材回収に出てるオリオン達を除いてみんないる。

流石は狩りの女神とその女神に認められた至高の狩人。

私たちより遥かに効率よく獲物を追い込んで、素材や食料を確保してくれる。

 

勿論今回のレイシフトには最後の詰め以外は基本的に参加しないことが決まっている士郎君と桜ちゃんもいる。

当然のことだ。

何せ彼らは疑似サーヴァント。

マシュ同様、生きた人間なのだ。

下手に傷つけば死んでしまう。

以前までは戦力の乏しさから酷使してしまったが、今はそれなりに戦力も整った。

同時運用を考えると常時出れるのは魔力負担の軽い私とメドゥーサ、そして聖杯そのものに適性を持ち立香と直接契約してるために戦場に出ざる負えないマシュだけだが、それでも十分すぎる。

 

そんなわけで皆揃って立香と共にドクター達から今回の説明を受けている。

 

「今回のレイシフトについてだけど前回同様存在している筈の聖杯の正確な位置情報は不明。歴史に対する変化も現状こちらからは観測できていない。すまない、あの爆破による観測機自体の機能不全と実証データの不足からまだ観測精度が安定しないんだ」

「私や技術スタッフ、それからギネヴィアたちの力を借りてかなり復旧も進んだんだがね、それこそレフ・ライノールに爆破された直後と比較しても七割近くは補修が完了している。それでも残念なことに、うん、この万能の天才たる私がこう言うのは非っ常に遺憾なのだけれどこれが今できる精一杯の観測なんだよ。まあ全部レフってやつの仕業なんだ、うんうん、すまないね」

 

そう言うレオナルドの言葉に小さく、立香が反応する。

 

「レフ……」

「ああそうだ、今回の人理焼却という前代未聞の惨劇の黒幕候補だ。君たちの作戦の趣旨は前回同様だ。特異点の調査及び修正、そして聖杯の入手、若しくは破壊。そしてこの特異点が生じた原因の調査、つまりは今回の件に大きく関わっているだろうレフ・ライノールの探索だ」

「とはいえ我々も最大限バックアップすることを約束しよう。だから後事は我々カルデアのスタッフに任せて君は存分に指揮を振るってくればいいのさ。……さて話は変わるが今回のレイシフト先である古代ローマが人類史においてどういった意味を持っているのか、立香君、君に改めてレクチャーしておくとしよう」

 

そう言ったレオナルドがこちらに視線を向ける。

……いやアンタが言い出しっぺなんだから自分で話しなさいよ。

 

みたいな目線を向けるが、レオナルドは無視してこちらにパスを渡す。

 

「幸い此処には古代ローマと縁深い英雄が一人いる……というわけで頼むよ、ギネヴィア」

「うげぇ」

 

くっそ、よりにもよって私に振るのか。

うん、腹立つ。

ので、この特異点が解決したらレオナルドの三時のおやつは一回ぐらい抜きにしてやることにしよう。

 

そんな誓いを立てつつ、私はしぶしぶ口を開いた。

 

「……古代ローマっていうのはね「あ、ちょっと待って」はいはい、質問をどうぞ藤丸さん」

 

おおちょっと学校っぽいとかなんとか嬉しげにしながら、こちらが腰を抜かすことを立香は言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

「古代ローマって、そもそもどこ?」

 

 

 

 

 

 

 

空気が固まった。

 

「……へ?」

「古代ってついてるんだから今はローマって国なんだろうけど、ほら私日本史専攻だからさ」

 

知らないんだーってのほほんという娘を見て、いやな汗が流れる。

あれ、デジマ?

若しかしなくてもローマってそんなに知名度ないの?

思わず年長者面子と顔を見合わせるが黙って首を振ってる。

いや何とかしてよメドゥーサ。

っていうか何でブリーフィング中もいちゃついてるのよ士郎君。

あと桜ちゃ……桜さん。

その手に持ってるリモコンは何なんですか?

ギネヴィア分かんないや。

あ、いいの。

答えなくていいの、嬉々とした顔で口を開こうとしないで。

お願い黙って、お願いです、お願いします。

ただでさえ締まらないブリーフィングがこれ以上ぐだぐだな上にピンク色に染めたくないの。

 

いや、でも、うん。

うっそでしょ、私に講義させるのこれ?といった目線を向けるが、駄目だ、誰も目を合わせてくれない。

……仕方がない。

 

「……マシュ」

「……はい」

「取り合えず今回必要な分だけ伝えるから、詳しいことは後でみっちり教えてやって」

「……お任せください!必ず先輩のお役に立ってみせます!」

「え?なに、私ヒマラヤまで来て勉強するの!?折角試験ともセンターともおさらばしたのに!!」

 

ぎゃーと叫ぶ立香とよしよしと背伸びして慰めるジャック。

うん、かわいい。

かわいい……けど本気でちょっと心配になってきた。

この子、ちゃんと学校で勉強してたのかしら。

ところで試験は分かるけど、()()()()()()()()()()()

 

 

とはいえ、いつものぐだぐだな空気が流れ始めて、少しばかり緊張していた空気がいい感じにほぐれる。

本当、何というかこういうことが得意な娘だ。

本人は全く意識していないのだろうけど、陽の気というか、気質そのものが春先の太陽のように柔らかで温かい娘なのだ。

まったく、だからこそちょっとお馬鹿でも協力したくなって、そして主人としても仰ぎたくなるのだろう。

人徳、だろうか。

全くもって羨ましいことだ。

 

 

 

さて。

いい加減そろそろレクチャーを始めよう。

何せこれから語るのは真っ当な学校では教えてもらえない裏の歴史なのだから。

 

「取り合えずそうね、ローマは現代でいうイタリア、世界地図で見たら長靴の形をしてる国よ」

「ああ!サッカーとピザの国」

「……コメントは控えるわ」

「あれ?でもギネヴィアってイギリスの王妃様だったんでしょ?何でイタリアの歴史なんて知ってるの?」

 

あら、良いところ突くじゃない。

そう思うと傍に控えて桜ちゃんといちゃついてた士郎君が答えを言ってくれた。

 

「それはギネヴィアのいたブリテンの敵がローマ帝国だったからだ」

「え?だってイタリアでしょ?イギリスとイタリアじゃ遠すぎじゃん」

 

それも正解。

だから此処からは私が話さなくては。

 

「そうよ、だからさっきの話は半分だけ正解なの。あのね、これからレイシフトする、そして私達と戦った古代ローマ帝国はヨーロッパ全土を支配する巨大な大帝国だったのよ。それこそ今のフランスぐらいまで呑み込むほどのね。だから海を渡った小さな島国であるうちにちょっかいかけに来たり、逆にうちがちょっかい掛けたりもする仲だったの」

 

自分で言って嫌な仲なことだ。

 

「いい立香、古代ローマ帝国っていうのは文字通り大帝国であると同時に人類史に非常に大きな意味を持つ国でもあるの」

 

さあここからは気合を入れなくては。

指を振り、投影魔術で眼鏡と白衣を生み出す。

勿論士郎君のするあれとはちがってすぐに消える通常の投影だが、まあお遊びで雰囲気を出す分ならいいだろう。

眼鏡をかけて白衣を纏い、さてこれで少しは先生っぽくなったかしら?

 

「嘗て世界は神と人とが寄り添って生きることが常識だったの。神話っていうのはその頃の名残みたいなもの、物理法則は出鱈目であらゆる天災や逆に幸運も含めたあらゆる運命が神の手に束ねられていた時代、それを神代と言うわ。貴方たちがフランスで戦ったファブニールみたいな幻想種たちが跋扈し、神の血を引く英雄が当たり前のようにそれらを討つ時代。人は神の庇護下で時に弄ばれ、時に愛されながら生きていたの」

「この中だと私とオリオンがその時代の英雄になりますね。つまり神秘が濃く、有り体に言ってしまえば強力な英雄が多いのです」

「補足ありがとう、メドゥーサ。さて、そんなとんでもない時代を終わらせようとした英雄が人類史には幾人かいる。神の庇護下を離れ、神秘に支配された世界法則を誰もが知る物理法則へと移行させ、人が己の足で大地に立って歩いていくことを善しとした大英雄達が」

 

 

それこそが人類の本当の始まり。

生命体(Homo sapiens)としてではない。

自ら思考し運命をその手で切り開く権利と尊厳を有する存在としての始まりだ。

今から語るのはそんな始まりの一線を踏み越えるために私たちの背を押した偉人のこと。

 

「始まりは古代メソポタミア……って言って分かる?あ、その顔ぴんときてないわね、中東あたりだと思っておきなさい。その場所を治めた始まりの英雄、私たち英雄たちの全ての原典であり人の手で豊穣を齎し死をあるがままに受け入れた『英雄王ギルガメッシュ』。他にはギリシャ神話で神との約定を破って人に光と知恵を与えた『先立つ者プロメテウス』、それから原罪を背負って神の言葉のみを灯火に現世を生きることを伝えた『神の御子』、それ以降だと世界一周を成し遂げて私の国を含めて存在していた世界の果てという概念そのものを崩した『太陽を落とした女フランシス・ドレイク』、そういった人類が人類として現実を生きることを促した英雄達が人類史には存在しているの。つまり、神話の存在を含めた魔術師たちの言う『神秘』を駆逐した存在よ」

 

時に星の開拓者、時に星の裁定者。

呼び名は違い、行いの発端も経緯も結末も異なるけれど、その本質は同じ。

人の行く末、それを人間自身の手に委ねてくれた先達たちのことなのだ。

 

「そしてローマにも居た。それがローマ建国の父『ロムルス』。軍神の子であった彼はローマ建国した後忽然と姿を消したそうよ。それが彼の偉業。自ら作った国を神である自分が統治するのではなく、人の手に委ねたこと。そのことでローマは急速に神代や神秘と離れていき純粋な人間の手によって繁栄していったわ。つまり、」

 

一息入れ告げる。

 

「神話を終わらせて人間の力のみで大帝国を作った始まりの国、人類史における輝かしい歴史の先駆け、人類繁栄の象徴にして礎そのもの。神秘()に隷属するだけの人類が初めて純粋に自分の欲と手によって繁栄っていう現象を引き起こす土台を作った国、それがローマ帝国の正体よ」

 

言い切った。

うん、ちょっと満足。

 

まあとにかく、そんな凄い国を相手にしていたのだ。

そしてこれから相手をしに行くのだ。

いやあ本当、なんでこの旅路はこんなひどい難易度なのかしら。

 

しっかし改めて考えると、やっぱりあの馬鹿の存在は俄かに度し難い。

無論憐れむ気はない。

そんなことは彼と戦い散った名もなき騎士たちへの侮辱であり、憎き宿敵であっても偉大だと感銘を受けた自分への否定となり、何よりアイツはそんなこと全部承知で世界に喧嘩を打ったのだろうから。

だからこそ、世界は奴の、剣帝の存在を断じて許さなかったのだろう。

何せあれは、ローマ帝国そのものへの反存在(アンチテーゼ)なのだから。

 

「さて、これから行くのはそんな私たち人類が繫栄していくことができた土台を作った国、その国が隆盛を極めた時代よ。この特異点をしっかり修正しなけりゃ私たちが繫栄したって事実自体がひっくり返されかねないの」

「……うん、わかった」

「……すっごい目が泳いでるけど大丈夫?ねぇ、ちょっと、こっち見なさい。ねぇったら」

 

見ない。

……大丈夫かしら、今回のレイシフト。

今更思いもしなかったところから不安が沸いてきたのだけれど。

そう思っていると口元に笑みを浮かべてへにゃりとした顔でロマ二が助け舟を出してくれた。

 

「まあとにかく!ローマっていうのは凄い国、そして立香ちゃんはいつも通り修復してくればいい。それだけ覚えてくれればいいよ」

「おー!それなら分かる!」

 

それならってどういうことよ。

そう思ってるとレオナルドも茶々を入れる。

 

「まあロマンが締めてくれたことだし、ギネヴィアの面倒くさい講義は一旦置いておいて皆そろそろレイシフトの時間だぜ」

「じゃあなぁんで私に説明させるのよー」

 

ぶーぶー。

抗議の声を上げる。

勿論、他の面子はさらっと流して各々の持ち場に戻る。

 

私もレイシフトへと向かう立香たちを追いかけるが、そんな私の背にレオナルドが声をかけた。

 

「それはね、若しかしたら聞けるかと思ったのさ。アーサー王伝説、魔術世界では史実とされるその歴史に描かれた最大の矛盾」

 

 

 

―――滅亡寸前である筈の西ローマ帝国が何故健在であったのか、っていう史実との食い違いの答え合わせをね。

 

 

 

ああ、そんなことか。

でもまあ確かに、後世の人間からすれば不思議でしかない。

何せ未来の知識っていう眉唾極まりないものと曲がりなりにも魔術師を自負する私だからこそこの事実を知ってドン引きしたのだから。

思い出すのも忌々しいが、まあ仕方がない。

何時ものように答えるとしよう。

 

「貴女の些細で大きな疑問に答えましょうか。史実では大帝国の威光を失っている筈の五世紀のローマ帝国が何故騎士王率いる円卓と軍勢を以てしても敵わぬ悪役として物語に描かれたのか」

 

ため息を一つ吐く。

本当に、本当に。

どうしようもないぐらい反吐が出て、そして同じだけ王族という立場の自分は憧憬を抱かずにはいられない彼のことを思い浮かべながら。

 

「答えは簡単……立て直した馬鹿がいたのよ、傾きかけた国をたった一代で5つの大国を巻き込んだ連合国にまで仕立て上げて大陸全土を支配せんとした男が。その結果、人類史に英雄として名を刻むことを許されなかった哀れで強欲で傲慢、そして」

 

 

 

 

 

 

 

―――世界の全てを心底愛していた、ルキウス・ヒベリウスっていう馬鹿な皇帝がね。

 

 

 

 

 

 

それだけ言い切って、返答は聞かずにレイシフトをする立香たちの下へ行く。

話の続きはまた帰ってからでもすればいい。

どうせ、アイツは古代ローマ帝国だからといっている筈もない。

何せ英霊の座に登録されない、歴史の闇に消えた虚構の幻霊に、他ならぬ自分の決意を以て成り果てた、そんな男なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ところでセンターって何なの?」

「へ?知らないの、ギネヴィア?」

「大学に入るための一次試験のことですよ、ギネヴィアちゃん。私と士郎さんもそれはもう苦労しました」

 

遠い目をする桜ちゃんと士郎君の二人。

その気持ちはあまり『前』のことは覚えていない自分だが、何故か胸の内で叫ぶような感覚がある。

どうやら自分も苦労したようだ。

 

しかし、成程、()()()()()()()()

 

「なぁんだ、共通一次のことだったのね。それならそうと言って頂戴よ、冬木とか立香のいた土地だとそんな愛称付けて呼んでたの?」

 

そんな可愛げのある横文字なんて使わなくてもいいじゃないと脹れてみるがあんまり、というか全く想定してない返答が返ってきた。

 

「「「「……え?」」」」

 

再び空気が固まる。

 

え、何、私何か変なこと言ったの?

 

でもだぁれもそれに答えてくれないまま、さくさくとレイシフトが開始してしまった。

まったくもう、何だって言うのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼の前に広がるのは戦場だった。

古代ローマ帝国、そう聞いていたからきっと重装歩兵や騎兵がいるのだろうと内心見慣れた光景を思い浮かべていた。

忘れていた、ここは特異点。

人ならざる、否、人の域を超えた怪物(サーヴァント)によって蹂躙される場所。

ならその光景は当たり前だった。

 

「ロマン、あれ、なに?」

 

砂埃を挙げて、死を纏った兵士たちが寡兵を蹂躙している。

 

『こちらでの解析は済んだ。気を付けろ皆!あれは冬木で見た髑髏や竜牙兵とは格が違う。あれは宝具で召喚された死者の軍団だ!』

 

そう、死者の河が目の前に広がっていた。

翡翠色の火を掲げ生きとし生けるモノを喰らわんとする不死者の軍勢が嵐となって戦場に吹き荒れていた。

 

「……わかった。ならロマン!生存者探して!なるべく生きの良さそうな人のリストアップ!」

『ッ!……優先順位をつけて犠牲は少なく、か。ああもうッ!無茶言うようになったね立香ちゃん!勿論任せてくれ!』

『生命反応の基準値設定を下げろッ!相手は怪我してんのが当たり前だッ!こっちの人間基準にしても意味がねぇぞッ!』

『もうやってます!』

『観測データの切り替えと精度向上は済んだぞッ!』

『あざっす!フォルヴェッジぱいせん!』

『いいから手を動かせ、スガタっ!』

『ッ!?この反応は……』

「先輩!あの集団の中に!」

 

そんな一団に立ち向かう五十に満たない兵を率いる華がいた。

荒らしい筈の戦場。

蹂躙されている現状。

にもかかわらずその冴えは離れた場所から見る私達から見ても美しく麗しい。

 

真紅の薔薇がいた。

 

「ロマニ達はまだ時間かかりそうだし、だれが私たちの敵かなんて分からない状況。さて、如何してくれようかしら?ねえご主人様(マイマスター)

「決まってる、敵かどうかなんて今関係ないよ。こういうのはね、」

 

荒々しい筈の戦場。

 

「弱い者苛めしてる方が大抵は悪もんなんだよっ!行くよみんなッ!」

 

小気味いい。

 

「了解ですマスター!マシュ・キリエライトッ吶喊します!」

「では命も出たことですし、行くとしましょう。後ろ、任せますね」

 

そう言っていの一番に飛び込んでいくマシュとメドゥーサ。

さあ負けていられない。

 

戦場に大盾で殴りこんでいく二人の後方で、こちらに気配を飛ばしてくる随分と剛毅な猛者のそれを感じ取りながら剣を掲げる。

 

「いつも通り、代り映えしなくて悪いわね。こちとら士郎君と違って切れる手札もないもんですから」

 

魔力は十分。

さあ行こう。

 

燦然と輝く王剣(クラレント)ッ!しっかり働きなさい!」

 

がんと手に低く響く魔力の奔流。

それを受けて、私と立香を含めた自陣の仲間に強化が働く。

自陣の定義?

そんなもの、感性よ。

私が、というか立香が認めた相手なら少なくとも仲間。

だから当然それは今救出しようとしている寡兵たちにも効果は及ぶ。

 

見るからに動きが良くなる真紅の薔薇と彼女に率いられた兵士たち。

 

うん、上等。

さて二手目だ。

 

「行くよ、ギネヴィア!」

「もっちろん!さあ次郎丸、飛び込むわよ。久しぶりの戦場よ、今日は思いっきり喰い散らかしてきてやりなさいな!」

Fooooooooo!!(応さ!待ってましたッ!)

 

二人で飛び乗り、そのまま進軍の合図を出すとその柔軟で大きな体をぎゅっと発条のように縮こませてから、

 

Foooooooooooooo!!!(I can fly!!!)

 

思いっきり文字通り爆ぜる様にして戦場に飛び込む。

 

そのまま恵まれた質量を生かして後世の大砲の弾なんて目じゃない破壊力と地響きを叫びながら、敵の亡者をまとめて叩き潰す。

 

「なんとっ!そなた等カルデアはこんな愛らしい生き物まで飼っておったか!うむ、余好みの美少女に美女だけでなくここまで余の心を擽るラインナップを揃えるとは!そなた等が戦列に加わることを、このローマ帝国五代皇帝ネロ・クラウディウスがとくに許す!」

 

なんか後方からこんな戦場で聞こえちゃいけない重要人物の名前が聞こえた気がするが、とりあえず無視。

それに、どうやらいい感じにあっちの方からさっきの剛毅な気配が走ってきているようだし。

 

「マシュ!」

「はい先輩!失礼します!」

 

マシュに抱きかかえられて立香が真紅の薔薇の下へと連れられて行く。

取り合えず後ろのことは彼女たちに任せる。

もし本当にあの皇帝なら一体全体、何がどうなって女体化してるんだか。

……あ、うちの旦那もそうだったわ。

 

ま、いっか。

 

「そんなことより、暴れるわよ次郎丸。手綱は端から握るつもりはないから、貴方は前だけ向いて喰らい潰しなさい」

Foooooooo!(うっしゃー!)

 

その言葉と共に私を背に乗せたまま次郎丸は這いずりだす。

 

忘れてはいけない。

この子は幾ら格が落ちようと竜種。

それもただの蚯蚓から最上位の幻想種へと成りあがった、今で言うシンデレラストーリーの主人公みたいなものなのだ。

幾ら最下位(Eランク)だからといって舐めてかかってきてもらっては困る。

 

元より竜とは祀り、鎮めるもの。

土地の守護者にして大いなる自然の権化。

なら、その端くれたるとぐろ巻くみみず(ワームソイル・エンジン)とて、その力の一端は背負っている。

 

口を開き、亡者を呑み込む次郎丸。

当然敵もその手に持った槍や剣で咥内を突き刺し抵抗するが、元より宝具によって存在する魔力の塊(幻想)なのだ。

時間はかかろうと幾らでも吸収しきれる。

つまり呑み込んでしまえば、火力のある宝具や大魔術でもぶっ放さない限りこっちの勝ちだ。

 

勿論、敵は多数。

とは言え、敵を呑み込み、取りこぼした者はその巨体で捻り潰す。

焼け石に水程度でも三〇〇程度の敵なら何とでもなる。

 

潰し、喰らい、飲み干す。

 

勿論次郎丸任せでは終われない。

無尽蔵と思えるほど湧き出てくる死者の列は次郎丸を殺さんと群れを成して襲い掛かってくる。

なら露払いと行きましょう。

話術(スキル)、起動。

 

やけ(焦熱)もやせ(炎熱)はなてッ!(放熱ッ!)

 

嵐だというなら、その風に任せて燃やしてしまうとしよう。

露がうっとおしいなら蒸発させてしまいしょう。

 

劫火と言わずとも物言わぬ躯を焼き清めるには十分な熱量の炎の弾丸を飛ばす。

 

使用冷却時間(クールタイム)までまだあるわね!ならッもういっちょッ!あつまれ(制御)かたどれ(形成)ふっとべッ!(射出ッ!)

 

大地を支配下に置いて、頭上からではなく地面から突き出る杭の様に形成した砲丸を放つ。

数なんて分からない。

何せ材料は無限大だ。

スキルの有効時間が切れるまで蹂躙できる。

というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「女だてらに随分と豪快なものよ!さぞや、名のある魔術師とみるがどうだッ!」

「何がどうだ、だ。良いからさっさとこちらの目的を済ませるぞ、我が王よ」

 

猛牛の蹄が虚空を跪かせながら戦場を駆け抜けてくる。

その手綱を握るは偉丈夫。

その気風は察する必要もない、覇者の物。

 

「そちらこそ、さぞ立派な王とお見受けしますが、騎兵殿?」

「はっはっはっ!褒めても我が戦列に加えることぐらいしか今はまだやれんぞ!何せ此度の遠征は負け戦続き、この征服王たるイスカンダルを以てしても未だ蹂躙しきれずにいるのでな!」

「御冗談を、名高きオリエントの王よ。その尊名、我らブリテンの地でも語り継がれております。お逢いできて光栄です、雷神の御子様」

「おぉブリテンと来たか!となれば貴様は()()()の縁者と言ったところか、ん?」

「御身のご想像にお任せいたしますわ、大王様。この身は魔術師、その名は忌み嫌われそしてひた隠すもの。何より今の私は主に使える杖ですので」

 

話しながら手を休めず魔術を振るう私の()()を許し、いや愉快痛快と負け戦を受け入れた上で笑い飛ばす覇王イスカンダル。

その名は知っている。

アカイアが誇る両雄の血を引き、そして天空の主神にして恋多き豊穣の長ゼウスの子。

その遠征によって数多の国、民、土地を手中に収めた偉大な大王だ。

そりゃあもう気を遣う。

というか久々に王妃様モードというか外向けの猫被った。

うん、気の良さそうな人だけど、どうも警戒を解いてくれないし下手に喋れば今はまだ首を撥ねられる、そんな予感を脳裏で浮かべる。

 

そんな世辞の言い合いの間に眉根を寄せた不機嫌そうというよりも疲れ切った表情で入る魔術師。

 

「その辺にしておくがいい、魔術師。そちらの事情はある程度君の主人から話を聞いた。詳しい話をしたいところだが、あまり時間は無い。君のその、なんだ、うむ、蚯「()()()よ、お若い魔術師さん」……失礼、レディ。その()()()に兵たちを格納してこのまま我々の拠点まで離脱といきたい」

 

 

仕立てのいいスーツは近代から現代の英雄の証左。

王や格式の高い人間との付き合いを踏まえたうえで最適なタイミングに忠言を入れられる。

立ち振る舞いは戦士のそれでは決してない。

武勇に優れたわけでもない近現代的なスーツ姿の優男。

言葉そのままであれば古めかしい戦場には些か以上に浮くはずだ。

ならば何者か。

己が武を振るえぬことを弁えたうえで自身の力を何時でも活かせる立ち位置に立つ。

目線は猛禽のそれすら凌ぎ盤上全てを睥睨するもの。

あたかも指揮者が如く腕を振るい声を飛ばし数の暴力による蹂躙を智と謀略を持って凌いでいく。

そしてその魔力量は順当に考えれば魔術師のそれ。

露出している肌に傷や、傷を受けて治療した後もない。

十中八九、魔術師(キャスター)

それも生前従軍経験のある軍師や宰相のような英霊、もしくはそういう経験を持っている英霊の力を借りた魔術師。

 

「それはいいけれど、どうやってあの軍勢を押し留めるのかしら?」

 

こちらの彼は次郎丸の話題でなぜか脱力したように僅かに警戒を緩めた。

けれど立ち振る舞いは戦士のそれではなく、けれど己が武を振るえぬことを弁えたうえで自身の力を何時でも活かせる立ち位置に居る。

さあ、どうしましょう。

というか、この状況でこのお若い魔術師さんはどうなさるのかしら。

ちょっとワクワクしてしまう。

 

「他愛もないことだよ、レディ。かの英雄王の宝剣に敵わずとも今の私には古の大軍師の秘計がある。此れしきの軍勢、障害と為り得はしない」

 

そう言うと前に出てこちらに背を向ける。

別に私への警戒を解いたとかそういう話ではない。

たんにそれが一番合理的で、そして後ろの王を信頼してるからなのだろう。

……うん、なんだろう。

そんなに怖がられる要素あったかしら、私って?

 

「物理で殴るだけが魔術戦ではない。これでも教壇に立つ者なのでな、レディ、君に一つそれを教示するとしよう」

「あら、素敵。是非見せてくださいな」

 

特に裏はない。

純粋に楽しみなのだ。

後代だからといって見くびるなんて烏滸がましい真似はできない。

士郎君っていう超弩級の反則技持ちがいい例だ。

だからこそ楽しみなのだ。

この若い魔術師が魅せる真価がどれほど眩いのか、ついつい気になってしまうのだ。

……自分でも年より臭いのは百も承知だから取り合えずあんたは黙っときなさい、ガウェイン。

 

「では御覧に入れよう。これより表すは奇門遁甲、五重の計略。これぞ大軍師の究極陣地ッ!」

 

そう宣言し、風の動きが、雲の流れが、息を飲む様にぴたりと止まる。

ぞっと肌が泡立つほどに、複雑奇怪な術式。

奇門遁甲、ということは少なくとも西洋の術式ではない。

東洋の大軍師、うん。

誰だろう、大村益次郎(花神)かしら?

 

「―――石兵八陣(かえらずのじん)ッ!」

 

言葉に従い降り注ぐ石柱。

それが結界であることは分かったが、分かったのはそこまで。

内外問わず遮断する高位の結界、解析なんて寄せ付けてくれない。

むしろそんなことをすれば余計に迷い彷徨う羽目になるのは自明。

五百近い目の前の軍勢は石柱に瞬時に囲まれそのまま闇の中へと誘われていった。

 

「さて、ご期待に添えたかな、可愛い魔術師さん(レディ)?」

「勿論よ、素敵な紳士様(ジェントルマン)。最高に魅力的な宝具じゃない!」

 

うん、良いもの見れた。

あそこまで一つの目的(戦力の無力化)に特化しながら複雑かつ緻密で大胆な術式を想像させてくれる大魔術を見れたのだ。

何より術式を完璧に隠蔽してるのが最高だ。

正直何年かかっても解析したいという魔術師(研究者)としての血が騒いでしまう。

 

そう思っていると、後ろにいた立香たちが駆け寄りながら声をかけてきた。

 

「ギネヴィア!話終わったー?」

「女の子があんまり大声出さないの、男に笑われちゃうわよ」

「……BBA」

「アンタそれ言えばあたしが毎回怒鳴るって思ってるんじゃないでしょうねッ!?ええその通りよッッ!!私は若いッッ!!」

 

 

ええい小娘め!

そう言えば私が嚙みつくと知ってこの仕打ち。

許しがたい発言に温厚な私でもとさかにくるってものよ!

 

「諸君、このご時世だ、あまり女性だから如何こうとは言わんが此処は戦場だ。あまり大きな声を出すことは慎み給え。敵の増援が来ても困りものだ。それに此処に来るまでに魔力をそれなりに使ってな、正直これ以上余力を削るような真似はしたくないのだよ」

 

とまあぷんぷんしてると割と、というかだいぶ疲れた顔で苦言と提案をしてくる魔術師。

言われてみればその通り。

早いとこ逃げるとしましょう。

 

「なら貴方の言った通りさっさとずらかるとしましょう。増援だっていつ来るか分からないんだし」

 

言うが早い、王妃様は何時だって行動が迅速。

次郎丸に目配せして口を開けさせる。

話は聞いていたのだろう。

生き残った兵士たちが連れ立って恐る恐る中に入っていく。

 

さあさっさと逃げて状況を整理しなくちゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だもう帰るのか?」

 

立ち去ろうとした私の背中に静かに突き刺さる音。

声がした。

忘れられない声だ。

 

「……なん、で?」

 

そうだ、覚えている。

何度この男に煮え湯を飲ませられたか。

何度この男に仲間を殺されたか。

何度この男に苦汁を舐めさせられたか。

 

「相も変わらず詰まらん女だな貴様は。物事の移り変わりへの情緒、感動、そして気回しをしてこそと言うものを。全くこの(ローマ)や、そうあの騎士王を少しは見習うといい」

 

相も変わらない不敵で絶対の自信に溢れた言葉。

祖国を愛し、世界を愛し、だからこそ人理に背いた男。

 

「……どうしてッ」

 

だからこその疑問。

何故、

 

「それにしても、久しぶりの再会だというのに随分な顔だ。どうした同郷の誼に会ったんだ、喜べよ」

 

何故ッ

 

「如何してお前が此処にいるッ……!?」

 

何故、死んで祖国と人類史そのものから名前を消されたお前が居る!?

 

「なあ、ギネヴィアよ」

 

その言葉に答えることはできなくて。

脳を埋め尽くす疑問だけを口にした。

 

「答えろッ!ルキウス・ヒベリウスッッ!!」

 

私の叫びを受けて、真紅の軍服を纏い不遜な笑みを浮かべる男。

剣帝ルキウス・ヒベリウス。

 

 

 

これが我らブリテンに連なる者にとって最大の宿敵との再会だった。

 

 

 

 

 

 




私事ですが前回、ついに感想が百件目に到達しました!
皆さん本当にありがとうございます!
そんなわけで幕間的な何かを書きたいと思いまして、活動報告の方で『祝!感想百件記念アンケート!!』というタイトルでアンケートを取っております。
もしよかったら回答していただけると嬉しいです。



さて。
というわけで前回散々言ってた『彼』とか『あの男』こと、うちのド田舎にはカルデアエース同様未だ入荷しない蒼銀のフラグメンツ5巻(4月26日から絶賛発売中!)に恐らく登場しているであろう笑顔が素敵な方のローマ皇帝ことルキウスさんが今回のフライング参戦枠です。

タグに書いたなら書いたことは実行しておかないと!みたいなスタンスの自分なので蒼銀と書いたからには蒼銀のキャラも設定も世界観も大きく関わってもらいます。

同じように陸戦型ガチタン魔法少女白兵戦仕様なんてふざけたタグ付けたからにはちゃんと出さなきゃと思い、結果今回の旋回砲塔ギネヴィアちゃん(但し対魔力で詰む)搭載質量兵器MIMIZU(但しブレスは尻から出る)が出来上がりました。



だから難易度ルナティックも同じと思ってやってください。
毎回出るであろうフライング枠の様に居る筈のない存在が居るように、居るべき存在がカルデアに居ない。
そんなこともあるのが本作なのだと、どうか許してやってください。

……っていう別にあの子のことは書くの忘れてたわけじゃないですよーっていう長い言い訳でした






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純白の花嫁(マイボスマイヒーロー)

今回は短めです。
そしてグロ描写もないです。



「何故、何故、何故、か。口を開けば乳を求める赤子の様に喚くしかないとは、尊大に利いた風な口で王の疑問に答えていた以前の貴様はどこに行った」

 

呆れ交じりの嘲笑が風に乗って私に届いた。

剣を握る手がいやにべたつく。

流れる汗の一滴一滴が不快さを掻き立てながら肌を伝って滑っていくのがよくわかる。

そんな音を立てて脳の歯車が動く。

記憶の滑車が走り出す。

くるりくるりと回りだす。

ああそうだ、覚えているとも。

その不敵な笑みを。

その鍛え抜かれた体躯を。

その自身の尊厳すら歪めて改造をし尽くした肉体から洩れる魔力を。

 

どれもどれも、馴染み深い男の物。

嗚呼だからこそ。

その脅威がどれほどかあの日あの時、たった一度の邂逅、たった五分にも満たない邂逅で、確りと理解してしまったのだから。

 

陽の光を受けた太陽の騎士(ガウェイン)が、恐ろしき膂力を持つ隻腕の騎士(ベディヴィエール)が。

円卓の誇る彼らが鎧袖一触であった事実を、この身はまざまざと覚えているのだから。

 

サーヴァントとなった彼がどれ程の能力を誇るのか、少なくとも生前そのままであるということは良い意味でも悪い意味でもあり得ない。

なら過小評価なんてものはしない。

 

平野にて行われた戦闘。

レイシフトでカルデアから来た私たちはまだ魔力を残している。

だがここに駆け付けた征服王と魔術師は戦闘でもしていたのだろう、大きな外傷こそ見受けられないが疲労の色も濃く魔力も乏しい。

おまけに手負い、それも生身の常人も次郎丸の中に幾人もいるのだ。

何より後ろに立香と共にいるのは、名乗った名が偽りでないのなら間違いなく決して死なせてはいけない存在(今代のローマ皇帝)

 

対する剣帝は()()()()()()()()()()()()()()

手にするのは魔剣。

五体に傷は見受けられず遠目から見ても分かるその絹の如き肌の下から活力と魔力が戦が待ち遠しいといわんばかりに溢れている。

 

間違いなく状況は最悪。

多対一でこそあるものの、こちらは幾重に鎖が絡まっているようなもの。

だからこそやることは明白。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう貴方も随分とまあ様変わりしたものね。亡霊(サーヴァント)になった気分は如何かしら?」

 

口を開く。

時間を稼ぎ魔力充填(スキル)を発動、魔力を練り始める。

これは好機なのだ。

 

「お前が聞くのか、ギネヴィア。こんな場所にまで逃げこんだお前が誰よりもよく分かってるだろう?そもそも(ローマ)は座になど到達できる立場にない。そんな権利はとっくの昔に捨てたからこそ、俺はあの時あの場所で祖国(ローマ)を手にしたのだから」

 

敵は剣帝、我らが宿敵。

私怨がないわけでもない。

だがそれ以上にこの男は、今倒さなくてはいけない。

 

「そういう意味では人理焼却にも感謝しなくちゃね。何せ無様に病床で没した馬鹿な皇帝が居るって聞いたものですから、てっきりこの手で貴方の事を縊り殺してやることができないと思っていたんですもの。それがこんな機会が巡ってくるなんて、ああ此度ばかりは運の廻り合わせというものに感謝すべきね」

 

ルキウス・ヒベリウス。

落陽を迎えた五世紀の西ローマ帝国に嘗て以上の栄光をたった十数年で齎した稀代の戦術家。

実質自身が盟主となる形でギリシャ、バビロニア、アフリカ、ヒスパニアの諸王を纏め上げ傘下に置いた大帝国の支配者。

この男が何を望んだのか、僅かな時間で言葉を交わした間柄でしかない自分にはその全てがわかったわけではない。

だが少なくともこの男は大陸の支配という目的のためにその人生を全て投げ捨て、そして()()()()()建国王ロムルスの手で袂を分けた幻想(神代)へと欧州全体を巻き込んで回帰させかけた上に自ら数多のまつろわぬ民(幻想種)を率いた男。

 

「よく回る口だ、それほど(ローマ)が気になるのか」

「それはそうでしょう?誰だって、貴方みたいな()()()()()()亡霊(サーヴァント)になってしかもどっかの誰かさんに仕えてるだなんて、そんな信じられない話を聞いたら」

 

故に人理の否定者。

英霊に問われるのはその偉業(行い)が善か悪かなのではない。

人類存続という命題(人理)に対して利益を齎すのか不利益を撒き散らすのか、ただそれだけ。

 

「成程、道理だろうな。俺もまたこうして呼ばれもしなければ何処とも知れぬ場所で漂い続けていたのかもしれん。だが皆目見当もつかず況してや見栄もしない虚像を延々と追うことに俺は喜びを見いだせなくてな。(ローマ)の誉れ、(ローマ)の喜び、それは虚ろな霧の中にありはしない。お前はどうだ、ギネヴィア?少しは()()()()()()()()の一つでも出来るようになったのか?」

「さあ?けど、随分貴方も喋るじゃない、詩人にでもなられるつもりなら諸国漫遊の旅にでもお出かけになられたら?さぞかし世界(人類)の役に立てるんじゃないかしら?」

 

だからこそ、ルキウス・ヒベリウスは英雄であっても英霊にはなれない。

格が如何こうではない。

血統なぞ関係すらしない。

ただルキウス・ヒベリウスが存在する。

その事実があるだけで、この男がいるだけで、人理は畏れるのだ。

幻想種が跋扈し神に隷属させられたあの神代に引き戻されるのではないかと、そう思うのだ。

 

「……つくづく、お前の言葉は本当に()()な。嫌味ですら、心に響く物が何一つないとは本当に度し難い血袋だ。何をどうしたら、そんな虚飾を羽織って言葉を弄す人間になるのやら。ああやはり、お前は至極詰まらん女だ、ギネヴィア。(ローマ)の率いた異形の兵(幻想種)ですら生きた輝きがあったというのに、お前のそれは出来の悪い硝子細工のそれだ」

「言葉が過ぎるわね、ルキウス。そんなに私とお話しするのが楽しくて仕方がないのかしら。それとも……いつもの化け物共(お友達)がいないのがそんなに不安なのかしらね?」

 

そしてもう一つこの男が厄介なのは、四つの大国を纏め上げた手腕と種族の垣根どこらか現実と幻想の垣根を越えて数多の幻想種を率いたその異質な将としての器。

魔獣の軍勢を率いたこれに勝負を仕掛けるというのはそれこそ神代の法則そのものと戦うに等しい。

だからこそ、たった一人で此処にいる今こそが最大の好機なのだ。

 

 

 

ばちりと僅かに音がする。

手元からだ。

それは魔力が十分に溜まり終え、今の霊基でできる最大規模の魔力行使が可能となったという事実を知らしめる。

 

その様子を隠すつもりはない。

隠したところで、あの野獣のような男の事だ。

持ち前の獣染みた勘、そして忌々しいことに決戦術式(とっておき)を使えるほどに熟達した魔術の技量で幾らでも見破ってくるだろう。

だからこれは合図。

このローマにあやかるなら、先の音は賽なのだ。

 

当然その僅かな音を聞き逃すことができるような殊勝な身体をしていない剣帝はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「変わらず諧謔すら愛さない、否、()()()()()。それがお前だというのだから、本当に救われない女だ、お前は」

 

その言葉は酷く憐れんでいるようで、何処か私ではなく遠い誰かに話しかけているようでもあって、今の私には到底できないしこんな状況で返事なんて返してやれない。

代わりに贈るのはこちらの意思。

即ちここが決戦なのだという証左。

 

右肩に担ぐようにして王剣を構える。

とうの昔に起動しっぱなしの宝具は自陣への供給を断ちそのリソースを全て自分に注ぐ。

焼き付きどころか刀身自体が熱を孕んだように熔熱を宿す。

排熱の勢いは荒らしい獣の吐息の様。

それと同時にまた、ばちりと燐光が弾け飛ぶ。

淡い水色で細く、そして鋭く棚引き刀身からその身を表す雷。

 

対する剣帝、ルキウスからの言葉は既にない。

至極、嗚呼本当に、ぞっとするほど詰まらなさそうに魔剣を手にし、刀身の上で紫電を踊らす。

 

その銘はフロレント。

 

私が王から借り受けた王権代行の証である王剣クラレントの姉妹剣たる()()()

一説にはかの智将カエサルが所持した彼の聖槍の原典、それと対を成す鍛冶の始祖が鍛えたとされる聖剣と同一視されるそれ。

故にか、聖槍と同様に()()()()()()()()()()()()()()()()、そう約束された剣。

それがどこまで本当なのかは分からないが、構えたわけでもなく只ぶらりと構えただけで周囲を圧倒する威は確かにそう語り継がれるにも相応しい。

そしてそれを担うは東洋の武芸を収め羅刹(ラークシャーサ)と称された武人。

その身に宿した巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)赤竜の心臓(魔力炉)にも比肩する出力。

自分のような特別な加護も才もない癖にただその智を欲した故に学び身に着けたとされ魔術の技量は、踏みしめた土地の霊脈に直接介入して瞬時に支配下へと置けるほどに高い。

 

だからこそ今、何の構えを取らずに待つこの男を前にして私は未だ踏み込めずにいる。

踏み込めば、その場で切り伏せられるのが容易に分かる。

 

嗚呼それでも、やらなくては。

 

その決意は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「やああああああッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ゃッ!!?」

 

空から降ってきた大盾とそれを振り下ろす少女の姿で吹き飛ばされた。

 

轟音。

 

マシュの戦意に満ちた、そしてどこか怒ってるような声。

その声に篭った力そのままに振り下ろされ私とルキウスの間に割って入るように地面に叩きつけられた盾は大地を抉り飛ばし陥没させる。

当然突風でも吹いたように砂埃が巻き上がり周囲は一瞬見えなくなるが、少し経てばそこにいる少女の姿が見えてきた。

私に背を向け大楯(円卓)をルキウスへと構えるマシュ。

その背は小さくて線も細くて、でも二本の脚でしっかりと己と盾を支え私をルキウスから守るように立っている。

それはどこかもう居ないはずな彼のことを憧憬させる、儚いけれど気高い強さだった。

 

「さっきから聞いてればごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ……」

 

大地を歩く音がする。

後ろからだ。

 

「詰まらないだとか救われないだとか……」

 

別に大きな音じゃない。

決して大きな声じゃない。

けれどその声は戦場によく通った。

 

「確かに弱いし口煩いしメンタル蛞蝓レベルだし、その癖私は美少女とか言っちゃう残念アラサーだけどさ」

 

……いや戦場に響き渡んないでよ、大分というかかなりぼろ糞言われてるじゃない、私。

 

「おまけにメンヘラで、貧乳だし……」

『あー、確かに』

「ダ・ヴィンチちゃん、スタッフルームの冷蔵庫からドクター用の三時のおやつを抜いておいて下さい。王妃は小さくて可愛らしいだけですロリは無敵ネトランスロット死ね王妃様万歳、と私のなかの誰かが早口で囁いています」

『最近僕への当たり強くないかい!?マシュ!?』

 

っていうか空気固まったわよー、おーい。

ルキウスのやつ、凄い曖昧な表情で沈黙してるよー、ねーったら。

 

「料理と魔術ぐらいの取り柄はあるッ!対魔力で無効化されるけどッッ!」

「それはあんまり褒めてないと思います、先輩……」

 

あれー、可笑しいなー。

ここフォロー入る場面よね、あとかなり緊迫してて一触即発だった空気どこいったのかなー?

 

そう思う私の隣に立って、ちらりと此方を見た立香はにっと笑って言ってくれた。

 

「そんなんでもさ、私を守ってくれて私と一緒に戦ってくれる大事な仲間なんだよ。だからさ……」

 

そう言って立香は一歩前に出る。

その曙光のような瞳が真っ直ぐ見据えるのは剣帝。

私どころか円卓の騎士ですらまともに正面からぶつかれるのはそういない程の豪勇。

それを相手に決して臆せず、彼女は胸をはって両手を広げる。

マシュの後ろにいるからだなんて関係ない。

気がつけば手が震えていた自分を守るように。

マスターである筈の彼女が何の役にも立たない私を護る為に其処に立っている。

 

「うちのギネヴィアに文句があるならッ、まずはマスター()に話を通してからにしろッ!このトマト野郎ッ!!」

 

人理を否定してでも己の欲と夢を通そうとした男に、そうやって啖呵を切る。

次の瞬間には首を断たれていたっておかしくない、象と蟻なんて比喩ですら足りない格上の超常に対して、私なんかの為に怒る少女達。

それがどれ程眩しいか、どれ程美しいから自分では測りきれないから。

つい、恋い焦がれるように、暖かな太陽を見上げるように、目を細めて惚けたように二人の背を見てしまう。

 

ルキウスが口を開くのは、まるでその輝きの余韻にあいつ自身が浸っていたかのように暫く経ってからだった。

 

「……それが今の、お前の主人と仲間か、ギネヴィア」

「……えぇ、いい子達でしょ?ルキウス」

「成る程、忘れていた。お前は女を選ぶ趣味だけは確かに真っ当だったな」

「なによそれ」

 

別にそれに対する返事はなく、無造作にルキウスは背を向けた。

 

「止めだ」

 

その声色は淡々としていて、少しだけ呆れているようにも聞こえるもの。

そしてそのままこちらの返事なぞ気にする様子もなく、呆気に取られるほど軽やかな歩調で気負うこともなく自然なままに戦場を立ち去ろうとしていた。

 

「見逃すなんてッ!……珍しいこと、するじゃないの……」

 

言ってから思わず耳が熱くなる。

逃げるのかと問うならまだ良かった。

虚飾と言われても侮蔑を乗せられたのだから。

けれど見逃す、そう言ってしまえばそれは正しく戦っていたら自分は負けていた、そう認めるようなものだ。

とことんまで情けない呼びかけ、恥じるべきその言葉にルキウスは笑ってくれることなく静かに返す。

 

「見逃す、か。お前にしては随分と殊勝な言葉だ……気が変わった、ただそれだけだ。あの方と違って俺は見定める必要なぞ、たった一欠片すら持ち得ていないと決め込んでいたが」

 

こちらに向けられた顔に浮かぶのは微笑。

よく知っている。

それは好意を示すものではない。

この男の笑みの意味は、

 

「今のお前は悪くない。ああ、認めてやろう。騎士王を喪ったお前など何の価値もないと思ったが、あの娘達は別だ。お前がアレらを守るのなら此度の戦争にも少しは値打ちがでる。ああ、そうだ」

 

 

 

---お前ごとあの娘達を手に入れるのも悪くない

 

 

 

獲物を見つけた獣のそれなのだ。

 

 

 

 

 

 

「こ……こわかったぁ……」

 

ルキウスが去って暫く。

とさっと軽い音がした。

ぺたんと地面にへたり込む立香、それに慌てて駆け寄るマシュ。

正直に言えば、何を言えばいいのか分からない。

好機ではあった。

あれは単体としても強いすぎるが軍団を率いるとなるとそれ以上に厄介になる男なのだ。

だからこそ、ここで刺し違えても傷の一つか二つは与えたかった。

けれど、それが果たされることはなかった現実をああだこうだ言う気にもなれない。

物凄く単純に、誰かが自分の為に怒ってくれた。

その事実で信じられない程に、胸が軽くなって涙が溢れそうなぐらい嬉しかった。

だから胸が苦しくって何にも言えなかった。

 

「先輩!お怪我は!?」

「ないない、心配しすぎだよマシュ」

「当たり前です!ギネヴィアさんもいきなり剣を構え始めますし先輩は先輩で当然のように敵サーヴァントに向かって行きますし!」

「どうどう、私の可愛いナスビちゃん」

「私は馬でも茄子でもありませんッ!」

 

そんな可愛らしげな言い争いの途中。

まあでも、と事も無げに立香言ってから。

私の方へと顔を向け、にっと何時ものように笑って言いきった。

 

「これで大丈夫。次なんか言われたときも、私が言い返すからさ。だからもう、大丈夫だよ」

 

その言葉が、どれ程尊かったか。

 

「いえぇ!?ちょ、ちょ泣かなくてもいいじゃん!」

「わー!お、落ち着いて下さいギネヴィアさん!ほらやっぱり先輩言い過ぎだったんですよ!」

 

その言葉が、どれ程優しかったか。

 

「えー私の所為?マシュも何だかんだ結構言ったじゃん!」

「私の純粋なフォローです!ほら先輩!私も一緒に謝り……って」

 

その言葉が、どれ程暖かかったか。

 

「あー、もうボロ泣きじゃん。ほらこっち来なよ、一緒にネロんとこまで帰って作戦会議しよう?」

 

私なんかでは決して言葉で表せなくて。

結局立香に抱きしめられても頰を伝う雨を止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、上機嫌では無いか」

 

ふと、声を掛けられ此度の現界で初めて降り立った戦場から拠点へと帰還したルキウスは脚を止めた。

何時からそこに居たのか。

声をかけたのはもの憂げに柱へともたれ懸かる華やかな衣装で着飾った美丈夫であった。

 

「これはこれは、我らが偉大なる先達カエサル様。(ローマ)のような若輩者に召喚されてからこれまで一度たりとも口を開けなかった貴方様が如何な御用で?」

「あれ程不機嫌だった貴様が小躍りしそうな様子で帰還すれば硬く閉じた貝とてその身を差し出すであろうよ」

 

おやそれ程不機嫌でしたかな、と至極詰まらなそうに返す男にこれまたカエサルは不愉快そうに鼻を鳴らしながら返す。

 

「下らん問答をする気分ではなくてな。何より貴様は私の好みの貴婦人諸兄でもない。故、私の主義に反するが、単刀直入に聞くとしよう」

「ほう……ではなんなりと」

 

その芝居掛かった言葉に何を返すでもなく、言葉通り鋭くカエサルは問うた。

 

「---何を見た、ルキウス・ヒベリウス、神祖の定めた人の域を超えて神の領域(神秘)に触れてまで滅びに抗わんとした男よ。お前はあの()()に何を見た?」

 

それは疑問。

 

「何故ただの凡百な少女にあの方は警戒する。何故貴様を相手にして震える童女にあの方は過剰な戦力をこの特異点(戦場)に投入する。何故……何故貴様のような幻霊に()()()()()()()()()()()()()()()。お前は、いや、あの者は一体何なのだ?」

 

何故、人理焼却という栄えあるローマの歴史全てをなかった事にする暴虐に荷担する形をとってまで神祖ロムルスは過剰で無意味な戦力を欲するのか。

それこそがカエサルを召喚した不遜にも魔神を名乗る宮廷魔術師が神祖の手で討たれて以来の疑問であった。

 

それへの答えを、ルキウスは何でもないように口にする。

 

(ローマ)には世界の全てが美しかった。忘却の果てに消え幻想となった幻想種(彼ら)すら愛を向けるに値する美しさがあった。だからこそ全てを欲しこの手の内で永劫愛し続けたかった」

「……何を」

 

その言葉だけ言うとルキウスは歩き出す。

その目に映るのは今ではなく、この特異点より遥か未来。

嘗てルキウスが生者としてあった時代。

即ちブリテンと戦争をしていたあの落日。

 

「だからこそアレを見た時理解した。何と詰まらない、血袋なのだろうかと」

「……何?」

 

それはつまりギネヴィアという王妃の居た時代。

 

「悍ましい程に慈愛に溢れまるで全てを愛しているとでも言わんばかりの瞳が、()()()()()()()()()()()()。そうすることしか知らない、そうする機能しか持たない木偶の坊、そんな女なのだと異国の者である俺だからこそ理解出来た」

 

最早カエサルは何も返さずただ答えを待っている。

それにふっと苦笑いを浮かべるようにルキウスは頰を吊り上げ、そしてカエサルへ詫びを口にする。

 

「正直に言えばだ、偉大なるカエサルよ。(ローマ)にも神祖殿が何をお考えなのか等、露の一雫とて理解出来んのだ。ただまぁ一つ言える事は、だ」

 

心底愉快なのだとでも言いたげに喉をくっと鳴らして嗤い、ルキウスはまるで熱に浮かされるように言う。

 

「これまで決められた台詞しかなぞれなかった人形が、ここにきて初めて自分の意思で誰かの、ブリテンの者ですらない少女達の為に生きようとしている。俺はそれが酷く愉快なのだよ。そうまるで……」

 

 

 

 

 

 

 

---誰かが必死に書き上げた脚本(シナリオ)をぐちゃぐちゃにするような、飛び切り愉快な凌辱劇が始まる、そんな予感と期待だよ

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってルキウスは言葉を止め、されど歩みは止まる事なくカエサルの元を去って言った。

 

 

 

 

 

 




外見十代前半、実年齢三十路間近、精神年齢一桁クラス。
そんな面倒臭い残念系メンヘラオリ主がうちの主人公。
いや、ほんとすまない。

そして蒼銀読めば読むほどヤバさが分かる、そんなルキウス。
FGOでの実装、待ってます。

それと告知なのですが、活動報告の方で連休中ぐらいに投稿する予定の短編のアンケートを取っています。
もしよろしかったら書いていただけるとすっごく嬉しいです


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純白の花嫁(薄いブックス展開はのーせんくー)

遅くなりました!
ごめんなさい!
今回もグロ描写なし短めでお送りしますので、よろしくお願いします


夜になった。

あの邂逅から数時間が経ち、その後も度々骸骨兵やらローマ兵との小競り合い程度の戦闘はあったが特に欠けることもなくそれを切り抜け、平野を越え谷間に入ったとある場所で漸く一息をついている。

野営の支度を済ませ、焚き火を囲みながら現状確認をするところまで漕ぎ着くことができたのは幸運なのか不運なのか。

 

それは兎も角、やっとこさ私も彼ら、つまり第五代皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスと共同戦線を貼る英霊たちと自己紹介を交わすことができた。

今焚き火を囲っているのは哨戒に出ているメドゥーサを除いたカルデアから来た私たちと、そんな真名を教えてくれたイスカンダル王、孔明先生こと小学生だって知ってる大軍師諸葛孔明、そして皇帝ネロ・クラウディウスだ。

 

ちなみに孔明先生の顔を確認したスタッフ達の何人かが悲鳴なんだか雄叫びなんだかよく分からない何かを叫んでいた。

電気関係の修理でお世話になった眼鏡の彼が頭抱えてるのが印象的だったけど、うん、まああんまり関係ないわね。

 

さて。

自己紹介を終えて幾許か。

クラウディウス帝が重たく口を開いた。

 

「カルデアに人理焼却……確かにお前たちの話は孔明やローマ連合を名乗る者達から聞いたものと相違ない。しかして余のローマの現状を話せばならんな……と言っても余のローマは既に此処にいる兵達と僅かばかりの民しかもうこの世界にはない」

「それは一体……」

 

マシュの疑問は最もだ。

何せ前回のフランスは雑竜やサーヴァントから攻撃を受け国王すら喪ってはいたがそれでも兵や民は己の領土を守ろうと戦い何とか国の体を成していたのだから。

そんな疑問に、出会って僅かだがそれでも分かるほど似合わない暗い顔でクラウディウス帝は訥々と語りだした。

 

「我がローマはこの半月の間でその領地を侵攻され首都ローマでさえも奪われた。連合ローマ帝国、そしてお前たちも見た皇帝を騙る逆徒の手によって」

 

胸をかくように自ら抱きしめ、重く、意識していないだろうがひどく痛ましく聞こえる言葉を吐き出す。

まるでそうすることで、苦しさが少しでも空気の中に溶けて消えて行ってくれるのを願っているかのように。

 

「口惜しくも敗走を喫した余と僅かに生き残った民たちは首都ローマよりベルゴムムの山峡まで追われることとなった」

「ベルゴムム?」

「現代で言うならアルプスの麓にある砦と丘の町(ベルガモ)のことだ、ミス藤丸。ここメディオラヌム(ミラノ)から行軍して半日ほど掛かる場所にある」

『ベルガモの山峡っていう事はオロビエ山脈か!成程、この時代碌に開発も道路の整備も進んでいないあそこは天然の要塞だ!少数が逃げ隠れるなら打ってつけだし連合からは手を出しにくい、最適の隠れ家ってわけだ』

「博識ではないか、アニムスフィアの魔術師。時計塔では見かけなかった顔だがこちらの世界でも彼女は良い人脈を持っていたようだな。だがその答えでは部分点止まりだ」

 

そうロマニの事を褒めた孔明先生をちらりと見やってから、少しだけ小さな溜息をこぼしクラウディウス帝は続きを話し始めた。

 

「そう、嘗て栄華と繁栄を極めた余たちが百にも満たない僅かな民草とそれを守る兵のみになったからこそ其処まで逃げ遂せることができた……業腹な話ではあるがな」

そう言ったきり押し黙ったクラウディウス帝に代わり孔明先生が話を引き継ぐ。

 

「王と私も最初は自体の静観を決め込んでいた。理由も分からないまま受肉という聖杯戦争ではあまりにもイレギュラーな形で召喚されたものだからな。そうした『はぐれ』とでも言うべきサーヴァント達は、我々が召喚された当時、それなりの数がいた。そんな明確な召喚者なしに世界の、人理の意思によって召喚された我々はそれぞれこの特異点でどうあるべきか、何を成す事が人理救済に繋がるのかを探る事から始めた」

 

そんな時間はほんの僅かな間で脆く崩れたがね、そう言って皮肉気に頰を吊り上げた。

 

「正しく手探りだったのだよ。何せこの特異点に明確な敵はいなかった」

「いなかった……?」

「そうだ、偉大なる我が祖国の歴史に名を遺した王妃よ。連合ローマ帝国を名乗る彼等は確かにこの時代の異物ではあったが、だからと言ってこの特異点に対して積極的な介入を仕掛けてくることはなかった、物理的にも魔術的にもだ」

 

それは、また何とも奇妙な話だ。

 

「あるとされる聖杯も感知できず、特異点を破壊しようとする敵すらいない。だからこそ私達の他にもいた()()呂布奉先(バーサーカー)ブーディカ(ライダー)、そしてこの地に由縁のある剣闘士。他にも暗殺者や名を名乗らなかった羊飼いもいた。誰も彼もがどうすればいいのか分からないまま、半月が過ぎた。そんな霧中の日々に終止符をうったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()連合ローマ帝国の軍勢と彼等に付き随う魔獣の軍団だった」

 

それが始まりだ、そう言って溜息をつき空を見上げて彼は話を進める。

 

「我々はぐれの者は完全に初動が遅れた。忘れていたのだよ、これが曲がりなりにも()()()()だということを。戦争なのだ、それも神魔入れ乱れる最悪の部類のものだということを完全に失念していた。そしてそのまま我々は何を果たすべきか、勝利目標すら分からないまま、ただ幻想種の軍勢から無辜の民を守るために戦場へと駆り出され結果、二騎の狂戦士と暗殺者の右腕を犠牲にローマからオロビエの山脈まで命からがら逃げる外なかった」

 

つまりは敗戦。

私たちカルデアは来るのが遅かったのだ。

そしてその間に、予測はつく、あれは準備を済ませたのだろう。

ああ、成程道理であれが英霊の形を成しているわけだ。

 

「これが我々の現状だ。如何にもままならないが、敗戦色は濃い。まともに戦闘に回せるのは私と王、そしてネロ帝だけだ。残る()()の内一人は負傷、後の二人も拠点の防衛をしなくてはいけない。だからこそその三人に拠点を任せ我々は少数でこのメディオラヌムまで偵察に来たのだ。占拠されたローマへと生身の斥候を放っても帰還したものはない以上、我々のようにサーヴァントと戦える存在が直接情報を探るしかなかった」

 

失礼と一言詫びを入れると懐から葉巻を取り出した彼は煙を吸う。

くゆりと零れ溢れる紫煙が空へと昇り、星の輝きの中に消えた。

 

「そして分かったことが我々の敵、即ち連合ローマ帝国は強力なサーヴァントの真名だ」

 

夜空の輝きを数える様に、彼は葉巻に蓄えられていく灰を気にすることなく話し続ける。

 

「敵の首魁こそ分からなかったが、召喚されたサーヴァントは今回判明したあのルキウスという英霊を合わせて合計で六騎。彼らはそれぞれが首都ローマを含め重要な拠点を防衛していて、そして()()()()姿()()()()()()()()()。理由は幾つか考えられるが、どうにも説明がつかないのでね、今回は省略させてもらおう。サーヴァントが直接防衛している拠点は、首都ローマ、フロレンティア、ブリンティジ、マッシリア、そして我々が現在居るメディオラヌムの計五つ」

「どれもローマの歴史における重要な地名ばかりですね」

「マシュ、と言ったかね。よく歴史を勉強しているようで感心だ。物のついでだ、後でそこで目を白黒させている君のマスターにもよく教えておくといい」

「……先輩」

 

マシュが沈痛な顔をしているが、うん、気持ちは分かる。

どうもこの子、地頭は良い癖にどうにも歴史関係が疎すぎるのだ。

 

「……話を続けよう。まず首都ローマだがここを防衛しているのはスパルタの王、槍兵(ランサー)レオニダス。フロレンティアは皇帝の名の由来にもなった智将カエサル、そしてブリンティジにはその妻にして古代エジプト王朝における最後のファラオである暗殺者(アサシン)クレオパトラ。随分と洒落が聞いている話だ、名高き女王にあの地を任せるというのは」

 

喉奥でくっと笑う。

ブリンティジ、流石に私もあまり聞いたことのない地名で立香と揃って訝しんでいるとロマニが補足を入れてくれた。

 

『ブリンティジはその時代だとブルンディシウムと呼ばれていて貿易港として古くから栄えてきた。そして一番有名なのは街道の女王と呼ばれるアッピア街道の終着点なのさ』

「最後の女王に女王の道の終着点を守らせる、随分と皮肉の利いた話だ……まあいい、残りの二つだがマッシリアについては現在も不明だ。我々もあの地には直接行っていない上に何よりあの地には()()()()()()()()()()()され人類が生存できる場所でなくなっている。生存者もなく特に有力な手掛かりが得られる見積もりも低いあの地についてはまだ調べのついていない状態だ。そして最後の一つ、我々が今居るメディオラヌムだが「そこからは余が話すとするか」ライダー……」

 

そう言って豪快に笑うイスカンダル王は朗々と、まるで誇らしいようにとある王の名を口にした。

 

「この地に招聘されしは我が生涯の宿敵、狂乱の嵐と翡翠の灯を纏う不死の王、名をダレイオス三世。古代ペルシャにおいてあの男こそが余に比肩せし最大の勇であった。此度の現界ではどうやら狂戦士の器のようでな、ちと話が出来とらんのだが、うむ、何れはこの遠征での胸の内を武と宴を通して酌み交わしたいものだ」

「補足するが今この地域一帯を闊歩している躯の兵士は全てそのダレイオス三世の宝具『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』の効果によるものだ。その能力は言わずとも直接戦った君たちならば理解できるだろう」

「はい……幾ら攻撃しても何の効果がないような、どれほど倒しても湧いて出る様に次から次へと敵が現れて……まるで本当に……」

「その通りだ、盾娘。あれらは全て不死不滅の亡者。余の切り札(宝具)が我が朋友たちとの絆の覇道であるならば、ダレイオスの宝具は怒りによって結ばれ現世を彷徨う憎悪と狂気の具現であろうな」

「た、盾娘……えっと、一応、あの、デミサーヴァントです、はい」

 

そんなマシュの訂正に、豪快に笑ってすまんすまんと謝りながらマシュの背を叩くイスカンダル王。

その仕草だけで戦力比に唖然としていた空気が緩む。

……何となく立香に似ているというか、あえて空気を読まずに我が道を行くことで人を魅了する姿は円卓にも中々見られない眩い正の輝きであった。

 

しかし、本当に困った。

今挙げられた英霊たちは誰も彼もが大英雄。

自分のような半端者とは違う、正しく掛け値なしの強力な英霊たちばかりだ。

現にレオナルドも困った顔をしてこちらに問いかけてくる。

 

『成程、現状はよく理解できたさ。勿論こちらから観測したデータと照らし合わせても五つの都市に分散する形で英霊が五騎、その内ローマからは六騎の反応があった。そして聖杯らしき数値が観測できたのも()()()()()()()。これについては後でギネヴィアの意見も併せて答え合わせをするとして、だからこそ尋ねるとしようか……この現状でどう攻勢に打って出るつもりだい?』

 

最もなレオナルドの問いに答えたのはこれまで押し黙っていたクラウディウス帝からだった。

 

「それについては此度の遠征で調べがついたのだ、姿なき賢者よ。余たちが此度このメディオラヌムを通してローマ近辺の諸都市に出向いたのは他でもない!」

 

そう言って立ち上がり、その両腕を星空に向けて仰ぎながら、舞台女優のように宣言する。

……駄目だ、何というかこの子、理由は分からないがローマ皇帝だとかそれ以前に()()()()()()()

 

「勝利を掴むための舞台準備!即ち布石を打つためである!」

「それはつまり、今回の偵察には敵の情報を得る以上に必要なナニカを探していた……例えばそうね、自分たちが自由に戦う為に匿っている民草を庇護してくれる、そんな夢のような場所とかどうかしら?ねえ、クラウディウス帝?」

 

ほらこれだ。

何故だろう、この子のことは嫌になるほど体が嫌がっているというのに、その反面つい合いの手を入れたくなって。

そして落ち込んでいると思わず手を差し伸べたくなってしまう。

一体、何だというのだろう。

そんな私の得体の知れない気分の悪さなんて、当たり前のことだがこれっぽちも知らないクラウディウス帝は満面の笑みで返答する。

 

「うむ!聡明な美少女は余の最も好むものだぞ!その通りだ、()()の言う通り余たちはこの遠征で民を安心して預けられる場所を探し、ついにっ!それを見つけたのだっ!……む、そう言えば、ギネヴィアと言ったか。貴様、何故そんなに他人行儀なのだ?若しや余が皇帝だから畏まっているのではあるまいな?よし!余が許す故、もっと砕けて喋るがよいっ!余好みの愛らしい美少女にそのような態度を取られては、余は泣くぞぉ!というかだ、いっそ()()()()にでもならぬか?うむ、それがよい!そうと決まればッッ!!」

「え、ちょっ、なんでひっつくのよ!?いいから話を進めなさいっ!っていうか貴女何処触っ、んっ……やぁっ……こ、このっ……誰か見てないで止めてぇぇぇッ!!」

 

服の上から、妙にまさぐる感じで抱き着いてくるネロを何とか離そうとしてもがくが、駄目。

余計にこう、なんというか、見せられない感じの絵面になっている気がする。

後、立香。

マシュの目を塞ぐのはいいけど、貴女が目をかっ開いてじゃダメでしょ!

っていうか助けなさいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こほん、というわけでだ』

 

あの後ぐだぐだになりそうだった話は哨戒から帰ってきたメドゥーサによって無事軌道修正された。

そう言えばお風呂の約束まだでしたね期待してます、とぼそっと私にだけ聞こえる様に呟いたのが怖かった……本当に怖かったぁ。

 

『余達は犠牲を払い、それでもローマ近くまでたどり着き、そこで()()()()を幻想種がのさばり闊歩する地獄で生き延びていた民達から聞いた』

 

……まあそれは置いておくとしてだ。

 

『……竜や亡者に追われ余が救う事が出来なかった多くの民が縋る様に目指す楽土があるのだという。そこは鍛冶神ヘパイトスが治め彼の邪竜テュポーンが眠るとされるエトナ山より西』

 

あの後、ネロは逃げていた民達から聞いたという話を私たちにした。

その目にあったのは希望だ。

其処に行けば、勝利が、幸福が待っている。

そう信じてやまない、まるで童女のような目だ。

 

『余も噂程度にしかこれまで聞き及んでいなかったが、そこには古くから名も無き、されど確かに形のみ存在している島があるのだという』

 

それを肯定するようにかすかに頷く孔明先生と、クラウディ……ネロの言葉を聞いて早速計測と観測を開始したロマニ達の驚きの中に安堵が見える顔が真実なのだと物語っていた。

……ネロって呼ばないと泣くし抱き着くのだ、あの子。

 

『其処は古の女神と()()()()が治め辿り着いた者の身の安全と暮らしを約束しているらしい』

『こちらでも計測できた。驚くべきことだが、確かに生存反応が、それも人間の反応が確認できるよ。罠の可能性がないわけでもないが、わざわざ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を絶海の孤島に掛けるってのも可笑しな話だしね。僕も信じていいと思う』

『うむ、孔明もそう言っておったしな。まず間違いなかろう。故、余達はこれよりベルゴムムへと帰還し、そのままこの楽土』

 

 

 

―――形ある島へと向かう

 

 

 

『そして民をそこで待たせ、漸く本当の意味で反攻の狼煙を上げるのだ』

 

そう力強くネロは言い切った。

 

「……まあカルデアの計測データでも大丈夫そうって言ってるんだし、何とかなるのかしらねぇ」

 

他人事のように、そう呟く。

他人事、そうだ他人事だ。

ああでも嫌だ。

敵国(ローマ)だっていうのに、嫌な感傷が胸に押し寄せては返す。

気持ち悪い、本当に。

何度も踏みにじられ、何度も苦しめられてきた国が、その皇帝が苦しんでいる。

喜んで嗤ってやればいいというのに、どうにもそういう気が起きない。

それが何故か妙に居心地悪くて。

ああ、嫌だ。

 

だからこうして、見張りをかって一人岩場の陰から身を乗り出して遠くを見る。

星明りがやけに煩い。

胸のざわめきが収まらない。

死ねばいいのだ。

人理を直す、つまり問題となる破壊の要因さえ潰せば多少の犠牲は世界の方が帳尻を合わせてくれる。

だから喜べばいいのだ、多くのローマ市民が死んだことを、犠牲になったことを。

そうすることが、憎悪を灯を絶やさないことが女王として正しいはずなのだ。

決して絆される様なことがあってはいけない筈なのだ。

 

なのに何故か、そういう気持ちになれなくて私は一人此処で宙を見る。

少しでも茹った頭が冷える様に。

少しでも騒がしい心が鎮まる様に。

 

「……これもどれも全部ルキウス(あいつ)の所為よ……」

 

そう零す。

情けない。

一人で何かを喋ってないと、何だか宙に潰されて気持ち悪さ(不安)が零れ落ちてしまいそうで、嫌だった。

だから、どうしようもなくなって、つい、独り言を言っていた。

 

 

 

だから、それに返事をされるとは思ってなかった。

 

 

 

「なにがー?っていうかちゃんと起きてるー?」

「……何時まで起きてるのよ、馬鹿娘。明日に備えて夜更かしせずにさっさと寝なさいって言ったでしょ」

「いいじゃん、ちょっとぐらい」

 

そう言ってからよっこいしょと私の隣に腰を下ろしたのは立香だった。

そのまま何も言わず、宙を見ている。

一分か五分か、それとも十秒にすら満たないのか。

何とも言えない時間が流れて、結局根負けする形で私は口を開いた。

 

「……どうしたのよ」

「……別にー」

 

こちらを見ず、ただ楽しそうに星を見続ける立香。

 

「用がないなら早く寝なさい。明日だって夜明け前には出るの、それぐらい覚えてるでしょ?」

「失礼な。私だって鶏じゃないんだからそれぐらい覚えてるよ……それに、用ならあるしねー」

 

そう言うと星から目を離し私の方を見て、

 

 

 

「ギネヴィアと一緒に居たかったんだ、ただそれだけ」

 

 

 

そんな恥ずかしいことを嬉しそうに言うのだった。

 

「……もぅ……馬鹿じゃないの」

「馬鹿ってなんだよー」

「馬鹿な物は馬鹿よ、このバカ娘」

「あー!知らないんだー馬鹿っていう人が馬鹿なんだよ、それ」

「……そう言えば、立香。貴女、ローマの歴史について習いたいんですっけ?いいわここで夜明け前まで講義してあげるからきっちり覚えて帰りなさいな」

「ごめんなさい私が悪かったのでどうか勉強だけはご容赦を」

 

なんて早口で言って謝り倒してくるものだから、なんだかおかしくて。

唇から笑いが零れて。

立香と二人で顔を見合わせながら、静かに、でも心地よく笑ってしまった。

 

「……ありがとうね、立香」

「んー、どういたしまして?」

「なんで疑問符がつくのよ、もうっ」

 

胸が苦しくなって、でも不思議と軽くて。

なんだか、分かった気がした。

そうだ、何てことはない。

 

「ねぇギネヴィア?」

 

こんなに一生懸命歩むこの子達が生きる世界を、

 

「なぁに?」

 

嗤ってやれるほど、

 

「今回もさ、」

 

私も如何やら、

 

「ええ」

 

冷血にはなれないらしい。

 

「必ず勝とうね」

「当たり前よ。任せておきなさい。何てったって私は」

 

 

 

―――貴女の杖なんだから

 

 

 

それで良いと思える自分が居て、それに悲鳴と憎悪と吐き気と憧憬を覚える自分が居るから。

どうしようもなく、気持ち悪いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明ける。

世界が開く。

また一日が始まる。

それは祝福。

それは歓喜。

新たな一歩を踏み出すための希望へと続く試練の灯火。

 

「私は、」

 

だからこそ、存在するのだ。

どんな希望も。

どんな祝福も。

どんな歓喜も。

 

「破壊する」

 

全てを打ち壊すサカシマが。

 

「私は全てを、世界を、土地を、文明を、愛を、希望を」

 

何故なら此処は全ての特異点で最も異質な特異点。

千里眼を持たずしてこの世の絡繰りを見抜いた男が築いた、人類最後のマスターと、彼女の為の試練の場。

 

「善き者、悪しき者、その是非を問わず、その慈悲を問わず」

 

故にサカシマ。

愛ある悪意が牙を剥く。

 

「私は、そうだ私は」

 

だからこそ、

 

「戦うモノ、殺戮の機械、だから私は」

 

 

 

 

 

 

 

「全てを破壊する」

 

 

 

 

 

 

 

宙より降る星の涙は、彼女が立つ崖の下。

身を潜めて、息を殺して希望へと歩いていく者達を穿つように降り注ぐのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




間に合った!(間に合ったとは言ってない)
いや、ごめんなさい。
GWだしまさか呼び出しはないだろうと思ったら元気に電話が鳴って仕事してたら、中々書けれませんでした。
言い訳です、本当また明日って言ってたのに遅くなってしまいごめんなさい。
おまけに短めです、もうちょい書いた方がええんでしょうが時間的にこれが限界でした、筆が遅くて申し訳ないです。
明日についてもですが、元気にお仕事な作者なので明日の投稿は今回ぐらいぎりぎりか、ちょっと日を跨ぐかもしれないので許してやってくださいナンデモシマスカラ。

さて今回は説明回、次回は久々のガチンコ戦闘です。
自陣はカルデア組以外は連日の遠征でぼろぼろ、という感じ。
相手は元気もりもり文明破壊ガール。

うん、そろそろテコ入れしよう(白目)



あ、ところで皆さん。
オリ主の真名当て、それからカルデアに居ない『居るべき存在』はわかりましたでしょうか?
もしよかったら考えてみてやってもらえると嬉しいです(*´ω`*)


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The Dignity of Lords

今回は一万字から一万二千字ぐらいまで若干のグロ描写ありですのでご理解いただける幸いです。

今回予定していた話の流れに小さな矛盾が生じたため、予定より一章早くそして原作よりもかなり遅くですがあの子に登場してもらいます。
後、一二話にもちょっぴり登場した『あの子』の一人称が間違えていましたので訂正しました、申し訳ありません。



一夜明け、私たちは生き残ったローマ市民たちが隠れ住んでいるベルガムムの拠点へと歩き出した。

 

「召喚が確認されたサーヴァント六騎の内、聖杯を持っているとすれば十中八九ルキウスの奴よ」

「ほう、君の考えをお聞かせ願えるかな?レディ」

 

息を潜め、私と孔明先生の魔術で物理・魔術を問わず気配と痕跡を消しながら私たちは静かに森の中を歩く。

鬱蒼と木々が茂り、陽の光がほとんど入ってこない欧州独特の陰鬱とした森に辟易しつつも私は自分の推理を披露する。

 

「ルキウス・ヒベリウスは建国の祖ロムルスが人類繁栄のために袂を分けた幻想と、神代がとうに終わった五世紀に、よりにもよってそのローマで再び手を結んで領地を拡大した男。人類のみが頂点に立つ繁栄をお題目に掲げる人理とは相容れない、だから人理の守護者(英霊)にはなれない」

「名高いアーサー王伝説群。派生の数こそ多いですが確かに座であの皇帝を見かけることはありませんでしたね。最も私はあまり他所の座に出歩きませんでしたが」

 

ギリシャ神話(出身)が出身ですので、と告げるメドゥーサに納得しつつも戦慄する。

え、なに、座って自由に行き来できるの?

突撃隣の晩御飯とか出来ちゃうの?

形而上のそれこそ皆概念的な何かになってる世界じゃないわけ?

噓でしょ、私長いこと魔術師やってるけど初めて知ったわよ、そんな事。

というか知りたくなかったわよ、そんな残念な感じの裏事情。

もっとこう、崇高な感じの、何というかこれぞ真理!……みたいな感じだと思ってたのに。

 

思わぬところから衝撃を受けつつ私は話を再開する。

 

「おまけにアイツは建国の意志を否定する形で領土拡充と大陸支配を狙った男、だから後の歴史書からも名を消されて違う皇帝が居たことになって、結局残ったのはアーサー王の敵役っていう配役名だけ。そんなルキウスがこの特異点に居る、幻想を率いて、その果てに世界からも人々の記憶からもなかったことにされた『空位の皇帝』が」

 

言い得て妙とはこのことね。

確かに座していた皇帝の位を、文字通り存在そのものから抹消されたあいつは空位を冠すに相応しい。

そして皮肉なことだ。

冠位を示す探索を課せられた私たちの敵が、位を破棄された存在なのだから。

本当、最悪の配役だ。

そしてそんな存在を召喚する、そんな馬鹿げたことが許されるのは恐らくこの世界には一つしかない。

 

「それも不確かな存在(幻霊)ではなく力ある確固たる存在(英霊)として。世界から抹消された霞のような存在を()()()()()()()()なんて、幾ら人理の力も世界からの抑止力すらも焼却された特異点だからって、いいえ辛うじて人理焼却を免れた特異点だからこそ不可能よ。なら、そんな奇跡を起こせるのは……」

「聖杯、か。成程、君たちの言うレフ・ライノールだったか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、人理焼却に加担したというなら話は別だ。彼が聖杯によって人理を破る存在として招いたのが、あの皇帝というわけか」

「原典でも知られるようにあいつは戦士としての技量もとんでもない。だけどそれだけでブリテンを脅かしてきたわけじゃない。滅亡寸前の自国を僅か数年で立て直す手腕、幻想種たちすら心酔させるカリスマ、そして純粋に戦闘に特化させた魔術師としての技量」

 

最も嫌いなところ(恐ろしいところ)を挙げろと言われたら、私は魔術の腕だと言う。

ギネヴィア()の魔術は汎用性に特化している。

そもそも戦闘なんて考慮していない、ごくごく普通の魔術だ。

だけどルキウスは違う。

最初から、敵を蹂躙し駆逐し圧制し支配するその為だけに最適化された魔術に特化させている。

霊脈の支配、負担を度外視して尚自壊しない高度な自己改造、宝具による魔力負担の軽減と威力上昇。

どれか一つでもできれば、その国で十指に入れると断言できるほどの高度な魔術を全て完璧に御し行使する。

最高位の近接技術と魔術を振るう最高クラスのサーヴァント。

サーヴァントとしての戦力で言えば、白兵戦がこなせる程度の私の上位互換に他ならない。

正直、此処にいる面子では正面からぶつかっても勝ち目が薄い。

唯一まだその戦車以外の宝具を明かしていないイスカンダル王なら或いはと考えられる程度だ。

 

やるなら、士郎君クラスの防衛に長けた前衛が抑えている隙に超遠距離から逃げ場のない大火力でもぶつける位しかない。

生前のアルトリアはそれが出来たからこそ勝機があったのだが……今はいない。

 

だからもし正面から激突するなら、カルデアの最高火力(衛宮桜)が最低限必要だ。

 

「魔術師としてのルキウスの技量はこと戦争においてはずば抜けてるけれど、それ以外が駄目なわけじゃない。もしあいつがサーヴァントとして召喚できたのなら、燃費は度外視するけど剣士と魔術師、どちらのクラスでも勝ち抜けるだけの実力がある。だから自分を確立するために使った聖杯を隠蔽するのだって、それこそ高位の魔術師と同等の技量があるアイツなら難しくないわ」

『恐らくギネヴィアの発言に間違いはないだろう。僕らが観測しているデータでもルキウスと対峙した時に僅かにだが聖杯の反応があった』

「ほう、という事はあの益荒男こそが連合の首魁であり、あ奴に勝利することがこの聖杯戦争での勝利目標といったところか?異国の魔術師よ』

『仰る通りですよ、イスカンダル大王』

 

でも幸いだったわ。

 

「確かローマに居るのは二騎、という話でしたね孔明?」

「ああそうだ、メドゥーサ。一騎は既に判明しているランサー。ならば最後の一人は」

「消去法でルキウスってことでしょうね。夜中に英霊が守護してる拠点から消えるのも、多分聖杯の所持者(ルキウス)の下へ行って魔力供給してるってことでしょう」

 

敵の全容はまだ見えないけれど、勝利条件も敵の首魁もこれで判明した。

果ての見えないブリテンでの最後の戦い(あの戦場)とは違う。

 

『ローマに居るサーヴァントの反応だが今も変わらず二騎が常駐しているようだ。そしてこの先にもサーヴァントの反応はない。こちらのデータでも観測したがギネヴィアの言っている通り空位の皇帝(ルキウス・ヒベリウス)は随分と厄介な英霊の様だけど、まあ今は危険視しなくてもいいだろう。少なくともこちらで確認したステータスにある陣地作成(スキル)を見る限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようだし残りの四騎も皆それぞれの拠点に居ることが確認取れているよ」

 

勝つための明確なゴールがある。

なら、もうすぐ抜けるこの森の様に必ず勝利に到達できる。

 

そんな安堵が私たちに広がった。

 

「そろそろ森を抜ける。ミス藤丸、体調はどうだ?」

「大丈夫です、孔明先生!休み休み来てるからばっちし!」

「……先生は止め給え。今の私は王に仕える一介の軍師だ」

「えー、じゃあグレートビッグベン☆ロンドンスター……とか?」

「止めろォッ!君はどうしてそのあだ名を知ってるんだッ!?というか何故アニムスフィアが出資している国連機関にまでその不名誉なあだ名が浸透しているのだッ!?誰だッ!誰に聞いたのだね!?フェルヴェッジか!?それともペンテル姉妹か!?居るのは知ってるのだぞ!」

『『イエ、ソンナ名前ノ職員ハイマセン』』

「貴様らァッ!」

 

格好良く少女の体調を気遣って見せた紳士ぶりは何処へやら。

額に青筋浮かべて尋ねてくる孔明先生に立香はあははと苦笑いを浮かべながら答えを言った。

 

「えーっと、カルデアに来る前に知り合った人なんですけど……なんかアメリカから来たばっかの若い人で初めて魔術っていうのを見せてくれたのもその人なんですけど、TMitterからヘイコウ世界の人にメッセ送るとかなんとかっていう魔術で……」

 

それが縁で駅裏に貼ってあった隠蔽された招集文書(カルデアの募集)に気づいてカルデアに来ることになったんですよと立香は笑うが孔明は笑ってくれていない。

なんかアメリカって単語聞いた瞬間に青筋が二、三本増えたし。

……というかマスター適正はあったんでしょうけど魔術の魔の字も知らないこの子が如何やって魔術組織に参加できたのかしらとは思ってたけど、そんな理由があったのね。

ぐっじょぶよ、名前は知らないお若い魔術師くん。

でも後でちょっと城の裏まで来なさい、平行世界に疑似的にでも接続できるとか何それ怖い。

 

「えっとですね、その人はなんかこう『こっちのほうが楽しそう』って理由で()()()()泥沼にクロールで飛び込んでいきそうな感じの人で」

(ファック)ッ!」

 

その立香の言葉を聞いて思いっきりスラングを言い出す先生。

 

「やはり貴様かフラットォッッ!!どうせそんなことだろうと思ったが(ファック)ッ!よりにもよって素人に魔術見せた挙句余計なことまで吹き込みおって!」

「そこまでにしとけ坊主」

 

叫んでそのお若い魔術師君、フラットだったかしら、を罵るけどそれも言葉と共に降りてきた拳骨で鎮まる。

流石征服王、やることなすこと豪快だ。

 

「……ッッ!??ライダーッ!!」

「おうおう、お前が落ちつかんでどうするのだ。良い休憩にはなったが仕舞にしておけ」

「……分かってるさ」

「坊主の時の口調に戻っておるのも分かっておるのなら余は構わんがな」

「……っ!」

 

あれーおかしいぞー。

一九〇cm近い身長の妙齢の紳士が顔を赤らめて王と話すだけでどうしてこんなにヒロインオーラが出るのかしら?

あれー変だなー。

……あれ、私若しかして孔明先生よりも女子力(ヒロイン力)低いの?

え、うそ……へこむ。

 

「うむ、善き余興の時間となった。余が手ずから褒めて遣わすぞ、立香、孔明」

「いえいえ、それほどでもー」

「……もう好きにしてくれ」

 

ふふんと笑うネロはそのまま私たちより一歩前に出て、森の出口へと向かう。

両手を大きく広げ、出口から眩く輝く午前の光に照らされて、その姿はまるで美の女神(ヴィーナス)のよう。

その美しさを彩る形のいい唇から、嬉し気に言葉をネロは紡ぐ。

 

「この森を抜ければ余のローマ、その最後の砦にして至高の都ベルガムムだ。かくして目を見開き拝謁せよ!」

「はいはい、あんまり先に行かないの」

「ふふん!心配してくれるのだなギネヴィア!口では拒んで見せてもやはり余の美貌と愛らしさにメロメロとみた」

「誰があんたなんか!」

「立香、そなたの国ではギネヴィアは確か『嫌よ嫌よも好きの内』とか『ツンデレ』というのであったな。うむうむ愛い奴よ」

「そうでーす」

「立香ぁっ!!」

 

そんな、あまり認めたくはないが楽しい一時を過ごして。

()()()()()()()()()の当たる出口を超えて。

私たちは朝から歩き続けてきた森を抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

『今すぐ全員引き返すんだッッ!そっちはッッ!』

 

 

 

抜けてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なによ……これ……」

 

誰も言葉が出なかった。

あのイスカンダル王ですら驚愕の顔を浮かべている。

 

「あ……嘘だ……何故、ベルガムムが……余の町が……」

 

それはあまりにも、あまりにもあり得ない光景だった。

 

「馬鹿なッ!私たちの索敵を抜けてこんなッ!?」

 

そうだ、あり得ない。

だってそうだろう。

私も孔明先生も歩きながらではあったがずっと魔術で索敵をし続けてきた。

そうだ、だからあり得ない。

だってさっきまで、ベルガムムの街には人ひとりの生命反応も魔術反応もなかった。

 

況してや、一つの街を破壊できるほどの火力(宝具)の行使なんて、反応なんてなかったのだ。

今だって目の前に広がる文明そのものが破壊しつくされたかのようになっている街並みの残骸を見なければ到底信じられない。

 

あり得ない、あり得ない。

存在を完全に秘匿して、魔術師(キャスター)二騎の索敵もカルデアからの観測も掻い潜って、まるで虚空から転移したように忽然と宝具をしようするなんて、出来るはずがない。

 

そんな非常識な転移魔術(手段)、それこそ霊脈と完全に同調してその空間を完全に支配・制御しなければ……え?

 

あれ、嘘、だって、なんで……嗚呼そうか、そういうことか。

 

「糞ッ!やってくれたわねルキウスッ!!」

 

自分の馬鹿さ加減に辟易して首を絞めたくなる。

魔力をベルガムムの地に通して、理解する。

その上で探索をさらに広げて、確信した。

やられた、完全に騙された。

 

「逃げるわよ!違ったのよ、間違えてたのよ私たちは!初めからッ!」

 

そう言って立香とマシュの手を引いて後ろを振り向こうとして、

 

『魔力反応ッ!この規模と霊基パターンは……上位(Bランク)ッ!それも結界系の宝具だッ!』

 

後ろを()()()()()で閉ざされた。

その赤は士郎君が纏う聖骸布よりもずっと濃く、そして後悔の念に満ちている。

それが何を意味するのか、このローマの成り立ちを少しでも知る者ならば直ぐに気づくだろう。

長い『ローマ帝国』の歴史の中で、数多くいる英霊達の中で、血を注がれた高き城壁を宝具として持つ英霊などそう多くはない。

何より、ここは()の国なのだから。

 

「血色の城壁……七つの丘(パラディウム)の城壁……馬鹿な、そんなッこれはあの御方のッ神祖ロムルスのッッ!!」

 

ああ、つまりだ。

そうなのだ。

私たちは初めから間違えていた。

()()()()()()()()()()

 

カエサル(剣士)クレオパトラ(暗殺者)レオニダス(槍兵)ダレイオス三世(狂戦士)

そしてまだ真名が分かっていなくて、そして目の前の残骸を創り上げた張本人を除けば後はルキウスだけだと思っていた。

 

そう、もう一人いるという可能性を完全に失念していた。

だから六騎それぞれの霊基反応が拠点にあるということで安心していた。

そうだ、ずっとローマに居たのだと思っていた。

違うのだ、あいつは、ルキウスは。

 

聖杯どころか自分の存在を完全に隠蔽して、あたかも敵は六騎だけのように見せかけたうえで、このローマ全土の霊脈も支配下に置くために放浪していたのだ。

 

レオナルドの言った通りそんなこと一つの場所に留まっていたら出来ない。

だから、一人だけ私たちが来るまでずっと戦場に姿を現さないで、延々と土地を巡って霊脈の掌握(下準備)をしていたのだ。

ああ、そうかだから、だから半月も連合は動かなかったのか。

 

これを済ませるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「破壊する」

 

言葉が聞こえる。

無機質な声だ。

目の前で光を纏った長剣を握る剣士からだ。

 

「私は文明を、輝きを、営みを、世界を」

 

目の前の剣士が構えるそれは感知せずとも理解させられる高位の格を持つ宝具。

剣士自身も溢れ出る魔力と星の輝きを秘めたように均整の取れた究極の肉体。

その紋様がどことなく嘗て幾度も戦った蛮族を想起させるが、やはりそれそのものに見覚えはない。

 

「遍く全てを」

 

だがそんなことは関係がない。

間違いなく難敵であり、後方は宝具(城壁)によって封じられ逃げ場がない。

だからこれは宣言なのだ。

 

 

 

「破壊する」

 

 

 

文字通り目の前の街であった物の様に破壊し尽くすのだと、そう宣言し戦闘(蹂躙)が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かこみ(剥離)かため(硬化)かたどる(結界化)ッ!」

「ライダーッ!」

「応さ!」

「立香ッネロッ!貴方たちは私の傍へ!」

「分かった!マシュ!」

「諒解しました!戦闘ッ開始しますッ!」

 

 

空間の剥離による次元の壁を作り、その壁を固めることで結界として模る。

 

最早戦線から離脱はできない。

だから魔力を練り上げ、話術も魔力重点も起動し結界を張る。

目の前では戦車に乗った二人が突撃していくが、

 

「―――邪魔だ」

 

それを物ともせずに剣を薙ぎ払う、ただその一動作で戦車が進む先の道を叩き割る。

嫌な汗が流れる。

足りない。

高が三小節程度の魔術行使ではあの女は防げない。

使用冷却時間(クールタイム)まで時間はある。

 

やれることをする。

 

まもれ(守護)ッ!まどえ(思考誘導)ッ!まどろめ(威力減衰)ッッ!」

 

守護の加護に立香達を狙わないように思考誘導と攻撃力の減衰を引き起こす呪いを結界に仕込む。

孔明先生の魔術が女に当たるが微々たる傷しか与えられていない。

恐らくは高ランクの対魔力。

戦車の突撃を地上だけでなく空中からも繰り返すが、機械のような精密さで完璧に防いでいる。

 

まだ足りない。

 

こう(幸運)ッ!ねがう(運命干渉)ッ!うたう(詠唱重複)ッ!」

 

幸運を引き寄せ、不運を弾く小規模の運命干渉を行い、魔力を結界自体に注いでこれまでしてきた話術(術式)を自動で繰り返し続けさせる。

結界の発動を確認したメドゥーサも戦線に加わる。

マシュも身体能力的には追い縋っているが圧倒的に戦闘経験が足りない。

孔明先生の多彩な妨害もイスカンダル王の縦横無尽な突撃も、効果は成しているが前衛が足りないが為に決定打にならない。

もう一人、必要だ。

あの女の攻撃を、防御を邪魔する手数が必要だ。

 

安心はできないが、これで行くしかない。

 

「良い子でそこで待ってるのよ、立香……()()()()()()()()()()()()()()()

 

王剣、並びに疑似魔力放出起動。

 

返答を聞かず、私も戦線へと飛び出す。

後ろから何か聞こえた気がするが今は無視だ。

兎に角、早くこの場から逃げ出さねば。

最悪なのは、ここに他の英霊も転移してくることだ。

 

「新手か」

「あらこんにちは?ご機嫌用、お加減はいかが?あ、答えは聞いてないわ、死になさいッ!」

 

幸い霊脈の状態を見る限り、術者本人(ルキウス)が不在の地で転移を行うのは相当霊脈に負担をかける様だ。

おまけに逃亡防止のための宝具まで遠隔発動させている。

恐らくはそうそう直ぐには転移を再使用できない。

 

「……躱すか、羽虫」

「何ッとでもォッ!」

 

なら今は兎に角、この場からの離脱が優先だ。

宝具の破壊なんてできない。

なら壁は後回しだ、目の前の女を叩き潰す。

 

「チィッ!二人相手でも、かッ!」

「くッ!これほどとは……厄介なッ」

 

王剣を振るうがその度に容易く弾かれる。

反対に押し込まれるように女の刀身が肉薄する。

それを横から投げた鎖と鉄杭で防ぎつつ、自身も肉弾戦へとメドゥーサが持ち込む。

蛇のようにしなやかで流動な動き。

それをちらりと一瞥し、機械の様に無駄のない動きで捌く女。

 

「はあああああァッ!」

 

僅かに出来た隙、それを掻い潜って後ろから突撃するのはマシュ。

大盾を鋭く、重く、一直線に女へと叩き込む。

だけど、

 

「がァッ!?」

「くぅッ!」

 

だが、その一撃が触れる前に組み付かんとする私やメドゥーサを蹴り飛ばし、その勢いで反転。

女はマシュの一撃を膝と肘を使って流れる様に、淡々と捉え、

 

()()()

「きゃあッ!?」

 

膝で盾を押し上げ、無防備に晒されたマシュの腹部を蹴り穿つ。

三対一、基本能力の差があったとしても十二分以上の戦力差を簡単に埋める実力。

元から高火力の宝具と機動力を生かした閉所での攪乱を得意とするメドゥーサ。

基礎能力こそ高いものの圧倒的に経験不足のマシュ。

そして身体能力が低すぎる上に、次郎丸は兵士たちを守っている為に使えずスキルも冷却時間中で何も使えない私。

前衛としては明らかに足りない。

 

だけど、

 

「んなことォッ!百も承知でやってるわよッ!」

 

そうだ、敵わないのは分かっている。

でも必要だった、

 

「待たせたなッ!今この時こそ勝機と見たッ!!」

「強化、補助、魔力の補給、何れも完了だ。好きに吹き飛ばせッライダーッ!」

「応ともッ!いざ征かんッ!蹂躙の彼方へッ!」

 

この時の為に!

 

遥か上空で魔力の回復に努めていた二人が、宝具の準備を完了させる。

神牛が率いる戦車は、雷神(ゼウス)の御子足る所以を示すように稲光を唸らせ天空より降る。

 

遥かなる(ヴィア)

 

重き神牛の蹄が虚空を割り、世界に嘗て何時の日か征服王が歩んだ覇道を今再び刻んでいく。

そのランクはメドゥーサの騎英の手綱(宝具)と同じくA+、つまり神霊規模の魔術行使の一歩手前。

間違いなく人の身で辿り着ける最高位に等しい格。

その威が今現界する!

 

 

 

「―――蹂躙制覇(エクスプグティオナ)ッッッ!!!」

 

 

 

上空からの突撃によってその勢いは増し今や人が捉えられる速さを超えた。

それに対する女は、

 

「限定接続、承認。魔力供給、始動」

 

笑みも、

 

「因子同調率、臨界。英雄現象(ノーブルエフェクト)

 

畏れも、

 

「起動まで二秒。軍神よ我を呪え。星穿つは神の剣」

 

唯一つの感情すら浮かべず、

 

 

 

「―――軍神の剣(フォトン・レイ)

 

 

 

虹が如き極光を纏った螺旋の魔力によって上空から迫る征服王を迎え撃つ。

 

「AAAALaLaLaLaLaieッッ!!」

 

宝具同士の衝突。

閃光を伴う膨大な魔力の余波によって世界が文字通り蹂躙される。

 

「うぅっ……!」

 

思わず目も開けられないまま呻く。

それでも魔力感知を高め、限界まで状況を把握する。

 

戦車と螺旋。

全く異なる宝具がぶつかり合い、互いに拮抗している。

恐らく両者は同ランク(A+)同系統(対軍宝具)

それでも征服王が押している。

孔明先生の補助と、そして王剣による自陣への強化。

それらによって僅かに、それでも決定的に軍神の剣と呼ばれたその一撃を押し込んでいっている。

 

勝てる。

勝機が、見えた。

 

 

 

『それは駄目だな』

 

 

「ぬゥゥッッ!!」

「……なっ!?」

 

突如霊脈が悲鳴を上げながら奮起し、その不安も顧みず女へと魔力を注ぎ込む。

 

(ローマ)としてはここでアルテラを喪うのは酷く胸が苦しいが、それもまた戦争だ。時にそう言うこともあるだろう。だが』

 

あの男の声が響き、アルテラと呼ばれた剣士の魔力は膨張し続ける。

そして遂に、

 

「こりゃいかんな、ウェイバー退くぞッ!」

 

征服王が押していた拮抗が、極光の螺旋によって完全に崩れた。

それを刹那で判断し、すぐさま己の宝具を離脱の為に捨てでも逃走に移ったのは不幸中の幸いだった。

征服王と軍師が戦車から飛び上がったその間際、極光は臨界を迎え天に架かる幾重もの暈にすら届かん勢いで立ち上った。

 

『お互いこんな()()()()で命を喪うのは惜しかろう。(ローマ)とて同じだ、出来るなら互いに全力でぶつかり合って、その上で世界もお前たちも何も飲み干した方がずっと楽しかろうさ』

 

そう言って、ルキウスの声は途絶えた。

馬鹿の考えなんて分からないし、こみ上げる憤怒は消えないが返答する余力もない。

吹き荒れる砂塵。

それを一蹴、いいえ、剣の一振りでアルテラが消し飛ばす。

 

「―――不要な気遣いをする男だ。己の欲の為ならば理も常道も意志さえも踏みにじる……前回と変わらず浅ましいな、人間は」

 

そう何事かを呟き、それからアルテラはこちらを見据え、

 

「目標、補足」

「させませんッ!」

「ッ!?いけませんッマシュッッ!!」

 

大振りに剣を振るった。

それに対するように前面に大楯を構えマシュは突撃する。

宝具の発動なら、耐えきれただろう。

でも、違った。

 

「えっ!?」

 

鞭のように撓る宝具。

先程までの無機質で硬質な印象とは違う。

刀身がまるで生きているかのように自在に、獣の尾のように唸りを上げて、蛇のように地を這って。

大楯では守れない背後からマシュの足首を掴み取り、

 

「壊れろ」

 

砕け瓦礫と化した町並みへとぶつけ出す。

 

「メドゥーサァッッ!」

「言われずともッですがッ!」

 

幾度も幾度も、叩きつけ、徹底的に壊れた玩具を磨り潰すように丹念に、丹念に、丹念にぶつける。

虹の極光はマシュを鞭ではなく暁の戦槌(モーニングスター)の様に弄びながら高速で空間を駆け巡る。

それは光の結界となって、侵入者を阻みメドゥーサの救出さえもままならない。

 

「さっさと起動しろォォッ!とらえろとらえろとらえろとらえろ(速度減衰)とらえろ(速度減衰)とらえろ(速度減衰)たすけろ(空間掌握)ォォッッ!!」

 

スキルの冷却時間を無視。

霊基を無理やり弄る。

組成なんて気にしない。

あの子を助けられるならそれでいいッ!

 

霊核がぎしりと嫌な音を立てる。

 

「それがどォしたァッッ!!」

 

いらない知らない興味がない。

マシュ。

マシュッ。

マシュ(■■ラ■ッ■ド)ッ!

私の大事な大事な愛しい子。

 

必ず必ず、助ける。

 

口に出して話術を起動させる。

最初こそ意味を成さなかったが、それでも何とか起動に成功し、速度減衰の呪詛と空間掌握で一時的に鞭の速度を殺す。

 

「めどゥッ「分かっていますッ!」はやぐッ!」

 

喋りすぎだ。

霊核が軋む。

煩い。

そんなことどうでもいい。

マシュ、マシュッ、マシュッ!

 

メドゥーサが宝具に捉えられたマシュを怪力(スキル)も併用して無理やり助け出す。

その間を軍師の補助を受けながら戦車を失った征服王が剣を手にして白兵戦を挑み、何とかアルテラの動きを妨害する。

 

「……ギネヴィア、マシュを頼みます」

「ええ、ええッええッ!分かってるから早くッ!」

 

メドゥーサは急かす言葉に嫌な顔を見せず、けれど暗い顔で抱き留めたマシュを私に託す。

 

「うぅ……あぁ……」

 

胸に抱いた幼い少女、大事な大事な私の仲間。

それが今苦し気に呻いている。

高い耐久値、そしてスキルの恩恵で致命傷は受けていない。

けれど、大小様々な怪我を負っている。

疑似サーヴァントだから、致命傷でないだけだ。

本当だったら、とっくの昔に死んでいる。

 

「ごめんね、怖かったわね、もう大丈夫よ、すぐ治すからッ」

 

そう言ってすぐさま治療の魔術をかける。

 

胸を占めるのは憎悪。

なんて無様、なんて未熟。

この子が気負って突撃するなんて考えれたのに。

自分が、生きているのか死んでいるのか分からない私が行けばよかったのだ。

生者のこの子に、どうしてこんな目にあわせるのか。

 

嗚呼糞。

 

「ぎ……ね、ヴぃあ、さん」

「ッ!駄目よ、マシュ。大丈夫だから喋らないで待っていて。ね?いい子だから」

 

治療と同時にかけた痛み止め、そして結界の術式によって落ち着いたのかマシュが声をかけてきた。

大丈夫。

大丈夫。

そう何度も自分に言い聞かせるように言う言葉のなんて薄っぺらいことか。

 

それでもマシュは、自分の怪我なんて知らないように。

 

「泣か、ないで……くだ、さい」

 

痛み止めで和らいでもまだ蝕む痛みを無視して、

 

「せん、ぱい……を、おねがいし、ますね。ぎね、ヴぃ……あさ、んがなお、してくれるから、私だいじょうぶ」

 

私に、

 

「だ、から……泣、かない、で」

 

精一杯笑いかけてくれた。

 

「……ええ、任せなさい。必ず、私が立香は守るわ。だから、貴女はちゃんと寝て、早く元気になりなさい」

 

もう、それしか言えなかった。

それによかったと安堵の微笑みを零し、マシュは静かに寝息を立てだした。

痛みとここまでの行軍での疲労もあるのだ。

穏やかな表情で胸を上気させ結界の中で眠っている。

 

「ええ、約束よ」

 

びきりと音がする。

 

「私が」

 

がちりと音がする。

 

「必ず」

 

ぎぎぎと音がする。

 

「必ずッ」

 

ぐるりぐるり、廻る回る周る。

 

「―――アナタ達ヲ守ッテ見セル」

 

遠くで何かがほんの少しだけ、開く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ガ身、我ガ憎悪、我ガ誓イ」

 

歩く。

目の前の戦況は変わらない。

撓り唸る神の鞭を前に純粋な意味で白兵戦に長けたサーヴァントが居ない自陣ではあのアルテラという女には一歩届かない。

 

関係ない。

 

「全テ、全テ、全テッ!」

 

そんなもの、私なら超えられる。

こんな身体一つを使い潰せばいいのだから、安いものだ。

 

「全テヲ喰ライテ奔レッ!」

 

使えない?

スキルが。

霊基が。

魔力が。

全て足りないから、だから使えない?

 

「銀ノ閃光ォッ!!」

 

だったら全部くれてやる。

刹那でいい。

五分も要らない。

僅かな、僅かな時間でいいのだ。

時間でいいのだ。

霊基と霊核を構成するすべての魔術を代償に。

立香と繋がっているパスとカルデアからの供給を無理やり貪って。

霊基情報を後のことも忘れてめちゃくちゃに弄って。

そうしてやっと一分だけ。

 

 

 

過剰充填・王剣執行(クラレント・オーバーロード)ォォッッ!!」

 

 

 

王剣の異常稼働を引き起こす。

 

「……羽虫か」

 

答えは返さない。

灼熱を宿し空色の燐光を迸らせる王剣。

それと同時に肉体を滅茶苦茶に犯し焼き払いながら暴走した魔力が銀の閃光となって溢れかえる。

 

一歩、飛び込む。

身体能力が低い私でも、今は平均的なサーヴァントとなら十二分に競い合える能力まで過剰暴走している。

元より剣の才はあるのだ、身体能力さえ補えれば三騎士とだって打ち合える。

 

撓る鞭を飛び越え、それでもまだアルテラの方が速い。

右足に霞めた、焼いた匂いがする。

それがどうした、痛覚なんてずっと昔からないじゃないか。

肉薄し、剣を振るう。

まだアルテラの剣の方が重い。

 

左の頬を抉られた、咥内が剥き出しになる。

それがどうした、今更交わす言葉なんてない。

アルテラの剣が迫る。

弾き返し、次の一手で魔力を纏い最早剣ではなく光の束へと変貌したそれを打ち込む。

 

左腕を切り飛ばされた、焼け焦げ炭化した肉体から

それがどうした、剣は右腕で持てる。

光束を螺旋が削る。

ぶらりと虚を生むことになった。

 

腹を貫かれた、どろりと何かが零れていく。

それがどうした、元からあの人の子すら産めない自分に胎など愛着もない。

虚を突かれ腹をぶち破られたが、こちらも魔力でできた弾丸を撃ち込む。

過剰な魔力で編まれたそれは対魔力の上からアルテラの皮膚を焼いた。

 

「ッ!」

 

駄目だ、まだ足りない。

もっと、もっと、もっとッ!

 

アルテラの表情が初めて崩れた。

僅かに負った火傷の痛み、最も単純な呪詛である憎悪の意志で編まれたそれの痛みは焼けた石を押し付けられるものに似ている筈だ。

ああだから、今度は私の番。

 

さぁ。

さぁッ。

さぁッ!

 

サァ殺ソウ。

 

その一歩を踏み出して、ごろんと何かが転がった。

ずじゅりと嫌な音と腐った臭いがする。

 

「ア……エ……」

 

焼け焦げた異臭がする。

 

「ウゥ……Aaa」

 

何より、身体が動かない。

よく見れば炭化した両足が崩れ落ちていた。

剣を握っていたはずの右腕が肩からなくなっている。

 

「……勝てると、そう思ったのか」

 

何も聞こえない。

ただよく見えた。

 

「哀れだな。お前は蟻だ、もう翼はない。だから羽ばたけない」

 

午前の光が目一杯差し込んで、逆光で暗くなったアルテラの顔は伺えない。

ただ剣を振り上げ、私、わたし、ワタシ、わタしを殺そうとするのだけよく見えた。

 

「沈め、そして砕け散れ」

 

あ、そうか。

私、

 

「―――夢見るままに」

 

死ぬのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギネヴィアと一緒に居たかったんだ、ただそれだけ』

 

……だ。

 

『だ、から……泣、かない、で』

 

…やだ。

 

『私を―――』

 

いやだ。

 

『幸せにすると』

 

いやだ。

嫌だッ。

嫌だッ!

 

死ねない死にたくない生きていたいッ!

やっと生まれ変わったのにッ!

今度こそもう誰にも家族を奪わせないって決めたのにッ!

もう二度と逃げないって、もう二度と約束を破らないって決めたのにッ!

 

嫌だ嫌だ嫌だァッ!

 

そうだ嫌だ。

嫌なのだ。

負けたくない。

守りたい。

誓いも。

家族も。

仲間も。

幸福も。

愛も。

 

やっとやっと手に入れたのだ。

やっとやっと取り戻したのだ。

やっとやっとあの頃に戻れたんだ。

 

だからだからだからッッ!!

 

何をどうしたって何を犠牲してでも何を踏みにじっても()()()()()()()()()()()()!!

 

 

 

 

 

 

 

―――嗚呼、正解だ

 

 

 

 

 

 

 

不意に声が響いた。

 

―――やれやれ、遊星の使者が相手とは君もつくづく運が悪い

 

何処かで聞いた声だった。

 

―――まあこの特異点に限っては全て君の所為なんだけどね、ギネヴィア

 

知らない筈の声だった。

 

―――こんなところで躓く予定、君にも僕にも、そして君達にもないはずだ

 

けれどそれは何処まで良く馴染んだ。

 

―――本当は時間外労働はしない主義だけど、君はしっかり契約を守っている

 

気持ちが悪い程に私の、僕の、俺の中に沈み込む。

 

―――あのろくでなしと違ってボクは誠実だからね、ほんの少しだけ君に力を貸そう

 

嗚呼知っている。

 

―――大丈夫だよ、ここに魔神柱(獣の指)は居ないからばれはしない。まあ彼らは怒るかも知れないけれどそこは君が言い訳してくれ給え

 

そうだ、知っている。

 

―――今の君の霊基()ではボクの力はそう多くは引き出せない

 

だから、

 

―――だから安心して全力を振るうといい……もう思い出しただろう?君の役割()

 

だから、

 

―――比較し天秤を測る(謀る)といい、それがボク()の在り方なのだから

 

私は、

 

―――さあ起きなさい、もう目覚めの言葉は思い出した筈だから

 

それを口にした。

 

―――そうだろう?■条■歌の現身、『忘却』の剥離人格(アルターエゴ)

 

 

 

 

 

 

 

形態変化(フォルムチェンジ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。

嗚呼いい気分だ。

目の前に剣が迫ってる。

だから、()()()()()()()

 

「馬鹿なッ!?」

 

思いのほか、気持ちよく身体が動いた。

嗚呼熱い。

子宮が疼く。

久しぶりだ、いや初めてだろうか。

何せ随分遠い昔にあの女に凌辱されてから不感症になってしまったのだから。

 

あれそうだっけ?

 

まあいっか。

なんでか皆目を白黒させてる。

如何したのかしら。

 

嫌だなぁ、そんなゴキブリ見るママの目みたいなそれで私を見ないでよ。

本当失礼しちゃうんだから。

でも乙女なギネヴィアちょっぴり気になっちゃうの。

だから()()()()()()()投影魔術で鏡を作る。

不思議と魔力消費が気にならない。

うんいい気分。

 

それに私の姿もとってもキュート。

そーきゅーと。

 

だって趣味の悪い喪服は真っ白なドレスに。

むき出しの肩と胸は可愛い水色のボレロできっちりガードよ。

右から栗鼠みたいな犬みたいな、うん、()()()()、猫のキュートな耳が一つ。

そして左からは真っ青な角、クールでかっこいいわギネヴィア。

 

ね、()()()()()の可愛いギネヴィアちゃんよ?

 

嗚呼、キモチワルイ。

 

でも良いの。

 

おはよう(こんにちは)こんにちは(こんばんは)こんばんは(おはよう)?うーんどれかしら!」

 

だってやることは決まってる。

 

「でもきっと、そうね、そうだわ!それがいいわ!」

 

早く早く目の前の女を片付けて、さっさと立香とマシュの所に帰らなくちゃ!

 

「では改めまして、紳士淑女の皆々様?」

 

だからぁ、

 

ご機嫌よう(お休みなさい)、地獄の窯で蕩けて頂戴な?」

 

 

 

 

 

 

 

■■の為に、死ね。

 

 

 

 

 

 

 




低評価も辞さずに独自設定という名の地雷原を突き進む、そういう男に私はなりたい。
というわけでタグの『幼女の形をしたナニカ』『独自設定』『蒼銀のフラグメンツ』の描写回、そして今後に向けての戦力アップ回でした。

いやあ見事な地雷ですね、うん。

ちょっと自分でもこれ書いてて大丈夫なのか不安なので、感想・批判・疑問等なんでも大丈夫ですのでもしよかったらコメントしてやってください、よろしくお願いします。

あ、後明日はようやくお休み貰えたのでのんびり更新しますね。
ではまた明日


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災厄の目覚め、汝の名は敵対者

GWとは何だったのか(哲学)

今回は全編にわたってグロ描写あるのでご注意ください


「其れには小羊のような角が二つあって……あって……ううむ、その次は何だったかなっ!はっはっは!私としたことがいやはやとんでもない間違いだ!すっとぼけて死徒の前で使徒の様にふるまって見せてもいやはやどういう事だろう!私としたことが!すっかりこの先を忘れてしまったじゃあないか!」

「竜の様に物を言った、だ伯爵よ。安心するといい、儂もすっかり忘れていた。煩いのはその『自動車』だけでなく、貴公の口から洩れるその語り(騙り)もだったことを今頃になって思い出したところだ」

「ほう!ほう!それは大変大層結構ではないですかな、元帥。嗚呼慎ましくも人の世を離れて浅ましく生きる月の子!……ああ、あんまり怒らないでくれ私の口が大層ご機嫌に回るのは君だってよく知っているだろう?」

 

機嫌良さそうに笑う妙齢の男と対照的に悩まし気に額を抑える老人。

一見するとちぐはぐな組み合わせであり、そして互いにこうして顔を突き合わせるのすらそうそう多いことではなかった。

その二人が、珍しく、そう珍しく。

この世の何処とも決して言い切ることができない、例えるならば世界の果て、星の内海、夢幻と断じられた理想郷、そんな花園でティーテーブルを囲んでいた。

 

「貴公を招待したという話は聞いていなかったのだがな」

「君を笑いに来たのさ、元帥。いやだってそうではないだろうか、もうどうしようもなくなった世界に何時までも未練たらしく観測を続けるなんて、何時もの君じゃあり得ないと思ってね。一体全体これはどういう事だろうか、まるで私が思い描くペテンでも茹った君の灰色が思い浮かんだわけじゃないだろう?それとも……本当にそんなペテンを書き起こしてしまったのかい?」

 

一頻り微笑を浮かべたまま喋り切ると、伯爵と呼ばれた男は老人の眼をじっと見つめる。

それは真か贋かを見抜く目利きのようでもあって、次に使う玩具を選ぶ子供のようでもあった。

そんなじっとりとした視線に、深々と溜息をつき老人はゆっくりと口火を切った。

 

「……ペテンだ、伯爵。終わった物語の続きを望む、それもどうしようもない程に完結してしまった物語の続きだ。なら、その後に来るのは如何したって二次創作(ペテン)であろうよ」

「違いない!貴方の言う事は尤もだ元帥。で?何かね、貴方が望む最良が、貴方が守ろうとした世界(人理)を何もかも滅茶苦茶にしてくれたあの()()を覆す、そんな出来の悪い奇跡(ペテン)が起きるとでも?」

 

その問いへの答えは花の香りと共にやってきた。

 

「いいや伯爵、それは違うとも」

「おや、花の。久しぶりだ、()()()()()()()()()()()()()()。それはそれとして、さっきの答えを早く教えてくれないか?君の手に持った、メイソンの女王か、素晴らしい、こんな世界でそんな素敵なものにありつけるなんて私のような庶民にとってはこの上ない至福だよ。勿論、庶民なんて生物はこの世にはもう何処を探したっていないのだがね。嗚呼そうそう、忘れていたよ君のその白い手に持った紅茶の香りで思い出したんだが私も如何やら喉が渇いていてね、それも至極。出来るならこの喉に突っかかってしまった疑問を洗い流してから、その紅茶を頂きたいだのが?」

「……いやぁ、ボクも大概狂言回しとしては自信があったけれど君を前にすると聊か以上に自信を無くすよ、伯爵」

「褒めたってもう何も出せないんだがなぁ」

「喋りすぎだって言ってるのさ、根無し草」

 

白地に淡いヘザー()の混じった麗しい少女は椅子を引きながらやれやれと溜息をついた。

それに老人は鼻を鳴らし抗議する。

 

「貴様も客を呼ぶなら少しは上等なやつを選べ。こういう手合いを一度呼ぶと何時まで、何処までもついてくるぞ」

「忠告ありがとう、元帥。とはいえボクも今回招待したのは彼ではなくて錠前の君だったんだが、まあいいさ。()()()どちらに転んでも茶飲み話だよ」

 

そう言ってからいい匂いだと嬉し気に口元を綻ばせ少女は紅茶(香気)を楽しむ。

 

「おや?君は随分と彼のことを気にかけていたと思っていたがね?」

「……耳が早いじゃないか、伯爵。流石長いこと浮世を歩き続けていると違うね」

「おいおい、私を誰だと思って……いかんいかん、これはいかんな。私としたことが不要なところで楽しくも残念な形で話が逸れてしまった。これでは私の喉が癒されないじゃないか」

「良いではないか、貴様はもう少し黙るということを覚えた方がいい」

「はっはっは!いやいや貴殿の礼装(アレ)に比べれば私のお喋りなど小鳥のさえずり程でしかないさ。それで?今回の悲劇はどんな喜劇に変わるんだい?」

 

それに微笑みを崩さないまま、少女は答える。

酷く当たり前のように、無味乾燥として実に荒涼とした寂しい返事を。

 

「変わらない、もう変えられないのさ伯爵」

「ほう、ではどうして?」

 

その返答が意外だったのか、それともそうでなかったのか。

伯爵と呼ばれた男は内心のただの一つの陰りも光も見せないまま、甚だ愉快だとでも言いたげに聞く。

どうして、と。

では何故未練がましく観測を続けるのか、と。

それに、少女は眼を細めまるで大事にしまった幼少の頃の思い出を語る老女の様に、

 

「決まっている、()()()()()()()()()()

 

艶やかに馴初めを語る花嫁の様に、

 

「人でなしの僕らにとって、人であることを態々捨てでも人であり続けようとする。そんな愚かで馬鹿馬鹿しくて、けれどどうしようもなく不器用な姿は嫌味なほどに魅力的に映るものさ」

 

初めて恋した人のことを母親に話す童女の様に、

 

「きっと何も変わらなくても、何も変えられなくても。それでも彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()戦い続ける。たったそれだけでも僕にとっては見るに値する。そしてこれは君も知らないとっておきだ、胸躍らせてみるといい。誓っても言えるよ、最後に笑うのは彼だ」

 

笑顔で告げた。

 

「では、観測を始める(愉しむ)としようじゃないか。星読みの定めを受け、冠位に挑む彼らの物語を。そしてそれに小指の爪を突き立てるあの愚かな少女の話を。明けない夜はないのだから、今回もきっと上手くいくさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一時承認を確認、深層突破率27.6%。

 

また、音が鳴ってる。

 

―――クラス変更開始、スキル再設定

 

ぎしりと軋む。

 

―――存在偽証確認、五感の再接続を開始

 

きちりと悲鳴が上がる。

 

―――自己認識の改竄及び擬似霊核の修復を停止

 

ぐちゃりと、

 

―――クラス設定完了、変更後の個体名を『忘却のアルターエゴ(ギネヴィア)』に再設定

 

ナニカが潰れた気がした。

 

 

 

まあいいや。

だって何だか、その音を聞くたび(壊れるたび)胸が熱くなる(子宮が疼く)

 

そうだ、どうだっていいんだ。

久しぶりなのだ、こんないい気分なのは。

口から洩れる呼気が熱を帯びているのを()()()

咥内に残る血の残り滓、塩気を帯びたそれを舌で転がし()()()

真昼の太陽に照らされた世界が眼に焼き付き色と形を()()()()

鉄と火と血の混ざった戦場の匂いが鼻の奥まで伝わり()()()()

 

嗚呼、分かる。

嗚呼、理解できる。

嗚呼、感じることができる。

 

覚えている、これが生の実感。

脳がクリアだ。

失っていた五感が、まるで息を吹き返したように、まるでたった今誕生したように、歓喜の声を上げる。

感動と、そして寒気がするほど熱を帯びた憎悪。

相反する筈の感情。

けれど二人は互いに手を取って傷を舐めあう恋人のように、同時に確立する。

 

嗚呼、良い気分だ。

本当に最高だ。

 

だって。

 

今感じているあらゆる出来事が鮮明に見える。

感情の猛りが力強く早鐘を打つ。

マシュを傷つけられたという事実が、取り戻した五感を通してよりはっきりと認識させられて。

だからもっとずっとはっきりと。

 

 

 

憎悪(灯火)が燃え上がっているのだから。

 

 

 

「……なんだ、お前は」

 

問いが聞こえた気がした。

返事をするのも億劫だ。

馬鹿馬鹿しい。

 

「あはっ」

 

笑いが零れて、ついでに身体も動いてしまった。

 

「ッ!?」

 

一歩を踏み出す。

加速。

風を感じられて気持ちいい、そしてこんな速さでマシュを甚振っていたのだと思って胸が痛い。

だから死ね。

右腕を振り下ろす。

王剣は何処かに転がっているのだろう。

別にいい。

だって今は、立派な爪があるもの。

気づいたら生えていたそれを目の前まで迫った女目掛けて振るが、あらら、躱されちゃった。

 

「憤ッ!」

 

アルテラの呼吸と共に剣が振られる。

極光は独立した生物のように有機的な動きで空間を走る。

アルテラ、軍神の申し子、神の鞭。

その異名の通り、剣の如き鋭さを持った光の鞭が襲ってくる。

 

「あははっ」

 

横薙ぎ、頭上、背面。

時に細く、時に太く。

魔力量まで精緻に操作することでその動きは人智を超えた速度と複雑さを生む。

当然、今までなら避けられなかった。

ステータスを2ランク押し上げる破格の宝具を使ってなお三騎士より一歩も二歩も下がった場所にしか立てない自分では不可能だった。

 

ああ、うん、昔の話ね。

今は違う。

 

「くっ!?」

 

踏み出した一歩で光の檻を軽く飛び越える。

踏むは舞踏。

一歩を織る。

左の頰すれすれに虹の熱量が奔るがその感覚が愛おしい。

グリッサードは心地よく、身体と意識が世界すら置き去りにする。

 

「あはははっ!」

 

いつの間にか生えている爪がぎちぎちと喜びの声を上げる。

唸りを上げてそれを振り下ろし、ああ避けられちゃった。

ざぁんねん。

でも大丈夫、私はそんなんじゃ諦めないの!

だって、うちの子を怪我させたのだから!

 

「これはッ!?」

 

避けたすぐその後、私が晒す隙を見もしないまま虹の閃光を流星の様にアルテラが放つ。

避ける必要はなし、腕を交差させ頭部(霊核)を守りそのまま吶喊する。

光の矢の狙いは確か。

腕を焼き焦がしながら貫いてくる。

腹を抉り飛ばしながらその隕鉄さながらの熱量で燃やしてくる。

でも構わない。

ああ痛い、痛い、痛い。

けど構わない、こんな痛みどうってことない。

 

「ぐぅッ!蟻がッ!!」

 

目の前でアルテラの右腕を吹き飛ばす。

勢い余って自分の右腕まで千切れてしまったが、まあいいか。

 

アルテラの剣と残った左手の爪が交差する。

頭を胴を脛を、幾度となく剣が襲い掛かる。

それを去なし防ぎ、時にアルテラの身体に爪痕を刻む。

手刀がアルテラの腹部を狙えばそれを指事叩き折る様に蹴り飛ばされる。

剣が顔へと迫れば、頬を引き裂かれながら牙で捉え、その隙にアルテラの膝を蹴り砕く。

 

そんな応酬を幾度もした。

私は嫌なぐらい魔力があって、アルテラも聖杯から魔力の供給がある。

肉体の修復と再生を繰り返しあい、ケダモノの様に貪るように殺しあう。

 

「チッ!英雄現象(ノーブルエフェクト)ッ!砕けッ!軍神の(フォトン)ッ―――」

 

らちが明かないと、そう思ったのだろう。

腰定めに構え、魔力を漲らせるアルテラ。

宝具の真名開放。

魔力の補助があったとはいえ雷神の戦車を打ち破った秘技。

きっと私の身体を塵すら残さず消し飛ばしてしまうだろう。

 

「きひィッ!」

「レッ!?なにをッ!?」

 

させないけどね。

ゆっくりと螺旋を描き、それに伴い魔力を充填していく神剣。

だからすぐにその場に飛び込んで、回転する剣に身体を突き刺した。

 

「ゲェハハハハハハッッッ!!!」

 

内臓を引きちぎり、その速さよりも早く肉体を再生させて螺旋の動きに待ったをかける。

ぐちゃぐちゃに飛び散る肉片、それを通して周囲一体に魔力霧散の呪詛を駆ける。

自分の魔力なんて必要ない。

宝具と物理的に繋がっている今、魔力なんて幾らでも汲み取れるのだから。

 

「化け物がァッ!」

 

アルテラが淡い新緑にも似た魔力で私の身体を弾き飛ばす。

剣から無理やり引き抜かれ、肉片をまき散らしながら私は瓦礫の中まで叩き込まれた。

 

「……げひゃッ」

 

距離が離れた。

極光の嵐が撓り、周囲一帯を吹き飛ばす嵐となって私がいる廃墟諸共迫る。

 

「あっぶない、ナアッッ!!」

 

()()に掴んだ壊れた扉。

魔力を通し強化の術式を即席で施して廃墟から外に出る。

極光の熱量でまるで蜃気楼のように周囲の景色はねじ曲がって見える。

酷いわ、折角目が見えるようになったのに。

ああ、哀しい、とっても悲しいわ。

 

だから、

 

「げひゃ」

 

もう生えていた右腕を再び切り落とす。

最後の繋がりのように切れた断面どうしから溢れた血が線を結ぶ。

 

繋がれ(霊子再構築)

 

それを利用する。

まるで長い血管でもあるかのように千切れた断面が流れる血の鎖によって繋がる。

うんうん、これでよし。

さあ、遊びましょ?

 

飛べ(跳躍・飛翔・打撃)

 

血の鎖を手繰り、虹の鞭へとぶつける。

 

「ッ!?」

 

勿論そのまましたら痛くて私、わたし、ワタシ……あれ?

私、うーん、わたしのおなまえなんだっけ?

いいや、そんなことよりいま、

 

「楽しいものねッ!」

 

右手に掴んだままの壊れた扉は鈍器と化し、鞭を弾きながらアルテラへと迫る。

 

「こ、のッ!」

「げはぁッ!」

 

ぶつかり、傷つけあい、幾度も血と虹は砕きあいながらワルツを踊る。

でも、良いのかしら?

あんまりそっちばかり見てると、

 

「はい、捕まえた♡」

 

左腕も切り落として作った血の鎖に絡み取られちゃうのよ?

 

「はいじゃあ……死んじゃえ」

 

空へと振り上げて、それから思い切り地へと振り下ろす。

嫌な音がする。

振り下ろす。

心地の良い音がする。

振り下ろす。

誰かの悲鳴が聞こえる。

 

「げはっ」

 

叩きつける。

誰かがそうされていたから。

叩きつける。

大切な人がそうされたから。

 

「げははっ」

 

殺す。

そう必ず。

私が、私を、私のすべてを。

 

「ゲェッハッハッハッハッハッハッッ!!!」

 

奪おうとした奴は必ず殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度振り下ろしたのだろう。

何度打ち付けたのだろう。

忘れるほどに。

無我夢中で、心の底から気持ちが良い程に。

ただ一心にたたきつけ続けた。

それでも足りない。

気が付いたら辺りは真っ赤になっていて、アルテラはもう居なかった。

 

手が止められない。

 

可笑しいな。

どうして私はこんなことしてるんだろう。

ふと気が付けば、ずるりと腕からこぼれる音がした。

すっぽ抜けた様に両腕が空を舞っている。

 

「あー……」

 

切れた断面から血がだらだらと流れる。

鈍い音共に頭皮ごと千切れる様にして角と耳が地面に落ちて、硝子のように砕けて消えた。

千切れた場所から延々と血が流れて、彼女(ア■ト■■)が好きだと言ってくれた金色の髪が真っ赤に染まる。

あれ?

 

「うー……」

 

彼女(ア■ト■■)って誰だろう?

うん、うん、うん?

うーん。

分からないから仕方がないな。

 

腕を拾いに行かなくちゃ。

そうだ、私は完全無欠でいなくちゃいけない。

そうしないと民が心配する。

そうだ、そうだ、そうしよう。

なのに、気づいたら私の身体が斜めになっていて、それを理解した時にはもう地面に蹲ってしまっていた。

可笑しいな、どうしたんだろう。

そう思って元気のない脚を見れば、壊死したように腐り堕ちていた。

なんでだろう、なんででしょう。

どうして、こんな風になっちゃったんだろう。

 

誰かの悲鳴が聞こえる。

誰かが急かすような声が聞こえる。

誰かが、とっても大切な人がギネヴィア(誰か)の名前を呼んでいる。

でもそれが誰だか分からない。

目の前に来たその子は、泣きながら私の下に近寄ってくる。

 

「……ああ、そうか」

 

そうだ、これじゃあ駄目なんだ。

私はこれじゃあ駄目だ。

早く早く、立ち上がって立香を守らないと。

マシュとの約束を守らないと。

立香もマシュも、みんな私の大事な人を傷つけるあいつらを、あの女を殺さないと。

そうしないとまた失う、また零れていく。

 

だから、()()()()()()()()

 

「……ネヴィアッ!」

 

叫ぶ声がする。

どうでもいい。

そんなことより立香達を守らないと。

守るために元気にならないと。

そのための栄養が目の前に居るじゃないか。

細い首も、優しそうな顔も、ゼンブゼンブ栄養(魔力)満点ダ。

その目がナニカを心配するように揺れる。

どうしたんだろう?

何故餌がそんな顔をするのだろう。

顔を伏せる私に近づく瞳がとっても愛おしくて、どうしようもなくはしたないのだけれど、子宮が叫ぶ。

肢体が欠けて芋虫みたいになった私を泣きながら抱き寄せる優しいアナタ。

 

でもごめんなさい。

牙はないけれど、鈍い歯ならちゃんとあるの。

そう思って口を大きく開いて、()()の表情を確かめながら。

けれど、そんな顔をさせることが絶叫したくなるほど否定したくてたまらなくて。

 

結局、その顔をなかったことにするために喰らいつこうとした。

 

「残念ですよ、ギネヴィア……」

 

そう誰かの声が聞こえて、首に冷たい何かが奔って。

 

「……あ」

 

大事な誰か(立香)の泣きそうな顔を見ながら、私の意識は飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泡が弾けた。

眼を開く。

無機質で近未来的なその場所が、カルデアなのは分かるのだけれど、けれど自分の知る場所ではなかった。

窓も無く、扉もない。

特異点に飛び込むその前から爆破されて崩壊しかけたカルデアの修復をしてきた自分の知らない場所だった。

 

そして己の服もいつもと違った。

第三再臨で変わってしまった、生前騎士を弔う為に身に纏っていた喪服ではない。

白い服だ。

けれど、そうだ、何となく引っかかるけれど前に来たあの真っ白な服とは違う。

魔力を通さない繊維と術式で編まれた、そんな嫌な服。

 

全くなんだというのだろうか。

これではまるで、

 

「おや、眼を覚ましたかい?」

 

音もなく誰かが入ってくる。

 

「お陰様でね?何でこんな所に居るのか分からないけど、もしかして私負けたのかしら?」

 

カルデアに戻っているというのはそういうことなのだろう。

不甲斐ない。

直前の戦闘は覚えていないが、どうやら負けておめおめとカルデアに帰還してしまったらしい。

入って来たレオナルドの表情は硬いが、立香に何かあったのならこんな呑気に私を見舞うこともないでしょうし、まあ致命的な事態ではないんでしょう。

そう思っていると、レオナルドは表情を変えないまま私に声をかけた。

 

「……覚えていないのか?」

「……何をよ、生憎こんな場所に連れ込まれてこんな恰好させられてるのだって意味わかんないのに、何があったかなんて分かるわけないでしょ?」

 

その返答にレオナルドはただ事務的に私に事実を突きつけた。

 

「覚えていないかい?君があの戦闘王と戦い、そして討った時の事を」

 

何を、そう言い返そうとして酷く嫌な音が頭からした。

誰かの悲鳴にも似た頭痛が脳を軋ませる。

 

「君は第二特異点でセイバー、真名アルテラとの戦闘に勝利した。文字通り完膚なきまでに相手を破壊し尽くした」

 

やめて、そう誰かが叫んでいる。

愉しいと、私が嗤っている。

 

「そして……」

 

やめて、そう口に出そうして喉の奥から出るはずもない吐瀉物が迫る感覚に声が出せない。

 

「マスター、藤丸立香へその牙を突き立てる程に暴走したことを。……君は何一つ覚えていないかい?」

 

 

 

 

 

 

「……う……あ……」

 

覚えている。

()()()()を。

()()()()()()()を。

 

覚えている。

 

「その様子なら思い出したようだね、結構だ……本来メンタルケアはロマ二の仕事だが端的に言って今の君は危険過ぎてね、餓えた獣の前に人を置き去りにする程優しくはない。ここに私が来たのも温情だと思ってくれ給え。さて」

 

レオナルドはそう前置きをして、何の感情をこめないまま話を続ける。

 

「結論から言おう、サーヴァント」

 

それはどこまでも当たり前で、至極真っ当で当然のことだった。

マスターに歯向かった愚かな下僕への、極々普通の処断であった。

 

「本日より君には全特異点復元までの期間中の謹慎並びに特異点攻略への参加の半永久的禁止を命ずる」

 

誰だってそうする。

だからこそ理解できるし、己のやってしまったことの重さを再認識させられた。

だけど続く言葉は、その比ではなかった。

分かっていたはずだ。

誰を傷つけたのか。

誰を苦しめたのか。

誰を、誰の約束を、信頼を。

誰の心を一番に傷つけたのかなんて、考えなくたって理解できる。

 

だからそう。

それは、一番私の胸に刺さる言葉だった。

 

「私達ではない、これは」

 

 

 

---君のマスターからの命令だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱやるからにはとことんしなきゃね!という地雷原を華麗にワルツする所業が今回のお話でした。
これ書く直前にCCCイベやったのが原因だったなんてことはないです、多分。

さて、話は変わりますが以前アンケートをお願いした短編なのですがもうしばらく待ってやってください。
というのも現状どう書いても3章・4章のネタバレ祭りになってしまいもう少し削らないととてもじゃないですがお見せできない感じになってしまいました。
ごめんなさい。
もうしばらく待ってやってください。

そして最後になって申し訳ないのですが、前回の感想ありがとうございました。
お返事するのが遅くなってしまい申し訳ありません。
何分返事が遅くて申し訳ないのですが、ハーメルンでどこまで書いていいのか分からない素人なので感想で「これぐらいなら原作でもあるしオッケーやろ」とか「せやかて工藤、これはあかんて」とか「愛歌ちゃんprpr」とか書いてくださるととっても助かってます。
本当に皆さんいつもありがとうございます!

ではまた明日か明後日に


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カルデアの顕学はかく語りき

連日投稿です(大嘘)
今回は三人称、カルデア側からみたギネヴィアについてを。
前回の行動が第三者からは如何見えたのかを書いてみました。
グロはないです




―――ゴメンナサイ

 

信徒が祈るような、聖者に懺悔するような、恋した人を裏切った乙女のような、それはそんな小さな慟哭だった。

あの時彼女が何を思ってそう言ったのか、ロマ二・アーキマンは深い思考の海の中で何時までも考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギネヴィアが召喚されてロマ二が初めてした仕事は彼女という存在の偽装であった。

 

女神の神核、そう呼ばれるスキルを確かにロマ二はカルデアのデータベース、そして彼自身がとある戦争に参加したことで与えられた知識から知っていた。

だからこそ、霊子演算装置(トリスメギストス)によってマテリアルに記されたギネヴィアの『それ』が余りにも正常なそれから逸脱していることが理解できた。

女神足らしめるそのスキルが、神性の類似スキルでしかない筈のそれがまるで呪いか何かのように発動している事実を知った時、ロマ二はその事実を信頼できる人間にのみに伝えた。

一人は己の正体を知る盟友レオナルド・ダ・ヴィンチ。

もう一人はかつての戦いで主人に忠を尽くし続け、そして何かあれば手段を選ばず最良を選び取ることを知っているメドゥーサ。

たった二人、ロマ二を合わせれば三人だけがギネヴィアという存在についての情報を理解していた。

ギネヴィアのマスターである藤丸立香にすらひた隠した。

 

その結果は、正しかった。

ギネヴィアという少女は何処までも歪なサーヴァントだった。

 

低いステータスも能力も、一般的と言っても()()()()()()()()()起きていないのだが、聖杯戦争においてそのクラスも相まって致命的とも言えるだろう。

だがそんなことは問題ではなかった。

女神の神核(呪い)の効果は絶大だった。

本来その能力差にバラつきはあれど誰も彼もが人知を超えた超越者であるはずのサーヴァントを、十代の少女の身体能力と何ら変わらない程に低下させる。

その脆弱な肉体すら蝕み数多の身体障害を引き起こすその様は正しく病魔のそれ。

加えて属性が『狂』であることを加味したとしてもあり得ない程、それこそ本来であれば日常生活に支障をきたすレベルの幻覚。

最早それ等はサーヴァントである以前に、人間として致命的だった。

 

あり得ない話だった。

生前狂気に陥った逸話を持ち、そして狂戦士(バーサーカー)として召喚されていたのならば納得できた。

けれど、彼女は語る限りそんな逸話を持たなかった。

だからこそあり得なかったのだ。

まるでサーヴァントとなってしまったからそんな呪いを降り掛けられたとでも言いたげなその在り方は、あまりにも歪だった。

 

時に呪い(それ)は彼女の中に、そして外に現れては冷静な判断を奪い現カルデアの最高責任者としての立場から戦力的に見ても、そして本職である医師としての立場から人道的に見ても戦場に出すべきではなかった。

それでも第一特異点、そして今探索を続ける第二特異点で人類最後の希望となってしまった最後のマスター(藤丸立香)を生存させ、勝利へと導くには今もなお戦力が足りなかった。

だからこそロマニ・アーキマンは断腸の思いで彼女を戦場へと送り出した。

そしてだからこそ、本人を含めて少しでも不安となる要素を隠そうとして、マテリアルを偽装したのだ。

 

それだけなら、そうそれだけなら良かった。

最悪霊基保管室に存在する彼女本来の霊核を破壊し霊基記録を消却してしまえば良いのだから。

それはあの心優しいマスターやマシュにとっては辛いことであろうが、それでも自分が割り切って独断で罪を被ることも厭わないだけの覚悟がロマニにはあった。

 

そう、ただ歪なだけなら。

ただ呪いがかかっていて戦力的に余りにも不安要素が大きすぎるだけならロマニは実行できていた。

 

『あら、ロマニ。元気ないんじゃない?そうそう!さっき英国風粥(ポリッジ)作ったのよ。士郎君から教わって味噌テイストで仕上げた力作だから良かったら食べない?』

 

実行、出来なかった。

 

『見て、これジャックが描いたあなたの似顔絵!ほらこのちょっとだらしのない優しそうな目元なんて貴方そっくりよ!どう?うちの娘も中々巧いもんでしょ?』

 

ロマニ・アーキマンには、カルデアの最高責任者である筈の彼は。

 

『レオナルドったら酷いのよ……って貴方の隈も大概酷いわね。化粧で隠しきれてないじゃない。全くもう!どうせまだ仕事あるんでしょうからこっちに来なさいな、もう少し私が上手にお化粧してあげるから』

 

その選択をすることが出来なかった。

 

口では王妃なのにーと文句を垂れながら、それでも上機嫌で昼夜を問わず修理に励んだ。

味覚がない、それは食の楽しみが奪われているのと同義だ。

自分で作るなら猶更、最早食事という行動そのものが恐怖でしかない筈だっただろう。

それでも職員の為に主の為に給仕を続け時には他のサーヴァントから手習いスタッフの故郷の料理まで振舞って見せた、弱い自分にはこれぐらいしかできないからと。

突然できた娘に例え代償行為のなれの果てであっても、傷の舐めあいのような生産性のない行為であっても、本当の母親の様に振舞い続けた。

五感がほぼ喪失しているのを誰にも悟られせぬまま、他者の痛みに寄り添い気を病む職員の為に時に悪戯を繰り返し精神面の安定を図った。

本人は気づいていなかったことだが。

立香やマシュと話すとき、心の底から楽しそうに笑い声をあげる彼女が外見相応の少女にしか見えなかったことを。

三人が仲の良いただの友人の様に話す姿に心を救われた職員もいた。

そして、誰にも悟らせるつもりはなかったのだろう、霊子演算装置(トリスメギストス)の観測でなければ悟らせない程に巧妙な偽装の術を常に施していた。

毎朝、肉体を傷つけていることをいつの間にか増えていた観測係は知っていた。

 

それでも常に笑顔で主人の杖として在らんとしていたことを、誰もが理解していた。

 

全人類の未来を背負っても折れないように必死に前を見据えて戦い続ける立香。

恐怖を呑み込んで戦い続けるマシュ。

マスターだから、サーヴァントだからなんて関係がない。

そんな二人と同じように、ただの幼い少女を見守る様に、誰もが彼女のことを善く思っていた。

別に老若男女だれからも愛されていたわけではない。

ギネヴィアの振る舞いを嫌った職員もいる、うるさいのだと年長のスタッフは苦笑いを浮かべていた。

それでも。

そう、それでも。

 

ロマニ・アーキマンを含めて誰もが彼女のことを仲間だと()()()()()

だからこそ、彼女を殺すことがロマニにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕が、僕が消すべきだったんだ」

 

誰も居ない指令室で、声が響いた。

普段交代で勤務している他の職員の姿も今は居ない。

呻く声はロマニの物だった。

 

あのギネヴィアの暴走から数日が経っていた。

つまり、ギネヴィアが第二特異点から()()()()()()()帰還し謹慎命令を受けて数日が経ったという事。

 

あの特異点の、あの戦闘の顛末は酷く歪だった。

突然膨れ上がった魔力。

それに対応するように変更された聞いたこともないクラス(アルターエゴ)

黒い喪服は白地に紫が混じったローブに。

髪は金から青みがかった灰に。

頭部側面にあるべき耳は腐り堕ち、獣のように耳が頭上に生える。

その反対には仔羊のそれのような鈍く光る瑠璃色の獣角。

肉食獣のような爪と牙に違わぬ身体能力、そして異常な再生能力。

その瞳すら色を変え菫色に、そしてその瞳孔は縦に細く。

 

まるでそれは人の形をした()()()()な魔獣のようだった。

その魔獣さながらの有様は、行動にも出ていた。

 

自分の身体が使い潰れるのすら厭わず、四肢があらぬ方向によじれ曲がってもそれを文字通り直しながら戦い続け、そしてその最後に敵を徹底的に破壊し尽くした。

 

止めてと叫んだスタッフが居た。

見るに堪えないと眼を塞いだスタッフがいた。

誰か止めさせろとこちらの声も届かないのに必死に声を張り上げるものもいた。

観測の手を止めず何とか自分にできることを探ろうとした者も。

あまりの惨状に吐き続けとうとう胃液しかでなくなった者もいた。

 

それでも誰もが、彼女の悲痛な顔を見捨てられなかった。

 

牙を剥き出しにして嗤い、自分の肉体を抉り傷つけながら敵を叩き潰すその姿を。

他者を害する歓びに浸ってある筈の叫びが嗚咽混じりである事を。

体中の水分がなくなるのではと思う程に、その瞳から涙を流し続け狂喜の言葉とは裏腹に助けを乞うて慟哭し続ける童女のような姿を。

 

―――ゴメンナサイ

 

最後の時に、牙を剥きだしにして口を開いたときに()()()()()()()()()()()ふと漏らしたその懺悔を。

メドゥーサの鎖が首に絡まり動きを止められた瞬間に、電池が切れた出来の悪い玩具の様に意識を落とし、そのまま疑似霊核が崩壊してしまったその姿を。

 

誰もが見ていたからこそ、誰もが責められなかった。

 

「戦場になんか立たすべきじゃなかった。立香ちゃんやマシュとは違う、霊基情報の抹消(他の選択肢)があるんだからそちらを選ぶべきだったッ」

 

こちらに再召喚(帰還)した姿を知る者は少ない。

ロマニとダ・ヴィンチと僅かな医療スタッフだけだ。

酷い有様であった。

あり得ない話だ、特異点で負った傷が疑似霊核を通してこのカルデアで召喚された霊基にまで影響を受けることなど。

それなのに、再召喚された(帰ってきた)彼女の四肢は重度の毒物や病原体に汚染されたように腐食していた。

夫が好きだって言ってくれたのだと自慢げに惚気ていたその金紗の髪は見るも無残に炭化し灰のようにくすんでいた。

一瞬で生身の人間は追い出されるほどに、ダ・ヴィンチ一人で対応せざるをえない程に異常な状態であった。

 

だから謹慎という処分は妥当だった。

戦力的にどんなに心許なくとも。

立香やマシュと友人のような関係を築き、特異点という異常な環境でも互いの気持ちを和らげられる効果を失っても。

その料理が二度と食べられなくても。

 

もう誰も、彼女を戦線に立たせようとは思えなかった。

自分の身をいとわず戦うのは何もギネヴィアだけではない。

あのマシュだってそうなのだ。

けれど、高潔な騎士ではなく。

化け物に成り果てでも約束を果たそうとする少女の姿を見て、それでも自分たちの世界を救うために戦えと、過去の世界からやってきた英霊(ギネヴィア)に言える人間はこのカルデアには居なかった。

 

それはロマニも同じ。

否、それ以上に重い。

何故ならロマニは知っていた。

これほどひどくなるとは予想だにもしなかった。

時折まるで自分の傍に太陽の騎士(ガウェイン)が居る様に一人で遊んでいる彼女を知っている。

毎朝、悲鳴を上げて自身の身体を傷つける彼女を知っている。

その存在が誰とも分からぬ女神(■条■歌)によって呪われているというのもスキル欄から理解していた。

 

それでも戦えと。

人類の未来の為に、その身を削れと幼い少女達に命じてきたロマニだからこそ誰よりも重く感じていた。

 

「生きて歩くだけで幸せになるなんて思い違いだった」

 

搾り出す声はあまりにも細い。

しかしその重さは水底よりも猶深く押しかかる。

ロマニ・アーキマンは優秀だ。

たった十年で魔術協会すら絡んだ国連組織の一部門のトップに立った。

冠位指定に到達し異なる学部(ロクスロート)でありながらアニムスフィア家前当主に認められて魔術師としてこのカルデアの名誉顧問となったレフ・ライノールに学友とまで認められ、ロマニは与り知らないことだったがその彼に友情を感じさせもしていた。

そして成り行きとは言えこうして人類史を取り戻す前線で全ての責任を背負って指揮を取り続けている。

押し付けるしかできないと本人は卑下するだろうがそれでも彼は優秀で強い人だった。

 

だからこそ殺さなかった、殺せなかったという選択が彼を悩ませる。

 

「僕の間違いだ、殺すことが彼女にとっての最善ッぐっ!?」

 

けれど、その言葉をどうしても許せれない人間もいた。

 

「何か言ったのかいロマニ?ああすまない、よく聞こえなかったよ。それで?()()()()()()()()

 

頭を抱えデスクで悩み続けるロマニの正面に立ち襟首を掴んで己の方を向かせたのは、

 

「……まだ、交代の時間には早いんじゃないか、レオナルド」

 

レオナルド・ダ・ヴィンチだった。

その美貌に陰りはない。

ただその形の良い愁眉が鋭く弧を描いている。

 

超過労働(オーバーワーク)気味の同僚がいると思ってね、少し揶揄いに来たのさ。そしたらまたすっとぼけた事を抜かしているんだから私もびっくりだよ」

「……すっとぼけた、そんな事は言っていないよ」

「なら教えてくれるかい、ロマニ・アーキマン。君はさっき何を言おうとしたのかを」

 

その問いにロマニは返さず苛立ったように問い返した。

 

「何が言いたいんだいッ?」

「おや、そんなことまでこの私に答えさせるかい?」

 

そう小馬鹿にしたように言い返すレオナルドに、たまらずロマニは叫んだ。

 

「ああそうだよッ!分からないよッ!あんな風になるって誰が想像がついた!?分からないとも、少なくともッ彼女の正確な情報(マテリアル)を知っている僕以外に誰が予測をつけれた!?」

 

正しくそれがロマニの悩みの源泉だった。

知っていたから、予測がついたから、

 

「あの時ッ……あの子が召喚されたときに僕がデータを消していれば(殺してれば)と思うのがッ!間違えてるってそういうのかッ!?」

 

それなのに戦場に立たせたことを、誰よりも深く後悔しているのだ。

優しい男なのだ。

飛びきりに他者に甘く、その癖自分には人の何倍も厳しい悲観主義者。

それでも人類の光を信じて嘗て全て(全能)を返還した男で。

今もなお人を愛しているからこそ、何処までも後悔しているのだ。

 

もしかするとそれは、ただのレオナルド・ダ・ヴィンチであれば指摘することはなかったかもしれない。

けれど此処に居るのはここまで二人三脚で共に秘密を共有し、確かな信頼を築いてきたカルデアのキャスター。

ロマニ・アーキマンという一人の人間の友人であるレオナルド・ダ・ヴィンチだから、到底見過ごせない間違いだった。

 

「ああ、間違えているさ、ロマニ・アーキマン。このレオナルド・ダ・ヴィンチが直々に教えてやるよ。……君は一体何なんだい?」

 

実に抽象的な問いに自分への憤りを露わにしていたロマニも眉根を顰め、それから少しまごついてから答えた。

 

「何を言ってるんだよ……僕は、ロマニ・アーキマン。このカルデアの臨時最高責任「違う」ッ」

「違う、違うよロマニ。君は確かにカルデアの最高責任者になってしまったけど、けれど君の本質はそれじゃあないだろ?」

 

はっきりと、そう断言する。

そうではないのだと、それはお前ではないと。

 

「忘れるなよ、ロマニ。君は()()()()()()()()。嘗てのようにロジックのみで感情もなく生きる神の奴隷じゃない」

 

忘れるなと、強く強く念を押すように二人の間の秘密を言いながら希うように言う。

その姿はどこか親が子にこうであって欲しいと願う、そんな姿によく似ている。

そして告げる。

 

「今の君はカルデアの責任者なんて言う大層な肩書の前に」

 

 

 

 

 

 

 

―――人理()を救うために医者になった、只の人間、只のロマニ・アーキマンだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

ロマニ・アーキマンという男の原点を。

 

「最善とか、選択肢を間違えたなんて君だけは絶対に言うんじゃない。君はね、ロマニ。誰よりもそそっかしくて優しくて、そして誰よりも懸命に人生を歩む君が『少女を殺さない』という選択を恥じるなんて、後悔するなんてあっちゃいけない」

 

医師であるから。

見てしまった、その理由だけで自分の未来も幸福も投げ打って人類の未来、ただその為に責任を背負う男だから。

目の前の小さな命(マシュ・キリエライト)を救い、懸命に明日を生きる少女(藤丸立香)を導き、そんな彼女達を助ける仲間(カルデアの職員)を支えてきたのだから。

そして呪われた少女(ギネヴィア)すら見守る選択を選べたのだから。

だから決して後悔するなと、祈るように言う。

 

「大体ね、ギネヴィアの事で悩むならそれこそマシュだって、立香だって戦場に立たせられなくなる……その甘さを捨てて非情に走れとは私は言わないけれどね。だけどさ」

 

呆れて茶化すように物を言うが、ロマニの目にはダ・ヴィンチが尊いものを見る人に映って見えた。

 

「君が真っ先にギネヴィアを危険因子として排除するのではなく見守ることを決めた時、私、すごく嬉しかったんだよ」

 

告げる言葉は上っ面を塗りたくっただけのものではない。

真実、心から告げる尊敬と友愛に満ちた優しいもの。

 

「頼むから忘れないでくれ。君は医者だ。人を救い、今までもこれからもこのカルデアに住む住民たちの心を立香やマシュ、そしてギネヴィアと共に奮い立たせ必死に癒してきた。そんな君が『少女の命を守った』、その選択の正しさを忘れないでくれ」

 

強い言葉だった。

厳しさもあった。

けれどそれ以上の心配と暖かさ、そしてお前は決して間違っていないと全幅の信頼と肯定が詰まっていた

 

「さて、僕らの仕事はこれからだ。もうすぐ立香たちもベルゴムムを出発する。そうすれば『形ある島』まで一直線だ。そんな彼らのフォロー、だけどそれだけじゃない」

 

だから、いつの間にかロマニは涙をこぼしていた。

自分の倫理観故に、人として手に入れた自由であるが故の価値観で間違った選択肢を選んだとこの数日を責め続けてきたロマ二にとって、その肯定はどんな宝石よりも美しいもので。

如何な灯火よりも暖かな優しさだった。

 

「職員たちからも、勿論ジャック達からもせっつかれてるしね……君はここの所寝ないで観測しているから個人通信までは知らないだろうけど、立香も泣きながら会わせろ会わせろってってうるさいのさ。いや、これは彼女に向かって()()()()()()()()()()()ついてのがばれたらこっぴどく叱られそうだ」

 

軽い口調だ、もう襟首からダ・ヴィンチの手は離れていた。

気のせいか、ロマニはその手が今まで背苦しんでいた重圧まで取り除いてくれた気がした。

 

「……確かに彼女の、ギネヴィアの能力は未知数だった。あのスキルについても我々は何も理解しないまま蓋を閉じてしまったままでいた。その結果があのザマだ。なら、今度はもう二度と起きないように手を尽くす、そしてその為に頭を働かせる。そういうのが私たちの仕事だろ?」

 

気持ちも軽く、視界も涙で揺れていたが明瞭だった。

 

「ここで一つ大人の威厳を見せるとしようじゃないか。何問題ないさ、ここには万能たる私と、女神の呪いなんて気にせず少女一人を受け入れてみせた最高の医者がいる。なら、何も何処にも、問題なんてないだろう?」

 

美しい瞳を閉じてウィンクしてダ・ヴィンチが言うその言葉に、ロマニは強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い廊下を軽いステップを踏む様に軽快に女は歩いていた。

その女にとって今回の事態は決して予期せぬものではなかった。

詳細は伏せられていたし、そもそも世界の構造についてはさっぱり分かっていなかったのだが。

それでもマスターの呼びかけに応え自分の意志で召喚されたこととはまた別に、彼女は()()()()()()()()()()

 

それは彼女が、色々と縁深かったからだろう。

何せ彼女は、その命令者の世界ではわざわざ三十年もの時間を遡ってまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にもなったのだから。

 

だからこそ、此処に居るのは当たり前だった。

 

やるべきことがあった。

 

夫が違う世界の自分が住む場所を守るために飛び出していったから。

それを追いかけていたら、強く気高い、まるで懐かしくて大切などこかの赤い悪魔のような真摯な祈りが聞こえたから。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

だから彼女は此処にいる。

嘗てこの世全ての悪を背負わせられ、望まぬままに悪業を成し、自棄になって臨んだままに悪徳を成してしまったからこそ。

そしてその上で、帳消しになど出来ないとわかっていても、僅かな補填すらできないと知っていても、その人生を愛する家族と贖罪に捧げたから。

 

そんな彼女だったから、今この扉を開けるのだ。

 

「おはよう、ギネヴィアちゃん」

 

音もなくスライドし開いた牢獄の先。

薄暗い廊下よりもなお黒い闇と真っ赤な鮮血の中。

 

「よく眠れましたか?」

 

一人の少女()に向かって衛宮桜は言う。

 

「でもそれもお仕舞いにしましょう?……さあ」

 

軽やかな風のように、桜の花弁を散らすように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタを終わらせに行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔のまま告げた。

 

 

 

 

 

 

 




CCCイベに脳が震える日々ですが皆さまどうお過ごしでしょうか?
まだの人は今回は結構実施期間長いのでぜひ。

一人称ではないですがロマニ視点っぽい感じの今回。
正直ギネヴィアのフォロー回です。
とはいえ、平行世界によってはというかプレイヤーの数だけあるカルデア所属の英霊面子ですが中には反英霊も居るでしょう。
ここだって連続殺人鬼と一般というかそう言われてるジャックが居ますし。
それでも受け入れて、その上で善良で純粋で本当に美しいと言われるんだから、とんでもなく真っ当な大人が多いんじゃないかなぁと思います。
という作者の思いで今話は書いてみました。

さて次回からはギネヴィアの劇的ビフォーアフター編、皆大好き立香ちゃんと桜さんに大活躍してもらいます。
のでもしよかったらまた見てやってください、よろしくお願いします。


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サクラメイキュウ

遅くなりました。
625字から1171字、それから2500字前後に(作者基準ですが)軽度のグロ描写があります、ご注意して読んでいただければ幸いです。


音が響いた。

産声だ。

腐り朽ち果ててとうの昔に誰からも忘れられた、そんな古ぼけた扉を引きずる音だ。

 

音が響いた。

喝采だ。

幾度も幾度も宙から降り注ぐ流れ星のように大地()を穿つ、そんな誰かを叩きつける音だ。

 

声が聞こえた。

絶叫だ。

餓え老いさらばえた老犬が嬉々として慟哭しながら飼い主を喰らおうとする、そんな醜い化け物の声だ。

 

声が聞こえた。

哀願だ。

遠い場所から必死に踏み届ませようと恐怖に打ち勝って必死に呼びかける、そんな優しい誰かさんの声だ。

 

光が見えた。

灯火だ。

暗い暗い嵐の海で漸く彼方に見えた美しくて美しい道標(幻想)、そんな都合の良い光だ。

 

光が見えた。

太陽だ。

明るい空の下で沢山の木と草と花を芽吹かせて命を輝かせる、そんな暖かくて大切な橙色の瞳だ。

 

―――音が、聞こえた。

誰かが、来たのだ。

戦場から帰ってきた夫を見つけ胸の内全てを曝け出して駆け寄ろうとする、そんな狂おしい程に切実な優しさが駆けてくる音だ。

 

―――声が、聞こえた。

誰かが、来たのだ。

夜更けに出会った怪物が咢を開いて少女を冒涜しようとする、そんな汚らしい悪魔を見てしまった大切な誰かの声がする。

 

―――光が、見えた。

誰かが、来たのだから。

太陽のように暖かな輝きが寒い寒い夜の空へと沈んでいく、そんな恐怖と涙に揺れ曇る、そんな顔をさせないと、守ると誓ったはずの誰かの()だった。

 

そうだ、私は。

(忘却のアルターエゴ)は。

(ギネヴィア)は。

(■条■歌)は。

 

また、裏切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とれない」

 

外れない。

何度も。

何度も。

何度も。

何度も試してみたけれど。

外れない。

 

「とれない」

 

爪が砕けた。

痛く、なかった。

痛くあってほしかったのに、爪の砕ける鈍い音すら感じない。

 

「とれない」

 

掻き毟る。

いつの間にか灰色に変わってしまった髪の毛を頭皮の肉ごと剥ぎ千切りながら。

それでも外れない。

外れてくれない。

 

「とれない」

 

頭についた、(それ)がとれない。

どれだけ掻き毟っても。

どれだけ引き抜こうとしても。

それは幾度でも生え、依然鈍く暗く、そして青く光っていた

 

「ない」

 

無い。

亡い。

在るべきものが、ない。

 

「ない」

 

肉がずり落ちる。

痛い、筈がない。

痛覚は元々存在しないのだから。

 

「ない」

 

抉り出す。

肉と汁が混ざった汚らしい赤が掻き出されながら、耳がある筈のその場所が抉れていく。

それでも見つからない。

見つかる筈もない。

 

「ない」

 

頭に在るべき、(それ)が見当たらない。

どれだけ掻き出そうと。

どれだけ探そうと。

人の耳は生えてくれることもなく、ただただ獣の耳だけが角の隣で存在を誇示している。

 

「ない」

「ない」

「ない」

 

ない。

私の繋がり。

私の希望。

マスターと、立香とあの燃え盛る街で結んだ特別な(パス)

直接契約を意味するそれが、

 

「……ない」

 

何処にも見当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

どろりと、血とは違う暗い何かが眼から漏れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

分かっていた。

 

ううん。

 

分かっているのだ。

私は、主人に牙を剥いた。

愚かな、本当に愚かな間違いを犯した。

……間違いだなんて、まるで自分の犯した罪を取り戻せるような言い方をするなんて、呆れるほかない。

間違いではない。

自分は、あの時、その選択肢が正しいと思った。

マシュを傷つけたあの女が赦せなかった。

メドゥーサが一歩遅かったら、もしかすると死んでいたかもしれない程の怪我を負わせたあの女を。

心の底から憎んだ。

 

愛おしいのだ。

マシュが、立香が、このカルデアの皆が。

自分は生きているのか死んでいるのかも分からない。

戦力的に見ても、恥ずかしくなるほどに弱く役立たずだ。

そしてあの戦場から、愛している人から任された場所からこんな遠くに逃げ出してしまった。

結果論であろうと、自分の意志であろうと、その結末は変わらない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

誰の言葉だったか、とても、とても大事な人から贈られた筈のその言葉がふと脳裏を過ぎる。

けれど誰が言ったのか、霞が掛かった様にしか思い出せない。

結局腑に落ちた言葉だけがしっくりと残った。

 

そうだ、決して勝利という結果だけを私は望んではいけなかった。

 

私が誰の意志であろうと、もしも自分の意志であろうと、そんな逃げた時の仮定は意味をなさない。

逃げたのだ。

私に残ったのは半端な霊基と裏切った(逃げた)という結果だけなのだ。

 

そんな私を受け入れてくれた。

そんな私の手を取ってくれた。

そんな私に微笑んでくれた。

 

幸せだった。

本当に、まるで円卓を取り囲み皆で笑いあっていたあの時のように。

心の底から、幸福に感じていることを恐れて憎んでしまう程に、幸せだったのだ。

 

だけど。

私は牙を剥いた。

愚かな、裏切りの女王(ギネヴィア)という名に相応しい所業だ。

あの時。

半端な私を受け入れた人たちの事など何も考えていなかった。

ただ憎かった。

この幸せを奪おうとする敵を許せなくて、矜持も誇りも人道も、何かも塵屑に見えた。

己の人として在るべきものを天秤にかけて、()()()()、そんな物が価値を薄めてしまう程にただ勝利を、ただ敵を殺すことを渇望して。

ケダモノに成り果てた。

半端者で弱くて役に立たなくて、いつも誰かに迷惑しかかけれない私。

それを抱きしめてくれた優しい主人の制止も涙も、そして恐怖も忘れ果てて。

私はただ暴力を振るい続けた。

その結果がこの様だ。

 

過程と結果はワンセットじゃない。

 

例えこの手が勝利を掴んで。

例えこの手が復讐を果たしても。

この手には何も残らなかった。

彼らがくれた信頼も。

彼らが託してくれた希望も。

彼らが、立香が抱きしめてくれた温もり(約束)も。

何もかも自分から溢して、何も残らない。

誰か()を殺し、誰か(仲間)を苦しめ、そして誰か(立香)を傷つけた結果だけが残った。

そんな。

酷く虚しいモノが結果で、だからこそ勝利なんていう過程は意味をなさず、私は裏切ったという結果だけを手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

溢れだしたどろりとした黒が広がる。

 

 

 

 

 

「……なん、なんだろう」

 

私は一体、何なのだろうか。

何をしたいのだろうか。

気が付けば血で赤く染まっていた拘束服もなくなっていた。

代わりに纏うのは、あの時の白い服。

白地に紫、それが今は赤く脈動する血管まで浮き出ている。

金紗の髪は灼け焦げ炭化したように灰色に染まっている。

四肢も炭化しそれでいて所々腐ったように醜く爛れている。

小さな掌は赤く染まって、その長く伸びた爪にも黒くなった血が目一杯詰まっている。

毟り取っても噛み砕いても気が付けば生え揃った牙は一向に無くならず、異物であるが故に呼吸の度に咥内を傷つけ続けている。

そして、獣の角と耳は変わらず其処にある。

腐臭が漂う。

 

「……なんで、こうなっちゃうんだろう」

 

口から洩れた疑問を脳が認識した瞬間、乾いた笑いが漏れた。

嘲笑だ。

馬鹿馬鹿しい。

聞いてあきれる。

なんで、何故、如何してこうなったのかなんて。

 

「……私が選んだことでしょうにッ」

 

私が選んだのだ。

 

―――形態変化(フォルムチェンジ)

 

そう告げて、私は女王からただの化け物になった。

あらゆる意味を、過程を、信頼を、愛を。

そんな者を歯牙にもかけず、ただ相手を己の欲と比較して殺すかどうかを決めるだけの無様で醜悪な化外に成り果てた。

自分の意志だ。

マシュの言葉(信頼)暴力を振るうのに(自分にとって)都合の良い甘言に捻じ曲げたのも。

ああして暴威の限りを尽くして見ている仲間のことなど何も考えなかったのも。

あの燃え盛る街で死にかけた自分の手を取って助け出してくれた人に牙を剥いたのも。

その結果、鎖を繋がれたようにこの部屋で一人生きながらえているのも。

ゼンブゼンブ、自分の意志で決めた結果の成れの果てだ。

 

「……もどれるかなぁ」

 

戻りたい。

やり直したい。

ただ無力で、それでも笑いあえたあの時間に。

まだ裏切っていなかったあの場所に。

戻りたい。

 

「……もどりたい」

 

戻りたい。

ああ神様、どうかどうか私をあの時、あの場所に。

……なぁんて、裏切った人の事を何も考えず、恥も外聞も捨てでも祈り縋りたい。

 

「……もう無理なんて、分かってるのにね」

 

無理だ。

誰が主人に牙を剥く獣を飼いならす。

誰がそんな化け物と一緒に暮らしたい。

誰がそんな獣を信頼できる。

出来るはずがない。

だから無理なのだ。

犯した罪を人はプラスに補填できない。

そんな都合の良い生物でも世界でもない。

人は取りこぼした失敗を、何とか帳尻合わせようとするので精一杯なのだから。

信頼や愛もそうだ。

失ったものは、取り戻せない、決して補填はできない。

だからもう一度作り直そうとする、築きなおそうとする。

更地となったその場所にもう一度花を咲かせようと努力できる。

 

だけど全てがそうというわけではない。

傷つけた信頼や愛は違う、決定的に違うのだ。

身体の傷と違って、傷ついた信頼や愛はもう二度と治らない。

失望によって失うのとは違う。

文字通り裏切りによって心を傷つけ痛めつけることでひび割れた信頼や愛は二度と修復することはない。

深く深く刻み込まれて、関わりを持つたびにじくじくと痛み続ける。

壊れるのではない。

砕けて粉になるのでもない。

癒えぬ傷が残ったまま、信頼や愛という無上の絆だったものの残骸が裏切ったその人たちの心に居座り続ける。

それを裏切った人間(他人)の手で退かすことなんてできない、消え去らない記憶となって残っているのだから。

それはつまり、文字通りどうしようもないのだ。

 

他者を傷つけるとは、裏切るという事はそういう事なのだ。

私の犯した裏切りは消えない。

きっと補填も、帳尻を合わせることもできない。

今の私は、自分から望んで誰もが恐れ忌み嫌う怪物になって身内を蝕む癌に他ならない。

それでも殺されないのは利用価値があるからじゃない。

いいえ。

利用価値があろうと使うはずがない。

それだけの事をしたのだから。

だから今生きていられるのは、レオナルドの言葉を借りるなら『温情』なのだろう。

 

優しいのだ、此処の人たちは。

だから殺さない。

だから見捨てない、決して捨てない。

私は捨てて人でなしになったのだけれども、彼らはそれを決して選択しない。

だから生き延びている。

 

「……なんて無様」

 

無様だ、本当に。

王も騎士も民も失って自暴自棄になっていた自分は輝かしい人の道を歩くお日様(藤丸立香)に救われたというのに。

それなのに自分はそんな人として大事な信頼も友情も愛情も捨てた。

そんな捨ててしまって餓えた悪鬼が今も生きていられるのは、捨てた筈の『優しさ(人らしさ)』によってだ。

それを無様と言わず何だというのか。

 

 

 

 

 

 

 

部屋いっぱいに黒い何かが溢れて、暗い海になった。

 

 

 

 

 

 

 

『本当にそうなのかい?』

 

誰かの声がした。

誰、だなんて聞かなくても何となく分かった。

一体何時からそこにいたのか。

執事長をしていた義兄(ケイ)が討ったという魔物の声が自分の胎から聞こえた。

 

「……それ以外に何だと言うのよ、キ■スパ■ーグ」

 

自分で口にして笑ってしまいそうになる。

魔物の名を言った時、自分がこの世界でたった一人ではないのだと、そうどこかで安心する自分が居たのだから。

なんて醜い。

なんて無様。

なんて、なんて。

キモチワルイ生き物なのだろうか、自分は。

 

 

『無論決まっているさ、君がまた戦場に立つ。そんな君の言う無様でない結末は本当にないのかという意味さ』

 

今度こそ乾いた笑いが喉の奥から洩れていった。

嗤ってしまう。

何を言うかと思えば、そんな事か。

そんな夢物語、そんな、そんな私の裏切りを清算する方法なんてある筈がない。

 

「馬鹿馬鹿しい、気でも狂ったの?それとも本当にそんなっ奇跡みたいなことがあり得るとでもっ!?」

 

しゃがれた怒声が口から出ることに自分でも驚いた。

一体どれほどの時間此処にいるのかも忘れてしまったが、それでもこんな声が出るほど他人に憤りを感じれるだけの余裕なんて不埒な物と体力があるだなんて、とてもじゃないが信じられなかった。

なんて、浅ましいのだろうか。

本当に他人に怒りを向ける資格なんて私には有りはしないというのに。

それを気にした風もなく、どこ吹く風で魔獣は言う。

 

『無論だとも。何度でも言おう、この結末で君は満足かい?ボクはとてもじゃないが見ていられないよ、こんな紋様(結末)は。余りにも拙くて中途半端だ、これじゃあやり切った三文芝居にだって劣るというものだよ』

 

ボクは演劇なんて見たことないけどね、と付け加える魔獣に思わずもう一度怒鳴りたくなった。

それを奥歯を砕いてでも噛みしめて、か細い吐息のように吐き出す。

 

「……一体何を私に期待するというの?こんな、こんな無様な裏切り者に。仲間の想いも気持ちも心も踏みにじって己の欲(殺意)を優先させた私に何を期待するって言うのよっ……なんで、なんで貴方は私なんかに期待するのよ……」

 

それに魔獣はあっけらかんと答えた。

当たり前のことのように、そしてそれを物知らぬ幼子に教える様に。

 

『それは仕方がないさ。ボクと君は()()()()()()たった二人の共犯者(ドウルイ)なのだから』

 

そう無感情に告げる魔物の言葉に同意はできない。

そうだとしても、なんだというのか。

寧ろ申し訳なさが、卑屈の念と共に湧き出る。

こんな裏切り者と共犯者(同類)だなんて、自分に声をかけてくれるいつの間に光一つない暗闇の中でも白く輝くように目の前に姿を現した魔物に申し訳なかった。

 

「やめなさい。私と同類だなんて言うのは貴方自身を貶める言葉よ、豊穣(ヘンウェン)の子」

 

その言葉に魔獣は何処か嬉しそうに、それでいて寂しそうに告げた。

 

『彼女はボクの直接の母親というわけではないのだけれどもね。嗚呼だが、そうだね。仮にもだ、何も知らないボクに乳を与えてくれた優しい彼女のことを口にされると少し考えを改める必要があるのかもしれないね』

 

けれど何処か、やはり嬉しそうに魔獣は歌う。

 

『けれどボクと君の契約は、ボクが君の共犯者であるという()()()()()は決して消えない。そしてそれでいい、それがいいんだよ』

 

今回は前回の時の所為でちょっと失敗したから焦ったけどね、そう言って申し訳なさそうに告げる。

その魔獣の言葉がどんな意味を持つのか少しばかりも私には分からず、結局なんの色気もない言葉を返した。

 

「……だとしてもよ、キ■スパ■ーグ。貴方の力を借りて裏切ったのは私なのだから、貴方が何かを恥じる必要なんて、ましてや申し訳なく感じる必要なんてない」

 

そうだ、この裏切りは。

この結末は。

私の物なのだ。

私が負うべき咎なのだ。

誰かに擦り付けるなんていう、何処までも恥知らずな真似を。

こんな惨めな人でなしになった自分だとしても。

そこまで落ちるなんてこと、私にはどうしてもできなかった。

せめて、仲間に信頼されていたからと。

せめて、仲間だと思っていてもらえたのだからと。

この結末が見知らぬ赤の他人を傷つけたのではなく、大切な誰かを裏切ったという結末にしてしまったのだと。

せめて、せめてそれぐらいは思わせてほしかった。

厚顔無恥で恥ずべきことではあるけれど、幸せだった日々に自らの手で泥を塗った(裏切った)のだとしても。

そんな日々があったのだという事実まで、己の手で否定したくなかった。

 

そんな私の精一杯の抵抗を笑うことなく魔獣は口を開く。

 

『いいや、それでもだ。それでもなのだよ、ギネヴィア』

 

瞳に淡い星光のような輝きを載せて、憧憬に思いを馳せるように歌う。

 

『あの輝きに魅せられて君と契約をしておきながらこの不始末を君だけに被せるというのは少しばかり、いやかなり、ボクの矜持に関わる』

 

それは自嘲するような、如何にも調子はずれの声。

そんな、人間染みた声をする魔物だったかと薄れた記憶を巡らせるが、重く圧し掛かる重圧に脳が悲鳴を上げる。

マシュとの約束が。

アルトリアとの誓いが。

裏切ってしまったカルデアの人々(仲間)の顔が。

そして、泣かせてしまった、恐怖させてしまった彼女の顔が、声が、瞳が。

他の事を考えさせてはくれない。

 

そんな私のことはお構いなしに、調子外れな声は続く。

 

()()()()は君の出力不足ではあったが、そうは言ってもアレは(ボク)の、比較(権能)だ。そしてボクも予測しきれなかった。まさか、あの()()()()()があんな手を打つだなんて予想していなかったよ……何も見えない(何も知らない)状態で()()()()()をするから千里眼持ちというのは厄介だね』

 

何を言っているのか分からない。

ただ調子外れな中には寂し気な誇らしさがあった。

まるで自慢の友を詰りながら誇るような悪友だけに出来る、そんな尊い言葉だった。

それを言った後、器用に顔を嫌そうに歪めて、魔獣は失言でも取り消すように咳ばらいをして話をもとへと戻した。

 

『兎に角さ、■の権能(それ)が及ばなかったが為に今回の勝利(惨事)を引き起こしたというのなら、そして君ではなくこのカルデアに居る人々を苦しめたというなら、ボクは君と共にそれを恥じ後悔し挽回したいと思う責任と自我、矜持がある』

 

そして、と茶目っ気たっぷりな言葉が紡がれた。

 

『君と地獄に落ちると言って(道を共にして)おきながら、敗北を覆せない(無かったことに出来ない)だなんて……()()に聞かれたら笑われてしまうからね。それはほら、ボクの沽券にも関わる話なんだよ、うん、言い訳ではないよ、本当さ』

 

暗闇の中で、静かに佇むその白い魔物は悪戯っぽくそう笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、随分と長いこと、そして随分と久しぶりに話をしたね』

 

しみじみと、魔獣は言う。

何の事だろうか。

自分はあの口煩くて、それでいて心配性な義兄(ケイ)から聞かされた冒険譚以上のことを、こ()()()()()()()()()()()

だと言うのに、魔獣はまるで久しく会えていなかった旧友と友諠を温めあえた後のように言う。

それがどんな意味を持つのか、どんな意味を齎すのかなんて私には終ぞ分からず仕舞いのまま。

魔獣は語りを続ける。

 

『そろそろボクもお暇しよう……と思っていたけれど如何やら()()の様だ。ならもう少しだけ此処に居ないといけないかな』

 

来客。

そんなものが来るはずがない。

何時だって化け物の巣に来るのは生贄か、そうでなければそんな悪しき怪物を殺すために勇んでやって来る勇者だけなのだから。

その諦観で埋め尽くされた疑問が顔に浮かんだのだろう。

やはり魔獣は器用に口角を上げて、疑問に答えた。

 

『いいやギネヴィア、君は気づいていないだけさ。自分で言っていたじゃないか、カルデア(此処の)の人達は優しいと。そうだとも、彼らは決して訪れなかったわけじゃない。君がこの部屋の隅で殻に籠って耳を塞いでいるときも、ずっとここを訪ねていた』

 

ジワリと嫌な安堵が沸いて、すぐに後悔が降ってきた。

 

『気づかなかったかい?時折君を想って恐怖を押し殺して見舞いに来る職員達が居たことを。気が付かなかったかい?ロマニ・アーキマンが夜も寝ないで君の事を悩み、それでも君の心を少しでも癒そうと膨大な文献を紐解いていることを。気が付かなかったかい?レオナルド・ダ・ヴィンチが君の腐りかけ■の理に汚染された霊基を癒そうと、変わり果てた君のクラス(アルターエゴ)元のクラス(キャスター)に戻そうとしていることを』

 

安堵なんてしはいけない。

もしかすると自分は許されるかもしれない、そんな風に僅かでも思ってしまう自分が憎い。

怖がらせ、牙を剥いて歯向かった自分が赦されるはずがないのだから。

……傷つけた心を、裏切ってしまった彼らとやり直せるはずがないのだから。

 

『本当にかい?本当に君は気が付かなかったのかい?君の娘がアーチャー達と共に食事を作って毎時間、毎日欠かさず君の所へ持ってきては君が食べなかった冷めたそれと取り換えていたのを』

 

安堵してしまう。

駄目だ。

それは駄目だ。

許されてはいけない。

許してはいけない。

甘んじてはいけない。

私は―――裏切り者なのだから。

 

『やれやれ、強情なことだ。本当に誰に似たのやら。だが他者軽視を帯びた自己否定も自傷行為を伴う悔恨もその辺にしておくといい……ほら、お客さんだよ』

 

その言葉に項垂れて何もかも遮断して閉じこもろうとしていた自分の頭が、自然と扉の方を向いた。

 

音もなく、私が開けることが出来ないように魔術的にも物理的にも施錠を施しカルデアと隔離していた扉が、開いた。

ふわりと一人の少女が入ってくる。

菫色の柔らかな髪とそれに違わぬ微笑みを浮かべた少女。

衛宮桜、この世全ての悪(アンリマユ)を背負う、復讐者(アヴェンジャー)

そして果たすべき贖罪の道を歩き続けた人。

……私とは違う裏切らない人。

そんな人が、私に声をかける。

 

「おはよう、ギネヴィアちゃん」

 

まるで何もなかったような声だ。

私が犯した罪を知らない筈がないというのに。

それを感じさせない。

何時ものように、朝ごはんを一緒に作りに来てくれるときに言ってくれるような。

優しい声だ。

 

「よく眠れましたか?」

 

いつも通りすぎて、だからこそ今居る自分の立ち位置を見失ってしまいそうになる。

 

「……なんで?」

 

だから枯れた声で問いを投げた。

けれどそれに対する返答はなく、彼女の形の良い唇で紡がれたのは終わりを告げる鐘の音だった。

 

「でもそれもお仕舞いにしましょう?……さあ」

 

こちらの言い分など聞かず、衛宮桜はいつの間にか桜色の魔力を足元から零れさせ始める。

それは嘗てあの第一特異点で見せてくれた、あの時三人で見惚れた宝具の前兆。

零れだした魔力は桜の花弁を模って黒い汚泥に溢れた部屋を優しく照らす。

 

そして、

 

「アナタを終わらせに行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

―――深層摘出・櫻の夢(イマジナリ・アラウンド)

 

 

 

 

 

 

 

宝具が展開された。

深層世界を表す、春色の景色。

彼女の心の強さを表す、虚数魔術の最奥。

 

()()()()()()

 

「遅くなりましたが、初めましてですよね?衛宮、え・み・や、桜です。()()()()()()()()を教えてもらってもいいですか?」

『嗚呼、初めまして衛宮桜。嗚呼うん、本当に美しい宝具だ、心の底から感嘆に値する。そして君は、如何やらボクのことを理解しているようだね』

 

意識が遠のく。

 

「ええ、と言っても()()()から聞きかじった程度ですからこの世界の事を含めて詳しい事はあまり分かりませんが……全く!私の子どもみたいなものなんだからもう少し愛想よく教えてくれてもいいのに」

『……成程、ということは抑止力(ガイアやアラヤ)からではなく』

「そうですよ、私自身は立香ちゃんの声を聴いて召喚される気でいたんですけど、その前にあの子に呼び止められて……なんでも『平行世界に介入するにはまだ()()』とかって。だからそうですね、私は抑止力ではなく別世界の観測者、その代行の代行ってところです」

 

声が上手く聞き取れない。

自分が保てない。

強い、本当に強い眠気が襲ってくる。

 

『やれやれ、あの男の所為か。観客が増えたのは気づいていたが、まさかたった一度の敗北で平行世界の観測機にまでばれてしまうとは……これだから大英雄というのは厄介なんだよ、こちらの予想を直ぐに上回っていく。全く本当に儘ならない。知らなかったよ、子守りは中々に大変な仕事なようだ』

「ええ本当に、子供を育てるってすごく大変ですよ」

『君に心の底から同意するよ、衛宮桜。ああ、そうそう、今のボクの名前だったね……安心すると良い、幸いなことに今のボクはまだ只の小動物。ガイアの怪物でもなければ、その名で呼ばれこそすれど災厄の魔猫でもない。そうだな、君の出身を考えればボクにまだ名は無いってところかな』

 

ばたりと倒れた。

もう何にも感じない。

何も理解できない。

ただ押し寄せる眠気に、浸るしかない。

 

そんな私の方に声が降り注ぐ、そんな気がした。

 

「此処を開けてもらうのもちょっと一苦労でしたが、上手くいったみたいで安心です」

『その手に持ってるのは……そうか、君が来る為に背中を押した世界はボクの理も確り理解していたんだね』

「あ、それは違うそうですよ。交戦経験のデータはあったけど、結局撃破した世界は検索できなかったって言ってましたから」

『それでも、()()は対ボク用の概念武装(Logic cancer)だろう?良いのかい、ギネヴィアに使って?』

 

くすりと優しく誰かが笑った気がした。

 

「いいんですよ、私とギネヴィアちゃんは仲良しですから……それに」

『それに、なんだい?』

 

それはとてもとても優しくて、遠い昔に誰かがそうしてくれたように柔らかく私の髪を撫でながら、

 

「似てますから、この子は……如何にもならない理不尽に心を勝手に折って、そのまま一人で閉じこもって嘆く怪物、それは確かに自分勝手で傍迷惑で悍ましいものです」

 

泣きわめく我が子を慈しんで、間違えを正す。

そんな優しい、とても大事なはずの誰かさんのように。

 

「ギネヴィアちゃん。貴方の思っている通り、確かに怪物は忌み嫌われる。何の罪もない人を傷つける、夜道を怯えて歩くしかできない悪者です。そしてそんな怪物は必ず排斥されるし、必ず怖れ怯えられ、忌み嫌われる」

 

セピアに色褪せたその場所(記憶)の中で微笑んでくれる人のように。

 

「……けど、それでもそんな怪物の手を取って日の当たる場所まで連れて行ってくれる人が必ず居る」

 

暖かい春の陽射しで抱きしめてくれるように。

 

「決して、掴んだ手を離さないで共に歩いてくれる人がいる。どんなに非力でも、心の中にある恐怖を呑み込んで一緒に笑おうと努力してくれる人は必ず居る」

 

桜ちゃんは言い切ってくれて。

 

「だから、大丈夫ですよ。此処の人達は士郎さんと一緒で、決して弱い人ではないですから」

 

だから、

 

「安心して、お休みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

―――疑似深層領域投影(レイシフト)プログラム『サクラ迷宮(Bottom black)』起動。

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、私の意識は、泡に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで君は良いのかい?』

「何がですか?」

『君の仕事のことだよ』

「私があの子から任された仕事はこの世界で()()観測されたガイアの怪物、つまり貴方の反応の調査だけですから。現に手渡された礼装も()()()()()()()()()()()ですし」

『そうか、つまり』

「ええ、貴方の討伐ではないです。それに覚醒してないみたいですし今は良いかなぁと」

『あのギネヴィアを見た後によく其処まで信じれるね』

「いえ、別にギネヴィアちゃんの事を全部信じてるわけじゃないですけど……此処には先輩が居ますから。ならきっと大丈夫ですよ」

『……こういうのを信頼と言うんだね。嗚呼本当に、君たち人類というは度し難い程に美しい生き物だよ』

「そう言える貴方なら、きっと此処の人達もギネヴィアちゃんも傷つけたりしませんよ……ところで」

『ん?なにかな』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、視線が嫌らしいです。具体的には胸と鎖骨と脚」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ノーコメントで頼むよ』

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ムーンセル「来ちゃった///」

というわけで度々曲名をサブタイトルにしてたのは今回あの曲名を使うまでの予行練習だったのさ(多分)

本作ではCCCイベより大幅にフライングしてムーンセルさんがちょっぴり介入してます。
具体的にはムーンセルから後輩系デビルヒロイン経由で我らが桜さん(映画のキービジュアルすっごいかっこいいです桜さん万歳)に業務委託という形で介入しています。

そんなわけなので次回からは本格的にドキドキ!ギネヴィアのメンタルケア大作戦!~ポロリもあるよ~です。
正直ここらで一回うじうじしたところ叩きなおさないと、三章で詰むので立香先輩に頑張ってもらいます。
メンタルケアはマスターの仕事だよね、それ一番言われてるから(SN感)

では、次回もよろしくお願いいたします


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門番は誰かーact.1

随分と遅くなってしまいましたが、またよろしくお願いします

今回から暫く藤丸先輩視点です


―――ゴメンナサイ。

その一言に込められた重みが胸に突き刺さって。

私はまた、呼吸の出来ない水底に沈んでいく。

深く、深く、ただ深く。

誰も居ない、誰も見えないその場所に。

ただただ悔恨を抱いたまま沈んでいくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠れないんですか?先輩」

 

ぼーっと焚火を見つめていると柔らかい、ほんの少しハスキー気味な声が聞こえてきた。

マグカップを手渡しながら、私の隣に座る後輩の姿をちらっと見てから私は湯気を立てるそれを受け取った。

少しの間、無言が続く。

長い付き合いというわけじゃない。

たまたま道端で知り合った人が魔術師だったらしくて、それで魔術回路だとか言うのが欠伸交じりに目を覚ましたから、それこそ本当に偶然見かけたチラシに応募してそのまま長期休暇を利用して外国の雪山くんだりまで来て。

それから気づけば人類最後のマスターなんていう大層な肩書を背負ってタイムスリップを繰り返して。

まだ半年にも満たない、そんな短い付き合いだ。

それでも一緒に戦ってきたから、今此処に居ないギネヴィアと合わせて三人であの燃える街を駆けずり回ったときからマシュとはずっと一緒だ。

だから、今の無言は息苦しいものじゃない。

 

だから、この息苦しさはマシュの所為じゃない。

私が、藤丸立香が勝手に抱えて勝手に苦しんでる、そんな身勝手な感情の所為だ。

 

「……ギネヴィアさんは」

 

黙ったままの空気がマシュの言葉でぷつんと弾けた。

 

「……まだって、ロマンが」

 

通信越しの固い声と表情が私の頭を過ぎる。

それが無理してるんだって、言われなくたって分かる。

ロマンだって、ダヴィンチちゃんだって、他のみんなも。

ギネヴィアのことを本気で恐れてるわけじゃない。

あの時、ボロボロ泣きながら戦うあの子の事を心配しなかった人はきっといない。

そうだ、あの時みんなは誰もが怖くてそれ以上に寂しかった。

あんな風に、まるで壊れた機械みたいに戦うギネヴィアのことが、それをさせてしまった自分たちのことが悔しくて。

そしてそんな風に自分たちの知らない誰かになってしまったようなあの子が、何処か遠くに行ってしまったように思えて。

すごく、すごく。

寂しかったのだ。

 

そう、みんなは。

 

「大丈夫ですよ、先輩。きっとすぐにまた元気な顔を見せてくれるはずですから!」

「……うん」

 

そうだ、みんなは心配してる。

優しい、あのカルデアで小さな身体でいつも幸せそうに笑っていた彼女が傷ついた今をきっと、すごく心配してる。

 

「……明日には形ある島に向けて出発です。恐らくは六日ほどはかかるだろうと、ネロ皇帝も仰っていました……長旅になります。ですから先輩も、もう寝ましょう?」

「……うん」

 

マシュだって目を覚ました時に話を聞いてすごく取り乱していた。

きっと今だって、自分の所為だってすごく悩んでる。

 

「大丈夫です、きっと私たちは勝ちます……私も、もう絶対に負けませんから」

「……うん」

 

でも私は。

 

「だから……お休みなさい、先輩」

 

私は、怖い。

 

「……うん、お休み。マシュ」

 

怖いと、思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃虚を辿る御伽の国の夢は見れたか?

虚飾の群れを這いずる悲痛は感じたか?

虚栄に満ちた従卒とのお出掛けはお気に召されたか?

 

ならいいさ。

随分長いこと待たせたんだ。

こっから先はノンストップだ、奴さんが目を覚まして陳腐で見飽きた逆転劇になっちまうか。

それとも口も手も早い保護者に縊り殺されるか。

はたまた本当の本当に目を覚まして、過程も結果も努力も希望も繁栄も。

それこそ人理も世界も、泣き疲れた意気地無しの癇癪で何もかも御破算になっちまうか。

 

見てみようじゃないか。

目一杯に虚飾で飾り立てて。

気色ばんで絶望を縫い付けて。

艶やかに、艶やかに汚泥を唇に差して。

呪いを押し固めた憎悪の灯火でその瞳を濡らして。

そんな致命的に終わってる端切れを繋いだぬいぐるみが転がり堕ちる様を。

 

そら見せてくれよ、人類最後のマスターちゃん。

あんたが最後の希望なら。

あんたが最後の輝きなら。

あんたが本当に灯火なら。

なけなしの勇気を振り絞って、寝た子を叩き起こして魅せてくれ。

きっとざまぁない程、痛快な自業自得が見れるだろうからよ。

 

そんじゃあ気前良く一丁おっ始めるとしようぜ。

痛快で気色悪い、世界で一番矮小な戦争。

あんた達が喉から手が出る程待ち望んだ答え合わせの一欠片だ。

気持ちよく泣き喚こうぜ。

お涙頂戴の三文芝居だ、腹抱えて嗤おうや。

 

てなわけでだ。

 

---さあ、聖杯戦争を始めよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、ぱ……」

 

誰かの声が耳を擽る。

 

「……んぱいッ」

 

聞いたことがある。

 

「先輩ッ!」

 

だってそれは可愛い私の後輩の声なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「指示をッ!此処は敵に囲まれていますッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!数はッ!」

 

ほんの少し前までただの学生で、何時ものようにくだらない話をしていた自分はもういない。

飛び起きざまにマシュへ声をかけて脳みそをひりつかせながら動かす。

 

「はいッ!数、骸骨兵三十!私たちを中心に取り囲んでいます!」

「最悪ッなら!マシュ、()()()!!」

「了解!」

 

嫌っていうほど見た骸骨兵の大きさを頭に描いて、それからマシュのステータスを思い出して。

取り合えず、マシュに抱きかかえてもらってこの場から離脱することを選択する。

ぎゅっと力強く、それでも優しく抱きしめてもらって私たちは空へと跳ね上がる。

 

くるっと弧を描きながら囲みを超えて一番手薄な場所へと着地。

そのままマシュに抱きかかえられたままその場から逃げる。

 

「状況が全く見えないけど、何がどうで、此処はどうなってんの!?」

 

風を切る音に負けないよう声を張り上げて尋ねる。

自分が寝ていた間に一体何が起きたというのだろう。

というより、此処は。

 

この見覚えのない、まるでガラクタを押し固めたようなこの場所は一体何処なのだろう。

 

「分かりませんッ……先程まで私と先輩は確かに古代ローマに居た筈なのに……今居るこの場所はまるで……」

 

そうだ、此処はローマなんかじゃない。

見慣れた建物が見える。

まるで雪でも振ったように白く柔らかい何かに覆われているけれど、見間違えるはずがない。

高層ビル。

電信柱。

駅のホーム。

そして掠れて殆ど読めないけれど、日本語で書かれた標識。

どれもこれも絶対に何百年も前の外国にある筈のないもの。

 

だってそれは、私の現代日本(故郷)の物なのだから!

 

「ッ!先輩、敵が!」

 

荒い息で私を抱き留めながら走り続けていたマシュが急に足を止める。

目の前から忽然と、まるで初めからそこにいたように襤褸衣を纏った他の特異点で見た姿よりもずっと小さい、まるで子どものような骸骨兵が現れる。

 

「迂回は!?」

 

手に持った物も違う。

小さなシャベル。

ガラスの破片。

鉄の棒。

石ころ。

ただの包丁。

纏う襤褸衣すら赤やピンク、黄色に水色と統一感がない。

一緒なのは骨の身体と、そしてその頭に被った()()()()()

そんな姿の敵はそれぞれが違う獲物を手にしてこちらを嗤って見ている。

 

正直気分はよくない。

けどそんなことより今はこの状況を打開しなくてはいけない。

それが私の、マスターの務めなんだから。

 

そう思って、じくりと何かが痛むけれどそれも無視する。

そんなことに構っていられない。

分かってるけど、今はそんなことよりも生き延びること。

考えたって、自分にはどうしようもないのだから。

 

「……無理です。前方に三十、後方から先程の三十。それから、今魔力反応を確認しました」

 

続きは聞かなくても分かった。

まるで泣いているような笑い声が、まるですぐ傍にいるような感覚で両横から襲ってきた。

 

「詳しい数は分かりませんが、恐らくどちらも同じ数が」

 

つまり前後左右が三十ずつ、足してみたら百二十の敵の軍勢が居る。

脚から嫌な振動が伝わる。

武者震いだよなんて言えればいいのに、ちょっとそんな余裕はなさそうだ。

だけど、そんな泣き言言ってられない。

 

『泣くなとは言わない。笑い続けろとも言わないわ』

 

ほんの少し前、魔術の訓練中にあの子が言ってくれた言葉がある。

 

『誰だって弱音を吐きたい時がある。誰だって苦しい時がある。立香、今の貴女の立場なら猶更でしょう』

 

なけなしの魔力で何とか作成しても大した礼装が出来なくて凹んでた私にかけてくれた言葉。

 

『そんな時は思いっきり吠えてやりなさい。むかつく、腹立つ、悔しい。何でもいいわ、思いっきり吠えるの。それですっきりしたらまた前を見て進むのよ』

 

吼えろと、そう言っていた。

 

『辛いなら辛いと言えばいい、苦しいなら苦しいと言えばいい。でもね、辛い事や苦しい事、そんな理不尽に負けるだなんてそれこそ業腹じゃない?……業腹っていうのはね、えとね、ちょームカつくってことよ』

 

辛いことをあるがままに受け入れるのではなく、苦しいと蹲るのでもなく。

見っとも無くてもいいから、そんな辛さを罵倒してやれと、そう教わった。

情けなくても、格好悪くても。

 

『だから吠えてやりなさい。喉の奥から魂を震わせて、巫山戯るな、お前達なんか負けてたまるかって叫ぶのよ。泣いたりするのは最後までとっておくの』

 

泣き言漏らして耳を塞ぐ惨めさよりもずっと、私の性に合っている。

 

『いい立香?良い女の涙は宝石よりも価値あるもの、心底惚れた相手を想う時に流すもの。そんな大切な物を理不尽な現実に、自分を苦しめる相手なんかにくれてやるなんて勿体無いのよ』

 

だから私は泣かない。

絶対に泣き言なんて吐かない。

こんな詰まらない場所で宝石を配ってやるほど心の財布を緩くない!

 

「……切り抜けるよ、マシュ」

「はいっ!先輩」

 

嬉しそうな力強い返事が返ってくる。

私を片腕で抱いたまま、それまで前を覆い隠すように構えていた盾を鋭く敵へと向ける。

突撃(チャージ)、一点突破。

あいにく私は唯のしがない女子高生だ、元はつくが。

有体に言って大した戦術とか考えられない。

だから真っすぐ突き進む。

 

「此処が何処だか知らないし、これっぽっちも分かんないけど」

 

そんな雑な戦い方を嗤うのだろうか。

骸骨たちが甲高い、それこそ本当に子どもみたいな声で嗤ってくる。

でも、別にいい。

勝手に笑ってろ。

こんな所で止まれるか。

 

「私達をッ」

 

さあ何時ものように大見得切って吠えるんだ。

負けてたまるかと心の奥底から叫ぶんだ。

それがきっと私に出来る、誰にも負けない強さなんだから。

 

さあいつものように進むんだ!

 

「止められると思うなッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「良き啖呵だ、勇士よ。なればこそ、ワシの槍も映えるだろう」

 

髑髏の嗤い声なんかとは違う。

凛と張りのある綺麗な声。

まるで舞台女優みたいに透き通って誰もを魅了するような、そんな女の自分から見ても色気のあるその声の持ち主は少し離れたビルの上から此方を見据えながら立っている。

 

「如何な異境、魔境と言えど我が技の冴えに曇りは無く。()()()()()達ではあるが、まあ佳い。寸分違えることなく、その悉くを影の国へと連れて行こう」

 

音も予兆もないまま、これまでみたどのサーヴァントの動きよりも綺麗な所作で高く宙へと跳ぶその人。

三流魔術師の私でも分かる。

現にマシュは私をしっかり抱き寄せて盾を頭上に構えてる。

大きな川が音を立てて流れるように溢れる魔力。

紫色の全身タイツっていう、大分エロい格好のその人は。

 

蹴り穿つ(ゲイ・ボルク)---」

 

まるで蝶のように軽やかに宙を舞って。

円を描いて回るその槍の石突きを、蹴り飛ばした。

 

死翔の槍(オルタナティブ)ッッ!!」

 

もう槍の形なんて見えない。

真っ赤な流れ星になったそれは、気づけば数えるのも馬鹿らしくなるぐらいに枝分かれして豪雨のように私達を取り囲んだ髑髏兵に降り注いだ。

 

轟音を伴って地面が陥没する。

無事なのはそれこそマシュと私の居る場所だけ。

それ以外はまるで爆弾でも落ちてきたように綺麗さっぱり焼け野原になって、おまけに大きなクレーターが幾つもできている。

 

宝具、何だと思う。

げい・ぼるく、なんていう宝具はちっとも知らないけどきっと凄い英雄なんだと思う。

その凄い宝具を使った、きっと、多分、恐らく凄い知名度の英雄さんはいつの間にかビルから飛び降りて

私たちの目の前に立っている。

 

「着いて来るがいい、幼き勇士達よ。お前たちが真実、この世界の最後の希望であるというなら」

 

そう言って彼女はくるりと背を向けて歩いていく。

足元でちっぽけな白が小さく揺れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇縁も此処に極まるか、つくづく儂も運が良い。嗚呼いい、名は既に知っておる。お主が藤丸立香、そしてそこの娘がマシュ・キリエライトだったな」

 

着いて来いと無下も言わさず黙々と歩いて辿り着いたのは廃墟。

って言ってもこの場所は何処も彼処も廃墟だらけで、だからもっと詳しく言うならここは小さな教会だった。

歩き通して漸くベンチに腰を下ろした私たちに向かってドスケベスーツを着た彼女は口を開いた。

 

「お主たち二人は夢の中に在りながらにして、とあるモノの内面世界に訪れた稀人だ。機構(システム)としての仕様なのだからそれ自体には小言を言う必要はない。これはお主たちのよく知る者が仕組んだこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

「……あなたは、一体……何方ですか?魔力の在り方は確かにサーヴァントに近しいですが、何かが、決定的に何処かがズレているような……いいえ、今まで私たちが出会った誰とも違う、その筈なんですが……」

 

違うと思います……記憶はあやふやで上手く言えませんが、そう口ごもるマシュ。

私も同じ思いだった。

何処かであったことがあるような、だけど何といえばいいのか分からない。

答えは頭の出口まで来ているのに、そこから意固地になって出てきてくれない。

そんな気分だ。

 

そんな曖昧で、訳の分からない私たちの気持ちを察してか多分ランサーの、サーヴァントはゆっくりとまた口を開いた。

 

「ふむ、確かに誰と問われれば名を明かさなくてはな。私の宝具を見たところで、真名に辿り着けというのも無理な話か。何分あれは、私以外にも使える者がいるのでな」

 

うむうむと腕組をして納得したように頷いてからその凛とした薄紅の瞳が私たちの方をしっかりと見た。

 

「しかし、思えばこの名を自ら明かすことなどこれまでの生で終ぞ無い話だ。これもまた奇縁故の幸運か……よもや誰もが知る死にこびりついた我が名を懇切丁寧に語る時が来るとは」

 

ほんの少し嬉しそうに口元を緩めてから、気持ちのいいくらい張りのある、けど落ち着いた大人の声で彼女は語った。

 

 

 

「名乗りもまたケルトの誉れよ。畢竟と言えど此処は正しく戦場、誉れ高くも浅ましい()()を奪い合うこの世で最も歪な()()()()の最中。故にだ」

 

淡々と静かに彼女は私たちに名を告げた。

 

「影の国より罷り越した、女王スカサハ。此度の戦では槍兵の器にて現界している。よろしく頼むぞ、カルデアの少女達よ」

 

スカ、サハ……。

 

困った、誰だろう。

何かデデーンとか凄い効果音ありでどや顔をしてくれたけど私の知らない英雄だった。

けどマシュはそうではなかったようで、物凄く驚いた顔でスカサハと名乗った彼女の方を見ている。

 

「スカサハ……ッ!?ケルトの母、古い地母神にして数多の英傑豪勇を鍛え上げた戦神!そして、神殺しを成した神霊級の超人ですか!?」

「え、なに、やっぱりすごい人なの?」

 

そう言うと滅茶苦茶目をきらきらさせて、それからちょっぴり早口でマシュが解説してくれた。

 

「はい先輩!ギネヴィアさん達の活躍を記したアーサー王物語、その源流に当たるものがケルト神話ですがその中でも特にアルスターサイクルと呼ばれる1世紀頃の物語群で活躍された限りなく神霊に近い大英雄です!」

 

訂正、大分早口です、うちの可愛い後輩。

 

「ダン・スカーやスカイと呼ばれ他文化における冥界に相当する影の国の女王にして、ケルト神話最大の大英雄クー・フーリンの師と知られます。そして自身もまた数多の神霊や魔獣を討ち滅ぼしたまさしく最上級の英雄!」

「う、うん」

「それだけじゃありません!!」

 

そうだった、この子こういう話大好きな子だった。

たまに勉強会するとギネヴィアより詳しい時もあって、びっくりしていたのを思い出す。

そして思い出すのと同時に、冷たい罪悪感が胸に押し込められた気がして、すごく嫌だった。

 

「北欧神話における巨人スカジの狩猟や山の女神としての側面と同一視、若しくは習合した存在とも考えられていて、そこからトゥーレ協会が死守しているともされる智慧の大神が刻んだ魔術刻印(原初のルーン)を会得したともされる神代クラスの大魔術師!!言わば戦闘における万能の人、無双の女戦士です!!!」

 

そんな自己嫌悪染みた罪悪感を拭っている間もマシュは一頻り喋って、戦闘直後でもないのに肩で息をしている。

まあでもよく分かった。

 

如何やらスカサハという目の前の彼女はとんでもなく凄い人らしいということが!

 

「うむ、そちらの娘はよく勉強をしているな。正解だ、点数でもやると……いかんな、そんな悠長なことをしていると()()()()()()()()()()()

「夜が、終わる?」

 

その疑問に、うむと頷くスカサハ。

 

「言ったであろう、此処は夢の中であり同時にとあるモノの内面世界、謂わば心の内だ。そしてこの世界にお主たちを送り込む機構(システム)が機能するのは夢を見ている間、即ち眠っている時間だけだ」

「あれ?なら私たち此処に来てから随分時間が経ったけど……もう目を覚ましてる時間じゃ」

「いいや、それはなかろう。此処と彼方では時間の概念が違う。此処は随分と時間の流れが緩やかでな、まだ起きることもあるまいよ」

 

さて、そう言ってスカサハは何もない空中に指を走らせる。

 

「わぁ……」

 

マシュの驚いた声。

私も同じだ、目の前で指を走らせただけで地図を描くなんて……。

 

「っ……」

「先輩っ?どうかなされましたか?」

「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっとお腹減っちゃってさ」

「そうでしたか……申し訳ありません、夢の世界だからか私も携帯食料を所持していなくて……」

「もー、本当に大丈夫だよ!ごめんね、心配させちゃって」

 

ずきりと胸が痛む。

魔術を見ただけでここには居ないどっかの誰かさんの顔を思い出して、やはり胸が苦しくなった。

 

「……成程、それで私か。悪意に溢れておる癖に、随分と親切な配役ではないか」

 

ぽつりと漏らしたスカサハ。

その言葉の意味を訊ねて少しでも気を紛らわせようとするけど、それより前にスカサハは地図を指で差しながら話し始めた。

 

「よく聞け、立香、マシュ。この世界は魔術(システム)によって成り立つ場所。お前たちもよく知るとあるモノの夢の宮、虚構の都だ。そしてこの場所の本質は人である者ならば誰もが持つ心の奥底、精神の根幹を映し出した物。であるからこそ、其処には誰もが立ち入ることが出来んし、誰も入れぬように固く閉ざされている」

「では、今私たちが此処に居るから先程のように襲撃を」

「いいや、それは違う。本来であればお主たちは第三者が招いた稀人であれど敵の介在など有りはしない。時間はかかれど、お主たちはあの少女の心の内と対面することができただろう」

「ッ!……その、少女って」

 

きっとマシュも同じことを思ったはずだ。

思い浮かんだのはあの空色の少女の事だった。

泣き虫で、お転婆で、その癖責任感だけは強いから空回りする、そんな少女。

私の、大切な人のことだった。

 

けれどスカサハはその疑問に答えてくれなくて、そのまま話をつづけた。

 

「ワシもそう詳しくは知らん、何せこの魔術(システム)が起動した直後に呼び出されたものでな。知っていることと言えば、呼び出された我らの前には無数の亡者が群れを成していたという事、そしてそんな存在が呼びだれる様に()()された術式の原型がどう云った物であったかの残滓程度だ」

「術式の……改竄、ですか?」

「そうだ。先も言ったように此の場にお主たちを呼び出した魔術(システム)とその使用者に悪意はない、だがその後に何者かによって術式が改竄され気が付けば今のように亡者の溢れる場所となってしまった。そして改竄されたことで招聘された亡者達が心の内を喰い破らんとした。故、それを堰き止める門と守護者が必要だった」

 

それが私だ、そう言ってスカサハは軽く言った。

目を凝らして見ればスカサハの戦衣装には真新しい小さな傷がある。

本人の身体には傷一つないがきっと激しい戦いがあったのだろう。

 

「私が呼ばれたのもそうだな、偏に『門』と関わりのある存在であったが故だろうな。無論、既に終わった話ではあるが……兎角我らは亡者からこの内面世界を守るために召喚されたのだ」

「我ら、って事はスカサハ以外にもまだサーヴァントがいるの?」

「うむ、おるぞ。ワシを除けば残り二騎、『門』という概念そのものと縁深い英傑がな」

 

ぱちりと指を鳴らすと虚空に二色の火が灯る。

一つは橙、小さく揺れる腕のような形をした火。

もう一つは黄金、力強く全てを照らす星のような火。

 

「東方の魔物、そして太古の名君。どちらも一騎当千の英傑だが、今此の場には居ない。否、此処には居られなくなった」

「居られなくなった?」

「ああ、そうだ。お主達で言うならほんの数刻前、時間の流れの違うここでは二日も前になるがそれまで我らはだだっ広い暗闇の中で各々含みはあれど()()()()()()()()()()()()()を守っていた。だが、恐らくお主達の意識が完全にこの内面世界に接続した瞬間にワシ以外は弾き飛ばされたどころか暗闇すら開けてな、気づけばこの有様よ」

 

そう言って地図に手を当てるとまるで写真のように先程までいた廃墟の街が映し出される。

 

「この吉兆の若草(シャムロック)もまた同じよ、荒廃した街に無際限に咲く小さな花弁」

 

そう摘まんでこちらに見せてくれる花は、先程見た街を覆っていた『白』の正体。

 

「クローバー、でしたか。文献で何度か目にしたことがあります」

「うん、多分あってると思う」

 

勿論その名は知っている。

小さい頃、自分も何度も摘んでは花冠を作ったり、四葉のそれを探したのだから。

 

「幸運の象徴がこうも咲き誇っているというのも、随分と酷な話だが……うむ、今はそれほど必要な話でもないか」

 

静かに映し出された街並みを見ている私たちの様子に満足したのか、どこか学校の先生が教科書を捲る様に地図の形を変えた。

 

「そして暗闇が晴れた後、つまり今お主達が居るこの世界の構造は」

 

こうだ、といって見せてくれた地図は三つに分かれている。

 

「一つ目は今居るこの廃墟、もう少し歩けば門へと辿り着く。そこを守る門番を倒せば次の舞台(ステージ)へと進むこととなる」

「門番、ですか」

「嗚呼、ワシもお主達と合流する前にほんの少し遊んでみたが……うむ、飾らず言うなれば敗北した程よ」

「スカサハさんがですかっ!?」

 

あっけらかんと笑うスカサハにマシュが驚きの声を上げた。

私も同じ気持ちだ。

あまりスカサハの事はよく知らないがそれでもあの宝具の威力や綺麗な動きの所作を見ていると負けるなんてちょっと想像できなかった。

 

「あれぞ正しく、この内面世界の歪みの象徴、亡霊の極点だ。まさかこの歳で、擬きとは言え()()を見ることになるとは思いもしなかったものよ」

 

はっはっはと軽く笑うスカサハに何か言おうとして、ふと意識が遠のいていく感触がした。

マシュも同じようで、額に手をやってまるで眠気に耐える様にしている。

その様子を眺めているうちにも、どんどん意識が遠のく。

 

「む、もう夜更けか。男女の逢引きは綺羅星の如く時が過ぎ去るものだが、幼き勇士との語らいもまた同じか」

 

「立香、マシュ。お主達はまた明日の夜もこの場を訪れる、そして次こそあの門を越えねばならん」

 

「お主達もまた心に傷がある。その胸の内に後悔を宿している。なればこそ、この世界でそれを鍛え上げるとよい」

 

「その果てに殻に籠った大馬鹿者を救い出すのもまた一興だろうさ」

 

その言葉を最後に私たちの意識は浮上して、眩い朝日の輝きで目を覚ましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クローバー。

和名をシロツメクサ。

学術名をTrifolium repens。

地を這う茎から伸びた複葉が四枚の物は幸運を齎すとされる。

 

その花言葉は『幸運』、『約束』、『私を思って』。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『復讐』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イベントを書く余裕がないなら本編に盛り込めばいいじゃない!
というわけでCCCイベ+スカサハ体験クエスト+羅生門イベ他の闇鍋イベントです。

暫くオリ主の主人公らしい活躍はポイーで、藤丸先輩とマシュのコンビに頑張ってもらいます。
大丈夫、ちゃんとオリ主も活躍しますよ(味方とは言ってない)


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瞳は伏し、点は未だ線を結ばず

今回はラストに若干のグロテスクな表現がありますのでご注意下さい


 

―――酷い面ね、友よ

 

声がした。

顔を上げればそこに友がいた。

生涯、只一人の友であった。

 

―――何を嘆くというのだ、己の無力かしら?

 

皮肉気なその言葉に狂おしい程の惜別を感じ取り、吐き出しそうになる。

泥のように煮詰まった激情が喉から迫り出そうとして、それを奥歯で噛み締めた。

高々二十にも満たぬ年月の憤怒なぞ目の前に立つこの友の前では塵に等しいと諦めてしまったのは何時からだったか。

何より弱音を吐くなぞとてもではないが己の矜持が許すことはなかったから。

 

故に問う、それでいいのかと。

それに友は呆れた声で、されどその瞳に抑えきれんばかりの希望を灯して答えた。

何時だって友はそうだった。

 

―――そうだ、これでいいのよ

 

微笑むように世界を語る。

 

―――ただこの選択こそが、この選択肢だけが

 

その瞳が、その唇が、唯々愛を紡ぐ。

 

―――私を産んだ母に報いる

 

愛おしいのだと万雷の喝采すら鳴り沈むほど響く歌声のように、そう語る■だった。

 

―――たった一つの復讐なのだから

 

そう、愛するが故に剣を手に摂り振り翳す愚かな友であった。

 

枯れ果てたのは喉だったか涙だったか。

その答えなぞ終ぞ知らぬまま、剣を交わすことなく我等は別れた。

今生の別れは酷く味気の無い、強いて言えば淡白なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める、だなんて言い方もヘンかもしれない。

けど、私はまたこの廃墟で目を覚ました。

 

「無事この教会に接続できたか。何よりだ」

「えと、おはよう……ございます?」

「うむ、よくぞ来た。待っていたぞ、未だ幼くなれど、心強き勇士達よ」

 

勇士だなんて、そう呼ばれて何となく座りが悪い。

私はそんなに凄い人間ではない。

勇士だなんて呼ばれる様な人間じゃない。

そんな内心なんて気にすることなくスカサハは話を続ける。

 

「佳いものだ。こうして何処とも知れぬ戦場とは言え静かに高ぶりを感じつつ生娘のように動乱に身を委ねる外ない歓喜に浸る時間というのは。実に心地よい」

「戦場……そうですよね、今日も、今晩もまたあの骸骨兵たちを倒しに行くんですね」

「ん?嗚呼、そうか、()()()()()()。お主達には斯様に見えるのだった、そしてまだアレ等と出会ってなかったか……全く過保護というか無意識だからこそか、心底愛されているということか。全く仮にもこうして馳せ参じてやったというのにこの対応の違いには聊かばかり妬いてしまうな」

「スカサハ?」

 

なんでもないと、そう気にするなと言った彼女は教会の出口へと歩いていく。

その歩調は澱むことがなく凄く淡々としている。

 

「あ……あの、どちらへ……?」

「気負うな、マシュ。我らが此れより向かうは戦場であっても内に抱いた熱を離さず消さぬよう、されど冷えた鉄心を喰らって歩め」

「えと……」

「そうだな、頭は冷静にしておけということだ。あまり雁字搦めに考える出ない、この浮世というのは得てして複雑奇怪に見えるがその実、然して単純に出来ている。故だ、お前も、そして立香もただ歩き続けることを考えよ。この先が戦場であろうと然したる問題ではないのだ」

 

歩き続ける。

何故か凄くしっくりとくる。

何でもないその言葉が凄く腑に落ちた。

けど、()()()

 

そんな僅かに泡が水面に浮いたように沸き立った小さな疑問(歪み)をスカサハはやはり気にすることなく扉を開いた。

 

「さて、暫し散歩と洒落込むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

協会の外。

昨日まであの小さな骸骨兵と戦った場所を通る。

スカサハが放った宝具の残り香。

強い強い魔力の波動。

前にあの子から教わったときに宝具とかそういう強力な力は世界に()()()()()()を与えるらしい。

当然だ。

町中で爆弾を点火させておいて何もないわけがない。

当然魔力の残滓が残って暫くの間、龍脈の流れを阻害させたりするらしい。

だから宝具は必殺技なんだと、教わった。

況してや昨晩スカサハは地面に無数の穴を開けていたはずだ。

 

其れなのに今はそんな戦闘跡がどこに見られない。

立ち並ぶビルから観覧車が突き出ている。

一見して複雑化したのだとわかる有名な()()駅からは古民家がさかさまに突き刺さっている。

普通に配置こそされているコンビニの中は子どもの落書きで滅茶苦茶だ。

地面には止まった車に紛れて乳母車やおもちゃの車が落ちている。

そしてそういうの全部から土もないのに生えているシロツメクサ。

そんなガラクタを寄せ集めたような、昨日見たままの光景がそのまま存在している。

何より、

 

「これは……」

「む?ああ、彼奴らのことか。そうだな、お主達にしてみればあれこそが敵であったか」

 

笑い声が聞こえる。

昨日の嘲り交じりのそれではない、昔授業で遊びに行った保育園とか、それこそ自分が嘗て通った学校でも聞きなれた声。

高音のこんな場所には似合わない歌うような声。

少女のそれだ。

その音の元はやはり昨日私たちを襲った、あの小さな骸骨兵たちからだった。

 

「可笑しいじゃん……だってスカサハは昨日、あいつらを倒しに召喚されたって」

「いいや、アレは違う。彼奴らはただの住人だ、この内面世界のな」

 

よく見てみよ、そう言われて骸骨兵を見ると確かに彼女達は表情こそ分からないけれど嬉しそうに手に持った玩具で何かしら遊んでいる。

 

「昨日お主達が襲われたのは恐らく突然のうち己の心の内(世界)に入ってきた異物への過剰反応だろうな。だからほれ、今日は二日目で慣れたのだろう、襲ってこぬだろう?」

「それは……はい、そうですが」

「ふむ、釈然とせぬか」

 

その言葉に二人揃って頷く。

それはそうだ、こっちだって急に連れてこられて行き成り襲われたんだから。

アレが敵でないというなら、一体スカサハは()()()()()()()()

 

「ではこういうのはどうだ?」

 

すっと無駄一つない所作に導かれる指先が差したのはやはりあの骸骨達。

 

授けよう、与えよう(gebo,inguz)

 

指先で、確かルーン魔術だっけか、何かの文字を描くと骸骨達の頭上から色とりどりの花びらが降ってきた。

それに気づいた骸骨達は大喜びで手を上げぴょんぴょんと、本当に子どもがそうするように跳ねながらそれを掴もうとしている。

そう本当に、まるで

 

「立香よ、お主はあれを見て何を想う?」

「……普通の、子どもが遊んでる、みたいな……?」

 

言ってからつい恥ずかしくなる。

行動はどうあれ見かけは完全に怪物なのだ。

それが普通の子どもだなんて、それも遊んでいるだなんて……。

 

けれどどうしてか、私はそれを否定できなかった。

普通なのだ。

ごく普通に遊んでいる、はしゃいでいる、今生きていることを心の底から喜んでいる。

そんな当たり前の光景。

ちょっと前まで私が生きてきた世界のそれにしか見えないことを、否定できなかった。

 

「ほう、普通と来たか……では聞くが、姿かたちは違えどお主もああして普通に過ごしていたのではないか?」

 

マシュは言葉を話さないけれど、多分同じ気持ちなのだろう。

何処か羨ましげにも見える寂しげな表情で、けど頷きながら同意してくれた。

それにその物ずばりの問いをスカサハは投げかけて、

 

「姿が違えば共感できず、理解できず、怖れを抱く……うむ、全くもって人間の道理だ」

 

一人納得するように腕組をしながら歩きながら、それもモデルみたいに見惚れるような立ち姿でだ!、話を続ける。

 

「普通、平凡、当然。嗚呼全くもって世知辛い物よな。嘗て特異であるという事は形はどうあれ人ならざるものとして天上より与えられし神秘の結晶として扱われた。それが今や人と違う(歪である)という事が社会という既存のシステムから爪弾きにされるだけ」

「それは……そうですが……」

 

出る杭は打たれる。

私の住んでいた国は特にそういう傾向が強かった。

だから何となく分かる。

 

「同時にやはり古来より人は『違う』ということを恐れ畏怖し祀り上げ、将又廃絶し淘汰せんとする。それは人の、生物の宿命だ。異なる物を除外し認めず切り捨てる。そうすることで正しい血統、正しい種の保存を行ってきた」

 

歩みは止まらない。

私たちが小走りで何とか着いていくのが精一杯だというのにスカサハはさっさと先に行ってしまう。

 

「だからこそ、忘れるな」

 

その歩みが止まった。

ふいに、だけどまるで初めから其処で立ち止まることが決まっていたようにぴたっと、これもまた背筋が伸びて女の私が見惚れちゃうぐらい綺麗な姿だ、止まった。

言葉と共に振り返ったその表情は、凄く

 

「立香、マシュ。違う事を恐れるなとは言わん、無知であることを厭うなとは言わん」

 

物憂げで、

 

「だからこそ其の()()()()()()()()。数多抱えた負の感情、数多に抱えてしまった負の感情を抱いたまま其の一歩を踏み出せ」

 

苦し気で、

 

「恐怖とは打ち勝つ物ではない。況してや切り捨てる物でもない。真の勇ある者とはな、立香、マシュ」

 

気丈な振る舞いをするスカサハには決して似合わない、唯々

 

「其れら醜き情を心の内に抱き留めたまま次の一歩を踏み込む者の事を言うのだ」

 

哀しげなそれだった。

 

そう言い切るとくるりとスカサハは顔を前へと向ける。

 

「さて、お主達。この先をもう幾何も行けばこの階層から次の階層へと繋がる門がある。名を……そうだな、肖るのであれば『SG』とでも言おうか」

「SG、ですか……それは何かの略称でしょうか?スカサハさん」

「それはそうじゃな、儂からは何とも言えん。()()()()()()()()()()()()()()()。故、秘められたこの花園に冠された名はお主達の想像に任せるとしよう」

 

さてそろそろか、そう言って言葉を切るスカサハ。

その視線の先にあるのはやはり白い花、シロツメクサだ、で覆われた地面。

白い、白いその場所。

 

ぽつりと、黒。

 

スカサハの表情が変わる。

 

点々と、滲む。

 

獰猛で猟奇的で、それでいて凄く色っぽい表情に。

 

しとしとと、沸き立つように。

 

いつの間にかその手には朱色の槍が。

 

じくじくと、膿み出すように。

 

そして開戦の言葉を、私たちを戦場へと駆り立てる合図をした。

 

「そら、来たぞ。この内面世界の機構(システム)を歪めたお前たちの真なる敵が遣わせた使者が」

 

悲鳴が上がる。

私の口からでもマシュからでもない。

骸骨兵だ。

あの小さな少女たちは口々に騒ぎ立てて建物の中へと逃げていく。

そしてそいつらは現れた。

 

「なっ!?」

 

地面が滲む。

泥をぶちまけて拭えない汚れを服に染み付けたように、その色が黒へと変わる。

どろりとした何かが地面から湧き出て。

それが扉となってそれは這い出てきた。

 

「シャドウサーヴァントッッ!?」

「否。よく見よ、お主達は幾度も英霊と戦ってきたのだろう。ならばその瞳だけでなく、鼻で、肌で、そして脳髄に刻まれた経験で敵を見よ。それこそが戦場で敵と相対するということだ」

 

黒い靄を纏った戦士、サーヴァントの召喚失敗例。

それがシャドウサーヴァントだ。

でも言われてみれば、確かに違うのだ。

 

「違います……これは、この反応は確かに英霊に近しいですが……」

「うん、違う……なんか凄く薄い」

 

そう、薄い。

気迫も凄い、ぶつぶつと何か呟き目をらんらんと輝けせている彼らは確かに恐ろしい。

だけど、違う。

何というか、存在がそのものがサーヴァントよりもずっと、揺らいでいるというか、そう、不安定なのだ。

 

「薄い、か。正解だ。こやつ等は元より英霊ではない」

 

それをスカサハは肯定し、湧き出続け今この瞬間に乱れた隊列でこちらへと向かってくる敵へと槍を向けた。

それに遅れてマシュも盾を構え突撃してくるシャドウサーヴァント擬きと戦い始める。

その手に持っているのは様々だ。

黒くてよく分からないが、スカサハの持つ槍とは意匠も形も随分違う。

その昔、図書室で読んだ漫画に出てくる中国の武将が持つような其れ。

剣を持っている騎士風の敵は士郎さんの短刀の様に短いけど違う、半ばから折れている。

故郷でよく知る鎧兜を纏った武将の持つ弓はアルテミス達のそれと違って弦が切れている。

全員が全員、亡霊と呼ばれるそれらは何かが欠けている。

 

「マシュ、英霊とはなんだ?」

 

槍で亡霊たちを軽々と捌くスカサハ。

彼女は対照的に息を切らしつつ潰しても潰しても地面から湧き出る黒い敵に苦心しているマシュに質問した。

まるで何時もと変わらないような、そんな軽い言葉。

 

「え……はいッ!え、英霊は生前偉業を成して人理にッ!刻まれ座に登録された人類を守護する形而上の存在ッ!ですッ!」

「うむ、正解だ。では立香、英霊となるにはどうすればよい?」

 

マシュの答え。

それは何時か何処かで教わったこと。

他愛もない食後、陽射しなんてない無機質な蛍光灯の下で。

それでも習った大切な思い出の一欠けら。

私はそんなに頭はよくない。

けれど、ちゃんと覚えている。

答えられる。

矢継ぎ早に来る敵、その数を確認し邪魔にならないようマシュにのみ指示を出しながらスカサハの問いに私も答える。

 

「自分の行い、自分の行動、自分の成し遂げた事っ!それが一つでも世界にとって、生きている人、そしてこれから先の未来を生きていく人たちにとって重要であれば、その人は英霊になれるッ!……」

 

自分の言葉だ、習った通りの言葉ではない。

だけどニュアンスは伝わったようで、上から叩きつける様に振るった真紅の槍で数十の亡霊を纏めて磨り潰して霧散させたスカサハは満足したように喉を鳴らして正解だと告げた。

 

「よく勉強しているではないか、感心だ。その通り、英霊とは生前に人理存続にとって著しく有益だと判断された個や群体を座と称される高次領域に存在が登録された人理の記憶だ。故に」

 

言葉を切り、私も気が付かなかったマシュに迫る刃を一息で飛び込んで砕き折り、そのまま敵を後ろにいる仲間も含めて貫く。

 

「その存在は人類史が長く続く限り決して潰えぬ輝きとなる。そんな存在となるには、マシュ、お前のような手段以外ではそれこそ人理そのものや人類の最深層である総意志(阿頼耶)に有益だと己を認めさせなくてはいけない。つまりだ」

 

阿頼耶、聞いたことがある。

エミヤから教わった、何でも世界最古の悪徳商法だとかなんとか。

 

「英霊になれない者とは私のように世界の理から外れてしまった者か、若しくは人類史にとって価値無きものと断じられた存在、つまり眼前の敵のような者達の事だ」

 

英霊未満。

サーヴァントは座にいる英霊(本体)のコピーのようなものなのだとダ・ヴィンチちゃんから教わった。

そしてシャドウサーヴァントは正規の召喚から劣化した劣悪品(デッドコピー)なのだとも。

そういうことなら、敵の希薄さも理解できる。

要する、今無限に沸き立つこいつらはコピーどころじゃない。

言うなれば出来の悪いインディーズバンドのCDみたいに、知名度も糞もない本当に無名の存在なんだ。

だけどそれなら。

そんな疑問が沸き立つ。

 

「こやつ等を称する名は()()。人類史に記録されこそしたものの、その価値が益にならぬと判断され歴史(流れ)の中で消えていった名も無き兵達よ」

 

なら、どうして。

どうしてそんな奴があの子の。

ギネヴィアの中(心の内)に居る?

 

「呻いているのさ、嘆いているのさ。確固たる自我を持てず正しく亡者と成り果てた己を。だからこそこの戦場にいる、何もかもがとうの昔に終わり果てた場所へとぞろ集まって、最後の空席を埋めることで嘗ての輝きへと至るために。若しくはこやつ等もまた惹かれたのかもしれんな、僅かに開いてしまった心の隙間を縫い歩く香り、輝かしき門の主人の帰還に」

 

その疑問への答えはあまりにも曖昧で、今の私たちには到底理解できない。

理解できるのは、

 

「先輩ッッ!!」

 

今もまだ、此処は戦場だってことだけだ。

 

「ッ!点火(Access)ッ!!」

 

マシュ達の防衛線をすり抜けて敵が来る。

すぐさま緊急回避(スキル)を起動する。

私は魔術師として三流以下のひよっこだ。

それでも仮にも戦場に立てれるのはマシュ達が頑張ってくれるからと、カルデアのスタッフさん達が作ってくれた魔術礼装があるからだ。

大した本数のない魔術回路から生み出した小さな魔力を種火に礼装を起動させることで、三種類だけだけど礼装自体に登録された魔術を呼び起こすことができる。

私自身に掛けることは勿論、サーヴァント達に使用して戦闘を有利に運ぶこともできる優れものだ。

 

それを自身に掛けてすぐさま凶器の届かぬ場所まで回避した。

そうすればほら、()()()()()()()なんかと違うマシュが来てくれる。

そうだ、()()()()()()()()

 

「先輩!無事ですかッ!」

「ありがと、マシュ。大丈夫、マシュが来てくれたから平気だよ」

 

だから、()()()()()()()()()()()()

そうだ、私一人じゃ何にもできない。

私なんかじゃ何にも。

()()()()()()()()()()

 

「やれやれ、世話の焼ける」

 

その言葉と共にいつも間にか手にした紫紺の剣でスカサハが目の前の敵を切り裂いた。

 

「一人は見て見ぬ振り、そしてもう一人は無自覚ときた……如何にもお前たちにとってあれは聊か以上に悪趣味が過ぎたのだな。全くこれだから躾の成っていない畜生は」

 

やれやれと肩を竦めながら踊るように槍を振るう。

大地が割れるなんて生易しい表現は相応しくない。

綺麗に槍が空を切った場所、ただ振るった場所をその静かな衝撃だけで切り裂く。

それは見えない刃になって、剃刀より遥かに鋭く眼前のそれこそ百八十度すべてに居る敵を切って捨てる。

 

それで一時的に敵の勢いは止む。

 

「ッ!……やはり、先輩」

「うん、根元を叩かなきゃ駄目みたいだね」

 

けれどその勢いが止まっても地面から湧き出る幻霊は止まない。

黒く滲んだ泥のような地面はじわじわと範囲を広げて、今や目の前一杯に広がっている。

そしてその泥の中からB級映画のゾンビみたいに腕を伸ばして幻霊たちは湧き出てくる。

その仕草はまるで、何かを掴みたくて仕方がない、そんな風に私の目には映る。

 

無駄な思考だ。

戦士だなんて言ったら恥をかく私だけれど、それでも死線は越えてきた。

だから戦場に立った時に無駄なことを考えてる暇なんて持っちゃいけない。

なのについ考えてしまって、頭を振った。

 

そんなことよりも根元だ。

あの泥を何とか、それこそ根こそぎ焼き払うぐらいの火力が、

 

「否、不要だ。そも、そんな物は()()()()に儂が用立てる必要は無かろう。彼奴にはこの先でまだ仕事がある故な」

「ひゃっ!?」

「えっ!?」

 

言うが早いがスカサハは私たちを抱き寄せて、華も恥じらうJKをだ!、軽々と小脇に抱える。

 

「む?マシュよ、お主少し軽すぎだぞ。もう少し飯を食うとよい。過度の節制、小食は逆効果だぞ」

「あ……はい、申し訳ありません……」

「宜しい……でだ、立香よ」

「え……なに、ああいいや、やっぱり言わないで」

「いいや駄目だ、言うぞ。お主は少し背と腹に「あー!困ります!困りますお客様!あー!困ります!」……誰がお客様だ、馬鹿たれめ……全くそれなりに胸は、うむ儂やマシュには劣るとはいえあるのだから少しは「あー!聞きたくない聞きたくない!」……全く」

 

呆れたように溜息をつくスカサハ。

けど私は悪くない、だって花も恥じらうJKだよッ!!

一グラムで一喜一憂するお年頃だよッ!!

仕方ないじゃんッ!

士郎さんと桜さんとギネヴィア(カルデア調理スタッフ)のご飯が美味しいのがいけないッッ!!!

 

「……では跳ぶぞ」

「え、何処に?」

「無論前へだ。我が秘術、秘境を超えるが為の術理(鮭跳びの術)を以て奴らの巣窟より遥か前方へと跳ぶ」

 

では逝こうか、そう言って軽やかに一歩踏み出した時にはもう、

 

「わあ……!」

「すごい……すごいです!先輩!スカサハさん!」

 

私たちは弧を描くように空を舞っていた。

敵が豆粒程度にしか見えない程遥か上空。

たった一歩でスカサハはその場所まで私たちを連れて跳んでいた。

 

跳ぶ、という表現も変な話だ。

今も風を切りながら、けどまるで後押ししてくれるみたいに背中に風を受けながら空を闊歩する私たちはとってもじゃないけどジャンプした結果だとは思えない。

本当、まるで魔法みたいだ。

 

「そうかそうか、うむ、満足したか」

「はいっ!これが聞きしに及ぶ影の国の大秘術『鮭跳びの術』なんですね!流石です、スカサハさん!」

「うむうむ、佳い佳い。あの馬鹿弟子は力技で攻略したが、本来我が秘境の最奥に辿り着くにはこの美麗にして華麗なる儂が生み出した美しい術理が必要というものだ……あの馬鹿弟子は自前の身体能力で攻略したがな、全く。……それで、お主はどうだ?立香よ。空を駆る旅路というのも中々であろう?」

「すっごく気持ちいいっ!!……あれ、でも、これどうやって()()()()?」

 

まだ空を走っているんだが、ふと思った。

全然落ちる気配ないし、一体どうするのだろう。

 

それにあっけらかんとスカサハは答える。

 

「嗚呼そんな事か……無論、()()()()()()

 

そう、何事もないかのように答えた。

 

「「へ……?」」

「ああだから、立香よ。次跳ぶ時までに少し鍛えておけ。若さに胡坐をかくと肉は幾らでも着くぞ」

「「ちょ……」

「うら若い儂の細腕ではお主は少し、そう、端的に言うなればちとばかし重いぞ」

「「えぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」」

「ではさらばだ……ああ、()()()()()()()

「「むぅぅぅりぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」」

 

そして、はっはっはとわざとらしい陽気な声でスカサハは私たちを放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは立香達も知る由もしないこと。

 

「行ったか」

 

遥か向こう、スカサハが『SG』と呼んだ門へと立香達を放り投げた後、スカサハは一人泥の中心へと降り立つ。

 

「うむ、遅かれ早かれこの先を見るだろうしな。早い方がよいだろう」

 

私が出るのもそれから先でいいだろうとスカサハはごちて、ひっそりと笑った。

 

「さて、どうせお主ら。揃いも揃って幼子を貪る獣でしかあるまい、ならばこの先も生涯の果てを行こうと我が領地を踏むことすら敵わぬはずだ」

 

その笑みは憐憫。

その口元は嘲笑。

 

「平伏し喜ぶがよい、貴様らが招かれるは冥府の果て。星の如き猛者にのみ許された絶境だ。その幸運を噛みしめて」

 

その言葉の意味を分かるほど知性を持たぬ幻霊たちでも悟ることがあった。

 

「地に咲く花を貪らねば輝けぬ己を呪って逝くがよい」

 

それが己の死を告知するものであるという事を。

 

そして告げられる。

何もかもが死に伏す、冥府の窯が開かれる。

その鎮魂の狼煙が。

 

 

 

 

 

 

 

―――死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓、カルデアのおかんへ。

 

「無理無理無理無理っ!!」

 

お元気でしょうか?

ジャックは我がままを言ってませんか?

お姉ちゃん達心配です。

 

「ほ、宝具!宝具展開します!きょ、許可!許可をください先輩!!」

 

おかんは体調どうですか?

桜さんに搾り取られて腎虚になってませんか?

士郎さんのやつれた顔を見ながら深々と『サーヴァントなのに……サーヴァントなのに何で腎虚寸前なんだい、アーチャー……』そう言って溜息をつくドクターの顔と隣で爆笑しているダ・ヴィンチちゃんが眼に浮かぶので心配です。

 

さて、今私たちは

 

「いいから!早く早く!ぶつかっちゃうよマシュ!」

 

恐怖のスパルタ女教師の手で地面に向かってスカイダイブ中です……ぶっちゃけ死にそう。

やばい、やばすぎる。

マシュが宝具を展開しようとする。

盾を構えるけど、それって衝撃まで吸収してくれるのだろうか。

というかマシュの腕折れないだろうか。

……やばい、やばすぎる!

 

「了解!真名偽装ッ!宝具ッ仮そ「いいや、その必要はないだろう。違うか、()()()()()」……え?」

 

ぶつかる寸前。

絶対絶命って言葉が身に染みる状況。

上空数百メートルからのダイブの終わり頃。

二人きりのその場所に三人目の声。

馴染みはない、初めて聞いた声だ。

けどその心地の良い重低音は私をマスターと呼んだ。

 

「ふぅむ、フィンの一番槍よ」

 

ぐっと引っ張られる。

私の身体が太い大木のような腕に抱きかかえられる。

離れたマシュの身体は呼びかけに応えた艶のある声の持ち主がしっかりと受け止めている。

 

「言うに及ばず、虹霓の猛者殿。安心なされよ、マスター。我らこの一時ばかりの従者為れど、我が名と騎士の道をケルトの神々に掛け、誓って貴女方を守り抜こう!」

「はっはっは!猛るな若いの!うむ、好いぞ。スカサハ姐の手ほどきの元に仮初であろうと誓いは誓いだ!俺もアルスターの男、何、この初めての共同作業(出会い)を後悔なぞさせんッッ!!何より若い女子が二人だしなッッッ!!!」

 

 

気持ちの良い快活な言葉。

二人の会話は私たちと風を置いてけぼりにしながら下へ下へと突き進み。

 

「そらぁッ!」

 

弾ッ、そう弾むように轟くように地響きを唸らせながら見事私たち四人は着地した。

砂煙が巻き上がり、そして止む。

顔を上げて前を見据えれば、先の方に小さくこんな廃墟に似つかない門が見えた。

あれが、目的地。

あの先に行く。

ゴールが見えた。

だというのに、なぜか、どういうわけか足が竦む。

まるで行きたくないと歯医者に行くのを嫌がる子供みたいに。

陰鬱な気持ちになる。

 

それを知りたくなかった。

 

「さて、自己紹介がまだだったな、マスター」

 

そんな気持ちを横からひっぱたくどころか助走付けて粉々になるぐらいの勢いで叩き込んでくる元気の良い声。

見れば、そこには細い目をした大男と抱きしめたマシュの手を取って恭しく下す美男子の姿があった。

 

「えっと貴方、達は……?」

「応とも!俺はアルスターは赤枝の騎士団が若頭!フェルグス・マック・ロイ!螺旋なりし虹霓にて大地を穿ち天を結ぶ稲妻なればこそ!天地天空大回転ッ!我が剣を以て今この一時ばかり、お前たちの道を削り拓こうッ!」

「真名をディルムッド・オディナ。此度の仮初の召喚では槍兵(ランサー)のクラスにて現界した。一番目の試練を乗り越えるがため、この刹那に我が槍の冴えを刻み付けることを約束しよう。未だ幼き少女達よ」

 

その名乗りに聞き覚えはあった。

詳しい逸話とかは知らない。

けど時折ギネヴィアが口にしていた、ギネヴィアの居た時代よりも前の英雄だったはず。

 

「ケルト神話を彩る大英雄!信じられません!お二人を先輩は土壇場で召喚なさったのですか!?」

「え……ううん、違うよ、マシュ。そりゃパスはなんでか通ってるけど……」

 

違う。

そうだ、()()()()()()()()()()

私は無力だ。

私はそんな凄いこと出来ない。

 

だからきっと違うに決まっている。

 

そんな得体の知れない後悔に胸が沈む。

その思いを隠したくて思わず顔を伏してしまった私にマシュが心配したように呼びかけてくれるが、何も言えない。

気まずい空気が流れる。

 

それをやっぱり鼻を鳴らして、

 

「ほれッ!」

「ッ!?……いっ……たぁいっ!」

 

 

ばしんと力強い音で打ち壊したのはフェルグスと名乗った大男の手が私の背中を叩いたからだ。

……っていうか。

 

「滅茶苦茶痛いじゃんっ!」

「せ、先輩!?大丈夫ですか!??」

 

大げさじゃなくてマジでいたい。

一体何なのだ!?

慌ててわたわたするマシュ。

そして痛がるそんな私を置いてさっさとフェルグスは門の方へ行ってしまう。

ディルムッドの方も困った顔をしつつ、それに着いていく。

 

立ち上がる。

ちょっとその態度はカチンときた。

一体全体何なのだ!?

 

「ちょっと!ねぇ!……ねぇってば!」

「先輩、落ち着いてください!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな()()()()()に何も答えず二人は行ってしまう。

悔しい。

なんだかすごく。

分からないけれど。

 

どんどん門の方へと脚は進む。

フェルグスたちを負いながら、燻る後悔(何か)を無視して。

ひたすら足を縺れさせながら、もう走ってるみたいに追い縋る。

 

「ねぇってッ「なあマスター」……なにっ!?」

 

フェルグスが立ち止まって声をかけてきた。

立ち塞がるように、目の前に雄々しく立っている。

あれだけ呼びかけたのに、その声に応じたその背はなんだか凄く寂しげだった。

 

「―――何を後悔している?」

「……は?」

 

そしてその言葉は寂しげでこちらを気遣ってくれる優しさがあって。

そしてどんな刃物よりも鋭かった。

 

「それほど恐ろしいか、あの娘が」

「なに、を」

 

……イ。

 

「それほど憎いのか、無力な自分が」

「……い」

 

……サイ。

 

「己の足でこの大地を踏みしめることすら厭う程に、お前は」

「……さいッ」

 

…ナサイ。

 

「己の内に沸いた嫌悪を憎むか、藤丸立香よ」

「うるさいッッ!!」

 

―――ゴメンナサイ。

 

その一言が耳から消えてくれない。

 

「何っ!?何なの!??勝手に殴って勝手にしゃべってッ!何なんだよぉ!!!」

 

消えないのだ、気持ち悪さが。

英霊(アルテラ)を玩具のように踏みつぶしたあの娘を。

塵のように消し飛ばしたあのサーヴァントを。

体中がぼろぼろになって、全身怪我してない所なんてなくて。

それでも泣きながら狂ったみたいに嗤って戦う彼女の事を。

何より―――ッ!

 

「……そうかそれほどか」

「マスター……」

 

返す言葉はない。

肩で息をしてしまう。

胸の内で沸き返り暴れ狂う熱が止んでくれない。

終わってくれない。

 

苦しい。

辛い。

 

ああ―――、

 

「嗚呼だからこそか……スカサハ姐め、嫌な役を押し付けてくれたな」

「ええ全くです……されど、ここがマスターの浅瀬に違いないのでしょうから」

「やれやれ……ならばマスター」

 

そう言って、フェルグスがその場を引いた。

その先にあるのは門。

気づけばあと五分とかからず辿り着く場所まで来ていた。

 

「しかと見届けていけ」

 

其処に、あの子は居た。

 

「―――アレがこの世界の主人だ」

 

開かれたその先。

 

「……え……あ……なんで、どうして……?」

 

どちらの声だったのだろう。

マシュも私も、息を飲んで。

飲み込んだ死臭で胃液が激流する。

鼻を突く鉄の匂い。

白い花弁は濁った色で染まっている。

 

「……う」

 

獣が盛るような唸りと狂気の叫び。

肉が肉を打つ音。

何かを引きずるような湿った音。

けたたましい情欲の声。

 

 

「……うぅ」

 

無数の影。

知っている、先程までスカサハと共に倒していた幻霊。

それが我先にと飛び掛かり血を滴らせ貪り喰らっている。

 

「ぐぇッ……!」

 

その中心、門の前に鎖で縛りつけられた大切な仲間は。

 

「ぐぅ……ぇッ……ッ!」

 

全身を赤色に染め上げながら無数の欲望(幻霊)に今もなお齧られて、死んだように眠っていた。

 

「っ……ゥッ……ぁ……」

 

そしてその姿を私の脳が理解させられて、私の意識は泡を立ててこの場から逃れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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英雄

2話連続?投稿なので前話から呼んでやって下さい。
今回は特にグロテスクな描写はないはず


「酷い面だな、立香よ」

 

ぱちんと意識が割れた。

眼を覚ます。

何処とも知れない、けど凡その見当はつく、廃墟で私は眼を覚ます。

 

「……此処は?」

「眼が覚めて直ぐに状況把握、否、自身の推測に対する正誤の擦り合わせとは随分戦士らしいではないか」

「……そういうの良いから、早く教えて。スカサハ」

 

特に気の利いた返事なんて出来そうになくて。

私はスカサハに雑な問いを投げかける。

それに嘆息して、スカサハは答えてくれた。

 

「ああ教えるとも、此処はお主が昨晩辿り着いた門から少しばかし離れた廃ビルの中だ。どれ、昼間の行軍は小競り合い程度で特に消耗もなく順調に進んだのであろう?ならば英気は十二分な筈……ほれ、今日こそあの『SG』の攻略と行こうぞ」

「……マシュは?」

 

英気が十二分?

そんなわけない。

此処に来たくなんかなかった。

気持ち悪い、居たくない。

そうだ、私は居たくないんだ。

 

「マシュならばもう暫く此方には来ぬぞ……言ったであろう、この世界は少しばかし時間が狂っていると。儂はこれでもそれなりの権限があってな……無論制約も多いが眠りに就いた二人の内、お主だけを先に呼ぶことなぞ造作もない」

 

何だそれ。

 

「おや、如何かしたか?ん?ほれ、何時もの勝気な顔は如何した」

「……毎日隠れながらの行軍で疲れてるの……どうせ、それぐらいの事わかるんでしょ?」

 

昼間の殆どは森や崖を息を凝らしての行軍だ。

それも全く戦えない子どもや老人だっている人たちを引き連れて。

そして夜は此のよくわかんない場所での戦闘。

正直に言えば、疲れる。

肉体以上に、精神的にきついのだ。

そしてそんな昼間の様子を、スカサハは知っているのだろう。

 

それなのにマシュが居ない。

私一人しかいない。

それがこんなに心細いことだとは、今まで思ったこともなかった。

だって、必ず誰かが隣にいてくれたのだから。

 

「おやおや。そんな調子では『SG』の攻略なぞ夢のまた夢だぞ……ああ言い忘れていた、と言うよりも先刻承知の上だと思っていたのだがな。『SG』を攻略せねば、ギネヴィアは()()()()だぞ」

「ッ!……そんなこと言うために私ひとり先に呼んだの……ッ?」

 

()()()()

つまりそれは、あの時アルテラを殺したあの姿のままという事だろう。

けたけたと嗤いながら体中を捻じ曲げ血を吹き出しながら戦う、あの。

あの……ッ。

 

 

 

……嗚呼、()()だ。

 

また思ってしまう。

■いと。

そうだ、そうなのだ。

 

だけど、()()()()()()()()()()()()()

 

「いいや。言ったであろう、先刻承知の上だろうと。儂にしてみれば先に言ったのは確認のようなものでな」

「じゃあ何で!」

 

思考の隙間を縫うようにスカサハが声を垂らす。

それは見ないふりをしていたものに気づきそうになっていた自分にとって、蜘蛛の糸のようだった。

 

だから取り繕うように噛みつく。

見っとも無く八つ当たりをする。

どうしてと。

 

「お主に用があるのだ、立香。いや何、時間は取らせんよ……これもまた確認であり、『SG』攻略の、否、ギネヴィアを救うというのなら最も重要な心故な」

 

お主に用があるのだ立香、そう言いきられる。

なんだそれ。

何で、如何して、

 

「私なんかに何の用があるって言うのよ……」

 

こんな私に何の用だって言うのだろう。

声が、情けないぐらいに掠れた。

何だというのだ。

これ以上何を求めるのだ。

 

そんな弱気に、スカサハは鼻で笑って心の底から詰まらなさそうに言った。

言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「無論決まっておろう……未だ耳を塞いで駄々を捏ねる馬鹿娘ではあの英雄を救うことなぞ万に一つとてあり得ん」

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

「分からんか、なら簡潔に言うてやろう……化け物となったサーヴァント程度に()()()()()のお主ではギネヴィアは救えんよ、立香」

 

それは、全く予想しなかったもので。

そして、心の奥底で認めていたものだった。

 

「なに、よ…それ……」

 

認めたくない。

認められない。

いやだ、いや。

他人に自分の心を暴かれるなんて。

自分の弱い、■い部分を見られるなんて。

 

けど、スカサハは止まってくれない。

今度は蜘蛛の糸じゃなくて、言葉の刃が降りかかる。

 

「お主、此処に来てから一度でもあの娘に会いたいと言ったか?」

 

そんなことない、そう言い返したかった。

でも思い出さなくたって分かる。

そんな事、一度だって思ってもない。

 

刃の雨は、まだ止まってくれない。

 

「救いたいと思ったことは?会話をしたいと、伝えたいとそう思ったことは?」

「……ああ言わずとも分かる、一度とて考えたことなかろう」

「この人理修復という偉業を前にし流されるまま()()となったのと同じ。此処でもお主はただ流されるまま、何の願いも何の祈りも持たず、否、それに全て蓋をして見て見ぬ振りをしている」

 

 

 

「聞くぞ、藤丸立香。お主は一体、何の為に此処に居る?」

 

 

 

「……そんなのっ」

 

分からない。

私には何も分からない。

初めは巻き込まれただけ。

アウトレットモールで献血をやっているのを眺めていた時にぶつかった人。

その人に魔術を見せてもらって何の因果か私にも魔術回路がちょっぴりあって。

そんな平凡な日常から偶然カルデアに招かれて、そのままドカンだ。

気づけば人類滅亡の大舞台、そんな場所で人類最後のマスターとして戦う羽目になった。

全部成り行きだ。

何一つ自分の意志なんてこれまでなかったはずだ。

私には。

私にッ。

 

「分かるわけないでしょ!分かんない分かんない分かんないッ!分かんないよォッ!」

 

自分の意志なんて!

自分の願いなんて!

そんな物、私にだって分かりっこない!

 

「皆して勝手だよッ!何が人類の希望だ!何が人類最後のマスターだ!何が魔術だ!何が特異点だ!何が英霊だよッ!」

 

勝手に巻き込んで、勝手に祭り上げて。

私に一体何が出来る。

私に一体何が出来た!?

私が。

 

「家族も友達ももう居ない!また明日連絡するねって約束も守れない!海外だからって心配してくれた人も、がんばれって応援してくれた人ももう居ない!」

 

そうだ、怖い。

家族もいない。

友達もいない。

ちょっと前までいた筈の日常が、あったはずの幸せがある日突然『はい、今日から貴方が人類最後のマスターでーす』って言われて無くなった。

ふざけるな!

ないないない!

何にも、大事な物はもう何にもない!

 

……だけど。

でも……ッ。

 

 

「なのに漸くできた新しい友達は勝手に傷ついていく!マシュも……ギネヴィアもッ!」

 

それでもカルデアで過ごした毎日は楽しかった。

そりゃあ戦うのは怖かった、死にそうになるのも仲間や友達が傷つくのも嫌だった。

けど、楽しかったのだ。

馬鹿みたいにはしゃいで、馬鹿みたいな話して。

ファンタジー映画の真似事みたいな魔法に触れて。

寂しい、辛い、そんな心に空いた穴を一からやっと埋めることができた。

 

「それなのにギネヴィアはまた勝手に突っ走る!勝手に怪我する勝手に背負うッ!」

 

それなのにギネヴィアは何時も無茶をする。

いやだいやだいやだ!

なんで勝手に頑張るの?

なんで勝手に苦しむの?

下手な作り笑いなんてとっくに気づいてた。

それでも無理を押して頑張ってる姿を見たら何にも言えなかった。

それでも私たちと一緒に居る時の笑顔は本物だと思った。

 

だから、

 

「気持ち悪いよ!何よあの姿!化け物みたいになってまで戦って!化け物みたいに嗤って」

 

気持ち悪い。

化け物みたいだ。

怪物みたいだ。

怖い。

ちょっと前まで一緒に笑いあっていたあの子が、血みどろになってまで相手を殺そうとするその姿が、恐ろしかった。

 

でも、

 

「……それなのにどうして……どうしてごめんねなんて言うのよぉ……」

 

なんで、あんな泣きそうな顔で謝るのよ。

……ああ違う、分かってる。

同じだ、ギネヴィアだってそうなんだ。

怖かったんだ、苦しかったんだ。

何時も無理して戦ってるのだって知っていた。

戦場に立つのだって初めてだっていうのも知っていた。

けど一緒にいると楽しくて、幸せで、だから無理して戦場に連れ出して。

全部私の所為なのに。

 

マシュが無理してアルテラに向かっていったのも私の所為。

その結果倒れたマシュと約束して私を守るためにギネヴィアが怪物になったのも私の所為。

そして、そんな姿を私に見せてしまった事を謝らせたのだって、全部私の所為だ。

 

「……気持ち悪いよぉ……何で、なんで大丈夫って言えなかったんだろう」

 

そうだ。

一番気持ち悪いのは私だ。

あの時何も出来なかった自分が。

 

「なんで泣いてるあの子を止められなかったんだろう」

 

これまでずっと支えてくれて、どんな場所でも命を懸けて私を守ってくれた友達を。

 

「何で怖いって思っちゃうんだよぉ……」

 

自分の意志で私と初めて契約してくれた大切な仲間を。

 

「私だけ……私だけだ……」

 

キモチワルイ。

私だけが怖がった。

全部、全部。

私の為に頑張ってくれたことなのに。

身体を張って守ってくれた友達を。

 

「あの子を、ギネヴィアを、友達を怖いって思ったの……あの時泣いてたのに、あの時悲鳴を上げてたのに、あの時一番辛そうにしてたのに……」

 

怖いと、そう思う私が一番怖くて醜くて、気持ち悪くて仕方がない。

だから会いたくない。

会えない。

こんな醜い私が、一体どんな顔でギネヴィアに会いに行けばいいのか分からない。

 

「怖いって、そう思って何も出来なかった。気持ち悪いって、思っちゃった。ゴメンナサイって言ってくれたのに、手の一つだって掴んであげられなかった」

 

私は、無力だ。

 

項垂れると地面が見えた。

罅割れたタイルを見て、ああ自分もこんな風に壊れてしまったらどんなに楽だろうと柄にもないことを考えていると。

 

「其れだ、其れを隠すな。どうせ此処にはお前と()以外誰も居らん。マシュは元よりフェルグス達も外に出払っておる」

 

ゆっくりと暖かいものが私を包んでくれた。

 

「あ……」

「故、恥じるな。着飾るな。渾身の想いで吐き出したお前の想いは決して間違いではない」

 

暖かい、優しい抱擁だった。

 

「人は恐れる生き物だ。暗闇を恐れ火を求めた。飢えを嫌って武器を作り狩りを成した。無知を嫌い学を学んだ。孤独を恐れて言葉を編んだ……そうだ、恐ろしい、そう思う事に何を恥じることがあるか」

「あぁ……」

 

「言葉を編んでも理解に至らぬからこそ人は人と語り合う。分かるか?人と人との繋がり、その初めにすら恐れはある。だからこそ時に、愛しき友にすら恐怖を抱くことはある。それは()()()()()()なのだ」

「うぅ……」

 

「人は『違う』ものを恐れ忌み嫌う。怖かっただろう、恐ろしかっただろう……馬鹿な(優しい)娘だ、お前はその上でそんなその気持ちを抱いた己こそを本当に恐れた。友を恐れた自分自身の醜さこそを恐れた」

「うぅ……ッ!」

 

「だがそれすらも当たり前の事なのだ、そしてそんな当たり前の優しさをお前が持ち合わせていることがひどく私には眩しい。それ程までに、恐れたことを恐れてしまう程に相手を思いやれる関係を築いたお前たちが尊い」

「うぅぁぁぁぁっ!」

 

「泣け泣け、誰も見ておらん。安心せよ、お主の優しさは醜さではない。お前の気持ちは決して気持ち悪くはない

……大丈夫だ、今のお前ならきっと真っ直ぐな気持ちで向き合える、会いに行けるよ、立香」

 

 

 

 

 

 

赤くなった目元を隠すように擦って廃墟を出た。

 

「先輩!先に来られていたのですね!」

 

そこにはマシュとフェルグスたちが待っていた。

フェルグスとディルムッドを見てすごく座りが悪くなる、というか恥ずかしい。

何せフェルグスたちには酷く身勝手な八つ当たりをしてしまった。

そのことを謝りたくて口を開こうとしたが、フェルグスはそれを軽く手で制す。

分かっている、そう言うような態度で。

そして彼は嬉しそうに細い目をもっと細めて豪快に、でも優し気に話してくれた。

 

「良い眼、好い面構えだ、マスター。俺は一等その面差しを好むところだな、お主はどうだ?輝く顔よ」

「無論好ましく、そしてそれ以上に我が事のように誇らしいに他ありません―――そうです、マスター。そうして顔を上げて進む姿こそ、例え未だ闇の中であっても其れこそ貴方に相応しい」

 

……恥ずかしい。

なんだか家族に謝ったときに笑って頭を撫でてもらったのを思い出してしまう。

そんな気恥ずかしさだった。

 

「お前達、語らいは充分か?」

 

否と、そうフェルグスは吠え背を向ける。

どしどしと足音を響かせながら此方を向くことなく門へと向かって行く。

 

「まだ微塵の欠片も語り足らんなぁ、が、あまり言葉を尽くすと言うのは如何にも俺の性に合わんッ!」

「然り。我等はマスターの従者に違いありませんがその前に騎士であり武人であり、そして戦さ場を駆ける男。ならば」

「そうともッ!語るならば言葉ではなく背中で。尽くすならば戦働きでと云うものよッ!」

 

その背に呆れたような声をかけながらスカサハも門へと歩いていく。

 

「全く、これだから男共というのは……」

 

その姿に少しだけマシュと顔を合わせ、小さく頷いてから、私たちも続く。

 

ああ、これから行くんだろう。

正直怖い。

どんな顔をして会えばいいのだろう。

私はあの子の手を取れなかった。

そればかりか此処でも傷つけられ死んだ顔をして眠っているギネヴィアを助けようとしないばかりか矢張り気持ち悪いと思ってしまった。

ああ、私は弱い人間だ。

だけど、ううん、でも。

行かなくちゃ。

きっとその先にある筈だ。

私が今、ずっと思ってきた、見ないようにしてきた気持ちが。

 

だから歩く。

 

歩く。

下卑た嗤い声が聞こえる。

歩く。

肉を叩いて、骨を砕いて、血を啜る音が聞こえる

歩く。

凌辱のサバトが見える。

 

昨日と同じ場所まで来るのにそう時間はかからなかった。

そこには昨日と同じように眠ったまま幻霊たちに貪られるギネヴィアが居る。

酷い景色だ。

吐きそうだ。

でも、もう耐えられる。

直視できる。

目を逸らさない、逸らしたくない!

 

「この一線だ」

 

スカサハが立ち止まった。

 

「お前達の眼には見えぬだろうが此処には線が引かれている。此処を越えれば、ギネヴィアは我等を害す獣に成り替わる」

 

つまりは戦闘だな、とフェルグスが何だか嬉しそうに、なんて言うんだろう妙に懐かしそうに、笑う。

 

何だろう、このああやっぱりかみたいな感じ。

もう、何でこういうとこまでアイツは面倒くさい子なんだろう。

本当にもうっ。

 

「囚われの姫君を救い出すには何時だって難関があるものですよ、マスター」

「そういうことだ……で、立香?我らに示す言葉でもあるか?」

 

ディルムッドの言葉に賛同する形でスカサハが聞いてくる。

それに私はまだ胸を張ってこたえられる願いを見つけられていない。

 

だけど、

 

「まだ分かんないことだらけで、全然どうしたいのかだって分かんない。だけどギネヴィアをあんな傷だらけの姿で、何より今も傷つけられてるギネヴィアを見て見ぬ振りだけはしたくない!」

 

そうだから、

 

「あの門を超えてちゃんと昼間の世界でギネヴィアに会いたい!話したい!」

 

嘘一つない。

私自身の気持ちだ。

 

「だから、皆、力を貸して」

 

後ろから力強い、応という声が聞こえて。

私は一歩踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あなたはだぁれ?」

 

声がした、ギネヴィアの身体を貪っていった幻霊たちが時が止まった様に立ち尽くした。

 

「―――わたしはだぁれ?」

 

眼が開いた、獣のようなそれがこちらを認める。

 

「―――あなたはわたし」

 

声がした、それは遠い誰かに向けて。

 

「わたしはおまえ」

 

声がした、それは真っ直ぐにスカサハに向かうようで。

 

「そうね、そうよね、そうかしら、そうだとも」

 

鎖が解けていく、幻霊たちがもがき苦しみながら泥に変わっていく。

 

「ああ憎いな、苦しいな、愛おしいな」

 

光が沈む、泥となった幻霊たちをギネヴィアが飲み干していく。

 

「だったらいいわ―――あなたを産んであげましょう」

 

唇が笑った、心の底からの憎悪を吐き出すように。

 

「そうね、あなたのおなまえは―――」

 

姿が変わった。

 

「憎い」

 

芋虫が纏う其れのような。

 

「憎い憎い」

 

臨月の妊婦の胎のような。

 

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ッッッ!!!」

 

泥でできた繭がギネヴィアを包んでその姿を完全に隠す。

分かるのは漏れ出す声だけ。

 

「お前が憎い、お前が憎いぞッスカサハァァァッッッ!!」

「よくもあの人をッよくも我が子をッッ!」

「其の面、其の霊基、其の存在ッッ!諸共須らく憎いィィッッッ!」

 

聞いたことのあるギネヴィアの声ではない。

ギネヴィアの喉から出ている筈の音はスカサハのそれに似ていた。

怨嗟に塗れた、そう例えるならば()()()()()()()()のそれみたいな。

その音を聞いたスカサハは臆するどころか呆れたように、そして何処か心の底から不愉快そうに鼻で笑った。

 

「やれやれ()()()と言えど土台は私の記憶であろうにな、よくもまぁ随分と()()()()()()()()()を晒すではないか」

 

猿真似。

じゃあアレはきっと、

 

「復讐を―――嗚呼我が子を見殺しにしたこの女に復讐をッ!」

「そうだ、私の形、私の有り様、私の名前―――」

「そうよ、あなたのイレモノ、あなたのオモイ、あなたのナマエは―――」

 

繭が、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――オイフェ。

 

 

 

 

 

 

 

 

破けた。

 

姿が完全に変わる。

泥の繭を破って出てきたのは見知ったギネヴィアじゃない。

髪色こそくすんだ銀色だけれど、その姿はよく知っている。

全身を赤黒く染め上げた彼女は、スカサハにそっくりだった。

 

マシュが聞こえた名前に反応する。

 

「ッ!オイフェ、と言えばスカサハさんの……」

「うむ、我が血と魂を分けし姉妹にして背反存在。我が不肖の弟子クー・フーリンの愛妻にして奴の勝利を以って稚児を孕んだ者」

 

複雑な関係だ。

だけどケルト神話をあまり知らない私には、あんな憎悪に満ち溢れた目をオイフェと呼ばれた彼女がする理由が分からない。

けどその答えはスカサハが教えてくれた。

 

「そして……スカサハさんが()()()()とされる愛弟子、クー・フーリンの長子コンラの母……ですね」

「下手に取り繕らわずとも良いぞ、マシュ。そうだ、私は二人の弟子を見送った。親に殺される運命にあった子を、謀略の果てに何もかも奪われて死ぬ運命にあった英雄を。そんな親子の終わりを知りながら、私は見殺しにしたのだからな」

 

憎んでいるのも当然かもしれんな、とスカサハは言う。

それは軽い口調であったけれど、強い強い哀愁が根底にあるのはよく分かる。

 

だがとスカサハは続ける。

 

「最もあれは紛い物、門番と成れなかった私の能力を掠め写すのに()()()()()()()を選んだに過ぎん……元よりあれも私と同じく全うな手段ではサーヴァントにはなれんのでな、ただ憎んでいるというレッテルを貼り付けられて復讐心を核に幻霊を捏ねくり回して造った出来の悪い贋作。謂わば()()()よ」

 

とはいえとスカサハは力のこもった声で続ける。

 

「油断するなよ、一度とはいえ私の膝を地に着ける程度の能力はある。宝具こそ使えんがそれ以外は私其の物の能力だ」

 

緊張が走る。

オイフェはスカサハの槍よりもずっと暗い血色の槍を呼び出して獣のように荒い吐息と凍てつくような憎悪でこちら見ている。

嗚呼怖い。

でも、

 

「さあ、()()()()。至高の采配を見せて魅せろ。何思うがまま、感じたまま。お前の本心をぶつけてやれ。それしか出来ぬのではない、その愚直なまでの真っすぐさがお前の長所であり、それこそが至高の輝きに他ならぬのだから」

 

ぽんと頭の上に乗せられた手で強張った身体が解れる。

見れば不敵な笑みを浮かべたスカサハが居る。

後ろからは寒々しい憎悪なんて吹き飛ばす熱い闘気を感じる。

 

だから私も、にやりと笑って告げるのだ。

 

「言われなくたってッ……行くよッ皆んなッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「AAAaaAAAAAaaaaァァァァァァァァッッッ!!!」

 

叫びと共にオイフェが迫る。

眼で追える速度じゃない。

動物のような声そのままの動き。

だけど、私の隣にはマシュが居る!

 

「マシュ!」

「了解!」

 

言葉を放つのとほぼ同時に鈍い衝撃音。

盾を削る勢いで毒々しい色と棘を纏った呪槍が、マシュの盾とぶつかる。

 

「ッ!やぁぁぁッッ!!」

 

その衝撃はマシュの身体ごと地面へと押し潰そうとするほど。

でも足元が揺らぎそうになってもマシュはそれを押し返して、オイフェを弾き飛ばす。

 

初撃はあげた、だから次は私たちの番。

 

「スカサハ!」

「先鋒はしかと勤め上げよう……何、これでも聊か以上に業腹でな。幾ら姉妹仲が悪いとはいえ……」

 

朱槍を呼び出し、調子を確認するようにくるりと手の中で回すスカサハ。

その立ち振る舞いはオイフェ(偽物)何かとは違って流麗。

けどその猛りは、それこそオイフェ以上に静かだけど力強い。

 

「そのような出来の悪い偽物風情でマスターの居る私に勝てる等と思い上がってもらうのは甚だ不愉快なのでなァッ!」

 

言葉と共に神速の勢いで飛び出す。

二色の赤がぶつかり合い、一歩遅れて金属音が聞こえる。

 

「フェルグス!ディルムッド!」

 

言えば通じる筈だ。

まだあって間もないけど、マスターと呼んでくれる。

ならその信頼を、私も全力で信じる。

 

「応さ!皆までいうなよ、マスター。前衛の補佐は任せておけ!」

「マスター、貴女は我らの戦いをしかと見届けてくれ!それこそが我らの力となるのですから!」

 

フェルグスは剣、剣なのだろうか?、うん、剣を持って。

ディルムッドは二つの槍を持って。

互いに肩を並べる様に走り出す。

 

「マシュ、行ける?」

「……分かりました、やって見せます!」

 

返事は一歩遅れて心配と、だけど信頼が綯交ぜになったもので帰ってきた

マシュが駆けだし、すぐさま二色の閃光に三人の力強い光が混ざった。

此処から先は私一人だ。

戦場から目を逸らさないまま自分出来ることを考える。

令呪は残り三画。

身に纏っているのは魔術礼装・カルデア(カルデアの制服)

搭載術式(マスタースキル)は『瞬間強化』『応急手当』『緊急回避』。

安全圏なんかじゃない。

スカサハの槍から漏れて、マシュの盾が取りこぼせば直ぐにあのオイフェは私を喰らいに来るだろう。

スカサハへの憎悪を謳っておきながら、何となくそんな気がする。

だって中身はきっとギネヴィアだから。

理由は分からないけど、そんな気がするのだ。

 

鈍く、恐ろしい程に力強い重低音が聞こえる。

 

此処に居るのは私一人だ。

何時も傍にいて守ってくれるマシュは居ない。

何時も一緒にいてくれるギネヴィアも居ない。

たった一人でいつ死ぬか分からない場所に立っている。

 

歌が聞こえる、獣の叫びだ。

 

「Solve vincla reis!Profer lumen caecis!」

 

その声を聴く度に身体が震える。

ああ怖いよ。

それでも負けない、負けられない。

 

「Mala nostra pelle!Bona cuncta posce!!」

 

いいや違う。

 

「ディルムッドッ!」

「承知!」

 

負けたくない。

戦闘なんてちゃんとは見れない。

ステータス越しに見た彼らのステータスは、カルデア(うち)のメドゥーサと同格以上。

幾ら魔術礼装で視力や情報収集能力を補っているからって限界はある。

だからもう直観だ。

パス越しに感じる5人の高ぶり()を感じ取って采配を伝える。

 

「切り裂けッ!必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)ッッ!!」

「Monstra te esse matrem.Sumat per te preceッッ!??」

 

歌が中断する。

オイフェの腹をディルムッドが朽ち葉色の槍が引き裂く、

オイフェは開いた傷口を止めようと、あの時アルテラと戦った時に見たギネヴィアのように、再生させようとする。

肉の蠢く音が聞こえるはずだった。

 

「甘いッ!破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)ッッ!!」

 

その前にディルムッドの紅薔薇がなぞる様に切り裂いて、肉の再生が止まった。

 

「AAAAAaAAAAAAAAaaaAAAAaaaa!?AAAAAaAAAAAAAAaaaAAAAaaaa!?AAAAaaaaaAaaaAAAaaAAAAaaaa!??」

 

オイフェはすぐさまその場を飛びのき、必死に胎を触りながら絶叫する。

 

「如何した、御子の寵姫よ。例えお前が偽りであろうと、今この時は影の国最強の戦士の筈だ……そんな様ではッ」

 

そんな隙を見逃す最速(A+)ではない。

 

「戦士の名が泣くぞッ!ギネヴィアッッ!!」

「Qui pro nobis natusッTULIT esse tuusッッ!!」

 

ディルムッドは叫び槍の連撃を繰り出す。

それに応じてオイフェも呪槍を押し出す。

 

「やるなッ!それでこそ我が槍も冴え渡るッ!」

「AAAAaAAAAAAAaAAAAAAAAAaaaaAaaaaAaaaaAaaaaAaaaa!!」

 

点のような矛先同士がまるで予定調和のようにぶつかり合う。

衝突面から絶え間なく火花が弾け、小さな火の粉が二人の顔を照らす。

 

「嗚呼、悪くない。背には守るべき主が居て―――ッ」

 

対照的だ。

 

「AAAAAAAAAAaAAAAaAAAaaAAAAAaaaaaAAAAaAaAaAaAaAaAa!!」

 

スカサハと同じ美貌を苦し気に歪めるオイフェと。

 

「主はこの背を信頼してくれるッ!そして競い合うのは貴様かッ!何よりッ」

 

心の底から、

 

「此度の戦は幼き少女の心を守るが為!これを喜ばぬ男が何処にいるッ!!」

 

嬉しそうなディルムッド。

 

「応、全くだ!騎士の、戦士の本懐とは正しく是よ!」

 

そこに剣、もうドリルでいいや。

唸りを上げて螺旋が加わる。

そう一人じゃない。

皆で戦ってるのだから!

 

「如何した如何した!もっと気張らんか!」

「Virgo singularis!Inter omnes mitis!」

 

横からは槍が、前からは剣が。

鋭く、そして重くオイフェへと襲い掛かる。

それを苦し気に防ぎ、一振りで足りないと思ったんだろう、スカサハと同じように剣や短槍を次々と出しては防ぐ。

だがそれでもジリ貧だ。

オイフェが相手取るのは間違いなく大英雄。

そう簡単に、というか中身はギネヴィアなんだから!スカサハの力をコピーしたって勝てるはずがない!

 

「Nos culpis solutos!Mites fac et castos!!」

 

それに気づいたのだろうか、それともいつの間にか戦線から姿を消しているスカサハに気づいたのかオイフェが二人と距離を放そうと跳躍する。

 

「憤ッ!」

「Ut videntes Jesuッ!??」

 

だけどそれよりも高くフェルグスは飛び上がる。

真下へと放った剣の切っ先は自重と魔力を加算して加速。

その勢いそのままにオイフェを叩き落とした。

 

墜落したオイフェと、屈強な体からは信じられない程しなやかな動きで着地するフェルグス。

そして這い蹲るオイフェへと声をかけながら吶喊する。

好機だ。

 

「足りん……足りんぞギネヴィア!貴様の想い!貴様の覚悟は!」

「AAAAAaAAAAAaaAAAAAAAAAAaaァァァァァァァ!!!!」

「フェルグスさん!」

「むっ!?」

 

畳みかけようと、そう声を張り上げるより早くマシュが駆ける。

構えた盾を真っ直ぐにつき飛ばそうとしている。

だけど倒れ伏したスカサハそっくりの美貌、その口元が吊り上がるのを見て、

 

「ッマス「点火(Access)ッ、緊急回避ッ!」いい判断だッ!」

「ひゃっ!」

「AAaaaAAAaaaaa!」

 

罠だったのだろう、迫りくる瞬間に背後から無数の槍を召喚してマシュへと放つ。

それを緊急回避をしようして無理やり戦闘圏内から私の横まで回避させる。

空間跳躍の真似事だと、かつてこれを作った技術スタッフ達とダ・ヴィンチちゃんの技術力に呆れ半分賞賛していたギネヴィアの顔がちらつく。

それだけ凄いものだから、回収する勢いも凄くて、マシュは尻もちついている。

 

「うむうむ、フェルグスの言う通り良い判断だ―――マシュ、お前は少し休むといい」

 

何処にいたのか、いつの間にかマシュの手を取って助け起こすスカサハが言う。

 

「スカサハさんっそれはっ!」

()()()()()()……今暫く見ておくとよい。アルスターの、誇り高い先達(ケルト)の戦士が如何なるものかというのをな」

 

今後の益にもなろうと言ってスカサハは口を閉じた。

 

戦場では、低く、腹の奥底にまで轟く声でフェルグスが謳い上げる様にして戦っていた。

 

「無我夢中も悪くない。投げやりになる時もあるだろう」

 

剣と槍が交差する。

もう無茶苦茶なのだろう。

矢継ぎ早に剣や槍を召喚しては乱暴にフェルグスを攻撃している。

それでもその速さは素人の私から見ても明らかにオイフェに軍配が上がる。

 

「何もかもを投げ出して耳を塞ぎたくなることもある……だが!」

「Ut videntes Jesum!」

 

だけどフェルグスはそれを全て経験を以って捌き切る、受け流す、そして反撃する。

だから無傷。

圧倒的な速さを以てしても敵わない、これがフェルグス・マック・ロイ、これが赤枝の騎士団!

 

「真っ直ぐに!ただ走り抜ける!それこそが王道!それこそが人の道!」

「Semper collaetemur!」

 

そして告げられる言葉はなぜか、ううん、きっと私たちに贈られる言葉(エール)

 

「この快感に勝るものなど!人の一生にある筈もないッッ!」

 

だって、こんなにも、

 

「愛を秘め、覚悟と矜持を抱き、(誇り)を握るッ!そうして最後まで意地を張り続ける(走り続けるから)からこそッッ!戦い(人生)は心地よいッ!この上なく、どんな美酒にも勝る幸福で照らしてくれるのだァッッ!!!」

 

聞くだけで力が湧くんだからッ!

 

憤と力を込めて削り砕く勢いでフェルグスが横薙ぎの一撃をオイフェへと叩き込む。

それを新たに召喚した盾で防ぐけれど、その勢いは止まらず盾ごとオイフェを叩き飛ばした。

その姿を見送りながら、

 

「いやぁしかし、宝具も足りん、経験も浅い。何より主人も居ないと来た!やはり以前見た姿より幾分以上にも劣る物よなぁ」

 

とはいえ油断はよくないなとごちるフェルグスの言葉、そしてパスから通じる炎に応える。

 

「ならばここは一つ、()()()()()といこうか」

点火(Access)、瞬間強化ッ!……やっちゃえ叔父貴ッ!」

「応さ!さぁて―――」

 

不敵な笑みを浮かべその手に持った剣を天高く掲げる。

フェルグスのその様子にオイフェは逃げ出そうとするが、

 

「AaaAAAAAAAAa!!」

「悪いが此処は引けないな、キャスターッ!」

「そういうわけだ、付き合ってもらうぞ。我が不肖の妹の贋作よッ!」

 

ディルムッドと瞬時に私の隣から距離を詰めたスカサハがそれを止める。

 

そして祝詞が口火を切られた。

 

「真の虹霓、螺旋の真髄を御覧に入れよう」

 

螺旋を描く剣がゆっくりと回転を始める。

 

「是為るは古より謳われし星の結晶」

 

静かに告げる主人の言葉に籠る熱い熱風。

その熱を受けて回転という動作で空間を歪めながら光を迸らせる。

 

「無限と連なる聖剣、魔剣。其の原典たる剛剣よォッ!」

 

その光は虹。

七色に輝く、青空に架かる奇跡の象徴。

 

「唸れ螺旋ッ!吼えよ虹霓ッ!目覚めよ我が魂ッ!」

 

その回転は暴風を巻き起こす勢いへと変貌し大地と大気を支配する。

 

「喜べ!我らの主人は佳い女子だ!いざ!アルスター男児の意地を見せつけようぞッッ!!」

 

その輝き、その回転、その男気が今、

 

螺旋(カラド)―――ッ」

 

臨界した。

 

虹霓剣(ボルグ)ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

叩き下ろした剣はその勢いで大地を砕いて突き刺さっている。

フェルグスは剣をまじまじと見てから、

 

「ふむ、手応えがちと軽かったか……()()()()()()()()、か……」

 

呟いた。

 

もし油断があったのなら此処だったのだろう。

オイフェもそれが分かったのだろう。

三騎の内、最高火力を連続で武具を召喚し続けて、それでも足りず幻霊を新たに貪り再生することで何とか凌いだ。

だから、好機だったんだろう。

オイフェは槍も、武器も、何もかもかなぐり捨てて、オイフェ(ギネヴィア)は真っ直ぐに私へと向かって駆けだした。

 

「ッ!先輩ッッ!!」

 

その速さは閃光だ。

大事な後輩(マシュ)の声が聞こえる。

駆け出し盾で迫るオイフェを防ごうとするけど、競り負けて弾き飛ばされた。

 

ああもう次の瞬間には此の首に噛みつきに来るのかもしれない。

瞬きだって許してくれないかもしれない。

いや、意外と時間はあるのかもしれない。

そんなの誰にも分からない。

 

嗚呼、怖い。

怖い。

怖い。

死にたくない。

嫌だ。

 

 

 

―――だけど。

 

 

 

「もう眼を逸らさない」

 

そうだ。

逸らしたくない。

気持ち悪いこともあるだろう。

怖いこともあるだろう。

嫌なことも、嫌いだと思う事もあるだろう。

それが人間、それが私だ。

 

でも。

それでも。

そうだとしてもッ。

 

「私は」

 

認めよう、私はギネヴィアが怖い。

そして、そんな風にギネヴィアの事を思ってしまう自分も許せない。

だからこそ、それを認めて、肯定したまま会いに行く。

 

「もう自分の弱さ(醜さ)から逃げ出さない!相手の醜さ(弱さ)を否定しない!」

 

自分の願い。

会ってギネヴィアに何を言いたいかなんてわからない。

あのごめんなさいになんて返すのかなんて決めてない。

でもそんなのどうだってよかったんだ。

 

だって―――ッ

 

「私とアンタは友達でしょ?ね、ギネヴィア」

 

友達だもん。

 

「Sit laus Deo Patriッッ!!!」

 

そう言ってる間に首元までオイフェ(ギネヴィア)の手が迫っていた。

怖い、けど目を逸らさない。

負けない。

友達だから、それもひっくるめて抱きしめて見せる。

 

そうだッ。

これがッ、

 

「私の覚悟だァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「良くぞ吼えた」

 

 

 

 

 

 

風が吹いた。

 

「Summo Christuッッッ!??」

 

私に迫ったその手が一瞬で視界から消える。

その刹那、朱色の輝きが自分の横を通り抜けていったのが分かった。

声をした方を見る。

 

「目を逸らさない、か。お前らしい答えだ、マスター。嗚呼、実に好いものだ……故にこそ」

 

既に態勢は第二射を放つための物へと変わっている。

その静かで、けど激流みたいに激しい闘志がパスを通して理解できる。

 

「幕引きとしよう」

 

その手に握る槍。

 

「Spiritui sanctoッッ!!」

 

それを限界まで引き絞るスカサハに私も応える。

 

「令呪を以って」

「気高き誇りを示した勇士への返礼だ、貰って逝け―――ゆくぞ」

 

「藤丸立香が命ずる―――ッ!」

「此の一撃、手向けとして受け取るがよい―――ッ!!」

 

溢れる魔力に空中で貼り付けとなっているオイフェ(ギネヴィア)が叫びをあげてもがく。

でも、遅い。

私は、私たちはもう、止まらない。

 

「ギネヴィアを助けてッ!」

貫き穿つ(ゲイ・ボルク)―――ッッ!!」

 

そして今、

 

「Tribus honor unusッッ!!」

 

真紅の槍の真価がこの世界に顕現した。

そしてそれはつまり、

 

死翔の槍(オルタナティブ)ッッッ!!!」

 

私たちの勝利を示すことに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ここで別離(別れ)だ、マスター」

 

スカサハの一撃、真名開放でオイフェの形を模した泥は風化するように灰となって、まるで初めからいなかったように消えてしまった。

あれだけ沢山いた幻霊ももう居ない。

後に残ったのは私たちだけだ。

 

「何となく、そんな気がした」

「そうか」

「うん」

 

言葉数は少ない、だけどそれで十分な気がした。

周りを見る。

フェルグスもディルムッドも、勿論スカサハも満足げにこちらを見ている。

そして私も十分だった。

言葉は、この先私が歩いていくための道標はもう十分この人たちから貰えた。

 

「門を開ければ、そこから先は新たな世界だ―――忘れるな、臆し恐れても」

「進み続ける、だよね?」

「……言うようになったではないか」

 

ふふっと上品に笑いを漏らすスカサハに自分もつい笑ってしまう。

そこでふと、気になっていた、私に肩を預けて()()()()ぐったりとしている後輩について尋ねた。

 

「マシュは―――」

()()()()()()()()()()()()()。安心せよ、彼方の世界(現実)に戻れば問題はない」

「……そっか」

 

ほんの少し、沈黙が流れた。

少しだけ意識が揺らぐ。

そろそろ目が覚める時間なのだろう。

だから、そうなる前に三人にしっかり言わなくちゃ。

 

それはごめんなさいでも。

お世話になりましたでもない。

 

「ありがとう、三人とも―――それじゃあ、行ってきます!」

 

精一杯の感謝としっかり歩いていける姿を。

 

「ああ、行ってこい」

「ご武運を、マスター。貴方と共に戦えて、俺は幸せでした」

「達者でな、また会おう!」

 

心地の良い高揚で、心がポカポカする。

その心地よさを感じながら、

 

「応!」

 

力強く答えて私は門を開けて、

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

先程までの廃墟とは一変した景色に呆けたまま、現実へと帰還した(目を覚ました)のだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何して、でしょうか。

要らぬ言葉。

要らぬ希望。

要らぬ輝き。

 

どれも、これも、()()()には不要でしかないのに。

 

如何して、邪魔をするのでしょうか。

如何して、苦しめるのでしょうか。

如何して、傷つけるのでしょうか。

 

あの子の復讐の灯()はこんなにも美しいのに。

 

嗚呼嫌です。

嗚呼苦しいです。

 

泣かないで、愛しい人。

泣かないで、恋しい人。

泣かないで、私の英雄。

 

嗚呼、貴方にも見せてあげたかった。

 

この美しい人を、この輝きを。

 

それなのに、どうしてでしょうか。

どうしてどうして、邪魔を、する人が居なくならないのでしょうか。

 

本当に私、

 

 

 

 

 

 

「困ってしまいます―――」

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に輝く顔が一つ目の試練と称した世界から誰も居なくなった。

残るのは、槍によってその心臓を破壊された、物言わぬ三騎の英霊だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




???「やはり吾の出番か。いつ出立する?吾も出演しよう」

というわけで次回以降からマシュ編が始まります。
今回と同じく3話完結になりますがもう少し短くなるよう心がけるのでお許し下さい。

……正直今回は主人公の真名のヒントやら伏線やらばら撒きまくったせいで長くなってしまいましたが、次回以降はそういうのあんまりいらないのできっと短くなるはず(願望)

次回は今週末に必ず、必ず、必ず!投稿しますのでもうしばらくお待ちくださいな(`・ω・´)







ちなみに今回登場したサーヴァントはマシュとギネヴィアを除いて4騎ですよ


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【幕間】英雄伝承寓話前篇~次郎丸~

御無沙汰しております。
ようやく仕事が落ち着きPCに向かう時間が取れるようになりました。
しかしあれですね、FGO。
知らぬ間に2部始まってたんですね。
というか1.5部を1年で駆け抜けてたんですね、びっくり。
無駄話はさておき。

だいぶ遅くなってしましたが、皆様とお約束していた短編を漸く書けましたので投稿します。
後編はまたどこかの夜にでも、遠くならないうちに。

あ、今回本筋には全く関係ないですがオリキャラが一人(一匹?)でますので理解ください


おいらが母ちゃんと一緒にカルデアっちゅう所に来て随分になる。

気づいたら新しい妹も増えておいらも嬉しい限り……だったけども。

最近その新しい妹は元気がない。

人工的な陽光が降り注ぐ農場ででっぷりと大きく育った甘藍を収獲するその横顔は今だって曇ったまま無言だ。

おいらも気を利かせて後ろでジャグリングしたり変顔、目も鼻もないから口を開けるぐらいだけど、したりしてるけど沈黙したまま。

ちょっと息苦しいんよ。

 

「……ねぇ、次郎丸」

Fooo(んー)?」

「……」

 

無言。

やっと話しかけてくれたけど、すぐに黙った。

困るんや、そない元気のない姿は。

おいらまでお腹が痛ぅとなる。

 

FooFoFoo(なんやどないしたん?)FoooFoo(おいちゃん)FoooFooFoooooo(なんか言うてくれへんとお尻かゆいわ)

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、お母さん、大丈夫かな……?」

 

 

 

 

 

 

 

お母さん。

おいら達の母親。

勿論おいらともジャックとも、そして此処にはいない妹とも血は繋がってない。

あの人に血の繋がった家族はもう居ない。

そんな人だ。

せやけど、紛れもなくおいら達の母親だった。

そんな人は今、カルデアに帰って来て暫くしてから眠ったままになってる。

何でも桜さんの治療を受けとるんだとか。

 

まあ、久し振りにあんな風な暴走したんやから仕方ないんやろうけど。

 

でもそんなの、妹が知るはずないしな。

円卓の連中あたりなら卓の角で殴れば治るの知ってるし、どっちかでも姐さんがいれば違うんやろうけど。

とはいえなぁ。

いっくらおいらが大丈夫って言っても不安は払拭できへんやろうしな……。

 

んー、どないしたもんやろ……。

 

あ、せや。

がきんちょが顔暗くしとるんやら楽しい話が一番やな。

吟遊詩人の真似事も素話も初めてやさかい、えらい緊張するけど、でも可愛い妹のためやしな。

しっかし何話そうか。

母ちゃんが海で怪獣釣った話にしようか。

それとも母ちゃん達がデート中に光の御子と草むらでエンカウントしてWデートした話がええやろか。

他にはモーちゃんとピクニックした話でもええな。

……流石にモルガンと親権争いしに行ったらなんかエライ修羅場というか泥沼三角関係展開になった話はあかんな。

おいらはおもろかったけど、ランスロットの兄さんは顔真っ白やったし。

 

……うん、よしっ。

あれでいこう。

あれがええわ。

おいら冴えとるなぁ!

 

 

 

よっしゃ。

 

 

 

 

FoooFooFoooooo(ほんなら、おいらが一つ昔話ししたろ)

「昔話?」

Foo(せや)FoFooo(昔話や)Fo(遠い)Fo(遠い)FoooFooFoFooo(ずっとずっと昔の話や)。」

 

そう、これは昔話や。

おいらがまだ小さな小さな、ただの蚯蚓だった頃の話。

おいら達の母ちゃん、王妃ギネヴィアが笑顔で居てくれた日々。

 

FoooFoooooFooooFoooooo(小さな蚯蚓が大きな竜になる)FooooFoFooo(そぉんな昔話やで)

 

おいらと、母ちゃんの出会いの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬。

その冬、温暖なエリンにしては珍しく大寒と豪雪に見舞われた。

 

寒い。

碌な自我も自意識もない蚯蚓が本能でまず感じ取ったのはそれだった。

不作だった。

田畑は枯れたように陰り、野山を彩るはずの瑞々しい果実もまた息を忘れたように実らなかった。

最も身近に感じる死とは何か。

それは飢えだ。

空腹感は心を蝕み影を落とす。

人もそうであるのだから、野山を駈ける獣達も同様であった。

 

分厚い雪と氷の下にある地面。

それを穿り返してようやく見つけ出せた草の根、それだけが獣たちの御馳走になるほど。

だから地中から放り出されて猪に喰い殺されなかったのが果たして幸運だったのだろう。

少なくとも凍えた体を噛み千切られながら死に向かっていく痛みを感じることはない。

 

代わりに感じるのは身を引き裂く寒さだけ、そして飢えによる遅々とした死。

須臾と感じる致命の痛みと死、怠慢な苦痛と数瞬ごとに枯れていく命。

なるほどより生命が生き永らえさせられる、その一点だけ見ればそれはきっと蚯蚓にとって幸運なのだろう。

皮肉なほどに、馬鹿馬鹿しいほどに、残酷なほどに。

ただただ生きているだけだった。

 

飢えを満たすわけでもない。

(ねがい)を叶えるわけでもない。

生を全うするわけでもない。

 

心の臓が動き体液が巡り僅かばかりの脳が寒さを感じる。

生命活動、たんぱく質の塊が規定された機能を繰り返しているだけ。

無様な、実に無様な姿。

そこに心はない。

希望を拠り所として苦痛には耐えられない。

そこに夢はない。

生きて叶えたいという欲がない。

そこに救いはない。

弱肉強食?

馬鹿馬鹿しい話である。

自然の摂理とはそもそも一定基準の強さを持たない者に次の春を迎える(生きていく)資格を与えはしない。

 

救いはなく、夢はなく、ただただ苦痛だけがある生の時間。

 

 

 

痛い。

苦しい。

寒い。

辛い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

寒い。

さむい。

さむい。

 

 

 

 

嗚呼さむい。

 

苦痛だけが息を吸い吐くようにして浮かんでは消えぬまま積もり続ける。

一片の隙間もなく思考を埋め尽くす。

絶望という二文字が氷雪という物理的な形と苦痛を伴って目の前で、その肌でひしと感じる。

蚯蚓の終わりは間違いなく今日この日であった。

 

 

 

 

 

 

 

ただ一つ、縋るべきもの等という思考すら知らない蚯蚓が。

寒さでその思考が凍える他なかった蚯蚓が。

希望などと言えたものではない、もっと曖昧で脆弱で不確かな。

 

 

 

―――た、すけ、て

 

 

 

そんなどこの誰に放つわけでもなければ蚯蚓の霊格では見えもしない神への祈りでもない、ただ死への恐怖と苦痛から逃れたい一心で放った四文字がなければ。

今日この日で蚯蚓の短い生は終りであった。

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえる。

若い男の阿鼻叫喚とした声だ。

連なるように吠えたてるような重厚な地鳴りがする。

音は低く大地を揺らす。

その速度は決して早くはないがブリテンの地を揺るがす。

重量。

ただ重いという理由で厚く張った氷が悲鳴を上げて切り裂かれる。

昼夜問わず吹き荒れていた凍てつく吐息がその巨体によって蹴散らされる。

まるで冬という自然そのものを蹂躙するかのような軍靴の音。

嬌声があがる。

嬉しいのだ!素晴らしいのだ!私を見よ!私はここにいる!

そう言わんばかりの天を突かんがばかりの高笑い。

死神を引き連れた魔女、はたまた数世紀後に逸話として完成される嵐の軍勢(ワイルドハント)か。

どちらにせよ、音だけでその暴威が大地ごと蚯蚓を踏み砕き圧死させるのは容易に想像できる。

 

音は近づく。

終りは近い。

救いを求め、ここまで生き延びた蚯蚓へ贈られた褒美。

無様な末路。

女の笑い声と共に轟音は一個の楽団となって世界を奏でる。

男の悲鳴はセカンドかサードか、はたまた音にもならぬ下手なオーボエ吹きか。

どちらにせよ甲高く叫ぶその声が楽団を彩るには聊かばかり艶が足りず。

死が迫る。

終りは近づく。

重々しくも審判は、

 

 

 

 

 

 

 

「あら、随分小さいのね?」

 

 

 

 

 

 

下された。

 

「王妃ィィィィィィィッッッッッッ!御ッ止まァりィヲォォォォォッッッッッ!!!!!!」

「あらやだアグラヴェインだわ。ごめんなさいね?ちょっと撒い……んんっ貴方を出迎える準備をしていたら遅くなってしまったの」

 

円卓の騎士(うちの子たち)ってちょっと過保護なのよと続く言葉と共に蚯蚓は不思議な感覚をその肢体全てを通して感じた。

まるで麗らかな春の日差しのように暖かで心地の良い何かが己を優しく包み込む。

生きていることが不思議なほどに凍り付き細胞が壊死しつつあった体が癒される。

それは土の中にいる己の種族ではまともに感じるはずのない、太陽の輝きであった。

 

「しっかし寒いわねー!今年の冬は特に酷いわ。各地の領土から嘆願書が何枚着たことか」

「ぞればぁッ!王妃がァッ!!勝手に各村に食料贈りつけて心配した農民からのものでしょうがァァァァァッッッッッッ!!!!!」

「別にいいでしょ、農業試験場は私の管轄なんだから。あとレディの後ろから走りながら声かけるの、ダサいからやめなさい」

「誰のぜいでずがアァァァァッッッッ!!!!そして限度があるでしょうがァァァッッッ!!!!誰が半年分も贈れなんて言ったんですかアァァァァァッッッッッ!!!!!」

「あーあー聞っこえーませーん!」

 

振動を感じる。

陽だまりが歩みを始めたのだと蚯蚓は何となく理解した。

理解するが心地よさでうまく頭が回らない。

泥のように眠りに沈みそうになる。

 

「さて行きましょうか、今日ばかりはログレスの王妃としてではなく」

 

とんという僅か衝撃と重力からの解放で蚯蚓は微睡からほんの少しだけ解放された。

蚯蚓は起きようとする。

何となくだ。

理由は定かではない。

ただ自分の感じる陽だまりに対してこのまま眠ってしまうのが、何となく不義理な気がして。

ただそれだけを思って頭を上げた。

 

「イングルウッドが墓守、その末裔。地母神グウェンフィファルの巫女として。今を懸命に生きる大地の子へ約束するわ」

 

そしてあるはずもない瞳を開くようにして、陽だまりを見た。

 

「もう大丈夫。これからは私と一緒よ」

 

淡い空色は陽だまりのような微笑みを浮かべていた。

年端もいかない優しげな少女が陽だまりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春。

 

PuuuuuuPuuuPuuuuuu?(次郎坊か、何用だ?)

 

振り向きもせず田畑を耕す巨体から重低音が鳴った。

麗らかな、あの日の暖かさを思い出させる長閑な日。

農民は勿論、各村々の中でもとりわけ優秀な成績を収めた人間が所属する国立中央農業試験場で次郎丸と名付けられた蚯蚓は己の先達から声をかけられた。

出鼻を挫かれびくりとしながら次郎丸は牙と巨体がチャームポイント(byギネヴィア)の太郎丸に話しかけた。

 

FooFoo(いや、その)FooooFooooFooooFooooooooFoooo(おいらもなんか出来ることあっかなーって)

 

それはいっそ三文芝居か与太話のような光景だ。

何せ大人の掌程度の大きさの蚯蚓が山のような巨体に話しかけているのだから。

対する山も笑い話だ。

確かにブリテン、否、ユーラシア大陸にそれがいても可笑しくはないだろう。

だがそれは数十万年前に滅んでいるはずの、そんな嘗て地上を制した今は幻想となった存在だった。

 

Puu。PuuPuPuu(無い。疾く帰り御母堂に顔を見せてやれ)

 

第一貴様のする土肥やし(仕事)は終わっただろう。

振り向き毛深いながら器用に呆れ顔を作って太郎丸は言う。

実際終わっていた。

王妃に拾われ早数か月。

閉じた冬は終り新たな芽吹きの季節となった。

以前の三倍ほどにまで肥え言語も解すようになった次郎丸は輸入された同種を率い土を肥やす仕事を請け負っていた。

各地から回収した土に潜り込み、通常の三倍の速度で分解、発酵させ良質な土へと変える。

痩せ土、獲るだけ無駄と揶揄される祖国ブリテンの大地。

だが蚯蚓という種族はそういう土のほうが食いでがある。

故、次郎丸は今、時間はかかるが少しずつ良質な土地を生み出す一助を担っている。

このことでブリテンに宅配業者という新たな職も生まれたのは細やかながら経済面に良い風が流れることとなった。

衣食住が確保されていようが職がなければ人は住めないのだ。

 

そんなわけで今日もえっちらおっちら部下を率いて土を食べていたのだが、少し前にノルマを終えてしまった。

後に残ったのは完全に発酵して食える場所の無くなった土だけだ。

つまり暇なのだ。

時刻はまだ昼下がり。

十分に働く時間がある。

にもかかわらずやることはない。

だが目の前では己の先達が働いている。

 

FooFoFooooFoooo(でもよぉ、おいらも何か)……」

PuPuuPuPuu(仕事は量ではなく質だ)

 

だからこそ躊躇いがちに声を出した次郎丸に被せるようにして太郎丸は告げる。

 

PuuuuPuu(時間で計るようなことをするな)

FooFo(でもよぉ)……」

PuuuuPuuuuPuuuuuu(職務は十全に果たしたのだろう)PuuuuuuuuPuuuuuuuuPuuuuuu(ならば恥じる必要が何処にある)?」

 

 

出来の悪い弟を諭すそれに次郎丸も言葉が詰まった。

実際ノルマはきっちり終わらせた。

これ以上すれば配分が変わり他業種の人材にも迷惑がかかるだろう。

そもそも自分一人が逸っても部下はついてこない。

 

FooFo(分かったよぉ)……。FooFoFooooFoooo(ほんなら太郎兄ぃも頑張ってな)……」

 

要するに、太郎丸の言うとおりだった。

 

Puu(それでも)

Foo(ほえ)?」

 

意気消沈し肩、はないのでそれらしい部位を、落として王城へと帰りだす次郎丸の後ろ姿に声がかかった。

振り向けば大きな背がある。

次郎丸を見ないまま、太郎丸は告げる。

 

Puu。PuuPuPuu(それでも。気になるなら探せ)PuuPuuu(己に問うたように)PuuuuuuuPuuuuuu(自分にできることを探せ)

 

不器用な激励だった。

 

「……Foo(応さ)ッ!」

 

応えは小さくも強く歩みは確かに。

口元にはあの日の母のように笑みを浮かべ。

次郎丸は王城へと歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏。

 

「あ-……私に何か用だろうか」

 

うだるような暑さとひり付く日差しに焦がされる、そんな夏だった。

それに反し王城は快適な室温が保たれていた。

ここランスロット卿がノックオンが聞こえるまで居た執務室でもそれは同じ。

だがランスロット卿の汗は止まらない。

 

何せ、

 

 

 

 

 

 

 

 

Foo(やっほー)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の先に謎の言語を発する怪生物が居るのだから。

 

FooooFoooooo(あれから色々したんやけど)FoooooFoooooo(出来る仕事も増えへんねん)

 

何か喋ってる。

 

ランスロット・デュ・ラック。

騎士の誉れアーサー王が誇りし円卓の騎士が第四席。

ログレス王国の最高武官の一角であり外交の任を任せられ王妃の職務上の補佐を最も潤滑に行うことのできる希少な人材。

若かりし頃に流浪した経験から見聞も広くまた多種の言語を操る。

そして純粋な剣士として、そして平均化した場合で見たときの円卓最高戦力の将。

完璧な騎士。

それがランスロットである。

そのランスロットが困っていた。

 

 

FoooooooFooooooooo(やっぱ小さいんがいけないんかなぁ)……」

 

敵は体長15cm。

個体名は次郎丸。

無性。

体色、淡い桜色。

種族名、蚯蚓。

ただし、謎の言語を解しここ数か月ほど中央試験場で働いていると聞く。

そんな蚯蚓である。

決して幻想種ではない。

 

なんだこいつ。

 

FoooFoooo(ほんま困っとってなー)

 

困ってるのはこっちだ。

無論、言葉は何一つ理解できていないが。

顎を伝っていく汗が滴となって床を濡らす。

無意識につばを飲み込んだ。

百戦錬磨、一騎当千の騎士たるランスロットが。

極度の緊張状態にあった。

なんかもうてんぱっていた。

夜の天下無双が、愛妻にばれるたびに泣かれて啼かされるのは最早直轄領の風物詩である、びっくりするぐらい焦っていた。

こんなに焦っているのは任務で帰宅が遅くなり妻との7回目の結婚記念日を祝うのに遅れそうになっていらいだった、結局帰り着いたのはその日の深夜で無事に0時丁度に祝いの言葉を言えたらしい。

なんだこいつ。

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

Fooooo(そんなわけで)FoooFoooooooFooooo(力貸してくれへんか)?」

 

 

分からない。

疑問符は頭を駆け巡る。

ランスロットは頑張っていた。

のっそのっそとこちらに向かってくる、ちょっとでかい、道端で見つけたら女子供なら悲鳴を上げるサイズ感のでっぷりとした蚯蚓。

控えめに言ってもホラーだ。

ちなみに次郎丸本人は満面の笑みだ。

にこやかに友好の意を示している、つもりだ。

 

Foo(おいら)FoooFooooooo(もっと役に立ちたいんよ)

 

そしてランスロットの足元まで来た。

悲鳴を上げなかったのはランスロットの強さだろう。

そしていい加減この混沌とした状況への終止符を打つべく。

ランスロットは口を開こうとして、それより早く口を開いた次郎丸の言葉で開いた口を閉じた。

 

FoooFoooo(よーわからんけど)

 

 

 

 

 

 

 

―――兄さん、なんか信頼できる気がすんねん

 

 

 

 

 

 

 

強く。

強く。

血が滲むほどに唇を噛み締める。

別にその言葉の意味が分かったわけじゃない。

理解できるはずもない。

ただ。

本当にただ、何となくだ。

何となく言われている言葉が理解できて、

 

「……あー、糞っ」

 

柄にもなく、荒れた言葉がこぼれた。

髪をくしゃりと右手で掴んで掻き乱す。

左手所在なさ気にぶらつかせ、閉じたり開いたりして。

足元にいるその小さな生き物がそんな自分の様子を不安げにみていることに気づいて。

 

だからだろう。

ため息と共に諦めとも呆れともつかない、そんな妻の前でしか出さない本当に情けなくてどこにでもいる青年ランスロットとして唇を解いた。

 

「本当、貴方たちには振り回されてばかりだ」

 

突かれた老人のような口調で、けれど初恋に胸をときめかせる少女のように、まだ見ぬ大地を目指す少年のように。

ランスロットという男は苦笑いを浮かべて次郎丸を部屋に招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後次郎丸はランスロット()が雑竜のハツやらミノを山ほど食べさせたことで謎の言語を操る怪生物から体長7mの立派な亜竜(ワーム)になれましたとさ。

 

「また貴様のやらかしかァァァッッッ!!!ラァンッスロッットォォォォッッッッ!!!!!」という怒声と共に腹部を抑えながら剣を振り回して湖の騎士を追いかける鉄の騎士の姿が見られたとかなんとか。

 

ちなみに当のギネヴィアは王と共に大きくなった息子を見て大喜びだったとのこと。

 

 

 

 

 




???「わ、吾の出番どこ……?」

というわけで遅くなりました。
普段は出せない円卓連中に温めていた太郎、次郎、三郎ネタが書けてだいぶホクホクな作者です。
次回はもう少し円卓とギネヴィアについてしっかり書いていきます(多分)

本編?
も、もうちょっと待っててください(震え声)


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【幕間】英霊伝承寓話後篇〜とぐろ巻くみみず〜

日間ランキング入ってるし評価もちょっぴり上がったし、感想も書いてくださったし(あたい感想大好き!)、しかもお気に入り登録してくださったご新規さんがいる!
うれしい!
ありがとうございます!
やっぱり、ほんわか路線は最強なんや!!!



というわけでお待たせしました。
いつものグロ注意です。
ばりばりR15です。

さよならほんわか路線。


秋。

 

「次郎丸ー!お昼にするわよー!」

 

夏の暑さが少しずつ鳴りを潜め穏やかな気候がゆっくりとブリテンの地を包む、そんな秋のことだった。

とある農村。

そこで次郎丸は有体に言えば農作業に従事していた。

 

山をその巨体を活かして切り拓き農耕地を拡大する、というのが果たして農作業なのかどうかはいぶかしむ他ないが。

 

Fooo(おお)Fooooooooo(ワイバーンのお肉や)!」

「そうよー、繁殖期に狩りまくった栄養たっぷりの糞迷惑な害獣野郎(ワイバーン)ちゃんよー」

 

のっそのっそと声をかけられた次郎丸は潰しかき混ぜていた小高い山だった何か(開拓地)から離れてギネヴィアの元へと行く。

主人はにこやかな笑顔でぶんぶんと勝手に持ち出された宝剣(燦然と輝く王剣)を振り回し、その前には幾つもの鍋と蒸し焼きにされた雑竜(ワイバーン)の肉があった

 

雑竜という幻想種はそれが伝説に語られるような大仰な存在でもない限りは系統樹を外れたそれにしては珍しく繁殖期というものをもつ。

これが次郎丸の主が転生するより前に生きていたという神秘を放逐した時代であればそうではないだろうか、此処は神代の残り香を宿す五世紀のブリテンである。

雑竜程度の神秘は世界に溢れ、それ故に幻想種でありながらそこに存在する生物として世界から認識、定義される。

だからこそ牛馬のように生態系に根付いた生物としての概念(卵を産み生きそして死ぬ肉の身)を彼らは宿す。

 

蛇とも同一視される竜の通例に漏れることなく生物としての特性を持つ雑竜は多くの蛇と同じように夏に繁殖期を向かえる。

一般的に繁殖期というのは栄養豊富な野山の幸を食らって肉質は非常に良く、かつ活動量も多いため大変美味だが文字通り来年度以降の食料(次の世代)を増やす時期であるため基本的に狩猟は禁じられる。

が、野山を荒らし生態系も繁殖期も知ったことかと言わんばかりに狩りまくった上で貴重な農村の作物だけでなく力なく若い栄養を狩っていくワイバーンに関しては話が別だった。

鍬を奮い野山を駆け赤子を背負い大地と勝負する一般的なブリテン人は一対一であればワイバーン程度わけもないが基本的にいくら仮初とはいえ生態系に根付いたとしても幻想種は幻想種、それらを狩るのは騎士、延いては王族の勤め。

そんなわけもあって今年もまたうんざりするほどワイバーンを狩ったため、村々に配り諸侯に配っても肉が大量に余り結局次郎丸の餌となっていた。

ちなみに太郎丸は肉を食べない。

草食だからだ。

 

Foooo(あー)FooooFooFoooo(母ちゃん、また剣持ち出して)!」

「いいのよ、どうせ倉庫で埃被ってるんだし。資源の有効活用よ」

 

ほらね、こうやってと言いつつやはり剣を振り回すと皿とグラスがひとりでに宙を奔る。

そして鍋で温められていた雄鹿と西洋蕪のシチュー、それから汲み溜めておいた湧き水をそれぞれに注いで未だ農作業に従事している農民たちの下へと嘘のように跳んでいく。

ステータスアップするマン(燦然と輝く王剣)もまさか自分が戦場ではなく料理のために使われるとは思っても見ないだろうと感じ入ることはあったが次郎丸は大人だった。

大人だから言いたいことはTPOに合わせて口をつむぐし()()()()()自分の母と違ってそこそこ探査能力に秀でた次郎丸は近づいてくる見知った反応のことは何も言わず、

 

FoooFooFooo(おとーやんに怒られても知らへんでー)……」

 

一応義理を果たしたといわんばかりにため息交じりの小言を言って、忘れていたかのように焦って「頂きます」と神への感謝を告げる。

なんだかんだ母は食事のマナー、というか食物への礼を失することには厳しい人なのだった。

そうして漸く少しだけ遅い昼食にありつくため、次郎丸は肉に齧り付いた。

 

じゅっと沸き立つような肉汁と甘辛いソースが岩をも砕く次郎丸の歯から喉へ、そして意へと流れ込んでくる。

自分の呼吸すら香ばしい肉の旨みになった錯覚を覚えた。

肉は柔らかく鳥に近いが食い応えは牛や猪のそれだ。

臭みはソースと微かに鼻を擽り肉の脂っぽさを抑える香草によって爽やかなものへと変わっている。

 

うまい、そう感じることに目の前にいる人を見て罪悪感を覚えながら次郎丸は母が己を思って作ってくれた食事を無心に頬張り、ただただ今日も食べられることに感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ食いでだねぇ」

 

ふと、声がして後僅かとなった肉を置いて次郎丸は顔を声のほうに向けた。

いつの間にか来た父親と『どきっ!ブリテン王族の鬼ごっこ~(聖剣の光の)ぽろりもあるよ~』を始めた母親は消え、代わりに朝から共に作業をしていた村人が集まっていた。

 

「王妃様が連れてきた時はびっくりしたけど、頼もしいええ子ができんさってほんまよかったねぇ」

「太郎丸の兄さんは寡黙で働きもんだけど、こっちは陽気で働きもんだねぇ」

「次郎丸ちゃん、きょうはありがとうね」

 

代わる代わるお礼や賛辞の言葉を口にする農民たち。

神秘への理解度、というよりも王妃のやらかしへの免疫力がつきまくってるブリテンの民でも最初こそその10m級の巨体を揺らすピンクの蚯蚓(でっかい亜竜)には驚いた。

中央から送られる質の良い土が彼が作ったものだというのは通達が来ていたがそれでもこうして開墾にこられた今朝は驚きしかなかった。

だが蓋を開けてみれば鼻歌交じりに土を耕し何言ってるのか分からないが農民へ話しかける姿、何より明確に自分たちの生活圏を広げて言ってくれるその姿を見てすでに好感が驚きを凌駕していた。

 

「ほんと、良いこだねぇ」

「次郎丸!こっちのシチューも飲むねぇか?」

「次郎丸ちゃん!一緒に遊ぼう!」

「ねぇーねぇー!これなぁに?」

 

いつの間にか人だかりのなかには子どもや働けず守りをしていた老人たちも集まり気づけば村中の人が集まっていた。

農作業に従事していたものはもっと食えと自分たちの食事を寄越そうとする。

老人たちは嬉しそうに微笑んでいる。

子どもたちは意外と筋肉の詰まって固い次郎丸をつっついたりよじ登ろうとする。

次郎丸は困ったように笑い子どもたちを器用に背に乗せると歓声が秋晴れの空に響いた。

 

嗚呼幸せだ。

 

皆が笑う。

幸福を口元が指し示す。

喜びが感謝となって溢れ、次郎丸はただただ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁお仕置きの時間です!観念なさい、ギイネヴィア!」

「ちょ!まっ!タンマ!タンマぁ!」

「いいえ!たんま?なんてものはありません!誰ですかそれは!心配したんですよ!大体私を置いて勝手に遊びに言った罰ですっ!甘んじて捕まり仕置きを受けなさい!」

「まってまって!ちょっとアグラヴェイン止めなさいよ何白目剥いてんのよ!あ、おいこらトリスタン寝るな起きろこの間のことイゾルデに言いつけるぞ!あ、ちょ、いきなり起きてどこ行くのよ!?……え?『イゾルデ、今、(会い)に行きますだから怒らないで』?え?王妃は?ねぇ上司は?ねぇ現在進行形でピンチな上司はどうするのよぉぉっっ!!」

「この……っ!この期に及んでまだ他の男のことを気にしてッッ!!---星の息吹よ」

「だめだめだめ!最果ての加護と王剣の加護でブーストして聖剣ぶっぱは駄目だって!!気障ゴリラ助けて……ってなんであんた私服なのよ!何爆笑してんのよ公務中でしょうが!助けろ馬鹿甥!あ、こら、村娘ナンパしに行くなぁぁぁ!!!!」

「以下省略!!!もう許しません!約束された(エクス)---」

「あ、これお星様エンドだわ」

 

「---勝利の剣(カリバー)!!!」

 

 

 

締まらないのはお約束である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー!」

「次郎ちゃん!もっとひゃー!」

 

冬。

 

去年に比べればずっと穏やかだがそれでも雪が降った。

日照時間の少ない冬季というものは農民たちにとっては存外暇なものである。

冬越しの支度はすでに済ませ、首都や諸侯たちからは例年通り食料も送られ潤沢な供えがある。

あとは春に向けて日用品の修繕を済ませたりといった細かなことだけであった。

無論それは大人の話だ。

普段は農作業に借り出される子どもたちもこんな雪の降った暇な日には外に出て遊んでいた。

蚯蚓と。

 

FoooFoFooooooFooo(舌かむなよー)

「「「はーい!」」」

 

のんきな声と明るい子どもたちの笑い声が輪唱する。

凍てつくような空気は息を白く染めるがそれを意に返していないのは喜び色づく笑顔を見れば一目瞭然だった。

両手の指を越える数だけの子が集まり次郎丸に乗ったり雪だるまを作って遊ぶ。

見れば雪合戦をしながら時折次郎丸にぶつけて気を引こうとする子もいた。

ちなみに今日はギネヴィアはいない。

王城に王の石像(20m、胸のサイズはお察し)を作った罰で一日政務に励んでいる。

 

Fo(あっ)FoooFooooooFoFoooo(おーい、そこ危ないから行くなよー)

「わかってるよー!」

「心配性だなー」

 

時折はしゃぎすぎて次郎丸の近くから外れそうな子はそれとなく注意をしながら次郎丸は今このときを楽しんでいた。

それぞれが思い思いの遊びを楽しんでいる。

冬は憂鬱になる季節だ。

それは日照時間の短さによって人体が生成するセロトニンの量が減少するからだとされるが。

それはさておき、やはり冬の寒々しさというのはどうにも心を寂しくさせていけない。

だからこそ子どもたちのはしゃぐ声がどうしようもなく気持ちよく耳を打った。

 

 

橇滑りをする子がこちらに手を振る。

本を持ってきて何人かで真剣に読んでいる子もいる。

雪合戦をして泣いた子がいれば年長の子が優しく慰めていた。

次郎丸を埋めるんだと馬鹿みたいな理由で必死に雪を彫っているやんちゃ坊主たちもいる。

 

そして自分の頭上に載っている少女が声をかけてきた。

 

「ねぇねぇ!次郎丸知ってる?」

Foooo(んー)?」

 

はしゃぎすぎて息を切らしながら、けれど目を輝かせて少女は言う。

 

「あの丘を少し越えたところにね!きれいな桜の木がたっくさんあるんだって!」

 

少女が指差すようには雪に埋もれた木々を抱える開けた土地があった。

弾んだ声で少女が続ける。

 

「お父さん、あ、村で猟師をしてるんだけどね!お父さんが言ってたの!あそこの桜はブリテン一の桜が見られる場所なんだって!」

 

すごいでしょ!という誇らしげに言う。

そんなすごい場所を見つけた父を自慢すると共に自分の知っているすごいことを自慢する、そんな子どもらしい言葉で次郎丸はくすぐったかった。

かつての、ただの次郎丸には理解できなかったまっすぐな親への愛がどうしようもなく理解できて、そんな理解できる自分と脳裏にちらつくあの日の笑顔を思い出してなんだか恥ずかしかった。

だからそんな恥ずかしさを隠すように、ことさら大きな声でいいことを思いついたとでも言わんばかりに言った。

 

Foooo(さくらかー)FooooFoooFooooooFoo(ええなー春なったら見に行こなー)!」

「ほんと!?」

 

反応は上々。

気持ちのいい言葉が返ってきて次郎丸の胸を満足感が満たしてくれる。

 

FooFooo(ほんまほんま)!」

「約束だよー!絶対だからね!!」

FoooFooooooFoooFoooooo(ちゃんと休み貰うて行くから大丈夫)

 

そう返すと絶対だよ!と念を押ししながら嬉しそうに少女ははにかむ。

すると下から、

 

「ずりぃぞ!俺だって行きたい!」

「あ、ぼくも!」

「わたしも行きたい!」

 

そんな自分もという声がする。

それに次郎丸は苦笑いを浮かべながら任せておけと返した。

 

FooooFoooooFoooooo(ほんならみんなで行こうなー)!!」

 

その声にたいする回答は歓声でまたしても次郎丸の胸を満たしてくれた。

 

嗚呼、幸せだと。

 

「約束だよ……ぜったい、ぜぇったい!春になったら一緒に桜を見に行こうね」

Fooo()FoooFoooooo(約束や)

「やったー!次郎丸大好き!」

 

そんな一年を過ごした。

そんな幸せな約束を結んだ冬だった。

そんな、そんな。

 

ただのみすぼらしい飢えた蚯蚓が。

幸福になれた一年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ!それからどうしたの?」

FoooooFoooooo(何てことあらへんで)FooFooooooFooFooo(ただずぅっと、そうやって遊んだ)FooooooFoooFoooo(それでこの話も仕舞いや)

「そうなんだ」

 

話は終わり、そういっておいらはジャックを乗せて廊下を進む。

話してる最中に農場を出て食堂へと向かっていた。

もうええ時間やしな。

士郎ちゃんと桜さんがおいしいご飯作って待っててくれるだろうし、ジャックはまだ小さいしなぁ。

はよ大きくなってもらわんとな。

子どもは。

 

子どもは元気が一番や。

 

 

 

子どもは、元気で、幸せでなくちゃいけんのや。

 

 

 

「ねぇ、私たちも……」

 

ほしたら、なんやジャックがちょっと照れた声出しよる。

ははーん。

 

Fooo(もっちろん)FoooFoooooFoFooooo(母ちゃんが起きて)FoooooFooooFoFooooooooooo(立香とマシュの嬢ちゃんたち)FoooFoooFoFoFooo(みぃんなが帰ってきたら一緒に遊ぼうや)

「ほんと!?」

 

ちょっとばかしその声が懐かしくて、あるはずのない涙腺が緩む。

年取るとあかんなぁ。

おいちゃんもええ年だしなぁ。

しゃあないわ。

 

FooooooFooooo(ピクニックなんかええな)FooooooooFooooo(みんなでおべんと作って行こうや)

 

自分の知っている楽しそうなことを口に出した。

 

「うん!行きたい!私も作るね!」

FooooooFooooo(ほんまか、楽しみにしとるで)!」

 

ええな、ピクニック。

よくモーちゃんたちといったけど楽しかったなぁ。

ジャックやここの皆と行くんもきっと楽しいんやろうなぁ。

 

っと、いつの間にか食堂や。

この時間ならそこそこ職員もいるやろから寂しないやろ。

 

FoooFooooo(だから飯食って元気になるんやでー)

 

ほななーと告げおいらはジャックをおろしてまた農場に戻ろうとした。

 

「じゃあさ!」

Foooo(んー)?」

 

扉に手をかけ顔をこちらに振り向けたままジャックが笑って言う。

 

 

 

 

 

 

 

「桜!私たち、桜が見たいな!」

 

 

 

 

 

 

 

「……FooooFooooooFoooooooo(ほんなら、咲いとるとこ行こかー)

()()()()!」

「……Fooo()FoooFoooooo(約束や)

 

それじゃあ約束だよという言葉と共にジャックが食堂へと駆け出していった。

廊下には、もう誰もいない。

 

ただ。

 

うそつきという言葉が。

 

なんとなく聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また春が巡ってきた

淡く桜は色付く。

やわらかい生命の息吹が風に乗って鼻を擽る。

 

花と。

 

『---あ』

 

草と。

 

『---ああ』

 

鉄と。

 

『---嗚呼』

 

血と。

 

『嗚呼ぁぁ』

 

火の臭い。

 

生命が誰の救いの手も取れずに散った。

そんな、

 

 

 

 

 

 

『嗚呼ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

直前まで息吹いていた命を捥ぎ取られた、死の臭いが鼻を突き刺した。

 

 

 

皆死んでいた。

誰もいない。

火で燃やされた。

家を斧で叩き割られた。

勇敢に家族を守ろうとして剣で耳と目をそぎ落とされてから殺された父親がいた。

子を守るように抱いたまま陵辱され槍で貫かれた母親がいた。

腹を裂かれ背骨を踏み折られた老人がいた。

必死に逃げても捕まり体中の毛という毛を燃やされ黒い粉にされてから喉奥に焼けた鉄を流し込まれて死んだ少年がいた。

悲鳴を上げた赤子は喉をちぎられ死んでいた。

 

一緒に桜を見ようと約束した子は。

 

 

 

「---う、そつ……」

 

 

 

白く汚され手足をひしゃげさせて。

それだけ。

ただそれだけを言って。

 

静かに息をするのをやめた。

なんでもない蛮族の侵攻。

この土地ではよくあるそれで。

次郎丸の幸せは全部、全部、全部。

散って燃えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴はもうあがらない。

絶叫は必要ない。

痛覚は残している。

痛みを。

ただただ痛みを。

こんなものではないのだから。

こんなものではないだのから。

 

 

 

あのこが感じた苦しみは絶望は恐怖は悪意は。

 

 

 

夏。

王妃の工房はそれほど大きくない。

だから改造を受けたいと申し出た次郎丸はその中に入るために。

まず体を輪切りにした。

すぐには死にはしない。

幻想種の血肉を宿したのだから。

だからなんでもできた。

母は絶叫した。

すぐには死にはしない。

無謀ともいえるような、肉体強度を現実法則から度外視して、この世の邪悪を煮詰めたような魔道をもって治療すれば。

逆に言えば、そうでもしなければ生き永らえれないように自らを傷つけた。

脅しだった。

敵を殺させろと、そう血を流し死に体の身で言った。

 

 

悲鳴はもうあがらない。

絶叫は必要ない。

痛覚は残している。

痛みを。

ただただ痛みを。

こんなものではないのだから。

こんなものではないだのから。

 

 

 

あのこが感じた苦しみは絶望は恐怖は悪意は。

 

だからなんでもない。

こんな痛みはなんでもないのだと。

 

母が泣く。

もうとっくに体中の水分なんかなくなったぐらいには泣いているのに。

もうずっと泣いている。

体中に刃を通され針で何日も刺され続け異色の薬品で胴体を汚染されるのを解凍された頭で見つめ、魔術回路を無理やり神経を潰して作り上げられ。

そんな風に我が子だと認めた相手を殺さぬように殺す母親が泣きながら謝るのを見て。

 

自分が次郎丸ではなく、とぐろ巻くみみず(ただの兵器)になったのだと。

 

そう自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋を越える。

冬を越える。

関係がなかった。

 

『やめてくれ』という言葉が聞こえた気がした。

知るか死ね。

『助けてくれ』という言葉が聞こえた気がした。

攻めてきたお前が悪い。

『化け物め』という言葉が聞こえた気がした。

その通りだ。

『お母さんたすけて』という言葉が聞こえた気がした。

そうかかわいそうに、だが死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ねッッッ!!!

 

戦場を駆ける。

大地を割り地中から顔を出せば引きつった絶望が敵の顔に映る。

それがどうしようもなく次郎丸の胸の中の何かを失わせる。

ゆっくりと歯で潰す。

潰して出た汚い何かを敵にかければ狂ったように泣き出す。

敵も魔獣を出すが絞め殺した。

お前は違う、何かおかしいと同属であるはずの魔獣が悲鳴を上げるが知ったことではない。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ねッッッ!!!

 

味方に恐怖された。

それがどうした。

味方に刃を向けられて止められた。

今日は終わりだ、次の戦場を待とう。

母にやめてと泣きつかれた。

それが理解できなくて嗤った。

 

季節など関係なく。

ただただ殺して殺して殺して。

 

戻ってくることがないなんてこと。

 

だれよりも分かっていたのに。

 

それでも殺し続けた。

 

 

許されてはいけない。

何をかなんて問う必要はない。

許されてはいけない。

何もできなかった。

たとえその場にいなかったとしても。

何の力もなく、のうのうとこの時代を生きていた己を許してはいけない。

贖罪を。

一人でも多くの敵を彼女たちに捧げよう。

一つでも多くの悲劇を減らし、敵兵の死(最高の喜劇)を彩るのだ。

 

 

 

もう、何も見えない。

 

聞こえない。

 

だというのに、否。

 

 

 

『---う、そつ……』

 

 

 

だから、あの言葉だけ残っている。

 

そうだから、許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春が来て夏が来て秋が来て冬が来た。

また春になった。

 

「ねぇ」

 

散歩に行きましょうという声に引きづられてここまできた。

あれからずいぶん経ったのか。

もう暫く敵を殺していない。

だから久々の外だった。

王から、その()()()()()使()()()()()()()()()()を秘密で持ち出した母親が誘って来たのはなんでもない野山だった。

宛てはあるのか迷いなく進むその小さな背からこちらを見ずに声がかかる。

 

「覚えてる?」

 

何をか。

分からない。

もうずっとあの日の光景しか脳味噌は見ていない。

戦場でも居城でもそれは変わらない。

あの日の一言が耳を離れない、離してくれない。

 

「わたし、ここで貴方と会ったの」

 

なにかを言っているのは自覚する。

だがそれだけだった。

とぐろ巻くみみずの思考にはもうそこにある感情は読み取れない。

ただ事実を事実としてしか受けとれない。

言葉を音を解した情報としてしか受け取れない。

 

「私は、あの日貴方を拾ってよかったと思ってる」

 

ひねくれた返事ひとつでもできたらよかっただろうに、生憎そんな心が芽生える前に全部塗りつぶれてご破算となった。

だから親子の感動的な、臭い三文芝居なんて起きるはずがない。

 

「ここまで良く働いてくれたわ」

 

森が開ける。

王妃が何かを言う。

関係がない。

兵器に心はない。

苦悩すらない。

慙愧といえるか分からない、自我が生まれて一年で焼きついた呪いだけがある。

それだけだ。

 

「だから」

 

風が吹く。

感動などない。

奇跡などありえない。

 

「貴方に一つ、お願いをすることにしたの」

 

そこは木立だった。

開けた、ぽつんとそこだけ開けた場所だった。

淡く桜は色付く。

やわらかい生命の息吹が風に乗って鼻を擽る。

とおい、遠いいつだったかの記憶。

あれから何年が経とうと色濃く残った悲劇(情景)と言葉だけ。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ母ちゃん、自分で呼んどいて遅いじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

少女がいた。

どきりとする。

あの日、約束した、この場所で。

守れなかったその約束が、再現される。

 

「あら、時間ぴったんこかんかんよ?」

 

心臓が早鐘を打つ。

金紗の髪を揺らし赤い衣をまとった王に良く似た少女だ。

彼女ではない。

 

「なんだそれ……まあいいや、それよりなんだよ用事って」

 

あの幼い少女とは似ても似つかない。

だけど、でも、嗚呼どうして。

 

「嗚呼、そうね。そうだわ。そうしましょう」

 

ないはずの涙腺が震えるのだ。

何も聞こえないのだ。

何も知らなくていいのだ。

殺さねば殺さねば。

俺があの子の、あの人たちに報いねば。

 

「ねぇ()()()。お願いがあるの」

 

 

許されてはいけない。

代替行為などあり得ない。

命の生死にそんなものあってはならない。

あの日誓った言葉に嘘があってはならない。

だからこれは違う。

彼女ではない別人と花を見たからではなく、もっと別の。

 

「これから先、私と。ううん、私たちと」

 

あの日に心の奥底に沈めた、楽しかった思い出が。

幸せだった日々が。

 

「毎年この花を見に来てほしいの」

 

一緒に笑いあったあの日々が。

共に働き、少しずつ大きくなっていく生活圏を見て喜んだあの日々を。

そして、

 

 

 

「ね?()()()

 

 

そう言ってあの日守れなかった約束が、もう一度交わされた。

もう果たせないはずの約束が、もう一度この胸に帰ってきた。

 

『やったー!次郎丸大好き!』

あの子がそう言ってくれた、あのときの約束を。

悲劇で塗りつぶした兵器としての己が剥ぎ取られる。

次郎丸としての自分が帰ってくる。

 

「でけぇなあ、お前。次郎丸っつうんだ。これからよろしくな!」

 

嗚呼、泣けなくて良かったと次郎丸は思う。

泣いてしまう。

悲しい。

辛い。

苦しい。

だけど幸せだったころの記憶もある。

 

呪いのようにたった一つの言葉と悲劇を抱えていた兵器ではなく、たくさんの感情を持てあます次郎丸(赤子)に戻っていたから。

 

呼ばれる、名前を。

次郎丸、次郎丸、と。

笑顔を見せられる。

ほころんだ笑顔だ。

勝気な笑顔だ。

あの青空だ。

そのときの記憶までよみがえる。

 

嗚呼駄目だ、もう何も分からない。

ぐちゃぐちゃの感情の渦に赤子は飲まれていた。

 

「止められなかったのは私よ」

 

次郎丸が我に返えると既に母は先来た道を戻っていた。

抗議しながらモードレッドも引っ張られていく。

 

「早く殺せばよかったのだと、そう一度でも我が子を思ったろくでなしで。貴方がそうなる前に何もできなかった愚か者」

 

母は振り返らない。

 

「母親らしいことなんてもうきっとするのは許されない。だけど、それでも」

 

「今日ぐらいは泣きなさいよ。涙を流せなくてもね、人は、生き物は。心で泣けるものよ」

 

「だからね?もういいの。しっかり泣いて弔ってあげなさい。貴方はもう十分、がんばったんですもの」

 

そう言って母は笑った。

あの日見た青空のままで。

優しく、もういいんだよと。

そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

淡く桜は色付いている。

やわらかい生命の息吹が風に乗る。

 

花と。

 

『---あ』

 

草と。

 

『---ああ』

 

土と。

 

『---嗚呼』

 

川と。

 

『嗚呼ぁぁ』

 

己の蟠り。

 

 

 

 

 

 

 

 

『嗚呼ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!』

 

あの日君は何を言おうとしたのか。

もうおいらには分からないけれど。

 

ごめんよ。

どうか今日だけは泣かせてくれ。

ごめんね。

さびしいよ。

あいたいよ。

もういっかいあそびたいよ。

かなしいよ。

くるしいよ。

ごめんね。

ごめんね。

 

ありがとう。

しあわせにしてくれて。

ありがとうだいすきだといってくれて。

ありがとう。

ほめてくれて。

ありがとうよろこんでくれて。

 

さようなら。

 

さようなら。

 

さようなら。

 

 

 

そうやって、漸く次郎丸は。

故人を思って泣くことができた。

弔いの涙を流すことができた。

この数年間、敵を憎悪し殺すことで感情をごまかすことしかできなかった赤子が漸くこの日。

さようならの言葉を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそう、誓ったのだ。

約束したのだ。

『共に桜を見る』、その為に。

あの日守れなかった約束の場所で。

今度こそ。

誓ったのだ。

 

守るのだ、母を、妹を、父を、家族を、この国の皆を。

 

何度も泣かせたあの青空をもう二度と泣かせぬために。

強く成り果てたこの身のすべてを使い潰してでも。

化け物のようにしてでも。

約束をするのだ、したのだ。

他の誰にでもなければ神にでもなく、ただ己に。

失ってしまってもそれでも幸せな時間があった。

笑顔があった。

生きている。

己は生きている。

何一つできず約束を守れなかった。

だけど。

それでも幸せだったのだ。

その幸せに報いたいのだ。

こんな化け物を拾って育てて愛してくれて、そして幸せな日々を与えて。

そうして今日、許してくれたあの青空を。

 

 

あの笑顔を守るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『---う、そつ……』

 

 

 

 

 

 

 

この言葉を今度こそ、裏切らないために。

 

次郎丸としてではなくとぐろ巻くみみずとして。

 

あの人の笑顔を、守るのだ。

 

 

 

 

 

 




ギネヴィアさんじゅうごさい、渾身のショック療法


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門番は誰かーact.2

というわけで漸く本筋です。
珍しくグロ注意じゃないけど相変わらず独自設定と伏線のガンギマリなのでご注意下さい。

べつに先々週の零度の炎がかっこよかったから武装チェンジしたわけじゃないよ(目逸らし)


―――ごめんなさい。

 

輝きが見えた。

流星のようなまぶしい光だ。

その光景を見て誰かが、私の胸の内で悲鳴を上げた。

その光景を見て誰かが、私の傍で悲鳴を上げた。

ごめんなさい。

その光景を見て私が、誰にも悟られぬように嗚咽を漏らした。

弱い。

弱い。

よわい

ヨワイ。

■い。

嗚呼ごめんなさい。

 

私が■かったから。

ごめんなさい。

私がもっと強ければ。

ごめんなさい。

私の所為です。

ごめんなさい。

また間に合わなかった。

ごめんなさい。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

嗚呼、どうして。

どうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうしてこんなに、()は■いのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、もうさ。何でもアリってやつだよね」

「はい、これは……正直想像していませんでした」

 

先輩の声と共に目を開き、開いてその瞼をより大きく開いた。

第一階層の攻略を終えて一日が経ち、今回の睡眠でも意識の化と同時にこの内面世界に先行してきた私と先輩でしたが……。

 

「これは……お祭り、でしょうか?」

 

現実世界では海寄りを歩いているためか夜風を冷たく雲も非常に重かったのを覚えています。

第一階層は廃墟となった都市部。

それについては現在先輩と記憶の照合を行った上でまとめた所感をドクターロマンに報告して近似する都市を調査してもらっています。

ですが、今目の前に広がるのはそれらとは異なる景色。

立ち並ぶのは橙色の提灯、そして屋台。

香るのは、何かの焼ける香ばしくも甘辛い食欲をそそらせるそれ。

 

「たぶん、そんな感じかなー。マシュはお祭りとか初めてだっけ?」

 

人の往来、賑わいこそないが確かにそれは祭り。

特にマスターの出身である極東、日本という地域のそれに酷似しています。

そしてレイシフトを除いてカルデアから出たことのない私の返答は決まっていました。

 

「はい……そうですね。こういった場所に来るのは初めてです」

 

初めてだ。

黄昏が更に暮れ夜に近い時刻を設定しているのだろうか。

夜を人工の明るさで照らすのは文明が成熟するよりも前から人類が手にしていた技術だけれど、こんな風に薄暗がりを彩るというのは不思議な気分です。

マスターの国の言葉で言えば、風情がある、というのでしたか。

 

「ね、マシュ」

 

そんな風に始めてみる目の前の景色に見惚れているとマスターから声がかかります。

優しく気遣うようで、けど芯の篭った力強い声。

カルデアではこれまで聞くことのなかった、生きている、そう私自身に思い出させてくれるそんな可憐でありながら逞しい、私の大好きな声です。

 

「はい、先輩。どうかされましたか?」

「いやさ、マシュってこういう場所初めてなんでしょ?」

 

どうかしたのでしょうか。

先輩は口元をくいっと引き上げ悪戯気な顔で笑い私の手を引いて歩き始めます。

 

「ちょっと冷やかしてみよ!大丈夫!これも、ちょうさ?って奴だしさ!」

「……はいっ!」

 

先輩の笑顔に釣られ私も笑顔を、浮かべます。

 

「おっ!綿飴!あっちは烏賊焼き!あ、揚げ餅!うわー揃えてくるなぁ」

「この綿飴、でしたか。こんなお菓子が日本にあるとは。見た感じ、大変ふわふわです」

 

浮かべたはずです。

 

「そうそう、ふわふわなんだよー……ってこれ型抜き!?それにうわ、きゅうりの一本漬けとか珍しー」

「きゅうり、の串刺しですね。これはなんというか、随分簡素なような」

「こういうお祭りって夏にやること多いしね。そういう時冷えたきゅうり食べると美味しいんだよー!」

「成るほど。確かにウリ科の食物は水分とカリウムを多く含むと聞きます。加えて成るほど、調味液に短時間つけることで過剰な水分を適度に調節しつつ旨みを凝縮、更に塩化ナトリウムの付与。体を冷やした上で塩分を摂取できる、夏には最適な食品ですね!」

「おーましゅはかしこいなー」

 

でも、何故でしょうか。

 

「せ、せんぱい?急に頭を撫でられてどうかなさったのですか?」

 

じくりと胸が痛んで。

 

「んー……まっいいか。気にしないでね、マシュ」

 

ちゃんと笑えたのか。

 

「はい、先輩」

 

私には分からない。

 

 

 

「一本道だね」

 

先輩の言うとおり石畳の道はどこまでも続いていく。

道の両脇には変わらず屋台が連なるがあまりその様相は変わらない。

そう変わらない。

減らないのだ。

かれこれ体感時間では一時間以上この道を歩いているが、並ぶ商品も種類も形も驚くほどバリエーションが豊かです。

経ることなく何十軒、何百軒と並び続けている。

一つとして同じものはありません。

すべて、まったく違う店が鮮明な形で其処にある。

 

「……あれ?」

「ん?どしたの?」

「いえ……ただ何か」

 

そう今、何か。

何かに引っかかった気がした。

 

「にっしてもさー、ほんと変わんないねぇ、景色。ギネヴィア、お祭り好きだったのかなぁ……見るからにそうか」

「そうですね、あの方はそんな人です」

 

なんだろうか。

なにか。

なにか可笑しい。

 

「……あの、さ」

 

どこか、ちぐはぐな、そんな気がしました。

 

「その、ね?マシュ……あーなんて言ったらいいのかなぁこれ……」

 

私の知る知識の中で、こんなことはあり得ないと。

 

「よしっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「マシュってさ、なんか割かしギネヴィアに遠慮ない?」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉で思考が凍りつくというのを、私は始めて経験しました。

口がまごつく。

言葉を理解できない。

何を。

どういう。

りかいがおいつかない。

 

「え?いえ、確かにギネヴィアさんは頼もしい仲間ですし年上の方なのでですがあまり遠慮ということは」

 

まくし立てるようになる口を必死に押さえる。

分からない、どうしてこんなに焦ってしまうのか。

分からない、どうしてこんなに必死になって表情筋を固めて愛想のいい表情に固定しようとしているのか。

分からない。

 

「……ふーん。そっか。なら覚えておいて」

 

なんでこんな風に。

 

()()()、なんて言いかたは仲のいい相手に使っちゃ駄目だよ……なんか壁って言うか距離感じてすっごく寂しいからさ」

 

 

取り繕うように。

誤魔化すように。

脅え祈るように。

 

「……はい、マスター。以降注意します」

 

嘘をついているのだろう。

 

 

 

歩く。

石畳は軋むことなくただ其処にある。

無言で進む私と先輩の足音を響かせる反響材となって賑わいのないこの世界の唯一の音を出している。

静かに進んでいきます。

どこまでも細部は異なれど配役の変わらず尽きることのない景色。

 

進む。

この先はいったいどこへ続くのか。

喉が妙に渇く、そういつの間にか私は思考している。

熱いわけでもないのにじとりとした汗が鎧の中を濡らす。

どうしたのだろう。

体調に問題はない、今朝と夜間の通信越しの診断と所感から言っても万全とはいえなくても風邪のような病気に罹患している可能性は極めて低いはず。

だというのに息が自然と上がる。

 

まだ。

 

まだ?

 

まだ!?

 

まだつかない。

早くついて欲しい。

早くこの時間を終えて、此処から離れて、時間をおきたい。

 

だって。

 

だって?

 

……だって。

 

 

マスターの。

マスターの顔を見るのが怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

「なんで?」

 

なんで?

 

「うそ」

 

どうして。

 

「マシュ?ねぇマシュ!?」

 

あり得ない。

そんな、そんな風に思うはずがない。

 

「ねぇ!ねぇってば!」

 

私が、

 

「私が」

 

私が……。

 

そんなに■い筈なんてない。

 

「ッ!くそ!()()()()()()()()()()()!ファンブルだよド畜生!!」

 

黒く、黒く煮詰まっていく。

思考は固まり沈み崩れる。

どろり、どろりと融けていく。

 

花が咲く。

 

「嗚呼もう順番間違えた!」

 

白、黄色、花の開き方も多種多様なそれが石畳を割るようにして這い出て鎌首を擡げる。

その花弁は大地を見つめ決して空を仰がない。

そういう花だと、私は知っていた。

 

「くっそ、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

同じように知っている。

嗚呼そうだ。

■はそんな■い人間なんかじゃない。

嘘をつくような、誤魔化すような、目を逸らすような。

そんな風に大事な人を騙す■い人間で()()()()()()()

何もかもが手遅れとなったときに抱いた呵責に押し潰されてしまうような。

 

「急ぎすぎたッ!」

 

約束一つ守れないような。

 

「マシュ!マシュ聞いて!落ち着いて……大丈夫、大丈夫だよ!」

 

大切な人のなんの力になれないような。

そんななさけなくて。

■い自分であるはずがない。

 

私は。

わたしは。

 

「ワタし……ハ……」

 

「マシュッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めときな、嬢ちゃん。それ以上はいくらアンタでもディープなもんに呑まれるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に私の頭は冷たい水を注ぎ込まれたかのように明瞭さを取り戻しました。

 

「ひゃっ!?」

 

先輩の短い悲鳴があがったのを聞きいつの間にか()()()()()体に血がめぐり意識が先鋭化する。

なんて間抜け、そんな叱責をすることすら捨て置いて私は声のほうへと手を伸ばしながら振り返り、

 

「……ッ!マスター!?ご無事ですか……へっ?」

 

筋骨両々としてサングラスをかけた偉丈夫に担がれてバイクに乗せられる先輩を発見しました。

 

「わりぃが質問はNo Thank youだ。嬢ちゃんも早く乗ってくれや、折角のタンデムシートとサイドカーだ、とっびきりのゴールデンライディングとしゃれ込もうぜ!」

 

ほら乗った乗ったと背中を押されどこか急ごしらえ感を思い浮かべさせるサイドカーに乗り込む。

そこではたと気づいた。

景色が変わっている。

夕闇に輝いていた縁日に賑わいがある。

だがそれは、人のものではない。

 

「さて、と。久々の運転だ!安心しな大将!俺っちとこの」

 

唸りを上げる、おそらく近代の英霊だと思われる方の、モンスターマシン(宝具)を掻き消すかのような低く重い吼え声が辺りを満たす。

 

「ベアー号がいるんだからなァァッッ!!爆走で逝くぜェッッ!!!」

 

有角。

巨体。

異色の肌。

そして怪力乱神。

 

「Let'sゥッッ!!」

 

まつろう民の果て。

疫病の主人。

百の幻想種を束ねるもの。

亡者にあって亡者にあらず。

幻想種にあって幻想種にあらず。

 

「ROCK’N RooooooooLLッッッ!!!」

 

鬼。

それが、今眼前に現れた数十の敵影の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

「蟠りなくグッドドライブに誘ってやれりゃ最高ってもんだけどよ、ちょっとそいつは無理な相談てなッ!」

 

加速。

加速。

加速。

衝撃を纏って弾丸となって走りながらゴールデンな男は鬼の猛攻を凌ぐ。

その見た目からは想像出来ないほど繊細で緻密なハンドルワークと重量操作、その二つを駆使して本来であれば難しいタンデムとサイドーカーという二重苦を背負ったまま逃走劇を続けた。

 

「おっと自己紹介がまだだったな!俺のことはそう!ゴールデン!そう呼んでくれ!」

 

加速と共に強くなる壁に負けじと大声を張り上げながら吼える。

 

「はい!よろしくお願いします!せ、先輩!大丈夫ですか!!??」

 

が、返事があるのはマシュだけ。

当然だった。

いくらゴールデンが緻密で繊細な技術を駆使して気を使いながら運転していても、いくら立花がその身に対衝撃用の吸収素材を用いた魔術礼装を身に纏っていても無理なものは無理。

 

鬼の群れが金棒や刺又、大槌を降りぬいてくる中でスタンドアップとアクセルターン、おまけにスイッチバイクターンを繰り返されたら

 

「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」

「せんぱーーーーいっ!!!???」

 

はっきり言って三半規管が逝く。

 

「ヒュー!いいね!俺のゴールデンな一張羅じゃなくて後ろ向いて吐く辺り流石は大将だぜ!」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないですゴールデンさん!一度どこかで止めて「そりゃ無理だ」……え?」

 

だが関係ない。

そう言わんばかりにゴールデンがアクセルを緩めることなく強く握るように、鬼の猛攻はとどまることを知らない。

右から金棒が幾本と降ってくる。

それを難なく避けるが轟音と共に着弾し大地を砕いたそれは砂埃と石礫を周囲に撒き散らかす。

 

「ッ!!」

 

視界が閉ざされる瞬間、その一瞬の隙間をねじ込むように顎を開き大槌を振りかぶりながら砂の暖簾から現れる。

 

「舌ッ!噛まねぇようになァッ!!」

 

フロントアップ。

大型バイクに三人分の重量、おまけにサイドカーつきのその総重量を持ち前の腕力でねじ伏せ車体を持ち上げる。

果たして前輪に備えられ車輪に合わせて回転する丸鋸と大槌が交差する。

 

 

「ッッ!!??くぅぅぅぅっっ!」

 

耳を劈く金属音。

削り取るようにして叫びを上げる破壊音は両者譲らず弾かれる様にして互いの距離を離す。

 

アクセルターン。

僅かにつけた足を滑らせながら360度の回転を成す。

曲芸染みたそれは言われずともゴールデンを名乗る男が騎兵(ライダー)なのだと確信させる高等テクニックだった。

 

「な!わかったろ?とまるブレーキ何ざどこにも置いちゃくれてねぇんだよ!!」

 

得心は、グロッキー状態の立花はそうでもないが、マシュはいった。

猛攻に次ぐ猛攻。

今もなお人間のそれとはまるで尺度の異なる槍が剣が槌が金棒が、異形によって振り下ろされ薙ぎ払われそれをゴールデンによって間一髪で避け続けている。

大砲もかくやと言わんばかりの轟音。

それは豪腕が獲物を振るった、ただそれだけの事実が空気の壁をたたきひしゃげている証左。

当たれば一溜まりもない、なんて悠長なことは言えない。

肉片が散りじりとなるだけでは済まない。

空気を破るほどの豪速は神秘と熱量を宿して溶かすように肉体を焼き焦がす。

当たれば血は沸騰し治癒すら間に合わず絶命する。

そんな攻撃が絶え間などなく、嵐の夜の雷雨が如く断続していた。

 

「でしたら!」

 

そうならば。

 

「いつまでこうしてるんですか!!」

 

猛攻は凌いでいる。

だがそれだけだ。

空気が纏う熱が、大地から砕かれ散弾銃の如く飛び出す石礫が、小さなダメージをゴールデンに蓄積していく。

ただの物理現象ではないのだ。

鬼の発する熱はそれだけで魔力放出と同義。

石礫もまた神秘を宿したこの世界の産物。

つまるところ、この空間にいる、ただそれだけだというのに少しずつ彼らの命は失われる。

一撃で捻り潰されずとも真綿に首を絞められるように、遠くない未来、彼らは命を落とすのだ。

 

だからそれは至極全うな問いで、そしてマシュからしてみれば帰ってきた返答は第一階層での戦いを経た身からすれば創造もしていなかったものだった。

 

「決まってる!()()()()()()()()()()()ッッ!!」

「……え?」

 

見ればゴールデンの顔は口一杯に渋柿でも含んだようだった。

吐き出すように男は言う。

 

「一個上のフロアじゃ上手くいっても()()()()()!俺しかいねぇ!俺一人じゃすんげぇショッキングで情けない話だが()()()()!」

 

勝てない、そうはっきりと英雄は言った。

未だこの男が何者なのかマシュははっきりとは理解していないがそれでも十分に強力な英雄だと肌で感じる魔力とその騎乗センスから理解していた。

とても近代以降の英雄とは思えないほどの腕力を有するこの英雄が。

ここまで何十体もの魔性から自分たちの身を守ってくれた豪傑が。

 

「だから逃げる!そんでもう一人増えるまで毎日これで凌ぐしかねぇ!!」

 

まさか逃げると、勝てないと言うなんてことは想像もしていなかった。

 

その言葉になぜか頭を殴られたような気がして、どうしようもなく頭が白くなる。

マシュに、今のマシュにその言葉はあまりにも劇物だった。

 

 

 

 

「きゃっ!!??」

 

 

 

大地を擦り叩き割るような豪快な音をタイヤが上げ車体は急停止した。

 

思わず声を上げ加速し続け世界を置き去りにした曖昧な景色から明瞭なそれへと戻った周囲を見渡し。

 

「っと悪りぃな……糞ッ!この前来た時はずっとハイウェイだったろうがよッ!!」

 

否。

周囲なぞ見なくても眼前に広がっているそれを見れば理由は分かった。

 

「なんで、そんな、可笑しいです。こんなの……ッ!」

「ああ可笑しいさ、可笑しいんだよこの場所はァッ!」

 

轟々と音を立て荒れ狂う川。

唸り声は牙を剥き出しにして行き止まりになって立ち尽くす彼らを嘲笑うようだった。

それはこの場においてゴールデンしか知らないことだったが現代から数えて70年程前には完全に消滅した今は存在しない川、その再現。

 

名を、堀川という。

 

足音が近づく。

一つや二つではない。

幾つも、幾十も重なり地響きを揺るがし正確な数なぞ分からない。

 

ここが終わり。

終着点。

 

「仕方がねぇ!俺が拵えてきたのがサイドカーだけじゃなくてこいつもだってことを教えてやるよ!」

 

そういって革ジャンの懐から取り出すのは黄金(ゴールデン)で縁取られた黒い弾装のような何かを左手に取り、右手にいつの間にか握る拳鍔(ナックルダスター)へと力任せに挿し込んだ。

 

『ゴォォルゥデンクワァァトリィッジ!』

 

地の底から吼える大熊の如き咆哮が響く。

迫る足音一つ一つよりもなお力強く、雄雄しい。

 

『グォォォォルデン!ヌァックゥルゥゥゥッッッ!!!』

 

いっそ滑稽なほど力強いがそれでもその音はすぐに掻き消される。

足音が近づいてきた。

音が大きくなる。

どうしようもない絶望、それは数だ。

 

勝ち目のない戦場こそ武士の誉れ?

 

成るほど素晴らしい。

 

だが手負いの少女()()を抱えている今の男にそんな言葉は許されない。

数の力に蹂躙されぬよう。

陵辱を許さぬよう。

早く目を覚ましてくれることを祈るほか。

 

もうなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開け、縁起の終幕。破れ、忌まわしき物忌。嘗て在りし()()()()()()()()()()()()

 

 

---映せ、憎たらしきあの橋(一条戻橋)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋が、出来た。

小さな、ほんの僅か数貫しかないような。

そんな小さな朱色の橋。

 

「早く渡れ。あの不細工共は吾らの配下ではないのだから、いくら吾とて命じたところで()()()()()()()()()()

 

その言葉を聴くよりも早く、駆け出したのは鬼か、それとも男たちか。

バイクに飛び乗り何故か既に目の前まで迫ってきた鬼の手から逃げるように跳ねるように走り出す。

僅か数メートルの距離が途方もなく長く感じ、それでも逃げ切った。

 

 

 

 

向こう岸に着く。

 

気づけば橋はなくなっていた。

鬼たちは喰らえなかった新鮮な肉を惜しんでか対岸で唸りとよだれを地に染込ませている。

怨嗟そのものと言わんばかりのそれは見るだけで目を焼き焦がす呪詛であった。

 

見もせず、マシュはサイドカーから降り立つ。

超加速になれすぎたからか平衡感覚が危うい。

僅かにふらつきながら地に降り立つと、

 

 

 

 

 

 

 

女が居た。

 

「くはっ」

 

嗤い声が聞こえた。

嘲っている。

 

「童が泣いておる」

 

嘲笑している。

 

「おうおう、可哀相になぁ」

 

哀れんでいる。

無様だと嘲りながら、しかしそれが楽しくて仕方がないのだと嬉しげに喜色を唇と目に宿す。

 

「なんとまぁ酷い様だ、なぁ糞餓鬼?」

 

女は言う。

ざまぁないと。

 

「やはりお前は駄目だ。何だったか、嗚呼そうだ。まーさかーりかーついだきんたろうー……か」

 

歌う。

詠う。

謡う。

ころころころころ。

楽しいぞ。

可笑しいぞ。

嗚呼愉快だ。

嗚呼堪らない。

 

---嗚呼なんて。

 

「くかかッ」

 

無様。

 

「くはははははははははははァッッッッッ!!」

 

無様。

 

「これが英雄!これが豪傑!これが童共の焦がれ!これが、こんな女子供の涙一つ掬えぬ阿呆な男が英雄か!……笑わせるなよ、武士。そんな様で我らの首を盗ったのか?ん?」

 

無様。

 

「……嗚呼そうだ、そうだともな。お前は駄目だ。駄目だった、だから此処に居るのであろう?」

「なぁ?」

 

 

---負け犬よ?

 

 

そう言って女はにたにたと嗤いながらこちらの、男となぜかマシュの反応を見やった

 

「……べらべら、と。ゴールデンにゃぁ程遠いじゃねぇか。手前ぇも対して変わらねぇだろうが。ちげぇのか、()()()()

 

茨木童子、そう呼ばれた途端に圧が増す。

世界が軋みをあげる。

まるで生物としての格が違う、そうマシュに悟らせるには十分なものだった。

 

肩が震える。

足元がおぼつかない。

呼吸が激しくなる。

 

何度も戦場を乗り越えた若き戦士は、どうしようもない何かを懸命に封じ込めようと足掻いていた。

 

そんなマシュの様子をちらりと見やって嘆息気に鼻を鳴らしてから今度こそ男のほうを見据え、先の言葉を否定した。

 

「嗚呼違う、違うとも。吾は引いた。自らの意思で辞めたのだ。論ずる必要がどこにある?」

 

それは分からず屋の頑固者をしかるように。

 

「欲しくもない物をちらつかされて、それに向きになって張り合う……そんな馬鹿がどこに居る?」

 

道理を知らぬ幼子を諭すように。

 

「お前は欲しくて仕方がなかったくせに逃げ出した負け犬だがな?ほらどうした?言い返してみよ。惚れた女子と母親を殺せなかった糞餓鬼よ」

 

博打に負けた愚者を蹴落とすように。

 

「まぁよい。お前なぞどうでもいい。端から大した期待なぞしておらん。勝手に吼えて勝手に教えろ。吾は違う。吾はしたいことをする」

 

丁寧な侮蔑で。

 

「分かっておろう?吾は鬼ぞ」

 

はっきりとした侮蔑(悪意)だった。

 

 

 

 

 

 

 

「だからそう、だからだ」

 

期待外れのお前たちはもう要らない。

 

「己の浅ましさも理解しておらぬ乳飲み子から、大事な大事な母親を奪ってやるのは」

 

欲しい、そのきれいな瞳を宿した女だけを。

 

「吾の、鬼の役目よな?」

 

 

 

 

 

 

 

---吾に寄越せ。

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってするりと風となった女はシートに持たれた少女を、人類最後のマスター(藤丸立香)を。

 

「あ……いや……うそ……っ」

 

容易く、花でも摘むように。

 

「あ……」

 

奪って消えた。

 

 

 

「嗚呼ああああアアああああああああアあアあアあああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

後に残ったのは、曇った硝子をその眼底に宿す少女と苛立たしげな男だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スイセン。

 

和名を水仙。

 

学術名をNarcissus tazetta。

ウェールズの象徴でありその美しさは水辺に佇む仙人が如しと中国では詠われる。

 

 

 

その花言葉は『希望』、『気高さ』、『神秘』。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『自己愛』。

 

 

 

 

 

 

 




われはまだあそびたい人「吾の出番だー!」

というわけで茨木ちゃんです。
強化解除、いつもお世話になってます(ほっこり)
なので思いっきり意味深でなんかこいつやべーぞ的な感じのかっこいい茨木ちゃんを書きました!
大丈夫、次話ではきっといつもどおりの陵辱は心地よい……ってブラフマーストラされながら言っちゃう茨木ちゃんに戻るので(レイドボス感)




まあ三話構成で茨木ちゃん除いても残り二人はまじめに1話丸ごと使って攻略しないといけないので、怖い茨木ちゃん演出はすぐ終わります。
そんな感じですが次回もまた読んでくださったらうれしいです!


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顔は伏し、縁は未だ線を結ばず

すっかり遅くなってしまいました、お待たせしてごめんなさい。
マシュ編第二話です。
今回はちょっぴえっちな描写がはいったりオブラートに包んだグロ描写あります。
どうぞよろしくお願いします


燃える。

燃える。

燃える。

戦火が荒らしく祖国を陵辱する。

 

最早勝利は尽きた。

あと数年、数年でいいから待っていてくれたらよかった。

それならば国を守る力を身につけれていたから。

だがもう遅い。

時間切れだった。

早すぎたのだ。

 

幾度となく終わることなき破壊を齎す蛮族との争い。

衝突に次ぐ衝突で国土は疲弊し国民の涙は枯れ果て兵士の血は流れすぎた。

最早国は国でなく。

最早人は人でなく。

最早戦争は戦争でなく。

いっそ古びた舞台劇のように、笑うしかない蹂躙劇でしかなかった。

蛮族の進行。

それは我が国の歴史を全て台無しにし轢殺するために現れたようだった。

もしももう少しその侵攻が遅ければ、そう夢見てしまう

 

だがもう遅い。

時間切れだった。

早すぎたのだ。

 

救いはない。

終わりもない。

赦しなど、有るはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――起きなさい(熾きろ)、勝■■べき■■の剣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄すら喰らい破る憎悪が灯るまでは。

 

世界を焼く嚇怒の劫火が大空を清め払う。

大空を奔る悪意の軌跡が大地を引き裂く。

大地を穿つ盲目の狂気が太陽を覆い隠す。

太陽を降す天秤の睥睨が欺瞞を粛と裁く。

欺瞞を握る罪過の牢獄が狂乱を嗤い誘う。

狂乱を騙る正義の鉄槌が贖罪を打ち砕く。

贖罪を歌う楽土の薫香が凄烈を甘く壊す。

凄烈を担う最初の忠節が英雄を示し導く。

英雄を冠す偶像の騎士が世界に光を注ぐ。

 

一騎当千、万夫不当。

千の凡夫、万の只人と比較して何の意味があるのか。

それは既に数ではなく、単位すらなく、ただただ人の形をした災害。

片方の血と涙で塗りつぶされた戦場に新たなキャンパスを叩きつけて問答無用の勝利(結果)だけを描きあげる究極の一。

万いる兵士を悉く打ち破り勝利を齎す最強の人造兵装。

 

即ち、英雄。

 

神代よりこれまで続く人という存在を世界に刻み続けてきた、人類種の頂点にして限界点。

時代を駆け抜け、これから先も駆け抜けていく祝福の存在。

輝かしき勝利という星を握る終局の点。

 

 

『勝利を示そう、百の■を司る■罪の■神の■■としてね』

 

 

美麗な文字と数字で戦果を飾るのが只人の其れなのならば、英雄が現れた戦場と言うにもおこがましい陵辱の舞台に齎した戦火は斬ったや殺したでは書くことすらできない。

初めから決まりきっている。

千と満たぬ寡兵と十万を超える蛮族の軍勢、その戦いの結末は。

文字通り一切合財を焼いて、燃やして、塵へと返した英雄によって有り得はしない存続(勝利)を得た。

 

英雄が、こちらを見る。

戦場に拵えた瑣末な玉座に座り呆ける己の喉下まで迫っていた凶刃を一刀の元に焼き尽くした人の形をしたナニカは。

 

『さて』

 

黄昏の輝きを背負って軽やかに響く声で、重く疲れた声で。

のんきに話しかけてきた。

 

それが始まり。

 

『お話、するとしましょうか』

 

短き我が青春の日々。

 

『初めまして、かしらね?』

 

勝てぬと悟りそれでも仰ぎ続けた我が生涯唯一つの星。

 

『■の名前は―――』

 

焦がれ続けた愛しき英雄譚。

例え地獄に堕ちようと忘れられない記憶。

 

嗚呼、なのに。

どうして、またこうして。

 

この手から滑り落ちていくのだ?

 

なあ。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■……?

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

「定時連絡です、先輩」

 

反応は、ありません。

 

「今日は大きな戦闘もなく」

 

意識はありません、内面世界で連れ去られてから既に一日が経過します。

 

「無事に行程を消化、あと五日もすれば予定する港までたどり着きます」

 

私が目を覚ましてから、つまり内面世界から離脱してからも先輩の意識は戻りませんでした。

 

「何も問題はありません、私が()()()()()()()

 

ドクターたちからの診断では脳波等から覚醒状態自体は続いている、つまり先輩の意識があの世界にまだ居ることがわかります。

 

嗚呼、またです。

 

「ごめんなさい。先輩」

 

私が。

 

「私がすぐに行きますから」

 

私が。

 

()()()()()、待っていてください」

 

私がッ。

 

()()()()()()()()()

 

……。

 

……う。

 

……がう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさいう違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさい違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさい違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うう違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはましゅきりえらいと。

せんぱいのでみさーヴぁんと。

わたしはせんぱいのさーヴぁんと。

わたしはさーヴぁんと。

わたしは。

わたしは。

わたしは。

 

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

「マシュ・キリエライト、無事に第二内面世界に到着しました」

 

先日と同じ屋台が連なる石畳の道。

橙色の明かりと祭囃子に包まれた薄暗がりの世界。

声に出して確認する。

隣にいる人は、誰も居ない。

 

「これより現地調査及び」

 

関係ない。

取り戻すのだ。

私のやるべきことに、()()()()()()()()()()

 

「人理継続保障機関フィニス・カルデア所属」

 

私は強い。

私は()()()

 

「藤丸立香の奪還を開始します」

 

だから、()()()

ですから、

 

「お話をお聞かせ願えますか?()()()()()()()()()()()

「……おう、まあゴールデンなハイキングがてら、な」

 

ほいっと軽い口調と共にヘルメットが投げ渡されます。

目の前に立つ推定ライダーを見ると彼は乗っている鈍い金の装飾が施された二輪自動車のハンドルを握り静かに唸らせます。

どうやら乗れということらしいです。

異論はありません、恐らくその先に先輩がいるのだと理解し私も付いていきます。

 

「分かりました。……ですがまず戦力確認でしょう。私のクラスはシールダー、防衛に特化したクラスです。戦闘時には大盾による白兵戦及びスキルの「ちょい待ちな」……失礼しました、ミスターライダー。こちらになにか非礼でも」

 

戦力確認は重要です。

カルデアのメンバーであれば戦闘訓練だけでなく日常も共にし戦闘行動を共にするのも問題はありません。

ですがライダーとお会いするのは今回が二度目、戦闘行為自体はほぼありません。

そもそも二輪自動車が誕生したのは十九世紀後半、それを所持することから見て恐らく近代英雄。

エミヤ先輩も含め肉体的強度はあまり高くなく、そして彼のように白兵戦に特化していることもないでしょう。

そもそもライダーは複数の宝具と高い機動力による面制圧を主とするクラスです。

そのことからも二輪自動車(宝具)を主軸とした戦闘が主体となるはず。

今までにない戦闘スタイルになるはずですから一度しっかり確認をしなくてはいけないのに。

話を遮られ確認と疑念を声にする私の方を見ず何故かため息混じりに頭を掻きながら話します。

 

()()()()()()()()()()()……まぁそれを言い出しちゃ前回できなかった俺が言えたことじゃねぇんだけどよ」

「……あっ」

 

それにくっと小さく笑うように懐かしむように喉を鳴らすライダー。

 

「あんたはカルデアのマシュ・キリエライト、であってたよな?ゴールデンな名前じゃねぇか」

「あ、はい、そうです……ありがとう、ございます?」

「俺は見ての通りクラスはライダー、そんでご機嫌に俺たちを風にして連れてってくれるこいつはゴールデンベアー号」

 

すごい名前だ、そんな宝具があるだろうか。

ですが熊、ですか。

熊は古くから信仰されてきた山野からの恵み、つまり狩猟を象徴する存在。

マスターの故郷である日本の北部では山の神(キムンカムイ)、アルテミスさん達のギリシャで有名なのは月女神の従者(カリストー)に少し気色は違いますが女神を射止めた狩人(オリオン)、他には北欧では野を奔る狂戦士(ベルセルク)

力強さと恵み、時には戦争を意味するそれは生息地から北方の諸国で信仰されていたはず。

ゴールデンベアーという名から英語圏の宝具と考えるのはメドゥーサさんやアルテミスさんの例から早計ですが、それでも『熊』から考えても容姿から考えても恐らく欧州の英霊。

熊、二輪自動車、そこから推測される英霊は。

 

「そして俺のゴールデンな真名は坂田金時」

「え?」

「まっゴールデン、って呼んでくれや」

「え?」

「え?」

「……何をしているのだ、主らは?」

 

呆れるような声がした。

あまりに自然な形で参加したので思わずその言葉に返事を返そうとして、

 

「ベアーッ!吼えなァッ!」

 

雄たけびとほぼ同時に腰を捕まれ加速、突撃。

声の主へと瞬時へ迫り轢殺せんとしていた。

 

「阿呆め」

 

風を突き破る勢いで鉄の塊はほんの数メートルの距離を走りぬいた。

衝撃はない。

声の主がいた場所には、既に誰もいない。

声の主、否、先輩を奪った張本人(茨木童子)は無人の屋台の屋根に立っている。

手には瓢箪を持ち、もう片方には棒のような何かを持っている。

 

「なんだ。随分な顔をしてるでないか?()()()()()?」

「……なんの話でしょうか?」

 

茨木童子はこちらの問いに、そもそも私に目すら向けず無視したままライダーに向けて話し始めます。

 

「金時。いい加減傷の具合もいいだろう。吾と来い」

 

端的にそれだけ言うと胡坐を掻き片肘をついてだるそうにしている。

まるで用件はそれだけだと言わんばかりに。

心底面倒だというように。

先輩を奪い取ったのに。

それをおくびにすら出さずそんな態度だった。

 

「あ?どういう風の吹き回しだ。手前ェが俺に誘いをかけるなんて幾ら此処でも有り得ねぇだろうが」

「……事情が変わった。ひょっとすればと思ったがな。やはり、早かった。アレは使えん」

 

検討もつかない会話は続く。

周囲に先輩の姿は見られない。

 

「それこそ手前ぇの都合だろうが、俺は俺で()()()を殺す。てめぇはてめぇで最後までやりな」

「だとしてもだ。手を組め金時、如何に泥人形だろうとアレらを相手にするのは貴様一人では骨が折れるだろ?」

「それこそ本末転倒だろうが……あー、だからよ、鬼退治すんのに鬼の手を借りる馬鹿がどこにいるんだよって話だ」

 

まだ会話は終わらない。

いくら待っても、茨木童子は勿論、ライダーも先輩のことを話題へとあげようとしない。

何を考えているのだろうか。

 

「はっ!だから阿呆なのだ貴様。女と話すのに気も利かせられんのか」

「ふざけんな、てめぇのやり方に合わせろって言うのか」

「ふざけてなどおらんさ。もしかしたら、その程度の淡い期待は止めておけ。使()()()()

「……わかんねェだろうが」

「次で詰む。詰まずとも、三つ目はどうしようもない」

「……わーってる」

「いいや分かっていない、分かっておらぬさ。吾や貴様は勿論あの牛女ですら()()()()()。あの壊れた復讐者の方は無論、あの化け物には命を賭けても今のままでは届かない」

「いいのかよ」

「聞いた所でこの女に朝は来ない……期待なんぞするものではないな。今のこやつ等では到底あの()()は攻略できん。ならここで終わらせてやるのもまた優しさというものではないか?何より吾らも……」

 

ああ、もう限界です。

 

「む?」

「おいおい……ッ!」

 

跳躍。

全身の筋肉を張り詰めさせ、余力を残しつつ開放。

空中で体勢を整えそのまま振りかざした盾を茨木童子に向けて叩き降ろす。

 

轟音。

 

手応えは、勿論ない。

避けるのは分かっている。

まだ話の途中なのだから。

まだ先輩の居場所がわかっていないのだから。

だから別にかまわない。

 

「失礼、お話の途中でしたか」

 

屋台を一つ叩き割り地面に喰い込んだ盾を引き抜きながら私は形式上の謝罪をする。

 

「……嗚呼、そうかまだいるか」

「ええ、います。そしてお尋ねします、茨木童子」

「……聞こう」

「マスターを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を返していただけますか?」

 

沈黙が流れます。

困惑、疑念、呆れ、そんな場違いな空気が空回りしていく。

理解できません。

私はこんなに真剣に交渉しているというのに。

 

「おい、なんだこれは?」

「聞くなよ、ついさっき来たとこなんだ」

 

何故か私をおいて先ほどよりも幾分か棘が取れた様子で会話をしだす二人。

理解できず、どうしていか苛立つ。

苛立つ。

そう、苛立っているはずなのに。

 

「もう一度お尋ねします、先輩はどこですか?返していただけませんか?こちらは穏やかに会話で交渉するつもりがあります。返していただけませんか?どこですか?返してください」

「おい」

「……聞くなって言ったろ」

 

何でしょう、寒い。

腸が煮えくり返る、そんな表現があるように怒りという感情は熱量を感じさせるはずなのに。

 

「ははっ馬鹿か貴様。嗚呼なんだこれは、なんてザマだ。ちぐはぐもここまでくるか」

 

その寒さを忘れるように、振り切るようにして問いを投げかける。

いつまでも、こんな風に扱われるのは堪らない。

そんなよくわからない感情が湧き出る。

なんででしょう。

すごく。

 

「ですからこちらは「ならその手を盾から離したらどうだ?ん?」……」

 

すごく。

 

「気づいているか、小娘。会話がどうこうなどと言ってるがな、目線一つ合わせず物を言う馬鹿がいるか?……ああ」

 

すごく……っ。

 

()()()()()、小娘?」

 

キモチワルイ。

 

「……嗚呼ァァァァッッッ!!!」

 

短い咆哮が開戦の狼煙となった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

重撃の音が祭囃子を飲み砕いて世界を支配する。

音が響く。

厚い金属が虚空を破壊し大地を粉砕する音。

そして。

 

「ほーう、存外動くでないか」

 

軽やかな様子でその破壊を全てすり抜けていく微風の音だ。

 

「…るっさいィッ!!」

 

語気は荒く。

盾を凪げばおっと等という軽い口調と共に交わされる。

振りぬき背後を見せる。

無論ブラフだ。

稚拙なはったりである。

だがそれでいい。

隙を突くならそれに応じたカウンターを打ち込めばいい。

隙を無視して攻勢に挑むようであれば防御を固めればいい。

こと肉弾戦においては相手がどう来るか、それを理解し推測し予測し続けさえすれば自分のペースを崩すことはまずない。

ジリ貧になろうと攻撃が交差し続ければ何処かに勝機は見つかるのだ。

 

だが。

 

「ふわぁぁ」

 

その隙を茨木童子は立ち止まり欠伸と共に見過ごす。

 

「ッ!?ならァッ!!」

「んー」

 

背部、脚部の筋肉。

柔軟に鍛えつつあるそれを引き締め、引き締め、引き締め。

 

「えいッ!!」

 

爆発。

本来は守護の形をするスキル(魔力防御)を無理に使って魔力放出を再現する。

その結果。

マシュが斜め上方に()()()

 

「はぁぁぁぁぁッッッ!!!」

「おー」

 

その鈴を転がすような声を勇ましく上げ、上る。

空中でくるりと一回転し盾を掲げると足裏と背から魔力を再び放出。

それはさながらミサイルが如き勢い。

一歩の矢どころか大砲の弾のようにして、

 

「せいやぁぁッッ!!」

 

着弾。

衝撃が大地を揺らす。

砂埃が舞い上がり、陥没した地面から礫が転がる。

罅割れた石畳には魔力の残滓が残り火花を散らす。

 

十分な破壊力。

それを茨木童子は。

 

「けほっけほっ……あーのど飴のど飴、やつめが渡したのはどこに仕舞ったのだったか」

 

そう言って巻き上がる砂埃を片手で払いながら着物を弄り菓子を探していた。

 

 

「ゥゥッ!こんッのォォ!!」

 

怒声と共に突貫。

血が昇ったが故にだった。

凪ぐ。

断つ。

払う。

打ち砕く。

甘さは残るが基本に準ずる手本のような動き。

冷静さが無くともそれだけのことをするが、

 

 

「……五月蝿い小蝿がいるな。ほれ」

 

()()()()()()()繰り出し続ける連撃のほんの僅かな合間を縫って掌がマシュの腹を撫でて、

 

「がぁッ!??」

 

押した。

掌底。

奥の素手による格闘技で用いられるその技を、鉄すら鋳潰す膂力(筋力:B)をもって放つ。

 

当然その衝撃は凄まじい。

如何に本気でなくともその一撃は臓腑を捻り押し脳を揺らし息を止め、マシュを数メートルにわたって突き飛ばすものだった。

 

「っうぁっ……くぅぅッ…は……ぁあぅっ……」

 

距離を離されながら転がる。

そして止まる。

外傷こそあちこちが擦り剥け礫が付いた程度。

だが内側は悶絶するような吐き気に似た痛みが断続的に襲い掛かる。

呼吸もままならず脂汗が止まらない。

視線さえ揺らいで落ち着いてくれはしない。

それでものろのろと体勢を立て直し、前を見据えた。

 

マシュ・キリエライト。

デミ・サーヴァントである彼女の戦闘歴は濃く、それに反比例するように短い。

元よりサーヴァントに至る以前はその儚げな風貌のイメージを削ぐことなく荒事を苦手とした彼女だ。

その生まれから体力は元より身体能力も人より劣る。

人理修復という難行にサーヴァントの器を下ろして戦う以前、生まれてからその時まで『戦う』という選択肢がそもそも無かったような少女だった。

それ故に人類種の頂点である英霊の影たるサーヴァントを筆頭に数多の幻想種、兵士、時には魔術師と戦ってきたこれまでの記憶は僅か数ヶ月で彼女を戦士にした。

人外とでも言うべき振るえる力を制御し戦う術を身につけた。

だからこそ理解している。

 

「(やり辛いッ、です……ッ!)」

 

シールダー(己の器)と敵との相性が悪いことに。

そもそも彼女は守り手。

自ら攻めるということにそもそも霊基自体が長けていない。

どっしりと構え己が得意とする距離に飛び込んでくる攻勢を捌き防ぎ凌ぐ。

そうして主人を守ることこそが彼女の本懐。

にもかかわらずその主人を取り戻さなくてはいけない戦いをするという。

ならば必然、奪還者である彼女が動かなくてはいけない。

 

茨木童子にしてみれば金時と話しに来ただけの所をいきなり襲撃を受けただけである、挑発はしたが。

つまり、わざわざ根気よく攻めるという必要自体がないのだ。

 

それがマシュに厳しい戦いを強いた。

 

そして敵対するサーヴァントは日本が誇る大妖怪、縁起に書かれ恐れられた平安京の人食い鬼。

茨木童子。

未だ得物は出さず避けるだけだがその身こなしは最早柳のよう。

触れどもすり抜け軽やかに次の動きへと繋ぐ。

無論それは鍛え上げられた兵法者としてのそれではない。

 

野を駆ける四足の獣が如し身こなし。

それが自分より小さな二足の鬼がするのだ。

 

次の一手は読めず、なのに次の一手が全て妙手へと変わる。

そんな相手が茨木童子だった。

 

「(それならッッ!)」

 

一気に立ち上がり、前進に魔力を漲らせる。

 

「あぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

気炎を燃やし盾を掲げる。

そのまま吶喊(チャージ)

無論愚策である。

 

そのままではだが。

 

「ほーう、これはまた」

「うわぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

語気荒く走り続ける。

加速。

それは先ほど宙から見舞ったものよりも少しばかり遅い突撃だった。

だが範囲が違う。

 

魔力防御。

魔力に自在に指向性を持たせ()()する『魔力放出』、その派生。

先こそ魔力放出の真似事をしたがその本質は武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、()()()に放出する事によって防御力を高めるもの。

盾前面に火花を散らしながら流し込む莫大な魔力。

それは宝具展開にすら迫る勢いで魔力を消費する。

 

そして、

 

「こォッれでェッッ!!」

 

流し込まれた魔力はさながら城砦の如く分厚い魔力の盾を形成する。

その大きさも盾の十数倍にまで拡散していることで破城槌が如き。

本来の使い方では決してないが、この局面で逃げ場のない面制圧を出すというのは正解だ。

 

 

「倒れてッッッ!!!」

 

がんと鈍い音がして。

爆発でもしているように魔力の余波で石畳を粉みじんにしながら突き進んだ盾は止まった。

 

「んっ……はぁ……はぁ……ふぅっ」

 

グリップ越しに感じる肉を打った感触。

激しい魔力消費に息を荒げ、それでも安堵感に包まれた。

宝具に迫った一撃だった。

油断しきった茨木童子にかわせるものでもなく、そもそも何倍にも膨れ上がった面積がそれを許さない。

当たった。

倒した。

()()()()()

 

だからゆっくりと前面に押し出した盾を下げる。

無論警戒は十分に。

 

「……茨木童子さん。私の勝ちです……先輩の居場所を」

 

残った魔力を張り巡らせながら警戒して。

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

たずねながら下げようとした。

 

吾、今機嫌がいいのでな(ふぁれ、いふぁひへんはひひのでな)

 

咀嚼音が聞こえた。

がりりとなにか硬いものを食べる音がする。

盾の向こうで、茨木童子は。

 

「んっ……けぷぅ……ふぅ」

 

無傷のまま片手を突き出し立っていた。

止めたのだ。

マシュが全力の魔力をこめた一撃を。

避けられないように策を廻らせたそれを、避けるまでも無いと。

そうして腕一本で止めたのだった。

 

「さて、小娘らしい誤解を解いてやるとするか」

 

詰まらなそうにそう言って欠伸を一つする。

愕然とし力が抜けているマシュを襲うでもなく無垢な幼子に道理を教えるように。

最初からずっと握っていた白い棒をがりりと噛んで。

 

 

 

 

 

 

 

「あやつなら、さっき喰ろうたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

致命的な藤丸立香の死(言葉)を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

「……え?」

 

思考が千切れて冷えて元に戻った。

 

「なんだ汝、かように甘いことを考えていたのか?」

 

何を。

 

「鬼に攫われた女子供が無事である、そんな夢物語に気炎を燃やしていたのか?」

 

何を。

 

「かかかかっ!痛快、痛快!」

 

え、あれ、なんでしょう。

 

「おい金時、阿呆阿呆と思っておったが餓鬼の気分が大江山(あの時)から抜けんなぁ」

 

一体何を。

 

「ちゃんと教えてやらなんだとは……ははっ、なんだそんなにこの娘は()()()()

 

何をこの人は言っているんだろう?

 

「喰った、喰ったぞ」

 

嗚呼、違う。

 

「好い肉だった。思いの外鍛えておったわ、平安の都で喰ろうた武士(糞虫)ほど堅すぎることなく噛み心地のある柔さ」

 

違う違う。

 

「『マシュ、マシュ、助けて』……だったか?最初は気丈に睨み付けておったが腕をもぎ取って傷口を焼いたらすぐに泣き始めおったわ。ははっ……?どうした、笑いどこぞ?」

 

ああ。

 

「ああでもな、吾は小食でな……それに随分と五月蝿いものだから子鬼どもにくれてやった」

 

嘘だ。

 

「そうしたらこれがまた愉快でな、好きなように噛み付きながら何を思ったか股座をいきり立ておって」

 

有り得ない。

 

「馬鹿であろうから愛撫なぞ知らぬしな、腰を振るだけ振って吐き出すだけ吐き出して」

 

そんな、そんなことある分けない。

 

「可愛そうになぁ、おぼこだったのであろう?股から血をだらだらと流して」

 

あの日見た優しい寝顔が。

 

「あまりに不憫でな、心優しい吾はどれ消毒でもしてやるかと股に酒を注いでやったのだが」

 

あの日握ってくれた力強い掌が。

 

「あははははははははっ!きゃつ、白目を剥いて絶叫しておったわ……少し染みたらしいなぁ」

 

あの日向けてくれた大好きな笑顔が。

 

「ああそうそう、それで今はどうだったか。確か小鬼の群れが皮を剥がして随分丁寧に喰ろうておったのは見たんだがなぁ」

 

■が■いから失われたなんて。

 

嘘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああァァァァァァッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「馬鹿!よせッマシュッッ!!」

 

聞こえない。

聴きたくない。

知らない。

もう、

 

「はッ!小娘が……ッ!」

 

ナニモワカラナイ。

 

「返せェェェェッッッッ!!!」

「何をだ?」

 

振るった盾をほんの数ミリで避ける。

振り下ろしきる前に返すようにして下方から胴へと凪ぐ。

それもまた数ミリの間を空けて避ける。

凪ぐ。

避ける。

 

 

「先、輩ッ……をッ!」

「……ほー、粋がるでないか」

 

振り下ろす。

避ける。

 

「返せッ!返してッ!」

「おうおう、どうしたどうした?何をそんなに喚いている?」

 

 

叩き潰す。

避ける。

 

「ふざけないでくださいッ!()()()()!」

「おーいい感じだ、うむ。これは後で褒美がいるな」

 

それを何度も繰り返す。

 

「貴方がッ、貴方の所為でッ!」

「よいな、どうだ金時?やはり吾のほうが巧いではないか」

「やりすぎだァッ!馬鹿鬼ッ!」

 

息が上がる。

声が細くなる。

けれど関係ない。

 

「ああああ」

 

お前が。

 

「ああああッッ!!」

 

お前がッ!

 

「お前がァァァッッッ!!!」

 

お前の所為でッッ!!!!

 

「違うであろう?」

 

蹴り飛ばされる。

 

「ぐうぅぅッッ!!」

 

腹部から競りあがる鉄の味がどれだけのダメージを負ったのか痛みで鈍る思考に知らせてくれた。

 

「勘違いを正す、そう言ったのを忘れたか?ん?」

 

何を言っているのかさっぱりわからない。

喪失感で体中が寒い。

止まりたくない。

 

「吾の所為?いいや違う。吾は鬼だ、鬼ならば人の子を食うのは当たり前よ」

 

息ができない。

陸に上がった魚のように空気を吸っているはずなのに肺が受け入れてくれない。

喉で巧く飲み込めない。

 

「ここに来たあやつが愚かか?それもあるだろう、だがアレを守ると嘯いたのは誰だ?柔い女子を守るといったものはが居たはずであろう」

 

耳に雑音がはいってくる。

いやだ。

こわい。

ききたくない。

 

「お前だよ、マシュ・キリエライト。戦場に女子を連れてきたのを守るとそう誓ったのだろう?」

 

息ができない。

苦しい。

つらい。

いたい。

こわい。

こわい!

 

「守れなかったのだ、貴様は」

 

ちがう。

ちがう。

ちがう!

そんなことない!

 

「吾の所為でもなければ、アヤツの所為でもなく」

 

わたしはつよい!

わたしはだいじょうぶ!

わたしのせいじゃないっ!!

 

 

 

 

 

 

「弱い、貴様の所為だろうが」

 

 

 

 

 

その言葉に何かが折れる音が聞こえて。

 

「―――あ」

 

―――ごめんなさい。

そんな言葉が、大切なあの方の言葉が聞こえて。

 

「―――ああ」

 

そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。

あんな傷をつけるようなまねをさせたくなかったのに。

 

「―――ああああ」

 

そしてこんどは先輩がいない。

わかってた。

そうだ。

わかってるんです、ほんとは。

 

わたしが。

弱い。

 

「嗚呼あぁぁぁぁぁぁぁ「あー!茨木ちゃんいたー!」……へ?」

 

から……。

 

「にゃぁ!?貴様!結界から出てくるなといっておったろうが!」

「いやいやそんなこと言ってなかったじゃん!寝て起きたら居なくなってたの茨木ちゃんでしょ!?」

「書置きがあったであろうがぁっ!!」

「達筆すぎて読めるか!」

 

え。

あれ?

 

「先輩?」

「あ、やっほマシュ!ってぼろぼろじゃん!??なんで!?何やってんの金時!?」

「いや!?ちがっ「きんときがぜんぶやったぞー」なっ!?てめっ!!」

 

先輩がいる。

いつものように快活で優しい微笑みを浮かべて。

 

「てめぇ!棒読みで俺に擦り付けてんじゃねぇよ!!」

何のことだ(ふぁんのふぉとふぁ)?」

「骨食ってんじゃ……ってそれ砂糖菓子じゃねぇか!?」

「ほら!男子謝って!茨木ちゃん泣いてるよ!」

「ふえーん」

「泣いてねぇだろうッ!??」

 

いつものようにたくさんの人に囲まれて笑ってる。

いつもどおりの光景。

 

「ってマシュ!?」

 

私はもう何もわからなくって。

 

「あーやりすぎたかー」

 

泥のように疲労が押し寄せてきて。

 

「やっぱりてめぇのせいじゃねぇか!!!」

「金時シャラップ!」

「大将!??」

 

意識を閉じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

「で、こんなもんでいいわけかよ、大将?」

「やりすぎ感あるけどね?」

 

立香が、死んだと茨木童子が言ったはずの彼女がそう言ってちらりと茨木童子のほうを見た。

その視線に気づいているはずなのに無視して茨木童子は砂糖菓子をほおばり続ける。

がん無視だった。

ちょっぴり立香の視線が怖かったのは内緒だ。

 

「結局ここは()()()()()()なんでしょ?ならやり方は置いといても必要なことだよ」

 

はあと長いため息と共に遠い目をして立香は空を仰ぐ。

黄昏色と宵が交じり合ったその空には僅かに作り物の星が瞬いていて。

なんかどっかの全身タイツ師匠がサムズアップしてる気がした。

 

「けぷっ……それはともかくだ、汝どうするつもりだ?」

「なにが?っていうか()()()?」 

「この娘をだ。このままでは使い物にならんぞ?」

 

ま、それは汝もだがと兎角どうでもいいように言い切る茨木童子に立香は苦笑いを浮かべて言う。

 

「……ありがとね、心配してくれて」

「……阿呆。汝とこの小娘では此処もその次もどうしようもないのだぞ」

 

そっぽを向く茨木は黄昏に染まってか僅かに赤く。

それがまたすごくいじらしく立香はからかおうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんなら次は」

「母と遊びましょう、ね……マスター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾け飛ぶように金時が前に出てその身を盾にする。

刃が走る。

交差するように鉄甲が重なるが、まるでバターでも斬るように優しく丁寧に愛しく。

 

「ぐゥッ!!ぅッ…ィッ逃げろォォォッッッ!!!大将ォォォッッッ!!!」

 

坂田金時(豪傑)の腕を中ほどまで文字通り真っ二つに切り裂いた。

最早一つの芸術、剣戟の極致。

鉄をも切り裂き、赤龍の尺骨と雷神の力を宿した天性の肉体を別つ。

それは彼女の。

 

「茨木ちゃんッッ!」

「わかっておるッ!!」

 

その生涯で優れた武勇にあっても戦場に出されなかった由縁。

 

「なんや、いけずやなぁ」

「そうですよ、もう少しゆっくりしていきましょうよ、ね?」

 

人を斬るには余りにも隔絶した遍く神秘を殺し尽くした殺戮者(武士)としての技術の粋。

 

「金時ッ!」

「わァッてるッ!時間稼ぐからさっさと行けッ!!」

 

それがどれ程のものか紫紺の着物を緩く纏ったもう一人の鬼を含め生前から理解している金時だったからこそ。

己の霊基を使い潰さん覚悟でそう言ってのけた。

流石は益荒男。

流石は世に歌われし豪傑。

 

だが。

 

「あらあら?貴方が遊んでくれるのですか、金時?あの時は逃げたのに……だから()()()()()()()()()()()?」

「茨木、堪忍な。うち、今はマスターはんで遊びたいんよ。せやから、()()()()()()()()()

 

最早二匹の鬼(彼女達)には遊び飽きた玩具に過ぎず。

 

「さあ愛しい我が娘たち」

「ようやっとや、待たせて堪忍なぁ」

 

「「遊びましょう、マスター、マシュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――牛王招力・怒髪天昇

 

僅かな稲光が見えて、

 

―――千紫万紅・神便鬼毒

 

それが僅かに零れた雫と混じって。

 

極大の獄炎と膨大な熱量のうねりが一切合財を文字通り呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.つまりどういうこと?
A.下総国12節をご参照ください

というわけで次回は荒治療&ボス戦です。
マシュの言動にん?と思われた方は正解ですのでそこら辺を立香先輩、騎ん時、茨木ちゃんで楽しくコミュって(型月的)カウンセリングします。

まあ全部キチロリのせいなんだけどね、あいつほんと人様に迷惑しかかけねぇな


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