誤字脱字ありましたら教えて頂けるとありがたいです。
暖かな風がそよぐ春。
桜が風に舞い、祝いを告げるような暖かな日差しがふりそそぐ。
入学式日和とはこのことだろう。
この国立魔法大学付属第一高校も本日入学式が行われる。
まだ朝は早く校内には準備のために在校生がちらほら見受けられるだけだが、その中で真新しい制服に身を包んだ男女3人は異色をはなっていた。
「納得できません」
美少女という言葉が皮肉でもなんでもなく似合う可愛らしい女の子が不満げに顔を曇らせながら見上げるのは向かいに佇む男女。
今まさしくその言葉を投げかけられた私と彼は、入学式の数日前から繰り返されているこの言葉にまたかと思った。
まだ入学式までは時間があるためそこまで目立つことはないが、この可愛らしい妹がこのままでは学校に抗議しかねないと頭を悩ませる。
「なぜお兄様が補欠なのですか?入試の成績はトップだったじゃありませんか!それにお姉さまもです。私よりも実力は上なはずなのになぜ私が新入生総代なのですか!」
この怒っているにもかかわらずその可愛さが陰ることがない美少女は司波深雪。
私が昔から妹のように可愛がっている子だ。
「深雪、俺の実技能力を知っているだろう?魔法科高校なんだ。例えペーパーテストが良くできたとしても自分ではせいぜい二科生が良いところだ。補欠とはいえよく一高に受かったものだと驚いているんだがな。」
そして今私の横で深雪に困ったように返答をしたのは司波達也。
苗字で分かる通り深雪と達也は血が繋がっている兄妹だ。
私のことも深雪はお姉さまと呼ぶが実際には妹のように可愛がっていると言った通り私と深雪は血の繋がりがない。
―――横にいる達也に少し視線を投げかけるが、彼の視線は目の前の深雪に向けられたままだ。
深雪にお姉さまと呼ばれる理由はこの彼、司波達也が私の婚約者のため血の繋がりはないが妹、姉であながち間違ってはいない。
「…私もあまり実家の方から目立つようなことはまだするなと言われているから。ごめんね深雪。」
一呼吸おいて私にも向けられた深雪の視線に応えるように何度もすでに伝えた説明をする。
「お姉様はご実家のことがあるのでもちろん理解しているつもりです!ですがそうだとしてもお兄様とお姉さまを差し置いて私がなど…それに本来の実力を持ってすればお二人に敵う者など「「深雪」」
深雪が言おうとしたその先のことは言ってはならない事だ。
私とて達也への評価は納得がいかないがしょうがないことだってある。
それに私は確かに実家から目立つなと言われたため少し手は抜いたが、果たして本気で挑んだからと言って結果が変わっていたかは別の話だ。
「…深雪、それは言っても仕方のないことなんだ。」
深雪はハッとした顔で口ごもり項垂れた。
「…申し訳ございません」
そんな深雪を見て私と達也は顔を見合わせしょうがないなと少し笑った。
可愛い妹の言いたいことは私たちのことを思ってだ。
「深雪、そんな悲しそうな顔をしないで?」
いまだに項垂れている深雪の頭を達也が撫で、私が頬を撫でた。
「…お前の気持ちは嬉しいよ。でもお前が俺たちのことを考えてくれているように俺たちもお前のことを思っているんだ。」
「そうよ。いつもありがとうね?深雪。」
そう私たちが言うと少し顔を赤らめた深雪が顔を上げた。
「お兄様、お姉さま…思っているだなんて…」
「私は今日深雪が答辞を言っている姿を見るのを楽しみにしていたのよ?折角の晴れ舞台なんだから。」
可愛い妹のお願いだ。出来るだけ聞いてあげたいのは山々だけれど今回のことはどうしようもない。
ほら、と総代の打ち合わせの時間が迫っている深雪を講堂の方へ軽く押す。
「俺も楽しみにしているよ、深雪。」
ダメ押しで達也がそう言えば深雪はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「…お兄様、お姉さまわがままを言って申し訳ありませんでした。深雪はそう言ってもらえて嬉しいです!」
ではと、深雪はそのまま講堂の中へと入っていった。
余程二人の言葉がうれしかったのか先ほどまでの剣幕とは比べられない笑顔で。
「…さて、
「そうね、見て回りたいところもないしゆっくり座って時間が来るのを待ちましょう。」
深雪を送り出して、しっかりと背中が見えなくなった私と達也は入学式が始まるまでの時間の過ごし方を考えて座れる場所を探すために歩き始めた。
1ページにどのくらいの文字がちょうどいいのかまだわからないですが、、、
自分のペースで少しずつ更新していきます!
ここで簡単に今作のヒロインのご紹介!
安倍 栞‐あべ しおり‐
達也の婚約者です。
苗字でもしかしてと思う方もいらっしゃるかもしれませんが家はあの安倍晴明の直系です。
古式魔法も現代魔法も得意で魔法力も深雪に劣らないほど。
先祖がえりと一族で言われるほどの実力者。
黒髪ロングで、普段は後ろで一つにまとめてポニーテールにしている。
古式魔法師(昔はもちろんそんな呼び名ではなく陰陽師)の中でもかなり有名な安倍晴明の直系一族は古式魔法師にあがめられてきたがあまり歴史の表舞台には登場しないため現代の魔法師にはあまり存在を認知されていない。
まことしやかにささやかれる都市伝説のような一族。
ただ、表舞台には登場しなくても古くから政‐まつりごと‐には関与しているため現代でも総理大臣や十師族などの上層部にはそれなりに影響力がある立ち位置。
こんなところです。
簡単な説明と言いながらがっつりな気もしますが、またおいおい家のことなどが語られる時に詳細を記載します。
読み進めていく中で頭の片隅にでも上記のことを入れておいてくださると幸いです。
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入学編2
「達也、あそこのベンチで良いんじゃない?」
「そうだな、あそこにするか。」
座る場所を探して校内を彷徨うなどということにはならず、深雪と別れた講堂の前から少し歩いた場所にちょうど良いベンチがあったためそこに並んで腰を下ろした。
普段は落ち着いた雰囲気の場所なのだろうが今日は入学式。
準備の為か時々在校生が目の前を横切っていく。
通り過ぎていく在校生の左胸には一様に八枚花弁のエンブレム。
背中の方から無邪気な悪意がこぼれ落ちていく
「あの子ウィードじゃない?」
「なんでこんな早くから?張り切っちゃって。」
「所詮、補欠なのにね。」
補欠、耳障りな言葉だ。
あの人たちがどれだけすぐれていようとそんなちっぽけな評価、達也の実力の足元にも及ばないのに。
無知とは恐ろしくかわいそうなものだと心の中で思う。
「栞?どうしたぼーっとして。」
先ほど通り過ぎた在校生が向かった先をじっと見つめていた私の意識を達也へと向ける
視線が交われば達也が微妙な表情になる。
私の考えていることが分かったのだろうか。
「気にするな。この国の評価基準では俺にはこれが妥当だ。」
達也の何もない左胸と私の左胸のエンブレムを見比べる
「分かってるわよ。でもクラスが離れちゃうのは寂しいなぁって思ってね。」
今しがた考えていたこととは別だけど、このことも達也が二科になったと分かったときからの私の悩み事。
冗談を交えながら話を先ほどの先輩たちのことから切り替えた。
「同じ二科か一科だったとしてもクラスまで一緒になるとは限らんぞ。」
「でも、可能性はあるでしょ?こうなったら深雪と同じクラスになることを願うばかりだわ。」
「そうなったら深雪のことは頼んだぞ。」
「任せておいて!」
ほう、とため息をつき達也と同じクラスというありえない夢を頭の中に仕舞いこんだ。
そのまま取り留めもない会話をたまにしつつお互いに携帯端末で作業をしている。
達也はもしかして資料か書籍なんかを読んでいるのかも知れないが、私は前述した通り作業という名の祝いメッセージの返信だ。
家の関係のものが多数だが粗雑には出来ない。
ぱっと流し読みをしてから優先順位を決めて簡単な返信をしていく。
本当は家でゆっくりと返信をしてもいいのだが、達也や深雪との時間を削りたくはない。
できればこの時間にある程度終わらせ、今年に入ってから同居させてもらっている達也と深雪さんの家に帰ったらゆっくりと三人でティータイムをしたいのだ。
いろいろ考えながらも手だけは動かし順調に返信をしていると、いつの間にかかなり時間はたっていたらしい。
そろそろ時間だなと達也の声が聞こえた。
私も自分の端末で時間を見ると入場が可能な時間なことを確認した。
「新入生ですね?開場の時間ですよ。」
同時に端末を閉じて二人で会場に向かおうかとベンチを立ち上がろうとしたその時、声をかけられた。
「…すいません。今から向かおうかと思っていたところです。」
私と達也は先輩に注意をされたと判断し同時に小さく頭を下げた。
そしてまず目に入ってきたのは制服のスカート。
それから、左腕に巻かれた幅広のブレスレット。
普及型よりも大幅に薄型化され、ファッション性も考慮された最新式のCADだった。
私の記憶が正しければ校内でCADの携行が許可されているのは生徒会や特定の委員会のメンバーのみ。
その他の生徒は授業や部活で使用する以外は学校に預け、帰宅時に引き取りに行くという校則だったはずだ。
顔を上げれば少し幼さが残った可愛らしい女性が目に入る。
左胸にはもちろん八枚花弁のエンブレム。
交わった視線は一瞬で私たちの手元の端末の方へと向けられた。
「関心ですね、スクリーン型ですか。」
入学初日からあまり目立ちたくはなかったためすぐにでも講堂へと向かおうかと思ったが相手はすぐに会話を終わらせるつもりがないらしく次の言葉が出てきた。
ちらと達也を盗み見れば達也も警戒をしているのか関わり合いになりたくないのか相手には悟られない程度だが目を細めている。
「あ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」
私と達也が返事をする前に、名乗っていないことに気が付いたのか気さくに自己紹介をしてくれた彼女はどうやら生徒会長らしい。
よりにもよって七草、数字付き。
可憐で美少女と名高い七草家の長女…
家の繋がりはあるけれど、社交場などには出向かないことが多い家のため実際に会うのは初めてだ。
「俺、いえ、自分は司波達也です。」
「私は安倍栞と言います。」
相手が名乗っているのに無視も出来るわけがなく、達也も早々に会話を終わらせるのは諦めたのか体を七草先輩の方へと向け受け答えの態勢に入っている。
周りには新入生が確かにいないがそんなに私たちは目立っていたのだろうか。
生徒会長が直々に話しかけるほどの興味の対象になったつもりはない。
一科生と二科生がいるのが不思議だったのか、たまたま見つけた新入生が私たちだったのか、それとも別の何かがあるのか。
「そう、あなたが司波くん。先生方が噂をしていたわ。
入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点者ですって。」
「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ。」
魔法科高校生としての評価基準はもちろん七草先輩の方が知っているはずだ。
ただ、他の人と違って達也への蔑んだような視線や物言いもない。
失礼だとは分かっているが七草先輩を観察していると急に視線が交わった。
「それに、安倍さん。確か新入生の次席でしたね?」
「…次席、ですのでそれほど目立たないかと思っていましたが七草先輩に知って頂けているとは光栄です。ありがとうございます。」
にっこりと貼り付けた笑みをすればそれに応えて七草先輩もにっこりとほほ笑んでくれた。
自分の後ろの何もない空間から私にだけ分かるように気を使う気配がするので自分の時計を見れば少し雑談が長すぎたらしい。
「…七草先輩、そろそろ時間ですので講堂に向かいます。失礼します。」
私が会話を切るのは達也に悪かったかと思ったがどうやら達也もこの会話よりも講堂に向かいたかったようで私が礼をすると軽く礼をしてすぐに後ろをついて来た。
まだ近くにいる七草先輩には聞こえないよう小さな声で、ごめんねと言えばいや、かまわない。という簡単な返事が来たため歩くスピードをゆるめて達也の横に並びそこからは無言で講堂内へと向かった
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入学編3
七草先輩との会話が長かったからか入学式の会場に入ると席の半分ほどは既に埋まっていた。
「…うーん、見事な分かれ方。どうしようか、達也」
座席の指定はないためどこに座ろうが自由なのだけれど、会場は前半分が一科生、後ろ半分が二科生ときれいに分かれていた。
「…あえて逆らうこともないだろう。こんなことで悪目立ちすることもない。」
「まぁ、そうね。寂しいけどまた後でね、達也。」
「ああ、気をつけろよ。」
お互いに席を探すために別方向へと歩みを進める。
"気をつけろよ"別に達也は深い意味で言ったわけではないだろうけど、そんな些細なことが私は嬉しくて入学式の間の別行動の寂しさを消し去った。
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深雪の答辞は、予想した通り見事なものだった。
普段からその美しい見た目で周りから注目を浴びている深雪だけど、今日は一段とそれが際立つ。
見た目もさることながら深雪はその所作までが流れるようにきれいで、会場の空気は静かなどよめきに揺れた。
普段の深雪を知る私でも、深雪はこのくらいそつなくこなせるのは分かっていたが"みな等しく"や"一丸となって"や"魔法以外にも"とか"総合的に"など言葉の端から棘があるともとれるようなことを言うので気が気ではなかった。
まぁ、それでも周りが見惚れていたからか深雪がうまく建前でくるんだからか何事もなく終わったが。
深雪をちらっと見ればまだ来賓と生徒会の人垣の中だ。
まだ時間がかかるであろう深雪をとりあえずおいておき、私は自分のIDカードをもらいに人の流れに身を任せた。
IDカードをもらってから先ほどの場所まで戻れば深雪もちょうど会話が終わったのか私を見つけた途端にまだ話したりなそうな顔でいる来賓客に一礼をしてかけよってきた。
「お姉さま!お待たせして申し訳ありません!」
「そんなにあわてなくても大丈夫なのに。それよりももう良かったの?」
慌てた様子の深雪に笑いかけその後ろの来賓客へと視線を少し向ければいつの間にかもう深雪とは話せないと分かった来賓客は出口へと向かう最中だった。
「いえ、ご挨拶は終わったので大丈夫です。それよりもお姉さまのクラスはどうでしたか?」
先ほどまでの凛々しく答辞を読んでいた深雪から今はいたずらっこのような可愛い笑みになっている深雪の頭を軽く撫でて落ち着かせ、先ほどもらったIDカードで自分のクラスを確認する。
「…Aみたい。深雪は?」
「本当ですかお姉さま!深雪も同じA組です!」
達也は同じクラスにはなれなかったけれど、深雪とは同じクラスになれたことに安堵をする。
これで一緒に行動をするクラスメイトを探す必要もなくなる。
「よろしくね、深雪。」
「はい!こちらこそよろしくお願い致します。」
「それと、新入生代表お疲れ様。とても素敵だったわ。」
「お姉さまに褒めてもらえるなんて光栄です」
ある程度談笑をしたところで、IDカードをもらい終わった生徒が自分のクラスを確認し終え落ち着いたからか深雪の周りに人だかりが出来てきているのが分かった。
これだけの美少女。
壇上に登った姿は入学式で見たが近くで見たいということだろうか。
あわよくばそのままお近づきになりたいという人たちだろう。
クラスメイトとの交流は悪いことではないがそれは明日からでも出来る。
それになにより達也をきっと待たせているだろう。
そこまで考えて、私は深雪に目配せをして頷いたのを確認してから講堂の出口の方に向かって足を踏み出した。
声をかけるかどうか悩みその勇気がないのであればそのままでいてほしい。
周りからすれば深雪の少し前を歩く栞も、深雪が可憐な美少女であれば栞は気高い洗礼された美人なので立ち居振る舞いもそうだが歩いているだけで花になる二人に道を開けない者はいなかった。
「お兄様、お待たせいたしました」
講堂の出口付近で達也を見つけると先ほど私に駆け寄ったように深雪が達也に駆け寄った。
こういうところはまだ子供っぽくて本当に可愛らしい。
「待たせてごめんね、達也」
私も深雪に少し遅れて達也の側まで行けば見慣れない顔の女の子が二人ほど達也の横に居た。
私はクラスメイトかな?くらいにしか思わなかったが深雪は違ったらしい
「お兄様、その方たちは?」
「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ。」
唐突ともとれる深雪の言葉に達也はすぐに返事をする。
やはりクラスメイトだったらしい。
「お姉さまという方がありながら、入学初日からクラスメイトとデートですか?」
「こら深雪、失礼でしょ?」
「そうだぞ深雪。お前を待っている間、話をしていただけだよ。」
深雪の寒気を感じ取ったのか達也のクラスメイト二人も苦笑いをしている。
にこにこと笑ってはいるがその後ろにどんな言葉が潜んでいるのか…
「初めまして、柴田さん、千葉さん。司波深雪です。」
私と達也に失礼だと怒られてしゅんとなった深雪だがそこはさすがというかなんというか。
礼儀はきちんとしている。
「私も初めまして。安倍栞です。」
「私もお姉さまも新入生ですのでお兄様同様よろしくお願いします。」
お淑やかな笑顔を取り繕って一例をして挨拶をした。
「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします。」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。深雪と栞って呼ばせてもらってもいい?」
「ええどうぞ。苗字ではお兄様と区別がつかないですものね。」
「私も問題ないわ。」
四人の少女が改めて自己紹介を交わす。
私も深雪もフレンドリーなエリカに好印象を抱いているのは、先ほどまでの堅苦しい式典の後だったらかもしれない。
だが、私と深雪の反応にエリカの方が意外さを隠せないようだった。
「あは、深雪も栞も見かけによらず気さくな人?」
「エリカは見た目通りなのね」
「えー、それってどういう意味よ」
どこか通ずるものがあったのか砕けた会話に私も貼り付けた笑みではなく自然な笑顔がでる
達也も意外そうに私と深雪を見ていたが、その視線はすぐに深雪の少し後ろへと移った。
「こんにちは、司波くん。また会いましたね。」
その声に先ほどまで自己紹介をしていた私たちもそちらを向いた。
達也は軽くお辞儀をする。
「深雪、生徒会の用事は終わったのか?まだならどこかで時間をつぶしているが…」
何か用があるのだろうと七草先輩とその後ろにいる男性と深雪を私も交互に見る。
七草先輩の後ろにいるということはこの人も生徒会関係者だろうか…
あまり達也に対して良い表情を向けていないことだけは分かる。
「いえ、大丈夫ですよ」
達也の質問と提案には深雪とは異なる相手から返された。
「今日はご挨拶させて頂いただけですから。深雪さん…と私も呼ばせてもらってもいいかしら?それに栞さんも。」
「あ、はい。」
「私も大丈夫です。」
七草先輩に話しかけられて先ほどまでの打ち解けた笑みではなく神妙な面持ちになる深雪
話の内容は私は知らないがきっと生徒会に関することだろう。
新入生代表を生徒会に勧誘というところだろうか
「では、深雪さん。詳しいお話はまた日を改めて。」
さすが数字付きの七草家長女といったところだろうか。
深雪に負けず劣らず、優雅に一例をし講堂の方へと向きを変えようとしたところですぐ後ろに控えていた男子生徒が七草先輩を呼び止めた。
「しかし、会長。それでは予定が…」
「あらかじめ約束をしていたわけではありませんから。別に予定があるならそちらを優先すべきでしょう?」
なおも食い下がる気配を見せる男子生徒を目で制して七草先輩は深雪に、そして達也と私に意味ありげな微笑みを向けた
「それでは深雪さん、今日はこれで。司波くんと栞さんもいずれまた、ゆっくりと。」
そのまま今度こそ講堂の方へと向きを変えた七草先輩の横で男子生徒が舌打ちが聞こえてきそうな表情で達也のほうをにらんで、すぐに講堂へと入っていった
まだ最初の方なので原作にしっかり沿って進めようと思うとやっぱり入力に時間がかかりますね。
今後、オリジナルな部分も出てくるわけですがそのころには原作に沿いつつキャラクターを好きなように会話させたり動かせたりすればなと思います。
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入学編4
「さて、そろそろ帰りましょうか」
どうやら入学早々、上級生、しかも生徒会役員の不興を達也が買ってしまったようだけれどそれよりも生徒会長である七草先輩の意味ありげな視線の方が気になってしまった。
もとより達也も私もこの程度のことでクヨクヨするほど順風な人生を送ってきたわけでもない。
ネガティブな強さだと自覚はあるものの、それだけの経験をしてきたという証だ。
「すみません、お兄様。私のせいでお兄様の心証を…」
「お前が謝ることじゃないさ」
「そうそう、あんなこと気にしてたらキリがないわよ深雪」
そう言いながら私が頭をなで、達也が髪を梳くようにすれば沈んでいた表情が陶然の色を帯びる。
「ねえ栞、」
呆然と、私たちのやりとりを見ていたエリカが我に返って美月の肩を叩き現実世界へと戻らせる
「なに、エリカ」
「いつもそんななの?」
「そうだけれど、何か変?」
「…かなりね」
そんな冗談を交わしながら話の流れで美月とエリカを含む5人でカフェに寄り、高校生らしい会話をして夕方に帰宅した。
まぁ、高校生らしいというのも私から見たらということであって美月とエリカがどう思ったのかは分からなかったけど、それでも家や周りのしがらみになにも関係なく話せるというものは私も達也も深雪にとっても大きなことで楽しく時間を過ごせたと思う。
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平均を大きく上回る広さのこの家は、今まではほとんど達也と深雪の二人暮らしの状態だったがこの春からは栞も含めた3人暮らしへとなった。
名義は達也と深雪の御父上のものなので栞は居候という形になる。
栞の実家が京都にあり、高校も実家から通える高校の方がという声ももちろんあったが本人の希望と現当主の栞の父、そして先代の祖父の意向で第一高校に通うこととなった。
その際に、住む場所もどうするかという話し合いをしたが結局のところ達也のところが一番安全だということになり家同士の話し合いの結果現在に至る。
もちろん東京に安倍家が所有している物件がいくつかあるのでそちらを自由に使っていいということになっているが、なにもなければ達也と深雪とこの家にこれからも帰ってくるつもりだ。
夕方に帰宅してから深雪のいれてくれたコーヒーを飲み、着替えのために部屋に戻って制服を脱ぎ家の中でも恥ずかしくない程度の軽い洋服を着て一息をつく。
『栞さま、春とはいえそのような姿をしていてはお風邪をひきますよ』
ベッドに腰掛けて少し休憩をしていた私の部屋は間違いなく他に人はいない
そんな私しかいないはずの部屋から女性の声が聞こえた。
かといって驚いた様子もなく部屋の主はその声がする場所へと、何もない、なにも居ないはずのその場所を普通に視た
「大丈夫よ、空調管理されているし下へ降りる時には上着を着るわ」
『ならばよいのですが…』
「本当に天一は心配性なんだから」
そう笑って言えばせっかくお前のことを思って言った天一になんてことをと咎める視線がその隣から向けられた
『栞、そんなこと言うと朱雀に怒られるわよ』
「そうだったわね、太陰。心配してくれてありがとう天一。
ほら、そんなに怖い顔をしないでちょうだい朱雀」
謝罪の姿勢を見せれば朱雀は、まだ納得のいっていないであろうその視線を栞へと向けるのをやめた。
彼女、天一の前で私に食って掛かることはしないと分かってはいたが、落ち着いてくれたようで良かった。
コンコン
「すみません、お姉さま。入ってもよろしいですか?」
他愛もない話をしていていつまでも降りてこない私を心配してか深雪が部屋へと迎えに来てくれたようだ。
深雪の声がしたと同時に先ほどまであった気配がさっと薄れた。
「ええ、大丈夫よ」
「失礼いたします」
恐る恐るというわけではないが、ゆっくりとした動作で室内に入ってきた深雪は私がまだ着替えの途中かも知れないと気を聞かせてくれたのかも知れない
「お姉様、お夕食の準備がもうすぐ出来ますよ。
いつもより降りてくるのが少し遅く感じたので心配になって見に来てしまいました。お邪魔でしたか?」
「ありがとう、疲れていたつもりはなかったんだけど入学式でやっぱり気をはっていたのかベッドに腰掛けたらゆっくりとしてしまったわ」
「あら、後でマッサージでもしてあげましょうか?」
「大丈夫よ、深雪の作ってくれたご飯を食べるだけで元気になれるわ」
お世辞でもなんでもなく素直にそう言えば深雪は照れたように少し頬を赤くさせ、きっと世の男の人が見たら一瞬で心を奪われるような笑みを見せた。
義理とはいえ小さい頃から一緒に過ごしてきたこの妹が私は本当に可愛くてしょうがなく思う。
「すみませんでした、お声がしていたので式の方たちとお話しをしているのだろうと思ったのですが。きっとお姉様は私が扉の所まで来ていたことに気が付くだろうと思いそのまま下へ行くのも失礼かと思いまして。」
「本当に気にしなくて大丈夫よ、そんな薄着をするなと怒られていたところだったから深雪が来てくれて助かったわ」
「まぁ、そうでしたか。でもお姉様、下に降りる時は上着を羽織ってくださいね。深雪もお姉様が風邪をひいてしまったら心配です。」
「ええ、そのつもりよ。」
「ではお姉様、私は夕食の準備の続きをしてきますね。もう出来ますからそろそろ降りてきてくれると嬉しいです」
「じゃあ上着を着たらすぐに降りるわ。わざわざありがとう深雪」
「いえ。では下でお待ちしおります。」
最後に私に可愛く笑ってからパタパタと音がしているわけではないがその表現が一番しっくりくるような浮かれた足取りで深雪は部屋を出て行った。
深雪にもああ言われてしまったことだし、クローゼットの中から上着を取り出し羽織る
「…玄武と太陰は居る?」
やはり何もない、なにも居ないこの部屋へと声をかければ小さな風が吹いた
『なに?』
『呼んだか?』
しっかりとそこに居ることを目でとらえて、私は二人に視線を合わせる
「今日の夜、少し使いに出て欲しいの」
玄武と太陰と言われた二人が頷いたのを見届けて、私は深雪と達也と夕食を取るべくリビングへと向かった
もう少し長くとは思いつつもキリが良いので今回の更新はこの辺で。
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入学編5
高校生活2日目
私たちが高校に進学したからといって、地球の自転周期が変化するはずもない。
後でもう一度しっかりとした準備をすることになるとはいえ、達也や深雪の前で適当な格好をするなどということをするはずもなく、いつものように髪の毛を頭の上の方で束ねた。
顔を洗い、鏡を見て恥ずかしくないか身だしなみを確認してリビングへ行けばそこにはすでに朝食を作っている深雪と、出かける準備が完了している達也が居た。
「ごめんなさい、待たせた?」
「いや、俺も今来たところだよ」
「お姉様、朝食の準備はもう終わりますので、少しだけソファにお座りになってお待ちください」
「深雪、朝食を任せてしまって悪いわね」
「いえ、お姉様もお兄様も今から動かれるのです。深雪は師匠に制服姿を見せに行くだけですから御気になさらず。それにお兄様とお姉様の朝食を作れるだけで深雪は幸せなのですよ」
「…だそうだ。あまり気にするな栞」
「ありがとう、深雪」
まだ少し肌寒い清々しい早朝の空気に長い髪の毛とスカートをなびかせてローラーブレードで坂道を滑り上がる少女。
深雪は一度もキックを入れずに重力に逆らって緩やかだが長い坂道を疾走している。
その速度は体感速度になるが時速60キロにもなろうとしている。
私はというと深雪の少し後ろをジョギングスタイルで走っている達也と並走している。
もちろんジョギングだ。
私も達也もただのジョギングではない。
一歩一歩の歩幅が10メートルは超えているのだ。
かといって私たちも深雪も靴になにか動力を仕掛けているわけではない。
深雪とは違うものの全員魔法を使っている。
むしろ魔法というものがなかったら納得が出来ないほど、自然の摂理からかけ離れている光景であることは確かだ。
息が上がるわけではないがそれなりに体に負荷がかかる。
負荷がなければ鍛錬にならないので、意味がある行動ではあるが、私が東京に来て深雪と達也の朝の鍛錬に初めて付き合ったときは驚いた。
私も実家ではかなりハードな鍛錬をしていたが、2人もやっていたのだなと驚き感心した。
己の力に溺れず上を目指し続けることが出来るのは、自分たちよりもはるか上に立つ人間を知っているからなのか。
それともそこまでして成し遂げたいなにかがあるからなのか。
私は多分前者だ。
そして達也や深雪は前者でもあり後者でもある。
私たちは確かに親に決められた婚姻ではあるけれど、私も達也も納得をしている。
私は、婚姻の相手が達也で良かったとさえ思う。
達也や深雪がなにかを成し遂げたいのであれば私は全力で力になるだろう。
考え事をしながらも歩みは進み、もうすでに目的地にたどり着こうとしていた。
家から10分程度の距離にある(ただしあのスピードで走ってだが)小高い丘の上のある寺だ。
座禅やお墓参りに来たわけではなくここに居る達也の師匠でありこの寺の僧侶(到底そうは見えない)に会いに来た。
私の家とも少なからずつながりがある忍び、いや、忍術使いだ。
安倍家は代々陰陽道を生業としてきた家系なため、古くからの付き合いでもある。
私はこちらに来て初めてお会いしたと思ってはいたのだけれど、どうやら親とはそれなりに付き合いがあったようでまだ私が小さい頃に会ったことがあったらしい。
門が見えてきて、深雪はトップスピードのままためらいもなく中に入っていく。
私と達也といえば、体力的に追いつけなくなりまだ後方に…というわけではなく門に入ったところからいつものごとく手荒い出迎えを受けていた。
出迎えというのは要するに稽古のことだが。
「…っ」
もちろん出迎えの中には達也の師匠である九重八雲は混ざってはいない。
その弟子である方たちによる歓迎なのだが、視界の隅で深雪に怪しい笑みを浮かべながら近づく九重八雲その人が見えた。
達也もそれに気が付いたらしく、今まで相手をしていた人をふっとばし方向転換をするのが見えたのでその後ろに私は回り込み達也への後方からの追撃を防ぐ。
達也と私の周りにはすでに3人ほどしか残っていない。
他の人は既にダウンしているか、遠くに投げ飛ばされている。
3人の位置関係を確認して最短の距離で一人ずつの急所を狙う。
最後の一人だけ詰めが甘かったのか少しだけ狙った場所から手刀がずれたためダウンさせるまでに至らなかったが、それでもダメージが大きかったのか片膝を地面につけていた。
手に持つ獲物を私ではなく達也の方向に向かって投げようとしたことだけは理解できたため私も足元にあった石を足でけり上げ手に持ち、相手の手元めがけて投げれば思い通りの場所に当たり相手の手から獲物が落ちる。
隙が出来た間に相手の腹に蹴りを入れれば全員が地面に倒れ伏していた。
深雪のいた方向をみればすでに達也と九重先生が対峙していて、どうやら深雪を魔の手から守れたようで胸をなでおろした。
達也が中学1年生の頃から続いているらしい毎朝恒例の行事が無事に終わり境内は静けさを取り戻していた。
門人たちは自らの勤行へ戻り、本堂の前庭に残っているのは達也、深雪と私と九重先生だけとなっていた。
「先生、お姉様。それにお兄様もいかがですか」
「おお、深雪君ありがとう。」
「深雪、ありがとう」
深雪が差し出してくれたタオルで汗を軽くふき、コップの中に入っている冷たいお茶で喉を潤せば清々しい朝がやっと来た気がした。
「…少し、待ってくれ」
地面に大の字で背中をつけ、荒い息を整えていた達也は片手で深雪にすまないと返事をして起き上がろうとしていた。
その手をさっと握り、引っ張り起こせば達也にしては珍しく何とも言えない表情をしていた。
「大丈夫?」
「…すまない、手に泥がついたな」
「気にしなくていいわよ」
そんなことを言う達也のトレーナーこそ泥だらけなのだがしゃべる気力もなさそうなのでそっとポケットから携帯端末型CADを起動して短い数字を入力し、達也の汗と泥を落とした。
「お姉様もお疲れでしょう?」
後ろからそう声がかけられたかと思えば私の足元からも実体のない霧のようなものが現れて事象改変がされていく。
光が消えたころには私もきれいさっぱり、汗も泥もなくなっていた。
「あら、深雪わざわざありがとう」
「いえ、お姉様こそ気になさらないでください」
深雪と私は携帯端末型という同じ汎用型CADを使っている。
世の中に普及しているブレスレット型CADとは違い、慣れれば片手で使えるため現場肌の人間に好まれる上級者向けの型だ。
現代の魔法師は杖や魔道書、呪文や印契の代わりに魔法工学の成果物であるCADを使用する。
CADの中には感応石という名の合成物資が組み込まれており、魔法師から供給されたサイオンを使って電子的に記憶された魔法陣―起動式を出力する。
起動式は魔法の設計図だ。
その中には長ったらしい呪文と複雑なシンボルと忙しく組み替えられた印を合わせたものと同等以上の情報量が詰まっている。
私の家が使う陰陽道はこの長ったらしい呪文や複雑なシンボル、そして印がわんさか使われているため簡単に言えばCADはそのすべてを飛び越して魔法が使える道具だという認識である。
細かく言えばもっといろいろあるのだが、幼い頃に先に陰陽道を習いその後にCADを使ったためその印象が強いのだ。
いわゆる古式魔法に分類される陰陽道も悪いことばかりではないが、生活していくうえでかなり便利になったのはこのCADの発展あってこそだとは思う。
「朝ごはんにしませんか?」
「うん、深雪の愛のこもったお手製の朝ごはんを早く食べましょう」
「まぁ、お姉様ったら愛がこもっただなんて…」
なぜか深雪がうっとりとした表情を浮かべている間に、早起きしてつくってくれたであろう小分けになっているサンドウィッチをカゴから取り出し全員で縁側に並んで食べる準備をするころには現実世界に戻ってきた深雪がお茶を配ってくれたので、鍛錬で空いたお腹を満たしてくれる朝食を頂くことにした。
なんとか2ページ続けて更新が出来て良かったです。
少しずつ主人公の家のことや式のこともどこかで出していけたらと思います!
誤字脱字ありましたら教えて頂けるとありがたいです。
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入学編6
縁側に腰を下ろして4人で深雪が作ってくれた朝食を食べる。
私も料理を作ることはお母様やおばあ様に口うるさく指導されてきたので人並みに作れるとは思っているが、深雪の料理はとても好きだ。
自分の作るものは分からないが、深雪が作ったものはしっかりと食べる相手への愛情がこもっている。
達也に出す食事なのだから深雪からすれば当たり前かも知れないが、それでも愛情たっぷりの料理というのは他の何ものにも代えられない調味料だ。
「いやー、もう体術だけなら達也くんに敵わないかも知れないねぇ」
それは紛れもない賞賛。
他の門人たちがこの場にいれば、羨望のまなざしは避けられなかっただろう。
深雪は我がことのように顔を輝かせている。
だが、達也の心にはその単純な賞賛が素直に響かなかった。
「体術で互角なのにあれだけ一方的にボコボコにされるというのも喜べることではありませんが…」
達也の愚痴とも取れる反駁に、八雲は呆れ気味に小さく笑った。
「それは当然と言うものだよ達也くん。僕は君の師匠で、さっきは僕の得意な土俵で組み手をしていたんだから。君はまだ15歳。半人前の君に後れを取るようでは、弟子に逃げられてしまいそうだ」
まぁそれもそうだろう。
圧倒的に経験値が違う。
それでも達也には納得いかなかったのだと、案外負けず嫌いな達也が年相応に見えて少し可愛く思えた。
「お兄様はもう少し素直になられた方がよろしいかと存じます。先生が珍しく褒めてくれたのですから、胸を張って高笑いでもしていらしたらいいのだと思います」
「いや、深雪それは少し嫌な奴だと思うわよ」
「…俺も同感だ。それに、栞のことを思えばまだまだ自分の実力が足りないと思わされるよ」
「僕も、栞くんには本気でやらないと厳しそうだねぇ」
「なぜそこで私がでてくるんですか。私だって一対一で九重先生にも達也にも勝てる自信はないですよ。そもそも私はそういうものを想定して修行をしていませんし」
急な達也と深雪、それに九重先生の視線が注がれたことによりいたたまれなくなる。
達也の話題だったはずなのになぜ私に…
「まぁ、お姉様は現代魔法だけでなく古式魔法も息をするのと同じように自在に操られます。お姉様の土俵であれば生半可な者では何をされたかも分からないことでしょう」
「それに君の式も敵には回したくないね」
「…まだまだ私は式の手を借りている未熟者ですよ」
ふわりと風が吹いたかと思えば足元に何を言っているんだと半目になっている白の塊。
ぴくりと視線をそちらへ移した九重先生は、前に私の式たちのことははっきりとは見えないもののなんとなくそこに居るということは分かると言われていたので気配がしたのだろう。
達也の眼でさえ
精霊が見えるという水晶眼とは少し違うが、私たちは見鬼の才と呼んでいる。
私の家のことを考えると見える人間はそれほど珍しくもないが。
私にははっきりと見えている自分の式神に注意の視線を送れば未だに笑われている。
「…式に笑われてしまったわ。さぁ、遅刻しないようにそろそろ帰りましょう?」
「あら、お姉様。式の方もそう思っているということですよ」
にこにこと笑っている深雪の後ろで達也は、こうなるとどうにもならんぞと肩をすくめているのが見えた。
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通勤・通学の人波が停車中の小さな車体に次々と、整然と乗り込んで行く。
満員電車という言葉はこの現代社会では死語となっている。
電車は依然として主要な公共交通機関だが、その形態はこの100年間で大きく様変わりしていた。
何十人も収容できる大型車両は全席指定の一部の長距離高速輸送以外では使われていない。
キャビネットと一般的に呼ばれている中央管制された二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両が現代の主流だ。
家の近くの乗り場から乗り、目的地さえ入力すればその駅まで自動で案内をしてくれる。
私たちは基本的に毎日三人での移動になるので四人乗りのキャビネットを使っている。
向かい合わせに二人ずつ座れるようになっている席なので、席には毎回悩まされる。
主に深雪が私の隣に座るか達也の隣に座るかで。
本日は私の隣の席の気分だったのか、達也が一人で私の前に座っている。
「お兄様、実は…」
先ほどまで、私の隣に座ってニコニコしていた深雪がそういえばと思い出したのか少し言いづらそうに達也の様子をうかがう。
こういう歯切れの悪い口調は深雪にしては珍しい。
何か私が聞いてはまずい家のことだろうかとも思ったが、それならば私が居る時に話そうとは思わないだろうと結論をだして、隣の深雪を落ち着かせるためにも頭をなでてやる。
「…昨日の晩、あの人たちから連絡がありまして」
「あの人たち?ああ…」
達也も深雪の言うあの人が誰をさしているのかなんとなく想像が出来たらしい。
「…達也と深雪のおじ様?」
「はい」
「…それで、親父たちがまた何かお前を怒らせるようなことを?」
「いえ、特には。あの人たちも娘の入学祝いに話題を選ぶくらいの分別はあったようです。それで、なにかお兄様には連絡がありましたか?」
「…いや、いつも通りだよ」
私も何度か達也と深雪のおじ様には会ったことがあるため、なんとなく言いたいことが分かる。
どうにも達也のおじ様は達也のことを軽視する傾向にある。
その割に、自分の手元で自分の指示には従わせたいようだが、その扱い自体に深雪は怒っているのだろう。
私の横でみるみる顔を曇らせ、怒気をはらませた表情を長い髪の毛の下から漂わせている。
「深雪?」
「…いくらなんでもと儚い期待を抱いていましたが、結局、お兄様にはメールの一本もなしですか」
「落ち着け、深雪」
声にならないほどの激情に震える深雪の肩をそっと抱き寄せて、先ほどよりもしっかりと頭を撫でてやれば少しだけ落ち着いた様子だ。
私の向いに座っている達也もどうしたものかと、苦笑いをしている。
少しだけ感情に流されて暴走しかかっている魔法力も徐々に治まってきていた。
「申し訳ありません、取り乱してしまいました」
「…会社の仕事を手伝えと言う親父の言葉を無視して進学したんだ。祝いをよこせるはずがない。お前も親父の性格を分かっているだろう?」
「自分の親がそんな大人げなくて情けない性格だというところから腹が立つのです。だいたい、お兄様を私から引き離したいのであればまず私に、次に叔母様にお断りを入れるのが筋というものですのにその度胸もなくて。
お姉様のご実家にだって許可を取らねばならぬというのに。
そもそもあの人たちはどれだけお兄様を利用すれば気が済むのでしょうか。十五歳の少年が高校に進学するのは当たり前ではありませんか」
私の家うんぬんはどうなのか分からないが、達也は私にさえ分かるような演技だと丸わかりの笑顔を作って見せた。
「共通義務教育ではないのだから、当たり前ではないさ。親父も小百合さんも、俺のことを一人前だと認めているから利用しようという気にもなるんだろ、あてにされていたんだと思えば腹も立たんよ」
「お兄様がそうおっしゃるのであれば…」
不承不承ではあるが深雪が頷いたのを見て、私と達也は胸をなでおろした。
ほっとしたのを見計らったかのようなタイミングで、私たち三人が乗っているキャビネットが低速レーンへと移行した。
少し短めですが今回はここまでです。
どのくらいの文字量がちょうどいいのかまだ分からないので、探り探りという状態です。
申し訳ありません。
気軽に感想や、評価をしてくださるとありがたいです!
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