狂女戦記 (ホワイトブリム)
しおりを挟む

#001

 act 1 


 クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティアという女は今まさに最期の時を迎えようとしていた。
 絶対の自信を持っていた肉体が無残に圧迫されて身動きが取れなくなるという事態に陥っている。
 自分の選択は何処で間違えたのか。
 いや、間違えてはいない。ただ、想定の範疇(はんちゅう)を超えていただけだ。
 この世には自分の知らない事がまだまだたくさんある、という事を知った。
 生きてきた範囲に居るモンスターは(すべか)らく討伐してきた漆黒聖典という秘密部隊において、かつてない凶悪無比なモンスターが存在するとは。
 化け物は自分の部隊の隊長漆黒聖典』や番外席次絶死絶命』という半森妖精(ハーフエルフ)人外(じんがい)くらいだと思っていた。
 いや、あれは半森妖精(ハーフエルフ)ではなかった。

 半神森聖霊(ハーフケルヌンノス)と言ったか。

 命の灯火が消える間際だというのに自分は生に(すが)っている。
 生きていたいと。多くの命を奪ってきたのに、だ。
 殴っても、叩いても、噛み付いてもビクともしない。
 これほど硬い身体を持つモンスターが存在しえるのは想定外ではあるけれど、偽装であれば仕方がない。
 狡猾(こうかつ)なモンスターほど強敵なのは世の常識だ。
 だが、勿体(もったい)ない。
 これほどの相手ならばもっと色んな技の実験台となってくれただろうに。
 それが何も通用しないまま終わっていくのだから。

「……ケヘッ」

 言葉もまともに出て来なくなった。
 それもまた仕方がない。
 そう。
 仕方がない。
 世の中には対等な戦闘など試合形式くらいだ。
 本物の戦いは常に殺し合い。対等などというものはない。
 だからこれは真っ当な戦闘なのだ。
 敗北者は死ぬ。
 無残に惨めったらしく糞尿を垂れ流して男女問わずに。
 そして、クレマンティーヌは多くの挑戦者と同じように物言わぬ肉塊と化して死んだ。

          

 悪事を重ねた人間は地獄の奥底で永遠の責め苦を味わうとスレイン法国の教義で教わった。
 そして、今の自分はそこへ向かう途中なのだろう。
 通常、死者は蘇生魔法を受けるまで静かな時を過ごすと言われている。

「全く嘆かわしい!」

 静寂を破るような異質で大きな声。
 老人のような少ししわがれた声に聞こえた。

「貴様は人間的に狂いすぎている!」

 それは誉め言葉だろうか。あと、うるさいよ。耳は悪い方ではないんだけどな。

「誉めてはおらん! 呆れているのだ!」

 ごめんなさい。
 私も最初は蝶よ花よと愛でられたものだよ。
 過酷な訓練に聞きたくない教義と狂信的な愛国教育にはつくづくうんざりしててね。

「その割りに全く信仰心というものが無いではないか!」

 当たり前じゃん。
 あんな国を愛する理由が何所にある。
 知らない神様に願ったって幸せにはなれなかった。

六大神だったか? そんなはぐれ神よりも唯一神を祈れ、馬鹿者が!

 六大神以外の神様なんて知らないもん。
 唯一神に祈ると何がもらえるのさ。

「信仰心の無い者にやれるものなどあるわけがない! たわけが!」

 あっそ。じゃあ二度と祈らない。
 神でも殺すし、むしろ死ね。
 あと、私はどうせ死んでるし。どうしようもないけどさ。

「口だけは一人前だな。ところで……、貴様は十戒(じっかい)というものを知らんのか?」

 知らない。
 たぶん、そんな言葉は初耳だね。どういう意味なのかな。

唯一神は私だけ、とかだ」

 ふ~ん。

「汝殺すべからず。……それを(ことごと)く見事に破り、好き放題に殺しおって。神を過労死させるつもりか!

 良かったじゃん。死ねて。
 神でも死ねばいい。

「貴様の前任者も口が達者で好き放題に殺しを楽しんでおったが……。そうだな。貴様も信仰心とやらに目覚めが良かろう」

 信仰する神にも拠るけれど。
 邪神はもう間に合ってるんで。淫靡(いんび)な神様がいいな。
 性行為自由教とか。

「意味も無く(しゅ)を増やしては仕事が増えるだけだ」

 まあ、そうなんだけどね。一年中の性行為は飽きるだろうね。一年連続でやったら穴が広がったままになって使い物にならなくなるか。

「貴様も神への信仰に目覚めて生きる喜びを知るがいい!」

 もういいよ。

「なに?」

 私は確かに人間を多く殺してきたけれど。これでも自分の実力に自信があった。
 最後の相手には全く通じなかった。だから負けて殺された。
 それでも神とやらが再度の蘇生をしてくれるのならば私はもっと強くなってみたいな。
 あと、知ってるかな。

「なんだ?」

 人間には限界があるんだよ。

「当然知っている」

 武技(ぶぎ)魔法にも制限があって自分で何を選べばいいのか分からない。
 強いって事も実は分からない。
 それはそれで楽しいんだろうけれど。
 でも、物足りないんだよね。
 多くの技術があれば、と思う時がある。

「つまりもっと多くの技術を使えるようにしろと?」

 神すら(ほふ)る御技を体得したい。
 当然、人間だから『集中力』を消費してしまうし、自分の限界を知ってしまうと股間をいじるくらいしかやってられなくなる。
 あっ、自慰(じい)示威(じい)をかけただけだから気にしないで。

「神への信仰心が増えるのであれば考えてやらんでもない」

 つまり言う事は聞いたけれどやるとは言っていない、という言い訳かな。

「神はそこまでケチではないぞ。欲しい力はくれてやろう。まず貴様にやってもらいたい事があるのだがな」

 聞くだけタダだから聞いてあげる。
 えっと、神様って呼べばいいのかな。

「あの馬鹿者は私を『存在X』と呼ぶがな。唯一神の御名は人間如きに教えられるものではない」

 スレイン法国では『スルシャーナ』っていう神様の名前とかが伝わっているよ。人間如きに名前を教えてくれたありがたい神様なんだけれど。

「ふむ。ここは我等の敵対する()()()の名でも……、いや駄目だな。敵を利する事になる。全く、厄介な存在よ、()()()()()()め!

 へー。敵が居るのー。

「貴様には関係の無い事だが。あれは幾多の世界を破壊し、消し去るものだ。我等の世界すら半壊させていきおった。とんでもない……、おほん。話しが脱線したな。破壊神は貴様らの味方にはならん。あれには専用の敵(アーダル……なんとか)でしか対応出来んから厄介なのだが……」

 ふーん。

「貴様をこれから争いの絶えない世界に送るわけだが……。下準備が必要だろう」

 名前は適当でいいのかな。

「貴様が求める力とやらを十全に与える事は出来ない。だが、きっかけは与えられるがな」

 つまり自分で鍛錬を積めってやつだね。いいよ、いいよ。手放しで貰おうとは思っていないさ。で、珍奇な名前になってもいいのかな。

「……ここまで素直な人類ならば私も楽が出来たのだがな。敬虔な働きによっては更なる特典も考慮しよう。それで貴様は神の殉教者となるか?」

 えー。神様の為に死ぬのは嫌だな。
 それって用無しになったら自殺しろって事じゃん。
 有意義な人生の最後は自分で決めたい。ここが死に時だっていうのは選ぶ権利があると思うんだよね。今まさに死んでるけど。

「神の名を(たた)えよ」

 讃えようにも名前知らないから。

「教えたところで発音できるとは思えんがな」

 そういえば、聞いていいかな。

「なんだ?」

 大方の予想では蘇生されそうだけど、生き返って死ぬを繰り返す刑罰なのかな。

「そこまで面倒は見ん。貴様の働きによっては御使いに招聘(しょうへい)してやってもよい」

 私だって安らかな眠りを欲するよ。
 これも罰なら甘んじて受けよう。そうするだけの覚悟が無い者に力は与えられない。だからこそ私は戦い続けた。
 あと、神様。ちゃんと名前教えてよ。どう呼べばいいのか分からないじゃん。

「父か『デウス』と呼ぶといい。これくらいなら呼びやすかろう」

 なんかヤダ。
 親には良い想い出が無いから。

我侭(わがまま)な人間だ。だが、試す価値は……。我が御名を讃えよ。貴様にも()同様の聖遺物を与える。ただし、それは実力で勝ち得よ」

 了解、デウス様。

「……神に感謝する簡単な事も今の人間共はまともに出来んとは嘆かわしい事だ……。やはり信仰心の厚い国の者は違うな。新たな転生先は過酷だが神の偉大さを知れ。さすれば死して後の安寧を約束しよう」

 神様が嘘吐きならぶっ殺すからね。
 じゃあ、よろしくお願いします。

「口だけは一人前だな。肉体的な鍛錬とやらが済み次第やってもらいたい事がある」

 成功率にも拠るけれど失敗したら永劫の拷問が待っていたりするのかな。

「転生を望むか、魂を浄化して草木の足しにする。成功の(あかつき)には神の御元だ。野蛮な拷問などしない」

 転生ばかりでも拷問だと思うけれど。
 失敗してもあまり怒られないなら頑張るよ。

「多少、信仰心のある者は従順で好ましいな。全くっ! ああ、また脱線したな。では、(みことのり)を与える。転生先に居る馬鹿者……。ターニャ・フォン・デグレチャフを速やかに()し、ここに連れてこい。あとは貴様の自由だ。以降は信仰心の積み上げに貢献せよ」

 大命を拝します。
 身命を賭して任務を遂行いたします。

          

 神に祈りを捧げる。確かにそれは簡単な事だ。
 それよりも神様とやらが直々に声をかけてくれるのは存外、悪い気はしなかった。
 永遠の説教かと覚悟していたが。
 程なく意識が無くなり、次に気がついた時は世界が変わっていた。
 どれくらいかと聞かれても困るけれど、きっと言葉では言い表せないくらいだ。
 暗くて生臭い空間から外に引きずり出される様子がなぜか手に取るようにわかる、感じ。
 自分で言葉を発したり動く事は出来ないようだ。
 初めての大気に驚き、初めて出た言葉は至極単純。

「……んぎゃあ」

 今にも死にそうな赤子の泣き声そのもの。
 意識のある転生にしては酷すぎやしないだろうか。これで人を殺せっていうのは無理だ。
 まあ、鍛錬を積んで下準備を整えてからって事だったし、気長なに頑張ってみるよ。
 知らない女の腹から抜き出される様子が分かるというのは気持ち悪いものだ。少し無知であればいいなって思わないでもない。
 身動きが取れない状態で無駄に時間が過ぎていく頃、私はどうやら捨てられたらしい。
 いきなり死ぬのは勘弁してほしいんですけど、神様。これでは祈る以前の問題だと思います。
 これで信仰心が増えるとは宗教国家のスレイン法国でも無理な話しだ。
 寒い。とにかく、寒い。
 周りを把握出来ない状況でも耳は多少は機能している。
 しばらくは言葉の練習くらいしか出来そうにない。
 気がつけば一年、二年と過ぎた。
 現在居るのは何処かの建物。孤児院や修道院と呼ばれる今にも朽ちて倒壊しそうな雰囲気があり、捨て子や難民を多く匿って育てている。
 子供が多ければ食料も早く無くなる。資金源は寄付金のみ。
 食事は粗末なものだが食材が不足しているので仕方が無い。だから餓死者も(たま)に出る。
 小さな子供が餓死するとどうなるのか。当然、解体して生き残った子供の(かて)となる。
 幼子(おさなご)にとって肉が元々は何であったかなど理解できたものは年長者くらいだ。
 しばらくすると病気が蔓延(まんえん)して一気に人数が減る。
 生き残っているのは肉を食べなかった子供たちだ。そして、それを適度に繰り返して修道院とやらは新たな子供と寄付金を集めている。
 過酷な世界とは言い得て(みょう)だ。
 仲間意識は低く、尚且つ誰かが死んだとて大人も子供も気にしない。ただ、修道女(シスター)達は悲しみに暮れる。
 正確には()()()()()()をしているだけだが。
 ある程度、手足が動くようになった私は決して肉だけは食べなかった。最初こそは食べた気がするけれど、量にも拠るし。
 それくらいの拷問(ごうもん)()()()()で知っているから。
 知識は貴重な財産だ。
 そんな状態にもかかわらず子供たちはとても(したた)かだ。
 修道女(シスター)の目を盗んではケンカに窃盗、果ては何所で覚えてきたのか性行為(いそ)しむ始末。
 この国は冬場はとても冷えるので互いに身体を寄せ合って暖を取る事がある。その過程でよからぬことを自然と覚えていくのだろう。動物の本能のままに。
 助け合って寒さを(しの)ぐ美談は夢物語だ。
 私も襲われそうになったので去勢(きょせい)した後、シチューの具として調理して食べさせてやった。
 何も知らない子供からすればウインナーゆで卵にしか見えない。無知であるゆえ()()()()()()()()()()羨ましいと言っていた。
 当然、罰があるはずだが運がいいのか悪いのか。小さな女の子(三歳児)に残酷な事など出来る筈がない、と都合の良い言い訳を修道女(シスター)は自分に言い聞かせて()()()()()()をした。
 孤児院に出来る事は何もない。だから、罰があっても殴打くらいだ。
 修道院の現状を考えれば子供一人に罰を与える労力は無駄以外の何者でもない。あと、去勢した子供は数日後に失血死だったか、流行り病にかかり子供たちの夕食となってしまったようだが。
 本当にこの世界は素敵に狂っていて好きになりそうだ。
 食事の合間に私がすることは鍛錬のみ。ただひたすらに。
 そういえば集められた子供の中に殺すべき対象である『ターニャ』なる女の子が居たが同姓同名だろうか。
 確かに『ターニャ・デグレチャフ』という名前なのだが今殺せばいいのか。それとも後で始末するのか。
 準備を終えてからという事だから後なんだろうけれど。
 そういえば名前しか聞いてないからどうすればいいんだろう。
 間違って殺して怒られるのは嫌だな。
 分からなくなったら鍛錬だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#002

 act 2 


 子供が増えたり減ったりしながら時が過ぎていく。
 私が居る世界というのは戦争をしているらしい。
 修道院の中では大して知る事は出来ないけれど、私はターニャの行動を念のために注視する。この修道院の中で自分自身を守っている年長者は意外と居るのだが、理性を保っているのは十人程度。
 世界を呪っていそうな冷徹な瞳。決して油断しない(したた)かさ。
 そして、私と声がそっくり。真似をしても区別できないくらい。
 ターニャが驚きの声を上げたのはこれが初めてではないだろうか。
 食事にも気を使っている。決して食べてはいけないものが何なのかちゃんと分かっている。
 頭はいい。ただ、肉体的な戦士としての強さは無さそうだ。
 頭脳労働向きとでもいうのか。私とは真逆の存在。
 きっとこいつだ。殺すべき対象は。
 実際問題として私自身はターニャを殺す理由は無い。デウス様の命令があるけれど(したた)かさに興味が湧いていた。命令を動機にすぐ殺すのも面白くない。

 面白くない事はやりたくない。

 たとえそれが大好きな人殺しでも。
 そして気がつけば見知らぬ母から生まれ出て四年目となっていた。
 私は未だに生きている。強姦(ごうかん)されそうになったことは数えるのも面倒くさいほどだ。もちろん全て撃退し、()()は何故か姿を消す。
 時には食べた料理に当たって死にそうになった事は割りとあったけれど。
 ターニャは持ち前の頭脳で難局を乗り越えてきたらしく、風邪以外の病気にかかった事は私の知る限りにおいて一度も無い。
 入れ替えの激しい子供達は修道院が存続する限り、これからも混沌とした生活を送っていく。
 弱い女は病気になりやすい。
 性行為のし過ぎで感染症を(わずら)い、失明したり、脳障害でのた打ち回ったり、自殺したりする。当然、男子も性機能障害になったり、多臓器不全とかになったりして死んでいく。
 その殆どが五歳児未満。
 それでも修道女(シスター)は悲しみの演技を続けている。
 身寄りの無い子供の死を悼む事が至上の喜びであるように。

          

 実際問題として食べ物がないのは事実だ。少しずつ寄付金も減っていく。
 畑で作物を育ててはいる。土地が痩せていて育ちにくい環境だから国自体が荒んでいるともいえる。
 改善しようにも戦争が障害となっていた。
 畑作業より志願兵となった方が収入がいいらしい。ターニャから聞いたけれど。
 賢い女の子だと思った。
 殺す相手の事を知るのは大事だ。だから友達から始めようかと思った。

「周り全てが仮想敵となっている。帝国はどれか一方を攻める戦略により身動きが取れない」

 拾ってきた新聞から様々な情報を得るターニャ。あと食料も独自に手に入れてくる。それを私は詮索しない。
 他人の獲物を奪うことは容易いのだが短絡的な手法は後々困るし、処世術は何かと世渡りに役立つ。得るものが多い以上は学ばせてもらう。
 私は後から文字を覚えたが肉体労働と頭脳労働は使う部分が違うのか感心させられる。
 この国はとにかく敵が多くて発展に資金を使う事が出来ない。
 あちこちで戦闘をしているから土地を(たがや)す人材が慢性的に不足しているという。
 理屈では理解出来るのだが戦争を終わらせる方法は無いのだろうか。と、思った時にデウス様の言葉を思い出す。

 争いの絶えない世界。

 だから、戦争は終わらない、という理屈かもしれない。
 ごめんなさい、デウス様。栄養が足りないと困るんですけど。その辺りはなんとかなりませんかね。筋肉が全然つかなくて疲れやすいんです。
 ターニャも黙っていたら栄養失調で死ぬんじゃないですか、と。
 身体が資本なので。まさかと思いますが人肉料理で栄養をつけろとか言わないですよね。死にますよ、私。
 此処(ここ)のところ、下痢が酷くて眩暈(めまい)も感じているんですから。
 私の祈りは虚しく空に掻き消える。見捨てられたのかもしれない。それはそれで仕方が無い。
 裏切られる事は()()()()事だから。
 騙される奴が悪い。
 一ヶ月が過ぎた辺りで伝染病が蔓延し、三分の一の子供が一気に死んだ。
 さすがに解体はされずに地面に埋めてしまった。
 彼らの養分で育った作物を調理して私は生きながらえている。
 土葬の風習なのか。それとも火葬にする費用が無いだけなのか。
 環境としては最悪だ。
 そしてこれはここだけの問題ではなく国全体に広がっていた。
 今日まで口減らしで食事に毒を盛られる事は無かったが、最悪の事態は想定しておく。
 食料が尽きたら逃げ出せばいい。だが、栄養の足りない状況下で、それは無駄な足掻きになるかもしれない。
 実際に逃げ出す子供は居る。
 その後、どうなったかは知らない。誰も追いかけようとはしないから。
 出るのは自由。残る事が地獄かもしれない。
 雨風を(しの)げる、という淡い希望が事態を悪化させている。
 それでも訓練だと思えば耐えられる。だからこそ私は生き残れている、気がする。
 五歳になる頃、読み書きを本格的に始めた。
 もっと早くからやればいいのにと思われるが修道院に余裕が無かっただけだ。毎日、飽きもせず聖書の音読。正直、内容は全く理解していないし、何を言っているのか分からなかった。
 とにかく神を(うやま)えって事だろうと安易に思っていた。
 神の教えより性行為が大事な子供が多かったけれど。
 過酷な環境の影響で性的欲求が刺激され易いのだろう。娯楽は無いし、明るい時間は様々な労働に明け暮れて資金稼ぎ。運が良ければ食料も手に入る。
 小さな子供とて生きる為に労働するし、児童労働は珍しくない。
 私が見ていた限りにおいて、この国の暮らしは()()だと思った。

          

 賢いターニャに世界情勢を教わる。
 既に年長者である我々は下の子供たちの面倒を見る役目を背負わされる。
 その過程で悪童(あくどう)どもが性行為を教えたりするのだろう。妙な事に興味を持つのは子供の悪い癖なのは何所でも一緒かもしれない。
 特に悪い知識は覚えたがるものだ。

「生き残る為には働くしかない」

 力説するターニャ。
 正しい教育は自分の身の安全を保証する確率を増やす。
 無駄な犠牲を出さない事が最善である。それは正しい。

「黙っていても食料は増えない。では、どうすべきなのか」

 犯罪に手を染める。小さな子供にできる事は(ほどこ)しを受ける。自分で勝ち取るか、の選択くらいしかない。
 作物を育てるには種と水だけでは足りない。
 畑には栄養が必要だ。そして、病害に負けない免疫力が必要不可欠だ。

「ここで朽ちるか、外に出て自分の力で生き延びるか。選択を迫られている」

 未来の無い子供に希望を説くのは不毛だ。だからターニャは現実を突きつけている。
 お前たちはどの道、ここで死ぬ運命(さだめ)だ、と。
 五歳児がどう頑張っても子供を妊娠して育てられる環境を作れはしない。
 仮に妊娠しても慢性的な栄養失調で障害のある子が生まれ出るか、出産の苦しみで衰弱死が関の山だ。
 人間という生き物は苛酷な環境であれば子孫を残そうとするらしい。
 動物が近親相姦(きんしんそうかん)だけで数を増やすように。

「読み書きが出来れば少なくとも店で働き口くらいは見つかる。それ以外は病死か餓死だ」

 厳しい言葉が続くが無秩序な環境を打開するには劇薬が必要だ。
 だからこそ理解出来る。
 余計な死体は食料を駄目にしやすいことを。
 だから、これは自分(ターニャ)の為の言葉なのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#003

 act 3 


 強姦が日常茶飯事の修道院生活も半年が経過したが私はまだ生きていた。あと、処女ですよ。
 とにかく穴なら何でもいいのか、同じ体勢に飽きたのか。様々な方法に挑戦する悪童共。
 ある女は眼球を引っこ抜かれた上で突っ込まれていた。もちろん、数日後に死にました。
 殺されなければ行為を受け入れる女は二週間くらい後で自殺している事が多い。どうにも病気になって錯乱状態に陥るらしい。不衛生な環境なので男も後を追うように死んでいく。
 それでも次から次へと同じ事が繰り返されてしまう。
 生き残った子供達は労働に従事してまともそうな食事を食べる。その中にあって私は肉が全て人肉に見えて身体が受け付けないようになってしまった。食べたら美味しいんだろうけれど。いくら飢えていてもどうしても口には入れられなかった。
 夜間の奇襲で(ひたい)を割られてしまったが何とか逃げ延びた。
 慢性的な睡眠不足で集中力が減退したせいか、頭が思うように回ってくれない。
 全く、野獣()共め。抵抗する力もここ最近は衰えている気がする。
 圧倒的に栄養が足りない。

「……戻らなければ他の子が襲われる(犯される)か……」

 手持ちの武器は石ころしか無い。
 そろそろ武技(ぶぎ)の一つも使えないと苦しくなってきたところだ。
 せいぜい三つか、五つが限界だと思う。
 不意を突かれたとはいえ、闇討ちとはいい度胸だ。
 数分間、瞑想する。
 久方ぶりの敵だ。美味しく調理しなければならない。

デウス様……。私にご加護を……」

 そして、少女()は走った。
 あまり殺傷力は発揮できないが二度と性行為が出来ないようにするくらいの力はある。
 残念ながら少女が好きな人殺しが出来ないほどに力が弱っていた。
 戦闘終了後には闇討ちされた男の子が転がりながら修道院を後にする。おそらく二度と戻っては来ない。
 返り血を洗い流し、身を隠す床下に潜む。
 貞操(処女)を守る為に独自に作り上げた隠し部屋だ。
 血を流しすぎた為に睡魔が襲ってきた。しばらくは平気だろうが、もう動けないかもしれない。
 苛酷な環境での戦闘は気が休まらなくて素晴らしい事だ。
 次に目が覚める頃、ベッドの上だった。

「気がついたかい?」
「………」

 私は口を開けたまま何も言葉を発しなかった。
 不思議と言葉が出て来なかった。
 側に居るのは医者だろうか。白衣のようだから。
 それから相手が何か喋っているようだが何も聞き取れなくなり、意識が遠退(とおの)いた。
 適切な治療とは言いがたいが意識がはっきりしたのは二週間ほど過ぎた辺りだった。
 治療費などを修道院が払えるはずが無い。では、なぜ治療を受けられるのか。

「神の(おぼ)()しですよ」

 と、修道女(シスター)は言っていたが、そんな筈は無い。
 きっと私の身体を目当てに何がしかの取り引きでもしたのだろう。
 とはいえ、今更抵抗しても手遅れのようだから諦めるしかない。
 身動きが取れないのは拘束されているからではなく、身体に栄養が行き渡っていないからだ。
 さすがに病気を恐れて裸の女の子で遊ぶ度胸は無いか。
 では、奇跡か。
 デウス様のお陰か。
 鍛錬にかまけて祈りを忘れた罰なのか。
 意識を保つのが難しい。

          

 今まで居た修道院が戦場になる為、軍が接収して中に居る子供たちを全員仮の施設に収容する事になったらしい。
 私は身動きが取れないが兵士達の監視があるため身の安全は最低限保障されることになったようだ。だが、その兵士も夜間に襲ってこないとも限らない。
 衰弱して病気持ちかもしれない女の子を襲うというのは考えすぎかもしれないけれど。
 軍の施設での生活が始まり一ヶ月が経つ頃には一人で歩けるまでに回復した。
 だが、兵士達の食糧事情は逼迫(ひっぱく)しているらしく、満足な栄養が得られないようだ。
 事態は既に子供たちだけの問題では無い。
 それを改善するには現状を打破するしかない。
 少なくとも戦場を一つでも減らさないと食糧生産に予算が回らない、と親切な兵士が教えてくれた。
 ターニャは熱心に兵士達から情報を集めているようだが私は満足に動けなかった。
 貧血と栄養失調。
 食糧事情の改善が急務だ。
 新しい修道院に移り、七歳になる頃まで目立った争いも無く平和を謳歌できていた。
 貧困が争いを生むのは何所も一緒のようだ。
 いつもの日常を送っていると軍関係者がやってきて身体検査を受ける事になった。
 戦いは激化しており、兵士は慢性的に足りない。とか言っていたが私にはよく分からなかった。
 栄養が脳にあまり行き渡らなくなったせいか、意識が散漫になり易くなっていた。

「はーい。みんな並んでー」

 男女問わず裸になり身長体重などを調べていく。
 私は何度か気持ち悪くなって嘔吐していたせいか、肋骨が目立つ痩せた身体に絶望する。
 かつては鷲掴みできるほど豊満だった巨乳(きょにゅう)虚乳(きょにゅう)になっていた。それだけで死にたくなる。
 他にも栄養失調気味の子供が居た。むしろ、それが普通であるかのように誰も気にしない。
 ターニャは比較的、健康に気を使っていたのか不健康には見えなかった。
 彼女が病気になったところは見た事が無いから当たり前かもしれない。
 検査は滞りなく進み、私の番になった。
 ヘルメットみたいなものを被り、何かを検査するものらしいがよく分からなかった。

「これは魔導適性を検査するものだよ」
電気は使うけれど痛みを与えるものじゃないから安心するように」

 見慣れない検査器具だったが私は大人しく従った。
 ヘルメットには赤い石が付属していて、これが何なのかはもちろん分からない。だが、反応すると緑色に輝くのは見えた。
 ただそれだけだが。いや、よそ見していてあまり注意深く見てなかっただけだ。
 そのヘルメットを自分も被る事になった。
 そして、検査員が機動の為にスイッチを入れてすぐに頭を激しく締め付けるような痛みを感じた。
 それは物理的というよりは()()()()()で締め付けるようなものだった。
 頭の中にたくさんの文字や知識が躍り狂う。

「……あっ、痛い……」

 耐えられないほどではないけれど今まで抜け出た日常の記憶が逆回転で戻って来るような感じだった。
 頭の中を直接動かされているようで気持ち悪くなり、その場で嘔吐したり鼻血が出て来た。

「だ、大丈夫か!?」
「……機械が煙りを!? 検査は中止っ!」

 結構酷い状態だったらしいけれど午後には頭痛が止み、何故だが気分はすっきりしていた。まるで溜まっていた汚れが抜け落ちたかのようだ。
 あの後、ターニャも何かしらの反応を示して検査員を驚かせたらしいけれど、結局は何が起きたのか誰にも分からなかった。

          

 鼻の奥から大きな血の塊が出てびっくりしたが、それ以外は特に問題なく日々を過ごす事ができた。
 検査の後のお陰か、注意力も戻ってきたようだ。相手の話しが良く頭に入ってくるので。
 食生活はまだまだ改善しなかったが、寄付金は少し増えたらしい。
 寄付だけで運営出来るほどこの国は甘くないようで、豊富なのは戦争孤児や捨て子くらいだ。
 そして、死んだ子供の処理をしていたある日、また軍人が修道院に訪れた。
 目的は兵役志願者(つの)る事。
 ターニャの(げん)では帝国は兵士に事欠いている状況で女子供でも徴兵対象とするほどに追い詰められているという。
 圧倒的な武力を持つ帝国が危機に立たされている。
 ただ闇雲に徴兵しているわけではなく、先日の魔導の資質検査にお眼鏡が(かな)った子供たちを集めようとしている。
 もちろん、志願は任意で強制力は無い。それによって幾許(いくばく)かの寄付金が孤児院や修道院に入るならば子供を提供する事に目を瞑るのは、この世界の大人社会では一般的なのかもしれない。
 身寄りの無い子供の将来など修道女(シスター)にとっては神のお導き以外の何者でもない。

魔導適性のある子供達で志願兵となりたい者は前に出ろ」

 兵士の言葉に真っ先に進み出たのはターニャ。次に私だ。
 少なくとも現環境を変えたいと思っていたので渡りに船だった。
 あと数人が前に出た。
 即戦力として戦場に出るわけではなく、適性があるのか再調査を受けて(ふる)いにかけられるらしい。
 兵士達の車に乗った後、小さくなっていく修道院。
 毎日が狂っていた。それに対して大人は何も出来ない。
 貧困というのは倫理観の欠如した人間の生産工場のようなものだと思う。
 秩序のない集団は所詮、獣と同じ。生きる為に他者を食らい、犯し尽くす。
 この世界はとても()()なところだ。
 ありがとう、デウス様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#004

 act 4 


 帝国軍士官学校にて身体検査の後、入学試験を受ける。
 実技試験はいきなり受けないので面接から始まっていく。
 大言壮語の美辞麗句は聞き飽きた、という面接官の顔が小さな子供に向けられていた。
 いくら兵士が足りないからといっても子供に頼るようになるとは思っても見なかった。
 年端も行かない女子供を戦場に送るのは歴戦の軍人とはいえ良心が痛む。だが、それでも頼らざるを得ないのが現状なのだ。

「どの子にも尋ねているが……。何故、その歳で士官学校に志願したのか」

 魔導適性のある子は一様に尋ねられる一般的な質疑で特別な事は無い。
 面接官に向かって後ろで手を組み姿勢を正す小さな少女。

「一生を棒に振るくらいならばお国の為に働きたいからです」
「確かに魔導適性値は高いのだが……。危険な戦闘に向かう事になるよ」
「安全な場所など何所にもありません」

 士官学校に入ることは簡単だが卒業するまでが大変だ。
 小さな身体の少女(しょうじょ)どころか幼女(ようじょ)に満たない子供に大人と同じ訓練など絵空事(えそらごと)のように困難を極める。
 力と背丈がそもそも足りない。
 口先だけ一人前では誰でも兵士になれる。
 かつて『漆黒聖典』に入った時も厳しい訓練の毎日だった。それに比べれば同程度とは言わないが、ついていけないことはないと思う。ただ、やはり身体の都合は影響している。
 修道院で食べてきたものに比べればマシだ。人肉の料理はまず出て来ない。
 勉強についてはさすがに梃子摺(てこず)っているが、この点に関してはターニャに()があった。
 競い合いたいわけではないが着かず離れず相手の技を盗む。これは戦術においての基礎や基本ともいえる。
 肉体で優位に立てても知識で後手に回るのは悔しいと思う。
 そもそも集団戦術の常識が違いすぎる。
 剣と魔法で敵を倒すわけではないのだから。
 支給された武器でのみで対応する。なんと地味な戦い方だろうか。個人戦力を否定している。
 規律は確かに厳しい。反抗を許さないところは気に食わない。
 軍の規律を守る限りにおいて生活は保障されているようだから文句は言えないけれど。

          

 入学から半年は過ぎただろうか。気がつけば時間があっという間に過ぎていく。
 ターニャは頭角を現しているというのに自分は事務方で手間取っている。戦闘訓練ならば負けない自信があるのだが、軍の規則というものは複雑怪奇で難儀する。
 入隊してすぐ戦闘かと思っていた。
 地道な訓練の毎日は嫌いではないのだが期待はずれな印象は(ぬぐ)えない。
 今日は一般兵士に支給されている『演算宝珠(えんざんほうじゅ)』の使用訓練だ。
 製作費がとても高いので無くしてはいけないものだと何度も説明を受けた。
 簡単に言えば魔力を込めると様々な効果が現れるマジックアイテムとなる。
 この世界の魔法というのは魔力の存在は認められているのだが効率よく使用する手段が限定的だった。
 演算宝珠無しでは人は空を飛べないと言われている。
 それはただ単に第三位階の魔法を行使出来ないからではないかと口走った事がある。
 その時は周りに嘲笑されたものだ。
 この世界に位階魔法などという概念は無いらしいので。
 魔法という概念はあるのに位階魔法の事は知られていない。それはやはり世界が違うから、という事か。
 所変われば品変わる、という言葉があるくらいだ。

「では、次っ」
「はい!」

 兵士達に支給された演算宝珠2インチ(5センチメートル)ほどの長方形で赤い宝石のような結晶体だった。それに魔力を注ぎ入れるのだが、これが中々うまくいかない。
 使おうとすると頭痛が起きる。
 頭の中に無数の針が出来て何度も抜き差しするような痛みを感じ、気持ち悪くなる。
 数分も経たない内に鼻血が出るのだが、それが何日も続いた。
 日が経つにつれて慣れてきたのか頭痛は和らいできたが訓練日程は遅れてしまった。

「今日こそ飛べるかやってみろ」
「はいっ!」

 使うたびに起きるのは魔法の知識ではないだろうか。無数の言葉や文字情報が頭に叩き込まれる感じだった。
 幼い身体に無理に詰め込むから今まで時間がかかったのではないかと思う。
 なにしろ演算宝珠というのはたった一つで様々な効果を現すものらしいから。
 飛行。防殻。攻撃する様々な効果。通信。通信妨害と多機能だ。
 それらを適切に制御するのは魔法に慣れているとはいえ難儀する。
 いっそ自前の魔法で飛ぶ方が早いのではないだろうか。だが、魔法を使用するコスト用のアイテムは所持していない。
 今の段階では演算宝珠に頼るしかない。
 戦闘経験は豊富だが魔法の経験が無いわけではない。

クレマンティーヌ・()()()()二号生。出発します」

 魔力注入は何度も練習したから問題は無い。
 初めての行為に対して痛みを覚えるのは脳がそれだけ敏感だから、という推測が立てられる。
 演算宝珠の質にも拠るだろう。粗悪品ほど効率が悪いのは()()でも変わらないようだ。
 良いアイテムは高額になる。それと同じ。
 浮遊術式は装備品による魔力増幅装置などのアンバランスさで制御は難しいが少しずつ身体が空へと昇り始める。
 実際の戦闘では遠距離射撃も追加されるから一つ一つ練習あるのみだ。
 『飛行(フライ)』とはまた違う概念の魔法効果はただただ感心した。
 飛んでいる間、魔力は一定量を消費する。それ自体は特に問題は無いが痛みを緩和する脳内麻薬の分泌というものは少し苦痛だった。
 麻薬常習者ではないし、妙な高揚感は不慣れなところがあった。
 中毒性を干渉式で防御するのが基本なのだが今は後悔している。
 魔法の勉強をもっとしておけば良かった、と。
 空を飛べた後は練習あるのみだ。何事も一回の成功で満足してはいけない。ここから研鑚の日々が始まる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#005

 act 5 


 改めて私はクレマンティーヌ・エステル
 もうすぐ八歳。女性。処女。たぶん。
 両親の事は知らない。捨て子らしいから。まともな形で生まれたとは思えないけれど。
 それでもお陰様で奇形児ではなく、五体満足で生まれたようです。
 鏡で見た分には以前の顔によく似ている美人さん。瞳が三つあったりはしない
 髪形は以前の自分と同じボブカットの金髪
 赤い瞳も以前と同じだが、これは親からの遺伝だろうか。それともデウス様のお力だろうか。
 声も同じように聞こえる。
 違うとすれば肉体年齢くらいか。
 身長と胸は随分と縮んでしまった。それは悲しい事だ。
 長年の栄養失調で少し虚弱体質になったかもしれない。それは後々改善されるといいな。
 友達は居ないが同期にターニャ・デグレチャフが居る。現在、物凄く置いていかれている。
 兵士の才能は無いのかな。接近戦は得意だったはずなんだけれど。
 弾の出る武器の扱いは苦手。初めて見るし、使い方は勉強中。
 この国は前に居た国とは全く違う。何もかもが初めての経験だ。
 国境はどこも激戦区。その点ではモンスター溢れる故郷(スレイン法国)とはまるで違う。
 どこも見渡す限りの戦場といった(てい)だ。
 亜人種(あじんしゅ)異形種(いぎょうしゅ)の戦いではなく、ほぼ全てが人間種
 もちろん、自分が見たり聞いたりした範囲では。
 ()()()()()ではないだろうか。
 だが、いかんせん、身体が慣れていない。どうにも本調子ではないようだ。
 人肉を多く食べ過ぎたか。それとも元々が虚弱体質なのか。
 数年間の鍛錬はまだ実を結ばない。それはとても残念ではある。
 かといってデウス様に頼るのも面白くない。
 肉体改造は地味な作業の積み重ねだ。それは転生した身体であっても続けるべきものだと思う。
 他人(ひと)から人格破綻者と呼ばれていたが、それでも私は戦士でありたい。
 さすがに暴れるしか能が無い狂戦士(バーサーカー)より戦闘狂(ベルセルク)(しょう)に合っている。
 銃剣より刀剣。
 飛び道具より接敵戦闘が好きだ。

          

 野外訓練と基礎知識の繰り返しで日々は過ぎていく。
 戦略を練るのはいいが命令を下すのは得意ではない。むしろ他人にやらせるより自分で動いた方が効率がいい。だが、組織というものは単独行動に対して厳しい厳格な規則が存在する。
 一度受けた命令は安易に拒否できない。
 抗命(こうめい)軍法会議かその場での銃殺刑。とても厳しい内容だが守っていれば温かい寝床と適度に栄養があるだけの食料が貰える。
 味付けに必要な材料が高騰していて慢性的に不味いらしい。だが、修道院で食べるご飯よりはまともだった。今頃、死体を量産しつつも神に日々の(せい)を感謝をしている事だろう。

「エステル二号生っ!」
「はい」
「上官に気付いたら敬礼せんかバカ者!」

 容赦なく女だろうと子供だろうと殴ってくる男は見知らぬ上司らしい。
 生意気な子供の態度が気に入らないのか、私はけっこう殴られていた。
 やり返したいところだが、それをすると軍法会議送りになる、らしい。
 小さな身体で大人の(こぶし)を受けると意識が飛ぶらしい。
 気がついた時はベッドに寝かされていた。
 意識が覚醒してくると顔の痛みが(よみがえ)ってくる。

「……目蓋が……」

 片方の視界が暗い。目蓋が()れているらしい。あと、鼻も痛い。
 軍隊教育というのはさすがにスレイン法国には無かった。
 実力主義の社会なので階級で下の者を殴るようなことは無かった筈だ。弱い者ならいざしらず。
 士官学校に居る上司の顔など全て覚えているわけが無い。これはどうすればいいのか。
 半分視界が塞がったまま廊下を歩いていると見知らぬ全てが上司に見えてきたので手当たり次第に敬礼してみた。
 そうして殴られる事無く自分の与えられた二号生達の部屋にたどりつく。
 下級士官は大抵が相部屋となっていて私の相棒はターニャ・デグレチャフだった。
 彼女以外はほぼ男性なので都合が悪かったのかもしれない。そもそも女性士官は極端に数が少ない。

「……酷い顔になったな」
「お前の未来の姿かもな」

 同じ声を良い事に口調を真似てみる。
 私の本来の口調は特に(こだわ)りは無いけれど、何か考えた方がいいのかな。

「デグレチャフ二号生。相手が上司だとどうすれば分かる?」

 名前を呼ぶ時は(せい)と階級を付けるのが一般的らしいので倣ってみた。いちいち言わなければならないのは面倒くさい。ここがスレイン法国なら二つ名だけで通じるのに。

「階級を見ればいいだろう。肩や胸の勲章とか」

 自分たち二号学生の肩には専用の階級章が縫い付けられている。最初はそれが何なのか知らなかった。邪魔だとしても勝手に剥ぎ取ってはいけないと教えられた。
 確かに年長者は色々と装飾品を付けているなと思った。
 世界が違うと常識も変わる。それは分かっていたはずなのだが難儀する事だ。
 この難儀する、という言葉がきっと私の口癖になる気がした。
 本当に学ぶ事が多くて退屈しない世界だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#006

 act 6 


 目の腫れが引くころ一般常識をターニャ、いやデグレチャフに教わりつつ様々な試験を受けた。
 演算宝珠の知識。軍隊教育の様々な事柄。
 それらを全て頭に入れることは出来なかったが怒られる事は少なくなった。
 命令違反で銃殺されるのは戦場に行ってから。士官学校で射殺された例を知らないだけかもしれない。
 重大な実験などの命令は殆ど拒否権が無い。それがたとえ命にかかわる事だとしても。
 その中にあって上司の性奴隷になる事は規定されていないらしい。それが命令であっても従う義理は無い。と、教えてくれたのは『エーリッヒ・フォン・レルゲン少佐だった。少佐という階級は()()()()()()()程度の認識しかないけれど。
 幼女の質問としては異質だと驚かれたかもしれない。

「抗命の規則の事を気にしているようだが、理不尽な命令に対して異議申し立ての手続きは違法ではない。そのような命令を下す不逞(ふてい)(やから)は帝国の恥だ」
些末(さまつ)な質問にお答え下さいまして感謝いたします」

 教えられた敬礼で礼を述べるエステル二号生。

「君といいデグレチャフ二号生といい、幼い子供を兵士にしなければならんとは……。嘆かわしい事だ」
「ありがとうございます。では、失礼致します」

 レルゲン少佐はふとクレマンティーヌ・エステル二号生の顔の(あざ)に気が付いた。
 志願兵の虐待について気にしなければ士気に関わるかもしれないと思った。
 早速、部下に命じて志願兵の調査報告書を取り寄せる。
 魔導適性値の高さは二人共拮抗するほど。声が似ているので姉妹かと思ったが名前は別物。確かに見た目も違う。
 後は性格だろうか、とデグレチャフの身体検査の調査書を眺めていく。
 次にエステルだが魔導の使い方に難がある以外でデグレチャフを上回る。一言で言えば頭脳はデグレチャフ。肉体はエステル。
 この二人が合わさればとても優秀な兵士になるかもしれない。
 だが、問題はそれぞれの性格だ。
 エステルは特に目立った事は無いがデグレチャフは賢いがゆえに大人でも恐怖させる冷徹さを持っていた。徹底的なまでの現実主義者とでもいうような。
 その反動がエステルに向かっているのではないだろうか。

「いくら魔導適性値が高くても戦争は一人では出来はしない」

 どちらも個性的で今後の成長が楽しみでもあり、恐ろしくもある。
 子供を戦場に送る帝国の未来は暗くて険しいのだろう。

          

 次の日、些細な事でエステルは腹を思いっきり蹴られた。
 酒を飲めと命令した上官の誘いを断ったからだが小さな身体の幼女は派手に飛んで行った。
 理不尽な暴力に対してエステルは決して反撃しなかった。
 肉体に自信があったかつての身体であれば武技(ぶぎ)で止めているところだが、今は余計な争いを避けないと追い出される気がした。
 また修道院暮らしをするのは生理的に嫌だった。だから我慢している。
 復讐の機会はいずれ訪れるだろうけれど、迂闊な行動に出ればきっとすぐ自分は死ぬと理解していた。
 人を殺すのは好きだけれど殺されるのは勘弁願いたい。
 エステルは学び舎での暮らしに満足していた。自分の知らない知識を学べる事にここ半年、本当に幸せだった。
 ただ単に殺し尽くすのとは違う。純粋に子供らしく生きられる事に喜びを感じていた。それをすぐに手放せるほど自分の欲は弱くない。

「………」

 弱い身体だが仕方がないと思うところはある。
 日々の鍛錬は一朝一夕にはいかない。
 色んな事を考えつつ床に盛大に血を吐くエステル。
 それでも私はデウス様に感謝します。
 ありがとう。

「信心深き者よ。今のままでは死が待っているぞ」

 デウス様、お久しぶりです。
 お見苦しい姿で申し訳ありません。

「転生してからすっかり邪気が抜け落ちたな。それは良いのだが……。急で悪いのだが命令を修正する事になった」

 はい、なんなりと。私はデウス様の(いぬ)でございます。
 幸せな時間は手放したくない。
 命令不履行になってしまうけれど、短い(せい)とはいえ充実した毎日を過ごせました。
 戦士としてはまだ強くなれていないけれど。

「今しばらくの保留とする。それまで貴様の自由に過ごすと良い」

 今以上の自由は望みません。

「保留であって命令は続いているのだ。遂行しない限り、貴様に安寧の自由など訪れはしない」

 安寧。
 この不自由さも悪くは無いのです。
 素敵な世界に深い感謝を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#007

 act 7 


 エステルの命は風前の(ともしび)となっていた。それでも彼女は幸せそうな顔で眠っている。
 誰も見舞いに来ないと思っていたが一度だけの会話しか交わしていないレルゲン少佐が訪れた。

「内臓破裂による出血が酷く、今日明日が山かと」

 治療を担当する医療班がレルゲンに報告する。
 素行の悪くない小さな少女に対する理不尽な暴力は帝国兵士としては恥だ。
 速やかに加害者を捕縛し、厳重な罰を与える事を眠れるエステルに報告する。

「このまま目覚めなければ二階級特進だな」

 軍の規律を曲解する(やから)に軍服を着る資格はない。
 とはいえ、子供を徴兵する帝国もどうかしているのだろう。だからこそ責任は大人にあると思う。
 年端も行かない子供を下らない理由で死なせるのは情けなくて涙が出る思いだった。
 そんなことを考えているとエステルの目蓋が開いた。

「起きた……、のか?」
「……レルゲン少佐殿……、恐縮であります」

 敬礼しようとしたが腕が動かなかった。
 少女の言葉にレルゲンは返礼する。

「気をしっかり持ちなさい。帝国の医療は世界一だ」

 大きな声にならないように優しく語りかけた。

「……ご心配……には及びません。演算宝珠……の力を以ってすれば……たちどころに……」
演算宝珠に癒しの力があるのか? いや、たとえあったとしても完治には至らないはずだ」

 確かに様々な魔法を行使するとはいえ未だに研究が進められている謎の技術だ。
 だが、エステルは帝国が開発した()()()()()()()()()とは違う魔法の概念を持っている。

 位階(いかい)魔法

 鍛錬を重ねる上で行使できる事は確認していた。問題は何所までの位階とどんな魔法が使えるのかに長く手間取った。
 帝国から支給された演算宝珠の起動で一気に情報が流れ込んで具合が悪くなったが、その中に魔法の一覧表のようなものがあった。そして、それとは別に使用できる武技も。
 尋常ではない数だったのはデウス様の(たまわ)りものかもしれない。
 ちょっと、というかかなり多くて困るんだけど。
 魔法や武技(ぶぎ)というのは覚えたらすぐに使えるような簡単なものではない。
 獲得している職業(クラス)の構成や前提条件コストに必要なアイテムなどが関係してくる。
 武技(ぶぎ)も無限に使えるほど万能ではない。
 いくら演算宝珠でも小さな身体に許容できる絶対量が多すぎては壊れてしまう。精神とか、内臓とか。
 安易な力の獲得ほど怖いものは無い。これはスレイン法国の教義にもある事だ。
 神人(しんじん)人外(じんがい)(よう)する秘密部隊をまとめるのは並大抵のことではない。
 管理できなければ自滅してしまう。かつて自分が漆黒聖典を裏切ったように。
 能力の過信は自滅を招く。

          

 エステルは自分が獲得した魔法の一つを発動しようとした。
 何事も急激な飛躍は怖いものだ。
 第一から第二、第二から第三へと位階を上げていく。

重傷治癒(ヘビー・リカバー)

 信仰系第三位階の魔法だが内蔵損傷を即座に治すほどの力は無い。ただ、かなり痛みは軽減されるはずだ。
 本来ならばもうすぐ八歳児になるような幼女が第三位階を行使するなどスレイン法国であっても『天才』か『巫女』候補に位置する事態だ。
 魔法体系そのものが違う世界。だが、その二つが融合すればどうなるのか。
 互いに干渉し合わず。補い合えば不可能を可能にする魔法の更なる発展に繋がるかもしれない。

「今のはなんだ? 手が光ったようだが……」

 通常、魔法を行使する時に光るのは演算宝珠だ。
 レルゲン少佐は手が先に光る、という初めての現象に驚いた。もちろん、魔法にはあまり詳しくないけれど、報告書で知りえていた内容を思い浮かべてみたが自分の記憶に無い現象に思える。それと気付いたが演算宝珠が輝いていない。そんな事がある得るのか、と。
 色々と不確定要素があるような気がしたので後で質問状を送ってみようかと思った。
 二回ほど魔法を行使した後、身体が楽になったのかエステルは静かに眠りに着いた。

「……顔色が良くなっているように見えるのは錯覚じゃないだろうな」

 瀕死だったはずの血の気の無かった少女の顔に赤みが差してきた。早速、医師に検査を依頼する。
 つい数分前まで絶望的結果を伝えていた医師が驚くほど、()()()体調が回復していたらしい。
 それでも失った血液が戻ったわけではないようで貧血気味のエステルは食事療法をしながら勉学に勤しむことになった。
 奇跡の復活と呼ばれはすれど昇進するわけではない。
 退院後、軍隊教育を中心に学び、半月後から鍛錬を再開するまでに回復した。
 信仰系の魔法とはいえ戦闘に役に立つほど強力ではない。軍隊全てを強化する画期的な兵器でもない。
 エステルは魔法より身体を動かす事が得意な学生なので頭脳労働に関してはなかなか伸び悩んでいた。

「成績だけ見ると子供らしいのだが、代わりにデグレチャフ二号生は大人顔負けだな」
「成績は優秀ですが肉体面はさすがに(おく)れを取っております」

 後れを取らない方が驚愕する事態だ。
 帝国兵士の沽券に関わる。子供に負ける大人が居ては他国の笑いものだ。

「そういえば、料理に関して問題があったらしいが、それはどうなった?」
「はっ。劣悪な環境で育った為に肉料理を受け付けない、というものですね」

 聞いた内容が真実であるのならばとても口に出せないものだ。
 それゆえに理解は出来るのだが血肉を作る上でエステルにはしっかりと食事を摂ってもらいたかった。代わりにデグレチャフは平然と出された食事を平らげている。
 最初こそは拘束してでも無理に食べさせようという案があったが、今は自主性に委ねている。
 本人(エステル)も身体が資本だという事は理解している。それゆえの苦悩なのだろう。

「もっと細かく液状にでもして流し込むしかないか」

 特例としてエステルの料理は特別製にしてもらえないか上層部に打診する。もちろん、予算内に済む方法で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#008

 act 8 


 入学して一年が経ち、デグレチャフ、エステル両人は一号学生に上がった。
 上級生は下級生の指導が出来るようになる。
 今まで大人しく勉学に努めていたデグレチャフは早速、二号生の前で言い放った。

「無能は要らない。さっさと帰りたまえ。ここが地獄だと理解出来ないおめでたい豚は帝国には必要ない」

 見た目には小さな幼女が二倍の身長と年齢はあろうかという新入生相手に冷徹な言葉を浴びせかける。
 今年で九歳になるとは思えない言動に一同はあ然とさせられていた。
 エステルも同じかと思われたが食事療法と自己鍛錬に邁進(まいしん)していて部下の教育に興味が無さそうな雰囲気だった。
 命令も素っ気ない。
 子供らしく可愛い声で命令するのかと思われたが兵士としての仕事に集中しすぎている感がある。
 それはそれでそれぞれ個性的ともいえる。
 声が似ていることから『悪魔のデグレチャフ』と『天使のエステル』というあだ名が付けられ始めた。
 エステルの場合は天使っぽくないがデグレチャフの対比という意味合いだろう。
 これで顔が似ている双子ならばどんなにおぞましい結果になっていただろうか、と噂する者も居た。

「エステル一号生は教育指導より戦技教育がいいのではないでしょうか」
「得手不得手はあるだろうがやってもらわなければならない」

 デグレチャフのような不安要素が無い分、当面は様子見という事で落ち着いていた。
 とにかくデグレチャフは部下の教育には容赦が無い。その反動がエステルに向けられてしまうのではないかと危惧している。というか毎回危惧する事態だと思えた。
 演算宝珠の使用訓練に勤しむエステル一号生は支給された自動小銃を空中から発射する。
 500フィート(150メートル)以上先にある(まと)に撃つだけだが、弾丸に込める様々な術式を試していく。
 爆裂式貫通式誘導式散弾式発光弾式歪曲軌道式
 敵からの攻撃にも対処しなければならないので使われる術式は多い。
 込める魔力量によって威力も様々である。
 指定された術式を短時間で変換し、行使する。
 魔力は使えば無くなる。無くなっていくと意識が散漫になりやすい。
 脱力感というか無力感が襲ってくる。
 支給された演算宝珠と魔力制御装置が非効率的過ぎるのが原因だといわれている。無駄な魔力を垂れ流すので必要以上に消費が激しい。
 開発部に改善要求を提出しているが難航しているという報告があった。

「……今ので何発目だ?」

 と、地上で計測している二号生に尋ねる。

「百五十三発です」
「……もっと撃てる気がするんだけどな。やはり複数起動が原因か……」

 地上に戻り、部下と代わる。

「各自マガジン(弾倉)三つずつ。あまり無駄打ちすると給料から天引きされるかもしれないから大切に使ってね」
「はい!」

 現場を二号生に任せて武器倉庫に向かう。
 弾薬の在庫確認の為だ。
 いくら訓練用とはいえ使えば無くなる。追加の申請をしなければならないので手続きが面倒くさいと思いながら確認作業をしていく。
 何も考えずに戦う兵士は楽だよな、と思いつつも地道な作業が大切である事は理解している。
 スレイン法国に弾薬は無い。消費アイテムは存在するけれど魔法での打ち合いの方が効率的に思えてきた。
 小さな弾丸を撃ち合う戦争の何所が面白いんだろう、と疑問に思えて仕方が無い。だが、攻撃魔法が無い以上は代替武器に頼らざるを得ないのが、この国、この世界の法則のようだ。

          

 射撃訓練の後は格闘技やナイフ術などを(おこな)う。
 格闘技においてエステルは身体が小さいので身長のある部下とは相性が悪い。なにより対等な戦闘訓練にならない。
 手投げ弾の使い方や装備品の使い方。
 自分が習ってきた事を教えるだけなのだが、実際の戦闘でどこまで役に立てるのかは未知数だった。
 エステルの得意とする刃物を使った近接格闘技において、身体の大きい部下達が幼い彼女に勝てた者は居なかった。
 演算宝珠は基本的に手にしたあらゆるものを兵器に変える事が出来る。
 銃剣用の『魔導刃』という術式がある。
 敵魔導師の防壁を破ったり相手の武器を無効化する上では重宝するものだ。もちろん、対人戦闘にも使える。
 魔力で刃を生成するので刃こぼれの心配がほとんど無い。だが、魔力で生成するからこその弱点、というものはある。

「訓練とはいえケガもしよう。その時は治療するので心配はするな」
「よろしくお願いします」

 治癒の魔法はエステル一号生独自の魔法で、一般の魔導師とは一線を画する能力と言われている。
 さすがに切断事故までの重傷は自信が無いと言っていたが。大抵の斬り傷は傷跡を残さずに治してのける。
 そして、エステル一号生は小柄ながら刃物捌きが尋常ではない。
 片手で複数人を相手にしても攻撃が届かない。小柄だからこそ攻めにくい、という事もあるだろうけれど。

「実際の戦闘でこんなに手間隙かけた戦いは非効率的だが……。今はあくまで訓練だ」

 眠そうな顔で数十の斬撃を繰り出す。受け手側も思わず逃走を選択するほど。
 刃の打ち合いは訓練だから(おこな)っているが、実際には的確に一撃で急所を切り裂かねばならない。
 偵察任務の多い魔導師の戦闘は空が主戦場だ。立体的な位置把握が出来なければ命取りになる。

「飛んでくる弾丸を落せとは言わない。防御を固めつつ生き延びる事を考えろ。……勝手な撤退は罰則規定に抵触するようだが……」

 部下達でなくても勝てない見込みの相手には撤退しないと駄目だ、とは思う。だが、帝国の教えでは撤退命令が無い限り勝手な敗走は敵前逃亡扱いになってしまう。
 自己判断の出来ない組織の規律は正直、守りたくなかった。

 本当に難儀する事態だ。

 優しいと評判のエステル一号生の教育の噂は当然、デグレチャフ一号生が面倒を見ている二号生達の耳にも入っていた。
 向こうは天国、こっちは地獄だと。

「そんなに羨ましいのか。軍隊規律の守れない者の下では早死にしか道は無いぞ」
「はっ、恐れながら。エステル一号生の下に居る者は随分と楽をさせてもらっている、と聞いているので羨ましいのです」
「ここは士官学校だぞ。銃弾降り注ぐ戦場ではない。楽で当たり前だ。そんな調子で前線に行ったら蜂の巣だぞ」

 特に偵察任務が(おも)の魔導師なぞ良い(まと)でしかない。
 それを一つ一つ教えなければ理解できない二号生共の頭蓋骨に脳味噌があるのか確認するのを忘れていたとデグレチャフは呆れつつ思った。
 転生元の日本風に言えば『ちょっと飛んでみろ』と言われて素直に従った者の末路は想像するのに(かたく)くない。
 ハンバーグの(ミンチ)を作る為に指導しているわけではない。
 部下の受けが良いエステル一号生の指導が甘いと上官から苦言を(てい)された。
 本人には自覚が無い。そもそも指導することが苦手なのだから仕方が無い。
 規定の修練課程を惰性(だせい)(おこな)っているだけで部下の能力向上に繋がっていない。
 代わりにデグレチャフ一号生の部下は過酷な指導に耐えているせいか、能力は飛躍的に向上していた。
 苦手分野というものはどうしても存在する。ならば適材適所に振り分ければいい。

「……上からのクレーム対応に貴官をどう扱えばいいのか苦慮している」
「申し訳ありません」

 足を軽く開き、手は後ろで組んで待機の姿勢を取るエステル。
 椅子は用意されていないので立ったまま上官の苦言を聞く事になった。

「甘やかしているわけではないのだろうけれど……。もうすぐ卒業だが……。貴官は出世欲は無いのか?」
「特に考えたことはありません」

 そうだろうな、とは思っていた。
 自己鍛錬に重きを置いているので戦場に出せば良い戦功をあげるかもしれない。
 新兵であれば無謀な突撃であえなく二階級特進を量産するところなのだが、エステルの場合はよく分からなかった。
 戦闘技術がとても高い兵士だと報告されている。
 単独先行は基本的に認められていない。それゆえに使いどころの難しい人間ともいえる。
 実際の戦場に放り込めばどう化けるのか、上層部は期待しているようだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#009

 act 9 


 様々な問題が浮上したがデグレチャフ、エステル両名は練兵過程をこなし、卒業を控えた二人は北方方面への実地研修(おこな)う事になった。
 帝国領ノルデンレガドニア協商連合と昔から領土確定で争っていた。しかし、既に帝国領となっているノルデンは表向きは『協商連合と争う余地がない』事になっていた。
 領土というものは二国間協議などで長く交渉が続くものだ。もちろん、どちらも譲る気は無い。
 係争地だと相手に認めさせる為に度々、領土侵犯すれすれの武力による威圧行為が続いていた。
 今回はその敵国兵士が領土侵犯(越境行為)していないかの警戒任務となっている。
 侵犯していれば容赦なく地上の砲兵部隊による砲撃が加えられる。

「ターニャ・デグレチャフ一号生、出発します」

 野外での任務は不測事態が起き易い。そして、魔導師は基本的に偵察任務に着く事が多い。
 遠視術式に()けているし、一般兵士の射撃程度は防御術式で防げる。
 各魔導師の装備は防弾効果のある軍装一式。
 お腹に観測機器、背中に無線機。これは子供用の機器がそもそも無いので幼女にとっては一番のお荷物だ。
 フォルケール工廠製十三式標準演算宝珠が唯一、身軽な持ち物だ。
 武器は観測任務ということで携帯しない事になった。理由としては単独観測で敵を発見したとしても複数人を相手取るのは自殺行為であるし、無謀以外の何者でもない。速やかにコマンドポスト(管制所)に報告を伝えて撤退する方が合理的だ。
 高度6000フィート(1800メートル)まで上昇。
 通常の魔導師の限界は8000フィート(2400メートル)と言われている。それ以上は魔導師に多大な負荷をかけるらしい。
 高度を維持しつつ観測地点まで移動する。
 デグレチャフの他にも越境行為の確認の為に魔導師が散開していた。
 領土の境界線を一人で監視することは魔導師であっても不可能だ。
 帝国領のノルデンは山岳と深い森に覆われた人跡未踏の地となっている。歩兵ならば姿を隠すのに丁度いい地形だろう。だが、大型車両などを持ち込めば空からの監視に引っかかる可能性が高い。

『ノルデンコントロールより、全空域に通達。ノルデンコントロールより、全空域に通達』

 無線から聞こえてくる管制官の声。

協商連合軍の越境行為を確認。研修任務を終了し、速やかに航空遊撃戦に移行せよ。繰り返す……』

 研修と同時に越境行為の確認が認められた場合の部隊編成も同時に終了している。

『こちらノルデンコントロール』

 全魔導師に通達された通信とは別に個人に向けられた無線が聞こえてきた。
 デグレチャフは聞き取る為に耳に手を当てる。

『現刻よりターニャ・デグレチャフ一号生少尉に任官す。哨戒研修を観測任務に移行せよ。コールサインはフェアリー08
「了解。フェアリー08。観測任務に移行する。オーバー」

 大抵のコールサインは分かり易さなのだが『妖精(フェアリー)』とは随分と可愛い比喩だと思った。
 観測任務は至極単純なもの。双眼鏡で敵の姿を発見し、居場所をノルデンコントロールに伝えるだけの簡単な仕事。
 後は砲兵が連続射撃で一掃していく。

          

 魔導師は絶対数が圧倒的に少ない存在だ。もちろん敵方にも魔導師が居ないとも限らないが大部隊を率いるほどの数はどうしても用意できない。
 一般兵にとって空飛ぶ魔導師は脅威の存在だ。術式によっては爆撃を受ける可能性もある。

「こちらフェアリー06協商連合歩兵隊の越境を確認。座標を送る。オーバー」
『了解。これから機銃砲による一斉斉射を(おこな)う。目標の観測を(みつ)にせよ。オーバー』
「フェアリー06。了解」

 同じコールサインを受けたエステルは敵歩兵が吹き飛ばされる様子を無表情で眺めた。
 哨戒任務から着弾観測に移行し、指示を伝える。ただそれだけの仕事だが遠距離に居るやり取りは新鮮だった。
 通信機越しだとデグレチャフとエステルの声はほぼ区別できない。唯一がコールサインの違いくらいなのだが指揮所から指令などの指示を出すCP(コマンドポスト)側では区別できているかもしれないし、担当者が別々という事もある。
 とにかく、実際の戦闘がようやくにして始まったわけだが、特に感じるものは無い。遠くから眺めているだけだからかもしれないけれど。
 与えられた命令を淡々とこなしただけだ。
 現場主義である自分にとっては物足りなさを感じるけれど、意気揚々と敵に突っ込めば命令違反になってしまう。今はお預けを食らっているような状況だ。
 獲物を狙う狩人(ハンター)は決して慌ててはいけない。それは()()()()でも通用するはずだ。
 他の場所でも砲撃が始まったはずだ。
 遠くから位置を伝えて他の敵が居ないか観測する。
 見張り役は地味だが安全ではある。多少は、と付くかもしれないけれど。
 遠距離射撃はスレイン法国では魔法攻撃くらいしか知識に無いが、文明の利器(りき)というものは侮れないものがある。ただ、それでも強固なモンスターに通じるのかは疑問だ。
 とはいえ、この世界にモンスターが居る、という話しは聞いた事が無い。
 名前は伝わっている。それらは空想上の御伽噺(おとぎばなし)として書物に記されているのみだとか。
 無味乾燥な戦闘は面白みに欠ける。だから魔法詠唱者(マジック・キャスター)は苦手だし、嫌いだ。
 戦いは手に感触がある近接戦こそ命をかけるに値するものだ。
 今はただ命令に従う帝国の(いぬ)だが。

「ノルデンコントロール。こちらフェアリー06。着弾を確認。修正無用。効力射され……」

 と、最後まで言い切る前に風を斬るような小さな音が耳に届く、そしてすぐ後で目の前で何かが爆発する。
 爆音で鼓膜が破れたか、目まぐるしく視界が回り、体勢が狂っていく。
 高度3000フィート(1000メートル)以上に居る魔導師に攻撃出来る者は敵方の砲兵か魔導師だ。
 体勢を立て直すのと同時に治癒魔法を唱える。だが、声が出ない。喉を損傷したようだ。
 素早く自分の状況を簡単にだが把握して次の行動に移る。声が無くとも出来る事はある。
 魔法無詠唱(サイレントマジック)特殊技術(スキル)を取っていて良かった、と今は感謝しておく。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)職業(クラス)を取ると専用スキルも取れるようになる。これはスレイン法国で習った知識だ。
 音声を必要としない魔法無詠唱(サイレントマジック)
 二つ同時に放つ魔法二重化(ツインマジック)
 威力を最大化する魔法最強化(マキシマイズマジック)
 貫通力を高める魔法抵抗突破(ペネトレートマジック)
 他にも持続時間延長(エクステンド)範囲拡大(ワイデン)などがあるけれど。
 機銃程度の攻撃ではびくともしないはずの防壁が破られた。つまりは敵魔導師の出現かもしれない。なぜ、感知できなかったのか。
 ()()()()()()の兵器や宝珠などの性能について自分はまだ理解が足りなかったのかもしれない。
 身体というか顔が激しく痛む。
 手の感覚が一時的に消えていることから手首ごと通信機などが吹き飛ばされたらしく、何も聞こえない。
 高位の治癒魔法のおかげで肉体再生が起きているようだが、とても痛い。よく頭が木っ端微塵にならなかった。もう少し場所がズレていたら死んでいるところだ。
 日々の鍛錬は欠かしてはいけないなと思った。

「……っ」

 遠距離が苦手だと見抜かれたわけではないだろうけれど不意打ちは卑怯だ。そして、()()()、と思った。
 やっと敵らしい存在が現れた。
 演算宝珠により痛みを緩和する術式を展開。脳内麻薬の分泌は軽微にとどめる。こればかりは何故か慣れない。
 聴覚が戻る頃には戦闘に移行できるほど回復した筈だ。
 多少でも防壁が機能していたことは幸運と思わなければ。
 デウス様、生き残りました。とりあえず、感謝しておきます。関係ないかもしれませんが。

「やりましたぜ、隊長っ!」
「いやまだだ。向かってくるぞっ!」

 空中を旋回する敵魔導師の喜ぶ声が聞こえた。
 正確な数は不明だが、見えている限りでは十数人ほどだから中隊規模と判断。そしてすぐ気持ち悪さで嘔吐する。

「……ぅえ……。……はぁ、戦闘狂と呼ばれていたクレマンティーヌ様が……、まともな意識で戦わないといけないとは……」

 転生した肉体の影響かもしれない。それはそれで仕方が無い。どうしようもないので。
 敵の人数は散らばっていると予想し、大雑把だが中隊としたが小隊の可能性もある。
 通信途絶の場合はどうするんだったか。
 援軍が来るまで奮闘するのが基本だったかな。

「……偵察任務より実戦の方が楽しみだったんだよねー。……これでようやく()()()()と戦える」

 とは言ったものの得物(武器)が無い。
 無手(むて)は心持ない。
 やはり手に馴染んだ武器というのは無いと寂しいものだ。()()があるのと無いのとでは調子が狂ってしまう。
 あと演算宝珠は意外と便利だというのが実感できた。
 通常の『飛行(フライ)』ではコストと持続時間があるのでいつまでも飛んでいる、というのは難しい。だが、演算宝珠は魔力のみに依存するから注いでいる限り急に持続時間が切れて慌てることがない。
 信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)は治癒しか出来ない後方支援系だと思ったら大間違いだ。

「……空中だといまいち引っ掛かりが足りない」

 基本戦闘は地面の上で繰り広げる。瞬発力を出す為に。
 空中戦は不慣れだが、実戦で練習していくしかない。
 敵前逃亡は銃殺刑。ならば敵は倒すか捕縛が常道。
 壊れた装備品は持っていても仕方が無いので捨てていく。
 身軽になったエステルは首を軽く左右に倒す。小気味良い骨の音が聞こえた。

「……じゃあ、継続戦闘を開始する。いっきまっすよー」

 軽く呼吸を整える。その間にもたくさんの銃弾がエステルに襲い掛かっていた。

〈能力向上〉〈疾風走破〉

 肉体強化の後、空気を蹴るように敵に向かって飛び出す。
 空を文字通り駆けるように()()()()()移動するエステル。
 普段は無気力そうな顔だったが今は獲物を追い求める獣。
 口角を吊り上げて一直線にかけていく。

「敵魔導師……。空中を走っているのか……? き、来ます!
「それぞれ散開して迎撃しろ!」

 空中を旋回する敵魔導師は襲い掛かる脅威に素早く対応し、フォーメーション(陣形)を変えていく。
 相手は武器を持っていないが油断は出来ない。

「……なんだ、あの速さは……」
「距離を取れっ!」

 武器が無いとはいえ(エステル)との接近戦は無謀極まりない。落ち着いて距離を保ち、迎撃するのが正しい方法だ。そして、それを敵は実践して攻撃する。
 様々な方角から飛び交う銃弾を多少は避けるがいくつかはエステルに当たる。

「……痛っ……。……もう、飛び道具はこれだから……」

 武器が無いなら見繕うだけだ。
 つまり着地して石を拾う。と、見せかけて飛び交う銃弾を素手に当てる。

〈不落要塞〉

 爆裂式であれば手首どころか身体全体が吹き飛ぶほどの威力になる。乱れ飛んでいる様子から威力が多少高いだけの誘導式と見当をつけたので手を出してみたわけだが、いとも簡単に手首がへし折れた。殆ど千切れかかっていると言ってもいい。あと、とても痛い。
 そもそも爆裂式は魔力消費が激しい術式で多用は出来ない。まして乱戦向けではない。
 手首を犠牲にして弾いた銃弾を無事な方の手で掴むと同時に治癒魔法を発動する。
 非効率的だがいくつか武器が無いと戦えない。

「あ、あいつ今、なにをやった!?」

 腹部に当たる銃弾は無理に抉り出した。
 手に当てるよりは効率的だが、どっちにしても痛い。

「あ、防御魔法があった……」

 普段から武技(ぶぎ)の戦闘ばかりしていたので魔法は意外と苦手な方だった、と思い出す。
 変に使用して警戒されると戦い難くなるので地味な戦闘を継続する。
 そうして五発の弾丸を手に入れた。

〈超回避〉〈流水加速〉

 世界が水の中に没し、風景がゆっくりとした動きに変わる。
 現時点でどこまで多用できるか分からないが、武技(ぶぎ)を使う為に必要な集中力の残量というか継続使用できる回数が気になるところだ。
 あと二十回も使えたらいい方だ。
 飛び交う銃弾は武技(ぶぎ)とて掴まえる事は難しい。というか出来ない、と思う。この武技(ぶぎ)は敵の攻撃を避ける為と相手との位置をしっかりと把握する為だ。

「まず一人……、〈疾風走破〉

 空中で対象に向かって突進していくエステル。
 使い慣れた武技(ぶぎ)だからか、呼吸するのと同じくらい容易く扱えた。
 避けようとすれども演算宝珠により威力を高めた爆裂式と誘導式を込めた銃弾が襲い掛かる。

「うわっ!」

 当たったとしても小さな爆発のみ。だが、安心を誘ったのは一瞬だけだ。

「それは囮だっ!」

 声をかけてももう手遅れだ。
 加速したエステルの蹴りが首に当たり、骨が砕ける音と共に沈黙。
 だが、それで終わりではない。そのまま相手の自動小銃を手に入れて次の標的に発砲、と同時に駆け出して腹に一撃し、武器を奪う。
 武技(ぶぎ)を併用した空中迎撃。
 近接戦においてエステルに近づいたものの末路は哀れとしか言いようが無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#010

 act 10 


 瞬く間に部下が一人、二人と地面に叩き落されていく。
 回収することが出来るのか中隊長は迷った。
 捕虜になれば自国が不利になる。だから、出来るだけ回収に努めて敵を牽制するしかない。
 いざとなれば味方を殺して撤退する事もありえる。

「化け物め!」

 縦横無尽に駆け巡る小さな襲撃者。それに驚く暇は無かった。
 標的が小さくて素早いのも苦戦する原因だ。

「逃がすと思うか!」
「スー大隊長っ!」

 大隊長を守ろうとした者の腹に自動小銃が突き刺さった。発砲ではなく、銃そのものを武器としたようだ。
 そして、油断しているだろう背後に向けている者に発砲。投擲と様々な攻撃で次々と味方が叩き落されていく。
 たった一人の敵に翻弄されていた。それはとても信じられない。
 一人だからこそ出来る戦法かもしれない。

「くたばれっ!」

 相手が何かを投擲しようとした時を狙って味方が発砲。その銃弾で(エステル)の腕が吹き飛んだ。

「回収出来る者は拾っていけ! 撤退だ!」
「了解っ!」

 牽制しつつ敵中隊は散り散りに飛び去っていく。

「敵の増援が近づいている模様です!」

 と、報告した味方がさっき吹き飛ばした腕をぶつけられて失速していく。

「……なんて奴だ……。これ以上は危険だ。牽制して下がれ!

 背中を見せてはいけない相手だと認識する。
 更に味方の銃弾で飛行ユニットごと足を吹き飛ばすことに成功する。だが、それでも尚、襲ってきそうな気配を感じるので牽制は怠らず距離を離していく。
 まだ相手の手には自動小銃が残っている。
 地面に落ち行く(エステル)は残った手から何かを生成している。

「な、なんだあれはっ!」
第四位階……、鮫水撃(シャーク・ボルト)

 それは空中を駆けて来る。
 エステルの手から現れたのは水で出来た大きな人食い鮫だった。それが味方に向かって襲い掛かる。

「うわぁぁ!」
水蒸気爆発って知ってる? あれって凄い爆発力になるんだよ……ねっ!

 さっき放った魔法の鮫に向かって少し強めの爆裂式が封入された銃弾を投げつける。
 二つのありえざる力の融合により、大爆発を引き起こす。
 それは充分な合図となり、(帝国)の増援が襲来してくる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#011

 act 11 


 敵の(協商連合と思われる)隊長などが撤退していった後でエステルは地面に降り立つ。

「……さすがに水量が多いと本当の意味での大爆発にはならないようだね。ちょっと失敗しちゃったかな?」

 気絶した敵が地面に落ちていく。それだけで地面に叩きつけられれば即死するかもしれない。
 あるいは装備品に助けられるか。もちろん、運が良ければ大怪我で済む。

「あ~あ、あちこち弾を撃ち込まれちゃってるよ。さすがにこれは魔法で取り出せないよね……。痛た……。早く助けて……」

 信号術式を封入した弾丸を投げ上げる。
 全滅させられなかった事でどんな罰が下されるのか考えると気が滅入る。
 いきなり狙撃を受けたし。減給かな。少なくとも敵前逃亡には当たらない筈だ。
 命令違反は通信機器の故障だから不可抗力だ。
 治癒魔法を使うと銃弾が入ったまま傷口が塞がりそうだからどうしようか、と迷っているうちに味方が到着した。

「エステル少尉! 無事か!?」
「身体に銃弾が入ってると思うので看護兵(メディック)を呼んでください」

 慣れない空中戦闘は地上とは勝手が違うものだと疲れを感じた。
 次回までに携帯できる武器を考えおかないといけない。
 担架で運ばれたエステルと入れ違いにデグレチャフが到着し、辺りの惨状を調査していく。
 死亡している敵兵とまだ辛うじて生きている敵兵を回収するのだが、千切れた足などが散乱している事に顔を顰める。
 遠くから眺める分には平気だが、近くで見る人間の残骸というものは吐き気を覚える。
 これが生々しい戦争と言葉で言うのは、とても簡単な事だと思った。
 机上の空論は異世界ファンタジーを語っているようなものだから。
 もし、自分が一人で中隊規模を相手にした場合は即時離脱許可を願う。その時は孤軍奮闘せよ、と言われてしまうかも知れない。
 命令ならば従うが、命は一つしか無い。だが、それでも無駄に散らせたりはしない。自分ならもっと上手く立ち回ろうと考えるはずだ。

          

 北方方面軍の仮設テントで看護兵(メディック)によって銃弾が取り除かれたが詳しい検査は専門医療施設に行かないといけない。
 体内に弾が残ったままというのは気持ちが悪い。そこから病気になっては困る。
 名誉の負傷で戦線離脱許可が下り、エステルは駐屯地の医療施設に搬送され、体内に残存する銃弾の全てが取り除かれた。
 便利な魔法とはいえ都合よく弾を吸いだす魔法に心当たりは無い。
 欠損した肉体は高位の治癒魔法で再生出来るので少しの間、眠らせてもらう事にした。
 慌しい一日が終わって数日後に入院している狭い病室に無理矢理に入ってきた複数の軍人に取り囲まれる事態となった。
 単独で敵部隊と戦闘し、これを撃滅。撤退へと追い込んだ。更に捕虜の確保。
 数多の銃撃にもひるまず味方の応援が到着するまで防衛した功績を認める。
 美辞麗句を並べられているのだがベッドの上で聞かされているエステルはもう少しだけ寝かせてもらえないだろうか、と言いたかった。
 狭い室内に十人近くの将校が入っているので息苦しさを感じる。

「上層部は君を高く評価し、栄誉を讃えて(ほま)れ高き『銀翼突撃章』を授与する」

 枕元に置かれる小さな勲章の後、拍手が起こった。
 話しぶりでは命令違反などの罰則が無い様だったので自分の判断は間違っていなかった事になる。
 武器があれば全滅させられたかもしれない。
 敵を逃がしたのはエステルにとっては不名誉な事だ。後で報復されるのではないかという危惧が残ってしまう。
 慣れない空中戦闘で頭だけでも無事守りきれたのだから良しとしなければならない。
 治癒魔法とて頭部を吹き飛ばされれば死んでしまう。
 顔は吹き飛ばされたようだが。
 褒め称えられている言葉の中に昇進という言葉は出てこなかった。営倉入りや軍法会議が無いだけでも運が良かったと思わなければならない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#012

 act 12 


 ケガ自体は治癒魔法であらかた治してしまったので数日で退院できたのだが、制服につけた勲章はとても珍しいものらしく、出会う軍人に笑顔と拍手で出迎えられてしまった。
 帝国において突撃章の授与はとても名誉な事だとデグレチャフは言っていた。
 その中でも『銀翼突撃章』というのは通常は死人に授与される。それを生きたまま授与されたのは滅多に無い、というかほぼ無い。
 当然の事ながらエステルは軍の組織形態に全くといっていいほどに(うと)い。
 あと、魔導師にとって誉れ高いと言われている二つ名も貰う事になった。
 エステルは二つ名の方が馴染みがある。ちなみに『真紅』という。どういう基準でそうなったのかは分からない。
 前世で勲章と言えば『冒険者プレート』だ。もちろん、実力で勝ち取り増やしていったものだが。
 人から貰うのも悪くはないなと思った。
 ただ、軍内部で勲章をたくさん身に着けた人間はほとんど見かけたことが無い。
 ジャラジャラとうるさくて目立つ事この上ないけれど。

「これ、要らないからあげるって出来る?」
「そういう事は出来ない。諦めてつけていろ。何かの役に立つかもしれないぞ」

 基本的に勲章は軍服に付けたままにする決まりになっていて、飾っておく事はしないという。
 知らない社会構造にエステルは驚かされる。

「お前が前面に出てくれるお陰で私は後方任務で楽をさせてもらった。この調子で頑張ってくれたまえ」

 と、ニコリと微笑むデグレチャフ魔導少尉
 そういえば哨戒任務で昇進したんだったという事を思い出す。

「少尉になったとして見た目で何か変化でもあるの?」
「階級章が変わる」

 と、デグレチャフは自分の肩に縫い付けられている階級章に人差し指を置いた。
 昇進するごとに星が増えたり意匠が変わっていく。
 普段はそれで相手の階級を判断する。名前を覚えていなくても上司に敬礼する目安になる。逆に間違って下の階級の者に敬礼すると笑われてしまう。上司がするのは敬礼に対する返礼だ。

「……それにしても、エステル少尉は軍の構造を全く理解していないとは……。あれだけ勉強したのに」

 というかド素人のまま軍人になった阿呆そのものだ、と呆れていた。だが、それは仕方が無い、とも思う。
 ()()()()()が軍の組織形態を把握してから入隊などしない。ましてデグレチャフは()()()()ある程度の知識を持っているのでスタート地点に違いがあって当たり前だ。
 同期に先を越されることは普通であれば嫉妬を感じるのだが、相手がエステルだと苦笑しか浮かばない。
 最前線に配属されてため息ばかりついていたが今回はエステルのお陰で比較的、楽な任務で終わった。
 良い弾避けとして頑張ってもらいたいものだ。
 戦闘バカは戦闘に。頭脳労働はデスクワーク。
 どちらも楽ではないが危険度は圧倒的に違う。こちらはこちらで仕事を全うするだけだ。
 戦死して二階級特進はいくら上昇志向の自分(ターニャ)でも選びたくない選択だ。
 今のところ『存在X』もなりを潜めているようだし。というか、奴はいついかなる手段で現れるか分からないが邪魔するなら眉間を撃ち抜くだけだ。

          

 エステルは上官に呼ばれ、新たな辞令を受ける事になった。それも同期であるデグレチャフと共に。

「……二人が並ぶと別人のはずなのに声が似ているせいで姉妹と錯覚しそうになるよ」

 聞けば聞くほど区別が付かないほどだ。だが、見た目では明らかに違うのだが、どうしても姉妹だと思ってしまう。
 別々で居てくれれば特に問題は無いのだが、不思議なものだと上官は感心していた。

「はっ、よく言われます」

 声帯模写の特技があるわけではないが二人共、それぞれ不思議には思っていた。
 上官はタバコに火を()けて少し長めに煙りを出す。
 男社会の世界において大人の大半は喫煙者だった。特に会議室はタバコの臭いが染み付いている。
 そこに小さな女の子がやってこようがお構いなし。
 もちろん、全員が喫煙者という訳ではない。
 エステルは麻薬の臭いなどを苦手としているが一般的なタバコの煙りは煙たいけれど頭痛を感じるほどではなかった。もちろん、煙りが充満した部屋の中だとどうなるか本人にも想像がつかないけれど。
 上官が提示した辞令では本国戦技教導隊付きの内示。
 総監部付き技術検証要員としての出向要請。
 エステルにはさっぱり分からない単語が続いた。こういう時はデグレチャフの出番だった。

「かねてより打診があった新型宝珠の試験が(おこな)われるので、それを受け取ってもらいたい、とのことだ」
「新型……でありますか?」

 前線に行け、という辞令に比べれば安全な後方勤務と言えるだろうし、デグレチャフにとっては文句の付け所が無い。
 本国で最新鋭の装備に恵まれる他、様々な技術を身につけられる事では申し分のない内容なので二つ返事で了承するところだ。
 総監部付き、というのは事務や人事部が見守ってくれる中での様々な技術開発に携われるというものだ。今回は新型の演算宝珠の実証実験に付き合わされるようだが、これはさすがに行ってみないと分からない。
 後方任務であるのだから断る理由は無い。
 喜び勇んで二つ返事をすると上官にいい印象を与えないだろうから控えめな返答に留めておく。

「配属命令を受領いたします」

 同時に同じ言葉で言ったので不思議な響きに聞こえた。
 聞けば聞くほど似ている。世の中には不思議な事があるものだと口元が少しだけ緩んだ上官。

「よろしい。取り急ぎ兵站(へいたん)総監部に出向してくれ」

 新型は大抵が極秘。細かい詳細は現場で聞くしか無いのだが、どの程度の代物なのか気にはなる。

          

 新型宝珠の開発、実証実験の為に出向してデグレチャフが驚いたのは信じられない欠陥品であったこと。
 これではモルモットだ、と叫びたい気持ちがあった。
 もし事故があっても脱出装置は万全ですよ、と優しい研究員を一人残らずぶち殺してくれよう、と殺意が芽生えるのも時間の問題だった。
 確かに魔導適性値は他の追随を許さないほど膨大だと言われたが、ものには限度がある。
 胸に大型爆弾を積んで空を飛ばされる気持ちが果たしてどれだけ伝わっているのやら。
 同じ実験につき合わされているエステルは()()()()()()して気絶中。よく五体が無事であったと驚いたものだ。

「おおっ! 安全な後方勤務のはずがぁぁ!」
宝珠核が不安定です!』
「分かっている! それよりパラシュートは()()()()開きますよね!?」

 安全に安全を重ねて丈夫なものを要望したが今日ほど心許ないと思った事は無い。
 見ろ、エステルのパラシュートは飛び出た瞬間に燃え尽きてしまった。
 それでも防御術式が()()()()機能したのは奇跡ではないのか。

「革新的な爆弾の間違いだろぉぉ!」

 爆散。
 防御術式があるとはいえ全身打撲のまま地上に落下。骨折しなかったのが不思議なくらいだ。
 確かにパラシュートは機能した。ボロボロに破れていたが。よくこれで着陸できたものだ。

「で、デグレチャフ魔導少尉!? ご無事ですか!?」
「無事じゃなかったら言葉など出てきませんよ!」

 イタリア赤い悪魔(OTO M35型手榴弾)でも投げてから爆発するというのに。ただし、いつ爆発するか分からない気まぐれの不発弾並みの欠陥品だけど。

新型演算宝珠の爆発テストを受けに来たわけではありません!」

 安全な後方勤務の筈が命をかける結果になるとは。
 今までの演算宝珠に比べれば大幅な出力アップなのだが不安定すぎる。
 通常、宝珠核は一個だけだ。だが、この新型は双発に双発で制御する四機の核を持つ。それを一兵士に制御しろという実験だ。
 死亡事故を何度も起こしている事で未亡人製造機揶揄(やゆ)され、()()()()()()()になった大国(アメリカ合衆国)輸送機(V-22 オスプレイ)の信奉者かと錯覚しそうになった。
 図面では完璧。あとは使いこなせないお前(兵士)が悪い。という理屈はマッドサイエンティストの常套句だ。
 いや、()()マッドサイエンティストに訂正する。
 これを作った奴は底なしのバカだ。

「デグレチャフ少尉」

 と噂をすればクソマッド。
 開発主任の『アーデルハイト・フォン・クソマッド』という。いや、間違いだと認めたくは無いが訂正せねばならない。
 欠陥機を作って自慢しているクソマッド『アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師にはアルムの山にお帰り下さい、と言いたい。
 クララが立った事で満足していればいいものを。わざわざ彼女(クララ)を走って飛んでニーキックまで出来るようにしなくていいんですよ。

「君たちはいつになったらちゃんと制御するのかね」
「これは私達に責任があるのではなく、構造上の欠陥といわざるをえません」
「け、欠陥だと! 私が作った新型宝珠に欠陥などあるはずがない!」

 実際に爆発してるだろ、見てなかったのか、このクソ野郎。
 だいたい飛ぶ前に吹き飛んで正常と言える神経が理解できない。
 そういえばエステル少尉は今頃、医務室だろうか。意識があれば治癒魔法とやらで復帰は早いだろうが、その分実験再開も早いんだろうな。
 同期としてお悔み申し上げる。

ドクトル(シューゲル)宝珠の開発主任なのではありませんでしたか? これは間違いなく爆弾です」
「なにを言っている。演算宝珠を開発しているんだ。破裂して無くなる粗末な兵器などに興味が無い」

 その粗末な兵器なんだよ、クソマッド。
 久しぶりに怒りの湧く人間にめぐり合えてストレスが溜まったり発散したり、気持ち悪い事この上ない。
 よくもまあ小型化したものだ。これだけは誉められるべきものだ。ついでに遠くに投げる手榴弾として量産した方がいい。物凄くコストがかかるだろうけれど。
 それとも戦術核を開発したいのか、このクソ野郎は。
 だったら帝国兵に持たせず、捕虜に持たせて故郷に落とせばいい。
 そうすれば戦争はすぐに終わる。

「四機同調は画期的なのだ。それを成功させることが君達に与えられた仕事の筈だ。なぜ、それが出来ん」
「……何故? 初めから欠陥だと分かっているものをどうすれば成功に導けるかなんて知りませんよ」
「ま、また! また欠陥と言ったな!」
欠陥品です! これは確実に。次は爆発しないように改良でもして下さい。今のままでは命がいくつあっても足りませんので」

 全く、話しの通じない狂人は檻から出すべきではない。
 話しに付き合っていたら医務室にたどり着くまで何年も過ぎてしまう。
 既に転属願いは出しているが中々受理されない。
 それほど帝国は追い詰められているのか。
 少なくとも開発予算を凍結しないと戦争どころではない、と思う。この演算宝珠は戦闘機並みのコストがかかっていると聞いている。
 欠陥品の量産は破滅しかありませんよ。
 画期的な性能を生み出す新型宝珠、と聞こえはいいが机上の空論の成功など眉唾物だ。
 そんなことで成功が約束されるなら他の国にだって作れる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#013

 act 13 


 いくら治癒魔法を持っているとはいえ爆発に耐えられなければ死んでいる。
 夜間に意識を回復したエステルは身動きが取れるか確認した後で魔法を唱える。
 第四位階までの行使は確認したが第六位階までいかないと危ないかもしれない。
 戦士としては第六位階でも充分だろう。あまり信仰系に偏っては戦士としての力量が減退してしまう。
 それにしても酷い目にあった。
 上空で爆散しなかっただけ奇跡としか言いようが無い。

「……デウス様。このままでは天に召されてしまうのですが……」

 祈りを捧げれば何かくれるとか言っていたことも忘れてきた。
 意識が飛び続けると思考も飛ぶのではないだろうか。
 折角の技術や知識は忘れたくない。
 数年前に迂闊に食べた肉が原因なのかは分からないけれど。いずれ戦闘に支障が出れば転生した甲斐(かい)が無くなってしまう。
 どうかお見捨てにならないで下さい、デウス様。
 スレイン法国でも神への祈りは適当だったクレマンティーヌとしては新しい(せい)謳歌(おうか)したい欲望がとても強い。
 (つつ)ましやかに生活し、一方的な暴力にも耐えてきた。時には反撃するけれど。
 それでもまだ自分は戦い足りない。
 少なくともあと四十年は生きていたいです。結婚して子供を作るのは諦めてもいいけれど。

「欲にまみれておるクセに信心深いとはあいも変わらぬな貴様は」

 世界の時が止まり、聞き覚えのある神の声。それだけで自然と涙がこぼれる。
 デウス様。
 神への祈りを捧げるスレイン法国式での姿勢を取る。

「神への祈りを忘れていない貴様の為に聖遺物を与える。だが、我々はあまり干渉できる立場に無い。無神論者の不届き者が居るからな」

 では、その者を殺してまいりましょう。

「力ずくでは神の威光が台無しだ。その事はこちらで検討するゆえ……。それより貴様が得た力をもう少し鮮明としよう。与えた命令に変更は無いが……。(すこ)やかに過ごすが良い」

 ありがたき幸せにございます。
 そして、気がつけばベッドで寝ている自分に気が付く。
 白昼夢のようなひと時は夢幻(ゆめまぼろし)だったのか。
 そうであっても別に構わない。
 戦士として戦えるのであれば文句があろうはずが無い。

          

 翌日も実験なのだが今回はいきなり爆発せずに飛ぶことが出来た。
 今までの演算宝珠に比べて高出力で空を飛べる。
 理論上は18000フィート(5400メートル)。さすがにそこまで飛べるのか自信が無いし、地上戦闘に慣れているエステルとしては本当に怖いと思った。
 人間は地上で生活する生き物だ。鳥と同じ生活をすぐに出来るわけがない。
 空中制御も一段と難しくなっている。
 口を開ければ突風によりすぐ窒息するかもしれない。
 様々な術式で身体を守りつつ通信機で地上とやりとりする。

『今のところ問題無し』
「高度6000(1800メートル)。制御乱れあり」
『了解』

 通常の宝珠の運用範囲ならば多少の誤差は問題ではない。
 もう少し高度を上げてからが本当の戦いだ。
 移動速度の向上で視界確保が難しい。ゴーグルは必須。裸眼では水分が飛んで涙が止め処も無く出てくる事態になるかもしれない。
 酸素の薄い地域に突入するので、酸素生成の術式の制御に問題が無いか絶えず気にする必要がある。
 確かに万能に近い演算宝珠なのだが呆れるくらい多機能でビックリだ。

「……おっとっと……。あわわっ……」

 繊細な動作を要求する新型はとても乗り心地の悪いものだった。
 内部構造の説明を受けてもさっぱり分からないエステルにとって製作者を信じる以外の道がない。
 信じて吹き飛ぶのは騙されているのと同義ではないのか。
 多少の乱高下はあるが今のところは爆発せずに飛行できている。

酸素生成術式……。防御術式。気圧調整……」

 喋りながら飛ぶのは気持ちが悪い。
 顔に当たる風が冷たくて口が震えて上手く喋れない。

宝珠核の温度上昇!』
「了解。魔力を放出し」

 爆散。
 意識の飛んだエステルが次に気がついた時はベッドの上だった。
 自分は今まで空を飛んでいたはず、夢だったのかなと思うほど風景に違いがありすぎた。

「目が覚めたか、エステル魔導少尉。……地上に激突する前に回収できて良かった」

 と、安堵の表情を向けるのはデグレチャフだった。
 空中で受け止めてくれたのかもしれない。全く覚えていないけれど。
 あと、彼女が居なければ天に召されていたかもしれない。どうなっているんですか、デウス様。
 言葉が出ないのは包帯のせいではなく、爆発により鼻から下が吹き飛んでいるからだ。よく首が繋がっているものだと自分でも驚いた。
 治癒魔法とはいえ大怪我を治すものは限られてくる。
 第四位階でも再生しない事はないが時間がかかる。
 接触魔法は対象が一人だけ。集団にかける場合はもっと高位になるから使いどころが限られてくる。
 失った肉体が徐々に戻ってもまた失う事になると拷問にしか思えない。

「治癒魔法か……。痛みを和らげる……、いや、脳内麻薬に抵抗があったな。とにかく、休むといい」
「ありがとう」
「まだ感謝は早いぞ。あのマッド(シューゲル)の実験は終わっていないだから」

 デグレチャフは怒りで爆発しそうな顔のまま自分の部屋に戻っていった。
 あまり他人に興味があるとは思えなかった彼女にも怒り、というものがあるようだ。
 喜怒哀楽に関して淡白だと思っていたが違うようだ。

          

 新型宝珠の正式名称は『エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠』という。
 宝珠核を四機搭載し、高出力の性能を発揮する。当然、魔力もそれ相応に消費される。
 それはつまり通常の宝珠を四個ぶらさげればいいだけなのでは、と言ったら物凄く怒られるだろうな。
 二機の同調でさえ難しいと言われているものを更に難しくした革新的な宝珠が謳い文句だが、実際に使うのは兵士だ。

「く、クレマンティーヌ・エステル魔導少尉……。しゅ、出発……しま……す」

 朝から何故だか身体が震えて声がうまく出て来ない。

『だ、大丈夫ですか? 体調が悪いなら』
『さっさと飛びたまえ』

 容赦の無い声はシューゲル主任技師だった。
 デグレチャフより大人しいと言われるエステルにも恫喝じみた声をぶつけてくる。

「りょ、了解……」

 震える身体のまま空を飛ぶ。
 高度3000(900メートル)辺りでエステルは意識を失い、落下した。
 気がついた時は医務室だった。
 昨日と同様にデグレチャフが助けてくれたようだ。
 一緒の実験なので待機していた事が(さいわ)いした。

「貴官は貧血だそうだ。そんな調子で高高度の実験は無理だ」
「……どうりで……」

 血が足りない時は思うように身体が動かないものだ。
 充分な血液が無いだけで身体に異常をきたす。いくら万能と言われる魔法でも血液を精製するものをエステルは知らない。
 食事療法が有効的だろうけれど、この施設に満足な食事などあっただろうか。

「食料については明日届くらしいが充分に休むといい。無理しても実験など成功しない」

 予算を凍結しないなら兵士に満足な食料くらいは寄越せ、と大声で叫びたいところだ、とデグレチャフは思った。
 エステルの魔法は思っていたほど万能ではないかもしれない。

          

 鉄分補給はいいが即席の輸血をさせようとしたシューゲル主任技師の意見はデグレチャフや上層部が却下したようだ。
 身体が資本の兵士は使い捨ての駒ではない。

「ドクトル。貴方にとって実験動物かもしれませんが一日で完全復活できるほど即席兵士ではありませんよ」

 人間とカップラーメンの区別が出来ていないんじゃないか、この男は。とデグレチャフは呆れつつも憤慨する。
 ほら、三分経った。走れるだろって言っているようなものだ。
 これが自分の部下なら、言うかもしれないな、と思わないでもないけれど。
 訓練の一環で口汚い言葉を使うのは能力向上にとって必要だからだ。
 むざむざ与えられた部下をポンポン殺して返すようでは軍隊として狂っている。

「時間は有限だ。のんびりとベッドの上で休ませる余裕は無いのだよ」
「無かろうが時間は作っていただきます。それともドクトルの造っているものは新型宝珠ではなく新型花火ですか? 毎回、綺麗に爆発しますから、そりゃあ綺麗でしょうけれど」

 兵士は打ち上げ花火ではない。
 敵に狙撃される前に爆発する花火を作ってどうするんだ、このクソマッドが。
 爆発すると分かっている花火を抱いて飛ぶ兵士の気持ちは伝わらないんだろうな。戦闘に長けたエステルでさえ気弱な子供と成り果てているじゃないか。
 一応『銀翼突撃章』保持者だぞ。ここで二個目を授与させる気か。

「ドクトルの実験は二階級特進の量産計画だとは知りませんでしたよ」
「君ら兵士が制御すればいいだけの簡単な話しではないか。理論上は完成しているんだ。後は君らがうまく使いこなす番だ」
「理論と実践は違いますよ、ドクトル」

 それを本気で言ってるなら仮想敵国の科学者も画期的な演算宝珠をとっくに開発している。
 確かに新型は革新的ではあるし、従来の演算宝珠と同等の大きさで宝珠核を四つも搭載させている。
 一気に小型化が成功して舞い上がっているのではないのか。
 実験より安全を考慮してもらう事にした。どの道、改善しないままでは何度やっても予算の無駄としかいいようがない。
 帝国が敗北するというよりは予算の枯渇(こかつ)で自滅するんじゃないか。確かドイツも戦時中は食料に困って居た筈だ。
 次の日、実験場に食料が届いたわけだがエステルは肉料理が苦手だ。しかし、食べられないわけではない。
 細かく切り刻み、小さくして少しずつ食べるのだが、貧血の影響か手に力が入らない状態になっていた。
 育ち盛りの子供なのに肉を受け付けないのは大変な事だと思う。
 同じ施設で育ったデグレチャフは独自に食料を得て今まで生き延びてきた。
 あの地獄(修道院)に比べれば軍の料理など容易く平らげられる。
 不味いが食べられない事はない。だが、あの地獄は違う。
 食べてはいけないものを食べなければ長生きできない。そして、エステルは確実に味を知ってしまったがゆえに食事に手間取っている。
 頭では分かっている筈だ。だから、必死に食べようと努力している。
 何も知らない無知でいれば苦しまなくて済んだのかもしれない。けれども、極限状態の世界で生き延びたエステルはデグレチャフですら逃げ出す場所に居座り続けたのだ。
 普段は大人しい性格に見える。だが、確実に狂気を隠し持っている。

「……やはり肉は苦手か」
「本当は大好き。物凄くお腹が空いている」

 腹が鳴っている音は聞こえている。それでも手が拒否している。それを食べるな、と。
 基本的にエステルはなんでも食べるらしい。毒物以外。
 血液を造るためとはいえ大量に食べれば済む問題ではない。食べたら肛門から出るものだ。
 必要な栄養をしっかり身体が吸収しない限り、時間ばかりかかってしまう。
 食事療法というのは即席で出来るものではない。
 食事の後は鍛錬。とにかく、エステルは自己鍛錬に余念が無い。
 暇だったのでエステルの肉を食べ易くする為に細かくしながらクソマッドをどうやってぶっ殺そうか思案する。その怒りのお陰か、硬い肉が()()切れる。
 いくら食糧難とはいえ帝国は農業の事をどう考えているのか。
 珈琲一つもまともに用意できない。
 肉とビールで喜ぶのは大人だけだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 45~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。