狂女戦記 (ホワイトブリム)
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#001

 act 1 

 

 クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティアという女は今まさに最期の時を迎えようとしていた。

 絶対の自信を持っていた肉体が無残に圧迫されて身動きが取れなくなるという事態に陥っている。

 自分の選択は何処で間違えたのか。

 いや、間違えてはいない。ただ、想定の範疇(はんちゅう)を超えていただけだ。

 この世には自分の知らない事がまだまだたくさんある、という事を知った。

 生きてきた範囲に居るモンスターは(すべか)らく討伐してきた漆黒聖典という秘密部隊において、かつてない凶悪無比なモンスターが存在するとは。

 化け物は自分の部隊の隊長漆黒聖典』や番外席次絶死絶命』という半森妖精(ハーフエルフ)人外(じんがい)くらいだと思っていた。

 いや、あれは半森妖精(ハーフエルフ)ではなかった。

 

 半神森聖霊(ハーフケルヌンノス)と言ったか。

 

 命の灯火が消える間際だというのに自分は生に(すが)っている。

 生きていたいと。多くの命を奪ってきたのに、だ。

 殴っても、叩いても、噛み付いてもビクともしない。

 これほど硬い身体を持つモンスターが存在しえるのは想定外ではあるけれど、偽装であれば仕方がない。

 狡猾(こうかつ)なモンスターほど強敵なのは世の常識だ。

 だが、勿体(もったい)ない。

 これほどの相手ならばもっと色んな技の実験台となってくれただろうに。

 それが何も通用しないまま終わっていくのだから。

 

「……ケヘッ」

 

 言葉もまともに出て来なくなった。

 それもまた仕方がない。

 そう。

 仕方がない。

 世の中には対等な戦闘など試合形式くらいだ。

 本物の戦いは常に殺し合い。対等などというものはない。

 だからこれは真っ当な戦闘なのだ。

 敗北者は死ぬ。

 無残に惨めったらしく糞尿を垂れ流して男女問わずに。

 そして、クレマンティーヌは多くの挑戦者と同じように物言わぬ肉塊と化して死んだ。

 

          

 

 悪事を重ねた人間は地獄の奥底で永遠の責め苦を味わうとスレイン法国の教義で教わった。

 そして、今の自分はそこへ向かう途中なのだろう。

 通常、死者は蘇生魔法を受けるまで静かな時を過ごすと言われている。

 

「全く嘆かわしい!」

 

 静寂を破るような異質で大きな声。

 老人のような少ししわがれた声に聞こえた。

 

「貴様は人間的に狂いすぎている!」

 

 それは誉め言葉だろうか。あと、うるさいよ。耳は悪い方ではないんだけどな。

 

「誉めてはおらん! 呆れているのだ!」

 

 ごめんなさい。

 私も最初は蝶よ花よと愛でられたものだよ。

 過酷な訓練に聞きたくない教義と狂信的な愛国教育にはつくづくうんざりしててね。

 

「その割りに全く信仰心というものが無いではないか!」

 

 当たり前じゃん。

 あんな国を愛する理由が何所にある。

 知らない神様に願ったって幸せにはなれなかった。

 

六大神だったか? そんなはぐれ神よりも唯一神を祈れ、馬鹿者が!

 

 六大神以外の神様なんて知らないもん。

 唯一神に祈ると何がもらえるのさ。

 

「信仰心の無い者にやれるものなどあるわけがない! たわけが!」

 

 あっそ。じゃあ二度と祈らない。

 神でも殺すし、むしろ死ね。

 あと、私はどうせ死んでるし。どうしようもないけどさ。

 

「口だけは一人前だな。ところで……、貴様は十戒(じっかい)というものを知らんのか?」

 

 知らない。

 たぶん、そんな言葉は初耳だね。どういう意味なのかな。

 

唯一神は私だけ、とかだ」

 

 ふ~ん。

 

「汝殺すべからず。……それを(ことごと)く見事に破り、好き放題に殺しおって。神を過労死させるつもりか!

 

 良かったじゃん。死ねて。

 神でも死ねばいい。

 

「貴様の前任者も口が達者で好き放題に殺しを楽しんでおったが……。そうだな。貴様も信仰心とやらに目覚めが良かろう」

 

 信仰する神にも拠るけれど。

 邪神はもう間に合ってるんで。淫靡(いんび)な神様がいいな。

 性行為自由教とか。

 

「意味も無く(しゅ)を増やしては仕事が増えるだけだ」

 

 まあ、そうなんだけどね。一年中の性行為は飽きるだろうね。一年連続でやったら穴が広がったままになって使い物にならなくなるか。

 

「貴様も神への信仰に目覚めて生きる喜びを知るがいい!」

 

 もういいよ。

 

「なに?」

 

 私は確かに人間を多く殺してきたけれど。これでも自分の実力に自信があった。

 最後の相手には全く通じなかった。だから負けて殺された。

 それでも神とやらが再度の蘇生をしてくれるのならば私はもっと強くなってみたいな。

 あと、知ってるかな。

 

「なんだ?」

 

 人間には限界があるんだよ。

 

「当然知っている」

 

 武技(ぶぎ)魔法にも制限があって自分で何を選べばいいのか分からない。

 強いって事も実は分からない。

 それはそれで楽しいんだろうけれど。

 でも、物足りないんだよね。

 多くの技術があれば、と思う時がある。

 

「つまりもっと多くの技術を使えるようにしろと?」

 

 神すら(ほふ)る御技を体得したい。

 当然、人間だから『集中力』を消費してしまうし、自分の限界を知ってしまうと股間をいじるくらいしかやってられなくなる。

 あっ、自慰(じい)示威(じい)をかけただけだから気にしないで。

 

「神への信仰心が増えるのであれば考えてやらんでもない」

 

 つまり言う事は聞いたけれどやるとは言っていない、という言い訳かな。

 

「神はそこまでケチではないぞ。欲しい力はくれてやろう。まず貴様にやってもらいたい事があるのだがな」

 

 聞くだけタダだから聞いてあげる。

 えっと、神様って呼べばいいのかな。

 

「あの馬鹿者は私を『存在X』と呼ぶがな。唯一神の御名は人間如きに教えられるものではない」

 

 スレイン法国では『スルシャーナ』っていう神様の名前とかが伝わっているよ。人間如きに名前を教えてくれたありがたい神様なんだけれど。

 

「ふむ。ここは我等の敵対する()()()の名でも……、いや駄目だな。敵を利する事になる。全く、厄介な存在よ、()()()()()()め!

 

 へー。敵が居るのー。

 

「貴様には関係の無い事だが。あれは幾多の世界を破壊し、消し去るものだ。我等の世界すら半壊させていきおった。とんでもない……、おほん。話しが脱線したな。破壊神は貴様らの味方にはならん。あれには専用の敵(アーダル……なんとか)でしか対応出来んから厄介なのだが……」

 

 ふーん。

 

「貴様をこれから争いの絶えない世界に送るわけだが……。下準備が必要だろう」

 

 名前は適当でいいのかな。

 

「貴様が求める力とやらを十全に与える事は出来ない。だが、きっかけは与えられるがな」

 

 つまり自分で鍛錬を積めってやつだね。いいよ、いいよ。手放しで貰おうとは思っていないさ。で、珍奇な名前になってもいいのかな。

 

「……ここまで素直な人類ならば私も楽が出来たのだがな。敬虔な働きによっては更なる特典も考慮しよう。それで貴様は神の殉教者となるか?」

 

 えー。神様の為に死ぬのは嫌だな。

 それって用無しになったら自殺しろって事じゃん。

 有意義な人生の最後は自分で決めたい。ここが死に時だっていうのは選ぶ権利があると思うんだよね。今まさに死んでるけど。

 

「神の名を(たた)えよ」

 

 讃えようにも名前知らないから。

 

「教えたところで発音できるとは思えんがな」

 

 そういえば、聞いていいかな。

 

「なんだ?」

 

 大方の予想では蘇生されそうだけど、生き返って死ぬを繰り返す刑罰なのかな。

 

「そこまで面倒は見ん。貴様の働きによっては御使いに招聘(しょうへい)してやってもよい」

 

 私だって安らかな眠りを欲するよ。

 これも罰なら甘んじて受けよう。そうするだけの覚悟が無い者に力は与えられない。だからこそ私は戦い続けた。

 あと、神様。ちゃんと名前教えてよ。どう呼べばいいのか分からないじゃん。

 

「父か『デウス』と呼ぶといい。これくらいなら呼びやすかろう」

 

 なんかヤダ。

 親には良い想い出が無いから。

 

我侭(わがまま)な人間だ。だが、試す価値は……。我が御名を讃えよ。貴様にも()同様の聖遺物を与える。ただし、それは実力で勝ち得よ」

 

 了解、デウス様。

 

「……神に感謝する簡単な事も今の人間共はまともに出来んとは嘆かわしい事だ……。やはり信仰心の厚い国の者は違うな。新たな転生先は過酷だが神の偉大さを知れ。さすれば死して後の安寧を約束しよう」

 

 神様が嘘吐きならぶっ殺すからね。

 じゃあ、よろしくお願いします。

 

「口だけは一人前だな。肉体的な鍛錬とやらが済み次第やってもらいたい事がある」

 

 成功率にも拠るけれど失敗したら永劫の拷問が待っていたりするのかな。

 

「転生を望むか、魂を浄化して草木の足しにする。成功の(あかつき)には神の御元だ。野蛮な拷問などしない」

 

 転生ばかりでも拷問だと思うけれど。

 失敗してもあまり怒られないなら頑張るよ。

 

「多少、信仰心のある者は従順で好ましいな。全くっ! ああ、また脱線したな。では、(みことのり)を与える。転生先に居る馬鹿者……。ターニャ・フォン・デグレチャフを速やかに()し、ここに連れてこい。あとは貴様の自由だ。以降は信仰心の積み上げに貢献せよ」

 

 大命を拝します。

 身命を賭して任務を遂行いたします。

 

          

 

 神に祈りを捧げる。確かにそれは簡単な事だ。

 それよりも神様とやらが直々に声をかけてくれるのは存外、悪い気はしなかった。

 永遠の説教かと覚悟していたが。

 程なく意識が無くなり、次に気がついた時は世界が変わっていた。

 どれくらいかと聞かれても困るけれど、きっと言葉では言い表せないくらいだ。

 暗くて生臭い空間から外に引きずり出される様子がなぜか手に取るようにわかる、感じ。

 自分で言葉を発したり動く事は出来ないようだ。

 初めての大気に驚き、初めて出た言葉は至極単純。

 

「……んぎゃあ」

 

 今にも死にそうな赤子の泣き声そのもの。

 意識のある転生にしては酷すぎやしないだろうか。これで人を殺せっていうのは無理だ。

 まあ、鍛錬を積んで下準備を整えてからって事だったし、気長なに頑張ってみるよ。

 知らない女の腹から抜き出される様子が分かるというのは気持ち悪いものだ。少し無知であればいいなって思わないでもない。

 身動きが取れない状態で無駄に時間が過ぎていく頃、私はどうやら捨てられたらしい。

 いきなり死ぬのは勘弁してほしいんですけど、神様。これでは祈る以前の問題だと思います。

 これで信仰心が増えるとは宗教国家のスレイン法国でも無理な話しだ。

 寒い。とにかく、寒い。

 周りを把握出来ない状況でも耳は多少は機能している。

 しばらくは言葉の練習くらいしか出来そうにない。

 気がつけば一年、二年と過ぎた。

 現在居るのは何処かの建物。孤児院や修道院と呼ばれる今にも朽ちて倒壊しそうな雰囲気があり、捨て子や難民を多く匿って育てている。

 子供が多ければ食料も早く無くなる。資金源は寄付金のみ。

 食事は粗末なものだが食材が不足しているので仕方が無い。だから餓死者も(たま)に出る。

 小さな子供が餓死するとどうなるのか。当然、解体して生き残った子供の(かて)となる。

 幼子(おさなご)にとって肉が元々は何であったかなど理解できたものは年長者くらいだ。

 しばらくすると病気が蔓延(まんえん)して一気に人数が減る。

 生き残っているのは肉を食べなかった子供たちだ。そして、それを適度に繰り返して修道院とやらは新たな子供と寄付金を集めている。

 過酷な世界とは言い得て(みょう)だ。

 仲間意識は低く、尚且つ誰かが死んだとて大人も子供も気にしない。ただ、修道女(シスター)達は悲しみに暮れる。

 正確には()()()()()()をしているだけだが。

 ある程度、手足が動くようになった私は決して肉だけは食べなかった。最初こそは食べた気がするけれど、量にも拠るし。

 それくらいの拷問(ごうもん)()()()()で知っているから。

 知識は貴重な財産だ。

 そんな状態にもかかわらず子供たちはとても(したた)かだ。

 修道女(シスター)の目を盗んではケンカに窃盗、果ては何所で覚えてきたのか性行為(いそ)しむ始末。

 この国は冬場はとても冷えるので互いに身体を寄せ合って暖を取る事がある。その過程でよからぬことを自然と覚えていくのだろう。動物の本能のままに。

 助け合って寒さを(しの)ぐ美談は夢物語だ。

 私も襲われそうになったので去勢(きょせい)した後、シチューの具として調理して食べさせてやった。

 何も知らない子供からすればウインナーゆで卵にしか見えない。無知であるゆえ()()()()()()()()()()羨ましいと言っていた。

 当然、罰があるはずだが運がいいのか悪いのか。小さな女の子(三歳児)に残酷な事など出来る筈がない、と都合の良い言い訳を修道女(シスター)は自分に言い聞かせて()()()()()()をした。

 孤児院に出来る事は何もない。だから、罰があっても殴打くらいだ。

 修道院の現状を考えれば子供一人に罰を与える労力は無駄以外の何者でもない。あと、去勢した子供は数日後に失血死だったか、流行り病にかかり子供たちの夕食となってしまったようだが。

 本当にこの世界は素敵に狂っていて好きになりそうだ。

 食事の合間に私がすることは鍛錬のみ。ただひたすらに。

 そういえば集められた子供の中に殺すべき対象である『ターニャ』なる女の子が居たが同姓同名だろうか。

 確かに『ターニャ・デグレチャフ』という名前なのだが今殺せばいいのか。それとも後で始末するのか。

 準備を終えてからという事だから後なんだろうけれど。

 そういえば名前しか聞いてないからどうすればいいんだろう。

 間違って殺して怒られるのは嫌だな。

 分からなくなったら鍛錬だ。

 



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#002

 act 2 

 

 子供が増えたり減ったりしながら時が過ぎていく。

 私が居る世界というのは戦争をしているらしい。

 修道院の中では大して知る事は出来ないけれど、私はターニャの行動を念のために注視する。この修道院の中で自分自身を守っている年長者は意外と居るのだが、理性を保っているのは十人程度。

 世界を呪っていそうな冷徹な瞳。決して油断しない(したた)かさ。

 そして、私と声がそっくり。真似をしても区別できないくらい。

 ターニャが驚きの声を上げたのはこれが初めてではないだろうか。

 食事にも気を使っている。決して食べてはいけないものが何なのかちゃんと分かっている。

 頭はいい。ただ、肉体的な戦士としての強さは無さそうだ。

 頭脳労働向きとでもいうのか。私とは真逆の存在。

 きっとこいつだ。殺すべき対象は。

 実際問題として私自身はターニャを殺す理由は無い。デウス様の命令があるけれど(したた)かさに興味が湧いていた。命令を動機にすぐ殺すのも面白くない。

 

 面白くない事はやりたくない。

 

 たとえそれが大好きな人殺しでも。

 そして気がつけば見知らぬ母から生まれ出て四年目となっていた。

 私は未だに生きている。強姦(ごうかん)されそうになったことは数えるのも面倒くさいほどだ。もちろん全て撃退し、()()は何故か姿を消す。

 時には食べた料理に当たって死にそうになった事は割りとあったけれど。

 ターニャは持ち前の頭脳で難局を乗り越えてきたらしく、風邪以外の病気にかかった事は私の知る限りにおいて一度も無い。

 入れ替えの激しい子供達は修道院が存続する限り、これからも混沌とした生活を送っていく。

 弱い女は病気になりやすい。

 性行為のし過ぎで感染症を(わずら)い、失明したり、脳障害でのた打ち回ったり、自殺したりする。当然、男子も性機能障害になったり、多臓器不全とかになったりして死んでいく。

 その殆どが五歳児未満。

 それでも修道女(シスター)は悲しみの演技を続けている。

 身寄りの無い子供の死を悼む事が至上の喜びであるように。

 

          

 

 実際問題として食べ物がないのは事実だ。少しずつ寄付金も減っていく。

 畑で作物を育ててはいる。土地が痩せていて育ちにくい環境だから国自体が荒んでいるともいえる。

 改善しようにも戦争が障害となっていた。

 畑作業より志願兵となった方が収入がいいらしい。ターニャから聞いたけれど。

 賢い女の子だと思った。

 殺す相手の事を知るのは大事だ。だから友達から始めようかと思った。

 

「周り全てが仮想敵となっている。帝国はどれか一方を攻める戦略により身動きが取れない」

 

 拾ってきた新聞から様々な情報を得るターニャ。あと食料も独自に手に入れてくる。それを私は詮索しない。

 他人の獲物を奪うことは容易いのだが短絡的な手法は後々困るし、処世術は何かと世渡りに役立つ。得るものが多い以上は学ばせてもらう。

 私は後から文字を覚えたが肉体労働と頭脳労働は使う部分が違うのか感心させられる。

 この国はとにかく敵が多くて発展に資金を使う事が出来ない。

 あちこちで戦闘をしているから土地を(たがや)す人材が慢性的に不足しているという。

 理屈では理解出来るのだが戦争を終わらせる方法は無いのだろうか。と、思った時にデウス様の言葉を思い出す。

 

 争いの絶えない世界。

 

 だから、戦争は終わらない、という理屈かもしれない。

 ごめんなさい、デウス様。栄養が足りないと困るんですけど。その辺りはなんとかなりませんかね。筋肉が全然つかなくて疲れやすいんです。

 ターニャも黙っていたら栄養失調で死ぬんじゃないですか、と。

 身体が資本なので。まさかと思いますが人肉料理で栄養をつけろとか言わないですよね。死にますよ、私。

 此処(ここ)のところ、下痢が酷くて眩暈(めまい)も感じているんですから。

 私の祈りは虚しく空に掻き消える。見捨てられたのかもしれない。それはそれで仕方が無い。

 裏切られる事は()()()()事だから。

 騙される奴が悪い。

 一ヶ月が過ぎた辺りで伝染病が蔓延し、三分の一の子供が一気に死んだ。

 さすがに解体はされずに地面に埋めてしまった。

 彼らの養分で育った作物を調理して私は生きながらえている。

 土葬の風習なのか。それとも火葬にする費用が無いだけなのか。

 環境としては最悪だ。

 そしてこれはここだけの問題ではなく国全体に広がっていた。

 今日まで口減らしで食事に毒を盛られる事は無かったが、最悪の事態は想定しておく。

 食料が尽きたら逃げ出せばいい。だが、栄養の足りない状況下で、それは無駄な足掻きになるかもしれない。

 実際に逃げ出す子供は居る。

 その後、どうなったかは知らない。誰も追いかけようとはしないから。

 出るのは自由。残る事が地獄かもしれない。

 雨風を(しの)げる、という淡い希望が事態を悪化させている。

 それでも訓練だと思えば耐えられる。だからこそ私は生き残れている、気がする。

 五歳になる頃、読み書きを本格的に始めた。

 もっと早くからやればいいのにと思われるが修道院に余裕が無かっただけだ。毎日、飽きもせず聖書の音読。正直、内容は全く理解していないし、何を言っているのか分からなかった。

 とにかく神を(うやま)えって事だろうと安易に思っていた。

 神の教えより性行為が大事な子供が多かったけれど。

 過酷な環境の影響で性的欲求が刺激され易いのだろう。娯楽は無いし、明るい時間は様々な労働に明け暮れて資金稼ぎ。運が良ければ食料も手に入る。

 小さな子供とて生きる為に労働するし、児童労働は珍しくない。

 私が見ていた限りにおいて、この国の暮らしは()()だと思った。

 

          

 

 賢いターニャに世界情勢を教わる。

 既に年長者である我々は下の子供たちの面倒を見る役目を背負わされる。

 その過程で悪童(あくどう)どもが性行為を教えたりするのだろう。妙な事に興味を持つのは子供の悪い癖なのは何所でも一緒かもしれない。

 特に悪い知識は覚えたがるものだ。

 

「生き残る為には働くしかない」

 

 力説するターニャ。

 正しい教育は自分の身の安全を保証する確率を増やす。

 無駄な犠牲を出さない事が最善である。それは正しい。

 

「黙っていても食料は増えない。では、どうすべきなのか」

 

 犯罪に手を染める。小さな子供にできる事は(ほどこ)しを受ける。自分で勝ち取るか、の選択くらいしかない。

 作物を育てるには種と水だけでは足りない。

 畑には栄養が必要だ。そして、病害に負けない免疫力が必要不可欠だ。

 

「ここで朽ちるか、外に出て自分の力で生き延びるか。選択を迫られている」

 

 未来の無い子供に希望を説くのは不毛だ。だからターニャは現実を突きつけている。

 お前たちはどの道、ここで死ぬ運命(さだめ)だ、と。

 五歳児がどう頑張っても子供を妊娠して育てられる環境を作れはしない。

 仮に妊娠しても慢性的な栄養失調で障害のある子が生まれ出るか、出産の苦しみで衰弱死が関の山だ。

 人間という生き物は苛酷な環境であれば子孫を残そうとするらしい。

 動物が近親相姦(きんしんそうかん)だけで数を増やすように。

 

「読み書きが出来れば少なくとも店で働き口くらいは見つかる。それ以外は病死か餓死だ」

 

 厳しい言葉が続くが無秩序な環境を打開するには劇薬が必要だ。

 だからこそ理解出来る。

 余計な死体は食料を駄目にしやすいことを。

 だから、これは自分(ターニャ)の為の言葉なのだ。

 



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#003

 act 3 

 

 強姦が日常茶飯事の修道院生活も半年が経過したが私はまだ生きていた。あと、処女ですよ。

 とにかく穴なら何でもいいのか、同じ体勢に飽きたのか。様々な方法に挑戦する悪童共。

 ある女は眼球を引っこ抜かれた上で突っ込まれていた。もちろん、数日後に死にました。

 殺されなければ行為を受け入れる女は二週間くらい後で自殺している事が多い。どうにも病気になって錯乱状態に陥るらしい。不衛生な環境なので男も後を追うように死んでいく。

 それでも次から次へと同じ事が繰り返されてしまう。

 生き残った子供達は労働に従事してまともそうな食事を食べる。その中にあって私は肉が全て人肉に見えて身体が受け付けないようになってしまった。食べたら美味しいんだろうけれど。いくら飢えていてもどうしても口には入れられなかった。

 夜間の奇襲で(ひたい)を割られてしまったが何とか逃げ延びた。

 慢性的な睡眠不足で集中力が減退したせいか、頭が思うように回ってくれない。

 全く、野獣()共め。抵抗する力もここ最近は衰えている気がする。

 圧倒的に栄養が足りない。

 

「……戻らなければ他の子が襲われる(犯される)か……」

 

 手持ちの武器は石ころしか無い。

 そろそろ武技(ぶぎ)の一つも使えないと苦しくなってきたところだ。

 せいぜい三つか、五つが限界だと思う。

 不意を突かれたとはいえ、闇討ちとはいい度胸だ。

 数分間、瞑想する。

 久方ぶりの敵だ。美味しく調理しなければならない。

 

デウス様……。私にご加護を……」

 

 そして、少女()は走った。

 あまり殺傷力は発揮できないが二度と性行為が出来ないようにするくらいの力はある。

 残念ながら少女が好きな人殺しが出来ないほどに力が弱っていた。

 戦闘終了後には闇討ちされた男の子が転がりながら修道院を後にする。おそらく二度と戻っては来ない。

 返り血を洗い流し、身を隠す床下に潜む。

 貞操(処女)を守る為に独自に作り上げた隠し部屋だ。

 血を流しすぎた為に睡魔が襲ってきた。しばらくは平気だろうが、もう動けないかもしれない。

 苛酷な環境での戦闘は気が休まらなくて素晴らしい事だ。

 次に目が覚める頃、ベッドの上だった。

 

「気がついたかい?」

「………」

 

 私は口を開けたまま何も言葉を発しなかった。

 不思議と言葉が出て来なかった。

 側に居るのは医者だろうか。白衣のようだから。

 それから相手が何か喋っているようだが何も聞き取れなくなり、意識が遠退(とおの)いた。

 適切な治療とは言いがたいが意識がはっきりしたのは二週間ほど過ぎた辺りだった。

 治療費などを修道院が払えるはずが無い。では、なぜ治療を受けられるのか。

 

「神の(おぼ)()しですよ」

 

 と、修道女(シスター)は言っていたが、そんな筈は無い。

 きっと私の身体を目当てに何がしかの取り引きでもしたのだろう。

 とはいえ、今更抵抗しても手遅れのようだから諦めるしかない。

 身動きが取れないのは拘束されているからではなく、身体に栄養が行き渡っていないからだ。

 さすがに病気を恐れて裸の女の子で遊ぶ度胸は無いか。

 では、奇跡か。

 デウス様のお陰か。

 鍛錬にかまけて祈りを忘れた罰なのか。

 意識を保つのが難しい。

 

          

 

 今まで居た修道院が戦場になる為、軍が接収して中に居る子供たちを全員仮の施設に収容する事になったらしい。

 私は身動きが取れないが兵士達の監視があるため身の安全は最低限保障されることになったようだ。だが、その兵士も夜間に襲ってこないとも限らない。

 衰弱して病気持ちかもしれない女の子を襲うというのは考えすぎかもしれないけれど。

 軍の施設での生活が始まり一ヶ月が経つ頃には一人で歩けるまでに回復した。

 だが、兵士達の食糧事情は逼迫(ひっぱく)しているらしく、満足な栄養が得られないようだ。

 事態は既に子供たちだけの問題では無い。

 それを改善するには現状を打破するしかない。

 少なくとも戦場を一つでも減らさないと食糧生産に予算が回らない、と親切な兵士が教えてくれた。

 ターニャは熱心に兵士達から情報を集めているようだが私は満足に動けなかった。

 貧血と栄養失調。

 食糧事情の改善が急務だ。

 新しい修道院に移り、七歳になる頃まで目立った争いも無く平和を謳歌できていた。

 貧困が争いを生むのは何所も一緒のようだ。

 いつもの日常を送っていると軍関係者がやってきて身体検査を受ける事になった。

 戦いは激化しており、兵士は慢性的に足りない。とか言っていたが私にはよく分からなかった。

 栄養が脳にあまり行き渡らなくなったせいか、意識が散漫になり易くなっていた。

 

「はーい。みんな並んでー」

 

 男女問わず裸になり身長体重などを調べていく。

 私は何度か気持ち悪くなって嘔吐していたせいか、肋骨が目立つ痩せた身体に絶望する。

 かつては鷲掴みできるほど豊満だった巨乳(きょにゅう)虚乳(きょにゅう)になっていた。それだけで死にたくなる。

 他にも栄養失調気味の子供が居た。むしろ、それが普通であるかのように誰も気にしない。

 ターニャは比較的、健康に気を使っていたのか不健康には見えなかった。

 彼女が病気になったところは見た事が無いから当たり前かもしれない。

 検査は滞りなく進み、私の番になった。

 ヘルメットみたいなものを被り、何かを検査するものらしいがよく分からなかった。

 

「これは魔導適性を検査するものだよ」

電気は使うけれど痛みを与えるものじゃないから安心するように」

 

 見慣れない検査器具だったが私は大人しく従った。

 ヘルメットには赤い石が付属していて、これが何なのかはもちろん分からない。だが、反応すると緑色に輝くのは見えた。

 ただそれだけだが。いや、よそ見していてあまり注意深く見てなかっただけだ。

 そのヘルメットを自分も被る事になった。

 そして、検査員が機動の為にスイッチを入れてすぐに頭を激しく締め付けるような痛みを感じた。

 それは物理的というよりは()()()()()で締め付けるようなものだった。

 頭の中にたくさんの文字や知識が躍り狂う。

 

「……あっ、痛い……」

 

 耐えられないほどではないけれど今まで抜け出た日常の記憶が逆回転で戻って来るような感じだった。

 頭の中を直接動かされているようで気持ち悪くなり、その場で嘔吐したり鼻血が出て来た。

 

「だ、大丈夫か!?」

「……機械が煙りを!? 検査は中止っ!」

 

 結構酷い状態だったらしいけれど午後には頭痛が止み、何故だが気分はすっきりしていた。まるで溜まっていた汚れが抜け落ちたかのようだ。

 あの後、ターニャも何かしらの反応を示して検査員を驚かせたらしいけれど、結局は何が起きたのか誰にも分からなかった。

 

          

 

 鼻の奥から大きな血の塊が出てびっくりしたが、それ以外は特に問題なく日々を過ごす事ができた。

 検査の後のお陰か、注意力も戻ってきたようだ。相手の話しが良く頭に入ってくるので。

 食生活はまだまだ改善しなかったが、寄付金は少し増えたらしい。

 寄付だけで運営出来るほどこの国は甘くないようで、豊富なのは戦争孤児や捨て子くらいだ。

 そして、死んだ子供の処理をしていたある日、また軍人が修道院に訪れた。

 目的は兵役志願者(つの)る事。

 ターニャの(げん)では帝国は兵士に事欠いている状況で女子供でも徴兵対象とするほどに追い詰められているという。

 圧倒的な武力を持つ帝国が危機に立たされている。

 ただ闇雲に徴兵しているわけではなく、先日の魔導の資質検査にお眼鏡が(かな)った子供たちを集めようとしている。

 もちろん、志願は任意で強制力は無い。それによって幾許(いくばく)かの寄付金が孤児院や修道院に入るならば子供を提供する事に目を瞑るのは、この世界の大人社会では一般的なのかもしれない。

 身寄りの無い子供の将来など修道女(シスター)にとっては神のお導き以外の何者でもない。

 

魔導適性のある子供達で志願兵となりたい者は前に出ろ」

 

 兵士の言葉に真っ先に進み出たのはターニャ。次に私だ。

 少なくとも現環境を変えたいと思っていたので渡りに船だった。

 あと数人が前に出た。

 即戦力として戦場に出るわけではなく、適性があるのか再調査を受けて(ふる)いにかけられるらしい。

 兵士達の車に乗った後、小さくなっていく修道院。

 毎日が狂っていた。それに対して大人は何も出来ない。

 貧困というのは倫理観の欠如した人間の生産工場のようなものだと思う。

 秩序のない集団は所詮、獣と同じ。生きる為に他者を食らい、犯し尽くす。

 この世界はとても()()なところだ。

 ありがとう、デウス様。

 



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#004

 act 4 

 

 帝国軍士官学校にて身体検査の後、入学試験を受ける。

 実技試験はいきなり受けないので面接から始まっていく。

 大言壮語の美辞麗句は聞き飽きた、という面接官の顔が小さな子供に向けられていた。

 いくら兵士が足りないからといっても子供に頼るようになるとは思っても見なかった。

 年端も行かない女子供を戦場に送るのは歴戦の軍人とはいえ良心が痛む。だが、それでも頼らざるを得ないのが現状なのだ。

 

「どの子にも尋ねているが……。何故、その歳で士官学校に志願したのか」

 

 魔導適性のある子は一様に尋ねられる一般的な質疑で特別な事は無い。

 面接官に向かって後ろで手を組み姿勢を正す小さな少女。

 

「一生を棒に振るくらいならばお国の為に働きたいからです」

「確かに魔導適性値は高いのだが……。危険な戦闘に向かう事になるよ」

「安全な場所など何所にもありません」

 

 士官学校に入ることは簡単だが卒業するまでが大変だ。

 小さな身体の少女(しょうじょ)どころか幼女(ようじょ)に満たない子供に大人と同じ訓練など絵空事(えそらごと)のように困難を極める。

 力と背丈がそもそも足りない。

 口先だけ一人前では誰でも兵士になれる。

 かつて『漆黒聖典』に入った時も厳しい訓練の毎日だった。それに比べれば同程度とは言わないが、ついていけないことはないと思う。ただ、やはり身体の都合は影響している。

 修道院で食べてきたものに比べればマシだ。人肉の料理はまず出て来ない。

 勉強についてはさすがに梃子摺(てこず)っているが、この点に関してはターニャに()があった。

 競い合いたいわけではないが着かず離れず相手の技を盗む。これは戦術においての基礎や基本ともいえる。

 肉体で優位に立てても知識で後手に回るのは悔しいと思う。

 そもそも集団戦術の常識が違いすぎる。

 剣と魔法で敵を倒すわけではないのだから。

 支給された武器でのみで対応する。なんと地味な戦い方だろうか。個人戦力を否定している。

 規律は確かに厳しい。反抗を許さないところは気に食わない。

 軍の規律を守る限りにおいて生活は保障されているようだから文句は言えないけれど。

 

          

 

 入学から半年は過ぎただろうか。気がつけば時間があっという間に過ぎていく。

 ターニャは頭角を現しているというのに自分は事務方で手間取っている。戦闘訓練ならば負けない自信があるのだが、軍の規則というものは複雑怪奇で難儀する。

 入隊してすぐ戦闘かと思っていた。

 地道な訓練の毎日は嫌いではないのだが期待はずれな印象は(ぬぐ)えない。

 今日は一般兵士に支給されている『演算宝珠(えんざんほうじゅ)』の使用訓練だ。

 製作費がとても高いので無くしてはいけないものだと何度も説明を受けた。

 簡単に言えば魔力を込めると様々な効果が現れるマジックアイテムとなる。

 この世界の魔法というのは魔力の存在は認められているのだが効率よく使用する手段が限定的だった。

 演算宝珠無しでは人は空を飛べないと言われている。

 それはただ単に第三位階の魔法を行使出来ないからではないかと口走った事がある。

 その時は周りに嘲笑されたものだ。

 この世界に位階魔法などという概念は無いらしいので。

 魔法という概念はあるのに位階魔法の事は知られていない。それはやはり世界が違うから、という事か。

 所変われば品変わる、という言葉があるくらいだ。

 

「では、次っ」

「はい!」

 

 兵士達に支給された演算宝珠2インチ(5センチメートル)ほどの長方形で赤い宝石のような結晶体だった。それに魔力を注ぎ入れるのだが、これが中々うまくいかない。

 使おうとすると頭痛が起きる。

 頭の中に無数の針が出来て何度も抜き差しするような痛みを感じ、気持ち悪くなる。

 数分も経たない内に鼻血が出るのだが、それが何日も続いた。

 日が経つにつれて慣れてきたのか頭痛は和らいできたが訓練日程は遅れてしまった。

 

「今日こそ飛べるかやってみろ」

「はいっ!」

 

 使うたびに起きるのは魔法の知識ではないだろうか。無数の言葉や文字情報が頭に叩き込まれる感じだった。

 幼い身体に無理に詰め込むから今まで時間がかかったのではないかと思う。

 なにしろ演算宝珠というのはたった一つで様々な効果を現すものらしいから。

 飛行。防殻。攻撃する様々な効果。通信。通信妨害と多機能だ。

 それらを適切に制御するのは魔法に慣れているとはいえ難儀する。

 いっそ自前の魔法で飛ぶ方が早いのではないだろうか。だが、魔法を使用するコスト用のアイテムは所持していない。

 今の段階では演算宝珠に頼るしかない。

 戦闘経験は豊富だが魔法の経験が無いわけではない。

 

クレマンティーヌ・()()()()二号生。出発します」

 

 魔力注入は何度も練習したから問題は無い。

 初めての行為に対して痛みを覚えるのは脳がそれだけ敏感だから、という推測が立てられる。

 演算宝珠の質にも拠るだろう。粗悪品ほど効率が悪いのは()()でも変わらないようだ。

 良いアイテムは高額になる。それと同じ。

 浮遊術式は装備品による魔力増幅装置などのアンバランスさで制御は難しいが少しずつ身体が空へと昇り始める。

 実際の戦闘では遠距離射撃も追加されるから一つ一つ練習あるのみだ。

 『飛行(フライ)』とはまた違う概念の魔法効果はただただ感心した。

 飛んでいる間、魔力は一定量を消費する。それ自体は特に問題は無いが痛みを緩和する脳内麻薬の分泌というものは少し苦痛だった。

 麻薬常習者ではないし、妙な高揚感は不慣れなところがあった。

 中毒性を干渉式で防御するのが基本なのだが今は後悔している。

 魔法の勉強をもっとしておけば良かった、と。

 空を飛べた後は練習あるのみだ。何事も一回の成功で満足してはいけない。ここから研鑚の日々が始まる。

 



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#005

 act 5 

 

 改めて私はクレマンティーヌ・エステル

 もうすぐ八歳。女性。処女。たぶん。

 両親の事は知らない。捨て子らしいから。まともな形で生まれたとは思えないけれど。

 それでもお陰様で奇形児ではなく、五体満足で生まれたようです。

 鏡で見た分には以前の顔によく似ている美人さん。瞳が三つあったりはしない

 髪形は以前の自分と同じボブカットの金髪

 赤い瞳も以前と同じだが、これは親からの遺伝だろうか。それともデウス様のお力だろうか。

 声も同じように聞こえる。

 違うとすれば肉体年齢くらいか。

 身長と胸は随分と縮んでしまった。それは悲しい事だ。

 長年の栄養失調で少し虚弱体質になったかもしれない。それは後々改善されるといいな。

 友達は居ないが同期にターニャ・デグレチャフが居る。現在、物凄く置いていかれている。

 兵士の才能は無いのかな。接近戦は得意だったはずなんだけれど。

 弾の出る武器の扱いは苦手。初めて見るし、使い方は勉強中。

 この国は前に居た国とは全く違う。何もかもが初めての経験だ。

 国境はどこも激戦区。その点ではモンスター溢れる故郷(スレイン法国)とはまるで違う。

 どこも見渡す限りの戦場といった(てい)だ。

 亜人種(あじんしゅ)異形種(いぎょうしゅ)の戦いではなく、ほぼ全てが人間種

 もちろん、自分が見たり聞いたりした範囲では。

 ()()()()()ではないだろうか。

 だが、いかんせん、身体が慣れていない。どうにも本調子ではないようだ。

 人肉を多く食べ過ぎたか。それとも元々が虚弱体質なのか。

 数年間の鍛錬はまだ実を結ばない。それはとても残念ではある。

 かといってデウス様に頼るのも面白くない。

 肉体改造は地味な作業の積み重ねだ。それは転生した身体であっても続けるべきものだと思う。

 他人(ひと)から人格破綻者と呼ばれていたが、それでも私は戦士でありたい。

 さすがに暴れるしか能が無い狂戦士(バーサーカー)より戦闘狂(ベルセルク)(しょう)に合っている。

 銃剣より刀剣。

 飛び道具より接敵戦闘が好きだ。

 

          

 

 野外訓練と基礎知識の繰り返しで日々は過ぎていく。

 戦略を練るのはいいが命令を下すのは得意ではない。むしろ他人にやらせるより自分で動いた方が効率がいい。だが、組織というものは単独行動に対して厳しい厳格な規則が存在する。

 一度受けた命令は安易に拒否できない。

 抗命(こうめい)軍法会議かその場での銃殺刑。とても厳しい内容だが守っていれば温かい寝床と適度に栄養があるだけの食料が貰える。

 味付けに必要な材料が高騰していて慢性的に不味いらしい。だが、修道院で食べるご飯よりはまともだった。今頃、死体を量産しつつも神に日々の(せい)を感謝をしている事だろう。

 

「エステル二号生っ!」

「はい」

「上官に気付いたら敬礼せんかバカ者!」

 

 容赦なく女だろうと子供だろうと殴ってくる男は見知らぬ上司らしい。

 生意気な子供の態度が気に入らないのか、私はけっこう殴られていた。

 やり返したいところだが、それをすると軍法会議送りになる、らしい。

 小さな身体で大人の(こぶし)を受けると意識が飛ぶらしい。

 気がついた時はベッドに寝かされていた。

 意識が覚醒してくると顔の痛みが(よみがえ)ってくる。

 

「……目蓋が……」

 

 片方の視界が暗い。目蓋が()れているらしい。あと、鼻も痛い。

 軍隊教育というのはさすがにスレイン法国には無かった。

 実力主義の社会なので階級で下の者を殴るようなことは無かった筈だ。弱い者ならいざしらず。

 士官学校に居る上司の顔など全て覚えているわけが無い。これはどうすればいいのか。

 半分視界が塞がったまま廊下を歩いていると見知らぬ全てが上司に見えてきたので手当たり次第に敬礼してみた。

 そうして殴られる事無く自分の与えられた二号生達の部屋にたどりつく。

 下級士官は大抵が相部屋となっていて私の相棒はターニャ・デグレチャフだった。

 彼女以外はほぼ男性なので都合が悪かったのかもしれない。そもそも女性士官は極端に数が少ない。

 

「……酷い顔になったな」

「お前の未来の姿かもな」

 

 同じ声を良い事に口調を真似てみる。

 私の本来の口調は特に(こだわ)りは無いけれど、何か考えた方がいいのかな。

 

「デグレチャフ二号生。相手が上司だとどうすれば分かる?」

 

 名前を呼ぶ時は(せい)と階級を付けるのが一般的らしいので倣ってみた。いちいち言わなければならないのは面倒くさい。ここがスレイン法国なら二つ名だけで通じるのに。

 

「階級を見ればいいだろう。肩や胸の勲章とか」

 

 自分たち二号学生の肩には専用の階級章が縫い付けられている。最初はそれが何なのか知らなかった。邪魔だとしても勝手に剥ぎ取ってはいけないと教えられた。

 確かに年長者は色々と装飾品を付けているなと思った。

 世界が違うと常識も変わる。それは分かっていたはずなのだが難儀する事だ。

 この難儀する、という言葉がきっと私の口癖になる気がした。

 本当に学ぶ事が多くて退屈しない世界だ。

 



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#006

 act 6 

 

 目の腫れが引くころ一般常識をターニャ、いやデグレチャフに教わりつつ様々な試験を受けた。

 演算宝珠の知識。軍隊教育の様々な事柄。

 それらを全て頭に入れることは出来なかったが怒られる事は少なくなった。

 命令違反で銃殺されるのは戦場に行ってから。士官学校で射殺された例を知らないだけかもしれない。

 重大な実験などの命令は殆ど拒否権が無い。それがたとえ命にかかわる事だとしても。

 その中にあって上司の性奴隷になる事は規定されていないらしい。それが命令であっても従う義理は無い。と、教えてくれたのは『エーリッヒ・フォン・レルゲン少佐だった。少佐という階級は()()()()()()()程度の認識しかないけれど。

 幼女の質問としては異質だと驚かれたかもしれない。

 

「抗命の規則の事を気にしているようだが、理不尽な命令に対して異議申し立ての手続きは違法ではない。そのような命令を下す不逞(ふてい)(やから)は帝国の恥だ」

些末(さまつ)な質問にお答え下さいまして感謝いたします」

 

 教えられた敬礼で礼を述べるエステル二号生。

 

「君といいデグレチャフ二号生といい、幼い子供を兵士にしなければならんとは……。嘆かわしい事だ」

「ありがとうございます。では、失礼致します」

 

 レルゲン少佐はふとクレマンティーヌ・エステル二号生の顔の(あざ)に気が付いた。

 志願兵の虐待について気にしなければ士気に関わるかもしれないと思った。

 早速、部下に命じて志願兵の調査報告書を取り寄せる。

 魔導適性値の高さは二人共拮抗するほど。声が似ているので姉妹かと思ったが名前は別物。確かに見た目も違う。

 後は性格だろうか、とデグレチャフの身体検査の調査書を眺めていく。

 次にエステルだが魔導の使い方に難がある以外でデグレチャフを上回る。一言で言えば頭脳はデグレチャフ。肉体はエステル。

 この二人が合わさればとても優秀な兵士になるかもしれない。

 だが、問題はそれぞれの性格だ。

 エステルは特に目立った事は無いがデグレチャフは賢いがゆえに大人でも恐怖させる冷徹さを持っていた。徹底的なまでの現実主義者とでもいうような。

 その反動がエステルに向かっているのではないだろうか。

 

「いくら魔導適性値が高くても戦争は一人では出来はしない」

 

 どちらも個性的で今後の成長が楽しみでもあり、恐ろしくもある。

 子供を戦場に送る帝国の未来は暗くて険しいのだろう。

 

          

 

 次の日、些細な事でエステルは腹を思いっきり蹴られた。

 酒を飲めと命令した上官の誘いを断ったからだが小さな身体の幼女は派手に飛んで行った。

 理不尽な暴力に対してエステルは決して反撃しなかった。

 肉体に自信があったかつての身体であれば武技(ぶぎ)で止めているところだが、今は余計な争いを避けないと追い出される気がした。

 また修道院暮らしをするのは生理的に嫌だった。だから我慢している。

 復讐の機会はいずれ訪れるだろうけれど、迂闊な行動に出ればきっとすぐ自分は死ぬと理解していた。

 人を殺すのは好きだけれど殺されるのは勘弁願いたい。

 エステルは学び舎での暮らしに満足していた。自分の知らない知識を学べる事にここ半年、本当に幸せだった。

 ただ単に殺し尽くすのとは違う。純粋に子供らしく生きられる事に喜びを感じていた。それをすぐに手放せるほど自分の欲は弱くない。

 

「………」

 

 弱い身体だが仕方がないと思うところはある。

 日々の鍛錬は一朝一夕にはいかない。

 色んな事を考えつつ床に盛大に血を吐くエステル。

 それでも私はデウス様に感謝します。

 ありがとう。

 

「信心深き者よ。今のままでは死が待っているぞ」

 

 デウス様、お久しぶりです。

 お見苦しい姿で申し訳ありません。

 

「転生してからすっかり邪気が抜け落ちたな。それは良いのだが……。急で悪いのだが命令を修正する事になった」

 

 はい、なんなりと。私はデウス様の(いぬ)でございます。

 幸せな時間は手放したくない。

 命令不履行になってしまうけれど、短い(せい)とはいえ充実した毎日を過ごせました。

 戦士としてはまだ強くなれていないけれど。

 

「今しばらくの保留とする。それまで貴様の自由に過ごすと良い」

 

 今以上の自由は望みません。

 

「保留であって命令は続いているのだ。遂行しない限り、貴様に安寧の自由など訪れはしない」

 

 安寧。

 この不自由さも悪くは無いのです。

 素敵な世界に深い感謝を。

 



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#007

 act 7 

 

 エステルの命は風前の(ともしび)となっていた。それでも彼女は幸せそうな顔で眠っている。

 誰も見舞いに来ないと思っていたが一度だけの会話しか交わしていないレルゲン少佐が訪れた。

 

「内臓破裂による出血が酷く、今日明日が山かと」

 

 治療を担当する医療班がレルゲンに報告する。

 素行の悪くない小さな少女に対する理不尽な暴力は帝国兵士としては恥だ。

 速やかに加害者を捕縛し、厳重な罰を与える事を眠れるエステルに報告する。

 

「このまま目覚めなければ二階級特進だな」

 

 軍の規律を曲解する(やから)に軍服を着る資格はない。

 とはいえ、子供を徴兵する帝国もどうかしているのだろう。だからこそ責任は大人にあると思う。

 年端も行かない子供を下らない理由で死なせるのは情けなくて涙が出る思いだった。

 そんなことを考えているとエステルの目蓋が開いた。

 

「起きた……、のか?」

「……レルゲン少佐殿……、恐縮であります」

 

 敬礼しようとしたが腕が動かなかった。

 少女の言葉にレルゲンは返礼する。

 

「気をしっかり持ちなさい。帝国の医療は世界一だ」

 

 大きな声にならないように優しく語りかけた。

 

「……ご心配……には及びません。演算宝珠……の力を以ってすれば……たちどころに……」

演算宝珠に癒しの力があるのか? いや、たとえあったとしても完治には至らないはずだ」

 

 確かに様々な魔法を行使するとはいえ未だに研究が進められている謎の技術だ。

 だが、エステルは帝国が開発した()()()()()()()()()とは違う魔法の概念を持っている。

 

 位階(いかい)魔法

 

 鍛錬を重ねる上で行使できる事は確認していた。問題は何所までの位階とどんな魔法が使えるのかに長く手間取った。

 帝国から支給された演算宝珠の起動で一気に情報が流れ込んで具合が悪くなったが、その中に魔法の一覧表のようなものがあった。そして、それとは別に使用できる武技も。

 尋常ではない数だったのはデウス様の(たまわ)りものかもしれない。

 ちょっと、というかかなり多くて困るんだけど。

 魔法や武技(ぶぎ)というのは覚えたらすぐに使えるような簡単なものではない。

 獲得している職業(クラス)の構成や前提条件コストに必要なアイテムなどが関係してくる。

 武技(ぶぎ)も無限に使えるほど万能ではない。

 いくら演算宝珠でも小さな身体に許容できる絶対量が多すぎては壊れてしまう。精神とか、内臓とか。

 安易な力の獲得ほど怖いものは無い。これはスレイン法国の教義にもある事だ。

 神人(しんじん)人外(じんがい)(よう)する秘密部隊をまとめるのは並大抵のことではない。

 管理できなければ自滅してしまう。かつて自分が漆黒聖典を裏切ったように。

 能力の過信は自滅を招く。

 

          

 

 エステルは自分が獲得した魔法の一つを発動しようとした。

 何事も急激な飛躍は怖いものだ。

 第一から第二、第二から第三へと位階を上げていく。

 

重傷治癒(ヘビー・リカバー)

 

 信仰系第三位階の魔法だが内蔵損傷を即座に治すほどの力は無い。ただ、かなり痛みは軽減されるはずだ。

 本来ならばもうすぐ八歳児になるような幼女が第三位階を行使するなどスレイン法国であっても『天才』か『巫女』候補に位置する事態だ。

 魔法体系そのものが違う世界。だが、その二つが融合すればどうなるのか。

 互いに干渉し合わず。補い合えば不可能を可能にする魔法の更なる発展に繋がるかもしれない。

 

「今のはなんだ? 手が光ったようだが……」

 

 通常、魔法を行使する時に光るのは演算宝珠だ。

 レルゲン少佐は手が先に光る、という初めての現象に驚いた。もちろん、魔法にはあまり詳しくないけれど、報告書で知りえていた内容を思い浮かべてみたが自分の記憶に無い現象に思える。それと気付いたが演算宝珠が輝いていない。そんな事がある得るのか、と。

 色々と不確定要素があるような気がしたので後で質問状を送ってみようかと思った。

 二回ほど魔法を行使した後、身体が楽になったのかエステルは静かに眠りに着いた。

 

「……顔色が良くなっているように見えるのは錯覚じゃないだろうな」

 

 瀕死だったはずの血の気の無かった少女の顔に赤みが差してきた。早速、医師に検査を依頼する。

 つい数分前まで絶望的結果を伝えていた医師が驚くほど、()()()体調が回復していたらしい。

 それでも失った血液が戻ったわけではないようで貧血気味のエステルは食事療法をしながら勉学に勤しむことになった。

 奇跡の復活と呼ばれはすれど昇進するわけではない。

 退院後、軍隊教育を中心に学び、半月後から鍛錬を再開するまでに回復した。

 信仰系の魔法とはいえ戦闘に役に立つほど強力ではない。軍隊全てを強化する画期的な兵器でもない。

 エステルは魔法より身体を動かす事が得意な学生なので頭脳労働に関してはなかなか伸び悩んでいた。

 

「成績だけ見ると子供らしいのだが、代わりにデグレチャフ二号生は大人顔負けだな」

「成績は優秀ですが肉体面はさすがに(おく)れを取っております」

 

 後れを取らない方が驚愕する事態だ。

 帝国兵士の沽券に関わる。子供に負ける大人が居ては他国の笑いものだ。

 

「そういえば、料理に関して問題があったらしいが、それはどうなった?」

「はっ。劣悪な環境で育った為に肉料理を受け付けない、というものですね」

 

 聞いた内容が真実であるのならばとても口に出せないものだ。

 それゆえに理解は出来るのだが血肉を作る上でエステルにはしっかりと食事を摂ってもらいたかった。代わりにデグレチャフは平然と出された食事を平らげている。

 最初こそは拘束してでも無理に食べさせようという案があったが、今は自主性に委ねている。

 本人(エステル)も身体が資本だという事は理解している。それゆえの苦悩なのだろう。

 

「もっと細かく液状にでもして流し込むしかないか」

 

 特例としてエステルの料理は特別製にしてもらえないか上層部に打診する。もちろん、予算内に済む方法で。

 



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#008

 act 8 

 

 入学して一年が経ち、デグレチャフ、エステル両人は一号学生に上がった。

 上級生は下級生の指導が出来るようになる。

 今まで大人しく勉学に努めていたデグレチャフは早速、二号生の前で言い放った。

 

「無能は要らない。さっさと帰りたまえ。ここが地獄だと理解出来ないおめでたい豚は帝国には必要ない」

 

 見た目には小さな幼女が二倍の身長と年齢はあろうかという新入生相手に冷徹な言葉を浴びせかける。

 今年で九歳になるとは思えない言動に一同はあ然とさせられていた。

 エステルも同じかと思われたが食事療法と自己鍛錬に邁進(まいしん)していて部下の教育に興味が無さそうな雰囲気だった。

 命令も素っ気ない。

 子供らしく可愛い声で命令するのかと思われたが兵士としての仕事に集中しすぎている感がある。

 それはそれでそれぞれ個性的ともいえる。

 声が似ていることから『悪魔のデグレチャフ』と『天使のエステル』というあだ名が付けられ始めた。

 エステルの場合は天使っぽくないがデグレチャフの対比という意味合いだろう。

 これで顔が似ている双子ならばどんなにおぞましい結果になっていただろうか、と噂する者も居た。

 

「エステル一号生は教育指導より戦技教育がいいのではないでしょうか」

「得手不得手はあるだろうがやってもらわなければならない」

 

 デグレチャフのような不安要素が無い分、当面は様子見という事で落ち着いていた。

 とにかくデグレチャフは部下の教育には容赦が無い。その反動がエステルに向けられてしまうのではないかと危惧している。というか毎回危惧する事態だと思えた。

 演算宝珠の使用訓練に勤しむエステル一号生は支給された自動小銃を空中から発射する。

 500フィート(150メートル)以上先にある(まと)に撃つだけだが、弾丸に込める様々な術式を試していく。

 爆裂式貫通式誘導式散弾式発光弾式歪曲軌道式

 敵からの攻撃にも対処しなければならないので使われる術式は多い。

 込める魔力量によって威力も様々である。

 指定された術式を短時間で変換し、行使する。

 魔力は使えば無くなる。無くなっていくと意識が散漫になりやすい。

 脱力感というか無力感が襲ってくる。

 支給された演算宝珠と魔力制御装置が非効率的過ぎるのが原因だといわれている。無駄な魔力を垂れ流すので必要以上に消費が激しい。

 開発部に改善要求を提出しているが難航しているという報告があった。

 

「……今ので何発目だ?」

 

 と、地上で計測している二号生に尋ねる。

 

「百五十三発です」

「……もっと撃てる気がするんだけどな。やはり複数起動が原因か……」

 

 地上に戻り、部下と代わる。

 

「各自マガジン(弾倉)三つずつ。あまり無駄打ちすると給料から天引きされるかもしれないから大切に使ってね」

「はい!」

 

 現場を二号生に任せて武器倉庫に向かう。

 弾薬の在庫確認の為だ。

 いくら訓練用とはいえ使えば無くなる。追加の申請をしなければならないので手続きが面倒くさいと思いながら確認作業をしていく。

 何も考えずに戦う兵士は楽だよな、と思いつつも地道な作業が大切である事は理解している。

 スレイン法国に弾薬は無い。消費アイテムは存在するけれど魔法での打ち合いの方が効率的に思えてきた。

 小さな弾丸を撃ち合う戦争の何所が面白いんだろう、と疑問に思えて仕方が無い。だが、攻撃魔法が無い以上は代替武器に頼らざるを得ないのが、この国、この世界の法則のようだ。

 

          

 

 射撃訓練の後は格闘技やナイフ術などを(おこな)う。

 格闘技においてエステルは身体が小さいので身長のある部下とは相性が悪い。なにより対等な戦闘訓練にならない。

 手投げ弾の使い方や装備品の使い方。

 自分が習ってきた事を教えるだけなのだが、実際の戦闘でどこまで役に立てるのかは未知数だった。

 エステルの得意とする刃物を使った近接格闘技において、身体の大きい部下達が幼い彼女に勝てた者は居なかった。

 演算宝珠は基本的に手にしたあらゆるものを兵器に変える事が出来る。

 銃剣用の『魔導刃』という術式がある。

 敵魔導師の防壁を破ったり相手の武器を無効化する上では重宝するものだ。もちろん、対人戦闘にも使える。

 魔力で刃を生成するので刃こぼれの心配がほとんど無い。だが、魔力で生成するからこその弱点、というものはある。

 

「訓練とはいえケガもしよう。その時は治療するので心配はするな」

「よろしくお願いします」

 

 治癒の魔法はエステル一号生独自の魔法で、一般の魔導師とは一線を画する能力と言われている。

 さすがに切断事故までの重傷は自信が無いと言っていたが。大抵の斬り傷は傷跡を残さずに治してのける。

 そして、エステル一号生は小柄ながら刃物捌きが尋常ではない。

 片手で複数人を相手にしても攻撃が届かない。小柄だからこそ攻めにくい、という事もあるだろうけれど。

 

「実際の戦闘でこんなに手間隙かけた戦いは非効率的だが……。今はあくまで訓練だ」

 

 眠そうな顔で数十の斬撃を繰り出す。受け手側も思わず逃走を選択するほど。

 刃の打ち合いは訓練だから(おこな)っているが、実際には的確に一撃で急所を切り裂かねばならない。

 偵察任務の多い魔導師の戦闘は空が主戦場だ。立体的な位置把握が出来なければ命取りになる。

 

「飛んでくる弾丸を落せとは言わない。防御を固めつつ生き延びる事を考えろ。……勝手な撤退は罰則規定に抵触するようだが……」

 

 部下達でなくても勝てない見込みの相手には撤退しないと駄目だ、とは思う。だが、帝国の教えでは撤退命令が無い限り勝手な敗走は敵前逃亡扱いになってしまう。

 自己判断の出来ない組織の規律は正直、守りたくなかった。

 

 本当に難儀する事態だ。

 

 優しいと評判のエステル一号生の教育の噂は当然、デグレチャフ一号生が面倒を見ている二号生達の耳にも入っていた。

 向こうは天国、こっちは地獄だと。

 

「そんなに羨ましいのか。軍隊規律の守れない者の下では早死にしか道は無いぞ」

「はっ、恐れながら。エステル一号生の下に居る者は随分と楽をさせてもらっている、と聞いているので羨ましいのです」

「ここは士官学校だぞ。銃弾降り注ぐ戦場ではない。楽で当たり前だ。そんな調子で前線に行ったら蜂の巣だぞ」

 

 特に偵察任務が(おも)の魔導師なぞ良い(まと)でしかない。

 それを一つ一つ教えなければ理解できない二号生共の頭蓋骨に脳味噌があるのか確認するのを忘れていたとデグレチャフは呆れつつ思った。

 転生元の日本風に言えば『ちょっと飛んでみろ』と言われて素直に従った者の末路は想像するのに(かたく)くない。

 ハンバーグの(ミンチ)を作る為に指導しているわけではない。

 部下の受けが良いエステル一号生の指導が甘いと上官から苦言を(てい)された。

 本人には自覚が無い。そもそも指導することが苦手なのだから仕方が無い。

 規定の修練課程を惰性(だせい)(おこな)っているだけで部下の能力向上に繋がっていない。

 代わりにデグレチャフ一号生の部下は過酷な指導に耐えているせいか、能力は飛躍的に向上していた。

 苦手分野というものはどうしても存在する。ならば適材適所に振り分ければいい。

 

「……上からのクレーム対応に貴官をどう扱えばいいのか苦慮している」

「申し訳ありません」

 

 足を軽く開き、手は後ろで組んで待機の姿勢を取るエステル。

 椅子は用意されていないので立ったまま上官の苦言を聞く事になった。

 

「甘やかしているわけではないのだろうけれど……。もうすぐ卒業だが……。貴官は出世欲は無いのか?」

「特に考えたことはありません」

 

 そうだろうな、とは思っていた。

 自己鍛錬に重きを置いているので戦場に出せば良い戦功をあげるかもしれない。

 新兵であれば無謀な突撃であえなく二階級特進を量産するところなのだが、エステルの場合はよく分からなかった。

 戦闘技術がとても高い兵士だと報告されている。

 単独先行は基本的に認められていない。それゆえに使いどころの難しい人間ともいえる。

 実際の戦場に放り込めばどう化けるのか、上層部は期待しているようだ。

 



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#009

 act 9 

 

 様々な問題が浮上したがデグレチャフ、エステル両名は練兵過程をこなし、卒業を控えた二人は北方方面への実地研修(おこな)う事になった。

 帝国領ノルデンレガドニア協商連合と昔から領土確定で争っていた。しかし、既に帝国領となっているノルデンは表向きは『協商連合と争う余地がない』事になっていた。

 領土というものは二国間協議などで長く交渉が続くものだ。もちろん、どちらも譲る気は無い。

 係争地だと相手に認めさせる為に度々、領土侵犯すれすれの武力による威圧行為が続いていた。

 今回はその敵国兵士が領土侵犯(越境行為)していないかの警戒任務となっている。

 侵犯していれば容赦なく地上の砲兵部隊による砲撃が加えられる。

 

「ターニャ・デグレチャフ一号生、出発します」

 

 野外での任務は不測事態が起き易い。そして、魔導師は基本的に偵察任務に着く事が多い。

 遠視術式に()けているし、一般兵士の射撃程度は防御術式で防げる。

 各魔導師の装備は防弾効果のある軍装一式。

 お腹に観測機器、背中に無線機。これは子供用の機器がそもそも無いので幼女にとっては一番のお荷物だ。

 フォルケール工廠製十三式標準演算宝珠が唯一、身軽な持ち物だ。

 武器は観測任務ということで携帯しない事になった。理由としては単独観測で敵を発見したとしても複数人を相手取るのは自殺行為であるし、無謀以外の何者でもない。速やかにコマンドポスト(管制所)に報告を伝えて撤退する方が合理的だ。

 高度6000フィート(1800メートル)まで上昇。

 通常の魔導師の限界は8000フィート(2400メートル)と言われている。それ以上は魔導師に多大な負荷をかけるらしい。

 高度を維持しつつ観測地点まで移動する。

 デグレチャフの他にも越境行為の確認の為に魔導師が散開していた。

 領土の境界線を一人で監視することは魔導師であっても不可能だ。

 帝国領のノルデンは山岳と深い森に覆われた人跡未踏の地となっている。歩兵ならば姿を隠すのに丁度いい地形だろう。だが、大型車両などを持ち込めば空からの監視に引っかかる可能性が高い。

 

『ノルデンコントロールより、全空域に通達。ノルデンコントロールより、全空域に通達』

 

 無線から聞こえてくる管制官の声。

 

協商連合軍の越境行為を確認。研修任務を終了し、速やかに航空遊撃戦に移行せよ。繰り返す……』

 

 研修と同時に越境行為の確認が認められた場合の部隊編成も同時に終了している。

 

『こちらノルデンコントロール』

 

 全魔導師に通達された通信とは別に個人に向けられた無線が聞こえてきた。

 デグレチャフは聞き取る為に耳に手を当てる。

 

『現刻よりターニャ・デグレチャフ一号生少尉に任官す。哨戒研修を観測任務に移行せよ。コールサインはフェアリー08

「了解。フェアリー08。観測任務に移行する。オーバー」

 

 大抵のコールサインは分かり易さなのだが『妖精(フェアリー)』とは随分と可愛い比喩だと思った。

 観測任務は至極単純なもの。双眼鏡で敵の姿を発見し、居場所をノルデンコントロールに伝えるだけの簡単な仕事。

 後は砲兵が連続射撃で一掃していく。

 

          

 

 魔導師は絶対数が圧倒的に少ない存在だ。もちろん敵方にも魔導師が居ないとも限らないが大部隊を率いるほどの数はどうしても用意できない。

 一般兵にとって空飛ぶ魔導師は脅威の存在だ。術式によっては爆撃を受ける可能性もある。

 

「こちらフェアリー06協商連合歩兵隊の越境を確認。座標を送る。オーバー」

『了解。これから機銃砲による一斉斉射を(おこな)う。目標の観測を(みつ)にせよ。オーバー』

「フェアリー06。了解」

 

 同じコールサインを受けたエステルは敵歩兵が吹き飛ばされる様子を無表情で眺めた。

 哨戒任務から着弾観測に移行し、指示を伝える。ただそれだけの仕事だが遠距離に居るやり取りは新鮮だった。

 通信機越しだとデグレチャフとエステルの声はほぼ区別できない。唯一がコールサインの違いくらいなのだが指揮所から指令などの指示を出すCP(コマンドポスト)側では区別できているかもしれないし、担当者が別々という事もある。

 とにかく、実際の戦闘がようやくにして始まったわけだが、特に感じるものは無い。遠くから眺めているだけだからかもしれないけれど。

 与えられた命令を淡々とこなしただけだ。

 現場主義である自分にとっては物足りなさを感じるけれど、意気揚々と敵に突っ込めば命令違反になってしまう。今はお預けを食らっているような状況だ。

 獲物を狙う狩人(ハンター)は決して慌ててはいけない。それは()()()()でも通用するはずだ。

 他の場所でも砲撃が始まったはずだ。

 遠くから位置を伝えて他の敵が居ないか観測する。

 見張り役は地味だが安全ではある。多少は、と付くかもしれないけれど。

 遠距離射撃はスレイン法国では魔法攻撃くらいしか知識に無いが、文明の利器(りき)というものは侮れないものがある。ただ、それでも強固なモンスターに通じるのかは疑問だ。

 とはいえ、この世界にモンスターが居る、という話しは聞いた事が無い。

 名前は伝わっている。それらは空想上の御伽噺(おとぎばなし)として書物に記されているのみだとか。

 無味乾燥な戦闘は面白みに欠ける。だから魔法詠唱者(マジック・キャスター)は苦手だし、嫌いだ。

 戦いは手に感触がある近接戦こそ命をかけるに値するものだ。

 今はただ命令に従う帝国の(いぬ)だが。

 

「ノルデンコントロール。こちらフェアリー06。着弾を確認。修正無用。効力射され……」

 

 と、最後まで言い切る前に風を斬るような小さな音が耳に届く、そしてすぐ後で目の前で何かが爆発する。

 爆音で鼓膜が破れたか、目まぐるしく視界が回り、体勢が狂っていく。

 高度3000フィート(1000メートル)以上に居る魔導師に攻撃出来る者は敵方の砲兵か魔導師だ。

 体勢を立て直すのと同時に治癒魔法を唱える。だが、声が出ない。喉を損傷したようだ。

 素早く自分の状況を簡単にだが把握して次の行動に移る。声が無くとも出来る事はある。

 魔法無詠唱(サイレントマジック)特殊技術(スキル)を取っていて良かった、と今は感謝しておく。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)職業(クラス)を取ると専用スキルも取れるようになる。これはスレイン法国で習った知識だ。

 音声を必要としない魔法無詠唱(サイレントマジック)

 二つ同時に放つ魔法二重化(ツインマジック)

 威力を最大化する魔法最強化(マキシマイズマジック)

 貫通力を高める魔法抵抗突破(ペネトレートマジック)

 他にも持続時間延長(エクステンド)範囲拡大(ワイデン)などがあるけれど。

 機銃程度の攻撃ではびくともしないはずの防壁が破られた。つまりは敵魔導師の出現かもしれない。なぜ、感知できなかったのか。

 ()()()()()()の兵器や宝珠などの性能について自分はまだ理解が足りなかったのかもしれない。

 身体というか顔が激しく痛む。

 手の感覚が一時的に消えていることから手首ごと通信機などが吹き飛ばされたらしく、何も聞こえない。

 高位の治癒魔法のおかげで肉体再生が起きているようだが、とても痛い。よく頭が木っ端微塵にならなかった。もう少し場所がズレていたら死んでいるところだ。

 日々の鍛錬は欠かしてはいけないなと思った。

 

「……っ」

 

 遠距離が苦手だと見抜かれたわけではないだろうけれど不意打ちは卑怯だ。そして、()()()、と思った。

 やっと敵らしい存在が現れた。

 演算宝珠により痛みを緩和する術式を展開。脳内麻薬の分泌は軽微にとどめる。こればかりは何故か慣れない。

 聴覚が戻る頃には戦闘に移行できるほど回復した筈だ。

 多少でも防壁が機能していたことは幸運と思わなければ。

 デウス様、生き残りました。とりあえず、感謝しておきます。関係ないかもしれませんが。

 

「やりましたぜ、隊長っ!」

「いやまだだ。向かってくるぞっ!」

 

 空中を旋回する敵魔導師の喜ぶ声が聞こえた。

 正確な数は不明だが、見えている限りでは十数人ほどだから中隊規模と判断。そしてすぐ気持ち悪さで嘔吐する。

 

「……ぅえ……。……はぁ、戦闘狂と呼ばれていたクレマンティーヌ様が……、まともな意識で戦わないといけないとは……」

 

 転生した肉体の影響かもしれない。それはそれで仕方が無い。どうしようもないので。

 敵の人数は散らばっていると予想し、大雑把だが中隊としたが小隊の可能性もある。

 通信途絶の場合はどうするんだったか。

 援軍が来るまで奮闘するのが基本だったかな。

 

「……偵察任務より実戦の方が楽しみだったんだよねー。……これでようやく()()()()と戦える」

 

 とは言ったものの得物(武器)が無い。

 無手(むて)は心持ない。

 やはり手に馴染んだ武器というのは無いと寂しいものだ。()()があるのと無いのとでは調子が狂ってしまう。

 あと演算宝珠は意外と便利だというのが実感できた。

 通常の『飛行(フライ)』ではコストと持続時間があるのでいつまでも飛んでいる、というのは難しい。だが、演算宝珠は魔力のみに依存するから注いでいる限り急に持続時間が切れて慌てることがない。

 信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)は治癒しか出来ない後方支援系だと思ったら大間違いだ。

 

「……空中だといまいち引っ掛かりが足りない」

 

 基本戦闘は地面の上で繰り広げる。瞬発力を出す為に。

 空中戦は不慣れだが、実戦で練習していくしかない。

 敵前逃亡は銃殺刑。ならば敵は倒すか捕縛が常道。

 壊れた装備品は持っていても仕方が無いので捨てていく。

 身軽になったエステルは首を軽く左右に倒す。小気味良い骨の音が聞こえた。

 

「……じゃあ、継続戦闘を開始する。いっきまっすよー」

 

 軽く呼吸を整える。その間にもたくさんの銃弾がエステルに襲い掛かっていた。

 

〈能力向上〉〈疾風走破〉

 

 肉体強化の後、空気を蹴るように敵に向かって飛び出す。

 空を文字通り駆けるように()()()()()移動するエステル。

 普段は無気力そうな顔だったが今は獲物を追い求める獣。

 口角を吊り上げて一直線にかけていく。

 

「敵魔導師……。空中を走っているのか……? き、来ます!

「それぞれ散開して迎撃しろ!」

 

 空中を旋回する敵魔導師は襲い掛かる脅威に素早く対応し、フォーメーション(陣形)を変えていく。

 相手は武器を持っていないが油断は出来ない。

 

「……なんだ、あの速さは……」

「距離を取れっ!」

 

 武器が無いとはいえ(エステル)との接近戦は無謀極まりない。落ち着いて距離を保ち、迎撃するのが正しい方法だ。そして、それを敵は実践して攻撃する。

 様々な方角から飛び交う銃弾を多少は避けるがいくつかはエステルに当たる。

 

「……痛っ……。……もう、飛び道具はこれだから……」

 

 武器が無いなら見繕うだけだ。

 つまり着地して石を拾う。と、見せかけて飛び交う銃弾を素手に当てる。

 

〈不落要塞〉

 

 爆裂式であれば手首どころか身体全体が吹き飛ぶほどの威力になる。乱れ飛んでいる様子から威力が多少高いだけの誘導式と見当をつけたので手を出してみたわけだが、いとも簡単に手首がへし折れた。殆ど千切れかかっていると言ってもいい。あと、とても痛い。

 そもそも爆裂式は魔力消費が激しい術式で多用は出来ない。まして乱戦向けではない。

 手首を犠牲にして弾いた銃弾を無事な方の手で掴むと同時に治癒魔法を発動する。

 非効率的だがいくつか武器が無いと戦えない。

 

「あ、あいつ今、なにをやった!?」

 

 腹部に当たる銃弾は無理に抉り出した。

 手に当てるよりは効率的だが、どっちにしても痛い。

 

「あ、防御魔法があった……」

 

 普段から武技(ぶぎ)の戦闘ばかりしていたので魔法は意外と苦手な方だった、と思い出す。

 変に使用して警戒されると戦い難くなるので地味な戦闘を継続する。

 そうして五発の弾丸を手に入れた。

 

〈超回避〉〈流水加速〉

 

 世界が水の中に没し、風景がゆっくりとした動きに変わる。

 現時点でどこまで多用できるか分からないが、武技(ぶぎ)を使う為に必要な集中力の残量というか継続使用できる回数が気になるところだ。

 あと二十回も使えたらいい方だ。

 飛び交う銃弾は武技(ぶぎ)とて掴まえる事は難しい。というか出来ない、と思う。この武技(ぶぎ)は敵の攻撃を避ける為と相手との位置をしっかりと把握する為だ。

 

「まず一人……、〈疾風走破〉

 

 空中で対象に向かって突進していくエステル。

 使い慣れた武技(ぶぎ)だからか、呼吸するのと同じくらい容易く扱えた。

 避けようとすれども演算宝珠により威力を高めた爆裂式と誘導式を込めた銃弾が襲い掛かる。

 

「うわっ!」

 

 当たったとしても小さな爆発のみ。だが、安心を誘ったのは一瞬だけだ。

 

「それは囮だっ!」

 

 声をかけてももう手遅れだ。

 加速したエステルの蹴りが首に当たり、骨が砕ける音と共に沈黙。

 だが、それで終わりではない。そのまま相手の自動小銃を手に入れて次の標的に発砲、と同時に駆け出して腹に一撃し、武器を奪う。

 武技(ぶぎ)を併用した空中迎撃。

 近接戦においてエステルに近づいたものの末路は哀れとしか言いようが無い。

 



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#010

 act 10 

 

 瞬く間に部下が一人、二人と地面に叩き落されていく。

 回収することが出来るのか中隊長は迷った。

 捕虜になれば自国が不利になる。だから、出来るだけ回収に努めて敵を牽制するしかない。

 いざとなれば味方を殺して撤退する事もありえる。

 

「化け物め!」

 

 縦横無尽に駆け巡る小さな襲撃者。それに驚く暇は無かった。

 標的が小さくて素早いのも苦戦する原因だ。

 

「逃がすと思うか!」

「スー大隊長っ!」

 

 大隊長を守ろうとした者の腹に自動小銃が突き刺さった。発砲ではなく、銃そのものを武器としたようだ。

 そして、油断しているだろう背後に向けている者に発砲。投擲と様々な攻撃で次々と味方が叩き落されていく。

 たった一人の敵に翻弄されていた。それはとても信じられない。

 一人だからこそ出来る戦法かもしれない。

 

「くたばれっ!」

 

 相手が何かを投擲しようとした時を狙って味方が発砲。その銃弾で(エステル)の腕が吹き飛んだ。

 

「回収出来る者は拾っていけ! 撤退だ!」

「了解っ!」

 

 牽制しつつ敵中隊は散り散りに飛び去っていく。

 

「敵の増援が近づいている模様です!」

 

 と、報告した味方がさっき吹き飛ばした腕をぶつけられて失速していく。

 

「……なんて奴だ……。これ以上は危険だ。牽制して下がれ!

 

 背中を見せてはいけない相手だと認識する。

 更に味方の銃弾で飛行ユニットごと足を吹き飛ばすことに成功する。だが、それでも尚、襲ってきそうな気配を感じるので牽制は怠らず距離を離していく。

 まだ相手の手には自動小銃が残っている。

 地面に落ち行く(エステル)は残った手から何かを生成している。

 

「な、なんだあれはっ!」

第四位階……、鮫水撃(シャーク・ボルト)

 

 それは空中を駆けて来る。

 エステルの手から現れたのは水で出来た大きな人食い鮫だった。それが味方に向かって襲い掛かる。

 

「うわぁぁ!」

水蒸気爆発って知ってる? あれって凄い爆発力になるんだよ……ねっ!

 

 さっき放った魔法の鮫に向かって少し強めの爆裂式が封入された銃弾を投げつける。

 二つのありえざる力の融合により、大爆発を引き起こす。

 それは充分な合図となり、(帝国)の増援が襲来してくる。

 



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#011

 act 11 

 

 敵の(協商連合と思われる)隊長などが撤退していった後でエステルは地面に降り立つ。

 

「……さすがに水量が多いと本当の意味での大爆発にはならないようだね。ちょっと失敗しちゃったかな?」

 

 気絶した敵が地面に落ちていく。それだけで地面に叩きつけられれば即死するかもしれない。

 あるいは装備品に助けられるか。もちろん、運が良ければ大怪我で済む。

 

「あ~あ、あちこち弾を撃ち込まれちゃってるよ。さすがにこれは魔法で取り出せないよね……。痛た……。早く助けて……」

 

 信号術式を封入した弾丸を投げ上げる。

 全滅させられなかった事でどんな罰が下されるのか考えると気が滅入る。

 いきなり狙撃を受けたし。減給かな。少なくとも敵前逃亡には当たらない筈だ。

 命令違反は通信機器の故障だから不可抗力だ。

 治癒魔法を使うと銃弾が入ったまま傷口が塞がりそうだからどうしようか、と迷っているうちに味方が到着した。

 

「エステル少尉! 無事か!?」

「身体に銃弾が入ってると思うので看護兵(メディック)を呼んでください」

 

 慣れない空中戦闘は地上とは勝手が違うものだと疲れを感じた。

 次回までに携帯できる武器を考えておかないといけない。

 担架で運ばれたエステルと入れ違いにデグレチャフが到着し、辺りの惨状を調査していく。

 死亡している敵兵とまだ辛うじて生きている敵兵を回収するのだが、千切れた足などが散乱している事に顔を顰める。

 遠くから眺める分には平気だが、近くで見る人間の残骸というものは吐き気を覚える。

 これが生々しい戦争と言葉で言うのは、とても簡単な事だと思った。

 机上の空論は異世界ファンタジーを語っているようなものだから。

 もし、自分が一人で中隊規模を相手にした場合は即時離脱許可を願う。その時は孤軍奮闘せよ、と言われてしまうかも知れない。

 命令ならば従うが、命は一つしか無い。だが、それでも無駄に散らせたりはしない。自分ならもっと上手く立ち回ろうと考えるはずだ。

 

          

 

 北方方面軍の仮設テントで看護兵(メディック)によって銃弾が取り除かれたが詳しい検査は専門医療施設に行かないといけない。

 体内に弾が残ったままというのは気持ちが悪い。そこから病気になっては困る。

 名誉の負傷で戦線離脱許可が下り、エステルは駐屯地の医療施設に搬送され、体内に残存する銃弾の全てが取り除かれた。

 便利な魔法とはいえ都合よく弾を吸いだす魔法に心当たりは無い。

 欠損した肉体は高位の治癒魔法で再生出来るので少しの間、眠らせてもらう事にした。

 慌しい一日が終わって数日後に入院している狭い病室に無理矢理に入ってきた複数の軍人に取り囲まれる事態となった。

 単独で敵部隊と戦闘し、これを撃滅。撤退へと追い込んだ。更に捕虜の確保。

 数多の銃撃にもひるまず味方の応援が到着するまで防衛した功績を認める。

 美辞麗句を並べられているのだがベッドの上で聞かされているエステルはもう少しだけ寝かせてもらえないだろうか、と言いたかった。

 狭い室内に十人近くの将校が入っているので息苦しさを感じる。

 

「上層部は君を高く評価し、栄誉を讃えて(ほま)れ高き『銀翼突撃章』を授与する」

 

 枕元に置かれる小さな勲章の後、拍手が起こった。

 話しぶりでは命令違反などの罰則が無い様だったので自分の判断は間違っていなかった事になる。

 武器があれば全滅させられたかもしれない。

 敵を逃がしたのはエステルにとっては不名誉な事だ。後で報復されるのではないかという危惧が残ってしまう。

 慣れない空中戦闘で頭だけでも無事守りきれたのだから良しとしなければならない。

 治癒魔法とて頭部を吹き飛ばされれば死んでしまう。

 顔は吹き飛ばされたようだが。

 褒め称えられている言葉の中に昇進という言葉は出てこなかった。営倉入りや軍法会議が無いだけでも運が良かったと思わなければならない。

 



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#012

 act 12 

 

 ケガ自体は治癒魔法であらかた治してしまったので数日で退院できたのだが、制服につけた勲章はとても珍しいものらしく、出会う軍人に笑顔と拍手で出迎えられてしまった。

 帝国において突撃章の授与はとても名誉な事だとデグレチャフは言っていた。

 その中でも『銀翼突撃章』というのは通常は死人に授与される。それを生きたまま授与されたのは滅多に無い、というかほぼ無い。

 当然の事ながらエステルは軍の組織形態に全くといっていいほどに(うと)い。

 あと、魔導師にとって誉れ高いと言われている二つ名も貰う事になった。

 エステルは二つ名の方が馴染みがある。ちなみに『真紅』という。どういう基準でそうなったのかは分からない。

 前世で勲章と言えば『冒険者プレート』だ。もちろん、実力で勝ち取り増やしていったものだが。

 人から貰うのも悪くはないなと思った。

 ただ、軍内部で勲章をたくさん身に着けた人間はほとんど見かけたことが無い。

 ジャラジャラとうるさくて目立つ事この上ないけれど。

 

「これ、要らないからあげるって出来る?」

「そういう事は出来ない。諦めてつけていろ。何かの役に立つかもしれないぞ」

 

 基本的に勲章は軍服に付けたままにする決まりになっていて、飾っておく事はしないという。

 知らない社会構造にエステルは驚かされる。

 

「お前が前面に出てくれるお陰で私は後方任務で楽をさせてもらった。この調子で頑張ってくれたまえ」

 

 と、ニコリと微笑むデグレチャフ魔導少尉

 そういえば哨戒任務で昇進したんだったという事を思い出す。

 

「少尉になったとして見た目で何か変化でもあるの?」

「階級章が変わる」

 

 と、デグレチャフは自分の肩に縫い付けられている階級章に人差し指を置いた。

 昇進するごとに星が増えたり意匠が変わっていく。

 普段はそれで相手の階級を判断する。名前を覚えていなくても上司に敬礼する目安になる。逆に間違って下の階級の者に敬礼すると笑われてしまう。上司がするのは敬礼に対する返礼だ。

 

「……それにしても、エステル少尉は軍の構造を全く理解していないとは……。あれだけ勉強したのに」

 

 というかド素人のまま軍人になった阿呆そのものだ、と呆れていた。だが、それは仕方が無い、とも思う。

 ()()()()()が軍の組織形態を把握してから入隊などしない。ましてデグレチャフは()()()()ある程度の知識を持っているのでスタート地点に違いがあって当たり前だ。

 同期に先を越されることは普通であれば嫉妬を感じるのだが、相手がエステルだと苦笑しか浮かばない。

 最前線に配属されてため息ばかりついていたが今回はエステルのお陰で比較的、楽な任務で終わった。

 良い弾避けとして頑張ってもらいたいものだ。

 戦闘バカは戦闘に。頭脳労働はデスクワーク。

 どちらも楽ではないが危険度は圧倒的に違う。こちらはこちらで仕事を全うするだけだ。

 戦死して二階級特進はいくら上昇志向の自分(ターニャ)でも選びたくない選択だ。

 今のところ『存在X』もなりを潜めているようだし。というか、奴はいついかなる手段で現れるか分からないが邪魔するなら眉間を撃ち抜くだけだ。

 

          

 

 エステルは上官に呼ばれ、新たな辞令を受ける事になった。それも同期であるデグレチャフと共に。

 

「……二人が並ぶと別人のはずなのに声が似ているせいで姉妹と錯覚しそうになるよ」

 

 聞けば聞くほど区別が付かないほどだ。だが、見た目では明らかに違うのだが、どうしても姉妹だと思ってしまう。

 別々で居てくれれば特に問題は無いのだが、不思議なものだと上官は感心していた。

 

「はっ、よく言われます」

 

 声帯模写の特技があるわけではないが二人共、それぞれ不思議には思っていた。

 上官はタバコに火を()けて少し長めに煙りを出す。

 男社会の世界において大人の大半は喫煙者だった。特に会議室はタバコの臭いが染み付いている。

 そこに小さな女の子がやってこようがお構いなし。

 もちろん、全員が喫煙者という訳ではない。

 エステルは麻薬の臭いなどを苦手としているが一般的なタバコの煙りは煙たいけれど頭痛を感じるほどではなかった。もちろん、煙りが充満した部屋の中だとどうなるか本人にも想像がつかないけれど。

 上官が提示した辞令では本国戦技教導隊付きの内示。

 総監部付き技術検証要員としての出向要請。

 エステルにはさっぱり分からない単語が続いた。こういう時はデグレチャフの出番だった。

 

「かねてより打診があった新型宝珠の試験が(おこな)われるので、それを受け取ってもらいたい、とのことだ」

「新型……でありますか?」

 

 前線に行け、という辞令に比べれば安全な後方勤務と言えるだろうし、デグレチャフにとっては文句の付け所が無い。

 本国で最新鋭の装備に恵まれる他、様々な技術を身につけられる事では申し分のない内容なので二つ返事で了承するところだ。

 総監部付き、というのは事務や人事部が見守ってくれる中での様々な技術開発に携われるというものだ。今回は新型の演算宝珠の実証実験に付き合わされるようだが、これはさすがに行ってみないと分からない。

 後方任務であるのだから断る理由は無い。

 喜び勇んで二つ返事をすると上官にいい印象を与えないだろうから控えめな返答に留めておく。

 

「配属命令を受領いたします」

 

 同時に同じ言葉で言ったので不思議な響きに聞こえた。

 聞けば聞くほど似ている。世の中には不思議な事があるものだと口元が少しだけ緩んだ上官。

 

「よろしい。取り急ぎ兵站(へいたん)総監部に出向してくれ」

 

 新型は大抵が極秘。細かい詳細は現場で聞くしか無いのだが、どの程度の代物なのか気にはなる。

 

          

 

 新型宝珠の開発、実証実験の為に出向してデグレチャフが驚いたのは信じられない欠陥品であったこと。

 これではモルモットだ、と叫びたい気持ちがあった。

 もし事故があっても脱出装置は万全ですよ、と優しい研究員を一人残らずぶち殺してくれよう、と殺意が芽生えるのも時間の問題だった。

 確かに魔導適性値は他の追随を許さないほど膨大だと言われたが、ものには限度がある。

 胸に大型爆弾を積んで空を飛ばされる気持ちが果たしてどれだけ伝わっているのやら。

 同じ実験につき合わされているエステルは()()()()()()して気絶中。よく五体が無事であったと驚いたものだ。

 

「おおっ! 安全な後方勤務のはずがぁぁ!」

宝珠核が不安定です!』

「分かっている! それよりパラシュートは()()()()開きますよね!?」

 

 安全に安全を重ねて丈夫なものを要望したが今日ほど心許ないと思った事は無い。

 見ろ、エステルのパラシュートは飛び出た瞬間に燃え尽きてしまった。

 それでも防御術式が()()()()機能したのは奇跡ではないのか。

 

「革新的な爆弾の間違いだろぉぉ!」

 

 爆散。

 防御術式があるとはいえ全身打撲のまま地上に落下。骨折しなかったのが不思議なくらいだ。

 確かにパラシュートは機能した。ボロボロに破れていたが。よくこれで着陸できたものだ。

 

「で、デグレチャフ魔導少尉!? ご無事ですか!?」

「無事じゃなかったら言葉など出てきませんよ!」

 

 イタリア赤い悪魔(OTO M35型手榴弾)でも投げてから爆発するというのに。ただし、いつ爆発するか分からない気まぐれの不発弾並みの欠陥品だけど。

 

新型演算宝珠の爆発テストを受けに来たわけではありません!」

 

 安全な後方勤務の筈が命をかける結果になるとは。

 今までの演算宝珠に比べれば大幅な出力アップなのだが不安定すぎる。

 通常、宝珠核は一個だけだ。だが、この新型は双発に双発で制御する四機の核を持つ。それを一兵士に制御しろという実験だ。

 死亡事故を何度も起こしている事で未亡人製造機揶揄(やゆ)され、()()()()()()()になった大国(アメリカ合衆国)輸送機(V-22 オスプレイ)の信奉者かと錯覚しそうになった。

 図面では完璧。あとは使いこなせないお前(兵士)が悪い。という理屈はマッドサイエンティストの常套句だ。

 いや、()()マッドサイエンティストに訂正する。

 これを作った奴は底なしのバカだ。

 

「デグレチャフ少尉」

 

 と噂をすればクソマッド。

 開発主任の『アーデルハイト・フォン・クソマッド』という。いや、間違いだと認めたくは無いが訂正せねばならない。

 欠陥機を作って自慢しているクソマッド『アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師にはアルムの山にお帰り下さい、と言いたい。

 クララが立った事で満足していればいいものを。わざわざ彼女(クララ)を走って飛んでニーキックまで出来るようにしなくていいんですよ。

 

「君たちはいつになったらちゃんと制御するのかね」

「これは私達に責任があるのではなく、構造上の欠陥といわざるをえません」

「け、欠陥だと! 私が作った新型宝珠に欠陥などあるはずがない!」

 

 実際に爆発してるだろ、見てなかったのか、このクソ野郎。

 だいたい飛ぶ前に吹き飛んで正常と言える神経が理解できない。

 そういえばエステル少尉は今頃、医務室だろうか。意識があれば治癒魔法とやらで復帰は早いだろうが、その分実験再開も早いんだろうな。

 同期としてお悔み申し上げる。

 

ドクトル(シューゲル)宝珠の開発主任なのではありませんでしたか? これは間違いなく爆弾です」

「なにを言っている。演算宝珠を開発しているんだ。破裂して無くなる粗末な兵器などに興味が無い」

 

 その粗末な兵器なんだよ、クソマッド。

 久しぶりに怒りの湧く人間にめぐり合えてストレスが溜まったり発散したり、気持ち悪い事この上ない。

 よくもまあ小型化したものだ。これだけは誉められるべきものだ。ついでに遠くに投げる手榴弾として量産した方がいい。物凄くコストがかかるだろうけれど。

 それとも戦術核を開発したいのか、このクソ野郎は。

 だったら帝国兵に持たせず、捕虜に持たせて故郷に落とせばいい。

 そうすれば戦争はすぐに終わる。

 

「四機同調は画期的なのだ。それを成功させることが君達に与えられた仕事の筈だ。なぜ、それが出来ん」

「……何故? 初めから欠陥だと分かっているものをどうすれば成功に導けるかなんて知りませんよ」

「ま、また! また欠陥と言ったな!」

欠陥品です! これは確実に。次は爆発しないように改良でもして下さい。今のままでは命がいくつあっても足りませんので」

 

 全く、話しの通じない狂人は檻から出すべきではない。

 話しに付き合っていたら医務室にたどり着くまで何年も過ぎてしまう。

 既に転属願いは出しているが中々受理されない。

 それほど帝国は追い詰められているのか。

 少なくとも開発予算を凍結しないと戦争どころではない、と思う。この演算宝珠は戦闘機並みのコストがかかっていると聞いている。

 欠陥品の量産は破滅しかありませんよ。

 画期的な性能を生み出す新型宝珠、と聞こえはいいが机上の空論の成功など眉唾物だ。

 そんなことで成功が約束されるなら他の国にだって作れる。

 



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#013

 act 13 

 

 いくら治癒魔法を持っているとはいえ爆発に耐えられなければ死んでいる。

 夜間に意識を回復したエステルは身動きが取れるか確認した後で魔法を唱える。

 第四位階までの行使は確認したが第六位階までいかないと危ないかもしれない。

 戦士としては第六位階でも充分だろう。あまり信仰系に偏っては戦士としての力量が減退してしまう。

 それにしても酷い目にあった。

 上空で爆散しなかっただけ奇跡としか言いようが無い。

 

「……デウス様。このままでは天に召されてしまうのですが……」

 

 祈りを捧げれば何かくれるとか言っていたことも忘れてきた。

 意識が飛び続けると思考も飛ぶのではないだろうか。

 折角の技術や知識は忘れたくない。

 数年前に迂闊に食べた肉が原因なのかは分からないけれど。いずれ戦闘に支障が出れば転生した甲斐(かい)が無くなってしまう。

 どうかお見捨てにならないで下さい、デウス様。

 スレイン法国でも神への祈りは適当だったクレマンティーヌとしては新しい(せい)謳歌(おうか)したい欲望がとても強い。

 (つつ)ましやかに生活し、一方的な暴力にも耐えてきた。時には反撃するけれど。

 それでもまだ自分は戦い足りない。

 少なくともあと四十年は生きていたいです。結婚して子供を作るのは諦めてもいいけれど。

 

「欲にまみれておるクセに信心深いとはあいも変わらぬな貴様は」

 

 世界の時が止まり、聞き覚えのある神の声。それだけで自然と涙がこぼれる。

 デウス様。

 神への祈りを捧げるスレイン法国式での姿勢を取る。

 

「神への祈りを忘れていない貴様の為に聖遺物を与える。だが、我々はあまり干渉できる立場に無い。無神論者の不届き者が居るからな」

 

 では、その者を殺してまいりましょう。

 

「力ずくでは神の威光が台無しだ。その事はこちらで検討するゆえ……。それより貴様が得た力をもう少し鮮明としよう。与えた命令に変更は無いが……。(すこ)やかに過ごすが良い」

 

 ありがたき幸せにございます。

 そして、気がつけばベッドで寝ている自分に気が付く。

 白昼夢のようなひと時は夢幻(ゆめまぼろし)だったのか。

 そうであっても別に構わない。

 戦士として戦えるのであれば文句があろうはずが無い。

 

          

 

 翌日も実験なのだが今回はいきなり爆発せずに飛ぶことが出来た。

 今までの演算宝珠に比べて高出力で空を飛べる。

 理論上は18000フィート(5400メートル)。さすがにそこまで飛べるのか自信が無いし、地上戦闘に慣れているエステルとしては本当に怖いと思った。

 人間は地上で生活する生き物だ。鳥と同じ生活をすぐに出来るわけがない。

 空中制御も一段と難しくなっている。

 口を開ければ突風によりすぐ窒息するかもしれない。

 様々な術式で身体を守りつつ通信機で地上とやりとりする。

 

『今のところ問題無し』

「高度6000(1800メートル)。制御乱れあり」

『了解』

 

 通常の宝珠の運用範囲ならば多少の誤差は問題ではない。

 もう少し高度を上げてからが本当の戦いだ。

 移動速度の向上で視界確保が難しい。ゴーグルは必須。裸眼では水分が飛んで涙が止め処も無く出てくる事態になるかもしれない。

 酸素の薄い地域に突入するので、酸素生成の術式の制御に問題が無いか絶えず気にする必要がある。

 確かに万能に近い演算宝珠なのだが呆れるくらい多機能でビックリだ。

 

「……おっとっと……。あわわっ……」

 

 繊細な動作を要求する新型はとても乗り心地の悪いものだった。

 内部構造の説明を受けてもさっぱり分からないエステルにとって製作者を信じる以外の道がない。

 信じて吹き飛ぶのは騙されているのと同義ではないのか。

 多少の乱高下はあるが今のところは爆発せずに飛行できている。

 

酸素生成術式……。防御術式。気圧調整……」

 

 喋りながら飛ぶのは気持ちが悪い。

 顔に当たる風が冷たくて口が震えて上手く喋れない。

 

宝珠核の温度上昇!』

「了解。魔力を放出し」

 

 爆散。

 意識の飛んだエステルが次に気がついた時はベッドの上だった。

 自分は今まで空を飛んでいたはず、夢だったのかなと思うほど風景に違いがありすぎた。

 

「目が覚めたか、エステル魔導少尉。……地上に激突する前に回収できて良かった」

 

 と、安堵の表情を向けるのはデグレチャフだった。

 空中で受け止めてくれたのかもしれない。全く覚えていないけれど。

 あと、彼女が居なければ天に召されていたかもしれない。どうなっているんですか、デウス様。

 言葉が出ないのは包帯のせいではなく、爆発により鼻から下が吹き飛んでいるからだ。よく首が繋がっているものだと自分でも驚いた。

 治癒魔法とはいえ大怪我を治すものは限られてくる。

 第四位階でも再生しない事はないが時間がかかる。

 接触魔法は対象が一人だけ。集団にかける場合はもっと高位になるから使いどころが限られてくる。

 失った肉体が徐々に戻ってもまた失う事になると拷問にしか思えない。

 

「治癒魔法か……。痛みを和らげる……、いや、脳内麻薬に抵抗があったな。とにかく、休むといい」

「ありがとう」

「まだ感謝は早いぞ。あのマッド(シューゲル)の実験は終わっていないだから」

 

 デグレチャフは怒りで爆発しそうな顔のまま自分の部屋に戻っていった。

 あまり他人に興味があるとは思えなかった彼女にも怒り、というものがあるようだ。

 喜怒哀楽に関して淡白だと思っていたが違うようだ。

 

          

 

 新型宝珠の正式名称は『エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠』という。

 宝珠核を四機搭載し、高出力の性能を発揮する。当然、魔力もそれ相応に消費される。

 それはつまり通常の宝珠を四個ぶらさげればいいだけなのでは、と言ったら物凄く怒られるだろうな。

 二機の同調でさえ難しいと言われているものを更に難しくした革新的な宝珠が謳い文句だが、実際に使うのは兵士だ。

 

「く、クレマンティーヌ・エステル魔導少尉……。しゅ、出発……しま……す」

 

 朝から何故だか身体が震えて声がうまく出て来ない。

 

『だ、大丈夫ですか? 体調が悪いなら』

『さっさと飛びたまえ』

 

 容赦の無い声はシューゲル主任技師だった。

 デグレチャフより大人しいと言われるエステルにも恫喝じみた声をぶつけてくる。

 

「りょ、了解……」

 

 震える身体のまま空を飛ぶ。

 高度3000(900メートル)辺りでエステルは意識を失い、落下した。

 気がついた時は医務室だった。

 昨日と同様にデグレチャフが助けてくれたようだ。

 一緒の実験なので待機していた事が(さいわ)いした。

 

「貴官は貧血だそうだ。そんな調子で高高度の実験は無理だ」

「……どうりで……」

 

 血が足りない時は思うように身体が動かないものだ。

 充分な血液が無いだけで身体に異常をきたす。いくら万能と言われる魔法でも血液を精製するものをエステルは知らない。

 食事療法が有効的だろうけれど、この施設に満足な食事などあっただろうか。

 

「食料については明日届くらしいが充分に休むといい。無理しても実験など成功しない」

 

 予算を凍結しないなら兵士に満足な食料くらいは寄越せ、と大声で叫びたいところだ、とデグレチャフは思った。

 エステルの魔法は思っていたほど万能ではないかもしれない。

 

          

 

 鉄分補給はいいが即席の輸血をさせようとしたシューゲル主任技師の意見はデグレチャフや上層部が却下したようだ。

 身体が資本の兵士は使い捨ての駒ではない。

 

「ドクトル。貴方にとって実験動物かもしれませんが一日で完全復活できるほど即席兵士ではありませんよ」

 

 人間とカップラーメンの区別が出来ていないんじゃないか、この男は。とデグレチャフは呆れつつも憤慨する。

 ほら、三分経った。走れるだろって言っているようなものだ。

 これが自分の部下なら、言うかもしれないな、と思わないでもないけれど。

 訓練の一環で口汚い言葉を使うのは能力向上にとって必要だからだ。

 むざむざ与えられた部下をポンポン殺して返すようでは軍隊として狂っている。

 

「時間は有限だ。のんびりとベッドの上で休ませる余裕は無いのだよ」

「無かろうが時間は作っていただきます。それともドクトルの造っているものは新型宝珠ではなく新型花火ですか? 毎回、綺麗に爆発しますから、そりゃあ綺麗でしょうけれど」

 

 兵士は打ち上げ花火ではない。

 敵に狙撃される前に爆発する花火を作ってどうするんだ、このクソマッドが。

 爆発すると分かっている花火を抱いて飛ぶ兵士の気持ちは伝わらないんだろうな。戦闘に長けたエステルでさえ気弱な子供と成り果てているじゃないか。

 一応『銀翼突撃章』保持者だぞ。ここで二個目を授与させる気か。

 

「ドクトルの実験は二階級特進の量産計画だとは知りませんでしたよ」

「君ら兵士が制御すればいいだけの簡単な話しではないか。理論上は完成しているんだ。後は君らがうまく使いこなす番だ」

「理論と実践は違いますよ、ドクトル」

 

 それを本気で言ってるなら仮想敵国の科学者も画期的な演算宝珠をとっくに開発している。

 確かに新型は革新的ではあるし、従来の演算宝珠と同等の大きさで宝珠核を四つも搭載させている。

 一気に小型化が成功して舞い上がっているのではないのか。

 実験より安全を考慮してもらう事にした。どの道、改善しないままでは何度やっても予算の無駄としかいいようがない。

 帝国が敗北するというよりは予算の枯渇(こかつ)で自滅するんじゃないか。確かドイツも戦時中は食料に困って居た筈だ。

 次の日、実験場に食料が届いたわけだがエステルは肉料理が苦手だ。しかし、食べられないわけではない。

 細かく切り刻み、小さくして少しずつ食べるのだが、貧血の影響か手に力が入らない状態になっていた。

 育ち盛りの子供なのに肉を受け付けないのは大変な事だと思う。

 同じ施設で育ったデグレチャフは独自に食料を得て今まで生き延びてきた。

 あの地獄(修道院)に比べれば軍の料理など容易く平らげられる。

 不味いが食べられない事はない。だが、あの地獄は違う。

 食べてはいけないものを食べなければ長生きできない。そして、エステルは確実に味を知ってしまったがゆえに食事に手間取っている。

 頭では分かっている筈だ。だから、必死に食べようと努力している。

 何も知らない無知でいれば苦しまなくて済んだのかもしれない。けれども、極限状態の世界で生き延びたエステルはデグレチャフですら逃げ出す場所に居座り続けたのだ。

 普段は大人しい性格に見える。だが、確実に狂気を隠し持っている。

 

「……やはり肉は苦手か」

「本当は大好き。物凄くお腹が空いている」

 

 腹が鳴っている音は聞こえている。それでも手が拒否している。それを食べるな、と。

 基本的にエステルはなんでも食べるらしい。毒物以外。

 血液を造るためとはいえ大量に食べれば済む問題ではない。食べたら肛門から出るものだ。

 必要な栄養をしっかり身体が吸収しない限り、時間ばかりかかってしまう。

 食事療法というのは即席で出来るものではない。

 食事の後は鍛錬。とにかく、エステルは自己鍛錬に余念が無い。

 暇だったのでエステルの肉を食べ易くする為に細かくしながらクソマッドをどうやってぶっ殺そうか思案する。その怒りのお陰か、硬い肉が()()切れる。

 いくら食糧難とはいえ帝国は農業の事をどう考えているのか。

 珈琲一つもまともに用意できない。

 肉とビールで喜ぶのは大人だけだ。

 



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#014

 act 14 

 

 貧血が一日で治るわけは無いのだが施設の周りを走る事は出来るようで、実験再開の合間に様々な鍛錬を無理の無い範囲で(おこな)っていく。

 普段から鍛えているために足を垂直に上げられたり、両足を左右に広げたまま床にうつ伏せに出来るほど柔軟性に優れていた。

 演算宝珠を使った空中戦闘なら自信があるデグレチャフもエステルと戦うことは避けたい相手だと認識している。

 三日後に手の震えは収まった。

 

「三日も無駄な時間を過ごさせたのだから結果を出したまえ」

「はい」

 

 エステルは苦笑気味に返事をした。

 (ねぎら)い一つ貰えないまま冷酷な言葉が出てくる開発主任は新人士官が恐れるデグレチャフよりも恐ろしい人間かも知れない。

 事実、デグレチャフはシューゲル開発主任を苦手としているようで、毎日のように言い争っていた。

 特注の栄養剤を飲んだ後、装備品を確認していく。

 栄養剤といっても基本的な栄養を持つ野菜や肉などをまとめて液状にしただけのものだ。

 味が二の次となっているので、飲んですぐに嘔吐感が襲ってくる。それを必死に耐えてから実験場に向かう。

 

「開始まで十分。それまで呼吸を整えてください」

 

 頷きで返答し、瞑想に入る。

 気持ちを落ち着けて覚悟を決める。

 今回は高高度用にゴーグルや口元を覆うマスクを着用し、酸素ボンベを背負う。

 本当は爆発の影響で誘爆を起こす危険性から外されていたのだが、貧血を理由に着けてもらった。

 大抵は前面部が吹き飛ぶので意外と背中は無事だった。だが、今回は後方も無事では済まない。

 爆発しなければいいに決まっている。そもそも何故、爆発するのかエステルにはさっぱり分からない。

 前面に抱える宝珠核安全装置とか増幅装置などが原因なのではないだろうか。

 

『時間の無駄だ。さっさと始めたまえ』

 

 無線越しに理不尽な要求を言われて思わず苦笑するエステル。

 人命を(かえり)みない人間はどこの世界にも居るものだと実感するのだが、清々しいほどの人間は逆に好感が持てそうな気がする。

 

エレニウム九五式実証実験を開始します。クレマンティーヌ・エステル魔導少尉。出発します」

 

 教えられた通りに試作型演算宝珠を起動し、飛行術式を発動する。

 一息つく頃には高度500フィート(150メートル)まで一気に上昇していた。

 新型宝珠は空を飛ぶだけに特化したものではない。だが、今のところ空ばかり飛ばされている気がする。

 もう少し簡単動作から出来なかったものか。

 

『高度1000(300メートル)。異常なし』

「了解」

 

 通常の宝珠では出せない瞬発力。ただ、制御が難しい。

 魔法であれば自分の意思である程度は制御できる。こちらで言う安全装置なる物が一応はあったからこそ運用できたともいえる。

 機械でできた宝珠は何が起きるか全く予想できないし、安全の保証も無い。

 安全装置そのものが爆弾となっているのではないかと錯覚しそうになるほどだ。

「速度に問題なし。高度3000(900メートル)を維持」

 妙な旋回運動をすると嘔吐しそうになる。ここから先は身体に負担がのしかかってくる世界だ。

 更に高度5000(1500メートル)まで上がる。

 外気温はかなり低くなり、息が白くなる。

 防寒着で身体を守っているとはいえ寒い。更に高度を上げて限界高度である8000(2400メートル)に到達。

 

「限界高度に到着」

高所順応に移行し、三十分間現在高度を維持してください』

「了解」

 

 今日は調子がいいようだ。

 高出力の新型は制御さえ出来れば限界高度まで比較楽に到達できるかもしれない。

 あとは安全性くらいだ。

 

『もっと上がりたまえ』

『まだ順応途中ですよ。宝珠核の温度も上がり続けています。今日はこのあたりで終わった方が』

 

 無線越しで言い争う声が聞こえてきた。

 不安定な宝珠を制御する事で手一杯なので続行か中止かは早めに決めてほしい。

 

「上がればいいんですか?」

『まだ駄目だ。酸素欠乏症に陥るリスクがある』

『それくらい術式で対応できんのかね』

 

 そう言われてもエステルには対処方法が思いつかない。一応、高所での対応は勉強してきたのだが、未経験が災いしたのか言われた事に従う以外に考えがまとまらない。

 日頃の鍛錬の成果で特に身体の調子は悪くなく、寒いのが気になる程度だ。

 マスクなどを外すと死ぬとデグレチャフに言われた。

 膨大な魔力を消費する新型宝珠の起動のせいで一般術式を考え無しに使う事は出来ない。

 酸素を精製する術式一つでも今は命取りだという。

 

「……所用(おしっこ)が近くなりそう……」

 

 とにかく寒い。割りと我慢できる方だと思っていたけれど、おしっこが漏れそうになる。かといって高高度でズボンを脱ぐと凍傷になるか、出た側から凍り付いて大変な事になる、とも言われた。あと、風が強いので飛び散る確率が高くなる。

 長時間の空中戦闘の場合、排泄は割りと死活問題になる予感がした。

 

おしっこですか? 一旦、高度を下げて……』

『魔導師なんだから術式で対処したまえ』

『ドクトル。女の子に無茶な事は言わないで下さい』

『戦場で女子供もあるか。少尉、それくらい自己判断で済ませたまえ』

 

 言い分はエステルとて理解出来るのだが、こんな大空でおしっこを出すというのは存外、恥ずかしい。たとえ誰も見ていないとしても。

 開放感があって気持ちがいいのかもしれないが。

 下に居る誰かにかかると思うと少しだけ躊躇する。一応、女の子という自覚はあるので。

 

「では、……高度を1500(450メートル)ほど下げて対処する許可を」

『下げずに出来んのか』

『許可します。今のところ宝珠核の温度上昇は想定内に収まっているので』

「了解」

 

 と言ったものの適当な山は近くになく、その場で出す以外に道は無さそうだ。

 高度を下げていくと変な浮遊感が頭の中を駆け巡る。

 

「?」

 

 全身から力が抜けるような脱力感。これはなんなのか。

 いや、鈍る中でも思い至る。魔力が枯渇してきたからだ。

 ただでさえ膨大な魔力を消費してきたのだから尽きるのも早いというわけだ。

 毎日のように使い続けて今日の分は想定より溜まっていなかった、という事かもしれない。

 

『エステル魔導少尉? 応答してください』

「………」

 

 通信は生きているが返事が出来ない。

 体勢を立て直そう、という思考は出来る。だか、身体が動かない。

 

『高度が落ちています! エステル魔導少尉!? 応答してください!』

『意識を失っているのか!?』

『呼びかけ続けたまえ。……まったく満足に空も飛べないのかね』

 

 基本は地上戦闘だから空を飛ぶのは得意ではないです。ただ、飛ぶように駆け巡るのは得意ですよ、と意識の中で返答する。

 まだ少し思考する余裕はある。だが、身体は全く動かせない。

 姿勢制御もおぼつかないので乱気流に巻き込まれたように錐もみ状態に陥る。

 自由落下するエステル。

 

『デグレチャフ魔導少尉! 緊急事態だ!』

 

 地上で機材の整備をしていたデグレチャフに連絡が入る。

 空を飛べる魔導師は二人しか居ない。

 素早く装備を整えて通常の演算宝珠で空を駆ける。

 

          

 

 落下速度は加速度的に上昇し、自力での回復は絶望的だった。

 そんな中救助できるのは姿勢制御などの術式を展開できる魔導師くらいだ。

 地上で受け止められるわけも無い。

 間違いなく地面に落ちれば五体バラバラ。どころか形を保って残る事が奇跡と言われるような赤い水溜りを生成する事になる。

 

『試作型が起動したままだと!?』

『安全装置は!?』

『こちら側ではどうにもなりません』

『デグレチャフ少尉。最低でも宝珠の回収だけはしてきたまえ』

「……了解」

 

 あとでぶち殺すぞ、クソマッドと思いつつ通信を切る。

 安全な後方勤務と思っていたらモルモットの案内に応募していたとは。

 今、落下している同僚を見捨てれば非人間と罵られ、今後の昇進査定などに響くんだろうな、と残念な気持ちになってきた。

 部下の失態ならば切り捨てるのは簡単なのだが相手は同期だ。色々と手を貸しておけば何かと役に立つ。

 もし、自分が『銀翼突撃章』保持者だったらエステルは助けに来てくれるだろうか。

 命令なら来そうだ。出世欲が乏しいようだし、打算的なことも無い。

 どっちにしても見逃せば懲罰は受けるかもしれない。うっかりミスで死なせても退役は免れない気がする。

 つまり助けない事には悪い結果しか待っていないということだ。

 それに軍の機密である演算宝珠を持つ者をすんなりと退役させるとは思えない。

 敵に渡るよりは名誉の殉職にて二階級特進

 退路は断たれた。そう思わざるを得ない。

 

「……確かに自分の可能性の姿かもな」

 

 実験動物は大抵、対比がいると結果が分かりやすい。

 似た存在ならば尚の事。

 寝覚めの悪い出来事を脳内から追い出し、空を駆けるデグレチャフ。

 エステルは既に高度1000(300メートル)まで落下していた。地面まであと数分もかからない。

 (きり)もみ状なので掴まえるのが難しいが体当たりなどで対応するほか無い。

 

新型宝珠は起動したままなので気を付けて下さい』

「……最悪皆さんと一緒に盛大な花火が観賞できますね。温度の確認を」

『想定内を推移っ! まだ大丈夫です!』

 

 掴まえて爆発では死体トラップと変わらない。

 それだけ危険な宝珠を作りやがって、この野郎。と、悪態をつきながら目標まで数十メートルまで近づいた。問題は重い装備を身につけているので止める事が難しい。尚且つ、酸素ボンベを背負っている。

 いくらか消費しているだろうけれど、結構なお荷物だ。

 装備品まで無事に回収しろと言われたら、死ねと返答するかもしれない。

 演算宝珠が小型で良かった。後は責任など持てない。

 人命救助に最大限の出力を宝珠に命令してエステルに体当たりした。

 

          

 

 地上に転がる装備品の残骸。

 身体はなんとか無事に回収できたが心臓が止まっているらしく、医療班によって蘇生が試みられている。

 体温低下に伴ない仮死状態化しているのかもしれない。

 問題の演算宝珠は魔力を放出して今は大人しくしているが、近づくと爆発しそうで怖い。

 後は作った当人が始末してくれ、と言いたい。

 全く、膨大な魔力を消費する欠陥宝珠では長時間使用は危険極まりない。

 ()()()の高高度上昇は自殺志願者の選別テストとしか言いようがない。

 高所順応なしでなら()()()の高度18000(5400メートル)に届くかもしれない。そしてそのまま人生とバイバイすることになる。

 天に召される為の装置としか思えないのだが。

 それともあれか、マッドは『存在X』の使徒(しと)なのだろうか。

 おかしい。(存在X)は少なくとも信仰心を植えつけるために人間を苦境に立たせる目的があったはずだ。安易な殺害方法ならとっくに多くの人間を殺していなければ理屈が合わない。

 これの何所が信仰心なんだ。

 殉教者を量産したいのなら手軽な方法があるはずだ。

 兵士の命というか尊厳が失われている事を進言し、早急に開発を中止しなければ祖国が崩壊するんじゃないのか。

 

「これがお前の目的か、存在X!

 

 虚空に声を投げつけても答えは帰ってこない。

 数十分にも及ぶ蘇生作業で一命を取り留めたエステルはしばらく安静にしなければならなくなった。それと同時に計画も凍結。

 やっと()が重い腰を上げたようだ。

 だが、それでも懲りないのがクソマッドの厄介なところだ。

 

「高高度の実験は諦めよう。だが、新型宝珠の性能実験は続けてもらうよ」

「ついに本当に頭がおかしくなったのですか、ドクトル。看護兵(メディック)を呼びますので待ってもらえます?」

「いやいや、私はまともだよ。高高度では意識が飛び易いのは分かった。ならば次は低地での実験をするだけだ」

 

 小学生並みの論法でまだ続けるというのか、とデグレチャフはびっくりした。

 人生で早々驚く事はないと思っていたが、本物の阿呆に開いた口が塞がらない。

 

「……ドクトルは……幼年学校が最終学歴だったとは……。まだまだ世の中には不思議な事があるものなのですね」

 

 この男を重用(ちょうよう)した祖国の未来はとても暗い気がした。本気で。

 おい、大丈夫か、この国は。

 



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#015

 act 15 

 

 低地での実験の準備の為にちょっとした休暇が出来た。

 高高度での落下から意識を回復したエステルは魔力の回復と食事療法に努め、鍛錬も無理の無い範囲で(おこな)った。

 どの道、次の内示が来るまで身動きが取れないのだから勝手に施設を飛び出すことは出来ない。

 

「回を重ねてきて思ったんだけど……」

 

 エステルが食べる肉をデグレチャフが細かく刻んでいた時に言った。

 

「んっ?」

「爆発しなくなったよね」

「する前に落ちているからな」

 

 エステルの言いたい事は理解出来る。

 毎回、花火を打ち上げていたのがここ数日はとても静かになった。

 それは単純に新型に供給する魔力がお互いに減っているからだ。

 連日のように飛べば出力が低下するのは自明だ。

 それほど激しい消費を伴なう演算宝珠は長い戦闘には不向きではないだろうか。

 小型化に()()()()成功したからお前ら使え。これは()()()()()()()だぞ、絶対に。と爆弾をくくりつけようとあの手この手でマッドがストーカーのように追いかけてくる。

 当然、逃げているこちらは次第に疲弊してくる。

 充分に休んでしまえば爆発力が戻ってしまうかもしれない。

 我々は()()ではない。

 演算宝珠という名前の着火剤ではないのか、と疑いたくなる。

 

「そもそも爆発するようなものを作ってほしくない」

 

 高高度で活動して酸素欠乏症にならなかったのは防御術式のお陰かもしれない。

 身体だけは意外と丈夫というか、しぶといというか。

 エステルは意外と前向きなので感心する。

 そんな彼女も回を重ねる実験に(おび)えを見せている。

 理解は出来る。あれは誰でも怖いだろう。私も怖い。というか、やりたくない。

 児童虐待装置と名付けて他国に売ればいい。

 次の実験が再開されるまで一週間。どんなおぞましい結果に仕上がるか想像はしたくないが開発主任(シューゲル)のクソマッドはやる気満々のようだった。

 少なくとも高高度の実験ではないので落下は回避される筈だ。

 低地の実験となると様々な攻撃や回避などの運動だろうか。

 デグレチャフとエステルは幼女の見た目らしい戦々恐々とした日々に恐れを抱いた。

 幼女どころか開発スタッフですら爆発を伴うような実験はやりたくない筈だ。そして、これが大人の兵士であっても辞退を願う。二階級特進を進んで願う勇者が居れば会ってみたいものだ。

 

          

 

 エステルは食事の後に鍛錬と称する筋肉増強の訓練を続けた。

 人一倍の努力は小さな身体から滂沱(ぼうだ)の汗を流させる。

 それでも栄養が足りないのか、何年も続けているはずなのに華奢な体型に変化が見られない。

 少しでも食事を改善しなければ身体を壊す事態にしかならないのではないだろうか。

 牛乳や卵も取り寄せて試してはいるようだが。

 慢性的な食糧不足は兵士の育成の妨げだ。

 デグレチャフも健康の為に運動をするのだが、エステルの三分の一ほどで限界を迎える。それほど彼女(エステル)の運動量は多かった。

 あの地獄(修道院)で長く暮らしてきて不思議に思っていた。

 自分の記憶にあるのはエステルが三歳くらいの時だが、既に驚異的な運動能力を保持し、並みいる男子を撃退していたのは覚えている。

 いつも血に染まっていた悪魔のような幼児。第一印象としては最悪だった。

 思えば既に()()()()()()()()()()()()()()事に疑問を抱くべきだ。

 狂気を(はら)んでいる。そう思っていたのだが大人しい性格が判断を鈍らせている。

 普段は人当たりの悪くない普通の女の子。別段、悪童の頂点というわけでもない。

 自分は普段から外に出かけて食料を求めていたせいで施設の中の暮らしから避けていた(きら)いがある。

 男子に対する敵意は殺意と同等。あの歳で殺しを覚えていても不思議はないかもしれない。

 疫病で死んだ子供を平然と解体し、小さくまとめて墓地に埋めていく。

 そんなことを十歳に満たない子供に出来るだろうか。

 明らかに不自然だ。

 そんな人間でも病気になり、人並みに弱点があるところは普通の人間に見えてしまうのだが、それは果たして彼女の本質なのか。

 戦争が日常茶飯事の国の少年兵というものは殺人に抵抗が無い。あまりにも身近にありすぎるからだ。

 そんな危険物を内包した人間が今まで軍内部で問題行動を起こした、という噂をデグレチャフは全く聞いた事が無い。逆に暴力を受けている、という噂はよく聞いていたが。

 悪い印象を聞かない、というのは素直に驚くべき事だろう。そうだとすると自分の噂に語弊が出る気がするけれど。

 武器を持たずに単独で敵兵を撃退したのは信じられない事だが、死体や捕虜が居るので疑うべくもないし、戦闘力は本物だろう、と。

 



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#016

 act 16 

 

 筋力トレーニングをデグレチャフに見つめられながら(おこな)うのは少し恥ずかしい。

 どうやら敵情視察しているようだ。というのはエステルにも分かるけれど。

 いくら(がく)彼女(デグレチャフ)より劣るとしても戦場の感覚は負けていない。

 豊満な胸があれば揺れでも見せてやるところだ。今は揺れを起こすほどの肉が無い。

 以前の身体には少なくとも多少なりともクッションとして存在していた。

 まるで切除されたような悲しさだ。

 慢性的な栄養失調のせいか、顔色が悪い。死人のような蒼白な色。

 柔軟性があるのが唯一の強みだろうか。

 成長期の子供にもっと栄養を、とデウス様に祈る毎日だ。

 

「……一緒にやる?」

「結構だ」

 

 即答で断られてしまった。

 見学より体験すればいいのに、と思わないでもない。

 新たな身体を得た筈なのだが、脆弱性は否めない。

 生まれながらに肉体的な欠陥があったのであれば仕方がない、と言えなくはない。

 短命でも構わない。少しは長生きしたいと思うけれど、運命というのは常に理不尽なものだ。

 午後からは魔法の訓練に入る。

 演算宝珠は多彩な運用が可能である。というのは理解した。

 標準宝珠でも対人戦闘が出来ないわけではない。

 ナイフを魔導刃として使用する事が出来るし、石に爆裂式を仕込めば簡単な手榴弾程度の威力は出せる。ただ、火薬が入っているわけではないので殺傷力は期待できない。

 防殻術式は普通の銃弾ならば防げるが砲兵並みとなると相応の魔力を消費する。

 失った魔力の回復は休息しか無い。

 

「偽装術式。魔力感知に妨害術式……。本当に多彩だけど使いこなせなければ意味が無い」

 

 多彩というか多彩過ぎるほどだ。

 ()()()の魔法も膨大ではあるけれど、等しく行使する技術は()()()()()()の方が上かもしれない。少なくとも基本的な部分では、という条件は付くと思うけれど。

 遠望術式。けっこう集中しなければならないが哨戒任務では役に立つ。

 近接戦を得意とする自分には遠距離攻撃が主体の戦場で上手く立ち回れる自信が無いけれど、慣れるしかない。

 

一角獣の槍(ユニコーン・ランス)

 

 エステルの額から円錐状の真っ直ぐな角が生えた。

 第二位階の魔法で生えた角を標的に発射するものだ。ただ、位階が低いので威力に期待は出来ない。

 ポンと額から抜けて真っ直ぐに飛び、飛距離が足りずに地面に落下して銀色の炎を発した後で消えていく。

 

「………。こんな魔法だったっけ?」

 

 低い位階魔法は割りと地味なのは仕方が無いか、と諦める。

 魔力系に比べれば全体的に派手さに欠けるのは否めない。

 基本的に攻撃魔法は対象が居ないと効果がいまいち分からない。かといって研究員を立たせるわけにもいかない。

 動かない(まと)より生きた人間に試したい。

 

早足(クイック・マーチ)

 

 信仰系では第一位階にある魔法を唱えて軽く駆け出す。

 武技(ぶぎ)を使わないので集中力に影響しないのが強みだ。

 素早さを二割ほど上げ、近距離に居る仲間にも影響を与える範囲魔法だった。だが、今は誰も居ないので少し虚しい。

 

音響爆破(サウンド・バースト)

 

 近距離に居る人間種ならば効果が見込める第二位階の音波攻撃。

 早い話しが大きな音で聴覚を消失させ朦朧状態にする事が出来る。元から聴覚を持たない相手にはダメージしか与えられないけれど。

 

太陽撃(サン・ボルト)

 

 同じく第二位階の魔法だが、盲目状態を引き起こす光線を発射する。光線で相手にダメージを与える事も出来る。

 アンデッドに有効的だが、この世界には居ない気がする。

 少なくとも牽制には使える。

 新しい魔法は使用者に不安を与える。何処まで通用するのか未知であるから。

 

音響の槍(サウンド・ランス)

 

 第四位階にある音波の槍で攻撃する単純なものだが武器が無い時には重宝する。

 

死者召喚(サモン・アンデッド)

 

 高い位階魔法で呼び出せるか、気になったので唱えてみた。

 今回呼び出すのはとても馴染みのあるものだが、果たして。

 不敵に微笑するエステルの目の前に巨大な骨の集合体『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』が地面から這い出てきた。

 様々な骨が組み合わさったアンデッドモンスターで20フィート(6メートル)は超えているように見える。

 (まく)のない翼を背に生やしているが空は一応、飛べるらしい。

 四足歩行のモンスターで召喚主であるエステルの命令どおりに移動を開始する。

 

「この世界に呼び出せるとすれば他にも色々と出せるかもしれないなー」

 

 一定時間しか現界(げんかい)出来ないはずだが、それでも効果が確認出来ただけで満足した。

 他にも色々と呼び出してみた。

 

          

 

 規定の時間になり、全てのモンスターが消えた後、魔力回復の為の瞑想に入る。

 失った魔力は充分な休息を取れば回復するけれど、演算宝珠と併用すると魔力の減りが早まるから非効率的ではないか、という事に思い至る。

 戦士らしく近接戦闘がやりたいけれど、それにはまず使い慣れた武器が必要だ。教育課程では遠距離射撃ばかりだったが。

 反撃による損耗率とか色々と関わってくるようだが、保身重視の戦闘は未だに慣れない。

 安全に敵を倒す上では至極真っ当な戦略なのはエステルも理解出来る。

 無謀な行動は(つつし)まなければならない。それが集団行動の原則だ。

 命令に従って行動する兵士というのは面白くない。

 とはいえ、怒られたくはない。他の国とて戦闘形態に差があるとは思えないので脱国(だっこく)するメリットは感じられない。

 

「少尉、寝ているのかね?」

 

 瞑想と雑念の(かたまり)(とら)われていたら聞きなれた声が聞こえてきた。

 目蓋を開けずとも相手が開発主任『アーデルハイト・フォン・シューゲル』であることは理解出来た。

 独特の大きな威圧感のある声はそうそう忘れられない。

 

「瞑想というものです」

「そうかね。私には寝ているようにしか見えないが……。デグレチャフ少尉といい、君といい……。新型を使いこなせないとは……」

 

 使いこなせるような代物とエステルには思えないのだが、それでも使いこなせなければいけないというのは難儀する。

 そもそも成功とはどういう状態の事を言うのか。

 一般的な演算宝珠は特に問題なく、当たり前のように使えていたのだが、新型は同じように使おうとすると爆発する。あと異常に魔力を吸い取られてしまうらしい。

 気がついたら枯渇しているので自分が思っている以上に吸い取っている、としか思えない。

 

「汗まみれの身体を洗って私の部屋に来たまえ。今後の事を話そうじゃないか」

 

 失敗続きで叱られるのだろうか、と思った。

 少し気が重いが来いと言われれば特段の理由が無い限り従うのが兵士の務め。

 魔力を使う実験はしばらく無いので了承する。

 エレニウム工廠の中は多くの研究者が新兵器などの開発研究に邁進していた。ほぼ兵士は居ない。

 彼らの宿舎には食堂もあれば個人の部屋もあり、医務室も完備されている。それでも食事の質は良くない。

 そもそも帝国の食糧事情はとても逼迫(ひっぱく)している。

 領土と軍事は充分にあるのに。

 飢えが人を闘争へと駆り立てるのか。

 シャワーを浴びながら自分が居る国について考えてみた。

 湯船に浸かるような贅沢なものはなく、機能的なものしかない。

 元々女性の兵士の数が少ないので基本的に男女兼用だ。それはトイレも一緒。

 子供用の服は特別に取り寄せてもらったが十歳程度の兵士はどこも想定されていない。だからいちいち取り寄せる必要がある。

 エステルが知る限り、自分達のような低年齢の少年兵はデグレチャフと自分の二人だけのはずだ。

 大きな身体の兵士にもまれて自分はよく一年以上も過ごせたものだと改めて驚いた。

 

          

 

 新しい服に着替えて開発主任の部屋に向かうエステル。

 華奢な身体に合わせた制服も随分と着慣れてきた。制帽もやや大きいが顔が埋まる事は無かった。

 制服や軍服など着た事が無かったが窮屈な点を除けば別段、嫌な気はしない。

 身軽な軽装も良いけれど、普段着としては悪くない。

 難点は戦闘に向いていないところだ。

 開発主任の部屋の扉をノックする。

 

「クレマンティーヌ・エステル魔導少尉であります」

 

 こういう挨拶をするのが一般的と教えられたがまだ少し慣れない。

 秘密裏に部屋に入れ、と言われた場合はどうすればいいのか。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 背筋を伸ばして姿勢よく歩く。

 軍隊教育というものは個人の自由を束縛するもののようで堅苦しい。

 歩き方。敬礼の仕方。上官に対する口の聞き方。事細かに決まりごとがあって覚えるのが大変だ。

 以前の自分ならば無視するのだろう。好き勝手にやりたい放題。

 だが、ここは新たな世界だ。知らない事の宝庫。

 人殺しだけが自分の娯楽という事はない。

 未知への探求も好きな方だ。戦士としての技量の向上も熱望するほどに。

 今少し世界の(ことわり)に従っているだけだ。

 

「かけたまえ」

「はっ」

 

 開発主任の部屋には膨大な資料と様々な機械類が転がっていた。

 個室のようで助手の姿は無い。

 こんな部屋で開発していて爆発とかしないものなのかと疑問に思うほど色んな物が目に付いた。

 失敗作の演算宝珠もあるようだが、兵士達の装備の試作品製作が彼の仕事なのだろう。

 魔法文化に慣れ親しんだエステルにとって何もかもが目新しい。

 

「度重なる実験の失敗……。理論は正しい筈なのだ。それに魔力の枯渇により爆発した事例はない。つまり君たち側の問題という事になる」

「申し訳ありません」

 

 返事ははっきりと。組織での挨拶は常に元気よくすべし、とデグレチャフから教わった。

 いちいちうるせーな、殺すぞ。と言ってはいけない。

 肩や胸についている徽章(きしょう)類は色や金属でなら見分けられそうなのだが、類似品ともなると勝手が違ってくる。

 星が一つ、三つの違いなんて分からない。

 中尉と中佐の違いが分からないように。

 中隊で大隊長と呼ばれたり。未だに軍隊組織というものが理解出来ない事がある。

 

「エステル魔導少尉は限界高度までは飛べるようだが……。複数の術式起動に難があるようだね」

 

 これまでの実験結果の書類を見ながらシューゲルは言った。

 恫喝じみた声ではあるけれど地声のようだ。だが、小さな子供からすれば言葉一つで泣きそうになるほどだ。

 ここ最近の爆発事故や結果が出せない事で泣きそうになるのだが、それは身体が幼いせいか。

 精神と肉体がまだ一致していない気がする。

 

「そうであってもデグレチャフ魔導少尉と並んで結果はある程度出せている。もう少しなのだ。かといって双発に双発……。四機を四機。更に指数関数的に増やすなどというわけにもいくまい。それを可能とするだけの予算は現時点では捻出できないのも事実」

 

 度重なる実験失敗だけでもかなりの予算が費やされている。

 次の実験が最後とも通告されているのだから愚痴も言いたくなる。

 だが、それでも成功を見たい。

 神に(すが)ってでも。

 無神論者であるシューゲルとて見えざる手に縋りたくなる事は多々ある。それでも無神論者でいたのは実力で成功に導いてきただけの結果を示したからだ。

 

「単刀直入に聞くが……。少尉はどこまで吹き飛んでも再生出来るのかね? もちろん頭が無くなれば無理だろうが……。腕一本何分ほどで戻せるとか」

「計測したことはありませんが……。おそらく五分から十分ほどだと思います」

 

 いくら高位の治癒魔法とて即座に再生できるほど万能ではないはずだ。もちろん、自分の知りうる限りにおいて。

 大儀式を伴なう高位の『大治癒(ヒール)』は大抵の再生と病気などを癒す。だが、この魔法は第六位階だ。今の自分に出来るのか確認はしていない。

 

「双発実験には耐えうるのだな。しかし、少尉。痛みを軽減する術式に抵抗があるというのは痛いな。その体型と年齢では痛みに抵抗があるだろうに」

「痛みがある方が生きていると実感できますので、かえって邪魔だと判断いたします」

「……立派な心構えだ」

 

 確かに酷いケガを負っているにもかかわらず逃げ出さないのは普通の幼児には出来ない事だ。あのデグレチャフですら慎重に防御術式も併用して対処しているというのに。

 それでも二人は爆発にめげずに頑張ってくれたのは評価すべきだ、と思わないでもない。

 新型宝珠を現時点で扱えそうな素体は今のところデグレチャフとエステルだけだ。

 

「通常は脳内麻薬を分泌する術式があるはずなのだが……。少尉にとっては妨げとなるようだね」

「何故か慣れなくて」

 

 痛みに耐えられず死を願うのが一般的だが、エステルの場合は魔力さえあれば復帰できる可能性がある。だが、身体を潰された状態や脱出不能に陥った場合は逆に絶望に落ちる可能性もある。

 その時は脳内麻薬など無意味だろうけれど。

 

「度重なる重傷にあっても実験継続に邁進する少尉に何か報いなければな。お菓子は無いが、希望があれば出来る限り叶えよう」

 

 少なくともデグレチャフより大人しく、従順である事が理由ではある。

 素直な実験体は好感が持てる。治癒魔法という希少能力により無茶な実験が続けられるのだから勿体ない。

 高性能な演算宝珠に留まらない画期的な発明を作り上げる喜びが目の前に転がっているのだから。

 

「接近戦用の武器などはどうかね?」

 

 事前に兵士の詳細が記された書類には目を通している。

 戦歴はまだ少ないが戦闘データは逐一送られていた。

 

「支給品の近接武器では心許ないのですが……。大剣とか武器の製造は(おこな)っていないのでしょうか?」

「基本武装の銃剣類がせいぜいだが……。中世の武器は既に骨董品扱いだ。そんなものは飛び道具にさして効果があるとは思えんな」

「……こっとうひん」

 

 エステルにとっては骨董品こそが信頼の置ける武器である。だが、この世界では無力な武器と化しているというのは悲しい事だ。

 確かに言い分は理解出来る。

 飛び道具相手には無力だ。

 この世界では弓兵(アーチャー)射手(シューター)などが活躍できるようだから。

 

「飛び交う銃弾を()(くぐ)り、接敵するのは無謀だと思うのだが……」

 

 暗殺部隊なら通用するかもしれない、とシューゲルは思った。

 現在の部隊は観測任務や砲兵の仕事が多い。

 要人暗殺は今のエステルでは勤まらない、気がする。階級的に、という意味でも。

 いくら銀翼突撃章保持者でもなれる役職だとは思えない。

 

「少尉が望む武器はクレイモアかね?」

「いえ。刺突に特化した『スティレット』という武器です」

 

 鎧や鎖帷子(くさりかたびら)をまとう兵士にダメージを与える事に特化している。

 大きさは1フィート(30センチメートル)ほどで十字架に似た形をしている。

 両刃のショートソードに見えるが先端以外に刃はなく、小型なので持ち運びやすい。

 

「耳慣れない武器だな。後で調べておこう」

「理想としては弾を(はじ)く頑丈なものがいいです」

 

 詳しい詳細は書面に書くように言いつけて、今後の予定を尋ねる必要がある、とシューゲルは思い至る。

 おそらく次の実験が最後となるかもしれない。

 膨大な開発費用が(かさ)演算宝珠の結果を提出しなければならない。失敗ばかりを報告していては今後の実験にも影響が出る。

 



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#017

 act 17 

 

 実験再開まで残り三日となった日に普段使用している演算宝珠で射撃訓練などを(おこな)った。

 空中での姿勢制御と武技(ぶぎ)との併用による戦闘方法の確立。

 実験の成否に関わらず、鍛錬は続けなければ(なま)ってしまう。

 戦士として活動していた記憶がある以上は日課として染み付いている。それをすぐに()められるほど気持ちの切り替えは簡単には出来ないようだ。

 身体は小さくなってしまったけれど、悪い気はしない。

 爆発事故が無くて安心しているだけかもしれないけれど。

 無茶な鍛錬を続けても短期間で強くなりはしない。もちろん食事もしっかり取り、休息もする。

 身体が小さい分、体力も少ないけれど、数時間の戦闘には耐えられるようだ。

 突進力は演算宝珠に任せるとしても空中戦闘は時間がかかる。

 昼ごろに休息と食事に入る。

 無理に食べてきた為に肉類はだいぶ抵抗無く食べられるようになってきた。

 

「この国の食糧事情は早く改善しないと兵士の士気に関わる。それには戦場を減らす必要がある」

「周り全てが敵なんだってね」

 

 子供二人が食堂で社会の勉強。

 はた目には違和感の無い風景なのだが、小さな外見とは裏腹に二人は本物の軍人。

 魔導に長けた『ターニャ・デグレチャフ』少尉と『クレマンティーヌ・エステル』少尉。

 見た目は違うが声がそっくりという不思議な関係に研究スタッフは驚いていた。

 無線でも区別がほぼ出来ないくらいだ。

 二人同時に計測する場合は担当を離す必要がある。

 

「帝国の激戦区は西のラインと北方のノルデン。いずれは南方も加わる、()()()と予想される」

「東は?」

ノルデンが片付いたら東も動くかもしれない」

 

 東には大国『ルーシー連邦』がある。現時点では戦況を窺う程度で本格的な動きは軍内部でも掴んでいない。

 西の国家『フランソワ共和国』と領土侵犯で戦闘になった北方の『レガドニア協商連合』と北西の島国『アルビオン連合王国』と南方の『イルドア王国』に南東の『ダキア大公国』が帝国における仮想敵国だ。

 囲まれている状態で各国が同盟などを結ばれると苦境に立たされる事態となる。

 戦争するには金と物資が重要だ。

 各個撃破すればいいのだが、一方に力を傾ければ当然、防御が弱くなる部分が発生する。だからこそ戦力を分散させた状態で相対するしか無い。ゆえに戦いが長期化してしまう。

 

「現在の帝国は相手国に攻め入るまでの戦力は無い。あったとしても侵略行為になる」

 

 攻め入るだけの大義名分が無ければ無理な話しだ、とデグレチャフは言った。

 領土を少しずつ搾取する方法が無難だとも言える。

 当然、保全管理は簡単ではない。奪われた土地を奪い返そうと戦力を投入するのは必然だ。

 

「戦争しながら食糧問題を解決しなければならない。政治だけで国は豊かにはならないということだ」

 

 少なくとも戦場がある限り作物を育てている場合ではない。

 農地を確保するには戦場を遠ざけるのが一番良いのだが、それは現在進行形の話しになっている。

 現場は分かっている。後は実行するだけだと。

 

「疲弊した兵士を大勢抱えていては自滅しか無い。だからこそ戦況を変える一撃が欲しいと上は考えている筈だ」

 

 その方法が兵士に爆弾をくくりつける厄介な事態となっている。

 もう少し安全であればデグレチャフとて文句は言わない。

 命令に従うのが軍隊組織というものだ。それは頭では分かっているし、文句は無い。

 だが、さすがに欠陥品を何とかしてくれないと困る。

 自殺志願者になりたくて来たわけではない。

 いくら祖国を勝利に導く為とはいえ、開発主任の性格くらいはどうにかしてほしい。

 



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#018

 act 18 

 

 午後に近接戦闘に入り、簡単なナイフ術や体術での戦闘訓練をする。

 頭脳では後れを取っていたエステルも戦闘では逆の立場だった。

 標準演算宝珠を使ったデグレチャフの攻撃はエステルに殆どと言っていい程にカスリもしなかった。

 

「反応速度の差か……」

「経験の差だと思うよ」

 

 使用している演算宝珠に差は無い。

 単純に技術経験によるものと思われる。

 

「近接戦は強くても遠距離ではこちらが上か……。精度にあまり差は無いと思うが……」

「二人で(まと)を外すと面白いよね」

「……誘導式を使えばいいのだが、素では失敗もしよう」

 

 誘導式とて万能ではなく、素早い標的に対して逃げ切られてしまう事がある。それは持続時間が短いからかもしれない。

 鈍重な相手なら確実に当てられるのは分かっている。

 術式は万能ではなく、個人差がある。

 

「十秒とか一定距離で効果が消失するとか」

「防御術式も限界はある。全てに万能であれば戦争に負けたりはしない」

 

 小銃の弾丸は簡単に弾くが口径の大きい砲弾だと吹き飛ばされる可能性がある。

 エステルの魔導刃でデグレチャフの防御術式は簡単に切り裂かれた。

 一定の強さを()ってすれば防御術式は突破されるという証明だ。

 

「一度破られた防御術式を再度貼りなおす時に隙が出来る。そこを狙われればひとたまりもない。個人戦闘よりは集団戦闘の方が安全度は高まる」

「私個人としては単独の方がやり易いんだけどな」

「それを判断するのは上層部だ。組織に属している者が個人で勝手に判断していては秩序が崩壊する」

 

 戦乱が続く帝国内の方が退屈しなくて済みそうだし、他国に亡命するメリットはエステルにはまだ無かった。

 命令で敵と戦う事自体は嫌いではない。利用価値がある内は使()()()()もいいと思っている。

 今の暮らしはそんなに悪くは無い。

 

 手放したくないほどに。

 

 周りが戦場である限り敵には事欠かない。

 これほど好条件の世界はお目にかかったことが無い。

 目的を果たせば用済みとして処分されるかもしれないけれど。

 都合のいい小間使いの末路はどの世界でも同じものの筈だし、幸せを享受出来ると熱望するのも自由だ。

 過去の(わだかま)りにいつまでもこだわる性格ではないけれど、この日常はとても(とうと)く感じられる。

 前回の戦闘で人も殺せたし。

 しばらくは組織の(いぬ)として生活する事も(やぶさ)かではない。

 秘密部隊(六色聖典)に居た時より安全度が高いし、それ程(つら)くもない。

 戦乱渦巻くどんよりとした世界の空気はとても()()()()()

 

          

 

 残り二日となり開発スタッフの動きが慌しくなってきた。

 予算の凍結に伴ない、出来る実験も限られているのだから誰もが真剣な表情だった。

 最後に派手な花火でも打ち上げるのか。それとも奇跡が起きるのか。

 エステルにしても聖遺物とやらを受け取れないのは面白くない。くれると言ったのに何も無いのは騙されているとしか思えない。

 新型演算宝珠の事だろうけれど、あの欠陥品をどう動かせば成功になるのか。

 扱いの分からないものに頼りたくはないが、出来る限りの努力はしてみよう。

 早朝鍛錬を終えてデグレチャフとの会食。

 子供二人だけの朝ごはんにしか見えない風景だが、会話内容は帝国の未来や戦術などの専門的なものばかり。

 知識は財産だ。討論は不毛でも頭を働かせないと次へ進めない、と彼女(デグレチャフ)は言った。

 実験に成功しようが失敗しようが次は本国に向かい、新たな道を歩む。

 討論というより一方的に教わる側になっていた。

 お返しとして接近戦闘を叩き込む。

 休息の後、(まと)を用意してもらい鍛錬の続きを始める。

 演算宝珠如何(いか)に優れていようと使いこなせなければ意味が無い。

 

〈剛撃〉

 

 一般的な武技(ぶぎ)で力いっぱい叩きつけるだけ。ただし、普通に叩きつけるより強力になっている。

 単なる必殺技名では無い。

 一部の武技(ぶぎ)には前提条件があり、いきなり強力な技を覚えたりは出来ない。

 強力であればあるほど消費する集中力は多くなる。

 小柄ながらエステルが扱える数は膨大だが、まだまだ本人は納得していない。

 

「使い慣れた武器が欲しい。いまいち調子が出ないや」

 

 素足で硬い金属を蹴れば素直に痛い。

 素手で殴っても痛い。

 基本武装はどうしても欲しい。だが、兵士の装備にエステルの要望するものは無い。

 世界の違いは難儀するが慣れるしかない。ここは前まで居た世界ではないのだから。

 



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#019

 act 19 

 

 鍛錬を終えてシャワー室に入るとすでに先客が居た。

 小さな身体に濡れた金髪。白い肌。

 華奢な体型は今のエステルと然程(さほど)変わらない女の子。

 それ程激しい戦闘は経験していないようだから背中は比較的、綺麗だった。

 発育不全の不健康児童にも見える。

 

「お互い、小さな身体でよく兵士になれたよね」

「……ん? 引き金を引くだけの簡単な仕事なら子供でも出来る、と上層部が侮ったからかもな。戦争に勝つ為になりふり構わず特例を色々と認めたようだし」

 

 十歳程度の子供の志願を受け付けるのだから、どうかしているとしか思えない。

 まともな思考も出来ないほど帝国が追い詰められている証拠とも言える。普通ならば話し半分で追い返すものだ。

 エステルは石鹸類を置いた後でデグレチャフのシャワー室に入り込む。

 

「おおう!?」

「……暴れても私に勝てるかな?」

「……うう、あまり変なことはするなよ」

「んー、幼女のクセに要らぬ知識を持っているようだねー」

 

 背後から抱きつくエステル。

 自分と同じ声で囁かれるのは気持ち悪い。背筋に冷たい水が落ちるようだった。

 もちろんデグレチャフは()()()()()()を持っている。身体の前面部に手を這わせるエステルの行為は嫌な予感しかしない。

 背後に感じるエステルの乳首。胸の大きい女性ならば気になるところだが、男性と大差の無い胸板では期待値は低い。それでも他人の胸板が背中に触れているのは恥ずかしい。

 

「少なくとも私は同性愛者ではない」

「私は差別はしないよー」

 

 デグレチャフの首筋に舌を這わせるエステル。

 今まで彼女が性的な行動に出たのは一度も無かったので驚いている。

 ついに本性を見せた、ということだろうか。それとも度重(たびかさ)なる実験で頭がおかしくなったのか。

 武器は携帯していないので暗殺という線は低いが素手でも人を殺せる気がする。

 

「女性将校の居ない風呂場は男性同士の(なぐさ)め合いが起きるのは自然だと思うよ」

「ま、まあ、それは個人の好き()きだろうけれど……」

 

 もちろん合意の上でならば咎められない。それが極限状況の戦場でなら許されるという事態や特例がある、かもしれない。だが、今の自分たちは未成年で幼女だ。倫理的に問題がある筈だ。

 確かに修道院の暮らしは倫理観など存在しない混沌とした場所だったけれど。

 法がきちんと機能しない国というのは厄介極まる。

 

「頭脳明晰なデグレチャフ魔導少尉も隙を見せるんだな」

「む……」

「首筋ががら空きで……。頚動脈(けいどうみゃく)をかき切られて死んでいるところだ」

 

 確かにそうだろうな、とため息で答える。

 迂闊に動くと何をしでかすか分からないので、一撃のみに神経を集中させている。

 演算宝珠を首から提げていたとしても脱出できるか不明だ。

 

「私が敵ならデグレチャフ少尉は私を殺せるか?」

「……おそらく出来るだろう」

 

 声が同じなので自分自身と相対しているように錯覚させられる。

 幻聴ではないかと思うほどに。

 

接吻(せっぷん)してあげようか?」

「お断りさせていただく」

「んー、つれないなー」

 

 デグレチャフの脳裏ではいかがわしい風景しか浮かばなかった。

 倫理的にアウト。という文字が躍り狂う。

 エステルはデグレチャフの尻から股間へと手を伸ばしたところで肘鉄を食らう。だが、それを見越していたので『不落要塞』で防御。

 この武技(ぶぎ)は武器で武器を防ぐので肉体で防ぐ事には使えない。よって不発に終わるが、元々鍛えていたので大してダメージにはならなかった模様。

 

「生理現象に逆らわない方が良いよ」

「余計なお世話だ」

 

 軍事面では優位に立てても如何(いかが)わしい事で苦境に立たされるとは想定外だった。

 これが()()()エステルの姿なのか。

 今まで一緒に風呂に入った事はあったが、こんな()()をしてきたのは初めてだ。

 次の実験で命を散らすかも知れないという理由で生存本能に火がついたのならば仕方が無い、と言えるかもしれない。だが、同性だ。本来なら男性将校相手にやればいい、と。

 腕力の強いエステルに腕一本で押さえ込まれて引き剥がせない。体格はだいたい同じはずなのに力の差が歴然というのは納得がいかないけれど、日頃からの鍛錬の成果ならば仕方が無い、かもしれない。

 さすがに処女(しょじょ)を散らされるという事態は避けたいところだ。

 

「……出来れば……、触るだけで勘弁願えないだろうか?」

 

 多少の妥協は必要だ。

 発情したメスは危険な生物と成り果てるものだ。無理に抵抗しては血を見ることになる。

 

「デグレチャフ少尉は身体を売って金を稼ぐ仕事に向かないようだね」

生憎(あいにく)、そういう趣味は無い。己の知恵で乗り切るのが好きなんだ」

「そういう強者っぽい人間を屈服させて(ねぶ)るの……、大好き。……ただまあ、……現状は嫌いではないから程々にするよ。触るのはいいんだねー?」

 

 蠱惑(こわく)的な言葉も自分と同じだと思うと一層恐ろしい。

 自分自身に(なぶ)られるのは気持ち悪い。

 

「んふー。……あまり(りき)むと大変な事になるよー」

「きゃ~!」

 

 この時ばかりは幼女らしい声で叫んだ。元々の声であればとてもではないが聞かせられない。いや、幼児の声でも聞かせられないのだが。

 下手な拷問よりも辛いかもしれない。

 こんな目に遭っているのは全て存在Xのせいだ。あと、今後の貞操がとても心配になってきた。

 

          

 

 その後、壁に押し付けられて両足を無理に開かせられた後は()()()触られまくった。

 さすがに指を入れられるような事は無かったが気持ち悪い事が続いた。

 

「今の内に色々と慣れておけば男社会でも辛い思いをしなくて済むのに」

「……大きなお世話だ……」

 

 話しながら放尿するエステル。

 羞恥心が無いのか、それともシャワーで流せるから平然としているのか。

 本当によく分からない人間だった。

 

「他人の生理現象に顔を背けるとは……。戦場なら隙だらけだよ」

「よく平気だな、貴様は」

「戦士だからね、私は。いついかなる時でも相手を殺せるように」

 

 場所を選ばない戦士というのは危険極まりない。

 確かに言い分は理解出来る。

 こんな常識はずれの人間に出くわしたことが無いからかもしれない。

 

「反応が男っぽいね。前世は男性かな?」

「……そうかもな」

「飼い殺しにならないところを見ると童貞(どうてい)かな? 女を知らない男なら……。今は女の子だから色々と知る機会に恵まれているんじゃないの? それとも人前だと恥ずかしいのかなー」

 

 エステルはデグレチャフの背中に舌を這わせ、脇腹なども舐めていく。

 抵抗しようにも押さえつける力が強くてびくともしない。

 

「恥らう顔や声は聞いてて楽しいけれど……。自分の声だと思うと不思議な気分。私の声は私だけのものだと思ってたのに……。偶然かな?」

「ぐ、偶然だ」

 

 そもそも元の身体の声とは似ても似つかない。それだけはデグレチャフははっきりと言える事だった。

 存在Xというよく分からない神とかいう(やから)によって幼児に転生させられたわけだが、前世の記憶はしっかりと残っている。

 

「そういえば、何故、()()と口にした?」

「んー。転生ってやつ。よく分からないけれど……」

「……てん、転生?」

 

 聞き捨てなら無い言葉が聞こえた。

 それはつまりエステルは自分と同じく一度死んで転生した、という事か。いや、正しくは前世の記憶保持者ではないか。

 

「前世の記憶を持っているのか?」

「持っているって事になるのかな。世の中には不思議なことがたくさんあるみたいだねー」

 

 何でもない事のようにエステルは言った。それは物凄く重要な秘密事項ではないのか、と。

 仮にそう(前世の記憶保持者)だとすると色々と納得出来るものがある。

 幼児が肉体関係についての知識を持っているのはおかしい。というか実年齢からすればありえないことだ。

 ありえてはいけないのだが、娼婦(しょうふ)のような知識を持っているということになる。

 

「単刀直入に聞くが『存在X』によって転生したのか?」

 

 と言った後で存在Xという名称は自分で名づけた事を思い出す。ゆえにエステルが知っているわけがないと思い至り、言い直す。

 

「自称神という奴だ」

「『そんざいえくす』というのは聞いたよー。私はデウス様って呼んでるよー」

 

 仮に事実だとしても前に居た世界でエステルのような女性と会った事は無い。

 おそらくは関係が無い、はずだ。

 一体何者なのだろうか、クレマンティーヌ・エステルという女は。

 いや、偽名の可能性が高い。そもそもで言えば分からない事だらけなのだが。

 

お前(デグレチャフ)を殺せって言われてね」

 

 口が裂けているのではないかという邪悪な笑みでエステルは言った。

 近くで見ると悪寒を感じさせる雰囲気がある。

 普段の姿からは想像もできない。いや、これが()()()エステルの姿なのかもしれない。

 言っていることが事実なら首を折られても不思議ではないが、現在、(なぶ)られている最中だ。

 抵抗しようにもひ弱な幼女に抗うすべが無い、とでもいうように。

 演算宝珠があれば状況を打破できるかと問われれば無理かもしれない。さすがに相手が悪い。

 

「……でも、今は何故か命令が保留でね。私としては別にデグレチャフ少尉をどうこうする理由が無いし、今の暮らしに別段の不満も無いんだよねー」

 

 不満が無い、ということは神に対する憎しみが無い、ということだろう。それはつまり味方に出来ない確率がとても高い。

 仲良くする理由があれば話しが変わるのかもしれないが、自分はエステルの事をあまりにも知らなさ過ぎる事に今更ながら気付いた。

 

「命令されたらすぐ殺せるかと言われれば無理だよ。この世界、気に入ってるから。どうせ処分されるなら……、やりたいようにさせてほしいけどねー」

 

 デグレチャフの首筋を甘噛みするエステル。

 

「身体が小さい、というか若いせいか。あんまり興奮しないもんだね。それはそれで損した気分だ。まだ未成熟だからだろうか」

「それは結構な事だ」

 

 確かに成人であれば身体のどこかしらが反応する所だが、悪寒ばかり感じる。

 あまり下の方を舐められてしまうとおしっこが出そうになる。というかエステルは出ていたが。

 

「性に貪欲であればいいのに。前世は紳士さんだったのかな? つまんない人生だったとか?」

「いやいや、順調に人生を謳歌していた。それを急に奪われただけだ」

「……そっか。いい人生だったんだね」

 

 エステルはデグレチャフを解放した。

 振り向くと裸体が見えるのだが同性であるので別に見ても問題はない。変に恥ずかしがるよりはあえて振り向くのが正しいのではないか、と思わないでもない。

 

「髪や背中を洗ってあげようか?」

「結構だ」

「なら、私の背中を洗ってくれる? それとも前の方がいいかな?」

 

 見た目は幼女でも中身は意外と高齢のようだ。話しぶりでは成人は超えている気がする。

 前世の記憶を持つ謎の女。

 存在Xが差し向けた刺客、なのだろう。だが、敵に色々と喋っていたようだが、それはどういう事なのか。

 演算宝珠の無い今が絶好の機会だろうに。

 無防備に近いエステルの背中を石鹸の泡で洗いながら眺める。

 ナイフがあれば刺しているだろうか。銃があれば頭を撃ち抜くだろうか。

 色々と考えつつ相手の身体を洗っていく。

 意外と殺せないものだと思い、ため息が漏れる。

 ノルデンで無数の銃弾を浴びたはずだが傷跡らしいものは無く、実験失敗による擦過傷なども殆ど見られない。

 全て治癒魔法で完治したとすれば凄いのだが、綺麗な肌だと思う。

 もし、同性愛者であればかぶりつくかもしれない。

 少なくとも自分は児童性愛者(ペドフィリア)でも幼女性愛者(ロリータ・コンプレックス)でもない。真っ当なサラリーマンだ。いや、だったと言うべきか。

 過去形なのが非常に残念ではあるけれど。

 

「敵に背を向けているようだが……。自分の実力に自信があるのか……。それとも……」

「面白くない事はしない。だから今は無理に人を殺したいと思っていない。ただそれだけ」

 

 命令に従う従順な(いぬ)になるのは簡単だ。だが、それでも面白くない事はしたく無いし、たとえデウスであっても今の時点では反抗する自信がある。

 もうすぐ手に入るであろう(ちから)がどんなものか興味がある。あと、軍の規則で勝手に同僚を殺した場合は色々と居づらくなる。

 現時点でデグレチャフを(ほうむ)るのはリスクが高い。

 今後の人生設計も考えなければ勿体ない。

 

「絶対に殺せ、っていうほどの命令ではないみたいだから。デグレチャフ少尉が神に頭を下げれば解決することがあるかもよ。別に私は少尉を殺したいほど憎いわけじゃないし」

「……そうか。だが、あいつは邪神の(たぐい)だぞ」

「前の世界では邪神も私達の信仰対象だったから平気な方だけど」

「……つまり邪教徒なのか、貴様?」

「いやいや、六大神の一柱が(やみ)の神ってだけ。もちろん、対になる(ひかり)の神も居るよ」

 

 国によって神の定義が違うのだろうとデグレチャフは納得できた。だが、邪神崇拝は生理的に嫌悪感を抱かせる。もちろん、イメージが悪いからだが。

 それにしても普通に話してくれるのは意外だと思う。

 秘匿情報ではないのだろうか。それとも素直な性格だというのか。

 よく分からない。

 



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#020

 act 20 

 

 身体の次に頭も洗ってやったが如何わしい事はされなかった。

 次の日も同じような事があっては(たま)らない。

 女性に興味が無いわけではないのだが、幼すぎる。前世の記憶を持っているせいか、倫理観に囚われているのかもしれない。とはいえ、(むさぼ)りたい衝動には駆られていない。

 身体が綺麗なだけで襲う理由にはならないが、自分は性格的に歪んでいると思っていたのが嘘のような気がしてきた。

 仕返しとしてエステルの乳首を吸ったり、尻を撫で回せばいいのか。

 せいぜい首筋を舐める程度しか出来ない気がする。

 よくよく考えたら変態ではないか。

 男女の営みにケチを付ける気はないけれど、当事者となると色々と頭の中がもやもやしてくる。

 風俗で一通りの経験でも積めば良かった、と自分は後悔しているのか。

 

「……全く……、なんでこんなことに……」

 

 トイレで排泄しながら女の身体を呪う。いや、性別に責任は無い。

 エステルの前世は女性のようだが、存在Xは何を考えてあの女を転生させたのか。

 まあ、私を殺せと命令したんだろうけれど。

 神への祈りを捧げない事で暗殺者を差し向けられるとは想定していなかった。それも同じ転生者で。

 しかし、今にして思えば疑問が残る。その話し(暗殺など)が本当ならば殺害する機会はたくさんあったはずだ。

 エステルの(げん)が正しければ命令は現在、保留になっているという。

 全く良く分からない自称、唯一神様だな。

 

          

 

 最終日を控えた日も暇なので鍛錬に付き合うわけだがエステルはいつもと変わらないハードなメニューをこなしていた。

 小さな身体から滴る汗。

 それだけ見れば立派なアスリートだ。

 

「貴官は……、処女だよな?」

「たぶんね」

 

 質問しておいて何を言っているんだろうとデグレチャフは自分に呆れた。

 非処女だったらどうするというのか。

 それを確認する意味は分からない。

 昨日の出来事が強く印象に残っているせいで正しい判断が出来なくなってきたのではないか、と。

 人生でそうそう女に襲われる事はないと思っていた。しかも幼女に。

 以前の身体なら喜ぶべきことだろうか。会社の人間に知られれば人生設計が崩壊する事は確実かもしれない。

 少なくとも自分は幼女趣味は無い、はずだ。

 前世が男性というのが問題かもしれない。

 

「……貴官はあれか……、同性愛者というやつなのか?」

「んー、そんなことないよー。ただ……、可愛いものはどちらも好きってだけ」

 

 悪戯っ子の笑みを浮かべるエステル。

 明るい場所で見れば本当に可愛い娘だ。だが、内に隠された本性は本物の獣。

 唇からこぼれ出る舌が今は恐ろしい。

 エステルは直立した状態から上半身だけ地面に向かって倒す。普通は逆に屈んだ状態から尻を上げるものだ。

 

〈疾風走破〉

 

 そう言った後、突風を発生させて前方に突進していく。それは普通では出せない突進力を伴なっていた。

 

「だいぶ()()身体にも慣れてきた」

「前世は女性なのだな」

「そうだよ。うっかり殺されちゃってね。そしたらデウス様に転生されられたってわけ。別に死んだままでも良いかなって思ったけど……。〈能力向上〉

 

 小さな身体が少しだけ膨らむが数分後に元の大きさに戻る。

 

「私を殺せと言われて取り引きしたわけだ」

「その時はカンカンに怒ってたみたいだけど……。後で冷静になって後悔とかしたんじゃないかなー。あんまり積極的に催促とかされなかったし。まあ、私としては今の暮らしに文句は無いから殺しに関してはどうでもいいんだけどねー」

「どうでもいいのか?」

「私は戦士として戦えればいいんで。殺しは趣味みたいなものだよ。趣味だからやりたくないことはしない」

 

 潔いというのか、正直者というのか。実力があるから平気なのか。

 あまりに邪気の無い言葉にデグレチャフは拍子抜けする思いだった。

 質問に普通に答えている点でも改めて不思議な人間だと感じた。

 

          

 

 命令を受けたからにはデグレチャフをいずれは殺すことになるかもしれない。それは殺される予定の本人も何となくは感じていた。

 命令を遂行しなければエステルの身が危なくなる、かもしれない。

 これは私怨ではなく、存在Xが下した命令だ。だから、責任は存在Xにある。

 今のところ拒否権が無いだろうけれど、忘れてはいけない問題として覚えておく事にした。

 

「命令に失敗したらどうなるか、考えた事はあるのか?」

「銃殺刑とかじゃない? 私とて簡単に殺されたくないから多少の抵抗はするよ」

「私怨は無いのか? 転生に不服とか」

「少しくらいはあるだろうけれど……。転生しちゃった今はこちらの世界でどう暮らすかが大事だと思ってる。デグレチャフ少尉はデウス様のことが嫌いみたいだけど……」

「好きではないな。いずれは倒したいと思ってる」

「それについては私からどうこう言うつもりは無いけれど……。あまり反発すると催促が来るかもしれない」

「……う。……それは厄介だな」

「私は別にデグレチャフ少尉に強制したいとは思っていない。どんな神に祈ろうが自由だと思う。けれど……、神様自身が強制してくるとは思わなかったし……。面白いよね」

「面白くない!」

 

 笑うエステルに対して憤慨するデグレチャフ。

 神への信仰心の為に()()()に放り込まれたのだから。しかも争いの絶えない戦場に。

 

「現時点でデグレチャフ少尉を殺せば、どの道、銃殺刑かな。案外、切り捨てられる結果になりそうだね」

 

 都合のいい駒の替えくらい神様はたくさん持っている、かもしれない。

 捨てられるまでは自由に過ごしたい。従順な(いぬ)甘受(かんじゅ)しよう。

 それは元の世界に愛着が無くなったとも言える。

 向こうの世界に居た『クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア』は死んだのだから。

 



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#021

 act 21 

 

 最終日に(おこな)われる試験内容は『複合多重干渉誘発による魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験』という熟語をたくさん並べただけにしか聞こえないもので、さすがにデグレチャフも何の実験なのか首を捻るほどだ。

 要は何だ、と聞き返したくないが尋ねなければならない気がした。

 クソマッドことシューゲル開発主任の(げん)によれば通称『魔力変換固定化実験』という結局はよく分からない説明を受けた。

 何でも言葉を並べれば良いというものではない。というか、早口言葉の練習でもしているように聞こえる。

 エステルでさえ、新しい自爆方法かと不安を覚えているくらいだ。

 非科学的な魔法を科学で制御しようとするのだから荒唐無稽も(はなは)だしい。

 聞き返しても覚えられそうに無いのだが魔力を固定化して、それからどうするというのか。

 

「今更ですが……。魔力の固定化とは何ですか?」

 

 そもそも論で言えばシューゲルはどんな目的があって新型を作っているのか。いや、新型宝珠の受領だけだと思って今まで質問を避けていた節はあるけれど。

 エステルは軍人として、ただ与えられた任務を全うしようと奮闘していたに過ぎない。

 最後にふと疑問に思い、そしてごく自然に言葉が出てしまった。本当にただそれだけだった。

 

「仕様書は渡したはずだが?」

 

 最後だからか、今日のシューゲルは普段の威圧感は消えていて温和な言葉が紡がれていたし、表情も柔らかく見えた。

 それは憑き物が落ちたような清々しさか。

 

「……専門的な事柄ばかりで……」

 

 デグレチャフも一応は目を通していた。

 専門用語の奔流で結局、これは何なのだろうかと首を捻るほど荒唐無稽な事柄が書かれていた。

 一般兵士に理解出来る内容ではない筈だ。だが、それでも読み解いた分で言えば新型演算宝珠は革新的な能力を極限まで追及した代物であること。その一点に特化している。

 魔力は使えば消失する。

 それを蓄電池のように溜める技術が試みられてきた。つまり未だに魔力というのは溜めずに使いきり状態で運用されてきた事になる。

 演算宝珠の役割は魔力を最適化し、現世に奇跡を発現させるもの。その一つが航空術式で人を空に浮かべる奇跡だ。

 他には意志を具現化する干渉式と呼ばれるものがある。これが多種多様な術式の正体だ。

 幻影術式音声合成。医療分野では治療術式もある。

 一般的な魔導師の魔力は溜められずに拡散し、消失する。

 兵士であるゆえ戦闘中に治療する余裕はあまり無い。だから、後方で専門の担当者(医療班など)を多く配置しておく必要がある。

 使う(たび)に消える魔力を常時引き出すのが蓄電池化。すなわち魔力の固定化だ。

 兵士は己の魔力で演算宝珠を起動する事に勤め、使用される術式は溜め込んだ魔力から発動する。

 今までの実験では溜め込んだ魔力を制御できずに暴走して爆散という形で飛び散っていた。それだけでも立派な兵器なのだが。

 早い話しがこの一言に尽きる。

 

 永久機関

 

 消える魔力を固定化し、再度の運用に使用する。その奇跡を新型宝珠は可能とする。

 理論は完成している。後は実用化するだけだ。

 口で言うのは簡単だが形として完成させることは今まで誰にも出来なかった。

 もし誰にでも出来れば戦争はもっと早い段階から形を変えてきた筈だ。

 夢のような技術だが量産するには成功例が必要不可欠。

 仮に成功すれば術式を使い放題に使用できるし、新型の出力は理論上では四倍。

 もちろん演算宝珠が完成したとしても使い手がいなければならない。現時点で運用可能なのはデグレチャフとエステルの二人だけ。生き延びた、という意味では、と付くかもしれない。

 全ての兵士に等しく運用できる演算宝珠でなければ危険物であるのは変わらない。

 

「……我々が成功しても結局、量産できないってことですか?」

「成功例があれば量産化は難しくない。その為の実証実験なのだから」

「成功例からダウングレードが作りやすくなるかもしれない。多少、質は落ちても兵士の戦力増強には繋がる筈だ。……ドクトルがそれを許容するかは分からないが……」

「双発だけの演算宝珠の製作依頼は来ている。だが、今は目の前の実験の成功が大事でね。ダウングレードなど片手間で造ってみせるさ」

 

 難易度の高い四機の宝珠核を持つ演算宝珠を実際に作って見せたのだから、双発を作る技術は確実にあるし、簡単に作り上げてしまう、かも。それは間違いない、というか確実性をデグレチャフは感じた。

 成功すれば技術力が認められるし、予算も付くかもしれない。そうなれば後は製作まで時間はかからない筈だ。

 最初からチビチビとした新型より、一気に飛びぬけた高性能を成功に導けば他を圧倒することは間違いない。

 普通の会社であれば保身を優先し、安全に安全を重ねたりするものだ。だが、シューゲル主任技師は博打(ばくち)に出ている。

 成功か失敗か、ではない。生か死か、になっているのが問題だ。

 失敗しました、ごめんなさいで済むとは思えない。

 最後の実験はおそらく工廠ごと吹き飛ぶ気がする。それくらい思い切った実験にする、このクソマッド(シューゲル)は、とデグレチャフは不安いっぱいだった。

 

「……改めて聞きますが……、低地での実験ですよね?」

「空は成功してからでも良いだろう」

 

 低地で爆発すれば計測している技術スタッフも巻き添えを食らいそうな気がする。

 お気の毒に、と言いたい所だが自分たちも巻き込まれるから気持ち的にも余裕は無い。

 

          

 

 お腹に制御装置。背中に観測装置を背負い、無数のケーブルから魔力を充填。

 後は合図と共に起動するだけだ。

 どうせ吹き飛ぶなら、とデグレチャフとエステルは並んで待機する事になった。

 同時に暴走すれば連鎖爆発するのではないのか。

 

「……今ならまだ引き返せると思いますが?」

「心配は要らない。この実験は成功が約束されている。だから遠慮なく起動したまえ」

「はっ?」

 

 耳を疑うような言葉に思わずデグレチャフは聞き返した。

 成功が約束されているとはどういう事だろうか。ついに頭がおかしくなったのか。

 どの道、成功しない限り吹き飛ぶのは目に見えて明らかではあるけれど。

 どうせ吹き飛ぶのならば朝風呂の時にエステルと抱き合って『女』というものを味わい尽くしておくべきだったかな、という考えが脳裏を過ぎった。だが、悲しいかな。女の身体のせいか、男性的な興奮は起きなかった。というか、非常に淡白なものだった。

 それはそれで変な趣味に目覚めなくて良かったと喜ぶべきところなのか、今の精神状況ではうまく説明できないけれど。

 性欲に乏しいのは生物しておかしいことかもしれない。

 死を前にした生物というのは得てして子孫を残そうとするだろう。つまり不健全である、と。

 存在X(しゅ)を無駄に増やしたくないようだし、同性で子孫もクソも無いけれど。

 

「さて、少尉たち。準備はいいかね?」

 

 シューゲルの言葉にエステルは頷き、デグレチャフは両手を広げて肩を(すく)める仕草をした。

 今更逃げられるわけが無い。

 

「……で、起動するのはいいのですが、何をすればいいんですか? まさか武器を持って二人で殺し合いをしろと?」

「この工廠を軽く一周し、用意した(まと)に銃を撃つだけだ。もちろん、(まと)は壊れた飛行機だよ」

「了解しました」

「武器はライフルですか?」

「一般兵が使う武器は一通り並べてある。弾は詰めてあるが使う前に確認するといい」

 

 実験内容は至極簡単なものだ。だが、不安定な宝珠(おこな)うのだから何が起きても不思議は無い。

 魔力は充分に溜まっているので起動自体はおそらく問題はない。

 工廠はかなり広いのだが地面に事前に白線が引かれていて、その線を歩くなり、走るなり、飛ぶなどして移動する。

 その後で指定された場所で射撃する。ただ、それだけ。

 それで問題が無ければ限界高度まで飛んでほしい所だったが今回は(はぶ)かれている。

 聞いている分には何の問題も無い。問題なのは起動する演算宝珠くらいだ。

 

          

 

 小さな幼女二人の身体に邪悪な科学者が作ったほぼ爆弾をくくりつけられて爆死する予定の実験が静かに始まった。

 普通に考えて爆発すると分かって実験をしようだなどと思うのは自分が死ぬ事で誰かに多額の資金が渡るようなシチュエーションくらいではないだろうかと思う。

 それが家族であったり、爆弾を製造する会社であったり。

 今日は何度もため息が漏れ出る。

 仲良く手でも繋ごうかとデグレチャフは思うがエステルは特に気にした素振りを見せていない。

 最後だからさっさと終わらせて鍛錬の続きをしよう、とでも考えているのかもしれない。

 

「さて、エステル少尉。共に天に召されるようだが……。遺書は書いたのかね?」

「えっ?」

 

 死ぬと分かっている事態に遺書を書いておくのは兵士として基本的なことだと教わったはずだが、それを忘れているところを見ると不思議と微笑ましく思える。

 生き延びたらシューゲル主任技師を射殺する許可をくれと書いた。

 

「……気にするな。では、始めようか」

「了解。……実験が終わったら……帝都に行けばいいんだっけ?」

「その予定だ。貴官の場合は成功したら私の処女を貰うとか言いそうだったのだが?」

 

 質問に質問を返す。

 普通ならばこんな時に雑談などしている場合ではないのだが、自然と舌が滑ってしまった。

 

「んー、そういうのは考えてないなー。私は気まぐれだからねー。でもまあ……。何年後かに貰おうとか思うかもしれないねー」

 

 と、口が裂けるような邪悪な笑みを見せるエステル。

 この笑い方が彼女(エステル)の本性なのかもしれない。

 それはとても幼女の笑顔では断じてないと言い切れるほどだ。だが、それに対する自分の顔も今はきっと同じように口角を限界まで引き上げた笑みになっているに違いない。

 

「いい性格してるよ、エステル少尉」

「ありがとう」

 

 そして、お互いに耳に手を当てる。

 欠陥演算宝珠の実験の開始だ。

 『エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠』の起動実験は静かに始まった。

 起動する事自体は問題なく出来る。後は四機の宝珠核を安定化させるだけだ。

 

ターニャ・デグレチャフ魔導少尉。出発します」

クレマンティーヌ・エステル魔導少尉。出発します」

 

 演算宝珠の実験は二人の競走ではないので先にゴールした者の勝ちなどは無い。

 共に爆発させずに実験を終える事だ。

 最初の一歩から爆発的な瞬発力が生まれ、爆風に似た衝撃波が(わず)かばかり発生する。

 異音を響かせ不安定な体勢に苦しみつつ白線の上を通っていく。

 走るというよりは低空飛行する形になった。

 油断すれば簡単に道から外れたり壁に激突する。

 防殻術式が通常より強固になるので身体へのダメージはとても軽微だ。むしろ工廠の壁くらい破壊するのではないか、と。

 多少は壊してもいいらしいが、体当たりは本意ではない。

 

宝珠核の温度上昇を確認』

『今のところ想定内です』

「……了解」

『一周ではすぐに終わってしまうから三週ほどしてきたまえ。計器類は今のところ安定している』

 

 デグレチャフはシューゲルの声に舌打ちをしそうになったが従う(むね)を伝える。

 兵士は命令に従う規則がある。たとえ相手がシューゲルであろうとも。

 二週目に突入するが低地なのに風圧を強く感じる。おそらく周りは衝撃波で色々と吹き飛ばされているかもしれない。

 エステルは先に行ってしまったが彼女が爆発した音はまだ聞こえてこない。

 出力が四倍というが体感的には二倍がせいぜいだ。まだまだ伸びる可能性はありそうだ。

 ものの十分足らずで規定の周回が終わる。

 何度も最初の内で爆発事故を起こしたせいか、今日は随分と制御が上手くいっている。それは慣れだろうか。

 

演算宝珠に異常は認められません」

『では、射撃訓練に入りたまえ』

「了解」

 

 宝珠を起動させたまま指定された場所に向かうとエステルが武器を選んでいた。

 誤差は一分ほど。

 姿勢制御に関しては彼女(エステル)に軍配が上がったようだ。

 

「……凄い光っているな」

 

 お腹に抱えた制御装置から通常よりも激しい独特の光りが漏れ出ていた。

 演算宝珠を起動すると赤い宝珠が明るい緑色に光る。それが今回はやたらと(まぶ)しくて目蓋が開けられないほどに明るい光量ではないだろうか。

 顔の真下で光っているので射撃の邪魔になりそうだ。

 

『激しい(ひか)りですか?』

「遮光装置が必要かと」

『後で検討しておこう』

 

 報告を終えた後、用意された武器を選定する。

 短銃から対戦車ライフルまで揃っていた。

 エステルは適当に武器を選び、標的である壊れた飛行機の残骸に発砲する。

 普通に撃ったらしく、カンと高い金属音が聞こえてきた。

 (まぶ)しい中でよく射撃が出来るものだと感心した。

 応急処置的にいくつかの干渉式で遮光を試みる。実戦では遮光の為に無駄な術式は展開したくないものだ。

 

誘導式貫通式散弾式

 

 術式を込める度に軌道や威力、輝きの異なる軌跡が空中を走る。

 演算宝珠を介して現世に奇跡を発現する。ただ、起動し続けている限り魔力はどんどん失っていく。

 理論上では消える予定の魔力は演算宝珠内で一旦固定化されて再度の術式の為に使われるはずだ。

 エステルの脳裏ではどの道、魔力を使って魔法を放つのだから固定化とか意味が無いように思われる。

 失った魔力は休息して回復するものだと。

 この世界の魔力は演算宝珠の起動に使われる。魔法などを使うにしても宝珠を介さなければ一時的な現象で終わってしまう。その筈なのだが何度も言葉にしてみても矛盾を感じてしまう。

 使えば消える魔力が何故、固定化出来るのか。

 今現在の宝珠内では魔力は消えずに次に備えている、ということだろうか。

 

「……?」

 

 鼻水が垂れたと思ったエステルが手で拭うと鼻血だった。

 急激な魔力消費が身体に影響を及ぼしているのかもしれない、と思った。

 



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#022

 act 22 

 

 魔力の固定化とは消費して消える予定のものを消さずに残すこと。

 使えば無くなるという概念というか世界の法則を捻じ曲げる行為だ。

 そして、新型宝珠は不可能を可能にするだけの機能があるらしい。

 無尽蔵に魔法を使う兵士が増えれば世界はより混沌と化すのではないだろうか。

 

『鼻血だけですか?』

「はい」

 

 離れた場所に居る研究員に報告していく。

 

「……魔力の固定化とは自然法則に逆らうものなんですね」

『世界に自らの意志を干渉させ、現世に実体を持った現象を再現するのだ。それは当然であろう』

 

 シューゲル主任技師の落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『まだ平気なら色々と術式を試してみたまえ』

「了解」

 

 壊れた飛行機というのはたくさん置かれている。

 部品や資源回収の為に用意されたものだろう。それが小さな女の子達によって吹き飛ばされていく。

 

爆裂式

 

 実際は声に出す必要は無いけれど、マイク越しに開発スタッフにどんな術式を使っているのか伝える意味合いがある。

 位階魔法は音声を必要とするのが一般的なので無詠唱に比べればデメリットは少ない。

 

『エステル少尉の宝珠核内の温度が少し高いですね』

『二人共今のところ安定した状態のようです』

『……出力不足だ。これではまだ成功とはいえない』

 

 確かに今の所は支給された標準宝珠並みの性能しか出ていない。であれば成功とはいえないのも理解出来る。

 つまりもう少し出力を上げろ、ということだ。

 強い意志を持てば威力も高められる。ゆえに膨大な魔力消費も高くなれば体感し易くなる。

 力が吸い取られるような脱力感。

 武技(ぶぎ)の使いすぎによる集中力の欠如に似ているかもしれない。

 

「可能な限り出力を上げます」

『エステル少尉。最初の頃より安定している。恐れを抱かずに魔力を込めたまえ』

 

 優しいシューゲルの声。それは悪魔の囁きに似ている気がした。

 さすがに素直に従うには勇気が要る。

 暴走しないように細心の注意は払うのだが、繊細な宝珠は自分の性格と同様に気まぐれなので中々一歩が踏み出せない。

 

爆炎術式

 

 通常の爆裂式よりも強力で大量の魔力を消費する術式を展開。

 戦場ではそう何度も撃てない必殺の一撃だ。

 魔力どころか体力までも吸い取られるような感覚が襲ってくる。

 

『温度急上昇っ!』

『ま、まだ辛うじて想定内っ!』

『最初の頃より使いこなしている証拠だ。構わん。少尉、撃ちたまえ』

「………」

 

 返事は何故か出来なかった。

 鼻血をダラダラと垂らしながら標的に標準を合わせる。

 エステルと同様にデグレチャフも同じ術式を展開していたが、こちらは鼻血は出ていなかった。

 

「エステル少尉。私が合図を送ろうか?」

 

 デグレチャフの言葉にエステルは頷いた。

 

「では……。てー!

 

 二人の幼女が最大火力の爆炎術式を込めた弾丸を放つ。

 放たれた弾丸は魔力の光りをまといつつ標的に向かって飛んでいく。ただそれは人間には視認出来ないほどの速さだ。

 普通の人間であれば飛び交う銃弾を視認することなど出来はしない。それほど銃弾は速く飛ぶものだ。

 撃たれてから避ける事など不可能に近い。

 『流水加速』や『超回避』などでも使わない限り。ただ、この武技(ぶぎ)でも辛うじて知覚できる程度なので簡単に避けられるほどの速さは得られない。

 

          

 

 二つの弾丸が標的に着弾し、大爆発を伴なって何もかも吹き飛ばしていく。

 通常であれば次弾まで魔力を込める休息期間を必要とする。だが、今回の実験では理論上、魔力は消費されずに現世に固定化されるはずなのですぐに撃てなければ理論が破綻することになる。

 

『まだ無事であるならばもう一度、撃ちたまえ』

『……た、確かに魔力は多少は減っていますが次弾分は残っているようです』

『デグレチャフ少尉も今だ健在っ!』

「エステル少尉は激しく体力を消耗している。これ以上は危険と判断いたします」

 

 ただ、自分(デグレチャフ)は後一度くらいは余裕がある気がした。

 体力バカであればエステルが健在であるはずなのに。

 彼女(エステル)の魔力量は少ないのではないか、と疑問に思った。

 鼻血を流しながら次弾装填の作業を震える手で(おこな)うエステル。

 

「……へ、うへっ……。〈能力向上〉……〈能力超向上〉

 

 身体が膨れるような現象を起こし、武器を構えるエステル。

 

〈即応反射〉……爆炎術式……」

 

 『即応反射』は崩れた体勢を無理矢理元に戻す武技(ぶぎ)だ。

 

 ブッ。

 

 変な音が聞こえた。

 放屁(ほうひ)に似ていたが尻に違和感が無いので違うと判断。

 

「?」

 

 エステルは脱力感に襲われながら顔を下に向ける。

 ダラダラと止め処もなく流れているのは血。それも鼻から勢い良く。

 鼻腔(びこう)の奥を通り、脳内が熱く感じる。

 焼けた鉄棒で突き刺されたような感じだった。

 不慣れな魔力制御で身体が拒否反応でも示したのか。だが、それでも実験は続けなければならない。

 ダラダラと流れ出る鼻血に意を介さず照準を合わせる。後は引き金を引くだけだ。

 

宝珠核の温度更に上昇っ! 一気に融解寸前までっ!』

『このままではっ!』

 

 エステル側では怒号に似た絶叫が飛び交うがデグレチャフも安易に注視する事ができない。

 次の一撃を放てば終わりなのだから。

 仕事は最後まで(おこな)うのが筋だ。

 

「この一撃が最後だ。………。てー!

 

 一拍の呼吸の後に合図を送る。

 二人同時に引き金を引き、そして、エステルの宝珠核が激しく輝きだした。

 一気に体力を持っていかれたのか、発射と同時に後方に吹き飛ばされていく。

 それだけではなく、狙撃銃も赤熱の後に砲身から()ぜていく。

 先端からめくれ上がるように引き裂かれ、エステルの腕まで届くと、その腕さえも爆風でも受けたかのように肉体を裂いていった。

 その間、僅か一秒にも満たないはずなのにデグレチャフはとてもゆっくりとした時の中で見ていた。

 感覚が極限まで研ぎ澄まされたかのように。

 次の瞬間には宝珠の大爆発が起きるのではないかとさえ予感させる。だが、それは夢幻(ゆめまぼろし)ではないと確信する。

 今までなりを潜めていた自称唯一神こと『存在X』の出現だろう。

 周りの時間が次第に遅くなり、やがて静かに停止する。

 

「……存在X……」

「久しいな」

 

 重厚で老年の男性を思わせる声が聞こえてきた。

 ()()()()()()転生させられてから初めての出会いではないだろうか。

 身体の自由は奪われているが首などは辛うじて動かせられる。その状態でエステルを見やると両手は肘まで粉砕。顔や身体の前面部分の皮膚がめくれ上がったひどい状態になっていた。

 肝心の新型宝珠は光りを発しているので健在だと思われる。

 

「相変わらずだな、貴様は」

 

 爆炎が辛うじて人の形を成し、語りかけてきた。

 

「あのシューゲル技師を(そそのか)したのは貴様だろう、存在X。それと貴様の敬虔(けいけん)信徒(エステル)が今まさに死にそうになっているが?」

「確かにこの者は敬虔な信徒である。貴様らの演算宝珠とやらを祝福奇跡という恩寵(おんちょう)を与えようとしたのだが……。一歩遅かったようだ」

 

 相手の表情は見えないが存在Xはとても落ち着いた様子で喋っているように聞こえた。

 よその世界から差し向けた刺客ではないのか。救おうとは思わないのか、と。

 数秒後には命を散らすかもしれない姿と変わり果てているエステルが動き出した。

 デグレチャフ同様に止まりつつある世界に干渉しているようだ。

 

「……デウス様……」

「信心深き者よ。ご苦労であったな。しばし休め」

「……はい」

 

 従順な子犬は文句一つ言わずに従う。ただそれはデグレチャフからすれば狂信者の所業にしか思えない。

 今まさに死ぬ状況下で何故、得体の知れない相手の言葉を信じられる、と。

 自分ならば眉間を撃ち抜くほどの憎悪をあらわす所だ。だが、今は身体が思うように動かせられない。

 

「本来ならば不干渉を貫きたいところだが、不信心な貴様の行動は目に余る」

「生憎と神への祈りを必要とする程、追い詰められておりません」

 

 だいたい、刺客を差し向けておいて見捨てるような神に祈りなど捧げたいと思う方がどうかしている。

 

「信仰心に目覚めてもらう為に今後、宝珠を使うたびに神への祈りを唱えずにはいられなくなるだろう。やがて貴様の心の邪気も綺麗に浄化されるであろう」

「……はあ? 爆弾をくくりつけておいて祈りを強制するだと? それは奇跡などではない。一般的にそれは呪いだ、存在X! なにが神の奇跡だ、祝福だ!

「そうでもしなければ貴様は己の欲望のまま神を冒涜(ぼうとく)し続けるであろう」

 

 それは悪質な宗教勧誘ではないか。

 世間では一般的に『マッチ(火をつけて)ポンプ(消火する)』と呼ぶ。

 いつから唯一神という輩はカルト(狂信的な崇拝)を熱望するようになった、と。

 

「拒否権は無いと? その者は私を殺しに来たらしいじゃないか」

代行者だ。私も忙しい。神への祈りを忘れない信徒であるが……、少々強引であった事は(いな)めない」

 

 つまり神が自らの間違いを認めるという事なのか。そんなことがありえるのか、とデグレチャフは驚いた。

 傲慢の権化たる神とやらに反省という概念があるのか。

 

「未だ命令は保留だが……。()()()()はうまくいってほしいものだ」

 

 存在Xが言い終わった後でデグレチャフの演算宝珠が激しく輝きだした。それと同時に膨大な魔力が吸い取られていくのを感じた。

 つまり存在X演算宝珠に何らかの細工をした事になる。

 今すぐ首から外したいところだが、間に合わない。

 この自称神とやらは手段を選ばない邪神そのものだとしか言いようが無い。

 

 存在Xに災いあれ。

 

 今日ほど存在Xに憎しみを抱いた事は無い。

 銃口を向けようと腕を強引に動かそうとするがなかなか動いてくれない。

 

「さあ、偉大なる(しゅ)の御名を広めるために……」

 

 と、自分で偉大なる主とか言っている事自体、胡散臭い。

 どこまでクソッタレで傲慢な邪神なのだ、と声にならない抗議をあげる。

 そして、二人の演算宝珠の輝きは全身を包み込むほど大きくなった。

 

          

 

 主の御名と言っても正式名称は伝わっていない。

 諸説あるが人間が発音出来るものではない、とか。聖なる四文字(テトラグラマトン)であるとか言われている。

 正直、誰にも口に出来ない名前をどうやって広めるというのだろうか。その辺りを神は考えていない(ふし)がある。

 そんな事を思っていたのも一瞬だった。

 緑色の演算宝珠の輝きは黄色へと変化する。それは黄金に似た神々しさか。

 色の変化と共にデグレチャフの顔から感情が抜け落ち、一種のトランス状態に陥った。

 時が動き出し、後方に吹き飛ばされるエステルも態勢を立て直し、治癒魔法を唱えた。

 そして、二人はゆっくりと航空術式を展開し、空へと登っていく。

 

「……神の奇跡は偉大なり」

 

 同時に同じ言葉を紡ぎだす。

 

「……主を讃えよ……、その(ほま)れ高き名を」

 

 言葉が終わると同時に一気にスピードが上がり、高度3000(900メートル)を突破。

 五分後には8000(2400メートル)に到達している。

 

宝珠核の温度安定!』

『四機同調を確認!』

『……奇跡だ』

『し、しかし、二人共応答ありません』

 

 地上で待機している研究スタッフの声が漏れて出ていた。だが、恍惚状態の二人の耳に入っているかは不明だ。

 何者かの意志に従い、二人は天を目指している。

 それから数分後に理論限界の18000(5400メートル)へと到達した。それも何の異常事態も引き起こさせず。

 

『す、すごい……』

『限界高度に到達っ!』

 

 数分ほど待機した後でデグレチャフは我に返る。

 そして、異常に肌寒い現実に気がつく。

 

はっ!? 私は何を……。ここは高度限界……だと!?

 

 地上から情報を急いで集めて驚愕する。そして、すぐに酸素生成術式などを展開し、身を守る。

 見慣れない宝珠の輝きに驚き、術式展開が違和感無く実行された事にも改めて驚く。

 本来なら多少の消失感があるのだが今は起動しても消費した気持ちが湧いてこない。

 高所順応なしで到達したらしいのでゆっくりと高度を落すと一緒についてきたエステルの姿に気が付く。

 

「エステル少尉。貴官も下がってはどうか?」

 

 声をかけたが反応が無い。

 血を流しすぎて気絶しているのかと思って近づく。

 爆風により消失していた肉体は既に完治していたが服はひどい有様になっていた。

 ほぼ上半身裸。

 抱えている制御装置は血だらけ。

 両目の目蓋は閉じていた。血が垂れていたが膨らみ具合から眼球は存在しているように見える。

 

「……気絶しているのか?」

 

 無意識のまま航空術式を展開しているのかもしれない。気絶しているならばそのまま引っ張って降ろした方が無難だ。

 それにしても存在Xによって唱えたくない祝詞(呪言)を口走ったらしいのは如何(いかん)ともしがたい。

 

演算宝珠は未だに安定。地上に戻ってください』

「了解。計測は継続されたし」

 

 無意識で飛行するエステルの身体を引き寄せて地上を目指す。

 高出力を叩き出している演算宝珠は最初の失敗が嘘のように身体になじんでいる。

 実験は成功のようだが、不安は残る。

 存在Xが言うように起動するたびに神への祈りを捧げなければ恩恵にあずかれないのならば、それは正しく呪われた事と同義だ。

 敬虔な信徒ならば平気かもしれない。だが、生憎と無心論者である自分が信じるのは自分だけだ。

 

          

 

 抵抗無く地上までエステルを降ろすと宝珠の輝きは消えた。

 エステルは失血による意識障害に陥っているかもしれないので速やかに医務室へと運んでもらった。

 造血術式というものがあるのだが、つい先刻まで存在を忘れていた。なのでエステルもおそらく忘れている、と思う。

 とはいえずっと気絶していたようだから術式展開は結局無理だっただろうけれど。

 

「……とにかく実験は終わった……。全く……」

 

 とんでもない実験に付き合わされたものだ。

 生きていることが奇跡なのは間違いないが存在Xによる工作だと思うと気持ち悪い。

 周りを見渡すと地面が割れていた。

 というか辺りの建物がボロボロになっている。

 

「お二人の演算宝珠の輝きが変化した途端に爆風が発生しまして……。その後、地響きも発生したんですよ。それはもう凄かったです」

 

 と、研究員の一人から事情を聞いた。

 ただ単に空を飛んだわけではないらしい。

 新型宝珠の高出力の余波は凄まじいものだったようだ。

 実験が成功したとしても運用できる者がデグレチャフとエステルの二人だけだと数日後に聞かされた。

 完成品である新型宝珠を他の兵士に持たせたところ出力が安定せず、数分で魔力が枯渇。

 その影響で数人の魔導師が医務室送りになった。

 運が良い事に未だに死者が出ていない。

 

「神に選ばれた二人専用ということだろう。だが、そう悲観したものではない。成功例のお陰でダウングレードの開発予算が下りた。こちらならば問題なく兵士達の戦力増強に繋がるだろう」

 

 と、四機の宝珠核の量産が出来なくなったにも関わらず開発技師『アーデルハイト・フォン・シューゲル』は悲嘆に暮れず量産品の開発に乗り気だった。

 一番作りたかったものが出来て安心しているのかもしれない。

 最初の頃の狂気度は薄れて、気のいいおじさんに見えるほどだ。

 ダウングレードに関して双発とはいえすんなりと普及させる事は難しいと予想している。そもそも演算宝珠を扱うには一定水準の技量というものが必要だ。

 『ベテラン』級の兵士はどの国も欲しがる逸材で、教育に(しのぎ)を削るほど。

 おそらく『登録魔導師(ネームド)』と呼ばれるほどでなければ扱えない。

 

「そうそう。エステル少尉の武器の製作があったな。それは後で届けることにしよう」

「武器?」

 

 と、デグレチャフは首を傾げた。

 

「なんだね、デグレチャフ少尉も成功の報酬として何か欲しいものでもあるのかね? 大きなものでない限り、出来るだけ叶えてやりたいが……」

「い、いいえ。今は特に……」

 

 存在Xと取り引きしただけではなく、シューゲル主任技師とも取引していたとは、と思いはしたが別段、嫌な予感は感じなかった。

 少なくともシューゲル主任技師は曲がりなりにも技術者だ。人間を洗脳するような物騒なものは作らないだろう。将来的には作るかもしれないけれど。

 

「……で、エステル少尉の姿は無いようだが……」

「食事療養に入っていますよ。明日には帝都に向かう予定だそうです」

 

 物資は軍宛に届けてもらえば問題ない。

 (シューゲル)の作る武器がデグレチャフを殺す武器になる、かもしれない。その時は覚悟するだけだ。

 存在Xへ祈りを捧げている間は殺されることは無いらしいし、不本意だが今は安全度は高いだろうと予想している。

 



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#023

 act 23 

 

 この世界に転生して『統一暦』なるものを意識したのはごく最近のことだった。

 体調が戻るまで数週間を要したエステルは与えられた新型宝珠を眺めた。

 正式採用される事になった『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』は今のところ不具合を起こさずに機能している。

 大出力を出すにはデウスへの祈りが必要である、ということを同期のデグレチャフより聞いていた。

 実験として射撃訓練をするのだが宝珠の輝きが緑色から黄色になった途端に意識が飛ぶ。

 気が付くと目の前には爆炎に包まれた景色が現れる。

 彼女(デグレチャフ)の説明によればトランス状態に陥るらしい。

 訓練を重ねれば意識を保つことも可能になるかもしれないけれど、精神汚染が進行する可能性がある、とか。

 無神論者のデグレチャフと違い、曲がりなりにも宗教国家(スレイン法国)出身のエステルには問題の無い事だったが。

 意識が急に飛ぶのは早い段階から克服しないと危険であると認識する。

 そして、統一暦1924年度初頭

 自らの誕生日は定かではないが魔導適性の実験の為に修道院が提出した書類によれば十月中旬ごろだとか。現時点では十歳、らしい。いつ増えたのか気にする余裕は無かったので少しだけ驚いた。

 捨て子に正確な誕生日など意味があるのか疑問だった。今は正式な軍人なので誕生日は何かと必要らしい。

 兵士の慰労も軍内部では色々と催される事になっている、と聞いた覚えがある。

 今のエステルは『銀翼突撃章』を保持し、近く『二級鉄十字章』と『名誉鑑章』が貰える事になっていた。

 命に関わる実験を無事に生き延びて生還し、成功例を手にした功績が認められた。

 もちろんデグレチャフも勲章を授与される予定になっている。

 帝都ベルンにて鍛錬と食事療法に明け暮れているとエステル専用の武具一式が届いた。

 待ちに待った()()

 

 スティレット

 

 刺突攻撃に特化した短剣のような武器と幼い手を守る無骨なガントレット型の防具。

 引き金を引けるように製作されているので装備しても問題は無いようだ。

 肝心のスティレットは十本ほど。

 これで念願の()()()()()として人殺しが出来る。という考えが一瞬だけ過ぎった。

 それは()()()()()()の願望であって転生後の自分は少なくとも今居る世界に不満が無い。ゆえに貢献しようという心のようなものがある。

 元々はデウスよりデグレチャフの殺害が理由だったのかもしれない。とはいえ、今は別段、無理して自分の首を絞めるような真似をしなくてもいいだろうと思っている。

 簡単に終わらせるのは実に勿体ない。

 様々な要件を飲んだのだから、こちらの願望も少しは聞き届けてほしい。

 だからこそ祈ろう。デウス様に。

 

「この素晴らしい世界に居させてください」

 

 祈れば必ず声が聞こえる、というわけではないけれど時間がある時は瞑想ついでに祈る事にしていた。

 絶対に決まった日時と回数を必要とするわけではないようなので。

 本当は(みそぎ)なども必要なのだろうけれど、身体を清めるような立派な施設は軍内部には無かった。

 

          

 

 戦技教導隊という事で部下が付く事になっていた。

 いきなりの実戦から爆弾試験に次いで教導隊だ。何をすべきかさっぱり分からない白紙状態からのスタートに正直、エステルは戸惑った。

 与えられた任務であれば従うのだが、何をすればいいのか分からないのは不安だ。

 軍隊教育は詰まるところ敵が誰で、どう倒し、祖国に貢献出来るかが重要である。

 政治や細かい上層部の思惑などは下っ端にはうかがい知れない秘密事項が山積している。

 与えられた演算宝珠も機密指定されているので持ち逃げなど出来ようはずがない。

 

「転属が決まった。問題が無ければ速やかに行動を開始してくれ」

 

 人事局に呼び出され、開口一番にそう言われたエステルは敬礼して命令書を受諾する。

 目的地は西方のフランソワ共和国との国境付近。ライン戦線と呼ばれるところだった。

 今や帝国と共和国との戦いが激化した最前線となっていてデグレチャフも行きたくない、と言っていた場所だ。

 その最前線に行く事になった。とても楽しみだ、と口角が上がりそうになるのを懸命に押さえ込む。

 すぐさま用意を整える。可及的(かきゅうてき)速やかに、と厳命されているので。

 荷物は着替えと武具くらいだ。

 食料に関しては少し迷った。特別な食材があるわけではないので支給品でもいいかな、と思い、調理道具だけ持っていく事にした。と言っても使い慣れたナイフを数本と愛用のコップくらいだ。

 旅行カバンに詰め込み終わった後、友軍の集積地に向けて飛行機で向かう。

 行動は素早く(おこな)うこと。ゆえに無駄な壮行会などはしない。

 頼れるデグレチャフとは別行動だが、別に彼女と一緒に行動しなければならない規則は無い。あちらはあちらで動いている事だろう。

 目的地まではおよそ二時間と短いもので、すぐ到達する。

 現地でのんびりと旅行を楽しむ余裕など無い。

 エステルは現地の将校と面会し、転属の書類を提出する。

 

「本日より着任いたしました、クレマンティーヌ・エステル魔導少尉であります」

「ご苦労。楽にしてくれ。私は第二〇五強襲魔導中隊、中隊長のイーレン・シュワルコフ中尉だ。……貴官の配属先は……、第二〇六となっている。案内しよう」

「申し訳ありません」

「ははは。そう堅くならなくていい……」

 

 シュワルコフは笑顔で対応した。

 一見すると人当たりの良さそうな、何処にでも居る普通の子供のようだと、長く戦線に身を置いているシュワルコフから見たエステルの印象だった。

 見た目は金髪で赤い瞳の幼児(おさなご)にしか見えないが、銀翼突撃章保持者というのは実際に目にして驚いた。噂は真実であったか、と。

 軍人は相手の勲章や階級を気にする。

 部下の情報も色々と取り寄せて戦略を練るもの。

 シュワルコフを含めて兵士はほぼ男性が中心で、女性の軍人は十人に満たないらしい。

 

          

 

 別のテントに案内されたエステルはシュワルコフに再度の敬礼で礼を述べ、改めて書類を提出しなおす。

 最初に場所を聞いた兵士が()()()をしたらしい。

 

「ようこそ、最前線へ。第二〇六強襲魔導中隊、中隊長のレーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉だ」

 

 顔に傷のある中年将校が出迎えてくれた。

 魔導師の編成は通常、隊長を含めて四人で小隊。十二人で中隊。四十八人で大隊としての最小単位となる。

 目の前のオイレンベルクは十一人の部下を指揮する立場にあるという事になる。そして、彼自身も三人の部下を抱える小隊長を兼任している。

 軍隊教育は組織の繋がりが複雑になってくるのだが末端は比較楽に覚えられた。

 抗命(こうめい)というものが存在するので上官命令に異を唱えられるのは隊長クラスからとなっている。それでも制限はある。

 むざむざ命を散らしたくないのは誰もが思うのだが、それでも決断しなければならない時が来る。

 

「早速だが第四小隊長に任じる。部下は新兵だがうまく使ってくれ」

「はっ、拝命いたしました」

 

 敬礼で命令を受諾する。

 拒否権はほぼ無い。

 部下は要らない。一人で戦う。という我がままは通じない。

 隊長として部下に言う分にはある程度許容されるらしい。

 上司の命令には逆らえないが部下には大きな顔が出来る。それが組織というものだとデグレチャフは言っていた。

 エステルは小隊長になったわけだが徽章などは貰えない。あくまで現場の指揮のみで階級には影響しない。

 別の現場で中隊長を任せられたりする柔軟なものだ。

 戦争では誰かが死ぬ。

 ケガなどで指揮が出来なくなれば別の者に指揮権を移す。

 オイレンベルクに兵士が待機している無数のテントの一つに案内された。

 各小隊には指揮所(CP)と呼ばれる拠点が与えられる。待機中に命令を受ける事があるからだ。

 各CP(コマンドポスト)に命令を下す司令部(ヘッドクウォーター)と呼ばれる重要施設がある。

 この司令部(HQ)を攻撃されれば各CPに命令が送れなくなり現場は混乱し、敗走を余儀なくされる。つまりCP単独で戦争を継続する事は不可能である。

 

「エステル少尉は指揮の経験はあるのか?」

 

 現場に到着したが自分達以外は誰も居なかった。

 

「はい、いいえ。今回が初めてです」

 

 上官の質問に対し『はい、いいえ』と絶対に言わなければならないことはない。

 最初の『はい』は問いかけられた事に対しての返事。次の『いいえ』は否定だ。

 肯定の場合は普通に『はい』で終わってもいい。

 部下が返事をする場合は三種類だけとか言われたが実戦で経験するしかない。

 返事のたびに敬礼する必要は無いとも言われた。

 実戦での指揮の経験は確かに無い。だが、士官学校時代は誰かに教える役回りだった事を後々で思い出したが、それは関係なさそうな気がした。

 曖昧になってきたので迂闊に説明するのは危ないと予想し、口を(つぐ)む。

 

「まず現状を説明しよう」

 

 大きなテーブルに広げられている現場周辺の地図を指し示す。

 指揮所には様々な通信機や武器、細々とした備品類が既に用意されていた。

 各隊員用のロッカーもあった。

 

「我が軍は現在、主力が再編、集結中である。だが、到着まで時間がかかる」

 

 軍上層部は主力の殆どを北方ノルデンに割いていたため、ライン戦線の人的不足が仇となっていた。ゆえにフランソワ共和国が手薄になった帝国に攻めている最中である。

 圧倒的な軍事力を保持していようと人的資源が乏しいところはどうしても弱くなってしまう。当然、そこを攻めない敵は居ない。

 多人数で殺しあう戦争とはそういうものだ。

 

「我々の任務は彼ら(主力)が西方戦線に来援するまで現場を防衛する事である」

 

 応援が来るまで早くて一週間以上。それまで戦闘は続く。

 一言で言うのは容易いが消耗戦となってしまうと補給が重要になる。そして、その肝心の補充と補給も払底(物資が不足)しているせいで継続戦闘が難しい状況だ。

 

「再配置には二週間以上かかると予想されている。そこで遅滞防御を断念し、機動防御に移行することが決定された」

 

 『遅滞』とは敵戦力を誘導することである。

 『機動防御』とは部隊を機動させて敵の側面を攻撃。時間的猶予を作る戦闘行動で、あえて攻撃を加えて敵を後退させる手法だ。当然、無謀にも敵陣地に突っ込んでいくので危険ではある。

 

「我々は他の中隊と連携し、機動防御戦を(おこな)う」

「はっ。了解しました」

 

 何の疑問を抱かない兵士エステル。それでも見た目は十歳程の幼女だ。

 オイレンベルクはあえて指摘しないように務めていたが幼い子供に与える任務としては最悪に近い。

 要は死にに行けと言っているのと同じだ。

 新型宝珠を持ってしても人間である事は変わらない。それでも上からの命令である。

 

「貴官の奮闘に期待する。質問はあるか?」

 

 というか子供に今の説明が理解出来たのか、と疑問に思う。

 いつ来るか分からない主力が来るまで敵を倒し続けてくれ、と一言で言えば良かったかな、と思わないでもない。だが、それだと緊張感が薄れてしまう。

 兵士として平等に説明しなければ他の兵士を子ども扱いしてしまいそうになる。

 子供に人殺しをさせる祖国もどうかしている気がする。

 軍人として教育を受けたのだから十代から銃を持って戦う若い兵士は何人も知っている。だが、それでも()()()()()()()()は驚きを禁じえない。幼すぎるだろう、どう考えても、と。

 しかも何故かネームド銀翼突撃章保持者。

 

「い、いえ。特には……」

機動打撃部隊として敵を撃退する。貴官の新型宝珠の本領を発揮してほしい、との意向だ。もちろん、撃滅が目的ではないので無理に突貫する必要は無い」

「はっ」

 

 いくら新型とはいえむざむざ敵陣に放り込むバカな命令を出してきたら除隊願いを提出するところだ。

 現在位置だけが戦場ではないのだから。

 



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#024

 act 24 

 

 エステルはオイレンベルクから数枚の書類を受け取った。

 小隊として配属される部下の資料だ。

 現地の言葉は理解しているので読むことは可能だ。

 

「現状の戦力は慢性的に不足している。質に疑義があると思うが察してほしい」

「了解しました」

 

 疑問があれば質問しても問題は無いのだがエステルは書類に書かれている事に対して特に思う事は無い。

 それが新兵ばかりだとしても。

 中隊長に第四小隊用の指揮所に案内された。

 少人数で運用する簡易的なものだが戦場を移したり、撤退し易い作りとなっている。

 塹壕(ざんごう)でのんびりと会話できるほど現場は平和ではない。

 オイレンベルクと別れ、これからは一人で部下と相対しなければならない。つまり本格的に兵士として戦争する事になる。

 中に居たのは三人の男性。階級は伍長。

 書類によれば幼年学校での新兵である事。

 

第二〇六強襲魔導中隊第四小隊長を拝命したクレマンティーヌ・エステル少尉だ。貴官らの氏名を述べよ」

 

 自分達の身長の半分ほどしか無い子供に対し、三人は戸惑いを覚えていた。

 

「じ、自分はユースティス・ベルリッヒ伍長であります。イーダル=シュタイン幼年C大隊第二中隊から来ました」

 

 幼年学校での隊は三人共同じだった。幼年と言っても年齢制限があり、新兵達は十代を超えている。

 デグレチャフやエステルのような幼児(おさなご)を受け入れた士官学校とは違うのだが、戦時という事もあり特例が色々と認められてしまう。

 次いで『ヴェルリース・ポウペン伍長』と『ハイベルト・フォン・トラップ伍長』と続いた。

 幼年学校は志願組みと徴募組みを分けて教育するらしく、C大隊は志願者。D大隊は徴収された者達だ。A大隊とB大隊も何処かには居るかもしれない。それに魔導適性が無い者も兵士になるので、おそらく色々と振り分け方が違うのだろう。

 前者(C大隊)が好き(この)んで兵士になった者。後者(D大隊)は半強制的に徴兵されて兵士になった者。

 

「楽にしたまえ」

「はっ!」

 

 両手を後ろに組んで足を少し開き待機する姿勢を取る。

 

「貴官らは戦闘経験は初めてか?」

「はい」

 

 三人揃って答えた。

 

「……そうか。私も本格的に戦闘するのは初めてだ。共に頑張ろう。それぞれ装備を確認し、準備を整えろ」

 

 出撃命令は無いが備品の確認は大事なのでまず持ち物を整理していく。

 指揮所ではあるが通信係の兵士は居ない。だが、いくつかの無線機が置かれている。

 待機している時に使うのだろうけれどエステルは機械にも(うと)かった。

 元々、原始的な文明で育ったので近代科学は不得意な分野だ。

 専門知識に特化した部下を手配してもらうのが一番の近道だ。

 

「つ、通信兵を手配しましょうか?」

 

 通信機器を見つめたまま難しい顔をしているエステルにポウペン伍長が声をかけてきた。

 人当たりの良さそうな好青年の言葉にエステルは一つ頷いた。

 新兵は十代後半の青年ばかり。これから初めての戦争をするので緊張していた。

 

          

 

 装備の準備を整えて終わった後、呼集がかかり本格的な命令を受ける。

 新兵教育を現場でのんびりする余裕は無い。ただ実戦で学んでいくだけだ。ゆえにエステルは兵士を伴ない指定された場所に向かうのだが、砲弾飛び交う中を新兵と共に行けば危ない。特に新兵の身が、と疑問に思う。

 

「……ロビン01よりCP(コマンドポスト)へ。これより機動防御戦に移行する」

 

 今回のコールサインロビン(駒鳥)。基本的に指揮所(CP)が命名するらしい。どういう基準なのかエステルは知る(よし)もない。

 自分達に与えられた滞在拠点もCPの一つだが、現時点では使用する予定が無い。使用に関して上位の命令者から連絡を受ける事になっている。

 番号の01はエステル。02から04までが部下に与えられる。ちなみに部隊ごとにコールサインは違う。

 

CPよりロビン01。了解。負傷兵の回収も出来ればお願いしたい。オーバー』

「出来るかぎり善処する」

 

 負傷兵の回収といっても見えている側から死んでいく。この中で救援任務を併用する事は自殺行為ではないか。

 塹壕に放り込む事ができても後方の駐屯地までは運べそうにない。

 

「伍長達は銃弾に警戒しつつ負傷兵の回収に当たれ。敵兵は私が担当する」

「お一人で?」

「一小隊で相手に出来るほど少ない数ではないけれど……。やるしかないだろう」

 

 銃弾の予備は無限にあるわけではない。

 出来れば救援専用の小隊が欲しいところだ。

 

「……親愛なるデウス。我に加護を与えたまえ」

 

 エレニウム九五式に祝詞を捧げ、狙撃銃を敵歩兵隊に向ける。

 大規模な破壊活動は味方をも吹き飛ばすので散弾式を封入する。

 一度に狙える数は多くないが広範囲を吹き飛ばすくらいなら充分だ。

 

(あまね)く愚者にデウスの祝福があらんことを……」

 

 帝国へ進軍する視界内の敵兵に向けて発砲。そして、無数に分岐し、銃弾の雨が降り注ぐ。

 ベルリッヒ達はまだ息のある味方を近くの塹壕や後方へと運んでいく。

 折角の機動防御戦も満足に出来ないほど、帝国は攻め込まれていた。

 トランス状態になった後、意識が散漫になりやすく、耳から届く無線で我に返るエステル。

 

ロビン01、応答されたし』

「こちらロビン01演算宝珠使用中は応答が困難になる。オーバー」

『……りょ、了解した。引き続き任務に当たられたし』

「通信機器が生きている間、応答を続けてくれるとありがたい」

『武運を祈る』

 

 通信を終えて頭を軽く振るエステル。

 戦争はまだ始まったばかりだ。

 誘導式を撃ちながら敵歩兵を追い払い、部下と共に進軍していく。

 

          

 

 フランソワ共和国の兵士は歩兵だけではない。魔導師も居る。

 長距離砲も配置され、共に撃ち合う戦闘を繰り広げていた。

 戦場が広範囲にわたっているので小隊程度で戦場を覆す事はエレニウム工廠製九五式を持ってしても不可能に近い。

 死体と砲弾が転がる土地は作物が育たない死地(しち)のような有様だった。

 所々にある塹壕(ざんごう)内では無線で命令を聞きつつ前進しようとする無謀な兵士が詰め込まれていた。

 魔導師の任務は観測任務が(おも)で主力と呼べるほどの戦力は無かった。

 その理由としては空を飛ぶ魔導師は砲兵の(まと)にされていて多くが撃ち落されている。

 歩兵の銃弾は防げても口径の大きい砲弾は防ぎきれない。

 

「小隊長。負傷兵が多すぎます」

「……出来るだけ回収しろ、と言われている」

 

 回収ばかりしていては機動防御戦が出来難くなる。それは分かっているが、命令だから仕方がない。

 

「こちらロビン01よりCP(コマンドポスト)。オーバー」

『こちらCPロビン01、オーバー』

「負傷兵の回収ばかりでは任務に支障を来たす。増援を求む」

『遺憾ながら増援に出せる部隊は無い。継続任務に従事せよ』

 

 エレニウム九五式は攻撃には使えるが救援任務にはあまり役に立たないのだなとため息が出そうだった。

 前進してくる敵歩兵は適度に撃ち殺している。だが、それでも後から湧き出てくる敵には感心した。

 どれだけ殺せば戦争が終わるのだろうかと不安を覚えるくらいだ。

 他の小隊も似たような状況の筈だ。

 

CPより第二〇六強襲魔導中隊に次ぐ。速やかに後退せよ。繰り返す……』

 

 撤退命令が来たのでエステル魔導少尉は引き下がる。

 無謀にも敵へ突進すれば命令違反に問われてしまう。

 部下達を引き連れて自分達の滞在拠点まで後退する。

 



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#025

 act 25 

 

 ベルリッヒ伍長達は血と泥で汚れていたがエステルは空からの迎撃ばかりだったため、身奇麗だった。

 オイレンベルク中尉の(もと)に各小隊が集められた。

 

「戦況は(かんば)しくないが諸君らの任務に支障が生じている事は承知している。いま少しの辛抱を強いるが耐えてほしい」

 

 戦況が芳しくないのは他の隊も同様で、とにかく現場は混沌と化していた。

 補給物資も乏しく、長期戦闘も満足に(おこな)えない。

 

「歩兵の一部が思いのほか敵陣地に入り込みすぎている。他の部隊も似たような状況のようだが……」

 

 戦線の混乱は今に始まった事ではないが戦力を発揮できないのはオイレンベルクも頭を痛める事態だ。

 新兵を使っても打開策が見出せないのだから。

 戦闘が長引けば物資が枯渇し、自然と兵士達も疲弊して戦えなくなる。

 かといって塹壕で待機している味方を見捨てる事もできない。

 

「我々はしばらく待機し、夜間戦闘に入る事になった。各自、別命あるまでそれぞれ充分に休息せよ」

「了解しました」

 

 どの部隊も交代で敵を掃討する。当然、休憩時間もあるのだが、敵も同様である。

 駐屯地に引き返せない兵士はそのまま待機か死ぬかの二択しか無い。

 全てを救う事はもとより出来ない。

 それぞれの小隊は自分達の仮設の拠点(きょてん)指揮所(CP)に戻り、昼食を取ったり、装備の確認などをしていく。

 

「各自、別命あるまで待機」

 

 本来ならば新兵教育をしなければならないところだが、今はそれどころではない混乱振り。

 銃を撃てれば良い、という有様となっていた。

 

「小隊長。我々は救援任務だけですか?」

「そういう命令だから仕方がない。迂闊な行動で戦局が乱れれば誰が責任を取る?」

 

 敵を倒す為だけに志願した兵士達は大勢居るだろう。意に沿わないことも多々あると思う。

 それでも組織に組み込まれたのだから与えられた命令には従う義務がある。

 もちろん納得できない事もある。

 エステルとしては乱れた戦場では命令に従っている方が気が楽なので現状に不満は無かった。

 少人数の敵ならばさっさと撃退するところだろうけれど、広範囲に渡った戦場は一角が崩れると何が起きるか分からないものだ。

 

          

 

 束の間の休憩時間なので昼食に入る。

 血と泥にまみれてもお腹が空く。軍から支給された糧食(レーション)などを確認していく。

 味は悪いが栄養が保証されているものが多い。一応、パンもあるけれど硬い。

 腐りかけた野菜がたまに混じっているとデグレチャフから聞いていたので確認作業は欠かせない。

 湯を沸かす装置で煮沸(しゃふつ)作業は一応、出来る。

 飲み物は水と代用珈琲(コーヒー)というものだが、これも不味い。

 とにかく、食べ物が不味い。まともに食べられるものが存在しないのではないか、というほどだ。兵士だから粗悪なのか、というとそうでもなく、軍全体が食料難で(あえ)いでいる。ゆえに上層部もロクなものを口にしていないらしい。

 兵站(へいたん)は大事だと常々デグレチャフは言っていたが、まさに同意せざるを得ない。

 不味くても食べなければ空腹で倒れてしまう。辛うじて吐き出さなかったのが奇跡ではないか。

 食事の質の向上を訴えたいところだ。

 部下が出来たとはいえ、今の状況で指導は出来そうにない。実戦だけで何が出来るのかと疑問に思う。

 

「食事を済ませたら装備品の確認の後、休息に入れ。非常呼集に備えろ」

「了解しました」

 

 いきなり戦地に送られたせいか、あまり部下に愛着がわかない。

 すぐ死ぬ兵士が多いのも原因だ。

 制帽をかぶり、中隊長が待機している指揮所に向かう。

 

「小隊長諸君。夜間戦闘もやることは変わらない。我々の任務は敵を排除しつつ橋頭堡(きょうとうほ)を築く事だ。他の中隊も陣地拡大に努めているが……、敵の攻勢も激しい。敵魔導師による観測者狩りもそろそろ始まる予定だろうな」

 

 テーブルに敷かれた地図には敵味方の陣地のようなものが書き込まれていた。

 複数の中隊で国境を広げる作戦が展開されている。その中で一つの中隊が突出しようものなら集中砲火を浴びてしまう。

 被害を最小限に抑えた戦略を取っているので時間がかかる。もちろん、短時間で済めばいいのだが敵も攻められたくなくて抵抗する。

 朝攻撃して昼になったから停戦して昼食、夜になったら睡眠というわけにはいかない。

 不眠不休で戦闘できるほど人は強靭ではない。交代要員が無ければ精神的にも疲弊し、戦えなくなる。

 魔導師は訓練課程で最大五日ほど戦闘可能だが大量に魔力を消費すれば一気に睡魔が襲ってくる。それはエステルとて例外ではない。

 こんな戦闘を延々と続けるのは健康的とはいえない。

 



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#026

 act 26 

 

 夜間の戦闘もやることは一緒だ。問題は視界が悪いこと。

 魔導師は暗視の術式が使えるので戦闘自体は可能だが一般兵士はそうはいかない。だからこそ敵が攻め入るのに絶好の機会となる。

 いくつもの塹壕の中で仮眠している兵士も居る。

 砲撃の音でも目が覚めないほど疲弊していたりする。今の内に休めるものは休んだ方がいい。

 

「各位、砲兵を狙え」

「了解」

 

 昼間と違って無謀に突貫する歩兵が殆ど居ないので仕事が(はかど)る。

 敵歩兵の撃ち漏らしは仕方が無いが砲兵だけでも数を減らしておかないと攻めるのが難しくなる。

 長距離攻撃の一撃は一般歩兵にとって脅威だからだ。

 

「観測を(みつ)にせよ」

 

 地上の歩兵からの攻撃の届かない高い位置からの射撃。仮に届いても防殻術式で防げる。だが、砲弾は簡単にはいかない。

 距離や口径の問題もある。たまに防殻を突破するので安易に魔法に胡坐(あぐら)はかけない。

 

CPよりロビン01。少し後退せよ。貴官らの現在位置は突出し過ぎだと報告されている』

「こちらロビン01。予定地点で合っているはずだが? それは間違いないのか? オーバー」

 

 たまに報告が混乱する事がある。それは別の小隊や中隊が抗議している時に起こりやすい。

 一人で撃墜数を稼ぐな、という意味合いがあるとか。

 抗議自体は規則に抵触するほどの軍規違反でなければ問題はない。

 双眼鏡で辺りを確認し、現在位置を表示する術式を展開する。それらをCPに送信する。

 演算宝珠は機械でできている。どういう仕組みなのかエステルは分からないけれど多機能な分、原始的な思考が中心の彼女(エステル)にはいまいち理解しにくかった。

 今は出来るから出来る、という理屈で理解しているに過ぎない。

 新しい発見は多くて楽しい世界だと思った。

 

『こちらCP。そちらの現在位置から1000(300メートル)下げろ。今回の作戦の限界地点は既に到達済みだ』

「了解。……しかし機動防御戦ではないのか? オーバー」

HQ(司令部)に問い合わせる。それまで警戒任務に当たられたし』

 

 順調に行軍が出来たせいか、既定の仕事は終わったのだろうかと思った。

 歩兵と砲兵に注意しつつ部下に後退を命じる。

 散発的な発砲音が聞こえる意外は特に異常事態は無く、敵魔導師の魔力反応もない。

 

「小隊長。負傷兵は近くには居ないようです」

「んー、分かった。弾薬はまだ充分か?」

「あと……、五つ分はあるのでまだ進めます」

 

 支給された狙撃銃は20発の弾丸を装填出来るものだが、一日で随分と消費したはずなのに敵はまだまだ健在なことに驚いた。

 丸々残したところで罰則はない。

 

「敵影は無いようですが……、別働隊のところに向かったのかもしれませんね」

「……折角命令を受けたのに……。これでいいのかな」

 

 敵を後退させることが目的であって無理に撃ち殺す必要は無い。とはいえ、それだけでいいのかエステルにとっては疑問だった。

 下がった敵はまた前に出てくる。そうであるならばしっかり射殺すべきではないのか。

 

ロビン01よりCPへ。追撃命令が無ければRTB(指揮所へ帰還する)の許可を」

『検討するゆえ、残敵に留意し現場にて待機せよ』

「了解」

 

 真っ暗闇の中で待機を命じられたとしても動くな、という意味ではない。

 近くの塹壕などに避難し、索敵任務を継続する。

 魔法による光りが目印となるので光りが漏れないように遮光装備で身を守る。

 

「負傷者は居るか?」

「負傷はおりません」

 

 と、三人共に元気よく答えた。もちろん、周りに声が漏れない程度の音量で。

 味方の兵士も無謀に突撃しているわけではないようで、今のところエステル達の居るところまで進軍している者は見当たらなかった。

 第四小隊以外の小隊はどうしているのか、と。それぞれ別行動している筈だが、行軍していて忘れそうになる。

 

「こちらロビン01。応答願う」

 

 電波障害はない。指定された周波数は二回確認した。

 

『こちらアイビス01ロビン01、緊急事態か?』

「現在、RTB申請の為に待機中。そちらの損耗はどうか? オーバー」

『損耗なし。こちらも待機中だ。他の小隊も同様のようだ』

「了解した」

 

 今日の分の仕事は終了という事だ。

 CPからの返答が無いのは少し不安ではあるけれど。

 

          

 

 部隊を展開しているのはオイレンベルクの中隊だけではない。それぞれに指令を送るだけで結構な時間がかかっている。

 エステル達の帰還命令が下ったのは四十分後だった。

 命令系統が多いと一つの命令が降りるまで早いものもあれば遅いものもある。

 深夜の任務を終えて拠点に戻った後、部下達に休息を命じ、エステルは報告の為にオイレンベルクの下に向かった。

 

「ご苦労だった。我々の仕事は一旦、終了だ。明日まで休息してくれ」

「了解しました」

「他の部隊の兼ね合いから機動防御戦が(かんば)しくないのは否めないが……。敵部隊は確実に後退している。小隊規模で出来る事は限られている。諸君らの奮闘にこれからも期待する」

 

 それぞれの小隊長が敬礼して退出していく。

 気が付けば日時が変わっていた。

 遅い食事の後は睡眠。そして、朝方の非常呼集で目覚める。

 激戦区の睡眠時間はとても短い。精神的な疲労が蓄積していくが、それはエステルだけではない。

 もちろん、交代を繰り返す。配置されたばかりの兵士にとって辛いのは終わりが見えない事だ。

 それを乗り越えられれば優秀な兵士になるか、二階級特進になるか。抗命罪で無駄に散るか。

 目が覚めたエステルは別命があるまで兵士達の宿舎の周りを走ったり、筋力トレーニングを(おこな)った。

 

「諸君。おはよう」

 

 身奇麗にした後で部下を集める。と言っても三人だけだが。

 

「おはようございます」

 

 エステルの朝の挨拶に部下達は敬礼で出迎えた。

 二度にわたる激戦の中、大きなケガもなく無事でいてくれたのは素直に嬉しかった。

 後で叱られたくなかったので。

 

「次の指令まで食事なり、装備品の確認。ケガをしていれば看護兵(メディック)の下に向かうこと」

 

 当たり前の事を普通に伝えるだけだが、部下達はエステルの低身長が気になるのか、見下ろす形に違和感があるらしい。

 目線の高さに関してエステルは気にしない。

 

「何か質問はあるか?」

「はい。質問させていただきます。我々は敵兵を殲滅しないのでありますか?」

「しないようだ。あくまで後退させるのが目的だ」

 

 後退した敵は武装を整えて再進撃するのではないだろうか、とベルリッヒ伍長は危惧する。

 もちろん各小隊長は()()()()()に命令を受けているのだからどうしようもないのだろうけれど。

 不毛な戦いは一日でも早く終わらせた方がいいに決まっている。

 

「救援任務と平行していては我々の体力を無駄に失うだけであります」

「そうだろうな」

 

 かといって現場を改善するように具申する事は簡単ではない。

 そういう風に戦えと上層部からの命令が下っている以上は不毛だと分かっていても続けるしかない。

 自分達で勝手に行動する事は立派な軍規違反に問われる。

 責任者であるエステルもただでは済まない。だが、新兵は英雄願望が強い。特に志願兵は。

 命令違反してでも国に貢献できれば罪は帳消しにはならなくても軽減くらいはされるのでは、と夢想している。だから無茶な行動に出ようとする。

 エステル自身はスレイン法国時代に比べれば適度に命令が来て安全に作戦に従事できるので文句は()()()ない。ただ、複数の命令系統が(わずら)わしいとは思っている。

 思うようにいかないのは仕方がない事なのか。これが当たり前なのか。

 色々と知らない事があって楽しいけれど。

 

「空から敵を迎撃するだけの簡単な仕事だと思うのだが……。貴官らは命が()しくないのか?」

「はっ? 惜しいと言われれば……、そうだと言えます」

「殉教者を出せば隊を率いる私が処罰を受ける、かもしれない。それは……、困るのだがな……」

 

 ようやく本格的な戦争という仕事にありつけのだから、そう易々(やすやす)と手放したくない。しかも部下の勝手な言い分で。

 爆発実験から生還し、相棒(スティレット)が届いたというのに使わずに退役など()っての(ほか)だ。

 



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#027

 act 27 

 

 戦場は広範囲に広がっているので時間差で砲台の着弾音が聞こえたりする。

 既定の時間になれば開戦の合図が出るようなものではない。

 各CPを束ねるHQ(司令部)が様々な命令を下してからが本番だ。普通ならば。

 直接狙われれば自己判断で迎撃や撤退をしなければならない。今のところエステル達が待機している場所は主戦場からかなり離れているので比較的、安全だった。

 

「諸君。起床早々で悪いが機動防御戦の用意を整えてくれ。新たな砲兵が追加されたようだ。余裕があれば叩いておくように」

 

 中隊長が待機している拠点に集められたエステル達はそれぞれ姿勢を正して話しに耳を傾ける。

 疲弊具合では他の小隊も似たようなもので、目の下に隈が出来ていたり、服や顔が汚れたままだったりしていた。

 

「了解しました」

「エステル少尉は威嚇射撃を(おこな)ってもらいたい。当てても構わんが」

「はい」

 

 一般魔導師の広域射撃はあまり効果が薄いがエレニウム九五式は数倍規模の示威(じい)行為になる。地上の一般兵の負担を少しでも減らそうとオイレンベルク中尉は考えていた。

 装備の確認作業をしている間、戦場にかけていく歩兵達の声が聞こえてきた。それが開戦の合図のように感じた。

 エステルは先行して規定の場所に向かい、狙撃銃を構えて九五式祝詞(のりと)を捧げる。

 

「……我が祖国を犯さんとする(やから)に神の鉄槌を与えん……」

 

 散弾術式を広範囲にばら撒く。

 空中から撃ち出された術式の弾丸は目標地域に次々と撃ち込まれていく。

 着弾の規模から2000フィート(600メートル)にかけて広範囲に渡った事を確認する。

 

「……んー。魔力反応……」

 

 恍惚状態とはいえ魔力反応は感知出来た。

 かなり遠距離からエステルに向けて敵意をぶつける存在が居た。

 すぐに索敵術式を展開し、遠視術式を併用する。

 

「……こちらロビン01。……敵魔導師……。中隊規模を確認……」

『こちらCP。情報を送れ、オーバー』

「了解」

 

 演算宝珠を起動したまますぐに情報をCPに送る。それはほんの数秒間の出来事だった。

 九五式を起動している間は驚異的な索敵能力などが発現し、通常の数倍の処理能力を叩きだす。

 

『おそらく観測者狩りの魔導師だろう。迎撃が可能ならば接敵戦闘を許可する』

「了解。敵魔導中隊を撃滅します」

 

 報告を終える頃にはトランス状態から脱し、意識がはっきりしてくる。

 まだ新型宝珠に慣れない為に自分で何を言ったのか分からず、耳に聞こえてくるCPからの言葉に驚いてしまう。

 

CP。こちらロビン01。……私は何を報告した? 新型宝珠の影響下では意識が散漫で把握が難しい。オーバー」

『敵性魔導師の存在をこちらでも確認した。報告の不備は無い。任務を継続されたし』

「……りょ、了解」

 

 敵魔導師がどうしたというのか。

 脳内に浮遊感のある演算宝珠の使用は何かと不安だ。とにかく、遠視術式を展開し、改めて索敵を(おこな)うと確かに敵魔導師の存在を確認出来た。

 つまり自分はそれを報告した、という事だ。

 二度手間になる作業では今後の戦闘に影響する。早く慣れなければ、とエステルは頭を振りながら思った。

 エレニウム工廠製九五式の起動はただ出力が上がるだけではなく、人知を超えた能力と引き換えに使用者の意識を汚染するもの、とデグレチャフは言っていたがエステルには窺い知れない。

 実際に使って学んでいくものだ。

 確かに自分で報告したことも覚えていないのでは今後の活動に支障が出る。

 なによりCP(指揮所)に迷惑をかける。

 罵詈雑言だったら後が怖い。

 使わないよりは使い続けてコントロールするしかない。

 

「……敵魔導師の存在を認める。これより掃討戦に移行する」

 

 と、部下に指示を飛ばすエステル。

 敵の規模を伝えるとユースティス・ベルリッヒ伍長達は驚いたようだ。

 小隊(四人)規模の戦力で中隊(十二人)を相手にするのだから。しかも新兵で。

 無謀もいいところだ。

 英雄願望を持つ新兵も大勢の敵を前にすれば常識人になるようで、エステルは少し安心した。無謀な部下ではない事が分かったので。

 

撃墜スコアを私が稼いでも良いのか? 新兵諸君も敵を多く倒したいだろう?」

 

 地上の兵士を空から撃つ事は出来ても自分たちと同等以上の相手には腰が引けるようだ。

 

CPよりロビン01。オーバー』

「こちらロビン01。オーバー」

『敵魔導師は第二〇五強襲魔導中隊に任せて貴官の小隊は任務を継続されたし』

「……二〇五……。了解した」

 

 一人で突貫する事にならなくて安心し、同時に折角の戦闘が出来なくなって少しだけ勿体ないな、と思った。

 とはいえ、あまり目立つ事をすると敵に狙われやすくなると聞いていた。

 エレニウム九五式を起動した時点で充分に目立っている気はするけれど。

 



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#028

 act 28 

 

 エステルは現場を移動し、負傷兵を気にかけながら敵歩兵と砲兵の排除に努めた。

 広範囲に散らばる敵というのは地味に大変だ。

 

「小隊長。このままでは弾がもちません」

「……キリが無いね。無くなるまで戦闘を続行。その後は救出任務に任意で移行せよ」

「了解」

 

 戦闘というものは(らく)して人殺しが出来るものではないと知り、がっかりしたが適度に戦闘が出来ただけで今は良しとする。

 十全な戦闘は滅多に来ないものだ。

 規定の距離を保ちつつ地上の敵を敗走に導く。無理して殺す必要は無いようだが、逃げた敵はまた襲ってくる。その辺りは繰り返しの仕事になる。

 魔導反応を検知。それは自分の感覚に訴える危険信号。

 エステルは言葉よりも先に身体が動き、部下の前に移動する。そして、爆発。

 

「うわっ!」

 

 通常の演算宝珠の四倍の出力を持つお陰か、それとも神の加護か。

 魔力反応を持つ弾丸がどこに来るのか、大まかな予測ができた。いわゆる弾道予測だ。それも視認ではなく、第六感のような曖昧なもので感じ取る。

 確かにここに弾が来る、という信号を感知し、エステルはその射線上を自らの身体で塞いだ。

 

「しょ、小隊長っ!」

 

 咄嗟の事とはいえ防御膜防殻が機能したのかエステルには分からなかった。

 演算宝珠を使用している間はだいたい自動的に展開できるものらしいがちゃんと機能するかは銃弾を受けてみない事には分からない。

 

          

 

 気がついた時は塹壕の中だった。

 気絶していたのだろうか。

 全身の痛みで意識が鮮明になってくる。

 

「小隊長!? 気が付かれましたか? 聞こえますか?」

「……被弾したんだねー。皆は無事?」

「我々は無事です。……ですが、小隊長は重体であります」

 

 そうだろうねー、と返事をしようと思ったが身体が嫌に重く感じられて声が出てこなくなった。

 本来ならば『ダメージレポート』を出さなければならないし、出せないなら部下に告げてもらわなければならない。

 

「……命令」

 

 こういう時は都合のいい命令を活用しなければもったいない。

 

ダメージレポート……。ほら、ちゃんとする」

「りょ、了解……。小隊長殿は両腕を欠損……。左目は……おそらく衝撃で潰れており、両足は両方とも骨折。脊髄も損傷……しているかと……」

 

 それはうつ伏せに寝かせられているから。背中に破片でも刺さっているのだろう。そして、それを取ると大出血するおそれがあるので看護兵(メディック)を現在要請中。

 それらを淡々と聞かされるエステルは意識があるだけでも安心することが出来た。

 報告の中に頭部のダメージが眼球だけという事はまだ少し希望がある。

 

「……ああ、でも、破片が入っていたら駄目か……。これは困ったな」

 

 麻痺系の魔法を習得していただろうか。ただ、あれを使うと完全に身動きが取れなくなる。

 医療の麻酔は魔法では出来ない事が出来るので諦めるしか無い。

 ケガの具合から砲兵の一撃か、それとも魔導師による遠距離攻撃か。

 それを悠長に確認出来るようであればケガ等しない。

 

「どんな攻撃だったか分かる?」

「上空からの狙撃だと思われます。今は二〇五中隊が敵魔導師と戦闘を(おこな)っておりますので」

 

 一部の装備品は外されいるようだが、それにしても弱い防御で呆れてしまう。

 魔法的な戦闘経験が少ないせいもあるのかもしれない。

 魔導を扱える、だけだ。才能とはまた違うのかもしれない。

 ()()()()()()()()()ともあろう者が仲間意識で人助けとは、笑えない事態だ、と苦笑する。

 弱肉強食の世界に慣れて転生後の世界にはまだ慣れないとは、と弱い自分というのは微笑ましくもあり、情けなくもある。だが、それはそれで悪い気分ではない。

 使い捨てにする非道な組織なら、自分はきっとそれに合わせる。だから、今は彼らの優しさに自分は合わせている。

 目に付く者全てを殺戮するのは『戦闘狂(ベルセルク)』というよりは『狂乱の狂戦士(フレンジード・バーサーカー)』がお似合いだろう。そこまでには至りたくないけれど。

 女の子なので蛮人(バーバリアン)とも呼ばれたくない気持ちはある。

 そういえば、とエステルは首を傾げようとした。すぐに痛みで顔を顰める結果になる。

 それはとにかく、撃墜された場合は何かお叱りを受けるものだろうか。少なくとも抗命罪には問われない筈だ。

 命令不履行で大ゲカだと何があっただろうか。

 破片や銃弾さえ取り除けば戦闘は続けられる。

 

          

 

 外での戦闘はまだ続いているだろうけれど看護兵(メディック)が中々来ない。このまま生き埋めにされるのは嫌だなと思いつつ、しばしの休息に入る。

 通信機器は部下に任せて精神統一をしておく。

 いつでも逃げられるように。または敵を迎撃できるように。

 塹壕の中は浅いところもあれば深いところもある。それが縦横無尽に作られていて、中には洞窟状もある。

 壁は木で出来ていたり、石で出来ていたり、とにかく即席で作り上げられているところほど雑だ。

 国境から遠いほど整備が行き届いていて中には線路が敷かれている場所もある。

 平地に作られている場合が多いので顔を出した途端に狙い撃ちされることもある。

 

「こちらロビン02! 看護兵(メディック)はまだか!」

『あと120秒かかる。中隊が既に向かっている。まもなくだ、オーバー』

 

 部下の無線のやり取りを聞きつつ外の喧騒にも意識を傾けるエステル。

 戦闘が止む気配は無く、振動が伝わってくる。

 いざという時は無茶をする予定だが、焦りは禁物だ。

 そして、二分経った頃に遠くから駆け込む足音が聞こえる。塹壕内を移動してきたと思われる。

 

「救援に来ました!」

「こっちです!」

 

 複数の兵士に守られた看護兵(メディック)が走り寄ってきた。

 酷い有様のエステルを一瞥して顔を顰めたが、すぐに仕事に取り掛かる。

 

「あー、とにかく弾とか破片の除去を優先して。それが終わったら治癒魔法で対処するから。よろしくー」

「は、はい」

「破片が残ったまま治癒魔法を使うと体内に残る気がするから気持ち悪いんだよねー」

 

 のんびりとした口調に看護兵(メディック)は呆気に取られる。

 どう見ても瀕死の兵士にしか見えない。それなのに緊張感の欠片も無い口調で応答する。

 包帯を解かれ、手術に入る。専門職の彼らは迅速に身体を切り裂いていく。当然、エステルは痛みに耐える。

 演算宝珠は万能だが何が出来るのか、実はよく分からない。

 かなり習ったはずだが自分の魔法と混同する事態に陥った。

 度々、デグレチャフからこっそり指導を受けたのだが、瀕死になった場合はまだ習っていない気がした。

 そもそも演算宝珠を使いこなせる人間が少なかったせいもあり、どこまで出来るのかはまだ研究中の事もたくさんあると聞いた覚えがある。

 そんな中で戦争は始まった。

 

「……ああ、思い出した『痛覚遮断』だ」

 

 魔法宝珠がごっちゃになっていて混乱する。

 戦士である自分としては痛みがある方が戦闘の邪魔にあまりならない。

 どこが痛いのか分からないと困る事もある。

 痛みに弱ければ捕虜になった時、簡単に口を割ってしまう。それでは駄目だから過酷な訓練を受ける。

 新兵はきっと痛みに弱いだろう。だからこそ捕虜になればあっさり敵に情報を渡してしまう。

 そこら辺の教育を自分はしなければならない、本来ならば。

 現在の状況では教育する余裕は無いけれど、部下を育てるのも上司の務めだ。

 肝心の術式を使わない理由も思い出した。脳内麻薬の分泌量を増やす為だった。今はだいぶ慣れた筈だが、気分的には良くなかった。

 



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#029

 act 29 

 

 数十分かけて破片は取り除かれたが看護兵(メディック)は驚いていた。

 大きなケガにもかかわらず激しく取り乱す事無く簡易とはいえ手術を受け入れた小さな存在に。

 ショック死してもおかしくないケガなのは誰の眼からも明らかだ。それなのに対して叫ばずに耐え切っている。もちろん、痛みは感じているという報告はあった。

 

「終わった?」

 

 と、暢気な言葉をかける余裕が小さな女の子から出ているのだから驚きだ。

 

「銃弾は無いようです。一応、これで終わりです」

「ご苦労様。じゃあ、治癒するから次に行っていいですよー」

「はっ? いえ、お言葉ですが縫合もまだ済んでいないのですよ」

「小隊長殿は破片を自力では取れないだけで治癒は自前で出来るそうです。そういう術式を扱えるとか」

 

 背中がぱっくり裂けて中身が見える状態のまま消毒もせずに立ち去る事は出来ない。

 破片は確かに取り除けたが輸血とか色々と必要ではないのか。それとも『造血術式』を使えるのか。

 安全が確保されるまでは残る義務はある。そんなことを看護兵(メディック)の担当者は思った。

 

「第……、あー、これは言わなくて良かったっけ……。えっと魔法最強化(マキシマイズマジック)致命傷治癒(クリティカル・キュアウーンズ)……」

 

 魔法の専用スキルを使うには通常よりも高い位階を扱えなければ効果が発揮されない。

 スキルを覚えた程度では何の意味も無い、ということになる。

 第四位階無詠唱(サイレント)のスキルが使えるという事は素で第五位階に届いている証拠だ。

 一段階上の魔法が使える事が条件だと習ったからだが。

 とにかく、魔法の効果により背中の傷は塞がり、欠損した腕が再生を始めた。

 骨折した足も元に戻っていく。

 

「痛た……。強引に戻ろうとするところは痛みがあるものなんだねー。治癒魔法なのに……」

 

 それでも治ってしまえば気にならなくなるけれど。

 再生魔法を間近で見る新兵と看護兵(メディック)と気味悪がる一般兵。

 

          

 

 体調が戻ったところで看護兵(メディック)に移動を命じておく。暢気に眺めている余裕は彼らには無い。

 首を動かしつつ顔に手を当てる。

 両目は既に治ったとはいえ、数分は外気に慣らさないと駄目だ。

 出来立ての身体は(もろ)いというスレイン法国の教えがある。

 

「随分と時間を無駄にした。我々も戦闘に参加しなければならない」

「このまま出る気ですか!?」

「……それはCPと相談して決める。行けと言われれば行くしかない」

「小隊長殿の負傷は伝えています。すでに、速やかにRTBせよ、との事です」

 

 部下の言葉に少しだけ安心するエステル。

 上半身裸状態なので戦闘するには少し肌寒いと思っていた。

 治ればまた行け、と言われると覚悟はしている。

 

「役に立たなかった事で怒られそうだね」

 

 通常なら大ゲカした後で笑っていられる事など出来はしない。それが自分達の小隊長はとんでもない人物だったようだ。

 一応、部下から無線を借りCPに問い合わせる。

 確かに帰還命令は降りていたようだし、敵魔導中隊は敗走中にあるとの事だった。

 少しだけ休憩した後、荷物確認などをしてから拠点に戻った。

 油断して被弾する隊長は少しかっこ悪い、気がした。

 レーオンハイト・ツー・オイレンベルク中隊長からお叱りを受けるかと思っていた。

 

「砲兵に狙撃されて大ゲカを負ったと聞いていたが……。治癒術式で治したのか?」

「はい。私にとっては術式も魔法も似たような気がするので混乱しておりますが」

「……ふむ。それでも生きて戻ってくれたのだから大したものだ。部下を(かば)ったらしいが……、咄嗟の判断だったのだろう。それについては何も問うまい。演算宝珠も無事のようだし」

「……はあ。よく落ちなかったと不思議に思います」

 

 背中からの一撃とはいえ紐は丈夫な素材で出来ているのだなとエステルも感心した。というか、それでどうやって腕が吹き飛んだのか、意識の無かったエステルにとって疑問に思うところだった。

 爆風によるものか。それならば足も吹き飛んでいないとおかしくはないか、と。骨折はしたから、と色々と考えればキリがないのだけれど。終わった事なので早々に考えを切り替える事にしよう、と思った。

 

「そういえば演算宝珠を使用するとトランス状態になるそうだな?」

「そのようです。その時の記憶があやふやになり、何を報告したのか覚えておりません」

「その辺りも今後の課題のようだな。今日中に慣れろ、とは言わないが……。とにかくだ。第二〇五魔導中隊掩護(えんご)のおかげで君達にしばしの休息が与えられそうだ。特にエステル少尉には今少し役に立ってもらわねばならない。君達の小隊は明日中までの休息を命じる」

「はっ、了解いたしました」

 

 本来なら休みを与えてやれる余裕は無いけれど、折角の戦力を早々に失うのは得策ではない。それに『銀翼突撃章』保持者をみすみす失うのも勿体ない。

 去り行く小さなエステルの後ろ姿を大人として見送った。

 帝国の未来を背負わせるにはあまりにも小さいし、ひ弱だ。

 それでも戦争を終わらせる為なら仕方が無いと言わなければならない。

 

          

 

 拠点に戻ったはエステルは新しい装備が届くまでの間、簡易シャワー室で身体を洗い、支給された携帯食料(レーション)を食べる。

 その様子を三人の部下が静かに見つめる。

 身体は小さくとも自分達の小隊長で先ほどまで瀕死の重傷を負っていた人物とは思えない。

 そして、腕を欠損するほどの大怪我がみるみる治る様は気持ち悪いと思いはしたが凄まじい能力だと驚いた。

 

「小隊長の演算宝珠は我々でも使えますか?」

「無理っぽいよー。一気に魔力が枯渇して医務室送りになるらしいから」

「うわー……」

「もう少し使いやすい演算宝珠は開発中だから、しばらく待っていれば貰えるかもね」

 

 喋り終わったエステルは静かに食事を続ける。

 食べ方がとても丁寧で後片付けもしっかりこなせる。

 育ち盛りのはずなのに小食気味なのが少し気になる。

 食事の後で仮眠し、数時間後には基地の周りを走ったり、筋力トレーニングに励んだりしていた。

 つい先ほどまで重傷患者だった人間とは思えない回復振りだ。

 

「小隊長殿。我々もトレーニングをご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……ああ、そうだった。私の部下だったな。ついつい忘れていた。もう一度最初からやろうか」

 

 エステルはつい今しがた終わったトレーニングを部下と共に(おこな)う。

 見た目には大した事が無く、子供でも出来る程度と思っていたがベルリッヒ伍長達は早い段階から根を上げていく。

 それほど体力は無い方ではないのにキツイ。とにかく、静かな重圧が身体を襲う。

 子供だからと侮ってはいけないのかもしれない。

 

「エステル少尉……は、これを毎日続けていらっしゃるのですか?」

「時間がある時は続けているよ」

 

 と、それ程疲れを見せない口調で言われると年上としてもっと努力しなければ、と思う。しかし、気持ちではそう思っても身体は悲鳴を上げている。

 三十分後に汗だくになる三人の部下。

 その後、ナイフによる格闘術の訓練を(おこな)う。

 

「うわっ!」

 

 小さな身体なのに一振りが大きく見えた。

 横凪に奮われるたびに致命傷を負う様な感じだった。

 

宝珠使ってもいいよ。少しハンデをやろう」

 

 エレニウム九五式をテーブルに置いたエステルは首を左右に振る。

 それから十分も経たずに部下は根を上げてしまった。

 所々で使われる『流水加速』によって攻撃が当たらなくなる。

 明らかに不自然な動きに感じるのだが、それが独特の技術であるならば、と部下達は恐ろしいと感じていた。

 

 勝てる気がしない。

 

 ナイフとナイフが当たる時に使われる『不落要塞』は更に奇妙な感触だった。

 小さな身体が巨大な岩石のように感じられた。

 人間と戦っている気がしない。

 

「ちょっと卑怯だったかな。あまり参考にならないから次は宝珠でやってみようか」

 

 攻撃を繰り出す部下は汗だくなのにエステルはまだまだ平気そうな顔だった。

 とても疲労を感じている顔には見えない。

 

「攻撃関係はだいたい分かるけれど、補助的な使い方が下手なのか、まだまだ使いこなせていない気がする。この魔導刃は分かるけれど……」

 

 複数の術式を併用する事もできる。ただ、それを実際に使用するのがまだ慣れていなかった。

 なんとなくは分かる。

 魔法武技も使うエステルにとっては覚える事が多くて困惑する。

 戦闘開始になればある程度は自己判断が出来るけれど、それ以外は束縛が多い。

 それでも我慢できるのは標的が多いからだ。

 何処から飛んで来るか分からない攻撃。この緊迫感に命を削る戦い。

 嫌いではない。

 ただ、性的興奮する程かと言われると、否となる。

 転生の影響かもしれないし、転移とは違うので肉体的な部分が本来の自分に干渉しているともいえなくはない。

 転生前の記憶の無い()()()()()()()という少女の性格。

 技術があれば性格は二の次と思っていたが、存外に嫌いだと思えないのは悪い事だろうか、と思う自分が居る。

 

「………」

 

 生まれ直して新しい生活を送る事に何の不満があるのか。

 戦士として死ぬことが(ほま)れである時代とは違うのだから。楽しまなければ勿体ない。

 この充実した世界に対し、深い感謝の念を抱く。

 哀れな子羊に救いの手を差し伸べてくれた神に日々の幸せを祈らん。

 

 それが例え短い命しか無かったとしても。

 

 両手を胸の前で組んで遥か高みに存在する(デウス)に感謝の祈りを捧げる。

 急に小隊長がその場に座り込んで神への祈りを捧げ始めて部下達は戸惑った。

 この混沌とした戦場でも神への祈りを忘れない敬虔な姿が神々しく見えた。

 数分とはいえ神に祈りを捧げるエステル魔導少尉に対し、それをやめろと誰も言えない。

 静かな時が流れたのは確かだ。

 部下達も死んだ仲間や兵士達に黙祷を捧げる。それは強制されたものではないけれど、厳かな時間であったのは間違いない。

 五分後には訓練再開となるのだが、急に好戦的な性格になる事は無く、淡々とナイフ術の訓練が(おこな)われた。

 エステルの技術は実践的でマニュアルに無い柔軟なものが多い。

 遠距離攻撃が主体の魔導師が近接戦闘をしないわけではないけれど、銃に慣れているせいで動きが鈍いのは自覚した。

 

「小隊長殿はどこでそのような技術を?」

「んー? 自己流かな。たくさんの強者と戦えばそれなりの『型』というものが出来上がると思うよ」

 

 少しだけ気だるそうな喋り方でエステルは言った。だからといって興味が無いわけではなく、そういう喋り方だと思われる。

 上司に対してはっきりとした声で喋るのに普段はのんびり屋ではないかという暢気さがあった。

 部下としては話しやすい上司は嫌いではない。だが、相手は自分達より年下で身長も低い。

 正直に言えば子供が自分の上司である事は認めたくない。誰でも年功序列を思い描く。

 実際、軍の上層部の面々はいかつい歴戦の(つわもの)たちだ。それに自分たちより年上でもある。

 そういうイメージを持っているのは仕方が無い、とは思う。だがやはり、クレマンティーヌ・エステルという上司は幼過ぎると思う。

 年齢より武功を重んじる祖国の気風であれば異を唱えることは出来ないけれど。

 



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#030

 act 30 

 

 午後の夕暮れ時には戦地から戻ってきた兵士と負傷兵で賑わいだす。

 現場待機だったエステル達はいつ出撃命令が来てもいいように準備を整えてから基地の様子を窺う。

 自分達が使う物資の確認や上司への質問などもする。

 中にはトイレやシャワーに食事を摂る者など。

 エステルは負傷した時の報告書を収めた封筒を片手に上司の下に向かった。

 思い出せる範囲で敵の攻撃内容を記載するのは面倒ではあるけれど、給金に響いたりすると教えられたので頑張って書いた。

 治癒魔法があるからこそ平気でいられるけれど、一般兵からすれば被弾して死なない事は凄いと驚かれる。

 それほど治癒魔法というか治癒術式はありふれた能力では無いらしい。

 絶対数が少ない、ともいえる。

 エステルも好きで被弾するわけではないのだが、重火器に類する兵器の対処が苦手なのかもしれない。

 視認出来ない速度を出す武器での戦闘は早々頻繁に(おこな)ったりしない。

 この世界は自分の知らない事が多くて本来の実力が発揮できない。というより自分の実力がここまで弱いと気付かされたようなものだった。

 鍛錬だけでは飛び交う銃弾には勝てない。

 だからこそ、かもしれないが自分勝手な行動をあまりしない()()()()()()()()()()()()()()となってしまった事に対して特段の悔しさは無い。

 強すぎるよりは退屈しない。

 それに圧倒的な差があるとも思えないので絶望感は無かった。

 

          

 

 オイレンベルク中尉の居る拠点に入り、報告書を提出する。

 明日の戦闘は引き続き、敵兵の排除であり、戦線を押し戻すのが目的だ。

 地道な作業だが数ヶ月も祖国は続けてきた。

 一気に敵を蹴散らすような都合のいい武器はお互い持っていない。その中で魔導師の育成が(おこな)われ、長期戦へと雪崩(なだ)れ込んでいる。

 

「明日は出られるのか?」

「はっ、ご命令があれば」

 

 と、敬礼で答えるエステル魔導少尉。

 つい数時間前まで瀕死の重傷を負っていたと報告があったのが嘘のようだ。だが、目撃した部下が何人も居るのだから一人ひとり疑ってもいられない。

 個人的には長期休暇を与える所だ。

 ケガも軽傷なら再度の出撃に対して抵抗は感じない。だが、腕を欠損するほどとなると心配になる。

 祖国はそこまで非道な国ではない。

 良い働きをする兵士は大事に(いた)わる。

 次の戦闘が終われば一旦、戦線から離れてもらうつもりではあるけれど。

 

「現在『観測者狩り』の専門部隊が多数向かってきている。明日はその部隊の一つを排除してもらいたい。小隊程度では心許ないだろうから、第二〇五強襲魔導中隊と合同での殲滅戦だ。敵戦力が不明な為、確実に一個小隊を撃滅出来れば休暇申請を本部に提出しよう」

「はっ」

「……二〇五魔導中隊には君の同期であるターニャ・デグレチャフ少尉が居ると聞く。戦時中ゆえ挨拶は明日に持ち越しだが……。貴官の武勲を祈る」

「了解しました」

「それから……余計なお世話かもしれないが……。看護兵(メディック)を後方に待機させようか?」

 

 そう言うと今まで表情一つ変えずに事務的に対応してきたエステルが苦笑した。

 子供らしい笑顔は嫌いでは無いけれど、今は戦争の真っ最中だ。

 

「……被弾は自身の未熟と捉えておりますが……。申し訳ありません」

防殻防御膜の強度が薄い魔導師なのだろう、貴官は」

 

 防御を捨てて攻撃力に特化している、と聞こえはいいが一般の魔導師ならば役立たずに入る可能性が高い。それでも『エレニウム九五式』に認められた帝国でも希少な存在なので無下には扱えない。

 何を以って彼女とターニャ・デグレチャフ魔導少尉のみ扱えるのか、技術部にとっては謎のままだ。

 もちろん、才能で言えば他の魔導師にも少しは扱えなければおかしいのだが。

 

「聞きそびれていたな。貴官はその宝珠をどの程度連続使用出来るんだ?」

「大規模術式ならば一日に二度程度。一般術式は特に制限は無いと聞いております」

 

 『祝詞』を使用するほどの事態に関しては一気に膨大な魔力を消費する。

 絶対ではないけれど乱用すれば意識障害に陥るとシューゲル主任技師から聞いていた。

 だが、敵を追い払う程度に出力を抑えれば回数は増やせる。

 起動させる時だけ魔力を万全にしなければならない。疲弊した状態では何が起きるかは保障されていないという。

 

「……考え無しの乱用は無理と……。それを失念していたとは……。そこまで万能という訳ではないのだな……。確かにポンポン使われれば敵に警戒されやすくなる」

 

 エステルの場合は使用後に被弾する隙が出来易いので敵を油断させる事には少なからず貢献しているのかもしれない。だからこそ、そこを敵に狙われる率は多少は低いのではないかと中尉は思った。

 実際に被弾して撃墜されている。それも致命傷のようなケガを負うので。

 まさか()()()()()()()()()とは想定していない筈だ。

 そうでなければ自分達の部隊にもう少し大規模に攻められるか、他の地域を狙われるか、目に見えてわかる攻撃があるはずだ。

 今は準備段階で何も起きないのかもしれないけれど。いずれは何がしかの変化が生まれる。そう何度も相手を騙せはしない事態も考慮に入れておく。

 

「……うん。明日まで充分に休息してくれ。それと必要なものがあれば事前申請せよ」

「了解しました」

 

 敬礼する様は兵隊に憧れる子供のような仕草なのだが、エステルは立派な軍人である。それを忘れてはいけない。

 



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#031

 act 31 

 

 自分の待機場所に戻る途中でエステルは気分が悪くなってきた。

 痛覚遮断の術式の影響だろうかと思い、建物の近くに座り込んだ。

 この世界に生れ落ちて十年が経つ。

 精神的には四十代に入るかもしれないが肉体は正真正銘の子供だ。だからこそ何らかの齟齬(そご)が生まれているのかもしれない。

 子供が体験するには過酷な環境は成長の妨げなのではないのか。

 充分な食料が無いのも原因の一つと考えられる。

 魔導師には高カロリー食が義務付けられているらしいが、どう見ても貧相な食事だ。

 激戦地に配給する食糧は意外と枯渇気味ではないのか。

 上層部は贅沢しているのか、という疑問に対してデグレチャフは否定している。

 国全体の問題で必ずしも贅沢しているわけではなく、嗜好品はタバコと珈琲とワインくらいだという。

 

「……おぅ……」

 

 脳内麻薬の影響か、視界がグルグルと回りだして気持ち悪くなってきた。

 拷問による薬物投与は()()()()()であれば慣れたものだが、()()()()()は清いまま。耐性が無いのかもしれない。だからこそ影響され易い、ともいえる。

 だからといって処女を散らしたり、麻薬を服用するわけにはいかない。

 清い身体は大切にしなければ。けっこう被弾したけれど。

 若い身体は(とうと)いものだ。

 

「……胃液しか出ないな……。いい術式は無いものか……」

 

 都合のいい干渉式と呼ばれているのだから具合を良くするものがあってもいい筈だ。

 

 デウス様、お願いします。

 

 あまり都合よく頼ってはいけないけれど。

 無駄でも頼りたくなる。

 魔法で解決するのも身も蓋もないと思わないでもない。

 

「……また被弾しそうだな……」

 

 小さな弾だけれど当たれば痛い。

 砲弾は尚更だ。

 

「おっ? 軍帽が……」

 

 軽い嘔吐の時に落としたか。

 辺りを探すが見つからない。いや、そもそも被っていたのか。

 注意力の散漫。

 一日経てば回復する理屈が通らない。だからこそ疲労が蓄積している。

 それは今まで経験の無いもののように思われる。

 自分は以前の身体の感覚のまま過ごそうとしている。だからこそ本来はもっと弱い事を知らないのではないのか。

 無理して背伸びすれば身体を壊すのは必然。

 きっとそういう理屈だ。

 なまじ記憶を持っているからこその弊害か。

 

「あったあった」

 

 落ちていた軍帽を取ろうとするのだが取れない。

 手を伸ばしても届かない。

 

「?」

 

 近くにあるのに届かないとはどういう事だ。

 幻影術式か。そうだと仮定して魔力反応が無ければおかしい。

 

「……ああ、私は……」

 

 先ほど()()()()()しまった。だから、トランス状態とやらに陥ったのか。だが、朝方祈った時は何も起きなかった。

 午後になってから効果が現れたのか。

 現実と虚構が入り混じる風景が見える。

 どちらが正しいのか。

 夢を見ているような浮遊感。

 

「……これに慣れねばならないとは……」

 

 精神が少し抜け出てしまうような気持ち悪さは正しく演算宝珠によるものだ。

 デウス様、これはこれで厄介ですね。

 いくら万能の宝珠とて意識障害は勘弁してください。

 

          

 

 意識が落ち着いたのは十分後だが、その間のエステルの挙動は周りからは奇異に映った事だろう。

 軍帽の周りをクルクルと回りつつブツブツと何事かを呟いている姿だったらしいから。

 自分の意識はある程度残っているとはいえ、後で恥ずかしさを覚える。

 

「小隊長。早めにお休みになられてはいかがですか?」

「提出する書類が無ければ……。夜間に目覚めてしまうと困りますか」

「……いや、早めに休ませて貰おう。伍長諸君。この宝珠を扱う場合は笑いものも覚悟した方がいいぞ」

「あー、そうなんですかー」

 

 と、棒読みで返事を返すヴェルリース・ポウペン伍長

 それはバカにしたものではなく、先ほど外での情報を小耳に挟んだから信じられずに上手く答えられなかった為だ。そして、それは他の伍長も同様だった。

 演算宝珠を起動させてブツブツと何事かを(つぶや)く子供が居る、という事ですぐにエステルだと分かった。

 笑いものにしている人物がまさか自分達より階級が上だとは思っていない。それも『銀翼突撃章』保持者だとも。

 後々、胸に飾り付けられた勲章に気付いて顔を青くするのだが、エステルは一切周りの様子に気付かなかった。

 優れた性能を持つと聞いていたが副作用は半信半疑だった。

 今ならエレニウム九五式を貸すと言われれば拒否する自信が三人共にあった。

 

「そういえば、命令書を貰ったような気がするのだが……。クソ……、覚えていない……」

 

 部下に任せるわけには行かない。

 軍隊において重要書類は気軽に任せられるものではない。だからこそエステルは頭を振りつつ中尉の下に戻った。

 口頭命令だったので明日の出撃命令書というものは存在しない事を知り、二度手間であったが確認出来ただけで良しとする。だが、先ほどの痴態は中尉の耳にも入っていたようで、苦笑された。

 

「そのエレニウム九五式は難儀するもののようだ」

「お騒がせいたしました」

「うん。明日までじっくり休養するように」

 

 一礼した後は寄り道せずに帰り、淡々と夜食を速めに食べて眠りに付いた。

 精神的に疲れたせいか、あっさりと眠りに落ちた。

 



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#032

 act 32 

 

 朝日が昇る少し前に目が覚めたエステルは顔を洗ったりした後、軽い運動を始めた。

 演算宝珠を使わない時が一番、動き易い気がする。

 変な道具より慣れ親しんだ肉体武器が一番信用における、という事かも知れない。

 戦時中なので夜中だからとて戦闘が止まるわけではない。常に誰かが起きていて敵と戦っている。そして敵側も同じように反撃する。

 どういう理由で国同士で争っているのか。エステルは知らない。

 知らないまま戦う事に疑問を感じないのか、と聞かれればどう答えようか。

 敵が居るのに殺さない理由がわからない、と言うかもしれない。

 少なくともお互い仲良くしようだなどと言うつもりは微塵も無い。

 仲良くする理由は無く、敵という存在が居るからこそ戦えるのだから、それを無くすのは勿体ない。

 

「では、諸君。敵魔導師による我が軍の観測者狩りを防ぐ為に奮闘せよ」

「はっ!」

 

 一個中隊から二個中隊へ。

 現存戦力としては少ないけれど、それは他の地域に分散しているからであって潤沢な兵力は何処(どこ)も望んでいる。だからこそ一地域だけ増強する事は出来ない。

 

エレニウム九五式保持者二名による掃討作戦を実行する。地上は他の者に任せて君達は魔導師のみに集中してほしい」

「了解しました」

 

 返事が一つのように聞こえるが、実は二人だ。

 エステルともう一人『ターニャ・デグレチャフ魔導少尉』の声がほぼ同一だったので、初め聞く者は大層驚いていた。

 オイレンベルクと共に同席している第二〇五魔導中隊を指揮するイーレン・シュワルコフ中尉も驚いていた。

 顔や雰囲気は違うのに、と。

 

「双子ならば声が似ていても不思議は無いと思うのだが……。見事に同じ声に聞こえるな」

 

 普段の喋り方について、多少の差異がある。(おも)にはきはきした喋り方になる時は同じ音程になる。

 

「本当に少尉と声が似てますねー」

 

 デグレチャフの部下に女性将校が居て、手を合わせながら喜んでいた。

 

「同じ年頃と聞くが……。いや、今は無粋だったな。では、説明を続ける。敵は確認されているだけで二個中隊規模と推定されるが超遠距離からの狙撃を得意としている。遠隔視の術式を用いていると見て間違い無いだろう」

 

 一般兵は宝珠を持たないので防殻による恩恵は持っていない。

 空から一方的に狙い撃ちされるばかりだ。

 いくら狙撃が得意でも魔導師相手では動かざるを得ない。

 更に二手に分かれて挟撃する形で追い込む戦法を取る予定なので、かく乱の目的もあった。

 

「先鋒を志願します」

 

 と、手を挙げたのはエステルだった。

 

「エステル少尉。貴官が……、ああトランスによる意識障害か……。それならば早い離脱が必要だろう」

「回収班を二名ほど控えさせていただければ二個中隊をまとめて撃滅いたします」

「えっ!?」

 

 と、驚いたのはデグレチャフの後ろに並んでいた女性将校だった。

 驚くような事を言った覚えは無いのでエステルは後方を振り返る。

 年の頃は十代後半ほどだろうか。

 金髪碧眼。髪は肩にかかるほどの長さ。胸の張り出しが確認出来るし、体型も女性らしさが確認出来るほど整っている。少なくともエステルにはそう見えた。

 後方には男性が二名居たが男性の人数が多いと個性を見つけるのが難しくなる。

 

「何か不満でも?」

「あ、いえ……。二個中隊規模(24人程度)一個小隊(4人)で撃滅すると聞こえたもので……」

「小隊ではなく、私一人で撃滅する予定だが?」

「……はあ!?」

 

 口を大きく開けて驚かれた。

 物静かな男所帯では珍しい反応でエステルは苦笑する。

 デグレチャフの部下は個性的で羨ましいと思ってしまった。

 

「失礼、エステル少尉。うちのセレブリャコーフ伍長はまだ貴官の戦闘を間近で見ていないのだ」

「戦闘と言えばデグレチャフ少尉と差ほど変わらないと思うのだが……」

「確かに」

「……二人が喋ると不思議な感じですね。一人芝居のようで声帯模写のような……」

 

 セレブリャコーフという女性の言葉に他の将校たちが明るく笑い出す。

 命を懸けた戦争の中にあって笑う余裕があるというのは傲慢か、それとも一時(いっとき)の幸福か。

 エステルにとっては特段、指摘するような事はなかったし、中尉たちも苦笑しているようだった。ただ、デグレチャフは少し眉根を寄せていた。

 バカにされていると思ったのか。それとも部下の口の軽さに辟易しているのか。

 もし自分の部下であったら言わせておく。それが悪口だと感じれば多少痛めつけるかもしれないけれど。

 

「伍長~。いい加減にしたまえ」

「あっ! し、失礼致しました……」

「二個中隊と言えど一塊(ひとかたまり)になっているとは限りません。せめて片方でも打撃を与えておければ……、と愚考いたします」

「二対二の戦闘なのだから戦力を減らす事には(やぶさ)かではない。だが、確実に仕留める必要がある。従来の示威攻撃ではなく爆炎術式規模が望ましいが……。やってくれるか、エステル少尉」

「はっ。最善を尽くします」

「では、数の多い方を任せるとして……。デグレチャフ少尉は精神汚染なるものに危惧はあるか?」

 

 あるか、と尋ねたものの同じ宝珠を持つのだから無い、と答えるのはおかしい。

 とはいえ、エステルは自己申告してきたがデグレチャフはこの問題について何も言及していない。だからこそ確認が必要だと判断した。

 

「小官はそれほど乱用は致しませんが……。確かに危惧しております。私の場合は神への祈りが足りないお陰で影響は軽微のようです。ですが一度、使用すれば隙が出るのは否めません」

「貴官の武勇はかの軍神マルスに愛されていると評判なのだがな」

 

 この世界にも前の世界同様の神が存在し、名称が似ているものが多い。

 明らかに『異世界』のはずなのに、とデグレチャフは疑問に思っていた。そもそもこの世界は何なんだ、と。

 よく似てはいるが同一ではない。

 過去に飛ばされたとは違う違和感があった。

 

          

 

 ターニャ・デグレチャフは神を信じない。

 クレマンティーヌ・エステルは神を信じる。

 同じ声以外は対極的に色々と差異のある二人の幼い少女達。

 金髪以外にも眼の色や髪型も違うけれど、多くの者が双子の姉妹と感じている。

 違うと断定できるのは当人のみ。

 かたや日本の元サラリーマン。

 かたやどこかの国の女戦士。

 それぞれが何らかの理由で死し、同じ世界にデグレチャフは『存在X』と呼ぶものに。

 エステルは『デウス』と呼ぶものに転生させられた。

 存在Xデウスはほぼ同一の存在ではあるが、どんな目的があり二人に干渉したのか判然としない。

 エステルの場合はデグレチャフの暗殺、または殺害目的かもしれないけれど。

 そもそも『ターニャ・フォン・デグレチャフ』は存在しない。

 正確には貴族の称号を表す『フォン』の資格を()()得ていないからだ。

 最初に聞かされた時、時間軸のズレをデグレチャフは感じた。

 人智を超越する邪神が考える事は正直、知りたくは無い。だが、事は自分の命がかかっているので気にかけざるをえない。

 エステル本人は理由はどうあれ、転生後の世界を満喫したいと思っているし、無理に殺害に至ると自分の命が危なくなる事を()()()()自覚している。

 他国に亡命するとしてもデグレチャフの見立てでは言葉や文化の壁があり、そう簡単では無い。まして、デグレチャフの転生前とは因果関係の無い人物だ。

 いや、だからこそ何の気兼ねもなく殺せる相手、という解釈も捨てきれない。

 邪神に(そそのか)された哀れな子羊とも言えなくはない。

 一旦は過酷な運命から逃れたとはいえ、ライン戦線で再会するのは運命というよりは存在Xが裏で手を回したとしか思えない。

 『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』を持つ者を有効利用しようと考えた上層部が余計な気を回した、とも言えるけれど。

 命を狙われている気がするデグレチャフとしては笑えない事態だ。

 



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#033

 act 33 

 

 攻撃前のほんの些細な日常はいとも簡単に壊される。

 周りに居た将校たちの笑い声が止み、世界の時間が突然に止められる。

 そして、そんな気配にいち早くデグレチャフは気付き、軍刀に手をかけて腰をかがめる。

 

「……存在X……」

「……ふむ。敬虔な信徒の祈りは今も続いているようで安心した」

 

 聞き逃せない声。

 それは決してエステルの声ではない男性的なものだった。そして、初めて聞く声でもあった。

 横に控えていたエステルがデグレチャフに振り向く。

 

「その代わり、貴様はあいも変わらず不信心な言動を続けているようだな」

 

 と、傲慢そうな態度で喋るエステル。しかし、その(つむ)がれる声は全く異質なものだ。

 

「今度は人体を乗っ取るようになったか。それとも……、それが目的でエステル少尉を転生させたのか」

 

 姿形はエステルであっても中身は別物。

 停止した空間で動ける者は自分を除けばエステルと止めた当人くらいしかいない。

 

「神の器としては脆弱だが……。伝言程度には使えるだろう。争いの絶えない世界を堪能しているかね?」

「大きなお世話だ」

 

 普段のエステルの声とは違うので不思議と安心した。

 共に生活した間柄を無下に扱いたくはないし、()()()()()()が戦友でもある。それは表向きだけでも間違いの無いものだ。

 

「我等の信徒に相応しい振る舞いが出来るまで、世界は貴様の敵として現れるだろう」

「何が相応しい振る舞いだ。私は理不尽な境遇には断固抗議する!

 

 安定した後方勤務で安全に、確実な出世コースを歩むのだから。

 既に転生前に戻りたいとは思っていない。戻ったところでやり直しは出来ないだろう事はなんとなく理解している。そこまでのご都合主義は望まない。

 この世界で上手く立ち回ってみせる気持ちはあるつもりだ。

 自由至上主義者(リバタリアン)であるデグレチャフにとって個人の自由は尊重されてしかるべきもの。効率化を追求し、自分にとっての無駄を排除していく。

 戦争は嫌いだ。痛いのも嫌いだ。人を殺すのも殺されるのも当然嫌いだ。だが、向かってくる敵を排除せねば自由を勝ち取れないのならば、やるしかない。

 

 だからこそ戦う。

 

 与えられた役職を十全に活用し、上に登っていく。

 出世は個人が得る対価として貰うのは当然だ。それ自体は否定しない。

 戦場で敵を殺し続ける狂戦士(バーサーカー)になりたいとは思っていない。

 降りかかる火の粉は払う。その為の最低限度の戦闘は許容している。

 

「神に抗議とは随分と身の程を(わきま)えない野蛮な言動だな」

「?」

 

 喋り方からして少し冷静である事に違和感を覚える。

 存在X当人ではなく、眷属だろうか。

 唯一神とは名乗っていたが一人しか世界を管理しているわけではあるまい。天使とか居る筈だ。

 デグレチャフはエステルの身体を操る()()()を注視する。

 いつもの存在Xならば、いや、本来ならば不干渉を決め込んでいる筈だ。用も無いのに世間話しなどして来ない。

 少なくともデグレチャフは()()()存在Xに会ったのは宝珠実験の時が最初だ。

 エステルは兵士に支給されている拳銃を取り出し、デグレチャフに向ける。

 本来、銃より刀剣を好むエステルは携帯義務により形だけは整えるように言われていたので、それを守っていた。

 護身用で戦争に使うほど役には立たない代物だ。そんなものでも体裁(ていさい)を気にする上官などに怒られないものであれば持っているだけでも損は無いと考えていた。

 デグレチャフは重火器の扱いが不得手な彼女と共に整備のやり方などを教えていた日々を思い出した。

 

「……何のつもりだ? エステル少尉を利用して私を亡き者にする事に決めたのか?」

 

 拳銃を突きつけられてもデグレチャフの姿勢は微動だにしない。

 傀儡(かいらい)として強硬手段を取るとは(まさ)存在Xらしからぬ行動だ。空の上では何がしかの混乱でも起きたのか。

 それはそれとしてデグレチャフにとっては関係が無いけれど、地上に余計な干渉は控えていてもらいたいものだと思う。

 

「主を讃えん不届き者には罰が必要だろう」

 

 頭に血が上った天使は人間の言葉が通じないらしい。元より下等な存在と言葉をまともに交わそうなどと微塵も思っていないのかもしれない。

 この強引さは神のお言葉とやらを伝えるためだけの仕事を至上の誉れと思っている天使の性格か。そうであれば交渉の余地など無い。

 天使はそもそも人間より賢くないのが通説だ。

 神の意のままに動く以外に己の存在価値を見出さない高次元の存在だからだ。

 

「神の裁きを受け入れろ」

 

 本来エステルに与えられていた仕事をバカで無能な天使が安易に実行に移そうとしている。それだけははっきりと分かった。

 ものの分別の無い存在というものは哀れでならない。

 少なくともエステルは理性的な人間だ。もちろん、自分だけがそう思っているのかもしれないけれど。

 

 ターニャ・デグレチャフは溜め息をついた。

 

 存在Xよりも短絡的で知性の欠片も無い存在と言葉を交わす労力に意味など一欠片(ひとかけら)も存在し得ない。そう思うとただただ疲れを感じる。

 エステルが引き金を引く。人の身であるから殺害行為に罪悪感を持たない。または神の威光を示す神聖な行為と思っているのか。

 短銃程度の弾丸は防殻などで防げるが、至近距離で黙って撃たれて納得など出来るはずがない。だからこそ実力行使に訴える。

 軍刀を振りぬく時、多少の罪悪感が脳裏を(かす)めていった。だが、デグレチャフは自己保身を優先する為に感情を置き去りにする。

 銃口を向けられたのだから正当防衛が成り立つ。まして相手は人ならざるものだ。

 

「……なんと野蛮な生き物か……」

「うるさいだまれ。そして、消えろ」

 

 銃を握る腕は空中で停止しているが、それ以外は後方に少し傾きかけている。

 時間の流れがおかしいせいで、デグレチャフの見ている風景は現実味のないものになっていた。

 エステルの腕は確かに切断した。血もおそらく吹き出そうとしている。しかし、それは止まった時間の中において、とてもゆっくりとした動きで表されている。完全に停止しているわけではないけれど、周りの者達からはどういう風に見えているのか気になるところだ。

 ハイスピードカメラで一コマずつじっくりと観賞しているかのような遅さ。

 離れた腕が落ちるのに一時間以上はかかるかもしれない。それくらい動きが無い。

 トドメとして心臓を突くべきか脳裏に浮かんだが周りには多くの将校がいる。その中での殺害には相当な理由が必要だ。

 ほんの一瞬で同僚を殺害するだけの理由を上司に述べられるとは思えない。

 

「余計な手間をかけさせる」

 

 存在Xの信徒ではあるけれどエステル個人は純然たる戦士であり、割りと自由を愛する人間だ。

 そんな人間の身体を勝手な理由で利用する存在には虫唾(むしず)が走る。

 

「……主を讃えん貴様に安穏な日常など来やしない。それを忘れるな」

 

 謎の声はその後で聞こえなくなった。

 それから少し経って周りの雰囲気が変わる。いや、戻ったと言うべきか。

 



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#034

 act 34 

 

 当たり前だが軍刀を片手に持っているデグレチャフ。

 今まさに切断された手が地面に落ちる様子を見る事になるエステル。そして、何がしかの異常事態に気づく周りの面々。

 これで騒ぎにならない方が不思議だ。

 落下した拍子に引き金が引かれる事は無く、周りへの被害が無かったので安心した。

 

「きゃ~!」

 

 最初に気付いて叫んだのは後ろに居たセレブリャコーフ。

 

「ふぅおっ!」

 

 続いて腕を切断されたエステル。

 いきなり切断されたにも係わらず平然としていられる人間であれば凄いのだが、常識的な反応はむしろ安心した。

 銃を持つ腕。ほんの一瞬の間に何が起きたのか。それを知っているのはデグレチャフのみ。だからこそ弁明が出来ない。

 目撃者がたくさん居るはずなのに()()()()()()()

 オイレンベルク中尉と他の将校連中が銃を抜いてデグレチャフに向ける。

 

「なっ、何が起きた!?」

デグレチャフ少尉! これはいったい……」

「……小官の弁明はあまり意味をなさないと思いますが……」

「痛い……。痛い痛い、ああ……。クソっ、気持ち悪い……」

 

 エステルは止血を試みようとしているのか、痛みをこらえる為にしゃがみ込み、脇の下を掴む。

 地面に転がる腕は銃を握っている。それは何故か。

 混乱する頭でもトランス状態に陥り、デグレチャフに銃を向けた、とは思った。だが、切断するほどなので事態はもっと深刻だった、というところまでは考えられた。

 それにもましてエステルを苦しめるのは腕の痛みと共にやって来た激しい頭痛。

 吐き気も凄く感じる。

 全身に何がしかの異物が混入したような気持ち悪さだった。

 切り口から流れ出る血で地面に赤い水溜りが出来つつある。

 

「……ぐぅう……」

 

 いくらトランス状態とはいえ味方を攻撃するはずが無い。

 理由の無い()()は今のところする予定が無いのだから。

 ならば、考えられるのは身体を乗っ取られた事くらいだ。

 

重傷治癒(ヘビー・リカバー)

 

 精神を回復させる魔法が思い出せない。

 気持ち悪い感覚を消したい。

 エステルは苦しみながらも様々な事を考えた。

 かなりの血が流れてしまった。あと、無駄に体力も消費した。

 これから戦闘だというのに満足に戦えなくなるのは()()()()()

 

 邪魔したら殺すって言ったよね。

 

 エステルは苦悶の吐息を吐きつつ魔法を唱える。

 

暴力探知(ディテクト・バイオレンス)善探知(ディテクト・グッド)悪探知(ディテクト・イービル)混沌探知(ディテクト・カオス)生命探知(ディテクト・ライフ)秩序探知(ディテクト・ロー)

 

 低位階だが、存在が大きければ何かに反応するはずだ。そして、エステルはただ黙って立ち尽くしはしない。

 すぐに自分の拠点に向かい、相棒である『スティレット』を探し当てる。その間に腕は再生しつつあるがまだ完全ではなかった。

 血を流しすぎた為にエステルが持つ職業(クラス)の一つ『戦闘狂(ベルセルク)』が反応し、一種の興奮状態に陥った。

 多少の理性は維持されているけれど、彼女の中に噴き上がる『怒り』は止められそうに無い。

 事実、誰一人として疾走するエステルを止められた者は居なかった。

 

「……ロー(秩序)に反応……。遥か上か……。……逃がすと思うか……。〈疾風走破〉

 

 二本のスティレットを携えてエステルは空に飛び上がる。

 

          

 

 地上に残された中尉と伍長達は唖然としていた。

 デグレチャフも現場から動けなかったが地面に落ちているエステルの腕に顔を向けていた。

 突発的とはいえ切断はやりすぎだったかもしれない。

 再生出来る、という事に甘えてしまったツケはきっと大きい。

 腕一本で済むのならば甘んじて受けるが、全く存在Xという邪神は行く先々で邪魔をしてくれる。

 

「……しょ、少尉……。なぜ、凶行に走ったのですか?」

 

 と、心配そうな眼差しで問いかけてくる『ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ』伍長。

 

「小官は正当防衛を主張いたします。銃口を向けられて黙って撃ち殺されたくはないので。もし、エステル少尉が小官を傷害で告訴したい場合は甘んじて受ける所存であります」

 

 少なくとも銃殺は無いとしても降格は覚悟しなければならない。

 昇進が遠退いても安全な後方勤務に就けるのならばこれ以上の弁明は無意味だ。

 黙って撃ち殺される選択は元より無い。

 

「……小隊長殿は何処へ……」

 

 敵を迎撃しに行ったのだろう。

 その戦いには少し興味があるけれど、姿無き相手とどう戦うのか。

 出来れば(かば)ってほしいところだ。

 



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#035

 act 35 

 

 演算宝珠で空に飛び上がったまではいいが、姿無き敵を捕らえるのは興奮した頭でも難しいと判断するエステル。

 かといって黙って見逃すほど()()()()()()()()という戦士は甘くない。

 三回ほどの治癒魔法で完治した腕は即戦力としては使いにくいが動く事が分かれば今はいいと判断する。

 

「……これから楽しい戦争だってのに~! よくも邪魔しやがったなっ!」

 

 普段の少女らしさは欠片も無く、狂戦士としての凶悪な面構えが現れる。

 相対距離はどんどん縮んでいる。魔法による探知ではあるが相手は今も捉えている。

 神またはその眷属だと推測できるが大きさから『座天使(ソロネ)』ではない事は理解した。

 もし座天使(ソロネ)であれば333フィート(100メートル)ほどの巨体だ。尚且つ、アレ(座天使)は車輪型モンスター。

 そもそも室内に現れるような代物ではない。

 スレイン法国時代の情報がそのままとも限らないけれど。

 追っている敵は少なくとも人型。

 

「……神以外となると天使くらいだが……」

 

 人型の天使はいくつか知っている。

 まさか下級の天使(エンジェル)とは思えない。特に単身で行動する下級天使に覚えが無い。

 中位天使でも無いとすれば上位しかいない。

 ちなみに中位天使達がどの程度の強さかはエステルも承知している。それゆえに(デウス)の代行者のような振る舞いをするほどの中位天使に覚えが無い。

 座天使(ソロネ)の上位は智天使(ケルビム)熾天使(セラフ)だ。

 どちらであっても叩き落して確認するだけだが。

 

「神の御使いなら……。お仕置きが必要だよ……ねっと!

 

 不可視化した存在だろうと捉えてしまえば意味がない。だからこそエステルは敵に攻撃できる。

 もちろん、相手が非実体であれば何の効果も現れない。

 

「……天使で非実体なんて……ありえるのかな……」

 

 最下級は確かに非実体のような魂の塊だけれど。

 信仰系の魔法を素早く選定。と、同時に神に祝詞(のりと)を捧げる。

 

デウス様へ。勝手な事をしたら許さないって言ったんだから、ここは目を瞑ってね」

 

 と、普段とは違う抗議の意味で言葉を紡ぐ。

 演算宝珠に魔力を注いだ時、この言葉でもちゃんと機能したので神からの反省と受け止める。

 まずは地面に叩き落さなければならない。

 

 〈超跳躍〉からの〈天空絶死〉

 

 最初の武技(ぶぎ)は現場からとにかく急いで離れたい為に使った。本来は相手との距離を離す為の技である。

 今回はそれを移動に使う為、対象は現場に居た誰かだとは思うが頭の中には敵を追う事しかなかった。

 次の武技(ぶぎ)は跳躍し、相手よりも上空に行った後で攻撃を叩き込む技だ。それを成功させる為には航空術式で少しでも距離を縮めないと届かないと考えた。

 武技(ぶぎ)流派が色々と分かれており、攻撃の他に構えや条件などが決まっている。

 それらを適切に使うことで十全に効果を発揮する。もちろん、条件を無視すれば不発に終わる。

 スティレットによる強烈な一撃を不可視化した相手の身体に当てたのだが、鋼鉄で出来ているのか相当な硬さを感じた。あと、ちゃんと攻撃が当たったので非実体の存在ではない事に安堵する。

 

「……ぐっ」

 

 突きでは手首を傷めてしまうか、と判断したがそれを緩和する為のガントレットでも吸収し切れないほどとなるとかなりの強者でしかありえない。

 上位天使は確実だ。

 

「ならば……次っ! 〈疾風乱舞〉!」

 

 復活したばかりの手にスティレットを持たせ、両手で怒涛の連続攻撃を加える。

 少なくとも手持ちの武器は簡単に壊れるような代物ではない事は確認出来た。

 相手も黙って攻撃を受けるわけも無く、それらは『流水加速』や『即応反射』で対応していく。

 どうやら敵は剣を主体とするようだ。

 身体が小さいおかげで小回りが効き、素早く相手の攻撃に対応できた。

 

〈明王閃〉っ!」

 

 武技(ぶぎ)の中でも最上位に位置する攻撃系最強の技。

 相手に攻撃を当てた途端に手首が折れ、相当な痛みを感じた。

 剣やガントレットで攻撃した方が無難かもしれない、と反省しながら回復魔法を唱えておく。

 

「……おー痛ぇ……。……ったく、(かった)いな~……。どれだけ硬いんだ……全くもう……。……金剛石(アダマンタイト)で出来てんの、その身体……?」

 

 さすがに今の一撃は効いた筈だ。同時に攻撃の反動でダメージを受けてしまったけれど。

 空気の流れから、相手は確実に地面に向かって落ちているのが分かった。だが、それを黙って眺めたりはしない。

 更に追撃の武技(ぶぎ)を発動する。

 

〈流水加速〉……〈狂熊〉っ!

 

 唸り声を上げつつ駄目押しの一撃を見舞う。それと同時に『燃霜(フロストバーン)』を上乗せする。

 接触による冷気ダメージを与える魔法だ。

 効果があるのかは考えずに行使する。

 密着からの魔法による攻撃で空中爆破のような現象が起きる。そのすぐ後に地面に何かが激突し、辺りに土ぼこりを撒き散らす。

 相手が上位天使ならまだ倒しきれていない気がするが、今のところ身体に大きなケガは無い筈だ。

 先ほど折れた手首も完治し始めているし、まだ戦える事を確認する。

 

          

 

 瓦礫の中から不可視化した天使と思われる存在が立ち上がってきたのが分かる。

 エステルは追撃の為の攻撃態勢に入る。それは前世で多用した獲物を狩る時に使う戦闘フォーム。

 上半身のみを地面にスレスレまで近づけ、全身をバネのように使って突進する攻撃。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた兵士達からは小さな猫が煙りに向かう場面に見えている事だろう。

 その奇異な体勢から繰り出されるのは彼女にとっての使い慣れた殺人術。

 

〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉。……〈能力超向上〉

 

 新しい武技(ぶぎ)の連続使用でもまだ集中力は持続している。

 (デウス)の恩恵は未だに衰えていない。

 それはつまりこの戦闘を継続しても良い、というお墨付きだ。

 ならば。期待に応えなければならない。

 疾走を開始するエステル。それとほぼ同時に敵が剣を構えた。

 身体は不可視化したままだが剣は大気を歪め、炎を顕現し始める。

 攻撃を受けても不可視化が解けないのは連続使用しているのか。少なくとも常時発動型特殊技術(パッシブスキル)とは思えない。

 炎の剣を持つ天使は智天使(ケルビム)か、とエステルは小さく呟く。

 熾天使(セラフ)とも思ったが、それはそれで別に構わない。

 地面に叩きつけられる程度なら倒せる可能性がとても高い。

 それゆえに智天使(ケルビム)の剣を奪ってみる、という考えが過ぎる。

 最悪、倒せないまでもタダで負ける気は無い。

 

「死ィィネェェ~!」

 

 獣の如き咆哮の為、喉が潰れるようなしわがれた発音になってしまったがエステルは気にも留めない。

 それでこそ武技(ぶぎ)が生かせる。

 咆哮する事で攻撃力が上がる。だからこそ、今の自分は全力で戦える。

 最初の一撃を見舞ったと同時にお腹に熱を感じた。

 不可視化している相手なので動きを読むのは少し難しい。その油断は確かにあるかもしれない。

 

 腹部を貫く炎の剣。

 

 熱い。内臓を焼く熱量が襲ってくる。

 もちろん、それは想定内だ。

 この一撃は捨て身なのだから。

 

「ガァッ! ウァッ!」

 

 分かっていてもやはり痛いし、熱い。

 宝珠による防御が紙の様に貫かれている。

 つまり相手は弱くないという事だ。

 これが下級の大天使(アークエンジェル)なら防ぎきれる自信がある。

 充血する瞳。(はた)から見れば血の固まりに見えるかもしれない。

 それでも攻撃を止める事は出来ない。

 

「……ツカマエタ……。ソノ武器ヲ貰イ受ケルッ!

 

 天使からは何も言葉は無いが、聞く気も無い。

 左手に持つスティレットで天使の腕を貫く。

 そのまますかさず次の武技(ぶぎ)を発動する。

 

〈穴熊〉っ!」

 

 相手に組み付かれても攻撃できる武技(ぶぎ)

 

〈狂狼〉っ!」

 

 防御を捨てて攻撃する武技(ぶぎ)。こちらも咆哮しながら攻撃するタイプだ。

 普通の技と違い、武技(ぶぎ)は発動すれば非常識な効果を現す。

 もちろん、強い武技(ぶぎ)ほど集中力を消費する。

 いくらエステルとて乱用は出来ない。確実にダメージを与える冷静さも必要だ。

 血反吐をぶちまけながらも天使の腕を滅多刺しにし、強引に引き千切る。それはもはや獣の如く。

 その攻撃時間は、ほんの数秒ほどしかかかっていない。

 敵は二刀流ではないようで、天使のもう片方の腕からの攻撃は無かった。というか、させなかった、が正確か。

 もし、盾を持っていれば、それも奪いたいところだが今はお腹が熱くて痛い。

 早く治癒しないと死ぬかもしれない、と思った。

 

「……硬イ身体ダナ、全ク……」

 

 相手から離れる時、鞘っぽいものも奪っておいた。

 一気に武器を引き抜くと炎の刀身の見事さが視界に飛び込む。

 智天使(ケルビム)の剣は有名だが、正式名称を忘れてしまった。とても長い名前というのは分かっている。

 通常の天使には高速治癒があるので腕を切断しても短時間で修復されてしまう。

 だからこそ短期決戦で仕留めなければならない。

 おそらく智天使(ケルビム)も他の天使と同様の筈だ。

 痛みに耐えつつ治癒魔法を発動し、次の攻撃に備える。

 いくら治癒できるとしても体力の回復はそう簡単ではない。既に足腰がガタガタと震え始めている。

 予想外の痛みに身体が驚いているのかもしれない。

 

「……意外と頑丈だな、クソ……」

 

 喉が治っていたが気にせず前を見つめる。

 不可視化が解けていき、正体が現れる。

 それは想定以上のダメージを受けて特殊技術(スキル)が維持出来なくなったから、かもしれない。

 



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#036

 act 36 

 

 現れたのは獅子の頭部を持つ人型の天使で背中に鳥のような白い翼が四枚あり、一対は普通に背中で広げられ、もう一対は腰の部分を覆っていた。

 光り輝く重厚な鎧をまとい、左腕には目の模様がある盾を装備している。

 この天使型のモンスターは『門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)』という。

 大きさは7から8フィートほど。成人男性より少し大きいくらいだ。

 伝え聞いた智天使(ケルビム)そのままだ。

 上位天使とは思っていたがスレイン法国出身の自分が天使と戦う事になるとは滑稽な話しだ、と愚痴をこぼす。

 姿を見せた事で兵士達からどよめきが広がる。

 

「な、なんだ、あの化け物はっ!」

「子供が戦っているぞ!」

 

 範囲魔法を使わないのは人間への殺生が禁じられているのか、それとも気にする価値のないゴミと思って無視しているのか。

 どちらにせよ、逃がす気の無いエステルは自分に活を入れる。

 貰った制服は焼け焦げていて、しかも血まみれ。

 制服に付けていた『銀翼突撃章』は溶けてなかったが危ないので、外して近くに居た兵士に投げ渡す。

 

「あんまり近くに居ると死ぬよ」

 

 そう言って突撃するエステル。

 手に武器は無いが盾で防いでくる智天使(ケルビム)

 

「……その盾も相当な硬さがあるな」

 

 少なくとも金剛石(アダマンタイト)以上かも知れない。

 神の世界の貴金属はとても希少で魅力的だ。だからこそ、光り物が好きな女の子としては()()()欲しい。

 さすがに鎧は装備できそうにないので諦めるが。

 男物で無骨であまりかっこ良くなかった。

 

「……時間を止めたらどうお?」

「………」

 

 エステルの挑発に無言を貫く智天使(ケルビム)

 天使自身は分かっている。

 時間を止めていられる期間に限りがある事を。

 再度の時間停止でもエステルはきっと追いついてくる。ここで倒しきる以外に天使に選択肢は無い、と。

 かといって天使はエステルを殺害する動機が無い。しかも神の信徒でもある。

 迂闊に彼女の身体を使用したのが間違いであったのかもしれないが、人間風情に自らの過ちを認めるのは天使の沽券に関わる。

 そのようなジレンマで身動きが取れなくなってしまった。

 神の恩恵を持って挑んでくる以上、これは神が自らに課した罰かもしれない。

 

          

 

 と、智天使(ケルビム)が考えているのかはエステルには全く窺い知れないが、目の前の敵は倒すと決めた。だから戦う。

 柔軟な身体捌きで智天使(ケルビム)の左腕に足を絡める。

 ズボンが多少破れてしまったが、気にしてはいられない。

 

「ウラァ!」

 

 と、叫び声を上げて新たな武技(ぶぎ)を発動する。

 

 〈疾風怒濤〉

 

 二刀流の攻撃武技(ぶぎ)で、とにかく天使の腕を滅多刺しにして引き千切る。

 千切れた部位は光りの粒子を放ちながら消滅し、高速治癒で再生が始まっていく。

 天使型のモンスターはどれも人間離れした容貌で、血などを流すのかも不明だ。

 今のところ光りの粒子のような物がこぼれている以外は赤い液体は見当たらない。

 赤でなければならない理由は無く、青でも構わないけれど。

 この場合、相手に血を流させる武技(ぶぎ)というものは不発に終わるのか、それとも天使の体液なので通用するのか、エステルは少し疑問に感じた。

 分からないものは仕方ないとすぐに脳裏から追い出して攻撃を続行する。

 いくら高速治癒とてダメージは受けているし、体力も減っている気がする。

 このまま倒しきれるのかは分からないけれど。

 しかし、それでも上位天使は侮れない。

 素手による攻撃を受けてはいるが肋骨は一撃でへし折られている。まともに相手の攻撃は受けられない。

 とはいえ捨て身でもない限り勝機が掴めないのは如何(いかん)ともしがたい。

 エステルの中ではまだ倒しきれないのか、という焦りもある。

 気がつけば両腕が復活していた。だが、剣と盾は奪い取れた。

 使える武技(ぶぎ)は多くないと思うけれど最強技の連続使用くらいしか無い。

 

「……力の差が開きすぎか……」

 

 攻撃は通っている。それは演算宝珠の恩恵だと思われる。普通ならばまず太刀打ちできない。

 攻撃した本人だからこそ分かる。

 智天使(ケルビム)の強さが。

 ただでさえ小さな身体で相手をしているのだから余分な体力を消費している気がする。

 もし、相手が十全な攻撃を仕掛けてきたら敗走しか無い。たぶん逃げ切れないと思うけれど。

 相手の武器で起死回生はおそらく無理だ。

 そんな気がするだけだ。

 そもそも智天使(ケルビム)は大儀式で呼び出せる最高位のモンスターの一つだ。

 その上位である熾天使(セラフ)は古代の文献のみに記載されている伝説の存在。

 

「ならば……」

 

 武技(ぶぎ)宝珠の恩恵を上乗せしよう。

 ここと自分の世界の融合技だ。

 

「……我が神デウスよ。今一度の飛翔(つばさ)を我に与えたまえ……」

 

 エステルの両目が赤から黄金に変わる。

 

「我は疾風……。風となりて天を駆ける者なり。……ああ、偉大なるその御名を永久(とわ)に讃えん……」

 

 視界が流水加速を使ったようにゆっくりとしたものに変わる。

 エステルは再度、上半身のみを地面に倒し、駆ける。

 今度は今の自分が(おこな)える全力の攻撃。

 

〈超回避〉〈能力超向上〉

 

 二つの武技(ぶぎ)智天使(ケルビム)に肉薄する。天使は攻撃力はあるが動きは()()()()()()だと思った。

 

〈明王閃〉っ! 〈明王閃〉っ!」

 

 左右のスティレットで天使の肩を破壊。

 ただし、打ち込むたびにエステルの手首がへし折れる。

 骨が見えるほどのケガも上位治癒魔法で強引に治して行く。

 相手から攻撃を受けず、尚且つ適切に攻撃を当てる手法は向こうが全体攻撃をしてこないからこそ出来る、のかもしれない。

 この期に及んで天使が本気を見せないのはわざとなのか、それともバカなのか。それは分からないけれど、この機会は逃さない。

 

 ズドン。

 

 (おもむろ)に打ち込まれる一撃。

 下を見れば天使の太い足が見えた。それからすぐにエステルは尋常ではない量の血を吐き出す。

 なんだ、今のは。()()()()()()()()()

 頭の中で混乱するエステル。

 目の焦点が合わなくなってきた。

 

「……うあ……」

 

 前に進みたいのに身体は後退していく。それを止めたいのに止まらない。

 いや、足に踏ん張りがつかない。

 だけれど風景はとてもゆっくりとしたままだ。

 もう一撃、天使の蹴りが飛んで来た。それが見えた後に意識が飛ぶ。

 



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#037

 act 37 

 

 様々な音が頭に入ってきたが、どういう状況なのかまったく分からない。

 とにかく、自分は負けた。

 勝てるかも、と思ったのが間違いだったとでも言うように。

 神の恩恵を受けた筈なのに。

 

看護兵(メディック)っ!」

「しっかりしろ! 大丈夫かっ!」

 

 兵士達の声は聞こえている。

 それに対して自分は声を発する事が出来ない。そして、とても眠かった。

 このまま眠るともう二度と起き上がれない。そんな気がした。

 

「………」

 

 神の尖兵に人間は勝つ事が出来ないのか。いや、そういう訳ではないはずだ。

 最強武技(ぶぎ)が一応とはいえ通じた。

 幼い身体で出来る事はここまで、という限界かもしれない。

 

「意識が朦朧としているようですっ! 先ほどからうわ言を呟いています!」

治癒魔法を使え、エステル魔導少尉っ!」

「聞こえていないかもしれません」

 

 聞こえています。そう答えたいのだが身体がどうにも重い。

 治癒魔法を使う。それはとても合理的だ。ではなぜ、使おうとしない。

 魔力が枯渇したからか。それとも身体が治癒を拒否しているのか。

 おぼろげな思考が判断力を鈍らせる。

 

「……強い……な……」

 

 悔しいほどの実力の差。

 とんでもないモンスターは確かに存在するけれど、それでも次に会えばまた戦いたいと思う。

 その為には鍛錬は欠かせない。

 神の恩恵以上に努力しなければ、自分はいとも簡単に死んでしまう。

 久方ぶりの強者。もし、もう少し機敏に動かれていたら、もっと早く自分は倒されていた。

 体力バカとはあまり戦いたくないものだと、少し後悔はあるけれど。

 次は、負けないよ。

 戦利品はこちらにあるんだから。

 

          

 

 損傷していた内臓は数分後に再生し始め、周りに居た兵士達は安堵する。

 人間がここまで酷い状態になったにも関わらず、敵の攻撃というわけではなく、未知の怪現象という事に上層部は処理しようと検討が始められた。

 とてもまともな思考で説明できるとは思えなかったからだが。

 腹部を打ち抜かれ、辺りに内臓が飛び散っていたが、それらは綺麗に掃除されていた。

 切り落とされていた腕も死体安置所に集められている。

 普通ならば魔法で再生した場合、切り離された肉体などは消滅するのがエステル達の世界の常識だった。事実、天使の腕は光りの粒子となって消えた。

 しかし、この世界では肉体の消滅現象は起こらず、周りの被害が残ったままだ。

 

「エステル少尉は何と戦っていたんでしょうか?」

「天使らしい。まさか実在するとは思わなかったが……」

 

 さすがに獅子の頭を持ち、翼を持った怪生物を目の当たりにした兵士達の証言を妄想と切り捨てる事は出来ない。

 シュワルコフ中尉オイレンベルク中尉も目撃してしまったのだから。

 とどめとしてターニャ・デグレチャフ魔導少尉が狙撃銃で仕留めようかと思ったが一撃で死ななかった時の被害が()()脳裏を過ぎり、引き金が引けなかった。

 迂闊に倒して報復措置をとられる事もあるので。

 エステルがここまでやられる相手だ。まともに戦う事は()()無理だと判断する。

 最後に食らった一撃で背中から肝臓やら腸が飛び散り、とどめの一撃で吹き飛ばされた時、複数の拠点を薙ぎ倒す。その過程で上半身と下半身が分断。

 後は表現する事が(はばか)られるような酷い有様となった。

 普通なら即死していてもおかしくない。辛うじて意識が残っていたのは日々の鍛錬のお陰か。それとも演算宝珠の加護か。

 もし自分ならとっくに死んでいる。

 よく死地から戻ったと誉めるべきだ。

 それにしっかり天使から装備を剥ぎ取っているし。タダでは死なないしぶとさは見習いたいものだ、とデグレチャフは呆れつつ感心した。

 急な復活はさすがに無理と判断し、作戦は出来る限り延期となった。

 エステル以外のケガ人は多数出たが死者は一人も居ない。

 未知の存在に対して判断がしにくいので、追求するのも不毛ではないかと二人の中尉は情報を刷り合わせる。

 エステルを除く現行戦力で、目的であった『観測者狩り』を排除する為の作戦を練り直す。

 天使の来襲は来た時に考えるとして気持ちを切り替える。

 



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#038

 act 38 

 

 急激な失血の為、意識が戻ったのは数時間後になったエステルは頭痛に耐えながら目蓋を開ける。

 側に居た看護兵(メディック)治癒魔法を使うように勧められ、言う通りにする。その間に看護兵(メディック)は報告の為に席を外す。

 

「………」

 

 余計な戦闘でどんなお咎めを受けるのか、それを思い出し、エステルは顔を青くする。

 つい調子に乗ってしまった。

 演算宝珠の力に過信したツケか、と。

 色んな人に迷惑をかけてしまったんだろうな、と後悔の念が襲ってくる。

 

 あの智天使(ケルビム)は次は確実に倒す。

 

 という強い決意を固め、再戦するまで銃殺刑にならないようにデウスに祈る。

 武技(ぶぎ)の使い過ぎで軽い頭痛があるようだが、一日一杯休めば治るかも、という軽い気持ちで一息つく。

 翌日には全快してオイレンベルクの元に訪れるエステルに一同が驚愕する。

 あまりにも驚かれたので新しく支給された制服がおかしいのか、いつも付けている銀翼突撃章が無いせいか。などと、色々と自分の身体を確認する。

 勲章は誰かが持っている筈だが、無くしていたら現場に戻って探すしかないけれど。

 

「……よくあの状態から復帰できたな。というより普通に戻ってくるとは思わなかったぞ」

 

 一日しか経っていないし、昏睡状態からの復帰と言えば早くて数日。悪くて数ヶ月以上が一般的のような気がした。それがたった一日で平然と自分の目の前に立っているのだから。

 昨日の死闘は集団催眠の術式でも使われたのか、と他の魔導師達に尋ねたくらいだ。

 

「そうですか? どういう状態になっていたのか良く分かりませんが……。それと勲章を無くしたみたいなんですが……」

 

 と、言うと隊員の一人が(うやうや)しく銀翼突撃章をエステルの目の前に持ってきた。

 新しく授与します、というような雰囲気を感じた。

 

「小官が大切に預かっておりましたっ!」

 

 元気よく答える声にエステルはびっくりした。

 

「そ、そうお? ありがとう」

 

 受け取った勲章は溶けておらず、無事である事が確認できて少し安心出来た。

 それと戦利品はどうなったのか、ついでに尋ねてみた。

 

「ああ、あの変なは厳重に保管している。貴官が良ければ研究室に回したいのだが……」

「……研究室……。一度は手にとって確認させて……。いえ、上官の命に従いたいと思います」

 

 少しでも戦線離脱の罪が消えるなら安いものだ、とエステルは苦渋の選択を選んだ。そのせいか顔はとても悔しそうに歪む。

 今にも泣きそうな顔にオイレンベルクには見えて、つい苦笑する。

 気持ちは正直だな、と。

 

「今は作戦行動中ゆえ、のんびりと戦利品を眺めさせるわけには行かないが……。激闘の戦利品だ。貴官の意思を尊重する事を約束する」

「ありがとうございます」

 

 敬礼しながら礼を述べるエステル。

 それだけ見ると何の不思議も無いのだが、オイレンベルクは疑問に思っていた。

 エステルの後ろで()()()()()()()()()デグレチャフに何か言う事はないのか、と。

 正確にはデグレチャフ魔導少尉だけではなくエステルの部下や他の兵士達も同様ではあったけれど。

 一様に思う事は一緒だとレーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉は感じた。

 

 何故、平然と復帰できるんだ、と。

 

 上半身だけになって瀕死の重傷だった人間がだ。

 いくら治癒魔法とはいえ普通は死んでいて当たり前。いや、復活してきたのは脅威だが、と冷静になってきた筈のオイレンベルクも混乱してきた。

 

「……まさかとは思うが……」

 

 と言いながら、部下はきっと『それ以上は突っ込まないで下さい』と無言の嘆願を寄せているに違いないが、言わずにはいられない。

 自分は多くの部下を抱える中隊長の任を預かるのだから。

 

「今日にでも出撃する気なのか?」

「はっ。任務の遅れは一大事ですので。動ける内は働きます」

 

 素晴らしいくらい模範的な返答。というよりは真面目人間と言った方が正しいか。

 言い分は理解出来なくは無い。しかし、本音としては数週間は安静にしてほしい。本来ならば看護兵(メディック)などが言う事で、それを自分(オイレンベルク)(たしな)める所だ、一般的な流れでは。

 今回ばかりは中尉自身が部下に休養をどうしても与えたくて仕方が無い。それくらいの酷いケガだった。

 何も知らない上層部ならば治ったのなら出撃させたまえ、と平然と命令するところだが。

 

「……デグレチャフ少尉」

 

 ふと、同期の彼女に声をかけてみた。すると彼女は身体を一瞬だけビクっと震わせた。

 声をかけないで下さい、と訴えているように見える。

 だが、残念ながら上司は悪魔だ。

 

「君の同期は……。化け物かね?」

「……おそらく。小官が事務方に専念したくなるほどの戦闘狂だと判断いたします」

 

 デグレチャフはこっそり自分の希望を混ぜ込んで返答する。

 もちろん、事務方は願ってもない部署だ。

 後方支援に回してください、と今なら声に出したいくらいだ。

 

「……本人の意思は尊重する、とか言ったが……。本音を言わせてもらえれば……、何故、休まない?」

 

 と、改めてエステルに向けて尋ねてみた。

 

「はっ? あまり長く休んでいては戦闘能力を疑われて……、何かの罰則があるのでは、と……」

「兵士を死ぬまでこき使う非道な組織ではないぞ。……いや、実際に死ぬ兵士は居るが……。ケガをすれば撤退させている。君達に救援任務だって与えている」

 

 復帰できそうに無い兵士に退役だって認めている。両腕の無い人間に銃を握れ、とは言えない。

 寛容のある国だ、と思う。もちろん、命令遵守は時に非道だが。

 だからこそ、休め、と大声を張り上げたいところだった。だが、いかんせん。戦況は逼迫(ひっぱく)している。

 一人でも戦える兵士はありがたいし、エステルの復帰は決して小さくない希望だ。

 それとも彼女は復帰しない事で何かの罰則でも食らうと思っているのか。

 命令違反の戦闘行為は確かに該当するかもしれない。

 それは正体不明の化け物相手でなければ指摘するかもしれない。だが、自分達は目撃してしまった。

 尋常ならざる化け物相手に奮闘していたエステルを。

 黙って見逃せば良かったのか、という判断は自分には出来ないし、出来る限り迎撃できれば良いに決まっている。

 よく戦ってくれたと誉めてやりたい。

 

「私からは是非とも休息してくれと言いたいところだ。一日とは言わず三日……。本来なら復隊など絶望的な状況だ。……いや、やる気は買うが……」

 

 なんと言えばいいのか。さすがに人生経験においてエステルよりも豊富だと自負できる、筈なのに言葉に窮する。

 

「身体が本調子か分からない以上は休息すべきだ、エステル少尉」

 

 と、恩を売る気でデグレチャフは助け舟を出す。

 もちろん打算無くしては言えない事だ。

 エステル自身も回復したてでデグレチャフの意見は(もっと)もだと思った。

 身体が分断されるほどのケガならば下半身に違和感があるかもしれない。

 空を飛ぶ戦闘ではあまり気になるほどではない気もしたが、無理は良くないとも思えてきた。

 あと一日くらいはしっかり休まないと十全な戦闘が出来ない可能性がある。

 なにしろ新しい武技(ぶぎ)を使いすぎた。

 

          

 

 エステルが元気を無くす様子は本当に叱られた子供にしか見えない。

 オイレンベルクは自分の権限で出来るだけ彼女の休養を上層部に掛け合ってみたくなった。

 あまり贔屓してはいけないし、今は身体が復活しているので嘆願は無駄に終わる可能性も高いけれど。

 それでもせめて後一日は休ませたい、と個人的には思う。

 

「……そういえば、どうしてデグレチャフ少尉が()()()()()に来ているんですか?」

 

 と、今更な疑問を口にする。

 ここは第二〇六強襲魔導中隊の拠点である。

 当然、エステルの腕を切り落とした事に対する意見を聞くためだった。

 話しぶりでは全く気にしていないようにしか見えない。むしろそれが驚愕に(あたい)するのだが。

 

「エステル少尉に危害を加えた事に対する弁明とか。貴官の意見を聞こうかと思ったのだが……」

「……ああ。でも、あれは……。演算宝珠の弊害ですよ」

 

 と、平然と(のたま)うエステル。

 

「弊害で済まされる事なのか?」

 

 その理屈で言えば他の宝珠持ちもいついかなる時、状況次第では仲間同士で殺し合うか分からなくなる。当然、そんな危険な物を持たせるわけにはいかない。

 今は九五式だけが対象かもしれないけれど。

 いくら戦闘に勝つためとはいえ、きっと使用を禁止する事になるのではないのか、と。

 

「神に祝詞を捧げる時、信仰心の無いデグレチャフ少尉は平気かもしれませんが、私の場合は何かに憑衣されてしまう恐れがあるみたいです」

 

 詳しい事はもちろんエステルには分からないけれど。二人が近い場所に居る時に問題が起きる可能性はきっと高い。

 デウスが何かやらかしているんだろうけれど、と薄っすらとは思う。

 信仰心の無い、と言われて軽く呻くデグレチャフ。ほぼ事実なので弁解は出来ない。

 

「……それはオカルトではないのか?」

「かもしれません。少なくとも彼女が何も行動していなければ私は仲間を射殺していて今頃は軍法会議の場に引っ張られていた事でしょう」

 

 手に拳銃を握っていたし、と。

 自分の意思ではないにしても引き金を引く指はエステルのものだ。それを弁解する事は出来ない。

 軍刀で心臓を一突きにされなかっただけ運が良いと思わなければならない。

 もし、憑衣ではなくただの八つ当たりであれば、自分はどうしていただろうか。

 痛ーな、バカ。と言って殴っているかもしれないし、目をスティレットで突いているかもしれない。いや、あの時は武器は持ってないから指で突くとか。

 どちらにせよ、手を出せば何らかの罰則は避けられないと思う。

 

「……貴官が納得しているのならば私が追求し続けるのも不毛だな。だが、多少の罰則は必要だ。無罪放免とは行かない」

 

 それは目撃者が多くあるからだ。

 内容が内容なだけに減俸とかでは釣り合わない気がするし、軍法会議をする余裕は今は無いけれど。

 緘口令を部下に()いて様子を見るのが適切か。

 



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#039

 act 39 

 

 憑衣というオカルトじみた現象ならばエステルが仲間を襲う可能性があり、それを防ぐ意味であればデグレチャフの行動は責められない。

 そんな強引な論理で棚上げする事にした。

 エステル本人も気にしていないし。

 というより、よく平然としていられるものだと未だにオイレンベルクは驚きに包まれていた。

 

「銃を向けた事に対する正当防衛として処理するにも少し強引な気がする」

 

 デグレチャフを退出させた後、中隊長はエステルに言った。

 

「いくら治癒魔法とやらで完治したとしても、だ」

「仮に黙って撃たれていれば結果はきっと同じだと思います」

 

 罰則を受ける相手が変わるだけ。確かにその通りだと中尉も思った。

 それでも納得できないのはエステル達が持つ『エレニウム九五式』という宝珠が原因なんだろう。それ以外に考えられないけれど。

 しかもまさか化け物を呼び込むほどとは思わなかった。

 あれはどう説明すればいいのか。

 戦闘のし過ぎで集団催眠に陥った、と報告すべきか。

 あと、目撃者が多いのも言い訳がしにくい原因でもある。

 

「……幻影術式による暴走と処理するのは……、少し暴論ではないか? それについて貴官はどう思う?」

「それが無難な解答だと判断いたします。バカ正直に書いても目撃していない者が納得するとは思えません」

 

 それは確かにそうなんだが、それでいいのか、と思う自分が居る。

 下手をすればエステルの一人芝居で辺りを破壊し尽くしたと思われて、彼女が軍法会議にかけられる。

 当然の事ながら一人で暴れ回った原因が天使と戦っていた、などと上層部が信用する筈がない。

 運がいいのは死傷者を出さなかった事だ。それは本当に信じられないけれど。

 少なくとも銃殺は防げる筈だ。

 

「……このままだと禁固刑に処されるが?」

 

 後は罰金刑だ。

 命令違反については不可抗力だとシュワルコフ中尉と連名で上申すれば減刑できると思うけれど。

 

「禁固刑ならば……無難でしょうか。それで示談が成立するならば……」

 

 戦利品の提出を良しとすれば更に減刑できる可能性はある。

 エステルが物凄く悲しい顔をするのは想像に難くない。

 とはいえ、いつまでも検討している余裕は無く、次の戦闘の準備をしなければならない。

 戦時による特例を出来る限り使用し、勝利を得る事を優先させなければ貴重な兵士を失う事になる。

 もちろん、それは自分の昇進にも関係するから他人事ではない。

 

「よし。出来る限り処理はこちらに任せてもらおうか」

「はっ。了解いたしました」

観測者狩りは昨日の段階ではまだ小規模だったが……。装備を整えて1400(ヒトヨンマルマル)までに部下と共に再度集合せよ」

「はっ」

 

 敬礼する様は昨日までミンチになっていた兵士とは思えない綺麗な立ち姿に見えた。

 

          

 

 自分の拠点に戻る頃、デグレチャフと彼女の部下と思われる一団に出くわした。

 相手方は一瞬だけ顔を逸らしたが、それについてエステルは()()()()()()をした。

 

「私の妄想で事を収める事態になりそうだ」

 

 と、最初に言ってみたらデグレチャフは苦笑した。

 

「あれだけ派手に暴れた後で妄想で済ませるのか……」

「想定外が起きたのだから仕方が無い。デグレチャフ少尉の立場なら(智天使)を見逃すのか?」

「……一発は撃つな……、確実に」

 

 だからこその抜刀だ。

 まさか眷属だったとは想定していなかったけれど。

 

「……エステル少尉はあれだけのケガをしたはずなのに……。もう復帰なさるとは……」

 

 と、後ろに控えていた女性将校が口元を抑えながら言った。

 名前は思い出せなかったけれど。

 

「私を殺す場合は頭か心臓を撃ち抜かないと復活するよ。……防御が弱いのはどうにもならないみたいだけど……」

 

 軍刀ではなく銃で対応していれば確実にエステルを殺害する結果になっていた、とも言える。

 安易に頭などを狙わなくて今は良かった、とデグレチャフは少しだけ安心した。

 

「は、はあ……」

「今回は不可抗力という事で済ませていいかな?」

「……貴官がそれでいいなら私は何も言わない」

 

 立ち位置としては10フィート(3メートル)ほど。

 この距離はとても危険な長さに思えた。

 身体は小さくとも一足で距離は意味を無くす。

 

「了解した。……それから、今回の事で目標が出来た。あいつ(智天使)は確実に倒す。あと、デウス様に謝ってもらう」

「んっ……」

 

 エステルは(おもむろ)に拳銃を引き抜く()()をし、デグレチャフの頭に向けて人差し指を突きつける。

 単純に銃を()()()持っていなかっただけで、今気づいて演技を始めただけだ。

 

「貴官を殺す場合は拳銃ではなく、我が相棒(スティレット)を持ってお相手する」

 

 腕を下げてエステルは笑う。

 

「こんなちゃちな武器では()()()()()

 

 少しだけ驚いたデグレチャフだが、エステルの真意はさすがに読むのが難しい。

 もし言っている事が真実だと仮定すれば戦士として戦う、という意味になる。

 部下の前で殺害宣言をしたも同然だが、ちゃんと表現を抑えている辺りは賢い人間なのかもしれない、と。

 周りの部下達はあまり理解していないようだし。

 本来はデグレチャフを殺すために存在Xによって転生された相手だ。支援は無くとも存在Xの命令を聞かなければ彼女(エステル)の命は簡単に消される可能性がある。

 神を自称をするクセに脅迫めいた勧誘を辞さない辺り、腹立たしいが、とデグレチャフは少し怒りを覚える。

 それに殺す相手は『ターニャ・フォン・デグレチャフ』であり、現段階の『ターニャ・デグレチャフ』はまだ殺害対象ではなかった筈だ。

 

「私としては簡単に裏切られたくないが……。まあ……、そういうつもりならこちらにも考えがある、という事を示す必要がある」

 

 エステルは顔では笑っているが内心は怒り狂っているようにデグレチャフには思えた。

 

「デグレチャフ少尉」

 

 エステルの言葉に少し驚きつつ呻くデグレチャフ。

 つい叱られると思ってしまった。今の雰囲気ではそう感じたからだ。

 

「貴官がその気になれば首を落とせたのではないか? ……何故、腕を?」

 

 デグレチャフを殺す予定だと伝えているのだから絶好の機会だったろうに、と残念そうに思うエステル。

 迂闊に同僚を殺せば軍法会議行き、かもしれないことは確かに想定できるけれど。

 正当防衛ならば減刑されるのではないか、とも思える。

 その上でもやはり『何故』と疑問を抱く。

 確かにデグレチャフも首ではなく腕に変更したのは不思議だったのかもしれない、と思わないでもない。

 つい罰則が頭を過ぎった。その姑息な考えが結果を変えた、とも言える。確かに絶好の機会だったけれど。

 それでも後の事を思えば苦肉の行動だった。

 後悔しても仕方がないけれど、腕を狙う事が最善の方法だったと今は思う。

 

「……小官が手にした武器がたまたま刀剣で狙いが逸れてしまった。幼い身体ゆえ、あれが限界だった……、というのでは不満かな?」

「……惜しい事をしたなデグレチャフ少尉」

 

 同じ声で言い合う二人の将校。

 それぞれの部下は言い知れない気迫に言葉がかけられなかった。

 どう見ても小さな少女なのに尋常ではない戦士の気配を振り撒いている。

 人を殺し慣れた殺人鬼を前にしているような異様な雰囲気とでもいう感じだ。

 

 パンっ。

 

 両手を音が鳴るほど強く叩くエステルに異様な雰囲気は霧散した。それほど周りの部下の耳にはっきり聞こえるほどの音で驚いた。

 

「安易に死ななくて良かった。生活の場を与えられたのだから、後四十年は生きていたいものだよ」

 

 強硬手段に出て来たのはエステルにとっても想定外だった。

 デウスは何を以って事を急ぐのか、その真意を聞きたいところだが会い方が分からない。

 普通は神様に会えるものではないけれど。

 それといつまでも不毛な会話を続けるわけにも行かないし、と。

 

「今はお互い生きて帰ろう」

 

 そう言いつつ去っていくエステル。部下達も急いで彼女の後を追う。

 残されたデグレチャフは大きなため息を吐いて自分達の拠点に向かった。

 不毛な話しはやめて仕事へと思考を切り替える。

 



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#040

 act 40 

 

 昨日の今日で万全とは言いがたい体調に軽く舌打ちするエステルに拠点で準備を整えていたユースティス・ベルリッヒ伍長ら三名は心配の眼差しを向けていた。

 先ほど、互いの小隊長が顔を突き合わせて一触即発の雰囲気を感じたが何もなくて安心したと思っていた矢先の舌打ちだ。

 何か不満でもあったのではないかと。

 

「や、やはりデグレチャフ少尉に何か言いたい事があったのではありませんか?」

「んっ? いや、別に」

 

 と、あっさりした解答が返ってきた。

 

「昨日の戦闘に参加できなくて悔しいなって思っただけだよ」

 

 と、半分はそうなのだが、残りは憑依した天使への憎しみだ。

 仕事の邪魔をされるのが我慢ならない。

 特にやる気を出して意気込んでいたところだった。大変に腹立たしい。しかも負けてしまった。

 硬い身体だったがスティレットは無事だったので安心は出来た。

 

「……そういえば私の下半身とかどうなったんだろうか?」

 

 聞いた話しでは治癒魔法の行使で消えるはずの肉体が残っていた、らしい事を聞いた気がした。

 肉体が欠損した場合の再生では、離れた部位はたちどころに消える筈だ。スレイン法国ではそう教わった。

 それがこの世界では残るらしい。原理は分からないけれど、そうであるならば離れた自分の肉体はどうなったのか、少し気になる。

 

「死体処理に回されたのではないでしょうか?」

「貴重品などは回収済みと聞いています」

 

 ズボンに大事なものは入っていない筈なので処分するのは構わない。しかし、残るのであれば変な事に使ってほしくないな、と思う。

 一応、女の子なので。

 

「……武技(ぶぎ)でも見切れない動きと強さとは……」

 

 鈍重そうだと油断した自分が悪いけれど。

 最後に繰り出された一撃。あれは確かに見えなかった。

 蹴りだと思うけれど、見かけによらないモンスターの強さの一端というものか。

 武器の都合上、接敵戦闘しか出来ないし、幼く小さな身体では対応に限界がある。それでも(智天使)には勝ちたい。

 モンスター退治は元漆黒聖典の仕事でもあったし、意地もある。

 

「……折角意気込んで楽しみにしていたのに……」

 

 二個中隊を一人で撃滅します、と宣言してこの結果だ。

 とても恥ずかしい。

 一日経てば敵も警戒して小隊規模の散発的な戦闘になるかもしれない。それでは折角の宝珠の見せ場がない。

 

「……しかし小隊長」

「んっ?」

「半身からの再生ですが……。身体の栄養はどうなるのでしょう? 無理矢理の復活では身体が薄まるような印象なのですが……」

 

 身体全体の栄養の半分をいきなり消失し、再生の為に更に半分の栄養を使った、とすれば今のエステルは栄養失調気味になってもおかしくない。

 確かに言われて気づいたエステルだが目眩(めまい)は無く、歩行もいつも通り。

 万能の魔法とはいえ実際は深刻な事に陥っている可能性は否定できない。

 集合時間までに無理に食事をしても具合が悪くなるだけのような気もしないでもない。

 

「……では、伍長諸君。小官の為に食料を手に入れて来い、と言ったら集めてくれるか?」

「勿論です! お任せ下さい!」

「少しだけ待っていて下さい!」

「強引な強奪は控えるように。食べてすぐ身体に栄養が行き渡るわけではないので」

「はっ!」

 

 三人は見事な敬礼を自分達の小隊長に見せて駆け出す。

 自分の部下だと今更ながら思い出すが、こういう活用に使うものなのか少し疑問に思った。

 

          

 

 集合時間までに融通してもらった食料を荒々しく食べたりはしないエステル。

 いつ何時(なんどき)でも丁寧に食べる姿は小さな幼女とは思えない。

 例えるならば何処かの令嬢かお姫様といった印象だ。

 だが、エステルからすれば証拠を残さない。周りに気付かれない静かな食べ方をしているだけだと暗殺者(アサシン)のような答えを返した。しかも意外と納得出来るから性質(たち)が悪い。

 これが数時間前まで血まみれ姿の瀕死状態だったと誰が信じられるのか。

 ふっくらした金髪ボブカット。愛らしい赤みの瞳。

 身体は栄養失調気味という事で細身だが誰が見ても可愛い娘と評するほどだ。

 その小さな身体は化け物に決して恐れを抱かず、果敢に攻め立てる獰猛な獣の如し。

 武器を持った彼女の近接戦闘は大人にも負けない胆力を持つ。

 その反面、射撃と学力は平均より下というところが微笑ましい。

 

「……改めて思いますに……、小隊長はそのお歳でどれだけの修羅場を経験されてきたのでしょうか?」

 

 ヴェルリース・ポウペン伍長が静かに食事しているエステルに尋ねた。

 食事中の質問に対して殺気を振りまく事はしないエステルだからこそ尋ねられた。

 今まで彼女が怒った場面は先の戦闘以外では殆ど見かけないのではないか、と思われる。

 言葉を出す時はちゃんと口を拭う。

 

「とってもたくさん」

 

 にこやかに答えるエステル。

 

「……少なくとも君たちよりはたくさんだ。……次の戦闘で邪魔が入らなければ私の戦闘を存分に拝ませてあげるよー」

 

 口が横に一気に裂けたのではないかと思わせるほどの邪悪な笑顔に変化し、伍長達は言い知れない恐怖を感じた。

 つい一瞬前まで可愛らしい幼女だった筈のエステルが悪魔に魅入られた、または悪魔そのものに変化したのではないかと錯覚してしまった。

 

「……は、はぁ……」

 

 今の顔は何だ、と三人は冷や汗を感じつつ改めてエステルを見直す。

 そこには先ほどの邪悪な笑みは無く、至ってごく普通の幼女が居た。

 自分達が年上である事で多少は侮っていたところはあるかもしれない。とはいえ、そうであっても汗が止まらない状況は何なんだ、と自問する。

 

「そうそう。武勲目当てに君たちをどうこうするつもりはないよー。折角の部下は大切にしなきゃ、色んな人に怒られてしまう。そんなに厳しい命令はしないけれど、自分の身は出来るだけ自分で守れるようにね」

「は、はいっ!」

 

 三人は知らず知らずの内に席を立ち、敬礼する。

 逆らえば殺されると身体が感じたのかもしれない。あるいは生物としての生存本能か。

 

「今は休憩時間だから、そこまで緊張しなくていいよ。ところで君達は食事は済んだの?」

「はい。お先に済ませておきました」

 

 エステルが最後だという事だ。

 予定時間まであと少しと迫っているので、身体に必要な分を取り入れた後は戦場へ気持ちを切り替えるだけだ。

 殺しを堪能する為ではない。

 安易に殺されないようにする為だ。

 



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#041

 act 41 

 

 予定時刻の少し前に『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』の動作確認を(おこな)う。

 神の眷属と戦い、その後の使用が封印されているおそれがあったのだが、簡易的な術式に関して特に問題は無い様だった。

 予定外の出来事とはいえデウスのところでは何が起きているのか、エステルは呆れながら空を仰ぐ。

 本来の仕事を完遂するには障害が多すぎる。単に達成できたとしても身の安全は全く保証されていない。それがよく分かった。

 やはり神の世界では人間の命は相当に軽視されている。

 それはそれで困った事だ。

 

 そんな事じゃあ、信者が減っちゃうよ。

 

 と眉根を寄せながらデウスに願いのような祈りを届ける。

 神を信じない無神論者が増えて困るのならばもう少し何とかした方がいい。特に人間に対しての考え方とか。

 とはいえ、そんな事を思ったところでデウスに届くのかは分からない。

 自分は祈るだけだ。

 迂闊に祈るとトランス状態になるかもしれない、と思うとまた別の意味で困った事態に陥る。

 これも何とかしてください、と()()祈っておく。

 本当はちゃんと祈りたいエステルだった。だが、戦闘に支障が出ては一大事。

 

「小隊長。そろそろ時間です」

「……神様も大変みたいだね」

「全ての人間の事を考えておられる大神(たいしん)ならば当たり前かも知れません」

 

 と、ハイベルト・フォン・トラップ伍長が言った。

 首にかけていた十字架のアクセサリーを引っ張り出す。

 

「神は一人の為におわすわけではありません。ただ、我々人間が我侭(わがまま)なだけです」

「案外、神様は我がままかもよ」

「……ところで小隊長は敬虔な信者なのですか? もし、そうであるならば拝礼に際し、ご一緒させていただきたいものです」

 

 戦場には大層な教会は無いが、敬虔な信者が多数居る事は分かっている。

 それぞれの拠点に小さな拝礼用の像が設置されていたり、手作りの十字架が置かれていたりする。

 宗教はほぼ一つ。とはいえ帝国は宗教戦争をしているわけではない。

 今のところは、と付くかも知れないけれど。

 異世界なので何の宗教かまでは分からないが、神を信じる者は誰であれ受け入れるものらしい。

 

「時間があれば考えておくよ。その為には生き残らないとね」

「はい」

 

 身支度を整えて中隊長の居る施設向かう。

 昨日の今日で大恥をかいた身だがまだ挽回できる筈だと胸に秘める。

 食事を充分に摂ったとはいえ本調子とはいえないかもしれない。そこは部下の掩護に期待させてもらう。

 

          

 

 既に整列していた小隊を横目にエステル達の隊も並ぶ。

 二〇五強襲魔導中隊二〇六強襲魔導中隊による観測者狩り(おこな)敵魔導師殲滅戦のブリーフィングが執り行われる。

 

「昨日の戦闘は我々にも想定外だが……。それにいつまでも拘っていては戦闘にならない」

 

 オイレンベルク中尉は言った。

 本当はまだ何か起きるのでは、と少し視線を泳がせたがすぐに隊に目線を合わせる。

 

「最初の戦闘の後はまた歩兵の回収任務などに入ってもらうが戦線の拡大は君たちの仕事ではない」

 

 魔導師の待遇は歩兵より低い。それは絶対数が少ないからだ。

 貴重な戦力を無駄に減らしたくない思惑があり、彼らが身につける演算宝珠はとても高価だからだ。

 今はまだ無茶な運用が出来ないのでもどかしい限りとなっている。

 

「各隊は防御を密に。出来るだけ接敵戦闘は避けるように」

「デグレチャフ、エステル両魔導少尉による大規模な爆炎術式による殲滅を敢行。それから余裕があれば継続戦闘に移行してもいいし、そのまま後退してもいい」

『はっ!』

 

 と、デグレチャフとエステルが同時に元気良く敬礼しながら返事をした。

 左右から同じ声が重なったので室内に不思議な音色が響いた。

 

「……今回は邪魔は入らないようだ。では、今から300以内に装備を整え、向かってくれ」

 

 その言葉の後で全員が敬礼し、即座に移動が始まる。

 敵魔導師の殲滅戦。

 大仰なもののようで広い戦場においては一地域の出来事に過ぎない。

 現状戦力の全てを少数の部隊で賄う事は出来はしない。

 各小隊は装備を身に付け、それぞれ集合し、点呼をとる。それが終わればすぐに飛行術式を展開し始める。

 

『こちらCP(コマンドポスト)。オーバー』

 

 各隊員に指揮所(CP)から連絡が入る。

 

CP、感度良好。オーバー」

『貴官らのコールサインはロビン

「了解。以降ロビン01と呼称。CP、オーバー」

『武運を祈る。アウト』

 

 通信を切り、部下に再確認させ速度を上げる。

 

『こちら、コールサインはフェアリー。オーバー』

 

 聞きなれた声がエステルの耳に届く。

 自分の声とほぼ同じなので不思議な感覚になり、つい苦笑が漏れる。

 

「こちらロビン01。感度良好。オーバー」

『目標地点の座標を送る。貴官の部隊……、貴官一人が先行し他の部隊を下がらせろ。我々がこれから包囲戦にてある程度、狭めておく』

「了解した。では、後ほど」

『……防御は厚くしておけ。アウト』

 

 戦友からのありがたい言葉。その期待に応えなければ情けないことこの上ない。

 と思ったすぐ後で目の前に座標を示す術式が自動的に展開された。

 演算宝珠の機能の一つで各部隊共通で扱える代物である。

 これは九五式だけが特別ではなく、標準装備の宝珠の基本機能となっている。

 

ロビン02(ベルリッヒ)03(ポウペン)04(トラップ)。座標は受け取った?」

「はい」

「では、戦闘開始だ。……ただし、接敵戦闘ではない。それは留意せよ」

『了解しました』

 

 三人の声が重なる。

 移動に関して地上からの砲撃は適度に狙い撃ちし、被弾が無ければ指定された場所まで移動するだけだ。

 ベルリッヒ達は隊長の防御が薄い事を懸念し、防殻術式で援護する。それに関してエステルは邪険にしなかった。

 今回の作戦は迂闊に失敗出来ないので確実に履行する為に恥を忍ぶ。

 



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#042

 act 42 

 

 目標地点まで25マイル(約40キロメートル)に差し掛かると地上からの攻撃が激しくなる。だが、高高度を保つ魔導師に歩兵の銃弾は届き難い。

 砲兵でもない限り、常時展開している防御膜だけで問題は無い。

 その砲兵部隊の撃破は魔力を少しでも温存する為に部下に排除してもらっていた。

 

『ラインコントロールより各部隊に通告』

 

 と、急な通信に身構えるエステル。

 これは作戦行動中の全部隊に送られるものだった。

 

『観測者狩りの増援を確認したとの報告があった。各部隊はそれぞれ留意せよ』

 

 報告だけして通信は切れた。

 

ロビン02から04。目視はまだだな?」

「はい」

「こちらもまだ敵が見えません」

 

 ならば進むしかない。

 新たな座標が示されるまでは現行の作戦は継続される。

 

「死ね~!」

 

 と、別部隊の叫び声が聞こえてきた。

 血気盛んな新兵が接敵行動をしているようだ。

 

「……貴官らもああいう事をしたいのか?」

「い、いえ。今は作戦が最優先です」

「まあ、分からなくはないですけどね」

 

 空を飛んで上から敵を狙い放題だ。

 一人でも多く敵を殺したくてたまらない。そういう風にエステルには見える。

 殺人が好き()()()頃とは違い、今は弱い者を手当たり次第に殺す事はしない。命令や邪魔だなと思った時は殺してきた。

 少なくとも()()自重(じちょう)は出来ると思う。

 

「……あ」

 

 先ほど突っ込んでいった魔導師が被弾して地面に落下した。

 今は助けに行けないが仲間が居るようなので無視する。

 

「……死んではいないようだ。我々も気を付けないとね」

「はい」

「……一応、連絡してもよろしいですか?」

 

 ポウペンの言葉に頷きで答える。

 後始末は後方任務の別働隊に任せ、地上の敵兵を排除しつつ突き進む。

 四つの小隊が等間隔で進んでいたのだが気が付けば一つの小隊が居なくなっていた。

 それは二〇六強襲魔導中隊だけの問題ではなく、二〇五強襲魔導中隊も一つの小隊を失っていた。

 砲兵にやられたか、負傷の為に引き返したか。

 それでも最低限、デグレチャフとエステルの小隊だけは残っていなければならない。

 

          

 

 指定された地点まで12マイル(約20キロメートル)を切った頃に通信が届いた。

 

ロビン01お客さん(敵魔導師)の最新座標を送る。規模は三個中隊』

 

 声の主はデグレチャフだった。

 

「了解」

『一つは別行動しているもよう。こちらは我々が相手をする。トランスの影響を考え、貴官の小隊は速やかに退避する事をお勧めする』

「……貴官がそれでいいなら了解した」

 

 デグレチャフにとってエステルは命を狙う刺客だ。その安否を気遣う必要は本来ならば無い筈だ。

 だからこそエステルは苦笑する。

 銃弾飛び交う中にあって笑うのは不謹慎だ。しかも幼女の姿で。

 常識ある大人であればさぞかし滑稽で恐れおののく事態に見えることか。

 

『……いい性格してるな貴官は。少なくとも……貴官が居ないと私は楽が出来ない。では、アウト』

 

 言うだけ言って通信を一方的に切られた。

 

「……それが貴官(デグレチャフ)の目的ならば……、()()として頑張らないとね」

 

 一つ深呼吸をするエステル。

 

「これより殲滅戦を開始する。その後は離脱予定だ。申し訳ないが、貴官らを戦場に残せない可能性を思い出した」

「承知しています」

「我々はまだ散りたくないので」

「よろしい。目に付く砲兵はまだ片付けてていい。では、祖国の為に」

『了解っ!』

 

 二〇六強襲魔導中隊第四小隊は他の小隊より先に加速を開始する。

 指定された座標まで時間にして120(2分)を切る。

 三人の部下達はエステルの盾として一定間隔の距離を維持しつつ下方に銃撃を繰り返す。

 航空戦は今のところ無く、魔導師の標的は主に下方にしか無い。

 フランソワ共和国側の魔導師も多くを戦場に投入できない事情があるからこそ制空権が取れている、のかもしれない。

 たとえ制空権が取れなくとも魔導師を撃ち落す砲兵は充分な数があるともいえる。

 その辺りは軍の上層部の認識に寄るのだが、エステルにとって意識出来る対象が少ないほど集中できるので楽ではある。

 

「……見えた。……敵魔導師は……隊列を組みつつ我々を狙っているもよう」

「了解」

 

 敵の装備は支給された服装で区別するのが基本だ。

 魔導師の場合は装備しているものが国ごとに規格が異なるせいか、全身鎧(フルプレート)だったり、何かの乗り物に乗っていたり多種多様である。

 戦闘前に一応、敵の基本的な装備は頭に叩き込んでいるが実際に目にすると珍しさを改めて感じる。

 

「……ロビン02から04……。これより接敵する。貴官らは他の隊と合流し、少し離れておくように」

「お気をつけて」

「意識を無くされたらすぐに回収に向かいします」

 

 回収できればいいが、と思いはしたが言葉に出さず頷きだけにとどめる。

 エステルと部下達は互いに顔を見合わせ、一つ頷いた後に別行動をとる。

 



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#043

 act 43 

 

 本来は集団行動が苦手なエステルにとって単独行動こそが本領を発揮できる手段である。

 確かにトランスの問題があるので無闇に突っ込めないのが恨めしい。

 敵魔導師は視認出来るだけで二十人ほど。

 そこにいきなり銃弾は打ち込めない。

 まず相手に警告をするのが基本だ。それは無駄だと分かっていても(おこな)わなければならない。それが面倒臭い戦争である。

 まず射撃せず、威嚇の為に接敵し、上空に逃走する。

 対象を自分ひとりに向けさせるためだ。

 だが、相手は初手に何らかの術式を撃ってきた。

 

「おうわっ!」

 

 思わず避けたが背後に部下が居ないか、すばやく確認。

 そのすぐ後で爆発音が轟いたので爆裂術式だと思われる。

 空中だから運が良かったものの、地表に近ければ爆発に巻き込まれている可能性があった。

 

ロビン02! そっちは無事か!?」

『今の攻撃はこちらでも確認しました。我々は無事です。安心して下さい』

「了解っ!」

 

 短いやり取りで通信を切る。

 何もしていない内に退場するのはエステルとて腹が立つので勘弁してほしいところだ。

 通信周波数をオープン回線に切り替える。

 

「ここは既に帝国領である。速やかに撤退せよ。戦闘の意思があれば自衛の為に応戦せざるをえない」

 

 エステルを中心として敵味方に聞かせる。

 自分達はあくまで自衛の為に戦闘をしている、という事を伝える為だ。それを無視する場合は迎撃しなければならない。

 

「うるせー! お前らこそ領土、領空を侵犯してんじゃねーか!」

 

 と言いつつ銃撃してきた。

 それらは弾道予測の術式で充分に避けきれるものだった。

 使いこなすごとに演算宝珠の便利な機能に感心する。

 

「警告する。戦闘を速やかに停止せよ。これは……」

「構わん! 狙い撃て!」

 

 エステルは慌てずに弾道予測と回避の術式。それと念のために防御魔法を展開。

 そして、敵を牽制しつつエレニウム九五式が仕舞われている胸に手を当てる。

 

「父たるデウスよ。祖国に仇なす(やから)から我らを護りたまえ」

 

 異音を響かせて黄金の輝きを放つ魔力が発生する。

 全身に破格の魔力が満ち始める。それと同時に脳内が鮮明になるのを自覚する。だが、それは脳内麻薬の過剰投与並みに危険である事はエステルも分かっているので、少し抵抗を覚えつつ敵の出方を窺う。

 一度発動させたエレニウム工廠製九五式演算宝珠を途中で止める事は危険だ。

 一撃を放つ為に必要な弾以外の残弾を再確認しておく。すぐに余裕がある事が分かり、まずは接敵戦闘で数人ほど叩き落としにかかる。

 相手を誘き寄せるには犠牲が多少なりとも必要だ。この場合は生死は問わない。

 いきなり大技を繰り出すと隙が大きくなり、その後の戦闘に支障が出る。

 確実に撃滅する。

 

 もとより彼らを逃がす気など毛ほどにも無い。

 

 スティレットを取り出し、防護の術式をまとわせる。

 万が一、貫通術式などで破壊されては勿体ないので。

 

「クヒっ」

 

 口を思いっきり横に広げ、その影響で不気味な含み笑いがこぼれる。

 飛び交う銃弾に真っ向から突っ込むのは自殺行為だが、今回はそれを見越して突っ込む。

 万全の態勢でエステルは敵に突入し、体勢を無理矢理戻す『即応反射』という武技(ぶぎ)によって乱雑な動きで翻弄する。

 航空術式がいくら優れていようとも慣性の法則からは逃れられない。けれども武技(ぶぎ)はその法則を覆す事が出来る。

 どういう原理なのか使っているエステル本人は全く理解しておらず、感覚的に出来ている。という以外に答えようがなかった。

 

「なんだこいつは!?」

「小さい身体で変な動きしやがる!」

 

 敵がエステルに狙いを付けようにも乱戦模様となっているので迂闊に撃てば味方に当たる。

 武器を持っているが打撃のみで混乱を誘っている。

 その後、拳や足による格闘で次々と蹴散らされる。

 大の大人が子供に過ぎない兵士一人に。

 それもただの子供ではない。

 小型だが空を飛ぶ獰猛な獣だ。

 適度に痛めつけられた敵はエステルに意識が向き、彼女を追いはじめる。

 それこそがエステルの目的だった。

 上空に退避しつつ敵に撤退を要求する事は忘れない。

 

「これ以上の戦闘は不毛である。速やかに撤退する事を勧める」

「ふざけるな!」

 

 離れた途端に銃弾の嵐が飛び交う。しかし、頭に血が上った連中の弾など冷静な思考になっているエステルに当てる事は難しい。

 その為の回避運動の術式だ。

 背後からの銃弾の軌道は目蓋を閉じても映像として映し出せる。

 脳内でどう避ければいいか教えてくれる。

 

 ただ、原理は全く分からないけれど。

 

 疑問に思う時間が惜しいので戦闘に意識を集中させる。

 速度を上げて引き離し、幻影術式による身代わり(デコイ)を散らす。

 敵方からは分身して飛び散っていくように見えている。

 

「な、なんだ!? デコイだと……」

 

 一人ずつ振り返り銃を構えだす。それを敵が狙撃すると撃たれたデコイは消えていく。

 時間差で振り返るので一番後ろが本物なのかどうか、混乱する頭では見抜けなかった。

 追うことに必死で判断力が低下した為だと思われる。

 一度視認した敵の動きは振り向かなくても追跡する術式が追っている。

 ある程度の高さ、限界高度を少し越えたあたりで停止し、振り返る。

 

「もう一度警告する。これを無視する事は敵対行為と見なす」

 

 と、言い終わった後で銃弾が飛んできた。

 

ロビン01。……こちらの仕事は終わった』

 

 通信回線を素早く限定仕様に戻す。

 思考が鮮明なので何をすべきなのか感覚的に理解出来た。

 

「……これより撃滅する。……オーバー」

『了解。アウト』

 

 デグレチャフの通信の後で敵に狙撃銃を構えるエステル。

 

「……警告はした。……ならば後は仕事を片付けるだけだ」

 

 味方から結構離れたので大規模な術式でも大丈夫だと判断する。

 エレニウム工廠製九五式演算宝珠から溢れ出る魔力を弾丸に封入する。

 銃身に魔力が注ぎ込まれて輝いていく。だが、その時、予想外の方向から弾丸を打ち込まれ、エステルの右膝が吹き飛んだ。

 

「!?」

 

 起死回生で無理な魔力注入により放たれた貫通術式だと思われる。

 仮に爆裂術式であれば貫通力が足りず、今のエステルの絶対防御なら防がれていた。

 痛みが脳内を揺さぶってきたが、それを無理矢理に押さえ込む。

 トランスにより回避運動に意識が回されていない。ゆえに第二の射撃が飛んできて左腕を吹き飛ばし、顔を掠めていった。

 攻撃に術式が注がれていて、回避や防御は魔法頼みなのだが機能していないのか、貫通術式だから突破されたのか。

 それらを考えることも今は出来ていない。

 今のエステルに自分の身体を守る意識は無く、射撃に全て向けられていた。

 腕は一本残っていればいい。だが、痛みは消せない。

 もたもたしていると涙が出てきて標準が狂う、と脳に命令がいくつも届く。

 

「……貫通術式には勝てないのか……。だけど、もうチャンスはあげないよー……」

 

 既に術式は完成している。

 後は引き金を引くだけだ。

 

「我が一撃は神の言葉……。デウスの祝福により空へと還れ。……迷える子羊よ。汝らは指し示された道を()け」

 

 演算宝珠から弾丸へと注ぎ込まれ、光りが今にも破裂しそうな勢いで輝いている。

 残った左足に狙撃銃を乗せ体勢を調節しつつ敵に狙いをつける。そして、引き金を引く。

 撃ち出された弾丸は敵へと向かう。

 それは銃弾というよりは空から降り注ぐ光りそのもの。

 多くの魔力を用いて撃ち出される一撃は『極大爆炎術式』という。

 通常の爆炎術式よりも広範囲に被害をもたらし、それは例え撃った当人でさえすぐに回避しなければ巻き込まれてしまうほどの威力がある。

 防御が厚いデグレチャフなら軽い火傷で済むがエステルの場合は大火傷に陥っても不思議は無い。

 

          

 

 放たれた一撃が彼らの側で大規模な爆発を起こし、追跡していた敵魔導師二個中隊は引き起こされた爆炎術式により壊滅。

 この術式は当てる必要は無い。一定距離進んだ後に蓄えた魔力が限界を迎え大爆発する。

 高火力を伴なう爆発と熱風が瞬間的に発生する。それを至近距離で味わう敵にとってそこから逃げる事など不可能に近い。

 エステル自身にも影響を及ぼす術式なので、仮に至近距離の敵に当ててしまうとなりふり構わず逃げるしかなくなる。

 

「……汝らにデウスのご加護を……」

 

 熱風が吹きすさぶ中、エステルは手足を失い、右目が潰れた状態にも関わらず爆炎を睥睨していた。

 そこに巻き込まれた魔導師を哀れんでいるように。

 滴り落ちる血が悲しみの涙のようだ。

 銃を左腕だけでなんとか背中にかけ、天に向かって腕を伸ばす。

 

波寄せ(タイダル・サージ)

 

 第五位階の魔法を唱えるとエステルの身体の周りからどこからともなく大量の水が発生し、地面に向かって落ちていく。

 それはまだ広がり続けていた爆炎に降りかかり鎮火しようとする。

 その様子を黙って見ていたエステルは移動を開始する。

 敵の姿は無く、先ほどの一撃で既に炭となって落下していた。ゆえに戦闘は終わりだ。

 自分の魔法によって熱は冷め、血も流れ落ちるが途中で意識を喪失し、身体そのものが落ちていった。

 その後の事は覚えていないが大量出血による意識障害だと薄れ行く意識の中で思い出す。

 

 そういえば治癒魔法を使うのを忘れていた。

 

 敵魔導師二個中隊の全滅を確認し、現場から撤退する二〇六強襲魔導中隊

 エステルを除く負傷者は中隊の中では数名程度。

 残敵掃討はデグレチャフの居る二〇五強襲魔導中隊に任せる事になった。

 意識の無いエステルは部下達が回収し、速やかに控えさせていた看護兵(メディック)に応急措置を任せる。

 

「隊長はなぜ、術式を消すような真似を……」

「慈悲だな、きっと……。我々は敵であっても殺戮目的は無い、という……」

「……それが内の上層部の怒りに繋がらなければいいが……」

 

 全滅させるのに慈悲を与えてどうする、とか。

 治癒が終わったらきちんと全滅させて来い、という命令が来るかもしれない。

 軍人は上からの命令には基本的に拒否権は無い。

 

「二個中隊は全滅したから大丈夫だろう」

 

 残り一個中隊もデグレチャフの隊が殆ど掃討した筈なので。

 補給もしなければならない都合でRTB(撤退要請)を打診。

 そうしている間に他の隊がやってきた。

 

「エステル少尉の具合は?」

「意識障害に陥っていますが命に別状はないそうです」

「……『真紅』の二つ名は伊達ではないな……」

 

 毎回のように血まみれの重傷を負う。

 それは決して誉められたものではない。まして名誉の負傷とも違う気がする。

 戦い慣れていない子供のやることだから、という言い訳が通用するならば問題は無さそうだが大人としては一言二言苦言でも言わなければならないところだ。

 子供が銃を握るから、と激高するところなのに何も言えない自分達は何をしているのか。

 エステルを責める資格はきっと自分達には無い。

 

「こんなケガをしても戦闘を続けてくれるとは……。俺たちなら除隊申請するぞ」

「……防御をしっかりしようと思ったよ」

貫通術式が厄介だよな」

 

 と、賑やかになってきたので少し静かにするように通達する。

 エステルが目覚めるまでどのくらいかかるのか分からないが、新たな命令を黙って待つつもりはないので、少し後退しておく。

 自分達の目的は既に済んだ。残りは歩兵に委ねる。

 

          

 

 迅速な手当てのお陰でエステルの意識は二時間ほどで回復し、治癒魔法によって状態はすぐに戻った。

 本来ならばありえない超回復を見ていると感覚が鈍りそうだ、と現場の兵士達は驚いたり感心したりした。

 特別な演算宝珠の副作用と思えば納得しそうだ。そして、それを自分たちが使うと思うと恐れを抱く。

 驚異的な能力と引き換えに銃弾の(まと)となる光景をそれぞれ思い浮かべてしまった。

 

「……作戦は無事に完了したようだな」

 

 拠点に戻った後、二〇六強襲魔導中隊中隊長レーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉は生き残りの姿を見て安心した。

 そして、背の低いエステルも敬礼でもって自分の目の前に居る。

 

「ご苦労だった、エステル少尉。ゆっくりと(ねぎら)いたいところだが……。もうひと働きしてもらいたい」

「はっ」

「観測者狩りは確かに殲滅出来た。増援が来ればまた同じことの繰り返しだ」

 

 それこそ一人残らず皆殺しにするまで作戦に終わりはない、とでも言いたげに。

 

「魔導師諸君は負傷兵の回収と塹壕に入り込んだ敵兵の駆除をお願いしたい。すでに命令は下っているが……。今日明日一杯はこの任務が継続される。それぞれ装備を整えて任務に当たってくれ」

「了解しました」

 

 と、それぞれの小隊長が代表して返事をする。

 その様子に満足したオイレンベルクは苦笑し、軽く息を吐く。

 

「エステル少尉。大規模術式は使わなくていい任務だが……。やってくれるか?」

 

 大怪我ばかり負う少女に戦場での任務は与えたくない。

 隊の中にはエステルと同じくらいの妹を持つ者が居る。だから、というわけではないと思いたいが甘やかしてしまいそうになる。

 とはいえ、彼女は既にベテラン級の兵士だ。的確に任務をこなし、何度も死地から帰ってきている。

 

「何も問題はありません」

 

 いい返事につい頷いてしまった。

 いや、既に手遅れだ、とオイレンベルクは苦笑する。

 戦場に子供を投入し、過酷な命令を与えている時点で自分は軍人なんだと改めて自覚する。

 子供のお使いとは違う。

 けれども敵を殺して来い、と子供に命令している。

 歳若い兵士と大差がないと思えば少しは気が楽かもしれない。

 

「では、諸君。行動を開始せよ」

「はっ!」

 

 全員が姿勢を正して敬礼する。

 これが戦争だ。

 オイレンベルクは先ほどのまでの甘い考えを捨てた。

 



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#044

 act 44 

 

 残敵掃討から二日経ち、エステル達は生き残った。

 戦線はわずかばかりの前進を見せたに過ぎないが任務としては終了した。

 現場から退避した多くの歩兵などが集積地に(ひしめ)く事態となっていた。

 

「包帯が足りない」

「食料の在庫管理はどうなっている」

 

 様々な命令が飛び交っていた。

 その中で任務を終えたエステル率いる第四小隊は一時帰還の為の準備を整えていた。

 適度な入れ替えで精神の安定を図っている。それを怠れば何が起きるかわからないのが凄惨な戦争というものだ。

 

「つい先日まで食らった銃弾は凄まじいはずなのに……」

 

 と、つい口に出たユースティス・ベルリッヒ伍長

 もちろん彼だけではない。

 鼻歌交じりで荷物を整理する小さな子供がどれだけの銃弾を浴びたのか、数えるのが恐ろしいと小隊の面々は戦々恐々としながらも思った。

 正直に言えば自分達はほぼ無傷だ。演算宝珠防殻術式による恩恵のお陰ともいえるけれど。

 

「隊長は帝都に向かわれるんですよね?」

「勉強しないといけないから」

 

 エステルがいかに幼いといえども普通の学校に入れる事は出来ない。

 機密性の高い宝珠を持つ人間だ。扱いは今まで以上に慎重にならざるをえない。

 本人は勉強が得意ではないけれど必要だとは思っている。

 特に宝珠の扱い方にまだ不慣れなので。

 

「……銃弾を受けないようにしたいし……」

「そうですね」

「隊長はこの後、色々と勲章を貰えるんですよね? それは少し楽しみです」

「叙勲式がありましたね。どんなものが貰えるんでしょうか。柏葉付きとか剣付きとか?」

 

 エステルというか()()()()()()()()としてはジャラジャラと勲章を身につける事は嫌いではなかった。

 転生してから性格が変化したのか、それとも単に体型が小さいせいで煩わしく感じるのか、複雑な思いがある。

 貰える物は貰うけれど、と。

 他人から奪う事が多かったので正式に貰うのは少しこそばゆい。

 

「……でも、被弾ばかりだし……。作戦前に暴れたし……」

「……ああ、()()がありましたね」

「大丈夫ですよ。味方の被害は軽微。中隊長達も弁明してくれたはずですよ」

「だいたいデグレチャフ少尉のした事に比べれば……」

 

 と、三人の男たちは賑やかに話し始めた。

 今日で一旦彼らとは別れる。次の戦場では別の人間が充てられるかもしれないし、運が良ければまた彼らと出会うかもしれない。

 その事に関してエステルは何の感傷も抱かなかった。

 

          

 

 数日掛けて帝都に戻ったエステルは司令部に招聘され、ささやかな叙勲式が(おこな)われた。

 銀翼突撃章ほどではないが以前より打診されていた『二級鉄十字章』と『名誉鑑章』を貰う。

 『戦傷賞』は審議の末に白紙となった。

 銀翼突撃章柏葉付きとなる可能性があるとだけ伝えられる。

 エステルが入手した謎の武具は研究所に回されたまま返還される予定は無いとのこと。

 本格的な戦争はまだ始まったばかりなので、それ以上の勲章の追加は無かった。

 

「貴官を中尉に任官する」

「謹んでお受けいたします」

 

 事務的なやりとりが続く。一人の兵士が大々的に祝われるのは余程の戦功をあげたものくらいだ。

 新しい階級章を付けても制服自体は今までと大差がない。

 外套でも貰えるのかと少し期待していたが、それは無かった。

 授与式は終わったが宣伝用の仕事があるという話しで別室に向かう事になった。

 

「国内向けのプロパガンダとして数日間勤めてほしい」

 

 上官は短くそう言って去って行った。

 エステルは一日で終わって町などを巡り、身体を休ませたかったが仕事なので仕方が無いと諦める。

 広報活動と言っても敵を殺す仕事ではなく、可愛い服を着て兵士や国民向けに挨拶するだけだ。

 

コルセットはきつくないですか?」

「ふんわりした髪型なんですね」

 

 衣装を担当する女性達に様々な服を着せられたが軍指定の制服でなくていいのか不思議に思った。

 軍人も見る映像なのに少女を映して士気が上がるのか疑問だ。

 それでも、久しぶりに()()()()()()の衣装は悪くなかった。

 戦い続きだった日々に訪れた安らぎ。

 戦士としてはすぐにでも戦場に戻らなければならないところかもしれない。けれども自由を愛するエステルは特にそこまでのこだわりはなかった。

 

 自分が楽しいと思えばそれでいい。

 

 今はまだ自分に与えられた役所(やくどころ)に不満は無い。

 仮にあったとしても防御の薄さとトランスの問題くらいだ。

 

「………」

 

 姿鏡に自分を映してみる。

 以前の身体よりも小さく、とてもひ弱な肉体が見えた。

 頬も想像以上に()けている。

 これが今のクレマンティーヌ様の姿だ、と言わんばかりだ。

 

「エステルちゃん?」

 

 女性としての美しさは無い。転生だから仕方が無いと今まで我慢できた。

 治癒魔法が無ければとうの昔に息絶えていた自分は今も生き恥を晒している。

 想像以上に脆い身体。これで長生きなど出来るものなのか疑問だ。

 神の使徒として生かされているだけかもしれない。それでも生に縋りたい。

 エステルは鏡に人差し指を当てる。

 

「まだ準備は整いませんか?」

 

 後方から映像担当の人間が声をかけてくる。

 幼い子供の笑顔を撮影する為に呼ばれた職人だそうだが、その者の為にも()()()()姿()を見せなければならない。

 

「……一つ、……私のわがままを聞いてください」

「んー? 別の服がいいとか? 仕事をちゃんとしてくれれば私達もお願いを聞いてあげるわよ」

 

 エステルが軍人で中尉の将校だと着替え担当は分かっていないようで、軽く聞き流してしまった。

 ただ、側に控えていた監視員の軍関係者が慌て始める。

 軍人の挙動は色々と機密事項などが含まれる為、迂闊な発言一つ聞き逃せば自分の首が()()()()()()飛ぶことを知っているからだ。

 すぐさま衣装担当に発言に気をつけるように耳打ちされる。

 

「エステル魔導中尉。映像の個人的保管は認められませんよ」

「分かっている。ただ……、折角映してもらえるなら私に相応しい映像がいいと思って……」

 

 どの道映像の全ては検閲に回される。エステルが個人的に扱う事は出来ない。

 では、それ以外となると何があるのかと首を傾げる。

 

          

 

 まず撮るべき映像の仕事を片付ける。

 カメラの前で愛想笑いを浮かべながら自己紹介するだけの簡単な仕事。

 エステルにとって演技する事は取り立てて難しくないものだ。

 それでも内に抱えたモヤモヤとするものは消せない。

 見る者が見れば見抜かれてしまうのではないかと思うほどの動揺。

 子供特有の緊張ととられるか、それともこれから起きる惨劇の気配を感じ取るか。

 

「私は真紅クレマンティーヌ・エステルです」

 

 指定されたセリフを言うだけの仕事だが服が少しきつい。

 元々の体ではないし、小さくなっている。それでも世間一般的には可愛い部類と言われる格好のエステル。

 

「……私のような子供の映像が()()()プロパガンダになるの?」

 

 兵士の映像を見せる方がいいのではないかと疑問に思った。

 今の格好はどう見ても普通の女の子だ。

 そんな子供が言う事で国の士気が上がるのか。

 後で怒られるのは自分ではないと思いたいが、上層部の考えはいまいち理解出来ない。

 

「ご心配なく」

 

 と、明るい顔で返答されるもエステルはやはり心配だった。

 仕事だから仕方が無い。

 てっきり軍服を着て、敬礼しながら堅苦しいセリフを声を嗄らす勢いで市民に語るものだと思った。

 帝国市民よ、今こそ立ち上がる時。みたいな感じで。

 セリフにしても単なる自己紹介だ。これがどう役に立つのか。全く想像できない。

 それはもう少し野太い声の男性が適任だとエステルは思う。

 相手方の仕事が終わり、今度はエステルの要望を聞いてもらう番となった。

 真紅の二つ名に()()()()映像を撮ってもらう為に。

 愛想笑いは終わりにして兵士としての顔を作る。

 改めて姿鏡で見る自分の顔はあまり毅然とした印象を与えないもののように見えた。

 軍隊教育は無く、実力さえあればいい組織だった前の世界とは違い、この世界は何もかもが新発見だ。

 既に十年以上も住んでいるが未だに好奇心は維持されている。

 そんな世界を要望一つこなして去るのは勿体ない。

 何となくだが、切り捨てられそうな雰囲気がある。

 野生の勘。戦士の勘かは分からないけれど。

 

 もとより自分に自由など最初から無い。

 

 そういう事だとしても抗いようがない。

 何せ、相手は神様だ。

 信仰厚い国(スレイン法国)で育ったエステルにとって畏怖すべき相手。

 尊敬こそすれ刃向かう気持ちなどありはしない。

 いや、しなかった、が正確か。

 第二の人生を謳歌したい気持ちはある。けれども今のままでは命の危険が付きまとう。

 少なくとも殉教者になる気は無い。

 

「……請けた仕事は完遂する。……だからこそ聞き届けてほしい」

 

 元の世界に戻りたいとは願わない。

 ただ、末永く暮らしたい。

 途中であっさりと死んでしまうかもしれないけれど。その時は運が無かっただけと諦める。

 だからこそ、生にしがみつくことを許してほしい。

 エステルは鏡に人差し指を当てる。そして、そのまま押す。

 ピシィ、とひび割れる鏡。

 

「きゃあ!」

 

 衣装担当の女性達が悲鳴を上げる。

 あまりに大きな声だったので少し驚くエステル。

 たかが鏡が割れた程度でそこまで驚くとは思わなかった。

 床に散乱する鏡の破片を拾い、自分の腕を切りつける。当然のように血が出る。

 真紅に相応しいのは鮮血にまみれた姿だ。だからこそ、無傷では様にならない。

 

「エステル中尉!?」

「兵士が無傷で国の為に働くなど出来はしない。だからこそ、正しい姿を伝えるべきだ」

 

 毅然とした態度でエステルは言い放つ。

 自傷行為が好きなわけではない。単に治癒魔法が使えるだけだ。

 もちろん痛い。泣きたいほどに。

 

「しっかり映像を映すように。やってくれないと強引な手に……」

「は、はい……。分かりましたから、あまり傷つけないで下さい」

 

 何本もの切り傷によって床に落ちる血。その様子は映像担当の者でも恐怖を感じるようだ。

 他人の苦しむ姿が好きな者は逆に喜ぶ行為なのだが、周りの人間達は忌避対象としているようだ。

 それは直接人を殺す仕事に従事していない人間特有の潔癖さかもしれない。

 

          

 

 怯える映像係りに構わず先ほどの少女らしさを取っ払うエステル。

 演技する事は別段、問題はない。支障もない。むしろ得意分野だ。

 ただ問題はそれらは()()()()の話しという事。

 この世界において自分の性格はだいぶ改変されている。生まれ直した影響があるのかもしれないし、デウスによる身体増強の影響とも考えられる。

 とはいえ、本当の自分がどういう存在だったのか、とうに覚えてはいない。

 国の為に働き、挫折し、性格が捻じ曲がった自覚はある。それを転生後に急に転換など出来るわけがない。

 出来るとすれば記憶ごと洗浄しておくべきだ。

 

「………」

 

 神の都合で召喚されてしまった不運を嘆くか。それとも新しい生に深く感謝するべきなのか。

 今はまだ満足な答えを出せそうにない。

 エステルは撮影機を見つめる。

 血まみれの姿である幼女として自分がすべき事は何なのか。

 映像の準備が整ったことを伝えられたエステルはまず一歩前に力強く踏み出す。

 

「祖国はまだ泣いている! 幼児は路頭に迷っている! 敵は眼前にあり! 真紅たる私もまだ血を流している!」

 

 目蓋を限界まで開け、唾を飛ばす勢いでまくし立てる。

 祖国が苦しんでいる、と。

 力いっぱい握り締めた拳を突き出す。

 

「来たれ! 祖国を愛する者よ! 我らの国民に永久(とこしえ)の繁栄をっ!」

 

 歴戦の(つわもの)たる屈強な兵士ならばもっと迫力が出ているところだ。

 だが、今は小さな身体の幼子が血を流しながら訴えている。

 迫力の差で言えばまだまだ物足りない。なにより可愛らしい声ではあまり国民に訴えられないのでは、と数瞬前まで現場に居る者達は思っていた。

 しかし、現実は違っていた。

 エステルは只者ではなかった。それはひしひしと伝わった。少なくとも現場に居る者達が姿勢を正すほどに。

 エステルという幼女を侮る者が居れば即射殺するほどに現場の雰囲気は一変した。

 



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#045

 act 45 

 

 撮影の仕事が終わったが問題の映像が検閲に掛けられれば公開は()()()()されない。それどころか査問委員会に引っ張られる可能性すらある。

 それでもエステルなりのプロパガンダ映像として理解されれば口頭による厳重注意程度で済むかもしれない。

 本当は全身を切り刻む予定だったと後で聞かされた監視員は震え上がった。

 では、それをなぜしなかったのかと問われたエステルは本当に子供らしく恥じらいながらにこう言った。

 

「……さすがに……、やり過ぎかなと思って……」

 

 両手を後ろで組んで足をもじもじさせて視線を逸らす仕草。

 そこだけ見ればあの凶行に至ったエステルと同一人物だと誰が信じられるのか。

 演技が上手いと言うべきなのか。大人として頭でも一発殴って叱り付けるのがいいのか判断が付かなかった。

 

「いやでも……、国内向けにプロパガンダを流すならインパクトは……、あった方がいいかなと……」

「我々はインパクトを受けましたよ。ですが、それが正しい方法だとは限りません」

 

 いや、それこそが正しい方法かもしれない、と思わせる事には成功したと言える。

 軍人としては間違っていない。けれども可愛らしい少女としては残念な結果だ。

 戦争中だから綺麗な映像は逆に不謹慎と取られるかもしれない。そう考えればあながち(まと)外れではないともいえる。

 何とも判断に困る事態だ。

 とにかく撮るべき映像の仕事は終わっていたので撮影係りとしてはあまり深く踏み込みたくなかったのか、そそくさと退出していった。

 血まみれの衣服は当然、処分するしかない。

 戦士として活動していたエステルにとって可愛い服は嫌いではないけれど、今は好んで着たいとは思わなかった。

 

 女の子らしい自分というものが想像出来なかった。

 

 極論的にはそういう事だと思った。

 前世の記憶を持ち、武器を持って戦場を駆け巡る幼女に女の子らしさを求められても困る。

 でも、それが嫌かと言われれば否と今の自分ならば答える自信がある。

 折角貰った第二の人生だ。

 手放すには惜しい。今はただそれだけを胸に秘めておくことにする。

 

          

 

 撮影の仕事を終えた後、軍大学に進学する事になっていた。

 勉学はどうしても必要だし、軍事行動を客観的に学ぶ上でも大事な事だ。

 幼女だから適当な幼年学校に入れればいい、という話しではない。

 軍事機密を持った幼女だ。その扱いは繊細でなければならない。

 

「……勉強は苦手だもんな……」

 

 敵は見つけたら殺せ。六大神を崇めよ。などという分かり易い教義で育ったせいで細かい歴史とか習った記憶が無い。

 戦士は頭より身体で学ぶもの。それはエステルとて例外ではない。

 それがこの世界では自分の常識が殆ど通用しない。だからこそ新しい知識に溢れたこの世界はとても好ましい。

 陰に隠れて殺人に勤しむより、命令されて敵地で暴れるほうが効率がいい。

 時には傀儡になる事で気が休まる。

 戦場から離れてしばしの平穏な日々が訪れたわけだが、元々の学が無いので現地の様々な知識を詰め込めるだけ学ぶ。

 軍事面は聞き流すように務め、基本的な知識を平行して得るのだが労力が倍以上に(上が)り、時には熱を出して寝込むこともある。

 気が付けば一週間に二度以上は医務室に厄介になっている。

 

「……おおぅ……、頭が痛い……」

 

 不眠不休で知識を詰め込みすぎたせいか。それとも周りの人間達に遅れないように焦り過ぎたか。

 知識欲は人並みにある方だと自負していたのだが、無茶が過ぎた。

 戦場とは違い、事務作業は意外と(こた)える。

 

「寝不足と過労をその歳で発症するとは……」

 

 と、医務室の先生に驚かれた。

 見た目は幼児ですが中身は四十過ぎのババァですよ、と言っても信じてもらえる筈がない。

 精神年齢は実年齢とは言えないかもしれないけれど、クレマンティーヌとしての人生はそれなりに長い。

 頭脳労働もばかには出来ない。それがよく分かった。

 そんな生活を気が付けば一ヶ月も続けていた。

 簡単な国の歴史は頭に入れたが吐き気が酷い。体調が安定するのに更に一週間以上はかかった。

 

「エステル君。君はいつも顔色が悪いな」

 

 声をかけてきたのは同じ教室で勉学に勤しむ『クリスタ・ヴォート』学生だ。

 男性軍人が多く、個性的と言えるほどの人間が見当たらない。

 大まかに軍人は民間と貴族の二つに分かれる。

 クリスタは前者で志願兵の一人だと思われるがエステルは詳しい事までは分からなかった。

 彼は年齢で言えば二十代を少し超えていて、容姿や背丈などはほぼ平均的。

 エステルのような極端に若年である者はデグレチャフを除けば居ないかもしれないほど少数だ。

 

「覚える事が多くて」

ご大層な勲章(銀翼突撃章)を持つ君でも勉学が苦手とは……。世の中は不思議で満ちているようだ」

 

 偉業を成し遂げた者は勉学も優秀である、という風潮があるのかもしれない。けれどもエステルはそこまで都合のいい知能を持ち合わせていないことを自覚している。

 幼年から駆け足で短期間で習熟する無茶で身体を壊しているけれど、本来ならば遊びたい盛りの子供だ。

 とても軍人になるような年齢ではない。

 魔力を持つがゆえに兵士に志願したのはデウスの命令があったからだ。

 この世界に転生してくれた者の頼みを断れば自分の命などあっという間に消えてしまう。だからこそ運命に抗えない。

 命令は必ず完遂する。その気持ちは今も持っている。

 デウスには第二の人生を貰った恩があり、それに報いる気持ちもある。

 ただし、遂行する方法だけは好きにさせてほしい。

 不完全な今の状態では命令を完遂した後、あっさりと処分されそうなので。

 従うからには要望を聞いてもらいたい。これはエステルなりの妥協である。

 

          

 

 図書館と教室を往復し、時には食事療法も(おこな)う。

 転移とは違い、現地の人間として生まれた弊害はなかなかに改善されない。

 何度かの試験を終えた後、故郷(ふるさと)に帰郷する事にした。

 といっても古びた教会しか知らないけれど。

 あれからまだ一年くらいしか経っていない筈だ。未だに存在し続けているのならば、様子くらいは見ておきたい。

 一応、上層部に何人かの下士官を引き連れる許可を得る。

 ついでに汽車や車の手配も頼んだ。

 

「………」

 

 戦争真っ最中の祖国において安寧できる場所は帝都に近い地域くらいで、周りは敵国に囲まれているせいで土地が荒廃している。

 それでも住む場所のない者は我慢して居座り、生にしがみつくしか出来ない。

 少しでも良い暮らしが出来る事を夢見て、痩せた土地を開拓する。

 軍の上層部は祖国の土地にあまり関心がないのか。兵站状況の改善策に意外と消極的だ。

 それとも別の理由があるのかは分からないが、今のままでいいはずがない。

 

「エステル中尉。先ほどから何を書いておられるのですか?」

 

 『ローラン・ヘルダーリン』学生。階級は少尉。

 今回の旅に同行してもらう男性の一人だがエステル直属の部下という訳ではない。

 他にも数名が控えている。それぞれ自分たちより年下の子供にしか見えない相手のお世話係を仰せつかり、気持ち的には面白くない者も居る。

 ローラン学生は興味本位が大きいので嫌な顔は見せていない。しかしながら命令を受けてエステルを見かけた時はさすがに驚いていた。

 

「兵站状況の改善案だ」

 

 食べ物がとにかく貧相。このままでは兵士の栄養が足りず、長期の戦闘は無謀としか言いようがない。

 せめて田畑の改善だけでも可及的速やかに(おこな)ってほしい。そういう気持ちで色々と書類をまとめていた。

 敵から奪うだけでは一時的で終わってしまう。

 

「不味い料理は食べたくないし、身体が資本の兵士稼業にとって死活問題だから」

「ビールとソーセージだけで満足できないと」

 

 エステルの場合はチョコレートと牛乳だけで充分ではないか、という不謹慎な事が浮かんだが言葉には出さない。

 彼女は自分達より階級が上なので。

 迂闊な発言はたとえ子供だとしても上官侮辱罪に問われる。

 それに銀翼突撃章持ちだ。軽はずみな事は汽車の中であっても出来はしない。

 



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#046

 act 46 

 

 一日掛けてたどり着いた町で一泊し、翌日には車で目的地である教会に赴く。

 ただし、車には物騒な武器がいくつか積まれる事になった。

 小さなエステルが要望したものだが、どう考えても襲撃しに行く目的があるとしか思えない。

 理由は知りたいが事前に質問を禁止された。

 命令として受け取った以上は守らなければならない。それが軍人として遵守しなければならない規則だ。

 三時間ほど無言のまま移動し、現場に到着する。

 車から降りた面々は大きく息を吐き出した。もう少し長かったら窒息していたかもしれないほど息苦しい雰囲気に包まれた。

 今回連れて来た下士官はローランの他に二名。後から追加で四名の軍人が来る事になっている。

 

「ここがエステル中尉が育った教会ですか」

 

 痩せた土地に囲まれた草臥(くたび)れた教会がぽつんと建っていた。

 くすんだ外壁は一年以上経つが懐かしさはまだ覚えない。

 

「君達は装備の確認だけして待機。そこら辺に居るなら車内に居なくてもいいよ」

「了解しました」

 

 上官の言葉に対し、ローラン達はきちんと敬礼する。それは例え相手が子供だろうと上官であることに変わりがないので。

 エステルはまず教会周りを見学することにした。

 一年経っても景色にさほどの変化が起きたようには見えないので、未だに中身も変わっていないのかもしれない。

 畑の方は既に収穫を終えたのか、茶色い色しか見えない。

 放棄されたわけではなく、きちんと耕されていた。

 問題は何を育てているのか、だ。

 充分な栄養の無い痩せた土地で育つものは限られてくる。

 イモ類だけでは生きていけない。

 畑の次に墓地に向かった。

 因縁のある場所ともいえるが立派な墓石は一つも無い。もちろん、一年程度で改善されるとは思っていないが、変わらない風景は寂しさを覚える。

 この土の下には墓石の数倍以上の遺体が乱雑に埋められている。

 多くが名も無き子供。

 戦争孤児と一言で言えば楽だが、下手をすれば自分も仲間入りしていたかもしれない。

 地面に手を置き、用意していた魔法を唱える。

 

 清浄の地(ハロゥ)

 

 軍から支給された給料数ヶ月分が魔法のコストとして消えてしまうのだが、後悔は無い。

 この世界にモンスターなどが居ないけれど、場を清める事はスレイン法国でも大事な事だと教わっている。

 信仰系第五位階。高位に位置する範囲魔法であり、行事以外に使われる事が無い。そして、この魔法は効果を発揮するまで一日いっぱいかかる。

 本来ならば死者の供養など()()()()()()()()としては(おこな)う必要は無い。ならば何故、こんなことをするのか。

 打算なき行為はしない。ただそれだけだ。

 あえて理由を浮かべるならば身代わりとして死んだ子供達に少しばかりの同情を覚えた。

 いや、()()()エステルという少女であれば死者に哀悼の意を示すところだと思ったから、が正解かもしれない。

 デウスに恩を売る上でも必要な措置だと思えば何でもする所存だ。

 現場待遇の改善は今や喫緊の問題だ。

 多少の散財は必要経費だと思えば我慢できる。

 

          

 

 魔法を唱え終わった後は教会の中の様子を窺うため、見張り役を外に配置した。

 武器の携帯を確認した後は扉をノックする。

 出て行ってから一年以上は経つが重苦しい扉の音は前と変わらなかった。

 

「こんにちは」

 

 扉が開いてまずエステルはにこやかに挨拶した。

 顔を見せたのは見覚えの無い修道女(シスター)だった。というよりはあまり顔を覚えていなかったので、ずっと教会に居た女性かもしれない。

 

「お祈りを捧げたくて来ました」

 

 担当者も軍服を着た幼子に覚えがなかったのか。それとも相手の名前を尋ねる習慣が無いのか。名前を呟かれる事なく中へと案内された。

 扉が開いてすぐに感じたのは異臭。それは不衛生な室内ならではの臭い、というには酷過ぎるもの。

 それはもちろん血の匂いが混じっていたので。

 ここは()()()()ところだと改めて思い出させてくれた。

 修道女(シスター)に案内される横で見かけた子供たちは一様に薄汚い姿だった。

 戦争孤児と一言でくくられるが捨て子や親を失った子。様々な理由で教会に押し付けられた者達だ。

 修道女(シスター)達は哀れな子供たちを保護し、寄付によって教会を運営する。

 もちろんそれだけで足りる筈もなく、児童労働に駆り出し、時には自分達も作物を育てて、日々の(かて)を得る。

 それらが常に十全と得られるはずもなく、その時はどうするのか。

 何も無いところに食料が湧くわけがない。

 

「随分とお若いのに軍人さんとは……。ご苦労なさったのですね」

 

 話しぶりではエステルの事を知らない修道女(シスター)のようだ。もちろん、エステル自身も相手の事は全く覚えがない。

 一年で人員が総入れ替えされたのかもしれない。

 

「ええ。祖国の為にたくさん人を殺しました。いくら私とて罪悪感に潰されそうになります」

「……まあ」

 

 物騒な話題を交えてたどり着いたのは教会にとって神聖な祭壇の前だ。

 周りに控えるように佇む子供たちの暗い顔がエステルを見据える。

 祈りだけで腹は膨れない。何か食べたいと無言で訴えてくる。それらを無視してエステルは手を組んで片膝を付き、父なるデウスに祈りを捧げる。

 聞きかじった程度の祝詞(のりと)だが。

 ほんの数分だけのつもりで雑念を取り払って祈った。

 実質十分ほどだが体感的には一時間近くかかったような気分になった。そして、デウスへの祈りを終えて振り返るエステル。

 

「ここは未だに邪悪に満ちている。それでも改善される事が無いのは……戦争のせいでしょうか?」

 

 周りに問いかけるようにエステルは言った。

 視界の隅に腐りかかった死体が転がっているのが見えた。他には病気の子供。手足が欠損した子供。お腹が膨らんでいる子供。

 隠し様がない負の側面が壁際に(わだかま)っていた。

 もちろん修道女(シスター)達にはどうしようもない。誰にも頼れないのであれば放置するしか出来ない。

 大人として、とは言わない。

 貧しいところはとことん下劣なものだ。そこに上辺だけの美しさなど何の意味も無い。

 エステルは人の世の影の部分を知っている。いや、その影の住人として長く暮らしてきたからこそ理解している。

 これこそが人間のあるべき暮らしなのだと。

 クレマンティーヌとして見た場合、不穏に満ちた生活を喜ぶべきか。それとも何か思うところがあるのか。

 それを少しだけ思い浮かべてみる。

 転生前であれば皆殺し。

 転生後の今はどうなのか。

 思い通りにならない人生ではあるが自分は今も生きている。それは事実だ。

 例え得体の知れない神の所業、御技が関わっていたとしても。

 

「……これこそが神の祝福というのならば……」

 

 何と無慈悲な事か。

 救いの手を自分達の都合で選別する行為は神だとしても許されるのか。

 だからこそ許される、と言うのならば神という存在はいかに尊大で傲慢に満ちた存在なのか。

 

 まさに自分好みの糞ったれだ。

 

 ますます愛してしまいそうになる。

 だが、喜んでばかりもいられない。

 自分は祖国を愛する一兵士だ。この狂気を見逃すわけにはいかない。

 父なるデウスよ。あなたならばこの状況をどうするのか。

 些事は無視か。それとも救いの手を差し伸べるのか。

 この教会だけではなく、国全体ともなれば手は多い方がいい。

 

「……神よ。父なるデウスよ。……それでもまだ……」

 

 ターニャ・デグレチャフに拘るおつもりか。

 どうか、お答えいただきたい。

 胸の前で手を組んで遥か天空に住まうデウスに祈りを捧げる。

 数分間の沈黙。神からの返答は無し。

 普通ならばそれが当たり前なので気にすることはない。

 けれども応えてほしい気持ちはあった。

 異なる世界から神自身によって招聘された。それを今更用無しだからといって無視されるのは面白くない。

 

          

 

 生まれ直した側から問題行動を起こせば次に殺されるのは自分だ。

 その為だけに利用される事は()()()()()()()()としては受け入れがたい。それが信仰する神であっても。

 神自身にとっては面白くないかもしれない。

 人生を謳歌している自分勝手な手下の行動に。

 ならば殺しに来い。

 相手がデウスならば本望だ。

 

「……信心深き聖徒よ」

 

 重厚な声と共に周りの時が止まる。

 久しく声を聞いていなかったが忘れるにはまだ至っていない。

 エステルは側に片膝を付く。

 

「……デウス様……」

「汝が求めるのは殺戮ではなかったのか?」

 

 いきなりの質問にエステルは戸惑った。けれども神は何事にも自分を優先する存在、というものであれば何も不思議なことは無い。

 一言の謝罪が欲しい。そう思うのは本来ならば人間の身ではおこがましい事だ。もちろん、それは理解している。だから催促はしない。

 

「……転生前ではそうだったかもしれません。ですが……、折角の生を満喫させてもらいたい欲が私を突き動かしているのです」

「欲深きところは相変わらずか……。だが……、だからこそ汝を必要とした……。信仰を絶えず持っているところを()()()にも見習ってほしいところだが……」

 

 何度か唸るデウス。けれどもその姿はどこにも無く、エステルはただ(こうべ)を垂れて聞くのみ。

 異論はまだ挟むべきではない。

 

「人の身で意見を述べる事をお許しいただいているだけでも嬉しく思います」

「頼んだのはこちらの方だ。それくらいは許容されてしかるべきだ」

 

 何と慈悲深い存在だろうか、とエステルは全身に神聖魔法が駆け巡るような気持ちを抱いた。

 それはとても嬉しくもあり、今にも失禁しそうな感動だった。

 単に室内が冷えてておしっこが出そうになっているだけ、とも言えるかも知れない。

 

「当初の勅命を未だに保留にしておるが……。今、事を起こせば汝の立場が悪くなるのか?」

「……デウス様の(めい)を優先させる事自体は可能でございます。……後は蜂の巣になる結果は火を見るより明らかかと……」

「……それでは使い捨てではないか」

 

 デウスの言葉は(もっと)もなのだが、それを人間に課しているのはデウス自身だ。

 人間の身であるエステルに拒否権は基本的に無い。

 従うのも拒否するのも似たような結末しか待っていない気がする。

 逃亡生活は慣れてはいる。けれども本音を言わせて貰えば安住の地が欲しい。

 人を殺さなければ死ぬような病気は無い。それはあくまでも趣味だ。

 

「おそれながら……。私にも生きる欲があります。だからこそ抵抗を感じます」

「うむ」

デウス様がかの者(デグレチャフ)の死を望むのであればこの命を投げ出す事も(いと)いません。……けれども、単なる使命感だけでは未来が無い。……私とて絶望は嫌です。だからこそ抗うのです。卑しい人間として」

 

 生きていたいからこそ戦い続ける。それこそがクレマンティーヌの原動力だ。

 敵は確かに殺す。

 殺されたくないのはお互い様だ。それが生きるということであり、人間としての本能だと思っている。

 

「我が目的はかの者に信仰心を植えつけること。神を敬わないあの者を罰する為の抑止力としてお前を招聘した。……だが、今にして思えば性急過ぎたのかもしれん。丁度良い魂を見つけた安易な自分を恥じておる」

 

 神が自らの過ちを認めた。そう感じた。けれどもエステルとしては安易に認めてはいけない、という気持ちがある。

 神は偉大であり、間違いを犯さない究極的な存在でなければならない。

 神聖なものほど高貴であれ。

 

「先日の天使についてだが……」

「……デウス様。先日も何も……、日々の勤めに()()()()()()()()()()()とも」

「んっ? ……いやしかし……」

「たかが智天使(ケルビム)……、いえ、あれは下位の大天使(アークエンジェル)でございますな。神の命令を曲解する()()()()()(やから)の戯れでございましょう」

「……たわ……、食えない人間だな、貴様は。いや、浅ましい、か……。確かに信仰なき輩を我が一人で全てを管理など出来る筈がない」

「そう……。デウス様自ら全てを管理なさる必要はありません」

 

 必要な時に命令。または(みことのり)を伝えるだけでいい。

 後は手足となって働く天使達が十全に仕事を全うすればいい。

 こうしてデウスと直接対話できるだけでエステルは幸せを感じる事が出来る。

 普通の人間には決して手の届かない高貴で神聖な存在と。

 



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#047

 act 47 

 

 デウスとの対話は一日一杯でも続けたいところなのだが、今回は目的あって修道院に来ている。それを思い出す。

 おそらく人間的な謝罪の意志がデウスにはあるのかもしれない。けれども矛盾した問題なのだが、今ここで神なる存在の謝罪を聞く事はとても(おそ)れ多い事だと思っている。

 それゆえに意思だけ感じた今は言葉として受けることを諦めても差し支えはきっと無い。

 自分の気持ちが満足したので。

 

「急な心変わりで貴様の行動に支障が出る事は我も望んではおらん」

 

 エステルは人間的に狂っているかもしれないが敬虔な信者でもある。

 狂信者ともいえなくはないが、信仰心が厚い(篤い)のは神とて認める。

 それに何らかの最期を迎えた場合の措置も内々に検討されている。それゆえに彼女の末路は神自ら保証しても良いとさえ言えるのだが、現時点ではエステルに伝える事は何も無い。

 

「時にそなた……。現状に満足しているのか? 物足りなさを感じているのならば内容次第では……」

 

 物足りなさは常に感じている。けれども、それを言葉でどう表せばいいのかは分からない。

 見知らぬ文化に触れてまだ十年と少し。

 成長著しい肉体の今後も気になるところ。その上で現時点で言える事は限られている。

 あれが欲しい。これが欲しいと言うのは簡単だ。

 しかし、それらで自分が満足するのかはまた別問題のようにも感じる。

 自分は頭ではなく身体で行動する生き物だ。ターニャ・デグレチャフのようにはなれない。

 それに前世で自分が欲していたのは単なる悲劇や殺戮だ。

 無味乾燥な人生を少しでも面白おかしくする為に。

 けれどもそれらは破綻していた。

 もちろん自分でも分かっていた。

 

 自分より強い者などいくらでも居る。

 

 負けた事は確かに悔しい。けれども舞い戻って勝利を得ても次が控えている。

 人を殺すのは確かに好きだが殺される事まで好きにはなれない。

 だからこそ敗北して死した事に何の(わだかま)りも抱かない。それが人生であるからだ。

 

          

 

 欲しいものはだいたい手に入れた。それ以上は現状では実は思い浮かばない。

 上昇志向が無いとも言える。

 勲章を集めても所詮は盗品だ。人から正式に与えられたものより価値は低い。

 かつての『冒険者プレート』のように有象無象に簡単に与えられるようなものならまだしも、エステルが持っている勲章は本当に自分の実力を認めてくれたからこそ頂けたものだ。

 それは素直に嬉しい。

 

「……おそれながら。現状に満足していては発展がありません。人は欲深い生き物です。だからこそ欲を糧にして明日を目指すのです」

 

 自分の本能に忠実であれ。

 それゆえに自分は組織に依存する事無く自由に振舞ってきた。

 自己責任と言ってしまえば身も蓋もないけれど、それでも自分はこの生き方を貫いてきた。

 転生したからといって今更変えられるものではない。

 

「……とはいえ、です。私はこの世界の事は全く存じ上げない。世界を知ろうとするだけで数十年はかかるかもしれません」

 

 狭い地域に留まっていては発展など見込めるはずが無い。

 

「……一つの国では満足しないか」

「祖国は祖国として大切にしたいとは思いますが……」

「……うむ。無理に一つの国に固執する必要は無いが……。現状では自由度が低くて当たり前か……」

 

 エステルはまだ齢十足らず。

 成長著しい女の子だ。

 本来ならば武器などではなく充分な栄養と知識。そして、伸び伸びと暮らす為の精神的な安息の場所。

 生まれから既に苛酷な環境だったが信仰心を失わず、健やかに過ごしてきた事は認めなければならない。そして、それに見合う報酬も払わねばならない。

 肉体的、精神的な能力向上とは別のものを。

 年齢に見合った物品などが本来ならば好ましい。

 ならば天使の武具については不問とし、それらを彼女に手渡す手筈くらいは整えてやらなければ、と存在Xでありデウスは思う。

 神として長く君臨してきたが一方的な命令だけではターニャのような頑固なものの心は決して動かす事が出来ない。

 物で釣るのは神としてどうなのか疑問があるが、エステルは少なくとも物品で動きそうな気配がある。

 能力については自己鍛錬を(むね)としているので、あまり余計な心遣いはかえって障害となる、気がする。

 

「……お前は自分の意に反する(めい)でも神の言葉ならば従うのか?」

「……それは……、申し訳ありませんが、内容によっては……考えさせていただきたい事がございます。いくら私でも……」

「無茶だと分かって尋ねたのだ。否定の弁を述べるのであれば我も無理は言わん」

 

 では、どうすればいいのか。

 そもそもターニャが不信人だから問題が複雑化している。

 いや、ターニャだけではない。

 神の世界を半壊させた厄介な破壊神の存在も無視できない。

 

          

 

 唸り続ける神の言葉にエステルは体勢を変える。そうしなければ足が痺れそうだったからだ。

 それと頭を下げたままなので具合が悪くなってきた。

 ずっと同じ体勢でいる事は普段から身体を鍛えているエステルとて苦痛を感じる。

 

「なかなか結論が出んな。……時にエステルよ」

デウス様。私の名前をお呼び下されなくても下賎なる人間風情で構いませんとも」

 

 神は偉大でなければならない。

 人間風情に下手に出る必要はそもそも無いのだ。

 エステルとしても神は偉大な存在であればいいと思っている。

 

「……貴様は今の地位に満足か?」

「……向上心は人並みにございます。……今現在はお陰様といいますか。神の手を煩わすほど切羽詰ってはおりません」

 

 そうすると神の威光による地位の向上はエステルの顰蹙(ひんしゅく)を買うか、と少しだけ残念に思うデウス

 折角の神との対話である筈なのにエステルは先ほどから要望を述べない。

 信仰心が厚いといっても所詮は欲深い人間だ。人間の筈だ。

 それなのに微動だにしない敬虔さ。まさしく天晴(あっぱ)れというほかはない。

 だが、それを素直に誉める事は神として出来ないし、おそらくエステルも咎める。

 では、どうすれば事態をスムーズに進められるのか。

 

「この国の地位については不勉強なので現在頂いている地位もどれだけの価値があるのか、正直なところ皆目見当が付きません。それゆえに無理なお心遣いは辞退させていただきたく存じます」

 

 さすがにいきなり将軍の地位を与える、とか言ってもその後の対応で苦慮して自滅しそうだと神は思う。だからこそエステルの言葉がよく理解出来た。

 余計な事をしても良い結果は生まれない。

 なれば先の天使の武具を進呈する手筈について真剣に考える事にした。

 独断専行する盲目的な天使達が居るのは神としても頭の痛い問題である。

 敬虔な信者たるエステルに危害を加え、あまつさえ武具を奪われる事態となった。

 たかが人間風情と侮れないのは神自らエステルを強化した責任を少なからず感じていた為だ。

 天使を屠る為にエステルを強くしたわけではない。

 あくまで彼女はデグレチャフの抑止力として働いてもらうためだ。

 目的を履き違えてはいけない。

 



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#048

 act 48 

 

 神の真の目的。それは当初にも述べたように『ターニャ・フォン・デグレチャフ』の速やかなる(しい)だ。

 それを成すにはいくつかの条件が要る。

 神とて手続きを踏まなければならない問題だ。

 神の威光を完全に無視するのか、それとも気が変わる事を自然と待つか。

 後者は何度も失敗している。それと、間の悪い事に破壊神による神の世界への襲撃事件が起きた。

 気まぐれなる破壊の化身は既に去ったが、()()()()()()()()()方法論が彼女(破壊神)の機嫌を損ねたらしい。

 それゆえにあまり強引な手は打てなくなったが、代わりとして招聘したエステルは類希なる信仰心の持ち主で、デグレチャフを半分以上補填(ほてん)するほどの優良物件だった。

 性格に難はあれど良い拾いものであった。

 これを即座に使い潰すのは流石に勿体ないと神とて思うほど。

 

「……エ……信心深き者よ」

「……は」

 

 名前くらい呼んでも、とつい気を許しそうになってしまった。だが、やはりエステルの言うように自分は神である。

 下賎な人間を信心深い者だとしても軽々しく気を許してはいけない。

 残念な部分はあるが、秩序の観点からもエステルの言い分は正しい。

 

「徳を積めとは言わん。信心深き心を失わなければ我はお前との約束を破る事は無い」

「……ありがたき幸せにございます」

「……だが、一つ答えろ」

「なんなりと」

 

 神はわざとらしく咳き込んでみた。姿を見せていないので意味の無い行動ではあったが。

 

「その身が朽ちた時、天使として我の下に来る気持ちは……、あるのか?」

「天使だなどと……。わが魂をデウス様のお側に置いてくださるだけで至上の喜びでございます。……しかしながら……、下賎の魂はかえって御身に相応しくないのでは?」

 

 正論に対し、デウスは少しだけ困る。

 良い部下には良い褒美を与える。それが人間世界の常識であり、神とて信賞必罰は当然だと思っていた。

 

「それを決めるのは我だが……。貴様自身の気持ちも知りたいな」

 

 神は万能である。それゆえに人間にわざわざ問いかけることもまた無用に思われる。

 けれども話す言葉があるならば、それは言葉で応えるのが正しい形であり、人間世界で言うところの(すじ)である。

 

「現時点で言いますれば……」

 

 エステルは体勢を変える。これ以上の固定化は耐えられない。それと神との対話もそろそろ終わりにしたいところだった。

 一つ息を吐いてから天に顔を向ける。

 

「真っ平ごめんです。退屈な天界での暮らしなど……、血湧き肉踊る殺戮の世界こそが私の居場所……」

 

 両手を広げて嬉しそうに微笑む殺戮者のクレマンティーヌ。

 幼女の姿ではあるが本性は生粋の人殺し。その面影は前世を髣髴(ほうふつ)とさせる。

 

「この世界もまた……、存外居心地がいい」

「……そうか」

 

 物騒な話しを聞いて尚デウスは平坦な返事で返す。

 それはまさに人間に対して興味など持っていないような傲慢さがあると、聞き様によっては思われる反応だ。しかし、エステルはむしろ無言を貫かなかった神に対し、疑問や違和感を覚えた。

 正直に言えば激高されてもおかしくない発言をあえて言ったのだから、何らかのお小言でもあるのかと思っていた。

 

 拍子抜けにも程がある。

 

 だが、それは期待はずれと言うには早計だ。

 神の視点では些細な事象と取られていることかも知れない。

 

「お前の性格などに興味は無い。我に下るのかと聞いているのだ」

「……む。そんなこと言って……、性格で選んだんじゃないの?」

 

 子供っぽく口を尖らせて反論するエステル。

 元々は何らかの基準で選ばれた筈だ。

 適当な人選とも思えない。

 

「それとも殺人狂ならいつでも切り捨てられるとか? このクレマンティーヌ様も安く見られたものだ」

 

 そう粋がってみたものの自分の事はだいたい分かっている。

 この世界において自分がいかに無知で役に立たないかを。

 小さな鉄の弾すら知覚できず、避けられもしない。

 掛け値なしに対抗策が打てなかった。

 

          

 

 防御魔法が役に立たず、防御膜なども硝子(ガラス)の様に壊れていく。

 身体が小さいことや魔法の効能に差があるのかと思っても改善策が浮かばない。

 これほど自分が惨めだと思ったのはいつくらいだろうか。

 エステルは話しの途中で天井を見上げた。

 薄暗い教会内は陰鬱な雰囲気に支配されていて、見えない重圧を感じる。

 折角第二の人生を与えられたというのに神の使いを満足にこなせないのは本当に悔しく、十全に仕事が出来ないのは戦士としても情けない事だ。

 幾多の戦場を潜り抜けてきたエステルは昔の自分よりも弱くなったのではないかと危惧する。

 腰に備え付けている相棒(スティレット)を取り出す。

 刺突武器で屠った人間は数え知れず。けれども、この世界の戦場の主役は銃だ。

 接近戦が覚束(おぼつか)ないようでは命などすぐに散ってしまう。

 

「……安い命にも利用価値があるとして召し抱えてくれたのであれば感謝すべきところかも……。けれども……、私とて悔しいと思う気持ちがある」

 

 時の止まった教会内を軽く一望する。

 

「死んだ後のことなんか知らない。……だけど次の転生もまた知ったこっちゃない。……と言ってもまた利用されてしまうと困るんだけど……」

 

 神の御業は確かにすごい。

 ただの人間に抗うすべは無いかもしれない。

 それでも人生を謳歌する権利は頂きたい。それを口に出せない気持ちがもどかしい。

 

「そう簡単に切り捨てはせん。結論を聞くのはやはり性急だったな、許せ」

 

 デウスが温かみの有る言葉で語りかけてきた。それだけで自然と涙が出そうになる。

 人から優しくされた事があまり無い人生だったのクレマンティーヌとしては猛毒に匹敵する。なにより相手は神様だ。

 感動しない訳がない。

 

「そっちの状況は分からないけれど……、今の私はとても十全に仕事が出来るような状況じゃない。正直に言って自分が情けなくて今にもおしっこを漏らしそうだよ。幼い身体はどうにも締りが悪い」

 

 処女だから締りが悪いはずは無い。本当に寒さの影響とかで尿意がすぐそこまで来ている。

 本当は口に出すのも恥ずかしいから我慢している。しかし、そろそろ限界が近い。

 

 実際に漏らしても魔法で綺麗にするけどね。

 

 信仰系しか使えないわけではない。

 魔力系の『火球(ファイアボール)』も(たしな)んでいる。

 

「……それでデウス様。結局は私の進路の確認だけ?」

「……うん? そうなるな。(すこ)やかなる信者に祝福を与える予定で来たのだが……」

 

 エステルが何やらモジモジしている様子。

 長話ししているのは悪い気がしてきた。

 

「当分はお前の邪魔をせぬようにしよう」

「……貰える物は貰うけれど……、我が手に余るものは勘弁願いたい。……可及的な問題としては……防御を……希望します」

 

 防御、防衛の魔法などがどう考えても機能していないように感じられる。

 演算宝珠の方が上回っているのかもしれないけれど、今後の活動にはどうしても支障が出てしまう。

 毎回のように手足が千切れていては栄養が恒久的に足りないままだ。

 育ち盛りの女の子には酷である。

 



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