コードギアス オルタネイティヴ (電源式)
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開幕-プロローグ-
序幕 【その名は────】


 本作に関して特筆すべき注意点は下記の通りです。

 ・未完です。
 ・キャラ崩壊や魔改造が発生します。
 ・独自設定、独自解釈、オリキャラ、厨二成分が含まれます。
 ・アニメ以外、特に小説版の設定が流用されています。
 ・亡国のアキト、双貌のオズなどで追加された設定は考えないものとします。
 ・ゼロレクイエムに否定的です。
 ・読む人によっては不快感を覚える程度のアンチ・ヘイト表現が含まれます。

 長々となりましたが、以上の点を踏まえた上でご覧いただければ幸いです。


 

 あの日から4年の月日が流れた。

 世界の覇権を懸け、数多くの犠牲者を生んだダモクレス戦役。

 その果てに奏でられたゼロレクイエム。

 暴君、そして悪逆皇帝と畏れられた神聖ブリタニア帝国第99代皇帝=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死と、世界を魔王の支配から解放した救世の英雄=ゼロの誕生。

 現代の御伽噺によって齎された超合集国構想の実現。

 

 それで世界は変わるはずだった。

 憎しみの連鎖は断ち切られ、全ての国家が武力を放棄し、共通の法の下に話し合いのテーブルへ着くことで、争いのない恒久的な平和が訪れる。

 少なくとも飢餓や貧困に手が差し伸べられ、社会を取り巻く問題の改善は確かな兆しが見えていたはずだった。

 

 しかし、人はすぐに変われない。

 経済、民族、宗教、思想。

 埋まることのない価値観という名の溝。

 残されたままの多くの問題。

 人が人であるが故に、人は抗う。

 外交的牽制と対立。

 テロと報復の応酬。

 広がっていく猜疑心は人々の間に疑心暗鬼を生じさせ、抱いた負の感情は国家をも揺るがした。

 疑念という毒は、容易く王さえ殺す。

 

 ある国が共通の法=合集国憲章からの離脱を表明すると、それに端を発したかのように離脱する国が相次いだ。

 再び吹き荒れる武力紛争の嵐が、新たな混乱を誘発する。

 蝕まれ始める平穏。

 それは必然だったのだろう。

 所詮は英雄譚という幻想により、過去──いや、現実から目を背けていたに過ぎない。

 

 もちろん合集国憲章を批准する多くの国も、ただ手を拱いていたわけではない。

 幾度となく超合集国決議を採択し、英雄ゼロを代表とする独立機関『黒の騎士団』の派遣を決定。

 彼等は世界各地の紛争へ介入し、紛争終結に尽力した。

 それでも一度崩れた仮初めの秩序は、そう簡単に元へは戻らない。

 混迷する世界情勢は多くの国民に影響を与え始めた。

 先の見えない現状に不安を抱く民衆は各国政府に対して失望を抱く。

 今はまだ小さなモノなのだろう。だがそれはいずれ、明確な行動となって示されるのかも知れない。

 

 そんな暗雲立ち込め始めた世界に、ある日一つの光が齎された。。

 眩く輝く光。

 果たしてそれは人類にとって希望の光となるのか。

 それとも、破滅の光となるのか。

 この時はまだ誰にも知る術はなかった。

 

 例えそれが『神』を名乗るモノだとしても……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 独立機関『黒の騎士団』直轄領──蓬萊島。

 元々は旧中華連邦が潮力発電施設として黄海上に建造した人工島であり、ダモクレス戦役以前には、一時合衆国日本の暫定首都が置かれていた事もある。

 現在でも超合集国が保有する唯一の外部戦力、独立機関『黒の騎士団』の拠点。また世界の緩衝エリアとして、超合集国の意志決定機関である最高評議会の開催会場となるなど、世界的に重要な場所である事に変わりはない。

 その中央に聳える管制施設内の会議場に、超合集国に参加する主要国の代表と黒の騎士団の代表が一堂に会していた。

 話し合われているのは、当然現在の世界情勢について。

 

「このまま戦火を広めるわけにはいきません!」

 

 超合集国最高評議会議長兼合衆国日本代表=皇神楽耶が両手で机を叩き、椅子から立ち上がるほどの勢いで発言する。

 

「だが、どうしろと?」

 

 そう冷静に問い返すのは黒の騎士団統合幕僚長=藤堂鏡志朗。

 普段から険しい顔がさらに険しさを増しているのは間違いではない。彼とて、いやこの場に集まっている誰もが、現状のままで良いはずがないと理解していた。

 そしてそれに抗うために、自分達は今この場に集まっているのだから。

 

「そ、それは……」

 

 神楽耶は視線を落とす。

 

 この会話も今回で何度目のことだろう。世界に対する脅威への懸念が生まれる度に幾度となく対応策が話し合われているが、残念なことに根本的かつ具体的なことは何一つ決まっていない。

 こうして自分達が話している間にも戦闘は継続し、犠牲者は増え続けている。

 その事実があるが故に気ばかりが焦っていた。

 

「我々がこれ以上介入を強めれば、各国から侵略行為だと批判を受けることは必至。だが動かねば、各国は自国を守る名目で独自の武力を保有しようとする」

 

 黒の騎士団総司令官兼合衆国中華代表代行=黎星刻が告げる。

 

 世界各地に支部を持つ黒の騎士団が保有する戦力は強大だ。

 それこそ世界中の紛争国を攻め滅ぼすことも可能なのかも知れない。

 確かに紛争は終わる。

 けれどもしそれを実行すれば、今度は黒の騎士団こそが世界の脅威だとする考えが生まれてしまう。

 

「そうなれば合集国憲章は形骸化し、超合集国は瓦解します」

 

 神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアが、星刻の言葉を継ぐ形で発言する。

 

 現状の黒の騎士団の理念、いや存在意義は不当な武力行使への介入。

 また、それに伴う軍事拡散に対する抑止である。

 だがその黒の騎士団が脅威として認識されてしまえば、その戦力に対抗する為に多くの国が独自の武力を保有しようとするだろう。

 それは武力の放棄を定めた合集国憲章に矛盾し、憲章その物の、延いては超合集国の消滅を意味している。

 多くの大切なモノを犠牲にして、ようやくここまで築き上げてきたモノが、手に入れたと思っていたモノが、足下から崩れ落ちていく。

 それだけは何としても避けなければならない。

 

 けれど現状は一刻の猶予もなく、綺麗事で解決できる段階ではなかった。

 現に彼女が統べる神聖ブリタニア帝国は贖罪を続ける今もなお、反ブリタニアを掲げる勢力──他国を侵略した軍事大国としての神聖ブリタニア帝国に敵意や憎悪を抱き続けている──者達によって、断続的なテロ行為を受けていた。

 その結果、犠牲者や被害者生まれることは必然。

 完全に過去の因果から解放・脱却するには、それこそ長い期間を必要とし、途方もない道のりだというのに……。

 沈黙により、場の空気が重くなる。

 

 しかし次の瞬間────

 

『大変です、総司令ッ!!』

 

 ひどく慌て、極めて焦った様子の通信兵の声が室内に響いた。

 

「……何があった? 落ち着いて話せ」

 

 各国代表が集まった会議の場に、許可もなく割り込んだ声に対して、星刻も本来なら礼儀について指摘しただろう。

 ただその場の全員が、必死さが伝わってくる通信兵の声から不穏な空気を感じ取っていた。

 何か予期せぬ事が起きた。

 それだけは理解できる。

 

『っ、はい……』

 

 声の主は自分を落ち着かせようと大きく息を吐いてから報告に移る。

 彼の話を要約すると、紛争国の近隣諸国に派遣されていた偵察部隊から映像が届いた。それに一刻でも早く目を通して欲しいとの事だった。

 

 星刻は手元のコンソールを操作し、指定されたファイルを開き、収められていた動画を再生する。

 部屋の中央、円卓の中心に現われる大型のモニター。

 そこに映し出された映像に誰もが言葉を失った。

 映像は中東だと推測される紛争地域から始まる。

 遠目からだが荒野に展開された両国の兵士の姿、旧式KMF(ナイトメアフレーム)や戦闘車両といった兵器群、また所々から上がる黒煙を見て取ることができる。

 今まさに問題となっている戦場の一つだった。

 

 刹那、その中心で閃光が輝いた。

 鮮やかな光は大地を這うように半球(ドーム)状に広がり、展開していた両国の部隊を、いや大地その物を喰らい尽くしていく。

 そして光が消えた時、同時に戦場も消えていた。文字通り深いクレーター状の巨大な穴を残し、跡形もなく消滅する。

 その光景をこの場に集まった誰もが知っていた。

 ただの一撃を持って戦局を覆し、戦略も戦術も否定する。

 浮遊要塞ダモクレスと共に世界を震撼させ、ゼロレクイエム後に廃棄され、超合集国最高評議会において如何なる理由があったとしても、製造また使用が堅く禁止された最悪の戦略兵器────

 

『そう、フレイヤだ』

 

 全員の思考を肯定する新たな声が室内に響く。

 それと同時、モニターにノイズが走り暗転した直後、外部からの介入を受けて強制的に映像が切り替わる。

 

『ッ!?』

 

 新たに映し出された人物の姿に、誰もが驚きを隠せず、またしても言葉を失った。

 

 …………嘘だ。

 

 それが最初に抱いた感想だろう。

 

 艶やかな黒髪、アメジスト色の澄んだ瞳、彫刻のように整った端整な面立ち、白い肌。人並み外れた中性的な美貌を持つ青年の姿。

 彼はKMFのパイロットシートに、まるで王座に鎮座するかのように悠然と座り、見下すような視線と嘲笑を向けてくる。

 

「そんな………、君は僕が────」

 

この手で殺した。

 

 黒の騎士団CEOにして、正義の象徴たる救世の英雄=ゼロ。

 いや、その仮面の下──枢木スザクは声を震わせて呻くように呟いた。

 そう、彼は自分と同じく既にこの世に居ないはずの人間。

 存在してはいけない人間。

 もし彼の存在が世界に知られれば超合集国も、黒の騎士団も、どうにか均衡を保っている世界平和も終わりを迎える。

 事実、この場に居る者は彼の死を間近で目撃し、また彼の亡骸が秘密裏に埋葬される光景を目にした者もいる。

 場を支配する戸惑いと困惑。

 

「……お兄様」

 

 その姿を目にしたナナリーは涙を零す。

 彼女が本当の意味で兄と慕う人間は唯一彼ただ一人。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 悪逆皇帝と畏れられ、悪魔と罵られた神聖ブリタニア帝国第99代皇帝。

 だが、彼女は目の前で息絶えた兄の優しさを世界で一番知っている。

 もう二度と望むことができないと思っていた兄の姿、もう二度と聞くことが叶わないと思っていた兄の声。

 だから彼女は戸惑いよりも先に、ただ純粋に喜びを抱いた。

 しかしモニターの中のルルーシュは、妹とは対称的な態度だった。

 

『ナナリー、お前には失望したよ』

 

 ルルーシュの口から放たれた冷たく鋭い言葉。

 その瞬間、ナナリーの表情は凍り付いた。

 

「え…………?」

 

 予想外の兄の言葉に、ナナリーはすぐにその言葉を理解することができなかった。

 それはスザクもまた同様だった。

 最愛の妹の為に世界の破壊と創造を望み、自らの命をも賭した彼の言葉とは思えないが故に。

 

『残念だよ。お前になら世界を託せると、心からそう思っていた。

 しかし、それは我が妹であるが故の過大評価だったようだ。

 でも安心していい。もうお前に重責を追わせるような真似はしないよ、ナナリー』

 

 微笑みを浮かべるルルーシュ。

 けどそれが親愛の情が込められた物でないことは、誰の目にも明らかであった。

 むしろその微笑みに込められているのは失望に伴う軽蔑の念だろうか。

 

「…………」

 

 ナナリーは沈黙し、膝の上に置いた拳を強く握り締める事しかできない。

 

「何をしている、映像の発信元の特定を急がせろ!!」

 

 星刻は茫然とする護衛兵に対し、自らの焦りをぶつけるかのように激しく命令を下す。

 

「はッ!!」

 

 部屋を出る兵士から視線をモニターへ戻した星刻にルルーシュは告げる。

 

『黎星刻、元気そうで何よりだ。お身体の調子は如何かな?』

 

「何故貴様が生きている、それにあのフレイヤは!? いや、それよりも貴様は何を企んでいる?」

 

 あからさまな皮肉に星刻は応じる事なく、睨むような視線を送り、この場の誰もが抱いた疑問を矢継ぎ早に投げ掛ける。

 

 目の前で絶命し、遺体を確認した彼が何故生存しているか? 

 あれもまやかしに過ぎず、全ては虚構。嘘だったというのか?

 いや、彼を騙っている者が存在している可能性も考えられるが……。だとすれば何のために?

 映像内で使用されたフレイヤ弾の入手経路は?

 ダモクレスを手中に収めた後、どこかに持ち出していた?

 それともどこかの研究機関に研究を引き継がせていたのだろうか?

 そして何よりその力を自分達に示し、一体彼は何をしようと言うのか?

 

 思考を支配する疑問の渦。

 

『私は哀しい』

 

 ルルーシュは芝居じみた動きで額に手を当てる。

 

『私が全ての憎悪を、そして業を背負い、平和の生贄となったあの日から、世界は何一つ変わっていない。

 強者の悪意によって搾取され、踏みにじられ続ける弱者の想い。間違ったまま、正される事もなく稼働を続ける世界(システム)

 

 力強く発せられた言葉は、かつてゼロが復活と共に行った演説の言葉を彷彿とさせた。

 

「その為に我ら黒の騎士団が存在しているのだ。それをお前が忘れたわけではないだろ?」

 

『形骸化された理念に意味はない!!』

 

 藤堂の反論をルルーシュは一蹴する。

 世界唯一の戦力=黒の騎士団には、世界を正す為の力と、その権利が与えられていたはずだった。武力介入という最後の手段が……。

 だが前提となる条件が崩れた現状、黒の騎士団は自ら掲げた法=合集国憲章その物によって束縛されている。

 

『だからこそ私は復活しなければならなかった』

 

 その言葉と共にルルーシュは仮面を身に着ける。

 黒と紫を基調にし、金の装飾が施された異様な仮面。

 それこそこの世界に住まう誰もが知る救世の英雄のシンボル。

 

『我が名はゼロ!! 世界を壊し、創造する男だ!!』

 

 その瞬間、偽りのゼロは消え、この世界に真のゼロが蘇る。

 

「は、発信元はここ──蓬萊島上空ですッ!!」

 

 慌ただしく室内に戻ってきた護衛兵が、受け入れがたい事実を告げた。

 直後、施設を、いや島全体を激しい揺れが襲う。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 蓬萊島上空に浮かぶ黒い人型の集団。それは誰も見たことのない新型のKMF達。

 いや、その中心に存在する機体にはどこか見覚えがあった。

 蜃気楼。合衆国中華の建国の前後から、ゼロが騎乗していたことは周知されている。

 また経緯や入手経路は明かされていないが、あの悪逆皇帝ルルーシュの騎乗機としても知られていた。

 ただ、蜃気楼はダモクレス戦役時に破壊されたはず。

 事実それを裏付けるように、その背には蜃気楼に存在し得ない紫の光の翼(エナジーウイング)が備わっていた。

 蜃気楼に酷似した機体の胸部装甲が可変し、展開された砲身の内部に光が灯る。

 

『我が名はゼロ!! 世界を壊し、創造する男だ!!』

 

 世界に向けて発信されるゼロの言葉。

 同時に胸部から放たれた拡散レーザーが蓬萊島を蹂躙する。主要施設を、浮遊航空艦を、KMFを、その全てを破壊していく。

 

『聞け! 現状を憂える全ての民よ!

 不当な力の行使を抑止すべき黒の騎士団は、自らの保身の為に傍観を選び、世界を欺いた! 機能しない力の象徴に意味はない! 故に今ここに私が粛清を下した!!』

 

 ゼロは自らの行動を誇るように宣言する。

 

『だが悲観する必要はない。彼等が不可能なことも、私なら可能に変えることが出来る!

力を持つ者よ、今一度我に恐怖せよ。力を持たぬ者よ、我を求め、歓喜せよ!

世界は、我ら『漆黒の騎士』が裁く!!』

 

『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ─────!!』

 

 その日、世界各地で彼を求め、称賛する多くの声が鳴りやむことはなかった。

 だから世界は再び、彼の掌の上で踊る。

 

 

 




 公式がゼロレクアフターを作ってくれるようなので、かつて思い描いた妄想続編作品をサルベージしてみました。
 本作品は『黒百合の姫』の平行世界とでもお考え下さい。
 もっとも正しくはこの作品から派生したのがあちらですが……。


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第1幕 【始まり の その後】

 

 

 全世界へ配信されたゼロの声明と蓬萊島壊滅の映像を受け、合衆国日本首都=東京より直ぐさま離陸した黒の騎士団日本支部所有の高速輸送機は、本拠地の蓬萊島へ向けて飛行する。

 第一便となった輸送機の格納庫には先行救助部隊──災害派遣を目的とした装備が施されたKMF=暁二個小隊。そして黒の騎士団の力の象徴とも呼べる特別なKMF、紅き鬼神=紅蓮聖天八極式の姿があった。

 もちろん紅蓮聖天八極式のコックピットには、黒の騎士団のエースパイロットとして結成時から活躍する紅月カレンが騎乗している。

 

 類い稀なる操縦技術を保有し、紅蓮弐式及び可翔式、聖天八極式を操り、神聖ブリタニア帝国との戦闘で初勝利を飾ったナリタ攻防戦以降、ブラックリベリオン、第二次東京決戦、ダモクレス戦役と数々の戦いでその能力を発揮。

 かつて神聖ブリタニア帝国が誇る最強の騎士と謳われたナイトオブラウンズ、さらには悪逆皇帝=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに忠誠を誓った裏切りの騎士ナイトオブゼロ=枢木スザクとも対等以上に渡り合った過去を持つ。

 一部団員の間では、彼女は極東のジャンヌダルクと呼ばれ、その信奉者(ファン)も多いと聞く。

 

 ゼロレクイエムの後、一度は黒の騎士団を離れ、アッシュフォード学園に復学し学生生活を送る。

 けれど卒業後、世界情勢安定の想いを胸に再び黒の騎士団に復帰。

 ゼロ直属の第零特務隊隊長として部隊を指揮する一方、自らも前線に立ち、不当な武力行使に対する抑止力の一端を担う。

 

 しかし今現在、彼女の表情からは武勇に謳われる力強さは消えていた。

 否応なく耳に届く部下達の会話。

 

 本当に救世の英雄ゼロが自分達を見限り、攻撃行動を取ったのか?

 そもそもは今回の襲撃は本当に本物のゼロによるものなのか?

 彼の名を、その姿を騙ったテロリストという可能性は?

 

 黒の騎士団』に所属する多くの者にとって、ゼロは憧れと尊敬を抱く正義の象徴であり、その体現者であったはず。

 彼と共に正義を実現する為に、また彼が掲げる世界平和を目指し、黒の騎士団に入団した者も多い。

 そんな彼が自分達に対して、突如として断罪を下した。

 まるで悪を滅ぼすように……。

 自分の目で見た映像でさえ信じられず、広がる困惑と不安を押し殺すことが出来ない。

 

 今回のゼロの離叛、言ってしまえば黒の騎士団に対する裏切りは、彼の直属であるカレンにとっても寝耳に水の出来事だった。

 彼女もまた部下達と同様に困惑し、その胸に疑問を抱く。

 ただ彼女の場合、その意味が彼等とは大きく違ってくる。

カレンの疑問。

 そう、それは────

 

 今回の襲撃は本当に『今』のゼロが起こした行動なのか?

 

 というものだった。

 黒の騎士団創設時からの初期メンバーの一人であり、彼が初めて公の場に姿を見せた枢木スザク強奪事件よりも以前から、間近でその姿を見て、その言葉を聞き、行動を共にしてきた。

 そしてゼロレクイエムの真実を知るからこそ、彼女は気付けたのかも知れない。

 仮に彼の考えや言葉が正しかったとしても、『今』のゼロがあんな強行手段を取るはずがない、と。

 だとすれば────

 

「……ッ」

 

 脳裏を過ぎる、一人の少年の横顔。

 過去に押し込めた想い──後悔と淡い恋心──が胸を締め付ける。

 それと同時にある推論が導き出された。

 その可能性を思考は否定する。

 有り得ないと頭では理解している。

 だがそれでも、感情はその可能性を強く訴えた。

 

『まもなく蓬萊島上空に到達。後部ハッチを開放します』

 

 聞こえてくるアナウンスにカレンはハッと我に返る。

 今は答えのでない思考を巡らせている場合じゃない。目の前の事だけを考えなければならない。

 彼女は自らの考えを振り払うかのように首を数度横に振り、思考を最適化させ、操縦桿を握る手に力を込めた。

 漆黒の騎士を名乗るKMF部隊は、既に蓬莱島を中心とする索敵範囲から姿を消している。故に戦闘の可能性は低い。

 もちろん油断は出来ないが、今できること、しなければならない優先事項は生存者の救助。可能な限り一人でも多くの生命を救うこと。

 起きた事実は覆せない。だけど被害を最小限に止めることは現時点でも可能だった。

 

「これより降下する! 不安を抱くな、混乱するなとは言わないわ。だけど今は与えられた使命──人命救助の事だけを考えて!」

 

 自らに言い聞かせるようにカレンは部下に命令を下す。

 

『了解!!』

 

 現状に不安を抱く部下を鼓舞するカレンの言葉に、彼等もまた自分が今求められている事が何なのかを再認識し、思考を切り替えるように力強く応えた。

 彼女はその声を聞き、開いたハッチから紅蓮を空に投げ、赤いエナジーウイングを展開させる。

 部下達もその後を追い、騎乗する暁の飛翔滑走翼を起動させ、輸送機を飛び立った。

 

 すぐに外部カメラが捉えた蓬萊島の惨状。

 黒の騎士団を離叛したゼロの声明と共に配信された映像を目にしていたとは言え、目の前に広がる光景は想像を大きく上回るものであり、カレンは言葉を失った。

 拡散レーザーによって切り取られ、壊滅した街並み。

 KMFや浮遊航空艦の動力部に使用されているサクラダイト、及び兵器庫に保管してあった弾薬に引火したのか、複数箇所から火の手が上がっていた。

 けれどそれ以上に戦慄したのは、その破壊箇所の正確さだ。

 管制施設や司令施設といった中枢機関、迎撃兵器を初めとする防衛システム、KMFや浮遊航空艦の格納庫及び兵器庫を迷いなく的確に破壊している。一方、居住施設や商業施設などに対する直接的な攻撃の痕跡は皆無だった。

 

 さらにライフラインの基礎となり、最も重要となる電力系統。発電設備や主要送電網はもちろん、幹部でも全てを把握している者はいない変電施設や予備電源に至るまで、徹底的に破壊し、拠点としての機能を尽く潰してる。

 まさに最小限の被害で最大限の効果を上げたと言っても過言ではないだろう。

 その事実が、今回の破壊行動は映像の通り、黒の騎士団に関連する全情報を知り得た立場である者=ゼロによって齎されたものだと肯定していた。

 

 カレンは確かめなくてはならないという想いに駆られ、破壊された街並みを眼下に、島の中央に聳えていたはずの中枢施設を目指す。

 今日この施設の会議室で、非公式に協議が行われる事は彼女も聞かされていた。

 ただ参加国が超合集国最高評議会において高い発言権と影響力持つが故に、現状の世界情勢を考慮した結果──テロ行為などに対する代表者の身の安全を配慮した上で──開催は極秘扱いとなる。

もちろん彼女も警備に当たる事を考えたが、黒の騎士団の力の象徴である紅蓮とそのパイロットである彼女の動向は否応なく人目を惹き、様々な憶測を生む事から日本での待機命令を了承した。

 

しかし、もしも自分が警備に当たっていたなら現状は変わっていたのではないか、という思いをカレンは抱いてしまう。

 それは決して自惚れでも、思い上がりでもなく事実だった。

 彼女が駆る紅蓮聖天八極式は、現状の世界では間違いなく最強に位置している。例え襲撃を止められなくとも、被害を軽減することは可能だったはず。

 

 けれどそれは残念ながら仮定の話であり、たらればなどという考えは戦場では通用しない。

 何故こんなにも自分が焦りを覚えているのか、その理由を彼女は自覚していた。

 今回の協議にはゼロと共に守り抜く事を誓った少女=『彼』の妹が参加している。

 それが焦燥感の最大の要因だった。

 

 紅蓮が目的地上空に到着する。

 だが、そこに目指した建造物はない。モニターに映し出されているのは、崩れ落ちた瓦礫だけ。

 中枢機関が破壊されている事実は理解していた。

 だからこそ彼女は驚くことも取り乱すこともなく、すぐに行動を開始する。

 

「お願い、……生きていて」 

 

 彼女の切なる願いが天に届いたのか、起動したファクトスフィアを始めとする各種センサーが瓦礫の下に生体反応を捉えた。

カレンはすぐさま紅蓮を降下させ、慎重に瓦礫の塊を取り除いていく。

そして遂に瓦礫の下から現われた人影がモニターに映し出された。

 鋭角的な黒い仮面に同色のマント、騎士服を思わせる貴族的なデザインの濃い紫の衣装。

それは紛れもなく黒の騎士団CEOにして救世の英雄=ゼロの姿。

 

「……ッ」

 

 カレンは息を呑んだ。

 

 世界に黒の騎士団の粛清を高々と宣言したゼロと、瓦礫の下に横たわっていたゼロ。

 二人のゼロ。

 目の前の事実が振り払ったはずの思考を再燃させようとした時、彼女はゼロの胸に抱かれた少女の存在に気付く。

 長いアッシュブロンドの髪、まるで人形のように可憐で小柄な少女。いや、年齢的には女性と呼ぶべきか。

 神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 その挙動が超合集国に、延いてはこの世界に多大な影響を与える大国の頂点に君臨する存在だが、カレンにとっては『彼』の妹である事の方が重要だった。

 ゼロに守られた為、目立った外傷はなく、呼吸も正常に行われている。反応が乏しいのは気を失っている為だろう。生存の確認は出来た。それでも脳や内臓へのダメージを考慮すれば、まだ安堵は出来ない。

 ただそれでも怪我の程度で言えば、ナナリーよりも彼女を庇い守ったゼロの方が深刻だと思われる。

 

 二人に早く治療を受けさせなければと焦るが、紅蓮が同時に二人を安全に運ぶ事は不可能に近い。今に限っては紅蓮を紅蓮たらしめる──輻射波動機構を内蔵し、敵機の装甲を裂く鋭利な爪を持つ──戦闘にのみ特化した右腕部の存在が酷くもどかしい。

 

 取捨選択を考えた時、迷う事は許されない。

 いや、最初から選択の余地は残されていなかった。

 ゼロを助ける。

 もちろん怪我の程度を考えれば当然の事だが、それ以上に今はゼロの存在を隠さなければならない。もしゼロが二人存在している事実が知れ渡れば、現場だけでなく、黒の騎士団全体の混乱が極限に達する事は必至。

 

 そもそもこの場では治療する事もできない。治療の際、当然仮面を外さなければならないが、そうなれば別の問題が起きてしまう。

 仮面の下の素顔を知る者、また気付いている者は黒の騎士団幹部内でも極僅か。

 その正体を絶対に隠し通さなければならないだけの理由が存在する。故に治療に当たるスタッフも信頼できる人材である必要があった。

 しかし、今は治療を優先させるべきだろう。

 人命の救助、その為に今自分はこの場に居る。

 紅蓮は左手にゼロを載せると、再びエナジーウイングを起動させ舞い上がる。

 

「待ってて、ナナリー。すぐ戻ってくるから」

 

 カレンはもう一度ナナリーを見て、通信回線を開いた。

 

「紅蓮より各機、生存者を発見! まだ瓦礫の下に生存者の存在している可能性が高い。救助部隊を回せ、最優先だ!!」

 

『了解!!』

 

「私は重傷者の搬送のため、この場を一時離れる。出来るだけ早く戻るつもりだけど、その間現場の指揮は朝倉、貴方に任せわ。頼んだわよ」

 

『はっ、了解しました! 弐番機と参番機は俺についてこい!!』

 

 カレンは現場の指揮を部下に任せ、紅蓮を飛び立たせた。

 蓬萊島のライフラインが機能しない以上、治療を行う為に設備の整った施設に搬送する必要がある。ここからだと合衆国中華か、それともやはり合衆国日本へ戻るべきか? どちらにしろ輸送機を使った方が────

 

『はぁ~い、カレンちゃん。どう、人命救助は進んでる?』

 

「ッ、ラクシャータさん!?」

 

 カレンの思考に割り込むように、突如ディスプレイに通信回線用のサブウインドウが開かれ、どこか緊張感のない白衣を身に着けた女性の姿が映し出される。

 その姿にカレンは困惑した。

彼女の名はラクシャータ・チャウラー。黒の騎士団が保有するKMFの開発・整備を統括する科学長官であった。

 

『もうすぐ第二埠頭に迦楼羅が帰港する予定だから、負傷者の収容準備をお願いねぇ』

 

 ソファに横になり、煙管を吹かしながらラクシャータは告げた。

 斑鳩級浮遊航空艦迦楼羅(カルラ)。ダモクレス戦役で大破した斑鳩に変わる黒の騎士団の旗艦であり、KMFの高速展開を可能とする戦闘母艦。当然その内部には高度な医療機器が揃い、並の医療施設を上回る能力を持つ。

 黒の騎士団東南アジア支部との軍事演習に参加していた迦楼羅、またデータ収集を名目に随伴していたラクシャータは、今回の事件=ゼロの離叛と襲撃による被害を免れていた。

 

「ラクシャータさん、よく聞いて下さい」

 

 これ以上ないタイミングだが、到着を待ってはいられない。

 カレンは真っ直ぐディスプレイ内のラクシャータを見据える。

 

『なぁに? どうしたの、そんな怖い顔して』

 

「ゼロが負傷しました」

 

『…………』

 

 端的に事実を告げたカレンの言葉に、ラクシャータの顔付きが変わった。

 一瞬の戸惑いの後、その視線は鋭さを増す。

 

『急いでいらっしゃい、治療室の準備はしておくから』

 

 そう言ってラクシャータは立ち上がる。

 聡明な彼女のことだ、その一言で全てを理解したのだろう。

 同時に自分が要求されていること、成すべきことを理解している。

 

「はい!」

 

 カレンは応え、紅蓮を帰港中の迦楼羅へと向ける。

 直接本人に訪ねた事はないが、彼女も『今』のゼロの素性に気付いているであろう一人だ。

 それに彼女は医療サイバネティクス技術の第一人者であり、当然医学にも精通している。

 そう言った意味でも現状彼女の存在は心強かった。

 

 

 



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幕間 Ⅰ 【懺悔 は 今】

 

 

 目の前で彼女が撃たれ、その命を散らせる。

 彼女は融和と平等、そして慈愛に満ちた世界を望み、自らそれを実現しようとした。

 だが彼女の想いを世界は認めてくれなかった。

 果たしてそれは偶然、それとも必然だったのだろうか?

 彼女は虐殺皇女として、その名を歴史に刻まれてしまう。

 彼女の想いは穢され、踏みにじられた。

 だから赦さない、と復讐を誓う。

 その為ならどんな犠牲も厭わないと。

 

 手にした剣が、彼の胸を貫く。

 それは復讐が完遂された瞬間だったのだろう。

 だけど、心はまるで晴れなかった。

 むしろより暗くて厚い雲に覆われてしまった。

 自分はどこかで、その瞬間を拒んでいたのかも知れない。

 間違っていると気付いて居たのかも知れない。

 だけど止められなかった。

 止まることは赦されなかった。

 沸き上がる歓声。

 異様な熱気がその場を支配し、人々は狂喜する。

 それが酷く悲しかった。

 もちろん自分がそんな感情を抱ける立場でない事は理解していた。

 それでも今この瞬間だけは……。

 溢れる涙を、自分の弱さを、明かせぬ想いを、黒き仮面が隠す。

 

 夢を見た。

 本当に夢?

 いや、違う。現実に体験した記憶。

 過去の回想。

 最高で、最悪の友達との大切な思い出。

 本気で殺し合った。

 自分にとって彼は悪で、敵で、決して相容れぬ存在だと。

 しかし、想い描いた理想は同じだったと気付く。

 優しい世界。

 ただそこに辿り着く道が、手段が違うだけ。

 互いに正体を隠し、相手を欺き続けた擦れ違いの日々。

 今にして思えば、自分がやろうとした事は綺麗事だった。

 誰も殺したくない、殺させたくないと力を望み、やがてその力に押し潰され、そこでようやく自分の考えが間違っていた事に気付かされる。

 

 その結果、理想の為だと自分に言い訳をしながら、状況に流され多くの命を奪ってきた。

 一方、彼は端から見れば何ら暴力と変わらない手段によって世界を変えようとした。

 人を騙し、己を騙し、ただ前へと進む。立ち塞がる全てに抗いながら。

 そんな彼のやり方を、自分は結果が全てなのかと罵った。

 だが結果に固執していたのは自分の方ではないのか?

 間違った方法で手に入れた結果に価値はないと彼に言った。でもそれは逆説的に、正しい方法で得た結果こそが重要なのだと認めている事と同じだ。

 

 矛盾。

 

 そもそも自分は彼のように、全ての業を背負うことも厭わない覚悟を持っていたのだろか?

 罰と死を渇望し、その過程に齎される自己満足ではなかったと言い切れるのか?

 その問いに今の自分が明確な答えを出せる自信はない。

 彼の手段が全て正しいとは今でも思えない。だけど、全てが間違っていたとも思えない。

 だったら自分の取った行動は……?

 彼の覚悟は最後の瞬間まで変わることなく、家族を、祖国を、世界を、人類その物を相手に抗い続けた。

 だから、僕は彼を殺す。

 世界の願いを叶える為に……。

 それがかつての自分の願いであり、彼自身の願いでもあったから。

 でも、そこまで彼を追い詰めてしまったのは自分なのかも知れない。

 もっと早くに互いを解り合えたなら、結末は変わっていたんじゃないのか?

 いや、例えそうだったとしても、今となってはもう遅い。

 全ては過去。

 そして、過去を変える事なんて誰にも出来はしない。

 今の自分に出来るのは、後悔と懺悔だけ。

 

 ごめん……ルルーシュ。ごめん……。

 

 



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真のゼロレクイエム
第2幕 【敗北 の 騎士団】


 

 

 瞼を開けると、ぼやけた視界に白い天井が映り込む。

 見覚えのないものだった。

 ここはどこだ?

 現在自分が置かれている状況を上手く把握できない。意識を取り戻したようだが、未だ思考能力は再起動中なのだろう。

 ん、意識を取り戻した?

 果たして自分は眠っていたのだろうか、それとも気を失っていたのか?

直近の記憶を辿る。

 確か激しい揺れが襲い、天井が崩れ落ち、自分は咄嗟にナナリーを────

 

「ッ、ナナリー!?」

 

 全てを思い出し、思考が正常な機能を取り戻す。

 彼女は無事なのか!?

 その一心で勢い良く上半身を起こした瞬間────

 

「くっ!?」

 

 全身を激痛が駆け抜けた。

 思わず呻き声を上げ、特に痛む脇腹を押さえる。

 視線を落とし、状態を確認する。

 全身複数箇所に巻かれた包帯と、点滴による投薬。適切な治療を受けた跡があった。

 だが問題は素顔を隠していた仮面が外されている点だ。

 もちろん治療の邪魔になるという至極当然な理由で外されたであろう事は理解している。

 それでも自分は他者に素顔を晒せない事に変わりはない。

 焦りを抱いた直後、声が掛けられる。

 

「まだ無理に動かない方が良いわよ」

 

 聞こえてきた声に対し、反射的に視線を上げ、その先に声の主を捉えた。

 ゼロレクイエム以降伸ばし始めた、人目を惹く赤みを帯びた長い髪。くっきりとした目鼻立ち、意志の強さを感じさせる瞳、健康的な魅力を持つ女性。

 黒の騎士団第零特務隊隊長=紅月カレン。

 彼女に対して素顔を隠すべきかとも考える。いや、今更その必要はない。意識を失っている間に、いくらでも眺める機会があったはず。そもそも彼女は確実にゼロの正体を知っている者の一人だ。

 

「……カレン、君が助けて──いや、それよりもナナリーは!?」

 

 そう、仮面の下の素顔やゼロの正体云々ではない。自分が今、まず尋ねなければならないのはナナリーの安否だ。

 

「彼女は無事よ」

 

 迷い無く告げられたその言葉に安堵する。

 

「貴方が身を挺して守ってくれたおかげで軽い打撲と擦過傷だけ。その代わり貴方の方は肋骨の骨折に全身打撲、その他多数の裂傷に擦過傷。

 あの状況でそれだけの怪我で済んだなんて、貴方の頑丈さには治療してくれたラクシャータさんも呆れてたわ。後でちゃんとお礼言っときなさいよ」

 

「……ああ」

 

 張詰めた緊張の糸が切れたように、身体から力が抜けた。

 彼女を守る事が出来るなら、例え自分の身体が、いや生命がどうなろうと構わない。

 それこそが犯した罪に対する贖罪。

 ……間違っている。

 彼女を理由に逃げているだけだ。罪を償うべき相手は彼等だけじゃない。自分が犯した罪は一生掛けても到底償えるものではない。

 それが分かっていながら、自分はまた死という禁断の果実に手を伸ばした。

 

「それと、ありがとう」

 

「え……」

 

 再び向けた視線の先で、カレンはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、言葉を続けた。

 

「ナナリーを守ってくれて。私は何も出来なかったから……」

 

 彼女は何も出来なかった自分に罪悪感を感じているのだろう。4年前のあの日から彼女の中では、何もしないこと、何も出来ないことが大きな罪となっていた。

 だから彼女は再び黒の騎士団に戻ってきた。それが彼女にとっての贖罪なのかも知れない。

 

「僕はただ、自分がするべき事をしただけだ。君だって、あの場に居たら僕と同じ事をしただろ?」

 

 今回は彼女ではなく、自分がその場に居合わせた。ただそれだけのこと。

 

「貴方ならそう言うと思った。でも、ありがとう」

 

 再び投げ掛けられる感謝の言葉。

 自分は感謝される立場ではない。湧き上がる罪悪感と後ろめたさが心を責め立てる。

 これは彼女の皮肉、それとも自分に対して罰を与えているつもりか? 

 いや、きっと違う。これは彼女の本心だ。

 だったら今だけはそれを受け入れておこう。

 

「……カレン。現状を教え欲しい」

 

 ナナリーの無事と怪我の程度は分かった、なら次に確認するべきは今現在自分が置かれている状況。あれからどれだけの時間が経過したのかすら分からないのだから。

 黒の騎士団が置かれた現状、『本物』のゼロが復活した事による世界の変化。

 自分が意識を失っている間に起こった事を知る必要がある。

 その上で今後の対策を考えなければならない。

 ゼロが二人存在している事を知られてはまずい。取り敢えずはカレンが上手く処理してくれているようだが──自分は素性を晒す事が出来ないと言っても──このまま部屋の中に籠もっているわけにはいかない。

 今後どう動くにしても、まずは正確な情報が必要だった。

 

「現状を教えて欲しいって言われても、どこから説明すれば良いかな……」

 

 そう言ってカレンは手近な椅子を引っ張り、背もたれを前にして座面を跨り腰を下ろす。

 容姿が女性らしくなっても、こういう少しがさつなところは4年前から変わっていない。

 

「まず、今日で襲撃を受けてから五日が経つわ。貴方がなかなか目を覚まさないから、ナナリーも心配してたんだから」

 

 五日……、思ったより日数が経っている事に驚きよりも焦りを覚えた。

 行動を起こすのは早ければ早い方が良いというのに、無駄に時を過ごした事になる。既に後手に回ってしまったと考えて間違いない。

 

「それから黒の騎士団(わたしたち)が現状置かれている状況だけど……」

 

 カレンは天を仰ぐ。

 

「かなり厳しいかも」

 

 彼女にしては珍しく弱音を吐いた。

 いや、それも無理からぬことだろう。

 

カレンはCEOであるゼロの離叛と襲撃、漆黒の騎士の出現。また総司令=黎星刻と統合幕僚長=藤堂鏡志朗の負傷を告げる。

 二人の負傷の程度は生命に関わるような物ではないらしいが、すぐに指揮を執る事は不可能だ。実質的に黒の騎士団の中枢を担っていた代表を失った影響は計り知れず、指揮系統の著しい機能低下は避けられない。体制を立て直すどころか、各部隊の隊長の尽力により、どうにか混乱を抑え、辛うじて組織の瓦解を防いでいるといった状況だろう。

 もっとも組織運営や構成員の心理的な問題だけではない。

 

「蓬萊島の被害は?」

 

 突如襲った激しい揺れ、それに伴う施設の崩壊。あれが『彼』によって引き起こされたものである事は紛れもない事実。

 もし自分達の命を奪う事が目的だったなら、こうして今自分が生きている事など有り得ない。

 そもそもあの場にナナリーが居合わせた事実を考慮すれば、その可能性は絶対的に排除できる。

 だとすれば可能性が最も高いのは黒の騎士団に対する牽制、また組織力を奪い、本当の目的に対する妨害行動を封じる事だろう。

 仮に蓬萊島の拠点機能、そして駐留していた兵力を破壊すれば、それだけで黒の騎士団の体制は大きく揺らいでしまう。

 世界各国が合集国憲章を批准した条件下において、世界最強の武装組織である黒の騎士団に対し、真正面から挑む者など想定していない以上、それは仕方のない事なのかも知れない。

 各国の支部から部隊を呼び戻し、組織を再編成するだけでも時間が掛かる。

 ならば今回の襲撃の目的は陽動、ただの時間稼ぎか?

 そんな自分の考えは、カレンとの会話で肯定される。

 

「23人」

 

 唐突に告げられた数字に困惑する。

 

「今回の襲撃で亡くなった犠牲者の数よ。負傷者の数も三百人にも満たないわ。拠点としての機能を全て奪っておきながら、犠牲は最小限に留める。

 これもゼロの起こした奇跡と呼ぶべきかしらね?」

 

 皮肉とも冗談とも取れるカレンの言葉。

 極秘会談が開催され、通常スケジュールとは異なっていたとしても、確かに犠牲者数は少ないと言っていいのかも知れない。

 だが、犠牲者に多いも少ないもない。一人でも誰かが死ねば、悲しみが生まれる。憎しみが生まれる。その悲しみを、憎しみを、この世界から取り除くためのゼロレクイエムだったはずなのに……。

ゼロによる奇跡の数々は緻密に計算しつくされた演出。惨劇を包み隠し、人心を掌握するためのまやかしに過ぎない。

 

「……そんな物は奇跡なんかじゃない」

 

 自然と語気が強まった。

 

「っ、……そうね。冗談にしては度が過ぎていたわ。……ごめんなさい。

 やっぱりしばらく寝てないとダメね、頭回らなくて……。直に被害状況についての報告書が上がってくるはずだから、詳細はそれを読んで」

 

 カレンは謝意を示し、気まずそうに視線を逸らす。

 彼女を責めるつもりはなかった。睡眠を摂れていないというのも事実なのだろう。全体的にいつもよりも覇気がないとは感じていたが、よく見れば彼女の目の下には隈が浮かんでいる事に気付く。

 ただでさえ彼女はゼロの側近として精鋭部隊を束ね、ダモクレス戦役の英雄──カレンもまた『裏切りの騎士』を討ち果たした英雄であると多くの者に認識されている──としての立場を厳格に貫いてきた。

 今回だって彼女は自身の不安や混乱、戸惑いを押し殺し、救助活動や事後処理に当たっていた事だろう。

 また離叛したゼロ、負傷した黎星刻や藤堂鏡志朗に次ぐ影響力を持つ彼女が過ごしたこの5日間を思えば、心身共に多大な負担が掛かっているのは当然のこと。弱音だって吐きたくもなるだろう。

 

 それなのに自分は眠っていただけだ。何より自分は己の罪を贖う事しか考えていなかった。

 奥歯を噛みしめ、強く拳を握り締める。

 眠っていた間に放棄していた責任を果たさなければならない。

 しかし問題は黒の騎士団内部だけに留まらない。

 むしろ外部=世界の反応こそが、真に重視しすべき問題だと言える。

 今回の事態に対して、既に合集国憲章批准国から説明を要求されているに違いない。突然の事態であり、ゼロの離叛また襲撃を事前に気付けた者は居ない。それは最高幹部の負傷の事実や、ゼロに最も近かった紅月カレンの証言、またその様子からも明確に答えられる者が居ないであろう事は分かるはずだ。

 だからと言ってそれだけでは誰も納得しないだろう。責任の追及が為され、最悪黒の騎士団の解体決議が最高評議会に提出されてもおかしくない。

 いや、待て。

 自分はもっと重要な事を忘れている。

 果たして世界は黒の騎士団を離叛した救世の英雄=ゼロを、彼が新たに率いる漆黒の騎士を受け入れたのか?

 もし受け入れたのだとしたら、それによる世界の変化は?

 

「カレン、世界は────」

 

「ねえ、私からも聞いていい?」

 

 核心を問うよりも先、逆にカレンから問い掛けられる。

 

「……何を聞きたいんだ」

 

 本当は分かっていた、彼女が何を聞きたいのか。

 刹那、彼女の鋭い眼光に射抜かれ、息を呑んだ。

 

「ゼロを名乗り、蓬萊島を襲撃したのは誰? 貴方なら知っているんじゃないの?」

 

 彼女から迷いは感じない。知っていると決め付けているのか、それとも既にあの場にいた誰かから事実を聞いているのか。

 それでも彼女は自分に答えを求めている。

 

「それは……」

 

 沈黙する。

 彼女は自分にどんな答えを求めているのか?

 既に彼女は自分の中で答えを出しているのだろう。

 そしてそれは多分正解だ。

 果たして彼女は、その答えを肯定して欲しいのか、それとも否定して欲しいのか……。

 確かにあの時モニターに映し出されたのは『彼』の姿だった。ただそれが本当に本人だという確証はない。姿を騙っている者や、何らかの目的で過去に撮影されていた映像という可能性もある。

 しかし自分は他者が持たない、もう一つの仮説を知っていた。

 世界の理を逸脱した力=ギアス。その保持者の中でも強大な力を身に着けた者は、契約者からコードと呼ばれる呪いを継承する──または奪う──事によって、不老不死の肉体を得る。

 そして『彼』はコードの継承条件を満たしたギアス保持者だった。

 けれど契約者である魔女=C.C.は『彼』にコードを継承する事を拒んだはず。

 

「答えて! 私は貴方に聞いてるのよ、スザク!!」

 

 痺れを切らしたカレンの口から感情のまま放たれた名前。

 

「くっ……」

 

 それは日本人を裏切った末にゼロを売り、仕えるべき神聖ブリタニア帝国皇帝に反旗を翻し、悪逆皇帝=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに忠誠を誓い、貪欲に地位と権力を求め、自らの野望の為に全てを裏切り続けた男の名前。

 悪逆皇帝に並び、一部では上回るであろう嫌悪の象徴。

 

 だが枢木スザクはダモクレス戦役で戦死し、既にこの世に存在しない人間。

 いや、存在してはいけない人間。

 それが『彼』との契約。

 でも、もし『彼』が本当に生きていたなら、もう一度自分は……。

 ありえない、あってはならない状況が招く覚悟を揺るがす甘い誘惑。

 

「あのゼロは────」

 

「そう、お兄様です」

 

 カレンの問いに答えるべく、新たな声が室内に響く。

 それは自分達とって予期せぬものだった。

 

『ッ!?』

 

 二人が振り向いた視線先、そこには電動車椅子に座る女性=ナナリー・ヴィ・ブリタニアの姿があった。

 

 



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第3幕 【ナナリー 肯定】

 

 

「そう、お兄様です」

 

 カレンが求めた答えを告げ、ナナリーはスザク達の下へと車椅子を進める。

 彼女の入室を予期していなかった為、二人は驚きと動揺を隠せなかった。

 特にカレンとしては周囲に人払いを施し、さらにこの部屋へと繋がる唯一の通路に信頼できる部下を置き、誰も近付けるなと厳命していた事もあり、訪問者の存在自体が頭になかった事だろう。

 ただナナリーが一国の代表、しかも最高権力者たる皇帝と呼ばれる地位に就いている事実を考慮すれば、彼女を通した部下を責めるのは酷だとカレンも理解する。

 

 一方、スザクは自分が今、ゼロの仮面を身に付けてはいない事実を思い出し、驚きを焦りに変えた。

 枢木スザクとして、彼女と顔を合わせることなんて出来ない。

 自分は彼女から最も大切なモノを奪った存在だ。例えそれが世界平和の為に必要な犠牲であったとしても、例えそれが彼の意志だとしても、事実は変わらない。

 彼等兄妹の想いの強さ──例えそれが共依存とさえ呼べるほどの執着だとしても──を知っている故に、憎まれ、殺意を抱かれても仕方がないと覚悟はしている。

 

 だがそれでも直接彼女の目を見る事が怖かった。

 ゼロの象徴たる闇色の仮面自体は、ベッド脇のサイドテーブルの上に置かれていた事は既に確認している。

 しかし、咄嗟に伸ばした手が、目的の物を掴む事はなかった。

 仮面へと伸ばされたスザクの右手を遮り、ナナリーは自らの胸に引き寄せ、両手で包み込むと、戸惑う彼に対して、もういいんですと言うように首を横に振る。

 

「……本当に……心配しました」

 

 震えた声でナナリーは呟く。

 

「……ナナリー」

 

「私のせいで……今度はスザクさんまでいなくなったらと思うと……私……」

 

 安堵からなのか、恐怖からなのか、ナナリーは目に涙を溜め、スザクに心情を吐露する。

 できる事なら、もう一度会いたかった。

 できる事なら、もう一度話がしたかった。

 その想いは最悪のカタチで、現実の物となる。

 優しく微笑みかけ、抱き締めて欲しかった。

 もうどこにも行かない、これからはずっとお前の傍にいると囁き、頭を撫でて欲しかった。

 だけど、突き付けられた現実は望んだ再会と180度逆のものだった。

 軽蔑の視線を向け、自分を冷たく突き放した最愛の兄。

 そして求めていた再会の果て、再び最愛の兄は自分の前から消えた。

 命を奪う目的ではなかったとしても、自分を攻撃したという事実が、ナナリーの心に傷を残して……。

 だからこそ彼女は強く思うのだろう。

 これ以上、親しい人を、大切な人を失いたくはない、と。

 

「大丈夫だよ。僕はどこにも行かない、ナナリーを守り続けるから」

 

 あの日、自分は罪と共に生き続け、その一生を彼の願いに費やすことを約束した。

 彼の願いの中で、最も大切で、最も純粋で、最も強い願い。それは最愛の妹の無事と幸せに他ならない。

 故に自分は彼が成し遂げられなかった分まで彼女を守る。例え立ち塞がる相手が誰であろうとも……、そうスザクは決意したはずだった。

 もちろん彼女を守るという思いは今も変わらない。彼女の身に危険が及べば、自分は持てる力を全て駆使して守り抜く。

 だが前提が崩れつつある現状は、英雄の仮面の下に押し殺した弱い自分を喚起させる。

 本当は許されたい。

 もし今許しを請えば、彼女の口から許しの言葉が聞けるんじゃないのか?

 そんなズルイ考えが脳裏を過ぎり、スザクはその考え必死で振り払った。

 

「僕の事よりも、ナナリーこそ────」

 

「はい、私も大丈夫です」

 

 ナナリーは瞳に溜まった涙を拭い、微笑みを浮かべてみせる。

 そう言って気丈に振舞おうとする姿が、スザクには逆に痛々しく思えた。

 ゼロレクイエム直後こそ取り乱した彼女だったが、その後、国家の代表として、兄等の行動によって混乱した国内情勢の安定に努め、神聖ブリタニア帝国の復興と再建を成し遂げつつある。

 もちろん全ての問題が解決出来た訳ではないが、それでもブリタニアは確実に新たな未来を歩もうとしている。

 

 皇帝就任当初は悪逆皇帝の妹であるが故に、言われもない誹謗中傷を受け、悪意や害意に晒される事もあった。

 しかし時間の経過と共に、彼女個人の手腕を評価する声が次第に上がり始める。

 4年前、現日本=当時のエリア11に総督として赴き、ブラックリベリオン以降、矯正エリアに格下げされ、テロ行為の活発化により治安が悪化していたエリア11を立て直し──黒の騎士団が国外追放となった影響も大きいが──衛生エリア昇格への道筋を立てた経験が活かされたのだろう。

 

 最愛の兄を失った悲しみに暮れることなく、兄の想いに応え、彼が命を賭してまで守ろうとした世界のために必死で頑張ってきた。少しでも平和が長く続くように、過去へと回帰しようとする世界に必死で抗ってきた。

 見ている者が、思わず気を遣いたくなるほど……。

 その事実は彼女の事を見守ってきたスザクとカレンも知っている。

 

 ただ、それでもナナリーは、兄のことで気を遣われることを頑なに拒絶していた。

 多分彼女は悪逆皇帝の妹である自分が、兄の事で気遣われる事で、彼が選び、望んだ結末を、その結果訪れる未来を否定する事に繋がると気付いてしまったのだろう。

 兄の意志を受け継ぎ、それを尊重するために自分の心を固く閉ざし、本当の想いを皇帝という名の仮面で覆い隠す。

 こうなる事が嫌だから、彼は最愛の妹にも最後の瞬間まで嘘を吐き通し、憎悪を抱き、嫌悪する存在であり続けようとしたというのに、世界は騙せても彼女を騙しきる事は出来なかった。

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、世界の『悪』でなければならない。

 奇跡を起こす仮面の男=ゼロは、世界の『英雄』でなければならない。

 世界がゼロレクイエムの真相を知れば、彼が捧げた尊い犠牲も茶番だと罵られるだろう。

 そして超合集国連合は瓦解し、黒の騎士団は放逐され、世界は再び無秩序な戦乱の嵐に呑み込まれる。

 故に真相を知る者は固く口を閉ざし、彼を『悪』とし続けなければならかった。

 それはゼロレクイエムの真相を知ったナナリーにとって、受け入れるはずもない現実であることは容易に想像が付く。

 それでも国家の代表として国民の為、延いては世界の為に兄を悪逆皇帝として利用しなければならない。

 感情と理性の間に存在するその矛盾こそが、彼女を苦悩させているのだろう。

 

“その矛盾が、いつかキミを殺すよ”

 

 スザクの脳裏に過ぎるのは、ブリタニア軍人時代の上司の言葉。彼の言葉が正しかった事は、自分が身をもって知っている。差が大きければ大きいほど、想いが強ければ強いほど、歪みもまた力を増し、やがて意図せぬ結果を生んでしまう。

 どうにかしたいと思っているが解決の術が分からず、そんな自分に嫌気がさしていた。

 いや、そもそも彼女を苦しめている現状の世界。その創造の最後の引き金を引いたのは紛れもなく自分だ。そんな自分が彼女の心を救いたいと思うこと自体、間違っているのかも知れない。

 だが、もし本当にルルーシュが生存しているなら、彼女の世界を変えることが可能だと思いたい。

 

「ねぇ……ナナリー? 本当……なの?」

 

 思考により沈黙するスザクに代わり、もう一度事実を確認するかのように、カレンはナナリーに問い掛ける。

 彼女の言葉が真実なら、あのゼロはやはり────

 

「はい。カレンさんが考えているとおり、蓬萊島を襲撃し、世界に対して声明を発したゼロは、お兄様──ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

 

 ナナリーはカレンの求めに応じ、改めて自らの意見を、まるで確信しているかのように迷いなく告げた。

 

「もちろん、過去に用意されていた映像や音声データを、誰かが利用したという可能性は否定出来ません。ですが……あの『声』は間違いなく、お兄様のものです」

 

 何故彼女がそう断言できるのか、その理由をスザクとカレンの二人も知っている。

 彼女はおよそ8年もの間、母親が暗殺された精神的ショックで視力を失っていた。残る五感、特に聴覚を頼りに生活を送っていた為、彼女は他者よりも優れた聴覚能力を有している。知り合いなら足音でさえ聞き分け、その人物を特定する事も可能なほどだ。

 故に長年支え合って暮らしてきた兄の声を、彼女が聞き間違うはずがない。その事実は声紋分析の結果からも肯定されている。

 つまりそれは彼女の兄=ルルーシュの生存を示す、大きな要因と言えた。

 

「……どういうこと? どうして、ルルーシュが……?」

 

 複雑な表情を浮かべたカレンの口から、誰にともなく当然の疑問が問い掛けられた。

 彼の生存を喜びたいという想いはあるが、素直に喜ぶ事ができないのは、この場に居る3人とも同じだった。

 喜びよりも、むしろ湧き上がる疑問の方が感情を凌駕している。

 何故、彼は生きているのか?

 

「それは……」

 

 ナナリーは困惑の表情を浮かべて呟き、スザクは表情を強張らせた。

 3人ともゼロレクイエム──ゼロによる悪逆皇帝の襲撃と暗殺──の現場で、彼の死を直接その目で目撃している。スザクに至っては、その手で彼を殺したゼロ本人である。

 そう、彼等は自らの目でルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの最後を見届けた。

 そして彼の死後、それぞれが彼の遺した世界のために、その意志を継ぎ、自身の責任を果たしてきた。

 しかし、突如としてこの世界に姿を見せた彼は、それを嘲笑うかのように再び自らゼロを名乗り、最愛の妹まで巻き込む形で、自身が生み出した黒の騎士団を襲撃。新たな私設武装集団漆黒の騎士を率い、世界の強者に対して宣戦布告する。

 

「どうしてルルーシュが生きていたのか、その答えを僕達は知らないし、知る術を持っていない。

 それよりも現状で僕達が考えなければならない問題は、再びゼロを名乗ったルルーシュが何をしようとしているのか、だ」

 

いくら考えても答えのでない疑問の解消を諦め、スザクは停滞する思考を先に進めることを提案し、次の疑問を提示する。

 果たして生存を明かしたルルーシュは再びゼロを名乗り、何を成そうとしているのか?

 もし、その答えを知る者がいるとすれば、それは『ゼロ』という存在の『共犯者』。彼に奇跡を起こす力=ギアスを与えた少女=C.C.。

 そしてもう一人、彼と共に世界を騙すシナリオ=ゼロレクイエムを制作して実行。もう一人の主役=裏切りの騎士を演じ抜いた枢木スザクに他ならない。

 

 現にこの時スザクの脳裏には、一つの可能性が浮かんでいた。

 本当に彼が生きているなら、進むべき道は一つしかないだろう。

 ただそれには彼が本当に自分の知るルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである、という前提条件が必須だった。

 でも現段階では確信を持てるだけの情報が足りない。

 

 いや、違う。

 本当はナナリーが肯定した時点で理解している。

 本能が囁く、彼は限りなくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに近い人間だと。

 それでも自分は、彼がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである事実を認めたくないのかも知れない。

 もし彼が本当に生きているなら、それは自分に対する裏切りだ。

 けれど不思議と怒りは湧かない。

 ならこの感情は悲しみ?

 それとも得体の知れない恐怖?

 

「教えてくれ。ルルーシュは、いや漆黒の騎士は今?」

 

 世界の強者に対して宣戦布告した漆黒の騎士が、自分が意識を失っていた5日間の間に、何も行動を起こしていないとは考えられない。

 特にゼロを名乗る者がルルーシュであったなら、なおさらスザクはそう考える。

 そしてその考えは正しかった。

 

「この世界から紛争や内戦が消えたわ」

 

 短い沈黙を挟み、スザクの問い掛けにカレンは事実を告げる。

 

 



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第4幕 【無 の 秩序】

 

 

 黒の騎士団、延いては全世界が直面していた問題。

 それが武力紛争の拡大だ。

 問題の根底は国家、組織、民族によって異なるが、それによって齎される悲劇はどれも同じだった。

 大切な者を失う事によって発生した悲しみと憎悪が、新たな火種となり、憎しみの連鎖を生み出し、悲劇は自己増殖する。

 それがルルーシュの言った、間違ったまま稼働を続ける世界(システム)異常(バグ)なのかも知れない。

 黒の騎士団が数年──ここ数ヶ月は特に激しさを増していたが──に渡って手を拱いていた問題を、彼等=漆黒の騎士はほんの数日で片付けたという。

 直面していた問題が解消された。

 だが、その事実を告げたカレンの表情に一切歓喜の色はない。

 むしろその表情は暗く険しく、感情を押し殺しているように思える。

 その理由をスザクは既に理解していた。

 

「その内の二つの地域は文字通り消滅してね」

 

 消滅。

 そう、戦場その物がこの世から消え去ったのだ。

 思い出される4年前のトウキョウ租界、また帝都ペンドラゴンの光景と、5日前に送られてきた映像。

 それを可能としてしまう大量破壊兵器フレイヤ。

 漆黒の騎士は如何なる国家も保持を禁止されたその兵器を保持し、躊躇うことなく使用する。

 紛争の終結、それは停戦交渉などといった生易しい行為の結果ではない。紛争という破壊活動を、さらなる暴力によって破壊したに過ぎない。

 フレイアが使用された計三ヵ所の紛争地域は見せしめだったのだろう。

 フレイア使用の事実が伝われば、他の紛争国は自分達の頭上にもフレイアが落ちてくると恐怖し、停戦を余儀なくされる。

 死にたくないと思うのは生物の根底にある生存本能だ。誰も無駄死になんてしたくない。

 もし、仮に死の恐怖に打ち勝てたとしても、第三者による無差別攻撃によって勝敗が確定しないのであれば、終戦後に何ら利益を得る事は出来ず、それどころか損失だけを残すとなれば戦闘の意味も無くなる。

 結果的に、確かに紛争は根絶された。多大な犠牲を払って……。

 常識で考えれば、その手段は到底認められるものではない。

 

「それだけではありません」

 

 さらにナナリーが微かに震えた声で補足する。

 

「漆黒の騎士は停戦した紛争国に対しても奇襲を行い、戦闘を指揮していた軍部だけではなく、それを承認した政治指導部。さらには戦闘に参加していた一兵士に至るまで、戦闘に関与した人間全ての処刑を敢行しています」

 

「ッ!!」

 

 ナナリーの言葉に、スザクの表情が歪む。

 ルルーシュが再びゼロを名乗った時点で、こうなる事はある程度予測していた。

 しかしそれが実際に現実のものとなった今、平然と受け流す事は出来なかった。

 これはまだ始まり、序章でしかない。

 より多くの血が流される。

 間違ったまま稼働を続ける世界を正すための代償。

 

「そして同時に全世界に対し、改めて武力の放棄を求めました」

 

 武力の放棄、それは合集国憲章が批准国に求めた理念と同様の考え。

 けれど彼等の言う武力放棄は、全ての国家に合集国憲章の批准を求めるものとは違う。

 黒の騎士団に対する襲撃、紛争地域に対するフレイア攻撃、紛争国に対する血の粛清。

 漆黒の騎士が持つ力を既に全世界が存分に知る事となった現状に於いて、それは希望ではなく命令だ。逆らえば世界平和に害を成す存在として一方的に断罪する、と。

 世界平和を謳った独善的な秩序の押し付け。

 恐怖による意志統制。

 

 それは過去、浮遊要塞ダモクレスと大量破壊兵器フレイヤを用い、恐怖によって世界平和を実現しようとした、神聖ブリタニア帝国第二皇子=シュナイゼル・エル・ブリタニアの思想と同じだった。

 神を僭称した彼が齎そうとしたのは、頭上に恐怖を抱いた偽りの平和。

 当然その不満や反発は大きく、より多くの犠牲を払う事態に陥るのかも知れない。

 だが漆黒の騎士を率いるのはシュナイゼルではない。

 悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの圧政から世界を救った『救世の英雄』にして、正義の象徴たる『ゼロ』だ。

 

「それで世界の反応は? 今回のゼロの行動は人々に受け入れられたのか?」

 

 問い掛けるスザクだったが、内心答えは分かっていた。

 民衆の支持がなければ、如何なる大国もいずれは立ち行かなくなる。

 彼がここまで強硬な手段(プラン)を執れるのは、『ゼロ』の行動が多くの民衆から支持される事を理解しているからだ。

 

「紛争の根絶に歓喜しているわよ、世界平和に前進したって。

 ゼロは英雄、ゼロが行う事が正義、ゼロは間違わない。今回の件で亡くなった人達は間違いを起こした。故に世界平和の為に犠牲になる事は当然の報いだそうよ。

 っ、そんなの馬鹿げてるわ!」

 

 カレンは語気を強め、唇を噛みしめる。

 スザクには彼女の気持ちも理解できた。

 確かに世界規模で見た時、今回のゼロの行動は正義なのだろう。紛争国の犠牲者数は、世界人口の数パーセントにも満たない。

 それでも犠牲となった者には、当然家族や友人が存在し、実際は犠牲者数の何倍もの人々が深い悲しみと強い怒りを覚えた事だろう。

 ただ、世界の大多数の意志は彼の行動を称賛する。悪魔と罵ることなく、魔王と恐れることなく、まして悪逆皇帝と呼ぶこともない。力無き者の想いを代弁する、正義の執行者として。

 

 英雄、正義、世界平和、間違った力の行使に対する断罪。

 綺麗な言葉で包み隠され、歪曲される殺戮。

 それに大多数の人々は気付かない。いや、気付かせないために『ゼロ』という仮面=装置が存在している。

 そして人々はゼロが齎す『正義』という名の暴力に熱狂していくのだろう。

 そう、それはかつて黒の騎士団が、広く日本人の心を掴み、受け入れられた時と同じように……。

 

 そうなれば、やがて世界は完全に二分化される。

 ゼロの理想に賛同し、彼を求め、彼に従う大多数の者。

 ゼロの理想を否定し、彼を拒み、彼に抗う極少数の者。

 世界の『敵』として認められた後者を殲滅すれば世界平和は完成する。

 ただそれさえも、ゼロという一人の人間によって煽動された結果に創られた、閉ざされた偽りの平和に他ならない。

 自分達が本当に目指した理想の世界、それは誰も悲しむ事のない世界。

 その実現の為に、より多くの悲しみを生み出す。

 多くの犠牲と矛盾、そして狂気を孕んだ計画。

 

 綺麗事で世界は変わらない事実は子供の時から知っている。

 だからこそゼロレクイエムによって、あの段階で世界が変わってくれる事を強く望んだ。

 でも世界が変わらなかったから、彼は再び前に進む事を──計画を次の段階へと進める事を決意したのか知れない。

 再び自らの手を汚し、屍を踏む修羅の道を。

 

「……本当、馬鹿げてるよ……キミは」

 

 スザクは人知れず小さく呟いた。

 彼が再び修羅の道を──いや、修羅の道さえ生温いと思える外道を歩むと言うのなら、自分が取るべき行動は果たして……。

 

「それでスザク、ルルーシュの本当の目的は何? 今度は紛争を根絶した英雄(ゼロ)になる、ってだけじゃないんでしょ?」

 

「どうしてそれを僕に問うんだ?」

 

 カレンの問いに、スザクは内心動揺するが、それを隠して平静を装う。

 彼女の指摘は正しい。紛争の根絶は、本来の目的を達成する上で必要な手段の一つに過ぎない。

 そして再び引き金を引いた彼が、今この段階で立ち止まるとは考えられない。

 つまりは、さらなる犠牲と悲しみが生み出される事を意味している。

 その事実を彼女達に伝えるべきなのか?

 

「彼が何をしようとしているのか、もう気付いてる。

 ううん、最初から知っていたのよね?

 私達にさえ何も告げず、彼と共にゼロレクイエムを演じた貴方なら」

 

 棘を含んだカレンの言葉。

 自分達が知り得ない情報をスザクなら知っている、知り得た立場にいたとカレンは確信していた。

 

「…………」

 

 ゼロレクイエム成功の為には、真実を知る者は最小限に留める必要があった。

 世界を騙すのだ、慎重すぎるという事はない。

 それに──これは計画を実行に移した後に最大の理由となった事だが──ルルーシュ亡き後、残された最愛の妹=ナナリーの立場を守り、彼女自身の精神的負荷を軽減させるためにも、彼女が真実に近付く要因は最低限に抑える為の処置でもあった。

 それは皮肉にも失敗した訳だが……。

 

「……分かってるわよ」

 

 スザクの内心を悟り、カレンは悔しげに呟く。

 彼等が自分に何も告げなかった理由を今は理解している。当時の自分は黒の騎士団のメンバーで、彼等は敵対していたブリタニア側の人間となった。互いの立場を考えれば、馴れ合う事は許されない。

 

 そもそも彼等の性格上、嫌悪され、憎悪され、非難され、殺意を向けられるのは自分達だけでいいと思っていたに違いない。

 本当に悔しいのは最後の瞬間まで、彼等の計画に気付けなかった自分の愚かさだ。

 当時の自分は何も告げない優しさよりも、共に業を背負う道を望んでしまった。

 悪逆皇帝と裏切りの騎士。彼等が稀代の悪役を演じたなら、自分は彼等に踊らされた道化に過ぎないのだろう。

 その後悔から、彼等が自らの全てを懸けてまで守り抜き、未来を繋いだ世界を自分も守っていこうとカレンは決意した。

 

 しかし世界状勢は彼の想いとは裏腹に悪化を続ける。だから──生存の理由は何にしろ──彼は再び自らの手で世界を正そうと考えたのかも知れない。

 だが彼のとった手段は、あまりにも強硬で暴力的なものだった。

 数々の戦闘で磨かれた本能は、これで終わりではないと囁いている。

 もしこの先に真の目的が存在し、それが自分にとって受け入れる事の出来ないものだとすれば、自分は再び彼の前に立ちはだかる覚悟がある。

 例え相手が誰であろうと、この世界を守る決意は揺るがない。

 その為にも、まず彼の真意を知る必要があり、それを知っている人物は、今この場に居る枢木スザクに他ならない。

 

「スザクさん、私からもお願いします。もし知っているなら教えて下さい。お兄様が目指しているモノは何なんですか?」

 

 ナナリーもまた、兄がどこに向かおうとしているのかとスザクに問う。

 自分ごと黒の騎士団を捨て、再び英雄の名を名乗り、その先に何を目指しているのか?

 世界征服などという稚拙な目的ではないと信じたい。

その行く末が破滅だとは思いたくない。

 そして出来る事なら、今度は共に歩みたいと願う。

 

「っ」

 

 自分を真っ直ぐに見つめるナナリーの視線に、スザクは思わず身を強張らせた。

 もし自分がゼロレクイエムの本当の真実を語った時、彼女達はどんな反応を見せるだろうか?

 きっとカレンは再び彼と対峙する道を選ぶに違いない。彼女が計画の全てを受け入れるとは到底思えない。

 そうなれば、どちらも無事ではすまないだろう。

 

 だったらナナリーは? 

 いや、分かっている。優しい世界を望む彼女もまた容認しない。例え相手が最愛の兄だとしても、強い意志を持つ彼女が再び自ら彼の前に立ちはだかる事だって想像できる。

 そんな展開はルルーシュも自分も望んでいない。ルルーシュが敢えて彼女を冷たく突き放したのも、自分に関わらないようにする為だとしたら、その行動も納得できる。

 自分の言葉で大切な者が傷付く光景を見たくない。

 

 だから何も語らないのか?

 真実を知っているくせに?

 彼女にはこれ以上嘘を吐きたくはない。

 真実を求める彼女に応じる事が、自分が出来る贖罪の一つだとすれば……。

 分かっている、これは自分の弱さだ。

 

 暫くの沈黙の後、スザクはゆっくりと口を開いた。

 

 



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第5幕 【人類浄化】

 

 

「……僕とルルーシュは、世界が『明日(未来)』を求めている事を知った。『昨日(過去)』に縛られる事でもなく、『今日(現在)』に立ち止まる事でもなく、『明日』へと歩みを進める事を」

 

 神根島の遺跡の奥、古の石扉の先に存在した幻想空間『Cの世界』。

 太古の技術(ロストテクノロジー)に満ちたその場所で、自分達は集合無意の存在を知る。

 集合無意識、それは輪廻の海。人類は集合無意識から産まれ、死して集合無意識へと還っていく。つまりこの世界の摂理、そして人類そのもの。

 自分達が戦っている理由や、戦わざるを得なかった境遇。その始まりは集合無意識の存在を知った兄弟から始まったのかも知れない。

 

 争いの止まない世界、嘘に塗れた世界に絶望した兄弟。

 兄はコードを継承し、不老不死の存在にしてギアスの源となった少年=V.V.。

 弟は後の神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニア。

 そしてもう一人忘れてはならないのが、後に彼等の志に賛同し、計画の成功に尽力した神聖ブリタニア皇帝第五后妃=マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 彼等は集合無意識を『神』と呼び、その消滅を以て新たな世界の創造を目指した。

 彼等の目指した理想の世界、それが嘘のない世界。いや、嘘を吐くことに意味のない世界と言うべきか。

 

 全ての人類が『個』を失い、全人類の意識が集約され、共通の意識を保有する。『他者』と『自分』という枠組みが崩壊し、統一された人類の意識によって、決して埋まる事の無かった価値観という名の溝が消える。

 自分と対峙する全ての人類もまた『自分』である。

 必然的に世界から争いは消え、延いては憎しみも悲しみも無くなっただろう。

 しかし彼等が目指した恒久平和は、現在の常識から考えて歪としか思えない。

 もちろん彼等は現在の常識など歯牙にも掛けなかった。新たな世界の常識こそが、本来の常識であるとすら考えていたに違いない。

 集合無意識』の代わりに『自分というシステムが世界を統べる。

 訪れるのは変化のない完結した世界。

 

 本当にそんなモノが正しい選択なのか?

 ましてや、世界のシステムを根本から覆そうとする大事を、全人類の未来を懸けた問題を、たった数名の意志によって決定しても良いのだろうか?

 間違っている。

 それはあまりに傲慢という物だ。

 だからこそルルーシュはCの世界で対峙した自身の両親の計画を拒絶し、消滅の縁にあった集合無意識に向けて願いを叫んだ。

 時の歩みを止めないでくれ。

 それでも俺は明日が欲しい、と。

 対して人類の意志たる集合無意識は、ルルーシュの願い(ギアス)を受け入れ、シャルル等の計画を否定した。

 

「だから僕達は人類が未来へ進むための方法を話し合った。

 そしてその結果、僕達はある結論へと辿り着く。それは君達も知っているはずだ」

 

『……それがゼロレクイエム』

 

 ナナリーとカレンが同時に呟いた言葉に、スザクは頷きで応える。

 

 全人類共通の『敵』を創り出し、そこに全ての悪意や殺意、憎しみや悲しみを集め、誰かがその『敵』を討つことで負の連鎖を断ち切る。

 そうする事で世界は力を振るうのではなく、話し合いという手段によって一つに纏まることが出来たはずだった。

 それが今でもゼロの武勇と共に語られるゼロレクイエムの意義。

 ただし彼女達が、いや全世界の人々が目の当たりにし、知っているゼロレクイエムは、本来の計画の全容からすれば一部でしかない。

 

「でも世界を変えるには、どうしても力が必要だった。一個人の、僕達だけの力では足りない。

 だからルルーシュはブリタニア皇帝の座を手にし、僕は彼の騎士=ナイトオブゼロとなった」

 

 けど、それでもまだ足りない。

 世界の三分の一を支配する軍事大国ブリタニアの頂点に君臨していた当時の皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアですら、アーカーシャの剣もしくは思考エレベーターと呼ばれた太古の遺産を用いなければ、世界の変革は不可能だと考えた。

 彼の下には帝国が誇る最強の騎士達=ナイトオブラウンズが仕え、過去には帝国の守護女神や閃光のマリアンヌなど、数多くの異名を持っていたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアも居た。

 それだけの軍事力があり、大国とその民を率いるだけの器を有し、なおかつギアスという超常の力を保持していながら、彼は自力で前に進む事を諦めて太古の遺産に縋る。

 彼の意志が弱いわけではない。

 むしろ他者を圧倒していたはずだ。

 絶対の自信、己が手を汚す覚悟、折れることのない信念を持ち合わせていたはずだ。

 それでも『神殺し』という幻想に世界を託す道を選ぶ。

 

 ……いや──これは何の確証もない妄想でしかないが──もし選ばざるを得なかったとしたら?

 

 そう、ブリタニアを統べるだけではまだ足りない。

 世界を、人の意志を変えるためには。

 だから次は超合集国を手にしようとした。

 ルルーシュの皇帝即位当時、二大勢力だった神聖ブリタニア帝国と超合集国を統べれば、分裂したEU諸国や態度を決めかねていた中立国も無駄な抵抗を諦め、世界は唯一の国家たる神聖ブリタニア帝国の下に統一される。

 国際紛争はなくなり、そこから世界の変革が始まるはずだった。

 

「すぐに行動を起こした僕達は、手始めにやれる事からやってみた」

 

 スザクは自分達が起こした行動についてを語る。

 

強行された貴族制度の解体と、植民地エリアにおけるナンバーズ制度の廃止。

 当初こそ称賛の声が上がった政策だが、その本当の意味が判明するのにあまり時間を要しなかった。全ての民を平等にする。ただそれは平等に奴隷とする事を意味していた。

 当然、各地で反乱が起きる。特に権力と財産を奪われる事となる貴族側の抵抗は大きく、ルルーシュはそれを武力によって徹底的に弾圧。血の粛清を以て鎮圧する。

 反乱を起こした者の多くが命を落とし、その中には当時のナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタインを初めとするナイトオブラウンズの名もあった。

 歯向かう全てを容赦なく踏みしだき、結果ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは名実ともに、恐怖と憎悪の象徴=悪逆皇帝と呼ばれるようになる。

 彼がそこまで徹底して非道な手段を選んだのは、後のゼロレクイエムの成功の為だが、それとは別の目的も存在していた。

 

「紛争や戦争の影で利権を貪っていた貴族。戦火を拡大させる軍産複合体。地下資源を狙う財閥に企業。またそれと癒着する軍人や役人達。

 皇帝という立場を使い、人々の悲しみの裏で富を築き、私腹を肥やしていた者達を調べ上げ、誰も罰する事が出来なかった彼等に裁きを下した」

 

 彼等を野放しにすれば、いつまでも戦いは終わらない。これから訪れる新しい世界に彼等は存在してはいけない。

 世界の害悪でしかない彼等は生かしておく価値もない。

 故にさらなる裁きの実行、その範囲をブリタニア国外に手を伸ばすためにも、超合集国を手に入れる必要があった。

 もしその結果、世界から負の連鎖が消えるのであれば、ゼロレクイエムは第一段階=最も犠牲の少ないゼロによる救済計画で止める事ができる。

 その先の、より多くの血を求める計画を実行する必要はなくなる。

 

「だけど粛清を行えば行うほど、新たに弱者を食い物にする存在が浮かび上がる」

 

 悪意の連鎖。

 欲望の連鎖。

 終わりの見えない粛清。

 この世界の澱は、闇は、歪みは、自分達が想像していたよりも遙かに根深いものだった。

 

「だったらどうすればいい?」

 

 スザクは二人に問い掛ける。

 

『…………』

 

 しかし、ナナリーもカレンもその問いに答える事は出来ない。

 すぐに答えの出る問題でない事はスザクも理解している。

 いや、一つだけすぐに思い付くであろう方法が存在する。

 

 悪が滅びるまで、最後の一人まで殺し尽くす。

 

 だが例えその答えに至っても、それを彼女達は認めようとしないだろう。

 

「その答えはもう出ているんだ。新しい明日を迎えるために、旧き世界で生まれた概念を破壊する」

 

『?』

 

 スザクの言葉にナナリーとカレンは理解できないと言いたげに困惑の表情を浮かべる。

 

「戦闘行為の根絶、犯罪行為の撲滅、延いては『悪』という概念その物の消去。

 その為になさなければ(為さなければ=しなければ・行わなければ)ならない事は、一度でも間違いを犯した者をこの世界から取り除くこと。

明日の為に払える犠牲は今日の内に払い終え、昨日までの過去を清算し、人々の意識を根底から変える新世界構想。人類の浄化こそ、ゼロレクイエムの真の姿なんだ」

 

「……スザクさん?」

 

「人類の浄化……? あんた、何を言ってるの?」

 

 困惑の表情を浮かべる二人に対し、理解されないのは当然だとスザクは思う。

 

 自分達が辿り着いた答え。救済計画、いや新世界構想ゼロレクイエム。

 それはある意味、シャルル皇帝達が行おうとしたラグナレクの接続(神殺し)と同様に、もしくはそれ以上に傲慢でおこがましい行いであることは否定できない事実。

 それでも当時の自分達にとっては、それが最良の手段だと思えた。

 

「悪逆皇帝ルルーシュの死と救世の英雄の誕生までが第一段階。その時点で世界が、いや人々の意識が変わってくれたなら、それでゼロレクイエムは成功と言える」

 

 例えそれが人々の欲望、過去から続く軋轢という不確定要素を考慮していない机上の空論だとしても、人々の意志が変わってくれる可能性を信じた。

 しかしゼロレクイエムから4年が経過した現在の世界に、自分達が望んだ変化は訪れなかった。

 残念ながら飢餓や貧困に救いの手が差し向けられたのは、人類の歴史で見れば一瞬とも思える僅かな期間でしかない。

 蔓延する悲劇に手を拱くことしかできなかった現実。

 人類は再び武力によって対話する。

 予期された必然の未来。

 だから────

 

「もしそれでも世界が何も変わらないのなら、計画は第二段階=ゼロによる断罪へと移行されるはずだった」

 

 間違った力を行使した者を処刑し、殲滅し、虐殺し、殺戮し、排除し、この世界から完全に消滅させる。

 それは二度と同じ過ちを繰り返さないための見せしめであり、新たな罪を産まないための抑止力となる。

 本当ならゼロという存在を受け継いだ自分がやらなければならなかったこと。

 ゼロが齎す独善的な正義の実現。

 英雄という立場を利用し、大多数の意志を味方に付け、力によって世界を矯正する。

 救世の英雄=ゼロは正しい、ゼロが行う事が正義、ゼロは間違わない。

 そう人々が錯覚している間に、人々が騙されている間に、間違った方法で世界を変える。

 英雄の仮面を被った魔王が齎す、必要悪と言い表す事さえ憚られる行為によって結果だけを追い求める。

 そのはずだった。

 

「ゼロによる既定概念の破壊と新世界の創造。

 人類から『罪』という概念を取り除き、『武力行使』という概念を取り除き、『悪』という概念を取り除く。

 罪を犯すという選択肢が最初から存在しなければ、誰も罪を犯すという選択肢を選ぶ事が出来なくなる。同様に武力行使という選択肢をなくせば、誰も武力を行使する事は出来なくなる。延いては世界から『悪』という概念が消え、相対悪が存在しなければ『正義』を振りかざす事もなくなる。

 そうなればこの世界から人為的な悲劇はなくなり、今度こそ負の連鎖は消滅する」

 

 誰も理不尽な力によって悲しむ事のない世界。

 目指したのは昨日でもなく、今日でもなく、明日でもなく、『新しい明日』。

 

「新世界の創造? あんた達……頭おかしいんじゃないの?」

 

 カレンはスザクに鋭い視線を向ける。

 ただそれでもスザクは怯まない。彼女の反応は予測通りのものだ。

 確かにあの時の自分達の思考や精神が正常だったのか、と問われればハッキリと正常だったと言い切る事は不可能だった。

 それでも目指すモノが間違っていたとは思わない。

 

「人は変わらない、だから人を変える? 人の尊厳を蔑ろにし、根本から矯正しようと言うの? 神にでもなるつもり? 傲慢にも程があるわ」

 

 カレンは怒りを通り越して、呆れているといった様子だった。

 

「なら君は、争い続け、他者を傷付け続ける事が人の尊厳、正しい姿だと言うのか? 

 それこそ間違った考えだ」

 

「ッ!?」

 

 人類の歴史は争いの歴史。事実人間は争う為に技術を発展させ、それを繁栄へと結びつけてきた過去がある。

 人間は争いがなければ進化をしない生き物。

 神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアは言った。

 競い、奪い、獲得し、支配し、その果てに未来がある。

 それこそが進化している証拠なのだと。

 彼は人間の本質を言い当てていたのかも知れない。

 だがそんなものは認めない。

 故にルルーシュもスザクもカレンも抗ってきた。

 

「人は世界という名のシステムを構築する歯車に過ぎない。壊れた歯車を残したまま、稼働を続ければ、正常な歯車を歪ませ、軋ませ、削り、やがてシステム全体を狂わせてしまう。その前に壊れた歯車は取り除かなければいけない」

 

「ふざけないで! システムだとか、歯車だとか、ワケの分かんないこと言って、あんた達は人を人として見ていないんじゃないの!? そんなあんた達が世界を救うだの、正すだの本当に笑わせてくれるわね!」

 

 カレンは感情のままに語気を強め、スザクの言葉に反論する。

 常識的に考えれば、彼女の意見は尤もだろう。

 彼女が理解出来ないのも無理はない。

 彼女は何も知らず、常識の外側を知る術を持ってはいない。

 世界が集合無意識を中心としたCの世界という名のシステムによって構築、管理、保管されていることを。

 そして人は集合無意識が身に付けた仮面。いや、集合無意識から剥がれ落ちた『欠片』に過ぎないという真実を……。

 

「だったら、君なら世界を正す事が出来るというのかい? 蔓延する悲劇をなくす事が出来ると?」

 

 カレンとは対照的に、スザクは冷静に既に答えの出ている問いを投げ掛ける。

 出来ると答えたなら、それこそ傲慢だ。

 

「っ……、それは」

 

 カレンは悔しげな表情を浮かべ、奥歯を噛みしめる。

 答えは不可能だ。

 事実上この世界で最も権力を保持していた超合集国最高評議会、また最も強い戦力を保持していた黒の騎士団でさえ、手を拱くことしか出来なかった現状の世界。

 例え黒の騎士団が誇るエースパイロットと言えど一構成員でしかない彼女一人が、どれだけ足掻いても世界は変わらなかっただろう。

 自分の無力さに彼女も自覚していた。

 裏切りの騎士=枢木スザクを討った英雄であっても、ゼロという救世の英雄の前ではその威光も霞む。仮に彼女が行動を起こしたとして、追従したのは率いる第零特務隊と日本支部の一部だけだろう。例え一国の軍と対等程度に渡り合えたとしても、到底世界には及ばない。

 

「君は間違った手段だと非難するかも知れない。だけど現状、実際に世界は変化しつつある。今度こそ、真に争いのない世界へと」

 

 今のところ計画は順調に推移していると考えられる。英雄に心酔する世界の歪みを利用し、世界中の人間を騙しながら。

 一方、世界の変化を指摘されてなお、カレンは何かを言いたげだった。

 納得するなんて到底不可能なのかも知れない。

 

「僕達は知っているはずだ、綺麗事で世界は変わらないという事実を子供の頃から。

 そしてその結果、どうなったのかを」

 

 スザクの言葉にカレン、そしてナナリーまでもその身を震わせ、自らの手に──血塗られたその手に視線を落とす。

 レジスタンスとして人を殺した。

 兵士として人を殺した。

 騎士として人を殺した。

 皇族として人を殺した。

 敵を殺して、肉親を殺して、友を殺して、かつての仲間を殺して、名も知らない誰かを殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して………。

 復讐のために、何かを守るために、誰かを守るために、己が正義を信じて、己が信念を貫いて、多くの生命を奪い、業を背負ってきた。

 今この瞬間も数多の骸の上に自分達は立っている。

 それでも多くの大切なモノを守れず、失い、望まない結末へと辿り着く。

 苦痛を味わい、憤怒に身を焦がし、悲哀に嘆き、後悔に嘖まれ、絶望を抱いた先に手にしたのは、未来という名の儚き希望。

 そして、それさえ打ち砕こうとする現実。

 争い続ける人間の性。

 

 争いを止める。

 

 言葉で言うのは簡単だが、つまりそれは人間を変えることに他ならない。

 

 



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第6幕 【鎮魂歌 の 裏側】

 

「……それでも、こんなの……間違ってる……」

 

 カレンは力無く呟き、見つめる手をそっと握り締める。

 誰も傷付かない方法で世界を変えたい。

 それが綺麗事だと理解していても、力によって強制しようとするやり方を受け入れる事が出来ずに否定する。

 

“間違った方法で手に入れた結果に価値はない”

 

 そんな彼女の姿に、スザクは過去の自分を重ねる。

 

 その考えが間違っていた事に、自分は過ちを犯して初めて気付かされた。

 いや、本当はもっと前に気付いたのに、認めるのが怖かっただけなのかも知れない。

 自分は数多の命を奪った大罪人。

 例え一生を費やしても到底償いきれない罪。

 間違った方法によって生み出された結果。

 ならば彼等の死に価値はなかったのか?

 ……分からない。

 だけど自分は彼等の死を、彼等の命を奪った行為を価値のあるモノにしなければならない。意味のあるモノにしなければならない。決して無駄にしてはならない。

 それが責任を課された自分に出来る唯一の贖罪であり、成さねばならない義務であったはず。

 だが当時の自分にその覚悟はなく、自分で定めたはずのルールを都合良く曲解し、逃げ道として使っていた。

 

「スザクさん」

 

 と、それまでスザクとカレンのやり取りを黙って聞いていたナナリーが声を掛ける。

 

「質問があります、答えて頂けますか?」

 

 ナナリーは真っ直ぐとスザクの目を見て、そう告げた。

 

「なんだい、ナナリー」

 

 スザクも逸らすことなく視線を返した。

 

「お兄様とスザクさんが導き出した答えが本当に正しいのか、正直私にはまだ分かりません。

 ですが、どうして生きていたのなら、お兄様は今になって行動を起こしたのでしょうか?

 もっと早く行動を起こしていたなら、犠牲になった方は今よりも少なかったはずです」

 

 ゼロレクイエム(第一段階)から4年。その間に世界に刻まれた亀裂、広がっていった争いの連鎖、繰り返されてきた悲劇。

 結果、生み出された多くの犠牲と被害。もし仮にゼロ、いやルルーシュがもっと早くに行動を起こしていたなら、その規模は現状よりも少なかったのでは、と考えてしまうのは至極当然の事だ。

 

 理由は幾つか考えられる。

 その中でも可能性が特に高い推論は二つ。

 一つは何らかの方法で存命したルルーシュだが、活動を再開できるまで回復するには時間が掛かったという身体的な理由。

 そしてもう一つが、彼得意の演出。緩やかに荒廃する現状の世界。またそれに対処できない無能な指導者達に民衆が失望感や不満を抱き、そして変革を望む。その想いに応えた英雄が再び立ち上がり、変わらない世界に挑む。

 自分達の想いを体現する英雄の姿、行動に魅せられた人々は、例えそれが強行な手段だとしても、正義という名の幻想によって受け入れてしまう。

 人々は英雄を支持し、英雄は望むままに力を振るう事が出来る。最も効果的な時期を選び、その瞬間に至るまで傍観に徹していたのかも知れない。

 彼の性格や思考をよく知る者なら、後者で間違いないと考えた事だろう。

 

「いえ……、本当に聞きたいのはその事ではありません。

 もしスザクさんの語った言葉がゼロレクイエムの本当の全容だとしたなら、どうして英雄(ゼロ)であったはずのスザクさんは行動を起こそうとはしなかったのですか?」

 

 彼女の言葉には多少の怒気が含まれていた。本人にはその意図はなく、本当にただ疑問をぶつけているだけなのかも知れないが、傍目には彼を責めているように思えなくもなかった。

 彼女の疑問の真意は『何故約束された行動を取らず、お兄様を裏切ったのか?』に他ならない。

 その事にスザクもすぐに気付く。

 彼女の最愛の兄ルルーシュは自らの生命を懸けてまでゼロレクイエムを遂行し、英雄としての立場を、延いては二人が想い描いた世界の実現をスザクに託した。

 魔王の死と英雄の誕生。

 そして英雄による人類浄化がセットであると、スザクは自ら口にした。

 

 だがこの4年間、ゼロの仮面を受け継ぎ、英雄としての立場を手に入れたスザクが強硬な手段に出る事はなかった。

 第一段階の成否を見極めるのに時間を要した。

 人の意志が変わる可能性に懸けた。

 今はまだ時期ではないと考えた。

 雑務に追われていた。

 考えられる理由はいくつもあるだろう。

 しかし、もしその理由が恐れからくる躊躇いによるものならば、それは最愛の兄に対しての裏切りに他ならない。

 仮に彼女の考えが事実だとすれば、怒気を抱くのも無理はないことだ。

 

「君の言いたい事は分かるよ。でも……」

 

 自分の手をこれ以上汚したくはない。そう少しでも考えなかったと言えば嘘になるだろう。

 だけど動かなかった理由はもちろん別にある。

 

「第二段階、新世界構想としてのゼロレクイエムは凍結されたんだ」

 

 そう、第二段階は実行されない。

 してはいけない。

 しないでくれ。

 それが世界が少しでも良い方向へ変わるなら、自分の命を捧げても構わないと覚悟したルルーシュが見せた最後の弱み。

 

「何故ですか?」

 

 素直に疑問を問い掛けてくるナナリーに対し、スザクは一瞬躊躇うかのような複雑な表情を浮かべる。

 だがすぐにその表情を消し、彼女の問いに答えた。

 

「当初計画は概ね順調だった。多少の抵抗はあったけど、ブリタニアという国の仕組みを変える事に成功し、超合集国への参加──いや、その掌握に道筋を付ける事が出来た」

 

 最大の反抗戦力だった旧ナイトオブラウンズメンバーの排除以降、ブリタニア領内における反乱は沈静化し、皇帝ルルーシュに表立った反抗の意志を示す者はいなくなった。

 領内を平定したルルーシュは、神聖ブリタニア帝国の超合集国参加を表明。単身評議会開催地に指定したアッシュフォード学園へと乗り込んだ。

 その目的は当時の超合集国の仕組みを利用し、事実上超合集国を支配下に置くこと。

 だが当然、ルルーシュの企みは黒の騎士団幹部に予見されていた。

 さらに言えば、彼等はルルーシュが特別な力=ギアスを保持している事を知っている。何ら対策を講じないわけがない。

 ただ『黒の騎士団』が主導したその行為は政治と軍事力を切り離した超合集国の運営上、明かな越権行為であったのだが……。

 故にスザクはランスロット・アルビオン単機での電撃作戦を実行。評議会場を強襲し、参加国代表を人質とした。

 望んだ結果を得るため、ゼロレクイエム成功のためには、もはや手段は選ばない。武力によって制圧することになることも想定の内。

 これで超合集国をある程度掌握することが可能となるはずだった。

 しかし────

 

「だけど想定外の問題が起こってしまった。もう分かるよね? そう、浮遊要塞ダモクレスの出現だ」

 

 浮遊要塞ダモクレス。神聖ブリタニア帝国第二皇子=シュナイゼルの指揮の下に建造された全高約3キロという巨大な天空城であり、大量破壊兵器フレイヤを搭載し、なおかつ鉄壁の防衛システムを保有。最終的に衛星軌道上まで上昇し、地上全てを攻撃範囲とすることを可能とした超戦略兵器。

 

 第二次東京決戦以降、ブリタニアを離れ、姿を隠していたシュナイゼルだが、ダモクレスによるフレイヤ攻撃を以てルルーシュが治める神聖ブリタニア帝国に宣戦布告した。

 それによりブリタニア帝都ペンドラゴンは消滅。中枢を失った事により、ようやく平定した国家の基盤が揺らぎ、結果的に事態はそのまま世界の覇権を懸けたダモクレス戦役へと突入していく事となる。

 

 ダモクレスについては、ルルーシュが皇帝の座に就いた時点で、ある程度の情報を掴んでいた。

 だからこそブリタニア領内の平定と超合集国の掌握を急ぎ、武力による制圧という手段を選ぶ最大の要因となった。

 けれどダモクレスの完成は彼等が予想していたよりも早く、後手に回らざるを得なくなってしまう。

 それでもルルーシュとスザクの協力と、フレイヤの生みの親であるニーナ・アインシュタインが開発したフレイヤ・エリミネータによって、鉄壁を誇るダモクレスを攻略。

 ダモクレスの制御権を手中に収め、シュナイゼルを従属させる事に成功する。

 本来なら問題はそこで解決するはずだった。

 

「……そしてもう一つ」

 

 スザクは躊躇いを抱きながらも言葉を続ける。

 

「ナナリー、君だ」

 

「……え」

 

 自分の名前を告げられ、ナナリーは困惑の表情を浮かべた。

 

「ルルーシュは君がフレイヤの発射スイッチを押してしまった事を知り、ゼロレクイエムの第二段階を凍結したんだ」

 

 ルルーシュにとって最大の誤算だったのは、ナナリーがシュナイゼルの担いだお飾りの皇帝=自分に対する人質ではなく、彼女自らの意志でフレイヤの発射スイッチを押し、その手を汚してしまったという事実。

 

“撃って良いのは撃たれる覚悟がある奴だけだ”

 

 その理念に従えば、裁きの対象として最愛の妹を殺す事になる。

 

 世界を敵に回し、自らの命を懸けてでも世界を変えようとしたルルーシュ。

 その変革を望む想いの根底に存在していたのは、妹の無事と彼女が平穏に暮らせる世界の構築に他ならない。現に当初は彼女を守る事が出来るなら、どんな犠牲も厭わないと考えていた。

 そんな彼が自らの手で、自らの策で最愛の妹を殺す事など、絶対に受け入れられることではなかった。

 彼も完璧な人間ではない。特別扱いは出来ないと理性では理解していても、感情を押し殺し、本来の自分を否定する事が出来なかった。

 故に彼は最後に世界よりも妹を選び、その代償を自らの命で支払った。

 

 ゼロレクイエムは確実に実行する。

 人類の歴史が続く限り、悪意と憎悪の対象として悪逆皇帝であり続ける。

 約束通りお前が俺を殺せばいい。

 他には何も要らない、だからナナリーだけは殺さないでくれ。

 

 それこそが彼が本当に望んだ最後の願いであり、スザクはその願いを受け入れた。

 なのに彼は再び、自ら人類浄化の道を歩み始めている。

 その事実を考えた時、改めてスザクは疑問に思う。

 

 果たしてあのゼロ=ルルーシュは、本当に自分が知るルルーシュなのか、と。

 

「……そんな……お兄様」

 

 スザクの言葉にナナリーの瞳から涙が零れ落ちる。

 ただ、その心中は複雑なものだった。

 最愛の兄が世界よりも自分を選んでくれたことはこの上なく嬉しい。

 しかし自分の存在が、起こした行動が兄達の計画を歪めてしまい、その結果、未だに世界は争い続けている。

 背負った十字架が重みを増す。

 兄が自らの命を懸けて守った世界を、自分は守り抜く事が出来なかった。

 その状況に業を煮やしたのだろう。

 

“ナナリー、お前には失望した”

 

 5日前、再会した兄が放った冷たい声が脳裏に響き、ナナリーはギュッと拳を握り締める。

 

「ねえ、スザク」

 

 名を呼ばれ、スザクは声の主であるカレンへと視線を向ける。視界に映り込んだ彼女の姿は、先程までの弱さを感じさせなかった。

 吹っ切れたのか、それとも思考を最適化したのか。いや、例え迷いながらでも、自分が求められた動きができる事が彼女の長所でもある。

 

「貴方の話が事実だとしたら、ルルーシュは新世界の構築、人類意志の浄化を行おうとしている。それで良いのよね? 

 でも、それならどうしてルルーシュはギアスを使わないの?」

 

 ギアス、それは常識を逸脱した超常の力。

 5年前、ルルーシュは『魔女』=C.C.との契約によってギアスを手に入れた。

 発現するギアス能力は個々によって異なる。契約者の潜在的願望が影響すると考えられているが、彼に発現した能力は『絶対遵守の力』=他者に一度だけ如何なる命令をも下せる能力だった。

 その力は対象者の想いや信念さえ無慈悲に歪めてしまう。

 彼はギアスと持ち前の知略を用い、当時日本解放を掲げて神聖ブリタニア帝国に挑んだ黒の騎士団のカリスマ的指導者=ゼロとして、不可能を可能とする数々の奇跡を起こし、確固たる地位を築いた。

 しかし4年前の第二次東京決戦直後、シュナイゼルの策謀により、黒の騎士団幹部にギアスの存在が露見。彼は指導者の立場を追われ、秘密裏に処刑されそうになった過去がある。

 

 ただ、世界が超合集国とブリタニア帝国に二極化されていた当時の世界情勢──特に超合集国側への影響──を、そして黒の騎士団が置かれていた立場を踏まえ、ギアスの存在が公に公表される事はなかった。

 その為、現在でもギアスの存在、またルルーシュ及び当時のゼロがギアス保持者であった事実は、極一部の者のみが知る極秘事項となっている。

 当時からゼロの右腕だった紅月カレンも、ギアスの存在を知る者の一人だ。

 スザクにも彼女の言いたい事が理解できた。ギアスの存在を知る彼女の疑問は極めて単純なものだ。

 

 他者に絶対の命令を下せるギアスを使用すれば、英雄という仮面も、漆黒の騎士やフレイヤといった戦力も必要ない。

 それこそ全人類にギアスを掛け、人類の意志をねじ曲げてしまえば良いだけのこと。

 そうすれば、何もより多くの血を流し、これ以上生命を奪わなくても、スザクが語った新世界の構築は成し遂げられるだろう。

 それなのにルルーシュは再びゼロを名乗り、漆黒の騎士を立ち上げ、フレイヤを使用する。

 

 何故?

 

 その疑問こそが疑惑の最大の核心なのかもしれない。

 ギアスを使用しない理由も、幾つかは思い付く。

 

 全人類にギアスを掛けて創造した世界は、果たして本当に人類の意志を変えた事になるのだろうか?

 

 答えは否だ。それでは人類自らが新しい未来へ踏み出したのではなく、押し付けられた理想を否応なく実行しているだけ。そうなれば多分二度と人類は自らの意志で先へ進む事は出来なくなる。

 それでは結果的に彼等が否定し拒絶した──今日という現在で世界を固定しようとした──シュナイゼルの考えと同じ、変化なき日常となってしまう。

 だが彼等が望んだのはあくまで新しい明日。

 その実現の障害となるのなら、ギアスの使用を躊躇い、拒む事も頷ける。

 また別の理由で考えられるのは、使用しないのではなく使用出来ないという事態だ。何らかの理由でギアス能力自体を失った、もしくは封じられている可能性がある。

 その場合、この場でスザクだけが持ち得たルルーシュ生存の仮説が現実味を帯びる。

 

 コードの継承。

 

 コードを継承したギアス保持者は不老不死の肉体を得ると同時、保持していたギアス能力を失う。ギアス能力に依存していた者にとって、まさに無限地獄と呼べる日々なのかもしれない。それが、コードが呪いとも呼ばれる要因だ。

 けれどギアスに頼りきることがなかった彼にとっては、呪いでも何でもないだろう。

 ギアスの授与者であり、コード保持者であったC.C.は、最後までルルーシュにコードを押し付けるような事はしなかった。

 だけどコードは一つではない。4年前、Cの世界で対峙した彼の父親=シャルル・ジ・ブリタニアも、兄=V.V.からコードを奪い、コード保持者となっていた。

 最終的にCの世界に呑み込まれ、その存在を失ったシャルルだったが、もしその前後に彼が保持していたコードを、ルルーシュが手に入れていたとしたら……。

 それはあまりに突飛で荒唐無稽な考えだろう。

 しかしこの世界に常識を逸脱した存在、力、システムが現存している事実を知り、関わってきたスザクには、それは簡単に否定できる考えではなかった。

 

「確かに可能性は幾つか思い付く。けど、本当のことは僕も分からない」

 

 スザクは自分の考え=推測を語ることなく、事実のみを告げる。

 

「……そう」

 

 対するカレンは望んだ答えた手に入らなかった事に対して、スザクを責めることなく、落胆する様子も見せなかった。

 

「どうやら直接本人に聞くしかないみたいね」

 

 その言葉にスザクは少し驚いたが、彼女らしい考えだと納得する。

 

「で、これからどうするの?」

 

 カレンは過去の疑問を振り払い、現状自分達が直面している最も重要な問題をスザクに突き付けた。

 

「漆黒の騎士から襲撃を受けた立場としては、現状彼等は黒の騎士団の敵という認識で間違いないわよね? だけど世界はもう黒の騎士団(わたしたち)よりも漆黒の騎士(ルルーシュたち)を支持し始めている」

 

 黒の騎士団を強襲した漆黒の騎士は本来なら加害者の立場であり、超合集国連合が目指した秩序を乱すテロリスト扱いが妥当だったはず。

 だが世界は彼等をテロリストとは認識していない。

 彼等は既にこの世界から一時的でも紛争を根絶したという実績を残してしまった。

 何より彼等を率いているのは救世の英雄であり、正義の象徴たるゼロなのだ。ゼロレクイエムから4年が経過した今でも、彼の事を崇拝する者は数多く存在する。

 まさにこの世界に対して、フレイヤよりも強力な、最も強大なカードを握っている事になる。

 ゼロの言葉が受け入れられた結果、窮地に立たされる事になるのは黒の騎士団の方だ。

 

「そんな状況下じゃ組織を立て直す事すら出来ないわよ」

 

 カレンの言葉は正しい。

 今回の一連の事態を受け、黒の騎士団を支持する人も国家も減っていく。

 そうなれば超合集国参加国から受けていた数々の支援が止まる。

 一方物資の面だけなく、『象徴』を失った事により、人材の面でも流出が始まるのは目に見えている。ゼロの存在しない黒の騎士団に所属する意味はないと考える者は少なくない筈だ。

 このままでは黒の騎士団という組織の瓦解は、時間の問題なのかも知れない。

 

「わ、私は一度ブリタニア本国へ戻ります」

 

 兄の想いを改めて知り、自分の愚かさに打ちのめされ掛けていたナナリーだったが、自分が今、本当に目を向けなければならない問題に対して、為さねばならない事を自覚していた。

 流石は皇帝の地位に就く人間ということか。

 

「コゥ姉様からの連絡によればシュナイゼル兄様と、4年前お兄様に仕えていた元兵士の方々が5日前=ゼロが行った宣言の直後に姿を消したそうです」

 

「ッ……」

 

 初めてその事実を聞かされ、ナナリーの言葉にスザクは動揺する。この展開はゼロが宣言──いや、力ある者に対して宣戦布告を行ったと聞いた時点で考えられた事だ。

 ルルーシュがシュナイゼルに掛けたギアスは、自分にではなく「ゼロに仕えよ」というものだった。事実ゼロレクイエム以降、シュナイゼルはゼロとなったスザクに仕え、知略の面から彼を支えてきた。

 しかし、真のゼロが蘇ったとしたなら、彼が起こすべき行動は一つしかない。

 そして4年前、ゼロレクイエム成功のために、ルルーシュが兵士=駒とした者達には「奴隷となれ」というギアスが掛けられていた。

 もし、彼等がゼロの下へ集うために姿を消したとすれば、ゼロ=ルルーシュとする考えはより確実なものとなる。

 

「国内が混乱している現状、国の代表としてこれ以上自国を離れているわけにもいきません。

 それに黒の騎士団に対する支援をこれまで通り行うように、議会を説得してみるつもりです」

 

 ナナリーはルルーシュの妹としてではなく、皇帝としての立場でブリタニアへと戻る決意を固めていた。ブリタニア国内においてナナリーは──ゼロには及ばないが──高い支持を得ている。

 彼女が議会を説得できれば、漆黒の騎士へと傾きつつある流れを、一時的にでも止められるかも知れない。

 そうなれば世界最大の国家であるブリタニアからの支援は継続され、黒の騎士団としても当面の物資は確保できるだろう。

 

「ありがとう、ナナリー」

 

 カレンは心から感謝の意を述べた。

 

「いえ、私にできる事は本当に限られています。私にはカレンさんのように戦う事ができませんから……」

 

 ナナリーは一度視線を動かない自らの脚に視線を落とし、複雑そうな表情を浮かべた。

 

 もしこの脚が動いたなら、もしKMFの高い操縦技術を持っていたなら、自分は再び兄と直接戦えたのだろうか?

 兄の本当の想いを知り、兄の居ない世界に絶望さえした自分が……。

 脚が動かず、戦う能力を持っていない。

 それが兄と直接戦わなくても良いという免罪符なのだろう。

 果たしてそれを忌むべきなのか、それとも歓喜するべきなのか……。

 

「大丈夫よ、ナナリー」

 

 カレンはナナリーの下に歩み寄り、そっと彼女の手に触れる。

 

「貴方には貴方にしか出来ない事があるわ、ナナリー。

 それは絶対に私にはできない事よ。

 でも……もし彼と、ルルーシュと戦う事になったとしたら、私は貴方の分まで戦うわ」

 

 彼女は自らの決意を告げ、ナナリーに誓う。

 

「カレンさん」

 

 ナナリーはその想いに応えるように手を重ね、カレンもまた強く頷いて応える。

 

「スザク、貴方はどうするの?」

 

 カレンはスザクに問う。

 ルルーシュと戦うのか、と。

 戦えるのか、と。

 

「僕は……」

 

 スザクは続く言葉を濁すように躊躇いながら呟いた。

 

 



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第7幕 【優しい 世界】

 

 

 カレンの問いにスザクは動揺し、そして葛藤する。

 

 彼が自分の知るルルーシュなら、自分はどうすればいい?

 またルルーシュと戦う? 

 同じ理想を抱き、共に計画を進めたというのに、今さら彼を裏切るというのか?

 

 いや、それこそが裏切りの騎士と呼ばれた自分に相応しい選択だ。

 違う。

 もう自分は誰も裏切りたくはない。

 

 人類の浄化。

 新しい明日を迎える為に、今日払うべき犠牲。

 

 自分の命を差し出す覚悟は4年前から出来ている。

 

 だったらナナリーの事はどうする?

 

 もしルルーシュが、自分が知る計画のままに事を進めたなら、いずれ自分も、カレンも、ナナリーでさえ断罪の対象として討たれるだろう。

 自分達は紛れもなくその手を血に染め、強者として他者の生命を奪ってきたのだから。

 

 なら本気でルルーシュにナナリーを殺させるつもりか?

 例えそれが必要な行為だとしても、本当に正しい事なのか?

 

 …………。

 自分がどうしたいのか分からない。

 ナナリーを守る=ルルーシュを止める。

 ルルーシュと共に進む=ナナリーを見殺しにする。

 世界の変革、犠牲、誓い、友情、契約、計画……。

 過去と現在。

 4年前の自分が置かれていた立場と、現在自分が置かれている立場は違う。

 複雑に絡み合う想いが思考を束縛する。

 

「……俺は」

 

 自分が選ぶべき選択は────

 

 苦悩し、態度を決めかねるスザク。

 その姿に業を煮やしたのか、カレンは徐ろにナナリーの側から離れると、目的の物を掴み、それをスザクへと投げ渡した。

 

「ッ!?」

 

 自分に向かってくる物体を、スザクは咄嗟に受け止める。

 

「何を────」

 

 カレンの突然の行動に抗議の意を示そうとしたスザクだったが、投げ渡された物体が何なのか気付き、息を呑んだ。

 

「どうして……これを?」

 

 スザクの手の中に収められた物体、それは英雄を象徴する闇色の仮面。

 

「貴方はまだゼロなのよ。誰も貴方がゼロを辞めたなんて認めていないわ。

 迷っているのはルルーシュが今行っている事に納得できないからでしょ?

 だったら戦って、私達のゼロとして。自分こそが本物のゼロだ、みんな騙されているって宣言して、そして命令しなさい。偽物のゼロと戦えって」

 

 カレンはスザクにゼロであり続ける事を求める。

 それは彼にとって残酷な事なのかも知れないが、ルルーシュと戦う道を選ぶ上で彼女の求めは必然だった。

 組織の象徴であるゼロを失い、瓦解の淵にある黒の騎士団を存続させる為には、組織を率いる指導者が必要だ。

 その指導者に最も相応しい者は、やはりゼロ以外には存在しない。

 そしてこの4年間黒の騎士団を率いていたゼロは離叛などしてない。

 仮にスザクが再びゼロとして立ち上がり、黒の騎士団を率いたなら再び結束を取り戻す事が可能だろう。

 また、漆黒の騎士に傾倒し始めた世界に、大きな波紋を投げ掛けることが出来るはずだ。

 

 相対する二人の英雄。

 古きゼロと新たなゼロ。

 間違った力を行使する強者を断罪する者と、それを間違った力の行使だと断罪する者。

 漆黒の騎士を率いる者と、黒の騎士団を率いる者。

 過去にルルーシュは言った。ゼロの真贋は中身ではなく、その行動によって測られる、と。

 つまり正義を体現する者こそがゼロである。

 

 だが一方で、人々が『正義』と掲げるモノは一つではない。

 やがて世界は古きゼロを支持する者と、新たなゼロを支持する者に二分化される。

 いや、さらに細分化される事だって考えられる。

 それこそ個人が正義と掲げるモノの数だけ。

 もしそうなれば対立は避けられない。

 救世の英雄による騒乱。

 世界平和を想いながら、正義は氾濫し、戦火を広げる。

 本末転倒だ。

 しかし、ゼロに対抗できる者はゼロだけという事実を考えれば、現状漆黒の騎士に対抗する為には、それ以外の手段はないのかも知れない。

 

「スザクさん、私からもお願いします。

 ゼロを、お兄様を止めるために力を貸して下さい。

 今のお兄様を止められるのは、スザクさんだけだと思うんです」

 

 ナナリーもまた、スザクに共に進むことを求める。

 

「……ナナリー。君も僕にゼロで在り続ける事を求めるのかい?」

 

「いいえ」

 

 スザクの問いにナナリーは首を横に振る。

 

「ゼロを続けるかどうか、それはスザクさんが決める事です。私はスザクさんの意志を尊重します。

 私だってお兄様とスザクさんの考えた新世界構想、二人が目指した世界が完全に間違っているとは思いません。

 この世界を、人々の意思を本当に変えようとするなら、強硬な手段も必要なのでしょう。夢や理想だけでは何も変える事ができない現実を、私達は痛いほど知っています……」

 

 想い描いたのはささやかな夢。

 最初はただ、家族が仲良く暮らせるだけで良かった。

 皇女だとか、皇族だとか、そんなものはどうだって良かった。

 父が居て、母が居て、兄が居て、自分が居る。

 手を伸ばせば容易く手に入れられそうな当たり前の日常。

ただそれだけで。

 けれど現実は容赦なく、自分から全てを奪っていった。

 母が暗殺され、祖国に棄てられ、やがてその事を憎悪する兄の手によって父が殺され、その兄までもが世界を変えるために己が命を捧げた。

 望めば望むほど、大切な人が自分の側から消えていく。

 穏やかな日常が崩壊していく。

 

 だけど自分の身に起きた悲劇は、この世界に溢れている悲劇の一つ。

 いや、今にして思えば、より多くの悲劇を生み出すため舞台だったようにも思える。

 それら全ての悲劇をこの世界からなくすためには、その根底を変えなければならない。

 根底=人々の意識。

 兄達は人類の歴史に抗い、人類その物に挑もうとした。

 その先に目指したのは穢れ無き世界。

 罪も悪も存在せず、人々が間違った選択肢を選ぶ事はなく、人為的な悲劇は限りなくゼロになる。

 悲劇が溢れる現状の世界と比べれば、それはある意味で理想的な世界なのかも知れない。ただし多くの犠牲の上に成り立っているという事実を除けば……。

 

「ですが────」

 

 ナナリーは躊躇いを押し殺し、ある人物の名を口にする。

 その名が目の前にいるスザクにとって、どれほど重要な意味を持つのか知りながら。

彼女との思い出が、どれほど大切なモノであるのか理解していながら。

 それでも──言い方は悪いが──彼女への想いを利用する。

 

「ユフィ姉様が望んだ『優しい世界』は、例え罪を犯してしまった人に対しても、救いの手を差し伸べることができる世界のはずです」

 

「…………ッ!?」

 

 ナナリーの口から発せられた人物の名を聞いた瞬間、スザクの表情が歪んだ。

 後悔、憎悪、絶望、憤怒、慟哭、殺意……心の底から溢れ出した負の感情が思考を灼き、精神的苦痛を齎す。

 

 今は亡き神聖ブリタニア帝国第三皇女=ユーフェミア・リ・ブリタニア。

 かつてユフィの愛称で呼ばれていた少女。

 今もなお、心の一部を占めるスザクの想い人。

 

 5年前、副総督として当時のエリア11を訪れ、スザクと出会い、彼を専任騎士とする。その後、行政特区日本構想を提唱。優しい世界の実現を夢見た彼女は、当時のブリタニア体制を否定し、差別なき平等と融和を望んだ。

 しかし行政特区日本の開設式典当日、ルルーシュのギアス暴走に巻き込まれ、式典会場に集まった日本人の虐殺を命じ、また自らも多くの生命を奪い、その名を後世に虐殺皇女の悪名と共に残す事となる。

 結果的にルルーシュの手によって殺害され、日本人による武装蜂起=ブラックリベリオンの為に、その死さえ利用された。

 自らの皇位継承権さえ棄て、兄を殺し、また多く生命を奪ってきた彼を許そうとしたが、その純真な彼女の想いが意図せぬ結末を生んでしまう。

 故にユーフェミアの死こそが、ルルーシュとスザクの友情に終止符を打ち、決別を決定付けた。

 

「確かに罪を犯した者に対して罰が必要なのは事実です。そして罰が重ければ重いほど抑止効果が高くなる事もまた事実。

 でも……罪を犯し、過ちを繰り返す事を含めて『人間』なんだと私は思うんです。

 そして同時に、例え罪を犯してもそれを償い、いつか許し合う事ができる可能性も人は持っていると思います」

 

 必罰主義が被害者に対しても、加害者に対しても本当の救済にはならないことは多い。

 本当に必要なのは、どうしてそうなってしまったのか、その理由や原因を調べ、全ての人々がそれを認識し、対策を講じて改善すること。

 そうなれば同じ境遇、同じ理由で罪を犯す者はいなくなるはず。突き詰めれば、全ての罪はなくなり、この世界から人為的な悲劇はなくなる。

 だが、それは所詮理想論に過ぎない。

 人は簡単に許し合うことなんて出来ない。

 ナナリーだって、それは理解していた。

 だけど彼女は可能性を知っている。

 

「お兄様とスザクさんが同じ理想を目指して、再び手を取り合う事ができたように……」

 

 その言葉にスザクの心は揺れる。

 

 違う、違うんだ。

 自分達は心から許し合ったワケじゃない。

 ただ、己が理想のために互いを利用し合っただけだ。

 結果だけを追求した協力関係。

 自分達が手を取り合った理由は、決して彼女が思うほど純粋なモノではない。

 

“許せない事なんてないよ。それはきっとスザク君が許さないだけ。許したくないの”

 

 かつてクラスメイトだった少女はそう言った。

 確かにその通りだ。

 自分達は互いを許せなかった。

 だから犯した罪に対して、互いを罰する。

 ルルーシュには死を。

 自分には生を。

 互いの望みとは逆のものを与えることで。

 

「私はまだ、ユフィ姉様が望んでいた『優しい世界』の実現を諦めていません。だからスザクさんもどうか私のために、いえ、ユフィ姉様の為にも今日の延長にある明日を諦めないで下さい!」

 

 ナナリーは強く宣言する。

 ユーフェミアの意志が未だ自分の中に受け継がれている事を。

 

「…………」

 

 スザクは静かに手の中の仮面に視線を落とす。

 ユフィの命を奪った憎き『ゼロ』の仮面。

 

“わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは汝、枢木スザクを騎士として認めます”

 

 自分が彼女の騎士であった事実を一度として忘れた事はない。

 一方で脳裏を過ぎるのは、ルルーシュが自分に遺した最後の言葉。

 

“これは……お前にとっても罰だ……。

 お前は……『正義の味方』として、仮面を被り続ける……枢木スザクとして生きる事は……もうない。人並みの幸せも……全て世界に捧げてもらう。永遠に”

 

 彼はゼロであり続ける事を願い、それを自分は承諾した。

 そしてそれは、再びルルーシュが姿を現わした現在も覆ってはいない。

 だったら自分が取るべき行動は最初から決まっていた。

 悩む事も、躊躇う事も、選ぶ事すら許されない。

 

 世界を左右する程の力を有した仮面。使い方を間違えれば、自分だけでなく、巻き込んでしまった全ての人々を破滅させてしまう。

 本来の重さ以上の重圧が、その手にのし掛かった。

 だが、それでも成すべき事がある。

 

 スザクは顔を上げる。

 その顔は迷いも弱さも感じさせず、明確な決意を示していた。

 スザクが自らの意志を口にしようとしたその瞬間────

 

 ピピピピッ。

 

 通信機の呼び出し音が、静寂に包まれた室内に響く。

 

「っ、こんな時に」

 

 カレンは慌てた様子で、上着の胸ポケットから通信機を取り出し、申し訳なさそうに二人に告げた。

 

「ごめん、少し良い?」

 

 指揮系統が混乱する現状の黒の騎士団において、最高幹部に次ぐ立場となっている彼女が、呼び出しに応えないという選択肢は持ち合わせていなかった。

 

「いや、構わないよ」

 

「はい、お先にどうぞ」

 

 その事はスザクもナナリーも、同じく人の上に立つ者として理解している。

 

「ごめん」

 

 もう一度謝意を伝え、カレンは呼び出しに応えた。

 

「どうした? 何か動きでも────え」

 

 問い掛けに答える通信相手の言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が強張った。

 

「……もう一度お願い」

 

 カレンは相手の言葉をすぐに理解できず、疑うというより信じたくはないという思いから、再度事実の確認を求める。

 しかし相手から返ってきた報告内容に当然変化はない。

 通信機を持つ彼女の手が微かに震えていた。

 

「あの、カレンさん?」

 

 心配そうにナナリーが声を掛けるが反応はない。

 

「カレン、何かあったのか?」

 

 青ざめた表情のカレンに対し、ただならぬ気配を感じたスザクが問う。

 

「え……あ……」

 

 思考が上手くできていないのか、動揺する彼女はスザクの問いに答える事が出来ない。

 

「落ち着け、カレン!」

 

 スザクは枢木スザクとしてではなく、ゼロとしての声音で命令を下した。

 

「ッ……はい」

 

 その声にカレンは一瞬身を震わせた後、条件反射のごとく正気を取り戻す。

 

「何があった?」

 

 再度の問い掛けにカレンは躊躇いながら口を開き、彼女にとって受け入れ難い報告内容を告げた。

 

「……扇さんが────」

 

亡くなりました。

 

 



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幕間 Ⅱ 【忠義 の 行方】

 

 

 クローゼットを開け、取り出した騎士服に袖を通す。

 何年ぶりの事だろう。

 仕えるべき主君を失って以来という事は、あの日=ゼロレクイエムからもう4年の月日が経つのか。

 いや、まだ4年と言った方が正しいのかも知れない。

 あの栄光の日々を忘れた事など刹那とてない。そもそも忘れる事など不可能なほどに満ち足りていた。

 だからこそ未だ喪失感が胸に巣くうのだろう。

 受け入れたはずだった。あの結末は我が主が望んだことだと、騎士が主君の命に従うのは当然の義務だと、強く強く自分に言い聞かせて納得しようとした。

 しかし、陛下が自らのお命を懸けてまで変革を成し遂げようとした世界は、その尊い犠牲に応えてはくれなかった。

 無くなる事を望んだ悲劇。

 断ち切る事を願った負の連鎖。

 だが現実はその想いを嘲笑い、踏みにじり続けている。

 それなのに自分は何もできない。騎士という地位を退き、戦場を離れ、フルーツパークの経営者に成り下がる。

 当然、陛下の期待を裏切ったこの世界に思う所はある。本来ならば到底看過できる事ではない。

 だがしかし────

 

“もう戦わなくていい”

 

 それが最後に陛下が私に下した命だ。

 自分の死に囚われず、己が道を歩め、と。

 

「だが……」

 

 決意と共に騎士服を纏い、クローゼットを閉じる。

 部屋を出る前に、一度だけ部屋の中を見渡す。

 一通りの片付け、事務処理は終わっている。跡を引き継いだ経営者は、その日から問題なく業務を行えるだろう。

 一度踏み出してしまえば、どんな結果になろうとも、もう二度と自分はこの場所に戻って来る事はない。

 心苦しくも平穏な生活を手放す事に、まったく未練が無いと言えば嘘になる。

 

「それでも、我が主のために」

 

 改めて信念を心に深く刻み込む。

 

 電気を消し、部屋の扉を開ける。

 その瞬間、まるで私を待ち構えていたかのように佇む──薄桃色の髪をアップに纏めた──少女の姿が視界に映り込む。

 

「……アーニャ」

 

 かつて神聖ブリタニア帝国が誇った最強の騎士=ナイトオブラウンズに、最年少で名を列ねた少女。元ナイトオブシックス=アーニャ・アールストレイム。

 それが少女の名前だ。

 ダモクレス戦役で一戦を交えた際、彼女に掛けられていた記憶改変のギアスを解除した事を機に懐かれ、身寄りもないことからゼロレクイエム以降行動を共にしている。

 ギアスの影響なのか、出会った当初は表情の変化に乏しかったが、最近では愛らしい笑顔を見せてくれる事もあった。

 けれど今、その顔に浮かんだ表情は険しく、向けられた視線は鋭い。

 

「その格好……、行くの?」

 

 アーニャが問い掛けてくる。

 どうやら私の意志は既に伝わっているようだ。

 ならば隠す必要も誤魔化す必要もない。

 

「ああ……私には成すべき事がある」

 

「あのゼロの正体が、ルルーシュ陛下だとは限らない」

 

 端的に告げられたアーニャの指摘は正しい。

 

「分かっている、だからこそ確かめねばならぬのだ」

 

 自らが率いた黒の騎士団を離叛し、再び世界の強者に対して宣戦布告。大量破壊兵器フレイヤを以てそれを実行に移した救世の英雄=ゼロ。

 その一連の行動に対して、仮面の下の素顔を知る私が違和感を感じないはずがない。

 もちろん陛下が、私に全てを包み隠さず明かしていたとは残念ながら考えにくい。

 それでもゼロレクイエムによって誕生した二人目のゼロが、この様な強行手段を執ることは断じてないと思われる。

 もし仮に執ることができたとしても、今この時期に行動を起こしはしないだろう。

 もっと早い時期に、新たな争いが広がる前に手を打っていたはずだ。

 

 だとすれば考え得る可能性は二つ。

 一つは何者かがゼロの名を騙っている可能性。

 そしてもう一つが、我が主の帰還。

 もちろん常識的に考えれば後者は有り得ないと理解している。

 だがその常識もこの世界の一般常識に過ぎない。例外は存在する。私の左目に宿る力もその内の一つだろう。

 

 故に私の執るべき選択も二つ。

 前者ならゼロの名を騙った不埒な輩に対し、死を以て断罪を下す。

 ゼロの名を汚すという事は、すなわち陛下の名を汚すと同義だ。

 そしてもし、後者なら────

 

「……行かせない」

 

「そこを退け、アーニャ」

 

 立ち塞がるなら、誰であろうと切り伏せる。例えそれが──娘や妹に対する愛情と同じ想いを抱く──目の前の少女でも容赦なく。

 必要とあらば、今すぐにでも腕部内蔵ブレイドを起動させよう。

 

 私の求めにアーニャは首を数度横に振り、真剣な眼差しを私に向けて告げる。

 

「貴方一人では、行かせない。私も行く」

 

「ッ!?」

 

 予想とは異なる応えに、私は驚きを隠せなかった。

 本気なのか、とは問わない。その強い決意が籠められた瞳を見れば、彼女の意志は理解できる。

 

「あの方の為にも」

 

「あの方……、ナナリー様の為か?」

 

 私の問いにアーニャは頷く。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニア様は、我が主=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア陛下の妹君。現在は神聖ブリタニア帝国の皇帝と成られているが、まだナナリー様が一人の皇女であった4年前、アーニャはナイトオブシックスとして一時ナナリー様の警護を担当していた。その時から今現在に至るまでの親好があったと聞いている。

 

「あのゼロは……彼女の望んだ世界に……反している。だから、止める」

 

「そうか」

 

 騎士として、いやそれとも友人としてか。

 どちらにしろ私が彼女を拒み、その歩みの邪魔をする理由はない。

 もし結果的に再び対峙する事になろうとも、それは互いに譲る事のできない信念ゆえ。

 私はただ忠義を貫くだけだ。

 彼女もまた己が信念と覚悟を貫くだけ。

 

「ならば私はもう、何も言うまい。行くぞ、アーニャ」

 

「うん」

 

 私は歩みを進める。

 今一度ゼロへと向かっていく事になるとは、何という皮肉か。

 だが、我が忠義は揺るがない。

 このジェレミア・ゴットバルトの名に懸けて。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 そこは薄暗い部屋だった。光源となっているのは大型モニターが放つ青白い光だけ。当然と言えば当然なのかも知れない。

 部屋の主は玉座に座する王の如く悠然と構え、モニターへと視線を向ける。

 アメシスト色の澄んだ瞳が見つめる先、映し出された世界情勢や戦況報告、各種データは計画が予定通りに進んでいる事を示していた。

 

 順調?

 いや順調すぎる。

 何のイレギュラーも起こらない。

 それではこちらにとって逆に都合が悪い。

 

「ルルーシュ様」

 

 背後から名を呼ばれた青年は自らが座る椅子を回転させ、背後へと振り返る。

 漆黒の騎士を統べる『王』=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 その視界に映り込むメイド服姿の女性。

 

「何だい、咲世子さん?」

 

 ルルーシュは微笑みを浮かべて問う。

 

「まもなく、ソロモンは予定の作戦領域上空へ到達します。ご指示を」

 

 対するメイド=篠崎咲世子は淡々と報告を告げる。

 

「そうか、もうそんな時間か……。ナイトメアの準備は?」

 

「ファントムならびにレギオン全機、補給及び整備は完了しております。いつでも出撃可能です」

 

「ならば今回は私も出よう」

 

 そう言ってルルーシュは立ち上がり、手にしていた闇色の仮面を身に付ける。

 

『分かっているな、対象者は────殲滅だ』

 

『イエス、ユア・マジェスティ!!』

 

 ルルーシュが、いやゼロが告げた命令に対し、それに応じる声がどこからともなく室内に響いた。

 

「いってらっしゃいませ、ゼロ様」

 

 咲世子は漆黒のマントを手渡し、深々と頭を下げ、彼の出陣を見送った。

 

 

 

 ある都市の上空。何の前触れもなく、突然空が割れ、それは現われる。

 巨大な浮遊物体=黒き天空城。

 舞い降りる無数の黒きKMF。

 そして始まる『罪人』の狩り取り。

 それは虐殺と呼ぶ事すら生温い、おぞましき殺戮の宴。

 

『くっ、ふははははははッ!!』

 

 

 



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第8幕 【死 を 導く モノ】

 

 

 合衆国日本、首都東京。

 かつてトウキョウ租界と呼ばれていたその中心──4年前の第二次東京決戦の際に使用されたフレイヤによって消失した──旧政庁跡地に再建された中央行政区画には、復権した日本の政府中枢機関が集約されている。

 その内の一つに首相官邸が含まれる。

 官邸の地下駐車場へと入ってきた数台の車列が停車。車両から降りたSP達が周囲を警戒し、車列中央のハイヤーを取り囲むように警護に当たる。

 車内には二人の男の姿があった。

 官邸の主と、その主席秘書官。

 

「あまりお時間がありません。30分後にお迎えに上がります、それまでにご用意を」

 

「……分かった」

 

 憮然とした態度の秘書官の言葉に、彼は若干表情を強張らせながら応えた。

 

 日本という名を取り戻した国家の新しい代表、内閣総理大臣=扇要。

 小規模レジスタンス(テロリスト)グループメンバーから、国際的地位を確立した黒の騎士団の副司令、事務総長を経て一国の代表へと上り詰めた男。

 そう表現すると剛腕を振るう野心家をイメージするかも知れないが、彼の気性はそれとは真逆だった。

 人が良く、親しみやすい。その反面、気弱で優柔不断、言ってしまえば限りなく凡庸な人間という評価に至るだろう。

 就任当初こそゼロと共に戦った事実、黒の騎士団幹部としての実績が認められ、人気と人望を集めたが、現時点ではその事実が彼を窮地に立たせていた。

 

「本当はこの状況下で持ち場を離れられない方がよろしいかと思うのですが……」

 

 秘書官は愚痴とも取られかねない指摘を呟く。

 

「すまない」

 

 扇も自分の立場が如何に危ういか理解している。

 

 あの救世の英雄=ゼロに見限られた黒の騎士団の出身者。

 それだけで周囲の視線は酷く厳しいものへと変わっている。

 特に日本人にとって彼の人気は他国より高く、日本解放を掲げて超大国ブリタニアに挑んだ一連の行動は英雄譚として語り継がれ、その影響力は計り知れない。

 また総選挙が間近に迫っている事もあり、今回の出来事=ゼロの離叛と粛清について、与野党共に利用しようとしている節がある。

 さらに言えば、連日続く危機管理対策会議の合間を縫った今回の帰宅が周囲に知られれば、国家の代表として無責任だとの批判は免れず、野党に付け入る隙を与えてしまうことだろう。

 只でさえ与党重鎮の傀儡と揶揄され、国民の支持率も低水準を推移している。

 それらを踏まえた結果、即日不信任決議案が可決され、総理の座を追われてもおかしくない状況だった。

 

「何れにしろ、奥様にはよろしくお伝え下さい」

 

「ああ、ありがとう」

 

 扇は謝意を伝え、車を降りた。

 黒の騎士団時代の機密データを取りに戻る、というのが帰宅の大義名分となっている。

 しかし本来の目的が別にある事は秘書官も気付いている。

 良くも悪くも愛妻家である事は周知の事実だ。

 エレベーターへと向かう扇の周囲をSP達が囲む。

 

 ゼロによる粛清の対象者は間違った力を行使した者。

 つまり何らかの『罪』を犯した者。

 自らが清廉潔白な存在でないことは彼自身が一番理解している。

 過去にレジタンスを率い、テロ行為に手を染め、罪もない犠牲者を生み出した。

 また黒の騎士団の幹部としても、結果的に多くの生命を奪ってきた。

 粛清の対象であることは覆しようのない事実。

 そしてその対象は自分だけではない事を。

 

「ありがとう、ここまででいい」

 

 そう言ってエレベーターに乗り込んだ扇は、扉が閉まったのを確認して大きく息を吐いた。

 

 蓬萊島の惨状を目にした時、黒の騎士団時代の仲間の安否が気掛かりだった。

 時の流れて共に黒の騎士団を離れた今現在でも交友のある者も多い。

 しかしその直後に行われたゼロによる宣言、間違いを犯した強者に対する宣戦布告を聴き、耳を疑った。

 その宣言はオリジナルのゼロによって行われたものと酷似していた。

 それはゼロレクイエムの真相に気付き、それを事実として受け入れた者だけが気付けるのかも知れない。

 かつてブリタニアに挑んだゼロの再来を予感させ、それはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの再臨を意味していた。

 

 仮に彼が生存していたとして、その目的は何なのか?

 

 世界から紛争をなくし、世界平和のために罪人を裁く。

 多くの人々はその行為を歓迎するだろう。まるで英雄であるゼロには、人を裁く権利があるとでも言うように……。

 言葉巧みに真実を覆い隠し、ギアスによって奇跡を演出し、人心の掌握を得意とした最初のゼロ。自分もまた、かつてそんな彼の姿に魅せられた一人である。

 だからこそ同じ轍は踏まない。

 その行動の裏に隠された真の目的は、変わらなかった世界に対する復讐か、それとも神を騙った愚かな野望か。

 いや理由なんてどうでもいい。問題はこれからどうするかだ。

 それを話し合う為にこの5日間、昼夜を問わず危機管理対策会議が開かれている。

 けれど議場は紛糾し、一向に話がまとまる様子はない。

 ただゼロを心酔する議員からは、拘留中また服役中の犯罪者や元軍人を生贄として進んで差し出す、という過激な案まで飛び出した。

 

 それが決め手というわけではないが、愛する妻の顔が見たくなった。電話やメールで会話を交わしたが、もうすぐ二人目の子供が臨月を迎える事もあり、過保護になっているのだろう。そう自分でも分かっているのだが……。

 

「……千草」

 

 込み上げる不安と共に、妻の名前が口から零れる。

 

 扇千草、かつてヴィレッタ・ヌゥと呼ばれていたブリタニア人。

 ゼロレクイエム後に日本に帰化し、扇要と結婚。彼との間に男児を儲ける。

 人種を越えたその愛を、一時は日本とブリタニアの和平への象徴と見る動きもあった。

 

 だが彼女の真の経歴を知る者は少ない。

 扇要と結婚する=日本国内閣総理大臣の妻となりにあたり、彼女の経歴、特に軍歴は秘匿隠蔽された。

 元軍人であった彼女は当然軍事行動に従事し、一例としてシンジュクゲットー壊滅作戦に参加。日本人(イレヴン)虐殺にも関与した過去を考慮すれば当然の処置だろう。

 もしそれを国民が知れば、国家の運営に支障をきたす事態になる事は容易に想像できる。

 そしてその過去故に彼女もまた、ゼロの断罪=粛清の対象となっている事は間違いない。

 

 エレベーターが停止し、扉が開く。

 

「ただいま」

 

 リビングダイニングへと続く廊下に声を掛けるが返事はない。

 ただそれだけの事なのに強い不安を抱き、同時に言い表す事のできない嫌な感覚に襲われる。

 一国の代表の居邸である以上、セキュリティは万全であり、異常を感知すればすぐに自分の下にも連絡が来ているはずだ。

 ただ単に自分の声が聞こえなかっただけ、仮眠をとっている最中という可能性もあるだろう。

 気を落ち着かせるために理由を考え、自分を納得させようと試みる。

 それでも何かがおかしいと本能が囁き、それが何なのか理解できない事が不安を増長させる。

 脈打つ鼓動が速くなり、息苦しさを覚えた。

 

「千草!」

 

 夕闇が迫り薄暗い廊下を、妻の名を呼びながらリビングダイニングへ向かって歩む。

 その速度も通常より速く感じる。

 いつもならこの時間、彼女は夕食の準備をしているはずだ。夕食の買い出しに出掛けている可能性が無いわけではないが、お腹が大きくなった彼女が出掛ける事は少なくなった。

 そもそも仮に出掛けたなら、付き添いの家政婦やSPが連絡してきている。

 

 明かりの灯っていないリビングダイニングの扉を開けた。

 

「ッ!?」

 

 刹那、部屋の中に充満していた噎せ返るような血臭が強く鼻腔を突く。

 口元を押さえ、込み上げてくる胃の内容物を無理矢理嚥下する。

 どうにか正気を保ちながら、電灯のスイッチに手を伸ばし、蛍光灯が光を灯したその瞬間────

 

 視界が赤く、

 朱く、

 紅く、

 赤黒く染まる。

 

 目の前に広がっているその凄惨な光景に、もはや理性を保つことなど不可能だった。

 

「うわああああああああああアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAA────」

 

 扇は絶望の咆哮を上げる。

 

「あ…あぁ……」

 

 到底受け入れられるはずのない悪夢が目の前に存在していた。

 惨殺され、さらに死者を冒涜するかのように破壊された三つの死体。

 鮮血に染まる愛する妻と息子。

 そして、もうすぐ産まれてくるはずだった娘──だったモノ。

 

 白い壁に血液で書かれたと思われる悪意ある文字。

 

“Unhappy Birthday”

 

「嘘……だ……。なぁ……千草? 武? 嘘だって…言ってくれ! ……頼むから」

 

 現実を受け入れる事のできない扇は、おぼつかない足取りで妻の亡骸の下へ辿り着き、震える手でその身体に触れる。

 

 刹那、胎児に代わり彼女の体内に埋め込まれたセンサー爆弾が起動する。

 溢れ出す激しい閃光が室内を照らし出し、全てを包み込んだ。

 

「────」

 

 そして彼の意識もまた、白き光の中で永遠に閉ざされた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 夜の帳に抗うかのように、舞い上がる紅蓮の炎が蹂躙し、全てを焼き尽くす。

 炎の勢いから考えて、首相官邸と呼ばれた建物が完全に焼失するのに、そう時間は掛からないだろう。

 そんな首相官邸に程近い──各省庁関連のオフィスがフロアを構える──高層ビルの屋

上に、その光景を見下ろす複数の人影が存在していた。

 彼等の姿は異質だった。

 皆が一様に白の仮面を身に着け、白銀の鎧──といってもその形状は統一されていないが──を纏い、刀剣を携帯する。

 敢えて形容するなら、彼等は異形の騎士とでも呼べるだろう。

 

「嗚呼、実に甘美だわ」

 

 露出度の高い軽鎧にローブという出で立ちの女は恍惚の表情を浮かべ、その身を悶えさせながら、燃え盛る首相官邸を見つめていた。

 

「身を引き裂かれるような絶望の中で放たれる魂の叫び。怒りも嘆きも、悲しみも憎しみも全てが籠められている絶望こそ、至極の感情。そうは思わない?」

 

 女の問い掛けに賛同の声はなく、騎士の一人が一瞥の後に吐き捨てる。

 

「くだらない」

 

 それだけを呟き、まるで興味がないと言わんばかりに踵を返した。その動きに別の騎士二人も追従する。

 

「もう、『デストレス』達はつれないわね。ねぇ、『ペイン』なら……って何でもないわ」

 

 別の騎士に同意を求めようとした女は、視線を目的の騎士へと向けるが、すぐに諦めた。

 彼女の視線の先、戦闘(バトル)ドレスに身を包んだ少女が宙を舞う蝶を追っていた。

 

「うふふ、蝶々さん。きれーです♪」

 

 幼さを残す喜声を上げ、無雑作に蝶へと手を伸ばし、触れたその手で躊躇なく握り潰す。

 

「あははは、蝶々さん死んじゃいましたー♪ うふ、うふふふ」

 

 そして楽しげに満面の笑みを浮かべた。

 少女が抱くのは狂気ゆえの純真さだろう。

 

「でも、どうしてこんなまどろっこしい手段を取るのかな? メリッサ…じゃなかった、この『カルネージ』様のラングリッサで、まとめて殺っちゃえば良いんじゃないのかな?

 こんなんじゃ全然楽しくないよー、つまんないよー。こんな島国まで付いてくるんじゃなかったよー」

 

 屋上の端に腰を下ろし、脚をぶらつかせる小柄な少女=カルネージは、不機嫌な表情を浮かべて不満を口にする。

 何もかもが物足りない。

 それが彼女の現在の心境だった。

 

「だったら貴方はお留守番してたら良かったのに。ちゃんとできたらお菓子が貰えたかもしれないわよ」

 

「わたしを子供扱いしてるのかな? わたしが子供ならディスペアは年増のオバサンだよー。自分の肌年齢に絶望すれば良いんじゃないかな? にゃはは♪」

 

 女=ディスペアの皮肉に、カルネージもまた皮肉で応える。

 

「ッ、このクソ餓鬼が!!」

 

「黙れ、ディスペア」

 

 感情のままに叫び、今にも抜剣しそうな程の殺気を放っていたディスペアに対し、ただ一人静かに眼下の炎を見下ろしていた騎士が、背後に視線を向けることなく一蹴する。

 フルフェイスの兜に異形の全身甲冑(フルプレート)を身に纏ったその姿は、彼等の中でも群を抜いて異質だと言えた。

 

「そう言われても、私にも女としてのプライドが……」

 

 反論するディスペアだったが、そのトーンは先程までと比べて明らかに下がっていた。

 彼女は、いや彼女達は強く認識し理解している。

 その騎士こそ自分達を統べる存在であり、それだけの力を有している事を。

 

「ディスペア、カルネージ」

 

『……はい』

 

 自身のコードネームを呼ばれた二人は身体を強張らせる。

 静かな口調であったが、その言葉には他者を圧倒する重圧と、畏怖を強制する力を持っていた。

 

「我らが任務はお前達を悦ばせるための行為でも、楽しませるための行為でもない。

 お前達は自身の存在意義を忘れたのか?」 

 

 彼女達に背を向けたまま騎士は問う。

 

「い、いえ、そんな事は……」

 

「だ、大丈夫だよー」

 

 だがその背から放たれる重圧が彼女達を束縛する。

 嫌な汗が噴き出し、背筋が凍り付いた。

 

「我らはあの方の駒。全てはあの方が命じるままに、望むがままに、求めるがままに、その御心のままにのみ剣を振るう。その為だけに存在している。

 それに異を唱える者は必要ない、邪魔だ。今ここで私が処分しよう。

 今一度問う、何か異論はあるか?」

 

 その言葉に籠められたのは研ぎ澄まされた明確な殺意。

 圧縮された高濃度の殺意は彼女達に刃貫かれる錯覚を見せ、防衛本能は生命の危機だと警鐘をならす結果となる。

 彼女達は事実として知っている、その言葉が冗談などでは無い事を。

 一度剣が抜かれれば容赦も躊躇いも後悔もなく、無慈悲に死という事実のみを刻む。

 眼前に突き付けられた死に抗えるはずがない。

 訪れる静寂。

 

「異論はないようだな。任務は完了した。これより撤収する」

 

『イエス、マイ・ロード!』

 

 まるで逃げるかのように彼女達は未だ戯れるペインを引き連れて姿を消した。

 

 再び訪れる静寂。

 

「そう、全ては御心のままに……」

 

 白き異形の騎士は改めて決意を呟き、拳を握り締める。

 既に退路はなく、立ち止まる事は許されない。

 いや、元よりそのつもりはない。

 ただ望むままに前へと進むだけ。

 強いビル風が吹き抜け、その言葉は世界に溶け込み消えていく。

 そして騎士もまた、闇の中へと姿を消した。

 

 その騎士の名は『破滅を喚ぶ騎士(ナイトオブルイン)』。

 己が全てを主人に捧げ、やがて世界を滅ぼす者。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 扇要、その名前は世界中の多くの者が知っている。

 新たな日本=合衆国日本の初代首相であり、元黒の騎士団最高幹部の一人。

 救世の英雄ゼロの副官として、彼と共に不当な力を行使する強者に挑んだ男。

 世間は彼の事をそう評価していた。

 

 もちろん元黒の騎士団媒体情報管理長=ディートハルト・リートが撮影し、持ち出した第四倉庫の映像──第二次東京決戦におけるゼロ死亡報道の真相=黒の騎士団日本人幹部の独断的ゼロ暗殺(未遂)──が、もし仮に公開でもされればそんな評価は簡単に覆ってしまうのかも知れないが……。

 

 一方、本来の彼をよく知る黒の騎士団メンバーの中でも、特に紅月カレンは付き合いが長く、親しい間柄だったと言える。

 出会いは黒の騎士団の前身となった小規模レジスタンス組織だった時代よりさらに前、日本が神聖ブリタニア帝国の侵略を受ける以前に遡る。

 彼は亡き兄=紅月ナオトの古くからの親友だった。故に物心付いた時には、彼が身近に居る事はある意味当然として認識していたのかも知れない。

 ブリタニアの侵略、そして占領統治に対して、兄達は日本解放を夢見て抗いを決意する。レジスタンス……いや、実際はそんな生易しいモノではない。テロ集団を組織し、暴力を暴力によってねじ伏せようとした。

 あの頃はまだ、テロ行為によって何かを変えられると信じ、それしか方法がないと思っていたが故に。あの頃の自分達は幼く、そして愚かだったとカレンは後悔する。

 

 結果、兄は死んだ。遺体さえ回収できなかった事から考えても、綺麗な死でなかったことは容易に想像が付く。

 一時はそれを理由に、兄は行方不明であり、まだ生きているという希望に縋ったこともある。

 だが日に日に悪化していく現実に、否応なく死を受け入れざるを得なかった。

 兄の死に絶望した自分を支えてくれたのが彼だった。兄の夢を引き継いでくれた、言うなれば自分にとってもう一人の兄のような存在。

 

 そんな彼が死んだ?

 

 首相官邸の爆発と焼失。

 その時間、彼がその場所に居た事は秘書官の証言から確認が取れている。

 爆発の原因は不明、調査中とのこと。

 しかし、事故ではなく外的要因の可能性が高いとされた。

 

 だとすれば誰が?

 

 いや、分かっているはずだ。

 

「────ルルーシュ、まさか貴方が……」

 

 カレンは思い浮んだ名を呟く。

 

 ゼロによる裁き? 

 

 その可能性はある。

 事実、彼もまた罪を背負う者の一人だ。レジスタンスとして、黒の騎士団メンバーとして、人を殺めてきた過去を決して覆すことは出来ない。

 罪人である以上、ゼロによる断罪の対象となっていたのは間違いない。

 だが一方で理解できない事がある。

 

 何故今回、彼──とその家族──だけに裁きを下したのか?

 

 首相官邸への襲撃──と思われる──の前後に、漆黒の騎士が日本領内に出現したという報告はない。つまり意図的に彼だけを狙った事になる。

 断罪という名の粛清を行うゼロだが、今日までそんな非効率な行動を起こしたことはない。

 けれどゼロ=ルルーシュであるなら、その理由に仮説が立てられる。

 私怨。

 4年前の第二次東京決戦直後、黒の騎士団幹部がギアスの存在を知った際、進んでルルーシュを糾弾したのが扇要だった。

 例え利害が一致し、互いを利用していたとしても、それは裏切りと呼べる行為だったのかもしれない。

 

 果たしてそれはどちらに対しての裏切りか?

 

 無論両者に言い分はあるだろう。

 もしルルーシュがあの出来事を根に持っていたとすれば動機となり得る。

 でも……違う。

 仮にルルーシュがそれを根に持っていたとすれば、悪逆皇帝となった時点で黒の騎士団幹部を処刑する事も可能だったはずだ。

 だけど彼はそうしなかった。それは自分亡き世界に、まだ黒の騎士団は必要だと、冷静に判断した結果なのだろう。彼は私情を棄て、ただ最愛の妹の事だけを考え、自らの命を明日に捧げた。そのはずだった……。

 再びゼロを名乗った彼が目指しているのは、新世界=穢れ無き世界の構築。世界の行く末を見据えている彼が、今さら私情を優先させるとも思えない。

 ルルーシュではないとすれば一体────

 

「やはり……お兄様……なのでしょうか?」

 

 ナナリーもまた兄による行為だという仮説に辿り着き、心を痛めた様子だった。

 

 自分の知る人間がまた一人消えていく。

 扇首相とはブリタニア皇帝の立場として、関係改善や国交正常化の為に何度も会談を行い、共に数々の問題を乗り越えようと努力してきた。

 その過程で彼の人となりを知り、信頼関係を築くことが出来たと思っている。

 出来る事なら今後も両国の為に手を携えていければと考えていた。

 けれどそれはもう実現不可能となってしまった。

 

「ごめん、ナナリー。そういうつもりじゃなかったの」

 

 自分の呟きがナナリーを苦しめた事に気付き、カレンは彼女の考えを否定する。

 

「そうだよ、ナナリー。性急に結論を出さない方が良い」

 

 スザクもまた、カレン同様に今回の件に関しては疑問を抱いていた。

 

 自分達の計画=新世界構想ゼロレクイエムにおいて、黒の騎士団の大多数のメンバーが粛清の対象であったことは事実だ。当然その中には彼=扇要も含まれていた。

 しかし、彼の立場は4年前とは大きく異なっている。

 現在の彼は黒の騎士団幹部ではなく国家の代表だ。取り分け合衆国日本は超合集国連合の中でも大きな影響力を保持し、粛清に伴う混乱は社会情勢に影響を及ぼす可能性が高い。

 それを考慮すれば、現時点で彼を殺害するメリットは低い。

 

 そもそもゼロの行為を人々が認め、また総選挙が近付く国内情勢を考えたとき、彼が総理の座を追われるのも時間の問題だったはず。

 それが分からないルルーシュではない。

 だとすれば今回の事件はルルーシュの手によるものではなく、ゼロを崇拝する者、または現政府の方針に異を唱える反ブリタニア勢力によるテロ行為と考えたほうが良いのかも知れない。

 だが、何故か胸の奥がざわつく。言い表すことの出来ない嫌な感じがする。既に何か大きな流れが動き始めているのに、自分にはそれが何なのか知る術がないというようなもどかしさ。現状の不安が齎す錯覚、気のせいなら良いが……。

 

「それに……」

 

 スザクはもう一度手にした仮面を一瞥した後、真っ直ぐに前を向いて言葉を続けた。

 

「ルルーシュにこれ以上、罪を背負わせたりはしない」

 

 スザクは自らの決意を口にする。自らの言葉で、自身を戒めるかのように。

 

「僕は、僕の信じる正義を貫こうと思う」

 

 自分が英雄であり続けることを望んだのは、他ならぬルルーシュだ。

 その想いに応える為に、例え再び彼の前に立ち塞がる事になったとしても。

 その結果、またナナリーを傷付けてしまう事になったとしても、もう立ち止まらない。

 

 今この瞬間、枢木スザクは再び死を迎える。

 

「……ありがとう、スザク。いえ、ゼロ」

 

「スザクさん、ありがとうございます」

 

 カレンとナナリーもスザクの決意を受け止める。

 それにスザクは頷きをもって応えた。

 

「だから────」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 その夜、世界に衝撃が走った。

 誰もがその光景に目を疑い、その言葉に耳を疑った事だろう。

 

『我が名はゼロ!! 力ある者に対する、断罪者である!!』

 

 突如として世界に向けて発信された、ゼロによる二度目の声明。

 その内容は驚愕すべきモノだった。

 

『ゼロを支持する全ての人々よ。

 私は今ここに宣言しよう、私こそが真のゼロであると!

 聞け、我が名を騙る愚かな者よ!! 正義による断罪という幻想で人々を騙し、虐殺という蛮行で己の独善を押し付ける。貴様こそ、英雄の体裁を取り繕った人殺しだ!!

 よってその大罪、我ら黒の騎士団が裁く!!』

 

 ゼロが行った自分自身に対する宣戦布告。

 それは二人のゼロが率いる黒の騎士団と漆黒の騎士による、新たなる騒乱の幕開けだった。

 そして世界はより一層の混迷を極める事となる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 某国の砂漠地帯、そこに公には存在しない事になっている軍事施設は存在しているはずだった。

 そう、過去形だ。既にその施設の存在は、本当にこの世界から消滅する事が確定している。上空より舞い降りた、たった一機のKMFの手によって。

 抵抗虚しく残骸と化したKMFが堆く積み上げられ、その頂点に死神と化した黒きKMFが立っていた。

 ファントム、漆黒の騎士を率いるゼロ専用機。

 そのコクピット内部、ゼロ──いや、ルルーシュはモニターに映し出されたもう一人のゼロの姿、そして彼が騙る言葉に笑みを浮かべて呟いた。

 

「ようやくその気になったか、スザク」

 

 その声はまるで彼の台頭を待ちかねていたかのような声だった。

 

「挑んでくるが良い。歓迎してやるさ。俺達は、友達だからな」

 

 ルルーシュは手袋を填め直し、操縦桿を握り締める。

 同時にファントムの背に広がる4枚のエナジーウイングによって、その機体は空へと舞い上がる。

 

「だから────」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、トリガーを引く。

 その瞬間、胸部装甲、また肩部と腰部の装甲が展開され、放たれた無数の紅き線条が周囲の全てを貫いていく。

 また一つ、世界平和への生贄が捧げられた。

 そしてファントムはその名が示す幻影のように、噴き上がる炎の中へ消えていった。

 

 

 



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溢れ出した白き闇
幕間 Ⅲ 【過去 の 幻影】


 

 

 合衆国日本、首都東京。

 その新興開発区画の一角に存在する飲食店=喫茶『一成』。

 あまり広くはないが、趣のある落ち着いた店内。昼間はカフェとして軽食を、夜はバーとして酒を振舞う。客の大半が休憩中、また仕事終わりの会社員となっている。常連客は居るものの、お世辞にも儲かっているとは言い難い経営状態だった。

 

 この店のマスター兼オーナーの名は玉城真一郎。かつて黒の騎士団の母体となったレジスタンスグループに所属し、黒の騎士団へと組織が変容した後も、前線で戦い活躍した優秀な戦士(本人談)。

 その功績が認められ、後にゼロから内務掃拭賛助官なる役職を与えられる。

 ゼロレクイエム後に黒の騎士団を退団し、戦場を離れ、こうして自分の店をオープンさせた。

 

 玉城を知る多くの者が、彼の事を性根は仲間想いである一方、思慮は浅く感情的、脳天気なお調子者、金遣いに難ありと評するだろう。

 だが今現在の彼はその評価と大きく異なり、全身を強張らせ、険しい表情を浮かべていた。

 

「くそッ、何で出ねぇんだよ!?」

 

 玉城は苛立ちを隠すことなく、乱暴な手付きで携帯電話の操作をリセットし、再びある番号へ掛け直す。

 しかしその行動に意味はなく、結果は変わらない。

 

『────です。お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、お繋ぎできません。こちらは────』

 

 繰り返されるのは無機質な音声ガイダンス。

 その機械音声を再度耳にして、玉城は堪らず携帯電話を投げ捨てる。携帯電話は壁に当たって跳ね返り、そのまま床の上を転がった。

 ひび割れたディスプレイに相手の名前が表示されている。

 

 扇要。

 

「落ち着け、玉城」

 

 興奮した様子の玉城に対して、冷静さを求めるスーツ姿の男の名は南佳高。

 彼もまた元黒の騎士団の最古参メンバーの一人であり、幹部として第一特務隊隊長を務めた後、旗艦斑鳩の艦長を務めた経歴を持つ。

 ゼロレクイエム後に黒の騎士団を退団。この店の共同出資者となる一方、小さいながらも自らの会社を興し、経営者となる。

 

「南の言うとおりだ」

 

 南の言葉に同調する男の名前は杉山賢人。

 南と同じく元黒の騎士団の最古参メンバーの一人で幹部を務めていた。ゼロレクイエムを機に黒の騎士団を退団した後、かねてからの夢だったミュージシャンを目指し、路上ライブに明け暮れている。

 その端整なルックスから女性ファンも多く、日の目を見る日もそう遠くはないのかも知れない。

 

「この状況で落ち着いてられるワケねぇだろッ!!」

 

 二人の言葉を無視し、玉城は店の壁に設置されたテレビ画面を指差し、興奮を抑えることなく叫んだ。

 画面の中では、ニュースキャスターが頻りに首相官邸の惨状について報道を行い、切り替えられた映像には、無惨にも骨組みだけを残して焼失した首相官邸の残骸が映し出される。

 その官邸の主=扇要と、この場にいる者達は親しい間柄だった。古くから共にブリタニアと戦った仲間であり、友人でもある。黒の騎士団を退団し、彼が一国の代表となった後も交友関係は続き、頻繁に連絡を取り合っていた。

 

「あいつが死んだなんて、信じられっか!?」

 

 玉城は二人に問う。

 

『…………』

 

 玉城の問い掛けに、南と杉山は沈黙する。

 

 確かにニュースでは秘書官の証言はあるものの、遺体が発見されたとは報じられていない。ならば万に一つ、生存の可能性を完全に否定する事は出来ない。

 けれど彼等は事実として知っている。遺体を見付ける事ができない状況下で死んでいった数多くの仲間達を……。

 現に官邸の焼け跡を見る限り、遺体さえ焼き尽くす劫火であった事は想像に難くない。

 

 そして玉城が必死で彼の死を否定しようとしている理由、その心情を彼等は理解している。だからこそ、少しでも不安を共有できる者を求めて、この店を訪れたのだろう。

 

「け、けどよ。もし……扇が殺されたって言うなら、次は俺達の番じゃねぇのか……?」

 

 玉城は自らの不安を吐露し、頭を抱えてカウンターへ突っ伏す。

 

『ッ』

 

 玉城の言葉に南と杉山の表情は、さらに深刻さを増した。

 

 ゼロの黒の騎士団離叛と声明から5日。現状の社会情勢を考えた時、もし扇の死がゼロの裁きによるものなら、その裁きの手は確実に自分達にも伸びてくる。

 彼と自分達は近しい立場である。レジスタンス(テロリスト)として、黒の騎士団メンバーとして、武力を行使し、自らの手を血に染めてきた。

 その過去を覆す事は出来ず、自分達はゼロが粛清の対象とする罪人となるのだろう。それが犯した罪に対する報いなのか……。

 

 改めて自らの罪と置かれている現実を突き付けられ、言い知れぬ恐怖と重圧に沈む3人。

 それに呼応するかのように、店内の空気も酷く暗澹なものへと変わっていた。

 だが直後────

 

 カランカラン。

 

 静寂を打ち破るように、店の入口のドアに取り付けられたベルが、店内の空気とは対照的に軽快な音色を奏でる。

 それと同時、店内へと流れ込む外気と共に足音が響く。

 

「今日はもう閉店だ。お前さ、クローズの札が見えねぇ……のか……よ………」

 

 その来訪者に対し、顔を上げた玉城は、おおよそ接客業に従事する者とは思えない粗暴な態度で応対する。間近に迫った死の影に不安と焦り、苛立ちを抱いている今の心理状態では、他者に八つ当たりしてしまうのも無理はない。

 ところが彼は途中で、まるで毒気を抜かれたかのように茫然となり動きを止める。

 彼にとってある意味で現状の問題を越える衝撃であった。

 

「どうした、玉城?」

 

「誰か知り合いか?」

 

 玉城の異変に気付いた南と杉山の二人も、店の入口へと視線を向け、そして彼等もまた玉城同様に驚愕の表情を浮かべて言葉を失う。

 

 彼等の視線の先には一人の男が立っていた。

 軍服を思わせる白いロングコートに身を包み、腕に白銀のガントレットを装備。足下は軍用ブーツ、腰には日本刀に似た長刀を携えている。

 明らかにこの場に、いや日常生活に不相応な格好と言える。否が応にも人目を惹くであろうその姿に、普段の玉城ならコスプレでもしているのかと、からかうように皮肉の一つでも口にしていただろう。

 けれど現状でそんな事は不可能だった。

 彼等を驚愕させている理由、それは銃刀法を無視したその出で立ちによるものではない。

 

「……何で……お前……」

 

「……まさか」

 

「嘘……だろ……どうして…」

 

 彼等は男の顔を知っていた、既に死亡しているはずのその顔を……。

 当然の疑問が思考を支配する三人をよそに、男は無表情のまま、腰に携えた長刀の柄にに手を掛け、一歩一歩ゆっくりと歩みを進める。

 

 そして刃は鞘から解放された。

 

「ッ、よせ!!」

 

 だが、男に制止の言葉は届かない。

 無意味だった。

 だから、男に対して望まれた結果に変更はない。

 

「止めろ、ナオ────」

 

 白刃が剣呑な輝きを放ち、迷いなく獲物へと襲いかかる。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」

 

 断末魔の叫びが店内に木霊した。

 

 

 

 

 

 ただ店内にはテレビから発せられる音だけが響いている。

 

 振るわれた力が齎したのは紛う事なき死という事実。

 床に広がる血溜まりの中、自らが創りあげた惨状に顔色一つ変えることなく、男は次のターゲットを探すかのように店内を見回した。

 

 与えられた任務は目標の殲滅と目撃者の排除。

 目標が元テロリストである事は事前に教えられていたが、抵抗らしい抵抗を受けることは無かった。

 また店内及び周囲に目撃者と成り得た生体反応は確認できない。

 結果、これ以上ないほどに簡単な任務だったと言っても良い。子供にお使いを頼む方が、よほど難度が高いだろう。

 ただ男がそんな皮肉を抱く事は不可能だったが……。

 

 ふと、一切の感情を読み取る事の出来ない虚無の瞳が、ある一点で留まる。

 

 天井近くの壁に掛けられていた写真の一つ。

 中央に写るのはウエディング衣装に身を包んだ──現在死亡が報じられている──扇要とヴィレッタ・ヌゥ(当時)。その二人を取り囲む仲間とその関係者達の姿。4年前、仲間内だけで行った結婚式の際に撮られた記念写真。

 

 男は二人の結婚を祝福する人々の中から、笑みを浮かべた彼女の姿を見付け出す。

 

 赤みを帯びた跳ねた癖毛が特徴的な活発そうな少女。

 

「……カレン」

 

 呟くように小さく告げられた名前。

 その瞬間、それまで無表情だった男の顔に初めて感情が浮かぶ。

 暗き深淵の底に灯った儚くも温かな光。

 

 懐かしさ、そして愛おしさ。

 

 しかしそれも一瞬のこと。

 それが何であるか、どのような感情であったのか男には理解できなかった。

 男は再び無表情で無感情となり、血脂を払うと長刀を鞘へと戻し、もはやこの場に留まる意味はないと言うかのように踵を返した。

 

 カランカラン。

 

 主を失った店内に虚しくベルが鳴る。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 時は過去へと遡る。

 

 そこは冷たく薄暗い空間だった。剥き出しのケーブルやパイプが張り巡らされ、空調の排気音と複数の機械の稼働音が低い唸りを上げている。

 その一角、液晶パネルと一体になった巨大なコンソールの前にドレス姿の女が立ち、映し出された映像、また複雑な数式やグラフ、各種データに見入っていた。

 

 艶のある長い黒髪、整った顔立ち、白い肌に凹凸のハッキリした抜群のボディライン。

 見る者全てに嫉妬と羨望、相反する二つの感情を強く意識させる。

 しかし彼女はただ美しいだけでも、高貴さを感じさせるだけでもない。

 彼女の瞳、そして彼女が纏う雰囲気は、他者を圧倒する明確な『強さ』が存在していた。相対する他者が、思わず畏れを抱いてしまうほどに。

 

「適合率35パーセント、か。う~ん、期待はずれ。思い通りにいかないものね」

 

 期待を下回る報告結果に対し、女は落胆したように溜息を吐く。

 

「……申し訳ございません」

 

 彼女の呟きに応えたのは──周囲の近代的な機器とは対照的な──宗教関係者を連想させる長衣に身を包んだ男。

 

「素体の資質は充分高く、理論上では貴女様の期待に応える事は可能だと思われます。

 ですが、これ以上同じ方法を繰り返したとしても、望まれる成果は期待できないかと……」

 

 男は躊躇いながらも、確かな事実を指摘する。

 

 刹那────

 

「私に意見するつもり?」

 

 女の視線が液晶画面から外れ、正面から男を捉えた。

 

「この計画にどれだけの費用が掛かっているのか、貴方が知らないはずないわよね? それに貴方の代わりはいくらでもいるわ。

 その場合、貴方の存在意義は無くなるんだけど、貴方は色々と知りすぎているから」

 

 女の視線が鋭さを増し、そこに殺気が籠められる。

 その視線に射抜かれただけで、男は全ての自由を封じられてしまう。指一本動かす事は出来ず、思考さえも奪われた。

 下手をすれば呼吸さえも止まってしまうだろう。

 故に謝罪の言葉を口にする事も出来ない。

 

「ふふっ、冗談よ。貴方を殺しても何のメリットもないもの」

 

 女は見る者を魅了する無邪気な微笑みを浮かべ、それだけで人を殺せそうな濃度に達しつつあった殺気を消すと、再び液晶画面へ視線を戻した。

 殺気から解放された男は、不足する酸素を得るために荒い呼吸を繰り返す。

 

「さてと、じゃあ次は出力を今の二倍に上げてみて」

 

 まるで新しいオモチャで遊ぶ子供のような嬉々とした女の声に、男は耳を疑った。

 

「し、しかしこれ以上は負荷に耐えられる保証が────」

 

 ない。

 断言できる。

 皆無と言ってさえ良い。

 現状で既に許容範囲ギリギリなのだ。もしこれ以上負荷を加えれば、その結果どうなるのか、彼女も十二分に理解しているはず。

 失敗は目に見えている。

 そう、奇跡が起こりでもしない限り。

 

「だから?」

 

 だが女は事実を気に留める素振りなど一切見せることなく、逆に男の考えの方が間違っていると言いたげだった。

 軽蔑すらしているのかも知れない。

 

「この程度で壊れるなら、所詮それまでだったというだけ。私が欲しいのはその先、この世界の常識を覆してくれる子だもの。

 今回がダメなら、また新しいのを造ればいいだけでしょ? 問題ないわ」

 

 男は改めて女の狂気に触れる。

 彼女には常識、倫理、道徳と言った物は通用しないのだろう。

 そしてどれだけ言葉を尽くしても、その事実は変わらない。

 

「ほら、早く早く」

 

 女は好奇に瞳を輝かせながら男を促す。

 

「……イエス、ユア・ハイネス」

 

 残念ながら男に逆らう力も選択肢もない。

 彼女に抗える人間は存在しないのではないか、とさえ思いながら、彼はコンソールに指を走らせた。

 

 実行されるプログラム。

 表示される数値やグラフがすぐに反応する。

 

「意識領域への再接続を開始。接続率上昇、適合率許容レベルを突破。バイタル、意識ともに限界数値です! 拒絶反応、抑制不能! やはりこれ以上は!?」

 

「まだよ」

 

 女が見つめる液晶画面の中、常人には到底理解できない機械の塊に繋がれた同じ顔の少年少女達は、刻印が齎す──気が狂いそうになるほどの絶望的な──苦痛に抗えず、断末魔の咆哮を上げる。

 ある者は血涙を流し、ある者は狂ったように笑い続け、ある者は泡を吹き、ある者は吐瀉物にまみれ、ある者は失禁し、身体を痙攣させ、やがて動かなくなっていく。

 

 画面を埋め尽くす赤いエラーメッセージ。

 それは結果が失敗である事を物語っていた。

 

「あ~あ、やっぱり今回もダメだったか」

 

 さも当然のように女は告げる。

 その顔に罪悪感や憐憫の情は微塵も存在しなかった。

 

「あの子レベルが量産できれば面白いんだけど……。いいえ、あの子が特別なのかも知れないわね。ま、終わった事をいつまでも言ってても仕方ないわ。

 いつも通り後の処理は頼んだわよ。次までに綺麗にしておいて」

 

 そう言いながら女は──既に目の前で起きた光景に興味を失ったかのように──コンソールを離れ、部屋の出口へと向かっていく。

 

「さて、愛しい我が子と今日は何して遊ぼうかしら」

 

 慈悲と母性に満ち溢れた『母親』の仮面が微笑(わら)う。

 

 

 

 帝国に巣くう深い闇は、未だ晴れる事を知らない。

 

 

 



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第9幕 【介入 の 白き 騎士】

 

 

 世界は別れゆく、ゼロが起こした行動によって。

 正義は揺らぎゆく、ゼロが投じた波紋によって。

 そう、今世界に再び争乱が広がろうとしていた。

 

 相対するは二人の英雄。

 黒の騎士団を率いる者と、漆黒の騎士を率いる者。

 己が正義を掲げ、互いを否定し敵対する。

 

 それでも英雄は数多の想いと業を背負い、幾多の欲と感情のうねりと共に進み続けなければならない。

 時を刻む針を止めないためにも。

 

 一方、予期せぬ事態に多くの民衆は戸惑いを抱いた。

 

 果たして、どちらのゼロが本物で、どちらが掲げた正義が真に正しいのか、と。

 

 故に世界は別たれる。

 古きゼロを支持する者と、新たなゼロを支持する者に。

 

 いや、違う。

 そんなに単純な問題ではなかった。

 

 ある一部の者達は、今までその考えに至る事すらなかった疑問の存在に気付いてしまう。

 

 本当にゼロの行いが正義と呼べるものなのだろうか?

 本当にゼロは間違いを起こさないのだろうか?

 

 今はまだ、芽生えたばかりの小さな杞憂に過ぎないのかも知れない。

 しかしその疑念は、時間の経過と共に確実に人々の間に浸透していく。

 

 だからこそ、彼等──ゼロを憎む者達は胎動を始める。

 やがて訪れるであろう誕生の瞬間を待ち侘びながら……。

 

 その産声は新たなレクイエムとなる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ゼロによるゼロに対しての宣戦布告を受け、精神的主柱=ゼロの帰還によって結束を取り戻した黒の騎士団は慌ただしく動き出す。

 東京湾の沖に停泊する旗艦迦楼羅に仮設司令部を設置。

 漆黒の騎士の拠点特定を急ぐ一方、支援国に特使を派遣。また各国支部から部隊を呼び戻し、戦力の再編成を図っている。

 

 対する漆黒の騎士は罪人に対する断罪、粛清行為を停止。

 黒の騎士団を正面から迎え撃つつもりなのか、それとも奇襲の為に動いているのか、表だった動きはなく静観の構えを見せている。

 

 一時の静穏は嵐の前の静けさなのだろう。

 二人の英雄による開戦の瞬間は刻一刻と近づいている。

 

 そう誰もが考えていた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 EuroUniverse、通称EU。

 元々国家集合体であったが、神聖ブリタニア帝国、中華連邦に並び、世界の三分の一を勢力下に置く超大国として君臨。

 しかし神聖ブリタニア帝国宰相=シュナイゼル・エル・ブリタニアが率いるブリタニア軍の軍事侵攻によって、国力・戦力・領土を削られ、また奪われてしまう。

 世界の覇権争いから脱落し、存亡の危機にあったEUは、超合集国連合の台頭と勢力拡大に伴うブリタニアとの外交対立に於いて、世界を二分する両勢力に取り込まれていった。

 その後、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの即位に端を発するダモクレス戦役を経て、世界の覇者となった彼が支配する超合集国への隷属を強制され、超合集国憲章を批准。国家集合体としてのEUは解体され、各構成州は合衆国へと名を変え、超合集国の管理下に置かれる事となる。

 

 ゼロレクイエムにより悪逆皇帝の支配から解放された後、経済共同体としてのEUを再組織。超合集国内での地位向上を目指した勢力基盤を構築。

 さらに超合集国の創設に携わり、最高評議会に於いても高い発言力を保持し、黒の騎士団とも深い繋がりを持つ合衆国日本や合衆国中華、また未だ勢力を保つブリタニアへの対抗と牽制を目的に、欧州連合評議会を設立。

 ブリタニアとの宥和政策を進める合衆国日本や合衆国中華と一線を画す事で、反ブリタニア層の取り込みに成功し、勢力を増していく。

 

 結果、一部強行派は超合集国連合からの離脱とEUの独立を画策する。

 その場合に問題となるのが安全保障に於ける軍事力の保有についてだ。現状で超合集国がEUの独立を認める事はあり得ない。最悪、軍事力の行使=黒の騎士団の派遣が最高評議会で決議され、十中八九承認されるだろう。

 その為、強行派は黒の騎士団EU支部の掌握に動き、自らの人員を上層部へ送り込むなど下準備を進めていた。

 

 そんな水面下の動きがある状況で起こった救世の英雄=ゼロの黒の騎士団離叛と襲撃。強行派はこれ幸いと手放しで喜んだ事だろう。

 混乱の収拾。また黒の騎士団内部からゼロに賛同する団員が出る恐れがある以上、造反の阻止と監視という大義名分の下に、堂々と介入する事が可能になる。上手くいけば、そのまま自分達の物に出来るとさえ考えたかも知れない。

 

 しかし彼等の思惑は、黒の騎士団CEO=ゼロが発した二度目の声明によって潰えた。

 

 

 

 黒の騎士団EU支部が所有する軍事飛行場。そこには複数の大型輸送艦と、それに搭乗するために整列する数多くのKMFの姿があった。

 ゼロの要請を受けたEU支部上層部は一部の駐留部隊を残し、精鋭及び主力部隊の派遣を決定。その指揮を支部の軍事統括であるノネット・エニアグラムに命じる。

 

 ノネット・エニアグラム。

 4年前、神聖ブリタニア帝国が誇る最強の騎士=ナイトオブラウンズの一人、ナイトオブナインの地位に就いていた女傑。当時行われたブリタニアと超合集国──いや実際には超合集国と契約した黒の騎士団が相手だが──との戦闘において、彼女はEU方面へ派遣され、同時展開軍を率いていた。

 

 だが第二次東京決戦の戦況──フレイヤによる殺戮──を受けて行われた停戦の合意と、それによって齎された混乱を機に、彼女は軍から離反し、一時身を隠す。

 以降、彼女が悪逆皇帝ルルーシュに対する反乱、またダモクレス戦役に参戦する事はなかった。

 彼女自身がその理由を明かしはしなかったが、戦士を必要としない矜持なき戦場に失望した、というのが彼女を知る者達の見解だった。

 

 しかしゼロレクイエムを経て、彼女は再び戦場へと舞い戻る。

 今度は何かを奪うためではなく、新たに歩み始めたこの世界を守る為に。

 だからこそ彼女の心中には焦りがあった。

 

「そこ、グズグズするな! 時間は待ってくれないんだからな!」

 

 彼女はラウンズ時代から騎乗する──どこか女性を連想させるフォルムが特徴的な──専用KMF=イゾルテのコクピット内部から指示を飛ばす。

 

 忌むべきフレイヤ弾が再び使用され、英雄という強大無比な力が振るわれた。

 その結果世界に戦乱が広がろうとしている。

 二つの導きの光によって世界は分断され、正義は氾濫する。

 それは矜持なき争いとは対極に存在する矜持だけの戦い。個人が信じる正義や誇り、プライドが支配する戦場。人の本質、人が人であるが故に避けられない事態。

 

 果たして誰がそれを間違っていると言えるだろうか?

 

 戦士である彼女には、現状を否定する事が出来なかった。

 故に彼女は恐れを抱く。次の戦いの幕開けが、世界の緩やかな滅亡の引き金となる可能性を感じているから。

 誰かが止めなければならない。

 けれどこの流れを止める事は彼女には不可能だ。

 いや、彼女だけではない。誰にも不可能な事のように思えた。

 それこそ英雄をも超越する存在が現われない限り……。

 

『統括。一番艦及び二番艦、積み込み作業全て終了しました。三番艦に関しても、予定の時刻に変更はないとのことです』

 

「何か問題は?」

 

『ありません。事前の計画に変更なし。間もなく離陸準備も完了します』

 

「そうか」

 

 部下の報告に対し、ノネットは頷く。

 

 ここまでのプロセスは順調に消化しているが、安堵など出来はしない。

 本当に気を引き締めるべきはこの後だ。

 現状では静観している漆黒の騎士だが、部隊の再編を黙って見逃すとも思えない。

 よって航行中に襲撃を行ってくる可能性も少なくはないだろう。

 

「なら予定通り私は三番艦に搭乗する。一番艦と二番艦のブリッジに離陸許可を伝えておいてくれ。それと航行中の警備行動についてだが─────」

 

 半瞬、目の前で閃光が煌めき、継いで発生した爆風が周囲を蹂躙する。

 

「ッ!?」

 

 突如襲い来る衝撃に戸惑いながらも、咄嗟にバランスを崩す機体を直ぐさま立て直す。

 

「一体…何が起きた……?」

 

 状況が理解できない彼女の視界に映り込んだメインディスプレイの映像。

 そこに表示されていたのは、今まさに飛び立とうとしていた大型輸送艦が見る影もなく破壊され、炎に包まれている光景だった。

 

 緊急事態を告げる警告音が施設全体に鳴り響く。

 

 事故、それとも敵襲か?

 

 その疑問も問い掛けも、彼女は必要としなかった。

 歴戦の戦士である経験や本能がそうさせたのか、既にその身は戦闘の構えを取っている。

 

 彼女の視線の先、炎の中から姿を現わす一体のKMF。

白銀の鎧とマントを身に纏い、蒼い光の翼(エナジーウイング)を広げ、機体の二倍近い──敢えて形容するなら長槍か──巨大な刃の塊を手にした騎士。

 その姿は優美にして荘厳、力強くも気品に満ちていた。

 

 しかしそれ以上に、白銀の騎士は言い知れぬ異様な重圧を放つ。

何もそれは、そのKMFが裏切りの騎士=枢木スザクの専用機、白き死神と畏れられたランスロットに似ているからではない。

 そもそもその事自体は決して珍しい事ではない。

 優れた機体性能を誇ったランスロットはその高い有用性が認められ、後のKMF開発に大きな影響を与えた機体だ。現に黒の騎士団が保有するKMF──特に新型KMF──にも、ランスロットの系譜に属する機体も少なくない。

 

 だが目の前の機体は明らかに何かが違う。

 何故そう感じるのかは自分でも理解できない。

 勘といってしまえばそれまでだが、それは信じるに足るものだ。

 ノネットは自分が嫌な汗をかいている事に気付き、一度額の汗を拭う。

 

『統括ッ!?』

 

「分かっている。いいか、お前達は手を出すんじゃないぞ」

 

 対応を求める部下の声に応え、ノネットは操縦桿を握る手に力を籠めると、背面パレットに携行していた折り畳み式の長柄戦斧(ハルバード)型MVS(メーザーバイブレーションソード)を抜き、展開させながら機体を進める。

 

 果たして相手は何者なのか?

 

 やはり最初に思い浮ぶのは漆黒の騎士に属する者だ。

 ただその場合、相手の機体に違和感を覚える。

 まず機体色だ。武装蜂起の起点となった蓬萊島襲撃を含め、以降の襲撃や粛清に参加した漆黒の騎士保有のKMFの機体色は全て、その組織名が示すように黒色だった。

 そもそもゼロが率いる漆黒の騎士に属する者が、彼が討ち果たした魔王=皇帝ルルーシュの騎士の専用機を思わせる機体を使用するとは考えにくい。使用するにしても機体色の変更は当然のこと、外装も変更するだろう。

 

 だとすれば目の前の相手は黒の騎士団にも、漆黒の騎士にも属さない第三勢力と考えるべきか?

 

 いや、何にしろ現時点で相手の素性を知る術はない。

 

『おい、貴様』

 

 彼女はオープンチャンネルで回線を開き、相手との対話を試みる。

 僅かでも情報が得られるなら、それに越した事はない。

 

『弁解する気があるなら、一応聞いてやるぞ』

 

 状況から考えて、事故という可能性は限りなく低い。

 その一方で、主力戦力が集結する軍事施設に対し、単騎での襲撃敢行が事実であるなら、相手パイロットの能力、またその機体性能が極めて高いことは容易に想像が付いた。

 本来ならば愚行だと嘲笑っていたかも知れない。けれど相手が放つ重圧は、それを許さない。

 

 白銀の騎士はノネットの声に応える事なく、ゆっくりとその巨大な長槍を構えた。

 所属不明機が完全に敵機と認定される。

 

 次の瞬間、白銀の騎士はエナジーウイングを羽ばたかせ、瞬時にイゾルテとの間合いを詰め、躊躇うことなく長槍を振り下ろした。

 

「っ、速い!?」

 

 対するノネットはハルバードで長槍を受け止めようとした。しかし、長槍の刃が触れた瞬間、ハルバードは歪み、ただ一度の斬撃で耐久限界を超えて砕け散る。

 

 だがその時、既にノネットは次の行動に移っていた。

 さすがは元ラウンズと言うべきか、ハルバードが耐久限界を超えると悟ると同時に手放し、背後へと跳躍して相手と距離を取る。

 さらにその動きの中で脚部に装備していた大型二丁拳銃を抜き、冷静に銃口を白銀の騎士に向けて、マガジンが空になるまでトリガーを引く。

 

 放たれた弾丸は、長槍を大地に打ち付けた白銀の騎士を確実に捉えていた。

 けれど彼女が望んだ結果は訪れない。白銀の騎士の腕部に内蔵されていたブレイズ・ルミナスが展開され、容易く銃弾を受け止める。

 

「ちっ」

 

 ある程度予想は出来ていたとは言え、ノネットの表情は落胆の表情を隠せなかった。

 

 エナジーウイングが可能とする高機動性。そして何よりも長大な武器を苦もなく扱い、MVSを軽々と粉砕する圧倒的な出力。

 少なくとも相手の機体性能が第九世代以降であることは間違いない。

 

 対するイゾルテは元々第八世代相当の中でもランクが低い。強化・改修を重ねてはいるが、第九世代には遠く及ばないのが実情だった。

 それを踏まえた上でも、得意とする近~中距離戦闘ではまるで歯が立たないだろう相性最悪の相手だ。

 

「……まずいな」

 

 機体性能が優劣の全てだとは思っていない。元ラウンズである誇りと経験、培われた操縦技術は、疑う事なき彼女の力となる。

 

 それでも現在、目の前の相手に埋める事の出来ない絶望的な差を実感せずにはいられなかった。

 

 そんな相手にどう立ち回ればいい?

 

 思考するノネット。

 直後、彼女の耳に部下達の声が届く。

 

『統括を援護する!!』

 

『イエス、マイ・ロード!!』

 

 白銀の騎士を取り囲むように展開する濃紺のKMF。

 EU諸国が仇敵ランスロットを解析し、研究開発した新型KMF=ジオナハト。優れた地上戦闘性能を誇り、EU支部の精鋭部隊に配備されていた。

 各国が合衆国憲章を批准した後、それでも散発的に続いた戦闘行為だったが、その戦力はフロート搭載型KMF以前の旧式兵器が大半を占めている。

 特にKMFの研究や製造、その運用に関しては超合集国が厳しい管理下に置き、一部国際機関と黒の騎士団と関連のある企業に限定されていた。

 よって世界の流れに抗う武装組織が入手できる兵器は、各国軍の解体の際に裏社会やブラックマーケットに流出した旧式兵器が主となっている。となれば当然戦場は空ではなく、再び地上へと移り変わる。

 その流れを受け、地上戦闘性能を見直して生まれたのがジオナハトだった。もちろん空中戦闘能力が特段低いという訳でもなく、フロートユニットの搭載にも問題はないが。

 

「よせ────」

 

 部下を制止しようとするノネットだが、その声が届くよりも速く白銀の騎士が長槍を薙ぎ払う。

 そう、それだけで全ては決した。

 ハッキリ言ってしまえば、ランスロット系譜に属する新型と言えど所詮は量産機。

 いくら最新パーツが組み込まれていたとしても、敵機との基本ポテンシャルが違いすぎる。

 

「ッ………」

 

 最悪の展開だ。

 例え自分がどうなろうとも、出来ることなら犠牲は最小限に抑えたいとノネットは願っていた。

 力ある者が力なき者を守る。

 それが彼女の理想とする騎士像であり、胸に抱く信念。矜持だった。

 しかし、彼女の矜持は破られる。いや、破られ続けていた。

 だからノネットはその心の内に怒りと悲しみ、そして言い表せない罪悪感を抱くのだろう。

 

 爆散するKMFが爆煙を舞い上げ、視界を覆い隠した。

 

 彼女は思考を巡らす。

 部下が自分のために、命を懸けて作ってくれたこの刹那を無駄にする事は出来ない、と。

 一時退き、態勢を立て直し、装備を改めるべきなのかも知れない。

 それでも部下に、自分よりも力を持たぬ者達に守られ、敵に背を向けることなど、彼女の信念が到底許せるはずがなかった。

 それは強者の傲りと呼べる物だったのかも知れないが、彼女に迷いは無い。

 

 ノネットは両手の拳銃を捨て、新たに通常型MVSとナイフを抜いて身構える。

 

 半瞬、周囲に立ち込めた爆煙は白銀の騎士が──長槍を回して──起こした風によって霧散する。

 

 正面から挑んでも勝ち目がない事は誰の目にも明らかだ。

 けれど小細工が通用する相手とも思えない。

 ならばやはり正面から挑み、急所に一撃を叩き込むしか勝つ方法はない。

 幸い相手の武器は、あの巨大すぎる長槍。一撃の威力は計り知れないが、躱せば確実に隙が生まれる事は実証済みだ。

 その隙にブレイズ・ルミナスさえ突破できれば、勝機はある。

 もちろんそれは敵機が射撃武装を搭載していないと仮定した場合だが……。

 

「……やるしかないか」

 

 ノネットは呟き、敵機を睨み付けると、再び操縦桿を握る手に力を込め、フットペダルを踏み込んだ。

 

 彼女の駆るイゾルテが白銀の騎士へと迫る。

 対する白銀の騎士は迎え撃つように長槍を横一線に薙ぎ払う。

 イゾルテは跳躍し、長槍を躱すと同時に腰部のスラッシュハーケンを射出する。

 だがハーケンは展開されたブレイズ・ルミナスによって、当然のように弾かれた。

 

 それを見たノネットは満足げに笑みを浮かべ、手にしたナイフを投げ放つ。

 

 結果は変わらない。投擲されたナイフも、やはりブレイズ・ルミナスに受け止められる、または弾かれる────はずだった。

 

 イゾルテが投じたナイフは予想に反し、ブレイズ・ルミナスへと突き刺さり、完全に刃を埋める。

 そしてナイフは刃を輝かせ、閃光と共に爆発。

 その瞬間、爆発の影響からか、ブレイズ・ルミナスが消失した。

 

 ブレイズ・ルミナス、または輻射障壁と呼ばれる電磁シールド搭載機の増加に伴い、ナイトオブラウンズ専属の研究開発機関キャメロットが開発を進めていた対シールド兵器。一時的にシールドの形成を妨害する特殊粒子が仕込まれた刃。

 

 元ナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン等、ナイトオブラウンズメンバーが悪逆皇帝ルルーシュに対して起こした反乱と、その敗北による混乱を機に試作品がノネットの下に流れてきていた。

 あの時点で生存が確認され、なおかつ機体が無事だったのはラウンズ内では彼女一人。彼女の手に渡るのは必然だと言える。

 ただ、ゼロレクイエムを経た現在、本来なら使用機会が訪れることの無かった代物である事は言うまでもない。

 

 ブレイズ・ルミナスの消失を確認し、イゾルテは上空から白銀の騎士へと向け、MVSを振り下ろす。

 一方その時、既に白銀の騎士も次の行動に移していた。イゾルテが上空から襲撃してくる事を予期していたのか、手にした長槍を勢い良く振り上げている。

 振り上げられた長槍の刃がイゾルテを襲う。

しかし、対シールド兵器の爆発の影響を受け、長槍の軌道は僅かにずれていた。

 刃がイゾルテの胸部装甲を切断する。けれど斬撃は浅く、大破には至らない。

 

『もらったあぁ!』

 

 ノネットは勝利を確信する。今なら無防備な敵機にMVSを叩き込み、致命傷を負わせることが出来ると……。

 だが次の瞬間────

 

『愚かな』

 

 白銀の騎士のパイロットが初めて言葉を発する。

 まるでノネットを見下し、侮蔑し、嘲笑うかのような声だった。

 

 直後、イゾルテを衝撃が襲う。

 

『……っ、増援か!?』

 

 機体ダメージを知らせる警告メッセージがディスプレイに表示され、レーダー画面に無数の影が映り込む。

 予期せぬ上空からの攻撃を受けたノネットは敵増援の出現だと考えた。

 けれど彼女の予測を現実は否定する。

 

 上空を捉えた映像に敵増援の姿はなかった。

 そこに映し出されていたのは、白銀の騎士が手にしていたはずの巨大な長槍。

 いや、もはやそれを長槍とは呼べなかった。

 長槍=刃の塊から分離した数多の刃。

 半瞬、それがイゾルテへと降り注ぎ、頭部を、肩部を、腕部を、腹部を、脚部を貫き、その機体を大地へ磔にする。

 

「がっ……。くそ……動け、動け!」

 偶然か、それとも必然か、辛うじて損傷を免れたコクピットの中でノネットは声を荒げる。ただその望みは物理的に不可能な願いだった。

 

 白銀の騎士は沈黙するイゾルテの下へゆっくりと近付くと、イゾルテを磔にする刃の一本=剣を引き抜き、剣先をその胸部に突き付ける。

 もし白銀の騎士が少しでも力を込めれば、剣は容易くイゾルテの胸部装甲を、そしてコクピットをも貫き、ノネットの生命を奪う事が可能だった。

 

「ここまで……か……。すまない……みんな……」

 

 相手に生殺与奪権を握られ、ノネットは抵抗を諦め、死を覚悟した。

 敗北=死である事実は、疾うの昔に受け入れている。

 自らの力のなさが招いた敗北。

 相手との戦力差。

 自身の死に関しては最早言うべき事はない。

 けれど、死した部下の想いに応えられなかった事が、彼等の死を犬死にさせてしまった事が後悔の念を抱かせた。

 もし死後の世界が本当に存在するのなら、詫びを入れなければならないとノネットは考える。

 

 しかし敗者に訪れるべきその瞬間は訪れなかった。

 白銀の騎士は剣を退き、踵を返し、イゾルテに背を向ける。

 白銀の騎士の瞳には、既にイゾルテの姿は映っていない。

 その視線が捉えていたのは、施設内に残る多くの目撃者達。

 故に白銀の騎士は目撃者を殲滅するために翼を羽ばたかせた。

 

『っ、止めろ、止めてくれ!』

 

 ノネットは白銀の騎士の思惑に気付き、制止の声を上げる。懇願の声と言ってもいい。

 だが、その声は届くことなく、戦う術を失った今の彼女にはどうする事も出来なかった。

 聞こえてくる銃声と爆発音。

 そして悲鳴。

 

 繰り広げられるは、圧倒的強者による容赦のない蹂躙。

 

「ヤメロオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」

 

 コンソールに拳を叩き付けたノネットの叫びが、叶わぬ願いがコクピット内に響いた。

 

 

 

 この世に漏れ出した白き闇は、黒き英雄が統べる世界を侵蝕する。

 

 

 



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第10幕 【殺戮 の 獣】前編

 

 

 黒の騎士団EU支部が所属不明KMFの襲撃を受けた同時刻。

 

 黒の騎士団ブリタニア支部を無事に飛び立った航空艦隊が合衆国日本へ向け、太平洋上空を航行していた。

 ゼロの要請を受けたブリタニア支部もまた、EU支部同様に一部の駐留部隊を残し、精鋭及び主力部隊の派遣を決定する。

 

 艦隊の哨戒任務に当たるのは、ブリタニア支部が独自に開発した新型KMF実験機=ゼフュロス中隊。空中戦に特化したその姿は既存のKMFとは大きく異なり、人型ではなく戦闘機に近い形状をしていた。

 軽量化の為にマニピュレーターを廃した武装腕部は、腕としてよりも翼としての役割に比重を置いている。

 後の世では新たな派生型として、KMFではなく別のカテゴリーで呼ばれるようになるのかも知れない。

 

 電気産業革命を経て、電気機関や高い変換効率を誇る太陽電池を発明し、クリーンかつ安定的なエネルギー資源を手にしたブリタニア。

 それに伴い電磁モーター、電熱タービン、電熱ジェット推進装置、そしてフロートシステムなど、電力を主とする動力機関が大半を占めている。KMFのユグドラシルドライブも、その核となるコアルミナスに特殊鉱石サクラダイトが使用されているが、生み出されるのはやはり電気エネルギーに他ならない。

 

 そんな中でゼフュロスをさらに異端としているのが、化石燃料を使用したジェットエンジンを補助動力源に搭載している事だろう。

 化石燃料による内燃機関は、それこそ過去の遺物として扱われている。その為、多くの技術者達は前時代的だと揶揄し、軽蔑の眼差しを向けるに違いない。

 

 しかし、アフターバーナー機能を有したゼフュロスは、爆発的な加速性能を誇り、短時間ではあるが亜音速での航行及び戦闘を可能する。

 空爆や陽動、奇襲や対艦戦闘など用途を限定する事で、高い制空権を誇示する事が可能と推測されている。仮に実戦の機会があったなら、否定的な意見を覆す勇姿を見せる事だろう。

 

 閑話休題────

 

 ゼフュロス中隊の陣頭で指揮を執るのは、飛行形態(フォートレスモード)への変形機構を初めて搭載したKMF=トリスタンを駆るジノ・ヴァインベルグ。

 戦闘機に近いKMFの操縦に関して言えば、彼以上の空中戦闘能力保持者は居ないだろう。ゼフュロスのパイロットの育成と、その指揮を任せられるのは必然の事。

 

 元ナイトオブラウンズメンバー=ナイトオブスリーであった彼もまた、ゼロレクイエムを機に一度は戦場を離れた身のはずだった。

 彼を縛っていたナイトオブスリーという肩書きと重圧は薄れ、ブリタニアの名門貴族だったヴァインベルグ家は帝都ペンドラゴンに投下されたフレイヤによって潰えた。

 思えば騎士となった切っ掛けは、籠の鳥を嫌っての事だった。

 もう彼はナイトオブスリーでも、ヴァインベルグ家の家督相続候補でもない。ただ一人の人間であるジノ・ヴァインベルグとなる。

 その事に気付けたのはダモクレス戦役でのことだ。

 

 戦場を離れたジノは世界中を旅して、様々な人々と出会い、様々なモノに触れ、ブリタニアの貴族であった頃、ラウンズであった頃には知り得なかった多くの事を学んだ。

 人の想い、自然の偉大さ、政治、宗教、異なる価値観、自分が立った戦場の傷痕。

 だからこそ彼は強く思う。

 

 二度と過ちを繰り返してはならない、と。

 

 その想いを胸に黒の騎士団へ参加した彼は、ゼロと共に現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアを支え、祖国ブリタニアの再建活動に尽力した。

 経歴が示す高いKMF操縦能力を発揮し、未だブリタニアを憎悪する反ブリタニア勢力の武力行使を鎮圧。またその力を誇示する事で牽制とする。

 彼等の活躍や現皇帝の政治手腕によって、ブリタニアは思いのほか早く再建の道を辿り、かつての国力を取り戻しつつあった。

 その結果、先々代皇帝時代に行われた武力侵攻で植民地とされ、エリアと呼ばれた国家に対する補償や賠償協議、国交正常化交渉などが進み、ブリタニアを取り巻く社会情勢は改善の方向へと向かっていた。

 

 もちろんその裏には、故ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが遺した再建プランが存在していたのだが、その事実を知る者は数少ない。

 

 しかし世界はその努力を、その想いを否定する。

 再び燃え上がる戦火。

 その炎さえ容易く呑み込む業火、突如始まったゼロによる断罪という名の粛清。

 そして断罪者ゼロに宣戦布告を行った二人目のゼロ。

 広がっていく混乱は、やがて世界を分断し、再び世界を大きな戦いの渦へと導いていくのだろう。間違っていると気付いたとしても、もう誰にもその流れを止めることは出来ない。

 

 それが魔王を討ち果たした英雄が手にしてしまった強大な魔力。

 

 

 

 スザク、お前は一体何を考えているんだ?

 

 ジノはトリスタンのコクピットの中で、ギリッと奥歯を噛みしめる。

 

 彼はゼロの正体が、かつての同僚であり友人=枢木スザクだと気付いている者の一人だ。

 どちらのゼロがスザクで、もう一人のゼロの正体が誰なのかは知らない。

 けれど、どちらであれ、この世界に混乱を齎している存在である事には変わりないのだから。

 

 果たして彼──いや、彼等は本当に世界の行く末が見えているのだろうか?

 

『ジノ隊長。このような任務は我々に任せ、休息を取っては如何ですか? 出航準備の時から、あまり休まれていないようですが……。これでは隊長のお身体が────』

 

 険しい表情で沈黙するジノを気遣うように、部下の一人が声を掛ける。

 その声にジノはハッとしたように思考から抜け出した。

 

「ありがと、ルドルフ」

 

 ルドルフ・ヒューラー。

 黒の騎士団ブリタニア支部のエースパイロットであり、ゼフュロス部隊本来の隊長である。ジノの指揮下に入った後、彼の副官を務め、年も近いことからプライベートでは友人関係を構築していた。

 

「けど私なら大丈夫だ。東京には会いたい人が待っているからな、少しでも早くと気ばかりが焦ってしまう。それならこうして哨戒に出ている方が気が紛れるというものだ」

 

 自分の身を気遣ってくれる心優しい副官に対し、ジノは明るい口調で応えた。

 

 東京に着いたなら、まずは黒の騎士団を率いるゼロの素性を確かめる事が先決だ。

 その上でスザクだと確認できたなら、拳の一つでも叩き込んで目を覚まさせなければならない。

 今ならまだこの世界を止める事が出来る知れない。

 全てが手遅れになる前に、正義に対して正義で抗う事が無意味であると気付かせる必要がある。

 

『もしかして、その人は隊長の彼女さんですか?』

 

「不謹慎だぞ」

 

 言葉とは裏腹に相手を咎めるような口調でない。

 ただ、ルドルフの言葉を聞き、ジノの脳裏に紅髪の女性の姿が過ぎり、彼は僅かに苦笑する。

 

 残念ながら彼女には既に二度ほど振られていた。

 日本には三度目の正直と、二度あることは三度あるという諺があるらしい。

 なら、もう一度だけ想いを告げてみるのも良いかも知れない。多分結果は後者であると薄々感じているが。

 

『そんな……、隊長から振ってきた話じゃないですか』

 

「はははっ、悪い悪い」

 

 不満げな表情を浮かべるルドルフを、軽く宥めながらジノは苦笑する。

 

 もちろん本来ならそんな軽口を叩ける状況でないことは彼も理解している。

 自分達が戦おうとしている相手は、圧倒的な戦力=軍事力を有する英雄。

 その人物が本物か、あるいは偽物か、それを判断するのは個人の価値観であり、己が胸の内に抱く正義感だ。

 ある者はこの世界を導く真の救世主と呼び、またある者は偽りの英雄を騙る詐欺師と呼ぶ。

 現に信頼していた部下の中にも、漆黒の騎士を率いるゼロこそ真の英雄とし、黒の騎士団を離れていった者達が居る。

 

 相手は現在、静観の構えを取っているが、こちらが明確な対決姿勢を取っている以上、敵の再編行動を黙って見逃すとも思えない。戦力が分散している現状、相手の戦力を考えれば各個撃破は容易だろう。

 いつ相手が攻めてきてもおかしくない現状では、常に緊張の糸が張詰め、気を抜く事が出来ない。ただそれを表に出す事は許されない。部隊を指揮する立場として、自分の言動は部下の心理状態に影響を与えてしまうのだから。

 

 しかしその直後、不安は現実のものとなってしまう。

 前方に突如放たれた光をファクトスフィアが捉え、注視していたレーダー画面から先行する味方機の反応が消え、別の反応が出現する。

 

「っ!?」

 

 ジノがそれに気付くと同時に通信が入る。

 

『こちら一番艦ブリッジ、先行哨戒機との通信途絶!』

 

 輸送艦のオペレーターが焦りと脅えを含んだ声で報告する。

 

「分かっている。こちらでも確認した」

 

『隊長ッ!』

 

「落ち着け。ルドルフ、お前までそんな様子でどうする!」

 

『……すみません』

 

 襲撃の可能性は全員が理解していたはず。ただ、やはりそれが現実の物となった時、幾ら精鋭部隊と言えど、浮き足だってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。

 だが、不測の事態にこそ求められるのは冷静さであり、決断力と状況把握能力だ。

 

「全艦及び全部隊、迎撃戦闘体勢へ移行! 各自守りを固めろ! 私が前に出る、ゼフュロス部隊は輸送艦の護衛に当たれ!」

 

『イエス、マイ・ロード!!』

 

 ジノの命を受け、各輸送艦は停止して艦砲を起動。搭載中の各KMF部隊は射撃武装を手に出撃。また上部甲板に上がり、迎撃の構えを取る。

 その動きを横目で一瞥し、ジノはトリスタンをフォートレスモードからKMFモードへ

と移行させ、両手に一対の長剣を装備させた。

 

 エクスカリバー。

 かつてのナイトオブワン専用機=ギャラハッドの専用武装であったが、悪逆皇帝ルルーシュに対する反乱時、裏切りの騎士=枢木スザクが駆るランスロット・アルビオンとの戦闘で破損。回収後に双剣として修復され、トリスタン・ディバイダーへと搭載される。

 しかしダモクレス戦役において再びランスロット・アルビオンによって破壊されてしまう。ただ元々双剣としてあまりに長い剣身であり、相応に重量もあった。それ故に取り回しが悪く、トリスタン・ディバイダーがその性能を充分に発揮できていたとは言いづらい。

 ゼロレクイエム後、ルルーシュに如何なる思惑があったのかは不明だが、ダモクレスより運び出され、保管されていたエクスカリバーを黒の騎士団が接収。破損した剣身を加工し、改めて双剣として修復する。当然剣身は本来の姿よりも短くなったが、それでも通常型MVSと同程度であり、実体剣でありながらMVSに勝るとも劣らない切れ味を損なうことはなかった。

 

 一時の静寂が訪れ、緊張と重圧が場の空気を支配する中、前方から迫る艦影がディスプレイに映し出される。

 

「っ、まさか────」

 

 映し出された艦影を見て、ジノは驚愕の表情を浮かべた。いや、彼だけではない。全兵士が同じ思いだったに違いない。

 

 向かってくるのは高速航行を目的に、特別に設計されたアヴァロン級航空艦。

 その優美なフォルムの艦体に描かれているのは、神聖ブリタニア帝国を象徴する獅子と蛇の紋章。それが意味するのは、ブリタニアが建造した──グレートブリタニアに代わる──皇帝専用艦=ブリュンヒルデ。

 つまりは現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア陛下の御乗艦であった。

 

 どうしてブリュンヒルデが、ブリタニアと同盟関係にある自分達を攻撃してくるのか?

 

 外見を模した偽物というなら構わない。破壊すれば良いだけの事だ。

 だがもし本物だとすれば──既に撃墜されたのか──護衛艦の姿がない事から、黒の騎士団に敵対する何者かに奪取された可能性も考えられる。

 現にIFFは正常に機能している。そもそもインペリアルコードを複製する事は不可能に近い。

 

 その場合、ナナリー皇帝陛下の安否は?

 

 蓬萊島で行われた超合集国連合主要国参加の非公式協議に出席。黒の騎士団を離反したとされたゼロの襲撃を受けたが、どうにか難を逃れ、昨日合衆国日本を経由してブリタニアに帰国するとの報告は受けていた。予定の航行ルートから逆算すれば、確かに時間は合う……。

 最悪のケースがジノの脳裏を過ぎる。

 彼女を失えば、ようやく安定したブリタニア国内情勢は揺らぎ、己が立場だけを考える旧貴族派帝国議会議員の政争に巻き込まれ混迷するだろう。

 

 しかし直後、事態は一変した。

 

『ブリュンヒルデより信号を受信! これは……ッ、急難信号です!!』

 

 オペレーターの報告と同時、それはブリュンヒルデの後方より出現する。

 

 蒼いエナジーウイングを大きく広げた白銀の騎士。

 その姿は優美にして荘厳、力強くも気品を感じる一方で、シャープなフォルムとは対称的に大型の盾を連想させる装甲を纏った両腕が異様さを放っている。

 他に機影はなく、そのKMFこそが本当の敵と考えて間違いない。

 ブリュンヒルデを、延いては大国の代表を単騎で襲撃する。それを可能とするだけの力と覚悟を相手は保持している。

 

 果たして相手は何者なのか?

 

 機体に所属を示すようなエンブレムは描かれていない。

 機体色から考えても、敵対する漆黒の騎士に属する者と、すぐに断定することはあまりにも時期尚早だ。

 現時点では所属不明機とする他ない。

 

『隊長、ここは我々が!』

 

 相手は単騎。数的優位に立つが故に、部下達の気が逸るのは仕方がないことだ。

 そんな彼等の想いとは裏腹にジノは告げた。

 

「全部隊に告げる。ブリュンヒルデを護衛しつつ転進、速やかに現空域より離脱しろ。ルドルフ、後の指揮はお前に任せる」

 

『ッ!? しかし────』

 

 ルドルフは理解できないと言いたげに、食い下がるように反論しようとした。

 もちろんその理由、彼の心情はジノも理解している。

 

 自分は優れた戦闘能力を有する精鋭部隊に、たった一騎の敵を前にして、戦わずに逃げろと命令しているのだ。

 ブリュンヒルデの護衛がどれ程重要か、理解はしているだろう。

 それでも、彼等にも精鋭部隊に所属しているというプライドがあり、到底すぐには受け入れられない命令に違いない。

 ルドルフに関しては、ただ純粋に友人として自分のことを心配する気持ちがあるだろう。もしかしたら他の部下も、一人残る上司を心配する気持ちを抱いてくれているのかもしれない。

 もしそうなら嬉しいが、だからと言って命令を撤回するつもりはない。

 

「いいか、これは命令だ。反論は許さない。判ったな?」

 

 だからこそジノは責任ある立場として、強く言い聞かせるように命令を下す。

 

『……イエス、マイ・ロード。隊長、御武運を』

 

 ルドルフは渋々了承すると言った声音で答えた。

 

 それで良い。

 

 ジノはレーダー画面を一瞥し、背後の様子を確認した後、ディスプレイに映る白銀の騎士に鋭い視線を向け、操縦桿を握る手に力を込める。

 

 相手はこちらの動きを待っていたのか、対峙するかのように動きを止めていた。

 言い知れぬ異様な重圧を放つ白銀の騎士。

 自分は苦い過去の実体験として知っている。たった一人、たった一騎のKMFに、帝国最強と謳われたラウンズ四人が、直属部隊と共に敗北を帰した事実を。

 その光景を鮮明に思い出してしまうのは、相手の機体がその相手=ランスロット・アルビオンに似ているからか。

 それとも………。

 

『相手の力に気付いて部下を下がらせる。

 状況判断能力が高い、なかなか優秀な指揮官じゃないかな? さすがは元ナイトオブスリー=ジノ・ヴァインベルグ卿だよー』

 

 白銀の騎士から放たれた、幼い少女のものと思われる愛らしい声。

 

「……子供?」

 

 不測の事態にジノは思わず驚きの声を上げる。

 もちろん、僅か14歳という若さでラウンズの座に就いた元同僚=アーニャ・アールストレイムの例もある。

 しかしゼロレクイエム以降、子供が戦場に立つケースは減少傾向にある。残念ながら皆無とは言えず、先進国に限る、もしくは紛争地域を除くと注釈が付くのが実状だが……。

 

『それは年齢? それとも精神という意味かな? 

 残念だけどカルネージさんは、もう大人だよー。コーヒーだって飲めるし、男女の営みだって理解しているよー。子供扱いすると怒っちゃうよー。

 それでも良いのかな? 問答無用で殺っちゃっても良いのかな?』

 

 子供っぽく不満を口にする──自称大人の──カルネージ。

 

「君は何者だ?」

 

 気を引き締め直し、ジノは相手に素性を問い質す。

 例え子供でも、未確認のKMFを駆り、単騎で大国の代表を襲撃するような相手だ。

 

『さっき言ったじゃないかな? ジノぴょん、もしかして記憶力ないのかな? カルネージさんはカルネージさんだよー』

 

 カルネージ=Carnage? 意味は殺戮か? 本名とは到底考えられない。つまりは異名、コードネームの類と考えるべきだろう。

 

「目的は何だ? 何故、皇帝専用艦を襲った?」

 

 もちろんその理由は一つしかないはずだ。

 ナナリー皇帝の身柄、もしくは生命そのもの。

 

 だが彼女の答えはジノの考えとは違っていた。

 

『さあ? カルネージさんは理由なんて知らないよー。わたし達はあの方が望むがままに命令を遂行するだけ、ってルインが言ってたんじゃないかな?

 だからカルネージさん達は命令通りに要人を拉致したり、恐喝したり、暗殺したり、邪魔者を排除したり、処分したり、殺したり、殺したり、殺したりするんだよー』

 

 明るく自らの行いを暴露するカルネージとの会話からジノは幾つかの情報を得る。

 

 まず彼女は複数人から成る組織──機関や部隊を含む──に属していること。

 彼女達には意志を決定し、命令を下す上位者が存在していること。

 ルイン=Ruin、滅びや破滅を意味するコードネームを持つ仲間がいること。

 彼女達は非合法活動に従事し、この世界の影で暗躍していること。

 彼女がそれを何とも思わないほどの狂気に囚われていること。

 

 そしてその情報から、ある考えに辿り着く。

 

「まさか、扇首相の死も……?」

 

 先日、合衆国日本で起きたテロ行為と思われる爆破事件。日本国首相=扇要と、その家族が犠牲となった。現状が現状だけに、彼の経歴と死が黒の騎士団団員に与えた影響は少なくない。

 ブリタニアとの国交正常化に抵抗する反ブリタニア主義者の犯行との見方もあるが、今のところ明確な犯行声明は発表されていない。

 

『大せいか~い♪ そうだよー。日本の首相さんを殺ったのはカルネージさん達なのですよー。えっへん!』

 

 カルネージは誇らしげに暗殺の事実を肯定する。

 

 

 



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第11幕 【殺戮 の 獣】後編

 

 

「なぜ彼を?」

 

『それもカルネージさんは知らないよー。そもそも、そんなに理由とか目的とかって必要なのかな?』

 

「君は理由もなく、人を殺すのかッ!?」

 悪びれた様子のないカルネージの態度に、ジノは声を荒げた。

 

『ダメかな? いけない事かな? 

 ブリタニアの先々代の皇帝も言ってたよー、原初の真理は弱肉強食だって。カルネージさんはホント激強だよー。だから弱者を喰らうんだよー。がおぉーっ♪』

 

 そう言ってカルネージは楽しげに、無邪気に笑う。

 

「ッ!」

 

 聞こえてくる笑い声に、ジノは激しい怒りを覚えた。

 

 確かに神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアは、兵士達を前にそう提唱した事がある。

 だがそれは兵士を鼓舞するための言葉に過ぎない。皇帝としての権利を行使し、義務を果たした彼だからこそ、その言葉には重みがあり、強い理念や思想が籠められていた。

 けれど彼女の言葉には、まるでそれを感じない。理念も矜持もなく、理由や目的すらない。ただ、享楽を求めて戯れているだけだ。

 その為にかつてラウンズとして、仕えるべき主と認めた王の言葉を利用し、汚すことは許せなかった。

 

「君の考えは間違っている」

 

『ふんっ、だったら何だって言うのかな?』

 

 ジノの否定にカルネージは面白くなさそうに鼻を鳴らして応える。

 

「私が君を止めよう。これ以上、過ちを繰り返さないために」

 

 エクスカリバーを構えるトリスタン。

 

『止める? つまりこのカルネージさんを殺すってことかな?

 はぁ……、ジノぴょんは全く理解してないんじゃないかな? 死ぬのは弱者のジノぴょんの方だよー』

 

 嘲笑を通り越し、呆れた様子でカルネージは告げた。

 それは自身に、また騎乗機に対する絶対の自信を窺わせる。

 ジノも理解していた。目の前の敵が生半可な相手でない事は、その機体が放つ異様な重圧からも感じ取る事が出来る。

 だが、それでも────

 

「では、試してみようか!!」

 

 言うが早いか、トリスタンは白銀の騎士へと斬り掛かった。

 半瞬、ディスプレイに映し出されていた白銀の騎士の姿が消え、エクスカリバーは虚空を斬り裂く。

 

『むだむだ♪ 時代遅れのKMFじゃ、このカルネージさんの愛機=ラングリッサは止められぬよー。にゃはははは♪』

 

 エナジーウイングの羽ばたき一つで遙か上空へと舞い上がった白銀の騎士──ラングリッサから、カルネージの嘲笑が降ってくる。

 

 突如として視界から消えるその機動性は──当時最強の騎士であったナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタインのギャラハッドを屠った──ランスロット・アルビオンと同等。いや、それをも上回っているように思えた。

 KMFにおいて世代の差が機体性能に圧倒的な差を生む事は、ランスロット=第七世代とそれ以前の機体。またギャラハッド=第八世代相当とランスロット・アルビオン=第九世代相当の一件から考えても否定しようのない事実。

 そして相手の機体もまた、第九世代以降である事は間違いない。トリスタン=第八世代相当との機体性能の差は歴然。

 

 しかしこの時はまだ、ジノの表情に諦めの色は皆無だった。

 

「まだまだ、これから!」

 

 そう、彼が今騎乗する機体はトリスタンでもトリスタン・ディバイダーでもない。第九世代以降のKMFに対抗するために、更なる進化を遂げていた。

 トリスタン・アクティブ、それが彼の新たな剣の名前だった。

 可変機であるが故にエナジーウイングとの相性が悪く、その搭載は見送られたが、代わりにゼフュロスの運用データを基に開発された小型内燃機関=補助ジェットエンジンを搭載。さらに機体各部にスラスターを追加している。

 またサクラダイトの使用量を増加。出力強化に伴い、ブレイズ・ルミナスの展開を可能とした。

 故にその名が示すとおり、機動性能・最大出力はまさしく第九世代KMFに相当する。

 

 ジノはトリスタンをフォートレスモードに移行させると同時、補助エンジンに点火し、ラングリッサを追う。

 

「ぐあっ」

 

 加速時に発生したGがその身に襲い掛かり、ジノは思わず苦悶の声を漏らす。

 実戦機動は今回が初めてだった。シミュレーターで体感した以上の負荷に、喉の奥から鉄の味が込み上げる。

 それでも彼は耐え抜き、速度を落とすことなくラングリッサへ最接近すると、可変翼の前面に仕込んだMVSを起動させる。

 その瞬間、翼は機体制御を司る本来の役割から──トリスタン(・ディバイダー)が持ち得なかったフォートレスモードに於ける近接武装──敵を斬り裂く刃へと姿を変えた。

 擦れ違いざまに剣翼をラングリッサへと叩き込む。

 MVS加工に加え、爆発的な加速で得た運動エネルギーは敵機の装甲を、そして例えブレイズ・ルミナスを展開されたとしても、それすら容易く両断する。

 対物質エネルギー装甲として高い性能と信頼を誇る電磁シールドではあるが、単純に出力で上回る一撃を以てすれば、実体剣でも対抗できる。

 実際ジノの記憶にはダモクレス戦役終盤、ダモクレス内部で行われた蜃気楼との戦闘において、蜃気楼が誇る絶対守護領域と呼ばれた電磁シールドを斬り裂いた事実が残されている。

 

 だが────

 

『おおっ、やるね』

 

 驚嘆の声を上げ、ラングリッサを僅かに半歩下がらせるカルネージ。

 それだけでトリスタン・アクティブの剣翼は擦ることもなく、彼女の眼前を通り過ぎていく。

 どれだけの威力を秘めた一撃も、当たらなければ意味がない。

 

「ならば!」

 

 ジノはトリスタンを上空で急転回させ、さらに両腕のメギドハーケンを射出。撃ち出された左右のメギドハーケンは結合し、ラングリッサへ向け──電磁シールド対策として集束率と出力を高めた強化型──ハドロンスピアーを放つ。

 

『いいよいいよー♪ その調子だよー。もっとカルネージさんを楽しませてくれるかな?

 ね、ジノぴょん?』

 

 直撃コースで自機に迫る高威力ビームを前にしても、カルネージは動揺することなく、むしろジノの抵抗を心から喜び、楽しんでいる様子だった。

 そして今度は回避行動を取ることなく、ラングリッサはハドロンスピアーが迫る前方へと両腕を突き出す。

 

 刹那、空に閃光が弾けた。

 膨大な光量が視覚を奪い、共に生まれた衝撃波が大気を震わせる。

 

「ッ!?」

 

 予期せぬ閃光と衝撃波の発生にバランスを崩したトリスタン。

 ジノは咄嗟に愛機を再びKMFモードへ移行させる事で態勢を立て直す。

 

 閃光が消え、視覚がその機能を取り戻した時、彼が見たディスプレイの中に白銀の騎士の姿はなかった。

 そう、美しく気品さえ感じさせた白銀の騎士は存在しない。

 代わりにそこに存在して居たのは、もはや到底騎士とは呼べないであろう、長い腕と巨大な爪を持つ異形の獣だった。

 両腕に纏い、大型の盾を連想させていた装甲が可変し、巨大で鋭利な爪と化している。

 

「……まさか」

 

 ジノは息を呑んだ。

 彼の表情は驚きを隠せない。

 

 直立する異形の獣。

 その姿はかつて黒の騎士団と神聖ブリタニア帝国の戦いにおいて、ブリタニア軍兵士達を恐怖と絶望の淵に叩き込んだKMF=紅蓮弐式(及び可翔式、聖天八極式)を彷彿させる姿であった。

 もし自分の考えが確かなら、あの巨大な爪を持つ両腕には輻射波動機構が内蔵されている。ハドロンスピアーを相殺したのは、そこから放たれた輻射波動弾によっての事だろう。

 つまり4年前に太平洋上で戦った事のある紅蓮可翔式よりも、攻撃性能だけで考えれば

単純計算で2倍。

 エナジーウイングの搭載やOSの進化を加味すれば、その戦闘能力は──あのランスロット・アルビオンを討った──紅蓮聖天八極式をも凌駕している可能性が高い。

 

『どうかな? この──え~と確か可変式……いいや──なんかすごい腕を展開したラングリッサの真の姿は! こうなったラングリッサは、もう誰にも止められないよー。ジノぴょん、終わっちゃったんじゃないかな?』

 

 その言葉は決して過信などではないのだろう。

 現存するKMFの中でも、未だ最強と名高い紅蓮聖天八極式の突破力を、KMF乗りで知らない者など居ない。

 その紅蓮聖天八極式を超える可能性を持つKMFを、もし相手が乗りこなせると言うなら、例え元ラウンズの自分でも対等に戦う事は……。

 

 絶望にも似た思いを抱くジノの脳裏に、これから訪れるであろう敗北の未来が過ぎる。

 

『さてさて、じゃあ今度はこっちからいっくよー』

 

 身を強張らせるジノとは対称的に、明るく溌剌とした様子でカルネージは宣言した。

 彼女の言葉に合わせ、ラングリッサはエナジーウイングを大きく広げ、羽ばたきと共にトリスタンへ向けて猛然と突進する。

 

「くっ……」

 

 眼前に急接近すのは、獲物を前に牙を剥く凶獣の姿。

 それでもジノは絶望に抗おうとした。

 

「まだだ! こんな所では終われない、私にはまだやるべき事がある!!」

 

 向かってくるラングリッサに対し、トリスタンは鋭くエクスカリバーを突き出す。電磁シールドをも貫く神速の一撃。

 だがラングリッサは軽やかに身をひねり、トリスタンの一撃を躱すと、その凶悪な爪でエクスカリバーの剣身を掴み、握り締めるように力を込めた。

 

 次の瞬間、エクスカリバーは無惨にも砕け散る。

 

「そんな────がっ!?」

 

『つっかま~えた♪』

 

 トリスタンの両肩を力任せに掴んだ──MVS加工が施された──ラングリッサの爪が装甲深くに食い込み、内部の電気系統を切断。トリスタンの両腕はその機能を失い、哀れにも力なく垂れ下がった。

 

『もう終わりかな? 最初から結果は分かっていた事だけど、カルネージさんはまだ全然楽しめていないんじゃないかな? でもそろそろ時間だから終わりかな? 本当に残念だよー』

 

 ラングリッサの禍々しい爪の内側に紅い光が灯る。

 

『弾けろ、だよー』

 

 展開された膨大なエネルギーの力場から放射される輻射波動を受け、トリスタンの装甲は苦もなく熔解し、両腕は内側から膨張していく。

 

「くそっ!」

 

 ジノは直ぐさま肩部から両腕を強制分離(パージ)する事で、ラングリッサの拘束から脱出を試みる。

 しかし時既に遅く、システムは彼の行動を受け付けず、分離する事が出来なかった。

 直後、限界を迎えた両腕は付け根から爆散する。

 ディスプレイを埋め尽くす警告メッセージの中には、強制的な脱出装置の起動を告げるものも含まれてはいた。けれど無情にも、脱出装置は起動しない。駆動系やOSにまで深刻なダメージを受けている。

 

「……くそっ……こんな所で……」

 

 機体を侵蝕するダメージを前に、ジノは諦めたように操縦桿から手を離した。

 味方部隊及びブリュンヒルデが戦闘空域より離脱する時間を稼げた事が、せめてもの救いだろう。

 

 本当に、そうなのか?

 

「いや……違うな。ここで諦めるなんて私らしくもない!」

 

 ジノは機体調整用コンソールを展開させ、目まぐるしく指を走らせる。

 プログラムの修復、破損部の隔離、新たなバイパスの構築。

 フロートシステムの維持には成功するが、圧倒的に時間が足りない。

 彼の抵抗を嘲笑うかのように、機体ダメージは侵蝕の手を弛めることなく、やがて耐久限界へと近付く。

 

『どう足掻いても無駄じゃないかな? これで終わだよー♪』

 

 カルネージは笑みを浮かべながら、まるで獲物をいたぶるようにラングリッサが放射する輻射波動の出力をゆっくりと上げ────

 

『何をしている、『カルネージ』?』

 

 突如として響いた第三者の──凍り付くような冷たい──声。

 それと同時、ラングリッサの肩の上に、忽然とその姿を現わした声の主=異形の鎧を身に纏った白き騎士は、フルフェイスの兜の下に隠した鋭い視線で、コクピット内のカルネージを射貫いた。

 

『ひゃっ!? ル、ルイン!? あわわ、何でここにいるのかな?』

 

 畏れるルインの予期せぬ出現にカルネージは驚きを隠せず動揺する。

 

『私はお前に忠実な任務の遂行を求めたはずだ。あの方の命を忘れたのか?』

 

『そ、そんなことないよー。全然ないよー』

 

 異形の騎士より放たれる明確な殺意に、カルネージは恐怖に支配された。

 

『カ、カルネージさんの記憶能力を嘗めないで欲しいかな?』

 

 逆らえば死ぬ。

 対応を間違えれば死ぬ。

 例えKMFに騎乗していたとしても、死ぬのは自分の方だ。

 その結果に疑いを抱けないほどに、目の前の騎士は恐るるべき存在だった。

 

 カルネージは慌てて輻射波動の放射を停止させた。

 それによってトリスタンを包んでいた輻射波動の光が消える。

 

 辛うじて爆死を免れたジノは大きく息を吐いた。

 二人の会話から情報を補足すると、ルインと呼ばれる騎士とカルネージは対等な関係ではないようだ。力関係はハッキリとしている。

 そしてルインの言葉とカルネージの行動結果から考えて、少なくともルインは現段階で自分を殺すつもりはないらしい。

 

 助かったのか?

 

 いや、それは楽観的過ぎる。

 ここは一時的に延命されたと考えるのが妥当か……。

 ただ現状、何も問題は解決していない。

 それどころか、新たな問題が増えたと言っても良い。

 

 ジノはディスプレイに映る異形の白き騎士に視線を向ける。

 

 果たしてその騎士はいつからそこに居たのか? 

 

 パラシュートといった降下用装備を身に着けているようには見えず、そもそも戦闘中のKMF──さらに言えばその肩──に狙いを定めて正確に降下する事は不可能に近い。というか、そんな事をする人間は聞いた事がない。

 だとすれば本当に忽然とそこに出現した事になるのだが……。

 有り得ないことだ、と一蹴する事ができない雰囲気を相手は放っていた。

 

「……違うな。今、私が考えるべき事は────」

 

 ジノは思考を切り替える。

 分からない事をいつまで考えても仕方がない。命ある内に現状を打破する方法を探す必要がある。

 それにはまず敵を知ることが先決だ。

 

「ようやく話せる奴が出てきたようだな」

 

 残念ながらカルネージでは対話にならない。

 もちろん子供だからという理由ではなく、こちらの神経を逆撫でられるからだ。

 それを意図してやっているなら相当陰険な性格だが、狂った子供以上には思えない。

 

「結局、君達は何者だ? 何を目的として行動している?」

 

『ジノ・ヴァインベルグ、貴様は自分が置かれている状況を理解しているのか?』

 

 相変わらず冷たい、それでいて微かに苛立ちが含まれた声音でルインは指摘する。

 

「君達は私の命を奪いに来たんだ。冥土の土産ぐらい貰っても構わないだろ? いや、殺せないんだったかな?」

 

 ジノは苦笑しながら皮肉混じりに応えた。

 

『虚勢か、それとも開き直っただけか……。

 まあ、良い。残念だが、我らは今この場で貴様を殺す事が出来ない。それは我らが主が貴様の生を望んだからだ。

 私個人としては、貴様のような古き歯車が今さら役に立つとは思えないが』

 

「私を求めるという君達の主とは一体何者だ? 私に何の用がある?」

 

 ジノは冷静に思考する。

 

 何を目的に自分に接触したのか?

 

 ブリュンヒルデ襲撃を妨害した邪魔者なら有無を言わさず殺せばいい。

 だけど自分は生きている。

 それどころから相手は最初から自分のことを名指ししていたはずだ。

 

 ブリュンヒルデ襲撃の真の目的が、自分に接触するためだとでも言うのか?

 まさか……。

 だがもしそうなら、果たして自分に現ブリタニア皇帝以上の利用価値があるのだろうか?

 

 確かに黒の騎士団ブリタニア支部内において、ある程度の発言権と指揮権は持っている。

 しかし組織全体で見れば一構成員に過ぎず、幹部でもなく運営権も持ち合わせていない。独断で動かせる戦力なんて高が知れている。

 第九世代以降のKMFを保持し、それを乗りこなせるパイロットを既に確保している以上、もはや戦力を求めてはいないはず。元ラウンズである自分の力も必要ないだろう。

 仮に自分を人質としてゼロに何らかの交渉を持ちかけるにしても、残念ながら到底切り札には成り得ない。

 

 考えれば考えるほど理解できない。

 

『答えると思っているのか?』

 

「いいや」

 

 最初から期待はしていない。そもそも、それを語る権利をルイン達が有しているとも思えない。

 相手の仕える主人が自分を望んでいるのなら、いずれ接触できる可能性が高い。

 その時、直接訊けば良いだけだ。

 

「だったら質問を変えよう。古き歯車っていうのはどういう意味なんだ?」

 

『そうだな、その程度の情報は与えてやろう。どうせ、いずれ世界が知る事になるのだから。我らは悪夢より生み出されし、新しい時代の歯車=ナイトメアラウンズ。

 この世界を……過ちを正す者だ。例えどんなに犠牲を払おうとも、全てはあの方が望むがままに』

 

 そして不満が含まれた口調でルインは改めて告げる。

 

『だから、共に来てもらおうか。元ナイトオブラウンズ=ジノ・ヴァインベルグ』

 

 

 

 動き始めた悪夢の歯車。

 歪み、歪ませ回り出す。

 

 

 



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幕間 Ⅳ 【魔王 と 魔女】

 

 

 ゼロによるゼロに対しての宣戦布告によって、慌ただしく動き出したのは何も黒の騎士団だけではなかった。

 各国政府や機関、そしてメディア業界もまた、その対応に奔走する事となる。

 どちらのゼロが正しいのかという討論や、本物のゼロを特定しようとする検証、開戦の瞬間をカメラに収めようとする報道が連日のように紙面を埋め尽くし、昼夜を問わず番組が繰り返され、二人の英雄による騒乱を民衆レベルで過熱させる。

 

 それは報道リポーター=ミレイ・アッシュフォードが所属するテレビ局も例外ではなかった。

 人気アナウンサーの座を捨てた彼女も、連日取材で各地を飛び回っている。

 

 この世界で起こった事を、社会の実状を、人々に正しく伝えるために、自らの身を危険に晒すことも厭わない。

 真実を求め、紛争地域や戦場を渡り歩いたことだってある。

 

 それも全てはゼロレクイエムの真実に気付いたが故に。

 彼が人類に遺してくれたモラトリアムを、少しでも長く、確かなモノにするために。

 例え短く、ほんの一時の平和であったとしても、その瞬間を知る者が居る限り、人は希望を抱くことが出来るのだから。

 

 ミレイは中継車の座席に座り、手元の手帳に視線を落とした。

 スケジュールの書かれた手帳だが、何もスケジュールを確認するために開いたワケではない。

 

 いつも持ち歩く、その手帳には一枚の写真が挟まれている。

 そこに写っているのは制服姿の数名の男女。そう、彼女がまだ学生というモラトリアムを過ごしていた頃に撮られた物だった。

 彼女は写真を見つめて微笑む。

 

 鮮明に呼び起こされるのは、懐かしく輝かしい記憶。

 今はもう二度と手の届かない光景。

 

 その事実を改めて自覚すると同時、言い様のない寂しさと後悔が胸を締め付ける。

 

 あの頃の自分は、こんな未来が訪れる事を想像出来ただろうか?

 

 いや、不可能だ。

 あの頃の自分達は世界中に溢れていた悲劇を、傍らに存在していた絶望を、どこか遠い世界の出来事のように考えていた。

 それ程までに未熟な子供だった。

 

 だから、彼等が抱えていたモノに気付く事ができず、こんな結末を迎えてしまったのだろう。

 

 こうして感傷に浸ってしまうのは、世界が再び争いの時代へと回帰しようとしているからなのか?

 それともこれから向かう目的地のせいなのだろうか?

 

 多分後者だと思う。

 

 窓の外、近付いてくる都市に、ミレイは視線を向ける。

 

 合衆国日本首都=東京。

 エリア11の中枢=トウキョウ租界と呼ばれていたその場所には、かつてアッシュフォード学園という学舎が存在していた。

 けれど彼女達が学生時代を過ごした学園も、今では記憶の中だけにしか存在しない。

 多くの楽しい思い出、そして辛く悲しい思い出と共に記憶の中で眠る。

 

 ミレイはもう一度、写真に──その中でも一人の少年に──視線を戻す。叶うことの無かった淡い恋心を抱いた相手。

 彼もまた今では記憶の中だけの存在となった。

 世界中の大多数の人は彼に花を手向ける事などしない。

 

 でも、自分は違う。

 憎しみだけでも野望だけでもない、年相応の彼を知っているから。

 皇子や皇帝ではなく、ただの学生、また妹を愛する兄であった彼の姿を……。

 

 ミレイはゆっくりと手帳を閉じた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 時は過去へと遡る。

 

 一人の少年が自らの命を捧げ、悲しみの連鎖が断ち切られる事を願い、実行されたゼロレクイエムから2年。

 しかし、世界も人も変わらなかった。

 

 民族差別、宗派対立、権力闘争、経済格差、歴史的禍根、未だ残るブリタニアに対する憎悪。

 ゼロレクイエムを経ても燻り続けていた根深い火種は、やがて新たな戦火を灯してしまう。

 最初は小競り合い程度だったが、やがてテロと報復、武力衝突、内戦、紛争へと規模を拡大させていく。

 いつの時代も変わらず、止む事のない人間同士の不毛な争い。

 人は知性と言語を持ちながら、同種ですら共存できない欠陥種族なのだろう。

 

 だから現状の世界を彼女は嫌った。

 

 人里離れた山間を流れる緩やかな渓流。そこに存在した落差の小さな滝で、穢れたその身を清める少女の姿があった。

 鮮やかな長い緑色の髪、整った顔立ち、何より彼女が放つ常人とは違う何かが、見る者に神秘的な印象を与えた事だろう。

 

 白い肌を赤く染めた血痕を清流が洗い落としていく。

 名前も知らない相手から浴びた返り血が消え、抱いた不快感が収まっていく事を確認して、少女は滝から離れた。

 乱れた髪を整える。垂れた前髪が額に浮かんでいた──まるで鳥が羽ばたいているかのような──刻印を隠す。

 

 刹那────

 

「噂に聞いた『不死の魔女』。やはりお前の事だったか、C.C.」

 

 背後から掛けられた、どこか懐かしさを感じさせる男の声。

 

 不死の魔女、それは最近EU諸国の紛争地帯を中心に真しやかに囁かれる噂。また、その戦場に姿を現わし、敵味方関係なく無差別に攻撃を行った女に与えられた異名である。

 目撃者曰く、何度殺しても甦り、怯むことなく確実に目標を仕留める。その光景は見た者の戦意を削ぐという。

 

 実に自分の事を的確に指した異名だと少女=C.C.は思う。

 

 別に暴れたかったわけじゃない。寝床の近くで騒がれたから介入しただけだ。

 ただ、不満を持つ現状の世界に対する八つ当たりの感情が微塵もないとは言えないが……。

 

 ゼロレクイエムで最後の契約者を見送った時、既に自分の中に死を望む感情は無かった。

 死ぬこと、生きることが彼等の贖罪だというなら、彼等の共犯者である自分も罰を受け、罪を償わなければならない。

 彼等だけが罰せられるのは間違っている。

 しかしコードを保持する自分には『生』も『死』も罰にはならない。

 果てることのない『生』は、もはや日常と変わらない。コードを受け継いだ瞬間から、否応なく生かされ続けている自分にとって苦痛と成り得ない。

 もちろん人としての心を棄てきれない自分は孤独を抱くだろう。

 だが、その程度慣れてしまった。『魔女』の仮面で心を隠せばいい。何十年も、何百年も続けてきたことだ。

 そして『死』に至っては望んで止まない禁断の果実に他ならない。

 ただその場合、自分を殺せる=コードを引き継げるだけの力を持ったギアス能力者を、新たに生み出す必要がある。

 つまりそれは過ちを繰り返し、新たな罪を生み出す事と同義。

 ならば、自分に出来る贖罪は彼等の事を、彼等の行いを決して忘れないこと。

 それだけだった。

 

 故にひっそりと故郷で余生を過ごすのも悪くないと一時は考えた。

 コード保持者=不変存在である以上、長く一ヵ所に定住する事は出来ず、またいつの時代の故郷なのかは曖昧だったが。

 

 いや、そもそも奴隷として売られた自分に、果たして故郷と呼べる物は存在するのだろうか?

 もし呼べたとして、変わり過ぎた景色を懐かしいと思えるのだろうか?

 そう考えると、己の滑稽さに苦笑が込み上げる。

 

 一方で自分に向けられた言葉に対し、C.C.はすぐさま次の行動を起こしていた。

 乱雑に脱ぎ捨てていた衣服の中からナイフを拾い、それを振り向き様に声が聞こえてきた方向へ躊躇うことなく投げ放つ。

 同時にC.C.がその視界に捉えたのは、闇の如き漆黒のウインドブレーカーを身に纏い、フードを目深に被った細身の男。

 彼女が放ったナイフは男の頬を掠め、背後に生えた木の幹に突き刺さった。

 裂けた男の頬からは鮮血が伝い流れる。

 

「おいおい、危ないじゃないか。もう一度死んだらどうしてくれるんだ?」

 

 男は脅える事も慌てる事もなく、どこか芝居がかった口調で不満を告げながら、目深に被ったフードを外し、内に籠もっていた熱気を振り払うかのように首を数度左右に振った。

 

「ッ!?」

 

 フードの下に隠されていた男の素顔が明かされた瞬間、C.C.は息を呑んだ。

 心の奥深くを鷲掴みにされ、視線が釘付けになる。

 艶やかな黒髪、アメシスト色の澄んだ瞳、彫刻のように整った端整な面立ち、白い肌。人並み外れた、中性的な美貌を持つ青年の姿に。

 

 その姿を知っている。

 忘れられる筈がない。

 最後の契約者。

 共犯者。

 そして『魔女』という仮面を外し、心を許しつつあった存在。

 

「……ルル────いや、違うな」

 

 動揺によって機能不全に陥っていた思考は、程なくして正常な働きを取り戻し、彼女に現実を突き付ける。

 彼が再び目の前に現われる事など不可能だ。

 

「お前は誰だ?」

 

 C.C.は殺意すら放たんばかりに男に素性を問う。

 

 男と同じ顔を持つ『彼』は、既にこの世界に居ない。

 その事実をコード保持者である自分が間違うはずがない。ギアスの授与契約を交わした相手とは特別な繋がりが生まれ、契約者の存在を感じ取れる。

 場合によっては例え遠く離れていたとしても、精神世界で会話を交わす事が出来るほどに強い結び付きだ。

 そしてゼロレクイエム以降、『彼』の存在を感じる事は出来なくなった。

 つまりそれは『彼』の死を決定付けるに足る確証となる。

 故に目の前の男は『彼』を模した別人に過ぎない。

 

「誰だとは面白い質問だな。

 だが冗談としては面白くない。お前は共犯者である、この顔を忘れたのか?」

 

 男は頬の裂傷に触れ、流れ出た血液を拭う。

 直後だった。

 みるみる傷口は塞がり始め、最後には跡形もなく消えていく。常識では考えられない異常な再生速度。

 

「……まさか」

 

 その光景をC.C.は嫌と言うほど知っている。自分自身の身体が、まさしく同様の性質を保持しているのだから。

 

 個を固定化するコードの呪い。

 

 だが有り得ない。

 自分は『彼』にコードを継承させなかった。現存していたもう一つのコードも、保持者──『彼』の父親──と共にCの世界へと呑み込まれ、消滅したはずだ。

 新たに生まれた、はたまた自分の知らない別の系譜のコードが現存していたとでも言うのか?

 

「考え込むのは勝手だが、取り敢えず先に服ぐらい着たらどうだ? 過去に生活を共にした共犯者とはいえ、仮にも男の前だぞ。魔女でも羞恥心ぐらいあるだろ?」

 

 男の指摘を受け、C.C.は自身が全裸である事を気に留める余裕がないほどに動揺していた事に気付く。

 ただ相手も別段その事を気にしている様子はなく、至って平然としていた。

 それはそれで女としてのプライドが傷付けられたと、彼女が思ったとか思わなかったとか……。

 

「ふん、これで良いだろ、童貞坊や?」

 

 C.C.は服を着る時間も無駄だと言いたげに、乱暴に外套だけを拾い上げ、その身を包んだ。

 

「さあ、答えろ。お前は何者だ? 何故、アイツと同じ姿をしている?」

 

「質問の意図が不明だ。俺は俺でしない。かつてゼロと呼ばれ、悪逆皇帝と恐れられたルルーシュ──ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

 

 男は微笑む、『彼』の顔で。

 

「アイツはそんな軽薄な笑みなど浮かべない」

 

 その顔にC.C.は苛立ちを覚えた。

 男に免役のない生娘なら容易く堕ちるほどの威力はあるが、生憎その程度自分には通用しない。

 

「せっかくこんな辺境まで会いに来たというのに、酷い事を言うんだな。

 まあ、良い。お前の口の悪さは今に始まった事じゃないからな。いちいち相手にしていては、こっちが疲弊するだけだ」

 

 男は肩をすくめ、もはや諦めているとでも言うように溜息を吐く。

 それが尚更C.C.の琴線を刺激した。

 

「私に近付いた目的は何だ? ギアスか、それともコードか?」

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを騙って近付いて来た相手だ。

 当然、自分達の関係。そして異常な再生速度から考えて、ギアスやコードについても調べは付いているだろう。

 隠す必要もない。

 そもそもこれ以上、無駄に会話を続ける気はなかった。

 出来ればすぐにでもお帰り願いたいが、そう言うわけにもいかない。

 故に核心を衝き、本題を促す。

 

「俺がお前の下を訪れた理由を単刀直入に言おう。もう一度、俺と組む気はないか、C.C.?」

 

 一転して真剣な顔付きで男は目的を告げる。

 

「ふふっ、本気で言っているのか?」

 

 C.C.は嘲笑と共に応えた。

 

「今度はお前の願いを叶え、契約を履行してみせる。もちろん、どちらの願いでも構わない。俺はもう何処にも行かないから。

 俺とお前が手を組めば、再び世界を変える事だって出来るはずだ」

 

「そのセリフは枢木スザク(あの男)にでも言ってやれ。奴なら泣いて喜ぶんじゃないか?」

 

 多分それは事実だ。

 あの男は未だ心のどこかでルルーシュに許されたいと思っている。

 

「残念だがこの世界にゼロは二人も要らない。正義の象徴は一人で十分……、いや、英雄の時代もやがては終わる。その前にお前の力が、お前が必要なんだ、C.C.」

 

 男は誘うようにC.C.へと手を伸ばす。

 

「お前が必要……か、一度言われてみたかったよ」

 

 自然と彼女の頬が弛んだ。

 遙か昔より奇跡の如き力=ギアスを求める者は数多く、結果、憎悪と怨嗟の叫びを浴び、この身に刃を突き立てられる事も多々あった。

 所詮は魔女との契約。齎された力は奇跡とは程遠く、いずれ契約した者を孤独へと追いやる。

 しかしただ一人、愚かにも魔女と対等な立場で契約を結んだ少年が居た。

 そう、『彼』の名こそルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。唯一彼だけが全ての結果を受け入れ、最後まで己が人生を狂わせた元凶=魔女を呪う事はなかった。

 だから────

 

「これ以上、アイツを騙るというなら容赦はしない」

 

 C.C.は外套の内側に携えていた銃を抜き、銃口に捉えた男を睨み付ける。

 

「本気で殺そうというのか、この俺を? 残念だが俺は正真正銘のルルーシュだ。それは何人も覆せない事実。騙る意味もない。

 しかしお前はどれだけ言葉を連ねたところで、信じはしないのだろうな。

 なあ────」

 

 男は少し困った表情を浮かべつつ、優しさと素直さ、労りの心を込めて大切に、とある名をC.C.へ告げる。

 

「     」

 

 その名前で呼ばれた瞬間、C.C.は目を見開き、身体を震わせ、銃口を下げた。

 

「なっ、どうして!?」

 

 それは彼女の本当の名前。記憶の奥底に封じた過去の自分。

 その名前を自分以外で知る者は、この時代にただ一人だけしか存在しなかった。

 その事実が目の前の光景を、男の言葉を肯定してしまう。

 故に彼女は感情のままに疑問をぶつける。

 

「言ったはずだ、お前が魔女なら、俺が魔王になると。『魔王』は何度でも蘇る、そう言うものだろ?」

 

 男は冗談のような言葉を本気で口にする。

 

「……ルルーシュ」

 

 彼の名を口にしたC.C.の手から銃が滑り落ち、彼女は男の方へと脚を一歩踏み出した。

 

 切なげな表情で自分の胸に身体を預けてくるC.C.の姿に、男は勝者の笑みを浮かべ、心の内で笑う、嗤う、嘲笑う。

 再び世界を手中に収める為の駒が一つ、また一つと揃っていく。

 誰にも負けはしない。

 この世界に対して、先にチェックメイトを掛けるのは自分だ、と。

 

 トスッ。

 

「ぐっ!?」

 

 腹部から広がる鋭い痛みに、男は思わず苦悶の声を上げる。

 

「どうした、ルルーシュ? ふふっ、そんな色っぽい声を出して」

 

 C.C.は躊躇うことなく、男の腹部に突き立てたナイフの柄をぐるりと捻り、その刃を更に奥へと埋め込んでいく。

 同時に、広がった傷口から夥しい量の鮮血が溢れ出した。

 

 女の勘か、それとも魔女の勘か。

 いや、共犯者の勘なのかも知れない。

 目の前の男がルルーシュではないと、C.C.は確信していた。

 

 素性を、ルルーシュと同じ外見の理由を、自分に近付いた理由を、素直に吐かないというなら吐かせれば良いだけのことだ。

 また、男がどこで自分の真名を知ったのか、それを聞き出す必要もある。

 

 例えもし相手がコードを保持していたとしても、生憎コードは万能ではない。

 確かに不老不死の効果を齎し、異常な再生速度で怪我を癒すことも出来る。

 だがそれにも限度があり、負った怪我の程度に再生速度は比例する。つまり重度が重ければ重いほど、完治までには時間が掛かる。

 何より、その身に受けた苦痛を無にはしてくれず、相応の苦痛を味わうことになる。

 もちろん場合によっては発狂するほどの苦痛だ。けれどコードの効果なのか、狂って廃人になる事は許されず、死んだ方がマシという地獄を延々味わう事となるのだ。

 そして自分はそれを味遭わせる術を、苦痛を与える人間の壊し方を熟知している。魔女狩りと称した拷問や処刑、変態貴族や王の趣味、狂った研究者の実験に付き合わされた過去を持つのだから。

 

 ルルーシュが知らない、知られたくない黒歴史。

 故に私はC.C.だ。

 

「さあ、楽しい逢瀬と洒落込もうじゃないか」

 

 そして魔女は壮絶な笑みを浮かべる。

 

 



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第12幕 【魂 の 残照】

 

 

 静寂が支配するその場所は、神聖ささえ感じさせる清気に満ちていた。

 他に人の気配はなく、噴水から溢れ出し、水路を流れる水音だけが施設内に響いている。

 

 旧トウキョウ租界外縁部ヤマナシ地区=現山梨県。

 かつて神聖ブリタニア帝国第三皇女=ユーフェミア・リ・ブリタニアによって提唱された行政特区日本構想において、再び日本と呼ばれる事となるはずだったその場所に存在する追悼施設『FUJI MAUSOLEUM』。

 元々はナリタ攻防戦、またブラックリベリオンで犠牲となったブリタニア人の霊を慰め、死者を弔うために建設された施設である。

 ゼロレクイエムを経た今現在では、ブリタニアの侵攻=極東事変以降、この日本の地を

舞台に幾度となく繰り返された戦闘によって命を落とした者全て──国籍、主義、宗教な

どを問わず──に対する祈りの場となっていた。

 ただその一方、ブラックリベリオンの引き金を引いた──虐殺皇女ユーフェミアによる──行政特区日本開設式典での大虐殺が行われた地であるが故に、旧ブリタニアの非道を象徴する場所の一つと考え、忌避感を抱き訪れる事を躊躇う日本人も少なくない。

 

 施設中央に聳える慰霊塔の内部。

 祭壇の前に一人立った枢木スザクは、無言のまま自らの右手に視線を落とした。

 その手に握られていたのは青い剣と白い翼を象り、中央に王冠が描かれた騎士章。

 それはブリタニア皇族の専任騎士となった者にのみ授けられる忠誠の証。

 

 呼び起こされる記憶は、スザクにとって忘れる事の出来ない一時の栄華。

 彼女の騎士であったという誇るべき事実。

 変わることのない彼女の笑顔。

 

 瞬間、胸が押し潰されそうになる。

 

 彼女=ユーフェミア・リ・ブリタニアは、彼が嫌いだった自分自身を認め、許されざる過去を受け入れてくれた。

 その肯定に当時の自分が救われたのは言うまでもない。

 だからこそスザクは彼女が望み、目指した優しい世界の実現の為に、その身を捧げようと思った。

 それは希望であり、贖罪に他ならない。

 もちろん誰にも自分と同じ過ちを犯し、苦しんで欲しくはないという想い、また願いは彼の本心でもあったが故に。

 

 しかし、ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士=枢木スザクは、もはやこの世界に存在してはならない。

 枢木スザクは裏切りの騎士として討たれ、悪名高きまま既にこの世を去ったのだから。

 今この場所に居るのは魔王に与した裏切りの騎士ではなく、世界を救った英雄=ゼロだ。

 それは彼女を虐殺皇女として殺害した仮面の男と、同一の存在である事を意味している。

 

 僅かに表情が強ばり、騎士章を握る力が自然と強まった。

 

 そう、今の自分は彼女の騎士であった証を持つ資格はない。

 ゼロレクイエムが発案され、実行に移した時、ゼロという道を選んだ瞬間から理解していたはずだった。本来ならその時点で手放すべき物であることも。

 もし、それがゼロの所持品だと知られれば、そこから素性が特定される恐れもある。例えゼロ=枢木スザクとまでは辿り着けなかったとしても、不要な疑念を生むことは避けられないのかも知れない。

 正義の象徴たるゼロは、世界の為に英雄であり続けなければならない以上、取り除ける不安要素は出来うる限り減らすべきであった。

 

 だが出来なかった。

 例えそれが未練と後悔の象徴であったとしても、手元に残った唯一とも言える彼女との思い出の品を手放す事など自分には出来なかった。

 枢木スザクの名を、その存在を捨ててなお、過去に執着している自分が居る。明日を選び、求め、その為にゼロの仮面を身に着けておきながら……。

 それが弱さだとスザクは自覚している。

 

 かつて自分は告げた。

 

“僕は、彼の剣だ。彼の敵も弱さも、僕が排除する”

 

 なら、自分の弱さは一体誰が排除してくれるというのか?

 

 この騎士章は自分を枢木スザクとして、この世界に繋ぎ止める最後の楔。

 真のゼロを名乗り、世界に自分こそがゼロだと宣言し、ゼロであり続ける事を決意した以上、今度こそ過去を断ち切らねばならない。

 背負った業から再び逃げようなんて考えを抱けぬように退路を断ち、自分の中に残る枢木スザクを消し去るために。

 

 本来なら彼女に……いや、彼女の墓前に返すべき物なのかも知れない。

 けれど今となってはそれさえも不可能だ。

 彼女の遺体はブラックリベリオン収束後、ブリタニア本国に送られ、精神錯乱の原因解明の為に病理解剖が行われる事となる。無論その結果は、彼女の脳や神経系を始め、全ての臓器に精神異常を来すような疾患を発見することは出来なかったが。

 その後、彼女の同母姉である神聖ブリタニア帝国第二皇女=コーネリア・リ・ブリタニアの手によって、生家近くの霊園に密葬された。

 ナイトオブセブンの地位を手に入れ、本国に召集された際に一度だけ訪れた事があったが、その時は何も話す事は出来なかった。

 

 あの日が最後の機会になると分かっていたなら、何か彼女に伝える事が出来たのだろうか? 

 

 ……きっと不可能だ。あの時の自分はただただ憎しみに支配されていた。

 そんな自分が上辺だけの言葉を語ったところで、彼女を悲しませるだけだったに違いない。

 それでも、と思ってしまうのもまた枢木スザクとしての弱さだ。

 彼女が眠る霊園は帝都ペンドラゴンに落とされた大量破壊兵器フレイヤによって、無数の生命と共に消え去った。

 それ故にこの場所を、彼女の理想の始まりとなったであろうこの地を訪れた。

 ここになら彼女の想いが遺されていてもおかしくない。

 例えそれが志半ばで倒れた無念、そして不条理な世界に対する怨嗟だとしても……。

 

 スザクは祭壇へと歩みを進める。

 そして献花された多くの花束の中に、手にしていた騎士章をそっと置いた。

 

「さようなら……ユフィ」

 

 果たして彼女はこんなにも愚かな自分が選んだ道を、起こした行動を知ったら、どう思っただろうか? 怒りに震える? 嘆き悲しむ? それとも………。

 いっそ軽蔑し、突き放してくれたなら、どれだけ楽なことか。

 でも自分の知る彼女なら例え過ちを犯しても、それを受け止め、共に贖罪する道を選んでくれた事だろう。彼女は自分が知る中で誰よりも優しく、とても強い心を持った女性だった。

 

 いや、これは無意味な考えだ。

 既に彼女の存在は過去の物となっている。今、そしてこれからの世界を彼女が望む事は絶対に不可能だ。それは決して覆すことの出来ない現実。

 対して自分は歩みを進めなければならない。既に自分は歩み続ける道を選んだのだから。

 その先にあるのは『明日』。それとも『新しい明日』なのか、今はまだ分からない。

 それでも自分達の信じた未来の為に。

 スザクはゆっくりと踵を返し、一歩前に踏み出した。

 祭壇との距離が広がっていく。

 刹那────

 

“……スザク”

 

 遠離っていくスザクを引き止めるように、その背に声が掛けられる。

 それは正確な表現ではないのかも知れない。空耳や幻聴の類、気のせいと言ってしまえばそれだけの事なのだろう。

 ただ、彼は確かにその声を聞いた。

 今は亡き彼女の声を……。

 咄嗟にスザクは彼女の姿を求めて背後を振り返る。

 

 そして、そんな自分を自嘲する。

 

 もし、彼女が彼の選んだ全てを知ったなら、それでも彼女は優しさで包み込むかのような微笑みを浮かべ告げた事だろう。

 

“自分の事を卑下してはなりません。

 私は貴方の頑ななところも、優しいところも、悲しそうな瞳も、不器用なところも、猫に噛まれちゃうところも全部含めて、好きになったのですから。

 言ったはずですよ。自分を嫌わないで、ただ私は貴方の笑顔が見たいって。

 だから笑って下さい、スザク”と……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 合衆国日本、首都東京。

 

 東京湾に停泊する黒の騎士団旗艦=斑鳩級浮遊航空艦迦楼羅。

 その内部に置かれた仮設司令部に紅月カレンの姿はあった。

 

 中央の大型モニターには世界地図と共に各国の状勢や、各支部から送られてくる報告が表示され、リアルタイムで更新されていく。

 今のところ大きな混乱は起きてはいない。誰もがゼロの行った自分自身へ対する宣戦布告に困惑し、国家として、組織として、また一個人として、これからどう動けばいいのか意見がまとまらないのだろう。

 現状は黒の騎士団に取って好転したと考えて間違いない。

 漆黒の騎士支持へと傾いていた世論の流れは、ゼロが投じた波紋によって狙い通り流れを止めた。二人のゼロの真偽が判明するまで、内外の圧力によって、今すぐに黒の騎士団が瓦解するような事態は免れたといってもいいだろう。

 

 だがしかし、見つめるモニターに彼女等が真に望む情報は未だ齎されてはいない。

 

 カレンはサブモニターを一瞥する。

 映し出されていたのは、チェスの駒にも似た黒き天空城。それこそが断罪という名の殺戮が行われた都市の上空に出現した漆黒の騎士の軍事拠点。

 その姿は大量破壊兵器フレイヤを放ち、多くの生命を奪った浮遊要塞ダモクレスに酷似していた。

 ゼロレクイエム後、ダモクレスは超合集国最高評議会の決議によって、フレイヤと共に宇宙への廃棄──太陽焼却処分──が実行されたはず。

 紛争地帯に使用されたフレイヤを含め、開発元であるインヴォーグ及びトロモ機関から設計データが流出し、それがゼロ=ルルーシュの手に渡った。いや、ゼロレクイエム以前に入手したデータを秘密裏に保持し続けていたと考えるべきか。

 もし仮にそれが事実なら、今回の一連の出来事は、予てより周到に計画されていた事になる。

 いくら資金とデータを保持していても、当然完成までにはそれ相応の時間を必要とするのだから。

 

 だとすればスザクが語ったゼロレクイエムの真実ですら、ルルーシュによって仕組まれた策謀。偽りの真実に他ならない。

 世界だけでなく共犯者であるスザクをも騙し、彼にさえ伝えられる事のなかった真の計画が存在してたのではないか? 

 全ては自らの野望を覆い隠すための、幾重にも積み重ねられた嘘。

 そんな疑念が彼女の中で大きくなっていた。

 

「捜索部隊からの報告は? 漆黒の騎士の拠点はまだ見付からないの?」

 

 苛立ちを含んだカレンの声が部下に飛ぶ。

 

「残念ですが、発見の報告はまだ……」

 

 彼女の問いに、部下は申し訳なさそうに応えた。

 

「研究班によれば敵ダモクレス級浮遊要塞が展開するブレイズ・ルミナスには、何らかの特殊な粒子が含まれており、それによって擬装鏡面に類する光学迷彩能力を得ているとの分析がなされています。……やはり所在の特定は相当困難だと」

 

「分かってるわ、それぐらい」

 

 部下の指摘に焦りが募り、彼女の語気が強くなる。

 

「も、申し訳ございません!」

 

 謝意を告げる部下を一瞥することなく、カレンは奥歯を噛みしめた。

 

 例え捜索対象が全高3キロを超える巨大な建造物だとしても、自在に空を飛び、なおかつレーダーに映らないどころか肉眼でさえ捉えられないというなら、その発見が容易では

ないこと、いやもはや不可能に近い事は誰もが理解していた。

 唯一確実な方法としては、次の粛清場所を予測して先回り、待ち伏せし、敵の要塞本体あるいは所属KMFに発信器を取り付ける策があったが、漆黒の騎士が粛清行為を停止している今、その手は使えない。

 つまり現在、黒の騎士団側は明確な捜索手段を取れていないというのが実状だった。

 

 それこそ手を拱いている今この瞬間にも、頭上に出現し、フレイヤの射出または多数の新型KMFによる奇襲を行う事も、相手がその気になれば可能なのだ。

 その気になれば……?

 いや、違う。既に事実として漆黒の騎士は何度も実行している。

 一切の躊躇いはないだろう。実行されれば一方的な敗北は確実だった。

 

 奇襲による中枢の破壊。

 相手が国家であれ、組織であれ、その効果は語るまでもない。

 場合によっては戦闘を最も早く終結させる方法の一つと言って良いのかも知れない。

 だが奇襲は奇襲。それが大局を見据えた戦略であったとしても、今のカレンはその卑怯なやり方が気に食わなかった。

 

 ただ今回の相手は戦争幇助国でも、テロ組織でもなく、自分と正義を二分するもう一人のゼロだ。

 例えそんな卑怯な手段で勝利を手にしたとしても、世界の意志たる民衆は納得しない。

 その事は人心掌握に長けた彼なら理解しているはず。……そう思いたい。

 

「…紅月君」

 

 名を呼ばれ、カレンは声の主へと視線を向ける。

 部屋の入口。壁にもたれ掛かるようにして、その男は立っていた。

 

「藤堂さん!?」

 

 カレンは男──藤堂鏡志朗の姿に驚きながら、彼の下へ駆け寄った。かつて奇跡の藤堂と呼ばれた男の身体には、未だ至る箇所に痛々しく包帯が巻かれ、手には松葉杖が握られている。

 

「もう起きて、大丈夫なんですか?」

 

 藤堂の身体を気遣うカレン。

 彼はゼロ=ルルーシュによる蓬萊島襲撃で負傷していた。命に別状はないと言っても、その傷は深く、数日で完治する事は不可能だ。

 現状の彼の姿を見れば、誰が見ても無理をしていることは一目で分かる。

 

「ああ、大丈夫だ。それに既に大方の話は聞いた。この状況で休んでいる事など出来はしない」

 

「ですが、今無理をされたら凪沙さんだって────」

 

 ゼロレクイエムを経て、藤堂はかつての部下であった千葉凪沙に押し切られる形で入籍。

 勢いそのままに彼女が夫婦間の主導権を握り、奇跡の藤堂も形無しではあったが、夫婦仲は良好という事実は団員に広く知れ渡っている。

 

「私は一人の男である前に一軍人だ。それに私の生き方は彼女が一番理解している」

 

「はぁ……、分かりました。もう、本当に無理だけはしないで下さいよ」

 

 カレンは一度大きく溜息を吐き、進言を諦める。

 これ以上言葉を連ねたところで彼の意志は変わらないと理解した。

 身勝手な考えだと思う反面、多分自分が彼と同じ立場なら、同様の行動を取るだろう。もう誰も後悔を重ねたくはないのだから。

 

「すまない、紅月君」

 

「謝る相手が違いますよ、藤堂さん

 

「ああ、そうだな」

 

「取り敢えず現在の作業状況ですが」

 

 ここまでの経過は病室で凪沙さんからでも聞いていただろうと考え、まずは最新の作業状況を報告しようとしたカレンだったが、そんな彼女の言葉を遮るように藤堂は問う。

 

「いや、その前に聞きたい事がある。今、枢──ゼロはどこに居る? 彼とは一度話しておきたいことがあるのだが」

 

 藤堂の問いに僅かに視線を逸らしたカレンは逡巡した後、躊躇いながらも──彼にだけ聞こえる声で──端的に事実を告げる。

 

「ゼロは今……この艦には居ません」

 

「なっ、こんな状況でどこへ行ったというんだ!?」

 

 彼女の答えに藤堂は驚きと呆れが入り混じった反応を見せ、語気を強めたその声は僅かに怒気を含んでいた。

 

 もちろんカレンにも彼の心情は理解できた。

 漆黒の騎士と戦争状態にある現在、ゼロ=指揮官の不在は味方の士気に大きく影響を与える。

 漆黒の騎士に対する宣戦布告によって、ようやく蓬萊島襲撃とゼロの離叛による組織内部の混乱が収まりつつある現状を加味しても、その行為が軽率であることは否めない。

 そして何より藤堂にはブラックリベリオン=第一次東京決戦において、ゼロ不在による敗北という苦いトラウマがあり、それが強く反応する所以であることも間違いない。

 

「分かりません」

 

 それは本心ではない。彼がこの国で人知れず赴く場所など限られている。

 そのことは彼女達だけでなく、ゼロの素性を知る者は皆気付いているはずだ。

 

「でも……ゼロが今後も『ゼロ』であり続けるためには、どうしても必要な事なんです」

 

 枢木スザクとして生まれ、過ごし、死亡したこの地で過去と対峙する。

 それは儀式と言ってさえ良い。

 

「だからもう少しだけ待ってあげて下さい。彼は必ず帰ってきますから」

 

 カレンは藤堂をまっすぐ見つめて理解を求めた。

 

「…………」

 

 対する藤堂は無言のまま、ゆっくりとした足取りで部屋の中央に置かれた大型モニターの前へと向かっていく。

 

「紅月君」

 

「はい」

 

「作業状況の報告を頼む」

 

「はい、分かりました」

 

 強張った表情を崩し、カレンは藤堂の後を追って歩みを進める。

 彼らはゼロを信じ、彼の帰還を待つ。

 

 だが世界は停滞を許さない。

 刹那、室内に警報音が響き、同時に緊急通信回線が開かれた。

 

 



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第13幕 【再演 の ステージ】前編

 

 

 合衆国日本=首都東京の中心部、中央行政区画を間近に臨む高級ホテル=皇プリンスホテルは存在していた。

 各国要人が訪日の際に宿泊し、また政府高官や日本経済に大きな影響力を持つ財界人の非公式協議の場として使用される事も多い。

 ある意味では国民へのパフォーマンスの舞台である国会議事堂よりも、この合衆国日本の行く末を左右する場所の一つと言えるのかも知れない。

 現に今、とある一室では扇首相亡き後の政治運営について、その対応の模索が一握りの有力者達──それこそ次期総理の選出に影響を与える程──の手によって行われていた。

 

「困った事になったな」

 

 狙撃対策なのだろう。カーテンが完全に閉じられた薄暗い室内、ソファに腰を下ろした男は告げ、咥えたタバコに火を点ける。

 

「問題は誰があの男を殺したか、ということだ。様々な噂が飛び交い、その疑惑は我々にも向けられている」

 

 別の男が応えた。

 

 首相官邸の焼失事件は調査の結果、焼け跡から軍が使用していた特殊な火薬反応が検出され、何者かによって扇要は殺害されたと断定された。

 しかし、犯人に繋がる遺留品や情報はなく、犯行声明の発表もないことから、現在の世界情報を考えれば絞り込む事すら不可能だった。

 断罪者=ゼロによる粛清、政府による暗殺、ゼロ狂信者または反ブリタニア主義者によるテロ。様々な憶測が飛び交い、それは民衆の不安を煽る。

 

「噂は噂、放っておけばいいわ。私たちが早急に決めなければならないのは、次の国家代表を誰にするか、よ」

 

 女の言葉にその場の誰もが頷きを返す。

 

 ただでさえゼロによるゼロに対しての宣戦布告を受け、政治・経済ともに動揺が広がっている。

 そんな状況下で国家代表の死亡と不在が与える影響は百害あって一利なし。

 故に紛いなりにも誰かを、国を支える柱とし、早急に安定化に努める必要がある。

 国家の安定は彼等の地位や名誉の安定にも繋がるのだから。

 

「さて、誰が相応しいか……」

 

「あの無能な男は、本当に御しやすい傀儡だった。まあ、いつ切り捨てても構わない賞味期限切れではあったがな」

 

「ある意味で今回の件は渡りに船といえるだろう」

 

 議論が本日の集まりの最重要課題へと移りつつあった次の瞬間、その場の誰もが予期せぬ事態が起こる。

 

「こんにちは~」

 

 新たに室内に響いた声は、その場の張り詰めた空気にそぐわない、幼さを残す明るい少女のものだった。

 反射的に全員の視線が部屋の入り口に立つ声の主へと向けられる。

 彼らの視線の先に居たのは鍔の大きな帽子を被り、清楚な白いワンピースに身を包んだ幼い雰囲気の少女。

 顔立ちから考えて日本人ではなくブリタニア人か。愛らしい笑みを浮かべる彼女には、可憐という言葉がよく似合う。

 ただその事実がより彼女の存在が場違いな印象を強調している。

 

「誰だね、君は? ここは君のような者が来る場所ではない。帰りたまえ」

 

 男の一人が怪訝な表情を浮かべて少女に告げる。

 男の反応は至極当然だろう。部屋の前にも護衛の者を立たせていた為、単なる迷子や部屋間違いだとは考えにくい。

 

「まったく、こんなご時世に君達は一体何をやっているんだ? 職務怠慢じゃないのかね」

 

 別の男が苛立ちを露わにし、室内にいた護衛の男へ鋭い視線を飛ばす。

 それもそのはずだろう。

 彼らもゼロが行う断罪に少なからず脅えや恐怖を抱いている。

 この場に集まった者達の中で、自身が潔白であるかと問われれば、潔白だと断言できる者はまず居ない。

 どれだけ隠蔽を重ねたところで、叩けば埃が出てくる可能性が高く、彼らもそれを自覚している。

 だからこそ今回の協議に際しても、警備は万全に整えられているはずだった。

 しかし、現にこうして無関係な少女の入室を許している以上、護衛の者が叱責を受けることは仕方がなかった。

 

「申し訳ございません」

 

 護衛の男は何故自分がと内心思いながらも、頭を下げる事しかできない。

 

「ほら、君。問題になる前に出て行きなさい。今ならまだ厳重注意で済むはずだ」

 

 護衛の男は少女に退室を命じる。

 無断で室内に踏み込んだ時点で既に問題ではあったが、今ならま身元確認と厳重注意で解放できる。だがこれ以上、事が大きくなればそうはいかない。

 それは彼の優しさでもあった。

 

「ダメです。このまま帰ったら怒られちゃいますから」

 

 少女は護衛の男の言葉に応じることなく、何かを確認するように一度室内を見回し、不快な視線を向けてくる大人達に対して微笑みながら告げた。

 

「あの……皆さんにお願いがあります」

 

 まるで少女は近くの物を取って欲しいと頼むかのように、

 

「死んでいただけないでしょうか?」

 

 軽い口調で彼らに死を求める。

 

『なっ────』

 

 その場に居た全員が少女の言葉に驚愕し、絶句した。

 それを気に留めることなく、さらに少女は続ける。

 

「え~と、自殺して欲しかったんですけど、ダメですか?」 

 

 そう言って少女は愛らしく首を傾げた。

 

 到底受け入れられるはずのない願いを、さも当然の如く告げる少女に、誰もが思った事だろう。

 

 はぁ? 何を馬鹿なことを。

 冗談にしては度が過ぎる。

 この娘は頭がおかしいのか、と。

 

 だからこそ彼らは憤慨し、口々に声を荒げた。

 

「大人をからかうんじゃない!」

 

「ふざけるのも大概にしろ」

 

「まったく、自分が何を言っているのか自覚しているのか?」

 

 それに対して少女は、どうして彼らが怒っているのか理解できないと言いたげに、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「取り敢えず一刻も早く、そのイカレた小娘を部屋から連れ出せ」

 

 殺気さえ含んだ声で男が護衛に命令する。

 

「はっ、ただいま!」

 

 護衛の男はすぐさまそれに了承の意を返す。

 これ以上事態が悪化する前に、まずは少女をどうにかしないといけない事は、彼だって理解している。

 最悪の場合、少女は文字通りの意味で消される可能性があり、ここに集まった人間にはそれを可能とする力があった。

 自分の目の前でそんな事が起きれば目覚めが悪い。

 

 一方、男の一人が何かに気付く。

 

「おい、待て。今の────」

 

 だが男が言い終わるよりも先、護衛の男は少女に歩み寄るとその肩を乱暴に掴み、強引に部屋から連れ出そうとした。

 彼とて少女を乱暴に扱うような行為は本意ではない。

 けれどそんな事を言っている状況ではなかった。

 

「来い!」 

 

「いやです、放してッ」

 

 少女は自分に迫る男から逃れようと抵抗する。直後その弾みで被っていた帽子が脱げ、床へと落ちた。

 途端、帽子に収められていた淡いピンクの髪がふわりと広がる。

 

『ッ!?』

 

 その顔、その髪、その姿は、日本人にとって忘れる事の出来ない──約5年前の──忌まわしき記憶を呼び起こした。

 裏切りと血の惨劇。

 そしてそれ引き起こした虐殺皇女。

 しかし、彼らが少女の容姿について反応するより早く────

 

「もう、ダメですって言っているでしょう」

 

 不機嫌そうに少女は告げ、困惑した様子の護衛の顔へと両手を伸ばし、そっとその頬に触れる。

 次の瞬間、ゴキッという何かが砕ける音が響き、護衛の男は床に崩れ落ちた。倒れた男の首は180度逆を向き、だらしなく開いた口から泡を吹く。

 その姿を見て、その場の誰もが戦慄する。

 

「きゃああ────ふぐっ!?」

 

 突如目の前で起こった光景に、半狂乱となった女が悲鳴を上げようとしたが、それすらも適わない。

 既に次の行動に移っていた少女は、女に近付くと左手でその口を塞ぎ、右手に握り締めた刃を女の胸に躊躇いなく振り下ろした。

 

「あはっ、一人目」

 

 少女は無邪気に微笑みながら、混乱する男達へと視線を向ける。

 それと同時に彼女が腕を振ると、袖の内側に携行されていた鋭利なナイフが彼女の両手の中に装填される。

 そして少女が再び腕を振る度に、放たれた凶刃が男達の眉間や心臓──急所に深々と突き刺さっていく。

 仮に急所を外れていたとしても、刃に塗られた即効性の神経毒によって、苦痛の声一つ上げることも許されず、その生命を奪われていた事だろう。

 

 彼女の侵入を許した時、既に彼等の命運は尽きていた。

 

「二人、三人、四人────これで終わりです」

 

 手慣れた様子で次々と死を振りまいた後、少女は唯一生存するターゲットを視線に捉える。

 対峙する男は脅えながらも、懐からハンドガンを取り出し、抵抗の意志を見せた。

 だが、少女は自分に銃口が向けられるよりも先、常人離れした動きで男の背後へと回り込む。

 

「銃はダメです。音で気付かれちゃうじゃないですか」

 

 そう告げて、少女は背後から男の首を掻き切った。首から鮮血を噴き出し、藻掻き苦しみながら死んでいく男に、もはや彼女が興味を示すことはない。

 少女は床に落ちた自分の帽子を拾い上げ、軽く叩いて被り直す。

 そして最後のターゲットが完全に動かなくなった事を確認すると、Vサインを突き出して宣言した。

 

「ふふっ、みっしょんこんぷり~とです♪ けどその前に……」

 

 少女は思い出したように部屋の入り口まで戻ると、ドアノブを特殊ワイヤーで固定し、貼り付けた爆薬に信管を差し込んだ。

 単に時間稼ぎにしかならないのだが、これで外から容易に室内に入る事は出来ないだろう。

 

「これでよし」

 

 さて、後はこの場から立ち去るだけだが……。

 

「あら? でもこれじゃわたしが出られません。どうしましょう?」

 

 考え込みながら血臭漂う室内を見回す。

 

「あ、そうだ。思いついちゃいました」

 

 程なくして少女は何か結論に辿り着いたらしく、それを実行に移すため徐に窓へと近付き、カーテンを開け、鍵も開錠する。

 開放された窓から吹き込む外気が、彼女に纏わり付く血臭を洗い流していく。

 直後、少女は迷う事も、躊躇う事もなく、平然と窓枠に足を掛けた。

 今回の非公式協議の場となったのは──昨今の社会情勢を考慮し──いかにもなVIPルームを含む上層階ではなく、一般客室のある下層階のフロアを貸し切って行われていた。

 上層階と比べれば地上からの高さは当然低いだろう。それでも地上までの距離は優に10メートルは越えている。

 一般常識で考えて、何の装備もなく飛び降りれば、無事で済むことなどまずあり得ない。

 そう誰もが口を揃えるだろう。

 無謀としか言いようがない行動。

 しかし少女は思い直すことなく、えいっと可愛い掛け声と共に窓の外へその身を投げた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 山梨の追悼施設を後にしたスザクの姿は現在首都東京にあった。

 自分の立場を考えた時、長時間に渡って旗艦=迦楼羅を離れる事が、どれほどリスクの高い行動なのか、それは彼も理解している。

 それでも一度、報告書の書面やニュース映像ではなく、直接自分の目で扇首相の暗殺現場となった首相官邸、その跡地を見ておく必要があるとスザクは考えた。

 

 雑踏の中、大通りを中央行政区画へ向かって移動する。

 復興と再開発が進み、合衆国日本の首都として生まれ変わった東京に、かつてトウキョウ租界と呼ばれていた面影は──一部を除いて──最早ない。

 その街並みを視界に映したスザクの心に様々な思い出が去来する。

 

 突然の再会や運命の出会い、アッシュフォード学園で過ごした年相応の日常。

 騎士としての輝かしい日々の記憶も確かにある。

 だがそれ以上に彼の心を埋め尽くすのは、犯した罪の大きさと、背負った業の重圧だった。

 胃液と共に込み上げてくる罪悪感にスザクは思わず顔を歪める。

 例え景色は変わっても、目を背ける事の出来ない現実が、確かにそこには存在している。

 

 聞こえてくるのは怨嗟の声。

 千や万では足りない。

 十万、百万でもまだ足りない。

 途方もない数の死者のざわめき。

 

 その場に立ち止まったスザクを──邪魔だと感じる事はあっても──周囲の人間が気に留める様子はない。

 サングラスに丈の長いウインドブレーカーという、決して高度な変装とは言い難い格好だったが、行き交う人々がスザクの存在に気付く事はなかった。

 記録上では、枢木スザクという人間は4年前のダモクレス戦役で戦死している。

 

 月日の経過と共に、自分の存在は人々の記憶の中から消えてしまったのだろうか?

 

 いや、そんな事はあり得ない。

 

 裏切りの騎士(ナイトオブゼロ)=枢木スザク。

 日本人である誇りを捨て、敵国に尻尾を振る名誉ブリタニア人となり、うら若き皇女=後の虐殺皇女ユーフェミアに取り入ることに成功。

 彼女がゼロに討たれた後、かつての同胞の希望であったゼロを売り、その対価にナイトオブセブンの地位を手に入れた。

 さらに仕えるべき神聖ブリタニア帝国皇帝に反旗を翻し、悪逆皇帝=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに忠誠を誓う。

 その命が果てる瞬間まで、貪欲に地位と権力を求め、自らの野望の為に全てを裏切り続けた男。

 そして何より第二次東京決戦において、実戦で初めてフレイヤ弾を使用し、結果的に敵味方、罪のない民間人を含め3500万人以上の生命を奪い、この東京の地で大量殺戮を行った男としても語り継がれている。

 

 決して忘れる事など出来ないほど鮮烈に、人々の記憶にだけでなく、既に人類の歴史という記録に刻まれてしまった。

 例えそれが自分の意志ではなく、信念さえねじ曲げてしまう呪い(ギアス)の影響下にあったとしても、自らが犯した罪と背負った業から逃げるつもりはない。

 彼に、ルルーシュに『生きろ』という願いを命じさせたのは、幼き日に犯してしまった罪と向き合おうとせず、現実から目を背け、死へ逃げようとした無責任な自分自身だ。

 

 軍に所属したのはあまりに幼い、衝動的な父親殺しに対する贖罪のつもりだった。

 これ以上、無駄な血が流れて欲しくない。

 自分と同じ罪を誰にも背負わせたくない。

 終わらない戦いを、人が人を殺めるという現実を止めたかった。

 

 いや、それらは全て綺麗事。自己保身の言い訳に過ぎず、決して世界の為なんかじゃない。

 そうする事で罰せられなかった過去の自分に罰を与える事ができると思った。

 何かを守るためなら、戦場で命を落としても構わない。

 むしろ無意識の内に、そうなる事を望んでいたのだろう。

 故に自分は死に場所を求めて軍に所属した。

 

 その結果、より多くの血を流し、数多の命をこの手で奪うとは何という皮肉なのか。

 

 ただフレイヤ使用による大量殺戮についても、明確な罰が下されることはなかった。

 有事──黒の騎士団との戦時下──であった為、またその後の世界情勢の変化、自分の立場の変化もあり、責任の所在は有耶無耶となってしまったからだ。

 本格的に責任の追及がなされたのは、ゼロレクイエム後に行われた戦後処理での事だった。

 第二次東京決戦におけるフレイヤ使用の罪は枢木スザクにあると認定されたが、既に死亡した人間に罰を与えることは不可能であり、その罪は『枢木スザク』という存在に押し付けられる結果となる。

 もちろんそれで日本国民が納得するはずもなく、唯一のフレイヤ製産国であった神聖ブリタニア帝国が、損害賠償の支払いと復興支援を行うことで一応の決着となった。

 

 しかし、罰を受けなくとも、自分の起こした行動の結果=犯した罪そのものが消える事は決してない。

 

 だから当時のスザクはルルーシュの共犯者となり、ゼロレクイエムを実行。

 全ての罪を背負い、その命を世界に捧げたルルーシュの想いを継ぎ、人々が同じ過ちを繰り返さないために英雄ゼロを演じ続ける。

 その選択を贖罪とした。

 けれど当時自分が下した判断が、選んだ選択が本当に正しかったと、今では確信を持って断言する事が出来ない。

 

 再び歩み始めたスザクの足取りは重く、自然と大通りを外れ、脇道へと逸れていく。

 中央行政区画へ向かう上で、遠回りになる事は理解している。

 このまま進むことの出来ない理由も自覚している。

 それでもこの先には、あの日以来避け続けてきた『あの場所』が存在しているから。

 

 本能的に選んだ選択。

 彼が今この瞬間、その場所に居ること。

 それは偶然ではなく必然だったのだろう。

 

「退いて下さ~い!」

 

 突如として上空から落ちてきたその声がスザクの耳に届く。

 

「危な~い!」

 

 咄嗟に空を見上げたスザクの視界に、落下してくる少女の姿が映り込む。

 

 半瞬、脳裏にフラッシュバックされる過去の記憶。

 

 その出会いはまるで────

 

「えっ?」

 

 スザクは思わず戸惑いの声を漏らした。

 それは上空から少女が落下してくるという非日常的(イレギュラー)な光景のせいだけではない。

 彼を動揺させた原因は少女の容姿にあった。

 

 『彼女』に似ている。

 

 スザクにとっては、それだけで十分だ。

 困惑のままに思考する一方、既にスザクの身体は無意識の内に動いていた。

 落下地点を見極めると腕を伸ばし、落ちてきた少女の華奢な身体を抱き止める。

 

「きゃっ」

 

 少女はスザクの腕の中で小さく悲鳴を上げた。

 

 可憐という言葉が相応しい容姿。アメジスト色の明眸。幼さを残した秀麗な目鼻立ちは、高貴さと無邪気さを共存させている。

 間近で見た少女の顔は、見れば見るほどかつての『彼女』を連想させる。

 

「ごめんなさい、下に人が居るとは思わなくて。え~と……その、ありがとうございます」

 

 少女もまたスザクの腕の中で困惑の表情を浮かべた後、どこか照れた様子で謝罪と感謝の言葉を口にした。

 

 その顔、その声、その視線。一つ一つがスザクの心を強く揺さぶり、封じ込めたはずの記憶や想いを呼び起こす。

 

「……ユフィ」

 

 前の前の少女と『彼女』=ユーフェミア・リ・ブリタニアの姿が重なり、思わずスザクの口から彼女の愛称が零れ出る。

 

「はい♪」

 

 スザクの呟きに対して、包み込むかのような微笑みを浮かべ、少女が応えた。

 

 



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第14幕 【再演 の ステージ】後編

 

 

 ユーフェミアとの出会いが、その後のスザクの人生を大きく変えた。

 父親殺しに次ぐ二度目の転機。

 それは間違いのない事実。

 

 自己嫌悪の塊だった自分を認め、理解し、救ってくれた彼女の存在は当時のスザクにとって唯一の希望だった。

 例えその道程がどれだけ途方の無いものだとしても、彼女となら世界を変える事も不可能ではないとさえ思えた。

 持てる全てを捧げ、彼女を支える事が出来たなら、自分を許す事が出来たのかも知れない。贖罪の果てに仮面を脱ぎ捨てることも出来たはずだ。

 

 だがあの日、あの瞬間、自分は彼女を救うことができなかった。

 この手で守ると誓ったはずの彼女は、目の前で命を落とす。他ならぬ親友の手によって。

 大切な人間一人守れない弱い自分が許せなかった。

 彼女の命を奪ったルルーシュが許せなかった。

 彼女の死を容認した世界が許せなかった。

 

 だから怒りと憎しみに身を委ねた。

 その後の顛末を語る必要はないだろう。復讐に走った結果『枢木スザク』は死に、自分は今ここに居る。

 

 だというのに────

 

「……ユフィ」

 

「はい♪」

 

 無意識の内に零れ出たスザクの呟きに、少女は見た者に好意を抱かせるであろう笑みを浮かべて応える。

 しかし直後、

 

「あら? でもどうしてわたしの名前をご存じなんですか? どこかでお会いしましたかしら?」

 

 少女は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げ、スザクに問い掛ける。

 

「っ!?」

 

 自分の名前=愛称がユフィである事実を肯定した少女に対し、スザクは更に動揺する。

 彼女と同じ容姿と愛称を持つ少女が目の前に存在している。

 

 どういう事だ?

 何故彼女と同じ姿をしている?

 

 分からない。

 

 他人のそら似?

 

 それにしてはあまりにも似すぎている。

 世界には同じ顔の人間が三人いるという俗説もあるが何ら根拠はない。

 

 実は双子だった?

 

 いや、そんな記録は存在しない。

 双子は不吉だからとの理由で、秘密裏にどちらかを手放していたとしたらとも考えられるが、ブリタニア皇族にそんな慣習はない。

 皇位継承権を持つ者が競い合い、奪い合い、殺し合うことがブリタニア皇族の歴史であり、弱肉強食を国是に掲げるブリタニアにおいて、何ら禁忌とは成り得ない。

 更に言えば皇位継承権保持者の数から考えても、一人二人増えたところで大勢に大きな影響は無かっただろう。

 親心や良心によって引き離されたとも考え難い。彼女(とその姉=コーネリア)の母親は伝統ある貴族の出であり、産まれた瞬間から貴族教育という名の思想教育を受け、ブリタニアを動かす歯車に組み込まれている。

 我が子可愛さにシステムから乖離しようとは考えない、否、考えられないはずだ。

 

 そもそも最も可能性が高いと思われた双子説だが、現実問題として大きく揺らぐ。

 もし彼女が生きていたなら二十歳を越えている。双子であるならもう一人も同じ年齢の女性でなくてはならない。

 しかし、目の前に存在しているのは『少女』。

 自分と出会い、そして命を落とした当時の彼女と同じぐらい、どれだけ高く見積もっても十代後半にしか見えなかった。

 

 まるで想い出の中から飛び出して来たかのような存在。

 過去からやって来たと言われれば、納得してしまうかも知れない。

 死んだはずのルルーシュが再びその姿を見せた時、思わずには居られなかった。

 

 ルルーシュが生きていた。

 だったらユフィだって……。

 

 だがそれこそあり得ない。

 そんな妄想に縋る事は彼女に対する冒涜だ。

 

 一体この少女は何者だ?

 

 答えの出ない疑問の答えを知るために、スザクは直接目の前の少女に素性を問う。

 

「君は一体────」

 

「おい……そんな……嘘だろ」

 

 質問しようとした矢先、放たれた第三者の声を耳にして、スザクは正気を取り戻した。

 白昼に起きた──少女が落ちてきたというある種の──事件には、当然のように目撃者が存在する。

 野次馬と化した通行人が、彼等の周囲で状況を見守っていた事実を、少女の姿に動揺し、混乱していたスザクは認識できていなかった。

 

「おい、見ろよ」

 

「あれってまさか……」

 

「虐殺皇女」

 

「ブリタニアの魔女だ」

 

 周囲に不安と恐怖、そして憎悪が広がりつつある事をスザクは感じ取り、同時に焦りを覚える。

 彼らも目の前に少女が落ちてくるという非日常的な事象ではなく、少女自身が持つ特異性に気付いてしまった。

 マズいと思わずには居られない。

 大通りと比べれば確かに人通りは少ないが、それでも少女の容姿は否が応にも人目を惹き、忌まわしい記憶と共に負の感情を喚起させてしまう。

 このまま混乱が広がるような事になれば、最悪この少女は無事では済まないだろう。

 また、少女に視線が集まれば、必然的に傍らに居る自分にも視線が向けられている事になる。

 それがどんな意味を持ち、自分の立場上どんな影響を及ぼすのか、すぐにスザクも理解する。

 だから直ぐさま行動に移した。

 

「走って」

 

「え? きゃっ────」

 

 当の本人は状況を理解できていない様子だったが、スザクは構うことなく少女の手を取ると、人垣を押し退けて走り出す。

 

「あ、あの……いきなりどうしたんですか?」

 

 スザクの突然の行動に少女は当然のように疑問を口にする。

 

「取り敢えず今は僕を信じて走って」

 

「……もぉ、強引なんですね」

 

 緊張から顔を強張らせるスザクとは対照的に、少女はどこか照れたように頬を染めた。

 

 

 

 

 

 人の多い中央行政区画とは逆の方向へ向かったスザク達は、狭いビルの間や従業員用通路を抜け、人気のない路地裏へと辿り着く。

 

「っ……ここまで来れば」

 

 周囲の状況を確認し、スザクはビルの壁に背を預けた。

 さすがのスザクも予期せぬ事態に遭遇し、心身ともに疲れた様子だった。

 

「大丈夫?」

 

「はぁ…はぁ……疲れましたぁ」

 

 心配そうに声を掛けるスザクの問いに、少女は大きく肩で息をしながら応えた。

 その姿を見て、スザクは少女に対して申し訳なく思う一方で、これが最善の手段だったと考える。あのまま何もしなければ、確実に誰かの血が流れていたはずだ。

 

「君は自分の容姿に自覚はあるのかい?」

 

 スザクは薄々答えが分かっていながら問いかける。

 そもそも自覚があるなら、素顔を晒したまま、この日本の地を踏もうとは思わないだろう。

 

「はい、もちろんです! よく可愛いって言われます♪」

 

 そう言って少女は自慢げに胸を張り、満面の笑みを浮かべて見せた。

 スザクは思わずその笑みに心を奪われそうになったが、質問の意図が正確に伝わっていない事に額を押さえて溜息を吐く。

 しかも厄介な事に、少女は冗談ではなく本気で言っている。

 そのあまりにも虐殺皇女と酷似する容姿を有していながら、この国で起きた出来事をまるで知らないようだ。

 

 果たしてそんな事があり得るのか?

 文字通り箱入り娘だったのだろうか?

 

 少なくとも彼女の保護者が理解していないはずがない。

 それ故に社会から隔離し、情報を制限していた可能性も考えられるだろう。

 もし、やむを得ない事情で同行させたとしても、決して一人で出歩かせるような事はしない。常に監視下に置くぐらいはしていたはず。

 いや、だからこその現状なのかも知れない。

 

 スザクは少女との出会いに納得する。

 少女と出会った通りには、いくつかの高級ホテルが建ち並んでいた。

 そのホテルの一室で軟禁状態に置かれ、それを脱する為に何らかの実力行使を執り、運悪く足を滑らせた、また可能性は少ないが確信的に飛び降りたとも推測できる。

 仮に後者だとするなら無謀としか言いようがない。

 だがそれがますます思い出の中の彼女と重なった。彼女も護衛の監視下から逃げ出すために、常識外れの実力行使を執ったのだから……。

 

「それに────大好きな主様(マスター)もたくさんたくさんほめてくれます」

 

 さらに少女は嬉しそうに言葉を続ける。

 

 ……マスター?

 

 その一言が懐古する思考を打ち砕き、改めて眼前の問題を突き付けた。

 そう、まだ何も問題は解決していない。

 同時にスザクは胸の痛みを覚えた。

 少女の言葉が事実なら、彼女は何者かに従属し、その人物をマスターと慕い、好意を寄せているようだ。

 

 これは……嫉妬なのか?

 それとも羨望か?

 

「どうかしましたか?」

 

 少女はスザクの顔を覗き込んで問いかける。

 その瞬間、彼女がほんの僅かな──注意していなければ気付かない程度の──血臭を纏わせている事に気付く。

 気のせいと言ってしまえばそれだけなのかも知れないが、スザクは本能的に何を感じ取り、反射的に身構える。

 

「いや、何でもない」

 

 感情を押し殺し、思考を最適化させると、彼女を見つめて真摯に問う。

 

「それより教えて欲しい、君は一体何者なんだ?」

 

「あら? 貴方はわたしを知っているから、わたしの事をユフィと呼んだんじゃないんですか? てっきりそうだとばかり……」

 

 スザクの問いに一度は困惑の表情を浮かべた少女だったが、すぐに笑みを浮かべ、胸の前でパンッと手を合わせる。

 

「それじゃあ、改めて自己紹介をしましょう。

 わたしの名前はユーフェリア・C・ヴァルキュリア、さっきみたいにユフィって呼んで下さい。主様にもそう呼ばれていますから」

 

「ユフィ……本当に」

 

「はい♪」

 

 自らの名を告げた少女が、スザクに改めて突き付けた現実。

 ユーフェミア・リ・ブリタニアではなく、ユーフェリア・C・ヴァルキュリア。

 二人目のユフィ。

 けれどその名を知りたかった訳ではない。

 

 だったら自分は彼女の何が知りたかったのか?

 素性や正体? 

 それを知ってどうする?

 その結果、果たして何ができるというのか?

 自分は目の前の少女に何を期待していた?

 

 彼女から授けられた騎士章を手放しながら、いまだ未練を断ち切る事の出来ない自分。

 改めて誓ったはずの覚悟が、一人の少女の出現で、こんなにも簡単に揺らいでしまう。

 それでは駄目だ。

 もうこれ以上、この少女に関わらない方が良いのかも知れない。

 彼女は自分が知るユフィではない。

 ただ似ているだけ。

 そう納得するべきなのだろう。

 

「今度は貴方の番ですよ。貴方のお名前を教えて下さい」

 

 自問するスザクにユフィはその名を問う。

 

「僕は……」

 

 スザクは躊躇った。

 枢木スザクという名は既に失っている。

 だけど彼女に、いや彼女と同じ容姿、同じ声、同じ名前を持つ、この少女に嘘を吐きたくないと思う自分が居る。

 一方で亡き親友=ルルーシュとも約束した。もう二度と枢木スザクとして生きる事はない、と。

 そう、例えそれがユフィの前だとしても……。

 

「アララギスバル」

 

 結果スザクは偽名として使用している新たな名前を告げる。

 

「アララギ……スバルさん、変わったお名前ですね」

 

 少女の言葉にスザクは後悔の念に駆られた。

 

「ではスバルさん、改めてよろしくお願いします」

 

 そう言って彼女は幼さを感じさせる、無邪気で愛くるしい笑みを浮かべ、握手を求めて手を差し出す。

 その笑みの破壊力は抜群で、スザクの警戒心を容易く打ち破り、彼の毒気を抜いてしまう。

 

「ああ、こちらこそよろしく、ユフィ」

 

 差し出された手に応えるために、手を伸ばしたスザクだったが、そこで彼はある事に気付く。

 

「っ、ユフィ、大丈夫かい? 血が出てるじゃないか」

 

 スザクの視線の先、彼女の白い柔肌に痛々しく刻まれた傷口から、流れ出た鮮血が腕を伝い大地へと滴り落ちていく。

 

「あら、本当。気付きませんでした」

 

 ユフィもスザクの指摘で初めて気付いた様子だった。

 

「ごめん、僕のせいだ」

 

 周囲の視線から逃げる事だけを考え、強引に彼女を連れ回した結果だろう。

 駆け抜けた通路の狭さなどを考えれば、どこかに引っ掻けてしまう可能性があったはずなのに……。

 自分がユフィを傷付けた。

 守る事の出来なかった彼女が、また血を流す。

 スザクの脳裏にフラッシュバックするあの日の記憶。

 血染めのユフィ。

 

「気にしないで下さい、スバルさん。スバルさんは悪くありませんから、ね?」

 

 深刻な表情を浮かべるスザクに対し、ユフィは少し慌て、気遣うように声を掛ける。

 

「っ」

 

 その優しさに、二人のユフィを重ねてしまう。

 分かっている。

 例え容姿が似ていても、目の前のユフィは自分が愛した彼女ではないと。

 頭では理解できている。

 彼女が二度と笑う事はないと。

 それでも自分の中の枢木スザクが、彼女を求めてその名を叫び、手を伸ばせば触れられるじゃないかと囁いた。

 

 ……黙れ。

 

 スザクは自分を押し殺す。

 

「ユフィ、少しの間動かないで」

 

 ウインドブレーカーのポケットからハンカチを取り出し、彼女の腕の傷口へと巻き付け、結んで固定する。軍人経験のあるスザクにとって、一通りの応急処置は手慣れたものだ。

 

「よし、出来た。応急処置はしたけど、後でちゃんと病院で看てもらった方が良い。傷痕が残ってもいけないし」

 

「ありがとうございます。でもスバルさんは心配性ですね、うふふっ」

 

 そう言いながらユフィはハンカチが巻かれた腕に、まるで愛おしむかのような視線を向ける。

 

「けど、そもそもどうして君は飛び降りたりなんかしたんだい?」

 

 スザクは確かめなければならない今回の出来事の核心を問う。

 その瞬間、僅かにスザクの眼光が鋭さを増した。

 

「えっと、それは……」

 

 ユフィは言葉を濁し、視線を背けたが、すぐに何か良い理由を思い付いたのか笑みを浮かべて応えた。

 

「実は怖い人に追われてるんです」

 

 それは実に安直な言い訳だった。

 言動の不一致。

 大多数の者はそれを素直に信じはしないだろう。

 ただ彼女は自ら飛び降りたというスザクの指摘を否定しない。

 

「嘘なんでしょ、それ」

 

「むぅ、スバルさんは意地悪です。わたしを信じてくれないんですか?」

 

 ユフィは拗ねたように頬を膨らませる。

 

「ごめんごめん、信じるよ」

 

 その子供っぽい仕草に思わずスザクは苦笑する。

 

「本当ですか? ですがわたしはまだご立腹中です」

 

「それは困った。どうしたら機嫌を直してもらえるのかな?」

 

「一つだけわたしのお願いを聞いてくれますか?」

 

「何なりとお申し付け下さい、お姫様」

 

 姿勢を正したスザクは、ユフィに対して恭しく頭を下げた。

 そんなスザクにユフィはどこか真剣な面持ちで告げる。

 

「ではあの場所に案内して頂けますか? アララギスバルさん」

 

 



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第15幕 【眠り の 地】

 

 

 わたしを抱き止めた男の人、アララギスバルさん。

 ちょっと変わったお名前です。

 

 だけど何故でしょうか?

 どこか懐かしい響きだと思います。

 前にも聞いたことのあるような、呼んだことのあるような名前……。

 

 ううん、名前だけでありません。

 あまり似合っていないサングラスを掛けていますが、その姿をわたしは知っているような気がします。

 

 初めて出会ったはずですが、わたしはスバルさんと以前会ったことがあるのでしょうか?

 

 彼はわたしの事を『ユフィ』と呼びました。

 主様以外にそう呼ばれたのは初めてです。

 

 彼はわたしを知っている?

 

 やはりどこかで……。

 う~ん……思い出せません。

 

 でも、彼に『ユフィ』と呼ばれると嬉しくて、優しい気持ちになります。

 胸が温かくなります。

 けれど同時に切なくなって……ぎゅーって痛いです。

 

“今は僕を信じて走って”

 

 そんなこと言われたらドキドキして、顔が熱くなってしまいます。

 ちょっと強引だけど、凛とした姿がカッコイイです。

 

 もしかしてこれが初恋というモノなのでしょうか?

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 復興を遂げ、近代化した街並みが広がる合衆国日本の首都=東京において、その場所は周囲の光景と大きく異なっていた。

 本当に異質と言っても良いだろう。

 高層ビルの谷間に広がった──広大な敷地面積を誇る──緑豊かな庭園。

 そこだけ現在から切り離され、かつてのエリア11=トウキョウ租界、ブリタニアによる支配の名残を留めているかのようだった。

 

 そしてその場所こそ、4年前、悪逆皇帝ルルーシュが世界統一を記念した凱旋パレードの最中に、救世の英雄ゼロによる暗殺──つまりはゼロレクイエム──によって討ち果たされた運命の地。

 その場所には今、救世の英雄の功績を褒め称え、悪逆皇帝の圧政からの解放を記念し、ゼロの偉業を後世に残すために、記念のモニュメントや慰霊碑、資料館などの施設が建設されていた。

 合衆国日本の──富士鉱山に変わる──新たな観光名所の一つとなっており、平日の昼間でも訪れる人は多かった。

 

 だが、ここに居る者は誰も──ただ一人スザクを除いて──この施設が存在している本当の意味を、その真実を知らない。

 知っている者は本当に極僅か。それこそゼロの素顔を知る者よりも少なく、片手の指の数にも満たない。

 

 そう、この庭園自体が悪逆皇帝と呼ばれながら、人間の可能性を信じて命を懸けたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの墓標。いや、陵墓そのものとなっている。

 ゼロレクイエム後、東京の復興と共に彼の遺体はこの庭園の地下に密葬され、本当なら今も永遠の眠りに就いている……はずだった。

 

 ルルーシュとの別れの地であり、自らが殺めた彼の眠る場所。

 スザクは彼の密葬以降、この場所を訪れる事に躊躇いを抱いて避けてきた。

 訪れれば自ずと現実を突き付けられ、過去の喚起と共に思考はマイナスへループする。

 

 もし、自分が彼を殺すことなくゼロレクイエムに反対し、彼が生き続けその手腕を振るっていたなら、現状の世界はここまで悪化しなかったのではないか?

 

 少なくともこんなにも早く計画が破綻することは、まず無かっただろう。

 後悔は自分の中で年々大きく膨らんでいく。

 彼の死を容認し、また強要し、自分がゼロとなった選択に疑問を抱き、簡単に揺らいでしまう。

 

 それでは駄目だ。

 民衆が求める救世の英雄は常に正しく、正義であり、間違わない。

 この世界を導く揺るぎない存在。

 その幻想から逸脱することは許されない。

 だから……ルルーシュの死という現実から目を背けた。

 

 数多の人間の命を奪っておきながら、たった一人の人間の死に執着する。

 何を今更と誰もが侮蔑するだろう。

 けれどスザクも一人の人間だ。

 名も知らない赤の他人と唯一の親友を比べる必要もない。

 

 殺したくて、殺したくて、仕方がなかった。

 でも心のどこかで殺したくないと叫んだ自分が居た。

 割りきる事の出来ない矛盾。

 だからスザクはあの日、涙を流しながらも、その手でルルーシュを討った。

 それが正しい事、この世界の為だと信じて……。

 

「ねぇ、スバルさん」

 

 剣を掲げたゼロの銅像を見上げていたユフィが、不意に隣に立つスザクへ向け、呟くように声を掛ける。

 

「何だい、ユフィ?」

 

 思考から抜け出し、スザクはユフィへと視線を向ける。

 するとユフィもまたスザクへと視線を向けていた。

 彼女の表情は初めて見せる険しく鋭いものであり、スザクが貸し与えた予備のサングラス越しの視線は、まっすぐに彼の瞳を捉えている。

 

「スバルさんは、ゼロのことが好きですか?」

 

 ユフィの問い掛けにスザクは完全に言葉を失った。

 

「…………」

 

 どう答えるべきなのか?

 

 残念ながら今のスザクにとって、ゼロという存在は好き嫌いという次元で語れる存在ではなくなっている。

 

 かつて無実の罪で捕らえられ、断罪されるはずだった自分を救い出した仮面の男。

 黒の騎士団の首魁として暗躍し、関係のない多くの人間を巻き込み、戦火を広げ、罪のない多くの人間を苦しめたテロリスト。

 正義の味方という嘘を吐き、日本人を騙し、結果的に愛するユフィを殺した仇敵。

 憎悪の対象。

 親友=ゼロ。

 現状の社会制度、超合集国構想の生みの親。

 そして今の自分自身。自分が背負った業であり、自身が選んだ新たな自分。

 課せられた義務と受け取った願い。

 正義の象徴でありながら、正義を二分する二人のゼロ。

 

「わたしは嫌いです」

 

 ユフィはスザクから視線を外し、再びゼロの銅像を見上げながら、どこか悲しそうな表情を浮かべて告げた。

 世界が認める英雄に対する明確な拒絶。

 その言葉がスザクの胸に突き刺さる。

 

「だってゼロはわたしを────」

 

 ユフィは小さく呟くように言葉を続けようとした。

 だが刹那、庭園内に異変を告げる警報音が鳴り響き、彼女の声を掻き消した。

 反射的に彼らは、いやその場の誰もが、音の発生地点である資料館の方角へと視線を向ける。

 視線の先に居たのは、艶のある長い黒髪を後ろで束ねた長身痩躯の青年。

 仮面──まるで歌劇(オペラ)の舞台役者が身に着けるような──で顔の上半分を覆い隠した特異的な出で立ちであった。

 しかし、それ以上に人々の目を惹いたのは、その人物の手に握られていた一振りの長剣であったに違いない。

 

 緑色の宝玉が埋め込まれ、金の装飾が施された赤紫色の装飾剣。

 あの日、ゼロレクイエムを目の当たりにした世界中の人々は知っている。

 それが悪逆皇帝ルルーシュを討ったゼロの聖剣である事を。

 ただその装飾剣は本来、悪逆皇帝ルルーシュが手にしていたはずの剣だった。事実、富士上空におけるダモクレス攻防戦開戦前、彼が自軍の兵士を鼓舞する際に掲げていた映像が残されている。つまり武器としてよりも、儀式的な意味合いが強かったのだろう。

 けれどその装飾剣が再び人々の前に姿を見せたのは、前述の通りゼロレクイエムの瞬間だった。

 経緯は不明ながら本来の持ち主である悪逆皇帝ルルーシュの手を離れ、その凶刃はゼロによって主へと向けられる。

 そのことで物議を醸し、様々な憶測=主に悪逆皇帝ルルーシュと英雄ゼロの繋がりが囁かれたが、その真偽は未だ定かではない。

 それでも人々は過程ではなく、悪逆皇帝ルルーシュの死という結果を受け入れた。

 確かに過程は不明瞭かも知れないが、その疑念を消し去るほどに鮮烈な──多くの人々が望んだ──結果だったと言える。

 そしてゼロレクイエム以降、本来皇帝ルルーシュの魔剣となるはずだった装飾剣は、英雄ゼロの聖剣として、資料館で管理・保管される事となる。

 毎年ゼロレクイエムの記念日には、レプリカではなく実物が特別に一般公開もされていた。

 

「どういう事だ?」

 

「何かの撮影かしら?」

 

「おいおい、まさか聖剣泥棒とか言わないよな」

 

 青年の姿を目にした周囲の人々が口々に疑問を口にする。

 聖剣の強奪など現実的ではなく、その特異な格好から撮影だと考えるのは仕方のないことだ。

 

 だがスザクは青年が放つ重圧と異様さを感じ取った。

 何がとはハッキリと言い表す事が出来ないが、嫌な気配がする。

 多くの戦場に立った戦士としての経験と本能の囁きは、杞憂ではなく絶対だと確信できものだ。

 

 対して装飾剣を手にした青年も、既に視界にスザク達を捉えていた。

 いや、それ以外の何も映ってはいないことだろう。

 

「あ、見付かっちゃいました。どうしましょう?」

 

 唯一その場の雰囲気に呑まれなかったであろうユフィが、困った表情を浮かべて発言するが、やはりそこに緊張感の欠片もない。

 その言葉にスザクは思い出す。

 

“実は怖い人に追われてるんです”

 

 確かに彼女はそう言った。自分は冗談だと勝手に思い込んでいたが、相手が確実に自分または彼女の事を視線に捉えていることから、その追っていた人物=目の前の人物であるという、もっとも簡潔な可能性に辿り着く。

 彼女の言葉を信じるべきだったのも知れない。

 けれどその後悔はもう遅い。

 

 スザクは身構え、ユフィを守るように一歩前に出た。

 

「ちっ……馬鹿が」

 

 青年は吐き捨てるように呟き、奥歯を強く噛みしめた。

 まるで思考を支配しようとする焦りを押し殺すかのように……。

 

 瞬刻、青年は大地を蹴り、スザク達へ向かって疾走する。

 同時に手にしていた装飾剣を構え、間合いに入った瞬間、剣の切っ先をスザクの胸に目掛けて突き出した。

 一連の動きは常人と比べものにならないほど速く、その肉体が鍛え上げられている事を誇示していた。

 また、躊躇いなど一切なかった。故にその切っ先は揺らぐことなく、スザクの胸を捉えて離さない。

 そう、威嚇ではない。

 放たれたのは殺気を纏った必殺の一撃。

 それはゼロレクイエムの再現のようでもあった。

 

 しかし、既に回避行動を取り、背後へと跳躍していたスザクに、その切っ先は僅かに届かない。

 ただ弾みでスザクが身に着けていたサングラスが外れ、タイル敷きの大地へと落ちてしまうが、彼にそれを拾う余裕などなかった。

 

 一連の光景を目撃した人間が悲鳴を上げる。

 その悲鳴は不安と恐怖を周囲に伝播させ、人々は混乱に陥り、逃げ惑う。

 青年を取り押さえようとする者はいない。

 防衛本能がそうさせたのか、自分の身を案じ、施設を警備する人間や警察機関に任せた方が得策だと考えたのだろう。

 彼らは自分でも気付かぬ内に正しい選択していた。

 何故なら、彼らの前に居る青年は、只人が触れる事すら許されない存在なのだから。

 

 青年はスザクを深追いすることなく、その場で立ち竦んでいたユフィの腕を強く掴む。

 

「来い!」

 

「っ、痛いです!」

 

 痛みを訴え、抵抗するユフィ。

 そこに僅かながら隙が生まれた。

 スザクはウインドブレーカーの下からハンドガンを取り出し、銃口を青年へと向ける。

 

「彼女から手を放し、剣を下に置け。ゆっくりと」

 

 例え殺され掛けたとしても殺すつもりはない、今はまだ。

 目の前の人物には訊きたい事がある。

 だがその命令に相手は応えることなく、装飾剣の刃をユフィ首筋へと────

 

 スザクは引き金を引いた。

 銃声と同時に放たれた弾丸は僅かに逸れ、彼の意図せぬ結果を生む。

 銃弾を受け止めた仮面が跳ね上がり、青年の素顔を白日の下に晒した。

 

「なッ!?」

 

 スザクは驚愕に目を見開く。

 仮面の下から現れたのはアメジスト色の澄んだ瞳、彫刻のように整った端整な面立ち、人並み外れた中性的な美貌。

 その顔をスザクは知っている。

 いや、忘れることなど許されない。

 

 一方、不測の事態に青年も驚愕の表情を浮かべた。が、それは刹那にも満たない。

 青年の左目が光を帯びる。だがその光はスザクが知る禍々しい紅い光ではなく、穏やかな蒼い光だった。

 そしてその瞳に──翼を広げた鳥のようなマーク──ギアスの紋章が浮かび上がり、災厄の象徴たる凶鳥が羽ばたいた。

 

 それだけで全てが終わり、目の前に居た二人はスザクの眼前から忽然とその姿を消すこととなる。

 けれどスザクが二人の姿を探す事はない。

 彼は理解している、人智を超えた超常の力が振るわれた事を。

 例え如何なる装置を使用しても、彼らの姿を捉える事は出来ないだろう。

 ただスザクは立ち尽くす。

 

「どうして……」

 

 その一言が今のスザクの心情の全てを表していた。

 

 彼らは行動を共にしているのだろうか? 

 まさか、彼がユフィのマスターだと言うのか?

 

 どういう事だ。

 

「教えてくれ……ルルーシュ」

 

「あの……」

 

 不意に声を掛けられ、スザクは背後へと振り返る。

 だが彼は失念していた。自分が今、素顔を晒している事実を。

 咄嗟に身に着けようとした予備のサングラスはユフィに貸し与えたままであり、ましてやゼロの仮面を持ち歩いているはずもない。

 いや、例えそれらが手元にあったとしても、顔を隠すだけの猶予はなかっただろう。

 

 背後に立っていたスーツ姿の女性と視線が合った。

 花束を手にしている事から、献花に訪れたことは明白だ。

 

 逃げ遅れたのか、それとも今し方この場で起こった出来事を知らないのか?

 

 違う、今はそんな事はどうだって良い。

 問題はそこではなかった。

 

 彼女はスザクを見て、手にした花束を地に落とす。

 

「え……まさか……スザク……君……?」

 

 微かに震えた声で、スザクの名を呼んだ。

 スザクにもその女性に見覚えがあった。

 一時の学生生活で出会った、私立アッシュフォード学園元生徒会長=ミレイ・アッシュフォード、その人だった。

 

 

 

 

 

 繋がり求めた運命の糸。

 回る歯車巻き込まれ、絡み、縺れて紡ぎ出す。

 

 



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幕間 Ⅴ 【鉄騎 を 生む モノ】

 

 

 時は過去へと遡る。

 

 その場所は格納庫と呼ぶに相応しい空間だった。

 聞こえてくるのは稼働する機械の駆動音と、小気味良い軽快なタイプ音だけ。

 ふと後者の音が止まる。

 

「良かったんですか、これで?」

 

 コンソールの上で手を止め、タイトなスーツとも軍服とも形容できる白い制服に身を包んだ女性=セシル・クルーミーは、自分以外に唯一この場にいる人物へと問い掛ける。

 

「ん? う~ん……君こそ良かったのかい? 内定していた科学技術博物館初代館長の座を蹴って」

 

 色あせた白衣を身に纏い、眼鏡を掛けた長身痩躯の男は、読んでいたファイルから視線を外すことなく、逆にセシルに問い返した。

 

「私のことは良いんです、今はロイドさんの話をしているんですから。それに私と貴方では立場が違います!」

 

 論点を変えようとする男に対して、セシルは語気を強める。

 そう、現時点で二人の立場には大きな違いがある。

 男=ロイド・アスプルンドには超合集国が設立し、管理・運営する次世代技術研究機関=バベルの代表という、既に世界に認められた肩書きがあった。

 各国から集められた有能な研究者達の上に立ち、数々の一大プロジェクトに関与しているのだから。

 

 ただし、例えそんな肩書きがなくとも、彼──いや、彼等の存在がこの世界に与える影響力は非常に大きい。

 少なくともセシルはそれを理解しているはずだ。

 

 二人がかつて所属していたのは、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア肝煎りの研究開発局=特別派遣嚮導技術部(通称特派)。

 ブリタニア軍内部でも独自の命令系統と人事権を保有する極めて異質な組織形態であり、一部ではシュナイゼルの私設組織と揶揄される事も少なくなかった。もっともそれは何ら間違ってはいないのだが。

 そこで彼等が作り出したのは、あのKMF界に革命を起こした第七世代KMF=ランスロット。

 当時の主力KMFと一線を画す機体性能は、世界に彼等の名を次世代機械工学の第一人者として知らしめるには十分すぎるものだった。

 さらに彼等はランスロットのみならず、ハドロン砲の基礎理論、フロートシステムやドルイドシステムの実用化、ブレイズ・ルミナスやエナジーウイングの開発など、次々に革新的な技術をこの世に生み出した。

 彼等はKMFの歴史を語る上で外すことの出来ない存在と言えるだろう。

 

 だが技術の革新に比例して兵器はより性能を高め、戦火を拡大させる要因となる。

 故に彼等はゼロレクイエム以降、どこの国家にも属さない国際機関であるバベルに所属し、『未来』のための技術開発に尽力していた。

 その命題は新たな生活環境の獲得。

 つまりは宇宙開発分野の確立。

 既に宇宙ステーション建設計画は動きだし、宇宙空間に対応したKMF及び、その技術を流用した船外活動装備の開発が進められ、軌道エレベーター構想も浮上している。

 近い将来、人類は地上のしがらみから解き放たれ、広大な宇宙へと進出するだろう。

 

 しかし彼等は、ゼロの黒の騎士団離叛に前後して、バベルから姿を消し、現在行方不明の身となっていた。

 各国政府機関が捜索に当たっているが、現状では手掛かりさえ掴めてはいない。

 一方で漆黒の騎士保有のKMFにエナジーウイング搭載機が含まれている事から、かねてより漆黒の騎士率いるゼロとの繋がりを持ち、彼の下へ合流したのではないかとの憶測を呼んでいる。

 それが事実の場合、辛うじて保っていた軍事バランスは容易く崩壊し、それを齎した二人は機密性の高い技術漏洩という明確な国際法違反の罪により、国際社会から裁かれる立場となってしまう。

 

 けれどその憶測以上に事態は深刻だという事実を、この時まだ世界は知らなかった。

 だからこそ、冒頭のセシルの問い掛けへと繋がるのかも知れない。

 

「だってさぁ……僕たちは、いや少なくとも僕は狂い壊れた(こちら側の)人間だからね。それにあそこに居ても、僕が本当に望む研究はさせてもらえないみたいだしさ……。

 自分に嘘は吐けないから、君もここに居る。違うかい?」

 

 ロイドはようやく視線を上げ、セシルを一瞥した後、前方を見据える。

 

「それは……」

 

 セシルは言葉に詰まった。

 彼の言いたい事は分かる。

 

 所詮は同じ穴の狢。

 

 本気でこの現状を打開したいと思っている──いや、思っていたなら、すぐにでも彼を殺し、自分も後を追っていたはずだ。

 そうしなかったのは、自分もこちら側の人間だったからなのだろう。

 どれだけ綺麗な言葉を吐き連ねても意味はない。

 意味は行動の結果によって生まれるのだから。

 そして既に目の前には結果がある。

 

 多数のケーブルに繋がれ、ハンガーに固定されて並ぶのは、優美にして荘厳、力強くも気品に満ちた白銀のKMFが七騎。

 かつて自分達が作り上げた最高傑作=ランスロット・アルビオンを基に計画され、外観こそ似ている部分は多いが、その内部構造や構成パーツ、運用理論に至るまで大きく異なっている。

 もはや完全な別物。

 故に数値やデータ上では、他のランスロットから派生したKMFや類似KMF、さらには基となったランスロット・アルビオンさえ容易く凌駕するスペックを保有していた。

 

 その力は間もなく振るわれるだろう。

 既に二人目のゼロが動いた以上、もう後戻りは出来ないところまで来ている。

 現時点で白騎士達を破壊し、全てのデータを破棄し、自分達が死んだとしても、これからこの世界が直面するであろう混迷の訪れを回避することは不可能だ。

 ならば力という毒を制するには、同じ毒を用いるしかないのかも知れない。

 

 迷いの見えるセシルを気に留めず、ロイドは続ける。

 

「何かを成し遂げるためには、想いだけじゃ足りない。相応の力も必要だよ」

 

 理想を高らかに叫んだとしても、如何なる力も伴わなければ、それではただの夢想家の戯言に過ぎず、何も変える事は出来ない。

 逆に力だけを保持していても、それを振るうべき時、振るうべきモノ、振るうべき存在を違えれば、ただの暴力と罵られるだけ。

 そのどちらにも世界は味方しないだろう。

 

「陛下の期待は裏切られ、可能性で人間は変われなかった。

 それが現実。だから僕らが必要とされたんだ」

 

 そう、よりよい未来を掴もうとする人間の可能性に懸けたゼロレクイエム。

 けれど蓋を開ければ、そこに望んだ理想はない。

 何ら変わる事のない現実が続いていただけだ。

 

 だからと言って目の前の騎士達が正しいかと問われれば、セシルは答えられない。

 

 セシルも現実を直視する。

 各機体はそれぞれのパイロットに合わせて最適化、また専用武装の開発がなされた完全なワンオフ機となっている。

 その力はあまりにも強大だった。

 至高、最強、究極を目指し、その全てが戦闘に特化されている。

 もちろん主観的な自惚れもあるだろうが、自分達の持てる全てを注ぎ込んだ白銀の騎士達は、間違いなく単騎で戦局を覆すことが可能だと考えられる。

 

 かつて同門だったラクシャータ・チャウラーに言われたことがある。

 

 認めないよ。プリン伯爵はその先にある人間を見ていないからさ、と。

 

 彼女の言葉が正しかったことが証明された。

 自分達は『明日』の為だと言いながら、結局は己の知的好奇心、探求心、知識欲、ただ純粋に欲望を満たすためだけに研究を続けてきたに過ぎない。

 

 だが今更後悔しても遅かった。

 既に世界は動いている。人知れず、それでも確実に……。

 

「それに面白いでしょ、こういうの」

 

 ロイドは再び視線をファイルへと落とし、ページをめくる。

 下から現れたのはパイロットリスト。

 もちろん素性の全てが記載されている訳ではないが、各種データから彼らが優秀なパイロット=デヴァイサーである事が窺い知れた。

 

 ロイドの頬が思わず弛む。

 

 さらに興味深いのが、そこには過去からの刺客──遺物や亡霊と言い換えた方が正しいのかも知れない──が含まれている点だろう。

 

 過去、それはブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが覇を唱え、仮面の英雄ゼロが世を席巻し、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが暴虐の限りを尽くし、人類の歴史の中で最も人間が命を落とした時代。

 

 皮肉にもそれは彼等にとって輝かしい日々と言える。

 自分達が生み出した技術、兵器によって数多の人間が命を落とした。軍人も民間人も関係なく老若男女。

 それでもなお高見を目指し、研究開発に明け暮れた。己が心を偽ることなく、自分達が持つ能力を際限なく発揮できた時代。

 

 過去と未来、そして現在。

 今度は誰が勝者となるのか。

 それとも後に残るのは破滅だけか。

 

「ゼロは……」

 

 そう告げた直後、セシルは思い直して言い換えた。

 

「いえ、スザク君は大丈夫なんでしょうか?」

 

 自分には彼を心配する資格がない。

 彼に力を与えたのは自分達だ。

 例えそれが運命の悪戯とも言える擦れ違いの連鎖が齎した結果だとしても、彼を現在の境遇へと押しやった最大の切っ掛けは、ランスロットとの出会いに他ならない。

 その能力に目を付けた自分達が、ランスロットのパーツとして彼を特派へと引き抜いた。

 もしその出会いが無ければ、彼は『ゼロ』という仮面を手にする事もなく、世界という重圧を背負い苦悩する事もなく、名も無き名誉ブリタニア人の一兵士として、戦場で命を落としていたに違いない。

 名誉ブリタニア人であるが故に二階級特進もなく、慰霊碑に名が刻まれることのない死。

 どちらが良かったと考えるか、それは人それぞれだろう。

 だが『ゼロ』であり続ける限り、その業からは逃れられない。

 安息など訪れない。

 いやそれどころか、更なる困難が彼の身に降り懸かる。

 その要因に深く自分も関わっていると自覚していながら、それでもセシルは彼の身を案じる。

 

「さあ? それは僕たちが言ってどうなるものでもないからね」

 

 彼は自覚している。

 自分がプレイヤーではなく駒でしかないことを。

 何より最初からプレイヤーの立場などに何の興味も抱かないことを。

 

 ならば、駒はただプレイヤーの意のままに動くだけだ。

 幸いにもそれは自分が求めるモノと一致しているのだから。

 

「でも、だからこそ託したじゃないか、彼にも新たな剣を」

 

 そう言ってロイドはどこか自信のある笑みを浮かべ、それを見たセシルは少しだけ気が楽になったように感じた。

 

 そう、彼は既に手にしている。

 彼の想いを体現する為の剣を。

 

 けれどロイドの真意はセシルの考えているモノとは違う。

 彼はただ、遠くない未来に訪れるであろう新時代KMF同士の狂宴に、心を踊らせたに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 狂気が生みし過去の遺物。

 狂気が生みし鋼の巨人。

 二つの狂気は交ざり合い、より大きな混沌を生む。

 

 



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幕間 Ⅵ 【英雄 の 軌跡】前編

 

 

 深い、深い闇が支配していた。

 その闇に浮かび上がったのは、辺り一面を埋め尽くす無数のゼロの姿。

 そしてそれに付随する情報群。

 英雄を騙る者のキセキ。

 

 『シンジュク事変』

 

 それが全ての始まりだった。

 事の発端はテロリスト=扇グループによるブリタニア軍の機密研究施設に対する襲撃。

 彼等は当初の目的通り、施設からあるモノを強奪する。

 化学兵器=毒ガスが充填されたカプセル、そう彼等は信じて疑わなかった。

 だがそれは毒ガス以上の危険物。

 まさに人の手に余るパンドラの箱だった。

 

 対してエリア11総督にして第三皇子=クロヴィス・ラ・ブリタニアを司令官とするブリタニア軍は、カプセルの奪還とテロリストの殲滅を目的とした、シンジュクゲットー壊滅作戦を決行。

 彼我の戦力差は誰の目にも明らかであり、予想された結末は時間の問題だと思われていた。

 しかし実際に蓋を開けてみれば事態は一変する。

 散発的な抵抗しか出来なかったテロリストが、突如として統率の取れた群と化し、ブリタニア軍へと牙を剥く。

 結果、圧倒的優位に立っていたはずのブリタニア軍は──後手に回る対応しかできなかった事もあり──壊滅的な損害を受けることとなった。

 窮地に立たされたブリタニア側は特派の試作嚮導兵器=ランスロットを投入。ランスロットの戦果は著しく、辛うじて敗北を免れるが作戦続行は不可能であり、停戦を余儀なくされてしまう。

 

 けれどそれで事は終わらなかった。

 停戦直後、クロヴィス・ラ・ブリタニアが何者かに暗殺され、遺体となって発見される。

 後の事実と符合させた結果、テロリストを指揮していた者。

 そして暗殺犯はゼロであるとされ、非公式ながらこのシンジュク事変こそが、彼の最初の介入行動として語られる事となる。

 

 『枢木スザク強奪事件』

 

 ゼロが初めて公の場に姿を現し、その存在を公式の記録として残すことになる出来事。

 クロヴィス暗殺の容疑者として拘束された名誉ブリタニア人=枢木スザクの護送パレード。

 その行く手に立ち塞がった正体不明の仮面の人物が、自らをゼロと名乗り、暗殺の真犯人だと堂々と宣言する。

 混乱する現場を悠然と支配した後、毒ガスに偽装したスモークを利用して包囲を突破し、枢木スザクの救出を成し遂げ、劇場型犯罪者として認定される。

 余談だが、現場を指揮していた代理執政官=ジェレミア・ゴットバルトのオレンジ疑惑もこの事件を発端としている。

 

 『サイタマゲットー壊滅作戦』

 

 クロヴィス亡き後、新総督として派遣された第二皇女=コーネリア・リ・ブリタニア発案の軍事行動。

 敢えてシンジュク事変と同じ状況を作り出すことで、ゼロを誘い出す事を目的としていた。

 その目論見は成功し、ゼロは戦場に姿を現すが、それ以上の行動はなく、プライドが高く自己保身に長けた人物という推測を裏付ける結果となった。

 

 『河口湖畔ホテルジャック事件』

 

 当時の国内最大武装抵抗組織=日本解放戦線のメンバー、草壁(旧日本軍中佐)を中心としたグループによって引き起こされた、愚かとしか言い様のない破滅的な示威行為。

 国際的に注目を集めるサクラダイト生産国会議の会場となったコンベンションセンターホテルを襲撃。民間人を含む多数の人質を取り、ホテル内部に籠城する。

 彼等の要求は同胞──収容された政治犯──の釈放と、公式文書での日本侵略に対するブリタニアの謝罪。

 もちろんその要求がブリタニア側に受け入れられるはずもなく、現場は包囲展開したブリタニア軍との間で膠着状態に陥る。

 業を煮やした草壁派は、見せしめとして人質の処刑という蛮行に及ぶ。

 

 まるでその瞬間を待っていたかのように仮面の男=ゼロは舞台へ上がる。

 演目は茶番劇(バーレスク)

 

 ゼロを陽動、そして特派所属のランスロットを囮に使い、ブリタニア軍は人質救出作戦を実行する。

 作戦は成功。ライフライントンネルに設置された敵移動砲台、超電磁式榴散弾重砲=雷光を突破したランスロットは、作戦通りホテル基礎ブロックを破壊。

 ホテルが水没を始め、同時に別動部隊が人質の救出と、テロリストの掃射に向かう……はずだった。

 しかし水没を始めたホテルは、人質が居たであろう中層区画から爆煙に包まれ、無残にも崩壊する。

 現場に流れる悲愴な空気、そして絶望。

 

 だがその絶望を払うように、ゼロは──その惨状を自ら創り出しながら──鮮やかな救出劇を演出し、人質の無事を伝え、またそれと同時に己の理念を国内外へと発信する。

 

“私は戦いを否定しない。

 しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは断じて許さない。

 撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!”

 

“力ある者よ、我を恐れよ!

 力なき者よ、我を求めよ!

 世界は……我々、『黒の騎士団』が裁く!!”

 

 その理念を体現する為に作り出された武装組織『黒の騎士団』。

 武器を持たない全ての者の味方。

 分かりやすく表現するなら、彼等は正義の味方だった。

 

 民間人を巻き込んだテロ。

 横暴な軍隊。

 汚職政治家。

 営利主義の企業。

 人身売買組織、違法薬物の密輸入及び供給組織、売春斡旋業者、悪徳金融業者といった犯罪者。

 表の法では裁くことの難しい罪、そして咎人nに断罪を下す。

 

 黒の騎士団の行為は民衆──少なくともブリタニアの圧政に反意を持ちながら、テロという手段を執ることに賛同できなかった日本人──の心を惹き付け、瞬く間に支持を拡げていった。

 熱狂と賞賛の声が黒の騎士団、延いてはゼロへと向けられる。

 

 しかし見方を変えれば、その実体はゼロの私兵と言って良いだろう。

 彼等は彼の命を受け、彼と共に力を振るう。

 力を否定しながら、それを上回る暴力によって強者を裁く。

 まるで人を裁く権利が自分達にはあると言うかのように。

 

 正義。断罪。弱者の味方。民衆の希望。英雄。

 耳障りのいい言葉。つまりは綺麗事。嘘のヴェールに包まれた偽りの正義。

 傲慢な行為によって独善を押し付ける矛盾した存在。

 そう、所詮彼等はゼロを柱とする、力に酔った狂信者に過ぎなかった。

 

 一方、黒の騎士団の動きに対して、ブリタニア側はすぐに干渉することなく、逆に情勢安定のために利用していた節がある。

 だが程なくしてそれが過ちだと気付かされる、多大な犠牲を払って……。

 

 『ナリタ攻防戦』

 

 日本解放戦線の本拠地とされたナリタ連山に対するブリタニア軍の包囲殲滅作戦。

 投入されKMFは優に百騎を超え、それがブリタニアの本気と作戦規模を物語っている。

 同時にそれがブリタニアと黒の騎士団の初戦だった。

 包囲内部に潜伏していた黒の騎士団は、初の純国産KMF=紅蓮弐式の輻射波動を利用し、地下水脈を水蒸気爆発。大規模な斜面崩落を引き起こし、流れ出た土石流は展開していたブリタニア軍に大打撃を与え、指揮系統の分断に成功する。

 その混乱に乗じて山頂より奇襲を仕掛け、ブリタニアの魔女と畏れられるコーネリア率いるブリタニア軍を各個撃破。壊滅寸前にまで追い込み、孤立した彼女の身柄確保まで後一歩まで迫った。

 

 勝利を確信した黒の騎士団だったが、そこで予期せぬイレギュラーが出現する。

 もはや彼等の鬼門と化したランスロットの介入により、コーネリア確保を断念。

 唯一の対抗手段であった紅蓮弐式もダメージを負い、一転して戦略的撤退の決断を余儀なくされた。

 

 初戦の結果は両者の痛み分けではあったが、戦力差と損害を比較し、また日本解放戦線リーダー=片瀬(旧日本軍少将)の逃走という事実から考えても、ブリタニア軍の敗北は明らかだった。

 この一戦以降、ブリタニア軍は黒の騎士団を駒ではなく、速やかに排除すべき明確な敵として認定する。

 

 『日本解放戦線タンカー爆破事件』

 

 サクラダイトを手土産に国外逃亡を図った片瀬以下日本解放戦線の残党捕縛作戦時に起きた出来事。

 海兵隊を投入したブリタニア軍に対して、もはや日本解放戦線に対抗する力は残されていなかった。

 いや、唯一彼等に残されていたのが、タンカーに搭載した流体サクラダイトだけだ。

 流体化したサクラダイトは極めて引火性が高く、高性能爆薬と同等の性質を持つ。

 つまり最後の抵抗手段は、船の周囲の海兵隊を巻き添えにした自決だった。

 

 発生した爆風が湾内を蹂躙。その衝撃波は陸上に布陣していたコーネリア率いる本隊へと襲い掛かる。

 そしてそれは衝撃波だけではなかった。

 まるでその瞬間を待ちかねていたかのような、少数精鋭による黒の騎士団の奇襲。

 日本解放戦線が黒の騎士団に護衛を依頼していたという不確定情報があるが、そのタイミングを考える限り、黒の騎士団が日本解放戦線を捨て駒に使ったことは明白と言える。

 当初自決と考えられたサクラダイトの爆発も、黒の騎士団の工作によるものと推測する声もあるが真偽は不明。

 ただ結果的に彼等の奇襲は失敗に終わる。

 またしても黒の騎士団の前に立ち塞がったのは白き騎士=ランスロットであり、再びコーネリアの窮地を救う活躍を見せた。

 

 『チョウフ収容所襲撃事件』

 

 ブリタニア軍によって拘束された日本解放戦線最重要人物=藤堂鏡志朗(旧日本軍中佐)。

 極東事変における本土決戦、KMFを投入したブリタニア軍に日本軍が唯一勝利し、厳島の奇跡と呼ばれる戦いを指揮した事から奇跡の藤堂と呼ばれる男。

 ゼロ出現以前、彼はまさに日本に残された唯一の希望であり、反攻の象徴であった。

 ゼロが台頭した当時でも、その生死が大きな影響力を持っていたことは間違いない。

 そんな藤堂に忠誠を誓い、行動を共にしていた四人の部下=通称四聖剣は、彼の救出の為に黒の騎士団に助力を請う。

 ゼロはそれを承諾し、新型量産機=月下を彼等に与え、自らも藤堂奪還に動いた。

 ゼロという有能な指揮官に、四聖剣という優秀な兵士が加わり、作戦は容易く完了する。

 

 しかし──否やはりというべきか──藤堂の奪還を果たした黒の騎士団の前に白き騎士は姿を現した。

 黒の騎士団率いるゼロとランスロットが相対する因果は、もはや奇跡的な偶然ではなく、運命的な必然と言って良いだろう。

 ランスロットの動きを完全に読んだゼロの指示により、藤堂及び四聖剣はランスロットを追い詰めるが、増援の到来を察知したゼロの命によって黒の騎士団は撤退する。

 

 なお、この戦いおいてランスロットのパイロットが名誉ブリタニア人──しかもクロヴィス暗殺の容疑者であった──枢木スザクであることが露見。

 様々な物議を醸す事となるが、第三皇女=ユーフェミア・リ・ブリタニアが自身の専任騎士に選出する事によってそれを封殺している。

 以後、黒の騎士団の天敵=枢木スザクはユーフェミアの騎士としての道を歩む事となる。

 

 『式根島基地襲撃事件』

 

 元日本人──しかも日本最後の首相の息子──である枢木スザクが皇女の騎士という立場を手に入れ、恭順派の象徴と成り得る事態は、ブリタニアの政策を否定する黒の騎士団にとって大きな痛手だった。

 その対応策として黒の騎士団が取った作戦行動の一端。

 

 要人──第二皇子にして帝国宰相=シュナイゼル・エル・ブリタニア──の出迎えのため、式根島へと出向いたユーフェミアと、彼女の警護に当たる枢木スザク。

 それを好機と見たゼロは、式根島における枢木スザク及びランスロットの捕獲作戦を実行する。

 式根島基地司令部を襲撃し、作戦の障害となる基地所属のKMFを破壊。

 同時に枢木スザク及びランスロットをゼロ自らが囮となり砂地へ誘い込み、予め設置していたゲフィオンディスターバーを起動。

 ユグドラシルドライブ内の伝達粒子を停止させ、最大のイレギュラーであったランスロットを沈黙させた。

 

 程なくしてゼロと枢木スザクの対話が始まる。

 彼は暗殺による排除ではなく、言葉による懐柔を選んだ。人心掌握に長けるゼロの言葉という名の毒が、枢木スザクの思考を侵食していく。

 

 だがその時、ランスロットを沈黙させてなお、彼等の前にイレギュラーが立ちはだかる。

 基地からの地対地ミサイルの発射。

 そして世界初の浮遊航空艦=アヴァロンの出現。

 さらにアヴァロンに格納された世界初のハドロン砲搭載型KMF=ガウェインから放たれるハドロン砲。

 

 絶体絶命の窮地に立たされたゼロだったが、皮肉なことにハドロン砲は未完成であり、また枢木スザクの不可解な行動に伴い窮地を脱するのだが、その後の彼の足取りは途切れ、忽然と姿を消した。

 いや、彼だけではない。

 ゼロをランスロットのコクピット内に拘束していた枢木スザク。

 現場に居た黒の騎士団零番隊隊長=紅月カレン。

 現場に向かっていたはずのユーフェミア。

 彼等もまたゼロと同時に消息不明となっていた。

 

 その後の捜索及び調査報告でも、ハドロン砲の衝撃で海に流された可能性が記載されてはいたが、詳細は不明のままとなっており、一部では非科学的な推論が囁かれていた。

 

 『ガウェイン強奪事件』

 

 式根島で消息不明となった四名が流れ着いたとされる無人島=神根島。

 その島に存在していた 古代文明のものと思われる 遺跡の調査に、ガウェインに搭載された高性能演算装置(ドルイドシステム)が使用されていた。

 

 何らかの要因で遺跡上部が崩落し、シュナイゼル率いる調査隊の前に行方不明となっていた件の四人が現れる。

 ブリタニア軍はゼロ捕縛に向かうが、シュナイゼル及びユーフェミアの身の安全を第一とした為、取り逃がし、あまつさえガウェインを奪われる結果となってしまう。

 以降、ガウェインはゼロの騎乗機として黒の騎士団の重要な戦力となり、完成されたハドロン砲の照準はブリタニアへと向けられることとなった。

 

 『キュウシュウ戦役』

 

 中華連邦へ亡命していた澤崎厚(旧日本第二次枢木政権閣僚)は、ゼロの台頭及び黒の騎士団の活動に伴う情勢不安を好機とし、人道的支援を大義名分とする彼の国の援助を受けキュウシュウへ侵攻。

 天候を味方に付け、キュウシュウ最大の要害であったフクオカ基地を占拠。

 キュウシュウブロックを独立主権国家=日本の再建を宣言する。

 

 当然それをブリタニア側が容認できるはずもなく、コーネリアは軍による鎮圧を即座に決定。

 自ら軍を率いてキュウシュウへと赴くが、天候の悪化は著しく、予測以上の難局を強いられる事となる。

 そんなブリタニア軍の先駆けとなったのが、試作フロートユニットを搭載したランスロットであった。

 単騎による航空戦力の突破とフクオカ基地司令部への奇襲、つまりは陽動と攪乱。

 アヴァロンより発艦したランスロットは、目論見通り航空戦力を寄せ付けず、フクオカ基地への到達に成功する。

 しかし、問題はパイロットにあった。

 この事件の首謀者とされる澤崎厚は権謀渦巻く政界に長く身を置いていた。

 故に彼にとっては如何に優れたパイロットであったとしても、枢木スザクは子供に過ぎなかった。

 枢木スザクは澤崎の言葉に僅かながらでも気を取られてしまう。

 それは戦場において致命的な隙を生み、唯一の遠距離攻撃武装である可変弾薬反発衝撃砲=ヴァリス、更にはフロートユニットをも失う結果を呼ぶ。

 相手の地上主力兵器は砲撃性能に特化した中華連邦製KMF=鋼髏。

 機体性能ではランスロットに遠く及ばないものの──航空戦力を含めた圧倒的な物量による──包囲陣形から放たれた砲弾の嵐の前に、ランスロットは次第に追い詰められていった。

 さらに追い打ちを掛けるかのように──フロートユニットによる飛行に次ぐ戦闘に伴い──無情にも計器はエネルギー残量の低下を告げる。

 無敗の騎士であったランスロットに、敗北の瞬間は刻一刻と近付いていた。

 

 だが死を覚悟した枢木スザクの前に降り注いだ暗き光は、ランスロットの周囲を取り囲んでいた鋼髏を呑み込み、その悉くを破壊する。

 舞い下りた黒色のKMFは、ゼロによって奪取された実験機=ガウェイン。

 単騎で戦場に現れたゼロは、エナジーフィラーを手土産に、枢木スザクに対して共闘を申し出る。

 この戦いにおいて彼等の目的はある意味では同じと言える。

 澤崎厚及び彼が建国を宣言した日本、またそれを支援する中華連邦兵力の排除。

 後ろ盾に中華連邦が存在している以上、例え今回の軍事行動によって日本(自称)の独立が果たされたとしても、中華連邦の傀儡となる事は明白。

 中華連邦にとってエリア11は喉元に突き付けられた刃も同じであり、サクラダイトの分配にしても苦汁を嘗めてきたのだから。

 名ばかりの日本。

 日本独立の期待を背負う黒の騎士団が、これを是とする事はあり得ない。

 

 一方、生殺与奪権を握られていると言っても過言ではない枢木スザクに、ゼロの申し出を断るという選択肢は存在しなかった。

 故に、ここに幾度の刃を交えた仇敵が手を結ぶ。

 

 極限まで高められた機動性能を誇るランスロット。

 当時のKMF技術では明らかなオーバーキル兵器であったハドロン重砲、更には電子戦にも対応したガウェイン。

 最新鋭KMFの共闘の前に、フクオカ基地の防衛網は崩壊。

 脱出を図った澤崎厚及び中華連邦遼東軍管区曹将軍を確保し、戦闘終結へと導いた。

 

 『ブラックリベリオン』

 

 ユーフェミアが提唱した特区日本構想。

 ブリタニアが認めた箱庭の中では、イレブンと呼ばれ蔑まれてきた日本人が、権利と誇りを取り戻すことを許される。

 彼女はこの特区日本を足掛かりに不平等な現状を打開し、両国が手を取り合える未来を夢見た。

 だが果たしてそれが夢物語だったのかどうかは、もはや知る術はない。

 

 特区日本構想に黒の騎士団は大きく揺れた。

 参加すれば武装解除を余儀なくされ、やがて体制に取り込まれる。

 参加しなければ自由と平等の敵となり、民衆の支持を得ることが出来なくなる。

 どちらを選んでも黒の騎士団に未来はない。

 

 行政特区日本開設式典当日、会場に姿を現したゼロはユーフェミアに対して二人きりでの対話を求めた。

 騒然とする会場。

 ユーフェミアは周囲の反対を押し切り、それを了承。二人は会場に隣接するブリタニア軍の地上母艦=G1ベース内部へと消えていった。

 その内部で二人がどのような行動を取り、どのような会話がなされたのか、それを知る者はいない。

 

 程なくして、足早に式典会場へと戻って来たユーフェミアは、待機していたブリタニア軍に日本人の虐殺命令を下し、自らもその手を血に染める。

 そして、血の惨劇は幕を開けた。

 

 ユーフェミアの命を受けたブリタニア軍の攻撃が始まり、夢と希望に満ちていた式典会場は一転して絶望と血臭、狂気に支配される。

 この事態に対して会場周辺に伏せていた黒の騎士団は式典会場へと雪崩れ込み、虐殺の限りを尽くすブリタニア軍の殲滅と日本人の救出を開始。

 

 地獄のような光景の中、ゼロはユーフェミアと対峙した。

 魔女を討つ英雄、それは御伽噺のワンシーンを思わせる。

 ゼロが放った銃弾を受け、倒れるユーフェミア。

 直後、枢木スザクの駆るランスロットが負傷したユーフェミアを保護するが、治療の甲斐なく彼女は永遠の眠りに就く。

 そのあまりの豹変ぶりに、ゼロによる催眠や洗脳によって引き起こされたとする憶測もあるが、その真相が解明される事はなく、彼女は虐殺皇女の悪名と共に歴史に名を刻むこととなった。

 

 黒の騎士団によるブリタニア軍の掃討が完了した式典会場で、生き残った日本人の熱狂的な歓声で迎えられたゼロは、ブリタニアからの独立と新たな日本=合衆国日本の建国を高らかに宣言し、トウキョウ租界への進軍を開始する。

 黒の騎士団が繰り返し流したブリタニアの虐殺映像と、ゼロの宣言によって日本人は憎悪を抱き、憤怒に叫び、そして狂乱した。

 各地で暴動が発生し、今まで武器を手に取ることの無かった民衆も、溜まった負の感情を吐き出すかのように暴動に参加する。

 個は反ブリタニアという意志を持つ群となり、その牙を剥く。

 黒の騎士団の軍事侵攻と日本人の武装蜂起、それが後のブラックリベリオンと呼ばれる反乱の始まりだった。

 

 『第一次東京決戦』

 

 式典会場を立った黒の騎士団は、各地の反攻勢力を取り込みながら勢力を増し、ブリタニア側の防衛ラインを次々に突破。

 ブラックリベリオンにおける主戦場=トウキョウ租界へと迫り、租界外縁部に布陣したコーネリア率いるブリタニア軍と睨み合う。

 

 しかし膠着状態はそう長くは続かなかった。

 午前零時、ゼロの策略により租界外縁部が突如として崩落。

 それに巻き込まれたブリタニア軍は多大な被害を出し、前線を立て直すために政庁まで後退を余儀なくされる。

 その混乱に乗じた黒の騎士団は、後退するブリタニア軍を追走しながら租界内部へと侵攻を開始。

 短期決戦を目指す黒の騎士団は初手の勢いそのままに、エナジーフィラーの保管所を始めとする軍事関連施設、メディア地区、学園地区を制圧。

 制圧した教育機関の一つ、私立アッシュフォード学園に臨時指令部を置く。

 その後、敵最大戦力と目されたランスロットの無力化に成功。戦略を戦術で覆すイレギュラーの排除により、戦いは黒の騎士団優勢が揺るぎないものとなる。

 故に勝利──黒の騎士団による政庁の陥落及びコーネリアの身柄確保──は時間の問題だと思われた。

 

 だが想定外の出来事が重なり状況は一転し、黒の騎士団の優勢は容易く崩れ去った。

 一つはブリタニア軍が極秘裏に開発を進めていた試作兵器ナイトギガフォートレス(KGF)=ジークフリートの出現に伴う混乱と味方部隊の被害。

 二つ目は浮遊航空艦=アヴァロンによる指令部強襲により、ランスロットの無力化が解かれたこと。

 そして最大の理由が、総司令官=ゼロの不可解な失踪。

 突如として指揮権を放棄し、戦場から姿を消したゼロ。

 その理由を知らされない黒の騎士団は疑心暗鬼に陥り、副司令である扇要の負傷も相まって指揮系統は崩壊した。

 

 指揮系統の崩壊により統率を失った黒の騎士団と、態勢を立て直したブリタニア軍。

 両者の力関係が逆転するのにあまり時間を必要としなかった。

 次第に劣勢に立たされた黒の騎士団は、やがて全面降伏を余儀なくされる。

 それに伴い扇要と藤堂鏡志朗という二大幹部以下多数の構成員が拘束され、黒の騎士団は事実上壊滅。暴動に参加した日本人も敗走する。

 日本側、ブリタニア側双方に多大な被害を出したブラックリベリオンは、疑問と謎を残しながら、日本二度目の敗北を以て幕を閉じた。

 

 一方、ブリタニアの公式記録によれば、トウキョウ租界から逃亡したゼロは、ジークフリートの追撃によって騎乗機であるガウェインを失い。

 さらにランスロットの追撃を受け、そのパイロットである枢木スザクにより身柄を確保される。

 なお、その功績により枢木スザクはナイトオブラウンズの一員=ナイトオブセブンの地位を手にする事となる。

 そしてブリタニアへと引き渡されたゼロは、ブラックリベリオンの発端となった式典会場の暴動はイレブン側が先に発砲した事が原因とする公式見解の下、その首謀者として処刑された事が発表された。

 

 敗北による死亡。

 所詮ブリタニアという強者の前では、救世主を謳うゼロも弱者に過ぎなかった。

 何ら珍しくもない有り触れた結果。

 

 だがそこで『英雄』の物語は終わらなかった。

 そう、平和を願い捧げられてきた犠牲を嘲笑うかのように、『世界』はさらなる生贄を求めた。

 英雄譚のページを進めるために……。

 

 



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幕間 Ⅵ 【英雄 の 軌跡】後編

 

 

 『バベルタワー占拠事件』

 

 ブラックリベリオンから約1年後、黒の騎士団は復興中のトウキョウ租界に建設されたバベルタワーを襲撃し占拠する。

 投入されたKMFは僅かに数機。

 これに対し、当時の総督=カラレスは自ら軍を率いて鎮圧に向かう。

 当初は黒の騎士団残党による破滅的な示威行為の一種であり、ゼロを欠いた黒の騎士団は脅威ではないと思われていた。

 処刑が伝えられたゼロに未だ希望を抱く日本人は多く、彼の理念の象徴とも言える黒の騎士団の完全なる終焉は、未だ燻るゼロ思想を打ち砕くまたとない機会となるはずであった。

 けれどそれが間違いだと気付かされた時には既に手遅れだった。

 意図的に倒壊させられたバベルタワーは、多くのブリタニア軍KMFを内包したまま、絞った脱出ルート上に布陣していたカラレス率いる本隊をも押し潰した。

 

 これが自爆テロであったなら、黒の騎士団はその目的を十分に果たした事だろう。

 しかし、それは黒の騎士団の終焉ではなく、新たなる反逆の狼煙となる。

 

 総督の死亡に、軍が被った大被害。当然の様に混乱に陥ったブリタニア側を、更なる混乱が襲う。

 ハッキングされた情報網を介して、民衆の前に再びその姿を見せたのは、ブリタニアによって処刑され、既にこの世に存在するはずのない仮面の反逆者=ゼロであった。

 彼は声高らかに自身の復活と、かつて果たせなかった合衆国日本の建国を再び宣言する。

 そして合衆国日本最初の領土となったのが、亡命の密約が交わされていたとされる中華連邦の総領事館。その僅かにも一室だった。

 

 僅か一室の建国宣言。

 だがゼロの脅威を身を以て知るブリタニアにとって、嘲笑うことも無視することも出来るものではなかった。

 

 『黒の騎士団メンバー奪還事件』

 

 復活したゼロに対してブリタニア側が取った行動は、ブラックリベリオンの折り、国家反逆罪の罪で捕縛した幹部以下黒の騎士団メンバーの処刑宣言と投降の勧告。

 つまりは人質を囮とした身柄の確保。もはや手段を選んではいられないのか、ゼロに対する妥協のない本気の姿勢が窺い知れる。

 それはある種のゼロへの畏怖の表れとも言えるだろう。

 ただ、他国の領事館は法が定めた治外法権区である以上、武力介入は国際問題へと発展する事が確実であり、直接的な軍事行動は起こせない。

 それでも例えゼロが現れなくともブリタニア側に利のある作戦だった。

 部下を見殺しにし、奇跡を起こそうとしないゼロは所詮紛い物。民衆の支持を得られるはずがないのだから。

 

 予告された処刑執行の時刻、ゼロは──亡きカラレスに代わり──軍を指揮するギルバート・G・P・ギルフォードを始め、集まった民衆の前に姿を現した。

 決闘による決着を求めるゼロ。

 しかし、彼は騎士道を持ち合わせてはいなかった。

 彼が進むべき道は覇道に他ならない。

 

 だから告げる。

 正義で倒せない悪ならば、悪を成して巨悪を討つ、と。

 そう、彼は目的を達すためならば自らを『悪』とする事も厭わない。

 

 直後、ブラックリベリオンでも使用された租界構造パーツの強制分離により、展開していたブリタニア軍を一蹴。

 処刑囚として拘束されていた部下を救い出し、合衆国日本の領土と公言する中華連邦総領事館領内への帰還を成功させる。

 

 また本作戦において、ブリタニア軍の──ランスロットを基にした量産機の──先行試作KMF=ヴィンセントが黒の騎士団に奪取され、ブリタニアはゼロに更なる苦汁を飲まされる事となる。

 

 『太平洋奇襲事件』

 

 メンバー奪還後、黒の騎士団が起こした軍事行動。

 エリア11の新たな総督として、ブリタニア本国から赴任する皇女=ナナリー・ヴィ・ブリタニア。その身柄確保を最優先とする。

 多くの皇子皇女が命を落とした呪われた地であり、自ら赴任に名乗りを上げる皇族は存在せず、それどころか新総督のカラレスまでも命を落とした現状、もはや有名貴族の中にも野心を抱く者は居ない。

 そんな中、彼女は自ら名乗りを上げたと言われている。

 かつてエリア11=日本で命を落としたとされながら、最近になって生存が確認され、皇族へ復帰したばかりで皇位継承権も87位と低く、目も足も不自由であった彼女を止める声はなかった。ブリタニアからすればプロパガンダにも使える体の良い捨て駒と言えるだろう。

 

 航空戦力に乏しい黒の騎士団だったが、移送艦隊の旗艦であるログレス級に取り付くことに成功。

 護衛に当たるカールレオン級を撃墜する一方、ゼロはログレス級艦内に侵入し、ナナリー・ヴィ・ブリタニアと対面。目標達成は目前だった。

 

 だが、作戦の結果は失敗だった。

 予定調和の如く、ゼロの前に立ち塞がったのは、ナイトオブセブン=枢木スザクの駆るランスロット(・コンクエスター)。

 また同ナイトオブラウンズメンバーであるジノ・ヴァインベルグ、アーニャ・アールストレイムも戦闘に参加。

 黒の騎士団側も紅蓮弐式を──飛翔滑走翼を搭載した──紅蓮可翔式へと換装し、応戦するが戦力差を覆すことは出来ず、ナナリー総督強奪は未遂に終わっている。

 

 『日本人国外逃亡事件』

 

 新総督に就任したナナリー・ヴィ・ブリタニアは、就任演説で1年前ユーフェミが提唱した行政特区日本の再建を宣言する。

 当時の惨劇を忘れられるはずもなく、反発の声は日本、ブリタニア双方から上がるのは必然のこと。

 当然参加しようとする日本人は居らず、計画の破綻は目に見えていた。

 

 だがブリタニア軍による黒の騎士団保有の──潜水艦ドックとして使用される──偽装タンカーへの強行臨検に端を発する戦闘に際して、ゼロは特区日本への参加を表明する。

 その裏でゼロとブリタニア側の間には、百万人の日本人を動員する見返りとして、国外追放処分という名目の海外逃亡の密約が交わされていたという。

 

 特区日本二度目の開設式典当日。

 ブリタニア側が過去の再現に警戒する一方、会場はゼロの言葉通り、百万人の日本人で溢れていた。

 式典開始から間もなくして、会場に異変が起こる。ゼロによる電波ジャックと、会場内でのスモーク噴射。そして百万人の『ゼロ』の出現だった。

 ゼロは百万人の『ゼロ』、つまり百万人の日本人全員の国外追放を求めた。

 それは明らかに暴論であり、言葉遊びに過ぎないだろう。

 しかし、ゼロの素顔が明かされていない以上、一人一人面通しを行ったところで意味はない。

 

 この動きを暴動や反乱と認定するべきか、それとも当初の密約通り『ゼロ』を国外追放とするべきか。

 高まる緊張感の中、その判断は総責任者である枢木スザクに委ねられた。

 もし、暴動や反乱として処断すれば、多数の犠牲を生む事態は避けられない。

 苦渋の判断を迫られた枢木スザクは、苦悩の末にゼロの要求を容認。百万人の『ゼロ』を不穏分子として国外追放処分を決定する。

 

 これを受け、黒の騎士団構成員を始めとする百万人の日本人は祖国を離れ、新天地を目指して海を渡る。

 彼等が辿り着いた先、それはゼロが事前に交渉し借り受けた中華連邦保有の人工島。黄海上に浮かぶ潮力発電施設=蓬萊島を合衆国日本の暫定首都とした。

 

 『朱禁城襲撃及び花嫁(天子)強奪事件』

 

 新たな拠点を手に入れ、インド軍区の協力を得て、浮遊航空艦斑鳩を始めとした戦力を増強。次の作戦行動に向け、部隊の再編と蓬萊島再開発を急ぐ黒の騎士団。

 だが、束の間の平穏は──黒の騎士団の予てからの支援者でもある──皇コンツェルン代表=皇神楽耶から齎された情報によって終わりを告げる。

 

 神聖ブリタニア帝国第一皇子=オデュッセウス・ウ・ブリタニアと、中華連邦天子=蒋麗華の政略結婚。

 これにより中華連邦はブリタニアの勢力下に置かれ、かつて世界の三大勢力であったEUが弱体化している状況では、ブリタニアが世界の覇権を握ることになる。

 それが実現すれば黒の騎士団と中華連邦の間で交わされた契約は反故にされ、最悪の場合、中華連邦とブリタニアの連合軍を相手取る事態に陥る。

 如何に知謀権謀に長けたゼロが率い、少数精鋭とはいえ極めて高い戦力を保持する黒の騎士団であっても、未だ世界と対等に渡り合える力はない。

 局地的勝利に留まり、いずれ押し潰される事は容易に想像が付くだろう。

 

 故に婚姻の儀式当日、大宦官──天子を傀儡として実質的に中華連邦を支配する──に反意を抱き、婚姻に反対する一部軍人によるクーデターを利用し、ゼロは朱禁城を襲撃。

 天子の身柄を確保し、朱禁城からの脱出に成功する。

 

 『天帝八十八陵籠城戦』

 

 天子強奪後、シェンチョン渓谷で追撃部隊を振り切り、シャオペイで本隊と合流。

 作戦はこのままゼロの思惑通りの結末を迎えるかのように思われた。

 しかし直後、同盟関係にあったインド軍区の二方面外交を知る。

 黒の騎士団の前に立ち塞がったのは中華連邦武官=黎星刻が駆る──インド軍区から中華連邦へと流れた──新型KMF=神虎。

 迎え撃つ紅蓮可翔式と同等の機体性能を見せ付け、中華連邦軍本隊の到着まで黒の騎士団の足止めに成功。

 なおこの戦いで零番隊隊長=紅月カレン及び紅蓮可翔式が中華連邦側に鹵獲され、後にその身柄はブリタニア側へ移される事となる。

 

 この事態にゼロは紅月カレンの奪還と中華連邦軍との全面対決を指示。

 保有KMFの機体性能で勝る黒の騎士団ではあったが、黎星刻の策により手痛い損害を受け、後退を余儀なくされる。

 後退した黒の騎士団は天子を牽制に使い天帝八十八陵に籠城。部隊を再編成しつつ、蓬萊島からの援軍を待つことになった。

 

 だが大宦官率いる中華連邦軍は、そこで予期せぬ行動を取る。

 黎星刻を始めとするクーデター参加者の粛清と、天子の存在を無視した天帝八十八陵への空爆を実行。

 黒の騎士団は籠城策から攻勢に転じるが、中華連邦の援軍としてブリタニアのナイトオブラウンズも参戦し、その劣勢はさらに深刻さを増した。

 

 戦闘停止を願い天子自らが戦場に立つが、その声が聞き届けられる事はなかった。

 天子に向けて放たれる無数の砲弾に対し、黎星刻は神虎を盾とするが、その全てを防ぎきることは到底不可能だ。

 そんな二人の窮地を救ったのは一騎のKMF、ガウェインに代わるゼロ専用機=蜃気楼。

 最大の特徴である絶対守護領域と名付けられた高性能電磁シールドで砲弾を防ぎ、胸部に搭載された拡散構造相転移砲を以て中華連邦軍を退ける。

 それでもナイトオブラウンズは健在であり、黒の騎士団の劣勢を覆すまでには至らない。

 

 その時、各陣営の旗艦ブリッジに中華連邦全土で起こった暴動の報告が齎される。

 貧困に喘いでいた中華連邦人民は元々腐敗した政治指導部、特に大宦官の圧政に強い不満を抱き、反乱の火種を灯していた。

 その種火に風を送り、劫火へと変えたのは中華連邦全土へと配信されたゼロと大宦官の通信記録。

 自らの地位と名誉の保身ために幼き天子を切り捨て、民を蔑ろにした事実を自らの口で認めたのだ。不満を怒りや憎悪に変化させるには十分すぎる内容であった。

 この事態を受け、ブリタニアは大宦官を正当な中華連邦の統治者とする認識を改め、支援の打ち切りを決定。

 ブリタニアという後ろ盾、そしてナイトオブラウンズという矛を失った中華連邦軍に戦闘を継続できる力は残されていなかった。

 結果、大宦官の敗北は確定する。

 

 今回の内紛の後、大宦官派は放逐され、中華連邦は天子を正当な統治者に戴く新たな国家体制を構築。

 対ブリタニアを鮮明にする黒の騎士団と同盟関係を結び、その支援を受け、領内各地で抵抗を続ける旧大宦官派勢力の平定に乗り出す。

 一方ゼロはブリタニアの覇権に対抗するために合衆国連合=超合集国構想を提唱。

 ブリタニアを脅威と感じている国家を取り込み、反ブリタニア同盟とも呼べる一大勢力を構築を目指し、日夜折衝のために各国を飛び回る事となる。

 

 『ギアス嚮団殲滅作戦』

 

 突如としてゼロ自らが極秘裏に実行した軍事作戦であり、黒の騎士団内部でも直属である零番隊を除けば、この作戦行動を知る者は限りなく少ない。

 中華連邦領内の砂漠地帯、その下に存在していた古の地下都市を強襲し、ゼロは殲滅の命令を下した。

 表向きは生命を冒涜するブリタニア軍の機密研究施設に対する奇襲となっているが、都市内部にKMFの姿は一騎もなく、それどころか重火器で武装している者も居なかった。

 そう、都市内部に居る者は皆、軍人ではない。その多くが研究者であり、その全てが閉鎖的社会を構築する狂信者だった。

 

 ギアス嚮団。ギアスやそれに類似する超常の力、また太古の遺産を研究していた者達が集まり創設された組織。

 彼等は外界への興味を示すことなく独自のコミュニティーを構築し、ただただ知識欲と探究心、信仰心を満たすためだけに存在している。

 だからといって彼等が脅威に成り得ないのかと問えば、答えは否だ。

 危険度で言えばこちらが上だろう。銃やナイフといった目に見えた脅威とはまた違う意味で脅威がある。

 彼等が己の野望のため生み出し続けたギアス能力者は、それこそ武器や兵器を使用する人間そのモノを容易く壊すことも可能だった。

 現に大規模な研究施設を有する嚮団が、人知れず運営を続けてこられたのは、ギアスの力があったからこそだろう。

 

 嚮団の代表者=嚮主V.V.の駆るジークフリートによる抵抗を受けたものの、ゼロ率いる黒の騎士団はこれを撃破し、嚮団施設の制圧と構成員の掃討という目標を達成。

 歴史の闇に存在していたギアス嚮団は、公の記録に残されることのない黒き力の蹂躙によって、より深い闇の底へと沈んでいった。

 

 『超合集国憲章批准式典』

 

 超大国ブリタニアに対抗するために、ゼロが創り出した新たな連合国家=超合集国。

 参加国は合衆国中華(旧中華連邦)を中心としたアジア諸国を始め、中東や分裂したEU諸国、アフリカの一部を含む47カ国に上る。

 その最大の特徴は参加国が批准した超合集国憲章の第17条が定める、批准国家に求めた固有軍事力の永久的な放棄だろう。

 問題となる安全保障は如何なる国家に属さない独立機関──超合集国の下で新たに再編された──黒の騎士団との契約によって賄われる。

 この契約により黒の騎士団はブリタニアに対する一反攻勢力ではなく、正式に国家に認められた存在となった。

 だが確固たる社会的立場を得た代償に、黒の騎士団は独立機関でありながら国家に縛られる。

 黒の騎士団の軍事力行使には、超合集国の意志決定機関である最高評議会の議決を必要とし、それを無視すれば黒の騎士団こそ脅威として排除すべき存在だと認識されてしまうのだから。

 

 この批准式典において、合衆国日本の代表であり最高評議会初代議長でもある皇神楽耶から最初の動議が提出される。

 ブリタニアに占領された合衆国日本への黒の騎士団派遣要請。

 結果、賛成多数で議決され、超合集国決議第壱號として超合集国は黒の騎士団へ日本解放を要請する。

 

 これを受け、ゼロが下した命令によって黒の騎士団は日本へ進軍を開始。

 またブリタニア側も守備を固め、さらには多数のナイトオブラウンズを派遣し、正面から迎え撃つ構えを崩さない。

 こうして黒の騎士団とブリタニアは、再び日本の地を戦場へと変えて相見える。

 

 『第二次東京決戦』

 

 超合集国決議第壱號を受けて開始された日本解放作戦。

 総司令官=黎星刻率いる黒の騎士団は東中華海戦を制し、勢いそのままに九州ブロックへと侵攻する。

 迎え撃つブリタニアはナイトオブラウンズ最強の騎士、ナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン及びナイトオブテン=ルキアーノ・ブラッドリーを投入。

 両軍入り乱れた熾烈な戦いを繰り広げた。

 

 一方ゼロは──ブリタニア軍から離叛したギルバート・G・P・ギルフォードを伴って──トウキョウ租界に出現。予め租界内を走る環状モノレールに設置していたゲフィオンディスターバーを起動させ、都市機能を奪い去り、防衛戦力の無力化に成功。

 それに合わせ東京湾より浮上した別働隊と合流する。

 目指すは1年前の雪辱。

 

 しかし、ゼロの策を読んでいたシュナイゼルは、トウキョウ租界近郊に伏せていた戦力を進軍させる。

 その中にはナイトオブスリー、ナイトオブシックス、ナイトオブセブンの姿があり、更には九州から呼び戻したナイトオブテンも直属部隊を率いて参戦する。

 過剰とも言える戦力であり、都市機能の復旧とゼロの敗北は時間の問題だった。

 

 現にゼロはラウンズとの連戦により敗北、即ち死の一歩手前まで追い詰められる。

 その窮地を救ったのはブリタニアに捕虜として捕らえられていた紅月カレンであり、彼女と共に鹵獲された後、ブリタニアの最新技術によって生まれ変わった新たな紅蓮=紅蓮聖天八極式だった。

 彼女の参戦により、パワーバランスは崩壊。ブリタニアへ傾いた流れは一転して流動的なものへと代わる。

 だがその結果、誰も予想し得なかった結末を生んだ。

 

 紅蓮とランスロット。

 紅月カレンと枢木スザク。

 機体性能で圧倒する紅蓮聖天八極式の勝利により、因縁とも呼べる両者の戦いに終止符が打たれようとしたその時、ランスロットに搭載されていた──本来抑止力であるはずの──重戦術級の大量破壊兵器=フレイヤ弾頭が放たれる。

 ランスロットより射出されたフレイヤ弾頭はトウキョウ租界上空で臨界を迎え、強烈な閃光と共に発生したセスルームニル球体が政庁、そしてトウキョウ租界を呑み込んでいく。

 そして破滅の光の後に残されたのはクレーター状の巨大な穴だけ。そう、効果範囲内に居た租界住民を含む数千万もの人命が一瞬にして奪われた。

 

 フレイヤの使用により、第二次東京決戦は停戦という名の終結を迎える。

 トウキョウ租界の甚大な被害、想像を絶するフレイヤの威力に戦意を喪失した兵士は多い。特にフレイヤ保有国であるブリタニアと対峙する黒の騎士団側の士気の低下は著しく、戦闘継続は不可能だった。

 

 一方、ブリタニア軍を指揮していたシュナイゼルは、自ら外交特使として黒の騎士団旗艦斑鳩に赴き、幹部との停戦交渉の席に着く。

 だがその内容が公にされることはなく、公式文章にも残されていない。

 そこから考えると、彼はブリタニア本国の意志ではなく、彼個人の思惑によって交渉を進めた事は容易に想像でき、後の事実がそれを裏付けている。

 また、その交渉の場で両者にとって表沙汰に出来ない──例えば黒の騎士団が代表であるゼロをブリタニアへ売り払うといった──内容が話し合われたのではないか、そんな邪推を抱かせるには十分だった。

 事実程なくして黒の騎士団側から、第二次東京決戦におけるゼロの負傷と死亡が発表されるが、遺体を確認したのは数名の幹部のみであり、大々的な葬儀が執り行われないなど不自然な経過を辿ることとなる。

 一部では日本人幹部の裏切りによるゼロ暗殺の現場映像が存在すると噂されているが、真相は闇の中であり噂の域を出ていない。

 

 『ゼロレクイエム』

 

 ゼロの死亡発表から数ヶ月、世界は大きく変貌した。

 事の発端はブリタニア。

 8年前の極東事変の際、当時留学中の日本で戦闘に巻き込まれ、死亡したとされていた第11皇子=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、突如として第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニアを弑逆し、第99代皇帝を僭称。

 瞬く間に帝都ペンドラゴンを掌握すると同時にブリタニアの国家体制を破壊。反乱には血の粛清を以て応え、暴虐の限りを尽くし、憎悪と畏怖の象徴として悪逆皇帝と揶揄される存在となる。

 

 悪逆皇帝ルルーシュはブリタニアだけでは飽きたらず世界を欲した。

 そして超合集国最高評議会会場への襲撃、ダモクレス戦役の勝利を経て、文字通り世界の頂点に君臨する。

 軍事大国ブリタニアの皇帝にして黒の騎士団CEO、さらには超合集国第二代最高評議会議長を始めとしたあらゆる権力をその手中に収め、世界の統治者になった彼に抗える者は最早存在しない。

 絶望にも似た空気の中、皇帝直轄領となった日本で世界統一の凱旋パレードは開始された。

 

 だが、その車列の前に一人の男が立ち塞がる。

 闇色の仮面に漆黒のマント。

 民衆はその存在を、彼が齎す行動を知っている。

 奇跡を起こし、正義の名の下に悪を討つ。

 強き者が弱き者を虐げ続ける限り、抗い続ける反逆者=ゼロ。

 

 護衛を突破し、悪逆皇帝ルルーシュの下へ辿り着いたゼロは手にした刃で魔王を討ち、世界を救った救世主となる。

 

 

 

 そう、これは超大国=神聖ブリタニア帝国の打倒を唱えた仮面の反逆者(テロリスト)が軍を作り、国を築き、社会基盤を構築し、悪逆皇帝を討ち、救世の英雄としての地位を手に入れるまでの戦いの軌跡。

 その記録と記憶。

 

 強者に挑み、奇跡的な勝利を飾る。

 敗北から立ち上がり、生死さえも超越して再び結果を出し、最後は世界が望んだ英雄として君臨する。

 まるで、出来過ぎた御伽噺。

 ゼロの為の英雄譚。

 

 

 

『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ────!!』

 

 鳴り止むことない、英雄を賛美するゼロコールが続く。

 求め、讃え、崇めるように、民衆は声を張り上げて熱狂する。

 正義の勝利に歓喜する。

 

 その声に吐き気がする程の不快感を抱き、止めどなく憎悪が込み上げる。

 愚かな民衆は英雄という偶像にして、世界(システム)の管理者である『ゼロ』に騙されていながら、それに気付く事が出来ない。

 ゼロによって築かれた偽りの平和。

 ゼロによって築かれた偽りの平穏。

 ゼロによって築かれた偽りの秩序。

 間違いだらけの世界。

 

 救世の英雄ゼロが存在している限り、この世界は安泰だと信じている民衆は多い。

 どんなに取り繕ったところで所詮ゼロは人殺しだというのに。

 清廉潔白な人間ではない。いや、そもそもそんな人間はこの世に存在しないか。

 人は産まれた時から罪を背負い、咎を贖う存在だ。

 

 だから正そう、真実の姿へと。

 創造のための破壊。

 創造の前には破壊が必要だ。

 だから広げよう、混沌を。

 

 刹那、音を立てて開いた巨大な石扉。

 隙間から差し込んでくるのは穏やかで暖かい、だけど儚げで物悲しい黄昏色の光。

 光に照らされ、その眩しさに思わず目を閉じる。

 聞こえてくる金属音。

 鎧が擦れる音。

 

 再び目を開けた時、眼前に我が騎士達が跪いていた。

 年齢も性別も国籍も経歴もバラバラだったが、身に着けた鎧の色だけは統一されている。

 ただそれらの形状は統一されていない。

 異形の全身甲冑(フルプレート)の者も居れば、軽鎧にローブを纏っている者も居る。戦闘(バトル)ドレスや軍服に近い物など、騎士と呼ぶに相応しくない格好の者も居る。

 それでも彼らが我が騎士達だ。

 白銀の鎧を身に纏った白銀の騎士。

 ゼロが率いる黒の騎士と対峙した際に絵になりやすい。

 それだけの理由。なんと安直な考えだと、自嘲の笑みが浮かぶ。

 

「ご報告申し上げます」

 

 先頭の騎士=破滅を喚ぶ騎士(ナイトオブルイン)が告げる。

 

「中東及び南ブリタニア、南アフリカ地域における紛争の拡大、超合集国参加国家に対する離叛の働きかけ、反ブリタニア組織への支援。その全てにおいて計画に誤差なし。

 間もなく計画は次のフェイズに移行いたします」

 

 ああ、これでまた一つ前に進んだ。

 

 サイドテーブルの上に載せたチェス盤に手を伸ばし、白のナイトを進軍させる。

 その先に待ち構えているのは、強大な力を持つ黒のキングが二体。

 

「また、例の機関からの最終報告が届いております。内容に不備はございません。必要な物は全て調っております。以降、機関の処遇は如何なさいますか?」

 

 ならば最早必要ない。

 利用価値があるから存在を許していただけの組織だ。価値が無くなれば処分するのは必然のこと。

 殲滅を命じると、一人の騎士を除き迷いも躊躇いもなく応えた。

 

『イエス、我が唯一の主人よ(マイ・マスター)

 

 唯一僅かに表情を強張らせ、動揺したような様子を見せた恐怖を誘う騎士(ナイトオブテラー)に意思を問う。彼の経歴を考えれば、分からなくもない反応だ。

 嫌なら別に参加する必要はない。

 

 だがルインが殺気を放っている以上、テラーが異を唱える事は出来ないだろう。

 もし逆らえば間違いなくその瞬間、ルインはテラーを処分する。

 そんな命令を下した憶えはないが、それを止めるつもりもない。

 我ながら酷い性格だと自覚はしている。

 しかしテラーの代わりは幾らでも存在するがルインは違う。

 今の自分にとってルインは手放すことの出来ない必要不可欠な存在なのだから、贔屓目で見てしまうのも無理はない。

 

 退出していく騎士達を見送りながら、心の弱い自分に苦笑する。

 自分の愚かしさは自分が一番理解しているつもりだ。

 それでも立ち止まりはしない。

 誰にも負けるつもりはない。

 ただ前を見据え、ゆっくりと立ち上がる。

 

 さあ、破滅劇(カタストロフ)の幕を開けよう。

 

 



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朱禁城奪還戦
第16幕 【回帰 願望】


 

 

 映し出された大広間は朱色を基調に金の装飾が施され、独特の吊し照明や唐草模様を連想させる飾り窓など、アジアンテイストに溢れていた。

 それもそのはずだろう。

 そこは合衆国中華首都=洛陽の中心に存在する国の中枢=朱禁城。その敷地内に建つ迎賓館のメインホール。

 合衆国中華がまだ中華連邦と呼ばれていた時代、貧困と停滞に苦しむ民を蔑ろにし、一部の権力者達が毎夜のように盛大な宴を催していた富と権力の象徴。

 民主化が進む合衆国中華においては、他国の代表との会談や会食の場としてのみ使用されている。

 

 だが現在、迎賓館は合衆国中華の代表者でも、他国の代表者でもなく、その場に似つかわしくない者達によって支配されていた。

 破かれた合衆国中華の国旗を背に立ち並ぶ──一様に黒い服装に身を包んだ──武装集団と、迎賓館を中心として朱禁城内に展開された複数のKMF。

 世界は彼らをテロリストと呼ぶだろう。

 

 超合集国参加国の中でも高い経済力と発言力を保有する合衆国中華だ。

 本来ならば、その警備を突破して中枢に侵入することすら不可能に近かったはず。

 彼らの保有する戦力が優れているのか、それとも内部からの手引きがあったのか。

 それともその両方か。いずれにしろ、彼らが朱禁城の制圧を成し遂げた事実に変わりはない。

 

 カメラがズームすると集団を統率するリーダー格の男が声明を発する。

 

「我ら『流浪の獅子』は、今この瞬間をもって祖国=中華連邦の再興を宣言する! 

 祖国を追われた我らは4年以上もの間、合衆国中華を名乗る独裁国家の追撃を逃れ、世界各国を流浪しながら、この瞬間の為に牙を研いできた!

 超合集国制度など虚構に過ぎず、国の歴史、文化を蔑ろにした独善の押しつけに他ならない!

 現に今、我らに犠牲を強いて誕生した超合集国は、怠慢と軋轢と停滞の結果、機能不全を起こし壊死寸前ではないか!

 故に我らは同胞の死に報いるため、祖国=中華連邦をこの手に取り戻すべく立ち上がった。

 我ら祖国は一部の反逆者に煽動されたクーデターにより国家基盤を失い、間違った力の行使の結果、超合集国という悪しきシステムに支配され、その手先である黒の騎士団によって蹂躙され、否応なく合衆国中華を認めさせられたのだ!

 我らはそれを是としない。我らを愚かなテロリストと嘲笑うなら、それは何ら構わない。だが断言しよう、我らの覚悟が揺らぐ事は決してあり得ないと!

 要求する! 

 まず一つ、世界各国は我らが祖国=中華連邦の再興を認め、如何なる武力の行使も行わない事を確約してもらいたい。

 二つ、我らを祖国から排斥し、多くの同胞を殺害した犯罪者集団=黒の騎士団メンバーの罪の所在を明らかにすること。また、その全てに関与した総帥ゼロの身柄引き渡しを求める。祖国領内で行われた一連の犯罪行為に対して、正当な手段──中華連邦の法──を以て断罪する!」

 

 男は力強く言い切った。

 

 祖国=中華連邦の復権(自治権の確立)と、戦争犯罪者の引き渡し要求。

 

 流浪の獅子の要求は現在の世界において到底認められるものではない。

 中華連邦の復権。

 その容認は、そのまま超合集国の主要参加国である合衆国中華の消滅を意味する。

 もちろんすぐにではないだろう。領土の割譲により合衆国中華とは別の新国家として樹立させ、外交政策によって共存の可能性を探る手もあるが、彼等がそれを受け入れるとは思えない。

 仮に受け入れたとして行われる外交は対話ではなく、戦争という名の暴力である事は容易に想像が付く。

 そうなれば合衆国中華は事実上の内戦に突入する。国内情勢の混迷に伴い、合衆国中華は主要国としての立場を失い、超合集国連合内におけるパワーバランスは崩壊。

 その混乱を旧EU諸国派が見逃すはずもなく、派閥抗争の表面化は必至。

 弱体化しつつある超合集国を意図も容易く揺るがし、最悪瓦解させてしまうに十分な威力を持つ。

 もし現実に揺らいだだけでも、社会情勢や経済に与える影響は深刻だ。

 だが彼等流浪の獅子が超合集国を悪しきシステムと呼ぶ以上、中華連邦の復権は超合集国破壊への足掛かりに過ぎないのかも知れない。

 

 そしてゼロの引き渡し要求。

 確かにゼロが戦争犯罪者である事実は間違いない。

 民衆を戦いへと駆り立て、故意にしろ過失にしろ罪のない人々の命も奪ってきた。

 奇跡や正義を謳いながら、犠牲者を生み出した事実は否定できない。

 しかし、ゼロの罪は悪逆皇帝ルルーシュを討ったゼロレクイエムと、その後の復興に従事など社会貢献の継続によって免責されていた。

 けれどもし、その身柄が中華連邦──現時点では認められていないが──に引き渡された場合、死罪になる事は免れないと推測される。

 ゼロの死はそれだけで大きな意味を持つ。

 例え現状の世界に二人のゼロが存在し、その真偽が揺らいでいるとはいえ、救世の英雄の首を差し出すという動きにはならない。

 それは彼らも理解しているはずだ。

 

「なお、我らの要求が受け入れられない場合、彼女を含む人質の身の安全は保証できない」

 

 男がそう告げると、映像が切り替わる。

 

 まるで倉庫のような無機質な部屋の中、一人の少女が後ろ手に縛られた状態で椅子に座らされ、周囲に立つ兵士達から銃口を向けられていた。

 その──銀の髪が特徴的な小柄な──少女こそ、この合衆国中華の最高権力者。国家元首=蒋麗華(チェン・リーファ)である。

 

 かつては私腹を肥やすために祖国を食い物にしていた大宦官によって、帝=天子と呼ばれながら、象徴(傀儡)として祭られていた少女だった。

 だが合衆国中華の建国を機に国家の代表として発言力を高め、ゼロレクイエム後には神聖ブリタニア帝国へ留学し、ナナリー皇帝の下で政治や帝王学を学ぶ。

 そして帰国後、激動の時代が鍛えたのか、それとも本来持っていた能力を開花させたのか、彼女は優れた統治能力を遺憾なく発揮し、民のための国作りを行う事で支持を集め、名実共に合衆国中華の国家元首となった。

 

 彼女は突き付けられた銃口に脅えることなく、凛とした態度で無法者達を睨み返す。

 未だ幼さを残しているが、彼女は統治者としての誇りと矜持を持っていた。

 世界の為に己が命を厭わない覚悟を間近で目撃し、その真意を理解した。また権力を持つ強者の義務と美学を学んだ。

 故に国民の未来を背負う自分が、不当な力を行使する者に屈する事は許されないと知っている。

 例えその結果、自分の身が危険に晒されようとも、無益な血を流さないで済むのなら、喜んでこの命を捧げよう。

 だが男は言葉を続ける。まるで蒋麗華の心情を見透かしているかのように……。

 

「忠告しておく、我らの切り札が人質だけだとは思わないで貰いたい。

 もし万が一に事を見誤り、我らを武力によって排除しようとしたなら、その瞬間、これを使わせてもらおう」

 

 再び映像が切り替わり、男がそれに触れる。

 翼を持つ楕円形の物体。その先端は淡く、それでいて禍々しい紫の光を放っていた。

 誰もが戦慄した事だろう。

 その物体こそ、歴史に名を刻んだ最悪の重戦略級兵器フレイヤ弾頭だった。

 もしそれが本物であり、実際に使用されたなら朱禁城は、いや首都洛陽までもが、この世界から消える事になる。

 そうなれば例え今直ぐに避難を開始したとしても、全住民を安全に避難させる事は不可能だ。人々がフレイヤの存在を知って冷静でいられるとは考え難く、パニックが起こり、統制を失えば避難どころではなくなる。

 

 しかしここで一つの疑問が浮かぶ。

 彼らは如何にしてフレイヤ弾頭を入手したのだろうか? 

 浮遊要塞ダモクレスと共に太陽焼却処分され、以降の製造を禁止されたフレイヤだったが、漆黒の騎士率いるゼロによって使用された事実は記憶に新しい。

 だとすれば、今回のテロ集団流浪の獅子と漆黒の騎士は何らかの繋がりを持っていると邪推してしまうのは当然の事だろう。

 

「これだけは忘れるな。我らには祖国再興の為には手段を選ばず、己が命を賭す覚悟がある。死を恐れはしない」

 

 男は口元を歪める。

 その瞳が宿すのは、紛う事なき狂気の色。

 

「最後になるが、漆黒の騎士を率いるゼロに対して告げる。黒の騎士団を見限った貴方を支持し、この世界に体現しようとする正義を否定するつもりは毛頭無い。

 だがしかし、我らが起こした行動もまた、正義のためであると理解して頂きたい」

 

 今回のテロは彼らにとって、疑う事なき絶対の正義。

 

「もちろん、祖国=中華連邦が再び安寧を取り戻した暁には、我らは咎人として、喜んで貴方にこの命を差し出そう。故に今この瞬間は賢明な判断を切に願う」

 

 全世界が見つめる中での牽制。

 理解を求めながらも、彼らはゼロに突き付ける。

 正義を掲げるゼロが、自分達の正義を否定できるのか。

 正義と独善、偽善の境界を誰が定められるというのか、と。

 少なくとも彼らは公にゼロの正義を肯定した。

 そんな彼らを一方的に悪として断罪すれば、ゼロの正義に少なからず違和感を覚える者が現れる。

 万が一、断罪行動によってフレイヤ弾頭が爆発し、多大な被害を出すような事態になれば、罪なき人々を間接的に殺めた事に対して批難を浴びる事は必至だろう。

 

 一方で、もし流浪の獅子の行為に対して傍観、あるいは肯定を選んだとすれば、断罪すべき立場の人間の主張を容認する事になる。

 それだけでも正義の象徴としてイメージダウンし、信頼と支持の低下避けられない。また彼らとの関係を疑われ、ゼロの正当性が揺らぐ。

 それどころか他のテロ集団や、外交攻勢を強めている国家が正義を大義名分として行動を起こし、結果この世界に正義が氾濫する。

 そうなれば正義という言葉は意味を失い、ゼロの行いは独善へと成り下がる。

 

 どちらを選んでも、ゼロが得るメリットは存在しない。

 正義の正当性を守るためには流浪の獅子が悪である事を明確に立証し、人質及び民間人に被害を出すことなく、事態を沈静化させるしかない。

 如何に漆黒の騎士を率いるゼロと云えど容易な事ではないだろう。

 

「我らの要求に対する返答の期限は明日の正午。猶予も交渉の余地もない。

 超合集国は早急に議会を開き、結論を出すがいい。如何なる結論に辿り着こうとも、我らは祖国=中華連邦でその時を待つ。以上だ」

 

 回線が一方的に切断され、画面から男達の姿が消える。

 この映像は超合集国連合主要参加国及び黒の騎士団各支部に向けて配信され、黒の騎士団と漆黒の騎士、二人のゼロの対立によって混迷する世界に、更なる混乱を投じる事となる。

 正義の氾濫=独善の横行。

 崩れゆく正義の価値。

 抱いた懸念は現実のモノとなりつつあった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 狭いコクピット内部、女はスピーカーから聞こえてくる朝のニュースに耳を傾ける。

 

『今朝はゲストに、世界情勢に詳しい新東京大学国際学科教授=林アキラ教授にお越し頂いております。先生、今日はよろしくお願いします』

 

『こちらこそお願いします』

 

『早速ですが、先生は今回の朱禁城占拠事件について、どのような考えをお持ちですか?』

 

『そうですね。まず最初に流浪の獅子を名乗る彼らは、中華連邦の復権要求から推測して、旧大宦官派の人間と考えて間違いないでしょう。平定戦の混乱に乗じて他国へと逃れた者も少なくないはずです。

 また、中華連邦の解体及び合衆国中華の建国に際して、抵抗した軍閥や大宦官と癒着関係にあった豪族や企業などが粛清を受けたとも言われています。その関係者が含まれていてもおかしくありませんね。

 あと……ただこれは噂の域を出ていませんが、漆黒の騎士を支持し、超合集国体制下で起きた紛争によって被害を受けた人間も、今回の件に関与しているとの話もあります』

 

『なるほど、つまりは黒の騎士団を率いるゼロに対する恨みや不満が、今回の事件の背景に存在していると?』

 

『合衆国中華建国の立役者であるゼロに不満を抱いていた者も少なくなく、今回の件に関して、そのあまりの手際の良さから考えても、現政権内部に流浪の獅子と同様の思想を持つ者が居たと思われます。彼らは政権内部の協力者の手引きによって、朱禁城の制圧を成功させたのでしょう』

 

『しかし、何故彼らは今になって行動を起こしたのでしょうか? 行動の結果、漆黒の騎士による断罪の対象となる事は、彼らも理解しているはずですが。その点はどう思われますか?』

 

『入念な下準備に時間を要したというのが一般的な見解だと思いますが、状況を一変させる何かが起こった。例えば──それが何かは分かりませんが──切り札を手に入れた事により攻勢に転じたとも考えられます。

 ただ、今になって行動を起こした最大の理由は、やはり昨今の情勢不安に触発され、今が好機だと考えたからではないでしょうか』

 

『つまり、二人のゼロの対立が影響したと?』

 

『一概にそうとは言えませんが、大きな要因──いえ、影響を与えた事は確かでしょう』

 

 言葉を選びながらも、指摘された事実が肯定される。

 そう、英雄に対する批判が公然と行われているのだ。

 英雄神話の崩壊。

 

 滑稽だった。

 

「ふふっ、ハッキリ言っちゃえば良いのに。原因はゼロのせいだって」

 

 女は嘲笑を浮かべ、指を組みながら腕を大きく上げ、身体を伸ばす。

 

「う~ん、それにしても暇ね」

 

 そう呟いて、女はディスプレイの端に表示されている時計に目を向けた。

 約束の時間まで5時間を切っているが、全ての準備が昨日までに終わっている以上、その瞬間が訪れるまで何もする事がない。

 さらには上から待機命令が出ている為、時間を潰しに買い物へ行く事も不可能。というか近くには小さな商店一つ存在しないのだが、機体から離れるなと厳命されている為、周囲を散策することさえ命令違反となってしまう。

 そんな理由で殺されたくはない。

 

 女は溜息を吐き、逸れた思考を元に戻す。

 

 どのニュースでもフレイヤ弾頭については一切触れられてはいない。物が物だけに情報統制が行われていると考えてまず間違いない。

 だが一方で水面下では慌ただしい動きをしているはずだ。

vただ今後どんな展開になるかは、数十パターンを超えるシミュレーション予測がなされている。

 何にしろあと数時間後には、確実に自分の出番は訪れるだろう。

 

「ま、愚痴っても仕方がないわね。この件の結末がどうなろうと、ただ私が楽しめればそれで十分。さて、今回は誰がどんな風に啼いてくれるのかしら」

 

 彼女が見つめる彼方、合衆国中華首都=洛陽。

 その中心に存在する朱禁城は静かな朝を迎えていた。

 

 



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第17幕 【蒼き 武人】

 

 普段から倉庫として使用されていた無機質な部屋。

 薄暗くて、埃っぽくて、少し肌寒い。

 だけど今現在、自分が置かれている状況を思えば、その程度の事を苦慮している余裕はなかった。

 突然の侵入者──流浪の獅子を名乗るテロリスト達──に囚われ、拘束されている。

 周囲に味方の姿はなく、武装した男達が銃口と共に、時折下卑た笑みを浮かべては不快な視線を向けてくる。

 恐怖を抱かない、と言えば嘘になるだろう。

 しかしそれを表に出すわけにはいかない。

 震えを隠すように強く拳を握り締め、口を一文字に結んで男達を睨み返す。

 

 彼等にとって私の生殺与奪権が交渉のカードの一枚となっている、と考えて間違いない。

 だから今すぐに殺されたり、陵辱の対象となる事はないだろう。

 もちろんそこには希望的観測を大いに含んでいるが……。

 合衆国中華の国家元首という立場に、私は誇りと命を懸けている。

 権力という力を得た対価に、果たさなければならない義務も理解しているつもりだ。

 例えこの身がどうなろうとも、不当な力に屈することは出来ない。

 その覚悟は揺るがない。いや、揺るがすことは許されない。

 ただ心配なのは共に人質となった文官や女官達、そして国家の行く末、延いては民の暮らしだった。

 

 悪い予測ばかりが脳裏を過ぎる。

 不安が募る一方だった。

 しかし残念ながら今の自分が出来るのは強く自分を保つこと、みんなの無事を祈ること、そして事態が好転する時を待つことしかできない。

 それが酷くもどかしい。

 でも希望は捨てていない。

 捨てられるはずがない。

 

 私には彼が居る。

 

 かつてブリタニアの第一皇子と政略結婚させられそうになった時も、天帝八十八陵での籠城戦の時も、ダモクレス戦役の時だって彼は私を窮地から救ってくれた。

 だったら今回だって私を助け出そうとしている事だろう。

 ああ、私だけの救世主様。

 

 国家元首の誇りだ義務だと偉そうな事を考えながら、その反面まるで恋する乙女のような自分が心の中に存在している事実に苦笑するしかない。

 その考えがどれだけ都合の良い考えなのか分かっている。

 状況は簡単に対処できるものではなく、何より彼は蓬萊島襲撃時に負傷していた。

 それでなくとも彼の身体のこと考えれば、無理をさせるわけにはいかないというのに……。

 

 だけど、もし。

 そう……もし本当にここで命を落とすことになったとしたら?

 

 考えては駄目だと理性が告げるが、感情が思考を止める事はなかった。

 眼前に付けられた死の恐怖に抗えない。

 国家元首という仮面が剥がれ落ち、瞳に溜まった涙がこぼれ落ちそうになる。

 

 ねえ、星刻。

 私はもう一度貴方に会えますか?

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 流浪の獅子による朱禁城占拠と声明の発表に対し、超合集国はすぐさま臨時評議会を開催。その対応が議論されるが、各国の立場の違いから議会は紛糾する。

 結果的に採決はなされ、賛成多数で超合集国決議第弐伍壱號──黒の騎士団による事態の沈静化要請──は可決された。

 しかし決議の結果が間接的な武力行使という側面を持つことから、多くの国が漆黒の騎士の断罪という名の襲撃を恐れて棄権する事となる。

 黒の騎士団は直ぐさまこの要請を受諾。

 その要請が朱禁城の奪還、人質の救出、流浪の獅子メンバーの拘束、フレイヤ弾頭の無力化という非常に困難なものである事は間違いない。

 だが超合集国と契約する唯一の外部戦力であり、その存在意義が超合集国に参加する全ての国家を守る盾であり外敵を征する剣である以上、黒の騎士団に拒否する選択肢は存在しない。

 故に黒の騎士団は総司令官=黎星刻を始め、合衆国中華出身メンバーを中心とした対策部隊を組織し、旗艦迦楼羅を合衆国中華へと派遣する。

 

 一方で挑発的な牽制を受けた漆黒の騎士だったが、その動向は未だ不明であり、如何なる反応も示すことなく沈黙を続けていた。

 ただ正義を掲げている以上、このまま傍観し続けるとは思えない。

 例え不利な立場であったとしても、今回の事件を最大限に利用しようと考え、何らかの行動を起こす可能性が高い。

 

 世界は否応なく英雄ゼロの奇跡を求める。

 果たして約束の時間に、如何なる審判が下さるのだろうか?

 民衆は固唾を呑んでその瞬間の訪れを待つ。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 咳き込むと同時に込み上げてくるモノを無理矢理嚥下する。

 同時に膝を折ろうとする身体に対し、通路の壁に手をついて支えることで、どうにか体勢を保つ。

 気を抜けば、襲い来る痛みと倦怠感に屈しそうになる。

 それでも男は歩みを止めない。

 バランスを崩しながらも、ゆっくりと確実に前に進む。

 

 男の名は黎星刻。

 かつて中華連邦の武官でありながら当時の政権を否定し、大宦官の圧政に異を唱え、志を同じくする者達とクーデターを画策。天子と神聖ブリタニア帝国第一皇子=オデュッセウス・ウ・ブリタニアとの政略結婚を機に実行に移すも、ゼロの介入によって計画は破綻。

 しかし、続く天帝八十八陵籠城戦ではゼロに命を救われ、彼の協力を得て、祖国に巣くう害悪=大宦官を討ち果たした。

 

 以降、ゼロが掲げた超合集国構想に賛同し、合衆国中華の建国及び平定に尽力する。

 そして超合集国構想の実現に伴い、再編成される事となった黒の騎士団において総司令官に就任。

 超合集国決議第壱號を受けて開戦した日本奪還戦では、実質陽動部隊であった本軍を率いて鹿児島に侵攻。

 ブリタニア軍の最大戦力であったナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタインの足止めを成功させている。

 その後のダモクレス戦役ではシュナイゼル指揮の下で悪逆皇帝ルルーシュに挑み、敵旗艦アヴァロンを墜とすが、ダモクレスを押さえられ結果的に敗北。

 処刑が決まった戦争犯罪者としてゼロレクイエムの時を迎える事となる。

 ゼロレクイエム後に黒の騎士団総司令官に復任。ゼロ指揮の下、悪化する世界情勢の安定に努める一方で、合衆国中華国家元首=蒋麗華の最も身近な理解者として彼女を支え、優れた統治者へと導いた。

 

 これまでも国を憂い、民を想い行動してきた星刻は、今回の祖国の窮地=朱禁城占拠事件に際しても対策部隊への参加、またその指揮に自ら名乗りを上げた。

 だが彼の身体は満身創痍であり、誰の目から見ても療養が必要な事は明らかであった。

 ゼロによる蓬萊島襲撃で負った傷だけではない。

 ブリタニアの最新医療技術によって進行を抑えることに成功しているが、その身を冒す病魔の完治の目処は未だ立っておらず、刻一刻と確実に蝕まれている。

 

「星刻様、お止め下さい!」

 

 そんな彼の姿を見かね、一人の女性が制止する。

 周香凛。中華連邦時代から星刻の片腕として付き従ってきた女性武官であり、ゼロレクイエム以降、黒の騎士団中華支部で指揮官を務めてきた。

 今回の事件を受け、中華支部の精鋭部隊『七星』と共に迦楼羅へ合流した彼女が、彼と行動を共にする事は必然であり、その身を案じることもまた必然だった。

 ただ、彼女が上官に対する尊敬以上の感情を抱いている事は周知の事実である。

 

「無謀です、そのお身体では────」

 

「っ、分かっている!」

 

 星刻は苛立ちを含んだ声で答えた。

 まるで自分の身体のことは自分が一番理解していると言いたげに。

 

「だが……それでも、あの方が私を待っておられるのだ」

 

 彼が唯一の主と定め、絶対の忠誠を誓う者こそ、現在朱禁城で人質となっている国家元首=蒋麗華ただ一人。

 

 かつて幼き彼女に命を救われた。

 その時、確信した。

 彼女なら、いずれこの狂った国を変え、正しく民を導いてくれる、と。

 汚れた大人達に囲まれながら、穢れる事なく輝き続けた光。

 この国に残された最後の希望。

 だから誓った。

 彼女を永久に守り抜く永続調和の契りを。

 

「あの方の為ならこの命、惜しくはない。ああ、そうだ……疾うに覚悟は出来ている」

 

 流浪の獅子を名乗る彼等の要求を受け入れる事は到底出来ない。

 多くの犠牲を払い、ようやく手に入れた新しい国家体制。

 実現させた民主主義。

 けれど彼等の主張の全てを一概に否定する事も出来ない。

 合衆国中華の樹立と政権の移行の裏側で多くの血が流された。

 それが多くの民の願いに応えた結果だったとしても、強引な手段であった事は覆しようのない事実であり、自分はその先頭に立ち、彼等が同胞と呼ぶ多くの人間を殺害した。

 しかし、自らの行いに後ろめたさなどない。権力者に虐げ続けられてきた多くの民が救われ、明日に希望を持つことが出来た事もまた事実なのだから。

 

「ですが!」

 

 星刻は周香凛の制止を振り切り歩みを続ける。

 通路を抜け、広い空間に出た。

 第6格納庫。迦楼羅内部に存在する格納庫の中でも最奥に存在し、実質的に科学長官であるラクシャータ・チャウラーに占居されている事もあり、普段は彼女以外に訪れる者もいない。

 機材やKMFのパーツが積み上げられた格納庫内部、星刻は視界に目的の物を捉えた。

 

 青い機体カラーの──ラクシャータの手によって生み出された──第九世代以降相当のKMF。彼の新たな専用機=絶影の姿。

 シルエットは星刻専用機であった神虎を基とし、その特徴でもある天愕覇王荷電粒子重砲、特殊形状のランドスピナー、縄鐔型ハーケンを継承。

 一方で新たに輻射障壁とエナジーウイングを実装し、両腕部に大型のブレードが追加されている。

 各面で神虎から大幅に性能が強化されているが、技術の進歩を受け、パイロットへの負担は軽減されている。とは言え、今の星刻にとって戦闘行為は、それだけで寿命を削るものであったが。

 

 星刻は歩み寄り、揺るぎない瞳で絶影を見上げ、額に巻かれていた包帯を外す。

 

「香凛」

 

「はい」

 

「洪古からの連絡は?」

 

 星刻は周香凛と同等の部下である男の安否を問う。

 多くの戦場を共にしたその男は現在、首都洛陽及び朱禁城の守備隊隊長を務めていた。

 信頼する彼に首都の防衛、いや、蒋麗華の護衛を任せる事で、星刻は後顧の憂いを断ち、職務に専念することが可能だったと言える。

 今回の事件が起きた時も職務を遂行し、朱禁城に居たことは間違いない。

 

「依然通信は途絶、その生死は不明です」

 

 周香凛は表情を曇らせながらも事実のみを答えた。

 護衛対象であった蒋麗華が拘束され、人質となった事実から考えても、軍人である彼の生存は疑わしい。

 

「……そうか」

 

 星刻は呟き、乗降用リフトに手を掛ける。

 

「星刻様!?」

 

 周香凛は改めて懇願するように、もう一度星刻の名を呼ぶ。

 星刻もその声に込められた感情を少なからず理解していた。

 それでも彼の意志は変わらない。

 

「間もなく約束の時間だ。作戦準備を怠るな。だがもし邪魔立てすると言うのなら、私がこの場で斬る」

 

 その身から放たれる明確な殺気。

 星刻の言葉に偽りはない。

 周香凛は息を呑み、制止を諦める。

 

「……了解」

 

 絶影へと騎乗する星刻の姿を見届ける事なく、周香凛はその瞳に微かに涙を湛えながら踵を返した。

 

 



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第18幕 【悪意】

 

 

 正午────

 流浪の獅子が指定した約束の時間。

 

 エナジーウイングを広げ、朱禁城中央広場に舞い降りる一機の青きKMF=絶影。

 それを待ち構えるように展開していたKMF──旧中華連邦製KMF=鋼髏だけでなくブリタニア製旧式KMFであるグラスゴーやサザーランド、旧日本解放グループが改修した無頼の姿もある──や対KMF自走砲、兵士達が一斉に銃口を絶影に向ける。

 注がれる敵意を一身に浴びながら着地した絶影は、ゆっくりと石畳の大地に膝を着き、その掌上に乗せていた人物を地上へと降ろした。

 

 その人物の姿を目にした瞬間、兵士達が興奮と僅かな驚愕にざわめき、放たれる敵意が殺意へと変わる。

 黒と紫を基調にし、金の装飾が施された鋭角的な仮面。騎士服を思わせる貴族的なデザインの濃い紫の衣装に、闇色のマント。

 その出で立ちが意味する者こそ、正義の象徴にして救世の英雄たるゼロに他ならない。

 取り囲んだ兵士達の中から──送られてきた映像の中で声明を発した──代表者の男が前に歩み出て、堂々とゼロと対峙した。

 映像で見たよりも若く精悍に見え、その肉体は鍛え上げられている事が判る。

 

 男の素性についてある程度調べは付いていた。

 旧中華連邦のデータベースに残されていた情報によれば、男の名は劉緋燕。

 かつて戦場を渡り歩き、傭兵紛いの稼業で生計を立てていたらしく、その武勇が地方軍閥の目に留まり、登庸され、私設軍を率いる将軍の地位を与えられる。

 経験に培われた戦闘技能だけでなく、KMFの操縦能力や統率能力にも優れ、故に高い報酬を得ていたことは想像難くない。

 それらの事実から考えても今回の事件は、野心家である彼が本当に心から祖国の為を想い起こした行動ではなく、単に個人的な私怨もしくは地位の回復を望んでの事と推測された。

 そんな彼に追従する者が多いことも、現状の世界の歪みなのかも知れない。

 

「中華連邦へようこそ、ゼロ。

 我らの要求に応えて頂けたようで心から感謝する。我らは貴方を歓迎し、丁重にもてなすことを約束しよう。もっとも裁きの瞬間までではあるが」

 

 劉緋燕は勝ち誇ったような余裕のある態度でゼロに声を掛けた。

 ゼロがこの場に来た時点で勝負は着いたとさえ考えているのだろう。

 現にゼロの生殺与奪権を彼等が握っているのは事実だ。復讐が目的であるなら、今この瞬間にゼロを葬れば目的は達成される。

 ただ正当な手段を用い、法で裁くと公言している以上、今この場で銃殺するような事はないと思われる。

 

「残念だが世界はまだあなた方の祖国を、中華連邦の復権を認めてはいない」

 

 対するゼロは、まるで挑発するかのように事実を告げる。

 超合集国最高評議会が出した結論は中華連邦を国家として認める物ではなく、黒の騎士団による事態の収拾だ。

 それには当然武力行使も含まれている。

 超合集国の強硬派の中には朱禁城及び洛陽を見捨て空爆に踏み切り、その全ての責任を黒の騎士団に押し付けようとする動きがあったとの噂も囁かれていた。

 

「ほう、かつてエリア11の我が祖国の総領事館で、合衆国日本の建国を宣言した男の言葉とは思えんな」

 

 劉緋燕は感情的になることなく、冷静に皮肉で対抗する。

 事実としてゼロは一部屋を国家の領土として定めた過去がある。それに比べれば朱禁城全体を占拠し、中華連邦の名乗りを上げた自分達の方がマシだと言いたげだった。

 また仮にもし感情のままに、この場でゼロを撃つような事があれば、流浪の獅子の理念・正義は疑われ、その正当性は大きく失われる。

 そうなれば例え中華連邦の復権を成し遂げたとしても、世界からの支持や信用を得る事は出来ない。世界から孤立すれば、すぐに国家は立ち行かなくなるだろう。

 

 さらに憎むべきゼロは、人質を救うためにテロリストの凶弾に倒れた悲劇の英雄として、再び英雄として立場を強固な物としてしまう。

 この場で挑発に乗り、自分達から手を出すことにデメリットしかないことは理解している。

 何より事を焦る必要はない。

 人質とフレイヤ。二つの切り札が手中にある限り、決して負けはしないのだから。

 

「不毛な言い争いを続ける気はない。あなた方の要求に従い、私は今この場に居る。その意味を理解してもらえたなら、こちらも人質の解放を要求しよう」

 

 今回の作戦の最優先目標は人質の早期解放、そして時間稼ぎにある。

 仮に中華連邦が国際社会に認められ、中華連邦の法によってゼロが処刑させる事態になったとしても、その手続きにはある程度時間を要する事は明らかだ。

 何よりゼロの処刑は自らの力を誇示するために、大々的なパフォーマンスとして行われるに違いない。

 それこそ彼等、流浪の獅子が突き付けた制限時間とは比べものにならない。

 

 その間に洛陽の住民を避難させ、作戦をフレイヤの無力化へと移行。

 だがもし無力化が不可能な場合、その時は朱禁城に対して大規模空爆が行われる手筈となっている。

 つまりゼロは体のよい囮であり、最高評議会も暗に認めていた。世界に二人も英雄は必要ない、正義の象徴は一人居れば十分だと。

 これを機に二人のゼロの対立が引き起こした混乱が収束するなら、朱禁城または洛陽を失うことも安いモノだ、という本音も見え隠れする。

 

 それはゼロ、いやスザク本人も承諾している。

 その裏には、ルルーシュが居れば自分が居なくても良いのではないかという思いが、例え僅かでも心のどこかにあるだろう事実は否定できない。

 

「ゼロよ、これは異な事を」

 

 ゼロの要求に対し、劉緋燕は歪んだ嘲笑の笑みを浮かべた。

 

「貴方は何か勘違いをしているようだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「我らは確かに人質の身の安全を保証する旨は伝えた。しかし解放時期については言及しなかったはずだが? 勝手な思い込みは困るな。

 だが安心してもらいたい、人質は適切な時を待って解放しよう、くくっ」

 

「っ!?」

 

 ゼロは理解した。既に相手はこちらの策を読んでいる。

 いや、それ以前に最初から人質を解放するつもりはないのだと。

 

『この毒虫がッ!!』

 

 黎星刻が叫び、それに呼応するかのように絶影は左腕に搭載された大型ブレード、剛なる左剣=臥龍を起動させ、その切っ先を劉緋燕の眼前へと突き付ける。

 

「よせ、黎星刻!!」

 

 張り詰める場の空気。

 まさに一触即発的状況だった。

 

「星刻……? ああ、超合集国に媚びへつらうあの売国奴か」

 

 劉緋燕は吐き捨てるように呟き、絶影を睨み上げた。

 その瞳に脅えの色など一切無い。

 むしろのその瞳が宿すのは嫌悪。

 

「我らが毒虫なら、力に酔い、自由と正義を振り翳すお前達は何だ? 

 下種か、外道か、クズか、カスか、ゴミか?

 まあ、いい。そうだな、我々も鬼ではない。ゼロの英断に敬意を払い、人質の一人を解放しよう。あの男を連れてこい!」

 

「はっ!」

 

「一つ質問をしよう。我らがこうも容易く朱禁城を奪還できたのは何故だと思う?」

 

 劉緋燕は部下に指示を出した後、再びゼロに視線を向けると問い掛けた。

 

「…………」

 

 複数の要因を推測することは出来たが、ゼロがその問いに答えることはない。

 

「ふん、黙りか……。つまらんな、時間潰しにもならん」

 

「ほら、さっさと歩け!」

 

 劉緋燕は些か不機嫌そうな表情を浮かべたが、背後から聞こえてきた部下の声を耳にして、すぐに表情を下卑た笑みに戻した。

 

「最大の要因はこの男から得た情報のおかげだ」

 

 両脇を兵士に支えられ、引きずられるようにゼロの眼前に連れ出される大柄の男。

 

『洪古!』

 

 星刻が男=洪古の名を呼ぶ。

 しかし彼がその声に反応する事はない。拷問を受けたらしいその身体には多くの傷が見

て取れる。

 だがそれ以上に深刻さを感じさせたのは──薬剤を投与された結果なのか──生気を失った虚ろな瞳であった。

 洛陽及び朱禁城の防衛を指揮していた彼は、その全ての情報を保持している。

 それこそ警備の配置やスケジュール、セキュリティー装置の設置場所や解除パスワード、そして緊急脱出用の地下通路まで。それら全ての情報を手にしたなら、如何に堅牢な要害であろうと、一度内部に入ってしまえば制圧は容易いだろう。

 

「中々口を割らない強情な男だった。まあ、目の前の妻子を殺してやったら、最後には壊れてしまったが」

 

 止まることを知らない強者の悪意。

 決して終わることのない悲劇。

 罪のない者が、また理不尽に生命を奪われた。

 その言葉にゼロは爪が食い込むほど強く拳を握り締め、今にも殴りかかりそうになる憤怒を押し殺す。

 

「優秀な武人であることは間違いないが、優秀な夫、また父親ではなかったようだな。

 ただ出来ることならば、我らに賛同して欲しかったものだ」

 

 劉緋燕は白々しい態度で残念がってみせる。

 

「さて、約束だ。解放してやろう────」

 

 そう言って劉緋燕は歪んだ笑みを浮かべ、おもむろに腰に携えた軍刀の柄に手を掛ける。

 

「この絶望的な現実からな」

 

 そして抜き放った軍刀を構え──ゼロ達が制止するよりも早く──何ら躊躇うことなく洪古へと凶刃を振り下ろす。

 

 一閃。

 

 直後、背後よりその身を斬り裂かれた洪古の身体は前のめりに傾き、そのまま石畳に倒れ伏す。

 次第に広がっていく血溜まりが、傷の深さと出血の規模を示していた。

 

『なっ、洪古!?』

 

 洪古がその声に反応する事は、もう二度とない。

 

『くっ……劉緋燕、貴様だけは許さん!!』

 

 星刻は激昂する。

 死亡の可能性を覚悟していたとは言え、目の前で殺害されたとなれば、受け捉え方も変わる。洪古は忠実な部下であったが、それ以上にプライベートではまるで兄のように頼りになり、親身に相談に乗ってくれる友人でもあった。

 今の星刻があるのも、元を辿れば洪古との出会いがあったからだ。

 星刻にとって大きな存在であった事は間違いない。

 

「だったらどうする? 激情に身を任せて私を殺すか? 

 こちらの手の内には、まだ天子が居る。 それを忘れたわけではないだろう? 彼女にも死んで欲しいのなら構わないが」

 

 蒋麗華を盾にされ、途端星刻は動けなくなる。

 仕えるべき主=最後の希望を失うわけにはいかない。こんな下劣な輩に奪われるわけには……。

 これ以上親しい者を失いたくないと思うのは、人間として避けようのない弱さ。

 星刻は血が出るほど唇を噛みしめて堪え忍ぶ。

 

「どうせ遅かれ早かれ死ぬ運命だった男だ。ゼロの粛清リストに名を連ねている人間なのだからな。

 そして私も、お前達も。今さら熱くなる必要はないだろ? なあ、ゼロ? いや、貴方ではなくもう一人の方だったか」

 

 劉緋燕は自身の考えを告げ、自嘲したように笑う。

 ゼロ=スザクと星刻も理解している。

 彼の言葉は間違いではない、自分達が漆黒の騎士率いるゼロ=ルルーシュが行っている断罪の対象である事は覆しようのない事実だと。

 それもリストの上位に名を連ねている人間だ。本来なら最初に命を狙われてもおかしくなかったはず。

 そして劉緋燕もまた、今回の事件を起こす以前から断罪の対象であったはず。

 だからこそ自暴自棄になったか、それとも最後に自らの野望を実現して歴史に名を残そうとしたのか、その理由は定かではないが、逃れようのない死を受け入れ、その前に行動を起こしたのだろう。すでに相手の精神は正常とは言い難い。

 

 つまり漆黒の騎士の断罪が犯罪の抑止ではなく、犯罪を誘発する結果となったとも言える。抵抗や反発が想定されていたとしても、その矛盾は何という皮肉だろうか。

 多分それは今回の事件だけでは終わらない。

 第二第三の劉緋燕、流浪の獅子は必ず現れる。長く続いた戦乱によって、それほどまでにこの世界は穢れてしまっている。

 故にかつて二人は『新しい明日』の為に、人類の浄化が必要という結論へと辿り着いたのだから。

 

「さて、ゼロ。一つ良いかな?」

 

 劉緋燕は血脂を払った軍刀を鞘へと戻しながら、ゼロに対して問い掛ける。

 

「……これ以上何を望む」

 

「早速その身を拘束したいところだが、その前に我らの要求を受け入れた証として、仮面を外してもらいたい」

 

「っ……何のために?」

 

 劉緋燕の要求に対し、スザクは動揺を隠して応える。

 

「なに、単なる好奇心という奴だ。救世の英雄、その素顔を世界中の者が知りたがっているだろう。私もその内の一人だ」

 

 世界中がゼロの素性を知りたがっている。

 それは事実だ。今でこそ収束しているが、ゼロレクイエム直後、世界中のマスコミがゼロの正体を暴こうと動き、また世界中の人々がその正体について論じた。

 様々な噂が流れ──ゼロによってエリア11で殺害された神聖ブリタニア帝国第三皇子=クロヴィス・ラ・ブリタニア説などが未だ根強いが──一部では大きな混乱が起きた為、超合集国最高評議会は公式見解を発表し、『ゼロは悪逆皇帝ルルーシュやシュナイゼルに匹敵する知略に優れた第三者の誰かである』と結論づけた。

 それで世界が納得したとは到底思えない。今でもその正体を知りたがっている者は多いだろう。

 

 だが、もしその第三者が、悪逆皇帝に仕えた裏切りの騎士=枢木スザクだとしたら?

 

 ゼロがあげた功績、得た信頼は地に落ちる。

 またその事実を知っていながら隠匿したと民衆が考えたなら、その不信感は超合集国を揺るがし、崩壊させるには十分なものだ。当然黒の騎士団は、すぐにも瓦解する。

 結果、民衆の支持は漆黒の騎士に集まる。いや、漆黒の騎士ですら、この世界から追放される事になる可能性もあるだろう。

 

 何れにしろ世界に大きな影響を、しかも悪影響を与える事は避けられない。

 最悪の場合、その事実を流浪の獅子に利用される可能性もある。

 例えこの場でゼロを撃ったとしても、その素性を公表したなら、彼等はテロリストではなく、『偽りの英雄』を討った新たな英雄と呼ばれる事になる。

 そんな事態は避けなければならない。

 しかし、劉緋燕が諦めることはないだろう。

 

「どうした、ゼロ。この状況で今さら素性を隠さねばならない理由があるのか? それともやはり我らを騙し討ちするために、この場に居ると考えるべきか?」

 

 劉緋燕の言葉に兵士達が一斉に銃を構え直した。

 

「良いだろう」

 

 こうなる事はある程度予想はしていた。

 だが対策を考えている時間はなかった。

 唯一出来たのは覚悟することだけ。

 スザクはゆっくりと仮面に手を掛けると同時、星刻へと秘匿回線を繋ぎ、小声で告げる。

 

「星刻、場合によっては君が私を殺せ。判断と手段は任せる。ただし必ず顔だけは復元できないほど破壊しろ」

 

『本気か?』

 

 星刻がスザクの真意を問う。

 

「ああ……そうだ」

 

 そう応えたスザクの指先が、仮面の着脱スイッチに触れる。

 

 そして────

 

 銃声が響いた。

 

 



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第19幕 【魔弾 の 射手】

 

 断続的に続く銃声。

 爆発音と共に朱禁城の一角から黒煙が上がり、同時に大気が震え、地面をも揺るがした。

 その場に居た誰もが感じ取る、それが戦闘によって生じたものだと。

 

「落ち着け、持ち場を離れるな!」

 

 張り詰めた空気の中、不安と混乱によって動揺する部下を制する劉緋燕だったが、彼自身もこの不測の事態に平静ではいられなかった。

 

「くそっ、一体何が起こっている……。第六守備隊、状況を報告しろ!!」

 

 劉緋燕は無線機を砕かんとする勢いで掴み、黒煙が上がった地点の近くに居るであろう部下に報告を求めた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ディスプレイに映し出されたに鋼髏へとライフルの銃口が向けられ、ロックオンの表示と共にトリガーが引かれた。

 至近距離から放たれた銃弾を避けることが出来ず、銃撃を受けた鋼髏が爆散する。

 直後、乗機が衝撃に襲われ、体勢を崩してく。

 ディスプレイを埋め尽くす警告表示。

 計器が火花を上げ、程なくしてコクピットは爆炎に包まれた。

 最後にディスプレイに映り込んだのは、味方であったはずのサザーランドが、こちらに向けて銃口を構えている姿だった。

 

 どうしてこうなった?

 

 周囲には仲間が騎乗していたKMFの残骸、そして肉片と化した歩兵の死体が転がっている。

 最初は何が起こったのか理解できなかった。

 突如として自分達の前に出現した白きKMFが、360度に展開される特殊な円型エナジーウイングを広げた瞬間、同士討ちが始まった。

 攻撃する相手が味方なら、破壊されていくのも味方だった。

 すぐに武装をロックし、ユグドラシルドライブを停止させようとしたが受け付けず、ならばと起動キーを強引に抜き、強制停止を試みるが意味はなかった。

 ハッキングによるシステムの掌握。

 それを同時に、しかも複数の対象に対して行ったのは、状況から考えて間違いなく白きKMFだろう。電子戦闘に対応した高性能なコンピュータが搭載されていると考えられる。

 ただ、それを理解できたところで意味はない。

 コクピットの開閉さえ相手の意のままである以上、密室に閉じ込められているのと変わらない。

 怒りや憎しみ、恐怖を抱いたところで、諦めがそれを上回る。

 

『第六守備隊、状況を報告しろ!!』

 

 リーダーである劉緋燕の声が無線機から聞こえてくる。

 ああ、出来る事がまだ残されていた。

 

「敵性KMFにより部隊は壊滅! 敵数1、ですが相手は────」

 

 相手の能力を伝えなければ、『流浪の獅子』全滅も時間の問題だ。

 敵は一騎でありながら、味方の数だけ増えていくのだから。

 だが次の瞬間、ディスプレイに映る光景に理性を失った。

 

「っ、止めろ! 頼むから止め────」

 

 懇願が通じる相手ではないと理解していても、死の恐怖に抗えず、無様に命乞いをしてしまう。

 ただ結果は、やはりというべきか変わらなかった。

 騎乗するサザーランドが手にしたアサルトライフルを逆手に持ち替え、その銃口を己が胸部へ押し当てる。

 意思を持たないKMFの自殺。

 端から見れば、とてもシュールな光景に違いないのだろうが、そんな事を考えている余裕はなく、ただ絶望に支配されるしかなかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『敵性KMFにより部隊は壊滅! 敵数1、ですが相手は────っ、止めろ! 頼むから止め────』

 

 通信が途絶えた直後、新たな爆発音が響き、無線機からはノイズだけが虚しく流れる。

 言葉を失う劉緋燕、その表情に浮かんだ焦りの色が濃くなった。

 

 朱禁城のレーダー監視網は生きている。なおかつそれは首都防衛の為の高性能設備だ。それを易々と突破できる程のステルス性能を有するKMFは限られている。

 例えば黒の騎士団が保持する紅き鬼神=紅蓮聖天八極式や、漆黒の騎士が保持するゼロ専用機がまさにそれに該当するだろう。

 

 ただ一つ気になる事がある。報告で使用された敵性という言葉に対して抱いた違和感。

 もし仮に相手が紅蓮聖天八極式だとしたなら、敢えて敵性とは表現しない。

 紅蓮聖天八極式は紛う事なき敵だ。同様に漆黒の騎士所属機やゼロ専用機を見間違うことはない。蓬莱島襲撃や断罪行動時に残された映像は出来る限り部下に見せている。

 また漆黒の騎士出現は最優先報告義務を徹底させていた。

 その事から考えても報告を受けた敵性KMFは前述二機と別物だと考えられる。

 

 所属不明機。

 新型か?

 それとも黒の騎士団、漆黒の騎士とも異なる別の組織?

 当然報告者の精神状態を考えれば、間違った情報を口にすることもあり得るが……。

 別の仮説としては味方から裏切り者が出た、もしくは味方のKMFが鹵獲され使用されている可能もある。

 

 しかし、こちらの手の内には人質にフレイヤ、更にはゼロまでもが存在している。

 そんな状況下で強行な手段を執ることは、得策ではないと誰の目にも明らかなはずだ。

 ならば頭のおかしな奴が暴れているだけか?

 

「自らを囮とし、我らを油断させて奇襲を掛ける。これは貴様の計画か、ゼロ?」

 

 劉緋燕は再び抜き放った軍刀をゼロに向け、殺意と共に問い掛ける。

 ゼロによる策略。

 それが彼の中で最も可能性の高い結論だった。

 

「私が本気でフレイヤを使えるほど度胸がないとでも考えているのか?」

 

 手に入れたフレイヤ弾頭は本物であり、ブラフのために用意した物ではない。

 それは武力行使に対抗するための抑止力=盾であると同時に、絶対的な破壊力を持つ矛だ。臨界に達するまで多少時間が掛かるが、いつでも起爆させる準備は調っている。

 躊躇いなどない。

 だと言うのに、馬鹿にしているか?

 

「違う! 私ではない、そんな命令を下してはいない!!」

 

 スザクは動揺を隠すことが出来ず、劉緋燕の疑念を声を荒げて強く否定した。

 自身が時間稼ぎの為の囮であった事は紛れもない事実だが、人質の解放がない以上、無謀な奇襲命令を下せるはずがない。ここで不用意な刺激を与え、フレイヤを起爆させられたなら、望まぬ結末で全ては終わる。

 それはゼロと同等の指揮権限を持つ、総司令官である星刻も理解していることだ。

 その困惑と焦りに満ちた声音は、彼の言葉が真実であることを如実に表していた。

 

「ならば何故、我らは攻撃を受けている!?」

 

「……それは」

 

 劉緋燕の望む答えを今のスザクは持ち合わせていない。

 

 部下の暴走。

 流浪の獅子内部の内輪揉め。

 漆黒の騎士の介入。

 漆黒の騎士以外の勢力の介入 。

 いくつか推論は浮かぶが、その全てが想像の域を出ない。

 

 刹那、ある可能性が脳裏を過ぎり、彼等は戦慄する。

 

『っ、まさか……』

 

 奇しくもゼロと劉緋燕の呟きが重なる。

 考えたくもない最悪のケース=超合集国強行派による独断作戦の決行。

 

 もし世界が洛陽──とその住人──を、そしてゼロを見捨てたなら?

 

 蒋麗華を含む人質にも、大量破壊兵器フレイヤにも、救世の英雄ゼロですら価値は無くなる。

 

 洛陽の住民全てを犠牲にすることも厭わないと考えたとしたら?

 

 正義のための犠牲。

 秩序を守るための犠牲。

 現状の社会制度=超合集国を維持するための犠牲。

 その全ては保身と己が立場のために。

 

「……そんな事、あってたまるか」

 

 呻くように劉緋燕は呟く。

 今日までに費やした苦労が、入念に準備した全ての計画が意味を成さなくなる。

 ようやく苦汁を嘗め続けた日々から解放され、歴史に名を刻む瞬間が訪れたというのに。

 劉緋燕は砕かんばかりの勢いで奥歯を噛みしめる。

 

「もはや出し惜しみをしている場合ではない。全戦力を投入、城内の敵を一掃しろ!!」

 

『了解!!』

 

 劉緋燕の命令を受け、朱禁城外縁に伏せていた増援が朱禁城内部へと突入を開始。

 間もなく朱禁城は交渉の舞台から、一転して戦場へと様相を変える。

 

「ゼロ、余興は終わりだ。速やかにその身を拘束させてもらう。

 すぐに2度目の声明を発表する。準備を急が────」

 

 瞬刻、パシュッという、まるで水風船が破裂するような音がした。

 それと同時に劉緋燕が立っていた場所の後方で石畳が大きく抉られたように陥没する。

 周囲に飛び散る鮮血と肉片、漂い始める血臭。

 頭部を失った劉緋燕の身体は前のめりに倒れ、自らが作り出した血溜まりに沈んでいく。

 

 事実だけを端的に言い表せば、突如として劉緋燕の頭部が消滅した。

 誰もが目の前で起きたその光景をすぐには理解できず言葉を失う。

 

 ただ唯一スザクだけが、何かが飛来した事実を知覚していた。

 咄嗟に背後を振り返るが、飛来物の軌道線上に狙撃兵の姿はない。

 そもそも城塞である朱禁城の周囲には、狙撃を可能とする場所が存在しない。

 空中のKMFからの狙撃も考えられるが、朱禁城は疎か洛陽全土が監視下に置かれている現状ではそれも不可能。

 監視外となれば、それこそ射程外となってしまう。

 

 一体誰が?

 何のために?

 どうやって?

 

 今回の作戦に暗殺は含まれていない。それこそ人質の生命を第一に考え、全部隊に徹底させていた。

 

 だとすれば第三者の介入?

 やはり断罪=粛清を行う漆黒の騎士か?

 それとも超合集国強行派の手によるものか?

 

 不測の事態に、混乱から最初に我に返ったのは星刻だった。

 絶影をゼロを守る盾とし、輻射障壁を展開する。

 状況から考えて狙撃を受けたことは間違いないが、その標的が劉緋燕ではなくゼロ=スザクであった可能性も否定できない。

 

 一方、スザク達を取り囲んでいた流浪の獅子兵士達は、目の前で統率者を失ったことにより烏合の衆と化していた。

 ただ暴発の可能が高く、危険度は格段に上がっている。

 その事からも劉緋燕がカリスマを持った優れた統率者であった事が証明される皮肉な結果となった。

 

 だが次の瞬間、当事者達を置き去りにして、事態は更なる混迷を迎える事になる。

 上空より──絶影延いてはゼロを取り囲むように──降下してくる七騎のKMF。

 その手に握られた刃=青龍刀型MVSの先端が一斉に絶影へと向けられる。

 鮮やかな朱色の機体カラーと肩部装甲に描かれた鳳凰のエンブレムが特徴的なKMFを、スザクも星刻もよく知っている。

 今回の事件を受けて黒の騎士団中華支部より合流した精鋭部隊『七星』。

 彼等の為に製造された量産型神虎=殲武。

 つまり本来ならその刃は合衆国中華に仇成す流浪の獅子へと向けられるべきものだった。

 

『どういう事だ、誰の命で動いている!?』

 

 星刻はその真意を問うが、応える声はない。

 

『聴け、祖国を憂える流浪の獅子の兵よ!

 お前達の同志にして指導者=劉緋燕は交渉の最中、卑劣にもゼロの魔弾によって倒れた! これは明らかに正義に反する蛮行である!』

 

 戦場となった朱禁城に『七星』によって齎された新たな声明。

 その声はハッキングされた通信回線を介し、全ての流浪の獅子兵士の元に届く。

 

『何を言っている、正気か!?』

 

 歪曲される事実。

 星刻の驚愕と戸惑いによる叫びとも言える言葉は再び黙殺される。

 

『故に我ら『七星』は今この瞬間より黒の騎士団と決別し、偽善者=ゼロに正義の鉄槌を下す!! 志ある者よ、我らと共に勝利をこの手に掴め!!』

 

 その声明に流浪の獅子の兵士達が地鳴りのような雄叫びを上げた。

 心強い味方を得たことにより、劉緋燕を失って低下した士気を取り戻し、混乱は収束する。流れが自分達に傾いていると確信したのかも知れない。

 例えそれが一時の幻想だったとしても……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「一体何が起きてるの……」

 

 紅月カレンは不安げに戸惑いの声を上げる。

 現在彼女が居るのは洛陽にほど近い上空に浮かぶ旗艦迦楼羅、その上部甲板に今すぐにでも発艦可能な状態で待機する紅蓮聖天八極式のコクピット内部だった。

 彼女が率いる第零特務隊に与えられた任務、それは不測の事態が起きた際に朱禁城を強襲し、フレイヤ弾頭を奪取すること。故に臨戦態勢を維持し、パイロットにはコクピット内での待機命令が下されていた。

 

 カレンが見つめる先、メインディスプレイに映し出された朱禁城の内部から、爆発と共に黒煙が立ち上る。

 今あの場所には自らを囮とし、朱禁城を占拠する流浪の獅子との交渉に向かったゼロが居る。

 張り詰めた空気が一層重圧を増した。

 この場からでは何が起こっているのかまでは把握できないが、不測の事態が起きたと考えて間違いないだろう。

 カレンは胸騒ぎを感じ、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「ゼロからの連絡は?」

 

『いや、依然こちらにも入っていない。偵察班も事態を掴めていないようだ』

 

 カレンの問い掛けに──参謀兼艦長として迦楼羅のブリッジで指揮に当たる──周香凛が焦りを押し殺しながら答える。

 

『だが責任は私が執る。紅月、行けるな?』

 

 現場指揮官として、第零特務隊の出撃判断を任されているとは言え、情報がない現状では時期尚早であり、また独断と言われても仕方がないだろう。

 それでも周香凛はカレンに出撃命令を下す。

 

「はい!」

 

 カレンもまた周香凛と同意見だった。

 歴戦を潜り抜けてきた経験から考えても、これがまだ始まりに過ぎないことは明らかだ。

 そして本能的に悟る、今動かなければ取り返しの付かない事態になると。

 

『紅月……星刻様の事も頼む』

 

「任せて下さい。紅蓮聖天八極式、発艦します!」

 

 電磁カタパルトによって加速し、迦楼羅を飛び立った紅蓮聖天八極式は空中でエナジーウイングを展開。紅き線条と化して朱禁城へと空を駆ける。

 

 



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第20幕 【堕ちた 星】

 

 

 スザクは目の前で起こっている光景に、少なからず違和感を感じていた。

 

 発端となった流浪の獅子による朱禁城占拠。

 予期せぬ戦闘行為の発生と続く劉緋燕の暗殺。

 暴走としか思えない不可解な七星の離叛。

 

 それぞれに思い浮かんだ疑問には、ある程度想像から答えを導き出すことは出来る。

 ただ、それでも何かがおかしいと感じる。

 

 特に七星の離叛は、実際に目の前で起きている光景を見ても未だに信じられない。

 確かに黒の騎士団内部にも、流浪の獅子の主義主張に賛同する者が居たのかも知れない。

 けれど彼等七星は厳格な審査──もちろん経歴や思想も当然含まれる──を経て選び抜かれた精鋭部隊であり、正義に対する想いは人一倍強かった。

 そして今回の事件に関しても、強い憤りを抱いていたはずだ。

 

 しかし彼等はここに来て、人質とフレイヤという許し難い手段によって中華連邦の復権、つまりは現国家の転覆を企てた流浪の獅子(テロリスト)に与するという。

 その理由をゼロによる劉緋燕の暗殺、正義への冒涜とするが、状況証拠から考えても劉緋燕の死は第三者の狙撃によるものであり、狙撃者また狙撃場所の特定さえ出来ていない現状では何ら根拠のない暴論。支離滅裂としか言いようがない。

 

 存在する大きな矛盾。

 まるで何者かに意志を無理矢理ねじ曲げられたかのような変貌だった。

 そしてスザクはそれを可能とする超常の力、矛盾を矛盾としない力を知っている。

 そう、超常の力=ギアスの存在を。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 四方から繰り出される斬撃に対して、絶影はゼロを抱えながらエナジーウイングを羽ばたかせ、上空への退避を試みる。

 殲武の攻撃速度を上回る絶影の回避速度により、初撃の回避には成功した。

 だがその動きは当然の如く読まれており、飛翔と同時に地上の殲武から放たれた縄鐔型ハーケンが、絶影の両脚に絡み付き、機体を宙に固定する。

 そして足止めを受けた絶影に対し、追撃を仕掛ける殲武──他の六機とは頭部と肩部の形状が異なっている事から考えて隊長機だと思われる──が襲いかかる。

 振り下ろされるMVSの刃を、絶影は右腕大型ブレード=伏龍を展開して受け止めた。

 甲高い金属音と共に火花が散る。

 

『ゼロは置いていって貰いましょうか、総司令』

 

 殲武から放たれる七星を束ねる男=楊匙清の声。

 

『っ、貴様達は自分が何をしているのか分かっているのか!?』

 

『ええ、もちろん。だからこそ我らにはゼロが必要なのです』

 

 楊匙清は星刻の問い掛けの意味を理解し、肯定した上でゼロの身柄を要求する。

 救世の英雄ゼロは現状の世界に対して最高のカードと成り得る。

 つまりその存在を手にすれば、多分の注目と共に、大なり小なり確実にこの世界に対しての影響力や発言力を保有する事ができる。できてしまう。

 現にゼロレクイエムから程なくして、南アフリカの独裁国家や中東のテロ組織が、ゼロの拉致及び洗脳を計画していたことは黒の騎士団も把握し、超合集国最高評議会による制裁決議も可決された過去がある。

 故に今回の朱禁城占拠事件において流浪の獅子もまた、戦争犯罪の裁きを理由にゼロをの身柄を手中に収めようとしたのだろう。

 ただ彼等が考えている以上に、その仮面が内包する真実が世界を揺るがすモノである事は知る由もなかった。

 

 絶影を襲う斬撃が激しさを増す。

 いくらスペック上では圧倒していたとしても、両脚を束縛され、左手掌上のゼロを守り庇いながらでは、その性能を活かすことは出来ず、防戦を余儀なくされてしまう。

 いや、それ以前の問題なのかも知れない。

 

「ゴホッゴホッ……くっ、こんな時に」

 

 星刻は忌々しげに呻くように呟き、咳と共に込み上げ、口角から伝い流れる鮮血を手の甲で拭う。

 今回彼に与えられていた任務は、あくまでも交渉に赴くゼロの護衛である。

 本来なら戦闘の許可は下りていない。

 それは彼の体調と同時に、冷静さを失うほど感情的になっていた精神状態を考慮した結果であり、作戦参加の上で最大の譲歩と言えた。

 

 また偵察班からの報告では流浪の獅子が保有する戦力の多くが──超合集国憲章の批准

に伴い各国正規軍からブラックマーケットへ流出したと思われる──旧世代兵器で構成さ

れていた。

 その為、例え不測の事態が起きたとしても、フレイヤと人質の存在を別にして考えれば、黒の騎士団との戦力差は歴然。

 それこそ流浪の獅子保有のKMFが、絶影をロックオンサイトに捉える事すら難しく、ゼロの退避・逃走は容易だったはず。

 

 しかし事態は想定外の展開を見せる。

 七星の離叛と流浪の獅子への合流によって、『敵』は最新鋭の高性能量産機=殲武を手にする事となった。

 数的優位を利用した連携戦術と、それを実行できる有能なパイロットが揃えば、第九世代KMFとも渡り合える可能性を秘めている。

 そしてそれを現実の物とする為に組織されたのが七星であった。

 

 体調の悪化によって星刻の視界が霞み、延いては絶影の動きを鈍らせる。

 その隙を楊匙清が見逃すはずがない。

 さらに地上から加わった二機の殲武と陣形を組み、ゼロの奪取を実現するために牙を剥く。

 

『これで終わりです、総司令。今日までありがとうございました』

 

 楊匙清は嘲笑うように告げる。

 必要なのはあくまで『ゼロ』という存在であり、黎星刻の生命に価値はない。

 いや、むしろ彼が持つ知略と武勇を知っているからこそ、後の障害となり得る存在は今ここで討つ必要があると考える。

 

『ふざけるなッ!!』

 

 星刻は絶影の左腕大型ブレード=臥龍を武装解除(パージ)し、それを右手で掴み、投擲武器の如く投げ放った。

 固定近接武装を投擲武器とする奇を衒う一撃を受け、絶影に迫る殲武の内一機が爆散する。

 残るは二機+地上で縄鐔を射出する四機。

 けれど絶影が次の行動に移るよりも早く、その機体は凶刃に貫かれる事だろう。

 最後の悪足掻きでしかないと、楊匙清は勝利を確信する。

 

 刹那、彼が騎乗する殲武のレーダー画面上で新たな機影が点滅した。

 故障かと考える間もなく、隣に居たはずの僚機の姿が消える。

 同時に絶影の脚部に絡み付いていた縄鐔が切断され、束縛を解かれて自由を取り戻す。

 

『…………』

 

 何が起きたのか、そう問う必要は無かった。

 既に答えは眼前に呈示されている。

 巨大で凶悪な爪が僚機の頭部を掴み、握り潰すと同時に紅き閃光が放たれた。

 その瞬間、僚機は異常な膨張を見せ、内側から爆ぜるように飛散した。

 風が爆煙を押し流し、その機体は現れる。

 巨大な爪を持つ異質の武装右腕部が特徴的な左右非対称の鋭角的なフォルム、その背にエナジーウイングを展開した紅いKMF。黒の騎士団の力の象徴たる紅き鬼神=紅蓮聖天八極式。

 

 その姿を目にして楊匙清は戦慄する。

 黒の騎士団に反旗を翻した時点で対峙する事になる相手であると理解はしていた。

 それでも現実のモノとなった時、戦意を揺るがすだけの重圧を受ける。相手はダモクレス攻防戦において、あの白き死神=ランスロット(・アルビオン)に勝利し、名実共に最強となったKMF。それは現在でも変わっていない。

 

『何がどうなっているのか分からないけど、ここからは私、第零特務隊隊長=紅月カレンが相手をするわ!』

 

 カレンは楊匙清に宣戦を布告した。

 絶影と戦闘状態にあった機体が七星専用機である事は理解しているが、何故そんな状況になっている事までは理解出来ない。

 ただ、味方である絶影に攻撃を仕掛けていた以上、理由は何であれ敵となったと考えて対処する。

 

『紅月……礼を言う』

 

 紅蓮のコクピット、サブディスプレイに絶影から通信回線が開かれ、星刻の姿が映し出された。

 

「お礼なら香凛さんに言ってあげて下さい。それより大丈夫ですか?」

 

『ああ、問題ない』

 

「そうですか……」

 

 星刻の言葉が嘘、虚勢であることは誰の目にも明らかだった。

 特に同じKMFパイロットであり、訓練だけでなく実戦でも相対したことのあるカレンだからこそ、彼が深刻な状態である事を悟る。

 本来の彼の能力なら、例え護衛対象者を抱えていたとしても、今回のような防戦一方にはならなかったはずだ。

 それほどまでに今の彼は精神的にも肉体的にも追い込まれているのだろう。

 だがカレンは敢えて追求するような事はしない。

 

「ここは私に任せて、総司令はゼロを迦楼羅までお願いします」

 

『いや、ゼロの事は君に頼む』

 

「その命令は聞けません」

 

『何を言っている? 私にはまだやるべき事がある。朱禁城にはまだ人質が、天子様が捕らえられたまま────』

 

「だからこそよ」

 

 感情的になる星刻をカレンは制止するようにハッキリと告げる。

 

「今の貴方では足手まといなの」

 

『っ!?』

 

「貴方をフォローする余裕はない。分かりますよね?」

 

 速やかにフレイヤ弾頭の確保、また人質の救出を行う必要に迫れている現状では無駄な人員を割くことは出来ない。また小さなミスが取り返しのつかない事態を生む可能性もある。

 それは星刻も理解しているはずだ。

 

『援護など必要ない。例えこの場で果てようとも、天子様がご無事ならそれで十分だ!』

 

「それで彼女が喜ぶとでも本気で思っているんですか!? 

 もし思ってるって言ったら、無理矢理にでも連れて帰って医務室のベッドに縛り付けますよ? それが嫌なら一度迦楼羅に戻って応急措置ぐらい受けて下さい。上部甲板に医療班を待機させていますから」

 

『…………分かった』

 

 カレンの言葉に星刻は幾分か冷静さを取り戻し、置かれている現状を再認識する。

 彼女の言葉は何も間違っていない。

 

『すぐに戻る。すまないがそれまでこの場は君に預けた』

 

「はい、了解しました」

 

 後方へと下がる絶影をレーダー画面で確認して、カレンは大きく息を吐くと、気持ちを切り替えてメインディスプレイに映る敵を見据える。

 

『さあ、始めましょうか?』

 

 相手は地上から合流した殲武を併せて六機。

 ここで彼等七星を討てば、この戦いは大きく黒の騎士団へと傾くことは容易に想像がついた。

 そうなれば朱禁城の制圧も時間の問題だ。

 

『ええ、ですが勝つのは私たちです』

 

 その言葉は虚勢を伴う自己暗示でもあった。

 しかし現状、既に退路はなく、例え相手が紅蓮聖天八極式でも勝つしかない。

 そしてゼロを手中に収め、勝者として新たな『正義』を体現する。

 心配する事はない。

 こちらには強力な協力者が居るのだから。

 そう、恐れる事はない。

 

『七星が第一星=楊匙清、参ります!』

 

 楊匙清は名乗りを上げ、フットペダルを踏み込んだ。

 

 直後、赤きKMFは朱禁城の上空で激突し、黒の騎士団と流浪の獅子の戦いが本格的に始まる。

 

 

 

 

 

 戦闘開始から程なくして大勢は決した。

 流浪の獅子の敗北。

 新たに七星が加わったとしても、残る戦力は旧世代兵器。

 カレン率いる黒の騎士団精鋭部隊=第零特務隊の前では、例え地の利を活かした所で、その程度のアドバンテージは無に等しく、戦力差を覆すことは不可能。

 そもそも唯一の対抗策であったフレイヤの起爆コードを知り、なおかつ人質を利用した交渉計画を取り仕切っていた劉緋燕を失った流浪の獅子に、散発的な抵抗を伴う敗走以外の道は残されていなかった。

 

 宙を舞う輻射推進型自在可動有線式右腕部が、再び紅蓮聖天八極式にドッキングした直後、その背後で五機目の殲武が爆散した。

 これで残るは楊匙清が駆る隊長機のみ。

 

「っ、……化物ですか」

 

 まさに鬼神の如き圧倒的な戦闘能力を見せる付ける紅蓮聖天八極式に楊匙清は呻く。

 当然離叛の画策と同時に、紅蓮聖天八極式の対策も練り上げたはずだった。

 出来る限りの資料を掻き集め、スペックや戦闘記録を解析し、幾度となくシミュレーションを繰り返して今日を迎えた。

 しかし現実に対峙した相手は、こちらの策の全てを悉く打ち破り、黒の騎士団中華支部最精鋭部隊という自負を意図も容易く打ち砕く。

 

『これで終わり?』

 

 カレンの軽蔑の念を含んだ問い掛けに、楊匙清は歯がみする。

 

 どうして自分がこうも容易く追い詰められているのか?

 

 予測よりも早い紅蓮聖天八極式の出現、認識の甘さ、KMFの性能差……。要因は幾つか思い浮かぶ。

 その全てが要因であると言われても仕方のない結果だ。

 だが最大の要因は明確。

 

「まさかあの女、裏切ったのか……?」

 

 いや、最初から騙されていたのかも知れない。

 今回の離叛劇の鍵を握っていたのは一人の女。

 離叛と同時に協力者である彼女がフレイヤ弾を確保する手筈であり、また彼女が保有する戦力の支援を受ける予定だった。

けれど現状、未だフレイヤ弾の起爆コードや起爆スイッチは疎か、その所在さえ教えられてはいない。

 

 どうしてあんな得体が知れない女を信用してしまったのか?

 

 自分でも分からない。

 何故かあの瞬間=彼女の言葉を聞いた瞬間に──何か大きな力に突き動かされたとでも言えば良いのか──我を失い、あてもない夢想が思考を支配した。

 いや、それは言い訳に過ぎないのだろう。

 そんな都合の良い事はあり得ない。あてもない夢想=欲望に取り憑かれた自分を弁護しているだけだ。

 ただ、疑問は募る。

 

 あの女の目的は何だ?

 何の為に自分達に近付き、何を得るというのか?

 

 残念ながらその疑問の答えを有してはいない。

 思考を現実へと戻す。

 散っていた仲間。

 自分に死を齎すであろう紅蓮聖天八極式。

 それが逃れることの出来ない現実。

 

「本当にどうしてこんな事になったのだろう……」

 

 もう引き返すことは出来ない。ここで投降したところで、反逆者として処刑されるだけ。それでは先に逝った仲間達に申し訳が立たない。

 後悔と絶望。

 

『まだだ、まだ終わらせません!!』

 

 楊匙清は絶望を振り払うかのように叫び、専用トリガーを引いた。

 刹那、彼が騎乗する殲武の胸部装甲が展開し、天愕覇王荷電粒子砲の砲身が露わになり、その内部に光が灯る。

 

『この、まだやるつもり!? だったら、あんたも吹き飛びな!』

 

 その言葉と共に翳される紅蓮聖天八極式の輻射波動機構。

 

 放たれる二つの光、天愕覇王荷電粒子砲と輻射波動弾。

 二つの光が宙でぶつかり合い、極光が弾けた。

 拮抗し互角と思われた破壊力だが、殲武の天愕覇王荷電粒子砲は次第に紅蓮聖天八極式の輻射波動弾に押され始める。

 

 殲武最大の攻撃性能を誇る天愕覇王荷電粒子砲。

 だが神虎また絶影に搭載されている天愕覇王荷電粒子重砲とは異なり、エネルギー効率や反動の軽減を重視した再設計が成されていた。短いインターバルでの連射を可能とし、汎用性は極めて高い。単騎突破、一騎当千を掲げるオリジナルと、最初から集団戦闘を想定して製造された量産機。当然の仕様変更だろう。ただ、その代わり最大出力は低下している。

 結果、紅蓮聖天八極式の輻射波動弾に対抗するには、残念ながら出力不足だった。

 

 ついには楊匙清が駆る殲武が輻射波動弾に呑み込まれる。

 

「ふふっ…あはははは……」

 

 ……嗚呼、終わった。

 

 火花を散らすディスプレイを埋め尽くした警告メッセージを前に、楊匙清は死を悟る。

 そして最後の殲武が爆散する。

 その瞬間、黒の騎士団中華支部が誇った精鋭部隊七星は、紅蓮聖天八極式の前に壊滅し、反逆者として歴史に名を刻む事となった。

 

 



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第21幕 【浄化 の 光】

 

 

 

 最後の殲武の消滅を確認した後、カレンは手の甲で額の汗を拭う。

 流浪の獅子は最大戦力となった七星を失った。これで黒の騎士団の勝利は揺るがない。

 流浪の獅子の抵抗は続いているが、焦点は人質の救出とフレイヤ弾頭の確保へと移る。

 だがそれらの問題も間もなく解決するだろう。

 

『敵KMF撃破率78%を突破、これより残存勢力の掃討へ移行』

 

『東館を制圧。拘束中の人質数名を発見。しかし天子様の姿を確認することは出来ず』

 

『地下ブロックへの進入路を確保。これより捜索を開始する』

 

 上がってくる報告に耳を傾けながら、カレンはそう考える。

 後は未だ安否不明の天子=蒋麗華の無事を祈るばかりだった。

 

 機体のコンディションをチェックする。

 損傷は軽微だったが、やはり戦闘でエナジーを消費している。最強のKMFと称される紅蓮聖天八極式だが、その圧倒的な戦闘能力に比例するようにエナジーの消費は激しい。

 いくら優れた機体性能を有していても、エナジーウイングを常に展開した空中戦で、輻射波動や輻射障壁を多用すれば当然のこと。

 捜索に加わる前に一度迦楼羅に戻り、エナジーフィラーを交換した方が賢明だ。

 

 そう、まだ全てが終わったわけではないだろう。

 劉緋燕暗殺に絡む第三者の影。

 不可解な七星の離叛。

 その事実が存在する以上、更なる予期せぬ事態が続いても何らおかしくない状況であり、寧ろ何も起こらないと考える方が難しい。ならば最低限いつ次の戦闘が始まっても、即座に対応できるようにしておかなければ────

 

「え、何?」

 

 瞬刻、突如として太陽光が遮られたかのように影が落ち、周囲が暗くなる。

 カレンは頭上に何か善からぬモノが出現したことを本能的に理解した。

 彼女が抱いた杞憂は、最悪の形で現実のモノとなる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 洛陽上空、黒の騎士団旗艦=迦楼羅。

 そのブリッジからはハッキリと全体像を見ることが出来た。

 

 突然の事だった。何の前触れもなく空の一部が歪み、割れていく。

 雪のように舞う光の粒子の中、朱禁城の上空に姿を現した巨大な建造物。

 それは全高3キロを超える、チェスの駒にも似た黒き天空城。黒の騎士団を襲撃したゼロ=ルルーシュが率いる漆黒の騎士の軍事拠点であるダモクレス級浮遊要塞ソロモン。

 つまりは衛星軌道から地上のあらゆる場所にフレイヤを打ち込むことを目的とした超戦略兵器と同等の兵器。

 その外観はシュナイゼル指揮の下に開発された天空要塞ダモクレスに酷似していたが、明らかに異なる部分も存在する。当然漆黒の騎士の名に合わせ、黒色のカラーリングへ。また、丸みのあったフロートユニットは鋭角的な物に変更されている。そして最も異なる点は、オリジナルダモクレスには見られなかった巨大なリング状のパーツの存在だろう。

 

 大勢が決した現状で介入行動を取った漆黒の騎士。漁夫の利を狙っていたとしても、その介入タイミングは遅きに失したと言っても過言ではない。

 収束しつつある戦火を再び広げようとするなら、多くの民衆から批判を受け、反感を買う。ここで事を荒げて得られる物はない。

 誰もがそう思った。

 

 困惑の中でソロモン、そしてルルーシュは何ら語ることなく次の行動に移る。

 ソロモンの周囲に張り巡らされていた電磁シールド=ブレイズ・ルミナスが、まるで蕾が花開くように上部から展開していく。同時にリング状のパーツがゆっくりと回転を始めた。

 

「っ、まさか!?」

 

その光景をただ一人──絶影の実動データの解析を行っていた──ラクシャータだけが正確に理解し、焦りを覚えた。

 

「部隊を下がらせなさい、早く!」

 

 手にしていた愛用のキセルが床に落ちたことを気にも留めず、立ち上がったラクシャータが叫ぶ。

 

「どういう事だ? まさか────」

 

 星刻が駆る絶影によって迦楼羅に送り届けられ、周香凛に代わり指揮を執っていたスザクが問う。と同時、彼の脳裏に最悪の事態が過ぎる。

 フラッシュバックする4年前のトウキョウ租界、帝都ペンドラゴン、ダモクレス戦役。そしてつい最近消された紛争地帯。

 

「フレイヤを!?」

 

 ダモクレスの象徴。ダモクレスを超戦略兵器たらしめるフレイヤ射出機構の存在、また敵浮遊要塞の出現位置を考えれば、自ずと導き出された当然の思考結果。

 例え流浪の獅子に対する断罪であったとしても、人質が捕らわれ、救出作戦が行われている超合集国主要大国の首都に救世の英雄がフレイヤ攻撃を敢行する。

 

 あり得ない。

 

 そもそも浮遊要塞ソロモンの現在の高度でフレイヤを地上に向けて撃てば、自身も発生したセスルームニル球体に呑まれてしまう。その対策としてブレイズ・ルミナスを地上に向けて展開したとしても防ぎきることは不可能だ。

 

 自滅など更にあり得ない。

 

「説明はあと、早く言うとおりにおし!」

 

「っ、展開中の全部隊に告げる! 最優先命令だ、即座に作戦領域外まで後退しろ! 迦楼羅も最大戦速で後退、衝撃に備えろ!」

 

 ラクシャータの声に思考を脱したスザクが直ぐさま命令を下し、それに操艦オペレーターが了承の意を返す。

 

「……間に合ってくれ」

 

 自分が下した命令が、人質を含む多くの人々の生命を見捨てるものである事は、スザクも理解している。それでも今ここで第零特務隊を、紅蓮聖天八極式とそのパイロットであるカレンを失うワケにはいかない。仮に失った状況で漆黒の騎士の襲撃を受けるような事になれば、自ら出撃したとしても黒の騎士団は本拠地に継いで旗艦までも失うことになるだろう。

 世界は黒の騎士団の敗北を知り、漆黒の騎士の力の前にひれ伏すことになる。その後、否応なく粛清を受け容れさせられる。

 もし彼が自分の知るルルーシュなら、例えどんな抵抗を受けたとしても、あらゆる手段を駆使し、ねじ伏せ、踏みしだき、人類の浄化を成し遂げる。

 

 いや、果たして本当にそうなのか?

 七星の離叛がギアスによって引き起こされた物だとしたら?

 無意味な混乱の拡大。

 それをルルーシュが引き起こし、利用しようとしたとするなら、介入タイミングの遅れはあり得ないことだ。

 だとするなら第三者、新たなギアス能力者の影がちらつく。もしそれが仮定ではなく現実なら、その人物は劉緋燕に対する狙撃にも深く関わっていると思われる。

 二人のゼロによる争乱。

 

 黒の騎士団と漆黒の騎士の対立の陰で、暗躍する何者かが存在してるのか?

 一体誰が、何の為に?

 

 新たな疑念、混迷する事態はスザクの言い知れぬ不安を増大させる。

 ただ今は目の前の事態収拾に尽力しなければ────

 次の瞬間、発生した眩い光が迦楼羅のブリッジを包んだ。

 

 

 

 

 

 迦楼羅=上部甲板。

 簡易ベッドに横になった星刻は、待機していた医療班から点滴による投薬治療を受けていた。もちろん応急処置程度に過ぎないが、一時的に症状を緩和させる事は可能だった。

 この事件が解決し、人質=蒋麗華の無事を確認出来れば、それまで保てば十分だと星刻は考える。

 戦況報告を聞く限り、朱禁城の制圧は時間の問題だ。やはり紅蓮聖天八極式を含む黒の騎士団精鋭部隊=第零特務隊と、中華支部精鋭部隊=七星では格が違う。

 

 だがしかし、星刻の予想は大きく裏切られる。

 突如として朱禁城上空に出現したダモクレス級浮遊要塞。

 下される全部隊への撤退命令と、後退を始めた迦楼羅。

 それらの事実から起こるべく未来を想像できない者など、この艦には居ないだろう。

 甲板上の整備士や補給部隊、星刻に付き添う医療班。先程までの楽観的な考えは吹き飛び、全ての人間が慌ただしく動き出す。誰の脳裏にもダモクレス戦役で繰り広げられた光景──フレイヤによって蹂躙される死と不条理に満ちた戦場──は焼き付いている。一瞬にして意図も容易く奪われていく幾千幾万の生命を忘れられるほど、時は経っていないのだから。

 

「くっ!?」

 

 星刻は休息を求める身体に鞭を打ち、無理矢理ベッドから起き上がると、乱暴に点滴の針を抜き捨てる。

 

「お待ち下さい、総司令!」

 

 看護師が制止するが、星刻は聞く耳を持たない。

 待てるわけがなかった。

 ゼロ=スザクが下した命令は、つまり朱禁城とその周囲の住人、そして朱禁城に捕らわれた人質=蒋麗華の生命を見捨てるという事だ。

 裏切りだとは思わない。

 間違った判断だとも思わない。

 被害を最小限に留め、次の戦いに備えることは戦場を知る指揮官として当然の判断だ。

 立場が同じなら、自分も同様の命令を下していたはずだ。

 だけど決して傍観者にはなれない。

 悪化した体調と投薬の影響が相俟って、上手く身体に力が入らなかったが、星刻は絶影へと向けて歩みを進める。

 

「鎮静剤だ、早く!」

 

 医師が伸ばした手を星刻は乱暴に振り払う。

 

「邪魔をするな!!」

 

 殺気と共に吐き出された怒声と、鬼気迫る形相に医師はそれ以上動けなくなった。

 幾多の修羅場を乗り越えた戦士であり、自らの命さえ懸けた星刻を並大抵の覚悟で止める事は到底不可能だ。

 絶影へと乗り込んだ星刻は、すぐさまエナジーウイングを展開させた。予備パーツの搬出に手間取り、左腕大型ブレード=臥龍の換装は終わっていないが、エナジーフィラーの交換を含む補給作業は一応完了している。

 エナジーウイングの羽ばたきと共に最加速した絶影は、作戦領域外へ退避する友軍の流れに逆らい朱禁城を目指す。

 

『何をしている、黎星刻!? 私は退避を命じ────』

 

 星刻の単独行動に気付いたスザクが絶影に対し、即座に通信を入れるが、それに星刻は応えることなく一方的に遮断した。

 

「待っていて下さい。今、私が……」

 

 なんとしても蒋麗華を救い出す。

 変わらぬ想い。

 

 けれど彼の願いは叶わない。

 残酷に、無慈悲に時は刻む。

 そう、時間が圧倒的に足りなかった。間に合わなかった。時既に遅かった。

 

 星刻が朱禁城に辿り着くよりも先に、星刻が蒋麗華を救い出すよりも早く、ダモクレス級浮遊要塞ソロモンはその身に溜め込んだ破壊の力を解放する。

 ただ最下部から放たれたそれはフレイヤ弾頭ではなかった。稲妻の如き眩い光の柱が朱禁城もろとも大地を深々と貫いていく。

 その瞬間、星刻は瞳を大きく見開き、絶叫した。

 

「リーファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 絶望と慟哭に満ちた悲痛な叫びの先、彼が忠誠を誓う唯一の主が捕らわれているはずの朱禁城は、完全に光に呑み込まれていた。その光の中で、まるで灼熱に氷が溶かされるように、吹き荒れる風に蹂躙される砂城のように、朱禁城は形を失っていく。

 

 もう、手遅れだ。

 分かっている。

 

 あの状況では生存者は居ない。

 分かっている!

 

 それでも星刻は感情のままに絶影を前に進め、燃え盛る炎に誘われ、その身を焦がす羽虫のように、自ら閃光の中へ飛び込んでいこうとする。

 直後、絶影を襲う衝撃。

 星刻は視界に──メインディスプレイに映し出された──紅蓮聖天八極式の姿を捉えて憤慨した。

 

「退け、紅月!!」

 

『何を言ってるんですか、出来るわけないでしょ!?』

 

「君こそ何を言っている!? あそこにはまだ天子様が、麗華がいらっしゃるのだぞ!!」

 

星刻は叫び、行く手を塞ぐ紅蓮聖天八極式を押し退けようとするが、それにカレンは頑として抵抗する。

 

『っ……』

 

 カレンにも星刻の気持ちは痛いほど理解出来た。

 現実を認められない。いや、認めたくないのだ。

 大切な人の死を……。

 だが、彼はまだ生きている。

 

『聞いて下さい。天子様は、蒋麗華は死んだんです。だけど貴方は生きて下さい、彼女の為にも!!』

 

 カレンは星刻に現実を言葉にして突き付ける。

 これ以上、大切な仲間を失わない為に。

 

「…………」

 

 己が理解していても認めたくはない事実を改めて第三者に突き付けられ、その言葉が否応なく現実を肯定する。

 

 守るべき主の死。

 愛すべき者の死。

 蒋麗華の死。

 

 目の前が真っ暗になり、全身から力が抜けた。操縦桿を握ることすら出来ないほど完全に。

 動きを止めた絶影を抱え、カレンは紅蓮を迦楼羅へと向ける。

 その背後で膨大な光の放出が終わり、次第に光は霧散するように消えていく。

 朱禁城が存在していたその場所に残されていたのは、クレーター状の巨大な大穴。圧倒的な力が齎した破壊の爪痕。結果として被害こそ局地だが、それはフレイヤの爆心地と同じ光景と言えるだろう。

 誰もが惨状に言葉を失っていた。

 

 そんな中、唯一響いたその声は世界中へと送られる。

 

「この世界に住まう全ての者に告げる!」

 

 全世界に放たれる三度目のゼロの声明。

 回を重ねる毎に、その言葉は世界により大きな衝撃と混沌を齎す事となる。

 

 



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第22幕 【国家解体宣言】

 

 

 

「この世界に住まう全ての者に告げる!」

 

 一度目の声明は黒の騎士団からの離叛と黒の騎士団に対する糾弾、それに伴う拠点=蓬萊島への攻撃を以て漆黒の騎士を鮮烈にデビューさせた。

 以降漆黒の騎士は世界のあらゆる強者、不当な力を行使した者に対して容赦ない断罪を下していく。

 

 二度目の声明は漆黒の騎士率いるゼロに対する、黒の騎士団率いるゼロの宣戦布告だった。偽物と、人殺しと批難し、対決姿勢を露わにする。

 二人の救世の英雄による新たな騒乱の幕開けを誰もが連想し、現に世界は混迷の色を強くした。

 

 そして三度目の声明。

 彼の語る言葉再び世界を揺るがすであろう事は容易に推測できた。

 ならばその内容は何なのか?

 世界は固唾を呑んでその言葉に耳を傾ける。

 

「合衆国中華首脳部は合衆国日本を拠点とする皇コンツェルンと結託し、自らも賛成票を投じた超合集国最高評議会の決議によって、保有・製造・研究を禁止されたフレイヤ弾頭の開発に着手していた!

 故に愚かで罪深き合衆国中華首脳部に、たった今天誅を下した!!」

 

 放たれたのは戦略型荷電粒子放射兵器=レメゲトン。

 フレイヤの生みの親であるニーナ・アインシュタインが、その基本理論を発見し構築させるよりも以前。ダモクレス初期計画において、フレイヤ射出機構に代わり搭載を想定されていたのは重力兵器や質量兵器、高出力ビーム兵器といった超兵器であった。

 しかし実際問題として、その開発は遅々として進まず、最も完成に近かったビーム兵器ですら出力が不安定であり、放射熱によって自壊する恐れすらあった。

 その為、少なからず焦りを抱いたシュナイゼルは、ニーナ・アインシュタインと彼女が製造した次世代爆弾の存在を知り、自身が直轄する研究機関インヴォーグに彼女を招き、その研究に惜しみない援助を施すことになる。

 

 それから4年、未完成だったビーム兵器は、花形に展開された特殊ブレイズ・ルミナスに集光及び放熱機能を持たせることにより欠点を克服。ダモクレス級浮遊要塞ソロモンに搭載され、悪魔を使役する魔導書の名に相応しい威力をまざまざと見せ付けた。

 

「今回の私の断罪を行き過ぎた行為だと非難する者も少なからず居るだろう。合衆国中華が現状の世界情勢にどれ程の影響力を持ち、その消失がどれ程の悪影響を与えるのか、それは私も十分に理解している。

 だが残念ながらこの世界が抱える問題は、我々の想像を遙かに超えて深刻だ。今この世界は再び一部の権力者=強者の欲と悪意に満たされ、覇と武を競い、悲劇に溢れた前時代へ逆戻りしようとしている!」

 

 明確な自信と共に語られるゼロの言葉。

 だがその言葉を素直に受け容れることは出来ない。

 それどころか自らの耳を疑ったはずだ。

 合衆国中華と世界的企業団皇コンツェルンの裏切り?

 フレイヤの開発?

 前時代への逆行?

 

 合衆国中華の国家元首=蒋麗華と、皇コンツェルンの代表=皇神楽耶が親しい間柄であることは周知の事実である。合衆国中華の再建に関しても皇コンツェルンが協力したことも事実。

 しかしそれがフレイヤ開発に直結する考えには至らない。

 何ら証拠が示されなければ支離滅裂の妄言でしかなく、例え救世の英雄だとしても、誰もその言葉を信用しない。

 それどころか今の彼は、罪のない人質が捕らわれていた朱禁城を、大量破壊兵器によって問答無用で消し飛ばした虐殺者である。

 だからこそゼロは言葉を続けた。

 

「ここで一つ、超合集国が隠蔽した事実を教えよう。

 朱禁城を占領した流浪の獅子。如何に彼等がその制圧に成功し、何故破滅しか残されていない籠城策を選び、それでもなお強硬な態度を取るをことが出来たのか?」

 

 流浪の獅子を名乗るテロリストによる今回の朱禁城占拠事件。その鮮やかすぎる制圧には疑問の声も多く、何か裏があるのではと囁かれていた。

 伝えられている流浪の獅子の戦力は旧世代KMFと通常火器。首都防衛の為に派遣されている黒の騎士団の部隊が最新鋭の装備を保持している事を考えれば、戦力差は火を見るよりも明らかであり、容易く撃退できたはず。しかし周辺住民の話によれば戦闘の痕跡は皆無に近かったと言われている。

 戦闘に発展する間もなく朱禁城が制圧され、国家元首である蒋麗華を始めとする文官を人質に取られた可能性もあるだろう。

 だがもし人質以外に攻撃を躊躇うだけの理由があったとしたら……。

 

「彼等を率いていた劉緋燕は頭の切れる優秀な男だと聞いている。中華連邦平定戦を生き逃れ、牙を研ぎ続けていた男が果たして何の確証もなく事を起こすだろうか?」

 

 彼を知る者は首を横に振ったことだろう。

 あの狡猾で野心溢れる男が自滅を選ぶはずがないと。

 

「答えは簡単だ。彼等がフレイヤ弾頭を保持し、洛陽に住む全住人を人質としていたからに他ならない!」

 

 ゼロは超合集国の指示により隠蔽されていたフレイヤの存在を世界に明かす。

 最悪の大量破壊兵器と畏れられたフレイヤ弾頭を、国家転覆を狙うテロリストが保持していた事実を。

 

「だが一介のテロリストでしかない流浪の獅子が、どうやってフレイヤを手に入れたというのか?」

 

 フレイヤの研究開発には国家プロジェクト並みの莫大な資金と、最新鋭の高性能設備を必要とする。フレイヤを製造した研究機関インヴォーグも、超大国ブリタニアの皇子であり宰相を務めるシュナイゼルという出資者の存在があったからこそ、実用化させることに成功したと言っても過言ではない。

 逃亡と潜伏を繰り返していた流浪の獅子が、その資金と設備を用意できたとは到底考えられない。

 ならば彼等は世界が保有・製造・研究を禁止したフレイヤ弾頭を、一体どこから手に入れたというのか?

 その答えこそ、ゼロが最初の言葉に帰結している。

 

「そして何故、超合集国は情報統制を行い、フレイヤの存在を隠蔽したのか?」

 

 もちろんパニックの発生を阻止し、更なる混乱を生み出さないためのやむを得ない処置であったのは確か。

 それでも知らず知らずの内に生命の危機に晒されていた洛陽の住人が納得するはずがない。フレイヤに対する恐怖は、やがて怒りに塗り替えられる。

 思考誘導の結果、この時点で少なくとも洛陽に住まう者の心の片隅には、フレイヤ弾頭の存在を隠蔽した国家政府ではなく、その脅威を取り除いてくれた英雄の言葉を信じようとする思いが生まれていた。後は証拠を提示するだけ、それで民意は大きく動く。

 

「その全ては世界を支配する国家、また国家に巣くう悪が、己が立場を守るために他ならない。

 フレイヤ製造の事実。その果てにテロリストに奪われ、国家を揺るがし、民を危険に晒した事実を歪め、都合の良い事実のみを真実として公表する。

 それは自国の民、そして全世界に対する明らかな裏切り行為である! 

 この裏切りを、この暴挙を許せるだろか? 否、断じて否! 許せるはずがない、許して良いはずもない!

 我らには知る権利がある! 故に私が入手した全ての情報を証拠として、今ここに包み隠すことなく公表しよう。これが世界の真実だ!」

 

 刹那、情報ネットワークの海に放出された膨大な量の情報は、やがて世界各国のマスコミ、様々な情報媒体を通して、この世界に住まう全ての人間が目にする事になる。

 それはゼロの言う真実、秘密裏に開発されるフレイヤに関する全ての情報。

 開発を行っている施設の所在は当然として、資金の流れ、物資の流れ、人の流れといった痕跡。

 フレイヤの製造だけでなく、各種物資の運送、調達、保管に至るまで、携わった全ての人間のリストに詳細なプロフィール。そして罪状=関わりが、日時に至るまで明確に記されていた。

 そのリストには超合集国にも名を列ねる国家の要人や高官、世界的企業の代表者など、表舞台で活躍する権力者達の名前も含まれている。

 もちろんその他大勢の中には、自覚の無いまま単に仕事として関わった者も当然含まれている事だろう。

 しかし容赦なく、そして平等に彼等の名前も公開される。

 

 また流浪の獅子が起こした今回の事件に関して、彼等がどこからフレイヤ弾頭及び各種兵器を入手したのか。その入手先や入手経路も追記されていた。

 誰も逃れられない程に詳細で、疑いようのない確たる証拠を世界に突き付け、ゼロ──いやルルーシュは仮面の下で笑う。

 

「刮目せよ、この世界に害為す強者達よ!

 やがて訪れる断罪の刻に脅えるが良い!」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 合衆国日本、静岡・山梨両県の境に聳える霊峰富士。古くより日本の象徴であったその山は、極東事変後、戦勝国である神聖ブリタニア帝国の政策によって稀少鉱物=サクラダイト採掘及び加工プラントへと姿を変える。

 そしてダモクレス戦役において、悪逆皇帝ルルーシュの策略によって人為的に噴火を誘発され、黒の騎士団へ対する攻撃に利用された。

 結果、日本人に親しまれ、また尊まれてきた霊峰は、見る影もない無残な姿を晒す事となる。

 

 ダモクレス戦役から4年が経過した現在でも、小規模な噴火活動が断続的に続き、民間人の入山は固く規制され、特に旧富士鉱山部分は完全に封鎖されていた。再び潤沢なサクラダイトを掘り出せるのは、早くても数万年先のことだろう。

 富士鉱山の管理・運営はブラックリベリオン後に桐原産業からブリタニア政府に移り、ゼロレクイエムを経て合衆国日本政府へ返還され、更にその後、皇コンツェルン子会社=皇産業に業務委託された。

 皇産業は旧桐原産業に代わり、サクラダイトの採掘や輸出に大きな影響力を持ち、富士鉱山に代わるサクラダイト産出鉱山として桜島鉱山や阿蘇鉱山、有珠鉱山などの事業拡大に力を入れている。また一方で富士鉱山の再開発を計画していたが、火山活動の継続を理由に──表向き──計画の中止が発表された。

 

 そう、既に再開発は完了している。

 だがそれは鉱山プラントとしてではない。

 固く立ち入りを禁止した封鎖領域最奥に存在する地下研究施設。最新の研究設備を持つその施設は、地熱を利用した発電システムと地下水を利用した循環システムを有し、また少数ながら残るサクラダイトの採掘施設を併設することにより、外部からのエネルギー供給に頼ることなく半永久的に稼働を続ける事が可能だった。

 施設の存在意義はフレイヤを始めとする次世代大量破壊兵器、トロモ機関やインヴォーグから流出した技術の研究・開発。平和と発展の為の次世代技術研究機関=バベルとは、180度逆の方向へ突き進んでいる。

 

 主任研究者の男は元トロモ機関の出身者であり、あの天空要塞ダモクレスの建造にも携わる。本来ならばダモクレスの完成に前後して、口封じのために殺されていたはずの人間だった。

 現にルルーシュがトロモ機関の制圧を行った際、主要施設は破壊され、研究者や技術者の多くが死亡。あるいは行方不明となっており、その後の足取りを掴めた者はいなかった。

 男も後者の内の一人だが、奇跡的に暗殺から逃れる事に成功する。しかし表だった行動を取れるはずもなく、文字通り地下に隠れるしかなかった。ただ彼自身、その境遇を不幸と思っているかと問われれば、否と答えただろう。彼もまた狂い壊れた側の人間であり、自身が求める研究を続けられれば満足だった。

 

 だが果たしてそれは本当に奇跡と呼べる偶然だったのだろうか?

 起きないからこそ奇跡である一方、起こるのではなく起こすことが可能であるのもまた事実。

 だとするなら誰が何のために?

 いや、既に問うまでもないのかも知れない。

 最も単純な答えは、今まさにこの瞬間そのものと言える。

 

 その研究施設に勤める研究者達は現在、仕事の手を止め、青い顔でモニターを食い入るように見つめていた。

 場を支配する重圧は恐怖。

 ゼロが語る言葉、示した詳細なデータは彼等に死を宣告するも同じだった。

 

「まさか……どうやって……?」

 

 何故、この場所がバレたのか?

 内部に裏切り者が居る?

 

 広がる動揺に対し、主任研究員が自らを鼓舞するように声を荒げる。

 

「そんな事はどうだっていい! メインシャフトから順次閉鎖! すぐに撤収の準備を始めろ。持ち出せない機材は破壊、データも全て消去だ!」

 

 第六感とでも言うのか、本能が叫んでいた。

 残された時間が僅かだと。

 

『は、はい!』

 

 上司の命令に従い、作業を開始する研究者達。

 ただそれは残念ながら無意味な行為だ。

 ゼロが欲しているのは研究成果でも、ましてや流出技術でもない。それこそ、そんな物は彼等より先に手にしている。それは保有するエナジーウイング搭載の新型KMFや、大量破壊兵器を搭載したダモクレス級浮遊要塞を見れば理解できるだろう。

 そう、ゼロが本当に欲している物。

 

 それは──自らの『正義』を体現する為の──生贄だった。

 

 直後、大きな揺れが施設全体を襲う。

 天井が崩れ落ちた。

 同時に施設内に広がる土砂と粉塵を伴い、黒い機械の騎士達は出現する。

 

「ひっ」

 

 研究者達の顔が恐怖に歪む。

 そして彼等が想像した最悪の結末は現実のモノとなった。

 掃射された機銃が研究者達を薙ぎ払い、放たれたロケット砲が機材の塊を粉砕する。

 本来そこは地下深くに存在する堅牢な砦として、彼等の身の安全を守ってくれるはずだった。けれど今、堅牢な砦は強固な檻と化し、彼等から逃げ場を奪う。

 だから彼等は強者の蹂躙に対して、ただ絶望の叫びを上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 同時刻、合衆国日本首都東京。

 中央行政区画にも程近い高度経済区画に聳える高層ビル群。その中でも一際存在を誇示するビルがある。それこそが世界経済に広く名を知らしめ、事実上日本の経済を支配する複合企業(コングロマリット)=皇コンツェルンの本社ビルだった。

 その高層階に存在する重役専用フロアの会議室では、皇コンツェルンの中核企業──皇産業、皇商事、皇重工、皇電機、皇マテリアル、皇銀行など──の代表が一堂に会し、蓬莱島襲撃の際に負傷した会長=皇神楽耶に代わり、現状の社会情勢における今後の経営方針についての話し合いが行われていた。

 

 議題の合間に一人の男が問い掛ける。

 

「小娘の容体に変化はないか?」

 

 小娘。つまりは神楽耶のことだと、その場の全員が理解している。

 

「そのような報告は受けておりません。依然生命に別状はないかと」

 

 部屋の隅に待機する秘書の一人が淡々とした口調で応えた。

 

「ふん、あの場で死んでくれていれば良かったものを」

 

 男は忌々しげに吐き捨てる。

 

「もう、言葉が過ぎますよ」

 

 別の女が指摘するが、その声に批難の意は込められていない。

また、その言葉に数人が失笑する。

 

 中核企業の多くは、かつてキョウト六家と呼ばれていた財閥──桐原家、宗像家、公方院家、刑部家、それぞれが保有していた企業で構成されている。

 その為、進んで黒の騎士団に肩入れしていながらも、ブラックリベリオン敗戦後、一人だけ処刑を免れた神楽耶を快く思わぬ者も多い。故に彼女に対する忠誠心は欠片もなく、その実、企業の実権の大部分は既に彼等に掌握されている。

 

 ただ、朱禁城消滅の映像に継ぐゼロによる3度目の声明と同時に、彼等は軽口を噤むどころではなく、言葉そのものを失った。

 ゼロの言葉を聞き、示したデータの内容を目にして愕然とする。

 極秘裏に進められていた計画の全てが白日の下に晒され、有無を言わせぬ確たる証拠と共に突き付けられる。

そしてそこには、当然のように彼等の名も記されていた。

 

「……馬鹿な」

 

 ようやく言葉になったその一言が、今の彼等の心情の全てだった。

 予期せぬ事態に混乱した思考は上手く働かない。

 

 断罪という死から逃れたい。

 その為にはどうすればいい? 何をしたらいい? 嫌だ、死にたくない。隠蔽する事は可能か? 対策は? マニュアルはどうなっている? 協力国との密約は? 取締役会を緊急招集する方が先か? 施設の破棄は始まっているのか? いや、そんな事はもうどうだって良い。会社のことなど知ったことか。逃げよう。どこへ? 分からない。だが逃げなければ。ゼロから、民衆から、世界から、死から。

 

 彼等は一斉に椅子から立ち上がる。

 もはや彼等に余裕はなく、冷静な判断は下せない。

 思考を支配するのは保身のことのみ。

 だがそもそも彼等に残された猶予はない。

 既に断罪は始まっている。

 

 半瞬、電動ブラインドが勝手に動き出した。微かな稼働音と共に、ゆっくりとブラインドが開いていく。

 隙間から射し込んだ日差しが室内を照らしていく。

 自然と視線がそちらに向かい、彼等は息を呑んだ。

 ブラインドによって隠されていた窓の外、そこに存在していたのは4機の黒き重武装型KMF。4機それぞれが手にした武骨で巨大なライフルが、既に銃口内に光を灯した状態で自分達に向けられている。

 携行型シュタルクハドロン重砲ヴァジュラ。かつてのナイトオブシックス=アーニャ・アールストレイム専用機であるモルドレットのシュタルクハドロンを基に、ランスロット・アルビオンのスーパーヴァリスの技術を流用して製造された携行兵器。単発のカートリッジ方式を採用し、チャージ時間とエネルギー効率を度外視したことにより、オリジナルを凌ぐ破壊力を有し、KMFに搭載する必然性のない過剰殺傷力(オーバーキル)兵器として完成する。

 

 しかしその事実を彼等が知ることは、この先絶対にあり得ない。

 次の瞬間、彼等の視界を暗い赤色の閃光が覆い尽くすと同時、圧倒的な力の奔流はビルの上層部ごと、塵の一欠片を残すことなく消し飛ばした。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「私は黒の騎士団CEOとして正義を掲げ、陰ながら超合集国を、延いてはそれを構成する国家を支えつつ、彼等が自らの行動を省みる時を待っていた。

 だがそれも無意味だったようだ。彼等はその間にも企業との癒着を、禁忌への渇望を強め、本来民を導いていくはずの国家を腐敗させていく。

 強欲にして暗愚。

 真実を知りながら彼等に猶予を与えてしまった。それは私が犯した過ちだ」

 

 ゼロは心苦しそうな演技で胸に手を当てながら一度俯き、改めて顔を上げて力強く告げる。

 

「だからこそ私は贖罪の為に、全ての業をこの身に背負い、責務は果たすことを約束しよう! 

 故に今ここに私は、超合集国及び現存する全ての国家の解体を提言する!」

 

 自らが提唱し、築き上げた現状の社会システムの基盤=超合集国。

 それを今度は解体するという。

 解体、つまりは破壊を意味している。

 その混乱は二人のゼロによる騒乱の比ではない。

 

 だがルルーシュはかつて、世界を統べる資格を壊す覚悟だと述べ、その言葉通りに神聖ブリタニア帝国を、世界を壊した。理想を実現する為、望んだ結果を得る為には手段を選ばない。ならば今回もその言葉に偽りはなく、修羅の道を歩み続けるだろう。

 

「国家による統治こそ、罪なき民を苦しめる諸悪の根源。

 現状の国家制度が争いの火種を灯し、悲劇を生み出していることは明白だ。腐敗が広がり形骸化した民主主義、機能不全を繰り返す国家という枠組み、平和への足枷はもはや必要ない!

 本当に必要なモノは平和を願う強い意志と崇高なる正義、そしてその結果に構築される新たな秩序に他ならない!

 国家とそれを食い物にする一部の権力者達によって奪われた主権を民の手に取り戻す!

 穢れなき者よ、今こそ選択して欲しい。古き世界と共に滅ぶのか、それとも私と共に新しい未来を歩むのか。

 異議のある者は挑んでくるがいい。だが私は如何なる力にも屈することはなく、その全てを悉く退けるだろう。

 全ては新しい世界の為、穢れのない未来の為に!」

 

 ゼロによる三度目の声明。

 それは全世界に対する国家解体戦争の宣戦布告に他ならない。

 

 



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第23幕 【忠義 対 忠義】

 

 

 

「……ざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!」

 

 絶影のコクピット内部で星刻は激情のままに叫んだ。

 

 ゼロ=ルルーシュが公表した罪人リストには、唯一主と定めた彼女の名前も存在した。

 合衆国中華国家元首=蒋麗華。

 罪状、奸臣の放置と国庫金=政府資金の不正使用の黙認。

 

 フレイヤ開発に関与した者を知り、政府資金の不正使用に気付きながら、罰することなく放置した?

 

 あり得ない。

 彼女は買収されるような人間でも、脅しに屈するような人間でもない。

 正しき道を理解している。

 仮にもしそれを知り、それでも一人ではどうすることも出来ない状況に立たされていたとしても、自分には、自分にだけは何らかの相談があったはず。

 

 全てはルルーシュのまやかし。

 偽りの情報に過ぎない。

 フレイヤ、そしてフレイヤに代わる大量破壊兵器を使用した自身のことは棚に上げ、強者の悪意を糾弾する。

 明かな矛盾。

 それは自らに向けられた疑惑を払拭し、人質を敵に置き換えることで全ての問題を打破する手段に過ぎない。

 

 朱禁城に捕らわれていた人質は罪なき弱者ではなく、実は世界を欺く社会の悪だった。

 だから罪人としてテロリストと共に殺しても構わない。

 根底を、チェス盤をひっくり返す如く明らかな暴論だ。

 

 だが『ゼロ』の魔力によって暴論は正論へ、または考慮すべき情報へと姿を変える。

 もちろんその全てが嘘ではなく、確かに多くの真実が含まれていた。

 しかしどこまでが真実で、どこからが嘘かなんて大半の人間は知る術を持たない。

 故に未だ世界の大部分はゼロを英雄だと支持するだろう。

 狂っている。

 

 だったら誰かがそれを正さなければならない。

 せめて嘘を曝き、彼女の名誉を守らなければならない。

 それがゼロを肯定し、『英雄』を生み出す一端を担った自分の責務。

 

 星刻は再び操縦桿を強く強く握り締めた。

 

『きゃっ!?』

 

 眼前の紅蓮聖天八極式を押し退ける。漆黒の騎士の次の行動に対して意識を集中させていた為、カレンは絶影に反応が出来なかった。

 

 星刻の視線の先、メインディスプレイに表示されている敵拠点=ダモクレス級浮遊要塞ソロモンは、花弁状に展開していたブレイズ・ルミナスを閉じていく。

 もし完全にブレイズ・ルミナスに覆われてしまえば、生半可な攻撃では無力化され、こちらからは一切手出しが出来なくなってしまう。その前にシールドの内側及び敵要塞内部に突入する。もしくはブレイズ・ルミナスの発生装置を破壊するしかない。

 エナジーウイングを羽ばたかせ、絶影を最加速させると同時、発生したGが襲いかかり、再び込み上げた鮮血が口内から溢れそうになる。

 

 それがどうした?

 

 星刻は己の身体を一切気遣うことなく、熱き血潮を嚥下し、更に絶影を加速させる。

 もはや希望は潰え、生きる意味を失っていた。

 そんな彼を突き動かすは復讐心。

 

 総司令としての立場?

 

 そんなものが今さら何の役に立つという。

 この身に残されたのは殺意のみ。

 

 ソロモンは迫る絶影に対して追撃部隊は疎か、迎撃部隊さえ展開する様子を見せない。

 もはやこの場に留まる意味はない。既に超合集国の狗である黒の騎士団は眼中にないと言いたいのだろうか。

 ただ星刻は知らない。いや、例え知ったところで今の彼にはどうでも良いと思ったに違いない。三度目の声明とほぼ同時刻、公表された情報の中で名指しされた各国企業や研究機関が漆黒の騎士が保有する戦力の襲撃を受けていた。その事から考えて現状ソロモンに搭載されている戦力は最低限のものだけである可能性が高い事を。

 

 どこまでも全てを見下し、混沌を広げ、世界を意のままに操ろうと画策する。

 やはりあの男=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは世界の敵。

 英雄を騙る魔王だ。

 憎悪に支配された星刻は前だけを見る。

 

『ゼロ。いや、ルルーシュ!! 貴様にはこの身と共に地獄へ落ちてもらうぞ!!』

 

 ソロモン最頂部まで上昇した絶影は、天愕覇王荷電粒子重砲を起動させた。

 今ならまだ間に合う。この場所からならルルーシュの居城たる天空城に、復讐の一撃を叩き込むことが出来る。

 ルルーシュに死を。

 

 絶影の胸部装甲が展開し、露わになった砲身に光が満ちると同時、星刻は躊躇うことなく専用トリガーに掛けた指を────

 

『させはせぬ!』

 

 引いた瞬間、その声と共に絶影を衝撃が襲う。

 咄嗟に輻射障壁を展開させ、ダメージを最小限に止める事には成功するが、放たれた天愕覇王荷電粒子重砲は目標を外れて虚空を射貫いた。

 体勢を立て直しながら、星刻は機体を掠めた飛来物──剣の形を模した──超大型スラ

ッシュハーケンが戻る先に視線を向ける。

 

 視線の先に存在したのは異形のKMF。いや、KMFではなくナイトギガフォートレス(KGF)に属する類と考えた方が正確なのかも知れない。

 まず目に付くのはその巨体だった。4年前、日本奪還戦の陽動中に剣を交えたナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン専用機、ギャラハッドも通常のKMFより二回り程度大きい機体だったが、それすら優に超えている。

 また頭部には4つの小型ファクトスフィア埋め込まれ、ブリタニア製の旧世代KMF(第四~五世代)を連想させる作りをしていた。

 そして何よりも特徴的だったのが、その機体カラーだ。

 装甲の大部分が鮮やかなオレンジで彩られ、アクセントに緑が使用されている。

 その機体カラーのKGFに騎乗するパイロットを星刻は知っていた。何より過去から現在に至るまで一人しか存在しない。

 

『……ジェレミア・ゴットバルトか』

 

『ああ、そうとも。久しいな、黎星刻』

 

 星刻の言葉を、コックピット内で悠然と腕を組む男=ジェレミア・ゴットバルトは肯定する。

 

 ジェレミア・ゴットバルト。神聖ブリタニア帝国の元辺境伯であり、軍内部の純血派を束ねるリーダーであったが、ゼロによる枢木スザク強奪事件に伴うオレンジ疑惑によって失脚し、代理執政官まで務めたその地位を失う事となる。

 以降、ゼロに対する憎悪を抱き、復讐を誓うが、ナリタ攻防戦で紅蓮弐式に敗れ、作戦行動中行方不明(MIA)として処理される。

 だが一命を取り留めていた彼は、クロヴィス・ラ・ブリタニア指揮の下、極秘裏に進められていた違法研究の実験体となり、後のブラックリベリオンではKGF=ジークフリートのパイロットとしてゼロと交戦した記録が残されている。しかし終戦を前に彼の消息は途絶えていた。

 

 次に彼が表舞台に現れたのはそれから約1年後、ゼロによる反ブリタニア連合の立ち上げ、合衆国憲章批准式によって当時の超合衆国が誕生する直前のこと。

 しかも彼は憎んでいたはずのゼロの配下として、黒の騎士団に所属している。当然様々な憶測が流れたが、ゼロがその経緯を幹部や側近にも語ることはなかった。

 ただ、第二次東京決戦停戦後にシュナイゼルから齎された真実、またゼロ=ルルーシュの帝位簒奪とその後の悪業に──直前の第二次東京決戦で死闘を繰り広げた枢木スザクと共に──騎士(ナイトオブワン)として手を貸している事から、ギアスによって操られて

いた可能性が高いという結論付けがなされている。

 そしてゼロレクイエムを機に再び表舞台から姿を消し、噂ではその後みかん農園の経営者となったと囁かれていた。

 

 しかし彼は今、象徴とも呼べるパーソナルカラーのKGFに再び騎乗し、星刻の前の立ちはだかる。

 

『何故貴様が────いや、そんな事は最早どうだって良い。そこを退け』

 

 展開させた右腕大型ブレード=伏龍の先端を、ジェレミアが騎乗するKGFへ向け、星刻は殺意を込めて告げた。

 理由なんて知る必要はない。

 邪魔をするなら、例え誰であろうとも斬る。

 違う、既に邪魔をされている。

 ならば後は斬るだけだ。

 星刻は嗤う。

 

『断る。私はルルーシュ様の忠実なる騎士=ジェレミア・ゴットバルト。

 あの方には指一本触れさせはせん! 私が守り抜く、二度とゼロレクイエム(あの時)のようにはッ!!』

 

 救済計画ゼロレクイエム。例えそれが主の望み、主君からの命令だったとしても、あの日から常に心の中には後悔があった。

 過去は覆らないと嘆いた。

 それでも今は違う。

 再び忠義を示す機会が与えられたのだ。

 今度は、今度こそは己が使命を違えない。

 絶対に守り抜いてみせる。

 同じ過ちを二度も繰り返しはしない、してなるものか。

 

 刹那、星刻は無言のままエナジーウイングを羽ばたかせ、ジェレミアへと斬り掛かる。

 

『ルルーシュ様より頂いた新たな忠義の証、このジーク・シュヴァリエを何人も墜とす事は不可能だ!』

 

 対するジェレミアは肩部アーマーに接続された剣型のスラッシュハーケン=グラムハーケンの一振りを掴み、絶影が振り下ろした伏龍を受け止めた。

 ぶつかり合った刃が火花を散らす。

 再び主を得たジェレミアと、主を失った星刻。

 後悔と絶望。

 忠義と忠義。

 抱く想いは違えど、揺るぎない信念は同じだった。

 

「ちっ」

 

 降り注ぐ小型ミサイルを避けながら星刻は思わず舌を鳴らす。

 機体サイズを考えれば、機動性で勝るのはこちらのはずだった。

 けれど決めきれない。

 その巨体を裏切る機動性と、ブレイズ・ルミナスによる堅牢な守り、そして大火力を存分に振るうジーク・シュヴァリエ。ジェレミアが声高に誇るだけの性能を有している。

 それでもここで負けるわけにはいかない。

 自分の敵はジェレミアではなく、その後ろに存在するルルーシュだ。

 

『この程度か、黎星刻よ。鍛練を怠っていたのではないか? 底が知れるぞ』

 

 ジーク・シュヴァリエの両腰部から放たれた大口径ハドロン重砲が絶影を掠め、装甲を融解させていく。

 

『戯れ言を!』

 

 星刻は挑発を受け流すことはせず、真正面から受け止める。

 その程度の挑発は意味はない。

 逃げも隠れもしない。

 策を弄する必要もない。

 ただねじ伏せるのみ。

 

 星刻はエナジーウイングを最大出力で展開させた。

 絶影の背に広がる光の翼が一回り大きくなる。

 残りのエナジーと時間を考慮すれば、この一撃で決めなければ後はないだろう。

 しかしもはや失うモノのない今の星刻に迷いはない。

 恐怖もない。

 絶影がエナジーウイングを羽ばたかせた。

 その瞬間────

 

『何ッ!?』

 

 ジェレミアの視界から絶影の姿が消える。

 ファクトスフィアを始めとする高感度センサーの認識速度を凌駕し、ディスプレイに残像さえ残すことはない。

 空中分解と紙一重の限界機動(オーバードブースト)によって、絶影はジーク・シュヴァリエの懐へ入ることに成功する。この距離からならジーク・シュヴァリエがブレイズ・ルミナスを展開するよりも早く、その機体に効果的な一撃が届く。

 そのはずだった……。

 

「くっ……はぁ…はぁ……」

 

 絶影の機体は限界機動を耐え、星刻の意志が揺らぐことはない。

 だけど無情にも彼の肉体は限界を迎える。

 悪化する体調に精神的ダメージ、そこに高Gが生み出した負荷が加わった結果、視界は霞み、今にも意識を手放す寸前だった。

 予見された当然の結果。

 誰の目から見ても、無謀だったとしか言いようがない。

 

『っ、まだだッ!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!』

 

 それでも星刻は思うように動かない身体に鞭を打ち、強い情念によって突き動かす。

 魂の叫び。

その想いに絶影は応え、伏龍の先端をジーク・シュヴァリエの胸に突き立てた。

 だが浅い。それでは大破は疎か、行動停止に追い込むことすら出来ない。

 

『っ、発見!!』

 

 ジーク・シュヴァリエが振り下ろしたグラムハーケンは、圧倒的なパワーで絶影の肩部装甲を容易く切断し、刃突き立てる右腕を切り離した。

 直後、落下を始めた絶影のディスプレイにノイズが走り、継いで機体ダメージを伝える警告メッセージが埋め尽くし、一部システムが強制的にプロテクトモードに移行して停止する。

 敗北。

 これ以上の戦闘継続は不可能だった。

 

 落下に伴う浮遊感に包まれながら、星刻はディスプレイを埋め尽くした警告メッセージの奥で、完全にブレイズ・ルミナスに覆われたソロモンの姿を目にする。

 そしてその巨大な要塞は、まるで蜃気楼の如く揺らぎ、次第に空と同化し、レーダー画面からも完全に消えていく。

 復讐対象が、ゼロが去っていく。

 

「────────────────────ッ!!」

 

 星刻は口角から溢れ出す鮮血を気にも留めず、憎しみの咆哮を上げることしか出来ない自分を、そして世界を呪う。

 

 

 

 

 

 朱禁城奪還戦において行われた黎星刻とジェレミア・ゴットバルト、絶影とジーク・シュヴァリエの戦闘。

 これが歴史上初めての黒の騎士団と漆黒の騎士の戦闘とされている。

 その結果は両陣営の損害から考えて漆黒の騎士の勝利とする見方もあるが、そもそも漆黒の騎士に戦闘の意志はなかったとする意見が大半を占めていた。

 あくまでも自身の主張を展開する為の──朱禁城占拠事件を利用した──示威行動だったのだろう。

 現に戦力の大半が各国へと割かれていた事は紛れもない事実。

 

 ただ、再び漆黒の騎士の軍事拠点である浮遊要塞ソロモンは姿を消し、黒の騎士団のソロモン捜索活動は振り出しへと戻る。

 けれど全てが振り出しへ戻ったわけではない。

 漆黒の騎士を率いるゼロの新たな声明=国家解体宣言は、何人も抗えない大きな力となって、否応なく世界を動かしていく。

 その先にある世界、そして未来を知る者は居ない。

 誰一人この混沌の行き着く先を知らない。

 そう、混沌を広げ続ける二人のゼロですら。

 

 

 

 

 

 合衆国中華首都洛陽より遠く離れた山の斜面。人目を避け、木々の陰に隠れるようにそれは存在する。

 角張った白い塊。

 そう形容するのが、もっとも適切に思えた。

 その白い塊から長大な筒状の物体が生えている。よく見るとそれは狙撃(スナイパー)ライフルにも似た長銃の銃身だった。それを支えているのは2本の腕であり、騎士の兜を模した頭部を持ち、2本の脚が大地を踏みしている事から、辛うじてその物体がKMFである事実を物語っている。

 

 そしてそのKMFの隣には、これまた異質な光景があった。

 折り畳み式ベンチに寝転んだ妖艶な美女。件のKMFのパイロットだと思われるが、問題は彼女の格好だ。

 際どい露出のビキニ水着に包まれた──他者が羨むようなプロポーションの──身体を惜しげもなく晒している。

 残念ながら彼女が居る場所は、人里離れた山奥であり、近くには海どころか湖も渓流も存在していない。

 それでも彼女は満足げに微笑みながら、手にした携帯端末が映し出した光景を見つめていた。

 

 そんな彼女の近くに新たなKMFが舞い降りる。360度に展開される円型エナジーウイングを広げた白銀の騎士が膝を着き、次いでコクピットを開放する。

 降りてきたのは、燃え盛る炎のような赤い髪の少年。身に着けているのはバイザー型ゴーグルと一体化したヘッドセット。優れた防弾・防刃・耐衝撃性能を誇り、白兵戦時にも有効かつ、生命維持機能などを持つ多機能パイロットスーツ。勿論それらの装備も、彼等個人の為だけに作られた特注品だった。

 そしてもう一人、少年の腕に抱かれて眠る銀髪の少女。

 

 女は顔を上げ、少年に視線を向けて告げる。

 

「遅かったわね。ああ、もしかしてその娘に悪戯してたのかしら? そういう年頃なのは分かるけど犯罪はダメよ、うふふっ」

 

「ちげぇよ! ってか、既にオレ達は正真正銘の犯罪者だろ?」

 

 楽しそうに笑う女に少年は反論する。

 

「だから何をしてもオッケー、可愛い子は片っ端から襲ってやるぜ、と。鬼畜ね」

 

「っ、何でそうなる! いや、もう良い。アンタには敵いそうにないからな、色んな意味で」

 

 少年は諦めたように溜息を吐きながら、腕に抱いた少女を──女が使用する物と同型の──ベンチへと寝かせる。

 残念なことにこの女=ディスペアの方が自分よりも強いと理解している。

 もちろん状況が大きく勝敗を左右し、本気で挑めば絶対に勝てないというワケでもないが、勝率は完全に相手の方が高いだろう。

 

「素直でよろしい」

 

「つーかさ、なんて格好してやがんだ。ここ山だぞ、バカなのか?」

 

 頷くディスペアに対し、少年は冷静に、そして冷淡に彼女の奇行を指摘する。

 

「大丈夫よ、ちゃんと日焼けと害虫対策はしてあるから」

 

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

 目の前の女がそう言う事に抜かりない事は知っている。

 そもそも彼女が使用している殺虫装置もまた特別に用意させた物であり、市販の物とは比べものにならないほど性能を誇っている。何という技術と予算の無駄使いだ。

 

「だって仕方が無いじゃない。狙撃体勢で構えているのって、意外と胸がこるのよ?

 ま、男の貴方には分からないかも知れないけど……。はっ、もしかして今「だったらオレが揉んでやるぜ」とか考えた? もうテラーのえっち~♪」

 

「冗談も休み休み言えってぇーの。誰が好きこのんでアンタみたいな年増に欲情するか────」

 

半瞬、ディスペアの愛機=アグライアが、ライフルの銃口を少年=テラーに突き付ける。

 

「ん、何か言った? 良く聞こえなかったからもう一度言ってみてくれる?」

 

 携帯端末を操作し、笑みを浮かべてそう問い掛けたディスペアだったが、その目は笑っていなかった。

 

「いや、何も……」

 

「いい加減学んだ方が良いわよ、口は災いの元だって。もう次はないんだから」

 

 銃口が遠退きテラーは安堵する。実弾なら肉片と化し、レーザー系なら塵すら残らなかった事だろう。

 まったくこれだから精神異常は嫌だ。本来なら関わりたくないが、自分の周りには狂い壊れた人間しか居ない。

 そんな連中と行動を共にしている自分もまた、同じ側の人間なのだろうが、それは考えないでおこうとテラーは思う。

 

「で、結局こいつ本当に必要だったのか?」

 

 テラーは話題を切り替えるように、眠る少女を一瞥して問い掛ける。

 

「さあ? 青き武神のアキレス腱ってところだけど、別にあの方もそこまで重要視してないみたい。今後何かに使えるかも、その時はラッキーってレベル。

 むしろ今回重要だったのはデモンストレーションの方よ。その為にわざわざ私と貴方、二人も派遣されたワケだし。

 もちろん貴方のサポート=データリンクが無くても、この程度の仕事なら一人で十分だったけれどね。今度は大陸間弾道狙撃にでも挑戦してみようかしら?

 それに私の美貌を以てすれば、バカ共を煽ることなんて簡単すぎて逆に暇だったんだから」

 

「デモンストレーション?」

 

 敢えてディスペアの不遜な態度には触れず、テラーは疑問を口にする。

 

「そう、漆黒の騎士率いるゼロの演説。

 私たちは彼が演説しやすい舞台を調える。本当はそんな裏方仕事やりたくなかったんだけど、まあ甘美な絶望に浸れたことだし、文句ばかりは言ってられないわね」

 

 そう言ってディスペアは一度手元の携帯端末へ視線を落とした。

 そこに保存されているのはある男の叫び。

 親しき友人の命を目の前で奪われ、愛する唯一の主を失ったと思っている男の絶望。

 

 人を壊すのが好き。

 人が壊れていく経過を見ているのも好き。

 壊れた人間も愛おしく感じる。

 

「でも、その甲斐あって良い感じにこじれたんじゃないかしら? この世界」

 

 ディスペアは狂気に満ち溢れた妖艶な微笑みをテラーへと向ける。

 きっとこの先、もっと沢山の絶望が生み落とされる。いや、自分達が手を貸すのだから絶対だ。

 それを思うと嗤わずにはいられない。

 

 一方、微笑みを向けられたテラーだったが、彼の瞳にディスペアの姿は映っていない。

 

「………ゼロ」

 

 忌々しげに紡がれる言葉。

 その名を聞いた瞬間、彼が纏う雰囲気は一変する。

 その身から放たれるのは激しい憎悪と憤怒、そして夥しい殺意。

 もはやそこに居るのはディスペアの言葉に動揺する少年ではない。

 ナイトメアラウンズが一人、恐怖を誘う騎士(ナイトオブテラー)

 

「っ、あんなにも近くにヤツ等が居たのに……」

 

 テラーは感情の高ぶりに声を震わせ、沸き上がる激情を押さえ込むように強く拳を握り締める。

 

「それで正解よ。ゼロを殺すのはあの方で、私たちはあの方の駒でしかない。

 ルインがいつも言ってるでしょ? 私たちの存在意義は全てあの方の為だって。勝手な行動を取ったら容赦なく殺されるわよ。実際に私たちはこの目で見てきてるわけだし、理解してるわよね?」

 

 ディスペアは諭すように語りかけた。

 

「ああ、分かってる」

 

 今さらどうすることも出来ない。自分は理解した上で力を手に入れた。

 だが欲した力を手にしても、振るいたい相手に向けることは出来ない。

 ジレンマ。

 頭では理解していても感情が追い付かない。

 

「けどアンタはヤツが憎くないのか!? どうしてそんなに平然として居られる!?」

 

「そう、貴方はまだあの連中に縛られているのね」

 

 ディスペアの瞳に僅かに憐れみの色が浮かぶ。

 

「アンタだって同じだろ?」

 

「違うわ、似て非なる立場が正解。元々私は研究される側の人間で、貴方はする側に属していた。適材適所だから今さらそれに文句を言うつもりはないけど」

 

 過去を棄てた、と少なくとも自分では思っている。

 だから今さら後悔も未練も抱かない。

 そう、今が楽しければそれでいいじゃないか。

 だが幼さを残す彼は過去を捨てられないようだ。

 それが彼の強さであり、また弱さなのだろう。

 ま、所詮は彼個人の問題で自分には──害が及ばなければ──関係ない。

 復讐? 大いにけっこう。好きなだけすればいい。

 もし邪魔になったら排除するだけ。

 いや、わざわざ自分が手を下さなくても、あの方のお気に入りであるルイン様が処理するだろうが。

 

「ああ、そうかよ」

 

 ヘッドセットのバイザー越しにテラーはディスペアを睨み付ける。

 かつて同じ、いや似た環境で過ごした彼女なら理解してくれると思っていた。

 それが身勝手だと理解する一方、裏切られたという思いを抱かずにはいられなかった。

 

「変な気起こしちゃダメよ」

 

「裏切るつもりはねぇよ、今はまだな」

 

「今はまだ、ね……。これも聞かなかった事にしてあげるわ。

 さ、ここでの仕事も終わった事だし行きましょうか」

 

「どこへ、次の任務を聞いているのか?」

 

 テラーの問い掛けにディスペアは苦笑しつつ応えた。

 

「それは当然、地獄へよ」

 

 唯一確定している未来がある。

 それはいずれ自分達が地獄へ堕ちる未来だろう。

 

 



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幕間 Ⅶ 【旧友】

 

 

 

「……ミレイ……会長」

 

 献花に訪れた先で出会った彼は、昔と同じ呼び方で私の名を呟いた。

 

 枢木スザク。

 それが今、自分の目の前にいる男の名前だった。

 ただ彼は4年前のダモクレス攻防戦において、悪名高い裏切りの騎士(ナイトオブゼロ)として討ち倒され、既に歴史上では戦死者となっている。

 

 だが私は彼の生存を知っている。

 報道に携わる者として、もしその事実を公表すれば世紀のスクープとなり、世界の名だたる賞を総なめにする事も夢ではないだろう。

 

 しかし、そんな考えに至る事は絶対にあり得ないと断言できる。

 愛すべき二人の後輩が世界に吐いた壮大な嘘=ゼロレクイエム。

 あの日、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア暗殺の瞬間、二人が本当は何を成し遂げようとしたのか、その真意に気付き、同時に彼の生存を確信した。

 もし直接訊く機会があったとしても、彼等が絶対に真実を語る事はなく、上手くはぐらかされたに違いない。

 世界平和を願った尊い犠牲。

 それを自己満足だという者もいるかも知れないが、私はそうは思わない。

 少なくとも彼等は人間の可能性を信じて、自らの全てを懸けたのだから。

 

 もう二度と見る事はないと思っていた彼の素顔は今、困惑と動揺によるものなのか、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべている。

 彼が不安と悲しみを抱いているように私には思えた。

 いや、出会った場所を考えれば当然なのかも知れない。

 あの日この場所で彼は最大の友人を、その手で殺した。

 忘れられるはずのない過去を思い出し、感傷に浸ってしまうのは避けられない。

 現に、当事者でない自分ですら、学園での輝かしい日々を思い出し、未だにもの悲しい気分になってしまう。

 

 けれど彼が素顔を露わにしている理由が分からない。

 現状の世界を維持する為に、少なくとも人前で素顔を晒すわけにはいかないことは、彼自身が最も理解しているはずだ。

 その表情から察して、やはり彼の身に重大な何かが起こったのだろうか?

 

 不意に脳裏を過ぎる二人目のゼロ。

 そしてその仮面の下に存在する素顔は果たして……。

 

 刹那、彼はハッとしたように地面に落ちていたサングラスを拾い上げ、顔を、また感情を隠すように身に着け、僅かに視線を逸らした。

 訪れる沈黙。

 こんな時、なんて言葉を掛けたらいいのだろう。

 話したい事はたくさんあるが、重い空気が二の足を踏ませる。

戸惑う私の耳に電子音が届く。

 その瞬間、彼の顔付きが鋭く険しいものへと変わった。表情だけではない、纏う雰囲気に先程までの弱さは微塵もない。

 彼は携帯電話──それとも軍用の通信機か──を取り出し、相手の言葉に耳を傾ける。通話時間はごく短く、相手から端的に用件だけが告げられたようだ。

 

「会長、ついて来て下さい」

 

 通話を終えた彼が告げる。

 命令ではない。

 けれど断れる雰囲気ではなく、断る理由もなかった。

 

 

 

 

 

 黒の騎士団が保有する浮遊航空艦迦楼羅に足を踏み入れた直後、久しぶりに再会したもう一人の後輩=紅月カレンは、驚愕の表情を浮かべて私たちを出迎えた。

 連絡を完全に絶っていたという程でもないが、特に最近の社会情勢を考えれば、私用の連絡を取れる状況でない事は理解していた。

 何よりもこんな再会──ゼロが……いいえ、スザク君が私を連れてくる事なんて──を想像すら出来なかったに違いない。

 驚きを隠せないのも無理はない。私だって、まだ少し困惑したままだ。

 それでも彼女はすぐに動揺を抑え、険しい表情を浮かべると、鋭い視線を向けてくる。

 そこに込められているのは警戒と疑いの念。

 学生時代の先輩という理由だけでは、信用してもらえる状況ではないのだろう。

 少し悲しいが仕方がないと諦め、曖昧な苦笑を返す。

 ボディチェックを受けた後、私は艦内の一室に通された。

 あまり広いとは言えないが、生活に必要な設備と物品は揃っている。ここが戦艦の内部だと考えれば、シャワー・トイレ備え付けの個室というだけでも破格の待遇であることは間違いない。

 

「今は何も言えません。説明は後で必ずしますから、暫くこの部屋に居て下さい。

 必要な物があったら、部屋の外に待機させている私の部下に言って下さい。出来る範囲で用意させますから」

 

「悪いわね、カレン」

 

「いえ、状況が落ち着き次第また来ます」

 

 形式的な説明を終え、足早に部屋を後にするカレンの背中を見送る。

 彼女が部屋を出た直後、扉がロックされた。

 部外者が艦内に居ること自体が特例なのだ。艦内を自由に彷徨かせるワケにはいかない。当然の判断だと理解しているが、この部屋に通される途中で目にした艦内の様子は慌ただしく、張り詰めた空気が満ちていた。

 漆黒の騎士と戦争状態にあるとは言え、開戦の口火はまだ切られていない。

 もしかしたら自分の知らないところで、別の問題が起きているのだろうか?

 しかし携帯電話はボディチェックの際に取り上げられ、室内には通信機器は疎かテレビすらなく、完全に外界と隔絶されている現状で得られる情報は何もない。

 

「私の客人よ、くれぐれも粗相の無いように気を付けて」

 

「はっ、了解しました」

 

 部屋の外でそんな会話が聞こえた後、遠ざかっていく足音。

 私は一度大きく息を吐き、ベッドの端に腰を下ろし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 特徴のない天井を見ながら、取り留めのない思考の海に意識を投じる。

 

 黒の騎士団に拘束される自分。思い出されるのは、5年前のブラックリベリオンにおけるアッシュフォード学園の占領。

 あの時の自分達は、この世界について、まだ何も知らなかった。

 モラトリアムだと自ら公言し、学園は箱庭に過ぎないと理解していながら、それでも現実を直視する事はない。

 未熟な子供だったと言ってしまえばそれだけだ。学生という免罪符は十分に効果を発揮してくれるだろう。

 もしあの時、いや、そこに至る前に、彼等の力になれていたら、結末は変わっていたんじゃないのかと思ってしまう。

 自分はアッシュフォード家の一員として、少なからず彼等の過去の境遇を知り、その心情を慮ることのできる立場に居たのだから。

 

 過去を思い、抱き続ける後悔。

 全ては後の祭り……か。

 

 だがあの時と今の自分は違う。貴族制度が廃止された今、アッシュフォードの家名に政治的な価値は微塵もなく、残っているのは私立学園の経営者一族の肩書きだけ。

 自分はもう生まれに庇護されるだけの子供ではない。モラトリアムに甘える事を止め、自らの足で歩み、現実を見てきた。

 

 訪れてしまったあの日、私はゼロレクイエムの真実に気付いた。

 だからこそ知りたい。

 仕事だからでなく、一個人=ミレイ・アッシュフォードとして、何故彼等は死に急ぎ、その選択を選ぶに至ったのか。そこに至るまでの過程と想いを。

 けれど何度調べても、必ずどこかで壁にぶつかってしまう。

 辿り着く事の出来ない真相。

 まるで私のような一般人には不可能だと言いたげに、深い闇に包まれた真相は、未だその全貌を見せる事なく、尻尾さえも掴まてはくれない。

 

 そして更なる闇を広げるかのように、最近になって現れた二人目のゼロ。

 ううん、言い回しや細かな仕草は、むしろ枢木スザク強奪事件を機に世を席巻した最初のゼロに酷似している。

 

 本当に似ているだけ?

 

 情報が足りなかった。

 でも女の勘というやつだろうか、私の本能は囁いている。例えそれが未練が齎した願望だとしても、あの日命を散らせた彼の生存を……。

 

 

 

 カタッと微かな物音が聞こえ、反射的に思考の海から浮上する。

 一体どの程度の時間が経過したのだろうか。

 腕時計を一瞥した後、ベッドから起き上がり、物音が聞こえてきた部屋の入口へと視線を向ける。

 視線の先、扉と床の僅かな隙間に先ほどまでは存在しなかったであろう紙片が挟まれていた。

 

「何かしら?」

 

 偶然迷い込んだ物とは考えづらい。

 ならば自分宛の手紙と考えるべきか。

 仕事柄、差出人不明の投書を受け取る機会も少なくなかった。

 誰かが何かを伝えようとしている。

 一体何を?

 

 無視するという選択肢はない。

 折り畳まれていた紙片を拾い上げ、目を通した直後、予期せぬ内容に私の心臓は大きく跳ね、紙片を持つ手が震える。

 そこに記されていたのは、どこかのウェブサイトのURLとパスワードと思われる数字の羅列。

 そして動揺を圧し殺すことのできない、一つの単語。

 

「っ……第四倉庫」

 

 まことしやかに囁かれる噂は自分も耳にしたことがある。

 第二次東京決戦停戦後、フレイヤ弾頭によるトウキョウ租界消滅の混乱の中で、黒の騎士団から発表された不自然なゼロの死。

 その裏で日本人幹部の裏切りによるゼロ暗殺が実行され、その現場となった場所こそ第四倉庫であると。

 

 過去にガセネタを掴まされた苦い経験もあり、質の悪い悪戯を疑わずにはいられない。

 だがそれでも、もしこれが真相へと繋がる鍵だとしたなら……。

 ジャーナリストとしての勘。いや、ミレイ・アッシュフォード個人の本能が、確信めいた何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 それは過去の断片。

 

「いい天気ねぇ」

 

 温かな太陽の光が降り注ぐ、風の穏やかな日だった。

 青々と繁る草の絨毯に寝転がり、どこまでも広がる青空を見上げながら、マリアンヌは楽しげに、隣に座る少女に声を掛ける。

 

「暢気なものだな、護衛も付けずに。仮にも后妃だという自覚がないのか、お前には?」

 

 長い緑髪の神秘的な少女=C.C.は皮肉を交えながら呆れ口調で応えた。

 天気が良いというそれだけの理由で、マリアンヌはC.C.を連れ立って、アリエスの離宮にほど近い保養地。その湖畔まで馬を走らせた。

 もちろん護衛という部外者を引き連れようなんて、彼女が考えるはずはない。

 

「失礼しちゃう、私は正真正銘あの人の奥さんよ。あの人の事をすごく愛してるもの」

 

「愛、か……。その愛する旦那が心配するんじゃないのか?」

 

「大丈夫よ、その辺の暗殺者やテロリストなんかに殺されてあげないから。むしろ逆に産まれてきたことを後悔させてみせるわ」

 

 そう言ってマリアンヌは余裕の笑みを浮かべた。

 その言葉にC.C.は納得せざるを得なかった。

 彼女は神聖ブリタニア帝国皇帝の第五后妃でありながら、かつて帝国最強の十二騎士『ナイトオブラウンズ』にその名を連ね、血の紋章事件では当時のナイトオブワンを斬り伏せた過去がある。

 その剣技が時間の経過した現在においても、未だ衰えていない事はC.C.も知っている。

 故に暗殺者相手に大立ち回りを演じ、なおかつ華麗に勝利することも冗談の類ではない。

 ただ、元平民階級のマリアンヌには敵が多く、他の皇族達が疎ましく思い、裏で良からぬ画策をしている事もまた事実だ。

 

「それに折角の休日なんだから監視なんてされたくないし、可愛いC.C.との久しぶりのデートの邪魔になるでしょ?」

 

「デートってお前……、私は女だ」

 

「私もよ」

 

 再び呆れ顔になるC.C.。

 それを気に留めることなくマリアンヌは当然のように返した。

 

「女同士の外出をデートとは言わない。

 そもそも私たちの関係は恋人ではなく、友人だったはずだろ?」

 

「そうね、浮気はダメよね。貴女は頼んでも愛人にはなってくれそうもないし。

 くすっ、でも可愛いって部分には反論しないのね」

 

 マリアンヌは意地悪っぽく笑う。

 

「っ、人の揚げ足ばかり取ろうとするな」

 

 C.C.は不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「あら、でも最初に会った時に、私は『人』ではなく『魔女』だって言ってなかったかしら?」

 

「……もういい、お前には口論でも腕力でも勝てそうにないからな。まったく、お前と居るとこっちのペースが崩される」

 

 C.C.はこれ以上の反論を諦め、嫌味ったらしく溜息を吐いてみせる。

 けれどマリアンヌには通じないようだ。

 

「飽きないでしょ?」

 

「疲れる」

 

 そう断言したC.C.だったが、内心ではこうしてマリアンヌと戯れる事が嫌いではないと思う自分が居ることを自覚していた。

 彼女は自分を魔女でも契約者でもなく、常に友人として接してくれる奇特な存在。

 それがどれだけ奇跡的なことか、C.C.は嫌と言うほど理解している。

 

「うふふっ、もう拗ねないでよ。思わず抱き締めたくなるじゃない」

 

 そんなC.C.の心情をマリアンヌもまた理解していた。

 だからこそ彼女達は友人関係を築く事ができ、今もその関係を続けられているのだろう。

 

 少し強い風が吹き抜ける。

 

「ねえ、C.C.。聞いて良い?

 貴女の瞳に、この世界はどう映っているの?」

 

 問い掛けたマリアンヌの声は先程までと比べて僅かにトーンが低く、C.C.を見つめる瞳にも友人に向けるそれとは別の熱が籠もっていた。

 

「何だ、いきなり?」

 

 マリアンヌの予期せぬ問い掛け、そして纏う空気の変化を捉え、C.C.は怪訝な顔を浮かべる。

 

「一度聞いてみたかったの。長い時を生きた貴女には、私たちが生きる今の世界がどんな風に見えているのかって。

 教えてくれないかしら、C.C.」

 

「……そうだな」

 

 暫く考え込んだ後、C.C.は告げる。

 

「この世界の異物でしかない私には、例えどんなに栄華極まった輝かしい世界だとしても、所詮は空虚な色のない世界に過ぎない」

 

 本来生物が持つ原初の概念=生死を超越し、不変となり、固定化された存在。

 本来自分が生きるべき世界、生きるべき時代は遙か昔に終わっている。

 世界に対する想いなど、疾うの昔に希薄化している。

 故に現代の世界に何も感じたりはしない。例えマリアンヌの事があったとしても、特別興味を抱いたりもしない。

 それこそが魔女=C.C.だ。

 

「ふ~ん、やっぱり貴方もそうなのね」

 

 どこか納得したようにマリアンヌは呟く。

 

「貴方も…? 何の事を言っている?」

 

 彼女の呟きをC.C.が聞き流すことは出来なかった。

 湧き上がった感情を上手く言い表す事が出来ないが、その主となっているのは紛れもなく不安だろう。

 

「うん? 何でもないわ、何でもね」

 

 はぐらかすばかりでマリアンヌはC.C.の疑問に答えない。

 C.C.の眉が僅かに上がる。

 

 もちろんC.C.にもマリアンヌに隠してる事は多々存在する。

 むしろ──これは経験上仕方のないことなのかも知れないが──殆ど自分という物を他者に晒すことはなかった。

 C.C.という──到底人間のそれとは思えぬ──名前からしても徹底していることが伺える。

 そしてそれは例え相手が友人だろうと変わる事はない。

 だからその事でマリアンヌを責めるのは間違っていると自覚していた。

 

 また他人のプライベートを詮索し、秘密を曝く趣味もない。

 だけど今回ばかりは違う。

 無視できない。

魔女としての本能──とでも言えば良いのか──が囁いていた。

 

「それよりもC.C.、今日は貴女に聞いて欲しい事があったのよ」

 

「おい、まだ私の問いに────」

 

 話題を変えようとするマリアンヌに、C.C.は食い下がる。

 しかしC.C.が言い終わるよりも早く、マリアンヌは告げた。

 

「私ね、子供が出来たみたいなの」

 

「は?」

 

 予想だにしないマリアンヌの発言に、思わずC.C.は戸惑いの声を零す。

 

「だから妊娠したのよ」

 

 マリアンヌは慈愛と母性に満ち溢れた微笑みを浮かべ、自らの腹部にそっと手を当て、愛しむように撫でた。

 

 その普段の彼女からは想像すら出来ない姿にC.C.は驚愕し、同時に毒気を抜かれてしまう。

 あり得ない、あのマリアンヌがこんな表情を浮かべるなんて。

 明日は雪が、いや隕石が降ってくるのではないか。

 

「祝福はしてくれないのかしら?

 貴女に最初に祝って欲しかったから、まだシャルルにも言ってないのに……」

 

「そ、そうなのか? おめでとう、マリアンヌ」

 

 C.C.は戸惑いながらも、どこか照れた様子で祝意を述べる事しかできなかった。

 

「うふふっ、ありがとう」

 

 そんな彼女の姿を、マリアンヌは愛おしく思った。

 

「だが、お前が母親か……少し心配だな」

 

「ちょっと、C.C.。それはどういう意味よ?」

 

「なに、お前が子を真面目に育てる光景が想像できないだけだ」

 

「こんなにも慈悲深く、母性に溢れているのに」

 

「まったく何を仰るかと思えば、閃光のマリアンヌ様は」

 

 自信ありげに胸を張るマリアンヌの姿にC.C.は大きく息を吐く。

 閃光のマリアンヌ。その異名を知らない騎士は、この国には居ない。

 いや、国内だけでなく国外にも、その武勇は広く知れ渡っている。

 閃く光は見る者の目を焼き尽くし、一度剣が抜かれれば、相対した相手は瞬く間に屍と化す。

 そんな噂が囁かれる程に常人離れした戦闘能力を保持。現に彼女が后妃となる切っ掛けを生んだ血の紋章事件では、当時のナイトオブワンを誅殺し、一時帝国最強の騎士と呼ばれた事もある。

 家庭的という言葉とは真逆の人生を送ってきた女だとC.C.は考えていた。

 

「それは昔の話よ、昔の。今の私は旦那様に尽くす奥様なんだから。

 でも確かに少しだけ不安はあるわね。この子が生まれてくる頃、世界は今よりも良くなっているかしら?」

 

「さあな。だがその為にあの男が頑張っているのだろ?」

 

 血の紋章事件とそれに伴う粛清の後、この国は長く続いた内乱による衰退を脱し、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝=シャルル・ジ・ブリタニア統治の下に、ようやく再興と繁栄の時代へ進もうとしている。

 ブリタニアという国は確実に変革される。

 例えその果てにある世界が他国に苦を強いる戦乱の世だとしても。

 

「ええ、そうよね」

 

 微かな不安を振り払うようにマリアンヌは笑みを浮かべ、もう一度腹部を撫でた。

 そう、世界は変わる。

 変えられる。

 その瞬間を目指して既に世界は動き出している。

 

「ところで、この子の名前は何が良いかしら? C.C.、何か良い案はない?」

 

「どうして私に聞く? それこそお前達夫婦の問題だと思うが」

 

「友達でしょ、私たち。それだけじゃダメ?」

 

 マリアンヌが何の臆面なく告げた言葉に、C.C.は反論する理由を失う。

 

「…………ルルーシュ」

 

 僅かな沈黙の後、C.C.は小さな声で呟く。

 

「ルルーシュか、悪くない響きね。何か由来とかあるのかしら?」

 

「別にない。ただ……、遠い昔に私も考えた時期があった。もし自分に子供ができたらなら、なんて名前が良いだろうかと。今となっては所詮無意味な事だったがな」

 

 どこか悲しげに自嘲の笑みを浮かべてC.C.は告げる。

 刻印の呪いによって生殖機能が失われていることは、幸か不幸か過去の体験から実証済みだった。

 故に子を為すことは不可能であり、我が子に名付けることもまた永遠にない。

 

「そう。だったらルルーシュに決定ね」

 

「良いのか? そんな簡単に決めても。あの男に相談してやった方が良いんじゃないか?」

 

 即決したマリアンヌに、また自分の案が採用された事に、C.C.は驚きを隠せない。

 もちろん嬉しくはある。

 友人の心意気に感謝もしよう。

 だけど、こうもあっさりと話が進むと不安を抱くのも事実。

 

「私が決めたんだから問題ないわ。あの人にも文句は言わせないわよ。

 だって私の子供は、貴女の子供でもあるんだから」

 

「それは流石に違うと思うぞ」

 

 真顔で告げたマリアンヌの言葉に、C.C.は呆れを通り越して、ただただ困惑する。

 

 まさか育児に参加すれば、育ての母になるとでも考えているのか?

 待て、もしそうなら私に育児を手伝わせることを前提としているのではないか?

 魔女であるこの私に?

 瞬時に赤子をあやす自分の姿を想像し、否定するように首を振る。

 魔女をベビーシッター代わり使うなんて常識で考えればまずあり得ないが、目の前の女ならやりかねない。

 

 それがC.C.の出した結論だった。

 しかし彼女は後に知る事となる、その考えが間違っていたことを。

 

「良いのよ、細かい事は。

 だからね、C.C.。貴女も愛してあげて、この子のこと。ルルーシュのことを」

 

 マリアンヌはC.C.の手を取り、自らの腹部へと導いた。

 触れる事に躊躇いを抱いたC.C.だったが、マリアンヌの微笑みと期待に負け、恐る恐る彼女の腹部に触れる。

 まだハッキリとその鼓動を感じ取る事は出来ない。それでも確かに新たな生命の息吹がそこには存在していると実感する。

 

「ルルーシュ」

 

 C.C.はその名を呼び、ぎこちなくも母性に溢れた微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 皇歴2000年12月5日、マリアンヌが長子にして神聖ブリタニア帝国第11皇子=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア生誕。

 そして運命の歯車が回り始める。

 

 



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崩壊する世界
第24幕 【システムエラー】


 

 

 

 戦争は国家間の武力闘争であり、また政争と同じ側面を持つ。政治の延長線上にあり、外交手段の一つに過ぎない。

 もちろん経済活動と密接に関わり、愚かしい示威行為である側面も忘れてはならないが。

 

 政治とは何か?

 

 権力、政策、支配、自治に関わる現象また概念。

 主として国家の統治作用を指し、それによって生み出される統治権は国家を、国土と人民を事実上支配する権利を持つ。

 簡単に言えば、国家を運営する方法だ。

 

 国家とは何か?

 

 一定の領土と住民を治める排他的な権力組織と統治権を持つ政治社会。一般的に領土、人民、主権(統治権)が、国家という概念の三要素とされる。

 国家は国民の日常生活の隅々にまで深く関係を持ち、他のあらゆる社会集団を圧倒する巨大な中央集権機構として確立されている。

 つまり国家は秩序を築くと同時に、全ての国民を支配下に置いているとも言える。

 だからもし一度狂ったなら、強者が弱者を支配し、搾取する為だけの権力機構へと成り下がる可能性もあるだろう。事実歴史上、そう言った多くの独裁国家が存在していた。

 

 ならば国家が存在しなければ?

 

 その問いが無意味な事だと、多くの者が理解している。

 もし、この世界から全ての国家が消えれば、秩序を失った人間は混沌の中で獣と化し、現代社会は崩壊する。

 原始への回帰─────なんて事は起こらないだろう。

 国や国家という枠組みが消えれば、今度は企業が国家に代わり人民を支配する。既に今現在、発展途上国だけでなく先進国の中にも経済の傀儡となっている国は多い。

 生活の基盤となるエネルギー、通信、物流、金融を中心に企業は統合と吸収を繰り返し、やがて幾つかのメガコングロマリットへと集約される。それこそ国家という枷に囚われない、国境のない強大な存在となる。

 富を持つ強者による弱者の統治。

 国民は社員へと呼び名を変える。

 つまり世界は変わらない。

 

 果たして本当にそうなのか?

 

 それがゼロの投げかけた問いだった。

 ゼロが公開した情報を得た者の中には、少なからず現状の社会システムに疑念を抱いた者が居るはずだ。

 自分達は国家を運営する権力者に騙され、腐敗した民主主義によって支配されているのではないか、と。

 世界経済を支配する大企業の表の部分しか見ていなかったのではないか、と。

 

 だからこそゼロは世界平和という幻想の可能性を突き付ける。

 断罪の先、この世界に存在する全ての国家を解体し、軍事産業に携わった全ての企業を排除すれば、この世界から戦争はなくなる、と。

 

 もちろん民衆もその言葉を鵜呑みにするほど愚かではないだろう。

 全ての戦争、紛争の理由が国家による政治行為、経済活動によって引き起こされるものではない。経済格差、思想教育、宗教問題、人種差別、今となって始まりさえ定かではない歴史的対立。全ての争いには個別の要因が存在している。

 

 しかし、少なくとも領土問題は解決する。一部には国家への忠誠をアイデンティティーとする者も居るが、所詮領土や境界線も国家という概念を確立する為に人間が勝手に定め、作り出した概念であり、存在すら不確かな物を盲目的に信じ込んでいるに過ぎないのだから。

 

 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てていた可能性が、今まで誰も考えなかった問題の答えが、当たり前だと思っていた現実が、果たして本当に正しいのか? と突き付ける。

 既定概念の破壊。それこそが、ゼロが本当に提起したかった事であり、全ての者に新たな秩序構築のために思考する事を求めた。

 それは考えすぎだろうか?

 

 だがゼロの思惑が何であれ、彼が投じた新たな一撃=国家解体戦争の宣戦布告は、この世界を更なる混迷へと誘う引き金となる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「っ、離せ! げほッ……私はゼロを! ゼロを……くっ…はぁ…はぁ……」

 

 地に落ちた絶影と共に回収された黎星刻は、自らが吐き出した血でパイロットスーツを赤く染めながらも、決してその心が折れる事はなかった。

 

「絶影の補給と……換装を……くっ……急がせろ! すぐにゼロを追う……」

 

「落ち着いて下さい! 今は先に御自分の身体を────」

 

 医師や看護師と共に、今にも飛び出していきそうな星刻を簡易ベッドに押さえ付けながら、周香凛は制止を試みる。

 既に敵ダモクレス級浮遊要塞は姿を消し、漆黒の騎士率いるゼロ=ルルーシュの所在も再び闇の中となった。

 だが幾ら正論を用いて対応したとしても、復讐の刃と化し、自らの命にさえ執着を失った彼を止める事は出来ない。

 

「あの男を討つよりも先があるものかッ!」

 

 星刻は叫ぶように反論する。

 今の彼を突き動かしているのは、ルルーシュに対する復讐という名の情念だけだ。

 自らの手でルルーシュを殺す瞬間の為だけに生きている。

 

「御自分の立場をお忘れですか、星刻総司令!!」

 

 天子=蒋麗華を失った痛みは周香凛も同じだった。彼女も蒋麗華の事を実の妹のように思っていた。故にルルーシュに対する憎しみは理解できる。

 それでも自分は黒の騎士団中華支部代表指揮官であり、彼には黒の騎士団総司令官としての立場があった。当然その肩書きには責任を持って部下を率い、正しく導く義務がある。

 

「それがどうした!?」

 

「っ………」

 

 周香凛の目の前に居るのは、部下に慕われ、黒の騎士団が誇る沈着冷静な総司令ではなかった。事の大きさと精神状態を考慮すれば、冷静さを失うのも無理はない。

 今は混乱しているだけだと思いたい。

 だが蒋麗華の死は、星刻から『優秀な司令官』という仮面を無理矢理剥ぎ取ってしまったのかも知れない。

 何れにしろ、現状の星刻では総司令としての任を全うできない。

 またこれ以上醜態を晒せば、当然部下の士気にも影響を及ぼす。只でさえ朱禁城の消滅とゼロの3度目の声明、星刻の敗北によって動揺が広がっている。

 影響を最小限に抑える事も指揮官の仕事だ。

 

「ドクター、鎮静剤を」

 

 周香凛は医師に薬剤の投与を指示する。

 

「っ、止めろ! 私は……私が────」

 

「今は耐えて下さい、星刻様」

 

 それ以上の言葉は見当たらなかった。

 時が解決するのかは分からない。それでも今は……。

 投薬によって意識が混濁する中、医務室へと運ばれていく星刻を見送る周香凛。

 その瞳に僅かながら憐れみと軽蔑の色が浮かんでいるようにも思えた。

 

 暫くして周香凛は視線を眼下へと向ける。

 本来その場所に存在したはずの朱禁城は消え去り、代わりに大地を深く抉るクレーター状の大穴が存在していた。

 今日この場所でまた、敵味方、民間人を含めて多くの生命が奪われた。

 救世の英雄による断罪は次のフェイズへと移行したと考えて間違いない。

 対象は軍から政府へ、そして国際社会=超合集国連合へ。

 国家解体戦争?

 あり得ないと誰もが思う。

 例え浮遊要塞と数多くのKMFを保持していたとしても、一武装集団でしかない漆黒の騎士が、全世界を敵に回し、果たして勝機はあるのかと。

 ただルルーシュには歴史的な事実として、全世界を敵に回し、勝利した過去がある。

 類い希なる知略と軍略、そして悪魔のような異能の力=ギアス。

 そして何より彼はゼロの仮面、その魔力の使い方を熟知していた。

 その事実を知れば、あり得ないがあり得るへと姿を変える事だろう。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 朱禁城の消滅を受け、合衆国中華は首都機能を国内第二の都市=経済特区上海へ移転。仮設政府を組織し、事後処理及び洛陽の復興に当たる事となる。

 だが超合集国最高評議会はゼロが公表した情報を基に、合衆国中華(及びフレイヤ製造に関わった国家・企業・組織)に対する制裁決議を可決。合衆国中華は超合集国内での地位を失い、政府は超合集国の管理下に置かれ、様々な制約が課された。また統治権の失効期間は無期限とされ、事実上合衆国中華は滅びへと向かう事となる。

 

 そして合衆国中華と共に、悪としてゼロに名指しされた皇コンツェルンの解体決議も可決。一時的に日本政府によりその全てが接収され、最高経営責任者(CEO)である皇神楽耶は最高評議会議長の座を即時解任された。これにより超合集国内での合衆国日本の地位が下がったことは言うまでもなく、監督責任を怠ったとして制裁も検討されている。

 皇家には日本政府、延いては超合集国から事情聴取や責任追及の為に、彼女の身柄引き渡しが要求されているが、蓬莱島襲撃の際に負った怪我の治療を優先させる名目で遅延交渉が行われている。

 社会的信頼を失い、築いた地位を失い、ゼロの断罪によって中核企業の取締役達を失い、世界的コングロマリットは二度と這い上がれないほど完膚無きまでに没落する。

 禁忌への渇望が齎した重い代償。

 それは当然の報いなのかも知れない。

 世論の反応も明確な証拠を突き付けられてしまえば、自業自得という声が大半を占めていた。

 

 しかし制裁を下す側である超合集国も崩壊の一歩手前と言える。

 主要参加国であった合衆国中華を始めとした複数の国家が失脚し、内部のパワーバランスは大きく崩れた。

 本来なら欧州連合評議会や強行派が体制を掌握する為に暗躍しただろが、彼等の中からも制裁を受ける国家が出たことにより混乱の渦中にいる。

 結局は彼等もまた一枚岩ではなかった。

 

 一方、各国政府に対する民衆の信頼は大きく揺らいだ。現状、自国の政府は本当に信用できるのかという疑念を拭う手段はない。

 その不安を煽るように一部では反超合集国勢力や独立派、無政府主義者を中心とするデモ運動、テロ事件が発生。現地の警官隊や治安部隊との衝突が報道されている。

 ただ、その影響は局地的であり、すぐに国家を転覆させるほどの力はまだない。が、予断を許せる状態ではなかった。

 果たして導火線に点された火は爆発を齎すのか、それとも爆発の前に消えてしまうのか。

 世界は張り詰めた空気に覆われていた。

 

 確かに今回のゼロの声明と、彼の齎した情報により国家への信頼は失われた。ならば代わりにゼロが全幅の信頼を勝ち得たかと言われれば、そうとも言えない。

 賛同の声はあまり広がりを見せておらず、さすがに今回ばかりは懐疑的な意見が多く聞かれた。

 ゼロによって曝かれた国家の腐敗、権力形態の病巣が放置できない問題であることは間違いない。知ってしまった以上、何れ訪れるであろう崩壊を前に現状を放置する事は出来ず、したいとも思えない。策を講じる必要がある。

 だが対策としてゼロが提唱した国家解体は飛躍し過ぎていた。

 変革に痛みを伴うことは理解しているが、あまりに事を急いでいるように見えるゼロと、それによって齎されるであろう急速な変化=混乱に対し、多くの民衆は不安と畏れを抱いた。

 

 ゼロに対する敬意が畏怖へと代わり、心の奥底に埋もれていた疑念、杞憂が表面化し始める。

 自分達が求めているモノと、ゼロが求めているモノは果たして同じモノなのか?

このままゼロを信じ続けても良いのか?

 魔王を討った英雄である事実は変わらない。

 けれど人々は知っている。

神話の中の英雄も、何らかの切っ掛けで狂乱し、自らその栄華を捨てる物語が数多く存在している事実を……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 一方、人質救出作戦の失敗、また漆黒の騎士との戦闘における事実上の敗北によって疲弊した黒の騎士団は洛陽を離れ、旗艦迦楼羅は蓬莱島の仮設ドックへ寄港。日本支部から派遣された補給部隊からの補給を受けていた。

 その迦楼羅のブリッジに二つの重大な報告が届けられる。まるで追い打ちを掛けるかのように、その内容は酷く悪い報せだった。

 

 戦力再編のためにEU支部から派遣されるはずだった主力部隊が、飛び立つ直前に空港施設で襲撃を受けて壊滅。派遣部隊はもとより施設その物も完全に破壊され、生存者も居ない。また襲撃時には強力なジャミングが掛けられていたらしく、襲撃者の姿は如何なる記録にも残されていないという。

 同様にブリタニア支部を飛び立った派遣部隊が太平洋上空で忽然と消息を断った。こちらは戦闘の痕跡や、理由は何であれ墜落した艦体の残骸なども発見されてはおらず、神隠しに遭ったとさえ囁かれている。

 だが社会情勢とEU支部からの報告を加味すれば、襲撃を受けた可能性が極めて高かった。

 

 共に派遣部隊を指揮していた元ナイトオブラウンズ、ノネット・エニアグラムとジノ・ヴァインベルグの消息も途絶えており、MIA認定も検討されていた。

 だがノネットの騎乗機=イゾルテが大破した状態で発見されたにもかかわらず、コクピット内にも施設敷地内からも彼女の遺体が発見されなかった事実から、襲撃者に捕らえられ、連れ去られた可能性が高く、また生存の可能性も高いとされている。

 そこから推測し、襲撃者の狙いは派遣部隊ではなく、彼等の身柄が目的だったのではないか、との憶測が報告には追記されていた。

 襲撃者が何者であるのかは定かではないが、元ラウンズと対等以上に渡り合える戦力を保持している事は確実だった。

 

 やはり最もその可能性が高いのは漆黒の騎士だろう。

 ただ静観の構えを見せていたはずの漆黒の騎士による奇襲と断定するにはまだ早く、違和感が残る。朱禁城への奇襲と、その後の国家に対する宣戦布告を含めた声明が控えていた状況で、果たしてそれは意味のある行動だと言えただろうか?

 いや、だからこそ批判を受けるであろう奇襲を急がせたとも考えられる。

 もちろんそれが事実だとするなら、敵ダモクレス級浮遊要塞が追撃部隊は疎か、迎撃部隊さえ展開しなかった最大の理由となるのかも知れない。

 

 いずれにせよ、これで戦力の再編はより困難になった事は間違いない。

 先の戦闘=朱禁城奪還作戦では、離叛と粛清によって中華支部最精鋭部隊七星を失っている。

 残された主要戦力は旗艦迦楼羅を中心とする小規模艦隊(主に日本支部所属部隊)と第零特務隊のみ。主要支部を除く各支部に配備されている戦力には旧式の物が多く、漆黒の騎士が保有するダモクレス級浮遊要塞や、数多くの新型搭載騎に挑むには心許ない陣容だった。

 

 さらに、今のところ超合集国は平静を装っているが、場合によってはゼロ=ルルーシュに賛同する国が超合集国連合から離脱。国家解体を宣言する可能性を孕んでいる。

 それによって超合集国憲章下で抑圧されていた争いの火種が再燃する可能性が高い。いや、抑圧下でも散発的な紛争が起こっていることを考えれば確実だろう。

 また不安定な社会情勢を好機と考える反超合集国勢力、第二第三の流浪の獅子による大規模テロやクーデターも想定される。

 そうなれば必然的に黒の騎士団は超合衆国の要請を受け、事態に対処しなければならない。その対処に忙殺されれば、漆黒の騎士との戦闘に専念する事は出来なくなり、ただでさえ対等と言い難い戦力差を考慮すれば勝機を得るのはさらに難しくなる。

 

 今後世界が、漆黒の騎士がどんな動きを見せるにしろ、戦力の立て直しが必要な事には変わりない。

 故に齎された予期せぬ報告に動揺する部下を宥めた後、ゼロ=スザクは再び一人迦楼羅を降りた。どれだけ英雄が言葉をつくしたところで、もはや動揺を完全に抑える事は不可能だと理解している。

 だからこそ優先順位を間違えず、為すべき事のためにスザクは蓬莱島の地を踏んだ。

 

 

 

 非常灯さえ疎らで酷く暗い通路を進み、突き当たりの扉の前で足を止めた。固く閉ざされた鉄の扉が冷気を放っている。

 スザクが取り出したカードキーを装置に通した直後、装置は反応し、壁に埋め込まれていたコンソールと網膜認証用カメラを展開する。コンソールにパスワードを打ち込み、仮面のスライドシステムを起動させ、露わになった左目をカメラの前に晒す。

 幾重にも張り巡らされたセキュリティが解除され、扉がゆっくりと開いていく。

 スザクはその先に歩みを進める。

 

 漆黒の騎士の蓬莱島襲撃において──予備電源も含め──完全に潰され、復興もままならない電力系統だったが、その場所の電源だけは生きていた。そう、その場所は通常でも予備でもない専用の電源が特別に確保されている。

 蓬莱島の最下層、秘匿領域。そこには周到に隠され、厳重に守られ、隔離された格納庫が存在していた。

 その場所こそゼロレクイエムの後、超合集国最高評議会で可決された決議=浮遊要塞ダモクレス及びフレイヤ弾頭の太陽焼却処分を受け、処分実行までの期間フレイヤ弾頭の保管場所として用意されたものだった。

 大量破壊兵器の保管に際して、当然その安全性や機密性は約束された物でなければならない。

 故にその事実を知る者はゼロ=スザクを含めた極少数であり、またその事実は如何なる記録にも残される事はなかった。

 だからルルーシュはこの場所の存在を知らず、蓬莱島襲撃において悉く損害を受けた格納庫の中で、唯一この場所だけが無傷だったとも考えられる。もちろんそれが真実であるとは限らず憶測でしかないが。

 

 フレイヤ弾頭が運び出され、がらんどうとなったはずの秘匿格納庫の内部に、唯一それは存在していた。

 保護シートに覆われた一騎のKMF。

 スザクはKMFに歩み寄り、初めて自らの意志でシートの固定具を外す。

 シートの下から現れたその姿を見るのは、この場所に搬入されて以来二度目だ。

 目の前に存在している鋼の巨人は彼にとって、もはや半身とも呼べる愛機の姿だった。

 

 ランスロット。

 その名は数々の出来事・事件と共に歴史に刻まれている。ロイド・アスプルンド率いる特別派遣嚮導技術部=通称特派が設計・製造した世界初の第七世代KMFとして完成。以降、デヴァイサーである枢木スザクと共にシンジュク事変を始めとする激戦に投入され、その全てで多大な戦果を上げ、後のKMF開発に大きな影響を与える。

 また枢木スザクがナイトオブラウンズに名を連ねた後、畏怖の念を込めて白き死神と呼ばれる事となる機体であった。

 その後もバージョンアップを繰り返し、最終発展型である第九世代KMF=ランスロット・アルビオンは、実用化されたエナジーウイングを始めとする最新技術が組み込まれ、ナイトオブゼロの座に着いた枢木スザクはナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン率いるラウンズ4名との戦闘において圧倒的な勝利を収めた。

 

 しかしダモクレス戦役終盤、双璧をなす紅蓮聖天八極式に敗北を帰し、枢木スザクの戦死と共に、その存在は過去の物となる────そのはずだった。

 スザクは沈黙のまま機体を見上げる。

 ダモクレス戦役における紅蓮聖天八極式との戦闘データを基に、紅蓮聖天八極式を上回る最高のKMFを目指してロイド達が製造し、スザクへ託した究極のランスロット=ランスロット・リベリオン(通称リベリオン)。抗いを原動力として、世界に変革を齎してきたゼロの乗機に相応しい機体名と言えるだろう。

 ゼロ専用機として生まれ変わった新型ランスロットは、当然のように機体カラーを白から──ゼロのパーソナルカラーとして既に定着している──黒へと変更されていた。

 また頭部の形状も兜を被った騎士然とした風貌から、仮面を身に着けたような形状へと変更されている。それは裏切りの騎士=枢木スザクの愛機であるランスロットのイメージを極力抑える処置でもあった。

 さらにOSやフレーム構成素材を始め、多数の改良と新装備が加えられていた。

 外見で分かる部分としては脚部内蔵型となったランドスピナーと、代わりに追加された自在に動くスラスターユニットがそれに当たる。追加ユニットによりさらに機動性が増し、より高度な三次元高速戦闘に対応する事が可能となった。

 

 スザクは手にした金色の起動キーを握るしめる。

 ゼロレクイエムによって英雄(ゼロ)となったスザクは、騎士であることを辞めていた。

 最初の主は守る事が出来なかった。

 次の主には刃を向けた。

 最後の主はこの手で殺した。

 自分は騎士の器ではなかったと改めて思う。

 誰かを守るなんておこがましい事だったのかも知れない。

 ゼロに求められるものは──極端に言えば──救世の英雄という偶像。

 次いで民衆を惹き付けるカリスマ。指揮官としての優れた統率力と状況判断力、そして決断力だった。

 つまりは直接的な戦闘能力ではない。紅蓮聖天八極式を有する黒の騎士団最大戦力=第零特務隊を直属としている以上、それが大きな問題となる事はなかった。

 

 だが今、世界はそれを許さない。

 ダモクレス級浮遊要塞と最新型KMFを多数保有する漆黒の騎士。

 そしてその存在、暗躍が見え隠れする第三勢力の影。

 不安定化する国際情勢。

 その全てに抗う為には力が必要だった。

 

 たった一騎のKMFに何ができると嘲る者も居るだろう。

 しかしスザクは自分の能力を、また愛機の性能を過小評価するつもりはない。

 一騎で戦局を左右する。それこそがランスロットに求められるものであり、その力を引き出すことの出来る者は自分しか居ない。

 だからスザクは再び騎士として新たな剣を取る。

 例えそれが主無き力だとしても……。

 

 



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第25話 【覇 を 唱える 者】

 

 

 

 ゼロによる3度目の声明から程なくして沈黙は破られた。

 合衆国オーストラリア政府は超合集国からの離脱表明と、それに伴う国家の解体。統治権の放棄を全世界に向けて宣言。国際的には認められないだろうが、世界地図からその名を消し、ただの大陸となった。

 ゼロの理念に賛同したのか、それとも恐怖に屈したのか。

 世間は後者だと考えている。

 覇権主義を掲げた神聖ブリタニア帝国による他国への侵略戦争に端を発した三大勢力による覇権争いに対して、合衆国オーストラリア=旧オーストラリア政府は中立の立場を取り、如何なる勢力にも不干渉を貫くことを宣言する。

 それにより日和見主義国と揶揄される事もあった。戦場となったわけでもなく、戦場と隣接もしていなかった以上、当然と言えば当然の政策だったのかも知れないが。

 故に今回の対応も日和見の結果だと醒めた目で見る者も多い。

 

 しかし実際に超合集国参加国から無血開城した国家が現れた事実に、世界が大きな衝撃を受けたことも事実。

 広がる動揺は国家の存続に対して、やがて世論を推進派と慎重派に二分化させ、それは容易く各国政府、延いては超合集国を揺るがすことになる。

 所詮は自国の利益を確保するために集まったに過ぎない国家集団。主張の違いは目に見えて亀裂を押し広げ、超合集国内部でも保守派と強硬派の対立が激化。いよいよ崩壊は時間の問題だった。

 

 いや、残念ながらその時間さえ残されてはいない。

 超合集国最高評議会が新たな決議を取り纏めるよりも早く──そもそも新議長の選出さえ滞っている現状だったが──事態は人々の予想を遙かに超えた速度で進んでいく。

 瓦解が現実のものとなり始めた超合集国を見限るかのように、眠れる獅子──かつて唯一世界の統一を成し遂げた超大国──神聖ブリタニア帝国が遂に目を覚ます。

 

 

 

 

 

 ゼロレクイエム後に帝国領内西部=カリフォルニア地区に整備された新首都ネオペンドラゴン。

 フレイヤによって消失したかつての帝都ペンドラゴンや壊滅した首都ネオウェルズとは異なり、煌びやか宮殿も、広大な庭園も、皇族専用(ロイヤルプライベート)エリアも存在せず、機能と効率を重視した近代的な街並みが広がっている。

 ただ唯一面影を残すのは、中央行政区画に建てられた宮殿に似た外観を持つ国会議事堂だろう。

 それは議員達の要望に応えた結果だった。

 

 ブリタニアは変わったと多くの人間は言う。

 今代の皇帝を以て帝政は廃止。

 それに伴い議会制民主主義の先行導入。

 中央集権体制を改め、格差是正に政策を転換した。

 覇道を突き進んでいた軍事帝国は過去となったのだと。

 

 しかしそれは幻想だ。

 強者による弱者の支配。

 その本質は今も変わっていない。

 

 議会に名を連ねる議員の殆どが、4年前に帝都へ投下されたフレイヤの被害を免れた元地方貴族である。

 悪逆皇帝ルルーシュによってブリタニアの文化は破壊され、貴族制度は廃止された。

 だがペンドラゴン消失によって名高い中央貴族達が消え、彼等に抑圧されていた地方貴族達はゼロレクイエム後、ここぞとばかりに再び権力を握るために動いた。

 またその中には地方貴族だけでなく他国に逃れ、悪逆皇帝の弾圧及び粛清から生き延びた有力な亡命貴族の姿もあった。

 

 もちろん彼等を民衆の代表である議員にする事で、民衆からの反発を買うリスクがある事は新政府も当然理解していた。

 しかし元貴族達の離叛、独立=新生ブリタニア公国建国などの画策がなされていた事もあり、また当時ブリタニアが置かれていた状況下では復興が急務であった以上、内乱により国力を失うわけにはいかず苦肉の策だったと言える。

 

 さらに同様の理由=過去の栄華に縋る元貴族達の強い反対により、超合集国に参加し、強い発言権を持つ主要国でありながら、唯一国名を合衆国へと変更することなく、帝国を名乗り続ける事となった。

 つまりブリタニアの国内情勢は残念ながら悪逆皇帝ルルーシュが即位する以前と、あまり変わってはいないのが実状だった。

 

 それでも今現在、国会議事堂に併設された野外会見場を支配していたのは、議会に名を連ねる元貴族達ではなかった。

 その場に集まった政府高官や議員、また報道陣を含む数多くの民衆が見つめる先、壇上には電動車椅子に座る──未だ幼さを残す可憐な少女のような──女性の姿があった。

 

 神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 あの悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの実妹でありながら、国内外から多くの支持を集め、ブリタニア帝国最後の皇帝となった女性。

 ただ既に帝政廃止が決まっている以上、皇帝という立場が有する権力は過去の皇帝と比べて遙かに弱い。

 その立場は議会政治が安定的に運営されるまでの調整役、また皇族の血筋を継承する一種の象徴であり、暫定代表という意味合いが強かった。

 

 しかし彼女の皇位継承の裏にもまた旧貴族の暗躍と、彼等の強い後押しがあった。

 自分達を蔑ろにしたら悪逆皇帝を否定し、真っ向から挑んだナナリー・ヴィ・ブリタニアなら自分達を無碍には扱わないだろう、と。

 そんな魂胆が見え見えであり、もちろん彼女もその事は理解していたに違いない。

 

 無数の視線を一身に集める彼女の表情に、恐れや弱さといった感情は微塵もない。一国の代表としての風格を持つ今の彼女が、その程度のプレッシャーで揺らぐことなどあり得ない。

 ナナリーは強い意志の込められた瞳で真っ直ぐ眼前の民衆を見据え、ゆっくりと語り始めた。

 

「神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアです。

 この場にお集まりの皆さん、そしてこの映像を目にする全ての皆さんに、私の意志を聞いていただきたく、本日このような場を設けさせていただきました」

 

 彼女の言葉にその場に集まった誰もが固唾を呑んだ。

 国家の中枢を担う議員達にさえ、今回の会見内容は事前に明かされていなかった。

 合衆国オーストラリアの国家解体宣言直後という事もあり、ナナリー皇帝も神聖ブリタニア帝国の解体を宣言するのではないかという憶測も流れている。

 もしそれが事実だとすれば元貴族を中心とした勢力により暴動やクーデターが起こり、内乱に発展するであろう事は容易に想像が付く。

 張り詰める空気。

 誰もが不安を抱きながら、彼女の次の言葉を待った。

 その結果、彼等は驚きを持って、彼女の言葉を耳にする事となる。

 

「ゼロが提唱した国家の解体と、その先に在るという新たな秩序。

 確かに現状の世界に、褒められたモノではない国家が存在している事は事実である、と認めざるを得ません。

 検証の結果、漆黒の騎士率いるゼロが公表した情報は、こと禁忌への執着と国家の繋がりにおいて、疑いを挟む余地すらありませんでした。

 過ちを繰り返す権力構造の変革の必要性、そしてその為に必要とされる平和を願う強い意志と崇高なる正義。

 私もゼロと同じ意見です」

 

 ナナリーはゼロの考えに賛同の意を示した。

 会場がざわめく。

 ならば、やはり今回の会見の目的は神聖ブリタニア帝国の解体────

 

「ですが、その手段は到底認められる物ではありません!」

 

 ナナリーは一転して強くゼロを否定する。

 

「独善とさえ揶揄されかねない正義と、それに準じた断罪。確かにその行為によって世界は変わり、彼の言う古き世界から脱却するのかも知れません。

 しかし、現状の社会システムが破壊されれば、齎される混乱は計り知れません。

 新たな秩序を謳いながら混沌を広げる。

 それでは本末転倒ではないでしょうか?

 いずれ混沌は秩序によって統制されると、ゼロは反論するかも知れません。その過程で発生する悲劇を、変革の痛みだと切り捨てる事でしょう。

 新たな秩序を構築する崇高なる正義。

 確かに立派な理念だと思います。

 ですが私にも国家の代表としての責任があります。何ら確証もなく、代案を示すわけでもなく、国家解体こそが唯一正しい行いだと高らかに宣言する。

 無責任だとは思いませんか?

 だから私はその無責任極まりない行為に対して抗議いたします。

 そしてゼロ自身が告げたとおり、私は私の考える正義に従い、異を唱えて挑ませていただきます!」

 

 高らかに宣言されたその言葉は救世の英雄ゼロに対する宣戦布告に他ならない。

 

「英雄としての立場を利用し、恐怖と不安を煽り、相対的な正義を掲げて支持を得ようとする。人々の心を惑わし、意のままに操ろうとする。

 ゼロは卑劣なのです!

 ゼロこそ彼自身が否定する最大の権力者であり、弱者を蹂躙する絶対的な強者に他なりません!」

 

 その言葉に込められているのは嫌悪。

 そして隠しようのない憎悪。

 

「これが超合集国憲章が定める『固有の軍事力の保持及び行使の禁止』に違反する行為である事は重々承知しています。ですが、私はゼロが齎す混沌、起こりうる惨劇にこれ以上目を瞑る事は出来ません。

 そう、例え相手が救世の英雄であろうとも、世界の秩序を乱す存在を許すつもりはありません!

 故に私は我が騎士『ナイトオブラウンズ』、いえ、新たなる帝国の剣『帝国守護七騎士(ナイトオブセブン)』に対して、神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアの名の下に命じさせて頂きます。

 この世界を混沌で満たそうとする諸悪の根源である『ゼロ』を、また『ゼロ』と行動を共にする全ての者に裁きの鉄槌を下しなさい!」

 

 まるで薙ぎ払うかのように、胸の前から前方へと腕を動かし、ナナリーは勅命を下す。

 

 彼女の言葉を、ここまでの展開を理解出来た者は限りなく少ないだろう。

 議員達は思う。

 この小娘は何を言っているのか、と。

 民衆は耳を疑う。

 ナナリー皇帝は何を言っているのだろうか、と。

 

 ナイトオブラウンズ。

 それはブリタニア帝国皇帝の剣にして、帝国最強の騎士の称号。帝国騎士の誇りとして超合集国憲章を批准した後も、その再組織・存続を願う声が少なくなかった。

 けれどその声に、第七席は含まれていない。裏切りの騎士=枢木スザクが名乗っていたナイトオブセブンは欠番にするのが当然。それが大方の意見だった。

 もちろん超合集国憲章批准後に、新たなナイトオブラウンズが組織される事もなく、それは無意味な問題であったはず。

 だが今、ナナリー皇帝は敢えて誇りあるナイトオブラウンズの名を言い直し、ナイトオブセブンの称号を冠する騎士に、正義の象徴たるゼロに対する断罪を命じた。

 果たしてそんな事が本当に許されるのか?

 人々が困惑の声を上げるよりも早く、ナナリーの命に応える声が響いた。

 

『イエス、ユア・マジェスティ!』

 

 直後、蒼い光の翼(エナジーウイング)を広げ、上空より舞い下りたのは七体のKMF。優美にして荘厳、力強くも気品に満ちた白銀の騎士達。まるでそれは気高く穢れのない天使だった。

 しかしその機体を目にして人々は彼等がナイトオブセブンたる所以を理解する。

 ナナリー皇帝に跪いた白銀の騎士達は、あの枢木スザク専用機=ランスロット(・アルビオン)を連想させた。

 ただナイトオブセブンと呼ばれた騎士達は、帝国の騎士ではなく彼女個人が設立した私設武装騎士団と考えるべきなのだろう。

 国庫を握る議会議員は疎か彼女の側近達でさえ、その存在を知る者は居らず、驚きを持ってその姿を見つめている。

 

 皇帝として武力行使を命じた行為は、確かに超合集国憲章に違反する行為であることは間違いない。

 ならばナナリー・ヴィ・ブリタニア個人としてならば果たしてどうだろうか?

 超合集国憲章はあくまで超合集国に参加した国家に対する掟である。

 だとすれば個人また企業が保有する武力は行使しても違反にはならないのではないか?

 現に各地で紛争を起こす勢力は、超合集国憲章批准国家領内で武力を保持し、行使を続けている。

 もちろんそれは詭弁と呼ばれる類のものであり、最高評議会で制裁に掛けられるだろう。

 それでももし、それを撥ね付けられるだけの力があったとしたら……。

 

 会場延いては国全体に広がっていく困惑と不安、脅えといった感情をナナリーは手に取るように理解する。

 

「戦いの果てに『偽りの英雄』に縋り、支配される時代は終わりを告げます。

 そして再び世界の覇者たる私たち神聖ブリタニア帝国が世界を、いえ人類を導く存在となるのです!

 世界は栄光あるブリタニアと共に生まれ変わることでしょう!」

 

 強く訴えかけるナナリーの言葉が民衆の心を掴む。

 かつての栄光に縋るブリタニア人特有の愛国心、選民意識は未だ薄れてはいない。

 それを煽るなど容易いこと。何よりこの場に集めた民衆の多くはその傾向が強い者達ばかりだ。

 彼女の演説能力は父親=シャルル・ジ・ブリタニア、兄=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに比肩し、ある意味では彼等を上回っている可能性すらあった。

 何故なら彼女には全てが視えている。

 眼前に群れをなす民衆の、いや人間の中身が全てが手に取るように理解出来た。それこそ心も、思考も、思想も、想いも、感情も、嘘も、真実も、弱みすら……。

 

 それが彼女に与えられた能力(ギフト)

 その身に内在する(レゾナンス)因子が齎した人間の進化の可能性。

 

 だから彼女は確信している。

 ゼロレクイエムから4年、この国の住民は未だ何も変わっていない。

 愚かしく、強欲で、思い上がったまま、強さを求め続けている。

 望んでいるのだ。あの他国を蹂躙し、弱者を蔑ろにした上に存在してた栄光の祖国を。失われた過去への回帰を。

 人間は変われない。もし変わったと言うなら、それは変わったと自分自身で思い込んでいるだけだ。

 なら必要な事は切っ掛けを与えること。

 強制的に眠りから目覚めさせる。

 それだけで良い。

 

「全ての責任、業は私が背負います。どうか私を信じ、私と共にこの世界の未来の為に戦って下さい!

 間違ったシステムに歪められた世界を廃し、真実の世界を私達の手で取り戻すのです!」

 

 パチ…パチ……パチパチ…パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ─────

 誰かが始めた拍手に釣られるように、会場全体から盛大な拍手が巻き起こる。

 そして始める熱狂的なコールが会場を揺らし、爆発的な感情の発露は大きなうねりと化す。

 

『オール・ハイル・ブリタニア!!』

 

 誇らしげに、

 

『オール・ハイル・ブリタニア!!』

 

 高らかに、

 

『オール・ハイル・ブリタニア!!』

 

 賛美の声を上げる。

 だが刹那、ナナリーの姿を、彼女の言葉を会場全体に届けるために設置されていた大型モニターにノイズが走った。

 

『ありがとう、ナナリー皇帝』

 

 ハッキングされ、切り替わった画面に映し出された闇色の仮面。正義の象徴にして救世の英雄=ゼロの姿。

 同時に空が闇に閉ざされる。

 出現した巨大な浮遊物体=ダモクレス級浮遊要塞ソロモンは、自身を覆っていた特殊ブレイズ・ルミナスを展開していく。

 キラキラと舞い落ちる光の花弁は死の匂いを漂わせる。

 

『貴女には愚かにも正義に抗い、新たな世界に挑んだ古き世界の象徴として消えてもらう。世界はブリタニアの消滅と共に知るだろう。武力による抗いが無駄である事を。

 そして同じ過ちを繰り返す国家が現れない事を私は切に願う』

 

 ゼロの言葉に会見場に集まった民衆はパニック状態に陥った。

 興奮の代わりにその身を支配するのは恐怖。悲鳴が上がり、無駄だと理解していながらも本能的に、我先にと逃げ惑う。

 脳裏に浮かんだ合衆国中華首都洛陽の惨状。それはかつての帝都ペンドラゴンの消滅の記憶を鮮明に呼び起こす。

 

 頭上に存在する絶対的な死の化身。

 

 一方、壇上のナナリーは逃げることなく、静かにソロモンを見上げていた。

 同様に彼女の騎士たるナイトオブセブンもまた、その場を動くことなく彼女に従う。

 展開されたブレイズ・ルミナス越しに真下から見上げたそれは、まるで瞳のようだった。

 その瞳が開かれた瞬間、光が落ちた。

 戦略型荷電粒子放射兵器=レメゲトン。その威力は絶大で、地表を焼き尽くすだけでなく、大地そのものを抉り取る。

 放たれたレメゲトンは光の柱となって、会見場を中心として再建を続けるブリタニアの新首都を呑み込んでいく。

 

 だがその瞬間、彼女は確かに笑みを浮かべていた。

 愛らしい外見からは想像もつかない、深淵の如き暗き笑みを……。

 

 

 そして、光は弾けた。

 

 



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幕間 裏Ⅰ 【せめて憎しみと共に】

 

 

 

 かつて少女は望み、そして願った。

 

「優しい世界でありますように」

 

 その結果が目の前にある。

 

 

 

 颯爽と群衆の前に現れた仮面の男=ゼロ。彼が手にする刃に胸を貫かれ、目の前に滑り落ちてくる人影。

 その姿を私は呆然とした表情で見つめる。

 思考が上手く機能していない。

 状況を理解出来ないまま──いいえ正確には現実を認めることが出来ないままとする方が正しいのかも知れませんが──動かない足を引きずり、本能的にその人物へと近付いていく。

 

「お兄……様……?」

 

 力なく台座の斜面に身体を預ける男性。

 それは紛れもなく、憎むべき最愛の実兄=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの姿。

 白き皇帝服の胸元を深紅に染めていく鮮血が、出血の夥しさを物語っていた。

 止めどなく溢れ出す鮮血、誰の目にもそれが致死量であることは理解出来た。

 

 お兄様が、死ぬ?

 

 突如として突き付けられた現実。

 凶行を止めるために殺し合い、自らの手でその命を奪おうとした相手である事実は覆せない。

 だけど私以外に殺されるなんて……。

 こんな結末は間違っている。

 

 私は微かな希望を求めるかのように手を伸ばした。およそ一年ぶりに触れることになるお兄様の手に、本来なら優しく頭を撫でて欲しかったその手に、そっと触れる。

 瞬間、私には全てが視えた。

 お兄様の心の奥に隠されたモノが見えてしまった。

 悪逆皇帝と恐れられ、私自身も悪魔と罵ったお兄様の凶行の理由。

 お兄様達が交わした約束。

 そしてゼロレクイエムの真実を理解する。

 

「……そんなッ……!?」

 

 反射的に零れた声は掠れていた。

 

「……お兄様は……今まで……」

 

 そう、何も変わってはいなかった。

 今でも私の知る優しいお兄様のまま……。

 それなのに私は────

 

『お兄様は悪魔です! 卑劣で、卑怯で……』

 

 なんて酷いことを……。

 

「……ッ」

 

 私はその手を両手で強く握る。強く、強く、強く、もう二度と離さないとでも言うかのように。

 

「お兄様」

 

 焦点を失ったお兄様の瞳は、もう私を見てはくれない。

 もう微笑みかけてはくれない。

 それでも最後に伝えなければならない言葉がある。

 今さら遅いのかも知れない。

 私にはもうその権利がないのかも知れない。

 それでも、溢れる涙と共に告げずにはいられなかった。

 

「愛しています!」

 

 言いたい事はたくさんある。

 話したいこともたくさんあった。

 その中でも、この想いだけは届いて欲しい。

 

「ああ……」

 

 お兄様が最後の力を振り絞り、言葉を紡ぐ。

 それは私の言葉に応えたものではないと理解していたが、一言一句聞き漏らす気はない。

 

「俺は……世界を壊し……」

 

 そう、私の世界は間もなく壊れる。

 そして二度と新たな世界が構築されることはない。

 

「世界を……創る────」

 

 お兄様の瞼がゆっくりと閉じていく。

 

「ッ、お兄様!?」

 

 待って、待って下さい!。

 

 奪われる。

 

「いやっ!」

 

 まだ、だめです!

 

 また奪われる。

 それを奪って良いのは私だけだ。

 

「目を開けて下さい!」

 

 逝かないで。

 一人にしないで。

 また私の大切なモノが、最も大切なモノが奪われていく。

 奇跡に縋り、天に祈る。

 神でも、悪魔でも、誰でもいい。

 お兄様を救って下さい。

 

「お兄様! お兄様あああっ!!」

 

 けど、私の願いが聞き届けられる事はなかった。

 お兄様は二度と目覚める事のない永久の眠りに就く。

 

「魔王ルルーシュは死んだぞ! 人質を解放しろ!」

 

 誰かが──後から調べるとコゥ姉様でしたが──そんな事を告げると、沿道に詰めかけた民衆───いや、何も知らない愚者共が歓喜の声を上げ、笑みを浮かべて車列へと向かってくる。

 

「ずるいです……私はお兄様だけで良かったのに……お兄様の居ない明日なんて……そんなの」

 

 そんな明日に何の意味があるというのです?

 未来、希望、可能性。

 そんなモノ……私にはもう必要ない。

 

「う…ううっ……うああああああああああああああああああああああああああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!!」

 

 私はお兄様の亡骸を抱き、慟哭に咽び泣き、絶望に叫んだ。

 

『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ────!!』

 

 ゼロに対する賛美の声が止めどなく続き、大地を揺らし、大気を震わせる。

 何故、暗殺者が讃えられているか?

 お兄様が死んだというのに、何でみんな笑っている?

 何がそんなに嬉しいのか?

 

『ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ────!!』

 

 黙れ、それ以上その名を呼ぶな!

 

 狂喜と熱気を孕んだ声が鼓膜に届くたびに、吐き気がする程に不快感を抱き、憎悪が込み上げる。

 噛みしめた唇が裂け、血の味が口内に広がった。

 お前達が讃える男は決して英雄なんかじゃない。ただの人殺しだというのに……っ!

 同時に悲しみを凌駕する憤怒が身を焦がしていく。

 熱い、熱い、熱い。

 まるで身体の内側から煉獄の炎で灼かれ、体中の血液が沸騰しているかのようだった。

 

 私はお兄様の亡骸を抱いたまま、悠然と構えたゼロを睨め付ける。

 

「この人殺し、お兄様を返して!」

 

 狂乱して叫んだ。

 だが、それが不可能だという事は理解できていた。

 だとすれば今自分が出来ることは一つしかない。

 私は今此処に誓う。

 

「赦しません、私は絶対に貴方を赦さない!」

 

 ただ、私の声は愚者の歓声に掻き消され、ゼロの下には届かなかったことだろう。

 もし聞こえていたなら、その仮面の下で悲しみに顔を歪めましたか? 

 それとも怒りを押し殺しましたか? 

 何も知らない愚かな小娘だと軽蔑し、嘲笑を浮かべましたか?

 ねえ、スザクさん。

 

 

あの日、私の世界は終わりを告げた。

 光を取り戻したはずの瞳に映る世界は、深い絶望の闇に閉ざされる。

 出来ることなら、こんな光景を見たくはなかった……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 その場所は薄暗く、冷気に満ちていた。

 シェルターにも似た造りをした部屋の中心に置かれた透明な棺。

 それ以外には何もない。

 合衆国日本首都東京の地下に存在するその部屋は、あの悪逆皇帝ルルーシュが日本を皇帝直轄領として復興する際、勅命によって極秘裏に建設させたものだった。

 

 彼はゼロレクイエムを考案した時点で既に考えていたらしい。死に場所だけでなく、自らが死んだ後の事までも……。

 彼がこの場所を、ブリタニア本国ではなく日本という国を永眠の地として選んだのには、当時の国際情勢を考えた時、日本が戦略的に重要であり、また象徴であったと同時に、彼にとっても自らを象徴する場所であった事が大きな要因となったのだろう。

 彼の復讐は、この日本の地で始まった。

 8年前の夏、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはこの日本で死ぬはずだった。記録上のことではなく現実の事象として殺されるはずだった。

 故に彼は自分達兄妹の想いを裏切り続けた祖国に対し、また皇帝である父親=シャルル・ジ・ブリタニアに対して復讐を誓う。

 そして彼にとって、もう一人の自分とも呼べる存在=ゼロはこの地で生まれた。最初は自身を偽るための仮面であり、嘘を吐くための装置であったはず。

 けれどゼロという存在は、彼が想像した以上に、この世界にとって大きなモノとなっていた。

 ならばそれを利用したゼロレクイエム。古きゼロが齎す最後の奇跡、新たなゼロが誕生する舞台に最も相応しい場所は、この日本以外にあり得ない。

 だからルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、日本の地でその命を散らす。

 

 

 

 静寂が支配する眠りの部屋。

 その中央、まるでガラスケースに飾られた標本のように、お兄様の亡骸が横たわっている。

 私は愛おしみながら棺に触れ、ガラス越しにお兄様の髪を撫でる。

 本当なら直接触れたかった。

 けれど触れた瞬間、温もりのない肌にお兄様の死を再び実感させられてしまう。

 こうして眺めているだけなら、ただ眠っているだけに思えた。

 

 起きて下さい、お兄様。

 もう、お寝坊さんなんですから。

 早く目を覚まして下さい。

 私、寂しいです……。

 

「ふふっ」

 

 思わず笑いが零れた。

 ごめんなさい、本当は分かっているんです。

 もうお兄様は二度と目覚める事はない。

 お兄様は御自分の命を懸けてまで、この世界に変革を齎そうとした。

 私は知っています。

 本当の英雄はゼロではなく、お兄様なんだって。みんなが讃えている救世の英雄は、お兄様の計画によって生み出された偽りの英雄でしかない事を。

 お兄様はこの現状を計画通りだと言って笑うのかも知れません。

 それでも私はお兄様に傍に居て欲しかった。英雄ではなく、ただ一人の私の兄として。

 お兄様さえ居れば、他には何も要らない。

 それだけで私は幸せでした。

 

 我が儘ですよね?

 

 お兄様だって、本当は生きたかったはず。私と一緒に生きていきたかったはずなのに。

 だけどお兄様はフレイヤによって私が死んだと考え、深く絶望し、その絶望の中で儚くも『未来』という希望を見い出してしまった。

 もしもっと早く、何らかの方法で私の生存を知らせることが出来たなら、お兄様が自ら死を望むことはなかったのでしょう。

 でも、それは不可能でした。

 そんな事をあの狡猾な男、第二皇子=シュナイゼルが許すはずがありません。

 私はお兄様に対しての最大の切り札。

 私を利用し、囮とするには十分すぎる価値があった。

 そしてゼロの正体とギアスの存在にショックを受けた私は、愚かにもシュナイゼルやコゥ姉様から与えられた情報と、客観的な事実のみを鵜呑みにし、打倒悪逆皇帝という間違った使命感に囚われてしまう。

 お兄様を断罪するのは自分、ブリタニア皇族による悲劇に幕を下ろすのは自分、その為にならこの命は惜しくない。お兄様を殺し、私も死ねるならそれでも良いとさえ考えた。世界の敵となったお兄様が誰かに殺されるぐらいなら、いっそこの手で、と。

 自暴自棄と言われても仕方がありませんね。

 

 その結果、数多の生命を奪い、人生を狂わし、お兄様を失い、私だけが生き残る。

 ゼロレクイエムでお兄様の想いを知りました。

 遅すぎます。

 その現実に後悔して、絶望して、憎悪する。

 真実に、愚かな自分に、間違った世界に……。

 

「私……決意しました。待っていて下さい、お兄様。私がきっと……」

 

 悪逆皇帝の呪縛からお兄様を救い出します。

 お兄様は喜んで下さらないかも知れません。

 愚かだと嘲笑し、止めろと制止するのかも知れません。

 でもどうか、私の事を見守っていて下さい。

 絶対にお兄様の汚名は、私が雪いでみせますから。

 

「だから────」

 私は微笑みを浮かべる、狂気を孕んだ微笑みを。

 

 

 

「お別れは済みましたか、ナナリー臨時代表」

 

 背後から声を掛けられたナナリーは素早く笑みを消すと、今にも溢れ出しそうになる殺意や憎悪を押し殺しながら振り返り、声の主を視界に捉える。

 鋭角的な闇色の仮面に同色のマント、騎士服を思わせる貴族的なデザインの濃い紫の衣装を身に纏った男。悪逆皇帝ルルーシュから世界を救った『救世の英雄』にして正義の象徴=ゼロの姿。

 そして仮面の下にある枢木スザクの姿を。

 

「はい、たった今」

 

「そうですか」

 

 端的に交わされる会話。

 ナナリーとスザク、旧知の仲であるはずの二人の態度は酷く他人行儀であった。

 

 スザクはゼロとして仮面を被り続ける事を約束した。

 例え誰の前でもゼロという仮面を脱ぐことは許されない。許されるべきではないとスザクは考えている。

 一方で接し方が分からないというのも本音の一つだった。

 目の前の彼女は自分が殺した親友の妹。

 憎まれて当然の相手。二人の仲を知っているが故に、自分に対して憎しみの感情を抱かない方がおかしい。殺意を向けられる可能性も理解していた。

 もし、彼女が自分に死を求めたらならどうする?

 愚問だ、答えは決まっている。

 ゼロである自分が、死という果実に手を伸ばすことは出来ない。

 

「間もなく記者会見の時間です、用意を」

 

 そう、これからこの世界にとって重要な会見が行われる。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニアの神聖ブリタニア帝国第百代皇帝即位の発表と、神聖ブリタニア帝国の超合集国への参加の表明。ブリタニアは帝政を廃止し、議会制民主主義を受け入れ、超合集国の監視下で復興を約束する事となる。

 だが今現在、ブリタニアという国はブリタニア皇族によって治められるべき、とする風潮が失われてはいない。

 しかし、選択肢は限られていた。ほぼ全ての皇族が帝都ペンドラゴンの消滅によって命を落とした。

 その切っ掛けとなったフレイヤの製造に関与したシュナイゼル・エル・ブリタニアの皇帝即位では世論が許さない。残る皇位継承者のコーネリア・リ・ブリタニアは、自らの皇位継承権を放棄し、次期皇帝にナナリー・ヴィ・ブリタニアを推挙する。

 

 もちろんあの悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの実妹であるが故に、当然ブリタニア国内外から反発があった。

 それでも彼女が悪逆皇帝ルルーシュに挑んだことは周知の事実。また兄の事を批判、否定し続け、擁護するような姿勢を一度として見せていない事が今回の皇帝即位を大きく後押しする。その裏で旧貴族の暗躍があったことは民衆の知る由もないことだが……。

 

 ただ皇帝に即位したからといって、彼女があの悪逆皇帝ルルーシュの妹である事実が覆ることはなく、彼を憎悪する者達にその身を狙われ続ける可能性は高い。

 その為、超合集国最高評議会はゼロ、そして黒の騎士団に対して、ナナリー皇帝の身辺警護を依頼する。これにより彼女の身の安全は当面のあいだ確保された。

 けれど彼女が悪逆皇帝ルルーシュの妹としてではなく、真に一個人としてこの世界に認められ、信用を勝ち取るには彼女自身の理念と政治手腕、それを実現する為の絶え間ない努力が必要となる事だろう。

 

「分かりました。護衛、よろしくお願いします、ゼロ」

 

「はい、お任せ下さい、ナナリー臨時代表」

 

 ナナリーは兄の亡骸を一瞥した後、部屋の出口へ向かって車椅子を進める。

 二度と背後を振り返ることはない。

 彼女は強い意志が込められた瞳で、ただ前だけを見つめる。

ナナリーとゼロ。二人が部屋を後にした直後、ゆっくりとゲートが閉じていく。もし誰か第三者がその光景を見ていたなら、錯覚を抱いたかも知れない。

 この世界の未来が閉じていくような錯覚を……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 私にとって、お兄様が世界の全てだった。

 母の暗殺を機に視力を失い、歩くことも出来なくなり、祖国に棄てられ、唯一頼ることの出来たのはお兄様だけ。

 だからこそ依存してしまうのは仕方のないことだった。

 一人では満足に食事さえ出来ず、最初は着替えも入浴も排泄すら誰かの手を借りなければ何一つ出来なかった。

 恥ずかしくて、情けなくて、悔しくて、居たたまれなくて、死を望んだことだってありました。

 そんな私をお兄様は、お兄様だけが見捨てることなく支え続け、いつも気に掛け、一番に私の事を考えてくれていた。

 周囲は過保護すぎると言うだろう。私もその意見に同意する場面も多々あった。

 それでも、幸せでした。お兄様に愛されることが、お兄様を愛することが。

 それは単なる兄妹愛や家族愛? それとも言葉にすると笑ってしまいますが、禁断の愛というモノだったのでしょうか? 今となっては、その答えは一生分からないままだと思います。

 その幸せを享受し続けるために、お兄様の優しさに甘え続けるために、私は『心優しい妹』の仮面を被り、暗く醜い本性を覆い隠した。

 求められた役を演じるために。

 だけどもう、仮面を被り続ける意味はない。

 

 なのに私は新たに『神聖ブリタニア帝国皇帝』の仮面を被った。

 何のために?

 理由は一つしかありません。全ては復讐のためです。

 お母様が暗殺され、再び得た平穏さえ奪われ、お兄様がそれを望んだように、今度は私が、私からお兄様を奪い、悪逆皇帝と侮蔑し続けるこの世界に復讐します。

 もちろんお兄様はそんな事を望まないし、自分がそんな事を言えた立場でない事は百も承知しています。私もまた多くの命を奪った大罪人である以上、その罪を償うためにも、お兄様が遺した意志を受け継ぎ、この世界から一つでも多くの悲しみを取り除く義務があるはずです。

 かつて自らが望んだ『優しい世界』の実現。ゼロレクイエムを経た現在、それは単なる理想ではなくなりました。

 人々が互いに手を取り合えば、不可能だと思われていた事も成し遂げられる。例えそれが『優しい世界』だとしても……。少なくともそう思える程度には世界は変わったのかも知れません。

 

 遅すぎます。

 優しい、世界? 

 うふふっ、馬鹿みたい。我ながらなんて愚かしい考えなんでしょう。あの頃の自分はあまりに幼く、あまりにも現実の世界を知らなすぎた。

 そんなモノはお兄様の庇護に縋り、優しさに甘え、依存していたからこその発想です。

 今にして思えば私に優しい世界、私に都合が良い世界に過ぎません。

 世界はこんなにも理不尽で、こんなにも愚かしいと気付いていながら、目が見えない事を理由に現実から目を背け続けていた。

 そうしている間にも、お兄様は私のために世界に抗い続けていたというのに……。

 その結果がこれです。

 何という皮肉なんでしょうか。愚かだった私への罰だとでも言うのですか?

 私は最愛の人を失い、全てを知りながらも世界の為にお兄様を否定し続けなければならない。

 こんな救いようのない世界の為に? 

 私にとって、もはや無意味な世界の為に?

 ふざけないで。

 お兄様の居ない世界に意味なんてない。

 間違った世界は正さなければならない。

 だから私はこの世界をぶっ壊す事に決めました。

 そう、私からお兄様を奪った憎きゼロと共に、この愚かしい世界は終焉を迎える。

 もう誰にも止められない。止められて堪るものですか。

 

 その為に私が最初に取った行動は権力、または発言力を持った立場を手に入れること。

 だから空位となっているブリタニアの代表に立候補しました。

 世間での私の評価を知っていますか?

 悪逆皇帝である同腹の兄に、勇敢に挑んだ真のブリタニア後継者です。

 愚かにも帝都ペンドラゴンへのフレイヤ投下を容認し、一億人近い帝国臣民を消し飛ばした狂った虐殺皇女であるこの私がですよ?

 本当に笑っちゃいます。

 もちろんそれは現在のブリタニア、貴族制度の廃止やそれに伴う財産の没収に不満を持つ元貴族の方々に協力を仰いだ結果ですが、少しやりすぎだと思います。

 けれどそのお陰で怖いぐらい順調に話が進みました。

 ゼロ、いえスザクさんも反対しませんでした。

 それどころかブリタニアの情勢不安は世界情勢にも影響を及ぼす問題であり、早期に解決すべきだと後押しまでしてくれました。

 お兄様から託されたこの世界の為に必至になっているから。それとも贖罪のつもりかも知れませんが、これには驚きです。

 やはりスザクさんはお馬鹿さんなんですね。

 お兄様達がどうやって帝都ペンドラゴンの惨状を隠蔽したのかは解りません。死者数をデータ上で改変したり、お兄様が暴虐の限りを尽くして虐殺したように情報を操作したことは、現状私やシュナイゼル兄様が罪に問われていないことから考えても明白です。

 だからと言って、死傷者に関係のある全てに人間にギアスを掛けたとは思えません。故に私が皇帝になった後、真実が露呈した場合はどうするつもりなんですか? 暴動程度じゃ済みませんよ?

 そもそもゼロレクイエムは茶番と化し、お兄様の死は無駄になる。

 そんな事も理解出来ないんですか?

 まあ、今の私にとっては好都合ですが。

 

 既に歯車は動き始めています。

 回る。進む。回る。進む。

 くるくる。

 クルクル。

 破滅の瞬間を目指して。

 ふふっ、あはははっ、あははははははははははははははははははははは────

 

 

 

 

 

 ゼロレクイエム』によって、世界は悪逆皇帝ルルーシュの魔の手から救われ、ゼロが齎した奇跡によって多くの人々は新たに未来という希望を得る。

 けれどその輝かしい救済の陰で滅んだ世界が存在する。

 潰えた希望が存在する。

 失われた未来が存在する。

 例えば、ある少女が兄と共にいつか実現できたらと夢見た『優しい世界』。自分だけでなく、他人に優しくなれる理想の世界。

 だが、儚き願いは打ち砕かれ、彼女をより深き絶望の淵へと突き落とした。

 滅んだ世界が遺した深い絶望と狂気は、暗い暗い闇の底で少女の精神を蝕む。

 今の彼女を支えているのは強い憎悪と激しい憤怒、そして途方もない後悔の念だった。

 

 夢と現実。

 理想と現実。

 過去と現実。

 

 容赦なく現実を目の前に突き付けられた時、どうしようもなく胸が締め付けられ、その瞬間、様々な負の感情と絶望が溢れ出す。

 人の心はあまりにも弱く、絶望が齎す耐え難い苦痛に抗うことなど出来ない。

 

 故に彼女の精神は侵されていく。

 故に彼女の想いは歪んでいく。

 故に彼女の常識は壊れていく。

 

 倫理?

 道徳?

 秩序?

 

 そんなモノは容易く狂気に呑み込まれた。

 そして彼女は荒ぶる狂気を理性という名の仮面で覆い隠し、深い闇の底から光降り注ぐ世界へと戻っていく。

 ゼロというシステムが支配する世界に、ただ救いのない終焉を齎すために。

 

「さあ、契約しましょう? 私の願いはただ一つ、この間違った世界に滅びを与えること。

 だから私と────」

 

 そう、この世界に新たな魔神が目覚めた。

 

 



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第26幕 【反逆 の 狼煙】

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国新帝都=ネオペンドラゴン上空に浮かぶ、ダモクレス級浮遊要塞=ソロモン。

 黒き天空城とも呼べるその内部には『王の間』と呼ばれるフロアが存在している。

 その名の通り城主の為だけに造られた専用空間であり、そこには宮殿の謁見の間を模した内装が調えられ、玉座にも似た豪奢な椅子が設置されていた。

 腰を下ろしているのは艶やかな黒髪の青年。ソロモン城主にして、漆黒の騎士を統べるゼロ=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 彼はゼロの象徴である仮面を脱ぎ、悠然と構えながら眼前の大型モニターに視線を向ける。

 口元に浮かぶのは冷ややかな笑み。

 

 モニターが放つ眩い閃光、それはソロモンより放たれた戦略型荷電粒子放射兵器=レメゲトンの破滅の光。

 その光はゼロに異を唱えた神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に、ネオペンドラゴン中央行政区画を、延いてはブリタニアの中枢を焼き払う。

 愚かにも『正義(ゼロ)』に抗ったブリタニアは再び国家の中枢を失い、二度と立ち上がることなく、今度こそ滅びの時を迎えることになる。

 かつて破壊を望み、一度は悪逆皇帝として支配し、現在に至っても目障りだった国家の終焉。

 なんと呆気ない幕切れだろう。

 

 生き残った者こそが『正義』。

 それが強者の論理。

 古より変わることなく続く世界のルール。

 そう、生き残った者こそが『正義』となり得る。

 

「……ッ!?」

 

 レメゲトンの放射が終わり、モニターを埋め尽くしていた閃光が収まった直後、映し出された光景にルルーシュの顔から余裕が消えた。

 

「まさか……。いや、流石は私の────」

 

 驚愕はすぐに驚嘆へと姿を変える。

 やられた。それが素直な心境だった。

 この結果を予想できなかったわけではない。ただ可能性は低いと考えていた。

 今まであまりにも順調すぎたが故に、これは己の慢心が招いた結果なのだろう。

 

「良いだろう」

 

 ルルーシュは愉悦の笑みを浮かべる。

 ゲームはこうでなければ面白くない。

 仮面を掴み、立ち上がると即座に命令を下す。

 

「作戦はプランBに移行。レギオン、出撃!」

 

『ルルーシュ様』

 

 新たな通信回線が開かれ、モニターの端に──既に自機のコックピットで待機しているであろう──騎士=ジェレミア・ゴットバルトの姿が映し出される。その表情は主の命令を待つ忠犬を思わせた。

 

「ジェレミアか、お前には今回もソロモンの防衛を任せる。くれぐれも我が期待を裏切ってくれるなよ?」

 

『イエス、ユア・マジェスティ!』

 

 了承の意を示し、画面から消えるジェレミアの姿。

 

「さて、どこまで持ち堪えられるか」

 

 果てしてその言葉は誰に対しての物だったのか。

 ルルーシュは呟き、苦笑しながら背後へと振り返る。

 彼が向けた視線の先、薄暗い『王の間』の奥には、その場には不釣り合いと言える異質な物体が存在してた。

 幾何学模様めいた線状図が描かれた古い石の扉。

 それはかつて、神の島や各国の古代遺跡で見た、黄昏の間=幻想空間『Cの世界』へと繋がる扉に酷似していた。

 

 

 

 

 

 突如上空に出現した黒き天空城が自身を覆う堅牢な盾であり、不可視の衣でもあるブレイズ・ルミナスを展開。同時にリング状のパーツが回転を開始する。

 その場にいる民衆は、合衆国中華首都洛陽で起きた出来事を既に知り、これから何が起こるのか理解していた。あの場で何が起こり、どうして朱禁城が消滅する事となったのかを。

 フレイヤと比べれば齎される被害は少なく、首都全体が消滅するような事にはならないだろう。

 それでも射出口の真下に居る自分達は確実に死ぬ。

 

 悲鳴。

 怒号。

 叫び。

 会見場に集まった民衆は混乱の渦に叩き込まれた。

 生存本能が逃走を命じる。

 しかし猶予はない。

 

 半瞬、天が輝き、光が落ちた。

 同時に閃光が視界を覆い尽くす。

 一面に広がるのは一片の闇もない純然たる白の世界。

 まず眩しいと感じ、次いで肌を焦がすような熱を感じる。

 このまま呑み込まれた光の中で焼かれていくのだろう。

 逃れられない死への絶望が彼等を支配していた。

 

 ソドムとゴモラを焼き尽くした神の業火の如きレメゲトンの放射は続く。

 だが彼等の意識が闇に閉ざされることはなく、輪廻の海たる集合無意識へ還ることもなかった。

 時間が経ち、レメゲトンの放射が終わり、閃光の収束に伴い、彼等は次第に視覚機能を取り戻す。

 そして彼等は目にする事になる。自らの生存に喜びよりも戸惑いを抱き、見上げた会見場の上空に展開された翡翠色の膜。それは会見場上空だけではなく、帝都ネオペンドラゴン全体を包み込むかのように展開されていた。

 

 広域展開型ブレイズ・ルミナス=イージス。

 帝都再建時に提唱され、浮遊要塞ダモクレスの全天型ブレイズ・ルミナスを解析し、研究・開発された防衛システム。

 簡単に言ってしまえば、大型のブレイズ・ルミナス発生装置を都市中に設置する事により、都市全体をブレイズ・ルミナスで包み込むという途方もない計画だった。

 さらに言えば、都市防衛の切り札であるイージスは、その存在を隠蔽する為に運用試験さえ行われる事はなかった。幾度となくシミュレーションが繰り返されてきたとしても、今回の発動が事実上初めての発動という事になる。理論上ではフレイヤによる被害をも最小限に留めることが可能とされていたが、ある種の賭であったことは言うまでもない。下手をすれば、壊滅的な被害は免れなかったことは確実。

 ただ何故そのようなシステムが再建計画に極秘裏に組み込まれていたのか。

 ゼロレクイエムを経て平和になるはずの世界に不必要であり、その完成には莫大な資金が投入されたことは言うまでもない。優先すべき事は他にもあったはず。まるで最初から今回ような出来事を想定していたのではないか、という疑念も浮かぶ。

 

 しかし現実として、多くの生命は救われた。

 

「皆さん、どうか落ち着いて下さい」

 

 冷静でありながらも力強さを感じさせる声に、呆然と空を見上げていた民衆の視線が一斉に声の主──再び演壇上のナナリーへと向けられる。

 

「この絶対なる盾=イージスが存在する限り、私達の祖国ブリタニアが再び帝都を失うことはあり得ません!」

 

 彼女の言葉に民衆の絶望が消えていく。

 頭上に戴いた死からの解放。

 生を噛み締め、歓喜する彼等にはナナリー皇帝が救世主に、いや聖女に見えたのかも知れない。彼女が自分たちを救ってくれたのだと。

 

 でもその言葉は、もちろん嘘だ。

 確かにレメゲトンの一撃を防ぐことは実証して見せた。

 けれどもし、今度はフレイヤを使用されたら?

いや、それ以前の問題として次の一撃を耐えられる保証も確証もない。帝都全域を覆うブレイズ・ルミナスという馬鹿げたシステムを発動させる為には、莫大なエネルギーを消費すると同時に、発生装置には相応の負荷が加わっている。設計上あと一度保てばいい方だ。場合によっては次の放射の途中で限界を迎え、絶対の強度を誇る盾は呆気なく消滅するだろう。

 

 だがそれで十分だとナナリーは考えていた。

 構造解析の結果、レメゲトンが連射不可能であり、放熱やエネルギーの充填に時間を要する兵器である事は認識済みだった。無理をすれば相手も自滅することになる。

 そしてそんな愚かな相手で無いことは、彼女が一番理解しているのかも知れない。

 一度でも防げればそれで良かった。例え使い捨てになったとしても十分だ。

 絶望の窮地から救うという奇跡を一度でも見せてやれば、人心を掌握することは容易い。

 

「ですが、これで理解できたはずです。私達の本当の敵が誰であるのかを。

 仮面の魔王ゼロは自らに逆らった私個人だけでなく、罪のない皆さんを含めたブリタニアそのモノを亡きモノにしようとしました。

 英雄の仮面で本性を隠し、正義というまやかしで暴虐の限りを尽くす。何という愚かしい蛮行なのでしょう。

 かつてゼロは自らこう述べました。

 “私は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは断じて許さない! 撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!”と。

 ならば、ゼロが起こした今回の──罪なき者を一方的に虐殺しようとした──行動は、彼自身が否定し、断罪の対象とする強者の悪意ではないでしょうか?」

 

 明かな矛盾をナナリーは民衆に突き付ける。

 もしここで自分達が死んでいれば、まさに死人に口なし。ゼロにとって都合の良い言い訳も、証拠の捏造も容易だったことだろう。

 だが自分達は、まだ生きている。

 生き残った者こそが『正義』となる。

 それこそがこの世界の現実だった。

 そう、最愛の兄が悪逆皇帝として討たれ、ゼロが救世の英雄となったように……。

 

 ナナリーはギリッと奥歯を噛みしめる。

 

「自らが掲げた信念を捨て、理念も矜持も持たない今のゼロに、もはや正義を語る資格はありません!」

 

 今度はそうはいかない。

 いつまでも同じ手が通用すると思うな。

 ここから、このブリタニアからゼロというシステムが支配する世界は終わる。終わらせてみせる。

 

「ゼロを許すな!」

 

「卑怯者!」

 

「魔王が!」

 

「地獄に落ちろ!」

 

「もう騙されるものか!」

 

「黒き騎士に死を!」

 

 死の淵に立たされた罪なき民衆が口々に怒りを叫び、ゼロに対して殺意を向ける。

 絶望的な死を突き付けられ、冷静さを保てるほど人の精神は強くはない。

 しかも突き付けた相手は、世界が認めた正義の象徴たる英雄。

 例え二人の英雄が相対する現状の世界情勢でも、未だにゼロを英雄と信じ、支持する者はここブリタニアでも少なくない。

 そんな彼等にとって、今回の虐殺未遂は自分達に対しての明確な裏切りだった。憧れや好意が、憤怒と嫌悪によって塗り替えられる。

 

「うふふっ」

 

 ナナリーの瞳は会見場全体を呑み込む、黒き負の感情の蠢きを捉えていた。

 

 もっとです!

 もっと怒って、もっと憎んで、もっと、もっと……!

 広がれ、ブリタニア全土へと、大陸全土へと、この世界の果てまで!

 

「誇り高きブリタニアには絶対なる盾=イージス、そして絶対なる剣=帝国守護七騎士が存在しています!

 故に私達は負けません! 今こそ偽りの英雄を討ち、真に私達が望む本当の正義を体現するのです!

 勝利は我が祖国と共にあり!」

 

『オール・ハイル・ブリタニア!!』

 

 歓声を上げる民衆を醒めた瞳で見つめながら、ナナリーは心の中で吐き捨てた。

 

 本当の正義?

 ふふっ、何それ?

 

 善悪も正義も所詮は人間が創り出した数ある概念の一つに過ぎない。

 人は個々に己の思想や理想、理念を正義とし、それに反するモノを相対的に悪として選んでいる。または選ばされ、そのあやふやな概念を盲信しているに過ぎない。

 だからこの世には絶対的な正義も、絶対的な悪も存在しない。時代によって、環境によって、状況によって、それらは幾重にも姿を変える。脆く儚く、簡単に揺らいでしまうほどに不確かなモノ。ましてや優劣などあるはずがない。

 99人にとっての正義が、1人にとっての悪。また逆に99人にとっての悪が、1人にとっての正義である、という事は決して珍しいことではない。そう、ただ主観の問題というだけだ。

 故に彼女の『正義』と彼等の『正義』が持つ意味は同一で有り得るはずがない。

 その事実に気付ける者は、この場には居ないだろう。

 

「ルイン、後は任せました」

 

『イエス、マイ・マスター。全ては貴女様の命じるままに、望むがままに、その御心のままに────』

 

 呟くように下したナナリーの命令に、彼女の最大の理解者にして、最強の復讐の剣=破滅を喚ぶ騎士(ナイトオブルイン)は応える。

 

 刹那、蒼いエナジーウイングを羽ばたかせ、七体の白銀の騎士達が──ルインの騎乗機を先頭に──空へと舞い上がっていく。

 その姿を見送りながら、ナナリーは狂気に瞳を輝かせ、人知れず微笑みを浮かべた。

 

 

 あの絶望の日から4年。

 長く苦しかった地獄のような日々。

 色を失い、満たされる事のない日常。

 空虚な世界。

 でも、ようやくこの時が来た。

 今からだ、今この瞬間から本当の復讐が始まる。

 巨悪を成して独善を討ち、この世界を私の色に染め上げる。

 待っていて下さい、お兄様の汚名は私が……。

 さあ、私と殺し合いましょう、ゼロ。

 

「だから────」

 

 

 救世の英雄ゼロ率いる漆黒の騎士と、神聖ブリタニア帝国第百代皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニア直属騎士ナイトオブセブンによる、後の『ネオペンドラゴン攻防戦』開戦。

 ソロモンを墜とし、ゼロを拘束または殺害すれば、ナナリーの勝利。

 ナナリーを拘束または殺害し、ネオペンドラゴンを、延いてはブリタニアを滅ぼせば、ゼロの勝利。

 

 



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第27幕 【姉妹】

 

 開戦から間もなく、ネオペンドラゴンの空は戦場と化した。

 ダモクレス級浮遊要塞ソロモンより出撃した無数の黒き騎士──漆黒の騎士保有の新型量産KMF──レギオンが空を埋め尽くす。まさに軍団の名を冠するに相応しい有り様だった。

 そこからも漆黒の騎士が保有する戦力の規模を見て取ることが出来るだろう。

 

 対して、迎え撃つブリタニア側の兵数は僅かに七騎の白き騎士。現皇帝=ナナリー・ヴィ・ブリタニアの手によって組織された新たなる帝国の剣。

 

 数の理論では漆黒の騎士側が圧倒的な優勢に立つことが出来たはず。

 しかし現実に空を支配したのは後者だった。

 その戦いは数と質の戦いと言っても良い。

 数で勝る黒き軍団を、個々の圧倒的な力によって蹂躙する白き騎士。

 まるで神話のワンシーンを再現したかのような光景に目を奪われた者も多い事だろう。

 

 祖国ブリタニアを悪魔の手から守る聖騎士。

 新たな英雄の誕生。

 

 もはや彼等の中には『ナイトオブセブン』という名に対する嫌悪も、その──ランスロットに似た──姿に対する忌避感もない。

 同時に超合集国憲章に違反する固有の軍事力の保持及び行使、またそれを命じたナナリー皇帝に対して異を唱える者も居なかった。

 

 自分達を守ってくれない超合集国に従って何の意味がある?

 やはり最初から参加したこと自体が間違っていたのではないか。

 

 黒の騎士団率いるゼロもまた自分達を見捨て、漆黒の騎士率いるゼロの暴虐を──合衆国中華に引き続きブリタニアでも──許した。結果を伴わない英雄に縋ってなんになる。

 いや、そもそも最初から二人のゼロは協力関係にあったではないか、という疑念が生まれた。対決姿勢を見せておきながら実際に刃を交えることのなかった二人のゼロ。

 二人のゼロによる混乱も、自分達の目を欺くためのパフォーマンスだとしたら……。

 

 超合集国という名のシステムも、英雄の仮面を被った人殺しも必要ない。

 嘘に満ちた世界において、信じられる物は栄光の祖国ブリタニア。

 そして祖国を統べる皇帝陛下。

 自分達を守り、嘘を暴き、導いて下さる『聖女』様だけだ。

 

 

 

 絶対的な死の恐怖に心を砕かれ、演出された奇跡によって救われた民衆。英雄という幻想に縋って生きていた彼等が拠を失った結果、目の前の強者を新たな心の支えとしてしまうのは仕方のない事だった。

 例えその裡に闇が巣くっていたとしても、彼等にそれを知る術はないのだから……。

 

 

 

 現状の世界を構築する歪なシステムの無能さに気付き、民衆が英雄神話という幻想から目覚める。

 その様子に少しだけ心が晴れていく。

 ただ、自分を新たな拠にしようとする単純さには苦笑すると同時、あまりの愚かさに怒り抱いた。

 だから偽りの英雄などという詐欺師に騙され、支配されるのだ。

 尤も民衆を扇動する自分もまた同じ穴の狢なのだろう。

 理解していた事だが、認めたくない現実に虫酸が走る。

 

 自らの騎士が優勢を保つ戦場を見上げる。

 まるで舞い踊るように戦場を駆ける白き騎士達。

 彼等の勝利は揺るがない。

 それだけの力は与えている、故に敗北などあってはならない。

 さて、いつまでもこの場に居ても仕方がない。この場でやるべき事は全て終わっているのだから。

 

 

 

 ナナリーが電動車椅子の操作パネルを操作し、壇上から降り、建物内へと続く通路に入った瞬間だった。

 

「ナナリー、これは一体どういう事だ!!」

 

 彼女の行く手を遮るように一人の女性が立ち塞がり、強く激しい口調で問い詰める。

 

「……コゥ姉様」

 

 目の前に現れた異母姉の存在にナナリーは心の内で煩わしそうに溜息を吐く。

 

 

 神聖ブリタニア帝国元第二皇女=コーネリア・リ・ブリタニア、現コーネリア・G・P・ギルフォード。

 かつてブリタニアの侵略戦争において前線で指揮を執り、相対敵から──憧れていた彼の『閃光のマリアンヌ』と同じ──『ブリタニアの魔女』の異名で呼ばれていた彼女だったが、ゼロレクイエム後、ブリタニアの暫定代表に異母妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを推挙。自らは正式に皇籍奉還特権を行使し、市井へと下り、長く行動を共にしてきた専任騎士=ギルバート・G・P・ギルフォードと籍を入れている。

 もちろん市井に下ったからといって全ての責任を放棄したわけではない。

 一時的にブリタニア軍元帥の地位に就き、軍縮及び国軍解体の指揮を執るなど、早期の超合集国参加に貢献。その後も軍に代わり組織された武装警察初代長官として治安維持部隊を率い、黒の騎士団協力の下、超合集国参加に異を唱え暴力に訴える反政府組織の取り締まりや、皇帝となったナナリーの警護責任者の任に就いている。

 

 彼女は自らが犯した罪に対して、この世界の安定を贖罪の道に選び、優しい世界の実現を目指すナナリーを公私に渡り支えてきた。

 ただやはりその根底には、志半ばで凶弾に倒れた最愛の妹のためにも、とする想いがないと言えば嘘になるだろうが。

 

 何れにしろ彼女が警備責任者として会見場に居合わせたことは当然の流れだった。

 

 

「説明してもらうぞ!!」

 

 ゼロに対する宣戦布告。

 存在を知らされていなかった──合集国憲章に反する──私設武装集団の保有、また同様に莫大な資金が投入されたであろう都市防衛システム=イージスの開発と設置。

 遙かに想像を超えた事態の連続に戸惑いながらも、民衆を扇動し、祖国を私物化するナナリーに対して憤怒さえ纏わんとするコーネリア。

 

「私が何をしたいのか、本当に分からないのですか?」

 

 一方ナナリーはコーネリアが向けた鋭い眼光を、凍えるように冷たく、光さえも呑み込んでしまうかのような暗い瞳で真正面から受け止める。

 その程度で怯みはしない。

 もはや怯む価値すらないとでも言いたげに。

 

「ッ……」

 

 誇るべきが武だけではないコーネリアはその一言で多くを理解する。いや、今回のことが起きた瞬間からある程度予測はしていたのかも知れない。

 そして同時に間違いであって欲しいと願っていた事だろう。

 そう、決して認めることの出来ない想いをナナリーが抱いていた可能性を。

 

「ねえ、コゥ姉様。現状の世界は間違っているとは思いませんか? 一人の人間の死によって齎される平和な世界が正しい姿だと、殺人を肯定した正義が、それを受け入れた人間が歪んでいないと本気で思っているのですか?」

 

 そう、世界は認めてしまった。

 平和を実現するためには必ず犠牲が必要なのだと。

 そして殺人という行為の正当性、正義という名の免罪符を。

 

「だがそれでも、アイツが、ルルーシュが何のために────」

 

「私のためですよね。でもここでお兄様の名前を出すのは反則だと思います」

 

「分かっているなら何故こんな事を!」

 

「きっと理屈じゃないんです。こんな世界、私は望んでいなかった。いらない、欲しくなかった。だから────」

 

 ぶっ壊します。

 ただそれだけのことです。

 

 柔和な微笑みを浮かべ、さもそれが当然であるかのように何ら憚ることなくナナリーは告げる。

 

「……馬鹿な」

 

 ナナリーの応えにコーネリアは言葉を失った。

 

 復讐。

 その為に世界を巻き込むというのか?

 いや、その想いを理解できない事もない。自分にも最愛の者を失い、憎しみに駆られ、世界を呪った過去がある。こんな世界滅んでしまえばいいと願ったことだってあった。

 だが実際の行動に移すとなれば話は別だ。

 彼等が何を望み、何のために自らの命を懸けたのか、それを理解しているならなおさらのこと。

 

「お前はそんな事のために死者の想いを踏み躙り、守るべき無辜の民を巻き込み、さらなる悲劇を生み出そうというのか!?」

 

「そんな事……? そうですね、コゥ姉様にとっては下らない事なのかも知れません。残念ですが見解の相違は避けられそうもありませんね」

 

 刹那、ナナリーの顔から微笑みが消える。

 

 守るべき無辜の民?

 笑わせるなと言いたい。

 何も知らず、真実を知ろうともせず、安寧という名の結果だけを享受する。

 守る価値なんて欠片もない愚者。

 所詮彼等は捨て駒であると同時に復讐の対象にしか過ぎない。

 

「それでコゥ姉様はどうするつもりなんですか? 私を排し、ゼロが齎す独善的な断罪の瞬間を座して待ち、黙ってその首を差し出すと?」

 

「そんな事は……」

 

「出来ませんよね? コゥ姉様にはユフィ姉様が望んだ『優しい世界』の創造、最低でも道筋をつけるという確固たる想いを抱いているのですから。

 本当は分かっているはずです、戦うしかないと。今のゼロは『優しい世界』を構築する上で最大の障害となる存在だと。

 ああ、でもコゥ姉様には無理でしたね。コゥ姉様は世界と向き合うことから逃げたんですから」

 

「いつ私が逃げたと言うんだ」

 

 コーネリアの瞳に再び剣呑さが増した。

 

「だってそうでしょ? 逃げていない、諦めてはいないというのでしたら、何故ゼロレクイエム後すぐに私をブリタニアの代表に推挙し、御自分は皇族という肩書きを捨て、市井に下ったのですか?

 皇位継承権ではコゥ姉様の方が位が高く、その気になれば生き延びた国内外の貴族達を纏め上げ、支持を取り付けるのは容易だったはずです。私と違い、悪逆皇帝の同腹の妹というレッテルはありませんし」

 

「それはお前が────」

 

「私が望んだからですか?」

 

「……そうだ。もしあの時、私とお前のどちらもが我を通そうとしたなら、ブリタニアという国が一つに纏まることはなかった。結果、混乱が長引き、生じた政治空白により復興は遅れていただろう。

 国の安定、延いては世界情勢の安定を思えば、間違った選択だったとは思わない」

 

 コーネリアの語る言葉は事実だろう。

 軍部に強い影響力を持ち、前線で挙げた数々の功績から次期皇帝最有力候補の一人に数えられていたコーネリア。

 片や暫定的だがダモクレス戦役時、悪逆皇帝ルルーシュを皇位の簒奪者と定め、シュナイゼル派がブリタニア帝国第99代皇帝として擁立したナナリー。

 両者共にブリタニアの新代表、また皇帝として立つ資格を表面上は持っている。

 もし互いに譲らず対立するような事になれば、予測された混乱は現実の比ではなかったことだろう。それこそ最悪新たな火種と化し、独立を強行する貴族連合や反超合集国組織を交えた内戦に突入していたとしておかしくはない。

 故にコーネリアの判断がブリタニアの復興に際して正しかったことは証明されていた。

 

 だがナナリーは突き放すように告げる。

 

「私を言い訳の道具にしないで下さい。

 そもそも私の求めに応じて皇帝の座を譲って下さったのなら、こうして私の邪魔をするのは止めてもらえないでしょうか? 私の願い、私の望み、私の求めているモノはあの時から何一つ変わっては居ないのですから」

 

 コーネリアは間違っていない。

 ただ唯一の失態はナナリーが身に付けた仮面、民が求める優れた皇帝の仮面の下に隠されていた本心に気付けなかったことだろう。

 もちろんそれを理由に彼女を咎めることは筋違いなのだが。

 

「だけど本当にユフィ姉様がお可哀想」

 

 ナナリーは挑発するかのように、進んでコーネリアの逆鱗に触れる。

 未だ変わることのなく彼女の最も大切なモノ、最愛の妹=ユーフェミア・リ・ブリタニアという存在に。

 

「なに……?」

 

「国民のため、祖国のため、世界のため。私情を排したその考えは大変素晴らしいと思います。誰にでも真似できるモノではなく、現に私には不可能でした。

 でもそれは……コゥ姉様の行為はユフィ姉様に対する裏切りです。

 本当に心からユフィ姉様を想い、その願いを実現しようとしたなら、私を切り捨ててでも自らが皇帝という地位に就くべきだったのではないのですか? 権力ある皇族という地位を自ら捨てるなんて悪手としか言いようがありません。

 口では何とでも言えますが、所詮は全て逃げる為の言い訳であり、御自分を正当化する為の口実だったのですよね? それこそユフィ姉様への想いすら」

 

「違うッ!」

 

 コーネリアから隠しようのない憤怒と同時に殺意さえ放たれる。

 だが気に留めるそぶりを見せることもなくナナリーは言葉を続けた。

 

「でも私は違う。何があっても、どんな手を使っても、全てを犠牲にしてでも成し遂げる覚悟があります。

 ああ、でも今ようやく理解しました。幼き日から脆弱で無能なコゥ姉様()を見て育ったから、ユフィ姉様()も無能になったんでしたね。本当にお可哀想」

 

 ナナリーは嘲笑に顔を歪める。

 

 刹那────

 

「ナナリィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 耳を劈かんばかりの叫びと共に、コーネリアは腰に携えていた銃剣(サーベルガン)を素早く抜き放ち、その先端をナナリーへと突き付ける。いや、突き付けようとしたとするのが正しいか、銃口がナナリーを捉えることはなかった。

 

「皇帝陛下に対する無礼は許さない」

 

 声と共に下段より切り上げられた剣が、コーネリアの手にする銃剣を弾く。

 

「くっ、貴様は!?」

 

 コーネリアは自らの前に立ち塞がり、邪魔する存在を怒りに打ち震えながら睨め付ける。

 感情の希薄さを感じさせる醒めた表情を浮かべた──幼さを残す──整った顔立ち。アップで纏められた薄桃色の髪。黒い騎士服の上に淡紅色のマントを纏い、長剣を構える小柄な女。

 

「何のつもりだ、アーニャ・アールストレイム!?」

 

 アーニャ・アールストレイム。かつて神聖ブリタニア帝国が誇った最強の十二騎士=ナイトオブラウンズにおいて、若干14歳という年齢で第六席に就いた天才児。

 彼女とナナリーの関係はコーネリアも知っている。元々は命令により護衛する者とされる者であったが、同性であり、また同年齢でもあったが故に親交を深めるには、あまり時間は必要なかった事だろう。

 二人の関係の深さはダモクレス戦役時、彼女が唯一ダモクレス陣営に付いたラウンズであり、ナナリーの騎士であったエピソードからも窺い知ることが出来る。

 ただ彼女はダモクレス戦役において作戦行動中行方不明(MIA)と認定され、以降表舞台に姿を現わすことはなく、書類上では既に死亡扱いされている人間だった。

 

「何故貴様が……いや、もはや理由など良い。そこを退け!!」

 

「アーニャさん、大丈夫です」

 

 ナナリーの声にアーニャは剣を引く。もちろん最大限の警戒を弛めることはしないが。

 

「それでどうするつもりなんですか? 激情に身を任せ、私を殺しますか? それとも私を拘束し、ゼロに差し出して命乞いでもしてみますか?

 でもこれだけは言っておきます。もう手遅れです。例えこの場で私が命を落としたとしても、一度回り始めた歯車を止めることは誰にも出来ません。不可能なんです」

 

「それでも私は……この国をお前の好きにはさせない!」

 

「無理だって言ってるのが分からないんですか? 今更使命感に熱くならないで下さい、かえって滑稽に見えますから。

 一度逃げたのなら最後まで逃げれば良かったんです。覚悟なく中途半端に国を思うぐらいなら市井に逃げ、男に逃げ、家庭に逃げていれば、今頃その手に我が子を抱く程度の幸福を享受できたことでしょう。

 どうせコゥ姉様のことですから、女児を出産した暁にはユーフェミアと名付けようとでも考えていたんじゃないですか?

 でもきっと虐殺皇女と同じ名前だから周囲から忌避されることになっていたのではないでしょうか。そう考えると来るべき不幸を事前に回避したことになるのかも知れませんね。儘ならない世界です、本当に」

 

「それが今何の関係がある!?」

 

「ふふっ、ありますよ。だってこれが貴女に皮肉を告げる最後の機会なんですから」

 

 動揺を手に取るように理解し、苦笑するナナリーの身から放たれる溢れ出す狂気と殺意は、コーネリアの精神を容易く凌駕する。

 

「っ…あ…あぁ……」

 

 半瞬、コーネリアは身体の自由を奪われ、本能的に悟った。

 突き付けられた死を。

 自らの終わりを。

 

「ねえ、コゥ姉様。憶えていますか?

 魔王ルルーシュは死んだぞ、人質を解放しろ。

 これ、コゥ姉様の言葉ですよね?」

 

 そして────

 乾いた一発の銃声が響いた。

 

 

 

「陛下、ご無事ですか!?」

 

 銃声を聞き、駆け付けた近衛騎士(インペリアルガード)の一人がナナリーの無事を確認する。

 

「はい、私は無事です」

 

 ナナリーは瞳に涙を湛え、俯きながら答えた。

 

「ですが……。まさかコゥ姉様が、いえコーネリア長官がゼロと内通し、私を手に掛けようとするなんて……そんな……信じられません」

 

「陛下、お気持ちはお察し致します。ですがこの場は我々に任せ、シェルターへ。既に閣僚方もお待ちになっております」

 

 騎士は血の海に沈んだ──元上司にして現反逆者となった──コーネリアの亡骸を軽蔑の瞳で一瞥して告げる。

 

「ええ、貴男の言うとおりですね。後のことはお願いします。ただこの件はくれぐれも内密に処理して下さい。現状を鑑みれば影響を最小限に抑える必要があります」

 

『イエス、ユア・マジェスティ!』

 

 車椅子を進めるナナリーと、それに付き従うアーニャの背を騎士達は敬礼を以て見送る。

 

 しかし彼等は真実を知らなかった。

 支えてくれた姉の突然の裏切りと死に対して、悲しみに暮れながらも職務を全うする為に気丈に振る舞う妹の仮面の下で、ある種の達成感に満ちた笑みが浮かべられていることを。

 

 




 はい、という事であらすじや注意書きでお伝えしていたとおり、申し訳ございませんが本作はここまでです。
 数年ぶりに読み直し、私自身とても懐かしい気分になりました。
 現時点では続きを製作する予定はなく、所謂打ち切りとなってしまっています。
 最も書きたかったシーンを書ききり、満足してしまったことが原因だと思われます。
 ここまでお付き合いいただいた事に改めて感謝を。

  
 


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