ドラゴンクエスト 天空物語・続 カデシュの帰還 (山屋)
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プロローグ:カデシュの帰還

 男は帰るべき場所を目指していた。

 長い銀髪を持つ色白の端正な美貌の男である。

 おそらくは世の女性の大半は男の容姿を目にした途端、その容姿に魅了されることだろう。

 端正な容姿の持ち主は、しかし、それを台無しにする程の険しい表情をしていた。

 眉をそめ、眉間に皺を寄せた険しい表情だ。

 あるいは一見して、端正な美貌に魅了された女性もその険しい表情に声をかけるのもためらうかもしれない。自分が何か、この男を不快な気分にさせてしまったのかと。錯覚してしまうかもしれない。

 しかし、それは違う。

 男のしかめっ面は男の常態であり、悪癖のようなものでもあった。

 男のことをよく知る人間、たとえば某国の――――グランバニアの王子や王女はそんなしかめっ面を見ても男が決して不機嫌ではないことを察することができるだろう。

 彼らのことを考えると男の胸が安らぐ。彼らと過ごした決して短くない時間は男の中で大事な記憶となり、かけがえのないものとして確固たる存在になっていた。

 男の名はカデシュ・レアルド・ストロス6世。

 魔物に滅ぼされた辺境の小国、ストロスの王子であるが、その立場も捨てた今となってはしがない旅の魔法使いでしかない。

 男は魔物を憎んでいた。

 自分の国を滅ぼした魔物たちを根絶やしにせんと思いを抱いていたこともあった。

 しかし、それらの思いは今では変化している。

 魔物を滅ぼせるという伝承にある伝説の勇者、天空の勇者。それを追い求めてたどり着いたグランバニアの地でその伝説の勇者でもあるグランバニアの王子やその双子の王女、そして、心を通わせた彼女との触れ合い。行方不明であるというグランバニア王が残した仲間の魔物たちを見て、全ての魔物が悪ではない、と知ることが、分かることができた。

 ならば、滅ぼすべきは何か。

 至極明快である。魔物たちを率い悪を成す、魔の帝王。――――すなわち大魔王。

 それを滅ぼすことこそが男の目的である。

 その目的を成すためにも男は帰るべき場所に帰る必要があった。伝説の天空の勇者である王子たちと再び会わなければならない。そして、彼らの旅に同行しなければならない。

 それは男が自分の目的を遂行するための利己的な願いでもあったが、彼らとの触れ合いを通じて忘れていた心――――人の心というものを思い出した男にとっては純粋に彼らの旅を支えたい、力になりたい、という気持ちの方が大きい。

 男にとってもそれは予想外のことで、自分がこんな気持を抱くことになるなど、魔物たちに自国を滅ぼされたあの日にはとても想像だにできぬことでもあったが。

 男と彼らは今生の別れを告げた立場である。

 故国、ストロス国の跡地で男はそれまで共に旅をした彼らに別れを告げた。自分の役目は彼らにストロス国の至宝、ストロスの杖を渡すことだったのだと思っていた。

 彼らにストロスの杖が渡った今、自分の役目はもう何もない、と思っていた。

 そう思ったからこそ天空の勇者である、まだ幼い少年に全てを託す言葉を遺したのだ。

 だが、自らの死を覚悟した男は生き残った。

 運が良かった、と言う他ない。

 世界から断絶された異空間に中にあって、宿敵を打ち倒した男は一人、残された。

 空間は崩れゆき、自分もまたここで命を落とすものと思っていた。

 だが、その時だった。死にたくない、という思いが胸の奥底に芽生えたのは。

 自分は死ぬ訳にはいかない。自分の帰りを待つ彼らのためにも絶対に死ぬ訳にはいかない。

 そうだ。

 自分は天空の勇者に――――テンたちにああ言ったのだ。

 

「私が死ぬ訳がないだろう」

 

 その言葉を聞いたからこそテンたちは自分を置いて、去って行ったのだ。

 自分は約束したのだ。

 死なない、と。

 彼ら――テン、ソラ、サンチョ、そして、ドリス。

 その約束を守らなければならない。

 崩壊する異空間の中で男は一つの呪文を唱えた。

 それはこれまで唱えたこともない初めての呪文だった。

 どんな深層のダンジョンの奥地にあっても無事に生還できるという奇跡のような呪文。

 その名は『リレミト』。

 『メラ』や『ギラ』などの低級の呪文であれば詠唱なしに唱えることのできる実力を持つ男であるが、この呪文だけは長い詠唱を必要とした。

 絶対に失敗する訳にはいかないという思いが、詠唱を省略することを許さなかった。

 それが功を奏したのかは定かではない。男は気が付けばそれまでいた異空間を離れ、青空の広がる地上にいた。

 それからは一旦、近くにあった港町に身を寄せた。

 ストロス国が滅ぼされた後、身元を引き受けてくれた神父のいる教会のある港町だった。

 旅に出る男を見送ってくれ、何かあった時には止まり木くらいにはなろう、と言葉をかけてくれた育ての親の神父は健在で、男の姿を見ると何も聞くことはなくかつての言葉通りにやさしく出迎えてくれた。

 それは人の心を思い出した男にとってはあたたかな空間ではあったが、自分はここに長居することはできない、と告げると再び旅支度を始めた。

 そんな男を神父は何も言うことはなくやさしく見守ってくれた。

 男にとっての幸運はその港町に海賊船『スカルアロウ』が停泊していたことである。

 海賊船『スカルアロウ』そして、その船長であるオーゼルクとは見知った仲である。

 共にグランバニアの王子たちの両親探しの旅に同行し、そして、王子たちがストロスの杖の入手するのを境に別れた身である。

 オーゼルクは生還した男を見て、驚きつつも喜びの表情を向けてくれた。

 グランバニアまで送って欲しい。

 男はそう頼み込んだ。

 グランバニアの地を離れここまで航海してきたオーゼルクたちにとってはとんぼ返りを強いられる無茶な提案であることは承知だったが、オーゼルクは二つ返事で承諾してくれた。

 

「早くテン坊やソラ、ドリスの嬢ちゃんに無事な姿を見せてやりな」

 

 そう言ってオーゼルクが快活に笑ったのを強く覚えている。

 グランバニア近郊の港町、シューベリーまで送ってもらい、そこでオーゼルクたちとは別れた。

 そこからは後は徒歩でグランバニアを目指すのみである。

 整備されているとは言い難い獣道を歩きながら、グランバニアを目指す。

 たいした距離ではないのだが、その道中が男にとってはひどく長く感じられた。

 一人旅など慣れているハズなのにどうしてだろう、と思う。すぐに彼らと過ごした時間のせいだ、と思い当たった。

 

(弱くなったな……カデシュ)

 

 自嘲する。

 全く。彼らと過ごした時間がこうまで自分を弱くしてしまった。

 一人の旅路をさみしい、と感じてしまう程に。

 やがてグランバニアの城が見えてくる。

 この城には城下町がない。城下の街をまるごと城の中に取り込んでいるのだ。

 魔物の襲撃に備えたこの政策を提案した王の名は、たしか、パパスといったか。

 城下の街がないとはいえ、警備がない訳ではない。グランバニアの城門には二人の兵士が屹立していた。当然、彼らに身元を訊ねられる。男はグランバニアの王子たちと旅路を共にするにあたり、国王代理のオジロンや城内の侍女や兵士たちにはある程度、顔を覚えられている身であったがこんな末端の兵士には流石に情報が知れてないのだろう。

 旅の魔法使いだ、と名乗ると兵士たちは特に疑うそぶりもなく城内に通してくれた。

 なつかしいな。

 グランバニアの城内に入り、そんな感傷を抱いた自分に少し驚きつつも男は足を進めた。城内に収納された街の姿をやはり奇妙なものだ、と思いながらも歩いていると、そこに地面に横になっている男がいた。「うげー、気持ちわりぃ~」などとぼやく男は二日酔いなのだろう。体中の穴という穴から酒気の匂いを漂わせていた。以前の男なら無視しただろう。しかし、今の男は「大丈夫か?」と声をかける程度の優しさは持ち合わせていた。

 

「ひっく……すまねえな、兄ちゃん」

「こんなところで横になっていては迷惑だ。二日酔いなら自分の家で覚ませ」

「へへへ……二日酔いじゃねえよ、一日酔いだ」

 

 男の冷たい声に酔っ払いの男はニヤリと笑うと手に持った酒瓶を示した。

 呆れた。

 どうやら二日酔いかと思っていたら今も飲酒の真っ最中だったらしい。迎え酒、というヤツか。この国の住民の宴会好きは知っているつもりだった。なにせ、王子と王女が旅から帰還したり、誕生日を迎える度に国中が一丸となって酒だ、酒だ、の大宴会をぶちまけるくらいなのだから。それでも、流石に目の前の酔っぱらいの体たらくに呆れずにいられるかと言うと、それとこれは話が別だった。「呆れたものだな」と冷ややかに呟くと、酔っぱらいはニッと笑い、

 

「へへへ……これが飲まずにいられるかってんだ。あんた、旅人かい? 旅人のあんたにはわからねえだろうが、長いこと行方不明になっていた王様が帰ってきたんだ。そりゃもう嬉しくって……」

「グランバニア王が見つかったのか!?」

 

 酔っ払いの言葉に思わず男は驚きの声を発する。その勢いに虚を突かれたのだろう。酔っ払いは目を丸くしながらも「お、おう……」と首肯した。

 

「つい先日、王子様と王女様が行方不明の王様を見つけてご帰還なされたんだ。それからは国中あげての宴で大騒ぎだよ」

「そうか……見つかったのだな……」

 

 感慨深く男は呟く。酔っ払いからすれば一介の旅人が何をそんなに感慨深そうにしているのか、謎だったであろう。

 

「けど、王様。王子様たちを連れてまた旅に出るって話だったなぁ。いまだ行方不明の王妃様を探すんだって……」

「そうか、また旅に……」

 

 だとすれば自分は絶好のタイミングで帰ってきたことになる。自分もまた彼らの旅に同行しなければならない。自分がグランバニアにやってきたのが彼らが再び旅立った後でなくてよかった、と男はひそかに胸を撫で下ろす。

 

「わかった。ありがとう。では、これで失礼する」

「お、おい、旅人さんよ。そっちは王様たちのところだぜ? いくらこの国がその辺、ゆるいからって旅人のあんたを通してくれるとは……ってか、なんで王様たちの場所とか知ってんだ?」

「ふ……」

 

 酔っ払いの言葉に思わず男の口元が緩む。

 

「ここは私の故国でもあるからな」

 

 男の言葉に酔っ払いは理解できない、とばかりに首を傾げるのだった。

 

 

 

 グランバニアの召使い、サンチョは二日酔いに頭を痛めていた。

 召使いとはいえ、国王直属の召使いである。現国王の父であるパパスの代から側仕えしている彼の立場は並の兵士などは遥かに凌駕する。国家の重鎮の一人であった。その召使い、サンチョは自分の立場も思わせない情けない顔つきで笑う。

 

「年甲斐もなく飲み過ぎてしまいましたかなぁ。こんな姿、テン王子やソラ王女、それに坊っちゃんにはとても見せられません」

 

 とはいえ、長年、行方不明になっていた坊っちゃん――――グランバニア王が見つかったのだ。このくらいの戯れは許されてしかるべきだろう、と自己弁護する。

 が、そんな情けない姿をその王や王子たちに見られていいかと言えばそれはまた話は別だった。

 市街にでも下りて酔いを覚ましてきましょうか。

 そんなことを思いながら平民の住むエリアへの道をサンチョが歩いていると「なんだ、お前は!」と穏やかではない声を聞いた。

 どうやら警備の兵士のようだった。

 誰かが貴族たちのエリアに立ち入ろうとするのを止めているようだ。

 

「テン王子やソラ王女に会わせてくれ。私には彼らに会わなければならない理由がある」

 

 その声を聞いた途端、サンチョは二日酔いの頭痛も吹き飛び、体が凍り付いた。この声は聞き覚えがある。いや、聞き覚えがあるなんてレベルではない。

 たまらず駆け出していた。サンチョの姿を目にした兵士が「あ、サンチョさん」と声をかけてくる。それにかまっている暇も惜しい、息を切らし、顔を上げると、兵士たちに止められている男の顔は、やはり、見覚えのあるものだった。

 

「カデシュさん!」

 

 サンチョは彼の名を叫ぶ。兵士たちは呆気にとられた様子でそんなサンチョとカデシュと呼ばれた旅の魔法使いを順に見た。

 カデシュはサンチョの姿を目にすると、乏しい表情の変化ながら、笑みを浮かべた。

 

「サンチョか……」

「カデシュさん! ご無事だったんですね! ああ、よかった!」

「すまない。心配をかけた」

 

 側まで駆け寄りカデシュの姿を見る。銀色の長髪に肌白い端正な容姿、身に纏った魔法使いの装飾。間違いなく、あの日、ストロスの地で死に別れたと思っていた魔法使いの姿がそこにはあった。

 

「え、こ、こいつ……いや、この人はサンチョさんのお知り合いですか?」

 

 兵士が驚愕の声をあげる。「ええ、まぁ」とサンチョは自身の内心の動揺も冷めやらぬ様子で答える。

 

「この御方……カデシュさんは我が国グランバニアにとっての大恩人です。勿論、テン王子やソラ王女とも顔見知りです」

「そ、そうなんですか!? も、申し訳ありませんでした!」

 

 兵士は自分たちの行っていた無礼に気付き、慌ててカデシュに頭を下げる。しかし、カデシュは気にした風もなさそうに「気にしなくていい」と呟いた。

 

「しかし……本当に、よくご無事で……」

「なんとかな……。それでテンやソラは?」

 

 サンチョと共に貴族の間を歩きながらカデシュは訊ねる。「ええ、お元気ですよ」とサンチョは笑った。

 

「カデシュさんはご存知ないかもしれませんが、先日、坊っちゃ……グランバニア王がご帰還なされて……」

「ああ、それは知っている。無事、見つかったのだな。よかった」

「カデシュさんのおかげですよ。カデシュさんがいなければ、ストロスの杖がなければ私たちは王の石化を解くこともできませんでした」

 

 石像にされているというグランバニア王。ストロスの杖はちゃんとその仕事を果たしてくれたらしい。故国の宝が誰かの助けになったというのならカデシュとしても嬉しくないはずもなく、フッと、笑みを浮かべる。

 

「テン王子とソラ王女は今は王と共に市街に出ていらしていて……もうすぐお帰りになると思うのですが……」

「構わない。親子水入らずの時間を邪魔する訳にもいかないからな」

「ですが、ドリス様はいらっしゃいますよ」

 

 サンチョがそう言うとカデシュは虚を突かれた、という様に表情を固めた。「ドリス……か」と呟く。そこに込められた感情は余人には伺い知ることの出来ない程、親愛の情が込められた言葉だった。

 

「顔を見せてあげて下さい。きっと、お喜びになりますよ」

「そうだな……そうするか……」

 

 カデシュは頷くと、サンチョと共にグランバニア国王の従姉妹であるドリスの部屋を目指した。サンチョが部屋をノックすると、「は~い」と声が帰ってくる。相変わらずの気楽な声だ、とカデシュは口元を綻ばせた。

 

「ドリス様、サンチョです」

「サンチョ? 何~? 坊っちゃんたちが帰ってきた?」

「いえ、坊っちゃんたちはまだですが、別のお方は帰ってきましたよ」

 

 サンチョが喜びを隠せない、という風に呟く。ドリスがいぶかしげにしている様子が扉越しに伝わってくる。やがて「別のお方って……?」と言いながらドリスが扉を開く、そして、

 

「カ……デシュ……?」

 

 体を震わせ、信じられないものを見るような目でカデシュを見る。カデシュはフッと笑う。

 

「ああ、そうだ、ドリス」

 

 つっけどんながら、感情の込もったその声に硬直していたドリスも目の前にいる銀髪の青年が間違いなくカデシュであることを確信したようだった。「カデシュ!」と叫ぶ。

 

「こ、このバカッ! あんな別れ方して……心配したんだからね! あたしも、テンも、ソラも! あんたのことを……!」

「ああ、すまない、ドリス」

 

 目尻に涙を浮かべて、ほとんど叫ぶようにカデシュに言葉を投げつけてくるドリスに対し、カデシュは静かに、しかし、申し訳なさそうに呟く。

 

「ホントに心配したんだから! ホントに……ホントに……! ……でも、無事でよかった」

 

 相変わらず涙は浮かべたままだったが、やがて、その表情が笑顔に変わる。

 

「おかえり、カデシュ。ずっと待ってたよ」

「そうだな……ただいま、ドリス」

 

 そんな二人を微笑ましいものを見るような目でサンチョは見つめていた。

 やがて、何かに気付いたかのようにドリスが「あ、そうだ」と声を発する。そうして自分の首にかけてあるペンダントを取るとカデシュの元に差し出した。ストロス国での戦いの前、お前が持っていろ、とカデシュがドリスに渡したペンダントだった。

 

「これ、返すね……」

 

 カデシュは無表情のまま、目の前のペンダントを見つめると、フッと笑った。ぶっきらぼうに「お前がもってろ」と言う。

 

「私が持っているよりお前が持っている方が似合うからな」

「え、そ、そう……? それじゃ、ありがたく受け取っておくけど……」

「ああ」

 

 戸惑った様子のドリスだったが、穏やかな表情を浮かべているカデシュに後押しされるように再びそのペンダントを自分の首にかけた。

 

「テンやソラにも早く教えてあげなきゃ。もうすぐ帰ってくると思うんだけどね……」

「父親と一緒に家族団らんを楽しんでいるのだろう? それを私が邪魔する訳にもいくまい」

「あ、坊っちゃんが帰ってきたこと知ってるんだ?」

 

 意外そうな顔をドリスはする。ドリスは従兄弟でもあるが一応は目上の立場であるグランバニア王のことを坊っちゃんと呼ぶ。サンチョが王のことをそう呼ぶのを聞いてから彼女もそうするようになったのだが、それを不敬と咎めるような野暮な者はこの城にはいなかった。

 

「ですが本当にテン王子やソラ王女もお喜びになられますよ。カデシュさんがこうして無事に帰ってきたとあっては……」

 

 サンチョが感極まったとばかりにしみじみと呟く。心配、かけてしまったのだな、とカデシュは今更ながら申し訳なく思った。

 その時、「ただいまー!」という気楽な声が響いた。「おや、噂をすれば……」とサンチョは表情を綻ばせる。ドリスも「帰ってきたみたいだね」と笑顔を浮かべる。この声は聞き間違いようもない。グランバニア王子、テンのものに違いなかった。

 カデシュ、ドリス、サンチョはそんな王子たちを出迎えるべくドリスの部屋を後にする。王子と王女、そして、カデシュにとっては見知らぬ男―――おそらくはグランバニア王であろう――が姿を見せたのはそのすぐ後だった。

 

「ただいま、サンチョ、ドリス!」

「ただいま」

 

 グランバニアの王子と王女、テンとソラはそう言う。そして、出迎えに来てくれたサンチョたちの姿を見ると、そこにカデシュの姿を見、目を丸くした。まず「カ……デシュ……?」とソラが声を発する。「カデシュ!」と嬉しそうな声を出したのはテンだ。

 

「ああ、私だ。心配をかけたな。テン、ソラ。今、帰った」

 

 カデシュがぶっきらぼうにそう言って笑うと信じられないと言うような顔をしていたソラもテンも喜色満面。二人は笑顔を浮かべるとカデシュの元に駆け寄り、抱きついた。

 

「カデシュ……! カデシュ……!」

 

 ソラが感極まったとばかりの涙声を発する。テンも笑顔で「帰ってきたんだね!」と喜びの声を発する。

 

「カデシュ! 心配、したんだからね!」

「すまないな、ソラ。だが、言っただろう。帰ってきたら新しい呪文を教えてやると。私がその約束を破るとでも思っていたのか?」

「そんなことない! ……けど、無事に帰ってきてよかった……!」

 

 自分に抱きついてきた王子と王女をカデシュも抱き返す。そのぬくもりを全身で感じ、胸の奥底から湧き上がる幸福感を少し不思議に思いながら。

 

「そうだ、カデシュ! お父さんが見つかったんだよ!」

「ああ、聞いている。よかったな、テン」

「お父さん、すっごく優しいんだよ! これもカデシュがストロスの杖をわたしたちに託してくれたおかげね!」

「そうか。それはよかったな、ソラ」

 

 カデシュは自分に抱きついてくる王子と王子をやさしい表情で見つめ、そして、次にこの場に現れたもう一人の人物――グランバニア王の方を見た。

 グランバニア王はこの場に現れた見知らぬ人物であるはずのカデシュを、しかし、穏やかな表情で見つめていてくれた。

 頭に青いターバンを巻いた。長い黒髪の男だった。若いな、と思った。若々しいではなく、若いのだ。年の頃は自分とさして変わらないように見える。少なくとも8歳の子供がいるとは思えない。だが、何よりも目を惹くのはその瞳だった。人間がこんな穏やかな目をできるのか、と思ってしまう程に、グランバニア王の瞳は透徹で純粋で、優しいものだった。なるほど。この男ならたしかに邪念にとらわれた魔物たちから邪気を払い、自らの仲間にすることもできるだろう、と納得する。カデシュがグランバニア王とファーストコンタクトをしている隙に「お父さん!」とテンが王に呼びかける。

 

「この人はカデシュ! お父さんを探す旅に同行してくれて、力を貸してくれたんだ!」

「お父さんを石像から元に戻したストロスの杖も、カデシュがわたしたちに託してくれたものなの!」

「それにすっごく強い魔法使いなんだ!」

 

 笑顔で自分に詰め寄り、カデシュのことを紹介する王子と王女をグランバニア王はやはり穏やかで優しげな瞳で見守る。そして、我が子たちの頭をやさしく撫でてやると王はカデシュの元を向いた。

 そこには警戒心や不信感は欠片もない。これが人間のものなのか、と疑ってしまう程、透き通った瞳で王はカデシュを見据えると「初めまして」と口を開いた。

 

「カデシュ、さん……ですよね? どうやら息子たちが世話になったようで……それに僕を探すための旅にも協力してくれたとのことで……ありがとうございます」

「礼を言われる程のことではない。私は私のしたいようにやっただけだ」

「それでも、ありがとうございます」

 

 ペコリ、と王は頭を下げる。一国の王が頭を下げることの重みをこの男はわかっているのだろうか? とカデシュは思った。だが、それも含めてのグランバニア王か、と思い直す。なるほど、たしかに。この男は、たしかにテンとソラの父親だ。

 グランバニア王は顔を上げ、やはり笑みを浮かべると、「僕はアベルと言います」と名乗った。

 

「テンとソラの父親で、不相応ながら、この国の王様をやらしていただいております。どうぞ、よろしく。カデシュさん」

「ああ、私の名はカデシュ。こちらこそよろしく頼む。……それと私にさんはいらない。しがない魔法使いだ。呼び捨てで結構だ。敬語も必要ない」

「そうですか? ……それじゃあ、よろしく、カデシュ」

 

 グランバニア王――アベルは穏やかに微笑む。毒気を抜かれる、優しい笑顔だった。その笑顔を前に自分のことをひねくれ者と自覚しているカデシュはむしろ気まずい思いを味わう羽目になった。

 

「そうだ、カデシュ! ぼくたち、これからお母さんを探すための旅に出るんだ! カデシュも一緒に来てくれるよね!」

 

 期待に満ちたテンの瞳がカデシュを見る。ややあって「ああ」とカデシュは声を返した。

 

「お前が真の伝説の勇者なのか。まだ、見極めが終わった訳ではない。お前たちの旅に同行するのは私の義務だ」

「やった!」

 

 テンは嬉しそうにはしゃぐ。

 

「お父さんも一緒で、カデシュもいるなら、きっとお母さんもすぐ見つかるわ! ありがとう、カデシュ!」

 

 ソラもまた喜色満面の笑顔で言う。カデシュはそんな二人の笑顔を受け止めた後、アベルに向き直った。

 

「……と、言うことらしいが、いいだろうか。グランバニア王。私が旅に同行しても」

「勿論、大歓迎だよ。僕たちの旅はきっと険しいものになる。凄腕の魔法使いが一緒となれば、これ以上、心強いことはない」

 

 アベルは笑う。テンやソラも、それを見守るサンチョやドリスもまた笑顔を浮かべていた。

 

(あたたかい……な)

 

 カデシュの口元も自然と綻ぶ。帰るべき場所。笑顔あふれる中でそれを再確認すれば、自然と胸の中があたたかい気分で満たされる。

 こうして、カデシュはグランバニアに帰還した。

 



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第1話:旅立ちに向けて

 カデシュの帰還から一夜明け、グランバニア城の一室では王妃を探すために旅立つメンバーが揃っていた。

 グランバニア王であるアベル、その息子であり王子であるテン、娘であり王女であるソラ、その召使いのサンチョ、そして、カデシュ。それにグランバニア王の仲間の魔物たち。

 これからはこのメンバーでグランバニア王妃――ビアンカを探しに行くことになる。

 グランバニア王を探す旅で王子たちに共に同行していたドリスが今回は同行を望まず、しおらしく、あたしはみんなの帰りを待っているよ、などと言ったことはカデシュにとっては意外だったが、ストロス国での戦いを経て、自分の立場とやるべきことがわかった、と言う彼女に対し、そうか、とカデシュも笑みを返した。

 部屋に集まった一同はすっかり旅支度を終えている。

 アベルは青いターバンに加え、青いマントを羽織り、その下にあまり豪華ではない、簡素で、しかし、丈夫そうな白い服を着ている。腰には一目見ただけで名剣と分かる一本の剣を携えており、父の形見、とのことだった。一国の王の格好とは思えないな、と思いながらそんなアベルをカデシュが見ていると、アベルの黒い瞳がカデシュを見た。

 

「何、カデシュ?」

「いや……旅立つとは言うが、具体的なアテはあるのか?」

 

 若干、バツが悪い気分になりながらカデシュは訊ねる。アベルは「そうだね」と頷く。

 

「カデシュもいることだし、改めて方針を確認しておこうか」

 

 そう言って、部屋にいる面々を見渡す。異論があるものなどいるはずもなかった。

 

「お父さん、エルヘブンに行くんじゃないの?」

 

 テンがのんきそうな表情で口にする。「エルヘブン?」とカデシュは言葉を返した。それに説明してくれたのはソラだ。

 

「オジロンさんが調べていてくれていたんだけどね。なんでもこの大陸の北にある大陸にエルヘブンっていう不思議な街があるんだって。そこはお婆ちゃん……お父さんのお母さんの故郷で、古来より不思議な力を継承しているらしいの」

「なるほど。そこにいけば……」

「ええ。ビアンカ様の行方がわかる、かはともかく、今の私たちにとって有益な情報が得られるかもしれません」

 

 ソラの説明をサンチョが引き継ぐ。この大陸の北の大陸となると船旅になるな。シューベリーから出港するのだろうか。そんなことを思いながら、カデシュが再びアベルに視線を戻すと、「エルヘブンも大事だけど……」とアベルは口を開いた。

 

「それよりもまずは天空の武具を集めようと思う」

「天空の武具?」

 

 テンがキョトンとした顔になる。アベルはそんな息子に微笑み、「そう」と頷く。

 

「今でも信じがたいことだけど……僕の息子、テンは僕や僕の父が長年、探し求めてきた伝説の天空の勇者だ。ならば今こそ、天空の武具をテンの元に揃える必要がある」

「天空の武具って、この城にある天空の剣の他に……」

 

 ソラの言葉をカデシュが引き継ぐ。

 

「天空の剣、そして、天空の盾に天空の兜、天空の鎧。これら一式が伝説に伝わる天空の勇者の武具だな」

「うん。カデシュの言う通り。この内、残念ながら天空の鎧だけは所在が不明だけど他の三つに関してはわかってる」

 

 アベルの言葉に「わかってるの!?」とテンが驚きの声を発する。

 

「まず天空の剣はこの城にある。天空の盾はサラボナのルドマンさんの家に伝わっていたんだけど、そこから僕が譲り受けて、今はラインハットで保管してもらっている」

「ラインハット……」

 

 サンチョが少し苦い顔をした。だが、その理由はカデシュには分からなかった。

 

「そして天空の兜。これはここからは大分離れた大陸にあるけど砂漠の国、テルパドールに代々伝わり、保管されている」

「テルパドール……かつて魔王を倒した勇者の墓があり、その勇者の仲間、導かれし者たちの末裔が治める国だったな」

「うん。流石だね、カデシュ。よく知っている」

「博識だね!」

 

 アベルとソラに褒められ、カデシュは視線をそらし、「これくらい天空の勇者について調べれば誰でもわかる」と謙遜した。

 

「だが、しかし……なるほど。そんな国ならたしかに伝説の武具が伝わっているのも納得がいく」

 

 カデシュは腕を組んだ。「それじゃあ、お父さん!」とテンが元気な声を出す。

 

「そのラインハットとテルパドールって国に行って、天空の盾と天空の兜を貰うんだね」

「うん。天空の盾は元々、こっちの持ち物だったし、ラインハットのヘンリー王子やデール国王とも顔見知りだから行けば渡してくれると思う」

 

 顔見知りなのか……。カデシュは内心で驚いていた。この王の詳しい経緯は知らないが、幼い日にグランバニアを離れた後、長年旅をしていたと聞く。その中で知り合ったのだろうか?

 

「天空の兜は……以前、テルパドールを訪れた時には僕には勇者の資格がないから、ってことで譲ってもらえなかった。でも、今なら話は別だ。ここには伝説の勇者、テンがいる」

 

 その言葉に部屋中の皆の視線がテンに集中する。テンは少し照れ臭そうにしていた。

 

「ぼくが伝説の勇者なんて……あんまり実感はないんだけどな……あはは」

「テンにならテルパドールの女王アイシスも天空の兜を譲ってくれるはずだよ」

 

 テンは照れ臭そうに笑い、そんなテンをアベルは優しい瞳で見つめる。明るいムードが室内に満ちる。しかし、そんな明るいムードに水を差してしまうかもしれないと思いつつも「しかし、ラインハットとテルパドールか」とカデシュは口を開いた。

 

「どちらの国もここからは遠く離れている。長旅になるな」

「そうですな……船にたっぷり食料などを積み込まなければ……」

 

 カデシュの言葉にサンチョも同意する。そんな二人に「あ、大丈夫」とアベルは笑顔を向ける。

 

「僕はルーラの魔法が使える。ラインハットもテルパドールも一度、行ったことがあるからルーラでひとっ飛びだ」

「ほぅ……」

「おお、それはいいですな。流石は坊っちゃん」

 

 カデシュとサンチョは揃って感心の声をもらす。

 

「とりあえずラインハットから行こうか。日が登った頃に出発しよう」

 

 異論がある者がいるはずもなく、正午の出立に備え、一同は一旦、解散するのだった。

 

 

 

 グランバニア城の庭園。そこにカデシュとソラはいた。グランバニアを旅立つまでの僅かな時間ではあるがやっておきたいことがあったのだ。

 

「ヒャドを教える」

 

 カデシュは口を開いた。ソラは笑顔で頷く。

 

「習得難易度はメラやギラとたいして変わりはないはずだ。お前なら使えると思う」

「うん!」

 

 父王を助けて、母を探すための新たな旅に出るにあたり、これまで以上の魔法の腕を磨かないといけない。そう思ったがゆえにソラはあの日、ストロス国での戦いでカデシュが残した言葉を実践してもらうことにしたのだ。新しい呪文を教えてもらうという約束を。

 それがこれまでソラが使ってきたメラやギラの系譜ではなく新しい系統の呪文なのはソラの希望だ。

 

「……しかし、ヒャドでいいのか? メラミやベギラマは?」

「実はメラやギラを使っていてなんだかしっくりこないっていうか、違和感があって……他の系統の呪文の方がわたしに向いているのかなぁ、って思うの」

「そうか」

 

 人には向き・不向きがある。カデシュにはメラやギラといった火炎系呪文がしっくりくるのだが、ソラは違うのだろう。ヒャド系呪文やイオ系呪文の方が向いているのかもしれないな、と思う。

 

「それじゃあ、始めるぞ。詠唱は……」

 

 カデシュはヒャドの詠唱をする。自分が使える、使えないに関わらず、大体の呪文の詠唱はそらんじている。ストロスが滅亡した後。一人きりになり、魔物を滅ぼすことだけを考えていた頃。魔法の特訓をする時間は山ほどあった。

 意識せずともあの頃の孤独とそうではない今の自分を比べてしまう。目の前のソラを見る。カデシュの教えを一つ残さず身につけんとばかりに彼女は真面目な表情でカデシュの詠唱を聞いている。

 

(全く……弱くなったな、カデシュ)

 

 何度目かも分からない自嘲が胸中でもれる。そんなカデシュの心の変化には気付いた様子もなく、ソラはカデシュの唱えた詠唱を復唱していた。

 

「うん、わかった!」

「よし。それじゃあ、やってみろ」

 

 ソラは早くもヒャドの詠唱を身に付けたようだった。早速、実践を促す。

 伝説の天空の勇者であるテンには幼いながらも天賦の戦いの才能があることはこれまで両親探しの旅に同行して知っている。しかし、その妹のソラも天才的な魔法使いとしての才能を持ち合わせている。ヒャド程度の呪文なら楽に使えるようになるだろう。

 ソラは「うん」と頷くと、真面目な瞳で中庭の宙空を見据える。両手を広げ、前に出し、詠唱をする。そして、最後に、「ヒャド!」と呪文名を唱えた。

 パチパチ、と音が響き、何もなかった宙空に氷の結晶が出現する。人の頭ほどの大きさになった氷の結晶は全体から氷の刃を伸ばすと、その場で爆ぜた。「ふぅ……」とソラが息を吐く。

 

「で、できた……!」

 

 控えめながらも嬉しげな声にカデシュも「ああ」と頷く。

 

「これがヒャド。ヒャド系呪文の最下級呪文だ。この呪文を基本とし、上にヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャドがある。上位の呪文もいずれは教えてやるが、焦ることはない。今はヒャドを使うことだけを意識し、詠唱なしでも唱えられるようにしろ。その積み重ねが上位呪文に至るまでの近道だ」

「うん、わかったわ。ありがとう、カデシュ」

「礼を言われる程のことでもない」

 

 満面の笑みで礼を言うソラを前に、照れたようにカデシュはそっぽを向く。全く、とカデシュは自嘲する。本当にこの国の人間と一緒にいるのは悪くない時間だな……。そんな風に思い、自覚せずカデシュは笑みを浮かべる。ソラも微笑み、穏やかな空気が二人の間に流れる。そんな流れを断ち切ったのは「カデシュ様~!」と言う声だった。

 カデシュが若干、眉を潜め、振り返ると物凄い速度で一匹のミニデーモン――グランバニア王の仲間の魔物、ミニモンがカデシュの元に迫り来るのが見えた。全速力で空を飛びカデシュに抱きつこうとしたミニモンをカデシュは裏拳で打ち払う。吹っ飛ばされたミニモンはイタた……と言いながらも熱い視線をカデシュに向ける。

 

「ああ、カデシュ様。素直じゃないんだから……このミニモン、カデシュ様と再び会えた喜びでいっぱいです」

「私はあまり喜ばしくないがな」

 

 冷たい視線をミニモンに向けるもミニモンは答えた様子もない。全く……、とカデシュは呆れた。そこに「お~い」と声。視線を向けるとテンがアベルと共にこちらに歩いてきている所だった。

 

「ソラとカデシュ、ここにいたんだ」

「ああ……、ソラに新しい呪文を教えていた」

 

 屈託のない笑みを見せるテンにどことなくバツが悪い気分になりながらカデシュは答える。

 

「へぇ、いいな~、ぼくにも呪文教えてよ、カデシュ」

「フ……お前が私などに教えを請う必要はないだろう、テン。お前は私が今使える呪文よりも遥かに高度な呪文を使える」

 

 カデシュの言葉にえ? とテンは意外そうな顔を見せる。

 

「ぼく、呪文なんて使えないよ~?」

「何を言う。ライディンの呪文を唱えたではないか」

 

 ライディン? キョトンとした顔になったテンに、その父親のアベルが笑みを浮かべて答える。

 

「ライディン。勇者だけが使える、雷の呪文だね」

「ぼく、そんなの使えないよ?」

「ストロスでの戦いでエンプルを倒した時に使っただろう」

 

 カデシュの言葉にテンはあー、という顔をする。

 

「そっか。あの時、使った呪文がライディンなんだ……でもぼく、怒ったあの時のこととかよく覚えてないよ? 今でも多分、使えないと思うし」

「火事場の馬鹿力ってわけね……」

 

 テンにミニモンが辛辣な言葉を投げかける。だが、とカデシュが言う。

 

「火事場でも、馬鹿力でもなんでも、テンがライディンを唱えたのは事実だ」

「はは……僕の息子は本当に伝説の勇者なんだね」

 

 アベルが嬉しげに笑う。自分の息子が勇者。その実感がいまいちアベルにはないのだろう。それも仕方がない。テンはまだ8歳の子供なのだ。カデシュとて実際に彼が年齢不相応の剣術を振るう姿やライディンの呪文を唱える姿を見ていなければ到底、信じられなかったであろう。

 

「それに、呪文を習いたいのなら父親に教えを請うたらどうだ? 以前と違い、今はお前たちにはやさしい父がいるだろう。私などに教えを請うよりよっぽど有益だと思うが?」

「そうだね。テンやソラが僕よりもカデシュを頼るのは父親としてちょっとショックかな」

 

 アベルの笑みに、「そ、そんなことはないよ!」とソラが慌てた声を発する。

 

「カデシュとは前から呪文を教えてもらう約束をしていて……決してお父さんが頼りにならないとかそんなこと思った訳じゃ……」

「そ、そうだよ!」

 

 ソラの声にテンも同意する。そんな子供二人を微笑ましいものを見る目でアベルは見ると「分かってるよ」と笑った。

 

「それに僕も一応、呪文は使えるけど、本職じゃない。魔法使いのカデシュに教えを請うた方がいいと思うよ」

「ご主人様は剣を使った戦いの方が得意だものね」

 

 ミニモンの言葉にうん、とアベルは頷く。

 

「僕が使える呪文なんてせいぜい、ホイミやベホイミ、スカラにバキやバキマくらいだからね」

 

 それだけできれば充分だと思うが、という思いは顔には出さずカデシュは「どちらかというと僧侶系の呪文だな」と呟いた。アベルは笑顔で頷く。

 

「テンは伝説の勇者だ。すぐに色々な呪文を使えるようになるよ」

「そうかな~? そうだといいんだけど……」

 

 父親にこう言われて照れ臭そうにしながらもテンは今ひとつ実感が沸かないようだった。そんな親子の様子をカデシュは笑みを浮かべて眺め、ふと思ったことがありソラに向き直った。ソラ、と名を呼ぶ。

 

「何、カデシュ?」

「ヒャド系呪文の練習をするのもいいが、できればメラ系呪文の練習も続けた方がいい」

「どうして?」

 

 首を傾げるソラにカデシュは続けた。

 

「お前は父親の旅の助けになり、母親を助けるために高度な呪文を身に付けたいのだろう?」

「うん。お父さんの足手まといにはなりたくないから……」

「ならばやはりメラ系呪文の鍛錬も欠かさない方がいい」

 

 カデシュは一旦、話を区切った。ソラはおそらく使える呪文が多い方が役に立つ、その程度のことだと思っているだろう。だが、カデシュの言葉にはそれ以上の意味が含まれていた。「これは伝説に近い話だが……」と前置きしてカデシュは語り始めた。

 

「魔法使いの間にはある伝承が伝わっている」

「伝承?」

「そう……メラ系呪文とヒャド系呪文の二つを極めた者は全てを消滅させる究極の呪文に至る……とな」

 

 究極の呪文。その響きにその場にいた面々は思わず黙り込む。「アタシも聞いたことあるわね」と言ったのはミニモンだ。

 

「極大消滅呪文とか言うヤツでしょ? アタシの知る限り高位の魔物でも使える奴はいないけど……」

「極大消滅呪文、か」

 

 凄いね、とアベルは笑う。「ソラがその呪文を使えるようになるの?」とテンも脳天気な笑顔を浮かべてソラを見る。ソラは「そ、そんな……」と照れたように反応する。

 

「わたしなんかがそんな凄い呪文なんて……カデシュも使えないんでしょ? その呪文」

「ああ……私にも無理だ。だが、ソラ。お前ならできる、と私は踏んでいる。ストロスの杖に選ばれた、お前なら」

 

 カデシュはそう言ってソラの瞳を見返す。ソラは恐縮したように困った顔をした。「まぁ」とアベルは口にする。

 

「ソラ、テンも伝説の勇者だけど、ソラもまた魔法に関して天賦の才を秘めている。そんな凄い呪文もいずれは使えるようになるさ」

「お、お父さんまでそんなこと言って……わたしはそんなたいそれた存在じゃないのに」

 

 顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。「でも、焦る必要はない」とアベルは優しい声で続けた。

 

「今は自分のできることをやればいい。無理に背伸びをすることはないんだ。大丈夫、ソラが僕たちのために頑張ってることはみんな知ってるから」

 

 優しく微笑む父親にソラはやはり照れ臭そうにうつむく。そんな親子の様子を眺め、いい、父親だな、とカデシュは思った。

 全てを包み込んでしまうような慈愛に満ちた瞳。この国の王は勇者ではないが、やはり只者ではない、という思いをさらに強くする。

 そんなソラとアベルを見て、テンは「ぶ~、ぶ~」と不満そうに唸る。

 

「お父さん、ソラにばっかり優しくしてずる~い」

 

 すっかり拗ねてしまった様子のテンに思わずカデシュの表情も綻ぶ。伝説の勇者として年齢不相応な一面も見せることもある彼だがやはりまだまだ子供ということだろう。父親に妹が贔屓にされていると感じたのか子供っぽく不満を訴えるその顔は8歳の子供そのものだった。「あらあらテン王子~」とミニモンもからかうように笑う。

 

「ソラちゃまに嫉妬してるの~、こっどもね~」

「そんなんじゃないもん」

 

 そっぽを向いてしまう。「テン」とアベルはそんな我が子の名前を呼んだ。「何、お父さ……」とテンが言い掛けたところでその小さな体が持ち上がる。「わっ」とテンの声。アベルがテンを抱っこしたのだ。

 

「お、お父さん……恥ずかしいよ……」

「あはは、そうか。すまない。でもお父さんもお父さんのお父さんに抱っこしてもらった時は嬉しかったからね。テンも嬉しいかと思って。……嫌だった?」

 

 テンは恥ずかしそうにしながら「嫌じゃ、ないけど……」ともごもごと呟く。カデシュとソラ、ミニモンはそんなテンの様子を微笑ましそうに眺める。

 

「心配しなくても僕はソラも好きだけど同じくらいテンのことも好きだよ。大切な子供なんだからね」

「そ、そう……?」

「勿論だよ。……そうだ、テン。ラインハットに行くまでの少しの時間だけど、一緒に剣の稽古でもしようか? お父さんはどちらかと言えば呪文よりそっちの方が得意でね。テンも剣術は使うんだろ?」

「い、一応……」

 

 抱きかかえた息子にアベルは優しく提案する。「ドラゴンマッドの翼を斬り払うことができるくらいの腕前だ」とカデシュはそんなテンをフォローする言葉を述べてやった。「へぇ!」とアベルは声を上げた。

 

「ドラゴンマッド相手に剣で渡り合ったのかい? それは凄いな。お父さんがテンくらいの年の頃にはそんな真似はとてもできなかった」

「そ、そんな大したことないよ……ソラやサンチョ、ドリスにカデシュも一緒に戦っていたし……」

「それでも凄いことだよ」

 

 そう言ってアベルは微笑む。

 

「これは稽古しがいがありそうだ。一緒に剣の腕を磨こう。お母さんを、助けるためにも」

「う、うん……わかった……」

 

 父親に抱きかかえられているのが恥ずかしいのかテンは終始、顔を赤くしていたが、アベルの提案を素直に受け入れた。そんなテンを眺めていたカデシュは「ねぇ、カデシュ!」と発したソラの声に意識を引き戻された。

 

「どうした?」

「わたしにも、もっと呪文を教えて!」

「ふ……急になんだ」

 

 ソラはようやく抱っこを終えて地面に足をついたテンを見て、再びカデシュを見上げた。

 

「テンには負けてられないもの! わたしもお母さんを助けるためにもっといっぱい、たくさんの魔法を覚えないと!」

「そうか」

 

 カデシュは口元を綻ばせた。

 

「カデシュ様~、ミニモンにも魔法を教えて~! カデシュ様の個人レッスン! ミニモンも受けた~……ふぐおっ!?」

 

 割り込んでこようとしたミニモンをやはり裏拳で迎撃し、カデシュはソラの真摯な色を秘めた瞳を見返す。

 

「それでは。出発までもう一稽古、といくか」

「うん!」

「お父さん! ぼくたちも早く稽古しようよ!」

「ああ、やるか。テン」

 

 グランバニアの庭園に笑顔が満ちる。ラインハットへの出発まで双子の王子と王女は少しでも強くなるため、それぞれの稽古にせいを出すのであった。

 



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第2話:ラインハットにて

 太陽が昇りきった後、グランバニア王のアベル一行はアベルのルーラの呪文でラインハットを訪れた。

 一国の首都であり首城のあるような大きな都市に魔物を引き入れる訳にもいかず、アベルの仲間の魔物たちは今回はグランバニアで留守番ということになってしまったため、メンバーはアベル、テン、ソラ、サンチョ、そして、カデシュの五人である。

 かつては魔物が化けた偽大后に牛耳られ、世界征服へと邁進し、そのために住民に重い税などを課していたラインハット王国であるが、その偽大后も討ち取られ、長年行方不明になっていたヘンリー王子が帰還し、弟であるデール国王の補佐をするようになってからは民のことを第一に考えた政治を行っており、ラインハットの城下町は平和な賑わいに満ちていた。

 

「うわー! ラインハットの国ってすっごく賑わってるね!」

 

 城下町を歩きながら、テンが感動したような声を上げる。「うん」とソラも同意する。

 

「みんな、すっごく幸せそう。勿論、グランバニアも賑わっているけど、この国もグランバニアに負けてないね」

 

 笑顔満面の息子と娘を前にアベルの表情も綻ぶ。

 

「そうだね。これもデール国王やヘンリー王子が国民のことを考えているおかげだよ」

 

 アベルたち一行の前に一枚の立て看板があった。そこには「ラインハット王国に栄光あれ! すべては国民のために」と書かれていた。

 

「すべては国民のために、か」

 

 カデシュが感心したようにボソリと呟く。

 

「たしかにグランバニア王の言う通り、この国の王族は民草のことを考えているようだな」

「そんなの王族なら当たり前でしょ?」

 

 ソラが純真な目でカデシュを見上げる。

 

「フ……そうだな、テン」

「う、なんでそこでぼくに振るの?」

「いや、お前も王族の一端だ。ちゃんと民のことを考えているのか」

 

 冗談半分、真剣半分でカデシュは小さな王子を見据える。テンはバツが悪そうにしながらも、「ぼくだって考えてるよ!」と声を返した。

 

「国民のみんなが幸せに暮らせる国にしないといけないって! そりゃあ、今は政治のこととかまだよくわからないからオジロンさんとかに任せっきりにしちゃってるけど……」

「そうか。それなら安心だ」

 

 カデシュは笑った。本当に、この魔法使いと息子たちは良好な関係を築けているのだな、とアベルは思い、ある意味、父親であるはずの自分より付き合いが長いか、と自嘲するような気分になった。

 だが、テンとソラが国民のことを大切に思ってくれているのはよいことだ。王子と王女という立場にも関わらず甘やかしすぎず、厳しすぎず、ちゃんと育ててくれたことの証左だろう。そう思い、アベルはその教育係の筆頭であったであろうサンチョの方を見たが、

 

「…………?」

 

 サンチョは仏頂面でラインハットの街を見ていた。温和な彼にしては珍しい。「サンチョ」とアベルは声をかける。

 

「……あ、なんですか、坊っちゃん」

「いや……どうかしたの。なんだか機嫌が悪そうだけど……」

「いえ、そういう訳では……」

 

 とはいうものの、サンチョは明らかに機嫌が悪そうだ。異変を察したのか、テンとソラもサンチョの方に向き直り、どうしたの? と声をかける。サンチョは最初は何でもない、と言っていたのだが、ややあって、純真に自分を見つめるアベルやテン、ソラの瞳に根負けしたように「本音を言いますとね……」と口を開いた。

 

「私はあまりこの国が好きではありません……」

「え~!? こんないい国なのに?」

「どうしたの、サンチョ?」

 

 テンとソラは驚きの表情を見せ、次にはサンチョを心配したように見上げる。この国が好きじゃない。その言葉にある程度の事情を察して、アベルは口を紡いだ。

 

「もう昔の話と言えばそれまでですが……この国は、サンタローズを滅ぼしたのですから……」

 

 苦々しく語るサンチョにやはりそうか、とアベルは得心する。

 今となっては昔のことだが、自分と父親、パパスがこの国に招かれてヘンリー王子が誘拐された後、この国はパパスこそが犯人だ、とし、報復のため、という名目でパパスの住むサンタローズの村を攻め滅ぼした。サンチョはその時にサンタローズに居た。おそらくは一方的な虐殺を行うラインハット軍から命からがら逃げ延びたはずだ。それを考えればこの国にいい感情を持つことは難しいことだろう。

 もっと言ってしまえばパパスが殺されてしまったこともアベルが十年もの間、奴隷生活を送る羽目になったのも発端はこの国にあるのだが、アベルはそのことでこの国を恨むことはどうしてもできなかった。しかし、人からお前は優しすぎると言われているアベルだ。自分の方が特殊で普通はサンチョのようにこの国を恨むのが当然だろう、という程度の理解はできていた。

 

「サンタローズって?」

「昔、お父さんやお父さんのお父さん、それにサンチョが住んでいた村のことだよ」

 

 テンの疑問にアベルが答える。

 

「ええ~っ!? その村をこの国が滅ぼしちゃったの!?」

「そんな……」

 

 テンは驚きの声を上げ、ソラは絶句する。カデシュは複雑な事情があると察したのだろう。無表情を崩すことはなく、無言だった。

 

「こんな平和そうな国がそんなことを……」

 

 ソラは信じられない、とばかりに呟く。

 一行に気まずい雰囲気が流れる。そんな中、サンチョは踵を返した。「どこ行くの、サンチョ?」とテンがその背中に声を投げかける。

 

「……坊っちゃんがこの国の王族の方とお知り合いなのは知っております。私なんぞが一緒にいて辛気臭い顔をしていては相手の方にも失礼でしょう。私は城下の街で宿を取っておきます。坊っちゃんたちは私のことなど気にせず、この国の王族の方々と親交を深めて下さい」

 

 そう言うとサンチョはスタスタと歩いていってしまう。その背中にかける言葉はアベルにもなかった。「無理もない」とカデシュが口を開いたのはサンチョの背中が見えなくなってからだった。

 

「私も、私の国を滅ぼした魔物たちを恨んだ。だが、相手が魔物という点で私はまだ救われていたのかもしれない。相手が人の心を持った人間となればそこに抱く思いは複雑なものだろう」

「そうだね……サンチョの反応も仕方がないよ」

 

 カデシュの言葉にアベルも同意する。「サンチョ……」とテンとソラは心配そうにサンチョが去って行った方向を見据えていた。

 

「それじゃ、ラインハットの城に行こうか」

 

 場を無理矢理にでも明るくしようとアベルはそう言う。ソラはまだ困惑の感情を隠せないようだったが、テンは「うん!」と頷く。カデシュもまた無言でそれに同意の意を示し、一行はラインハット城に向けて再び歩き出した。

 

 

 

「よお! 久しぶりだな~、アベル!」

 

 ラインハットの城でアベルの顔を見たラインハット王子、ヘンリーは見るからに喜びを露わにして、アベルたちを出迎えた。十年の奴隷生活を共にした親友の顔を見て、アベルもまた笑みを浮かべる。かつて旅を共にし、別れた親友は変わらぬ様子にアベルもまた喜びの感情を抱く。

 

「そうだね、久しぶりだね、ヘンリー」

「お前の結婚式……いや、お前が俺に天空の盾を預けて以来か? 全く、お前って奴は八年も顔を出さないんだからな~」

「あはは……ごめん」

 

 まさか八年もの間、石像になっていた、などとは言えず、アベルは苦笑いを浮かべて見せる。

 

「お久しぶりです、アベルさん」

「久しぶり。マリアさんも元気そうで何より」

 

 ヘンリー王子の妻であるマリアにアベルは笑顔を向ける。「そちらのお子さんたちはアベルさんの息子さんたちですか?」とマリアが笑みを浮かべたのに対し、アベルは肯定する。

 

「息子のテンと娘のソラです。ほら、二人共、ご挨拶」

「テンです! ヘンリー王子! よろしくお願いします!」

「初めまして……ソラです」

 

 テンは元気そうに、ソラは遠慮がちに自己紹介をする。「そうか、そうか~。お前にも子供ができたんだな~」とヘンリーは満足そうにそんな二人を見る。

 

「お前に『も』、ってことはヘンリーにも?」

「ああ。俺とマリアにも子供ができたんだ!」

 

 ヘンリーは自慢げにそう言って笑う。こういう所はいたずら小僧だった昔と変わりがない。ヘンリーは側に控えていた兵士に息子を呼んでくるように、と告げた。

 

「それで、そちらの美男子は?」

 

 ヘンリーが笑みを崩さず、カデシュの方を見てそう言う。カデシュは無表情ながら、アベルが紹介するまでもなく自己紹介をした。

 

「私はカデシュ。旅の魔法使いだ。グランバニア王たちの旅に同行させてもらっている」

「ほー、魔法使いねえ」

 

 ともすれば無礼と取られかねないカデシュの態度だったが、ヘンリーは気にした様子もなかった。そこに兵士に連れられて一人の少年が入ってくる。その少年を見た時、アベルは思わず口元を綻ばせた。幼少期のヘンリーにそっくりだ。おそらくは彼がヘンリーとマリアの息子に間違いないだろう。

 

「父上~。オレに用って、何~」

「ああ。待っていたぞ、コリンズ」

 

 コリンズと呼ばれた少年は見るからにいたずら小僧のような生意気そうな笑みを浮かべてアベルたちを見る。

 

「こいつら、誰?」

 

 「こいつら」呼ばわりをされたら普通は怒るところなのかもしれないが、アベルは特に気にすることはなく、「ああ」と頷いたヘンリーを見た。テンもカデシュも気にした様子はなかったが、ソラだけはそんなコリンズを前に顔をしかめた。

 

「俺の友達とその家族だ。アベル、こいつはコリンズ、俺とマリアの息子だ」

 

 ヘンリーはコリンズにアベルたちを、アベルたちにコリンズを紹介する。コリンズは「へ~、父上の」と言うとアベルを、否、テンとソラを見た。年頃の近い相手の方が親しみが湧くんだろう。

 

「ぼく、テン! よろしくね、コリンズくん!」

 

 そんなコリンズにテンは笑顔を浮かべて自己紹介をする。「おう! よろしく!」とコリンズは頷き、次いで、ソラの方を見た。

 

「お前は?」

「わたしは……ソラ。テンの妹です」

「ふ~ん、そっか~」

 

 そんなソラの控えめな態度を見たコリンズは何かを企んだように笑う。そして、ソラの元まで寄ると、「ほら、握手!」と手を差し出した。「え?」とソラは反応するも、「初対面ならまずは握手だろ?」とコリンズは笑う。

 

「え、ええ……よろしく、コリンズく――」

 

 手を差し出しかけたソラはそこで固まった。コリンズが手首に忍ばせていたのか一匹のカエルをソラの目の前で飛び出させたからだ。

 

「きゃ、きゃあーーーーっ!!」

「あはははははは!」

 

 絶叫を上げたソラに対し、コリンズはいたずら大成功! とばかりに楽しげに笑う。「こら、コリンズ!」と注意の声を発したのはヘンリーだ。

 

「ダメだろ、そんなことしちゃ」

「は~い、父上。ごめんなさ~い」

 

 たいして反省してなさそうな声が響き、きひひ……といたずらっ子の笑みをコリンズは浮かべて見せる。

 

「全く。誰に似たのやら、いたずらばかりする奴でな……」

 

 ヘンリーはため息をつく。元・いたずら小僧がどの口でそれを言うのか。微笑ましい気分になり、自然とアベルの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「どうした? グランバニア王。何かおかしいことでもあったか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどね。……ホント、誰に似たんだろうね」

 

 怪訝そうに訊ねてきたカデシュに笑みを返す。ヘンリーもまた笑っていた。

 

「まぁ、子供は子供同士の方がいいだろう。コリンズ、俺はアベルと大人の話があるから、その間、テンくんとソラちゃんと一緒に遊んでやれ」

「え~、なんでオレがこんな奴らと~?」

「コリンズ」

 

 ヘンリーの横でマリアが咎めるような声を出す。「はーい、わかったよ。母上」と頷いたコリンズはテンとソラの方を向き直った。先程のカエル攻撃を喰らいソラは警戒するようにコリンズを見ている。

 

「ついてこいよ、オレの部屋で一緒に遊ぼうぜ」

 

 そう言われて、テンとソラはアベルの方を向く。アベルは笑顔で「ああ、行っておいで」と二人の子供を促した。

 

「わかったよ、お父さん! それじゃ、コリンズくんと遊んでくるね!」

「コリンズ、くん……またわたしに変なことするんじゃ……?」

 

 楽しげなテンに対し、ソラは少し憂鬱そうだ。しかし、駆け出したコリンズに続き、二人共、部屋を出ていった。

 子供たちの気配が消え去ったことを確認するとヘンリーはさて、と少し真面目そうな表情になるとアベルの方を見た。

 

「それで、何の用があって来たんだ? まさか、顔を見せて、息子たちを紹介するためだけ、ってことはないだろ? まぁ、俺はそれでも嬉しいけど……」

「流石に鋭いね、ヘンリー」

 

 アベルも笑みを浮かべ、しかし、それを引っ込めると真面目な表情で言った。

 

「預けていた物を返してもらおうかと思って」

 

 ヘンリーの眉が動く。「天空の盾、か……」とヘンリーが呟いたのはそのすぐ後だった。

 

「……ってことはなんだ。見つかったのか? 伝説の、天空の勇者が!?」

「うん」

 

 アベルは頷く。

 

「そうか。見つかったのか。伝説の勇者が……。一体どこに……まさかその兄さんか?」

 

 ヘンリーはカデシュの方を見る。たしかにカデシュもまた常人とは一線を画した雰囲気を纏っている。そう思っても仕方がないだろう。だが、そうではない。カデシュは首を横に振った。

 

「生憎と、私は勇者ではない。ただの、魔法使いだ」

「そうか……んじゃ、勇者はどこに?」

「さっきまでここに居たよ」

 

 アベルは笑う。は? とヘンリーとマリアが口をあんぐりと開く。「テンだよ」とアベルは言った。

 

「僕自身も信じがたいことなんだけど、僕の息子のテンが伝説の天空の勇者だったんだ」

「お前の息子が……!? そいつはマジかよ……?」

「テンくんが……!?」

「マジも大マジだよ」

 

 ヘンリーとマリアは見るからに驚きを露わにする。まぁ、無理もない。あの年頃の子供が勇者と言われても信じられないことだろう。それも他でもない勇者を探し求めていたアベルの息子が勇者その人だったということも。

 

「テンは天空の剣を装備できたみたいだし、カデシュが言うにはライデインの呪文も唱えて見せたらしい。間違いないよ」

「あの重くてお前には装備できなかった剣か」

 

 サンタローズの洞窟の奥で今は亡きアベルの父、パパスが見つけ遺していた天空の剣をアベルが見つけた時、ヘンリーもまたその側にいた。

 

「なるほど……。それじゃあ、間違いないんだろうが……しかし、驚きだな。お前やお前の親父さんが探し求めていた天空の勇者はまだ生まれていなかったってことか」

「そうだね。僕も、僕の息子が勇者だなんてビックリだよ」

 

 ヘンリーはいまだに信じられないとばかりに腕を組み、何事かを考え込んでいる。アベルはそんな友人を急かすことなく、その場で友人の様子を伺った。ややあって、腕組みを解き、真剣な表情でアベルを見る。

 

「わかった。天空の盾を持ってこさせよう」

「ありがとう、ヘンリー」

「いや……元々、お前の物だ。俺は預かっていただけに過ぎないからな」

 

 ニヤリ、と笑う。ともあれ、これでここに来た目的は一応は果たされたことになる。

 

「まぁ、お前としちゃ一刻も早く次の目的地に旅立ちたいかもしれないが、今晩くらいはこの城でゆっくりしていってくれよ。美味い酒と飯でも出すぜ」

「そうだね。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」

「おう。久々に一杯やろうぜ」

 

 アベルの返事にヘンリーは見るからに喜びを露わにし、笑う。急ぐ旅ではあるが、一晩くらいは好意に甘えてしまってもいいだろう。ややあって「そういや、気になることがあるんだが……」とヘンリーの表情が曇った。

 

「光の教団って奴らの話を聞いたことはないか?」

「光の教団……」

 

 初めて聞く単語だった。しかし、字面の良さとは裏腹にその言葉は禍々しい印象をともないアベルの耳に響いた。

 

「いや、初めて聞くけど……」

「そうか……なんでも最近、光の教団って連中があちこちで信者を増やしているらしい。教団に入れば魔物たちからも救われて神の国に行けるって触れ込みでな」

 

 うさんくさい話だぜ、とヘンリーは吐き捨てるように言う。

 

「うちの国でも教団に寄付金を出してる奴らや教団の教えが書かれた本……イブールの本とか言ったかな? ……を販売してる連中。果てはその教団の加護を求めて家を捨てて旅立っちまう奴らまでいてな。最近、問題になってるんだ」

「へぇ……」

 

 アベルは眉をひそめた。ヘンリーに言われるまでもなく怪しすぎる話だ。この魔物が溢れる荒れた世の中でそんな都合の良い話があるのだろうか?

 

「それでここからが本題なんだが……その教団、本拠地はセントベレス山の山頂にある神殿らしい」

「なんだって……!?」

 

 これにはアベルも思わず声を上げてしまった。セントベレス山の山頂、そこはかつてアベルやヘンリーが奴隷として働かされていた場所だ。

 そういえば奴隷時代にも教祖様のために働け、というような言葉を聞いた覚えがある。

 

「それじゃ、その教団は……あの教団……!?」

「まだそうだと決まった訳じゃないが……可能性は高いだろうな。そうだとすればこれは魔物の奴らの陰謀って話になってくる」

 

 少なくともあの教団は自分たちを連れ去った魔物であり、アベルの父の仇であるゲマが手を貸していた。だとすれば、教団全体が魔物たちとグルである可能性も出てくる。

 

「セントベレス山の神殿か……」

 

 カデシュの声がしてアベルとヘンリーはそちらを振り向いた。カデシュの無表情がそこにはあった。

 

「私の国が魔物たちに滅ぼされた理由も、セントベレス山に巨大な神殿を作るための人狩りだった……」

「魔物たちに……?」

 

 ヘンリーが険しい表情でカデシュに詰め寄る。

 

「その神殿を本拠地としているのなら、その教団はやはり魔物の手によるものの可能性が高いだろうな」

 

 カデシュはそう言い切った。その無表情の裏でどんな感情を抱いているのか、アベルには推察するしかないが、おそらくは怒りに震えているのではないだろうか、と思う。「やっぱり怪しいね、その教団」とアベルは言った。

 

「ああ。国民にはそんな奴らの話を聞くな、ってお触れを出しちゃいるんだがな……それでも信奉する奴らが多くて……」

 

 ヘンリーはため息をついた。そこでハタと気付いたように「と、悪い」と呟く。

 

「せっかくの再会で出すような話題でもなかったな」

「ううん。有益な情報だったよ。これから先、光の教団って連中には気を付けないと」

「それならいいんだが……」

 

 ヘンリーはバツが悪そうに笑った。

 

「そうだ。デズモンって学者がうちの国に滞在してるのは知ってるよな?」

「ああ……八年前に会ったことがあるね。進化の秘法とか言うものの研究をしているって話を聞いた覚えがある。まだこの国にいるの?」

「ああ。今もこの国にいる。その学者が進化の秘法とはまた別の伝説のことを調べてるらしくてな。お前の旅の役に立つかと思うんだが……」

 

 ヘンリーの言葉はアベルの旅を気遣ってのことだろう。「わかった」とアベルは笑った。

 

「デズモンさんに話を聞いてくるよ。どんな些細なことでも僕たちの旅の役には立つだろうからね」

「おう。無駄骨にはならねえと思うぜ」

 

 アベルはそう言うとカデシュをともない、一旦、ヘンリーの元を後にした。

 

 

 

 警備の兵士に一礼し、扉を開く。名高い学者の元に特別にあてがわれた部屋にはデズモンが椅子に座り難しそうな本を読んでいた。

 デズモンは部屋に入ってきたアベルを見ると、「おや、貴方は」と声を発した。「お久しぶりです」とアベルも挨拶をする。

 

「八年ぶりですね。アベルです」

「アベル殿。この国を魔物の支配から解き放ってくれた方ですな。勿論、覚えていますとも」

 

 デズモンは年老いた顔に笑みを浮かべ、アベルを歓迎してくれた。そして、アベルの後ろに控えるカデシュを見ると「貴方は……?」と問いかける声を出す。

 

「私はカデシュ。ただの魔法使いだ。気にしなくていい」

 

 カデシュは素っ気なく、それだけを言う。

 

「ヘンリー王子からデズモンさんが進化の秘法と異なる別の伝説について調べていると聞いて、よかったらその話を僕にも聞かせてもらいたいと思って」

「おお、そうですか」

 

 アベルの言葉にデズモンは笑う。

 

「私が今、調べているのは王者のマントという伝説の防具についてです」

「王者のマント……?」

「ええ。古の時代に伝説の英雄が身に纏ったと言われているマントです」

 

 光の教団と同様、これも初めて聞く話だった。興味を示したアベルに満足したようにデズモンは続ける。

 

「なんでも伝説で語られるにそのマントは生半端な鎧など歯牙にもかけない防御力を誇り、魔物の吐くあらゆるブレスをも弾き返したとか」

「へぇ……、それはすごい、ですね」

 

 伝説になるだけの力は秘めているということか。そう言われてしまえばアベルとしてもそのマントがどこにあるのか気になってしまうものだった。

 

「そのマントがどこにあるのか、分かりますか?」

「サンタローズ村の北に封印の洞窟という洞窟があり、そこにマントは封じられているという話ですな」

「封印の洞窟、ですか……」

 

 それもまた初めて聞く言葉だった。「ですが……」とデズモンは続ける。

 

「そのマントは選ばれし者しか身に付けることを許されないと伝説には伝わっております。勿論、アベル殿ほどの方なら身に付けられると信じておりますが」

「選ばれし者のみが身につけられる物ですか。まるで天空の勇者の武具のようですね」

 

 そうですな、とデズモンは頷く。サンタローズの北の洞窟、か。今回の旅はラインハットだけを訪れて天空の盾を回収するだけにしようと思っていたが、ラインハットからサンタローズは遠い距離ではない。行って見るのも悪くはないか、とアベルは思った。

 

「行くのか? グランバニア王」

 

 そんなアベルの思いを見透かしていたようにカデシュが呟く。そうだね、とアベルは頷いた。「ですが、気をつけてください」と警告の声をデズモンが発したのはそのすぐ後だった。

 

「封印の洞窟には凶悪な魔物が潜んでいると聞きます。くれぐれもお気をつけて」

「わかりました。ありがとうございます、デズモンさん。ですが、僕には力強い仲間たちがいますので、大丈夫です」

 

 カデシュにサンチョ、そして、息子と娘。仲間の魔物たちをグランバニアに残してきているのが気がかりだったが、今のメンバーだけでも充分な戦力になるだろう、と思う。

 アベルはデズモンに一礼するとその部屋を後にした。

 息子たちはコリンズくんと仲良くやれているだろうか。そのことを気になったアベルはコリンズの部屋を訪れることにした。ヘンリーの話ではヘンリーが幼少期に使っていた部屋がコリンズの部屋になっているという。

 コリンズの部屋の前の廊下まで差し掛かったアベルは「お父さ~ん」と困ったように声を発しながら自分の元に駆けてくるテンとソラの姿を見た。

 

「どうしたんだい、テン、ソラ。コリンズくんと遊んでいたんじゃ?」

「それがね……」

 

 アベルの言葉にソラが事情を語り始める。聞けば、コリンズから隣の部屋にある子分の証を取ってこい、と言われ、隣の部屋に行ったものの、そんなものはどこにもなく、帰ってみればコリンズの姿が消えていたという話だった。

 既視感を覚える話にアベルは思わず口元を綻ばせた。全く。本当に父によく似た子供だ、と思う。「どうして笑ってるの? お父さん?」というテンの疑問には「いや」と笑ってはぐらかす。

 

「お父さんも一緒にコリンズくんを探してあげよう」

 

 そう言って、テンたちと共にコリンズの部屋に入る。たしかに、部屋の中にコリンズの姿はなかった。不思議そうにあちこちを見渡すテンとソラを尻目にアベルは机の側に置かれた椅子に近付くとその椅子をどけた。そこにあったのはかつてヘンリーがアベル相手にいたずらをしたのと同じ隠し階段だった。「わ!」とテンが驚きの声を上げる。

 

「そんなところに階段があったなんて……」

「流石、お父さん、すご~い」

 

 テンとソラの感心の声を聞きながらアベルは笑う。「それじゃ、コリンズくんに会いに行こうか」と言い、アベルを先頭に一同は階段を降りた。その先のやはり見覚えのある廊下にはコリンズがいて、降りてきたアベルたちを目にすると一瞬、目を丸くし、しかし、何事もなかったようにふん、と向き直る。

 

「なんだ。もう階段を見つけてしまったのか……ふん! つまらない奴だな」

「コリンズくん。子分の証なんてなかったよ?」

 

 不遜なコリンズの態度にソラは眉をひそめたが、テンが気にした風もなくそう訊ねると、コリンズはニヤリと笑った。

 

「そうか。それじゃあ、子分にはしてやれないな……ん?」

 

 そこでコリンズは怪訝そうに扉の方を見た。その扉が勢い良く開いたのはそのすぐ後だった。「コリンズ王子!」と怒声が続く。

 

「わ! 大臣!?」

 

 仰天した様子のコリンズに構わず乱入者はコリンズの元まで駆け寄る。

 

「全く。せっかくの客人にこんないたずらなんてして……ほら、部屋に戻りますぞ」

「わ、わかっているよ、大臣。そ、それじゃあ、お前ら、またな」

 

 最後まで不遜な態度のまま、コリンズは大臣に連れられ去って行く。その様子を眺めていたアベルは娘の言葉に我に返った。

 

「どうしたの? お父さん。すごい汗だよ……」

「あ、いや、なんでもない、よ……」

「お父さん?」

「グランバニア王?」

 

 ソラだけでなく、テンもカデシュもそんなアベルを不審そうに見つめる。

 

「あはは……全く。いたずらっ子ってのは心臓に悪い、なぁ……」

 

 アベルは苦笑いを浮かべたままコリンズが去って行った方を見つめ続けるのだった。

 

 



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第3話:封印の洞窟

 

「ここが封印の洞窟か……」

 

 ラインハットを出て、サンタローズの北方を進むこと数時間。地底深くに潜んでいるものが、ぽっかりと地表に口を開いているようにも見える洞窟の入り口を見つけて、カデシュは思わず口を開いた。「うん」とアベルも頷く。

 

「おそらく、間違いはないよ。ここがデズモンさんが言っていた伝説のマントが封印されている洞窟だ」

「ここに王者のマントがあるんだね!?」

 

 テンは嬉しそうに言う。その両腕には伝説の天空の勇者の武具が装備されている。

 右腕にはグランバニアで保管されていた天空の剣が、左腕にはラインハットに預けられていた天空の盾が。それぞれテンの身を守るようにガッチリと装備されている。

 子供の体躯に天空の武具はやや大きすぎるようにも思えたが、テンはそれらを重い、と感じていないようだった。まるで羽根を持つかのような気楽さで天空の武具を装備している。これも伝説の天空の勇者のなせる技だろう。

 

「王者のマントか……どんなマントなんだろう……」

 

 そう言うソラも手にはストロス国の至宝であるというストロスの杖を装備している。テン同様、小柄な少女の身であるソラにストロスの杖はやや大きすぎるきらいがあったが、ソラはその杖を見事に使いこなしていた。テンが天空の武具を使いこなしているのと同様、ここに来るまでの魔物との戦いで彼女が足手まといにはならないのは証明済みだ。

 テンは子供らしからぬ剣技を天空の剣を持って振るい、ソラもやはり子供らしからぬ魔術の腕を振るい、襲い来る魔物たちを見事に撃退してのけた。

 我が子の実力を目の当たりにしたことはなかったアベルにとって、それは少なからず衝撃だったが、これから先、生死を駆ける局面で背中を預けるには充分過ぎる子供たちの力を見て、アベルも安心する気持ちだった。

 そして、カデシュ。

 凄腕の魔法使いと聞いてはいたが、彼もまたアベルの期待を裏切るようなことはなかった。無詠唱でメラミやベギラマといった強力な呪文を唱え、魔物たちを蹴散らすその姿を見ていればまだ付き合いが浅い身とはいえ、彼に背中を預けていいと思えるものだった。

 

「デズモンさんの話によると強力な魔物たちが潜んでいるっていう話だ。気を引き締めていこう」

「そうですな、坊っちゃん」

 

 アベルの言葉にサンチョも頷く。彼と共に戦う機会はこれまでアベルにはなかったのだが、召使いという立場ながら、場馴れした戦いぶりを見せて、信頼に足る実力を持っていることを証明してくれた。槍を振るった戦いぶりは元よりスクルトなどの補助呪文を駆使するその姿は共に戦う仲間として申し分はない。

 

「テン王子もソラ王女も、カデシュさんも、気をつけて」

「うん! わかってるよ、サンチョ!」

「お父さんの足は引っ張ったりしないから、安心して!」

 

 サンチョの言葉にテンもソラも笑顔で頷く。全く持って頼りになる子供たちだ、とアベルは思う。「それじゃあ、行こうか」と旅のリーダーであるアベルが言い、一同は封印の洞窟の中に足を踏み入れた。

 そして、違和感を抱いた。

 封印の洞窟。強力な魔物たちが潜んだ、伝説のマントが封印されているという洞窟。

 その物々しい評判の割に洞窟の中は驚く程に透き通るような空気に包まれていたからだ。

 あれ? と思ったのはアベルだけではないのだろう。テンもソラも、サンチョもカデシュも洞窟内を包む清廉な空気に戸惑った様子を見せた。

 この洞窟を包んでいるのは凶悪な魔物の潜むそれではない。むしろ、かつてアベルが世話になった川原の修道院のような神聖なる雰囲気に包まれている。それに不可解なものを感じつつアベルたちが洞窟内を進むと、一枚の立て看板があった。

 そこには、

 

 この洞窟の魔物たちを全て封印した者、その者にこの洞窟の至宝を与える。

 

 そう書かれていた。

 その側には一枚の石版が置かれていて、何かに蓋をしているようだった。「何だろう、これ」とテンが呟きその石版に手を触れる。テンの子供の力でも石版は動き、石版に蓋をされていた物が姿を見せた。

 そこにはおどろおどろしい絵柄が描かれたレリーフがあった。悪魔や魔物のような凶悪な顔が描かれ、それを露わにした途端、洞窟内の清廉な空気は一気に晴れ、逆に邪悪な空気が辺りを包んだ。「テン!」とアベルは思わず声に出す。「わ、わわわ……」とテンは慌てた声を出し、石版を再び元に戻し、凶悪な絵柄が描かれたレリーフに蓋をする。途端、洞窟を覆っていた邪悪な空気は晴れ、再び清廉な空気が戻ってくる。「成る程」とカデシュは呟く。

 

「この石版で蓋をすることで、この洞窟に潜む邪悪な魔物たちを封印している、ということか」

「ふむ……看板に書かれていた魔物たちを封印する、というのはこの石版で邪悪なレリーフに蓋をすることを指しているのでしょうな」

 

 カデシュの言葉にサンチョも続けて自分の意見を述べる。おそらくはその認識で間違いはないだろう、とアベルも思った。「でもでも!」とテンが声を発する。

 

「魔物を封印するっていうなら、もうできてるんじゃないの? 今は嫌な雰囲気とか感じないよ」

「そうね……」

 

 訝しむ様子を見せながら、テンにソラも同意する。だが、それが間違った結論であるということはそこから少し先に進み、階段を見つけた時に分かった。「降りてみよう」とアベルが言い、一同が階段を下ると上の階にあった清廉な空気は消え、邪悪な空気が場を満たしたからだ。

 

「封印がなされているのは最初のフロアだけ、ということか……」

 

 カデシュが呟く。その通りだろう。おそらくはこの洞窟の全てのフロアの封印を成さなければ伝説のマントは姿を見せない。そして、それには凶悪な魔物たちを掻い潜り、封印を成す必要があるはずだ。そんなアベルの考えを裏付けるように地下二階のフロア、階段を降りたところには一枚の石版が置かれていた。

 おそらくはこのフロアにも地下一階にあったのと同様、おどろおどろしい魔物の絵柄が描かれたレリーフがあるはずだ。そこにこの石版を置くことでこのフロアの魔物の封印が成せるのだろう。

 かといってこの洞窟。決して狭くはない。広々と広がり凶悪な魔物たちの潜む洞窟の中を邪悪な絵柄が描かれたレリーフを求めて石版を運びながら行き来しなければならないのか。成る程。決して楽はさしてくれないということか。

 

「とにかく。この石版を運ぼう。邪悪なレリーフを封印するにはこの石版じゃないとできない」

 

 一同に異論があるはずもなかった。そして、アベルが石版に手をかけようとした時、邪悪な気配が襲来した。「お父さん!」と子供ゆえか魔物の気配に敏感なテンとソラが声を合わせる。アベルは腰に携えた父の形見、パパスの剣を抜き放った。「はあ!」と気合の声を放ち、剣を一閃させる。そこには空を飛びアベルを強襲しようとしていたガーゴイルがいて、アベルに向かって振り下ろされようとしていたガーゴイルの剣をパパスの剣が迎撃した形になった。

 襲い掛かってきたガーゴイルは一匹ではない。他に三匹。後ろにガーゴイルが控えている。アベルはパパスの剣を両手で構え、油断なくガーゴイルたちを見据えた。アベルの他、テンもソラも、サンチョもカデシュも臨戦体制に入る。「出たか。魔物」とカデシュが無表情の中に憎悪を滲ませ言い、杖を構えた。

 敵はガーゴイル四匹。この洞窟の外で戦った魔物たちとは一線を画す、強力な魔物たちだ。「テン! ソラ! 気をつけて!」とアベルは思わず叫ぶ。

 

「わかってる、お父さん!」

「うん……!」

 

 テンもソラもそんな父に頷く。油断なく自分たちの武器を構える。かたや、伝説に謳われた天空の剣。かたや、ストロスの至宝、ストロスの杖。

 アベルの息子たちへの呼びかけ。それを合図にしたようにガーゴイルたちは襲い掛かってきた。

 四匹の内、一匹がアベルに襲いかかる。先程の奇襲を迎撃された一匹だった。今度こそ仕留める。その殺気を漲らせ、ガーゴイルは剣を振るう。アベルの脳天目掛けて振り下ろされた剣をアベルはパパスの剣で受け止める。そして、押し返す。自らの剣を弾かれて仰天した様子のガーゴイルにそのままパパスの剣を叩き込む。しかし、一方的にやられるガーゴイルでもない。一合、二合と剣と剣が打ち合い、金属と金属が、刃と刃が、噛み合う硬質な音が辺りに響き渡る。そこにもう一匹のガーゴイルが襲いかかる。

 

「お父さんをやらせない! ヒャド!」

 

 だが、それはソラが放った呪文に阻まれた。

 ストロスの杖で増幅された魔力が氷の刃と化し、一直線にアベルに斬りかからんとしたガーゴイルに飛ぶ。ガーゴイルは自分に迫った氷の刃を自らの剣で打ち払う。「今だ!」とそんなガーゴイルにテンが飛びかかる。ヒャドを迎撃した隙を突き、天空の剣を振るう。流石は伝説の天空の剣。一匹のガーゴイルの体を斬り裂き、ガーゴイルが悲鳴を上げる。その間にアベルは自身と斬り合っていたガーゴイルを下し、その刃の隙間をねってパパスの剣をその身に叩き込んでいた。

 四匹いたガーゴイルの内、二匹は倒され残りは二匹。残った二匹のガーゴイル目掛けてカデシュが呪文を放つ。「ベギラマ!」と発せられた声と共にその杖から紅蓮の炎が放たれ、二匹のガーゴイルを襲う。ガーゴイルも自分に向けて放たれた呪文をまともに喰らう程、愚鈍ではない。しかし、回避した瞬間に隙は生じる。「ええい!」とサンチョが槍を手にガーゴイルの一匹目掛けて突きを繰り出す。それをガーゴイルは剣で受け止めたが、矢継ぎ早にテンが天空の剣を振るう。サンチョの槍を受け止めていたガーゴイルはこれは迎撃できなかった。まともに天空の剣の一撃を受け、直後、ソラの放ったヒャドの氷の刃を身に受ける。これで三匹が戦闘不能。

 最後の一匹はヤケになったように剣を振るったがそこにカデシュのメラミが飛ぶ。炎弾を受けたガーゴイルにアベルは剣を振り下ろし、トドメを刺す。最後の一匹も苦悶の声を上げながら宙から落ち、大地に這いつくばった。

 戦いは終わった。

 アベルたちは安堵し、一息つく。アベルは一同を見渡し大丈夫だとは思うが一応、声をかけた。

 

「みんな、大丈夫かい? 傷ついている人がいれば回復呪文を使うけど……」

「大丈夫だよ、お父さん!」

「うん。わたしも大丈夫」

 

 テンとソラが笑顔で言う。サンチョもカデシュもダメージを負っている様子はない。

 

「そうか。それじゃあ、行こうか」

 

 そして、アベルたちは再び石版運びを再開する。それからもガーゴイルやソルジャーブルといった魔物たちに襲われたものの、五人で協力することでこれをなんとかくぐり抜け、傷を負った人が出ればアベルの回復呪文で治療し、先に進んだ。その甲斐あって地下二階と地下三階のレリーフには石版を乗せ、魔物たちの封印は完了した。レリーフに石版を乗せれば、それだけで清涼な空気が辺りを満たし、魔物の気配が無くなる。子供たちはそのことが子供心ながらに気になるようで「魔物さん、どこに行っちゃうんだろう?」などとアベルに訊ねてきたが、さしものアベルもそれは分からなかった。そして、さらに下に降りた地下四階。

 これまでと同じように石版を運んでいる最中、一同は魔物たちに襲われた。小柄な体躯の魔物が六匹。一同を囲い込むようにして現れる。これまでに見たことのない魔物だった。その姿を見た瞬間、カデシュがクールな表情を変えて「気をつけろ!」と叫ぶ。

 

「レッドイーターにブルーイーターだ! こいつらはナリは小さいが凶悪な爪と牙を持っている! 人間の喉元など容易に引き裂くぞ!」

 

 その声を聞きながら、アベルは現れた魔物たちを一瞥する。同じ魔物が六匹現れたのだと最初は思ったが、カデシュが言うように二種類の魔物がいる。二種類、三匹ずつ。鋭い視線をこちらに向けてくるその様子からこれまでの魔物たちとは一味違うことが伺える。

 六匹の内、一匹が飛び出してきてアベルに迫る。腕を振りかぶり、鋭い爪を突き立てんとする。狙いは喉元か……! そのスピートに内心、驚愕しつつアベルはパパスの剣を振るった。

 ぶん、と振るわれた剣筋を小柄な体躯が避ける。一旦、その場に静止する。だが、もう一匹の魔物が天高く飛び上がり、襲い来る。落下の速度を乗せた勢いで飛びかかってきたもう一匹の攻撃をかろうじてアベルは躱す。

 

「ヒャド!」

 

 ソラの持つストロスの杖から氷刃が放たれる。それをアベルを襲っているのとは別の四匹の内、一匹はその俊敏性を持って容易に回避する。そして、その速度を維持したままソラに襲いかかる。アベルは自分に襲い掛かってきた二匹を相手にするので精一杯でそのフォローに回れない。鋭い爪がソラの喉元目掛けて放たれ、ソラの碧い瞳に恐怖の感情が浮かぶ。キン、と音。放たれた爪はソラの喉元に命中することはなく間に入った天空の盾に阻まれた。テンがソラを守ったのだ。

 

「あ、ありがとう、テン」

「うん!」

 

 ソラの言葉にテンは頷き、次いで、天空の剣を振るう。攻撃を受け止められた魔物は素早く身を翻し、後方に引く。カデシュはそこに呪文を放とうとした。だが、残り三匹が一斉に襲い掛かってきて、舌打ちしてそちらの対処に手を回す。手のひらから放たれたベギラマの閃光が襲い来るレッドイーターとブルーイーターの足を一旦、止めさせる。

 

「これは危険ですな……! スクルト!」

 

 現れた魔物たちの脅威を認識したサンチョが呪文を唱え、メンバーの防御力を底上げする。そして、ベギラマの閃光を抜けた一匹のイーターには槍の突きを繰り出し、迎撃する。

 

「この!」

 

 アベルはパパスの剣を振り下ろす。しかし、イーターは俊敏でそれもなんなく躱す。一匹を攻撃すれば、その隙にもう一匹が攻撃してくるチームワークも見せつけ、その鋭い爪とパパスの剣は幾度なく打ち合っている。一瞬でも気を抜けない。気を抜いてしまえば、おそらくは相手の爪が自分の喉元を引き裂く。それがわかっているから、アベルも必死だった。

 テンの天空の剣の一撃もイーターは回避する。反撃に繰り出してきた爪は天空の盾の圧倒的な防御力に阻まれ、テンの体を傷付けるには至らないものの、戦局は膠着状態に陥っていた。イーターの隙を見つけてはソラがヒャドを唱えるもそれも簡単に喰らう相手ではない。

 カデシュもまた焦りの感情を覚えていた。残った三匹をサンチョと共に相手しているが、カデシュが強力な攻撃呪文を放つも、イーターたちにはかすりもしない。小柄な体躯と俊敏性を活かして、カデシュが放つ炎を躱す。側で槍を振るうサンチョがいなければとっくに接近を許し、カデシュの喉元を引き裂かれているだろう。

 鉄と爪がぶつかり合う硬質な音。攻撃呪文が炸裂する爆音。それらが洞窟の中に響き続ける。

 何度めか放たれたベギラマの閃光から一匹のイーターが離れる。向かった先は、テンとソラ。カデシュはまずい、と思った。「テン! ソラ!」と警告の声を出す。テンとソラは自分たちと戦う一匹の爪をテンが盾で受け止めているところだった。カデシュの声にテンとソラが自分たちに襲いかかるもう一匹のイーターを見る。援護の呪文を放とうとカデシュが試みるもベギラマを放った直後ですぐには呪文を使えない。ソラはヒャドの呪文を放ち迎撃しようとするがそれも回避され、一気にイーターが距離を詰める。テンはそれ以前から相手をしていたもう一匹の相手に手一杯でその脅威を阻むことはできない。イーターはソラに肉薄し、その鋭い爪を喉元に放った。スクルトでの防御力向上がなければ一撃で殺されていたかもしれない。鋭い爪はソラの喉元を引き裂き、鮮血がしたたる。「ソラ!」とテンの悲壮な声が響く。アベルも険しい視線をソラの方に向ける。テンは天空の剣を振るい、自分と戦っていた一匹のイーターを後退させると、ソラの喉を引き裂いた一匹のイーターに向けて怒りの感情を向けた。

 

「よくもソラを……! 許さない!」

 

 そして天空の剣の切っ先をイーターに向ける。イーターはキヒヒ……と嗤い、テンを挑発するようにその場で跳ねる。天空の剣の切っ先から紅蓮の炎が放たれたのはそのすぐ後だった。

 

(ベギラマの呪文!?)

 

 カデシュは驚愕する。天空の剣から放たれた炎はベギラマに違いない。呪文を使った? 呪文を使えないテンが!?

 カデシュの驚愕もよそに不意をついて放たれたベギラマの炎はイーターの身を焼き、イーターは慌てて、後退する。だがそれを逃がさない、とばかりにテンは大地を蹴り、イーターの小柄な体に肉薄すると剣を振るう。袈裟懸けに振り下ろされた天空の剣の一撃を受け、イーターは絶叫した。仲間の危機を救おうとしたのか、もう一匹のイーターがテンに迫るも、テンは鬼気迫る表情でそのイーターを睨むと天空の剣を振るう。その速度も剣技も、これまでのテンの比ではなかった。イーターを圧倒し、その体に天空の剣を突き刺す。イーターの絶叫が洞窟に響き渡った。

 カデシュは自分が相手をしている二匹にベギラマを放ちながら、その様子を横目で観察していた。使えないはずの呪文を使い、これまで苦戦させられていたイーターをあっという間に二匹も仕留めた? ソラが傷つけられたという怒りでテンの中の天空の勇者の素質が発現したというのか!?

 

「お父さん! ソラに回復呪文を!」

 

 テンはそう叫び、天空の剣を手にアベルの元に駆け寄る。「こいつらの相手はぼくがする!」と叫んだテンにアベルは頷くと、ソラの方へと向かう。それを追撃しようとした二匹のイーターにテンは再びベギラマの呪文を放った。

 

「お前たちは許さない!」

 

 怒りのテンの振るう天空の剣の軌跡は薄闇の洞窟の中に煌めく。その隙にアベルは喉を斬り裂かれ、地面に倒れ伏すソラの側にたどり着いた。「ソラ……!」と娘の名を呼びながら、ベホイミの呪文を唱える。ソラの喉元にあった裂傷が見る見るうちに塞がっていく。そして、閉じられていたソラのまぶたが開き、アベルを見ると、「お父……さん」と声を発する。よかった、生きてる! アベルの胸中は安堵でいっぱいになった。

 テンの奮戦に感化された訳ではない。しかし、仲間のソラを傷つけられたことはカデシュにも怒りの感情を覚えさせるのに充分なものだった。一匹がテンたちの方に行ってしまい、二匹になった自分の前のイーターに向かって、メラミの火球を放つ。それをイーターの一匹が避けた隙に「今だ! サンチョ!」と叫ぶ。サンチョが槍を手にそのイーターのところに向かって駆け、鋭い突きを繰り出す。それはイーターの体に命中する。

 ソラの無事をたしかめたアベルもテンの元に戻り、二人で二匹のイーターの相手をする。パパスの剣と天空の剣が振るわれ、その親子のコンビネーションにイーターたちは押されていた。ついに、二匹の内、一匹をパパスの剣の刃が捉え、傷を負ったイーターにテンが天空の剣で斬りつける。

 一匹のイーターを屠ったカデシュとサンチョはもう一匹のイーターを相手にしていた。しかし、二対一だ。いくらイーターが凶悪な魔物といえどこうなれば最早、敵ではない。カデシュが呪文を放ち、その援護を受けたサンチョが槍でイーターを攻撃する。その連携の前にすぐにもう一匹のイーターも追い詰められる。

 アベルとテンが相手をしているもう一匹のイーターもまた同じだった。親子が振るう剣を受け、先程までの拮抗した戦いが嘘のようにイーターは追い詰められていく。その小柄な体を二人の剣が斬り裂いたのはすぐ後だった。

 そうして、六匹のイーターたちを倒し、辺りにはそれまでの激闘が嘘のような静寂が訪れる。誰もすぐには何も言えなかった。激しい戦いの後に、皆、肩で息をしていた。ハッとしたようにテンが「そうだ、ソラは!」とソラの元に駆け寄る。「大丈夫だよ」とアベルが荒い息のまま、その背中に優しい声をかけた。

 

「サンチョがスクルトを使ってくれていたのが幸いしたみたいだ。回復呪文で傷は治っている。心配ないよ」

「そっか~。よかった~。大丈夫、ソラ?」

 

 テンに続き、アベルもソラの元に駆け寄る。父と兄にソラは「大丈夫」と笑顔を見せた。その様子にサンチョもカデシュも胸を撫で下ろした。

 

「しかし、レッドイーターにブルーイーター……噂通りの強敵だった……」

「そうですな。なんとか退けられたものの……もう一度相手をするのは御免被りたいところです」

 

 攻撃呪文の連続行使で疲弊したのだろう。額の汗をぬぐったカデシュにサンチョも同意する。それにはアベルとしても全く持って同意せざるを得なかった。

 

「もう一度、奴らが出てこない内にさっさと封印を完了させよう。ソラ、歩けるかい?」

「わたしは大丈夫だよ、お父さん。早く封印を済ませて、王者のマントを手に入れよう」

 

 笑顔を向けてくれた娘にアベルもまた笑みを返す。そうして、石版を運び、恐怖のレリーフの上に乗せ、地下四階のフロアも封印を完了した。洞窟を覆っていた不穏な空気は消え去り、静謐な空気が辺りに満ち溢れる。なんとなく、だが、アベルにはこれで洞窟内の封印が完了したとの確信があった。その思いを裏付けるようにアベルたちの視線の先に光が結集し、一つの宝箱の形になる。「見て! お父さん!」とのテンの声に急かされるまでもなく、アベルはその宝箱に視線を向けた。洞窟の封印は完了した。ならば、その後に現れるのは伝説に伝わる王者のマントのはずだ。

 アベルは宝箱の前まで足を進め、その蓋を開く。中にあったのは青色のマントだった。それを手に取り、アベルは「これが、王者のマント……」と呟く。「並々ならぬ魔力を感じるな」と言ったのはカデシュだ。

 

「グランバニア王、身に着けてみてはどうだ? それが所有者を選ぶマントだろうと、王ならばおそらくは身に着けられるだろう」

「そうだよ! お父さんならきっと、伝説のマントだって身に着けられるよ!」

「ははは、どうかな……」

 

 アベルは謙遜して笑う。それまで身に纏っていた何の変哲もないマントを脱ぎ、宝箱から出したばかりの伝説のマントを身に付ける。王者のマントはそれまで使い慣れたマントと同じようにアベルの体に馴染んで身に纏うことができた。「やった!」とテンが笑う。

 

「お父さんは王者のマントを身に着けれた! 王者のマントに選ばれたんだよ!」

「おめでとう! お父さん!」

 

 息子と娘からの祝福の声を受けて、アベルは笑う。

 

「実感はないんだけど……どうやら、僕なんかでも伝説のマントを身に纏う資格はあるって認められたみたいだね」

「謙遜することはない、グランバニア王。貴方は伝説のマントに選ばれた特別な人間だ」

「あはは……ありがとう、カデシュ」

 

 伝説のマントはグランバニアの王を選んだ。これが何かの天啓なのか、それともただの偶然か。アベルには判断がつかなかったが、とりあえずはこの幸運を享受することにしようとアベルは思った。「それじゃあ、帰ろうか」とアベルは言う。

 

「激戦の連続でみんな、疲れただろう。グランバニアに戻って、とりあえずは体を休めることにしよう」

 

 王者のマントを手に入れるという目的を果たした以上、これ以上、ここに居座る理由もない。アベルの言葉にみんなして頷き、一行は封印の洞窟を後にするのだった。

 

 



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第4話:勇者の兜

 

 封印の洞窟で王者のマントを手に入れたアベルたちはそのまま外に出るとルーラの呪文でグランバニアに戻った。そこで体を休め、一晩明けると、再び出立した。伝説の勇者の天空の武具の内、ラインハットで保存してもらっていた天空の盾は回収した。天空の剣は元々、グランバニアにあり、後は所在のわからない天空の鎧を除けば、テルパドールにある天空の兜を残すのみである。

 テルパドールは砂漠の中にある王国であり、普通に海路と陸路を使って行けばかなりの困難が予想される道のりではあるが、アベルは以前にテルパドールを訪れたことがあり、ルーラの呪文でひとっ飛びすることができた。

 テルパドールの城下町の入り口に立ち、砂の地面を踏みしめながら、アベルは懐かしい思いにかられた。サラボナでビアンカと結婚した後、ルドマンから譲り受けた船で南下し、訪れたのがこの大陸、この王国だ。女王アイシスと出会い、天空の兜の継承者ではないかということで、地下にある庭園に招かれ、天空の兜をかぶった。

 生憎とアベルは伝説の勇者ではなかったため兜には選ばれなかったが、アベルの父、パパスがグランバニアの王であるということと、その国、グランバニアがこの大陸の東の大陸にあるという情報をアベルにもたらしてくれたのもアイシスである。

 彼女がいなければ、アベルがここを訪れなければアベルはグランバニアのことも知らず、今の自分たち――アベルは元よりテンやソラ、サンチョにカデシュ――はいなかったであろう。

 かつての記憶を辿っていたアベルは「暑いね~」というテンの脳天気な声にハッと意識を引き戻された。見れば、テンが言葉通り、額の汗を拭っている。砂漠の中にある国だ。暑いのも当然なのだが、思ったことをそのまま口に出したのであろう息子の姿に思わずアベルの口元が緩んだ。

 テン。彼は伝説に伝わる天空の勇者だ。かつてこの地を訪れた時にはアベルに譲り渡されることはなかった天空の兜も彼になら譲ってくれることだろう。

 

「もう。テンは忍耐弱いんだから……」

「そう言うソラだって暑いんでしょ?」

「そりゃ……わたしも暑いけど……暑い暑いって言葉にするとますます暑くなっちゃうよ?」

 

 テンとソラがそんなやり取りをしているのを、やはり微笑ましいものを見る目でサンチョが「ははは……」と笑う。

 

「テン王子の言うことも無理はありませんな。たしかにこの国は暑い」

「でしょでしょ、サンチョ。ホントに暑いよ~。ね、カデシュ?」

「そこで何故、私に振る?」

 

 周りの熱気など感じさせないグランバニアにいる時と変わらない涼しい顔をしていたカデシュが困惑した様子で呟く。「まぁまぁ」とアベルはそんな会話に割って入った。

 

「早くお城の中に入っちゃおう。この国のお城の地下にはね、砂漠の中だとは思えないような庭園が広がっているんだよ」

「え! ほんと!?」

「庭園?」

 

 テンが嬉しげに声を上げ、ソラも興味を惹かれた様子でアベルを見上げる。

 

「そう。庭園。色んな花が植えられていてね。すっごく綺麗だよ。砂漠の中でそんなことができるのもこの国の女王、アイシスの持つ不思議な力のおかげらしいんだけどね」

「そっか~。楽しみだな~」

「こんな砂漠の中なのに……本当に不思議ね」

 

 そんなやり取りをしながら城下の街を歩く。途中、一件の商店に差し掛かると、テンがそこで足を止めた。

 

「あ! 見て見て、お父さん! 砂漠のバラだって!」

 

 好奇心旺盛に向けられる視線は店の外に置かれた商品の一つ、砂漠のバラに向けられている。たしか、その名の通り、バラのような形に結晶化した石のことだったか。この国の名産品として売られているようだ。「綺麗~」とソラも感嘆の声を上げる。

 

「ね、ねっ、お父さん! これ買ってもいい?」

「わたしも欲しい、かな……お父さん、どうかな?」

 

 二人の子供に期待に満ちた瞳で見上げられては、断れる親などいないというものだった。あまり甘やかすのはいけないんだけど……と思いつつも「いいよ」とアベルは頷いていた。

 

「すみません、この砂漠のバラを三つください」

「三つ……?」

 

 カデシュが不思議そうに呟きをもらす。すぐに三つの砂漠のバラが店主の手からアベルに手渡される。その内、二つを息子と娘に手渡す。

 

「わーい! やった~!」

「ありがとう、お父さん!」

 

 元よりわんぱくなテンは勿論、おとなしい性格のソラも喜びの表情でそれを受け取る。そして、残った一つをアベルはカデシュに手渡した。カデシュは不思議そうに自分に差し出された砂漠のバラを見る。

 

「グランバニア王。何故、私に? 私は別段、こんなものに興味は……」

「ドリスへのお土産だよ」

 

 眉をしかめるカデシュに対し、アベルはそう言って笑った。ハッとしたようにカデシュが瞳を見開く。

 

「ドリス、きっと喜ぶと思うよ。カデシュの手で渡してあげなよ」

「何故、私がそんなことを……」

「え、嫌だった?」

 

 アベルの言葉にカデシュはむ……と返事に詰まると、「嫌という訳では……ないが……」と小声で呟いた。

 

「ふふ、カデシュさんからのプレゼントとなるとドリス様もきっとお喜びになると思いますよ」

 

 後ろからニヤニヤした顔のサンチョがそんなことを言い、カデシュは照れた様子で頬を赤らめる。それをかき消すかのようにむっつり顔に戻ると、差し出された砂漠のバラを受け取った。

 

「……分かった。まぁ、あの女に何かを渡してやるのもいいだろう。以前と違ってあの女は殊勝なことに城でテンたちの帰りを待っているのだからな」

「ドリス、きっと喜ぶよ~!」

「なんたってカデシュからのプレゼントだものね」

 

 テンとソラがそんなカデシュをからかうように口にする。カデシュはそんな二人を一睨みするが、それで応える双子ではない。相変わらず笑みを浮かべてカデシュの手に渡った砂漠のバラを見上げる。カデシュはそれをやや乱暴に服の中にしまい込んだ。

 

「別に私があの女にこれを渡すことに含みはない」

 

 そんなことを言ってそっぽを向いてしまう。カデシュとは付き合いの浅いアベルでもこれが照れ隠しであることはすぐに分かった。そんな風にカデシュをからかってたかと思うとテンは再びお店の中に視線を移し、「お父さん、これ、何?」と商品の一つを指差す。

 

「ああ、これは爆弾石だね。爆弾岩や爆弾ベビーといった魔物が爆発した後に遺した石で敵に向かって投げつけると爆発するんだ」

「へぇ~、なるほど~」

「テン王子。危険な物ですから気軽に触ったりしてはいけませんぞ」

 

 今にもその爆弾石を手に取りかねないテンにサンチョが先んじて注意をする。「あ、は~い。わかってまーす」とテンは頷いたが、サンチョに言われなければつついたり、手に取ったりしていたのは明白だった。テンはまだ店の商品に興味津々といった様子だったが、

 

「いつまでも油を売ってないで、さっさと天空の兜を持つ女王アイシスの元に行くぞ」

 

 と、カデシュが呆れた様子で言うと、「あ、うん」とテンも頷いた。

 

「そういえばそれが目的だったね」

「だったね……ってもしかしてテン、忘れてた?」

「あはは……」

 

 ソラにジト目で見られ、テンは頭を掻く。忘れていたのだろう。ソラだけではなく、カデシュも冷たい視線をテンに向けている。

 

「まぁ、こうして旅先のお店を見て回るのも旅の醍醐味ではありますし……」

 

 サンチョがフォローするようにそう言って笑う。

 

「でも、たしかにカデシュの言う通り、天空の兜を譲り受けることがここに来た目的だからね。ありがとう、カデシュ。本来なら僕が注意することを注意してくれて」

「別にそんなつもりはない。私が煩わしく思ったから言っただけだ」

 

 アベルが礼を言うがカデシュはいつも通り、つっけどんに返す。そんなカデシュにテンやソラ、サンチョは苦笑いを浮かべた。

 そうして、一行は砂の道を歩き、テルパドールの城に辿り着く。城門で見張りをしていた兵士に視線を向けられ、さて、なんと言ったらいいものか、とアベルは悩んだが「貴方はもしや……アベル様ですか?」と兵士の方から声をかけられ、アベルは困惑しつつも言葉を返した。

 

「はい。僕はアベルですが……」

「おお、ようこそテルパドールへ。アベル様。それにお仲間方。お待ちしておりました」

「僕たちを、待っていた……?」

 

 驚愕する。テンとソラは不思議そうな表情を浮かべ、サンチョも「おや?」と呟く。カデシュに至っては不思議そうを通り越して怪訝な視線を兵士に向ける。当たり前だ。今日、テルパドールを自分たちが訪れるのを知っているのは自分たちだけで向こうが知るはずはないのだから。「アイシス様がお待ちです。ご案内します」と兵士は言うと、もう一人の警衛に合図する。テルパドール城の城門が開いたのはすぐ後だった。

 案内するといった兵士の後ろ姿を見ながら、アベルはテンたちを見渡した。皆、困惑している。しかし、ついていかない訳にもいかない。「行こうか」と一同にアベルは言い、兵士の後ろ姿を追った。城内を進む兵士は謁見の間、ではなく地下の庭園に続く道のりを歩いているようだった。以前、訪れたことのあるアベルにはそれが分かる。そうして、アベルの予想通り地下庭園に続く、下り階段を降りる。

 地下庭園に足を踏み入れるとそれまでの身に纏っていた熱気は収まり、冷ややかな空気が辺りを包んだ。「わ、涼しい~」とテンが思わず声を発する。「ここが、地下の庭園……」とソラは興味深そうに辺りを見渡す。

 

「ほお、これは……」

「成る程。たしかに普通ではないな」

 

 サンチョもカデシュも驚いている様子だ。そんな一同には構わず兵士は庭園の先へと案内をする。その背に続き、アベルたちが透き通る空気の中、庭園に植えられた色とりどりの花々に目を癒やされながら進むとその先に女王アイシスは待っていた。「女王様」と兵士がアイシスを呼び、何事かを耳打ちする。すると、アイシスはアベルたちの方を見、全てを察したとばかりに頷き、「ご苦労。下がってよい」と兵士に命じた。兵士は一礼をし、去って行く。

 

「お久しぶりです、アベル。グランバニアの王子」

 

 そう言ってアイシスは微笑み、アベルの方を見た。

 

「ええ、お久しぶりです。女王様。……ですが、どうして?」

 

 どうして自分たちが来ることを分かっていたのか。そうアベルが訊ねるとアイシスはクスリ、と笑う。

 

「お忘れですか、私には予知の能力があります。今日、貴方がたがここに来ることは分かっておりました」

「ああ……そういえば……」

 

 そこで思いだす。そうだ。この国の女王、アイシスの持つ不思議な力。それは予知の能力も持っていたな、と。

 

「ですが一つだけ訂正します。僕は今はグランバニアの王ですよ。女王様」

「あら……これは失礼しました。グランバニア王、アベル」

「いえ、気にしていませんから」

 

 アベルは笑う。後ろでは「この人が女王、アイシス?」「綺麗な人……」とテンとソラが口を開く。そんな二人にもアイシスは笑顔を向けてくれた、と。

 

「あ……」

 

 テンの方を見たまま、アイシスの表情が固まる。「え?」とテンはキョトンとした顔になる。自分が何か悪いことでもしてしまったのだろうか? そんな風な顔をしたテンに構わず「貴方は……」とアイシスがテンの方へと歩み寄る。

 

「え、え、え? な、何……じゃなくて、何ですか?」

「…………」

 

 アイシスはテンの瞳をジッと見つめる。そして、何かを悟ったかのようにアベルの方を見た。

 

「成る程。アベル。今日、貴方がここに来たのは、彼を私に紹介するためですか」

「流石は女王様。察しが早い。彼はテン。僕の息子で……そして、おそらくは伝説の勇者です」

「ど、どうも……テンです……」

 

 アイシスの反応が気になるのかテンは落ち着かない様子だったが、父に紹介されたのを受けて、自らの名を名乗る。

 

「そうですか……テンくん。少し、こちらに来てくれますか?」

 

 アイシスは再びテンの瞳を見、そして、案内するように先へと歩き出す。「えーっと?」と困惑顔になったテンに「女王様について行こう」とアベルは笑いかける。そうして、一同は庭園のさらに奥へと進む。そこには一つの兜が安置されていた。その兜は決して派手ではない、しかし、無骨なこともない不思議な兜だった。兜全体から神聖な雰囲気が伝わり、この空間の中心はその兜にあるような錯覚を抱く。「あれは……!」とカデシュが微かに驚きを含んだ声をもらし、「まさか……」とサンチョがその言葉の続きを引き継ぐ。

 

「あれが……伝説の……天空の兜……?」

 

 テンがそう言うと、アイシスは「はい」と頷く。そしてその兜を両手で抱えるとテンの元まで運ぶ。

 

「テンくん。これをかぶってみてください。貴方が伝説の勇者ならば、この兜もかぶれるはずです」

 

 アイシスはそう言ってテンに兜を渡す。しかし、その兜はテンの頭のサイズと比べると大きすぎるように思えた。同じことを思ったのかテンも「これ、大きくないかな?」などと呟く。

 

「大丈夫です。さあ、テンくん」

「わ、わかった……じゃなくて、わかりました、女王様」

 

 アイシスに言われるままにテンは天空の兜をかぶる。やはり、兜のサイズはテンの頭のサイズより一回り、いや二回りは大きく、ぶかぶかの兜がテンの金髪を包む……と、その時だった。天空の兜のサイズが見る見るうちに縮み、テンの頭のサイズとピッタリ一致したのだ。アベルやソラ、サンチョ、カデシュは驚愕の瞳でその様子を眺め、「わ、わ、わ……!」と張本人のテンも驚きの声を発する。アイシスだけがそれを予定調和の如く穏やかな瞳で見据えていた。

 

「かぶれちゃった……」

 

 まだ驚きが抜けきっていない様子のテンがそう言う。天空の兜は見事、テンの頭の上でその輝きを放っていた。

 

「あんなに大きかった兜が……今ではテンの頭にピッタリに……」

「流石は伝説の兜……といったところか」

「いやはや、なんとも不可思議なものですなぁ……」

 

 ソラ、カデシュ、サンチョも驚きが抜け切らないようだった。「おめでとう、テンくん」とアイシスが笑みを浮かべる。

 

「貴方は天空の兜に選ばれた、伝説の勇者です。これで天空の兜を保管し続けるという私たちの使命も終わります。どうぞ、それは貴方が持っていてください」

「え! いいの!? ……じゃなくて、いいんですか、女王様?」

「勿論。それは勇者たる貴方のものですから」

 

 アイシスはそう言い、テンに笑みを見せて、そして、アベルの方を向いた。

 

「アベル。貴方は勇者ではありませんでしたが……勇者の父親だったのですね」

「どうやらそうみたいですね、女王様」

 

 アベルもまた笑みを浮かべる。

 

「天空の兜はどうか貴方がたが持っていってください。それが世界を救うためになると信じています」

「はい。任せてください」

「うん! 任せて、女王様!」

 

 アベルは頷き、テンも元気よく頷く。

 勇者の父親、か。アベルはアイシスに言われたことを反芻した。なるほど。たしかに今の自分に似合いの称号かもしれない。

 

「……それで、これから先の旅に何か、アテのようなものはありますか?」

 

 アイシスがやや遠慮がちに訊ねる。「そうですね……」とアベルは答えた。

 

「できれば伝説の勇者の武具を揃えたかったのですが……生憎と天空の鎧の行方は未だ知れず、僕たちはこれからグランバニアに戻り、そこから船で僕の母の故郷であるというエルヘブンの街を目指そうと思います」

 

 エルヘブン、と聞いたアイシスは得心したように頷いた。

 

「成る程。エルヘブンですか。私同様、不思議な力を持つ者が多くいるという伝説と神秘を伝える街ですね。そこに行くのはきっとアベルたちのためになると思います」

「はい。僕もそう思います」

 

 笑みを浮かべたアイシスにアベルも頷く。

 

「それでは、これから先の旅路も気を付けてください。伝説の勇者、テン。そして、勇者の父親、アベルとその仲間たち」

 

 アイシスはそう言い、笑顔でアベルたちの今後の旅路の無事を祈ってくれた。

 

 



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第5話:エルヘブンへの洞窟

 

「ヒャダルコ!」

 

 グランバニア城の中庭にソラの声が響き渡った。ソラから放たれた魔力はストロスの杖を介して増幅され、冷気の波動となると宙空を飛び、的として容易されていた木の板に命中すると、それを氷漬けにした。「はぁっ、はぁっ」と息をつくソラを見て、満足げに頷いたカデシュは「よし」と呟く。

 

「次はイオだ」

「……うん! わかった、カデシュ!」

 

 カデシュの言葉にソラは頷き、再びストロスの杖を構える。「イオ!」とソラの声が響き、次の瞬間には杖の切っ先が向いている方向に小爆発が巻き起こる。その爆発は氷漬けになった木の板をバラバラに粉砕した。「で、できたぁ……!」とソラは疲れの色を滲ませながら、しかし、たしかに喜びの感情を込めて呟く。

 

「ヒャダルコにイオ。完璧だな」

「うん! ありがとう、カデシュ」

 

 ソラはカデシュの方を向くと笑顔で礼を言う。カデシュは照れを隠すように「礼を言う必要などない」とぶっきらぼうに言い放った。

 

「どちらの呪文も覚えれたのはお前の才能だ。私は大したことはしていない」

「それでも、ありがとう、カデシュ。カデシュが教えてくれたおかげだもの」

「ふん……」

 

 笑顔のソラに根負けしたようにカデシュはそっぽを向く。それにしてもソラの魔法に関する才能は大したものだ、と感心せずにはいられない。つい先日、ヒャドを教えたばかりだというのにもうその上位の呪文であるヒャダルコを身に着けて、さらにはイオまで習得してしまった。やはり彼女にはメラ系呪文やギラ系呪文よりもこちらの方が向いていたのだろうとは思うが、自分にあった呪文とはいえそれを早期に習得出来るか否かはまた別の問題だ。ストロスの杖に選ばれた才能は伊達ではない、ということだろう。「すごいなー、ソラ」と声が発した。カデシュが視線を向けると先程からやって来て、カデシュの隣でソラの呪文の練習を見学していたテンが心底感心した様子で妹を見ていた。

 テンは飛び出すと氷漬けになった上にバラバラにされ、見るも無残な姿になった木の板を見て呟く。

 

「こんなにすごい呪文を次々と覚えちゃって……ぼくにはとても真似できないや」

「そんなことないよ、テン」

 

 ソラは照れ臭そうに笑った。

 

「わたしもお父さんやカデシュの足を引っ張らないように少しでも強くならないと、って思っただけだから……それにテンも呪文、使えるようになったんでしょ?」

「ちょっとだけね」

 

 今度はテンが照れ臭そうに笑う番だった。

 そう、ソラが魔法使いとしての才能を開花させ、呪文を次々に覚えられているようにテンもまた勇者としての才能が開花し、これまで使えなかった呪文を使えるようになっていた。今のところはキアリクやベホイミといった回復呪文やスクルトなどの補助呪文だが、いずれは攻撃呪文も身に付けることができるだろう、とカデシュは見ていた。テンはストロス国の戦いではライデインの呪文を、封印の洞窟ではベギラマの呪文を行使していたのだ。できない訳がない。

 勇者とは万能の者である。冴え渡る剣技は勿論のこと、魔法使い顔負けの強力な攻撃呪文や僧侶の立場をなくす回復呪文、補助呪文に至るまで、全てを覚えることができる。そして、テンは正真正銘、伝説の天空の勇者だ。ならば、彼がそれらの呪文を身に付けることができるのもまた必然である。

 

「ぼくもお父さんたちの足を引っ張らないように頑張らないとね」

「そうね。一緒に頑張ろう、テン」

 

 そうして双子は仲良く笑いあう。そんな微笑ましい光景を見ているのも悪い気分ではないな、とカデシュは思い、そんなことを思うようになった自分に少し苦笑したい気分になる。この私が穏やかな時間など、似合わないものだ。

 

「おお、やはりこちらにおりましたか。テン王子、ソラ王女」

「テン、ソラ」

 

 声をかけられたので振り向いてみればサンチョとアベルがやって来ているところだった。後ろにはアベルの仲間の魔物たちも続く。アベルはいつもの見ている者の心まで穏やかにしてしまう程の笑顔を見せて、子供たちに声をかけた。

 

「呪文の練習かい、ソラ?」

「うん! わたしもお母さんを助けるために少しでも強くならないと……って思って。またカデシュに色々、教えてもらっていたの」

「そうか。それは偉いな、ソラ。……テンも一緒に?」

「んー、ぼくは見てただけ。でも、ぼくもちょっとだけ呪文を使えるようになったんだよ!」

「うん。それも分かっているよ。二人共偉いな、テン、ソラ」

 

 父親に褒められてテンとソラは照れ臭そうにはにかむ。そんな二人の頭をアベルは順に撫でてやった。そして、アベルはカデシュの方を向く。

 

「カデシュ。いつも子供たちの面倒を見てくれてありがとう」

「別に大したことではない」

 

 この笑顔は苦手だ、とカデシュは思いながらぶっきらぼうに返す。本当に人間はこんなに穏やかな笑みを浮かべることができるのかと驚いてしまう程に、穏やか過ぎる笑顔だ。魔物から邪気を払って仲間にしてしまうのは伊達ではないらしい。

 

「それでお父さん。何か用? サンチョも一緒に」

「ああ、うん。呪文の練習もいいけど……そろそろエルヘブンに向けて出発しようと思って。テンたちを呼びに来たんだ」

「そっか。ついに行くんだね、エルヘブンに!」

 

 興奮を隠しきれない様子のテンにアベルは頷く。「準備はもうできてるよ、ねぇ、サンチョ?」とアベルがサンチョに水を向けるとサンチョは「勿論ですとも」と頷く。

 

「シューベリーの方に船の準備はできております。いつでも出発できますぞ」

 

 グランバニアという国が容易する船だ。カデシュも以前、アベルを探す旅でテンたちと共に乗ったことがある。相当な大型船で嵐などが来ても容易に乗り越えられるであろう。文字通り大船に乗った気持ちになっていいようだ。「ねぇ、ご主人様」とミニモンが口を開く。

 

「今回はアタシたちお留守番してなくていいの?」

「うん。みんなも一緒だよ」

 

 アベルは笑うと仲間の魔物たちを見渡した。

 

「ゲレゲレ、スラリン、ホイミン、ダニー、ドラきち、コドラン、ミニモン。みんなの力もアテにさせてもらうよ」

「そりゃあ、もう! このミニモン様にお任せください、ご主人様!」

 

 ミニモンが調子に乗った声を出し、ゲレゲレたちも声を上げ、スラリンやダニーは小さな体を飛び跳ねさせて、アベルに応える。

 

「あ、そうだ。カデシュ。ドリスに砂漠のバラは渡した?」

 

 アベルがふと思い出したことをカデシュに問う。カデシュはいや、と呟いた。

 

「まだだな」

 

 テルパドールからグランバニアに帰ってきてから会う機会はあったが、タイミングがつかめず、渡しそびれていた。カデシュの言葉にアベルは「それはよくないね」と呟く。

 

「今度の旅はラインハットやテルパドールに行った時と違って船旅だ。帰ってくるのにも時間がかかる。出立前に渡して来なよ」

「いいのか? グランバニア王」

「うん。それくらいの時間はあるよ」

 

 ニコニコ笑顔で後押しされる。カデシュが視線を下ろすとテンとソラも笑みを浮かべて、カデシュの背中を押しているようだった。

 あの女に自分がプレゼントを渡す。ストロス国での戦いの前にペンダントを渡した時のことを思いだす。柄ではない。全くもって、柄ではない、のだが……。

 

「わかった。……少し行ってくる」

 

 アベルやテン、ソラにサンチョ、さらにはアベルの仲間の魔物たちまで向けてくるように思える笑顔から逃げるようにカデシュはぶっきらぼうに言い放つと城の中に入って行った。

 この城の内部に関しては、今更、案内の必要がないくらい知り尽くしている。この城の王族の一人であるドリスの部屋もカデシュには既知のことだ。ドリスの部屋の前まで行き、ノックをしようとして、少し戸惑う。さて、なんと切り出したらいいか。全く、こんなことは私の柄ではないのだ、とカデシュは一人、胸中で呟く。

 だが、そんな風に扉の前で立ち尽くすカデシュをよそに扉の方が勝手に開いた。ドリスが部屋の中から外に出てきたのだ。ドリスは最初、自分の部屋の前に立っていたカデシュを見て、目を丸くすると、「カ、カデシュ……」と驚いたように声を出す。

 

「どうしたの、あんた。あたしの部屋の前になんて立って……。アベルたちと一緒にエルヘブンに向かうんじゃなかったの?」

「いや……大したことではない……のだが……」

 

 言葉に詰まってしまう。結局、カデシュは何も口にすることはできず、ぶっきらぼうに砂漠のバラを取り出すとドリスに見せた。「これは?」とドリスが口にする。

 

「砂漠のバラ。砂漠の石が見ての通りバラのような形状に結晶した物だ。テルパドールで買ってきた」

「へぇ……それで、これがどうしたの?」

 

 ドリスが首を傾げる。鈍い奴め、と思わずカデシュは口に出さず毒づく。砂漠のバラをカデシュがドリスに差し出すとその時点で初めてドリスはカデシュの意図に気付いたようだった。

 

「お前に……やる。お前には似合うだろう」

 

 カデシュがぶっきらぼうに言い放った言葉にドリスは顔を赤くして、「あ、うん……」と頷く。

 

「あ、ありがと……カデシュ……」

「礼を言われる程のことでもない」

 

 らしくなく、しおらしい態度になったドリスにカデシュは内心、動揺しつつも、相変わらずいつも通りの口調を突き通す。

 

「今度の旅は船旅だ。ルーラの呪文ですぐに帰ってくる、という訳にもいかない。だから、その前に渡しておこうと思ってな」

「そうだね。ラインハットやテルパドールに行った時と違って未知の場所に向かう訳だからね。……カデシュ」

「ん……?」

 

 言葉の途中でドリスが瞳を振るわせてカデシュを見ているのにカデシュは気付いた。「なんだ?」と呟く。

 

「今度はいなくなったりしないよね?」

 

 この勝ち気な王女らしくない、親を待つ幼子のような瞳でドリスがカデシュを見る。ああ、そうか、と気付いた。彼女は思い出したのだろう。以前、このようにカデシュがドリスに贈り物をした時のことを。

 あの時はカデシュはストロス国の異空間の中に消え、帰ってこなかった。今度もまた同じようにカデシュが姿を消してしまうかもしれない。そう考えてしまったのだろう。「心配するな」と呟く。

 

「私は必ず帰ってくる。私の帰るべき場所はテンやソラ、グランバニア王と同じく、このグランバニアだからな」

 

 ドリスを安心させるためにはいつもの無表情ではいけなかった。多分、うまく笑えた、と思う。笑顔は人に安心を与えてくれるもの。そのことをカデシュはテンたちとの交流を通して知り、アベルと出会ったことで確信した。アベルのように穏やかな笑顔は自分にはできないし、似合わないが、それでも微笑みが人に安心感を与えてくれるのも事実。カデシュの笑みにドリスもまた笑みを浮かべた。「そっか」とドリスが呟く。

 

「それじゃ、旅の間、テンやソラのことを頼むね、カデシュ。あたしは一緒に行けないからあたしの代わりにあの子たちを守ってやって」

「フ……言われるまでもない。まぁ、グランバニア王やサンチョもいる以上、私など居ても居なくてもたいして変わらないかもしれないがな」

「そんなことないよ。テンやソラにとって、カデシュは大切な人だから」

 

 そんなことを言われると照れ臭くなってしまう。カデシュは「フン」と照れ隠しに呟いた。

 

「まぁ、私たちが留守の間、お前はグランバニアで大人しくしているのだな。あまりオジロン殿を困らせるような真似はするなよ?」

「ふんっ、可愛げがないんだから。そんなことあんたに言われなくても分かってますよ~だ!」

 

 そう言ってドリスはカデシュの脇を抜け、どこかへ行こうとする。と、その足が止まり、「カデシュ」とドリスはカデシュを呼んだ。

 

「ホントにホントに……大丈夫、だよね?」

「……ああ、大丈夫だ、ドリス。私は、消えたりなんかしない」

 

 その言葉にドリスは笑った、とカデシュには思えた。それは安堵の感情がもたらす微笑み。彼女の笑顔は嫌いではないな、とカデシュは思う。

 

「そっか。それじゃあ、気を付けてね、カデシュ。アベルの足を引っ張ったりしないでよ?」

「ああ。行ってくる。ドリス」

「うん……行ってらっしゃい、カデシュ」

 

 ドリスは最後に振り返り、カデシュの顔を見ると、そのままどこかへと歩いて行ってしまう。その背中を見送りながら、帰りを待ってくれる人がいるというのは悪い気分ではないな、とカデシュは思った。

 

 

 

 グランバニアから旅立ち、港町シューベリーから出港したグランバニア王国の所有する大型船はエルヘブンのある大陸に辿り着くまで数日の時間を有した。どうやらエルヘブンは周りを山脈に囲まれた大陸の中に存在するらしく普通に行く分には船での上陸はできない。しかし、エルヘブンに繋がる洞窟があることがオジロンたちの調べで判明していた。

 グランバニアの先代の王であるパパスはその洞窟を通り、エルヘブンに行き、現在のグランバニア王であるアベルの母親、マーサと出会ったのだと言う。エルヘブンがあるらしい大陸の側まで来たアベルたちはその洞窟を探し、数日の間を彷徨った。勿論、その間も海を根城とする魔物たちの襲撃はあったが、封印の洞窟で遭遇したレッドイーターとブルーイーターなどの凶悪な魔物たちに比べると襲ってくる魔物たちの強さは大したことがなく、アベルやテン、ソラ、そしてサンチョやカデシュ。さらにはアベルの仲間の魔物たちの敵ではなく、容易く退けることができた。

 魔物たちを退けながら、数日の間は海の上で過ごしたアベルたちであったが、やがて、エルヘブンに繋がると思われる洞窟を発見することができた。船をその洞窟の中に向かわせる。洞窟の中は魔物たちの気配も勿論あったが、それ以上に奇妙なまでに清涼な雰囲気もあった。

 

「この洞窟の中にある海の神殿には魔界に繋がるという伝承があるらしいんだ」

 

 そのアベルの言葉はカデシュの関心を惹くのに充分なものだった。

 魔界。その奥にいるであろう魔族の王。それを打ち倒すことはカデシュの悲願だ。

 この洞窟には魔界に繋がるという海の神殿があり、ここには現世と魔界を繋ぐと言われた天空の勇者がいる。ひょっとしたら魔界に行くための条件は揃っているのではないか。カデシュはそう言い、アベルに海の神殿に立ち寄ることを提案した。アベルもまた魔界に連れ去られた母を求める身である。妻が石像にされ行方不明になっているため、その行方を知ることを当面の目的としているものの、母の元に辿り着くことは今は亡き父パパスから託されたアベルの使命である。ならば、当然、アベルに異論はなく、海の神殿に立ち寄ることになった。

 海の神殿は洞窟の中の一角にあった。外海から流れる水路や壁や天井を覆う岩肌といった明らかに自然物と思える空間の中に人の手が加わっているとわかるエリアが紛れ込んでいる。ここが海の神殿に違いない、と誰もが思った。海の神殿に繋がる道は水路は途切れ、大地が広がっていた。アベルたちは船から一旦、降り、自らの足で神殿内を進んだ。その最奥に三体の女神像が置かれていた。いかにも意味ありげに配置された三体の女神像。ここは特別な場所だという確信をアベルたちは抱いたものの、そこに天空の勇者たるテンが来ても何かが起こることはなかった。

 

「やっぱり魔界に行くためには何か条件がいるのかもしれない。このこともエルヘブンで訊ねてみよう」

 

 そう言いアベルは来た道を引き返そうとする。今、この場にいても魔界には行けない。そのことはカデシュも理解し、名残惜しい思いを残しながらもアベルの後ろに続いた。

 と、その時だった。アベルが腰にかけたパパスの剣を抜き放つ。アベルたち一行に魔物たちが襲い掛かってきたのだ。テンも天空の剣を抜き、ソラはストロスの杖を構える。サンチョも鉄の槍を構え、カデシュもまた杖を手に襲い掛かってきた魔物たちを睨む。アベルの仲間の魔物たちではゲレゲレが一際、大きく吠え、襲い掛かってきた魔物たちを牽制した。

 襲い掛かってきた魔物はブリザードマンの集団だった。宙空を飛ぶ人形の魔物たちが群れをなしてアベルたちに襲いかかる。先手を打つようにソラがヒャダルコの呪文を唱えた。ストロスの杖に先端から冷気が放たれ、ブリザードマンたちに命中する。ヒャダルコは敵の集団を丸々攻撃することができる範囲攻撃である。しかし、ブリザードマンたちにダメージは少ないようだった。お返しとばかりにブリザードマンの集団が次々にヒャダルコの呪文を唱える。「きゃ~! 助けて~!」とミニモンが空中を飛び回りながら冷気が逃れようとする。カデシュはベギラマの炎を放ち、迎え撃つ。

 

「ソラ! こいつらは冷気を武器に戦う魔物たちだ。ヒャド系呪文は効果が薄い。イオだ。イオを使え!」

 

 自分たちに放たれたヒャダルコの冷気を迎撃しつつも、カデシュはそう言ってソラに指示を飛ばす。ソラは頷き、「イオ!」と呪文を唱える。ブリザードマンたちの集団の中に小爆発が連続して巻き起こり、ブリザードマンたちが放っていたヒャダルコの冷気をかき乱した。だが、ブリザードマンたちは今度は呪文ではなく、口を大きく開き、そこから凍える吹雪を吐き出した。一斉に放たれた冷気がアベルたちに迫り、これをまともに喰らえばただではすまない、という予感にアベルとカデシュが鋭い目を向ける。そこで前に出たのはテンだった。

 

「そうはさせない……! フバーハ!」

 

 テンが天空の剣を掲げ、そう叫ぶと光の幕のようなものがアベルたちを覆い尽くし、放たれた吹雪を受け止めた。フバーハはその冷気の威力をほとんど軽減してくれた。ブリザードマンたちの間に動揺が広がる。「今ですぞ!」とのサンチョの声を聞くまでもなく、アベルたちは攻勢に移った。アベル、テン、サンチョ、ゲレゲレが地を蹴り、剣や槍、爪といった武器を使いブリザードマンたちに斬りかかり、ソラとカデシュは後方からイオとベギラマを放ち援護する。ブリザードマンは次々と断末魔の絶叫を上げ、息絶え、全滅した。

 襲い掛かってきた魔物たちを撃退し、一同の間に平穏な雰囲気が流れる。

 

「ふぅ、敵が一斉に吹雪を吐いてきた時はどうなるかと思ったけど……テンのおかげでなんとかなったね」

 

 アベルはパパスの剣を鞘に収めながらそう言って、笑う。テンは照れ臭そうに笑った。

 

「無我夢中だったけどね……なんだか今なら呪文が使えそうな気がして……」

「流石はテン王子ですな」

「うん! テン、すご~い!」

 

 サンチョとソラもテンを褒め称える。ゲレゲレたちもテンの周りにむらがり、彼を称えるように吠える。

 

「フバーハか。あれもまた勇者の呪文の一つだな」

 

 カデシュもまたそんなテンを見た。「そんな、大したことじゃないんだけどな……」とテンは照れ臭そうにしている。

 

「さ、みんな。さっさと船に戻ってエルヘブンに向かおう。また魔物たちが襲ってくるかもしれないからね」

 

 そのアベルの言葉に一同は頷き、海の神殿の道を引き返し、船まで戻った。そこから船で水路をさらに移動していくと洞窟の薄闇が晴れた。洞窟を抜けたのだ。太陽の光の下、山脈に囲まれた大陸のおそらくは内側に乗り付け、アベルたちは船から降りて徒歩での移動を開始した。この陸路の先、遠くない場所にエルヘブンはあるはずだった。

 



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第6話:エルヘブン

 

 シャドーサタンの群れが行く手を阻む。

 黒い体色に大きな翼を持った人型の魔物たちは見るからに凶悪な魔物でその実、戦闘能力もあなどれない。

 冷気を放つヒャダルコの呪文や運が悪ければ即死してしまうというザキの呪文も恐ろしかったが、何よりもその堂々たる体躯を活かした肉弾戦闘が一番、厄介なものだった。

 シャドーサタンの内、一匹が振り下ろした豪腕の一撃をアベルはパパスの剣で受け止める。「くっ……」と思わず声がもれる。剣ごしに衝撃がジンジンと腕に伝わってくる。気合の一声と共になんとか腕を押し返す。そこにカデシュがベギラマの呪文を放った。爆音が響きベギラマの閃熱がシャドーサタンの体を焼く。しかし。

 

「……効果は薄い、か」

 

 カデシュは舌打ちして呟く。全くの無傷、という訳ではない。だが、シャドーサタンが受けたダメージは決して大きいものとは言えなかった。「ヒャダルコ!」とソラの声が響き、ストロスの杖から放たれた冷気がシャドーサタンの肉体に降り注ぐも、これもやはり効果は薄いようだった。

 呪文をまともに受けるしかない脆弱な人間と違い、魔物は特定の属性の呪文に対して耐性を持っている者もいる。シャドーサタンはギラ系呪文やヒャド系呪文には高い耐性を持っているようだった。それを分かったのか、テンが天空の剣を振りかざし、前に出る。

 

「呪文の効果が薄いなら、直接、剣で!」

 

 そう言い、斬りかかる。自分より二倍以上、背丈の高いシャドーサタンに向けて、勇猛果敢に立ち向かう。その姿は成る程。幼くとも勇者と言う他ない。ならば、幼き勇者が頑張っているのに大人の自分が見ているだけなんてことはする訳にもいかない。アベルもまたパパスの剣を手に前に出た。

 天空の剣とパパスの剣が交互に剣筋を描き、シャドーサタンに迫る。シャドーサタンは武器にも匹敵する鋭い爪の付いた豪腕を振るい、それを迎撃していたが、やがて、親子のコンビネーションの前に追い込まれつつあった。他のシャドーサタンが助けに駆けつけようとするも、そこにはカデシュとソラの呪文が炸裂し、足止めをする。効果が薄くとも時間を稼ぐことくらいはできる。次いで、槍を手にしたサンチョと鋭い爪と牙を武器にしたゲレゲレが飛びかかった。

 アベルとテン。二人の剣を受けているシャドーサタンはそろそろ限界に差し掛かりかけていた。シャドーサタンは魔物には珍しくない無表情な魔物だったが、そこに焦りがつのっているのが剣を交えているアベルには、歴戦の勘で感じ取れる。

 

「僕たちはエルヘブンに行かないといけないんだ! 道を阻むな!」

 

 アベルはそう叫び、パパスの剣で斬りつける。一閃。研ぎ澄まされた剣の一撃はシャドーサタンの防御を掻い潜り、その肉体を袈裟懸けに斬り裂いた。「ガアアアッ!」とシャドーサタンがうめく。

 

「今だ!」

 

 子供らしからぬ鋭い観察眼でその様子を見ていたテンが隙を逃さぬよう、天空の剣で攻撃する。伝説の剣を真っ直ぐに突き立てる。その先端がシャドーサタンの肉体を貫く。テンがゆっくりと天空の剣を引き抜く。シャドーサタンの巨体が倒れ伏したのはそのすぐ後だった。

 

「やった……!」

 

 テンが天空の剣を構え、勝利の確認に歓喜の声をもらす。「まだだ、テン」とアベルはそんな息子に声をかけた。

 

「サンチョやゲレゲレたちがまだ戦っている。助太刀しないと」

「うん、分かっているよ、お父さん!」

 

 視線の向ければ残りのシャドーサタンを相手にサンチョとゲレゲレが大立ち回りを演じ、ソラとカデシュがそんな一人と一匹を援護しているのが見える。二人はそれぞれの獲物を手に助太刀に入った。

 程なく、襲い掛かってきた全てのシャドーサタンたちは地にひれ伏し、道をアベルたちに譲り渡すようになった。

 

「ふぅ……」

 

 アベルがパパスの剣を鞘に収め、額の汗をぬぐう。なかなかの強敵だった。しかし、今は魔物の群れを倒したくらいで感慨に浸る時ではない。自分が感慨に浸る時が来るとしたら、この先のエルヘブンに着いた時、いいや、それよりも先、どこかへと連れ去られた妻、ビアンカや母、マーサと再会した時だ。そう、決意を新たに前に視界を向け直すと「それじゃあ、みんな、行こうか」と一同を促す。テンとソラは見るからに疲弊した様子だったが、それに頷き、サンチョも荒い息をなんとか整え、頷く。カデシュだけが涼しい顔をしていたが、だからといて彼が真面目に戦わなかったかと言えばそういう訳でもなのだろう。その端正な美貌の奥に疲労の色が見え隠れしているのをアベルは見抜いた。相当な意地っ張りなのだろうな、と思う。疲れている姿を他人に見せることを嫌うタチなのだろう。

 それから一行はエルヘブンに向けて、再び歩き出した。

 

「お父さん、エルヘブンはまだなの?」

 

 テンが呟く。海の神殿がある洞窟を抜けて、内海に船でたどり着き、そこで船を降りて結構な距離を歩いている。船を降りてしまえばそう遠い距離ではないとオジロンからは聞いていたのだが。

 

「そうだね……もうすぐだと思うんだけど……」

「あ、あれ、何かな!? お父さん!」

 

 アベルがテンの言葉に答えようと視線を下げているとソラの声に注意を呼び戻され、サッと前を向く。そこには遠目ながら、天に向かって巨大な岩山が伸びているのが見えた。「なんだ、アレは……?」とほぼ同時に気付いたのであろうカデシュが怪訝そうな声をもらす。

 

「ちょ、ちょっと……まさかアレがエルヘブンなの?」

 

 先程の戦闘中は後ろに引っ込んでいたミニモンが呆れたように呟く。

 

「ここからではただの岩山にしか見えませんな……」

 

 サンチョの言う通り、遠目には巨大な岩山にしか見えない。あれが、エルヘブン……なのだろうか?

 

「とにかく行ってみよう」

 

 アベルはそう言って一同を促した。一同も頷き、先に歩き出したアベルの後に続く。そこからしばらくの距離を歩き、間近に近寄って見ても、やはり岩山は岩山だった。

 巨大な岩山が大地から生えている。しかし、そこには岩の外壁を沿うように階段が出来ており、天へと伸びる岩山の先端に向けて道らしきものが築かれている。近付いて見れば、岩山の外壁にはところどころに穴があき、中に入れるようになっているのが見えた。普通の街や村ではない。どちらかと言うとダンジョンに近いその異様な風貌は、しかし、岩山の一番下、おそらくは入り口に当たる箇所に一人の衛兵が立っていることで人間が住む場所だと言うことをなんとか伺い知ることができた。アベルが衛兵に声をかける。

 

「すみません。ここはエルヘブンの街……で、あってますよね?」

「旅の方ですか? ええ、ここはエルヘブンの街です。ようこそ、エルヘブンへ!」

 

 衛兵は笑顔を浮かべて、そんな歓迎の言葉を言う。やはりここはエルヘブンの地に違いないようだった。

 無骨な岩山のようでありながら、どことなく神秘的で神聖な雰囲気を感じ取れる。不思議な力を受け継ぐ一族が住まう土地としてはこれ以上、相応しい場所はない、という風に思えた。

 衛兵に一礼し、階段を登り岩山の外壁を登る。

 そこは一見するとただの岩山にしか見えないがたしかにそこは人間の住む街だった。

 岩山の外壁に所々にあいた穴の中には民家があり、人々が生活している。岩山を住処とすることに非常識さを感じざるを得ないものの、エルヘブンもまた他の普通の街や村と同様、人々の営みがある。思えばグランバニアの城とて非常識には違いないのだ。一つの城があり、城下町はなく、城の中に街があるなど、それこそ岩山の外壁に住まう人々並に非常識なことだろう。これもまた一つの街の形か、とアベルは自分を納得させた。となれば、後は普通の街や村でしたことと変わりはない。住人たちに話を聞くことでこれから先の旅の手助けとするだけだ。岩山の外壁に作られた階段をある時は登り、ある時は降り、アベルたちはエルヘブンの住人たちに話を聞いて回った。

 住民たちの話を聞く所によるとこの街、エルヘブンは四人の長老たちによって治められているという。そして、その四人の長老たちは今では薄れてしまったエルヘブンの住民の不思議な力を色濃く残しているという。早速、アベルたちは長老たちの元を訪れることにした。街を治めているだけあり、長老たちは岩山の最上部にいるらしく、アベルたちは岩山の外壁にできている階段を登り、岩山の頂きを目指した。手すりも何もない階段を登るのはスリリングなもので、腕白なテンですら、「ここから落ちたらどうなるんだろうね……」と真剣そうな顔で階段の脇を見ながら呟く。かなりの高所に位置しておきながら、むき出しの階段は踏み外してしまえば地上まで一直線という恐怖を感じさせる。

 そんな風にヒヤヒヤしながらもアベルたちはエルヘブンの最上段まで辿り着いた。中に入るとそこには四人の女性がいた。彼女たちが長老なのだろうか……? そんな風に疑問に思った。何故なら、長老と言われる割には四人の女性たちは皆、若々しさに溢れていたからだ。30代、いや、20代といっても通じる。若々しい美貌を誇る女性たちは中に入ってきたアベルたちを見ると「待っていました」と口にした。

 待っていた……? 何の連絡もなく訪れた自分たちを? 少し怪訝に思ったものの、テルパドールで女王アイシスに迎えられたことを思い出し、アイシスと同じく不思議な力を持っているらしい彼女たちなら自分たちの来訪も予測できていて当然か、と思い直す。

 

「よく来ました。マーサとパパスの子よ」

 

 そう言って長老たちの中でも筆頭格と思われる女性がアベルを見る。次いで、テンの方を見た。

 

「そして、伝説に伝わる天空の勇者」

 

 年上で、それも美しい女性にこう言われてしまっては照れ臭いのかテンは頭を掻く。

 

「マーサ……僕の母はたしかにこの街の出身なんですね」

「その通りです、マーサの子。マーサ……彼女は不思議な力を受け継ぐこのエルヘブンの街にあっても際立って高い能力を誇る巫女でした。彼女にはこの世界と魔界を繋ぐ力を秘めていました」

 

 その言葉にカデシュが反応した。「この世界と魔界を繋ぐ力だと……!」と長老たちに迫ったカデシュに「その通りです。ストロスの王子」と長老は返す。自分の正体を言い当てられたことにカデシュは困惑した様子を見せたが、これも不思議な力を秘めるエルヘブンの民の力か、と納得した様だった。

 

「この世界と魔界を繋ぐためには本来ならば天空の勇者の力が不可欠です。ですが、マーサはその類まれなる資質により天空の勇者をなくしても二つの世界を繋ぐ力を持っていた」

「その力のせいで……母は、魔王にさらわれた……ということですか」

「その通りです」

 

 アベルの言葉を長老たちは肯定する。

 

「魔王、ミルドラースは二つの世界を繋ぎ、この世界に侵略することを目論んでおりました。そこでそれを可能とする力を持つ者、マーサに目を着けたのです」

「魔王……ミルドラース……」

 

 その名前を反芻する。ミルドラース。そいつが自分の母をさらった元凶。そいつがこの世界を闇に閉ざそうとしている諸悪の根源。「だが」とカデシュが口にする。

 

「この世界と魔界を繋ぐには天空の勇者が不可欠と言ったな。しかし、先程、私たちは海の神殿を訪れた。この世界と魔界を繋ぐとされている場所だ。そこには天空の勇者であるテンもいた。だが、魔界への扉は開くことがなかった」

 

 カデシュが詰め寄る。魔界に行き、魔物の王を倒すことを目的としている身としてはどうしても気になることだったのだろう。長老たちは動じることはなく、そんなカデシュに答える。

 

「天空の勇者は魔界への扉を開くのに不可欠な存在ですが、天空の勇者だけではダメなのです。伝説に伝わる三つのリング、炎のリング、水のリング、命のリング、そして、天空の勇者が天空の武具全てを身に付けることで始めて魔界への扉は開きます」

「三つのリング……」

 

 アベルは思わず自分の手を見た。その左手の薬指には結婚指輪がはめられている。それは、今、長老が口にした三つのリングの一つ、炎のリングだ。「そうです」と長老はアベルを見た。

 

「貴方が持っているリングは魔界への扉を開く伝説のリングの一つ」

「僕たちの結婚指輪が……そんな凄いリングだったなんて……」

 

 思わずマジマジと炎のリングを見つめてしまう。しかし、それなら納得だ。ここにあるのは炎のリングだけで、行方不明のビアンカが身に付けている水のリングも、全くの所在不明の命のリングもない。伝説の勇者はいるが、その勇者が身に付ける武具の内、天空の鎧もまた、所在不明だ。ならば、魔界への扉が開かなかったとしても無理はないことだろう。

 

「天空城を浮上させるのです」

 

 長老たちはそう言い放った。天空城……? と思わずオウム返しにアベルは聞き返す。

 

「そう、神、マスタードラゴンの居城であり、空を飛び回るという伝説の城です。天空城さえ健在であれば、今の世のように魔物がはこびることも、魔王が好きなようにすることもできなかったはずなのですが……」

「そうではない、ということだな?」

 

 言葉を先読みしてカデシュが訊ねる。長老たちは静かに頷いた。

 

「はい。神としてこの地上を治めるべきマスタードラゴンは行方不明。天空城もまた空から落ち、海底深くに沈没してしまいました」

「海底深くに沈没って……」

「そんなお城を再び空に飛ばすなんてことができるの!?」

 

 ソラとテンが疑問を口にする。たしかに、海底深くに沈没したお城を再び空に飛ばす。無茶苦茶なことを言っていると子供の感性でも感じ取れてしまって無理はないだろう。「不可能ではないはずです」と長老は答えた。

 

「そのためにはまず海底に落ちた天空城を訪れる必要があります。ですが、そこに至るための道、海底への洞窟もまた険しい山脈に阻まれています」

 

 長老の言葉に「そんな~!」とテンが声を上げた。流石に素っ頓狂な声を上げる程、アベルは子供ではなかったが、気持ちはテンと同じだった。海底に落ちた天空城を再び浮上させるだけでも無茶苦茶な話だと言うのに、そこに至るための道も閉ざされていると来た。これではどうすればいいのか、さっぱり分からない。

 

「僕たちは……どうすればいいんでしょうか?」

 

 アベルが訊ねる。長老は一拍置いて、

 

「貴方がたがまず行くべき場所は……中央大陸、世界の中心に位置する天空への塔です」

「天空への塔?」

「はい。古の時代には天馬の塔とも呼ばれていた場所ですが、そこが天空城へと繋がる唯一の道、でした」

 

 過去形だと言うことは今はそうではない、ということだろう。天空城は海底に沈没しているというのだから、当たり前の話だが。

 

「天空への塔に封印されているという伝説のマグマの杖。それを手に入れるのです」

「それがあれば、天空城への道は開けるのですか?」

「少なくとも海底への洞窟の道を阻む山脈はどかすことができます」

 

 山脈をどかす。その言葉の余りのとんでもなさに思わず言葉を失う。山脈を丸ごとどうこうしてしまうとは、そのマグマの杖というのはどれほど凄い代物なのだろう。

 

「つまり、天空への塔へ行き、マグマの杖を手に入れ、そして、その杖を持って海底の天空城へ行く……ということか」

 

 カデシュが呟く。「う~ん」とテンが困惑したような声を出す。

 

「でも、それがお母さんやお婆ちゃんを助けることに繋がるのかな?」

 

 最もな話だった。天空城を浮上させることはたしかに重要なことだろう。だが、それがアベルの妻や母を助けることに直接繋がるとは考えにくい。しかし、長老たちは断言した。

 

「天空城を再び空に飛ばし、世界の秩序を取り戻すことは貴方がたの目的にも繋がることです。この世界にはこびる邪悪なる意志、それを打ち倒すことができれば、自然と貴方がたの目的も達成されるでしょう」

「そうですか……」

 

 未だ半信半疑ながらアベルは頷く。とはいえ、たしかにこの世界の秩序を取り戻すことはやらなければならないことだ、ということには頷ける。自分たちは、天空の勇者を擁する勇者の一行なのだ。ならば世界を闇から払い、世界に光を取り戻すということもやらなければならない義務だろう。

 

「私としては願ったり叶ったりな話だ。元よりこの世界から邪悪なる魔物どもを一掃し、魔物の王を倒すことが目的だったからな」

 

 カデシュがそう呟く。そんなカデシュや息子や娘、長老たち、サンチョを順に見たアベルは決断を下した。

 

「わかりました。天空城を浮上させましょう。それが世界のためでもあるし、僕たちのためでもあると思います」

「いいんですか、坊っちゃん?」

「うん。もしビアンカがここに居たとしてもそうするように言うと思うから」

 

 再び左手の薬指にはめられた炎のリングを見ながら、アベルは言う。天空城のことなど放っておいて、ビアンカだけを探す、ということもできなくはない。世界の情勢のことなど無視して、自分の妻を助けることを優先する。その選択を下したところでアベルを責めることができる者などいないだろう。だが、それはできない。もし仮にビアンカがここに居たとして、そんな選択を下すアベルを決して良しとはしないだろう。今、ここにはいないビアンカも、世界が平和を取り戻すことを願っているはずだ。そして、おそらくは世界が平和を取り戻すことがビアンカを助けること、母、マーサを助けることに繋がるというのはたしかだと思う。ならば、自分の取るべき道は決まっている。天空城を浮上させる。この世界に秩序を取り戻し、邪悪なる意志を払う。それが、今の自分たちに課せられた役目だ。

 そのために行くべき場所は決まっている。世界の中心に位置するという天空への塔。そこに行ってマグマの杖を手に入れる。

 当面の目標を得たアベルは自分たちの道がしっかりと定まるのを感じた。元よりビアンカを助けるといってもアテも何もない旅だったのだ。右往左往するよりは目標を定めて行った方がずっといい。そう思った。

 

「行こう、天空への塔へ。そして、天空城を浮上させるんだ」

 





 原作ゲームでは魔界への扉を開くために必要なのは三つのリングだけですが、それではゲーム序盤より語られてきた魔界へ行くためには天空の勇者が必要、という話と矛盾してしまうので、天空の勇者と伝説の武具が必要、という風に設定を改変しました。



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第7話:天空への塔

 エルヘブンを後にし、アベルたち一行は天空への塔を目指し、中央大陸に向かった。

 エルヘブンに来た時と同じく主に海路を用いて、世界の東側に位置するエルヘブンのある大陸から西へ。中央大陸に向かって最短航路を進む。途中、海を根城とする魔物たちの襲撃も何度かあったが、アベルたち一行を苦戦させる程の強敵はおらず、それらの魔物たちとの戦いは戦いの経験の浅いテンやソラにとっては丁度いい訓練となった。

 そうして、数週間の海路を経て、アベルたち一行は中央大陸に到達した。

 船を降り、上陸する。そこからは陸路で天空への塔を目指す。中央大陸には人の住む街や村、城は存在しておらず、魔物たちの縄張りとなっていた。アベルたちに襲い来るのは海上の魔物たちよりも遥かに強力な魔物たちで歴戦のアベルをしても、苦戦させられたものの、仲間たちと協力することでこれらも打ち破り、ついにアベルたちは天空への塔に辿り着いた。

 世界の中心に位置する塔。この地上世界と天空世界を繋ぐもの。その大仰な肩書きの割には天空への塔は想像とはかけ離れた姿をしていた。

 確かに。天空へと繋がると言われているだけあり、高い。塔は一直線に天へと向かって伸び、その長さはここからでは先端が見えない程だ。

 だが、傍から見ても分かるくらいにその塔は朽ち果てていた。所々の外壁は剥がれ落ち、見るも無残な姿を晒している。建てられてから一体、どれくらいの年月が経っているのだろうと思わせられる。長きに渡って人の手が入らなかったのであろう塔は見るからにボロボロだった。

 

「あれが、天空への塔なの? お父さん?」

 

 テンが空高く伸びる塔を見上げながら、疑問に思ったように呟く。それも無理はない。朽ち果てた塔はともすれば廃墟かと見間違ってしまうものだった。「多分……」とアベルは頷きつつも、自分でも目の前の塔がそんな大仰なものだとは思えないことに気付いていた。

 

「伝説に謳われた塔も、今となってはこの有り様か」

 

 カデシュが辛辣に呟く。腕を組み「見るも無残なものだな」と冷たく言い切ったその言葉は、しかし、事実であった。

 

「ですが、エルヘブンの長老たちの言う通りならば、この塔にマグマの杖があるはずです」

「うん。行こう、お父さん」

 

 サンチョがとりなすように言い、ソラもそれに続いて頷く。アベルは一同の顔を見渡し、最後にもう一度、朽ち果てた塔を見上げると「そうだね、行こう」と声を出した。

 

「塔がボロボロでもなんでも僕たちのやることは変わらない。天空城を浮上させないといけないんだ。そして、そのために必要なマグマの杖はこの塔にある。ならば、それを取りに行かないと」

 

 そのアベルの言葉に異論がある者はいないようであった。アベルを先頭に塔の中に入る。

 中に入っても朽ち果てた塔、という印象は変ることはなかった。否、むしろ逆にその印象が強まった感さえある。塔の中はかつての栄華を伺わせる豪華絢爛な装飾が壁や柱の一本一本に施されていたが、それらも長い年月を経てヒビ割れていたり、かすれていたり、はたまた柱自体が倒れ落ちてしまっているようなものも見受けられた。外壁には元々作られていたのであろう窓とは別に大きな穴が開いていて外からの風が叩き付ける。フロア全体がさびれ、くたびれている印象を受けざるを得なかった。

 果たして、本当にこんな朽ち果てた塔にマグマの杖はあるのだろうか?

 そんなことを疑ってしまう。だが、それでも今の自分たちはこの朽ちた塔を登るしかない。

 一階のフロアを歩き、最初に目についた階段を使い、二階に登る。階層を変えてもやはり、朽ちた塔は朽ちた塔だった。アベルを先頭に歩く。その時だった。ぐらり、と音。塔全体がきしむような感覚。ビキビキ、と塔の壁に亀裂が走り、それは天井にまで伸びる。「危ない!」と誰かが叫んだ。天井に走った亀裂は天井を崩し、三階のフロアを支えていた部分が真っ直ぐ、下に、アベルたちのところに降り注ぐ。アベルは咄嗟に側にいたソラを抱き寄せ、前に走った。ゲレゲレやミニモンといった魔物たちもアベルに続き、前に走る。テンやカデシュもそれに続こうとし、しかし、崩れ落ちてきた瓦礫に道を阻まれた。最初に降ってきたのはそこまで大きくはない瓦礫だった。だが、それに思わず足を止めた隙にさらに大きな瓦礫が束になって空から降り注ぐ。塔全体が倒壊してしまうのではないか。そんな風に思ってしまう程の衝撃がフロアに響き渡り、空から降り注ぐ瓦礫は続く。結果、アベルたちは二分されることになってしまった。アベルとソラ、そして、仲間の魔物たちとテンとカデシュ、サンチョの二組に分断されてしまった。

 

「テン、サンチョ、カデシュ! 大丈夫!?」

 

 アベルが目の前を塞ぐ瓦礫の束に向かって声をかける。なんとかこの瓦礫をどかしたいところだが、とても人間の力ではなんとかなりそうもない。そんなことを思っていると「ぼくたちは大丈夫だよ、お父さん!」とテンの声が返ってきた。「見事に分断されてしまったな……」とカデシュの声が続く。

 

「どうしよう……なんとか合流しないと……」

 

 とは言うものの、崩れ落ちてきた瓦礫で道は完全に塞がれてしまっている。どうしたものか、とアベルが思っていると「先に行ってくれ」というカデシュの声が響いた。

 

「こちらはこちらで上を目指す。上の階で合流しよう」

「上の階で……って」

 

 カデシュの冷静な声にソラが困惑を露わにする。「そうですな……坊っちゃん」とサンチョの声もカデシュの言葉を肯定した。

 

「どの道、ここで坊っちゃんたちと合流するのは不可能です。ならば別々に上を目指し、そこでの合流を目指す方が建設的でしょう」

「大丈夫なの? サンチョ……テン……カデシュ……」

 

 不安そうに瓦礫を見るソラ。「ぼくは大丈夫だよ」とテンの声が聞こえ、「わかった」とアベルは頷いた。

 

「上で合流しよう。くれぐれも気を付けて」

「そちらもな。グランバニア王」

「私たちのことは心配ならさないで下さい。坊っちゃん。何、これくらいのこと、これまで何度も乗り越えてきました」

 

 カデシュとサンチョの頼もしい言葉が続く。「行こう、ソラ」とアベルは未だに不安げな表情をしている娘に声をかけた。ソラは未だに躊躇っている様子だったが、もう一度、瓦礫の方を見て、「分かった」と頷いた。

 

「テン。ホントに気を付けてね?」

「大丈夫! 心配いらないよ、ソラ!」

 

 テンの元気な声に後押しされるようにアベルとソラ、そして、仲間の魔物たちは前に進んだ。しばらく進んだところでソラが思い出したかのように後ろを振り返る。

 

「大丈夫かな……テン……」

 

 不安げな表情だった。アベルは「大丈夫だよ、ソラ」とそんな娘に声をかける。

 

「テンは一人じゃない。サンチョもカデシュもいるんだ。心配はいらないさ」

「うん……そうだよね、お父さん」

「テン王子が一人だけだとちょ~っと心配だけど、サンチョさんやカデシュ様が一緒だものね! ソラちゃま、ご主人様の言う通り、心配なんて一切合切、必要ナッシング、よ!」

 

 ミニモンもソラを励ます言葉をかける。ソラはアベルとミニモンの言葉を聞き、得心したように頷いた。かと思えば少しだけ不思議そうな顔をしてアベルを見上げた。

 

「でも、お父さん。サンチョはともかく、カデシュのこと、随分、信頼してるのね?」

「ん? 何かおかしいかい?」

「おかしいってことはないけれど……まだ会って間もないのになぁ、って思って……」

 

 まぁ、たしかに、とアベルは思った。自分が彼と出会ってからたいして日は経っていない。その割には自分でも全幅の信頼を寄せているとは思う。アベルは笑みを浮かべて、娘を見た。

 

「それは、たしかにそうだね。僕とカデシュの付き合いは短い。でもね、ソラ。こう言っては何だけど、僕も信頼できる人とできない人の見分けくらいはつく方だと思うよ」

「お父さんにとって、カデシュは信頼できる人……?」

「そうだね。カデシュはちょっと口は悪いけど、心の底からソラやテンのことを案じてくれているのが分かる。信頼にあたいする人だよ」

「そっか……そうだよね、カデシュ、たしかに口は悪いけど、優しいもん……」

「カデシュ様はお優しいものね~。その優しさがあの乳デカ女に向けられているってのがちょっと気に食わないけど~」

 

 笑顔を浮かべて頷いたソラの隣でミニモンが声を出す。アベルは笑みを浮かべたまま、そんな娘たちを見ていた。

 その時、ゲレゲレが大きく吼えた。アベルたちの注意を引きつけるためのような鳴き声。アベルはハッとして前方に視線を向けた。娘に向けていた優しげな表情は消え、真剣な眼差しで前を見据える。三匹の火喰い鳥が鳴き声を上げて、こちらに迫ってきているのが見えた。

 

「ぎゃ~! 魔物~!」

 

 自分も魔物なのにそんなことを言ってミニモンは後方に飛んでいく。アベルはパパスの剣を構え、ソラもストロスの杖を両手で握りしめる。

 ゲレゲレがキラーパンサー特有の瞬発力を発揮し、床を蹴り、火喰い鳥に飛び掛かって行く。三匹の火喰い鳥は散開することでゲレゲレの攻撃を躱した。三匹の内、二匹がアベルとソラに向かって来て、残りの一匹がその場に滞空し、ゲレゲレに牙を向く。

 二匹の火喰い鳥は口を開き、そこから火炎の息を吐き出してくる。火喰い鳥の名の通り、この魔物たちは炎を喰らい武器とする魔物だ。真っ赤に燃え盛る炎は真っ直ぐにアベルとソラに迫る。アベルはソラをかばうように一歩、前に出て身に纏う王者のマントを翻した。

 薄紫のマントが赤い火炎を防ぐ。あらゆる魔物のブレスをも受け付けないと言われた王者のマントは、その謳い文句に恥じない防御性能を発揮し、火炎の息を完全にはじき返した。炎が散り、真っ赤な残滓が周辺に残る。

 

「ヒャダルコ!」

 

 ソラの呪文が炸裂する。ストロスの杖の先端に集束した魔力が氷の波動に変わり、火喰い鳥たちに向かって放たれる。炎を纏った火喰い鳥にとってヒャド系呪文は天敵だ。慌てて、火喰い鳥たちはヒャダルコの冷気を回避しようと動く。そこに完全な隙が生まれる。アベルはパパスの剣を手に、ヒャダルコを回避した火喰い鳥の内、一匹に斬り掛かった。冷気の波動を避けるという動作をしていた火喰い鳥はその剣筋に反応できない。銀色に煌めく刀身が真っ直ぐに火喰い鳥の体に吸い込まれていき、その肉体を斬り裂く。火喰い鳥たちが纏っている炎よりもさらに真っ赤な鮮血がしたたり、悲鳴が上がる。一匹の火喰い鳥はそれで絶命し、地面に墜落した。

 もう一匹の火喰い鳥が焦ったように火炎の息を吐く。「お父さん!」とソラの悲鳴。一匹の火喰い鳥を斬り付けたばかりのアベルはその炎を避ける術を持たない。しかし、問題はない。身に纏っている王者のマントが、その程度のブレスなど寄せ付けない。放たれた炎はアベルの身に付けた王者のマントに当たり、四散した。それを確認し、アベルは再びパパスの剣を握りしめ、もう一匹の火喰い鳥に斬り掛かる。火喰い鳥はそれをなんとか回避する。だが、そこにヒャダルコの冷気が直撃した。火喰い鳥の悲鳴が上がる。それで容赦をするアベルではなく、ヒャダルコを喰らったばかりの火喰い鳥の喉元にパパスの剣を突き立てた。刀身は真っ直ぐに喉元を貫き、鮮血が散る。もう一匹の火喰い鳥もそれで絶命した。

 あと一匹は……とアベルが視線の向けると残る一匹の火喰い鳥はゲレゲレが仕留めていた。「ガウ……」と唸りながらゲレゲレがアベルの方へと寄ってくる。火炎の息を受けたのか、その肌は火傷を帯びていた。「ゲレゲレ、大丈夫?」とソラが心配そうに声をかける。

 

「今、治してやるからな、ベホイミ!」

 

 アベルはそんなゲレゲレに手を当て回復呪文を唱える。火傷の痕は見る見る内に治癒していった。「クゥン……」とゲレゲレが甘えた鳴き声を出す。

 

「よし。それじゃあ、上に行こう。ボヤボヤしてるとテンたちに遅れてしまう」

 

 アベルは一同に声をかける。そうして廃墟と化した天空への塔の床を踏みしめ、歩き出した。

 

 

 

 

「こっちだ、テン、サンチョ」

 

 瓦礫で埋まった廊下から引き返し、別の道を探していたカデシュはそれらしき道を見つけて、テンとサンチョに声をかけた。「上に行く道見つかった~?」とテンの能天気な声が返ってくる。「ああ」とカデシュは頷いた。

 

「こっちから上に行けそうだ。行くぞ」

「流石ですな、カデシュさん」

「うん、わかった、カデシュ。今、行く~」

 

 程なくして、テンとサンチョが近くに来る。三人揃ったことを確認すると、カデシュは今しがた見つけた通路を歩き出した。テンとサンチョもそれに続く。やがて階段が見えてくる。こちら側から行ける、と思ったのは間違いではないようだ。

 チラリ、とカデシュは自分に続くテンの横顔を見る。幼い顔たちが目に映る。勇者というには幼すぎるその姿。しかし、勇者の証たる天空の剣、盾、兜はしっかりとその身に装備されており、彼が紛れもなく伝説に語られる天空の勇者であることを教えてくれる。幼いながらもその瞳はしっかりと前を見据えており、気負いも怖じ気もない。自分がテン程の年頃にこれだけしっかりした目ができていただろか、とカデシュは疑問に思う。相変わらず年齢不相応なところもある奴だ、と思った。そして、テンのことを考えていると彼の双子の妹のことも気になる。ソラ。今は側にいないグランバニアの王女。大丈夫だろうか、と心配に思い、そんなことを思った自分に驚いた。その心配の心もすぐに収まる。今のソラにはグランバニア王が、アベルが付いている。彼との付き合いは短いが、彼が信頼に足るだけの人柄と実力を兼ね備えていることは知っている。旅に出てから魔法使いとして数々の修羅場をくぐり抜けてきたカデシュであるが、そんな自分と同等かあるいはそれ以上にあの王様らしくない王は修羅場をくぐり抜けてきたことが分かる。そこら辺の魔物などに遅れを取ることなどあり得ないだろう。そう思うとカデシュは再び階段を歩く足に意識を集中させた。階段を登り切り一つ上のフロアに足を踏み入れる。そこにあるのは下の階と変わらず荒廃した廃墟そのものの姿だ。まだ三階だ。ここが最上階ということはあるまい、とカデシュは再び階段を探そうとしたが、

 

「テン、サンチョ、敵だ」

 

 言葉短くテンとサンチョに注意を促す。カデシュの視線の先、そこには緑色の肌を持ち、鎧と剣、盾で武装した竜人、リザードマンが三匹待ち構えていた。リザードマンの方もカデシュたちに気付いたのだろう。「グルル……」と唸り声を上げて、カデシュたちを見る。

 

「リザードマン、か。気を付けろ、奴らはその剣技も厄介だが、ルカナンの呪文も使ってくる」

「それでは先んじてこちらの防御力を高めておきましょうか」

 

 リザードマンたちはいつ襲い掛かってきてもおかしくない。杖を構えたカデシュ。天空の剣を構えたテンを横目に得意げな顔でサンチョが前に出る。「スクルト!」とサンチョが呪文を唱え、味方全体の防御力を底上げする。その次の瞬間、「グガアアッ!」と叫び声を上げながら、三匹のリザードマンが襲い掛かってきた。

 

「焼き払う……ベギラマ!」

 

 機先を制するようにカデシュがベギラマの呪文を唱え、炎がリザードマンたちに迫る。三匹のリザードマンはそれぞれ盾を前に出し、ベギラマの炎を受け止めた。

 

「行きますぞ! テン王子!」

「うん! サンチョ!」

 

 そこにテンとサンチョが武器を構え、リザードマンたちに斬り込む。サンチョの槍の一撃がリザードマンの内、一匹に放たれ、もう一匹には天空の剣が振り下ろされる。最後の一匹がそこに加勢しようとするも「させるか」とカデシュがメラミの呪文を放ち、その注意を引き付ける。

 キィン! と金属音。テンの天空の剣とリザードマンの剣が真っ向からぶつかり合った。リザードマンは卓越した剣技でテンに刃を向けるも、テンも負けていない。繰り出される剣筋をあるいは天空の盾で受け止め、あるいは天空の剣で相殺し、リザードマン相手に一歩も引かない戦いぶりを見せつける。

 カデシュもまたリザードマンを相手に戦っていた。その距離は近い。魔法使いとしてはもう少し距離を開けて戦いたいところだったが、贅沢を言ってもいられない。振り下ろされた剣を杖で受け止めるとそれをなんとか払い除け、無詠唱で呪文を放つ。メラミの火球が至近距離からリザードマンに向かって飛び出し、リザードマンは動揺しつつもそれをなんとか盾で受ける。

 サンチョとリザードマンの戦いも熾烈を極めるものだった。歴戦の経験を元に繰り出されるサンチョの槍の一撃を、やはり卓越した剣技でリザードマンは受け止め、捌く。負けずとサンチョも槍の一撃を次々に繰り出し、リザードマンに反撃の隙を与えない。

 

「はあッ!」

 

 テンの天空の剣が一閃する。リザードマンの一瞬の隙を突いて放たれた剣筋がリザードマンの鎧を斬り裂き、リザードマンは苦悶の声を上げる。体勢が崩れた。その隙を逃さず、テンはベギラマの呪文を唱える。天空の剣の切っ先から炎が放たれ、リザードマンの肉体を焼く。苦悶の声を上げたリザードマンには構わず天空の剣を袈裟懸けに振り下ろす。振り下ろされた剣筋はリザードマンの肉体を断ち切り、リザードマンは絶叫を上げて、倒れ伏した。

 カデシュもまた相対するリザードマン相手に次々に呪文を放った。無詠唱で放たれるメラミやベギラマといった火炎呪文がリザードマンを圧倒する。リザードマンという名前とは裏腹にこの魔物は炎を特技としてはいない。低級のドラゴン族である。ならばこそ、炎の呪文でも致命傷を与えることができる。「グガア!」と憤怒の怒声が上がるも、それに構うカデシュではない。メラミの呪文を放ち、都合、何度目かの炎の呪文は、ついにリザードマンに致命傷を与えることに成功した。炎に身を焼かれ、リザードマンは苦悶の絶叫を上げながら地面に倒れ伏す。

 サンチョもリザードマンの肉体に深々と槍を突き刺す。リザードマンの剣を槍は弾き飛ばし、その肉体に刃を突き立てる。最後のリザードマンも体に突き刺さった槍に苦悶の声を上げる。そこに相対していたリザードマンを倒したテンとカデシュが助太刀する。哀れ、三対一の戦いを強いられたリザードマンはロクな抵抗もできずに三人のコンビネーションに圧倒された。カデシュの炎の呪文を凌いだかと思えばテンの天空の剣が迫り、それもなんとか弾き返した先にはサンチョの槍が襲い来る。さして時間をかけずに最後のリザードマンも倒れ伏した。

 襲い掛かってきた魔物たちは全て倒れた。テンたちは肩で息をしつつも、深い傷を負うことはなく、少しの休息を挟みつつも、再び天空への塔を登ることを再開した。

 

 

 

 そうして、どれ程までに階段を登っただろうか。数え切れない数の階段を登ったテンたちは「テン!」という声を聞いた。見れば、視線の先、別ルートで天空への塔を登ってきたのであろうソラとアベル、その仲間の魔物たちの姿が見える。ようやく合流できた、という訳か。カデシュはそう思った。「ソラ!」とテンも声を上げて、久方ぶりの妹とも再会を噛み締める。魔物たちとの連戦を経て来たのだろうソラもアベルも所々が戦傷で汚れていた。最もテンやカデシュたちも人の事を言える程、綺麗な姿はしていなかったのだが。

 

「ようやく合流できたか。グランバニア王、無事なようで何よりだ」

「うん。テンやカデシュたちも無事みたいだね。よかった」

 

 アベルは笑顔を浮かべて、テンたちを見る。「坊っちゃん、ご無事で何よりです」と感極まった様子のサンチョが喜びの声を上げる。

 そうして合流した一行は再び歩みを再開する。この塔に入ってから、随分な階層を登った。そろそろ終着点でも良いのでは、と誰もが思った時、再び階段が見えた。一同は仰天する羽目になった。何故なら、その階段の前には人の姿があったからだ。

 いや、人、と言っていいのだろうか?

 その人物は背中から大きな羽根を生やしており、さらにその体は半透明に透けていた。顔には深々と皺が刻まれ、老人であることが分かる。その老人はアベルたちの姿を見ると「お主たちは……!?」と目を丸くした。一同を代表してアベルが前に出る。

 

「僕たちは天空城を目指している者です。貴方は……?」

 

 アベルの言葉に「天空城じゃと!?」と老人は吐き捨てるように言った。

 

「ふん……この塔が地上と天空城を繋いでいたのも今は昔。塔は朽ち果て、天空城も海の底じゃ!」

「貴方は天空人……だな?」

 

 カデシュが訊ねる。背中に羽根を生やした人間。そんなものは伝承に語られる天空城の住民。天空人としか思えなかった。

 

「いかにも、わしは天空人じゃ」

 

 老人は憤慨した様子を隠すこともなく、そう言ってのける。「僕たちは海に沈んだ天空城を再び浮上させようとしている者たちです」とアベルが老人に語りかける。老人は驚いた様子でアベルを見た。

 

「天空城を再び、浮上……じゃと?」

「はい。そして、神、マスタードラゴンを復活させようと思っています。この地上にはこびる邪悪なる意志を退治するために……」

「なんと……お前さんがたが……? いや、しかし……」

 

 そう言ったところでハタと気付いたように老人はテンを見た。その身に付けられた天空の武具を見た老人は「おお……!」と感極まった声を漏らす。

 

「お主は天空の勇者……そうか、お主たちは勇者一行なのだな」

 

 老人に真っ直ぐ見据えられてテンは照れ臭そうにしていた。「それならば、託す物がある」と老人は真摯な瞳でアベルを見る。

 天空人の老人が手をかざした。そこに一本の杖が出現した。素人目にも普通の杖ではないことが分かる。この杖は、まさか。

 

「マグマの杖、じゃ。お主たちに、天空の勇者たちにこれを託す。これを使って天空城を浮上させてくれ」

 

 老人の手からマグマの杖がアベルの手に手渡される。アベルは「分かりました」と老人に声をかける。

 

「天空城は僕たちが必ず浮上させてみせます」

 

 そのアベルの言葉に老人は満足げに頷く。

 

「うむ。これでわしの役目も終わるというものだ。天空の勇者たちにこの杖を託せたのだからな……。頼むぞ、勇者たちよ、天空城を再び空に浮かべてくれ……」

 

 そう言うと半透明に透けていた老人の姿が消えて行く。やがて老人は消え、後にはアベルに託されたマグマの杖だけが残った。

 

「き、消えたっ!?」

「今のお爺さん……幽霊、だったの?」

 

 テンとソラが驚きの声を上げる。アベルは先程まで老人の姿があったところを感慨深そうに眺める。

 マグマの杖は手に入った。ならば、この塔に来た目的は達成された。

 

「今のお爺さんの思いを無駄にしないためにも、天空城を浮上させないとね」

 

 アベルはそう言い、一同を促す。

 一同は天空の塔を後にし、海底に沈んだ天空城へと繋がるという洞窟に向かって旅を続けるのだった。

 

 



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第8話:カデシュの病

 

「おお、見事、マグマの杖を手に入れましたか。流石です、グランバニアの若き王よ」

 

 エルヘブンの長老たちの間にて、アベルの手に持つマグマの杖を見た長老たちは感心したような顔になり、アベルの労をねぎらった。アベルは笑みを浮かべ、「みんなの力のおかげです」と言った。

 あれから天空への塔を降り、ルーラでエルヘブンまでひとっ飛び、できれば楽だったのだが、中央大陸に停泊させている船を置き去りにして帰る訳にもいかず、陸路で船のところまで戻り、そこから海路で再びこのエルヘブンを訪れた。海中に沈んだ天空城。そこに繋がらうという洞窟。その具体的な場所を訊ねるためだった。

 

「それで、長老様方。天空城に繋がる洞窟というのは、一体、どこに?」

「はい。海底への洞窟。その位置は大まかに言ってしまえばこのエルヘブンの南にあります。具体的な位置を記した地図を持ってこさせましょう」

 

 そう言うと長老は鈴を鳴らす。その音を聞き、階下で控えてた衛兵の一人が駆け寄ってくる。長老は何かを一言二言、言付けると衛兵は再び階下に駆けて行った。その背中を見送りアベルはカデシュに視線を向けた。怪訝そうな顔をするカデシュにマグマの杖を差し出す。「グランバニア王?」とカデシュが呟く。「これはカデシュに持っておいてもらおうかと思って」とアベルは笑った。マグマの杖を譲り受けてから、帰路の間、その杖はアベルが持ち歩いていた。てっきりマグマの杖はそのままアベルが使うとでも思っていたのだろう。カデシュは唖然とした顔になった。

 

「私が、か? しかし、こんな大事な物を……」

「大事な物、だからだよ。この杖はとてつもない力を秘めている。大きな力はそれを使う使い手も選ぶ。カデシュならこの杖を使いこなせると思うんだ」

 

 アベルの言葉にテンとソラも笑顔で同意した。

 

「そうだよ! きっとカデシュならマグマの杖を使いこなせるよ!」

「うん! カデシュ程の魔法使いなら、きっとできるわ!」

 

 褒められることには慣れていないのか、カデシュは困惑したような表情を見せていたが、その瞳がソラの持つストロスの杖の方を向いた。

 

「……しかし、私はストロスの杖にも選ばれなかった男だ。そのストロスの杖と同等、いや、それ以上の力を秘めているであろうマグマの杖を扱うなど……」

「大丈夫。きっとカデシュなら使いこなせる」

 

 そんなカデシュにアベルは笑みを向ける。カデシュは居心地悪そうに視線を彷徨わせた末に、アベルが差し出しているマグマの杖を見た。

 

「カデシュさんなら大丈夫ですよ」

「カデシュ様だものね~」

 

 サンチョとミニモンもそんなカデシュを後押しする言葉を口にする。カデシュは差し出されたマグマの杖を逡巡したようにジッと見据えていたが、ややあって、手を伸ばした。アベルの手からカデシュの手に、マグマの杖が手渡される。カデシュはしっかりとマグマの杖を握りしめた。

 

「……わかった。皆がそう言うのだ。この杖は私が使わせてもらう」

 

 そのカデシュの言葉に一同の間に笑顔が広がる。だが、それもすぐに掻き消えることになった。不意に「ぐ……」とカデシュが呻き声を上げる。かと思えば膝を降り、そのまま地面にへたり込んでしまった。からん、とカデシュの手からマグマの杖が落ち、地面に転がる。「カデシュ……?」とアベルは困惑の表情を向ける。カデシュはその端正な顔たちを苦悶に歪め、「が……は……っ!」と呻いた。

 

「く……最近は大人しくなっていたというのに……また来たか、じゃじゃ馬……」

「カデシュさん! まさか……!」

 

 サンチョが血相を変える。テンとソラも瞳の中に不安の色を映し出し、へたり込んだカデシュの側に行く。「カデシュ!」「大丈夫!?」とテンとソラの声が響く。「カデシュ様~~!」とミニモンも叫び、ただ一人、事情を知らず状況についていけていないアベルがその場で困惑する羽目になった。

 

「医者を呼びましょう!」

 

 長老たちもカデシュを驚愕の表情で見つつも、言葉通り、医者を呼ぶため再び呼び鈴を鳴らす。

 

「カデシュ! 今、お医者さんが来るからね!」

「カデシュ! カデシュ! しっかりして!」

 

 テンとソラの悲痛な声が長老の間に響く。カデシュは荒い息をなんとか噛み殺し、それに応えようとするも、体内に走る激痛がそれを許さないのか、苦悶に顔を歪めるのみだった。

 しばらくして、医者が到着し、カデシュはアベルが肩を貸し、医者の家まで連れて行った。

 

 

 

「こんな重病を抱えているのに旅をしているとは……」

 

 エルヘブンの医者の男性は驚きを通り越して、呆れた様子で呻いた。ベッドで横になっているカデシュ。他の一同は揃って暗い顔をしている。

 

「本来なら絶対安静が求められるレベルの病ですぞ……」

「そんなに悪いんですか、先生?」

 

 アベルが訊ねる。この場にいる面々の中でアベルだけは実際にカデシュの病が悪化した場面に立ち会っていないため今ひとつ実感が薄かった。

 

「悪いも何も……昔に魔物に襲われた傷でしょうが……深刻なレベルで体にダメージを与えている……薬などを使えば痛みを和らげることはできるでしょうが、根本的な治療となると難しい……旅などしている場合では……」

 

 重々しく発せられる医者の言葉を「私の勝手だ」と不意にカデシュの声が遮った。一同がギョッとして見ればベッドの上。カデシュが上半身を起こしている。「カデシュ!」とテンとソラが思わずその名を叫ぶ。

 

「私の体、私の事情だ。旅をしようが、何をしようが、私の勝手だろう」

「……そうおっしゃいますがな。その体では……」

 

 医者は困った様子で口ごもる。カデシュは先程の様子など嘘のように涼しい表情をしている。荒々しい息遣いも平常に戻っているようだった。その横顔を見ていると医者も絶句する程の重病を抱えているとはとても思えない。

 アベルはカデシュの目を真っ直ぐに見据えた。気張りも虚勢もない。ただ冷静に自分の体を見据え、その上で前に進もうとしている真摯な瞳。アベルにはカデシュの瞳はそう映った。「カデシュ」とアベルがその名を呼ぶ。

 

「君がこのまま旅に同行すれば、君は死ぬかもしれない」

「承知の上だ。グランバニア王。元より命など惜しくはない」

「……そこまでして、どうして僕たちと一緒に旅を続けようとするんだい?」

 

 アベルの言葉にカデシュは「ふむ……」と少し考え込む。その瞳がソラの持つストロスの杖を見る。ややあって、カデシュはゆっくりと口を開いた。

 

「最初は復讐のつもりだった。私の国を、ストロスを滅ぼした魔物たち。根絶やしにしてやるつもりだった。この世界から魔物という存在を一匹残らず絶滅させてやるつもりだった。テンたちの旅に同行したのもそれをするため、いや、伝説の天空の勇者であるテンにその力があるのか見極めるためだった」

 

 カデシュはそこで言葉を区切るとテンを、天空の勇者であるテンを見た。視線を向けられているテンは少し照れ臭そうにしていたが、カデシュは再び視線をアベルの方に向けた。

 

「テンたちと旅を続ける内に分かった。テンはたしかに天空の勇者だ。それは今となっては疑うまでもない。だから、テンを真の勇者かどうかを見極めるという旅の目的は既に私にはない。となれば残るは……」

 

 瞳を伏せたカデシュにアベルは静かに「復讐?」と訊ねた。自分の国を滅ぼした魔物たち。その魔物たちを根絶やしにすることこそ復讐。今も、カデシュはそれを目指しているのだろうか? 違う気がした。カデシュが自分たちに同行するのはそんな後ろ暗い動機によるものではない。これまでアベルがカデシュと一緒に過ごした時間はそこまで長いものでもなかったが、その程度のことが分かる程度には共に時間を過ごしてきたつもりだった。今のカデシュは復讐を、魔物の絶滅など考えてはいない……! そんなアベルの考えを裏付けるようにカデシュは「それも今となっては考えていない」と呟く。

 

「テンたちと過ごしていく内に、この胸の中で煮え滾っていた憎悪の念が薄れていくことを感じる。最初はそれを怖い、と思った。私にとって復讐の念とはこの身を支え、この身を動かす、原動力であった。それが失われることが何よりも怖かった」

 

 淡々と言い、カデシュは言葉を切る。急かすことはなくアベルはカデシュの言葉を待った。

 

「だが、いつからだろう。そんな自分に安らぎを覚えるようになったのは。復讐の念など捨てて、生きていく。そうすることを段々と心地よく思えるようになっていた。そんな自分が居た。魔物に殺された父や母、ストロスの国民たちは私がそんなことを思っていると知れば怒るだろうが……」

「怒ったりはしないんじゃないかな?」

 

 自分を責めるようなカデシュの言葉にテンが言葉を挟む。一同の視線がテンに集まる。テンは碧い瞳の中に純心な色を浮かべて言った。

 

「カデシュのお父さんもお母さんも、ストロスのみんなも、きっと、カデシュが復讐なんてことをやめて欲しいって思ってると思うよ。そんな思いにとらわれずに自由に生きていて欲しいって思っていると思う」

「そうだろうか? そうであればいいのだが……」

「うん。きっと、そうだよ」

 

 テンは断言する。それは間違いではない、とアベルも思った。

 

「僕もテンの言う通りだと思うな。カデシュのお父さんもお母さんも、ストロスの人たちもカデシュに復讐なんてことは望んでいないと思う」

 

 そう。アベルの脳裏には今は亡き父、パパスの姿が浮かんだ。アベルとて父親を魔物に殺された身だ。だからといって魔物の存在を否定し、魔物の絶滅を目指すような復讐鬼として生きていけば父は喜ぶだろうか? ……多分、喜ばないと思えた。あの豪快な父は息子がそんな道を歩むことをきっと良しとはしないだろう。だから、きっとカデシュの両親もまた息子にそんなことは望んでいないはずだ。

 

「テンを天空の勇者かどうか見極めることも終わり、私の中の復讐心も消え、本来なら私の役目は終わったはずだった。あのストロスの地の戦いでテンたちの前から姿を消してもよかったはずだった。だが、私の中に芽生えた新たな感情が、新たな目的がそれを良しとはしなかった」

「それは……?」

「……決まっている。世界を魔の手から救うことだ」

 

 カデシュはそう言い切った。逡巡のない、ハッキリとした口調だった。

 

「世界を闇に包もうとする者、大魔王。その打倒こそが今の私の目的だ。大魔王を倒し、私のような目にあう人間をなくす。そのために今の私は生きている。それこそが今の私の使命だと思っている」

 

 淡々と、しかし、たしかな熱意を秘めた言葉をカデシュは紡ぐ。そして、カデシュはアベルを見た。

 

「グランバニア王よ。私はこんな病床の身だ。もしかしたら王たちの足を引っ張ってしまうかもしれない。だが、頼む。どうか私を旅に同行させてくれ。この命の灯火全てを燃やし尽くしてでも、大魔王を打倒して見せる。必ず、だ」

「カデシュ……」

 

 カデシュの意志の強さ。それがハッキリとアベルには伝わってきた。その曇りのない意志を感じ取ったのはアベルだけではないのであろう。テンやソラも思わず絶句する。透徹にしてくろがねの意志。それは揺らぐこともなくたしかにカデシュという人間を支えている。で、あればアベルとしては何も言うべきことはなかった。静かに「分かった」と口にする。

 

「これからもカデシュには僕たちの旅に付いて来てもらう。でも、絶対に無理はしないこと。いいね?」

 

 アベルの言葉に医者はギョッとした顔になる。正気か、とアベルを責めるようですらあった。しかし、アベルとしてはカデシュの意志を尊重したかった。カデシュは「無論だ」とアベルの言葉に深々と頷く。

 

「私はこの旅でこの命を燃やし尽くすつもりだが、無駄死にはしない。私が果てるのは大魔王を打ち倒した後だ」

「そういうことも言わないで。燃やし尽くすとか、果てるとか、そういうのはよくない。ドリスも悲しむよ」

 

 ドリス。アベルの口から出たその名前にカデシュは目を見開く。「何故、こんな時にあの女の名前が出る……?」とカデシュは少し唇を尖らせた。

 

「そうだよ、カデシュ! 大魔王を倒しても絶対に死んじゃダメだ!」

「カデシュが死んだらわたしやテン、ドリスが悲しむんだからね!」

「だから何故、あの女の名前が出るのだ……」

 

 テンとソラの言葉にもカデシュはムッとした顔を崩さない。しかし、テンたちの思いは伝わった、と思う。

 

「子供たちもこう言ってる。悪いけど、君の命はもう君だけのものじゃない。勝手に使い切ったり、燃やし尽くしたりされたら困るんだ」

 

 笑みを浮かべたアベルの言葉に「む……そうか」と照れ臭そうにカデシュは頷く。

 

「わかった。善処する」

 

 カデシュはそう呟いた。それで何かが安心出来るという訳ではない。カデシュが自身の体に負荷をかけることに変わりはないだろうし、突発的な病状の発作に対する有効な手立てがある訳でもない。だが、アベルやテン、ソラの意志がカデシュに伝わったことでひとまずアベルは納得した。「やれやれ、仕方がありませんな」と口にしたのは医者だ。

 

「エルヘブンに伝わる秘伝の薬をお譲りしましょう。さっきも言いましたが根本的な解決にはなりませんが、病の発作を抑えることくらいはできるはずです」

「本当ですか、先生?」

 

 アベルの問いに医者は頷く。カデシュもまた医者の方を見ていた。

 

「すまない。感謝、する」

「大したことではありませんよ。……ですが、出発するのは最低でも明日以降ですぞ? 今は静かに体を休めて下さい」

 

 医者はそう言うと秘伝の薬を取りに部屋を出て行った。

 

「明日の朝、には出られる。天空城への洞窟に向かうとしよう」

「そうだね。それまで僕たちも体を休めることにしよう」

 

 アベルは一同に声をかける。異論がある者がいないのを確認すると、アベルは再びカデシュを見た。荒い息遣いも苦悶の表情も今は消え、端正な顔たちがそこにはある。病を抱えているなど想像もできぬ容貌。彼がこれまで背負ってきたものを想像する。アベル自身、背負ってきたものはそれなりに重いという自覚はある。だが、彼もまた重いものを背負って生きてきたのだろう。故郷を魔物たちに滅ぼされ、父も母も殺され、自身も深い傷を負った。そこから魔物たちへの復讐を目的に生きてきて、今はその目的も捨てて世界を救うために生きようとしている。その人生の重みを考えれば悲痛な思いを禁じ得ない。

 この旅が終わった後、彼にどうか、人並みの幸福が与えられますように。

 アベルはそう願わずにはいられなかった。

 



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第X話:ボブルの塔の戦い

久々の更新です。
一気にストーリーは飛びますが、お楽しみいただければ幸いです。


 

「そっちに行ったよ、カデシュ!」

 

 テンの声が響く。カデシュは自身の方に向かって来た魔物を睨み据える。

 四本の脚を動かし、硬質透徹なタイルの床を蹴り砕き駆けるはゴールデンゴーレム。最上級の魔物(モンスター)だ。

 両手で抱えた戦斧を構え、カデシュに斬りかからんと襲い掛かる。

 

「ベギラマ!」

 

 カデシュは左手を前に広げて、閃熱呪文を放つ。カデシュの開かれた手より放たれた熱線がゴールデンゴーレムの巨躯に直撃する。しかし、巨体はそれだけでは倒れない。

 

「カデシュさん!」

 

 サンチョがカデシュを庇うように前に飛び出す。ゴールデンゴーレムの大戦斧が振り下ろされ、サンチョの体に直撃した。

 普通なら大ダメージは避けられないはずだが、サンチョは全身を煌めく金属の鎧で纏っていた。それもただの鋼鉄の鎧などではない。メタルキングの鎧である。

 ここに来るまでの戦いでメタルドラゴンと戦った時に運良く入手した逸品だ。パーティーメンバーで一番大柄なサンチョが装備し、鉄壁の盾となり、パーティーの戦力として貢献してくれている。

 

「助かる、サンチョ」

 

 カデシュは短く告げると右手に握るマグマを杖を振りかぶる。杖から火炎呪文(メラゾーマ)の業炎が放たれ、ゴールデンゴーレムの肉体をなぞり焼いた。

 アベル、テン、ソラはそちらを助ける余裕がない。もう一匹のゴールデンゴーレムと戦っているからだ。

 ボブルの塔の最下層。現れる魔物は強力さを増す一方。一瞬たりとて気を緩められない激戦が続いていた。

 

「はああっ!」

 

 テンが小さな足で床を蹴り、ゴールデンゴーレムに飛び掛かる。天空の勇者としての戦いの腕前はさらに鋭さを増し、最短の無駄のない動作でゴールデンゴーレムに天空の剣を振り下ろす。

 勢いの鋭さにゴールデンゴーレムの対処が遅れた。天空の剣がゴールデンゴーレムの防御を搔い潜り、その黄金の肉体を深々と斬り裂く。

 ゴールデンゴーレムの青い鮮血がしたたる。このあたりテンの剣を振る武威は父親を超えつつあった。

 やはりそこは伝説の勇者の才能なのだろう。アベルがとある事情でこの戦いに集中出来ていないこともある。

 

(く……!)

 

 アベルは流石に刃こぼれも目立ち戦いに着いて行くのが厳しくなってきた父の形見の剣――パパスの剣の塚を握り、苛立ちの声を噛み殺す。

 つい先程あった戦いのことが尾を引いている。

 長きに渡り追い求めた父の仇の一人、ゴンズ。

 その仇敵との戦いを終えたばかりなのだ、集中出来なくて当然であろう。

 あちらはアベルのことなど覚えていないようであったが、アベルにしてみれば忘れたくても忘れられない相手だ。

 こんなに弱いのか、と戸惑う程の弱さだった。もちろん、今戦っているゴールデンゴーレムより強くはあった。それでも拍子抜けする力量だったことに違いはない。父の仇のもう片割れ、ジャミが強敵であった印象が強いことも手伝って、アベルは敵討ちの達成感を味わうことなくあっさりとゴンズを倒してしまった。

 さすがに温和なアベルも鬼面の表情を浮かべてしまい、テンとソラに恐がられてしまった。カデシュは何も聞かなかった。サンチョは何かを察したようだった。ゲレゲレも怒り狂った爪と牙をゴンズにぶつけていた。

 そのゲレゲレはサンチョとカデシュの危機を悟り、素早くそちらに駆けて行っている。ボブルの塔の年月を重ねたタイル床を蹴り、ゴールデンゴーレムに爪と牙で襲い掛かる。装備品は氷の刃である。

 

「……メラゾーマ!」

 

 カデシュは左手をかざし、火炎呪文を唱える。メラゾーマの火球がゴールデンゴーレムの躰に直撃し、その黄金の金属製皮膚を溶かした。これがあるからゴールデンゴーレムには炎の攻撃が効果的なのだ。

 金色の肌が解けたところにすかさず、ゲレゲレが爪を振るいゴールデンゴーレムを斬り裂く。髭の下の口から絶叫を漏らし、ゴールデンゴーレムは息絶えた。

 もう一匹のゴールデンゴーレムはテンが天空の剣で圧倒し、ソラが援護にマヒャドを唱える。アベルもテンの援護でパパスの剣で斬りかかるが流石に戦いに着いてこれる剣ではない。パパスの剣は出来栄えの良い鋼鉄の剣である。もうこの最終局面に近い戦いの場にあっていい剣ではなかった。

 サンチョは魔神の金槌を装備している。普通の鋼鉄の斧とは違う。激しくなる戦いに向けた装備変更である。

 ゴールデンゴーレムはマヒャドの冷気で凍り付いたところをテンが天空の剣で斬り、息の根を止めた。戦いの後の休息を取る一行だが、アベルは自分がパーティーの足を引っ張っていることを感じていた。

 やはり、ダメなのか。

 そんな思いに捕らわれる。アベルは勇者ではない。勇者の父親だ。

 特別ではないことはないのだが、戦いに向けた才能に特化しているワケではないのだ。アベルの真の力は慈愛の力。魔物から邪悪な気を払い、善良にする力である。

 その力が物足りないと感じたことはないが、戦う上では役に立たないことも事実。父への愛着で父の形見の剣を装備し続けているが、それも限界をとっくに超えている。形見の剣で戦える局面はとうに過ぎているのだ。

 アベル自身の力量の不足と激戦には物足りない装備品。

 その二つの組み合わせがアベルに自身がパーティーのリーダーでありながら、足を引っ張っているかもしれないという強い思いを抱かせていた。

 アベルはいつまでもパパスの剣を装備から外せなかった。亡き父が見守ってくれている気がするのだ。自分に力を貸してくれる、自分を正しい方向へと導いてくれる気がするのだ。

 それがあったからここまで戦えた気がするのは否定できない。ゲレゲレと再会した時に一緒に手に入れた父の形見の一品。

 しかし、もう役目を果たしたかもしれない。

 ゴンズの剣と打ち合った際にピシリ、と入った亀裂を見る。

 もう限界だろう。剣の寿命がとっくに尽きている。

 これ以上の戦いは剣にとっても辛いだけだ。思い入れだけで威力の低い剣を使い続けられる時期は終わった。

 このボブルの塔はまだ先がある。

 さらに激しくなると予想される戦いにこれ以上父の形見を突き合わせるワケにはいかない。

 アベルは静かに頷くと、パパスの剣をふくろに仕舞い、一振りの剣を取り出す。

 奇跡の剣だ。

 メダル王の城で手に入れた逸品である。

 この剣ならこれからの激しい戦いにも適応出来るはずである。

 奇跡の剣を装備する。

 軽い剣だ。パパスの剣より軽い。それでいて威力は段違いに高い。

 特殊な力も秘めている。敵に与えた分だけ自分の傷を回復するのだ。

 これからの戦いに適した優れた装備品である。

 

「父さん、ありがとう」

 

 そうアベルはゆっくりと呟く。親しみと感謝。これ以上ない父への想いを込めて。

 父がどこかでフッと笑った気がした。

 

「おや、坊ちゃん、装備変更ですか」

 

 サンチョが話しかけて来る。隣のカデシュも気付いたようだ。

 

「グランバニア王はあの剣に思い入れがあったのではないのか」

 

 不思議そうに眼を細めるカデシュ。涼やかな美男子の顔が疑問を覚えている。

 アベルは温和に笑って、どう説明しようかと考えた。

 薬草や力の盾、回復呪文を使っての戦闘の後の時間をたっぷり使ってアベルはパパスの剣を装備から外した理由をなんとか伝えようとした。

 しかし、上手く伝わらない。

 ずっと使い続けた中古品を手放したこの感情。

 それは複雑怪奇なもので一言二言で伝わるものではない。

 自分専用の代わりのない武器を持つ息子のことを羨ましく思うアベルであった。

 



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第X話:旅の終わりの話

一応、最終エピソードになる物語です。
道中のゲマ戦やミルドラース戦はまた書きます。


 大魔王ミルドラースは倒れた。

 野心が暴走した人間。自らを神にするために失われた技術・進化の秘法を自らに適用し、人間を凌駕した存在に進化しようとするも、野心と邪悪さから神・マスタードラゴンの手によって魔界に封印され魔物と化してしまったミルドラースと呼ばれることになる人間。魔界の奥底で力を蓄え、王の中の王、神をも凌駕したと自らを称する大魔王・ミルドラース。その存在は天空の勇者たちによって討伐された。

 天空の勇者テンとその父親・アベル。テンの妹・ソラ。テンの母・ビアンカ。アベルの従者サンチョ。アベルが仲間にしたゲレゲレを始めとする魔物たち。そして、何より最大の功労者とも言える協力者、カデシュ・レアルド・ストロス3世。カデシュと勇者テンとその妹、ソラに呼ばれ慕われる魔物の侵攻で滅ぼされたストロス王国の王子。

 魔法使い・カデシュ。その力も大きな助けとなり、天空の勇者は大魔王を討伐した。

 天空の勇者主体ではなく、その父親・アベルが主体であるという天空神マスタードラゴンの読み違いはあるものの、天空の勇者によって大魔王が倒された事実には何も変わりはない。

 天空の武具に身を纏う天空の勇者・テンと、王者のマント、光の盾、太陽の冠、ドラゴンの杖という天空の武具をも上回る伝説の装備品に身を纏ったグランバニア王・勇者の父親、アベル。この二人を二大戦力として天空の勇者、いや天空の勇者の父親一行は大魔王ミルドラースを討伐した。

「よくやった天空の勇者、テンとその父親アベルよ」

 天空城謁見の前、巨大な玉座に堂々と腰掛けるマスタ=ドラゴン。傲岸な口調で言い放った。

「お主たちのおかげで世界の闇は払われた。これより世界は平和になっていくことだろう。重ね重ね言うが、本当によくやった」

 意図すらせずに出ているであろう威圧的な声を聞き、テンとソラはプサンさんの時は親しみやすい人なのに、と子供っぽく思った。アベルは何も言わずこうべを垂れてマスタードラゴンの称賛を受け取った。カデシュもそれに倣う。ビアンカとサンチョは一歩引いたところで膝を折っている。

「それでは表に出るが良い。平和になった世界を共に見て回ろう」

 不意を突かれてアベルはキョトンとした顔になってしまう。人の好いアベルはこの傲岸な神に対してもそこまで悪印象を抱いていいなかった。カデシュとサンチョはそのマスタードラゴンの上の立場から全てを見下す態度を嫌っているし、ビアンカも苦手に思っているものの。

「分かりました。マスタードラゴン様。みんな、行こう」

 アベルは一礼した後、立ち上がって仲間たちを、家族たちを振り返る。テンが真っ先に頷き、次いでソラとビアンカ。サンチョが最後に頷いて、カデシュだけは頷きを返さなかった。

「カデシュ・レアルド・ストロス」

 そこにマスタードラゴンが名を唱える。

「お主も本当によくやった。お主は本来ならここにいるべきではないのだがな」

「それくらいは承知している、マスタードラゴン様。……私の役目ももう終わりなのだな」

「その通りだ」

 カデシュは仲間たちが理解出来ないことを言い放った。当然だ、と言わんばかりにマスタードラゴンも肯定する。

 テンが目をぱくくりとさせた。いきなりなんだろう、とソラとビアンカも不思議そうにカデシュを見る。

「みんな。聞いてくれ」

 アベルとサンチョもカデシュに視線を注いだ時、カデシュが重々しく口を開いた。真剣な瞳は大魔王を倒して浮かれる勇者パーティーには似合わない。何かとんでもないことを言おうとしているのだと、テンは本能的に察した。伝説の勇者の本能だ。アベルがその次に理解していた。ソラは理解したくなかった。「カデシュ……」と声を漏らしてしまったのはそのソラだ。この流れには覚えがある。あの時だ。

 テンとソラが父親と再会する直前。ストロスの杖を手に入れた時。――――すなわち、カデシュが、いなくなってしまった時だ。

 あの時もカデシュの最後の言葉をテンとソラはこんな気分で聞いていた。テンは気丈に、救いのない現実を受け入れる勇者の度量で、ソラはそれを認められない単なる女の子の脆弱さで、カデシュの告白を聞いていたのだ。

「私は――――生者ではない」

 いきなりの言葉に全員が言葉を失った。テンも、アベルもだ。マスタードラゴンお付きの天空人の兵士たちも何も言えなくなってしまった。マスタードラゴンだけが動揺することなく先を促している。

「ど、どういうこと!? カデシュ!」

「何を言っているの、カデシュ!」

 テンとソラが動揺に揺れて詰め寄るも、カデシュは静かに笑う。少しだけ強い風が吹けば飛んでいってしまいそうな薄幸さはテンとソラが父親を探していた時となんら変わることはない。

「幽霊なのだ。私は。私はヤグナーとの戦いの後、死んだ。お前たちを助けたいという強い思いが私を亡霊としてお前たちの前に現した。マスタードラゴン様は知っていたようだがな」

 淡々と述べられる衝撃の言葉は大魔王を倒した嬉しさをなくすのに十分なものだった。テンもソラも何も言えずに聞くしかない。

「私はここまでのようだ。私の役目は終わった」

 そう言い、マグマの杖をアベルに差し出す。アベルは不意を突かれて、これは、と返すのが精いっぱいだった。

「貴方が私を見込んで託してくれた杖だ。ありがとう、グランバニア王。私のようなどこの馬の骨とも知れぬ者を信用してくれて」

 マグマの杖を差し出し続けるカデシュの手からアベルは受け取ることが出来なかった。これを受け取ったら目の前の息子と娘が兄のように慕う魔法使いが消えてしまう。その直感と確信があったからだ。

「勇者の父親よ」

 しかし、マスタードラゴンに促されて、アベルはマグマの杖を受け取った。直後、カデシュの身体がうっすらと半透明に透けてしまった。

 幽霊、あるいは亡霊だったのだろう。

 カデシュ! とテンとソラは声を荒げるが、カデシュは薄く笑った。優しい笑みだった。

「心配するな。まだ消えはしない。ドリスに伝えたいこともあるしな」

 その言葉に嘘はないようだったが、遠からず消える。それは確かだった。

 天空の勇者家族の様子を見守っていたマスタードラゴンが声を発する。

「では行こう。世界中を巡ろう。カデシュ・レアルと・ストロスはグランバニアまで送り届ける。故郷のストロスではなく、グランバニアに骨を埋めたいそうだ」

 アベルが真っ先に頷き、サンチョが続く。ビアンカも遅れて頷き、現実を受け入れることが出来ないテンとソラが唖然としていた。

 

 これがカデシュ・レアルド・ストロスの物語。

 テンとソラ。自分を慕ってくれるふたりのやさしい子を助けるために幽霊となってまでグランバニア王家のために、世界平和のために奮闘したとある小さな王国の王子様の物語。

 幽霊の身でこの世にいたカデシュはグランバニアの宴でドリスとダンスを踊りながら、消えることになった。

 あの世での再会を祈って。

 そうして、カデシュは満ち足りた顔のまま天国に辿り着くのだった。

 ドリスは絶対に浮気をすることなく貞操を貫き、カデシュとの再会を少し退屈に、少しさびしく、少し楽しみに待つのだった。

 

 

 了



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