レミリアお嬢様の一日メイド長【完結】 (ファンネル)
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プロローグ 「咲夜。お前、メイドの仕事を辞めろ」

 赤より紅い吸血鬼、レミリア・スカーレットに仕える紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。

 人間で在りながら悪魔に仕える、一般的には普通とは言い難い彼女の最初の仕事は朝食の用意から始まる。

 吸血鬼と言うものは本来、深夜に行動が活発化し、朝になると大人しく棺桶で睡眠を取ると言うのが普通なのだが、レミリアクラスの吸血鬼となるとそうでもないらしい。 彼女は吸血鬼とは思えないくらい朝が早い。日の出と共に起床する事も度々ある。

 

 なぜそのような、人間にとっては健康的な。そして吸血鬼にとっては不健康? なのかどうかは分からないが、似合わない生活スタイルをしていると言うと、間違いなくあの巫女の影響だろう。

 あの紅霧異変以来、レミリアはちょくちょく博麗神社に赴いている。

 博麗の巫女は人間であり、普段のレミリアの生活―――すなわち吸血鬼の生活スタイルでは人間である霊夢とかち合うはずもない。そのためにレミリアの生活スタイルは人間のように朝型になってしまったのだった。

 

 そして、そんな朝型のレミリアの食事を用意するわけなのだから、咲夜の朝は必然的に誰よりも早くなる。日の出前に起きるのが、最近の彼女の生活スタイルだ。紅魔館で雇っている妖精メイドたちも、門番の美鈴も起きないような時間に目を覚ます。初めの内は多少なり、体に負担がかかったが、慣れてしまった今となっては大して辛いとは思わなくなっていた。

 

 今日の献立は、人間の血液入りの紅茶に、ハムエッグ、トースト、サラダと言った軽食だ。基本的にレミリアは少食のためにこれでもちょくちょく残す方である。

 食事の用意が済んだら、今度は主であるレミリアを起こしに行く。この時間帯に起こせという命令だ。

 寝起き用の熱い紅茶を乗せたトレイを持ちながら、紅魔館の長い廊下を歩き、レミリアの寝室をノックする。

 

 

「お嬢様、失礼いたします」

 

 

 寝室の扉を開ければ、そこには安らかに寝息を立てている己の主が横になっている。

 こうして見ると本当に500年の年月を生きた吸血鬼なのか疑わしい事この上ない。それくらい幼い顔で安らかに寝ているのだ。

 咲夜自身、理由は良く分かっていないが、咲夜はこのレミリアの寝顔が好きだ。レミリアを見てしまうとこの上なく安心してしまうのだ。母性本能のような物なのだろうか? 子供のいるような年ではないが、きっと自分に子供が出来ればこんなふうな安らぎに似た感じになるのだろうか?

 そんな風にほんの僅かながら思った。

 しかし主に対してこれは無い。子供の様な等と……不敬極まりない。

 自分の主に対してあまりに不敬な考えを払拭するために、咲夜は頭を左右に振って、考えを無かった事にした。

 

 

「お嬢様、起きてください。もう朝ですよ」

「………うッ……う~……」

 

 

 レミリアの体を揺さぶりながら言う。

 一回で起きないのはいつもの事だ。何回も繰り返すことで、レミリアはやっと目を開けると事が出来る。

 しばらく繰り返して、ようやくレミリアは眼を開けた。尤もまだ夢現の中にいるようだが……。

 

 

「……あ……咲夜……」

「おはようございます。レミリアお嬢様。今日も太陽が燦々と照らす素晴らしい天気でございます」

 

 

 紅茶を入れ、レミリアに手渡す。

 レミリアは、香ばしい香りと嫌味にならない程度の苦みを含んだ紅茶を口に含み、完全に目を覚ました。 

 

 

「おはよう、咲夜…………いつも思うのだけど、吸血鬼に対して快晴の事を『素晴らしい天気』って言うのは何かの皮肉なの?」

「いいえ、そう言うわけではございません。しかしながら世間一般では快晴は良い天気とされております。そのため、快晴の日は『良い天気である』と言うのが妥当ではないかと……」

 

 

 まあ実際のところ、太陽の光は吸血鬼にとっては命の危険性のある実に不愉快な存在なのだろうが、生憎と咲夜は人間だ。太陽が嫌いになれるはずも無く、むしろ迷惑よりも恩恵の方が大きい。

 その最たる例が洗濯物だろう。

 太陽の光で干した洗濯物は早く乾く、消臭効果もある、殺菌効果もあると、実に至れり尽くせりだ。

 

 

「――まぁ……いっか」

 

 

 特に気にした様子も無く、レミリアは紅茶を飲みほし、ベットから起き上がった。

 体をノビノビと伸ばし、ポキポキと心地よい音を出す。人間であれ、獣であれ、妖怪であれ、神であれ起きた後に体を伸ばすのは生物特有の癖なのかもしれない。

 

 

「お嬢様、本日のお召し物は……」

 

 

 咲夜はテキパキと仕事をこなしていく。

 咲夜は毎日がとても充実していると感じていた。

 ちょっと我儘なご主人様に、ちょっと寡黙で図書館に引きこもりがちなご主人様の御友人。そして時々、物を破壊しては妖精メイドたちをうろたえさせるちょっと困った妹様。気を使う程度の能力を持ちながらまるで気が利かない、ちょっとだけ使えない部下。

 

 咲夜はこの紅魔館にいる者たちが大好きだった。

 『幸せ』と言う言葉の定義は人それぞれであるが、多分、自分は幸せなんだろう、と―そう毎日、実感できた。

 

 

 (うんッ! 今日も一日頑張りますかッ!!)

 

 

 主人であるレミリアが博麗神社に行く背中を見届けた後、咲夜は自分の頬を軽く叩き、気合いを入れた。

 これから屋敷の掃除に洗濯。食事の材料や日用品の買い出し、財産の書記やレポート等の作成。夕食の仕込みもある。庭の手入れの手伝いとか、部下たちの教育、育成とか、図書館の整理整頓の手伝いとか、etc、etc……… 

 やる事が山のようにある。やりたい事が山のようにある。

 咲夜はこんな幸福な日常がいつまでも続いて欲しいと―――そう柄にも無く思ってしまっていた。

 

 

 

 だが数日後、思いもよらぬ出来事が起きた。

 

 

 

 それは朝の早い時間。日の出からそう経ってもいない時間の事だった。

 レミリアに呼び出された咲夜は、彼女の私室を訪れた。そこでこんな事を言われてしまったのだ。

 

 

「咲夜、お前、メイドの仕事を辞めろ♡」

 

「――は?」

 

 




 ブワァ。さ、咲夜さん……


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第一話 「メイドなんて楽勝だし」

 レミリアに呼び出された咲夜に言い渡された言葉は一方的な解雇通知であった。

 まるで意味が分からない。

 何か、主人の勘に触るような事をしてしまったのだろうか?

 しかしそれにしてもレミリアは妙に上機嫌と言うかなんと言うか………とにかくいつも見せてくれるような笑顔で言ったのだった。

 咲夜は、己の心の中で自問自答を繰り返した。だが彼女が自ら納得するような回答を得られるわけも無く、ただただなんとも言えない静寂がレミリアと咲夜の間に走った。

 

 

「そ、そ、それは……どういう……」

 

 

 咲夜はレミリアに尋ねた。多分、この時の自分の顔はきっと言葉では表現できないような顔をしていたのだろうと咲夜は思っていた。

 レミリアは、そんな言葉に出来ないような苦悩の顔をしていた咲夜を見て、何か思ったようだった。

 

 

「ああ……違う違う。別にメイドをクビにすると言うわけじゃないわ。そんなんじゃないの。ただ今やっている仕事を辞めろと言っているのよ」

「はい?」

 

 

 ますます状況が分からなくなってきた。

 そんなまるで意味が分からないという顔をしている咲夜に対し、レミリアは少々ムキになったように付け足した。

 

 

「とにかく、しばらくの間はメイドの仕事は禁止ッ!」 

「しかしお嬢様……それでは誰がメイドの仕事をこなすのですか? はっきり言って妖精メイドたちは役には立ちませんよ?」

 

 

 咲夜の言い分は尤もであった。

 実際問題、紅魔館の経営や調理、清掃や風紀を一手に纏めているのは十六夜咲夜本人だ。その咲夜が仕事を辞めてしまえば、それら全体の作業が一挙に停滞する。はっきり言って紅魔館全体の機能が停止すると言っても過言ではない。

 そんな咲夜の心配をよそに、レミリアはしたり顔で言った。

 

 

「心配いらないわ咲夜! 貴女の後任はきちんといるからッ!」

「後任? 私のですか? 一体誰が……」

 

 

 咲夜は少しばかり不愉快になった。当然だ。紅魔館のメイド長として、レミリア・スカーレットの従者として、誇りを持って務めてきた。そんな栄誉ある役職を自分を差し置いて誰とも知らぬ者に任せよう等と……

 それと同時に咲夜は顔には出さないが、場所が場所であったならばガチ泣きするくらい悲しくなった。

 自分はもうお払い箱なのであろうか?

 そのような自己嫌悪に苛まれていた。

 そんな咲夜の心情をよそに、レミリアのしたり顔は続く。レミリアは自信満々に、その後任とやらの者の名前を告げた。

 

 

「ふふふ。貴女の後任は……この私よッ!!」

 

「……え?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 事の始まりはレミリアが図書館にいる魔法使い、パチュリー・ノーレッジとお茶を楽しんでいる時の事だった。

 全てはパチュリーのこの呟きから始まった。

 

 

「レミィ。貴女、少し咲夜を働かせすぎじゃない?」

「……え?」

 

 

 お茶の時間の軽いトークタイム。

 お茶にトークは欠かせない物ではある。今回の話題は咲夜の労働時間についてのようだった。

 

 

「ここ数日ほど、咲夜の仕事の内容が随分と増えたように思えるわ。起床時間も貴女に合わせて日の出前に起きてるみたいだし、そのくせ屋敷の誰よりも遅くまで仕事してるし。彼女の健康に気を使っている?」

「え、その……いきなりどうしたの? パチェ」 

「いえ、ふと思っただけよ。彼女は人間だし、人間は働き過ぎると死んでしまうような脆弱な生き物だし。だからこそ、人間は労働に対して厳しい管理体制を強いるわ。部下に対して気を使ったりね。でも貴女は咲夜に対してそう言う事してないみたいだから」

 

 

 レミリアもパチュリーのこの言葉には少しばかりムカッと来た。

 まるで、それでは自分に部下の体調を管理する能力が無いと言われているようなものだ。

 レミリアはプクッと頬を膨らませながらパチュリーに反抗した。

 

 

「はんッ! 咲夜は大丈夫よ。あの子は他の人間たちと違って強いし……何より咲夜は私に仕える事に自身の存在価値を見出しているのよ。そんな咲夜が紅魔館での仕事を重荷に感じる筈がない」

 

 

 そもそも咲夜は完全で瀟洒なメイドだ。自身の体調管理くらい自分で管理する。自分の体調管理も出来ないような二流のメイドなんかでは無いのだ。咲夜に対してそんな心配は無用。レミリアはそう思っていた。

 レミリアはそんな咲夜が自慢だ。そんな咲夜が誇らしかった。

だが、パチュリーはそんな自信満々のレミリアを気にせずに言葉を続ける。

 

 

「それは分かってるわ。きっと咲夜は今の仕事を『仕事』とも思っていないのでしょうね。そしてそれを『義務』とも思ってもいない。日常の一部か行動の一部か……その程度にしか思っていない節があるわ。でもねレミィ」

「何よ……」

「咲夜はそれでも人間よ」

 

 

 心なしか、普段の無表情のパチュリーから無言の圧力のようなものをレミリアは感じ取った。 

 いやにパチュリーの言葉が重く聞こえてくる。

 

 

「彼女がどんなに強くたって、人間である事には変わりないわ。人間の肉体と精神と言う物はね、妖怪や化物と違って単純な物じゃないわ。決して釣り合う事の無い非常に不安定な物。彼女が頭では大丈夫だと思っていても、体はそうで無いのかもしれない。そして咲夜の性格からして彼女自身それに気付こうともしないでしょうね。いや、そもそも認めないのかもしれない」

「むむ……」

 

 

 確かに咲夜の性格からして、自身の肉体に何かしらの不備が起きたとしても、きっと咲夜はそれを認めない。

 そして咲夜はきっと普段と変わらず、完全に瀟洒に過ごすのだろう。

 他人に弱みを見せる事無く……

 

 

「だからこそ、彼女の体に気を遣い、そして諌める事の出来る人物が必要不可欠なの。それが出来るのは、彼女の主である貴女だけなのよ。レミィ」

「むぅ……」

 

 

 楽しい筈のティータイムはいつの間にかレミリアの反省会になっていた。

 レミリアもどこか思う所があったのだろう。

 どうすればいいか……レミリアとパチュリーの咲夜に対する議題はしばらく続いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――つまり全ての原因はパチュリー様。貴女の仕業と言う事ですね?」

「まぁそうなるかしら?」

 

 咲夜は現在、レミリアの私室の前にパチュリーと共にいた。レミリアに何やら準備があると言われ、私室の前で待機するよう言い渡されていたのだ。

 咲夜はパチュリーに問い詰め、全ての経緯を聞きだした。

 主人であるレミリアの気まぐれは度々あるが、その殆どの発生源はこの魔女に在る。

 咲夜は深いため息をつきながら、パチュリーに言った。

 

 

「私の体の事について検討してくださった事は非常にありがたいのですが……そのような心配は無用です。確かに私は誰よりも早く起きますし、誰よりも遅くまで寝ませんが――私は停止時間の中で十分な休憩を取っています。他の者たちからすれば感じ取ることのできない物なのでしょうが、体感時間的には誰よりも多く休んでいると思いますよ?」

 

 

 停止した世界の中で休息を取る。今までそうして来たのだ。他の者たちは感じ取ることも認識する事も出来ないが、十六夜咲夜はそんな世界で唯一行動が出来る存在なのだ。

 そしてその事は紅魔館の者だけでは無く、幻想郷の殆どの者たちが知っている事だ。

 だから、紅魔館の頭脳と言うべきパチュリーがそんな事に気付かないわけがない。

 絶対に、何かしらの目論見があるに決まっている。

 そして今までの経験から言って、その目論見と言う物があんまり宜しくないモノだと言うのが何となく分かってしまう。

 それを思うと、咲夜はため息を付かざるを得なかった。

 

 

「それで……どうして私の労働改善の話から、お嬢様がメイドをやると言う流れになってしまうのでしょうか?」

 

 

 元々の話は、咲夜を働かせすぎなのではないか? と言う話であったはずだ。

 だと言うのに、どうしてレミリアがメイドをやる事につながるのか? まるで関係性が無い。

 

 

「ああ。それはね、私がこんなふうに助言したからよ。『レミィも実際にメイドになってみたら? 咲夜と同じ立場になれば、何か良い改善方法が見つかるかも』って。」

「……」

「レミィも最初は『なんで紅魔館の主である私がメイドなんかやらなくちゃならないのよッ!』って渋っていたんだけど――私が『咲夜無しだと貴女は何もできないわよね?』って挑発したら簡単に乗ってくれたわ。メイドなんか楽勝だって……クス」

「……」

 

 

 パチュリーは何処となく笑いを堪えているような顔で言った。

 咲夜は確信した。

 この人は……この魔女は自分の健康に気を使って提案したのではなく――ただ単に御自身の親友をからかいたがっているだけなのだと。

 

 

「パチュリー様……貴女と言う方は……!」

「まあまあ、そんなに怒らないで。それに咲夜、貴女にとっても悪い話では無いわよ?」

「どこがですか!? はっきり言わせて頂きます。メイドの仕事は口で言うほどそんな簡単な物ではありませんッ! 技術も根気もいる……今まで労働と言う労働をしてこなかったお嬢様に出来るようなものではありませんッ!」

「貴女も結構きつい事言うわね。まあ、貴女の言う事も何となく分かるけど、まずは待ちなさい。私が言った言葉の意味がもうすぐ分かるから。」 

 

 

 パチュリーは意味深な事を言いながら、咲夜の口を人差し指で軽く押さえた。

 『貴女にとっても悪い話では無い』

 パチュリーは確かにこう言ったが、咲夜にとってはあんまり信用の出来るような言葉では無かった。

 第一、主人であるレミリアがメイドをやると言いだす時点ですでに悪い話だ。

 誇り高い吸血鬼、レミリア・スカーレットともあろう大人物が使用人に成り下がるなどと、悪夢としか言いようがない。もしもこんな事があの烏天狗のブン屋にばれて報道なんかされた日には、今まで培われてきた紅魔館の威信と尊厳は地に落ちてしまう。

 

 そんな事を咲夜が考えている途中、ガチャリとドアが開く音が聞こえ、咲夜は我に返った。

 そこで咲夜はとんでもないモノを見た。

 

 

「――咲夜、どうかなコレ? メイドの仕事をやるにあたって、メイド服を着てみたんだけど……おかしくない?」

 

 

 そこにはメイド服を着込んだ自身の主、レミリア・スカーレットの姿があった。

 

 

(――ッッ!!! こ、これは……ッッ!!!)

 

 

 その姿はなんとも言葉にしがたい、形容しがたいものであった。

 黒い生地に白いエプロンといった、極単純なメイド服ではあるものの、裾、襟、袖口、胸元のボタン至る細部にまでふんだんにフリルを施されており、無地色でありながら決して色あせない完璧な作り。コウモリ羽が邪魔にならぬよう、背中の生地は剥がされており、ビスチェのような色気を醸し出している。普段かぶっている大きな帽子はカチューシャに変えられており、ショートの髪が程良くなびく。そして極めつけはスカートの絶対領域だ。計算されつくされたスカートの長さは決して局部を見せる事無く、確実にスカートとしても役割を果たしている。そしてその絶対領域をさらに絶対としているモノがある。ニーソックスの存在だ。スカートとニーソックス。この二つが重なり合って、色気と慎ましさが黄金比のごとき交わりを見せる。

 

 咲夜は言葉を失っていた。

 目の前に在る完璧な『萌え』と言う物を見てしまった彼女は、目の前にいる主人から目を離せずにいた。

 

 そしてそんなレミリアから遅れてもう一人、レミリアの部屋から出てきた。パチュリーの直属の部下であり、魔法図書館の司書も兼任している小悪魔だ。

 

 

「いかがでございますか? パチュリー様、咲夜様。不肖ながらこの小悪魔が新調いたしました」

 

 

 礼儀正しくお辞儀をする小悪魔に続いて、レミリアも口を開く。

 

 

「小悪魔に着付けてもらったのよ。どんなふうに着ればいいのか分からなかったから……」

 

 

 レミリアは咲夜の言葉を催促しているが、なかなか咲夜は口を開かない。

 変わってパチュリーが言った。

 

 

「とても似合っているわよレミィ」

「ほ、本当?」

「ええ。どこからどう見ても、立派なメイドよ。とても可愛いわ」

「えへへ……」

 

 

 友人から賛辞を言って貰えたせいか、レミリアは少しはにかみながらクルクルと回りメイド服披露していた。

 パチュリーは呆然としている咲夜の腹を肘でツンツンと押しながら言った。

 

 

「どうよ咲夜――アレ」

 

 

 咲夜はハッと我に返り、パチュリーの質問に答える。

 

 

「か、完璧です……」

「我が親友ながら実に恐ろしわ。あれさ……『スカーレット・デビル』なんだぜ? 良くやったわ小悪魔。パーフェクトよ」

「お気に召しまして、光栄の至り……」

 

 

 小悪魔は礼儀正しく一礼した。そして自身の仕事も終えた後、小悪魔は魔法図書館に戻って行った。

 

 

「ね? 言ったでしょ咲夜。『貴女にとっても悪い話じゃない』ってさ」

 

 なんとも邪悪な笑みを咲夜に向けながらパチュリーは言った。

 

(く、悔しいッ……でもッ……)

 

 

 紅魔館の主であるレミリア・スカーレットを使用人のごとき扱う等と言う愚行。一方で、あのような可愛らしい主の働きを是非に見てみたいと言う欲求。

 相容れぬ二つの感情が咲夜を苦しめていた。

 全てはパチュリー・ノーレッジのシナリオ通りに動いていた。

 

 

(くッ! だ、駄目ッ! 駄目よッ咲夜ッ! お嬢様を使用人の如きにしよう等と……そんな事ッ――ああ、で、でも……ッッ!!!)

 

 

 そんな葛藤している咲夜の前に、レミリアがトコトコと近づき、見上げるように言った。

 

 

「見てなさい咲夜。私だってメイドくらい出来るんだから。だから今日は休んでいなさい。」

 

 

 胸元で両拳を握りしめた軽いガッツポーズ。咲夜の視線から見れば、それは上目遣いで何かをねだる様な幼女の姿であった。

 そんな愛らしいレミリアの姿を見た咲夜は何かが切れた。咲夜自身気付いていないが、確実に咲夜の中で何かが切れたのだった。

 

 

「はいッッ! お嬢様ッッ!!」

 

 

この時の咲夜の返事は実に清々しく、実に良い返事であった事は言うまでも無い。

 

 




 お嬢様のメイド姿。
 はかどりますな。妄想が。


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第二話「ビーフ・ストロガノフを作ろう」

 咲夜とパチュリーは図書館に移動していた。レミリアに『今日は私がメイドの仕事をするんだから咲夜は休んでいなさい。』等と言われてしまい、側にいる事を禁じられたからだ。

 レミリアにしてみれば、今回の事は咲夜に休暇を取らせるため。そして友人であるパチュリーに自分が咲夜無しでも十分に仕事をこなせる事を認めさせるために行った事だ。そのために咲夜が側にいれば何の意味も無いため、彼女を側に置く事を禁じなければならなかった。

 咲夜は側に置いてもらえない事に深い悲しみを感じたが、命令ならば仕方の無い事だ。しぶしぶ命令に従のだった。

 しかし咲夜はあまりにも未練タラタラであった。そんな彼女を見ていてこっちまで鬱になりそうなくらいに.

 

 そんな咲夜を見かねてか、パチュリーは助け船を出した。

 

『図書館からレミィの様子を見ましょう』

 

 そう提案されたのだった。 

 

 パチュリーは水晶玉を出して、何かしらの詠唱を始めた。

 途端にその水晶玉は淡い光を発し、徐々に中から映像のようなものが照らし出され始めた。そこにはメイド服を着たレミリア・スカーレットの姿が現れたのだった。

 

 

「遠視の魔法よ。これでレミィの様子を見ましょう」

「確かにこれならハッキリと観察できますが………私としては直に手ほどきをして差し上げたかったです」

「贅沢言わないの。それに貴女がいたら何の意味も無いでしょう? レミィはきっと貴女を頼るだろうし、貴女もきっと手助けの範疇を超えてしまうと思うわ。それじゃ何も変わらない。意味がないわ。」

「……む」

 

 咲夜はパチュリーの言葉を否定できずに黙った。

 

「それにこんな機会は滅多にないわ。あの子の右往左往する姿をきちんと録画しておかなくちゃ」

 

 

 非常に魔女らしい邪悪な笑みをこぼしながらパチュリーは呟いた。

 そんなパチュリーを何も思わず、咲夜はこの水晶に録画機能が付いているのだろうか? 等と思っていた。

 そして、それだったら後で焼き増しさせてもらおうと心から誓った咲夜であった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一方のレミリアは、まさか身内に監視されている等と考えもせず、咲夜とパチュリーがいなくなったのを確認して早速準備に取り掛かろうとしていた。

 

 

「さてと。咲夜たちも居なくなった事だし、早速始めましょうか」

 

 

 まずは掃除だ

 はたきと箒、チリ取りを妖精たちに持って来させ、パタパタと壁のホコリを落とし始めた。そして落としたホコリを箒とチリ取りで取って行く。

 単純な作業だ。妖精メイドでも出来るような仕事であるため、レミリアは大したミスも犯さず無難に作業を進めていく。

 

 

「う~ん……つまらないわね。淡々としてて……」

 

 

 水晶越しにレミリアを観察していたパチュリーはそう呟いた。

 

 

「掃除なんてものはそう言うものですよ。技術よりも根気、継続する力が何よりも重要なのです。――あぁ、それにしてもお嬢様……可愛らしすぎますッ! 見てくださいパチュリー様ッ! あのお嬢様のお姿をッ! はたきの届かない所を背伸びして、無理やり届かせようと一生懸命なあのお姿をッ……!」

「飛べばいいのに。そんな事も気付かないのかしら?」

「そんな簡単な事に気付かないお嬢様も素敵ですッ!」

 

 

 そんな二人の会話をよそに、レミリアは淡々と作業を続ける。

 ホコリを落として、箒で取る。

 確かに簡単だ。

 簡単なのだが……

 

 

「――ふぅふぅ……な、何よこれッ! ちっともホコリが落ちないじゃないッ!」

 

 

 いくらはたきで壁を叩いても、まるでホコリやゴミが舞うような事は無かった。

 いや、確かにホコリは多少は落ちるのだが、まるで気にならないと言うか、本当に少量しか残ってはいなかったのだった。

 まるでやる気が起きなくなった。

 ごっそりとゴミやホコリが取れるのならばやりがいがあるのだが、こんなやってもやらなくても同じような事を淡々とこなせるわけがない。

 案の定レミリアの集中力は無くなり、やる気が一気に地に落ちたのだった。

 

 

「咲夜、貴女は普段どれだけ屋敷を掃除してるの?」

 

 

 水晶でレミリアの様子を見ていたパチュリーが尋ねた。

 

 

「常に塵一つ落とさぬよう、気をつけて掃除しております」

「やはり貴女は人間としてどこか間違ってるけど、メイドとしては完璧だわ」

「御褒めの言葉として受け取っておきますわ、パチュリー様」

 

 

 そんなやり取りをしている最中、水晶では新たな動きがあった。

 何かレミリアが思い立ったようだった。

 

 

「そ、そうだわッ! 洗濯……洗濯があったじゃないッ! さすがの咲夜もこんなに早くに洗濯物を乾しはしないはず」

 

 

 レミリアはトテトテと洗濯場に向かった。

 水晶もそんなレミリアの言葉をきちんと二人に伝えている。

 

 

「あんなこと言っているけど、どうなの咲夜。レミィは洗濯をしに行ったみたいだけど……さっきみたいに既に終えていました、なんて事には――」

「はい。確かにまだ洗濯物に手をつけてはおりません。日もまだ上がらぬ時間に呼び出されたものですから」

「そう。それなら今度こそ、レミィの働きが見れるわけね。ふふふ」

「パチュリー様。先ほどから随分と上機嫌のようですが、何が可笑しいのでしょうか? たかが掃除や洗濯如きに。お嬢様が働く姿を見るのがそんなに珍しいのですか?」

「珍しいも何も――少なくとも私は、あの子と出会ってから今に至るまでの数百年間、レミィが働く姿を見た事が無いわ」

「ッ!?……それは本当の事なのですか?」

「ええ、本当よ。――そんな超の付くような箱入り娘が今この時、働こうとしている。そこにはどんなドラマが待ち構えているのか――考えるだけでも楽しみだわ。どんなボケをかましてくれるのかしら。うふふ」

 

 

 咲夜は何やら不穏な空気を感じ始めていた。

 今の今まで労働らしい労働をレミリアがしてこなかった事は分かっていた。しかし、それが己が仕える数百年も前から続いていた等と考えもしなかった。

 嫌な予感が咲夜を襲う。

 だがそんな咲夜の心情をよそに、水晶の中のレミリアは行動を開始する。

 

 洗濯場に到着したレミリアは、そこにまだ選択されていない衣類の入ったをカゴを見つけた。

 ショーツやパンツ、ネグリジェと言った衣類だった。洗濯された形跡は存在しない。恐らくは咲夜が纏めて洗濯しようと一纏めにしたのだろう。

 

 

「これを洗えばいいわけね。えっと……確か、咲夜は板のようなモノに擦りつけて洗ってたわね……あった!これだわ!」

 

 

 レミリアは洗濯板を見つけた。

 そして咲夜が行っていた洗濯のやり方を思い出しながら模倣していく。

 

 

「確か、洗濯には洗剤が必要だわ……あった。良し、これで準備万端だわ。でも洗剤ってどれ位入れれば良いのかしら……まあ多い方が良いわよね。」

 

 

 レミリアは己が順調に事を進ませていると思っていた。

 だがそんなレミリアとは裏腹に、レミリアの行動を水晶越しで見ていた咲夜は発狂しそうになっていた。

 

 

「らめえぇぇッッ!! お嬢様ぁぁッッ!! 下着類を洗濯板で洗っちゃ駄目ぇぇッ! 伸びるッ破れるッ色あせるゥゥッ!!」

「落ち着きなさい咲夜」

「これが落ち着いていられますかッ!? ――ああッ! 下着類だけでは無くネグリジェまでッ!? 駄目ッ!駄目ですお嬢様ッ! それらの生地は洗濯板では無くて、水になじませてから手で軽く握るように……」

「あ、誰かの下着が破れたみたい」

「アアァッッッ!! 私の下着がッ!」

 

 

 力加減が分からないでいるのか、レミリアは次から次へと衣類を破っていく。

 さすがに見かねてか、咲夜は図書館から出ていき、レミリアの元へと駆け寄りに行った。

 パチュリーはそんな咲夜とレミリアを見て、お腹を苦しそうに抱えていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――ご、ごめん咲夜」

「い、いいえ。お気になさらず……」

 

 

 咲夜がレミリアの元へ駆け寄った時には、その場は混沌とした空間になっていた。

 辺り中には破けた下着類が散乱しており、床には洗剤が溶けてベトベトとした水が漏れだしていた。 

 どうやったら普通の洗濯からこう言う状況を作り出す事が出来るのか………。

 咲夜は、時間を止めて洗濯部屋の清掃に取り掛かった。レミリアからすれば一瞬で元通りになったように映るが、咲夜にしてみればニ度手間三度手間の大掃除であった。

 

 咲夜がどれだけ大変であったのかは、時間を止められたレミリアには感じ取る事が出来なかったが、間違いなく手間を取らせた事は分かっていた。そのため、レミリアはかなり落ち込んでしまった。咲夜の手を患わせずに雑用をこなすはずだったのに、結局何も出来なかった事を悔いているのだった。

 場に微妙空気が満ち始めてきた。 

 咲夜はすぐさまその場の空気を換気するように、話題を振った。

 

 

「えと……その……そうだ! お嬢様。そろそろ昼食の時間でございます。食堂へ向かいませんか?」

「――昼食?」

「はい。それで何かリクエストがございましたら………」

 

 

 咲夜の話題の切り替えは絶妙なタイミングであった。

 時間帯は丁度お昼。昼食の時間だ。

 そこで、レミリアの好物でも作って、機嫌を直してもらって、メイドの仕事をするという話を有耶無耶にしてしまおうと思っていた。

 正直な話、レミリアのメイド姿をもう少し愛でていたかったのだが、これ以上余計な事をされる前に止めてもらいたかったのが咲夜の本音であったのだ。

 

 だがなんとも間の悪いタイミングで事が起きてしまった。

 昼食のリクエストを聞こうとした時だ。

 咲夜の言葉に間を開けず、レミリアがこんな事を言ったのだ。

 

 

「それだったら私が昼食を作ってあげるわッ!」

「……え?」

 

 

 いきなりであった。

 いきなりのレミリアの提案に、咲夜は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまった。

 

 

「よく良く考えてみれば、料理を作ることもメイドの仕事よね? 今は私がメイド長なんだから私が作るッ!」

「あの……お嬢様?」

「大丈夫よッ。私だって簡単な料理くらい作れるし……掃除と洗濯の汚名を返上して見せるわ! お願い咲夜! 今度こそ失敗しないから……」

 

 

 咲夜に抱きつくようにレミリアは懇願した。

 咲夜の視線からすればそれは涙目の上目使いをするように見える。

 

 

(ああぁッ!! 駄目ッ!駄目ですッ! お嬢様ぁぁッッ!!! そ、そのような目で、この私を見ないでくださいませッ! そ、そんな事をされたら……私はッッ!!?)

 

「咲夜?」

 

「わ、分かりました。そこまで言うのでしたら……昼食の準備はお嬢様にお任せします」

 

「本当ッ!? だったら、待ってて! 凄く美味しい食事を作って見せるからッ!」

 

 

 とても嬉しそうな顔をしながらレミリアは咲夜を離し、厨房へと駈け出した。

 咲夜は先ほどレミリアにしがみ付かれた時の未だ動けずにいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 場所は変わって大食堂。

 ここは紅魔館の主要人物たちが一堂に会する場所でもあり、共に食事を取る場所でもある。

 そんな食堂のテーブルに咲夜とパチュリーは座っていた。

 

 

「そんな事でオーケーしちゃったわけ?」

「仕方がなかったんやぁッッ! だってあのお姿で抱きつかれ、上目使いされたのですよッ!? 無理です無理ですッ! あんなにやる気になっているお嬢様を止める事はこの私には出来ませんッ!!」

「まあ……気持ちは分からないでもないけどね」

 

 

 あんな可愛らしい姿でおねだりされれば、咲夜に限らず殆どの者がきっと許してしまうだろう。

 パチュリー自身、同じような事をされればきっと咲夜と同じ事をしていたに違いない。

 カリスマと言うのは人を惹きつける力を言うのだが、あれも一種のカリスマなのだろうとパチュリーは考えていた。

 

 

 そんな他愛も無い会話をしていると、食堂のドアが開く音が聞こえてきた。

 

 

「あれ? 咲夜さんにパチュリー様。お二人とも食事ですか?」

 

 

紅魔館の門番、紅美鈴。

 彼女もまたこの食堂を使う事を許されている紅魔館の主要人物の一人である。

 

 

「美鈴……」

「こんにちは咲夜さん。――やだな、そんなに恐い顔をしないでください。きちんと仕事はこなしていますよ。今は部下に任せていますけどね。」

「なら良いけど……」

「本当ですよ?」

 

 

 そんな会話を交わしていると、美鈴は妙な違和感を感じた。

 何かがおかしい。美鈴は咲夜に問いただした。

 

 

「あれ? どうして咲夜さんがここにいるんです? 普段なら咲夜さんは厨房か、お嬢様の側にいるのに……あ、そう言えばお嬢様の姿も見えませんね」

 

 

 美鈴の感じ取った違和感はこれだった。

 昼食の時間帯に料理長も兼任している咲夜が厨房では無く食堂にいるのはおかしい。それに主であるレミリアの姿もそこにも無い。

 

 

「ああ、それは……」

 

 

咲夜が事情を説明しようとした時だった。

 食堂のドアがもう一回開いたのだ。

 

 

「待たせたわね。食事の用意が出来たわ!」

 

 

 それはカラカラと食事と思わせる食器をトレイに乗せて運んでくるレミリアだった。

 何の説明も事情も知らぬ美鈴がその場で凍りついたのは言うまでも無い。

 

 

「あら美鈴。貴女も食事をしに来たの?」

「え、あ、はい。そうですけど……お嬢様?その姿は?」

「ふふふ。今日は私がメイド長をやる事になったのよッ! どう似合う?」

 

 

(きっと咲夜さんかパチュリー様が何かしら言ったんだろうな……)

 

 

 美鈴は大方の事情を察した。

 レミリアの気まぐれか、座っている二人の思惑か……いずれかは知らぬが、多分後者だろう。仮定はどうだか分からないが、とにかく今現在のメイド長はレミリアなのだと言う事だけは把握した。

 

 

「はい。とてもお似合いですよ。お嬢様」

「ふふ、ありがと美鈴。――さ、食事にしましょう。腕によりをかけて作った自信作よ!」

 

 

 レミリアは三人に食器を運んで行く。

 手慣れない様子で運んで行くが、なんとか三人に行きわたったようだ。

 

 

「さぁ、三人とも! 感想を聞かせてくれないかしら?」

「……」

「……」

「……」

 

 

 レミリアが自信作だと称する目の前の物体は料理と呼んで良いのか分からないような物質であった。

 色は黒いのか青いのか…とにかく形容しがたい色合いであった。香りと呼ぶにはあまりにも強烈な異臭。そのそもなんの料理であるのか、原型自体とどめてはいなかった。

 

 三人は目を合わせた。どうしようかと……

 するとその三人の視線の中で何かのバランスが崩れた。

 咲夜とパチュリーが同時に美鈴の方を向いたのだった。そして二人の目は明らかに切迫している目をしており、言葉を交わさずとも何を言っているのかが理解できるようなものであった。

 

 

(貴女から食べなさい。美鈴)

(そ、そんな……パチュリー様!)

(良いから食べろッ! 門番ッ!)

(さ、咲夜さんまで……)

 

 

 二人からの無言の圧力にとうとう美鈴は屈した。

 美鈴は観念したようにスプーンを手に取り、恐る恐る口に入れはじめた。

 その瞬間だけ時間が止まったような気がする。レミリアを含む三人の視線が美鈴に集中したのだった。

 そしてとうとう、美鈴はレミリアの手料理を食した。

 

 

「ね、ねえ、どう? 美鈴……美味しい?」

 

 

 レミリアが美鈴に尋ねた。

 自分で自信作と言っておきながらどこか不安があるよう顔だった。

 美鈴はレミリアの料理を飲みこみ、口を開いた。

 

 

「は、はい……大変、美味しゅう……ガフゥッッッッ!!!!」

 

 

 胃から肺から、そして全ての赤血球から酸素を吐き出すかのように美鈴は咳きこみ、倒れ込んだ。

 

 

「そ、そんなッ! め、美鈴ッ! どうしたのよッ!」

 

 

 レミリアは急いで美鈴に駆け寄った。息はあるようだけど意識は無かった。

 どうしてこんな事になってしまったのか……

 

 

「ねぇ、レミィ。」

「な、なに?パチェ」

「一応聞くけど、これは何なの?『全世界ナイトメア』?」

「ち、違うわよッ!『ビーフ・ストロガノフ』よッ!『ビーフ・ストロガノフ』ッ!」

「普通の『ビーフ・ストロガノフ』はこうはならない」

「うう……」

 

 

 パチュリーの的確なツッコミに反論を交わす事の出来ないレミリアはその場で黙り込むしか出来なかった。

 そして、咲夜もそんなレミリアに助け舟を出してやる事もできず、その場で茫然と座り込む事しか出来なかった。

 

 



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第三話「足を舐めろ。犬のように」

 美鈴はその後も意識を戻す事が無く、結局妖精メイドたちのてによって永遠亭まで搬送される羽目になった。

 そして、咲夜とパチュリーとレミリアの三人は、美鈴が運ばれるのを見届けた後、食堂に集まって反省会を開いた。主にレミリアの反省会だったが……

 

 

「掃除も駄目、洗濯も駄目、炊事も駄目。想像はしていたけど、まさかここまでとはね……」

 

 

 パチュリーはため息をつきながら、己の親友のだらしなさを嘆いた。

 初めのうちはパチュリーも面白半分で見ていたが、ここまで酷いと一人の親友として本気で心配になってきた。

 

 

「な、何よッ! そんなに言う事無いでしょッ!? 私だって一生懸命………」

「一生懸命やっても、結果があれならやらない方が良い」

「ぐぅ……! ぱ、パチェだって実際に働いた事は無いでしょ?きっとパチェだって私と同じように………」

「ああ、それは無いわ。私は魔法で大抵の事が出来るから。掃除だったら『風』と『土』の併合魔法で。洗濯なら『風』と『水』の組み合わせで十分洗えるわ。『日』の魔法を使えば乾燥も思いのまま……」

「ま、魔法なんてずるいわよッ!きちんと自分の手で行いなさいよッ!」

「自分の持っている技術を使う事を卑怯だなんて思わないわ。それに、料理に関しても――そうね、私もあまり得意じゃない方だけど、貴女の『全世界ナイトメア』よりは美味しく作れる自信があるわ。」

「だから『全世界ナイトメア』じゃないって言ってるでしょうッ!」

「あ、ごめんなさい。確か『ヘルカタストロフィ』だったわよね?」

「ううううッッッ!! さ、咲夜~ッ!!」

 

 

 レミリアは涙目になりながら咲夜にしがみついた。

 そしてグシグシと顔を咲夜のお腹に擦りつけながら、今にも泣きそうな感情を抑え込んだ

 

 

(ああッ! お嬢様行けませんッ! それ以上はもう……本当にもうッ!!!)

 

 

 今すぐこの愛らしいご主人様を抱きしめてあげたい。

 咲夜はそんな感情に支配されるが、己の狂信的なまでの忠誠心と理性でそれを何とか抑える事に成功した。

 

 

「咲夜……私って……一人じゃ何も出来ない⑨だったりするのかな……」

「そ、そのような事は……」

 

 

 状況はかなり悪い。

 本来であったならば、ここら辺が引き際であるはずなのだ。

 パチュリーの悪戯を含んだ思惑も、レミリアの気まぐれも……もうこの辺で終っているはずなのだ。

 だが、今までがあまりにも凄惨すぎた。

 何一つ成功したとは言えず、このままレミリアが仕事を辞めてしまったならば、彼女は結局は一人では何もできない無能者と言う烙印を押されてしまう。そのような事は絶対に在ってはならない。

 

 

「そのような事はありませんよ、お嬢様」

「咲夜?」

「お嬢さまは何か勘違いをなさっております。お嬢様は掃除や洗濯、炊事をやる事をメイドの仕事だと思っておいでですが……掃除ならば清掃業者に任せればいい。洗濯ならばクリーニング屋に任せればいい。炊事ならばコックを雇えばいい。結局のところ、それらの仕事が出来る者をメイドとは言わないのです。」

「それじゃ……メイドって何なの?」

 

 

 メイドとは何か……

 そんな事は決まっている。

 

 

「メイドとは……『仕える者』でございます。主人の側に立ち、主人の生活全てをサポートし、常に主の要望に応えられる者。掃除等の雑務は副業に過ぎません。メイドとはすなわち、主人の願いを叶える事が出来る者を言うのです」

「――咲夜」

「お嬢様。お嬢さまは先ほど一人では何も出来ない等と仰っていますが、そんな事はありません。お嬢さまは『紅魔館の主』と言う仕事を立派にこなしていたではありませんか。お嬢さまは一人では何も出来ないのでは無く、一人でやる必要が無いのです。お嬢様の手足となって動く者たちがこの紅魔館には大勢いるのですから。そしてそれらを動かす事がお嬢さまの仕事なんです」

「……」

 

 

 レミリアは俯いて黙ってしまったが、耳まで赤くしている所を見るとどうやら照れているようだった。

 結局のところ、何事も適材適所と言う奴だ。

 メイドにはメイドの仕事が。そして主には主の仕事があるのだ。そのため主がメイドの仕事を上手くこなせる訳も無い。同じようにメイドも主の仕事をこなす事が出来ない。

 それを分かってもらえれば、こんな馬鹿げた遊びを止めてもらえるだろうと咲夜は思っていた。

 静寂が咲夜とレミリアの回りを包む。

 咲夜はそっとレミリアを抱きしめ、これで、めでたしめでたし

 

 

 ……になる筈だった。

 

 

「でも咲夜の言い分だと、レミィに代わる紅魔館の主が現れたら、レミィの存在価値って完全に無くなるわね」

「……」

「……」

 

 

 空気を読まないパチュリーのツッコミが場の空気を凍りつかせた。

 

 

「うわあぁぁぁッッッ!! さ、咲夜~ッッ!!」

「だ、大丈夫ですよお嬢様ッ! パチュリー様、なんて事言うのですか!?」

「いや、でもさ……」

「大体、お嬢様に代わって紅魔館の主を務められるような人物なんている訳………」

 

 

 その時であった。

 全ては最悪のタイミングでその人物は現れた。

 

 

 

「――三人で何を楽しい事やってるの?」

 

 

 

 外見は十を数える程度の小さな少女。金髪のサイドテールをなびかせ、血を思わせるような赤い眼と服を纏い、異形の羽をパタつかせながら――レミリア・スカーレットの実妹、フランドール・スカーレットはやってきた。

 

 

「ふ、フラン……」

「妹様……」

 

 

 全ては最悪のタイミングであった。

 咲夜は咲夜は失念していた。レミリア・スカーレットに代わる紅魔館の主等いやしない断言したが、実際には一人だけいた。

 彼女だ。

 

 

「アレ? 何でそんなメイド服なんか着てるの? お姉さま」

「あ、貴女には関係ないでしょッ!?」

「ふ~ん……パチュリー。どういった経緯でこうなったの?」

「過程は長いから飛ばすけど、結果だけ言うなら、今日レミィはメイドになったのよ。」

「ちょッ!? パチェ!?」

「OK。把握」

 

 

 スタスタとフランはレミリアに近づいていく。

 そして物を見定めるかのようにジロジロトおもむろに視線を上下に動かした。

 

 

「ふ~ん……」

「な、何よフラン……!」

「いや、『孫にも衣装』って奴ね。似合ってるわよ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 どこか嬉しくない言われようだが、レミリアは礼を返した。

 フランは一通りレミリアを観察し終えたあと、堂々と椅子を引いて座り、レミリアの方を向いて言った。

 

 

「それじゃ……喉が渇いたからお茶を入れてよ」

「か、かしこまりました妹様。ただちに……」

 

 

 三人の中で最初に咲夜が反応した。

 普段からお茶の準備をしていた彼女は、半分反射のように応えた。

 だが、フランはそんな咲夜の言葉を退けながら言った。

 

 

「咲夜、貴女じゃないわ」

「は、はい?」

「――私はそこのメイドに命令したのよ?」

「「……え?」」

 

 

 フランはレミリアを指差しながら言った

 咲夜とレミリアの声が一瞬だけダブったが、フランは気にもせず、続けて言う。

 

 

「そこのメイド。何をしてるの? さっさとお茶を運んできなさいな。」

「ちょ、ちょっとッフランッ! あんた、何をッ……!」

 

 

 レミリアがフランに反抗した瞬間、レミリアの喉元に歪んだ時計針のようなものが突き刺さりそうになった。

 フランドールの持つ『レーヴァテイン』と呼ばれる武器である。

 神話に出てくる名に恥じない威力を持つ神器をレミリアに突き刺しながら、子供らしい笑顔を振りまいた。

 

 

「『フラン』じゃなくて、『フランお嬢様』でしょ? もしくは『ご主人様』――本当に言葉使いのなっていないメイドだわ……うふふ」

「な、何を言っているの!?冗談は止めなさいッ、フランッ!」

「冗談なんかじゃないわよ? お前はメイドになったんでしょう? だったらこの紅魔館の主はくり上がってこの私って事になるじゃない」

「こ、この……ッ!」

 

 

 レミリアは堪忍袋の緒が切れそうになった。

 美麗な顔を軽く歪ませながら、プルプルと手が震えており、歯を食いしばっていた。

一触触発の状態だ。

 

 

「お嬢様、落ち着いてくださいませ」

「――咲夜?」

 

 

 だがそんなレミリアに咲夜は耳元で小声でささやいた。

 

 

「落ち着けって、これが落ち着いて居られるわけ無いでしょう!? あのクソガキ……調子に乗りやがって……!」

「お怒りは御尤もでございますが、それでも落ち着きください。妹様のいつもの気まぐれでございます。ここは下手に刺激せず、妹様が満足するまで耐えるのが無難です」

「で、でも……」

 

 

 フランドールの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だ。物理的な物で彼女に破壊できない物は存在しない。そしてこの能力の規模に制限は存在しない。その気になれば、目に見えない小さな物質から彗星クラスの巨大な物質までも破壊出来る。

 恐ろしい能力ではある。だがそれよりも恐ろしいのはフランドールの性格だ。

 フランドールは精神が非常に不安定であり、癇癪持ちだ。要は短気なのだ。

レミリアも短気で癇癪持ちではあるが、フランドールの場合、精神の不安定さゆえに、 能力が暴発する事が度々起きてしまう。

 フランが一度でも能力を使ってしまえば、屋敷に多大なダメージを与えてしまう事は必須だった。

 それが分かっているから、咲夜の言い分は正しかった。そしてレミリアにも咲夜の言い分が正しい事であると分かっているのだが………それでも納得できなかった。

 

 

「で、でも……咲夜……」

「大丈夫ですお嬢さま。妹様は飽きやすい性格の持ち主です。こんな事、すぐに止めてくれると思いますよ?」

「むぅ……わ、分かったわ。今はフランの言う事を聞くわ……」

「それでこそ、お嬢さまです。ご立派ですよ」

 

 

 レミリアにとって、不肖の妹の命令を聞くと言うのはとても悔しい事であったが、いた仕方がなかった。

 それに咲夜の言う通り、フランは飽きやすい性格だ。すぐに別の事に目を向けるだろう。

 

 

(フランに紅魔館の主を務められる訳がないわ……すぐに泣きを見るに決まってる!)

 

 

 フランに紅魔館の主が務まるわけがない。紅魔館の主は自分こそが相応しいという絶対の自信がレミリアを支えていた。

 そのためレミリアはフランの命令を聞く事を決断したのだった。

 

 

「ちょっと。何を二人でコソコソと話してるのよ。感じが悪いわ」

「ぐぅ……」

「さ、早くお茶を入れてきなさい。この駄メイド」

「わ、分かったわよ」

「『分かった』じゃなくて『分かりました』でしょ?」

「ッッ!――わ、分かりました、フランお嬢様ッ!」

 

 

 よしよし、とフランは御満悦であった。

 レミリアは厨房に向かい、湯を沸かした。そして7~8分ほど経過し、お茶をトレイに乗せて戻ってきた。

 

 

「お、お待たせいたしました。ふ、フランお嬢さま……」

「遅かったわね。本当に無能だわ、このメイドは……」

「くぅッッ!!」

 

 

 カタカタとティーカップを鳴らしながら、なんとかレミリアはお茶を出す事が出来た。

 フランはカップを口に近付け、嗜むように香りを嗅いだ。そして一口、お茶を口に含んだ。

 

 

「温い…そしてマズい!」

 

 

 行儀悪くぺっと吐き出し、吐き捨てるかのように言った。

 

 

「お茶も満足に出せないの? このメイドは……」

「ぐぬぬッ!!!」

「お茶でこれじゃ、料理なんてもっと無理そうね」

 

 

 それは誰も否定できなかった。

 

 

「掃除も洗濯もあんたには出来そうもないし……それだったら違う事で興じさせてもらおうかしら?」

「ち、違う事……?」

 

 

 フランは自分のソックスの脱ぎ、そこらにポイっと投げ捨てた。

 そして足を組んで、レミリアの方を向きながらこう言った。

 

 

「足を舐めなさい。犬のようにね。」

 

 

 その場に言いようの出来ない緊張が走った。

 レミリアも一瞬茫然としてしまったが、状況を把握すると顔を真っ赤にしながら怒りだした

 

 

「ふ、ふざけんじゃないわよッ!なんでそんな事をしなくちゃならないのよッ!?」

「なんでって……あんたが何も出来ないから、犬でも出来る事を命令してあげただけよ?メイドは主人の命令を聞く物でしょ?」

「……ッ!」

「さあ、どうしたの? 早くこっちに来て跪きなさいな」

「このッ……!」

 

 

 恥辱に耐えようとするレミリアは、フランの嗜虐心を刺激したようだった。

 フランの顔は真っ赤に染まっており、実に妖艶な笑みをレミリアに向けていた。

 レミリアもまた、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた

 そんなフランとレミリアのやり取りを見て、咲夜もパチュリーも何やら変な気分になってきた。二人とも妙に息遣いが荒くなっており、顔もほんのりと紅みを帯びていた。

 妙な空気が食堂を覆みこんでいた。

 

 

「……ちょ」

「――うん?」

 

 

 

「調子に乗んじゃないわよッッ!!! このクソガキがッッ!!!」

 

 

 

 何かがレミリアの中で音を立てて切れた。確定的な何かが。

 

 吸血鬼の特有の膨大な魔力がレミリアの両の手に収束しだした。

 膨大な――しかも、両の手より発生する魔力を無理矢理掌に押し込めるように、全神経を掌に集中させる。

 しかし、その膨大な魔力を掌のみに収める事はやはり出来ず、魔力は開放を求めて掌から溢れだす。

 溢れた魔力は自由を求めるように外へ外へと……

 レミリアの掌の中に在った魔力は、一刻も早く窮屈な場所から飛び出さんと、前へ後ろへ飛び出て行く。レミリアの魔力はどんどん具現されて行き、その姿はあらゆる敵を貫く矛へと変わっていった。

 

 

「いけませんッ! いけませんお嬢さまッ! 館内でそんな物を出したら……ッ!」

「五月蠅いッ!」

 

 

 咲夜の制止も聞かず、とうとうレミリアはソレを顕現させてしまった。

 

 全てをなぎ払う『神槍』と呼ばれるソレを……

 

 

「消えなさいッ! フランッ!!――『神槍・グングニル』!!」

 

「――あ」

 

 

 レミリアは神槍を力強くフランに解き放った。

 フランは、マジギレしたレミリアの圧倒的な気に気押され、二言目を言う前にレミリアのグングニルの前に消え去ってしまった。

 

 そして近くにいた咲夜たちは……

 

 

「うわあああああぁぁぁッッッ!!!!!」

「咲夜、もっと早く走りなさいッ! と言うよりも、時間を止めて離脱しなさいッ!」

「無理ですッ! 今日はもう能力を使いすぎて燃料切れですッ!」

「使えないメイドねッ! ゲホゲホゴホッ!」

「ああもうッ! 喋らないでくださいッ!」

 

 

 グングニルの余波から逃げるように、咲夜はパチュリーを抱えて、とにかく外へと離れていく。

 ビキビキと嫌な響きが館内を駆け巡っており、とにかくこの館の中にいるのは危険であると誰もが理解した。

 そして間一髪、咲夜たちは屋敷から脱出した。

 その直後、凄まじい轟音を出しながらドミノ倒しのごとく崩れゆく紅魔館の姿があった。

 

 紅魔館の崩れゆく姿を、咲夜とパチュリーは呆然と眺めていた………。

 




 紅魔館は爆発するもの。
 わかるんだねー。


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エピローグ「紅魔館は爆発するもの。わかるんだねー」

 場所は変わって永遠亭。

 美鈴はあれから三日間の入院を強いられ、今日めでたく退院となった。

 

 

「本当に……お世話になりました。永琳先生」

「お大事にね。何があったか分からないけど、もうニ度と毒物なんて口にしちゃ駄目よ」

「あはは……は、はい。では私はこれで……」

 

 

 美鈴は永遠亭の住人たちに一礼し、帰路へ発った。

 

 

(あれから三日か……お嬢さまたちの気まぐれも、もう収まっている頃かな?)

 

 

 美鈴は完全に回復した体をならす様に駆け足で紅魔館に向かって行った。

 そしてしばらくして、氷精たちが住む湖に到着した。そこで少しだけ荒くなった呼吸を直すために徒歩で紅魔館に向かおうとした。

 

 だが、美鈴は何か違和感を感じた。

 美鈴のいる所は、紅魔館のすぐ前の湖であり、ここから紅魔館を覗きこむ事が出来るはずなのだが……。

 別に霧が出てるわけじゃない。きちんと遠方まで見渡す事が出来る。なのに、紅魔館の姿が見えなかったのだ。

 

 美鈴は急いで紅魔館に急行した。嫌な予感がする。美鈴は足を速め、紅魔館の『在った』場所に到着してしまった。

 

 

「こ、これは………」

 

 

 そこには紅魔館が存在していなかった。いや、一応、瓦礫と言う形として健在していた。

 美鈴は辺りを見渡した。

 すると、そこにはボロボロになりながら瓦礫を片付けている咲夜の姿があった。

 

 

「さ、咲夜さん!」

「え? あ、ああ。美鈴、もう体はいいの?」

 

 

 咲夜の顔には生気が宿っておらず、いつもの完全で瀟洒なメイド長の姿は何処にも無かった。

 

 

「い、一体、私が居ない間に何があったんですか!?」

「……」

 

 

 死んだ魚のような目をした咲夜は何も答えなかった。

 

 

「敵の襲来ですか!? お嬢様たちは……!?」

 

 

 とにかく状況を知りたかった美鈴は咲夜の肩を力強く掴んで、事情を聞こうとした。

 咲夜はしばらく反応しなかったのだが、とうとう我慢の限界が来たようだった。

 

 

「うわあああぁぁぁんッ!」

「なッ!?――さ、咲夜さん!?」

「わ、私に……私に言わせないで……お願い」

 

 

 泣き崩れるように、咲夜はその場に垂れこんでしまった。

 そのままずっと泣きやまずにいるため、美鈴も対応に困ってしまっていた。

 

 そんな咲夜の鳴き声を聞きつけてか、パチュリーと日傘をさしたレミリアがやってきた。

 

 

「――美鈴。」

「お嬢様、パチュリー様! 良かった、御無事だったんですね。……この状況は一体……」

 

 

 美鈴はレミリア様子が何か変である事に気付いた。

 元気がないと言うか、ずっと俯いたままだったのだ。まあ、屋敷が崩壊して元気になれる者などいるわけもないのだが……

  

 

「パチュリー様、何が起きたのですか?教えてください。」

「レミィがメイドをやったら紅魔館が崩壊した。――それだけよ。」

「……は?」

 

 

 状況を上手く把握できない美鈴はレミリアの方を見た。

 レミリアはプルプルと震えながら、思いっきり叫んだ。

 

 

「も、もう……もうメイドなんて絶対にやらないんだからッッ!! うわあああぁぁぁんッッ!!」

 

 

 結局、美鈴は状況を把握する事が出来ず、しばらくの間、混沌がその場を支配してしまっていた。

 レミリアの叫びは、眩しい位の晴天に吸い込まれるように消えて行った。

 

 そして紅魔館が出来上がるまで、彼女たちはプレハブ暮らしを強いられる事となり、天狗やら野次馬たちに珍妙な目で見られ続ける事となった。

 

 

 




完結ウゥゥッ!
お、終わった。疲れました
ここまで読んでくださった読者の方々には感謝してもしきれません。

基本的に10万文字以内に収まる作品を作っていこうと思います。

のこれからもよろしくお願いします。


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