インフィニット・ストラトス 『罪の王冠』(リメイク版) (超占時略決)
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第0話 物語はここから始まる

No Side

 

二〇XX年、地球に青紫色に輝く謎の隕石が落下しようとしていた。謎の隕石が地球に落下すると、落下地点である日本や日本の近辺にある国だけでなく、世界中が混乱に陥るであろうことは誰の目にも明らかだった。

隕石の落下を防ぐために世界各国の軍事兵器が秘密裏に投入されたが、何一つ大した成果は得られない。

そして、各国の首脳陣は隕石の落下を防ぐことを諦め、我先にと宇宙飛行船を使用して宇宙へ逃げる算段を立てていた。

隕石の落下は変えられない未来であると分かってから漸く、隕石の落下について世界各国で報道された。落下地点である日本では、その場で空をぼんやり眺める人で溢れかえった。

何故なら、落下までのタイムリミットが三十分を切っており、何処へ逃げようと落下地点からは逃れられないことを悟ったからだ。

しかし、そんな中で一人の勇者が立ち上がる。

その勇者は純白の装甲を身に纏って巨大な剣と荷電粒子砲を持つ、女性的なシルエットの機械だった。名を『白騎士』と言う。

白騎士は隕石に向かって荷電粒子砲を放つと、隕石は一撃でバラバラになった。そして、バラバラになることで生じた隕石の破片を、白騎士は巨大な剣と荷電粒子砲を用いて一つずつ塵にしていく。

その結果、隕石は完全にその姿を消し、死亡者数、怪我人ともに〇人である事が国際連盟によって発表された。

しかし、各国の首脳陣は白騎士に恐れた。無理もない。自分達では如何することも出来なかった隕石をいとも容易く消し去ってしまったのだから…

よって、国際連盟の決定により各地で白騎士を狙ってミサイル、総数二七一五発がこれまた当時は秘密裏に発射される。

しかし、白騎士はまるで赤子の手を捻るかのように、ミサイルをどんどん破壊していく。さながら舞を踊る巫女のように。

結果として、無傷でミサイルの嵐を乗り越える白騎士に、各国が戦艦や戦闘機を用いて白騎士にさらなる攻撃を仕掛けた。

これも全てが白騎士に当たる前に落とされていき、全戦闘機、全戦艦が白騎士によって破壊された。尚、この破壊においても死亡者数、負傷者数ともに〇人である。

そして、白騎士は太陽が沈むと共に姿を消し、行方を暗ました。

次の日、篠ノ之束博士が世界に大々的に白騎士を発表した。白騎士はインフィニット・ストラトス、通称ISという宇宙探索を目的としたマルチフォーム・プラットスーツであり、ISは女性しか動かすことが出来ないのだと。

更に、篠ノ之束博士は言った。ISはどんな既存兵器を用いても倒すことが出来ない。即ち、ISはISでしか倒すことが出来ないのだ、と。

これにより、各国は混乱に陥った。そして、篠ノ之束博士によって提供されたISの核となる四六七個のISコアと、白騎士と白騎士の開発データを使用して、ISの軍事開発が推し進められた。

世界を変革したこの一連の流れを、後の時代の人々は『白騎士事件』と呼ぶようになり、人類の歴史に大きく刻み込まれた。白騎士の搭乗者は未だ分かっていない…

(構業社 『中学で学ぶ世の中の歴史』より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

白騎士事件から約十年が経った今日。僕にとっては人生を大きく左右される重要な日。それは、僕が志望する高校、藍越学園の入試当日である。

藍越学園の入試会場は僕の住む家からは四駅程離れた所にあるんだけど、僕はとある理由でその会場にはいなかった。ならどこにいるのか?っていう疑問に当然至ると思うんだけど…

 

「今日はどのような行動をしたのか、一から説明して貰おう」

 

正解はー、刑事ドラマなんかでよく出てくる取調室でしたー!

何でそんな所にいるかって?その理由はおいおい分かるかと思うけど、今は目の前にいる、かっちりとした黒のスーツを着込む政府の人の質問に丁寧に答える。

 

「はい…まず、今日は彼と一緒に入試会場に行きました。理由は彼と同じ高校を受験するからです。

そして、会場に着いたのはいいのですが、僕達は会場で迷ってしまいました。もちろん、僕達は会場にいる大人の人にどう行けばいいのかと聞いたんですが、曖昧な返答しか返ってこなくて…

そして、しびれをきらした彼が「次にあったドアを開けようぜ!大体俺はそれでいっつも合うんだから!」と言って、廊下の突き当たりにあったドア開けたんです。

そこにはISが一つぽつんと鎮座してあるだけでした。それを見た彼が「ISをこんな近くで見たの初めてだ…なあ、触ってみようぜ?」と僕に言ってきました」

 

「君は止めたのかね?」

 

「止めましたよ…危ないしやめた方が良いって。でも、彼が「大丈夫だって!ちょっと触るだけだからバレねぇよ」と言いまして…」

 

「で、起動させたと?」

 

「はい…」

 

僕は左手で頭をかきながら頭を下げる。すると、政府の人は長いため息を吐くと頭を強く掻きむしった。僕だって頭を掻きむしりたい気持ちだよ…

ここまでくれば分かると思うけど、僕は人類史上初の男性IS適合者、織斑一夏爆誕☆の一部始終の唯一の目撃者となってしまった。そのせいで、僕はこうして事情聴取されている。

一夏のせいで僕の高校受験はおしまいだぁ…ほんっと、これからどうしたらいいんだろう……

 

 

 

 

「今日は話を聞かせて貰い感謝する」

 

政府の人が僕に軽く頭を下げる。僕は手を横に振りながら何でもないように装うけど、同じ事を何度も何度も説明させられて頭と体がクタクタになっていた。

 

「いえ…気にしないでください」

 

チラッと見えた時計の時刻は十四時十分。あっ、僕もう絶対入試に間に合わないよ…一夏のせいで政府の人に事情聴取されて受験はパーってあ!この事情聴取って一夏に関することだから僕は何にも関係がないよね!もしかしたら、追試とか受けさせてくれるんじゃ…

 

「あ、あの…今日の入試なんですが追試みたいなものってやってくれたりしますか?」

 

「勿論だ。こちらで掛け合ってみよう」

 

よ、良かったぁー。これで一安心だよ…僕は一夏と違って合格圏内に入ってたから、テストさえ受ければ何とかなるからね。

 

「でもその前に君にやってもらいたいことがあるんだ、杠桜華(ゆずりはおうか)君」

 

「な、何ですか?」

 

もう説明することは全部し終えたし、これ以上何をやらせる気ですか…?もう、ほんとに帰りたいんですが…

 

「念のために、君にもISに触って欲しいんだ。協力よろしく頼む」

 

「あっはい…でも、僕が触っても多分起動しませんよ?」

 

まさか、これがフラグになろうとは、この頃の僕は知る由もなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

取調室から場所は変わり、ここはどこかの倉庫みたいだ。最近は使われていなかったのかどこか埃臭い。

そして、目の前には全体的にゴツゴツとした、さっきと同じ見た目をしたISがある。

 

「では、このISに触ってもらえるかな?」

 

僕は冗談でも何でもなく、一夏以外にもISが動かせるのかほんとに試されているみたいだ。

そんな、ねぇー。何処かの二次小説じゃあるまいし、僕がISを動かせるわけないでしょ?僕は一夏と違ってパッとしないし、モテないし、朴念仁じゃないひ…

僕は適当なことを考えつつも左手でISに触れる。すると、視界が光に包まれーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?なに、これ…って、ここどこ…?」

 

気がつけば、僕は空が白く塗り潰された場所に立っていた。地面を見ると青紫色の草花を模している結晶が辺り一面に生成している。

そして、僕と同じで桜色の髪を生やした人が目視できるギリギリの場所にいる。

 

「あのーすみませーん!」

 

声を呼びかけてみても、まるで反応する気配がしない。仕方ない、僕は桜色の髪の人に近づいてみることにした。

僕と桜色の髪の人の距離が縮まるにつれて、だんだんと声が聞こえてくる。耳を澄ませてみると、どうやら何やら歌を歌っているみたいだね。

すごい綺麗な歌声だ。これなら、何時までも聞いていられそうだよ…

僕が近づいたのを気付いたのだろうか、桜色の髪の人は歌うのを止めて僕の方に振り向く。

やや垂れ目で瞳の色は紅。ラインがすっきりとしている小さな鼻に、ぷるんとしているけど小ぶりの唇。そして、桜色の髪を左右に結ぶ赤いリボンとともに靡かせ、かなり露出の多いぴっちりとした服を着る女の子。それが、桜色の髪の人の正体だった。

ぼ、僕と似てる…最初の印象がそれだった。彼女の瞳には彼女を少しだけ、いやかなり男っぽくした人が写る。かなり違うからね!ほんとだからね!ボクウソツカナイ。

彼女の瞳に写る僕を見ていると、彼女は手に持っていた赤い細長の紐で作った、あやとりで言うはしごを僕のほうに向けながら声をかけてくる。

 

「取って」

 

「えっ、どうゆうこと?」

 

疑問符が頭を支配する。余りにも唐突過ぎて何を言ってるのかさっぱり分からない。

 

「やれば出来るかも知れない…でもやらないと絶対に出来ない…杠桜華は臆病な人?」

 

桜色の髪の女の子は小首を傾げながら言う。いや、自分では臆病ではないと思ってるんだけど…ていうか、そもそもまだ頭が君についていけてないんだけど。

 

「取れば、いいのかな…?」

 

僕がはしごに指を指しながら言うと「取って」と返答された。成る程、はしごを取れ、と…何故に?

それに、さっきは軽くスルーしたけど何で僕の名前を知ってるんだろう?取り敢えず話を聞いてみた方が早いのかな…?

 

「き、君は僕の名前を何で知ってるのかな?」

 

「早く取って」

 

桜色の髪の女の子は早く取れと催促するかのように僕をじーっと見てくる。

えーっ…何ですかこれはまさかこのはしごを取るまで話が進まないパティーンですかどんだけだよー。はぁ…もういいよ。何が起こるか分からないけど、兎に角取ればいいんだね!

僕は短い時間で色んなことを考えて、結局はしごを取ることにした。多分、僕がはしごを取らない限り話は進まないんだろうね…容姿のこととか、この場所のこととか、聞きたいことは沢山あるからね。

 

「……取るよ」

 

そして、僕は赤い紐で作られたはしごをおそるおそる()()で取った。

 



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第1話 同居人との再会

Side 桜華

 

皆は鬼、という単語を知っているかな?

鬼って日本で言い伝えられてる妖怪の一種で、民謡とか郷土信仰によく出てくるんだけど…「恐ろしいもの」に対しても言ったりするよね。

もう気づくかなぁ?僕の目と鼻の先にその「恐ろしいもの」が仁王立ちで居る。名を織斑千冬、形態はブリュンヒルデモーー

 

バシィインッ!

 

「ほう?お前には他のことを考える余裕があるのか?」

 

「そ、そんな…僕は千冬さんのことしか考えてませんよ!」

 

叩かれたせいでヒリヒリする頭を撫でながら、僕は異議申し立てをする。

 

「良いから勉強を続けろ。お前には時間がない」

 

それをあっさりと叩き落とされる。もうさ、逆に気持ちがいい位の鬼だよ…手に持つ分厚い参考書は金棒だね!

 

「…ほんと、鬼だね」

 

ゴォンッ!!

 

僕の頭に分厚い参考書の角が落ちる音が響く。鬼は地獄耳でもあるみたい。

ていうか、ほんとに痛い。どうリアクションを取ればいいか分からないレベルで痛いよ…

 

 

 

 

 

現在、僕の目の前に立つ黒のタイトなスーツを着る切れ長の目のオn…ううん、千冬さんの言葉を一字一句を頭にインプットしていく。そして、重要な所を自分で見極めながら、ノートに()()()()()シャープペンシルでメモを取っていく。

右手、利き手で書く字はやっぱり綺麗だね。そんなことを頭の片隅で思いながら、ペンを動かす速度を上げていく。

今から二年前に右腕を切っちゃったせいで、数日前までは慣れない左手を使ってノートを写していたんだ。けど、何の因果か僕には新しい右腕が付きました…それもISという超高級品の。何でかって?それは僕が知りたいです…

あの日、織斑一夏爆誕☆の日に僕はISに触ってから直ぐに気絶したらしい。

そして、目が覚めると右腕に慣れないというか、寧ろ懐かしい重みを感じたんだ。疑問に感じながらも目を開けると、今までなかったはずのものがあった。そう、腕があった。

黒い結晶みたいなもので二の腕から指先までが覆われている右腕は、時々波打つ緑のラインが一筋入っていた。

そして、不思議なことに僕の思い通りに動かすことが出来る。可笑しい…僕の右腕は焼け切れた神経のせいで義手を付けても動かせることはない、と言われたのに。

この疑問はあっさりと解決される。これは所謂、ISの待機状態らしいんだ。

そのISは現行技術の遥か先を行くもので、未だに解明されていない部分が多い。そして、今回はその機械に助けられる形で僕は右腕を生身の腕と同じ感覚で動かせることが出来る、という訳なんだ。

因みにだけど、一夏がISを動かすまでの目撃者の僕に事情聴取をしていた政府の人に聞くと、僕がISを触った時にISが強く光を放った後には既にこうなっていたとか…

「ISが何のプロセスもなく待機状態になることは今まで前例がない!君は何をしたんだ!?」といかにも科学者です!みたいな風貌の人達に問いただされたけど、寧ろこっちが聞きたいっていうか…

しかも、僕が触ったゴツゴツしたISは打鉄っていう日本が開発した第二世代の量産機で、IS学園が所有するものの一つだったみたいで…

 

「それを君の専用機にしてあげるからデータ取りに付き合いなさい。あっ、ついでに国籍を剥奪しとくから」

 

要約するとこう言われた僕はデータ取り(身体測定から血液の採取、人間ドックなど数えきれない程の検査)をした。

いや、正直だよ。専用機にしなくていいからこの腕を外して貰いーーあっ、それは我々には出来ない。出来るなら既にそうしている、と。ごめんなさい、生意気言って。

そして、やっと解放されたかと思えば、黒のフォーマルスーツを着こなした居候先の大黒柱、一夏の姉こと千冬さんが現れた。

 

「久しぶりだな、桜華」

 

「お、お久しぶりです、千冬さん。二ヶ月振りぐらいですかね…それより、こんな所でどうしたんですか?」

 

僕は千冬さんが苦手な訳ではない。けど、何処か苛立ちを含む千冬さんに萎縮しているだけだ。

だってさ、眉間に皺を寄せて米神を浮かばせているんだよ…顔を見てるだけでちょっとちびっちゃいそうだよ。いや、ちびりそうなだけでちびってはいないからね?ほんとだよ?

 

「いや、何…一応保護者としてだけでなく、ISの関係者としてお前のこれからを話そうと思ってな…」

 

ごくりっ…口に溜まる唾を飲み込み、次に来る台詞を今や今かと待つ。ち、千冬さん…言うなら早く言って貰いませんか?そんな溜められると怖いんですけど…

 

「桜華、お前には一夏と同じくIS学園に入学してもらう」

 

「あー、何だ。そんなことーーってええええ!?」

 

そんな、嘘でしょ!?確かに頭の片隅ではほんのちょっとだけ、そうなるんじゃないかと考えていたけど…女の子ばっかりの環境なんて僕、やっていける自信ないよぉ!?

だってさ、僕絶対イジメられるよ…四肢が一部欠損してーーいや、今はあるんだったね。

いや、僕が桜色って良い風に言ってるけど、側から見たらショッキングピンクの髪がある!いや、自信満々でイジメられる宣言する意味ないけどさ…

 

「何、安心しろ。私が受け持つクラスに配属されるから心配する事はない」

 

千冬さんってIS学園の先生だったんだ…知らなかったな。だから、稀にしか家に帰ってこれなかったんだ。

けど、千冬さんとついでに一夏がいるんなら、ちょっとは上手くやれそうな気がしてきた。

いや、全くもってしないよ。何言ってるの?あの一夏だよ?絶対厄介事に自ら進んで、しかも無自覚で僕を巻き込むに決まっている。

はぁー、憂鬱だぁー。ってあれ、そういえば僕、ISについて何にも知らない…どうしよう?

 

「どうした?何か不安でもあるのか?」

 

「不安だらけで困っていますが、先ずはそうですねー。

一応聞きたいんですけど、今日って何日でしたっけ?最近データ取りとか諸々のせいで曜日感覚が狂ってて…」

 

「今日は三月二四日だ。それがどうかしたか?」

 

「僕、ISについて何も知らないんですけど、IS学園でやっていけますかね…?」

 

「その事か。ふんっ、心配するな。私が一週間でこの参考書をお前に覚えさせてやろう」

 

えーっと、参考書ってこのタ◯ンページぐらいの大きさで、表紙にデッカく必読って書いてあるやつ、だよね…

 

「あの、千冬さん…この参考書ってどの部分まで覚えないといけないんですか?」

 

「全部だが?」

 

えっ、嘘でしょ…?これ、全部?何かの聞き間違えかな…きっとそうだよ!そうに違いないよね。

 

「これを入学するまでに全部覚えてくる奴は、流石に居ないがな」

 

「やっぱり全部覚えないといけないって言葉は聞き間違えだったんだ…良かったです」

 

「聞き間違えではない、全部覚えるんだ。私が教えるんだ、絶対出来る。いや、出来てもらわないと困る。出来るまでやらせる。

だから、一週間だ。一週間みっちりとISとは何か、そしてISに絡む数々の法律を全て理解してもらう」

 

「は、はい…」

 

この時の千冬さんはら猛禽類が獲物を狙いすました時の表情と同じだった。勿論、獲物は僕だよ?だって無自覚とはいえ僕が千冬さんの手を煩わせているのだから…

こういった流れで現在、僕は千冬さんの説明を聞きながら、必死にペンを走らせている。右腕がISのせいで腱鞘炎になる心配はなく、寧ろその速度を徐々に上がっていっている。

今日は多分四日目、だと思う…何でかっていうと、僕が勉強するのに耐えられなくて、ぶっ倒れて寝たのが三回あったからなんだ。

僕は次に会った時、絶対一夏をぐーで殴ってやるんだ…それもとびっきり全力で、宮田くんのジョルトブローばりに体重を乗せて。ぐすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 一夏

 

皆さんはじめまして、俺の名前は織斑一夏って言うんだ!

今、俺はIS学園っていう俺以外男子生徒が居ないって学校の一つの教室にいるんだけど、もうヤバい!誰か助けてくれ!!

教室には女子がいっぱい居る中で男子は勿論俺一人だけ。女子達の視線がもうそれはそれは…まるで動物園のパンダ状態だ。居心地が悪過ぎて頭が可笑しくなりそうだ…

これから動物園に行った時は檻の中にいる動物を凝視しないであげよう。これはストレスが溜まりすぎる。

しかも、動物園って実生活が赤裸々にされてる訳だろ…俺だったら発狂しても可笑しくないぞ。

おっと、思考がトリップしてしまったぜ。

皆は何でこんな事になったの?って思うかもしれない。その理由は簡単だ。俺がISを動かしてしまったからだ。

世界で初となる男性IS適合者としてニュースで大々的に取り上げられた俺は、政府関係者から「君にはIS学園に入学して貰う。異論反論その他諸々は一切受け付けないからそのつもりで」なんて言われてしまい、IS学園に入学するまでずっと家に軟禁状態だった。

まあ、千冬姉が先週まで家に帰ってきてくれたから嬉しかったけどさぁ。だけど、同居人だった桜華は何してるんだろ?千冬姉に聞いたらそのうち分かるって言われたけどさ…

桜華…二年前に出会ったあいつに俺は一生かけても償えないことをしてしまった。未だに後悔しているんだけど、桜華には俺がそのことを持ち出すたびに気にしないでって何回も言ってくる。

確かに桜華が良いって言うんなら良いんだけど、俺の中では自分が許せない気持ちがずっと残っているし、何よりもそんな簡単に許す桜華の方が可笑しいっていうか。そのせいで千冬姉も…

 

「ーー斑君、織斑君!!」

 

「はっ、はい!」

 

突然、俺の名前を呼ばれたから反射で起立してしまった。

そして、目と鼻の先に短く切り揃えられた緑色の髪につぶらな緑色の瞳。ズレた銀色のフレームの眼鏡をかける、ある部分を除いて子供っぽい風貌の女性が居た。

思わず「うわぁ!?」なんて声を上げてしまう。またやっちまったみたいだ…一つの物事に集中しすぎて周りが見えなくなる、俺の悪い癖だ。

 

「怒ってるかなぁ?怒っちゃったよねぇ?」

 

「いえいえ!俺そんな怒ってませんから!」

 

「ほんと!?ごめんね?今ね、自己紹介してて『あ』から始まって織斑君の番まで来たんだ。だから自己紹介してくれるかな?ね、ね!」

 

「は、はぁ、分かりました」

 

立ち上がって後ろを向くと女子の視線が俺の体に数多く刺さる。

うぅ…ど、どうすればーーアレ?箒か?あの特徴的なポニーテールに目付きが鋭くて愛想が悪そうな顔は絶対箒だ!ほ、箒…助けてくれ!!

必死にアイコンタクトを送ってみるけど、俺の意思は通じなかったらしく、箒は俺から目を反らしてしまった。でも箒の奴、すっかり綺麗になったもんだなぁ…

 

「お、織斑君!」

 

「は、はい!ゴメンなさい!?」

 

クラスの皆に笑われてしまった。俺はまたやってしまった…くそ、こうなったらヤケクソだ!

 

「お、織斑、一夏です」

 

あーえーっとそれからそれから…や、ヤバい!何にも思いつかねぇ。何か言わないと…何か言わないと暗いやつのレッテルを貼られちまうっ!

 

「い、以上です!!」

 

がたがたがたがたっ!!

何人かの女子を除く、殆どの女子がずっこけた。あれ、俺何かミスったかな…?

 

スパァンッ!

 

「いってぇ!?」

 

俺は何者かに頭を叩かれた。この綺麗すぎる音、そして我慢できないほどの痛み…ま、まさか……いや、でも何でここにっ!?

叩かれたほうを見ると第一回モンド・クロッソ総合部門優勝者にして、三国志の時代にいれば間違いなく名を轟かせたであろう女性、いわゆる千冬姉が呆れ顔で立っていた。

 

「げぇっ、呂布ぅ!?」

 

「誰が三国志の豪傑か、馬鹿者」

 

パシィンッ!

 

いってぇ!あ、頭がめっちゃいてぇ…絶対、今の角で叩いたぞ!

 

「で、お前は自己紹介もまともにできんのか?」

 

「ち、千冬姉!なんでここに!?」

 

「織斑先生だ」

 

ゴつんっ!

 

俺は叩かれる力が強すぎて机に頭を強打する。後頭部とおデコに名状しがたい痛みが襲ってくる。一体如何やったらこんな威力出せんだよ…!我が姉ながら本当に人間か疑うぜっ…

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。

その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。良いか、良いならはいと返事をしろ。良くなくてもはいと返事をしろ。私の言葉にははいと返事をしろ」

 

クラスは静寂に包まれる。流石に最後の台詞はねぇよ、千冬姉。クラスの皆だってドン引きしてるはzーー

 

「「「キャアアアァァアァ!!!」」」

 

ああぁああああ!み、耳が!?頭が痛ぇのに耳まで痛くなってきやがった!!てか、今の奇声をあげるとこだったのかよっ!?

 

「ほ、本物の千冬様よー!」

 

「ずっとファンでした!!」

 

「私は北九州から来ましたぁ!!」

 

な、成る程な…確かに、千冬姉はISにおいての高い実力にふまえ、強いカリスマ性を持っている。さらに、身内贔屓を抜いても、すこぶる綺麗な容姿をしているから世界から絶大な人気を誇っている凄い人だ。

過去に一つだけ、千冬姉の取材が載った雑誌があった。その雑誌は創刊以来最高の売り上げを誇り、初版はプレミアが付いて一冊十万円で取引される程だ。まあ、家には観賞用と保存用で二冊あるんだけどな。ち、千冬姉には内緒だぞ!

だから、この歓声は分からなくもねぇけどさ…当の本人である千冬姉はさっきよりも呆れた顔をしている。

 

「全く、毎年毎年よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。私のクラスに集中させているのか?」

 

「もっと叱って!罵って!!」

 

「そしてつけあがらないように躾して!!!」

 

やっぱり、千冬姉は凄いなぁ…弟ながら誇らしいよ。色んな人に尊敬されているとこも、そんな眼差しを何でもないかのようにさらっと流すとこも。

やがて、千冬姉は手を叩いて静寂を促す。すると、さっきまでの喧騒が嘘であったようにピタリと止む。す、すげぇ…

 

「さて、もう自己紹介の時間は終わりだ。と言いたいところだが、最後に貴様達に紹介したい人物がいる。入ってこい、杠」

 

えっ、杠って。ま、まさか…桜華なのか!?

俺は気持ちが先行して思わず席を立ってしまう。だって、桜華だったら…男が俺だけじゃなくなる上にこれからの学園生活への不安がかなり削がれる!!

固唾を飲みながらまじまじと教室のドアを凝視していると、俺と同じIS学園の制服を着用する、桜色の髪を大切に伸ばして前髪で目立つからという理由で紅い目を隠している、俺の家の同居人である人物が入ってきた。

其奴は千冬姉の横まで歩を進め、俺達の方に向いて口を開く。

 

「は、初めまして!杠桜華です。一年間よろしくお願いします」

 

俺の不安でしかなかった学園生活に、一つの光が差したような気がした。

 



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第2話 イレギュラーは青い雫の怒りを買う

Side 桜華

 

僕の自己紹介が終わり、千冬さんの有難いお言葉(自己紹介の駄目出し)と鉄槌(手に持つ黒い板、出席簿による叩き)が終わると、次の予鈴が鳴るまで自由時間となった。

与えられた席に座ると、もう既に一夏が机の横を陣取っていた。因みにだけど、僕の席は一夏の席の四つ後ろだよ。そして、一夏の存在に前の席の女の子が驚いている。

 

「桜華!助かったぜ!桜華が来てくれたお陰でだいぶ気が楽になったよぉー。ところで、その右腕どうしたんだ?」

 

一夏はあいかわらず変わらない。まあ、二週間では変わりたくても変わらないか。次々に言葉を繰り出してくるから全部に返答するのがちょっと億劫だ。今は特に、鬼に見せられた地獄のせいで神経をすり減らしているからね。

けど、やっぱり一夏は気づくよね。そりゃそうか。一夏は右腕のことすっごく気にしてたもんね。何回も気にしなくても良いよって言ってるのに一夏って奴は…

 

「その話は後でするよ。それよりさァ一夏ァ、君のせいで僕は大変な目に遭ったんだァ?一発だけ殴らせてくれないかなァ?」

 

相当神経をすり減らしているみたいだ。語尾が何だか片言になっている気がするし、疑問符がやたらと多い。

 

「ご、ご愁傷様…俺が何したか分からないけど許してくれよ?な?」

 

「だいたい一夏があの時ーー」

 

「少しいいか?」

 

僕の細やかな愚痴の発散を遮ったのは後ろ手に艶のある長い黒髪を一つに結ぶ、キツい印象を与えるつり目。そんな特徴の幼いながらも綺麗な女の子だった。

 

「おう、箒か。久しぶりだな!」

 

僕の知らない一夏の知り合いみたいだ。まあ、一夏の家に居候したのも二年前だし。知らないのも無理はないか…

 

「お、覚えてくれたのか!?一夏!」

 

「おう!箒は全然変わってないな。一目見て分かったぜ!」

 

「そ、そうなのか!い、一夏は格好よくなったな…それより少し外で話さないか?」

 

あっ、分かった。この子、一夏に惚の字だね。だって、さっき小声で格好よくなったって褒めたからね。

僕はまた、一夏の鈍感青春ラブコメに巻き込まれるんだろうなぁー。何時もは僕以外にも後二人巻き込まれたけど、これからはそれが僕一人だけ…死なないようにしよう。

 

「桜華がーー」

 

「行ってきなよ」

 

僕は一夏が言う台詞を予測して即座に否定する。

僕の事は放っておいて、二人でイチャイチャしてくると良いよ。そうして、お願いだから僕の知らない所でゴタゴタして、ね?少しでも知っちゃうと性分で助け船を出したくなるから、ほんっとにお願いします。

 

「良いのか?」

 

「うん、見た所昔の友達だったんでしょ?二人で積もる話もあるよね?」

 

「そうだな、ありがとう!桜華、じゃあな!」

 

「い、一夏!早く来い!」

 

「分かってるって!待てよ、箒!」

 

さっきの女の子を追って一夏は教室の外に出ていった。

ふーぅ…ぼ、僕を見る目が凄い怖かったよ…やっぱり、一夏に惚の字の女の子は怖い。だってさ、一部例外を除いてどの子も男の僕に対しても敵意が半端ないんだよ。

あっ、今思えばこの教室には僕が一夏を行かしたせいで、僕しか男が居ないんだよな…ちょっとミスったかな?

まぁ、あの子の敵意に耐えることを考えると今の方が…いや、全くもってそんなことないよぉ!皆僕をめっちゃ見てくるからすっごく気まずいっ!特に、前の席の子の視線がぁ!?

そろそろ疲労困憊でぶっ倒れそうだし、よし!そうと決まれば寝よーー

 

「少しよろしくって?」

 

何かいかにも貴族か偏った思想を持った人が話しそうな口調で今時間ある?的な事を聞かれた気がするけど…きっと僕じゃないはず、だよね!うん、そうだよ!僕みたいなのに話しかける酔狂な人なんて居ないよね。だから、このままスルーしても大丈夫なはーー

 

「少し、よろしくって!」

 

やや怒気を含ませた物言いに変わる。

絶対僕だよなぁ。はぁ、この手の輩は女尊男卑主義者って相場が決まってるから、出来たらスルーする方向で行きたいんだけど…無理そう。

だってさ、近くで高速でトントントントン…イライラしてる証拠だもんね。

この場を切り抜ける手立てがない僕はノロノロと顔を上げる。

すると、僕前の席の女の子を立ち退かしたのか金色の髪を細く長い手で払う、全てを飲み込むような澄んだ青の瞳。それに映える潤いのある白い肌に、チラリと覗かせる蒼のイヤーカフス。欧州のお姫様を彷彿とさせるような女の子が仁王立ちしていた。

 

「ぼ、僕ですか…?」

 

「まあ、何ですのそのお返事は?私に話しかけられるのだけでも光栄なことなのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくって?」

 

「は、はい…ごめんなさい」

 

はぁ…この人、やっぱり予想通り女尊男卑主義者だよ。しかも、相手にするのが面倒なタイプのヤーツ。これはもうどうしようもない。

ていうかこの子、さっきまで隣の席に座ってなかったっけ…?ふ、不安だよぉ、これからの学園生活ぅぅ。

 

「貴方!さっきから何わたくしのことを無視していますの!」

 

「は、はい!ごめんなさい!」

 

無視されてるって自覚あるんなら、しつこく話しかけてこないでよ。まぁ、無視したのは悪いとはちょっとだけ思ってるから、形だけでも謝っとくけどさ…

 

「これだから男というのは…」

 

うん?待てよ。もしかしてだよ?この人がメディアに出てるような、(僕は知らないけど)有名人だったらどうしよう…?

 

「あの、すみません!」

 

「何ですの?」

 

「お名前をお伺いしてもいいですか…?」

 

おそるおそる名前を伺うとや、やばい。眉間には皺を寄せて顔を真っ赤にし始めたよぉ。さっきまでの垂れ目がウソのように釣りあがっているし、地雷踏んだかなぁ…?

 

「知らない!?イギリス代表候補生で入試主席のこのわたくし!セシリア・オルコットを知らないですって!!」

 

「はい!ごめんなさい!」

 

ほんとに有名人みたいだった。イギリスの、しかも代表候補生だったら殆どの人が雑誌のモデルとかやってるし…これは、ほんとに申し訳ないことをしたなぁ。

 

「さっきから貴方はごめんなさいごめんなさいって!だいたい貴方のような男がーー」

 

キーンコーンカーンコーン…

 

予鈴のチャイムが鳴ったみたいだ。時計を見ると授業が始まる五分前を切っている。

 

「くっ……覚えておくってよ!」

 

オルコットさんはズカズカと大股で自分の席へと戻る。まぁ、僕の隣なんだけどね。だからかな、すっごい気まずい!

まぁけど、予鈴に救われた…危ない所だったよ。もうちょっと時間があったら、僕が彼女に粗相をしてしまって怒り狂わすに決まってる。

もうさ、何て幸先の悪いスタートなんだろう?こんなことなら一夏を行かせなかった方が良かったかなぁー?

ほんと、この学校で僕はやっていけるのかなぁ…不安だ、不安で体が押しつぶされそうだよ…ぐすん。

どれもこれも一夏がISを動かしたせいだ。一夏、僕は絶対に許さない。例え君が泣いて謝ってもだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業開始のチャイムが鳴り響き、IS学園での初めての授業が開始される。副担任の山田麻耶(やまだまや)先生が教壇に立って教鞭を振るっている。

この人、容姿がすっごく幼い。セーラー服とか着たら学生にしか見えないレベルで。でも、そんな山田先生は教え方が凄く丁寧だった。そのおかげで、千冬さんに詰め込まれた知識が定着されていく。

分からないことがあったら、絶対山田先生の所に行こう!間違っても千冬さんの所にでも行かない。だって、あの人の教え方は鬼もビックリのスパルtーー

 

スパァンッ!

 

「集中しろ」

 

「…はい」

 

これ以上は心の中でも悪態をついちゃいけないみたいだ。はぁー、こう思われるのが嫌ならもうちょっと優しくしてくれたら…いや、優しい千冬さんなんてき…おっと、これ以上は鉄槌が下るね。

今は千冬さんじゃなくて山田先生だよ。山田先生の授業はさっきも言ったけど分かりやすい。それは良いよ、素晴らしいよ。

だけどね…その、山田先生の声が、ね。心地よいのよ。これもさっきも言ったけど、疲労困憊で僕ちんぶっ倒れそうなの。それに耐えながら話を聞いているんだけど、山田先生の優しい声音は眠気を我慢する意識を破壊していくんだ。

今から言い訳タイムに入るけどね、はっきり言ってこの一週間、本当に生きた心地がしなかったんだ。僕がぼけーっとしてたり居眠りをしようとした時に、千冬さんは僕に愛の鞭を与えてくださった。

愛の鞭ってのは具体的に言うと、やり方は知らないけど、参考書を文字通り鞭のようにしならせて叩いてきたよ…あんな分厚いのをしならせるってよく分からないけど、千冬さんはやってのけた。すごく痛かったです、はい。

後ね、僕が勉強させられてた場所がもうすんごいの!すんごいの!

それはね、まず窓がない。そして、ベッドや布団がない。えっ?てなるよね?千冬さんに聞いたんだよ。「ぼ、僕はどこで寝るんですか?」って。

 

「お前に寝る時間があるのか?」

 

この時にはもう悟ったよ。ほんとに限界まで勉強をやらされるって。結果として、僕は五回ぶっ倒れて、六回目がきそうな所でここに運び込まれた。

因みにだけど、風呂にはぶっ倒れた後とここに来る前に入らせて貰いました。

そして、何よりも辛かったのはその時のご飯は全部レトルトだったんだ…理由、そりゃあ千冬さんが家事全般出来なーー

 

パシィンッ!

 

「それ以上は駄目だ」

 

「そ、そうですよね…」

 

頭にどれだけ激痛が襲おうとも、眠気が晴れる事はない。僕は今、そんな境地にいる。こ、これが悟りなの…?

 

『いやいや、そんな直ぐ悟り開けたら宗教は要らないからね?』

 

か、神様ァ!神様の力でどうにか僕を元気に…神様ァァァァァァァ!!

白い髭を長く伸ばすつるっ禿げの神様は、雲の上に胡座をかきながら『ふぉっふぉっふぉ』とか言っている。くそぅ、羨ましい…

ハッ!?やばい、本格的に意識がフライアウェイしちゃってたよ…危ない危ない。

そうだ、一夏はどうしてるのかな?一夏も僕と同じでISに全く興味がない系男子だから、この授業についていけてるのか不安だなぁ。

首を横に動かして前の子の肩より上の空間で一夏のほうを見てみると、一夏は汗を流しながらぶるぶる震えたり、キョロキョロしたりしている。

すごく目立っているし、気持ち悪い。絶対、何かやらかしてるね。お腹痛いとかそんな安直なやつとかじゃなくて、もっとええっ!?てなるやつ。

 

「織斑君、何かあったんですか?何かあれば何でも聞いてくださいね!何だって私、先生ですから!」

 

山田先生と何秒か見つめ合った後、一夏は勢いよく立ち上がってこう言った。

 

「せ、先生!授業が全く分かりません!!」

 

「ええぇ!!」

 

一夏はほんっとさいっこうだよー!やっぱり、一夏はやらかしていたんだね…皆の予想の遥か上をいくポカを。

 

「え、えーっと、今の段階で分からない人はいますか?」

 

しーん…僕を含め一夏以外誰も手を挙げる気配がない。まぁ、そうだよね。だって、今やってる所は参考書の最初の数ページだから、ここが分からない人なんて入試受からないからねー。

それで、一夏は何で僕をそんな意外そうに見ているのかな?理由は分からないでもないけど、流石に失礼じゃないかな?

 

「織斑、入学前に配られた参考書は読んだのか?」

 

千冬さんが一夏に近づきながら言う。さて、一夏はどんな返答をするのかな?僕の予想だと「読んでみたけどとても日本語とは思いませんでした」とかかな?

 

「えーっと、◯ウンページと間違えて捨てました」

 

スパァン!

 

まさかの捨てちゃったパティーンね!ほんと、一夏はすごいよ。あんなにデカデカと必読って書いてあるのに捨てるって、一夏は人の予想を上回る天才だ。

 

「後で再発行してやるから一週間で覚えろ」

 

「ええっ!?あの分厚さのやつを一週間でなんてーー」

 

「やれと言っている」

 

「はい……」

 

千冬さんの言弾が一夏の言葉を撃ち抜いて論破ァ。一夏、あれを一週間で覚えるのはほんとに大変だよ。だからね、君も味わうと良いよ!そして、嘆くんだ!非情な現実になぁ!!

 

ゴツんっ!

 

「真面目に授業を聞け」

 

千冬さんや、流石にグーは駄目だと思いますよ?頭が陥没したらどないすんねん?

 

「陥没しない程度の威力で留めている」

 

アッハイ。うん?さっきからずっとだけどさ、千冬さんナチュラルに僕の心を読むの止めてくれません?それに、心が読めるなら関西弁の所をサラリと無視しないで下さい。ツッコンでください。

 

「山田先生、少し時間を貰えないか?さっきの時間に決めなければならない事を今思い出してな」

 

「はい、分かりました」

 

そう言うと今度は千冬さんが教壇に立つ。千冬さんが教壇に立つと、クラス内が妙な緊張感に包まれる。その空気に飲まれて、僕の心臓はドキがムネムネーしている。

 

バシィインッ!

 

「ごほん、再来週にクラス代表戦が行われるのは知ってるだろう。これから、そのクラス代表戦に出る者、つまりはクラス委員長だな。それを今から決める。尚、自薦・他薦は問わない。

誰か意見のある奴はいないか?」

 

「はい!織斑君を推薦します!!」

 

「千冬様の弟だからきっと立派にやってくれるわよ!」

 

「私も!!だって格好いいし!」

 

皆さん?さっき千冬さんが僕目掛けて出席簿をブーメランのように投げたのはスルーですかそうですか…今の、結構痛かったのにね。

それにしても、一夏はご愁傷様だねー。ほんとに可哀想ー。もうまじどんだけースッカラケッチー。

 

「私はゆずリン、杠君を推薦しま〜す」

 

教室の中で委員長は一夏で決定って流れに一石を投じる人が居た。その石はゆずリンってあだ名の杠君らしい…

って、それ僕じゃないかっ!?何で!?これが新手のイジメかぁ!?そして今、僕をゆずリン呼ばわりしたのは制服を改造して何故か異様に袖を長くしている女の子だった。

その子は目が合うとはにかんでくる。いや、可愛いとは思うよ?けど、君がやった行為は絶対に許さないからね。

 

「私も杠君がいい!だって謎だし!!」

 

「男なのにピンク色の髪の毛とかないよね〜」

 

「そう!ほんとそれだよねぇ!」

 

「前髪で目を隠してるし、ちょっときもい!」

 

ほら、軽い口調で僕を貶す発言が飛び交うー。まぁ、こんなレベルの悪口なら痛くも痒くもないんだけどね。

だから、そんなオロオロとするのは止めようね?おじさん、さっきの事は水に流すから、ね?だから、泣くのは我慢しよ。

えっ?もう許すのかって?そりゃあ、女の子に泣かれる事に比べたらねー。僕ってマジチョロい。

 

「候補者は織斑と杠か、他には居ないか?」

 

はぁー。取り敢えず、この場は静観するかな?ボーッとしてたら候補者が出揃って誰が候補者(クロ)かを決める投票ターイムになるでしょう。

あ、あれ…首がカックンカックンして来た。こ、れ…本格的に、駄目な、やーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……り……か…」

 

誰かが甲高い声でピーチクパーチク鳴いている気がする。まぁ、僕には関係のない話。どうせ、この微睡みから直ぐ熟睡に移行するんだから。

 

「ーーいていますの!杠桜華!!」

 

うん?僕が呼ばれている?いや、でもなぁー。どうせ、無視してたらその内諦めるだろう。おやすみー。

この時、僕は完全に忘れていた。さっきの休み時間に僕が無視してることを自覚しながらも、何度も声をかけてきた女の子のことを…

 

「聞いていますの!?杠桜華!!」

 

「は、はい!!」

 

「痛っ!?」

 

鼓膜が破れそうなレベルの怒声に思わず起立してしまった。何故か側頭部と耳が痛いんだけど何でかなぁ?

それに、声が聞こえてきた方を見るけど誰も居ない…ふむ、成る程よく分からん。

 

「あ、貴方ねぇ!急に立ち上がったら危ないでしょう!!本当に痛いですわぁ!?」

 

視界を下に向けると、鼻を押さえて涙目のオルコットさんがしゃがみこんでいる。

もしかして、僕の耳を引っ張って大声で僕を呼んで、突然立ち上がった僕の側頭部と鼻がごっちんこしたと…

 

「ご愁傷様だね」

 

「あ、貴方ねぇ!」

 

オルコットさんはゆらゆらと立ち上がり、僕の頬に手を伸ばす。優しい手つきで頬を撫でたかと思うと、力一杯頬を引っ張った。

 

「い、痛い!痛いよ、オルコットさん!」

 

「貴方が私の話を聞かなかったのが全部悪いんですわ!貴方達二人にわたくしが決闘ですわ!っと言ったんですのよ!」

 

「け、決闘?」

 

一体どんな流れでこの話が決まったんだろう?理解がまるで追いついてないんだけど。

オルコットさんは「貴方達二人にわたくしが決闘ですわ!」と言っている。貴方達二人?僕と一括りにされるとしたら…同じ性別の一夏だよね?

 

「え、一夏は受けるの?」

 

「おう、勿論だ!男の意地を見せてやろうぜ、桜華!」

 

一夏がやる気に満ち溢れていてかなりウザい。そして、一夏の周りの席に座ってる女の子の目が、ハートの形になっているのはきっと気のせいだ。

一夏は駄目だ。こういう時に頼りになるのは千冬さんに決まっている。千冬さーん、ほんとに決闘なんて僕達にさせるんですかー?

千冬さんは首を縦に振る。Oh…マジですか。えー、決闘って絶対ISに乗ったバトルでしょ?百パーセント惨めに負けるに決まってるじゃないか…

だってさ、相手は代表候補生のオルコットさんだよ?代表候補生の名は伊達じゃないんだよ?

 

「お、織斑先生、拒否権ってありますか?」

 

「ない。お前のISは不明な点が多過ぎるから、データ取りのために断ることが出来ない」

 

「はい…分かりました」

 

僕の専用機のはずなのに拒否権がない件。

そして、この問答を聞いたクラスの女の子が一人、手を挙げて千冬さんに質問する。

 

「あ、あの!杠君は専用機持ちなんですか?」

 

「ああ、杠は専用機持ちだ」

 

この言葉の直後、クラス中がざわめき始めた。だ、だよねー。僕の存在は今の今まで隠されていたはずだし、そんな謎だらけの男がしかも専用機持ち…これはある事ない事言われるぞ!

 

「貴方も専用機持ちだったんですのね。これで条件は対等ですわね」

 

「は、はい…そうですよね」

 

思わずそう返答してしまったけど、まさかオルコットさんは専用機持ちってこと…終わった。もう絶対負ける。

ISは中枢を担う核の部分が四六七個しかないから、ISの数も四六七個以上には増えないんだよ?その内、イギリスに配布される数は十分の一にも満たない数の、更にその一個を預かるなんて、相当の実力がないとなれっこない。

 

「では、一週間後に場所は第一アリーナで織斑・オルコット・杠はクラス委員長を決めるために闘って貰う。各自準備しておくように」

 

新生活がスタートしてまだ半日も経っていないのに、僕は大嵐に飲み込まれたみたいだ。こうなった以上、僕にはどうする事は出来ない。

大嵐に飲み込まれたものはその流れに身をまかせるしかない。僕は重い口を開けて「はい」と返事をした。

 



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第3話 生徒会長見参っ!

Side 桜華

 

決闘という名の強制イベントが入った事以外は滞りなく授業は進み、今は昼休み。

少しの間だけど眠れたから、僕のおメメはぱっちりだよ!いや、眠たいことには変わりないけどね。

そんな僕だけど、一夏に連れられて食堂に来ています…食堂のぼくぅー!

はいっ!こちら、食堂となっております!内装から漂う高級感、良いですねぇ。そして、何と言ってもこの部屋の広さが他の学校とは大違いですね!大学の食堂と同じ規模じゃないでしょうか。

それに、見てください!紙ナプキンが、各テーブル毎に、あるっ!これはもう…言葉が出てきません。現場からは以上です。

はい、食堂の僕ありがとう。なんちって、現実逃避はここまでにしとこうかな。現実ってのは逃避するためにあるんじゃなくて、受け止めるためにあるんだから。良し、一っ、二の!

 

ギロッ!!

 

うん、やっぱり無理!そんなガン見しなくても…僕達は逃げないよ?寧ろ見過ぎた方が逃げちゃうよ。はぁー、これからこんな生活が続くのかぁ。涙がちょちょぎれてきたよ。

 

「桜華、紹介するぜ。こちら篠ノ之箒。俺が昔通っていた剣道の道場の娘さんで、去年剣道の全国大会で優勝した凄い奴なんだよ」

 

一夏は数多くの視線が突き刺さるも、物怖じ一つせずに話を切り出す。一夏ってメンタル強いのなー。

 

「い、一夏!その話はいいだろ!ごほんっ、篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

 

「ゆ、杠桜華です。よろしくお願いします。篠ノ之さん」

 

篠ノ之さんから差し出された右手を握る。ただの握手なのに、篠ノ之さんの目は一点しか見ていない。その一点は…僕の右手だった。

 

「あー、()()ですか?」

 

「あ、ああ。その腕は義手なのか?」

 

「そうそう、俺も気になってたんだよ。その腕は何なんだ?なんか神経が何とかってやつで義手は付けれないって言ってなかったっけ?」

 

そうだったね。篠ノ之さんは疎か一夏にさえ右腕の事は説明を先送りにしてたっけ。タイミングも良いから、今話しちゃおうっと。

 

「確かに僕の右腕は神経が断絶しちゃったから義手をつけても動かせないって言われてたね。

けどね、実はこれ、ISなんだ」

 

「「えっ!?」」

 

だよねだよね?驚くよね?驚いちゃうよね?だって、僕も驚いたもん。これに気づいた時は「イヤァァァァァァ!!」って叫んじゃったからね。

 

「僕が初めてISに触った時にこうなったんだ。しかも、どうやっても取れないしさ。

まぁ、これはこれで結果オーライだよ。感覚が生身の腕とあんまり変わらないしね」

 

「そ、そうなんだ…」

 

僕達の間に微妙な空気が流れる。そりゃあこんな話をしたら気まずくなるよねぇ。サラッと言った割にはヘビーな話だし。

こういう時は、戦線離脱ぅー!

 

「てことで、ごちそうさまっと!僕は先に行くよ」

 

見られてるせいであんまり食欲がなかったから、今日は惣菜パン二つだけにしたんだよね。それが功を奏して、ちょっと急げば直ぐに食べ終わる。

 

「お、おう…またな、桜華」

 

「後は、二人で親睦を深め合ってよ、ね?」

 

一夏の暗い言葉に軽口で返す。

 

「し、親睦を、深め合うだと…!」

 

「え、何言ってんだ?桜華」

 

一夏よ…篠ノ之さんの気持ちを少しは察してあげて。僕の言葉一つであんなに慌てふためくんだよ?

だから、早く篠ノ之さんと告白するなり付き合うなり結婚するなりしてよ。そして、早く照れ隠しで僕を睨む篠ノ之さんをどうにかして下さい…怖いよぉ、ぐすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪〜」

 

食堂を離れた僕は今、ぶらぶらと校内を口笛を吹きながら歩いている。この余った時間をどうしようかな…?

正直、教室で寝るって案が一番有力なんだけど、今から教室に行って寝ても十分そこらしか寝れないだろう。それに、オルコットさんみたいな人に絡まれる可能性も否めないしねー。

 

「ここに自販機があるんだね」

 

ちらりと見えた白い光を放つ大きな箱。自販機はIS学園の景観を崩さない色合い、白を基調に青くメーカーの文字が書かれている。

そして、商品欄には細長い缶に斜体でMiと刻まれたコーヒーがある。こ、これはまさか…Miコーヒー!?

Miコーヒー。それは、薄味で微妙に甘いコーヒー。「まぁ、美味しいとは思うけど…そんなにハマって飲むか?」と一夏に言われたレベルの味である。僕だってそう思う。

だけど、この計ったような物足りない感が好きなんだ。これこそまさに、大量生産で作られる商品だよ!Miコーヒー最高ッ!!

心の中で熱くMiコーヒーの魅力を語りながら自販機に近づいていると、腰の辺りに突然衝撃が襲う。多少フラつきながらも衝撃に耐えると、今度は腰に何かが巻き付けられる。

 

「ゆずリン、ゲッチュだぜ〜」

 

下を見るとどうやら人みたいだ。それにこの微妙なあだ名、絶対袖がだぼっとしてた子だよね。

しかもその台詞、色々混ざってるからね?ポケ○ンなのかサ○ゲッチュなのかハッキリしてよ…

 

「あ、あの…同じクラスの人、ですよね?」

 

「さっきはごめんね〜。あんなことになるとは思わなかったよ〜」

 

「良いですよ。僕はもう気にしてませんから」

 

決闘のことは気にしまくってるけど、それはこの子のせいじゃないしね。しかも、さっきのことは許すって決めたしね。

それにしても、何で僕に抱きついてきてるか未だに理解できないけど、悪いって思ったことはちゃんと謝る事が出来る…この子は良い子だね。

当たり前のことなのは分かってるけど、今の世の中女性の立場が男性より上だからね。こんな当たり前の行為が出来ない輩が増えてるんだよね。全く、困ったものだよ…

 

「ありがとう〜。私はね〜、布仏本音って言うんだ〜。よろしくね〜、ゆずリン」

 

やっと僕を解放してくれた布仏さんは、僕の前でくるんっと一回転して自己紹介する。

 

「よ、よろしくお願いします、布仏さん。で、そのあだ名はどうにかなりませんか?」

 

「ゆずリンはね〜、ゆずリンだよ〜。ダメかな〜?」

 

そ、そんなうるうるした目で僕を見ないでくれるかな?断りずらいでしょ…

 

「駄目、じゃないです…」

 

僕は結局断ることが出来なかった。だってさ、女の子の涙は男の子の弱点なんだよ?勝てるわけないよ。

 

「ところでさ〜、ゆずリン。ちょっと付いてきて欲しいんだ〜?」

 

さっきの涙は嘘泣きですか?正直、引くっていうか怖いです…女の子ってマジ怖い。

 

「ど、どこにですか?」

 

「生徒会室〜」

 

「は、はぁ…」

 

僕は曖昧な返事しか返すことが出来なかったんだけど、布仏さんは了承と受け取ったみたいでぬるぬると歩き始める。

どうやら、ついていく選択肢しかないみたいだね。まぁ、行くあてがないから良いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんこんっ

 

「しつれ〜しま〜す。おじょ〜さま〜、連れてきたよ〜」

 

布仏さんがノックを2回して生徒会室に入る。僕も布仏さんに続いて生徒会室に入ると、机に置かれている大量の紙媒体の書類。各机には役職が書かれてある札がある、普通の生徒会室だ。

そして、部屋の奥には生徒会長の札がある机に陣取る、水色の外にハネている癖っ毛。色白の肌に映える深紅の瞳。その女の子は顎に手を置いて座っていた。

 

「ご苦労様、本音」

 

「ケ〜キケ〜キ!!」

 

布仏さんがさっきとは違って俊敏な動きでとある場所に止まる。そこにある白い箱、冷蔵庫から取り出されたのはショートケーキだった。

 

「冷蔵庫?何で生徒会室にあるの…?」

 

「君が杠桜華君だね?」

 

えっ?冷蔵庫のこととか布仏さんのことは無視ですか?ケーキのフィルムをべろんべろんに舐めてるんだけど…

 

「は、はい。そうですけど…呼び出されるようなことをしましたか?」

 

「したじゃない。君はイギリス代表候補生に喧嘩を売った」

 

「売ってないですよ!僕はどちらかというと買った側ですし、しかも状況的に仕方なくーー」

 

僕の言葉が何かに止められた。下を見ると、僕の口には扇子が添えられていた。

そして、妖艶な笑みを浮かべている、扇子を持つ水色の髪の女の子。何この人…いつの間に近づいてきたの?ゾッとするよ。

 

「どちらにしろ、闘うことには変わりないじゃない。男の子が言い訳ばっかしてたらダ・メでしょ?」

 

僕は彼女の雰囲気に気圧されて首を縦に何度も振る。あ、焦った…目が怖くて声すら出なかったよ。

 

「よし、良かったわ。ところで君、何か対策とかあるの?」

 

「い、いえ。何もありません…」

 

「私が鍛えてあげよっか?」

 

「えっ?」

 

どういう事…まさか千冬さんが言ってたようなやつなのかな?

 

「私が一週間鍛えてあげたら勝てるとは言わないけど、惜しい所までいける事を約束するわ」

 

「えっ、でもーー」

 

「お姉さんの善意には従っておきなさいな」

 

益々怪しい…直接本人に聞いてみたほうが良いかな?

 

「あ、あの…ハニー・トラップか何かですか?」

 

「はぁ?」

 

水色の髪の女の子が僕の発言で顔を歪ませる。や、ヤバい…さっきより数倍怖い顔になってるよぉ。

 

「ち、違うんです!織斑先生がそういうのを気をつけろって!!」

 

「はぁ…まあ良いわ。で、どうするの?

特訓を受けて惜しいところまでいく?それとも、受けなくてアリーナの地面に這いつくばる?」

 

ハニー・トラップの線は消えてないけど、それは後で千冬さんにでも聞けばいい。問題は僕に特訓を受けるやる気、根気その他諸々がまるでないことだよね…

はぁ、憂鬱だなぁ。断ったら目の前の女の子に了承するまで何回も問いを投げかけられそうだし、何より目が怖い。時間が経てば経つほど目尻が上がっていく。要するに、選択肢は実質一択って訳で…

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「よろしい。おっと、言い忘れてたわ。

私の名前は更識楯無、この学園の生徒会長を務めているわ。よろしくね、桜華君」

 

僕の発言がお気に召したのか、更識さんは笑顔で手を伸ばす。僕はその手を掴みながら更識さんをまじまじと見る。

何と言うか…顔といいスタイルといい、非の打ち所がない人だね。まるで外面モードの千冬さんみたいな人だな。けど、何だろう?これからこの人に振り回される未来しか見えないのは。まさか、これは未来予知…?

この未来が直ぐそこまできていることは、この時の僕には分かる手立てがなかった…

 

キーンコーンカーンコーン…

 

背中から汗が噴き出している気がする。今のチャイム、まさか…

 

「予鈴ですよね、今の?」

 

「勿論♪」

 

こ、この人…!まさかこうなることを狙って!?布仏さんはっ!?

部屋の中を見渡すと、ここには僕と更識さんしかいないことが分かる。この二人はグルなのか!?更識さんは僕の心の問いに答えるように扇子をばっと開く。扇子には達筆な字で『油断大敵』と書かれていた。くそッ!!

 

「し、失礼しますッ!!」

 

急がないとっ!次の授業は千冬さんが受け持つ『ISとISに関わる法律』だ。遅刻でもしたら、結構慣れてきたけど鉄槌が僕の頭に下るぅ!

生徒会室から猛ダッシュで教室に向かっているけど時間ってものは残酷だ。鉄槌が下ることを決定づける鐘の音が鳴ってしまった。

身体中から吹き出る汗、目からちょちょぎれる涙を拭いながら教室の戸を開けると挨拶とばかりに一発喰らう。そして、更識さんに嵌められたことを伝えると、時間の管理を怠ったとして追加で二回鉄槌を頂戴しました。連発はもうね、メチャクチャ痛いよね…

 



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第4話 初めての訓練で爆発ぅー!

Side 桜華

 

眠気に耐えながら授業を消化し尽くして、今は放課後。ティータイムに洒落込もうにも先約があるために出来ないんだ。そして今はその先約、更識さんとの特訓に勤しんでいる。

因みにだけど、更識さんがハニー・トラップの可能性はないみたい。この話を千冬さんにしたら、珍しく吹き出したからね。

正直、こんなどうでもいいこと、今は考える余裕がこれっぽっちもないんだけどね…

 

「ほらほら、避けないと当たっちゃうわよ!」

 

僕に向けられるのは一本の槍。だけど、その槍は普通の槍とは一線を画している。槍の先端部に幾つもの穴が空いていて、その穴から弾丸が吐き出されるんだ。

弾丸を一個一個避けるのは愚策中の愚策。僕は槍の先端部、つまり射線だけを見て回避行動を起こす。槍は突きや薙ぎ払いなどの動きは予測できないけど、弾丸はその動きと連動してるから避けるのは容易い…はずなんだけど。

 

「ああああッ!?」

 

突然、背中に弾丸が当たったのを示す衝撃が襲う。これだよ、この()()()()弾丸に僕はさっきから苦戦している。

 

「目だけじゃなくて、ハイパーセンサーも使いなさい!」

 

そんな事言われたって!!ハイパーセンサーなんて、普通じゃ味わえない特殊な機能をいきなり使いこなせる訳ないじゃないか!?それに、さっきからアラートは弾丸に反応して鳴りっぱなしだから、どのアラートがどの弾丸に反応してるか分からないよ!

それに、こんながっつりISを動かすことなんて初めてなんだよ?初めてにしては良くやってる方じゃない?多少思うように身体が動かないけど、それでも何とか動かして弾丸を避けてるし。空だって何の苦もなく飛べてるんだよ。

 

「ほらっ、後ろ!」

 

更識さんの言葉に反応して後ろを向くも、そこには弾丸が一つも存在していなかった。まさか、今のはブラーー

 

「ああッ!?」

 

「ハイパーセンサーを使えば、今のが嘘だってことは分かるわよ?」

 

「くぅ…!」

 

更識さんの言う通りだ。言う通りなんだけど、すっごく癪に触る。だってズルくない!?そんな手口ズブの素人にしますか?あんた、人の皮を被ったただの鬼だねっ!

更識さんに良いようにやられてる僕だけど、僕には抗うことはできるけど牙を剥く事は出来ない。何でかって?それはね…僕のISにね、使える武器が一切ないんだよ。そう、一切全く一欠片も。

 

「武器がなくてどう戦えばいいのさ!?」

 

使える武器って意味はこのIS自体には武器は幾つもあるんだ。だけど、そのどれもがロック中みたいで…はい。

ほんと謎ばっかりだよ、僕のISは。僕が触っただけで待機状態になるだけじゃなくて、一次移行(ファーストシフト)っていういわゆる専用機化もしちゃうしさ。

しかも、一次移行した後の姿はどのISのデータにも一致しない、よく分からないものになったしね。

 

「そろそろ、アリーナを使える時間が終わるわ」

 

「や、やっと終われrーー」

 

「フィナーレといきましょうか」

 

更識さんの台詞と共にハイパーセンサーが警笛をこれでもかと鳴らす。ちょっとは使い方は分かったハイパーセンサーで何を感知してるのかを見ると…

 

「えっ?僕の周囲全部…?」

 

そう、ハイパーセンサーでは僕の周囲が赤く染まっていた。いや、更識さんが居る所以外の空間全てが赤く染まっていると言ったほうが正しい。こ、これってどういう…

 

「何だか暑くない?」

 

暑いも何も、さっきから苦戦を強いられてるから汗が止めどなく流れてるんですが…

 

「不快指数って言うのかな?それが今、異様に高くないかしら?」

 

「言われてみれば、雨が降ってないのにじめっとしてるような…それに、これは霧?」

 

気がつくと、霧がアリーナに蔓延していた。僕の頭の中で疑問符がどんどん生まれてくるも、何一つ解決に導かれるものはない。

 

「私のIS、『ミステリアス・レイディ』はナノマシンで水を操ることが出来るのよ」

 

「は、はぁ…」

 

うん?水を操れるって事はこの霧は更識さんが生み出したものってことなのかな?けど、何で霧なんか…

 

「そしてね、ナノマシンには自爆機能があるの。ここまで言ったら、聡明な君なら分かるわよね♪」

 

自爆機能、爆発。霧にはナノマシンが数多く含まれている。そして、そのナノマシンが一斉に自爆機能を発動したら…まさか!?

 

「これでおしまいよ!」

 

更識さんが指をパチンと鳴らすと、周囲が瞬く間に爆発に包まれ、シールドエネルギーがあっさりと〇になる。

ナノマシンが爆発した事で起こる水蒸気爆発。それが更識さんがやってのけた事だ。こんなの、抗いようがないよ。更識さんの鬼畜…

僕の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『〜♪〜〜』

 

鼓膜を刺激する透き通るような声。思わず「き、綺麗な歌声だ…」なんて呟くほどだ。そんな声が僕の意識を浮上させる。

そして、今はとても気持ちがいい。綺麗な歌声に耳を傾けながら微睡んでいられるなんて最高だよ。うん?僕、さっきまで何をやってたっけ?

まぁ、今はそんなことよりもすべすべする枕の感触を楽しみつつもう一眠りでもーーあれ?枕ってすべすべって擬音が正しかったっけ?いや、でもこの枕は人肌のようにすべすべしててほんのり暖かい。

 

「くすぐったい」

 

「うん?くすぐったいって何がですか?」

 

「毛先が揺れるとくすぐったい」

 

今の問答が分かった事がある。それを確かめるためにゆっくりと瞼を開ける。視界に大きく映る桜色の髪。そして、紅の瞳に反射する真っ赤な僕。これはつまり、僕はこの子に膝枕をしてもらっているーー

 

「う、うわぁ!」

 

幾ら分かっていた事でもびっくりするのは許してほしいよ…ふぅ、こういうのは心臓に悪い。ほんとに勘弁してほしいよね。

 

「どうしたの?」

 

「いや、えーっと、ちょっと驚いたというか何と言いますか…」

 

本気で僕が何を言ってるか分からないみたいな表情されても困るよ。小首を傾げたって絶対説明しないよ!今の僕の気持ちを一から説明は鬼がやる所業だよ…

そういえば、この子ってほんとに何者なんだろう?僕のことは知ってるみたいだけど、僕はこの子のことを何も知らない。それに、ここがどこなのかも分かってないし…分からないことだらけだよ。

分かることは一つ。僕に似た桜色の髪の女の子が居ることだ。という事はつまり、この子の事から知っていくのが一番手っ取り早いよね?

 

「あの…き、君の名前は?」

 

先ずは、彼女に名前を尋ねてみた。彼女が答えてくれるかは分からないけど、聞かないと答えてくれなさそうだし…

 

「……り」

 

「えっ?」

 

「いのり。私の名前…」

 

どうやら、女の子は名前を言ってくれたみたい。いのり、この子の雰囲気にぴったりで何処か()()()()を覚える響きだった。

何で懐かしさを覚えるのかは片腹疑問だけど、今考えた所で答えが出る気がしない。

 

「桜華、お願い…私を使って?」

 

うん?私を使って?何かを比喩して言ってるにしても皆目見当がつかないんだけど…えー、ほんとに全く以って訳が分からないよ!

何も分かっていない僕のことなんて構う様子もなく、いのりはピアニストのような細くて長い手を自らの胸に持っていき、何かをこじ開けるように大きく広げた。

すると、どうだろうか?いのりの華奢な身体を貫く幻想的な穴が露わになった。そして、その穴から白い光が溢れ出し、白銀に輝く無数のピアノ線が縦横無尽に解き放たれていく。僕はその様子に対して、口をあんぐりと開ける事しか出来ない。

だけど、僕が起こすべき行動が一つ、頭に浮かんできた。

あの穴に手を入れる。普通なら絶対にやってはいけないように感じる選択が、僕の本能はやれと言っている。

そして、その選択が正しいと言わんばかりに、現実には有るはずがない、ピアノ線で縛られた生身の右腕が熱を持つ。

 

「いや、だけど…」

 

僕がうだうだと悩み続ける間にも、いのりの身体からはピアノ線が止めどなく流れて来て、白い光が僕の視界をどんどん埋め尽くす。

 

「やっぱり、できない…」

 

視界が真っ白になった時に出した答えは腕を入れない、だった。

 

「…意気地なし」

 

「ああああああああッ!?」

 

鼓膜にいのりの声が響くと同時に、身体から無数の痛みを感じた。その痛みに思わず叫び声をあげた僕は、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ!!」

 

反射的に身体ががばっと起き上がる。はぁ、はぁ…今のは何なの?…そうだ、身体は!?

身体をぺたぺたと触るも、どこも痛む箇所はなかった。やっぱり、いのりが居る所は夢…?でも、夢にしてはどこか可笑しい気がするし…

それよりも、ここはどこなんだろう?寝かされていたプラスチック製の椅子から立つと、辺りをぐるりと見渡す。大量に並べられたロッカーに天井に取り付けられた暖色系の光を放つ電球。そして、シャワールームと書かれた看板が付けられた道がある。

そうか、ここはアリーナの更衣室だね!ほら、左端から三つ目のロッカーには僕の制服が入っているし、更衣室で正解みたいだね。

けど、制服の上には見覚えのない一枚の手紙が置いてある。念のために手紙を振ると、中からカラカラと音がする。

うーん、何かが入ってるのかな?手紙の上から何かを触ってみると、いまいち分からないけど何かが入っている。

開けないといけないんだろうね。何か嫌だなぁ。こんなあからさまに置かれた手紙なんて嫌な予感しかしないよ…はぁ、開けるか。いや、でもなぁー!

うだうだ嫌がりながらも手紙を開けると、中に入っていたのは『一〇二二』と書かれたタグが付いている鍵だった。この展開は予測できなかったよ…てっきり、開けた途端ボンッだと思ってたからね。

タグの付いた鍵を横に置いて、手紙に目を通す。

 

『〜桜華くんへ〜

さっきは爆破しちゃってごめんね!急に仕事が入ったんで先に失礼するわね。

それから、この手紙の中に鍵が入ってあると思うわ。それは君がこれから生活する部屋の鍵だから無くさないようにね。

〜君が愛して止まないお姉さんより〜』

 

これは更識さんからの手紙だよね?僕の周りで身内でも何でもないのに、お姉さんって言うのはあの人位しかいないし。違ってたらちょっと恥ずかしいけど、きっと合ってるよ。だって、僕を爆破したのは更識さんだし。

それに愛して止まないって…自分で書いてて恥ずかしくないのかな?いや、あの人なら恥ずかしさより揶揄う方に重点を置きそうだ。

それにしても。

 

「寮暮らし、ね…」

 

僕と一夏以外男子が居ないんだよね?絶対、色んな問題が起きるんだろうね…一夏のせいで。そして、僕はその問題に否応なく巻き込まれることになるんだろうね。

こう先行きが不安だらけだと、寮に行くのが億劫になるよぉ。そんなことを思いつつも、結局は行くんだけどさ。せめてもの抵抗ってことでゆっくり着替えよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと言ってもそこまで時間がかかる訳もなく、僕は直ぐに寮の中に着く。時刻が十九時を少し過ぎてるからなのか、寮の中には人っ子一人居やしない。今頃、皆は食堂で晩御飯でも食べてるんだろうね。

えーっと、僕の部屋番号は一〇二二号室かぁ。ぼーっとしながら歩いていると、一〇二二号室のドアが見えてきた。

やっと一日が終わったよ…疲れたぁー。取り敢えず、今日はぐっすりと寝よ。色んな事があり過ぎて心身ともにくったくた。

 

「ごはんにします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 

「う、うわぁあ!!ご、ごめんなさい!!」

 

バタンッ!

 

勢いよくドアを閉める音が響く。寝ぼけてたのかな?部屋の中に裸エプロン姿の更識さんが居たような気がするんだけど…

ていうかここ、僕の部屋だよね?部屋の番号を確認すると一〇二二号室。鍵に付いたタグを見ると一〇二二の文字が…

うん、さっきのは夢に決まってるよ!うん、最近、僕は疲れてるからそれで現実と夢がごっちゃごちゃになったんだよ!きっと!

そうと決まればもう一回開けよう!よし!僕は覚悟を決めてもう一度部屋のドアを開けた。

 

「わたしにします?わたしにします?それともわ・た・し ?」

 

夢でも何でも無く、部屋には更識さんが居た。僕はその光景に思わずその場に跪いてしまう。

チェシャ猫のような笑顔の少女に僕は、これからの学園生活振り回され続けるんだろうね…そう思うと、はぁ…憂鬱だなぁ。

僕の頬に一筋の涙が流れた。

 



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第5話 誤解を誤解とバレないために

Side 桜華

 

あの日から一週間が経って、今日はクラス委員長を決める戦いの日。僕は更衣室の椅子に座って闘う順番が来るのを待っている。

予定では一戦目に一夏vsオルコットさんをして、二戦目にオルコットさんvs僕、三戦目に僕vs一夏、つまり総当たり戦となっている。

この一週間、安息の地が皆無に等しかった。授業中は常に誰かの視線を感じて気が抜けず、放課後は更識さん、先輩にISでフルボッコ。最後にやる大爆発は何回食らっても慣れることはなかったよ…

そして、ボロボロの身体を引き摺りながら部屋に戻ると、先輩が居るんだよ…どうやらね、先輩と僕は相部屋らしくずーっと揶揄われ続けてね、もう僕ちゃん枕を毎日濡らしたよ。

先輩ってのは、僕が先輩からISを教わる立場だから更識さんから先輩に変えたんだ。先輩は「楯無って呼びなさい」って言ってきたけど、僕がそれを全てスルーしました。

だってね、生徒会長を呼び捨てにしたら刺されかねないからね?いや、ほんとなんだよ!布仏さんから聞いたんだけど、先輩はロシアの代表らしくて学園中でモテまくりんらしいんだ!

そんな先輩を、僕みたいな奴が呼び捨て!しかも下の名前をなんてしたらもう…想像するのも怖いくらいの恐怖を体感させられそうだよ。

 

「試合前だってのにやる気が微塵も感じないわね」

 

「先輩…」

 

誰かの話をすればその人が現れるって言うけど、ほんとに現れるんだね。まぁ、今回はちょっと違うんだけど。

 

「男の子なんだから気合いを入れなさいな」

 

「だけどですね、『ヴォイド』には武器が使えないんですよ…」

 

僕のIS、ヴォイドって言うんだけど一つ欠陥というか、欠点があるんだ。

それはね、武器が未だに何一つ使えないんだ。ヴォイドも合計二十時間ぐらいは動かしたけど、武器にかかったロックが解除されないんだ…

そのロックの解除方法を解析すればいいって思うじゃない?ところがどっこい、ヴォイドは外部からの干渉を全く受け付けないんだよ。

そのせいで、ロックの解除方法はさっぱり分からない→戦闘を経験すればいけんじゃね?→そうね、特訓の量を増やしましょう!って流れになってしまって、ねぇ。辛いよぉ…

 

「やる前から諦めるの?この一週間の特訓は何?地面に這いつくばるのが嫌だって思って特訓したんじゃないの!?あなた何時までそこで立ち止まってるの!?」

 

「そ、そんなこと言われたって…仕方ないじゃないですか。僕は僕なりに頑張ってきました!それでも、まるで及ばないんだよ…」

 

「やってみないと分からないじゃないの!このバカ!」

 

パチンッ!

 

肌と肌がぶつかる音が更衣室中に響きわたる。僕は頬を抑えながら先輩を睨む。だけど、先輩は僕の視線をものともせず颯爽と更衣室から出る。

先輩が言ったことは正論だ。そんなことは分かっているよ…だけど!武器がないんじゃどうすることだって出来ないじゃないか…!

悔しさの余り、僕はその場に崩れ落ちた。そして、目からは涙がポロポロと流れてくる。どれだけ拭おうとも、涙は止まることはない。

 

「くそぅ…クソぉぉぉぉぉ!」

『杠、織斑の専用機が来るのが遅れてい……』

 

モニターに映る千冬さんとばっちり目が合った。

あっ、ヤバイ…涙を流しながら声を荒げている僕。この状況を見られてしまった…しかも、千冬さんに。

 

『…涙を拭ってからでいい』

 

モニターが真っ暗になった。静寂が更衣室を支配する中、更衣室の自動ドアが開いた音が聞こえる。視線を向けると、口元を必死に押さえた先輩の姿が…

 

「先輩…これ絶対勘違いされましたよね…?さっきの茶番がガチと取られましたよね?」

 

そう、さっきのは暇な時間を潰すための演技、茶番なんだよ。

肌と肌がぶつかる音?そんなの先輩の手と手だよ!僕の涙はって?そんなの目薬をさしたに決まってるじゃないか!

 

「お、おつかれさププッ!?アーハッハッハッハッ!!」

 

「先輩のバカァァァァァ!!」

 

止めどなく流れる目薬を袖でぐしぐしと拭きながら、僕は全力で走る。

千冬さんの誤解をどうやって解いたら良いんだ?アレは暇潰しの為にやった茶番ですぅー!って正直に言うべきか?けど、それを言っちゃうと絶対にぶっ飛ばされて気絶コースまっしぐらだよね…

 

「杠、如何した?体調でも悪いのか?」

 

「い、いえ。大丈夫です…」

 

気がついたら、僕は第一アリーナのピットに着いたみたいだ。僕は平気そうに答えたけど、ガラスに反射して映る僕の顔は酷く歪んでいる。

そりゃそうだよ。千冬さんの誤解を解く手立てが思いついてないし、これからオルコットさんと戦わないといけないし…

あーあ、一週間前に戻らないかなぁ。今ならもっと上手くオルコットさんと接して、闘わないといけないノリを回避するのになぁー。

 

「桜華、よく聞け。私はお前とあまり一緒に時を過ごしていないが、分かることがある。

お前に悩み過ぎる癖があるということだ。たまにはがむしゃらに突っ込んでみろ」

 

千冬さんが僕の頭を包みこむ。千冬さんから伝わる暖かさは僕の心を解きほぐし、安らかな感情で一杯にーー

って!そうじゃないでしょ!何でも良いから千冬さんの誤解を解かないと!珍しく千冬さんが優しくしてくれてるのに…いや、待ってよ。

もし、さっきのが演技だってバレるとすると、千冬さんは僕にした行為を恥ずかしがって僕をボコボコに…いや、ボコボコなんて言葉よりも上の暴力をされるに決まってるよね?

 

「大丈夫だ、これまでやってきたことをぶつけてみろ。負けたら負けたときに考えたらいいんだ。そうして次に活かせばいい。

お前はまだ学生だ。敗北も良い経験となるだろう」

 

「あ、ありがとうございます!お陰で頑張れる気がします。では、いってきます。千冬さん」

 

千冬さんには誤解を解かないことに決めた僕は、腹を括った。

ヴォイドには武器がない。それは変えようもない事実。だけど、頑張るって言ったからには、無様な闘いは出来ないよね。

千冬さんが見てる。先輩だって、一夏だって見てる筈だ。よし、気合いを入れろ、僕!

もしかしたら、ひょんなことから武器が使えるようになるかもしれないんだ。なら、その時まで攻撃を只管避け続けてやる!

ヴォイドを展開して、カタパルトに脚をはめる。山田先生の声とリンクして、目の前に表示される数字が一つずつ小さくなる。

 

「杠桜華、出ます!」

 

カウントが〇になるとカタパルトが動いて、僕を高速でアリーナへと飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千冬

 

「行きましたね」

 

「ああ」

 

私は麻耶の言葉に相槌を打つ。それにしてもあいつめ、会った時と比べて随分良い顔を見せるようになったじゃないか。あの様子だと、番狂わせもあり得るかもしれんな。

一夏もあの様な顔付きをして欲しいものだな。いや、あいつにそれを求めるのは酷か…

 

「何だかさっきの織斑先生、お母さんみたいでしたね!」

 

「私は身内ネタでからかわれるのが嫌いだ」

 

ゴつんッ!!

 

私の右拳は反射的に麻耶の頭を捉えていた。

 

「い、痛いですよ〜。織斑先生」

 

今のは麻耶が悪い。何年も連れ添っていて、それが分からない訳がない。

 

「やってくれよ…桜華」

 

私の言葉は吹き荒れる風と共にどこかへと流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

 

ピットから出ると、両手に大きなライフルを握ったオルコットさんが高い地点に居た。僕は蒼いISに身を包むオルコットさんの所まで危なげなく飛翔し、目の前でピタリと止まる。

 

「あら、逃げずに来ましたのね。てっきり来ないものと思いましたわ」

 

「僕も出来たら逃げたかったんだけどね…」

 

千冬さんにあそこまで言わせたんだ。それで逃げてしまったら後が怖すぎる。

それに、頑張るって言っちゃったしね。自分の言葉には嘘をつきたくないよ。

 

「それが貴方の専用機ですか…凄い小さいですわね、ふふっ」

 

オルコットさんが笑うのも無理はない。ヴォイドはそれぐらい小さい。生身の人間と大きさが少ししか変わらないヴォイドは、オルコットさんの乗るIS、『ブルー・ティアーズ』と比べると大人と子供だ。だけど…

 

「例え小さかろうと、僕の大事な専用機なんです…笑わないでください」

 

普段の僕なら絶対に言い返さなかっただろう。だけど、今は本気でオルコットさんに勝とうと思っているから言い返す。

こんなことも言い返せないようじゃ、勝てるものも勝てないよね。

 

「生意気ですわね。ですが、貴方にわたくしから最後のチャンスを差し上げますわ。

もし、今までの非礼をここで詫びて、泣いて土下座をすれば許してあげてもよくってよ?何てったって、私が勝つのは自明の理なんですから」

 

「確かに僕じゃあどう足掻いたってオルコットさんには負けるかもしれない。下手すると何も出来なくて地面を這いつくばるだけになるかもしれない…

でも、僕はもう決めたんだ。君と戦うって」

 

「そうですか…ではーー」

 

ヴォイドからライフルで狙われていることが告げられる。

 

「お別れですわね!!」

 

僕達の会話を待っていたかのようなタイミングでブザーが鳴り響き、試合が開始された。

そして、僕はライフルから溢れる光で身体を撃ち抜かれ…

 

「あら、避けれたのですね」

 

撃ち抜かれることなく余裕を持ってレーザーを避けることが出来た。まぁ、あんなに撃ちますよ感を出されたら、避けれない方が可笑しいよね。

 

「俺にもISをつきっきりで教えてくれた人がいたからね!」

 

この言葉から十五分の時が流れた。オルコットさんは執拗にライフルだけで攻めるも、僕は全弾回避出来ている。

これもひとえに先輩との特訓のお陰だね。試合が終わったらMiコーヒーでも奢ろうかな?

そういえば、前に先輩がMiコーヒーを僕からくすねて飲んだとき「不味い!」って言ってたよね…むっ、何だか腹が立ってきた。

おっと、そんなことばっかり考えてたらレーザーに当たりかけた。ていうか、レーザーライフル一丁だけで僕を当てれると思ってるその過信が間違いだよね?

一夏の家に居候してからというもの、色んなゲームを買ってプレイしては売ってを繰り返した僕からするとヌルゲーにも程があるよ。

そりゃあ、先輩には苦汁を舐めさせられまくったけど、ハイパーセンサーを十全に使える様になった今の僕に死角なしだよ!

 

「随分と避けるのがお上手ですわね。ところで、武器は出さないのですか?」

 

「出したくても出せないんだよねーこれが」

 

オルコットさんの言葉に軽口で返す僕。

何だろう?もしかしたら、戦いになると性格が少し変わっちゃうのかな?普段だとこんな人を煽る台詞は吐かないのに…いや、ゲームしてたときには吐きまくってたか。

 

「貴方はそうやってまたわたくしを…!ですが、お遊びはおしまいですわ。

踊りなさい!セシリア・オルコットと第三世代兵器(ブルー・ティアーズ)の奏でる円舞曲(ワルツ)に!」

 

ブルー・ティアーズの背部に付いている四つのフィンがパージされたかと思うと、僕目掛けて飛んでくる。

これが先輩が言ってた第三世代兵器って奴なんだ。イメージインターフェイスがどうちゃらこうちゃら…もう、わっけわかんないよ!

それにしても、四つのフィンの名前は『ブルー・ティアーズ』って言うみたいだね。俺が乗るブルー・ティアーズのブルー・ティアーズが火を吹くぜ!的な?言い辛っ!?

びっくりする位くだらないことを考えていると、ブルー・ティアーズ略してティアーズの先端部が光りだす。あっ、もうこれ先が読めたよ。レーザーが出るんでしょ?

僕は前もって回避すると、予想通りレーザーが僕の元居た場所を貫く。成る程ね、今からレーザーの砲門が五つになるんだ…

キツくないですかこれは?確かにさっき、ハイパーセンサーを十全に使えるとかほざきましたよ?けどね、ただ見えてるだけで身体が追いつかないの。

何とか避け続けるも、次第にボロが出始めたのかレーザーがかすり始める。そして、ついにーー

 

「あああああッ!?」

 

僕の身体に一筋の光が貫通した。

その後は集中力が切れたのか、光が身体を何度も通過していく。最初は六五〇もあったシールドエネルギーも、残す所一二七。

絶対絶命。僕は現状を打破しようと足掻くも、結果は誰もが予想した物に近づいていく…

くそッ!もうどうする事も出来ないの…!?此処までやったなら絶対に勝ちたい!勝ちたいよぉ!!

勝ちたい。心の底からそう願う気持ちがが届いたのか、ヴォイドからこんなメッセージが表示された。

 

『コレハチカラ。ヒトノココロヲツムイデカタチヲナスツミノオウカン…

アナタハコノウンメイヲセオウカクゴガアル?

YES/NO』

 

い、一体このメッセージは何なの?頭にはこのメッセージのことで一杯になり、それはオルコットさんに大きな隙を与える事になる。

 

「頂きましたわ!」

 

「あぁああああ!!」

ズカァンッ!!

 

身体に五つのレーザーが貫いた衝撃に、思わず声を荒げる。そして、僕はヴォイドに乗っていることを忘れてしまい、コントロールを失って地面に墜落した。

ああ、頭がすっごく痛い…それに、身体の節々も悲鳴をあげている気がする。もう、諦めようかな?僕、頑張ったよね?だってさ、オルコットさんに第三世代兵器を使わせたんだよ!初心者にしてはかなり食い下がった方なんじゃないかな。

眼を閉じる。ヴォイドからアラームが鳴りっぱなしだけど、そんなことは頭の外にやってただただ、考えるのを放棄した。

何秒、いや何分そうやって目を瞑っていたかは分からない。だけど、沸々と心の底に芽生えた勝利への渇望が意識を手放さないでいた。

 

『コレハチカラ。ヒトノココロヲツムイデカタチヲナスツミノオウカン…

アナタハコノウンメイヲセオウカクゴガアル?』

 

脳内に再生されるメッセージ。メッセージの内容は全く理解出来ない。でも、オルコットさんに勝てるのなら…何だってやってやる。

ボロボロになった右腕を動かし、YESをタップした所で僕は力尽きてしまう。だけど、YESをタップしたせいか走馬灯の様に知らない景色、知らない人の記憶が瞼の裏に映し出されていく。

 

『ーーいのり、さん。

ーー俺達は淘汰されるものに葬送の歌を送り続ける、故に葬儀社。

ーーいのり、君を信じてもいいかな?

ーーいのり、今助けにいくよ。

ーー集はなれるよ、王様に。

ーー僕が、この世界の王になる。

ーーでも、私が好きなのは…集が人だから。悲しいくらい、人だから…

ーー僕は、今こそ僕を曝け出す!

ーーいのり、一緒にいこう』

 

瞼の裏に流れる光景に()()()を覚えつつも、走馬灯が白い光に包まれる。

そろそろ、ほんとに限界だよ。何かあるなら、早く…そう思っていると、白い光が段々晴れてきた。その先にある光景に対して、僕は…

 

『ーー桜華(シュウ)、私を使って…』

 

手を伸ばした。

 



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第6話 剣を抜いた勇者

突然ですが、ぬるっと再開します。よろしくお願いします。




Side セシリア

 

杠桜華がわたくしの手によって撃ち抜かれ、地面に身体を打ち付けた衝撃で砂埃が舞う。その様子を冷静に見ていて思いましたの。ほんとうに…ガッカリですわ、と。

わたくしは少々、彼に期待していました。

彼に何度も何度も無視されたせいで頭に血が上ってましたが、戦っていく内に苛立ちよりも期待感が高まったのです。

何故なら、わたくしの射撃を何度も容易く避けるからですわ。例え『スターライトmkIII』一丁しか使わずとも、わたくしの射撃は正確。初心者を相手に一発当てる事なんて造作もないことですわ。

しかし、彼は避け続けた。ですから、わたくしはブルー・ティアーズ出したのです。武器すら出すことが出来ない彼がどこまで魅せてくれるのかを…

結果は見ての通り。わたくしは未だ空を飛び続けるのに対し、彼は地面に堕ちた。

 

「噛み応えはあれど、味のないガムにわたくしは興味がありませんわ。早く降参(リザイン)なさい」

 

わたくしの言葉に対し、彼からの反応がない。意識がなくなればその時点で試合が終わってしまいますので、未だ何かあるのでしょうか?いや、そんなことある筈ーー

 

ブォオオオオオオンッ!!

 

その時、一筋の光の柱が地面から昇った。柱が昇ったときに生まれた衝撃波が、わたくしを後方へと吹き飛ばさんとするも、何とかそれに耐えることができました。

 

「な、何ですの…?」

 

目の前にある巨大なエネルギーの柱は、わたくしの理解の範疇を軽く越えたものだった。光は収束しつつありますが、あんな膨大なエネルギー量を放つものなど聞いたことありませんわ!?

そして、収束した場所に彼、杠桜華がいました。それはまるで物語に出てくる勇者の様に、天に長い(つるぎ)を掲げて立っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

『装備欄ー(つるぎ)ーをアンロックしました』

 

意識が朦朧としながらも、目の前の光景に手を伸ばした。それが僕に残された最後に記憶なんだけど、いつの間にか太刀の様に長くて滑らかな刀身の剣を手にして立ち上がっていた。

漸く、漸く武器が使えるようになった…もう、今は満足感しかないよぉ。

それにしても、この剣すっごく似てるんだよね。さっき僕に流れ込んできた記憶に出てきた、いのりとそっくりな子から取り出せる剣と…もしかして、さっきの記憶と何か関係があるの?

 

「あら、まだ戦意が残ってましたのね?」

 

そうだ、未だオルコットさんと戦ってる最中だったね。短い時間に色んなものを見たせいか、オルコットさんと戦ってた時が遥か昔のように感じる。

 

「僕にもやっと武器が出せたよ、オルコットさん」

 

「それは良かったですわね。ですが、もうお終い(フィナーレ)ですわ!!」

 

そんな声と共にまた四つのティアーズがまたパージされた。

さっきまでの僕なら逃げ回るこおしか出来なかった。だけど、今の僕には剣がーー剣?

剣ってアレだよね近接武器だよね?近接ってことはとどのつまり接近しないと意味がないよね?てことは、相手が遠距離タイプだったら近づけるまで避け続けないといけない…

Oh My God !!今この武器を渡されても意味ないじゃん!剣一本でどう太刀打ちしろと!と、とと取り敢えず回避ッ!

襲い掛かる四つの直線に慌てて避ける僕。そうして、中断されていた戦いが始まるけど、僕は足りない頭を悩ませ続けていた。

どうするどうする?何でか知らないけどエネルギーが若干回復したから、時間稼ぎは出来るけど根本的には何も解決してないよね!?

どうやって、四つのフィンと一丁の銃を切り抜けばいいんだろう?避けきれないレーザーに剣を当てて凌ぐってのを試しにやってみたけど全然上手くいかないし、そのせいで少しエネルギーが減っちゃったし…

こんな方法、剣を握ったことがない僕には絶対出来ないよ。けど、他の方法って言われても剣一本じゃそれ位のことしか…いや、待てよ。

確か、この剣はさっき見た剣とそっくりなんだよね…まさか!?この剣にはあの剣と同じこと、ピアノ線の波が剣を振ったと同時に出てくるんじゃ…

 

「やらないとやられる…!」

 

キィインッ!

 

僕は一番近いフィンに向かって剣を振るった。どうやら僕の予想が当たったみたいで、剣からは衝撃波を模したピアノ線が伸びていき、ティアーズを鮮やかに真っ二つにした。

 

 

 

 

 

Side セシリア

 

「な、何ですって!?」

 

ブルー・ティアーズが一基、彼が振るった剣から伸びた、細い線が連なったように見えるエネルギー波によって簡単に破壊された。

驚きの余りブルー・ティアーズの操作を手放してしまい、その隙を彼は瞬時に突きましたわ。

 

「いけっ!」

 

キィイイインッ!!

 

剣を横に薙ぎ払う。たった一つの動作で、ブルー・ティアーズを三基を落としたのです。恐らく、あの剣は自分が振るった方向にエネルギー波を伸ばすこおが出来るだけでなく、ある程度コントロール出来るのでしょう…

 

「無茶苦茶ですわっ!!」

 

思わず声を荒げてしまいましたけど、誰だって荒げるに決まってますわ!

最初の様子だと、彼は出来ることを知らずにやってのけたのでしょう。そんな彼が二度目には異なる位置に存在するブルー・ティアーズを、それも三基を一回で破壊するなどありえませんわ!

こ、こうなったらアレを使うしかありませんわね…

 

「来ないで…来ないで下さいまし!」

 

錯乱した風を装い、スターライトmkIIIの引き金を何度も引きますけど、彼は簡単に避けます。それもそうでしょう。彼はブルー・ティアーズを入れた攻撃を経験しているのだから。

次第に彼との距離がじわりじわりと近づくのを感じながら、わたくしは今か今かとチャンスを待っています。

 

「これで終わーー」

 

「ブルー・ティアーズは六基ありましてよ!!」

 

彼がわたくしとの距離を詰めようと突進してきたのを見て、追尾ミサイル型のブルー・ティアーズを二発発射しました。

彼にはミサイルに当たる未来しかないですわ。何故なら、あのミサイルはBT兵器。わたくしの意思で動かすことが出来るのですから。

勝利を確信しました。彼にミサイルを防ぐ手立てが無い。そして、ミサイルに当たれば残り少ないシールドエネルギーが〇になる。

 

「おおああああっ!」

 

彼は驚きの声をあげれも回避行動を取らず、何故か剣先をミサイルに向けます。その行動に対して頭に疑問符が付きますが、疑問は直ぐに解消されることになった。

何と、彼を守るように剣先からエネルギーシールドが現れて、ミサイルを弾いたのですわ。

まるで、夢物語でも見ているではないかと思いたいのですが、目の前で起こる現実にわたくしの理解が追いつかず…

「はぁああああああッ!!」

 

キィイインッ!!

 

「きゃあああああっ!!」

 

わたくしはなす術も無く彼に切り捨てられました。視界の端に映るシールドエネルギーの残量がみるみる減っていくのを眺めていると、『騒動系に異常あり』との警告が出たと同時に、わたくしはISのコントロールを失いました。

ISのコントロールを失った今、わたくしが辿る道は一つ。それは死ですわ。

ISには『絶対防御』があるといっても絶対に安全、とは言えない。異常が出れば絶対防御が発動しない、なんてケースは多いですわ。そして、地上から大きく離れた場所から堕ちればわたくしの身体は…

わたくしの目からは涙が自然と溢れ、宙へ飛んでいく。死が間近に迫ってくる中、思い出すのはわたくしの目標であり、最も尊敬しているお母様の顔ばかり。ああ、お母様。セシリアがこんな所で死ぬのをお許しください。

わたくしはそっと目を閉じました。

 

「間に合ぇええええッ!!」

 

これから来るであろう大きな衝撃を待っていましたら、全身が暖かい何かに強く包まれました。

わたくしの身に何があったのかと思いゆっくりと目を開けると、桜色の髪を靡かせ、ちらりと見える切れ長な睫毛に紅い瞳。その瞳は宝石のように美しく、目が離せない。

 

「煙を上げて落下してたけど、大丈夫ですか?」

 

「杠…桜華…?」

 

「はい、何ですか?」

 

惚けた言葉に普通に返す杠桜華。

今ここでわたくしの状況を確認しますわ。目の前には彼の顔があります。初めて彼の顔をしっかりと見ましたけど、特に瞳が素敵ですわ。こんな綺麗な瞳を持つ人が他にいるでーーこほん。

そして、全身が暖かい何かに強く包まれています。この二つから導き出されるのは…ほ、ほほ抱擁っ!そそそれも!殿方から情熱的な…!

 

「は、離して下さいましぃぃぃぃ!!」

 

身体が熱くなっていくのを感じながら、ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理しよう試みるも、思うように思考ができません…一体、わたくしはどうなってしまいましたのッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

オルコットさんが落ちた時はかなり焦ったけど、戦いは僕の勝ちという結果で幕を下ろした。

正直、今日の勝利はヴォイドのお陰だったよ。だってさ、剣がビックリするぐらい僕に馴染んだんだ。最後には「あれ?この武器使ったことあるくね?」みたいな感覚に陥ったし、どこかで使ったことがあるのかなぁ?

だけど、もしそうだとしたら僕に記憶がないのは可笑しいし…まさか、十年以上前に使ったとか!…いや、それはないよ僕。五、六歳の子供がこんな大層な武器を振り回す機会なんてあるわけないよ。

 

「いい、何時までこのままの体勢なんですの!?」

 

「ご、ごめんなさい!今すぐ降ろします!!」

 

剣のことに思考を持っていかれたせいで、今の状況をすっかり忘れてた。

試合が終わって、落ち着いて考えてみるとオルコットさんには失礼なことをいっぱいしちゃってるなぁ…ワザと無視したり、オルコットさんは有名人なのに全く知らなかったり、意図的じゃないとはいえ頭突きしちゃったし…

それに、今日は戦ってる時に軽くおちょくってるような口の聞き方をしちゃったよね…これはまた怒鳴られても言い返せない。

どうしよう?先に謝っておいたほうがいいのかな…でも、何の因果かオルコットさんに勝ってしまったわけだけど、勝者がいきなり謝罪するのって「馬鹿にしてるのですのッ!?」って言われそうだしなぁ…

いや、やっぱり謝っておこう!僕が悪いのには変わりないからね。

 

「オルコッーーあれ?」

 

オルコットさんに声をかけようにも、既にオルコットさんの姿はなかった。僕ってば、オルコットさんが行っちゃったことに気づかない位考えごとをしてたのか…

 

『杠、早くピットに戻ってこい』

 

『は、はい!』

 

とりあえず、千冬さんに従ってピットに帰ろう。オルコットさんに謝りにいくのは後でもいいかな?

 

 

ー杠桜華vsセシリア・オルコットー勝者:杠桜華

 



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第7話 ラッキー・スケベ

Side 桜華

 

僕がピットに戻ると、出迎えてくれたのは満面の笑みを浮かべた一夏だった。

 

「桜華、お前凄えな!凄くカッコよかったぜ!」

 

「あ、ありがとう一夏」

 

「どうした?身体が震えてるぞ?」

 

「疲れてるだけだよ…」

 

ヴォイドを解除した僕に対し、既に僕の肩に手を回している一夏。その行為が僕の身体を震わせているとも知らずに聞いてくる。

何というか、一夏は同性に対してだけ異常に身体的接触が激しいのだ。そのせいで、僕は何回身の危険を感じたか…まぁ、一夏がその気がないのは知ってるんだけどね。

 

「そうか!それでさ、桜華。何か特訓とかってやったのか?」

 

「やったけど、それがどうしたの?」

 

先輩と回避能力を上げるために平日は二時間模擬戦、休日は午前は二時間、午後は三時間半模擬戦したっけ。そして、隙間時間に参考書で覚えたISの知識の定着。結構ハードだったなぁ…

 

「俺、ISに乗って特訓してないんだけど大丈夫だよな?」

 

「えっ、この一週間一夏は何をしてたの?」

 

「箒とずっと剣道やってました…」

 

ずっと剣道って…そんなバナナ。そう思いながら篠ノ之さんの方を見ると僕と目を合わせてくれない。

確かに、千冬さんはISは体を動かして操作するから、体を鍛えろとは言ってたけどさ。僕といちかはまず体を満足に動かすところからじゃないの?

まぁいっか。そこは一夏だし、何とかやるだろうね。

 

「一夏、お疲れ様」

 

「ほ、ほほ箒!やっぱり俺ヤバいじゃないか!」

 

「ええい、さっきからうるさいぞ、一夏!男だったらそんな過去のことを気にするな!」

 

僕が労ったせいで一夏と篠ノ之さんが揉める。その光景を横目に近づいてくる千冬さんに身体を向ける。

 

「良くやったな。杠」

 

「ありがとうございます。千冬さん」

 

「織斑先生だ。勝ったからって鍛錬は怠るなよ?今回の勝利はオルコットの油断から生まれたものだからな」

 

千冬さんに出席簿で軽く頭を叩かれた。叩かれたところを触ると、何故かほんのり暖かかった。

 

「はい、これからも頑張ります」

 

これで先輩との茶番が千冬さんにバレることはないし、頑張って戦ったから千冬さんに言わせっぱなしってことにもなってないよね?

ふわぁあ、それにしてもほんとに疲れたよ。疲れてるせいか視界がぐにゃぐにゃと歪んでいる。あっ、オルコットさんに謝りにいか…な…

僕の意識は唐突にぷつりと切れた。

 

 

 

 

 

Side 一夏

 

「では次の試合だがーー」

 

バタンッ!!

 

何かが落ちた音が俺達がいるピットの中に響いた。音がした方向を見ると、桜華が倒れてーー

 

「桜華!大丈夫か!!」

 

急いて桜華の元へ向かい、その身体を抱える。顔はさっき見た時より赤くなり、体温が高い状態だった。

 

「しっかりしろ!!」

 

「静かにしろ、織斑」

 

「何でだよ千冬姉!?」

 

バシィンッ!!

 

「織斑先生だ」

 

そんなことはどうでもいいよ!!桜華が倒れたんだぞ!?如何して千冬姉はそんなに冷静にいられるんだよ!!

 

「ムニャムニャ…あーたらしいー朝がきたー……」

 

えっ、桜華…?お前何言ってってまさか、寝てるだけなのか?

 

「眠っているだけだこいつは。疲れたんだろう。全く、手間のかかる…」

 

こんなことを言っているけど、千冬姉はとても優しげな表情をしていた。いつもその表現をしてたら直ぐにでもけっッッ!!

 

バシィイン!!

 

「直ぐにでも、何だ?」

 

「いえ、何でもありません…」

 

ナチュラルに心を読むのやめてくれよ…心を読まれるのって考えてることが分かりやすいって言われてるみたいで結構傷つくんだよ。

俺が心を読まれたことに対して凹んでいる中、桜華のふわふわした歌が異様に耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

「ん…んぐぐっ」

 

目が覚めると僕は最近見慣れた天井が見えた。そう、寮の部屋だったんだ。

ふむ、思い出せる最後の記憶がピットの中ってことは、意識がぷつんと切れたのかな?その後、一夏か千冬さんに運ばれてここに寝かされた、と。

ところで、今何時?そ〜ねだ〜いた〜いね〜⤴︎って十九時半か…うーん、微妙。ISスーツが汗を吸ったせいかぬめっとしてるからシャワーを浴びたいんだけど、そうすると食堂が閉まっちゃう。

いや、多分この部屋に食料の一つや二つある筈だろうから、シャワーを先に済ませよう。スッキリした後にごはんを食べたいしね。

そう思い、ベッドから起き上がった僕は脱衣所のドアに近づいて、ドアノブを捻って手前に引いた。

脱衣所には風呂上がりなのだろうか、体をタオルで拭いている先輩がいた…やや赤みを帯びた肌、照れた先輩の表情。これを見て唾を飲み込んだのは果たしてイケナイコトだろうか?

 

「えっーーきゃあああ!!」

 

「ご、ごめんなさい!!!」

 

バタンッ!

 

先輩の声を聞いて我を忘れたことに気づいた僕は、直ぐにドアを閉めてよろよろとその場に尻餅をついた。

見てしまった。いや、目に焼き付けてしまったと言ったほうが正しいか。無意識に先輩の身体を隈なくじっくりネットリと観察し、脳に鮮明に記録してしまった。

僕ってば、こんなにもエロかったのか…無意識だろうが、女の子の裸を観察して記録するなんて…

そんなことを考えてると脱衣所から髪を乾かしていないのか、何時もの跳ねている髪がしっとりとしていてYシャツしか着ていない、顔が真っ赤ですごい怒ってそうな雰囲気の先輩が出てきた。

カッターシャツを見ていると、さっき記録した先輩の身体が透けて見えるように感じる。ヤバい、先輩を直視できない…!!

 

「桜華くーー」

 

「ち、ち違うんです!!そ、そのさっき起きて服もそのままだったから汗を流そうと風呂に入ろうとしただけで、そんなせ、先輩の裸を覗こうとしてわざとやったわけじゃないんです!それで、その、あの……」

 

「言い訳は良いの」

 

「申し訳ございませんでした」

 

僕は人生で初めて土下座をしている。こういうスケベなやつは一夏専門だよね?けど、僕は一夏と違ってかっこよくないし…僕、ここで死ぬのかな?

 

「まあ、もう仕方ないわ。許してあげる」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

えええええ!?嘘、ほんとに許して貰えたのか?少し顔をあげて先輩を見ると、顔は赤いままだけど何時も通りの先輩だった。

僕は頭を上げた後、先輩のやや左の方を見る。僕の態度に疑問を持ったのか先輩は僕の見る方を見るけど、そこには何も変わったところはない。

そう、そこには何もない。僕は未だに先輩を直視できないだけだ。僕の目の前で仁王立ちされると、すらっと伸びる生足からYシャツを着てるのに何も着ていないように見えるだけ…ごくりんこ。

 

「桜華くん。目が獣みたいになってるわよ?」

 

「そ、そんなことないですよ!何で僕の目が野獣みたいに爛々としないといけないんですか!?」

 

「知ってる?女の子って男の子からの視線に敏感なのよ?」

 

バ、バレてる!?ヤバい…このままだとよりにもよってからかい上手の更識さんに変態認定を喰らうっ!それだけは防がないと!?

 

「ぼ、僕はさっきのことなんかこれっぽっちも覚えてませんよ?ええ覚えてませんとも!」

 

「私の目を見て同じことが言えるかしら?」

 

くっ!?この人は僕の状況を分かっててやってるに違いない…!けど、先輩の目を見ないと変態のレッテルを貼られてしまう。それは嫌だ!

 

「ええ、言えますとーー」

 

「どうかしたかしら?」

 

「な、なな…なんて格好をしてるんですかッ!!」

 

先輩は僕が見ていないうちにYシャツのボタンを二つほど外していた。そのせいで、先輩の豊満で今すぐ飛び込んで顔を埋めーー一体僕は何をッ!?これじゃあほんとにへへ変態じゃないかァァァァァ!!

 

「桜華くんのス・ケ・ベ」

 

「嫌ァァァァァァァァァァ!!!」

 

スケベ【名詞】(男性が)異性に対して異常に好奇心を示すこと、及びそうした人。

頭の中をその言葉が駆けずり回る。一度自分がそれだと自覚してしまうと、生涯をかけて逃れることができない。

そして、ここはどこだ?世界でISを学ぶことができる唯一の学校。つまり、九割九分が女の子、つまりそこら中に好奇心を擽られるものがある…

 

「オワタ…僕の学校生活」

 

童貞野郎って罵られるんだろうなぁ…変態が何で学校にいるの?とか言われるんだろなぁ…貴方のこと、軽蔑しますわとか机に書かれるんだろなぁ…ウワァァァァ!!

 

「このことはお姉さんの心の中にしまっておいてあげる」

 

何て心の広い人なんだ…!まさか、先輩って実は天使、じゃないのか!?

いや、先輩は天使なんかじゃなかった。心の底まで黒く染めた悪魔だ。悪魔じゃなかったら明朝体で『ドスケベ』と書かれた扇子をこれ見よがしにあおいだりしないよ!

 

「ところで、先輩は今日の結果ってどうなったか知りませんか?」

 

「君がエッチなことを『ところで』の一言で済ませるんだ?」

 

先輩はこの話を終わらせるつもりは毛頭ないみたいだ。そして、目的は多分僕を揶揄うことだろう。

先輩の裸を見てしまった罪は一体何時間の揶揄いで済むのか、いや何日間揶揄われ続けるのかが分からない。背に腹はかえられないよね…

 

「僕が出来ることなら何でもするんで許して下さい…」

 

「へぇー、()()()、ね。この話はお終いにしましょ♩」

 

そう遠くない未来にこの発言に後悔するんだろうけど、それは未来の僕に頑張ってもらおうかな?だから、今はこのことを忘れよう!

改めて先ずは、僕対一夏の戦いについてだけど、どうやら僕が倒れたせいで棄権って事になって、一夏の不戦勝になったみたい。

そして、残っている組み合わせの一夏対オルコットさんはこれまた一夏の不戦勝だったらしい。どうやら、オルコットさんがISの予備パーツを準備してなかったから棄権したとか。

 

「って事は、クラス代表は一夏がやるんですか?」

 

「そうらしいわね。試合成績だけ見れば彼がトップだもの」

 

ばばっと開かれた扇子には『不戦勝も立派な勝利』と丸文字で書かれていた。伝えたいことは分かるけど、わざわざ扇子に書く意味が分からないよ…

それはおいとくとして、良かったぁ…クラス代表になんてなっちゃったらサヨナラ!静穏な生活。こんにちは!皆から注目される日々!ってなってただろうね…それだけは勘弁して欲しいよ。

 

「話は変わるけど君、私と同い年なんでしょ?」

 

「え、ええ。そうですけど…今何でそれを?」

 

先輩と同い年なのに学年が違うのには理由があるんだ。その理由は少し長くなるから簡単にまとめると…

十年前に大きな事故に遭う僕→事故の日から約半年間目覚めなかった→何故か事故以前の記憶が飛んじゃった僕→では、半年間様子を見ましょう。

この流れで、僕は小学校一年生を七歳のときにやったから年齢と学年でズレがあるんだ。

 

「そうね。私と話すときは敬語を辞めて頂戴」

 

「ちなみに拒否権は…?」

 

「さっき何でもするって言ってなかったっけ?」

 

ま、まぁこれくらいだったら何てことないかな?敬語を辞めるだけでさっきのことを胸の内にしまってくれるならラッキーだよ!

いや、待てよ。この世に顕現した悪魔がこれだけで終わらせるはずが…

 

「次はー」

 

「ちょっと待ってくだ…待って!次って何!?」

 

「別に一つだけとは誰も言ってないわよ?」

 

「くっ!」

 

血の気がさーっと引いていき、首筋から汗が一筋流れる。くそっ!こんなことになるんだったら何でもするなんて言わなければよかった!!せめて一つだけとか言っておくんだった!!

 

「私のことは楯無と呼びなさい!!」

 

ほんとに悪魔だ…変態なことを自覚してしまった直後に距離を縮めて、僕を揶揄いまくってくるに違いないよぉ。

それに、先輩を下の名前で呼んでしまったら殺される…先輩のファンの人達に。これだけは頑として断らないと!

 

「い、いや…そんないきなり呼び捨てとか無理だから!」

 

「たっちゃんでも可」

 

「あだ名とかもっと難易度高いからぁ!!」

 

僕に死ねと!死ねとおっしゃるのですかあなたはぁ!!

 

ピーンポーン

 

突然、部屋のインターホンが鳴った。これは神様が僕にくれたチャンス!この場から逃げ出す口実にこれを利用する手はないッ!!

 

「は、はーい!」

 

急いでドアの方に向かう。先輩が止めようとしないところを見るに、今回は見逃してくれるんだろう。

いつ何時先輩の気が変わるのか分からない。出来るだけ早くしないと…

 

「また後でね」

 

あーきーこーえーなーいーなー。

 



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第8話 オルコットさんからセシリアへ

Side 桜華

 

「あ、あの…少し、お話をしませんか?」

 

ドアを開けると目を疑う光景があった。まぁ、オルコットさんがいただけどね。けど、オルコットさんの纏う空気が前までの高圧的なのとは全然違って、しょんぼりどよーんとしていた。

 

「い、良いですけど…部屋、入りますか?同居人がいますけど…」

 

「出来たら二人っきりでお話がしたいです…」

 

何の話だろう?オルコットさんの雰囲気からして怒られるってことはないと思うけど…

けど、この提案は渡りに船だね。僕自身、早くこの部屋から離れて一旦落ち着きたいしね!それに、オルコットさんには謝らないといけなかったし。

とりあえず、二人っきりになれる場所っていったら今なら寮の屋上かな?あそこって確か、学校の屋上と一緒で花壇とかベンチ椅子があって開放されてたよね…

 

「寮の屋上って行ったことありますか?」

 

「いえ…」

 

「一旦そこに向かいましょう。案内します」

 

部屋から出ようとすると、風が肌に直接当たって少し寒い。そこで気づいたというか思い出した。僕の格好を。

 

「す、少しだけ!待ってくださいッ!!」

 

バタンッ!!

 

ISスーツだけで寮内を練り歩こうだなんて、ほんとに変態じゃないか…あ、危なかったぁ!先輩の件とは別で噂が広がって、学園生活がジ・エンドするところだったよ!

 

「あら、気づいたのね」

 

「最初に言っといてよぉ!!」

 

先輩は絶えず笑っている。それを横目にいそいそと着替えの準備をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮の屋上に着いた。ここには聞いていた通りベンチ椅子が中央にある花壇を囲うように点在しているだけだった。そして、僕の読み通り人は誰1人としていない。

ふと、上を見上げると所狭しと星が敷き詰められている。満点の星空とはよく言ったものだね。夜空を見ていると、誤った言葉を使うのも頷けるほど美しく、心を魅了する。

 

「申し訳ございませんでした!」

 

満天の星をぼーっと眺めていると、オルコットさんが頭を勢いよく下げた。正直、僕には謝罪の意味が分からないし、何なら僕が謝るほうだと思ってたんだけど…

 

「今までにした貴方への数々の非礼の、お詫びにと思いまして…」

 

オルコットさんって、ほんとはすごく律儀な人なんだね。僕みたいに明日謝ればいいやー、なんて思ってる人とは違って態々会いにきてくれるんだし。

 

「そんな、気にしないでください。僕だって失礼なことをオルコットさんにしましたし、それに謝るのは僕の方ですよ」

 

「ど、如何いうことですの…?」

 

「先ずは…戦いが終わったあと、僕はオルコットさんの身体を無許可で触ってしまってほんと、ごめんなさい!」

 

「そ、それについては触れないでくださいまし…」

 

「えっ、何か言いました?」

 

「なな何も言ってませんわ!?」

 

あれ?可笑しいなぁ。下を向いてたから分からなかったけど、オルコットさんの声がうっすらと聞こえてきたんだけどな…

まぁ、オルコットさんが言ってないって言うんなら、何も言ってないんだろうね。

 

「僕のこと、許してくれますか?」

 

「許すも何も怒っていませんわ。それに、あれはわたくしを助けるためにした行動ですわよね?」

 

「そうですけど…」

 

「じゃあ感謝こそすれ、怒るなど筋違いですわ」

 

オルコットさんの印象が今、すごい勢いで更新されて行く…予想をはるかに超えるレベルで優しい。

いや、いい意味で言ってるんだよ?だけど、ねぇ。絶対、「わたくしの身体を触った罪はどんなことよりも重いですわ!?一生をかけて私に許しを請いなさい!!」みたいなことを…

 

「わ、わたくしはそういうイメージでしたの…?」

 

「ま、まさか声に出てました?」

 

「いや、そう思われても仕方ない言動はしてきましたし…」

 

き、気まずい…何というか、そう気まずい。オルコットさんが僕の言葉のせいで落ち込んでるから、僕がすっごく悪いことをした気分にさせられる。

いや、実際悪いことをしたんだけどね。けどさ、心の中ぐらい正直にーー声に出してるから重罪ですよね、はい。

 

「今の発言もそうですけど、意図的に無視したり戦ってるときに軽口を叩いたりほんとごめんなさい!」

 

「そんな謝らないでくださいまし。わたくしの態度の方が問題でしたから」

 

またもや沈黙。そして、気まずい。どうすればこの状況を抜け出せるのだろうか。こういうとき、大事なのは客観的にものを見ること、だっけか。

えーっと、今の状況を客観視すると、僕もオルコットさんも謝ることがあってお互いに謝った。そして、お互いに自分の方が悪いと思ってる、と。

これってつまり、お互いに相手の謝罪を受け取って水に流せば解決するんじゃね?ウェーイ!俺ってばチョー賢ってるジャーン!?

 

「え、えと。僕がオルコットさんを許すんで、オルコットさんも僕のことを許してほしいなー、なんてーー」

 

「それではわたくしの気が済みませんわ!」

 

で、ですよねー。何かそう返してくる未来が見えてたよ…

その後、つらつらと自分がどれだけ失礼で罪深いことをしたのかを列挙してくる。そんな自分を大罪人みたいに言わなくても良いのに…

 

「僕のことなんか気にしないで良いんですけどね。じゃあ、一夏には謝りましたか?」

 

「え、ええ。試合が出来ないと分かったときに、お部屋に伺って謝罪しましたわ」

 

そっか…この感じだと一夏は許したんだろうね。ほんと、一夏って優しい奴だよね。女の子に対してちょっとだけでも敏感になってくれたら、何も言うことがないのになぁ。

 

「じゃあ、もう僕からは何も言うことはありません」

 

「ですが、わたくしは日本の事や男性の事まで侮辱しましたのよ!?」

 

オルコットさんと僕とで温度差が激しい。許すって言ってるんだから、それだけじゃダメなのかなぁ?

 

「じゃあ、クラスの皆にはどうですか?」

 

僕は投げやりになりながらパッと思いついたことを言ってみた。すると、「明日SHRの前にお時間を頂いて謝罪するつもりですわ」何ていう返答が。

もうね、僕思うんです。そんなに自分を追い込まないであげて、と。オルコットさんのやったことなんか、言ってしまえば失礼な態度を取っただけなんだから。

僕みたいに女の子を無許可で触ったみたいな、訴えられたら確実に負けるような事案じゃないんだから、一言謝るだけで良いのに…

アレ、自分で思って気づいたけど、よくオルコットさんは僕のこと許したよね…まさか、オルコットさんの弱味につけこむ形になってしまったのか?

 

「ほんとに僕からは言うことはありませんから、ね?だからもう気にしないでください!」

 

「ですが、わたくしのこの気持ちは如何すれば…」

 

「な、泣かないでください!オルコットさん」

 

や、ヤバいぞ!これはッ!僕がオルコットの気持ちを晴らせないせいで泣かせてしまった。もし、この状況を誰かに見られでもしたら…僕が女の子を泣かした鬼畜として学園中に噂が広がって後ろ指を指される事態にーー

不味いよ!非常に不味いよ!!何とかしてオルコットさんの気持ちを晴らす方法を考えないと…うーん、あっそうだ!

 

「お、オルコットさん!じゃあこれは如何ですか?僕と友達になるっていうのは」

 

これが無理だったら僕はもう如何することも出来ない。お願い、これで満足して下さい!そうじゃなかったら、これからの僕の学園生活が終わっちゃうぅぅぅぅ!!

 

「お、お友達ですか…酷いことをしたわたくしとお友達になってくださるのですか…?」

 

おっ、これはいける気配だね。僕がオルコットさんと友達になったら、オルコットさんの気持ちも晴れるし、僕の数少ない友達(幼馴染みを入れて僅か五人)が増える。

それに、何と言っても目の前のバッドエンドフラグを回避できる!!これは僕にとって得しかないでしょー!

 

「はい。僕は、オルコットさんと友達になりたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side セシリア

 

「僕は、オルコットさんと友達になりたいんです」

 

杠桜華。初めてお話したときは弱腰で直ぐ謝罪するお方でしたのに、戦いのときに見せた強い意思が篭った紅い瞳。

そして、わたくしの謝罪を全く気にせず、寧ろ自分の小さな過ちを謝罪する広く穏やかな心…

杠桜華。頭の中で貴方の名を呼ぶ度に、わたくしの体温が上がっていくのを感じますわ…

 

「ありがとうございます。これからはお友達として改めてよろしくお願いしますわ、()()()()

 

「こちらこそ、オルコットさん」

 

微笑む貴方から、わたくしは目が離せなくなってしまいました。このときからでしょうか。わたくしが貴方を慕うようになったのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 桜華

 

「わたくしのことはセシリアとお呼びください」

 

オルコットさんと友達になってから他愛もない話をしていると、急にオルコットさんがこんなことを言ってきた。

そういえば、先輩にも呼び捨てで呼べって言われたことから逃げてきたんだった…

 

「い、いや…いきなり呼び捨てとかは無理だから…」

 

僕は先輩の時と同じ返答をした。だって、いきなり呼び捨てとかすっごく恥ずかしいんだよ…

それに、オルコットさんはイギリスの代表候補生。僕なんかが下の名前で呼ぶだなんて本人の許可が出てもその…周りが、ね?

ちなみにだけど、オルコットさんから敬語で話すのは辞めてくれ、と言われた。「わたくし達は友達ですのに気を使うんですの?」と言われたら、砕けた口調に変えざるを得ない。

 

「わたくしのことはセシリアとお呼びください」

 

「い、いや…そのーー」

 

「わたくしのことはーー」

 

「わ、分かったよ。よ、呼ぶから」

 

僕は一旦目を閉じて深呼吸する。落ち着け、落ち着くんだ僕…

他人が何だって言うんだ。本人が呼んでほしいと、強く希望しているんだから仕方がないじゃないか。それに、また泣かれたら困るのは僕だ。

 

()()()()

 

「はい!」

 

可愛い女の子の笑顔を見れたなら、下の名前で呼ぶことも吝かではないな、なんて思っていた。

セシリアと呼ぶようになったせいで、先輩のことも楯無と呼ぶ羽目になったのは言うまでもない。ああ、背後からブスリと刺されなければいいけど、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日の結果よりクラス代表者は織斑一夏君に決定しました!一年一組に織斑一夏君、一繋がりで縁起が良いですね!!」

 

「ちょっと待ってください、先生!俺、昨日は一回も試合してないんですが…」

 

「昨日、織斑はオルコットと杠に不戦勝という形でだが二勝している。文句を言うな」

 

「いやだって千冬ねーー」

 

バシィイン!!

 

「織斑先生だ」

 

一夏の奴、ほんとに成長しないね…それを言ったら叩かれるのは分かりきっているのに。いや、寧ろ叩かれにいってるのか?千冬姉とのスキンシップだ!とか考えて…あり得そうで怖い。

一夏のシスコンは置いといて、今はセシリアと友達になった次の日のSHRで、一夏が正式に代表戦出場者となったことが告げられた。

後々知ったことなんだけど、代表戦出場者ってクラス代表も兼ねているらしいね。ほんと、気絶して良かったよ…

そして、一夏は不服そうだけど、まあなったからにはちゃんとするだろうね。一夏は僕と違って代表者とかに向いてるだろうし。

 

「ではクラス代表者は織斑一夏だ。異論は無いな?」

 

「「「はい!」」」

 

ゴリッ!!

 

「返事が無いぞ、馬鹿者共」

 

勿論僕と一夏である。痛ったぁ!これからは千冬さんがいる時には、考えごとをするのをやめようかな…

 

「「は、はい…」」

 

「少し、良いですか?」

 

「なんだ、オルコット」

 

セシリアが自分の席から立って、教卓の前に出た。

 

「日本を侮辱するような数々の非礼、申し訳ございませんでした。このようなことは二度とないように致しますので、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

セシリアは昨日言っていたことを実行したようだ。さて、有言実行してくれた訳だし、友達として僕もフォローに入ろうかな。

 

「僕からもお願いします。彼女にもう一度チャンスを与えてください」

 

うーむ。やっぱりと言うべきか、僕がフォローしてもクラスの皆は難色を示していた。

僕のフォローだけじゃ皆に許してもらうには足りないだろうけど、僕がこう言ったら…

 

「俺からも頼む。セシリアを含めて皆で仲良くしようぜ!」

 

一夏も僕に続いてセシリアのフォローを入れてくれた。ほんと、一夏って優しくて良い奴だね。今回は利用する形になっちゃったから、後でジュースでも奢ろう。もちろん、Miコーヒーをね!

突然、誰かがぱちぱちと手を叩き始めた。拍手した人を見ると廊下側の列の最前席に座ってる女の子、相川さんだった。

勇気ある彼女の行動を切り目に皆が拍手をし始め、やがてクラス中が拍手に包まれる。

 

「ま、まあ。織斑君が言うなら許すしかないよね…」

 

「だって、織斑君が一番きつく言われてたもん」

 

「そうだね…」

 

よ、良かったぁ…クラスの雰囲気がセシリアを許す方向に流れたぁ。これで何とか、セシリアはクラスでやっていけそうだね。

ほんと、一夏効果、恐るべしだね。それと、最初に拍手してセシリアを許してくれた、相川さんには感謝してもし足りないよ。

 

「もし次にあのような発言をしたら、全世界に公表するからな?オルコット」

 

「は、はい!」

 

千冬さん、実は怒ってたんだ…けどまあ、この言葉的に千冬さんもセシリアを許してくれたみたいだし、万事解決だな…良かった良かった。

 

「クラス代表…はぁ、鬱だぁぁぁぁ、桜華変わってくれよぉぉぉぉぉぉ」

 

万事解決だな!良かった良かった!

 



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第9話 一夏の初陣

Side 桜華

 

一夏の代表戦に出ることが告げられたSHRから、時間は経って今は放課後。クラス代表決定戦の前までとは違って、先ぱーー楯無はクラス代表戦のために生徒会が忙しくなるらしく、特訓はお開きとなったんだ。

だから、僕はISの練習をするためにアリーナの使用許可を取りに行こうとしたとき、一夏が僕に「一回、俺と戦ってくれないか?」と言ってきた。

僕はそれを即座に了承した。楯無曰く「基礎は確かに大事だけど、実戦経験が強くなるための一番の近道よ!」だそうだ。

そして、僕の目の前には白いIS『白式(びゃくしき)』を身に纏った一夏が居る。

 

「準備は良いか?桜華」

 

「そっちこそ。一次移行(ファースト・シフト)は済ませたのかな?」

 

「当たり前だ!昨日のうちにしたぜ!」

 

「じゃあ、そろそろ始めるよ」

 

僕はだらんと伸ばした両手で剣を持ち、剣先を後ろに向けた構え。一夏は右手で剣を持って剣先は横、左手は体の前に持ってきて剣に添えている構えを取る。

 

「そうだな…じゃあ行くぞ!!」

 

試合開始の合図と共に一夏が僕との距離を詰め、大振りで剣を振ってくる。一夏のISが出すスピードに驚いたけど、咄嗟に鍔迫り合に持ち込むことで攻撃を回避した。

僕達は背丈は僕の方が若干小さいし、筋肉量も負けている。

そして、何よりもISも含めると確実に一夏の方がパワーがある。何故なら、ヴォイドにはその小ささ故にパワーアシストが少ししかないからなんだ。

その結果、鍔迫り合いの状態からだんだんと一夏に押され始めてきた。

そんなときに、ヴォイドから嬉しい知らせが届く。

 

『装備欄ーーマグライトーーならびにーー重力銃ーーをアンロックしました』

 

装備が二つも一気に増えた。楯無と特訓してたときには一切解除しなかったのに…まぁ、今は良いか。

それよりも、この二つってあの光景で使ってる所を見たよね。剣もそうだし、あの光景とヴォイドの装備に何か関係があるのかな?

待って待って…考えることは一夏との試合が終わってからにしよう。まずは、目先のこと、一夏に集中するんだ。

遂に、鍔迫り合いに負けて僕は後方に吹き飛ばされる。一夏は僕に追撃を仕掛けるも、それを難なく避けて一夏から物理的距離を開ける。

僕が距離を開けるスピードよりも早く、一夏が僕との距離を詰め、また鍔迫り合いに持ち込まれた。

 

「やるなぁ、桜華!けど、俺はまだまだこんなもんじゃないぜ!」

 

「僕は、ちょっと苦しいかなぁ…」

 

パワーで負けるなら、意外性で勝負しようかな…ちょうど、面白い装備が使えるようになったしね。クークックック!ポチッと!ま、何も押さないけどね。

僕はさっきとは違って、意図的に力を抜いた。

 

 

 

 

 

Side 一夏

 

鍔迫り合いってのはお互いの力のぶつかり合いで成り立つものだ。それはISに持っていようが変わらない。

最初の鍔迫り合いで俺は気がついた。俺の方が桜華よりパワーがあるってことを。

だから、もう一度鍔迫り合いに持ち込んだ。また桜華を跳ね飛ばして、今度こそは…

 

「おおああッ!?」

 

桜華が力を抜いてきた。そのせいで行き場のない力は俺の体勢を崩し、バランスを失って身体がよろけて気合いの入った声から気の抜けた声に変わる。

俺はよろけるも必死に耐えて体勢を整えると、そこには銃を持った桜華の姿が…

えっ、銃?何時の間にーー

 

「喰らえ!!」

 

銃から放たれたエネルギーは当たると大きく膨らんで、やがて俺の身体をシャボン玉のようなものが包み込み…割れた。

シャボン玉が割れた途端、俺の身体はふわふわと浮き始めてうまく動かすことが出来ない。まるで、俺の周りだけテレビとかで見たことある()()()()()になったかのように。

 

「これ、どうなってるんだよ!?身体がスッゲェ動かしずれぇ!」

 

「これもついでに受け取って!」

 

桜華は手に持っていた銃を目を離した隙に、先端から光が漏れだす銀色の棒状のものに変えていた。

えっ、あの銀色の棒は何だよ?ていうか、また何時の間に武器を変えたんだよ!?

光が放たれた瞬間、俺の視界は闇に包まれた。

 

「ま、周りが見えない!何処だ、桜華!」

 

闇雲に『雪片弐型』を振ろうとするけど、さっきの銃のせいで体はふわふわと浮いてるから、雪片弐型をまともに振ることができない…!

そして突然、真横から両手で剣を振りかぶった桜華が現れる。

 

「うぉおおおおっ!!」

 

キイィィン!

 

「うわぁああああ!!」

 

絶対防御が発動したから、桜華の剣の一振りで一五〇のシールドエネルギーが持っていかれた。

桜華が俺に攻撃した後直ぐに闇が晴れ、更にふわふわと浮いてたのが元に戻った。そして、少し離れた所に剣を構えた桜華が居た。

 

「桜華!今のはなんだよ?セシリアと戦ってた時には使ってなかったじゃないか!?」

 

「さっき、一夏と鍔迫り合いをしてたときにこの二つの装備がアンロックしたんだ」

 

あれ、アンロックってことは元からあったってことだよな…?

 

「お前のISスゲェな!白式にはこの剣一本しかないんだぞ!何かズルくないか!?」

 

「けどさ一夏、セシリアと戦ってるときまでIS装備が全部ロックがかかっていて、一つも出せなかったんだよ?」

 

そんなんでよくセシリアに勝てたよな…やっぱり、桜華はスゲェよ。さすが、俺にとって千冬姉に続いて二番目に尊敬してる人だぜ!

 

「なぁ…桜華」

 

「何だよ一夏、そんな辛気臭い顔をして」

 

桜華のことを考えてると、決まって桜華と出会ったときの記憶を思い出す。俺のせいで桜華は俺を守って血だらけになった後に倒れて、千冬姉は現役を引退した、あの事件のことを…

 

「俺はな、桜華に何度言われてもあの日のこと、桜華に守られて千冬姉の道を汚したあの日をずっと後悔し続けているんだ。

だけど、そんな俺でも、そんな俺だからこそ、一度だけでも誰かをこの手で守ってみたいんだ!!」

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)零落白夜発動』

 

白式からの表示の後、雪片弐型が真っ二つに割れて極太のエネルギーが放出される。

この剣は千冬姉のISと同じ…ふっ、如何やら俺は世界で一番の姉を持ったみたいだ。

 

「そうなんだ…一夏がそう言うんだったら、もう僕からは何も言うことはないね。僕は君の思いに全力をもって受けとめるよ、一夏!」

 

「いくぞ!桜華!!」

 

俺は背部のスラスターを全力で噴かして桜華に突撃する。

桜華も俺に向かって剣を持ちながら突撃してくる。

 

「「おおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜華との試合が終わり、俺は絶賛正座中である。何でかって?そうだなぁ…説明すると長くなるんだけどーー

 

「聞いているのか!?一夏!!」

 

「聞こえてるよ、箒…」

 

俺に向かって大声で怒鳴り散らしているのは、俺のルームメイトであり幼馴染の箒だった。

 

「なんだあの体たらくは!結局杠に一発も、一発も攻撃を喰らわせていないじゃないか!!」

 

「はい、申し訳ございません…」

 

そう、結果的に俺は桜華に完敗した。

あの後、俺と桜華はあの後斬り合いをしていたんだけど、桜華が隙を見せたから俺は取った!って思って雪片弐型を思いっきり振りかぶり、桜華を斬ろうとした瞬間にそれは起こった。

 

『勝者、杠桜華』

 

アナウンスがアリーナ中に響き、俺と桜華の間に気まずい空気が流れた。そんな空気から逃げるように白式を確認すると、シールドエネルギーは何故か〇になっていた。

ちょっと前に確認したときは、まだ四〇〇ぐらい残ってた筈だったんだけどなぁ…

俺vs桜華の初試合は何とも呆気ない幕切れで終わりを迎えた。

 

「一夏、織斑先生を呼んできたよ」

 

「織斑、お前は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を使用したな?」

 

「は、はい。試合中にそんな文字が白式から出てきた気がします!」

 

「解析した結果、白式の単一仕様能力は零落白夜だと分かった。

発動中に雪片弐型を当てれば、シールドバリアーを斬り裂き、相手のシールドエネルギーを根こそぎ減らすものだ。

しかし、発動中は自分のシールドエネルギーを消費し続ける。謂わば、欠陥機だな」

 

「欠陥!?」

 

パシィイン!

 

「声が大きい。

まず、ISは白騎士以外完成すらしていないから、殆どの機体が欠陥機みたいなものだ。気にするな」

 

「でもよ、さすがに装備が剣一本ってキツくねぇか?銃とかあれば便利なんだけどな」

 

「教師には敬語を使え。それと、お前には銃を使いこなせると言うのか?

三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)、弾数を把握したり風や気圧を読んだりと、他にも色々あるがお前にはそれが出来るのか?」

 

「出来ません。すみませんでした」

 

俺は千冬姉が言った言葉が日本語か如何かも分からないくらい、意味不明で理解不能だった。

 

「それで良い。だいたい、お前は私の弟なのだから剣一本のほうが丁度いいだろう」

 

確かに、千冬姉は雪片一本で世界を一度制したもんな…しかも、他を寄せ付けないレベルで。

よし!俺もいっちょ頑張ってみるか!まずはーー

 

「セシリア!俺と一回勝負してくれないか?」

 

経験を積むことだな!

 

 

 

 

 

結果から言うと、俺はセシリアにボコボコにされた…何で桜華の奴、セシリアに勝てたんだよ。あいつ凄すぎだろ!

 

「なんだ、一夏!!さっきの試合は!もっとこうズコーンっといけんか!!全くもう…」

 

「はい、反省してます…」

 

箒の擬音での説明に突っ込みを入れる元気がなかった俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜華やセシリアとの試合、箒の説教が終わった後、俺はクラスの子、確か櫛灘さんだっけ?その子に十九時になったら食堂に来てって言われた。

桜華に理由を知らないかを聞いたけど、軽くスルーされた。桜華は多分、何があるのか知ってるんだろう…

携帯を開けると、時刻は約束の時間の十分前、十八時五十分だった。

後十分もあるのか…けど、もう食堂が見える所まで来ちまったし、うだうだ考えてもしょうがねぇな!うっし、ちょっと早いけど行くか!

食堂に入ると、突然顔も知らない大勢の女子にすごい速さで囲まれた。その数、何と三十。

 

パアァァン!

 

「「「「「織斑君!!クラス代表おめでとう!!!」」」」」

 

俺を囲んだ大勢の女子がクラッカーを鳴らしながら言った。

なるほど、俺はこれで呼ばれたのか…そりゃあ、桜華も知っててスルーする訳だな。だって、俺を驚かせたかったんだろうし。

 

「人気者だな、一夏」

 

女子の一団が俺を囲みながら俺を放っておくという、居づらい空気の中、ぶすっとした表情の箒に話しかけられた。

何で箒が不機嫌なのかは、理由が全く思いつかない…ていうか、箒って何時も不機嫌そうにしているよな。どうせ「生まれつきだ!!」とか言うに決まってるけど、絶対何かを隠してるに違いない。

 

「違うぞ、箒。ただもの珍しいってだけだろ」

 

「鼻の下が伸びてるように見えたが?」

 

「そんな訳ねえって!それより、桜華は何処だ?」

 

「杠はあそこだ」

 

箒から黒いオーラ(目の錯覚だと信じたい)が見えたから、話題を逸らした。

箒が指を指した方を見ると、大量のお菓子を食い漁っている、ゆるそうな女の子を見ながらセシリアと一緒に座ってジュース、あれはMiコーヒーか、を飲んでいる桜華が居た。

 



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第10話 新聞部の黛薫子でーす!!

Side 桜華

 

むしゃコラむしゃコラ…

 

僕の目の前には小柄な怪物が居る。

女の子に対して失礼なもの言いなのは十分分かってはいるけど、僕はさっきから驚きを禁じ得ない。そう、目の前のほんわかそうな女の子、布仏さんにだ…

ことの始まりはこのパーティが始まる二十分前に、食堂に着いた僕に布仏さんが話しかけてくる所から始まる。回想スタートっ!

 

 

 

 

 

ドスッ

 

「ねえ〜、ゆずリン」

 

突然、僕は背後に何かがぶつかって、ほわんとした声音と共に誰かに身体をぎゅーっとされる。

この話しかけ方と微妙なセンスのあだ名はまさか…身体から手を引き剥がしてから後ろを振り向くと、制服を改造して袖をながーくしていて何時もほんわかにっこりな布仏さんが居た。

 

「布仏さん、話しかけるときに毎回タックルしてくるのはやめてほしいな…」

 

「てひひひひ。そりゃあ、ゆずリンが抱きつきやすいからだよ〜。

それより〜、セッシーに勝っちゃったね〜。おめでとー、だ〜いど〜んで〜ん返しってやつだね〜」

 

抱きつきやすいって、そんなの初めて言われたよ…それに、女の子が男に言うセリフなのか?

そんなことは置いといて、セッシーってまさかセシリアのことなのかな?多分そうだと思うけど、この子のあだ名って何処か微妙だよな…今回はネッシーのパクリみたいなあだ名だし。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「それでね〜、かいちょ〜を紹介した私は何かご褒美的なものが欲しいのだー!」

 

「そりゃあ、先輩のお陰なのは分かるけど布仏さんは何もーー」

 

「お菓子とかお菓子とかお菓子とか!」

 

「ぼ、僕をそんなほんわかした表情で見ても奢らないよ…」

 

「だめ、なの…?」

 

今にも泣き出しそうです!と主張する潤った目をこれでもかと見せてくる。目尻には涙が溜まっていて、何時零れ落ちるかが分からない。

女の子の涙を男に使うなんて反則じゃないのかな?こんな状態の布仏さんを放っておいたら、間違いなく泣くだろう。

そして、僕は明日からほんわか女子を泣かせた鬼畜男子として堂々のメジャーデビュー。はぁ…

 

「はい…是非奢らせてください」

 

「やった〜〜!!ねぇ、どれくらい食べてもいいの?」

 

えっ、待って今の…嘘泣きなの?嘘でしょ…!嘘泣きっていう搦め手までしてそんなにお菓子が欲しいのか、この子は。

実は、布仏さんは大物…?ほんわかした雰囲気で皆を騙しているの…?

 

「どれくらい、でしょうね?えーっとーー」

 

「お腹いっぱいになるまでがいい!」

 

元気よく可愛らしく言うけど、この暴挙を僕は許す訳にはいかない。

大体だよ?僕は布仏さんから難癖を付けられて、女の子っていう武器を使われて無理やり奢らされている立場なんだ!これはいわばカツアゲですよ!

僕はカツアゲなんかに屈しない…!男の立場が弱くなって早十年、男はどれだけ女の子に奢らされてきたか。その数は数え切れない程だろう。

だがしかし!僕は世界で二人しか居ない男性IS適合者、つまり女の子と同じ立場の人なんだ!だから、僕は勇気を振り絞って堂々と布仏さんの言葉を斬らせてもらーー

 

「ゆずリ〜ン、だめ?」

 

くぅーっ!か、可愛い…だと!?泣き顔で責めるのではなく純真無垢を演出することで、僕の中に眠れる保護欲をそそろうという魂胆か…

ふっ、布仏さんよ!甘い甘過ぎるわぁぁぁぁ!!魂胆が分かれば耐えることなど造作もないこーー、そ、そんな目で僕を…僕を見ないでぇぇぇぇ!!

 

「だめじゃ、ないです…」

 

結局、布仏さんに負けてしまった…でも、一つ気づいたんだ。女尊男卑の時代がくる以前の時代から、男は女の子にものを奢っていたってことを。

まぁ、そんなわけで布仏さんにお菓子を奢るハメになったんだけど、食べっぷりが凄い。もう胃袋に怪物でも飼っているの!?て言いたくなるスピードでお菓子、チョコレートやポテトチップス、スナック菓子、アイスクリームなどなど様々な種類のものと僕の財布のお金、野口さんが消えていく。

 

「信じられませんわ!?」

 

思わず、セシリアの口調を無意識に真似るぐらい驚いている。そして、当の本人はと言うと…

 

「何かジュースがほしいな〜!なんちって!」

 

新たな注文を所望してきた。いや、もう良いんだけどね!ここまで来たら、布仏さんがどこまで食べるか楽しみになってきたんだからね!

次はジュースか…布仏さんにもMiコーヒーを飲んでもらおうか。決して、僕以外の人が微妙って言ってたから布仏さんに飲んでもらって少しでも食欲を奪おうだなんて思ってないよ?ほんとだよ?

 

「はい」

 

「ありがと〜、ゆずリン!」

 

百点満点の笑顔、一二〇円です。買えるのは小銭と野口さんだけ。

くだらないことを考えている間に布仏さんはMiコーヒーに手を伸ばし、プルタブを弾いた。プシュっと音が鳴った後、ごくごくと勢いよく飲んで、ぷはぁーって言った後に一言。

 

「美味しいよ〜このコーヒー!!もう一本買ってきて〜」

 

な、何だと…Miコーヒーをもう一本買ってこい、だと!?そ、それってもしやMiコーヒーの美味しさに布仏さんが気づいたッ!?

 

「ハイ!喜んで買ってきます!!」

 

「し、信じられませんわ…」

 

僕達の存在に気づいたセシリアがさっきまで僕が座っていた席の横に立って、この光景をまじまじと見ながら言った。今では開いた口が塞がらない状態に陥っている。

僕も分かるよ。布仏さんがここまでお菓子に執着があるなんて思いも寄らなかったよね?

 

「あんなものを飲みたいだなんーー」

 

「よし、セシリア。君にはMiコーヒーの魅力をたっぷりと味わってもらうために僕が奢ってあげるよ。Miコーヒーなしじゃ生きていけない身体になるまで、ね」

 

「ヒィィッ!?」

 

「おーい、桜華!何やってるんだよ?って、お菓子食ってるの、のほほんさんだったんだ…」

 

このパーティの主役である一夏が、隣に篠ノ之さんを連れて僕達に声をかけてきた。

ちっ、一夏(邪魔)が入ったか。まぁ、セシリアニハアトデジックリオシエコムトシヨウ。

 

「ヒィィッ!!」

 

「如何した?セシリア」

 

「何でもありませんわ…おほほほほ」

 

どうしたんだろう?セシリアの顔が真っ青になって、身体がぶるぶると震えてるけど大丈夫かなぁ?まぁ、本人が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど。

それよりも、のほほんさんって…布仏本音さん、のほとけほんねさん、のほ…ほんさん、のほほんさん!!おおっ!?のほほんとした雰囲気の()()とけ()()()()!天才かよ!?

 

「僕はのほほーーごほん。布仏さんにお菓子を奢らされたから、その食べっぷりを見てるんだ」

 

思わず、僕ものほほんさんって言いそうになるぐらいしっくりくるあだ名だったよ。布仏さんもしっくりくるあだ名を一つぐらい言ってくれないかなぁ?

 

「これはね、正当な報酬なんだよ〜オリムー」

 

オリムーってまさか一夏のことだよね…やっぱり微妙だなぁ。もっとこうさ、あるじゃーん?いっちーとかいっちかーとかさ。

あーっ!最後のはただ名前を呼んでるだけだったー!ゆずリンミステイクッ!!

 

「そ、そうなんだ…桜華もこっち来いよ?楽しいぜ」

 

「パス。僕は目立ちたくないんだ。普通の学園生活を送るために」

 

「いや、桜華さんの状況的にそれは無理だと思いますわよ?」

 

「やっぱりそうだよね…」

 

「アハハハハ…」

 

陰でひっそりとしたいタイプなのに、あれよあれよとここまで来てしまった。

もう、一生分目立ったよね?四月ニ日から僕の情報が解禁されて顔写真付きで全世界に晒されたし、携帯電話には知らない番号から電話が鳴りっぱなしだし…

中学のときの友達、弾にメールで報告したら『一夏共々爆発しろぉぉぉ!!』って返ってくる始末。藍越学園、行きたかったなぁ…

 

「はいはーい!新聞部でーす!噂のクラス代表者を取材しに来ました!あっ居た、織斑君みぃーっけ!」

 

そんな声と共にこちらに近づくのはリボンの色を見る限り二年生の、カメラを首にぶら下げた新聞部を名乗る女の子だ。

 

「はい、こんばんわ。私の名前は黛薫子(まゆずみかおるこ)です!これ、名刺だから受け取って」

 

「は、はぁ…」

 

「ついでに杠君も!逃げないでね?」

 

「は、はい…」

 

僕が逃げる選択肢を取る前に先に潰された。もうね。嫌な予感しかしないよぉ…ぐすん。

 

「えっとー、まず最初は織斑君!クラス代表おめでとう!んで、代表になった感想は?」

 

「が、頑張ります…」

 

「面白くないなぁ…なんかないの?俺に触れると火傷するぜ、的な」

 

「自分、不器用ですから」

 

「前時代的だねぇ〜。まあいいや、面白くないから適当に捏造しとくか」

 

嫌な予感が的中した瞬間だった。一夏も項垂れてるし、僕も標的にされるんだよね。はぁ…

 

「じゃあ、次はオルコットさん!杠君と戦ってみてどうだった?」

 

嘘、だろう…?一夏→セシリアって流れだと、ラストは僕ってこと、なのか。何このプレッシャー。

 

「えーっとですね…まず桜華さんと何故戦う流れになったのかについてからお話させてーー」

 

「長くなりそうなんでいいや」

 

「あ、貴方ねぇ!!」

 

「織斑君に惚れたってことにしよう!」

 

「それは違いますわ!?どちらかと言われますと桜華さんの方が…」

 

セシリアが最後の辺り早口で言ったけど、なんて言ったんだろうね?全く聞き取れなかったよ…

 

「へぇ、そうなんだ。じゃあ最後は杠君!君には幾つか質問するね?」

 

無視しよう。こういう輩には無視が一番効くはずだよねうんそだ予想にキマッーー

 

「質問するね?」

 

「はい…」

 

はぁ…もうね、ため息しかでません。

 

「じゃあ、まずはオルコットさんと戦った感想は?」

 

いきなりハードですなぁ。まぁ、セシリアにも同じ質問してたから聞かれるかなー、なんて思ってたけどね…

セシリアからの視線がすんごいの。そりゃあ気になるのは分かるけど、見過ぎだから!そんなに見たら僕の身体に穴が空いちゃうよ!!

 

「つ、強かったです!僕じゃあ言葉に表せないほど本当に強くて、何度も心が折れそうになりました。勝てたこともまぐれだったと思いますし…」

 

「何で心が折れなかったの?」

 

この人は…ぐいぐいきすぎじゃないかな?それにセシリアだけじゃなくて、一夏と篠ノ之さんも「私、気になります!」みたいな視線を向けてくるし。

けど、どう返したらいいんだろうか?まさか無意識に口走った箇所を聞かれるなんて思いもよらなかったし…あっ、そうだ。

 

「僕はある人に言われたんです。いつまでそこに立ち止まってるつもりって。僕は多分、心の何処かで諦めていたんです。僕以外の色んなもののせいにして…

だけど、僕はもう立ち止まるのをやめたんです。例え地面に這いつくばったとしても、逃げるよりはましだって思ったので」

 

「そうなんだ…」

 

うん、嘘は言ってないよね?実際に(茶番でだけど)楯無に言われたし。それに千冬さんの勘違いを解くより、勘違いし続けてもらう方が長生きできますしおすし。

 

「なんだか変な話をしちゃいましたね、ごめんなさい。適当に捏造しちゃってください」

 

「え、ええ。じゃあ最後に織斑君に何か一言!」

 

「一夏は土壇場で力を最大限出せる人間だと思います。ですから僕は信じてます。代表戦にも勝てるって…」

 

照れた一夏はちょっと、いやかなり気持ち悪いけどこれは心の底から思ってることなんだ。

何というか、時折人が変わってるんじゃないのかって疑いたくなるぐらい変わるんだよね。しかも、その変わるタイミングは狙ってるのかって言いたくなるぐらい重要な場面だし…

 

「ありがとう。じゃあ、最後に専用機持ち3人の写真を一枚ちょうだい?」

 

その声を聞き、一夏を中心にして僕、一夏、セシリアの順で並んた。セシリアは何故か僕の隣で写真に写りたいって言ってたんだけど、黛さんがセシリアの耳元で何かを言ったら、セシリアが目にも留まらぬ速さで動いてこの並びになった。

黛さんが何を言ったのか気になるけど、知らない方がいい気がするから、そのことに触れないでおこう…知っちゃったら、もう後戻りできないと思うし、ね。

 

「じゃあいくよー?1+2×1-1÷1はー?」

 

「「「「「イチぃぃぃぃぃ!!!」」」」」

 

パシャッ!!

 

「セシリアだけには独り占めをさせないよ!」

 

「そうだそうだー!」

 

カメラのフラッシュが光るまでの間に皆が僕達の後ろに立って、写真に映り込んだみたいだった。

ていうか、1+2×1-1÷1って2じゃないの?あれ、これってもしかしてツッコンじゃだめなやつですか…はい、ごめんなさい。

 

「ま、クラス写真としてならいいか。じゃ、またね〜」

 

こうして黛さんは去っていった。ふぃー、そろそろ僕も帰りましょうかnーーうん、右腕が若干重い?

右腕を見ると、背筋を伸ばしたせいでぷらんぷらんとぶら下がっている布仏さんの姿が。

 

「の、布仏さん!いつの間に!?」

 

「てひひひひ」

 

「の、布仏さん!貴方ねぇ!!」

 

「わぁ〜、逃げろ〜」

 

「待ちなさい!!」

 

ぬるぬると人の隙間を縫っていく布仏さんを、人を威圧で退かしながら追いかけるセシリアは側から見るとシュールだった。

暫く、二人を見ていると僕の周りには人が居なくなり、少し静かになった。どうやら、一夏の周りにまた、女の子が大勢で殺到しているようだ。

パーティのノリに任せて一夏にドキッ!アピール大作戦!?的な雰囲気を感じる。一夏、ファイト!僕は先に帰るから、後は若いモン同士で、ね?

とことこと食堂を離れていく。途中、一夏の声が聞こえたのは気のせいでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮の部屋に着くと、バタバタしながら部屋を整理してる楯無が居た。「何やってるの?」て聞くと…

 

「引っ越しよ!」

 

「はい?」

 

「桜華くんには今日から、隣の部屋で生活してもらいます」

 

若干イライラしている楯無から告げられたのは、平穏な時間が確保されるという吉報だった。

あれ、ちょっと可笑しいよね?いや、アレだよ?引っ越し自体は何も可笑しくはないけど、分かった。僕が引っ越しするのに楯無がバタバタしてるからだ!

何でバタバタしてるの?えっ、その鞄って僕がこの部屋に暮らせって言われたときに持ってきた奴だよね。てことは、だよ。

 

 

「まさか、さっきまで整理してるのって僕の荷物かな?」

 

「そうよ。この『SMグッズtoday!』ていう本とか『今週のお姉さん』ていう本とかを桜華くんの鞄にーー」

 

「それは僕の荷物じゃなぁぁぁぁい!!」

 



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第11話 転入生、現る

Side 桜華

 

「はぁ…はぁ…」

 

身体の節々が痛いし、足の震えが止まらない。それに、呼吸も荒い。

ここまで聞くと、まるで重傷しているようにに聞こえるかもしれないけど、そんなことはない。

ただ、僕は何時ものように楯無にボッコボコにされただけだ。けど、今日のは何時もとは違う所がある。それは、早朝であること。そして、生身であること。

何故、このような状況になったのかと言うと…物語は昨日から始まった。

 

ホワホワホワホワーン…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、僕の引っ越し作業を手伝う手を止めて楯無は言った。

 

「桜華くん、護身術には興味はないかしら?」

 

「うーん、アリかナシかで言ったらアリだね」

 

えらい急だなー、なんて思いつつも正直に返す僕。

実際、僕は世界で二人しか居ない男性IS適合者だから、誘拐とか襲撃とか絶対あるに決まってる。そうなった場合、生身でも自分の身は自分で守れるぐらいにはなっておきたいよね。

 

「私が教えてあげよっか?」

 

「けど、前にこれからは忙しくなるって言ってなかったっけ?」

 

そのせいで、僕の特訓に割く時間がなくなる。そういう話だったはずだけど。

 

「朝にすればいいのよ」

 

「あー、なるほど!じゃあ、教えてもらってもいいかな?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 

 

 

 

「朝よ。起きなさいこの豚野郎」

 

「朝から罵声はやめテェェェ!!」

 

「けど、目が覚めたでしょ?」

 

「ぐぬぬ…」

 

こんな感じで寝てるのを叩き起こされた僕は、寝ぼけながらジャージに着替えて、グラウンドに向かった。僕はMじゃないよ?誤解のないように言うけどね。

 

ババーンッ!!

 

「今日から毎日、朝は何をするにもまず走りなさい」

 

六時ニ〇分。グラウンドに着くと、上は白いジャージを着てるのに下は何故かブルマを履いている楯無が居た。ばっと広げた扇子には『熱血!!』と字に合わせてか朱色で書かれている。

何処から鳴らしたか分からない効果音と、楯無の不埒な格好はスルーするとして、走るのか…

 

「このグラウンドは一周五キロあるから、一日一周してもらうわよ」

 

「このすんごくて、広いグラウンドを一周!?」

 

「立ち止まるのをやめたんじゃないの?」

 

ニヤニヤしながら言った所を見るに、楯無と黛さんは繋がってるんだろう。はぁ、憂鬱だなぉ…

 

「は、はい…やらせていだだきます」

 

こうして、僕はグラウンドを走ることになったんだけど、やっぱり、しんどいよぉ…足が縺れて何回も転んじゃったし、何度も立ち止まっちゃった。

身体がボロボロになっていく僕を見て、馬鹿にしたように笑ってる女の子達が沢山居た。

朝から精が出ますね。女尊男卑主義者って早起きしないといけないのか…お疲れ様です。

何て思いながら走っているときにふと楯無を見ると、笑っていなかった。それどころか、真剣な表情で僕を見てくれていた。ドロドロになりながらも、走る姿をまじまじと見られて恥ずかしかった。

けどね、それ以上に僕は嬉しかったんだ。何時も巫山戯たり揶揄ってきたりするのに、こういうときには真摯に付き合ってくれてるんだって思えてね。

だからだろうか、何とか走りきることができた。

 

「ぜぇーっ、ぜぇーっ」

 

「やればできるじゃないの?ほら、これでも飲む?」

 

楯無はスポーツドリンクとタオルを僕に差し出してきた。楯無に対する僕の好感度がぐんぐんと上がっていく。

 

「はぁ、はぁ、うん…ありがとう、楯無」

 

僕はスポーツドリンクを受け取るときに少し触れた楯無の手は暖かくて、顔が熱くなっていく。

このままだと、何かの拍子に楯無のことを好きに…っ!いや、そんなことあってたまるか!一生揶揄われるに違いない!!

 

「じゃあ、少し休憩したら次は道場に行くわよ」

 

「わ、分かった…」

 

「ちなみにそれ、私の飲みかけだから」

 

ブウゥーッ!

 

僕は思わず、口に含んでたスポーツドリンクを吹いた。さっきまで上がっていた好感度が大暴落したのと同時に、揶揄われてたんだと気づいた僕は、

 

「ムカつくムカつくムカつくぅぅぅぅ!!」

 

叫んでいた。

 

 

 

 

 

恥ずかしさや怒りやらで頭の中がごちゃ混ぜになったまま、楯無と道場に向かった。

道場に着いてからさっき渡された柔道着に着替えると、僕を待っていたのは柔道着姿の楯無だった。今度はちゃんと着てるんだね、良かった良かった。

 

「じゃあ、今から桜華くんにやってもらうのは、どんな手を使ってもいいから私から一本取ってみなさい」

 

「えー」

 

「何かな?」

 

「生徒会長って生身も含めて学園最強って、前に言ってなかったっけ?」

 

「ええ、言ったわ。

でも、それが如何かしたの?何かと理由をつけて逃げるつもり?」

 

僕:さっきまで休憩を取っていたものの、グラウンドを走ってもうくたくた。おまけに格闘技経験は〇。

楯無:僕の走りを見てただけで、身体を動かしていない。そして、二年生にして学園最強。

これは何かの縛りプレイなのか…?

 

「来なさい、立ち止まってるだけじゃ強くはなれないわ」

 

えー、ほんとにやるの?嘘でしょ…

そりゃあ、昨日は黛さんに茶番を真実かのように言いました。けど、それだからって昨日の今日でいきなりーー

はい、ごめんなさい。やりますやらせていただきますだからそんな豚を見るような目で見ないでください勘弁してください。

 

「うぉおおおお!!」

 

「あらあら、如何したの?そんな遅い拳じゃあ当たるものも当たらなくなるわよ」

 

気合いを入れてがむしゃらに手を出すも、楯無はひらりひらりと舞い遊ぶように躱す。

遅いっていうなら今日の所は勘弁してよぉ!この鬼畜ぅ!

 

「あら、足元ご注意」

 

楯無が姿を消したかと思えば、視界が九〇度傾いて脛がじんじんと痛む。どうやら、僕は足払いをされたみたいだ。

って!そんな落ち着いて考えてる暇はッ!?

 

「ぐふぇっ!!」

 

右半身を畳に打ちつけてすごく痛い。それに、舌をちょっと噛んじゃったしもう嫌だよぉ…

倒れた体勢のまま上を見ると、楯無が僕の首に手を添えながらニヤニヤ笑っている。

 

「はい、一丁あがり!」

 

「ほ、本当、楯無は強いな」

 

「そりゃあ生徒会長だもの。立てる?」

 

格闘技の経験がない僕が分かるほどに、楯無は強さの次元が違う。一体、どれだけ頑張ればそんなに強くなれるんだろう?

そんなことを考えながら、僕に差し伸べられた手を掴もうとして、やめた。普通なら迷わず取る場面だろうね。そう、()()なら。

 

「私の手を取らないなんて…男の子ねぇ」

 

「いや、最初から取らせる気なかったよね!?」

 

「そんなことはないわ」

 

「だったら、何で手をグーにしてるのさ!!」

 

「さ、桜華くんが立ったことだし再開しましょ!」

 

この後僕は、楯無に何度も何度も畳に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホワホワホワホワーン…

 

「貴方、結構持つわねぇ。意外と根性在るんだ?」

 

「誰が、ここまでぇ、やったと、思って…」

 

そう言いつつも、僕は根性がある方なのかもしれない。バッタバッタとなぎ倒されている間に、僕は楯無にぎゃふんと言わせる方法をずーっと考えていたんだ。

そして、ついさっき良い案を思いついた。上手くいけば、楯無から一本取れるかもしれない…

 

「次で最後にしてあげるから、がんばりなさいな」

 

次で最後、ねぇ。

ちょうどいい。最後だと思えば、身体の痛みを我慢できる…ふふっ、そうして楯無に黒星をつけさせてやる!

おっと、今は落ち着いて息を整えるんだ。焦るんじゃない、チャンスは絶対に来る…痛みを我慢してもちょっとしか動けない。だから、楯無から近づいてもらうんだ…!

 

「ちょっと。聞いてるの?意識ある?」

 

僕の意識が朦朧としてると思ったのか、楯無がこっちに近づいてくる。その思いやりを仇で返してくれようぞ。

だけど、楯無はまだ遠い。もっとギリギリまで動くのを我慢して、出来るだけ惹きつけるんだ…

 

「本当に大丈夫?」

 

僕と楯無の距離は約五メートル。まだ…まだ動くには早いし、それに今の僕だったら届かない。

 

「ねぇ、桜華くん?」

 

三メートルを切った。

キタ!フラグを乱立させたら回収されないってほんとのことだったんだね!!

 

「うぉおおおおっ!!」

 

力を限界まで振り絞って畳を蹴った。足がピキピキッと鳴った気がするけど、今は無視だ。

そこまでしても、僕が出したスピードは遅いかった。だけど、楯無は僕が動くと思っていなかったんだろう、咄嗟に構えるも素人目で見ても隙だらけだった。

楯無との距離、五〇センチ未満。僕は、引き絞った右腕を楯無の胸の辺り目掛けて伸ばした。

 

「届けえぇぇぇ!!」

 

僕は、あのときに見た彼のように、ヴォイドを取り出すんだぁぁぁぁ!!

 

ボインッ!

 

「えっ?」

 

右手は楯無の胸を貫いたとは思えない感触だった。しかも、柔らかい?

 

もみっ、もみっ…

 

右手に当たったものはすごく柔らかくて弾力もある。そして、布越しだけど仄かに暖かい。

 

「いやんっ」

 

「えっ、ええええええ!!!」

 

楯無の胸を鷲掴みしている、だと!?い、いい一体全体何がどうなってこうなったーー

まさか、ヴォイドを取り出すのに失敗したッ!?

 

「うふぅっ!」

 

腹に強い痛みを感じたと同時に、身体が浮遊感に襲われた。どうやら、僕は楯無のボディーブローを喰らったようだ。

 

「乙女の胸を揉んだ罪は重いわよ」

 

そして、僕が少し宙に浮いている間に、楯無は僕が視認できない速さで拳を繰り出した。痛みから察するに、肩・胸・腹を何発も殴られたみたいだ。

 

バタァアンッ!!

 

「ぐふぇっ!」

 

「貴方の罪を数えなさい。」

 

「すいま、せん、でし、た…」

 

今日の中で一番強く畳に激突して、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水をぶっかけるという、雑な起こし方で気絶から目覚めた僕は、楯無に誠心誠意を込めて人生で二度目の土下座をした。

理由は、アレだよ…アレ。ボディーの一部をタッチしちゃったんだよ。それ以上は聞かないでください。

まぁ、兎に角僕は楯無に謝罪したわけだけど、楯無は条件つきで許してくれたんだ。

食堂のゴー☆ジャスパフェ一つ奢ることと、生徒会に入って楯無の仕事を手伝うことで。楯無の仕事を手伝うに関しては、色々とお世話になってるから良いんだけどパフェが、ね…

あのパフェ、実は一つで一七五〇円する、ゴージャスの名に相応しい一品なんだ。食堂のスイーツメニューの中でも断トツで高いお値段にして、人気のある商品の一つらしい。布仏さんによると。

昨日の布仏さんと今日の楯無で、僕の財布はからっからだよ。あはははは…ぐすん。

 

「おはよう、杠くん」

 

「おはようございます…」

 

ボロボロの身体を引きずってとぼとぼ歩いていると、クラスメイトの相川さんに挨拶された。

相川さんといえば、この前セシリアがクラスの皆に謝ったときに最初に拍手をしてくれて、あのときの行いは許そうムードにしてくれた人だよ。あのときは、ほんとにありがたかったね。

 

「大丈夫?しんどそうだけど…」

 

「大丈夫です…心配していただいてありがとうございます」

 

「そ、そんなお礼だなんて…!」

 

「おっはよ〜、ゆずリン!キヨキヨ!

ねぇ知ってる〜?今日は一組と二組に転入生が来るんだって〜」

 

後ろから現れた布仏さんに挨拶を返した後、挨拶の後に言っていたことについて考える。

転入生…まだ、四月に入って二週間も経たないうちに転入だなんて、ちょっと可笑しくないかなぁ?これもやっぱり、僕と一夏の存在が大きいのだろうか。

 

「何でも〜、一組にはフランスの代表候補生、二組には中国の代表候補生なんだって〜!」

 

フランスに中国、か…それぞれの国で思い浮かぶ人が居る。

フランスは、僕が記憶を失ってから叔父さん叔母さんが事故で亡くなるまで生活してた、小さな村で仲が良かった金髪の女の子。いわゆる、幼馴染だね。

そして、中国は一夏のことが大好きで仕方がない、典型的なツンデレ茶髪ツインテールの女の子。その子は僕にとって、気兼ねなく接することが出来た数少ない女の子の友達なんだ。

まさか、ね。この二人が転入生の正体だった!みたいなこってこてのラノベにありそうな展開はーー

 

キュピーンッ!!

 

「ゆずリンどしたの〜?身体がビクビクゥってなってたよ〜」

 

「少し、寒気がしまして…」

 

シックスセンス、勘が告げた。今のはフラグだと…

もう、絶対バタバタするんだろうなぁ。セシリアとの蟠りもなくなったし、ちょっとはクラスメイトと打ち解けてきたのに…

 

「とりあえず、教室に入ろうよ」

 

「そうですね、入りましょう」

 

教室に入ると、一夏の席付近に人だかりが出来ていた。そして、そんな人だかりをセシリアが遠目に見ていたので、声をかけてみた。

 

「おはよう、セシリア」

 

「おはようございます、桜華さん」

 

「そういえば、今日一組と二組に転入生が来るらしいね」

 

「そうらしいですわね。あちらの方がその転入生ですわよ」

 

「そうなんだぁ」

 

セシリアが示した方向はやっぱりというか、人だかりのある場所。すなわち、一夏の居る所だ。じっくりと見てみると、ツインテールがぴょこぴょこと見え隠れしている。

 

「やっぱり、鈴なのか…」

 

僕の声に気づいたのか、人だかりから如何やってるのか知らないけど顔をこっちに向けた。

今、結構小声で言ったんだけどなぁー。出来たら、今は気づいて欲しくなかったなぁー。だってさ、もう千冬さんが教室にいるんだもの。

 

「あんたが何でここにいるのよ!桜華!?」

 

「お前こそ何故ここに居る?」

 

バシィンッ!

 

「久しぶりの再会なのに何ーーち、千冬さん…」

 

「織斑先生だ、凰。さっさと自分のクラスに戻れ」

 

「は、はい!」

 

千冬さんにビビったのか、鈴は脱兎のごとく一組から出ていった。

鈴が行ったし、これで何の問題もなく自分の席に座れるよね!なんて思っていた矢先、誰かに思いっきり胸倉を掴まれた。

 

「い、い、今の方は!ど、どんな関係ですの!?」

 

「そ、そうだよ!まま、まさか付き合ってッ!?」

 

「おもしろい展開になったねぇ〜!」

 

「お、落ち着いて!セシリア、顔が近い!近すぎるからぁ!!

相川さん、僕と鈴がそんな関係な訳ないじゃないですか!ていうかポカポカ殴らないでぇ!!

布仏さん!笑ってないで二人をなだめて!ああ、僕を置いて席に座ろうとしないでぇ!!」

 

今のセシリアは目が血走っていて、すごい怖いし、相川さんは殴ること自体は痛くないけど、振動で身体が揺れてめちゃくちゃ痛い。

ああ、終わった…千冬さんで左右の手で一つずつ得物を持ってるしDAO5、鈍痛が頭に襲う五秒前だよ。

 

「これが落ち着いていられますか!?」

 

「落ち着けるわけないよ!?」

 

バシバシバシバシバシィインッ!

 

「さっさと席に座らんか、馬鹿者共」

 

千冬さんの手から離れた得物、出席簿と必読と書かれたISの参考書は意志を持ったかのように、出席簿は篠ノ之さん・セシリア・相川さんに、ISの参考書は一夏・僕の頭にぶち当たり、千冬さんの手に戻った。

当たり前のようにやってるけど、物理法則無視してませんか?気にしたらだめですか、あっはい。

 

「今日は転入生を紹介する。()()()()、入れ」

 

デュノア、と千冬さんは言った。

けど、教室に入ってきた人の姓はデュノアじゃなくてマルシェだったはず…いや、けどなぁ。間違いなくシャルだよなぁー。

 

「フランスから来ました、シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします」

 

金色の髪は後ろで束ねて、中性的な顔つきはどこか懐かしさを覚える。そして、アメジストの瞳は出会った頃から変わりなく綺麗な僕の幼馴染。

シャルロット・マルシェ改め、シャルロット・デュノアが一組に転入して来た。やっぱり、勘って当たるものなんだね…

そして、シャルが僕を見て微笑んだとき、左隣の席からピキッと音がしたのは気のせいだよね?

 



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