少女が魔に身を堕とすまで (黒下あころ)
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序章 いずれたどり着く結末
勇者と魔女


プロローグみたいなものです


 霧が濃く、前の様子すらよく見えない村。並ぶ家々は半壊していてボロボロなものばかり。少し自然があると思えばそれらすべては枯れている。そこから少し歩けば、たくさんの建物が並んでいる人々の住む町並みが見える。ただ、以前として霧に包まれており、すべての建物が壊れかけていたり、すでに壊れているものばかり。人のいる気配すら感じられない。まさに、廃墟だ。

 

「ふんふんふーん」

 

 そこを歩く少女が一人。歪な形の短剣を携えて、汚れて数ヵ所の部位が壊れている薄くて軽い鎧をつけている。この町に人はいない。彼女がすべて追い出してしまったからだ。そんな彼女をよしとしなかった集団だって当然いる。

 彼女は化け物同然の扱いだった。人々からしてみればこの少女は倒されるべき敵なのだ。

 そんな彼女を討伐しようとする集団がどたばたとやってくる。頑丈な鎧をつけて剣や槍を構えて少女を狙う。全員が訓練されたどこかの正規軍だろう。少女の様子を確かめるよりも先に彼らは踏み出す。重装備なはずなのに、その動きは機敏だ。最低限の歩数で少女に攻撃できる範囲まで近づく。

 そして、剣は振り下ろされる――が、歪な短剣で少女はそれを弾く。小柄な体のどこにそんな力があるのかわからない。弾かれた兵士はあまりの力で体勢を崩す。少女はその隙を追撃することもなく、ゆっくりと手を翳す。何か嫌な予感がしたのか、兵士の一人が少女の短剣の届かない位置から槍で攻撃を始めた。

 

「邪魔しないでくれますか?」

 

 繰り出される突きを身軽に避けてイライラしながら少女はすっと距離を詰める。軽く槍の兵士を切りつけようと短剣を振るうが、鎧を切り裂くことはできずに軽く金属音を鳴らすだけで済んだ。

 

「あなたももう終わりですね」

 

 クスクスと少女は笑う。鎧ごと切り裂くつもりは元々なかった。鎧は短剣の当たった部分から紫の塵を吹き出しながら変色して、そのままひび割れていく。先ほど短剣で弾かれた剣も同様にひび割れて砕け散った。残りの兵士たちも少女へ一気に攻撃するが、すべて回避されて短剣の攻撃を受けて、装備を壊されてしまった。

 

「ぐっ、この魔女め! 灰になれ!」

「まだ逃げ帰らないんですか?」

 

 兵士の一人は手から太い光線を放つが、少女は手でそれを弾く。他の兵士たちもこぞって同様に光線を放つ。それでも、少女には通用しない。少女に届く前に何かに阻まれて消されてしまう。

 

「けほっ、けほっ……」

 

 兵士の一人が咳き込む。喉に何か詰まったような嫌な感覚だ。この霧の中にいるだけで、いつもよりも調子が悪い。万全のコンディションで目の前の少女に対処できない。視界がだんだんと霞む。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 少女の一言を聞いて、体から力が抜けて、ふらついてそのまま倒れる。それを皮切りにして、兵士たちは次々と倒れていく。

 少女は再び、歩き始める。霧の濃い町の様子を一人で眺めながら。

 

「おい、まだ終わってねえぞ」

 

 背後から声を掛けられる。兵士はすべて倒したはずなのに。渋々後ろを振り返ると、鮮やかに光輝く剣を持った少女だ。

 

「勇者、ですか」

「お前は魔女だな?」

「そうなりますね」

 

 勇者の少女は魔女の少女と同じように薄くて軽い鎧を着ている。ただ、魔女と同じようなボロボロのものではない。

 勇者がぶんっ、と剣を振るう。剣から放たれた光が霧を一気に消し去る。

 

「こんな気味悪いところで戦ってられるかっての」

「……」

 

 勝ち気な勇者の様子を見て、魔女は苛立っていた。目の前の勇者は特別な存在だ。まあ、ある意味では魔女もそういう存在かもしれない。

 それでも、この勇者は光を浴びて育ってきた恵まれた存在。疎まれる魔女とは雲泥の差がある。選ばれた存在という勇者が許せなかった。嫉妬だ。魔女はいつだって、まともに生きられるようなものではなかった。なんだか、世界に「生きるな」と言われているような気がして、それでも死を恐怖して生に執着し続けていた。普通に生きるのすら不自由だったのにも関わらず、さらには恵まれているなんて、とても許せるものではない。

 

「どうしたよ、勇者相手は怖じ気づくのか? 魔女さんよ」

「ああ、煩わしい……よくない。よくないですね、あなた」

「何いってんだ、わけわかんねえぞ」

「あなたが生きてるときっとよくないです。ダメです」

「だったら死なせてみろよ」

「……」

 

 鋭い殺気を放って、魔女は勇者に詰め寄る。それに勇者も対応する。勇者の重い一撃に、魔女は体勢を崩す。そこを逃さず、勇者は魔女に剣を振り下ろす。勇者の剣が魔女を切り裂く。

 

「ぐぅぅぅぅぅ……!」

 

 魔女は呻いて、ふらふらと後に下がる。血がだばぁっと溢れて吹き出す。

 が、一瞬にしてその傷は塞がる。

 

「まあ、まだ終わりじゃねーわな!」

「……殺す」

 

 勇者と魔女の激しい戦いは続く。金属音が絶え間なく激しく響く。魔女は炎や電気を放ち、勇者は剣から光線を放つ。廃墟当然の町並みが二人の戦いで壊れていく。徐々に二人の戦いは苛烈になり、轟音を撒き散らしつつ、破壊行為を繰り返す。黒煙が上がり、お互いが相手を殺すための攻撃を放つ。勇者は魔女の攻撃を受けても装着している鎧がそれをはね除け、魔女は勇者の攻撃を受けても瞬時に回復する。

 二人の絶え間ない殺し合いを続ける。数時間に渡り、その戦いは続く。凄まじくなっていく戦いによる破壊の跡はまるで大国同士全面戦争しているほどのものだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 魔女は息を荒げる。全身が痛い、傷もだんだん癒しきれずになって小さな傷がたくさん増えてきている。

 

「……」

 

 それに対する勇者も険しい。着ている鎧は神によって作られたとされる伝説の鎧。どんな攻撃であれ、その威力を軽減して無力かさせる。それでも、魔女の攻撃は完全に殺しきれずにその衝撃を受けてしまう。体にダメージが蓄積している。

 お互い、もう後一撃が限界だろう。勇者は光輝く剣、聖剣と呼ばれた剣を掲げ、魔女も歪な短剣を構える。

 そして、同時に動いて二人の剣がそれぞれ相手の命を刈り取るために振るわれ、相手の体を抉る。両者は血を吹き出して倒れる。

 

 ――二人の戦いはそこで終結した。




この勇者はほとんど本編に出てきません
次からはもっとゆるーくやります


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一章 さいしょの町
異世界転生


題名通り、異世界に転生するやつだけど、神様にひいきされてクソ強いパワーをもらったりしないので、チート大好き!という方にはおすすめできません
前の話の片鱗もないので注意です!


 太陽の照りつける昼過ぎ、木々が生い茂って太陽を遮って日陰を作る。ベッドに横たわる少女は外の様子を眺めて、ため息をつく。一昨日、昨日も見た景色にうんざりする。だんだんと痩せ細っていく自分ではきっとこの木々の向こうを見ることは叶わないだろう、と心の中で吐き捨てて外の緑を見るのをやめてベッドに潜る。命が手から離れていくような自分と違って、外の緑はまだ生命を誇示していてなんだか死を近くに感じさせる。痩せ細っていく自分の体と違って、大きくなっていく樹木は昔は癒しだったが今となってはもはや恐怖の対象になりつつある。

 

 それでも、毎日それから目を離せない。遠からず自分はこの木々が朽ちていくよりも早く死ぬだろう。自分よりも命を輝かせているそれに少女は嫉妬に近い感情を持っていた。妬みと羨望が入り交じったような感情。恐怖しつつも少女は毎日、外の緑を目に映していた。

 そして、いつも怖くなってそれから目をそらすのだ。少女は日に日に弱っていくのを感じながらベッドに潜ったまま一日を過ごしていく。

 そうして、少女はいつも通り死に怯えて生にしがみつくようにして毎日を過ごす。

 それでも、命の輝きは少女から離れていくばかりだ。日に日に少女は焦る。このまま意味なく死んでしまうのは嫌だ。いくらそう思っても体は衰弱していくばかりだ。

 

 ――そして、そのまま少女は一生を終えた。

 

 

 

「こんにちわ。いや、こんばんわかな?」

 

 突然の声に少女は驚く。気がつけばっ暗な空間に少女はいた。体がふわっと浮いて上も下も何も見えない暗闇が広がっており、目の前には光る球体が一つ。

 

「……誰?」

「案内人みたいなものさ」

 

 周囲に問う。光球は自分の意思を示すように動き回りながら言葉を発して答えた。

 

「っ!?」

 

 目の前の信じられない光景を前にして少女は固まる。

 

「何を驚いた顔をしているのさ。別に私がなんだっていいじゃないか。私はただ、君に選択を委ねに来たんだ」

「……選択、ですか」

 

 よく考えればこの場所も普通じゃないし、これはきっと夢で目が覚めればすべて消えてなくなるのだから何が起きても大丈夫だ、と自分に言い聞かせて少女は我を取り戻す。どうせ戯言だろうと本気にせずに適当にあしらってやろうと思っていた少女の心を次の一言が打ち砕く。

 

「君の一生は短い」

「……」

 

 少女の心は一瞬にして荒れた。光球の言葉で一気に少女は思い出した。今まで衰弱して死を待つだけだった病室で過ごし、死を怯えてベッドに潜り込んだ日もあれば、外から見える生命の眩しさに目をそらした日もあった。そして、それらの日々すらももう戻ってこない。

 

 ――もう自分が死んでしまった、ということを少女は思い出してしまった。

 

「でも君のような人間がこのまま生を終えるのは惜しい。だから、君も長く生きてみないか?」

「……どういうことですか?」

「別の世界で長い命として生まれ変わってみないかってことさ」

 

 胡散臭く信じられない話だが、少女には耳を傾けざるを得なかった。あまりにも魅力的すぎた。短すぎた人生を終えた彼女には生きるということには執着ないわけがない。少しでも可能性があるなら、それに手を伸ばさざるを得ないほど、それは強いものだ。

 

「わかりました」

 

 だから、どういうことかよくもわかってない話に詳細も知りもせずに頷いた。

 

「詳しい話も聞かないなんて意外だね。君が行くのは大昔だとか未来だとかそういうものじゃなくてまったく別の世界、異世界ってやつだよ。君はそこで新しい生活を送ることになる」

「はい」

「他に質問しておきたいことは?」

「そっちに行ったとき、私の寿命はどうなっていますか?」

「お婆さんになるぐらいまで生きられるさ」

「わかりました。もう聞いておきたいことはないです」

 

 少女は決意を固めて頷く。人並みに長く生きられるのなら、どんな世界だっていい。それが揺るがない少女の想いだ。

 

「君に新しい命を与えよう」

 

 光球の声と共に意識がふっ、と消える。少女の意識もそこで暗転して闇に紛れていく。

 

 

 

 気がつくと、少女は平野に立ち尽くしていた。辺りは真っ暗で遠くの方を見通すのは難しい。

 あの光球と話したと思えばこんなところになぜか立っていた。周囲には山々らしき影が見えるだけで、どこに何があるかはとてもわかったものじゃない。

 

(――ああ、なるほど。これが新しい命か)

 

 少女は数分の思考の末、答えにたどり着いた。今さらながら、あの頃の病弱な体と違って体は動くし、走ったりもできる。四肢の長さや肌の様子も違えば、顔の目や鼻といった各パーツですら違和感を覚える。別の体になった、ということだろうか。

 

(これは、転生かな)

 

 外に出ることすらできなかった少女はよく本を読む、インターネットを触るなどのことをしていたこともあった。そういうものの中で異世界に召喚されたり、転生したりするものはよく見た。そういった創作物がぱっと頭の中に浮かんだ。光球も新しい世界、などと口走っていた。

 

「これから、どうしようかな」

 

 新しい命として生まれ変わったが、やりたいことなんて思い付きもしない。

 それに、ここは少女の知る世界ではない。

 

「はぁー……」

 

 ゆっくりと背伸びして、少女は上を見上げる。

 ――目に飛び込んできたのは、見たこともない光、星空だ。

 

「――綺麗」

 

 思わず少女は呟いた。夜空に広がる星、それらが作り出す星座に少女は思わず目を奪われた。目をキラキラさせて、それらをじっと見つめていた。星空がこんなに綺麗だなんて知らなかった。呆然と口を開けて、ひたすらじっと夜空を眺めていた。

 

 だが、その状況は一変する。真っ暗な平野が完全に光を吸い込む暗黒の空間に変わる。

 

「……なんですか、これ」

 

 いや、違う。情報が急に少女の頭の中に入り込んできたのだ。周囲に――文字が浮かぶ。少女の知らない文字の羅列が辺りを埋め尽くす。

 

 ――まるで、思い出したように頭の中に情報が詰め込まれていく。

 

「私は……私は――アリア」

 

 そして、その情報の一つをアリアは読み上げる。今、現在の自分自身の情報を次々に読んでいく。

 

「今の私は……女神? ここ、ファンタジー世界じゃないですか。魔法もあれば人間以外の人型種族もいる、と」

 

 げんなりしながら、ひとつひとつの情報を読んでいく。

 どうやら魔法のあるファンタジー世界のようで、そんな世界に転生するだなんて夢にも思っていなかった。

 

(前途多難そうだなぁ……)

 

 心の中で呟きながらため息をつく。

 

「せっかくだから、魔法を使ってみるかあ……」

 

 すぅーっ、と少女――アリアは空中に文字を描く。アリアの見たこともない文字だ。魔法式、というものらしい。魔法式が空中に浮かび上がり、光る。

 

「――"ファイアーボール"」

 

 突然、火球がアリアの手のひらに形成される。

 

「なるほど、これが魔法……」

 

 ふっ、と火球が消える。それと共にどっ、と疲れがやってくる。体に巡る魔法を使うためのエネルギーである魔力がごっそり減ったみたいだ。

 

(そういえば、女神って攻撃に関してはからっきしダメだったような)

 

 先程、頭に流れてきた情報をもう一度探る。女神は身体能力も低ければ攻撃魔法もろくに使えないバッドステータスが最初から付与されているらしい。あの手のひらサイズの"ファイアーボール"ですら相当な魔力を持っていかれたのもそのせいのようだ。

 

「攻撃性が極めて低い代わりに、回復と防御の魔法に関しては女神の右に出るものはいない、か。それにしても……」

 

 頭の中のデータを思い出しながら苦笑する。

 

「女神は誰かを勇者にすることができる存在、か。そして、勇者は突然とてつもない力に目覚める者のこと……」

 

 "女神"についての情報を引き出す。そのついでに"勇者"に関してまで情報を引き出してしまったようだ。

 

(このファンタジー世界にも勇者はいるけど、魔王と戦うための戦士とかではないってわけか)

 

 この世界のことについても、ある程度は分析できた。頭に情報を流れ込まされたせいもあって疲労感が体全身に蓄積していた。アリアは体を横にして、目を瞑る。気だるくて、思考にノイズが混ざってもう何も考えたくない気分になっていた。

 

(――それにしても、私の頭に情報が送られてきたのはいったいなぜなんだろう)

 

 その疑問をふっと思い浮かばせて、すぐに意識は眠りに沈んだ。

 

 

「ぶぇっくしゅんっ!」

 

 肌寒さに震えて、アリアは盛大にくしゃみする。眠気眼を擦って、薄く目を開くと朝焼けの景色が目に飛び込んでくる。もう朝になっていたらしい。時刻はせいぜい五時か六時ぐらいだろうか。

 気だるい体を無理矢理起こして、辺りを見回す。夜にはよく見えなかったものがよく見えるようになった。それでも、人が住んでそうなところは見当たらない。

 

「どうしよっかなあ……」

 

 ひたすら途方にくれるばかりだ。

 とりあえず、お腹もすいてきたので何かしら果実などが見つからないか探すことにした。平原が広がるばかりで、とてもそれらしきものが見当たらないが遠くの方には山々がある。そこまでたどり着ければなんとかなるかもしれない。

 

 ――ぐぅぅぅぅ……

 

 腹の虫が鳴く。

 

「お腹減ったなあ……」

 

 ポツリと、アリアは呟く。さっさと、手頃な食べ物を見つけなければならない。

 

「調子はどう?」

 

 ――聞き覚えのある声が聞こえる。どこかで聞いた声だ。頭の中の記憶を探る。

 

「無視しないでよ、ねえってば」

 

 ――ああ、思い出した。光球の声だ。あれの声にそっくり――いやあの声そのものだ。

「今、お腹がすいて困ってるので後にしてくれません?」

 

 なんだか、お腹がすいているせいか腹がたってきた。バッと声のする方へ振り返って声を荒げる。

 

「そんなに怒らないでよ」

 

 そうやってヘラヘラと笑うのは白髪の少女。白い髪の中に汚く紫のような色に変色しているものも見られる。気味の悪い灰色に近い肌にも似たような変色している部分も見られ、なんとも不気味な容姿だ。

 

「……あなたが、私をここに連れてきた人ですか?」

「そうだね。私はルルフっていうの。よろしくね」

 

 にこっと笑う。その姿もどこか不気味だ。

 

「あなたには感謝してますよ。私、走ることすら不自由でしたから。もしかして、私を女神にして何かに利用しようとしているのかも、とは思いましたけどね」

「あはは、疑り深いなあ」

 

 ケラケラ、とルルフは笑う。まるで、あどけない子供のような笑顔を見せるがその目は笑ってない。

 

「――その通りだけどね」

 

 ニタァ、と嫌な笑みを浮かべる。

 

「……何をさせようとしてるんですか」

「そんなたいしたことじゃないってば。ただ――」

 

 ルルフが一文字にすぅーっと、空間をなぞるとそこから大量の文字の羅列――魔法式が溢れ出す。

 

「――君を食べちゃおうと思ってね」

「食べる? そのためにわざわざ転生させたんですか」

「そうさ。女神は神聖で神殿の信仰をその身に宿している存在。これほど美味しい餌はあるはずない」

 

 唇をペロッと舐める。それと同時に魔法式が円形を描いてその円の中に様々な模様を刻んでいく。

 

(これは不味い……!)

 

 急いで頭を回転させる。このルルフは自らを転生させるほどの力を有している。

 しかも、ルルフは魔法式を発動させた。指でなぞるだけで勝手に文字が出てくるなんてことはアリアは知らなかったが、そんなことを考えている暇もない。何か仕掛けてくるに違いない。魔法式によって描かれたのは――魔方陣だ。

 

 魔方陣は元々魔法式だが、構造を理解してしまえば魔法式を使わずに魔方陣を構築できる。つまり、一度使ってしまえば念じるだけで魔方陣を使える。アリアは頭の中のデータから情報を引き出す。

 

(何かの魔法を撃ってくる……絶対それを食らったら終わる……!)

 

 冷や汗が背筋を伝う。ルルフはアリアを「食べる」と言った。あれは自らを取り込もうとしている。自分自身を守らないといけない。頭の中のデータを必死で探る。魔法への対抗策は魔法しかないだろう。

 魔法に必要なのは消費する魔力と"イメージ"だ。

 だから、アリアは"イメージ"する。頭の中で四方八方から来るすべてを遮断するための壁を。

 

「――知識の神、ヴァイスの名の下にここに奇跡を発現させる。天空を押し止め、大地を繋ぐ森羅万象を再現する魔法の力よ、あらゆる邪悪を遮る壁をここに」 

 

 自然と頭の中に浮かんだ文章を唱える。詠唱、というものだ。魔法式や魔方陣同様魔法を行使するための準備だ。体全身に普通の人間だったときには感じられなかった力、魔力が込み上げてくるのがわかる。

 

「――"プロテクト"」

 

 光の膜がアリアを包み込む。女神のもっとも得意分野とする防御魔法がここに体現された。

 

「"ベノム"」

 

 それと同時にルルフの魔法が発動する。魔方陣が強く輝き、濁った紫のような色をした煙が魔方陣から噴射される。光の膜に弾かれて煙は霧散する。

 

「やっぱり、追い詰めたら魔法使ってくれるよね。今日はちょっと君をいじめてあげようと思っただけだからさ、気にしないでよ」

「……」

 

 からかうようにしてルルフは笑い、そのまま魔法を解く。攻撃はもうしないぞ、というアピールのつもりかもしれない。それでも、アリアはまだ警戒と共に魔法を解かない。女神の防御魔法はそうそう壊されないなら、そこに籠る方が安全なはずだからだ。

 

「――君を食べるために転生させたのは本当だけどね」

 

 クスクスと笑いながら、霧散していく煙と共にルルフの姿も消える。

 

「……っ」

 

 その場にアリアは座り込む。嫌な汗がぶわっと吹き出し、全身に鳥肌が立つ。対面しただけでわかった。あれは本当にアリア自身を取り込もうとしている存在だ、嘘をついていない。今回はちょっかい程度で済んだが、次からはどうなるかわからない。本気で挑まれてしまったら、きっと為す術もなく取り込まれてしまう。

 

 ――アリアの心に生まれついたのは生への執着。衰弱していく体と共に死ぬまでずっと味わっていた強い感情が一気に溢れ返ってぶり返す。

 

「すぅー、はぁー……」

 

 深呼吸して心を落ち着ける。もうルルフは近くにはいない。魔法で作り上げていた光の膜を消す。

 

「……うぁっ……」

 

 立ち上がろうとしても、足が震えてうまく力が入らない。バランスを崩して尻餅をていてしまう。ルルフへの恐怖が体に浸透してしまって、それがまだ抜けきっていない。

 

 ――グルルッ!

 

「うぅぅぅっ!?」

 

 突然聞こえてくるのは獣の遠吠え。それにアリアはビクッと体を震わせる。体の震えが強くなる。

 

 ――グルルルァァッ!!

 

 獣の声が近くなる。ザッザッ、とこちらに足音が近づいてくる。足音を刻む間隔が短くなる。

 ここは平野。遮るものはほとんどない。ちょっと長い雑草ぐらいだ。

 

 ――その長い雑草から、四足歩行の生物が顔を覗かせる。どくんどくん、と心臓が跳び跳ねる。長い爪を持った口から大きな牙を覗かせた生物が、こちらに向けて駆けてくる。犬、ではなく狼だ。それにしても体が大きい。この世界には魔物という化け物が存在するが、それにすら該当しないただの動物だ。

 それでも、人間を殺すには十分な能力を持った動物である。

 

「ひぃぃいいいいいっ!!」

 

 目一杯、アリアは叫ぶ。震える足で無理矢理立って、おぼつかない足取りでなんとか逃げようとする。明らかにあの狼はアリアを狙っている。ルルフと対面した後に肉食生物に狙われるなんて、泣きっ面に蜂とはこういうことを言うのかもしれない。

 それでも、狼から逃げれるわけがない。すぐに追い付かれる。軽く振るった狼の爪がアリアの足を掠める。

 

「うぁっ……!?」

 

 鋭い痛みを受けて、動きが鈍くなり、足がもつれて転ぶ。急いで後ろを振り返って見るともう目の前に狼が迫っていた。

 

「"ファイアーボール"ッ!」

 

 手から火球を飛ばし、飛びかかってきた狼はそれを避けることができずに顔面に火球が直撃し、狼は吹き飛んで地面を転げ回る。女神の攻撃魔法は弱い。火を放っても少し熱い程度にすぎない。それでも、狼を一時的に追い返すことは成功した。

 だが、すぐに立ち上がって、こちらを警戒して睨み付けている。血走った狼の目に、こちらを必ず補食するぞ、というその目に怯えてアリアは後ずさりする。倒れ込んだまま、足にずきずきと痛む傷のせいでうまく立ち上がれない。魔力を使ってしまったせいで、体も重い。

 

 ――グルルァァァァッ!

 

 再び、狼は飛びかかる。

 

「――ッ!」

 

 "ファイアーボール"でまた迎撃しようとするが――

 

(――魔力が足りない……!)

 

 それを発動させるための魔力はもうない。手で無意識に追い払おうとして右手をぶんっと振るが、逆に狼はそれに噛み付く。

 

「ぐぅぅ……あぁぁぁ……!」

 

 鋭い牙が腕に深く食い込む。狼の強靭が顎が食い千切ろうと口をぐいっと動かす。

 

「うぐぅぅぅぅぅっ! あぁぁぁぁっ!」

 

 ――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!

 

 とてつもない激痛が右腕から全身に巡る。もう腕に力が入らない。食い千切られてしまう。

 

「……ヴァイスの……名の下に……奇跡の発現を……」

 

 ――ダメだ、もうもぎ取られてしまう。

 

 諦めつつあるはずなのに、アリアは無意識に詠唱し、噛みつかれている右手の指先は文字を刻んでいた。刻まれた文字は魔法式となって輝き、魔方陣を形成する。魔方陣はアリアの右の手のひらにくっつく。

 

「"ファイアーボール"」

 

 先程よりも小さな火球が手のひらの魔方陣から放たれて、狼の頚下に撃ち込まれ、狼は口を離して飛び退いた。だらだらと絶え間なく右腕の傷口から流血する。血の池を作りつつあるほど血を流して体はまともに動きそうにない。魔力をまた消費しているために、体はとてつもなく重たい。体温が血と共に体から離れていくように冷たくなっていく。

 

 ――もう、ダメかも……

 

 そんなアリアの脳裏に一つの情報が蘇る。

 

(攻撃魔法がろくに使えないバッドステータスの代わりに、回復と防御の魔法において女神の右に出るものはいない……ファイアーボールの魔力消費がとても多いのはバッドステータスのせいだと仮定するなら……)

 

 アリアはぼんやりとする意識の中で一つの仮説を立てる。

 ――バッドステータスの付与されてないどこから大の得意な回復魔法と防御魔法なら、今の残った魔力でも行使可能かもしれない。

 薄れゆく意識の中で、残った魔力をすべてかき集めて、魔法発動のための準備を行う。魔法式を空中に描いて組み立て、それと同時に地面に魔方陣を発動させる。

 魔法式から魔方陣を作るというプロセスは必要ない。魔法式と魔方陣を併用させるということもできる。

 

「ヴァイスの……名の……下に、私は……魔法を行使する。"プロテクト"」

 

 アリアの周囲を光の膜が包む。とどめとばかりに遅い来る狼は防御魔法によって弾かれる。

 

「我、知識の……神の名に……おいて、これを……行う。"ヒール"」

 

 そして、再び魔法式を使いつつ、詠唱を行う。使ったことがない魔法のために、魔方陣を使うことはできない。併用することに何か意味があるのかはわからなくても、しなければならない理由があるような気がした。

 そして、防御魔法"プロテクト"に守られた状態でアリアの回復魔法が発動する。体温が冷えていき、噛まれた傷痕から激痛が走る満身創痍の体に暖かい光が包み込む。傷が癒えていく。

 

 まだ、狼の猛攻は続くがすべてアリアに届くことはない。これで、狼に殺される心配はない。そういう安堵と共に、アリアの意識は途切れる。




転生直後、動物に殺されかける系女神
女神は身体能力が低くてなおかつ魔法に関しても攻撃はバットステータスが付きまとってるという存在なので戦うのには向いてないです

以下説明

魔法式→空中とかで指で魔法を発動させるための計算式を書くやつ。式を覚えなくても勝手に頭の中に沸いてきます

魔方陣→元々魔法式だけど、一回使ってしまえば魔法式から魔方陣にするというプロセスなしで瞬時に魔法が使えるよ!

詠唱→よくあるやつ。唱える文は決まってないのでその時その時で変わります


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はじめての仲間

まあ、よくあるパーティ組むやつです
でもパーティ組む相手のこともよくわからない回が続くと思うので……
とりあえず、明るめの回です


 まるで二日酔いしたように、頭が痛くて重い。

 ゆっくりと目を開くと目に眩しい光が入り込んでくる。仰向けになって気を失っていたようで、てっぺんにある太陽の光が直接目に飛び込んでくる。思わず太陽光を手で遮る。倦怠感に包まれた体をなんとか起こす。傷が治ったとはいえ、あまりに多くの血を出してしまったのと、魔力を一気に消費したためか、体がうまく動かせない。

 疲労感が肩に乗っかってきて、重りでもつけているのかと錯覚するほど体が重い。魔力は自然回復するらしいので、体の疲労をとるためにも休むしかないらしい。相変わらず空腹なのには変わらない。寝たまま展開している光の膜の中で再びアリアは仰向けに寝転がる。

 

「……何してるの?」

「寝転がってます」

 

 唐突にかけられた声に反射的に答える。

 

「いや、なんで昼間に防御魔法の中でしかも血まみれで寝転がってるのかってことななんだけど……」

 

 言われてみればアリアの右腕は狼に噛み千切られそうになっていたせいで、べっとりと血が腕を覆っている。さらに、地面にも血が染み込んでいる。

 

「そうですね、血流して疲れてるので寝ていいですか」

「ダメ。ってかなんでそんだけ血流して生きてんのさ。どんだけ高度な回復魔法使ったのよ」

「まあ、女神ですから」

「女神? あんたが? 嘘でしょ」

「はいはい、じゃあ女神じゃなくていいですよ」

「人の話ちゃんと聞きなさいよ!」

 

 頭すら疲れきっていてアリアの返答はだんだんと適当になっていた。頭を使って返事できるほど気力もない。アリアの適当な返答に腹が立ったのか、声がだんだんと荒くなってきてる気がする。

 

「もしかして、お腹へった?」

「……そういえば、何も食べてないですね」

「ふーん、食べる?」

「くれるんですか?」

「とりあえず、これ解いてよ」

 

 コンコン、とアリアの周囲に展開されてる光の膜を叩く。

 

「そうですね」

 

 すーっと光の膜が消える。アリアは体を起こして少女の方へ向く。少女の服装はホットパンツのような短いズボンと腹すら見えているようなこれまた丈の短い服で、夜になると寒そうだ。あまりに気だるそうにしているアリアに訝しげな視線を向けている。

 

「ほら、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 差し出された林檎を奪い取ってアリアはそれを貪る。むしゃむしゃボリボリと、汚ならしく歯を立てる。

 

「で、そろそろちゃんと話してくれない?」

「嫌です」

「あのね、傷治っててもそんな家ベットリさせてる女の子を放っておけるわけないでしょ。それに、そのうち飢えて死にそうな子をそのまま放置するのは私は嫌なの。だからさっさと話なさい。ほら、はやく」

「いだいいだい! なにするんでふか!」

 

 頬をつねって少女はアリアに詰め寄る。どうやら、相当面倒見のいいもしくはお人好しなどの部類の人間らしい。

 

「わかりひた! はなひまふからぁ!」

「それでいいの。っと、その前にまだ自己紹介してなかったね。私はラディア・ハイレディンっていうの。あなたは?」

「アリア。ただのアリアです」

 

 頬のつねりから解放されて、少し赤く腫れた頬を擦りつつぶっきらぼうにアリアは答える。

 

「で、あなた女神って言ったっけ」

「そうですけど、それが何か?」

「……いいえ、なんでもない。その腕本当に大丈夫なの?」

 

 何か考えるそぶりを見せる。少し気になったが、そこまで関わる必要もないのでアリアは何も聞かない。

 

「ええ。回復魔法使ったので。流した血まで戻るのかはわからないですけど、魔力もすっからかんなので尋常じゃないほど頭が重いです」

「なるほどね、これでも食べて」

 

 鞄から飴玉らしきものを取り出す。受け取って、アリアは口に入れてみる。ピリッと全身に軽い痺れをもたらしたと思えば、少し体全体が軽くなった。徐々に魔力が戻ってきているので魔力回復のためのアイテムなのかもしれない。

 

「魔力回復薬よ」

「……」

 

 なんとも安直な名前だ。まあ、それぐらいの方がわかりやすいのかもしれないが。

 

「それで、あなた何してたの?」

「あー、そうですね。ちょっと狼に襲われてまして」

 

 なんとなく、ルルフのことを話すのを躊躇った。絶対あれは悪い存在であるだろうから、あまり知らない相手に言えなかった。

 

「それで噛まれて、防御魔法で守って回復したけど倒れちゃった、と」

「はい」

「せっかくだし、こんなところで生活もしてられないでしょ。どっか適当に村にでもつれてってあげるわ。とりあえず、その血を拭きなさいよ」

「確かに、こんなところにいてもまた狼に襲われるかもしれませんしね」

 

 一瞬、狼に腕を噛みつかれた瞬間が脳裏にフラッシュバックして、ブルッと体を震わせる。頭をぶんぶんと振って、それを頭から払いのける。

 

「どうかした?」

「い、いえ。なんでもないです」

 

 ラディアから手拭いを受け取って、右腕の血を拭き取る。他人から手渡されたものが自分の血で真っ赤に染まってしまったのはなんとも言いがたい気持ちになる。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 ラディアはその手拭いをアリアから返してもらって鞄にしまうと、アリアの手を引っ張って無理矢理立ち上がらせる。

 

「ど、どこにですか?」

「そういやあんたって女神だったはずよね? 女神ってたしか、別の世界から転生してくるって聞いたことあるの。この世界のことわかる?」

「んー、ある程度は」

 

 実際のところ、アリアの脳内には情報が詰まっているので、多少のことは知っている。その情報を整理することにした。

 

 この世界は魔法を軸として動いているファンタジーな世界だ。この世界には人間以外の種族だっているのだが、一番数が多いのが人間だ。

 そして、人間の統べる主要国家は五つ。

 山々に囲まれたベルナルド王国、寒冷地方に存在するナタスト帝国、海に面して船でさまざまな場所に進出した五つの国が合わさったアリシア連行王国、広大な土地を有しているトライア王国、大きな荒野や砂漠と川のある空気の淀んだベリル帝国。

 それ以上も一応あるのだが、主にこの五つで成り立っている。

 世界のことに関してはアリアの知ってる知識はこんなもんだ。そのことをラディアに伝えると「へぇ」と関心したように声を漏らした。

 

「まあ、だいたいわかってるのね」 

「女神にはそういう知識が与えられるのかもしれませんよ」

 

 女神というのはすべて死んで転生してくるのだ。ならば、そういうことがあっても不思議ではない。まあ、アリアの場合は転生させたのはあのルルフなのでイレギュラーがあるのかもしれないが。

 

「とりあえず、今いるのはベルナルド王国ね。正直、この国にいるのはそんなによくないんだけど……」

「え、そうなんですか?」

 

 ベルナルドは他の国と比べて比較的治安がいいはずで、他の国では治安が悪いなんてものじゃないほど酷いところもあるほどだ。

 

「ベルナルドはね、たしかに治安がいいけど魔物の被害がとても多いの」

 

 アリアを襲った狼のような動物よりも強い化け物、それが魔物だ。醜い容姿で人を襲い、場合によれば国の正規軍でも対応できないほどのものまでいるらしい。それらがいるのはたしかに恐ろしいことだ。

 

「それだけじゃなくてね。――この国は黒髪以外が迫害に近い扱いを受けててね……」

「なるほど……」

 

 ラディアの髪は赤みを帯びた紫の色をしている。当然、迫害される対象だろう。

 

「あのね、あなた自分の姿わかってる?」

「へ?」

「あなたも黒髪じゃないでしょ。ってか、姿わかってないの? はいこれ」

 

 転生してから姿を見る機会なんてなかった。新しい命なのだから、当然姿だって変わる。それをラディアから渡された手鏡ではじめて確認した。

 

「……誰ですかこいつ」

 

 水色の髪をして、顔の各パーツが整っていて、若々しくて弾力のありそうな肉付きをした格別の美少女が鏡に映っていた。ただの人だった頃は痩せこけていて、とても美しいとか可愛いだとか言えないほどのものだった。病弱な体とおさらばしたとは言えど、ここまでの美少女として転生するだなんて思っても見なかった。

 

「自分の姿見るのはじめてだったのね。まあ、あなたも迫害対象ってことよ」

「なるほど、最悪ですね」

「そうね、最悪ね」

 

 転生してきたら、転生した体が転生した場所で迫害される運命にあるだなんて、なんとも不幸な話だ。

 

「それでも、こんな肉食動物に補食されるような場所にいるよりはましよ。冷たい目で見られたりちょっと扱いが違う程度で命を奪われるわけじゃないもの」

「それもそうですね」

「だから、ここから抜けてさっさと町に出るわ」

 

 ラディアはアリアの手を引っ張って歩き始める。引っ張られるまま、アリアも進んでいく。木々がたまにあるだけで雑草しかない平野で見通しはいい。たまに長い雑草が生えている場所もあるが、それでもほとんどの場所がよく見える。遠くの方になんらかの建物が並んでいる場所も僅かに見える。きっとあれが町だろう。

 

「見えるでしょ? あれだよ」

「なるほど」

 

 少し遠いが歩いていけない距離ではなさそうだ。

 

「相方がいるんだけど、あの町で待ってるんだ」

 

 知らない相方に自分がいても大丈夫なのか、少し不安になるが今は考えないことにする。あのルルフがまた何かしてくるとしても、誰かがいるならまだ安心できる。

 そういえば、ルルフの魔法の"ベノム"とは結局なんだったのか。名前からして毒の魔法だろう。魔法式からわざわざ魔方陣を構築していたので、発動するのはきっとはじめてだ。魔方陣は一度使ってしまえば魔法式から魔方陣を作る必要はない。実験だったのかもしれない。

 むしろ、アリアに魔法を使わせようとしているように感じた。あのルルフの意図が読めないが、あえてアリアを放置している感じもする。

 

(こんな、つまらないことを考えずにもっとましなことを考えようよ私)

 

 ルルフのことなんて考えていても仕方ない。今の自分自身のことの方が重要だ。そう考えて、一度思考を打ち切る。

 

 次に考え出したのは魔法のこと、それもアリアが使えるものだ。狼に襲われた件からすると、攻撃魔法に関しては威力が低いどころか魔力消費がかなり多く、回復と防御魔法は魔力消費が少ないものなのだろう。

 それだけでなく、二発目の"ファイアボール"を一度撃てなかったはずなのに、撃てたのも気になる。二度目の"ファイアボール"が発動できなかった時と発動できた時の違いは噛まれていたことと詠唱していたことぐらいだろうか。

 そもそも、魔法に大事なのは"イメージ"であって、魔方陣と魔法式、詠唱はなくても魔法は使えるはずなのだ。魔力の残量が変わっていないのに使えるということは、詠唱が魔力消費を抑えるものなのかもしれない。ならば、魔法式と魔方陣も似たようなものだろうか。

 今思えば、なぜかアリアはあの絶体絶命の状態で魔法式と魔方陣を重ねて使っていたのはそういうのを本能的に感じ取ったのかもしれない。いちいち魔法を構築するための"イメージ"を省く役割もあるのかもしれないが。

 それでも、魔力消費量を抑えるということはそこまで間違いでもないはずだ。

 

「アリア、何を難しい顔してるの?」

「ちょっと考え事をしてました」

「そんなにボーッとしてるとまた狼に襲われちゃうわ。それと、もう着くんだけど」

 

 もう近くに町の入り口が見える。随分と長い間考え込んでいたらしい。

 

「ここがベルナルドの町の一つ、レジスよ」

 こちらの世界に来てからのはじめての人の住む地域だ。人がいるだけで少しはホッとする。

 

 町の中に入ると、盛んというほどではなかったものの、それなりに人の行き来は多い。店を開く人、馬車で荷物を運ぶ人、たくさんの人がいるが、それのほとんどは黒髪だ。それだけで、アリアの心は少し萎縮してしまう。気のせいかもしれないが、すれ違う人々がやけにこちらを見ているような気がする。

 

「ほーら、ぼーっとしないでそろそろ目的地に着くわ」

「そういえば待ち合わせしてる人がいるんでしたっけ」

「そうよ。一緒に仕事してるってわけ」

「ラディアさんって冒険者なんですか?」

「そうね」

 

 冒険者というのはただ旅をして冒険する人のことではなく、この世界の職業の一つだ。色々な依頼を受けてそれを達成するというもので、冒険者たちが集まってできた組合、【冒険者ギルド】で依頼と報酬をもらえるような仕組みになっている。

 他にも様々なギルドがあるが、わざわざ危険な獣のいる森の中に単身で行く職業なんて、冒険者ギルドぐらいなものだろう。

 

「そら、ついたわよ」

 

 目の前に、紋章のある旗がずらっと立てられている建物がある。大きな石造の建物だ。ラディアはそこの扉を開き、アリアを連れて中に入る。

 ギルドの中はやけに騒がしい。依頼を受ける場所というか、ほぼ酒場だ。カウンターの後ろにはずらっと大量の酒が並べられていて、カウンターに座る男性たちがぐびくびと酒を飲み干していた。

 

「酒場でも改築したんですかここ」

「むしろ逆ね。ただのギルドだったのにいつの間にか酒場になってたって感じかしら。あと、食べ物も注文できるの」

「もうそれはギルドやめて料理屋さんすればいいんじゃないですかね」

「みんな言ってるわ」

 

 ラディアと談笑しつつ、アリアはギルドの中を観察する。依頼らしき紙の書かれたボードがある。遠くからでも見える依頼が二つあり、一つが"魔王討伐"、二つ目が"ブラッドフラワーの探索"とある。勇者がいるのだから、当然魔王もいるらしい。

 ただ、ブラッドフラワーというのがなんなのかわからない。そういう花があるのかもしれないし、そういう魔物がいるのかもしれない。あれだけ大きな目立つ依頼で、なおかつ通貨はよくわからないが、かなりの報酬金額になっているので、そう簡単な依頼じゃないのは確かだ。

 

「あっちに相方がいるから。おーい!」

「うるさいな、もう少し静かにしてくれ」

 

 話しかけた相手は不機嫌そうにラディアを睨み付ける。暑苦しそうな深々とフードを被っている目付きの悪い男性だ。

 

「というか、そっちのは誰だよ。二人も変な髪のやつがいたら注目集めるだろ」

 

 鋭い視線にアリアは縮こまる。

 

「もー、そうやってすぐにいじめようとする。いけないと思うの、そういうの。この子は放っておけないから連れてきたの。なんでも女神らしいわ」

「女神だって?」

「は、はい」

 

 訝しげな視線が向けられる。疑いを含んだ眼差しに思わずたじろいでしまう。

 

「まあいい、俺はシュバルツ。魔法使いだ」

「私はアリアって言います」

 

 シュバルツと名乗った彼からはなんだか危ういオーラを感じる。不思議と睨んでない時でさえ威圧されてるように感じる。

 

「で、こいつはパーティに加えるのか?」

「よくわかってるじゃない」

「えっ!?」

「だって、行き場ないんでしょ?」

「それはそうですけど……」

「女神とかいう最高級のヒーラーを逃すのは惜しいの! だから、お願い!」

 

 戸惑い気味のアリアの手をぎゅっと掴んでラディアはお願いする。懇願するラディアの姿はまるで神に救いを求めてる人間のような必死さを感じて、アリアは少しびっくりする。

 

「……」

 

 ラディアの提案を受け入れるのなら、冒険者として生きていくことになるだろう。狼に噛みつかれたことを思い出して身震いする。あんな思いを今後もするのかもしれない。

 でも、一人で生きていくのはやっぱり怖い。シュバルツはわからないが、少なくともラディアはいい人のようだ。

 

「わかりました」

 

 だから、アリアはそれを了承した。その返事にラディアは嬉しそうに喜び、シュバルツは面倒くさそうにため息する。仲間ができるということはどんなことであれ嬉しいものだ。

 

「まず、冒険者にならなきゃならんだろ。マスターのところへ行け」

「そうだね」

 

 マスターというからには冒険者ギルドのトップのような人なのだろうか。

 

「その人、どこにいるんですか?」

「そこだ」

 

 シュバルツの指差した先はカウンターだ。冒険者相手に酒を出している筋肉質な図体の大きな男のことだろう。顔についている大きな切り傷のせいでならず者のように見えてしまう。

 

「俺になんか用か?」

 

 指を差されたことで気づいたのだろうか、こちらに呼び掛けてくる。

 

「こいつ、冒険者になるんだよ」

 

 シュバルツがアリアを指差して答える。

 

「そっちの女の子がか? ラディアが連れてきたのか。まあいいけどな」

 

 カウンターから出てきて、アリアの目の前まで歩いてくる。目の前までやってくると図体の大きさが威圧的に感じてしまう。

 

「黒髪じゃないやつと組むのは構わんが、くれぐれも気を付けろよ。ほら、こいつに魔力をこめろ」

「わわっ!?」

 

 小さな銀色の板を投げ渡される。クレジットカード程度の大きさのものだ。落としかけたそれをなんとか掴みとる。言われた通りに魔力をそれにこめる。

 すると、スーっと文字が浮かび上がる。何やら数値と文字が書いてあるが、よく読めない。

 

「どれどれ。攻撃魔法の弱体化、身体能力減退、回復と防御魔法の強化……なるほどな」

 

 マスターはそれを読み上げると盛大にため息をついた。

 

「とりあえず、これで完了だ」

 

 アリアから取り上げて、その板に指でなぞる。板が一瞬だけ光った。ギルドに所属するために必要な何かなのだろう。

 

「ほら、落とさないようにな」

 

 マスターはそれをアリアに返す。

 

「ところでこれ、なんなんです?」

「ヴァイスプレートって言ってな、ステータスを表すもんだ。身分証明のために必要だから、絶対に落とすなよ、女神さん」

 

 それだけ言うと、マスターはカウンターに戻っていく。

 

「……もしかして、私一瞬で女神だってバレました?」

「そりゃ、バレるわよ。そんなステータスしてるんだから」

「女神ってこと、バレたらまずいんですかね?」

「お前の場合は体が上物だから、普通に誘拐される危険の方が高いと思うけどな」

「あのね、シュバルツ。もうちょっと言う言葉考えなさいよ。体が上物とか、変態みたいなことを言わないでよ!」

「誰が変態だ。こんなやつに興味があるか」

「だから、そういうのをやめなさいって言ってるのに!」

 

 二人の言い合いの様子を見て、アリアは笑う。こんな風に賑やかな光景を見たのはどれだけ前だっただろうか。病室で寝たきりだった頃でも、賑やかに話し合う状況なんて滅多になかった。久々に人の温もりを感じた気がした。

 

「アリアも笑ってないで反論しなさいよ。自分のことなんだから」

「そうですね、シュバルツさんはちょっとひどいと思います」

 

 アリアも、その賑やかな会話に混ざっていく。

 

 ここに、三人パーティが結成される。アリアに、はじめての仲間ができた。




というわけでなんか赤紫っぽい女の子と愛想の悪いよくわかはない人とパーティ組みます

魔法→イメージすりゃ使えるよ
詠唱、魔法式、魔方陣→魔力消費抑える

この話いつ冒険するんでしょうねこれ……

会話文と地の文の間に空白を入れた方がいいとの意見をいただいたので反映しました

あと、国の名前は基本的にスルーでいいです


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はじめて人を殺そうとした話

仲間を作って冒険するかと思えば、そんなこともなく殺人未遂事件です
なかなか冒険しないなあ
文字数ちょっと多めですよ


 ラディアとシュバルツの二人組からパーティに入れてもらい、三人パーティを結成したその日の夜、宿舎はラディアにとってもらって、同じところに泊まることになっている。その前に、少しだけ町をぶらついてみようと一人で歩いている。度々、視線を感じてなんだか気持ち悪い。

 もしかしたら、転生したせいで変わってしまったこの容姿のせいかもしれない。

 

「居心地悪そうだね」

「まあ、仕方ないですよ」

 

 ふと、話しかけてきた声に反射的に返答したが、思わず振り返った。白髪に灰色の肌、両方とも紫っぽく変色した部位の見られる少女。彼女を見た瞬間に、少し耳鳴りがした。嫌な存在を見てしまってストレスでも溜まったのかもしれない。

 

「……何か用ですか?」

「餌の様子はどうかなと思ってね」

 

 アリアを転生させた存在、ルルフだ。

 

「てっきりあなたは邪悪な存在だから、こういう人目につくところには来ないと思ってました」

「異世界の人間を女神として転生させる力のあるやつが、人目程度は気にしないよ? それにしても、もう仲間ができたのは早いね」

「それがなんなんですか?」

 

 苛立って、語気が強くなる。そんなアリアの様子を見て、満足そうにルルフは卑しい笑みを浮かべる。だんだんと、ルルフと話していると腹立たしくなってくる。

 

「――君の仲間、死なないといいけどね」

「――っ!?」

「私が邪悪な存在だって言ってたじゃない? その通りで、そんな私に転生させられてしまったあなたにはその影響が色濃くでちゃうの。そのせいで、君はこれからも不幸なことばっかりに巻き込まれちゃうんだ」

「……」

 

 ルルフのせいでどこにいようと不幸に巻き込まれるなんて、呪いと言うのが一番ふさわしいだろう。これを解く術なんてものをアリアは知っているはずがない。ただ、もしかしたらルルフを倒せば解けるのでは、という考えがふと頭に浮かぶ。

 

「おっと、怖い怖い。そうやってすぐに誰かを殺そうとしちゃいけないよ」

「そんなこと考えてないですよ」

「嘘をついてもわかっちゃうんだなあ。だって君下手だもん、殺気の隠し方」

「……」

 

 無意識のうちに、ルルフを殺せばなんとかなるだろうという考えが殺気となって漏れていたらしい。

 

「君が生に強く執着してるのは知ってるけど、そこまで容赦ない考えをしてるなんてね、予想外で面白いよ。面白いから、一つだけいいことを教えてあげるよ」

「……何をですか?」

「君は私のせいで不幸になってしまったけれど、私の加護だってちゃんとあるのさ」

「加護……?」

「本来、魔法はイメージだけでいい。でも、魔法にするほどのイメージってのは案外難しい。魔法式や魔方陣、詠唱ってのはその補助のためにも使われてる」

「まあ、そうですね」

 

 この世界では常識の範疇のことだ。当然、アリアだって知っている。

 

「ただ、詠唱はともかくとして魔法式と魔方陣は普通は勝手に思い付くものじゃなくて、ちゃんとそれぞれの文字とかがどういう役割を果たしているか理解しないといけない」

「……」

 

 アリアの使ったことのある魔法はすべて頭に魔法式が思い浮かんでいたものばかりだ。ルルフの話と矛盾する。

 

「君が回復、防御魔法を使うときにそういうことが必要ないのは女神だからだ。女神ってのはみんな、そういう魔法を使うときにだけはあらゆる恩恵を受ける。他はからっきしな代わりにね。でも、君はどんな魔法でもどういうものかわかったら、魔法式が思い浮かぶの。それが私の"加護"ってやつ」

「……だから、なんですか? 私は女神だから、攻撃魔法でもどうせろくに使えませんよ」

「君、私の使った"ベノム"がどういうものか見たでしょ? というか、どういう魔法かもわかってるでしょ?」

 

 あの濁った紫みたいな色をした煙を発生させる魔法のことだ。名前やあの見た目からして毒の霧みたいなものを発生させる、というものだろう。

 

「でも、あれも攻撃魔法ですよね?」

「あれは効果範囲内の敵が勝手に影響受けちゃうやつだから、君でも十分使えるさ」

「そうですか」

 

 まるで興味なさげに返事をするが、アリアは内心歓喜していた。攻撃手段があまりにも少なすぎる女神でも、攻撃できるかどうかだけで安心感が違う。

 

「じゃあ、私はこれで失礼するよ」

「そう」

 

 そして、二人は別れる。ルルフはどこかへいつの間にか姿を消していた。それを追うこともなく、アリアはラディアのいるはずの宿舎へと向かった。目的の町をぶらつくのはなんだか興が削がれたのでやめた。町を歩いているだけでなんだか苛立ちが募って嫌な気分になる。ため息をついて、早足で目的地に向かった。

 

 

 翌日、ラディアとそのまま一夜を過ごして再びギルドに来ていた。初パーティ記念に一度何か依頼を受けてみようということになった。戦いでもその他のことでも、アリアの立ち回りなどを理解するにはやってみるのがちょうどいいだろう、ということだ。

 

「はぁ……」

 

 ギルドの机にもたれ掛かって、アリアはため息をつく。ラディアと一緒にシュバルツのことを待っている。一応、待ち合わせをしていて、三人でどの依頼を受けるか決める、という話になっている。

 待っている間、これからのことを考えていた。死にたくない、ということばかりアリアは考えてきたが、昨日ルルフと出会って不幸に巻き込まれるだの言われて、これからのことも考えていかないと、と思い始めた。

 ひとまず持った目標は、安全に生きること。つまらない目標だが、ルルフのこともある。昨日は何もされずに済んだが、今後何をしてくるかわからない。あれに食べられるわけにもいかない。今はラディアとシュバルツに頼ることしかできない。

 

「いっそ、勇者でもいればなぁ」

「ヴフッ!?」

 

 珍妙な声でラディアは咳き込む。

 

「ど、どうしたんですか?」

「あなたが急に話し出すからでしょ」

「あはは、ちょっと自分だけど不安になってしまうのでつい都合よく助けてくれる人いないかなあって思っちゃったんですよ」

「あまり考えすぎないの。今は私がいるでしょ。シュバルツだって、態度は悪いけれど悪いやつじゃないわ」

「まあ、そうですね」

 

 と、喋りながら待っているものの、なかなかシュバルツはなかなか来ない。

 

「遅いですね、シュバルツさん」

「そうね。あいつ、どこで油売ってんのよ」

「ははっ、お前らシュバルツに捨てられたんじゃねえの?」

 

 そう言って、鼻で笑う男が一人。どうにも柄の悪い冒険者というのもいるらしく、にやにやとしてこちらに話しかけてくる。似たような冒険者が数人、いやマスター以外の冒険者たちはみんな、その男と似たようにアリアとラディアを蔑むような視線を向けている。

 

「二人もこんな髪の連中の相手してられねえってなったんだろ」

 

「なんなら、俺たちのパーティに入れてやろうか? まあ、お前らは夜の相手をしてもらうだけだけどな」

「はははっ、確かに外見はピカ一だ。この際、この町一の娼婦にでも仕立てるのもありだな。それで、使えなくなったら養ってやるよ、奴隷としてな」

 

 下卑た笑みをニタニタと浮かべてアリアとラディアを舐め回すように全身を見つめる。ラディアは心底気持ち悪そうに身震いして「いい加減にしなさいよ!」と怒号をあげる。

 それに比べて、アリアは冷静だった。なるほど、これがラディアの言ってた迫害らしき扱いというものか、と落ち着いて状況を判断する。

 確かに、体に絡んでくる視線、欲望と蔑みにまみれた言葉に嫌悪する感情は沸いてくる。

 でも、ラディアのような怒りは不思議となかった。怒る前に、冷静に考えてしまった。この汚い人の形をしているだけのゴミクズをどうにか処理できないか、と。アリアの一番優先すべき事項を脅かそうとしているのだから、それを排除しなければという意識が強く芽生えてくる。ついさっき、目標と定めた"安全に生きる"ということを覆してきそうな気がして、冷たく敵意を心にゆっくりと浸していく。

 

「その汚い口をさっさと閉ざさないと、痛い目にあわせるわよ!」

「お前、毎回そう言うけどなんもしねえじゃねえかよ」

「そうね、今度は容赦しないわ。どうなっても知らないわよ!」

「ちょっと待ってください、ラディアさん。落ち着いてください」

「あんただって苛つくでしょ!」

 

 ものすごい剣幕でラディアは叫ぶように返す。口論はますます激化する。

 

「私は、そこまで怒れません」

 

 曖昧な笑顔を浮かべてラディアの話を流そうとする。その笑顔の裏には明確な敵意を膨れ上がらせていた。

 

「アリア、あんたはもう少しプライドってものを――」

「だったら、私があれを黙らせてきます」

 

 ラディアの言葉を遮って、アリアは笑顔で告げた。

 

「あんたは、何を……」

 

 それを見て、ラディアは背筋がゾッとした。アリアの底にある感情を少しだけ感じ取ってしまった。ラディアはアリアの様子を警戒する。

 

("プロテクト"、あの魔法はドーム状の光の膜を展開する。もしかしたら、あれの形状を弄ったりできないかな。例えば――体の表面に纏って鎧みたいにするとか)

 

 そんなラディアをよそに、アリアは考える。そして、考えた通りに皮膚や服の表面に、防御魔法を発動させるイメージをする。皮膚と同化させるように、体の一部として馴染ませるように、そんな風に発動させるように、そんなイメージを組み立てると頭の中に文字列が浮かぶ。魔法式だ。女神がこの手の魔法にはあらゆる恩恵を受けるというルルフの言葉はきっとこういうことのだろう。

 

「おい、お前。いつまでボーッとしてんだ」

「……」

 

 思考に没頭しているアリアに、一人が話しかけるが、アリアは返答をしない。頭に浮かんだ魔法式をこっそりと後ろに回した手で空中に書いていく。

 

「てめえ、話聞いてんのか?」

「……うるさいですね」

 

 静かに呟くように、アリアは言う。それと同時に彼女の真下がぱぁーっと光る。誰も気づかないうちに、アリアの足元には魔方陣が作られていた。アリアが書いていた魔法式がもう魔方陣として型を成したのだった。攻撃するものではないが、まるでそういったものに見えただろう。

 

「ちょ、ちょっとアリア! 何する気よ!?」

「大丈夫ですよ、わた――」

「――"ファイアボール"ッ!」

 

 そんなアリアに危機を感じるのは当然だ。攻撃魔法と勘違いしたうちの一人が、火球を放つ。ラディアと会話していて対応はできない。

 それでも、アリアの魔法はすでに発動している。火球はアリアの腹部に直撃し、霧散する。近くにいるラディアにはわかった、うっすらとした光の膜がアリアの表面を包み込んでいる。

 

「なんだこいつ!?」

「あんな攻撃じゃ通らねえってこったろ。もっと強力なのをくらわせてやらねえとな! "シャイニングデュー"」

 

 魔方陣と共に、小さな光の粒が大量にアリアに降り注ぐ。その数は膨大で、まるでアリアの場所だけ豪雨でも起きているのかというほど。その量で、アリアの姿さえ光の粒でかき消される。

 それでも、アリアの纏った光の膜がアリアを傷つけることを許さない。それらすべてを弾いて防護する。

 

「こいつ、傷一つついてねえぞ!」

「どうやったら、こいつら殺せるかな……うーん……」

 

 驚き、困惑する人々をよそにアリアは物騒なことを一人、呟いていた。敵意はいつの間にか、殺意に変わっていた。脅威を排除しなければ、と試しに近くの人を殴ってみる。

 

「えい」

「って、なんだこいつ。力めっちゃよえーぞ!」

 

 女神の筋力はとても弱い。ただ今は鎧を着て殴っているような状況で、少し痛い程度だろう。ほんの少しのダメージを与えた程度済んでしまい、逆に反撃として放たれた拳がアリアにぶつかる。もちろん、アリアにダメージはないが。

 この攻撃ならあるいは、と考えたアリアの最大の物理攻撃も所詮は石ころを投げるよりも弱い威力。やはり、女神は攻撃できない。

 いや、違う。所詮、小さな火球をぶつける程度しかできないし、あれもきっと石ころを投げた方がましなレベルだ。

 それでも、一つだけある。

 

「やばいぞあいつ、何か仕掛けてくる気だ!」

「なにいってんだ、あいつのパンチめちゃくちゃよえーぞ。攻撃効かないだけじゃねーか」

 

 アリアの雰囲気が変わったことに気づいた数人が、それを伝えるが誰もそれを聞こうとしない。ただの弱い女程度にしか思ってない。

 

「――私は人を殺そう、化け物だって殺そう。私に命を与えてくれたものさえも、あらゆるものをすべて、邪な意思の下にすべての命を剥奪しよう」

 

 その中、アリアは詠唱を口ずさみながら、すっと空間に横に一文字に指で線で引く。そこから文字が溢れだして魔法式となる。それらはアリアの目の前で魔方陣を形成していく。

 

「ちょっと、アリア!?」

 

 魔方陣が禍々しく輝く。ラディアは必死にアリアを止めようと羽交い締めにする。けたたましい警鐘が頭の中で危機を知らせていて、すぐに止めなければ、と。

 それでも、もう遅い。魔法式を書く手順は終わり、詠唱もすぐに終わる。

 その様子にさっきまで余裕そうだった冒険者たちもざわめき始める。あれは確実によくないなにかで、自分達に害をなすものだと理由もなくわかってしまう。どうにかしなければ、と焦燥が渦巻く中、アリアの口が動く。

 

「"ベノ――っ」

 

 パチンッ!

 がやがやと、冒険者たちのざわめきが一瞬にして静まる。アリアの魔法は魔方陣が消えていて、不発に終わった。頬に痛みを感じる。思いっきり叩かれた。"プロテクト"がその部分だけ無効化されている。頬がじんじんと痛む。少しだけ赤くなっていた。

 

「遅れたのは悪かったが、お前は何やってるんだ」

 

 アリアの頬を叩いたのは、シュバルツだ。一瞬の出来事だった。後少しで魔法が発動するという瞬間に、シュバルツが突然現れてアリアにビンタした。

 叩かれた頬をアリアは擦る。先程までの殺意も、シュバルツのビンタで消え失せた。私はさっきまで何をしていたのだろうか。ただ、そうやって今までの行動を振り返る。不思議と冷静だったが、何かに突き動かされるように行動していた。

 ――私は、人を殺そうとしていた。

 改めて自分のやろうとしていたことに気づいて、思い返す。なぜそんなことをしようとしたのか、なぜそれを躊躇おうとしなかったのか。

 

「とりあえず、来い」

 

 シュバルツはアリアの手をぐいっと引っ張る。

 

「……」

 

 それに、アリアは逆らうこともなくついていく。回りの人々は何も言うこともなく、道をあける。

 

「ちょ、ちょっとシュバルツ?」

「ラディア、お前は待ってろ。とりあえずこいつに話がある」

「何よ、私だけのけものってわけ?」

「いちいちうっさいなお前は。そういうことはアリアの暴走を止めてから言え」

「……わかったわよ」

 

 痛いところをつかれて、ラディアは渋々承諾するように黙った。

 

 

 

 シュバルツに連れられて、町の中を歩く。シュバルツに強く掴まれていて、離れることはできない。

 人々が通りすぎていく。それを見ると、無意識に苛立ちが募る。なぜだかよくわからない。そういえば、ギルドにいたときもそんな気分だったような気がする。

 

「おい、今度なんかやったらもっかいビンタするぞ」

 

 自然とシュバルツを強く握ってしまったらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

 俯いたまま、呟くように言う。ひどく冷静にあそこにいる人々をすべて殺そうとしていた。確かにムカついていた部分はあったが、殺すほどじゃなかった。なんで、あんなことを考えてしまったのか。アリアはひたすら、自らの行動を否定するように考える。

 ふと、顔を上げると人が滅多に通らないような路地裏に来ていた。シュバルツ以外に誰もいない。二人きりで人目につかない場所、嫌な想像が頭に浮かんで腕を振りほどこうとするが、ガッチリと掴まれていて離してくれない。

 

「おい、逃げるな」

「こ、こんなところまで来て何するつもりなんですか!」

「さっきまでおとなしかった癖に今さらうるさいやつだな。そもそも、それを聞くならギルド出た時点で言え」

 

 シュバルツの態度は特に変わることもなく、こちらに何かしてこようというものではない。アリアの想像もただの杞憂に終わったらしい。ただ、なんとなく納得がいかなくてアリアは言い返すことにした。

 

「うぐ……で、でも! こんなところまで連れてくることもないじゃないですか!」

「しょうがないだろ、人に聞かれたくない話なんだから。だいたいお前はここに来てから危機を感じても遅いだろ」

「……それで、人に聞かれたくない話っていうのは?」

 

 このまま話していても、シュバルツに勝てそうにない。おとなしく話を聞くことにした。

 

「お前が使おうとしてた魔法の話だ」

「"ベノム"のこと、ですか」

「ああ。毒を撒き散らす魔法ってのはわかったが、女神がそうそう使えるものでもないだろ。そもそもあんなもの、見たことないしな」

「見たことないのに、よくどんな魔法かわかりますね……」

「魔方陣見たらだいたいわかるんだよ」

「なるほど……」

 優れた魔法使いは魔法式や魔方陣を少し見ただけでもその魔法のことがわかるのかもしれない。

「で、どこであれを知った? 言え」

「……」

 

 どこまで言っていいものか、アリアは考える。ルルフのことは伝えない方がいい気がする。

 ただ、誤魔化せる気がしない。どういう言い訳をしてもシュバルツは納得してくれないだろう。

 

「実は――」

「あーあ、君が邪魔してくれた人か」

 

 アリアが決心して話そうとした瞬間、急に耳なりがしたと思えばどこかからか声が聞こえる。ルルフの声だ。

 

「誰だ?」

「君が止めちゃってくれた魔法を教えた者さ」

 

 スタッ、とアリアの真後ろに上から落下してきて、着地する。

 

「君が邪魔しなきゃアリアちゃんは人殺しになってくれたのにさあー」

 

 無邪気な笑顔でルルフはおどけてみせる。相変わらず不気味だ。

 

「邪神ルルフか」

 

 それを見て、シュバルツはポツリと呟く。

 

 ――シュバルツはルルフを知っている……?

 

「うん? 私のことを知って…………シュバルツ……」

 

 ルルフはシュバルツのことを見て、目を見開いた。僅かに体を震わせて、随分と警戒している。天敵を見つけた獣のように、とても強い警戒心を抱いている。

 アリアからしてみれば、実に新鮮な光景だった。不気味に自分を食べると言ってきた存在が、自分の仲間になってくれたシュバルツに怯えている。――滑稽だ、ひたすらに滑稽だった。不意に、笑みが込み上げてきそうになるのを我慢するように質問する。

 

「二人とも、お知り合いですか?」

「さあな」

「さあね」

 

 二人とも、お互いを睨み合う。明らかに知人同士だ。未だ信頼できるかわからないシュバルツとルルフが互いを害する存在なのであれば、都合がいいかもしれない。

 

「邪魔してきたのが君なら、どうしようもないね。私はおとなしくしておくよ、シュバルツバルト」

「勝手にしてろ」

「そうするさ」

 

 ルルフの姿は一瞬にして消える。何はともあれ、アリアの懸念のルルフはシュバルツのおかげで引っ込んでくれるというのは嬉しいものだ。内心、アリアはガッツポーズする。

 

「なるほど、あいつに教えられたなら納得する話だ」

「そういや邪神とか言ってましたけど、あれ結局どういう存在なんです?」

「そのままの意味だが。悪い神様、よくない願い事ばかり聞き届けてくれるって話があったな」

「でも、明らかに個人的なお付き合いある感じでしたよね?」

「知らんな」

 

 ルルフとの関係については、話してくれないらしい。

 

「まあ、お前の害になるとかはどうでもいいけど、次は仕留める」

 

 それでも、相当嫌いらしい。殺意を抱くような関係なので、ルルフの問題になればシュバルツがなんとかしてくれるだろう。

 

「というか、それならさっき倒せばよかったんじゃ?」

「うるさいやつだな。それよりも、話の続きだ。あいつのせいなのはわかったが、お前がまだあの魔法を使えるんだから、これからも俺はお前を監視する」

「えっ」

「当たり前だろ。お前――人を殺そうとしていたんだぞ?」

「……」

 

 そう、その通りだ。あれが人の命を奪う魔法だ。それを気づいていながら使ってしまおうとしていた。あまりに苛立ちが募っていた。ふつふつと敵意が沸いて、それが殺意となって躊躇することもなかった。ルルフの件で少し頭から抜けていたが、それは事実だ。

 あのときは――ラディアまで巻き込もうとしてきた。自分でもどうかしている、そう思う。なんであんなに怒りが沸き上がってきたのか、町を歩いているだけでもイライラしている有り様だ。そう、人の笑顔を見たら特に。

 

 ――ああ、そうか。

 

 アリアは気づいた、その訳に。

 

 ――私、普通に生きている人に嫉妬していたんだ。私は病弱で外にもあまり出れない有り様だったから、普通に生きているだけの人でも許せなくなっちゃったんだ。

 

 自重気味にアリアは笑う。よくよく考えてみれば結局、自分自身はクズだった。どうしようもない失敗作みたいな無力な少女だった。

 

「あのな、人が話をしているときに考え込むな。いいか、お前はどうしようもないアバズレだ」

「……」

 

 その通りだ。どう言い繕っても、アリアは殺人未遂を犯した。許される話じゃない。

 

「いちいち落ち込むな、鬱陶しい」

「だって、私は人を殺そうとしました」

「ああ、そうだな。俺がルルフと敵対してる時に嬉しそうにしてたやつが何をそんなことで落ち込んでんだ」

「……気づいてたんですね。あのうざかったルルフが怯えてたのが滑稽でしたから」

「……お前ほんとクズだな」

「うっ……」

 

 理解していることを改めて言われても、心にくるものがある。

 

「お前のクズさ加減わかったけど、なんであんなことしようとしたんだ? 歩いてるだけでやたらやたらイライラしてただろ」

「私、女神になる前は病弱で外にも出られない寝たきりだったんですよ。そのせいで、普通に生きてる人を見るだけで妬んでしまうんです」

「それだけで人を殺すか?」

「……だって憎いじゃないですか」

 

 アリアは心の底に溜めていた、どす黒く渦巻く感情を一気にシュバルツに吐き出すことにした。

 これ以上、我慢していても仕方ない。自分がどれだけクズか、わかってる人だ。もう、すべて吐き出してしまっても問題ないだろう。

 

「私はひたすら苦しんで、我慢して我慢して我慢して我慢して……! それでも、そのまま死んだんですよ!」

 

 ふつふつとまた怒りが沸いてくる。

 

「だから、普通に生きている人が許せなかったんです。憎かったんです。特に、あの罵倒してきた人たちは許せない。人を待っているだけで、まるで生きてはいけないかのようにこちらに言ってきました」

 

 その事を思い出して、イライラが頭の中で溜まっていく。苛立ちや怒り、というよりは憎しみだ。親でも殺されたんじゃないか、というほどアリアは物凄い形相で続ける。

 

「私は、ただ生きたかったんです! それを平然と叶えている人間が私の邪魔をしてくる!」

 

 ずっと溜めてきた感情をひたすら吐き出す。一日程度で溜め込んだとは思えないほど、アリアの感情は濃厚なものだった。

 

「どうせこちらにとっては脅威だから、排除するしかないと思いました。……それだけです」

 

 言い終わったアリアの顔はスッキリしていた。思いっきり吐き出して、心の中に溜まった憎しみも妬みも、すべてスッキリと静まった。心の中から消えたわけじゃないが、ふつふつと沸いてくることは当分ないだろう。ここが人の来ない裏路地で助かった。

 

「そうか、じゃあ戻るか」

「……ちょっと待ってください」

 

 何か言ってくるかと思ったが、シュバルツは何事もなかったように帰ろうとする。思わず、アリアは腕を掴んで引き留めた。

 

「何も、言わないんですね」

「お前もぶちまけてスッキリしただろ」

「それはそうですけど……シュバルツさんの目的があの魔法ならルルフのことを知った時点で達成してました。私の話を聞くのは何か意味があるんじゃないですか?」

 

 ただ、腑に落ちなかった。話を聞くだけ聞いて、そのままさよならというのはしっくりとこない。わざわざ自分の話を聞いてくれた、という理由をアリアは知りたかった。

 

「じゃあ、一つだけ話をする」

「はい」

「お前は前の自分の人生は意味のないものだったと思うか?」

「……」

 

 思い返してみれば、外で遊べてた頃も、病院の中で色々とお喋りして楽しかった頃もあった。それを考えればまったくの無意味ではないだろう。

 

「私の人生に、きっと意味はなかったですよ」

 

 それでも、生きた証なんて何一つ残していない。こんな人生に意味があるだなんて、微塵も思えなかった。

 

「だったら、同じように人が意味なく死んでいくっていうのはどう思う?」

「それは、嫌だと思います。たぶん、自分と重ねるから」

「――なら、そういうやつを助けるって風に生きればいいんじゃないか? 自己満足も人助けもできて丁度いいだろ」

 

 アリアの心に光が射した気がした。この意味のなかった人生は自分に人を恨ませるだけだと思っていたのに、それを人を助ける糧にすればいいだなんて言われるとは思っていなかった。

 ただただ、シュバルツの言葉に感銘した。きっと、そういう風に考えれば自分と重ねて人を助けれるだろう。

 

 ――ああ、私も心から人を助けられるっていう人生も、あるんだ。

 

 その時はじめて、アリアは心から笑った。屈託のない、正真正銘の偽りのない笑顔だった。

 

「ありがとうございます、シュバルツさん」

「……」

 

 シュバルツは返事をしない。アリアの笑顔を横目で確認するだけ確認して、そのままこの路地裏から抜け出そうと歩き始める。

 きっと、シュバルツは魔法のことも気になっていたがアリアの心の中に抱え込んでいたものを吐き出させようとこんなところまで呼んだのだろう。ただ、それを吐き出させるためにルルフがどこかへ消えた後も話を聞いた。

 恐らく、シュバルツはそういう人物なのだ。口が悪く、遠慮せずに文句を言ってくるが、お人好しなのかもしれない。

 そんな、シュバルツの背中に向けてアリアも歩き始める。信用できない、なんて思っていたが、この人は信用してもいいかもしれない。

 

「ああ、一つだけ言い忘れていた」

「へっ?」

「ラディア・ハイレディン。あいつには少し注意しとけ。ただの面倒見のいいお姉さんって風に見えるかもしれんが、あいつもお前みたいになんか抱えてるぞ」

「ラディアさんが、ですか……」

 

 言われてみれば、パーティに誘うときもやけに必死だった。それでも、回復役がどうしても欲しかった、ぐらいのものと見えなくもない。

 

「まあ、大丈夫ですよ」

「人がわざわざ注意してやったのに楽観的なやつだな」

「何かあったら、シュバルツさんが止めてくれるって信じてますから」

 

 にっこりとアリアは笑う。

 

「お前、より性格悪くなってないか?」

「むぅ、失礼ですね」

 

 唇を尖らせて頬を膨らませる。ふんっと拗ねたそぶりを見せて、シュバルツが不愉快そうにするのを見て、ふふっと笑う。心が軽くなって、前よりも明るく生きている気がした。

 

 

 会話を終えて、シュバルツと一緒にギルドに戻る。戻った瞬間、ギルド内ががやがやと騒がしくなったが、シュバルツの後ろでおとなしくしているアリアの様子を見て、誰も何か言おうとしなかった。

 最初に話してきたのはマスターだった。叱りつけたり、怒鳴ったりはしない。アリアに危害を加えようとしたり、髪のことで差別してきた人たちと一緒に、これ以上騒ぎを起こすなという風に軽い説教をされた。シュバルツに説教をされたと思われたらしく、アリアだけすぐに解放された。

 

「まったく、ギルドの中で暴れないの! 私だって色々ムカついてるけど我慢してるんだから!」

 

 が、すぐにラディアからお叱りをうけることになった。

 

「ごめんなさい。私、ラディアさんまで巻き込もうとしてました……」

「まあ、あの魔法のことはよくわからないけどそうなんでしょうね。まあいいわ」

「いいんですか……」

「みっちりとお説教されたんでしょ? だいぶ様子違うわよ。ね、シュバルツ?」

「してるわけないだろ」

「えっ、してないの!?」

「そうですね。私が一方的に話した気がします」

「えぇ……」

 

 説教をされて、アリアがおとなしくなったと思っていたらしく、困惑している様子だ。

 

「お話しして仲良くなっておしまいってことかしら。色々と巻き込んでるくせに楽しそうね、ほんと」

「ご、ごめんなさい……」

 

 確かに、自分が加害者になりかけていたはずなのに、自分だけがスッキリとしてしまった。アリアが人を殺そうとしていたことは、結局消えない。

 

「まあいいわ」

 

 きっと、あの魔法が人を殺すものであると気づいているだろうが、ラディアはその言葉だけで済ませる。

 

「……い、いいんですか?」

「まあね。仲間同士仲良くなってくれたことは嬉しいもの。話しただけなの? 実はキスとかしたりしたの?」

 

 にやにやといやらしい笑みを浮かべる。

 

「えへへ、実はですね……」

「なんもねえぞ。勝手にでっちあげようとするな」

「えー、シュバルツさんもちょっとのってくださいよ」

「お前とキスするとか、腹いせ以外にねえよ」

「ちょっと酷くないですか?」

「お前の性格よりはましだ」

「あはは、そんなことはないですよ」

「……ほんとに仲良くなったわねあんたたち」

 

 シュバルツとアリアの会話に、ラディアが疑わしそうな視線を向ける。本当に何かあったんじゃないの、と言いたげな目線だ。

 

「ラディアさんよりも先に取っちゃうかもしれないですよ?」

「いいわ、別に。そいつとは冒険者仲間ってだけだし」

「あ、そうなんですか。随分と二人は仲がいいと思ってたので」

「そこまで長い付き合いじゃないわよ?」

「まあな。一年も付き合いはないな」

「ま、ここで話してもなんだし、三人で依頼受けましょう」

「それもそうですね」

 

 そもそもここにははじめての依頼を受けよう、という話で集まったのだ。ここで受けなければただ話しているだけで一日を過ごすことになってしまう。

 

「じゃあ、行くわよ」

「はい!」

 

 そして、三人は冒険者のパーティとしてはじめての活動をすることにした。




ルルフ一時退場で三人パーティメインが今後になる、と思います
本当になんなんでしょうねこのクソ女
正直、詠唱とかぶつくさ言ってるだけでよかったですよねこれ
狼に殺されかける殺人未遂クソ女神を今後ともどうぞよろしく

あ、今後なにか指摘があれば修正が必要になったタイムベントって感じで直しますんでご自由にどうぞ
次から更新が大幅に遅れる見込みです


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日常が崩れるまで

今さらながら、世界観説明をしつつ、日常でどんなことやってるかってこととそれがぶっ壊れるまでですね
端的に言うと雑

まったく遅れないどころか早くなったが、次から遅れます


 人間の歴史は戦乱の歴史である。

 例え、地球に存在する人々が機械を作り、様々な形で発展しようと、この異世界では常に戦いが起きているようなものだった。明確な違いは、他種族が存在することだろう。

 この世界では、人の形をしている種族が三つ存在する。

 

 一つは人間族。この世界で一番数の多い種族。そこそこの身体能力とそこそこの魔力を持ち合わせて、様々な道具を作ることに長けた種族。ラディアたちどころか、女神であるアリアも一応これに含まれる。

 

 二つ目は獣人族。持ってる魔力はとてつもなく少ないが、身体能力は極めて高い。そして、人の形をしていながら獣の特徴的な部位も残している。

 

 そして、三つ目が魔族。人とほぼ同じような容姿をしていながら、身体能力や魔力などの個々の力は人間よりもずっと強い。魔物を従えて、人間を襲うと言われている。

 

 この魔族と人間はずっと争いを続けている。人間の歴史は、常に魔族との戦いの歴史である。今は一時的に戦いが静まりを見せているが、その戦いの再開はすでに間近に迫っていた。

 人間の作り上げた国のうち、ベルナルド王国は魔族たちの住んでいる魔族領と呼ばれる地域の一番近くに存在している。その中でも、一番近くに存在してあるのがレジスという町だ。アリアたちが冒険者として拠点を構えている場所である。

 レジスの南には小さな平野があり、さらにそれを過ぎると森がある。魔物が大量に住んでいる場所であり、そこには魔族が潜んでいるとも言われている。冒険者がそこへ行き、それらしき存在と対面したという話もある。

 魔族、魔物から身を守るためにベルナルド領土には結界が施されている。魔物や魔族のみが人の気配を嗅ぎ付けないようになる代物であり、さらに見つけても侵入することは極めて難しい。

 

 だが、今それが壊された。それを知らせるためのけたたましいサイレンが鳴り響く。

 それと共に大量の魔物が町へ雪崩れ込んでくる。魔族が魔物を先導している。民衆は逃げ惑い、パニックになる。

 アリアたちはパニックに巻き込まれてそれぞれバラバラになる。ラディアたちとはぐれたその先で、近くの人々は魔物に襲われて、死んでいく。魔物の爪が目の前の人間をまっぷたつに引き裂き、血がアリアに降りそぞく。

 人の命はここまで軽いものだっただろうか。アリアの眼下に広がる光景は、その命が無慈悲に蹂躙されていく光景だった。地獄絵図とはこういうものを言うのだろう。

 

 アリアははじめて祈った。――勇者がこの場にいてくれますように、と。

 

 

 

 レジスは間もなく魔族の支配下に置かれる。

 のちに、『レジス攻撃』として語られる出来事である。

 

 

 ひとまず、アリアの起こした事件も静まり、はじめての依頼を受けることになった。受ける内容はラディア、シュバルツの二人が決めてくれるのだとか。アリアはどの依頼がいいとかはよくわかっていないので、ちょうどいいかもしれない。

 依頼を受注して町から出て、長い雑草ぐらいしか視界を遮ることのない平野を歩いていく。度々、ここら辺で肉食動物も出るらしいが、今日は何も出てこない。ラディアもシュバルツも、討伐系の依頼を主に受けているらしい。よくよく考えれば、ヒーラーが必要なものと言えばこれぐらいなものだろう。

 ラディアは風の魔法が得意らしく、それを駆使してナ敵を引き付けて、シュバルツが後ろから魔法で敵を仕留めるというのがいつものやり方らしい。

 

「さて、と。やりますか」

 

 スッ、とラディアは懐からナイフを取り出した。何かしら文字が柄に彫り込まれてある、魔法式だ。さらに、刀身には魔方陣まである。すぐに魔法を使い、なおかつその魔力を軽減するための武装だ。魔道具、と呼称されてるタイプのもので、それなりに値が張る。魔法を使うためだけじゃなく、ナイフの魔道具であれば、ナイフとしても一流の物のはずだ。

 

「アリア、今日はあんたはほぼ見学でいいよ。たぶん、出番ないから」

 

 ナイフを握りしめ、真剣な目付きになる。それを見て、アリアは少しゾッとした。肌にピリピリと殺意が伝わってくる。

 

「まだ、敵の姿すら見てないのに何をそこまで殺気立ってるんだ」

 

 そんな殺気をものともせずに、シュバルツは呆れている。

 ラディアもだが、シュバルツも相当な実力者らしく、魔法で攻撃されたり殴られたりしても防いでくれた防御魔法を、ビンタしただけなのに防御魔法を解除していたりとか、普通ではないとアリアは思っていたが、話を聞くところによると凄腕の魔導師として名を馳せているらしい。

 アリアの予想よりも、二人とも強いと噂を耳にしたので、今はそれが見られる、と期待で胸がいっぱいだ。

 

「今日の獲物だけど、動物じゃなくて魔物。たぶん、アリアははじめて見るよね?」

「そうですね」

「魔物っていうのは、本当に動物と比べ物にならないほど強いよ。どんな雑魚でも、一人で勝てるなんて思ってたら死ぬからね」

「……は、はい」

 

 凄まじい気迫をもって、ラディアはアリアへ注意する。魔物のことは知っているだけで、アリアは見たこともないので、その脅威はわからなかったが、ラディアがここまで言うのであれば本当に危険な化け物なのだろう。

 

「……来るよ」

 

 ラディアの声で、アリアは後ろに下がる。ラディアはナイフを構えて、それと対照的にシュバルツは欠伸をしている。

 アリアも、何かを感じ取った。嫌な気配がする。直感的に拒絶している。

 ズシン、と重低音が響く。何かしらの足音だろう。緊張が高まる。

 

 ――ガザカザッ

 草木を分けて、こちらに何かが進んでくる。

 そして、ついに敵は草むらから飛び出してきた。人よりも一回りほど大きな体に鋭い爪と牙を持った熊だ。ただ、毛が覆っているであろうはずの皮膚はまるで岩石のようで、ごつごつとしている。

 ロックビースト、と呼ばれる種類の魔物で、その中でも熊の形をしているタイプだ。

 

「"身体強化"」

 

 ラディアの体を青い光が一瞬駆け巡る。

 "身体強化"、身体能力を向上させる魔法。ただ、向上される身体能力は一定であり、魔力があればどれだけでも上がるという代物ではないが、とても魔力消費量が少ない。これを使うことにより、ようやく身体能力で劣っている人間はようやく動物や魔物と同じ土俵に立てる。

 一瞬でラディアは魔物へ詰め寄る。ナイフの魔方陣と魔法式が光り、ラディアの動きと共に突風が吹き荒れる。彼女の動きをサポートしてるのかもしれない。

 ロックビーストは近づいてくるラディアを追い払うように爪を振るう。アリアには辛うじて視認できるほどの速度だが、それを難なく避けて、体勢が少し崩れたところをナイフで眼を抉った。

 

 ――グアアアアアッ!

 

 迸る絶叫。

 

「"ストームブラスト"」

 

 それに畳み掛けるように、ラディアは風の魔法を発動させる。ナイフから旋回する風をまるで弾丸のように敵の頭部に放ち、ロックビーストは頭をえぐられてそのまま絶命する。

 目で追うのがやっとの出来事で、頭がまだ追い付いていない。魔物というのがこれほどまでに強いなんて思わなかった。襲ってた狼でさえ、アリアには強敵だったのに、魔物の強さはあれを容易に凌駕している。何よりも、ロックビーストは魔物の中では弱い。魔物というものの強さ、それに抗うことの難しさを思い知った気がした。

 

 ――ガサガサガサガサッ

 そんな風に呆然としている暇もなく、次々に出てくる魔物たち。

 魔物は一匹で行動することは少ない。群れで行動するのが基本だ。ロックビーストも当然その一種で、ごつごつした肌の狼、熊など様々な種類のロックビーストが群がってくる。

 

「シュバルツ、そろそろあんたの出番だよ」

 

 と、一言声をかけると敵の群れにラディアは突っ込む。人間が一歩踏み出すぐらいの瞬間に敵の群れに到達し、攻撃を仕掛ける。ナイフの魔方陣が光り、突風が巻き起こり、魔物たちの動きを阻む。

 

「"サンダーストーム"」

 

 その隙に、シュバルツは四方八方から魔方陣が展開させる。魔方陣に熱が籠り、遠くからでもそれを肌で感じる。

 そして、閃光が辺りを包み込む。電流が魔方陣から放たれて魔物を一瞬で焼き尽くした。

 

「さーて、今回もこれで終わりってわけ」

 

 いつの間にかロックビーストの群れから離れていたラディアがアリアたちの近くで姿を現す。

 

「……」

 

 あまりにもすぐに終わってしまって、アリアは一人、唖然としていた。なしくずしに仲間になった二人だが、とても強かった。

 

「どうしたの、アリア」

「……私、本当にやることないですね」

「まあね、私たち慣れてるしね。私はともかく、シュバルツはすっごい強いし」

「そうかもな」

 

 あまり興味無さげに曖昧に返事すると、シュバルツは倒した魔物の死体へ近づく。それなりの硬度があるごつごつとした皮膚がシュバルツの魔法で炭になっている。焦げ臭い。その魔物の部位をナイフで剥ぎ取って、袋に入れる。ラディアも同様のことをしている。

 

「な、何してるんですか?」

「魔物の部位はお金になるからね。そもそも、敵を倒した証明になるわ」

「なるほど、そういうことですか」

 

 冒険者の基本なのかもしれない。死体に極力触りたくないので、ラディアたちに任せることにした。

 アリアはなにもすることなく、はじめての依頼を終えた。

 

 そのまま、三人ともギルドに帰る。ロックビーストの部位を確認してもらい、買い取ってもらった。こういうのが武器や防具の素材として加工されるのだろう。

 

「さーて、三人で初の依頼達成ってことで、お祝いだ!」

 

 とラディアが言い出したせいで、ギルド内でお祝いすることになった。ラディアはマスターの出すお酒をがぶがぶと飲み干している。酒だけでなく、食べ物も頼んでその日は盛大に食べた。ちゃんと料理されたものを食べるのは久々で、とても美味しかった。

 

「今日も疲れたー」

「酒でも飲もうぜ」

「その前になんか食わねえか?」

 

 そして、同じようにギルドに戻ってくる冒険者もいる。冒険者はだいたい暗くなる前には仕事を終えて戻ってくる。

 

「今日は、やたらと疲れ……た……」

 

 バタリ、とその場に倒れ込む冒険者が一人。貧相な服装をして、短剣だけを持っている少年で、腹部の服に血が滲んでいる。

 

「あいつ、無茶な魔物退治でもしたのか……?」

「たまにいるが、よくここまで戻ってこれたな……それよりも誰か早く治療を!」

「ああ、そうだな。俺はちょっと呼んでくる!

 周囲の冒険者たちがざわめく。

 その中、アリアはシュバルツから言われた言葉を思い出していた。

 もし、自分があれと同じ状況だったなら、血を流して倒れている状況だったらなら、それはきっと辛くて苦しい。

 そして、何よりも――このまま死んで人生が無意味なものになるというのはきっと、アリアは許せない。

 そういう風に考えると、自然と彼の方に足が動いた。

 

「"ヒール"」

 

 そして、魔方陣を起動して魔法を発動する。暖かな光が少年を包み込み、傷を癒していく。

 

「あ、ありがとう……」

 

 回復魔法をかけてもらった少年がアリアにお礼を言う。よく見ると、手首に腕輪をしている。少しだけ、頬を赤くしている。アリアの顔に見とれていたのかもしれない。

 

「気にしないでください」

 

 シュバルツの助言に従って、ただ自分のためにやったことだ。お礼を言われる筋合いはなく、きっとこういう風に生きていかないと生きている人々すべてを憎んでしまう。それを防ぐための行為であって、決して感謝されることではない。後ろめたい気持ちになって、少年から目をそらす。彼が、ほんのりと頬を染めていることには気づいていなかった。

 

「いえ、助かりました。僕の名前はユーミットです。あなたは?」

「私はアリアです」

「アリア、ですか。覚えました。また今度、お礼をします」

 

 そんなこと別にいいのに、と断る暇もなく、手を振ってユーミットはどこかへ行ってしまった。

 

「なんだ、ユーミットが倒れたって聞いたから来てみたら、もう回復魔法をかけてくれていたか。すまんな、あいつはよくこうなるんだ」

 

 騒ぎを聞き付けて、マスターがやってきた。頭を押さえてため息をついている。マスターの悩みの種なのかもしれない。

 

「まあ、得意ですから」

「だろうな。また何かあったらよろしく頼む」

「ええ」

 

 騒ぎの中心のユーミットはどこかへ消えたので、騒ぎ自体も収まった。マスターも元の仕事に戻る。アリアもラディアたちの元へ戻る。さすが女神は回復が得意だ、などという話をしながら食事を続けた。

 そのまま、その日は宿舎に戻って眠った。

 

 次の日も、同じように魔物を倒しにいった。魔物を討伐する依頼はいくらでもあって、敵が強ければ強いほど、もらえるお金は多い。昨日のは銅貨を数十個ほどもらっていたが、今日は銀貨がもらえるものだそうだ。この世界の通貨は金貨や銀貨というものだそうで、どれも金属で紙幣はないらしい。

 この日も、アリアは見学だった。ラディアが猛スピードで敵を撹乱し、シュバルツが魔法でなぎ払って終わった。

 また、ギルドに帰ってくると傷ついたユーミットを見かけた。

 

「あ、アリアさん。昨日はありがとうございました」

 

 傷だらけなのに、にっこりと笑ってアリアに挨拶をする。

 

「"ヒール"」

 

 その挨拶に返事するよりも先に回復魔法をかける。

 

「あ、またまたすみません。この前のお礼をしようと思って……」

 

 よく見ると、ユーミットは花束を持っている。見たこともない透明の綺麗な花だ。

 

「……もしかして、それのためにこれだけ傷だらけになったんですか?」

「お礼は相応の物でないといけないと思いましたから」

「……」

 

 少年のまっすぐな視線を、アリアは見ることができなかった。きっと、彼は自分をいい人だと思っていることだろう。それをわざわざ否定するつもりはないが、その気持ちがアリアには重かった。

 

「アリア、受け取ってあげて」

「えっ、でも……」

「傷だらけになってまで手にいれたものが受け取ってもらえないのは悲しいし、あなたも別に嫌なわけじゃないでしょう?」

「そうですね。ユーミットさん、ありがとうございます」

 

 自分が悪人にならないための行為でこんなものを受け取ってしまうのには罪悪感があったが、ラディアの言うことももっともだ。自分の気持ちを悟られないように曖昧な笑みを浮かべて、その花束を受け取った。受け取ったもらったことがよっぽど嬉しかったのか、ユーミットはとてもいい笑顔をしていた。

 そして、依頼達成の報告をして報酬を受け取り、食事をする。

 この日もそのまま、宿舎で眠った。

 

 次の日も同じように魔物を討伐しに行った。

 そして、この日も同じようにラディアとシュバルツが魔物をすぐに倒して依頼は終わった。

 さすがに、三日も続けて傷ついているユーミットを見かけることもなく、今度は極めて健康的な状態だった。まるで、飼い主を待ってる子犬のようにユーミットはアリアの方へ寄ってくる。ユーミットと少し会話して、そのままいつものように食事をした。

 数日、似たような日々を過ごした。アリアは依頼を受ける際はやることはなかったが、ギルドに帰ってみれば傷ついた人々を見かけることが度々あったので、その度に回復魔法をかけた。

 そんなことを続けていると、すっかりとこの町の冒険者のヒーラーとして有名になってしまった。元々、ラディアもシュバルツもその強さ故に有名だったので、その二人と一緒にいるというアリアを気にしている人もいたのだが、今ではすっかり三人とも有名になってしまったという有り様だ。黒髪以外を差別している国だが、アリアはその美貌と回復魔法の力量によって差別されることはなくなった。

 

 そんな風にアリアの噂も広まっていたが、三人ともいつも通り過ごしていた。

 依頼をこなしていくうちに、シュバルツに支援の魔法を教えてもらった。

 元々、アリアは防御魔法をすでに使えている。よく使っている"プロテクト"も一応、味方の支援に使うこともできる。アリアがこの前使ったように身に纏うこともできるので、仲間にそれと同じものをかけるということだ。

 それと対照的に攻撃を上げる魔法もある。それを使い、効果的にラディアやシュバルツの補佐をしていた。

 一緒に依頼をこなしていくうちに、二人の戦いを観察して、わかったことがいくつかある。

 

 ラディアは"身体強化"以外にも、風の魔法を使って加速しているのがわかった。それ以外にも、空気を破裂させてその勢いで空中で移動したり、風で敵を拘束など器用に風の魔法を使っている。風の妖精の加護というのは瞬時にこれらの魔法をいくつも使えるものだ。風の妖精、というものがどういうものかわからないが、アリアの思っている以上にすごいらしい。

 

 シュバルツは雷の魔法をメインとしている。その威力は弱い魔物であれば一瞬で倒す。有名な魔法使いという話もあるのも納得できるほどで、簡易な防御や敵の拘束、広範囲に渡る攻撃を行える。魔法であればだいたいのものは使えるらしい。

 

 超速度と撹乱の前衛と超火力で魔法のエキスパートの後衛がいるのだから、アリアがやることがないのは当然だ。

 

 そして、ギルドが終わるとたまにユーミットと会っていた。パーティはすでに結成しているので、一緒に冒険しようということはなかったが、度々二人で会って話をしていた。アリアにとっては危なっかしい少年にしか見えなかった。

 

「アリアさん、また会えて嬉しいです」

「今日もどこか怪我したんですか?」

「いえ、回復魔法をかけてほしいとかそういう話ではないです。ただ、会いたくて」

 

 やたらと、ユーミットという少年はアリアに好意を寄せている。頻繁にユーミットから話をされるので、アリアは戸惑っていた。アリアに会う度に、にっこりと笑って話しかけてくる。

 

「なんでですか?」

「なぜ、と言われても。僕はアリアさんのこと、好きですから」

 

 屈託のない笑みを見せて、ユーミットは言う。あくまで、好意であって告白ということではないだろう。何回か話していくうちに、このユーミットという少年は魔物を倒して人々を襲うことがないように、という理由だけで戦っているただのいい人だとわかった。だから、いいことをしてくれたアリアに好意を抱いているだけだろう、と。

 仮に、アリアに恋をしていたとしても、アリアはイエスの返事をするつもりもない。

 

「そうですか」

 

 だから、アリアの返事はいつも淡白なものだ。それなりに話をするとはいえ、ラディアやシュバルツの方が信頼している。

 

「アリアさんは前どういう依頼をしたんですか?」

「大きな魔物を討伐しましたね。ラディアさんが撹乱、シュバルツさんが敵を倒すっていういつものことですけど」

 

 他愛のない会話をする。いつものことだ。そうやって、会話をするだけでユーミットとの時間は過ぎていく。

 

 そうやって、彼と別れてアリアはいつものようにラディアやシュバルツと会って次は何の依頼を受けるのか話をするのだ。

 異世界という危険な場所に足を運び込んだのに、なんとも順調に生活できて、アリアにとっては少し拍子抜けだった。こういうものは、自分も含めてだんだんと、強くなっていくものだと思っていたけど、そうでもないらしい。

 

「おい、アリア。またユーミットと会っていたのか?」

「はい、そうです」

「どうしたのよ、シュバルツ。嫉妬?」

 

 ラディアはシュバルツをからかう。シュバルツはアリアにとっては一番、心を開いている相手だ。あのとき、彼が言ってくれた言葉は今もアリアを助けてくれている。アリアの偽善がいつも、アリアの苛立ちを抑えてくれている。そんなシュバルツに嫉妬されるのは、少し嬉しかった。恋、とまではいかないが確かな好意だ。

 

「そんなわけあるか。あいつはいつも、一人で冒険するわりに、選ぶ依頼は俺たちがやってるものよりも危険なものばっかりやってるから、あいつはどうやって生き残ってるんだろうなって思っただけだ」

 

 でも、そんなこともなく、ただユーミットに興味があるだけだった。

 ただ、ユーミットがどうやって生き残ってるのかというのはよく気になっていた。彼の持っている武器は短剣だけで、それだけでたった一人で戦っているとは思えなかった。

 

 そして、その時にけたたましいサイレンが鳴り響いた。町の結界が壊れてしまった合図。それと共に魔物が雪崩れ込んでくる。

 

「だから、言ったでしょ」

 

 魔物の群れが迫ってくる中、耳鳴りがした。

 

「君は不幸に巻き込まれるんだって。今日まで君にはいいことばかりだった。だから、逆に今日は君には悪いことばかり起こる」

 

 ルルフの声だ。久しぶりに、アリアの前に現れ

た。

「――全部、君のせいだよ」

 

 クスクス、とルルフは笑う。

 

「違う、私のせいなんかじゃ――」

 

 否定する声は、悲鳴によって打ち消される。ルルフの姿はいつの間にか、消えていた。

 

 アリアの平穏は一瞬にして崩れた。




まあ、日常一回ぐらい壊してる方が闇堕ちさせやすいでしょってことで

お気に入り七件まで増えててびっくりしました。ありがとうございます

たぶん次は二週間後ぐらいになると思います


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ラディア・ハイレディン

戦闘メイン回ですね、苦手だけど

まあ、こんな感じの話に今後なっていくんじゃないかな


 いつのことだったか、巨大な化け物を見たことがある。腕が四本、胴体に目が複数あり、触手がうねうねと無数に生えてそれが束ねられて翼のようになっている、まさに異形だった。あれに触れれば肌が朽ちて死ぬし、生き物じゃなくてもあれは触ったものを風化させていた。あれを見たときに思い知らされた、所詮私はちっぽけなただの人間だったんだって。

 

 私――ラディア・ハイレディンはベルナルド王国に来る前はナタスト帝国のどこかに住んでいた。寒冷地が多いナタストでは珍しい暖かなところだった。

 私は種族は人間でも、他とは違うと思っていた。詳しくは知らないけど、風の妖精とやらの加護を授かっているらしく、風に関係する魔法なら容易く扱えた。同年代の子供はみんな、簡単な魔法しか使えなかったから、調子に乗ってたんだと思う。

 

「すっげえ、ラディアはかぜのまほうめっちゃつかえんじゃん!」

「ふふん! でしょでしょ? ほかのまほうがつかえたって、わたしのかぜにはかなわないんだから!」

 

 そんな風にくだらない会話をした気がする。

 そして、その自信過剰を膨れ上がらせたもっとも大きなことが、私の故郷を統治していた領主、リーヴァ家の子供との出会いだった。

 

 銀色の髪が特徴的な二人姉妹で、確か姉がシルヴィア、妹がアルタだった気がする。姉は剣を扱うのがうまく、妹もそれを習って剣を主に使っていた。

 だから、魔法の扱いというのはよくない。そのため、私は領主の家のものでも扱えない魔法が使えるんだ、とさらに自信過剰を加速させていた。年が近かったこともあり、よく自信ありげに彼女たちにあっては見せびらかせて自慢していた。アルタは元気に、シルヴィアは物珍しそうに、悔しそうにすることもなく目をキラキラとさせて見ていた。身分の差があっても、私の方が実力が上だと思っていたし、よく遊んでいたから私たちは一応友達だった。一緒に遊んでは、優越感に浸っていた。

 

 ――そんなものをぶち壊してくれた事件が、巨大な化け物だった。邪神、だとか呼ばれていたような気がする。見た目にぴったりの呼び名だと思った。

 

「なんだあれは!?」

「地面が……!?」

「何が起こってっ!?」

 

 突然、あれは現れた。何も前触れもなく地響きがし、うねうねと触手が村の地面から飛び出して家々を破壊した。阿鼻叫喚の地獄絵図、とはこういうものだろう。

 ――そして、大きな穴を開けて化け物は地面から這い出てきた。逃げ遅れてそこに住んでた人たちは半分ぐらい死んだ。何故出てきた、とかそういうことはわからない。ひたすらに腕を振るい、その度に人が死んでいった。

 魔物が現れることはたまにあったが、こんなのが出てくるのははじめてだった。攻撃した武器もすぐに破壊されて、魔法で攻撃しようと防御魔法で防がれた。

 私も、対抗した。自慢の風をいくらでもぶっぱなした。

 ――でも、たった一つも通用しなかった。邪魔な虫を追い払うように化け物が腕を振るい、私に迫ってきた。

 その時はもう、ダメだと思った。

 

「まだ、ラディアはしなないよ」

 

 ――そんな私を助けてくれたのがシルヴィアだ。俊敏な動きで私を抱き抱えて、遠くの場所まで逃がしてくれた。

 私の中の自信が音を立てて崩れた。私のちっぽけな自尊心なんて、何の価値もないんだとその時わかった。

 まだ遠くにあの化け物は見える。

 

「アルタはもうにげたけど、あなたがしんだらかなしい。だから、ここでまってて、ラディア」

「なにするつもりなの!?」

「……あれをたおす」

 

 そう言って、その時はシルヴィアは剣を構えてた。まさか、あれを倒そうとしていたのがいたなんて、馬鹿げていると思った。でも、シルヴィアは本気だった。

 その時だった。視界を一瞬で光が覆い尽くした。圧倒的な光の奔流だった。とてつもなく巨大な光線が化け物めがけて放たれ、化け物は消滅した。何が起こったかわからなかったが、私もシルヴィアもただ唖然としていた。化け物が消えて、私とシルヴィアは元の場所に戻った。そこには、私とあまり年のかわらない少女が光輝く剣を持っていた。勇者だと一目見てわかった。この少女があの化け物を倒した。

 そして、私は思った。この程度の力では満足なんて到底できるものじゃない。同年代のシルヴィアみたいに巨大な敵に立ち向かう度胸がほしい。あの勇者の少女みたく、どんな化け物でさえ殺せる力がほしい。

 私はあの日から、強い力に憧れた。あの勇者みたいに強くなりたいと思った。

 

 あの出来事で私たちは面倒くさい出来事ばかりに巻き込まれた。

 ただ、両親が死んでしまったのは本当に悲しかった。私が非力なせいで、ひとりぼっちになってしまった。無力な自分を呪ったし、恨んだ。

 そんな私を救ってくれたのはシルヴィアとアルタだ。あの二人はあの後も友達として助けてくれた。私はあの二人のおかげで立ち直れた。

 そして、こんなことがまたないようにと、強くなろうとした。シルヴィアやアルタに訓練してもらって私は強くなった。その代わりに二人に風の魔法を教えた。

 

 数年が経って、強くなった私は別の町へ行くことにした。このままこの場所で生きていくだけではもったいないから、どうせなら外に出てみたかった。力を試したかったのもある。シルヴィアとアルタに別れを告げて、どこかへ向かった。目的はなかった。なにかしら冒険をして、ちょっとくらい名を残せればいいんじゃないかって程度だ。

 せっかくだから、と今では相棒になっている魔道具のナイフをもらった。

 

 それから、長い間旅をした。国境を越えてベルナルドまで行ったのはいいものの、黒髪じゃない私は歓迎されなかった。

 それでも、冒険者になって力を示してぎゃふんと言わせてやろうと頑張った。はじめて出会った動物も魔物も、あの邪神と呼ばれた怪物に比べれば弱かったので勝てた。そうすると、今度は嫉妬で嫌がらせを受けた。何かあるごとに私は誰かと衝突して揉め事を起こした。

 そして、町から追い出された。そんなことを繰り返した。

 

 そんな生活をしていると、一つの話を知った。女神は人を勇者にできるという話だ。町を転々としたから、その頃はレジスにいた。まだ、この町では揉め事を起こしていなかった。その話に少し興味が沸いて、女神を探しつつ依頼をこなした。

 

 この町にはとても強いと言われている魔法使いがいる。魔導師シュバルツバルト、あらゆる魔法を使って魔物を一瞬で倒してしまう男。誰ともパーティを組んでいないらしい。ダメもとで私は彼に一緒にパーティを組まないか、と提案した。断られるかと思ったが、彼はそれに承諾してくれた。

 一緒に戦ってみてわかった。彼はとても強かった。魔物が近づくよりもはやく魔法で焼き払っていた。何よりも持ってる魔力の底が見えない。人間なのだから、そこまでの量ではないだろうけど、いくらでも魔法を撃ち続ける固定砲台みたいだった。

 シュバルツはシュバルツバルトという名前で呼ぶことを嫌っていて、シュバルツと呼ぶことを強要された。よほどシュバルツバルトという名前が嫌いらしい。そんな彼と一緒に冒険を積み重ねてた。

 

 そんなある日のことだった。アリアに出会った。彼女は女神だという。女神は人を勇者にする、という話を思い出した。私の脳裏にはあの日、邪神と呼ばれていたあれを倒した少女を思い出した。私も勇者になってみたいと思った。

 だから、彼女を同じパーティに誘った。あの力に憧れて、少しばかり強引だった気がする。それでも、他に渡したくなかった。

 私はただ、勇者になりたかった。強い願望だ。きっと、あの日あの勇者を見たときから私の心に根付いていた。外に出たのも、そのせいかもしれない。そんな執着心が、シュバルツにばれてしまったような気もするけれど、まあいいか。

 

 とりあえず、私の夢は勇者になることでしたって話。あのときの勇者の女の子みたいに、力が欲しかった。

 

 

 町は阿鼻叫喚の地獄絵図そのものだった。

 

「や、やめてくれ……ぐああああっ!」

「ぎゃああああっ! 足、足がぁ……!」

 

 町の結界が破壊される警鐘の音、町に流れ込んでくるとてつもない量の魔物。それに食い殺される人々の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。長く聞いているだけで頭がおかしくなってきそうだ。

 逃げ惑う人々に流されて、ラディアはアリアたちとはぐれてしまう。人の波に飲まれて、うまく動きがとれない。

 

「ちょ……っと、のいて!」

 

 その人の波から逃れようと必死にもがく。

 

「うっせえ! 黒じゃないやつは囮にでもなってろ!」

 

 が、屈強な男に魔物の方へ押し出されてしまう。

 

「いったあ……くそ、なんなの本当に」

 

 と、ぼやきつつ体を起こす。

 ――カタカタカタ、不気味な音が聞こえてくる。顔をあげると、剣や槍、弓を持った骸骨がいた。急いでラディアはナイフを構える。骸骨はこちらを見て笑っている。

 スケルトン、魔物だ。近くを見ると、辺り一体に人間の死体が転がっている。自分自身もあれと同じようにここで野垂れ死ぬ、そんな光景が脳裏に浮かんで離れない。

 

「"身体強化"」

 

 そんな考えを振り切るようにラディアはそのまま、スケルトンに向けて走り出した。風がラディアを包み込み、勢いを加速させてラディアの速度を上げる。矢が放たれるが、それを容易にナイフで弾いて一閃、スケルトンの頭部を切断する。

 体を一度動かせば、ラディアの頭の中は冷静になっていた。ラディアは強い。この程度の敵に負けることはない。レジスの近くにそこまで強い魔物はいない。すべて、ラディア一人でも戦える程度のものだ。この町で強さランキングでも作ってみれば上位に位置するラディアにはスケルトンを屠るのは造作もないことだ。

 

「"旋風結界"」

 

 攻撃を終えた無防備な体勢のラディアに襲いかかってくるスケルトンへ魔法を放つ。ナイフに刻まれた魔方陣が光り、ラディアの周囲に竜巻のような旋回する風が発生する。近づいてくるスケルトンは発生した風によって吹き飛ばされる。

 地面に手をついて、手に魔力を込める。地面に魔方陣が出来上がる。

 

「"エアロボム"」

 

 と、唱えると同時にラディアはめいいっぱいジャンプする。それと同時に足元の空気が弾けるような衝撃、それによってさらに上昇する。空気を破裂させてその衝撃を与える魔法だ。

 "旋風結界"を解除し、下を見据えて、スケルトンの位置を把握する。ナイフの魔法式と魔方陣が光る。近くのスケルトンを殲滅するための魔法が組み立てられる。

 

「"スプレッドガスト"」

 

 下に向けてナイフを振るうと、巨大な空気の塊が弾丸のように発射され、それが拡散して辺りに降り注ぐ。地面を抉る音が響き、ベキベキっと何かが破壊される音も聞こえる。スケルトンの頭部を砕いた音だ。降り注ぐラディアの魔法によってスケルトンはすべて破壊された。

 

「よっと」

 

 骨が転がっている中、ラディアは着地する。逃げていった人々はもう見えないほど遠くまで行っている。火事やそれを知らせる煙、未だに鳴り響く警鐘、近くのスケルトンをすべて倒そうが異常事態なのには代わりはない。

 

『ラディアよ、逃げなさい』

 

 どこからか聞こえてくる声がする。ラディアに加護を授けている風の妖精だ。滅多に姿を現すことはない。冒険者として生活してから死にかけていた時に何回か見たことがある程度だ。

 

『この町はもう終わりです。時期に魔物によって人間は排斥される』

「魔物程度には負けない自信はあるわ」

『ラディア、あなたは死ぬべきではありません』

 

 風の妖精はいつだって、ラディアの意見を聞かずに指示だけしてくる。そう言うのはいつだって、ラディアの命に危機が迫ってる時ばかりだ。きっと、今回だって例外じゃないのだろう。

 

「嫌だわ」

 

 だが、それをわかっていてもラディアは風の妖精の言葉に従わなかった。

 

『なぜ?』

「だって、逃げろってことはそれほどやばいやつがいるんでしょ?」

『その通りだ』

「仮にも仲間ができたんだからさ、そんなやつがいるなら助けに行かないと、ね!」

 

 風の妖精の返答を聞かずに、ラディアは走り出した。なぜかわからないが、風の妖精はずいぶんとラディアのことを気に入ってるらしく、例え反抗的な態度を示していても加護が解かれることはない。きっと、アリアを助けるために死地に向かうとしてもその加護を存分に授けてくれるだろう。

 

「"エアロボム"ッ!」

 

 だから、ラディアは迷いなくアリアを探しにいく。シュバルツはとてつもなく強い。助けに行く必要なんてないだろう。魔法で自らを上空へ吹き飛ばして、上から様子を見る。

 上から見た光景はとても酷いものだった。飛び散る血、転がる死体、跋扈する魔物、知っている町の風景が戦場のように見える。いや、戦場そのものだろう。少し前に聞いた悲鳴がまだ耳から離れない。ラディアは苦虫を噛み潰したように、顔を歪める。

 こんな場所にいたら、アリアだってどうなるかわからない。風を巻き起こして、空中を移動する。幸いにも、交戦している者たちも数人いるらしく、魔物たちの数はそれなりに減ってるようだ。上からでも、それがよく伺える。

 

「誰を探してるんだ?」

「――っ!?」

 

 不意にかけられた声に驚いて、振り返って一気に距離を取る。

 

「一声かけただけでそこまで警戒しなくてもいいじゃないか」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている男性が宙に浮いていた。白髪に灰色の肌、そしてひび割れた頬――魔族だ。

 

「何よ、私なんかに用?」

 

 心を引き締めて油断しないように、魔族の男へ言葉を返す。相手は油断してるように、余裕の笑みを見せるが、ただの雑魚じゃない。本能的に、頭が危機を知らせてくる。何も考えずに飛び込んでしまえば、殺されるビジョンが頭に浮かぶ。先程の魔物のように、ささっと倒せる相手じゃない。

 

「俺たちはできるだけ速やかにこの地を奪いたいわけさ。でも、あんたみたいなやつがいるとそれが結構厳しくなる。ラディア・ハイレディン、あんたは相当強いはずだ。抵抗せずに死んでくれないか?」

 

 ヘラヘラとしているが、油断はしていない。この魔族の男は軽く笑いつつ、こちらの様子を伺っている。

 それに、この男から感じる魔力は膨大だ。ラディアの数倍はある。種族差、というのもあるだろうが、この男は魔族の中でも特別に強いだろう。

 

「はぁっ!」

 

 だから、一気に勝負をつけることにする。ラディアは風を巻き起こして、敵に突撃する。とてつもない速度だ。

 

「"スクトゥム"」

 

 激しい金属音のような甲高い音が鳴り響く。

 一瞬で攻撃できる距離まで移動して振るった一撃は魔力の盾に弾かれる。

 

 ――まずい!

 

 不意打ちに近い一撃が防がれた。次は反撃が来る。避けようにも、身体能力でいえばあちらが上であり、さらには空中だ。ラディアは風魔法を使うが、飛べるわけではない。

 

「"エアロボム"ッ!」

 

 だから、相手に攻撃の隙を与える前に魔法を使う。ラディアと魔族の男の間で空気が破裂する。その衝撃で二人とも勢いよく吹き飛ばされる。

 魔族の男は魔法の盾でそれを防ぐ。

 ラディアは生身でそれを思いっきり受けるが、吹き飛ばされつつナイフを思いっきり握りしめる。

 本来なら、先程の不意打ちに近い一撃で勝負を終わらせるつもりだったが、そうはいかなかった。身体能力でも魔力でも確実に負けている。

 なら、次は出し惜しみなく魔法を存分に使って大暴れするしかなさそうだ。短期決戦以外に、勝てる見込みがない。

 

「風の妖精の加護よ、大自然の力よ、我が道を阻む敵を殲滅する力をここに!」

「ちっ、てめえ何を」

 

 詠唱を口ずさむラディアに魔族も気づいたらしい。先程の口ぶりから魔族はラディアのことを知っている様子だ。風の妖精の加護を授かっていることを知っているはずだ。魔族の男は強い魔法が来るはずだ、と身構える。

 

「――"ダストデビルストライク"ッ!」

 

 だが、身構えたところでそれに対応できるはずもない。

 巨大な魔方陣が魔族の男の頭上に出現する。そこに風がだんだんと収束していく。

 そして、それらは旋回してまるで巨大な竜巻のように形成されてそれがそのまま下に落ちる。

 

「くそっ! ぐううあああっ!」

 

 当然、それは魔族を巻き込む。体が千切れそうなほどの風の勢いに流されて洗濯機で洗われる衣服のように弄ばれる。

 

「てめええええっ!」

 

 ――ゴオオオオッ!

 

 魔族の声は風にかき消される。

 そのまま竜巻のようなそれは近くの家を数個巻き込んで破壊し、地面を抉って巨大なクレーターを形成する。耳をつんざく轟音が鳴り響く。土煙が立ち込めて、どうなったのかよく見えない。

 

「……これで、地面に叩き落とせた」

 

 人間ならばバラバラになって跡形も残らない一撃。魔物であろうと魔族であろうと、無傷ではいられないだろう。

 

 "ダストデビルストライク"、つむじ風を巻き起こしてそれを隕石のように地面に落下させる一撃。並みの人間が使えば魔力のほぼすべてを持っていかれるほどで、風魔法の中では屈指の破壊力を持つ。

 例え、風の妖精の加護を持っているラディアであっても、消費する魔力は大きい。

 

「これだけやれば、あんたの得意の盾も役に立たないでしょう?」

「はははっ、お前は強気なやつらしいな。持って帰って奴隷にしたい気分だ」

 

 土煙の中から、ゆっくりと男は歩いてくる。全身から血を流し、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かってくる。どうやら、魔法を使う価値はあったらしい。もう、あと一撃さえ与えてしまえば勝てる。

 足に力を込めて、一気に跳ぶ。それに魔族の男は対応しない。きっと、体が動かないのだろう。血を流しながら、ゆっくりと魔族の男は動く。痛む体に鞭を打って、なんとか動かしているような状態だろう。

 その魔族の男へ、ラディアは――ナイフを突き立てた。ナイフを握りしめて、敵の心臓を抉る。

 

「……」

 

 悲鳴もあげずに絶命する。びくんっ、と跳ねてそのまま動かなくなる。

 なんとも、あっけなく死んだ。魔族との戦いは、激闘の末に倒すようなものだとラディアは思っていたが、そんなこともなくすぐに決着はついた。

 この肉を抉る感触、動けないものにナイフを突き立てる状況、とても不快な感覚だ。ナイフを引き抜くと、血がプシュっと飛び出て降りかかる。顔についた血を拭う。

 魔族の男の亡骸は、人間でない特徴を少し持ち合わせているとしても、その姿は人間にそっくりで、人の死体に見える。

 

 まるで、人間にナイフを突き立てたように錯覚する。肉を抉る感触が手に残る。

 人間の同士が殺し合う戦場にでも来た気分だ。

 魔族なのに、あっけなく死んだこともまるで人間ように思えてくる。

 

「……」

 

 それを振り払うように、ラディアは再び走り出した。

 

 数分走り回り、幾度となく魔物に遭遇するが、どれも弱いものばかりで魔法を撃って、ナイフで切ればどれもたちまち絶命した。さっきの魔族ほど強いものはいない。

 魔力を消費しすぎたらしく、体が気だるい。魔力回復薬を口に放り込んで、魔力をなんとか回復させる。

 そして、またラディアはアリアを探す。

 レジスはそこまで大きな町じゃない。そろそろ見つかるはずだろう。

 

 そうして、アリアを探してラディアは走り続けた。通りすがりに見えるのは知っている町並み。

 それは――べっとりと付着した血といくつも倒れる死体によって極彩色に彩られている。日常はこんなにもあっけなく崩れてしった、ということを思い知らされる。

 そうして走っているうちに、一度ラディアは立ち止まる。何かの気配を感じる。

 

 ――敵?

 

 ラディアは警戒する。

 

「ら、ラディアさん」

 

 聞き覚えのある声。

 

「……アリア?」

 

 振り返ると、心配そうにぎゅっとラディアの手を握るアリアの姿があった。安心したように、ふっと軽く笑った。

 

「よかった、無事みたいね」

「はい。ラディアさんは大丈夫ですか?」

「ん。まあね」

 

 所々血は付着しているが、どれも返り血だ。通りすがりに魔物を何匹も倒してきたが、受けた攻撃は一つもない。せいぜい、"エアロボム"の衝撃程度だ。

 

「次はシュバルツでも探しましょう」

「そうですね。大丈夫でしょうか」

「あいつ、私よりも強いんだから大丈夫に決まってるでしょ」

「やりすぎで町壊しすぎないか心配ですね」

「ははは、あり得るわね」

 

 二人はクスクスと笑い合う。知ってる町なのに、危険ばかり迫っている場所で心細かった。

 それが、知っている誰かと出会うことで少しだけ心に余裕が持てるようになった。

 

「さて、いくわよ」

「はい!」

 

 そして、二人は歩き始める。血に濡れた町で、魔物が徘徊する場所。それでも、仲間と一緒にいればなんとかなるような、そんな気持ちになる。

 その気持ちを失わないように、二人は急いでシュバルツを探し始めようとする。

 ――だが、それを打ち消すように、現れるのは魔物の群れ。

 

「"ディストラクション"、"プロテクト"!」

 

 危機をいち早く察したアリアはラディアに支援の魔法をかける。衝撃を緩和しダメージを軽減させる魔法の膜を纏わせる"プロテクト"、そして攻撃力を増させる"ディストラクション"、ラディアのパラメーターが一気に上昇する。

 

「ありがと、アリア!」

 

 と、声をかけると一気に飛び込む。負ける気がしない。相手はただの雑魚だ。

 だが、そんな簡単に勝負はつかない。

 ラディアはアリアと出会って歓喜していた。それまではひたすら戦闘で心身への疲労が溜まっていた。ひたすら生き物を斬る嫌な時間だった。それをアリアと話すことでなんとか払拭していた。

 

 ――だが、魔物を殺す感覚はそれで済んでも魔族を殺す感触はラディアから消えることはなかった。

 

 魔物が一気に身を引いた。ラディアは何事か、と周囲を確認する。

 魔物の後ろからやって来るのは、槍を持った白髪の少女。

 ラディアの、腕が鈍る。肉を抉る感触が腕に甦る。思わず足を止める。

 魔族特有の肌のひび割れが見られないが、相手は殺気を込めてこちらに来ている。明らかに敵だ。

 ――なのに、ラディアの体は一瞬だけ硬直した。それを敵が見逃すはずもない。

 少女の持ってる槍が弧を描く。槍の先端の刃が、ラディアに向かう。

 

「……ぐぅぅぅっ!」

「ラディアさん!?」

 

 そして、そのままラディアの左肩に直撃する。"プロテクト"によって防護されているが、鈍い痛みがじわじわと伝わってくる。

 

「"エアロボム"ッ!」

 

 無理矢理、魔法によって生まれる衝撃で距離をとる。

 それでも、その距離を一瞬で敵の少女は詰めてくる。とても速い。

 ガキンッ!

 振るってくる槍をナイフで弾く。

 

「やっぱり速いな」

 

 関心するように呟く。それでもその間も攻撃の手を緩めない。

 

 ――こいつ、強い!

 

 明らかに、今まで相手にした魔物たちとはかけ離れた強さだ。何よりも、速い。ラディアは風の妖精の加護を持っているからこそ、人間離れした速さを持っているが、それと同等かそれ以上の速度を見せつけてくる。

 上段に構えて槍を振るい、それをラディアが弾くと直ぐ様体勢を変えて今度は横に薙ぎ払う。金属音が鳴り響く。ナイフによる防御で直撃を防いではいるが、防戦一方だ。防御はしていても、その衝撃を殺せるわけでもなく、吹き飛ばされる。

 ラディアの体勢が崩れる。そこへすかさず、少女は飛び込もうとする。

 

「……くっ、"ブロウブレードエアレイド"!」

 

 飛び込もうとする少女の真上に展開される無数の魔方陣。そこからは風の刃が無数に生成されて一気に真下に降り注ぐ。ラディアの懐へ少女が潜り込んでくることもなく、少女は魔法に晒される。

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか、ラディアさん」

「まだ、終わってないわ」

 

 無数の刃、それは確かに少女に到達した。"ディストラクション"によって、威力の上がった一撃。

 それにも関わらず、少女へのダメージはほぼゼロに等しかった。少女の肌には擦り傷程度のものしかない。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつきつつ、次の魔法の準備をする。魔法を使わなければ、勝機はない。

 

「ああ、やっぱりよくない」

 

 そんなラディアを前にして、少女はポツリと呟く。

 

「"ダストデビル――」

「――君が生きていると、きっとよくない」

 瞬きするよりも速く、少女はラディアの目の前まで移動する。一瞬の出来事で、ラディアもアリアも全く視認できなかった。

 少女の姿が止まる。魔法を使うチャンスとばかりに唱えようとするが、言葉が出てこない。何かの液体が口から込み上げてくる。

 がくんっ、とラディアの体が揺れる。

 

 ――熱い、熱い熱い熱い!

 

 圧倒的な熱が全身を覆う。特に、腹部が熱い。体に力が入らなくない。立っていられなくなって、思わず座り込む。腹を擦ると、べっとりと液体が付着する。口を拭っても同じ。生暖かい、赤い液体が手にしっかりとついている。

 

 ――血だ。ラディアの体内の血が外に出てきている。ラディアの腹は裂けていて、吐血した。

 目の前の少女の持つ槍は、血に濡れていた。

 そこでようやくわかった。

 

 ――自分は槍で刺されたのだ、と。いつの間にか腹部を貫かれて、引っこ抜いたのだ。先程体が揺れたのは、刺した槍を抜いたからだろう。

 口から込み上げた血を、そのままどばっと吐き出す。腹部の穴から血が大量に流れ出ているのがわかる。命が、だんだんと血と一緒に流れ出ていく。体から力が抜けて、冷たくなっていく。体が動かない。

 

 そして、その日のうちにラディア・ハイレディンは絶命する。




魔法いっぱいでても、今後そんな使わないや
登場人物を減らすポン!
まあ、風の妖精は今後使うかもしれない

次は一、二週間後ぐらいで


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さようならラディア、こんにちわ勇者

ほとんど話進みません


 ベルナルド王国の中心部、王都。とても発展しており、人々もとても多い。それらのほとんどは黒髪だ。中心部だけあって、他色への差別は根強い。差をつけられるどころか、追い出されるほどのものだ。

 それでも、それ以外に事件はほとんど起きることはない。それに、起きた事件も迅速に解決される。治安はいいが、差別意識は強いというベルナルドの国柄が色濃く出ている。

 そのベルナルドの王都の中にそびえ立つとても大きな城が見える。王族が住んでいる城だ。内部には豪華な装飾や高価な絵が飾られている。

 

「失礼します、お嬢様」

 

 コンコン、と扉を叩く男が一人。この城に仕えているうちの一人だ。城の一室にそのまま入る。

 中の部屋も同様に豪華な装飾などがなされていて、大きなベッドや机など、様々な物が置かれている部屋にしてはやけに大きなところだ。

 

「何?」

 

 中にいるのは、黒髪を腰ほどにまで伸ばしている少女だ。その容姿はとても美しい。艶のある黒い髪はサラサラで、あどけなさを少し残した綺麗な顔立ちをしていて、まるで天使のようだ。触れれば消えてしまいそうな儚い少女だ。

 

「レジスが魔族の襲撃を受けました」

「へえ、面白そうな話ね。お父様にこのことは伝えたの?」

「既に伝わっています。どうすべきか軍の連中でも呼んで話し合ってるんじゃないですかね」

「まあ、そうね。勇者でも送るんじゃないかしら」

 ため息しつつ、少女は肩をすくめる。

「勇者、ですか」

「今、魔族とは小競り合いしかしてないわ。けれど、レジスが攻めこまれてしまった。つまり、本格的にあちらは人間侵略するってこと。魔族領から一番近いんだから、当然ベルナルドが戦場になるわ。だったら、勇者に頼るでしょうね」

「なるほど、お嬢様は相変わらず聡明ですね」

 

 顔色一つ変えず答える男に、少女は嫌そうに顔を歪める。

 

「あなた、最初から理解していたんでしょ。わかるわ、そういうの」

「バレていましたか」

「わざとらしいのはやめなさいよ。腹が立つわ」

 少女は男を睨み付ける。

「失礼しました。しかし、お嬢様には思わしくない状況なのでは?」

「まあ、そうね」

「お嬢様は勇者を嫌悪してますからね」

「そうね。でも、ベルナルドにそれほど勇者はいない。問題は、他国よ」

 

 心底嫌そうに、少女はため息をつく。

 

「そうですね。きっと、ベルナルドへ恩を売ろうと、アリシア連合が勇者を派遣してくるでしょうね」

「それは嫌だわ。勇者大国のアリシアなんかに来てほしくないもの」

「では、どうしますか?」

 

 クスクス、と少女は笑う。

 

「大事になる前に、さっさと落ち着けさせましょう。国民を慌てさせればそれだけ、勇者に頼ってしまうもの」

「なるほど。勇者のない国作りの一歩ですね」

「ええ。さあ、準備をしましょう。王族自ら、彼らを助けてあげましょう」

 

 そうして、少女は立ち上がる。

 

「いくわよ、ヘルシンス」

「ええ。ベルナルド王国第一王女、カティアお嬢様」

 

 

 

 

 近くから聞こえるのは悲鳴。近くに見えるのは血液。

 そして、迫ってくるのは魔物。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、アリアは人ごみに流される。

 気づけば、どこか知らない場所まで来てしまっていた。逃げ惑う人々も散り散りになって、アリアたった一人になっていた。

 

「に、逃げなきゃ……」

 

 シュバルツも、ラディアも近くにはいない。アリアはたった一人、戦えるはずもない。動物相手ですら殺されかけたのだ、勝てるわけがない。

 

「た、たすけ……」

「だれかぁ……」

 

 だが、逃げようとするアリアの足は止まる。人々の悲鳴を聞いて、逃げ出すわけにはいかなかった。

 もう、アリアは傷つく誰かを自分に重ねることはなかった。嫉妬を抑えるためとして、自分に重ねて人を助けてきた。それはいつしか、仮初めの良心としてアリアの中に生まれた。

 

「"ヒール"、"ヒール"、"ヒール"!」

 

 だから、アリアは傷ついている人を見ては、ひたすらに回復魔法をかけた。魔方陣が現れて、暖かい光が負傷した人々を包み込み、傷を癒していく。

 それでも、女神の回復がいかに優れているとしても、限界はある。死んでしまった人にはまったくの効果がないのは当然で、すでに体の一部を大きく欠損してしまった人は傷を塞いだとしても、その部位を取り戻すことはない。

 

「き、傷が癒えて……なっ、こっちに来るな! うわああああっ!」

「やめろ、やめて……ぐあああああっ!」

 

 ――そして、癒したはずの人々はアリアの目の前で魔物に無惨にも殺されていく。

 

「な、なんで……」

 

 結局のところ、魔物を排除しなければ何も変わらない。例え、人を癒せたとしても魔物と魔族がいる限り、人は傷つけられて殺されていくのだ。

 アリアの中で、何かが崩れていく。自分の無力さを思い知らされる。胸が苦しい。これ以上、人が苦しんで死んでいくのを見ていられない。

 が、そんなアリアを放っておくわけもなく、魔物の向ける力の矛先は、当然アリアにも向かう。近くの人々を殺してしまえば、次に狙うのはアリアになる。

 唸り声を上げて、魔物は次々とアリアに迫ってくる。

 

「……こ、来ないで!」

 

 周囲の人々はすべて――死に絶えた。近くに生存者はいない。すべての魔物がアリアに迫る。アリアは必死に逃げる。走って、走って、追いかけてくる魔物を振りきろうとする。

 ただ、女神であるアリアはとても貧弱だ。魔物との身体能力の格差はとても大きい。逃げ切れるわけがない。

 

 ――もう、ダメ。

 

 と、思ったその時。上空に魔方陣が浮かび上がる。ビリビリと、その魔力を感じる。それに影響されてか、魔物の動きも止まる。

 そして、魔方陣に風が集まる。風が収束して旋回する。近くのごみが巻き上がり、竜巻のように形成されていく。

 それはそのまま、地面に落ちていく。

 

「きゃああああっ!?」

 

 近くの家々と共に、アリアと魔物も一緒に吹き飛ばされる。凄まじいその力に魔物は吹き飛ばされるだけでなく、体の一部に恐ろしいほどの風の力によって抉れていたり、凹んでいたりと、相当なダメージを受けている。

 

「あたた……」

 

 アリアは、事前に防御魔法を体の表面に貼っていたからこそ、衝撃を軽減して吹き飛ばされるだけで済んだ。

 

「あれ、これ……」

 

 よく見ると、その防御魔法も崩れつつある。女神の防御魔法はそう易々と破壊される代物ではない。あの魔法は相当強いものらしい。

 こんな風の魔法を使う心当たりは一つしかない。

 

「ラディアさん!」

 

 心細かった。一人で、こんな場所を歩きたくはなかった。何せ、アリアには何もできなかった。魔物から身を守ることも、人を救うこともできなかった。

 だから、アリアは心の拠り所を求めた。ラディアに会える、その気持ちがアリアの心に光が差し込ませる。アリアは走った。

 そうして、ラディアとアリアは再開した。所々、血に濡れたラディアは少し怖かった。

 でも、アリアはとても嬉しかった。ラディアと過ごした日々は短い。それでも、自分を助けてくれた仲間だ。一緒にいるだけで、とても落ち着く。残りは、シュバルツと出会えばパーティも揃う。アリアは気分よく、歩き始める。

 

 

 

「君が生きてると、きっとよくない」

 

 ラディアの体に、深々と槍が貫いて、引っこ抜かれる。

 力が入らなくなって、足元から崩れて、座り込む。腹の穴から止めどなく血が流れて、体が冷たくなっていく。

 

 ――ああ、もう私はダメらしい。

 

 なんて、つまらない人生だっただろうか。もっと、生きてみたかった。と、今さらラディアは後悔する。

 ラディアを貫いた少女は、ラディアの様子を見て、こちらに背を向ける。もうこちらに興味はないとでも言うように。

 でも、ラディアはそれを追うこともできない。致命的な一撃を受けてしまった今、戦えるはずもない。

 

 ――それにしても、アリアには悪いことをしてしちゃったわ。本当は、勇者にするためにパーティに誘ったのに。

 

 立とうとしても、力がほとんど入らない。

 

「ラディアさん!」

「なに……よ……」

 

 必死に振り絞っても、声が出ない。ラディアは力なく笑う。まるで、自分が滑稽そうに見えた。口から流れ出てくる血が、喋ることすら困難にする。

 

「今から、回復魔法を!」

「無駄……よ……」

 

 ラディアの声を聞いて、アリアはぐしゃぐしゃに顔を歪めてしまう。目に涙が溜まっている。

 

「"ヒール"!」

 

 ラディアの体を包み込む光は暖かい。痛みも和らいでいく。

 

「な、なんで! "ヒール"! "ヒール"!」

 

 それでも、ラディアの体から流れる血は止まらない。

 

「……っ」

 

 それを理解してか、アリアは泣き始める。涙がアリアの頬を伝う。既に、ラディアは手遅れなのだ。少しだけましになるだけで、消えていく命を繋ぎ止めることはもうできない。

 

「アリア」

「……なんですか」

「せっかく……だから……あげるわ」

「これは……」

 

 必死に力を振り絞って、ラディアはアリアに手を伸ばす。

 

「そう……ね。私の……冒険者として生きた……証ね……」

 

 そう、それはラディアが冒険者である証明であるヴァイスプレートと今までずっと戦ってきた相棒であるナイフの魔道具。

 

「受け取れません! これは、ラディアさんがこれから……」

「だって……私、これを使う……時間がもう……ないもの……」

「で、でも!」

「いいから、受け取って……」

「……」

 

 アリアは言葉を返せなかった。もうわかっている。ラディアは助からない。それでも、認めたくない。受け取ってしまえば、ラディアが死んでしまうことを認めてしまう。

 するりと、ラディアの手からナイフとヴァイスプレートがこぼれ落ちる。

 

「あはは、もう力が……入らない……みたいね」

「ラディアさん……」

「アリア、あなたは……笑って……生きて……」

 

 がくり、とラディアの体が項垂れる。

 

「ラディアさん? ラディア、さん……? ラディアさん!」

 

 ラディアからの返答はない。どれだけ呼んでも、ラディアは答えない。

 もう、ラディアの体に命は宿っていない。ラディアはもう、死んでしまった。

 

「ラディア……さん……」

 

 目から涙がこぼれる。視界がぼやける。ポロポロ、と雫がラディア――だったものに降り注ぐ。

 

「うああ……あぁ……ああああああああっ!」

 

 アリアは咽び泣いた。声を枯らして叫んだ。声が出なくなるまで、涙が出なくなるまで、ずっとずっと、アリアは泣いた。悲観の感情がいつでも、胸に溢れてくる。

 泣き止んだ時には、心にぽっかりと穴が空いた気がした。

 そして、ラディアのヴァイスプレートとナイフを拾い上げる。自分とラディアのヴァイスプレートに紐を通して、首からペンダントのようにして吊るし、ナイフに鞘をつけて鞄の中にしまう。

 そして、誓った。あの槍を持った少女を確実に許さないことを。アリアは心に復讐の炎を灯した。

 

『なるほど、折れるわけでもなくそこで立ち上がるのですか』

 

 声がする。性別の区別がつかない声だった。風が吹き荒れる。何かが形を成していく。吹き荒れる風が渦巻いて、空気の塊のようになって人の形になる。

 なんとなくわかる。風で姿を現す人でない何か。これはきっと――風の妖精だ。泣き腫らした目で、アリアはそれを視線を向ける。

 

『あなたは精神面がとてつもなく脆いと思っていました。だからきっと、ラディアが死んでしまったら立ち直れない、と思っていたのですが』

「……風の妖精さん、ですよね」

『そうです。私こそが風の妖精。ラディアへ加護を授けていたものです』

「……私に文句でも言いに来たんですか?」

 

 アリアの存在がなかったら、ラディアは死ななかったかもしれない。アリアが強ければ、ラディアを守れたかもしれない。そんなあり得ない『もしも』の話がアリアの頭の中で浮かんでいた。

 そして、彼女を助けられなかった自分自身を責めた。ラディアを殺した少女への憎しみとこの自己嫌悪に近い自分自身への追及でその脆弱な精神をなんとか保たせていた。

 だから、そんな風にこの風の妖精もどうしようもない文句を言いに来たのかもしれない。

 

『いいえ。ラディアは、私の忠告を無視してあなたを助けにいきました。あなたとラディアの関係はそれほど深いものではない。それでも、あの子は助けにいった。あれは多少醜悪なところがあったとしても、根底から善良なのです。だから、そんなあの子の意思を尊重しましょう』

 

 だが、驚くことにこちらを責めてくることはなかった。風の妖精は穏やかな口調で言葉を紡ぐ。

 

『それに、あなたはラディアを必死に治療しようとした。そんな相手に文句など言えるはずもない。私は、そんなあなたに一つの提案をしに来たのです』

「提案?」

『はい。あなたはラディアから冒険者としての人生の証を託された人物。そんな人物なのであれば、彼女に加護を与えていた私からも何か差し上げようと』

「……私はたまたまラディアさんと一緒にいただけです」

『それでも、ラディアからしてみれば最後に誰かと出会って自分の持ち物を託せただけでも、救われたと思いませんか?』

「……」

 

 アリアにはラディアの気持ちはわからない。ただ、こんなちっぽけな自分に生きた証をくれた。それでラディアが救われたのかはわからない。だから、何かをこの風の妖精から受け取っていいかもわからない。

 そもそも、レジスが襲撃されたのすら自分のせいかもしれない。易々と受けとるわけにもいかない。

 

『受け入れられませんか? でも、私があなたに差し上げるものも、運よくもらうぐらいの気持ちでいいのです』

「そ、そんな適当な……」

『私はラディアの最後の言葉に背かないように、あなたに生きて欲しいのです』

「……」

 

 アリアに笑って生きて、と言ったラディアの最後の言葉。きっと、ラディアはそんなことを思わないだろうが、自分の分まで生きてくれと言われている気がして、とうとうアリアは風の妖精の提案を断れなかった。

 

「……わかりました」

『それでいいのです。では、私からはあなたに加護を授けましょう』

「加護、ですか」

 

 ラディアのことを数日だけだが見てきたので知っている。あのナイフの魔道具のこともあるが、彼女の風の魔法を操る力は相当のものだった。あれが加護だ。風の魔法だけはラディアの右に出るものは早々いないだろう。加護さえあれば女神のデメリットがあっても風の魔法を十分に扱えてしまうだろう。

 

『と言っても、ラディアの加護をそのままあげるつもりはありません。私はそもそも、ラディアのことをずっと認めていたのであってあなたには所詮ラディアへの義理を通す程度のものです』

「なるほど」

 

 言われてみれば風の妖精とはラディアを通しただけの仲でしかない。いきなり認めてもらえるはずもないだろう。

 

『なので、あなたに授ける加護は一日に二度までしか働きません。それ以上は対象外です』

「なるほど、二回までは風の魔法がまともに使える、と」

『そういうことです。ラディアの死を、どうか無駄にしないであげてください』

 

 風の妖精は、風を集めて形を成したそれでアリアにそっと触れた。空気がアリアの頬を撫でる。スッとそのままアリアの胸、心臓のある位置を指差す。

 

「……っ」

 

 びくんっ、とアリアは仰け反る。体に何かが入り込んでくる。やけに息が苦しい。

 アリアの胸部に、魔法式が風の妖精から送り込まれて体内に入っていく。

 そして、小さな魔方陣が浮かんでスッとアリアの体内に消えていく。体に何かが沸き上がる感覚がする。魔力が渦巻いていくような感覚。これが、加護を得た実感なのかもしれない。

 

『それでは、もう会うこともないでしょう』

 

 風の妖精は、その姿を消していく。渦巻いていた風が消えて、形が完全になくなってしまった。

 とりあえず、アリアはこれで風の魔法を扱えるようになった。まるでラディアの忘れ形見を一気に受け取ってしまったような形だ。アリアはラディアのヴァイスプレートをぎゅっと握りしめて、念じる。加護をいきなり使うのだ。

 アリアの体の周囲を風が纏う。風によって、自分の動きを補助するもの。魔法とすら言えるのかわからないもの。それを使って、アリアは今まで出したことのないような速度で走る。

 アリアは――ラディアの死体の残ったこの場所を後にする。

 

 閃光と爆音、絶叫と笑声。相変わらずレジスの様子は混沌とした戦場だ。嫌でも、戦いの痕跡が目につく。まだ、かなりの数の魔物がこの町を徘徊している。ゆっくりと進んでいられない。今の現状がどうなっているかは知らないが、今はシュバルツを探すことが先決だ。

 

「アリアさん!」

 

 走っているとこちらに話しかけてくる声が一つ。風を纏ってかなり素早くなったはずだが、それに追い付いてくる。敵ではない。聞き覚えのある声だ。それを確かめるために、アリアは足を止める。

 

「……ユーミットさん」

 

 立ち止まって、その姿を確認する。短剣以外の武装を持っていない少年。アリアが一度助けたことのある、少しだけ面識のある少年、ユーミットがそこにいた。

 短剣しか持っていないが、それでもこの危険地帯で平然と生き残っている。死にそうになりながらも依頼を果たして帰ってくる辺り、案外とユーミットは強いのかもしれない。

 

「よかった、アリアさんが無事で」

「……私は無事ですよ」

 

 ラディアさんは死んでしまいましたけど、とは言えなかった。例え、自分が無事だったとしても仲間を一人失ってしまったのは事実だ。なんだか、それを抉られたような気がして、ぶっきらぼうに返した。

 だが、ユーミットはそんなアリアの気持ちを知っているはずもない。ただ、ユーミットはアリアの無事に安堵している様子だった。

 

「とりあえず、町を出ましょう」

「嫌です」

「……なぜです?」

「だって、仲間を探しにいかないといけませんから」

「でも、アリアさんは非力です」

「……」

 

 容赦のない一言にアリアは黙り込む。自分が非力だったからこそラディアは死んでしまった。非力だなんて、言われなくてもわかりきっていることだ。

 けれど、そんなことを後悔している暇もない。シュバルツは大切な仲間だ。ラディアは、アリアを助けに来てくれた。風の妖精の忠告を無視してまで。彼女の想いを少しでも託されてしまったのだから、仲間を見捨ててはいけない。

 

「それでも、私は探しにいきます」

 

 だから、アリアははっきりとそう答えた。

 

「……そうですか」

 

 その様子を見て、ユーミットはアリアの固い意思を感じたのか、それ以上アリアに町を出るように、とは言わなかった。

 

「だったら、仲間と合流するまでは僕が一緒にいましょう」

 

 代わりに、一緒に行動しようと提案してきた。

 確かに、アリアは非力でユーミットは難易度の高い依頼をこなしている実績のある冒険者だ。頼りになるのかもしれない。

 が、まだユーミットのことを信頼はしていなかった。素直に「はい」とは言えなかった。

 

「あー、僕の実力に不満があるんですね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「大丈夫ですよ」

 

 ユーミットはアリアの言葉を遮ってそう言う。

 急に、ユーミットは右手をアリアに見せて、袖をまくる。手首に宝石の埋め込まれた腕輪をつけていた。見たこともない豪華なものだ。

 そして、それにユーミットは触れる。目映い光が視界を覆う。

 

「――僕は勇者ですから」

 

 アリアの視界に現れたのは――傷一つない白銀の鎧、それから光を灯した見るからに神聖そうな剣を装備したユーミットの姿だった。




割りと期間置いてこんな内容ですまない……
次も二週間後ぐらいです


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邪神と聖剣

失踪しないので大丈夫ですが、時間かけて書くとだんだんとわからなくなってちぐはぐになります()
それぐらいは許して


 カタカタカタ、と何かの音がする。何か軽い物質同士をぶつけたような音。レジスをうろつく魔物のうちの一体、スケルトン。動き回る人骨は弓や槍、剣を持って人を襲うが、そこまで強くはない。

 スケルトンたちは逃げ惑う人々を追いかけて、武器を振りかざす。

 

「魔物だ! やっちまえ!」

「おらっ!」

 

 が、それを阻む人々がスケルトンを取り囲む。遠くから弓を引き、先に弓使いのスケルトンを狙う。その隙に複数の冒険者が近接戦を仕掛ける。

 

「はぁっ!」

「たぁっ!」

 

 掛け声と共に、剣や斧を振り回してスケルトンの頭部を狙うが、そう簡単に倒せるものでもない。魔物はすべて、どんなものでさえ人間よりも身体能力は高い。なんとか数で勝っている冒険者がスケルトンの動きを封じている程度だ。

 

「お前ら、一旦下がれ!」

 

 一人の男性の指示により、冒険者は後退する。それ目掛けて、スケルトンが弓を引こうとするのを矢を当てて防ぐ。矢が当たっているのは弓のスケルトンのみ。近接武器を持つスケルトンはそのまま追いかけてくる。

 それを待ちわびていたかのように、冒険者たちは笑う。勝利を確信した笑みを浮かべて、スケルトンと対峙する。

 

 それと同時に、スケルトン目掛けて炎や光、氷などのものが降りかかる。魔法だ。魔法によって、ダメージを負ったスケルトンへ、冒険者たちは一斉に畳み掛けてスケルトンをすべて倒してしまう。

 弓使い、魔法使い、そして近接武器使いの冒険者たち。彼らはたまたま、ラディアが戦闘中に発動した"ダストデビルストライク"を目撃して、集まってきた者たちだった。ラディア・ハイレディンという冒険者は強い。彼女と協力して、ここから脱出しようと目論んでいた連中がたまたまある地点で合流した。

 

「よし、お前ら。まだまだ行くぞ」

 

 彼らを引っ張るのは、大柄な男。冒険者というよりは、まるで盗賊の親分でもやっているような風貌をしているが、冒険者ギルドのマスターを勤めている。ラディアを探しにやってきた冒険者たちはギルドマスターによって統率されていた。

 

「で、マスター。どうします? これだけ数がいても、なかなか厳しいと思いますよ」

「せめて、ラディアが生きていればな……」

「……」

 

 重い空気が辺りを漂う。

 彼らも、ラディアの死を目撃してしまった。腹に穴の開けたラディアの死体が転がっているのを見たからこそ、ラディアに頼れないのならここにいる者たちでなんとかしなければならないため、こうやって団結している。

 

「シュバルツ探さないのか?」

「確かに。今のままだとなあ」

「ラディアを殺ったやつがいるんだ。数が多くても、この集団だけじゃ殺られちまう」

「魔物はなんとかできても、魔族をなんとかするのは無理だろうな」

「ずっとこの調子で戦いを続けてたら魔力が持たねえ」

 

 周囲は敵だらけで助けてくれる英雄がいるわけでもない。みんな、不安にかられて口々にそれを吐き出すように言う。全員の不安が暗い空気を形作る。

 

「おい、みんな! 朗報だ!」

 

 それを打ち破る声が響く。

 

「王女カティアが動いた! 義勇兵を募ってレジスに来るそうだ!」

「なんだって!?」

「第一王女が直々に!?」

「ははは、王女様が活発だという噂は聞いたことあるけど、まさか民を救いにわざわざ来てくれるとはな」

 

 まだ、レジスが襲われてから数時間しか経っていない。国王はそのうち何かしらの決断を下すだろうが、それは当分後になるだろうと思われていた。

 それに、もしかしたらここにいる全員を見殺しにしてレジス全域を焼き払うという可能性すらあったのだ。なのに、王女から直々に義勇兵を率いてレジスまで来てくれるという。生き残る可能性の高いチャンスが巡ってきた。

 その知らせに、冒険者全員は心踊らせた。やる気をもりもりと上げて生き残るために奮闘する。

 

「こりゃ、何がなんでもやるしかねーな」

 

 マスターも、巨大な斧を担いでニッと笑う。

 

「行きましょうぜマスター」

「こうなったら、何が何でも生き残るしかないですよ」

「魔物がなんだ、全部ぶっ倒してさっさとレジスから逃げましょうぜ」

 

 沸き上がる歓声。武器や魔道具を手に取って、冒険者たちは生き残るために、カティアが来るまで魔物を退けてレジスから逃げることを選んだ。

 

 

 

 

 光の粒がふわふわと周囲に漂わせている不思議な剣、白銀で所々に刺繍の施された輝かしい光沢のある傷や曇りのない綺麗な鎧。それに身に纏ったユーミットの見た目は、本人の言うようにまさに勇者を思わせるものだった。

 

 ただ、アリアは唖然としていた。勇者がいるということは前々から知っていて、その登場を望んでいた時でさえあったのに、いざ登場されてしまえばそれを喜ぶよりも先に戸惑った。

 レジスという町はベルナルドの中でも端に位置している。そんなところに勇者なんているわけもない、と勝手に思い込んでいた。

 

 確かに、急に武器と鎧を召喚なんてしてしまえば何者かはわからないが只者ではないと思うものだろう。たった一人で危険な依頼をこなしていたという話も勇者ならば納得がいく話だ。

 

「アリアさん、行きましょう」

 

 スッ、とユーミットは変身を解いて、ぐいっとアリアの手を引っ張って、ユーミットは歩き始める。

 

「わわっ」

 

 力強く引っ張るユーミットの手を振りほどくことも出来ずに、そのまま引っ張られていく。女神だから、普通の人間よりも力が弱いが、それでもユーミットの力は強すぎる。さすが勇者、と言ったところか。

 

 それにしても、痛い。いつも癖で体に纏わせている"プロテクト"があるから大丈夫なのだが、その上からかけられる圧力が内部にも伝わってきて、アリアの腕に地味にダメージが蓄積されていく。

 

「痛いですよ!」

「あ、ご、ごめん」

「今度からは気を付けてくださいよ!」

 

 と、唇を尖らせてプイッとそっぽ向く。

 アリアからしてみれば本気で怒っているわけではない、という合図だ。ユーミットがいい人であることはアリアも重々承知しているので、きっと悪気はないだろうと思っているからだ。

 なのに、ユーミットはそんなアリアの様子を見て、目を丸くして驚いている。心なしか、その顔は紅潮しているようにも見える。予想外の反応に、思わずアリアは問いかける。

 

「な、なんですか?」

「だって、アリアさんの反応が可愛いから」

 

 ユーミットは笑ってそう言う。

 前から好きだとか、直接的に好意を告げてくる相手だったけど、面と向かって可愛いと言われるとさすがに恥ずかしい。

 

「そ、それはどうせ私が女神になった時に容姿も変わっただけで……」

 

 顔が少し熱くなっていくのを感じる。その様子を見て、さらにユーミットは笑う。

 

「僕は容姿じゃなくて、反応のことを言ってたんですよ? やっぱり、可愛い人ですよアリアさんは」

「や、やめてくださいよ」

「まあ、この話はこれくらいにして。今はさっさとアリアさんの仲間を探しに行きましょう」

 

 直ぐ様、真剣な表情になる。その雰囲気の変わり様は先程までアリアをからかっていた人と同じとは思えない。

 

「そうですね。さっさと、シュバルツを探さないと」

「……ん? 魔導師シュバルツバルトだけですか? ラディア・ハイレディンを探さなくてもいいのですか?」

「っ……ラディアさんは……」

「ふふっ、ラディア・ハイレディンは死んだよ。魔族に殺されちゃった。お腹に槍をぶっ刺されて、見事にぶっ殺されちゃった」

 

 クスクス、と笑う声がする。ラディアの死を嘲笑うその言動。聞き覚えのある声に、思わず振り向く。

 

「っ……ルルフ、ラディアさんを侮辱するような真似はやめてください」

「だってさ、私は君を食べたいのにいつまでも邪魔が入るんだもの」

 

 髪も肌も不自然なその容姿。ニッ、と嫌な笑みを浮かべたアリアにとって忌避すべき存在――ルルフだ。

 

「と言いつつ、あなたは私のことを襲ったりはしませんよね。最初の時も、私に魔法を使わせようとしてたみたいですし」

「そうだね。君が、しっかりと闇に染まってくれれば易々と食べられたんだけどね」

 

 この少女は何を考えているのか、未だによくわからない。思わず、ラディアの遺品のナイフを握りしめる。全身にはまだ風が纏われている。いざとなれば、攻撃に移るのもやぶさかではない。

 

「ルルフ、聞いたことのある名前ですね」

 

 冷たい声で、その間にユーミットが入ってくる。黒い髪の合間から覗かせるその瞳はどこか冷たい。

 

「確か、邪神でしたか。どこかで崇拝されていて、さらにはかなりの被害を出した、とか」

 

 服の袖を巻くって、腕輪を見せる。胸元から、ペンダントのようなものが飛び出てくる。十字架のものだ。

 

「十字架のペンダントに勇者の腕輪……神殿の勇者、ね」

 

 ユーミットの様子を見て、興味深そうに呟いた。

 【神殿】というのは宗教組織だ。この世界にはキリストも唯一神だって存在しないが、代わりのように信仰の対象が存在する。"聖の神"と、一般的に呼ばれているその神を崇め、その信者を纏めあげた世界を股にかける大組織だ。

 他にも色々とあるのだろうが、アリアはそれを知らないが、きっと邪神などの存在は神殿にとっては許すべき相手ではないのだろう。

 

 そして、あの腕輪。見た限りではあれは勇者に変身するために使っていた。きっと、あれが人を勇者にするためのアイテムなのだろう。

 ということは、ユーミットは女神によって勇者にされた人間ということだ。

 

「昨今、一度勇者によって撃退されていたから、邪神ルルフの名を効くことはなかった。でも、今こうして目の前に現れたのなら、討つしかない」

 

 そして、ユーミットは腕輪に触れる。目映い光に包まれて、光輝く剣と白銀の鎧に身を包む。

 

「やっぱり、腕輪付きだ」

 

 勇者になったユーミットを見ても、ルルフはやけに愉快そうにしている。

 

「――あなたの魂を、神の御許へお送りしましょう」

 

 ユーミットは、剣の切っ先をルルフへ突きつけた。

 

「……へぇ、やけに嫌な剣を持ってるね」

 

 その剣は刀身が発光していて、いつでもその目映い光を放っている。離れていても、その剣の存在感はひしひしと伝わってくる。

 

 まるでそれは神の奇跡に立ち会ったかのように、体の底に直接伝わってくる。本能でわかる、これが神聖な代物であるということが。

 

 きっと、邪悪な存在であるルルフには天敵なのだろう。

 

「さあ、聖の神の名の下に邪神へ天の裁きを下しましょう」

 

 そうして、ユーミットは踏み込んだ。剣を構えて地面を蹴り、ルルフへ接近する。ルルフへその剣が迫る。

 

「君じゃ無理だよ」

 

 振り下ろされる剣は、暗く濁った膜によって遮られる。激しい衝撃音が辺りに響く。遠く離れたアリアの肌にもピリピリと伝わる。剣の刃はルルフに届くこともなく弾かれてしまった。

 

「……なるほど」

 

 "プロテクト"と似た防御魔法。見た目はともかく、その性能はまさにアリアの使う防御魔法を遥かに凌駕している。ユーミットに攻撃を許さない絶対の防御がルルフを守る。

 

「どうしたの? 勇者様」

 

 ニタニタ、嫌な笑みを浮かべる。ルルフはあの程度の攻撃ではこれを破ることができない、とわかっていたのだろう。

 

「なるほど、以外と面倒くさい相手ですね。でも、この程度なら……!」

 

 それでも、ユーミットは落ち着いたまま焦ることもない。

 一歩下がり剣を握り直し、目を見開いて剣の柄を強く握りしめる。剣の光が一段と増す。光輝く剣が弧を描く。

 

「たぁぁぁっ!」

 

 再び、ユーミットは剣を振り下ろす。

 まるで、バターでも切るように濁った膜に刃が入り込み、膜がひび割れて破壊される。

 

「もう、激しいね君は……」

 

 が、膜を断ち切った刃がルルフに到達することはなかった。なんとかアリアが視認できるほどの速度で迫る刃を軽々と、ルルフは避ける。振った剣圧によって起きる風が、ルルフの頬を撫でる。

 

「……結構ユーミットさんめちゃくちゃだなぁ。それにしても、さすが勇者」

 

 アリアはポツリと一人呟いた。明らかに強固な防御魔法を力づくで打ち破ってしまったその力はさすが勇者というべきだろう。その一撃ですら、きっとアリアは防ぎきれずに一太刀を浴びて見事に真っ二つにされてしまうだろう。

 

「さてさて、やられっぱなしってわけにもいかないよね」

 

 にっこりと笑って、ルルフは背後に魔方陣を展開する。

 

「させないっ! "身体強化"」

 

 それを未然に防ぐために運動性能を向上させて、一気に距離を詰めるユーミット。

 だが、届く間もなく魔法は展開される。

 

「っ!?」

 

 魔方陣から放たれた、黒く泥々とした糸のようなものが無数にユーミットに絡み付く。振り払おうとしても、離れずにユーミットの行動を制限する。上段に構えて、これからルルフへ叩きつける寸前で邪魔が入り、剣があと一歩のところで止まる。

 

「ふふっ、惜しいね」

 

 ルルフは嘲笑する。勝ち誇った笑みだ。この勇者は自分にとってはとるに足らない存在なのだろう、と確信しているのだろう。

 

 それにしても、ルルフはアリアを食べようとしていた存在だ。それは、アリアの予測では弱っているからだと考えていた。シュバルツと遭遇したときもすぐに接触することをやめていた。

 

 だが、今の光景を見るに、そういうことはないらしい。アリアを補食する理由は、ただ美味しいと思ったからなのだろうか。

結局、ルルフが何なのかはよくわからないが、気にしないでもいいだろう。

 

 きっと、ユーミットが倒してくれるのだから。

 

「惜しい、ですか。そうですね。あなたが満身などせずにさっさと僕にダメージを与えていればよかったのに」

 

 ユーミットの纏っている白銀の鎧に絡みついているルルフの魔法が、急に弾かれた。ユーミットを拘束していた部分だけ、かき消された。目的を失った魔法は自然と消滅する。

 

「なっ、なんで……!?」

 

 ルルフは目を見開いて、驚いている。

 

「この鎧はある程度の魔法を弾く力があるんですよ」

「腕輪付きの勇者が、"ギア"を二つも取得してるわけっ、がああああっ!」

 

 拘束の解けたユーミットは、あと一歩届かなかったその剣を、そのままルルフに向けて振るう。喋っている途中のルルフの右目を軽々と切り裂いて、彼女の帰り血でその刀身を血で滴らせる。

 

「くそっ、これだから……聖剣とか、持ってる連中は……嫌なんだよっ!」

 

 右目を押さえて、流れる血で手を血に染めて、ルルフは叫ぶ。大地が揺れ、ユーミットの左右の地面に穴が空いて、そこから巨大な腕が生えてユーミットを掴もうとする。後ろに下がってそれを避けると、同じようにルルフも距離を取る。地面から生えた腕がユーミットをルルフに近づけさせないように暴れ、ユーミットはそれを掻い潜ってルルフに近づいてく。

 

 ――これは、なんとも都合のいい展開だなあ。

 と、そんなことを心の中で思いながら見てしまう。

 

 あの、煩わしかったルルフが一太刀を浴びせられて、少しだけ押されている。

 

 決して、ルルフが弱いわけではない。"身体強化"まで使っておいて、まだユーミットが与えたのは鎧の能力によって不意打ちに近い一撃のみ。

 

 現在は、ルルフは地面から次々と腕を生やして、自分に近づけまいとし、間一髪のところでユーミットがそれをなんとか躱している。

 傷を一つ与えたユーミットの方が優勢とは言え、運動性能まで上げたのに追い詰められつつある。戦いはまだ長引きそうだ。

 

 いまいち信用できないが、なぜかこちらに友好的に接してくれていただけの人がまさか勇者で、自分にまとわりついてくる邪神を倒さんとしている。

 まるで、運命に愛されているようだ。

 

 ――だが、そんな心情とと裏腹にユーミットも死んでくれないか、と思ってしまう。

 

 何せ、アリアは転生してからずっと生への驚異的な執着がある。死を強く恐怖している。一度は、仲間を得て人助けをするヒーラーとして数日過ごして安らいだが、それが壊れた今、またむくむくとそんな心が膨らんできている。

 だから、生きたいと強く願う心が"信用できない"という理由だけでユーミットの死を願ってしまう。

 

 でも、そんな心が浮かんでくる度にアリアは一つずつ無理矢理押さえつけて潰していく。

 

 だって、生へ執着するのも死へ恐怖するのも、アリアはやり過ぎてしまうから。他人の生へ嫉妬して殺意が芽生えたり、自分へ危害を加える可能性があるだけで死んでくれないかな、と考える行為は「笑って生きて」と言ってくれたラディアの言葉とは相容れないからだ。

 

 こんな風に生きるんじゃ、笑えない。ラディアから冒険者として生きた証を受け取ったからには、彼女の最後の言葉を実行するのが、彼女の死へ報いる方法だろうからだ。

 

 それに、風の妖精からもラディアの死を無駄にしないで、と言われている。加護まで受け取ってしまった。無下にできるはずがない。

 

 それと同時に、そのラディアの――この世界ではじめて助けてくれた人の命を奪ったあの槍の少女への憎悪を込めて、生への執着をバラバラにして噛み砕く。

 アリアの心情は大いに変化していた。

 

 そうして、心を落ち着けて再び戦いへ目をやる。

 ルルフは地面から腕を生やすだけじゃなく、遠距離から、黒い弾を連続で射出している。何かの魔法だろうか。

 対するユーミットは腕を躱して、その黒い弾を剣で弾いている。

 

「はははっ! ギア二つ持ちの癖に、私に一撃しか与えられないなんて、なんとも頼りにならない勇者だよ、あっはははっ!」

 

 その膠着している状態で、とても愉快そうにルルフは笑う。片目を抉られつつも、なんとも余裕そうだ。

 

「選ばれた勇者ではないですから。それでも、かの邪神を追い詰められるのなら十分ですよ。あなたはさっさと、魂を神へ捧げるべきです」

 

 対するユーミットは、ルルフの攻撃を的確に対処している。笑うユーミットを気にすることもなく、攻撃をすべて弾くなり避けるなりして、なんとかしていくがその表情は厳しい。ルルフの攻撃が激しく、攻勢に転じる隙がない。防戦一方になってしまう。

 

「はははっ、なんだ勇者って言ってもたいしたことないじゃない」

「俺からしたら、邪神の方がたいしたことないって言えるんじゃないかと思うんだけどな」

「……その……声は……」

 

 二人の攻撃の最中に、聞こえてくる声。聞いたことのある声。会いたかった相手だ。

 

「まさか、勇者がいるとは思わなかったけどな」

「シュバルツっ!」

 

 ルルフの表情から笑いが消えた。表情が一気に険しくなる。それと共に、ユーミットへの攻撃も弱まる。

 

「さすがに、二人相手は無理だ……っ」

 

 ルルフは黒い弾を地面に叩きつけて、土ぼこりを巻き上げる。視界が土ぼこりに包まれる。逃げるつもりだ。

 

「逃がしませんよ」

 

 ユーミットは剣を上に掲げた。光が、剣に集まる。だんだんとその光は強くなり、まるで刀身そのものが光で構成されているかのように錯覚する。

 まさに、邪を裂く浄化の剣。――聖剣と呼ぶのに相応しい。

 

「――怒り狂え、バンダースナッチッ!」

 

 そして、その剣を上段に構えて振るう。剣から放たれるのは集まった光。膨大な光が束となって、土ぼこりを吹き飛ばしてルルフへ向かう。

 

「なっ!?」

 

 圧倒的な光の奔流、それがルルフを飲み込む。収束する光によって、ルルフを通り越して遠くまで突き進んでいく。

 

「ああああああっ!」

 

 甲高い叫び声、それは勇者の剣がルルフに効いたという証。

 勇者の剣から放った光線が、ルルフを焼き払った。




まあ、そんな感じの話です
文句と言う名の感想くれてもええんですよ?


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王女カティア

 邪神と呼ばれた少女へ向けて放たれた目映い光は、彼女の絶叫と共に消える。ルルフは姿はない。あの光によって、体ごと焼き尽くされてしまったのだろうか。よく目を凝らしてみると、地面には紫色の塵が積もっている。

 

「邪神ルルフもついに討伐されたか」

 

 その様子を見て、シュバルツは呟いた。服に多少の乱れはあるが、それらしいダメージもなく、傷一つなくここまでやってきたらしい。その様子にアリアはホッと息をつく。

 

「シュバルツさん、無事だったんですね」

「お前らもな。まさか、レジスに勇者がいるとは思わなかったが」

「こんな自体にでもならなければ、僕も正体を明かす気はありませんでした」

「そりゃそうだろ。ギア二個持ちの腕輪付きとか、どうせお前神殿の勇者だろ」

 

 ユーミットとシュバルツ、両名の間にはなんだか刺々しい空気が形作られている。その間に挟まれたアリアはとても息苦しい。

 

「あ、あの!」

 

 無理矢理声を張り上げて、二人の空気を変えようと試みる。二人の視線が同時にアリアの方へ向く。

 

「え、えーっと……そうだ! 神殿というのはまだ知ってるんですけど、腕輪付きとかギアとかってなんなんですか?」

 

 頭の中を無理矢理こねくりまわして、なんとか質問をひねり出した。どっちみち気になってることだし、ちょうどいい。

 

「ああ、そういやお前は知らないか。勇者が二種類あるのは知ってるだろ?」

「はい。女神によって勇者にされる方と、自然と勇者になる方ですよね。たぶん、ユーミットさんのその腕輪が女神から渡された勇者になれるアイテムですよね」

「……よくわかりましたね。普段は普通の人間ですが、これの力を使うことで僕は勇者になることができるんです」

「あっ、その腕輪を使うから腕輪付き?」

「そうです。女神の持つ、勇者化するアイテムはこの腕輪です」

 

 ユーミットは、自らに付けたその腕輪をアリアに見せる。

 

「なるほど、そういうことですか」

「ええ」

 

 よくよく考えてみればそのままだ。すぐに思い付きそうなことなのに、なぜ今まで思い至らなかったのかが逆に不思議だ。

 

「ただ、腕輪付きは別に選ばれた勇者ってわけじゃない。だから、普通の勇者と比べると、さすがに能力は劣る。まあ、ユーミットの場合はそれでも普通の腕輪付きよりは優秀だけどな」

「そうですね。誰でも勇者になれるからこそその勇者は少し弱い。本来の勇者は、こんなものではないですよ」

 

 さすがに、アイテムひとつでちょちょいと最強の存在になれるほど優しいわけではないらしい。

 それでも、腕輪付きでも普通の人間を越えられるのだから、女神の持つ腕輪はなかなかすごい代物なのだろう。普通の腕輪付きはユーミットよりも弱くても、もしかしたらラディアを越えるほど強いのかもしれない。

 

「そして、腕輪付きでもそうじゃない勇者でも基本的に、所持している武器はとてつもなく強いものが多い」

 

 ユーミットのその手に持つ光輝く剣、それとその身に纏う鎧もそのうちの一つなのだろう。

 

「それらを総称して、"セイントギア"と呼びます。伝説の武器とかそういう類いのもので、神の造った武器だとかただの武器だったのに伝説を残して進化しただとか、様々です。それとは対称的に、一つの国を滅ぼしたとか、人類を窮地に追いやる、絶大な力を持っている代わりに使用者に呪いを与えるなどのものは"カースギア"と呼ばれます。これらをまとめてギアと喚ぶのです」

「ギアは別名、思念遺産とも呼ばれてる。まあ、伝説を残すことで、人々の想いがその武器に込められて強いものになったものもあるからな」

 

 人の想いが込められた伝説の武器。セイントギアもカースギアも、きっと想像を絶するほどの性能を秘めたとてつもない武器なのだろう。

 

「ちなみに、ユーミットさんのセイントギアはどういうものなんです?」

「そうですね。この聖剣、"バンダースナッチ"は相手がとても強固な防御魔法や防具を持っていても破壊できますし、光を放ってあらゆるものを焼き尽くすことが可能ですよ」

「ちなみに、この世界に現存する最強の破壊力を持つ武器だぞ」

「……マジですか」

 

 実際に、アリアはルルフとの戦闘を見ていた。聖剣の破壊力も目にした。

 ただ、まさか世界最強の武器だとは思わなかった。

 それにしても、腕輪付きでもそのような武器を持てるということに驚いた。劣化勇者なのなら、その武器も劣化すると思っていたが違うらしい。と、思っていたのだがユーミットの言葉はそんなアリアの考えを読んでいたかのように言う。

 

「でも、模造品ですけどね」

「模造品……?」

「この世界に存在するセイントギアは限られています。度々の戦乱で、それらのうちのいくつかは失われました。それでも、普通なら勇者の数がギアを上回ることはない。ただ、腕輪付きを含めてしまうと、セイントギアよりも勇者の方が多くなる」

「それで、足りない分は本来の武器の模造品になるってことですか」

「そういうことです」

 

 勇者はすべてセイントギアを扱えるということか。それならば、きっとセイントギアに選ばれるものこそ勇者なのだろう。そういう世界の仕組みなのだ。勇者の数はギアによって調整される。

 ただ、それを崩してしまうのが腕輪付き。

 

 ――それなら、女神は世界の仕組みから外れた存在ということにならないか。

 

 そんな考えが、アリアの頭の中にふと浮かんでしまう。

 

「僕のギアは模造品です。ですから、本来のものよりもその能力は低い。腕輪付きは武器も性能も劣化品なんです」

「それでも、普通の人よりはずっと強いじゃないですか。女神がとても大事な存在ってことはよくわかりましたよ」

 

 たとえ、腕輪付きでも勇者はとても強いことは揺るがぬ事実だ。それならば、女神の存在も同時に重要になる。女神であるアリアも、一人の勇者を生み出すことが化膿だ。

 急に、責任がずしっとアリアにのし掛かる。魔族の引き起こした惨状に遭遇したばかりだ。人間族と魔族の争いに、アリアの存在も関わるのは確実だ。

 

 と、そんな話をしながら歩いていると、話し声が聞こえる。いや、むしろ喧騒だろうか。

 

「……そろそろレジスの出口に近づいてきましたね」

 

 ユーミットの言う通り、レジスから出る大きな門が見える。

 

「じゃあ、もう出れるじゃないですか」

 

 ぱぁっ、とアリアの顔が明るくなる。

 

「そうだな。ここら辺は、生きてる魔物もいないみたいだしな」

 

 辺りを見渡すと、切り刻まれて、矢がいくつも刺さっている魔物の死体がいくつも転がっている。戦いの痕跡が複数見当たる。ここら辺で、生きている人たちが出口を目指して魔物と交戦したのかもしれない。

 

「――生きてる魔族はいるかもしれないよ?」

 

 突然、聞こえてくるのは笑い声。ゲラゲラと笑う汚ならしい声。思わず振り向くと、そこに見えるのは少年。

 片手で棍棒を持ち、額が角のように膨らんでいる箇所があり、頬がひび割れている。体格はあまり大きくないのに、その腕はやけに太く、不気味だ。

 

「魔族、オークですか」

 

 ユーミットは聖剣を握りしめて、魔族――オークへ切っ先を向ける。シュバルツも、アリアの前に立って様子を伺う。

 

「へえ、勇者までいるじゃん。でも所詮、君腕輪付きだよね? 負けるわけないじゃん、そんな――」

 

 オークの言葉が途中で途切れる。上から降り注ぐ光が、オークを包み込んだ。少し離れているアリアたちにも、その光線の熱量が肌に伝わる。これは、バンダースナッチから放たれる光と似ている。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 光が消えると、オークの姿はなかった。焼き尽くされてしまったらしい。凄まじい威力の攻撃。道に穴が空いて、地面が少し溶けている。

 

 思わず、上を見ると光に包まれた黒髪の少女が浮いていた。

 少女は、徐々に高度を落として、こちらに近づいてくる。スッ、と着地にこちらを一瞥する。

 

「さて、レジス住民たち。私、ベルナルド第一王女カティアが助けに来てあげたわ」

 

 見下すような笑みを浮かべて、こちらに話しかけてきた。

 

「第一王女……お姫様ですか?」

「そうよ? クソみたいな髪色だけれど、今だけは許してあげるわ」

 

 この状況ですっかり忘れていたが、ベルナルドは髪色で差別がある。王女ならば、その差別意識が強くてもおかしくない。

 

「まさか、王女様が直々に来るとはな」

「何よ、不満?」

「いや、お前一人か?」

「私に向かって"お前"ですって? 魔族もついでに片付けてあげたのに。私が王女カティアだってわかってる? 王女がわざわざ一人でやってくるわけないでしょ。バカじゃないの?」

 

 少女、カティアは小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 それにしても、この少女は王女だと名乗った。そんな少女とシュバルツは何の躊躇いもなく、普段通り接している。不敬罪とかで罰せられたりなどはしないのだろうか、と心配になってしまう。

 

「じゃあ、王国直属の騎士とか来てるんですか?」

「たかが一つの町が襲われてるぐらいで、お父様は騎士団なんて派遣してくれないわ。臆病だもの」

 

 もしかしたら、このレジスの状況を一気に覆してくれるのでは、そんな声色をしていたユーミットの質問も一瞬にして砕かれる。

 

「けれど、私には直属の騎士がいるの。それだけじゃなく、レジスが襲われてるからって庶民たちから兵を募集したの。だから、兵力は多少はあるわ。さっきまで、この近くで生き残りの冒険者たちと私の集めた兵隊たちが合流したもの」

 

 それでも、次にカティアが口にした言葉は希望を持つには十分だった。カティア本人がとても強く、さらには兵隊だっている。門まで来たのだ。生き残れるはずだ。

 

「そうか。なら、安心して出れるってわけだな」

「そうね。さすがにレジスにいる魔物と魔族を掃討はしないわ。私たちは、レジスから先に攻め込ませないようにここに陣取るの。レジス戦線ってとこかしら」

 

 アリアの脳裏には、この町で死んでいった人々、魔物に襲われている光景、それからラディアが思い浮かぶ。あんな人たちをもう出したくない、というのが本音だ。

 それでも、それはきっと無謀だ。カティア、シュバルツ、ユーミット、それから他の人たちの力を借りたとしても得られるのは一時の勝利、または全滅。

 もしも、この状況を覆せる力があるのならば、とそんなことを考えてしまう。レジスを救えないのが悔しい。

 結局、アリアには何もできない。

 そんな風に考え込んでいると、カティアが口を開く。

 

「で、あんたらもここから出ていくんでしょ? せっかくだし、他の連中がいるとこまで連れていくわ」

「えっ、お姫様がですか?」

 

 どこか勝ち気なこの少女は、単独行動を好むような気がして、このまま一人でレジス住民でも探しにいきそうだと勝手に思っていた。まさか、案内までしてくれるとは思わなかった。

 

「そうよ。お姫様自ら、ちょっと案内してやろうって話よ」

「……そのまま、落とし穴に誘い込むなんてことじゃないですよね?」

「ちょっと、人を何だと思ってるのよ。これでも、私は襲われてるレジスに救援に来たのよ? ほんと、勇者がガタガタ言うんじゃないわ」

 

 不機嫌そうに、カティアは吐き捨てる。これ以上、話がこじれてもややこしくなるなので、仕方なくアリアは話を切り出すことにする。

 

「とりあえず、お姫様に付いていきません?」

「そうよそうよ。男どもと違って、やっぱり女の子はものわかりがよくて助かるわ。気分がいいから、黒じゃないあなたのことも普通に扱ってあげるわ」

 

 よほどアリアの提案が嬉しかったのか、カティアは笑みをアリアに向ける。

 

「いやその、王家の人間は苦手でして……」

「俺も、偉いやつは嫌いなんだよ」

「何よ、あんたらの連れが私と同行することを提案してるのよ?」

「そうですね。あなたと同行することには不安しかありませんし、断りましょう。アリアさんは僕たちと一緒にいきますよ」

「何よクソ勇者! で、そっちのは?」

「そうだな。一応、仲間の言うことも聞いてやりたいがお前のことは嫌いなんだ。消えてくれないか?」

「はぁぁぁぁっ!?」

 

 わざわざ、話を円滑に進めようとしても、ユーミットとシュバルツはやたらカティアのことが嫌いなのか、それを拒否する。きっぱりと断る二人に、カティアはあり得ないとでも言いたげに叫ぶ。

 

「ほんっと、ムカついたわ! あんたらがこのアリアって子が相当好きなら、拐ってやるわよ!」

「さ、浚う!?」

 

 話が随分と怪しい方向に進んでしまっている。もう少し、三人に落ち着いて話をするように、と考える時点で既に遅かった。グイッ、とカティアに引っ張られると、カティアとアリアの周囲に、光の輪が展開する。それを見て、ユーミットとシュバルツも慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 

「"ライトサークル"」

 

 しかし、二人がたどり着くことはない。カティアの声と共に光が視界を包み込む。

 

「いったい何が……」

 

 眩しくて閉じていた瞳を開いて、周囲を見渡すと、先程とは景色が一変していた。どこかの建物の中にいつの間にか移動していた。

 どうやら、アリアは本当に拐われてしまったようだ。円滑に進めようとしただけなのに、と大きくため息をついた。



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嵐の前の静けさ

 目の前に広がるのは、木製の建物。カティアの魔法によってここまで飛ばされてしまったらしい。

 

「まったく、男に人気ね」

「そんなつもりはないんですけど……」

「つもりがなくてもね、あなたのその容姿では無理があるわ。悔しいけど、もうちょっと整えれば一級品ね……」

 

 スッとアリアの顔に手を伸ばすと、肌をペタペタと触る。よくよく考えてみれば、冒険者生活をしてからは少し、体の手入れは雑になっていた気がする。血色はよくても、衛生面では少し悪かったかもしれない。

 それにしても、カティアは綺麗な少女だ。身に纏ってる服も、遠目ではわからないが、近くで少し肌に触れるだけでも材質が明らかに違うものだとわかってしまう。さすが、王女様といったところだろうか。

 容姿だって、さらさらとした黒く腰まで伸びた髪に、整った顔。天使と呼ばれても、なんら不思議じゃない美しい少女だ。アリアを誉めてるカティアだって十分にアリアと張り合うほどの美貌の持ち主だ。

 さすが、本物のお姫様とでも言うべきか。

 

「やっぱり、冒険者家業なんかやってるせいで、割りとあんた肌の手入れとか雑でしょ」

「……まあ、そうですね」

 

 風呂に入ったり、ちゃんと寝たりはするけど、手入れなんてやるお金も満足に持っていないし、そんなことをしてる暇があれば、さっさと依頼をこなしていくのが冒険者という職業だ。

 

「そうね、どうせなら私のとこに来てもいいのよ」

「へっ?」

 

 カティアは王女だ。私のこと、というのならそれは、王家の住み処ということになる。そうなるなら、必然的に城ということだろう。

 

「って、お城に来いってことですか!?」

「ええ。どう?」

「えっ、カティアさんってベルナルドのお姫様ですよね? 私、黒髪じゃないんですけど……」

「そうね。でも、私気に入っちゃったもの。風の妖精の加護を持つ、女神さん」

「っ!?」

 

 なぜか、ばれてしまっているらしい。アリアはカティアの子とをただの気が強くて、綺麗なだけの女の子、だと勝手に思い込んでいたが、どうやら違うようだ。ユーミットとシュバルツとの相性が悪いだけなのだろう。

 

「だって、あんた"加護の衣"持ってるじゃない」

「な、なんですかそれ」

「あんたの纏ってるそれよ」

「はえ?」

 

 アリアは自らの体を見る。纏っていると言えば"プロテクト"ぐらいだ。

 

 ――いや、そういえばひとつあった。そもそも、この話をしている時点で、ひとつしかない。

 

 風の妖精の加護。加護の衣、なんて言うものなのであれば、それが関係しないわけがない。ユーミットに出会うまで、走った時に使ったあの体全身を包む風のことだろう。今も、僅かながらそれが続いてるようで、風に髪がなびく。

 

「風の妖精の加護、ラディア・ハイレディンから受け継いだものでしょ」

「な、なんでそこまで……」

「レジスという町に、二人も同じ加護を持つやつがいるなんて不自然だもの。しかも、女神だものね。アリア、あなたが珍しいから、私はあなたのことを気に入った。不自然じゃないでしょう? 黒髪じゃないということを差し引いても、十分に魅力があるもの」

「……」

 

 アリアは気づいてしまった。カティアは、確かに自分のことを高く評価してくれている。それは確かだ。

 だが、"人"としてじゃなく、"物"としての評価だ。高価な骨董品でも見つけたから、手にいれたい、そんな感じに過ぎないのだと。

 確かに、将来は保証されているがそれは頷けない。

 アリアは、あくまで普通に生きたい。物として扱われる人生は、アリアの欲したものとは違う。それは、飼われてる以下だ。

 

「……はいと言わないのね」

「私は、ただ生きたいだけですから」

「そう。つまらないわね。同じ"加護"持ちとしても、興味があったんだけど」

「……同じ"加護"持ち……?」

「あら、気づいてなかったの?」

 

 カティアが得意気にはにかむと、カティアの周囲にいくつもの光の粒が舞う。ふわふわと浮き、光る。

 思い出してみれば、はじめてあった時も似たように光に包まれていた。これが"加護の衣"というものなのだろう。

 

「光の妖精の加護を持つ王女、それが私よ」

「……なるほど」

 

 さすがに、普通の人間が魔族を一撃で倒せるわけがない。間近でラディアの戦いを見てきたアリアなら加護の力がどれほどかは理解している。それを持っていたのなら、その強さも頷ける。

 

「私の提案を受け入れないのは、気に入らないけど、あなたのことを気に入ってるのには変わらないわ」

 

 連れ去られた時はどうなることかと思ったが、ひとまずは無事になんとかなりそうだ。王家の人間はもっと横暴なイメージがアリアの中であったが、カティアは当てはまらなかった。話せる人間でよかったと心底安堵する。力があって、話もせずに攻撃してくるような人間だったら、すでにアリアの命はなかっただろう。

 

「ありがとうございます」

 

 だから、話をしてくれたことや攻撃してこなかったことも含めて、とりあえずお礼をしておく。アリアはにっこりと微笑んで言った。

 

「私の物になりたかったら、いつでも声をかけて頂戴」

「ははは……」

 

 さっきはここまではっきり言わなかったが、結局物としてしか見てないことは変わらないらしい。

 

「ほぼ感情に任せて行動しちゃったけど、話したいことは終わったし、休憩でもしましょうか」

「……そもそもここって」

 

 辺りを見渡す。飛ばされて来た時は、びっくりしてよく見ていなかったが、見覚えのある場所だ。ここ数日、ずっと来ていた建物。依頼の紙が貼り付けられていて、マスターの出す酒がいくつか置いてある。

 

「そう、冒険者ギルドよ」

「瞬間移動なんてできるんですね……」

「そうね、行ける場所は限りがあるけど。どこに行けるかってのはその時によって違うから、あまり使い物にならないのよね」

「……どこに飛ばされるかわからないのに、使ったんですか」

「あいつらといるとイラつくんだもの。シュバルツもユーミットも、気に入らないわ。黒髪じゃなければ、ぶっ殺してたわね」

 

 カティアはぎゅっと拳に握りしめて、顔をしかめる。

 確かに、二人の態度はやけにカティアに攻撃的だった。シュバルツはいつも通りだが、ユーミットはそこまで攻撃的じゃなかったはずだ。

 

「もしかして、カティアさんはあの二人と知り合いなんですか?」

「んー、まあそうね。神殿っていうのは結構大きな組織なのよ。だから、たまたま神殿の一員としてユーミットとは会う機会があったの。シュバルツは完全に初対面ね」

 

 神殿という組織の規模は一つの国と何か関係があるぐらいには大きいということだろう。今後、きっとアリアも関わることがありそうだ。ユーミットの件を含めればすでに関わっているかもしれないが。

 

「相性悪いんですね」

「そうね」

「そういえば、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「何よ?」

「――邪神ルルフって知ってますか?」

 

 

「あそこまで王女が感情的だったとはな。つーか、空間移動の魔法とか無茶苦茶だな」

「まあ、彼女は光の妖精の加護を持ってますからね」

「だろうな。雑魚だったとしても魔族を一発で倒せるのは普通に考えたら加護だろうしな」

「あそこまで攻撃的に言ってましたけど、彼女と知り合いじゃないんですね」

「そう言うお前は知り合いなのか?」

「そうですね。神殿の関係で昔会ったことがあります」

「そういうことか」

 

 カティアがアリアを連れ去った後、二人はその場で話していた。アリアを置いて、レジスを出るわけにもいかない。

 

「そういえば、あなたは邪神ルルフのことをよく知ってるんですか?」

「なんだ、突然に」

「実は、そこまで詳しく知っているわけではないんです。倒した後とはいえ、気になったので」

「そりゃあ、あいつが邪神になったのは五年前ぐらいだしな。お前が冒険者になる前ぐらいだろうしな」

 

 神様には二種類存在する。実体のある神か実体のない神。後者は、元からこの世界の神として君臨している存在。

 

 だが、前者は元は人間であるのだが、なんらかの経緯を経て神として崇められることになった者。この世界に済んでる人間ならば、たまに耳にする話だ。ユーミットもシュバルツも知っている。

 邪神ルルフは当然、前者に当てはまる。

 

「元は、どういう人だったとか知っていますか?」

「さあな。ただ、人の願いを叶えていったら、ああなったと聞くが」

「人の……願い……? 邪神が……?」

「願いってのは言うなら欲望だ。人を殺してほしい、恨みのあるやつをこらしめてほしい、そんな感じの願い事を叶えていったんだろうな。そうしたら、願えば相手を痛め付けてくれる存在として、崇められたんだそうだ。そこに信仰があれば、対象は自然と神になる。人に害を成す邪神様の誕生だ」

「……」

 

 信仰されるものは神となる。よく知ってる話だ。ユーミットだって、何度も聞いてきた。

 だが、そんなにあっさりと神が生まれてしまうことがあることは知らなかった。

 神殿という神に仕える組織に所属してるユーミットとしては、なかなか複雑な気分だった。

 

「ちなみに、邪神になると巨大化して怪物じみた見た目になることもできるらしく、巨人みたいな化け物になってそのままいくつもの村を襲っていったそうだ。それで、勇者に退治されて、一度深い眠りについた。邪神ルルフってのはそういうやつだって、世間には広まってる」

「なるほど。だいたいはわかりました。詳しいですね」

「そうだな。あいつとは一回、戦ったことがあるんだよ。勇者に退治される前に、たまたまあいつとあってな」

「……それってさっきと違って強かったんですよね?」

「そうだな」

「つまり、ルルフは全盛期だったと」

「そうなるな」

「……」

 

 様々な噂を聞いていた。シュバルツは冒険者の中でもずば抜けて強いらしい、と。全盛期の仮にも神と戦って生き残っているということは、相当強いはずだ。ユーミットも、確かに力はあるが、この男には届かないかもしれない。

 

「あと、ルルフのことはもう一つ知ってることがあってな」

「なんです?」

「あいつは元々――女神だったんだよ」

 

 

「それで、ルルフは元々女神だったの」

 

 アリアは、一通りカティアからルルフに関する知識を得た。人の負の願いを叶えて、その結果邪神になった少女のことを。さすが、異世界。めちゃくちゃな話もあるものだ、と聞いていたのだが、カティアのその一言はそんな考えすら吹き飛ぶほど、アリアには衝撃的なものだった。

 

「ルルフが、女神……?」

「そうよ」

「……」

 

 元々女神だった邪神に転生させられた、なんてとても複雑な気分だった。

 ならば、ルルフもアリアと同じようにこことは別の世界からたどり着いた転生した者ということ。彼女が何を思って、邪神の道を進んでいったのかは気になる話だ。

 

「で、どうしてそんなことを急に聞いたのよ」

「……んー、実は秘密の話なんですけどね。私って、その邪神さんに転生させられたんです。餌として食べるためらしいです」

「……餌?」

「はい。本人が、私を食べるって何回も言ってました」

「……なるほどね。恐らく、勇者に退治されて力を失ったから、それを取り戻すための行為が、女神を食べることだったんでしようね」 

 

 でも、その存在ももうユーミットの手によって始末された。今後、ルルフによってアリアの身に被害が及ぶことはないだろう。

 

「だから、私実は邪神の加護持ってたんですよ。ルルフがもう退治されたので、消えてるのかもしれませんけど」

「邪神の、加護ですって……?」

 

 カティアは目を見開いて驚愕する。

 

「はい。魔法が使いやすくなって、不幸なことに巻き込まれる、とか」

「……加護の癖に、悪いことまでついてくるなんて、さすが邪神らしいわね。というか、何よ退治されたって」

「ユーミットさんが、聖剣で倒しました」

「……何か、後が残っていたかしら? こう、紫色の塵みたいなやつよ」

「そういえば、ありましたね」

 

 アリアの返答を聞いて、カティアはホッと息を吐く。

 

「なら、大丈夫ね。また厄介なやつが増えたと思ってひやひやしたわ」

「私も、私を狙う存在が消えてくれて嬉しいです」

 

 結構話し込んでしまった。どっと疲れが背中に覆い被さる。気が張り詰めていて、緊張感で保っていたがそれも必要なくなって、気が緩んだ途端にこれまでの疲労がアリアに溢れてきた。話し込んで、休憩したのはちょうどよかった。心はともかく、体は休まっている。

 

「十分休めたかしら」

「はい。いきなり飛ばされた時はどうなるかと思いましたけど」

「そうね。それは悪かったと思うわ。でも、あなたもなんだか疲れてそうだったし」

「そうですか?」

「だって、目が腫れてるわ」

「……」

 

 思い返してみれば、あの時は結構泣いていた。ラディアの亡骸の傍らで、喚くように泣いた。ユーミットとシュバルツがよく気づかなかったものだ。

 

「その事を問い詰めるつもりはないわ。加護を持ってるとか、いろいろと想像もつくもの。レジスを出てから、どうするの?」

「そうですね……」

 

 別に、生きる目的があるわけじゃない。餌として転生させられて、ただ生きたいから生きた。生に執着して死を恐れる、それがアリアの心の中心にあるもの。

 それだけではあまりに寂しい。

 

「夢を、探しに行こうと思います」

 

 せっかく、別の世界に来たのだから、この世界で自分のやりたいことを探してみることにした。

 

「夢、ね。女神なんだから、その力を利用して人を治療するとかでも生きていけるわ」

「確かに、他人を助けて生きていけるのはいいことですよ。でも、私は誰かを助けても、その人が私よりも幸せに生きていたら、嫉妬しちゃいます。妬んで呪い殺してしまいたくなります。だから、そういうのは私向けじゃないんです」

 

 例え、傷ついている人を自分に見立てて助けていったとしてもアリアの根幹は変わらない。確かに良心はしっかりと生まれた。

 

 それでも、寝たきりで死んだ自分よりも幸せに生きてる人ばかりを見ると、今でも黒い気持ちがふつふつと沸き上がってきそうになる。

 そうだ、レジスで助けた人が魔物に殺された時も、恐怖する心の中にほんの少しでも安心する気持ちがあった。

 結局のところ、アリアは善人じゃない。

 

「……女神のわりに、あなたって割りとクズなの?」

「人を所有物にしようとするお姫様には言われたくないです」

「それもそうね」

 

 クスクス、とカティアは笑う。それにつられて、アリアも笑った。

 

「私たち、利己的なクズですね」

「そうね。また何かあれば仲良くしましょう。さて、そろそろあの二人の元へ戻ってあげましょう」

「はい」

 

 カティアはギルドの扉を開く。

 

「ほら、行くわよ」

「えっ、徒歩ですか!?」

「ええ。あの魔法は使い勝手が悪くて、飛べるところがそのときによって変わるんだもの」

「そういえば、そんな話もしてましたね」

「じゃあ、行くわよ」

「はい」

 

 ギルドから一歩踏み出したカティアを追いかけるようにして、アリアは踏み出した。



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勇者ユーミット

短め


 戦いの跡が残る町並み、目を背けなければ、死体や血をきっと見ることになる、そんなレジスの中をカティアの背を追いかけて歩いていく。

 

「そういえば、なんで私が女神だなんてわかったんです?」

「私、噂話好きなのよ。だから、それであなたの話を聞いたの。急に目立つヒーラーなんて、女神だってね。勘のいいやつはすぐに気づくから、もう少し考えて動いた方がいいわ」

「……気を付けます」

 

 女神はやたら美しい女性が多いらしく、人を勇者にする力とその治癒能力から、狙う人間も多いらしい。何よりも、女神は非力だ。十分に狙える。奴隷として売られる可能性だってある。

 ――と、その時。建物の影から飛び出してくる影。人の形ではない。魔物だろう。

 

「……邪魔ね」

 

 そう呟いたカティアの周囲に漂う光が集まって、それ目掛けて光が走った。飛び出して来た、異形の存在を焼き払った。

 

「さて、片付いたし行きましょう」

 

 強い。カティアはタイムラグなしに光線を放てる。"光の妖精の加護"の力、ユーミットやシュバルツ、それからラディアと並ぶ、いやそれ以上かもしれない。

 

「何をボーッとしてるのよ」

「す、すみません。行きましょう」

 

 もうすぐ、シュバルツとユーミットに合流できる。さっさと、レジスを出なければ。カティアのおかげで、今後のなんとなくとした指標ができた。

 

「ほら、見えてきたわよ」

 

 カティアの声を聞いて、向こうの景色を見ると、二つの人影が見える。手を振ってるらしき様子が見える。

 

 ――いや、少しおかしい。手ではなく、剣を降っているというよりも振りかざしている状態だろうか。上段に構えている。その様子を止めようとして、もう一つの人影がそれに向かっているように見えた。

 はっきりと、姿が見える距離まで近づく。

 光輝く聖剣を振り上げて、敵意を持った瞳でこちらを見つめている。

 

「――怒り狂え」

 

 ユーミットの口が開く。聞き覚えのある言葉。ルルフに向けて、その聖剣の力を解放した時の言葉だ。

 

「バンダースナッチッ!」

 

 そして、聖剣は振り下ろされる。弧を描く切っ先が地面と平行になった瞬間、それがこちらを向いた瞬間に、聖剣に込められた光が一気に放たれる。圧倒的な光の奔流が聖剣から解き放たれる。それを止めようとしてるらしく駆けつけるシュバルツもついには届かなかった。巨大な光の塊が凄まじい熱量を持ってアリアとカティアに迫る。

 

「……っ! "ライトサークル"ッ!」

 

 光がカティアとアリアを包み込んで、フッと消える。

 そして、すぐに先程いた少し横に光と共に姿を現す二人。真横に先程放たれた光線が通りすぎていく。この場所でもピリピリと肌に熱を感じる。

 

「いきなり何をするの!」

 

 光に包まれて怒号を上げるカティア。ユーミットの返答次第では戦う気なのか、今すぐにでも攻撃しそうな気迫だ。

 

「……仕方ないじゃないですか。僕は神殿の人間ですから」

 

 振り下ろした剣を再び構える。その視線は、アリアに向いている。

 

「……もしかして、私ですか?」

「……そうですね」

 

 わからないが、ユーミットはアリアを殺そうとしている。よくわからないが、命を狙われてしまっている。理由もわからないまま、殺されてやるわけにはいかない。

 

「なんで、ですか」

 

 怖い。こうしている間にも相手はこちらを殺そうと何か考えているのかもしれない。生きたいという気持ちがまたふつふつと沸き上がる。

 

「あなたが――邪神の加護を持っているから」

「そ、それは……」

 

 本当のことだ。邪神はきっと神殿からしても、許しがたい存在で、加護を持つものも似たような扱いなのかもしれない。

 

「でも、あんたが邪神は倒したんでしょ……?」

「加護は、呪いみたいなものです。邪神が倒れても続くんですよ。邪神の加護は、不幸な出来事に巻き込まれる。神殿はこれをよしとしません。だから、神殿の教えにしたがって僕は女神アリアを討伐しなければならない」

 

 真剣な表情で、グッと聖剣を握る手に力を入れて、反論するカティアに言い放った。

 

 

 神殿は、巨大な宗教組織だ。聖の神、という存在を信仰し、その信者は国境を越えてかなりの数が存在する。神殿という組織そのものが聖の神からの祝福を受け取っており、これに所属するシスターや神父はすべて、回復や補助の魔法を得意とする。

 だからこそ、腕のいい補助魔法使いを所持する神殿は数多の国や組織から必要とされて、とても多きな地位を気づいている。神殿が関わるかどうかで、戦争さえ傾く。

 ユーミットも、聖の神の祝福を受けた修道士である。

 祝福、というのは一部の得意な魔法を扱う際に魔力の消費が減ったり魔法の効果が上昇したりするというもので、使えば使うほどその魔法だけは扱いやすくなるというものだ。聖の神の祝福を受けたものは、補助の魔法が得意になる、ということだ。

 ユーミットも、当然それらの魔法を使うことができ、神殿の一員として活動している。いつか、ベルナルド王国が魔族と大きな戦いを繰り広げた時、神殿がそれを補佐するために、ユーミットと他数名を送り、カティアと一度揉めた、ということもある。

 

 そんな神殿には、一つの使命がある。

 ――女神の保護。女神は本来、この世界にいる存在ではなく、異世界からやってくるこの世界から外れている存在である。それでかつ、人を勇者にする能力を秘めて、ヒーラーとしての能力もとても強い。

 ただ、その存在はどこに現れるかもわからず、ただどこかに行き着いて行くことが多い。どこかではまるで性奴隷のように扱われ、どこかでは事件に巻き込まれて死亡するなど、悲惨な事例もある。凶悪な勇者を生み出して、多大な被害が出ることもある。

 そんなことが起こらないように、事前に女神を保護して事件から遠ざけるのが神殿の使命である。女神は人でありながら、神としての一面も持つ存在であり、聖の神の力の一端を持っているとされており、信仰の対象でもある。

 だからこそ、神殿はこれを全力で保護するために力を行使する。神殿に保護された女神は、その力を高めて善行を行い、良き勇者を生む。束縛されることもなく、自由に生きられるし、守ってもくれる。女神にとって、神殿の庇護を受けるかどうかが人生の分かれ道と言っても過言ではない。

 女神の存在がやってくるというのはわからないが、常に神殿の使いは様々は場所に派遣されている。

 

 そして、たまたまユーミットが女神を見事引き当てた。ならば、ユーミットのすることはアリアを神殿の一員として保護することである。

 ユーミットは勇者の力を見せずに、冒険者としてレジスに住み、アリアという存在に触れた。美しい少女だ。回復魔法もすぐにかけてくれる優しきヒーラー。いつの間にか、レジスの中では名がある程度知られていた彼女と、ユーミットは結構な頻度で会い、話をした。その時はまだ女神だとは気づいていなかった。ただ、楽しかった。

 気づいたら、ユーミットは彼女に心を奪われていた。何がきっかけなのだろうか、それはきっと最初に治してくれたことだろう。その時に女神だと気づくべきだった。

 ただ、この美しい少女が人の命をすぐに救おうとするほど、良き心を持つものだと思って、いい人だと思っているうちに、彼女の表情や姿を目で追いかけるようになっていた。まさか、その相手が女神だとは思わなかった。

 女神相手に、恋はできない。だって、信仰されるべき神だから。あれに手を出すことは、信者である限り許されるべきではない。レジス攻撃の最中に、ユーミットはついにそれに気づいてしまった。その心を押し殺すしかなかった。

 勇者として、彼女を守り神殿の庇護を受けるべく話すのが正しい行いだ。

 だから、彼女に話す。自らの心を隠して、神殿に来るべきである、と。同行しているシュバルツの存在が懸念ではあるが、きっと、アリアならば正しき選択をしてくれるはずだ。

 

 と、思っていたのに。

 

「なんで、ルルフはアリアさんを襲ったんですかね」

「ルルフは、失った力をアリアを取り込むことで取り戻そうとしてるんだよ。そのために、ルルフがアリアをこっちに呼び出したんだろうな」

「呼び出した……? 邪神が、女神をですか?」

「それぐらいしてもおかしくないだろ。邪神なんて、自分勝手なもんだぞ」

「……ということは、それはつまり――」

 

 そこで気づいた。邪神に呼び出されたのなら、彼女は邪神の加護を有している。過去に、そういう事例があったからわかる。

 なのであれば、神殿の修道士としてはアリアを討たなければならない。

 

「どうした?」

「……」

 

 シュバルツの質問に気づいてすらいなかった。胸が、ひどく苦しい。別に、命を奪うことは怖くない。

 ただ――一度でも愛してしまった人に手をかけるなど、そう容易くできるはずもない。でも、やらなければいけない。

 だけれど、やめてもいいのではないか、なんていう甘い囁きが頭の中に入り込んでくる。ぐるぐると、思考が回ってなんとなくわからなくなってきた。

 それでも、結局ユーミットという人間が落ち着いた答えはアリアの討伐であった。聖の神への信仰と、これまで生きてきた人生の基盤となる価値観に、恋愛なんてものが入り込む余地はなかった、と言い聞かせた。

 だから、邪魔になりそうな、こちらを訝しげに見つめてくるシュバルツの鳩尾に拳を振るい、近くの家屋に激突して気絶している彼を見送って、アリアの元へ行って剣を振るうことになった。

 けれど、またアリアを見てしまえば、少しでも助けたいと思ってしまう。か弱い少女に、聖剣を振り下ろすことに躊躇いが生まれる。カティアが、邪魔をしてくるかもしれない。その前に、なんとかして終わらせないといけない。

 

「……なるほど、邪神の加護はまだ続いてるってことね」

「そんな……」

 

 カティアは考えるそぶりを見せて、アリアは首からぶら下げているヴァイスプレートを握りしめている。カティアが邪魔してくるようには見えない。

 チャンスだ。女神の防御は固いが、それでも聖剣ならばそれを破るのは容易い。

 だから、聖剣を掲げて踏み込む。カティアの横を通りすぎる。彼女は、何もしなかった。邪魔しないならばそれでいい。

 

 ――そして、ユーミットがアリアへと距離を詰めようとしたその時、真上から雷がこちらに落下してきた。まるで、神がアリアを助けようとでもしてるみたいに、ユーミットにとってはとても邪魔なタイミングだ。バックステップで後退するが――雷はユーミットを追尾する。

 

「これは、魔法……!?」

「やっぱり、来たわね」

 

 さも、当然とでも言うようにカティアは呟く。邪魔をしなかったのはこういう訳らしい。雷はユーミットの元に落ちてくると、その形は蛇のように代わり、口を開いてユーミットに噛みつこうとする。

 だが、それも魔法だ。ユーミットの鎧には魔法を弾く力がある。雷の蛇は鎧の力によって、弾かれて消える。

 

「ぐぅぅっ」

 

 ――だが、それが消えるまでにユーミットの身体には少しばかりのダメージを与える。鎧の力は魔法を打ち消せてもそのダメージを通してしまうこともあるのだ。

 

「さっきは痛かったぞ」

「……やはり、あなたが」

 

 ユーミットの目の前には――シュバルツが立っていた。




失踪はしません、たぶん
長編は飽きやすいので


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力の片鱗

11、

 

 フードを深々と被ったまま、シュバルツがユーミットとアリアの間に立ちふさがる。

 

 いつも通り目付きは悪いが、いつにも増して、機嫌が悪そうだ。

 

「……そこをどいてくれませんか?アリアさんには邪神の加護がある。あれは消えるものじゃない。ここで、消しておかないといけません」

 

 聖剣の切っ先を向けるユーミット。シュバルツはそれを見ても動じることなく、依然と睨み付けている。

 

「俺はお前に殴られて腹が立ってるだけだ。そんなこと知ったことか」

 

 アリアにはよくわからないが、ここに来るまでにシュバルツがユーミットに殴られていたらしい。

 

「……アリアさんを守るつもりはないのに戦うんですか?」

 

「なんで会って数日のやつを守るために戦わなきゃならないんだ、おかしいだろ」

 

「それでも仲間じゃないですか」

 

「勝手にラディアが仲間にしただけだ、関係ないな」

 

「でも、アリアさんが何か騒ぎの中心になった時にはあなたが介入したと聞きましたが」

 

「問題を起こされたら困るから当たり前だろ」

 

「それだけですか? アリアさんのことを多少なりとも気にかけていないと?」

 

「ラディアのせいで気にかけざるを得なかっただけだ」

 

 そしてそのまま、二人とも臨戦状態のまま言い合いをし始める。この状況のユーミットを見ていると、とてもこちらを殺してくるような人間には見えない。ユーミットが無駄に真面目なせいで、戦いに入るよりも反論をすることに夢中になってるだけだろう。

 

 というよりも、二人とも表向きは仲の悪そうにしているが、本当は仲のいい友人同士にも見えてくる。死ぬ前の向こうの世界で、まだ病弱じゃなかった頃にはそういう光景も見た気がする。

 

 ともあれ、アリアにとってみればシュバルツにこちらを守るつもりがあろうがなかろうが、どちらにしても助かった。

 

 先程は巻き込まれるから攻撃を一緒に避けたが、カティアは守ってくれるような人間はないだろう。

 

 と、急にカティアは腕を掴んで、にっこりと微笑む。なんだか嫌な予感がする。

 

「アリア! 今のうちに逃げましょう!」

 

「カティアさん!?」

 

 と、わざと大きくシュバルツやユーミットに聞こえるように、叫ぶように言い、悪戯っぽく微笑む。アリアが状況についていけないままでいると、ハッとした様子のユーミットが聖剣を握りしめて地面を踏みしめる。

 

 横に薙ぎ払い、剣の切っ先が弧を描く。シュバルツはユーミットが剣を振るうよりも少し速く飛び退く。剣を振る風圧がシュバルツの服を撫で、パラパラとシュバルツの持っていたらしい紙切れが地面に散らばる。

 

 カティアの言葉のせいで、言い合いに夢中になっていたユーミットが我に戻って戦いが始まってしまった。

 思わず、カティアに声を掛ける。

 

「なんで聞こえるように言ったんですか!?」

 

「話が続いてるのを見るのも退屈でしょう? 戦いを観戦してる方が面白いじゃない」

 

「い、いやいや!? 退屈とかいう問題ですか!?」

 

「そもそも、言い合いしてる間にさっさと逃げればよかったのよ。あと、私に剣を向けた勇者様がシュバルツにボコボコにされたら面白いじゃない」

 

 カティアはパッと掴んでる手を離す。ああは言ったが逃げるつもりはなく、二人に戦ってもらうためだったらしい。

 

 二人の方に視線を戻す。剣を一度振るってから変化はないらしい。ユーミットが上段に構えて、シュバルツがその様子をうかがっている。

 

 ユーミットが動き、剣を振り下ろす。腕輪付きという本来の勇者の劣化版とはいえ、その力は並々ならぬものであり、その動作すらアリアにはとらえられるかギリギリだ。"身体強化"を使ったところで、避けきれるものではない。

 

 風の妖精の加護を持つラディアなどならともかく、ただの人間であるはずのシュバルツには避けきることも不可能であり、レプリカであったとしても聖剣を受けきるすべがそう存在してるはずもないだろう。

 

 ――だが、剣はシュバルツをとらえることもなく、空を切る。素早い斬撃をシュバルツはさも当然のように避け、ユーミットの腹を蹴っ飛ばした。

 

「あ、えっ……?」

 

 思わず、アリアの口から声が漏れる。蹴っ飛ばされて、よろめいて数歩下がったユーミットも驚いて目を見開いている。

 

 その足元の、シュバルツが落とした紙切れに書かれている文字が不気味に光る。紙から文字が浮かび上がる。

 ――魔法式だ。その瞬間に文字を書かなくても、あらかじめ書かれている文字ならば魔方陣のように短時間で扱うことができる。

 

 魔方陣がユーミットの周囲に形成し、バチバチと火花を放つ。

 

「"サンダーストーム"」

 

 魔方陣から一斉に電撃が放たれてユーミットを襲う。軽くユーミットはうめくものの、ユーミットの着ている鎧はただの鎧でもなく、魔法を弾く力を持っている。わずかながらのダメージはあるかもしれないが、すぐさま打ち消される。

 

「へぇ、凄いじゃない」

 

 素直に関心したカティアの声が聞こえてくる。

 

「な、なんであの攻撃を避けれてるんですか……」

 

「シュバルツをよく見なさい」

 

 と、言われてじっくりと見るとシュバルツの体をわずかな青い光が包み込んでいる。目を凝らさなければわからないほどのものだ。一部だけ、小さな魔方陣も見える。

 

「"格闘魔法"ってやつね。使えさえすれば、素手で魔物だって倒せるし、魔族にすら勝てるかもしれない、そんな魔法よ」

 

 "身体強化"の上位版のようなものだろう。勇者とさえ戦えてしまうほどの身体能力を得るなんてとてつもないことだが、きっとそんな楽に使えるものでもないのだろう。

 

 でも、それほどまでに身体能力を上げたところでその膂力でユーミットをねじ伏せれるかどうかは怪しい。さらに、ユーミットの鎧は魔法を弾くのだ。シュバルツには厳しい戦いだろう。

 

 体勢を直したユーミットが再びシュバルツへ距離を詰める。聖剣は届かずに、むなしく剣の振る音が聞こえるだけだ。

 

 空振りをしたユーミットにすかさずシュバルツの拳がユーミットを襲い、鎧とぶつかって鈍い音が響く。怪物じみた膂力に押されて地面をざざっとスライドする。

 

「"ストームブラスト"」

 

「ぐっ……」

 

 風がシュバルツの手元に集まって放たれ、ユーミットの鎧に当たって弾かれる。ただ、消滅してもその衝撃は残り、ユーミットはぐらつく。

 

 今の状況をみるに、身体能力で勝っているシュバルツの方が優位なのかもしれない。

 ただ、ユーミットの鎧は衝撃までを殺しきれないとはいえ、魔法を弾く。

 

 と、アリアは不思議とやけに落ち着いた心で状況を観察する。気がつけば、近くにいたカティアが少し後ろの方まで退避している。

 今のところはともかく、巻き込まれることを心配しているのだろうか。

 

 再び、二人の戦いに気を向ける。

 ユーミットが体勢を建て直す前に、さらに畳み掛けようと、シュバルツが魔方陣を展開するその瞬間――ユーミットの持つ剣がいっそう強く光を放つ。

 

 そのまま、剣を振るうと三日月型の光の塊が斬撃となって放たれる。

 

「"サンダースネークバイト"」

 

 突然の遠距離からの攻撃。

 それでも、シュバルツは落ち着いて魔方陣を起動する。雷が蛇のようにぐねぐねと動いて口を開いて動き出す。

 

 シュバルツを切り裂こうとする光の斬撃と、それを噛みつこうとする雷の蛇、二つのエネルギーがぶつかって相殺する。衝撃によって生じた風圧で土埃が宙を舞い、アリアの元までそれが運ばれる。

 

「これぐらい予想の範疇ですか」

 

「魔法で遠距離攻撃ぐらいはしてくるだろうなって思ってただけだ。喋ってる場合なのか?」

 

 シュバルツはまた、勝っている身体能力でねじ伏せようとしてるのか、走り出そうと地面を踏みしめる。

 

 走るシュバルツへ、ユーミットは聖剣の先端部分に光を集めて、ビームのように放つ。横に飛び退いて、シュバルツがそれを躱す。

 

 シュバルツの後ろには、当然アリアたちがいる。光線が突然飛んできて、防ぐ暇もなくアリアの頬を抉る。

 

 チリチリと、焼けるような痛みがする。手で、無意識にそれを拭う。

 ここにいては危ない。カティアのように離れるだけでも、巻き込まれそうだ。

 

 そもそも、シュバルツが戦ってくれているのだから今のうちに逃げるべきなのだ。ここにいても、邪魔になるだけだろう、と考えるのだが――なぜか体は逃げようとしない。

 

 心の奥が、いや別の何かが逃げずになにかを待っている。それが何かはわからない。

 目は二人の戦いから離れようとせず、足はじっと動かない。頭が警鐘を鳴らしているのに、じっとしているべきだと何かから言われている気がする。

 

 シュバルツとユーミットが接近し、シュバルツが拳を固める。

 

「……今だ! "身体強化"、"クイック"っ!」

 

 その瞬間突如として、ユーミットが魔法を発動する。急速に、ユーミットの動きが速くなる。

 それでも、シュバルツの動きを越えるほどのものではない。一瞬の不意をついて決着をつけよう、ということなのだろう。

 

 あとほんの少し剣が長ければ当たっていた、というぐらいのギリギリで剣は避けられる。激しい運動で、シュバルツのフードが脱げて髪がさらされる。

 

「"バーニングショット"」

 

 そして、避ける瞬間にかざした左手に展開された魔方陣から炎が収束して発射される。

 腹に直撃し、魔法自体はすぐに消えるものの、重い衝撃によって吹き飛ばされる。

 

「……あれでもダメですか。だったら――」

 

「……ちっ、そうきたか」

 

 ユーミットは聖剣を両手で握りしめて上段に構える。

 

 ルルフを焼き尽くした時のあの太い光の光線を放つつもりだ。あの光の奔流を放ってしまえばシュバルツにだって、防ぐ手段はないだろう。

 

 聖剣に光が収束していく。体の内側が熱くなる。

 そうだ、これだ――とアリアの中で何かが言っている。

 

 あれに飲まれたら死んでしまう――そう命の危機を感じた瞬間に、そのアリアの体が自分のものではなくなってしまったかのように、動く。

 

 無意識に手が動いて、スッと、空中に指で円を描く。そこから文字が溢れ出してそれが文字列として集まっていく。魔法式だ。

 そして、それが描いた円に集まっていき、それが変化していって魔方陣へと形を変える。

 

 体が、やけに熱い。

 

「……鏡よ鏡、映したいものはなあに」

 

 口から、知らない言葉が紡がれていく。これは、詠唱だ。魔法式や魔方陣だけでなく、わからない魔法を使おうと勝手に体が動いていく。

 魔方陣が、バチバチと火花を飛ばしてうっすらと紫に光る。

 

「子猫を見つけて追いかけて、鏡の中にこんにちわ。さてさて、これは偽りか。さてもこれは真なりや?」

 

「……アリア? 急に何をしているの?」

 

 困惑したカティアの声が聞こえる。それに答えようとする考えすらもはやアリアにはない。この魔法を使わなければならない使命感が、よくわからないがアリアの中から溢れ出している。

 

 体が急に動く。体のうちから何かが何かが這い出てくるような気持ちの悪い感覚がする。

 棒状の何かを両手で掴むポーズをして、それをまるで剣を構えるように腕を上げる。

 

 ユーミットがその剣をシュバルツ目掛けて振り下ろす。

 

「怒り狂え――"バンダースナッチ"っ!」

 

 と、振り下ろす瞬間にアリアが発動させている奇妙な魔法と、そのただならぬ雰囲気に気をとられて、聖剣から放たれた光の奔流はシュバルツからそれて、アリアの方に目掛けて飛んでいってしまった。

 

 いや、ユーミットにしてみればもとからアリアを狙っているのだ。ちょうどいいかもしれない。

 

「――"完全模倣アルプトラオム"」

 

 アリアは、上げた腕を剣を振り下ろすようにして、下に振った。

 その瞬間に魔方陣が強く光り、凄まじいエネルギーを収束させて、それを発射させる。

 

 まるで、それは聖剣の光と同じもののようだった。

 体の熱さが、一気に高まって破裂する。体がふらふらとする。汗でもかいているせいか、体がべたべたとして気持ち悪い。

 

 二つの光はぶつかり、衝撃が辺りに広がっていく。

 が、あっさりと聖剣から放たれた方の光が押し負けて、アリアの魔方陣から放たれた方のそれに飲まれて、ユーミットの横をとてつもない熱量を持ったその光が横切っていく。

 

 そこら辺りの建物をひたすらに焼き尽くし、それが放たれた後にはただ静寂が残った。

 

 自分が何をしたのか、アリアにはよくわからなかった。ただ、体が変にベタつき、まだ熱さが残留している。

 

「アリア……?」

 

 驚いたようなカティアの声を聞いて、振り返ろうとするが、体が言うことを聞かない。力がスッと抜けていく。

 

 ふと、目に入った自分の腕には――血がベットリとついていた。ベタつく正体はそれだったらしい。

 

 腕も、足も、腹も、似たように血まみれになっていた。

 

 まずい、このままでは死んでしまうかもしれない。アリアの中に焦りが生まれる。回復魔法を使おうとするが、その前に意識が飛びそうになる。

 

 ――早く早く!

 と、魔法を発動させるように自分を自身を急かすが、体がふらついて、ろくに動かない。

 

 そして、アリアは意識を保てないまま体を支えることもできずに、倒れてしまった。



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