罪人のシュラ (ウソツキ・ジャンマルコ)
しおりを挟む

はじまり

連載中の『俺の高校には 『放課後 殺人クラブ』がある件』とリンクしてます。そちらも読んで頂けると、よりわかりやすいです、よろしくお願いします。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

薄汚れた廃墟ビルの屋上、マキオはビルのふちに立っている。

時々吹いてくる、冷たい風が体を揺らす。

目の前には、人のいない空虚な街が広がっている。

歩く人も、走る車もない。

ビルや家は、草やツタに覆われている。

 

30歳を過ぎても、定職につけず、未来への展望も抱けないマキオは、

ふいに心に沸いた衝動にかられ、万引きをしてしまったが、

すぐに店員に見つかり捕まってしまった。

 

警察へ連れていかれ、これから自分がどうなるかの説明もなく、眠らされ、

気がついたらこの世界にいた。

 

……逮捕されたらお終い……

 

子供の頃から、よく聞いた言葉だ。

どこに連れて行かれ、どうなるか、そんな事は教えてもらわなかった。

 

そして今、お終いになる。

それだけは分かった。

 

マキオは、もう何かを考える事から逃げたい、そう思ってこの場所に立ち、20分が過ぎていた。

ただ、体を少し前に傾ければ、全てが終わる。

 

両親とは、若いころに絶縁状態になっている。

恋人もできた事はない。

友達もいない。

派遣される仕事場所で、知らない人と軽作業を繰り返すだけの日々。

休日があってもする事などない。

 

空を見あげるたびに、

信号待ちをするたびに、

横になって、目を閉じるたびに、

 

何の為に生きているのか…

何度、自分に問いかけた事だろう…

 

何の取り柄もない、惨めな自分。

 

生きている意味など何もないのに……

誰にも求められていないのに……

 

そういう思いが、水に入れた黒い絵の具が広がっていくように、

どんよりと心を沈ませていき、気がついたら、俺はこの場所にいた。

 

それなのに、なぜ……どうして……

俺は、早くこの人生を終わらせられないんだろう?

 

ずっと心のどこかで、いつも消える機会を求めていた。

 

今がその時だ……なのに…

 

どうして、最後の一歩がふみだせないんだろう…?

 

俺は、まだこんな命に一体何かを求めてしまってるのか…?

 

こんな無意味な存在が、消えてなくなる事を恐れているのか…?

 

散々繰り返して来たはずの葛藤に、こんな場所に立ってまで、何度もリプレイしていると、

 

「ねぇ、飛ばないの?」

 

「!?」

 

マキオは、背後からの男の声に驚き、バランスを崩し、

止まっていたはずの視界は、動き出し、虚無な街が広がる地面に、

たちまち吸い込まれそうになった。

 

マキオは、慌てて錆びた手すりをつかむ。

 

「…はぁ…はぁ…、なんだ…?」

 

振り向くと、屋上には誰もいなかったはずなのに、男があぐらをかいていた。

声をかけたのは、こいつか…

飛び降りようとしている自分に、声をかけてくる男。

今のマキオには、邪魔な存在でしかない。

マキオは男を無視しようと思い、目を閉じて、飛び降りる事をイメージし直す。

 

「………」

 

自分の体を、ほんの少しだけ傾け、一瞬の恐怖を味わった瞬間には、

もうこの世界からサヨナラできる。

 

体は、地面に激突するのではなく、宙で体は細かいピクセルのような粒子となり、

ただ、消えていくだけなんだ。

 

そうするだけで、俺は……

 

「ねぇってば、飛ばないの?」

 

………しつこいな、なんだ、コイツ?

俺が無視しようとしている事がわからないのか?

 

いや、そんなはずない。

わかっていながら、邪魔をしてるんだ。

 

その「飛ばないの?」と、いう言葉からは、少しバカにした雰囲気が伝わる。

本当は、

「飛べないんじゃないの?……ショボい奴だなお前…」

と、言いたいんだろう。

失礼な奴だ。

 

マキオは男の方を見もせずに、言葉だけ吐き捨てた。

 

「…うるさいよ、どっか行け」

 

「あのさ…オレ、しばらく見てたんだけど……気づかなかった?」

 

なんなんだよ、マジで。

 

マキオは男に再び目をやる。

その時マキオは、初めて男の姿をしっかりと見た。

 

男は、マキオより若く、明るい色の髪が柔らかく風に揺れ、少し中性的で整った顔立ち、

背中には長い槍を挿している。

現在の日本で、普段から背中に槍を挿している者など、いない。

コスプレイヤーだけだろう。

奇妙な者である事は、明らかだ。

 

しかも男は、自殺をしようとしているマキオを見ても驚く様子もなく、平然と話している。

 

「ねぇ、飛ぶの怖いんならやめときなよ」

 

「あんたには、関係ないだろ……話しかけないでくれよ」

 

マキオは、もう一度ビルのへりに立とうとするが、なぜか手すりをつかんだ手が離れてくれない。

どうしてだよ?

こんな腐った人生なのに、俺は手すりに……この世界に…ナゼ、しがみついているんだ?

 

そう自分に問いかけても、マキオの手は手すりを強く握りしめるだけだった。

 

男が、軽い雰囲気で言う。

まるで、気心の知れた友達を、カラオケにでも誘うような感じで…

 

「あのさ、別に今むりやり死ななくても、いいんじゃない?

 明日でも、明後日でも、死にたきゃいつでも死ねるよ、もっと楽な方法もあるし。

 だからさ、今日はちょっと俺に付き合ってくれない?

 俺、今すげー困ってて、助けが必要なんだよね」

 

助け……?

 

この男は、俺に助けを求めているのか?

 

今から死のうとしている、この俺に?

 

そりゃ、確かに死ぬ事は、あとでも出来る。

それに、自分が思っていたよりも、怖くて難しそうだったが……

 

それよりもこの男は、こんな俺に助けを求めてる。

 

もう誰一人として、自分を必要とするわけがない………そう思っていたのに。

 

マキオは、ビルの屋上にさっきまで強く吹いていた冷たい風がやみ、

不思議と、少し暖かく柔らかい風が吹いた気がした。

 

「………」

 

別に、この男の言う事に従おうと思ったわけではなかった。

ただ、今、目の前にある恐怖から逃げ出すことを選んだだけだ。

つかんでいた手すりを超え、柵の中にもどり座りこんだ。

 

男は立ち上がり、軽く口角を上げ、尻についた埃をはたきながら、

 

「おつかれさん、いやー…あんたがここにいてくれて助かったよ。

 お礼は後でちゃんとするからな。

 さぁ、行こっか」

 

マキオの肩をぽんとたたき、中央にある階段のドアにむかっていったが、

急に振り返り、マキオに声をかける。

 

「名前言ってなかったね、俺はカイト。

 あんたは?」

 

「…マキオ」

 

また少し柔らかい風が吹いた気がした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手伝い

 

「ここの4階だ」

 

カイトはそう言うと、一つの廃ビルに入っていく。

マキオは、何をするのかも聞かされないまま、後をついていった。

 

廃ビルの中はずいぶんと荒れている。

以前はオフィスビルだったのだろうか。

事務机は椅子が、散らばっていて、その上を白い埃が覆っていた。

 

4階まで上がると、廊下を中心にいくつかの部屋がある。

ドアは外れているのがほとんどだったが、所々ドアが残っている場所もあった。

カイトはそのうちの、ドアのない部屋に入っていく。

 

中のガランとした空間に、いくつかの事務机と、椅子。

そして、部屋の角に大きなカバンがいくつか置いてある。

 

「マキオ、俺の頼みはコレだ」

 

カイトがそのカバンを指差した。

マキオはそのカバンに近づき、中を覗くと酒の瓶が何本も入っている。

 

「これは、お酒?」

 

「ああ、すごいだろ?リシャールやシャトー・ラトゥールもあるんだ。

 こんなの、そうそう手に入らないよ」

 

マキオは酒を飲まないから、カイトの言っている物がどれかは、わからなかった。

しかし、カイトの少し興奮した感じを見ていると、おそらく良い物なんだろうとは、思った。

 

カイトは、嬉しそうに良い酒だけを選びながら、袋に分けている。

その姿を後ろから眺めながら、尋ねる。

 

「これを、全部運ぶってこと?」

 

「そう、一人じゃ持てないから。

 ちょっと待っててくれよ、今良い酒だけは絶対割らないように、別の袋に分けてるから。

 マキオは、最悪割れてもいいように、こっちのカバンを持ってもらうからな」

 

カバンは、6個あり、全て酒瓶がつまっている。

かなりの重さである事は、容易に想像できた。

 

力仕事に自信のないマキオは、小さくため息をつく。

自分より少し小柄なカイトを見ると、おそらく3つずつカバンを分けて持つのだろう。

なんとなく、流されるようについて来たとはいえ、自分は何をしてるんだろうと、感じた。

 

しかし、考えてみると、今までの人生も同じようなものだ。

一体、何をしてきたんだろう?

別に、自分じゃなくても出来る仕事に時間を使い、

誰の為になるかなど考えもせずに、

働いた分の報酬を得る。

何に使ったかもわからずに、消費する。

ただ、それだけの日々だった。

 

マキオは、もう一度小さくため息をつき、そのくだらない考えを、

息と一緒に吐き出した。

 

マキオがカバンを見ると、側面にはマークがついていた。

ドクロが火の玉に乗っているマークだ。

 

「よし、んじゃ3つずつね」

 

カイトがマキオの前にカバンを置く。

マキオは一つのカバンに手をかけた。

う……重い…

そう思いながら、カバンをかつごうとした、その時……マキオは人の気配を感じた。

 

「…?…誰か…くる?」

 

マキオの言葉に、カイトは動きを止める。

 

数秒すると、カイトにもかすかに足音が聞こえた。

カイトは、カバンを足元に静かに置き、小声でマキオに指示をした。

 

「…マキオ、俺の後ろに」

 

マキオは、何が起こるのかわからなかったが、カイトの雰囲気に身の危険を感じて、

慌ててカイトの後ろにいき、部屋のすみに隠れた。

 

数秒の間があって、部屋に三人の男達が走って入ってきた。

男達の手には剣や、斧がにぎられている。

 

何だ?

何で、カイトといい、この男達といい、武器を持っているんだ?

まるで、ここは日本じゃなく、ゲームの世界に迷いこんだみたいだ。

 

男がカイトの足元にあるカバンに目を向け、

すぐにカイトめがけて、剣を振り上げ向かって来た。

カイトは男の動作を見て、すかさず背中の槍に手をかけ、それと同時に男を突き刺した。

 

え?

マキオは目の前の光景を疑った。

男の胸には、カイトの槍が突き抜けている。

男は、ビクビクと体を痙攣させている。

これ…現実?

 

カイトが男を突き刺すと、すぐにもう一人の男がカイトの頭を狙って斧を振り下ろす。

それをカイトは、槍を離し横に回転してよけると、

足を高く振り上げ、男の首の後ろにかかとをすごい速さで叩きつけた。

男の首からは、恐ろしい音がした。

 

最後の一人が、刀で横に斬りはらう。

カイトは、しゃがんで刀をかわすと、崩れ落ちていく男の斧を取って、首を切り上げた。

 

勝負は一瞬でついた。

おそらく、10秒くらいではなかっただろうか。

 

その間に、マキオの目の前で、三人の男が倒れた。

というより、殺されたと思う。

さっきまで、酒を見て笑っていたカイトに。

 

だが、男達もカイトを殺す気だった事はわかる。

正当防衛だろう。

でも、カイトのあの迷いのなさは何だ?

人を殺すかもしれないのに、あんなにあっさりと出来る事は普通じゃない。

 

俺は、とんでもない世界に来てしまったんじゃないか……

 

カイトは、ふぅっと息を吐くとマキオの方を振り向く。

 

「マキオ…今、どうして人が来るってわかったんだ?」

 

「え…あ…なんか…気配がしたから…」

 

「そうか、俺ぜんぜんわかんなかった、マキオすげーじゃん、教えてくれて助かったよ、ありがとな」

 

「あ…ああ…」

 

カイトは何事もなかったかのように、また酒をカバンに入れ替え出した。

 

マキオは動けないでいる。

まだ、今起きた事が、信じられなかった。

 

どうする?……いいのか……カイトについて行って……?

 

「よし、んじゃマキオ、よろしく!」

 

カイトは、笑顔でマキオにカバンを差し出した。

その顔には、泥遊びをした男の子が、顔に泥をつけているかような無邪気さで、

カイトの顔に男の返り血が一筋、ついていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイト と バニラ

 

襲われたビルを出て、1時間は歩いただろう、

カイトは、人の気配のない街にあるビルに入り二階まで登る。

マキオも、酒瓶のつまったカバンを両手と背中に持ち、汗だくになりながらついて行った。

 

「おつかれマキオ、到着だ」

 

カイトは、ビルの二階にある一室に入りカバンを下ろし、ふうっと息を吐く。

 

「ここって言ったって…」

 

そこには、窓もない殺風景な部屋が広がっているだけだった。

すると、カイトは壁を「ココン ココン コンコン」とリズムをつけて叩いた。

 

「誰だ?」

 

天井から男の声が聞こえた。

 

「カイト」

 

カイトが応えると、天井が開き三人の男が覗き込んだ。

男達はカイトを確認すると、梯子を下ろした。

カイトは梯子を登り、マキオも戸惑いながら梯子を登る。

 

 

「おつかれカイト、何を持って帰ってきたんだよ」

「お前らにお土産だよ、驚くなよ?」

 

カイトは、背負っていたカバンから、シャンパンのヴーヴ・クリコを取り出した。

 

「おお!すげー!」

「マジかよ!やったなカイト!」

 

男達は、カイトと肩を組んで喜んでいる。

どうやら、皆、酒好きのようだ。

 

「へへへ、こいつが手伝ってくれたんだよ、マキオって言うんだ」

 

そう言って、カイトはマキオを引き寄せた。

男達は、マキオに握手をしながら、礼を言う。

 

「おぉ、新入りか?ありがとうなマキオ!」

「サンキュー、マキオ、後でパーティだな!」

 

「あぁ…どうも…」

 

新入り?

マキオは、困惑しながらも男達に応じる。

 

喜んでいる男達の後ろから、女がカイトに声をかけてきた。

 

「やっと戻ってきたんだね、カイト」

 

「おぅ、バニラただいま!喜べ、今夜はパーティーだぞ」

 

バニラは、薄い金色に光る髪を、きのこ型に切り揃えている。

160センチ位の身長で、バランスの良い身体をしている。

白い肌に、若干、眠たげな瞳。

口元は、首に巻かれたスカーフで隠れている。

 

 

「パーティーどうでもいいけど……誰?その人?」

 

「ああ、こいつはマキオだ、よろしくな、マキオ、あいつはバニラ、俺と同じ隊長なんだ、

 顔はかわいいけど、性格は悪いから気をつけろよ」

 

「……また勝手に新人つれてきたの?怒られるよ?」

 

カイトの経口に、無表情なままバニラは話を続けた。

 

「はははっ、まぁまぁ」

 

「カイト、ニーナ怒ってるよ」

 

「えっ!バレてんの?」

 

「うん、イナオ達だけが戻ってきたのをニーナが見かけて、問い詰められてた」

 

「んだよ、うまくやれって言ったのに……まぁいいや、この酒には怒られるだけの価値はあるし、

 じゃ、ちょっくら殺られてきますかね?ああ、バニラ、俺が戻るまでマキオの世話たのむな」

 

カイトは、後でな!とマキオに声をかけ、行ってしまった。

マキオは、どうしていいかわからず、気まずそうにうつむいた。

 

「はぁ……勝手なやつ。

 …マキオ、疲れたでしょ。

 ついてきて」

 

バニラは、指をくいっと動かし、マキオをうながす。

マキオは、淡い嬉しさを抑えて、バニラに従う。

 

バニラについていくと、広い部屋に案内された。

部屋には、ソファやテーブルがいくつも置いてあり、大きなラウンジのようになっていて、

二十人位が何かを飲んだり食べたり、しゃべったりしている。

 

「座ってて」

 

「あ…はい」

 

ソファをすすめると、バニラはカウンターの中に入り、飲み物を二つ持ってきて、

マキオの向かいに座った。

ふわっと甘い香りが通り過ぎた、飲み物の香りか、それともバニラの香りだろうか。

バニラは正面に座って、無表情なまま見つめてきた。

女なれしていないマキオは、つい赤くなってしまい、目を背けた。

 

「なんか、緊張してるね」

 

「あ…はい…人と話すの、あんまり得意じゃなくて…」

 

「そうなんだ、あたしもあんまり得意じゃないよ、

 まぁ、苦手同士、気にせず話そうよ」

 

「…はい、よろしくお願いします……」

 

そう言うと、バニラは少しだけ微笑んでくれた気がした。

ドキッとして、また目を背けてしまう。

 

「シュラに、来たばかりなんでしょ?」

 

「え?シュラ?」

 

「この世界の名前、シュラっていうの」

 

「そう…なんだ、うん、来たばかり」

 

「先に言っておくけど、たぶん、これからビックリする事が多いと思う。

 日本とは、だいぶ違うから。

 だけどそのうち慣れる。

 だから、あんまり深く考えない方がいいよ」

 

「うん…そうする……あのさ、バニラさん」

 

「バニラでいいよ、マキオ」

 

「えっと……バ…ニラ、ちょっと聞いていい?」

 

「何?」

 

「…ここで、みなさん、何をしてるの?」

 

「…もしかして、カイトから何も聞いてない?」

 

「うん、酒を運ぶのを手伝って欲しいって頼まれただけだから…」

 

「そうだったんだ…ごめんね、カイト悪いやつじゃないんだけど、

 テキトーだから」

 

「うん、それはわかってる」

 

「だよね…クスッ……ここはあたしたちの基地、家みたいなものかな、

 この世界は、危険だから皆で集まって暮らしてるの」

 

「じゃあ、元々はみんな知らない人どうしって事?」

 

「うん、今この建物の中には…百人位いるかな?」

 

「えぇ!そんなに?」

 

「たぶん」

 

「じゃあ、その百人で暮らしてるって事?」

 

「ううん、まだ他にもいる、ここじゃなくて、他の建物もいくつかあるんだけど…

 このビルに入った時、天井から梯子を使って登ったでしょ?

 ああいう風に勝手に人が入ってこれないようにしてる建物を、自分たちでいくつも作ってる。

 全部で…千人位いると思う」

 

「千人!?そんなに…」

 

「でも、私達はまだ少ない方で、大きい団体なら万単位のものも、いくつかあるから」

 

「万……そうなんだ…」

 

バニラはうなずいて、マキオを見つめている。

 

マキオは、ちょっと照れて、目を反らし、

聞いたことを頭の中で、反芻する。

 

「まぁ、ゆっくり慣れていけばいいよ

 もっと、色んな事あるけど……今聞いとく?」

 

「えっと……ちょっと…考えさせて…」

 

「わかった…じゃあなんか食べ物持って来るから。

 待ってて」

 

「…ありがとう」

 

バニラは、甘い香りを残して、カウンターの方に行った。

 

 

はぁ……大変なところにきたのは、まちがいないな……

あと…バニラ……かわいいかも……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

説明は簡単に

 

バニラは、シュラの説明をしてくれた。

おそらく、彼女はマキオにわかりやすいよう、

丁寧に説明をしてくれていたのだろうが……

 

「ってことなんだけど………マキオ、どう?わかる?」

 

とにかく……とんでもない話だった。

 

ただマキオは、かなり前半で理解が追いつかない状態となってしまっていた。

 

バニラは、軽食のサンドイッチを用意してくれて、

食べながらこの「シュラ」の話を聞かせてもらっていたが、

二口目から、ノドを通らない。

話の内容の処理に、理解と感情がついていかなかった。

 

目が点になっていると、マキオの後ろに、

なぜかマンガのように、顔を腫らしたカイトが戻って来ていた。

 

「バニラ、あんま細かく説明しすぎると、混乱しちゃうだろ?

 ダークネスな話なんだから。

 こういうのは簡単に説明した方がいいんだよ」

 

カイトはマキオの隣に座り、マキオのサンドイッチを食べながら、

説明しだした。

 

「俺たちの周りは、敵だらけ。

 

 敵の種類は

 

 犯罪者 (賞金首ポイントがもらえる & なわばり争い)

 傭兵 (日本の被害者などが、復讐のため雇っている)

 キラーマシン (ネットで遠隔操作されている)

 生物兵器 (戦争兵器の実験台) 

 

 こいつらが、俺たちの命を狙ってる。

 理由は、俺たちが犯罪者だから。

 殺した方がいいってわけ。

 

 んで、どうせ殺すなら、利用しようってことで、

 

 犯罪者同士、殺し合いをさせたり

 傭兵に追わせたり、

 ロボットを使ったゲームに、生きた敵として登場させたり、

 実験台に使ったり。

 

 しかも、その様子を「デス・ゲームショー」として、全世界に配信。

 小さな高性能虫型カメラを、何億匹も使ってね。

 

 だから、俺たちは殺されないために、仲間を作って生き抜くぜっ、て話だ。

 

 簡単だろ?」

 

「えっと……簡単にはなったけど…………マジで?」

 

「マジで」

 

マキオはやっぱり、何を考えたらいいのか、わからなくなった。

カイトが説明を終えると、マキオのサンドイッチは無くなっていた。

 

「説明おわり!もう夕方だ、

 そんな話より、今夜はパーティーだぜ?

 さぁ、辛気臭い顔してないで、シャワーでも浴びてさっぱりしてこよーぜ!

 いくぞ!

 じゃーなバニラ、後でな!」

 

カイトは肩を組んで、無理やり連れて行く。

マキオは引っ張られながら、キョトンとしているバニラを見る。

話の内容は、この上ないほどに、最悪なものだったが、

バニラに会えた事は、素直に嬉しかった。

せめて、それだけは伝えたかった。

 

「あのっ…バニラ、ありがとう」

 

バニラは、机の上を片付けながら、何も言わず無表情なまま、軽く手を上げてくれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

傭兵団 アズマ

 

曇り空の下、人気のない街は、相変わらずホコリっぽい。

ある雑居ビルに、二人組の男が、足早に入って行く。

その姿を、隠れて数人が見つめていた

 

追いかけて、入りますか?

クメは、ジェスチャーで、アズマに伝えるが、アズマは首を横に振り、このまま待て、と指示をした。

 

二十分位経過したのち、二人組は雑居ビルから荷物を背負って、出てくると、30メートルほど離れた建物に身を潜めた。

そこには、三人の男女がいた。おそらく仲間が待っていたのだろう。

 

しばらくすると、彼らは五人で、周りを警戒しながら、西方へ向かって進み出した。

 

クメは、振り向き、アズマを見る。

アズマはゆっくりうなずき、五人組と300メートルほどの距離をあけ、追跡を開始した。

 

彼ら10名の胸には、シノノメ傭兵団の紀章が光っている。

 

アズマ隊で、最も大柄で(重戦車)の異名を持つダイゴが、小声で頼む。

怪力の持ち主で、優れた戦闘術を誇るが、考えより行動が先走るため、

命令違反で多くの隊をクビになり、アズマ隊に身を寄せている。

 

「アズマ、奴らのアジトに着いたら、俺を先鋒でいかせてくれ」

 

アズマが何か言う前に、痩身の体躯ながら、傭兵仲間から(刹那の燕)と呼ばれる剣士、クメが口を挟む。

気まぐれな性格と皮肉屋な口のため、規律を重んじる兵士達からは、敬遠されることが多い。

しかし、剣の才能では天才的と賞賛されている。

 

「ダメですよ、ダイゴさん。

 この間、先鋒で派手にやりすぎて、メインターゲット逃しちゃったでしょ?もう忘れちゃったんですか?」

 

「うるせえよ、クメ!覚えてるから、やらせてくれって言ってんだ、名誉挽回だ!」

 

「へぇ、ダイゴさんに名誉なんてあったんですか?勢いだけだと思ってましたけど?」

 

「なんだと!?」

 

「ちょっと、二人とも、今が追跡中だって事、知らないんじゃないですよね?

 喧嘩は、帰ってからやってよ」

 

副長のスグリが注意する。

傭兵養成所の頃から技術、知能、共に優秀だった女副長スグリ。

しかし、その自分の先には常にアズマがいた。

美人委員長的容姿も相まって、多くの隊が入隊を誘うも全てを断り、

自らが中心となってアズマを担ぎ上げ、アズマ隊を結成。

問題児の多いこの隊のまとめ役を担っている。

 

「ちょっとスグリさん、誤解です、喧嘩じゃないですから。

 僕はイノシシと喧嘩するほど、バカじゃないんで」

 

「おいクメ、随分と褒めてくれるじゃねぇか、ドングリよこせ、オラ!」

 

「二人ともいい加減にして!ちょっと、アズマくんからも何か言ってやってよ」

アズマは微笑しながら、軽くため息をついた。

 

「イノシシは雑食だ、ミミズや虫も食うんだぞ、体もほとんど筋肉だからな、

 だからダイゴはイナゴでも食べて、もうちょっとパンプアップを・・」

 

「アズマくん、そこじゃない」

 

「ジョーダンだよ、スグリ。

 二人とも、スグリを怒らせると面倒だから、やめとけよ?

 あと、今日の先鋒はクメだ」

 

クメはダイゴに得意げな顔を向ける。

 

「僕の戦い方を見て、少しは勉強してくださいね?」

 

「グヌヌヌ・・・」

 

ダイゴの悔しがる姿を見て、クメは

 

「あははっ、苦虫噛んでる、やっぱりイノシシだ!」

 

じゃれ合う二人を見てスグリは呟く。

 

「・・はぁ〜、この隊にいたんじゃ、いつか死ぬな・・」

 

五人組は九十分ほど移動して、あるビルに入った。

 

「アジトはここみたいですね」

 

クメが呟くと、アズマがスグリに指示をする。

 

「よし、マーカーを置いてくれ」

 

マーカーを置くと本部へ信号が送られ、戦闘の合図となる。

アズマは、円陣を組むよう合図する。

 

「スグリ副長、情報の確認を」

 

 

「はい、敵の団名は、イーグルハート

 団員400名、うち戦闘員200名

 ランクはNormal’(ノーマルダッシュ)

 

 メインターゲットは、団長のタカトリ、副長のグレン 隊長がハートとケイコの二人

 警戒ポイント、グレンの投げナイフと、ハートの鎖がまに注意

 

 クメ隊員を先鋒に三人組で行動

 最後尾はアズマ隊長がつく

 先頭時間、六十分を予定

 集合場所はここに

 

 以上です、アズマ隊長、お願いします」

 

アズマは全員を見回す。

 

「何か質問は?・・・ないな?

 よし、いいか?弱い相手でもポイントを稼ぐために、確実に倒せ

 アズマ隊は、もう少しでハンターランク100位以内に入れる

 同僚の兵士たちに、俺たちの力を示すんだ

 そして、罪人どもに死神が来たことを思い知らせてやれ

 

 さぁ、狩りの時間だ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シノノメテラス

 

 

星の見えるシノノメ傭兵団のテラス

 

アズマはタバコをくわえて、置いてある椅子に腰を下ろす。

目の前には森が広がっており、ゆるい風で揺れる木の葉の音が、まるで波の音に聞こえていた。

遠くでは数人の団員たちの騒ぐ声がも混じっている。

 

アズマは煙を吐き出し、夜空を見上げて、登っていく煙の行方を見つめていた。

 

「お疲れ様、となりいい?」

 

コーヒーのカップを二つ抱えて、同僚の七葉が立っていた。

 

絹のように滑らかに揺れる艶やかな髪は、形の良い顎のあたりで柔らかくカットされ、軽く内側に巻いている。

いつも笑っている様に見える半月の瞳には、

机に置かれたローソクの炎のオレンジを写りこみ、

冬空のシリウスのような光を放っていた。

 

アズマは、一瞬見とれてしまった事を打ち消しながら少し冷めた感じで応えた。

 

「そのつもりで、コーヒー持ってるんだろ?」

 

「えへへ、はい、どーぞ」

 

アズマは、サンキューと礼を言ってコーヒーを受け取る。

 

「アズマの方は、今日どうだったの?」

 

「別にいつも通りだ、そっちは?」

 

「こっちもいつも通り、ノープロブレムだったよ」

 

七葉は、アズマを覗き込むようにして微笑む。

 

「まぁそうだろうな、そっちには「剣英」がいるんだから」

 

「もう、またそんなこと言って。

 ミツイ君、嫌がってるんだから、そう呼ぶのやめた方がいいよ」

 

七葉は、薄桃色の頬をぷくっと膨らまして、怒っていることを、アピールしている

 

「別に、悪いことじゃないんだからいいだろ、

 それに、これからも言われ続けるんだ、あいつも早めに慣れた方が楽になるよ」

 

「う~ん、そうかもしれないけど・・私たちは、やめてあげようよ?」

 

「ああ、わかってる、マジになるなよ

 それより、七葉、大人数の隊になったから、大変だろ、大丈夫か?」

 

「あぁ、うん・・なんとか、頑張ってる。

 隊の人たち優しいから、色々話しかけてくれるよ。

 だけど、やっぱりアズマたちに話すようには、まだ…かな……ハハ…」

 

傭兵とは思えない、小さな肩をすぼめて、七葉は、笑っているが、

夜の闇のせいか少しだけ悲しそうに映った。

 

「そうか、無理……するなよ?」

 

「うん大丈夫、頑張る」

 

見慣れたはずの七葉の笑顔に、なぜか胸がチクっと痛んで、

思わず目を背けたくなり、コーヒーに口をつける。

 

「……にが…」

 

「あ、ごめん、アズマもやっぱりコーヒー牛乳がよかった?」

 

「いや、俺は・・もう大人だから」

 

「でも今、苦いって言ってたよ」

 

「言ってないよ」

 

「え~言ってたよ~、うふふっ、あ~強がってんだ」

 

「違うし、二……ニラって言ったんだよ」

 

「クスッ嘘ばっか。ニラって何よ。

 も~、はい、飲みかけだけど私のあげる」

 

「なっ!?いらないよ」

 

「いいよ、遠慮しなくて」

 

「いっ……いらないっての!」

 

コーヒー牛乳の押し付け合いをしていると、二人の男女が声をかけて来た。

 

「何やってんの、あんたたち?」

 

ミツイと葵だ。

 

ミツイは「剣英」と呼ばれ、今シノノメ傭兵団で最も注目を集める若手剣士であり、

格上の少佐クラスでさえ、敵わないのではと噂される腕前。

アズマとは、養成所の同期。

また、ミツイ隊の隊長である彼は、

女受けしそうな美少年の面影を残す甘いルックスを持ち、

裏表のない明るい性格は、少し子供っぽさも窺えるが、

一部のひねくれ者を除いては、誰からも好感を持たれている。

ミツイ隊は、女兵士の間で、今最も入りたい隊で、

常に上位となっている。

 

葵は、ミツイ隊の副長で、「双剣の戦姫」と呼ばれている。

その実力もさることながら、冷たさを宿すほどの切れ長の瞳に見つめられるなら、

永遠に凍りついても構わないと言う兵士も少なくないほどの、美しい女剣士である。

しかし、その冷淡な雰囲気のため、誤解されることもしばしば。

 

四人は、傭兵養成所の同級生だった。

 

ミツイは七葉に声をかける。

 

「七葉、ここにいたんだな、探しに部屋まで行っちゃったよ」

 

「ミツイ君、ごめんね」

 

「ほらねミツイ、七葉はやっぱりアズマと一緒にいたでしょ?私の勝ちだね?」

 

「ああ、そうだな」

 

葵が、胸をそらしながら、えっへんと自慢げに笑った。

 

「ミツイ君、私を探してたって、どうしたの?」

 

「ああ、隊員の奴らがさぁ、七葉と一緒に飲みたいっていうから」

 

「あっ……そうなんだ…でも……あたし…」

 

七葉は、困った顔で、ミツイとアズマを見回している。

アズマは

 

「行ってやれよ、隊のやつら待ってるんだろ」

 

「…あ、うん…でも……あんまり」

七葉は、眉をハの字に曲げ、泣き出しそうな雰囲気をかもしだす。

その姿を見かねて、葵が切り出す。

 

「七葉、行きたくないんでしょ?いいんじゃない、行かなくても、あいつらも酔っ払ってるんだし。

 じゃあ、あたしたちも座っていい?」

 

「あ、うん!もちろん!」

 

苦手な隊員たちとの飲み会に行かなくていいと言われた途端、

元気を取り戻した七葉は、いそいそと二人の席を用意する。

 

葵は、二人の飲み物を見ながら、

 

「あ、二人はコーヒー?お酒じゃないんだ、私も飲み物買ってこよっか?。

 ミツイは、ビール?」

 

「俺ももう酒はいいや。コーラで」

 

「わかったわ」

 

「あ、待って、葵ちゃん、私も行くよ!」

 

七葉は葵を追いかけて行った。

 

「アズマ、タバコ一本くれない?」

 

「またかよ、ほら」

 

「あんがと」

 

アズマは、ミツイのタバコに火をつけてやりながら、話しかけた。

 

「で・・どうなんだよ、百人隊長さん?」

 

「どうって?別に今までとおんなじだけど?」

 

ミツイは「何が?」って顔で、煙を吐きながら見つめている。

 

「おんなじって・・今までの十倍の人数を指揮ってんのに、

 

 同じってことはないだろ?」

 

「おんなじだよ、だって俺が指示出してるわけじゃないもん、

 

 ほとんど葵がやってくれるんだから」

 

「あっそ・・ってか、いいのか?それで」

 

カツラは呆れ顔でタバコを消した。

 

「それよりアズマ、クメに聞いたけど、今日、Bクラスの罪人やったんだって?

 すごいじゃん」

 

「あぁ、別に大したことじゃないよ、たまたま他の団に

 使者として来てたやつらに、一人Bクラスがいただけだから」

 

「ふ~ん、でも強かったでしょ?」

 

「まぁ、それなりに。でもなんとか、腕をやられただけで済んだよ、

 ただ、相手はもう50歳超えてたんだぜ?俺も、このくらいで怪我するとは正直情けない。

 こんなんじゃ、いつまでたってもお前に追いつけないよ」

 

「だね」

 

「ったく、否定しろよ」

 

「へへっ」

 

「・・・そういえば、七葉、うまく溶け込めてないんじゃないか?」

 

「ん?ああ、大丈夫だよ、俺も葵もいるしさ」

 

「ま、そうだろうけど・・」

 

「それより、アズマはいつ百人隊長になれるんだよ?

 もうポイントは足りてんじゃないの?」

 

「ああ、でも今日でやっと条件に届いたんだ、そのBクラスのおかげで」

 

「じゃあ、もうすぐだね」

 

「まだだよ、上の審査がどうなるか、わかんないんだから」

 

「そんなのスグ決まるよ」

 

「バーカ、お前と一緒にするなよ。

 お前みたいに、ポイント達成と同時に格上げされた奴は、ほとんどいないんだ。

 おそらく2、3ヶ月はかかるって、もう大神さんに言われちゃったよ」

 

「そうなんだ、残念」

 

「なんでお前が残念なんだよ?」

 

「だって、祝いの時に大神さんがくれたシャンパン、すごく美味くってさぁ。

 モエなんとか?っつーやつで。

 次はアズマの時に、って話だったから」

 

「はぁ、そこかよ・・」

 

「へへへっ、ジョーダン、早くアズマと一緒のステージでやりたいからだよ」

 

「・・嘘つけ」

 

ミツイは、机にあったカツラのタバコを、もう一本取ろうとしたが、アズマは先に取り上げ、ポケットにしまう。

そこに、飲み物とハンバーガーを持った二人が戻って来た。

 

「お待たせ、はいミツイは、コーラね。

 で、アズマはコーヒー、ブラックで」

 

「え!?なんで!?」

 

後ろからハンバーガーを広げながら、七葉が謝る。

 

「カツラ、ごめんね、葵ちゃんに、アズマはコーヒー牛乳だよって言ったんだけど・・」

 

「…ああ…べつに……いい」

 

「ジョーダン、はいコーラ」

 

「んだよ、もう…」

 

「あ~、アズマ嬉しそう、やっぱりさっきのコーヒー、苦かったんだ~」

 

「ホント、嬉しそう、七葉の言う通りだったみたいね、クスッ」

 

「え?何?アズマ、コーヒー飲めないのにカッコつけて飲んでたの?」

 

「そうなんだよ、ミツイ君。

 うふふっアズマ、かわいいんだよ」

 

「もうお前ら、うるさいよっ、どっか行けっ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

団長

「マキオー時間だぞ、起きろー」

 

誰かが自分を叩いている。

マキオは、鉛のように重たい瞼を持ち上げると、

そこにはカイトの姿があった。

 

「おっはーマキオ、約束してたことをしにいくぞ」

 

頭が、ボーッとしている。

 

「……え?」

 

カイトが何を言っているかも、ドコに行くのかもわからない。

 

「えっ?じゃいないし。

 昨日、朝9時に迎えに来るって言っただろ?」

 

「…いや、ちょっと…覚えてないけど…」

 

「いいから、早く用意しろよ、ラウンジで待ってるから」

 

カイトはそう言い残して、部屋を出て行った。

 

なんかよくわからないが、約束していたなら、早く行かないと。

マキオは、知らない部屋に散らばっている自分の服を着ながら、

昨日の事を思い出す。

 

夜、カイトの悪気のない強引さに誘われるまま飲み会に参加させられ、酒を飲んだ。

友達がいなかったため、飲み会など出たこともなく、

酒を飲んだ事も殆どない。

 

しかし、皆にすすめられるまま飲んでいたら、自分が陽気になっていくのがわかった。

知らない人達とも、話をしていた気がする。

シラフじゃ考えられないことだ。

 

ただ、そこから先の記憶はモヤがかかった様に曖昧だ。

何を約束したのだろう?

おそらく、これが二日酔いだろう。

頭の痛みをこらえながら、慌てて身なりを整え、ラウンジに行く。

 

カイトは、数人の男女と楽しそうに談話をしていた。

 

「おっ来たか」

 

カイトは、マキオに気づくと一緒にいた三人の男女もマキオの方を振りかえる。

 

「マキオ、おはよう」

「昨日は楽しかったな」

「団長の前では、ハメはずすなよ?」

 

笑顔で話しかける三人が誰だかわからないが、

おそらく昨晩一緒に飲んだのだろう。

…団長って?

マキオは、曖昧に笑いながら返事を返しておいた。

 

カイトは立ち上がり、ついてくるように手で合図する。

うながされるまま、後をついていく。

 

「いいか、団長は冷たく感じるかもしれないけど、

 別にビビんなくていいからな

 何か聞かれても、正直に答えれば問題ないから」

 

「えっと、今から団長に会うって事?」

 

「ああ、入団するには、団長の許可をもらうっていうのが

 一応決まりになってるからな」

 

「え?」

 

入団?何それ?

マキオがそう思った時には、カイトはある一室のドアに手をかけようとしていた。

 

「っちょ…」

 

マキオは、カイトを止めようとすると同時に、そのドアが内側から開いた。

 

「わっ」

 

カイトが驚くと、部屋から男がでてきた。

男は、上から下まで真っ黒い服装をしており、黒く長い髪で顔も見えず、

影だけが現れたように思えた。

その影の中に、薄く光る目が、カイトとマキオに向けられている。

 

「おお、びっくりした、ネロかよ…

 団長に呼ばれてたのか?」

 

「…ああ」

 

ネロは、一言だけ応えると、そのまま音も立てずに去っていった。

マキオはネロとすれ違う瞬間、背筋に寒気が走った。

 

「さぁ入れよ、マキオ」

 

立ちすくむマキオの手をカイトがつかみ、部屋に引き入れた。

 

部屋は、執務室のようになっており、大きな机と椅子の前に、

低いテーブルが置かれ、それをはさんで、ソファが置かれている。

テーブルの上には、地図やノートが広げられ、

開けられた大きな窓からは、柔らか光が注がれ静かにカーテンが揺れていた。

 

中には、女が二人と男が一人いた。

何か張り詰めたような緊張感を感じる。

 

「カイト、ノックをせんか」

 

ソファに座っていた、ゆるくウェーブのかかった長く赤い色の髪を後ろで無造作に結った女が、カイルを睨みつける。

 

「すんませーん、あれっ今、まずい感じ?」

 

カイトの軽い言葉で、緊張感は一気にほどかれた。

 

「それは、ドアを開ける前に聞けよ」

 

ため息をつきながら、赤髪の女は近づき、腕組みをして胸を反らしながら、女より少し小柄なカイトを見下ろす。

170センチ以上はありそうな長身に加え、引き締まった身体だが、出る所は出ている。

つり上がった眉と、厚い唇は、強さと色気を兼ね備えている

この人が団長か?

カイトは団長は冷たそうと言っていたが、怖そうの間違いじゃないか。

 

「はいはい、悪かったよ、ニーナ。でも、ネロがドアを開けたまま出てったから、

 そのまま入ったんだぜ?怒らない、怒らない」

 

肩をたたくカイトの腕を振り払いながら、

 

「昨日も言ったが、やっぱりカイトを幹部にしてるのは、失敗だよ片桐。

 あんたの頭も、万能じゃなさそうだな」

 

ニーナは、カイルが胸につけていた、ピンバッジのようなものを取り上げ、ソファのふちに腰をかけている、男に向かって投げた。

男はよく見もせずに、それを右手で掴み取ると、笑みを浮かべて胸ポケットにしまった。

この男が片桐だろう。

 

「やっぱりそうですかねぇ、私も珍しく賭けに出てみたんですが。

 それはそうと・・えーとカイトさん、その方ですか?」

 

優しく微笑んでいる片桐は長身で、メガネをかけている。

一見、学者のような知性を感じさせる雰囲気を持っていた。

だが、今の機敏な身のこなしから、格闘技でもやっていてもおかしくはない感じだ。

団長は、この人か。

 

「そうだ、こいつがマキオ、

 ッつーか、バッジ返せよ、一応誇りに思ってんだから」

 

カイトは片桐に走りより、胸ポケットをさぐっている。

片桐はそのままの姿勢で、

 

「副団長の片桐と言います、よろしくお願いしますね、マキオさん」

 

「…よ…ろしく…お願いします…っていうか…」

 

入団の断りをしようとするマキオの言葉を遮り、カイトが取り返したピンバッジをつけながら、話し出す。

 

「マキオは、昨日俺が気づいてない時に、敵がくるのを教えてくれたんだ。

 耳がいいのか、勘が鋭いのか、わかんないけど、すごい能力だと思うぜ」

 

「ほう、それは有り難いですね、それに、優しそうな方だ。

 いかがですか?団長、私は、彼の入団に異論はありませんが?」

 

片桐は、机にうつむきながら、腰を掛けていた若い女に話しかけた。

 

この人が団長…?

 

彼女が顔を上げる。

マキオはその少女の存在を見とめた瞬間に、世界が変わっていく事を悟った。

 

透き通るように白く艶やかな肌は、月夜に開いたばかりの白百合の花びらのような存在感と儚さを醸し出している。

ボブカットの黒髪は、開かれた窓からの光をキラキラと吸い込み、揺れながら輝く。

その光は、彼女の髪で生まれ変わり、自らの意思を得たかのように、輝きを増していた。

小さな顔の、冷ややかに薄められた瞳は、マイナスの熱を宿す火をともしているように冷静で、

誰も知らない、もう一つの違う世界への入り口に繋がっているかの様な錯覚を覚えさせた。

散り際にさらに美しくなる、桜の色を映した唇は引き結ばれ、彼女に最も似合うであろう笑みの影も見せていない。

 

彼女に見つめられたマキオは、言葉が口から出てこない。

声を失ったようだ。

 

彼女が、声を出すために息を吸い込んだその刹那、時間が止まる音を聞いた。

 

「…戦える?」

 

そのシルクの滑らかさを持った声は、今まで聞いたどの音よりも確かで柔らかな形を持っており、心地よく全身を包んだ。

その声は、耳に聞こえずに、心に直接響いた。

 

彼女の言葉を心で受け止めて、理解するまで数秒の時間を要したマキオだったが、

言葉がすぐに浮かんでこないため、首を横にふることで、入団拒否の意思を伝えた。

 

「そう」

 

彼女は、そう呟くと何故か片桐に向かって、

 

「カイトの隊へ」

 

とだけ告げた。

 

あれっ?伝わってない。

そう思って喋ろうとするが、声は出ないままだ。

 

「マキオ、よろしく」

 

彼女がそう言い背を向けると、カイトが、

 

「ロデオソウルズへようこそ」

 

と、肩を組んできた。

ニーナと片桐も、マキオに笑顔を向けてくれた。

その瞬間、マキオの胸に光が差した。

 

「んじゃマキオ、さっそく団員に挨拶行こうぜ」

 

と、カイトはまた腕を取って、部屋から引っ張り出す。

マキオは、部屋から出る間際に言葉が出た。

一番言いたかった言葉が。

 

「な……なまえは……!?」

 

少女は、1ナノだけ微笑んで答えた。

 

「八雲」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

告白

 

 

 

「おはよー、遅くなってごめんね」

 

物資調達の為、

団「ロデオソウルズ」の基地であるビル前で待っているマキオの肩を、

マドカが軽く叩く。

マキオが、ロデオソウルズに入って(無理やり?)一ヶ月が経とうとしている。

 

「おはようマドカ、まだ大丈夫だよ、カイトも来てないから」

 

マキオは笑顔で返す。

 

「あれ?そうなんだ、ラッキー。

 イノセは隊長と一緒に来るって言ってなかった?」

 

イノセは、調達に使うバッグなどを丁寧にたたんでいる。

 

「ああ、一緒だったよ、でも途中で団長室に呼ばれていったんだ、俺らは先に行って待ってろてさ」

 

タツヤは、石を拾っては遠くに投げている。

 

「どうせ、また勝手に隊を抜けて自由行動かなんかして、ニーナとかにバレたんだろ」

 

イノセは、時計を見る。

 

「ん〜、にしては長いな、もう呼び出されて30分は過ぎてるし」

 

空は、雲ひとつない快晴だった。

少し肌寒い朝の爽やかな風が、人のいない街を吹き抜けている。

 

マキオは、物資調達への参加は今回で、5回目だった。

戦闘の苦手なマキオは、ポーター(荷物係)を任されている。

物資のある場所や、敵との遭遇時の対処法などを、経験で覚えていくためだ。

 

基本は、団の縄張り内での行動が多い為、危険は少ないが、

それでも、戦闘になる事はある。

そのため、マキオも最低限、自分の身を守る術は身につけなければならなかった。

 

いつも、4〜6人で参加し、2、3組に分かれて行動する。

いつも同じメンバーではなく、数人が入れ替わりながら、参加している。

今日は、カイト隊長、イノセ、マドカ、タツヤ、マキオの5人だ。

マキオはまだ慣れない為、カイトと行動する事が多かった。

 

今日の流れをマドカに確認する。

 

「今日も、カイトについてけばいいのかな?」

 

ユウは、靴紐を結び直しながら答える。

 

「たぶんね、カイト隊長とペアだと思うよ、来たら聞いてみて」

 

「うん」

 

しばらくすると、ビルから誰か出てきた。

それは、カイトではなく、三番隊隊長のバニラだった。

マドカが挨拶をする。

 

「おはようございます、バニラ隊長、お仕事ですか?」

 

バニラは、軽くうなずく。

 

「カイトが急用で来られないから、あたしが代役を頼まれたの」

 

マドカはあまり、面識のないバニラが苦手なのか、少し戸惑っている。

 

「そうなんですか、えっと…イノセ」

 

振られたイノセも、少しどもったが、年長なだけあって、無難にこなす。

バニラは、無口で無表情な為、苦手とされてる事が多いと、マキオは最近知った。

 

「ああ、おはようございますバニラ隊長、では宜しくお願いします、準備はできてますが、

 シフトはどうしますか?」

 

「ああ…詳しい事は聞いてないから、いつも通りのシフトでいいかな?」

 

「わかりました、では…」

 

イノセは、地図を広げて調達箇所をマークしていく。

 

「私と、マドカ、タツヤは三人でこの地区を回ります。

 隊長は、新入りのマキオとこの地区をお願いします。

 そして3時間後に、ここにある廃ビルに集合予定でよろしいですか?」

 

「わかった」

 

三人は、それぞれ荷物を持って立ち去って行った。

 

「じゃあマキオ、行こうか」

 

「あぁ…はい」

 

バニラの後をついていくマキオは、戸惑っていた。

 

団にきた初日に話をしてからというもの、

たまに、すれ違って挨拶をするだけで、

ドキドキしてしまう自分がいた。

 

そのバニラと、二人で行動できるなんて、

想像していなかった。

 

バニラからは、少し甘い匂いが漂ってくる。

バニラの金色のキノコ頭が、朝の光でキラキラと光っている。

手には、団のマークが入ったバックを持っている。

 

「あの、バニラ!」

 

バニラは振り向く。

 

「荷物、俺が持つよ」

 

バニラはキョトンとしている。

 

「大丈夫、何も入ってないから」

 

「でも、あの、実は俺まだ戦ったりできなくて、

 その、いつもカイトに頼ってるから、

 だから、荷物は全部持つから!」

 

バニラは、少しマキオを見つめて、バッグをさしだした。

マキオは、受け取る時に、少しだけ指先が触れた。

 

「あ…ごっ…ごめん」

 

バニラは少し首を傾けてから、進み始めた。

 

マキオは、後ろを歩きながら、触れた指先の感触を思い浮かべたが、

すぐに頭を振って打ち消した。

気持ち悪いって思われたくない。

 

「マキオ」

 

「はい!」

 

急に呼びかけられ驚いてしまった。

 

「この団にきて、一ヶ月くらいだよね?」

 

「あ…うん」

 

「少しは慣れた?」

 

「…そうだね、みんな色々気遣ってくれて、助けてもらってるよ」

 

「そう…良かった」

 

「……」

 

話は終わってしまった。

マキオはもっと話したくて、必死で話題を考えた。

 

「…あの…バニラ」

 

「?」

 

バニラは何も言わず、顔を少しマキオに向ける。

 

「バニラは、この団にきてどのくらい経つの?」

 

「あたしは最初からいる」

 

「最初って、団を立ち上げた時から?」

 

バニラは頷く。

 

「じゃあ、もう2年くらいになるんだ」

 

もう一度頷く。

 

「団って、他にもいっぱいあるって聞いたんだけど、

 どうして、ロデオソウルズに入ったの?」

 

「他の団にいた時に、片桐に誘われたから」

 

「そうなんだ、副団長に…」

 

マキオの顔は少し曇った。

副団長は、男から見てもカッコイイもんなぁ。

背が高くて知的で余裕があって、他の女の子達からも人気あるし。

バニラも、副団長が好きなのかなぁ…

 

マキオは、そんな事を考えながらしばらく黙っていた。

 

街は少しずつ田舎になっていた。

歩道にある手入れされなくなった街路樹から、木漏れ日が落ちている。

 

マキオは、バニラの後ろ姿を見つめていた。

バニラの後ろ姿は、とても華奢で、団の隊長だなんてとても思えない。

並木道を歩いて、登校してる女子高生のようだった。

きっとカバンの中には小説が入っていて、読む時だけ赤いふちのメガネをかけて……

 

バニラがふいに声をかけた。

 

「マキオ、好きでしょ」

 

「!!?」

 

マキオは予想外の質問で、持っていたバッグを落としてしまった。

なんて答えたらいいかわからず、頭の中が勝手に回転しだした。

 

あれ?どうしてバレたんだろう、何も言ってないはずだぞ。

もしかして、副団長の話をしてから黙っちゃったから、

嫉妬してるって思われて、バレちゃったのかなぁ…

バニラ、隊長だからそういう感の鋭さもあるのかも…

 

バニラは、動きを止めてしまったマキオを見て、

不思議そうに見つめていたが、急に近づいてきた。

 

うわぁどうしよう、

キ…ス…?

いや!それはない!

俺の人生で、そんな事は起き得ない!

…と、すると、

何も言ってないのに、断られるってことなのかなぁ…

それとも、気持ち悪いって殴られるのかなぁ…

これはあり得る!

あぁ、せめて、グーじゃありませんように…

………

チョキもやめてください…

 

思わずマキオは目をつぶってしまった。

バニラが、目の前で止まる。

 

「はい」

 

「…?」

 

ゆっくり目を開けると、バニラはマキオが落としたバッグを拾って渡そうとしている。

ハッと我にかえり、あわててバッグを受け取る。

 

うぅ…俺、かっこ悪すぎだ。

女の子に「好き?」って聞かれて、何も言えないなんて、情けない。

ここは、はっきり言うべきだな。

少しは男らしさを見せないと…

今こそ、その時か…

 

マキオは、心を決め少し息を吸い込むと、

 

「…ス…キ…です」

 

と、生まれて初めて告白をした。

 

バニラの口元はスカーフで隠れて見えないが、

目は、少しだけ微笑んだように見えた。

 

「だよね」

 

だよね!?やっぱりバレてたんだ…

でも、どの時点で?

もしかして、初めて会った時カワイイって思ったのが顔に出てたとか?

うわァ、だったら絶対気持ち悪がられてるよ…

それとも、もしかしてエスパーだったり?

バニラって名前は、エスパー……っていうか、魔女っぽいかも…

 

いやっ、そんな事より返事だよ!

返事はどうなんですか、バニラさん!?

バニラは、ゆっくりと歩き出しながら、

 

「何度も見てたんだ、気づかなかったと思うけど」

 

見てた?俺を?

 

しかも何度も!?

 

コ…コレは…チャンスアップのセリフだぞ!?

あるのか?

あり得るのか?

僥倖がっ!!

 

「あたしは、苦手なんだ」

 

Gaaaan!!

ショック!!

しかも、持ち上げて落とすという、強烈なパターンのヤツ!

 

そんな事しなくてもいいじゃないっすかぁ…

耐えろ!俺!

泣くなよ、涙は流石に情けないぞ…

 

「なんか、疲れちゃうし、好きになれなくて」

 

追い討ち!!もういいっす…バニラさん!

 

バニラさん、アナタはなぜ唐突に俺に告白をさせて、振るんだ…

しかも、今は……

 

今はまだ午前中……

 

調達は午後もするんですよ、バニラさん!

せめて…せめて、午後ではダメでしたか…

 

でも、何か言わないと…

 

「そっか…残念だな…」

 

「残念…?…どうして?」

 

バニラは首をかしげている。

 

「え?…どうしてって……そりゃ残念でしょ…おかしい?」

 

「だって、私じゃなくても他の人もいるし」

 

「………」

 

バニラ、俺を軽い男と思ってるのかなぁ…

それとも、バニラの事そんなに知らないくせに好きとか言ってるから、

軽く思われたのかなぁ…

そんな器用じゃないから、経験がないんですよ…

 

「バニラ……他の人って……そんな簡単にはいかないよ……

 って言っても、簡単に好きになっちゃってたけど…」

 

バニラはキョトンとしている。

 

「でも、マキオ、他の人達とも楽しそうにしてたから」

 

「それは…違うって言うか…

 そりゃ楽しいよ、他の人といる時だって…

 でも、それとは別物だよ、やっぱり…

 全然違う……

 だからって……

 そんな一人の事をいつも考えてたって…

 束縛っていうのかなぁ…よくわかんないけど…

 いつも考えてるって事が思いの深さってわけじゃないと思うし…

 経験のない俺が言っても、説得力無いだろうけど…」

 

「ごめん、マキオ、何の話してるの?」

 

「いや、うまく言えない俺が悪いんだけど…

 あの……こっちこそ、ごめんね…忘れてよ、この話は…

 今まで通りで、いてくれるなら…

 ……それだけで…いいから…」

 

マキオは、耐えきれず言葉と共に、一粒だけこぼしてしまった。

慌てて、うつむく。

 

「あたし、いいよ」

 

「え?」

 

驚いて、顔をあげる。

 

「マキオが、そんなに言うなら、別にいいよ。

 やっても」

 

や……やっても?

 

「…………」

 

やってもーー!?

 

「マキオとは、なんだか普通に話できてるから

 そんなに、嫌じゃない」

 

えーーー!!

 

マジで!?

いいの!?

 

バニラは、少し目をふせて話している。

 

「…いつする?」

 

いつ!?

そんな、いつって言えばいいの?

今っとか!後でっ!とか!?

ちょ…調達中はヤバいか…

で…でも気が変わるかもしれないし…

 

調達中はやっちゃダメなんて、そんなルール聞いてないし…

ってか、処理が追いついてませんからー!

どうする?

どうする?

 

 

「今夜…する?」

 

「……い……いいの?」

 

「いいよ」

 

「……じゃあ……お願いします」

 

バニラは、少し恥ずかしそうに、うなずく。

 

そしてバニラは、歩き出した。

マキオは、後ろをついていくが、足が地についてる気がしない。

どうやら、浮いているようだ。

ドラえもんって、こんな感じなのか…と思った。

いや、そんな事はクソほど、どうでもいい。

 

今夜?マジで?

 

いいや、一度冷静になろう。

宝くじが当たったら、人生が悪い方向に狂うっていうのを本で読んだぞ?

そうならないように、ちょっと整理してみよう。

 

俺が告白して、

そして、好きになれないって断られた。

で、残念がってたら、どうしてって聞かれて、

俺なりの考えを伝えたら、

やってもいいよ…ってなった。

 

「………」

 

意味わからん。

 

しかし………

やるだけって事?

 

ええっと、嬉しいけど、そんなのっていいのかな…

付き合ってからじゃないのかな…

バニラは、そんな感じで、いつもしてるのかな…

バニラ…ダメだよ…付き合ってもないなら、やっぱダメだよ…

バニラには、自分をもっと大切にして欲しい…

 

ダメだ!

もう一度、付き合ってくれるか聞こう。

それでダメなら…諦めよう。

この話は、無しだ!

 

「バニラ!」

 

バニラは、マキオの大きな呼びかけに、ビックリして振り返る。

 

「バニラ…付き合ってくれるの?」

 

「…うん」

 

っっっしゃーーーー!!

 

マキオは、快晴の空の下で、会心のガッツポーズを決めた。

それを見てバニラは、完全に微笑んでくれた。

 

「クスッそんなに、嬉しい?」

 

「決まってるじゃん!嬉しいよ!」

 

「…あのね、私考えたんだけど二人じゃアレだから、誰か呼ぼうと思うけど、イイ?」

 

「へ?」

 

誰か呼ぶ?

 

また、変な事を言い出したー!!

なんなの、この娘!

変わってるよー!

もしかしたら、手に負えないかもー!

俺、経験ないんだって!

言うべきか?

今、言っておいた方がいいのか!?

 

「あたし、2年もいるけど、ちゃんと話せる人少なくて。

 でも、料理長のエリーと、医療班のコノハは大丈夫だから、

 声かけてみようと思うんだけど…」

 

やったぁー!

二人ともカワイイー!

どうする!?

これは、奇跡としか言えない!

これを逃すと、来世でも後悔するぞ!

いい!!

もういい!

やっちまえっ!

やらずに後悔するのなら、やって後悔いたしましょう!

 

「…うん…いいよ!」

 

「ありがとう、二人とも良い娘だから、マキオもきっと気に入ると思う。

 ただ、コノハはお酒弱いから、無理にすすめちゃダメだよ」

 

「うん…わかった……お酒?……飲むの?」

 

「うん、私とエリーは普通に飲めるから。

 私、よく一人で部屋飲みしてるんだ。

 大勢で飲むのは苦手なんだけどね。

 だけど、それは良くないって、二人にも言われてたし、

 良い機会だと思う。

 本当は、私からお願いするべきだね。

 マキオ、付き合ってくれる?」

 

「お酒?……うん………いいけど……バニラ……今って…何の話だっけ?」

 

「飲み会の話でしょ?」

 

少し冷たい風が、二人の髪を揺らし、

木漏れ日が、二人を優しく包んでいた。

 

そして、鳥のフンが、マキオに落ちた。

別に何も感じなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

団長室

ロデオソウルズ

団長 八雲

副団長 片桐


団長室。

 

団長の八雲は、大きな机に地図を広げ、ノートに何か書き込んでいる。

 

「コンコン」

 

「はい」

 

扉を開けて、副団長の片桐が入ってくる。

 

「団長、エリーがケーキを焼いてくれたので、頂いてきましたよ、

 少し、お茶にしませんか?」

 

片桐は、お茶の入ったポットとケーキの乗った皿をトレーに乗せ、テーブルに置く。

 

「ありがとう、頂くよ。

 へぇ、すごいなぁ、お店に売っているものみたいだ」

 

皿には数種類のカラフルなケーキが乗っている。

片桐は、カップを用意してコーヒーを入れる。

 

「エリーは調理の専門学校で習ったらしいですよ、

 団長も、剣技ばかりではなく、少し料理を覚えた方がいいのでは?」

 

「知らないだろけど、私も簡単なものなら作れるから。

 こんな綺麗にはできないけど」

 

八雲は、少しだけ口をゆがませて、片桐に抗議の目を向ける。

 

「おや、これは失礼しました

 てっきり、ただのおてんばな、お嬢様だと信じきっていました」

 

「なんだよ失礼だなぁ…料理のことなら、私よりもカップ麺さえ失敗するニーナに言うべきだよ」

 

「はははっ、

 そんな事、怪我をしてまで言う気はありませんよ」

 

「だね」

 

二人は、笑い合いながら、コーヒーを口に運ぶ。

 

殺し合いが、当たり前のように行われるこの世界の中にありながらも、

午後の優しい日差しが似合う、静かな時間がそこにはあった。

 

片桐はカップを口から離すと、シフォンケーキを小さな口に運んでいる八雲にたずねる。

 

「…いかがですか?イグニスの方は?」

 

イグニスは、シュラの中央に位置する地域だ。

自然と都市が融合した地方で、火山地帯も多く、

温泉がある事も、イグニスの特徴の一つだ。

 

「ああ、概要がわかってきてる程度で、

 具体的な情報は、まだ入ってきてない」

 

八雲は、片桐を見ることもなく、次に食べるケーキを選びながら応えた。

 

「そうですか、あまり芳しくなないようですね、

 ただ、私は、そろそろ動きだすべきだ、と思っていますが?」

 

「…うん」

 

「こちらは十分時間を頂きましたから、用意できておりますよ、

 相変わらず、団長の目に狂いはなかったということでしょうね」

 

「ただの勘だよ」

 

「いやいや、勘は、思考と経験の産物ですから。

 やはり、たいしたものですよ」

 

「ふふっ、まぁいいよ、実は、私も今がいい時期じゃないかと思ってた。

 慎重にはいきたいけれど、それよりも、今はスピードを優先すべきだ」

 

「同感です」

 

「よし、では今夜、話し合いをしよう。

 幹部の収集を頼むよ」

 

「了解です

 あ、団長、そのミルフィーユ食べないんだったら、もらいますね?」

 

「あっ、ダメだよ、それは最後に残してたんだから」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アスタリスク

 

場所は、自然豊かな南国地帯、ヒューガ。

シュラ最大の都市アクロソルトからは、ホルトブロンをはさんで、南東に位置し、

シュラの六地域の中では、サーガの次に人口がすくない地域である。

 

そのヒューガでは、中堅規模の団である「アスタリスク」の団長ザラミは、

格下の団「ロデオソウル」と戦闘を繰り返していた。

 

しかし、規模で勝るはずのアスタリスクは押されている状態であった。

ザラミは友人であり、同盟関係でもある、賊集団「オルトロス」の総括ソドムを頼り、伝令を飛ばした。

 

そして、大都市アクロソルトに居を構える、オルトロスの使者クルスムスが、ザラミの元を訪れる。

 

 

「クルスムスさん、すみません、わざわざアクロソルトからヒューガまで来て頂き、

 ただ、私はてっきりソドム殿が来ていただけるものだと思っておりましたが・・」

 

 

山賊を彷彿とさせる風貌のザラミは、親子ほども歳のはなれた若いクルスムスに、丁寧に頭を下げる。

クルスムスは、見るからにプライドが高そうな、細い銀縁のメガネをかけた男だった。

こんな若造が、何か助けになるとは思えなかったが、古くからの友人ソドムの使いの為、

ぞんざいに扱うことはできない。

 

 

「ソドム総括は今、イグニス地方への進軍を指揮しているため、手が離せませんので、私が代わりに」

 

 

クルスムスは、質素なアスタリスクの本拠地で団長のザラミ、参謀のマコト、一番隊隊長の船戸に歓待を受けた。

 

 

「そうでしたか、しかし、こちらもかなり切迫した状況になっておりますもので…」

 

「なるほど、最近幹部になったばかりの若造では、何も出来ないんはないか、とご心配をされているんですね?」

 

「いや、そういうわけではございませんが、ロデオソウルズは、古い友人でもあるソドム殿からも

 警戒をしておくよう言われていたもので…

 万が一間違いがあっては、せっかくのクルスムス殿のご出世に支障となるのでは、と思いまして…」

 

「いいですよ、ザラミさん。こんな田舎にいる貴方に、

 シュラ最大の国アクロソルトの大団「オルトロス」の事はわからないでしょう、

 気を使っていただかなくて結構です」

 

「おいっ!」

 

いきなり、隊長の船戸がソファを立ち上がる。

 

「てめぇ!さっきから聞いてりゃ、なめた口聞いてくれるじゃねぇか!

 この「アスタリスク」は、団長が一から築き上げた団だ!

 でけぇ団にコネで入ったような坊ちゃんとは違うんだよ!

 ぽっと出の若造が、調子こいてんじゃねぇぞ!」

 

先ほどから、ずいぶんと尊大な態度のクルスムスに、船戸は我慢ならなかったようだ。

190センチの長駆に140キロを超える体重の船戸に凄まれると、常人であれば小便をもらしそうになるだろう。

その、熊のような男をザラミが慌てて押さえる。

 

「船戸!やめとけ、わざわざ遠くから助言に来てくれてるんだ、失礼な事を言うな!

 すみません、クルスムスさん、こいつちょっと気が立ってて」

 

団長になだめられ、船戸は渋々腰を下ろした。

 

「ザラミさん、ちゃんと部下を教育するのも団長の役目ですよ、

 まあ、いい、それよりも、ロデオソウルズのことを詳しく教えていただけますか?」

 

 

クルスムスは、船戸に一瞥くれた後、参謀であるマコトに顔を向ける。

参謀のマコトは、メガネをかけているが嫌味はなく、平均的な身体つきであり、

まだ少年ぽさの残る真面目な姿は、獣じみている団長や隊長とは正反対であった。

ザラミは、この若者の知性と冷静さに、強い信頼をおいている。

 

「では、ご説明します」

 

マコトは、用意していたホワイトボードの図を差しながら、説明をはじめた。

 

ロデオソウルズには、総勢1100名が所属

    団長 八雲 副団長(参謀) 片桐

    以下、八名の幹部がおります、

    戦闘系の幹部は4名

    一番隊 隊長 ニーナ

    二番隊 隊長 カイル

    三番隊 隊長 バニラ

    四番隊 隊長 鳴子 

 

主に、大規模戦闘では 三番隊がまでが、メインとなり四番隊がサポートとなっています。

また、おそらく本隊とは別に、団長直属の情報部があるということですが、

こちらは戦闘には、不参加の状態です

 

ただ、恥ずかしながら、このデータは、8ヶ月前のものとなります。

密偵をさせていた部隊が、連絡不能となっておりますので、おそらく何かトラブルが起きたのだと。

ですが、その後の戦闘参加での、主なメンバーチェンジは見受けられませんでしたので、

さほどの変更はないと予測しております。

 

ただ、気になる点があり、

この8ヶ月ほど前からですが、戦闘形態が変化しております。

おそらくサポートメンバーに変更があったのではないかと、推測をしている状態です」

 

マコトは、ホワイトボードから目を離すと、クルスムスの方を向いた。

 

「変化というのは、具体的にどういう事ですか?マコトさん」

 

「はい、ロデオソウルズは、戦闘ではスピードを重視した攻撃的な団です、

 速攻を用いる事が多く、攻撃的な反面、敵味方共に、死傷者が多いのが特徴でした。

 

 しかし、最近は、ロデオソウルズ側の死傷者が目に見えて減っています。

 堅守になったわけではないのですが、あえて後手を取り、安全に戦闘をするようになりました」

 

「それは、こちらにとっては、良い事ではありませんか」

 

クルスムスは、組んでいた腕をほどき、背中をソファに押し付け、気にすることはない、という事を態度で示した。

 

「そうでもありません、どういうわけか、戦闘は早く終わりますが、

 こちら側の死傷者だけは、変わらずに多いままなのです」

 

マコトの言葉に、クルスムスは眉をつり上げた。

 

「なんですかそれは!そんなの簡単な理由でしょ!こちらが弱くなっただけの事です。

 自分達の怠慢を相手の強さのせいにするとは情けない、これでは勝てるわけもありませんね。

 もうロデオソウルの方は結構、

 

 それよりも、こちら側アスタリスクの状況を確認しますが、

   総員2200名

   幹部12名 うち戦闘系幹部8名で、間違いないですか、マコトさん?」

 

「いえ、先週に吸収した団がありますので計2600名となっております」

 

 

「そうですか、結構なことです。

 ですが、数字だけで見れば、明らかに格下の相手ということですね。

 しかも、相手の団長は女、幹部の半分も女だ。

 これで手こずっているところを見ると、やはりこちらの怠慢と言えそうですね?」

 

クルスムスは、イヤミな目つきで、ザラミに目をやった。

するとまたしても、船戸が立ちあがった。

 

「コイツ、言わせておけば調子に乗りやがって!」

 

慌ててザラミが制したが、ザラミも流石に団員の事を言われ、気に障ったようだ。

 

「待て、船戸!

 クルスムスさん、お言葉ですが、当団員に落ち度は見受けられませよ。

 規律も守らせておりますし、ロデオソウルズ以外では目立つ敗戦はありません。

 現に成果として、他団への襲撃と合併で、当団は2年前の倍の団員数となっております。

 優秀な団員達だと胸を張って言えます。

   

 ただ、この度の相手、ロデオソウルズは、2年前にできた新規の団のため、情報が少ない。

 また、参謀の片桐は元 デスマスク幹部、一番隊のニーナは元 八重桜の団長。

 敵ながら、こんな小さな団ではなく、四天王の団にいる幹部と遜色はない。

 こういった点から考えても、現時点では、我々も善戦していると自負しております」

 

クルスムスは、何かつまらなそうに、口をへの字にまげ、

 

「ふん・・わかりました、ひとまず情報を吟味しますよ

 おお、そうだ忘れてましたが、ザラミさん、ソドム総括から委任状を頂いておりますので、お渡ししておきましょう」

 

胸から、封書を取り出し、ザラミに手渡す

 

「!!」

 

ザラミの驚く顔を見ると、クルスムスは満足そうに喋り出した。

 

「そこにあるように、今からこのアスタリスクは、オルトロスと同盟ではなく、オルトロス直属の団とします。

 指揮系統は全て私を通すように。

 ザラミさん、私がいる間、貴方には隊長として動いて頂きますので、よろしくお願いしますね」

 

ザラミは手紙を見つめたまま、ワナワナと震えている。

 

「…そんな!めちゃくちゃな!…この団は…私が一から積み上げてきたんだぞ…」

 

クルスムスは、知らんよと言うように足を組み、太ももについていたホコリを払った。

 

「もし文句があるなら、我々の敵とみなし、裏切りの徒として、あなた方を討つ事となりますが、

 アスタリスクの5倍以上の戦力を誇る、オルトロスと戦うのは、おすすめしませんよ?」

 

「ソドム殿……友人だと思っていたのに…」

 

「まぁ、ロデオソウルズに対抗する為の一時的なものかもしれませんので、そう気を落とさずに。

 では、マコトさん、私の部屋へ案内していただけますか?

 ああザラミさん、あと今週中に、私の隊も1000名ほど入りますので、受け入れの準備をお願いしますよ?

 さぁ、マコトさん、行きましょうか」

 

マコトは、虚ろな目をしているザラミをしばし見つめて、うつむきながら、部屋をあとにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半年後

 

ロデオソウルズのラウンジで、カイト隊の男女が五人集まって喋っている。

ユウが、コーラフロートを飲みながら聞いてくる。

 

「マキオも、このロデオソウルズに入ってかなり経ったんじゃない?」

 

「うん、もう半年過ぎたよ」

 

タツヤは、ビールを片手にニヤつく。

 

「半年?マキオ、半年もシュラにいて今日のアレはないんじゃないか?」

 

「あーっ!タツヤ、もういいって!」

 

フライドポテトを咥えたタイジが、身を乗り出す。

 

「何だよ?何があったんだ?」

 

「今日さぁ、物資調達の時に…」

 

「タツヤっ、言うなって!」

 

コータローは、両手にハンバーガーを持ちながら話に入ってきた。

巨漢のコータローが動く度に、ソファがきしんでいる。

 

「いいじゃん、なになに?」

 

「大丈夫だって、マキオ。

 たいした話じゃないだろ、な?」

 

タツヤは、マキオにウインクしてきた。

 

「…もう」

 

「へへ、今日さぁ六人で物資調達に行ってきたんだけど、

 俺とマキオのペアで3ヶ所回ってた時にな、

 

…………

 

ビル内の一室。

タツヤは見張りをしながら、タバコを吸っている。

マキオは、物資をカバンに詰めている。

 

「マキオ、ちょっとションベンしてくるから」

 

「え!?ちょっと待ってよ、敵が来たらどうすんだよ?」

 

「近くにいるから、大声出せばわかるよ、すぐ戻るから」

 

タツヤは、部屋を出て行く。

 

しばらくすると、マキオはふいに気配を感じる。

 

「…タツヤか?」

 

「……」

 

「…ふざけるなって」

 

「……」

 

マキオは腰の警棒を取り出し、構えた。

 

突然、部屋に男が入って来た。

その手には、武器がにぎられている。

 

「うおーっ!」

 

男は振りかぶって、マキオに向かってくる。

マキオは、動揺して警棒を男に投げる。

だが、警棒は外れ、男がマキオめがけて武器を振りあげる。

マキオは、飛び退いてかわそうとするが、足がカバンに引っかかり転んでしまう。

が、そのおかげで、男の武器は空を切る。

しかし、男もマキオにつまづいて転び、マキオの上に倒れこむ。

男とマキオは、揉みくちゃになりながら、転げ回っている。

マキオは馬乗りになられて、ぽかぽかと叩かれる。

 

「うあ!やめて!殺さないでくれ!」

 

マキオが、頭を両手で守りながら叫ぶと、男は動かなくなった。

そして、ゆっくりとマキオに覆いかぶさってきた。

 

「ああっ!」

 

マキオはやられたと思い、しばらく動けない。

 

が、ズルッと男が床に倒れこむと、ハッとして起き上がり、男から逃げた。

横たわる男の後ろには、タツヤが剣を持って立っている。

 

「タツヤ!」

 

マキオは、慌ててタツヤの後ろに隠れる。

男はもう起き上がってはこないようだ。

 

「ックッッククク」

 

「え!?」

 

マキオが、振り返ったタツヤの顔を見ると、タツヤは笑っている。

 

「何を笑ってんだよ、もう大丈夫だよな?」

 

「ックククク…ああ…ッククク…気絶してるよ」

 

「もう、何ふざけてんだよ?間に合わなかったら危なかったんだぞ!?」

 

「危ないって…クク……マキオ、あいつの武器見たのか?」

 

「えぇ?…武器って…」

 

マキオは、男の手元に落ちている武器を見ると、それは小さなホウキだった。

 

「…ホウキ……え!?…ホウキ!?」

 

「ックックク…そうだよ、ホウキだよ!お前、ホウキの相手に殺さないでって…クク」

 

マキオは、顔が熱をもって赤くなるのを感じた。

 

「し…仕方ないだろ!?いきなり出てこられて、そんなの見る余裕なんかあるかよ!」

 

「嘘つくなよ、お前は男が入ってくるのを先に気づいて構えてたじゃないか」

 

「…そりゃ…そうだけど……って、タツヤ見てたのかよ!?」

 

「ああ、戻ってきてたら、部屋をホウキ持った男がのぞいてるのが見えたから、

 あ~マキオどうするかな~って様子を見てたんだ」

 

「ふざけんなよなぁ、さっさと助けてくれよ、もう」

 

「いや、だってコイツ見てみろよ、ひょろひょろじゃん、流石にマキオでも勝てるだろ…」

 

倒れた男は、確かに痩せていて、ガイコツのようだった。

マキオは少し男が可哀想になった。

 

「多分、来たばっかだったんだろうな…」

 

男を見ながら、タツヤが呟く。

マキオは、目を反らし散らかったカバンを集める。

タツヤは、一足先に部屋を出て、周りを見張っている。

マキオはカバンに残りの物資を詰め終わり、立ち去ろうとしたが、

立ち止まり、カバンから水と缶詰を取り出した。

振り返って男のそばに置こうとした時、そこには水とサンドイッチが二つ置かれていた。

 

 

………………

 

マジでビビったよ、ホウキに向かって殺さないでくれー!って…」

 

タツヤは、状況を熱演している。

 

「っはっははは、それはヤバいよマキオ!」

「ぷぷっホウキって!」

 

男達はマキオの肩を叩きながら、笑っている。

 

「もう…必死だったんだよ」

 

マキオは恥ずかしそうにしながらも、笑顔で返した。

すると、ラウンジの入り口の方が騒がしくなった。

 

「おーい、遠征組が帰ってきたぞ!」

 

「おっ、バニラ隊が戻ってきたみたいだぞ、タツヤ、ホノカを迎えに行かないのか?」

 

バニラ隊にいるホノカは、タツヤの彼女だ。

 

「よっしゃ、ちょっと行って来るわ!お前らまた後でな!」

 

タツヤは急いで席を立ち、ラウンジを出て行った。

バニラ隊は、2ヶ月前に他の地域に基地を設ける為、遠征に出ていた。

 

「いいなぁ…タツヤ…」

 

マキオは、無意識に呟いてしまった事に気付き、慌てて口を押さえた。

 

「マキオも彼女が欲しいんでしょ?」

 

ユウに聞かれてしまっていたようで、ユウがニヤニヤしている。

タイジがマキオの肩を組み応えた。

 

「こら、ユウ!うぶなマキオちゃんを、ちゃかすんじゃねーよ

 遊び人のお前と、俺たちは違うんだからな」

 

「俺たちって、タイジはモテないだけでしょ」

 

コータローもユウの腕にすがりつき、叫ぶ。

 

「そうだよ、オレも彼女ほしぃよー」

 

「コータローはもっと痩せなさい、まったく情けないなぁ、この団は女の子多いんだからさぁ、

 泣き言ばっか言ってないで、頑張んなさいよ。

 でも、マキオはバニラ隊に好きな人いるんでしょ?」

 

「ええ!?なんで!?」

 

「だって、この前タツヤが言ってたよ、マキオはバニラ隊に入りたかっただろうなぁって。

 なんでって聞いても、教えてくれなかったけど。

 あたし、そういうの鋭いから、女だろうなってすぐわかっちゃったけど」

 

「もう、タツヤは本当に余計な話ばっかするなぁ」

 

「で、どうなの?向こうの気持ちは」

 

「どうって……言われても…聞いたことないよ、そんなの……」

 

「なんで?その娘には他に相手がいるとか?」

 

「……それも知らない」

 

「えぇ?なんで?それくらい聞けるじゃん?」

 

「そんな話できないよ、迷惑だって思われたくないし」

 

「何言ってんの、人に好きって言われて嫌な気がする人はいないでしょ?

 まぁ恋愛経験の少ないマキオにはわかんないかもしれないけど、

 ちょっとくらい強引にくる方が女は嬉しいものなのよ」

 

「うーん…でもその人、少し変わってる感じがするから、そういうの関係なさそうだけど…」

 

「変わってても、マキオはその人を好きになったんでしょ?」

 

「いやっ…その…好きっていうか、ただ僕が勝手に憧れてるだけっていうか…」

 

「はぁ?憧れって…中学生じゃあるまいし…」

 

呆れるユウに、タイジが、

 

「だから、マキオちゃんはそういう少年の心を忘れてないんだよ!

 お前みたいにスレてないの!」

 

「あぁ?誰がこすれ過ぎて、ザラザラだって!?」

 

慌ててコータローが、机に登るユウを止める。

 

「ちょっとユウ、ザラザラなんて誰も言ってないから…」

 

マキオは、騒がしい三人を見ながら、少し胸が温かくなった。

日本では、引っ込み思案で友達もできなかったのに、

皮肉にも、シュラに来て普通に話ができる人達が多くできた。

友達と呼べそうな人達だ。

カイトが、強引に色んな人の中にマキオを一緒に入れてくれて、

何かが自分の中でも、ふっきれていったのかもしれない。

 

そう思っていると向こうから、バニラが歩いてきた。

バニラは、マキオに気づいて横に来て立ち止まった。

 

「元気?」

 

「ああ、元気だよバニラ、今帰ってきたんだね、お疲れ様」

 

バニラは、少しだけうなずいて、返してくれた。

楽しそうに仲間と話しているマキオを見て、

 

「物資調達の方は、うまくいってる?」

 

「なんとかね…でも、やれるのは、まだポーター(荷物持ち)だけだから

 周りに迷惑かけっぱなしのままだよ」

 

「そう、無茶だけはしないでね」

 

「うん、ありがとう。

 また、飲み会しようね」

 

バニラは、うなずいて去っていった。

 

マキオは、バニラの後ろ姿を少し見送っていると、

背後の視線に気づいて、振り向くとユウが、

 

「……もしかして?」

 

ユウの言葉の意味を理解して、否定した方がいいのに、

それより顔が赤くなっていくのが早かった。

マキオの不器用さは、何も変わってないようだった。

バニラと一緒に行動した時の、恥ずかしい勘違いも浮かんで、

余計に、赤くなってしまった。

 

「……確かに、変わった人を好きになっちゃってるね。

 強引にっていうアドバイスは、なかったことにして」

 

ユウは、そう言いながら、ソファに深く腰を掛け直した。

 

「う~ん…マキオ、バニラ隊長は綺麗だから好きになるのはわかるけど、

 かなりの強敵だよ。

 ってか、経験の少ないあんたには、あんまオススメしたくないかな…」

 

ユウは、腕を組み考え込んでいる。

コータローはアゴに手をあてながら、タイジに話しかける。

 

「でも、バニラ隊長が自然に話してるの、初めて見た気がしない?」

 

「確かにそうだ…基本的に無口だし、誰かが話しかけても、1ターンで終わらせるもんな。

 でも今、マキオにはバニラ隊長から話しかけたし、結構自然な会話だったぞ。

 マキオ、コレはあながち不可能なワケでもないんじゃないか?」

 

マキオは、もっと赤くなった顔で、

「えぇ!?ちょっとやめてよ、たまたまだよ…きっと…」

 

ユウは、苦い顔で、

 

「ちょっとあんた達、マキオに変な期待を持たせるような事を言うんじゃないの。

 確かにバニラ隊長が話しかけるってのは、珍しい事よ。

 でも今まで、彼女に告白して撃沈したやつらを、あたしは何人も知ってる。

 男に興味がないって話もあるぐらい浮いた話は少ないんだから。

 だけど、たった一度だけ噂になったのは……」

 

と、ユウはそこまでで、話をやめてしまった。

マキオは、さすがに気になってしまい、続きをうながす。

 

「噂になったって、誰と?」

 

「いや、ごめんね、あたし喋り過ぎちゃった」

 

「え?教えてくれないの?」

 

「っていうか、たぶん聞かない方がいいよ、忘れて…」

 

「そんなの余計に気になるよ、

 それにバニラの相手なんて、好きじゃなくても聞きたいよ、誰なの?」

 

「…ネロだよ」

 

「えぇ?…ネロって、あの……?」

 

ユウは、首を縦に振る。

マキオは、顔が曇った。

 

ネロは、この団ロデオソウルズの幹部の一人だ。

幹部はみな、内政係か隊長なのだが、ネロはそのどちらでもない。

 

マキオはこの半年の間、ほとんどの団員とは話したが、ネロとは団長室ですれ違った事しかない。

この団の印象は、若者が多い事と、明るい人が多い事だ。

その中で、ネロの存在はかなり浮いている。

しかも、良い噂はほとんど聞いたことがなかった。

汚れ仕事を受け持っているとか、大きな団から預かっている人質だとか、

敵味方の区別のない処刑人だとか…。

 

何人かがよく、血を大量に浴びた彼を目撃している。

自分の怪我なのか、誰かの返り血なのかもわからない。

その血を隠すために、いつも真っ黒な服装をしているのだと言われている。

 

噂の原因は、その影のような黒い服装に長い黒髪という、不気味な容姿からくるもだと思うが。

 

とにかく、何をしている人間なのか、全くわからなかった。

幹部以外と話をしていることも、ほとんどないようだった。

 

そのネロと、バニラとは無口な事以外は、共通点がない気がした。

副団長の片桐ならともかく、二人が噂になった事があるだなんて、信じたくなかった。

 

マキオは、ネロとすれ違った時の背筋が凍るような寒さを思い出した。

何か、彼の身体には「死」がまとわりついている感じがした。

マキオの心には、不安が積もっていく。

これは嫉妬心ではなく、バニラに何か悪い事が起きるんじゃないかという心配だった。

 

そのマキオの姿を見て、ユウは、

「ほらね、聞かない方が良かったって思ってるでしょ?

 …まぁ、噂だからさ。

 あんま気にしない方がいいよ?」

 

ユウの言葉は、マキオの耳には届いてなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザラミ

 

アスタリスク側

 

クルスムスが団長代理となり、ロデオソウルズと戦闘を開始。

 一ヶ月後

 

 

アスタリスク陣営で、団員が急いでザラミに報告する。

 

「団長!またです!

 西側にいた「オルトロス」の四番隊と連絡が取れません」

 

「おい、団長と呼ぶな!

 しかし、またか・・どうして、オルトロスの隊ばかりが……

 これで、オルトロスの八部隊の中の、三、四、六、七、と、

 四隊連続でオルトロスのみが、やられていることになる。

 

 どうしてロデオソウルズは、アスタリスクを狙わないんだ?

 何か理由があっても、おかしくないぞ。

 おい、クルスムスには伝えているのか?」

 

「はい、マコト参謀長を通してお伝えしております。

 ただ、こちらの三番隊、四番隊も迎撃されて戻ってきたため

 偶然だと思われてる様子です」

 

「……う〜ん…偶然なのだろうか?

 迎撃された隊は二隊とも、司令系統は残っている

 しかし、オルトロスの三番隊と六番隊、七番隊は、隊長以下の団員が全て殺られている

 おそらく、同じ隊にやられたんだろう、四番隊も全滅なら、何か裏があるはずだ」

 

「やはり、ザラミ団長が指揮を取られるべきでは…」

 

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるが、仕方のないことだ。

 オルトロスのような巨大な団には、逆らえない。

 ただ、もしあいつ…クルスムスの指示で、俺たちアスタリスクの隊長を一人でも犠牲にしやがったら、

 あの若僧を、俺がこの手で切り刻んでやる」

 

 

__________________________

 

 

同時刻。

アスタリスク司令部。

 

「クルスムス団長…オルトロス四番隊のハタケ隊長以下、二百名、全滅と報告が入りました」

 

クルスムスは参謀マコトの報告を聞いて、拳を机に叩きつける。

 

「クソッ、どういうことだ!これでオルトロスの隊ばかり600名以上の損害……

 なぜ、うちの隊ばかり狙い撃ちにされるんだ!

 マコトさん!あんたの隊には、どうやら情報を流している裏切り者がいるんじゃないですか!」

 

「…そんなはずは……ないと信じておりますが…

 早急に調べさせておきます。

 しかし、おそらくすぐにわかり兼ねる状況です」

 

「ふざけたことを!もしかしたらマコトさん、あなた達は最初からロデオソウルズと組んで、

 オルトロスと私に損害を与えるのが、目的だったのではありませんか!?」

 

「とんでもない!前線をオルトロスの隊のみにしたのは、クルスムス団長、あなたの指示です。

 自分たちの隊だけで成果を上げて、ソドム総統にアピールしようとしたのが、

 そもそも間違いではありませんか!」

 

クルスムスは、団長代理である自分に刃向かうマコトへのイライラもプラスして、頭をかきむしった。

 

「とにかく、もうこんな小さな団の縄張り争いで、うちの大事な隊を傷つけるわけにはいきません!

 前線には、あんたたちの隊を出させてもらいますよ!

 オルトロスに頼んで、援軍をもう1000名追加で送るように指示してありますから、

 到着するまでは、死んでも持ちこたえるように、言い聞かせておきなさい!」

 

クスルムスは、靴を踏み鳴らし、司令室を出て行く。

 

 

__________________________

 

 

アスタリスク側

戦闘区域、最前線。

 

クルスムスからの伝令により、後方支援をしていたアスタリスクの船戸隊が、

最前線へ送られた当日。

船戸隊長が、廃ビルの上階の窓から戦況を見ながら、隊員を相手にぼやいている。

 

「おい、カイトの野郎はどこに行った!」

 

「どうやら、また逃げちまったようですよ」

 

「なんだよ、今回は本気であのナメた野郎を殺ってやろうと思ってたのによう」

 

「そうですよ隊長!オルトロスの隊があっけなくやられてるんだ。

 ここで俺たちが成果を上げて、クルスムスの野郎の鼻をへし折ってやりましょうよ!」

 

「そうだな、クルスムスの奴も、やっと俺たちを前線に出すしかなくなったんだ。

 やってやるぜ!

 

 それに、カイトの野郎の手口はもうわかってるんだ。

 奴は、毎回こっちの出方を見て、すぐにもう一度だけ仕掛けてきている。

 だから、今回も絶対に近くに潜んで、もう一度仕掛けてくるはずだ。

 

 おい、クルスムスの小僧に言っとけ!

 俺たちだけでカイト隊を蹴散らしてやるから、弱ぇ援軍は引っ込めてろってな!」

 

「へへっ!さすが船戸隊長だ!伝令を送ってます!」

 

「……バカが!伝令まで出す必要はねぇんだ…

 だが、この勢いを隊員には、きっちり伝えてこい!

 あと、カイト隊への警戒を強めるように言っとけ!

 いいな!」

 

「はい!言い聞かせて来ます!」

 

「ったくよぉ……ザラミ団長も、ロデオソウルズにもオルトロスにもビビリ過ぎなんだよ。

 ちょっと手こずったって、こんな小ぃせぇ団、俺たちだけで、なんとかできねぇでどうすんだ。

 マコトも考え過ぎだ、ザラミ団長も頭でっかちの参謀に頼らずに、

 さっさと俺を副長にすりゃ、すぐに片付けてやらぁ。

 いや、待てよ……ここで結果を出せば、オルトロスに引き抜きって事もあるんじゃねぇか?

 そうすりゃ、こんな田舎よりあの都会で好き放題でき・・・ング!!」

 

「船戸隊長、本当に伝令は……?

 何してんだテメ……ヒェッ…!」

 

__________________________

 

 

6時間後……

 

後方待機のザラミ隊に、報告が入る。

 

「…ザラミ隊長…先ほど報告が入り、最前線の船戸隊が、落ちました

 …隊員150名…全滅です」

 

「…ぜ…全滅だと!

 クッ…あの若僧!ついに、船戸を巻き込みやがった……!

 おい!てめぇら準備しろ!クルスムスのクソガキを、ぶち殺しに行くぞ!

 その後は、ロデオソウルズに弔い合戦じゃ!

 ナメやがって!全員、血祭りにしてやる!」

 

「し・・しかし・・クルスムス団長に勝手に動くなと命令が・・・ガッフッ!」

 

ザラミは、隊員を刺し殺した。

 

「…おい!他に文句のある奴はいるか!いるならかかってこい、先に地獄に送ってやる!

 ………いねぇな?よし、俺がアスタリスク団長のザラミだ!

 お前ら、俺についてこい!」

 

__________________________

 

4時間後……

 

アスタリスクの司令室。

隊員が、血相を変えて駆け込んでくる。

 

「マコト参謀!ザラミ隊長が、謀反です!」

 

「何?……ザラミ団長…船戸さんをやられてキレちまったか…

 今どこに!」

 

「おそらく自室にいるクルスムス団長の所に向かっているようです!」

 

「わかった!」

 

マコトは、司令室を飛び出して行く。

 

__________________________

 

 

同時刻……

 

クルスムスの自室。

ザラミが、部下5人でクルスムスを囲んでいる。

ザラミの手には愛刀のモンゴル刀が握られている。

 

「な・・何のつもりだ!ザラミ!上官に刃を向けるとは!」

 

「ウルセェ!おい大将!何だ?貴様の仕事は、部下を殺すことなのか?

 自分に任せておけば、問題ないと言っていたのは、どこのどいつだ!」

 

「待ちなさい、ザラミ…さん…とにかく落ち着きなさい、

 あなたが怒っているのは、船戸隊長がやられたからでしょ?

 それは、私のせいじゃなく、敵の・・ロデオソウルズのせいじゃないですか!」

 

「ああ、わかってるさ、それは貴様を八つ裂きにした後に、いくらでも相手してやるつもりだ」

 

クルスムスは、汗をふき、腰に差した日本刀に手をかける。

 

「……フッ、話しても、無駄ですか、本気で私とやりあうつもりなんですね?

 忘れてるんですか?私はオルトロスの幹部ですよ?

 やりあって勝てるとでも思ってるんですか?」

 

クルスムスの言葉は、脅しではない。

オルトロスは、団員1万人を超える巨団である。

その幹部の強さは、並のものではないと、ザラミもわかっていた。

 

「ああ、思ってるよ、一人じゃ無理かもしれんが、俺たち6人がまとめて相手になってやるから、心配するな!

 死ねぇぇ!」

 

「!!…卑怯な…クッ…グワ…!」

 

そこに、マコトが駆けつけた。

 

「ザラミさ……!…クッ…遅かったか……」

 

「はぁ……はぁ…マコト…」

 

「……やってくれましたね」

 

「ああ……もっと早くこのガキを始末してりゃ……船戸も死ぬことなかったんだ」

 

「全くですよ……柄にもなく、上にすがったのが間違いでしたね、反省してくださいよ?団長」

 

「ああ悪かった…周りは敵だらけだが、マコト…何とかなりそうか?」

 

「わかりません……とりあえず一晩考えますよ」

 

「ああ…苦労かけるが、頼むぜ…マコト」 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザラミ2

 

 

ザラミの謀反から、三日後…

ロデオソウルズ陣営、司令室。

 

片桐が足を組み、本を読んでいる。

 

「コンコン」

 

「どうぞ」

 

ドアを開け、ニーナが入ってくる。

 

「片桐副団長、お客様だ」

 

ニーナに連れられてきたのは、アスタリスクのマコト参謀だ。

片桐は、人好きする目を少し薄め、マコトを見つめる。

 

「おや、どうなされました?てっきり、私は戦いの最中だと思っていたのですが?」

 

マコトは、額にジワリと汗がにじんだ。

 

「……確かにその通りだ、申し訳ない」

 

「ははは、そんな、いきなり謝らないでくださいよ、喧嘩両成敗と言いますから。

 それに…

 まだ決着はついてませんよ?」

 

片桐は、軽く笑みを浮かべたが、マコトには、その目が全く笑っていない事は、すぐにわかった。

 

マコトは、この名だたる団の幹部を務めていたという片桐と初めて対峙し、

自分達が、とんでもない男を相手にしてしまっていた事を、改めて後悔をした。

 

この男はロデオソウルズでは、副団長兼参謀を務めているが、

おそらく全ての実権を握っているのだろうと推測できた。

知性的な容姿と、均整のとれた身体、

穏やかな笑顔の下には、微かに覗く狂気も垣間見える。

そこには、初見の自分にさえ感じる、常人では持てないカリスマ性が溢れていた。

マコトは、これほどの人間を見た事がなかった。

 

おそらく、この男には嘘やハッタリは通用しないと悟る事ができた。

 

「片桐さん、実はお願いがあって参った。

 誠に身勝手で申し訳ないのだが、一時休戦にしてもらえないだろうか?」

 

「・・ほう、それはなかなか興味深い話ですね?どうされました?」

 

「理由は……勝手なのだが、できれば聞かないで頂きたい。

 もちろん、タダで休戦しろとは言わない。

 休戦を受けて頂ければ、二千人分の食料と医療品の物資を、共に3ヶ月分お渡しする」

 

「ほう……マコト参謀長殿、一つ言わせて頂いても?」

 

「…どうぞ」

 

「では、まずこの「シュラ」には、ルールは存在しないという事を、ご存知でしょうか?」

 

「…ああ、承知している…」

 

「よろしい。

 では、その中で休戦というものを守る理由も存在しない…という事にもならないだろうか……双方に…ね」

 

「……」

 

「それに、我々ロデオソウルズは、今が攻め時だと知っている。

 戦いに勝てば物資など、貰わなくとも全て手に入るのだから」

 

「……」

 

「そういったことを全て分かった上で、あなた方は休戦を望むのですか?」

 

マコトの背中は、水でも浴びたかのように、グッショリと濡れている。

 

「…はい…全て理解した上で、お願いに上がりました」

 

「よろしい、お受けしましょう」

 

「!」

 

「しかし、二つ条件があります。よろしいですか?」

 

「……何なりと」

 

「物資は5ヶ月分とすること、

 そして、休戦の理由を、隠さずに全てお聞かせ願いたい」

 

「……わかりました。お話しいたします。

 実は……」

    

   

__________________________

 

 

片桐とマコトの会談から、五日後……

 

クルスムスの援軍要請を受けたオルトロスのソドム総統は、

真柴隊長に命じ、千名を率いさせ出兵。

 

アスタリスクの本拠地より、30キロ離れた街に逗留。

クルスムス本人からの、伝令を待つ。

 

真柴隊長は、愛剣のバスタードソードを研ぎながら、司令室で副長のドルアーゴに話しかける。

 

「ドルアーゴ、クルスムスのやつ、何かあったんじゃないか?」

 

「連絡が取れないからか?」

 

「ああ」

 

「連絡が取れないのは、前線に出ているからだ、

 とアスタリスクの団員が言ってたじゃないか」

 

ドルアーゴは、巨大な僧兵のような出で立ちをし、写経をしながら聞いている。

 

「確かに、そう聞いたが、よく考えてみれば、

 いくら、小団との戦いだからって、あの口だけ番長が、

 わざわざ、自分から前線で指揮するなんて、ありえるか?」

 

「そう言わてみると、確かにおかしいかもしれんなぁ。

 だが、何かあったとしたら、何がある?」

 

「分からんが、もしそうだとしたら、アスタリスクの奴らは、

 わざわざ嘘の情報を伝えてきた事になる。

 用心しておいた方が良いかもな」

 

「まぁ、真柴がそういうんなら、一応警戒はしとくが…

 しかしちっぽけな団が、巨団オルトロスに楯つくなんて、そんな無謀なことをするとは思えんがなぁ…」

 

「クルスムスが、オルトロスを立つ時に、ザラミの要請を受けたソドム総統は、アスタリスクを乗っ取る算段を立てていた。

 もしかしたら、団長のザラミが納得せずに、逆らった可能性はあるぜ?

 自分が築き上げた城を横取りされるんじゃ、キュウソネコカミでもおかしくないさ」

 

「それでも、俺ならそんな自殺はゴメンだ。

 まぁ話はわかった、下の奴らにも伝えて警戒させておく」

 

     

__________________________

 

 

真柴隊の千名が逗留して、三日後……

 

アスタリスク本拠地の司令室。

参謀のマコトが、ザラミ団長に報告する。

 

「団長、援軍の真柴隊の動きが完全に止まりました。

 もう3日も動いていません」

 

「何?気づかれたってのか?」

 

「わかりません、しかし、クルスムス本人からの伝令を待っている様子ですから、

 もしかしたら、異変に気づいてるのかもしれません」

 

「ちっ!どうしたら良い?」

 

「もし真柴隊が異変に気付き、団に帰還してしまったら、今度は、オルトロスが大軍で押し寄せて来るかもしれません。

 そう考えると、ここはまだ千名の真柴隊を叩き、オルトロスに警戒をさせておき、せめて対策を考える時間を作るべきかと」

 

「真柴隊への勝算は?」

 

「人数的には五分五分、ただ真柴隊は、巨団オルトロスの実戦部隊です。

 クルスムスとは違い、指揮の経験も豊富であり、戦士としても優秀。

 それに、巨体の武僧ドルアーゴが副将についています。

 

 船戸隊長なき今、どちらも普通に相手をして、勝てる敵ではないでしょう。

 こちらが奇襲をかけてたとしても、優位に立てる保証はありません」

 

「賭けるしかないか…これも全て俺が弱気になったばかりに起こった事だ

 …よし、ここは俺が先陣を切る」

 

「何を馬鹿な!団長は後ろで指揮をしないで、どうするんですか!

 焦って先陣を切り、万が一にも討たれてしまっては、元も子もないんですよ」

 

「マコト…強敵に向かうのに、当たり前にやっていては、勝てやしない。

 大将自ら先陣を切って、団員に男を見せるってのも団長の役目なんだよ!

 そうすれば少しでも団員どもの士気もウナギ登りよ!

 …お前も、覚えておけ」

 

「団長……確かに、団長らしい考え方ですね…わかりました、

 ただし…俺はおっさんの骨など拾いませんからね」

 

「へっ…心配すんな…小僧のてめぇより、長生きするつもりだよ。

 真柴の墓石を用意して待ってろ!

 よっしゃ!お前ら出発だ!俺の後についてこい!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

借り

 

 

数時間後……

真柴陣営

 

廃ビルの上階に設置した司令室から、ドルアーゴが下を覗いている。

 

「はっはっは真柴!お前の読み通りだったようだな!

 わざわざ大将のおっさん自ら、先頭に立って、乗り込んできやがったぞ!」

 

真柴は、食事をしながら話を聞いている。

 

「馬鹿が、ザラミめ。

 団長が真っ先に死んでどうする?

 そんな頭しかないから、団を乗っ取られるような事になるんだ」

 

「どうやら、クルスムスは殺られたようだな、ナムナム…

 まぁ、気に食わん奴だったから、ありがたかったがな!」

 

ドルアーゴは、念仏を唱えるふりをして、笑っている。

 

「自分の身も守れん奴が、コネだけで幹部になったツケが回ったんだろう、

 いい気味だ。

 ドルアーゴ、戦況はどうなってる?」

 

「……う〜む…おっさん、中々やりおるなぁ…」

 

還暦を過ぎたザラミの身捨ての戦いは、凄まじかった。

一人で二千人の団を築き上げただけあって、他の者を寄せ付けないほどの、戦いぶりだった。

そのザラミの愛剣モンゴル刀の前には、巨団オルトロスの団員さえ、気押されていた。

 

「お前も見ておいた方が良いぞ、真柴!

 真っ先に死ぬどころか、誰よりも強ぇじゃねぇか」

 ソドム総統と張りあってたってのは、納得できるのぉ」

 

 

「ふん、年寄りが張り切りやがって。

 だが、このままじゃこっちの団員の士気が落ちてしまう。

 仕方ないドルアーゴ、お前が行って成仏させてやれ」

 

「おっしゃ!久々に燃える相手とやれそうだな!」

 

ザラミの獅子奮迅の戦いにより、アスタリスクの団員は、実力以上の力を発揮し、

真柴隊を押していた。

しかし、副隊長の武僧ドルアーゴの出現により、状況は一変する。

 

「なんだ、ありゃ!あんなもんでやられたら、骨も残らないぞ」

 

アスタリスク兵は、ドルアーゴを見て、一気に怯んで行く。

身長2メートルを超える巨体の、ドルアーゴが振るう武器は、その身の丈をも超える極太鉄棒だった。

その棒先に触れた者は、風船が割れるように、弾けて消えていった。

 

「ヤベェぞ、逃げろ!」

「誰か、あの化け物を止めてくれ!」

 

「オラオラ!見えたぞ、ザラミのおっさん!

 なかなかやるじゃねぇか!

 その勇壮に免じて、俺が念仏を唱えてやろう!」

 

「出てきたな!貴様がドルアーゴだな!

 噂通りの巨体だなぁ。

 しかし、デカさを武器にしているようだが、

 それが命取りになることも、学んでから来るんだったな!

 よし!お前ら、今だ!」

 

ザラミの合図とともに、ビル群に潜んでいた弓隊から、ドルアーゴの巨体めがけ、

一斉射撃が行われた。

何十という矢が、ドルアーゴのみを目掛け、飛んでくる。

しかし、ドルアーゴは持っていた30キロの鉄棒を見えない程の速さで回転させ、放たれた幾つもの矢の雨を

ことごとく叩き折ってしまった。

 

「はっはー!どうした、おっさん!こんな作戦は今まで何度も食らってるぞ?

 こんなもんで殺られる奴は、オルトロスでは生き残っていけねぇんだよ!」

 

ザラミの作戦は、効果を発揮せずに終わってしまった。

 

「くそっ、仕方ねぇ!お前らは手を出すな!俺がこの大仏殺しをしてやる!」

 

「そうこなくっちゃな!待ってたぜ、おっさん!少しは楽しませてくれよ」

 

戦場は、団長ザラミと副将ドルアーゴの一騎打ちとなった。

 

速さで勝るザラミは先手を取った。

しかし、そのモンゴル刀は巨体に届く前にドルアーゴの極太鉄棒に阻まれる。

振りかぶり、放たれたドルアーゴの一撃で、180センチを超えるザラミの身体は、いとも簡単に宙を舞ってしまった。

ザラミは、地面に打ち付けられたが、すぐに態勢を立て直し攻撃するも、

何度も同じように弾き飛ばされ、地面に打ち付けられてしまう。

 

「こ…こいつ、ただデカイだけじゃねぇ……相当な実戦慣れしてやがる…

 くそっ…ここまでか…」

 

「どうした、おっさん。

 もうちょっと、手応えがあると思ってたが、どうやら歳には勝てなかったようだな!

 そろそろ終わりにしてやる、まぁソドム総統には、喉仏を渡してやるからのぉ、

 ちゃんと成仏しろよ!」

 

倒れているザラミに、無情にもドルアーゴの鉄棒は振り落とされた。

その刹那、ドルアーゴの右の太ももに、一本の鉄槍が突き刺さった。

その衝撃で、鉄棒はザラミの頭を外れ、右肩をかすめた。

 

「ック・・・誰だ!邪魔しやがったのは!」

 

ドルアーゴが、槍の飛んできた方向を探すと、

若い男が、髪をかきあげながら、笑っていた。

 

「どうしたんだよ、諦め良すぎんじゃない?ザラミの旦那?」

 

ザラミが首を上げて目をこらす。

 

「お前は…ロデオソウルズのカイト!?」

 

ドルアーゴに鉄槍を放ったのは、ロデオソウルズ 二番隊隊長カイトだった。

 

「悪いね大仏さま、横槍入れちゃって」

 

「何だ!てめぇは!一騎打ちの邪魔をするとは、男の風上にも置けぬ奴め!」

 

「何だよつれないなぁ、ジョーダンにリアクションぐらいしてよ?

 寒いのは、悪かったけどさぁ…」

 

「ふざけてやがるなぁ!

 おっさん、ちょっと待っておけ。

 先にこのガキから成仏させてやるからなぁ!」

 

ドルアーゴは右足に刺さった槍を引き抜くと、カイトめがけて、全力で投げ放った。

その豪腕から放たれた槍は一瞬でカイトの胸に達した。

しかし、カイトは身をヒラリとひるがえし、槍を掴むと二回転し、その勢いを見事に殺した。

 

「返却どうも。

 ちょうど、武器が無くて困ってたんだ。

 ザラミの旦那、勝手で悪いけど物資の借り、今から返させてもらうから」

 

「・・借り!?」

 

「ごちゃごちゃうるせんだよ!クソガキが!」

 

ドルアーゴは、見た目に比例しない素早さで飛び上がり、

150キロの体重を乗せた一撃を、カイトめがけて叩きつけた。

カイトは、ギリギリのところで、右側に飛び、身をかわす。

鉄棒は地面に叩きつけられ、爆発したように砂煙が広がる。

その砂煙の中、ドルアーゴはカイトの動きを読んでいたのか、叩きつけた鉄棒を水平に振り抜き、カイトに追撃を食らわせた。

鉄棒がカイトの身体を捉えたら、その圧倒的な圧力により、カイトの身体は、弾けるようにバラバラに吹き飛んだだろう。

しかし鉄棒が捉えたのは、身体ではなく、槍だった。

カイトは迫ってくる鉄棒を槍で受けると、受けた衝撃点を支点として、身体を縦に回転させた。

そして、その縦回転の勢いを利用し、槍を弾いて弧を描くように振り回し、ドルアーゴの頭に叩きつけた。

カッ!という音と同時に、ドルアーゴの頭は、両耳を境にして、綺麗に顔と頭に切り分けられた。

 

戦場には一瞬の静寂の後、割れるような歓声と悲鳴が同時に巻き起こった。

 

「ふぅー…ザラミの旦那、休んでる暇ないよ、この勢いで残りのオルトロス兵も片付けちゃおーぜ!

 よしっ!カイト隊、突撃ーっ!」

 

カイトの掛け声で、どこからともなく、ロデオソウルズの大群が現れ、真柴隊に切り込んでいく。

思いがけない援軍により、アスタリスクの団員は大いに活気付き、勢いを取り戻した。

真柴隊の士官たちは、副長を失い、押され気味の団員の士気を上げるために、声を張り上げる。

 

「怖気付くなっ!俺たちには、まだ真柴隊長がいる!

 俺たちは、常勝の真柴隊だ!!」

 

その言葉に、団員たちも、

「そうだ!ここで負けたら、真柴隊長に殺されるぞ!」

「真柴隊長がいる限り、俺たちは負けはしない!」

と、一気に盛り返す。

 

ザラミは、負傷した肩を押さえて立ち上がる。

「っく・・副長を倒しても、この勢い・・真柴にはそれ以上の信頼があるということか・・」

 

その時、真柴隊の本陣だったビルから、一つの影が現れた。

 

「真柴隊長が来たぞ!」

「これで、この戦いはもらった!」

 

歓声とともに、戦場の熱は一気に上昇した。

ザラミが目にしたその影は、光の下に出ても影のままだった。

影は、全身に黒い装束をまとい、右手に大きめのボールを持っていた。

 

「・・・あいつが真柴か・」

 

ザラミがつぶやくと、影は持っていたそのボールを近くにいた真柴隊の士官たちの元に投げた。

士官たちは、何が起きたのかわからなかったが、その投げられたボールが地面に落ち、何秒か経ってから、気づく。

そのボールが、真柴隊長の首だったことに。

そして、そう気づいた時に、士官たちの隣に影はいた。

次の瞬間、影は五人いる士官たちの間を、縫うように歩いた。

ワンテンポ遅れて士官たちの首は、まるで牡丹の花が落ちるように、

ボトっと音を立てて落ちていった。

 

「真柴隊長の首は落ちたぞ!

 アスタリスクの勝利だ!

 勝どきをあげろ!」

 

戦場に歓声が響き、逃げ去る真柴隊、追うアスタリスク兵。

 

そして、戦場に幕が下りた。

 

ザラミに団員がかけより、肩の傷に布をまいていく。

ザラミは、痛みも感じずに、敗走していく真柴隊を見つめていた。

 

「・・・勝ったのか・・」

 

しばらくすると、参謀のマコトがやって来た。

 

「ザラミ団長!やりましたね!」

 

「ああ・・・・あいつらが来たからだ・・おい・・・カイト!」

 

「ん?ああ、ちょっと待っててくれよ、もうすぐ、うちの団長もくるから」

 

「何!?団長の八雲が?どういうことだ?」

 

「ほら、噂をすれば、お出ましだよ」

 

ニーナと片桐を連れ、八雲が現れ、ザラミの前に立った。

 

「八雲・・あんた一体・・どういうつもりなんだ?」

 

「別に。

 ただ、やるべきことをやっただけだ」

 

「やるべきこと?いや、全然わからんのだが……なぜ、敵である俺達を助けたんだ?」

 

「あなたの参謀から、この戦いのことを聞いた。

 だから、勝手に参加させてもらった」

 

ザラミがマコトを見ると、マコトも少しうろたえた。

 

「いや、確かにお話はしましたが、しかし、私は援軍などは……」

 

「だから、勝手にと言っている、何度も言わせるな。

 そして、話がある」

 

「話?」

 

「ああ、私たちは、イグニス地方に行く。

 だから、そこまでの道を開けろ」

 

「ここを捨てて、イグニスに行くというのか?」

 

「ああそうだ、だからもうあなた方の相手をするつもりはない。

 だからそちらも、私たちに手を出すな、いいな?」

 

ザラミは、マコトを見ると少し考えてから、うなずいた為、

承諾する事にした。

 

「・・・・ああ、わかった、約束する」

 

「よし、あと頼みがある」

 

「なんだ?」

 

「私たちは、イグニスに行くが、全員ではない。

 居住を変えるのは危険だから、行きたくない人達もいる。

 その人たちを世話してほしい」

 

「…何人だ」

 

「私たちは二百人で行く。

 残る千人を頼みたい」

 

「失礼、八雲団長、よろしいですか?」

 

マコトが、話をさえぎる。

 

「なんだ」

 

「そのお話、我々にとっては住民も増えて、ありがたい話です。

 しかし、先ほど我々が相手にしたのは、巨団オルトロス。

 おそらく、しばらくしたらここにオルトロスが攻めてくるでしょう。

 その時には、彼らも危険な目に合わせてしまうことになってしまいます。

 連れて行って頂いた方が、危険はまだ少ないかもしれませんが…」

 

「ああ、私もそれは心配だったから、手は打ってある。

 あなた達アスタリスクは、イグニスの巨団「アレクサンダー」と同盟を組めるよう、話を通してある」

 

「アレクサンダー」はイグニスに本拠地を構える巨団で、数だけで言えばオルトロスよりも多い。

しかも、距離も近い為、十分な戦力を期待できる。

しかし、ザラミはソドムの裏切りもあり、同盟は不安だった。

 

「その、同盟というのは、傘下なのか?」

 

八雲は、首を横に振る。

 

「話は、参謀からも聞いている。

 この同盟は、直属や傘下ではなく、対等な関係の同盟だ

 オルトロスも、アレクサンダー相手なら、簡単には手は出してこない、だから大丈夫だ。

 そう遠くないうちに、使者が来るはずだ」

 

あまりにも、自分達にとって良い話だった為、マコトはにわかに信じられなかった。

 

「そんな……どうしてそこまで、我々を助けてくれるのですか?」

 

「あなた方を助けるのではない、また恩義を売りたいのでもない。

 私たちは置いていく仲間を守りたいだけだ。

 だから、よろしく頼む」

 

ザラミは、その八雲の飾りも淀みもない言葉に、嘘はないと確信できた。

 

「ははははっ、素晴らしい、俺たちはお前たちを誤解していた。

 もっと早く色々と話をするべきだったようだな。

 

 悔しいが、力も知恵も、俺が太刀打ちなどできる相手ではないという事を、

 痛いほど味あわせてもらった。

 噂以上の力だ。

 

 それに、こうなる事は、全て八雲と片桐の計算通りなのだろう?

 いや、返事は結構、もう何も言わないでいい、俺もそこまでバカじゃないからな。

 マコト、彼らの望みは何も聞かず、全て受けさせてもらおう」

 

「わかりました、団長」

 

「理解を頂き、助かった。

 お礼というわけではないが、そちらの防衛強化の為に、必要な者がいる。

 ニーナ、連れてきて」

 

ニーナは袋をかぶせた男を連れてきた。

 

「!!・・まさか!?」

 

ニーナは男の袋とった。

 

「船戸!!無事だったのか!」

 

「すみません、団長、大変な時に力になれずに!!」

 

「何を言う!……生きていて…くれただけで…十分だ……」

 

八雲は背を向ける。

 

「私の話は以上だ。

 細かい調整があるなら、片桐に話をしてくれ。

 では頼んだ」

 

八雲はニーナと、帰って行く。

その後ろ姿を見ていると、ザラミには八雲が戦さ場に舞い降りた天使のように感じた。

 

「片桐さん、全てあんたらの手の平で踊らされてたようだ。

 全く、凄い団長についたもんだな」

 

「ええ…幸か不幸か……ね」

 

片桐も、八雲を少し眩しそうな顔で、見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣英

 

シュラの東南に位置するベナディール地方。

 

街中の廃ビルに、五名の男が入っていく。

階段を登り、薄汚れた一室に駆け込む。

 

ベナディールの団「乱気流」の幹部達だった。

 

「ハァ…ハァ…少しここで休むぞ」

 

団長のベズが、部屋にあった古いソファに座り込む。

トミノは廊下を見張りながら、人気がないか辺りをうかがう。

他の三人は、椅子や床に腰を下ろした。

 

副長のケンスケがペットボトルの水を一口飲み、

エドに投げながら、尋ねる。

 

「エド、どうして、こんな事になったんだ?

 相手の…ヘルレイズの数は、500もいなかったはずだ…」

 

「ハァ…ハァ…わかんねぇよ、俺の隊はサポートで入ってたからな。

 前線にいたのは、ドードの隊だ。

 ドード、説明してやれよ」

 

「ああ…数は確かに500くらいだった、情報に間違いはない。

 だから、俺の隊も400で当たったんだ。

 初めは互角どころか、俺の隊が押してた。

 だが、30分位して急に押され始めた。

 援軍が来るなんて聞いてなかったから、俺は慌ててエド隊に一時引かせてもらった。

 ちょっと、水くれ」

 

ドードはエドから、ペットボトルを受け取り口に含む。

ケンスケがエドに話しかける。

 

「サポートでお前の隊も300いたんだから、すぐに押し返せなかったのかよ?」

 

「…それがよぉ、ドードが戻って来てから、すぐに出る準備をしたんだが、

 その時には、もうヘルレイズの奴らが、目の前に迫ってたんだ。

 あまりにも、早すぎるぜ。

 数は…たいして多くなかったが、200くらいだったかなぁ…

 ただ、勢いは半端なかったんだ。

 今までの奴らとは全然違ってた。

 だから、二人でバタバタ本陣まで逃げてきたんだよ」

 

ケンスケは、顔をしかめて団長のベズを振り返る。

ベズは、アゴをなでながら、話しだす。

 

「変だ…

 ヘルレイズはどこにも同盟を組んでないんだぜ?

 少数精鋭の部隊を作ったとも聞いてねぇ…

 それに、二人が本陣に戻った時には、もうその200位は追いついてきたじゃねぇか。

 今回もただの小競り合いのはずだ。

 奴らも、全面戦争の準備なんかしてなかったのは間違いねぇからな」

 

ケンスケが、話をまとめる。

 

「まぁ、過ぎた事を言っててもしかたない。

 どうあったにしろ、俺達幹部は五人とも手下を置いて、逃げてきちまったんだから…

 もし、ヘルレイズが総攻撃を仕掛けてきてたとしたら、元々こっちには奴らの半分の2000しかいないんだ。

 勝ち目はなかったさ。

 まぁ、今回は俺達がケンカを売る相手を間違ったのかもな…」

 

ベズは下を向き、目を閉じた。

 

「お前ら、済まなかった。

 俺の判断ミスだ。

 焦って縄張りを広げ過ぎてたみたいだ」

 

その姿を見て、ドードが慌てて訂正する。

 

「やめてくれよ、団長。

 俺が、きっちり仕事をしてたら、こんな状況にはならなかったんだ…

 俺の責任だ…」

 

ケンスケが、軽く笑って立ち上がる。

 

「まぁ、いいだろ。

 ベズ、お前が団長として俺達を引っ張ってきてくれたから、

 この2年間、こんな俺達でも偉そうにしてこれたんだ。

 お前に感謝はしても、責めようって奴は俺達にはいねぇよ」

 

エドも、ケンスケに続く。

 

「そうだぜ、団長。

 俺達五人で始めた「乱気流」じゃねぇか!

 俺達が生きてんだから、また作りゃいいだけの事だろ」

 

ベズは、少しだけ笑う。

 

 「…そうだな、他の奴らには悪かったが、お前ら四人が今ここにいてくれて、

 本当に嬉しいぜ。

 こりゃ、また頑張れよって事なのかもしれねぇな。

 また…俺についてきてくれるか?」

 

四人は、それぞれベズを見て頷いた。

 

「…ありがとな。

 うっし、休憩はもう十分だろ。

 この先は、ベナディールを山超えで抜けて、ヒューガで再起をはかる。 

 これから、この街を抜けて今夜は山に入って追っ手の目をくらまそう。

 山に見つかりにくい家を確保してあるから、今からそこに向かう。

 3時間位あれば到着する予定だ、お前ら、いいか?」

 

ケンスケが、参ったと両手を上げる。

 

「すげぇな、うちの団長は。

 もしもの時の隠れ家も、しっかり用意してくれてたんだな」

 

「…当たりめぇだよ。

 命がなくちゃ、何もできないからな。

 さぁ行くぞ」

 

部屋の入り口付近で、見張りをしていたトミノが小声で伝える。

 

「おそらく正面玄関の方には、敵が数人いるようです。

 団長、裏口から山の方に行きましょう」

 

「ああ、そうしよう」

 

五人は、辺りに気を配りながら、建物の裏口へ回る。

鉄扉の隣にある窓から、ベズが裏通りを見ると、高いビルに挟まれた細く長い道が続いている。

 

「人気はなさそうだ。

 行こう」

 

扉を開け、細く薄暗い裏路地を駆けていく。

角を曲がろうとした時、先頭のベズが手を出して、足を止める。

 

「誰かいるぞ」

 

ベズが音を立てないようにしてこっそり覗くと、一人の男が壁にもたれている。

他には誰もいないようだ。

 

「奴は一人しかいない。

 おそらくヘルレイズの兵だろう。

 もしかしたら、見張りかもしれない。

 少し様子をみよう」

 

ベズは、しばらくそのままその男を見張る。

エドがつぶやく。

 

「こんな所に、一人でいるんなら、ただサボってるだけなんじゃないか?

 見張りなら、何人かいるはずだろう」

 

ベズが見ていると、男はおもむろに胸元からタバコを取り出し、

マッチで火を点けた。

 

「奴はタバコを吸っている。

 エドの言う通り、ただサボってるだけみたいだ」

 

「だろ?

 団長、急がないと太陽が傾いてきてるぜ。

 夜になってバケモンがウロつく中、山に入るのは危険だ。

 早く奴を殺っちまって、先を急ごうぜ」

 

ベズがうなずくと、後ろの四人が角を曲がり男に近づく。

近ずいてみると、ずいぶんと若い男だった。

 

エドが声をかける。

 

「おい若造。

 こんな所で何をサボってやがる。

 仲間が必死で戦ってんのに、路地裏で休憩とは生意気な野郎だな」

 

男は、タバコをくわえたまま、四人を見つめている。

 

「なんだよ、ビビって声も出なくなってんな。

 こんな所で俺達に出会うとは運がねぇ。

 へへへっ。

 俺達は、お前んトコのヘルレイズの団長、城ヶ崎には世話になっててよ。

 恩返しの為に、悪い子ちゃんの首を置いて行ってやるかね」

 

男は、小さい声でつぶやく。

 

「…城ヶ崎は死んだよ」

 

「あぁ?

 何言ってんだ、てめぇは?

 そんな嘘ついたって、見逃してやるわきゃねーだろ?

 上の人間を、死んだなんて言う手下は気にくわねぇ!

 罰を与えてやるよ!」

 

エドは素早く刀を抜き、男を切り払った。

三人も武器を抜き、男を逃がさないように四方に散った。

しかし、路地裏が少し暗かったせいで間合いを間違えたのか、エドの刀には手応えがない。

そして刀の先には、男の口にあるタバコの小さな火が揺れていた。

周りの三人にもエドがしくじった事がわかり、その火をめがけ刀を振る。

 

角から見ていたベズは、四人の間で小さな火が蛍のように舞う姿を目にした。

そして次の瞬間、蛍はベズの目の前で止まった。

 

ベズは何が起きたかわからなかったが、何かがドサドサッと倒れるような音で、

とっさに戦人の勘が動き、腰の刀に右手をかけたが、

その手がなぜか、刀の柄をにぎらない。

ハッとして下を向くと、足元に人の手のような物が落ちている。

 

ベズは、理解できずに顔を上げると、蛍が喋った。

 

「処刑の時間だ」

 

「……ちょっと…ま」

 

ベズが喋ろうとした時、指が口に当てられた。

 

「罪人が、人の言葉を使うな」

 

蛍が小さく呟き、ゆっくり横を通り過ぎる。

 

考えが追いつかず、ベズはとにかく一人でも逃げようと思い、足を一歩踏み出したら、

左肩から、ゆっくりと身体が斜めにズリ落ちた。

そして、辺りはすぐに暗くなっていった。

 

裏口に、葵が立っている。

 

「ミツイ、何人いた?」

 

「5匹だね」

 

「じゃあ…ヘルレイズ幹部15名、乱気流幹部5名、

 計20名。

 終わりですよ、隊長さん?」

 

葵は、小さな灰皿をミツイに差し出す。

 

「おつかれさま、帰ろっか?」

 

三井はタバコを灰皿に押し付けた。

辺りに、フッとメンソールの香りが漂って消えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンターゲート

 

 

午前10時

シノノメ傭兵団専用のフードコート。

アズマが、遅めの朝食を乗せたトレーを運んで、席を探している。

 

「アズマ、今日はお休みなの?」

 

振り向くと、七葉がコーヒーカップを持って立っている。

 

「ああ、お前も休みだったのか」

 

「うん、だって今日はミツイ君と葵ちゃんは、ホラ」

 

と言って、七葉が指した先には、フードコートに備え付けられている大型ビジョンの一つだった。

 

「あ〜、ハンターゲートか」

 

 

ハンターゲートとは、年に数回行われる、各傭兵団の成果報告の場だ。

傭兵団は、スポンサー収益や、一般人からの寄付金やグッズ収益で運営されている。

その為、多くの人に認知してもらわなければならない。

 

元々は、各傭兵団の処刑した人数や、

どんな凶悪な罪人を処刑したかなどの、

情報が放送されていたが、

 

今では、エンターテイメント性を重視する内容も多い為、

人気の番組となっている。

 

興奮度の高い戦闘シーンの放送、

人気のある傭兵のランキング、

各傭兵団が代表を選び、エキシビジョンマッチを行ったりもする。

 

放送の理由としては、

傭兵団の宣伝の為、

傭兵団への入団数を高める為、

スポンサーを募る為、

犯罪抑止の為、

などだ。

 

また、一流の傭兵は、スポーツ選手と同じように、

社会規範の見本としての役割も担っている。

常識的で、正義感に溢れ、知性的であるよう求められている。

 

そういった事を示す場としても、広く利用されているのが、

「ハンターゲート」だった。

 

今日は、上に命令され、注目の若手傭兵として、ミツイや葵も出演しているらしい。

 

葵は、エキシビジョンマッチをやって、勝利したようだ。

30分前に放送されたの試合がスローで解説されている。

 

「葵も、朝っぱらから元気だな」

 

「あっ、ちょうどミツイ君も出てるよ」

 

「別に興味ないよ、七葉だって毎日会ってるんだから、必要ないだろ?」

 

「な〜に?アズマ、もしかしてミツイ君に妬いてるの?」

 

「…なんだよ、それ。

 俺は、こんな目立つ事やりたくないし。

 それに今さら、アイツに嫉妬したりするかよ。

 アイツは、養成所の時からすでに有名人だっただろ?」

 

四人は、養成所での同期で、当時からミツイは全てがズバ抜けており、

多くの傭兵団からスカウトが来ていた。

 

「そうだけど……あっ、ほら!」

 

テレビでは、犯罪者擁護派の団体と傭兵団とのトークバトルが放送されている。

 

「では、ミツイさんは犯罪者は反省する機会を与える必要はない、

 反省などできない人間達だとおっしゃるんですね?」

 

「はい、彼らが反省しても、罪を犯した事実は消えるわけではありませんから」

 

「しかし、人は過ちを経験して成長していくものでは?

 なのに、現在のシュラには、軽犯罪者も未成年も全て送られているのですよ?

 おかしいとは思いませんか?」

 

「いいえ。

 大人も子供も、同じ人間なのだから、権利も罪も平等であるべきだと考えます」

 

「ですが…子供はおかしいでしょ!何もわからないんですよ?」

 

「親が管理していれば、罪を犯すことはありません。

 もし、子供の大多数が罪を犯しているという事実があるのなら考えますが、

 一部という事なので、やはり社会の悪となります。

 大人に刺されても、子供に刺されても、人は死にますから」

 

「では、万引きも殺人も同じようにシュラに送られるのは、どうなんだ?」

 

「どちらも、禁止されている事をわかっていながら犯したのなら、

 自己抑制が出来ないのですから、どちらも社会にとって悪です」

 

 

 

ミツイを見ながら、七葉は悲しそうな顔をしている。

 

「どうしたんだよ、七葉?」

 

「……なんだか、ミツイ君じゃないみたいだから……

 いつものミツイ君は、もっと…優しい人だよ…」

 

七葉の瞳から、光が落ちた。

 

「……これは、上の奴らにそういう風に言えって命令されてるから、従ってるだけだ。

 アイツの本心じゃないよ。

 だから、気にするな」

 

「……うん…」

 

番組はまだまだ続きますとナレーションが入り、CMに入るようで、ダイジェストでミツイの戦闘シーンが流されている。

 

「……七葉、これから予定あるのか?」

 

「…え?…特にないけど?」

 

「暇だから車で海まで行こうと思ってたんだけど、一緒に行くか?」

 

「……うん、行く」

 

七葉の瞳は、悲しそうなままだったが、涙は止まってくれたようだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アヤネ

 

日本傭兵団会館。

ハンターゲート撮影会場。

 

一階のホールを歩いているミツイに、男が声をかける。

 

「ミツイ、元気そうだな」

 

「クガさん、お久しぶりです」

 

ツクヨミ傭兵団のトップクラスの隊長アリマ。

ミツイが、養成所時代に、スカウトを通して知り合った、

先輩傭兵だ。

 

「調子は良いらしいな、君の噂はいつも耳を塞いでいても入ってくるよ」

 

「そんな、やめてくださいよ」

 

「先日もベナディールで、一度に二団を壊滅させたんだろ?」

 

「あれは偶然、戦闘の情報をうちの副長がつかんだんで、

 タイミング良く攻めたら、そうなっただけです」

 

「副長って、今朝テレビで見事なバトルしてた女の子だろ?

 羨ましいね、あんな綺麗な副長と毎日一緒とは」

 

「同期生ですから、そんなんじゃないですよ」

 

「本当かい?そうか、じゃあ今度紹介してもらおうかな?」

 

「もう、勘弁してください」

 

「はははは、そうだ!おーい、アヤネ!」

 

少し先で数人と話をしていた女性がクガに呼ばれ、近づいてくる。

長い銀髪は腰の辺りまである。

瞳には、金色の向日葵が咲いているように見える。

子供の頃に絵本で見たエルフのような雰囲気を持つ、魅力的な女性だ。

 

「紹介するよ、今、ツクヨミ傭兵団の注目の女剣士アヤネ隊長だ」

 

「はじめまして、ミツイさんですね」

 

アヤネは手を差し出し、ミツイも応じる。

 

「ええ、よろしくお願いします、アヤネさん」

 

「美人だろ?」

 

「ええ、とても」

 

「もうクガさん、やめてください!」

 

「ハッハッハ、どうだミツイのとこの副長にも、負けてないだろ。

 元々は私の隊にいた剣士なんだ。

 美人な上に実力も折り紙つき。

 ミツイ、二ヶ月前のニューワールドの話は知ってるだろ?」

 

「ああ、ニューワールドの五番隊、隊長ゲーマルクが処刑された話ですか。

 もしかして?」

 

「そう、彼女の功績だ」

 

「素晴らしい!この半年でも最高ランクの罪人でしたね」

 

「そうなんだ、我が団でもな…」

 

話していると、クガが年配の男らに呼ばれている。

 

「悪い、ちょっと外すよ。

 またなミツイ、今度食事でも行こう。

 君のとこの副長もつれてな」

 

クガは、ミツイと握手をすると、笑いながら去って行った。

 

「実は私、自分からクガさんにミツイさんに紹介して欲しいってお願いしたんですよ」

 

「そうなんですか、光栄ですよ、でもどうして?」

 

「色々、噂は聞いてましたから」

 

「ただの噂で、実際は普通の退屈な人間ですよ」

 

「謙虚なんですね。

 ミツイさん、これから帰られるんですか?」

 

「ええ、上司に帰宅の許可をもらいましたから。

 本当なら休日の予定だったので。

 ゲーマルクの事、また聞かせてください」

 

「もしよろしければ、これから一緒にお食事しながらでも、お話しましょうか?」

 

「ええ、構いませんが、この会館には喫茶店くらいしかありませんが、よろしいんですか?」

 

「私、今日車で来てますので、少し出ませんか?」

 

「そうですか、ではお願いします」

 

「ミツイさん、今日はどうやって来られたんですか?」

 

「同じ隊の者の車に乗せてもらいました」

 

「では、お食事ついでに、お送りさせてください」

 

「助かります、では行きましょうか」

 

会館を出て行く二人を、遠くで葵が見ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シノノメ VS ノクターン

 

 

ヒューガ地方。

シノノメ傭兵団に、割り当てられた狩猟区域で指揮中のアキヤマ少佐の元に、ある情報が入る。

行動中の中隊が、ハイクラスの罪人を発見したという情報だ。

アキヤマ少佐は、情報の確認を急ぐとともに、付近にいた隊を集め、ターゲットの包囲網を作る。

 

 

「少佐、やはり間違いありません!ログ確認できました!

 相手はノクターンです!」

 

「出たか…絶対に逃がすなよ。

 敵方は、何人いる?」

 

「一人でいる所を発見し、建物の7階で包囲中」

 

「いいシュチュエーションだ。

 だが、油断はするな。

 ターゲットのいる建物を九隊で包囲。

 そして、300メートル以内の道路を、三隊ずつで封鎖」

 

「了解」

 

アキヤマは、ターゲットのいる建物から500メートル離れた位置に指揮系統を設置し、

敵の潜む建物を睨む。

 

「煉獄の道化師(ジョーカー)ノクターン。

 必ず仕留めてやる」

 

煉獄の道化師 ノクターン

 

監獄世界シュラの中で、

罪人と傭兵団の両方から、

最も壊滅を望まれている集団「マスカレード」の幹部。

 

その集団の詳細は謎に満ち、活動地域も団員数も不明。

数人の幹部のみが、明かされている事が唯一の情報である。

マスカレードの社会的影響力は大きく、世界中にファンや信者がいる為、

シュラに閉じ込められていながらも、その影響力が、

世界中に犯罪を増加させる原因となっている、と言われ続け、

マスカレードの幹部達は、常に処刑リストのトップに名を連ねられている。

 

 

「少佐、他の隊への応援はどうしますか?」

 

「我々だけで葬りたいが、難しいかもしれん。

 ミズチとイチノセの部隊へ連絡をしておいてくれ。

 あと、近い隊には誰がいる?」

 

「キュウコ隊、マシオ隊、ミツイ隊が5キロ以内で活動中です」

 

「よし、精鋭が揃ってるな。

 三隊とも呼べ。

 おもしろい…彼らならノクターンが相手でも、なんとかなるかもしれん。

 いいか、戦闘は必ず五人以上で包囲するよう伝えろ。

 三重に陣を組み、二順目はすぐに交代できるように準備。

 外側は、槍兵を多く置け。

 あと近隣の建物に、スナイパーを潜ませろ」

 

「了解、伝えます」

 

小さな街は、1000名以上の傭兵であふれた。

 

「どんな状況だ?」

 

「戦闘開始から、8分。

 現在は、23名が死亡、28名負傷、近戦34名で包囲中です」

 

「…そうか、良くないな…

 今日の私の指揮下に入っている隊は、総員1028名だったな?」

 

「はい、うち19名が負傷で下がっており、14名が伝令中です」

 

「まだ900名以上が戦える状態という事だな。

 逃げられんぞ……ノクターン…」

 

アキヤマは、傭兵団のデータに残っているノクターン戦の、

過去の戦闘状況報告に目を通している。

 

「キュウコ達の三隊が合流したら何名になる?」

 

「三隊が無傷であれば、633名です、合計1500名以上となります」

 

「わかった…

 今、何分経った?」

 

「現在21分経過です」

 

「状況を報告しろ」

 

「はい。

 ノクターンは、建物の中を動き回りながら、戦闘を繰り返しています。

 我が団の被害は…

 …死亡67名負傷85名、45名で包囲中です。

 封鎖中の道路に兵士39名が逃走し、捕獲されております」

 

「…仕方ない事だ、相手はバケモノからな……スナイパーはどうなっている?」

 

「何度も試みましたが、奴の動きが予測不能なのと、味方への被害が出る為、機能していない状況です」

 

「今、戦闘に加わっている隊長クラスの人数を教えろ」

 

「隊長7名、副長12名、

 道路封鎖中 長3名 副6名、

 戦闘中 トガワ隊長以下 副長2名、

 死亡  コウノイケ隊長、オノデラ隊長、 副長3名、

 負傷  イワモト隊長 副長1名」

 

「………30分も経ってないのに…隊長クラス7名と200名近い兵士を倒された…?

 たった一人の道化師に……狂ったサーカスをやりおって…」

 

「少佐、三隊が合流しました。

 各隊長がこちらに向かっております」

 

百人隊長のキュウコが、マシオ隊長とミツイを連れて、司令室に入ってくる。

 

キュウコは、ミツイより3年先輩の百人隊長だ。

青みがかった黒髪の短髪に鋭い目つきは、第一印象で誰もを威嚇する。

粗野な性格だが、面倒見が良く隊員や後輩からの人望も厚い、若手隊長のリーダー的存在である。

先輩の隊長達からは、見た目とその生意気な性格の為に、うとまれている事も多い。

大剣を得意とし、板のようにぶ厚い剣での一撃は、戦斧を超える威力を持つ。

 

マシオは、キュウコと同期の百人隊長だ。

肩まである薄い灰色の髪と整った顔立ちで、女性隊員にも人気がある。

真面目で冷静な優等生タイプな為、勢いをつけ過ぎるキュウコのブレーキ役を担う。

しかしキュウコに言わせると、感情的になり易い自分より、キレた時のマシオの方が危ないらしい。

マシオの扱うスピアは団の中でも、トップクラスの速さを誇っている。

 

「アキヤマ少佐。

 キュウコ隊、マシオ隊、ミツイ隊、総員617名合流しましたよ。

 どうやら、ババ抜きはまだ終わってないようですね?」

 

「ああ、ちょっとジョークも言えん状態になってきた。

 おい、状況を説明してやってくれ」

 

少佐の部下に、状況を聞く三人。

キュウコは、口角をあげニヤつきながら500メートル先の建物をにらむ。

 

「ノクターン…やっぱ噂以上だな。

 だが、こんなビッグチャンスは、滅多に巡ってこない。

 少佐、誰が行きますか?

 せっかく呼んだんですから、俺らに手柄立てさせてくださいよ?」

 

「ああ…

 あと40分程度で、ミズチとイチノセの部隊が来る事になっている。

 だが、正直俺の指示下の隊で、ノクターンを仕留めたいのが本音だ。

 

 ただ、相手は処刑リストのトップクラスに陣取っている大物。

 どんなに勇敢な傭兵でも、戦う事に戸惑いを感じてしまっても不思議はない。

 

 キュウコ、お前の言葉は頼もしいが、

 若く優秀な兵士ほど、勇敢と無謀を同じだと思いがちだ…

 

 もう一度よく考え、もし自分の心に少しでも、躊躇があれば正直に言え。

 これは、決して恥ずかしいことではない。

 むしろ、冷静な判断だと評価する……どうだ?」

 

三人は、何も言わない。

もう心は決まっていると言いたげな表情で、少佐の指示を待っている。

 

「…そうか…どうやら、時間の無駄だったようだな。

 わかった。

 順番や方法は、若いお前たちに任せる。

 三隊とも近戦に入れ」

 

 

「了解!」

 

キュウコは、すぐに少佐に背を向け、部屋を出ようとする。

ハヤる気持ちを抑えきれないようだ。

その姿を見たアキヤマは、背中を向け足早に出ようとする若者達に、言葉をかけた。

 

「…待て。

 重要な命令を、最後に伝えておく。

 お前達は、我がシノノメ傭兵団の中でも、期待の大きい者達だ。

 絶対に無理はするな、まだこれからいくらでもチャンスはある。

 命だけは必ず持って帰ってこい、これは最優先の命令となる。

 いいな?」

 

キュウコが、ゆっくりと振り返る。

その顔は、相変わらず生意気なものだった。

 

「少佐に、俺らの生意気な首だけを見せても、笑ってくれない事ぐらいは、わかってますよ。

 どうせなら、あのふざけた笑える首を持って帰ってきますから、ロッキングチェアにでも座って待っていてください」

 

キュウコは部屋を出る。

マシオとミツイも、少佐に一礼をして出て行った。

 

…死ぬなよ…

アキヤマはつぶやいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シノノメ VS ノクターン2

 

司令室から出た三人は、ノクターン戦への順番決めをしている。

マシオが切り出す。

 

「キュウコ、順番はどうする?」

 

キュウコは、笑いながら並んで歩くミツイの肩を組む。

 

「さすがに、新人のミツイは、最後にしてもらうぜ?」

 

「えぇ?…俺も戦ってみたいです…」

 

「それはわかってるさ。

 でもお前はまだ百人隊長になって間がないし、シノノメ期待のホープだ。

 これからもチャンスは回ってくるさ。

 それに比べ俺達は、百人隊長になって、もう何年も経ってる。

 ここらで良い加減、大きな成果を出して、上に登りたいんだ。

 わかってくれるだろ?

 こんな出世の絶好の機会は滅多に来ないんだから。

 悪いが、ここは先輩達に花をもたせてくれよ?頼む」

 

「…そうですね、わかりました。

 納得はしませんけど先輩方に譲り、サポートに回りますよ」

 

キュウコは、ミツイの頭をポンと叩く。

 

「いいやつだなぁ、ミッチーは。

 んじゃ、隊員は副長に守らせて…

 20名ずつを連れてターゲットの建物に集合だ、

 二人とも、いいな?」

 

マシオとミツイは頷き、それぞれの隊に戻る。

 

三人は、5分後にターゲットの建物の前で集合し、

キュウコが、集まった全隊員に指示を出す。

 

「揃ったな、いいか!今回は隊長の三人で、ノクターンを叩く。

 お前ら隊員は、サポートに徹しろ。

 もし万が一、三人が倒れるような事があれば、迷わず隊へ戻れ。

 わかったか!」

 

キュウコの号令の後、マシオが戦闘のシフトを組む。

 

「まずは、キュウコが大剣で接近戦を仕掛けて、動きを封じてくれ。

 奴の動きが止まったら、隙をついて俺の槍で攻撃する。

 もし、キュウコと俺のどちらかが倒れた時は、ミツイが代われ、いいな?」

 

それぞれ、動きの確認をして、建物に入ろうとしたその時だった。

 

大きな爆発音とともに、9階の窓ガラスが粉々に弾け飛ぶ。

上を見上げると、ガラス片と共に十数人の人間が降ってきている。

 

皆、巻き添えを食わないように、走って避けていく。

 

その時、ミツイは、落ちてくる幾人もの人の中に、奇妙なモノを目にする。

それは、空中で落ちてくる人間を次々に足場にして、飛び跳ねている人間の姿だった。

 

その光景を見ていた誰かが、悲鳴に似た声で叫ぶ。

「ノクターンだ!」

 

地面に激突して、潰れる兵士。

その身体は水風船のように弾けて、真っ赤な血の噴水を吹き上げる。

 

その血は、重力に逆らい、地獄から逆さに降る血の雨だ。

赤黒い血の逆さ雨の中、それはフワリと音も立てずに舞い降りた。

 

ミツイは、生まれて初めて悪魔を目にした。

赤と黒の衣装、頭にはツノが生えたような不気味な帽子をかぶり、顔には白い仮面をつけている。

目元には星と涙の模様、口は笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。

そして、その手には、巨大な大鎌が握られていた。

 

その異様としか表現できない光景を前に、数秒の間、誰一人として、動けるものはいなかった。

 

ノクターンは、動けないでいる周りの傭兵たちを見回して一言呟く。

 

「派手にやりすぎたかナ?」

 

そう言うと、ぼうぜんと立ち尽くす傭兵たちを尻目に、弾かれたように東に向かって走り出す。

 

キュウコは、すぐに声を取り戻した。

 

「奴めっ、逃げる気だ!追うぞ!」

 

その言葉に、傭兵たちも気を取り戻し、ノクターンを追いかける。

 

東の道路には、40名ほどの兵が封鎖しており、マシオ隊の180名も待機をしていた。

 

道路の先で見張りをしていたマシオ隊の兵が、走ってくるノクターンに気づく。

 

「スドウ副長!ノクターンがこちらに向かってきています!」

 

マシオ隊の女副長スドウは、マシオの安否が気になりながらも、急いで兵達に指示を出す。

 

「ひとまず奴を足止めする!

 10名づつで一組になり、壁を作って動きを封じろ!

 無理に仕掛けるな!

 必ず援護の兵が来るだろうから、それまで耐えるんだ!

 決して逃がすな!」

 

スドウの指示により、マシオ隊がノクターンの進行方向を塞いでいく。

 

その光景を目にして、ノクターンは壁の前で止まった。

 

「ナニ?

 まだ遊び足りないのか?

 もう…欲しがりさんだナ?」

 

そう言った瞬間に、閃光が走り一列目の兵は、全員首が弾け飛んだ。

 

その惨劇を見た二列目の兵士たちは、戦意を削がれ瞬時に逃げることを判断したが、

そう判断した頭も、すでに体から切り離されてしまっていた。

 

あまりの出来事に、200名近い兵士たちの壁は、一気に崩れ出した。

スドウは、逃げる兵士をなんとか食い止めようとする。

 

「引くな!堪えろ!

 ……くそっ

 射撃隊、奴を撃て!

 威嚇でもいい、少しでも奴の足を止めるんだ!」

 

後方に備えていた弓兵から、一斉に矢がノクターンめがけて放たれた。

 

ノクターンは、倒れている首なしの死体を掴むと、闘牛士のように人間をひるがえし、矢をかわす。

 

「ヒャッハー!ッオーレイッ!」

 

射撃隊がどれだけ矢を放っても、味方の遺体が無残な姿になっていくだけだった。

ノクターンは、狂った笑い声を上げている。

 

「あー面白いヨ!死んだ兵士たちが、仲間の矢で生まれ変わって、ハリネズミになっていクッ!

 これが、輪廻転成ってヤツだナ!」

 

スドウは、ノクターンの非道な行いに憤慨し、剣を抜いた。

 

「くそっ、外道が!あたしが相手をしてやる」

 

崩れた人の壁の間を抜け、スドウがノクターンに立ち向かう。

 

スドウの武器は剣のため、大カマを持つノクターンとは、リーチの差がある。

 

(奴の間合いに入る前に、剣を突き刺すのは、無理だろう…

 あの大鎌を先に振らせて…スキを作れば…)

 

スドウは、ノクターンの死角に入り、間合いを詰めながら携帯していた投げナイフを一気に二本放つ。

それと同時に全力で踏み込み、一気に剣が届く間合いにつめた。

 

……入った!

 

スドウは、剣を切り上げ仕留めたと思ったが……

ノクターンの大鎌は振られていなかった。

 

スドウが、剣を切り上げたと思ったのは、

ノクターンが、上半身を下に向け、回し蹴りでナイフを蹴り落とし、

その反動を利用しながら、スドウの首を刈り取った後だった。

 

「ノ〜ン……却下。

 そんな発想じゃ、観客は喜ばないヨ?」

 

その瞬間、ノクターンは殺気を感じ、身体をねじるように回転させて、飛び退いた。

その数センチ横で、マシオの槍が唸っていた。

 

「オオッ!良かったよ今のワ!」

 

「貴様っ!よくもスドウを!」

 

なんとか追いついた三人だったが、副長のスドウが首だけになる場面を目撃してしまった。

その哀れな副長の姿を見たマシオは、冷静さを忘れ、感情が身体を動かしていた。

 

ノクターンは、追いつかれてしまった事に、落胆の溜息をつく。

 

「もう追いついたノ?足早いネ。

 こんな所で鬼ごっこなんてやってないで、

 日本に帰って(逃走中)にでも出てた方が楽しいんじゃなイ?」

 

「ふざけるな!許さんぞ、スドウを殺した事、後悔させてやる!」」

 

「おや、ずいぶん怒ってるようだネ?、短気は損気だョ……ン?……損気って何だっケ?」

 

「っ貴様!」

 

突っ込もうとするマシオを、キュウコが手で制する。

 

「落ち着けマシオ!奴の口車に乗るな!」

 

「うるさい!」

 

マシオは、キュウコの手を払いのけ、槍を一気に打ち込む。

 

ノクターンは、上半身をクネクネと動かし槍をかわす。

 

マシオは、間髪入れずに、槍撃を繰り出した。

 

「すごいネ、フゥッ、こんなに、ツォッ、速く、ヌェッ、槍を、リィッ、

 突ける、ケェッ、なんテ!」

 

しかし、槍は全て、ギリギリの所でかわされていた。

だが、最後の一発を打ち込まれた時、ノクターンは大きく飛び退いた。

 

ノクターンの背後を、キュウコの剣先がかすめていた。

 

「……コンビネーションアタック?」

 

「クッ、かわされた!?」

 

キュウコは、完全に自分の間合いに入ったと確信していた為、驚きを隠せない。

 

「手を出すな!キュウコ!」

 

マシオが、キュウコの前をさえぎる。

 

「マシオ!待て、二人でやるぞ!」

 

キュウコの声は、マシオの耳には届かない。

 

「貴様のふざけた首を、スドウの墓前に飾ってやる!」

 

マシオは、槍を高速回転させながら、ノクターンを追撃する。

 

その刃円に触れた者は、一瞬で切り刻まれてしまうため、キュウコは近づけない。

 

「死ねぇ!」

 

槍がノクターンに触れる刹那

 

・・ツィン・・・

 

と、空気の切れる音がして、ノクターンの身体は前のめりになった。

 

次の瞬間、刃円は二つに別れ飛んでいく。

そして、マシオの首がずれ地面に滑り落ちた。

 

「扇風機のようだったネ。

 宇宙人の声をしたかったナ」

 

キュウコは、あぜんとした。

 

が、急にノクターンは大カマを初めて、防御に使った。

 

ミツイが、一瞬で踏み込み、一撃を食らわせたのだ。

 

ノクターンは、その一撃を大鎌で受けると、当て身をしてミツイを後ろに弾き飛ばした。

そして、大鎌を振る間合いをとり、構える。

 

しかし、ミツイは着地の瞬間に再び踏み込んでおり、ノクターンを強襲した。

今度は、受け切れずに、ノクターンが弾き飛ばされる。

 

「………フフッ」

 

ノクターンは、それでも笑っていた。

 

だがキュウコは、ノクターンが怯んだ事を見逃さなかった。

全力を込めて、大剣を斬り下ろす。

 

ノクターンは、バク転でかろうじてかわした。

 

「面白いョ…君……でもチョット…おなかが痛くなってきたから…演技は中止、早退するョ」

 

そう言うとノクターンは、マシオの身体と頭を抱えて、逃げていく。

 

キュウコは、駆け出しミツイに声をかける。

 

「追うぞ、ミツイ!」

 

しかし、ミツイ走ってこない。

 

「ミツイ!?」

 

キュウコが振り向くと、ミツイが、手で押さえている腹部から、血が滴り落ちていた。

 

「どうした!?」

 

「・・すみません、ちょっと腹を・・」

 

ノクターンは、弾き飛ばされながらミツイの腹を切り裂いていた。

 

ミツイは、片膝をついて崩れ落ちた。

 

「ミツイ…しっかりしろ!!救護班を連れてこい!急げ!」

 

ノクターンは走りながら、右肩に違和感を感じ手を当てた。

 

「……ブラッド…」

 

どうやら、ミツイの一撃目を受け切れずに、食らっていたようだ。

 

「ミツイ…とか叫んでたなァ…覚えておくョ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会いたかった

 

 

ロデオソウルズの団員は、山を越える途中の

山中の温泉宿のような所にいる。

 

 

カイトが、片桐を探している。

片桐は、マキオと剣の稽古をしていた。

マキオがロデオソウルズに入団して、9ヶ月が過ぎていた

カイトは、二人の動きを数秒見てから、声をかけた。

 

「………片桐ぃ〜」

 

呼ばれた片桐は、マキオの攻撃をスッとかわし、

足をかけて、マキオを地面に転がした。

 

「っんぐぇっ!」

 

「……カイト…私に何か用ですか?」

 

「ああ、団長が呼んでる。

 あいつらが、戻ってきたんだ」

 

「……あいつら……あぁ、戻ってきましたか…

 わかりました、すぐに行くと言っておいてください」

 

「了解……マキオ、今の動き良かったぜ」

 

カイトは、転がっているマキオに声をかけ、去って行く。

 

「…はぁ…はぁ…こんな状態を見て、どこが良いってんだよ…」

 

片桐は、マキオの手を取り起こす。

 

「いえ、今のは良かったですよ。

 私が避けてからの追い討ちも早かったし。

 足をかけたのも、次の動きがくると、危険だったからですよ。

 やはり、武器を長剣からククリに変えて正解でしたね。

 短剣の方がマキオに合っていますよ」

 

「そうですか?…確かに前より、少しは動きやすい気がしますけど…

 でも、まだこんな腕じゃ敵と戦うなんてできないでしょ?」

 

「う〜ん…相手にもよりますが…まぁ、もっと練習をするに越した事はないですけどね。

 自分に、自信がつくまでひたすら繰り返すのみです。

 とりあえず、私も用ができましたので、今日はここまでにしましょう」

 

「……はぁ…どうも、ありがとうございました」

 

片桐は、建物の中に入って行く。

マキオは、体についた土をはらいながら、離れにある露天風呂に向かった。

 

団が滞在しているこの辺は、山奥の温泉街で、

派手ではないが、趣ある日本家屋風の宿がいくつか点在していて、そのどれもに天然温泉が湧いていた。

ここに来て三日が過ぎた。

今は、団員200名ほどが、この辺りのいくつかの建物に別れ生活していた。

 

マキオは、カイトにずっとここにいられないか尋ねると、

山奥では物資がないから、数日後には移動をするだろうと教えられていた。

 

温泉の扉を開けて、脱衣所で汚れた服を脱ぐ。

かけ湯をして稽古の汗を流し、湯に浸かった。

目を閉じると、木の葉が重なり合う音と鳥の声、湯が流れていく音しか聞こえない。

 

( はぁ〜…まさか、このシュラで温泉に入れるなんて、思ってなかったなぁ。

  これも、団の皆んなが守ってくれるおかげだ。

  俺も、皆んなに何か貢献しなくちゃ申し訳ないよ。

  でも、相変わらず戦闘もできないし、どうしたもんかな…

 

  ていうか、数日でイグニスの都市に向かうらしいけど、

  一体何しに行くんだろう… )

 

そんな事を考えながら、マキオは数十分間、温泉を堪能した。

 

浴衣を着て建物に戻り、情緒ある木の廊下を歩いていると、

向こうから、誰かが走ってくるのが見えた。

誰だろうと思ったが、見分ける時間もなく、その人は凄い速さでマキオに走りより、

飛びついて来た。

 

「うわっ!」

 

マキオは、その人を抱えたまま後ろ向きに倒れる。

何が起きたかわからなかったが、その人を抱えた時の軽さと、柔らかい感触、

甘い香りで、女の子だとわかった。

 

その女の子は、しがみついたまま叫ぶ。

 

「会いたかったよーー!!」

 

そして、胸にうずめた顔を上げてマキオを見ると、その女の子はもう一度叫んだ。

 

「…………お前は誰だーー!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミミミ

 

 

中庭に面した縁側で、マキオとニーナ、そしてミミミが、

腰掛けて話をしている。

 

「ミミミ、お前が勘違いしたんだろ?

 じゃあ、やっぱり悪いのはミミミだよ。

 さぁ、マキオにちゃんと謝るんだ」

 

ニーナが腕を組んで、ミミミを説得する。

 

「……」

 

ミミミは、眉を「ル」の字に、吊り上げ、

そっぽをむいている。

 

ふわふわの桃色がかった明るい髪は、耳の下辺りでくるっと巻いている。

瞳は黒目がちで、少しだけつり上がり、いたずらっ子さを強調している。

 

 

「いゃ……いいですよ、ニーナさん…

 謝ったりするような事じゃ…」

 

三人で話していると、カイトがやってきた。

その右目はプックリと腫れている。

 

「マキオ、ダメだぞ!

 このガキンチョには、いつも苦労させられてんだ。

 ちゃんと謝らせろ。

 そして…俺にも謝れー!」

 

どうやら、カイトの頬はミミミにやられたらしい。

 

「うるせぇー!」

 

ミミミはカイトに向かって置いてあった、救急箱を投げ飛ばし、

凄い速さで逃げ去っていった。

カイトはよけて、ミミミを追いかけていく。

 

「……あ〜ぁ、ミミミちゃん…逃げちゃいましたね…」

 

「ふぅ…ったく、困ったものだ。

 マキオ、どうだ?血は止まったか?」

 

鼻栓を抜くと、ツー鼻をつたってくるのを感じ、

慌てて上を向く。

 

「あぁ、まだみたいですね…」

 

ニーナは、ティッシュをもう一度小さくして、マキオの鼻につめてくれた。

 

マキオは、一番隊隊長ニーナの怖い場面しか見た事がなかったからか、

二ーナに接近され、ドキドキしてしまった。

 

(…ニーナさんて、怒ってないとこんな綺麗な人だったんだなぁ…

 良い匂いもするし……)

 

「……マキオ、どうした?」

 

「…いやっ、あ…ありがとうございます…」

 

「フフ…気にするな」

 

ニーナは立ち上がり、中庭に出ると散らかっている救急箱の中身を拾う。

マキオも手伝おうと立ち上がるが、右目がふさがっている為、ちょっと変な感じだった。

 

「…ニーナさん、ミミミちゃんて何歳なんですか?

 かなり小さいみたいだけど…」

 

「いくつだったかなぁ?

 でも、そんなに子供でもないんだ。

 中学生くらいだったと思うけど…

 マキオ、いいよ座っときな」

 

「あ…すいません。

 中学生か……今ここにいる人達は皆、大人だから、

 友達がいなくて、寂しいんですかねぇ?」

 

「どうだろうな…ミミミは団に来た時から、なんていうか…

 ずっとあんな感じで、反抗ばっかりしてるから。

 街にいた時は、他に子供もいたけど、その子らとも、

 仲良くはなかったし」

 

「でも……僕を殴ったのは…あの…ネロさんと勘違いして…

 抱きついたからって言ってましたけど、ネロさんとは大丈夫って事ですか?」

 

「ああ、ミミミを連れて来たのは、ネロだから」

 

「へぇ…そうなんだ。

 もしかして、ネロさんの…?」

 

「…違うよ、ネロの子供じゃないよ。

 ミミミの親は別の人」

 

「ですよね。

 ミミミちゃん可愛いし、ネロさんとは似てないですから」

 

「何故かは知らないけど、ネロには懐いてる…っていうか、

 まとわりついてるっていうか…」

 まぁ、あれでも最初に比べたら、他の団員にも慣れてきた方なんだ」

 

「そうですか、でもなんだか少し可哀想だな」

 

二人で話していると、中庭に一人の女性が入って来た。

 

「あれ?ミミミは?」

 

「ああ、どっか逃げて行った」

 

「そう…どうしたのその怪我?」

 

その女性は、長い髪を後ろで結び、身体のラインが見える、

忍者のような黒っぽい装束を身につけている。

顔には、動物の仮面をつけていた。

マキオは初めて見る人だった。

 

「…あぁ、ちょっと…」

 

ニーナがマキオの代わりに答えた。

 

「ミミミだよ、ネロと勘違いして、マキオ抱きついたんだ」

 

「あ〜、それで気づいて殴られた」

 

「…まぁ…ははは」

 

「キツネ、お前がちゃんとミミミを見ててやらないからだぞ、

 会議が終わってから、どこに行ってたんだよ?」

 

「ごめんごめん…ちょっとね…

 えっと…初めてだよね、マキオ。

 ふ〜ん……確かに顔も少し…髪が伸びてる感じもネロに似てるかも」

 

「そうですか!?……切っておきます…」

 

マキオは、キツネからネロに似ていると言われ、かなりショックだった。

自分は団に入ってからは、頑張って出来るだけ明るく皆んなに接してきたつもりで、

まさか、ネロのような暗すぎる印象の人と似てるなんて、言われるとは思ってなかった。

 

「あれ?ネロに似てるって言われて、嫌だった?

 マキオもネロの事、好きじゃないんだ?」

 

「キツネ、マキオをからかうな」

 

「フフフ…ゴメンね、ジョーダン。

 でも、ネロもあんな感じだけど、顔は結構イイ感じで、女にはモテるんだよ?

 だから、マキオもね。

 例えばバニ…」

 

「キツネ!

 いいから、早くミミミを捕まえとけよ」

 

「は〜い。

 二ーナ怖いんだからまったく…

 じゃぁね、マキオ」

 

キツネは手をひらひらとさせて、去って行く。

 

「マキオ、ごめんな。

 あいつと会うのは、初めてだったろ。

 キツネは、団長の情報部員でさ。

 仕事柄、団にはあまりいないんだ。

 ちょっと、性格的に人を逆なでする所があってね。

 悪く思わないでくれよ」

 

「…はぁ………二ーナさん」

 

「ん?」

 

「……団員に髪切るの上手い人います?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

散髪

温泉の近くの河原に、マキオとコノハがいる。

 

 

「…このくらいでどう?

 …それとも、もう少し切る?」

 

コノハは、用意してくれた鏡でマキオに写してくれる。

 

「うん……もう少し短くしてもらっても、いいかな?」

 

「わかった…じゃあ、もう少し切るね」

 

風の音と川のせせらぎ、ハサミの動く音が心地よく響いてくる。

お昼過ぎの、ゆっくりとした時間が流れていた。

マキオは、ロデオソウルズに入って、初めて髪を切ってもらっている。

 

「すごいね、コノハは。

 治療だけじゃなくて、髪も切れるなんて」

 

「別に凄くないよ。

 治療は、基本的に柊さんの手伝いだし。

 髪だって、弟が三人いてよく切ってあげてただけから」

 

「そうなんだ。

 それで世話をするのが上手なんだね」

 

「もう…そんなんじゃないよ」

 

コノハは照れているようだ。

コノハとは、バニラと一緒に飲み会をした時に知り合い、普通に話ができる仲になった。

薄い茶色の髪を肩まで伸ばして、セルロイドのメガネをかけた、女の子らしいタイプだ。

医療班に所属してるが、料理係としても働いている。

ロデオソウルズの女の子は、団という場所からか、心なしか気の強目な子が多い。

でも、コノハはとても控えめで、どこかふわっとしていて、一緒にいて落ち着ける感じがしていた。

コノハも、マキオは気を使わずに話せると、言ってくれていて、

なんとなく、同じ空気感を持っているような気がしていて、マキオは嬉しかった。

 

ハサミの音を、小さく響かせながら、コノハが話しかける。

 

「マキオ君、最近ケガする事が増えてきたけど、大丈夫なの?」

 

「ああ、大丈夫。

 戦闘のケガじゃないから。

 少し前から、片桐さんに戦い方を覚えてほしいって言われて、

 指導してもらってるんだ。

 この目と鼻は違うけど…」

 

「そうなんだ。

 無茶しないでね、マキオ君はあんまり戦いに向いてる気がしないし」

 

「うん、自分でもそう思う。

 恥ずかしいけどね」

 

「恥ずかしいなんて……そんな事、思わないで。

 マキオ君だから言うけどね…シュラは……そういう所だから、仕方ないってわかってるけど、

 それでもやっぱり、人が争うっていうのは私…嫌だな」

 

「…うん…僕もそう思う」

 

「私達みたいな人は……本当にこんなトコに来ちゃ、ダメだったね」

 

「……うん」

少しだけ強い風が吹く。

二人は何も言わず、ただ、風がおさまるのを待っていた。

 

日頃は、考えないようにしながら、心の奥にしまっている思いだ。

 

このシュラで、なぜ自分は生きているのか。

なぜ、誰かと争いながらも生きているのか。

償えない苦しみを抱えたまま…

もう…二度と戻れない世界の記憶を抱えたまま…

 

…なぜ……

 

 

「…はい。

 こんな感じでどう?」

 

コノハが見せてくれた鏡に写った自分は、伸ばしっぱなしの髪は短くなり、

決してネロに似てるとは思わなかった。

 

「うん、ありがとう。

 すごくいいよ、さっぱりしたし」

 

「うん。

 短髪も、似合ってるよ」

 

「そうかなぁ…ははは。

 そうだ、何かお礼をしなくちゃね」

 

「もう、いいよそんなの」

 

「いや、そうはいかないよ。

 本当に助かったと思ってるんだ。

 大した事はできないけどさ、料理の下ごしらえとか、片付けとか、

 なんか手伝える事ないかな?」

 

「う〜ん…本当にいいんだけど……

 …何か……えっと…あっそうだ、マキオはポーターだよね?」

 

「うん、何で?」

 

 

「今ね、山奥だから街に物資を調達に行けないでしょ?

 だから、食料の物資も限りがあるの。

 それで節約しないといけなくて」

 

「うん」

 

「それでね今朝、バニラがこの近くで狩猟をするからって出て行ったんだけど、

 もし獲物が捕れたら、一人で運ぶのは大変だと思うから、

 もし良ければ、見に行ってあげてくれると助かるんだけど…」

 

「ああ、全然いいよ!行く行く!」

 

マキオは急に大声を出した為、コノハは驚いてしまった。

 

「わっ…だ…大丈夫?」

 

「うん、すぐ行くよ!

 どっちに行けばいい?」

 

「あ…あっちだけど…」

 

「わかった、じゃあ行ってくるね!」

 

コノハは、急にハイテンションになって、

あっという間に走って行ったマキオを見て、首をかしげた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

木漏れ日

 

 

コノハが教えてくれた方向の山を登って行くと、

何本かの木に紐が結ばれてる。

その紐は、どんどん山の奥に続いているようだ。

 

 

「これ、バニラが通った場所を目印にしてるのかも」

 

そう思い、紐をたよりに山を進んで行く。

30分くらい進むと、近くで川が流れてる音がした。

 

そっと耳を澄ますと、カサカサと何かが動く音が聞こえた。

音の方向を見ると、木の根元に座ってバニラがパンを食べている。

 

マキオはバニラに近づき、声をかける。

 

「バニラ、手伝いに来たんだけど…」

 

バニラは、少し驚いたように目を開いた。

そしてマキオを見て、もう一度驚いたようだ。

 

「…どうしたの?」

 

「さっき、コノハに聞いてさ。

 何か手伝ってあげてって……ん?」

 

「………いや、そうじゃなくて…」

 

バニラは、自分の右目に手を当てる。

 

「……?…目?

 あ、コレの事?」

 

マキオは、自分の腫れた右目を指すと、

バニラは、うなずいた。

 

「たいした事ないんだ。

 ……ちょっとね…

 そ…それより、なんか手伝う事ない?」

 

マキオがはぐらかすと、

バニラは、少し不思議そうな目をした。

 

「あの…狩猟してるんでしょ。

 何か獲れた?」

 

まばたきをして、バニラはうなずくと川の方に顔を向けた。

マキオもそっちを見ると、下に見える川に大きなイノシシが二頭横たわり水に浸かっている。

 

「えっ?アレ獲ったの!

 凄くない!?

 狩猟得意なんだ!」

 

バニラは、手元にあったカバンから、何かを取り出しマキオに見せる。

本だ。

 

【 わたし、解体はじめました 狩猟女子の暮らしづくり 】

 

「コレ見てやったの?

 いや、普通そんなすぐ出来るもんじゃないと思うよ…

 …やっぱ凄いね…

 …で、アレ……運ぼうか…?」

 

「…もうちょっと、待って。

 もう一つ、罠を張ってるから。

 あと少ししたら見に行こう」

 

「…ああ」

 

マキオは、手持ち無沙汰になり、辺りをキョロキョロ見回している。

 

「…ねぇ」

 

ふいに呼ばれて、バニラを見ると、

バニラは、横の地面に手を当て、ポンポンと叩く。

座れって事らしい。

 

「…うん」

 

マキオは、バニラの隣に腰をおろした。

バニラは食べていたパンを半分ちぎって、マキオに差し出す。

 

「…ありがとう」

 

二人は少しの間、無言でパンを食べていた。

午後の光が、木々の間からこぼれ落ちている。

 

(今、バニラと二人っきり、森の中でパンを食べてるんだ。

 それだけで、なんでこんなに幸せな気分になるんだろう…)

 

そんな事を思いながら、少しだけバニラを盗み見ようと思って目を向けると、

バニラが、じっと見つめていた。

 

「え!?」

 

驚いても、やっぱりじっと見つめてくる。

パンをかじりながら。

 

「な……なに?」

 

バニラは何も言わないが、目もそらさないで、マキオの顔を見つめる。

やっぱりパンをかじりながら。

 

何かのプレイですか!?

マキオはしばらくドキドキしていたが、バニラの目線で、彼女の言いたい事がわかった。 

 

「……ケガ…の事?」

 

バニラは、ゆっくりうなずく。

 

「…最近、片桐さんに戦闘を習ってて…

 …よくケガするんだよ…」

 

バニラは、目を反らさずに首を横に振る。

 

「え…ええ?」

 

「……嘘」

 

「…嘘って……稽古だから…」

 

またバニラは、首を振る。

 

「…違うでしょ…

 片桐は、そんな所をケガさせるような稽古しない」

 

……確かにそうだ。

 

彼の稽古は、体や手足を、打ったり擦りむいたりはするけれど、

顔をケガさせるような、下手な事はしない。

片桐は、非常に優れた戦闘指導者だと、素人のマキオにも十分わかっていた。

 

「…嘘です」

 

「……誰かとケンカしたの?」

 

「……違うよ、ケンカなんてした事ないから」

 

「……」

 

マキオは、言いたくなかった。

ミミミにやられた事は、どうでも良かったが、

誰かと勘違いされた、と言ってしまうと、誰?と聞かれるかもしれず、

バニラの前で、その名前を口にしたくなかった。

 

バニラは、つぶやく。

 

「…どうして隠すの?」

 

「………」

 

バニラは、ほんの少し寂しそうな顔をした。

その顔を見て、マキオは凄く胸が痛んだ。

バニラに、そんな顔はさせたくなかった。

 

「…言うよ…

 ほんとに、たいした事じゃないんだよ?……」

 

「……」

 

バニラは何も言わず、マキオを見つめる。

 

「さっき、廊下でね……ミミミちゃんに殴られたんだ」

 

「……どうして?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……いやらしい事したの?」

 

「ちょっと!

 そんな事しないって!」

 

マキオは、思わずバニラに触れそうになる位、近づいてしまった。

 

「……冗談だよ」

 

「……バニラぁ……冗談きついよ…

 俺は……今日初めてミミミちゃんと会ったんだけど、

 ミミミちゃん…俺を……誰か…と勘違いしてたみたいで、

 抱きついてきたんだ。

 でね…ミミミちゃんは、すぐに間違ったって気づいてさ、俺を殴っちゃったってワケ」

 

「……誰と?」

 

(ホラ…来た…。

 やっぱそうなるよねぇ……。

 ……はぁ…仕方ないか…)

 

「………ネロさん」

 

バニラの顔には、一瞬だけ影が差した気がした。

ただの、日差しのいたずらかもしれないが…

とにかく、その一瞬をマキオは見逃せなかった。

 

「……」

 

「……」

 

「………クスッ」

 

「え?」

 

「アハハハハハッ」

 

バニラは、爆笑している。

マキオは驚いた。

いつも、ほとんど無表情なバニラが爆笑する姿なんて、見た事がなかった。

お腹を抱えて笑っている。

涙も流している。

 

「な……何か…そんなに面白かった?」

 

それでもバニラは、笑い転げている。

マキオは、笑いが収まるのをまつしかなかった。

 

しばらくすると、バニラは涙をふいて、フウっと深いため息をついた。

 

「……ごめんね」

 

「…いや、いいけど…」

 

「……だからか」

 

「…?」

 

マキオはバニラの言葉の意味が、わからなかった。

 

バニラはマキオを、また見つめている。

涙に濡れた目で、少し微笑みながら。

 

その目線を追うと、マキオの頭を見ている。

 

「……はっ!!」

 

マキオは、やっと気づいた。

 

バニラは、自分の頭を見て笑ったんだ。

 

………だからか……

 

その意味も、わかった。

 

バニラはどうやら、すぐに見抜いていたんだ。

 

自分がネロと似てるって言われたから、

それが嫌で、

すぐに髪を切った事に。

 

マキオは、恥ずかしくて真っ赤になり、

顔をふせた。

もしかして、ネロに嫉妬してるのもバレたのかも…

恥ずかしすぎる。

 

すると突然、バニラがマキオの髪をなでた。

 

「え?」

 

ビックリして、バニラを見る。

 

「……似合うよ」

 

 

木漏れ日の降る森の中。

 

バニラは、きらきらと笑っている。

甘い匂いと、柔らかい手の感触。

 

マキオの心にも、柔らかな木漏れ日が降っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミミミと…

 

片桐とマキオは、剣の稽古をしている。

 

「では、今日はこれで終わりましょう」

 

「……ハァ…ハァ…ハァ…ありがとう…ございました」

 

「フォームが綺麗になってきましたね」

 

「…ハァ…ハァ…そう…ですか?」

 

「ええ。

 マキオさんは、真面目な方ですね。

 朝晩、毎日剣を振ってるんでしょ?」

 

「…えぇ!?……片桐さん……毎日、見てたんですか?」

 

「いいえ。

 男性を朝から晩まで覗く趣味は……まだ持ってません」

 

「…そうですか……じゃあどうして?」

 

「この場所に来て2週間、マキオさんの短剣の技術はかなり伸びました。

 毎日一緒に剣を交えていれば、相手がどの位の事をやっているかは、

 だいたいわかりますよ」 

 

「…凄いですね」

 

「とりあえず、今まで伝えた事を忘れずに身体に刻みこんでもらえれば、

 きっと簡単にやられる事はなくなりますから、頑張ってください」

 

「……もしかして、稽古は卒業でいいんですか!?」

 

「いいえ。

 明日もやりますよ」

 

「……じゃあ、終わりの雰囲気を出さないでくださいよぉ。

 気持ちが折れますから」

 

「折れた所で、無理矢理でもやってもらいますから、

 問題ありませんよ?」

 

「俺、そんな戦闘に向いてないと思うんですけど…」

 

「そうですか?

 気持ちの面はわかりませんが、筋はいいので期待してるんですよ?」

 

「…でも、この団には強い人いるから、俺じゃなくても良いんじゃないかなって思ったり…」

 

「そうですが、もしバニラさんが危険な目にあった時、

 弱いから助けに行けないって事になるのは、嫌じゃありませんか?」

 

「!!」

 

マキオは、慌てて辺りに誰もいないかを確認した。

 

「ちょっと、片桐さん!

 いきなり何を言い出すんですか!」

 

「私は、この戦闘技術がマキオさんの為にもなると伝えたかっただけなんですが?」

 

「もう…個人名を出すのは、やめてください!

 二度と逆らわずに必死で稽古します!」

 

「よろしくお願いしますね。

 では、また明日」

 

 

マキオは、いつも通り、温泉で汗を流した。

露天風呂に浸かりながら、景色を見ていると、

河原で、ミミミが石を投げてるのが見えた。

 

(ミミミちゃん、一人で遊んでるのか…)

 

しばらく見ていると、ずっと石を投げ続けている。

ミミミとは、あの日以来、会っていなかった。

なんとなく、可哀想な気がしていたのだが、わざわざ自分が会いに行くのも、

どこか大げさな気がして、そのままになっていた。

 

(よし!)

 

マキオは急いで服を着て、河原に出て行った。

 

「ミミミちゃん」

 

ミミミは振り向いてマキオを確認すると、少し驚いたが、またすぐに石を投げ出した。

 

「あの……覚えてる?」

 

「………」

 

「俺…マキオって言います」

 

「………」

 

マキオは、何を言ったらいいのかわからなくなって、

ただ、そこに腰を下ろした。

何も言わず、ミミミが石を投げているのを見ていた。

 

( ミミミちゃん、中学生くらいっていってたなぁ…

  俺が、中学生の頃はどうだったかな?

  友達はいたけど、親友ってほどでもなかったかな。

  高校に入ったら、全然連絡とらなくなってたし。

  彼女なんて、架空の存在だったもんなぁ。

  UMAと同じレベルだったし。

  あの時代を青春なんて呼びたくないよ。

  何やってたかなぁ…陸上部だったから、ひたすら走ってたなぁ。

  でも、特別早くもなかったから、大した結果も出ずに終わったな。

  楽しかったかって聞かれたら、まぁ普通って答えるだろうな。

  今となっては、記憶も曖昧だし。

  ミミミちゃん…友達とか欲しかったりするのかなぁ?

  でも、いきなりオジさんが、友達になろうって言ってきたら、

  ドン引きするよなぁ…

  やめとこう。

  変態だって思われたくないし… )

 

 

二人は何も話さないまま、20分以上が過ぎた。

それでも、まだミミミが投げる石をただ見ていた。

 

 ( 周りの同級生は何してたかなぁ?

   ……………

   ヤベェ、全然覚えてないや。

   俺って、こんなに周りの事を気にしないで

   生きてたんだな。

   好きな子はいたけど、一度も話しかけた事もなかったし。

   もし、話しかけてたらどうなってたかな?

   普通に話して終わりか、キモいと思われるか、

   その位しか浮かばないや。

   ミミミちゃんは、好きな人とかいないのかな?

   周りは大人ばっかだし、いないかな?

   でも、女の子は年上の男が好きだったりするから、

   いたりするかもなぁ。

   でも、親しくもないオジさんに、好きな人いるの?

   って聞かれたら、ホラーだよなぁ…

   やめとこう。

   変態だって思われたくないし… )

 

マキオは、ただボーッとミミミが投げる石を見ていた。

 

そして、40分が過ぎた時、マキオは自分の目を疑った。

 

ミミミが投げた小石は、大きな岩に当たり、その大岩は割れ、轟音を立てて川に落ちた。

 

驚いてミミミを見ると、口のはしが上がっている。

 

 

( こいつ、わざとだ。

 

   今思い出すと、この子、ずっと同じ所に石を当て続けてた。

   そして、大岩を割ったんだ。

 

   可愛い女の子が、寂しがってるんじゃなかったんだ……

 

   ただの、バケモンだったんだ! )

 

 

マキオは、開いた口が本当にふさがらなかった。

 

ミミミは、そんなマキオを振り返って、

 

「フンッ」

 

と自慢げに笑った。

非常に人を馬鹿にした笑顔だった。

 

「オッさん、なんか言う事ないの?」

 

「す…すごいっすネ」

 

「おっさんもね」

 

「……俺?……なんで?」

 

「女の子が、石を投げてるのを、後ろから40分以上もずーっと見てるって、

 MAXの変態だよね」

 

「……………………」

 

嗚呼……何も言わなくても……変態って思われたなぁ……

 

……でも……

 

返す言葉もないなぁ………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣り

 

食料節約の為、調理班長のエリーに頼まれ、

マキオとカイトは、川で釣りをしている。

大きな岩の上から、二人並んで竿を立てている。

 

「ぜんぜん釣れないなぁ」

 

カイトはぼやく。

 

「そうだね」

 

マキオは、針を上げて餌がついているか、確かめている。

 

「マッキーはさぁ…釣れなかったら、何してくれんの?」

 

「は?何してくれるって…どういう事?」

 

「罰ゲームだよ、決まってんじゃん」

 

「そんなの聞いてないよ…何もしないし…」

 

「え〜…ノリ悪いなぁ」

 

「じゃあ、カイトは釣れなかったら何してくれるんだよ?」

 

「好きなヤツ教えるよ」

 

「マジで!?」

 

マキオは、ビックリして川に落ちそうになった。

 

「カカカッ、何してんだよ、もう…

 落ちたら魚が逃げちゃうじゃん」

 

「いや…カイトがビックリさせるから…」

 

「別にビックリさせてないし。

 マキオが勝手に驚いただけだろ?」

 

「マジで教えてくれんの?カイト?」

 

「ああ、いいよ」

 

「そっかぁ…じゃあ俺も恥ずかしいけど、負けたら言うよ」

 

「マキオは言わなくていいよ」

 

「は?なんで?」

 

「だって、マキオはバニラが好きなんだろ?」

 

「え〜!ど…どうして?…なんで?」

 

「カッカカカ…いや、知ってるし」

 

「誰に聞いたんだよ!」

 

「別に誰にも聞いてねぇよ。

 聞かなくても、みんな知ってんじゃないの?

 見てりゃわかるじゃん」

 

「マジかよ……」

 

「え?みんなにアピってたんじゃないの?」

 

「違うよ!

 もう…やだなぁ…」

 

「へぇ…天然だなぁ…マッキーは」

 

「誰が天然なんだよ!

 っていうか、カイトはマジで負けたら教えろよ!」

 

「いいよ〜別に〜」

 

「なんでそんな余裕なんだよ…

 カイトみたいな騒がしいタイプは、魚釣れないと思うけどなぁ…」

 

「じゃあ、今からスタートして、先に釣った方が勝ちな。

 よーいスタート!」

 

スタートと同時にカイトは、マキオの竿の先に石を投げた。

大きな水しぶきが上がるのを見て、カイトは笑っている。

 

「もう!やめろよ!まったく……

 でも、カイトも好きな人なんて、いるんだなぁ…

 誰なんだろう?」

 

「いるし。

 普通だろ」

 

「いや、ぜんぜんそんな話しないから、恋愛とか興味ないと思ってたよ」

 

「そんな男同士で、あんまりそういう話しないっしょ?

 ガキじゃないんだから…」

 

「そんな事ないよ…お酒飲んでる時とか、

 みんな、よくそんな話してるよ?」

 

「みんなって?」

 

「タイジも、コータローも、タツヤなんか彼女いるのに、

 誰が可愛いとか、しょっちゅう言ってるじゃん」

 

「だから、ガキなんだろ?あいつらは…」

 

「カイトもあんま歳は変わらないだろ?」

 

「精神的な話をしてんだよ。

 あいつらは、頭ん中がガキなの」

 

「…ガキねぇ…よくわかんないけどさ」

 

「マキオは、何でバニラがいいんだよ?」

 

「…それは……い…色々だよ…」

 

「あいつ、オッパイ小っせぇーじゃん」

 

「はぁ〜!何言ってんだよもう…

 そういう問題じゃないんだよ…

 まったく…ガキなのは、カイトの方だな…」

 

「だって、顔が可愛いヤツなら、他にもいるだろ?

 ミミミとか…ニーナとか…」

 

「なんで、そんな極端な人を例に出すんだよ…

 可愛いとか言っちゃ問題がありそうな二人を出すんじゃないよ」

 

「バニラか……う〜ん…

 守ってもらえそうだからとか?

 あいつ強いからなぁ…」

 

「違うよ……

 そうならないように、今頑張ってんだよ」

 

「ん?どういう意味?」

 

「だから…何かあった時には、

 俺がバニラを守ってやれるように、苦手な戦闘の稽古をしてるんだからさぁ…

 守ってもらえるとか、言わないでくれないかなぁ?」

 

「……ふ〜ん……そんな動機で、

 稽古してたのかぁ…」

 

「そんな動機って!…そ…そういうワケじゃないけど……片桐さんにも、

 好きな人がヤバい時に、弱いままでいいのかって、言われたし…

 やっぱ、男なら好きになった人を守りたいってのは、本音だよ。

 だから、頑張ってんの」

 

「…………」

 

「……ん?なんで何も言わないんだよ?」

 

「……別に」

 

「………なんだよ…無理だって思ってんのか…?」

 

「………思ってねぇよ…」

 

「……嘘だ!

 俺なんて、強くなれないって言いたいんだろ!

 自分で………死のうとしてたくせに……

 それさえ…まともに出来なかった俺なんて……

 カイトが助けてくれなきゃ、何も出来ないって思ってんだろ!?」

 

「………」

 

「……俺だってなぁ…カイトみたいに強くなれるなんて思ってないよ…

 たださぁ……皆んなの、足手まといにはなりたくないんだ…

 みんな………こんな俺と……仲良くしてくれるから……

 だから……迷惑は掛けたくないだけなんだよ…

 こんな俺だって…」

 

「足手まといなんかじゃねぇよ!

 そんな風に……誰も思ってねぇよ!!」

 

「………何…怒ってんだよ…?」

 

「………怒って…ねぇよ」

 

「…………」

 

「……なぁ……足手まといなんて………言うな…

 マキオがいてくれて、俺もすごく助かってるよ…

 お前みたいに、いいヤツは…このシュラにはあんまいねぇから…

 だから…マキオがいてくれるだけで、俺は救われてるんだよ…

 だからさぁ……そんな事……寂しい事、言わないでくれよ…」

 

「………ああ、わかったよ…

 …ごめん…」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……なんだよカイト、まだ怒ってんのか?」

 

「………」

 

「…………誤っただろ?

 カイト…許せよな?」

 

「…………黙ってろよ」

 

「なんだよそれ!」

 

「うるせぇって!」

 

「お前!」

 

マキオが怒って立ち上がると、カイトも立ち上がる……が、竿を持ち上げながらだった。

 

カイトの竿の先には、キラキラと輝くニジマスが引っ掛かっていた。

 

「……は?」

 

「へへへっ…俺の勝ちだ」

 

「…………なんだよ…それ…」

 

「この勝負、俺の勝ちだー!

 

 おらーー!約束だーー!

 マキオーー!

 

 チンコ見せろーー!!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

旅館の一室、綺麗な枯山水の中庭が見えている。

大きな和室をぐるりと囲むように、中庭に面した板張りの廊下が黒光りしている。

そこに、机と椅子を二脚置いてある。

片桐副団長は椅子に腰掛け、地図とノートを広げ、額に左手の人差し指を当て、

何かを思案している。

 

ふすまの向こう側で、声が聞こえた。

 

「どーぞ」

 

片桐が答えると、柊が入ってきた。

 

柊は、ロデオソウルズの医療班長だ。

男達の間で、ロデオソウルズの色気担当などとも言われている。

いつも濡れているような艶やかな長い黒髪と、アンニュイな表情で、

意識的か無意識かわからないが、常に男達を勘違いさせている。

医療班でありながら、匂い立つような大人の雰囲気と、自然な流し目という、

最も強い毒を持っている。

 

その柊は、着物姿だった。

 

「コーヒー、置いておきますね」

 

和室のテーブルに、コーヒーとクッキーの入った皿を置いていく。

 

「ありがとう」

 

柊は、部屋を出ていこうとすると、

 

「柊さん」

 

片桐は呼び止めた。

 

「?」

 

柊は、振り向き片桐を見つめる。

 

「今、忙しいですか?」

 

「……いえ…特には…」

 

「少し、話しませんか?」

 

「……ええ、いいですけど…」

 

柊は、少し不思議そうな顔をしながら、

片桐に近づき、板張りの横の畳に腰を下ろす。

 

「着物、お似合いですね」

 

「…あら…ありがとうございます。

 少し前に、ここで見つけて……

 でも、やっぱりちょっと恥ずかしいですね」

 

柊は、少しだけ恥ずかしそうに笑っている。

旅館の中に、綺麗なままの着物がいくつか置いてあり、

数日前にエリーがたまたま見つけて、何日か陰干しをし、今日着付けてみたのだった。

 

「私だけじゃないんですよ…今日、着物を着てるの。

 エリーも、コノハも着てるんです。

 見ませんでした?」

 

「いえ、まだ拝見してません。

 是非、お二人にも時間が空いたら、見せに来て欲しいと伝えてください」

 

「ええ、伝えておきますね」

 

「でも、着物は着付けが大変だと聞きますが、

 誰か知ってたんですか?」

 

「ええ、大変でした。

 誰が知っていたと思います?」

 

「う〜ん、これは難問ですねぇ…」

 

「でしょ?

 ウフフッ…こんな遊びのクイズに付き合ってくれるなんて、

 副団長も意外と子供なんですね?」

 

「ははは、やめて下さいよ。

 私はただ、勝負を挑まれたら、受けずにはいられないだけの、

 ……立派な大人ですよ?」

 

「あら…少年ぽさって…魅力的ですよ?」

 

「そうですか…?

 しかし……着付けかぁ…」

 この旅館にいるのは、幹部ばかりですから、

 幹部の中の誰かが着付けを知ってたって事ですよね」

 

「ええ…着付けができるような、おしとやかな人、

 いなさそうですか?」

 

「いいえ、とんでもない。

 誰が出来ても不思議じゃないですよ…

 …淑女ばかりが揃っていますから」

 

「えぇ?…本気で言ってます?」

 

「……一部…訂正しておきましょうか」

 

「まぁ…誰が訂正されたのかしら?」

 

「それは、さておき…

 …是非、当てたいなぁ…

 ヒントは頂けませんか?」

 

「……そうですねぇ……意外な方かも?」

 

「……意外…ですか…」

 

「さすがに、聡明な副団長でも、難しかったみたいですね」

 

柊は、決断力の早い片桐の珍しく悩む姿が見られて、嬉しそうだ。

 

「降参されますか?」

 

「ははは、やめて下さいよ。

 私は、降参とピーマンが嫌いな……立派な大人なんですよ」

 

「あら……そうでしたね。

 ウフフフ」

 

「よし、推理しますよ?

 この旅館にいる女性は、

 …団長、ニーナ、バニラ、エリーさん、コノハさん、柊さん、キツネ、ミミミ、

 の八人ですね。

 まず、着付けが出来そうなイメージの方は…」

 

「あれ?誰もが出来そうだったのでは?」

 

「この言葉は、私の心の声ですから、聞かないでくださいね?

 出来そうなのは…エリーさん、コノハさん、柊さん、ですね。

 

 残る候補は五人…キツネは忍びのような衣装を着けてますから、

 意外ではないので、外します。

 

 ミミミが、皆さんと仲良く着付けをするとは思えませんから、

 外します。

 

 ニーナは、着付けどころか、いつも裸同然の格好をしてますから、

 外します。

 

 となると、団長とバニラの二択が、意外というカテゴリーに当てはまりますね」

 

 

「なんだか……凄く正しく聞こえるんですけど……全て偏見と勘ですよね…」

 

柊は、遊びのクイズに真剣に望んでくれる片桐を、好ましく思いつつも、

軽い恐怖を覚えた。

 

「……柊さん…」

 

「はい?」

 

「当たった時には、何かご褒美を頂けるんですよね?」

 

「ご褒美?

 差し上げるものが、あればいいのですが…」

 

「では、キスを頂きますが、よろしいですか?」

 

「……今それを言うなんて……

 あっ、この言葉で私が動揺したら、正解に近いって考えてるんですね?」

 

「ははは、そんな姑息な手は使いません。

 ただ、どんな生き物でも、目の前に獲物がぶらさがってれば、

 執念という、見えない力で、勝利を嗅ぎ分ける事ができるんです。

 唇を頂いて、構いませんね?」

 

「………」

 

柊は、動かずに片桐を見つめている。

それを見て片桐は、微笑む。

 

「沈黙は是なり。

 ありがとうございます。

 正解は………団長ですね?」

 

「……どうして?」

 

「……さぁ?」

 

「今まで理論的だったのに……最後の理由は教えてくれないんですか?」

 

「……勘ですよ…

 

 ……正解……ですか?」

 

「……」

 

柊は何も言わずに立ち上がり、片桐を濡れたような瞳で見つめている。

 

片桐は、少しだけ目を細めて、柊を見つめる。

そして、ゆっくりと自分も立ち上がり、柊に近づく。

 

中庭には、音も立てずに霧雨が降りてきていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アドバイス

 

旅館の一室。

片桐が、椅子に腰掛け、冷めたコーヒーを口にしている。

 

霧雨の煙る日本庭園の中庭を眺めていると、

カイトが中庭に入って来た。

 

カイトは、何も言わず池の辺りに佇む。

 

「……?…カイト…何か?」

 

片桐が座ったまま尋ねるが、カイトは答えない。

 

いつもは、軽くフワッと風にそよぐ綺麗な髪も、

今は霧雨にしっとりと濡れ、毛先に雫が憩う。

 

「…?」

 

片桐は、いつもと様子の違うカイトを見ていると、

小さく何かをつぶやいたように見えた。

 

片桐が、靴をはき中庭に降りて、カイトに近づく。

 

「………水も滴るいい男と言いますが……

 今の私には、その色気は必要ありませんが…?」

 

カイトは、何かをつぶやいた。

 

「………を出すナ」

 

「?」

 

カイトの声は片桐には届かなかった為、片桐はもう一歩カイトに近く。

 

……と、その瞬間に閃光が眼前を走る。

 

片桐は上体を少しだけ反らして寸前で刃をかわし、腰のサーベルを抜き払う。

 

カイトは体を前に入れ、サーベルより先に片桐の右横に移ると、ナイフを逆手に持ち替え、

首筋に突き立てる。

 

とっさに片桐はサーベルを放し、ナイフを持つカイトの左手を払い、軌道をそらせながら、

左の脇腹に膝を入れる。

 

カイトは、払われた手の反動で体をひねり、回し蹴りを放つ。

 

片桐は、蹴りを左手で受け反動で後ろに押しやられながら、次の追い討ちに備え、

腰から短剣を抜き、構えた。

 

一連の攻防は、一瞬の間に行われたが、互いの間合いを嫌う事で、

動きが止まった。

 

互いに、言葉を発さず、瞬きもしないまま数秒が過ぎる。

 

片桐は、先に短剣を収めて両手を広げ、無抵抗を示した。

 

「……カイト……戦闘訓練は…予約を入れて頂きたいのですが…?」

 

「………何のつもりだ…」

 

「?」

 

片桐は、何の事かわからないと言う感じで、目を細めた。

 

「……今度のおもちゃは…マキオか…」

 

片桐は、何かを察して静かに息を吸って、鼻から抜いた。

 

「………何を言うかと思えば、そん…」

 

「アイツだけで十分だろ……?」

 

片桐をさえぎったカイトの言葉に、片桐は黙って目を閉じ、

右手で左の肘を支え、左手の人差し指を額につけた。

 

カイトはまだ続けた。

 

「…十分…間に合ってるだろ…」

 

「………」

 

「……俺のモノを奪うな…」

 

片桐は目を閉じたまま、口だけを動かす。

 

「あなたの……モノではない」

 

カイトは、無視して喋る。

 

「まだ足りないか?」

 

「………」

 

「バニラを…利用してまで…おもちゃが欲しいか……?」

 

片桐は、目を薄く開いたが、喋りはしない。

 

「あの時…オレは……何も言わなかった」

 

「………」

 

「最初で最後だと思ったから…」

 

「………」

 

「…二度は…許さない」

 

「………」

 

「伝えたぞ……?」

 

薄く開いた瞳だけを、カイトに向ける。

 

「………脅し…ですか?」

 

「…アドバイスだ……」

 

カイトは足元に落ちていたサーベルを蹴る。

サーベルは、片桐の頰をかすめ、土壁に突き刺さった。

片桐は、瞬きもせずにカイトを見つめる。

 

カイトの瞳には、光が映っていなかった。

 

「……じゃあな」

 

カイトは立ち去っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捜索

 

マキオは、この山奥の村に来て毎日、片桐副団長に戦闘の稽古を

してもらっていた。

おかげで、以前より遥かに戦闘技術は向上した。

 

数日前、カイトと釣りをした次の日から、訓練はなくなった。

理由は、団長と副団長、情報部のキツネが、次の街へ下調べに行き、

不在となった為だった。

 

しかし、マキオは自主的に戦闘訓練をしていた。

だが、それだけでは満足のいく内容にならないと思い、

カイトに稽古を頼んだが、めんどーだと断られた。

断った時のカイトは、妙に冷たい感じがしていた。

 

仕方なく、河原で一人で戦闘訓練をする事にした。

片桐に何度も習った動きを、ひたすら一人で繰り返す。

一時間ほど集中してから一息つき、川の水を飲んで振り返ると、

後ろでバニラが見ていた。

 

「…バニラ!…どうしたの?」

 

「…別に……ただ見てただけ」

 

「見てた?俺を?」

 

バニラはうなずく。

 

「いつから?」

 

「30分くらい前」

 

「ええ?…声かけてよ」

 

「…真剣だったから」

 

「ああ……そう……少しだけさぁ、スムーズに動けるようになった気がするから、

 今のうちに身体に刻み込みたくって…ごめんね、気付かなくって」

 

バニラは、首を横に振って、

 

「……動き……すごくいいと思う」

 

「……ホント?」

 

バニラはうなずいて立ち上がると、腰の剣を抜いた。

 

「…え?…もしかして、稽古してくれるの?」

 

バニラは構えて、うなずく。

 

「……ありがとう……じゃあ、行くよ!」

 

それから、一時間ほどバニラは稽古に付き合ってくれた。

初めてバニラと剣を合わせたが、バニラの剣技の美しさに、驚かされた。

もし、自分が切られて死ぬなら、ぜひバニラに切られたい。

そう感じさせる美しさだった。

 

「……ハァ…ハァ…ごめんねバニラ、つき合わせちゃって」

 

バニラは剣をしまい、首を横に振る。

 

「……すごく強くなってる」

 

「ありがとう…バニラにそう言ってもらえると、嬉しいよ。

 …でも一本も取れなかったな」

 

バニラは、少しだけ微笑んでくれた。

 

 

その日の夜、ある事件が起きた。

 

団の子供が二人、村の子供が三人いなくなったのだ。

 

この村には、元々3組の家族が自給自足で暮らしている。

その家族らと、ロデオソウルズは交渉をして、しばらくの間、

村に住ませてもらっていた。

 

その家族の子供と、団にいる子供が仲良くなり、

五人で遊んでいたが、親たちが夕方過ぎても子供が帰ってこないと、言ってきたのだ。

 

今は、団長と副団長が不在の為、

こうした有事の時には、一番隊の隊長ニーナが指揮をとる事になっている。

 

ニーナは、50人の団員を集め、捜索をする事にした。

団員は、街にいた時の5分の1ほどになっていた為、

多くの人員を用意できなかった。

 

今の時刻は、すでに19時を過ぎている。

山は完全に暗闇となり、大変危険な状況となっている。

 

「今から、この50人で手分けして、五人の子供を捜索する。

 各十名ずつで組みになり、範囲を決めて捜索にあたってくれ。

 

 ただし、注意してもらいたい。

 山の中は完全な暗闇で、視界はひどく悪い。

 野生動物も多く…皆知っているだろうが、キメラも出現する可能性がある。

 もし、遭遇した時には、必ず逃げるよう命令しておく。

 決して、二次被害を出さぬよう、気を付けて行動してくれ」

 

団員は、決められた捜索区域に分かれていった。

 

マキオはバニラを隊長とする班に入り、捜索に出た。

 

バニラは森で迷わないように、目印と松明を木に付けながら、進んでいく。

そして、所々に水と缶詰を設置し、

もし子供が見つけたら、食料を手に出来るようにしていった。

 

大声で呼びかけながら進むが、一時間以上経過しても、状況は変化しなかった。

それどころか、雨まで降り出し、最悪の状況となっていった。

 

二時間捜索をした所で、バニラは少し休憩を取る事にした。

 

マキオはバニラに近づき、話をする。

 

「バニラ…あのさ、キメラって確か初日に話してくれた化物の事だよね?

 生物兵器の実験で作られたっていう……」

 

「…うん…数も少ないし基本的に山や森にしかいないから、普通は出会う事はない。

 でも、夜には活動的になるから……だから、絶対に夜は山に入っちゃいけないって、

 子供達も皆んな知ってるはずなんだけど…」

 

マキオは闇雲に探しても、見つかる可能性は低い気がしていた。

子供でもキメラの事を知っているなら、当たり前に山の中にいるとは思えなかった。

雨も降ってきてるし、どこかに隠れてるんじゃないかと考えた。

 

「……あのさ、バニラ……狩猟をやってた時に、この辺を歩き回ってたと思うんだけど…」

 

バニラはうなずく。

 

「その時に、村以外に建物とかなかった?

 山小屋とか物置小屋とか…」

 

バニラは少し考えながら、

 

「………かなり離れた所に…壊れかけの神社があったけど…」

 

「もしかしたら、そこに隠れてないかな?

 場所とかわかる?」

 

バニラは強くうなずき、立ち上がって出発の指示を出した。

 

それからもう一時間ほど歩くと、暗闇の中に、何か人工物のようなものが見えて来た。

それは、石の階段だった。

松明で照らすが、頂上は見えない。

かなりの段数がありそうだった。

何段か登った時に、マキオは変な違和感を感じ、立ち止まる。

 

「バニラ……何か……いるかも」

 

バニラは、階段の途中でとまり、みなに火を消すように指示した。

辺りは暗闇に包まれ、音は雨にかき消されてしまい、何も聞こえてこない。

 

それでもマキオには、何かがいる気がしてならなかった。

バニラは、カイトからマキオの感覚の鋭さを聞いていた為、

疑う事なく、信じていた。

 

バニラは、剣を静かに抜き、階段を確かめるように一段ずつ登って行く。

少しづつ暗闇に目が慣れてきた。

しばらく登って、やっと頂上が近くなり、建物のシルエットが闇の中に浮かんできた、

その時……建物の前に、巨大な何かがうずくまっているのがわかった。

バニラは、手で皆を制し、歩みを止めさせた。

 

……キメラだ

 

誰もが、直感でそうわかる程の異様さだった。

 

皆はしばらく、動かずにいたが、相手も近づいてはこない。

十メートル以上離れているが、その大きさは、クマなどの比ではなく、

大きな象を、もう二回りほど大きくしたほどの巨大さだ。

明らかに、野生にいる動物の大きさではなかった。

形は熊に似ているが、体毛がなく皮もないような感じで、

筋のようなものが、全身を覆っている。

腕は特徴的で、アンバランスに太くて長く、人の手の形をしていた。

 

だが、マキオはふと、ある事に気がつく。

建物の中にチラチラと、明かりのような物が見えている気がする。

……何かがおかしい。

マキオは、そう感じた。

明かりがあるのなら、誰かが中にいるのだろう。

だが、それならなぜこの巨大な化物は、ここにいるのだろうか?

………

もしかしたら、と思いバニラに小声で話しかけた。

 

「あのデカイの……もしかしたら、もう…」

 

バニラは、少し考えてからうなずくと、二人はそいつに近づいて行く。

すると、強い刺激臭がしてきた。

そして、剣が届く距離までくると、二人にはわかった。

 

その化物には、頭がなかった。

すでに生きてはいなかったのだ。

 

バニラは急いで、建物の中に入る。

中には、囲炉裏があり火が焚かれていて、周りに五人の子供たちが眠っていた。

皆が、子供たちを背負い、急いで村に帰って行く。

ただマキオは、その光景を見ながらも、違和感が消えなかった。

 

キメラは死んでいたのに、あの時の気配は何だったのか…

そして、誰が……このキメラを……

 

部屋の中には、かすかにタバコの匂いがしていた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ステイゴールド

 

山から降りたロデオソウルズは、イグニスの小さな街にいた。

 

今、団員が二百名しかいないロデオソウルズは「ステイゴールド」という団に身を寄せていた。

 

この団の団長メイジは、八雲団長と知り合いだった。

 

八雲は、イグニスの中心都市に行く為の道を探している状態だったが、

どの道を通っても、危険な巨団とぶつかる事になる。

 

この人数で、まともにぶつかっても勝ち目はない為、

この地をに拠点を構えている、ステイゴールドを頼ったというわけだった。

 

ステイゴールドは、ロデオソウルズの面倒をみる代わりに、

自分達と敵対する団「ブラッドベリー」を壊滅させる為、

協力をする事を求めた。

 

八雲と片桐は、渋々了承した。

 

そして、先ほどステイゴールドの団長や幹部達と、大まかな戦闘状況の確認をし、

八雲と片桐は、用意された八雲の部屋に戻ってきた。

 

「団長、なかなか厄介な相手ですね…

 ステイゴールドは」

 

「ああ…相手は一万人を超える巨団だ、

 こちらは、四千…

 よく、今まで持ちこたえられてたと思うよ」

 

「そうですね…

 先ほどお会いした、二番隊の隊長サラスと副長のイオナは、

 かなり優れているようなので、そのおかげでしょう…

 まぁそれでも、このままではいずれ疲弊して、潰されるのは、

 時間の問題ですね」

 

「…ああ」

 

「ブラッドベリーには、我々が合流した事は、すぐにわかるでしょうね」

 

「うん。

 でも、たった二百名が合流したって、たいした事はないから、

 警戒はされないよ」

 

「そうですね…

 では、警戒されてないうちに、何か考えないといけませんが…」

 団長……何か案はありますか?」

 

「…いや…

 今は正直、何も浮かんでない。

 ……片桐は?」

 

「……右に同じく……

 ただ…先ほどの会議で、少し気になる事はありましたが」

 

「何?」

 

「団長のメイジさんが、少し席を外した時…

 隊長さん方の雰囲気が、少し……

 何か感じませんでした?」

 

「…感じたよ。

 おそらく、隊長達はメイジに何か不満を持ってるんだろうね」

 

「……あまり、良い状況ではありませんねぇ」

 

「ああ…私達もメイジの知り合いだから、良く思われてはないかも…

 隊長達の印象を良くする為に、早めに先手を打った方が良さそうだな…」

 

「そうですね……

 ……………ネロを使いますか?」

 

「……いや…まだいいよ。

 …少し休ませたい。

 ……まだ…いいだろう…?」

 

「そうですね……

 では…カイトかバニラに少しだけ敵を削ってもらうように、

 頼みましょうか」

 

「うん……あまりやり過ぎて、ブラッドベリーに警戒されない程度にって、

 伝えておいて。

 私は…何か方法がないか、少し考えてみるよ」

 

「はい。

 では、私も失礼しますね」

 

片桐は部屋を出て行こうと、ドアを開けた。

するとそこには、ミミミが立っていた。

 

「…おや…どうしまし…」

 

「ネロは…!」

 

片桐は、部屋を出てドアを閉じる。

 

「……」

 

「どこだよ!」

 

ミミミが、片桐を見上げて睨みつけている。

150センチと180センチでは、流石に睨まれても、

効果はなさそうだが……

片桐は、少し目を反らして話す。

 

「……以前お話をしたように、今、団にいな」

 

「休ませるって言ってたろ!

 ドコにいんだよ!」

 

ミミミは、背中から素早くナイフを片桐の足に刺す。

片桐は、ミミミの足を払い、身体を浮かせて腕ごとナイフを掴み、

ミミミを抱え上げる。

 

「…っく…離せっ!」

 

ミミミは片桐の腕の中で暴れながら、腕に何度も噛み付く。

ドアを開けて、八雲が出てきた。

 

「…片桐…離してやって」

 

片桐はナイフだけを取り上げ、ミミミを下ろした。

 

「んだよ!

 女の身体を乱暴にさわんじゃねぇよ!」

 

ミミミは、離れると同時に片桐の足をつま先で蹴り上げたが、

鉄のように硬くて、自分の足を抱えて飛び跳ねる。

八雲はドアを開けたまま、

 

「片桐、後はいいよ。

 私が話すから」

 

「……では」

 

片桐は、ミミミを一瞥して、去って行く。

 

「待てよ、蛇メガネ!

 あたしのナイフを返せよ!」

 

片桐は振り向きもせずに、ナイフを後ろに放り投げた。

ミミミは、慌てながら間違えて刃を掴まないようにする。

 

「わっったっっと!…たく…あぶねーだろ!

 テメェ!」

 

片桐は無視して去って行った。

 

「ミミミ、入って」

 

ミミミは八雲を少し睨んで、部屋に入りながら、

ナイフを確かめると、刃がピョコピョコとへこんだ。

 

「……蛇メガネの野郎…」

 

八雲はドアを閉めた。

 

片桐は、歩きながら思った。

 

( ……メガネ蛇……じゃないのか? )

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ネロ

 

ステイゴールドの建物から、7キロ程はなれた、小さな住宅街。

ひと気はなく、ひっそりと静まり返っている。

 

それぞれの家は、朽ち果てていたり、草に覆われていたりと、

以前の面影は残っておらず、自然に取り込まれていく途中のようだった。

 

その街を八雲とミミミが歩いている。

 

ミミミは、辺りをキョロキョロしながら、落ち着きなく八雲の後をついていく。

八雲は、ある外壁が所々取れてしまっている一階建の建物に入った。

外壁にかかっている表札は、すでに色が抜けてしまっており、ほとんど読めないが、

端の方に「…医院」という字だけが、かろうじて見えていた。

 

中に入ると、意外と明るい。

南向きの窓が多く、陽の光がよく差し込んでいた。

 

ミミミは、八雲を追い越し、いくつかあるドアを乱暴に開いていく。

そして、四つ目のドアを開けた。

 

その部屋には、南側と東側の窓が開いていて、陽の光と弱い風が入ってきていた。

小さなサイドテーブルの横にベッドが置いてあり、

その上に仰向けになり、文庫本を読んでいるネロがいた。

 

ネロは、ミミミに目を向けた後、半身を起こす。

ミミミは、何も言わずネロに飛びつき、全力で抱きついた。

ネロは、「うっ」と少し声をもらし、倒れそうになった体を手で支える。

 

ネロの腹に押し付けられたミミミの口からは、

言葉にならない、かすれた音が聞こえていた。

 

少し遅れて、八雲が部屋に入ってきた。

その姿を見てネロは、持っていた文庫本を、サイドテーブルの上に開いたまま置いた。

ネロは上半身は裸で、その体には、所々包帯が巻かれていて、

見えている顔や指先は傷だらけだった。

 

ミミミはそんな事は気にせずに、力をゆるめないまま、きつく抱きついていた。

 

八雲は少しの間、二人見つめた後、部屋の隅に置いてある椅子を持ってきて、

ベッドの近くに置き、腰を下ろし、ミミミの背中を何も言わずに見つめている。

ネロは、少し首をまわし、部屋の東側に開かれた小さな窓から見える空を眺めていた。

 

心地よい沈黙の後、ミミミが小さく震えながら、消えそうな声でつぶやく。

 

「……ネロはさぁ…弱いんだからさぁ…戦うなって…言っただろ……」

 

「……」

 

「…またぁ…こんなに……ケガしやがって……バカ……」

 

「……」

 

ネロの腹に巻いた包帯は、少しずつ濡れていった。

 

三人は、何も言わないままで、時間は通り過ぎていく。

 

どこか遠くで聞こえる、鳥の声…

サイドテーブルに置かれた、小さな置き時計の針の音…

たまに吹く風に、開かれたままの文庫本のページが、ゆっくりめくれる音…

 

その三つの音だけが、この部屋に時間を作っていた。

 

20分くらい経った頃、

もうひとつの小さな音が、部屋に降ってきた。

 

「…スゥ…スゥ…」

 

八雲は、初めて声を出す。

 

「…ミミミ…眠ったみたいだね」

 

ネロは、自分の体の一部のようにしっかりと腹にしがみついた、

ミミミの頭を見つめる。

薄い金色で少し桃色がかっている細く柔らかそうな髪が、

小さな呼吸とともに揺れる。

 

八雲は、座ったまま少し背伸びをしながら、

部屋を見回した。

家具はベッドとサイドテーブルしかなく、

部屋の隅に、ネロの持ち物が入ったカバンが置かれているだけだ。

サイドテーブルには、時計と飲みかけの水、

そして文庫本が一冊。

それしかなかった。

 

八雲は小さくため息をついて、

 

「……退屈じゃないか?」

 

ネロは、少し間を置いて答えた。

 

「……シュラが?」

 

八雲は、軽く笑ってしまった。

 

「フッ……

 見た目より…元気そうだ……良かったよ…

 ……おっと…忘れてた」

 

八雲は、持ってきていたカバンをさぐり、袋をとりだして、

ネロに差し出す。

 

ネロは受け取って手を入れ、中身を一つ取り出した。

 

「…」

 

ネロの手には、トマトが乗っていた。

八雲は、トマトを見ながら話す。

 

「キレイだろ?」

 

「………ああ」

 

「これ、自家製なんだ。

 あ……私達のじゃないよ……

 今、世話になってるステイゴールドが作ってるんだ。

 私達が住ませてもらってるビルの屋上がさ、菜園になってて…

 何種類もの野菜を育ててるんだよ。

 今朝、それを見せてもらってね…

 少しだけ、もらってきたんだ。

 きっと、体に良いと思うから食べてよ」

 

「…ああ」

 

「ステイゴールドは、長い間ここに住んでるから、

 こういう事もできるんだ。

 凄いよ。

 定住するのは…本当に色々と大変だろうけど、

 その効果は、とても大きい。

 ……そう思うよ」

 

「……そう…したいのか…?」

 

八雲は、スッとネロの目を見てから…

また、ネロの手元にあるトマトに視線を移す。

 

ネロも少し八雲を見て、トマトを見つめた。

トマトは、艶やかでみずみずしく赤い色を散らせている。

 

「な?

 キレイだろ?」

 

八雲は、そう言ってトマトを見ながら目を細める。

その目に映るトマトは、ナゼか、より赤く光っていた。

 

「……ああ…

 …こんな世界には……似合わない位に…な」

 

ネロは、そうつぶやいて、もう片方の手で、

小さな寝息をたてている、ミミミの髪をそっとなでた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目立たぬように

 

いくつものビルが立ち並んでいる。

片桐から命じられたカイトは、この場所を訪れていた。

 

カイト隊のユウやタイジ、コータローら8人の隊員だけをつれて、あるビルを目指している。

 

片桐からは、目立つ事は禁止で、やり過ぎ注意の指示が出ていた為、

ブラッドベリーの幹部でも、あまり目立たない者を選んで、

倒す事にした。

 

ステイゴールドの幹部に聞くと、親切にも、

三番隊の副長、根津が調達に来ている場所を教えてくれた。

 

カイトの手元には、手書きのメモがある。

情報をくれた一番隊隊長マークスがくれたものだ。

 

目的地に近づき、ターゲットの潜む建物を影からこっそりのぞくと、

周辺に三十名くらいの兵士が警戒しているのが見えた。

 

カイトはそれを確認すると、隊員を集めて、

小声で指示をだす。

 

「よし、根津はあの建物の中だ。

 お前らは8人全員で、外にいる20人を相手しろ。

 その隙に、俺が一人で中に入る」

 いいな?」

 

カイト隊のユウが双眼鏡を見ながら、進言する。

「カイト、建物の中の…中庭みたいな所にも10人くらい見えるけど…」

 

「ああ、わかってる、それは俺がなんとかする。

 メモによると、部下は30人前後とあるから、

 これで、残るのはターゲットの根津だけだ。

 いいか、絶対に外の敵を建物に入れるなよ?」

 

「了解」

 

カイトの合図の後、8人は一斉に飛び出した。

 

「敵襲だー!抜かるな!

 相手は10人程度だ、皆殺しにしろ!」

 

戦闘が始まると、カイトは一人皆の死角から、建物に入った。

 

中にはエントランスがあり、それを抜けると中庭に出る。

階段がその先にあるようだ。

根津は上の階のどこかにいるんだろう。

 

中庭には数人が、待ち構えるようにして待機していた。

カイトは中庭への扉を開けた。

 

「入ってきたぞ、相手は一人だ!作戦通りに行け!」

 

10人ほどが一斉に動き、武器を掲げ、カイトを目掛け襲ってきた。

 

「…3…4…5……8人か…」

 

カイトは、向かってくる人数を把握し、槍を構える。

 

先頭の男が槍をカイトの突き出す。

カイトはそれより先に、男の喉に槍を突き刺した。

次の男が、飛び上がり斧を頭に叩きつけてくる。

カイトは、槍を下から一回転させ、空中で男を股から切り裂いた。

 

「にぃっ」

 

次は横から、刀で薙ぎ払われる。

その刀を、体を後ろに反らしてかわし、

槍の真ん中を持つと、頭の上で横に回転させ、男の頭を半分に切る。

 

「さん」

 

次に剣が左右から同時に襲ってきた。

槍ではもう刺せない程、近かった為、カイトは、自分の槍を上に大きく放り投げ、

左側の男の手を掴み、体を入れ替え、仲間の剣に突き刺させ、

血を吐いた男の剣を取りあげ、刺した男の首をはねた。

 

「ごぅっ」

次も二人同時に襲ってきて、一人は大楯をカイトに押し付け、動きを封じ、

もう一人が後ろから槍で突き刺してくる。

 

そして最後の一人は、少し離れた所で、弓を引き絞っている。

 

カイトは大楯の下部に足を押し当てて上部を掴み、体重を下にかけて、

大楯の兵士ごとひっくり返し、自分の後方に転がすと、

槍兵の死角になっている下側から首に剣を突き刺す。

崩れる男の槍を取り、ひっくり返っている男の首を刺し、

 

「ラスト!」

 

と叫んで、弓兵を目掛けて全身をバネのようにしならせて槍を放った。

槍は、男が矢を放つより先に顔を突き抜け、男は倒れながら、空に矢を放つこととなった。

カイトは、最後に回転しながら落ちてくる自分の投げた槍を受け取ると、

ターゲットがいるはずの、上に登って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廊下

 

中庭を抜け、階段を登り、7階建の建物に入ると、

中はずいぶんと古い建物だとわかった。

 

廊下の幅が狭いのだ。

カイトは2階の部屋を一つずつ調べていく。

 

あまり人がいた気配はしない。

廊下にも、おの部屋にも、埃が多く堆積している。

人が住んでいなくても、物資が隠されていたりするために、

廃ビルにも、罪人は入っていく。

そのため、建物には、何かしら人の痕跡のようなものが、

残されている事が、ほとんどであった。

 

(部下がいたんだから、根津がいないワケは…ないよなぁ…)

 

この建物は、廊下の真ん中に階段がある造りになっていた。

その為、階段を上ると、まず右か左かを決めて廊下を進み、各部屋を調べる。

そして、端の部屋を調べると、また真ん中の階段の所まで戻って、

もう一方を調べるという形になり、カイトは、面倒になっていった。

 

建物の3階まで登り、同じように部屋を調べていく。

3階にも誰もいない。

廊下を戻りながら窓の下を見ると、中庭が見えている。

敵が入ってきてないところを見ると、隊員達は奴らを倒したのだろう。

あとは、自分が務めを果たせば、終わりだ。

 

階段を登り、4階に着くと左に曲がり廊下を歩く。

各部屋は、廊下に面して窓がある為、カイトは廊下から覗きながら、

部屋を調べる事にした。

左側の廊下を調べ、また真ん中まで戻り、右側の廊下に入り、部屋を見ていく。

また誰もいない。

 

(…逃げたのか?)

 

5階まで登り、同じように調べる。

ここにもいない。

 

残るは6階と最上階の7階だ。

 

6階に登り、左側を向くと、

 

「君がカイトか……」

 

男はつぶやいたと思ったら、男の右手から光が飛び出した。

カイトは、それが何かはわからないが、とっさにかわした。

 

「へぇっ、今のをかわすなんて、凄いなぁ…

 噂以上じゃない?」

 

男がニヤニヤと笑っている。

攻撃を控えた隙に男の手を見ると、光の正体はレイピアだった。

 

…おかしい!?話が違う!?

 

カイトは、少し混乱した。

一番隊隊長のマークスの話では、根津の武器はハンマーのはずだ。

こいつ…誰だ?

 

「……噂?なんで俺の事を知っているんだよ?」

 

「なんでって…君は、結構有名だよ…『閃槍のカイト』君?」

 

「あっそう…で、お前は誰だよ?

 根津じゃないよな?」

 

「そうだね、君の命を獲る男の名を聞いておきたいよね?

 俺はビエイラだ」

 

「!?」

 

ビエイラは、「ブラッドベリー」の二番隊隊長だ。

レイピアを得意とし、その剣速は、一秒に五度の突きが出来るほど速い。

どうして、こいつが!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビエイラ

 

 

カイトは槍を構えるヒマもなく、ビエイラのレイピアは襲ってきた。

かいとは、なんとかかわすのが精一杯だった。

ビエイラは、突きを繰り出しながら笑っている。

 

「嬉しいね!有名人に!会えるってのは!」

 

「ああ…そうかい!…じゃサインあげるから!…この剣を!…収めてくれよ!」

 

カイトは、なんとかかわしながら、強がりを言う。

 

「ハハハっ!サイン!いいね欲しいねぇ!

 ついでに!辞世の句も!書いておいてよ!

 君の血で!」

 

男の突きのスピードは、速さを増してくる。

しかも、確実に急所を狙ってきている。

 

カイトは、得意の槍を振る為に、間合いをとりたかったが、男の速さは尋常じゃないため、

どんなに下がっても、間合いがとれなかった。

 

なんとか、一瞬の隙をついてビエイラを蹴り、

槍を構えた。

 

「いい槍だね、だけどここは廊下だよ?

 狭い場所で、その長い槍は君の首を絞めちゃうんじゃない?

 ま、そう思ってここに決めたのは、僕だけど…」

 

ビエイラの攻撃がくる。

なんとか槍で受けるが、剣先は一点のため、槍で受ける事も困難だった。

 

カイルは持ち前の身軽さで、剣先をギリギリでかわしていくが、

その度に、剣先は確実に目や、ノドといった急所をついてくる。

 

「どうした?ロデオソウルズの二番隊隊長、閃槍のカイトとは、

 この程度か!」

 

長い廊下の中央で始まった戦いだが、ビエイラが繰り出す高速の突きにより、

避けてばかりのカイトは一気に廊下の端に追いやられた。

 

カイトはもう下がれない。

 

「行き止まりだねぇ、カイト…さぁチェックメイトだ!」

 

ビエイラが最後の突きを出した瞬間に、カイトは槍を後ろの壁に突き、

その反動で、ビエイラの頭上を越え、背後に飛び、距離を取った。

 

「面白いことをやるね…まだダンスを続けたいんだな!」

 

ビエイラは、疲れを知らないのか、再び高速の突きを繰り出す。

軽いレイピアだとしても、これだけ、連続で突きを繰り出せるとは、相当なスタミナだ。

 

避け続けるカイトだが、次第にビエイラの剣先はカイトの頬や首筋を傷つけ始める。

 

「おや?綺麗な顔に傷が増えてきたねぇ?

 そろそろ、限界なんじゃない?」

 

カイトは、反撃に出たいが、狭い廊下のため、槍を振り回すことは不可能だ。

 

「君の、得意な槍技が見れなくて、残念だよ…

 まぁ、ゆっくりと痛ぶってあげるから、傷だらけの天使にでもなりなよ!」

 

カイトはビエイラの突きを避けた瞬間、とっさに両側にあった窓ガラスを、槍を回転させて割る。

 

「何を!」

 

二人の身体には、ガラスの破片が飛び散り、ビエイラは一瞬だけ怯んだ。

 

その隙をついてカイトは、後方に全速力で走り出した。

 

「ははは、ついに逃げ出したか?

 だが、残念だったね、

 とっくに中央にある階段は過ぎてる、君の逃げ場はない!」

 

カイトは、廊下の端まで行くと振り返る。

ビエイラがこちらに向かって猛スピードで走って来る。

 

カイトは、先ほどの兵士に投げたように、

ビエイラめがけて、体をしならせて槍を全力で投げた。

 

槍はビエイラの身体に当たる……

その直前でかわされた。

 

「最後の抵抗で一本しかない武器を投げるとは…

 勝負を投げたのと同じだ!

 死ねカイト!」

 

ビエイラの最後の突きはカイトに届く五歩前に…

カイトの槍がビエイラの身体を貫く。

 

「…な……なぜ!?…槍は…一本しか…」

 

ビエイラは、自分に刺さっている、槍を引き抜いて気がついた。

 

「…み…短い………折ったのか?……ハハ……」

 

「見たかったんだろ?俺の槍…

 それ記念にやるよ…じゃあな」

 

カイトは、頬の血をぬぐいながら、ビエイラの亡骸から離れて行く。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

説得

 

八雲の部屋に、八雲と片桐がいる。

 

二人のもとを、ステイゴールドの幹部が訪れた。

二番隊隊長のサラスと、副長のイオナだ。

 

数日前、会議で二人に会っていたが、

他の幹部とは違い、二人とも少し若い。

 

また、積極的に自分たちの強さや成果を誇示する幹部とは違い、

控えめながら、その戦闘報告は正確であり、

その成果にも目を見張るものがあった。

 

片桐が、ステイゴールドの中では特に、この二人を高く評価していた事を、

八雲は先日聞いている。

 

サラスは、八雲から勧められた椅子に腰を掛けながら、話を始めた。

 

「すみません、八雲団長、片桐副団長。

 突然お邪魔してしまい…」

 

片桐は窓際に立ち、八雲はベッドに腰掛けながら話を聞く。

 

「いや、私たちの方が世話になっているんだ。

 気にしないでほしい」

 

「ありがとうございます。

 ロデオソウルズは、若い団員が多いのですね」

 

「そうだな…でも、ヒューガにいた頃は、大人の人も多かったよ」

 

「そんなんですね…

 ステイゴールドは、年配も多いですから、

 若い人が大勢来られて、みな喜んでますよ。

 団が明るくなりました」

 

「そう言ってもらえると、私達も嬉しいよ。

 ね…片桐」

 

八雲は片桐に目をやる。

 

「ええ、物資の少なかった我々をこうして世話してくれているんです。

 少しでも、お役に立てているなら、我々も気が楽になります」

 

「年寄りは、若い人達が好きですからね。

 ただ歳を重ねると、人間…難しくなる事もあるんです」

 

サラスは、少しうつむく。

後ろに控えているイオナも目をふせた。

 

「…まぁ…わからなくはないが…」

 

八雲と片桐は、目を合わせ互いに、

この団に何かある事を悟った。

 

「八雲殿は、メイジ団長と親しいのですよね?」

 

「ああ、前に同じ団で一緒だった」

 

「その頃の、メイジ団長はどんな方でしたか?」

 

「……ああ…

 当時、メイジは隊長をやっていた。

 厳しい人間でね、私を含め若い団員は、ずいぶん説教をされたよ。

 50歳をとうに超えていたが、怒らせると怖い男で皆ふるえていたな。

 

 だが、面倒みが良いから若い団員も父親のように慕っていた。

 メイジは、結婚にも子供にも、縁がなかったようだから、

 隊員を自分の子供のようだと言っていた。

 仲間思いの良い隊長だったよ。

 きっと君らの事も、自分の子供のように思ってるんじゃないか」

 

「…そうですか…

 それでは…やはり、メイジ団長は少し変わってしまったのかもしれませんね…」

 

「変わった?」

 

八雲は少し、首をかしげる。

 

 

「……実は…八雲殿にお願いがあってまいったのです。

 メイジ団長を…説得してもらいたいのです」

 

「…説得」

 

八雲は片桐と、顔を見合わせる。

すると、今まで後ろで黙っていたイオナが口を開く。

 

「そうです…八雲団長!

 お願いします……このままでは…

 ステイゴールドはブラッドベリーに潰されてしまう…!

 それは…最近来たばかりのあなた方にもわかりますよね!?」

 

八雲はイオナを見つめたまま、何も言わない。

代わりに片桐が、話を受ける。

 

「…しかし、一万人以上も団員がいるレッドベリーに対して、

 半分の規模もないステイゴールドが、

 よく善戦していると、我々も感心しているのですが…」

 

「今だけです!

 なんとかギリギリで戦ってきたのです!

 ステイゴールドには…年配の兵も多いですから…だからいずれ…!」

 

「イオナ」

 

少し興奮するイオナをサラスが制す。

八雲は、先をうながす。

 

「……それで?」

 

「この争いの原因は、団長のワガママなんです」

 

「?」

 

サラスは、苦い顔で話す。

 

「団長には…若い恋人がいます。

 まだ二十歳のタニアという美しい女です」

 

片桐は、少し目を開く。

 

「ほう…二十歳とは…

 メイジ団長もお元気ですね」

 

八雲は、片桐に冷たい目を向ける。

片桐は目を反らした。

サラスは、話を続ける。

 

「タニアは、元々ブラッドベリーにいました。

 当時タニアは恋人関係にあったブラッドベリーの幹部を殺し、

 逃げてきたんです。

 それをメイジ団長が、かくまい…この争いの原因に…」

 

片桐は、少し目を細める。

 

「…きっかけは、団長の恋……ですか…」

 

「ええ……それでも初めはブラッドベリーもタニアを渡せば、それだけでいいと言っていました。

 私達は、タニアを渡すようメイジ団長に頼んだのですが…」

 

八雲は、ため息まじりに答えた。

 

「…聞き入れてはもらえなかった…という事か」

 

「…ええ…私達は、タニア一人の為に多くの団員が危険にさらされてもいいのかと言いました…

 団長は悩まれてはいましたが……結局タニアを手放しはしませんでした。

 メイジ団長は、還暦を過ぎてる為、自分には…これが最後の恋だと…」

 

「……それで、今からタニアを渡せば、ブラッドベリーは納得して、

 引き下がってくれるのか?」

 

「……正直それは、わかりません。

 かなり、時間は経っていますし、争いで両方に犠牲も出ていますから…」

 

八雲と片桐は、目を合わせる。

片桐は、少しおどけるような感じで、両手を少しあげた。

団長の好きにどうぞ、というような仕草だった。

 

八雲は足を組み、少し黙った後、ゆっくりと答える。

 

「…話はわかった。

 だが、説得は無理だ」

 

サラスとイオナに、落胆の色が浮かぶ。

 

「まず、私が説得したところで、メイジはタニアを離さない。

 メイジの大事な団員である、君らが頼んでもダメだったんだ。

 可能性はゼロと言っていい」

 

イオナが、美しい眉をひそめながらうつむいた。

 

「でも…このままでは…一人の女のせいで……皆の…4千人の命が……」

 

八雲は少し声を張り、答える。

 

「…まだ落ち込むのは早い。

 ロデオソウルズも世話になってるんだ。

 協力はする」

 

少しの沈黙の後、サラスは立ち上がり一礼をする。

 

「………八雲殿、

 …無理をお願いして…申し訳ございませんでした…では、

 失礼します」

 

二人は、肩を落とし部屋を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

警戒

 

ステイゴールドの拠点にカイトが戻って来た。

 

「ッカイト!?」

 

タツヤがカイトを見て、驚く。

 

「団長は?」

 

「いや…お前…」

 

「いいから、団長はドコだよ!?」

 

「…ああ……副団長と部屋にいると思うが…」

 

「わかった。

 他の隊長はいるか?」

 

「ニーナ隊長はいるが、他はステイゴールドの人達の

 物資調達を手伝いに行った」

 

「じゃあ、ニーナも団長の部屋に来るように伝えてくれ」

 

「そりゃいいが…」

 

「至急だ、頼んだぞ」

 

カイトは足早に団長の部屋に向かった。

 

カイトがドアを開ける。

二人はカイトを見て、目を見開いた。

 

カイトは頭から足元まで、血で染まっている。

 

カイトはドアを閉め、置いてあった椅子に腰掛ける。

二人とも、何も言わずにカイトを見ている。

 

カイトは、大きなため息を一つだけついて、話し始めた。

「…しくじった」

 

八雲が一呼吸置いて尋ねる。

 

「何を?」

 

「それは、ニーナが来てから話す。

 もう呼んだから、すぐ来るよ」

 

「…」

 

二人はカイトを無言で見つめる。

 

「心配しないでくれ。

 見た目は悪いが、軽傷だよ」

 

 

数分後、部屋にドアをノックする音が響く。

 

「入ってまーす」

 

カイトが答えた。

 

ドアを開けたニーナは、不機嫌な顔をしている。

そして、ドアに背を向けて座っているカイトに、

 

「お前が来ないで、私を呼びつけるとはいい度胸…」

 

カイトが振り向くと、ニーナの目が見開かれた。

カイトの姿に言葉がすぐには出て来なかったが、

なんとか口を開いた。

 

「……ほ…ほう……すいぶん男前になったじゃないか…

 …なんだ?…死ぬ前に私の顔を見たかったのか?」

 

「……ハッ…褒めてくれてありがとよ!

 …あいにく、このくらいじゃ死ねなくてね!

 ニーナを呼んだのは、ただちょっと貧血ぎみだからさ!

 お前なら捨てるほど血が余ってるだろ!

 ちょっと吸わせろ!」

 

カイトがニーナに飛びつく。

それをニーナが蹴り倒すと、

 

「カイト…そろそろ話を始めないか?」

 

八雲がつぶやいた。

 

二人は離れてカイトは椅子に座り直した。

 

「まず、俺が…」

 

カイトの言葉を片桐がさえぎる。

 

「カイトは話す前に、ニーナにはまだ何も説明をしていなかったから、私からまずニーナに、よろしいですか?」

 

「?」

 

ニーナは怪訝そうな顔で、片桐を見る。

 

「説明が遅くなったのは申し訳ないです。

 ちょっと、お客様がきて色々たてこんでたもので」

 

「いいよ」

 

「まず今朝、私と団長はステイゴールドの戦闘報告会議に出席させてもらったのですが、

 その時に、メイジ団長と幹部の確執を知りましてね…

 それで、メイジ団長の知り合いという事で、幹部たちは私達の事もよく思ってないだろうと…

 しかしそれでは、協力もしにくいですから、幹部の点数を少々稼ごうかと思ったんです」

 

「…いいんじゃないか」

 

「ええ。

 ここまでは、問題ないのですが…

 その点数稼ぎをカイトに頼んだ所、

 現在のお姿…という事ですね。

 以上です」

 

「なるほど」

 

ニーナはカイトに視線を送る。

カイトは、頭の後ろで手を組んで、椅子を揺らしながら話し始める。

 

「…んで片桐からは…できるだけ、目立ち過ぎないように…って話だったから、

 まぁ、敵を百人くらい片付けるか、副長クラスを一人やればいいか…と思って、

 片桐は内容は言わなかったからな?」

 

カイトは片桐に話をふる。

 

「ええ、おまかせしました」

 

「ただ、俺は何の情報も持ってなかったから、

 とりあえず近くにいたステイゴールドの一番隊隊長のマーカスに聞いたんだ。

 …手っ取り早く、敵にダメージを与えたいんだが、何か情報を持ってないかってな。

 そしたら、偶然にも少し離れた所に、敵の三番隊の副長 根津が調達の為に、

 少数で出てるって教えてくれたんだ。

 んで、場所をメモしてもらって向かったんだ、これが証拠のメモな…」

 

カイトは血だらけになった紙キレを、八雲に渡し、

話を続ける。

 

「んで、そこに書かれてる場所に行くと、確かに奴らがいたから、

 突入したんだ。

 ただ、ターゲットの根津はいなくて、敵の二番隊の隊長ビエイラがいたんだよ」

 

「何!?」

 

ニーナが思わず呟いた。

八雲も目を細める。

 

「俺も驚いたよ…

 しかも、俺が来る事を知ってる感じだったんだ。

 俺が槍を振れない場所をわざわざ選んで待ち構えてたんだからな。

 なんとか、勝ちはしたけど…こんな姿にされちゃったよ。

 

 でさぁ、片桐から目立ち過ぎないように……ってのは、

 目立つ相手をやっちまったから、守れなくて……大丈夫かな…?

 って事なんだけど……」

 

部屋に少しの沈黙が流れた。

はじめに口を開いたのは、片桐だった。

 

「カイト…敵が違った事を誰かに言いましたか?」

 

「いいや、ここが初めてだ。

 一緒にいた隊員も知らない」

 

「わかりました。

 

 少し、これからの状況を整理しましょう。

 まず、どうやら我々ロデオソウルズは、外にも中にも敵がいるという事になりましたね。

 

 そして、カイトの死闘による影響ですが…

 

 ブラッドベリーは、

 幹部の二番手を殺られたのですから、これから、だまってはいません。

 戦闘は激化するでしょう。

 我々もステイゴールドも、悠長に構えて作戦を考える時間はなくなりました。

 

 次に、ステイゴールドでは、

 我々が大きな手柄を立てた事になり、幹部連中を嫉妬させてしまいます。

 その上、二倍以上の団員数の敵を本気にさせたのですから、迷惑な話です。

 ただ、

 敵に大きなダメージを与えた事、

 深く考えない団員達には、良い刺激となり、士気が上がる事。

 これは、評価に値します。

 

 こういう状況の中ですが、すぐに片付けたい問題は…

 カイトにメモを渡したステイゴールド一番隊隊長マーカスですね」

 

ニーナが呟く。

 

「マーカスが裏切り者か?」

 

「いいえ、それはまだわかりません。

 マーカスは、その情報をどうやって手に入れたのか、わかりませんから。

 単独犯かどうかも…

 さて……団長………いかがなさいますか?」

 

全員が八雲に目を向ける。

八雲は目をつぶって一呼吸置き、話し出した。

 

「……そうだな。

 片桐の言ったように、状況は良くない。

 これは、私が先手を打たれたという事が原因だ。

 反省している。

 

 しかし、おかげで目が覚めた。

 皆は、少し忙しくなるが許してくれ。

 

 まず、マーカスの件だが…

 事を荒立てても仕方ない、しかし、内容は詳細に知らなければ対処できない。

 この件は、片桐が調べてくれ。

 

 ニーナはすぐに、この話をバニラと鳴子に話すんだ。

 

 カイトは、すぐに治療をしろ。

 いいな?」

 

皆はうなずく。

 

「今後の動きについては、明日の朝に話す。

 6時に幹部会を開く。

 以上だ」

 

三人が部屋を出て行こうとすると、八雲が一言つぶやいた。

 

「私達は狙われてるかもしれない、警戒しておけ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイジ

 

次の日の午前中。

 

ステイゴールドの拠点のビル。

屋上に作られた菜園で、サラスは作業をしている。

 

そのサラスに、団員が呼びかける。

 

「サラス隊長、八雲殿が呼ばれてます」

 

「八雲殿?」

 

サラスが作業をやめ、顔を上げると八雲が屋上の柵に手をかけ、空を見ている。

 

サラスは、八雲が心変わりして、昨日断った説得をしてくれるのではと期待をした。

 

「八雲殿」

 

サラスは八雲に駆け寄る。

八雲は何も言わず、サラスを見ている。

 

「……あの…説得を」

 

「おい…覚悟はあるか?」

 

サラスは、八雲の急な問いかけの意味がわからなかった。

 

「…覚悟?なんのですか?」

 

八雲の目は、少し厳しくなる。

 

「…団の者を守る覚悟はあるのか!?」

 

サラスは、八雲のした当然の問いかけに少し腹が立った。

なぜ、急にそんな事を言うのだろう、と。

 

「当たり前じゃないですか!

 そんな事を聞かないでください!」

 

そういうと、八雲は立ち去りながら、

 

「そうか…

 邪魔したな」

 

と屋上を出ていった。

 

「なんなんだ…あの人?」

 

サラスは、厳しい八雲の目が、頭の奥に染み付いた気がした。

 

 

____________________

 

 

一時間後。

ステイゴールドの団長室。

 

団長のメイジと八雲がお茶を飲んでいる。

メイジはカップを口につけて話す。

 

「こうして、ゆっくり話す事なんて、

 あの頃はなかったんじゃないか?」

 

「ああ、そうだな」

 

「たった何年か前の話なのに、わしには、どこか遠い昔のような気がするよ」

 

「ああ」

 

「八雲はずいぶんと大人になったな」

 

「あんたは、歳をとったみたいだ」

 

「はははは…そうだな、最近は戦闘に出る事は、めっきり減ったからな。

 いい加減、後の者にまかせて老兵は身を引いた方がいいとも思ってる」

 

「そうしないのか?」

 

「そうしたいが、若い奴らもまだまだでな。

 結局わしが出しゃばらなければならん事ばかりさ」

 

そう言いながら、メイジは大きく開かれた窓をみる。

陽の光が、部屋にさんさんと降ってくる。

 

「これからも、ずっとそうしていくのか?」

 

「そうもいかん。

 無敵と言われたわしにも、寿命があるからな。

 ははは…いずれは、次の者に席をゆずるつもりだ」

 

「誰か決めてあるのか?」

 

八雲の問いかけ、少し間をおいて答える。

 

「ああ…もう決めてある」

 

「誰だ」

 

メイジは腕を組み、片目だけを開け、八雲を見る。

 

「…まだ誰も知らんのだがな……まぁいい…教えてやろう。

 実は……わしの子供だ」

 

八雲は目をしかめて、メイジを見つめる。

 

「子供?」

 

「ああ、そうだ」

 

「あんたに子供はいないだろ。

 どういう事だ?」

 

「ははは…仕方ない。

 昔のよしみで教えてやるんだからな。

 誰にも言うんじゃないぞ?」

 

「…ああ」

 

「実は…まだ生まれてはおらん」

 

「何?」

 

「これから生まれるんだ」

 

「これから?」

 

「ああ、今わしには連れがいるんだ」

 

「…身ごもっているのか?」

 

「さあな…でも、いつできてもおかしくはない。

 その子が、わしの跡を継ぎ、皆を守っていくんだ」

 

八雲は持っていたカップをソーサーの上に戻す。

 

「…驚いたよ」

 

「ははは…そうだろ、そうだろ」

 

「……あんた、ほんとに歳をとったな」

 

「まだまだこれからだ。

 はははは…」

 

 

八雲は、静かに席を立つ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深見

 

ブラッドベリーの団長室。

団長の深見と、参謀の白河、一番隊隊長のガレインが、

話をしている。

 

そこに、ノックがされ団員が入って来た。

 

「団長…変な客がきたんですが…」

 

「変な客?

 どんな奴だ?」

 

「それが…どうもステイゴールドの…」

 

ステイゴールドと聞いて、深見はギクッとし、

すぐに許可を出した。

 

「ああ、わかった。

 構わんから通せ」

 

団長の深見が、参謀の白河に怒鳴る。

 

「おい…どうして直に会いに来るんだ…!

 団員に知られたらどうする?

 目立つ事は避けろと言っておいただろ!」

 

白河は、首を傾げながら答えた。

 

「はい…それはもちろん伝えています…

 ここに来るはずは…ないと思いますが…」

 

「ビエイラの事を謝りにでも来たのかもしれんな。

 発破をかけるためにも、一喝しておくか!」

 

「!?」

 

入って来たのは、深見の知らない女だった。

 

「貴様!誰だ!?」

 

「ロデオソウルズの八雲だ」

 

「何!?

 どうして…」

 

隊長のガレインが腰の剣に手をかける。

 

「ブラッドベリーに入れてもらいたいんだ」

 

「なにぃ?

 お前は、団長のメイジと知り合いのはずだ。

 そいつが、敵の団にはいりたいだと?」

 

「ああ…実は、ステイゴールドのメイジと揉めてしまったんだ」

 

「それで、ウチに乗り換えをしたいってのか?

 ふざけるなぁ!

 貴様の団のカイトは、うちの二番手を殺ってるんだ!

 その団を俺の仲間にするわけないだろうが!

 お前ら、片付けろ!」

 

ガレインが剣を抜いた。

 

「まぁ待て、手ぶらで来たわけじゃない。

 ちゃんと土産を持ってきた」

 

「みやげ?……ずいぶんと気持ちが入っているようだな?

 本気でブラッドベリーに入りたいってのか?」

 

「ああ」

 

「……ふ〜む」

 

団長の深見は、しばらく八雲を見据えた後、

口の端をニヤリと上げた。

部屋にいた、参謀の白河と、隊長のガレインに命じる。

 

「お前ら、こいつはどうも本気らしい。

 せっかくだから、ここまで来たこいつの勇気に免じて、

 二人で話をしてやろう。

 お前らはしばらく外に出ていろ」

 

白河が口を開く。

 

「しかし、団長…

 二人になるのは、危険過ぎます。

 女とはいえ、ロデオソウルズの団長ですよ?」

 

八雲が深見を見つめたまま答える。

 

「心配するな。

 お前らの優秀な団員に武器は取られている。

 私は丸腰だ」

 

深見は微笑む。

 

「俺は大丈夫だ。

 お前らは出ていろ」

 

 

二人は、しぶしぶ部屋を出て行く。

 

「さぁ…これで俺達は二人きりだ。

 腹を割って話そう。

 何が望みだ?」

 

「今、話した」

 

「本気でブラッドベリーに入りたいのか?」

 

「ああ」

 

「だが、俺はお前の事を知らんからなぁ」

 

「当たり前だ。

 初めて会ったんだからな」

 

「なかなか生意気な女だ。

 嫌いじゃないぞ?

 へへへ…」

 

「…」

 

「土産を持ってくる心がけは褒めてやる。

 だが、それだけじゃお前の事はわからんからなぁ。

 もっと近づけ」

 

八雲は深見に近づく。

 

「ほぉ……これは極上じゃないか…はっはははっ。

 仲間にするより、俺の女にならんか?

 もっと贅沢をさせてやるぞ?

 どうだ?」

 

「先に土産を渡したい。

 重たいんでな」

 

「おお…その細腕には重たかろう。

 なんだ?見せてみろ?」

 

八雲は持って来た袋に手をつっこみ、中身を放り投げた。

それはゴロゴロと深見の足元に転がった。

 

「!?」

 

それは、赤黒いステイゴールドの団長メイジの頭だった。

 

「切りたてだ」

 

八雲はつぶやいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サラス

 

ステイゴールドの本拠地。

 

武器庫で、調べ物をしている一番隊の副長小早川に、

二番隊隊長のサラスが声をかける。

 

「小早川さん、メイジ団長を知りませんか?」

 

小早川は、しゃがみながら振り向きサラスを一瞥すると、また顔を戻した。

 

「ああ…なんか自分だけが住む為の、状態のいい戸建ての家を探しに行ってるらしい」

 

「家?」

 

「そうだ、どうせあの女と住むんだろう。

 そのまま隠居してくれると有難いんだがな…」

 

「俺達と同じビルの中じゃダメなんですか?」

 

「知るかよ、そんな事。

 本人に聞け」

 

「……」

 

サラスが考えていると、小早川が振り向き冷たい目を向けてきた。

 

「それより、サラス……

 お前、すいぶんと八雲団長と親しいらしいな…」

 

「親しい?

 別にそんな事は…」

 

小早川は立ち上がり、調べていた短剣を手にしている。

 

「じゃあ、なんで俺達に黙って八雲団長の部屋に行ったんだ…

 そのあと、わざわざお前を八雲団長が探してたらしいじゃないか?」

 

「ああ…それはメイ…」

 

「別にお前がそのつもりならいいんだぜ?

 ただそれなりの覚悟をしとけよ?」

 

「…何を言うんです。

 八雲団長は、俺たちを助けようとしてくれてるんだ。

 それに、こんな切迫した状況になってきてるのに、

 俺たちが仲間割れをしてる場合じゃないでしょ!」

 

「それは、こっちのセリフだ!

 仲間だと思ってるんなら、勝手な行動はするな!」

 

白河は唾を吐きながら、去っていく。

サラスは背中を向けたまま、後ろで荒々しくドアが閉まる音を聞いた。

サラスはしばらくその場に立ち尽くした。

 

(どうしてこんなに、バラバラになってしまったんだ…

 …こんなはずじゃ……なかったのに……

 メイジ団長……あなたが、作りたかったのは…

 こんなんじゃないでしょ……なのに…どうして?

 ……俺達このままじゃ……もう……)

 

サラスは、ふいに視線を感じ振り返った。

 

そこには、壁に背中をつけ、腕を組むニーナがいた。

 

サラスは気まずくなり、急いでニーナの前を通り過ぎ、ドアに向かう。

そしてドアノブに手をかけたが、動きを止めて、その手をおろした。

 

背中を向けたまま、ニーナに話しかける。

 

「…こんな奴らを、助ける気になんて…ならないでしょ…?」

 

「さあな……私が決める事じゃない……

 団長が決める事だ」

 

「…信頼してるんですね…

 うらやましいです………仲良さそうで…」

 

「別に仲良くなんてないさ。

 ただ、お互いがやるべき事をやる…それだけだよ」

 

「……でも、八雲団長の事、信じてるんでしょ?」

 

「さあね…どうだろ?

 どうせ私達は皆……犯罪者だから」

 

「……そう…ですね」

 

「……」

 

「……」

 

「ねぇ、あんた……

 サラス……っだっけ?」

 

「…ええ」

 

「ちょっと体がなまってんだけど…

 時間あるなら、剣の相手……してくんない?」

 

「…いいですよ。

 こちらこそ、お願いします」

 

サラスは、ほんの少しだけ、心の雲が薄くなった気がした。

 

_______________________________________

 

 

同時刻。

 

ブラッドベリーとステイゴールドの境界付近の建物。

 

ロデオソウルズの幹部、カイト、バニラ、鳴子が二十名の団員と一緒に集まっている。

 

そこに、十名の団員を連れた男が現れた。

男はカイト達に向かって話す。

 

「…君らは…ロデオソウルズか?」

 

カイトは、槍の刃に研ぎ石を当てながら答えた。

 

「ああ、あんたは?」

 

「私は、ブラッドベリーの参謀…白河だ。

 深見団長からの命令で、迎えにきた。

 ついてこい」

 

「…ごくろうさん」

 

カイトはヒュッと立ち上がり、バニラ達に顔を向けて、白河の方へアゴをしゃくった。

 

一行は、ブラッドベリー領内へ向かって行く。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迎え

 

ブラッドベリー拠点内の中心部。

 

ブラッドベリーの参謀、白河の後を、

カイト達がついていっている。

マキオも一緒に連れてこられた。

 

ブラッドベリーの街を見ながら、カイトが声を上げる。

 

「へぇー、すげぇなぁ…ずいぶん栄えてんじゃん。

 ステイゴールドとは、かなり差がありそうだぜ」

 

マキオも驚く。

 

「ほんとだ、…見た目は、古びてるけど、普通に機能してそうな街だ…」

 

マキオもこのシュラに来て、初めて大きな街に来た。

この街は、元は駅前だった場所で、大きなビルが立ち並んでいる。

街中には、大勢の人達が溢れており、活気があった。

戦闘に参加しない団員も合わせて、12000人がこの領内で生活しているからだ。

街の中には、露天のような店まであり、人と物資が豊富なのが、一目でわかった。

 

カイトがはしゃいで、バニラに話しかける。

 

「久しぶりにこんなに沢山の人がいる所を見たぜ。

 なぁ…バニラ」

 

バニラはそれに答えずに、ただブラッドベリー参謀、白河の後をついていく。

 

「物資も溢れてそうだなぁ?

 いい靴とかあったら、欲しいよな…バニラ」

 

「…」

 

「お前はスカーフかな……な?…バニラ」

 

「…」

 

「小さいサイズのブラジャーもあるんじゃねーか!」

 

カイトに何かが飛んできた。

カイトはとっさに受け止める。

 

「!?」

 

カイトが受け止めたのは、ナイフだった。

それを見たマキオが二人を離して、バニラに声をかけた。

 

「バ……ニラ…、

 小石ぐらいに、しとこうよ?」

 

しばらく歩いて、街の中心地から20分ほど離れたある建物の前で、白河は止まった。

 

「ココだ」

 

そこは、大きいが古びた廃病院だった。

カイトは、見上げながら、

 

「ココ…?」

 

「…しばらくあんた達は、ココで生活をしてくれ」

 

不気味なたたずまいの建物に、団員達は、互いに顔を見合わせている。

カイトが不満そうに、白河に言う。

 

「本部のあるビルじゃないのかよ?」

 

白河は、冷たい表情で答える。

 

「…深見団長からは、一度ココで世話をするように言われてる。

 何も問題がなければ、じきに向こうに移れるだろう」

 

「問題?」

 

「ああ、裏切ったりするような奴らなんだから、

 きっちり調べてからでないとな」

 

「…」

 

「フン、建物の中に食糧などは運んで、用意してある。

 しばらく大人しくしてろ、いいな?」

 

カイトは建物を見つめる。

 

「…しっかし…マジかよ……変なの出ねぇだろうな?」

 

マキオも不安になる。

 

「出ても出なくても、嫌だよ…こんなトコ…」

 

白河は、鼻をフンっと鳴らし背中を向ける。

 

「では、また明日顔を出す」

 

去っていく白河を、カイトが引き止める。

 

「おい、うちの団長はいつ来るんだ?」

 

「悪いが、今日はあちらにいてもらう。

 …なんだ?…可愛い団長だから心配か?」

 

「…」

 

カイトは目を鋭くして、白河を見つめた。

 

「冗談だ。

 大丈夫、心配するな、仲間の生首かかえて歩くような奴に簡単に手は出さん。

 ただ、こちらもお前らを警戒してないわけじゃないからな。

 明日まで、大人しくしててくれ」

 

白河は、そう言い残して足早に去って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦

 

 

同時刻。

ブラッドベリー団長室。

 

「八雲…本当に女は、タニアは生かしているんだろうな?」

 

「ああ、心配か?」

 

「当たり前だ。

 お前みたいに、仲間を殺すような奴の言う事を、簡単に信じられると思うか?」

 

「…そのタニアも、ここの幹部を殺したんだろ?」

 

「そ…そうだが、タニアには殺す理由があった。

 襲われそうになったから、身を守る為に仕方なく殺っただけの事だ。

 お前とは、違う」

 

「私も同じだ…別に殺人鬼じゃない。

 必要な事をやっただけだ。

 だから、タニアの事は心配するな…

 あの女を殺しても、私にメリットはない。

 ちゃんと…近いうちに会わせてやる」

 

「わかった。

 あと……お前はどうやって、ステイゴールドを潰すつもりだ?」

 

「…今、言わなきゃいけないのか?」

 

「当たり前だ…

 俺はお前を完全に信じたわけじゃねぇ。

 メイジの首は確かにもらったが、罠の可能性もあるからなぁ…」

 

「罠かどうかは、あんたがステイゴールドに潜ませてる、裏切り者の聞いてみればいいだろ?」

 

「そうだが、正直、仲間を売る奴は好きじゃねぇんだ。

 お前も、あいつらもな…」

 

「立派な事だ。

 あいつらとは、誰の事なんだ?

 聞いとかないと、攻めた時に間違えて殺すぞ?」

 

「ああ…別に構わんがな…

 一番隊副長の小早川、

 二番隊副長のムルザ 

 三番隊隊長のウィルズ、

 三番隊副長のドイタン、

 の四人だ。

 それより、どういう作戦を立ててるのか聞かせろ!」

 

「作戦を話せば、罠じゃないと納得するか?」

 

「ああ…

 約束も守ってやる」

 

「わかった…約束だぞ?

 だが、その前にひとつお願いしていいか?」

 

「なんだ?」

 

「酒をくれ」

 

「何?」

 

「メイジを殺ってから、あまり気分が優れない。

 酒を飲めば、少しはマシになるだろ?」

 

深見は、息を軽く吐きながら、部屋の隅に置いてあったウィスキーをグラスに注ぎ、八雲に渡す。

八雲は一口含み、話を始めた。

 

「どーも…作戦を話そう…

 まず、ステイゴールドの奴らには、私と副団長の片桐が意見の違いで、仲間割れをしたと思わせる」

 

「そんな事を簡単に信じるのか?」

 

「ああ、信じるだろう。

 実際に、ステイゴールド自体がそんな状態なんだ。

 不思議には思わない」

 

「ほう…」

 

「そこで、私は数人の幹部と団員を連れて、出て行った事にする。

 そして、200名の団員のうち、戦闘に参加しない団員を、

 鳴子が明日の早朝に、こっちに連れて来る。

 ステイゴールドに残るのは、副団長片桐と、一番隊長ニーナ、そして、

 50名の戦闘員だ」

 

「…って事は、副団長はステイゴールド側につく、って事か?」

 

「ああ…世話になった義理は返すと言ってな」

 

「なぜ残す?こっちに引き入れた方がいいだろ?」

 

「全員が動けば、怪しまれる。

 そのうえ、メイジがいない事もじきにバレるだろうから、

 それを私達のせいにされては、困るからな」

 

「困るって…お前がやったんじゃねぇか!」

 

「ああ…まあな。

 だが殺ったのは、タニアだと思わせるよう細工している」

 

深見は、苦い顔で八雲を睨む。

 

「…クソだな…お前は」

 

八雲は、深見の顔も見ずに話を続ける。

「…そして、副団長は戦闘が始まれば、こっちに寝返るようになっている」

 

「…寝返るって言っても、たった50人ぽっちで何ができるんだよ?

 相手は4000だぞ?戦闘員だけでも、2000以上いるんだ。

 意味ないだろ。

 その位で、なんとかなる相手なら、俺達もとっとと潰してるぜ?

 甘く見ない方がいい」

 

「…心配するな…あの二人が残っているなら、50人で十分。

 ……以上が私の作戦だ。

 詳しい配置も、頭に入ってるから、それは幹部会議でしよう。

 明日の昼にでも、開けるか?」

 

「…ああ…言っておこう」

 

深見は、八雲に関心していた。

八雲は、冷えた目で外を見ている。

 

「……信じてもらえたようで、安心したよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

次の日。

 

カイト、バニラ、鳴子の三人は、ブラッドベリー参謀の白河が廃病院に迎えに来て、

街の中心部にある、ブラッドベリーの基地に連れてこられた。

白河が、基地の入り口の前で振り返り、三人に伝える。

 

「今から作戦会議の為に、団長のいる部屋に向かう。

 だがその前に、お前達三人の持っている武器を預かる」

 

カイトが抵抗する。

 

「なんで武器を取り上げるんだよ?

 俺らは、お前らの仲間になろうって言ってんだから、そんな事する必要ないだろ?」

 

「いや、深見団長はともかく、まだ俺はお前達を信用していない」

 

カイトは、少し間をおいて背中の槍を外しだした。

 

「なんなんだよ…

 後でちゃんと返せよ!」

 

カイトは、しぶしぶ武器を入り口の兵に渡し、

バニラ、鳴子の二人もそれにならった。

 

部屋に着くと、ブラッドベリーの他の幹部の七名が先にいた。

 

部屋には、ホワイトボートと長い机が二列向かい合って並んでおり、それぞれ、

ブラッドベリーと、ロデオソウルズに分かれていた。

 

カイト達が席に着くと、ドアが開き、深見団長に続き、八雲が入ってきた。

八雲は手にグラスとワインボトルを持っている。

 

八雲が席に着くと、持っていたグラスにワインを注ぎ、

口にする。

 

ブラッドベリーの幹部らは、クスクスと笑いながら、

小声でしゃべっている。

 

「大丈夫か…この女?」

「仲間の首を切ったのが、ショックだったらしいぞ…」

「剣も振れないくせに、顔が可愛いだけで、団長になるからだよ…」

「こいつも、俺らと同じ幹部になるのかよ…?」

「…納得いかねぇな…」

 

八雲は、幹部達の様子を見て、手を上げる。

 

「悪いな…昨日から、飲まないとやってられなくて…

 会議はちゃんと出来るから…気にしないでくれ」

 

参謀の白河が、ホワイトボードの前に立ち、一つ咳払いをする。

 

「オホン…では、これからステイゴールド殲滅の会議を始める。

 まずは…」

 

会議は、それぞれの軽い紹介や動員可能な戦闘員数の報告など、滞りなく進んだ。

そして、白河から八雲へ説明が求められた。

 

「では今回の戦いから、我々の団に入団を希望されているロデオソウルズの団長、

 八雲殿から、作戦説明をお願いします」

 

八雲は立ち上がり、少しふらつきながら、ホワイトボードの前に行く。

そして、マジックを取ろうとして、グラスを落としてしまった。

ガシャンと割れた音が部屋中に響き、

皆、一斉に八雲の方を見る。

 

その瞬間だった。

 

ブラッドベリーの幹部達の前に机が降ってきた。

一番隊隊長のガレインは、何が起きたのかわからなかったが、降ってきた机を押しのけ、とっさに腰の剣を抜く。

しかし、なぜか腰の剣に手が触れない。

視線を下におろしたと同時に、隣の光景に目が止まった。

幹部達の首が無くなっていたのだ。

そして、誰かが呼びかけてきた。

 

「おい」

 

ガレインは、状況がわからないままで、呼ばれた方を向くと、見慣れた剣先が目の前にあった。

その先に見えるのは、カイトの姿だ。

 

「…動くな」

 

そうつぶやいたのは、カイトではなく、八雲だった。

 

そして、その声を聞いたのは、ガレインだけではなく、もう一人いた。

団長の深見だ。

 

深見は目の前がぼやけている。

それから、八雲の声が近くで聞こえ、彼女が目の前にいる事がわかった。

八雲との距離が近すぎて、ぼやけているのだった。

 

そして、八雲の言葉を頭で理解すると、何が起きたかを判断した。

……襲われた!

そう思うと、反射的に対抗心が湧いた。

感覚を研ぎ澄ませると、自分の腰には剣がある事がわかり、

隙を突こうと考えた。

ぼやけた視界の向こうに、八雲の顔が見えている。

そして彼女がまばたきをした瞬間に、右手を腰に動かした。

 

が、その瞬間、火が着いたように、顔が熱くなる。

 

「がぁっ……!」

 

深見が自分の顔に手を当てると、右目に何か硬い物が刺さっている。

それからは、あまりの熱さに何も考えられなくなった。

 

 

その頃ガレインは、色んな音や声を聞きながら、じっとしていた。

しばらくすると、誰かに後ろで手をしばられた。

それでも、カイトの剣は当て続けられている。

その剣が、自分の物である事もわかった。

 

八雲の声がした。

 

「ガレイン、私はお前の事は知らない。

 だが…これから、二つの事を言う。

 それに2秒以内で答えろ……いいな?」

 

…2秒…?と、ガレインは思ったが、とにかく早く返事をした方が良いと判断し、

ガレインは、喉から声を絞り出した。

 

「…はい」

 

「私たちに二度と手を出すな」

 

「はい」

 

「今日からお前がここの人々を守っていけ」

 

「はい」

 

そう言うと、体は自由になった。

 

八雲達は、何も言わずに、またガレインに目も向けずに、部屋を出て行く。

カイトが、深見を肩に担ぎ上げ、出ていった。

 

今、ガレインに残ったものは、命が助かったという軽い安心感と、

目の前に広がる血の海だけだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サラスの地獄

 

スステイゴールド本拠地のビル内。

エレベーターを呼ぶボタンを押すが、反応はない為、

仕方なく急いで階段に向かうサラス。

 

「…どうなってるんだ?

 …一体なにが起こったんだ?」

 

サラスは、走りながら混乱している、今の状況を整理してみた。

 

 

・昨夜、ロデオソウルズの副団長片桐から、団の運営方針の違いで、

 ロデオソウルズが、分裂した事を聞かされた。

 八雲団長と数名の隊長は、出て行き、団員も数十名を残して、出て行く予定となった。

 しかし、片桐とニーナは、ステイゴールドをこれまでと同様に支援すると約束してくれた。

 

 

・朝起きると、サラス宛てに自室にメモがあり、「朝10時に一人で団長室へ」…その通りに行動。

 

・団長室に行くと、副長のイオナがいて、同じようなメモを受け取っていた。

 そして、部屋には謎かけのようなメモがいくつも用意されていた。

 

・それを二人で時間をかけて解き、その意味をつなげていくと、

 どうやらメイジ団長は、恋人のタニアに殺されたと判明。

 

・団長室を出ようとするが、いつのまにか閉じ込められていた。

 

・なんとか脱出する事が出来たが、出て見るとビル内にいた団員のほとんどが負傷し、

 数人は死亡していた。

 

・理由を聞くと、ロデオソウルが敵に寝返ったと報告された。

 

・建物の入り口は、数十名のロデオソウル団員に封鎖され、出入り不可。

 

 

そして今、上階にある幹部達の部屋へ、急いで向かっていた。

イオナが、頭の中の混乱を収めたくて、サラスに尋ねる。

 

「隊長…一体…何が起きたんですか?」

 

「わからない…」

 

「本当に、ロデオソウルズが寝返ったんでしょうか?」

 

「そんな事…考えたくはないが…負傷した部下達が、

 俺に嘘をつくとも思えない…」

 

「どうして!?昨日、助けてくれると約束したのに…」

 

「……」

 

イオナの問いには、何も答える事が出来ないサラスだったが、

とにかく、今ステイゴールドが危険な事だけはわかっている。

1秒でも早く、他の幹部達と会って、事態の収束を計るしかなかった。

 

上階に着き、部屋が並ぶ廊下に出ると、一人の幹部が倒れている。

三番隊副長のドイタンだった。

駆け寄ったが、胸には大きな穴が開いており、すでに息はない。

 

他の部屋を見ると、三番隊隊長ウィルズは自室で、頭と身体が切り離されていた。

 

二番隊副長のムルザも自室で身体を二つに切られ、死んでいた。

 

残るは、一番隊の隊長マークスと、副長の小早川だけだ。

 

サラスは、起きている事態に恐々としながら、ゆっくりと廊下に戻ると、

副長の小早川が自室のドアを突き破り、廊下に飛ばされてきた。

 

「…こ…小早川さん!?」

 

サラスは駆け寄ろうとしたが、その前に小早川の部屋の中から、小早川の武器であるはずの斧が飛んできて、

小早川の頭を割る。

 

サラスは、よろよろと歩み寄ったが、やはり息絶えてしまった。

 

その部屋から出てきたのは、ニーナだった。

サラスは、身を震わせながら、つぶやいた。

 

「……アンタ……な…何を…?」

 

ニーナは、何も言わずサラスを見下ろす。

 

「…皆んな…アンタがやったのか…?」

 

「…」

 

「どうして…?……俺達を…助けてくれるはずじゃ……」

 

「………団長が決めた事だ」

 

サラスは、ニーナから昨日と同じ言葉を聞いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イオナ

イオナが、涙を流しながら、刀を抜いた。

心は不思議と冷静だった。

この惨状を目の前にして、自分でも意外と落ち着いているのが不思議に感じていた。

 

 

イオナは、このステイゴールドの幹部達が、好きではなかった。

良い人達だと思った事はなかった。

乱暴で、野蛮で、プライドが高くて、その上…強くて……

卑怯だと思っていた。

 

でも、イオナの周りにいた男達は、日本でもだいたい皆、こんな感じだった。

だがそれ以上に、このシュラには、こんな人達が溢れていた。

 

 

でも、メイジ団長は好きだった。

厳しく怖い人だったが、自分に規律を持っており、人にも…また自分自身にも、

厳しくしている人だと思った。

言葉と態度は強くても、その心にはいつも、温かさを感じさせてくれていた。

 

生まれた時から、父親のいなかったイオナにとっては、もし父親がいたら、

こんな感じだったのではないか…

こんな父親だったら良かったのに…

そう思わせてくれた人だった。

 

メイジ団長が、タニアに恋をした時、

彼が、どんどん変わっていく姿もイオナは見ていた。

彼女にのめり込み、厳しかった自分を、少しずつ失っていく姿だった。

すごく悲しかった。

すごく悔しかった。

だけど、そんなメイジの事を少しも嫌いにはならなかった。

 

メイジ団長が、恋をする気持ちも、理解できた。

 

自分も恋をしていたから…

 

初めて、サラスと会った時、この人と一緒にいたいと思った。

シュラのような世界にいながら、誠実であろうとしているサラスの気持ちが、

すぐに伝わった。

そんな人は周りに少なかったからだと思う。

 

サラスが守りたいものを、自分も一緒に守りたいと思った。

一緒に、大切にしたいと思った。

サラスのように、自分も誠実でありたいと思った。

 

だから、全てを忘れて戦い方を覚えた。

何かにまっすぐになった事など、一度もなかったのに。

サラスだけを見て、刀を振り続けた。

痛みや苦しみなど…

サラスを思えば、本当に些細な事だと思えた。

 

今、目の前で、そのサラスが苦しんでいる。

彼の許容範囲を超えた事態が、今、彼を苦しめている。

 

自分がサラスを、守ってあげたい。

サラスに、こんな思いをさせた人が憎い。

 

そして、刀を抜いた。

 

ニーナが強いのは、わかっていた。

でも、そんな事は全く関係なかった。

 

何も考えずに身体は動いた。

ただ、ひたすら繰り返してきた動きだ。

今まで繰り返した中で、一番の動きだった。

素直に、自然に、刀は思い通りに振れた。

 

そして、目の前は白くなっていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

説明

 

イオナが、目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。

 

「イオナ」

 

声がした方に顔を向けると、サラスがいた。

そして、気を失う前の出来事を思い出し、

自分が、談話室のソファに横になってる事を認識した。

 

起き上がろうとして、全身に走る痛みに気づく。

サラスが近寄って、そっと手を添えて起こしてくれた。

ありがとう…と言いたいが、全身の痛みで声が出せず、

呻くような音が口から漏れた。

サラスが、優しく語りかける。

 

「大丈夫か?

 何も喋らなくていい。

 あと、身体は痛いだろうが心配するな、

 調べてもらったが、怪我はしてないから」

 

サラスにそう言われて、イオナは思い出した。

気を失う前のことを。

…そうだ、ニーナに向かっていった時、

刀をかわされて、何か当て身のようなものをくらったんだ。

この痛みは、その時のものだ。

 

イオナは、痛みに耐えるために閉じていた目を開けると、

その部屋には、サラスの他にロデオソウルズの幹部達がいた。

イオナの体は、反射的に強張った。

 

そのイオナの反応を見て、サラスが説明する。

 

「大丈夫だ。

 彼らの事は心配ない」

 

サラスの後に、ニーナが口を開く。

 

「イオナ、さっきは悪かったね。

 ……でも、良い太刀筋だった」

 

イオナは、少しだけうなずいた。

そして、サラスが説明を続ける。

 

「イオナ、混乱していると思うけど、

 今から彼らに、今の状況を説明してもらうから、

 イオナも俺と一緒に聞いてくれ…いいかい?」

 

イオナは、サラスの目を見て、ゆっくりうなずく。

 

それを見て八雲が、片桐に目で合図をすると、

片桐が話を始める。

 

「サラスさん、イオナさん、

 突然、こんな事になり驚かせてしまって、すみませんでしたね。

 これから簡単にですが、説明しますね。

 理解できないかもしれませんが、聞いておいてください」

 

二人は、顔を見合わせてうなずいた。

 

「我々ロデオソウルズは、ワケあって、イグニス地方に向かっております。

 ただ、ここからイグニスに行くには、ブラッドベリーの領地を通らなければなりませんでした。

 そこで、八雲団長と知り合いのメイジ団長率いるステイゴールドに協力する形で、

 お互いに便宜を図るつもりでした。

 

 しかし、残念な事に、そちらの幹部の方が、我々を裏切ってしまったんです。

 敵に情報を流されてしまい、そのおかげで、うちのカイトが危険な目にあいました。

 

 そんな事をされて黙っていられる程、うちの団長は大人ではありませんから…そし」

 

そう言った所で、片桐の頭に空のペットボトルが当たる。

片桐は、無反応で話を続ける。

 

「…そして、二人ともご覧になった通り、裏切り者はニーナが始末しました。

 しかし、それではステイゴールドの戦力は大きく落ちます。

 我々は、協力すると言った手前、このままでは申し訳ないので、

 協力の形として、ブラッドベリーの幹部も始末をしてきました。

 全員ではありません。

 

 一番隊隊長のガレインは生かしてます。

 理由は、二つ。

 一つ目は、ステイゴールドの敵を我々が全て倒すのは、少し筋が違うかも、という事。

 二つ目は、ブラッドベリーにも1万人以上の人がいますから、その人々が、

 突然幹部が全員死んで、混乱しないように、というのが理由です。

 まぁ…これで混乱するなというのは、無理な話かもしれませんが…

 

 ちなみに、こちらに残った幹部は、あなた方二人だけですので。

 本当なら、一番隊隊長のマークスさんも、裏切り者ではなかったのですが、

 何故か行方不明になっています。

 

 まぁ…というわけで、我々ロデオソウルズは、ここにいる理由も、もうありませんから、

 今から、イグニスに向かいます。

 

 あと、最後に一応、原因と言いますか、この話が嘘じゃないという証拠と言いますか…」

 

片桐がそう言うと、バニラが重そうに、大きなズタ袋を引きずってきた。

袋の口を、バニラがナイフで切ると、中から手足をしばられ、さるぐつわをされた、

ブラッドベリーの団長の深見が転がって出てきた。

 

「!?」

 

驚く二人に、片桐が話をする。

 

「深見団長です。

 八雲団長の好意で、生かして持ってきました。

 今現在、ステイゴールドの代表はサラスさん、あなたですから。

 一応お渡ししようかと思っているのですが…

 いります?」

 

サラスは、どう答えて良いのかわからなかった。

 

「ええっと…いりますと聞かれても…」

 

「あの…幹部はほとんど始末しましたが、

 ステイゴールドと、ブラッドベリーの争いは、決着したワケではないので、

 もしかしたら、今後あなたが、何かの交渉に使うかと思いまして…」

 

「いえ…結構です……自分達で何とか方法を…考えますから…」

 

サラスのその言葉を聞いて、片桐は少し困った顔をした。

すると八雲が少し口の端をあげて、片桐に言った。

 

「…だよね?

 ほら、だから言ったんだ…片桐。

 サラスは、そんな手は使わないと思うっ…て。

 良いよ…片桐、こっちにもらおう」

 

そう言うと、八雲は立ち上がって、部屋を出て行く。

サラスが、八雲を呼び止める。

 

「八雲団長、ちょっと待ってください。

 どうして俺達に黙ってたんですか!

 どうして…こんな方法を…!

 相談してくれれば、きっと…他に…手が…」

 

「ああ…そうかもな。

 でも私は、私が決めた事をやっただけだ。

 これからは、サラスが自分で思う事をやればいい」

 

「そんな事を急に言われても…」

 

「いや…サラスは私に言ったはずだ。

 守っていく覚悟があるって…」

 

サラスは、ハッとして何も言えなかった。

 

八雲は何も言わず、そのまま部屋を出ていった。

 

片桐は、バニラともう一度、深見を袋に詰めながら言った。

 

「サラスさん…勘違いしてはダメですよ?

 八雲団長は、正義の味方じゃありませんからね?

 絶対に…」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

きっかけ

 

 

数時間後。

ブラッドベリー領内の外れを、ロデオソウルズの一行が歩いている。

 

ニーナが、八雲につぶやく。

 

「サラス達…素直な奴らだったね」

 

「うん」

 

片桐も会話に入る。

 

「ああいう方々は、この世界にいて欲しくないんですけどね」

 

ニーナが聞く。

 

「どうしてだよ?

 良い奴がいるのは悪い事じゃないだろ?」

 

「いいえ、もしあんな方々が敵になってしまっては、殺す時に心が痛みますから」

 

ニーナが言う。

 

「うそつけ…片桐に心なんて、ないだろ?」

 

「ハハハハ…ニーナもひどいですね…

 団長、何か言ってやてくださいよ…」

 

「確かに……

 私や片桐よりは、良い奴らだったな」

 

「団長……フォローはナシですか…」

 

後ろにいたバニラが八雲に声をかける。

 

「……団長…」

 

八雲が振り向くと、バニラは無表情ながら、少し不満そうだった。

 

どうしたんだろう、と八雲は首をかしげながら考えてると、

バニラは手に持っている鎖を見せるように、少しだけ動かす。

そして、八雲は気がついた。

 

「あ……忘れてた。

 バニラ…ちょっと待って」

 

八雲は、少し前を行く片桐を呼び止める。

 

「…片桐ぃー!、もうブラッドベリーの領地は抜けてる?」

 

片桐は胸元から地図取り出し、今いる場所を確かめてうなずく。

八雲もうなずきかえし、バニラに、

 

「ありがとう、バニラ」

 

そう言って、バニラの鎖を引き継ぐ。

そして、傍にある建物に一人で入って行く。

 

近くにいたカイトが、立ち止まって、八雲の背中を見つめている。

 

ニーナと片桐がそれに気づき、ニーナが呼びかける。

 

「カイト、どうした?」

 

「…あぁ…うん…」

 

「…なんだよ…団長がどうかしたか?」

 

カイトは、八雲が入って行った建物を見つめたまま、二人に話す。

 

「団長…変わった様子なかったか?」

 

「…いつだ?」

 

「サラスに会いに行った時だよ。

 俺は、ブラッドベリーにいる団員の所にいただろ。

 だから、サラスの所に行った時の団長どうだったかなって…」

 

ニーナと片桐は顔を見合わせ、ニーナが答える。

「どうって…特別おかしな感じはしなかったよ」

 

カイトはちょっと間をおいて、

 

「二人は、ブラッドベリーに来てないから知らないんだけどさ、

 ブラッドベリーの幹部達に攻撃を仕掛ける時、俺達は合図を決めてたんだ」

 

片桐は、それに答えた。

 

「知ってますよ…何か団長が大きめの音を立てるって合図だったはずですよね?」

 

「ああ、聞いてたのか…

 そうなんだけどさ…

 その合図は、なんでもよかったはずだろ?」

 

「ええ」

 

「それなのに、団長…わざわざ酒を飲みながら会議に出て、

 そのグラスを落とした音を合図にしたんだ」

 

「…酒…ですか?」

 

「ああ…団長が酒飲んでる姿、二人は見た事あったか?」

 

二人は考え込んでいる。

 

「だろ?…そうなるよな?

 しかも、ブラッドベリーの奴らが言うには、前の日から飲んでたって言うんだぜ?

 …ちょっと普通だとは思えなくてさ」

 

少しの沈黙の後、ニーナがしゃべりだした。

 

「…メイジを殺った事…だろうな」

 

カイトがうなずく。

 

「…ああ…たぶんな

 べつにさ……自分でやらなくても、良かったのにな…

 ネロが怪我してたからかなぁ…」

 

カイトの言葉を、片桐が柔らかく否定する。

 

「いや、ネロが怪我をしてなくても、団長は自分でやったでしょう。

 他の誰にもさせなかったでしょうね」

 

ニーナが悲しそうな顔をする。

 

「自分でやって……自分で苦しんで……なんなんだよ…まったく…

 不器用な人だな……」

 

しばらくしてから、片桐が二人をうながす。

 

「二人とも、先に行きましょう。

 団長は、私たちがここで待ってる事、知ったら…きっと嫌がりますよ。

 彼女は、人に心配される事が苦手ですから」

 

そう言うと片桐は、先に歩き出し、二人も少し間を置いてから、歩き出した。

 

 

八雲が入った建物は、小さな工場のようになっていた。

さっきまで、バニラがその手に持っていた鎖の先についているのは、

深見だった。

八雲は、深みをひざまずかせ、顔を覆っている袋を外し、さるぐつわも外した。

 

ガランとした部屋に、深見の荒い息遣いと、声が響く。

 

「…はぁ…はぁ、ブラッドベリー…もう抜けたんだろ?」

 

「ああ」

 

「…じゃあ、もう俺は必要ないだろ…」

 

「そうだな、ガレインも追いかけて来ないようだから、もういらないな…」

 

「ここで、自由にしてくれ…もうお前らには関わらんから…」

 

「当たり前だ。

 …だが、お前は戻ったら、私達の代わりにサラス達に仕返しをするだろ?」

 

「…しない…約束する…」

 

「本当か?」

 

「ああ」

 

「わかった」

 

深見は、安心して大きなため息をついた。

やっと、この屈辱から解放される。

この巨団の団長である自分を、こんな目に合わせた、八雲達を絶対に許さないと思った。

戻ったら、どうやってこいつらを殺そうか考えた。

団員も一人残らず殺してやると、心に決めた。

 

しかし、しばらく八雲は黙っている。

 

「……どうした…早く、縄を解いてくれ!」

 

深見が叫ぶ。

 

「お前…そういえば女の事を聞いてこないな…もういいのか?」

 

「いい…もうどうでもいい…それより俺を…」

 

「大事な女だから、取り返したかったんじゃないのか?」

 

「もういいんだ!あの女のせいで、こうなったんだ!

 もし俺にもう一度顔を見せたら、この手で粉になるまで切り刻んでやる!」

 

「……やはり…そんな考え方をするんだな」

 

「……どういう意味だ…?」

 

「いや…いい…お前はそんな奴だ」

 

二人とも無言のままで、しばらく過ぎ、八雲が静かに喋りだす。

 

「そういえば……お前は私と初めて会った時に、侮辱したな」

 

「……何の事だ?」

 

「自分の女になれと…」

 

「…わ…悪気はなかった…綺麗だと言いたかっただけだ…」

 

「あの時、私は酷い気分になった。

 おかげで、酒が止まらなかったよ」

 

「それは…俺のせいじゃ…」

 

「罪を償ってもらう」

 

「そ…それだけで、俺は殺されるのか!

 たったあの一言だけで…!」

 

「ああ…私はお前を、殺す為の、きっかけを探してただけだから…

 これで十分だ…」

 

部屋には、静寂が訪れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タニア

 

ステイゴールド領から、少し離れた古い小さな病院の中。

 

ミミミは、キッチンで朝食の用意をしている。

朝日が差し込む、気持ちのいいキッチンだった。

 

食パンをトースターで二枚焼いて、目玉焼きを二つ作っている。

しかし、フライパンの上の目玉焼きはうまく黄身が固まってくれない。

ミミミは、黄身が固めの目玉焼きが好きだった。

どんどん火を強くしていく。

 

フライパンを見つめていたら、なんだか焦げ臭い気がする。

 

ハッとして、トースターを開けたら、見事な炭が出来上がっていた。

しかし、その色があまりにも見事な黒だったため、ちょっと見とれたり、

つついたりしていた。

 

また、ハッとして、フライパンを見ると、目玉焼きから煙があがっている。

慌てて火を消し、中を見ると黄身も固まってない。

 

ミミミは、もう嫌になり、そのままにして床に座り込む。

するとキッチンに誰かが入ってきた。

 

「あ〜ぁ…な〜に…この匂い?」

 

それは、八雲が連れて来た女だ。

タニアという名前だった。

八雲がネロの世話をすると言って、この家を動かないミミミに、

ついでに、この女を見張ってるなら許すと言い、押し付けて去っていった。

 

彼女は、ここで寝泊まりして2日目になる。

昨日は一日中、部屋で酒を飲んでて、出てこなかった。

ミミミと会ったのは、初日以来だ。

 

八雲はミミミに、イグニスにもっと近い場所で拠点を作ったら、連絡すると言い、去っていった。

 

ミミミが、無言でタニアを見上げている。

 

寝起きの体には、スケスケの布をまとっている。

そのうえ下着も着けてないから、全てが丸見えだった。

 

ミミミには、なぜ見えてるのに着ているのか、わからなかった。

 

ゆるく巻かれたミルクティー色の髪は、計算しているかのように、

乳首の辺りでフワフワと遊んでいる。

形の良い胸、見事にくびれてから豊かに膨らんだ下腹部には、

毛が生えてないのか処理しているのか、

影が全く見えない。

ミミミは、女の自分でも、なぜかドキドキしてしまう身体だと思った。

 

タニアは、床に座り込むミミミを見下ろして、伸びをしている。

 

「う〜ん…朝日がまぶしくって、目が覚めちゃった〜。

 ……なんか作ってんの?」

 

「…」

 

ミミミは何も言わない。

 

タニアは、匂いのするフライパンを見つけた。

 

「目玉焼きか…」

 

「…」

 

そう言うと、コンロの火を着け別のフライパンを置いた。

油を引き、玉子を二つ片手で割り、水を入れて蓋をした。

 

ミミミは、タニアをただ見ている。

 

タニアは、トースターから炭を取り出すと、新しい食パンを二枚入れて、ツマミを回す。

そして、棚からカップを四つ取り出し、二つにインスタントコーヒーの粉、残りの二つにコーンスープの粉を入れた。

フライパンの隣で沸いていたヤカンから湯を注ぎ、スプーンで混ぜると、冷蔵庫からミルクを出し、

コーヒーに入れた。

 

そして、皿を用意するとフライパンを持ってきて、目玉焼きをそれぞれの皿に入れる。

フライパンをシンクに入れると、トースターからパンを取り出し皿に置く。

 

冷蔵庫から、レタスとトマトを取り出し、軽く洗って、

レタスを適当にちぎり、トマトを八当分に切ると、皿に盛り付け、

冷蔵庫から、ドレッシングとバター、イチゴジャムををテーブルの上に置き、椅子に座った。

 

「いただきま〜す」

 

タニアは、美味しそうに朝食を食べだした。

そして、口に入れたまま、

 

「はへないの〜?」

 

「…」

 

ミミミは立ち上がって、椅子に座った。

ミミミは、意外だった。

テーブルの上には、綺麗な朝食ができている。

だらしなさそうな見た目と違い、普通に朝食を作ったタニアに少し興味が湧いた。

 

いつものミミミなら、誰かに世話になっても、何か気に入らなかったが、

なんとなく、タニアには嫌な感じがしなかった。

押し付けがましさや、気遣いがない気がした。

自然だった。

 

ミミミは、無言で食べる。

普通に美味しくて、むしゃむしゃ食べ続けた。

タニアが話しかける。

 

「朝食、二つ用意してたみたいだけど、私の分だったの〜?」

 

ミミミはハッとした。

タニアがその顔に気づく。

 

「あ〜ぁ…この家、他に誰かいるんだぁ?」

 

ミミミは、食べるのをやめ、もう一度キッチンに立った。

が……さっき、自分がダークサイドに引き込んだパンと目玉焼きが、そこにいて、

フーコー言ってる。

ミミミはゆっくり振り返り、くちをとがらせ、腕を組んでつぶやいた。

 

「作り方…教えていいよ」

 

タニアは、食べかけのパンをくわえたまま立ち上がった。

 

__________________________

 

ネロは目をつぶっていた。

 

部屋の外から、足音が聞こえている。

ミミミだろうと思った。

 

喉が渇いている。

横たえていた体を起こし、サイドテーブルに置いてある、飲みかけの水で喉を潤した。

 

体を確かめてみる。

ゆっくりと目を閉じて、手を握り、力を入れて感覚をたどる。

完璧とはいかないが、昨日まであった痺れはなくなっている。

体を伸ばしたり、ねじったりしてみる。

包帯をまいている場所はまだ痛むが、動けない痛みではなくなっていた。

 

ふぅ…っと身体中の空気を吐き出し、ゆっくりと息を吸い込む。

肺の痛みもない。

大丈夫だ。

 

ゆっくりと目を開ける。

 

すると、ドアが開いてミミミが入ってきた。

 

両手に抱えたトレーには、朝食が乗っている。

ミミミはこぼさないように気をつけながら、サイドテーブルにトレーを置いた。

ネロは、朝日に照らされた朝食のかなりまともな見た目に、少し驚いてしまった。

その顔に気づき、ミミミが腹を殴る。

 

「今、ビックリしたろ!……いつもみたいに缶詰じゃないから…」

 

「……」

 

ネロは、ミミミを見つめる。

お前が作ったのか?

と言う顔だ。

ミミミは、うなずく。

 

しかし、なおもネロは見つめてくる。

耐えきれず、ミミミはスッと目を逸らした。

 

その時、またドアが開いた。

 

開いたドアの隙間から、すべりこむようにタニアが腰から上をのぞかせる。

 

「!」

 

ネロは見た事のない顔に、枕の下に手を入れた。

 

「あぁあぁあっ!」

 

っとミミミが叫んで、タニアに駆け寄る。

そして、タニアの前にたちはだかり、両手をバタつかせた。

 

「ネロ…!…違う…大丈夫!…敵じゃないから!」

 

ネロは、枕から手を抜いた。

タニアは、気にせずに部屋にぴょんぴょんと跳ねながら、入って来た。

その姿はさっきと同じ、スケスケのままだった。

 

「あぁあぁあっ!」

 

ミミミは、また叫びながらタニアにしがみつき、

胸と下半身を隠す。

 

「な〜んだ…男がいたんだぁ…」

 

タニアは、妖しい笑みを浮かべて、しがみついたミミミをゆっくりと抱きしめて、

ネロを見つめる。

 

ネロは、瞳以外は動かさないまま、小さい声でつぶやく。

 

「誰だ?」

 

その声は低く、まるで真夜中に降る雪のように静かで、濡れた月を映した湖のように黒かった。

タニアには、森の奥深くの洞窟で鳴いている、黒狼の声に聞こえた。

なぜか、タニアにはその声がヒドく悲しく聞こえてしまい、何も答えられない。

代わりに、ミミミが答えた。

 

「ネロ…この人タニアって言うの。

 この前、八雲があたしに見張ってろって、連れて来たんだ」

 

「…」

 

「その朝食もタニアが教えてくれたんだ。

 別に悪い人じゃないみたいだから…ネロも心配しなくていいよ。

 わかった?」

 

「ああ」

 

そう言うと、ネロはやっとタニアから瞳を逸らした。

タニアも、視線を逸らされたせいで、悲しみの呪縛から解けた気がして、

しゃべりだした。

 

「ふ〜ん…ネロっていうんだぁ…よろしくね〜」

 

クネクネと巻いた髪に指を絡ませながら喋るタニアを、見もせずに、

ネロは無反応なまま、トレーに乗ったコーヒーを口に含んだ。

 

タニアは、そのネロの顔を覗き込む。

胸に抱かれてるミミミは、おのずとエビ反りのような態勢になった。

タニアは顔を、ネロと9センチの距離まで近づけた。

それでも、ネロはタニアを無視してパンをかじる。

タニアは少し首をかしげて、つぶやいた。

 

「…ネロってさぁ……ゲイなの?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

午後

 

ステイゴールド領の外れの、小さな医院。

 

ミミミが、タニアと生活をするようになって、一週間が過ぎた。

何も起こらない平凡な日々だった。

 

タニアは、時々お酒を飲み、一人で踊ったり歌ったりしている。

食事は、毎回タニアが作ってくれる。

ミミミは、それを見てマスターしていく。(自称)

 

それ以外の時間、ミミミはネロの部屋に居て、本を読んだり、

時々、ひたすら跳ね回ったり、

ネロの世話をして過ごす。(自称)

 

物資は、タニアが来て数日中に、三人では処理しきれない量が届いていた。

3ヶ月は暮らせそうな量だ。

 

昼食が終えた午後の時間、外は穏やかに晴れている。

ネロの部屋、ミミミが、ネロのベッドを転がりながら本を読んでいる。

ふとネロを見ると、文庫本を開いたまま顔に乗せ、眠っているようだ。

 

ミミミは、ベッドを飛び降り、窓を開けてネロの部屋に面した縁側に立つ。

外には、広めの中庭があり、草花が必死に場所の取り合いをしている。

 

ミミミは、急に思いたち、置いてあった草履をはいて外に出ると、雑草を抜き始めた。

しかし、雑草は強く地中に根を張っているようで、簡単には抜けない。

千切ろうとしても、ちょっと束ねただけで、驚くほど硬くなる。

 

「…」

 

ミミミは草履を脱ぎ捨て、ネロの部屋に戻り、キッチンに向かう。

キッチンでは、ハダカ以上にハダカのようなスケスケの布を巻いたタニアが、

鼻歌まじりに食器を洗っていた。

シンクの隣には、ワインの入ったグラスと少しのチーズが置いてある。

 

タニアとミミミは、必要な時以外、お互い特に話はしない。

それでも、知らない人同士によくある気まずさは、生まれなかった。

 

ミミミは、タニアを少し押してズラすと、シンクの下に挿してある包丁を取り、

ニヤッと微笑む。

タニアは、包丁を持って微笑むミミミを見ると、

洗い物を一時中断して、ミミミの背中を追う。

 

ミミミは、部屋に戻ると外に飛び出し、転がっている草履をはき、

雑草を包丁で切り始めた。

 

タニアは、ミミミの後を追って、ネロの部屋に入る。

ネロは寝ているようだった。

起こさないように静かに歩き、

外を眺める。

 

そこにあったのは、午後の柔らかい光を浴びながら、雑草に向かって、

飛んだり、跳ねたり、回転したりしながら、包丁を振り回して、

ニヤニヤしている、ミミミの姿だった。

 

タニアは………小鬼がいる…と思った。

このシュラには、不思議な生き物がいっぱいいるから、

この子も、その一種だろうと思った。

 

山に住んでいる小鬼が、ふもとにある村の祭りを山の上で眺めながら、

自分も祭りに参加しているかのように、一人で踊る姿だ……と、勝手に決めた。

 

タニアは、キッチンに戻り、ワインとチーズを手に、ネロの部屋に戻った。

それをサイドテーブルに置くと、部屋にある椅子を持ってきて腰掛け、

その光景を眺めていた。

 

どれくらいの時間が経ったかわからないが、ワインを飲みながら、

外を眺めているタニアの耳に、シュッと何かをこする音が聞こえてきた。

 

音の方を見ると、寝ていたはずのネロが体を起こし、タバコをくわえ、

マッチで火を点けている。

 

タニアは、ネロのくわえたタバコを見ていた。

お互いに何も言わないままで、煙が音も立てずに部屋に舞い、

ネロのタバコは、ゆっくりと短くなっていく。

タニアは、砂時計の砂がサラサラと音も立てずに、

落ちていくのを見ているような気分で、それを見ていた。

 

ネロが、タバコをくわえたまま…宙を見つめながら、ボソッとつぶやく。

 

「逃げないのか?」

 

タニアは、見張られている……筈だった。

 

八雲に連れられ、この家を訪れた時、

八雲はミミミに、

「ネロとこの家にいたいなら、この女を見張っておくように…」

と言い残して去っていった。

 

ネロにタニアの事を説明する時も、確かにミミミはタニアを見張ってる事を伝えていた。

 

だが、ミミミはタニアを見張った事は一度もなかった。

ネロも同じだった。

 

タニアとネロが会うのは、このネロの部屋だけだった。

この部屋にも、何度か入っているが、彼が何か話かけてきたのは、

これが最初だった。

 

タニアは、足をぶらぶらさせながら答えた。

 

「…だって……誰も見張ってないし…」

 

タニアには、わかっていた。

ネロとミミミには、私を見張る気なんて、砂つぶほどもない事を。

 

ネロは、煙を吐き出すと、短くなったタバコを、

ベッドの下に置いてあった空き缶に捨てた。

 

タバコは、缶の中で、ジュッと小さな音を立てて消えた。

残ったのは、風のない部屋に漂う煙と、かすかなメンソールの匂いだけだった。

 

「あたしに……逃げて欲しい?」

 

タニアは下ろしていた足を椅子の上で組み、両手で抱え込んだ。

 

そのままで、少しの時間が流れた。

 

ネロはどこを見るでもなく、ずっと宙を眺めている。

その目は、必要な時以外は、例え開いてはいても、この世界は何も映っておらず、

自分の心だけを、常に見つめているような…そんな目だった。

 

彼の肌は白く、肉体は引き締まっているが、、無数の傷と包帯が覆っている。

無口で少しの愛想もなく、そう若くもない。

長く黒い髪は、艶を持っているが、方々に跳ねている。

 

タニアは自分の魅力をわかっていたから、

どうしてこの男は、自分に何の興味も示さないのか、

少しだけ、不満だった。

初めて会った時、ゲイではない……という否定もしなかった。

 

外では、緩い風がときどきゆらす葉のこすれる音と…

遠くで聞こえる鳥の声と、砂を蹴る音、

……ゲヘゲヘと笑う小鬼の声が小さく聞こえている。

 

タニアは、ネロに何かを言って欲しい訳ではなかった。

ここにいる理由もなかったが、

別に、行きたい場所も、戻りたい場所もなかった。

 

ただ、もしネロが何かを言った時には、

ネロの望む通りにしようと決めていた。

 

まるで絵のように止まったまま動かないネロ。

 

その口元が小さく開き、低い声がこぼれた。

 

「カレー…作れるか?」

 

タニアは、一言だけ言って、また止まって絵になったネロを見つめる。

そして、グラスに残っていたワインを飲み干すと、

ゆっくりと腰を上げた。

その時、ネロの顔の近くで、わざと自分の長い髪をスッとかきあげ、

香りをちらした。

自分の体を抱くようにして歩き、食料庫へ向かう。

口元には、なぜか勝手に笑みが浮かんでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クレイモア

 

ヒューガ地方。

市街地にあるビルの中。

 

シノノメ傭兵団 百人隊のアズマ隊は、戦闘中だった。

ターゲットは、結成して8ヶ月の新興団「バリケード」。

2千人と少数だが、若者が多く凶暴な為、早めに狩るよう、上部から指示が出ている団だ。

 

 

アズマは、5階で数人の男を相手に剣を振っている。

敵は、刀や槍で次々とアズマに襲いかかるが、

アズマは、ことごとく相手の攻撃をはじき返しながら、

三人、四人と切り捨てていく。

 

そこに、アズマ隊の隊員三人が、急いでかけつけ、報告する。

 

「アズマ隊長、団長のガライを7階で包囲しました。

 ここは、我々が!」

 

そう言うと、隊員達はアズマの前に出て、武器を構える。

 

「わかった、まかせたぞ」

 

そう言い残し、アズマは階段を登り、7階に向かった。

 

隊員が出口を封鎖している部屋に入ると、隊員4人に囲まれている男がいる。

背の高い男だ。190センチを超えていそうだった。

奴が団長のガライだろう。

強盗、強姦の他、3件の殺人で逮捕されている。

凶悪犯だった。

 

ガライを囲んでいる隊員の少し後方で、クメと副長のスグリが状況を見守っている。

アズマが男に話しかける。

 

「お前が、バリケード団長ガライか?」

 

「…おお……お偉いさんの登場かよ…」

 

「そうだ、俺が隊長のアズマだ。

 これからお前の処刑を行う。

 堂々と勝負しろ」

 

アズマは、愛剣のクレイモアを引き抜き構える。

 

「来るな!

 お前らに、嬲り殺される位なら、自分で死んだ方がマシだ!」

 

ガライは怯えた表情で、腰の刀を抜き、腹に当てがい、

息遣いを荒くした。

 

アズマは、剣を一度下ろし、ガライを止める。

 

「やめておけ。

 ガライ……お前は、確か半年かそこらで、悪党を束ねて、二千人規模の団を作っている。

 これは、そうそう出来る事じゃない。

 お前には、優れた力があるのだろう

 そんな豪将のガライが、敵が怖くて自殺なんて、

 ちょっと、似合わないんじゃないか?

 

 それよりも……その刀で俺と戦った方が、その命…助かるかもしれないぞ?」

 

「ど…どういう事だ?」

 

「今、お前は俺の隊に囲まれているが、俺と勝負して勝てば、見逃してやる」

 

「…嘘だ!

 もしお前に勝ったって、どうせ次々襲ってくるんだろ!

 そんな事はわかってる!」

 

「いや…そんな卑怯な事はしない。

 約束する。

 知っていると思うが、シュラでの戦いは、全世界に中継されている。

 その人々の前で、隊長の俺が嘘をついたら、傭兵団の信用は地に堕ちる。

 だから、そんな事はしない」

 

「…本当だな…逃がしてくれるんだな…?」

 

「ああ…本当だ。

 おそらくシュラに来て半年のお前は、知らないだろうが、

 傭兵団の隊長を倒すと、罪人にも、大きなメリットがある。

 

 俺には今、多くのスポンサーが付いている。

 もし、この戦いでお前が勝てば、上質なガライ専用の武器や、大量の食料が贈られる。

 誰にも横取りされる事なくな…。

 どうだ?……俺と戦った方がメリットが大きいと思うが…?」

 

それは、本当だった。

 

以前のシュラでは、強い傭兵になると、有名になり過ぎ、

罪人が戦わずに逃げてしまい、

デスゲームとして、成立しなくなった…という過去がある。

 

ファンは強い傭兵達の戦闘シーンが見たい為、戦闘が減ると、

傭兵の支援者や、シュラを観覧している客からの、

収益が大幅に減っていく。

 

そのために、対応策として、

こういった褒賞が、勝者の罪人に贈られる事となった。

 

傭兵と罪人の力の差は、大きい。

その為、傭兵殺しは、罪人の勲章になっている。

 

その褒賞を手に入れた者は、いわば罪人世界シュラでの、特権階級となれる物だった。

 

その品々は、シュラの世界では決して手に入らない逸品揃いであり、

それを持っているだけで、多くの団から幹部として誘われたり、

その腕を買われたりと、多くの副産物も生まれている。

 

そういった工夫がいくつもあり、このシュラでのデスゲームは、

バランスを維持されていた。

 

ガライは、アズマの話を聞き、少し考えて、

腹に当てていた刀を外し、攻撃的に構えた。

 

「…わかった。

 これは、このガライにとって、チャンスという事だな?」

 

「そうだ…お前の名を上げるチャンスだ」

 

そう言うと、アズマはクレイモアを上段に構え、腰を落とす。

 

ガライも、怯えていた表情は消え、凶悪な本性が表に出てきた。

刀をフラフラと揺らしながら、わざとスキを見せている。

 

アズマは、ピクリとも動かずに、ガライを見据えている。

 

ガライは、194センチあり、アズマは見たところ、

178センチといったところだろう。

リーチには、ガライが有利だった。

ガライはふざけるように、フラフラと近づいたり、

離れたりしながら、アズマの集中力を削ごうとしている。

 

ほんの一瞬、隊員の誰かの剣がこすれる音がして、

緊張が途切れた。

その瞬間をガライは見逃さなかった。

その音と同時に、ガライは自分の間合いにアズマをとらえる為、

一歩を踏み出した。

その瞬間に、5メートル以上はあった間合いをアズマは、

ただの一歩で詰め、ガライの左肩から袈裟懸けに切り倒した。

 

ガライの体は防具ごと見事に裂け、腰の辺りだけ、皮がつながっている状態だった。

しかし、ガライにはまだ意識があるようで、その体に走る激痛を、目で語っている。

アズマは、ガライを見下ろしている。

 

「ガライ…痛いか?

 だが……お前の罪の重さは、こんなものじゃない」

 

ガライは、

口から湧いてくる血を吐き出しながら、しゃべった。

 

「………まんぞく…か?…お前も……おれと…同じ……ヒト…ゴロシ…だな…?」

 

アズマは、冷たい目でガライを見つめる。

 

「ガライ……死ぬ前に、賢くなってから逝け…

 

 お前は間違いなく、腐った人殺しだが、

 俺は、人を殺した事は一度もない。

 お前達…罪人は………もう…ヒトじゃないんだ。

 

 ………地獄で永遠に償え………」

 

アズマは、ガライの頭にクレイモアをゆっくりと突き刺した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カフェ

シノノメテラス。

日本に8箇所ある、シノノメ傭兵団の所有する団員専用の宿泊施設の一つ。

施設内は、高級ホテルのようになっており、団員は自由に使用できる。

主に、シュラに近い西日本に建てられいる。

 

施設内のカフェで、アズマが隊員のスグリ、クメ、ダイゴと話をしている。

副長のスグリ、がタブレットを操作しながら、

 

「アズマくん、今回の団「バリケード」戦は、記念すべき戦いになりましたよ」

 

アズマが、カフェオレを飲みながら尋ねる。

 

「記念?……何の事?」

 

「今回のバリケード、ガライ団長で、アズマ隊の結成から数えて、ちょうど五十人目の団長処刑です」

 

それを聞いて、ダイゴがジョッキを片手に、アズマと肩を組んではしゃぐ。

二人の顔を見て、スグリも微笑む。

 

「しかも、それだけじゃなくて、団の壊滅もちょうど30組になってます」

 

「オオッ!すげーじゃねぇか!アズマ!

 そうだ!

 今日と明日は、ちょうど休息日だから、隊員集めてハデに騒ごうぜ?」

 

クメが、ドーナツを食べながらダイゴに冷たい視線をおくる。

 

「ダイゴさんは、いつもハデに騒いでるじゃないですか…追跡中だって…」

 

「うるせぇよ、クメ!

 そんなツッコミはいいから、お前は他の隊にいる、お前のファンの女達も呼べ!」

 

「ダイゴさんに言われたって、嫌ですよ…

 まぁアズマさんがやるって言うなら、呼びますけど……」

 

「やるよな?アズマ…なぁやろうぜ?」

 

ダイゴがアズマの肩を揺する。

 

「ハハハ…そうだなぁ…

 でもスグリ、前もそんな事言ってたけど、

 よくそんな数字わかるね。

 どこかに掲示してあったっけ?」

 

スグリが、タブレットを抱きしめて答える。

 

「いいえ!

 全て、副長である私が、毎戦もれなく計測していますので!

 アズマくんの事は全て、この私の頭の中に入っております!

 星座から、好物、趣味趣向、好きな色、犬派猫派、姓名判断、動物占い、尻フェチまで!

 アズマくん……褒めて…くれます?」

 

「あ…そう…なんだ…ハハ。

 あ…りがとね…スグリ」

 

アズマは苦笑いをする。

 

「はい!」

 

スグリは嬉しそうだ。

 

クメが、メロンソーダのストローをくわえて話す。

 

「でも、今回で50って、結構ペース早くないですか?

 スグリさん、2ヶ月前に30いくつとか言ってましたよね?」

 

スグリが、タブレットに目を落とす。

 

「ええそうよ。

 この1ヶ月で……14人も追加されたから」

 

クメが、背中を椅子にあずけて、軽く息を吐く。

 

「やっぱり、そうか。

 どうりでなんか最近、疲れるなぁって思ってたんですよ。

 アズマさん、ハイペース過ぎですよぉ。

 僕は、のんびりハントが好きだなぁ…」

 

スグリが、少し困った顔で答える。

 

「仕方ないでしょ?

 最近アズマ隊に入ってくる情報や要請が、

 一気に増えてるから」

 

それを聞いて、ダイゴが肩を組んだまま、アズマに尋ねる。

 

「それは、やっぱりあいつの怪我が原因か…

 アズマ、病院には見舞いに行ったんだろ?

 どうだったんだ?」

 

「ああ…

 ミツイは、元気だったよ。

 入院は1ヶ月くらいだって言ってた」

 

ダイゴは、少し心配そうな顔をしながら、

 

「そうか……まぁ、あいつも働き過ぎだったからな、

 少し長めの休暇だと思ってればいいさ。

 な?アズマ?」

 

「ああ、ミツイもそう言ってたよ。

 心配しないで欲しいってさ」

 

スグリが、タブレットに目を移す。

 

「でも、一気にこれだけ情報が増えるって事は、

 それだけ、ミツイ隊が忙しかったって事ですね。

 だって、現在もミツイ隊は、葵副長が引き継いで、

 休隊にはしてないんだから」

 

アズマが、カップに砂糖を足しながら答える。

 

「ああ、葵も頑張ってるよ。

 ミツイがいなくても、まだ他の隊よりも忙しそうだった」

 

すると、クメがアズマに微笑む。

 

「うちは、アズマさんが休みの時は、

 絶対に休隊にしてくださいね……絶対に」

 

スグリがクメの肩をはたく。

 

「ちょっと、クメくん!

 縁起でもない事を言わないの。

 …それよりも、クメくんには隊長試験の要請が、

 何度も来てるのに、ずっと受けないままでいるつもり?」

 

クメは、また椅子にもたれて、ストローをくわえる。

ダイゴが、クメを睨む。

 

「…なんで俺のとこには来ないのに、後輩のお前だけ、要請が来てるんだよ!」

 

「…さぁね…知りませんよ、そんな事。

 体に比べて、器が小さいのが、ダメなんじゃないですか?」

 

ダイゴがおしぼりをクメに投げる。

クメは、首を傾けてかわす。

 

スグリがダイゴをいさめる。

 

「まぁまぁ…ダイゴさんにもそのうち来ますよ。

 アズマくんは、とっくに判定を送ってますから」

 

アズマは、クメに尋ねる。

 

「クメは、受けないのか?」

 

クメは手をひらひらと振る。

 

「僕は、めんどーな事は苦手ですから。

 命令をされる方が合ってますよ」

 

スグリが言う。

 

「おかしいわね…

 命令を無視してサボってる時もよくあるじゃない。

 …アズマくん、せっかくだから、今日は厳しく言いましょう!」

 

クメは、思わぬ攻撃を受けそうになって、慌てて矛先を変える。

 

「それは……僕だけじゃなくて…

 ダイゴさんも命令無視して、つっこんで行きますよ!

 この間も、他の隊のとこまで行って、ターゲットを勢いで殺って、

 そこの隊長に怒られてました!」

 

「クメ…っばか!」

 

ダイゴが慌てる。

スグリはダイゴを鋭い目で睨む。

 

「その話は聞いてませんねぇ?

 ダイゴさん……どういう事?」

 

「…そ…それは」

 

ダイゴはアズマを見るが、知らない顔でカフェオレを飲んでいる。

 

「ダイゴさん!

 そういう事を黙っていると、アズマ隊に迷惑がかかるんです!

 向こうにも謝ってないんですからね!」

 

ダイゴは、190センチを超え130キロの巨体を出来るだけ、小さくする。

 

「いつの件で、どこの場所で、どういう状況で、誰を殺して、どこの隊に迷惑をかけたのか…

 2時間以内に、報告書を提出してください!

 いいですね!」

 

「……はぃ…」

 

クメは、そのダイゴの姿を見て、足をバタつかせながら、満足そうに微笑んでいる。

 

「……クメくん」

 

クメは、スグリを見ると鋭い目だけが、自分に向けられていて、ビクッとなる。

 

「…あなた、知ってて黙ってたのね…

 …報告書…よろしく」

 

「……」

 

くわえていたストローが、地面に落ちる。

 

スグリが、腕を組んで二人をにらみながら、アズマに言う。

 

「もう…アズマくんからも、何か言ってあげてよ。

 アズマ隊のエース達がこれじゃ、他の隊にバカにされますよ…」

 

知らん顔をしていたアズマだったが、少し姿勢を正し、目をつぶり、

咳払いをした。

 

「コホン…ええと…二人には、スグリともども期待と信頼を寄せてるから、

 厳しく言ってるんだ。

 アズマ隊も、もう小隊ではなく百人隊になったんだから、

 もう少し、自覚を持ってもらいたい…」

 

そう言って片目を開けると、シュンとする二人の反省の姿を見て、

スグリも満足そうにしている。

 

「じゃあ、二人とも報告書をしっかり書いて提出してくれ。

 ………その後は、

 隊員を集めて、騒ぐ準備をしよう」

 

二人は立ち上がり、報告書を書く為、笑顔で急ぎ、自室に戻っていく。

 

その後ろ姿を見送って、

スグリは、テーブルに置いていたオレンジジュースのグラスを、

少しだけ上げてアズマに向け、微笑む。

 

アズマは軽くうなずいて、カップをそっとグラスに当てた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入院

 

シノノメ傭兵団専属病院。

ミツイの病室。

四人の団員の女の子達が、見舞いにきている。

 

「はい、ミツイさん、りんご切りましたから。

 どーぞ、あーん…」

 

「あ、いや…今はいいよ。

 ありがとう……後で頂くね」

 

「そうですか?

 では、色が変わっちゃうから、塩水とってきまーす」

 

一人は、病室を出て行く。

 

「でねミツイさん。

 そのカフェのパスタがすっごく美味しいんです。

 きっと、ミツイさんも好きな味だと思うから、今度いっしょに行きましょ!」

 

「ああ…退院したら…そのうち…ね」

 

「そのお店、近くに海があってぇ…

 きっと、ドライブとかも楽しい……」

 

その子を遮って、他の団員が割って入る。

 

「それより、ミツイさん。

 今度私の誕生日なんですけど、

 友達が誕生会をやってくれるんです。

 で、ぜひミツイさんにも、来て欲しいなぁって…」

 

「ああ、そうなんだ…おめでとう。

 …で…いつなの?」

 

「今週の土曜日です!」

 

「…そっかぁ…残念だけど、まだ退院できないな…

 花だけでも贈らせてもらうよ」

 

「そっかぁ…やっぱりむりですかぁ…」

 

落ち込む女の子を、押しのけて違う子が話しだす。

 

「ミツイさん、コレどうぞ!」

 

本をミツイに差し出す。

 

「あ…ありがとう……何の本なのかな…」

 

「ミツイさん、病院じゃ面白いこと何もないでしょ?

 身体も勝手には動かせないだろうしぃ…」

 

「…う…ん」

 

「だから……きっと、あっちの方もぉ…大変だろうなって思ってぇ?」

 

「あっち?」

 

「…それでぇ、あたしのぉ…」

 

女の子は、ミツイの耳元に口をよせる。

 

「恥ずかしい写真を…アルバムにしましたからぁ…

 こっそりぃ…使ってくださいねぇ…」

 

ミツイは、急いで彼女から離れる。

 

「あ…そう…機会があれば…ね」

 

すると、ドアが開き、塩水を持って女の子が入って来る。

りんごを塩水に鼻歌まじりにつけている。

 

今度は、またさっきの誕生日の子が、

 

「ミツイさん!じゃあ誕生会を、この部屋でやりましょうよ!

 そうすれば、参加出来るじゃないですか!」

 

「いや…それはまずいよ…ここは病室だから…」

 

「こっそりやれば、バレませんよぉ!

 なんなら…二人っきりでも…」

 

「ああ!じゃあ、私が飾り付けしますよ!

 この部屋、質素でさみしいですよね!

 ミツイさん、どんな色の部屋にしたいですか?」

 

「じゃ!あたし、料理作って来ますねぇ!

 ミツイさん、ビーフストロガノフ好きですかぁ?」

 

ミツイの言葉は、誰も聞かずに、女の子達は騒いでいる。

 

すると、部屋がノックされる。

 

「はーいっ!!」

 

女の子達が一斉に、返事をする。

部屋に、副長の葵が入って来る。

 

女の子達は、静かになった。

 

「あの、皆さん…

 ミツイ隊長とお楽しみ中、申し訳ないのですが、

 今から、アリアケ少佐がお見えになるので、今日はお引き取りをお願いしますね」

 

「あ……ハーィ…ミツイさん、また来ますねぇ!」

「お大事にしてください、ミツイさん」

「…りんご…食べてくださいね」

「写真…内緒ですョ!」

 

女の子達は、いそいそと出ていった。

 

ミツイは、深いため息をついた。

 

「はぁ…助かったよ。

 ……アリアケ少佐、一緒に来たの?」

 

葵は、開けていた窓を閉め、

見舞いで贈られてきた花を束ねる。

 

「……いいえ、来てないわ」

 

「え?」

 

「外に声が聞こえてきてたから…

 ミツイが大変そうかなと思って…嘘ついたの」

 

「なんだ…ありがとう、本当に助かったよ…葵」

 

葵は、花束の茎を切って、用意していた花瓶に水を入れ、飾っていく。

 

「…さっき、ナースの人に聞いたけど、毎日あんな感じらしいわね」

 

「…ああ…まあ…」

 

「流行ってるパンケーキのお店より、お見舞いの女の子達が多いって言ってたわよ」

 

「…そう…かな…」

 

「……ほんとに休めてるの?」

 

「ああ、ちゃんと静かに…してるよ……僕はね…」

 

「もう…ミツイは、こういう時でもないと、休まないんだから、

 ……いっそ、面会謝絶にしてもらおうかな…」

 

「いや、上層部の人も来るから、それはちょっと…」

 

「ジョーダンだし……

 早く良くなってよね、私が大変なのよ?」

 

「うん、わかってる…ごめんね」

 

ミツイは、少しうつむく。

葵は、その姿を見て、微笑んで小さくため息をつく。

 

「……桃」

 

「…?……モモ?」

 

葵が持って来たカバンから、紙袋を取り出す。

 

「好きでしょ?

 ………持って来たけど……今、食べる?」

 

「うん!」

 

ミツイは、満面の笑みをこぼす。

 

葵も、笑顔で座り、桃にナイフを入れる。

部屋中に、甘い香りが広がる。

 

たくさんの花に囲まれた病室で、葵が微笑みながら、桃を切っている。

ミツイは、その景色を見ながら初めて、

入院も悪くないな…と感じていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

病室

 

葵が病室に、洗った食器を持って戻って来た。

 

「ミツイ、洗濯物はないの?」

 

「ああ……いいよ別に…

 …業者に頼むから」

 

「遠慮しなくていいわよ、どうせまた来るんだし…

 その時に持って来てあげるから……この袋?」

 

葵が、ベッドの下にあった袋を拾うと、ミツイが袋をつかむ。

 

「ああ…そうだけど、いいって…」

 

「何よ…別に恥ずかしいものなんてないでしょ…」

 

二人は袋を引っ張りあっていると、病室のドアが開いた。

 

「はい」

 

ミツイが返事をすると、病室に入って来たのは、

ツクヨミ傭兵団の隊長、アヤネだった。

 

二人は袋をつかみ合ったまま、アヤネを見る。

 

「ミツイ君、こんにちは……

 あら……お邪魔だったかしら?」

 

ミツイが慌てて袋を離す。

 

「アヤネさん…どうしてここが?」

 

「うん……ちょっと、クガさんに調べてもらって…

 ……あの……」

 

アヤネは、葵を気にしているようで、チラチラとミツイに視線を送った。

 

「ああ…アヤネさん、紹介するよ、

 僕の隊の副長の葵…さん

 そして、こちらは、ツクヨミ傭兵団のアヤネさん」

 

葵は、アヤネを覚えていた。

 

ハンターゲートに出た時、ミツイがアヤネと一緒に帰っていったのを、

見ていたのだった。

 

葵は、少し胸が冷たくなったが、ちゃんと挨拶はしておいた。

 

「初めまして、葵です」

 

アヤネは、笑顔で返す。

 

「初めまして…アヤネです。

 確か、ハンターゲートに出てましたよね。

 私も会場にいて、お見かけしました」

 

「ああ……そうですか……」

 

葵は恥ずかしかった。

ハンターゲートでは、エキシビジョンマッチに出場したのだが、

圧倒的な強さだったので、周りの女隊員から、女の子らしさが出てない、

とダメ出しを食らっていたのだ。

 

そんな風に、クールだとか言われる自分とは違い、

見るからに女の子らしさの塊のような、

フェミニンなアヤネ、と自分を比べてしまって、恥ずかしくなった。

 

葵は、気まずくなってミツイに言う。

 

「じゃあ…私帰るね」

 

葵は、自分のカバンを持って病室を出ようとする。

アヤネが呼び止めた。

 

「あっ、葵さん…ご一緒にどうですか?」

 

アヤネは、カバンから紙袋を取り出す。

 

「桃なんですけど…」

 

葵は、ドキッとした。

桃はミツイの隠れた好物で、そんなに誰もが知っている事じゃなかったからだ。

葵は、二人の関係を勝手に感じてしまい、なんだか自分が惨めになって、

その場を離れたかった。

 

「いいえ、急ぎますから…じゃあ」

 

葵は、ミツイの顔も見ずに病室を出ていった。

 

アヤネが袋を上げたまま、ミツイを振り返る。

 

「なんか……マズかったかな……?」

 

「いや……大丈夫だよ、ちょっとクールな子なんだ。

 気にしなくていいと思うよ」

 

「そう……ミツイ君、食べる?

 この間、好きって言ってたよね?」

 

アヤネは、笑顔で袋を振る。

 

「ああ…ありがと、

 でも実は……今、葵にもらって食べたばっかりで…」

 

「あ…そうだったんだ…そういう事かぁ…あちゃ〜。

 ごめん…タイミング悪かったね」

 

アヤネが頭を下げる。

 

「いやっ、そんな謝らないでよ。

 でも、覚えててくれたんだね、嬉しいよ。

 後で頂くね。

 それより…座って」

 

ミツイは椅子をすすめながら、

 

「それよりアヤネさん、どうして来てくれたの?

 入院してる事、誰かに聞いたとか?」

 

「いいえ…誰にも。

 でも、うちの団でも凄く話題になった話だったから。

 ノクターンが出たって…」

 

「ああ…それで僕が怪我したのも知ったんだね…」

 

「うん…それで、怪我の具合はどうなの?」

 

「ああ、お腹を少し切られちゃって…

 でも、全然大丈夫なんだ。

 あと2、3週間位で退院できそうだから」

 

「そう…なんだか元気そうで良かった。

 ……安心したわ」

 

「ありがとう…気にしてくれて」

 

二人の間に、花の香りとは違う、柔らかな甘さが香った。

 

ミツイが話しかける。

 

「嬉しいけど、でもそれだけの為にわざわざ、クガさんに調べてもらってまで、

 来てくれたとは、思えないんだけど……?」

 

「うん……実はね…ちょっと聞きたい事があって…」

 

「やっぱりね、何?

 ノクターンの事とか?」

 

「えっ?どうしてわかるの?」

 

「そりゃ、わかるよ。

 だって、他の団員にわざわざ隊長さんが会いに来るんだったら、

 きっと、そういう事以外にないんじゃない?

 それに、うちの団の先輩達にも、ノクターンの事すっごい聞かれたし…」

 

「そうだよね。

 で、どうだったの?強かった?」

 

「ああ、強かった。

 バケモノだったよ。

 正直、今の僕じゃ勝てる相手じゃないと思った。

 恥ずかしいけど…そんな事思ったのは初めてだったよ」

 

「そんなに……

 確か、ミツイ君の団の隊長クラスも、何人も犠牲になったんだよね…」

 

「うん…

 目の前で、殺られた人もいて……悲惨だった。

 でも、どうする事もできなかった」

 

「そう……ねぇ大丈夫?

 こんな話聞いて…辛いんじゃない?」

 

「うん、大丈夫。

 誰かがアイツを倒さないと、犠牲者は増えていくばかりだから。

 僕がわかる事で、アヤネさんにとって、少しでも参考になる事があればいいから」

 

「そっか、ありがとう」

 

「まぁ…そう言っても、わかる事少ないんだけどね」

 

「でもすごいよ、ノクターンと戦って、生きてる傭兵は少ないから」

 

「…らしいね。

 特に、相手が隊長クラスだったら、必ず殺すのが、奴のやり方なんだって、僕も聞いたよ」

 

「あのさ……ノクターンが見つかった時って、奴はどうしてそこの場所にいたの?」

 

「どうしてって?」

 

「何かしてたのかな?探し物とか、誰かと待ち合わせとか…」

 

「さぁ……それは知らないよ…どうして?」

 

「だって、ノクターン位の大物なら、わざわざ自分で調達に出る事もないだろうし、

 他の部下だっていなかったみたいだったから、一人でそこに居たって事でしょ?

 何をしてたんだろうって…」

 

「確かに、言われてみればそうだね…気にもしてなかったよ。

 団に戻ったら、ちょっと調べてみるよ。

 何かわかるかもしれない。

 その時は、連絡するから」

 

「うん、ありがとう」

 

アヤネはそう言って、ミツイを見つめている。

 

「…な…なに?」

 

アヤネは黙ったまま、しばらくすると真剣な顔になった。

 

「アヤネさん……」

 

ミツイが呼びかけると、アヤネが急に顔を近づけた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屋上

 

「ミツイ君…大事な話があるの」

 

アヤネは、ミツイにしか聞こえないほどの、小声でささやいた。

 

ミツイは、アヤネのその姿に、ただの話ではない事を悟った。

 

「アヤネさん……ちょっと出ようか」

 

「出るって?」

 

「屋上が庭園になってるんだけど、僕もまだ行った事がなくて」

 

「そう…ミツイ君は出ても大丈夫なの?」

 

「ああ…ただまだ歩くのは禁止されてて。

 傷が開くからって。

 だから、それをお願いしてもいいかな?」

 

ミツイは病室の角に置いてある車椅子を指差した。

 

アヤネは、車椅子を持ってきて、ミツイが座るのを手伝う。

 

「ありがとう」

 

アヤネは、車椅子を押し、二人はエレベーターで屋上に登った。

 

庭園は、キレイに整備されている。

イングリッシュガーデンのようになっていた。

アヤネが感嘆の声を上げる。

 

「わぁ、すごぉい!こんな風になってるなんて思わなかった」

 

「そうだね、あっちの方だと、海まで見えるよ。

 あそこに座ろうよ」

 

ミツイは、端の方に置いてあるベンチを指差した。

アヤネは車椅子をそこまで押していく。

 

「私ね、4年間イギリスにいたから、こういう庭園、懐かしいんだ」

 

「そうなんだ、じゃあ英語もしゃべれるんだね」

 

「イエース!レッツゴー!」

 

アヤネは、車椅子を押しながら、走り出す。

 

「え〜ホント?なんか発音が喋れない人っぽいけど…」

 

「アハハハッ」

 

二人は、ベンチの所まで行き、アヤネは腰掛けた。

 

「フゥ〜、なんか車椅子に乗ってるの、楽しそうだね」

 

「うん、僕も初めて乗ったけど、楽しいよ」

 

「じゃあ帰りは交代してね」

 

「ああ、よろこんで」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

アヤネが、海の方を見ながら話す。

 

「ミツイ君、どうして外に出ようって言ったの?」

 

「なんか、アヤネさんの感じが、誰にも聞かれたくない話っぽかったから」

 

「鋭い。

 ミツイ君って、ただのお坊ちゃんのように、見せかけて、

 結構、人の事を観察してるんだね」

 

「別に見せかけてないんだけどね…」

 

「でも、ホント。

 ミツイ君の言う通りでさ、誰にも聞かれたくなかったんだ」

 

「そう…どんな話?」

 

「あのね、私には兄がいたの」

 

「…」

 

「傭兵だったんだ」

 

「へぇ…どこの?」

 

「シノノメ傭兵団」

 

「え?うち?」

 

アヤネはうなずく。

 

「僕も知ってるとか?」

 

「どうだろ?

 もしかしたら知ってるかも…」

 

「なんて名前?」

 

「スルガ」

 

「!?」

 

ミツイは驚いた。

スルガとは、シノノメ傭兵団の隊長だった男だ。

ミツイより10年ほど年上で、会った事はないが有名な傭兵だった。

他の団でも、シノノメの傭兵の代表格となっていた。

優秀な上に容姿端麗で、その強さは、シノノメの歴史上の中でも、五本の指に入ると言われている。

その為、かなり年下のミツイでも知っている位の傭兵だった。

 

「知ってた?」

 

「もちろん、今でも知らない人はいないよ」

 

「そう」

 

「じゃあ、どうしてシノノメに入らずに、ツクヨミに入団したの?」

 

「試験に落ちたから」

 

「落ちた?アヤネさんが?」

 

「うん……たぶん落とされたんだと思う」

 

「え?」

 

「兄さんが、どうなったかも知ってるでしょ?」

 

「あっ!」

 

ミツイは、気がついた。

アヤネの話の意図が、少し見えたのだった。

 

スルガは、戦闘中に亡くなった。

非常な強さだったスルガが、戦闘で負けて死んだので、

当時は、大きな話題となっていた。

 

しかも、その戦闘の相手が……ノクターンだった。

 

「それで話をしたかったのか…」

 

「ううん…違うの」

 

「え?だってノクターンが…」

 

「そうなんだけど、違うの」

 

「…」

 

「実は私ね…兄さんを殺したのは、ノクターンじゃないと思うの」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屋上2

「え?…どういう事?」

 

ミツイは、アヤネの言っている事が信じられなかった。

 

「兄さんは、たぶん仲間に殺されたの」

 

「!?」

 

ミツイは、アヤネが言っている事の重大さをわかっていた。

 

傭兵による傭兵殺し…

 

傭兵団の中で、最も憎まれる行為だ。

 

しかも、彼女の兄はシノノメの顔だった。

 

最強と言っても過言ではない、その男が、仲間に殺されたという事は、冗談でも口に出来ない事だった。

 

そして、その団は今、自分が所属している、誇りに思っている団だ。

 

もし、周りで誰かがこの話を聞いていたら、侮辱だと怒り出す団員の方が多いだろう。

 

ミツイは、思わず辺りを見回した。

周りには、誰もいない。

 

「ミツイ君…あなたにとっても、本当に嫌な話だとわかってる。

 ごめんね…こんな話して」

 

「アヤネさん…理由を教えて欲しい」

 

「うん。

 兄さんは、年の離れた私の事を、本当に可愛がってくれていた。

 私も、兄さんが、大好きだった。

 

 それは、兄さんが死ぬ一週間前の事よ。

 

 兄さんが、私をドライブに連れて行ってくれた。

 二人で出かける事は、よくあったけど、その時は目的地も教えてくれなかった。

 なんとなく、兄さんも無口だったと思う。 

 

 そして、港についたの。

 でも、今度は小さなボートに乗って、沖まで出ていった。

 

 そして、周りに島も船も見えなくなった場所にボートを止めると、

 

『  いいか…俺の話をよく聞くんだ。

   俺は、もうすぐ死ぬかもしれない。 』

 

 そう言ったの。

 

 でもよく兄さんは

 

『  傭兵として、罪人と戦って死ぬのは、ずっと前から覚悟していた。

   そうできれば、本望だ。

 

   だけど、アヤネの花嫁姿を見たいから、やっぱり死ねないな  』

 

 ……って、冗談を言っていたから。

 でも、その時は、冗談なんて言える顔じゃなかった。

 その時の兄さんは、凄く怖い顔をしてた。

 

 そして、

 

『  もし、1ヶ月以内に俺が死んだなら、

   俺は、仲間に殺されている。

   

   だから、その時はお前が真実を明らかにしてくれ。  』

 

 そう言って、私に日記を渡したの。

 鍵のかけられた日記だった。

 

『  これは、お前が読んじゃいけない。

   俺がもし死んだなら、

   この中に真実を書いているから、

   これを、ある人にお前が届けるんだ  』

 

 日記を開ける鍵は、もう捨てたって言ってた。

 だから、壊さなきゃ中は、見られないようになってた。

 そして、この日記を持っている事を、絶対に誰にも知られるなって。

 

 兄さんは、私を強く抱きしめてくれた。

 その時、兄さんは泣いてたの。

 私は、兄さんが泣いているのを初めて見たわ。

 

 それから、一週間後に兄さんは死んだ。

 

 私、とっても怖かった。

 本当に、兄さんが死んじゃったから。

 

 そして、きっとあの日記に、兄さんを殺した人の名前が書いてあるって思った」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屋上3

 

ミツイは、アヤネが嘘をついているとは思えなかったが、

心から信じる事も出来なかった。

自分が命を捧げているシノノメ傭兵団に、裏切り者がいるなんて、考えたくなかった。

 

「その日記を、見せてくれない?」

 

「無理よ」

 

「どうして?」

 

「もう、ないの」

 

「その…ある人が持ってるって事?」

 

「いいえ、渡せなかった」

 

「どうして!?」

 

「兄さんが死んだ次の日、私の家は燃やされたの」

 

「!?」

 

「日記も一緒にね」

 

「家が…?」

 

「ええ。

 その火事で、両親も姉も死んだわ」

 

「……」

 

「私だけ助かったの………でも、見て」

 

アヤネは、着ていたブラウスのボタンを外した。

その体は、胸から腹まで、真っ赤に引きつっている。

見えないが、下半身にも続いている事は、容易に想像できた。

 

「一年間、入院してた。

 そのあと、身寄りのない私は、母方の親戚がロンドンに住んでいて、

 その家に引き取られた」

 

「家を燃やしたのは……」

 

「犯人は逮捕された。

 傭兵じゃなかったわ。

 

 あの、知ってるよね?

 シュラで起きる戦闘で、どっちが勝つかを賭けるギャンブルの……」

 

「えっと……シュラズ・ミリオンの事?」

 

「そう、それで兄さんに大金を賭けてて、負けた男が恨んで燃やしたんだって」

 

「本当なの?」

 

「さぁ……私も一年間入院してたから、調べようもなくって…」

 

「……じゃあ、それで日記も…」

 

「ええ、家は全焼だったから……私が動けるようになってから、すぐに家に行ったら、

 更地になってた」

 

「って事は、証拠は何も」

 

「ええ、何も残ってない」

 

「……そう」

 

「ただ、私はシノノメ傭兵団に入るつもりだったの」

 

「……そうか…それで落とされたって…」

 

「うん、私は傭兵養成所の首席だったから」

 

「……変だね」

 

ミツイは、話を聞いて少し疑問に思った事を尋ねる。

 

「嫌な話をするけど、いい?」

 

「何?」

 

「お兄さんが戦った時の映像があると思うんだけど…観た?」

 

シュラでの戦闘は、全てバグカムで撮られている為、必ず映像が残っているはずだった。

 

「ええ、観たわ」

 

「どうだったの?」

 

「確かに相手は、ノクターンだった」

 

「……でも、アヤネさんは…」

 

「見た目はね」

 

「?」

 

「ノクターンは仮面をつけてるでしょ?」

 

「!」

 

ミツイは、アヤネの言っている事が、真実のような気がしてきた。

確かに、証拠は何もないのだが…

不思議と、何か辻褄が合っているような、

気味の悪い感じだった。

 

「この話を知ってる人は、何人かいるの?」

 

「うん…信頼できる数人だけ」

 

「それで、どうして僕に?

 悪いけど、証拠もない話だよ。

 僕が信じない可能性だって、あるはずだ」

 

「うん…でもミツイ君は、この話を忘れないでしょ?」

 

「え?」

 

「もし信じないとしても、黙ってて欲しいって言ったら、

 きっと喋らないと思ったし…

 

 いずれ、シノノメ傭兵団の顔になる人が、

 この話を知っている…

 それだけでも、話をしてみる価値はあるはずだから…」

 

「……」

 

「ごめんね」

 

「ああ」

 

「…」

 

「…」

 

「部屋に…もどろっか」

 

「…」

 

アヤネは立ち上がり、ミツイの車椅子を押す。

 

「…ごめんね」

アヤネは、もう一度、そうつぶやいた。

 

「………アヤネさん」

 

「?」

 

「車椅子……変わらなくていいの?」

 

アヤネは少し涙目で笑ったが、ミツイには見えなかった。

ただ、ほのかな涙声で、

 

「……また…来てもいい?」

 

「……桃が熟れすぎる前に、おいでよ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共同作戦

 

ベナディール地方の都市部。

アズマ隊は、他の隊4隊と共同作戦中だった。

 

3組の犯罪組織が合併の会合を開いてい、という情報が入り、

その現場に、傭兵団が踏み込んだ。

 

ターゲットの隊長クラスの罪人は、三十人以上という大捕物となっていた。

先頭範囲は、都市部一面に広がっている。

 

 

ある広い道路で、十数人の傭兵達が、一人の罪人を囲んでいる。

罪人の周りには、傭兵の死体が何体も転がっている。

 

罪人の男が、野太刀を肩に担ぎ、笑っている。

 

「どうした…もう来ないのか?」

 

「くっ…」

 

傭兵達は、互いに牽制し合っている。

 

「おい…誰か、行けよ!」

 

「……俺は…もう少し後で…」

 

「おい、お前の隊の奴がやられたんだぞ…やり返せよ」

 

「…あんたらは、助けに来てんだろ…行ってくれ…」

 

男が、一歩踏み込み野太刀を振り回す。

傭兵達は、後ろに飛び退いた。

 

「ふん……なんだ、ちょっと野太刀についた血を、

 振り落としただけだ。

 そんなに、ビビるな!」

 

「お…おい!誰か、隊長クラスを呼んで連れてきてくれっ」

 

三人の傭兵が、振り返り走り出す。

男がそれを見て、

 

「ふん……自分達じゃどうにも出来んから、

 ボスに頼むのか?…情けない奴らだ…

 お前らに処刑された、部下どもが可哀想だ」

 

「なんとでも言え!

 お前の事はわかってんだ…ヘイズの副団長、ビザン!」

 

「ふん……だったら、さっさと向かって来い…

 俺を倒せば、懸賞金ゲットのチャンスだろ?」

 

「……」

 

傭兵達は少しずつ近くビザンに、ジリジリと後退させられる。

 

そこに、また十数人の傭兵がかけてくる。

 

「応援か……?…助かった!」

 

走ってくる傭兵達は、必死の形相だった。

 

「ち……違う!……あいつらも追われてるぞ!」

 

傭兵達の後ろには、一人の罪人が斧を片手に走っている。

 

「ヤバい……あいつは、ドルイドの一番隊隊長、ヤナギだ!」

 

柳は傭兵に追いつき、二人の頭をかち割る。

 

「オラオラー!

 もっと早く走らないと、もう追いついちまうぞ!」

 

次第に傭兵達は、ビザンとヤナギに挟まれていく。

 

その5分後…

 

ビザンが、野太刀に着いた血を、布でふいている。

 

「ふん…たった二人に向かっても来れないとは…

 情けない奴らだ」

 

ヤナギが、道に転がっている傭兵達の耳を削ぎ、

首に下げている針金に通していく。

 

「なぁ、ビザンの旦那。

 どうして、会合がバレてんだ?」

 

「さあな、どうせ誰かが情報を漏らしたんだろう。

 あまり乗り気じゃなかった、ヘルマークの奴らの誰かじゃないか?」

 

「へへっ…まぁおかげで、派手な合併記念になったぜ」

 傭兵も、運良く戦歴の浅い奴らばかりみたいだしな」

 

「ふん…どうせ戦えない罪人を相手にしてきたんだろう…

 敵を前に逃げるなど、男の風上にも置けん奴らだったな。

 俺は、こういう奴らを見ると、虫酸が走る」

 

ビザンはそう言って、倒れた傭兵の顔を踏み潰す。

 

「ひゃー、噂通り、鬼の副団長ビザン様だな!

 うちの団の奴らも、音を上げるぞこりゃ…」

 

「よし、逃走経路はわかってる。

 もう行こうか」

 

「あいよ!あんたがいるなら、心強いぜ」

 

二人は、南へ駆け出していく。

 

「なぁ、ビザんの旦那…

 最近、傭兵達の勢いが凄くねぇか?

 これじゃ、ろくに領地の縄張り争いもやってられねぇぜ?」

 

「ああ。

 だが、その勢いももうすぐ無くなるだろう。

 やっとアレが出来るらしいからな」

 

「本当なのかよ?

 どうせ、またデマなんじゃねぇのか?」

 

「いや、今回は本当だろう。

 少なくとも、この合併もそこに加入する為のものだ。

 うちの団長は、そう言って合併に踏み切ったんだからな」

 

「そうかよ…本当なら、ワクワクする話だぜ…」

 

二人が公園を抜けようとすると、三人の傭兵が休憩している。

 

「ふん…なんだあいつら、戦闘中にも関わらずサボっているのか!」

 

「らしいなぁ…呑気なもんだぜ…

 おい、しかもベンチに座ってる奴以外は、女じゃねぇか…」

 

「ふん……ふざけている!

 俺は、ああいう男が一番許せんのだ!」

 

ビザンは、三人の傭兵に向かって行く。

女が、近づいてくる二人に気づき、座っている男の後ろに隠れる。

 

ビザンが野太刀を光らせながら、男に話しかけた。

 

「おい……今が戦闘中だとわかっているのか?」

 

「……」

 

男は、ただビザンを座ったまま見上げている。

後ろから、ヤナギがつぶやく。

 

「あ~あ、運が悪かったな…にいちゃん。

 ビザンの旦那に見つかるとはなぁ…

 おお旦那~、しかもこいつ、刀を杖のようにしてるぜ?

 これもマイナス査定じゃねぇか?」

 

「ふん…けしからん奴だ!」

 

それでも男は立たない。

 

「……ビザン?」

 

「ああ、俺がヘイズの副団長ビザンだ。

 懸賞金の為に、戦ってみるか?」

 

「……あ、いいっす…メンドーなんで」

 

「貴様!」

 

ビザンは男に野立ちを振り下ろした。

 

男ごと、ベンチも真っ二つになった。

 

と、思ったが男はいつのまにか避けて、立ち上がっていた。

 

「ほう……面白い奴だな…」

 

ビザンが少し楽しそうに、笑う。

男は、それを見て二人の女の子に言った。

 

「君達、もう隊に戻りな。

 隊長達が心配するといけないからさ」

 

女の子達は男を心配している。

 

「大丈夫?」

 

「うん」

 

「じゃぁ…ケガしないでね、クメ君」

 

二人は逃げていった。

ビザンは、少し感心している。

 

「ほう……女を逃すとは、意外と悪くないぞ」

 

「そう……つーか、なんで声かけてくるかなぁ?

 追われてるのは、おたくらでしょ…」

 

「ふん…俺は、貴様のような軟弱な男は許せんのだ。

 だから、鍛えてやろうと思ってな」

 

「大きなお世話だよ。

 人の心配するよりも、自分の人生を悔い改めろよな」

 

後ろから、ヤナギが斧を振り回し、ビザンを囃し立てる。

 

「旦那~!なかなかの生意気さじゃねぇか?

 やりがいがありそうだぜぇ?」

 

「ふん……まったくだ。

 ヤナギ……俺の獲物だ……手を出すなよ!」

 

「了解!」

 

二人がそう声を掛け合った時には、二人の首は跳ねあげられ、

宙を舞っていた。

 

クメが、刀についた血を、布でぬぐう。

 

「…ヤナギ?

 こいつも、隊長クラスだったかな…

 今夜は、アズマさんに褒めてもらえそうだな…」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打ち上げ

 

 

共同作戦の夜。

シノノメテラスのカフェテリアで、作戦に参加した隊の、

合同打ち上げが、行われている。

 

アズマは、いつものメンバーと飲んでいた。

スグリが、カウンターに用意された料理から、数種類を選び、

テーブルに運んできた。

ダイゴが、置く前からハシを皿に伸ばした。

 

「サンキュー!スグリ!……うっめー!」

 

「どんどん食べてくださいねー!

 私は、もう一回取ってきますね!」

 

スグリは、また料理を取りにカウンターに行った。

 

クメが、カシスソーダを飲みながら、

スグリを目で追う。

 

「スグリさん…なんか機嫌いいですね…」

 

ダイゴが、ローストビーフを丸呑みしながら、答える。

 

「そりゃそうだろ。

 アズマ隊が一番成果を上げたんだからな。

 上官にも褒められたらしいぞ……アズマ…マスタード取ってくれ…」

 

アズマがマスタードを渡しながら、

 

「……今回は、二人とも、ちゃんと結果を残してくれたからだよ。

 それが、何より嬉しそうだったぞ?」

 

クメは、スプーンを揺らして、曲がってるように見せながら、

 

「ふ〜ん…スグリさんも、ずっとあんな顔をしてれば可愛いのに、

 すぐまたいつもの、女教師モードに入るんでしょうね…」

 

ダイゴが、チキンの照り焼きを丸呑みして、答える。

 

「誰かが、本人にそう言ってやれば、少しはおしとやかに、

 なるんじゃないのか?……アズマ…七味くれ…」

 

アズマは、七味を取りながら、

 

「でも、あの厳しいスグリがいいって言ってる隊員も多いだろ?」

 

クメがストローの袋に水をたらして、動かしながら、

 

「アズマさん……それは、そういう趣味の人達ですよ〜。

 僕達にまで、それをやられちゃたまんないですって。

 僕は、もっと儚そうなタイプの娘がいいなぁ…

 例えば、ミツイさんのところの……」

 

ダイゴがトンカツを丸呑みしながら、答える。

 

「ああ、葵副長だろ?…なんせ女からも、人気がある位だからな。

 ああいう女を連れて歩いたら、こっちまでカッコ良くなった気に、なれるからな!

 ……アズマ…ケチャップとマヨネーズを取ってくれ…」

 

アズマがダイゴに渡しながら、

 

「葵も綺麗だって言われてるけど、隊員には、なかなか厳しいぜ?

 しっかりしてるって所は、スグリと同じだし。

 メガネをかけてるか、かけてないかの違いじゃないかな?」

 

クメが、おしぼりでウサギを作りながら、答える。

 

「二人とも、僕の話聞いてます?

 スグリさんも、葵副長も、羅刹モードに入る人でしょ?

 僕は甘いタイプがいいんですよ。

 僕がいいたかったのは、七葉さんの事です」

 

ダイゴが、ソーセージを丸呑みしながら、

 

「七葉さんかぁ。

 確かにな、あの子はほんわかしてるくせに、色っぽい体してるもんな。

 なんか、結婚するなら、ああいう守ってあげたいタイプがいいよな。

 いつまでも、新妻でいてくれそうでよぉ。

 ……アズマ…柚子胡椒を取ってくれ…」

 

アズマは、柚子胡椒を渡しながら、黙っている。

スグリが来ないのか、アズマが振り向くと、

スグリは、カウンターで上官につかまっている。

 

「…」

 

クメが紙ナプキンで、バレリーナを作りながら、

 

「あれ?…アズマさんどうしました…黙っちゃって。

 そういえば…アズマさんは、七葉さんと仲良いですよね。

 付き合ってる人とか、いたりするんですか?

 どんなタイプが好きとか、聞いた事ないんですか?」

 

ダイゴが、お好み焼きを丸呑みしながら、答える。

 

「クメ…わかってねぇな…お前は。

 七葉さんのお相手は、あのミツイだろ?

 よくミツイの方から、七葉さんを誘ってメシとか食ってるじゃないか。

 お姉様キラーのクメが狙っても、七葉さんタイプの自己主張しない子は、

 ミツイみたいな、万能タイプに持ってかれると思うぞ?

 ……アズマ……どろソースを取ってくれ…」

 

アズマは、どろソースを渡しながら、

 

「七葉も…ああ見えて、結構しかりしてるんだ…

 お姉さんぶりたいって言うか…

 だから、多分ミツイとは…合わないんじゃないか?」

 

クメが、つまようじをまつげに乗せながら、

 

「お姉さんぶりたいなら、

 やっぱり僕に合ってるじゃないですか。

 七葉さん、一緒に食事とか行ってくれないかなぁ?」

 

「おまたせー!

 何の話をしてるんですか?

 私も入れてくださいよ」

 

スグリが料理を持って戻ってきた。

皿には、10品ほど盛っている。

 

ダイゴが、それを見てアズマに言う。

 

「……アズマ……もう席を変わってくれ…」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

推測

 

アズマがトイレから戻り、テーブルにつこうと思ったら、

クメには女の子が集まり、スグリには上司が集まり、

ダイゴには、男が集まっていた。

 

アズマは、そのまま誰もいないテラス席に行き、椅子に腰掛ける。

空は薄曇りのようで、星も月も見えなかった。

ふとポケットをさぐり、タバコを取り出してくわえた。

マッチを探すが、どのポケットにも入っていない。

 

鼻からため息を抜くと、横からライターの火が差し出された。

見上げると、大神少佐がいた。

 

大神少佐は、シノノメに入ったばかりの頃から、アズマを目に掛けてくれている。

アズマが最も信頼を寄せている、上司だった。

 

アズマは少し微笑んで、タバコに火をつけた。

 

「大神さん…すみません」

 

「いいさ…今回のMVPだしな」

 

大神は、隣の椅子に腰を下ろし、自分もタバコを取り出し、火をつける。

アズマに微笑みかける。

 

「調子は良さそうだな…アズマ」

 

「ええ…百人隊長に推薦してくれた大神さんに、恥じないようにやってますよ」

 

「別に、私じゃなくてもアズマなら、誰かが推薦してたよ」

 

「どうですかね」

 

「まぁ、アズマのおかげで私の株が上がってる事は、間違いない事実さ」

 

「少しでもお力になれているなら、嬉しいですよ」

 

「ああ…ところで、今回の相手はどうだった?」

 

「ええ、特別警戒するような罪人はいませんでしたので、無難な方だったと思います」

 

「そうか、今日の相手でその位余裕を持ててるという事は、

 やはり強さは百人隊長の中でも、早くもトップクラスのようだな」

 

「言い過ぎですよ」

 

「いや、最近は特に忙しかったはずだが、それでも大丈夫だったんだ。

 自信を持っていいさ」

 

「ありがとうございます」

 

「上層部も、アズマを含め若い隊長達が良く育ってると、喜んでるよ」

 

「主に、ミツイの事だとは思いますが?」

 

「まぁ、それはあるだろうが、彼の怪我で出来た穴も、皆がうまく埋めてくれている。

 そういえば、ミツイもそろそろ退院じゃないのか?」

 

「ええ、この前、葵に聞いたら来週のはじめにでも退院の予定だそうです」

 

「そうか、大事に至らなくて本当に良かったよ」

 

「そうですね…ただ、しばらくリハビリをしてからの復帰になるようですよ」

 

「ああ、だがミツイなら、復帰してまたバリバリやってくれるだろう」

 

「ええ、俺達はまた引き立て役に逆戻りです」

 

「豪華な引き立て役だな…まったく。

 あ……そうだ、アズマの耳にも入れときたい話があるんだったよ」

 

「?」

 

「まだ噂の範疇ではあるんだが、近々、シュラに大きな動きがあるかもしれん」

 

「どのような?」

 

「大きな罪人団体や組織が集まって、対傭兵団専用の部隊を作る計画しているらしい」

 

「傭兵専用…ですか?」

 

「ああ…過去にも何度か噂は出ていたんだが、実現はしていない

 ただ、今回は可能性が高いようなんだ」

 

「…その理由があるのですか?」

 

「理由と言えるのかはわからないが、今の各傭兵団の戦力が充実している事が、まず一つの要因だろう。

 証拠として、一時期は低迷していた罪人の処刑数も、現在は過去最高に並ぶほどに回復してきている。

 罪人にとっては、ありがたくない話だろう」

 

「そうですね…大神さん達の成果という事ですよね」

 

「まぁな…だからある意味、良い傾向の副産物のようなものでもある。

 しかし、もし実現した時は警戒しなければならん

 今までにない、驚異になる可能性もあるからな」

 

「どのようなクラスの罪人が組織されるか、予想はあるんですか?」

 

「いいや…まったく不明だよ」

 

「例えば…前回の……ノクターンとか…」

 

「フフフフ…それはないだろう。

 ノクターンの属するマスカレードは、罪人達からも憎まれている。

 連合組織にとっても彼らは、シュラのガン細胞のような存在になるだろう」

 

「では…どのような罪人が?」

 

「そうだな…私の推測にしかならないが、シュラの四天王と言われる団、

 

 『ニューワールド』『ジュライ』『ディアボロス』『ネクロマンサー』

 

 これらからの選抜が、核なんじゃないか、というぐらいだな。

 後は、危険指定に入っている、

 

 『ケルベロス』『バスタード』『プッシーキャット』

 

 等が協力する可能性は高いな」

 

「…」

 

「まぁ、まだ決まったわけじゃない。

 一応、可能性を知っておいてほしいという段階だ」

 

「しかし、何も対応策は考えてられてはないのですか?」

 

「さぁな…少なくとも私は聞いてないよ。

 対抗して、各傭兵団から選抜隊でも作るぐらいは、考えられるがね」

 

「……そうですか」

 

「いつだって、問題は起きるものだ。

 私も頭が痛いよ」

 

「少佐になったとしても、大変なんですね」

 

「ああ……君も覚えておいた方がいい」

 

アズマが空を見上げると、いつのまにかぼんやりと月が顔を覗かせていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コミュニティ

 

イグニス地方、山中の街。

ロデオソウルズは、再びある団と行動を共にしていた。

 

マキオが街にある広い空き地で、

三人の子供に囲まれている。

 

「おじちゃん、鬼ごっこしよう」

 

「しよ、しよ」

 

「おじちゃんが鬼ね」

 

マキオは、子供達に手を引っ張られながら、塀に押し付けられる。

マキオは、仕方ないと笑いながら壁に手をつき数を数える。

 

「1…2…3…」

 

(やれやれ、もう子供と1時間以上遊んでる気がする……

 カイトは何も言ってこないけど、仕事をおしつけてくれないかな…

 楽しくないわけじゃないけど…このままじゃ、逃げる事もできないよ。

 

 ふぅ……しかし、鬼ごっこなんて久しぶりだな…いつ以来だかもわからないや…)

 

10まで、数えたマキオは、逃げ回る子供達を追いかけている。

 

5分後には、子供達もいつのまにか10人以上に増えていて、

鬼ごっこだったはずが、泥団子をぶつける戦いに変わっていた。

 

その姿を、バニラと歩いていたコノハが見かける。

 

「ああ、バニラちゃん見て。

 マキオ君が子供達と遊んでるよ。

 マキオ君は、優しそうだから子供も懐きやすいのかもだね」

 

「…うん、そうだね」

 

コノハには、バニラが少し羨ましそうに眺めているような気がした。

 

「バニラもさ、もう少し笑顔でいたら、きっと子供にも好かれると思うよ?

 可愛いんだし…

 ねぇ…ちょっと笑ってみて?」

 

「…」

 

「ねぇってばぁ…

 照れなくていいから、ちょっと笑ってみてよ…バニラ」

 

「…笑ってる」

 

Gaaaan!

 

「……そっか……

 こういのは、得意な人にまかせようか…バニラ。

 無理は良くないよね」

 

コノハは、バニラの顔を見ないようにして、二人は手に抱えていた山菜やウサギを、

街の中に作られている共同厨房の方に持って行く。

 

その様子を少し離れた二階建ての住宅から、片桐と一人の男が眺めていた。

片桐が男に話しかける。

 

「本当にこの団は、子供が多いですね…ウノハナさん」

 

「ええ…住んでいる住民の三分の一が10代以下の子達ですから。

 あと、この『デイライト』は、戦いをする団ではなく、生活を共にするというコミュニティですから、

 お間違えないように」

 

「そうでしたね…失礼しました。

 しかし……今まで見た組織の中でも、子供の比率がここまで多いところは、ありませんでした。

 運営もそうとう大変なのではありませんか?」

 

「そうですね…しかし、デイライトの始まりは、他と同じような団でしたから。

 あなた方の団と同じように、ノマドで動いている時に、子供達と出会い、

 世話をしていくうちに、次第にそうなっていき、この場所に落ち着いたんです。

 

 初めの頃に比べれば、人が増えた分苦労もありますが、子供達が多いからとは、

 考えていませんね。 

 むしろ、彼らがいてくれるおかげで、今では大人達もここで生きる意味…というのを見つけている気がします。

 助けられているのは、おそらくこっちの方でしょう」

 

「素晴らしいですね…感服いたします」

 

「ハハハハ…やめてくださいよ、片桐殿。

 しかし、そうは言っていても、我々にもあなたが考えてるように、

 頭が痛い事もありますからね…」

 

「どのような?

 もし、私達でお力になれる事でしたら、助力しますよ。

 お世話になっているのですから」

 

「ええ…ですが…」

 

「…」

 

「……やめておきましょう…あなた方にも危険が及ぶかもしれない」

 

「…せめて、お話だけでも…」

 

「…」

 

「…」

 

「…そうですか…では、聞き流していただいて結構ですから…

 

 ご存知の通り、この場所は山に囲まれており、

 ほとんどの事は、自給自足で賄う事が出来ています。

 

 しかし山には……奇妙な生物がいるのを、あなた方もご存知でしょう?

 子供達には、危険だからと立ち入らせないよう注意しておりますが、

 子供というのは、好奇心が強いですから、どうしても山に入ってしまい、

 犠牲が出る事も、少なくない。

 

 かといって、対処法も考えつかなくて……ただ怯えるしかないという状況です。

 

 何度か我々も山を越えて、街にある団に力を借りようとしたのですが、

 助ける代わりに、子供を何人か差し出せと言う団もありまして……

 

 まぁ……山に住む限り、諦めるしかないとは理解しているのですがね…

 目の前にいる子供が犠牲になるというのは………わかっていても非常に辛いものがあります」

 

片桐は、神妙な表情で話しを聞いている。

 

「……」

 

「片桐さん…聞き流して頂きたい。

 まぁ、大勢で暮らしているのですから、あなた方と同様、

 我々も悩みはあります。

 あなた方も、大変ですね………これからイグニスに向かうのは…

 今は、かなり荒れていると聞いてますよ。

 まぁ、少しでもゆっくりしていってください。

 子供達も、新しい仲間ができたとよろこんでる」

 

「……ええ……お世話になります」

 

片桐は、同じ表情のまま、頷いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

ある日の午前中。

マキオはカイトに呼び出され、街外れの神社にいた。

マキオが待っていると、そこに来たのは、カイトではなく、バニラだった。

 

「バニラ?」

 

「おはよう、マキオ」

 

「お…おはよう…

 どうしてバニラが?」

 

「今日、私も行くから」

 

「行くって…どこに?」

 

「…カイトから聞いてないの?」

 

「うん…ただここに来いって言われただけで…」

 

「…そう……今日は、ちょっと危険かもしれないから、覚悟しておいて」

 

「え?…危険って…何なの?」

 

「今日は、調査」

 

「なんの?」

 

「バケモノ」

 

「は?」

 

「今日はこの山にいるバケモノを、調査するのが、私達の目的よ」

 

「えー!!ど…どうして俺が?……戦ったりできないよ?」

 

「カイトが、マキオも連れて行くって言ってた」

 

「なんだよアイツ……どうして説明しないんだよ…」

 

そう言っていると、カイトがやって来た。

 

「おっはー、二人とも来てるな。

 んじゃ、行くか」

 

マキオはカイトに詰め寄り、カイトの体をゆさぶる。

 

「おっはーじゃないよ!!

 どうして、バケモノの事を俺には言わないんだよ!」

 

「ちょっと、マキオ…落ち着けって!

 バケモノの事を言うと、お前は嫌がって来ないかもしれないだろ?」

 

「当たり前だよ!

 嫌だよ、バケモノの相手なんて!

 戦いもできない俺が行ってどうすんだよ!」

 

「わかってるって…マキオ…ちょっと、一回落ち着こうぜ?…な?」

 

マキオは、やっとカイトの体から手を離した。

 

珍しく興奮しているマキオを見て、バニラもカイトを責める。

 

「カイト……マキオに内緒にしてたのは、良くないよ」

 

「ああ…悪かったよ、謝るよ。

 ごめんな…マキオ」

 

「……ああ、こっちこそ取り乱しちゃって…ごめん。

 でも、どうして俺なんだよ?」

 

「説明するよ」

 

カイトは、石段に腰掛けて、マキオに説明する。

 

「この間、片桐が、デイライトのウノハナさんに話しを聞いたんだ。

 

 この山に、子供をさらって食べるバケモノがいるらしいって。

 んで、世話になってる俺らが、なんとかそのバケモノを退治できないかって、

 片桐に相談されたんだよ。

 

 ただ、俺らもどんなバケモノかわからないと、なんとも言えないから、

 街の人達に聞いてみたんだよ。

 でも、そのバケモノを見た奴はいないんだ。

 街の人達が言うには、見たら最後、食われて死ぬだけだから、誰も見てないんだとさ。

 

 だから、バケモノの情報が何もないんだ。

 そこで、俺はちょっと思い出したんだよ。

 

 バニラとマキオは、前にいた温泉の村で、団の子供が行方不明になった時、

 確か、神社で見たよな?………キメラを」

 

マキオは、バニラと顔を見合わせると、バニラがうなずいた。

マキオは、キメラを思い出していた。

と、言うよりバケモノと言われた時に、すでに思い出していた。

だからこそ、あの時のなんとも言えない奇妙な姿が頭に浮かび、

その恐怖で取り乱してしまったのだった。

 

キメラは、マッドサイエンティストの作った生物兵器だ。

その実験で、このシュラに生息させられている。

 

「ああ……見たよ。

 でも、僕がついて行く意味はあるかな?

 情けないけど、バニラも見てるから、戦えるバニラがいれば、僕はいらないだろ?」

 

カイトが首を横に振る。

 

「バニラにも聞いたよ。

 そしたら、もしあのキメラが相手なら、俺ら二人だけで倒せるとは思えないって。

 

 ただ、片桐の話じゃ、キメラは色んなタイプがいるらしい。

 もしかしたら、この山にいるのは、あのタイプじゃないかもしれない。

 

 だから、まずは確認をしておいて、対処策を考えようって事になったんだ。

 

 そして、マキオ……お前が必要な理由は、キメラを確認できても、

 俺達二人がもし襲われたら、その情報を伝える奴がいなくなる。

 だから、足の早いお前に逃げてもらって、片桐に伝えて欲しいんだよ。

 それに、お前は勘が鋭いから、キメラを見つけやすいと思ってな。

 頼むよ、手伝ってくれ」

 

マキオは、嫌だった。

あのキメラにも、会いたくなかったし、もしもの時に二人を置いて逃げるのも嫌だった。

 

「…」

 

「マキオ、お前に懐いているあのガキどもが、犠牲になるのはお前も嫌だろ?

 あいつらの為でもあるんだ。

 だから頼むよ、今回の仕事には、お前が必要なんだ」

 

「……他に一緒に行ってくれる人はいないのか?

 大勢で行った方が、倒しやすいだろ?」

 

「いや、ひとまずは調査をしてからだ。

 じゃないと、無駄にこっちの犠牲が増えては、元も子もないからな」

 

「ニーナさんとかは、手伝ってくれないのか?」

 

「ニーナは今、団長とキツネの三人で、イグニスの状況を調べに行ってて不在だ。

 それに、団の隊長がもしも、三人もやられてしまったら、団が困ってしまうだろ?

 今、考えられるベストなメンバーが、この三人なんだよ」

 

「…はぁ…わかったよ。

 最初から、そう説明しておいてくれれば、良かったんだよ。

 手伝うけど……本当に俺で大丈夫かな……?」

 

カイトは石段から飛び上がるように、立ち上がる。

 

「だいじょーブイ!

 よっしゃー!んじゃ行くか」

 

カイトは、張り切って山を登って行く。

キメラに会うのが、どうやら楽しみなようだ。

 

その姿を眺めながら、ため息をついているマキオの肩に、バニラがそっと手をかける。

 

「…大丈夫。

 マキオは、私が守るから」

 

マキオは頑張ろうと決めた。

 

(……でも…嬉しいけど、本当は俺がバニラを守りらなきゃいけないのにな…

 なんか、複雑……)

 

二人も、カイトの後に続いて山に入って行った。

 

 




感想、評価、コーヒーを食らって生きています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

山2

 

「カイト、調査って言っても一体、何を探すんだよ?」

 

「ああ…今、考えてるところ」

 

「キメラの事、何か知ってたりしないのか?」

 

「俺は大して知らないなぁ…」

 

「バニラは?」

 

バニラは首を横に振る。

 

「そうか……巣とかあるのかな?」

 

「それくらいは、あるだろ。

 飯も食えば、うんこもするだろうし…」

 

「じゃあ…そういうのを、探す?」

 

「でも、どんな巣なのかわかるか?」

 

「…いや」

 

「どんなうんこか、知ってるか?」

 

「…いや」

 

「そういう事だよ」

 

「じゃあ、どうするんだよ…」

 

「さあね…とりあえず山ん中を歩いて、何か変なものがないか探そうぜ」

 

「変なものって……」

 

三人は、山を三時間ほど探索した。

 

そして、カイトが休憩だと言って、木陰に腰を下ろし、

エリーが用意してくれた、弁当を二人に配る。

それを食べながら、マキオがカイトに話しかける。

 

「カイトは、えっと……キメラだっけ?」

 

「ああ」

 

「見た事は、一度もないのか?」

 

「ないよ…だって、夜の山や森にしかいないんだぜ?

 わざわざ命の危険をおかしてまで、バケモノを見ようとは思わないよ」

 

「そうだよね…

 でも、なんで夜の山なんかにいるんだろうな。

 だって、元々は罪人を殺す為に、このシュラにいるんだろ?

 夜の山なんかじゃなくて、昼間の街の方が、罪人は溢れてるだろ?」

 

「俺も最初はそこに疑問を持ったよ。

 だけど、キメラはやっぱり動物なんだから、その習性みたいなもんで、

 夜行性に戻ったり、山を好んだりするって聞いたぞ」

 

「ふーん……じゃあ、ある意味、失敗作なんだな」

 

「失敗も成功も、人間が生き物を作るって事が間違いなんだよ」

 

「……そうだね」

 

三人は、午後も三時間ほど探索をして街に帰った。

その日の収穫は、何もなかった。

 

次の日も、三人で探索に出かけた。

 

マキオは、山を歩きながらカイトに話しかける。

 

「カイト…キメラは子供しか食べないのか?」

 

「さぁ…何でもたべるんじゃないのか?

 山には、鹿とかイノシシとか、いっぱいいるんだし」

 

「じゃあさ…罠とか仕掛けてみるのは、どう?」

 

カイトは、立ち止まる。

 

「いいな…それ!」

 

「…そう?」

 

「バニラ…お前よく狩りをしてるだろ?

 罠を作れるか?」

 

「…いいけど、エサは?」

 

「ああそっか…じゃあ、まずエサになる動物を取るか」

 

三人は、バニラの指導のもと、鹿やイノシシを捕まえる罠を作って仕掛けた。

バニラが二人に言う。

 

「これで明日まで待つ」

 

「明日かよ…じゃあ、今日はまたなんか探して歩くか…」

 

昼ごろまで歩き、昼食をとる。

 

カイトが、おにぎりを食べながら、手についたご飯粒を、

指で弾いて、バニラに飛ばす。

バニラは、無言でついたご飯粒を取る。

カイトは、それでもしつこく続けて、

ケラケラと楽しそうに笑っている。

バニラも、何の反応もせずに、ついたご飯粒を取る。

 

マキオはその二人を見て、

 

( この二人って、あんまり喋らないけど、仲いいのかなぁ?

  バニラが喋らないのは、カイトに限った事じゃないけど…

 

  でも、俺が初めてロデオソウルズに来た時も、この二人が世話してくれたんだよね。

  やっぱり、隊長同士だから信頼してるって事か。

  それ以上の仲だったりしないのかなぁ……? 

  

  まぁそんな事、聞けるわけないし、考えるのやめとこ )

 

その日も一日中探索したが、何も見つからなかった。

 

翌日、まずは罠を見に行くと、イノシシがかかっていた。

カイトが興奮している。

 

「すげーじゃん、バニラ!

 マジで、イノシシ獲れてるし…」

 

イノシシの足には、針金がかかっていて、三人が近づくと、

大暴れしている。

 

「バニラ…コレどうすんの?」

 

カイトが聞くと、バニラは何も言わずに、背中から弓矢を取り出し、

暴れるイノシシに放つ。

矢は、イノシシの眉間を突き刺し、やがて動かなくなった。

 

カイトとマキオは、バニラの姿に呆然とした。

 

「…すげーな…バニラ」

 

カイトのもう一度、そう呟いた。

 

三人は、バニラの指導のもと、イノシシをエサにして大きめの罠を作った。

カイトが、バニラに言う。

 

「これで、また明日か?」

 

バニラはうなずく。

 

三人は、昨日と同じように昼食をとり、夕方まで探索をして戻った。

収穫は、イノシシだけだった。

 

次の日、三人はまず昨日しかけた罠を見に行く。

しかし、罠はしかけたままで、何もかかってはいなかった。

カイトがつぶやく。

 

「失敗か…バニラ、この罠は何日かもつか?」

 

「たぶん……」

 

「じゃあ…しばらくこのままで、様子をみるか…」

 

その日も、山を探索して、一日を終えた。

次の日も、その次の日も、何も収穫はなかった。

数日が過ぎた。

三人の間には、諦めムードと、若干の飽きが感じられた。

 

ある日、マキオがいつものように神社に向かうと、先に来ているバニラと一緒に、

なぜか医療班のコノハもいた。

 

「おはよう」

 

バニラとコノハが、マキオに挨拶をする。

 

「二人とも、おはよう…あれ?コノハ、どうしたの?」

 

「うん、私は山菜を取ろうと思って、バニラに話したら、一緒にくればって」

 

「あ…そう…でも、バニラ…危なくないかな?」

 

「大丈夫…私が守るから」

 

「…そっか」

 

マキオは、そう言いながら、危ないって言ったって、何もでないもんな…

本当にキメラはいるのかなぁ…?

 

そう思っていた。

 

しばらくすると、カイトも来て、今日は四人で山に入った。

歩きながら、カイトが、

 

「コノハ…ついてくるのはいいけど、気をつけろよな。

 遊びじゃないんだから」

 

「わかってるよ。

 それに、バニラちゃんもいるから、大丈夫だよ。

 ねぇバニラちゃん?」

 

バニラはうなずく。

マキオは、バニラの顔が心なしか、いつもより楽しそうに見えた。

 

( やっぱりバニラも、女の子がいると楽しいんだな。

  なんか、俺も嬉しいや )

 

コノハは、カイトに、

 

「遊びじゃないって言うけど、カイトの背中にあるのは何なの?」

 

「こ…これは…」

 

マキオも思っていた。

今日、カイトは背中にバーベキューセットを背負っていた。

コノハが、つっこむ。

 

「それって、遊びの道具っぽく見えるけど…?」

 

「違うって…

 これは、昼飯の時に使うんだよ…」

 

「ええ?

 昼ごはんは、いつもエリーさんと、私がお弁当を作ってるでしょ?」

 

「そうだけど…山の中は結構、冷える時があるから、たまには温かいものを食べようと…」

 

「ええ?私たちのお弁当に不満があるの?」

 

「そんなんじゃないってば!

 これは、作戦の一つなんだよ」

 

「作戦?」

 

「そうさ…これでイノシシとかの肉を焼けば、匂いにつられてキメラが来るかもって思って…」

 

「ふ〜ん……まぁいいけど…」

 

「ってか、これ考えたのは、俺じゃないからな」

 

「へ?」

 

「バニラだよ…な?バニラ?」

 

バニラは、コクンとうなずいたが、少しだけ赤くなっているように見えた。

コノハは、そんなバニラを見て少しだけ、微笑んだ。

 

「そうなんだ…そういう事か…」

 

その日も、何の収穫もなく昼を迎え、四人はバーベキューをした。

マキオは、ただ楽しかった。

数日の山歩きは、少しマンネリ化していた為、良い刺激になった。

その上で、マキオが気になっている事をカイトに告げる。

 

「ねぇカイト」

 

「…ん?」

 

「もしかしたらさぁ…この山にキメラはいないんじゃないか?」

 

「……マキオもそう思ったか…」

 

「え?じゃあカイトも?」

 

「……まぁな…バニラはどう思う?」

 

バニラは何も言わず、首を傾げた。

わからない、といった感じだ。

カイトが肉を頬張りながら、話し出す。

 

「俺達が山を探索して、もう一週間以上になる。

 でも、何の収穫もない。

 俺の中でも、マキオが言ったように、

 キメラはこの山にはいないんじゃないかって気がしてる。

 

 ただ、子供が行方不明になってるのは、本当だろうから、

 何か他の理由があるって事か……」

 

「他の理由って?

 例えば?」

 

「わかるかよ……俺はコナンじゃねーよ…」

 

「そんな事わかって……」

 

そう言った時、マキオは何か違和感を感じた。

 

後ろか?

 

マキオは振り向く。

 

すると、かなり先の木陰に何かが動いた。

 

「カイト!」

 

マキオは叫んで、走り出す。

マキオのその姿を見て、三人ともマキオを追いかける。

カイトは走りながら、マキオに言う。

 

「どうした!マキオ!」

 

「なんかいたんだよ!」

 

「キメラか!」

 

「わかんないよ!」

 

四人は追いかけたが、先に何かがいるようには見えない。

カイトは叫ぶ。

 

「イノシシとかじゃないのか!」

 

「違う!」

 

10分ほど走ったが、それはどこにも見えなかった。

カイトがマキオに聞く。

 

「はぁ…はぁ…マキオ、足の速い俺達が追いかけて、追いつけないなんて……

 本当に鹿とかでもないのか?」

 

「……ああ、違うよ」

 

「じゃ……一体、何に見えたんだよ?」

 

「…」

 

「…」

 

マキオは、小さな声で呟いた。

 

「……女の子だった」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デイライトの幽霊

 

驚きつつもカイトが、マキオに確認する。

 

「…女の子?

 こんな山奥に、女の子が一人でいたって言うのかよ?」

 

「…う…うん。

 俺も信じられないけど、女の子だった」

 

カイトは、少し考え込んでから、

 

「マキオ、覚えている範囲でいいから、

 その子の特徴を教えてくれ」

 

「…たぶん、12、3歳くらいじゃないかな…

 髪は長い銀髪で…青いワンピースのような服を着てた…

 そのくらいだよ…」

 

カイトはうなずくと、

 

「バニラ、コノハ。

 急いで街に戻って、今マキオが言った女の子がデイライトにいるか、

 確認してきてほしい。

 以前に行方不明になってる子かもしれないから、それも聞いてくれ。

 わかったら、花火で合図を」

 

バニラはうなずき、コノハを連れて街へ向かった。

マキオは、カイトに尋ねる。

 

「俺達はどうするんだよ?」

 

「その子の痕跡がどこかにないか、探そう」

 

それから、二人は一時間ほど探したが、何も手がかりはなかった。

 

「カイト…デイライトの街からここまで、子供の足でどのくらいかかると思う?」

 

「…体力のある俺達が走り続けても二時間以上だから、子供だと四、五時間はかかるだろう」

 

「それを街から一人で?

 ありえないだろ…」

 

「…じゃあ、どうしてココにいたんだよ。

 周りは山で囲まれてる。

 他に人が住んでる地域には、少なくとも一日以上歩くしかないような場所だぜ?」

 

「住んでるんじゃないか…?

 この山に」

 

「……不可能じゃないかもしれないけど…考えにくいなぁ…」

 

「でも、普通じゃないよ。

 小さい女の子に、俺達が追いつけないなんて。

 この山の事を知ってるからだとしか、思えない」

 

「じゃあ…もし仮にそうだとしたら、マキオ…俺達も危険だぜ?

 女の子が一人で住んでるとは、考えられない。

 おそらく仲間がいるだろう」

 

「そうだね」

 

「よし…俺達も街に戻るぞ。

 日が暮れるとマズイからな

 一応、この場所はまた来れるように、マークしておくから」

 

「ああ」

 

二人は、街へ急いだ。

戻る途中で、バニラからの合図があり、街にはその女の子に似た子はいないとわかった。

 

 

カイトとマキオは、暗くなる直前に街に戻り、夕食を済ませると、片桐の部屋へ行く。

カイトが片桐に事情を話し、片桐が手をひたいに当てて、考える。

 

「……確かに、普通ではなさそうですね、その女の子」

 

「片桐…どう思う?」

 

「そうですね……お二人が考えた事以外には、私にもわかりませんね。

 ただ…気になるのは…

 その子が街の子供達が消えた事と、何か関係してる可能性がある…

 という事ですね。

 

 キメラの痕跡も、発見できませんでしたし…」

 

「そうだな……片桐、これからどうする?」

 

「そうですね…調査はひとまず保留にしておきましょう。

 不確定要素が多くなってしまいましたので。

 団長不在の間に、もしもの事態が起きても困りますから。

 皆には、ご苦労かけましたね」

 

「ああ、わかった。

 ただ、このままじゃ気持ちが悪いから、何かわかったら教えてくれよ。

 こっちも、危険が及ばない程度で調べてみるから」

 

「ええ、そうしましょう。

 でも、マキオさん」

 

「はい?」

 

「あなたの能力は大した物ですね。

 何かの気配がわかるとは」

 

「いえ…たまたまです」

 

「…これからも、協力してくださいね」

 

片桐は、マキオに軽く微笑んだ。

 

「は…はい。

 戦闘以外なら、なんとか…」

 

「戦闘も大丈夫ではないですか?

 私ともずいぶん稽古しましたからね。

 あれからは、していませんが、自主的に練習も続けているのでしょ?」

 

「はい…せっかく教えて頂いたので…一応…。

 でも、やはり実戦は不向きだと思いますから」

 

「まぁ、今回はお疲れ様でした。

 バニラにも後でお礼を言っておきます。

 お二人はゆっくり体を休めてください。」

 

二人は、片桐の部屋を出た。

 

翌日から、カイトはマキオと一緒に、デイライトの子供達に、

その女の子について、何か知らないか、聞き込みをしていった。

 

しかし、相手が子供の為か、話はうまく伝わらず、手がかりは何も掴めない。

ただ、子供の中に何人か、その女の子と同じような子を見たと言う子もいた。

しかし、それは幽霊だったと、口を揃えて言っていた。

 

幽霊が相手では、カイト達にもどうする事もできなかった。

 

しかし、その数日後に事件が起こった。

 

警戒していたにも関わらず、

 

また子供が消えたのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

山狩り

いなくなった子供は二人。

捜索は、デイライトの代表ウノハナが指揮をとり、ロデオソウルズも参加をした。

夜の捜索は危険な為、日の出から日の入りまで、数日にわたって捜索は行われたが、

成果は何もなかった。

 

デイライトの住民は捜索中ながらも、後悔や悲壮感とは違う、どこか疲れのようなものを感じさせた。

ある日捜索が終わり、片桐がウノハナに話をする。

 

「子供がいなくなった時は、いつもこのような雰囲気なのですか?」

 

「…そうですね、片桐さんは我々に子供を探す必死さが足りない、とおっしゃりたいのでしょ?」

 

「…いえ、そういうわけではありませんが……」

 

「皆、疲れてしまっているんです。

 こうなるのも、もう何度目かわかりません。

 なんの意味もない捜索をして、我々は子供達の不安が消えるのをただ待つばかり。

 子供達の精神的なショックは、数日か一週間ていどで、またいつも通りに戻ります。

 そうすれば、また明るい声で街は動き出すでしょう。

 それまで……ただ待つだけなんです」

 

「……」

 

子供の失踪から一週間が過ぎ、捜索は打ち切られ、街はまた何事もなかったかのように、

子供達のはしゃぐ声で溢れていた。

 

片桐は、カイトらと話し合いをして、自分たちが出来る街への貢献として、

子供達の教育を手伝う事にした。

 

街の住民だけでは教えられない内容を伝える事で、子供達自身が、

自分で身を守る術を学べれば、との提案だった。

 

カイト、バニラは戦闘技術を教え、

片桐は、教育を教えた。

 

また、エリーやコノハ、柊などは、

調理や、応急処置の方法などを教えた。

 

マキオも、唯一自分ができる事として、小さい子供達に早く走るコツを教えた。

決して特別なものではなかったが、体を正しく動かすことにより、疲れにくくなったり、

怪我をしにくくなる、という内容のものだった。

 

マキオ達は教育を通して、子供達とより深く触れ合っていく。

 

大人に教える時と違い、子供は成長途中という事もあり、

飛躍的に能力を発揮する子供もいて、マキオ達もやりがいのようなものを感じる事となっていた。

 

また子供達の中には、ロデオソウルズへの入隊を希望する者もおり、デイライトとロデオソウルズの間には、

良い関係が築かれつつあった。

 

しかし、教育を始めて10日ほど過ぎた頃、その関係に水を差すように、事件は起きた。

三名の子供が消えたのだ。

 

ロデオソウルズが来て一月ほどの間に、二度の失踪事件が起きた。

前回と同じように、捜索は行われ、日が経つにつれ、次第に事態は鎮静していく。

その環境に身を置きながら、片桐は千人を超える子供達を管理する事の難しさを、痛感していた。

 

カイトが、片桐の部屋を訪れ話をする。

 

「片桐、悪いが少し無茶をさせてくれ」

 

「…どういう事ですか?」

 

「デイライトの自警団の若い奴らと話し合ったんだ。

 ………今夜、山狩りをしたい」

 

「山狩り?」

 

「ああ……今しかないんだ。

 デイライトは、団じゃない。

 戦闘の技術で俺やバニラを上回る者はデイライトにはいない。

 だから、近いうちに俺達がデイライトを去ると、戦闘を伴うような対処は難しくなる」

 

「だから、ロデオソウルズの戦力を使って山狩りをし、原因を探ると?」

 

「ああ…以前に調査をした時は、危険を避ける為に、昼間しか調査をしていない。

 だが、もしキメラが出るとしたら、夜だ。

 だから、自警団の奴らと協力して、今夜、キメラの探索と討伐をさせてほしい」

 

「…いるかどうかも、わからなかったじゃないですか」

 

「でも、このまま何もしないなんて、俺には我慢できない!」

 

「危険ですよ?」

 

「だから、今ちゃんと断ってるだろ?」

 

「そうですね、確かに今までのカイトなら、勝手に行動していてもおかしくはないですからね」

 

「ああ…自分のそういう所は反省してる。

 それに、今は団長が不在だ。

 お前に迷惑をかけたいわけじゃないが、このままじっとはしてられない」

 

「……それで………誰が参加するんですか?」

 

「自警団は、二十人ほど出られるらしい。

 こちらからは俺とバニラ、他に三人の団員とマキオも連れて行きたい」

 

「では、もしもの時のこちらの犠牲は、六名ですね?」

 

「そんな事には、絶対にさせない。

 ………約束する。

 

 もし、犠牲になるとしたら、俺一人にする」

 

「……これは、デイライトの問題だと理解していますね?」

 

「ああ」

 

「…」

 

「…」

 

「わかりました」

 

「すまん」

 

カイトは、部屋を出ようとドアに手をかける。

 

「カイト…」

 

「?」

 

「必ず全員で帰ってくる事が、条件ですよ?」

 

「……ああ」

 

カイト達は準備をし、日暮れとともに山に入った。

 

自警団二十三名

ロデオソウルズ六名

 

総勢二十九名での、山狩りだった。

 

マキオは、温泉街で団の子供を捜索した時の事を思い出した。

同じように山の中は暗く、松明の灯りも少し先までしか照らさない。

 

カイトはひとまず、以前マークをした場所まで向かう事にした。

自警団は、興奮しているようで、掛け声を上げている。

 

「見てろよ、バケモノ!…今日こそ決着をつけてやる!」

 

「子供達の恨みは、俺達がはらすぞ!」

 

「もうバケモノの好きにさせてはおかない!」

 

マキオは盛り上がる士気の中、どことなく不安を感じていた。

その雰囲気を悟ったのか、バニラが声をかけてきた。

 

「大丈夫?……マキオ?」

 

「あ…ああ、ありがとう、バニラ。

 大丈夫だよ………バニラは…怖くないの?」

 

「……いいえ……怖いわ」

 

「え?」

 

「私も……怖い」

 

「そう…だよね」

 

「マキオも見たよね…?

 あのキメラ…」

 

「…うん」

 

「……私、勝てるとは思えないから」

 

マキオは、他の団員に聞こえないように、小声で話す。

 

「じゃあ、どうして引き受けたの?

 断る事も出来たはずだよ?」

 

「…じゃあ…マキオは?」

 

「お……俺は…」

 

マキオは何も言えなかった。

バニラも参加するとわかっていた。

守りたかった。

そう出来ないと、わかっていても。

 

子供達の事も、当然なんとかしたかったが、

それ以上に、バニラの事を考えて参加した。

 

「と…とにかく、バニラ。

 無茶しないようにね。

 カイトや、自警団の人達は、少し興奮しているみたいだから、

 バニラも、気をつけて」

 

「……うん」

 

数時間、夜の山を歩き、なんとかマークの地点までたどり着いた。

カイトが、

 

「ここで、ひとまず3隊に分かれて、周辺を捜索しようと思う

 十人で一組になってから……」

 

そう指示をしていた時、マキオはまた奇妙な感覚を覚えた。

 

何か………いる。

 

マキオは辺りを見回すが、暗闇の中では、何も見えない。

松明を所々に照らしても、黒い木々がぼうっと浮かぶだけだった。

 

他の人達には、何も感じていないようで、指示を出しているカイトの方だけを見ている。

 

しかしマキオは、やはり何かがいると確信し、声を上げる。

 

「カイト!」

 

カイトは、突然のマキオの呼びかけに、瞬時に異変を覚え、

 

「皆、辺りを警戒しろ!」

 

と声を上げる。

全員が松明の灯りを周辺に、照らす。

 

辺りには、何も見えない。

木々の葉が、風に重なる音が不気味は獣の声のように聞こえている。

 

何秒か経ったあと、一人の自警団が「あ…」と、小さく声を漏らし、

闇の中を指差した。

それにすかさず反応したのは、バニラだった。

急に背中に差していた弓矢を手にし、見えないほどの速さで、闇に放った。

 

矢は風を切った後に、

 

カッ…

 

と何かに刺さった音がした瞬間、

 

松明を照らす捜索隊二九名の中に、異形な姿が現れた。

 

カイトが背中の槍に手をかけ、叫ぶ。

 

「気をつけろ!………キメラだ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キメラ

 

「キメラだ!」

 

カイトは、叫ぶと同時に槍を手に、キメラに斬りかかった。

 

しかしキメラは、槍先を爪で受けると、そのままカイトの体ごと、闇の森に弾き飛ばした。

 

カイトの掛け声に反応して、近くにいた三人の自警団がそれぞれ剣を抜き、

オーッという掛け声を上げながら、キメラに追い打ちをかけた。

 

しかし、キメラのもう片方の手が煌めき、三人は体ごと、まとめて薙ぎ払われた。

 

そこで、始めてキメラは動きを止め、自分を取り囲む、人間の数を数えるように、

ゆっくりと周りを見渡した。

 

その時、マキオの目に映ったキメラは、

大きさは、3メートル、全身は黒い毛に覆われており、

狼にも獅子にも見えるような凶暴な頭部で、曲がった角が生えている。

腕が異常に発達しているようで、長く太いその腕の先にある、手の爪は剣のようだった。

 

以前、マキオが神社で見た、死体のキメラは例えるなら、トロルのような肉付きの良い体格だった。

しかし、今目の前にいるキメラは、逆三角形のような筋肉質な感じだった。

 

「捕らえろ!」

 

自警団の一人が叫び声をあげ、三人がキメラの周りを囲み、

彼らが用意していた大きな網を、キメラに投げ、捕らえようとする。

 

しかし、その網をキメラは軽く飛び跳ねて避ける。

 

そして、その着地地点にいた二人の自警団が、斬りかかるが、

また簡単に薙ぎ払われ、それぞれが木に体を叩きつけられた。

 

次の瞬間、キメラは一気に前向きに跳躍し、10メートル以上は離れていたはずのバニラの目の前に来た。

 

バニラはすぐに持っていた弓を離し、すかさず剣を抜きぎわにキメラに切りつける。

 

しかし、バニラの剣よりも早くキメラの右爪が、バニラの身体に、閃光を走らせた。

 

マキオは、その光景を目にすると、考えるより早く体が動いていた。

腰に差していたククリを、抜き取り、一瞬でキメラに近づき、

流れるような動きで、キメラの右わき腹を切り裂いた。

 

と、思ったが、バニラを切ったキメラの右手が、今度は戻りながら、マキオを後方に大きく弾き飛ばした。

 

すると、闇の中から誰かが大声で叫んだ。

 

「お前ら!手を出すな!!

 逃げるんだ!」

 

その声は、カイトだった。

 

声と同時に、カイトは闇から槍をのぞかせ、キメラ目掛けて、光のように槍を突き立てる。

キメラは、それを当たる寸前で、体を開いてかわした。

 

カイトは、かわされる間際に槍を回転させ、キメラを振り抜いた。

が、キメラは上体を後ろにべったりと寝かせ、その反動で跳ね上がる足で、カイトを強く蹴り上げた。

 

カイトは、上空に高く跳ねあげられた。

そして、木の上の方まで上がると、バキバキと枝を折りながら、やがて地面に叩きつけられた。

 

キメラの蹴りは、まるでバネの塊のようにしなやかで、強靭な蹴りだった。

 

その後、四人の自警団が掛け声とともに、キメラに槍を一斉に投げたが、

届く前に、キメラは一瞬の跳躍でかわし、

走り抜けるように四人を切りつけながら弾き飛ばした。

 

そしてキメラは、周りをもう一度なめるように見渡し、

急に足を曲げて前方に強く跳躍すると、そのまま闇の中に消えていった。

 

その後には、ザーッと風が草木をかき分ける音が響き、すぐに遠ざかっていった。

 

マキオは、起き上がりバニラの元に駆け寄る。

バニラは、うつぶせに倒れており、動いていない。

 

「バニラ!」

 

肩を抱き仰向けに返すと、防具が裂け、右肩から左のふとももまで、斜めに血がしぶいている。

バニラの意識はない。

 

胸に手を当てると、鼓動は感じる。

が、その手には熱い血がべったりとついてくる。

 

「マキオ!」

 

カイトが連れて来た、団員がかけより、マキオの左肩を押さえる。

ハッと気づくと、マキオも左肩から大量に出血をしていた。

マキオは団員に、

 

「カイトは!?」

 

と聞くと、二人の団員が気を失った傷だらけのカイトを担いでいる。

 

マキオは、バニラの防具を外し、体に布を巻きつけ、止血をすると、

バニラを背負う。

 

周りには、負傷した数人の自警団がまだ倒れていて、数人がその周りを囲んでる。

マキオは、

 

「すぐに、街に帰ろう!怪我人を急いで運ぶんだ!」

 

と声をかけ、街に急いだ。

 

二時間ほどして、街にたどり着き、すぐに医療班のいる建物に向かった。

ドアを開け、

 

「助けてください!ひどい怪我をしています!」

 

そう言って、何度も叫んだ。

すぐに、医療班の班長である柊が出て来た。

 

マキオは近寄り、急いでバニラの怪我の説明をする。

柊は、ある部屋の明かりをつけて、

 

「マキオ君、こっちのベッドに運んで!

 

と言い、手術用の道具を用意しだした。

 

マキオがベッドにバニラを寝かせると、部屋にコノハが入って来て、

 

「マキオ君、他の怪我人の搬入も手伝って!」

 

と、頼んできた。

 

マキオは、バニラが心配だった為、

 

「柊さん、バニラを助けてください!」

 

と叫んだ。

柊は強くうなずき、

 

「大丈夫!絶対助けるから、コノハを手伝ってあげて!」

 

とマキオの頰を軽くなでた。

その時初めてマキオは、自分が泣いていた事に気づいた。

 

マキオは、うなずき部屋を出ていった。

 

 

十数分後…。

マキオは、全ての怪我人の収容を手伝っていると、片桐がやって来た。

状況を見た片桐は、何も語らなかった。

マキオが謝る。

 

「すみません…大変な事になってしまいました」

 

「いや、謝らなくていい。

 それより、マキオさんも怪我の治療を」

 

そう言って、寝かされているカイトのベッドに向かう。

マキオは、片桐の後ろ姿を見ていると、コノハが、

 

「マキオ君、肩の怪我を見せて」

 

と言い、マキオを病室に連れていく。

マキオは、そこで自分の傷を見た。

肩は切り裂かれ、骨まで見えている。

 

コノハは、麻酔を打ち、傷を消毒すると、針で縫い合わせていく。

マキオは、バニラの事を聞く。

 

「バニラは…どうなの!?」

 

「……傷は内臓まで達してる。

 今、柊さんが手術をしてるわ。

 どうなるかは、私にはわからない」

 

マキオは、頭がボーっとしてきた。

 

( バニラが……どうして……なぜ……こんな事に…… )

 

マキオは、そのままゆっくりと意識が遠ざかっていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

病室の中

 

 

マキオが目を覚ますとそこは、医療班がいる小さな病院のベッドだった。

 

肩に痛みを覚えたが、それでバニラの事も思い出し、急いで体を起こして部屋をでる。

廊下には、数人の団員と一緒に、コノハがいた。

マキオは、コノハに駆け寄る。

 

「コノハ!……バニラは!?」

 

「マキオ君…こっちへ」

 

コノハは、少し悲しそうな顔をして団員に断り、マキオをある部屋へ連れていく。

ドアを開けると、バニラがベッドに寝ている。

口には酸素マスクがつけられ、体から、何本もの細いチューブが出ていた。

 

「!?」

 

マキオは唖然とした。

ベッドに横たわるバニラには、あの儚くも強いバニラの姿はなかった。

マキオは、言葉が出てこなかった。

コノハはバニラに近づき、手を握ってバニラに語りかける。

 

「バニラ…マキオ君が来てくれたよ」

 

横たわるバニラは何も反応せず、酸素の出るシューっという音が部屋に悲しく響く。

 

マキオは部屋の入り口から、それ以上バニラに近づく事は出来ず、下がるように部屋を出て、

近くのベンチに腰を下ろし、頭を抱えた。

コノハがマキオの後を追って、部屋から出てきた。

マキオの隣に腰を下ろす。

 

「マキオ君…落ち込んじゃダメだよ。

 バニラの手術はうまくいったんだからね。

 あとは、回復するのを待つだけ。

 バニラは、すぐに元気になるよ。

 だから……ね?」

 

コノハは、マキオの背中を優しく撫でてくれた。

 

マキオは、自分が情けなかった。

バニラを守る事など、微塵も出来なかった自分が、情けなかった。

弱いって事が、このシュラの世界ではどんなに無力かを思い知った。

 

しばらくコノハは、そのまま背中を撫でてくれていたから、

マキオは顔を上げて、

 

「ありがとう、コノハ。

 大丈夫だよ。

 俺も、バニラが元気になるって信じてるから」

 

と、なんとか笑って見せた。

コノハも、悲しく笑いながらうなずくと、

 

「ちょっと前に、カイトが目を覚まして…

 マキオ君が起きたら、来て欲しいって。

 カイトは、廊下を突き当たって、左の部屋にいる」

 

マキオもうなずき、カイトの部屋に向かう。

ドアを開けると、カイトがベッドに腰かけていた。

カイトの頭や体は包帯で巻かれ、足には大きめのギブスをはめている。

カイトはマキオに気づき、軽く手をあげる。

 

「マキオ…大丈夫か?」

 

マキオはゆっくりと部屋に入り、カイトの隣に座った。

 

「ああ…俺より、カイトの方が重症だろ?

 怪我は、どうなんだよ?」

 

カイトは、無理に笑って見せながら、

 

「全然平気だっつーの。

 辛気臭い顔をしてんなよ。

 足が折れてるのが、ちょっとしくじったかなって程度だ」

 

「そう……元気そうで良かったよ」

 

「ああ……ごめんな、マキオ。

 お前らを守れなくて…」

 

「………いいよ。

 カイトのせいじゃない」

 

「いや、俺がちゃんと前もって指示を出しておかなかったのが、

 こうなった原因だから…」

 

「……違うよ……相手が悪すぎたんだ…」

 

「…」

 

「…」

 

二人は、同時にあの時の事を思い出し、喋れなくなった。

しばらくすると、カイトがマキオに言う。

 

「マキオ、悪いけど俺は動けないから、ちょっと片桐を連れて来てくれないか?」

 

「……ああ、わかった」

 

十数分後、マキオは片桐を連れてカイトの病室に訪れ、起きた事をすべて話した。

片桐は黙って聞きながら、話が終わると静かにこう言った。

 

「……話はわかりました。

 でも、今のままでは団が機能しませんので、少し時間をおきましょうか。

 お二人は、まず怪我を治してください。

 団長には、連絡をしていますから、すぐに戻ると思います。

 対応はそれから考える事にしましょう」

 

そう言って、病室を出ていった。

 

___________________________

 

その3日後に団長とニーナは帰って来た。

キツネは、イグニスで調査を続けているらしい。

 

団長は、カイトの病室にバニラ以外の幹部を集め、今後の対応を考える。

 

カイトが、

 

「団長、今回は本当にすまん。

 俺が先走ってしまった。

 情けないけど……後先を考えている余裕を持てていなかったよ

 決して、キメラをなめていたワケじゃないが……気持ちが強くなり過ぎていた。

 今、冷静に考えて、本当にそれがわかるよ。

 ……悪かった」

 

と、カイトは頭を下げる。

団長は、頭を上げるように言い、

 

「いいや…今回、皆がやってくれた事は間違っていない。

 ただ、相手が悪かっただけだ。

 私がここにいても、きっと同じ事をしたと思うよ。

 

 結果は出なかったが、デイライトのウノハナからもお礼を言ってもらっている。

 バニラも意識を取り戻してるし、時間をかければ、怪我も治る。

 他の団員や自警団の人達もそうだ。

 

 それに、幸いな事に死者は出ていない。

 だから皆、自分を責めるのはやめよう」

 

それぞれは、八雲の言葉に軽くうなずく。

片桐が、八雲に尋ねる。

 

「今後の事ですが、どうしますか?」

 

「ウノハナが言うには、ロデオソウルズには気にせずにココにいて欲しいそうだ。

 十分に、住民の信頼を得ているからと。

 そしてキメラの事は、お互いに諦めようと言ってる」

 

カイトは、何かを言いたいようだが、必死でそれを堪えているようで、

体を小刻みに震わせている。

他の幹部も皆、落胆の色を表していた。

 

片桐が横目でそれを見てから、八雲に言う。

 

「では、団長も今回の件は、ここで終わりにするという判断ですね」

 

皆が八雲に注目する。

 

「……いいや、少し考えている事がある」

 

カイトが急いで答えを求める。

 

「なんだよ?」

 

「……今はまだ言えない、

 だが、このままで終わりにはしない」

 

片桐が尋ねる。

 

「しかし今、戦える人数は限られていますよ。

 あまり危険な事は避けるべきではないですか?」

 

「ああ……わかってるよ…リスクは避けるつもりだ。

 だが、このままでは終わらせない。

 なんらかの決着をつけるつもりだから、皆は少し待っていてくれ

 

 だから、イグニスに向かうのはそれからだ。

 以上だ」

 

八雲は、皆を見ずに席を立ち病室を去った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミミミ再び

 

八雲団長が戻ってから一週間後。

 

マキオは、バニラの病室にいた。

 

「…でね、その子供がさ、二本の足でこんなに早く走れるんだったら、

 僕達も、猫みたいに手も使って四本で走れば、もっと早く走れるんじゃないかって言うんだ。

 

 俺も、そんな事を考えた事もなかったから、皆でやってみようって事になって…

 やってみたんだけど、すごく難しくって……しばらく続けたけど、

 それからはもう、皆で手を泥だらけにして転げ回ってばっかり。

 

 その後の時間に、片桐さんが子供達に算数を教えてたんだけどさ、

 子供が鉛筆を持てないほど、手が痛いっていうんだけど、何をしたんだって……注意されちゃったよ」

 

バニラは起こしたベッドの上で、マキオの話を聞きながら、にっこりと笑っている。

 

「マキオは、子供に好かれてるんだね」

 

「そんな事ないよ…少しバカにされてる気はするけどね」

 

「優しいからよ」

 

「どうかな……でもバニラだって皆、会いたいって言ってるよ」

 

「本当?」

 

「ああ、あの可愛いお姉ちゃんは何処にいるの?って」

 

「…それ、本当にあたしかな?」

 

「そうだって、マフラーのお姉ちゃんっていってるから、バニラの事だよ」

 

 

「マフラーか…クスッ…」

 

今、バニラの首にはスカーフは巻かれていない。

代わりに胸元からは、包帯がチラリと見えている。

 

 

「…痛みは…どう?」

 

「……うん……大した事ないよ。

 いつも、ごめんね…マキオ。

 別に、毎日来てくれなくてもいいんだよ?」

 

「いや、俺が勝手に来てるだけだから、気にしないでよ。

 それより、何か欲しいものとかない?」

 

「うん、大丈夫………あっ…」

 

「どうした?」

 

バニラは、驚いた顔をしている。

マキオは、バニラが突然何かを思い出したのかと思った。

 

でも、そのバニラの目線は、マキオの後ろにある病室のドアに向けられてる。

マキオは、振り返った。

 

そこにいた人を見て、マキオは心臓が強く鼓動を打ったのがわかった。

 

病室の入り口にいたのは、ネロだった。

 

マキオは、とっさにバニラの顔を見た。

バニラの瞳には、驚きと…また別の何かが浮かんでいるような気がした。

 

マキオは、

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

と言い、二人を見ずに病室を出た。

何かわからないが、無性に走りたくなり、街を抜けて神社の方に向かった。

 

誰もいない境内にたどり着くと、石段に腰掛けて、弾んだ息が収まるのをまった。

 

マキオは、バニラが怪我をしてからずっと、毎日バニラに会いに行った。

長い時間いられるわけではなかったけれど、毎日二人だけで話ができた。

他愛のない話だったが、楽しかった。

 

他の団員からは、からかわれたりもしたが、全然気にしなかった。

バニラも、嫌な顔もせずにいつも少しだけ笑って、迎えてくれた。

怪我をしているバニラには悪いと思いながらも、毎日バニラに会いにいくのがマキオの楽しみになっていた。

 

カイトはあれから、キメラの事を話さないし、このまま二人の怪我が治れば、イグニスに向かうんだろう、

と思っていた。

 

もう、キメラの事は思い出したくもなかった。

本当に、どうにもできない事は、身にしみてわかったから。

 

そんな事をうつむいて考えていると、ふと何かの気配がした。

それと同時に、コツンと頭に小さなものが当たった。

 

「イテッ」

 

顔を上げると、ミミミがいた。

 

「よっ……ロリコン」

 

「ミミミちゃん」

 

マキオが、ミミミと会ったのは、温泉街以来だった。

ミミミは、いじわるそうに笑っている。

 

「なんだよ?…腹でも減ってんのか?」

 

「…ちがうよ。

 久しぶりだね……どこに行ってたんだい?」

 

「別に……なんか大変だったらしいな」

 

「……ああ、ちょっとね」

 

「ロリコンも怪我したんだろ?」

 

「……そうだけど……ミミミちゃん、ちょっとロリコンってのはやめようよ」

 

「ちがうのか?」

 

「違うって……それに、この街は子供が多いから、誤解されると困るんだよ」

 

「知ってるよ……その子供を食うバケモンもいるんだろ?」

 

「…」

 

「なんだよ?怖い顔して」

 

「いや…別に」

 

「あのカイトの馬鹿も、そのバケモンにやられたらしいじゃん…ザマーミロ…へへ」

 

「ああ…病院にいるから、ミミミちゃんも行ってあげてよ」

 

「フン…なんで私がカイトなんかに、会いに行かなきゃなんないのさ。

 アイツもたまには、負けた方がいいんだ。

 へへっ……いい気味だっての」

 

「ミミミちゃん……ダメだよ、仲間の事を悪く言うのは」

 

「仲間?……誰がそんな事言ったんだ?

 私は、カイトの仲間なんかじゃないっての!」

 

「何言ってんだよ…皆ロデオソウルズの仲間じゃないか」

 

「はぁ?…あたしはロデオソウルズじゃないし」

 

「え?……どういう事?」

 

「……なんだよ、知らないのか?

 私は、アイツらの人質だよ…バ〜カ!」

 

ミミミはそう言うと、走って去って行った。

 

「……人質?」

 

マキオは、何の事かまったくわからないまま、そこに座っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

呼び出し

 

マキオがデイライトの街へ戻ると、団員が呼び止めた。

 

「ああ、マキオ…団長が探してたぞ」

 

「え?…団長が俺を?」

 

「ああ…なんか、しでかしたか?」

 

マキオは、からかう団員に適当に答えて、幹部達のいる建物に向かった。

建物は、小さなオフィスビルのようだった。

建物に入る入り口で、ニーナにすれちがった。

 

「ああ、ちょうど良かった、マキオ。

 団長が呼んでるよ、あの部屋に行って」

 

ニーナは、建物の奥の部屋を指差す。

 

「あ…はあ…ニーナさん…団長が俺に一体なんのようなんですかね?」

 

「さあ?私は聞いてないよ」

 

ニーナはすれ違いざまに、マキオの肩をポンと叩くと、そのまま出て行った。

 

建物に入ると、エントランスにベンチがいくつか置いてあり、

その一つに、女が座っていた。

 

(……綺麗な人だな…誰だろう?)

 

マキオは、ロデオソウルズでも、デイライトでも、その女を見かけた事はなかったから、

少し不思議に思った。

 

女は、マキオの視線に気づくと、小さく手を振ってくれた。

マキオは、少しだけ顔を赤らめ、頭を下げて通り過ぎた。

 

(もしかして、俺にしか見えてない人じゃないよな…)

 

なんとなく、子供達が話していた幽霊を思い浮かべてしまった。

でも、その女には幽霊というよりは、少し悪魔に近いような妖艶さを感じた。

 

廊下を過ぎて、団長のいる部屋に向かう。

 

マキオは、このロデオソウルズに入って、もう一年になる。

しかし、団長に呼ばれた事は一度もなかった。

おそらくこの話は、あまり良い事ではない…というか、確実に嫌な予感がしていた。

 

部屋をノックすると、中から八雲の声が返ってくる。

 

「はい」

 

ドアを開けると、部屋には八雲の他にもう一人いた。

それは、マキオの会いたくない人物だった。

 

ネロだ。

ネロは、うつむきかげんで窓際によりかかっている。

八雲がマキオに言う。

 

「マキオ…悪いね、座って」

 

八雲は、自分が座っているソファの向かい側のソファを、マキオにすすめる。

おのずと、ネロに背を向ける形となって、マキオは少し不安を感じた。

 

「あの…団長、俺に何か用でしょうか?」

 

「ああ…ちょっとね。

 その前に、紹介しておこうか…マキオは初めて会うんじゃない。

 ネロだ」

 

「ど…どーも、マキオ…です」

 

マキオが、体をねじり、目は合わせずに頭を下げた。

ネロはかすかに、頷いたように見えた。

 

「あの…団長……ネロ…さんとは、何度かすれ違う程度はあったので…」

 

「そう?……ネロはあまり団にいる事は少ないから。

 まぁいいよ……それより、今日はマキオにお願いをしたいんだ」

 

「お願い…ですか?」

 

「うん、実は……キメラの事なんだ」

 

「!?」

 

マキオは、すぐに嫌な顔をしてしまった。

それを、思い切り正面から八雲に見られた。

 

「あっ、すみません…」

 

「いいよ……怖い思いをしたんだ。

 その反応は自然なものだよ」

 

「…キメラですか…」

 

「ああ…簡単に言う、ネロと二人でキメラ討伐をしてもらいたい」

 

マキオは、ゆっくりと目を閉じうなだれる。

 

やはり、嫌な予感は当たっていた。

あのキメラに、もう一度……?

しかも、ネロと二人って……。

 

「それ……俺じゃ…ムリです」

 

「いや…マキオじゃなきゃダメだ」

 

「ど…どうしてでしょうか?…はっきり言って、嫌なんですけど……」

 

「嫌なのはわかってる。

 でも、マキオしかいなくてね」

 

「俺しかいない…?」

 

「ああ、理由を話すよ。

 まず、キメラを見たのは、団員では数人だ。

 そのうち、隊長クラスは入院中。

 残る団員は四人。

 その中では、マキオは最も足が速い、しかも何かがいる気配がわかるんだって?」

 

「……たまたまです」

 

「それに、戦闘技術も片桐が指導して、能力は十分だと聞いてる。

 まぁ、今回の討伐では、マキオが戦う必要はないけどね」

 

「?」

 

「マキオには、道案内を頼みたいんだ」

 

「…案内ですか?」

 

「ああ…キメラと遭遇した所まで、ネロを連れて行ってもらって、

 キメラを見つけたら、それでマキオの仕事は終わり。

 すぐに、戻ってきていい」

 

「え…それだけですか?」

 

「ああ、後はネロに任せてほしい」

 

「……ネロさんが…一人でキメラと……?」

 

「そのへんの事は、マキオは気にしなくていいよ。

 ネロがなんとか考えるから」

 

「…」

( 正直、乗り気はしないが、戦いがないのなら…

  いや、でも…じゃあ、ネロが一人で相手をするって事になる…

  あのキメラを…?…カイトとバニラでも、全く歯がたたなかったのに、

  それを、たった一人で……ムリだ…もし、ネロに何かあったら……

  悔しいけど……バニラが……悲しむ……  )

 

「……あの、やめておいた方がいいです」

 

「……どうして?」

 

「俺は、キメラを見ました。人が戦ってどうにかなる相手じゃない!

 カイトとバニラでも、あんな大怪我をしたんです。

 それを、まさか一人でなんて…!」

 

話しているマキオの言葉を、八雲はさえぎる。

 

「いいんだ……マキオ。

 ネロがどうなろうと、責任は私が取る。

 マキオは、ネロの心配はしなくていい」

 

八雲の言葉は強い。

八雲の言うとおり、マキオがネロの心配をする必要はない。

 

ただ、どうしてもバニラの悲しむ姿を見たくなかった。

悩んでいるマキオに、八雲が言う。

 

「では……少し安心する話をしておくよ。

 これは、内緒の話だから、喋っちゃダメだよ?」

 

何の事だろう?

マキオは、ゆっくりとうなずく。

 

「うん……確か温泉街でマキオは、キメラを見たよね?」

 

「あの…神社で見た……死体のですか?」

 

「ああ……あれはネロが殺ったんだ」

 

「!?」

 

「だから、心配しなくていい……ネロは経験者だから」

 

( あの化け物を?………なんなんだよ、この人……?

  でも、もしキメラを倒せるなら、バニラの仇が取れるって事か…

  だったら…… )

 

「…わかりました、案内だけなら…」

 

「ありがとう、助かるよ。

 では、今夜に決行するから、準備をしておいて。

 それと、このキメラ討伐の話も、誰にも言わないでほしい…いい?」

 

「カイトにもですか?」

 

「うん…誰にも」

 

「…はい、わかりました」

 

「では、今夜8時に神社に来て。

 マキオ、頼んだよ」

 

マキオは立ち上がり、部屋を出るときに、少しネロを見たが、

ネロは、うつむいたままで、その表情はわからなかった。

 

(……不気味な人だな…)

 

マキオは、ドアを閉めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜の山

その日の夜。

時間どうりに、神社に着いたマキオ。

 

辺りは、闇に包まれており、マキオの手にした松明が照らす範囲以外には、

何かが潜んでいるような気持ちになってくる暗さだった。

 

境内に続く階段を上ると、上段の石段に人影が見える。

ネロがすでに来ていた。

 

ネロは、マキオが初めて見た時と同じように、全身を黒い衣装で包んでいる。

今日、団長の部屋で会った時のように、うつむき顔を伏せている為、

どんな表情をしているのかは、うかがいしれない。

相変わらず、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

マキオは、後で着いたという事を、一応わびようと思った。

 

「すみません…お待たせしました」

 

「…いや」

 

これが、マキオとネロが、初めて交わした会話だった。

 

ネロはそれだけ言うと、振り向いて山に入ろうとする。

マキオは、引き止める。

ネロは、松明も持っていない。

 

「あの、ねろさん……明かりは持ってきてないんですか?」

 

「いらない……マキオも消せ」

 

「え…?」

 

マキオは、驚いた。

 

明かりを消せ?

そして、俺の名前を呼んだ?

 

どちらも、意外な気がした。

マキオの戸惑いをかいさずに、ネロが言う。

 

「ここからは、闇の中を進む」

 

「そ…そんな…無茶ですよ」

 

「明かりがあると、キメラに気づかれやすい」

 

「?……気づかれやすいって…その方がいいじゃないですか。俺達は、キメラを探しに行くんでしょ?」

 

「俺がキメラを倒すには、一つだけ条件がある。

 キメラが俺達を見つける前に、

 俺達が先に、キメラを見つける事だ」

 

「キメラより先に……」

 

ムリな事だ。

この暗闇の中で、山を歩く事さえ困難な事だろう。

その上、山を住処にしているキメラより先に、俺達がキメラを見つけるなんて…

ネロは何を言ってるんだ。

 

マキオは、ネロの提案を否定しようと思った。

 

「そんなの…」

 

「オイ」

 

マキオの言葉を遮るネロの低い声に、ビクっと体が反応する。

闇の中では、聞きたくない声だった。

 

「マキオ……俺は話をしに来たんじゃない。

 早く明かりを消して、少し闇に目をならせ。

 5分後に出る」

 

そう言うと、ネロは境内に入り、灯篭によりかかる。

 

マキオは、渋々松明に土をかけ、明かりを消した。

一瞬で、世界は闇が支配した。

 

まるで、目を閉じている時と変わらない暗さだ。

この中で、キメラを探すなんて、自殺行為としか思えない。

こんな所で、ネロと一緒に死ぬなんて考えられない。

 

ネロと一緒にいる、という事さえ居心地が悪いのに。

まったく、嫌な役目を負ってしまった、とマキオは後悔していた。

 

マキオは、暗闇を見つめながら、八雲と話した言葉を思い出す。

 

「ネロは…経験者だ」

 

あの、神社で見たキメラの死体。

アレを倒したのが、ネロ?

どうやって、倒したんだ?

倒れていたから、ハッキリとした大きさは、わからなかったが、

大きな象が、横たわってると思ったくらいだ。

おそらく、4、5メートルはあっただろう。

それを、一人で……?

 

しかし、あの時、確か子供たちは神社の中にいた。

それを俺達が見つけたんだ。

 

もしネロが、あのキメラを倒したんなら、どうして子供を連れて来なかったんだ?

火は点いていたが、そこにネロはいなかった。

普通なら、子供達の側にいるべきだったはずだ。

 

……いや…あの時、俺は少し奇妙な気配を感じていた………ネロは、いたのか…?

 

いや…だとしてもやはりネロは、少し変だ。

 

マキオは、そんな事を考えていたら、不思議と闇に目が慣れてきている事に気付く。

何も見えなかった景色は、輪郭を現しており、木の形も神社の建物の形もわかった。

 

夜空には、星も月も出ていないが、山との境界線もわかった。

夜は暗いが、暗闇ではないのだ。

思っていたほど、まったく歩けない事もなさそうだ。

ただ、キメラを見つけられるとは、おもえなかった。

 

周りを見渡しているマキオの姿を見て、ネロが声をかける。

 

「慣れたようだな、行こう」

 

「…はい」

 

マキオは立ち上がり、キメラと会ったあの場所、バニラを守れなかったあの場所を目指して、夜の山に入った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。