ゲーム・ア・ライブ (ダンイ)
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一章 十香デットエンド
プロローグ


絵師繋がりで書いてみたクロスオーバーです。


その日の夜、俺、五河士道は夢の中で、ある出来事を思い返していた。

俺はあの日まで自分自身の事を普通の高校生だと……実際には違ったけど、少なくとも俺自身はそう思っていた。でも、あの日の出来事を切っ掛けに全てが一転した。

まず最初に、この世界で起こる自然災害……空間震の原因を知る事になった。その他には、女神が国を統べる異世界に飛ばされるし、そこであまり使いたくない力を得るし、自分の秘められた力に気づく事になるし……今となっては普通の高校生とは程遠い存在となってしまった。

 

その発端となる出来事に巻き込まれたのは、日の光がギンギンと辺りを照らす蒸し暑い夏の日だった。

その日俺は、いつものように近所のスーパーで買い物をしていた。なぜ買い物をしているのかと言うと、俺の両親は共働きで家に居ることが少なく、こういった家事は俺がするようになっていたからだ。

そしてスーパーからの帰りに事件が起こった。

 

急に女性の悲鳴とも聞こえる声が聞こえてきたのだ。

それを聞いた俺は足を止めて辺りを見渡したが、あたりには女性どころか人一人すらもいなかった。でも悲鳴のような声は未だに聞こえ、その声は徐々に大きくなっている。

少し考えて……その答えが分かった。その声は前後左右からではなく上から聞こえていたのだ。

つまり空で誰かが叫んでいるわけで……

俺が顔を見上げるとそこには、

 

「うわぁぁぁああああ!どいて、どいて、どいて、どいて!!そこに居るとぶつかるぅぅぅぅう!!」

 

「へっ…………はぁぁぁぁぁあああ!?!?!?」

 

空から少女が猛スピードで俺に向かって落ちてきて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっふっ!!」

 

お腹の辺りから感じた強い衝撃、それによって一瞬で俺の意識は夢の中から現実へと引き戻された。普通の人だったら何が起きたのかと飛び上がる所なのだろうが、あいにく俺には心当たりがあった。

その心当たりとは、俺の二つ下の妹である琴里だ。彼女は俺を起こすために、ベットの上でサンバを踊ったり、ドロップキックをかましてきたり、どこで覚えたのか知らないが関節技を決めてきたりなどと、あまり良い起こし方をされた覚えがない。

今回も彼女の仕業だろうと、うっすらと目を開けて辺りを見渡したが琴里の姿は何処にもなかった。

 

琴里の仕業じゃなかったのか?

だったら一体誰がやったんだ。琴里以外には心当たりは全くないぞ。

腹が未だに痛い……その事実を踏まえると誰かが俺の腹を殴ったりしたのは間違いないと思うが……

取りあえず、ベットから起き上がろうとして布団をはいだところで衝撃を感じた原因がわかった。

俺のちょうど右隣、布団が被さって見ることが出来なかった所にその原因がいた。

 

寝ているのだ、薄紫の髪を短く切った少女……ネプテューヌが自分の右隣で。しかも、その右手は俺の腹の上に乗っかっている。

なるほど、彼女が寝返った拍子に手が俺の腹に当たってしまったのか。ともかくこれで、誰に叩き起こされたのかは理解する事ができた。

時計を見ればまだ起きるには少し早いし二度寝でも……

 

「って違う!!」

 

俺は大声で叫ぶと共に、再び眠ろうとして横になった身体を飛び起こした。

そうだ、俺が叩き起こされた事なんて今はどうでもいい、一番の問題はなぜネプテューヌが俺の布団の中で寝ているのかだ。

俺が覚えている限りでは、ネプテューヌと一緒に寝たということなかった。だとしたら一体……

 

俺が昨夜の事を必死に思い返していると、俺の大声で目が覚めたのか、ネプチューヌは起き上がると俺の方を見つめてきた。そして……

 

「へ……ふぇ!?な、何でわたしが士道と一緒に寝てるの!?…………はっ!!まさかこれが噂に聞く朝チュンってやつなの!わたしは士道に美味しくいただかれちゃったの!?二人で大人への階段を昇っちゃったの!?」

 

両手を頬に当てて顔を真っ赤にして、いやいやと首を振っているネプテューヌ。

いただかれたって……そんな事になってないのが分かって言ってるだろ。言葉がどことなくワザとらしいし……

ともかくこのままネプテューヌに騒がれると、騒ぎ声を聞いた琴里が部屋に来かねない。

だから……

 

「もぉ、ダメだよ士道。こういう事は、ちゃんと手順を踏んで、お互いの合意を「ていっ!」ねぷぅ!?」

 

俺が手刀をネプテューヌの後ろ首に叩き落すと、彼女は短く悲鳴を上げた後、俺の事を涙目で睨んでくる。

ちょっと乱暴な止め方かもしれないが、こうでもしないと彼女を止めるのは難しい。それは今までの経験が証明している。

 

「ふざけてないで、何で俺の布団に寝てるんだよ。俺が寝た時は一緒に入ってなかっただろ」

 

「ごめんごめん、士道の困った顔が見たくて、つい。それと、一緒に寝てたことなんだけど、昨日の夜に一緒にゲームをしていたのは覚えているよね」

 

「あ、ああ」

 

昨日の夜、俺とネプテューヌ、そしてもう一人の友人と一緒に俺の部屋でゲームをしていたのまでは覚えている。

そして、俺が体力的に力尽きて、二人はまだゲームに夢中だったので、終わったら帰れよと言ってベッドで寝たはずだった。

 

「士道が寝てからもゲームをしてたんだけど、クリアまであと一歩ってところで疲れちゃったんだよね。それで士道のベッドが見えたから……ぷるるんと一緒に、つい」

 

「つい……じゃないだろ!!男の布団に……っておい、今ぷるるんと一緒にって言わなかったか?ってことはまさか……」

 

嫌な予感を感じつつ、左に目を向けるとそこには腰に届くほど長い薄紫の髪を三つ編みにした少女……プルルートが気持ちよさそうに眠っていた。

なんで二人して人の布団の中で眠っているんだよ!?

 

俺が心の中で絶叫していると、それに気がついたかのようにプルルートが目を覚ました。

彼女は眠たげに目を擦るとゆっくりと起き上がり俺の方を向く、そして……

 

「士道君、おはよう~、今日はいい朝だねぇ~」

 

「ああ、今日はいい朝……じゃなくて、他に言う事があるだろ!?なんで平然と人の布団に入ってるんだよ!」

 

「おお!士道が珍しくノリツッコミをしている!!」

 

「ほんとうだぁ~、珍しいねぇ~」

 

確かに言われて見ると珍しくした気がするが、今はそんなことは関係ない。

今、重要なことは二人がなぜ俺の布団の中に入っていたかだ。ネプチューヌはついなんて言っていたが、流石に軽いノリで俺の布団で寝ようとなんて……しないよな?

この二人なら有り得ると若干の不安を感じながらも、じっと睨み付けると、二人は観念したようで正直に話してくれた。

 

「いや、実はさっきも話したと思うんだけど、やっていたゲームをクリアの直前まで進めたんだけど物凄く疲れちゃって……」

 

「それで、士道君のベッドで仮眠することにしたんだけどぉ~。お布団の魔力に負けちゃって、ぐっすり眠っちゃったのぉ~」

 

まず、人の布団で仮眠をしようとするところに疑問を抱いてほしい。

俺が琴里が起こしに来るより早く起きたから良かったものの、もし俺が起きることなく、今の光景を琴里に見られてしまったら家族会議は避けられなかっただろう。

珍しく早起きして助かった……

 

俺が安堵の息をついたのも束の間、ドッドッドと床を蹴る音と共に「おにーちゃん」と、とても聞きなれた人物の声が聞こえてきた。

ま、まさか琴里の奴が俺達の騒ぎ声に気づいたのか!?

 

「ま、まずい、琴里がこっちに向かって来てる!琴里に今の光景を見られたら…………」

 

「兄の禁断の三角関係を知ってしまった琴里、それは彼女の秘められた思いを……」

 

「ネプテューヌは、変なナレーションを入れるな!!」

 

「士道君~。こういう時は、素数を数えて落ち着いてから考えるといいよぉ~」

 

そ、そうだな。まずは落ち着かないと良い考えなんて思いつくわけないよな。

えっと、一は素数じゃないから、二、三、五……ってそんなことをしている暇もない!今も琴里はこの部屋に向かって来ているんだぞ!!

時間があまり残されていないことを悟った俺は、とっさに布団を掴むとネプチューヌとプルルートを布団の中に入れると、俺もその中に入って横になる。

これで布団が妙に盛り上がっている点を除けば、普通に寝ている姿に見えるはずだ。

 

俺が布団のなかに入ってから数秒もしない内に、部屋の扉が開くと真っ赤な髪をツインテールにした少女、五河琴里が俺の部屋に入ってきた。

 

「おにーちゃん、一体どうしたのだ?朝から大声を出して、お腹でも痛いのか?」

 

「いや、その……………えっと、あ、足だ!寝起きに足をつって、痛くて声を上げてたんだよ!!痛みはもう引いたから心配しなくてもいいぞ!!」

 

「そうなのか……でもおにーちゃん、なんで布団がそんなに膨らんでいるのだ?」

 

「えっ……そ、それは……」

 

ま、まずいどう言い訳をすればいいのか思いつかない。

人二人分の布団の膨らみなんて誤魔化しきれない……でも、真実を話してしまえば、大変なことになってしまう。

俺に取ってのネプテューヌとプルルートは何十年もの付き合いだが、琴理から見ればただの見知らぬ少女だ。その二人が俺の布団の中に寝ている光景を見てしまえば、彼女は俺が犯罪をしたと思い込んでしまうだろう。

 

本当にどうすれば……

ああ、もうこうなったらこの手で誤魔化すしかない!!

 

「う、うぅぅぅ……こ、琴理、今すぐこの場から離れてくれ……」

 

「お、おにーちゃん?」

 

俺は、顔を歪め苦悶に満ちた声を発しながら、心臓のあたりに痛みがあるかのように胸に手を当てて苦しんでいるふりをする。

すると琴理は俺の顔を不安げに見つめる。

俺は引っかかったと顔には出さないように内心では喜びながら演技を続けた。

 

「琴理……実はさっき足をつった拍子に『とりあえず目の前にいる少女に十分間のくすぐり地獄をしてしまうウイルス』略してTウイルスに感染してしまったんだ……俺が正気を失う前にここから逃げるんだ……」

 

「そ、そんな……おにーちゃんはどうするのだ!私が病院に……」

 

「だめなんだ、Tウイルスは未知のウイルス……病院に行っても治りはしない……もう手遅れなんだよ……せ、せめてお前だけでも……」

 

「おにーちゃん!?」

 

俺が目を閉じ力尽きる演技をすると琴理は大声を上げて俺の方に駆け寄ってきた。

そして琴理が俺の顔の近くに来たタイミングで……

 

「がぁぁぁああああ!!」

 

「ギャァァァァァアアアア!!」

 

急に体を起こし大声で叫んだ。

すると、それに驚いた琴理は悲鳴を上げると脱兎の如く部屋から逃げ出してしまった。

これで何とかなったんだが……なんか罪悪感に押しつぶされそうだ。なにせ琴理は何も悪くないからな、ただ間が悪かっただけだ。

悪いのは人の布団で勝手に寝ている二人だ。

 

俺が心の中で琴理に謝っていると、プルルートが急に俺の布団から這い出ると慌てた様子で部屋の隅まで行ってしまった。その顔を見ると若干だが怯えている。

何かあったのか?心当たりはないけど……とりあえず聞いてみよう。

 

「おい、プルルート、何かあったのか?」

 

「ふぇ~、だって士道君はTウイルスに感染してるんでしょ~。あたし、十分間もくすぐり地獄に合うのはいやだよぉ~」

 

「ぷるるん、士道はTウイルスに感染していないから大丈夫だよ。だって足をつってないでしょ。それよりもわたしは、Tウイルスなんて某傘の薬品メーカーの作ったウイルスの名前を安直に使う事の方が問題あると思うんだよね」

 

仕方がないだろ、とっさに考えた名前なんだから。

とにかく、ネプテューヌのおかげでプルルートの誤解は解けたようで彼女は安堵の息を吐いた後、こちらの方に戻ってきた。

 

「そうだったんだぁ~。凄い演技だったから騙されちゃったよ~」

 

「いや、場面を考えれば普通は嘘だってわかるからな。そういえば、まだ帰らなくても大丈夫なのか?イストワールには昨日までに帰るって言ってたんじゃないのか?」

 

「「あっ」」

 

大丈夫じゃなかったのか……

一応寝る前に、遅くなりそうならイストワールに電話しとけよっと言っていたんだが……

ゲームに集中してたからよく聞かないで、適当に返事を返したんだろうな……

 

「どど、どうすればいいの!?連絡するのをすっかり忘れてたよ!このままだといーすんに……いや、Wいーすんに怒られちゃうよ!!」

 

「まだ朝早いから~、急いで帰ればいーすん寝てるんじゃないかなぁ~」

 

「そ、それだ!それじゃ士道また今度ね!!」

 

ネプチューヌとプルルートは大急ぎで俺の机の引き出しを開けると、その中に飛び込んだかと思うとその姿は消えてしまった。

その引き出しの中は真っ黒になっていて……実は俺の机の引き出しは、半年程前に飛ばされる事となった異世界につながっている。ちなみにプルルートはその世界でプラネテューヌと言う国を統べる女神で、ネプテューヌはその異世界とよく似た別の世界のプラネテューヌを統べる女神だ。

そんな二人と俺が出会うことになった切っ掛けは、ちょうど今日夢に見た、空から降って来たネプテューヌと衝突した事だった。

あの時は空から降ってくるし意味の変わらない事を言い出すしで失礼だが正気を疑ってしまった。

 

俺が昔のことを思い出していると、机の引き出しから二人の悲鳴が聞こえて来た……たぶん、待ち伏せされていたんだろうな。

心の中で二人に合掌した後、俺は引き出しを閉めて、下で泣いているであろう琴理を慰めに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の午後、俺は買い物かごを片手にスーパーへの道を歩いていた。

何時ものように食材の買い出しに向かっているのだが、ネプテューヌ達が帰った後琴理を慰めるのは大変だった。

俺の顔を見るなり泣き出すし、耳をふさいで人の話を聞こうとしないし……どうやら今回の件は琴理に深い傷を作ってしまったらしい。

お詫びも込めて今日は琴理の大好物を作るとするか。

 

夕飯のメニューを考えてながら歩いていた時だった……

 

「シドー!久しぶりではないか!!」

 

いきなりかけられた声に驚きつつ、後ろを振り返ってみれば、そこには黒髪を伸ばした綺麗な少女がいた。俺はその少女を見た瞬間思わず笑みを浮かべてしまった。

目の前にいる少女とは半年程前に一緒に異世界に飛ばされて長い間一緒に生活したことがある。

今はある事情で一か月に数回くらいの頻度でしか会えないが、その度に遊びに行ったりしている仲だ。

 

「ああ、久しぶりだな十香。最近はあまり見かけなかったけど大丈夫か?」

 

「シドーが心配する必要ない、この前も襲い掛かって来たメカメカ団の奴らは全員蹴散らしてやった」

 

「あ、あまり、やり過ぎないようにな……」

 

あはははと苦笑しつつ、俺は十香の事を見つめる。

黒くなびかせた髪、水晶のような不思議な色をした目、黄白色の肌……目の部分は少し怪しいが、それ以外の箇所はどう見ても人間にしか見えない。でも彼女は人間ではない。

精霊と呼ばれる強大な力を持った生命体……そして、空間震と言われる自然災害を引き起こす原因になっている存在だ。

もちろん十香にはそれを引き起こす気はなく、ただ彼女が普段住んでいる世界からこちらに来る際に何回かに一回の確立で引き起こしてしまうらしい。

 

ちなみに、彼女が蹴散らしたメカメカ団と言うのは、空間震の原因たる精霊を武力による対処をしようとしている部隊の事で、詳しくは分からないがたぶん自衛隊傘下の部隊だと思う。

その部隊は何度も精霊を倒すために戦いを挑んでいるらしいが、その力の差は歴然で軽くあしらわれているようだ。

 

「シドー?そんなに私の事を見つめてどうしたのだ?ゴミでもついているのか?」

 

「あ……いや、夢でネプテューヌと初めて会った時の事を見てさ。ちょっと思い耽っていただけだ」

 

俺がごめんと謝りながらそう答えると、十香は顔をうつむかせると不安そうな表情をしながらこちらを見つめて来た。

何か十香を不安にさせるような事を言っただろうか?

 

「その……シドー、最初にあった時は……すまなかった。いきなり二人に攻撃を仕掛けたりして……あの時は見るもの全てが敵に見えてしまって……」

 

ああ、あの時の事か……俺達を見るなりいきなり攻撃されたときはかなりびっくりした。

でも、別に彼女が悪いとは思っていない……あの時の十香は毎回のように攻撃を受けて精神的に参っていた。仕方がないのかもしれない……

だから俺は十香に優しい口調で語りかける。

 

「十香、そんなに気にしなくてもいいって、結果論かもしれないけどさ。あの時と十香が攻撃したおかげでプルルート達と出会えたし、十香とも友達になることができた……何も悪い事なんて起きてないだろ」

 

「それは、そうなのかもしれないが……」

 

「あっちの世界でもブランやベール、他にも多くの人たちと拳を交えたけど、今じゃ仲良くやってるだろ。十香だけが気にする必要なんてないんだよ。俺もネプテューヌも恨んだり怒ったりなんてしてないからさ」

 

俺が語り終えた後も十香はしばらく悩んでいたが、しばらくして気持ちに折り合いをつけることが出来たのか、うなずいた後にいつも通りの笑顔を見せてくれた。

 

「うむ……そうなのかもしれない…………そういえばシドー、今日は暇なのか。暇であるのなら二人で遊びに行かないか?」

 

「悪いけど今日は買い物をしなきゃいけなくてな……でも終わった後でもいいなら商店街にでもよるか?」

 

「それなら肉屋のコロッケを頼む!あそこのコロッケは絶品で……」

 

「分かった、分かったから、最初に買い物をさせてくれよ」

 

このまま商店街へと一直線に向かいそうな十香の姿に苦笑を浮かべつつ、俺はスーパーへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと言うことが、あの後あったんだよ」

 

『士道だけずるいよ!わたしはあの後、待ち伏せしてたWいーすんに大目玉を食らったんだよ!しかも、それだけじゃなくて溜まってた仕事をつきっきりでやらされたし!なんでこんなにも待遇が違うのさ、主人公はわたしなんだよ!!』

 

「あ~、やっぱり待ち伏せされてたのか……それと仕事関連は溜めていた二人が悪いと思うんだが……」

 

『だって仕事なんてしたくないし……ねぇ、プリンおごってあげるから、前みたいに代わりに仕事やってくれないかな?』

 

「あまり二人の仕事をやり過ぎると、俺がイストワールに怒られるんだよ……それに明日からは学校が始まるから、あまり時間も取れなくなるからな……」

 

俺がそう返事を返すと、「そんな殺生なぁ!」と悲鳴じみた声が電話から聞こえてきた。

どうやら今回はかなりイストワールにとっちめられているようだ。たぶん今までの積もり積もっていたものが爆発したんだろうな……

まあ、自業自得と言われればそれまでなのだろうが。

 

それにしても、この携帯電話かなり便利だよな……

普通の電話では不可能な異世界への電話がこの携帯では可能になっているが、見た目は前に俺が使っていた携帯とほとんど変わっていない。ネプテューヌの妹のネプギアに今まで使っていた携帯を渡したら異世界間の通信が可能になったんだが、一体どんな技術を使っているのだろう……

前に興味本位で聞いてみたが少しも理解することが出来なかった。

ともかく、この電話のおかげで異世界に行かなくてもネプテューヌ達との会話が可能になっている。

この改造を施してくれたネプギアに心の中で感謝をしていると、イストワールのお仕置きについては諦めがついたのか別の話題を振って来た。

 

『それにしても士道、今日はあの時の夢を見ていたんだ』

 

「少し懐かしかったよ。こっちの世界だと数か月前の出来事だけど、あっちの世界で過ごした時間を考えると何十年も前の出来事になるからな……」

 

『確かにそうかもしれないね。でも士道、初めてわたしとあった時は、中二病の感染者と勘違いしたり、警察に突き出そうとしたり、いろいろと酷い扱いをしたよね。わたしは本当の事しか言ってないのに失礼しちゃうよ』

 

「わ、悪かったよ……」

 

仕方ないだろ……

いきなり自分の事を女神やら主人公やらと言ったり、存在しない国の名前を上げて自分はそこのトップなのだと言ったり、普通に生きてきた俺にはネプテューヌの事が中二病感染者としか見えなかったんだよ。

 

『だったら、そのお詫びとして仕事を代わりに「ネプテューヌさん?」い、いーすん!?もしかして今の会話聞いてたの!……そのね、今のは言葉のあやと言うか……まって!!無言で私の机に上に書類の束を置かないで!謝るから、これからは心を入れ替えるから、だからこれ以上わたしの仕事を増やさないで!お願いだよ、いーすん!!』

 

どうやら会話の内容をイストワールに聞かれていたようで、携帯からは彼女の悲痛な叫び声が聞こえてきた。会話の内容を鑑みるに仕事を増やされたんだろう。

能力はあるんだから普段から真面目にやっていれば、こんなことにはならないんだろうけどな。

 

『うぅぅ、いーすんの鬼……』

 

「人の罪悪感につけ込んで仕事をやらせようとするからだろ」

 

『それはそうなのかもしれないけどさ…………あっ!そういえば士道、明日の午後に時間取れる?』

 

「明日は始業式だけだから学校は午前中に終わるけど……何かあったのか?」

 

『明日の夜にプラネテューヌでちょっとしたイベントがあるんだけど、そのイベントにあの姿で出てくれると嬉しいかな……なんて』

 

「ネプテューヌ……俺はあの姿になるのが死ぬほど嫌な事を分かってるよな……」

 

『またまた、そんな事をいっちゃって。わたしは士道があの姿で、結構ノリノリでやってるのを何度も見てるんだよ。そんなのは口先だけで本心は「切ってもいいか?」まってまって!!実は最近、シェアが下がっててこれ以上下げるとまずい状況になってるの!だから私を助けると思って、手伝って!一生のお願いだよ!!』

 

そういえば最近はこっちに来て遊んでばかりだったからな、ただでさえ最近は転換期と言われる時期でシェアが下がりやすいみたいだしな。

人々の信仰の力……シェアが下がると言うことはそれを力の源にしている女神に取っては死活問題となる。

仕方がない……あまり気が進まないが一肌脱ぐとするか……

 

「分かったよ……今回だけだぞ」

 

『本当!?ありがとうね、士道!!それじゃあ、明日の午後に迎えに行くから部屋で待っててね!』




お読みいただきありがとうございます。
この作品の時系列としては

ネプテューヌがレイに別次元に飛ばされる

ネプテューヌは神次元ではなくてデート・ア・ライブの世界に飛ばされて、士道と衝突

色々あって、ネプテューヌと十香が戦闘、その余波で三人が神次元に飛ばされる

Vの事件を解決

神次元とデート・ア・ライブの世界が繋がって、士道と十香が帰還

っと言うふうになっています。


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一話

4月10日、春休みが昨日で終わり今日からは学校が始まり……午後からネプテューヌとの約束でイベントに行くことになっている。

そんな日の寝起きは一言でいえば最悪だった。

 

昨日の事を未だに根に持っていたのか、俺の妹である琴理にストレートアームバーから流れるようにフェイスロックを決められ、とどめとしてキャメルクラッチと言う技を決められ、起こされる事となった。

一体どこでそんなプロレス技を教わったかは知らないが、人を起こすためにやる行為では決してない。むしろ人を(永遠に)眠らせるためにやる行為だ。

 

そのおかげで、俺は未だに痛む腰に手を当てながら料理をしていた。

その姿を見ている琴理は無邪気に笑いながら「おじいさんみたいなのだ」と言っているが、誰のせいでこうなっているのかを思い出して欲しい。

俺が今度のハンバーグに刻んだピーマンを入れてやろうかと、小さな復讐を考えていると、フライパンで焼いていた卵が丁度いい感じに焼けてきた。

俺は目玉焼きを皿に移してテーブルの方へ持っていくと、テレビのニュースが耳に入った。

 

『……っと言うことで、空間震の専門家の佐柳さんに今日はお越しいただきました。早速なんですが空間震の原因は一切分かっていないんですよね』

 

『はい、世界中の研究者たちが日夜原因を調べていますが、今日に至るまで一切原因が分かっていないのが現状です。しかし、空間震を事前に……』

 

「空間震の解説か……確かここ最近は天宮市内で多いらしいな」

 

「ほんと、どうしてだろうね」

 

テレビを見つめながら首を傾げて返事をする琴理を横目に、俺は朝食の準備を続ける。

空間震……十香達、精霊がこの世界に出る際に引き起こしてしまう、中心から球状に全ての物を消し飛ばす災害だ。

規模の大きいものは三十年前の最初に確認された中国とモンゴル、そしてロシアの一部を消し飛ばし死者一億五千万人を出したものと、その六か月後に起きた東京南部から神奈川県北部を消し飛ばした南関東大空災が知られている。

 

ただし、南関東大空災を最後として二十五年間は一切起こらなかったのだが、五年前にここ天宮市で起こったのを皮切りに日本で多く空間震が起こっている。

日本に精霊を集める何かがあるのだろうか……

俺が首を傾げつつ、朝食の盛り付けを終えると琴理に声を掛ける。

 

「琴理、朝食の準備が終わったぞ」

 

「おおっ!ありがとうなのだ、おにーちゃん!」

 

笑みを浮かべてテーブルの方に向かってくる琴理。

俺はそれを見ながら、彼女に真実を言えない事にほんの少しだけ罪悪感をおぼえる。

琴理には空間震の本当の原因の事や、俺が異世界に飛ばされた事、そしてネプテューヌ達の事を一切話していない。言っても彼女が信じてくれなさそうなのもあるし、なによりも危険な事に巻き込みたくはないからだ。

 

「おにーちゃん?ご飯食べないのか?」

 

「あ……ちょっと考え事をしていただけだよ」

 

琴理にこのことを悟られないように、笑みを作りながら悩みを振り払うように別の事を考える。

 

そういえば、今日は琴理が通っている中学校も始業式だけで午前中で終わるはずだ。となると昼食を作る必要がある。

午後からプラネテューヌに行かないといけない事を考えるとあまり手間の掛かる料理は作れないしな……

一応、希望を聞いておくか。

 

「琴理、確か今日は午前中で学校が終わるよな。何か食べたいものはあるか?」

 

「デラックスキッズプレート!!」

 

どうやら、琴理は近所のファミレスのお子様ランチをご所望らしい。

これなら料理する必要はないので丁度いい、今日の昼食は外食にすることにしよう。

今日は始業式だから、少しぐらいは奮発しても問題はないだろう……まあ、そこまで高いものでもないが……

 

「分かったよ。じゃあ、学校が終わったら近所のファミレスで待ち合わせな」

 

「了解なのだ!地震が起きても雷が落ちても、テロリストに占拠されても来るのだぞ!!」

 

「いや……それはさすがに店が閉まるんじゃないのか……それと、今日の午後からは友達と遊びに行くから夜遅くまで帰らないけど大丈夫か?」

 

「おにーちゃん、私は子供じゃないんだからお留守番くらい朝飯前なのだ!」

 

子供かどうかは、ファミレスのお子様ランチを頼んでいる時点で怪しいものだが、今は琴理の事を信じることにしよう。

今まで何回かあったけど、その際には問題なく一人で留守番をしてたからな。

これで朝のうちにやることはひと段落ついたと思い、俺は自分で作った朝食を口に入れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「二年四組か……」

 

あの後、朝食を食べ終え後片付けを終えた俺は自分が通っている来禅高校へと向かい、廊下に貼られている表を見て自分がどのクラスなのか確認をしていた。

どうやら俺のクラスは四組のようだが、軽く見たところ知り合いの名前は書かれていなかった。

まあ、知り合いがいないのなら新しい友達を作ればいいだけだろう。

 

そう、気楽に考えると俺はこれから一年間過ごす事となる教室へと向かった。

そこには、一緒のクラスになれて喜んでいるグループや一人椅子に座って携帯をいじっている者など様々な光景を見ることが出来た。だがやはりと言うか見知った顔は見られない……

一人ぐらいは居てほしかったな……と考えながらも黒板に書かれた座席表を見ようとして……

 

「五河士道……」

 

後ろから声を掛けられた。

聞き覚えのない声に戸惑いつつも後ろに振り返ると、そこには一人の少女がいた。

肩まで切りそろえられた真っ白な髪に、人形のような感情の全く入っていない顔をしているのだが……一体誰なんだろう?

一度でも見れば忘れられない程綺麗な女性なんだが、全く見覚えがない。

 

「えっと、俺に何か用か?」

 

「……覚えてないの?」

 

「その……悪い……」

 

「別に構わない」

 

俺が頭を下げて謝ると少女は落胆した様子など見せずにそう言った後、窓際の席に向かってしまった。

どうやら、あちらの方は俺の事を知っているみたいなんだが……

もしかして、幼い頃の知り合いか?……でもあんな特徴的な色の髪を忘れるなんてあるのか?

俺が頭を抱えて悩んでいた時だった……

 

「この裏切り者め!天誅じゃ!!」

 

「なぁ!?」

 

後ろから殺気の入った叫び声を掛けられた。

俺はとっさに後ろを振り返って……そこからは無意識下の行動だった。

 

まず俺は目の前に迫ってくる拳を右手で掴んだ。その後は拳に乗せられた勢いを利用して自分に右側に拳が抜けるように引っ張る。すると引っ張られたことで体勢を崩し、前のめりになった相手の肩に自分の左足をのせる。最後に左手で腕をつかんで関節を……

 

「いたたたたた!!ちょ、待ってくれ士道!俺だ!殿町だ!!」

 

「あ……悪い。いきなり後ろから襲われたからとっさに……大丈夫か?」

 

「大丈夫なわけがあるか……ったく、とっさにであんな技が出るなんて、お前はどんな世界で生きてるんだ」

 

いや、異世界では危険なモンスターが大量にいたし、人とも何かと戦闘になることが多くて、戦っていくうちに自然とついた癖なんだよな。この癖のおかげで命を拾った場面も多いのだが、日常生活では多少の支障が出てしまうのが難点だ。

まあ、こんな事を正直に話すわけにはいかないので、目の前にいる俺の親友……殿町宏人に手を合わせて謝るが、元を正すとこいつが俺を殴ろうとしてきたのが原因だ。

 

「そんな事よりも、いきなり裏切り者って何の話だよ」

 

「何をしらばっくれてるんだ、お前は!ついさっきまで鳶一と仲良さげに会話をしていたじゃねぇか!!」

 

「鳶一?……さっき話してた人のことか?」

 

「……お前、まさか鳶一折紙の事を知らないのか?ほら、有名だろ。この学校にいる文句なしの天才で、模試では全国トップ、スポーツはアスリートなみ、おまけにあの容姿ときた……この前に行われた『恋人にしたい彼女ランキング・ベスト13』では第三位に輝いてるんだぜ。この学校で鳶一を知らない奴なんてほとんど存在しないぞ」

 

「まじかよ……そんなに有名人だったのか?全く知らなかった。それとベスト13って微妙だな。ベスト20とかにはしなかったのか?」

 

「主催者が13位だったそうだ……」

 

「あっ……」

 

なんというか少し気まずい雰囲気が流れた……

なんて言えばいいのか……とりあえず、ベスト20とか30にした方が良かったんじゃないか。そんな中途半端な数字にすると何としてもランキングに入りたいって言う本心が丸見えだろ。

 

「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』はベスト356まで発表された」

 

「もうそれ苦行だろ……主催者の人はおとなしくランキング入り諦めた方が良かったんじゃないのか」

 

「ちなみ俺は356位だ……理由は「にやけてる姿が気持ち悪い」や「一時間置きに電話を掛けてきそう」、他には「かっこいいと思ってオールバックにしているところがきしょい」だったり……」

 

「もういい!もうそれ以上は言わなくていいから!!」

 

何だか聞いてるこっちが悲しくなってきた。

っと言うか最下位の方はマイナスの投票の少なさで決めるのか?……ってことは殿町よりも下の順位の奴はこれ以上のダメ出しを……

女って怖えぇ……

 

「ったく、そこまでしてランキング入りして得られたものはあったのか?素直にプラスの投票をされた人だけをランキングにすれば良かったんじゃないのか?」

 

「ふっふっふ、甘いな士道よ……俺はこのランキングの結果、確固たるものを一つ得たぞ」

 

嘘だろ……

こんな苦行の果てに一体何があるっていうんだよ……まさか女に嫌気がさして男の方に目覚めたとかじゃないよな、未知の領域へ足を踏み込んだんじゃないよな……

俺が不安を抱いていると、殿町は携帯をポケットから出すと電源をつけて画面を俺に見せて来た、そこには金髪の美女が映っている。まさか殿町……

 

 

「俺は気づいたんだ……三次元の世界には苦しみしかないことに、だから俺は苦しみのない二次元の世界へと……」

 

「それは、ただの現実逃避だろうが!この馬鹿野郎が!!」

 

「うるせぇ!!美少女二人とつるんでるお前になんて、俺の気持ちが分かるか!俺には出会いすらもないんだぞ!!」

 

「鳶一はただ話しかけられただけ……二人?一人は鳶一でいいとして、もう一人はだれなんだ?まさか琴理とか言わないよな」

 

「まさかお前、俺が何も知らないとでも思ったのか?昨日の午後、それはそれは楽しそうに二人で遊んでたじゃねぇか」

 

昨日の午後、その言葉に俺は嫌な汗を流している中、殿町は笑みを浮かべながら、ポケットの中から一枚の写真を取り出した。

そしてその写真を見せびらかすように、俺の眼前へと持ってきた。そして、その写真は俺が想像していた通りの写真で……俺と十香の二人の姿が映った写真だった。

やばい言い逃れが出来そうにない……

 

「お前……その写真をどこで……」

 

「いや~、丁度商店街の前を通りがかった時にお前の姿を見つけたんだよ。そしたら、こんなに可愛い美少女と二人っきりで歩いてるじゃないか……うらやましいね。一体どこで知り合ったんだよ」

 

「いや……その、彼女とは昔旅行に行った際に知り合ってな……親の都合で暫くの間、天宮市に居るって聞いたから街の案内をしてたんだよ」

 

「本当か……」

 

殿町は未だに俺を疑いの眼差しで見つめている。

その場の思いつきにしては結構いい言い訳だと思ったんだが……完全に誤魔化しきれてはいないな。でも真実をいうわけにはいかないし……と言うかそれだと事態が悪化しかねない。

一体どうしたものか、俺が悩んでいると丁度良く予鈴が聞こえてきた。これを聞いた殿町はこの場での追及は諦めたようで、捨て台詞を吐いた後、自分の席の方に向かっていった。

た、助かった。

 

そう思いながら、まだ自分の席を確認していなかったのを思い出した俺は、黒板を見て自分の席を確認した後に素早く自分の席に座った。まだホームルームまでは時間が……っ!!

な、なんだ?今誰かからの視線を感じた気がするんだが……

その方向に振り向けば、鳶一折紙が俺の事を見つめていた。どうやら彼女は俺の隣の席のようだが、そんなに俺の事を見つめて何がしたいんだ?

俺が彼女に声を掛けようとした時だった……

 

「皆さんおはよぉございます。これから一年、皆さんの担任を務めさせていただきます。岡峰珠恵です」

 

扉を開いて岡峰先生……通称たまちゃんが入って来た。今からホームルームが始まるようだ。

結局あの後は鳶一に話しかける機会はなく、ホームルームの時間中はずっと見つめられる事となった。休み時間になって聞いてみたが「気にしなくていい」の一言だった。

なんと言うか……その一言で俺を見つめるのを止めさせるのは無理だと悟ってしまった。新学期そうそう、なんでこんな目に合うんだろうか……

これからの一年間に少しだけだが不安を抱いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームルームから三時間後、始業式を無事に終えた俺が帰宅の準備をしていると殿町に声を掛けられた。俺は殿町の話す内容に大体想像がついてしまい、思わずため息をついてしまう。

 

「五河君……それでは写真の美少女について根掘り葉掘り話を聞かせてもらおうじゃないか……時間ならたっぷりとあるからな」

 

「何回も説明しただろ……彼女とは旅行の際に知り合っただけで、お前の想像するような関係じゃねぇよ。昨日だって久しぶりにあったんだぞ」

 

「いや、絶対に違うな。この顔をよく見ろ、物凄い笑顔を浮かべてるじゃないか。その程度の知り合いにこんな笑顔を見せるのか?正直に話した方が身のためだぜ」

 

「はぁ……本当にただの知り合いなんだって……」

 

「ほう……あくまでもしらばっくれると言うのか。いいだろう、だったらお前が真実を話すまではこの教室からは出られないぞ!さあ、此処を通りたければ真実を話すがいい!!」

 

殿町は不気味な笑みを浮かべると、教室の扉の方に駆け寄るとそこで両手足を開いて立ち尽くし、通行止めのような事をし始めた。確かにこれならその扉からは教室を出ることは出来ない。

あいつ、そこまでして俺と十香の関係を聞いて何がしたいんだ?仮に俺と十香が付き合っていたとして、殿町本人に何かが起こるわけじゃないんだぞ。

せいぜい話のネタになる……ってそれが狙いか。

 

何も用事がなければもう少し殿町に付き合ってもいいのだが、今日は琴理との約束があるので早めに学校から帰りたい。

なので俺はカバンを持って教室から出る事にした…………殿町がふさいでいない方の扉を使って。

いや、だって教室から出るための扉は二つあるからな、一つだけふさいだところで意味はないだろう?

 

「あ、ちょ!待て、五河!それはずるいぞ!!」

 

俺が教室から出たことに気づいた殿町は慌てて俺を追いかけるが、俺は追いつかれまいと廊下をそれなりの速さで走り抜ける。

異世界でモンスターを倒すためにかなりきつい特訓を積んだ俺は、同年代とは比較にならないほどの身体能力を獲得している。そのため、全力を出していないのにも関わらず殿町との距離は広がる一方だ。

まさか、特訓がこんなところにも役に立つとは……体育の時間では目立ち過ぎないように力を抑えるのに苦労していたんだがな。

ともかく、あとは玄関で靴を履き替えれば俺の勝ちだ。

そう思った瞬間だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

「っ!?」

 

サイレンの音が響いてきた。

その音を聞いた俺はその場に立ち止まって辺りを見渡すと、目を丸くして会話をやめている者や靴を履きかけたまま止まっている者など様々な人がいた。

皆、いきなり鳴ったサイレンの音に驚いているようだ。そして、サイレンが鳴り終わると機械越しの声が聞こえてきた。

 

『……これは、訓練ではありません。これは、訓練ではありません。前震が、確認されました。空間震の発生が、予想されます。近隣の住民は……』

 

空間震……その言葉を聞いた生徒は多少の不安に襲われているみたいで、顔を若干だが歪めている。ただし正気を失って取り乱したりする者は誰一人としていない。

 

それも当たり前の話だ。ここ天宮市は空間震で廃墟となった場所を再開発した都市だ。そのためか空間震対策は世界でもかなり進んでいる都市で、街の至る所にシェルターが存在する。

ここ、来禅高校も例外ではなく学校の地下には全校生徒を入れられるだけの大きさを持つシェルターが完備されているし、何よりも幼い頃から何度も避難訓練を繰り返しやらされている。

一般の人の感覚では地震とかと……いや、シェルターに避難すれば何も知らないまま終わるのでそれ以下の感覚かもしれない。

 

でも、空間震の本当の原因を知っている俺は少しだけ違う……空間震が起こる、それは十香のような精霊がこちらの世界に現れる事を意味している。

そして現れた精霊がその後に自衛隊と思われる部隊から攻撃を受けている事も知っている。

 

俺は周りに気づかれないようにこっそりと玄関から校舎の外に出ると、携帯のアプリを起動させた。そのアプリは空間震における避難区域を示すものだ。

避難区域は空間震が発生する場所を中心として設定されるので、区域の中心に向かえばおおよそだが空間震が起こる場所に向かうことがことが出来る。

まあ、このアプリをこんな目的で使う人なんて俺か自殺志願者くらいなものだろう。普通は近寄ろうなんて考えないからな。

 

勿論俺は自殺をしに向かっているわけでない……精霊を救いたいと言うと少し語弊があるかもしれないが、俺は精霊達の助けになればとその現場に向かっている。

精霊を救う……言葉にすると簡単だが現実にするには難しい。

俺が仮に精霊を攻撃する部隊を蹴散らしたとしても別な部隊が攻撃を始めるだけで、彼らは決して武器を収めることはないだろう。話し合いにしたってこちらでは普通の高校生である俺が言ったところで精霊はともかく、国は話を聞いてくれない……最悪の場合は俺を消そうと動く可能性もある。

ならなんで精霊に会いに行っているのかと言うと……十香が初めて俺とあった際に見せた表情、世界の全てに絶望したような顔を見たくないからだ。

だから精霊がそんな顔をしているのなら、世界はそんな残酷な面ばかりでないことを知って欲しい……そう思って動いている。

 

と言っても、空間震が近くで起こるなんてことは早々なく、ほとんど場合は精霊がいなくなった後につくか、珍しく精霊に会うことが出来たと思ったら十香だったという結果に終わっている。

ちなみに十香にあった際には「こんな危険な所で何をしている」ともの凄く怒られた。理由を伝えたら伝えたで微妙な表情をされたが……たぶん、精霊を絶望から救いたいという意見には賛同しているのだが、それで俺が危険な目に合うのが納得できないのだろう。

そんなに無茶をするつもりはないんだけどな……

 

ともかく、俺は精霊と会うべく空間震が起こるであろう場所に向かって走っていた。



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二話

あれから数分間、全力で街中を走り抜けた俺は精霊が現れるであろう場所までたどり着く事が出来た。

まだ爆発音などが聞こえてこないので、精霊が出現する前に到着する事が出来たようだ。

それにしても、この街から人だけが消えてしまった不気味な光景には未だに慣れることが出来ない。

避難区域に入るたびに見ているのだが、この光景を見るたびに若干の不安に襲われる。

 

俺は空間震の爆風から身を守るために物陰に隠れようとした所で、ふとファミレスの建物が目に映った。確かあれは、琴理と昼食の約束をしたファミレスだったよな。

火事や雷が落ちてもファミレスに来てと言っていたが流石に空間震が起きれば……少し不安だな。

ネプテューヌにシスコンと言われそうだが琴理の事が少し心配だ……GPSを使って確認しよう。

 

俺はアプリを手早く起動させると、GPSを使って琴理の居場所を確認しようとする。そして琴理の居場所はすぐに見つかった。俺の位置を表しているアイコンの隣……丁度ファミレスのあたりに琴理がいた。

 

「あの馬鹿……!!」

 

普通はこんな時になったら逃げるだろうが!なに馬鹿正直にファミレスで待ってるんだよ!!

取りあえず、見つけたらデコピン百発かお尻ペンペン二十発の刑に処してやる。

 

今回は琴理が泣いてもやめない事を決意しながらも、俺は物陰から飛び出してファミレスの方のへと向かう。

こうなったら、精霊と会うのはまた今度でいい。

もし現れた精霊が、最初に会った時の十香のような人間不信に陥った精霊だったらかなり危険だ……とてもじゃないが琴理を近くに置いておくことなんて出来ない。

その前に、空間震で琴理がファミレスもろとも吹き飛ばされる可能性もある。

その前に琴理を見つけないと……

 

そう思った俺がファミレスに駆け出して数秒も経たないうちの事だった。キィィィと耳障りな高い音が聞こえてきた。空間震の前兆だ。

俺は舌打ちをしながら近くの物陰に隠れる。

すると、すぐに凄まじい爆音と共に、アスファルトの破片の入り混じった爆風が襲ってきた。

 

「こんな時に空間震かよ……琴理は無事だろうな?」

 

顔を乗り出してファミレスの方向を見る。するとそこには無事なファミレスの姿があった。

取りあえず一安心だ。

そして、その次に俺は空間震が起こった方向を見た。そこはアスファルトで舗装された道路だったのだろうが、空間震のせいで球状に大きくえぐれクレーターが出来上がっていた。そしてそのクレーターの中心には一人の少女……いや精霊が立ち尽くしていた。

その精霊は所々光り輝いた鎧のような服を着ている。そして、俺はその精霊に心当たりがある……と言うか霊装を纏った十香だ。

 

十香の姿を見た俺はホッと安堵の息を吐いた。

正直今回現れた精霊が十香で助かった。他の精霊だった場合は攻撃を仕掛けてくる可能性もあったからな。

俺が物陰から出ると、十香は俺の気配に気づいたのかこちらを振り向いた。

 

「シドー!?またこんな危険なところに来たのか!早くここから……」

 

「悪い十香!琴理が逃げ遅れてそこのファミレスにいるみたいなんだ!」

 

「琴理?確か……シドーの妹だったな。だったら早く…………どうやら、少し遅かったようだ。シドー今すぐ私に近寄れ、メカメカ団からの攻撃が来るぞ!」

 

俺は十香の指示に従って、急いで彼女の元に走る。

そして俺が十香の元にたどり着いたのと同時に轟音が響いてきた。音のする方向を向けば、そこからは何十発ものミサイルがこちらに高速で向かっていた。

 

「うおっ!!」

 

俺は思わず顔を守るように両手で顔を隠すと、目を閉じてこれから来るであろう衝撃に身構える。しかし何時まで経っても衝撃が俺を身体を襲うことはなく爆発音も聞こえない。

俺がゆっくりと目を開けると十香が右手を前に出して透明な膜のようなものを張っていた。その膜にミサイルは進行を阻まれ、空中で停止している。

そしてしばらくその場にとどまっていたミサイルは爆発するが、こちらに爆風や金属片が飛んでくる事はなかった。

 

「シドー、怪我はないか?」

 

「ああ、大丈夫だよ。ありがとうな十香」

 

俺が怪我のないことを確認した十香は、ミサイルが飛んできた方向に振り向くと若干の怒りが入った眼差しを向けた。

十香の視線の先には人が空を飛んでいる。ここまで近くで見たのは始めてだが……十香がメカメカ団と言うのもうなずける恰好だった。

空を飛ぶための翼やらミサイルの発射器やら使用法は分からないが、その他にも様々な機械を身に着けて空を飛んでいる……それにしても、女性しかいないのだが何か理由でもあるのだろうか?

俺がメカメカ団の事をぼんやりと眺めていると、その中の一人の少女に目が移った。

 

「あれは……鳶一折紙か?」

 

あの特徴的な真っ白な髪を見間違えるはずはない。間違いなく今日学校であった、クラスメートの鳶一折紙だ。

まずいな……こんな場所に居ることを発見されれば間違いなく学校で追及される。出来れば見つからずにいたいのだが……

俺がそんな事を考えていた時だった……

 

「シドー!すまない!!」

 

「えっ、ちょ……うおぉぉぉぉぉおおお!!」

 

十香に襟元をつかまれたかと思うと彼女はそのまま高く掲げ、まるで物を投げるかのポーズをとった。

そして物凄い勢いで振りかぶって俺をボールのように投げ飛ばした。

俺は抵抗する事も出来ず、勢いよくファミレスの窓から内部へと突入することになった。

 

 

 

 

 

 

 

「痛たたたた……十香の奴、もう少し手加減できなかったのか……」

 

あの後、コンクリートの壁に腰をぶつけて無事に止まることは出来たのだが、腰へのダメージが甚大で愚痴を漏らしながらも腰に手を当てて必死に立ち上がろうとしていた。

愚痴で手加減とは言ったものの、十香が全力で投げれば今頃俺はコンクリートの壁を突き破ってグロテスクな肉の塊に変貌していた事だろう。そういう意味では手加減はしてくれたんだが、せめて心構えをする時間くらいは欲しかった。

まあ、近くから響いてくる爆発音の事を踏まえると、そんな時間が残されていなかったのだろうけどな。

 

「士道君、さっきから腰をさすってるけど大丈夫~。痛いならヒールを掛けてあげようかぁ~」

 

「朝に琴理にやられたキャメルクラッチのダメージが残っててな。ヒールを使うまでのダメージじゃないから、大丈夫だ」

 

「もう士道ったら、そんな風に腰を痛めてばかりいると、おじいさんみたいに杖がないと歩けなくなっちゃうんだよ」

 

「ふぇ~、士道君おじいちゃんになっちゃうのぉ~?。だったら今すぐにヒールを掛けて……」

 

「ならないから。……っていうかネプテューヌとプルルートなんで此処にいるんだよ。部屋で待ってろって言ったはずだよな」

 

俺が呆れつつ声のする方向に振り返ると、そこには案の定ネプテューヌとプルルートの姿があった。

なんというか、こんな感じで急に会話に割って入られたのは初めての事ではなかったので、もう慣れた。昨日のベッドに入られたのは流石に驚いたけどな。

それにしても、一体なんの用件で部屋から出たんだ。くだらない事だったら内緒にしていることをイストワールに暴露してやろう。

俺が胸の内でそんな事を決意していると、プルルートが事情の説明をしてくれた。

 

「えっとね~。最初はおとなしく部屋で待っていることにしたんだよ~。でもぉ、サイレンの音が聞こえてきて~、心配になったから、部屋を飛び出して士道君を探す事にしたの~」

 

「一応心配してくれたのには感謝するが……一体どうやって俺を探したんだ。女神化して空でも飛んだのか?」

 

「それは簡単なことだよ。士道は根っからのトラブルメーカーだから、物凄い爆発音がしたところに一直線に向かったんだよ。事件ある所に士道は居るからね」

 

「ネプテューヌに言われるのはものすごく心外なんだが……っと言うか別に俺がトラブルを作ってる訳じゃないぞ。ただ行く先々でトラブルに巻き込まれるというか……」

 

「そうなんだぁ~。あれ~、でも行く先々でトラブルに巻き込まれるって、ゲームとかの主人公みたいだよね~。もしかして士道君は主人公なのかなぁ~」

 

「ねぷっ!確かに言われてみると士道が主人公みたいだ。……はっ!!まさか士道は主人公の座を虎視眈々と狙ってたの!?いつも浮かべていた笑顔の裏で、どうやって私を蹴落とすかを考えてたの!?駄目だよ、主人公の座は未来永劫に私の物なんだから!士道には絶対に渡さないよ!どうしても欲しいのなら私を「てい」ねぷっ!!」

 

これ以上ネプテューヌにしゃべらせていると収拾がつかなくなりそうだったので、何時ものように後ろ首に手刀を当てて強制的に黙らせることにした。

この二人……特にネプテューヌは好き勝手にさせると話題が明後日の方向に脱線するからな。

 

「ふざけるのはそのくらいにしてくれ……そういえば、プルルートはどうしてこっちに来てるんだ?ネプテューヌの方のイベントだから、あまり関係はないよな?」

 

「ぎくぅ~。べ、別に、いーすんに任せられた仕事が厳しいからぁ、これを口実に逃げようなんて考えてないよぉ~」

 

考えていたんだな……

プルルートがこんな調子でイストワールは大丈夫なのだろうか……ネプテューヌの方には比較的真面目なネプギアがいるが、プルルートの方はほぼ一人で仕事を片づけているから負担は大きいだろうしな。

あと、言ってはいけない事だがプルルートの方のイストワールはスペックが低いし……

今度の休日に仕事の手伝いにでも行こう。そのうち口から血を吐くかもしれない。

 

「それで、士道はなんでこんな所に来てたの?まさか 、あっちの方で行われてる無双の観戦に来たわけじゃないよね」

 

「うわぁ~、十香ちゃんすごいねぇ~。人を次々とお星さまに変えてるよぉ~」

 

俺がネプテューヌが指をさした方向に振り向くと、そこには剣を振り回している十香の姿が目に入った。これが人間ならただの不審者なのだろうが、強大な力を持つ精霊である十香がやっているとなると話は変わる。

振った剣先から生まれた斬撃はビルなどの障害物を容赦なく切り裂き、空中を飛んでいるメカメカ団に直撃。そのまま視界の彼方まで吹き飛ばされていく。

 

「あの吹き飛ばされた人、生きてるんだよな……」

 

「たぶん、大丈夫じゃないかな。十香が本気で振るったら吹き飛ぶじゃなくって、消し飛んじゃうだろうし。それにあのメカメカ団って人たちも結構丈夫そうだよ」

 

それはそうなんだが、やはり多少の心配はしてしまう。

人が死ぬのなんてあまり見たくないし、何よりも十香を人殺しにはしたくない。

 

「それよりもぉ~、あれを見に来たんじゃないならぁ、どうして此処にきたのかなぁ~」

 

「それは……あっ!そうだった琴理だ!!琴理が避難に遅れて此処に居るみたいだから此処に来たんだ!!二人とも琴理を見なかったか?」

 

「えっと~、確か士道君の妹って赤髪をツインテールにした子だったよねぇ~。あたしは見覚えがないかなぁ~。ねぷちゃんは~」

 

「わたしも見てないよ。そもそも、こんな危険な所に入るなんて私みたい主人公か自殺志願者くらいだからね」

 

「でもGPSだと……やっぱり、此処を示しているんだよな……」

 

俺は携帯を懐から出して、再度確認するが琴理を示すアイコンは先ほど見た時から少しも動いていない。やっぱりここに居ると思うんだが……携帯だけを落としたのか?

空間震のせいで床に皿やガラスの破片やら色々なものが落ちてるから、それらに埋まって携帯が見えなくなっていてもおかしくないし……

あっ!!だったら携帯を鳴らせばいいのか!

 

俺は琴理に電話を掛けるが一向に繋がらない。そして店内から着信音なども聞こえてこない……ここじゃないところに居るのか?

でもGPSは……と俺の思考が堂々巡りに入った所で、何かに気づいたかのようにネプテューヌが声を上げた。

 

「分かった!きっと士道の妹は秘密結社とか存在をひた隠しにしている組織の一員なんだよ!だからGPSがここを示しているのは、ここの地下深くにある秘密基地とか、ここのはるか上空を飛んでいる巨大空中戦艦の中にいたりするからなんだよ」

 

「なるほど~、士道君の妹は、秘密の組織の一員だったんだねぇ~」

 

「いや、流石にそれはないだろ。地中だったらGPSは反応しないし、空中戦艦だったらどうやって姿を隠すんだよ。そのままだと丸見えだぞ」

 

「はぁ!!そう言われれば確かにそうだった」

 

第一、琴理の性格じゃそんな組織の一員なんて無理だろうしな。

そんな事より今は琴理の行方だ……あいつは一体どこに居るんだ。もしかして携帯が壊れてるのか?

でも琴理のGPSだけがおかしく表示される壊れ方なんてあるのか?

 

「士道君~。もしかしたらぁ、誤差でここが表示されてるだけかもしれないし~。この辺りを探してみた方がいいんじゃないかなぁ~」

 

「そうかもしれない……悪いんだが二人とも手分けして琴理を探すのを手伝ってくれないか?」

 

「あたしはいいよぉ~。ねぷちゃんは~」

 

「勿論、わたしも手伝うよ。士道には何かとお世話になってるし、久しぶりに借りを返せるチャンスなんだから、張り切っちゃうよ」

 

俺の頼みに快く応じてくれる二人。

この二人はやる時はきちんとやるので、力を貸してくれるのは非常に心強い。まあ、普段はその事実を帳消しにするほどだらけているのも事実なのだが……

取りあえず、二人が何時もは真面目にやらない事は置いておくとして、今は琴理の捜索だ。

俺達は辺りを探すためにファミレスの裏口から出ようとした時だった。

 

「はぁ?」

 

急に自分の身体が軽くなったと思ったら、いつの間にか俺達はファミレスの前ではなく配管やらがむき出しにされた建物の中と思われる場所にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ……さっきまで俺達はファミレスの中にいたよな……」

 

「ちょっと前まで、そこで皆でお話をしてたのは覚えてるよぉ~」

 

だったら俺達はなぜこんな部屋の中にいきなり飛ばされてるんだ?

改めてこの部屋を見渡すが、此処にあるのは辺り一面を囲む白い壁と前方にある扉くらいだ。

 

「はぁ!!もしかしたら、さっきのファミレスで隠しコマンドの入力にたまたま成功して隠しダンジョン的な場所に飛ばされたんじゃないかな!?」

 

「ふぇ~。ねぷちゃん、それだと物凄く大変だよぉ~。隠しダンジョンにはラスボスよりも強い隠しボスが居ることが多いんだよぉ~」

 

「ねぷっ!士道どうしよう!?まだわたし達、ラスボスどころかボスすらも倒していないんだよ!それなのに隠しボスなんてムリゲーだよ!このままだと私たち全滅しちゃうよ!!」

 

「取りあえず、ふざけるのをやめて落ち着いたら良いんじゃないか?」

 

なんでこの二人が居るとこうも真面目な雰囲気がぶち壊しになるのだろうか……

いきなり変な場所に飛ばされるってかなりまずい状況だよな。よくそんな場面で悪ふざけが出来るよな。まあ、緊張が程よくほぐれたりする時もあるからマイナス効果ばかりではないが。

 

「それで、真面目に今後どうすればいいと思う」

 

「んっとね。わたしは、取り合えず扉があるんだから先に進んだ方がいいと思うよ。ここでぐずぐず考えていても何も解決しないしね」

 

「あたしも、ねぷちゃんに賛成~。士道君はどうするのぉ~」

 

「俺もそれが良いと思うんだが……問題は扉なんだよな……」

 

俺達の目の前にはたった一つだけ扉があるのだが……その扉には取っ手などがつけられておらずどうやって開ければ良いかが分からない。

自動ドアなのかと思って近づいて見たが反応は一切ない。自動ドアではないのか、それともロックされているのか分からないが、このままでは進むことは出来ない。

扉自体も白一色で、その周りも触ってみたがボタンらしきものもない。

 

「どう士道、扉は開けられそう?無理だったら諦めて待ってるのが良いと思うよ。きっとこれはイベントが起こって誰かが扉を開けてくれるパターンだとわたしは思うんだよね」

 

「なぁ、ネプテューヌ……毎度の事なんだがお前、現実とゲームをごっちゃにしてないか?こんな場所で扉を開けてくる奴なんて、確実に俺達を此処に閉じ込めた奴だぞ」

 

俺がネプテューヌのゲーム脳的思考に呆れつつ扉から距離を取るために、反対の壁際まで下がる。

扉を開けることが出来ないのだったら、俺が取れる手段はたった一つ……扉を破壊するしかない。

此処が他人の建物の中だと思うとちょっと気が引けるが、今はこれしか取れる手段がないのだからしょうがない。

 

俺は扉に向かって走り込み助走をつける。

俺はその勢いを拳に乗せて目の前の扉……

 

「あ……」

 

が急に開いた。

そしてその先には男性が一人立っていた。それを見た俺は急いで拳を止めようとしたのだが、助走の勢いまで乗せた拳がそう簡単に止まるわけもなく……

その結果……

 

「すいません。少々遅くなって……ごふぅ!!…………ぃぃ……ガクッ」

 

「「うわぁ~」」

 

俺の拳は相手を直撃……しかも、直前に止めようとしてバランスを崩した結果、俺の拳は急所に当たってしまった。

当てられた相手は、口から泡を吐いて気を失って倒れ、その倒れた体はピクピクと痙攣を繰り返している。それとなんか途中で歓喜に満ちた声を上げていた気がするけど気のせいだと思いたい。

今はそんな事よりもどうするかだ……

 

俺が助けを求めるように、後方に居る二人に視線を向けると二人は俺にドン引きしており、後ずさりをして俺から距離を取ろうとしていた。

 

「士道君~。敵かもしれない相手だけどぉ、出会い頭に殴るのはダメだと思うよぉ~」

 

「そうだよね……今回の件は流石のわたしでもドン引きだよ。しかもただ殴るだけじゃなくて、男の急所を狙うだなんて……もしかして今回のイベントの件で士道を追い詰めちゃったのかな。ごめんね、わたしが手軽にシェアを獲得できる手段だと思って、安易な気持ちで依頼しなければこんな事には……」

 

「重い空気を出すのはやめてくれ!!たまたまそこにぶつかっただけだから!狙ってなんてやってないから!って、そんな事よりも早くプルルート、ヒールを掛けてあげてくれ!このままだと、この人取り返しのつかない事になるから!!」

 

「了解~」

 

プルルートは倒れた男性の元に駆け寄ると、素早く回復の呪文を唱え始めた。

これで最悪の事態は回避出来たと思うが……もう相手との敵対は避けられないだろうな。流石にこの施設を管理しているのが一人って訳はないだろうし。

取り敢えず、当初の目標であった扉を開ける事には成功したんだ……この部屋から出て辺りの調査でもしよう。

そう思って扉から顔を出した時だった。

 

「……ふむ……少し遅いと思って来てみたのだが……副司令は気を失っているみたいだね。一体何があったんだ?」

 

先ほど俺が気絶させた男性と同じような服を来た女性が、扉のすぐ近くで首を傾げながら俺に声を掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、事情を説明した俺たちは、その女性に先導されて廊下の中を歩いていた。

先導している女性……村雨令音はここフラクシナスで解析官をやっているらしい。他にも色々と聞きたい事があったのだが、自分は説明下手だからと断られたしまった。

ただし、俺(ネプテューヌ達は巻き込まれただけらしい)に用があって転移装置を使ってファミレスからここまで転移させた事と、その用とは俺とここの司令官が話をしたいと言う事は何とか聞くことが出来た。

それにしても用って一体なんなのだろう……心当たりが多少あるから気が気でない。

 

それと、気を失っている副司令は俺が責任を取る形で背負って運んでいる。

あの後、真っ先に令音さんに謝ったのだが、彼女は「きっと彼にとっては本望さ……君が気にする必要はない」と言われてしまった。

あの場ではただ頷くしか出来なかったのだが、殴られるのが本望ってどういう意味……はぁ!!まさかあの時のセリフってそう言う意味なのか!?

ってことはこの人は……

 

俺が気を失っている副司令に残念そうな物を見る視線を向けていると、ガンッ!!っと物が壁にぶつかる音が聞こえてきた。

慌ててそちらのほうに向くと令音さんが顔を壁にぶつけていた。

 

「……ああ、すまんね。最近少し寝不足なんだよ」

 

「大丈夫?どれくらいの間、寝てないの?わたしみたいに、ちゃんと眠らないと大きくなれないんだよ」

 

確かにネプテューヌは毎日ように気持ちよさそうに寝てるからな……仕事をさぼって。その前にネプテューヌは女神なんだから成長しないんじゃなかったのか?

っていうか令音さんはもう寝ても大きくはならないだろう。見た目の判断だけど二十は超えてそうだし。

 

俺がそんなことを思っていると、令音さんは少し考えてから指を三本立てた。

 

「うわぁ~、すごいねぇ~。令音さんは、三年間も寝てないんだぁ~。あたし、何時も仕事中に寝ちゃってぇ、いーすんに怒られるからうらやましいなぁ~」

 

「……いや……三十年だ」

 

「まさかの十倍!!三か月くらいはわたしも覚悟してたけど、これは完全に予想外だよ!何をどうすればそんなに寝ないでいられるの!?」

 

三十年って明らかに外見年齢を超えているんだが……

と言うかそんなに寝ないで人って生きていけるものなのか?でも顔を見ると嘘を言っているようには見えないし、何より今まで見たことのないくらい大きな隈が尋常では考えられないくらい寝ていない事を物語っている。

 

「……最後に寝た日が思い出せないんだ。自分でもどうにかしたいとは思っているのだがね……っとお話をしている内に着いたようだ。この先に司令官がいる……副司令はそこらへんに置いておくといい……」

 

なんか副司令の扱いがぞんざいなんだがいいのだろうか……副司令って組織のNo.2だよな。

もしかして人望がないのか?

なんかまだ司令官に会う前なんだが、この組織について非常に不安になってきた……

 

俺が組織に対する不安を抱えていると、令音さんが目の前にある扉に付けられた電子パネルを操作して扉を開ける。

 

「……さ、入りたまえ」

 

令音さんの後に続いて俺達が扉の中に入ると、そこには一言で言ってしまえば船の艦橋のような光景が広がっていた。

部屋の中央には司令官が座ると思われる豪華な椅子が備え付けられ、そこから見渡せるようになっている床が下がった場所には複雑そうなコンソールが六台も置かれている。そして正面には巨大なモニターが備え付けられ、そこには色々なパラメーターが表示されている。

なんと言うか……ネプギアが目を輝かせそうな光景だ。

 

「……連れてきたよ」

 

「遅かったじゃない。っていうか神無月はどうしたのよ。あいつに連れて来いって言ったはずだけど?」

 

「……色々と勘違いがあったみたいでね。今は扉の前で気を失っているよ」

 

「はぁ?一体何をやってるのよあいつ……まあいいわ。それよりも自己紹介をしなきゃいけないしね」

 

俺は令音さんと司令官と思われる人の会話を聞きながら首を傾げた。

背を向けている椅子が壁になって姿は見ることが出来ないので正確なことは分からないのだが、声が若すぎる……と言うかこれは明らかに少女の声だ。

司令官ともなれば年老いた男性をイメージすると言うと偏見が過ぎるのかも知れないが、少女はいくら何でもないだろう。もしかして声だけが若いのか?

でも……なんかどこかで聞いたことがある声なんだよな……

 

俺がそんな事を考えていると、椅子がゆっくりと回って司令官の姿が徐々に明らかになっていく。

そして、俺はその姿を見て言葉を失ってしまった。

だって、椅子に座っているのは……

 

「ようこそ、〈ラタトスク〉へ。知ってると思うけど、私はここの司令官を務めている五河琴理よ」

 

俺の妹……五河琴理が座っていた。

 



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三話

「……琴里なんだよな?」

 

「あら、妹の顔も忘れてしまったの、士道?まさか、若年性認知症とかに掛かったんじゃないわよね?今から介護施設の予約でもしといた方が良いのかしら」

 

本当に琴里なのか…………

俺の知っている琴里は此処まで高圧的な話し方をしないし、何より俺の事はおにーちゃんと呼んでいて、士道なんて呼び捨ては今まで一度もしたことがない。

でも見た目は俺の知っている琴里と違いがないし……違いがあると言えば、髪を纏めるのに何時も使っている白いリボンではなく黒いリボンを使っていることぐらいだろう。

もしかして、別の次元の琴里か?それなら十分にあり得なくもないんだが……やっぱり性格以外には違いがないんだよな。次元の違うノワールやブランなどを見た時には、ほんの少しだけど見た目に違いがあったし……

 

俺が頭を抱えて悩んでいると、プルルートが俺の服を引っ張って来た。

ジェスチャーで顔を近づけろと伝えて来たので、素直に俺がプルルートに顔を近づけると小さな声で俺に話しかけてきた。

 

(士道君はぁ、昔、琴里ちゃんは俺を慕ってくれる無邪気で可愛い子だって言ったよねぇ~。でもあたしには無邪気な子には見えないよぉ~)

 

(いや、何時もは違うって言うか、あんな琴里を見たのは初めてなんだよ。この前に布団に入ってた時に琴里の声を聞いただろ?俺が見てきた琴里は何時もあんな感じなんだよ)

 

(なるほどね。たぶん士道の妹は相当の恥ずかしがり屋で、人前だと本音を言えなくて二人っきりの時だけに本性をさらす人なんだよ。だからベットで寝ていた士道一人だと思ったから、あの時は無邪気な一面を見せてたんじゃないかな)

 

(なるほどぉ、そうだったんだぁ~。ねぷちゃん、頭良いねぇ~)

 

(いやだから、今の状態の琴里を見るのは初めてなんだって。何時もは人前でも無邪気な姿を見せてるんだよ)

 

(ありゃ、外れちゃった。だったらどうして今日は士道に冷たく接してるんだろうね?何か心当たりとか……はぁ!!もしかして、昨日私たちが布団に入ってたのがバレてたんじゃないかな!?それで、見知らぬ女二人と布団に入ってた兄に失望して、こんな冷たい態度に……」

 

「ふぇ~。どうすれば良いのねぷちゃん~。それだとぉ、あたしたちが兄妹の仲を引き裂いた事になるよぉ~」

 

(しぃぃぃ!!二人とも声が大きいって、琴里に聞こえるだろ。それと、お前たちが帰った後の事を考えると誤魔化せてる気が…………殺気ッ!?)

 

いきなりの殺気に驚いて、そちらの方向を見ればとてもいい笑顔でこちらを見つめている琴里の姿があった。顔だけは笑みを浮かべているのだが目はぜんぜん笑っていない、完全に俺達に切れているようだ。

もしかして……会話の内容が聞こえてましたか?

 

「もうそっちの話は終わりでいいわよね?私としてはこの後はそこの二人に、士道とどういった過程で会ったのかとか、どんな風に仲を深めていったのとか、あまつさえ、昨日士道の布団の中に入って何をやっていたのかとか、色々と問い詰めたいことが沢山あるんだけど……取りあえず今は私たちの組織に関する説明をしてあげるわ」

 

「えっと……いつからバレてましたか?」

 

「そこの短髪の方が大きな声で言ってたじゃない……「私たちが布団の中に入ってた」ってね」

 

しっかりとネプテューヌの声を聞いていたのか……

俺がネプテューヌの方を睨むと、彼女はバツが悪そうに顔をそらした。一応は自分が悪いっていう自覚はあるらしい。

 

俺がネプテューヌに非難の視線を送っていると、コトっと靴で床を叩く音がした。音がした方には若干不機嫌そうな琴里がいる……どうやら早く話を進めたいらしい。

俺達は一旦この話題を置いておくことにして、琴里の説明を聞き始めた。

 

「さて、説明を始めたいと思うけど……誰かモニターに映像を流してくれないかしら?」

 

琴里が下にいるクルーに命令した後、いくつものパラメーターを映していた正面の巨大モニターが切り替わり映像を映しだす。

その映像には、滅茶苦茶に破壊された街に大きなクレーター、そしてそのクレーターの中心では十香が剣を振るっていた。そして、その斬撃で吹き飛ばされるメカメカ団の姿も映っていた。

まさか、精霊に関係する組織なのか?

 

「この中心にいる少女が精霊と呼ばれる怪物で空間震の元凶よ。こっちの吹き飛ばされてるのはASTって呼ばれる対精霊部隊で、自衛隊の部隊よ。こいつらは空間震の元凶となっている精霊に対処しようとしているらしいけど映像から分かる通り、全く意味を成してないのが現状よ。それにしても、よくこんな中に女二人も連れて入ろうとしたわね。私達が……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

「どうしたのよ。私が説明しているのを遮ったのには、それなりの理由があるんでしょうね。変な理由だったら、そのちんけな頭を足で踏みつぶしてあげるわよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うおっ!?」

 

急に割って入って来た声に驚いて、声を上げながらそちらの方を向くと、そこにはいつの間にかに復活した副司令が立っていた。

そして直ぐに琴里が「神無月!あんたじゃないわよ!!」の一喝と共に、鳩尾に拳を入れると副司令は再び気を失ってしまった。その顔はどことなく幸せそうだ。

取りあえず、副司令の名前が神無月だってことを知ることは出来た。そして俺の予想通りの結果だったってことも確認できた。

出来れば外れて欲しかったのに……

 

そんな事を思いつつ、俺は自分の携帯をいじって位置情報確認のアプリを起動させる。そしてそこには琴里がいまだにファミレスに居ることを示していた。

でも琴里は此処にいるよな……携帯をファミレスの近くに落としたのか?でも電話は鳴らなかったよな?

とにかく、俺は琴里に携帯の画面を見せると彼女は「ああ」と少し納得がいったというような声を上げると、下のクルーに向かって指示をだした。

 

「なるほど、そういう訳ね。たっく、この馬鹿兄は私をどれだけ馬鹿だと思ってるのよ。まあ、今回は私にも非があるから、お咎めはなしにしてあげるわ」

 

「馬鹿って……妹の位置が避難区域あったら誰だって心配するだろうが」

 

「普通の人は携帯を落としたって考えるわよ。まあ、その話はもういいわ。一回フィルターを切って」

 

琴里が下のクルーに指示を出すと、今まで薄暗かった艦橋が一瞬で明るくなった。

いきなり明るくなったことでチカチカする目を手で隠しながら上を向くと、そこには一面の青空があった。でもそこまでは問題じゃなかった。

本当の問題はそのあとに下を向いた時に、とてもとても小さな街並みが見えてきた事だった。

もしかして此処って上空なのか?

 

「どう?驚いた?ここは上空一万五千メートルに浮かんでいる空中艦〈フラクシナス〉の中よ。これで分かったかしら?私はファミレスに居たわけじゃなく、その真上を丁度飛んでいたフラクシナスの中に居たのよ。……でもそんな抜け道があったとはね。後で何かしらの対策を打っておいた方がいいわね。それにしても……」

 

琴里は何やら詳しく説明してくれているみたいなのだが俺は……いや、正確には俺達には空中艦のあたりから耳に言葉が入ることはなかった。

その空中艦と言う一言は俺達にそれほどまでの衝撃を与えてしまったのだ……だってそれは……

 

(すごいねぇ、ねぷちゃん~。さっき言ってた事、ほとんど当たってるよぉ~。まるで預言者みたいだねぇ~)

 

(いやぁ、そう言われると照れるというか……これが真の主人公たる私の実力かな。まだまだ、士道には主人公の座を渡さないよ)

 

(まだ根に持ってたのかよ……っていうかネプテューヌが変なフラグを立てたからこうなったんじゃないのか?)

 

(ねぷっ!士道、それはひどい冤罪だよ!!確かにフラグを立てたのはわたしだけど、それで士道の妹が秘密の組織の司令官になったりするわけないんだよ!)

 

(わかった、わかった。俺が悪かったって……それよりもそろそろ琴里の説明が終わりそうだ。ちゃんと話を聞いていたふりをするぞ)

 

「はい」と小さく返事を返した二人が俺と一緒に琴里に向き直ると、琴里が丁度言いたいことが言い終わったようでこちらに視線を向けてきた。

何やら説明の途中で、インビジブルやらアヴァオイドなどと言っていた気がするが、ちゃんと聞いていなかったので意味は全く分からない、もし聞かれたらよく分からなかったと言っておこう。

たぶん今の琴里だと土下座しても、俺の頭に足を乗せて踏みつけるだけで決して許してもらえないだろうけどな。

 

「まあ、〈フラクシナス〉の話はこれくらいで良いでしょう。これから本題に入ろうと思うんだけど……士道、精霊ってのはね、出現するたびにASTの奴らに襲われてるんだけど、貴方思うところはないの?」

 

「思うところって言われても……」

 

正直に本音を言ってしまえば十香達を助けたい……

他の精霊まで同じだとは限らないが、少なくとも十香は街を破壊しようなんて意思はない。むしろ空間震で街を破壊してしまう事を申し訳なく思っているくらいだ。

それなのに一方的に攻撃されるなんて理不尽にもほどがある。

でも、精霊達を助ける力が俺にはない……せいぜい精霊を絶望の淵からほんの一歩引き上げるのが限界だ。

 

「だんまりしてないで、何か言いなさいよ。まさか耳まで遠くなったんじゃないわよね」

 

「あっ……いや、悪い……精霊の事だったよな?それは勿論助けたいとは思うよ」

 

「なんでそんな事を思うのかしら?あれは存在するだけで辺りを破壊する怪物よ。そんな危険な生き物倒されてしまった方がいいだなんて考えたりはしないの?」

 

「そんな風に言うのは……あいつは街を破壊しようなんて意思なんてないし。ASTが攻撃を仕掛けてきたから反撃しているだけじゃないか」

 

「あいつ?」

 

「あっ!……その、とにかく俺は話もしないで攻撃するのが納得できないって言うか……あんな風によってたかって一人を攻撃し続けるなんて見てられないんだよ。……まあ、どうやって助ければいいのかは分からないんだけどな……」

 

「なるほどね……なら士道、私達が手を貸してあげましょうか?」

 

「はぁ?」

 

琴里の思いがけない言葉に俺は目を点にしてしまった。

いやいや……この組織が何を目標にしているか分からないが、なんでそういう事になるんだ。俺個人を応援したところでなんの利益にもならないぞ?

 

「そういえば、まだ私達〈ラタトスク〉の目的を話していなかったわね?丁度いい機会だから教えてあげるわ。私たちはASTとは別のやり方、対話によって空間震を解決するために結成された組織なのよ」

 

そこまで聞いた俺は琴里を見つめながら考えを巡らせる。

対話によって解決を図ろうとする組織……少しだけ胡散臭いが、そう考える人が全く居ないとは言い切れない。だから有ってもおかしくはないのだが……でもそれで俺を手助けする理由にはつながらない。

いくら精霊を助けたいという意志があったとしても、俺は所詮素人だ。

その手の専門家に任せた方が良いとしか思えない。

 

「なんで自分なのかって悩んでる顔ね?」

 

「っ!?」

 

「まあ、簡単に説明すると交渉役は士道にしか務まらないのよ。詳しくは後で説明するとして……士道、あなたはどうするの?私達の手助けを受けて精霊と交渉する?それともたった一人で精霊とASTの間に割って入る?後者は間違いなく死ぬと思うからおすすめしないわよ」

 

「俺は……」

 

はっきり言ってしまうと、俺はまだこのラタトスクと言う組織を信頼することが出来ない。

俺を交渉役に据える理由が未だに不明だし、やはり少し胡散臭い。琴里が嘘を言っているとは思わないが、琴里のさらに上の人が騙している可能性もある。

でも、今まで精霊を助けるための具体的な手段がなかったのも事実だ。もしこれで十香達が助かる可能性があると言うのなら、騙されてみるのも悪くない。騙されていたら、この組織から逃げ出せばいいだけだ。

俺はネプテューヌとプルルートにそっと目くばせをすると、二人ともそっと頷いてくれた。大体は俺の意志は伝わったみたいだ。

 

「分かった……琴里、俺に手をかしてくれ」

 

「分かったわ。それじゃあ、これから軽い説明と訓練を始めて行きたいんだけど……そろそろいいわよね?」

 

「そろそろ?」

 

「あら?物覚えが悪くなったのかしら?私は説明を始める前に言ったじゃない、そこの二人について説明してほしいことが沢山あるって……説明してくれるわよね、おにーちゃん?」

 

なぜだろう?

今日見た中で一番の笑顔で優しい声だったのに、俺は流れる汗を止めることは出来なかった。

ちゃんと説明すれば大丈夫だよな?

 

「えっと……信じてもらえないかもしれないけど……」

 

俺はそれから、半年程前に自分の身に起こった事についての説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、士道は半年程前に異世界に飛ばされて、その二人はそこと、そこに似た世界の女神って呼ばれる存在で、昨日布団の中に居たのは二人が勝手に入って来たからって事よね……とてもじゃないけど、信じられないわ」

 

「ですよね……」

 

あの後、俺は説明出来ない部分を除いて凄く簡単な説明を琴里にしたのだが……疑いの眼差しで俺を見つめている。

まあ、それは仕方がないのかもしれない。いきなりこんな突拍子のないことを言い出したのだ、誰だって疑って当然だろう。俺だって、琴里に言われたのならまだしも、他の人に言われたら絶対に疑ってしまうだろう。

 

「一応言っておくけど、私個人としては士道の言っていることを信じてあげてもいいのよ。でも組織の司令官としては、なんの証拠もなしに信じるなんて部下に示しがつかなくなるから出来ないのよ。そうね……せめて、その異世界特有の物とかがあれば信じてあげられるんだけど……何かないのかしら」

 

この場で見せられる異世界特有の物……

真っ先に思いついたものがたった一つだけある。それなら証拠としては十分なんだろが……問題は誰がやるかだ。

プルルートはやってしまうと取り返しのつかない事になるし、となると消去法でネプテューヌしかいなくなる。

 

「ネプテューヌ……頼めるか?」

 

「えっ!?わたし!?わたしが何を……あっ!なるほど女神化すれば良いんだね。もう、仕方ないな……でもやっぱり主人公たるわたしが初めをきっちりと決めない事には何も始まらないよね。それじゃあいくよ!括目せよ!!」

 

ネプテューヌが声を上げるのと同時に彼女の体は目を覆いたくなるほど眩い光に包まれた。

そしてその光が収まると、そこにはネプテューヌは今までとは違った姿で宙に浮かんでいる。

短かった髪は長く腰に届くまでに伸び、それを二本の三つ編みにして纏め、薄紫だった髪の色も紫へと変わっている。子供と変わりなかった体形も大人のものへと変わり、それに合わせて風格も大人びたものへと変わる。

 

「これで良いのかしら?」

 

「……は?……へぇ?えっと……」

 

琴里がこのすごく困惑している……っていうかコンソールをいじっていたクルーたちもそれを止めて、あんぐりした顔でネプテューヌの事をただただ見つめている。

俺はその反応に苦笑する事しか出来ない。

変身するとほとんどの女神は姿や性格が変わってしまうのだが、その中でもネプテューヌは変身前と変身後のギャップが激しい。と言うか同一人物なのかを疑ってしまうほどだ。

初めてあれを見て驚かなかった人はほとんどいない。

 

「えっと……士道?同一人物なのよね?」

 

「ああ……一応、同一人物だ。たまに俺も自信がなくなるけど……」

 

「ねぷちゃんはねぇ~。変身すると、別人かと思うほど真面目な性格に変わっちゃうんだよぉ~。」

 

「二人とも失礼ね、ちゃんと同一人物よ。ただ変身前のわたしは乗りが良すぎると言うか……まあ、今はそんなことはどうでもいいわね。改めて自己紹介するわ。私はプラネテューヌの女神、パープルハートよ。よろしくね、琴里」

 

「え、ええ。ってか、さっきは自分の事をネプテューヌって言ってなかったかしら」

 

「一応、変身前がネプテューヌで変身後がパープルハートなんだよ。まあ、好きな方で呼んで大丈夫だと思うぞ。大体の人は変身前のネプテューヌで呼んでるけどな」

 

「ふう……これでもう良いよね。毎度のことながら変身すると疲れるんだよね……でもこれで、私が異世界の女神だって証拠になったでしょ。信じてくれるよね」

 

「……そうね。ここまでの証拠を見せられたら信じないわけにはいかないわね……分かったわ、士道の言っていた事を全て信じるわよ」

 

女神化を解いたネプテューヌの問い掛けに、琴里は笑顔を浮かべながら答えてくれた。

下にいるクルーたちは未だに困惑している者いるが、たぶん時間がたてば納得はしてくれるだろう。

これで一段落ついただろうと、ホッと息を吐いた時だった……琴里がとんでもないことを言い出したのは……

 

「そういえば、プルルートも女神なのよね?ってことはネプテューヌみたいに変身できるのかしら?」

 

「もちろんだよぉ~。もしかして琴里ちゃんはぁ、あたしが変身した姿を見てみたいのぉ~?」

 

プルルートが……変身……?

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭からはさぁっと血の気が引いていくのを実感できた。それ以外にも体はブルブルと震えが止まらなくなるし、身体中からは汗が滝のように流れて止まらなくなった。

無知とは罪……この言葉の意味を実感できた瞬間だった。

 

隣のネプテューヌを見れば、彼女は俺と同じ症状に加え顔が真っ青になっていた。きっと俺もそうなっているんだろうな……などと現実逃避している間にも琴里とプルルートの話は進んでいく。

 

「そりゃ、見たいって言えば見てみたいけど……証拠ならネプテューヌので十分だし、無理に強いたりはしないわよ」

 

「そうなんだぁ~。琴里ちゃんは士道君の妹だし、特別に変身した姿を見せてあげるよ~。行く「「ちょっと待った!!」」ふぇ~!?。士道君にねぷちゃん、一体どうしたのぉ~。急に声をあげられたら、あたし驚いちゃうよ~」

 

「いや、そ、そのプルルートまで変身する必要はないんじゃないか?ほ、ほら、変身すると疲れるだろ?」

 

「でもぉ~、琴里ちゃんがあたしの変身した姿を見たいっていってるし~」

 

「でも、そのね……きょ、強キャラ!!ぷるるんは強キャラなんだよ!!」

 

「強キャラ~?」

 

「そうだよ。ほら物語の終盤で仲間になるキャラってもの凄く強い時があるでしょ。だから、ぷるるんはこんな序盤で変身するんじゃなく、強い敵が出てきた時にわたし達がピンチの時に、颯爽と現れてわたし達と一緒に戦うんだよ」

 

「うわぁ~、なんかそれかっこいいねぇ~……でもやっぱり……」

 

駄目だ、ネプテューヌだけでは説得出来ない。

そう判断した俺は、素早く琴里の近寄ると両肩を掴んで身体を振りながら、琴里にプルルートの女神化を断る意思を伝えろと言おうとする。

琴里はその俺の行動に驚いているが、今はそんな事を気にしている余裕はない。今は一刻を争う事態になっているんだ。

 

「琴里、頼むプルルートに変身するなって言ってくれ!あれが変身すると洒落にならないんだよ!!変身して後悔してからじゃ遅いんだ!だから琴里、お願いっだ!!」

 

「ちょっ!?士道、一体どうしたのよ!!理由くらい「話してる時間もないんだ!」ああっ!!分かったわよ!言うから私の身体を揺するのを止めなさい!!」

 

俺が琴里から両手を放してその場から少し離れると、琴里はプルルートと彼女を説得しようとして話しかけているネプテューヌの方に振り向くと、プルルートに声を掛けた。

 

「プルルート、別の機会に変身でもいいわよ。一回に何人もされるとうちのクルーの頭がパンクしそうだし」

 

「そうなの~。だったら今回は変身するのを諦めるね~。また今度、変身した姿を見せてあげるねぇ~」

 

これでプルルートは変身することがない……そう思った瞬間身体中の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

ネプテューヌを見れば彼女も同じように座り込んでいる。彼女はプルルートの説得もとい時間稼ぎに神経をすり減らしたのだろう。視線でお互いの健闘を称え合う。

それにしても本当に危なかった。もしプルルートが変身をしていたら、この場にいる誰かを生贄として捧げなければいけない事態へとなっていただろう。そして生贄にされた人以外にも精神的なダメージが避けられない。

実際に子供がプルルートのあれを見た際は一生涯に残るトラウマと化したからな。

 

そんな事を思っていると、琴里が小さな声で話しかけてきた。

 

(それで士道……プルルートが変身すると一体何が駄目なのよ?説明してもらえるんでしょうね)

 

(詳細な事に関しては言えない……っていうか思い出したくないから言えないんだが、彼女が変身すると、他人を痛めつける癖があるんだよ)

 

(痛めつける?それぐらいなら問題ないような気がするけど?)

 

(琴里は見たことがないからそんな事が言えるんだよ。これはぷるるんが完全に怒った時の事なんだけど、痛めつけた相手が数年間にわたって精神崩壊したことがあるんだよ)

 

(……一体何をどうすればそんなことが出来るのよ?)

 

(ごめん……本当に思い出したくないんだ)

 

(わたしは今でも夢としてたまにあれを見るよ……悪夢としてだけどね)

 

(俺もだよ……途中から誰もあれを直視することは出来なかったからな)

 

会話の途中で割って入って来たネプテューヌの言葉によってようやくプルルートの変身のやばさに気づいたのか、途中からは琴里は冷や汗を流しながら俺達の話を聞いていた。

これなら、もうプルルートの変身した姿を見たいなんて二度と言いはしないだろう。

 

「あれ~、三人とも小さな声で何を話してるのぉ~。あたしもまぜてよぉ~」

 

「「「なんでもないです(よ)(わよ)」」」

 

「ふぇ~、どうして三人とも教えてくれないのぉ~。あたしを仲間外れにしないでよ~」

 

この後、琴里から詳細な説明は明日する事を聞かされた俺達は、転移装置を使って一瞬でフラクシナスの中から自宅の前まで帰る事となった。

自宅に帰ってからは、異世界への門が俺の机の引き出しであることに琴里に突っ込まれたりもしたが、ネプテューヌとの約束があるため一旦プルルートの世界に行ってからネプテューヌの世界に行くにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士道、お疲れさま!!ジュースを持ってきたけど……大丈夫かな?」

 

「全然大丈夫じゃない……やっぱりあの姿は精神的に来るものがある……」

 

「もう、士道ったら。そういう時は大丈夫じゃなくても、大丈夫っていうもんなんだよ。約束ってのが分かってないな」

 

「それを言う余裕すらないんだよ……ジュースは隣にでも置いといてくれ」

 

イベントが無事に終わった後、俺は舞台裏で木箱に腰を掛けて精神的な疲れを紛らわそうとしていると、ジュースを二つ持ったネプテューヌがやって来た。

俺がぶっきらぼうに返事を返すと、ネプテューヌはジュースの缶を俺の隣に置き、近くにあった木箱に腰を掛けて話しかけてきた。

 

「いや~、今回は本当に助かったよ。士道がイベントにあの姿で現れるって宣伝すると集客力が一段と上がるからね。もう、デビューでもしてみたら?」

 

「冗談でもやめてくれ……っていうか、そんなに今の状況はやばいのか?」

 

「やっぱり、転換期ってことでどこもシェアが結構下がってるみたい。いーすんの話だと他の国だと対策チームを作ってるみたいだよ」

 

「で、そんな中、お前ひとりがサボってたからシェアがとんでもない数値になって、俺の助けを借りようとしたってわけか?」

 

俺からあからさまに視線をそらすネプテューヌの姿を見ながら、俺は溜息を吐いた。

そりゃ、こんな大変な時期に俺が春休みに入っているからと言って毎日のように遊びに来たらそうなるよな。いくら妹の女神候補生であるネプギアや教祖であるイストワールが頑張った所で女神本人が動かなきゃ限界ってものがあるだろうし。

最近はイストワールが強めの胃薬を使ってるみたいなんだから少しは仕事をやった方がいいと思うぞ。

 

「で、でも、今回のイベントで何とかシェアは巻き返すことができたし……やっぱりわたしが本気を出せば、これくらいは何とでもなるんだよ。なんたってわたしが主人公だからね」

 

「一体その自信はどこからくるんだよ……まあ、無事にシェアが回復したなら何よりだよ」

 

それにしても、俺が主人公みたいだって言われた事をいまだに根に持っているのか?

なんか、何時もよりも自分の事を主人公だと言う機会が多い気がするのだが……俺の気のせいなのだろうか?

別に主人公を奪うつもりはないんだけどな。っていうか、現実の主人公ってどんな人をいうのだろう?物事の中心に居る奴か?それとも皆のリーダーとなっている人か?

今度時間があったらネプテューヌに聞いてみよう。

 

「それじゃ、俺はそろそろ帰らせてもらぞ」

 

「そういえば、士道が家に帰るのには神次元を経由しないといけないんだったね」

 

「神次元?」

 

「あっ!!そういえば士道に伝えてなかったんだけど、この間二つの世界の女神が集まった時に私が居る世界の事を超次元、ぷるるんの世界の事を神次元って呼ぶことにしたんだ。いつまでもあっちとかそっちじゃわかりにくいからね」

 

まあ、確かに言われてみるとそうだな。

それじゃあ、これから超次元と神次元って言葉を使っていく事にしよう。その方が便利だからな。

俺は木箱から立ち上がると帰り道へと歩いていく。明日からは普通に学校があるから早めに帰って疲れを癒したいからな。まあ、肉体的よりも精神的なところが大きいのだが。

本当に二度とやりたくないなと思っていると後ろから声を掛けられた。

 

「帰る前に一つ聞きたいことがあるんだけど、大丈夫かな?」

 

「手短にな」

 

「それじゃあ聞かせてもらうけど、なんでラタトスクに協力することにしたの?わたしが言うのもあれだけどさ、あの組織かなり胡散臭いと思うんだよね。きっと、士道を利用するだけ利用した後に後ろからグサッ……ってパターンだと私は思うんだけど、士道はどんなふうに思ってるかな」

 

「別に完全に信用したわけじゃないって、ただ十香を助けるための手段がないのは事実だからな。一筋の光にすがってみようと思っただけだよ。もし裏切られたのなら……」

 

「その時はわたしにお任せだよ。敵を全員けちょんけちょんにしてあげるんだから」

 

ネプテューヌの頼もしい声を聴きながら「その時は任せるよ」っと返した俺は帰路へとつくことにした。

さて、これから精霊を救うために訓練が始まるらしいが……訓練って一体何をするんだ?まず、どうやって精霊を助けるか具体的な方法すら聞いてないからな。

本当にラタトスクは精霊を救うための手段を持っているのか、若干の不安を抱えながら俺は夜道を歩いていった。



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四話

「はぁ……」

 

フラクシナスの中にある指令室……そこで琴里は溜息をついていた。

その原因は今日知ることになった自分の兄である士道が異世界に行っていた事と、そこに住む女神と呼ばれる存在の事だ。

彼女はラタトスクの司令官として早速、彼女たちの情報を纏めて上に報告しようとしたのだが、情報が少なすぎて報告できるような書類を作る事が出来ないのだ。今ある情報としては士道達から聞いた話とネプテューヌが変身した映像くらいだ。

こうなるのなら、もう少し話を聞いておくべきだったと思っても後の祭りだ……

 

「……琴里、先ほどから全く休んでいないが大丈夫なのかね?」

 

「大丈夫よ……これからようやく動き出せるってのに、司令官の私が倒れるわけにはいかないでしょ」

 

令音にはそう返しつつ、時計の針を見ればすでに十二時を回っていた。

士道には一応、今日は帰れないかもしれないと伝えているので大丈夫だが、これ以上は流石に明日の行動に支障を出しかねない……仮眠でも取るべきだろう。

そんな事を琴里が考え出していると、令音が琴里の書いた書類を見ていた。

 

「……む、これには異世界への行き方が書いてないが……大丈夫なのかね?」

 

「素直に、士道の机ですって書いたら、何をしでかすか分からない奴らが何人もいるんだから、しょうがないでしょ」

 

士道はラタトスクの事を疑いの眼で見ていたが、琴里はそれで正しいと思っている。

琴里や、その部下は純粋に精霊を助けたいと思っている者が多いが、上の奴らははっきりと言って一切信用することが出来ない奴らばかりだ。

唯一信頼することが出来るのはウッドマンとその一派くらいなものだろう。他は皆利害関係で協力しているに過ぎない。

そこに精霊とは全く関係がない、しかも簡単に盗み出せそうなものが異世界に通じてると知ったら、彼らの内の何人かは、精霊の事は協力すると言ったが異世界の事は関係ないと机を盗もうとするなどして異世界からの利益を独占しようと動きだすだろう。

だから、ただでさえ少ない情報なのに全部書くことが出来ないのだ。

 

「そういえば、ネプテューヌが変身したとき霊力は一切確認できなかったのよね?」

 

「……ああ、フラクシナスにある観測機器を全て使ってみたのだが、霊力どころかどんな力を使っているのか調べることができなかったよ」

 

「さすが異世界の力と言えばいいのかしらね。まあ、書類を書かなきゃいけない私の身としては、何かしらの力が確認できた方が良かったのだけれどね……もう、遅くなってきたし、私は一旦休みを取るわ」

 

「……そうか、それじゃあ私は退室するとするが、無理をしないように気をつけるんだよ」

 

そう言って令音が部屋を出て行った後、琴里は再び溜息を吐いた。

しかし、今回の溜息は書類の事ではなく士道が異世界にいった事を自分に隠していた事についてだ。

士道は自分に異世界に行った事を隠していたが……本心を言ってしまえば隠さずに真実を言ってほしかった。別に士道は自分に意地悪をして隠そうとしていたのではない事は分かっている。

あちらの世界には危険なモンスターが存在するらしいし、他にも危険が沢山あるらしい、それを踏まえて自分に内緒にしていたのだろう。

でも言ってほしかった。

 

しかし、琴里は自分には士道を責める資格はないことを理解している。

自分だって兄に隠してラタトスクの司令官をやっていたし、まだ士道には話していない事が沢山ある。所詮は同じ穴の狢なのだ。

それでも、理屈では士道の言い分が理解することが出来ても、自分に責める資格がないとしても……正直に話してほしかった。

 

そしてきっと士道はまだ自分に隠している事があるのだろう。

長い間兄妹をやってきているのだ、それぐらいは簡単にわかる。でも士道は自分が問い詰めたところで決して話すことはないだろう。

彼はまだラタトスクと言う組織を信頼していない。その司令官である自分に重要であることを話そうとはしないだろう。

そう考えると、あの異世界に繋がっている机もどうとでもなる可能性はある。

 

「こんな時に限って司令官って地位が嫌になるわね」

 

自分がラタトスクの司令官でなければ全てを語ってくれたのだろうか?

そんな疑問を持ちながら彼女は備え付けられたベッドで仮眠を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、琴里?一つだけ聞いていいか?」

 

「なによ?」

 

本当は聞きたいことが沢山あった。

なぜ、朝学校に登校すると俺のクラスの副担任が令音さんに変わっている事や、前任者はどこにいったのかと言う事や、令音さんが何度訂正しても俺の名前をシンとしか言ってくれない事や、中学校があるはずの琴里がなぜ高校の物理準備室にいるのか……っていうか物理準備室が前の面影を感じさせないほど変化していることも尋ねたかったのだが……

今はそれらの事はどうでもよかった。俺が琴里に尋ねたい事はたった一つだった。

 

「これってギャルゲーだよな!?」

 

「そうよ、それがどうしたっていうのよ」

 

どうした……じゃないだろ!

休み時間の途中にいきなり精霊と交渉するための訓練をするからと物理準備室に連れていかれたと思ったら、いきなりギャルゲーをやらされそうになってるんだぞ。誰でも困惑するわ!!

なんでギャルゲーなんだよ!俺に女性との交際経験がないからこれで学べって言いたいのか!?余計なお世話だ!!

 

「……シン、君は聞いたところでは交際経験が全くないそうじゃないか?精霊は皆女性だからな……これで訓練を……」

 

「いや、交渉と交際は別物でしょ!?こんな事をして何の訓練になるんですか!?」

 

「うるさいわね。順を追って説明してあげるから少し黙りなさい」

 

琴里の言葉を聞いて俺は取りあえず黙って琴里の説明を聞くことにした。

全く理解できないと言うか……なぜ精霊への交渉とギャルゲーが結びつくか想像する事すらも出来ないが、一応は話ぐらいは聞いてみようと思っての行動だった。

琴里は俺が黙ったのに満足げにうなずくと、説明を始めた。

 

「まず、どうやって精霊と交渉をするかって話なんだけど……一言で言うと、精霊に恋をさせるのよ」

 

「はぁ……?」

 

琴里の説明に思わず俺は奇妙な声をあげてしまった。

いや……恋って……冗談だよな。そんな期待を込めつつ琴里を見つめるが、彼女はいたって真剣な顔をしている。

どうしよう……もうこの組織の事を信じられなくなりそうだ……

俺がそんな事を考えている間にも琴里の説明は続いていく。

 

「なに間抜けな顔をしてるのよ。変顔コンテストにでも出る気なの?悪い事は言わないからやめておきなさい、あなたが出ると他の候補者の自信を喪失させかねないわ。……っま、そんな事はともかく、説明を続けさせてもらうわね。精霊を恋させる理由だけど、よく言うでしょ。恋をすると世界が美しく見えるって。だから精霊に恋をさせて世界はこんなに美しいものだって知れば破壊をしようとなんて思わなくなるでしょ」

 

いや、それはおかしい。

どれだけ理論を飛躍させればそんな答えが出てくるんだよ。と言うかそれだと根本的な問題である空間震の解決にはならないんじゃないのか?あれは本人の意思に関わらず起こってしまうものだし……

なんかもう、ラタトスクを全く信頼出来ないのだが……ここまで来たら毒を食らわば皿までと言う言葉の通り、とことんやってやろうじゃねぇか。

もしかしたら本当に精霊を救う方法を知っている可能性がごくわずかにだがあるのも事実だ。まだ耐えられない仕打ちではない。

 

俺は覚悟を決めるとマウスを操作してゲームを進めていく。

 

「あら意外ね?彼女いない歴=年齢の典型的なチェリーボーイであるあなたがこんなゲームをやったことがあるだなんて思わなかったわ。一体どこで妹の私に隠してやってたのよ?」

 

「普通は家族だから隠すんじゃないのか?……まあ、色々と理由があってな……」

 

言えない……ゲームで負けた際の罰ゲームの一環としてギャルゲー(十八禁も含む)の朗読プレイをさせられたなんて、口が裂けても言えない。

皆、異常にゲームが強くてほとんど勝てたことのない俺は毎回のようにそれをやらされていた。しかも後の方になると徐々にマニアックな作品も増えてきて、最後の方には女体化した主人公の逆ハーレムゲーやホモゲーを朗読させられて一週間くらい精神が崩壊した。

それ以来は罰ゲームとしてやらされたことはないが、そういった経験からこの手のゲームは慣れっこである。

 

「……ちなみのそのゲームはラタトスクが総監修して、可能な限り現実に近づけている。シンがどのようなゲームをやって来たかは知らないが、ゲームだからと言って甘く見ない方が良い」

 

「ちなみに、士道が選択を間違う度にこれが公開される手筈になって居るから、よく考えてから選択をした方が良いわよ」

 

琴里が残虐な笑みを浮かべながらノートを開いて俺に見せつけた。そしてその中身を見た俺は……声を失ってしまった。

このふざけた文章は間違いない……俺が中学の時にある病気にかかっていた時に書いたものだ。だがそれが記されたノートは俺が異世界にて持てる権限の全てを使って灰に変えたはずだ。もうそれがこの世に存在するはずがないのだ。

すると琴里はその顔で「コピーをしてないとでも思ったの?」と伝えてくる。

 

「ほら、これなんて傑作だと思わない。全てが闇へと塗り替えられた暗黒の世界、その中で唯一「やめろぉぉぉぉお!!」そんな大声で騒がないでくれないかしら。安心しなさい、士道が選択を誤らなければ、これらは私の胸の内にとどめておくわ」

 

どうやら俺は、ここでギャルゲーをクリアーする以外の選択肢を失ってしまったらしい。

もし俺がこれから逃げ出したりすれば、琴里は容赦なくノートの中身を世界中に公開するだろう。

まさかこんな事になるなんて……もしかしたら、あの時彼女を助けられなかった報いを受けているのかもしれない。

 

俺が覚悟を再び決めて、ゲームを進めていくと妹が主人公を起こす場面へと変わった。画面に表示されているCGにはパンツ丸見えの妹が映っているのだが、現実では起こるかどうかはともかく、この手のゲームにはよくあることなので突っ込んではいけない。

その後も淡々と進めていくと選択肢が表示された。

 

①「おはよう。愛しているよリリコ」

②「起きてたよ。ていうか思わずおっきしちゃったよ」

③「かかったな、アホが!」

 

「どれもまともな選択肢がねぇじゃねか!!っていうか二番は犯罪だぞこれ!」

 

「どうでもいいけど、制限時間があるんだから早く選択することね」

 

クソ……落ち着くんだ五河士道……今までの経験を思い出せ。

まずこの選択肢にはロクなものがない。どれを選んでも好感度が下がるか、下手をするとBADENDに直行するだろう。だったらこの際は第四の選択肢、時間切れまで待ってみるしかない。

俺が何も選択する事無く時間切れまで待つと、好感度の変化はなく普通にゲームが続いていった。

 

「あら?よくわかったじゃない。私はてっきり一番を選択するものだと思っていたんだけど?」

 

「昔やったゲームにこの手と同じような事をされたんでな」

 

あの時は最初に変な選択肢を選んでしまって、ネプテューヌ達から冷たい視線を向けられたんだよな……

とあまり思い出したくない事を思い出しながらも俺がゲームを進めていくと、場面が変わり足を踏み外した女教師に押し倒されている場面となった。

また正気の沙汰とは思えない選択肢が表示されたのだが……たぶんだが今回は時間切れを待つのではないはずだ。

先ほど場面と違って今回は押し倒されている。このままだと痴漢と思われる可能性が高い……だったら先ほど文章に書いてあったキャラの設定を使うまでだ。

 

『隙ありぃぃぃ!』

 

『はっ!させないわよ!!』

 

俺の選択肢がまた成功したみたいで、今回は主人公と女教師が絞め技を掛け合っているCGが表示された。どうやら文章にあった柔道部顧問という設定を使って正解だったらしい。

そして絶妙なアングルによってまたパンツが見えている……そこまでして見せる必要があるのか?最近のギャルゲーでもここまで露骨なのはないはずだぞ。

 

「また正解したみたいね……今回は結構難しいと思ったのだけど……」

 

「その……昔の経験でな」

 

あの朗読プレイは罰ゲームとして数えきれないほどやらされた。

しかもネプテューヌ達に変な選択肢を選択されることを懸念して、選択肢を自分で決めるって言ってしまったのがさらなる苦行の始まりだった。

プレイした後になって気づいたのだが、人が選択したものなら自分はそんな選択はしないと言い訳ができるのだが、皆の前で自分の意志で選択すると言うのは、自分がそういう場面に出くわした際はそんな選択をしますと宣言するようなものなんだよな。

変な選択をしてしまって何度ネプテューヌ達に冷たい視線を向けられたことや……

気分が鬱になって来たからこの辺でやめよう……

 

俺は再び溜息を吐きながらもゲームを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ようやく終わった」

 

「士道君、おめでとう~」

 

俺はプルルートの称賛を受けながら力なく机に倒れた。(ちなみにネプテューヌは仕事が終わってないので今日は来ていない)

あれから休日も含む一週間、俺は休み時間や放課後の時間などを使ってギャルゲーの攻略を進めていた。

流石に全ての選択肢で正解を進めることは出来なかったが、大きく好感度を下げる選択肢を選ぶことはなくBADENDを一度も見ることなく全ルートをクリアすることが出来た。

まさか、あの苦行でしかなかった経験が役に立つなんて、世の中何があるか分からないものだ。

 

「っち……もう少し失敗するもんだと思ってたんだけどね……、まあ、これらは別の機会で使うことにしましょう」

 

「なぁ……今、舌打ちしなかったか?」

 

「気のせいよ……そんな事よりも、第二段階に進める……」

 

「……琴里、すまないがその前にやっておきたい事があるので、少しの間私に時間をくれないか?」

 

「なによ……早く終わらせなさいよね」

 

令音さんが琴里の会話を遮ると、彼女は懐から小さな紙を取り出し俺に手渡して来た。

大きさと、掴んだ時の触感から察するに何かの写真だとは思うのだが、裏面にして手渡されたため何が撮影されているかは分からない。

俺が手渡された写真に困惑していると、令音さんに声を掛けられた。

 

「……世の中には飴と鞭と言う言葉があるだろ?だから、鞭(士道の黒歴史の公開)だけでなく飴も渡すべきだと言う意見がクルーから出たのだよ。だから、今回のゲームの正答率が八割を超えていたから、それを褒美として渡すよ」

 

これはそういう事なのか……

別に褒美が欲しくってやっていたのではないが、貰えるなら正直に言って嬉しい。

でもこれは一体なんの写真なんだろうか?女性に見せられないような写真じゃないといいんだがな……

とにかくどんな写真か確かめようとして裏返しにしようとしたところでプルルートが俺に近寄って来た。どんな写真か彼女も興味があるみたいだ。

俺は意を決して写真を裏返して……

 

「ぶぅぅぅぅ!!」

 

「うわぁ~。琴里ちゃん綺麗だねぇ~」

 

思わず吹き出してしまった。

プルルートは何時ものようにゆったりとした口調で話しているが、彼女は褒美としてこれを渡す意味が分かってないのだろう。っていうか褒美にこれを渡すだなんて何を考えているんだよ!?

 

「ちょっと、一体どんな写真……っ!?」

 

俺の様子が気になったのか写真を奪い取って、それを見た琴里は固まって放心状態となってしまった。

それも無理もないだろう。だってあの写真は…………琴里の半裸姿が映った写真なのだから……

どう考えたら褒美で兄の俺に妹の半裸写真を渡す事が出来るんだよ。アングルも妙にエロくなっているし……

俺が女性だったらちょっとした冗談ですむのだろが、男の俺に褒美としてこれを渡すだなんて犯罪を推奨しているようにしか思えない。

と言うかこれって絶対に盗撮だよな……琴里を盗撮した?……相手は誰なんだ?少しお話をしたい。

 

俺が相手がだれか考えていると、ようやく琴里は意識が戻って来たのか写真を机に叩きつけると令音さんに詰め寄っていた。

 

「ちょっと、この写真は何なのよ!?一体どこでこんな写真を撮ったのよ!」

 

「……悪いが私にも分からない、写真は褒美の事を提案したクルーから渡されたものだからね。私は一度も見ていなかったのだが……何かまずい写真だったのかな?」

 

「まずいってもんじゃないわよ!?一体どこの誰よ、こんな写真を撮ってあまつさえ褒美にしようだなんて言い出したのは!?今すぐに教えなさい!」

 

「……ん、副司令だが……」

 

ああ、あの時の変態か……たぶん彼はドMだから琴里にお仕置きをされたくて、そんな事をしたんだろうな……

でも琴里を盗撮した……それだけはどんな事があっても許されない事だ……

 

「あれ~。士道君、急に笑顔になって一体どうしたのぉ~。それに少しだけど雰囲気が怖いよぉ~」

 

誰だっけな……人は完全にブチ切れると一転して笑顔になるって言ってたのは……

今ならその言葉の意味を実感できそうだ。確かにこれは笑う事しかできないよな。

 

俺はプルプルと肩を震わせて怒りに震えている琴里にそっと手を掛けた。

それに気づいた琴里は俺の顔を見て……そこからは言葉はいらなかった。俺も琴里もこれからする行動なんてたった一つだった。俺達はお互いに笑顔を一度浮かべた後、教室の扉の方に足を進める。

 

「令音……一旦外に出るからフラクシナスで回収してもらえないかしら」

 

「……分かった、私の方から連絡をしておくが……二人とも一体何をする気なんだね」

 

何をする気かそんなのは決まっているじゃないか……

 

「「あいつを処刑しに行くに決まってるだろ(でしょ)」」

 

俺達は笑顔を浮かべたまま、校舎の外へと進み始めた。

 

あとこれは完全に余談なんだが、プルルートに聞いた話によると、あの時たまたま通りがかって俺達の顔を見てしまった人が気絶すると言う事態が起きて、事態を収拾させるのが大変だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ、これから生身の女性に対する訓練を始めるわよ』

 

「了解……」

 

無事に神無月を処刑し終えた俺は訓練の第二段階として実際の女性の口説きの練習を始める事になった。

ちなみに俺の近くには高感度の小型カメラが飛んでおり、それと俺が身に着けているインカムを使って琴里達は俺の情報を得ているし、俺は琴里たちからの指示をもらえる状態となっている。

 

『まあ、そんなに重く考える必要はないわよ。失敗しても士道の社会的信用を失うだけだし』

 

「いや……それってすごく大事なことだと思うんだが……」

 

『……そうならないように、こちらからは最大限サポートさせて貰うよ』

 

『あたしも出来る限り手伝うからぁ、士道君も頑張ってねぇ~』

 

「……頼りにしてるよ」

 

俺はプルルートにそう返事を返したものの、彼女には悪いがこの手の事にはあまり役にたたないだろうなと思っている。

彼女は良くも悪くも感性が普通の人とは少し違うため、恋愛関係のアドバイスは難しいだろう。

ちなみ、先ほど行われた神無月の処刑には彼女は一切かかわっていない。理由を聞いてみたところ、自分は相手が泣いたり苦しんでいる姿を見たいんであって、やって喜ぶ奴にやっても楽しくないと、背筋が凍えそうになる回答をもらった。

正直、聞かなければ良かったと後悔するはめになったよ。

 

『そうね……誰がいいかしら。もう校舎にはあまり人が残ってないのよね』

 

『士道君と琴里ちゃんのお仕置きが長かったからぁ、殆どの人は帰っちゃったんだよぉ~』

 

『もうこの際、街に出て見知らぬ女性にアプローチでもしてみる?そのほうが失敗した際の社会的損失が少ないわよ』

 

『……それでは、こういった経験が少ないシンには難易度が高いのではないか、せめてある程度接点のある女性にしなければ』

 

「……できる限り早く決めてくれよ」

 

インカムで琴里たちの会話を聞きながら廊下を歩いていると、廊下の曲がり角から一人の女性が現れた。鳶一折紙だ。

彼女は俺の事をじっと見つめている、それに気づいた俺は思わず冷や汗を流してしまった。実は彼女は俺と目が合う度に俺の事を見つめているのだが……最初の方は空間震の現場にいたことがバレてしまったのかと思った。

でもそれに関して聞かれることは一切なく、それが逆に不安に感じてしまい今ではこんなふうに汗を流してしまうようになった。

 

「何かあったの?」

 

「え……あ、いや?」

 

「あなたは最近、遅くまで学校にいる。何か用事でも?」

 

「そ、その、最近妹が友達を家に連れて来ることが多くさ。俺が居たんじゃ邪魔かと思って気を使ってるんだよ」

 

「そう」

 

流石に精霊と交渉するための訓練としてギャルゲーをしていましたなんて、素直に言う訳にも行かず無難な嘘でやり過ごすことにした。

普通の人にも言えるわけがないのに、ましてや鳶一は精霊を攻撃しているASTなのだ。正直に言ったらどうなるか想像がつかない。

鳶一が俺の嘘に騙された事に安堵しつつ、この場から去ろうとした時だった。

 

『士道、ちょうどいいわ。彼女で訓練をしましょう』

 

「大丈夫なのか?鳶一はASTなんだろ?ばれたら……」

 

『わかってるわ。でも今回はあくまで士道が彼女にプロポーズするだけよ。士道がへまをしない限りラタトスクの事はバレはしないわよ』

 

「わかった……」

 

琴里からの通信は終えた俺は、正直気が乗らなかったが鳶一に改めて向き直して声を掛ける事にした。

琴里に逆らったらあれが公開される可能性があるからな。ともかく、まずは無難なところから行こう。

 

「鳶一、俺はこれから家に帰ろうと思ってるんだが、用事がないなら一緒に……」

 

「構わない」

 

「へ……いや、用事とかがあるんなら、別に無理しなくてもいいんだぞ」

 

「構わない」

 

「そ、そうなのか……それじゃあ、玄関に一緒に行くか……」

 

なんか若干話がかみ合っていない気がしたが、もうそれを無視することにした。

ネプテューヌの相手をする際にはこのスキルが必須になってくるからな……彼女以外に使うことになるとは思わなかったけど。

とにかく、俺が玄関の方に向かうと、鳶一も無表情のまま俺の少し後ろ辺りについてくる。なんとか接点を持つのに成功したなと思っていると、インカムから琴里達の通信が入って来た。

 

『なんか、すごく簡単に誘うのに成功できたね。もしかして士道って、ゲームをイージーモードで進めるタイプ?駄目なんだよ。いくらストーリーが見たくてもノーマル以上でゲームを進めなきゃゲーマーの名が廃るってものでしょ』

 

「俺、ゲーマーじゃないし、人生のイージーモードってどうやったらできるんだよ……っていうかネプテューヌ、お前は今日は仕事があるんじゃなかったのか?いつから来たんだよ」

 

『ねぷちゃんはねぇ~。仕事が嫌になって士道君を手伝うって名目でここに逃げ……』

 

『うわうわうわっ!!何を言ってるのさ、ぷるるん!!私は純粋に士道の事を心配して来たに決まってるでしょ!もう、いやだな。いくらわたしが仕事が嫌だからって、そんな方法で逃げたりはしないよ』

 

「で、実態は?」

 

『ついさっきここに来たとき、「士道のおかげで、いーすんを説得できたよ」って言ってたわよ』

 

『こ、琴里!?それは内緒の約束だよ!なんでばらしちゃうのさ!!』

 

どうやらサボる名目に俺を利用したようだ。

はぁ……本当になんで真面目に仕事ができないのかな。イストワールも最低限の仕事さえしていればネプテューヌがゲームをしていようが怒ったりはしないのに、その最低限すらもやらないから説教されているんだよな……

取りあえず、俺は後でイストワールの仕事を手伝う事を決意するのと同時に、ネプテューヌに釘をさしておく事にした……

 

「ネプテューヌ、何も役にたたなかったら今のをイストワールに暴露するからな」

 

『ねぷっ!?士道、それだけは勘弁してよ!最近はいーすんが怒りっぽくて毎日のように説教を喰らってるんだよ!それなのに、この事がバレたら……』

 

自業自得だ……声には出さなかったけど、今のネプテューヌに俺はそう思った。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや……なんでもない……」

 

危ない危ない……もう少しでバレるところだった。

少しインカムでの会話に集中し過ぎたようだ。鳶一の方に意識を向けるのを忘れていた。

俺はインカムの方から聞こえる俺に必死に頼み込む声を無視して鳶一に話しかける。

 

「折紙の家ってどこらへんにあるんだ?」

 

「街の中心のマンション」

 

「俺の家は街の外れにあるんだが……遠くないのか?途中で別れた……」

 

「問題ない」

 

「そ、そうなのか」

 

やっぱり微妙に会話がかみ合っていない気がする。

まあ、今はそんな事よりもどう会話を続けていくかだ……なんかどんな問い掛けもをしても一言で返されそうなんだよな。会話が続いていく気配がない。

昔やったギャルゲーを参考してもいいのだが、それはリスクが多すぎるし……

 

『……シン、話すことがないのなら、私が手伝おうか?』

 

「……お願いします」

 

話すネタがなかった俺は素直に令音さんの助けを借りることにした。

若干の不安があるものの、そういった経験が全くない俺が考えるよりはましな話のネタをくれるだろう。俺は令音さんの言葉に従って話を続けている。

 

「あのさ、鳶一……実は俺、前にお前を見た時からさ、見惚れていたんだ」

 

「そう…………私も、あなたに見惚れていた」

 

「っ!?……そうなのか」

 

鳶一の意外な返答に俺は思わず声をあげてしまいそうになるが、それを必死に抑える。

鳶一は相変わらずの無表情のだが、雰囲気は先ほどよりは着実によくなっている。このまま続けば上手くいけば口説くことが出来るかもしれない。

俺は再び、インカムから聞こえてきた令音さんの指示に従う。

 

「だったらさ……俺と付き合ってみないか?」

 

令音さんの指示に素直に従ってしまったが、これはないと思う。

話のつながりは間違ってないと思うがいきなりすぎる。俺の記憶が間違ってなければ鳶一のは今年同じクラスメートになって知り合った仲だ。

いくら何でもこんなので落ちる女だなんて……

 

「わかった……構わない」

 

「そうだよな、急に変な言葉を掛けて……はぁ?」

 

今、鳶一はなんて言った……構わないって……無理だって方の意味だよな。

でもなんか少し顔が赤くなっているし……もしかして良い方の意味、俺と付き合ってもいいって意味の方なのか?

どうしてそうなるんだ……なんで今のでOKになるんだ?

俺が困惑しているとインカムの方からも戸惑っている様子が聞こえて来た。

 

『なんで今ので口説けるの!?これじゃあ、イージモードなんてちゃちなもんじゃなくて、ベリーイージーモードだよ!アクションが苦手な人が簡単すぎてコントローラーを投げ出す難易度になってるよ!一体どうなってるのさ!?』

 

『わかった~。きっと、士道君は催眠術師なんだよ~。だから今のはぁ、催眠術を使って鳶一ちゃんを一瞬で落としたんだよぉ~』

 

『な、なるほど……でもその考えだと、わたし達も催眠術を使われている可能性があるよね。はぁ!!まさか、わたし達が今まで士道君と仲良くしてたのは、催眠術にかかっていたからなの!?もしかしてあの夜に士道のベットに潜り込んだのも……』

 

『ふぇ~、あたし、催眠術に掛けられてたのぉ~!?ねぷちゃん、このままじゃ鳶一ちゃんのように簡単に落とされちゃうよぉ~。……あれ~、それだと琴里ちゃんが無邪気な姿をみせるのってぇ~』

 

『そうよ……実は私は昔に士道に催眠術に掛けられてしまってね。家では士道が理想とする妹の姿を強制的にやらされているのよ。私はもう手遅れだけどあなたたちは違うわ。早く士道の元から離れなさい……手遅れになってからじゃ遅いわよ』

 

『な、なんだって!?まさか士道がそんな事をやっていたなんて……でも琴里、心配しないで!わたし達が士道の目を覚まさせてあげるんだから!!行くよぷるるん!!』

 

『ねぷちゃんわかったよぉ~。あたし達の手で士道君の目を覚まさせてあげようねぇ~』

 

「なあ……俺が突っ込まないと、どこまでこの茶番が続くんだ」

 

『いや~、みんな困惑してたから気を紛らわそうと思ってやったんだけど。思いのほかにのっちゃて……ごめんね』

 

確かに一時的に折紙が直ぐに付き合うことを了承したことはどうでもよくなったけど……なんて言うか頭が痛い。

もう俺一人じゃ突っ込みきれない……ノワールでもネプギアでもいいから突っ込み役がもう一人ぐらい来てほしい。最もネプギアの方は姉であるネプテューヌには強く出られないんだがな。

それよりも今は鳶一の事だ。俺が再び鳶一に声を掛けようとしたところで……

警報が鳴った。

 

「っ!?」

 

「急用が出来た。ごめん」

 

折紙は短く俺にそう伝えるとどこかに走っていてしまった。

彼女がASTであることを考えると基地の方に向かったのだろう。……この場合は付き合った事になるのだろうか?なんか中途半端に終わった感じがする。

 

『士道、空間震よ。一旦こっちで回収するから校舎の外に出なさい』

 

「了解。出現する場所はどこなんだ?」

 

『士道が今居る所……来禅高校よ』



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五話

十七時二十分。

すでに太陽は沈みかけ、辺りが夕日で赤く照らされ始めた頃、何時もなら運動部の生徒が帰り始める頃なのだが、今日は校舎に生徒の姿を見ることが出来ない。

その代わりに赤く染まった空には翼を付けた人間……ASTの姿があった。

彼女たちは皆、校舎にある球状にえぐり取られた跡……空間震が起こった現場を見つめている。

 

「琴里、精霊は校舎の中に居るのか?」

 

『ええ、そうよ。ラッキーな事に、ASTはしばらく待機しているみたいだし、今のうちに接触してしまいなさい』

 

了解と返事を返した俺は、ASTの姿を目に収めながら校舎へと進んでいく。

俺は見つからないように慎重に歩きながら、琴里から説明されたASTの事を思い出した。

正式名称、対精霊部隊。略してASTは、顕現装置と呼ばれる三十年前のユーラシア大空災の際に手に入れた技術を用いられた、CR-ユニットを纏うことで超人的な能力を使うことが出来る集団だ。

CR-ユニットには随意領域と呼ばれる使用者の思い通りになる空間を張る能力があるらしい……と言ってもそんな超人的な能力を持ってしても精霊を倒すどころか傷つける事すらかなわないのが現状らしい。

 

そんなASTは隠れながらとはいえ、校舎に近づく俺には一切気づくことがない。精霊の事に意識を向けているのだろうか?

最もこんな危険な場所に近づこうなんて馬鹿は早々居ないだろうから仕方ないのかもしれない。

ともかく、俺が慎重に歩きながら進んでいき、ようやく校舎の中に入った時の事だった。

インカムからネプテューヌの声が聞こえてきた。

 

『無事に校舎に入れたみたいだね。途中でASTに見つかるんじゃないかって、ひやひやしながら見てたよ』

 

「さすがにこんな所で、へまはしないさ……そんな事よりネプテューヌの方はどうなんだ?」

 

『問題なしだよ!ASTの人たちに見つからないように、ちゃんと段ボールの中に隠れてるから!』

 

「それってむしろ目立たないか!?」

 

ネプテューヌのとんでもない返答に思わず声をあげて叫んでしまった。

今、ネプテューヌは校舎の近くにある森の中で待機している。精霊に攻撃された際やASTに見つかってしまった際など最悪の事態になった時、俺を助けるためだ。

十香以外は知らないので他の精霊がどれくらい強いかは分からないが、もし十香が本気で攻撃してきたとしても俺を連れて逃げるくらいは変身した後のネプテューヌなら十分に可能だ。

それに劣るASTは言わずもがなだろう。

でも段ボールの中に隠れるって何を考えてるんだよ。森の中じゃ目立つだろ……

 

「琴里……」

 

『……本当に段ボールの中に隠れてるわよ』

 

『ねぷちゃん、すごいねぇ~。本当にASTに気づかれてないよぉ~』

 

「たぶんそれ、森に意識が行ってないだけだと思う……」

 

呆れてしまってものが言えない……なんだ、俺がピンチになった時に待たせたなと言って颯爽と登場したいのか?その時にはネプテューヌの事を誰も見てないし、聞こえてないと思うぞ。

はぁ……もういいや。ふざけながらもやる時はやるし、俺がピンチになったら助けてくれるだろう。

 

『まあ、そんな不安な顔をしなくても大丈夫よ。ネプテューヌに頼らなくても済むように、こっちで全力でバックアップするわ』

 

「副司令を見るとすごく不安になるんだが……」

 

『あら?あれはあれで優秀な男なのよ。普段が駄目なだけで……まあ、神無月の事はどうでもいいわ。この際だからフラクシナスが誇る優秀なクルーを紹介してあげるわ』

 

そうなのか?てっきりすごく駄目な人だと思っていた。

もしかしてネプテューヌと同じようにやるときはやる人なのだろうか?

俺は階段を上りつつ、若干の期待を込めながらインカムからの琴里の声を聞いた。

 

『たとえば……五度もの結婚を経験した男、〈早すぎた倦怠期〉川越!』

 

『それって最低四回は離婚してるってことだよね?』

 

『ねぷちゃん~?急に川越さんが五枚の写真を取り出して泣き出しちゃったよぉ~。どうすれば良いのぉ~?』

 

五回離婚したんですね……

 

『夜のお店に大人気、〈社長〉幹根!』

 

『ねぷちゃん、夜のお店ってなんなのぉ~?。あたし分からないよぉ~』

 

『ぷるるんは知らないままで良いと思うよ……知ったら洒落にならないし』

 

俺も知らないままで良いと思う……変身した後のプルルートが好きそうな場所とかもあるから。下手すると本物の夜の女王様が出来かねない。

でも相手が相手だから喜ぶ……いや、それでも危険だ。そんな相手でも一生もののトラウマを負う可能性が高い。

あと幹根さん人気なのは金の力だよな。

 

『恋のライバルに次々と不幸が〈藁人形〉椎崎!』

 

『そんな不思議な事ってあるんだねぇ~』

 

『ぷるるん……わたしは絶対に呪いのせいだと思うよ』

 

あの有名な五寸釘とか使うやつですよね。

 

『百人の嫁を持つ男〈次元を超える者〉中津川!』

 

『百人程度じゃ士道の足元に及ばないよ。なんたって士道は、五千人くらい嫁を持ってるんだからね!』

 

『ねぷちゃん、中津川さんが士道君の事を師匠って敬い始めちゃったよぉ~』

 

お願いします敬わないでください、それトラウマなんです。誇れるものじゃないんです。

 

『士道、あんた異世界に行って何をしてたのよ……まあ、良いわ。紹介を続けるわよ。その愛の深さゆえに半径五百メートルに近づくことを禁じられた女〈保護観察処分〉箕輪!』

 

「何をやったらそんな事になるんだよ!!」

 

もうなんて言うか、今すぐこの場から帰りたい。もしくはインカムを投げ捨てたい……

なんでここまで頼りなさそうな人材を集められるんだよ。狙ってやってないか?まともな人がほとんどいないじゃないか。

 

『……皆、クルーとしての腕は確かなんだよ』

 

それ以外にも考慮すべきものがあると思います。

特に今回の精霊に恋をさせるって点では、最悪のメンバーしかいない。どう考えても人選ミスだ。孤立無援でやった方がまだ成果を出せるような気がする。

 

俺が不安を抱きながら廊下を移動していく……そういえば今回はどの精霊なのだろう?

ASTに居るわけじゃないのでコードネームは十香の以外のは分からないが、少しくらいは情報が欲しい。

 

「琴里、今回出た精霊ってなんなんだ?」

 

『あなたが空間震に巻き込まれた時に出た精霊……〈プリンセス〉よ』

 

プリンセスって十香じゃないか……

うん、少し安心した。十香とは一緒に異世界に飛ばされた事もあって仲は非常に良好だ。

俺がよほど変な事をしない限りは怒って攻撃をしたりはしないだろうし、攻撃されても大怪我をするような威力でされることは決してない。

本当に十香で助かった……俺がそんな事を考えていた時だった。

 

『士道が口説く相手は十香なんだ?良かったね士道、難易度的には昔ながらの付き合いで若干の好意を持ってる幼馴染ってかんじかな。最初に相手をするには丁度いい難易度だよ』

 

「具体的な例を出しての説明、ありがとう……まあ、十香で『士道?』琴里?えっと……どうしたんだ?」

 

『十香ってプリンセスの名前よね?あなた一体どこでその名前を知ったのよ。それに話を聞く限り随分と親しいみたいじゃない。一体どういうことか、説明してくれるんでしょうね』

 

あっ……そういえば琴里っていうかラタトスクには十香については一切説明してなかった。

異世界に飛ばされた時の事を説明した際は、ネプテューヌ達の事にしぼってたし、その後も機会を見て話そうとは思っていたのだが、すっかり忘れていた。

まずい……特に最後の琴里のドスの効いた声には汗が流れ出て止まらない。

 

『あれ?琴里は士道から聞いてなかったの?この世界から神次元に飛ばされたのは、わたしと士道だけじゃなくて十香も一緒だったんだよ。と言うか、神次元に飛ばされる事となったそもそも原因がわたしと十香の戦いなんだけどね』

 

『へぇ~そうなのね……ちなみに仲はどれくらい良いのかしら?』

 

『士道君と十香ちゃんは大の仲良しさんなんだよぉ~。二人でよくお出かけとかもしてたし、戦闘でも息がぴったりなのぉ~』

 

ネプテューヌ達が十香の事を説明していく度に琴里の機嫌が見る見る悪化していくのが感じとれた……

 

おかしいな……これって音声しか伝えられないはずなのに、口調がさっきから変わっていないはずなのに、琴里の機嫌が手に取るようにわかる。

これが兄弟の絆ってやつなのか……

などと俺が乾いた笑みを浮かべながら現実逃避していると、インカムから肝が冷えるような声が聞こえて来た。

 

『士道?後で私に黙っていた理由を説明してもらうわよ……』

 

「はい……」

 

どうしよう……物凄く帰りたくなくなってきた。

すっかり忘れてました……なんてことは言えないよな。もし言ったら琴里に介護施設の予約を本当にされかねない。そして鶏の方がまだ頭がいいわよって罵倒されるだろう。

司令官としての琴里は本当に容赦がないからな……

 

俺が重い空気を吐いていると、ちょうど俺のクラスが見えてきた。

フラクシナスのレーダーが正しければ十香はこの教室の中に居るらしい。なんというか、神様のいたずら的な何かを感じざるを得ない。

俺の通っている高校に現れただけではなく、俺が過ごしている教室で待機しているんだからな。もう奇跡に近いと言っていい確率だろう。

俺は教室に入る前に両頬を手で叩いて、先ほどの重い空気を吹き飛ばすとともに覚悟を決める。

そして教室の扉を開いて中へと進んでいく。そして教室の真ん中に立っている十香に声を掛ける。

 

「よう、十香」

 

「っ!?なにも……シドーか」

 

俺が急に声を掛けてしまったせいだろう。突然の声に驚いた十香は慌てて俺の方を振り向く。そして俺の顔を見た十香は安堵の息を吐いたと思ったら……不機嫌になってしまった。

俺が何か不機嫌になるような事をしただろうか?頬を膨らませてそっぽを向いている事を考えると相当不機嫌なようだ。

 

「十香?俺が何か不機嫌にさせてしまう事をしたか?」

 

「……どうして此処にいるのだ。此処は危険だから来るなと何度も言っているではないか」

 

「一応理由は前に言ったと思うが……」

 

「勿論分かっている。別に私はシドーが精霊を手助けするのを否定するわけではないのだぞ……ただ私はもう大丈夫だ。メカメカ団なぞに遅れは取らないし、世界に絶望なんてもうしない……私はシドー達に十分に救われた。だから士道が私のためにこれ以上の危険を犯す必要はない」

 

「それでも十香の心配はするさ……それに実際会うまでは、どの精霊が現れるか分からないんだよ」

 

「そうなのか?ふむ……私が出現する前になにかしらの目印でも示せればよいのだが……」

 

顎に手を添えて考え始める十香をよそに俺は少し別な事を考えていた。

それは、どうやって十香をデートに誘うかと言う事である。琴里が言うには精霊の俺に対する好感度を上げる必要があるらしく、そのためにはデートが一番手っ取り早いとのことだ。

どういう理屈かは分からないが、今は信じるほかない。

でも十香とデートか……彼女とは一緒に何度も遊んだことがあるし、それほど難易度は高くない。……と言うかこんな状況じゃなきゃ、暇さえあれば一緒に遊んでいる。

ラタトスクからの指示もないし、ここはいつも通りの自然体でいこう。

 

「そういえば、十香。此処がどこだか知っているのか?」

 

「何か特別な場所なのか?このように同じような部屋が沢山ある建物など初めてで、少々困惑していたのだ」

 

「特別な場所って訳でもないが……此処は学校だよ。ほらそこに黒板があるだろ?」

 

「おおっ!!これが黒板なのか……っと言うことはこれがチョォクと言う物なのか!?」

 

十香は目をキラキラと輝かせて黒板に置いてあったチョークを手に取ると、それを使って自分を名前を書いたりしている。

そういえば十香には学校がどういう場所なのか説明はしたが、実際に見たり行ったりすることはなかったな。

黒板やチョークと言った何気ない物も物珍しく見えるのだろう。

 

「十香……せっかくだから学校の案内でもするか?」

 

「よいのか!?……でも此処に居ると危険ではないのか?メカメカ団の奴らは未だに攻撃をしてこないが、いつ攻撃を仕掛けて来てもおかしくはないのだぞ」

 

「すぐには攻撃を仕掛けてはこないだろう。それに、いざとなったら逃げ遅れた一般人の振りをするから大丈夫だよ。流石に一般人には攻撃を仕掛けてこないだろ」

 

たぶんだけどな……

琴里に聞いた話だと一般人が精霊を見た場合は捕まえて記憶を消してるみたいだし、逃げ出そうとした際には機密保持を理由に消されると言う可能性もあり得なくはない。

まあ、それを今十香に話して不安にさせる必要はないだろう。いざという時のために近くにはネプテューヌが待機しているしな。

 

「そうなのか?……それならシドー、学校の案内をお願いできるか?」

 

「もちろんだ。何処か十香の行きたい場所とかあるか?」

 

「ふむ……そうだな、シドーの好きな場所で構わないぞ」

 

好きなところか……

そう言われると困るっていうか……極端に好きな場所は特にないからな。

十香をどこに連れていけばいいのか……まあ、時間は大量にあるんだ。近場からよっていっても問題はないだろう。見せられるような教室なんて限りがあるからな。

 

「それじゃ、此処の近くにある家庭科室にでも行くか?」

 

「うむ、任せたぞ、シドー」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、所変わってフラクシナスの艦橋。

そこではラタトスクのメンバーが士道の周りを飛んでいる小型カメラやこの艦に設置されたセンサーを使って精霊のモニタリングをしていた。

最初の実戦と言うことでクルーの誰しもが多少の緊張をしていたのだが、この十香と言う名前の精霊は士道と相当仲が良いらしく予定を大幅に超えて順調に進んでいて、正直肩透かしを食らった気分になっていた。

まあ、順調に進んでいるのは良いことだ……そう思っていた時に琴里からの声が聞こえてきた。

 

「令音……精霊の機嫌はどうなっているの?」

 

「……特に問題はないね。士道と出会ってすぐは機嫌が悪かったみたいだが、今は良好で安定している。此処まで簡単に進むとは、正直予想外だよ」

 

「それは私も同意見よ……仲が良いって聞いたけど此処までとはね。これだけ簡単だと先が思いやられるわ。精霊は他にも沢山いるのよ」

 

二人から仲が良いとは聞いていたが此処までとは予想外だった。

十香の士道に対する好感度はストップ高で下がった試しがないし、今も士道に学校を案内されている十香は誰がどう見ても幸せそうだ。

異世界で何をやっていたのか士道に問い詰めたい気分に琴里が駆られているとプルルートが声を掛ける。

 

「別に、最初から仲が良かったわけじゃないよぉ~。最初は十香ちゃん、あたしたちを疑ってて大変だったんだよぉ~」

 

『そうだよね。あの頃の十香は今とは別人っていうか、見る人全てを疑ってかかってたからね。仲良くなるのには時間が掛かったんだ』

 

「……そうなの」

 

二人の言う話は当たり前の事なのかもしれないが、少し意外だった。

確かに精霊はこの世界に現ればすぐにASTからの攻撃を受けるため、人間不信に陥ってもおかしくはない。

だが今の十香が士道に見せる無邪気な笑顔からはそんな姿など想像することが出来なかった。

 

きっと士道がここまで立ち直らせたのだろうが……本当に異世界で士道は何をやっていたのだろう。琴里が受けた説明は異世界に飛ばされて、いろいろあって帰ってくることが出来たというくらいで、詳しくどんな出来事があったのかは聞いてない。

きっと士道には、まだ隠していることが沢山あるのだろう。それを考えるとほとんど事を知っているであろう二人に嫉妬してしまいそうになる。

これが終わったら絶対にとっちめよう……琴里がそう決意すると令音から通信が掛かって来た。

士道やネプチューヌとはつながっていない、琴里と令音だけが会話できる通信だ。何か内密で進めたい事があるのだろう。

 

『……琴里、すでに十分な好感度になっているが、どうするんだ。次の段階に移るのか?』

 

『いえ、他の精霊の事を考えるともう少し続けさせておいた方が良いわ。難易度は簡単すぎるけど、いい練習相手にはなるでしょう』

 

十香には申し訳なかったが、他の精霊も同じように助けなければならない事を考えると、士道には黙ってもう少し練習を重ねていた方が良いのは事実だ。

そしてそれはラタトスクのクルーたちにも言えることだ。彼らもこれが初めてで緊張している者もいるのだ。彼らの練習をすると言う意味でも士道にはこのまま暫くの間は続けてもらいたい。

あの精霊の士道に対する態度を見ればどちらかがミスしても攻撃されるような事はないだろう。

 

(……まあ、何にしても、うまくやりなさい士道)

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらまだ電気が来てるみたいだな。十香、何か飲みたい物あるか?」

 

「あのしゅわしゅわした飲み物を頼む」

 

「炭酸な」

 

俺は自動販売機に小銭を入れると、炭酸のジュースを二本買って、そのうちの一本を十香に渡した。

 

あの後、一通りの教室を見学した俺達は校舎の中にある自動販売機の前で休憩をしていた。ASTは未だに外で待機しているため、他にやることもなくなったため話し合いでもしようと此処に来たわけだ。

 

「そういえば士道は、学校と言う場所で具体的にどんな勉強をしているのだ。自習?とやらをしているのは見たことがあるのだが……」

 

「数学と国語とか色々あるけど……そうだな、学校に現れたのも何かの縁だし、簡単な勉強でもしてみるか?本当に基本的な事なら俺でも教えられるはずだけど……どうだ?」

 

「おお!!それは面白そうではないか!では早速教室に向かおう!!」

 

その提案を聞いた十香は上機嫌になって鼻歌を歌いながら教室に向かおうとしている。

十香の楽しみで待ちきれない様子に思わず微笑んでしまう。勉強を喜んでしようとする人なんて中々見ないからな。

俺もそのあとに続こうとして廊下の角から出たところで気づいてしまった……廊下の先からこちらに狙いを定める眼光に……

まずい、十香は全く気付いていない。別に怪我はしないだろうが、そういう問題ではない。

俺は十香の襟を掴むと素早く彼女と共に廊下の角に姿を隠した。

 

「ッ!?……一体何をする……!?」

 

十香の俺を抗議する声は、すぐに響いてきた銃声でかき消されてしまった。

ASTの奴らだ……一体なんで校舎の中に入ってるんだ。琴里との話だと彼女達が纏ってるCR-ユニットは室内戦を考慮されてないから、めったに室内には突入しないんじゃなかったのか。

俺もそう思っていたんだな……だって室内じゃあの翼をつけて飛べないだろうし……

なにか突入しなければならない事情でもあるのか?

 

「シドーすまない……助かった」

 

「別にいいって……それよりもなんでASTの奴らは突入なんてしてきたんだ?十香は心当たりがないのか?」

 

「AST?……ああ、メカメカ団の事か、心当たりと言っても……特にないのだが……最近は戦闘が嫌になって建物の中に隠れていたり、奴らに建物を壊されたらすぐに別の建物に移ったりしていたのだ。戦闘だって周りに建物がない時にしかしていないのだぞ」

 

ああ、それだ……

十香の言ったことで大体の推測がついた。

十香がASTから建物に隠れて逃げていたと言うことは、きっとASTは十香に攻撃すら当てる事が出来なかったのであろう。そうなればASTのやったことなんて建物の破壊だけだ。

いくら顕現装置があるとはいえ、建物を直すのにはそれなりの予算が必要になるはずだ。

大量に建物を破壊して一切の効果が確認できない……きっと上の人が建物を壊す許可を与えなかったために、こうして突入してきたのだろう。

 

万全の状態でも勝てない相手に、不利な状況で挑もうとするなんて馬鹿としか思えないが、現場を理解しようともしない上司なんてそんなものだろう。

それよりも今はどうやってこの現場から逃げるかだ……

 

「ふっふっふっ……どうやって逃げればいいか困ってるみたいだね」

 

突然の声に驚いて後ろに振り返ると……段ボールがいた。

いや冗談ではなくて、人が入れそうなほどの大きさの段ボールがそこに置かれていた。

もう中身は分かったのだが……もう本当に呆れるしかない。まさかと思うがこの恰好で森から校舎の中に入って来たんじゃないだろうな。

それに十香は気づいていないようで、「貴様は何者だ」と声をあげて睨みつけているし……

 

「ネプテューヌ……ふざけてないで段ボールから出て来い」

 

「ネプ子がどうしたのだ?」

 

どうやら十香はまだ分からないらしい。

事情を知らなくても声を聴けば分かりそうなものなんだがな……突然の事で誰の声かまで気を配っていなかったからだろうか。

まあ、さすがに名前を出されたためか誤魔化すのを諦めたネプテューヌは段ボールを脱ぎ捨てた。

 

「もう、士道ったらノリが悪いよ。もう少しくらいわたしの茶番に付き合ってくれてもいいじゃん。そんな風にしてると、ノワールみたいなボッチになっちゃうんだからね。なってからじゃ遅いんだよ」

 

「頼むから場所と状況を考えて悪ふざけをしてくれ」

 

「おおっ!!誰かと思ったらネプ子ではないか。久しぶりだな、元気にしていたのか?」

 

「久しぶりだね十香。十香がこっちの世界に帰って以来だから、半年ぶりになるのかな?このまま感動の再会ってな感じにしたいんだけど……どうやら敵さんは待ってくれないみたいなんだよね」

 

だったらふざけないで欲しかった。

取りあえず銃撃はやんだみたいだが、足音が徐々に多くなっていくのが聞き取れた……どうやらこっちに向かっているみたいだ。

強行突破は……下手をするとマークされる可能性がある以上はしたくないな。だとするとASTとは逆の方向に逃げるしかないのだが……絶対に待ち構えてるだろうしな……

 

「ネプチューヌ、今の状況はどうなってるんだ?」

 

「えっと、何人か校舎の中に入って精霊を校舎から追い出そうとしてるみたいだよ。だから玄関の方へ進めば敵と遭遇することはないと思うよ……その代わりに、玄関の出た先で大量に待ち伏せしているけどね」

 

やっぱりか……

本当にどうすればいいんだ、玄関に待ち伏せしている事を考えると裏口の方にはASTがいるだろうし、窓から脱出するという手もあるが……さすがに何人かは見張りが居るだろうし、厳しいかもしれない。

やっぱり、もうネプテューヌが変身して強行突破しかないかと俺が諦めかけた時だった……

 

「ふむ……だったらシドー、私が玄関の方へ向かって敵を引き付けるから、その間に窓から脱出するといい」

 

「待てよ、それだと十香が……」

 

「気にする必要はない、死なない程度に奴らを蹴散らすだけ、何時もの事だ」

 

何時もの事……十香が少し悲しげに言ったその言葉を俺は受け入れたくはなかった。

だってその言葉を受け入れてしまえば、十香が攻撃されるのが当たり前だという事になる……だから認めたくない……

正直、感情だけに身を任せて十香と一緒に戦いたかった……

俺が十香の答えに言いよどんでいると、いつの間にか変身したネプテューヌが声を掛けてきた。

 

「士道、あなたの言いたいことは分かるわ……でも此処は引きましょう。十香ならわたし達が居なくても怪我なんてしないのは分かるでしょう。此処でぐずぐずして士道が見つかるのが最悪の事態よ」

 

「わかった……十香、怪我をしないようにな」

 

「分かっている。ではまた今度会ったら、一緒に遊ぼうな、シドー」

 

十香はそういうと、廊下の角から飛び出して行った。

そしてその後には銃声と短い悲鳴が聞こえてきた……こちらを銃撃してきたASTを倒したのだろう。やり過ぎてないといいが……相手は敵だがやはりその辺は心配してしまう。

ASTは考え方が違うだけで悪い人達って訳じゃない。むしろ人々のために絶対的な力の差がある精霊に挑んでいると言うことを考えると正義感の強い人達なのかもしれない。

まあ、敵である事には変わりないんだがな……

 

「そういえば、ネプテューヌは一体いつから変身したんだ?」

 

「士道が悩んでいる間に変身させてもらったわ。いざという時を考えると、わたしが戦えた方が良いものね。それに変身前のわたしだと士道の説得も出来なかったでしょうし」

 

それは言えるかもしれない……ネプテューヌは変身前だとシリアスとかが極端に苦手だからな。その手の話が始まろうとすると、その場をかき乱そうとするし。

俺が苦笑しつつ、ネプテューヌの言葉に同意していると大きな破壊音が断続的に響いてきた。どういやら玄関のあたりでASTと十香の戦闘が始まったみたいだ。

 

「そろそろ、頃合いなんじゃないのか?」

 

「そうみたいね。それじゃあ士道、森の中まで飛んでいくから、離れないようにしっかりとしがみついて頂戴」

 

俺は途中で放されないようにネプテューヌの背中にしっかりとしがみついた。

それを確認したネプテューヌは俺を背負った状態で、校舎の窓ガラスを突き破ると森の中へ低空で、なおかつもの凄いスピードを出して飛び始めた。

初めての経験ではないのだが……やっぱり他の人に乗せられて飛ぶのはかなり怖い。特に森の中を突っ切る際は木の枝が顔などに当たりそうになるのでより怖く感じられる。

まあ、スピードが出ていたので飛ぶのはすぐに終わって、俺は森の中で降ろされる事となった。

 

「ここまで来れば敵も気づかないでしょう。琴里聞こえているかしら?聞こえているのなら返事を頂戴」

 

『ちゃんと聞こえているわよ。こっちで二人を回収するから……ちょ!?今すぐ転送機を止めなさい!!』

 

「琴里?おい、一体何が……」

 

急に慌ただしくなった声に驚いて、なにがあったのか琴里に問いかけようとした矢先だった……

向かってきたのだ。こちらをめがけて一直線に、何者かが……

ASTだと理解した際にはもう遅かった、俺の体は転送機による無重力に似た感覚に襲われて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

「距離を取りなさい!下手に近づくと草加の様にぶっ飛ばされるわよ!!」

 

そう悲鳴じみた叫び声を上げるのは、ASTの隊長である日下部だ。

彼女の周りには部下であるASTの隊員達がいて、彼女達の視線はある一点……プリンセスに向けられていた。

 

つい数分前までは、校舎の破壊許可が下りなかったため、何人かを校舎の中に入れて精霊を外に出そうとしてた。

結果としてそれには成功する事が出来た……しかし、校舎を出てきた精霊はこちら目掛けて攻撃を始め、そのあまりの猛攻にASTは手も足も出せず、回避に専念しなければいけなくなっていた。

 

「〈プリンセス〉の奴、どうしていきなり攻撃を……」

 

「そんなの考えている暇があるなら、反撃の機会をうかがいなさい!このままだとジリ貧よ!!」

 

日下部は部下にそんな指示を飛ばしながらも、内心部下の言ったことが気になっていた。

プリンセスは空間震こそ大きいもの、それほど気性の激しくない精霊の一体だった。特に半年程前、八月の中頃からはこちらへの攻撃の一切をやめ、ただ逃げ回るだけの比較的危険の少ない精霊となっていた。

しかし先日といい、今日といい、なぜかプリンセスはこちらに攻撃を……しかも積極的に行っている。しかしそれによる人的被害はあまり出ていない。

手加減をされているのだ。

 

精霊がこちらに放ってくる斬撃は、随意領域は破壊しないがその場には踏みとどまれない、そんな絶妙な力加減で放ってくるため、吹き飛ばされこそするが怪我をする事はない。

絶対的な強者だからこそできる、驕りともいえる選択……自分達との絶対的な差を見せつけられている様で思わず歯噛みしてしまう。

 

一体どうすればこの事態を……

そんな事を考え始めた時だった、校舎の中から何かが出てきたのは。

それは校舎の窓を突き破って飛び出して来たと思うと、凄まじいスピードで森の中へと消えて行ってしまった。

誰か追跡を……っと思ったものの、プリンセスの攻撃が激しく誰もそこへ向かう事が出来ない。

しかし……

 

「―――!!」

 

「ちょっと、折紙!!」

 

なぜか折紙が珍しく動揺したと思ったら、森の方へと向かい始めたのだ。

そしてそれに気づいたプリンセスが、彼女の進路を遮るように攻撃を始める。

今、校舎から飛び出て行ったものは、この精霊にとっては重要な物なのだろうか?

理由までは分からないが、折紙が森へと向かうのを必死に防ごうとしている。折紙はその攻撃をなんとかかわしているが、このままだと吹き飛ばされるのは時間の問題だろう。

それを見た日下部は部下に指示を下す。

 

「総員、プリンセスに攻撃をしなさい」

 

プリンセスは折紙一人に攻撃を集中しているため、他の隊員に精霊を攻撃する機会が訪れたのだ。

彼女たちは各々武器の銃口を精霊へと向けると、一斉に火を噴いた。

プリンセスのいた地点では激しい爆音と粉塵が舞い上がり……気がつくと精霊の姿は消えていた。

倒したわけではない。いつものように消失しただけだろう。この程度で精霊を倒せるくらいなら、すでに倒せている。

 

そう結論づけた日下部は辺りを見渡すが、折紙の姿は何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転送機による無重力感に襲われた俺は、気づくとフラクシナスの艦橋に立っていた。

そして視界には、刀を構えている変身したネプテューヌの姿とその先にいるASTの姿……と言うか鳶一じゃないか。

何処からつけられていたんだ……いや、今はそんな事よりも鳶一をどうするかだ。

いきなり風景が変わったことで今は困惑しているようだが、正気に戻られて戦闘なんて始まったら相当まずい事になる。此処は艦橋で重要な機械が大量に置かれているのだ。

下手をして壊されたりなんてしたらこの船が沈みかねない。

 

ネプテューヌも同じ事を考えていたようで、彼女は手に持った刀を裏返しにして峰の方を鳶一に向けると一瞬で鳶一に近づいた。

それに気づいた鳶一はとっさに随意領域を張って防御しようしているみたいだが、もう遅い。

 

「はぁぁぁぁあああ!!」

 

「くっ……」

 

ネプテューヌによって勢いよく振られた刀はたやすく鳶一の随意領域を打ち破ると、そのまま彼女を壁まで吹き飛ばした。これで決まりだろう。さすがにあの勢いで壁に叩きつけられて戦闘は続行できないはずだ。

しかし、そんな俺の予想に反して彼女は立ち上がって戦闘を続行しようと……

 

「えい~」

 

する前にいつの間にか鳶一の傍まで移動していたプルルートにとどめをさされた。

彼女の振り下ろしたぬいぐるみが鳶一の頭に直撃すると、鳶一はたちどころに意識を失ってしまった。

クルーの中にはぬいぐるみで気絶した事に驚いている人もいるみたいだが、あのぬいぐるみを甘く見ない方が良い。

あのぬいぐるみは戦闘用で中には鉄の塊などが詰められているのだ。あの見た目に油断した敵が幾度となく葬られてきた事か……

 

「二人とも助かったわ。順調に進み過ぎて少し油断していたみたいね。まさか持ち場を離れて一人で突っ込んでくるのがいたなんて……」

 

「どういたしまして。それで彼女はどうする気なの、さすがにこのまま地上に帰らせるわけにはいかないんでしょ」

 

「そうね……取りあえず今は医務室に連れて行って怪我の治療をさせるわ。その後は……独房に入れるしかないでしょうね。こちらの秘密を見られたんですもの、ただで返すわけには行かないわ」

 

まあ、そうなるよな。

一般人でもまずいのに、ましてやASTの隊員である鳶一に知られたままにしておくなど絶対に出来ないだろう。

たぶん何かしらの処置を琴里たちで行うのだろうが……甘い考えかもしれないけど穏便な方法で終わるといいんだがな……

なにはともあれ一件落着し……何か忘れているような気がするのだが俺の気のせいだろうか?

とても大事なことだったような気がするんだが……

 

「さてと……それじゃあ、精霊との接触と紛れ込んだASTの対処が終わったことだし………あの精霊との関係や、異世界に行ってた時の事をじっくりと話して貰うわよ、士道」

 

あ……

まずい、忘れてた……そういえば十香の事についての説明を要求されてたんだった……

 

俺が視線を向けば、そこには顔だけが笑っている琴里の姿が……なんか最近この顔の琴里を見る機会が多いな……全然嬉しくないけど……

俺は泣きたくなる気持ちを奮い立たせると、琴里への説明を始めるのだった。



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六話

「よくも此処までボロボロにしたな……」

 

十香と学校で接触してから一夜、俺はボロボロとなった校舎の前に立ち尽くしていた。

一応、学校からは空間震で校舎が壊れたため休校との連絡はされていたのだが、スーパーに買い物に行くついでとして立ち寄ってみることにしたのだ。

それにしても昨日は十香との接触よりも、その後にあった事の方が大変だった。フラクシナスに帰還した後、琴里から異世界での事や十香との関係について徹底的に問い詰められた。

琴里による俺への尋問はネプテューヌとプルルートを巻き込んで一晩中行われ、それが終わると爆睡して動かなくなった二人の保護者への説明もあったため俺は昨日から一睡もしていない。

まあ、何日か徹夜をした事もあるからこれぐらいなら問題はないんだけどな。

 

そして、それよりも問題となったのは鳶一の処遇についてだ。今はまだ意識を失っているらしいが、目を覚ました後にどう対応すればいいのかラタトスク側でも悩んでいるらしい。

一応、顕現装置には記憶を消すことが出来る装置もあるらしいが、それを使うと痕跡が残ってしまうらしく、また記憶を取り戻すための装置もあるらしい。

鳶一が一般人なら問題にはならないのだが、彼女はAST、定期健診などでバレる可能性もある。

ラタトスクとしてはそんなリスクのある選択肢を選ぶことは出来ないだろう。

そうなれば後は永遠に牢獄って選択肢もあるのだが、そこまではやりたくないし……

琴里には冗談半分で「精霊をおとす練習として、士道が彼女を説得してみれば?」なんて言われたが、それこそ専門家の出番だろう。正直未だになぜ俺が交渉役なのか、納得は出来てないからな。

 

「シドー」

 

理由もまだはぐらかされているから、分からないんだよな……

こっちの異世界の事を根掘り葉掘り聞こうとするなら、そっちの事も教えてくれないと不公平だと思うんだよな……

まあ、俺にもまだ琴里に黙ってる事があるんだけどさ。

 

「おい、聞いているのか?」

 

まあ、あれは俺が傷つくだけって言うか……正直誰にも話したくない事だから許してくれ。

本当に隠していたいことなんだ。と言うかあれが世界中に拡散されるなんて事態になったら自殺以外の選択肢は考えられない。

実際そうなりかけた時にはネプテューヌから聞いた話だと凄まじい暴走をしたらしいな。

俺は正気を失っていたから覚えてないと言うか……

 

「シドー!!私の話を聞いているのか!?」

 

「うお!?と、十香じゃないか……いったいどうしたんだ」

 

いきなり大声を掛けられたから驚いてしまった。

その声の方向に振り向けば不機嫌な顔をした十香の姿がある……彼女がそんな顔をしているってことはたぶん相当な時間彼女の声を無視していたんだろうな。

 

「どうしたではない、私が声を掛けているのに散々無視しおって」

 

「悪い……ちょっと考え事をしていたんだ。十香と別れた後に色々とあったんだよ」

 

「そうなのか?……そんな事よりも士道、今日は暇なのか」

 

「一応今日は何もないけど……」

 

校舎が壊れてしまったから休校だからな。

なんて俺が思っていると十香は目を輝かせてこちらを見つめている。彼女がこの後なんて言うかが予想出来た。きっと一緒に遊びたいと……

 

「それでは士道、デェトというのをやってみないか?」

 

「なななな、そ、そんな言葉どこで知ったんだよ!!その言葉の意味が分かってるんだよな!?」

 

「勿論だ。男性と女性が一緒に遊ぶ事を言うのだろう。この前にネプ子に教えてもらったのだ。なにか間違っているのか?」

 

「ま、間違ってないけど……」

 

確かに間違っていない……でも普通は付き合っていたりそれに近い間柄の男女が遊ぶ際に用いられる言葉だ。言い方によっては大変な誤解を招く。

っていうかネプテューヌは十香に何を教えてるんだよ。しかもこの前ってあの学校の時なのか?あの時間のない中でなんて事を教えてるんだよ!!

後で絶対に秘密を暴露してやろう。

 

「それでシドー、私とデェトはしないのか?」

 

「別に構わないけど……あまりデートって言葉を大声で出さないようにな」

 

「どうしてそんな事をいうのだ?……はっ!!まさかネプ子は、私が言葉の意味を知らないのをいいことに、卑猥な言葉を教え込んだのか!?……でもシドーは間違っていないと……今度あったらネプ子に問い詰める事にしよう」

 

後でネプテューヌは、十香にデートの正しい意味の説明に苦労する事になると思うけど、一切フォローしない事にしよう。たぶん暴露するよりもきつい罰になると思う。

まあ、そんな事よりも十香とどこで遊ぶかだ。商店街にはこの前に行ったしな、他になにか……あ、そうだ。あそこがあった。

 

「十香、あの十香のお気に入りのパン屋なんだけど、新作のパンを出したと思ったんだが……行ってみるか」

 

「もちろんだ!それとシドー、新作の方も良いがきなこパンも頼むぞ!!」

 

「わかってるわかってるから、そう走るなって……」

 

急いでパン屋の方に向かおうとする十香に追いつくために走って彼女を追いかける。

そういえば十香……ここからパン屋の位置が分かってるか?方向はあってるみたいなんだが……大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「……琴里、また溜息をしているのかね」

 

天宮大通りの一角にあるカフェ……そこでは琴里と令音がお茶をしていた。

何時もなら今の時間は学校で授業があるのだが、別に琴里はそれをサボって此処に居るわけではない。昨日の空間震の際に琴里の通う中学校も被害を受けてしまったみたいで、突如休校となってしまったのだ。

それでせっかく、学校まで来たのにこのまま帰るのは癪に障るので、こうして令音を呼び出して時間をつぶしていたのだ。

 

まあ、そんなことは別にどうでもいい。

琴里が溜息を吐いているのには別の理由がある。それはもちろん士道の事だ。

昨日は一夜にわたって士道とあの二人の女神に尋問したのだが……衝撃の事実が判明した。琴里は士道が異世界に飛ばされていたのは、あの行方不明になった三日間だけだと思っていた。

でも事実は違った、どうやら士道が飛ばされた世界……神次元と呼ばれる場所とこちらの世界では時間の流れが違うようで、結構な時間を神次元で過ごしていたらしい。詳しい期間ははぐらかされたので分からないが、見た目の変化があまりなかった事を踏まえると長くても一~二年というところだろうが、それでもかなり衝撃的な事実だった。

でもこれで十香との仲の良さも納得できた。それだけの時間があればかなり仲を深められるだろう。

 

でも……なんかいやだった。

自分の知っている兄がどこか違う場所に行ってしまいそうで……

自分の兄があの二人に取られてしまいそうで……

実際に尋問の最後の方ではかなり感情的になって問い詰めてしまった。

 

「……シンとの関係で悩んでいるのかね。私でよければ相談になるが」

 

「大丈夫よ……私個人の問題なんだから、私でどうにかするわ」

 

「……そうか、相談したくなったら何時でも声をかけてくれ」

 

琴里が「ありがとう」と返すとしばし無言の時が流れる。

令音が尋常でない量の砂糖を突っ込んだアップルティーを口に含む。そして一服した後に琴里に問いかけてきた。

 

「……それで、いい加減に理由を教えてくれてもいいんじゃないかね」

 

「一体何のことよ」

 

「……シンの事だよ。なぜ彼を精霊との交渉役に抜擢したんだ」

 

「ああ、それね……誰にも言わない事を約束出来る?」

 

何時にもまして真面目な琴里の顔……それを見た令音は首を振った。

それを見た琴里は令音の事を信じて真実を語ることにした。

 

「よくある事……って訳ではないんだけど、実は士道と私って血がつながっていない兄妹なのよ。なんでも昔に母親に捨てられたみたいでね」

 

「ほう……」

 

「それで、幼い頃に母親に捨てられた士道はこっちにきた当初は相当参っていたみたいなのよ。それこそ自殺をしかねないくらいにね。まあ、一桁の年齢の子供がそんな目に合えばそうなって当たり前なんでしょうけどね」

 

「……それで」

 

「まあ、一年くらいでそれは収まったんだけど、それ以来人の絶望に敏感になったって言うか……困っている人が居ると首を突っ込んでいく馬鹿になったってわけよ」

 

「……だから精霊に向かっていくのはシンくらいしかいないと思ったと……でも私が聞きたいのは……」

 

令音が琴里に本題を切り出そうとした時だった……

 

ヴゥゥゥゥゥ!ヴゥゥゥゥゥ!

 

携帯のバイブ音が突如響いて来た。琴里の携帯だ。

琴里はこんな時に誰だと思いつつ、携帯を懐から取り出すとラタトスクからの連絡だった……何か問題でも起きたのだろうか?

そんな事を思いつつ琴里は電話を受けた。

 

『すいません司令、士道君から司令につないでくれとインカムからお願いされたもので』

 

「分かったわ……すぐに繋いで頂戴」

 

インカムから連絡すると言うことは、士道は電話が使いにくい状況に置かれているみたいだが……

一体何があったのだろう?ラタトスクの司令官である琴里に連絡すると言うのは精霊関係なのだろうが……

まさかとは思うが精霊が出た……と言うのは流石にないだろう。確かに最近は空間震が多いが昨日今日で出るような存在ではない。

 

『琴里聞こえてるか?……少し連絡したいことがあってな』

 

「なによ、早く言いなさい。くだらない事だったらタダで済むと思わないことね」

 

『えっと、それじゃあ簡潔に言うが……今、十香と一緒に遊んでいる』

 

「なによ、そんな用事で連絡したの?あなたと十香……?…………って、はぁぁぁああああ!!」

 

思わず琴里は大声をあげて驚いてしまった。

その大声は静かだった店内に響き渡り客や店員の注目を集めてしまった。琴里は多くの人から向けられた視線に気づくと頭を下げて謝った後に、他人に聞こえないように注意を払いながら士道と会話を続ける。

 

「一緒に遊んでいるって……空間震は確認されてないわよ。一体どこで会ったのよ」

 

『校舎の残骸を眺めてた時にな……と言うか、琴里には精霊が空間震を起こさずに現れる場合もあるって言わなかったか?』

 

「……っあ!」

 

言われた気がする……

でも異世界で士道が長い間過ごしていたと言う方が衝撃的であまりそちらに意識が向いていなかった。でもまさか本当に一切の痕跡がなく現れるとは……後々対策を練っておかなければいけないかもしれない。

とにかく、その件は一旦置いておくとして、今は現れた精霊との接触についてだ。

 

「わかった……こちらで支援させてもらうわ。なにか十香の好きなものを士道は知っていないの?」

 

『そうだな……十香はとにかく食べる事が好きだな』

 

「それなら……大通りに最近建てられたレストランの場所は知ってる?」

 

『一応知ってるけど……そこに向かえばいいのか?」

 

「ええ、あそこはラタトスクが交渉済みの場所よ……とりあえずそこに向かって頂戴」

 

『ラタトスクって一体何をやってるんだ……とりあえず分かった、そこに向かってみるよ』

 

それを最後に琴里は電話を切る

だいぶ予定が……と言うか予定なんか明後日の方向に飛んで行ったが、ようやくこれから本番が始まる……いや、今の士道と十香の好感度を考えるとその練習と言ったほうが近いのかもしれない。

士道や十香、それに真実を告げていないクルーたちには悪いが一回くらいは予行練習をしておきたい……なにせ助けなければいけない精霊はまだ沢山いるのだ。

他の精霊では一回のミスが命取りとなる場合だって考えられる……それを踏まえれば決してこの練習は無駄にはならないはずだ。

琴里はラタトスクに指令を出すべく電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シドー、次はどの店にいくのだ?」

 

「えっと……大通りの方はあまり行った事がなかっただろう?だからそこらへんの店にでも行こうと思ってな……」

 

「どこでもいいから、早くたのむぞ」

 

流石に正直にラタトスクから指示された場所に行くだなんて言うわけにはいかないので適当な言い訳を言っておく。

正直、ラタトスクと言う組織の事は未だに俺でも信じきれないからな……十香に真実を言って信じてもらうと言うのは不可能に近いだろう。

それに十香には純粋に楽しんでもらいたいしな……

 

そんな事を考えている内に、どうやら店についたようだ。

 

「ここが士道の言っていた店か?」

 

「ああ、そうだ……ここで頼もうと思うが、ちょっと今日は金を持ってこなくてな。一万円以内に収めてくれよ」

 

「そうなのか?むう、世の中は世知辛いな……なにか簡単に金子を調達する手段はないのか?」

 

「そんな手段なんてあるわけないだろう……あったらほとんどの人が働かなくなるぞ」

 

「それはそうなのかもしれないが、仕方な……」

 

「十香?一体どうしたん……」

 

店の扉を開けて固まってしまった十香を見て、不審に思いつつその後に続いて……俺も固まってしまった。

いや、だって扉を開けたら多くのスタッフが立っていて、その手には『千人目のお客様です。おめでとう』って書かれたプラカードを持っているだぞ。

しかもよく見るとその中に琴里と令音さんが混じってるし……

 

「おめでとうございます。お客様は当店の千人目となりますので、近くの商店街で使える商品券十万円分のプレゼントと、当店での注文は全て無料とさせてもらいます」

 

これをするために此処に来いと指示を出したのか……

正直助かった。十香はかなりの大食いで彼女が手加減なしで食えば日本円にすると、平然と万札が何十枚と飛んでいく。彼女におごって何人もの人が涙を流し財布を空にして来たことか……

最近はそれを知ったみたいで、ある程度は手加減するようになったみたいなんだがな……

 

「おおっ!!つまり此処での注文はすべて無料になるのだな!早速心行くまで注文をするぞ、シドー!!」

 

「おい!?嬉しいのは分かるが、店内を走るなって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、士道達が入っていた店の向かい側にある路地裏……

そこでは一人の女性が口に手を当て、息を殺して店の様子をうかがおうとしていた。

なぜ彼女がそんな事をしているのかと言うと……一言でいえば彼女がASTに所属しており、ある任務によって街を探索していたからだ。

その任務とは精霊を見つけること……なんてはずはなく、昨日から行方不明となった鳶一一曹の捜索だ。彼女は昨日の戦闘には参加していないので詳しくは分からないが、昨日の精霊への対処中に現れた謎の飛行体を追跡中に連絡が途絶えてしまったらしい。

顕現装置や精霊など秘匿されている情報を持っている以上、そのまま放置と言う訳にはいかず、こうして捜索していたのだが……とんでもないものを見つけてしまったと一人愚痴る。

 

まさか空間震もないのに精霊が現れるなんて思ってもみなかった……

もしこれが偶然でないのだとしたら、今までの対策が根本からひっくり返る事態だ。なにせ現状の精霊対策は空間震の前兆を掴んで、それが起こる前に一般人を避難させることで精霊と戦闘が出来る状態を作り出していたのだ。

もし空間震を出さずに現れる精霊がいたなら、人が多くいる場所で精霊が暴れだすわけで……

幸いなことに目の前の精霊は今すぐ暴れだす気配はない。彼女はポケットにしまっていた端末を取り出すと基地との連絡を取る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

空中艦フラクシナスの艦橋、その正面にあるモニターにはレストランでの食事を終えて商店街で食べ歩きしている士道と十香の姿が映っていた。一見すれば普通の商店街で二人の高校生が遊んでいるだけにしか見えないのだが……もちろんここはラタトスクが誘導した場所、ただの商店街であるわけがなかった。

実はこの商店街とラタトスクとの間で交渉が行われていて、いま商店街に居るほとんどの者はラタトスクの関係者だ。士道はそれに気づいているのか、若干苦笑を浮かべつつ十香を見守っている。

 

椅子に座ってそれを眺めている琴里は満足げに微笑んでいた。

今のところは特に問題なく順調に進んでいる……このまま上手くいって最終局面になったあたりで精霊の霊力を封印する方法を知らせれば十香の件は解決するだろう。

まあ、ヘタレの兄がその方法をすぐさま実行できるか少し問題はあるが……

 

最後の最後でうまくいくか琴里が不安を抱え始めると、ちょうど後ろの扉が開いた。

その先には異世界の女神であるネプテューヌとプルルートの姿があった。

 

「ふぁ~、気持ちよかった~。琴里ちゃんベッド貸してくれてぇ、ありがとうねぇ~」

 

「わたしも久々にじっくりと寝られたよ。最近は遅くまで寝てるといーすんに怒られるからね」

 

そう言いながら二人は艦橋の中に入ってくる。

彼女達は昨日の一夜にわたった尋問によって疲れ果ててしまったようで、フラクシナスの休憩室のベッドを借りて寝ていたのだ。

琴里がようやく起きたのかと思った矢先の事だった……ネプテューヌが急に何かを思い出したような大声をあげたのだ。

 

「ああっ!!ぷるるんどうしよう!?わたし、またいーすんへの連絡を忘れちゃったよ!また説教を喰らっちゃうよ!!」

 

「ねぷちゃん~、実はあたしも連絡するのを忘れてたのぉ~。謝ったらいーすん許してくれないかなぁ~?」

 

「むりむりむりむり、それだけは絶対にないって。ぷるるんも思い出してみてよ。この前の時だって、わたし達が謝っても全然許してくれなかったんだよ」

 

一体どうすればいいのだと慌てふためく二人……

琴里にはいーすんと言う人物の事が良く分からなかったが、その人物が怒ることを心の底から二人が恐れているのだけは理解することが出来た。

まあ、なんだかんだ言ってもこれは二人の問題だ……そう結論づけた琴里は無視しようとしたのだが……

先ほどまでコンソールをいじっていた令音がその手を止めると、二人に声を掛けた。

 

「……君たちの言ういーすんと言う人物かは分からないが、シンからイストワールには連絡をこっちでやっているから心配する必要はないと君たちに伝えるようにお願いされていたのだが」

 

「おおぁ~、流石士道君、こういった事への根回しがいいねぇ~」

 

「でも、おかげで助かったよ。士道が連絡してなかったら、また鬼の形相のいーすん、略して鬼いーすんを見る羽目になってたんだからね」

 

二人が安堵の息を吐いていると画面上の士道と十香に動きがあったみたいだ。

十香が士道を引っ張る感じで別の場所に進んでいる。

 

それを見た女神二人はどこに行くんだろうと首を傾げるなか、琴里は邪悪な笑みを浮かべる……引っかかったな、と。

もう彼女の士道を見つめる視線は兄を見るものではない……例えるなら罠に引っかかった哀れな獲物を見つめる狩人の視線だ。それに気づいた女神約一名が琴里に戦慄していると、どうやら二人は目的の場所についたらしい。

 

二人が見つめる先には西洋風のお城があった。そして掲げられた看板には堂々とドリームランドと書いてある。それだけでネプテューヌは此処がどこだが予想がついた……

 

「琴里!?士道をなんて場所に誘導してるの!?このままだと純粋無垢な十香が、士道によって自分好みに汚されちゃうんだよ!!」

 

「好感度を上げるにはこれが一番手っ取り早いでしょ。大丈夫よ、ヘタレな士道の事だから本番まではしないわ」

 

「ふぇ~、ねぷちゃん急に声をあげてどうしたのぉ~?このお城の中に何かあるの~?。あたし良く分からないよ~」

 

どうやらプルルートは目の前にある愛のホテルの意味が分からないようで、一人首を傾げている。

琴里とネプテューヌは口論をする中、画像の二人は十香に引きずられる形でホテルの中に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、中身は普通のホテルと違いないみたいなのだが……どこが良い所なのだ?シドーは、分からないか?」

 

「ワルイナ、オレニモヨクワカラナイヤ」

 

どうしてこうなったんだろう……

確か数分前までは俺達は商店街で遊んでいたはずだ……それなのに今はラブホテルの一室にいる。本当にどうすればこんな事になるんだろうな……現実逃避をしたい。

 

やっぱりあの福引をやったのがまずかったのだろう。商店街で渡された福引券を十香がやってみたそうにしていたからやったのだが……一等が出るのまでは予想していたが、中身がラブホテルの一泊無料券って何を考えてるんだよ!普通は旅行券とかだろうが!!

まあ、あまり地上に居れない十香にそれを渡されても困るんだがな……

 

ともかく、その後は十香に力ずくで連れ込まれたわけだが、本当に琴里の奴は何を考えてるんだよ……いくら好感度を上げるためとはいえ、これじゃあ順序が……好感度?

そういえば未だにはぐらかされているのだが、なんで好感度を上げる必要があるんだ?

自惚れじゃないが、俺に対する十香の好感度は十分に高いはずなんだが……つまり、好感度を上げるだけじゃダメで、その先の何かをしなくちゃいけないのか……好感度を上げた先なんて……

はぁ!!まさかこの部屋を用意したのは……

 

いやいや、流石にそれはないだろう。俺の考えすぎだ。

やったところで何かなるわけじゃないんだぞ。俺の想像がたくまし過ぎるだけだ。

 

「シドー?一人で顔を赤くしたり、首を振ったりして一体どうしたのだ?」

 

「い、いや……なんでもない……」

 

幸いにも十香はこの施設がなんの為に使われているか理解していない。

普通のホテルと言って誤魔化せば大丈夫なはずだ。なにも問題は…………面白がって本当の意味を教えそうな人物が一人頭の中で浮かんできた。本当にどうしよう……

 

「シドー……一つ聞きたい事があるのだが、構わないか?」

 

「……俺の知ってる範囲なら構わないけど」

 

「その……だな?今日……いや、昨日からシドーは変だぞ?よそよそしいと言えばいいのか……上手く言葉に出来ないのだが、何時ものシドーと違う気がするのだ?最近何かあったのか?」

 

「っ!?」

 

十香の思いがけない質問に言葉を失ってしまた……

昨日から俺が変わった事、それはラタトスクの協力を受けたことだ。

俺自身はいつも通りに接してきたつもりなんだが……実際は少し違ったようで十香に違和感として感じ取れてしまったようだ。

 

どうしよう……

このまま十香に正直に言った方が良いのだろうか?

でもいきなり信用はしてくれないだろうし……何よりラタトスクの空間震の解決法が好感度を上げるだなんて知ったら気まずくて出来なくなってしまう。

でも嘘をついて誤魔化すなんて手段は出来れば使いたくないし……

俺が悩んでいると、十香の若干不安そうな声が聞こえてくる。

 

「シドー?……私には言えない事なのか?」

 

「……その…………悪い、今はまだ言うことが出来ない」

 

「そうか……分かった。それならこれ以上は聞かない事にするぞ」

 

「えっ……それでいいのか?気になったんじゃ」

 

「別に私は士道を困らせたくて質問したのではない。士道が言いたくないのならそれで構わん。だが……一人で解決できそうにないのなら、私に言ってくれ。可能な限り力になるぞ」

 

こちらを見つめてそういってくれる十香……

そんな彼女に真実を言えない事を心苦しく思う……でもそればっかり思っては居られない。

まずこれからどうするか、それが一番重要だ。たぶんだが、好感度を上げよう……そんな事を心のどこかで思っていたから十香は違和感を感じてしまったんだ。

だったらこれからは俺も十香も楽しめる事をすればいい。流石に食事は十香についていけないし……となればあそこしかないな。

 

「十香、今からゲームセンターにでも行かないか?」

 

「ふむ?構わないが……せっかく此処に来たのだ。此処で出来る楽しい事とやらをしなくても良いのか?やり方が分からないのなら私が店員に……」

 

「聞かなくていいから!ここはただのホテルだ!きっとそうなんだ!!ほら、早くゲームセンターに行くぞ!」

 

「し、シドー!?おい、引っ張るな!?そんなに焦らなくともゲームセンターはなくなったりしないのだぞ!!なにをそんなに……」

 

「いいから早く!!」

 

その後、なんとか十香を説得した俺はゲームセンターで遊ぶ事にしたが……

十香の説得で疲労した俺はゲームで良い成績を残すことは出来ず、対戦系のゲームでは十香に全敗してしまった。

まあ、疲れてなくても普段からあまり勝てないんだけどな……

 

取りあえず、琴里には今日の夕飯に嫌いな食べ物のフルコースを食らわせてやる事を俺は強く決意した。



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七話

夕焼けに染まった高台の公園。

ゲームセンターで一通り遊び終えた俺達はその場所にいた。

空間震の跡に作られた天宮市は一言で言ってしまえばクレーターの中に作られた都市と言っていいだろう。この場所はその内縁の高く盛り上がった場所にあり、街を一望する事ができるようになっている。

俺のお気に入りの場所で……十香に紹介してからは彼女のお気に入りの場所にもなっている。

 

「シドー……街がきれいだな」

 

「ああ……」

 

柵から身を乗り出して街を見つめる十香を見つめつつ俺は昔を思い出す。

昔は……俺達が異世界に居た時は毎日のようにとまでは行かないものの、好きな時に好きな場所で遊ぶことが出来た。そして十香は何時も幸せそうに笑っていた。

でも今は違う……

 

十香は普段は隣界と呼ばれる別の世界にいる。そして何かしらの原因でこちらの世界に現れるのだが……ずっとこっちに居られるわけじゃない。他の精霊も同じかどうかまでは分からないが十香は一日から二日ぐらいが限界だ。それ以上居ようとすれば彼女の身体に相当な負担がかかってしまうらしい。

 

でも異世界に居た頃は話が違った。こちらと神次元との時間の流れが違う所為か、数十年くらいは問題なくこちらに居ることが出来た。しかし今は次元同士が繋がってしまったせいか、あっちに行ってもこちらと同じくらいしか現界することが出来ない。

 

俺はどうにかして十香を助けたかった……だから藁にも縋る思いでラタトスクを頼ってみたのだが……まだ琴里からの連絡はない。

まだ好感度を上げ続けなきゃいけないのか?そんな事を思った時だった……

 

『士道、聞こえてる』

 

「琴里!?お前今までなにを……」

 

『何をって……入ったものの何も出来ずに逃げ出すヘタレや、ゲームに一勝も出来ない負け犬を監視してたに決まってるじゃない』

 

「う……」

 

見られてたのかよ……

っていうかラブホテルの件はしょうがないだろう。まだ俺と十香はそんな仲じゃないし、十香はすごく純粋だから下手に教えるとそれを信じ込んでしまう。

俺が仲の良い男女が行うものだなんて言ってやったら、その後が大変だ……

ただでさえ俺は、ネプテューヌなどが教えた間違った知識の犠牲になっているのに……

 

『まあ、士道がチェリーボーイなのは今さらだからどうでも良いわ。それよりも、知りたいんでしょ……精霊の霊力を封印する方法を』

 

「そんなのがあるのか!?」

 

『ええ、勿論よ。と言うか、その方法が見つかったからラタトスクと言う組織は作られてるんだけどね。いい、その方法は簡単よ……あなたが精霊にキスをすればいいのよ』

 

「は……?」

 

思わず変な声を出してしまった……

いやキスってあれだよな、自分と相手の唇を合わせる。

いやいや、なんでそんなことで霊力を封印できるんだよ!どう考えてもおかしいだろ!!

確かに姫様を目覚めさせたりするのは王子様のキスってのが相場だけどさ、あくまでそれは物語とかでの話だろ。

現実でなんて……

 

『なにぼけっとしてるのよ。もしかしてキスの意味が分からないの?英語にすればkiss、日本語では接吻って言って、相手と自分の……』

 

「ちょっと待てよ。流石の俺でもキスの意味は分かるからな。問題はなんでそんな方法で封印できるかって話だろ」

 

『私も分からないわよ。まあ、減るものもないんだし別にいいでしょ。騙されたと思ってやってみなさい。それじゃあ』

 

「おい、琴里!?少しま……」

 

俺の言葉虚しく、琴里は通信を一方的に切ったみたいで返事は一切ない。

本当にそんな方法で精霊の霊力を封印することが出来るのか?本当にそれで封印できるなら喜ばしい事なんだが……

琴里は減るものがないって言ってたけど、色々と減るものがあるだろ。ファーストが付くものとかさ。

色々と愚痴りたいけど、今はこれしかないんだ……もう、覚悟を決めよう。

 

「シドー?いきなり独り言を始めて……どうかしたのか?もし体調が悪いなら、早く家に帰った方が良いのではないか?」

 

「いや……大丈夫だ。心配をかけて悪いな。それよりもキスって言葉を知ってるか?仲の良い人たちがやる事なんだが」

 

「キス?なんだそれは、聞いたこともないぞ」

 

すまない十香……

真実を言ってしまうと、とてもやり難いのでこの場に限って嘘をつくことを許してほしい。

無事に終わったら、ちゃんと真実を話すから……事実を知った十香が怒っても、彼女の望む罰を受けるから……

 

「シドーは知っているのだろう?どういったものなのだ?」

 

「そ、その、キスってのは、自分と相手の唇を合わせることで……」

 

「こうか?」

 

「―――――――ッ!?」

 

十香のなんの遠慮も躊躇もない行動に、俺は反応をすることも出来ず彼女にキスをされてしまった。

まさか言ってすぐにされるとは思わなかった……っていうかこの状況はまずい。十香の顔が近くにあるし、唇から触感と熱が伝わってきてるし、髪からはいい匂いがするし……理性が保てそうにない。

しかし、幸いにも十香はキスをしてすぐに唇を離した。

 

「そんなに驚いてどうしたのだ?仲の良い人がするのだろう?……まさか私と士道は……」

 

「そんな事はないって!ちょっと驚いただけだ!!」

 

いきなりされたから本当に心の準備が出来なかった……

でもこれで琴里に言われた霊力を封印する方法を実行したわけなんだが……今のところは特に変化は……?

なんだ?十香の身体から光の粒が現れ、それは空へと飛んでいく。よく見ると十香の着ている服から現れてるみたいなんだが……

あれ?ちょっと待てよ。確か十香の服は霊力で作ってるんだったよな……つまり霊力を封印した今は……

まずい!!そう思った俺は目をつむって顔を十香から背けると、上着を脱いで十香にそれを渡そうとする。

 

「十香、これ!早くこれを来てくれ!!」

 

「シドー、何を言っているのだ?服はちゃんと…………な!?シドーこっちを見るな!!」

 

「見てない!見てないから、これを早く!!」

 

明らかに動揺した十香は素早く俺から上着を奪い取ったみたいで、指摘してすぐに手から服の感触が消えた。

そして数秒ほどで、目を開けても大丈夫だと十香に言われたので目を開けたのだが……

まずい……今の十香の姿には少し前に殿町が熱く語っていた裸Yシャツに通じるものがある。しかもそれだけでなく顔が真っ赤になっていて瞳には涙を浮かべている……本当に色々とまずい……

 

「シドー……その、私の事をじっと見つめないでくれないか……この姿でも恥ずかしいのだ」

 

「あ……わ、悪い!!」

 

十香に言われて俺は慌てて彼女から顔を背ける……確かにじろじろと見るものではないからな。

ともかく、これで十香の霊力の封印に成功したはずだ……恐らくだが霊力がなければ空間震を起こすことは出来ないはずだ。そうなれば問題はASTだけになるが……

ASTをどうすればいいのか……俺がそう考え始めた矢先の事だった。

 

ドンッ!!

 

突如大きな破壊音が耳に響いてきた。

十香の封印が終わった……その事実に気を抜いていた俺は、その音に驚きながらも音の発信源を見つめる。

そこには……

 

「ネプテューヌ?」

 

変身したネプテューヌが空に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時を戻して、士道と十香が高台の公園に入る少し前。

そこから離れた位置にある別の高台……そこには奇妙な機械を身に着けた集団……ASTが待機していた。

 

「……で、結果はどうなのよ」

 

『先ほどから何度もやってますが、存在一致率九八・五パーセント……彼女から出ている霊力も以前観測したものとほとんど同じですし……間違いなく精霊だと思われます』

 

部下からの報告を聞いたASTの現場指揮官……日下部燎子は思わず溜息を吐いた。なんでこうも厄介ごとが重なるのかと。

 

ASTの当初の目的は昨日行方不明となった鳶一折紙の捜索だった……しかし捜索に出ていた隊員の一人から精霊に似た少女を発見したと連絡が入ってきたのだ。

最初は信じられなかったが一応観測器を回してみたところ、あり得ない程の高さの存在一致率と人間が持っているはずのない霊力が探知されたため、急遽任務が精霊の監視に変わったのだ。

 

今までは空間震抜きの現界なんてなかった……いや、もしかしたら有ったのにこちら側では探知できなかっただけかもしれないが、空間震のない精霊の出現という前代未聞の事態に上層部は大慌てで対策会議を始めているらしい。

なにせ空間震がなかったため警報が鳴っておらず、誰一人として民間人が避難していない状態だ。もしこの場で精霊が暴れだしたら……日下部はその光景を想像してゾッとしてしまう。

 

「攻撃許可は出ないのですか?」

 

「まだ、現場待機よ……正直このまま消失してくれると嬉しいんだけど……」

 

「ASTがそれでいいんですか?上の人に聞かれたら大変ですよ」

 

部下のジト目にさらされながらも、日下部はしょうがないじゃないかと思う。

 

ASTが今監視している精霊、プリンセスはここ最近はあまり破壊活動をしない精霊だ。現界してもすぐに建物に隠れてしまうし、こちらへの攻撃も手加減しているのかあの精霊の攻撃で重症を負った者は誰一人としていない。

でもそれはあくまで圧倒的な強者としての行動だ。今の精霊は霊装を纏っていない。こちらの攻撃が十分に届く可能性があるが、もし中途半端な攻撃をして命が危機にさらされた事を知ったら精霊はどんな行動に出るだろうか。

間違いなく死に物狂いでこちらを攻撃してくるだろう。そうなればこちらにも死者が……それだけで済めばいいかもしれない。民間人が避難していない今、精霊が暴れでもしたら最小でも数百人の死者が出るだろう。

正直そんなリスクを犯したくはなかった。

 

「今のは聞かなかった事にしておきますが……それにしても、あの精霊随分と楽しそうにしてますね。はたから見るとデートですよ、あれ」

 

「精霊と人間がデート?」

 

何を馬鹿なと言いたくなったが、そう見えなくもなかった。

精霊の隣に居る男性……観測器で確認した結果間違いなくただの人間だが、その男性と精霊が仲睦まじそうにしている様子は何度もこの目で見ている。

たった一日でそれほどの関係を築けるのか……少し気になったが、すぐに考えを放棄した。自分たちはAST、精霊を排除するための組織……あの男性と精霊の仲など知ったところで関係ないのだ。

むしろ、あの男性と精霊には感動的なラブストーリーがありました……なんて事になったら仕事がしづらくなる。

 

でも……高校生と言う青春の真っただ中で恋愛出来るのは望ましい。もしあの時自分も恋愛をしていれば同級生たちに「あれ?燎子ってまだ彼氏もいないの?」や「そろそろ、真面目に考えないと婚期を逃すわよ」とか言われる事なんて……

 

「あ、あの?隊長?私怨がこもった視線を精霊に向け……」

 

「あなたは精霊を監視していればいいのよ。分かった?」

 

「い、イエッサー」

 

日下部の威圧に、隊員は素直に従う……ああなった日下部隊長には誰も触れるな。ASTの隊員達の暗黙の了解であった。

過去にふざけて触れた隊員は一週間程、笑う事しか出来なくなった。

 

彼女はライフルのスコープに目を当てる……精霊が居た場所を再び見るとそこには光の粒を出しながら服が徐々に薄くなっている精霊の姿があった。

まさかこちらの監視がバレたのか?霊装を纏って攻撃するつもりなのか?そう思って警戒した隊員だったが、精霊が全裸になってしまったのを見て緊張がぶっ飛んでしまった。

一体なにをしたいのだ?精霊も男性も顔を赤く染めているのを見ると両者とも予想外の事態のようだし、自分がスコープから目を離していたすきになにが……

予想外の事態に頭がこんがらがりそうになる隊員だったが……

 

「っ!?攻撃の許可が出たわ。今すぐ精霊を攻撃しなさい」

 

日下部の命令が聞こえた瞬間、隊員は思考を軍人としてのものに切り替える。今、軍人として優先するべきは敵への攻撃だ。

未だに動揺している精霊にスコープを通して狙いを定めると、その引き金を引こうとして……

 

ドンッ!!

 

そんな破壊音と共に隊員の身体は吹き飛ばされた。

宙を舞い、何度も地面に叩きつけられた隊員は、何とか途中で体勢を立て直して地面に着地すると、先ほどまで自分の居た場所にはライフルの残骸と深く切り込まれた地面があった。

 

「……大丈夫!?」

 

「は、はい。」

 

日下部の声に慌てて返事を返す隊員、土で汚れていることを見るに彼女も吹き飛ばされたのだろう。

日下部と隊員の二人は上空を見つめる、そこには自分たちに攻撃してきたであろう人物が飛んでいた。CR-ユニットに似た衣服に身を包み、長く伸びた紫色の髪は三つ編みにして纏められている。そしてその他には刀を持っていた。

何者かは分からないが、少なくとも自分たちの味方ではない事は理解できた。

 

「あなた達には特に恨みはないのだけれど……悪いけど此処で眠ってもらうわ」

 

謎の人物がそう宣言すると、刀を構えASTに襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ってことで、どうやらASTにつけられていたみたいで、攻撃されそうになったらすぐに対処出来るようにネプテューヌに監視させていたのよ』

 

「だったら、分かった時に教えてくれよ」

 

『仕方ないでしょ。ASTの尾行に気づいたのは士道との通信を終えた後なのよ。連絡する余裕もなかったし、それにまさか住民の避難もさせないままに攻撃するとは思わなかったのよ』

 

それなら仕方ないのかもしれないが……なんて間の悪い時に攻撃しようとするんだよ。

十香の霊力を封印してすぐだなんて……あ、敵として精霊を討つと考えると最適なタイミングじゃないか……たぶん、たまたまだとは思うけどな。

 

俺は十香と共に身を隠している物陰から顔を出して、ネプテューヌとASTの戦闘を眺める。

情勢はネプテューヌの圧倒的な優勢だった。ASTはネプテューヌの攻撃によって次々と倒れていくのに対して、ASTはネプテューヌに傷一つつけることが出来ていない。

まあ、当たり前の話なのかもしれない。精霊(俺は十香しか知らないので彼女との比較になるが)ほどの力は持っていないにしても、普通の人間とは比べものにならない程の絶対的な力を持っているのが女神と呼ばれる存在だ。

 

「す、すまぬシドー。私もネプ子の加勢に行きたいのだが、先ほどから何回やっても、天使も霊装も顕現させることが出来ないのだ……」

 

「それについては後で説明するから、十香が気に病む必要はないぞ……それで、琴里。フラクシナスに回収できないのか?」

 

『ちょっと待ってなさい。直ぐに回収するわ』

 

それは良かった。

ASTはネプテューヌが直ぐに倒してくれるだろうが、霊力が封印されて無防備になった十香をいつまでもおける場所ではないからな。

そんな事を思った矢先に

 

『指令!!ASTが二人に近づいています!このままだと前回と同じ事に……』

 

『なんですって……仕方ないわ。士道、いったんその場から逃げて……』

 

「いや、このまま十香だけでも回収してくれ……時間は俺が稼ぐ」

 

『はぁ?あんた一体何を言ってるのよ!!普通の人間が魔術師に勝てるとでも……』

 

琴里には申し訳なかったが、耳に入れていたインカムを取るとそれを制服のポケットの中に入れた。

ASTはもう眼前にまで迫っている……十香と一緒に無傷で逃げるのは厳しいはずだ。十香の確実な安全を保障するにはこうするしかない。

十香はいきなりフラクシナスの中に飛ばされたら混乱するかもしれないが……そこらへんプルルートに任せるしかないだろう。

 

十香に「ここ待っていてくれ」と一言だけ伝えると俺は物陰から出る。そうすると目の前には比較的軽装のASTが二人立っていた。良かった……ミサイルとか持ち出されたら、こちらも色々と覚悟しないといけないからな。

 

「あ……あなたは、精霊と一緒に居た……」

 

「きっと逃げ遅れたのよ。ちょっと待ってね、今すぐ安全な場所に……っ!?」

 

あくまでも俺を一般人だと思っているのだろう……二人は慌てた様子で俺の方に駆け寄って来る。

その姿は、完全に油断しているように見て取れた……だから俺は……

 

その内の一人の顎を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

隊員は今目の前に広がる光景が信じられなかった。

女性が男性に蹴り飛ばされる……この言葉だけなら別に信じられない光景ではないかもしれない。でも蹴り飛ばされた女性は普通の人間ではない。CR-ユニットを纏った超人……人の力では蹴り飛ばすどころか触れることすらかなわない存在なのだ。

確かに自分達はたかが一般人と高を括っていた……でも最低限の随意領域は展開していた。

つまり目の前に居る男性は弱かったとはいえ随意領域を破ったのだ。

 

(精霊の仲間!?)

 

隊員は目の前の男子にそういった判断を下すと、近接戦闘用の対精霊レイザー・ブレイド〈ノーペイン〉を抜いて、敵に構える。

今回の任務は監視が主体だったため重火器を持ち込んでいない……今手元にある遠距離武器はハンドガンだけだ。目の前にいる随意領域をたやすく破壊した敵にその程度の攻撃なんて通用するとは思わないし、狙いをつける時間すらくれないだろう。

 

隊員は相手を睨みつけるように見つめるが、相手からの動きは一切ない。ただ落ち着いてこちらを観察しているだけで、こちらから動こうと言う意志は感じ取れなかった。

しばしの間、膠着状態に陥る二人……それを破ったのはASTの方だった。

 

「はぁぁぁああ!!」

 

隊員は構えたレイザー・ブレイドを胸元に持ってくると、目の前の敵に素早く突きを放った。随意領域で強化された身体で放つ突きは常人……いや、その道のプロでも目視不可能なものとなっていた。

しかし、それは身体を横にずらされる事で容易くかわされた。そして体の右を通過していく隊員の腕を右手でつかむと半回転しながら胸元を左手で掴む。

まずい……隊員がそう思った時にはすでに遅かった。

 

「がぁっ!?」

 

そのまま、背負い投げの要領で隊員は地面へと突き落とされた。

背中から襲ってくる痛みに思わず意識を手放しそうになる隊員……

しかし、こんなところで倒れていられないと気合で持ち直して随意領域を全力で展開させる。

しかし……

 

「あ……」

 

彼女が最後に見たのは自らの全力の随意領域を蹴破って近づく敵の足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、すこし鈍ってたか……」

 

俺はよけ損ねて切り裂かれた制服を見つめながらそう呟いた。

 

やっぱり戦いから半年近くも離れると多少は経験が鈍ってしまう。

でも日常生活を送る上で関係なかったのと、いざとなればあれがあるので、それでも良いかと考えていたのだが……やっぱりこれはまずい。他の精霊で荒事に巻き込まれたら死ぬ可能性もある。

休日に神次元や超次元の方に行って感覚を取り戻しておこう。それなりのモンスターを狩ればイストワールの手助けにもなるし一石二鳥だろう。

 

「そっちも終わったようね」

 

「ネプテューヌ……ここに来たってことはそっちも終わったのか?」

 

「ええ、たわいない相手だったわ」

 

ネプテューヌが戦っていたと思われる場所を見つめれば、そこにはASTと思われる何人もの人影が倒れているのが確認できた。

身動き一つしてないんだが……死んでないよな?

流石にそこまでの事はしないと思うが……戦っていた場所がネプテューヌの斬撃による幾重もの崖のような跡があるのを見るに、十香に手を出そうとした事に内心お怒りだったようだ。

本気で生きてるかどうか気になり始めた辺りで、ネプテューヌが光に包まれたかと思うと、そこには何時ものネプテューヌの姿があった。

 

「いや、これで何とか一件落着って感じかな。これで十香が攻撃される理由を失ったんだしね」

 

「ああ……そうなんだが……」

 

それで果たして上手くいくのだろうか……

確かに霊力を封じられた十香はもう空間震なんて起こすことは出来なくなるだろう。でもそれで、ASTがすんなりと攻撃をやめるとは到底思えない。

 

でも事態が好転したのは事実だ。今の霊力を失った状態では隣界に戻る必要があっても、もう十香は空間震を起こせないだろう。そのための力がないのだ……そして、それならばASTは十香の存在を感知することは出来なくなる。

霊力を失ったことで隣界に戻る必要がなくなるのなら、神次元にかくまえば十香の安全は保障される。神次元の方は女神達と十香の仲は良好だからきっと受け入れてくれるだろう。

 

「まあ、十香の事は無事に解決したって事にして……士道はこの人達をどうするつもりなの?顔を見られたんでしょ。流石にこのまま放置……ってのは不味いよね。なにか方法とか考えてなかったの?」

 

「あ……」

 

まずい……そこまで考えてなかった。

あの時は十香の身の安全を確保するのが最優先だったと言えばいいのか……その後の事までは全く考えてなかった。

よくよく考えてみると、普通の人間がCR-ユニットを纏った人間を倒すなんてあり得ない事だ。下手をすると指名手配……とまでは行かなくても事情聴取をされるのは避けられないはずだ。

俺が頭を抱えて悩んでいると、ネプテューヌは「しょうがないな」と言いながら木刀を取り出した……なぜだろう。嫌な予感しかしない。

 

「しょうがないな。こうなったら、わたしが古今東西から伝わる頭の中から記憶を消す方法で、この人達の記憶を消してあげるよ」

 

「おいまさか……その方法って……」

 

「勿論、記憶が消えるまで頭を叩き続ける方法に決まってるじゃん。もう、士道ったら、そんなこともしらないの?」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

俺は大声を上げながら、今にも木刀を頭めがけて振り下ろそうとしているネプテューヌを止めに掛かる。

一体ネプテューヌは何を考えてるんだよ!人の頭がどれだけ繊細に出来てるのか分かってるのか!?そんな事をして都合よく消えるのなんてアニメや漫画の中の話だけだからな!!

現実でやったら、すべての記憶が消し飛ぶか、そもそも二度と目を覚まさなくなる可能性もある危険な行為だってことが分かってるのか!?

 

「ね、ねぷ!?し、士道、放してよ!そんなに心配しなくても大丈夫だよ。なんたってわたしは主人公なんだからね。一発で綺麗に決まるはずだってば」

 

「相手の命が一発で綺麗に決まるわ!!ふざけてないで真面目に考えろよ!」

 

そんな方法を実行されてたまるかと、未だに木刀を振り下ろそうとするネプテューヌと取っ組み合いを繰り広げていると……急な無重力感に襲われた。

そして次の瞬間には公園の中ではなく、フラクシナスの艦橋の中に俺達はいた。辺りを見るとプルルートの隣に立っている十香の姿も見て取れた。

取り敢えず、俺達が争う理由はなくなったので取っ組み合いをやめた。

 

「士道君、お疲れさま~。十香ちゃんにはぁ、あたしがちゃんと説明しておいたよぁ~」

 

「こういった組織に協力していたのなら、素直に言えば良いのだ……別に私はこの程度の事で怒ったりはしないぞ」

 

どうやら、最近俺が変だった理由を知った十香は少し機嫌が悪いようだ……

十香に怒られるっていうよりは、俺がまだ組織を信用できなかったのもあるし、なにより目的が好感度を上げるだなんて真実を話したらよりお互いに気にしてしまってそれどころじゃなくなってしまう。

と言っても、俺が十香に真実を隠していたのに変わりはない。素直に謝るべきだろう。

俺が十香に近づこうとしたところで……

 

「がっ!!…………こ、琴里!?」

 

鳩尾の辺りから強い衝撃が襲ってきた。

慌てて下の方を向けば拳を構えた琴里がいた……その瞳には涙を浮かべている。

 

「なに無茶をやってるのよ!今回はたまたま倒せたから良かったものの、下手したら死んでたかもしれないのよ!!」

 

「いや……異世界でモンスターと戦ってたから、ASTにも勝てるんじゃないかなって思って……」

 

「そのモンスターよりASTが強い可能性も十分にあるでしょ!!…………心配したんだから……」

 

「悪かった……」

 

俺は琴里に素直に謝った……

帰ってきたら怒らせるとは思っていたが、まさか泣くまでは予想外……いや、少しくらいは思っていたのだが、黒いリボンを付けた琴里は気が強いので泣くまでとは思っていなかった。

妹を泣かせるまで悲しませるなんて……お兄ちゃんとして失格だよな。

 

「ふん、分かればいいのよ」

 

琴里はそう言い放つと、自分の席に戻っていた。

そこには何時もの、司令官としての強気な琴里がいた。

一応許してもらえたのかな?……今度からはあまり無茶をしないように心がけよう。どこまで自制出来るかは自信がないけどな……

 

って、そういえば結局あの隊員達の記憶ってどうなるんだ。

 

「なあ、琴里……ASTに俺の姿が見られてしまったんだが……」

 

「たっく、しょうがないわね。神無月、たしかその辺にハンマーをしまっていたはずだから、下に降りて頭をそれで……」

 

「お前も同じかよ!!」



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エピローグ

「……以上です」

 

フラクシナスの中でも司令官である琴里にしか入ることが許されない特別通信室。

その部屋の中央には円卓が設けられており、その円卓の一席に座っている琴里は今回の精霊攻略に関する報告を行っていた。

一席と言っても、この場に居るのは琴里のみで他の人物は別の場所におり、会話は通信を通して行われている。ちなみに琴里の趣味なのか、円卓の上には四体のぬいぐるみが置かれていた。

 

『……彼の力は本物だったと言う訳か』

 

琴里の左手に座った猫のぬいぐるみからそのような声が発せられた。

いや、実際にはその隣のスピーカーから発せられているのだが、スピーカーは小さく見えにくいため琴里の目にはそう見えた。

ちなみに通信されているのは音声だけで映像はされていない……もしこの光景が見られたら琴里は怒られること間違いなしだろう。

 

「だから、言ったじゃないですか。士道ならちゃんとやれるって」

 

『君の話だけだと、信憑性がなかったのだよ。精霊の力を吸収する能力など、とてもではないが信じられなかったのでね』

 

『しかし、いくら信じられなくとも事実封印に成功しているのだから、信じるしかないだろう。それよりも気になるのは、この女神と呼ばれる存在だ』

 

会話に割り込んできたブルドックの話を聞きながら琴里は顔をしかめた。

やはり来たかと……本当はこの事実は隠しておきたかった。絶対にここにいる奴らはろくでもない事を考えると、確信にも似た予感があったからだ。

しかし、だからと言って組織の一員として全てを隠して置く事はできない……士道の不利益になる情報を隠すだけで精一杯であった。

 

『戦闘中の映像を見させてもらったが……見た限りでは精霊にも劣らない戦闘能力を見せていたじゃないか。本気を出した際はどれほどの力になるのかね?』

 

「あくまで聞いた話ですが、精霊には一歩劣るもののASTをはるかに凌駕した実力を誇るようです」

 

『聞いた話か……その話に信憑性はあるのかね。データとして示してもらわないと困るのだよ』

 

「それは……」

 

無茶を言うなと怒鳴りたくなるのを琴里は無理やり抑えた。

目の前のブルドックは平然と言ったが、フラクシナスに積まれたセンサーで一切感知できない力をどうやって測れと言うのか?

まさかとは思うが精霊と実際に戦わせる……なんて馬鹿な答えではないと思いたかった。そんな事をすれば本末転倒だし、街一つくらい消える……

たぶん、何も考えないで話しているのだろう。

 

『そう彼女をせめてはいかんよ。報告書を読む限りではデータを取ることは出来なかったのだろう?それよりも私が聞きたいのは、どうやって異世界間を移動しているかと言う話だ』

 

「本人には一応聞いたのですが、言いたくないそうで……下手に尋問をすればこちらの立場が悪くなるのでこれ以上は……」

 

やはり聞いてきたか……

琴里はそう思いつつ、会話に割り込んできたネズミに事前に考えていた嘘を話した。

士道から聞いた話によれば異世界にはこちらよりも進んだ技術がいくつもあるらしい。この事は報告はしてないので気づいているかは分からないが、異世界からの何かしらの利益を独占したいと考えているのだろう。

丸わかり過ぎる。

 

『……異世界の事はこちらでも完全に予想外の事態だ、また別の機会に話すとしよう。五河指令、なにはともあれ素晴らしい成果だ。これからも期待しているよ』

 

「はっ」

 

リスの声を聴いた琴里は初めて姿勢を正して、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁ」

 

十香の霊力を封印してから一夜……たった一日で修復を終えた校舎の中で俺はあくびをしていた。

琴里に聞いた話だが、空間震の被害の修復には顕現装置が用いられた装置で修復しているらしい。そのためか、たった一日で元通りとなっていた。

 

ASTの攻撃から無事に逃れられた後、十香は検査があるとのことでラタトスクの職員の人たちに連れていかれてしまった。さすがに此処に来て裏切りなんて事は考えたくなかったのだが、もしものためにプルルートが十香についていった。

霊力を封印する方法は教えてもらったが、封印した後の十香を好き勝手に使わない……なんて保証はなかったからな。まあ、大丈夫だとは思うけどな。

ちなみに、ネプテューヌは超次元の方に帰っていた。さすがに転換期の真っただ中にこれ以上国に居ないのは不味いからな……まあ、国に帰ってもやる事なんてゲームとかなんだろうけどな。

 

それにしても、あの十香の霊力の封印の際、何かしらの力が流れ込んできたような気がしたんだが……もしかして封印って俺の身体にするのか?

だとしたら……あの力って……

 

「……よう、五河士道……覚悟はできてるんだよな?」

 

「殿町……ってどうしたんだよ!!お前、血の涙を流してるぞ!」

 

急な声に驚いて後ろを振り向けば、そこには瞳から血を流した殿町が立っていた。

一体何があったんだ?病院に行った方が良いんじゃ……っていうか殿町のあまりにも酷い有様に皆距離を取ってひそひそ話をしている。

「一体何があったの」や「事故にでもあったんじゃない?」や「より気持ち悪くなってるわ」や「士道君が浮気したんじゃない?」とか……って最後の言った奴だれだ!?

俺と殿町は断じてそんな関係じゃない。

 

「よくも、よくも白々しく学校に登校することが出来たな!!」

 

「ちょっと待って、一体なんの事なんだよ!」

 

「俺が何も知らないと思うな!何が旅先で会っただ!!これを見て同じことが言えるのか!!」

 

そう雄叫びを上げながら携帯を取り出す殿町……なんかこれ似た光景、つい最近にもなかったか?

すごく嫌な予感がするんだが……

殿町の取り出した携帯の画面を見つめる。するとそこには俺と十香が一緒に出歩いている写真が……これはもう誤魔化せそうにない。

本当にどうしよう……

 

「さあ……今度こそ真実を話してもらうぞ。五河士道、この写真の少女とは……」

 

「皆さん、ホームルームを始めるので席に座ってください」

 

た、助かった。

珠恵先生が現れたことで、殿町もさすがにこの場での追及は諦めたようで舌打ちをした後、席の方に戻っていた。正直、血を流しながら問い詰めてくる殿町はゾンビのようで恐ろしかったからな。

今も席に座りながら呪いのような恐ろしい言葉を唱えてるし……なんか別の理由を考えてないとまずいな。

 

「今日は出席を取る前にサプライズがあります。……入ってきて!」

 

珠恵先生がそう言うと、扉の奥の方から声が聞こえてきた……転校生だろうか?

教室中の生徒が扉の方に視線を向ける……そして扉から入って来た人物を見て俺は声を失ってしまった。

だってそこには……

 

「今日から厄介になる、夜刀神十香だ。皆よろしく頼む」

 

制服を来た十香がいたのだから……

たぶん琴里達が十香が一般人として暮らせるように手を回してくれたのだろうが……他にも方法ってものがあるだろう。

それに俺にまで黙ってるなんて……

たぶん琴里の奴、俺が慌てふためく様を録画してるんだろうな……本当にどこで育て方を間違ったのだろう。

 

「おお、シドー!会いたかったぞ!!」

 

十香の大声に反応するように俺に向けられた注目に頭を抱えたくなりながら、俺はこの後に言わなければならない言い訳を必死に考えることにした。

いや、だって何か考えないと、もはや化け物と化している殿町がガチで怖いし……




今までお読みいただきありがとうございます。
今回で十香の話は終わりで、次は四糸乃……の前に番外編を入れます。
内容としてはラタトスクに捕らえられた折紙が中心となる話です。そこでは伏線っと言うほどのものではなかったかもしれませんが、士道の使いたくない力についても明かされます。
感の良い方は予想が付いているかもしれませんが……楽しみに待ってもらえると嬉しいです。


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番外1

突然で悪いのだが選択と言う言葉を知ってるだろうか?

いや、別に某アニメのオープニングをパクったりするつもりはないのだが、選択と言うのは持ってるお金を何に使うかとか、休み時間に何をするかとか、そういったものだ。

これは時に重大な意味を持つことがある。俺の場合で例えれば、あの日買い物に行くという選択をした結果、ネプテューヌと出会うことになり異世界に飛ばされることにもなった。

もし俺が別の日に買い物に行こうと思えばネプテューヌと会うこともなかっただろうし、異世界に飛ばされることもなかったはずだ。

この事を踏まえると、何気ない日常の些細な選択が巡り巡って重大な結果を伴うことがある。

 

まあ、選択について長々と解説をしたわけだが、何が言いたいのかと言うとたった一言だけだ。

 

「シドー、こっちのパフェの方が美味しいに決まっている。早く口を開けるのだ!!」

 

「貴方のパフェは量だけの美味しさを考えられていないもの。五河士道には趣味を含めるとこちらの方が美味しく感じられるはず。あーん」

 

「そ、そんな事があるか!?でたらめを言うでない!!」

 

「一般論を言ったまで、潔く自分の負けを認めて帰るべき」

 

「なんだと!!」

 

俺は何処で選択を間違えたのかと言うことだ……

 

おかしいな……二人の間には火花が散っているように見える。十香は霊力を封印されているし、鳶一は顕現装置がないはずなんだけどな……

はっはっはっ、もう苦笑しかできない。本当にどうすれば良いんだろう?誰でもいいので教えてください。お願いします。

半ば現実逃避を始めた俺は、なぜこうなったのかを思い返してみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事らしいんだよ」

 

十香の霊力の封印を無事に終えて数日が過ぎた休日。

俺は神次元にあるプルルートの部屋で、先日琴里から説明された、俺の霊力を封印する能力についての説明をネプテューヌとプルルートにしていた。

琴里が言うには俺には精霊とキスする事によって霊力を封印することが出来る能力があるらしい。ただし、どんな精霊にもできると言うわけではなく、好感度を上げて信頼関係を築かないといけないらしい。

そして封印された十香の霊力はどこかに消えたわけではなく、俺の身体の中に大部分は封印されていて、目に見えないパスを通って十香と俺の身体を霊力が循環していること、十香が精神的に不安定になると霊力が十香に逆流してしまう事を伝えられた。

 

その事を二人に説明したのだが……その二人の感想は……

 

「「ギャルゲーの主人公みたい」」

 

ですよねぇー

正直、俺も初めてその話を聞いた時は、声には出さなかったもののそう思ってしまった。

いや、だってギャルゲーとかだと主人公のキスが重要になってることが多いんだよな。実際に朗読プレイをしたキャルゲーにもそんな感じの設定があったし。

ちなみに俺になぜそんな力があるのか聞いてみたが……それについてはラタトスク側も一切分かっていないらしい。ただ俺に霊力を封印する力があると言う事実だけが把握できているらしい。

本当になんで俺にそんな力が……と思っているとプルルートが俺から微妙に距離を取り始めていた。

 

「プルルート……?一体どうしたんだ?俺がなにかしたのか?」

 

「だってぇ~、士道君はギャルゲーの主人公なんでしょ~。だからぁ、迂闊に近付いたら、あたしも落とされちゃうんじゃないかなって~」

 

「なんで、そんな結論になるんだよ!ネプテューヌからも何か言ってやってくれよ」

 

「あれ~?よくよく考えてみると、空から落ちてきたわたしってヒロインっぽくないかな?アニメとか漫画とかでもよく見かける奴だし、むしろ、わたしと会ったことで非日常に巻き込まれた事を考えると……はっ!!もしかしてわたしがメインヒロインなの!?どうしよう、ぷるるん!?このまま士道が誰かのルートに分岐するフラグを立てないと、わたしは主人公の座を奪われるだけじゃなくって、士道に身も心も落とされちゃうんだよ!!」

 

「ふぇ~、それは大変だぁ~。こうなったらぁ~、あたし達が士道君に攻略される前に調教を……」

 

「ちょっと待って!!今凄く不穏な言葉が聞こえたんだが!?」

 

「き、気のせいだよぉ~」

 

絶対に嘘だ。

俺の耳がおかしくなければ今プルルートが調教と言う言葉を言ったはずだ。それに背筋のあたりが凍りついたのかと思うくらいひやっとした。

調教って……まさか変身して俺に色々とする気じゃないよな。そんな事はしないよな。流石のプルルートでも………………本当にされそうだ

誤解であんなことをされるなんて洒落にならないぞ!!

 

「ぷるるん……流石にそこまでするのはわたしも気が引けるんだけど。別にそんな事をしなくても、わたし達以外のルートに入るようにすれば良いだけだしさ」

 

「駄目だよ~、ねぷちゃん。最近のギャルゲーにはハーレムエンドがあるからぁ、ちゃんと対処しないと、全員落とされちゃう可能性もあるんだよ~」

 

「ねぷっ!?それは盲点だったよ。もうこうなったら士道を倒して主人公の座を奪うしかないよね。士道には恨みはないけど、此処で「てい」ねぷっ!?」

 

これ以上は収拾がつかなくなってきそうだったので、いつも通り強制的にネプテューヌを止めた。

なんと言えばいいのか……この二人が話し始めると話題が明後日の方向に飛んでいくんだよな。一応この話は俺の力に関するかなり真面目な話だったはずなんだけどな……

まあ、必要以上にシリアスにならないという良い面もあるんだけどな。

 

「あれ、士道さんこちらに来てたんですか?お久しぶりですね」

 

ドアの方から声が聞こえてきたので振り向けば、そこには人形のような小人が宙に浮いた本の上に座っていた。イストワールだ。

彼女は神次元のプラネテューヌの女神であるプルルートの補佐をしている……と言うか女神本人はめったに仕事をしないため、実質上プラネテューヌを治めている存在だ。

それにしても今までどこに行ってたんだろ?何時もは部屋に居ることが多いはずなんだが……

 

「イストワール、今までどこに行ってたんだ?」

 

「それがお茶菓子が切れていたので、買い物に行っていたのですが……想像以上に重くて三日かかってしまいましたよ(; ̄д ̄)」

 

相変わらず三日かかる事は変わりないんだな……

あまり付き合いは長くないがネプテューヌに話を聞く限りだと、超次元に居るイストワールもそこは変わりないらしい。思わず苦笑してしまう。

どうにかならないものなのかな……

 

ってこんな風に和んでいる時間はあまりなかったな。

直ぐに用事がある事を思い出した俺は、その場から立ち上がって元の世界に帰ろうとする。

 

「士道君、もう帰っちゃうのぉ~。こっちに来たのは久しぶりなんだからぁ、もう少しくらい遊んで行ってもいいんだよ~」

 

「もしかして……わたしとぷるるんの悪ふざけに怒っちゃったのかな?」

 

「そんな何時もの事で怒ったりしないから……ただ、鳶一の件でラタトスクから呼び出されたんだよ」

 

鳶一、その名前を聞いた瞬間、二人は納得がいったようで「ああっ!!」と手を打った。

鳶一折紙、対精霊部隊に所属しているクラスメイトなのだが。先日、俺がフラクシナスに戻る際に巻き込んでしまいラタトスクの秘密を知ってしまったため、現在はフラクシナスの牢獄に入れられている。

しばらくの間そこで鳶一は意識を失っていたらしいのだが、昨日の昼頃に目を覚ましたらしい。

目を覚ました鳶一を説得するべくラタトスクは手を尽くしているらしいが、彼女は何も話すことなくだんまりとしているらしい。

 

とここまでは納得できたのだが、それにしびれを切らした琴里に「彼氏なら話にも応じるでしょ」と言われてしまい。今日の午後からは俺が鳶一と交渉することになっている。

その手の専門家でも無理な事を、その道の素人である俺にどうにか出来るなんて思わないんだがな……

まあ、やれる限りはやってみるが。

 

「鳶一さんですか?初めてお聞きする名前なのですが、士道さんと彼女にはどのような関係があるのですか?( ̄ー ̄?)」

 

「いーすんには言ってなかったんだけど~。鳶一ちゃんはぁ、士道君が催眠術で落とした人の名前なのぉ~」

 

「へぇ?」

 

ちょ!?

まだそのネタを引っ張るのかよ!もう引っ張らなくてもいいだろ!!

しかも、よりによってネプテューヌが目を輝かせている……絶対に何か余計な事を言うつもりだ。

 

「いーすん早く逃げてっ!!士道の次の目的はいーすんだよ!士道は催眠術を使っていーすんを洗脳して自分のペットにするつもりなんだよ!!」

 

「だ、駄目ですよ! 私にはプラネテューヌを発展させるという使命があるのですから!するんだったら、プルルートさんを洗脳して真面目にお仕事するようにしてください!!Σ(゚д゚;)」

 

「いーすん、それはひどいよ~。あたしだって、仕事をする時はちゃんとしてるんだよぉ~」

 

なんか今のイストワールの意見ってちょっと良い意見のような……

一応、自己暗示は使うことは出来るし……この際だからその手の本を買って勉強をしてみようかな。

たぶん似たようなものだと思うから、勉強すればそれなりの速さで習得できると思うんだよな。

もし習得に成功することが出来れば、プルルートだけではなくネプテューヌも真面目に仕事を……

 

「あの……士道さん?目が本気と書いてマジって目をしてるんですけど……もしかして本気なの!?本気で催眠術を習得する気なの!!わたしとぷるるんを洗脳して何をやらせるつもりなの!?」

 

「仕事」

 

「うわぁぁぁああ!!ごめん、謝るから!悪ふざけしたのは謝るから、それだけは絶対にやめて!お願いだよ、士道!!」

 

「士道君、ごめんなさいぃ~!!」

 

「あっ、やっぱり二人の悪ふざけだったんですねε=( ̄。 ̄;) 」

 

俺の発言に慌てふためいて謝る二人……

これで少しはこり……ないだろうな。なんせこの二人だし。

一時間後くらいには忘れて何時ものように仕事をサボって悪ふざけをしていそうだ……その光景が目に浮かんでくる。

本当に少しはどうにかならないのだろうか……

 

って、そろそろ帰らないと約束の時間を過ぎてしまそうだ。

遅れたら黒いリボンをつけた司令官モードの琴里に「なに時間に遅れてるのよ。動物でも時間を守れるのよ。今すぐ紀元前に行ってやり直してきなさい」とか罵倒されそうだ。

本当に一体いつあんな趣味を持ってしまったのだろう……お兄ちゃん少しだけだけど悲しいよ。

 

「それじゃあ、そろそろ時間だから帰らせてもらうな」

 

「ちょっと待ってよ!わたし達を洗脳しないって、約束してから帰ってよ!!」

 

いや……だって、破るかもしれない約束って出来ないだろ?

鳶一の件が終わったら本屋にでもよってみよう。本気でする気はないが、良い脅しの材料になりそうだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で鳶一はどうなってるんだ?」

 

「一応、昨日の夜に連絡したでしょ。こっちの言葉になんの反応も示さず、頑なに口を閉ざししてるわ」

 

空中艦フラクシナス……その内部にある牢獄への通路を俺と琴里の二人っきりで歩いていた。

一応、何かしらの変化があるかと思って琴里に聞いてみたんだが……何も変化がないらしい。

何度も言ってるんだが、俺にこの状況をどうにかできるとは思えないんだよな。戦闘ならまだしも交渉なんて俺はど素人に近い。こんな高難易度の相手をどうにかできるとは思えない。

そう、俺が今から始まるであろう鳶一との交渉に不安を抱えていると……

 

「そんなに緊張しなくてもいいわよ。別に士道に過度な期待を抱いてるわけではないわ。ただ士道は学校で普通に会話が出来てたから、もしかしたら……なんて甘い考えを抱いてるだけよ」

 

「と言われてもな……」

 

俺の交渉が失敗すれば鳶一は一生牢屋暮らし……なんて事になりかねないし……

その事を思ってしまうと、どうしても緊張してしまうんだよな。正直に言うと、精霊との交渉に向かう前よりも緊張してしまっている。

精霊の時は相手がどんな状態か分からなかったけど、今回の件はネガティブな情報しか聞こえてこないからな……

 

「こういった無口な精霊もいるかもしれないんだし、その練習とでも思っておきなさい……って、話をしていたら着いたみたいね。此処よ」

 

琴里が指をさした場所には一枚の扉があった。扉の中央にはガラスが設けられていて、こちらから中の様子を窺うことが出来るになっている。

そのガラスごしに中を覗くと、刑事ドラマの取調室のように机を挟んで二つの椅子が対面に置かれており、その片方……扉から遠い方の椅子には鳶一が座っていた。よく見れば脱走を防止するためか鳶一の両手足には手錠が掛けられている。

 

「それじゃあ、私は隣の部屋で様子を見ているから、頑張りなさいよ」

 

そう言って、琴里は鳶一のいる部屋の隣にある扉の中に消えていってしまった。

まだ自信はないのだが……ここまで来たのならやるしかないだろう。

深呼吸をして息を整え、覚悟を決めた俺はインカムを耳に入れるとその扉を開けて中へと入っていく。俺一人では対処しきれない事態となったら、インカムを通して助力してくれるらしい。

 

ともかく、俺が中に入ると鳶一は反応を示し俺の方をじっと見つめ始めた。

俺はその視線にさらされながらも椅子に座った。

 

「えっと……久しぶりだな身体の方はもう大丈夫なのか?」

 

「問題ない」

 

「そ……そうか」

 

やっぱり会話が続く気がしない……

でも、琴里の話ではこちらが何も言っても反応を示さなかったらしいし……一応言葉を返してもらえただけでも良い方なのだろうか?

とにかく言葉は返してくれるんだし、何度も俺の方から話題を振ってみよう。そのための時間は大量にある。

 

「悪かったな……いきなり攻撃する事になってさ」

 

「なぜ貴方が謝るのか理解出来ない。貴方は私に攻撃をしていないはず」

 

「いや……なんて言うか、一応攻撃したのは俺の仲間だからさ」

 

「やはり、貴方はこの組織の一員?詳細を教えて欲しい」

 

「…………」

 

どうすれば良いんだろう……

流石の部外者に組織の情報を少しでも教えるなんて俺の独断じゃ無理な話だし……

かと言って、適当にはぐらかしても鳶一は追及をやめそうにないしな……最悪の場合は俺の言葉に反応を示さなくなる可能性もある。

俺がどうすれば良いか悩み口をつぐんでいると、インカムから琴里の声が聞こえて来た。

 

『士道が精霊の力を封印できること以外は話していいわよ。彼女を説得できない限りは地上に返せないんだし、懸念材料は少ない方が良いでしょ』

 

流石に目の前に鳶一が居るので声を出して返事を返すことは出来ないので、机を小指で叩いて了解と言う意思を返す。尋問を始める前に琴里から伝えられた合図の一つだ。

これでラタトスクの事は話せるようになったが……できる限り慎重に話さないといけないな。

 

「ここはラタトスクって組織の施設だ」

 

「……貴方はラタトスクの一員?」

 

「いや……俺はただの協力者だ。鳶一を攻撃したのも協力者の一人で組織に本格的に関わっているわけじゃない」

 

「そう……」

 

協力者って言ってしまったけど……間違ってはいないよな?

俺がするのは一番重要な役目である霊力の封印だが、それ以外ラタトスクには一切かかわっていないし、この組織におけるなんの権限もない。

実際、琴里はまだ何かこの組織に関する事を隠してそうだしな……長い付き合いだからそれくらいは理解することが出来る。まあ、琴里が素直に話してくれるまで待つしかないだろう。

 

「色々聞きたいことがあるけど……ラタトスクと言う組織は何を目的とした組織なのかを教えてほしい」

 

「それは……信じられないと思うが落ち着いて聞いてくれ。ラタトスクって言う組織は、ASTとは真逆の方法で精霊に関する問題を解決しようとしている組織なんだ」

 

「意味が分からない。精霊は武力で対処する他はない」

 

「えっと、ちょっと分かり難くて悪かった。一言で言うと精霊と交渉しようとしている組織なんだ」

 

俺がラタトスクの目的を伝えると、鳶一は今までの無表情とは打って変わり目を開いて驚いていた。その顔には信じられないと書いてある。

そして暫くの間、驚いた表情のまま固まっていた鳶一はようやく顔を元の感情が全く見えない顔に戻して俺に……いや、たぶん俺の後ろに控えているラタトスクと言う組織に対して睨み殺さんとばかりに鋭い視線を向ける。

 

「本気でラタトスクと言う組織はそんな事を考えてるの」

 

「少なくとも俺の目には本気でそう考えてる人達にしか見えなかったよ。それに遊びでこんな施設を作る奴なんていないだろ」

 

「…………貴方がラタトスクの協力者と言う事は……貴方もその考えに賛成しているの?」

 

「……ああ、そうだ。俺は精霊を助けたいと思ったからこの組織に協力している」

 

俺の答えを聞いて黙り込んでしまう折紙……

やっぱり、武力での解決を考えているASTにとっては理解できない考え方なんだろうか……

俺としては、相手に何も聞かずに一方的に攻撃するのは納得することは出来ないし、話し合いで終わればそれでいいと思ってるんだが……きっと鳶一は俺とは真逆の事を考えているんだろうな……

暫くの間、鳶一は黙ったままで、こちらになんの反応も示そうとしない。そろそろ声を掛けてみるかと思った矢先、彼女は小さく呟き始めた。

 

「私の両親は五年前に精霊に殺された」

 

「っ……」

 

「貴方の考えが理解不能な事とは言わない……でも納得は出来ない。精霊はその場にいるだけで周囲を破壊する危険な存在。だから私は精霊を殺さなければならない…………私と同じような人を二度と作らないためにも……」

 

強いな……

鳶一の言葉を聞いて俺はそう思った。

五年前と言えば鳶一がまだ小学生の頃の話だ。まだ自立も出来ず親に頼らなければ何も出来ない時期。そんな時期に両親を殺されてなお彼女は自分と同じ人を作りたくないと言えるのだ……たぶん俺には出来ない。

きっと世界に絶望してふてくされているだろう。それこそ、母親に捨てられて琴里の両親に引き取られてすぐの時のようにな。

 

それに鳶一の言ってることも分かる……

もしかしたら……いや、きっと鳶一の方が正しくて俺の方が間違っているのだろう。

俺の意見なんて所詮は、現実ってものを知らないガキが感情的になって言っている意見に過ぎないのだろう。

でも……

 

「鳶一の言いたい事は理解出来る……でも納得する事はできない……だっておかしいだろ?なんで存在するってだけで攻撃されないといけないんだよ。もしかしたら、こっちを攻撃する意志なんてないかもしれないじゃないか」

 

「それでも、精霊は存在するだけで空間震を引き起こす。たった数人の存在のために何百、何千もの人間を危険にさらす事は出来ない」

 

「それは分かってる……でも俺は……」

 

鳶一に言われた事は現実で……昔俺も思った事がある。

あの時は俺に霊力を封印することが出来る力があるだなんて思いもしなかった。だから誰もが納得できる答えなんて出すことが出来なかった。

でも今は違う。俺の理想論のような考えを実現させるための方法がある。鳶一に今それを言ったら納得してくれるかもしれない……でもそれだけは琴里に止められている。

だから……

 

「偽善って言われるかもしれないけどさ……それでも精霊を助けてやりたいんだ。俺は一人しか知らないけどさ……話し合ってみると良い人なんだよ」

 

「そう……」

 

やっぱり納得はしてくれないのだろう。

ほんの少しだけだが不満があるような顔をしている。あまり表情の変化がないから俺の主観も入ってるけどな。

ともかく……交渉は失敗になるのか?鳶一に精霊を助けると言うことを納得してもらわない事には、ASTである彼女はきっと上にラタトスクの事を報告するはずだ。

それでは彼女を地上に帰すわけには……

 

「それで……私の処遇はどうなるの?このまま処刑でもするの?」

 

「いや……そこまではしないから。なんでそんな話に繋がるんだよ」

 

「秘匿された組織が秘密を守るために、目撃者を消すのは当たり前のこと。私はましてやAST……消えて欲しいと思う人が多いはず」

 

ああ……確かにアニメとか漫画だとそういうことが多そうだ。

でも精霊を救うことを目標に掲げている組織がそんな事をする事はまずないと思う。人間すら簡単に切り捨てるような組織が精霊なんて救おうなんて思わないはずだからな。

もしあったら、それは精霊を利用しようとしているだけだ。

 

「えっと……今のところはそう言った考えはないようだぞ」

 

「そう……」

 

鳶一は聞きたいことが一通り終わったのか、それを最後に俺に質問することはなかった……

俺から話題を提供した方がいいのだろうか?でも日常系は場の雰囲気に合わないってかこんな場所でする事じゃないし、精霊関係は平行線に終わるだけだろうし……

どうしたものか……そんな事を考え始めた時だった。

 

『士道、もう十分よ。ここらへんで一旦切り上げましょう』

 

インカムから響いて来た琴里の声……

もう時間になったのか……俺の体内時計ではまだまだ時間があったと思ったのだが……

とにかく、事前に決めた合図で了解と琴里に返した。

 

「悪いけどもう時間みたいだ……えっと、それじゃあまたな」

 

「分かった」

 

俺はそういった後、椅子から立ち上がると扉を潜って部屋を出る。

部屋を出た俺は、身体中の力を抜いて壁に寄り掛かった。

はぁ……思ったよりも疲れた。やっぱり俺こういったのに向いてないと思う、泣き言を言ってる暇もないけどな。

 

「琴里、これでよかったのか?」

 

『会話出来ただけでも上出来よ。あの女、他の人じゃ返事どころか反応すら示さなかったのよ。まあ交渉自体には失敗したけど……それは根気よく話していくしかないわね』

 

だよな……

でも鳶一の意志は固いみたいだし……正攻法じゃ最低でも数年単位、下手をすれば一生首を縦に振らない可能性もある。流石にこのまま牢獄で一生を迎えるとか、出られたと思ったら老人になってましたなんてのは嫌だぞ。俺としてはそこまでしたくないし……

何処かASTには連絡の取れない場所まで……ああっ!!

そんな場所があったじゃないか!!

 

「琴里、鳶一を神次元や超次元に送るってのは無理なのか?」

 

『確かそこって……ネプテューヌやプルルートが住んでいる世界よね。そうね……目隠しとかをして異世界にわたる方法を分からなくすれば不可能ではないけど……難しいわね…………上の奴がうるさいし、行く方法を報告してないし……』

 

「なんか最後に言ったか?よく聞こえなかったんだが?」

 

『なんでもないわよ』

 

俺の気のせいだったのか……

それよりも、鳶一を異世界に送って暮らして貰うってのは無理だったか。良い考えだと思ったんだけどな。異世界に送れば一般には売られてない特殊な機材をそろえないと通信が不可能だし、ゲートの方を見張っていればこっちの世界に戻ってくるのも阻止する事は可能だ。

でもそれが不可能となると、やっぱり、正攻法を積み重ねていくしかないのか……

 

『ん?ちょっと待って……士道、その異世界ってのには遊ぶ施設とかはあるのよね』

 

「当たり前って言うか、この世界から一番進んでるのが娯楽系の技術だからな」

 

そう言ったのが女神の力の源であるシェアに直結するから、何処も国家予算を使って進めてるんだよな。あっちのゲームを一度遊べばこっちのゲームがつまらなくなるって言うか……正直シナリオ以外に勝てる要素がない。

ネプテューヌ達に言わせるとこっちのゲームはシナリオが面白いのが多いらしいけど……

って、そんな事よりも琴里はそんな事を聞いて何をする気なんだ?なんかすごく嫌な予感がするんだが……

 

『士道、私に考えがあるわ。取りあえず士道は明日学校を休みなさい。欠席理由はこちらで考えておくわ』

 

「はぁ?別に良いけど……何をする気なんだ?」

 

『善は急げって言うでしょ……私に考えがあるから任せなさい。明日は自分の部屋で待機しておくこと……いいわね』

 

琴里は一体なにをする気なんだ?

なんか嫌な予感がするっていうか……身体が微妙に震えてきたんだが……

まさかこれから起こるであろうことを無意識に察知して恐れているのか?

なにも起こらなければ良いのだが……叶わぬ願いなんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。確か昨日はそんなことがあったんだった。

今になって思えば思いっきりフラグを立てていたよな……なんであの時に気づけなかったのか……少なくとも異世界に関する事を言わなければこんな目には……きっとあの時に選択を間違えたんだろうな。

あの後、普通に家に帰って寝た俺は、朝起きてリビングに行くと十香と鳶一の二人が待っていた。その事実に驚く暇もなく俺は琴里に神次元の方に行って二人とデートして来いと言われてしまった。

琴里が言うには、実際に精霊と触れ合えば考え方が変わるかもしれない、との事らしい。

 

そんな訳で、着替えを終えた俺は目隠しをされた鳶一を連れて神次元の方に来ているのだが……なぜ神次元にデートなんかをしているのかと言うと、鳶一が逃走してもASTと連絡を取る前に確保するのが容易なこと、そして街中でASTなどと鉢合わせる可能性がないためだ。

確かに今の鳶一がASTに見つかったら大変な事になるからな。

ちなみにラタトスクは本格的な機材の持ち込みは出来なかったので、今回はあまり大掛かりなサポートは出来ないらしい。出来るのは精々、辺りを飛んでいる透明化したカメラやインカムを通じてアドバイスをするくらいだ。

それと完全に余談だが、ラタトスクがここで行動する許可は一番偉い人から「いいよ~」ととても軽い返事でもらった。隣にいた補佐役は頭を抱えていたが……

 

しかし琴里には悪いが、これは失敗かもしれないと思ってしまう。

この数時間の様子で分かったが十香と鳶一は致命的なほどに仲が悪い。水と油なんてもんじゃない、例えるなら酸素と水素だ。二つ合わせてほんの少し刺激を加えてやれば爆発する。

この二人が仲良く会話する姿を想像することが出来ない。

 

と、とにかく、今は目の前の状況をどうするかだよな……

十香と鳶一の二人はスプーンですくったパフェを俺の方に持ってきてる。このうちどちらかを選ばなくてはいけないのだろうが……どちらを選んでも最悪な未来が待っていそうで選び取ることが出来ない。

なので俺は、口を広げて両方のパフェを食べる。

 

「どっちも美味しいぞ」

 

「今のは私の方が0,04秒早かった」

 

「なに言ってるのだ!!貴様の目は節穴か!?今のはどう見ても私の方が早かったではないか!!」

 

『ちなみに、スローカメラで解析すると折紙の言っていることが正しかったわよ、ヘタレ』

 

悪かったな、ヘタレなお兄ちゃんで。

仕方ないだろ、此処はラタトスクが契約を結んでいる店ではなくて普通の店なんだぞ。騒ぎなんて絶対に起こすことが出来ない。昔、十香の起こした騒ぎで俺がどれだけ書類作業に没頭する事になったのか知らないからそんなことが言えるんだよ。

ともかくこれで一触即発の事態から逃げきれたのだが、二人は未だに言い争いをしてる……店員がこちらを睨んでるし、そろそろ止めないとまずいよな。

出禁はくらいたくないし……

 

「二人共、喧嘩するなって」

 

「むぅ……貴様のせいでシドーに怒られたではないか」

 

「訂正を要求する。貴方のせいで私が怒られた」

 

「なんだと……今までは我慢していたがもう限界だ!立て、この場で叩き切ってやる!!」

 

「望むところ」

 

「いいのか二人共、こんな所で騒ぎを起こしたら…………変身したプルルートが飛んでくるかもしれないぞ」

 

カシャンッ!!

俺が呟くようにそう言った瞬間そんな音が響いてきた。その音の源は十香の落としたスプーンだ。

彼女からは先ほどまでの鳶一を倒さんと息巻いていた様子はすでに消え去っており、ぷるぷると捕食者に狙われた小動物のように身体を震わせている。

ちょっとやり過ぎたな……喧嘩をやめて欲しかっただけで、此処まで怖がらせる気はなかったのだが……ここまで反応されると、十香には罪悪感を抱いてしまう。

十香が怯える一方、鳶一は意味が分からないのか首を傾げている。

 

「プルルートと言う人物が変身する事になんの問題があるの?」

 

「と、鳶一折紙、貴様はプルルゥトの真の恐ろしさが分からないから、そのようなことが言えるのだ……大変不本意だがここは一時休戦としようではないか……」

 

「意味が分からない?……けど五河士道に迷惑が掛かるから、それは受け入れる」

 

十香が予想以上に怖がってしまった事を除けば、俺としては理想的なことの成り行きとなっている。

でも鳶一は未だに十香が怖がっている理由が分からないのか、首を傾げたままだ。今度プルルートが変身した時の映像を見せておこう……確かプルルートの部屋にしまっていたはずだ。

彼女がプルルートの事を知らないまま地雷を踏み抜いて変身する事態となったら洒落にならないからな。

 

「えっと、それじゃあ食い終わったらゲームセンターにでも行くか?」

 

「私はそれで構わないぞ。そこで鳶一折紙との決着をつけてやる」

 

「問題ない、そこで夜刀神十香を合法的に叩き潰す」

 

頼むからリアルファイトにだけは発展しないでくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一体何回負ければ気が済むのよ。負け犬だってここまで負けたりしないわよ』

 

「そんな事を言われても……」

 

相手が強いんだから仕方ないだろ。

俺はそんな事を思いながら自動販売機に小銭を入れていく。

 

食事が終わった後、ゲームセンターに行って遊ぶ事にしたのだが……正直相手が悪かったと思う。

なにせ片方は霊力を封印しているとはいえ、人間離れした身体能力を持つ十香と全国模試でトップの成績を誇る天才美少女の鳶一、そんな中にゲームの腕前は並み程度の俺が入り込む……結果は目に見えていた。

二人が次々とスコアの更新をしていく中、並みの成績しか残せず次々と大差で負けていく俺……最初に美少女を二人も連れやがってと言った周りの嫉妬の視線が、同情と哀れみに満ち溢れたものに変わるのにそう時間はかからなかった。

最後の方には元気出せよって、クレーンゲームの景品を一つもらったし……

 

ともかく連戦連敗した俺は、罰ゲームとして公園で待っている二人にジュースを買っていく事になっている。あの二人の気まずそうな雰囲気を見るに標的は俺じゃなかったみたいだがな。

ごめんな……ゲームの腕前が並みで。

ともかくジュースはこれで買えたし……

 

「もしかして士道?久しぶりじゃない」

 

「ん?誰かと思えばアイエフじゃないか?元気してたのか?」

 

後ろから掛けられた声に振り返ればそこには長い茶髪の一部をリボンで纏めた少女、アイエフがいた。

彼女とは長い付き合いって言うか、アイエフが赤ん坊の頃からの付き合いで、オムツを取り替えたり哺乳瓶でミルクを飲ませたりしたこともある間柄だ。

だから友達と言うよりは、親代わりと言った感じの方が近いかもしれない。

 

「元気にしてたか、っじゃないわよ。こっちに来てたのなら連絡の一つや二つくらいよこしなさいよね。コンパも寂しがってたわよ」

 

「悪い……一応今日は遊びに来たわけじゃなくてな……終わったら直ぐに帰らないといけないから連絡しなかったんだ」

 

そう言いながら頭を下げて謝っていた時……俺は確信に似た予感を感じた。奴が来ると……

そう思った俺は身をかがめてこれから来るであろう衝撃に備える。そしてそれから一秒も満たない内だった……腹のあたりに物凄い衝撃を感じた。

相変わらず物凄く痛い……事前に準備をしてなかったら意識を持っていかれたかもしれない。

 

「痛たたた……ピーシェ、出会いがしらのタックルはやめてくれって言ってるだろ」

 

「シドー、ひさしぶりだっ!!」

 

俺の話は聞いてくれないのか……

俺は痛めた腹を押さえつつ、俺に殺人タックルをした相手……ピーシェを見つめた。

金色の髪を一本にまとめた彼女は本来は目の前に居るアイエフと同い年なのだが……ピーシェはとある事情で成長が止まっているため身長はアイエフの半分ほどしかない。

まあ、本人はそのことは気にしてないみたいなんだがな。

 

「シドー、いっしょにあそぼっ!」

 

「こら、無茶を言ってるんじゃないわよ。士道は今日、こっちに遊びに来たわけじゃないのよ」

 

「シドー?ぴいとあそべないの?」

 

「悪いな……今日はちょっと遊べないんだ。また今度こっちに来るからその時にな」

 

「うー、わかった。またこんどにする」

 

残念そうにしながら俺から離れるピーシェ。

彼女には本当に悪いけど今日は十香と鳶一の面倒を見るので精一杯だからな。さすがにピーシェまで面倒を見きれないし。

十香はともかく鳶一の機嫌を損ねる恐れがある。それに目的の達成が困難になるからな。

 

「それじゃあ私達はもう行くけど、何をするか分からないけど頑張りなさいよ」

 

「ああ、そっちも楽しく遊んで来いよ」

 

そう言って俺は、ピーシェを連れてどっかに行くアイエフを見送った。

そう言えば、春休みはネプテューヌとプルルートが遊びに来てたから神次元や超次元にはあまり行かなかった。今度の休日は琴里と交渉して十香と一緒に神次元に来れるように頼んでみよう、アイエフもピーシェも十香が一緒の方が喜ぶはずだ。

そんな事を考えて十香達が待っている公園に戻っていた時だった……

 

『随分と仲がよさそうじゃないの。私の知らないところで随分の交友関係を広げてるのね……美少女ばかりに』

 

「なにを勘ぐってるんだよ……アイエフとかピーシェとは琴里が考えてるような仲じゃないからな。オムツを変えたりしたことがある関係だぞ……そんな事になるわけ……」

 

『士道?ちょっと待ちなさい。彼女は見た目で判断すると二十前後よね。それのオムツを変えたことがあるって……』

 

「あ……その……」

 

やばい……ついうっかり話してしまった。

どうやって誤魔化そう……正直な事は話せないって言うか、話したくはない。

これは琴里が信頼できないと言う理由ではなく、俺の妹で親しいからこそ黙っていた事なんだが……本当に不味い。どうやって誤魔化せばいいか思いつかない……

必死に考えるんだ俺……絶対に突破口が……

ってあれ?確かこの辺りに十香と鳶一は待っていたはずだよな?どこに行ったんだ?

 

「琴里!?」

 

『何よ、誤魔化そうって言うわけ?そうはいかないわよ。今日と言う今日こそは、徹底的に問い詰めて……』

 

「そんな事よりも十香達はどこに行ったんだ!?さっきまでは此処に居たはずだろ!!」

 

『え?確かにそこで待っていたはずね。ちょっと待ってなさい、カメラで辺りを探してみるわ』

 

「分かった、俺のほうでも探して見る」

 

そう言って公園の中を走って駆け巡る……鳶一の性格はまだ詳しくは知らないが十香がいきなり居なくなるってのはないはずだ。

だったら一体どこに……クソ、こんな事になるんだったら変な意地を張らないでジュースを買いに行くのをやめればよかった。二人がしなくてもいいって言うのを無理やり買いに行ったからな。

俺が必死に探してる時だった……怪しい黒ずくめの集団に車の中に連れ込まれている二人を発見したのは……

 

「おいっ!!お前ら何やってるんだ!!」

 

「!?」

 

俺が声を上げると連中は急いで二人を車の中に押し込め、仲間が一人取り残されているのにも関わらず車を発進させてしまった。

クソ、感情的になり過ぎた。黙って近づけば良かった。でも幸いな事にまだ車の速度は出ていない。このまま走れば車に取り付くことが出来るはずだ……しかし。

 

「邪魔はさせんぞ!!」

 

取り残された一人が車と俺の間に割って入った。

思わず舌打ちをする……相手は剣を構えていてこのまま通り抜けられそうにはない。

でも目の前の男に対処すれば、車に追いつく事が出来なくなる……言いようのない怒りを抑えながらも目の前の敵を素早く打ち倒すべく走りながらも手を構える。

 

「はぁぁぁぁああ!!」

 

相手は馬鹿みたいに声を上げて刀を俺に振り下ろす……他の奴までは分からないがこいつは素人だ。

そう判断した俺は、左手で相手の手を叩いて剣の軌道をずらす、あとは残った右腕をラリアットの要領で首元に叩きつけてやった。

 

「かぁ……」

 

そのまま、倒れた相手に見向きもせずに車を追いかけるが、やはり追いつけない。

車との距離は見る見るうちに離れ、ついには視界の外に消えて行ってしまった。あの時冷静に動いていれば……いや、後悔するのは後にしよう。

 

今一番の問題は十香たちがどこに連れ去られたのかと言う事なんだが……一応気絶させた誘拐犯の仲間がこの場にいるが、簡単に口を割るとは思えない。

いっその事、こいつをプルルートに……いや、駄目だ。本当の事を言う前に精神が破壊される可能性が高い。

何か手がかりは……

 

『士道、カメラで車を追跡させているから心配しなくてもいいわよ』

 

「本当か?」

 

インカムから聞こえてきた琴里の声に思わず安堵する……二人の居場所さえわかれば手の出しようはいくらでもある。

取りあえず、最初はこの国の一番偉い人への連絡からだなと思った俺は、携帯を取り出すと登録されている電話番号に電話を掛けた。




続きですが、今日か明日の内に投稿したいと思います。


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番外2

都市部の外れの森の中にある廃工場……

ありきたりな場所だが、此処に十香と鳶一が捕らわれているらしい。

ラタトスクのカメラでこの中に二人を連れて入るところまでは確認できたらしいが、建物の中は強い電波妨害があるらしく、中の様子は確認できないそうだ。

とはいえ、場所がすぐに確認できたのは幸いだった。なんの手掛かりもなしでは手の打ちようがなかったからな。

 

「士道。あんた大丈夫なわけ?ここしばらくはろくに戦ってないんでしょ」

 

「あははは……それについてはまだ若干不安なんだが、そんな事を言ってる状況じゃないしな。怪我をしないように気をつけるよ」

 

「シドー、よわくなっちゃたの?」

 

俺の近くに立つアイエフの意見に苦笑する……

今この場に居るのは俺とアイエフ、それとピーシェの三人だ。

二人は俺がプルルートに連絡したら増援として来てくれたのだが……肝心のプルルートはこの場にはいない。彼女は俺が連絡した時にはラステイションに遊びに行っていたみたいで、今現在、大急ぎでこちらに向かって来ているらしい。

他の国も女神達も増援に向かって来てるみたいなので、俺達は彼女達がこちらに来るまで待機をしている。

 

相手の人数が全く分からないのに、たった三人で突っ込むなんて無茶は出来ないからな……

後、アイエフに言われた通り、暫くの間戦っていないせいで俺の腕が落ちてるからな。つい最近、それを実感したばかりだし。

と言っても、女神が五人もいれば、よほどの相手でもない限りは問題にならないだろう。いざとなれば奥の手もあるしな……できれば使わずに終わらせたいけど。

 

「全然大丈夫じゃなさそうね……ま、いいわ。何も起こらなければ私達だけで突入……」

 

「アイエフ!?ちょっと待って、それフラ……」

 

バンッ!!

 

アイエフがフラグを立てたのが悪かったのか、俺が突っ込んだのが悪いのか……突如廃工場から聞こえてきた爆発音。

俺とアイエフが音の方を振り向けば大量の白い煙が窓から流れ出ていた。

突入決行だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…………ここは……」

 

気を失っていた鳶一はゆっくりと目を開く……すると酷く汚れたコンクリートの床が目に映った。鳶一は状況を把握するために立ち上がろうとしたが体が上手く動かない……手足に目を移すとロープで縛られていた。

おかしい……自分はついさっきまでは士道と一緒に街中にいたはずだ。なんでこんな場所で手足を縛られているのだろう?

鳶一は目をつむって記憶をたどって……思い出した。

ジュースを買いに行った士道を公園で待っている時に急に大男に襲われたのだった。むろん抵抗したのだが相手は人間と思えない程強く負けてしまったのだった。

 

「鳶一折紙……目を覚ましたのか?」

 

声がした方を振り向けば、そこには今の自分と同じように手足を縛られた十香がいた。

そう言えば彼女とも一緒だった……正直、憎むべき相手だったので無意識のうちに記憶から消していたらしい。

彼女がいなければ士道と二人で……とは思ったものの、今はそれどころではないので置いておくことにする。

 

鳶一は十香から視線を移し、辺りの状況を確認する。

自分を倒したリーダーと思われる大男が、十数人ほどいる部下と話し合っている。此処からではよく聞こえないが、自分と十香のどちらを使うかと言うことでもめているようだ。

何をするのかは分からないが、ろくでもない事に自分たちが使われようとしているのだけは理解できた。

 

「夜刀神十香……貴方の力でどうにかならないの?」

 

「無茶を言うな……今の私は力の殆どを士道に封印されているのだぞ。そんな力などない」

 

「役立たず……」

 

「なんだと!?一番最初に気絶した貴様に言われたくはない!!」

 

謎の組織に捕まった……そんな危機的状況にも関わらずお互いを睨みつける二人。

むしろ、緩衝材となる士道がいない分、先ほどよりも悪化しているようにも見える。

そのまま言い争いを始めた二人だが、大声で騒いでいる二人を邪魔に思ったのか部下の一人が……

 

「おい!!てめぇら少しは静か「「黙って(おれ)」」あ、はい。出来るだけ静かにしてくださいね」

 

丁寧語で頭を下げて集団に帰っていった。

二人に睨みつけられたが相当怖かったようだ。その男は目に涙を浮かべ、ズボンの下を濡らして集団の元へ帰っていく。

男が二人に怒鳴られるのを見つめていた仲間達は、帰って来た男の事を必死に励まし始めている。

 

一方の鳶一と十香は外野に怒りをぶつけたせいか若干冷静になったようで、これからの事を誘拐犯達に聞こえないように小さく話し始めた。

誘拐犯達は泣いている男を必死に慰めているためか、それに気づいていない。

 

「ポケットの中に手を入れて、貴方の場所からなら中身を取れるはず」

 

「なぜ、貴様の言うことを……ほれ、取れたぞ。この小さな丸いものでいいのか?」

 

「それを持って暫く待って……あと少しで切れる」

 

「?」

 

何を言っているのか分からないと首を傾げる十香。

十香は気づいていないが鳶一のポケットから取り出した小さな球状の物は煙玉だ。

鳶一が隠していたもので隙を見つけてこれを使ってラタトスクと言う組織から逃げ出そうと思っていたのだが……此処がどこだか全く分からなかったのと、何よりも士道と一緒に遊べるチャンスを不意にするわけには行かず、使用を諦めていたものだ。

こんな状況で使うことになるとは、鳶一は一切思っていなかった。

 

十香が煙玉を手に取って暫くして……鳶一が十香の方に近寄ってきた。

 

「一応、貴方のも切っておく」

 

「貴様、それは……」

 

十香を鳶一の手にある物を見て目を見開く……

鳶一の手の平には小型の……それこそ手を握ればそれだけで隠せてしまうほど小さなナイフがあった。よく見れば鳶一の手足を縛っているロープはすでに切られている。

これも鳶一がラタトスクから逃げ出すために用意した道具だ。これもこんな事に使うとは思っていなかった。

ともかく、十香に近づいた鳶一は彼女を縛り付けるロープを気づかれないように切断していく。

誘拐犯達は未だに男を慰めていて二人の様子を見る者はいない。

 

「その……すまん」

 

「勘違いしないで、人手が欲しいだけ」

 

あくまでこれは自分の為なのだ。そう伝えるように鳶一は十香に冷静に言い放った。

なにせ自分達をさらった集団はどのようなものなのか全く分からないのだ。しかもそれだけではなく、自分を簡単に倒せる男もいる。逃走するための人手は一人でも多い方が良かった。

だから自分は十香に感謝されるような事などしていない。

 

「それでも、助けてくれるのは事実だ……ありがとう、鳶一折紙」

 

「…………」

 

それを伝えてなお、お礼を言ってくる十香に鳶一は黙ってロープを切り始める。

鳶一は正直居心地が悪かった……自分はASTとして彼女の命を何度も狙ってきた。それにも関わらず十香はお礼を言っているのだ。

鳶一の攻撃は十香を傷つけたことは一度もない……だからと言って簡単に許せることではない。

なのにどうして……

 

(……話し合ってみると良い奴なんだよ)

 

思い出すのは先日の取り調べの時に士道が言ってきた言葉。

きっと、彼の言う知り合いの精霊とは十香の事なのだろう。でも鳶一に取って受け入れがたい話だった。もし十香と言う精霊が本当に良い人なのだとしたら自分のしたことは……

鳶一はこの場から逃げ出したい一心で十香のロープを切っていく……そして。

 

「ロープは切った、これで自由に動けるはず」

 

「うむ……それでこれからどうするのだ?」

 

「貴方が手に持っているのは煙玉……あの隙だらけの集団に投げ込んで」

 

十香は鳶一の言われた通りに手に持った煙玉を未だに男を慰めている集団に投げつける。

床に衝突した煙玉はバンッ!!と爆発音と共に部屋中を包み込む煙を一気に噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりぁぁああ!!」

 

「げふっ!!」

 

俺の回し蹴りを喰らって空中を回転しながら飛んでいく男の姿を見つつ……これで何人目だと思いながら襲い掛かってくる疲労感に耐える。

煙を見た後アジトに突入したのは良いのだが、煙が出ていた部屋はすでにもぬけの殻、しかも誘拐犯の仲間がアジトの捜索中に何度も襲い掛かってくるのだ。

正確な数は三十を超えた辺りから数えてないので分からないが、どれだけの大所帯なんだと文句を言いたくなってくる。

 

それよりも今は十香達の事だ。

あの煙があった場所に誰もいないのと、襲い掛かって来た誘拐犯達も何かを探していた事を踏まえると、あの煙は十香達が引き起こしたもので誘拐犯達からは逃げ出せてると考えるのが妥当なのだが……

二人の姿が一向に見当たらない。別の場所から突入したアイエフとピーシェが二人を確保していると良いのだが……

そんな事を考えていた時だった。

 

「ようやく見つけたぞ!!クソガキどもがぁ!!」

 

後ろから急に響いてきた怒号。

驚きつつ後ろを振り返れば大男が俺に向かって拳を振り下ろしていた。

すでに回避は間に合わないところまで来ていたので、両腕でその拳をガードしたのだが……

 

男のあまりの馬鹿力にそのまま吹き飛ばされてしまった。直ぐに体勢を立て直して床に着地したが……

完全にガードしたのに吹き飛ばすなんて、なんて馬鹿力してんだよ。ガードした腕もしびれて痛いし……まあ、骨折はしてないみたいだから戦闘には問題ないだろう。

それよりもこの大男……間違いなく鳶一と十香を倒した奴だろうな。

今まで俺がのした奴らは殆どがド素人で……十香と鳶一が倒されたなんて信じられなかったが、こいつなら納得できる。

 

「ぬぅ、わが拳を受けて倒れないと……まさかこの一瞬で成長を……!?」

 

「いや……俺、誘拐された人じゃないから」

 

「なんだと!?」

 

どうやったら俺を十香や鳶一と間違えられるんだよ。

似通った部分なんて一か所もないし、そもそも性別が違う……まさか俺が中性的な顔をしてるからとかじゃないよな?そんな事言われたら立ち直れそうにない……

って、今はそんな事よりも目の前の大男をどうやって倒すかって事だ……たぶん普通にやっても勝てるとは思うけど、時間が掛かりそうだし、こっちもダメージを受けるだろう。

二人の安全を確保するために早く見つけたいし……………………不本意だけどあれを使うしかないのか……少しだけ気が重くなってくる。

 

「と、ともかく、わが拳を受け止めるとは中々やるではないか。だがそれで……」

 

「悪いんだけどさ……時間がないから初っ端から本気で行かせてもらうぞ」

 

「本気だと……何を言って」

 

俺の言葉に大男が首を傾げる中……覚悟を決めた俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を移して廃工場の廊下、そこを十香を連れて駆け抜けながら鳶一は少し後悔をしていた。

あの煙玉を投げた時に窓から逃げていれば良かった……それなりの高さがあったために飛び降りなかったのだが、この工場が想像以上に広く内部も迷路のように入り組んでいるため、いまだ出口どころか窓一つすらも見つけることが出来なかった。

しかもそれだけでなく……

 

「おい、止まり……ぐぇ!?」

 

「邪魔」

 

鳶一が目の前に現れた男を一瞬で殴り倒し、その脇を何事もなかったかのように通り過ぎる。

先程から何度も殴り倒しているのだが、一体何人いるのだろう?もう十人くらいは倒したはずだ。それなのに止む気配が一向にない。

あの時、目の前に居たのが全員だと思っていたのだが……どうやら違ったようでかなりの大所帯のようだ。

 

「一体何時まで走り続けていればいいのだ!?」

 

「私に聞かないで……」

 

後ろについてきている十香の声に冷静に返す鳶一……

だがそれは声だけで内心では焦っていた。もうかなりの間鳶一達は走り続けている。十香はまだまだ体力が有り余ってそうだが、厳しい訓練を積んでいるとは言え人間である鳶一にはそろそろ限界が訪れそうになっていた。

かと言って休むことは出来ない……今度こそあの大男に会えば終わりだからだ。

戦闘能力では勿論勝ち目がないし、見た目に反して走る速度もなかなかのものだった。もし会ってしまえば逃げる事は出来ないだろう。

 

「鳶一折紙、前だ!光が見えて来たぞ!!」

 

十香の声に反応して廊下の先に目を凝らせば、そこには開けた広場のような場所と奥には外へと通じる扉があった。ようやく外だ……

外に出れば解決すると言う訳ではないが、敵だらけの建物の中に居るよりは幾分かましになる。ここら辺の地理は全く分からない(というか、そもそも聞いたこともないような名前の国だった)十香はある程度知っているようなので、何とかなるだろう。

 

疲れてきた体に活を入れて、鳶一は走り出す……そして広場のような場所の中ほどに来た時だった。

急に真横から金属が擦れた時の音が聞こえてきたのだ。そちらを振り向けば……

 

「戦車!?」

 

戦車が砲塔をこちらに構えていたのだ。

待ち伏せは考えていなかったわけではない……しかし、されていても十数人が待ち構えているか、重機がいるくらいだと高を括っていた。戦車は完全に予想外だった。

まともな整備を受けてないのか錆びだらけになっているが、素手でかなう相手ではない……逃げても砲撃されればおしまいだろう。

そう判断した鳶一が物陰に隠れる前に……

 

「っ!?危ない!!」

 

「!?」

 

ドンッ!!

 

戦車が砲弾を放った……

辺りには轟音が響き渡り、土煙が辺りを包み込む。

そんな中、鳶一は疑問を感じた……痛みが少ないのだ。あの時確かに戦車の主砲はこちらを向いていたはずだ……なのにこんな痛みで済むのはおかしい。痛みを感じているというのは死んでいないわけだし……

鳶一はゆっくりと目を開けると十香が自分に覆いかぶさっていた……彼女が自分を突き飛ばしてくれたのだろうか……

 

「助かった、ありがとう………………十香?」

 

返事がない……鳶一が不審に思い、身を起こしつつ十香の様子を確認する。

そして手が後頭部に触れた時に、ぬちゅっと嫌な感触がした。自分の手を見てみればついていたのは血……

 

「しっかりして!?」

 

不味い……

恐らく砲撃で弾け飛んだ破片が十香の頭に衝突したのだろう。頭からだらだらと流れ出る血が止まらない。

頭蓋骨には傷は届いていないようだが十香は完全に意識を失っている。このまま彼女を連れて逃げ出すのは不可能だ。

 

「おい!直接撃ってんじゃねぇよ!!死んだら元も子もねぇんだぞ!!」

 

「す、すいません!!でもどっちも生きてるみたいですし……」

 

突如大声が響いてきたと思ったら、どこに隠れていたのかぞろぞろと誘拐犯の仲間が出てきた。

彼らは鳶一達を取り囲むように辺りに立っている。軽く見ただけで十五人程……これだけなら問題ないかもしれないが戦車を目の前にして戦うことなど不可能だった。

ただでさえ、今は目の前に意識を失った十香がいるのだ。

ここまでか……鳶一が諦めかけた時……

 

「ねぇ、貴方たちは一体なにをしたのかな?」

 

突如声が響いてきたのは……

鳶一がそちらの方を向けばワイヤリングスーツに似た衣装に身を包んだ女性が立っていた。透き通った水のように青い髪を腰のあたりまでたなびかせ、黄金のように輝く瞳でこちらを見つめている。

鳶一が前に見たラタトスクの協力者に似ているのだが……なぜかそれ以外にも見覚えがあるように感じる。でもこんな女性に知り合いなんていなかったはずだ。

 

でも誘拐犯達は違ったらしい。彼女の姿を見た誘拐犯達は目を見開き、体を震えさせる者や腰を抜かしている者、中には涙を流して泣いている者までいる。

目の前にいる女性がなんだというのだろう。鳶一が首を傾げた瞬間……

 

鳶一の横を太い光線が駆け抜けた。

 

光線が抜けていった方向を見ればそこには大きな穴が開いた戦車の姿があった。

今度は光線が来た方向を向けば拳銃を片手で構えた女性の姿がある。彼女が撃ったというのだろうか……

あの協力者と同じだけの力を持っているのだとすれば十分に可能な事だった。

 

「お、おい!!俺は聞いてねぇよ!なんでこいつが来てるんだよぉ!!」

 

「俺だって聞いてねぇ!ただ自分の国を作れるって聞いたから来たんだぞ!!なんでブルーハートの奴が来てるんだぁ!」

 

「国を作るか……貴方たちにはじっくりと色んな事を聞きたいんだけど、まずは倒させてもらうね」

 

「や、やめろぉ!!」

 

そこから始まった戦いは一方的だった。

いや、そもそも戦いにすらなっていなかっただろう。

戦意を失っている相手を目の前のブルーハートと呼ばれた女性は二丁の拳銃を使って一方的に倒していったのだ。拳銃から放たれる光弾が当たる度に吹き飛んで気を失っていく誘拐犯達……

この場に居た全員が気を失うまで数秒とかからなかった。

 

その光景をただ眺めることしか出来なかった鳶一に、誘拐犯達を倒したブルーハートは近づいていく。

それに気づいた鳶一は十香を抱きかかえたまま身構える……誘拐犯達を倒してくれたとはいえ味方とは限らないのだ。勝てるとは、とてもではないが思えない。でも……

そう思ってブルーハートを睨みつける。

すると彼女は少しだけ驚いたような表情をして、すぐににっこりと微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。怪我を治すだけだから」

 

優しい口調でそう呟いたブルーハートは手の平から青い炎を出す。

その炎からは物を燃やすと言った荒々しさを感じることが出来ず、あるのは周りを優しく温め照らす安らぎに似た感覚だった。

彼女はその炎をそっと十香の怪我をした場所に近づける……そして手を離すと十香の傷はなくなっていた。

 

「これでもう大丈夫だね。それじゃあ私は用事があるから……」

 

そう言ってこの場から立ち去ろうとするブルーハート……

そこで鳶一はようやく自分が見覚えがあった理由に気づいた。

それもそのはずだろう、見覚えが有って当たり前の相手と似ていたのだ。なにせその人物の事はずっと見てきたのだ。

姿形はかなり違って……っというか性別すら変わり声も変わっていたが自分が彼の癖を見間違えるはずがない。

だから確信をもって言えた……

 

「五河士道……何をしてるの?」

 

「っ!?だ、だれの事かな?私、五河士道なんて名前の人は……」

 

「困ったときに首を8.12°右に傾げ、口元を約5.2mm上げるその癖は五河士道と全く同じ。他の人は誤魔化せても私は誤魔化されない」

 

「なんで、そんなことを知ってるの!?ねぇ、なんで知ってるの!?」

 

自分でも知らなかった癖を指摘されて驚愕するブルーハート……そしてそれは自分が五河士道だと証明するような行動だった。

それに気づいたブルーハートは嵌められた……そう思って驚愕するが、鳶一は真実を言っただけで、彼女をはめる気持ちは全くない。

恐ろしい観察眼と言えばいいのか、愛ゆえになせる行動と言えばいいのか……

 

ともかく正体を隠すことを諦めたブルーハートは、変身を解除する。

彼女の身体が光に包まれたかと思うと、そこには男性の人影が現れた。そしてその人影の正体は鳶一の予想通り、五河士道であった。

 

「今まで、誰にも気づかれた事はなかったんだけどな……」

 

「私の目は誤魔化せないと言ったはず。それよりも、先程の姿の説明をして欲しい」

 

「まあ、色々とあってな……詳しくは説明したくないんだ」

 

そう言って肩を落とす士道……相当落ち込んでいるようだ。彼にとってこの話題は触れられたくないものなのだろう。

しかし、鳶一は真剣な視線で士道の事を見つめている。彼女から見れば一般人だと思っていた士道が不思議な力を使っているのだ、知りたくて当然の話だろう。

それに十香が逃げ出す前に気になることも言っていた。

 

「……彼女の霊力を封印したことと関係があるの」

 

「っ!?それをどこで…………もしかして十香からか?」

 

こくっと頷く鳶一……

捕らわれている際に十香は自分の霊力は士道に封印されているといったのだ。どのような方法を使ったか知らないが、もしそれが本当の話なら今のような現象を起こせてもおかしくはないだろう。それだけ精霊に関する事は未知の事が多いのだ。

鳶一が士道の方を見つめると彼は、一応は言わないように言い聞かせてたんだがな……と頭をかいて困ったような顔をしている。

そして何かを諦めたような顔して語り始めた。

 

「実はさ、俺に精霊の力を封印できる力があるみたいで……十香はついこないだ封印に成功したんだよ」

 

「精霊を封印?」

 

「ああ、封印した精霊は殆どの力を失うし、空間震を起こすこともない……もういるだけで世界を破壊する存在じゃない」

 

「…………」

 

士道の言葉に何も返さず、鳶一はじっと十香の事を見つめる。

士道の言った事はきっと正しいのだろう。彼女が何時も通りの力を持っていればこの廃工場を消滅……いや、そもそも捕まったりはしなかっただろう。

でも、それでも彼女がまだ絶対に空間震などを起こしたりしないとは言い切れない……なにせ精霊の力は先ほども言った通り未知の部分が多い。ラタトスクが知りえない秘密があってもおかしくはない。

 

合理的に考えれば彼女を倒した方が……むしろ封印されて力が弱っている今がチャンスなのかもしれない。

しかし、鳶一にはもう十香を倒そうといった確固たる意志がなくなっていた。自分に素直にお礼を言ったり自分を庇う十香を、世界を破壊する凶悪な生き物として見ることが出来なくなってしまった。

もし本当に彼女が空間震を起こさず、強大な力を持っていないのだとしたら……

 

「それでも精霊は危険な存在」

 

「やっぱり納得は……」

 

「でも、それは精霊と言う一つの種の話……少なくとも、私にはもう彼女が危険な存在には見えない」

 

「それじゃあ……」

 

「私は十香をもう狙わない……それにラタトスクの存在も黙秘する」

 

精霊が危険な存在……その考えを改めたわけではない。

しかし、もしも十香のようにこちらに危害を加える気のない精霊がいたら。そしてその精霊の封印に成功して無力化できたのなら……それならばもう倒す必要はない。

それが今鳶一にできた最大限の譲歩だった。

 

「ありがとう」

 

「礼を言われるような事じゃない……それよりも、さっきの力は精霊を封印した影響なの」

 

「あ……それは、一回に説明するとごたごたするだろ?だから後から説明したいんだが……一つだけお願いを聞いてもらえないか」

 

「構わないけど、条件が一つある」

 

「条件?何か俺にして欲しいことがあるのか?」

 

「貴方は十香の事を名前で呼んでいる、私だけ鳶一では不平等……これからは折紙と呼んで欲しい」

 

「それだけで良いのか……分かった、折紙。それでお願いしたい事なんだが、ラタトスクには今の姿を黙ってくれないか?」

 

「分かった。これで契約は成立した。これからもよろしく、士道」

 

そう言って手を取り合う二人。

これで一件落着……少なくとも二人はそう思っていた。

 

しかし士道は重大なことを忘れていた。

それはある人物が変身してこの場に向かって来ていると言うことである。

その人物は仲間を大切にしていて……もしその仲間が攫われたとなればどういった事になるか、それを士道はすでに何度も経験ずみであったのに失念していた。

いや、むしろ経験していたからこそ、忘れたくて気づかないようにしていただけなのかもしれない。

しかも今回はすでに治ったとはいえ怪我をしてる……その結果は……

 

「あらぁ、此処で伸びてる人達が、十香ちゃんを誘拐したお馬鹿さんたちよねぇ。ふふっ、このお馬鹿さんたち、一体どうしてくれようかしらぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、もうそっちの話は終わったの?」

 

「一応な……」

 

俺はご立腹な顔で座っている琴里の前に座った。

つい先程、女神同士での今回の件における話し合いが終わり、その内容を俺が琴里に説明することになっていた。

琴里としては話し合い自体に参加したかったのだろうが……流石に国のトップ同士の会話なのでそれは出来ないと俺が説明して、琴里も渋々だがそれに納得してくれた。

琴里にはすまないと思うが、あんな緩い会話を見せる訳にはいかないからな……

 

それにしても今回の事件を解明するのは本当に大変だった。

なんせ、誘拐犯達のほとんどが、プルルートのせいで精神崩壊を起こし取り調べどころじゃなくなっていたからな。

おまけに、アイエフもトラウマを刺激されて使い物にならなくなったし、それを見た折紙にも精神的なダメージを与えたみたいだし……

まあ、今回のは人数が多かった分、一人当たりのダメージが分散されているから一週間ほどで正気を取り戻すだろう……たぶん。

 

「一体何が原因で十香達は攫われたのよ」

 

「それなんだけど……まずはこの世界の仕組みを説明する必要があるんだ」

 

「仕組み?」

 

「ああ、此処神次元では女神が国を作れるんだが……その女神になるためには女神メモリーという物が必要になってくるんだ」

 

「それがどうしたのよ」

 

そこからどうして十香達の誘拐に繋がるかが分からない……そう言いたげな視線を向ける琴里。

無理もないかもしれない。俺達だって辛うじてプルルートのお仕置きを逃れた誘拐犯達に事情を聞いてようやく真相が分かったのだ。

あれはどう考えて馬鹿がやる答えだったからな。

 

「あの誘拐犯達はその女神メモリーを運良く入手することが出来たらしい。でも肝心の女神になる女性がいなくてな。それで考えたそうだ…………そこら辺の美少女を攫って女神にして国を作ろうと……」

 

「ごめん、ちょっとまって……今頭の中で整理するから……」

 

そう言って頭を抱える琴里……俺も初めてそれを聞いたときはそうなったよ。

だって穴だらけ過ぎるんだよな……前に七賢人がやった時は洗脳したからどうにかなったが、あいつらはそんなものを用意しているわけではない。

なった所でぶちのめされるのがオチなんだよな。それに基本的に女神になれる人の確率ってかなり低いし。

 

「まあ……結果的にうまく終わったからいいんじゃないのか」

 

「それを言われると痛いのよね……なにがあったか知らないけど、鳶一の説得に成功したみたいだし」

 

何が有ったのかは俺も知らないのだが、折紙はもう十香に敵意を向けることはなくなった。

まあ、それでも喧嘩はしているのだが……何というか前ほど険悪な雰囲気ではない。ただ、単純にお互いの性格がかみ合わないだけのようだ。

でも、此処まで出来たのなら成功と言っていいだろう。

 

「それで折紙をどうやって元の生活に戻すんだ?」

 

「それはこっちで考えるわよ。士道の心配する事じゃないわ」

 

そうなのか?

それなら言葉に甘えさせてもらう……あまり変な事じゃないと良いんだがな。

まあ、なにはともあれ無事に終わったってことで良しとするか。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜……俺は執務室の外に出て夜風に当たっていた。

本当なら今頃は家に帰っているはずなのだろうが、十香が攫われた件の後処理しなければならず、俺はついさっきまで書類の処理をしていた。

本来ならプルルートがやらなければいけないんだが……久しぶりに女神化してストレス発散したせいか熟睡してしまったからな。何時もの如く、俺がやっていた。

 

俺は懐から宝石のようなものを取り出した。それは手の平サイズの青く輝く菱形の宝石で……今回の事件で押収する事になった女神メモリーだ。

女神が集まった話し合いの際にこれをどうするか話し合われたのだが……今回の事件で一番迷惑を被った俺に渡すと言う事で一致してしまった。

こんな物を渡されても扱いに困るんだけどな……

 

「士道さん?ベランダに出てどうかしたのですか?」

 

「イストワールか?なんか夜風に当たりたくなってさ……これを見てて懐かしくなってきたし」

 

「女神メモリーですか……それにしても士道さんが服用したと聞いた時は、正直驚きましたよ」

 

俺も自分が女神メモリーを服用して女神になるなんて思いもしなかったからな。

でも俺はあの時、自分の意志でこれを飲んだ。あの時はネプテューヌ達がピンチなのに何もしてやれなくて、そんな自分が悔しくなって……一つの可能性に掛けてこれを飲み込むことにした。

結果的に言えばネプテューヌを助けられたし、歳を取らなくなったし、力も手に入ったしで良い事ずくめなのかもしれないけどさ……

性別と性格が変わるのだけがな……はぁ……

 

「夜風は身体を冷やすので、気をつけてくださいね」

 

「分かってるよ……」

 

イストワールがベランダから出て行った事を確認した俺は欠伸を噛み殺しながらも、夜空を眺める。

それは元の世界と違った夜空だが……今となっては元の世界以上に見慣れてしまっている。

 

それにしても琴里になんて説明すれば良いのか……いや、女神メモリーを服用して女神になりましたと言うしかないのだろうが、その覚悟がな……

でも何時か言わないといけない事だし……いずれ覚悟を決めないとな……




士道の使いたくない力とは女神化の事でした。伏線らしい伏線は張っていませんでしたが、勘のいい方は気づいていたと思います。ちなみに余談ですが、士道は女神化すると言葉使いなどは女性のものに変わります。ネプテューヌが女神化した際と同じと言うと分かりやすいかもしれません。
次は四糸乃……っと言いたいところなんですが、今回で書き溜めていた分はなくなってしまいました。なので今までに比べると投稿のペースは落ちると思いますが、週末に一回の投稿ができるように頑張りたいと思います。


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二章 四糸乃パペット
プロローグ


陸上自衛隊・天宮駐屯地。

その一角に存在するブリーフィングルームではASTの隊員達が集められていた。室内にぎっしりと並べられた椅子の一つに座っている日蔭一曹は頭を押さえながら隊長が部屋に現れるのを待っていた。

彼女は先日に起きた空間震なしで現れた精霊への対処をしていたのだが……民間人と思われる男性を確保しようとしてからの記憶が一切ない。医者の話では何度も頭を叩かれた跡があるらしく、戦闘で頭を攻撃されその衝撃で記憶を失ったのだろうとのことだ。

自分と一緒に居た同僚も同じ状態らしいが……敵の攻撃とはいえ二人仲良く記憶を失うと言うことはあるのだろうか?

まあ、事実を前に確率とかの話をしても仕方ない事なのだろうが。

 

それにしても日下部隊長はまだ来ないのだろうか?

かれこれ十分以上は此処に待たされているのだが……

そんな事を思っていると日下部隊長が部屋の中に入って来た……そしてそれに続いてもう一人入って来た。

 

『っ!?』

 

その者の姿を見たASTの隊員達は驚愕した。

それも当たり前のはずだ、そこには先日の高校での戦闘の時から行方不明となっていた鳶一一曹だったのだ。彼女は一週間近く行方不明になっていたにも関わらず、何事もなかったかのように日下部隊長の隣に立っている。

 

「皆、言いたいことがあるのは分かるけど、順を追って説明するから少しだけ待ってちょうだい」

 

そう言って、日下部隊長は目の前にあるスクリーンに先日のプリンセスとの戦闘の際に現れた正体不明の精霊と思われる生命体の姿が映っていた。

それに関しては予想の範疇だったのか、誰もが落ち着いて画面を見据える。プリンセスとの戦闘の際に突如乱入したこの生命体は凄まじい戦闘能力を誇った。それこそASTが一方的に叩きのめされるくらい……だがそれ以上の問題が一つあったのだ。

 

「この生命体、識別名は〈ヴィーナス〉とされたんだけど、こいつからは霊力が一切検知することが出来なかったのは皆知ってるわよね」

 

そう、目の前の生き物からは霊力を一切確認することが出来なかったのだ。

霊力がない以上は精霊ではない……しかし人間には考えられない程の力を誇っていたのだ。しかも顕現装置による魔力の反応すらもなかった。

つまりは未知の力を使ったと言うことになる。

 

「この生き物なんだけど、上層部は話し合いの結果、これも精霊の一つとすることにしたらしいわ。意味は分かるわよね。こいつも私達が対処しなければならないって事よ」

 

「あの、すいません。それで鳶一一曹は何か関係あるのですか?」

 

席に座っていた隊員の一人が手を上げて質問する。

此処までの話は納得することが出来た……しかしそれに鳶一がどう関わっているのか理解することは出来なかった。

 

「それについてなんだけど……鳶一一曹、貴方が直接説明してちょうだい」

 

「了解……私は先日、来禅高校でプリンセスとの戦闘中にヴィーナスを発見……そのまま追跡を開始した。でも相手にバレていたようで、ヴィーナスとは別の人物に後ろから襲われて先日まで意識を失っていた」

 

「えっ!?それって……」

 

「この怪物のような生き物がもう一人いて、二人で組んでいる可能性があるって事よ」

 

日下部隊長の言葉を聞いた隊員達がざわめき始める。

無理はないと思う……たった一人にすら自分たちは敵うことが出来ず、一方的に叩きのめされてしまったのだ。それが二人組んでいる可能性がある……考えたくない事だった。

 

「まあ、可能性があるってだけよ。もしかしたらただの人間なのかもしれないし……これからはより一層注意しなさいって話よ」

 

その言葉を最後に、今回のブリーフィングは終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言った感じで上手く誤魔化すことは出来た」

 

「いや、それは分かったんだけどさ……なんで折紙は俺の家にいるんだ?」

 

俺は頭を抱えたくなるのを我慢しながら、リビングのソファに座っている折紙に声を掛けた。

いや、ASTを上手く誤魔化せたことに関して安心したんだが……なんで学校が終わったと思って家に帰ってきたらリビングに折紙がいるんだよ。俺、鍵をかけて家を出たはずだよな?

そんなことを思っていると折紙が説明を……

 

「合鍵は基本」

 

「なんの!?」

 

ストーカーのか!?

そういえば、異世界から帰って来て、感覚が鋭くなったせいか時折後ろからの視線を感じていたんだが……もしかして、それって折紙なのか。彼女がストーカーのように俺を後ろから見つめていたのか?

って言うかいつの間に合鍵を作ったの!?

なぜだろう……少し身体が震えて来た。

 

「それに家に入る許可はもらった」

 

「誰から貰ったんだよ」

 

「貴方の妹に協力してくれるお礼として、いつでも家に入って良いと」

 

「琴里!?」

 

やっぱりお前なのか!?

なんだ?好感度を上げるコツをつかむために、女性との付き合いを増やせと言うことなのか!?

なんかもう疲れてきた……ネプテューヌ達のおかげでこう言う事には慣れていたと思ったんだけどな……上には上がいるって事なのだろうか。

まあ、いいや……どうせ家に来たんだ。何もしないで帰らせるっと言うのもあれだろう。

 

「取り合えず、もう冷蔵庫の中身がないからスーパーに買いに行こうと思うけどリクエストとかあるか?」

 

「なんでも構わない。士道の好きなもので良い」

 

「えっとね。わたしはやっぱりプリンが食べたいかな……士道のプリンは絶品だしね」

 

「プリンはデザートだからな……それとネプテューヌはいつから居たんだ?」

 

「士道が、折紙から事情説明を受けている辺りからだよ」

 

つまり最初から居たと……

こっちに来たなら声の一つでもかけてくれれば良いのに……ネプテューヌが突然現れるのにはもう慣れたから何も言わないけど。

それにしても、最近は週に2~3回のペースで家に来てるんだが仕事の方は大丈夫なのか?まあ、あまりにも酷い場合はイストワールの方から俺に連絡をよこすはずだから大丈夫だとは思うが……

 

「えっとね~。あたしはハンバーグが良いかなぁ~」

 

「プルルートも居たのな……分かったよ。それじゃあ、スーパーでひき肉を買ってくるから留守番をよろしくな」

 

「やった~。士道君、ありがとう~」

 

「あ、士道。プリンの素も忘れないで買って来てね」

 

「分かってるって」

 

本当にネプテューヌはプリンが好きだよな……本人は一日一個食べないと禁断症状が出るって言ってるし。まあ、食べなかった日を見たことがないから禁断症状も見たことはないけどな。

どこまで本当なんだか……まあ、良いさ。

 

俺はリビングを出て玄関の方に向かう。そこで靴を履いて折紙が開けてくれた扉を出て……

 

「って折紙?どうして此処にいるんだ?待っていていいんだぞ。買い物は俺一人で行ってくるから……」

 

「構わない」

 

「でも……」

 

「構わない」

 

「分かったよ」

 

何だろ、このデジャブを感じるやり取りは……

なんかいくら言っても無駄な気がしたからもう諦めることにした。

それに見えないところに居るよりも、見える場所に居た方が安心できるような気がしたし。それに純粋に買い物を手伝ってくれるのならありがたいしな。

その後、折紙が手伝ってくれたおかげで直ぐに買い物を終える事が出来たのだが……なんか、時々折紙が俺に怪しい視線を向けていた気がしたが……気のせいだと思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「琴里、折紙が来るなら事前に説明してくれよ。家に入ったらいきなりいたからビックリしたんだぞ」

 

「話したらサプライズの意味がなくなるじゃない。って言うか鍵は渡してなかった思うけど、折紙はどうやって家の中に入ったのよ」

 

ああ、やっぱりあの合鍵って琴里が渡したものじゃなくて、折紙が自前で用意したものだったんだな。

本当にどこで型を取ったんだか……まさか体育の時間で服を脱いだ時か?そういえばたまに制服の折り方が微妙に違っていた日があったような……

なんか深く考えるの怖くなってきたから、この考えは捨てることにしよう。

 

夕食を終えた今、折紙はネプテューヌやプルルートと一緒にゲームをしている。

最初は渋っていた折紙だったがネプテューヌのしつこい勧誘に根負けしたようで、一緒遊ぶことにしたようだ。

それにしても、よくネプテューヌはあの無表情に気後れすることがなく話を続けられるよな。その部分は素直にネプテューヌの事を尊敬するよ。

あ、そういえば一つ聞きたいことがあったんだ……

 

「十香の方は大丈夫なのか?」

 

「今のところは問題はないわ……色々な検査をしたけど特に異常はなかったみたいだし……」

 

十香は先日の誘拐騒動で折紙をかばって頭に怪我を負ってしまった。

といっても意識を失ったものの、そこまで傷は深くなかったし傷の治療も行った。意識もその日のうちに取り戻したのだが……頭に怪我をしたという事実には変わりない。

だから今日一日は様子見と言うことでラタトスクの施設で安静にしている。

きっと今頃暇を持て余してるんだろうな……

 

そんなことを考えていると折紙が立ち上がってキッチンの方に歩いて行った。

ネプテューヌが「プリン!プリンッ!!」っと騒いでいることを見るにプリンを取りに行ったのだろう。時間的にそろそろ完成する頃だからな。

折紙は冷蔵庫からプリンを取り出すと、それをスプーンと一緒に一つずつ手渡していく。そして全員に配り終わったところで、俺が自分のプリンを……

 

「ああっ!!士道ずるいよ。自分が一番でかいプリンを取るなんてさ。そう言った作った人特権って言うのは無くした方が良いと思うんだよね」

 

「そうなのか?別に折紙に渡されたのだから気にしてなかったけど……よかったら交換するか?」

 

「本当に良いの!?ありがとうね士道!!」

 

そう言って俺のプリンと交換するネプテューヌ。

交換されたプリンを見れば確かに俺のプリンは少し大きかった。でも器に入れる際は同じになるように入れたはずなんだけどな……見間違えたのかな?

まあ、ちょっと大きいくらいは大丈夫だろう。ネプテューヌは俺と交換して手に入れたプリンをスプーンで口に運ぶとそれを飲み込んで……

 

「うげぇ!?なにこれ、プリンとは思えない苦みがするよ!?士道作り方間違えたんじゃないの?」

 

「いや、そんなはずはないと思うんだが……」

 

確認のために自分のプリンを取って食べてみるが普通に美味しい……何時もの通りの味だ。

ってことは、あのプリンだけが苦かったのか?それともネプテューヌの舌がおかしくなったのか?

でも同じ材料から作ったプリンの味が変わるなんて考えられないよな……でも後者の可能性も低いし、ネプテューヌが嘘を言っている可能性はないだろうし……

一体どうしてなんだ?

 

「何を言ってるのよ。別に苦くなんて……うぅ!?本当に苦いわ……」

 

「ねぷちゃん、あたしも一口だけ貰うね~……ひやぁ~!?士道君、これ本当に苦いよ~」

 

ネプテューヌのプリンを少しだけすくって食べた琴里とプルルートも顔をしかめて苦いって言ってるし。ネプテューヌのプリンだけが苦かったのか?

でも俺は何時も通りに作ったはずだ。一つだけ苦くなるような原因なんて……そういえば作る際に鳶一に手伝ってもらったけど……いや、それはないな。

料理を手伝ってもらった際には、下手をすれば俺以上に作るのが上手かったし……

 

ガチャーン!!

 

突如室内に響く音……音源を見ればネプテューヌがスプーンを落としたようだ。

それは問題なかったんだが……ネプテューヌは頬を赤く染め、荒い息をしていて……その一言でいうと扇情的な姿をしている。

一体どうしたんだ……そんなことを思っていると、突如彼女が近づいてきてソファーに座っていた俺を押し倒して、そのまま覆いかぶさった。

 

「ネプテューヌ……?おい、一体どうしたんだ?」

 

「なんか……身体が熱くなってきてぇ……お願いだよぉ……わたしをたすけてぇよぉ……しどう……」

 

「おい?一体どうしたんだ?琴里、ネプテューヌの奴が……」

 

「おにぃちゃん……わたしも、からだがあつくなってきぇ……」

 

「士道君~……あたしもぉ……からだが……あったかくなってきちゃってぇ~」

 

ネプテューヌだけじゃなくて、琴里とプルルートもなのか!?

三人何があったっていうんだよ……三人の共通点なんて俺が渡されたプリンを食べたくらいで……

あれ?なんか少しだけ引っかかるものがあったような……これまでの経緯を含めて考えてみよう。

プリンに火を入れる前に最後にプリンをいじったのは折紙だ。そしてそれを冷蔵庫に入れたのも折紙……最後にプリンを俺に手渡したのも折紙だ。

ってことは……俺は視線を折紙の元に向ける。すると彼女は視線を露骨にそらした。

これはクロだ。

 

「おい、折紙?」

 

「…………………………入れたものをネプテューヌが食べると思わなかった」

 

「何を入れたの!?」

 

やっぱり折紙が犯人だったのか!?

入れたって、それって食べた人の反応を見るに間違いなく最初にびの文字が入る薬だよな!?

道理で俺に手渡されたプリンだけ量が多いはずだよ!なにせ余計なものが入っていたんだからな!!

折紙は、一体どこでそんなものを手に入れたんだよ。って言うか食ってすぐに効くってどれだけ強力なものを入れたんだ。

ともかく今は三人をどうするかだ。今は折紙と協力して三人を止める方法を見つけないと……

そう思って折紙の方を向けば媚薬入りプリンを食べる折紙の姿が……

 

「折紙さん!?何をやってるんですか!?」

 

「大丈夫……こうなってしまった以上、責任は取る。私が発情して士道が私だけにしか手を出さなければ何も問題はなくなる」

 

「問題しかないだろうがぁぁぁぁ!!」

 

なんで事態を悪化させてるんだよ!?

ともかく今は非常にやばい状況だ……徐々に四人の目が捕食者の目に変わってきてる。そして勿論、標的は俺だ……

なんでだろう……目から涙が出て止まらない……ともかく家の外に出ることは出来ない。そんなことになれば、見境をなくした四人が何をしでかすかわからない。

 

「しどぅ……わたひをらくにしてぇ……せつなくてぇ……がまんできないのぉ……」

 

「ネプテューヌ、悪い!!」

 

そう言ってネプテューヌを突き飛ばすとリビングの方から階段を駆け上がって逃げていく……まずは異世界に通じる机の棚を封じておかないと大変なことになる。

そう思った俺は自分の部屋に素早く入ると引き出しの鍵を閉めた。その鍵は窓から外へと放り投げる……正気を失っている彼女達には見つけることが出来ないはずだ。

 

「しどぅ……どこにいくのぉ」

 

「にげてもぉ~むだだよぉ~」

 

「おにーちゃん?どこにいったのぉ」

 

「絶対に見つける」

 

なんか一人だけ正気を保ってそうな人物の声が下から聞こえてきたが、気のせいにしておこう。

何はともあれ、俺はこうして一夜に渡る命がけのかくれんぼを繰り広げる事となった……かくれんぼと言う物にこれほどの恐怖を感じた事は今までなかったよ。

結果だけ言うと俺の勝利だったが……俺はその日を境にホラーものに恐怖を感じることはなくなってしまった。だってそれ以上に怖いものを見たんだから……



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一話

「はぁぁぁぁぁ……」

 

折紙によるプリン媚薬混入事件から一夜明けた今日。

俺は教室の自分の机に突っ伏して、疲れ果てた老人のような声を出していた。

 

あの後、俺は捕食者となった四人から何とか隠れて、逃げていたのだが、夜が明けて直ぐのあたりで見つかってしまい後一歩と言うところまで追い詰められてしまった。しかし、運よく薬の効果が切れたためか、四人ともその場で気を失い難を逃れることが出来た。

本当は直ぐに寝たかったのだが、気を失った四人を放っておくことも出来ず。四人を運んでベッドの上に寝かせてから、散らかった部屋の後片付けやら、イストワールへの連絡やら、ラタトスクへの状況説明やら、琴里と折紙が学校へ来れない事の連絡をしていたら、結局眠ることは出来なかった。

 

徹夜は経験したことがないって訳ではないんだが、此処まで疲れ果てたのは初めてだ。

俺の人生の中で二番目(一番は完全にブチ切れたプルルート)に入る恐怖を感じた一日だったよ。

 

「シドー?疲れているのか?」

 

「ちょっと、昨日は大変だったんでな……正直学校を休もうかと思ったよ」

 

「そんなに疲れているのなら、休んだ方が良かったのではないか?それにしても私が居ない間に何が……はぁ!!まさか折紙がシドーに迷惑を掛けたのではないだろうな!?」

 

ごめん折紙……

何も間違ってないからフォローすることが出来ない……

そもそもの元凶は折紙がプリンに媚薬なんかを入れたせいだから……さらに騒ぎを拡大させていたし。

ん?ちょっと待てよ……あの時ネプテューヌがプリンを交換すると言い出さなければ俺が食べることになっていたんだよな。そうなれば正気を失った俺は折紙に……

か、体が震えて来た……もうこの事は考えない事にしよう。

 

「皆さん、ホームルームを始めるので席についてくださーい」

 

やばい……疲れていたから何時チャイムが鳴ったか分からなかった……

年老いた老人って毎日がこんな感じなのかな?

ともかく、今日はあまり無茶をしないようにしよう。したら絶対に倒れるだろし……

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にやばい……意識が徐々に朦朧としてきている。

やっぱり今日は休むべきだったかな……授業の内容とかほとんど頭の中に入らなかったし。今日は体育の時間がなかったのが幸いだったよ。あったら今頃は確実に保健室送りになっていたからな。

フラクシナスに連絡して転移装置を使って家に帰れば良かったかな……でも、こんなしょうもないお願いで連絡したくないし……

 

まあ、あともう少しで家に着く。たぶんそれくらいまでなら体力が持つだろう……と信じたい。

それにしてもいきなり雨が降ってきたな。天気予報だと今日は雨が降らないはずだったんだが……まあ、天気予報なんてそんなものだろう。

本当は服を濡らしたくないから早く家に帰りたいんだが……走る体力すら残ってないからびしょ濡れだ。こういうのをなんて言うんだっけな、鬼に金棒……いや、泣き面に蜂だったな。

疲れが頭の方に来てるようだな……早く帰って寝よう。

 

そう思った俺は家への道を進み、神社の前の角を曲がろうとして……足を止めてしまった。

別に体力が限界だったわけではない……女の子がいたのだ。

海のような綺麗な青色をした髪に、ウサギの耳のような飾りが付けられたフード、そして左手にはウサギの人形を付けている。

その不思議な恰好に一瞬、精霊と言う言葉が頭の中に浮かんできたが、直ぐに首を振り払ってその考えを捨てる……そんな、直ぐに出会うような存在ではないだろうと。

 

「おい?濡れてるけど大丈夫なのか?」

 

「っ!?」

 

少女は俺と同じようにびしょ濡れだったので、心配して声を掛けたのだが……

俺の声に驚いたようで目の前の少女はビクッと身体を震わせた後、走って俺から逃げ去っていく。

余計なお世話だったかな……

そんな事を思いながら徐々に遠くなっていく少女の姿をおさめていると……

 

ズシャァァァァアアッ!!

 

こけた。

それはもう盛大に頭の方から地面に突っ込んでいった。走っていて相当な勢いがついていたためか、地面に接触した少女の身体は大量の水しぶきを上げながら長い距離を滑っていた。

それは歩き始めた子供でもしない、滅多に見ないほどの転びっぷり……って、そんな悠長なことを考えてる場合じゃないだろ!

 

「おい!?大丈夫か?」

 

「あっ…………」

 

俺は急いで転んだ少女に近づくと、少女の身体を抱きかかえるようにして仰向けにして怪我がないか確認をする。

良かった……転んだ場所が良かったのか全く怪我をしていない……と言うか服にすら傷一つない。少々不思議に思ったけど怪我をしていないなら問題はないだろう。

ほっと一安心したのも束の間、少女の様子がおかしいことに気が付いた……俺の方を一切向いていないのだ。

こんな状況ならば俺に何かしらの反応を示してもおかしくないのに、少女には反応が一切ない。まるで他に気になることがあるかのように……

 

「いや……いやだよ。よしのん……」

 

「それって……」

 

少女の視線をたどって、その原因が分かった。

彼女の左腕に着けた人形が汚れていたのだ。泥水を浴びたせいで所々が変色しているし、地面と擦れたせいか顔面の布は破れ、右耳は取れかけている。見るも無残な状態だ。

その人形がどういったものか分からないが、少女にとっては大事なものだったのだろう。水色の瞳には涙を浮かべ、今にも泣きだしそうだった。

 

「それ……大事な物なのか?」

 

「えぇ……?ひゃ!?……い、いやだ……」

 

俺の声でようやく俺の存在に気づいたのか、大声を出して驚いて俺から逃れるように飛び跳ねた。

うん、ちょっと俺もいきなり身体に触れたりしたけどさ……その反応はすごく傷ついた。

って今は俺の事なんてどうでもいいな。俺から距離を取った少女は人形を見つめて悲しそうに顔を歪める。俺はそんな少女を警戒させないように優しく声を掛ける。

 

「家に来ないか?そこにある裁縫道具を使えば直せると思うけど」

 

「っ!?ほ……本当……直して、貰える……ですか?」

 

なんか子供の誘拐犯が言いそうな事だな……と自分の言い方の悪さに内心苦笑しつつ、少女の様子をうかがう。

当然の提案に少女は戸惑っているようだ……無理もない、俺の言い方もあれだったし。見たところ彼女は極度の人見知りみたいだしな。

断られたら断られたでしょうがないだろう……場合によっては俺の心に傷を残しそうだが……

俺まで少女の答えにドギマギしていると、少女は意を決したのか俺の元に近寄ってくる。

 

「お、お願い、します……私は……どうなっても、構わない……のでよしのんは……彼女だけは……」

 

「そこまでしないから、落ち着けって」

 

若干取り乱して俺に懇願する少女にゆっくり語り掛けて落ちつかせようとする。

人見知りと思われる彼女が見知らぬ人である俺に必死に懇願するなんて、それほどこの人形が大事なのだろう。責任重大だな……

人形は傷ついているが、そこまでひどくないし……いざとなればプルルートに手伝ってもらえばどうにかなるだろう。

 

「家は近くにあるから、そこまでついてきてくれるか?」

 

「は、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、好きに飲んでいいから」

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

あの後、自分の家に無事にたどり着いた俺は、少女をリビングに入れた。時間が掛かるってのに玄関で待たせるなんて出来ないからな。

雨の中にいたから冷えてるんじゃないかと思って温めたココアを出したんだけど……ちょっと不信そうに見つめてるな。毒とかなんて入れてないのに……

 

そんな彼女の様子を見ながら俺は作業にかかる。幸いにも汚れのほうは泥水が原因だったためすぐに取ることが出来た。後は取れかけている耳をつなぎ合わせて、擦り切れた布を取り替えるだけだ。

本当はプルルートに任せたかったのだが……彼女はまだ他の三人と一緒に眠っている。

残ったプリンをラタトスクの方で調査したところ、使われた媚薬は使用すれば一瞬で身体を興奮させるものの、その後にどっと疲労感が来るらしい。

その威力は、表に知られたら直ぐに法律で規制されるほどのものらしいが……折紙はこんな代物を一体どこで手に入れたのやら。

 

ともかく、プルルートが駄目なら俺がやるしかない……彼女ほどうまくできる自信はないが、これくらいなら問題はないはずだ。

まずは取れかけた耳に針を入れて糸でつなぎ合わせる。

そういえば……

 

「なあ、名前はなんて言うんだ?聞いてなかったよな」

 

「わ、私の……名前、は……四糸乃、です」

 

「俺は五河士道だ。よろしくな」

 

「は、はい……よろしく、おねがい……します」

 

まだ俺に若干怯えているが、最初にあった時よりは各段にましになっている。

それにちょっと嬉しくなりながら、作業を進めていく。

これで耳はもう大丈夫だろうから、あとは擦り切れた箇所だな。人形を裏返して擦り切れた箇所をハサミを使って乗り除く、そのあとは同じ色の布を当てて、針で縫うだけだ。

 

「普段はどこに住んでいるんだ?」

 

「えっ……その、わたしは………あの……」

 

「言いたく無いなら無理しなくていいぞ。変なことを聞いて悪かったな」

 

「……す、すいません……」

 

俺が悪いんだから謝らなくても良いのに……

と、そんな事をしているうちに縫い終わったな。後は余分な布をハサミを使って取り除いて、泥水で汚れたワタを新しい物に取りかえれば……

 

「よし!!これで終わりだ。直ったぞ四糸乃」

 

「っ!?」

 

一通り修理の終わった人形を机の上に置くと、四糸乃は慌ててその人形を手に取ると左腕にそれをはめた。

そこまで急がなくても、人形がなくなったりはしないのにな……

ともかく、人形を左手にはめ終えた四糸乃はその手を急に俺の目の前に持ってきた。

一体なにをする気なんだ?俺が身構えていると……

 

『いやー、ありがとうね、士道君!助けられちゃったよ』

 

「は……いや……」

 

『んもぉ、どうしちゃったの?そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔しちゃってさぁ。もしかして、よしのんがいきなり話し出したものだから、びっくりしちゃったのかな?ごめんねぇ、よしのんは四糸乃と違ってガンガン話していくタイプなんだよ』

 

「あ、ああ……」

 

まだ頭こんがらがって整理することが出来ない……

今、目の前に居るウサギの人形が口をパクパクと動かしてしゃべっているのだが……たぶんこれは腹話術だと思う。人形の方からじゃなくて、四糸乃の方から声が聞こえてきてるからな。

でも、人見知りと思われる四糸乃がこんなにもしゃべる事が出来るなんて……腹話術だと本音を話せるのか?それとも……

まあ、どっちでも良いだろう。あっちだともっと濃いキャラがいたからな。

 

「悪いな、そっちの人形の方がよしのんでいいんだよな?」

 

『そうだよ!!いやー、よしのんも人と話すのは久しぶりだから、緊張しちゃうなぁ。そうだ!士道君にはよしのんを助けてくれたお礼として、何でも一つだけ教えてあげるよ。例えば、四糸乃のスリーサイズとか……』

 

「よしのん、それはダメ……!!」

 

顔を真っ赤にして、慌ててよしのんの口を塞ぐ四糸乃……

やっぱり、単純な腹話術とかじゃなくて、二重人格とかそこら辺の物なのかな。流石にこれを一人でやってるなんて思えないし。

そういえば気弱な性格で思い出したけど、あの人は今も元気でやってるかな……聞いた話によると女神の庇護の元で規制を作る団体を立ち上げたみたいだけど……

俺がそんな事を思っていると、四糸乃は立ち上がって玄関の方へ行ったので、俺も慌ててそれを追う。

 

「もう帰るのか?」

 

「こ、これ以上、迷惑……掛けられない、ので……よしのんを、直して……くれて……ありがとう、ございます」

 

『ごめんねぇ。よしのん達は人気者だから、一人の元に留まれないんだよ。お礼は別の機会にちゃんとするからゆるしてねぇ』

 

「別に大したことじゃないから気にしなくていいぞ。それと外に行くならこれ……」

 

傘立てに刺してあったビニール傘を手に取って四糸乃に渡そうとするが、彼女は戸惑っているようで中々手に取ろうとしない。

よしのんに促されてようやく手に取ったかと思えば傘の事をまじまじと見つめている……もしかして傘の使い方を知らないのか。

 

「そこの止め具を外して、そこを押せばいいんだよ」

 

「っ!?」

 

『おお!!士道君、見て見てぇ、いきなりおっきくなったよー!でもこれって何に使うのかなぁ?』

 

「雨の日はそれを上に掲げるんだよ。そうすれば雨に濡れないだろ。こうやってしまえば邪魔にならないし」

 

言いながら、開いた傘を閉じて見せる。

四糸乃はまだちょっと驚いてるみたいだが、よしのんの方は興味深々で傘を見つめている……と言っても人形で表情は分からないから動作からの推測だけどな。

 

「あ、あの……こんなもの、貰って……良いの、ですか……」

 

「あまり高い物じゃないから気にしなくていいよ。それよりも一人で家まで帰れるのか?無理ならついていくけど……」

 

「そ、それは……」

 

『本当にありがとうねぇ、士道君。こんなものまでもらちゃってよしのん感激だよ。でも一人じゃなくて、よしのんも居るから二人だよ!!んもぅ、士道君たらひどいなー』

 

「そういえばそうだったな、悪かったよ」

 

そう言って頭を下げると、よしのんは「しょうがないなぁ、今回だけだよ」と言って許してくれた。

四糸乃と違ってよしのんの方は人懐っこい性格をしているみたいだな。

ともかく、その後扉を開けて家の外に出た四糸乃は片手を器用に使って傘を開くといまだに雨が降っている中を進んでいく。

 

「その……本当に、ありがとう……ございます……」

 

『それじゃあ、またねー』

 

「ああ、また今度な」

 

四糸乃は途中で立ち止まったかと思うと俺に一礼してから、再び歩き出した。

そして彼女の姿が見えなくなったのを確認した俺は、家の中に入って扉を閉める。これで一段落ついたかな……

ともかく、これでようやく眠ることが出来そうだ……正直もうかなり限界に近かったからな。

目の前に四糸乃がいたから我慢してたけど立っているのもきつい……早くベッドにいって……

そういえば、ベッドはネプテューヌ達が使っていたな。しょうがないリビングにあるソファーの上で毛布でも被って眠ろう。床の上よりはましなはずだ。

そう思ってリビングに向かっていると……

 

「ねぷぅぅぅぅぅううう!?」

 

なんだ!?

今のは間違いなくネプテューヌの声だ。部屋で何かがあったのか?

俺は最後の力を振り絞ってネプテューヌを寝かせている俺の部屋へと走って向かう。

俺がドアを勢いよく開けるとそこには……時計を手に取って声をあげているネプテューヌの姿があった。取りあえず切迫した状況ではなさそうだけど……何があったんだ?

 

「士道?大変だよ!!わたし、昨日の内に帰るっていーすんと約束してたのに、気づいたら翌日になってるんだよ!!一体わたしは昨日なにをしていたの!?このまま、帰ったら鬼いーすんが……士道、一生のお願いだからわたしを助けてよ!!」

 

「つい最近、一生のお願いを聞いた気がするんだが……まあ、いいさ。イストワールの事は心配しなくていいぞ。俺の方から説明しておいたから」

 

「本当!ありがとうね、士道!!それにしても、昨日の夜からの記憶がないんだけど士道は何か知ってないかな?プリンを食べたところまでは記憶があるんだけど……うん~、駄目だ。これ以上は思いだせないよ」

 

「オレモヨクワカラナイナ」

 

媚薬入りのプリンを食べたからです……なんて、本当の事を言う訳にもいかず適当に誤魔化す。

それにしても、それが理由で大声を上げたのか……深刻な事になってなくて良かったと言えば良いのか、それぐらいで大声を出すなと言えば良いのか……

とにかく、此処まで走ってくるのに力を使い果たした俺は、机の上に突っ伏してしまう。

もう本当に……ガチで限界が近い。もう目の前の布団に寝てしまうかな……

って駄目だ。ネプテューヌは起きたけどプルルートがまだ寝ている。って言うか、ネプテューヌがあれだけ騒いだのによく眠ってられるよな。

 

「士道、もしかしてかなり疲れちゃってる?そうだ!!今回のお礼に、特別にわたしが添い寝してあげようか?」

 

「ごめん……突っ込む体力もないんだ……」

 

「うわ~、士道が突っ込みを放棄するなんて、こりゃ相当な重症だね。早く眠った方が良いんじゃないかな」

 

「そうさせて……がっ!?」

 

早く眠ろう……そう思って体を起こそうと思った辺りで鳩尾に入る強い衝撃……

それに吹き飛ばされつつ、机の方を見れば勢いよく飛び出した引き出しの姿が……そういえば鍵を掛けたままだったな……

それでこっちに来ようと思った人がすごい力でこじ開けたから、引き出しがすごい勢いで……

 

朦朧とする意識の中で次に見えたのは引き出しから出てきた人の姿……

ああ、これからどうなるか予想が出来てしまった……お約束ってやつだからな……

 

「ぐぇ!?」

 

引き出しから飛び出して来た人物は、倒れた俺の腹を押しつぶし、俺は短く悲鳴を上げる。

うん、こうなると思ったよ……それにしてもやばい、何時もならギリギリ耐えられると思うのだが、体力が限界だったせいで今にも意識が飛びそうだ……

 

「お姉ちゃん、大丈夫なの!?士道さんの所でいきなり倒れたって聞いたから心配したんだよ!!」

 

「えっとね……ネプギアがお姉ちゃんの事を心配してくれた事は嬉しいだけど……取りあえず、ネプギアは下を見た方が良いと思うよ……」

 

「え?私の下に何かあるの?…………ふぇ!?士道さん、どうしてこんな場所に!?だ、大丈夫ですか!?」

 

はっはっはっ……ようやく気付いてもらえたみたいだな……

本当はちゃんとした返事を返したいんだが、もう限界だ……

 

「次はピーシェに踏みつぶされるのかな…………ガクッ」

 

ノワールみたいに……

 

「士道さん!?しっかりしてください!!」

 

「うーん、この場合は、死因・ネプギアの尻ってなるのかな?」

 

「そんなの嫌だよ!!士道さん!お願いだからしっかりしてください!目を開けてください!!」

 

ネプギアが俺を必死に揺する中……俺の意識は遠のいていって……

遂には完全に意識を失ってしまった。

 




お気に入りがついに100となりました。
当初は100に行けば良い方かなと思いながら書いていたので、一か月ほどで達成できて少し驚いています。
これからも、がんばっていくのでよろしくお願いします。


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二話

此処はどこだ……って俺の部屋のベッドの上じゃないか。

なんで俺はこんなところで眠っているんだ?えっと……確か四糸乃が家を出てからネプテューヌの声が聞こえて……ああ!!あの後、引き出しから出てきたネプギアに押し倒されて気を失ったんだった。

時計の方を見れば二時間ほど針が進んでいる。あれくらいの事で二時間も気を失うなんて……やっぱり疲れていたんだな……

でも二時間も眠れたおかげか、完調とまでは言い難いが気を失う前よりは格段に体調が良くなった。

俺が身体を起こそうとして……

 

「あっ!?士道さん気が付いたんですね。もう身体の方は大丈夫なんですか?」

 

声に反応して横を向けばネプテューヌと同じ薄紫色の髪を腰のあたりまで伸ばした少女……ネプギアがそこに立っていた。

彼女はネプテューヌの妹で女神候補生と言う立場に居るのだが……常日頃から仕事を全くしない、ぐうたらな姉とは打って変わり、至って真面目な性格をしている。

そのため、生まれてくる順番を間違えたのではないかなどと周囲では言われている。

俺もそう思ってしまったし……

 

「ああ、もう大丈夫だ。いきなり気を失ったりして悪かったな」

 

「いえ、元はと言えば私が士道さんを踏んづけちゃったのが原因なんですし……私の方こそすいませんでした」

 

さらにその元を辿ると、俺が引き出しの鍵を掛けたままにしていたのが原因なんだけどな。

鍵を掛けてなければネプギアがあんなに勢いをつけて引き出しを開ける事はなかったんだろうし……

まあ、一番の原因は折紙なんだろうけどさ……

って、いつまでも過ぎたことを考えていてもしょうがないな。

俺はベッドから起き上がると、ネプギアに声を掛ける。

 

「俺が気を失ってる間、何もなかったよな」

 

「あっ、はい。特に問題は……でも、士道さんが気を失ってから直ぐに皆さん目を覚ましちゃって、今はリビングに居るはずですよ」

 

つまり俺は入れ違いのように気を失ってしまったわけか……

まあ、媚薬入りプリンを食べた時間にはそれほど違いはなかったし、ネプテューヌが起きたことを踏まえると他の皆がそれに続くように起きてもおかしくないだろう。

俺がリビングの方に向かおうとすると……扉が勝手に開いた。

その奥には琴里がいる。

 

「あら?起きたの?まだ眠っていると思ったのに……」

 

「ついさっき、起きたばかりだよ」

 

「それにしても、士道。貴方、女性に突き飛ばされた後、踏んづけられて気を失ったそうじゃない。そんなので精霊との交渉なんてできると思ってるの?情けないわね」

 

「仕方ないだろ……昨日ので疲れてたんだよ」

 

あのかくれんぼは本当に熾烈な戦いだった……

隠れてる間は見つかるか見つからないかで心臓がドクドクと鳴りっぱなしだったし、見つかったら見つかったで四人の捕食者から逃げるために全力で室内を駆け巡ったし……

最後の方は足が疲れて歩くことすらままならなかった。一夜であそこまで疲れたのは本当に初めての事だった。

 

「昨日ね……そういえば、昨日のプリンを食べてからの記憶がないんだけど、何かあったの?全く思い出せないのよね」

 

「あっ!?それは私も聞こうと思ったんです。いーすんさんからはお姉ちゃんが気を失ったとしか答えてくれなくて……昨日、お姉ちゃんに何があったんですか?」

 

「フロカラアガッタラキヲウシナッテタ、オレモヨクワカラナイ」

 

素直に言ったらどうなるか分からない……

今の状態の琴里に素直に媚薬のせいですなんて言ったら命の危機があるかもしれないし、シスコンであるネプギアもそれは同じだろう。

折紙が入れた……なんて言っても、彼女も口にしている以上、それを言っても信じては貰えないだろうし……絶対に俺が入れたと誤認される。

一応、ラタトスクの方には、琴里には真実を言わないように約束しているから大丈夫だろう……いざとなったら、カメラで発情した琴里を眺めてたって言って道連れにしてやる。

 

「そ、そんな事よりも、夕食はどうしたんだ?もう食べたのか?」

 

「あ、それなら出前を頼んだわよ。何時までも士道が目を覚ますのを待っている訳にはいかないでしょ」

 

「そうなのか?ってそれだと俺の分は?」

 

「頼んでいるに決まってるでしょ」

 

「冷蔵庫の中に入れてあるので、レンジで温めてから食べてくださいね」

 

良かった……俺だけ注文されてないのかと心配してしまった。

お腹も空いてきたしリビングに向かって夕食を食べる事にしよう……そう思って二人に断ってからリビングの方に行こうとした時だった……

 

「……そう、分かったわ……士道。下に行くのならそのついでにトイレの電球を取り替えてくれないかしら。さっき見たら、電球が切れていたのよ」

 

「それくらい、別に良いけど……」

 

何だろう、よく聞こえなかったけど、俺に頼む前に変な会話をしてなかったか?

なんか引っかかるんだが……気のせいだろう。いちいち人を疑っていてもしょうがないだろうしな。

俺は階段で下に降りると棚の中から予備の電球を一つ取り出す。それと作業用の椅子を一つ手に取るとトイレの方に向かう。

そこで扉を開けようとして…………あれ?なんで電気がついているんだ?

電球が切れたから交換してくれって琴里は言ってたよな?俺が来るよりも早く誰かが電球を替えたのか?でも予備の電球は減ってなかったし……

取りあえず、ノックをしてみよう。

 

「誰か入ってるのか?」

 

「む!?シドーか?すまないが、もう少しだけ待ってくれんか?まだ終わって……」

 

「十香!?なんで此処に……」

 

確か俺がラタトスクから聞いた話だと精霊用の住宅が出来るまでフラクシナスの方で暮らすって言う話だったはずなんだが……

聞き間違い……は流石にあり得ないか。長年の付き合いなんだから今更聞き間違えるはずがないだろう。でもそうしたらなんで十香がこんな所に……

俺が首を傾げて悩んでいると後ろから声が聞こえてきた。

琴里の声だ。

 

「あら?何も言ってなかったけど合格できたみたいね。良かったじゃない。失敗したら士道の黒歴史がラジオで流れる所だったのよ」

 

「合格ってなんの話だよ!……って言うか十香はなんで家に居るんだ!?トイレの電球も切れてなかったじゃないか!」

 

「少し落ち着きなさい……ちゃんと順を追って説明してあげるわよ」

 

琴里はそういって不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、説明は終わりよ。理解できたかしら」

 

「まあ、大体の事を理解できたけど……」

 

それなら一言くらいは言ってくれればと思わずにはいられない。

 

これは以前にも聞いたことなんだが、今の俺と十香の間には目で見ることは出来ない経路が通っているらしい。それを通って力の大部分が俺の身体に封印されているみたいなんだが……

十香が精神的に不安定になるとそこを通って霊力が逆流してしまう可能性があるらしい。

今の十香はフラクシナスで過ごしているのだが……そこだと多少のストレスを十香が感じているようで、彼女が一番信頼している俺の傍に居させることでストレスの解消……

それと同時に、今後の精霊との交渉のための訓練……要するに女性と話しても緊張しないように女性との接し方の訓練をするらしい……

それで十香がトイレに入ったのを見計らって、琴里が俺に電球を替えるようにお願いしたらしい。

 

それで訓練になるのか……とは思ったものの、突っ込んでも無駄だろうから諦めることにした。

もう、ノワールでもアイエフでもいいからもう一人突っ込み役が居て欲しい。

此処にいる数少ない常識人であるネプギアは、今はネプテューヌやプルルート、そして十香と一緒にゲームをやっているから突っ込みに期待出来ないし……

 

はぁ……もう高校やめてあっちの方に引きこもるかな……

あっちに行けば最低限の突っ込み役がいるし。

 

「それなら、この話はもう終わりで良いわね。って、話しているうちに随分と時間がたったわね。そろそろ風呂が沸く頃だし、今日は先に入って良いわよ」

 

「ああ……それじゃあ、お言葉に甘えて入ってくるよ」

 

たぶんトイレのように何かしらのトラップを仕掛けているのだろうが……

気を付けていれば大丈夫だろう……十香は今、ゲームに集中しているみたいだしな。

俺は着替えとバスタオルを手に取ってから浴室に向かうことにした

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し考えすぎだったか?」

 

一人そんな事を呟きながら服を脱ぎ終えた俺は浴室の中へと入った。

浴室についた俺は誰かが中に居ることを疑って、何度も扉をノックしたり、声を掛けてみたり、少しだけ扉を開けて中の様子を窺ったりしたのだが、浴室には誰一人としていなかった。

流石に、分かりやすい罠を短期間に何度も仕掛けたりはしないか?でも琴里の顔が怪しかったんだよな……俺が気にしすぎただけか?

 

っま、罠がないのならそれに越したことはないだろう。

俺はそんな事を思いながら風呂蓋を手に取って開ける。そしてその中を確認……っ!?

 

「な、なんでお前がいるんだよ!折紙!!」

 

「私が背中を流してあげる」

 

いや、そういう事じゃなくて!!

俺が言いたいのは、折紙がなんで風呂の中に入ってるのかってことだよ!!

俺は何度も確認したはずだよな!ノックをしたり声を掛けたり……って事は此処にいるのは間違いなく折紙の故意だって言うのか!!

ってこのままだと折紙の色々なところが見えて……っ!?

 

「うお!?」

 

俺が両手で目を隠そうとした時……風呂の中から飛び出して来た折紙は俺を押し倒すと、そのまま俺に覆いかぶさった。

動揺していたのと、両手を顔の方にやっていたから動作が遅れて対処が出来なかった……って言うか折紙さん?今の状態でこの体勢は非常に不味いと思うのですが?

人に見られたら、とんでもない誤解を招く。

 

「士道は嘘をついた」

 

「へぇ?……な、なんの話だ……」

 

「学校での付き合うと言う話」

 

「あ、ああ……!!」

 

その話か、最初は何の話だか分からなかった。

確か先日……折紙とラタトスクの事を秘密にしてくれる約束を交わした日に、折紙が捕まった日にした俺と付き合ってくれないかと言う話に関する真相を明かすことになった。

真実を言った際は少し落ち込んではいたが……許して貰うことが出来た。

少しくらいは憎まれたりする事を覚悟したのだが……簡単に許して貰えてかなり驚いた。

でもそれが、今の状況と何か関係あるのか?

 

「その件で私の心はすごく傷ついた」

 

「お、おう……」

 

「だから士道が私に賠償してほしい」

 

あの時許してくれた訳ではなかったのか……

でも、俺のやった事を考えれば当たり前の話なのかもしれない。

だって俺のやった事は事情があったとはいえ、嘘をついて折紙と付き合った挙句、何もしないまま直ぐに彼女を捨てたんだからな。どれだけ優しい人でも許してはくれないだろう。

あの場では……きっと琴里とか他の人もいたから許してくれた振りをしただけなんだろうな。

仕方がない、俺が悪いんだ……ここは素直に折紙の話を聞いて……

 

って……なんで折紙はそんな話をこんな場所でしているんだ。

別に他の場所でも二人きりになれる場所なら……ってまさかな?いや、さすがにそれはないよな。

 

「あの、折紙さん?具体的に俺に何をしてほしいのでしょうか?」

 

「……………………子供が欲しい」

 

「やっぱりかぁっ!!!!」

 

なんで、こうも当たって欲しくない予想ばかり当たるんだよ!!

とにかく、早く体勢を立て直さないとやばい……今の体勢は折紙が有利な体勢になっている。

両手は折紙に体重を掛けられて抑えられているせいで少しも動かないし、足が届かない場所に座ってるせいで蹴飛ばすことも出来ないし……

何よりも折紙は何も付けていないから正面を向くわけには行かないし……本当にどうすればいいんだよ。

もう神様でも悪魔でも女神様でも良いから、この状態から助け出してください。お願いします。

 

「私は何も言ってないのに分かったの。以心伝心……嬉しい」

 

「なんで今ので喜べるの!?」

 

本当にどうしよう……

このままじゃ何も出来ないし、奥の手も琴里が見張っていることを考えると使えない。

って言うか琴里さん!!これを見ているのなら助けに来てください!もう失格でも良いのでお願いします!

って、そんな事を考えているうちに折紙が……ってそうだ興奮しなければ良いんだ。俺は目を閉じると心の中でお経を唱え始める。

少しだけど落ち着いて来た……これ……っ!?

 

首筋の辺りから感じたぬるっとした感触……

それに驚いた俺が目を開ければ、目の前には舌を突き出した折紙姿が……まさか舐めたの?俺の首を舌で舐めたの!?

って不味い。また折紙の姿を見たものだから興奮してきて……もうこうなったらしょうがない。琴里にバレるのを覚悟で女神化して……

俺がそう決意した瞬間だった。

 

「おっふろ~♪おっふろ~♪お……」

 

急に開く浴室の扉、そしてその先にはこちらを向いて目を丸くしているネプテューヌの姿が……

琴里っ!?お前の仕掛けたトラップってこっちの事なのか!?ああ、確かに風呂の中には誰もいなかったから油断したよ!!おかげで事態はさらに悪化したよ!!

……女神に助けを求めたのは俺だけどさ!!

 

俺がどうネプテューヌを説得しようか頭を抱えていると、何を思ったのか鳶一は固まっているネプテューヌを浴室の中にいれた。そして彼女の……

 

「って折紙!?なにをやってるんだ!?」

 

「このまま騒がれては迷惑、今のうちに気絶させる」

 

「させなくていいから!!」

 

「…………ねぷ!?なんで士道と折紙が一緒にお風呂で!?もしかして二人ってそんな関係だったの!?ってなんでわたしまでお風呂の中に入れられてるの!?はっ!!もしかして、口封じのために、とても口では言えないような、あんなことやそんなことをしている姿を撮影されちゃうの!?」

 

ああ、どうしよう……ネプテューヌが正気に戻ってより一層状況が悪化した。

どうしてこんな事になるんだろう?俺が何かしたのか?

俺は十香を救いたくて頑張ったはずなのに……今のこの現状がその対価だと言うのなら早くも心がへし折れそうだ。

俺が瞳から流れ出そうになる涙を必死に堪えてると、何処からか防水カメラを取り出した折紙がネプテューヌに詰め寄っていた。

 

「折紙!?本当にする気なの!?わたしのあられもない姿をそのカメラに収める気なの!?士道!!ヘルプミィィィィイイ!!」

 

「大丈夫、このことを黙ってくれるのなら公開はしない。さあ、両手を上げて……そのまま両足を方少し開いて……」

 

「お前は何をやってるんだよ!?」

 

俺は急いで折紙のカメラを取り上げる。

女神の脅迫写真なんて洒落にならない。もし神次元や超次元に漏れたらシェアに直結する。

って言うかなんでネプテューヌは涙目になりながらも素直に折紙の指示に従ってるんだよ……もしかして抵抗したらもっとひどい事をされそうで怖かったのか?

俺がカメラをいじって撮影したネプテューヌの写真を消していると、ネプテューヌが抱きついて来た。

 

「士道!ありがとうね!!わたし、このままお嫁に行けない身体にされるかと思ったよ!!」

 

「ほら、もう大丈夫だから泣きやめよ……って言うか折紙はなんでこんなものを持ってるんだよ」

 

「撮影するために決まっている」

 

それはそうに決まってるだろうけどさ……

流石にこんな状況を見越しての物じゃないだろ。他に用途があって持って来たはずだろうし……

一体何の目的で…………なんかすごく嫌な予感がするんだが気のせいか?

とにかく、俺がネプテューヌの写真を消していく……すると画面には俺が服を脱いでいる写真が……

 

ってこれが目的かよ!いつの間に撮ったんだよ、これ!?

ネプテューヌには悪いが彼女が風呂に入ってきてくれて助かった。もしネプテューヌが撮られてなかったら気づかないところだった。

とにかく、この写真はすべて消去する。

 

「士道ひどい……」

 

「なんで俺が責められてるんだ?文句を言いたいのはこっちだからな」

 

「えっと、状況がいまだにわからないんだけど。さっき見たことから察するに、士道が折紙に襲われてたって事で間違いないのかな?」

 

「それで間違ってないよ……」

 

ネプテューヌが事態を把握してくれたみたいで助かった。

これでようやく収まりそうだ。……そんな事を思って俺が一安心しているとネプテューヌがとんでもない事を言い出した。

 

「それじゃあさ、もう色々と面倒くさいし、このまま三人で一緒にお風呂に入らない?」

 

「ぶぅぅぅ!?!?」

 

ね、ネプテューヌは何を言い出しているんだ!?

女性同士とかならともかく、俺は男なんだぞ!?そんなのに耐えられる訳がないって言うか、ネプテューヌは見られても平気なのかよ!?

そんな事を思っていると、ネプテューヌは俺の耳元で静かに囁く。

 

(前みたいに、自己暗示を掛けた後にあの姿になれば特に問題はないでしょ。折紙には女神化した後の姿を見られてるんだし、それほど驚かれないって)

 

(いや、そう言う問題じゃなくてな……いまこの状況を琴里に見られてるかもしれないんだぞ)

 

(その時は、わたしが不思議な力を使いましたって誤魔化すから大丈夫だってば。それに……そうしないと士道が危ないと思うよ……あっちを見てみてよ)

 

そう言ってネプテューヌが指をさした先……扉の前には俺の事をじっと見つめる捕食者の姿が……

うん、確かに色々と危険そうだ。生身の戦闘能力は俺の方が上のはずなのに、今の折紙にはなぜか勝てる気がしない。

確かにあの姿になれば襲われる心配はないと思うが……もうこうなったら仕方ないな。腹をくくることにしよう。

 

俺は目を閉じ、自分に暗示を掛けながら姿を変えようとする。それと同時に身体の力を抜いていく……

すると俺の髪が一瞬で腰の方まで伸びていき、体つきも男の物から女性特有のものへと変わっていく。そして、変化が終わった事を実感した私は目をゆっくりと開けると、目の前にあった鏡に一人の女性の姿が映っていた。

女体化……私が女神メモリーを飲み込んで女神化できるようになってから身に着けたもう一つの能力、同じく飲み込んだネプテューヌ達は性別を変えられないから、たぶん男である私が飲んだことで身につけられた能力だと思う。

でも、女神化と違って性格は変わらないから自己暗示を使って誤魔化しているんだけどね。

 

「えっと、この姿なら大丈夫なのかな?」

 

「わたしは特に問題ないよ。いやー、それにしても相変わらず女性になると美人になるよね、士道……いや、この姿での名前は士織だったよね」

 

それにしても、ネプテューヌは身体が女性になっているとはいえ、よく男の私と一緒にお風呂にはいれるよね。普通は無理だと思うんだけどな……

ちなみに、今性格を変えるために使った自己暗示は、仕事中にボロを出さない為に覚えたものなんだよね……

男性が女神化しました……なんて前代未聞の事を公表する訳にもいかず、プラネテューヌの公務で人前に姿を現す際にはこの姿になっている。おかげで一般には士道=ブルーハートじゃなくて士織=ブルーハートとなっている。

まあ、精神的にはこっちの方が助かってるんだけどね。

 

ってこんな個人的な話より、折紙の様子はどうなってるんだろう?

 

「折紙もこの姿で構わないかな?」

 

「……構わない。問題は特にない」

 

なんだろう?

この姿なら襲われないって思ってたのに、折紙は未だに私に捕食者としての視線を向けているような気がする。もしかして折紙ってどっちでもイケるくちなのかな?

ううう……それだと不味いよ。こっちの姿だと腕力が大幅に落ちちゃうし……今の折紙と戦ったら絶対に負ける気がするよ。

と、言うかネプテューヌにも若干だけど捕食者としての視線を向けているような気がするんだけど気のせいだよね。

 

(ありゃ?狙いが外れちゃったね。でも今の姿なら襲われても大きな問題にはならないよね)

 

(それはそうなのかもしれないけど……ネプテューヌは大丈夫なの?折紙、若干だけど貴方にも視線を向けているよ)

 

(ほ、本当だ!!どうすればいいの!?このままだと、私が入って来た時の士道のように襲われちゃうよ!!)

 

(ネプテューヌきっと大丈夫だよ。二人で力を合わせればきっとどうにかなるし……いざって時には死なばもろともって言う素敵な言葉もあるしね)

 

(確かにそれなら一安心……ってあれ?士織?今、わたしを道連れにする的な事を言ってなかった?冗談だよね!?)

 

今まで突っ込みっぱなしだったせいか、ネプテューヌに突っ込みをさせて少しだけ気がまぎれたのは内緒の話だよ。

 

 

 

 

 

 

 

はぁ……疲れを取るはずのお風呂で逆に疲れたような気がする。

あの後、折紙やネプテューヌと一緒に入ったのだが……時々セクハラをしてくる折紙を止めるので大変だった。ネプテューヌがいたおかげで被害が分担されたのが不幸中の幸いだったな……

今日で折紙は家に一旦帰るみたいだし……明日からは大丈夫だろう……たぶん。

俺がリビングで疲れ果てていると琴里が部屋に入って来た。それ見た瞬間俺は思わず身構えてしまう。あの姿になったのに気づかれてないよな?

 

「風呂場での件は一応合格よ。良かったじゃない」

 

「あ、そうなのか?それにしたって、ネプテューヌを使うことはないだろ。ちょっと不貞腐れてたぞ」

 

「あら?協力者になってもらったんだし、これくらいの協力をしてもらっても、文句を言われる筋合はないでしょ」

 

それはどうかと思うけどな……俺が失敗したら最悪ネプテューヌは全裸を俺に見られることになったんだし。

って、俺が女性の姿に変わったことに関しては質問されないな……ってことは見ていなかったのか?でも何かしらの手段で合否を判定したみたいだし……素直に聞いてみた方が早いか?

 

「琴里?合否ってどうやって決めたんだ?カメラを飛ばしてたわけじゃないんだろう?」

 

「さすがにそこまではやらないわよ。今回は浴室の近くに感情を読み取る事が出来る観測機器を飛ばしておいたのよ。それで感情が一定のラインを超えたら不合格って事にしたんだけど……なぜか三人分のデータが取れたのよね?なにか心当たりはないかしら?」

 

「オレハナニモシラナイナ」

 

そう適当に言って誤魔化す俺……

琴里はそんな俺の姿に怪訝な視線を向けているが……どうやら、追及する気はないようだ。

流石に折紙が俺を襲うために風呂で待機していました……なんて真実を言う訳にはいかないからな。

正直助かったよ。

 

「琴里、早いけどもう寝て良いか?今日は疲れてるんだよ」

 

「別にいいわよ。後片付けくらい、たまには私がやっておくわ」

 

ありがとうな、と一言琴里に言って俺は階段を上がって自分の部屋に行った。

流石に琴里も寝ている時は何も仕掛けられないだろう……これ以上なにか仕掛けられたんじゃ、俺の身が保たない。冗談なしで倒れてしまいそうだ。

ベッドの中に入って布団をかぶって目をつぶる……すると直ぐに眠気が来た。

それに身を任せて、このまま眠りにつくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁぁっ……もう朝か……」

 

欠伸をしながら目を薄っすらと開けると隙間から光が差し込むカーテンが見えてきた……時計を見ればそろそろ起きて朝食の支度をしないと不味い時間帯だ。

そういえばタイマーを掛けるのを忘れてたな……丁度いい時間に起きられて幸いだったよ。

俺が寝過ごすと最近の琴里は暴力だけじゃなくて罵倒までしてくるからな……いや、悪いのは寝過ごした俺なんだけど、起こし方ってものがあるだろ……

特にプロレス技を喰らった日には身体の所々が痛むから一日が辛くなるんだよな……

って、そんな事よりも早くリビングに行って朝食の支度をしないとな。俺は腕に力を入れて立ち上がろとして……

 

むにっ……

 

な、なんだ?今左手の方からマシュマロみたいな柔らかいものを掴んだ感覚が……

これってもしかして……いやいや、それはないだろ。そんな事が起きるのなんて漫画やゲームの話くらい……あれ?なんか最近そういった目に合ってないか?

じゃあ、これってもしかして……

俺が嫌な予感を感じつつそっと毛布をどける。そして俺の左手の場所を確認すると……俺の手はネプギアの胸の上にあった。

 

こ、琴里!?また、俺をはめやがったなっ!!

風呂での一件といいやることが徐々にエスカレートしてきてないか!?

これをどうやって回避しろって言うんだよ!!でも、ネプギアなら話せば理解してくれるか……いや、駄目だ。その前にパニクって話にならない。

でも、幸いな事にまだネプギアは起きていない……このまま気づかれないようにベッドの上から居なくなれば大丈夫……だと思いたい。

とにかく俺はそっと左手をネプギアから離すと、右によって……

 

ふにっ……

 

なんだ、今度は右手の方から柔らかい感覚が……

ま、まさかな?そんな事はないよな……いや、流石の琴里でもそんな事は……

俺は泣きそうになる気持ちを奮い立たせ、右の毛布をそっとどかしていく。するとそこには……プルルートの姿があった。

駄目だ……心が折れそうだ。って言うかなんで俺の腕はご丁寧にプルルートの胸の上に置かれているんだよ。動かしたのは俺だけどさ……普通はこんなピンポイントな場所に当たらないだろ。

俺は本当にギャルゲーの主人公になってしまったのか?

 

「ふぁ~~、よく眠った~。…………士道君?」

 

そんなこんなを考えている内に目を覚ましたプルルートが俺を真っ直ぐと見つめてきた。

そして自分の胸に置かれている俺の右手を見つめた後、左側のネプギアの事を見つめている。

 

終わった……

今日が五河士道として生きる最後の日になるようだ……あはははっ、琴里、不甲斐ないお兄ちゃんでごめんな。俺はもうすぐ自我を失ってしまうと思うけど、お前の事は妹として愛していたよ。

だから、壊れた俺になんか構わず生きてくれ……

 

「士道君~、これってどういう事なのかな~?」

 

「ちょっと待ってくれ!起きたらこうなってたんだよ!!俺は本当になにも知らないんだ!!」

 

「ふぇ~、そうだったのぉ~?確かに、此処は士道君の部屋だもんねぇ~。あたし、士道君の事を疑っちゃったよぉ~。ごめんなさい~」

 

あれ?意外と話が通じてるのか?

てっきり問答無用で女神化して俺の事を調教すると思っていたんだが……目の前のプルルートは俺の事を申し訳なさそうに見つめている。

もしかして、助かったのか?

そんな事を思い始めた時だった……

 

「う……うぅん……」

 

ネプギアが目を覚ました。

彼女は目をこすりながら身体を起き上がらせると、俺の方を寝ぼけた顔で見つめる。

 

「あっ、士道さんおはよう…………へぇ!?なんで士道さんがベッドの中に居るんですか!?ってここ士道さんの部屋じゃないですか!?なんで私こんな場所で眠ってるんですか!?」

 

首を振り回して辺りを見ながら慌てふためくネプギア……予想通りパニクってるな。

でもプルルートもいるし説得はたぶんできるはずだ。

 

「少しだけ落ち着いてくれ……」

 

「落ち着けませんよ!!なんで私は士道さんと一緒に眠ってるんですか!?あ、あの……なにもしてませんよね?」

 

「大丈夫だよ~。士道君はぁ、起きたらこうなってたって言ってたから~」

 

「えっ?そうなんですか?それじゃあ私が士道さんの布団に……す、すいませんでした!!」

 

そういって俺に頭を下げるネプギア……

正確には、故意ではないと言えネプギアの胸を一回揉んでいるんだが……話がややこしくなりそうなので今は黙っておくことにしよう。

ごめんな……ネプギア。後で何か好きな電子部品を買って上げるから許してくれ。

取りあえずこれで事態は収拾がついたのか?後は学校だからそこまで行けば流石に……

 

「えっと、それじゃあ。俺は朝食の支度があるからリビングに行くからな」

 

俺は布団の上に居る二人にそう断って、下へ向かう事にした。



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三話

「はぁぁぁぁぁ……」

 

「なんだ、五河。朝っぱらから疲れた老人のような声を出して。そんなんじゃ、幸せが逃げていくぞ」

 

仕方ないだろ、此処はようやく見つける事が出来た安息の地なんだから。

昨日から琴里のトラップのせいで精神的に甚大なダメージを受けて疲れてるんだよ。肉体的には昨日より格段に良くなったけど、精神的には昨日よりも疲れているくらいだ。

このまま続けられたら俺の精神が保ちそうにない……琴里に直談判して訓練の内容を変える、もしくは数を減らしてもらえるようにしよう。

 

「本当にどうしたんだ……っま、五河が疲れているなんて何時もの事だしどうでもいいか……」

 

おい……

俺は学校でどんなふうに思われてるんだよ。周りの人たちも殿町の意見にうんうんって頷いてるし。

あれ?そういえば、休日に神次元や超次元の方に行って、仕事の手伝いで疲れた時は何時も学校でこんな感じになっていたような気が……

俺っていつの間にかに学校では疲れキャラで通っているのか?それは失礼だろ、主にイストワールとかに……

イストワールは俺が負っている以上の苦労を常にしてるからな……うん、そう考えたら少しだけ力がみなぎって来た。

これぐらいでへこたれてちゃ駄目だよな。

 

「それで士道……お前は巫女とメイドとナースどれがが良いと思う?」

 

「はぁ?いきなりどうしたんだよ?」

 

「いや、この雑誌の表紙が読者の投票で決まるらしくてな……どれにすれば良いのか悩んでいたんだよ」

 

「そうなのか……そうだな。今はナースかな」

 

美女のナースなんて贅沢は言わないから、老人のナースでも良いから疲れた俺を癒して欲しい。今日も帰ったらまた訓練があるんだろうしな……

前のギャルゲーといい、ナンパといい、嫌な予感しかしないんだよな。もうちょっとましな訓練とかはないのかな……と言っても目的が精霊とのデートだからしょうがないのかもしれないけどさ……

ん?ちょっと待て。精霊が女性だと誰が決めたんだ?もし男性の精霊がいたらどうすれば良いんだ?もしかして士織モードになって……

うん、これ以上考えるのはやめよう。本当に精神がへし折れる。

 

「ナース?」

 

「折紙か?あ、今の気にしないでくれ……ただ適当に言った事だから……」

 

「そう、では士道は本当は何に興味があるの?」

 

「えっと…………巫女かな?」

 

滅多に見ないしな。

一度でいいから本当の巫女って言うものを見てみたいんだよな。此処は空間震の跡に建てられた街だから古い神社とかないんだよな。

ってどうして折紙はそんな事を聞いてくるんだ?なんか第六感的な感覚が警鐘を鳴らしてるんだが気のせいだよな。

今までの折紙の行動を踏まえると何か起こりそうで怖い……話題を変えることにしよう。

 

「体調は大丈夫なのか?昨日一日寝込んで治ったのか?」

 

「問題ない。士道と一緒に入って回復した」

 

えっと……何で?

確かに昨日の風呂は俺が士織モードになって一緒に入ったけど、もしかしてそれで体力が回復したのか?俺、折紙の背中を流した(半強制的に)ぐらいしかやってないんだけど?

なんか折紙の事を知る度に、彼女の事がほんの少しだけど怖くなっていく気がするのは、俺の気のせいなのだろうか?

俺がそんな疑問を感じていると、折紙は腰を下げて自分の席に座った……座ったと言っても俺の隣なんだがな。

ともかく俺は殿町に顔を戻して……

 

「殿町!?何かあったのか!?目から血を流してるぞ!!」

 

「なにかあっただと……五河士道、貴様何時から鳶一折紙とファーストネームで呼び合う仲になった!?それだけでも許せないのに、一緒に入っただと!!貴様、何に一緒に入ったんだ!まさかお風呂じゃないだろうな!!」

 

やばい……どうやって真実を隠そう……

って言うか、なんで殿町はピンポイントで正解を言い当てられるんだよ。

本格的に今の状況は不味いな……殿町の声を聴いて教室中の男子が俺に殺気のこもった視線を向けている。俺の答え次第では一斉に襲い掛かってくることになりそうだ。

俺は慎重に言葉を選ぶ……この一言が今後の俺の学校生活を決める一言になるんだからな。

そんな時だった……十香が教室に入って来たのは……

 

「シドー、弁当を家に忘れただろう。私が持って来てやったぞ!」

 

「あ……そうだったのか?悪いな……」

 

「五河士道……なんで貴様の忘れた弁当を十香ちゃんが持ってきているんだ?」

 

あ……

やばい、これ確実に終わった奴だ……なんかもう皆カッターやらハサミやらで武装を始めている。

こいつらは俺をどうする気なんだ。軽く命の危険を感じるんだが……

ともかく、これからの流れが予想できた俺はそーっと窓際まで移動して窓を開ける。

 

「む?私は家が出来るまで士道の家で厄介になっているのだが……言ってなかったか?毎日の弁当も士道が作ってくれているのだぞ」

 

「おい!!五河士道、貴様……」

 

「さらば!!」

 

俺は殺気のこもった声を背中から感じつつ、窓から外に飛び降りる……ここは三階だからこれで時間が稼げるはずだ。

窓からは「裏切者を処刑する!!」や「サーチ&デス!!」と恐ろしい言葉と共にバタバタと足音が聞こえてきた……この選択で正解だったみたいだ。

俺は校庭に着地するとそのまま職員室の方を目指す……流石に教師の前では俺を処刑なんてできないだろう。

 

「五河士道!!逃げ切れると思うなよ!!」

 

校舎の方から響いてくる殿町の声、俺はその声を聞き流しながら一つだけ理解できたことがあった。

どうやら此処は俺の安息の地ではなかったようだ。

本格的にプラネテューヌへの亡命を考えるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………以上で授業は終わりにします。皆さん次回の予習をやってきておいてくださいね」

 

教師はそういって困ったような顔をしながら教室を出て行った。

まあ無理もないだろう。教室に居る半数近くの生徒……正確には俺以外の男子生徒が気を失って机に突っ伏しているのだ。この光景を見て困惑しない人などいないだろう。

 

ちなみに誰がこの光景を作り上げたのかと言うと……勿論俺だ。

流石に教師の前や授業中は手を出してこなかったのだが、休み時間が来る度に襲撃される事となり。何度も逃げている内に学習をされてしまったのか、逃げ場を完全に失ってしまい、俺が最終手段として気絶させたのだ。

それにしても、素人の集団とは言えこの人数を後遺症を残さずに気絶させるのには骨が折れた。

でもそのおかげで、奴らに襲われる心配はなくなったが……

 

「シドー!昼餉だ!!」

 

そういって喜ぶのは十香……本当に食べるのが好きだよな……

そんな事を思っていると、俺の机が左右からドッキングされた。してきたのは勿論十香と折紙だ。

二人は一瞬だけ互いの事をむっと見合わせたが……直ぐに弁当の準備に取り掛かった。

神次元で行われたデートの時はリアルファイトに発展しかねなかった事を考えると凄まじい進歩と言えるだろう。

 

あの誘拐事件の後からは二人ともこんな感じだからな……ことわざで表せば雨降って地固まると言えばいいのかな。

あれからは互いの事を名前で呼び合ってるし……まあ、性格が噛み合わないためか小競り合いこそするものの、その程度だ。

むしろ、心の奥で互いの事を認めているから……って、そこまでは考えすぎかな?

何はともあれ、二人の関係が良くなったのは喜ばしい事だと思う。

 

「む?どうしたのだ、シドー。弁当を出さないのか?」

 

「悪い……ちょっと考え事をしていた……」

 

「そうなのか?……こら!?折紙、私のおかずを取るな!!」

 

「貴方だけ士道の弁当を食べるのはずるい。私にも半分渡すべき」

 

「それなら、せめて貴様のを半分よこさぬか!」

 

「わかった、交渉成立……」

 

別に普通の弁当だと思うんだけどな……そこまでして欲しい物なのか?

苦笑しながら自分の弁当を取り出そうとして……

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

警報が鳴った。

空間震警報……精霊がこちらの世界に現れる前兆が感知されたと言うことだ。

十香が封印されたのを最後にここ最近は空間震がなかったのだが……ようやく来たと言えばいいのだろうか。

 

「無茶はしないで……」

 

周りに聞こえないように折紙が耳元でそう呟くと、彼女は教室の外へ飛び出して行ってしまった。きっとASTの一員として精霊に対処しに行くのだろう。

彼女はラタトスクの黙認や精霊である十香の存在を認めてくれたものの、すべての精霊を認めてくれたわけではない。人を自ら襲うような精霊がいれば倒すと明言しているし、流石に俺もそこまで考えを改めろと言うことは出来なかった。

最も、十香みたいな精霊であれば、ラタトスクへの協力はやぶさかではないようだ。

って、俺もぼーっとしている場合じゃないな……こうなった際は校舎の玄関でフラクシナスが回収してくれる手筈になっている。

玄関に向かおうとして……十香が俺の服の裾を掴んでいるのに気がついた。

十香は俺を不安げに見つめている。

 

「その……シドーは精霊の説得のために空間震の中心地に向かうのだろう?」

 

「あ、ああ」

 

「その……大丈夫なのか?私も……」

 

「それはダメだ。理由は教えられただろ……」

 

「っ!?それは……」

 

十香が俺を心配してくれるのは嬉しい……でも今の十香では空間震の中心地に向かうなんて危険すぎる。

霊力を封印されてなお十香は超人的な身体能力を誇っている。普通の人間に比べれば凄いが、元々持っていた人知を凌駕した力とは比べ物にならないくらい弱体化してる。今の状態ではASTにすら勝てないだろう。

それに複数人で行くと向けられる好感度が分散すると琴里に注意を受けている……

まあ、最後については状況次第で破るつもりだが、とにかく今の十香が空間震の現場に行くのは危険すぎると言うことだ。

 

「いざって時にはネプテューヌやプルルートも居るからさ……そんなに心配しないでくれ」

 

「それは分かっているのだ……だが……その、私が役立たずみたいで……」

 

「誰もそんな事を思ってないから大丈夫だって……それじゃあ、俺は行ってくるからシェルターに居るんだぞ」

 

「ああ……シドーも怪我をしないようにな」

 

わかった……そう短く十香に返した俺は、そっと教室を出て玄関に向かうことにした。

その途中で令音さんと合流して、二人一緒にフラクシナスに回収される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ようやく来たんだね。待ちくたびれちゃうところだったよ」

 

「士道君、いらっしゃい~」

 

「いらっしゃいって、此処はプルルートの家じゃないと思うんだが」

 

俺がプルルートに突っ込みつつ辺りを見渡すとフラクシナスのクルー達はコンソールをいじっている……空間震を捉えようとしているのだろう。

それは別にいいって言うか当たり前の事なんだろうが……非常に気になるのは目を輝かせているネプギアの存在だ。

彼女はコンソールやらモニターやら様々な箇所を興味深く見つめている……分解してもいいかなんて言い出さなかったよな……若干だけど不安だ。

ってよく見ると、艦長席に座った琴里が俺を手招きしている。何かあったのか?

取りあえず琴里の方へ行ってみる。

 

「士道……彼女は一体どうしたのよ?フラクシナスの中に入ったら歓声を上げるし、分解してみてもいいですかなんて事を言い出したのよ」

 

「ああ、ネプギアは言ってしまったのか……」

 

「ごめんね。真面目で普通が取り柄のネプギアの数少ない個性だから、お姉ちゃん的には、大目に見てもらえると嬉しいんだけどなー」

 

「大目に見るって言ったって限界ってものがあるのよ。私が断らなければ彼女、本当に分解していたわよ」

 

ごめんネプギア……俺にはネプギアはそんな事をしないってフォローをする事が出来ない。

目を輝かせてフラクシナスを分解するネプギアの姿が目に浮かんでしまった……ネプテューヌも俺と同じ事を思い浮かべたのか苦笑している。

と言うか……

 

「なんで、ネプギアまでいるんだ?一旦帰ったりしなかったのか?」

 

「んっとね。最初は直ぐに帰ろうと思ってたんだよ。でもこっちに来るのってわたしとぷるるんだけで、ネプギアは殆どこっちに来てないでしょ。だから軽く観光みたいな事をしてからプラネテューヌに帰ろうかなって思ってたんだ」

 

「観光っていったって天宮市にそんな所があるのか?」

 

「大丈夫だよ~。女神化すればぁ、国内くらいだったらひとっ飛びでいけるよぉ~」

 

「琴里っ!今すぐ人一人を透明化できる顕現装置を作製してくれ!!」

 

「善処しておくわ……」

 

出来るだけ早めに頼む……

前回の件でネプテューヌは精霊の一人として数えられているみたいだし、そうでなくても人が宙を飛ぶ姿を目撃されるのは非常にまずい。

夕方のニュース番組とかで「不思議!!宙を舞う少女達」なんて内容が流された日には、俺はストレスで倒れてしまいそうだ。

たぶんその前に国の方で情報統制をしてくれると思うが、万が一と言うこともある。出来るだけ打てる手は打っておきたい。本人達に直接言ってもネプギア以外は無駄だろうしな……

 

「って、そんな事をしている内に空間震が起こりそうになっているわよ。メインモニターに出現予測地点の画像を映して頂戴」

 

琴里がそう指示を出すと、正面にある巨大モニターの画像が切り替わり街中の様子が映される。

人が誰一人としていない、その一点を除けばどこにでもある至って普通の街並みがそこには映されいる。そしてその街並みは突如として歪んだ……比喩とかではなく、空間そのものが歪み始めたのだ。

その歪みは徐々に大きくなっていき……突如として爆発が起こった。

 

画面はしばらくの間真っ白となり……それが終わった時に映ったのはすり鉢状に切り取られた街中だった。

これが空間震……今まで何度か見てきたがここまではっきりと見たのは初めてだな。

十香と最初にあった際や、ファミレスの傍で起きた際のは近くにはいたが、よく見てなかったからな。

 

「驚いた?でも今回のは小規模なんだけどね」

 

「うわ~、これで小規模って、大きいのだとどれくらい吹き飛ばしちゃうの?下手すると街一つくらい消し飛ばしちゃうんじゃないかな?」

 

「お姉ちゃん、それは流石に言い過ぎだと思うよ」

 

「あら、貴方たちは士道から説明されてなかったの?空間震は大きいものになると街一つくらい簡単に吹き飛ばすわよ。この街だって空間震の跡に建てられたのよ」

 

「ふぇ~、それじゃあ、この街のおっきなクレーターって、空間震のせいだったの~。士道君が、説明してくれなかったからぁ、あたしてっきり隕石が落ちた跡だと思ってたよぉ~」

 

「説明する機会がなかったんだからしょうがないだろ。それに琴里の言うような規模はここ二十年くらいは起こってなかったんだよ」

 

「士道が私達に説明してくれなかった件は置いておく事にするけど、十香って凄い力を持ってたんだね。いや~、神次元での冒険でその凄さは何度も見てきたけど、改めて認識させられた気分だよ。でも、それを封印できる士道って何者なのかな?凄く気になってきたよ」

 

「たしか、ラタトスクの方でも調査中なんでしたよね」

 

「ええ、その通りよ。分かったのは士道がそういった力を持っているって事だけ……って、こんな事を悠長に話している場合じゃなかったわね。モニターの画像を精霊が見れるように拡大して頂戴。早くしないとASTが殺しにやってくるわよ」

 

って琴里の言う通りだ。こんな所で無駄話してる時間はなかった。

モニターに映る画像を見れば徐々にクレーターの中心へとズームしていく。それと共に空間震のせいで舞い上がった砂埃などが消えていき、中心にある人影が徐々にはっきりしていく。

そしてクレーターの中心に立った精霊の姿を見て……

 

「っ!?」

 

俺は思わず息をのんでしまった。

別にその精霊が美しかったからではない……見覚えがあったのだ。

ウサギの耳のような飾りつけられたフードがある緑色の外套、海のような色をした髪、そして何より右手につけられたウサギの人形……四糸乃だ。

昨日、俺が家で腕に着けた人形を直してあげた少女で間違いない。

 

「四糸乃なのか……」

 

気づけば俺は思わず彼女の名前を口に出していた。

そして自分が口に出したことに気づいた時には、俺は周りからの視線を一身に浴びていた。

目の前に映る精霊の名前を口にしたのだからしょうがないのかもしれないが……笑顔でこめかみの辺りをピクピクとさせている琴里がガチで怖い。

 

「士道……今、目の前の精霊の名前っぽいのを口に出してたけど……この精霊とも知り合いだって言うんじゃないわよね。また異世界で会ったけど内緒にしていました……とかだったらぶっ飛ばすわよ」

 

なぜだろう……今、琴里が言ったぶっ飛ばすは冗談に聞こえなかった。

そう答えた瞬間にぶっ飛ばされる気がしてならない……なんか後ろの方には炎みたいなのが見えてきてるし。

ぶっ飛ばされちゃたまらないので正直に答えることにしよう。

 

「異世界とかは関係なくて、昨日帰り道であったんだよ。それで手に付けている人形が壊れたみたいだから、家に連れ込んで修理したんだ」

 

「家に連れ込んだですって……もしかして私が昨日家で気を失っていた時のこと?なんでもっと早く言わなかったのよ」

 

「仕方ないだろ、あの時は精霊だって思わなかったんだよ」

 

今になって思えば転んだのに人形以外に怪我はなかったり、雨に濡れていたはずの服が直ぐに乾いたり、家に関しては頑なに沈黙を守ったりと、彼女が精霊だと思わせるような言動はいくつかあった。

と言っても、さすがに帰り道で精霊と会うなんて考えもしていなかった。

 

「うん~、こうやって正式な出会いの前にフラグを立てていくのは、さすがギャルゲーの主人公というかー。取りあえずネプギアは純粋なんだから、士道に落とされないように気をつけようね」

 

「へ?お姉ちゃんが何を言ってるか良く分からないけど……士道さんは悪い人じゃないから変な事はしないと思うよ」

 

「そのネプギアの純粋さが、将来的に悪い男に騙されるんじゃないかって、お姉ちゃん的には心配だよ」

 

「誰が悪い男だ」

 

人を悪い男扱いしたネプテューヌの事は軽く小突いておく。

って言うかギャルゲーのネタは何時まで引っ張るつもりなんだよ。確かに状況的にはギャルゲーにありそうって言うか、朗読プレイをしたギャルゲーの中に似たようなのがあったけどさ。

流石に精霊の命や自分の命が掛かってるんだ。ゲームの感覚で出来るわけがない……と言っても下手に考えすぎると逆効果なのは十香の時に証明されてしまったんだけどな。

 

「士道がギャルゲーの主人公なのかは置いておくとして……士道は彼女をどうしたいの?早くしないとASTの本格的な攻撃が始まっちゃうわよ」

 

そういって俺に得意げに笑う琴里……

こいつ、俺がなんて言うのか分かって笑ってるな……でも、その通りだよ。俺は四糸乃を助けたい。

俺の知っている四糸乃と言う精霊は非常に人見知りなところがあったり、二重人格の片方を人形を通して出したりするちょっと変わった少女かもしれない。でも同時に人を思いやれる優しさを持った少女だった……その存在を否定されるような事があっていいわけがない。

 

「皆……俺は四糸乃を助けたい。だから俺に力を貸してくれ」

 

「それでこそ私のおにーちゃんよ。さあ総員準備しなさい。私達の戦争を始めるわよ」

 



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四話

「琴里、地上についたけど此処で大丈夫なのか?」

 

『ええ、問題ないわ。ハーミットの今までの行動パターンを元にすれば、高確率でそこに現れるわ。もし違ったら、こっちでまた移動させるから問題ないわ』

 

俺は琴里と通信をしながら大型デパートの内部を移動していた。

琴里の話によるとハーミット……四糸乃は比較的に出現が多い精霊らしく、一通りのデータが揃っているらしい。そこに令音さんの思考解析を組み合わせれば大体の行動は予想できるらしい。

と言うことで予測地点となったデパートの中に俺は待ち構えている。

此処で待っていれば高確率で四糸乃に会えるわけだが……一度会っているとは言え、やはり緊張してしまう。

 

「そういえば、今回もネプテューヌは待機してるんだよな」

 

『そうだよ。危険が迫ったらすぐにわたしが飛んでいくから、士道は安心して精霊とのデートを楽しんでよね』

 

「あまり楽しみすぎるのも問題だと思うけどな……」

 

と言っても十香の時のように好感度を上げる事だけに集中するのも問題になるんだけどな……

まあ、そこらへんは上手くバランスを取るしかないだろう。

そういえば、ネプテューヌは前回、森の中という場所で段ボールの中に隠れると言う馬鹿をやっていたが、今回は大丈夫なのだろうか?

なんかちょっと心配になってきた。でも今回は街中だし段ボールの中に隠れても問題はないか……でも一応聞いておこう。

 

「なあ、ネプテューヌ。今回はどこに隠れてるんだ?」

 

『あっ。もしかして、士道はまたわたしが段ボールの中に隠れてると思ってるんでしょ。大丈夫だよ、心配しなくても。前回士道に怒鳴られたのを反省して、ネプギアに相談して別の物に隠れてるから』

 

「なんかすごく嫌な予感がするんだが……今何を使って隠れてるんだ?」

 

『なんと、今回は段ボールから打って変わって……ギリースーツを着てみました』

 

「だからそれは逆に目立つだろぉぉぉぉおおっ!!」

 

なんでそこで真逆の物を選べるんだよ!!

わざとやってるだろ!?そうなんだろう!?そうだといってくれ!?

って言うかネプテューヌがそんな事をしようとして誰も止めなかったのかよ。プルルートは無理にしても琴里とかネプギアとか……

 

『一応、私は止めたわよ……』

 

「ネプギアは……」

 

『お姉ちゃんが私の提案を聞いてくれるなんて……私、嬉しいよ』

 

あー、そういえばこの妹はこういった娘だったな……

こういった面を見ると改めてネプテューヌの妹なんだなって実感できる。

もういいや……たぶんASTには見つからないだろうし。でもそんな目立つのを気づかないのって大丈夫なのだろうか?

敵対組織なのだが、少しだけ心配になってしまう。

 

『って無駄話をしてる内に目的の人物が建物の中に入ったみたいよ。士道、気を引き締めなさいよ。一度顔を見合わせてるとは言え、今回はASTに攻撃にあって殺気立ってる可能性も否定できないのだから』

 

「分かってる……取りあえず接触してみるよ」

 

そう言って俺は琴里の指示に従って四糸乃がいる場所に向かう。

誰もいなくなった売り場を進み、階段を上って……たどり着いたのは子供遊具売り場だった。

此処に四糸乃がいるのか?照明が落ちているせいで先が見渡せなくて、四糸乃の姿を確認する事は出来ない。

 

『こちらからの観測結果じゃ間違い無くそこに居るわよ』

 

「と言っても……っ!?」

 

『やあぁ、士道君久しぶりだねぇ?』

 

急な気配に後ろを振り返れば、そこには四糸乃……とその右手につけられたよしのんがいた。

相変わらずよしのんは俺に人懐っこい声を投げかけてくるし、四糸乃は微妙に恥ずかしそうだ。

 

「久しぶりって言っても一日しかたってないけどな。そっちの方は元気にしていたのか?」

 

『ありゃ?あの感動的な出会いから一日しかたってなかったんだねぇ。ごめんね、よしのん達ちょっと特殊な事情で日にち感覚が全くないんだよ』

 

「別に気にしなくても大丈夫だ……って四糸乃どうしたんだ?」

 

何やら四糸乃が俺と話をしたそうに見つめて居たので声を掛けたのだが……彼女はビクッと身体を揺らすと俺に背を向けた。

四糸乃に一切悪意がないのは分かっているのだが……そういった行動をされると心が傷ついてしまう。

暫くの間、四糸乃とよしのんが会話をしていると、四糸乃がついに意を決したのか。俺を真っ直ぐ見据えると近づいてきた。

よく見れば左手には昨日あげた傘を持っている。

 

「あ、あの……士道、さん……これ……」

 

「もしかして返してくれるのか?」

 

無言のままコクっと頷く四糸乃……

別に高い物じゃないからあげたままで良いんだけどな……律儀って言えばいいのだろうか?

 

「本当に高い物じゃないから四糸乃にあげても良いんだぞ」

 

「……でも……士道、さん……には貰いっぱなし、で……なにも返せて……ません……」

 

『士道くんにはお礼があり過ぎるからねぇ。返せるときに返しておかないと四糸乃のスリーサイズでも返せなくなっちゃいそうだよ』

 

「あ……それだったら、昨日よしのんを直した事と傘をあげるお礼として、俺と少し遊んでくれないか?」

 

『遊ぶ?ここで?』

 

「そうだ」

 

俺の言葉を首を傾げて考え始めるウサギの人形……

今になって思ったんだけどこの人形ってどうやって動かしてるんだ?五本の指だと難しそうな動作を平然とやってるんだが……って今はそんなことはどうでもいいか。

四糸乃とよしのんは再び話し合いを始めている。まあ、こんな無人のデパートで外には武器を持った危険な人達(ASTのこと)がいる中でそんな事を言われれば困惑するのは当然だろう。

良い返事をもらえると良いのだが……

 

『うん~、よしのんは別に遊んでも良いんだけど、どうやら此処ってかなり危険な場所みたいなんだよね。建物の中に居るから士道君には分からないかもしれないけど、お外にはよしのん達を攻撃してくる輩が沢山いるしぃ……別の機会にした方が良いんじゃないかなぁ?』

 

「建物の中に居れば早々攻撃してこないはずだから……たぶん大丈夫だと思うぞ」

 

『そうだったの~。でも確かに言われてみると建物の中だとあまり攻撃されなかったよ。でも士道君はどうしてそんな事を知ってるのかな?もしかして四糸乃をいじめる奴のお仲間さん?』

 

「っ!?」

 

「違う、違うから!?ほら武器なんか持ってないだろ?」

 

よしのんの言葉にビクッと肩を揺らして動揺した四糸乃の姿を見た俺は、慌てて両手を上げて敵意がないことを示す。

そして、その行動は正解だったようで、四糸乃の周りに急に現れたこぶし大の水の塊は直ぐにその姿を消してしまった。おそらく四糸乃の力によるものだろうが、それでなにをしようとしてたのかは想像したくないな……

気弱な性格をしているとは言え四糸乃は精霊……人知を超越した力を持っている。

ちょっとした間違いで死に直結するって事を再認識させられた。

 

「そ、その……すいま、せん……私、勘違い……して、しまい……ました」

 

『ごめんね~。四糸乃って純粋な性格だから悪い男に騙されるんじゃないかって、よしのん心配でさー。こうやってちょっと過剰かなって思うくらいに目を光らせてるんだよねぇ。一応四糸乃は士道君を直接攻撃するつもりはなかったみたいだから、四糸乃の事は嫌いにならないでね』

 

「別にそれくらいで嫌いになったりしないよ」

 

俺の言葉を聞いた四糸乃はホッと安堵している。

今回は不用意な発言をした俺が悪かったからな……これからは発言に気を付けていこう。

 

『それで~、士道君はよしのん達と遊びたいのは分かったんだけど。具体的にどんな遊びを御希望なのかなぁ?』

 

「そうだな……折角遊具売り場に居るんだし。ここの物を使って遊んでみるか?」

 

『それじゃあ、よしのん達は使い方とか良く分からないから。士道君が手取り足取り四糸乃に教えてあげてねぇ』

 

「よ、よろしく、お願い……します」

 

なぜだろう?

何もおかしなことを言ってないのに、よしのんが言うと少しだけ卑猥な表現に聞こえてしまった。

たまたまなのか、それともわざとやっているのか……よしのんの性格を考慮すると後者の可能性が非常に高そうだな……

とにかく俺は、心の中でお店の人に謝ったあと、売り物の中で四糸乃達と遊べそうなものを探していく。

 

『よくやってるじゃない、士道。四糸乃の精神も安定してるし、好感度も上昇中よ。上手くいけば今日中には封印できるんじゃないかしら』

 

「そんな楽観視して良いのか……」

 

『別にそこまでは思ってないわよ。それにヘタレの士道じゃ好感度を上げるよりもキスする方が難問なんじゃなくて?私、好感度は大丈夫なのに、キスだけの為にデートを何回も支援するとかやりたくないわよ』

 

「ぐぅ……」

 

くそ、否定できない。

確かにキスをする……そのためだけに何度もデートをしそうだ。さすが琴里と言えばいいのか……俺の事を良く分かってるじゃないか。

でも、それは四糸乃を無駄に苦しめることにも繋がる……できるだけ早く覚悟を決める事にしよう。

俺はそう決意するとともに、選んだおもちゃを片手に四糸乃のほうに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

士道が四糸乃たちとゲームを始めた頃。

折紙は着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)に身を包み、ありったけの弾薬を持った状態でデパートの周りを飛んでいた。

今このデパートにはハーミットが隠れている……何時もは逃げ回っているハーミットが一か所にとどまっていると言うことは、士道が精霊との接触に成功したのだろう。

 

ハーミットは比較的危険性が低い精霊で、ASTの攻撃を受けても逃げ回っているだけでこちらを攻撃した事は一度もない。直接話したことはないので性格を知ることは出来ないが、上記の行動を踏まえると十香のような友好的な精霊の可能性もある。

 

折紙はまだ精霊を完全に認めた訳ではない。危険な存在であるのは事実だし……未だに自分の両親を殺した精霊に復讐心を抱いているのも事実だ……

でもそれ以外の精霊なら……彼女たちが平和な日常を求め封印に応じるのならそれは黙認しよう……それが今の折紙にできる精一杯の答えだった。

 

それにしても、封印する方法が士道との好感度を上げてキスをすると言うのは、どうにかならなかったのだろうか?

今、自分がこうして仕事をしている時に標的であるハーミットは士道とデートをしていると思うと羨ましい……っというか妬ましい。

自分も精霊だったら士道とデートおよびキスが出来るのだろうか……と一瞬だけ馬鹿な考えが頭に浮かんでしまった。

 

『折紙……まだ攻撃許可出てないんだから、一人で突っ込むんじゃないわよ?』

 

「なぜそんな事を?」

 

『あんた、自分で気づいてなかったの?さっきからデパートに凄まじい敵意のこもった視線を向けていたのよ?』

 

どうやら心で思っていた事が顔に出てしまったらしい……

でも妬ましいものは妬ましいのだ。十香はすでに霊力を封印されていると言うことは彼女もシドーとキスをしたのだろう。

今になって思えば、風呂に一緒に入った時に女性となった士道を襲って既成事実を作っておくべきだった。流石に子供までは作れないが、キス以上の事をするのは十分に可能だった。

 

そういえば……あの時一緒に風呂に入ったネプテューヌと言う少女。自分を一瞬で倒したヴィーナスの正体なのだが……

なぜ自分は彼女をカメラで撮ったりしたのだろうか?別に最初にやろうとしていた、彼女の気を失わせる方法で良かったはずだ。それなのに気がつけばカメラで撮影していた……

言葉では言い表しにくいが彼女には士道を相手にする際と同じようなものを感じてしまった。記憶にはないのだが……自分の両親が死んだ際に彼女と会ったのだろうか?

 

『折紙……攻撃許可が出たわよ。外から攻撃してハーミットをいぶりだすわよ』

 

日下部隊長の指示を聞いた折紙はそれまでの考えの一切を放棄して、目の前のデパートを見つめる。

あの中にはまだ士道がいる……折紙はそう思いながら事前に決めていた動作をして攻撃開始をラタトスクに伝える。

事前にした話し合いでは建物への攻撃が始まる前に士道を避難……それが間に合わなければネプテューヌがASTへの妨害を始める手筈になっている。

他の者には言ってないがビルの屋上で大きな草の塊を見かけたが……それがネプテューヌで間違いないだろう。

そんな事を考えながら折紙は攻撃のための配置についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ……どうやらゴールに一番近いのはよしのんみたいだねぇ。もし勝ったら最下位の人にはなにをしようかなー。やっぱり此処はお約束通り服を一枚脱ぐってのを……』

 

「よしのん……そんな事、駄目……!!」

 

「一応言っておくけど、よしのんの命令だと現在最下位の俺が脱ぐことになるんだからな」

 

若干の呆れをまぜつつ、顔を真っ赤にした四糸乃に口をふさがれているよしのんの事を見つめる。

誰にでもできる簡単な遊びって事ですごろくをやっていたのだが……折角ゲームをやるんだしと、よしのんが勝者は最下位の人になんでも命令できるってルールを付け加えたのだ。

勿論俺は止めようとしたのだが、琴里に上手くいけばキスするチャンスじゃないと止められてしまった。そしたら案の定俺が最下位になっている。

これが予想出来たから止めたんだけどな……俺のゲームの腕前なんて子供に負けるくらいだし。

 

『んもぉ~、士道君たらそんなに自分を卑下しなくても良いんだよ。士道君身体は細いけど結構鍛えてるみたいだから、その手の人には需要があると思うんだよねぇ』

 

「そんな需要、全く嬉しくないんだが……」

 

「えっと……よしのん……その手って、なにかな……」

 

「四糸乃は知る必要ないと思うな……」

 

なんか教えたら純粋な四糸乃を汚してしまいそうで言いたくない……

でも放っておくとよしのんが余計な事を言いそうなので早めに話題を切り替えることにしよう。

 

「そんな事より次は四糸乃の番だぞ。早くサイコロを振ってくれ」

 

「あ…はい……」

 

コクっと首を振って頷いた四糸乃は右手に持ったサイコロを中に投げる。

そのまま地面へと落ちたサイコロはコロコロっと何度も転がり……最終的に四の数字を示した。

 

『四糸乃は四かぁ……それだと……あっ!!』

 

四糸乃が進む場所を見て……よしのんが何かに気づいたかのように声をあげた。

それに俺は首を傾げる。まだよしのんの方が上がりに近いのだが……マスの効果で逆転されるのだろうか?

俺も四糸乃が進む場所を見つめる。そしてそこには……

 

「六マス進む……って待てよ。四糸乃の場所から六マスって……」

 

ゴール……つまりこのゲームの勝者は四糸乃だ。

そして最下位は勿論だが俺だ……よしのんじゃなくて良かったと喜べばいいのだろうか?彼女が勝者になった場合は俺は服を脱がなければならなかったわけだし……

流石に四糸乃の前で全裸とか出来ないからな……やったら確実に警察沙汰だ。そして琴里にも軽蔑の視線を向けられるだろう。

それにしても四糸乃は俺に何を命令するのだろう……そこまで酷いものにはならないと思うけど……

 

『ほら、四糸乃は士道君に何を命令するの?なんでも命令する事が出来るんだから、何を言っちゃても大丈夫なんだよー』

 

「えっと……そ、その……一つだけ、お願い……大丈夫、でしょうか」

 

「えっと……出来限りは要望に答えるから言ってみてくれ」

 

「その……ま、また、私と……遊んで、ください……」

 

少し涙目になりながらそう俺に願う四糸乃……

たぶん、俺に断られるんじゃないかって不安になってるんだろうな……よしのんみたいな服を脱げとかならまだしも、こんな願いを断る理由などない。

俺は、不安そうに俺を見つめてる四糸乃の正面に立つと、それを振り捨てられるようにゆっくりと優しく語りかける。

 

「それくらいならお安い御用だよ……これからもよろしくな四糸乃」

 

「は……はい」

 

不安そうな顔から一転、心の底から嬉しそうな顔を浮かべる四糸乃……この顔を見るのは昨日の壊れたよしのんを直してあげた以来だな……

事情が事情だから四糸乃があまり笑顔を浮かべられないのは仕方がないのかもしれない……静粛現界でもしない限りは毎回のようにASTに襲われてるんだからな……

今の俺が四糸乃の為にできることはたった一つ。その霊力をキスして封印する事のみ。

 

(琴里……四糸乃の俺に対する好感度はどうなってるんだ?)

 

『結構良いところまでまで上がってるわ。あともう一歩で封印は可能……っ!!士道今すぐそこから離れなさい。ASTが攻撃を始めるみたいよ』

 

くそ……あともう一歩ってところなのに……

一瞬攻撃が始まっても四糸乃と遊ぶ事を考えたが……それは無理だ。十香ならまだしも四糸乃じゃ弾丸が飛び交う中でそんなことは出来ない。となれば後は俺がこの場から居なくなるしか手段はないのだろうが……

四糸乃にその事を伝えるべきなのだろうか……言ってしまったらまた俺はASTの関係者じゃないかと疑われてしまうだろう。言わなくても精霊である四糸乃は早々の事で怪我をしないが……

 

『士道君?いきなり四糸乃の事見つめちゃってどうしたの?もしかして~、四糸乃に見惚れてたのかなー。もう~、四糸乃ってば罪作りな女なんだからぁ』

 

「え!?……わ、私、士道さんに……なにか、した……のかな?……そ、その……すいま、せん」

 

「四糸乃が謝る必要はないからな……それより少しだけ落ち着いて聞いてくれるか?」

 

「は、はい」

 

「今からAST……外の奴らが攻撃を開始するみたいなんだ」

 

「っ!?」

 

『ありゃー、流石に何時までもは見逃してもらえないか。それじゃあ、早くこの場から離れた方が良いかもね。でもぉ~、士道君はなんでそんな事を知ることが出来たのかな?やっぱりー』

 

やっぱりと言うか……よしのんは俺に疑いの視線を向ける。そしてそれを聞いた四糸乃は俺を不安げに見つめている。

言えばこうなることは分かっていた……でも言わずにはいられなかった。

理屈で言ってしまえば言わない方が良いに決まっていた。そうすれば疑われずにすむし、その後のASTの攻撃もたまたま俺が去った後にされたと思うだろう……でも四糸乃が攻撃される事を思うと彼女にそれを伝えずにはいられなかった。

四糸乃は俺の事を見つめている……そして意を決したのかゆっくりとその唇を開いた。

 

「わ、私……士道さん、の事……信じます……あの人達の、仲間じゃ……ないって」

 

『士道君ったら、四糸乃に凄く信頼されているみたいだね。妬けちゃうな~。でもよしのんも分かってたよ。だって、仲間だったらよしのん達に伝える必要なんてないからね』

 

その言葉を聞いて俺はホッと安堵の息を吐いた。

と言うかよしのん……そう思ってるなら四糸乃が不安になるような事を言わないでくれ。

このまま拒絶されるんじゃないかって不安で心臓に悪かったんだぞ……たぶん俺と四糸乃が慌てたりする姿を見たくて言ったんだろうけどな。

その証拠に若干不満げに話してたし……

 

「それじゃ俺はそろそろ此処から居なくなるけど……四糸乃達も気をつけるんだぞ」

 

「は、はい……教えて、くれて……ありがとう、ございます」

 

『四糸乃の事はよしのんが守るから士道君は心配しなくても大丈夫だからね』

 

俺が四糸乃達にそう言った後にその場を去ろうとすると……四糸乃達は俺がいなくなるまで手を振ってくれた。



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五話

「士道!見て、見て!!猫拾ったよ!!」

 

「えっと……ネプギア状況説明を頼む」

 

四糸乃との対話から一夜明けた翌日の午後、学校から帰って来た俺を出迎えてくれたのは両手で猫を掴んだネプテューヌの姿だった。正直頭を抱えたくなったがそれを我慢する。

いきなりそんな事を言われても困るんだが……たぶん状況からネプテューヌが捨て猫を拾って的なものだとは思うけどさ……

俺が取りあえずネプギアの方を見て説明を求めると彼女は苦笑しながらも説明してくれた。

 

「その……士道さんが帰ってくる少し前なんですけど、お姉ちゃんが窓からこちらを見つめるように佇んでいる猫を見つけたんですよ」

 

「それで、雨の中で立ってるのはかわいそうだからぁ~。家の中に保護することにしたの~」

 

「二人とも説明ありがとう……って二人してその傷はどうしたんだ?」

 

事の成り行きを説明してくれた二人の顔には赤い線のような傷がいくつも入っていた。

それは猫に引っかかれたような傷で……って言うか猫に引っかかれたのだろうがそうなった事情が知りたい。

と言っても今現在もネプテューヌの腕の中でもがいている猫を見れば一目瞭然なんだけどな。

 

「それが最初は私達二人で捕まえようとしたんですけど……」

 

「猫さんに引っかかれちゃったの~。それで、ねぷちゃんが私達が引っかかれてる内に後ろから襲って~、なんとか猫さんを確保したんだよ~」

 

まあ、何というか……大体俺の予想通りの答えだったな。

今もネプテューヌにタオルで濡れた身体を拭かれながら暴れてるしな……人への警戒心が強い猫なのだろうか?

首輪が付いてない事を見るに、捨て猫か野良猫だと思うけど……

 

「シドー!これが猫と言う生き物なのか?可愛い生き物だな!!私が触ってみても大丈夫だろうか?」

 

「やめておいた方が良いと思うぞ……下手に触るとプルルートやネプギアみたいな事になるから」

 

「む、そうなのか?それは少し残念だ……」

 

そういって寂しげに肩を落とす十香……悪いけど今猫に触っても二人の二の舞にしかならないからな。悲しそうな様子だし今度琴里に頼んで猫カフェとかに連れて行くのも良いかもしれないな。

それにしても、よくネプテューヌは爪による攻撃を器用に回避しながらタオルで拭くなんて器用な真似ができるよな……猫の世話に真面目に取り組んでいるからか?

その熱意を少しでも良いから仕事に向けてくれれば良いのに。

そう言えば、仕事って言えば……

 

「そう言えば、ネプテューヌ達はまだ帰らななくて大丈夫なのか」

 

「あたしは、いーすんにお願いして~、許可をもらってるから大丈夫だよぉ~」

 

「えっと……私たちは……」

 

「ネプギアってば、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんとわたしが、部屋の机の上に『今日は仕事を休みます』って書き置きを残しておいたからね。もう、ネプギアは心配性なんだからぁ」

 

どうやら明日の超次元のプラネテューヌには雷が落ちることが確定したらしい。

まあ、本人の自業自得なんだから何もフォローのしようがないけどな。でもいつもならサボり過ぎるとイストワールから電話とかが入ってくるんだけどな……

 

一応携帯を確認するとイストワールからメールが入っていた。えっと内容は『今、ネプテューヌさんはそちらにいますか?』だった。

嘘をつく理由は特にないので『今、家に居る』と正直に返信する。

これで雷が落ちる場所はプラネテューヌから俺の自宅に変更となったけど……別に良いか。たまにはお灸をすえないと駄目だろう。

 

そんな事を知ってか知らずかネプテューヌはタオルで拭き終わった猫の頭を撫でている。猫はそれに一瞬心地よさそうな顔をして……はっと何かに気づいたような顔をした後にまた暴れ始めた。

 

「あ、もう!?暴れちゃだめだよ!別に取って食おうなんて考えてないってば!ほら、落ち着いて……ね。お願いだから」

 

未だに暴れ続ける猫を宥めようとするネプテューヌ。

もう諦めて猫を放せばいいのに……と生暖かい視線でネプテューヌと猫の格闘を見守っていると、何を考えたのかネプテューヌは猫を自らのパーカーの中に入れてその上から両手で押さえつけてしまった。

猫は顔だけをパーカの中から出して身動きが取れない状態になっている。うん、ちょっとだけだけど可愛いと思ってしまった。

そんな状態になって猫も抵抗を諦めたのか、ついに大人しくなってぐったりとしている。

 

「ようやく落ち着いてくれたよー。そういえば士道さっき携帯いじってけど誰と連絡してたのかな?」

 

「あー……それは、もう言う必要がないな」

 

だってその人物がもう後ろに居るからな……

怒りによって後ろに凄まじいオーラを纏ってる。なんて言うか、怒りで覚醒するどこぞの宇宙人のようになってる。正直もの凄く怖い。

それに全く気づかず首を傾げてるネプテューヌをよそに、俺達はそっと距離を取っていく。そして俺達が部屋の端に退避したところでようやく原因が自分の後ろにある事に気づいたネプテューヌは後ろを振り向いて……

 

「げっ!?なんでいーすんがこんな所に居るの!?」

 

「げっとは何ですか。士道さんから先ほど此処にいると連絡を受けたので、急いでこっちに来たんですよ」

 

「士道の裏切者!!って誰もいない!?もしかして……皆私を見捨てたの?」

 

ネプテューヌには悪いけど、今のイストワールには関わりたくない。

だからネプテューヌ一人を部屋に残して、廊下に避難している俺達を許してくれ。

 

「今日という今日は許しませんよ。ネプテューヌさん?覚悟はよろしいですね?」

 

「えっと……お手柔らかには……お願いできないよね?」

 

「当たり前です。それでは行きますよ!!」

 

「ね、ねぷうううううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

その後、イストワールによるネプテューヌの説教は三十分にも及び、その間ネプテューヌの悲鳴が絶えずリビングから漏れてきた。

説教の終わったイストワールは、迷惑を掛けて申し訳ないと俺に謝った後、直ぐに机の引き出しを通って超次元の方に帰っていた……どうやら今日一日はこちらに居る事を許してくれたようだ。

なんだかんだで、イストワールもネプテューヌに甘いからな……

 

ちなみ完全に余談だが、ネプテューヌのパーカーの中に居た猫は完全に巻き添えを受けたらしく、説教が終わった後は生まれたての小鹿のように身体を震わせていた。

可愛そうに……と皆が猫に同情したのは当たり前の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません。お姉ちゃんのわがままに付き合ってもらって」

 

「別に何時もの事だからな……もう慣れたよ」

 

ネプテューヌが一度言い出したら中々意見を変えないのは今までの付き合いで分かりきってるからな。

そんな事を思いながら俺はネプギアと一緒に近くのペットショップで買ってきた荷物を片手に傘をさしながら、雨が降っているなか家への帰り道を歩んでいた。

 

なぜこんなことになっているかと言うと……ネプテューヌがあの猫を飼うと言い始めたからだ。最初は説得して諦めさせようとしたのだが、ネプテューヌの意志は固くそれに失敗。更には十香やプルルートまでもネプテューヌに賛同してしまい、早々に諦めざるを得ない状況になってしまった。

そういう訳で俺とネプギアが猫を飼うのに必要な道具一式を買いにペットショップにいく事となった。

 

それにしても最近はよく雨が降るよな……梅雨はまだ先だと思ったんだけどな。

 

「そういえば士道さん、十香さんの霊力の封印に成功したんですよね。一体どうやって封印したんですか?お姉ちゃんは聞いてもはぐらかして教えてくれないんですよ」

 

「えっと……それは、だな……」

 

どうしよう……凄く言いにくい……

ネプテューヌがはぐらかすのも当たり前だよな……キスすることで霊力を封印するなんて普通は思わないだろうし……純粋なネプギアにそれを言うのは憚られる

頼むから俺をそんな期待のこもった眼差しで見つめないくれ……心が折れて言ってしまいそうだ。

でも手伝ってもらって内緒にするなんてしたくはないし……諦めるか……

 

「その……好感度を上げて……精霊とキスすると封印できるみたいなんだ」

 

「そうなんですか。精霊とキスを……へ!?えぇぇぇぇぇぇっ!?な、なんでそんな事で封印する事が出来るんですか!?」

 

「いや……俺もそれが出来るって事実しか知らなくて……」

 

「え!?ちょっと待ってください!十香さんの封印に成功したって事は…………士道さんは十香さんと……」

 

言葉の先の事を想像してしまったのか、ネプギアは顔を真っ赤にして湯気を上げている……

うん……概ね予想通りの反応だ。

当事者の俺が何を言っても無駄だと思うので固まったネプギアの事を足を止めて見守る……そして数分ほどで再起動したネプギアが俺に声を掛けてきた。

 

「えっと……それだと士道さんは、その……これから精霊が出る度にキスをしないといけないんですよね……?」

 

「そういう事になるな……」

 

あはははっ、と二人そろって苦笑する……

ネプテューヌみたいにギャルゲーの主人公みたいだって茶化してくれないから、微妙な雰囲気があたりに流れてるよ。

よく見ればネプギアは俺になんて声を掛けようか迷ってるみたいだ。ネプギアは真面目で周りに配慮出来る娘だからな……プレイボーイや遊び人なんて俺を傷つけるような言葉を言えなくて迷ってるんだろうな……

と言うかネプギアにまでそんな事を言われたら立ち直れそうにない……

 

「その……頑張ってくださいね」

 

「うん……できる限り頑張るよ」

 

これは、精霊を助けるためだもんな……

息をしてない時に人工呼吸をするのと同じだ……そう思ってないとやりきれそうにない。

しかし精霊って何人いるんだろうな……琴里の話を聞くに二桁に届くか届かないかってところらしいけど。それでも全員とキスすればプレイボーイなどの不名誉な称号を間違いなく貰うだろう。

俺は精霊を助けたいだけなんだけどな……やってる内に慣れるだろうか?

でも慣れたら慣れたで人として大事なものを失ってしまったみたいでいやだな……

 

そんな事を考えながらネプギアと一緒に歩いていた時だった……とても小さい、今にも消えてしまいそうな声で聞こえてきた。

士道さん、よしのん……と

 

「四糸乃……?」

 

「士道さん?どうしたんですか、いきなり立ち止まったりして……」

 

「えっと、悪いけどこの荷物を持って先に家に帰ってくれないか?ちょっと用事が出来た」

 

「は、はい。それは構いませんけど……」

 

俺は頭を下げて自分の持っていた荷物をネプギアに預けると、路地裏の方に駆け出した。

ただの空耳だったらそれで良い……でもなぜか俺にそうは聞こえなかった。彼女が……四糸乃が俺を呼んでいるように聞こえてしまった。

俺は雨に濡れるのなんか気にせず路地裏を走っていく……そして曲がり角を抜けた所だった。

そこに四糸乃が今にも泣きそうな顔で佇んでいたのだ。

 

「四糸乃……」

 

「っ!?……士道、さん……?」

 

四糸乃がゆっくりと俺の方を向いた……そして俺だと分かった瞬間、四糸乃は我慢していた涙を瞳から流し俺の方に駆け寄って来た。

そして俺に勢いよく抱きつくと四糸乃はそのまま顔を俺の胸に埋めて泣き出してしまった。

昨日俺が去ってから何があったのか。俺は困惑しながらも四糸乃を慰めようとその頭を撫でようとして……気がついた。

ないのだ……何時も左手に付けていたよしのんの姿が……

 

「四糸乃……よしのんはどうしたんだ?」

 

「昨日……落として、しまいました……だから……必死に、さがして……でも、見つから……なくて……私、私……よしのんが居なくなったら……」

 

「よしのんなら大丈夫だって……俺も一緒に探すからさ……な?」

 

「あ……ありがとう、ございます」

 

ポケットにしまっていたハンカチを取り出して泣きじゃくる四糸乃の涙を拭いながら、優しく語りかけた。四糸乃はそれにコクっと頷くとよしのんの捜索を再開した。

まだ泣きそうな顔をしているが……先程の絶望しかけていた表情よりははるかにましだ。

 

俺はそんな四糸乃を横目で見ながら、彼女に気づかれないようにそっと携帯を出した。掛ける先はもちろん琴里だ。

四糸乃には悪いけどよしのんはここら辺には居ないと思う……居るとすれば現在立ち入り禁止になっているデパートの周囲だ。あの周囲には当たり前の話だが自衛隊の関係者がうようよと居る……となれば精霊である四糸乃を連れて行くわけには行かない。かと言って俺も今の四糸乃を置いていくわけには行かない。

そうなれば残された手段はラタトスクに頼んで探してもらうしかない。

まあ、それ以前にも支援を貰うために連絡しないといけないんだけどな。

 

ともかく俺は琴里に電話を掛けた。

 

『士道?一体どうしたのよ?今は確かあの猫を飼うための用具を買いに行ったはずじゃなかったの?

 

「一言で言うと……四糸乃が目の前に居る」

 

『……はぁ!?ちょっと待ちなさい!静粛現界がどれくらいの頻度で起こってるか分からないけど、貴方精霊と会い過ぎじゃないの!?……まぁ、いいわ。とにかく現在の状況を説明して頂戴』

 

「ああ……実はな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「四糸乃?大丈夫か?」

 

「は……はい……」

 

路地裏で四糸乃と遭遇してから二時間後……あの後はデパートの周囲(自衛隊が居ない少し離れた場所)に移動して探索を続けていたのだが、もう日が沈んできたのと、四糸乃が精神的に疲れてきたのもあって一旦俺の自宅に招いて休憩をしていた。

ちなみに現在ネプテューヌ達は皆、四糸乃がなくした人形の捜索を手伝っているので家はもぬけの殻だ。

まあ、それ以外にも人見知りが激しい四糸乃に配慮したってのもあるんだけどな……ただでさえ今はよしのんを失ってかなり精神が不安定になってるみたいだしな。

出来るだけ早くよしのんを見つけてやりたいんだが……今のところ、ラタトスクから見つかったとの連絡は来ていない。

攻撃で粉々になった……そんな最悪の事態になってないといいのだが……

 

とにかく今の俺にできることはないので、お腹が空いている四糸乃の為に親子丼を作っていた。

っと、そろそろ出来上がる頃だな……俺は出来上がった親子丼をソファーに座って不安そうな顔をしている四糸乃の方に持っていく。

 

「ほら、出来たぞ。腹が減っては戦ができぬって言うしな、腹を満たしてからよしのんをまた探しに行こう」

 

「は、はい……」

 

そういって頷いた四糸乃はスプーンを手に取って、どうすれば良いか分からず首を傾げている。……俺がスプーンを使って一口食べて見せると、四糸乃はそれに見習って親子丼を食べ始めた。箸だと食べるのが難しいんじゃないかって、スプーンを持ってきて正解だったな。

四糸乃は十香のようにあまり人間社会に詳しくない精霊みたいだ……って言うか詳しい精霊が居るのかどうかすらわからないんだけどな。そもそもの情報量が少なすぎる。

でも静粛現界と言う空間震を起こさずこちらに精霊が現れる方法があるのだ。人間社会に紛れ込んでいる精霊が居たとしてもおかしくは……って話が脱線しすぎたな。

四糸乃は俺が考え事をしている間に食べ終えたみたいだし……声を掛けてみるか。

 

「どうだ?口に合ったか?」

 

「はい……おいし、かったです……」

 

そう素直に言ってもらえるのは嬉しい。

料理人冥利に尽きると言えばいいのだろうか……って俺はレストランのシェフとかじゃないんだけどな。

さてと腹ごしらえは終わったんだが……この後何をしよう。

もう日が沈んで夜になっている。こんな時間帯に四糸乃を連れて歩けば下手をすれば警察に補導されそうだ。俺は別に良いが、四糸乃が警察に補導されたら洒落にならない。

でもよしのんを見つけない事には……取りあえず少しの間で良いから休憩を取るついでに四糸乃と会話をしてみよう。

 

「なあ?いくつか質問しても大丈夫か?」

 

俺の言葉にコクっと頷く四糸乃。

何を聞かれるか分からないからか……少しだけ不安そうに俺の事を見つめてる。

あまり変な質問はしないように気をつけよう。

 

「四糸乃は、よしのんと何時から友達になったんだ?」

 

「よしのん、とは……攻撃……されてる、時……会いました……よしのんは、弱い私を……引っ張って、くれて……いつも攻撃、された……時に、助けて……くれます」

 

「助けて?」

 

四糸乃の言葉に少しだけ首を傾げる……確かに攻撃されるのは嫌なことだとは思う……

差別するつもりはないのだが、四糸乃は精霊だ。ASTを撃退するのなら話は別になってくるだろうが、逃げ回るくらいなら四糸乃でも可能なはずだ。

もしかしてASTの攻撃が怖いのだろうか……そう思った俺だが四糸乃の口から語られたのは予想だにしなかった答えだった。

 

「私じゃ……ダメ、なんです……私は、弱いから……攻撃、されると……驚いて、攻撃しちゃいます……でも、よしのん……は、そんな私を……助けてくれる……です……よしのんが、いるから……私は反撃……せずに、いられます」

 

「AST……じゃなくて攻撃してくる奴は敵なんだろ?少しくらい反撃って思わないのか?」

 

「私は……痛いのが、いやだから……あの人、達も……きっと、それは同じはず……だから」

 

四糸乃の答えを聞いて……俺はやるせない気持ちになった。

四糸乃は優しい少女だ。あんな状況に置かれてなお他人を思いやれる。そんな事を出来る人間など果たして何人いるだろうか?

彼女の境遇を人間に当てはめれば、自分を襲い掛かろうとする殺人鬼や銃口を向けるテロリストに慈悲を掛ける。酷く言えば狂人の域に達した優しさだ。

 

でも四糸乃が人間であれば、きっと周りの人達が彼女に向けられた以上の優しさを向け彼女を救っていただろう……でも四糸乃は精霊。彼女に優しさを向ける人も救いの手を差し伸べる人もいない。

こんな事って……許されて良いのかよ。

でも今の俺は四糸乃に何もしてやることが出来ない……精神が不安定過ぎて現状での封印は困難だからだ。ならばせめて、彼女を勇気づけようと、俺は自分一人ではなにも出来ないと落ち込む四糸乃にそっと語りかけた。

 

「俺はさ……四糸乃の考えを全面的に賛成することは出来ない。確かに相手も痛いかもしれないけどさ……俺だって傷ついたりしたら悲しむ人が居るんだ。四糸乃だって自分が傷ついたらよしのんが心配するだろ?だから俺は四糸乃と同じ状態になったら反撃するかもしれない……」

 

四糸乃は俺の事をじっと見つめる……自分の全てを否定されるんじゃないか……

そんな不安の入り混じった俺に縋るかのような視線を向けている。

 

「でも一つだけ言えることは……四糸乃は弱くなんかないって事だ」

 

「私……が、弱くない……?」

 

「ああ、だって俺にだって無理な事を四糸乃はしようとしてるんだろ?だったら、きっとそれは四糸乃の強さだよ。だからさ……そんなに自分の事を悲観しないで、もうちょっとだけ自信を持ってみてもいいんじゃないか」

 

「私が……強い……?」

 

四糸乃の言葉を肯定するようにゆっくりと頷く。

 

「ああ、四糸乃は十分に強いよ。よしのんにも、俺にもない……四糸乃だけの強さを持ってるんだから」

 

「…………」

 

俺の答えに返事を返すこともなく、茫然として立ち尽くす四糸乃……

そのまま数秒……いや数分たったころだろうか?四糸乃はクスッとほんの少しだけ笑みを浮かべて「ありがとうございます」と答えてくれた。

 

うん、やっぱり四糸乃は普段の困ったような顔や不安そうな顔よりも笑っている顔の方が似合う。

四糸乃の霊力を封印さえすれば、直ぐにとは言わないが暫くすれば人間のような生活を送れるようになるはずだ。そうなればきっと四糸乃はもっと笑うようになる。

だったら、早くよしのんを見つけないとな、と気合を入れなおす。

 

『士道?もしかして今の計算でやった?』

 

「ん?琴里どうしたんだ?俺が何かやったのか?」

 

『な、なんでもないわ』

 

計算ってなんの事を言ってるんだ?

俺は思った事を口にしただけなんだけどな……うまく言葉に出来たかは分からないけど、四糸乃を元気づけられたみたいで良かった。

それよりも、話し合いもそろそろ終わりか……不安だが四糸乃と一緒に街に出てよしのんを探した方が良いのか?でもそうなると警察とかそこら辺が不安になってくるんだよな……

俺がどうすれば良いものかと悩んでいると「ピンポン!!」とチャイムの音が鳴った。

 

一体だれが来たんだ?ラタトスクがよしのんを見つけた……とかだったら先に琴里がインカムで伝えるだろうし……

とにかく玄関に向かわないとな。

 

「四糸乃、ちょっとお客さんが来たみたいだからリビングで待ってくれるか?」

 

「わ、わかり、ました……」

 

四糸乃に断りを入れた俺はリビングを出て玄関の方に向かう。

玄関に掛けられた鍵を解いて扉を開ける……そして開いた先に立ってたのは折紙だった。

 

「折紙か?今日は一体どうしたんだ?悪いけど今は……」

 

「事情は把握している。今士道の家に居る精霊について話がある」

 

俺の家に四糸乃が居る事を知ってるのか……一体誰から聞いたんだ?

いやそれよりも今は折紙が一体何をしに家に来たのかって事だな?四糸乃について話があるみたいなんだが……一体何の用事なんだ?四糸乃は危険な精霊だから倒せってのは、四糸乃の性格と行動を考えるとあり得ないよな。

俺が首を傾げていると、折紙が言葉を紡ごうとして……

 

『士道何をやったの!?四糸乃の精神がすごく不安定になってるわよ!!』

 

「四糸乃が……!!」

 

琴里の言葉を聞いて俺は急いで後ろを振り返る……するとそこには少しだけ顔を出してこちらを見つめている四糸乃の姿があった。

今の俺を見て不安定になったのは間違いないだろうが……なんでなんだ?ここにには折紙……あっ!そうか折紙と俺が話していたから四糸乃は不安を感じてしまったんだ!!

なにせ折紙はAST……きっと四糸乃は自分を攻撃してきた相手の事を覚えていたのだろう。そんな相手と俺が会話しているのを見て、俺が自分を攻撃してくる人の関係者だと勘違いしたんだ。

 

「四糸乃。ちょっと待ってくれ!誤解なんだ!!」

 

俺は怯えている四糸乃に声を掛けるが……自分が見つめていたことに気付かれた四糸乃はビクッと肩を震わせるとリビングの中に入っていた。

俺は靴を履いている事など気にせずに四糸乃の事を追いかけるが……リビングの中には四糸乃の姿はなくなっていた。どこかに隠れたのかと一瞬思ったけどそれは違う……人の気配が全くないし、そもそもリビングに隠れる場所なんてない。

となれば答えはたった一つ……最悪なタイミングでしたもんだなと思いながらも琴里に確認を取る。

 

「なあ……琴里」

 

『士道の考えてる通りよ。ついさっき四糸乃は臨界に消失したわ。まったく、最悪のタイミングで消失したものね。もうこうなったら、次にあった時に挽回するしかないわ』

 

「そう、だな……」

 

四糸乃が俺の話を大人しく聞いてくれるかも分からないけどな……

いきなり攻撃……はされないだろうが、逃げ出されたらどうしよう。土下座とかすれば話を聞いてくれるだろうか。

そんな事を思っていると玄関から上がった折紙が俺の隣に来て俺に頭を下げた。

 

「ごめんなさい。私が士道の家に来なければこんな事にはならなかった」

 

「いや折紙のせいじゃないって、俺の方が四糸乃に気を使うべきだったんだ」

 

「士道は悪くない……私の用事は電話で済ますことが出来た。でも私が士道に会いたいと思って家を訪ねたのが原因。精霊が私の顔を覚えている可能性を踏まえれば迂闊な判断だった」

 

そういって改めて自分が悪いのだと頭を下げる折紙。

彼女は結構強情なところがあるからな……俺がいくら折紙のせいじゃないって言っても無駄だろう。彼女を納得させられる言語能力なんて俺にないからな。

かと言って下手に謝罪を受け取ればそれはそれで嫌な予感がするし……

こうなったら、もう話題を変えるしか方法はない……ってそういえば何を折紙は俺に伝えようとしたんだ。

 

「四糸乃の件は置いておくことにして……結局、折紙は何を伝えたくて俺の家に来たんだ?」

 

「その件だけど……よしのんが何処にあるのか分かった」




最後の投稿から一年も待たせてしまいすいませんでした。
リアルの方が忙しく、まとまった時間が取れなかったため遅くなってしまいました。
四月に入るとまた忙しくなりますが、それまでは以前と同じペースで投稿できるように頑張りたいと思います。



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六話

「なあ、ネプテューヌ……俺はどうしてこんな事をしてるんだっけ?」

 

「そりゃ勿論、よしのんを取り戻す為に決まってるでしょ。士道ったら忘れちゃったの?」

 

「いや……それはそうなんだが……」

 

俺が言いたいのは他に手段がなかったのかと言う事なんだよ。

俺は頭を抱えながら、目出し帽を被ったネプテューヌの事を見つめる。服装もいつものパーカーじゃなくて真っ暗な服を着ていて……その姿はテロリストや強盗に見える。

それも当たり前の話だ。だって俺達は今から盗みをしようとしているんだからな。

 

数日前、折紙からよしのんの居場所を聞くことが出来たのだが。その場所と言うのが厄介で、ASTの隊員が住んでいる寮の中にある可能性が高いと言う話だった。

何でも折紙は先日の四糸乃に対する攻撃の後に、現場からその人形を持ち帰る人を見たらしい。

最初はラタトスクの方で回収をやろうとしていたのだが……顕現装置と言う国家機密を扱う部隊の寮だけあって防犯システムが厳重ですでに何度も失敗している。

それで最終手段としてASTの隊員である折紙と一緒に基地の中に潜入してるってわけだ。

ちなみに基地の中にどうやって入ったかと言うと、運び込まれる荷物の中に段ボールを使って紛れ込むという方法だ。そこで一悶着あったのだが……思い出したくないので忘れることにしよう。

 

「いや~。実はこう言った感じの事って、一度で良いからやってみたかったんだよね。美少女怪盗ネプテューヌ見参!!って感じでさー」

 

「ネプテューヌ……取りあえず両手で万歳してくれないか?」

 

「一体どうしたの?別に良いけど…………ねぷっ!?」

 

両手を上にあげて無防備になったネプテューヌに俺は容赦なくポケットの中に手を突っ込みその中にあった一枚の紙を取り出す。

丁重に折りたたまれたその紙の中には「貴方が部屋の中に置いてあった秘宝、よしのんはこの私……」っと予想通りの事が書いてあったので、すぐに両手で破り捨てた。

 

「酷いよー、士道……それを作るのに、一日徹夜したんだよ。よしのんを無事に盗んだら、それを置いてから去ろうと思ってたのに」

 

「自分で盗んだ証拠を残してどうするんだよ……と言うかお前一応自分が女神だって自覚があるのか?事情が事情だけどこれからする事は犯罪なんだぞ?」

 

「そんなこと言ったってさ。わたしはまだましな方だと思うんだよね。ノワールだったらきっと某美少女怪盗のコスプレをするだろうしー、ブランだったらこの経験を小説のネタに使うだろうしー、終始真面目にやるのってベールくらいじゃないかな」

 

女神って……

本気で超次元のゲイムギョウ界の行く末が心配になって来た……大丈夫なんだよな?

今回は真面目にやるだろうと言われたベールも神次元の方と変わりなければ廃人ゲーマーだし……

今まで何事もなくやってこられたのが奇跡と思えてしまった……と言ってもネプテューヌの話を聞いただけで超次元の女神とはあまり交流がないから実態は分からないんだけどな。

ネプテューヌだと過剰に表現するなんてよくやる事だし。

 

「二人共、そろそろ進む……私についてきて」

 

そういって物陰に隠れて進む頃合いを見計らうのはネプテューヌと同じように目出し帽をかぶった折紙だ。彼女にはこの基地の中を進む際の先導をやってもらっている。

なにせ、基地の内部にはカメラとかが多すぎて俺やネプテューヌでは見つからないように突破するのは難しい……だから基地の事を知り尽くしている折紙に先導を頼んでいる。

正直、情けないけど折紙一人でやった方が上手くいくのでは……と考えてしまったのだが、部屋のどこにあるかまでは分からないので捜索する人手が必要らしい。

 

とそんな事を考えている内に折紙が動き出した。それを見た俺達も折紙に従って物陰から飛び出し彼女の後をついていく。

カメラを避けるためか、所々で曲がりながら進んでいくと目の前には四階建ての建物が目に入って来た。折紙がその中に入って良くのを見て俺達もそれに続く。

 

「中は……普通のマンションって感じだね。折紙は此処に住んでるの?」

 

「私は自宅から通ってる。此処に来ることは滅多にない」

 

「今になって思ったんんだけど、自宅通いって大丈夫なのか?自衛隊って殆どの人が寮に住んでいるイメージがあるんだが……」

 

「私はASTに所属してるから、多少は優遇されている」

 

そうなのか。

やっぱり精霊と対峙すると言う危険な仕事に就いている以上は多少なりとも優遇されているんだな……そもそも、学校に通っている折紙が自衛隊に所属しているってのもおかしな話なんだけどな。

琴里から聞いた話だとCR-ユニットを使いこなせる人は限られてるらしいからな。人を集めるために学生とかの参加も認めているのだろう。

そんな事を考えながら折紙についていくと四階のある扉の前で止まった。此処が目的地なのか?

 

「折紙、此処まで来たのは良いけど……どうやって部屋の中に入るんだ?電子ロックになってるみたいだけど……」

 

「この鍵は停電すると解錠されるようになっている。事前にラタトスクに話を通している。そろそろ停電するはず」

 

「おおっ、事前にちゃんと根回しをやっておくなんて……あっ!!士道、暗闇になったからって、どさくさに紛れてセクハラとかしちゃ駄目だからね。ゲイムギョウ界で一番優しい女神様として定評のあるわたしでも、そんな事されたら士道の事を許さないよ」

 

「絶対にしないから……それよりも折紙の方を心配しろ」

 

「折紙がどう……あっ……どうやら……注意する相手、間違っちゃったみたいだね……うぅぅ、ロードして少し前の所に戻りたい気分だよ……」

 

最初は俺の言葉が良く分からなかったネプテューヌだったけど……折紙の虎視眈々と機会を狙っている捕食者の目で俺の言葉の意味を理解出来たようだ。

他人事のように言っているけど俺も被害を受ける可能性があるから、気を引き締めないといけないんだけどな。

って言うか二人とも折紙の被害を受ける可能性がある人物ってある意味人選ミスじゃないか。ストッパーとなる人物が居ない。

 

ちょっとだけ自分の身が心配になって来た時だった。基地の電気が消えて停電が起こった。

一瞬で辺りが見えなくなる真っ暗闇の中……扉を開ける音が響いて来た。

それと同時に俺は身を構える……折紙が何時襲い掛かってきても良いようにだ。しかしその前に非常用電源に切り替わったのか照明がついて、辺りが見えるようになった。

そして俺の背後には今にも襲い掛かろうとしている折紙の姿が……

 

「…………早く部屋の捜索に移る。戻ってくるかもしれない」

 

「なかった事にする気か……別に良いけど……」

 

「問題ない……チャンスは他にもある……」

 

な、なんだ?

折紙の言った事は小さくてよく聞こえなかったんだが……背筋の辺りに今までに感じたことがないくらいの悪感が走った。お、俺の気のせいだよな……

うん、きっとそうだと自分に言い聞かせる。

 

「ほらほら、そんなところでじっとしてないで、部屋の中に入ってよしのんを探すよ」

 

そういって俺を部屋の中に押し込むネプテューヌ。

そのまま押し入れられた部屋の中を見渡すと……一言でいえば普通の部屋だ。冷蔵庫やテレビなど生活をするのに必要な物は一式揃っているのだが、それ以外のものはほとんどない。

そして探し物であるよしのんの姿もなかった。

 

「一見した感じだとよしのんの姿はなさそうだね。もしかして、普段から持ち歩いてたりしちゃってるのかな?」

 

「それはないと思う」

 

「って事は何処かにしまっている可能性が高いって事か……こうなったら三人で手分けして探すしかないか」

 

「できれば避けたかったパターンだよね。部屋の人が戻ってこないと良いんだけど……」

 

「その可能性は低い……今の時間帯だとあの人は残業に追いやられてる」

 

折紙がそういうのなら大丈夫なのだろうが、できる限り早く見つけるようにしよう。

早速三人で役割分担をした俺達は引き出しやタンスの中を開いてよしのんの事を探し始める。

机の辺りを探す事となった俺は机の引き出しを開いて……それを閉じた。

今のは見なかった事にしておこう。

 

「士道どうしたの?折角開けたのに直ぐに閉じたりして……分かった!!きっとエロ本とかいかがわしい品が入っていたんでしょ。もう士道ったらうぶなんだから。でも駄目だよ。もしかしたらそこによしのんが入ってるかもしれないんだからね」

 

「ちょ、ネプテューヌ待て……!!」

 

俺が制止するよりも早く、こちらに近づいて来たネプテューヌが引き出しを開けてしまった。

そしてその中身を見たネプテューヌは口をポカーンと開けて固まってしまった。どうやら流石にこれは予想外だったみたいだな。

でもしょうがないよな、机の引き出しの中に「必勝、合コンで勝つための十の秘訣」や「三十に近づいてからが本番・化粧で変わる貴方の姿」やら「気になるあの人の落とし方」なんて本が山のように入ってるんだから……

俺は未だに固まっているネプテューヌをよそに、俺は引き出しを閉めた。そして彼女の両肩を手で叩いて語りかける。

 

「ネプテューヌ……今のは見なかった事にしような」

 

「……うん」

 

こんな素直なネプテューヌの姿を見たのは初めてかもな……

見なければ良かったって後悔の念が見られるし……だから止めようとしたのに……

ってこんな事をしている場合じゃない。よしのんを見つけるために俺は此処に来たんだった。俺がよしのんの捜索を始めるとネプテューヌも正気を取り戻し捜索を再開した。

それにしても中々見つからないな。この部屋にはないのか?

 

「見つかった」

 

「うおっ!……って折紙か」

 

後ろからの折紙の声には驚いたが、彼女の手にはよしのんがしっかりと握られていた。

何処で見つけたか分からないがよくやってくれた。後はこの基地から逃げ出せばいいだけだ。

 

「早く見つかってよかったね……でもどうやってよしのんを見つけたの?折紙は隣の小さい部屋を担当してたけど、当てずっぽうにしては見つけるのが早くないかな?」

 

「部屋に入ったら士道の匂いがして……もしかしたらと思って匂いがする所を探した」

 

「に、匂いって……わたしの鼻だと、士道どころか匂いすらついているか分からないんだけど……折紙って凄い鼻をしているんだね」

 

「貴方と士道限定」

 

「ねぷっ!?見分けられる対象に私まで入ってるの!?うぅぅ……下手すると士織と一緒に、折紙に美味しくいただかれる未来に突入しそうで恐怖を感じるよ」

 

「ちょっと待て、なんで今俺じゃなくて士織にした」

 

「いや~、なんて言うか士織の方が受けには似合ってるとわたしは思ったんだけど……間違ってたかな?」

 

……反論ができない。

確かにそっちの方が似合ってそうだ……うん、俺が傷つくだけだしこの件はもう考えないようにしよう。俺の反応を見てネプテューヌはどこか勝ち誇った顔をしている。

今度のナスのフルコースをお見舞いしてやろう。

俺は自分の心を抉ったネプテューヌへのささやかな復讐を決意すると共に玄関の方へ移動する。もうこの部屋には用はないからな。

その際に部屋を入った時と出来る限り同じ状態にしておくことも忘れずにやっておく、証拠は残してないけど俺達が部屋に入った事がばれたら洒落にならない。

 

出来る限り入る前の部屋を再現した後、俺達は部屋の外に出た。

そしてその後は何事も問題なく目的地である外へ荷物を運ぶトラックの中に入った。あとはばれないように段ボールを被るだけだったのだが……そこで問題が発生した。

 

「おかしいな……ここに隠してたと思ったんだけどな……おい!段ボールさんや出ておいで!!」

 

「段ボールに呼びかけても出てくるわけないだろ……どうするんだ?このままだと外に出られないぞ」

 

どんな問題が起きたのかっと言うと……ネプテューヌが隠れるために段ボールをなくしてしまったのだ。

このままトラックに紛れ込めば見つかってしまう可能性もあって……結構まずい状況に置かれている。何とかして代わりの物が見つかればいいのだが……

しかし人が中に入って隠れられるものなんて早々見つかるはずがない。女神化して強行突破するか?

出来ればそれはやりたくないんだが……

 

「そういう事もあろうかと、用意してた」

 

そういってどこからともなく取り出したのは一つの巨大な段ボールだった。

その中には人が二人くらい……いや、無茶をすれば三人くらいは入れそうな大きさの段ボールだ。

助かった……これで基地の外に出ることが出来る。今回は折紙に助けられっぱなしだな。

早速段ボールの中に入って……

 

「どうしたんだ、ネプテューヌ?段ボールに入らないのか?」

 

「いや……なんか嫌な予感がしたんだけど……きっとわたしの気のせいだよね」

 

 

 

 

 

 

 

「士織……お願いだから、もうちょっとそっちに詰めてよ」

 

「ごめん……私もこれ以上は無理かも……元々が狭いんだから少しの間我慢してね」

 

トラックの荷台にある巨大な段ボールの中……そこに私達はぎゅうぎゅうになりながらも入っていた。

巨大な段ボールだったけど、さすがに三人一緒に入るのは無理があったみたいで狭く蒸し暑い中を私たちは我慢している。

ちなみ私は士織モードになって段ボールの中に入ってる……男の状態だとネプテューヌ達と密着せざる負えないこの場所では色々と問題があるからね。

だから女性となることでその問題を解消している。

 

それにしても何時になったらトラックは動くのかな。狭くて窮屈だから早く動いてくれると嬉しいんだけどね。

狭くて時間すら確認……ひゃ!?

 

「ね、ネプテューヌ!?変な場所を触らないでよ!!」

 

「へ?わたし士織に触ってないよ?士織の気のせいじゃ……ひぃ!?」

 

「ね、ネプチューヌ?」

 

口では言えないところを触られたことに抗議の声を上げると返って来たのは、ネプテューヌの何も知らないと言う声と……短い悲鳴だった。

勿論私はネプテューヌの事を触っていない……

となると触れられる人物は後は一人しかいないわけで……

うん、すごく汗が流れて来たんだけど、どうすればいいのかな?

 

やばい……この状況はすごくやばいよ。

よくよく考えてみるとあの捕食者と一緒の狭い場所に入るなんて自殺行為だね。

ネプテューヌが段ボールに入る前に感じた嫌な予感ってこの事だったんだ……あの時気づいていれば……ふぇ!?

 

「お、折紙っ!!変な場所を触らないでよ!!」

 

「大丈夫……二人とも私に身を任せて、私がちゃんと導いてあげる」

 

「何処に導くつもりなの!?うぅぅぅ……まさかわたしが部屋の中で言った事がこんなにも早く実現するなんて……いやぁ!!折紙ぃ……そこはダメだってぇ……このままじゃわたしぃ……身も心も落とされちゃうよぉ……」

 

「ね、ネプテューヌ!?お、お願いだから正気を保って!!」

 

「そんなこと言われても……折紙ってすごくテクニシャンで……ふぁ!?……だから駄目だってばぁ……」

 

甘い声で抗議をするネプテューヌ……折紙の矛先が私に向けば、私もこうなっちゃうのかな?

この狭い閉鎖空間には逃げ場はないし……ってあれ?もしかして今の状況って、折紙の思うがままになってないかな?

こんな都合の良すぎる事なんて早々は……はぁ!!

 

「もしかして……事前に私達が用意した段ボールを捨てたのって……折紙?」

 

「……私の考えを言わなくても分かってくれた……嬉しい」

 

「やっぱりなのっ!!……にやぁ!?……お、折紙……お願いだから、へんな場所をさわらないでぇ……」

 

だ、誰でも良いから私を助けて……折紙の本当に凄くて……

このままだと色々とやばいよぉ……

 

「今の悲鳴、可愛かった。もう一度聞かせて」

 

「い、いやぁぁぁぁぁああああ!!」

 

その後トラックが発進して基地の外に出るまでの間……私とネプテューヌは必死に抵抗して折紙から大事な一線を守ることにだけは成功した。

と言っても私たちが受けたダメージは甚大で……段ボールを出るころには二人してげっそりとなっていたよ。それなのに折紙は肌がつやつやしていて若返ったようになってるし……

これが搾取される者と搾取する者の違いってやつなのかな……ネプテューヌじゃないけど理不尽だって叫びたくなったよ……



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七話

「ふぁ……よく寝た……」

 

昨日は折紙のせいで疲れたからな……そんな事を思いつつ裏返って……

 

むにっ

 

な、なんだ?このデジャブを感じる感触は……ま、まさかそれはないよな。

俺は嫌な予感を感じつつ目を開くと、そこにはすやすやと眠っている十香の姿が……

琴里っ!!また俺をめやがったな!!しかもまた手が胸の上に置かれてるし……なんで俺の手は人の胸をピンポイントで狙うんだよ!!

 

とにかく俺が手を十香の胸からどかそうとしたところで……目を覚ました十香と目が合った。

しばし訪れる静寂の時間……そして十香は自分の身体を見て胸の上に俺の手がある事に気付く。そして再び俺の方を見つめる。すると見る見るうちに十香の顔が真っ赤になって……

 

「し、シドー!?どうしてこんな所にいるのだ!しかもその手は……!!」

 

「お、落ち着いてくれ……俺は何もやってないんだ!!気づいたら此処に居て……手だって裏返った拍子に当たっただけなんだ!!」

 

「そ、そんなことなどあるものか!シドー怒らないから正直に言ってくれ!!」

 

「十香ったら、それは正直に言った後に怒る人が言うセリフだよ」

 

十香とは逆の方向から聞こえてきた声に驚いてそちらに目を移すと、そこには俺達を見つめているネプテューヌの姿が……ってどうしてネプテューヌは俺の部屋に居るんだよ!

確か昨日ネプギアと一緒に帰ったはずだよな!?まさか仕事が嫌になって逃げて来たんじゃ……

 

「一応言っておくけど、今日は仕事から逃げるためにこっちに来たんじゃないからね。実はあの猫に会いたくなって、こっちに朝早く来たんだけど……士道と十香が一緒に寝てたから、起きたらどうなるのかなって見つめてたんだ」

 

「……俺だけ起こすと言う選択肢はなかったのか?」

 

そうすれば今のような気まずい状況にならなかったのに……ネプテューヌは前回の件で俺がこういった訓練をやってるのを知ってるはずだよな。

ってそんな事を考えてる場合じゃない。今問題なのは顔を真っ赤にして俺を見つめている十香の事だ。

早く何とかしないと俺は十香に吹き飛ばされてしまう。

 

「十香……信じてもらえないかもしれないけど、本当に俺は何もやってないんだ。気づいたら十香が隣に居て……」

 

「信じる……」

 

「へぇ?」

 

「シドーの事を信じると言ったのだ。上手く言い表せないのだが……今のシドーが嘘を言ってるようには見えないのでな……だからシドー、その手を早く退いてくれ」

 

「あっ!!すまない、十香」

 

十香の言葉で俺は未だに手を胸の上に置いているのに気づいて、慌ててその手を退ける。

十香は両手で胸を抑えると顔を真っ赤にして俺を見つめている。十香には本当に悪かったと思う……ネプテューヌが突然現れたことでそっちに意識が向かなくなっていた。

 

ネプテューヌが俺の耳元でささやく「やーい、士道のラッキースケベ」っと言う言葉は聞き流す。

そうしないと精神的にやられてしまいそうだ。だってネプテューヌの言葉には心当たりがあり過ぎる……

 

「って、ネプテューヌは猫に会いに来たんじゃないのか?早く会って戻らないとイストワールにまた怒られるぞ」

 

「おおっ!!危なく忘れるところだったよ。それじゃあわたしは下に行って猫と戯れてくるね」

 

ネプテューヌは元気よく俺の部屋から出ていくと、階段を下りて下に行った。

残された俺と十香は……取りあえずいつまでもベッドの上に居ることは出来ないので起き上がることにした。

何時もなら起きてすぐに着替えるのだが、さすがに十香の前で着替えることは出来ないので、彼女が部屋から出ていくのを待っていると……

 

ウゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

突如響いて来た空間震警報……四糸乃か?

いや、他の精霊の可能性もある。とにかく、フラクシナスに回収してもらって現場に向かわないといけない事は確かだ。

俺は机の引き出し(神次元とつながっているのとは別のもの)の中からインカムを取り出すとクローゼットの中の着替えを手に取る。

そして部屋の外に出る前に十香に声を掛ける。

 

「十香!!俺は何時も通り精霊のところに行ってくるけど、十香は近くのシェルターに隠れててくれ」

 

「うむ、分かったぞシドー……でもシドー、あまり危険な事をするのではないぞ……」

 

「出来る限りやってみるよ……」

 

十香には申し訳ないけど、精霊と向き合う以上はどれだけ俺が気を払っても限界があるからな……

勿論、怪我はしたくないから最大限の努力はするつもりだけどな。

俺は心配そうに見つめる十香を笑顔で「大丈夫だ」と言った後に急いで玄関の方に向かう。

そして、そこに着いた俺はズボンと靴を履いて上着を羽織る。そして現界したのが四糸乃だった場合に備えて玄関に置いていたよしのんを手に取り、インカムを耳に入れると琴里の声が聞こえてきた。

 

『よかったわ。士道の事だから寝てるんじゃないかって心配してたのよ』

 

「ついさっき起きたよ……それよりも琴里、やってくれたな」

 

『あら?なんの事かしら、身の覚えがないわね。第一私が十香を貴方の布団に入れたっていう証拠があるのかしら?』

 

白々しい……

人の布団に勝手に女性を入れるのなんてラタトスク以外にしないだろ。それに俺が具体的な事を言っていないにも関わらず、琴里が俺の言いたい事を突き止めている事を考えれば、彼女が関係しているのは明白だ。

まあ、どうせその事を言ってもしらを切られるだけだから何も言わないけどさ。

 

「今、玄関に居るんだけどフラクシナスで回収してくれないか?」

 

『任せて……って言いたいんだけど、その必要はないみたいよ。先程現界したハーミットは士道の家をめがけて一直線に向かっているわ。そこで待っていれば四糸乃に出会えるはずよ』

 

「そうなのか?」

 

それはありがたいって言えば良いのだろうか……取りあえず、現界した精霊が四糸乃で安心した。

でも家には十香がいるから来られても不味いのか?四糸乃が危険な攻撃をするとは思わないが……万が一と言う事がある。

 

「琴里、今家には十香が居るからここで会うのは不味い……家の前で四糸乃と会うことは出来ないのか?」

 

『今それを士道に指示しようとしていたのよ。家を出たら道路を右に一直線に進みなさい。それで四糸乃と会えるはずよ』

 

「了解……」

 

雨の降る中、傘を持たずに家を出た俺は琴里の指示に従って道路の右側に向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……士道、さん……」

 

雨が降る住宅街の中……四糸乃はASTに攻撃されながらも必死に逃げ回っていた。

空間震を起こす現界をすれば攻撃される。それは何時もの事だったが、何時もと違うのは左手に着けた人形……心強い友達であったよしのんがこの場には居ないという事だ。

よしのんが居ればASTの攻撃に晒されても、敵意に満ちた視線を向けられても反撃せずにいられた……でもよしのんの居ない今は限界だった。

攻撃したくないのに……傷つけたくないのに……それなのに相手を攻撃してしまいそうで怖かった。

 

だからだろうか……気づけば、その人の名前を呼んでいた。

自分の事を強いって言ってくれた……よしのん以外に初めて信頼出来そうだったあの人の名前を呼んでいた。

 

でもあの人は自分の味方ではなかった。今も後ろから自分を攻撃してくる人と一緒に何かを話していた。でも……もう四糸乃に取って、それはどうでも良かった……

もし、あの人が自分を攻撃するなら、きっと自分が悪いのだろう。だからあの人の家に向かった。殺されるのならそれでも良いと……

もしかしたらそれはただの勘違いで、自分を助けてくれるのではないかと言う淡い期待も抱きつつ。

 

「あっ……」

 

士道の家まであと一歩……そんな所で四糸乃は濡れた地面に足を取られて転んでしまった。

四糸乃は急いで立ち上がろうとするが……そんな大きな隙を見逃すASTではなかった。

身動きの取れない四糸乃を取り囲んで次々とミサイルを放っていく……それらは霊装を纏った四糸乃に致命傷を与える事は出来ないだろうが、手傷を与えるには十分な量だった。

それを見た四糸乃は目を瞑ってくるであろう衝撃から耐えようして……

 

「はぁぁぁぁぁああっ!!」

 

突如として聞こえてくる掛け声と爆音……

四糸乃が驚いて目を開けてみれば、自分とASTの間に何者かが立っており、自分に迫っていたミサイルは跡形もなく消え去っていた。

その人物はASTと似たような服装に身を包み、長く伸ばした紫髪を三つ編みに纏めている。

そして手に持った剣先を自分ではなくて攻撃してきた者達に向けている……もしかして彼女が自分を助けてくれたのだろうか?

 

なんで私を……

四糸乃がそんな事を思っていると、急に自分に近づいて来た人物に持ち上げられてしまった。そして、自分を抱えたままこの場から逃げるように走り始める。

勿論四糸乃は抵抗しようとしたのだが……

その人物の顔を見て止まってしまった。だってその人は……

 

「……士道、さん……」

 

「遅れて悪かったな、大丈夫だったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫か?」

 

俺は四糸乃がASTから攻撃されていた地点から十分に距離を取った場所に着くと右手に抱えていた四糸乃を丁重に地面に下ろした。

彼女は俺の事を呆然とした顔で見つめている……なんで自分を助けたのか、そう言いたげだ。

やっぱり先日の件で誤解させてしまったのか、そう思いながら俺は苦笑すると腰を下げて四糸乃と自分の顔の位置を合わせる。

 

「悪かったな……先日に誤解させるようなことをして……」

 

「……し、士道、さんは……攻撃、してくる……人達の、仲間……じゃなかった……ですか……?」

 

「違うって言っても信じてくれないかもしれないけど、俺は仲間じゃないよ。先日会ってた折紙とはちょっと特殊な事情があってな……」

 

俺の言葉を信じてくれたのか、四糸乃は安心したような表情を作る。

そして俺へ手を伸ばして……そのまま抱きついて来た。俺もそれに応じるように四糸乃を優しく抱きしめる。

良く見れば四糸乃の顔には涙の跡があった……きっと、よしのんが居なくて涙を流したくなるほど怖かった中、間違ってASTを攻撃しないように一人で必死に恐怖と戦っていたのだろう。

俺はそんな四糸乃を慰めるように、一人で耐えきった事を称えるように、彼女の頭を優しくなでる……そしてポケットの中にしまった物を渡すべく四糸乃に話しかける。

 

「四糸乃……渡したい物があるんだけど……少しだけ目をつぶってくれるか?」

 

なんでっと言いたげに首を傾げる四糸乃だが、すぐに彼女は目を瞑ってくれた。

俺は目を閉じた四糸乃の左手に気付かれないように、そっとよしのんを嵌める。

先日ASTの基地から奪ってきたこの人形……攻撃に晒されたせいか所々壊れていたが、昨日プルルートが修復した結果、新品のように綺麗になっている。

そのよしのんを嵌め終えた俺は四糸乃に目を開けるように合図をする。すると四糸乃はゆっくりと目を開けて……

 

「よしのん……!!」

 

『やっほ!!久しぶりだね、四糸乃。四糸乃には一人で寂しい思いをさせちゃってごめんね。いやーよしのんが不甲斐ないばかりに……』

 

「よしのんは……悪くないよ……」

 

嬉しさのあまり、涙を流しながらも会話を進めていく四糸乃。

その顔は、よしのんを失って絶望しかけていた時からは考えられない程のものだった。

これで一件落着したわけだが……好感度の方はどうなっているのだろう。爆音とかが近くなって来た事を考えると、達していないなら四糸乃を連れてこの場から逃げた方が良い。

俺がそんな事を思っているとインカムから琴里の声が響いてきた。

 

『士道よくやったわ。好感度が封印できる所まで上がったわよ。早くキスして封印を済ませてしまいなさい』

 

軽々しくキスをしろって言うなよ……

普通の人なら短期間に複数の相手とするようなものじゃないんだぞ。

精霊を救うためっという名目がなければ決してできない行為……って言うかそういう名目があっても俺には正直きつい。

でも四糸乃を助けるためにはそんな事は言ってられない。俺は覚悟を決めると正面から四糸乃を見据えて話しかける。

 

「急に話に割って入って悪いんだけど、四糸乃を助けるためにある事をしたいんだけど……大丈夫か」

 

「え……は、はい……私は、大丈夫……です」

 

『なになに~、士道君たら無知な四糸乃に一体何をする気なの?変な事だったらよしのんが許さないんだからねー』

 

「えっと、だな……」

 

どうしよう、よしのんが居るせいで素直に言いにくい。

キスをしてくれなんて言ったら絶対によしのんが突っ込むだろうし、下手をすると攻撃を受けてしまいそうだ。

キスをして霊力を封印してからよしのんを渡せば良かった……少しだけそう思ってしまったが、頭を振って直ぐにその考えを捨てる。四糸乃が悲しんでる姿なんて見たくないからな。

こうなったら腹を括って正直に話すしかないだろう。ちゃんと説明すればよしのんだって理解してくれるはずだ……と思う。

俺が意を決してキスをしてくれ……そう言おう思った瞬間だった。

俺達の方に飛んでくるミサイルが見えたのは……

 

きっとそのミサイルは流れ弾なのだろう。

たった一発のミサイルでは霊装を纏っている四糸乃は傷つかない。そんな事は分かりきっている事なのに気がつけば俺は四糸乃の右手を掴んで投げ飛ばしていた。

そして四糸乃を投げ飛ばしたことで完全に無防備になった俺にミサイルが……

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃は急な浮遊感に襲われていた……よく見れば自分は地面の上を飛んでいた。

士道が自分を投げ飛ばした……そこまでは理解する事が出来たのだが、投げ飛ばした理由が分からなくて四糸乃は困惑してしまう。

士道が自分を投げたのには何かしらの理由があるはずだ……そこまでは考えることが出来たのだが、それ以上は無理だった。心当たりが全くなかった……がその数秒後に四糸乃は理由を知る事ととなった。

 

爆発したのだ。

先程まで四糸乃が立っていた場所が……そして士道の居る場所がだ。

それを見た四糸乃が最初に思ったのは、なんでそんな事をしたのかという事だった。

自分は精霊、ミサイル一つ程度では傷つきはしないのだ。そして人間である士道がミサイルを受けたらきっと……

その事を思うと激しい喪失感が四糸乃を襲った。よしのんを除けば初めての友達になれそうだった、自分に初めて優しく接してくれた人間が消えてしまったのだ。

 

四糸乃がその事実に呆然として、受け身を取ることもせず地面に叩きつけられれた。軽い衝撃を感じたが、霊装を纏ってるせいもあってその程度だった。

四糸乃は今もなお戦闘している。ASTとネプテューヌを見つめる……こいつらのせいだ……こいつらが来たから士道は死んでしまったのだ……

何時も自分を攻撃してくる時は心配していた……でも今はそんな感情なんてなかった。今、四糸乃が彼女らに向けるのは感情はたった一つ……怒り。それだけだ。

 

「よしのん……」

 

『分かってるよ……よしのんもここまで頭にきたのは初めてかなぁ。それじゃあ、四糸乃……あいつらを痛い目にあわせてやろっか』

 

よしのんの言葉にゆっくりと四糸乃は頷く。

自分の命をよりも大切なものを奪った相手だ……手加減してやる必要はない。

だから呼んだ……精霊を精霊とたらしめる。自らの誇る最強の矛の名を……

 

「……〈氷結傀儡〉…………っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「やっかいね……」

 

時間を少し巻き戻して、ネプテューヌは女神化してASTと戦闘をしていた。

先日は直ぐに蹴りが付いたのだが……今回はそうはいかなかった。まあ、それも当たり前の話だろう。先日のASTは偵察も兼ねていたため比較的軽装だったが、今回は精霊を討伐するために重装で来ている。

しかも、先日の戦いで自分には近接攻撃しかない事が知られてしまっているため、ASTは距離を取って攻撃してきているのだ。一応遠距離攻撃手段として32式エクスブレイドがあるのだが、あれは完全にオーバーキルだ。直撃どころか余波だけで相手の息の根を止めかねない。

 

しかし、あくまで相手にするのが厄介なだけで倒せないというほどではない。

飛行性能はこちらの方が上なのだ。相手の攻撃をかわし距離を詰めて一人一人着実に倒していけばいいだけの話だ。

現にASTの半数はネプテューヌによって倒されている。このままいけばASTの全滅させるのに、さほど時間はかからないだろう。

ネプテューヌは飛んできたミサイルをかわして……その先に士道が居るのが見えてしまった。急いでミサイルを迎撃しようとしたのだがすでに時は遅く、ミサイルは士道に当たって爆発してしまった。

 

「士道!!」

 

それを見た折紙は焦ったような声出し士道の元に飛んで行った。

正直に言えばネプテューヌもそうしたかったのだが……それは出来なかった。自分が士道の元に駆け寄ればASTも引き連れてしまうからだ。

士道が無事かどうか気になるが……彼には女神化や治癒の炎がある。ミサイル一発程度では死にはしないだろう。

 

ならば自分にできる事はASTをいち早く倒すだけ。そう自分に言い聞かせながら、相手に剣先を向けようとした時だった……

悪感を感じたのは……

ネプテューヌにはこの感覚に覚えがあった。たしかこれは十香が本気で戦おうとした時と同じもの……そこまで考えが至ったネプテューヌは全力でその場を離れる。

そして彼女が距離を取ってすぐの事だった。

 

「一体なんなのよ、これは……」

 

ネプテューヌの目の前……

彼女が先ほどまで戦っていた場所が冷気のドームによって覆われていた。



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八話

なんで痛みがないんだ……直撃はしなかったみたいだが、ミサイルが至近距離で爆発して痛みがないなんてどう考えてもおかしい。

そんな事を思いながら俺はゆっくりと目を開こうとする。

 

開かれた目に映ったのは、王座ような背もたれに剣の柄が備え付けられた椅子だった。そして俺はその椅子に見覚えがあった。

精霊の持つ最強の矛である天使。その中でも今目の前にあるのは十香の天使である〈鏖殺公〉だった……でもそれは霊力を封印された十香では出すことが出来ないはずだ。

でも目の前に存在する。その事実に驚愕していると、所々に光る膜のようなものをつけた十香がやって来た。

 

「シドー、大丈夫か?怪我はしていないな?」

 

「ああ、助かったよ……でもどうしてこんな場所に居るんだ?って言うかどうして天使を出せるんだ?」

 

「そ、その、最初はシドーに言われた通り避難しようとしたのだが……道に迷ってしまってな。それでシェルターを探していた時に攻撃されているシドーの姿が目に入って……どうにかしようと思って力を入れたら天使を出すことが出来たのだ」

 

「そうなのか……本当に助かった。ありがとうな、十香」

 

十香がいなかったら怪我をするところだったからな……

でもどうして十香は霊装を纏うことが出来たんだ?見たところ完全な霊装ではないみたいだが……

そういえば、前に琴里が精神的に不安定になると霊力が逆流するって言っていたような。

霊装を纏うことが出来るまで霊力が逆流してしまったのか?

後で琴里に聞いてみるか……って琴里からの返事がないな?普通なら連絡をよこすと思うんだが……

そんな事を思っていると、ジェットエンジンによる特有の音が聞こえてきた。一瞬ASTかと身構えるが……俺の方にやって来たのは折紙だった。

 

「士道!?怪我はしていない?」

 

「ああ、大丈夫だ。十香に助けて貰ったよ」

 

「十香に……?」

 

俺の話を聞いた折紙は十香の方をじっと見つめる。

そして見つめられた十香は居心地が悪そうに顔をしかめる。

もしかして、霊力を封印されているはずの十香が霊装を纏っていることが気になっているのか?

すると折紙が口を開いて十香を追及し始めた。

 

「なんで貴方は霊装を纏っているの。士道に封印されたはず」

 

「私にも良く分からん。気がつけばこうなっていたのだ」

 

「理解不能、詳細な説明を要求する」

 

「そんな事よりも、なぜ士道を攻撃したのだ?私が居なければ危なかったではないか」

 

「撤回を要求する。流れ弾でも、私が士道を攻撃するなんてありえない」

 

「でも貴様らの仲間が攻撃したのだろう」

 

はぁ……

なんでこの二人は言い争いを止められないんだろうな。

これでも最初の命の取り合いをしていた時よりは、はるかにましになったとは思うんだが……

もう少し仲良く出来ないものなのかな、と思いつつ口論する二人をひきはがして無理やり口論を止める。

そんな事をしてる状況じゃないからな。

そう思っていると、折紙が俺に近づいてきて……俺の上着のボタンを外した。

 

「お、折紙!一体、何をする気だ!?」

 

「士道が怪我をしていないか、確認する。だから服を脱いで」

 

「必要ないから!俺は怪我なんかしてないから!!」

 

「本人がそう思っていても、重症を負っている可能性がある。知識ある人の診察が必要」

 

「こら!!折紙、やめないか!シドーが困っているではないか!!」

 

「貴方達……こんな場所でなにをやってるのよ」

 

突如聞こえてきた、呆れてような声……

その方向を見れば女神化したネプテューヌがこちらを見つめていた。

ネプテューヌに見られていることを知った折紙は、自分が不利な状況である事を悟ったのか俺の服から手を放すと何事もなかったかのようにその場に立った。

折紙って結構図太い神経をしてるよな……その部分は精霊を攻略するうえで少しだけ見習いたい。

 

「ネプテューヌが此処に来たって事は……ASTは倒し終わったのか?」

 

「残念ながらまだだわ……でも、それどころではない事態が起こってね」

 

そう言ってネプテューヌが指さすのは、いつの間に出来上がっていた冷気による巨大なドーム。

なんでこんなものが出来たのか分からないが……だぶん四糸乃によるものだと思う。

でもそれ以上の事が一切分からない。状況打破のためにラタトスクからの支援が欲しいのだが、琴里からの連絡がない。

なんでだと俺が首を傾げると……ネプテューヌが何かに気づいたかのような声をあげた。

 

「士道、ちょっと待ちなさい。そのインカム壊れてるわよ。たしか……あったわ。予備のインカムよ。これに取り替えなさい」

 

「そうだったのか……ありがとうな」

 

道理でいつまで待っても琴里からの連絡がないはずだ。

俺が今まで耳に付けていたインカムを抜いて、ネプテューヌから渡されたインカムに変える。

すると耳からは琴里の声が聞こえてきた。

 

『士道!?怪我はしてないわよね?』

 

「ああ、大丈夫だ。十香が守ってくれた」

 

『十香が……ああ、霊力が逆流したのね。守ろうとして霊力を逆流させるなんて、あなた随分と十香に愛されているみたいじゃない』

 

「茶化してないで、今の状況を教えてくれ。あのドームは四糸乃の力だと思うんだが……なんであんなことになったんだ?」

 

『たぶん、ミサイルで士道が死んでしまったと勘違いしたんでしょうね。ミサイルが爆発して直ぐに四糸乃が作ってASTを閉じ込めたのよ。難を逃れたのはすでにくたばってた奴と、士道の元に向かった折紙だけよ』

 

やっぱり四糸乃が作ったのか……

たぶんだがあのドームは牢獄……ASTを逃がさない為に作ったのだろう。

凄まじい冷気とそれによって出来た氷のつぶてのせいで中の様子を窺い知ることは出来ないのだが……きっと中では四糸乃とASTが戦闘、いや四糸乃がASTを蹂躙しているだろう。

何時もは相手の心配して逃げ回っていた四糸乃が初めて攻撃に至った原因が俺……それを考えると少し嬉しく思う反面、それをやっては駄目だと思ってしまう。

優しい四糸乃の事だ……頭を冷やした後は攻撃した事に後悔してしまうだろう。四糸乃が悲しむ顔なんて見たくない。

 

「琴里……あのドームの中には入れないのか?」

 

『生身では不可能ね。通り抜ける前に全身が凍り付くか穴だらけになるわよ』

 

「それだったら、わたしが士道を連れてドームに突入するわ。生身で突っ込むよりは遥かにましなはずよ」

 

『それも無謀だって却下したいところだけど……方法はそれしかなさそうね。ちょっと待って頂戴。こちらで士道のダメージが最小限になるルートを調べてみるわ』

 

「話はもう終わったのか?何かやるのなら私も手を貸すぞ」

 

「それは……」

 

十香には申し訳ないけど、不完全な霊装であの中に突っ込むのは危険すぎる。

それに四糸乃は気が強くないから大人数で行ってしまえば混乱する可能性もある。

まあ、今はよしのんが一緒居るから多少なら大丈夫だと思うけど……不確定要素は増やしたくない。

俺が何も役目がないとは言いずらくて口を濁していると、折紙が十香の肩を叩いた後ある場所を指さして話す。

 

「私と一緒に陽動をしてほしい」

 

折紙が指をさす方向には宙に浮いているASTの姿が……

恐らく増援だろう。厄介なところに来たな……彼女達がドームを取り囲んだら下手に突入する事が出来なくなる。

 

「陽動と言っても……私は具体的に何をすればいいのだ?」

 

「私と戦ってほしい。それで増援をこちらに引き寄せる」

 

「そんな簡単なことで良いのか?それならば行くぞ、折紙」

 

「二人共、無茶はするなよ」

 

戦いながらこの場から遠ざかっていく二人にそう声を掛けておく。

すると二人は器用にも戦いながら手を振って返事を返して、増援が来ている方向に向かっていた。

これでASTは十香の方に釘付けになって、こちらの方に来たとしても少数になるだろう。

 

『こちらとしては、十香にはあまり戦ってほしくないのだけどね』

 

「本人がやる気になっているのだし、止めるのは失礼よ。それに十香なら上手い事やってくれるわ」

 

「俺はやり過ぎないか心配なんだけどな……」

 

十香は俺とかがストッパーとして付かないとやり過ぎてしまう癖があったからな。

今回は力が落ちてるし、折紙もいるから大丈夫だとは思うけど……たぶん。

それよりも今は目の前のドームの中の事だ。四糸乃が直接傷つくことはないと思うが……ASTに過剰に報復して心に傷を負ってしまわないか心配だ。

一刻も早くドームに突入したいのだが……もうこの際、後で琴里に尋問されるのを覚悟で俺が女神化して突入するか。

 

『二人とも今計算が終わったわ。今からこちらの指示する通りに動いて頂戴。それともう一つ、ドームの中に入ったら通信は出来なくなるわ。こっちからのバックアップはあまり出来ないから注意しなさいよ』

 

「わかったよ……それじゃあ、ネプテューヌ」

 

「わかってるわ。それじゃあ士道、突入するわよ」

 

ネプテューヌが俺の腹に手をまわして持ち上げる……

そして地面から足が離れた瞬間、ネプテューヌは俺を抱いたまま猛スピードでドームの中に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこんなことになったのだろう?

ASTの隊員の一人はそんな事を思いながら目の前の精霊を見つめていた。

もう体力は限界で身体に力が全く入らないし、呼吸は非常に荒くなっている。

他の仲間達はとうの昔に精霊にやられてしまい気を失っている。この場で意識があるのは、この隊員と目の前にいる精霊だけだ。

 

少し前までは何時も通りの任務だった……現界した精霊に対して攻撃する。

しかし途中からそれは変わってしまった。霊力を一切持たない特殊な精霊、ヴィーナスが乱入してハーミットを守るような行動をしたかと思えば、その守られていたハーミットが冷気によるドームを作ってASTを中に閉じ込めたのだ。

 

弱虫ハーミット……誰が最初にそう言ったのかは分からないが、こちらに反撃することなく逃げ回っているだけのハーミットをASTではそう言って嘲笑っていた。

でも今目の前に居るハーミットを弱虫なんて言うことはとてもじゃないが出来なかった。

ASTを閉じ込めたハーミットは、今までの行動からは考えられない程の熾烈な攻撃をこちらに仕掛けてきたのだ。勿論、ただでやられてたまるかと反撃をしたのだが……その全てが無駄だった。

こちらの弾丸は届く前に全てが凍結させられ当てる事すらできなかった。

そして仲間は一人、また一人として倒れていき……ついにはたった一人となってしまった。

 

戦う力なんて残っていない隊員に精霊はゆっくりと近づいてくる。

一体何をされるのだろうか……そう思うと恐怖で身体が震えてくる。まさか自分は殺されてしまうのではないか。

気がつけば瞳からは涙を流して精霊に許しをこいていた。

 

「いや……死にたくない……許して……」

 

『なに今更泣き言を言っているのかなぁ』

 

突然聞こえてきた声に驚いて周囲を見渡す隊員。

しかし自分とハーミット以外にこの場に意識を保っている人物はいない……つまり今声を出したのは目の前にいる精霊だ。

そこまで理解する事が出来た隊員は精霊に話しかける。

 

「ごめんなさい……許して、私まだ死にたくないの……」

 

『今まで散々よしのん達の事を虐めてきたのに、よくそんな口がきけるよねぇ。それだけならまだ許せたけど、士道君まで……駄目だよ。絶対に許さない』

 

後半からの明らかに怒気の含まれた言葉に、身体が竦んでしまう。

なぜかは分からないが、ハーミットはこちらに明確な殺意を持っている。

もう駄目だ……自分も弱虫と言ってハーミットを嘲笑っていたが、それはただ精霊が自分たちの事を露ほども思っていなかっただけなのだ。

少し本気を出せば自分達の命を容易く奪うことが出来る……精霊とはそんな存在なのだ。

今になってそれを再認識しても……もう遅かった。目の前に精霊は自分の息の根を止めるために一歩ずつ近づいてくる。そしてその手を上げて……

 

「四糸乃!!駄目だ!!」

 

「っ!?」

 

突然聞こえてきた大声と共に誰かが自分を守ってくれた……

それが分かった瞬間気が抜けてしまい意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士道……さん……?」

 

『士道君生きてたなら返事くらいしてよ。よしのん、てっきり死んだものだと勘違いしちゃったよぉ』

 

「十香に助けられて何とかな……」

 

間一髪だった。

もし俺達が到着するのがあと一歩遅れていたら、今ネプテューヌの後ろで気を失っているASTの隊員は無事では済まなかっただろう。

出来ればこのまま平穏に終わってくれるとありがたいのだが……巨大なウサギの氷像に乗っている四糸乃はASTの事を未だに睨み続けている。

一筋縄ではいなかなそうだ。

 

『それで、士道君。目の前に居る紫髪の娘は君の仲間なんだよねぇ』

 

「ええ、そうよ。ネプテューヌって言うわ」

 

『それじゃあ、お願いがあるんだけど、そこを退いてくれないかな……よしのん達、後ろの人にちょっとした用事があるんだよねぇ』

 

「悪いけど退くわけにはいかないわ」

 

そう言い切っネプテューヌと四糸乃達の間には微妙な空気が流れる。

四糸乃達は、俺の仲間だと言ったネプテューヌには襲い掛かるつもりはないようで、今の所はじっとしているみたいだが……視線の先にあるのはASTの隊員の姿だ。

いつ痺れを切らして襲い掛かってくるか分からない。

このままでは不味いと思った俺が二人の間に割り込む。

 

「よしのん!!もうやめろって、俺が生きてたんだからもういいだろ!お前たちが復讐する理由なんてないはずだ!!」

 

『士道君は生きていたのは、心の底から良かったと思ってるよ。でもそれとこれとは話がべつだよ。この人達にはけじめをつけてもらわないとね』

 

「……四糸乃も同じなのか?」

 

「……士道、さんを……傷つ、けようと……したのは、許せません……殺しは、しません……でも……痛い目、にはあって……もらいます」

 

やっぱり無理か……いや、諦めたらだめだ。

四糸乃の説得に失敗したらASTの人達が傷つくのを黙って見るか、四糸乃を止めるために戦いを挑まなければいけなくなってしまう。

贅沢な考えかもしれないが、俺はその両方ともやりたくない。

ASTの人達は俺とはやり方も違うし納得できない部分もある。でも人々の生活を脅かす空間震をどうにかしようと思い必死に戦っている人達なのだ。出来れば傷ついて欲しくない。

四糸乃と戦うことに関しては言わずもがなだ。

 

「四糸乃は人を傷つけるのが嫌だったんだろ!!」

 

「……それでも……許せません」

 

あの四糸乃がここまで固い決意を見せるなんてな。

成長と思えば素直に嬉しいのだが……出来れば別の機会でそれを見せて欲しかった。

しかし本当にどうしよう。このままではASTの人達は追い打ちをかけられだろう。

出来れば四糸乃とは戦いたくはない……でもしたくないって思ってるだけでは何も出来はしない。

やるしかないか……

そう決意した俺は一歩前に踏み出す。

 

「士道?」

 

「ネプテューヌ……悪いけど下がってくれ。俺がやる」

 

「分かったわ……でも怪我をしないようにね」

 

「する気もさせる気もねぇよ」

 

俺の言うことに素直に従ってくれたネプテューヌは宙へと飛び上がり、その場から退避する。

そして俺はネプテューヌと場所を入れ替わるように四糸乃の前に立ちふさがる。

四糸乃はそんな俺の行動に怪訝そうな視線を向ける。

でもそれは当たり前の話だろう。今の俺はASTのように顕現装置を持っているわけでもなければ精霊のような霊装を纏ってる訳でもない……はっきり言えば自殺行為だ。

 

『士道君?もしかしてよしのん達を力尽くで止めるつもりなのぉ?悪い事言わないから、それはやめておいた方が良いと思うよ。士道君じゃ、よしのん達を止める事なんてできないんだしさ』

 

「ここが冷気に囲まれていて助かったよ……ここならバレる心配はないからさ」

 

「士道さん……どうしたん、ですか?」

 

精霊の正面に立つのは自殺行為だ……それが普通の人間だったならな。

あいにく俺は普通の人間とは違うらしい。キスをすることで霊力を封印する力があるし、隠されていた力もあった。

そして……異世界に行ってもう一つの力を手にする事ができた。

でもこの力はあまり使いたくないんだよな……

 

「それじゃあ四糸乃……ちょっとだけ待ってくれよ」

 

俺は四糸乃達にそう言うと自らの力を開放……そして俺は光に包まれて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせてごめんね……これでもう大丈夫だよ」

 

『「…………………………」』

 

二人とも私の姿を見て固まってるね。

でも、しょうがない。多少の面影があるとはいえ今の私は完全な女性になっている。

短く切っていた髪は腰に掛かるくらいに伸びているし、色も変わっている。胸のサイズだって大きくなっているし……これに関しては昔ブランに切れられちゃったんだよね。

まあ、今はそんな話はどうでもいいけど、二人は何時まで固まっているのかな……

私から話しかけた方がいいかな?

 

「えっと……士道さん、は……女性だった……ですか?」

 

『違うよ。きっと士道君は女装癖のある男だったんだよ。あっ!!それとももしかして男装癖ある女の子だったのかな?』

 

「どっちも違うんだけど……詳しい説明は後でするから、出来るだけそう言った事を言わないで貰えるとありがたいかな。そう言う事を言われると変身前の私の心が傷つくんだよね」

 

「わ、わかり……ました」

 

四糸乃が素直に頷いてくれて良かったよ。

最初の方は変身する度に心に傷をつけていたみたいだからね……

なんか変身前の私は、私が女らしい口調と仕草をするのが気に入らないみたいなんだよね……私は別に良いと思うんだけどな。

って今はそんな事よりも四糸乃達だね。

 

「四糸乃……今からちょっとしたゲームは始めない?」

 

「ゲーム……ですか?」

 

「そうだよ。ルールは簡単、二人で戦って最初に攻撃を当てた方が勝ち……そして勝った者は負けた者になんてでも言う事を聞かせられる」

 

それを言った瞬間、四糸乃は驚いたような顔をする。

私が戦うなんて言い出すと思わなかったんだろうね。でもよしのんはそれとは打って変わって、私の方を見て納得したような顔(顔は変わらないので動作で判断)している。

 

『なるほどねー。よしのんは別に良いけど士道……「今は士織って言ってほしいな」うっと、士織ちゃんは本当にその条件で良いのかな。それだと負けちゃったらよしのん達が好きな命令を出せるんだよ』

 

「それで構わないよ」

 

よしのんが嬉しそうな顔(動作で判断)をしてるね。一体私に何をするつもりなんだろう。

まさか今度こそ私を全裸にする気じゃないよね……今の姿だと本当に洒落にならないんだけどな。

でも四糸乃は未だに戸惑っている見たいだ……やっぱり優しい性格の四糸乃じゃ、私を攻撃したASTは攻撃できても、私自身は不可能かな?

 

『四糸乃、よく考えてみてよぉ。よしのん達が勝ったら、士織ちゃんにどんな事でも一回だけ言う事を聞かせられるんだよ。攻撃って言ったて怪我をさせない程度のものにすれば良いだけなんだからさ……ねぇ、士織ちゃん』

 

「それで構わないけど……もしかして四糸乃とよしのんが一人ずつ私に命令するつもり?」

 

『勿論~♪』

 

あははははっ……

負けられない理由が一つ増えちゃったかな。

まあ、よしのんはともかく四糸乃は手痛い命令をしないと思うから大丈夫だろうけど……と言うか未だに気を失っているASTの為にも負ける事は出来ない。

私が負けたら止める事なんて出来ないからね。

でも、その前に四糸乃がこのゲームに頷くかと言う問題があるんだけど……未だに悩んでいる四糸乃によしのんが顔を近づけて何かを語りかけていてる。

なんでかな……よしのんが天使を誘惑する悪魔に見えてきたよ。私の気のせいだと思いたいけど。

 

よしのんが四糸乃を説得し始めて一分くらいかな。ようやく四糸乃が首を縦に振ってくれたんだけど……なんで顔が真っ赤になってるのかな?

よしのんは一体どんな事を言ったんだろう?

 

『それじゃあ、士織ちゃん……よしのん達から行かせてもらうよ!!』

 

そういって作り出すのは巨大な氷の塊、それは私が怪我をしないように配慮しているのか先が丸く潰されている。

その数が一つや二つなら問題はないんだけど……私の目の前にはその塊が何十個も存在している。

この数を飛んで避けるのは難しそうだね。

他の手段としては私の武器である拳銃を使って迎撃するって方法もあるんだけど……これを使う気はない。

これ結構威力が高いから、手加減しても当たったら四糸乃に傷を負わせる可能性があるからね。

 

そんなこんなを考えているうちに氷は出来上がってしまった。

 

『それじゃあ、怪我をしないように気をつけてね!!』

 

そういってこちらに向かってくる無数の氷の塊。

全部が私の方に向かってくるんじゃなくて上手く拡散させている……これだとやっぱり飛んだりして回避するのは難しそうだね。

まあ、はなから回避する気はないんだけどね。

でも同時に負ける気もない……だから私呼ぶ。私に隠されていたもう一つの力の名を……

 

「……〈灼爛殲鬼〉」

 

私がその名を呼んだ瞬間、目の前に炎の壁が出来上がりこちらに飛んできた氷の塊は、私の届く前に溶けて地面へと落ちる。

そしてそれを見た二人は驚愕している……でもどちらかと言うと私が女神化した時の方が驚いてたかな?

この事実で変身前の私が傷つかないと良いんだけどな……

 

『あれれ?もしかして士織ちゃんてよしのん達と同じ存在?』

 

「悪いけど私にも良く分からないんだよね……でも、一応私としては人間のつもりだよ」

 

まあ、女神メモリーを使ったから正確には女神なんだけどね。

それよりもこの力、なんで私が使えるか未だに分かってないんだよね。

分かっている事と言えば、この力は霊力によるもので、十香の使う〈鏖殺公〉と同じで本来は精霊が持っているはずの天使ってことだけ。

イストワールにも調べてもらったけど……流石に異世界の事だから分からなかったみたい。

 

でも、便利な力であるのには変わりないから、神次元での冒険ではとてもお世話になった。

〈灼爛殲鬼〉の持つ力は二つ……自他を癒す青い炎と、全てを燃やし尽くす赤い炎。

この二つでも特にお世話になったのは癒しの炎のほうかな……これのおかげで無茶な訓練を……

って思い耽っている場合じゃなかったね。

 

「それじゃあ今度はこっちから行くよ」

 

私はそう言って小さな炎の塊を無数に作りそれを四糸乃達に目掛けて飛ばす。

それを見た四糸乃達は直ぐに冷気によって防御、その全てがかき消されてしまう……まあ、こうなるのは分かってたけどね。

流石にあの程度じゃ当たりはしないだろう。だったらなんでそんな攻撃をしてのかと言うと……

一言で言えば目隠しのためだ。現に四糸乃達は私の放った無数の火の塊と自らの放った冷気によって私の居場所を見失っている。

 

『士織ちゃん?どこに行ったのかな?まさか逃げ切れるなんて思ってないよね?』

 

「大丈夫だよ!思ってないから!!」

 

「っ!?」

 

四糸乃達の真横まで移動した私は〈灼爛殲鬼〉の炎を背中から噴出して一気に四糸乃の元に近づく。

四糸乃達は直ぐに氷の礫で迎撃しようとするが……その全ては私が身に纏う炎によってかき消される。そこでよしのんはあちゃっと言ったような動作をした……

よいのんには気づかれてしまったみたいだね。

 

実を言うとこの勝負、私がかなり有利に出来ている……だって四糸乃の氷による攻撃は炎で溶かせば良いだけだもん。相性が悪すぎたって話だね。

まあ、四糸乃が私を殺すつもりで本気で攻撃をすれば話は別なんだろうけど……

 

そんな事を考えているうちに四糸乃はすでに目と鼻の先、私は四糸乃の頭に右手を近づけて……

 

「えいっ!!」

 

「い、痛い……です」

 

デコピンをした。

でもちょっと力を入れ過ぎたかな?四糸乃が涙目になってる。

霊装による防御を抜くためには多少の力が必要だったんだけど……やっぱりこういった微妙な力加減は難しいな。

ともかくこれで私の勝ちだ……私は四糸乃に勝者と特権として命令を下す。

 

「それじゃあ、四糸乃……ASTに対する攻撃はやめてね」

 

「は、はい……わかり、ました」

 

『やっぱり士織ちゃんはその命令をしちゃうんだ。もうちょっと面白い命令とか考えつかなかったのかな?それじゃあ、つまらないよ』

 

「それじゃあ、よしのんには別の命令を下そうか?四糸乃にはしたけど、よしのんにはしてないから問題ないよね」

 

『ありゃ!?よしのんとしたことが藪蛇だったよ!』

 

頭を抱える動作をするよしのんを見て私はクスクスっと笑う。

なにはともあれこれで解決……はしてないか。

まだ四糸乃の霊力の封印が終わってないし、なんで四糸乃がこんな事をしようとしたのか聞いていない。

 

よしのんはただの報復だと思うけど……優しい四糸乃があんな行動に出るなんて普通は考えれない。

私は四糸乃を真っ直ぐと見据える。彼女は私を不安そうな表情で見つめている。

この顔……前も見たことがあったな……と少し前の事を思い出した私はあの時と同じように四糸乃の頭を優しく撫でながら語りかける。

 

「四糸乃……なんで私が生きてるのが分かっても報復しようとしたの?教えてくれないかな?」

 

「……ダメ……だと、思ったんです」

 

「ダメ……?」

 

一体何が駄目なのだろう?

私には四糸乃の言う駄目が何かが分からなかったので……彼女に話の続きを促した。

 

「士織さんは……私を、強い……って言って、くれました……でも、そんな事……なかったんです……だから、よしのんも……失って……士織さん、にも……危険な目に……今の、私じゃ……ダメだと……思って」

 

「それでASTを襲って……」

 

「本当……いやで、した……でも、我慢……しないと……また、二人が……消えて、しまいそうで……また……一人になるって思って……それ以上に、二人が……酷い目に会うのが、嫌で……だから変わろうと、思って」

 

「そうだったんだ……ごめんね、寂しい思いをさせてしまって」

 

四糸乃はきっと自分なりに変わろうと思ってあんな行動に出たのだろう。

間違っていたのかもしれない……だってASTを倒したら四糸乃の危険度が跳ね上がるだけ。今までより熾烈な攻撃をASTがしてくる可能性がある。

でもそこを知らない四糸乃は……ASTを倒せば……こいつらが居なくなれば私もよしのんも傷つく事はない……そう思ったんでしょうね。

 

「士織、さん……私……間違って、ましたか?」

 

「四糸乃の自分を変えようとした意志は間違ってないよ。ただ手段をちょっと間違えちゃっただけ……だからさ、今度からは二人で……いやよしのんも入れて三人で考えていこう」

 

一人で間違ってしまうのなら二人で考えれば良い……それでも間違えてしまうのなら三人で考えれば良い……

それは人間に取っては普通の事でも精霊である四糸乃となると話は別になってくる。

でも私はそれを可能とする手段がある。

 

『話に水を差すようで悪いんだけどさ……どうやって四糸乃と一緒に考えていくの?よしのん達は時間が立つと消えちゃうんだよ』

 

「それを解決する方法はあるんだけど……四糸乃、キスって知ってる?」

 

「えっと……すいません。分かりません」

 

『ちょっと、士織ちゃん。四糸乃に変な事を教える気じゃないよねぇ』

 

「勿論違うよ。ただ私には唇を互いに合わせると……っ!?」

 

私は思わず口を止めてしまった……理由は簡単、四糸乃が唇を突き出して私の唇を塞いでしまったからだ。

そしてその瞬間、私の中に何かが流れ込んでくるのを感じると共に、くっついたままの唇をそっと放す。

 

「これで……良いん、ですか?」

 

「う、うん。これでもう大丈夫だよ」

 

私と四糸乃が見つめ合っていると、乗っていた氷像が壊れ、ドームも薄くなり始めた。

このままだと琴里にバレる……そう思った私は慌てて変身を解除をするとともに、四糸乃が落ちた時に怪我をしないようにしっかりと抱きしめる。

女神化の事が琴里に知られたら、私は大丈夫でも変身前の私の心がへし折れる可能性があるからね。

後は事は変身前の私に任せることにしよう。

 

私は力を抜いて……いつも通りの男の姿に戻った。

 

「っと、怪我はしていないよな?四糸乃」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

俺は両腕抱えた四糸乃をそっと地面へとおろす。

その最中に俺はある事に気付いてしまった……そう四糸乃の服が光の粒となって消えて言っているのだ。そういえば十香の時もそうだった。

このままでは四糸乃を真正面から見れなくなると思い、上着を抜いてそれを四糸乃に差し出す。

 

「こ、これ!これを来てくれ!!」

 

「?わ、わかり……っ!?」

 

俺に言われて自分の状態に気づいたようで、四糸乃は俺が出した服を直ぐに手に取った。

そして四糸乃から大丈夫と言われたので背けていた顔を元の位置に戻すと、そこには顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうな四糸乃の姿があった。

なぜだろう……何も悪いことはしていないはずなのに罪悪感で押しつぶされそうだ。

 

『四糸乃をあんな早業で全裸にするなんて……っ!!そんな技術一体どこで覚えたのぉ』

 

「脱がせてないから!!だた、霊力を封印したから霊装が消えただけで……」

 

「……封印?」

 

四糸乃が首を傾げてこちらを見つめている。

後で四糸乃には今の状態がどうなっているかちゃんと説明しないといけないな。

でもこれで一件落着だろう。途中から色々と不安を感じる出来事はあったけど……こう、無事に四糸乃の霊力の封印に成功したんだし良かったことにしよう。

 

「士道、無事に封印に成功したみたいね」

 

「ネプテューヌか……十香の方はどうなってるか分かるか?」

 

『それなら心配しなくていいわよ。ついさっきこちらで回収したわ。貴方たちもこっちで回収するからその場で待機して頂戴』

 

「了解」

 

通信が回復したのか、インカムから再び聞こえてきた琴里の声に従って、その場で待っていると一瞬の浮遊感を感じた後、フラクシナスの艦橋に立っていた。

いきなり風景が変わったせいで四糸乃は非常に混乱しているが……それをよしのんが宥めている。

この二人には此処の事も説明しないといけないんだよな……艦長席を見れば琴里が清々しい顔で親指を立てていた。俺に説明をしろって事なのだろう。

 

これはばっかりは専門のスタッフにやらせた方が上手くいくのではと思いつつ、俺は二人で話し合っている四糸乃達の元に近づくことにした。



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エピローグ

「ほらー、ご飯だぞ」

 

俺はそう言って猫缶を乗せた皿を床に置くが、猫は俺を警戒して一切近寄らない。

俺がそんな猫の様子に苦笑しながら、距離を取ると猫はようやく皿の方へと近寄り、過剰じゃないかって思うくらいエサの匂いを嗅いだ後、ようやく食べ始めた。

 

目の前でエサを食べる猫は先日ネプテューヌが捕まえて猫で、名前はイディと名付けられたんだが……

この猫、すごく警戒心が強いんだよな。毎日のように世話をしている俺ですら身体に触れることはできない。唯一触れられるのはネプテューヌだけだ。

彼女には懐いている……と言うよりは攻撃されてもネプテューヌが執拗に迫っていたので、猫の方が諦めたと言う感じだ。

あの執念深さはすごかったからな。

 

俺は執拗に迫っていたネプテューヌとそれから逃げる猫の光景を思い出しながら朝食の準備の取り掛かる。

そう言えば四糸乃は今頃何をしてるんだろうな……今はまだ朝早いし寝ているかもしれないか。

四日前に霊力を封印したっきりで一度も会えてないからな……少しだけ不安になってくる。

よしのんも居るから大丈夫だとは思うけど、検査で動揺して霊力が逆流しないといいんだが……

 

ピンポン!!

 

鳴り響くチャイムの音。

一体誰が来たんだ?こんな朝早く何の用事があって家に来たんだ?

心当たりがあるのは……折紙くらいか?でも今までこんな朝早く来たのはなかったはずなんだけどな……

何時までも外で待たせる訳にはいかないので、俺は急いで玄関へと向かって鍵を開けて扉を開けた。

すると、扉の目の前には……

 

「四糸乃……?」

 

「おはよう……ござい、ます」

 

『やっほー、士道君久しぶりだね。元気にしてた?』

 

「ああ、元気にはしてたけど……」

 

俺はそう言いながらワンピースを着た四糸乃達を見つめる。

この二人が家の前に居るってことは検査はもう終わったのか?

ってことは……まさか十香みたいに住む場所ができるまで家に一緒に暮らしますってことじゃないよな。

四糸乃には悪いけど、それだけはやめてくれ。最近はラタトスクによる十香を使ったトラップで精神をすり減らしているのに、それに四糸乃まで加わったりしたら……

その先は想像したくなかった。そうなったらもう士織モードになって日常を過ごすかな……

なんて現実逃避をしていると四糸乃の後ろに琴里が現れた。

 

「琴里……どう言う事か説明してくれるか?」

 

「別におかしなことなんて考えてないわよ。ただお隣さんになるんだから挨拶をしに来ただけよ」

 

「お隣さん……?」

 

何を言ってるんだ?

隣は空地のなんだから……………あれ?

なんでいつの間に巨大なマンションが建っているんだ。俺、工事中の現場とか見た覚えがないんだが……いや、少し落ち着くんだ。

少し前に琴里が空間震で破壊された街は自衛隊の復興部隊が顕現装置を使って一晩で修復してるって言ってたじゃないか。

だったらきっと、今目の前にあるマンションはその技術を使って一瞬で作ったものなのだろう。

 

「住居が出来たって事は……十香もこれからはそこで暮らすのか?」

 

「ええ、その通りよ。明日からこの家で過ごして貰うわ。十香の精神は安定してるけど……一度霊力を暴走させたら普通の家では危険すぎるもの」

 

「普通の家って……このマンションは何か違うのか?」

 

「普通なのは見た目だけよ。物理的強度は数百倍にしてあるし顕現装置も搭載してあるから霊力的な防御もばっちり施してあるわ」

 

下手な要塞よりも頑丈になってるのな……

何かあったら、シェルターに逃げ込むよりも此処に逃げた方が安全そうだ。

それと普通の家は危険って……俺達の家で一緒に過ごしていたのは大丈夫だったのか?

まさか俺の知らぬ間に家が改造されているってことは……ありえそうだな。今までのラタトスクの行動を踏まえるとそう思わざるを得ない。

 

俺が我が家の事を怪訝そうに見つめていると、四糸乃が俺に声を掛けてきた。

 

「士道……さん、これから……よろしく、お願い……します」

 

「ああ、よろしくな四糸乃」

 

そう言いながらゆっくりと伸ばされる四糸乃の手を、俺はしっかりと握りながら返事を返す。

すると四糸乃は嬉しそうに笑ってくれた。

その顔は何にも代えがたいもので……今までの俺の苦労が報われるような笑顔だった。

きっとこれから四糸乃は笑顔を見せてくれる機会は多くなるはずだ……だって、もう四糸乃を攻撃する存在はいないんだから。

 

どうかこれからは彼女が笑顔でいられますように……俺は心の中でそう祈った。




投稿が遅れてしまいすいません。
次の話は番外編で、超次元での話と、士道と十香の出会いに関するお話を予定しています。


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番外1

「これで……溜まってた分は終わりか?」

 

「はい、これで溜まっていた書類は全て終わりました。士道さんには申し訳ありません。本来はネプテューヌさんのお仕事なのに、お手を煩わせる事とになってしまって」

 

「俺の好きでやってるから気にしなくて良いよ」

 

俺はそう言って机の上に置いていたお茶に口に入れる。

今日は土曜日。

学校は休みの日なので、超次元の方に遊び――いや、ネプテューヌがため込んでいた仕事の処理をするために来ていた。

朝早くらからこちらに来て仕事をしていたのだが、ネプテューヌのため込んでいた仕事が多すぎたためか、正午近くまで時間がかかってしまった。

ネプテューヌの奴、どれだけ仕事をため込めば気がすむんだよ。

 

心の中でネプテューヌに愚痴りながら、俺は処理の終わった書類を片付けるイストワールの姿を見つめる。神次元のイストワールと同じで超次元のイストワールもプラネテューヌの女神の補佐をやっているのだが……超次元の方が身体が大きく、また性能も高いらしい。

神次元の方が気にしてるから口に出して言わないけどさ。

 

「本当に助かりました……高校を卒業したらこちらに就職しませんか?出来る限り好待遇でお迎えしますよ」

 

「それも考えたんだけど……神次元の方がな……」

 

まだ琴里にも言ってはいないのだが、俺は高校卒業、もしくは大学を卒業した辺りでこちらの方に就職することを考えている。

理由は簡単で、女神メモリーを使い女神となった俺は歳を取る事が出来ない。そんな状態であちらで就職しても最初の方はいいが歳を経る度に怪しまれていくだろう。

だったら最初からこっちで就職してしまった方が良いと言うわけだ。

もちろんそれは超次元の教会での事も頭には入れたんだが……神次元の方が気がかりで今のところはそちらに就職する……っていうか女神ブルーハートとして過ごす事になるんだろうな……

 

そう考える大きな理由としては、ネプテューヌもプルルートも等しく仕事へのサボり癖があるのだが……超次元の方にはそれをフォロー出来る女神候補生のネプギアがいる。

一方の神次元の方にはもう一人女神がいるののだが……彼女にはネプテューヌやプルルート以上に仕事に関することには期待できない。その結果、神次元ではイストワールたった一人がプルルートのフォローをする結果となっている。

それじゃあ気の毒だから俺は神次元の方に行くことを考えている。

本当はネプテューヌやプルルートが仕事してくれるのがいいんだけどな……

 

そんなことを思っていると俺の返事に首を傾げていたイストワールが、はっと思いいたったような顔になった。

 

「それでは仕方ありませんね……ネプテューヌさんのサボり癖がどうにかなると良いのですが……」

 

「それは無理だと思うな……ほら、三つ子の魂百までって言うじゃないか」

 

「はぁ……」

 

重々しいため息を吐くイストワール。

日ごろから苦労してるんだろうな……神次元でも似たようなものだったし。

イストワールは全次元共通で自国の女神について頭を抱えなければいけないのだろうか?

少し失礼だがそんなことを思ってしまった。

それはともかく、俺が一息つこうとお茶に手を……

 

「二人とも私を無視して話を進めないでよ!っていうか終わったならこれを解いてくれても良いじゃん!!」

 

声のする方向を向けば、そこには両足と腹を縄で椅子に縛り付けられているネプテューヌの姿があった。

なぜ彼女がこんな姿になっているのかと言うと……

俺が教会を訪れた時仕事から逃げ出そうとしているネプテューヌと遭遇、毎度の事なので手早く捕獲してイストワールに手渡し、また逃げ出さないように縄で椅子に縛り付けていたというわけだ。

 

「いーすん、これ早く解いてよ。足とかの縄が結構きつくて、足がしびれちゃいそうになってるよ」

 

「今解きますから少しじっとしていてくださいね」

 

そう言ってネプテューヌの縄を解きに始めるイストワールだが……思いのほか解くのに苦戦しているようだ。

それを見た俺を慌てて解く作業に参加したのだが……縄で縛った本人が言うのもあれだが、相当頑丈に縄が絞められている。縛る時に強く絞め過ぎたのかもしれない。

それから暫くの間は悪戦苦闘し……数分もの時間を要してようやくネプテューヌを縛る縄を解く事に成功した。

 

自由の身となったネプテューヌは椅子から飛び上がって、身体をほぐすように動き回っている。

 

「ふー、ようやく自由の身になれたよ。それにしたって、わたしを縛り付けることはないじゃん。なんでこんなことをするの?」

 

「ネプテューヌさんが何時まで経ってもお仕事をしてくれないからですよ。日頃からちゃんとお仕事をやってくれるのであれば、このようなことはしません」

 

「だって、仕事とかめんどくさいしー。ゲームとかしてた方が楽しいしー」

 

「女神がそれでいいのかよ……」

 

「いいの、いいの。そこら辺を含めて女神って認めて貰っているのが、わたしって女神だからね」

 

そこを言われてしまうと痛いんだよな……

実際に、どれだけネプテューヌが仕事をサボっていても最低限のシェアの確保は出来てるわけだし。それにイストワールの話だと、転換期となっている今、一番その被害が少ないのがネプテューヌが統べるプラネテューヌらしいからな。

たぶん普段がどん底だから、悪い噂がたってもこれ以上下がらずに済んでいるだけなんだろうけど。

 

「だからといって、サボっていも良い理由にはなりません。そんな事を言うのでしたら今から説教を……」

 

「冗談!冗談だから!!説教だけは勘弁してよ!今は仕事をして疲れてるんだよ!そんなところにいーすんの説教まで喰らったら、わたし倒れちゃうってば!!」

 

そう言いながら必死にイストワールに許しを請うネプテューヌ。

それはもう必死で……そうする気持ちは分からなくない。イストワールに説教された後のネプテューヌは顔をげっそりとさせて痺れた足を抱えているからな。

でも、そもそもネプテューヌが真面目に仕事をやっていればイストワールも怒ることはないので、自業自得なんだけどな。

 

「イストワール様、大丈夫でしょうか?」

 

「は、はい。入ってきても大丈夫ですよ」

 

扉をノックした後に聞こえてくる声、イストワールが許可を出すと、協会の人が部屋の中に入ってきた。

それを見てほっと一息を吐くネプテューヌ……イストワールの説教から逃れられたと思って安堵しているみたいだな。

そしてそのままこっそりと抜け出そうとしていたので……俺が捕まえた。

 

「ねぷっ!?士道、放してよ!後でプリン買ってあげるからさ!!」

 

「それで買収されるのはお前くらいだからな……それと放しても良いけど、逃げた後が怖いぞ」

 

「そ、それは確かに……うぅぅ、分かったよ。大人しく説教を受ければいいんでしょ……」

 

ネプテューヌはどこか諦めたような顔してその場に正座をする。

覚悟を決めたみたいだな……そんなネプテューヌの元に教会の人から話を聞き終えたイストワールがやってくる。

そしてイストワールがその口を開き……

 

「ネプテューヌさん、その覚悟は結構ですが説教は後回しです。急用が出来ました」

 

「た、助かった……でも、何があったのいーすん」

 

「それなんですが……ベールさんがこちらを訪ねてきたようで……」

 

ベール……たぶん俺の良く知っている方じゃなくて超次元のベールだよな。

一体何の用なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ……俺も一緒に行っていいのか?」

 

「大丈夫だって、一応士道もプラネテューヌの女神でしょ。だったら一緒に居ても何も問題ないじゃん」

 

「異世界のっと前置詞に付きますけどね。ただ、私も一緒に居るのは問題ないと思いますよ。ネプテューヌさんだけでは話がこじれるので……」

 

「そうそう、わたし一人だけだと……あれ?なんか今すごく失礼な事言われてない……」

 

「ネプギアがいるだろ?」

 

「ネプギアさんはネプテューヌさんには甘くて……」

 

「そういえばそうだったな……なんか、ごめん」

 

「い、いえ……士道さんが悪い訳ではないのでお気になさらず。全ての元凶はネプテューヌさんですので……」

 

「なんかわたしが悪者にされてる気がするよ……うぅぅ、どうして二人とも私に厳しいのさ」

 

だって、俺やイストワールが厳しくしておかないと、ネプテューヌがダメ人間になりそうで怖いんだよ。他の人達は基本的にネプテューヌの事を甘やかすからな……

仕事を少しでもやってくれるのならイストワールも怒ったりしないのに……

ってそんな事を思ってる間に客間の近くまで来たみたいだな。

 

「そういえば、ベールってこの部屋で一人で待ってるのか?」

 

「いえ、ネプギアさんが気を利かせてネプテューヌさんが来るまでの間、代わりに対応をしてくれているみたいです」

 

「流石ネプギア!!私も姉として鼻が高いよ」

 

此処に来るまで少し時間が掛かったからな……一人で待たせてないか心配になったよ。

でもネプギアがベールの……あれ?この状況ってすごくやばくないか?

いや、待て待て、確かに神次元でのベールはネプギアを妹にしようと執拗に迫っていたけど……それが超次元のベールも同じだとは限らないはずだ。

それならネプテューヌが急いで止めようとするは…………なぜが、すごく不安になって来た。

一応確認をしておこう。

 

「ネプテューヌ……こっちのベールは大丈夫なんだよな?」

 

「へぇ?一体なんの話?」

 

「いや……神次元のベールみたいに、ネプギアを妹にしようとしてないのかと思ってな」

 

「…………………ま、不味いよ、士道!!このな呑気に歩いてる場合じゃなかったよ!!早くしないとネプギアがっ!!」

 

どうやら大丈夫ではなかったようだ。

俺の話を聞いて固まったネプテューヌはほどなくして再起動。

非常に慌てた様子で客間の前に行くと、扉を蹴飛ばす勢いで開けるとその中へと入っていく。

 

急いでその後を追ってやってきた俺達も部屋の中に入ると……そこにはベールの胸に寄り掛かっているネプギアの姿が……

取りあえず……すごく幸せそうな顔をしてるな……

 

「あーっ!!ネプギアは私の妹なんだからダメなんだってばっ!!」

 

「あらあら、ネプテューヌ。もういらしてしまいましたのね。もう少し遅く来られても良かったのですのに……」

 

「いいから、ネプギアを早く放せ!!」

 

「わたくしは別にお放ししても良いのですが……ネプギアちゃんがですね」

 

そう言いながらベールはネプギアを抱きかかえていた両手を放して自分が無理やりやっているのではないと示す。実際にネプギアはベールの胸に寄り掛かったまま離れようとはしない。

まあ、あんな幸せそうな顔をしてたんだから当たり前の話だよな……

でもネプテューヌは違ったようでネプギアを信じられないような目で見つめる。

なぜ自分を裏切ったのか……そう言いたそうな顔だ。

 

「ネプ……ギア?」

 

「ご、ごめんね、お姉ちゃん……でも抗えないの、身体が言う事を聞かなくて……」

 

「うがぁぁっ!!もう、こうなったら実力行使だよ!ネプギア、お姉ちゃんが助けるから待ってってね!!」

 

そういってベールに目掛けて突撃を始めるネプテューヌ。

でも女神化していない状態じゃ……

すると案の定、ベールに足払いをくらって、すッ転んでしまうネプテューヌ。そして頭からベールの胸にダイブ……

 

そこまで見た俺はネプテューヌ達の方から顔を逸らした。健全な一人の男性としてこれ以上は見ていられない……

 

「もしかして、ネプテューヌもわたくしの胸に寄り掛かりたかったのですか?仕方がありませんわね」

 

「ねぷっ!?誰もそんな事を言ってないよ!!放して……ふぁ……」

 

「ふふふっ、その割には幸せそうな声をあげてますわよ。そうですわ!ネプギアちゃんを妹として御貸しいただけるのでしたら、好きなだけ寄り掛かってもよろしくてよ」

 

「そんな……わたしが承諾すると、思ってるの……ベールの胸なんかに、負けないもん……ふぁ……」

 

颯爽とネプテューヌが負けフラグを立てたよ。

しかも言ってるそばから幸せそうな声をあげてるし……数分後には負けを認めたネプテューヌの姿が拝めそうだ。現に「一週間でよろしいのですのよ」っとベールに囁かれて悩み始めている。

しかし俺の予想は外れる事となってしまった。

 

「皆さん?」とこみかめを引きつらせたイストワールが静かで――それでいてドスの効いた声を放ったからだ。

その効果は絶大でベールの胸に寄り掛かっていた二人は一瞬で離れ、ベールも姿勢を正す……そして全く関係ない俺も姿勢を正すことなった。

いや、だって滅茶苦茶怖かったんだから仕方ないだろ。

 

「まったく……それでベールさんはどんな要件でいらしたのですか?まさか、ネプギアさんを妹にするため……という理由ではありませんよね」

 

「あわよくば……と思っただけですわ。本当の理由は別にありますわよ。早速説明をしたいのですが……そちらの方は……………………ああっ!!あの時のネプテューヌと一緒に行動していた……女性?ですわよね?」

 

「ごふっ!!」

 

や、槍が……こ、言葉の槍が……!!

いや、これはきっと俺の女神化を一度見ているから俺を女性と勘違いしただけなんだ。俺が女顔をしてるって事ではない。絶対にそうに決まっている。

だから俺を女性って……でも完全な男顔だったら間違えないよな……

やっぱり俺って女顔してるのかな……学校で流行ってる腐カップルでは俺が受けになってるし……

もういやだ……

 

「ベールの渾身の一撃、効果は抜群だ。士道は力尽きてしまった。」

 

「お姉ちゃん、変なナレーション入れてる場合じゃないよ!士道さん、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫……なのかな?」

 

「士道さん、血!!目から血を流してますよ!!」

 

はっはっは……

これからは殿町の事を何も言えないな……

でもそんな事なんかどうでもいいや……すべてがどうでも良くなってきた。

 

「えっと……ネプテューヌ、わたくし何か失礼な事を言ってしまったのでしょうか?」

 

「失礼ってもんじゃないよ。士道は、ああ見えて……っと言うか見た通り男だよ」

 

「ええっ!!……ですが先日女神化をしていましたわよね。わたくしてっきり女性かと……」

 

「士道は男だけど女神化出来る非常に稀な存在なんだよ。いいから早く士道に謝って来た方が良いと思うよ」

 

「そですわね。あ、あの士道さん?もうしわけありませんわ。女顔でしたのでつい……」

 

「女顔……」

 

「ああっ!!駄目ですよ、ベールさん!!女顔って言ったりしたら……」

 

「ふふふっ……ふはははっ……もう、死のう……」

 

「ど、何処からナイフを出したんですか!って言うかそれを手放してください!!お姉ちゃん!!ベールさんも手伝ってください!!このままだと士道さん自殺しちゃいますよ!!」

 

「ねぷっ!?士道が血迷った!!……って何時もの事なんだけどね。ほらベール突っ立てないで士道を止めに行くよ」

 

「え……ええ、分かりましたわ」

 

「はぁ……本題はいつになったら説明できるのやら……取りあえず微力ながら私も力添えさせてもらいますね」



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番外2

海とはとても広大なものだ。

そんな海を眺めていると、自分の悩みなんかちっぽけに見えてどうでも良くなってくる。

そんな言葉は一体だれが言い出したのだろう。でもきっとこの言葉は誰かの体験に基づいて言っているのだろう。そしてその思いは俺は同じだ……

 

だから今俺の目から流れ出ているのは断じて涙なんかじゃない……これは汗だ。

俺が今うずくまっているのも心に傷を負ったからではない……これは立ってるのが疲れから休憩をしているだけなんだ。

だから俺は決して傷なんて負ってない……追ってないんだ。

だってもう言われ慣れているだろう。何回初対面の人に驚かれて罵倒されたと思ってるだ。

そうもう慣れたんだ……慣れたんだ!!

 

「おい。どうすだよ、これ」

 

「な、なんで、私に聞くのよ」

 

「こうなってんのは、テメェが原因じゃねぇか!」

 

「なんで私のせいになってるのよ!貴方が男装癖って言ったのが原因じゃない!!」

 

「はぁ!?テメェが変態って罵倒してのがトドメになったんじゃねぇか!人のせいにすんじゃねぇよ!!」

 

男装癖……変態……

ふふふっ……俺はその程度じゃ傷つかないよ……

さっきから汗が止まらのは、暑さのせいに決まってる……

 

「二人とも、喧嘩するのは勝手ですけれど、士道さんをより傷つけてますわよ」

 

「もう、ノワールもブランもそんなこと言ったらダメなんだよ。士道はそういった事を言われる度に心が傷ついているんだから。この前だって枕元を涙で濡らしてたんだからね」

 

「っんなこと、言われてもしょうがねぇだろが。こっちは今まで女だと思ってたんだよ」

 

「私だってそうよ。話を聞いただけだったから、戦う際に女装する趣味があると思ってたのよ」

 

「それでもダメだってば。ノワールやブランで例えると、ボッチや貧乳って言われるくらいに嫌な事なんだよ」

 

「誰がボッチよ!!」

 

「おい、今わたしの事を貧乳って言いやがったな、テメェ!!」

 

「ふ、二人して詰め寄ってこないでってば!!」

 

「一応、どちらが言われてるか自覚はありますのね」

 

「「なんか言った(か)!?」」

 

「いえ、なにも……」

 

「ふぅ……二人の意識がベールに向かってくれて助かったよ。ほら、士道もそんなところでへこたれてないで、早く女神化か自己暗示付きの女体化をした方が良いと思うよ。しないと心が傷つくだけだしさ」

 

それは……そうなのかもしれない。

心が弱っていたからか、ネプテューヌの意見に素直に頷いてしまった俺は自己暗示を掛けると共に全身の力を抜いた。

すると私は髪は一瞬で伸びて……姿が女性のものへと変わった。

ふぅ……この状態になら普通に話せそうだね。私は立ち上がってネプテューヌの方に向き直る。

 

「ネプテューヌ……言っておくけどこれってただの誤魔化しにしかならないからね。自己暗示が解けたら傷ついたままだからね」

 

「そうだったの?って言われて見れば女体化が解けた瞬間、傷ついてた事があったね」

 

まあ、自己暗示って本当にただの誤魔化しだからね。

言ってしまえば夢を見ている状態に近いのかな。だから自己暗示が解けて現実を目にすれば傷ついてしまう……なんか自分の事を言ってるのにかなり手ひどい内容になってるね。

 

「…本当に女性になったわ」

 

「ネプテューヌから話だけは聞いていましたが……」

 

「実際に見た、今となっても信じられないわね」

 

そんな事言われてもなってしまったんだから、しょうがないんだけどね。

一応イストワールに調べて貰ったんだけど、男性で女神メモリーを使った人は今までいないみたいで……つまり私が初めての例で良く分かってないみたい。

まあ、女神メモリーなんだから当然なのかもしれないけどね。

それなのに使った私って……まあ、傷はついているけど後悔したことはないんだけどね。

力を欲して、それを手に入れたのは事実だし。

 

「姿が女性になるのは理解出来たわ……けれど口調まで変わってるのはなぜ?」

 

「さっきも言ったけど自己暗示を掛けて、女神化した時の性格を再現してるだけだよ。だから自己暗示が解けるとさっきと同じ性格になるんだ。最初は自己暗示なしでやってたんだけど……公務の時に支障が出てね」

 

「えっと……つまり女神化すると、自然とその性格になるのですわよね」

 

「そうだよ。例を上げるとネプテューヌみたいなものかな」

 

「「「あー」」」

 

「そこで納得されると、わたしとしては微妙なんだけどな……まっ、別に良いっか。それよりもベール、ここに連れて来られた理由を教えてもらってないんだけど、そろそろ教えてもらえないかな?」

 

「そういえば、私も聞いてなかったわね。理由を教えてもらえるんでしょうね。くだらない理由だったら承知しないわよ」

 

「…わたしも教えてもらいたのだけれど」

 

そう言われてみれば私も聞いてなかったね。

今、私達は船の上に居るんだけど……ベールには手助けした欲しいとしか言われてないんだよね。

そろそろ、教えて欲しいんだけどな……言ってくれないと何をすればいいか分からないしね。

するとベールは観念したように語り始めた。

 

「それがですね……最近になってこの辺りの海域でモンスターに襲われる事例が増えてきてるのですわ。それで皆さんに協力してもらえないかと……」

 

「…それなら貴方が対処すれば良いだけだわ」

 

「私達まで呼ばれる理由が分からないわね」

 

そうだよね……

ベール一人で荷が重いなら国を動かして対処すれば良いだけの話で……わざわざ他国の女神まで呼ぶ理由にはならないんだよね。他に理由でもあるのかな?

でも思いつく限りにそんな事なんてないし……本当になぜなんだろう。

 

「皆さん、今がどういった時期が知っていますでしょう?」

 

「ほえ?今なんかあったけ?」

 

「ネプテューヌ……忘れたの?今は転換期なんだよ」

 

私の声にはっとしたような顔になるネプテューヌ……本当に忘れてたんだね。

一応かなり重大な問題だとイストワールが言っていた思うんだけどな……今後、プラネチューヌは大丈夫なのか心配になって来たよ。

まあ、その分ネプギアがしっかりとしているから大丈夫なんだろうけどね。

ともかく、みんなにジト目で睨まれたネプテューヌは慌てて取り繕い始める。

 

「も、もちろん覚えてたよ。ただちょっとふざけてみただけで……冗談、これは冗談なんだよ!!」

 

「今更繕っても手遅れですわよ」

 

「本当に貴方は……まあ、ネプテューヌは何時もの事だからどうでも良いわ。それよりも問題は私達なんで呼んだかって事よ」

 

「…それも大体わかったわ。要するに内密に処理したかったのでしょう」

 

ああ……なるほど。

ブランにそこまで言われてようやく理解することができた……ネプテューヌだけは未だに分からないようで首を傾げているみたいだけどね。

 

今回ベールが他の国の女神を呼んだのは、さっきブランの言った通りこれを内密で処理するため。なぜ内密なのかといえば……今の転換期に大きな事件が起これば必ず叩かれてしまうからだ。

今回の場合は、国を動かして早く処理をすれば一人では何も出来ない女神様っと、もしベールが時間は掛かるだろうけど一人で処理をすればプライドに縋りついて的確な判断が出来ない女神様っと、そして何もしなければ当たり前だけど叩かれる。

要するに多くの人にバレて時点で叩かれるのは決定なんだよね。

転換期って怖いな……って私も女神だから他人事ではないんだけどね。超次元じゃなくて神次元のだけど。

 

「なるほどね……私達に協力させて大事になる前に処理しようってわけね」

 

「…わたし達も自分の国で忙しいのだけれど」

 

「えー、ノワールとブランは反対なの?わたしはベールに協力してあげても良いよ。あっ、でもお礼としてプリン三つおごってね。それとわたしが困った時に助けてよね。あとは、あとは……」

 

「ネプテューヌはいくらお願いする気なの……それと、私もベールの事を手伝っても良いよ。でも私は高校があるから、長くても明日までには終わらせてね」

 

「本当ですか!?恩に切りますわ、ネプテューヌに……「今は士織でお願い」分かりましたわ。士織さん。このお礼は何時か絶対にお返しいたしますわ。ですが……それに比べてこの二人は……」

 

「誰も手伝わないとは言っていないわ」

 

「一応この辺りはラステイションの船も通るしね……しょうがないから今回だけは手を貸してあげるわよ」

 

本当に今回だけなんだからねっと言いながら顔を背けるノワール……

ネプテューヌがノワールの事をツンデレって言ったのが分かる気がするよ……まあ、神次元でのノワールも似たような感じだったけどね。

そんな事よりも一つだけ気になる事があるんだよね。その人の性格を考えるとあまり言わないであろうセリフを言ってるからね……

 

「ネプテューヌ……」

 

「ん?士織どうしたの?」

 

「なんで今回は手伝う事にしたの?何時ものネプテューヌなら『そんな面倒くさい事なんていやだよ』とかって言いそうだけど」

 

「いやー、いーすんが今回頑張ったらプリンをおごってくれるって約束してくれたから」

 

それでなおプリンをベールから貰おうとしていたんだね……

食い意地を張っているっというか……取りあえず一言。

 

「ネプテューヌ……プリンを食べるのは勝手だけど、あまり甘いものを食べ過ぎてると太るよ」

 

「ねぷっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士織……まだ敵さんはやってこないの。わたしくたびれちゃったよ……」

 

「まだ三十分しかたってないんだけど……」

 

「三十分もだよ!!三十分もあれば、アニメを一話見ることが出来るんだよ!」

 

「えっと……それじゃあ、私と一緒に準備運動をして身体をほぐす?」

 

「それじゃあ根本的な問題の解決になってないよ!もう、敵さん早く出ておいで!!」

 

言って出てくるような相手じゃないと思うんだけどな……

まあ、さっきからストレッチをして誤魔化してるけど暇なのは事実なんだよね。

他の女神たちも暇を持て余し初め、ブランは持ってきた本を読み始めているし、ベールは携帯ゲーム機を使ってゲームを始めている。

ノワールだけは何もしてないけど……ネプテューヌ曰く、コスプレの事を頭の中で考えているらしい。実際にさっき目の前で手を振ってみたけど何も反応がなかったし、事実なんだろうね。

ともかく暇だし……

 

「ガァァァァ!!」

 

「ネプテューヌが呼んでたら、本当にきちゃったか……」

 

「おおっ!!まさか、私の声に反応して敵が来てくれるなんて……なんて言うか、これこそ主人公の特権ってやつかな」

 

それでいいの、ネプテューヌ。

って今はそれでどころじゃないね……甲板上がって来たモンスターを退治しないとね。

なんか、エビが二足歩行できるようななりました……ってな見た目をしてるけど、甲羅が固そうで厄介そうな相手なんだよね……

って言うかこのモンスターが標的なのかな?違うとかだったら嫌だな。

 

「ベール……あれが標的なのかな?」

 

「ええ、そうですわ……でも、あれらは手下みたいなものですけどね」

 

「って事はボスがまだ残ってるってわけね」

 

「それなら、とっとと終わらせましょう。今読んでた本が良いところなのよ」

 

そう良いなが皆各々の武器を構え始める。

ノワールは剣で、ブランはハンマー、そしてベールは槍で……神次元の皆と武器は変わりないみたいだね。やっぱりすごく似てるな……

って、そんな事考えてる場合じゃないや。私も早く戦闘の準備をしないと……っと言っても私の武器は拳だから構えるだけなんだけどね。

 

「士織、大丈夫なの……最近戦いとかないんでしょ?この前は制服切られてたし」

 

「大丈夫だよ。休日を利用してモンスターと戦ってたから、ねっ!!」

 

ネプテューヌとの会話中に突っ込んできた敵の頭にカウンター気味に回し蹴りを当てる。

すると敵の頭の甲殻はヒビが入って、吹き飛んで地面に倒れて動かなくなったんだけど……すごく足が痛い……やっぱりこの手の敵って素手とかで戦うもんじゃないよね……

って泣きを言う暇もなく別の敵が突っ込んできたから、今度は右のストレートで倒したけど……手も痛い……

本当は〈灼爛殲鬼〉でなぎ倒したいんだけど……ここは船の上だし女神化してないと威力とか制御とかが落ちるんだよね……もう、女神化しようかな。

 

「とりやぁ!!……って、士織大丈夫?涙目になってるよ」

 

「正直、手が痛い……この手の相手って分かっていれば籠手持ってきたんだけどね……」

 

「もうベール。ちゃんと事前に話してくれなかったから、士織が涙目になってるよ」

 

「仕方ないではありませんか……、事前に話したら、特にネプテューヌなんかは逃げ出してしまうでしょうし……」

 

「そうよ、ネプテューヌ。貴方のせいなのだから後で士織に謝っておきなさいよね」

 

「ねぷっ!?そこでわたしのせいになるの!?」

 

「…日頃の行いの報いよ」

 

ごめんねネプテューヌ……フォローできないや……

ブランの言う通り日頃のがね……あ、でも謝る必要はないからね。そもそもの原因は私が今のような事態を全く考えないで籠手を持ってこなかったせいだからね。

前ならそんな事はなかったんだけどな……やっぱりまだ鈍ってるのかな?

頭の片隅でそんな事を考えながら、涙を堪えて目の前の敵を殴り、蹴る。

もう私だけで十体くらいは倒したと思うんだど……敵はあとどれくらいの残ってるのかな?

 

「もう面倒になって来た……皆後ろに下がって一掃する」

 

「士織?一掃ってもしかして……やばいよ!皆士織の後ろに下がって!!」

 

「はぁ?一体どうしたって言うのよ?」

 

面倒……と言うよりこれ以上痛い思いをしたくなかった私は自らの力を解放し女神化する。

身体は光に包まれて……体格とかはそれほど変わりないけど、髪は濃い青色から、水のような透き通った青色に変わる。

女神化した私は武器の拳銃を引き抜くことはなく……右手を敵に向ける。

ネプテューヌが他の皆の避難はしてくれたみたいだし……手加減をする必要はないね。

 

「焼き尽くせ〈灼爛殲鬼〉」

 

間違っても船を焼かないように注意しながら放たれた炎の壁は敵を一瞬で焼き尽くし、甲板上に居た敵を一掃した。

ふぅ……これで海の中に残っていなければ雑魚の相手はお終いだね。

 

「ちょっと危ないじゃない……避難が遅れたらこっちまで巻き込まれてたわよ」

 

「だから、わたしは早く避難しようって言ったんだよ。人の忠告を聞かないから、ノワールは何時まで経ってもボッチなんだよ」

 

「だから、誰がボッチよ!!」

 

「ノワールがボッチなのかは置いておくとして……結構な威力ですわね。これが貴方の女神としての力なんですの?」

 

「正確に言ってしまうと少し違うんだけどね……」

 

「…少し違う?」

 

「まあ、その話は今度ネプテューヌか……覚えてなかったらネプギアにでも聞いてよ」

 

「覚えてるよ!ちゃんと覚えてるからね!!」

 

転換期の事を覚えてなかった事を考えると結構怪しいんだけどね……

現に私よりもネプテューヌの事を知っているだあろう女神の皆さんは、ネプギアに聞くことを考えてるみたいだし……

扱いが少しぞんざいかもしれないけど……日頃の行いってやつだから許してね。

 

「そういえば敵のボスってどんなのか分かってるの?」

 

「いえ、それが良く分かっておりませんの。ただ長い腕のようなものを見たと報告に……」

 

「ベール!この腕ってこんなの?」

 

っとネプテューヌの指をさす先にはタコの腕を数倍にしたようなものが……って確実にそれだよね!それがベールの言っていた長い腕の正体だよね!!

なに腕を触って「ぷにぷにした触感だ」とか言ってるの!早く攻撃しないと……

そう思ったの私だけではなかったみたいで、ネプテューヌ以外の女神は武器を構えて攻撃をしようとしている。それに続いて私も拳銃を構えようとして……

 

「っ!?〈灼爛殲鬼〉」

 

「「きゃあっ!!」」

 

「ノワール!ベール!!」

 

あ、危なかった……

私は咄嗟に〈灼爛殲鬼〉で身を炎で包んだから助かったけど、ノワールとベールはタコ足に捕まってしまった。

さっきの雑魚が弱すぎて油断してたせいもあるけど、あのタコ足意外と速かったよ。たぶん私が反応出来たのは女神化してスペックが上がっていたのもあるだろうね。

そんな事よりもこの敵をどうしよう……ノワールとベールと捕まえて調子に乗ったのか姿は現したんだけど……予想通り巨大なタコだった。それも体長が数十メートルあるんじゃないかってくらいの。

どうしようか……一撃で仕留めるのなら〈灼爛殲鬼〉を使うしかないけど、それをしたら捕まってる二人を巻き込みかねないし。

捕らえてる腕を銃で撃ち落としていくしかないのかな?

 

「ちょ!?腕をどこに入れてるのよ」

 

「は、放してくださいまし!!」

 

「うお!!士織あの触手、もの凄くエロ事になってるよ!はっ!!まさかこれが噂の触手プ……」

 

「それ以上は言わなく良いから!!」

 

うぅぅ……攻撃しようと思ったのに、いきなり調子が崩されたよ……

それにしてもあの腕、本当にエロい……さっきからノワールとベールの身体をまさぐって、特に胸の辺りを重点的に動かしてるせいかベールの質量兵器がひっきりなしに動いて……正直、同性の私でも見ていられない。

ちなみに、先ほどから無言の彼女はその瞳に怒りの炎をともしている……理由については言わずもがなかな……

 

「って、ネプテューヌはどうしてセクシーなポーズをしてるの?」

 

「いやー、二人が狙われて私が狙われてないとなると、乙女としての沽券に関わるっていうか。私の魅力を伝えないといけないなって思ってね」

 

「別にそんな事する必要ないけどな……って言うか狙われてないのはブランも一緒だよね」

 

なんでこの二人だけ狙われてないんだろうな……

普通に美女だと思うんだけどな……私やノワール、ベールは狙われたって事は何か共通点があるはずなんだけど……そんなのなんて特にないし……

むしろこれはネプテューヌやブランがお気に召さなかったと考えた方が良いのかな……でも二人の共通点なんて……あっ!!

 

ま、不味い……なんで狙わなかった分かっちゃったよ。

でも正直にそれを言う事は出来ない……だってそれは火に油ってどころかガソリンをぶちまける自殺行為だし……どうして気づいちゃったんだろう。

 

「士織、どったの?顔が真っ青になってるよ」

 

「い、いや……早く二人を助けないとな……って」

 

「それはそうだけど、特に胸なんかは……胸?……ああっ!!」

 

「ネプテューヌ、いきなり声をあげてどうしたの」

 

「ネプテューヌ……言わなくても……」

 

「分かったんだよ!あのタコがわたし達を狙わない理由が!!ずばり、あのタコは巨乳好きなんだよ!!」

 

ブチッ

ネプテューヌが言い終わった瞬間、そんな切れてはいけないものが切れてしまった音が聞こえてきた。

何が原因なのかは分かってる……きっと、っと言うか絶対にブランの堪忍袋の緒が上限振り切れて切れてしまった音だ。

正直、今のブランの姿は見たくないんだけど……見ないわけにはいかないので覚悟を決めてそちらを振り向くと……怒りの炎をその身に纏ったブランがいた。

おかしいな……私、今〈灼爛殲鬼〉使ってないのに熱くなってきた気がするよ。

 

「うがぁぁぁ!!ちくしょう!どいつもこいつも舐めやがって!なんだ!?胸があるのがそんなに偉いって言うのか!!」

 

「えっと……ブラン?わたしそんな事、一言も言ってないよ。むかつくのは分かるけど、一旦頭を冷やして……」

 

「うるせぇ!!女神化したら胸が大きくなるテメェらには、わたしの気持ちなんてわかんねぇんだよ!!」

 

「ちょっと待って、私の本来の性別は男だからね!」

 

「っんな事はどうでも良いんだよ!!ともかく今はそこのエロダコだ!!胸に余計なものをつけた奴もろとも沈めてやるから、待ってろ!!」

 

「ちょっと、なんで私達まで一緒に沈められないいけないのよ!冗談じゃないわよ!!」

 

「そうですわ、ブラン。殿方がゼロのものよりも大きくて豊満なものを狙うのは当然のことですわ」

 

「ゼロって言ったな、今わたしの事をゼロって言いやがったなテメェ!!いいさ、まずはお前から沈めてやるよ!!」

 

「ちょ、ブラン、お願いだから落ち着いてよ!」

 

「放せ!あの粗末な脂肪の塊を切り落としてやるんだ!!」

 

「それ、敵と味方を間違ってるから!!敵はタコの方だから!!」

 

「うるせぇ!!胸のある奴は全員、わたしの敵だ!!」

 

「ああっ、もう!!ネプテューヌも女神化して手を貸して!!私だけじゃ止められないないよ!!」

 

「面倒くさいけど、しょうがないな………………ほら、ブラン落ち着きなさい。ベールを切っても事実は変わらないわ」

 

「うるせぇ!!放せ!!放しやがれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「シドー!こんなにタコ焼きを作って……タコは大丈夫なのか?」

 

「ああ……ちょっと友人から大量にタコをもらってな……」

 

「お、美味しい、です」

 

『ほんと、世の中にはこんなに美味しい食べ物があったなんて、よしのん驚きだよ!!』

 

「おかわりは沢山あるから好きなだけ食べて大丈夫だからな」

 

まあ、ほとんどは十香が食べるんだろうけどな……

っと思いながらタコ焼き作りに専念する。

 

結局あのエロタコについてなんだが……俺も含むブラン以外の女神の意見に一致によって見逃してやることにした。いや、だって見るに堪えない姿となっていたからな。

あの後、女神化したブランが俺とネプテューヌの拘束を抜け出してタコと戦い――いや、虐殺を始めたんだよな……正直あれは悪夢に見るかと思うほど怖かった。

本気で切れたプルルートを見たことがなければ、一番怖い思い出となってもおかしくはなかった。

あの時、俺とネプテューヌに出来たのはノワールとベールが巻き込まれないように、二人を手早く助けることだけだったからな……

それでタコには二度と襲わない事を約束させて逃がしたわけだが……二人を助ける際に切り飛ばしたりしたタコの足をどうするかって話になって……こうやって食べているわけだ。

 

「ねぷちゃん、このタコ焼き美味しいねぇ~」

 

「う、うん。そうだねー」

 

棒読みになってるぞ、ネプテューヌ……

大体最初にタコ焼きにして食べようって言いだしたのはお前じゃないか。言い出した責任は取ってもらうからな。

でもこのタコ足以外と美味しいだよな……元となった原料さえ記憶の中から消せれば最高なんだが……そんな上手くはいかないか。

 

「士道さん、タコの足切り終えたので近くに置いておきますね」

 

「ああ、ありがとうな、ネプギア。でも良いのか?あっちでネプテューヌと一緒に食べていても良いんだぞ」

 

「暇な時は一緒に食べてるんで大丈夫ですよ。それに私の好きでやってるんで……士道さんこそあっちに行かなくてもいいですか?さっきから作ってばかりですよね」

 

「俺も好きでやってるからな……」

 

はははっと顔を見合わせて笑う俺達……どっちも同じ理由とはな。

 

「なにそこで、夫婦みたいなやり取りをしてるのよ」

 

「ふ、夫婦!?わ、私はそんなつもりじゃなくてですね……そ、その……」

 

「琴里、いきなりこっちに来てどうしたんだよ。良くも悪くもネプギアは純粋なんだから、変な事を言わないでくれよ」

 

ネプテューヌが常日頃から悪い男に騙されるんじゃないかって気にしてるしな。

実際にかなり昔の話になるけどベールに上手い事言いくるめられて、寝返ってこっちに敵対した事があったしな……あの時は俺とプルルートの二人で対処したけど。

ちなみにその際、ブランはベールに真っ先に突っ込んでいった……理由は言わずもがなだ。

 

「って一体どうしたんだ?機嫌が少し悪いみたいだが……」

 

「別になんでもないわよ。それよりもそのタコ……変なもの入ってないわよね」

 

「毒がない事はちゃんと確認してるし……一応、信頼できる人から貰った奴だから大丈夫だ」

 

「それなら良いのよ、それなら」

 

うん……やっぱり少し機嫌が悪いみたいだ。

でも今日は琴里に何もやってないぞ……今日は朝早くから超次元の方に……

もしかして俺が知らない所に行ってるのが嫌なのか?確かに俺も琴里が俺の知らない所に行ってるのはあまりいい気分はしないけど……

 

「琴里、こんど俺の一緒に異世界に行ってみるか?もう隠してる理由もないし、良かったらそこでプルルート以外の女神も紹介するよ」

 

「はぁ?いきないどうしたのよ……でも、そうね。妹として士道がどんな人達と付き合っているのか見ておきたいと思ってたのよ。いい機会だしお願いしようかしら」

 

どうやら正解だったみたいだな……少しだけど機嫌が良くなったみたいだし。

今度、神次元での方に言ってノワール達と話をつけておかないとな……まあ一言二言で良い返事をもらえると思うけどな。

それと俺も覚悟を決めよう……俺が女神メモリーを使って女神となっていること今までは黙っていたけどいい機会だ。この際にすべて打ち明けることにしよう。

事情が事情とは言え何時までも黙っている訳にはいかないからな。

っとそんな事を考えているとネプギアに話しかけてきた。

 

「し、士道さん!ふつつか者ですがよろしくお願いします!!」

 

「ちょっと待って、どんな風に考えてその結論に至ったんだ」

 

「あー!士道がいつの間にかにネプギアを落としてる!!駄目だよ!まだネプギアは家から出さないんだからね!!どうしてもって言うのなら……」

 

「ちょ、刀を出すなって!聞いてるのか!!」

 

ああ……

ネプテューヌに聞かれて一層ややこしいことに……琴里、あとで覚えておけよ。



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