山の翁の暗殺譚(アサシネイド)ーリメイク版ー (ザイグ)
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第一話 絶望した

 

 皆様、始めまして。唐突ですが《転生》ってどう思います?

 転生してみたいと思いますか?

 転生したとして、その世界はファンタジーな方がいいですか?

ファンタジー世界で転生特典を使って無双したと思いますか?

 

 

 ——そんな考えを持つ貴方達へ忠告です。やめとけ、絶対に後悔する。

 

 

 僕も最初は転生できるのに喜んだ。特典貰えると喜んだ。ファンタジー世界に行けると喜んだ。無双できると喜んだ。

 でもね、転生すればそれはもう現実。妄想で描くように何でもかんでも上手くいくわけ無い。

 まず暗殺者に憧れたのがいけなかった。暗殺者なんて殺し以外何もできない職業だ。憧れこそすれなりたいと思ってはいけない。

 次に暗殺者で一番強い人物であるキングハサンの力を求めたのがいけなかった。というよりこれが一番の失敗だった。

 キングハサンはカッコイイと思うが、社会の中であんな思想をしている奴は精神異常者だし、口調など中二病としか思われない。望むべきではなかったんだ。

 転生先の家庭も酷かった。父親はリストラされ酒とギャンブル三昧で借金漬け。母親は育児放棄で他所に男作って滅多に帰ってこない。

 それでも既に大人の意識と転生特典のお陰で幼児だった僕でも生き延びる事ができた。

 暴力を振るおうとした父親の首を反射的に断ち、化物と罵倒する母親の首を反射的に断ち、そして両親を殺めても全く罪悪感が湧かない自分の精神の絶対性に唖然とした。

 この時、改めてキングハサンは常識外れだと実感した。

 その時は幼児が両親を殺したと誰も思わなかったので、僕は被害者扱いで罪に問われはしなかった。

 この時は本当に常識的な社会世界に転生できて助かったと思った。

 僕は孤児院『若葉の家』に入れられることになったが、あの家庭環境に比べれば何処でもマシだろうと思った。

 だが、それも考えが甘かった。両親を殺害された幼児、それも泣くことも戸惑うこともない能面のように無表情な幼児は心が壊れていると思われても仕方ない。

 

 ……違うんです。心壊れてないんです。能面なのはキングハサンは無表情がデフォルトだからなんです。

 ……いくら笑顔作ろうとしても顔の筋繊維が全く動いてくれないだけなんです。

 

 まぁ、僕が能面なのはさておき、そんな子が送られる孤児院がマトモな子供を集めた場所か? そんな訳あるか。

 事故や災害で親を亡くした子供、親に捨てられた子供、親に殺されかけた子供、そんな子供ばかり押し込められた場所の雰囲気が良いわけなく、てか、最悪だった。

 

 だが、此処で救いの女神が! 原作キャラの一人『東堂刀華』が現れた!

 

 いや本当に彼女は女神だった。皆を笑顔にしようと頑張ってた。小さい子に絵本読んであげてた。拒絶する子も見捨てなかった。傷付けられても挫けない姿に僕はホロリしたよ。後、手料理が美味くて惚れそうになったね。

 そんな彼女のお陰で孤児院の雰囲気は良くなり、皆が笑顔で暮らせる家になった。いや〜、良かった良かった。

 

 ……まぁ、僕は色々やらかし過ぎて五歳くらいの時に追い出されたけどね!

 

 何をやらかしたかはいまは割合しておく。

 孤児院を追い出された僕は、行く当てもなく一人で生き抜くしかなかった。

 しかし、身元引受け人もおらず、まして五歳児が働けるわけ無い。

 で、無一物の僕ができることは……一つしかない。

 

 

 ………………………えぇ、暗殺ですとも。キングハサンの力を持ってすれば完全犯罪など朝飯前。裏稼業なら正体を隠す者などゴロゴロいるので幼児がやってもバレなかった。

 

 

 とりあえず、義務教育である中学校卒業、十五歳になるまで裏稼業をやりました。

 この時は現実に瞳が絶望に染まりました。因みに未だに絶望に染まった瞳は治りません。

 これは僕が心の奥底で現実に絶望したままということでしょうか?

 何はともあれようやく表社会で一般人として働ける! 裏稼業よ、さようなら〜。僕は争いのない社会人として平和な人生を歩めると歓喜した。

 ここまで話したように《転生》なんて碌でもないと理解して頂けただろうか? では、最後に一つだけ。

 

 

 ————転生なんて絶対にするんじゃねエェェェェェェェェェッ!

 

 

 では、さようなら。僕は一般人として生きていきます。

 

 

 

 ………なんて言っていた時期が僕にもありました。

 

 

 

「はいー☆ 新入生のみなさんっ! 入学おめでとーーーーッ!♡」

 

 やはり僕は現実に絶望するしかなかった。



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第二話 始業式

 

「はーい☆ 新入生のみなさんっ! 入学おめでとーーーーッ!♡」

 

 僕が通う破軍学園一年一組担任の折木有利先生が満面の笑顔を浮かべる。ハイテンション過ぎてウザいけど。

 

 ——そう破軍学園(・・・・)である。伐刀者を育成する専門学校。警察や軍隊に必要不可欠な人材を育て、場合によっては危険な場所に行かなければならない魔導騎士資格を習得させられる僕にとっては地獄のような学園である。

 

 何故、そんな学園に僕が入学しているかというと——簡単に言えば仕事先が見つからなかったのだ。

 よくよく考えれば当然だ。学歴なし、親なし、十年間行方不明だった奴を雇いたいと思う企業があるか? 断言する。あるわけない。僕が採用担当だったら絶対に不合格にする。

 だから、僕に残された道は伐刀者になるしかなかった。伐刀者になることは国が推奨しているので多少……完全に経歴が怪しくても『騎士学校』に入学できる。表社会に復帰するにはもう僕にはここに入学するしか道はなかった。…………はぁ、なんでこう人生はうまく行かないんだろう。

 

「「「ゆ、ユリちゃああああああああん⁉︎⁉︎」」」

 

 おっと、思考にふけってる間に病弱なユリちゃん先生が吐血したらしい。

 そんなユリちゃん先生を介護する為に駆け寄った男子生徒が一人。

 

 お? おおおおおおおお⁉︎ あれは原作主人公の黒鉄一輝君ではないか! そうか今年が原作スタートの時期だったのか。毎日生きるのに必死過ぎて全然知らなかった。

 まぁ、原作知識なんて十五年以上前、それも前世の事なんてうろ覚えだし。それにアニメ版しか見てないから、原作小説の三〜四巻くらいまでしか知らないし。

 だが! イッキがいるということはヒロインもこのクラスにいるはず!

 怪しまれない程度にクラスを見渡せば、居ました。皇女様が。

 

 いや〜やっぱり綺麗な顔してますねぇ。皇族や王族ってなんで美形が多いんだろう。燃えるような赤髪もいいねぇ。正に萌えます!

 だが、何よりも目が行くのがその巨乳! 本当に十五歳とは思えないくらいいいモノをお持ちで、目の保養になります。ありがとうございました!

 

 ——あ、妄想している間にイッキがユリちゃん先生を保健室に連れてちゃった。

 やることもないし、『黄昏の魔眼』小説版でも読んでよ。朝から続きが気になってたんだよな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「先生が、今日はもう帰っていいってさ」

 

 ふむふむ。そういう展開になるのか。『黄昏の魔眼』はやはり面白い。

 

「私、日下部加々美っていいます。先輩のだ〜〜〜いファンなんですぅ〜!」

 

 ほう。そこでそうくるか。それは予想していなかった。

 

「「「本当ですかっ⁉︎」」」

 

 やっぱり、この決め台詞はいいなぁ。今度言って……はっ、ダメだ! 僕はもう中二病を卒業したんだ!

 

「おいセンパイ、オレたちともお話ししましょうや」

 

 危なかったまた中二病を再発するところだった。本当に『黄昏の魔眼』は恐ろしい。読者を中二病に引き込む魔力がある。

 

「調子ノッてんじゃねェよ! ダブりの分際でッ‼︎ やっちまえテメェらッ‼︎」

 

 だが続きが気になって読むのをやめられない。本当に『黄昏の魔眼』は恐ろしい。——てか、周囲が煩いなぁ。始業式だからってはしゃぎ過ぎだぜ、お子様たち。

 

「雑魚を寄せ付けない圧倒的な強さ。さすがですわ。——お兄様」

 

 あれ、静かになった。まぁいい、読書に集中できる。

 

「お兄様……ずっと、お逢いしたかった……」

「「「ナニゴトーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」」」

 

 と思ったら、やっぱり煩くなった。少しイラっときたが、僕は中身は寛容な大人だ。許してやろう。

 

「うふふ。なにも問題はありませんわ、お兄様。他所は他所、うちはうちですもの。……きっと皆さんの兄妹関係はツンドラのように冷え切っているのでしょう。病んだ時代ですから。でも私とお兄様は違います。むしろ口づけ程度では四年分の愛おしさを表現するのには足りません。今の私たちにはセックスですらただの挨拶でしょう」

 

 なんかいまとんでもない事が聞こえた気がする。兄妹でそういう関係か——アリだな。可愛い妹なら、この『黄昏の魔眼』に出てくるような女の子が妹なら、僕は受け入れる自信がある。何せ寛容な大人ですから。

 

「——イッキは、アタシのご主人様なんだからッッ‼︎‼︎ ご主人様がシスコンで変態の社会不適合になるのは困るのよッッ‼︎‼︎」

 

 だが、大人びた美人の妹も捨てがたい。無邪気に抱き付いて豊満な胸を押し当てて————ご主人様だとぉッッ⁉︎

 男の憧れ、ご主人様呼びに反応した僕は悪くないと思う。

 流石に無視できなかった僕が小説から顔を上げると、

 

「飛沫け——《宵時雨》」

「傅きなさい、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》」

 

 なんか霊装を顕現させ臨戦態勢に入る女生徒二人がいた。てか、君たち、校則違反だからね。

お、よく見れば片方のロリっ子はイッキの妹の黒鉄珠雫ちゃんではないか。皇女様とは真逆の慎ましいボディだが、それはそれでそそるものがある。

 あ〜、これは原作にあった一人の男を女が取り合うという男にとっては夢のような状況だっけ。

 新入生首席と次席がガチ戦闘やらかすのを見ては羨ましいとは思わないが。

 

「はーい、みんな廊下に出てー。ここにいたらたぶん死ぬよー」

 

 あの避難を促すのはメガネっ子ジャーナリストの加々美ちゃんだ。あの子も同じクラスだったんだ。気付かなかった。

 そんな事より僕も避難しよう。

 

「「殺すッッ‼︎‼︎」」

 

 あ、殺気に反応して勝手に体が動いた。

 キングハサンボディは昔から殺意や悪意に反応すると相手を条件反射で攻撃してしまうんだ。僕は斬首反射(ギロチンカウンター)と呼んでいる。

 今回は二人の殺気に反応したから——ああ、やっぱり皇女様と珠雫ちゃんに手刀を食らわしてしまった。

 二人を気絶させた僕はそのまま廊下に出ていた。

 

 ……いや、さあ、廊下に避難するなら、二人を気絶させる必要なくね? 神聖な学び舎で暴れるのはご法度ってことですか、キングハサン。

 

 こんなとこすれば……ああ、皆の注目が僕に集まってる。

 視線の集中砲火に居心地が悪過ぎる。

 ここはさっさと逃げよ。という訳でイッキく〜ん!

 

「修羅よ、後始末をしておけ」

 

 ……うん。言い訳させて欲しいが、これはワザとじゃない。精神が肉体に引っ張られているのか口調がキングハサンみたいになっているのだ。

 てか、修羅ってなんだ修羅って! イッキくんに失礼だぞ!

 

「えっ、ぼ、僕?」

 

 なに驚いてんの。当たり前でしょ。だって、

 

「汝の下僕と妹であろう」

 

 おいおい。下僕はないだろ、下僕は。確かに皇女様は自分でイッキくんをご主人様って言ってるけど。

 

「あ、はい。——って、だから、ステラは下僕じゃないって⁉︎」

 

 イッキがなんか叫んでるけど、知らん。帰ろ。

 どうでもいいけどステラって聞くと、ステラアァァァァッと叫びたくなるのは僕だけだろうか?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ……僕は、何が起きたのか理解できなかった。

 

 ステラと珠雫を止められないと確信して廊下に出て時、それは起こった。

 殺し合いを始めようとした二人が倒れた。

 

 そして音もなく廊下に出てきた一人の男子生徒。

 

 褐色の肌に180センチ近い長身、紫色の髪は手入れされていないのか後髪は肩まで、前髪は目が隠れるまで伸び放題だが、顔立ちは整っているように見える。

 でも、ステラと同じ外国人を思わせる容姿だが、僕が驚いたのは彼の成したことだ。

 他のみんなはわからなかったようだけど、僕には辛うじて何をしたか見えた。

 

 彼がステラと珠雫の間をすり抜ける瞬間、二人の首に手刀を入れ気絶させたのを。

 

 信じられない光景だった。腕が消えたようにしか見えない速さや二人に気づかれないでそれを成す技量にも舌を捲くが、何よりステラに素手でダメージを与えたことだ。

 ステラは魔力量は平均の三十倍、垂れ流しにしている魔力だけで僕の渾身の一刀を防いでしまうほどだ。

それを隙を突いたとはいえ、いとも容易く破る威力を手刀で、それも新入生ができるなんて……。

 

(ステラに劣るとしても魔力量が高いのか? いや、それとも防御貫通のような伐刀絶技を持ってるのか?)

 

「修羅よ、後始末をしておけ」

 

 思考する僕に彼が声をかけてきた。

 

「えっ、ぼ、僕?」

 

 彼は真っ直ぐ僕を見てるけど修羅って何⁉︎

 

「汝の下僕と妹であろう」

 

 呼び方に戸惑う僕と彼の目が合った。——息を飲んだ。

 彼の瞳は表現するな《虚無》だ。その瞳は何も映さず、まるで吸い込まれるような錯覚を覚えるほど深く黒かった。

 その瞳に硬直した僕は返事をすることしかできなかった。

 

「あ、はい。——って、だから、ステラは下僕じゃないって⁉︎」

 

 ステラの話を鵜呑みにしないで、真顔だからステラと僕が本当にそういう関係だと思ってる⁉︎

 否定する間も無く、彼は去ってしまった。

 

「ん〜、彼って《末席騎士(ナンバーワースト)》ですよね? あんな目立つ容姿の人、他にいませんし」

 

 隣の加々美さんが呟く。彼女は彼のことを知っているようだ。

 

「加々美さん。彼を知ってるの?」

「はい。私、ジャーナリストですし、彼はステラさんと真逆の意味で入試で目立ってましたから」

「逆の意味?」

「ええ、彼。魔力量が平均値以下しかないんです。能力も気配を消す程度のステルスであまり役に立たない。Eランクで先輩を除けば学園最下位。それで付いた二つ名が《末席騎士》」

「……え?」

 

 加々美さんの言っていることが理解できなかった。僕を除けば学園最下位? 自虐ではないが僕は十年に一度の劣等生と呼べるほどに才能がない。その僕よりマシな程度?

 

「ありえない……そんなはずが無い」

 

 なら、どうやって彼はステラの魔力防御を破った? 魔力量は平均以下、伐刀絶技もステルスだから攻撃力に関係無い。わからない。見当もつかない。

 

「加々美さん。彼の名前はなんて言うの?」

 

 僕は彼が非常に気になった。

 

「——山野翁って言うそうですよ。あの容姿で日本人なんて珍しいですよね」

 

 山野翁。僕はその名前は胸に刻み付けた。

 

 




キングハサンボディ
キングハサンの身体能力、技量、戦闘経験を完全具現化できる体質。基本的に鍛錬しなくても筋肉や技量が衰えず、体型も変化しない。
しかし、表情筋が動かない、キングハサンのような言葉を無意識に口にするなどデメリットもある。

ギロチンカウンター
キングハサンの身体能力を持とうと凡庸な主人公では奇襲などに対応できないために備わった特性。
主人公が気付かない攻撃を受け流し、反撃の一刀を与える自動迎撃能力。
因みに斬首反射という物騒な名前なのは反撃の一刀が必ず首に攻撃が向かうからである。


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第三話 ルームメイト

 

 

 ………どうしたもんかなぁ。

 

 寮に帰った僕はパソコンを打つ人物を背後から見ていた。

 

「やっぱり『俺の腕の中でMOGAKE 鬼畜なルームメイトと過ごした皇女の密着72時間に迫る!』かな。でも『その唇は私のもの 兄妹の愛は禁断の領域に!』も捨てがたい。あー、それから『我が道は下剋上 主席と次席を瞬殺した《末席騎士》』もな〜」

 

 僕に気付かず、高速でタイピングをするのはルームメイトの日下部加々美ちゃん。

 男女が同室なのはおかしいと思うかもしれないが新任の理事長先生がが徹底的な実力主義だから出席番号も性別も関係なく、実力の近い者同士にしているらしい。

 原作のイッキくん・皇女様ペアやアリス・珠雫ちゃんペアみたいに男女が同室なのは結構いるらしく、僕と加々美ちゃんもその一組だ。

 まぁ、僕も可愛い女の子と同室になれて嬉しいけど。

 

 ……そんな事より、この状況をどうするかだな。

 

 なんで僕が彼女の背後で途方に暮れているか説明すると、僕が寮に帰宅→加々美ちゃんが帰宅→僕が隠れる→加々美ちゃんが僕に気付かない→いまココ。

 

 うん。なんで隠れたとか言わないで。十年も暗殺稼業やってたら、誰か来たら隠れる癖が身に付いちゃったんだ。

 

 まぁ、キングハサンの隠密性を持つ僕が気付かれないのはいいとして。……加々美ちゃんにどう話し掛けよう。

 

 ——別に女の子に話しかけるのが苦手な訳じゃないよ。全然余裕だし、初対面の女をナンパするのも、いくらでも……いくらでも……。

 すいません。嘘つきました。やっぱり、どう声かければいいかわかりません。女の子をナンパしたことなんてありません。

 しょうがないじゃん。僕、前世では彼女いない歴=年齢の灰色の人生歩んでたし、今世だって裏社会にドップリ浸かってそれどころじゃなかったもん。

 

「やはり注目すべきは主席と次席を一瞬で鎮圧した謎の新入生、山野翁くん。でも、山野くんは全然情報がないんですよねぇ」

 

 おお! 都合よく加々美ちゃんが僕の話題を! じゃあこのタイミングに声をかけよう!

 

「我を知りたいのか。執筆者よ」

 

 加々美ちゃんはジャーナリストだから執筆者か。合ってはいるかな?

 

 ん? あれ加々美ちゃんどうしたの? 目を見開いて固まって。もしもし〜?

 

「きゃああああああああああああああああっ‼︎」

 

 叫ばれた! なんで⁉︎ ビックリした僕は再び隠密モードに入ってしまった。

 その後、悲鳴を聞きつけた警備員が駆け付けたが、気配を消した僕を見つけられはずもなく、加々美ちゃんが注意されてた。………ごめん。

 

「……すみません」

「頭を上げよ。汝の肝の矮小さを把握できぬ、我が落ち度だ」

 

 元々は僕がいきなり声を掛けたのがいけなかったし、叫ばれたのはショックだったけど。

 

「あっ、そうですか? いや、それにしても驚きですよ、あの山野さんと同室なんて! 早速なんですけどインタビューよろしいですか?」

「構わん」

 

 はっ、即答してしまった⁉︎ いや〜、可愛い女の子の頼みは断れないでしょう。

 

「本当ですか! ありがとうございます! 《末席騎士》のお話を聞けるなんて——あ、ごめんなさい」

 

 なんで謝るの? 《末席騎士》って蔑称だから、申し訳なくなった? 僕は平気だよ? 魔力量が少ないのは本当のことだし。

 

「——良い」

「え……?」

「好きに呼ぶがよい。我が二つ名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」

 

 おお、キングハサンの名台詞だ。リアルに聞けるのは感動する——真顔で自分が言ってなければ。

いや、本当に中二病だった頃を思い出して恥ずかしい。

 

「わかりました。それでは山野くん、貴方は何故正体を隠しているんですか?」

 

 ドキッ! か、加々美ちゃん⁉︎ なぜ僕が元暗殺者であることを——いや、ないない。素人ジャーナリストが僕の昔を知るはずない。暗殺者の時は《瞑想蜃楼(ザバーニーヤ)》を常時発動していたから正体がわかるはずがない。それに髑髏の仮面付けてたから素顔も知られてないし。

 

 《瞑想蜃楼(サバーニーヤ)

 キングハサンの圧倒的な隠密性を再現しようと僕が編み出した伐刀絶技。

 世界と同化するに等しい気配遮断、魔力隠蔽、カメラやモニターに姿が映らないなど暗殺者に相応しい力を発揮してくれる。

 え? 一般人主張するのになんでこんな伐刀絶技作ったかって? ……昔はまだ中二病が治ってなかったんだよ。

 

 という訳でバレる筈がない。……バレてないよね? 加々美ちゃんに聞けば分かるか。

 

「……隠しているとは?」

 

 だがもし暗殺者だったとバレたから、今度こそ僕は指名手配され、犯罪者の仲間入りだ。暗殺者してる時点で犯罪者? バレなきゃセーフです。

 でも、バレたとしたら——僕のお先は真っ暗だ。

 

「——ッ、あ、いえ……何でもないです」

 

 あれ? なんか諦めてくれた。まぁ諦めてくれたならいいや。でも、人には聞かれたくない事もあるから、注意しておこう。

 

「——何事にも屈せぬ精神はよい。されど世には暴くべきでない事もある。その首を断ち切られたくなければな」

 

 だから、止めてくれ! 普通に知られたくないこともあるって言えばいいじゃんか⁉︎ 中二病全開な台詞を言うな!

 それ以後、彼女は何も聞いて来なかった。中二病な事ばっか言うからドン引きされたか?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「やっぱり『俺の腕の中でMOGAKE 鬼畜なルームメイトと過ごした皇女の密着72時間に迫る!』かな。でも『その唇は私のもの 兄妹の愛は禁断の領域に!』も捨てがたい。あー、それから『我が道は下剋上 主席と次席を瞬殺した《末席騎士》』もな〜」

 

 私、日下部加々美は上機嫌です。

 新聞創刊号を書くために黒鉄先輩に声を掛けたら、次々と特大ネタが飛び込んできた。

 どの記事を書くか私は悩みながらパソコンを打ちます。

 

「やはり注目すべきは主席と次席を一瞬で鎮圧した謎の新入生、山野翁くん。でも、山野くんは全然情報がないんですよねぇ」

「我を知りたいのか。執筆者よ」

「————」

 

 この場にいないはずの人の声に心臓が止まるかと思った。恐る恐る声のした方向に視線を向けると、

 

「……」

 

 虚無の瞳、能面のような無表情。いま話題にしていた人物、山野翁くんが静かに佇んでいた。

 

「きゃああああああああああああああああっ‼︎」

 

 その幽霊のように佇む姿に私は悲鳴を上げた。

 

 この後、悲鳴を聞きつけた警備員が突入してきたが、山野くんはまた消えてしまい、何とか誤魔化すことで穏便に済みました。

 

「……すみません」

「頭を上げよ。汝の肝の矮小さを把握できぬ、我が落ち度だ」

 

 悲鳴を上げた事を謝罪したら山野くんは許してくれた。凄い辛辣な言葉ですけど。——でも、山野くんがルームメイトなんて運がよかったかも。これなら彼の事を色々聞けそう!

 

「あっ、そうですか? いや、それにしても驚きですよ、あの山野さんと同室なんて! 早速なんですけどインタビューよろしいですか?」

「構わん」

「本当ですか! ありがとうございます! 《末席騎士》のお話を聞けるなんて——あ、ごめんなさい」

 

 《末席騎士》は彼が最下位入学だから付けられた蔑称。それを本人を前に言うのは失礼でしたね。

 

「——良い」

「え……?」

「好きに呼ぶがよい。我が二つ名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」

 

 山野くんは思った以上に寛大な人みたいです。だからでしょうか? 踏み込み過ぎた質問をしてしまったのは。

 

「わかりました。それでは山野くん、貴方は何故正体を隠しているんですか?」

「……隠しているとは?」

 

 彼が言葉を発した瞬間、部屋の空気が重くなった。

 全身を襲う重圧に私は間違いを犯したと悟った。この重圧は口外な拒絶。知ろうとすれば誰であろうと容赦しないという意思を感じた。

 

「——ッ、あ、いえ……何でもないです」

 

 すぐに質問を取り止めたのは正解だった。襲い掛かっていた重圧が霧散して、私は胸を撫で下ろした。

 でも、私はジャーナリスト。隠された真実があるなら、知りたいと思うのは性だ。密かに山野くんについて調べようと決意すると——

 

「——何事にも屈せぬ精神はよい。されど世には暴くべきでない事もある。その首を断ち切られたくなければな」

 

 それは死神からの警告。言葉だけなのに首に剣を突き付けられているような重みが含まれていた。山野くんには私の企みなんて簡単に看破できてしまうようです。……身の安全の為にもここは諦めるしかありませんね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 その夜。加々美ちゃんは話し掛けてくることもなく、寝てしまった。てか、目も合わせてくれなかったんだけど、何か嫌われるような事したかな? やはり中二病に関わりたくないとか? だったら泣くぞ。

 で、いま僕は何をしていると——

 

 

 

 ——素振りしてますけど何か?

 

 

 

 言っておくが真夜中に修行するほど僕はイッキくんみたいにストイックじゃない。なんていうか、暗殺者だった頃の名残で誰かが近くにいると安眠できないんだよね。

 だから、暇を持て余した僕は修行しているわけです。

 

 ……本音を言うと女の子と同棲なんて緊張感しちゃって眠れないだけなんだけどねぇー。

 

 こんな時はキングハサンはスペックがバカ高いから、一晩中素振りしてたって平気だから便利だよね〜。

 よし、折角だから、感謝の正拳突きならぬ感謝の素振りでもしてみよう。一万回する頃には朝になってるだろう。

 こうして僕は一晩中、素振りを繰り返した。——見られている事に気付かずに。

 

 

「え……あの霊装は、まさか……」

「どうかしたのかい、刀華」

 




オリジナル伐刀絶技
《瞑想蜃楼》
主人公がキングハサンの、オジマンディアスが首を斬られてから存在に気付く、カルデアのモニターにその姿や存在を捉えられないなどの隠密性を再現した伐刀絶技。
正確には彼の固有能力ではなく魔力隠蔽技術と認識隠蔽体術の複合技なので伐刀絶技ではない。
本人曰く、最高クラスの魔力制御と達人級の技術がある伐方者なら誰でもできるらしい。


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第四話 東堂刀華

 

 

 七星剣武祭。日本に七校ある『騎士学校』から選び抜かれた学生騎士が戦う大会であり、学生が参加できるものでは最大規模の大会であり、この大会で優勝した者は学生騎士の頂点である《七星剣王》の称号を与えられる。

 伐刀者を目指す学生なら誰もが一度は憧れる称号だろう。

 

 だが、憧れるからといって七星剣武祭に参加したいと思うかは別だ。

 伐刀者は国に重要視される存在なので十五歳で成人扱いとなり、飲酒や結婚が認められている。

 そして未成年扱いだった十四歳以下が出場できる大会が《幻想形態》だったのに対して、七星剣武祭では《実像形態》の真剣勝負が行われる。

 

 《幻想形態》は人間に対して物理的ダメージを与えない代わりに体力を削る安全な形態。

 逆に《実像形態》は与えた物理的ダメージがそのまま相手に伝わる形態。

 黒鉄一輝の《陰鉄》に斬られれば手足など簡単に切断されるだろう。

 ステラ・ヴァーミリオンの伐刀絶技《妃竜の息吹(ドラゴン・ブレス)》に焼かれれば人間などあっという間に消し炭にされるだろう。

 

 《実像形態》で戦う七星剣武祭では、負傷は当たり前。最悪、死人が出る事もある。

 そんなリスクを背負ってまで強くなりたいと思う者はキチガイな奴らだけだ。

 大半の生徒は魔導騎士の資格を得て高給な安定した仕事に就きたいと思っている。

 

 僕、山野翁も平穏に過ごしたいと思う生徒である。

 そして今年から理事長先生が『全校生徒参加の実戦選抜』という、いかにもキチガイ共が好みそうな方法を採用していた。

 でも、強制じゃないから七星剣武祭に参加したくない人は辞退が認められている。

 無論、七星剣武祭に興味ない僕は不参加のメールを『実行委員会』に送るつもりだ。

 

 騎士道精神などという古臭い考えを持つキチガイと違い、現代人の僕は平和を愛するのだよ。

 キチガイ共はキチガイ同士、勝手に殺し合ってろ。という訳で不参加メールを送信。ポチッ「やっぱり、おきくんだったんだ」とな?

 

 ——おきくん? え、翁だから、おきくん? 何その幼なじみにするような呼び方。僕をそんな呼び方する人いないはずだよ。

 

 誰だと思い、顔を上げると——

 

「……雷の姫か」

「ふふ、相変わらず変な他称。大きくなってもそこは変わらないね」

 

 同じ孤児院で育った子供の一人、東堂刀華がそこにいた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 私は隣に佇む少年を見る。

 会うのは十年振りだけど、おきくんは何も変わっていなかった。独特な他称も、無口なとこも、無表情なとこも、そして……何も映さない虚無な瞳も。

 おきくんは本当に何も変わらない。変われなかったんだね(・・・・・・・・・・)

 それを理解すると罪悪感が湧いてくる。彼が変われないのは私のせい。私が彼をこのままにしてしまった。

 

 

 『若葉の家』。特殊な事情がある子ばかり集められたその中で、この少年は特に異彩を放っていた。

 施設の子たちは、敵意、殺意、恐怖、憎悪、憤怒……他者を拒絶する為に様々な感情を放っていた。でも、彼は違う。敵意を向けられようと、恐怖されようと無関心で無感動。この世の全てに興味がない虚無のような少年だった。

 

 だが、異彩という意味では東堂刀華も同じだった

 刀華は死んだ両親からたくさん貰った笑顔と愛情を他の子供たちにも与えたいと思える優しい子だった。

 だから、みんなを笑顔にしようと彼女は努力した。小さな子の世話をして、ご飯を作って、心が壊れていた御祓泡沫も立ち直らせてみせた。

 でも、頑張っても刀華にはどうしようもない事もあった。

 施設の中の年長組に不遇な怒りを年少組に暴力を振るう者たちがいた。

 当時、非力な少女でしかなかった刀華には打破する力はなく、年下の子供たちを庇って殴れるしかなかった。

 それを翁は止めさせた。——“暴力”を超えた“暴威”によって。

 あの時の光景を刀華はよく覚えている。四歳の少年が十歳前後の少年を十数人も蹂躙する異様な光景を。

 でも、それ以上に刀華の記憶に残ったのが彼の瞳だった。年長組に圧倒的な暴威を振るいながらも彼の瞳には虚無しかなかった。あのままでは年長組を殺してしまう。何も思わずに無意味な殺戮をしてしまうと刀華は直感した。

 

 

 ……あの時は私が彼らを庇ったから、おきくんは引いてくれて事なきを得た。

 

 

 暴威を振るったのは正しいとは思えないけど、その後は年長組も刀華の言うことを聞いてくれるようにはなった。それが結果的に良かったのかはわからない。

 年長組は全員が重傷を負い、怪我を負わせた翁は周囲から孤立してしまった。

 

 あの時ほど刀華は自分の無力さを悔やんだことはない。力があれば、小さい子たちを守ってあげられた。年長組たちに怪我をさせずに説得できた。翁に汚れ役を押し付けることもなかった。だから、力が欲しかった。

 幸いというべきか、刀華には伐刀者の素質があった。他ならぬ翁がそれを見抜き、霊装や魔力の使い方を教えてくれた。

 

 

 ——おきくんは最初から私を『雷の姫』と呼んでいたけど、その時から私が伐刀者であるだけでなく雷を操る『自然干渉系』なのを見抜いていたのには驚いたなぁ。

 

 

 あの日々は刀華にとって掛け替えのない思い出だ。翁に稽古してもらっては手も足も出ずにボコボコにされて。でも、強くなってる実感があった。

 

「……本当、あの頃は楽しかったなぁ」

 

 でも、それも長くは続かなかった。

 それは唐突に始まった。施設の男の子たちと翁が対立したのだ。

 翁一人に対して多勢に無勢だったが、伐刀者……それも現在の刀華よりも強かった彼に子供たちが敵うはずもなく、日に日に怪我人が増えていった。

 刀華が理由を聞いても誰もが口を閉ざし、翁には「汝が知る必要なし」とバッサリ切り捨てられた。

 それでも刀華は彼らを説得しようとしたが、彼女に止めることはできずに事態は悪化していく。

 そして決定的な出来事が起きてしまった。

 

 

 

 ——うたくんが死にかけた。おきくんによってあと少しで手遅れになるほど瀕死の重傷を負わされたのだ。

 

 

 

 御祓泡沫は山野翁を特に嫌い、我慢の限界だったのか二人は激突した。いや、あれは泡沫が一方的に掴みかかり、翁が軽くあしらってるだけだった。泡沫が何度倒れようとも必死に喰らいつくが翁は歯牙にもかない。けれど泡沫は決して敗北を認めず、結果として瀕死になるまで戦いは続いてしまった。

 死者まで出そうなっては院長先生も流石に庇いきれずに彼を追い出そうとする空気が『若葉の家』に蔓延し、それでも刀華は彼を擁護したが誰も耳を傾けてなかった。そして不満が爆発しそうになった時——翁は施設から消えた。

 何も言わず、忽然と彼は刀華の前からいなくなってしまった。

 

「……いま思えば、私のせいだったんだよね」

 

 あの施設に集められた子たちは人を拒絶してしまう事情を持っていた。なのに私が無理矢理一緒にしようとしたから、反発し合い、あれほどの惨事になったのではないか?

 私が勝手におきくんとうたくんに仲良くなって欲しいなんて思ったから殺し合いになったのではないか?

 皆を笑顔にしたいなんて思った私のエゴがなければあんなことにならなかったのではないか?

 おきくんを望んでもいない皆の輪に入れようとしたから、彼より心を閉ざし、いまも孤独なのではないか?

 あれだけの惨事を自分が引き起こしてしまったと思うと、私は胸が罪悪感で押し潰されそうになった。

 

「——おかしな事を言う」

「え……」

「……傷心を負った子は他者を拒絶するのが常……それを小さき少女が解きほぐしてしまうとはな。

誇るがいい。いたらぬ光なれど、我ら孤児の中でただひとり、閃光の如く輝いていたのだ」

「——」

 

 その言葉に刀華の目から雫が垂れた。自ら否定しそうになった刀華の想いを彼は正しいと言ってくれた。

 素直に嬉しいと思った。彼を追い出してしまった刀華たちを恨みもせず、それどころか刀華たちを彼は肯定さえしてくれたのだから。

 刀華は光となり、闇に沈んでいた子供たちを救い出したから、後悔することも、罪に感じることもないと。

 だから、自分のことも何も後ろめたく思う必要はないと。

 

「……ありがとう、おきくん」

 

 溢れる涙を拭いながら、刀華は翁にお礼を言った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……本当、あの頃は楽しかったなぁ」

 

 女神こと刀華ちゃんが懐かしむように呟いた。それにしても刀華ちゃんは本当に綺麗になったねぇ。

 最後にあったのが七歳の時だから、見違えちゃったよ。

 で、あの頃は楽しかったって言うのは十年前の『若葉の家』のことかな? 流石に僕がいる前で僕がいなかった時のこと懐かしんでたら泣くぞ。

 

 それにしても『若葉の家』かぁ……。あの頃は色々なことがあったな〜。

 来たばかりの頃は親殺しなんてしてしまった絶望で現実逃避する日々を送っていたり。

 刀華ちゃん達を虐める悪ガキどもが居て、助けたら悪ガキどもに重傷を負わせてしまったり。

 やり過ぎとか言わないでね? あの頃はケンカもしたことなかったから、自分の身体能力をわかってなかったんだ。いや本当にサーヴァントの身体能力を舐めてた。軽く叩いただけで骨を折っちゃうんだもん。

 筋力:Eのジル・ド・レェが素手で子供の頭を握り潰せるんだから筋力:Bのキングハサンなら人なんてデコピンで殺せると理解しておけば良かった。

 

 そのせいで助けたはずの刀華ちゃんが年長組を庇うという展開になり、僕が悪役みたいになっていた。

 あれだけやらかした以上は孤立しちゃうかなと思ったが、やっぱり優しい刀華ちゃんは僕に声をかけてくれたよ。彼女の優しさに僕は心打たれたね。

 で、お礼に刀華ちゃんが伐刀者になるのを知ってた僕は色々教えてあげた。生前の意識をそのまま持っていた僕は体が動かない乳児の時はやれることないから、霊装を展開させてみたり、魔力制御をして暇潰ししていたのが役に立ったよ。

 これで名誉挽回なるかと思ったら、そうでもなかった。

 

 ……施設の男の子たちに目の敵にされるようになりました。最初は心当たりなくて困惑しましたが、彼らの刀華ちゃんを見つめる眼差しを見て理解してしまったよ。

 

 

 ——あいつ等、刀華ちゃんのこと好きになってたみたいなんだよね。

 

 

 まぁ、惚れるのも分かるよ? まだ七歳だった当時でも可愛いかったし、あの他人に尽くす性格だ。心が傷付いた少年たちが優しくされてコロッといくのもわかる。

 そして僕が刀華ちゃんを稽古という名目で独占し、その上、《幻想形態》とはいえ毎日、大剣で斬りつけているのが、少年たちには虐待してるように見えたようだ。毎日毎日、飽きもせず特攻を仕掛けてくる奴が多発した。

 

 え? キングハサンなら子供の特攻なんて軽くあしらえるって?

 

 

 ——恋に盲目な奴ら舐めるな。ただ一人の女神を信奉する狂信者は何も恐れず、どんな苦難も進む死兵と化すのだ。

 

 

 宗教戦争ってなんで信じるものの違いであんな争いになったのか不思議に思ってたけど、いまなら理解できてしまう。

 自身が唯一絶対と信じるものを傷付けられれば、彼らは命をさえ投げ出し元凶を排除する神の戦士になる。

 刀華ちゃんに恋し、彼女のためなら死兵と化す『女神親衛隊』(命名は僕)は本当にしつこかった。

 女神(とうか)を傷つける悪魔(おきな)を許すなとばかりに、倒しても倒しても倒しても起き上がってくる様は一種のホラーだ。わざわざ《幻想形態》で体力だけ削るようにしたのに限界超えても起き上がろうとして、転げて怪我する、壁にぶつかって怪我する、と僕の傷付けないようにした心配りがまるで意味がないように傷を増やしていった。その上、その怪我は僕がやったことになるから、ふざけるなと言いたい。

 

 特にしつこかったのが女神親衛隊筆頭の御祓泡沫だ。あのチビは刀華ちゃんに救われた恩義から特に熱狂的な信者で、最後の最後まで僕に突っかかってきた。

 タチが悪いのは刀華に全てを捧げる精神とチビの能力の相性が抜群だったことだ。

 

 御祓泡沫は数種類に分類される能力の中で最強とされる『因果干渉系』の伐刀者だ。

 他の系統に関しては話せば長くなるので省くとして、この『因果干渉系』は“因果”に対して効果を発揮するので、同じ『因果干渉系』ではなければ対抗不能というチートみたいな能力だ。

 で、あのチビもそんなチート能力を持っており伐刀絶技《絶対的不確定(ブラックボックス)》は運命を改変することで望んだ結果を作ることができるという能力だ。

 例えば、勝率1%の敵と戦ったとしても、そこに勝てる可能性が僅かでもあれば勝率100%にして百回に一回しか勝てない相手に百回戦って全勝することができる。

 最も簡単に言えばジャ◯ボ宝くじで一等が出る確率が一千万分の一なのだが当たる可能性があるのなら、必ず一等を買えてしまう能力だ。実に羨ましい。

 

 だがこの能力。ここまで聞けば万能なチート能力にも聞こえるがそうでもない。

 まず大前提として泡沫に成功率1%でもなければこの能力は意味がない。勝率0%の相手に対していくら運命を改変してもには0は0にしかならないので圧倒的格上には役立たずになってしまう。

 加えて泡沫自身の実力は高くない——てか、正直にいうと弱い。純粋な実力は学園でも下から数えた方が早い。

 だから、伐刀者ランクCもあれば倒すのは難しくない。

 

 ……が、僕が相手の場合はこの限りでなかったりする。

 

 あのチビにはとんでもない方法で僕と同じ土俵に立ってみせた。

 《幻想形態》の攻撃がチビには効かなかったのだ。

 《幻想形態》は肉体的ダメージではなく、精神的ダメージで体力を削るものだ。つまり精神干渉をシャットアウトすれば《幻想形態》の攻撃は無効化される。

 チビは刀華ちゃんへの信仰心を《絶対的不確定》で極限まで高め、一種のトランス状態になることで、全ての攻撃を無効化してみせた。

 更に火事場の馬鹿力っていえばいいのかな? トランス状態によって肉体のリミッターまで解除したチビは、《絶対的不確定》のバックアップを受けることで限界を超えた戦闘能力を見せ付けた。

 当時、四歳という未熟な身体なのでキングハサンの力を万分の一も発揮できなかったとはいえ僕の全力に追い縋るとは思わなかった。

 まぁ、そんな限界を超えた力を発揮して無事でいられるはずもなく、チビの身体は自壊してしまい、勝手に戦闘不能になった。勝手に挑んできて勝手に死にかけたんだから、僕は悪くないよね?

 

 そう思ってもいつの世も加害者と被害者で悪いのは加害者だ。施設の子供を殺しかけたとなれば流石にヤバイと思った僕は『若葉の家』を飛び出したんだよなぁ。

 結局、『若葉の家』に居たのは一年程度だか、濃い一年間だったな、うん。

 

 

 ————欠片も楽しかった要素がねぇッ⁉︎

 

 

 いや、刀華ちゃんの料理が美味しかったとか、稽古中に転んだ刀華ちゃんのスカートがめくれてラッキーとか良いこともあったけど、それを差し引いてもロクなことが起きてない!

 騎士学校に入学してしまったことといい、なんで僕の人生はこんなハードモードなの⁉︎

 

「……いま思えば、私のせいだったんだよね」

 

 内心で頭を抱えていると刀華ちゃんが唐突に呟いた。

 え、私のせいって……まさか僕とチビが刀華ちゃんを巡って争っていたのを知ってしまったのか⁉︎

 皆と対立してしまったのが自分のせいだと思ってる? 違うよ、刀華ちゃんは全然悪くない! 悪いのは勝手に争ってた僕らだから! ……いや、あれって僕悪くないよね。降り掛かる火の粉払ってただけだし。

 ああ、そんな悲痛な顔はやめて! 刀華ちゃんのそんな顔は見たくないよ!

 えっと、なんか慰める言葉を、彼女が悪くないってことを教えないと!

 

「——おかしな事を言う」

「え……」

「……傷心を負った子は他者を拒絶するのが常……それを小さき少女が解きほぐしてしまうとはな。

誇るがいい。いたらぬ光なれど、我ら孤児の中でただひとり、閃光の如く輝いていたのだ」

「——」

 

 キングハサンの言い回しって難解だよね。自分でも言ってる意味がわからん。

 彼女がいたから皆が仲良くなれたたんだよ。対立したのはあのバカ共が悪いから、君が気にする必要はないと言いたいだけなんだけど……。

 て、ああああ、今度は泣き出した! 何か傷付くこと言ってしまったの⁉︎ ごめん。やっぱり、言ってること意味不明だった⁉︎

 

「……ありがとう、おきくん」

 

 謝ろうとしたら、笑顔でお礼を言われた。それはもう見惚れてしまうほど笑みだった。

 えっと……とりあえず元気出したみたいでよかったね。

 

「うん。そうだよね。こんなところでくよくよなんてしてられない! 私は皆の期待を背負ってるんですから! だから、おきくん! 一緒に頑張りましょう!」

 

 うん。頑張ってね、刀華ちゃん。応援してるから……ん? 一緒に(・・・・)? ……あれ、いまおかしな事が聞こえたような。

 

「破軍学園に入学したってことは七星剣武祭に出場するつもりなんだよね? おきくんくらいに強い人が居てくれるなら心強いよ!」

 

いや、あの、僕は選抜戦に出る気はないんですけど……いまも不参加のメールを送信しようと……。

 

「私たち二人とも七星剣武祭に出られればいいけど、選抜戦で当たるかもしれない。そうなったら仕方ないけど、全力で戦いましょう! 十年でわたしがどれだけ成長したかおきくんに見せてあげる!」

「請け負った。その時は汝の首を断ち切ってやろう」

 

 のおおおおっ⁉︎ また返事をしてしまった。美人の頼みは断れない! てか、首を断つって冗談だからね、言葉の綾です! こんなこと言ったら刀華ちゃんもドン引き——

 

「ありがとっ! 私もがんばるたい! 絶対に負けなかとよ!」

 

 ——凄く嬉しそうな顔をしていた。そういえばこの子、バトルマニアな一面があったな。てか、興奮して素で出てるよ? 可愛いからいいけど。

 嬉しそうに走り去っていく彼女を黙って見送るしか僕にできなかった。——あ、転けた。今日は白のようだ。何がとは言わないが。

 その光景をシッカリと脳内メモリーに保存した僕は手にある生徒手帳に目を落とす。

 

『メールを送信しますか?』

 

このメールを送れば僕は選抜戦から弾かれて参加しなくてよくなる。……が、あんな笑顔を見せられて、このメールを送る度胸は僕にはなかった。

 僕は苦渋の思いで削除ボタンを押して、不参加メールを消した。

 

 

 

……さて、キングハサン。目立つのをあんたは好まないかもしれないけど。初恋の子の望みくらい叶えてもいいよね?

 

 

 

 

 



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