怪物強盗は好き勝手に生きるそうです (アシダカ伍長)
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第1話:土の中にいる【生】

初めまして、つたないのは十分承知しておりますがお付き合いお願いします






 深い森の中、突然地面が蠢いたかと思うと何かが這い出してきた。

 それは人のようにも見えたがどこか違和感を覚える。男にも女にも、大人にも子供にも見える奇妙な者であった。

 

 「あー内臓(中身)吹き飛ばされたのに生きてるなんてビックリだ」

 

 這い出して早々深く息を吸ってそんなことを暢気な声で言ってのけた。

 

 「致命傷じゃなかったんだろうけど埋められちゃうくらいには死んでたんだろうな、あはは」

 

 無邪気に笑いながら体の形を整える。これは比喩ではなく事実だ。体が人としてはおかしい有りえない蠢きを見せたと思うと歪み、抉れていた体が何の変哲もない一人の少年? 少女? の姿になった。

 

 「まあ生きてることだしあの探偵をもう一度驚かせてみようかな? とりあえずはX(サイ)として俺は生きていくんだ。やりたいことなんて……まぁ色々あることだしのんびりやろっかな」

 

 彼? 彼女? は無邪気で清清しい表情のまま空を仰ぎ見ていた。

 彼? 彼女? の名前はX(サイ)。怪盗Xiと恐れられた世界的大犯罪者だ。彼? 彼女? はその肉体を自由自在に変化させることが出来、身長体重体格性別など定まった形など無い。一応生誕したのは17年前、その時の性別は女などの情報はあるもののXはたいした意味を見出してはいない。

 怪盗Xiは自分であり自分は怪盗Xなのだ。それだけで十分。それこそが大切な自分の中身であった。

 

「人のいるところまでのんびり行こうかな? それともすぐに出ようかな? ……どっちでもいいや」

 

 Xは一応決めていたXの外見、少年の姿にして歩き出した。

 

 「そうだ、最初に会った人を驚かしてみよう、そして……」

 

 無邪気な笑みを浮かべながら森の中を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 「ほう、結界に僅かな揺らぎ?」

 『はい。よくあるブレとも誤差の範囲とも思えるのですが場所が場所だけに一応報告をと』

 

 落ち着いた声で、頭が異様に長い、妖怪ぬらりひょんと見まがうほどの老人は電話口で報告を聞いていた。それもそのはず、彼は近衛近右衛門、この麻帆良学園の理事長であるからだ。

 

 「ふむ、わざわざ気に掛けずともエヴァがそんなことをするとは思えんのだがのう」

 『ですがあの……』

 「まあ安全を確かにしたい気持ちは分かる。丁度高畑君がおる、彼に見に行ってもらば十分じゃろう」

 『いえ申し訳有りません』

 「ふぉっふぉっふぉっ気にせずとも良い。君みたいなまじめな教師がおってこそ安全が守られるのじゃ」

 

 近右衛門はそう締めくくり電話を切った。

 

 「と言うわけじゃ高畑君、すまぬが確認に行ってくれぬか? 場所はエヴァの家より三百mほど北のところじゃ」

 「構いません。では」

 

 壮年の草臥れた男、高畑・T・タカミチは二つ返事で了承し現場に向かって行った。

 

 「ふむ、胸騒ぎは勘違いではなかったかの」

 

 誰に聞かせるでもなく近右衛門は呟いた。

 




短いです
続くか不明です
罵倒されたら嬉々として危機を感じて続きを書く
行き当たりばったりです


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第2話:出会いは突然【逢】

続きが欲しいなんてお兄さんびっくりだ
約束どおり嬉々として危機を感じて書ききった


 人気の無い森の中のログハウス周囲にマッチしたこの建物には人目を避けるようにある人物が住んでいた。その人物は魔法使い。人間ではなく吸血鬼。また厳密には一人とは言いがたい。世話係のような従者と共に暮らしているからだ。

 そしてその吸血鬼は昼間から居間のソファーに寝間着姿のままでだらけていた。本日は日曜日、学生も社会人もお休みであるため特に問題があるわけではない。ただだらしないだけだ。

 

 「マスター、せめて部屋儀にお着替え下さい」

 「はぁ~。別に誰かに会う予定も無いんだからかまわんだろう」

 「……」

 

 従者の言葉は即座に却下されてしまいそのまま沈黙が続いてしまった。

 

 「はぁ。これからは誰かに会う予定があればすぐにでも着替える。それでいいだろ面倒くさ!?」

 

 だらけてきっていた吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは緩んだ空気を変え、何かを探るように顔を引きしめる。

 

 「マスター僅かな反応ではありましたが結界を超える反応に非常に良く似たものです。反応地点の距離を考えると直々におもてなしをしたほうが良いかと」

 

 このときエヴァンジェリンはこの侵入者に午後のひと時を潰した責任をどうとらせるか思考をめぐらしていた。

 完全な八つ当たりである。

 

 「マスターこちらへ、準備は出来ております」

 

 忠実 ()な従者、絡繰茶々丸の言葉に従い、不愉快そうな顔でエヴァンジェリンは着替えに向かった。

 

 

 

~~~~

 

 

 

 「もう少しだったな」

 「はい。まもなく現場になります」

 

 陽光の照る森の中を静かに歩きながら彼女、エヴァンジェリンは殺気を撒き散らしていた。周りに注意を払いながら油断無く発せられる殺気は常人には耐えられないほどである。

これは侵入者を挑発、威圧するためにやっていることだがエヴァジェリンの今浮かべている攻撃的な笑みもあわせるとプロでも馬鹿でも接触を避けるほどの効果があった。

 

 「マスター、もう少し殺気を抑えないと誰も出て来れないかと思いますが」

 「これでいい。これでいいんだ」

 

 現場まで目と鼻の先というところにあるちょっとした木の生えてない広場のような空間で立ち止まった。そこで殺気をさらに強め、いつでも懐の魔法薬を取り出せるようにしながらエヴァンジェリンは茶々丸に答える。

 

 「侵入者は何者か知らんが相当楽しめそうだ。茶々丸は気づけないようだが……さっきから私を見ている、いや観察(み)ていると言うべきか」

 

 その言葉を聞くと茶々丸は全身に仕込まれたあらゆる感知機器を全開にして周囲を探る。しかし何も感知できない。

 

 「私も正確な場所は分からない。だから釣っているんだ」

 「マスター……」

 「私も半ば本気の殺気を出しているが……緊張を微塵も感じさせないな」

 

 エヴァンジェリンはさらに笑みを深めながら侵入者の登場を今か今かと待ち構える。エヴァンジェリンには自分に襲い掛かるという確信があった。これほど自分を観察いている相手が見逃すはずが無いと。

 すると突然、エヴァンジェリンは湧き出した気配を感じた。

 

 「マスター!」

 「すぐそこだ問題ない」

 

二人の視線の先には一本の木がある。どうやら二人から死角になるように隠れているようだ。

 

 「マスターどうなさいますか……マスター?」

 

 対応を確認しようと茶々丸はエヴァンジェリンに質問したが何も反応は返ってこない。エヴァンジェリンの先ほどまで浮かべていた笑みは消えており今は焦りの表情が浮かんでいる。

 

 「馬鹿な……そんなことが……奴は……死んだと……」

 「何言ってんだ? 俺が死ぬわけねーだろ」

 

 エヴァンジェリンの呟きに答えるように赤髪の男が出てきた。

 

 「たくよー光ん中で生きろって言ったのにまーだこんなことしてんのか」

 

 けだるそうに頭をかきながら少しずつ距離をつめる赤髪の男、服装もエヴァンジェリンが最後に見た時と変わらないナギ・スプリングフィールドは言葉を続ける。

 

 「やっぱじじいに丸投げしたのはは失敗だったか? まあ俺も失敗したみたいだしおあいこか」

 

 エヴァンジェリンは混乱の渦に飲み込まれている。それは自分のあらゆる感覚が目の前の男をナギ・スプリングフィールドであると判断している。自ら受けるあらゆる情報が目の前の男がナギ・スプリングフィールドであることを疑わない。

 だが、

 

 「貴様は……」

 

 エヴァンジェリンは、

 

 「何者だ!」

 

 自らの記憶、感覚による判断よりも、唯一つの不確かなもの長年の勘により偽者と判断した。

 

 「 “氷の13矢”!!」

 

 魔法薬を使用し放たれた魔法が目の和えの男に殺到する。

 男はその魔法を全て受け止め、

 

 「あれおっかしーなぁ。十分に観察して騙しきる自信はあったのになぁ。あの探偵とネウロみたいに深く強い絆が会ってもいけると思ったのに、腕が落ちたのかな?」

 

 一人呟いた。

 

 「やっぱり少し人間と違うみたいだしそのへんが原因なのかな? ネウロみたいな魔人の力に近いのも使えるし……でもなぁ簡単に見破られたら怪盗は廃業だよ」

 

 声色も口調もさっきまでとはガラッと変わり、まるで幼い無邪気な子供のような声である。顎に手をやり考えるしぐさをしながら男はエヴァンジェリンと茶々丸を見やる。

 

 「俺ももう少し観察(み)て理解したらその力を使えるようになるかな?」

 

 赤髪の男は見た目を少年に変えた。服装は変わらない。

 

 「殺しはしないから……みせてよ」

 

 そうしてXはエヴァンジェリンと茶々丸に襲い掛かった。

 




このXがこんな積極的なのはエヴァンジェリンのせいです。人間とかだったらやんわりと接触したのに吸血鬼なんて人外やってるから興味持っちゃったんです。遊んじゃったんです。



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第3話:俺のいた所のドSはこんなものじゃ【呆】

やっと……やっと書けた


 一瞬で距離を詰めたXはエヴァンジェリンの腹に一撃を加えんと突きを繰り出す。だがそれは届かない。エヴァンジェリンの効果的なバックステップにより回避される。高速で繰り出された一撃も見切られていれば簡単に回避されるのである。エヴァンジェリンの持つ600年もの戦闘経験は伊達ではない。鉤爪のような獰猛な両手に変化しているがあたらない。

 そしてただ腕をむやみやたらに振り回しているだけの単調な攻撃は見に回ったエヴァンジェリンの前には無意味である。

 次々に連撃を繰り出すが全て回避される。そしてXの攻撃は一分と経たずに終わりを迎えた。

 

 「ふん所詮その程度か」

 

 この一言と共にエヴァンジェリンとXとのやり取りに茶々丸の横槍が入る。

 

 「どうやら期待はずれのようだな。だが貴様はこの私にケンカを売った。楽に死ねると思うなよ」

 

 この一撃で攻防が入れ替わった。

 

 「茶々丸、いたぶれ。まずは手足を動かなくしろ」

 「了解しましたマスター」

 

 Xの攻撃は単純なもの。威力はあるが直線的で予兆も分かりやすい。茶々丸にインプットされてるいる格闘技術を活かし、全身の動きを詳細に見ていれば、攻撃をかわし体を崩し一撃を加えるなど造作も無かった。

 それを繰り返されたXの体に血が滲み出す。

 

 「どうしたんだ侵入者? 私は碌に手を出していないぞ」

 

 Xは目の前の茶々丸を見ていて答えない。

 

 「もういい決めろ茶々丸」

 「了解しましたマスター」

 

 その声と共に茶々丸はXの体を大きく崩す。その隙を突きエヴァンジェリンは魔法を放つ。

 

 「氷神の戦鎚(マレウス・アクィローニス)!!」

 

 魔法薬を消費して放たれた巨大な氷塊は丁度Xの真上に現れる。

 Xを押しつぶさんと放たれたそれは、

 

 「茶々丸何を!」

 

 Xの身代わりなるように動いた茶々丸が受け止めていた。

 

 「何をしている!」

 

 茶々丸は虚空を見つめながら答える。

 

 「マスター! お逃げ下さい!」

 

 その声にはじかれるように茶々丸とXはエヴァンジェリンに肉薄する。

 

 「へぇ。ロボットに電子ドラッグを使うとこうなるんだ」

 

 Xは実に興味深そうに言葉を発する。

 

 「意識ははっきりしている、自我もはっきりしている、たださっき与えた命令を忠実に行う。うーんあんまり好きじゃないなあ。でも人間用だったのを適当に改造した奴だから仕方ないか」

 「ぐ、ぅ、貴様ぁ!」

 

 エヴァンジェリンは一瞬で窮地に立たされた。茶々丸の正確な攻撃とXの思いも寄らぬ一撃を捌ききれないでいる。組み込まれている無駄の無いお手本のような攻撃、思うがままの動物的な攻撃。攻め手が二倍になり繰り返される攻撃が徐々に追い詰めている。

 

 「とりあえず少し見せてよ。自分の中身は分かっているけど観察するのは怪盗Xのライフワークだから、さ!」

 

 そしてXの一撃が腹に突き刺さる。

 

 「ガハッ!!」

 「マスター!」

 

 茶々丸は苦悶の声を聞きながらもエヴァンジェリンを押さえ込む。

 此処に勝負は決し、観察のための準備が始まった。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

 

 「……マスター申し訳有りません」

 「気にするな。自由意志がなくなっているのはそのちぐはぐさで分かる」

 

 魔法使いと従者が交わす言葉は何の変哲も無い謝罪と赦しだ。ただ従者魔法使いを羽交い絞めにし、魔法使いはただ大人しく目の前で行われていることをため息混じりに見ていた。

 

 「やっぱり肉体的には人と大差はないなぁ。自己修復が俺みたいに少し強いくらいかな。でもそれだけであの魔法? が使えるのはなにかまだ見つけてない理由があるんだよな」

 

 目の前で行われているのは観察。Xはエヴァンジェリンの腹に腕を突き刺し、手の先を目に変えて観察しているのだ。当初は身体の中身の一部を取り出して観察しようとしていたのだが今(・)のエヴァンジェリンでは耐えられない。そのためにこんなサイコちっくな絵面になっている。ちなみに痛覚に関してはXがエヴァンジェリンの痛覚を誤魔化すように腹に腕を突っ込んでいるため問題ない。

 

 「まあやってみれば足りないものはわかるかな」

 

 そう言うとXはエヴァンジェリンを正面からエヴァンジェリンの全身を観察し、

 

 「っ! 気も魔法も微塵も感じさせずに……」

 

 エヴァンジェリンに姿を変えた。

 

 「ふ、う。やっぱり小さい身体になるのは負担がかかるな、でも俺が見た限りあんたと同じにはなれたはずだよ」

 「っ! 私の顔と声を勝手に使うな!」

 

 まったくの瓜二つ。見た目も雰囲気もXは完全にエヴァンジェリンになった。

 

 「たしかこうだったな」

 

 そう言ってXは近くにある木に向かって、

 

 「氷神の戦鎚(マレウス・アクィローニス)!!」

 

 魔法を放った!

 ……放ったはずだった。

 エヴァンジェリンは確かに感じた。魔力の流れを。しかし足りなかった。

 

 「あ、れ」

 

 エヴァンジェリンが使っていた魔法薬が足りなかった。結果起こったのは不発と魔力切れ。Xはその場に倒れて気を失った。

 

 「……判断に迷う有様だな」

 「単純に知識の不足が原因だと思います。しかし今の姿はマスターと見分けをつけることが出来ません。魔法よりも完璧に他人の姿をとっています」

 「ふむ、興味深い。頭は馬鹿だが有り方は破天荒この上なく、そしてこの異常すぎる力か……」

 

 エヴァンジェリンは先ほどまで持っていた殺意を霧散させていた。これはいうなれば子供に本気になって怒るのは大人気ないという意地やプライドに似たもののおかげである。

 

 「ところで茶々丸、いつまで羽交い絞めにしているのだ?」

 「……申し訳有りませんがあの暗示が説かれるまでです」

 

 こうして二人はしばらく互いにある意味拘束されたまま過ごすのであった。

 

  




さて次はおなじみのバルタンだ


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人物紹介:怪盗X

怪盗Xを知らない人向けに書きました。でも多大なネタバレありです。覚悟して見てください。
知っている人は見ないほうがいいかもです。
※たぶん間違ってないと思います


怪盗X(かいとうさい)

兵器メーカー「ヘキサクス」の会長ゾディア・キューブリックの娘。幼い頃から父親の所有する研究所で暮らしており5歳になるまで一切外に出ることの無かった“箱”入り娘。父親からほかの兄弟には無い多大な期待を寄せられているほどに優秀な娘だった。

 

 母親は出産直後に死亡している。異母兄弟も自分含めて11人以上いるがその全てが人為的により死亡している。実は母親もある人物により殺害されている。

 

 外の世界で学ばせ、それによる成長を期待していたために一人で自由にさせていた。(もちろん監視などはあった)しかし某国の工作員イミナの手に落ち、そのときから一切の補足が不可能になってしまった。

 

 いつの間にか怪物強盗Xi(かいぶつごうとうえっくすあい)と呼ばれるようになったがそれは幼い頃からの自分の記憶が、定期的に起きる脳細胞の変質により失われてしまい自分が何であるか分からなくなり自分探しの手段として行った犯罪行為の結果である。その犯罪は製作者の内面が詰まった美術品を観察すること、人の中身を観察する際に『箱』に詰めてくまなく観察する、といった残虐な行為、この人の死体の有様が怪物と称された原因にもなっている。

 

 17歳の頃に父親の持つとある組織のナンバー2の人物が漸くXの居場所を突き止め父親のもとに帰ることになった。その際に怪盗Xの犯罪行為のサポートをしておりかつ相棒であり、Xが行方不明になる原因になったイミナは父親の手により射殺されている。

 

 父親の元に帰った後は怪盗Xであったことを忘れさせるために再教育を施され実の娘、イレブンに生まれ変わった。ただあまりにも人格が変わり、しかも父親の道具としか見ていないような要求をも淡々と行う姿を見た怪盗Xを知る探偵に、それは本当の自分では無いと言われ、探偵により忘れていた怪盗Xの情報を手に入れ、最終的に怪盗Xとして生きることを選んだ。その際にかつての相棒であるイミナ(通称アイ)を殺したとして父親を手に掛けようとしたが返り討ちにされて死亡する。

 

 ちなみにアイとの関係は日によって主人、子守り、友人、恋人、兄弟、姉妹、他人のいずれか。

 

能力:肉体を自在に変化させることができ、脳をコンピューターにすることもできる。また見ただけで相手の思考を読むこともでき、電子ドラッグを使って相手を自在に操ることもできる。

 

生年月日・身長・体重:「自由自在」

 

本当の顔:「現在の顔」

 

本当の自分:「現在の自分」

 

好きなもの:「怪盗Xの好きなもの」

 

嫌いなもの:「怪盗Xの嫌いなもの」




嘘はついてないよ真実を言ってないだけだ


……はいごめんなさい。遊んでたら本文書けませんでした!

自分はコレよりGを狩ってきますそれで許して下さい、サー!


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第4話:本当にココはどこだろう?【逃】

ようやくネギま時期決定です


 高畑・T・タカミチは今目の前の光景に軽くこめかみを押さえている。

 茶々丸が拘束しているエヴァンジェリンと倒れているエヴァンジェリン。二人のエヴァンジェリンがいるのだ。

 

 「申し訳有りません高畑先生、私はマスターを拘束してしまい動けませんの倒れている侵入者の捕縛をお願いします」

 「タカミチ、そいつはさっさと拘束しておくに限るぞ」

 

 目の前で倒れているエヴァンジェリンはやはり侵入者であると確認が取れたのだが、どこからどう見ても本人との違いが分からないのでつい躊躇してしまっているのだ。

 

 「わかっているよ。それにしても見事だな。エヴァと見分けが付かない変装、茶々丸君を気絶しながらも操っているところといい無傷で倒れているのが疑問だけど」

 「そいつが勝手に魔力切れを起こしたんだ。間抜けじゃなければ私たちはやられていた」

 

 その場にいた三人の視線が倒れているXに集まったとき、

 

 「う、うーん。あー失敗したなぁさっきの薬が無いと使えないのか」

 

 Xは上半身を起こしながら一人呟いた。

 

 「で、あんた誰?」

 

 胡坐をかいて目の前の男、タカミチに声を掛けた。ちなみに姿はエヴァンジェリンのままである。

 

 「うんそうだね、僕はこの麻帆良学園で教師をしている高畑・T・タカミチというんだ。君の名前を教えてくれるかな?」

 

 優しい笑顔のままで言葉を発したが一切の油断無くいつでも居合拳を叩き込めるようにしている。

 

 「そうだな、俺の名前は『X』、『怪盗X』が俺の名前だよ」

 

 自分の顔、自ら定めた顔に戻しながらXはシンプルに答えた。

 

 「「!!」」

 

 しかしそれを見ていた二人は混乱し、共にXという人物について考察を始めた。

 

 「(魔力、気も一般人と同等程度にしか感じない。つまりあの肉体変化は生来の身体能力。つまるところ私と同じ人外か。少々がっかりだな。だとしても茶々丸を操ったのは……催眠術の一種か? あの時にも魔力の類は発していなかったしそうであると考えるべき。魔力も気も使えない身で相当な芸達者だな。もしくは使えないと誤認させているか。『あのこと』も知っていた、怪盗などと自称しているのは何かしら意図があってのことだろう。大ボケのような所作も狙っての物と考えるのが妥当か)」

 「(今のは一体!? 気や魔力を使わず、気配すらも同一の物にするとは……危険かもしれないが邪気は感じない。もう少し話をしてから判断するべきか)」

 

 二人ともが一応の結論を出してXを見やる。既に顔体格共に本人の物に戻っていた。

 

 「申し分けないけど僕たちについてきてくれないか? この学園の最高責任者の学園長と話をして欲しいんだ。君は一応学園への不法侵入者ということになるからね」

 「えー」

 「貴様のような身元不明な奴が侵入しておいて放っておくことが無いくらい分かるだろうが!」

 「だって面倒くさいし、普通の人間の中身なんて今は興味はわいてこないし」

 

 Xはなんとなしに放った不満の声だったが、『普通の人間の中身』という単語に二人は大いに意識を奪われた。あまりにもその異常な単語に。

 

 「もういいや。分かったから早く連れて行ってよ」

 

 駄々をこねるのが面倒になったのかあっさりと意見を変えた。

 

 「っ! あ、うんありがとう。それじゃあ僕についてきてくれるかな。エヴァも来てくれ、一緒に説明に参加してくれると助かる」

 「……そうだな、分かった。茶々丸付いて来い。対策はちゃんとしてな」

 「了解しましたマスター」

 

 こうして高畑はようやくこの麻帆良の最高責任者の下にXを連れて行くことができるようになったのだ。

 

 「(それにしても俺が不法侵入か。あとは学園とか言う単語もあった。俺が死んだのはシックスの掌握していた遊園地跡の外れ、学園なんかあの周囲にも影も形も無かった。もしかしたら死んでから目を覚ますまでに周り全てが変わるほどに時間が過ぎたのかな? もしそうだったら俺を知ってる奴なんてネウロ以外はいなくなっちゃってるかもなぁ)」

 

 Xもただの阿呆ではない。相手に違和感を与えることなく自らの存在を謎に包むことは出来る。伊達に怪盗なんてやっていない。ちなみに今四人は先頭に高畑とエヴァンジェリン、その後ろにX、Xを挟むように最後尾に茶々丸となっている。これは先頭の二人が話し合いながら歩いているためにこうなってしまったのだ。

 もちろんエヴァンジェリンと茶々丸は先ほどのは催眠術の一種と当りをつけている。それに対する対策はもちろんすぐさま行った。あれは視覚にうったえたのであろうと予測していた。故に視覚情報は全てカット、今は聴覚などその他の感覚で周りを視ているのだ。そしてその対策は正しい。Xの持っている電子ドラッグは映像によるものしかないのだ。

 Xが電子ドラッグをより応用性を持たせるために改造していれば別だがそんなことはしていない。特に興味がわいていないからだ。

 

 

~~~

 

 

 森を抜けるまでXは周りをキョロキョロしたり前を歩く二人をじっと観察したりしていた。だが今はそんなことはしていない。森を抜けたときどうしても目を離せないものが目に飛び込んできたからだ。

 ヨーロッパのような街並みにだろうか? もちろんXはそんなものに目を奪われたのではない。目を奪ったのは悠然と佇む巨大な樹、世界樹である。

 

 「(あんな巨大な樹が日本にあるわけ無いよなぁ。本当にココはどこだろう?)」

 

 前を行く二人の服装から見て巨大な樹が育つほどに時間が経っているとはXは思えない。

 

 「ねぇ、今日って何年の何月何日だっけ?」

 

 浮かんだ疑問はすぐに解きに懸かった。

 

 「ん? 今日は2002年の2月8日だけどそれが何か?」

 「別にー」

 

 このやり取りでさえも高畑は緊張をはらましていたがXはどこ吹く風だ。

 

 「(過去? それこそわけが分からないなぁ。こんな樹があるなんて聞いたことが……忘れてるのかな?)」

 

 結局Xは自分の現状をあまり理解しないままでいた。

 

 

 

~~~

 

 

 「タカミチ貴様はどう見る?」

 「どうといわれても。まあ不思議な子としかまだ言えないね」

 「甘いというか楽観視しすぎだ。奴の目的は不明、能力は未知数、見た目や雰囲気に邪気が無いからと……私は腹に手を突っ込まれたのだぞ?」

 「え!? ……まあ学園長の判断が出るまでは無闇に手出しすべきじゃない。もし敵対するならその時に覚悟すればいいさ」

 

 あんな無邪気そうな少年がそんなことをしていたとは高畑も驚いた。しかしそれでも積極的に敵対しないようにと高畑は考えたようだ。

 

 「ふう……結局はあのジジイ次第か。だが奴はナギにも化けていた。それも見た目は完璧にな。もしこれから久しぶりに会った人間が奴、Xではないと確信できなくなるほどのものだ。コレが目的なら奴は見事目的達成だぞ」

 「ははは……でもそれが目的かな?彼は『怪盗X』と名乗った。僕は聞いたことは無いけど聞く人が聞けば意味のある言葉なのだと思うよ」

 「まぁそれは確かだろうな私も聞いたことは無いが、私独自で調べさせてもらう。タカミチも何かわかったら教えろよ」

 Xに聞こえないように声を殺しているが正直Xなら聞こえていてもおかしくは無かったりする。ちなみにXはこの話に興味を持っていないため聞こえてもすぐに忘れている。

 話しながら歩いているうちにいつの間にか学園長の部屋の前までやってきていた。

 

 「学園長、侵入者の……Xと名乗る少年を連れてきました」

 「うむ、入りたまえ」

 

 高畑は扉をノックして用件を伝える。そうしてXを連れて入ろうと目をやると……

 

 「ようやく気づいてくださいましたか。Xさんは先ほど飽きたと言って私に『高畑先生かマスターが気づくまで大人しく付いていくように』と言う命令を下されどこかに行かれました。何も出来ずに操られてしまいました。マスター何度も申し訳有りません」

 

 Xは既にいなくなっておりその場の二人は何も言えず呆然としてしまった。

 ちなみに今回Xはアヤ・エイジヤの能力の劣化コピーを使い、電子ドラッグの対策を一瞬解かせ、その隙に命令を下したのだ。まさに対人間、対機械の初見殺しである。

 

 「おいタカミチ、すぐに探せ! 茶々丸! 超かハカセの元に行ってこの催眠術対策を完璧にして来い!」

 

 そう言うや否や高畑は外に飛び出しエヴァンジェリンも窓から周囲を探るが見つからない。

 

 「ひょっ! 逃げられたのか?」

 

 状況をろくに把握できず学園長の近衛近右衛門はまずエヴァンジェリンに細かい状況を聞くことになった。

 

 

~~~

 

 

 「ふうん。本当に大きな樹だなあ。樹齢どれくらいだろ?」

 

 世界樹のそばに麻帆良学園本校女子中等学校の制服を着込んだ黒髪の少女が佇んでいた。

 その正体は勿論Xである。三人の下から逃げ出した際に目に付いた生徒の姿だけを借りたのだ。目くらましのためである。それから目立たないように商店街を歩きながらこの世界樹のもとにやってきたのだ。

 

 「うーん何が起きたのかやっぱり分からないけど……もういいや。俺はココに生きているってことで」

 

 Xの出した結論は『どうでもいい』である。重要なのは自分が何者であるかだけであり現在の居場所など些細なことなのだ。

 

 「でもこれから何しようかな?」

 

 そして目的を見失ってしまった。自分の中身を知ることが目的であったため中身を知った今では目的が無くなっているのである。

 

 「うーん、面白そうな中身の誰かに成り代わって生活してみようかな?」

 

 危険な思考に行き着きそうになった時、

 

 「あ、あの、せっせっちゃんこんなとこでなにしとるん?」

 

 凄く緊張した声色の笑顔の少女が話しかけてきた。




ふぉっふぉっふぉ、ぬらりひょんとのテンプレをあえてはずしたけどコレからどうしよう。
ちなみに私はネギまでは刹那とかこのかとか好きですよ。茶々丸も好きですし。
あと子供の頃って好きな子ほど意地悪したくなりますよね?
ちなみにネギま世界にネウロキャラ出す気はあります。出るのはネウロ原作で死亡確認!なキャラだけですよ。
PS 次話はもう少し早く書いて見せます! ……頑張ります


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第5話:辻斬りにあったら一緒に逃げるよね【拐】

気が着いたら書けていた


 「せっちゃんこんなとこで一人で何しとるん?」

 

 そこには買い物袋を持つ大人しそうな少女が明らかに緊張した表情で、しかし笑顔で立っていた。

 

 「(せっちゃん?……桜咲刹那、幼馴染、疎遠、再会、このちゃん、お嬢様?)」

 

 Xは目の前の少女から表層に浮かぶ簡単な記憶を読み取りどうしようかと考える。

 

 「(この娘を箱にして成り代わってみようかな?)」

 

 怪盗Xとして動くことを決めて目の前の少女近衛木乃香に近づく。

 

 「このちゃん……」

 「っ! せっちゃ「神鳴流奥義! 斬岩剣!!」

 

 その時、空から二人の間に剣が振るわれた。Xはとっさに木乃香をかばい、腕の中に引きこんだ。振るわれた剣の衝撃から守るためである。しかしその衝撃のすさまじさは一般人である木乃香の意識を刈り取るのに十分であった。

 

 「一般人も巻き込む不意打ちは「お嬢様から離れろおおおおおお!!」

 

 剣先を向け強く言い放つ。すさまじい殺気も共に乗せているが、Xは特に反応しない。聞く耳持たず、と言うことをすぐに理解したXは目の前の少女を詳しく見てようやく気づいた。今時分が借りている姿のご本人、桜咲刹那であると。

 

 「幼馴染の危機に現れたのか」

 

 Xは刹那の顔のまま、腕の中で気絶する木乃香を運びやすいようにいわゆるお姫様抱っこにして言葉を発する。

 

 「早く助けないとこのちゃんが大変なことになっちゃうかも?」

 

 分かり易すぎるあからさまな挑発を行った。しかし、

 

 「貴様あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 刹那の冷静さを失くすには十分すぎた。

 

 何度も振るわれる鋭い剣閃。しかし一度たりとも掠りもしない。Xは余裕を持ってかわしていた。刹那は大振りのまま力任せに振るっている。Xにとっては隙だらけすぎて造作も無くかわす。

 少なくとも手数を増やさないと体力差的にジリ貧である。

 ただ無為に時間が過ぎるがXはじれったいと思いながらもこれから起こるであろうことを待っていた。上手く行くかは分からないが上手く行った時の反応を見てみたいと思ったからその時を待っていた。

 そして、数十秒間もの攻防はそこに現れた人物によって終わりとなった。

 

 「先生! お願いします!!」

 

 言葉少なく叫ぶ。

 その声に応じて色黒の肌を持つスーツ姿の中年男性は、目の前で背を向けている人物に狙いを定める。

 何せ今、この麻帆良ではある種厳戒態勢がひかれているのだ。その理由はある人物が不法侵入し、逃走中だからである。現在総力を挙げて捜索中のところ、この魔法教師ガンドルフィーニが先ほどの斬岩剣の衝撃に気づいたのだ。そのため確認に来た所、気絶した少女を抱える魔法生徒、桜咲刹那とそれに切りかかる自らに背を向けた人物を見てしまったのだ。そこで先ほどの叫び声、彼の拙速な行動は仕方の無いことだろう。

 つまりガンドルフィーニは後ろから桜咲刹那に襲い掛かってしまったのだ。

 

 「先生、この場を頼みます! 私はその……」

 「みなまで言わなくていい、安全なところに連れて行きなさい」

 

 そう言ってガンドルフィーニの目の前で堂々と侵入者であるXに近衛木乃香を連れ去られてしまうことになる。

 ガンドルフィーニは立ち去るXから目線を今自分が打ち倒した侵入者と勘違いした刹那に戻す。そこで初めて気が付いたのだ目の前の人物も刹那であると。

 

 「な!」

 

 驚愕の声を上げとっさに今いた人物が立ち去った方角に目線を向けると。

 離れたところに勝ち誇った笑みを浮かべるXがいた。顔は本来の物に戻している。

 

 「待っ!」

 

 Xは人一人運んでいるとは思えないほどの速度でそのまま走り去っていった。ガンドルフィーニは追おうとも思ったが追いつける可能性は低いと判断し上への報告と刹那へのしかるべき対応をすべきとした。

 

 「……すまなかった桜咲君、私のミスだ」

 

 まず謝罪をし続いて携帯を取り出して報告をする。その間刹那はただXが走っていった方向を見ていた。

 

 「本当に申し訳ない。私の軽挙な行動が招いた結果だ……すまない……ほんとうにすまない!」

 

 何度も謝罪しながら刹那に肩を貸して立たせ、医務室に向かう。

 だが、刹那はその言葉を全く聞いていなかった。

 

 「(まただ……)」

 「また守れなかった……」

 

 過去の記憶を思い出す。

 

 「また目の前で、守れなかった……」

 

 刹那の心にひびが入った。

 

 「あ……ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 「桜咲君!」

 「また!……まただ! 私はっ、お嬢様の! 護衛なのに! また……守ることが! でき、出来なかったあああああああああああああああああああ!!」

 

 刹那の泣き叫ぶ声がまわりに響いた。




(`・ω・´)キリのいいところで


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第6話:俺の名前はX、怪盗Xだ【名】

むしゃくしゃしてやりました
ごめんなさい


 「どうしようかな?」

 

 Xの目の前には気絶した少女、木乃香がいた。

 

 「この娘に成り代わっても誘拐現場を見られてるからすぐにばれちゃうだろうし、どうしようかな? また電子ドラッグで操りきってみようかな? でもあれ面倒くさいからなあ」

 

 どうするか良案が出ずにただ木乃香を見下ろすしかなく扱いに困っていた。ちなみに今二人がいるのは麻帆良の外の一般的なホテルの一室である。

 

 「もういいや、『盗む』ことが出来ないなら『箱』にする必要は無いし目を覚ましたら麻帆良に帰ってもらおう」

 

 とりあえず『怪盗X』として『箱』と『盗み』は切り離せない。これは一種のキャラ付けだがXにとっては重大なことである。適当な美術館にでも入って活動しようとXはこれからの行動を決めた。

 そして木乃香を帰す前にちょっとしたいたずらを仕掛けようと刹那の姿をとった。騙されたと分かったときの表情を観察するためだ。

 

 「早く目を覚まさないかな」

 

 そういいながら肩を掴みガクガクと揺らして気絶している木乃香を無理やり起こした。

 

 「う、う~ん」

 

 ぽやぽやとした雰囲気を漂わせながら目をこすってゆっくりと目の前にいる人物を木乃香は見つめる。

 

 「このちゃん、大丈夫?」

 「う~ん、あ…………おはようせっちゃん」

 

 じっと観察していたXは言葉を失った。

 

 「(俺が刹那じゃないとほぼ確信している? どうやって見抜いたんだ? それに指摘もしてこないで刹那に挨拶したし……)」

 

 Xはこの事態にひたすら木乃香を観察する。

 

 「ん~どうしたん?」

 

 この木乃香の声に、

 

 「あ~もういいや、何故かばれっちゃったみたいだし」

 

 Xは自分で答えを見つけれないと判断してギブアップした。そして顔と身体を元に戻しながら木乃香に話しかける。

 

 「どうして分かったんだい? 完璧だったはずだけどな。ここんとこ見抜かれ続けてるしそんなに分かりやすいのかな?」

 

 Xは思い返す。弥子に見抜かれ、エヴァンジェリンに見抜かれ、そして今木乃香に見抜かれた。正面から騙そうとした相手に連敗続きなのだ。せいぜいがつい先ほどのガンドルフィーニを騙したくらいである。しかもアレは不意打ちに近いもの、負け続けていると見ても仕方の無いことだろう。

 

 「え? う~んパッと見はせっちゃんや~と思ったんやけどなんかちゃうな~って思っただけやけど」

 「なんとなく?」

 「せや、なんとなく」

 

 それだけでほぼ確信するなんてとついXはため息をこぼす。しかし興味もわいてきた。

 

 「でも本当に凄いと思うわ、せっちゃんとそっくりやったし」

 「でもばれちゃったし、何であんたにばれたのか原因が知りたいよ」

 

 Xはじっくりと木乃香を見る。

 

 「う~ん上手く説明でけへんねん。ただせっちゃんや無いのは確実やと思っただけやし……せや、名前教えてくれへん? うちの名前は木乃香、近衛木乃香や」

 「木乃香か。俺の名前はX、怪盗Xだ」

 「かいとうさいって言うんか、漢字でどう書くん?」

 「……サイはそのままアルファベットのX。後は……iをつけたりもするかな。今はXだけでいいよ」

 

 

~~~

 

 

 現在麻帆良工学部の一室にてとある改良が施されていた。緊急の要件であるためそこを根城とするあるマッドな科学者が一人突貫で改造を行っているのだ。

 

 「一体何が起きたネ! 緊急を要する改造なんて」

 

 その研究室に一人の少女が入ってくる。その少女は超鈴音、とある計画のために暗躍する若き天才である。

 

 「ハカセ! 茶々丸! 何があったか説明が欲しいヨ!」

 

 鈴音は目の前にいる二人に詳しい説明を求める。

 

 「本当に何が起きた? 非常に重要なのはわかったが詳しく教えて欲しいネ」

 

 冷静に話を聞くように気持ちを落ち着かせて目の前にいる葉加瀬聡美に声をかける。

 

 「……これはすごい……凄いですよ!」

 

 聡美は声を荒げて喋りだす。

 

 「いいですか! 今回起きたのは視覚情報によって脳へ最優先命令を書き込むというものです! いいですか視覚! 視覚だけでそれを行っているんですよ! コレを行うなんて今までの常識では不可能だったんです! なにせコレを行うには人の脳を十全に理解するのが前提条件になります! しかもそれだけじゃ有りません! 人それぞれの個性と言うノイズも有ります! それすらものともしない完璧な洗脳の手段! 私でも敵うか分からないほどの天才の技術! それの結晶なんですよ! つまりコレを使いこなせば私たちの計画だって簡単に!」

 「ハカセ! 突然どうしたネ! 途中から趣旨が変わってきてるヨ! まず簡潔に説明をして欲しいネ! それに不用意なことは言わないデ!」

 

 鈴音は聡美を落ち着かせるように声をかける。

 

 「つまりはこの電子ドラッグと言うものを使えば計画は完璧……あとは使いこなすだけ、そんなこと私には造作も無い! なぜなら! 我等! 麻帆良工学部の科学技術は世界一イイイイイィィィィィ! できんことはないーーーーーー!」

 「ハカセエエエエエエエエエ! どうしたネエエエエエエエエ!!!」

 

 聡美の奇声に鈴音は混乱する。

 

 「さぁ! このまま一気に電子ドラッグをばら撒き麻帆良の皆の思考を檻の中に閉じ込めてしまえば、超の計画を阻むものは何もなあああああああああい!」

 「何言ってるネ! さっきからおかしすぎるヨ!」

 「申し訳ありません、ハカセは私が見せられた電子ドラッグを解析してからこうなってしまって……」

 「洗脳されてるネエエエエエエエ!」

 

 鈴音は落ち着かせるためにひたすら話しかけていく。

 

 「洗脳してもどこかに穴がきっとあるネ! そうなったら取り返しがが着かないヨ!」

 「失敗を恐れては科学は進歩しなあああああい! 科学のためならこの身の一つや二つ簡単にくれてや、ゲフゥ!」

 

 乙女としてはよろしくない呻きを上げて聡美は床に沈んだ。鈴音がみぞおちに一撃を与えて沈めたのだ。

 

 「後始末どうするネ……」

 

 研究室はぐちゃぐちゃになり茶々丸の腕は何故かガトリングガンに取り替えられていた。

 聡美の洗脳解除、茶々丸の改修、鈴音は頭痛に頭を押さえた。




木乃香の口調が大阪さん弁になってしまいそうです
ハカセがこうなったのはジョジョが面白すぎたからです!
本当にごめんなさい


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第7話:やりたい事って唐突に変わるよね【旅】

天然には振り回されるしかないよね!


 「ふむ、つまり麻帆良の外へ逃げられてしもうたと言うわけじゃな」

 

 学園長、近右衛門はXの探索に出ていた魔法関係者からの報告をまとめたものを源しずなから聞いていた。

 

 「はい。表門にまわっていた人員は全て無力化されていましたので確実かと」

 「じゃがそれがフェイクでありいまだ麻帆良に潜伏しておる可能性も考慮する必要があるのう。まず無駄に終わるじゃろうがチームを組んでの警邏を行っておいてくれるかの」

 

 近右衛門はまず結界内の捜査に人員を割かせた。無意味に終わるとわかってはいても見逃しての最悪を回避するために必要な処置なのだ。この判断に口を挟むこと文句しずなは報告を続ける。

 

 「結界のほうはどうかの?」

 「はい。今のところ全く不審な点は有りません。侵入者がどのようにして侵入したのか全く見当が付きません。未知の結界破りの技術だとするとこれからの警備を根本から見直す必要が有ります。正直そうだとすると恐ろしいものです」

 「コレコレ、あまり憶測が過ぎると思考の幅が狭められてしまうわい。今までの警備の方法に僅かでも穴がないかをもう一度精査するよう言っておいてほしいの」

 

 近右衛門は一つ一つ指示を出しながら今回の事件の問題を処置していく。今回のような事件の事後処理は全て学園長が下すようになっているからである。

 

 「あと、刹那君の容態はどうじゃ?」

 「……今は薬で眠らせて大人しくさせていますが目を覚ましたら……」

 

 二人ともの顔が曇る。

 

 「非常に難しいものじゃが上手くやってやってくれ、彼女はまだ子供なのじゃからの」

 「はい、ではガンドルフィーニ先生の進退についてですが」

 「それもこちらが渡していた情報の不足が招いたものじゃ。いささか彼にも責任はあると判断して減給二ヶ月と夜間警備日数を増やすことでよしとしよう」

 「よろしいのですか?」

 「何、彼の責任感が強いのは知っておる。重大ミスを起こした後であるなら彼も同様なミスはせぬよう、汚名返上するよう頑張ってくれるじゃろうし問題はないの」

 

 近右衛門の寛大とも言える処置にしずなは少し安堵の表情を浮かべた。しずなもガンドルフィーニの憔悴しきった姿を見ているので追い討ちになるような事態は望んでいなかったが故の表情だ。ガンドルフィーニは見ているほうも辛くなるほどに憔悴しているのだ。

 

 「あと、一部から今回の件は関西の手の者による犯行ではないかと声が上がっています。闇の福音もそれに協力したのではないかとも」

 「ふぉっ!? ふむ、何の証拠もなしに疑いなんぞかけんで欲しいのう。何が起きてもやれ関西の者が、やれ闇の福音が、とのう。ちと困った風潮じゃ。疑いの声を上げるのは簡単じゃがそれが濡れ衣だったときの相手の気持ちも考えてくれぬと。それを相手するのはわしなんじゃし」

 

 近右衛門は今回の件を外に漏らすことの内無いよう内内の手の者だけで処理しようと四苦八苦していた。特に関西呪術協会に洩れることのないようにと。下手に洩れたらただでさえ険悪な関係がすぐにでも凶行に走るレベルまでに悪化してしまうと読んだからだ。

 

 「物的にも状況的にも証拠はないんじゃ。このまま単独犯、第3の組織として捜査を頼む」

 「一応関西にも探り位は入れるべきかと」

 「もう一度言った方がいいかの?」

 

 間髪いれずに言い切り反論の一切を受け付けなかった。それは今回の侵入者は関西の手の者ではない、単独犯であると近右衛門はある種確信していてそれを信頼していたからだ。

 伊達にこの年まで生きて巨大組織のトップに上り詰めてはいないのだ。それにもし関西だとしたらの西の長であり自らの義理の息子でもある近衛詠春の方から何かしらのアクションがあるはずである。それがあってからでも遅くはない。自らに有利なカードになると踏んでいたからだ。それは後に使える手札にもなる。木乃香は心配だが西の手の物であれば多少は構わないといくらか打算的に判断したのだ。

 しかし同時に関西に気取られないために木乃香の捜索を大々的に行えないのが歯がゆくも感じている。組織のトップなのが家族の情を優先できないのだ。

 

 「報告は以上かの?」

 「は、はい、以上です。失礼しました」

 

 そう言ってしずなは一礼し退室していった。

 一人残った近右衛門は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 「一年後に控えた例の計画。あらゆる手を尽くして魑魅魍魎どもの手に渡らぬようにしたのじゃ。此度の件は洩らすわけには行かぬ。邪魔になるなら最悪消えてもらうことになるのう」

 

 近右衛門は天井を見やりながら言い切った。顔も知らぬ侵入者に向けた言葉を。

 しかしその数分後にかかって着た電話により冗談抜きで本気で消すかと、裏の手の物に渡りをつけるか本気で悩むことになった。

 

 

~~~

 

 

 「そういやここってどこなん?」

 

 木乃香はやっと自らの状況を把握しだしたのか自分がどこにいるのか疑問に思った。今の現在地はホテルの一室。疑問に思うのがいささか遅いようだが。

 

 「ん~? その辺のホテルだよ」

 「そうなんか。でもなんでうちこんなとこおんの?」

 

 木乃香は目の前で寝転がってだらだらしだしたXに質問を始める。

 

 「ん、俺が誘拐したからだよ」

 「そうなんか~うち攫われてしもたんか~うちどうなってまうの?」

 「ん~家に帰ってくれればいいけど?」

 「家に?」

 「うん、家に」

 「そうなんか~」

 

 いまいち暢気な空気を漂わす会話が続けられていた。Xは特に急ぎの目的もなく、ただ適当に『怪盗X』のイメージそのままの行動をとろうと考えているだけだ。

 

 「Xはこれからどうすんの?」

 「ん~?」

 

 Xはただうなるだけで答えなかった。美術館に入って盗みと『箱』作りをやるとは決めたけどこれからすぐにやろうとは考えてなかったからだ。

 

 「何があったんかわからへんけどうちも家に帰るよう言われてるみたいやし、予定があらへんならXもいっしょに京都に行かへん?」

 

 この提案にXは疑問の声を上げる。

 

 「京都?」

 「せや、うちの家って京都にあんねん」

 

 Xは木乃香が何を言っているのか一瞬理解できなかったがすぐにただの勘違いで京都に行くのだと判断した。

 

 「そうだな~……うんそうだな、木乃香と一緒に行こっかな」

 

 Xは怪盗の活動は京都に行ってから考えようと決めた。京都なら怪盗活動をするのにも十分なほど美術品があると判断したからだ。

 こうしてXは木乃香との京都旅行を決めたのだ。

 

 「じゃあ行こ」

 

 そしてXは寝転がっていたのをやめて立ち上がり木乃香の手を引いてホテルから出て行こうとした。

 

 「え!? 今から行くん?」

 

 木乃香は驚きの声を上げた。Xのあまりにもの急で積極的な動きにびっくりしたのだ。

 

 「覚えているうちに行動しとかないとね。俺すぐに忘れちゃうから」

 

 今のXなら記憶の勝手な消去は起きなくなっているのだが、忘れないうちに思い立ったことは行動に移す癖が出た形だ。

 

 「そうなんか~」

 

 流れるまま流されるまま、あれよあれよと木乃香はXにつれっられて行く。Xの力に抗うすべは木乃香にはない。

 

 「あ、アスナに伝えんと」

 

 木乃香はせめて同室の明日菜に京都行きを伝えたいとXに意志を伝えた。

 

 「あ~携帯どっかに落としてもーてるわ」

 「木乃香、早くしてよ~」

 

 Xに急かされ木乃香は仕方なくホテルの電話を使い、明日菜に京都行きの件をさっさと伝えた。このとき伝えたのは最低限の情報、京都に行くことになったのと同行者にXがいるという2点だけだ。これはさっさと出て行ってしまったXを追いかけるために仕方なく最低限の情報だけを伝えたためだ。

 こんな中途半端な情報だけしか伝わらず聞いたことのない人物が同行者、明日菜は携帯に折り返しても木乃香が出ないため何が起きているのか知っている可能性のある人物に電話で聞くことに決めた。

 

 

 

~~~

 

 

 

 近右衛門が学園長室でいくつかの起こりうる可能性のある未来とその対策を一人練っているとき、どこからが電話がかかってきた。事件に進展があったのかと近右衛門は迷いなく電話に出た。

 

 「ふむ、どちらさんかの?」

 『あ、えとどうも失礼します神楽坂明日菜です』

 

 電話の相手は明日菜、この事実に近右衛門は明日菜へのフォローを忘れていたことに気が付いた。すでに誘拐事件が起きてから3時間は過ぎている。同室のしかも明日菜が疑問に思わないわけがない時間になってしまっている。これは完全に近右衛門のミスであった。

 

 「ふむ、何かあったのかの?

 『何かあったのかの? じゃないですよ! どういうことなんですか学園長ーーー!』

 

 突然の絶叫に近右衛門は驚いた。

 

 『たった今このかから京都に行くって電話があったんですけど一体何があったんですかーーー!!』

 

 この言葉に近右衛門の普段、線のように細められている目がカッと見開かれた。

 

 「それはどういうことじゃ?」

 

 しかしさすがは近右衛門、声には驚きを微塵も含ませず明日菜に話を聞く。

 

 『どうもこうもないですよ! さっき電話があって何かサイ? って人といっしょに京都に行くことになったって……学園長は何か詳しいこと知ってるんですか! このかは詳しいこと言う前に電話切っちゃうしケータイに掛けてもつながらないし……学園長ーーー!!』

 

 この言葉に近右衛門は気が遠くなるような、血の気が引くような感覚に襲われた。

 

 「ふ、フォッフォッフォそれはのう、ちょいと急ぎの用件が入ってしもうたのじゃよアスナ君。連絡が遅れてしもうたようじゃのう。申し訳ない。安心し給え、このかはすぐに帰ってくるでの」

 

 フォッフォッフォと近右衛門はいつもどおり笑いながら全て知っているかのごとく優しく明日菜に語りかけ、すぐに電話を一方的に切った。そしてその直後、即座に高畑に電話した。

 

 「すぐに京都に向かってくれ! 時間がない! 全力でじゃ!」

 『分かりました!』

 

 たったこれだけの言葉で高畑は理解して電話を切った。

 近右衛門はコレが誘拐犯の罠の可能性も考えたが、明日菜を経由しての情報であるため欺瞞情報としては遠まわしである。ゆえに事実の可能性があるとして虚実どちらであるとしても京都入り阻止のために高畑の派遣を決めた。しかし誘拐犯の狙いが予想できなくなった。

 

 「まさかXは西の手の者なのか!? じゃがこのような情報を漏らすのか疑問じゃ。第3の組織が東西を争わすために? しかしだとしたらXは……直接話さねば判断は難しいのう。ならば消す……いやいや争わす気ならこのかの京都入りは真実、人質にされるのが落ちかの」

 

 ぶつぶつと呟き、近右衛門はひとまず西に木乃香の誘拐が伝わることなく取り戻せるようにいるか分からぬ神に祈った。




じつは木乃香って最強だと私は思ってるんですよ


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第8話:これは敵わないなあ【友】

バタフライエフェクトはどこまでも広がる!


 「木乃香は魔法って使えるの?」

 

 車両の座席に座り、向かい合う木乃香とXは雑談をしていた。

 今二人がいるのは京都行きの新幹線の中、Xは暇つぶしに取り留めのない思いついたことを聞いていた。

 

 「魔法? 使えたらええなあ」

 

 木乃香も適当に流さずちゃんと話を聞いていた。しかし今の話題は非常にまずいものである。しかし二人に自覚はない。

 

 「へえ、あそこにいてもみんなが使えるわけじゃないんだ」

 「Xは使える人を知っとんの?」

 「ん? たしか……エヴァンジェリンって名前だったっけ?」

 

 少々曖昧な返答だったがその名前を聞いて木乃香はXに顔を寄せてより話を聞く体勢になった。

 

 「うちエヴァちゃんのこと知っとるよ。Xも知り合いだったん?」

 「今日初めて会ったんだけどねー」

 「そうなんか」

 

 いつの間にか、向かい合っていたはずのXと木乃香は隣り合って座っていた。

 

 「(しかし特に裏を持っているわけじゃないのに、木乃香と話しているとついつい色々話したくなっちゃうなあ。木乃香は弥子と違ったタイプの人の中に入ってくるのが上手い人間だ)」

 

 Xは木乃香と言葉を交わすたびにどんどん毒気が無くなっていくような、何か温かいものが入ってくるような気持ちになっていった。そしてよりいっそうの興味が湧いている。これこそが木乃香の本領とでもいえるものだろう。

 

 「Xって変装が得意なんやろ? あれって誰にでもなれるん?」

 

 そう聞いてきた木乃香にXは木乃香の今までの反応を思い出し、

 

 「うんなれるよ、こんな風に」

 

 木乃香の目の前で見せ付けるようにじわじわと木乃香の姿に変わっていった。

 

 「ほんますごいわ~、Xって芸達者なんやな」

 「……芸達者ですますんだ。驚いたりビックリしたりはしないんだ」

 「そんなことないえ~今も驚きっぱなしや」

 

 Xは木乃香のような反応を示す人とは会ったことがなかった。初めて会った時から一貫した反応はアイの時にもなかったものである。初めて正体を知った人はまず驚きや恐怖、否定などを示していたからだ。だが木乃香はその存在にたいして普通の人に対するものと変わりはなかった。明らかな異形であるにも関わらずだ。

 

 「怖いとかそういったものは感じないの? 俺が普通じゃないってのはさすがに分かるよね」

 

 Xは刺々しさを含ませた尋常じゃない雰囲気、さらにあ若干の殺気もにじませて木乃香を威圧しだす。未知の対応をする未知な存在。アイという存在を知ってなお全く知らない対応にXは冷静さを欠きだしていた。

 

 「あーん、そんな怒らんといて。なんて言うんかな? どんな姿になってもXはXやし、怖いとかましてや嫌いやーなんて考えたりせえへ……!!」

 

 Xは木乃香が言い終える前に木乃香の首をつかみ持ち上げていた。この行為に周りの乗客たちもざわめく。

 

 「俺の名前はX、怪盗Xだ。あんたは知らないみたいだけど、怪盗ってのは怪物強盗を略したものだ。これはみんながそう名付けたんだ。そして、そう呼ばれるくらいに俺は怪物で恐怖されているんだ。あんたをこのまま殺すのだって簡単だ」

 

 Xはそう言いきると首から手を離した。木乃香は咳き込みながらその場にへたり込むがXはそれをただ見下ろしている。

 

 「あんたは俺を見て何を感じたのか、何を考えたのか、あんたの言葉で聞かせてよ」

 

 会ってたいした時間もたってないのに木乃香はXを信頼しているようだった。Xは簡単に人を信頼した木乃香を警戒したのだ。そして木乃香が今のXにどんな言葉を発するのか、どんなことを考えていたのかを聞いて判断しようとしている。その言葉しだいでは命を刈ることも考えていた。そしてXは記憶を直接読むことをしないでいた。なぜそうしたのかはXにも分からなかったが。

 

 「Xのことはうちはそんなに知らへん。でも分かることがあるだけや」

 

 木乃香は首をさすりながら優しく微笑みながら話す。

 

 「Xって実はさみしんぼさんで、それにちょっと変わった何も知らへん子なだけなんやろ」

 

 予想外の言葉にXはただ黙って聞くだけである。

 

 「目は口ほどにものを言うゆーてな、Xの目を見てれば簡単や。Xはさみしんぼさん」

 

 いつの間にか木乃香は座りなおしてXを見ていた。

 

 「なんでも分かるわけやあらへんけどな、Xはまだ子供なんや。なーんもわからへんから何やってもしゃーなしや。きっとだれも叱ってくれへんかったんやろ」

 

 この木乃香の見解は正しい。Xは記憶もなく世間を自分勝手に動き回っていたのだから。アイもXを躾ける気なんぞ無く、その正体を知りたがっていたが故になんでもやらせていたのだ。

 

 「聞いた話なんやけどなー、子供は自分を見て欲しい時はイタズラばっかするんやてー」

 「……俺がやってたのはそのイタズラだって言いたいの?」

 「せやー」

 

 Xはやや呆れたような表情になるが木乃香は気にせず続ける。

 

 「それにXとはもう友達やし、せやから何があっても嫌ったり怖がったりせーへんよ」

 

 Xはこの言葉にふと考えをめぐらす。

 

 「(友達か、アイとは全然違うなあ。俺を見て最初からこんなことを本気で思って、言ってくるなんてなあ)」

 

 心からの言葉だとXは簡単に読み取った。自身ことを簡単に受け入れる木乃香にXは不思議な気持ちになっていた。そして木乃香には力で勝っていてもそれ以外ではどうにも勝てそうにないと思ってしまった。

 

 「ふうん……分かったよ木乃香の考えはもう十分だよ。もうへんなことはする気は無いから」

 

 Xはあーあと疲れたように背もたれに身体を預けて天井を見上げた。すると、

 

 「せや、X~てい!」

 

 と、どこから取り出したのか金槌でXの頭を叩く。

 

 「手を出したらまずゴメンナサイや、特に先に手を出したらあかんよ」

 

 そう言って木乃香はXに指導した。Xは特に痛みは無かったが呆けてしまった。

 

 「(ゴメンナサイか、アイには一度も言わなかったなあ。でもこんなふうに注意されたのは初めてだ。アイには怪盗キャラとして動けとは注意されたけど)」

 

 Xは木乃香をじっと見返した。木乃香は変わらない笑顔のままである。

 

 「わかったよ。木乃香、首絞めてごめんなさい」

 

 Xはそう言って頭を下げた。

 

 「うんええよ」

 

 こうして木乃香とのやり取りは一旦落ち着いた。結局Xは終始、木乃香に手玉に取られたような気持ちになっていた。なんの力も無い木乃香だがXは敵わないとも思っていた。だがXは不思議とそれを受け入れている。

 それはもしかしたら今は欠けている『怪盗X』に必要な『I』にいつかつながるかもしれないがそれは誰もわからなかった。

 でもそこはX、受け入れても木乃香にやられっぱなしでいられない。Xはこんどは木乃香の心に潜む暗い部分に触れることにした。

 

 「そういえば木乃香は刹那と何かあったの?友達なんだよね?」

 

 Xは詳しく知らないがコレは木乃香の弱点であることは分かっていた。そしてそれは「正しく、木乃香の明るい笑顔に影が差した。

 

 「あははー色々となー」

 

 木乃香は答えずにただあははと笑うだけであった。Xはその反応だけで木乃香も自分と同じ人間であると確認でき満足した。

 

 「ふーん」

 

 そして興味を持った。木乃香の触れて欲しくない部分に。X自身を受けいれることができもた木乃香にも消極的になることがあることに。そしてそれを知りたいとも。しかし、

 

 「(無理やり視るのは……木乃香にはやりたくないなあ)」

 

 Xのことを知っている人ならば驚愕するようなことを考えていた。それはXが木乃香をアイやネウロみたいな特別な存在と見たことが理由であった。

 

 「(まあいいか、木乃香の弱みも見れたし)」

 

 Xはそれだけで満足したようである。木乃香を過剰に苦しめるつもりは無いのだ。それでもいつかは知りたいとは考えている。

 

 「木乃香を嫌う人なんてそんなにいないと思うけどねーもっと積極的になってみれば?」

 

 Xはよっぽどのことが萎えれば回り道を面倒くさがる。それ故に特別なことがなければまっすぐに突き進むのだ。それゆえのXなりの助言をかけたのだ。

 

 「せやなー……うちもうちょいがんばってみるわ」

 「あはは、やぱり何かあったんだー」

 「あははー何やろなー」

 

 互いに笑いながらはぐらかしてこの会話は終わった。

 そしていつの間にか新幹線はちょうど京都に到着していた。二人は外に向かいながら、

 

 「それにしても京都か、俺全く覚えてないんだよな。来たことはあると思うけど」

 

 Xは京都で何をしようかと考えていた。Xがは京都のことはほとんど覚えていない。興味はないしその辺りの管理はアイが行っていたからだ。

 

 「そうなんか、やったらうちが色々案内しよか?」

 

 木乃香はいつもどおりの雰囲気に戻っておりXに提案した。

 

 「うーんそうだな、それじゃお願いするよ木乃香」

 

 Xは木乃香の提案に賛成した。Xは断る気にならなかったのだ。木乃香の好意が素直に嬉しかったからである。そして木乃香は友達想いである。さみしんぼと評したXと一緒にいてあげようという好意から提案したのだ。

 こうして、Xと木乃香の京都旅行は、

 

 「こんばんわこのか君、ずいぶんと探したよ」

 

 担任の高畑がホームに現れることによって終わりとなった。

 

 「え? あ、高畑先生こんばんわ」

 

 木乃香は高畑の出現に一瞬驚いたのだがすぐに挨拶を返した。

 

 「X~この人は高畑先生ゆうてうちの担任の、あれ? X~」

 

 木乃香はに高畑を紹介しようとしたのだが近くにいたはずのXがいなくなっておりどこに行ったのかと周りを見渡しながら呼びかけた。

 

 「見つかっちゃったなあ。あんたとやりあうのは構わないけどここでやりあうと目立っちゃうし何より木乃香に迷惑をかけちゃう。一旦この場は逃げることにするよ」

 

 Xはいつの間にか新幹線の上に飛び乗っており、そこから高畑を見下ろしながら声をかける。

 

 「じゃあね木乃香、次にあった時を楽しみにしてるよ」

 

 Xはそう言ってその場から姿を消した。高畑は秘匿の観点からこの場での無力化、捕縛は不可能と判断しており木乃香の保護だけを考えて大人しくXを見逃した。

 

 「……このか君、それじゃあ麻帆良に帰ろう。学園長もお冠だったよ」

 

 高畑は今の木乃香の言動から自らの意志でXと行動を共にしていたと判断した。そしてそれは間違ってはおらず、木乃香はバツの悪そうな顔をした。

 

 「えっと、おじーちゃんやっぱ怒ってるん?」

 「随分とね」

 

 この返しに木乃香は少し汗を流しながら笑って誤魔化そうとしたが、高畑は木乃香とXはかなり親しい関係になっていると内心驚いていてそれどころではなかった。

 

 「このか君はどうしてXと一緒に京都まで来たのかな?」

 

 高畑は一応最低限確認しておきたいことを気お会い問いただした。

 

 「え、うーんXがさみしんぼさんやったから、一緒に遊ぼうと思ったんやけど、麻帆良はなんか行きたくなさそうやったし京都に興味を持ったみたいやからつい……高畑先生ごめんなさい」

 

 木乃香は自分が迷惑かけていたと自覚しているため素直に謝った。高畑はそれには何も答えず近右衛門に連絡してそのまま麻帆良にとんぼ返りとなった。

 こうして近衛木乃香誘拐事件は静かに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 「関東魔法協会で木乃香お嬢様に関する問題が起きていたのか?」

 

 京都に降り立った一人の男が東京行きの新幹線に乗り込む二人、高畑と木乃香を見てそう呟いた。

 

 「さっきまで木乃香お嬢様と一緒にいた少年と高畑との間にはなにか不穏な空気をかもしていたのも無関係ではないだろうし」

 

 この男はさっきまでXと木乃香の乗っていたのと同じ新幹線、同じ車両に乗っていたのだ。とある個人的な用事で東京に出ており、そして偶然Xと木乃香を見つけたのだ。

 

 「(車内でお嬢様と不審な少年は談笑していたかと思うと突然殺気と共にお嬢様に手を出したり、そう思ったら再び談笑したりとどういった関係なのか全く分からなかった)」

 

 そしてこの男は車内でのやり取りはあまり聞けていなかったが、さっきまでの駅のホームでの会話は多少は聞こえていた。

 

 「(関東の最高戦力の一角の高畑が無断でこちら側の領域に入って着たことからも公にしたくない何か問題が起こりそれを解決しに単騎乗り込んだと見るべき)」

 

 そしてすぐに退散したとこの男は読んだ。

 その後このことは上に情報として上げるべきであると判断してこの男は関西呪術協会に今回のことを報告した。そしてこれにより関西呪術協会は関東魔法協会に説明を求めたが「事実無根」とその全てを黙殺し、何も語らなかった。結果東西の関係はより悪化することになったが両組織の長の尽力により武力衝突にまでは発展することなく収束することになるが緊張感は高まったままになってしまうのであった。




X京都入り、このちゃん無双でした

次回からはついにXが!


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第9話:泥棒したら怒るよね【箱】

バトルパートむずかしいDeath!


 Xが京都に降り立ってから二日後、とある寺に安置してあった仏像が姿を消し変わりに空箱が置いてあるのが発覚した。

 京都に降り立ってから三日後、ある美術館の警備員が木箱の中で縛られているのが発見された。服は奪われておりロープによって亀さん風に縛られていた。それと同時に、同美術館の絵画が一枚失われているのが発覚した。

 京都に降り立ってから一週間後、神戸郊外のとある埠頭の倉庫街にて粉微塵のミンチになって『箱』に詰められた死体が発見される。その数は31人分、31の箱に詰められていた。なお見つかった箱は32箱でありその一つには気絶している男が入れられていた。表向きはただ死体が箱に詰められ、美術品密売組織の一人を逮捕したということだけが報道された。

 そしてこれら全てには名前入りメッセージが残されており、その名前はアルファベットで『Xi』と書かれていた。

 

 

 

~~~

 

 

 

 「魔法による警報装置に全く対応できないのは困ったなあ」

 

 とある空きビルの一室にて仏像、絵画、刀剣、装飾品などの美術品に囲まれた人物、Xがつい先日のことについて思い返していた。

 

 「分かっていても完璧に姿を変えていても、よく理解してない魔力についてはどうしようも出来ないなんてなあ」

 

 思い返していたのは先日とある埠頭にて起きた事件。犯人は勿論この怪盗Xである。偶然耳に入れた情報が盗品の美術品の取引についての情報であったのだ。それはXがその情報を確認しているのを視て知った情報でったのだ。無論彼らが不用意に漏らしていたわけじゃない。魔法による認識阻害により会話は一切もれないように注意していたのだ。偶然ちらりと視られただけで読唇されていたという考えにたどり着けないのは仕方のないことだろう。

 Xはそうして得た後ろ暗い美術品取引の情報を元にいくつか盗んで裏でも名前を知らしめようとしたのだ。そして進入のために手ごろな見張りの姿を借りたのだが、魔力をまねることができていなかったために、警報装置に反応し埠頭にいた31人との戦闘、否一方的な殺戮になってしまったのだ。

 

 「でも『気』のほうはなんとなくだけど使えるようになったからもう少し観察すればいつか魔力もまねることが出来るかな?」

 

 Xはまだまだ初心者レベルだが僅かなりとも『気』を扱うことが出来ていた。先の殺戮で何人もの気の使い手を視ており、また武芸に秀でたものは無意識に『気』を使えたりするということから何人もの人間を観察し己の物としているXが『気』を扱えるようになるのは自然である。

 

 「まあ魔法使いよりも気の使い手の方が”強かった”し魔力はそのうち真似れる程度に覚えれば良いや」

 

 そう言うとXは自分の両手を枕にして寝転がりこれからどうしようかと考えていた。ちなみにXが魔法使いより気の使い手を強かったと言っているのは死に様にあった。障壁に守られた普通の肉体と、気で強化された肉体、どっちのほうが頑丈かの違いだけであった。その程度にしか見られなかったのは今回襲われた奴らの連度が低かったのが理由である。

 

 「次はどうしようかなあ、海外でも『怪盗X』の名前を前と同じくらいに売りたいし何ヶ月か海外に出ようかな」

 

 Xが考えているのは『怪盗X』のネームバリューである。この京都周辺で活動している間に、この世界はかつて自分が犯罪を犯していたところとは違う、『怪盗X』の名が全く知られていないところであると知ったからである。そしてどうしてそうなったのかと理由を調べるより『怪盗X』の名前を知らしめることに主眼を置いたのだ。だけどXはここでいつもと違うやり方をとっていた。

 とりえず箱は置いておく、何かしたときは置手紙をする、無闇に人は殺さない、の三つである。

 これは友達と一方的に言ってきた木乃香の『先に手を出したらいけない』と注意されたことを守るためである。普通に気絶させたりはしているのでせいぜい殺さない程度のゆるい誓いであるがXがコレを守っていることは驚くべきことである。じっくりとばらして観察する必要がないから細かく砕くのをサボっているだけとも取れるが。

 

 「でもコレどうしよう」

 

 海外進出を考えて一つ問題に上がったのが盗品の処理である。美術品も一度十分に観察すればもう興味はないので適当に置いてってもいいのだがそうするのは怪盗キャラとしてセーフかと考えてしまったのだ。

 売り払ってしまおうにもこの自分が活動していたのとは違う世界であるため販売ルートも分からないので扱いに困っていたのだ。

 

 「うーんもういいやとりあえず寝よっと」

 

 そしてついに考えるのを放棄して美術品を布団や枕にして眠ってしまった。諌めたり突っ込んだりしてくれる人がいないためその行動の適当さがだんだん出てきてしまっているのである。

 

 Xが目を覚ましたのは言うなれば草木も眠る丑三つ時、最も一般人の動きのなくなる裏の世界のゴールデンタイムである。Xが目を覚ました理由はある臭いを、空気の変化を感じたからである。それは今まさに獲物を仕留めんとする気配。Xは完全に逃げ場なく狙われているのだ。

 

 「(四……五……五人かあ)」

 

 Xは今自分を狙っている人物の気配を数えた。その数は五人。左右の壁の向こうに一人ずつ、部屋本来の入り口に二人、そしてXより窓に近い位置の天井に一人である。

 

 「(狩りの準備が整うまで俺に気づかせないなんてすごいなあ。そして天井にいる奴は五人のかで一番気配が薄い、あいつが指揮官かな)」

 

 Xは冷静に自分の状況を確認した。どう動いても一戦は確実、警察の手の者とは思えない気配の消し方、人員の配置から壁や天井などものともしない力を持っていると推測し冷たい笑みを浮かべる。そしていつでも迎撃ができるように手を刃のような鉤爪に変えていく。

 

「(アイがいないとはいえよく俺の居場所が分かったなあ。それなりには注意はしてたんだけど、これも魔法を使ったのかな?)」

 

 真実は単純に潜伏可能な場所の虱潰しであるがXは知る由もない。そしてXはなかなか動きを見せないことに次第にじれだして、

 

 「来ないなら俺から行こうか?」

 

 そう声を出して立ち上がる。待ち構えている敵に十分に聞こえる大きさの声で宣言する。

 十秒ほど待っても何の反応もなく宣言どおりXが動こうとしたとき、

 

 「神鳴流奥義斬岩剣!」

 

 天井をぶち破って一人の和装で中年の男がXに斬りかかってきた。

 

 「へえ、凄い力だなあ。電子ドラッグによる人形とは質が違う」

 

 Xは何の気なしに語りかけながら素手で振り下ろされた刃を受け止める。若干刃が手に食い込み、血が薄らと滲んだようだが一切気にしていない。

 だが襲撃者はそんなことより不意打ちをあっさりと受け止められていることに驚愕していた。ほぼ無傷で受け止めるのは完全に想定外であったのだ。

 だがすぐに援護のために周囲に隠れていた者が一斉に襲い掛かる。左右の壁を斬り崩して二人が、入り口からも一人一足飛びで距離を詰める。もう一人は数枚の符をXを囲むように飛ばしている。

 

 「クソ!」

 

 先制攻撃を仕掛けた男は剣がXに完全に掴み取られておりどうしようもなくなっていた。ならばと剣を手放し仲間への布石のためにXを投げにかかる。

 

 「浮雲・旋一線!」

 「まだまだだね」

 

 Xは目の前の男の腹を殴った。それは特に気をこめたわけじゃない単純な力によるものであったがXのほぼ全力の一撃。男はくの字になって吹っ飛んでいき入り口近くの壁に叩きつけられた。

 

 「木尾さん!」

 「ぐっ! 金串、だ、大丈夫だ」

 

 声をかけたのは入り口付近にて待機していたまだ若い女性、金串であった。

 木尾はとっさに後ろに飛ぶことでいくらかの威力をそいだのだが、それでも内臓へのダメージはかなりの物であるようで血を吐きながらその場に膝を付いている。

 一瞬で一人が戦闘不能になったため入り口から飛び出した男はXと距離をとり後ろの木尾と術者である金串の間に立つ。

 

 「「神鳴流奥義斬岩剣!」」

 

 左右から襲い掛かる二人は同時に奥義を放つ。

 

 「ガァッ!」

 「火野!」

 

 Xは特に焦る様子もなく右側の男に全力で飛び込んだ。回避と攻撃のためである。そして素早く顔胸腹の三箇所に必殺の攻撃を行う。

 

 「ギッ! ガハッ! グボッ!」

 

 顔面を潰さんと、心臓を突き破らんと放たれた突きは紙一重両手を犠牲にして防ぐことができたが最後の腹へのなぎ払いは防ぎきれず内蔵をこぼすことになりそのままその場に崩れた。

 

 「「神鳴流奥義斬空閃!」」

 

 二人の剣士は即座に並び立ち、二本の剣閃をXの無防備な背中に向けて襲い掛かる。一瞬で一人を仕留めたXだがさすがにこれへの反応は間に合わなかった。

 

 「な!」

 

 確かに背中に剣閃は刻まれ腕にも余波により大きく刻まれる。たがそれはほとんど意味を成さなかった。わずかに血が滲む程度、無防備であってもその程度しか傷を負わせれなかったことに言葉を失った。

 

 「水沢! 土門!」

 

 数瞬呆けていた二人が木尾の声に気を取り戻したとき、目の前に何かが飛来してきていた。壁からXに斬りかかった男、水沢はギリギリの回避を行えたが直線上に木尾と金串がいるため土門は飛来物を斬り飛ばした。

 

 「そうすると思ったよお姉さん」

 

 Xは土門に投げた飛来物の陰に隠れて距離を詰めていた。剣を振るっていたために動きたくても動けなくなっていた。Xはそのまま土門に飛びつき、

 

 「やめ、い……ぎぃ、あ、ぎゃあああああああ!…………ごふ」

 

 力づくで抱きしめた。バキバキと骨を砕く音が響く。土門は口から血を吐いてその場に倒れた。

 このときまだ立っているのは水沢と金串だけ。木尾は金串による応急処置はされているが既に戦力としてほぼ役に立たない。Xは腕の傷を見せ付け、それが蠢きながらふさがっていった。

 

 「怪物、か」

 

 それに反応を示したのは木尾だけであった。

 

 「そう、俺は怪物強盗Xだ。あんたの感想は間違っちゃいないよ」

 

 Xはこの言葉と共に禍々しい気配を三人に飛ばす。このとき、まだ無傷だった水沢と金串は勝ち目が無いと怯えを浮かべていた。

 

 「うるああああ!!!」

 

 その瞬間木尾は気勢を上げてXの足元の剣を掴みXに斬りかかった。

 

 「水沢! 金串! 火野と土門を連れて撤退し協会に報告しろ! 安心しろ、時間は俺が稼ぐ!」

 

 木尾の刃をXは素手で容易に受け止めるがすぐに木尾は連携を繋げてXに反撃の隙を与えないようにしXを離れた場所に誘導する。

 二人は一瞬迷ったがすぐに倒れている火野と土門を連れて逃走を開始する。二人とも瀕死の重傷である。土門は全身骨折、内臓も傷ついているだろうし火野は内臓がこぼれている。だが二人ともまだ息がある。普段の修行のおかげであろう。

 そしてなぜか金属を打ち合うような音が響くがそれを無視して水沢、金串の二人は全力で走り出すが、

 

 「逃がさないよ」

 

 Xの静かな宣言が二人の耳に入った。その場に止まり声のするほうへ顔を向けると、木尾の背から腕が生えていた。それは丁度心臓の裏側、木尾は力なくXの腕に身体を預けていた。

 

 「あんたらから俺に襲い掛かって来たんだ。気もかなり扱えるみたいだし存分に視せてもらうよ」

 

 Xは木尾から腕を引き抜き血まみれの腕を見せつけながら目の前の水沢と金串に迫る。水沢は恐怖で震えながらか弱く剣を構えその剣をXに向けて振り上げる。

 そしてそれは振り下ろされる前にXに頭を潰された。

 薄い笑みを浮かべながらXは残された金串に迫る。

 そして折れた。

 

 「ごめんな、さい……許して……下さい。見逃して、下さい……死にたくないです」

 

 恐怖に負け、許しをこうて、命乞いをした。絶望さは変わらない。助かる可能性などわく訳がない。

 

 「えー」

 

 だがXは凄く残念そうな声を上げた。それにより殺意の満ちる空間はがらりと変わった。

 

 「あーあわかったよ、許すよ」

 

 Xはそう言って背を向けた。

 

 「でも俺は謝らないよ。先に手を出したのはあんたらだ」

 

 Xはそう言って転がっている二人と一つを持ってその場を去っていった。残された金串は何も分からずただその場にへたり込んだ。殺意をなくしたのは何でだろうと自問した。命乞いをしたから助けてくれたのかとも考えたが何も答えは出なかった。

 そして遠くから聞こえてくる何かが砕ける音と水が滴るような音を聞いて、それがなんであるかと考えて金串はその場で意識を失った。

 朝になっても戻らない五人を探しに来た関西呪術協会の面々は、気絶した金串と転がる美術品、そして四つの粉々になった人間を詰めた『箱』だけを発見した。




丸くなってもXはXなんですよ


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第10話:俺のせいなのかな?【変】

もやっとするけど投稿
色々悩みましたけど投稿


 これはXが31人もの人を箱詰めにした日から二日後、関西呪術協会の手によるX襲撃の前日のことである。関西呪術協会にある人物の捕縛、無力化をするという話が挙がっていた。無論その人物は怪盗Xのことである。この話が上がったのには勿論理由がある。埠頭で起きた『31人殺し』である。

 犯罪者であるとはいえ魔法関係者である者達が31人も殺害されたのだ。その凶悪、危険性が高いと判断しても不思議ではない。さらにまだ一般人には犠牲者は出ていないが怪盗Xは美術品泥棒であるのだ。いつか一般人に犠牲者が出ると考えられる。故にその前に怪盗Xに対処しようという話になったのだ。

 そして、実力の無いものは無駄な犠牲になる、無力化、つまり殺害するのにも躊躇しない人物、そして支援のための優秀な術者、これらを考慮して、木尾、土門、水沢、火野、金串の五名がすぐに動くことが出来るものの中で選ばれることになったのだ。無論コレはこのときに即応可能な勝ち目があると判断された五人であり、日が経てばより戦力は増強される予定であった。

 そしてその翌日、不幸なことにすぐに怪盗Xの潜伏場所が特定されてしまい、さらに相手は単独犯であることも確定してしまった。これらの不幸が重なることで彼らは怪盗Xへ襲撃してしまったのだ。

 結果は壊滅。

 結果、怪盗Xは捕縛失敗、そして逃走。美術品は六点回収、うち二点に甚大な破損。死者四名、軽傷一名。という無残な結果になってしまったのだ。関西呪術協会内部では人的被害によりいくらかの混乱や、騒動の種がうまれることになる。

 なおこの事件の後、怪盗Xは海外に活動を移した。そして怪盗Xについての情報は魔法使いたちのネットワークに流れることになる。そして『立派な魔法使い』を目指す者達に何度も襲撃されることになるのだがそのことごとくを返り討ち、何人もの犠牲者を出しいくつもの『箱』が作られるだけに終わった。

 顔、年齢、性別などの個人につながる情報は一切無く、ただ残虐性だけが流れることになった。誰も正体を知らず、知ったものは赤い箱に詰められる。これは裏の世界でのみ流れた情報である。なぜなら怪盗Xは一般人には追い詰められず、追い詰めたものは魔法関係者であり、惨殺されている。魔法秘匿の観点からどうしても残虐性は表に出せないでいるのだ。

 結果、表では神出鬼没の悪戯好きな『怪盗X』として名は広まり、裏では『怪物強盗』の異名を持つ100万ドルの賞金首となったのであった。

 ちなみにただ一人、Xの顔を見て生きている人物である金串は同僚の死に様を知って二度と関わらないように、絶対にXに逢うことがないようにと一切を語らずに関西呪術協会を去っていった。

 

 

~~~

 

 

 その日、関西呪術協会に「怪盗X」討伐のための部隊を編成して欲しいと協会上層部への上申が行われていた。

 

 「くそ! あの事なかれ主義が! 臆病者が!」

 

 そして、その上申に関わっていた、いや率先して意見を取りまとめていた男が怒りをあらわに協会本部から出てきた。その様子から好ましい回答は得られなかったということが伺える。

 

 「やっぱりダメでしたか風見さん」

 

 その怒り心頭の男、風見の姿に結果を理解して残念そうに、おそらく風見と同年代と思われる男はため息をついた。

 

 「ああ! あの詠春の野郎が危険だからと手出し禁止を厳命しているからだとよ!」

 「さすがに長を呼び捨てにするのは」

 「仲間が殺されているのに仇を討つ気概も無い奴なんか呼び捨てで十分だ!」

 

 風見は相当に頭に来ているようでひたすら愚痴をもらす。

 

 「お前だって木尾のおやじを殺されて黙ってるなんて出来ないだろ!」

 「まあそのとおりですけど」

 「なのにあの詠春の野郎! 何が大戦の英雄だ! 腐れ魔法使いの犬でしかないんだ!」

 

 ひたすら風見は悪態を言い続ける。

 

 「それは言いすぎで飛躍しすぎじゃ」

 「うるせえ鬼島! もう本当に愛想が尽きた!」

 

 彼がここまで怒っているのは詠春の怪盗Xへの対応がやや消極的であるのが原因だ。しかしそれも五人を返り討ちに出来る実力、さらに降伏した者へは一応手は出していないというう俺に触れるなと言う無言の圧力を感じたが故だ。積極的に敵対すべきではないと判断した詠春はそれほど責められるものではないだろう。だがこのような反発も抑えるべく手を回しきれていないのはお粗末だが。

 

 「でも風見さん。だからといって出奔するわけにはいかないでしょう。それをやっちゃうのはさすがに不義理が過ぎますし」

 「ああ分かっているよ! 仲間がやられて黙り続ける長についていくのはなと思っているだけだ。せいぜいが愚痴るだけだ」

 

 一通り言いたいことを言って少しずつ風見は落ち着いた。だがこの風見の意見はこの関西呪術協会の人間が抱いている少なくない意見である。

 

 「でもなあ、土門は殺された、金串も再起不能の心傷を負って二度とこちら側にくることはない。それに鬼島も諦めてはいないんだろ? 怪盗Xへの報復を。それを良しとしないような現長へも憤りを感じているんだろ」

 「当然でしょ。だから風見さんに着いているんですから。でもコレがダメですと、穏便な手じゃ時間がかかりすぎると私は思いまして」

 

 鬼島は一呼吸置いて

 

 「風見さんには伝えておきますが、私はこれからクーデターを起こすつもりです」

 

 とんでもない爆弾をぶちまけた。さすがに風見もこの言葉にはあっけに取られた。

 直情的が過ぎる風見についているだけあって、鬼島も十分に感情を優先する人物であるのだ。故に、この上申が上手く行かなかったときのことも考えていた。確実に、死んだ人が蔑ろにされることがないように。

 

 「おい何言ってんだ貴様は! それこそ不義理の極みだろうが!」

 「今のままの協会をほうっておくほうこそ不義理ですよ。これは今の体制を変えるために、関西呪術協会の未来のために今やらなきゃいけないことです」

 

 力強く言い切る鬼島に風見は何も言い返せずため息を漏らすだけしか出来なかった。言い切った風見はもう覚悟は決めたと強い意思がその目に光っていた。

 

 「あー、つかそれ俺に宣言していいのかよ。クーデターなんざ秘密裏に事を進めるもんだろ?」

 「風見さんなら最悪でも傍観、良ければ参加してくれると見てますから」

 

 この言葉に「そこまで信頼すんな気持ち悪い」と頭を掻きながら風見はうんうんうなって考え込んだ。

 

 「ったく。まあ俺だって今の協会には不満が溢れてんだ。協力してやんよ」

 「っ! 本当に賛同してくれるとは実は思ってませんでした」

 「おいてめえ!」

 

 「信頼にこたえた俺の信頼を返せ!」と悪態をつきながらも風見は顔に笑みを浮かべていた。これからやるのは革命。失敗したらただの反乱、悪者、賊軍である。二人は覚悟を決めた。二人とも大切な関西呪術協会の未来のためになると信じてクーデターを起こすと。

 

 「でもまだ私と風見さんの二人だけですけどね」

 「やっぱりかよ。でも人手は必要だろどう考えても。少数精鋭でもあの詠春に対抗するにはせめて術者が一人は必要……あ」

 「まあ名は知られてますよね。脇や詰めが甘いですけどまず確実に引きこめる人材に心当たりが」

 「天ヶ崎のか」

 「その通り」

 

 二人はまだ何の計画もない。だが時間をかけつつも可能な限り早く事を起こすだろう。一年前後で。

 

 

 

~~~

 

 

 「龍宮、今日も頼まれてくれないか?」

 

 そう声を掛けられたのは龍宮真名。麻帆良に通う学生であり裏に関わる凄腕のスナイパーである。

 

 「もちろん払うものは払う。いつもどおりそれで構わないだろう」

 「……ああ、大丈夫だ問題ない」

 

 真名はルームメイトであり、同じく裏に関わる刹那に決まりごとのように依頼が行われていた。これはこの一ヶ月何度も行われたやり取りであり、何度も刹那の仕事である近衛木乃香の護衛の代打を請け負っているのだ。この依頼は刹那が同じ神鳴流の剣士であり格上の強さを持つ葛葉刀子に師事してもらえるときに行われている。

 真名はこのやり取りをし始めてからもう一ヶ月になると思い返しため息をついた。今までこんな依頼はよっぽどなことがない限りは行われなかった。確か一度はあったかなと思い出せるくらいである。だがこの一ヶ月は違う。刀子の都合がつく限り、その度に真名に依頼を行っているのだ。

 

 「(原因は考えるまでもなく一ヶ月前の侵入者のせいだろうな)」

 

 真名は一ヶ月前のことを思い返す。

 その日、真名は特に予定もなく、ただ適当にぶらつき暇をもてあましていたのだ。そしてそこに舞い込んできた侵入者の報とそれに対する緊急依頼である。真名は暇つぶしと小遣い稼ぎに受けたが数時間後に何の説明もなく依頼は終了させられた。もちろん真名は不審に思ったが下手に首を突っ込まないのがこの世界での長生きの常識である。しかしその時に刹那は医務室に運び込まれ、一時的に精神が不安定なっていたのだ。それだけで侵入者との戦闘と敗北があったのは真名には容易に想像できた。

 少しして刹那は落ち着きを取り戻したがそれからひたすら剣の腕を磨きだした。今までも腕を磨いてはいたが今は常軌を逸しすぎている。真名は分かっていても何も言わなかった。それはルームメイトである真名に刹那の様子を見てケアをして欲しいと頼まれていたからだ。

 その一環として剣の腕を磨くのは敗北したことを忘れるためにも必要なことだと、真名も当初は無償で木乃香の護衛を受けていたのだが、週六は多すぎた。それが二週間も続いたときつい、『これから護衛の代わりは有料だ只では受けれない』といってしまったのが真名の失敗、本当に支払ってきたのだ。真名も有料であるといってしまった。つまり金を払えば請け負うといったのと同じだ。今回の刹那のケアにおいては学園から金は出ている。二重契約で受け取るわけには行かないのだが言ってしまった手前引っ込めることが出来ない。さすがに失言だったと後悔したがもう遅い。真名は後で学園長経由で返そうと受け取った金は別にすることにして刹那からの依頼を受けるようにした。

 ちなみにこの一ヶ月、刀子はすさまじい勢いで機嫌が悪くなった。一説には付き合えそうな男性と結局上手く行かなくなったとか何とかと。真実なら刹那の修行に付き合わされた影響であろう。面倒見が良かったのが災いした形である。

 

 「(しかしどうしたものか、こんな無茶な修行続けても近いうちに潰れてしまう。口で言っても聞きやしないし、外見も荒んできているのが分かる)」

 

 何度話し合っても刹那は変わらないのだ。ここまでくるとただ侵入者に負けただけとは到底思えなかった。しかし追求するわけにも行かない。

 

 「(最近ずいぶんとこのかが積極的に刹那に接しようとしているからそれに期待するほかないか)」

 

 真名は本日何度目にかになるため息をつきながら相棒の準備を終えて木乃香の護衛に向かうことにした。




一年後くらいの西の戦力が強化されます
刹那の戦力が強化されます


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第11話:麻帆良にはマッドばかりだ【再】

お気に入り350突破にビックリだ!



はっはっはっXの原作介入どうしようかな


 「ハカセ、調子はどうネ」

 

 そこはとある研究室、語尾に特徴のある少女、超が白衣を纏うマッドサイエンティスト葉加瀬に声をかけていた。

 

 「超さん、無事に治療は終えて今はもう安定しています」

 

 申し訳なさそうな顔をしながら葉加瀬は超に答える。彼女、葉加瀬は今から一ヶ月前に電子ドラッグの影響を受けた茶々丸を調べていたとき、電子ドラッグを見てしまいその影響下に入ってしまったのだ。当初は超が力づくで鎮圧したが後日再び暴走し、葉加瀬が関わる研究棟一棟が壊滅してしまった。そのときも超、茶々丸の手により無理やり拘束したが今度は簡単には収まらず途方に暮れたこともあったのだ。

 ちなみに再び暴走したのは超に止められていた電子ドラッグデータの解析を無断で行い魅入られてしまったのが原因である。自業自得だ。

 

 「それにまだキョージュが作ったワクチンのデータはありますし今後失敗しても大丈夫」

 「まだ懲りてないのカ!!」

 

 そしてその途方に暮れていた超たちに手を貸したのが研究畑の皆々に助言をかけ続ける、皆からキョージュと慕われる人物である。その人物は葉加瀬の症状を見るやいなや瞬く間にワクチンプログラムを組み上げたのだ。

 

 「もちろんこの程度で懲りるわけが」

 「中国に伝わる拷問にはとてもとても口に出せないようなモノがあるのだガ」

 「すみません!」

 

 葉加瀬のまだまだ懲りた気がしない言動に超も堪忍袋の緒は限界に近いようだ。しかし超も本気ではまだ言っていない。ただの脅しである。

 

 「で、冗談はこの辺にして本当に何の問題も無いカ?」

 「あ、そうですね。一応カメラで私の行動を何度か確認しましたけど特に異常は有りませんでしたよ」

 「フム、キョージュの組んだワクチンは完璧と言うわけネ」

 

 葉加瀬の言葉に超は顎に手をあて考え込む。

 

 「(キョージュ、何の変哲もない家庭に育った1988年生まれの男。両親姉、共に平凡、だが彼はまさに天才。思い悩んだ研究者に不意に画期的助言を与えるも彼自身が何か学んでいる様子はなし。ただいくつかのことを調べているだけ)」

 

 ちなみに彼がキョージュと呼ばれるようになったのは博士みたいに研究を続けるのではなく教授みたいに皆に助言をしょっちゅう与えることからハカセに対するキョージュと呼ぶようになったのだ。本人も変に慣れているのか気にしてはいないようである。

 

 「(少々人付き合いの悪いところもあり偏屈と見られることもあるが特に対人関係を拒絶しているわけでは無し。ただ滲ませる雰囲気からハカセと同じマッドサイエンティストの一角であるとも噂されていて秘密のラボには人に言えない研究が! などとも言われていたが……今回の件で笑い話と言えなくなったネ)」

 

 勿論超もキョージュについて過去にいくらか調べたが、未来に名を残せなかった秀才と判断を下したのだ。だが今回の件でその考えは捨てた。集中して手を出しているわけではなかったが、超でも一ヶ月かけて解析、作成に取り組んだが完璧なワクチンプログラムは作れなかったのだ。だがキョージュは一目見て一時間もたたずに完璧なものを作りあげた。

 

 「私の技術すら上回るこの技術。学んでいる様子もないのにどこで手にしたか非常に興味が沸くネ」

 「超さん?」

 「ん? ああ只の独り言ヨ」

 

 超はキョージュに強い興味を抱いていた。どうすればアレほどの助言を与えられるのか、どうすればあれほどの知識を得られるのか。そして、どうしてそれを活かさずほとんど趣味といえるものを調べているのか。

 そして考え込んでいる中、その研究室の扉が開けられた。

 

 「ふむ、見たところハカセに異常は見られないが、君たちみたいな優秀な頭脳の持ち主が私なんぞに何のようかな?」

 

 そう話しながら入ってきたのが彼女たちの話すキョージュと呼ばれる人物である。

 

 「おかげさまで電子ドラッグの影響から抜け出せましたのでお礼でもと思いまして」

 「ククク気にする必要は無い。人助けは趣味と言うかなんと言うか、それよりも興味深い情報を得られただけで十分。役に立って光栄というところだ」

 

 怪しく笑っているが特に彼が何かたくらんでいるわけではない。

 ちなみについつい漏れてしまうだけなのだが、優秀さとその笑い方と合わさり、ハカセと並ぶ麻帆良二大マッドとコッソリと呼ばれる理由になっている。

 

 「でもさすがキョージュと呼ばれているだけはあるネ。あの電子ドラッグのワクチンプログラムを少し症状を見るだけであっという間に組んでしまうのだかラ。私も御教授願いたいネ。この私すらも越えるその知識を」

 

 超はキョージュを賞賛しつつも不穏な空気を持たせて語りかける。

 

 「アレだけの観察ではワクチンプログラムは普通作れないヨ。少なくともキョージュは電子ドラッグはあの日が初見ではなかったハズ。どこで知ったか教えて欲しいネ」

 「なるほど、矢張りと言うかハカセの診察は口実で私自身に用があったわけか」

 

 超は強い視線を向けつつもキョージュはそれをヤレヤレと受け流す。

 

 「優秀な脳を持つ君たちにこの状況では誤魔化しは通用すまい。詳しくは言う気はないが知っていたかとの問いには肯定しよう。確かに私は以前から電子ドラッグを知っていた」

 

 キョージュは特に困った表情はせずにむしろ楽しそうに笑う。

 

 「……キョージュはこの知識を、技術を脳科学をどこで誰に学んダ。あのプログラムを組むには数世代先の専門の知識を持ってなければ不可能、私達も専門家ではなかったから完璧なものは組めなかったというのニ」

 

 これは彼の技術が、この時代では完全なオーバーテクノロジーであると理解していたが故の質問だ。

 

 「ふむ、私が独力で手にしたとは考えていないのか?」

 「だとしたら参考にしたものを教えて欲しいヨ。ゼロからたかだか十数年でここまでいたれたなら今の技術者は皆無能の集団ネ」

 

 この言葉には強い思い、敵意が含まれていた。あの電子ドラッグは使えばその人本人の考えを大なり小なり無視した行動をとらせてしまう。人の意を無視した邪道で外道で非道な代物であると超は見ていた。故に、それを知っていたキョージュも唾棄すべき外道の可能性があるとみてここまで追求するのだ。視線のぶつかり合いは数瞬続いた。

 

 「私は君たちのことを碌に知らない。故にまだ、話すことは出来ない。だが荒唐無稽な代物ではあるとは伝えよう。これだけで今日のところはご勘弁願いたいのだが」

 

 この言葉に超も敵意を収めた。無論警戒は続けているが簡単に話すわけが無いと最初から分かってはいたからに他ならない。逆に今の自分の秘密をたずねられても答えることなどしないからだ。それほどまでにあの電子ドラッグの知識は危険なものなのだ。

 

 「では別のことを聞かせてくれないカ?」

 

 超は不敵な笑みを浮かべてキョージュに語りかける。キョージュは黙って言葉の続きを促した。

 

 「死者の蘇生技術、時間移動技術、多重世界論、ずいぶん節操も無く夢想的なことを調べているネ。生き返らせたい人でもいるのカ? 過去に戻ってやり直したいのカ? ありえたかもしれない別の都合のいい可能性を知りたいのカ?……キョージュ、いや英輔。一体何を考えているネ。いくら調べても英輔がこれほどの知識を得たのか分からないし、こんな夢幻にだけ興味を向けているのかも分からなイ。しかし譲れない何かがあるのだけは私だから理解できるヨ」

 

 この問いかけにキョージュこと英輔はただ押し黙った。

 

 「……まあイイヨ。また次の機会に教えてくれればネ」

 「次の機会?」

 「うんそうネ。今ここにはいないけど茶々丸に異常がないかキョージュの見解が欲しいネ」

 「ククク、あそこまで私の奥に踏み込もうとしながらあっけらかんと、……いつか気が向いたらで構わんかね?」

 「いつでもいいヨ。特別に24時間365日入れるように設定してあげるネ」

 「そうだな、私も君たちに今までに無い興味を持ったことだし、君たちの事を良く知ってからになるがな」

 

 こうして行われた秘密裏の話し合いは静かに終わったが、これからしばらくして『麻帆良の二大マッドサイエンティストが手を組んだ』と噂が流れる。そしてこれから始まる何事かに麻帆良の一部ではひたすら恐怖(実験の被害とかに)することになった。

 

 

~~~

 

 

 「(ここはどこでしょう?)」

 

 一人の少女が立っていた。その少女とは絡繰茶々丸、場所は桜通りといわれる場所。周りには誰一人おらず茶々丸だけであった。

 

 「(一体何が……ここに来る前に何をしていたのか思い出せません。異常事態! マスターはどこに!)」

 

 茶々丸はこの桜通りに来る前、来るときのことを思い出せないでいた。これはすさまじい異常事態、従者である茶々丸はマスターであるエヴァンジェリンンの身を案じ周囲の状況を探った。

 

 「(人の気配が全く有りません。時間は……午後二時前後、探査範囲に誰もいない確率は限りなく低い、隔離されていると見るべきですね)」

 

 太陽の位置から現在時を推定し、まだ昼過ぎであるにも関わらず探査可能な範囲に誰もいないことから自分一人だけが攻撃を受けていると判断した。

 

 「(時間をかけるのはまずいですね。すぐに術者を排除しなければ)」

 

 そう考えた茶々丸は高速で移動しながら何かしらの反応を探った。

 

 「(近くの校舎にも同じく反応無し。範囲を広げるべきですね、商店街の……! 反応あり!)」

 

 そして情報を得た茶々丸は罠の可能性を考えながらも現状では情報不足が過ぎるため情報を得るためにもその人物の元に行かねばならなくなった。

 

 「(私と同じ立場の人物でしょうか? これほど広い範囲に人気がないならばその可能性もありえますね)」

 

 様々な可能性を考えながらその人物が視認できる位置まで移動する。そのあいだその人物は一切動きを見せなかった。しかし気を失っているわけでもない。ちゃんと直立していると茶々丸は分かっていた。敵である可能性を考えて物陰からその人物が確認できる位置まで地上を移動することを決めて素早く距離を詰めていく。

 

 「(見知らぬ人物ですね)」

 

 茶々丸は見つからないように背後からその人物を確認したが今までのデータに該当する可能性がある人物は皆無。

 

 「(仕留めて情報を吐かせるのがいいでしょう)」

 

 そういった思考にたどり着き、物陰に潜みながら一息で拘束可能な位置まで移動を始める

 

ブブブ……ブブ…………

 

 何かが歪む音がしたが茶々丸には感知できなかった。

 

 茶々丸は少しずつ距離をつめ、あともう少しで目標としたところにいけると物陰に潜み、

 

 「えっ!?」

 

 突然跳ね上がったスパイクボールが胸部に突き刺さった。

 

 「罠……やられ……!」

 

 続いて上から壁が崩れて降り注ぐ。レンガの雨にあっという間に茶々丸は埋もれていく。レンガの雨もやみ何とか這い出そうともがくが重大なダメージを負ったために這い出ることはできないでいた。

 

 「今の私ではこのフィールドを少しいじくるしか出来ない。虚ろで弱い存在です」

 

 茶々丸にある人物が話しかける。それはさっきまで茶々丸が狙い定めていた人物である。

 

 「戦闘用であるあなたを取り込まなければ今後苦戦することになり得ますので最初のターゲットに選ばせて頂きました」

 

 ブブブと周囲の景色が一瞬歪んだ。

 

 「何の奇跡か偶然か私には分かりませんが、ほとんどを失っている不完全な私を完全に近づけるために、申し訳有りませんがあなたには犠牲になって頂きます」

 

 茶々丸は顔を蒼白に変えてその人物を見上げる。その姿は女性、しかしその存在は希薄に見えた。

 

 「さようなら」

 

 その言葉と共に茶々丸はコンピュータのバグのように崩れ、ポリゴンが砕けるように散ってその女性の伸ばされた手に飲み込まれていった。

 

 

~~~

 

 

 「茶々丸どうした?」

 

 声をかけたのはエヴァンジェリンである。今まで普通に歩いていた茶々丸が一瞬足を止めたのが理由である。

 

 「いえ、何でも有りません」

 「そうか、何も無いならいいが、何か少しでも異常があったら素直に言うんだぞ」

 

 エヴァンジェリンはそう言ってまた歩き出した。だが茶々丸は一瞬何かしらの違和感を覚えたのだ。何かを失ったような。即座に確認をしたが異常は見つからずつい何もなしと答えてしまったのだ。

 

 「(次のメンテナンスの時にハカセに一応話しておきましょう)」

 

 そう考えた茶々丸はエヴァンジェリンに付き従って桜通りを歩いていった。

 

 

 

―――茶々丸戦闘用プログラムに微小な損傷が発生しました




茶々丸中心に事件は起きていきます

でも教授ってこんな喋りで良いんでしょうか!
……おかしかったら優しく指摘を!


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第12話:ただの人間だよ【三】

三つの出会いすれ違いをまとめました
ええ文字数稼ぎみたいなものです


 「セキュリティーが働いてないなんて、気を抜きすぎで味気ないなあ」

 

 怪盗Xはある学校の図書室にて本を読み漁っていた。

 

 「う~ん、とりあえずあっちにあったこの初心者用のと、この禁呪が記されている奴をいただけばいいか」

 

 Xがいるのは一般には秘匿されている魔法学校、今までに読み取ってきた記憶から魔法に関する教本を手にしたほうがいいかとイギリスで思い立ち、そして近くにあったこのメルディアナ魔法学校に侵入、本を盗むために物色していたのだ。

 

 「あれ?」

 

 置手紙も残したことでどうどうと今借りている姿のままで出て行こうとした時、視界に小さな影が動くのを見つけたのだ。またそれが子供であると気づくことは簡単だった。そしてその子供が手馴れたように、いくつかの本を取り出しそれを読みふけりだしたことでXはある考えにいたった。

 「(そうか、あの子のためにセキュリティーを切っていたのか。わがままを通せるお偉いさんの子どもかな?)」

 

 その考えに到るとXは一応姿は見取ったが興味をなくしその場を後にする。そのままその足で学校を去り、またどこかに消えていった。

 時は四月、英雄の子と怪物強盗は出会うことなくすれ違ったりしていたが気づくことは無かった。二人が出会うのはもう少し未来である。

 後日、箱に閉じ込められた司書と置手紙が見つかったがXの侵入は秘匿された。英雄の子がいる以上そのような不祥事はおきないのである。

 ちなみにこの後、侵入者発見用の結界がありえないほど強化されたのだった。

 

 

~~~

 

 

 京都のとある一軒家。そこで一人の女性はあることで思い悩み、ため息をつきながら縁側に座って考え事をしていた。

 彼女の名は天ヶ崎千草、関東魔法協会を、西洋魔法使いを力で持って叩きのめしたい一心で秘密裏に活動を行う強硬派の一人である。理由は昔奪われた両親の復讐、そして今はこの考えに同調してくれる人員を、秘密を守れる口の堅い人員を求めつつ関西呪術協会の上役にばれないように活動していた。活動していたはずだった。

 現在千草の元には二人ほど、千草の考えに同調しそれをなすために様々な手を考えてくれる人がいる。風見と鬼島である。そしてこの二人の存在が今、千草を思い悩ませる原因になっているのだ。

 

 「(うちがこないな活動しとんのもあの二人にはバレとった。上役にも見抜いとる奴がおっても不思議やあらへん。もしそうなら、穏健派で固まってる今の上役が妙なことをさせへんために何か手を打ってくるはず……ほんまに上手くいくんやろか。それともあの二人が上役の手の者……)」

 

 千草が考えているのは、今自分の行っている活動が本当に秘密裏に行えているのか? 下手な奴に感づかれていないのか? といったものである。

 千草から声をかけたわけでもないのに、二人の人間が協力を申し出てきたのだ。目的に多少の違いはあっても、風見鬼島の両名は自らのことがなせれば関西呪術協会の力でもって関東魔法協会を叩きのめすのに協力すると言い、二人が着た当初に千草はそれを真に受け喜んで迎え入れてしまったのだ。

 だが今は先ほど記したとおりではあまりに都合がよく、二人の望みがかなっても、関東魔法協会打倒の際に手を貸してくれないかもしれないと悪い未来を思い浮かべてしまい、そして現在はあの二人が穏健派からの強硬派の妨害をする、もしくは反乱の罪で一網打尽にする刺客ではないかという考えにいたってしまっているのだ。

 

 「(やっぱり復讐なんて上手く行かへんもんなんやろか)」

 

 そして少々ネガティブに物事を捉えてしまいだしていたところ、

 

 「っ! なんや侵入者か?」

 

 千草は結界を超える反応を感知した。

 この天ヶ崎の家に張られている結界は感知、隠密性に特化させたものである。どこに張ってあるかわからず、その結界に触れたことすら気づかせない。そして結界に触れた人物のその全てを読み取ることが出来るのである。故に現在この結界の主である千草にはその侵入者の全てを知ることが出来るのだ。それは外見、保有魔力、纏う気の強さ、現在の体調など個人情報である。

 

 「一体何者……アカン!」

 

 故に気づくことが出来た。その侵入者は今まさに死に瀕していると。そして千草はその人物を助けるために全力で駆け出した。というのも、

 

 「人ん家で勝手に死にくさんな!」

 

 このままでは不法侵入者を問答無用で殺害したと捉えられかねない。そしてなぜそこまで過剰に反応したのかと言う探られたらまずいところまで探られかねない。そして今、この家にいるのは千草一人、己で動くしかないのだ。

 全力で現場に向かった千草はすぐにその人物を発見した。場所は結界の境界付近、敷地外縁部で生垣に半ば埋まるようにその侵入者は倒れていた。

 

 「え? な、ホンマに生きとんのか!?」

 

 千草がそう思うのも無理も無い状況であった。すさまじい血だまり、四肢どころか五臓六腑さえも無事とは思えないほどグチャグチャで取り返しのつかない損傷。全身がまるで力ずくで引き裂かれたような傷、死体と見間違えるレベルの致命傷である。だが生きている。そして対照的に、半分生垣に埋まっているがほとんど傷の見え無い顔が非現実さを際立たせていた。そのあんまりな光景にしばし千草は呆然とし、

 

 「って、アホか!」

 

 死体と見紛う人の前で何もせずに呆けたのだ。一秒遅れれば助からないかもしれない状況であるというのに。己を叱責しつつ、千草は治療のための符を取り出し倒れている人物に治療を行いだした。ちなみに千草は気づけなかったが比喩無しに体はほぼバラバラ、ただ近くに置いてある、と言って差し支えないものであった。

 

 「ううう、とっておきの治癒符やけど、使わな助かりそうにあらへんな」

 

 並みの符では助かりそうに無いと気づいた千草は仕方なしに高名な術者が作った高価な治癒符を使い出した。その選択、倒れている人物には幸運であった。この人物ほどの致命傷であったなら本来助からない。その傷を見た多くの人も救命を諦めるのが普通である。だが千草は治療を行った。しかも効果の高い符を使用してまで。本来なら無駄でしかなかったがこの人物も普通ではなかった。

 異常なまでに強力な細胞を全身に埋め込んでいたのだ。そしてそれが治癒され、千切れているところが繋がり、足りないところはその細胞が変異して補い、細胞自身の生命力の高さからその人物本来の細胞も次々成り換わり、傷の無かった頭部以外全てが強力な細胞に置き換わり命の危機を乗り越えた。

 

 「は~なんとか助かったみたいやな」

 

 勿論千草がそんなことが起きていたなどとは思わない。ただ単に全身の傷がふさがったと思っただけである。

 一息ついた千草はその倒れている人物をじっくりと観察した。見たところまだ三十には届かないであろう若い男性、日本人ではない外見、美形と称せる綺麗な顔、千草は見たことも無い人物である。

 

 「不運にも妖魔に襲われた観光客ってところやろか? まあ目え覚ましたら軽く事情聞いてそのあとは協会に届ければええか」

 

 そういいながら千草は式神を呼び出しその男を運ぶように命令を出す。

 

 「まあ、不運やったなあ。襲ったであろう妖魔も気になるしいろいろ話し聞かせてもらうで色男さん」

 

 そう言いながら千草と男を運ぶ式神は歩いていった。

 だが千草が言った不運なんてとんでもない。この男が助かったのは幸運の連続があったからなのだがそれはだれも知ることは無い。

 

 

 

~~~

 

 

 

 その日、麻帆良に緊張が走った。

 

 「ふむ、結界を越える反応がのう」

 「はい学園長、それは確かです。以前の侵入者の時と非常に酷似しております」

 「人員は向かわせておるのかの?」

 「はい勿論です。ガンドルフィーニさん以下三名で向かわせています。その他は各地の警備、待機要員として振り分けています」

 「ふむご苦労じゃったの」

 

 この麻帆良の最高権力者、近衛近右衛門はつい先ほど感知した侵入者に対する報告を明石教授から受けていた。

 

 「現在結界の方に異常は見られません。侵入者はおそらく一名でほぼ確定と見られます」

 「ふむ、ならば侵入者への対処が済めば警戒は解除でよいのう」

 「どれほどの実力者かわかりません。高畑先生の不在が痛いです」

 「何、麻帆良には優秀な魔法使いが多くおる。不安に感じる必要はない」

 

 現在麻帆良には関係者全員に厳戒態勢がしかれている。前回の侵入者と同じ方法で進入してきたが故のものだ。そして前回の雪辱を果たすかのごとく、今回こそは確実に捕らえようと実行部隊の面々は感知地点周辺に出払っているのだ。

 

 「今度こそは面と向かって会話がしたいのう」

 「……直接話されるおつもりですか?」

 「無論じゃ。まあ相手の対応次第では諦めるがの」

 

 そして多くの人手が出払っているのは近右衛門の逃がさず殺さず捕縛せよという命令が下されているからだ。それだけならば普段と大差ないことなのだがその侵入者と直接話したいとも言っているのだ。

 故に話が出来る程度の完全な無力化、逃走の完全防止、周囲へ気づかせない情報操作など余計な手間が増えてしまっているのだ。ただ捕まえるだけなら生きてさえいればいいので楽なのだが。

 

 「じゃがガンドルフィーニ先生達ならちゃんとしてくれるとわしは信じておるでの」

 

 

 

~~~

 

 

 

 「ガンドルフィーニ先生、まもなくです」

 「分かった高音君。ここからは速度を落とす、警戒は十分にし、慎重な行動を心がけてくれ」

 

 麻帆良の外縁の森の上空を三つの影が飛んでいた。ガンドルフィーニ、高音・D・グッドマン、佐倉愛衣の三人である。

 

 「もちろん心得ていますわガンドルフィーニ先生」

 「私もちゃんとやれますよ」

 

 ガンドルフィーニの言葉に答える二人、現在この麻帆良への侵入者の捕縛のためにその現場へと向かっている最中である。

 彼らに課されているのは侵入者の捕縛であるが手におえなかったらすぐに引くようにも言い含められている。無茶をする様な緊急事態とまではまだ言えないからだ。先ほどのガンドルフィーニの言葉はその意味も含まれている。

 

 「なら結構だ。重大な任務だ、いざという時の私の背中は任せるよ」

 

 この言葉にいっそう気を引き締めて目的地に向かって行った。

 空を飛びしばらくして目的の場所が近づくとガンドルフィーニの指示により空を飛ぶのをやめて地上から現場に近づくことになった。

 直前に観測班に連絡したところ未だに動きが無いとのことで何か異常なことが起きていないかと思ったガンドルフィーニは二人に指示を出して可能な限り早く移動することにした。

 

 「あれは……」

 

 三人がたどり着いたところには回りよりふた周りほど大きな木の根元で横たわる少年、いや青年とも見える人物を発見した。

 寝ているわけではない、しっかりと目を開けて空を見ているのだから。もっとも、

 

 「君! 大丈夫か!」

 

 片目に木の枝が突き刺さっていたのだが。

 

 「大丈夫、なんでもないよ」

 

 質問に即座にそう答えると目をつぶってそのまま眠りだした。どうしたものかと三人は寝っ転がるその青年を見ていると。

 

 「名前だけでも教えてくださいよー」

 

 愛衣がそう尋ねると青年は目を開けて質問をした愛衣を見つめた。

 

 「あ、私の名前は佐倉愛衣です。あなたの名前はなんと言うんですか?」

 

 この質問に、

 

 「ヴァ……チャンドラ。チャンドラ・アスカ・ルジュナワラ」

 

 一瞬詰まり言い直して答えた。そしてそう言うと再び安らかに眠っていった。

 無害そうだが考えが分からない、て三人はこの人どうしようとこれからの対応に頭を悩ませた。

 

 




チー坊の性格を掴みきれているとは言えない!
復習せねば


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第13話:ダメだったけど【遊】

かなり苦労しました


 「俺は使えないのかあ」

 

 一冊の本を右手に、古びた杖を左手に持ったXはとある廃屋にてうんうんうなりながら何度目かの挑戦を行っていた。

 

 「ぷらくてびぎなる、あーるですかっと……」

 

 そう唱えたXの杖の少し先に線香よりも僅かな光が現れたかと思うとふらつきその場に座り込んだ。

 

 「やっぱり初心者用のでこれじゃ諦めたほうがいいや」

 

 Xのこの症状、魔力切れの前兆である。

 

 「十分に休んで最初の一回目でこれじゃあなあ。魔力がほぼ無いってことだよなあ」

 

 Xはこの二週間のことを振り返りそう結論を出した。魔法の本を盗み出してから魔法を使おうとXは練習を重ねていたのだ。最初は何も無く不発だった。そしてあるとき突然、呪文を唱えた後気絶してしまったのだ。

 そしてその時から呪文を唱えるたびに気絶してしまいそしてあるとき気絶寸前で耐えることが出来た。そしてその時杖の先に僅かな光を見てある仮説にいたった。自身の魔力容量が極端に少ないのではないかと。それこそ初心者の入門レベルの魔法一発で枯渇するくらいに。そして今回気絶しなかったのは、何度も何度も魔力を空にすることで容量が増えて気絶寸前で耐えれたのだ。

 ちなみに手に持っている本は盗んだ初心者用の教本であるが内容は全て覚えているためただの雰囲気作りのために持っているだけである。

 

 「まぁいいか。それより久しぶりの日本だしさっそく何か盗もうかな」

 

 Xは日本に戻っていた。魔法の教本を盗んだ後、その足で日本へ向かったのだ。理由はなんとなくであるが。

 そして日本に向かう途中で盗んだ本を読み込み、結果先ほどの結果につながったのだ。ここまで魔法の適性がないのも珍しいが、一応Xは一通りの魔法の知識を持つことができていた。ただ本で読んだ知識であるがそれだけでも十分だとXは納得しているので問題はなさそうだ。

 

 「今回は前みたいに拠点ばれはさせないように慎重にならないとなあ。簡単にばれちゃうと侮られちゃうし」

 

 Xがいるのは活動を開始した地、京都である。もちろん前回とは違うところを拠点にしている。さすがに前回の拠点に戻る気にはならなかった。そこまで適当ではないというわけだ。

 そしてXは持っていた教本をその辺に放り出して美術館のパンフレットをパラパラと見だした。

 

 「それに平均的なレベルの奴等は大した事ないのは分かったから積極的に見取る意味もないしなー。わざわざ殺すのも処理が面倒臭いしばれないようにこっそりと盗もう」

 

 Xは数ヶ月に及び盗み、そして戦闘を数多くこなしてきた。その結果多くの未知の技術を見取ったが、どれも似たり寄ったりな錬度であったため見飽きており、相手をしても得るものがないために至った結論である。相手なんかしてられないと。もっとも、

 

 「今回はこれを盗むとして……そうだ、久しぶりの日本だし予告状でも出そうかな」

 

 このような気まぐれな提案をする以上、現場での戦闘は避けられるはずもなかった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 時間は深夜、場所はとある美術館。人気がなくて当然のその場所で二つの影が動いていた。場所が場所だけに警備の人間であるならば極々自然であるのだがその影達は一切明りを付けずに歩いていたのだ。異常である。これにはもちろん理由がある。そしてそうしても問題がない備えをしているのだ。

 彼らがしているのは警備である。この美術館に収められている一体の木像がある人物に盗られないように警備をしているのだ。言うまでもなくその人物とは怪盗Xである。

 この美術館に送られた一枚の予告状。それを知った美術館の職員の一人が依頼した警備なのだ。そしてそれはもちろん魔法関係者による警備である。

 そして何回目かになる定時報告を行っていた。

 

 『結界には異常は見られない。中の様子はどうだ』

 「こちらも問題ない。何があっても確実に対応できる。そっちも見逃すなよ」

 『天ヶ崎特製の感知結界の符を使っている。見逃しはしない』

 「はははそうだな。これで守りきれれば怪盗Xに一矢報いれるな。本当なら戦闘で報いたかったが」

 

 かなりの時間変化のない巡回を行っていたため注意力が下がっていた。ゆえについつい雑談に興じてしまっていた。怪盗Xが示した時間まで間があるのも要因の一つである。

 

 「なんやごちゃごちゃ何度も何度も話して、怪盗Xはホンマに来るんか?」

 

 そしてそれを遮るようにこの場に不釣り合いな服装の少年が声をあげた。

 

 「……ちっ、報告は以上だ引き続き巡回を行う」

 「なんや喧嘩か? 売るなら買うで?」

 

 その少年の服装は学ランであった。昼間ならこの場にいてもぎりぎりセーフかもしれないが深夜にいるのは明らかに変である。もっともその隣にいる和装の青年も対外浮いた服装であるが。

 

 「ただの定時報告だ。お前は言われたとおり怪盗Xが出た時の足止めだ」

 「ふん! それが気に食わんのや。俺は足止めだけやのうて仕留めることもできんで!」

 

 これは実に五度目になる言い合いである。今回の美術館警備の人員が発表され、作戦が決まってから事あるごとにこの少年は「俺が怪盗Xを倒す」と言ってはばからなかったのだ。

 

 「雇われは雇い主に従っていればいいんだ」

 「……ふん」

 

 こうしてまた沈黙に包まれる。

 そして何もないまま怪盗Xの予告した時刻に近づいた。

 

 「間もなく時間やろ? 予告されたモンの近くに行った方がええんやないか?」

 「言われずともわかっている」

 

 これまで何度も繰り返されて険悪になりかけていたが、怪盗Xの予告した時間が近づいたため互いに気を引き締めていた。

 

 「なんや術がかけてあんやろ? 俺は詳しくあらへんしまかせたで。警戒は任せとき」

 「だからわかっている!、あまり頑丈ではないが一応強力な結界だ。無理やりこじ開けられてはいない!」

 

 そして、彼が本物であるかの確認をするために結界に手を伸ばした時、

 

 『侵入者の感有り! 日輪、犬上! 警戒しろ!』

 

 今回の件のリーダーから焦った声が響いた。この声にかなりせっぱつまっていることはわかる。そして目標の近くにて警戒をしていた二人の素へ黒い影が向かった。

 

 「怪盗ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! Xぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 いくつか仕掛けられていた攻性の罠にかかったのかいくらかダメージを負いすすけているように二人は見えた。

 そしてボロボロな学ランを翻しながら、犬上小太郎は日輪の近くで構える己の姿をとる人物、怪盗Xを蹴り飛ばし、

 

 「いきなり変なとこに閉じ込めやがって、一気に勝負決めたるで!」

 

 攻撃の構えをとる。だが目の前で行えわれたことに火輪は思考が追い付かず呆けていた。

 

 「くらえ! 狗音爆砕拳!」

 

 黒い何かをまとわせた拳を叩き付ける。Xは一撃をもろに食らい、吹き飛び、そのまま壁に激突した。

 

 「嘗めんのもたいがいにせえっちゅうこっちゃ!」

 

 無茶なことをしたため小太郎はたった一撃で息が上がっている。全力で警戒を突破、これは簡単なものではないのだ。

 

 「どうや怪盗X! さっきは不意打ちでやられたが正面からなら俺は負けへんで! 正々堂々正面からガチンコ勝負や!」

 

 この宣言に日輪はようやく意識を戻し、目の前にいる両者を交互に見た。

 

 「すごいよ」

 

 聞こえてきたのはこの場にいる二人共に聞いたことのない声であった。

 

 「俺が戻るまでは気絶してると踏んだんだけどだいぶ頑丈なんだね」

 「せやな、でも俺をなめんなってとこや」

 

 しかし小太郎は気後れせずにその声に応答する。

 

 「いいよ、特別に勝負してやるよ。俺だって強いんだよ」

 

 そしてXはいつもとどこか違う空気を醸していた。喜色をうかべたXは学ランのままであるが定めた自分の姿に戻っていた。

 

 「人とは少し違うみたいだね。存分に君のすべてを見せてもらうよ」

 

 あきらかに攻勢にXは傾いていた。実際、一度捕らえた相手に反撃されて若干悔しがっているだけである。

 ちなみに日輪は美術品の避難、部屋を結界で出入り制限を行うという影仕事を行っていた。




さて次回は本格戦闘だ


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第14話:本気みたいだ【戦】

ようやく投稿、戦闘難しいDeath


 「くらえ!」

 「えい」

 

 対峙していた二人は互いに右拳を示し合わせたかのように同時に振るいぶつける。だが小太郎は競り負け、引いて態勢を整えた。そしてなぜかXは競り勝てたのにもかかわらず同じように距離を取った。

 

 「や、やるやないか……」

 

 息を荒げながら小太郎は目の前にいるXをにらみつける。そして自然と苦笑いを浮かべていた。

 Xはただ黙って両手を力強く何度か握りなおした。

 

 「こんなもの? だったら拍子抜けだな」

 

 Xは一息で距離を詰めて右腕を振り回した。むろん小太郎はそれを回避しそれに合わせ反撃の連打をを試みる、がXは涼しい顔で回避を続けた。そしてその中で発生した隙を狙い、小太郎に突きを放つ。

 だが読んでいたのか直感によるものか小太郎はそれも回避、Xは回避されたことで大きくバランスを崩した。

 

 「隙ありや! 狼牙双掌打!」

 

 Xの空振った左腕、その影に隠れるように低い姿勢から小太郎は攻撃を繰り出す。普通ならこの攻撃には反応できない。確実に命中するタイミングである。

 だがXは反応した。全力で前へ駆け抜けて回避しきったのだ。

 二人は再び距離をとって向き合った。

 

 「へえ、意外と反応はいいんだね。ちょっと驚いたよ」

 「はん、余裕や!(正直このままじゃあかん! 全て見切られとるし!)」

 

 Xは不適に笑うが小太郎は半笑いだ。

 そして、Xは一気に間合いを詰めて拳を振るう。

 

 「っが!」

 

 小太郎は回避は無理と判断し全力で受けようと構えをとるが、

 

 「あああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 耐えられず吹き飛ばされ、その勢いのまま壁に叩きつけられそれを破壊した。周囲には瓦礫のかけらが飛び散る。

 

 「ふーん」

 

 Xは破壊された壁による土ぼこりに包まれながら、

 

 「バレバレだよ」

 

 小太郎を叩きつけた位置まで突っ込みその場に拳をたたきつけ、

 

 「ちいっ!」

 

 小太郎を追い出した。

 

 「ほら」

 

 そして何の気なしにXは手刀を振るう。

 

 「ぐぅ!」

 

 そして小太郎の顔面を切り裂く。それにより出血し、小太郎の視界を徐々にふさぎだした。それを見たXはしまったという表情に変わる。

 

 「あーあ失敗したなあ……これじゃああんたの戦力が下がっちゃうよ。でもどーせたいして変わらないか」

 

 Xは落胆したこと隠しもせずに小太郎に言葉を放った。

 

 「ならなあ、これならどうや!」

 

 小太郎は血を散らしながらも全力でXに向かう。そして黒い影、否黒犬を無数に呼び出しXを囲むように飛び掛る。

 

 「どや! これは避けれんやろ!」

 

 そして小太郎は気を集中させながらまっすぐXに突っ込む。

 

 「覚悟せいやあああああああ!」

 

 小太郎はココが正念場とばかりに気合をこめる。

 

 「確かによけれそうにないや」

 

 そしてXはそう呟き、

 

 「でも迎撃は出来るよ」

 

 そう言うとXは迫り来る小太郎と黒犬に向けて殺気を飛ばす。だが全くひるまない。

 

 「やってみいやあ!」

 

 黒犬と小太郎の特攻がXに迫る。Xはその様子をしっかりと観察していた。

 同時にXに迫っているようだが僅かに、コンマ数秒の誤差がある。Xは自らの攻撃が届く範囲を定めそれに入ったものから迎撃しようと決めた。コンマ数秒差の同時攻撃の迎撃など普通なら不可能だがXならば可能である。

 Xはいつものまま、静かにその全てを迎え撃とうと拳を放ったが、

 

 「あ」

 

 Xの拍子の抜けたこえが響く。小太郎は自らに向かう拳をかわしXの迎撃方向から外れたのだ。さすがにXも、このときに三百六十度の迎撃は不可能であった。正面から来ると見定めたからこそ迎撃可能と見たのだ。

 そして小太郎の一撃がXの胴にめり込む。

 

 「どや! 俺を舐めとったんが運の尽きや!」

 

 見事な一撃、完璧に決まっていた。

 

 「へえ」

 

 だが、

 

 「骨に少しヒビが入ったみたいだ」

 

 Xは倒れない。

 

 「俺の攻撃をよける際にこめてた気を僅かに散らしたね。それが失敗だよ」

 

 Xは小太郎に笑顔を向け、目にも写らぬ最速の拳を顔面に叩き込んだ。小太郎は吹き飛び床を転がる。

 小太郎は息を荒げて床に這いつくばりながらXを見上げた。

 

 「で、あんたはいつまで隠してるんだい。それとも、本気を出さずに負ける気?」

 

 Xは静かに小太郎に語りかけた。

 

 「へ、せやな。出し惜しみは無しや!」

 

 そう言った小太郎はその姿を変える。

 

 狼男

 

 まさにそう言える姿へと変えていった。

 

 「狼男? へぇ、ネウロみたいに本来の姿があったんだ」

 

 Xは明らかに笑顔で、嬉しそうに小太郎に話しかける。

 

 「少しちゃうな。俺は狗族と人間のハーフや!」

 

 そして互いに視線を交わす。

 

 「へへへ、悪いけど俺はもう限界や。だから、一撃や! 一撃で決めさせてもらうで!」

 

 そういって小太郎は構えを取る。

 

 「これがオレの全力や! 受けれるもんなら受けてみいや!」

 

 小太郎は己の拳に全ての力を溜め込む。そしてXもそこまで言われて黙ってはいない。

 

 「ならその全力を迎え打つよ」

 

 Xは小太郎のこめている気の量を見て始めて構えをとった。

 そして一瞬静まった。二人の距離はたった数メートル。

 

 「はああああああああ!」

 

 先に動いたのは小太郎。溜め込んだ気が渦巻きだした。それと同時に黒犬を呼び出し己の拳に纏わせる。

 

 「来いよ」

 

 Xの言葉に小太郎は反応した。

 

 「言われんでも……わかっとるわああああああ!」

 

 互いに同時に一歩踏み出し、拳を突き出しぶつけ合った。それは開戦時と同じ。

 そしてこの勝負は長引くことなく一瞬で決まる。決着などそのようなものだ。

 

 「ああああああああああ………………」

 

 小太郎は巻き直しの如く吹き飛び敗北した。小太郎は力尽きたのかうつ伏せで倒れたままだ。

 

 「よくやったよ」

 

 そう告げたのはXである。

 

 「俺の右腕が血まみれだ。あんたがやったんだよ、でも死んじゃって……はいないか。思ってたより頑丈なんだね」

 

 Xの右腕は皮膚が破れ肉が裂け血が流れ出していたのだ。

 

 「あんた……名前はなんて言ったっけ? 聞こえてないかあ」

 

 この問いを聞いて目を覚ましたのか小太郎は首だけを起こした。

 

 「へへ、舐めんな……俺は犬上小太郎、次は負けへんで、X!」

 

 そういい終えると本当に力尽きて気絶した。Xは楽しそうに、そしてその姿を見て満足そうに頷いて、

 

 「拘束術式! 発動!」

 

 Xの足元に魔法陣が浮かびその身を拘束された。

 

 「魔力拘束効果なし! 気の封印、二割にまで封印完了! さらに拘束を続けます!」

 

 それを行っていたのは小太郎と一緒にいた術者。Xと小太郎が戦闘している間に念入りに術を張っていたのだ。

 

 「よく引きつけた! あとは任せろ!」

 

 さらに拘束を続ける。

 

 「あとは後詰が来るまで」

 「あーあやられちゃったなあ」

 

 捕縛されながらXは呟く。

 

 「あんたは俺を捕まえたいみたいだね」

 

 この言葉に術者は何の反応も示さない。

 

 「でも……」

 

 Xは大きく身体を沈ませる。

 

 「この程度じゃ……」

 「ば、馬鹿な!」

 

 拘束術に歪みが、亀裂が入る。それは単純な力技。

 

 「気は! 封じられているんだぞ!」

 「ああ、俺が、全力で、力をこめてるだけだ、よ!」

 

 そして拘束術式が崩壊をはじめる。

 

 「で、あんたはどうする気?」

 「封じるだけや」

 

 そこに飛び込んできたのは一人の妙齢の女性その手には符が握られている。

 

 「縛られとき!」

 

 そして放った符はXを強く拘束する。しかし強力である分持続力は無さそうではあるが。

 

 「まずは時間稼ぎ、その間に本命や!」

 

 そしてその女性は壊れかけた術式を利用して強固な封印をXに施す。

 

 「ふう、これで仕舞いや。怪盗X、捕縛完了」

 

 女性は額の汗を拭う動作をしてそう告げた。

 

 「天ヶ崎さん! 何でこんな前線に!」

 「さっき何者かに包囲網が突破されたって話があったやないか。せやからココまで出張って来たんやけど、まあ間違いやなかったみたいやなあ」

 

 彼女、天ヶ崎千草がこのタイミングで現れたのは、先ほど小太郎が無理やり突破したことによって生じた異常事態に対処するためであった。そしてそれは丁度良くXを捕獲することにつなげれれたのだ。

 

 「ふふん、力ずくで破ろうとしても無駄やで、それはうちがつい最近改良したばかりのもんや。解き方はまだうちしか知れへん。諦めとったほうがええで」

 

 千草は拘束されてからも無理やり破ろうとしているXに優しく諭す。

 

 「へえ、本当に凄いや、力も上手く出せないし、お姉さんは凄いね」

 「おだてても手心は加えんで、あんたには色々罰を受けてももらわなあきまへん。まあ生きて出られるとは考えんほうがええで」

 「うーん捕まったままじゃつまらないから逃げたいんだけど」

 

 Xは緊張感もなく目の前の千草に視線を向けて話しかける。千草も特に気にせず雑談をしている。完全に形勢は千草に傾いたのだ。

 

 「逃がしはせえへんで、あんたに殺されて恨みをもった奴もおるんやからなあ」

 

 千草はXを決して逃がす気、自由にする気はなかった。このXを関西呪術協会に送れば上手い具合に人手を得る機会を作れる可能性があるからだ。

 

 「送る準備はどうや、まだ掛かりそうなんか?」

 

 千草はどれほどこのXを拘束しておけばいいのか時間を確かめた。さすがに時間が掛かりすぎると実戦であまり試していない術であるだけにどのような不具合が起きるか分からないからだ。

 

 「後十分ほどで可能になるかと」

 「意外と短いなあ、ほな後始末にもう人員割いてええで、その程度なら余裕や」

 

 千草の宣言に徐々に集まりだした人を、このたびの戦闘で生じた被害の後始末に回らせた。かなり派手にやらかしたので意外とごまかしのための時間的余裕はないのだ。

 

 「ねえねえ、えーと天ヶ崎千草? だっけ?」

 「ん、何や?」

 

 暢気な声でXは千草に声を掛けた。

 

 「また遊ぼうって小太郎に言っておいて」

 「残念やけどそんな機会はあらへんで、最良で一生幽閉、世界中で出してる被害的にまず処刑やろうしなあ」

 

 千草はXの言葉に正直に自分の意見を述べた。

 

 「ここで逃げれば大した事ないよ。これさえ解けば」

 

 そしてXは軽く身体を動かし、

 

 「どうとでもできるんだから」

 

 拘束を解いた。

 

 「っ! 何や! 何で解けんねん! こんな簡単に解析して解ける奴なんか世界中探したっておらんはずや!」

 

 うろたえながらも千草はすぐに構えてXに向き直る。千草の狼狽は仕方のないことだ。力ずくで破るなら拘束されるわけがない、正直に解くにしても解析だけでもまだ時間は掛かるし何よりそ(・)れ(・)に気づけない作りではないからだ。

 千草はすぐに解かれた術式の解析をしたが、それはまるで凄腕の泥棒に綺麗にピッキングされたのではなく自分しか持ってない、知らないマスターキーで解かれたかのようであった。他社が未知の術式を解けば少なからず違和感は残る。だがこれにはそれが皆無なのだ。千草が今うろたえているのはそれが理由だ。

 

 「でも千草は知っているんでしょ、これの解き方を、今千草はこの術式のことばっかり考えてたし簡単だったよ。もうすぐ人が来るみたいだしじゃーね」

 

 そう言ってXはその場を後にした。目の前の人物がいなくなったことで千草は力が抜けてその場にへたり込んだ。

 

 「そればっかり考えていたから簡単……ははは、人が考えとることが読めんなら、裏をかけへんやないか……だからって、次はやられへんで覚悟しときや」

 

 千草は再びXと合間見えたときには同じ鉄は踏まないと心に誓った。

 そしてそのすぐ後に来た人員に事の顛末を説明すことになりさらにXを捕らえかけた新しい術式の説明改良に奔走することになるのだった。

 

 

~~~

 

 

 「危なかったなあ、もう少しで捕まるところだった」

 

 Xは今逃げてきた美術館を遠くに見ながらポツリと呟いた。

 

 「今までのままじゃまた同じ失敗をするかもしれないしなあ。この腕もやられちゃったし、もう少し強く、もう少し頑丈になろうかな」

 

 Xは完全に捕まえられかけたことで少し、ほんの少しだけ悔しいと感じていた。そして、どんなふうに強く頑丈になろうかと考え出した。

 

 「うーん、とりあえずこの腕を直しながら考えようかな」

 

 そういってXは目立つ位置から姿を消した。




遅くなって申し訳有りません


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第15話:これこそ関係ないや【二】

ちょっと無茶こいてみた



 「ふむ、では君が何者であるか話してくれるかね?」

 

 ここは麻帆良学園、学園長室。近右衛門は目の前にいる侵入者として連れてこられた青年に問いかけていた。

 現在この場にいるのは六名、学園長である近右衛門、麻帆良最高峰の戦力高畑、青年の発見者であるガンドルフィーニ、高音、佐倉、そして侵入者としてこの場にいるチャンドラである。

 

 「君の立場は今非常にあやふやでマズイ位置におる。正直に話をしてくれればワシらも君を悪く扱わぬよう努力したい、じゃが身の上をいくらかでも話してくれねばそれもかなわぬ。話してくれぬかの?」

 

 近右衛門としてはこの青年をあまり無下には扱いたくはないのだがだんまりを続けられるとどうしようもでいないのだ。故に、優しくも『話せ』と言っているのだ。

 

 「ほんのちょこっとだけでも構わぬのだがの?」

 

 またしばらく黙ったが。

 

 「オレ、強くなろうとしてたくさん……いや、もう疲れたんだ」

 

 そう言うと身体をよじり手が首に伸びるが、

 

 「ふむ」

 

 近右衛門の無詠唱の拘束呪文で動きを封じられる。

 

 「やはり困ったのう」

 

 近右衛門が困ったと言うのはこの青年が過去のことを話そうとするとふとした切欠で自殺を図るのだ。

 ココに連れてくるまでに三度、自殺を図り発見者の三人は軽く気疲れをしていた。

 侵入者であることは間違いないがココまで来ると何かしらの事故に巻き込まれたのかそれとも何かの囮かと考えてしまう。だが放っておくと自殺してしまうかもしれないため発見者である生徒二人の精神衛生上のために、扱いに困り果てていたのだ。

 カウンセリングも視野に入れているがあまりこんな不安定な人物を多くの人に知られても上手く回せる保証がないので現在様々な方法を近右衛門は考えていた。

 

 「それ以上はやはり話してはくれんかの?」

 

 何も言わずただ押し黙った。

 

 「ふむ」

 

 そういうと近右衛門は立ち上がりチャンドラの頭を二度三度と軽く撫でながら語りかけた。

 

 「うむ、確かチャンドラ君と言ったかの。君には人に言えないような経験をしてきたようじゃのう。じゃが、ワシ……らは味方になりたいのじゃよ」

 

 近右衛門は髭を撫でて続ける。

 

 「君はまだ若い。簡単にその命を捨てて逃げてはならぬ。一旦、この麻帆良で己を見つめなおしてみんかね」

 

 この言葉に聞いていた皆がざわついた。

 

 「君がやれることをしながら、のんびりと探してみるがよい。死に逃げたりせずにの」

 

 そう言うと近右衛門は元の位置に戻り椅子に座り一息ついた。

 だが周囲の人はそれどころではなかったりする。不振人物であるこのチャンドラを近右衛門はまるで引き入れるかのような発言をしたからだ。

 

 「高音君、佐倉君、彼の住居の手配が済むまで一緒にこの麻帆良を案内してくれぬかね。ガンドルフィーニ君は彼の住居の手配を」

 「学園長! いくらなんでも彼は」

 「事情は後ほど説明の機会を設けよう。彼は危険ではない、ワシはそう判断した。不服かの?」

 

 あんまりな発言ではあったが後ほど説明すると言われてしまったうえに、近右衛門からの威圧により押し黙ってしまい三人はしぶしぶと従うことになった。

 

 「わかりました。二人とも彼のことを頼む。くれぐれも、気を抜かないように」

 「心得ておりますガンドルフィーニ先生」

 

 そう言いつつ四人は退出して言った。チャンドラも高音の指示に大人しく従い着いていった。残されているのは近右衛門と高畑である。

 

 「……では学園長、彼は何者ですか?」

 

 高畑はストレートに近右衛門を問いただした。

 

 「ハテのう? 彼は碌に自分のことは話してくれなんだのはタカミチも知っての通りなのじゃが。まあ悪い人間ではなさそうじゃの」

 「あんなに堂々と、記憶を見ていておいてそれですか」

 

 高畑は苦笑いしながら近右衛門を見る。

 

 「本人の承諾なしに記憶を見るのは褒められた行為ではないとタカミチも知ってることじゃろう。周りから信頼される学園長になろうと努力しておるのにそんな疑いを掛けられるとは悲しいのう」

 

 芝居がかったように目元を近右衛門は抑えるが高畑から見たら白々しさしか見えない。

 

 「どの口が……今は言う必要はないということですね、そして悪い人物でもないと」

 

 そう言われた近右衛門はふぉふぉふぉと笑い「当然じゃ」と言ってこれからのチャンドラの扱いに頭をめぐらせた。

 

 

 

~~~

 

 

 

 『ん……う~~ん』

 

 京都にある一軒家の一室にて一人の男が目を覚まし、大きく伸びをしていた。

 和風な寝巻きに身を包み男は何か違和感を感じているのか身体を起こした状態でほぐすように全身を動かしていた。

 

 『(ここはどこだ? 見たことないとこだし……全く記憶にないな)』

 

 まず彼が疑問に思ったのは現在見知らぬ場所で目を覚ましたと言うことだ。そして次に考えたのは

 

 『ボクって誰だっけ?』

 

 己に関することであった。

 

 『困った、これは困ったなあ。自分のことを思い出せないなんて……記憶喪失か、それじゃあ見覚えがないのも納得だな』

 

 彼はそう結論付けた。

 そして彼はこの一室に自分につながるものが何かないかと家捜しを始めた。といっても碌に物がないためにたいした成果など出るわけもなかったが。

 

 『まあ待ってれば誰か来てくれるだろうしゆっくり待つか』

 

 そう呟くと彼は布団に横になって一眠りしだした。やはり病み上がりで疲れているのだろう。安らかに眠りだした。

 

 

 

 しばらくすると遠くで何か言い争うような声がして目を覚ました。 

 

 『お、きたかな』

 

 そうして彼はその声がする方へと向かって歩き出した。

 

 「ああもうやかましい……うちかてあんなんなるんわ予想外やったちゅうねん」

 

 さっきまでかかっていた電話を切ってぶつぶつ愚痴っているのは千草である。それはつい先日起きたXについてのことであった。Xを動きを止めるために前線に出てしまったこと、結果Xの目の前で無防備を晒したことについて風見と鬼島がうるさく言ってきたのだ。曰く護衛もつけずにそんなに簡単に前線に出るなと言うものだ。それは実に全うな千草の身を安じたものなのだが、あの時は実力者が内部に強行突破したということで即応できる術者が足りなかったのだ。

 仕方なく周囲警戒の監修をしていて余力十分であの場で一番の実力者である千草が動くことになったのだが不用意に動かないで欲しいと何度も何度も言われて辟易してきているのだ。

 

 「ああ……もう! こないなったんもあの狗族のボンが下手こいたんがそもそもの始まりやないか……」

 

 再びブツブツと愚痴りながら千草は部屋の中をうろうろとしだした。

 

 『失礼、突然ですが自分の身に何があったのかお聞かせいただけないで、しょう、か……』

 

 突然ふすまを開けてキラキラと擬音が着きそうな笑顔で、そして呆然とした表情に変えてその男は千草に話しかけてきた。

 

 「っ!!」

 

 千草はとっさに距離をとって構えた、がすぐに構えを解く。その男には見覚えがあった。一室を占拠する意識不明だった色男である。

 

 「なんや、目え覚ましたんか。ん、まあ何言ってるかは知らへんけど、説明がほしいんやろなあ」

 

 千草は頭をかきながら気分転換ついでに男に近づいていく。

 

 「ん~~傷はやっぱりもう問題なさそうやな。説明したるさかい、こっちにきいや」

 

 千草は男の手を持ってとりあえず別の部屋に連れて行く。

 

 「まあ色々不安もあるやろうけどって言葉わからへんか」

 「いえいえ、言葉は十分理解してますよ」

 

 千草の独り言な自問自答に流暢な日本語で語りかける。

 

 「なんや日本語分かるんか。せやったら話が早くて助かるわ。とりあず色々聞きたいこと、説明したいことがあるんで大人しくしとってえな」

 

 そう言うと接客に使うであろう部屋に男を連れて行きイスに座らせた。

 

 「あ、まずお一つ言わせてもらってもいいですか」

 

 まず口火を切ったのは男のほうであった。

 

 「ん~まええか、基本うちから説明したる、簡潔に頼むで」

 「ええ、まず名前を聞かせていただいてもいいですか?」

 

 この言葉にそういえば名乗ってなかったなあと千草は思い返した。

 

 「せやなあ忘れとったわ。うちは天ヶ崎千草、この家の者や。であんたの名前は?」

 

 この問いに男はふむふむと頷いてまっすぐ千草を見た。

 

 「天ヶ崎千草さん……」

 「なんや?」

 

 なんだか変な雰囲気を千草は感じ取った。

 そしてその男はすくりと立ち上がり、

 

 「あなたに何か運命のようなものを、いえ定めを感じました! 名前も何も思い出せませんがあなたに惚れこみました!」

 

 そういうと千草に飛び込むようにハグしてきた。

 

 「わかります、あなたにはどこか不思議な美しさを感じます。そうです、きっとボクは」

 「なにさらすんじゃ! こんボケがああああああああ!」

 

 千草はとっさに符を取り出して召還した式で男を押しつぶした。

 

 「ゲフゥ!」

 

 男はあっさりと潰されてその場にのされた。

 

 「はぁ、たくなんやこんボケは」

 

 気絶した男を見下ろす千草は何かめんどくさいものを抱え込んだと重く大きいため息をついた。




ご都合主義ですねはいわかってます
穏便に済ませるのに記憶喪失からの一目惚れで済ませました
突っ込みうけるのは覚悟してますがご容赦を
いやいきなりの殺戮モード入られると色々困るんでそれはまた後ほどのお楽しみで


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第16話:やっぱ勝手に過ごすよね【奇】

半ばオリキャラ化だと……


 「で、あんたはなにもんや? 何かさっきあんま聞きたくあらへん言葉が聞こえた気ぃもするけどなあ」

 

 千草はついさっきセクハラまがいの事をかまして現在正座中の男に向かってドスを聞かせながら問いただした。

 

 「はっはっは、さっきも言いましたけど自分のことは名前さえも思い出せない状態なんだ」

 

 不安など感じさせないイイ笑顔を千草に向けながら話すが千種は冷徹にその男を見下ろす。笑みなど一切浮かべていない。

 

 「ホンマに何も覚えとらんのか?」

 「何も……大切なことがあったかも、今は千草のことだね……あと『テラ』って言葉くらいかな」

 

 ばつが悪そうにその男は笑う。

 

 「ほか、ならとりあえず名無しじゃ後々問題になるかもしれへんしテラって呼ばせてもらうで」

 

 いくつかスルーしながら千草は冷静に状況を整理していく。

 たいした情報は無かったが十分すぎると千草は考えていた。発見時、彼は死体と言って遜色ないような致命傷を負っていたのだ。それほどの傷を受ければショックから記憶を飛ばしても仕方がないと言える。むしろ体に障害を残さなかったことすら奇跡に等しいと千草は判断した。

 

 「で、テラ。あんさんは致命傷を負ってうちの庭先に転がっとったんよ。それをうちが見つけて治療した。身分証等はなーんもなし。そんな不審人物ってのが今のあんさんの立場や。理解したか?」

 

 千草は必要な説明をして視線でテラの言葉を促した。

 

 「そうですか。ですがどうしても思い出すことは出来ません。断片的に『無念』と言った思いは感じますが薄くてこれと言ったことは……ところで千草さんに特定のお相手は」

 「さよか。ほな後は警察の仕事や。テラにはうち等のこと、忘れてもらうで」

 

 これ以上付き合っても実りは無いむしろ精神的に疲れるだけと千草は判断しテラの裏に関する記憶を消すことにした。

 

 「忘れる?」

 「せや。安心しい、後遺症はまずあらへんし痛いこともあらへん。すぐに終わるさかい大人しくしいや」

 

 そう言いながら懐から一枚の符を取り出しテラに向けて、

 

 「ボクは忘れる気はさらさら無い」

 

 しかしその符をテラは千草の手から奪った。その行為に千草は驚く。何の反応も出来なかったのだ。

 

 「……どういうつもりや?」

 「ボクは千草のことを忘れる気はないだけさ」

 

 そう言うとテラはその符を握りつぶした。その行為に千草は固まり、

 

 「って! 何しくさっとんねん! 符やってタダやないんやで!」

 「すみまべ!」

 

 謝罪を聞くよりも早く千草はテラをドツイた。

 それでもテラは千草に向かい話を続ける。

 

 「ボクは何でもするからココに置いてほしんだけど」

 「だからあかん。テラは一般人やろ? 裏を何も知らん奴が軽々しく踏み込んでも死ぬるだけ。せやから記憶消してさいならや。置いとくことはできひん!」

 

 千草はハッキリとテラに出来ないと言う、と同時に殺気を飛ばした。しかしテラは涼しい笑顔で受け止めた。

 

 「それでもボクは千草のそばにいたいね」

 

 テラは揺るがずにそう宣言した。

 

 「……なんでそないにうちに執着すんねん?」

 「……? 一目惚れ?」

 

 曖昧な返事であったがいくら話しても引きそうにないテラに千草はため息をつく。

 

 「あーもうええわ。ほならうちの護衛扱いにしたる。それで満足やろ」

 

 そして千草は折れることにした。

 

 「ただし、うちが出す式神に勝てたらの話や」

 

 そして正面から叩き潰して放り出すことにしたのだ。千草の出す式神はそれなりに強力で一般人では万に一つも勝ち目はない。

 

 「それでいいですよ。いつやります?」

 「今すぐや。護衛は時と場所を選ばず、今のまんまを試させてもらうで」

 

 もちろんでまかせ。一切の準備をさせずに勝ち目をより失くさせるためである。

 

 「ほなさっさと済ますで。庭に出や」

 

 そのまま一瞥もせずに千草は庭に出てテラもそれに従う。

 庭はまばらに雑草が生えているだけの荒地みたいなものであった。千草は小規模な術の実験はこの庭で行うことが多くあったため、いちいち綺麗に整備したりせず放置していたのだ。

 

 「猿鬼、熊鬼」

 

 この言葉と共に符を話して二体の式を呼び出した。

 

 「ほな行く……何しとんのや?」

 

 振り向いてテラの方を見ると素足で地面にうつ伏せになっていたのだ。この奇行に千草も一瞬フリーズした。

 

 「ああ千草、歩いていたら地面から声が聞こえた気がしたんだ。とても不思議な感覚で、つい耳を傾けたくなるような声が……」

 

 地面に耳をつけたままテラは千草に感じたままを語った。しかし千草は死にかけたせいでおつむが逝ってしまったのだと判断し哀れみの視線を送った。

 

 「ほな行くで。テラがうちのこの式神を倒せたら護衛として置いとく。だめやったらそのまま記憶消してさいならってことでええな? 最後に言いたいことはあるか?」

 「ずっとそばにいたいです」

 「……ほなさいなら。猿鬼! 熊鬼!」

 

 千草は呆れながらも式に指示を出す。

 

 「ウキー!」

 「グモー!」

 

 デフォルメされた見た目ながらも力強い踏み込みで二体ともがテラに向かって疾走していく。

 テラは寝転んだまま地面に思い切り腕を突き刺す。腕は手首、肘、肩と地面に沈んでいった。

 

 「っな! 嘘やろ!」

 

 そしてテラは直径二mはある岩を引き抜いて立ち上がった。有りえない常識外のことである。

 

 「グモーーォッ!?」

 

 テラが岩を引き抜いた直後、熊鬼が地面を踏み抜き足を取られて転倒した。これに千草は眉間にしわを寄せる。この庭は何度も術の実験に使った場所、熊鬼が地面を踏み抜くなどありえないはずなのだ。

 

 「テラ、何者や」

 

 千草の呟きをよそに猿鬼はテラに肉薄する。だがそれも一瞬、テラの持つ岩に叩き潰されて消えていった。事も無げにテラはそれを行うが肉体には大して異常は無い。

 次にテラは岩を持ったまま熊鬼の方を向いた。そして、岩を持つ腕をその岩を持つにふさわしい異形な腕へと変化させる。

 

 「あの腕……」

 

 千草はその腕にある人物との共通点を見つけていた。千草が思考する中、テラは二mもの岩を足をとられたままの熊鬼に投げつけ、その威力質量に耐えられるはずも無く熊鬼は吹き飛び消えていった。飛んでった岩は千草の近くに着弾、思考していた千草はそれに気づけず着弾したのを見て肝を冷やしていた。

 

 「これで認めてくれるかな」

 

 千草に聞こえる清涼で喋りながら笑顔でテラは駆け寄っていくが、

 

 「何者じゃおんどりゃーー!」

 

 迎えたのは理不尽な拳であった。

 

 「なんやねんあんさんは! 突然地べたに寝そべるわ、何の変哲も無い地面から一息で岩を掘り当てるわ、猿鬼を叩き潰すわ、岩を放り投げるわ、あの熊鬼の足とったんもあんさんが何かやったんやろ! 極めつけはその腕や! 一体何者や! テラ!」

 

 ゼーハーと息を上げながら千草はテラをにらみつける。

 

 「その腕なぁ、怪盗Xの物とそっくりなんや。近くで見たさかい見間違いやあらへん」

 

 千草は息を整えながらテラに敵意を向ける。

 

 「あんさんが何者か余計にわからんようなった。つまりココに置いとくわけにはいかへんねん」

 

 千草は再びにらみつけるがテラはそれを真剣な眼差しで返す。

 

 「ボクは千草に敵対はしない。決めたんだ」

 「ほな記憶戻ってうちと敵対せなあかんかったらどうするつもりや」

 「全て捨てて千草の味方になる」

 「意味分からんわ。記憶戻ってうちがあんさんの敵だったとしたらの話やで」

 「ボクは敵になるつもりは無いよ」

 

 言い合いが止まりしばし沈黙が続く。

 

 「何も思い出せない、まるで穴だらけとしか言えないのがもどかしい。歪で醜い記憶なんかじゃ信じてくれないのは分かるよ」

 

 沈黙を破るのはテラの独白だった。

 

 「確かに今のボクを信頼するなんて出来ないよね。でも千草への想いは本物だ」

 

 悲壮な表情で大仰な身振りでの独白に千草は鬼気迫るものを感じて若干気が引けた。

 

 「千草になんで惚れたのかは正直分からない。穴だらけの記憶を埋めたいだけなのかもしれない。だから」

 「あーもーええ。一応信じといたるわ。せやからもうやめい」

 

 千草は気まずそうに頬をかきながらテラの独白を止めた。

 

 「あんさんの気持ちも考えんと好き勝手言っとったわ」

 

 そういって千草はテラに頭を下げる。

 

 「あんさんの言ってたことやけど全部飲んだる。実力は問題あらへんしうちの護衛として置いといたるわ」

 

 そういうやいなやテラは千草に近づいて手をとる。

 

 「ではお近づきの記念にいっしょに食事べば!」

 

 テラは千草が突然展開した術によりその場に拘束された。

 

 「せや、言っとくけど護衛対象に手え出すんわご法度や。テラにはそんな気があるみたいやししばらく此処で頭冷やしとき」

 

 千草は晴れやかな笑顔をテラに向けてその場を後にした。

 テラはそのまま翌日の朝まで庭先に晒されることになった。




こんなテラはテラじゃねえ! 寺だ!(意味不明)
三枚目なギャグ担当の活躍を乞うご期待!

納得しきれないが時間かけても意味無いので!
ご都合主義は好きじゃないんだけどそうしなきゃ進まない


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第17話:天職って奴なのかな【助】

時間かかりすぎ見たました


 「チャンドラさん。あっちに商店街が広がっててたいていの物は揃うんですよ!」

 「……そうなんだ」

 

 麻帆良の街に色黒の青年を先導しながら明るい声色で説明をする少女たちがいた。時刻は夕方にさしかかろうかという頃、少しずつ街を行く人が増えだしてこようとしていた。

 

 「あちらは桜通りに続いてまして春にはとても美しい光景が広がっています」

 「……そうなんだ」

 

 二人の少女は名何度も話しかけてはいるが当の青年はおざなりな返事しかせず、生気の抜けた表情でただ追従しているだけである。 

 

 「……あ、あっちのはずれにあるお店はケーキが美味しいと話題なんですよ!」

 「……そうなんだ」

 

 何度目かになるか分からない説明にもやはり変わらず青年は平坦な口調で答える。

 

 

 「……そちらのほうは工学部の研究棟が広がっています。最近は麻帆良の二大マッドが手を組んだなど物騒な話題が有りましたし、用事がなければ近づかないほうが賢明ですよ」

 「……そうなんだ」

 

 やはり変わらぬ平坦な口調。

 

 「「……」」

 「もー! 何なんですかチャンドラさんは!」

 

 色黒の青年チャンドラの繰り返される平坦な相槌に彼を押し付けられることになっていた少女、佐倉愛衣はついに限界が来た。

 

 「さっきから何を言っても『そうなんだ』だけで、私たちと会話になってないじゃないですか! チャンドラさんは一体何を考えてるんですか!」

 「ちょっとメイっ」

 「それにあったばっかりの時に何度も何度も死のうとして、そんなの見せつけ」

 「メイ!」

 

 熱くなって愛衣の発した言葉を高音は無理やり止めさせる。だがとき既に遅く愛衣のチャンドラへの不満は一通り出し切っていた。高音の言葉にはっとした愛衣はばつの悪そうな表情で高音の陰に隠れるように身を引いた。

 

 「申し訳有りませんチャンドラさん。愛衣が失礼なことを言って。」

 「……ごめんなさい」

 

 高音の言葉に愛衣はしゅんとした表情でチャンドラに謝罪した。

 

 「ですがチャンドラさんにも省みる点はございます」

 

 そう言うと高音はチャンドラの正面に向き直った。

 

 「まず、あのような受け答えでは誰だって不愉快になります」

 

 高音はふうとため息をついて疲れをみせる。

 

 「そして理由も話さずあなたは何度も自殺を試みて……正直迷惑以外の何者でもありません!」

 

 この言葉に聞いていただけの二人はただあただ唖然とした。

 

 「お、お姉さま一体何を、むぐ」

 

 真っ先に我に返りすぐさま言葉を発した愛衣であったがすぐさま高音にその口をふさがれた。

 

 「話せない理由と言うのもたいしたことのない情けない理由なのでしょう。うじうじした今のあなたの姿を見れば簡単に予想がつきます」

 

 腰に手を当てながらやれやれといった風を見せ付ける高音にチャンドラは少しむっとした。

 

 「そんなんじゃあない。あの方への恩を返すために、迷惑をかけるわけにはいけないからこそ、俺は死ぬ必要があったんだ。こんなとこでヌクヌクしてるあんたらには分んないかもしれないけどさ」

 

 強い言葉でチャンドラは高音に言い返した。

 

 「そうですね。私には死のうとする人のことなんて分かりません。けど死ぬことが恩返しになるわけが無いことは分かります」

 

 チャンドラの言葉を高音は涼しい顔で否定しだした。

 

 「どんな恩であろうとそれを命で返すなんて間違ってます。それは別の形で互いが幸せになるように返すもの。決して命をささげる理由になるものではないと私は思います」

 「俺が生きるための柱にできたし、信じることが出来て、俺は……確かに救われたんだよ!」

 「生きるための力になってくれた人のために命を捨てるなんて本末転倒とは思いませんか?」

 

 即座にに否定し続ける高音にチャンドラは苛立ち始めていた。ちなみに愛衣は二人の傍で口を挟めずただおろおろと見ていることしか出来ないでいた。

 

 「あの方に命を捧げるのは……」

 「命を捨てるです。間違った言葉は使わないようにしたほうがよろしいですよ」

 

 二人の間に険悪な空気が満ちだし、

 

 「も、もう! お姉さまもチャンドラさんも止めてください!」

 

 それに耐え切れなくなった愛衣が割って入った。

 

 「ちょっと、メイは引っ込んでいなさい。私はこの方にまだまだ言うことが有ります」

 「俺だってここまで言われたら引っ込む気は無い!」

 

 しかし二人とも意に介さずに一触即発なまでに緊張が高まる。

 一切話を聞いてくれず、そして今まさに互いが手を出さんと言うところまできたために愛衣はもう何をしても二人を止めようと、

 

 「『オソウジダイスキ(ファウオル・プールガンディ)』」

 

 必殺を放つことに決めた。ちなみに目をぐるぐると回していたため混乱していたのは確実であるが。

 

 「ちょっ! ちょっとメイ止めなさい!」

 

 高音はそれに気づき声を発するが、

 

 「も、もうお姉さまもチャンドラさんも……」

 「これまずくないの?」

 「ちょっと! すぐに止めなさ……」

 

 チャンドラは危険を感じ、高音は何が起きるか察したが時既に遅し、

 

 「止めてください! 『全体・武装解除(アド・スンマム・エクサルマティオー)!』

 

 二人の衣服を消し飛ばした。

 

 

 

~~~

 

 

 「ごめんなさい……」

 

 地面に頭をこすりつけながら謝罪するのは愛衣。さきほど魔法を使って二人を止めたのだがその直後烈火のごとく激怒した高音により折檻を受け今は既に落ち着きを取り戻し借りてきた猫のように小さくなっている。そして全体・武装解除を受けた高音とチャンドラは互いに愛衣にすぐさま調達させたジャージに着替えていた。ちなみにチャンドラは羞恥にまみれた高音の一撃を受けているが何の問題も無く立っている。

 

 「あとチャンドラさん」

 「ああ、俺もムキになっちゃったよ。もう、今は無意味なことなのに、なあ」

 

 うやむやになったのだがそれでよかったと二人は納得していた。

 

 「愛衣ちゃんだっけ? ほら立ってよ。俺は気にしてないし高音さんも許してくれ」

 「いいえ許しませんよ! 軽々しく魔法を使うなんて未熟な証拠です! そんなのでは『立派な魔法使い』になるなんて到底」

 

 高音の説教に愛衣は涙目になりながらも大人しく聞き、しばらくしてようやく解放された。

 

 「ふぅ、今日はこれくらいにしておきます。今後注意なさい。メイ、分かりましたか?」

 「はぁい……分かりましたお姉さま」

 

 しゅんとしながらも愛衣はしっかりと高音に返事をした。それに満足したのか頷きながら高音はチャンドラへ顔を向けた。

 

 「先ほどは私も言い過ぎていました。申し訳有りません。ですがあなたも今後は態度を改めてくださいね!」

 

 謝罪しながらも注意を忘れない高音にチャンドラは苦笑しながら、

 

 「こっちこそ……未だに変なことを考えていたよ。あの方の傍にいるために強くなるなんて……疲れるだけだと気づかせてもらっていたのに……」

 

 遠くを見たチャンドラに二人ともが軽くは無い事情があることをしっかりと認識した。

 

 「ん? あれ。あの桜の木って」

 

 ふと、チャンドラは目に入った一本の桜の木に気がついた。

 

 「へ? 何ですかチャンドラさん?」

 「桜、ですか?」

 

 チャンドラの言葉に二人ともが似た反応をしてその視線の先を見た。

 

 「ああ、あれですか。いつからか分かりかねますが……確か枯れてしまったと私は聞いてます」

 「そういえばあの木だけは桜の花がついてなかったかなぁ」

 

 ふたりの言葉に「そうなの?」といってその桜の木の根元に向かっていった。

 置いていかれた二人も根元まで来ると確かにこの木は枯れていると再認識した。

 

 「この木だけ枝に何にもついてなくて寂しそうですね」

 

 愛衣はその幹を撫でながらポツリと呟いた。

 

 「このまま腐ると突然倒れたりして危険な目に合う人がでかねませんね」

 

 高音はこのまま放置する危険性を考えた。

 

 「すぐに伝えて処理したほうが」

 「必要ないよ」

 

 高音は安全を考えた対応をしようとしたがチャンドラに止められる。

 

 「……どうするつもりですか?」

 

 高音はチャンドラの雰囲気が変化したのを敏感に感じ取った。

 

 「処理するってのはこの木を切るってことだろ?」

 「はい、まず間違いなくそうするでしょう」

 

 高音は真剣な言葉に丁寧に答える。

 

 「だったら必要ない」

 「……どうしてですか?」

 

 これは高音にとって当然の質問であった。遠い未来ではあるが起こり得る危険は忘れないうちに、出来るならば速やかに排除すべきであるからだ。

 

 「この子は……まだ頑張れるから」

 

 そう言ってチャンドラは優しく木の幹を撫でた。

 

 「今から処置する。一週間もすればまたこの子も自分を取り戻すよ」

 

 そう言うとチャンドラは道具の準備でもするのかその場を離れていった。

 

 「わわ、チャンドラさ~ん。待って下さいよ」

 

 愛衣の間延びした声を聞きながら、高音は一体何をするのかとチャンドラの背を追いかけていった。

 

 

 

~~~

 

 

 「わわわ、お姉さま! あの枝の先に!」

 

 一週間後、先の桜の木の根元で元気に声を出す少女愛衣が指を刺しながら高音に声を掛けていた。

 

 「確かに、葉ですね」

 

 その枝先にはまだ一枚だけであったが緑の生き生きとした葉が付いていた。

 チャンドラも己の成果に満足げな笑みを浮かべていた。

 

 「どう見ても枯れていましたのに、どういった魔法ですか?」

 

 高音は微笑みながらチャンドラに問いかけた。

 

 「う~ん、昔からの知恵、母さんの教え……かな」

 

 チャンドラはこの地にて己が出来ること、そしてやりたいことを見つけたような気がした。




次話はすぐに!
原作前年麻帆良祭!……予定
この話は必要だったんですよホント……


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第18話:祭だからつい【替】

ついに、ついに動き出します


 麻帆良祭。毎年六月に行われるこの行事は規模や内容がすさまじく、毎年多くの観光客を呼び込んでいる。当然来場者に比例してトラブルも増加するため麻帆良中の教師を始めとした関係者がその対応対策に四苦八苦するのだ。だがそれも祭を楽しみにしている来場者、ならびにそれを演出する生徒たちのためを思えば苦ではないと皆が皆考えているのだ。

 しかし今年は特別、一味違う事が起きようとしていた。その特別な対応のために、ある特別な人材のみが集められた会議が秘密の一室にて開かれんとしている。

 ほとんど人の寄り付かない建物の片隅、人払いの結界が張られ一般人の侵入を出来なくした場所にてそれは行われる。長い長い長机、老若男女様々、簡単に言えば魔法教師と言われる人物がその長机の左右に勢ぞろいし大人しく正面際置くの空席の人物が現れる時を待っていた。

 

 「ふぉふぉふぉ、皆揃っておるようじゃのう」

 

 そしてその魔法教師を統べるこの麻帆良の最高権力者、近衛近右衛門が現れることでようやく会議が開始されるのだ。

 

 「はい。現在抜け出せない仕事を抱えている人以外の全員が揃っております」

 

 近右衛門の言葉に答えたのは源しずなであった。

 

 「ふむ、ならばよし。これより麻帆良祭緊急会議を始めるとしよう。ここに来れなかった者にも確実に伝えるようにの」

 

 近右衛門は全体を見渡し皆の意識を向けさせる。

 

 「議題なのじゃが。噂を聞いたものもおるじゃろう、端的に言うとかの悪名高き『怪盗X』が、ついに次の麻帆良祭に非常に高い確率で、否まず確実に現れると予想されるからじゃ」

 

 この言葉に会議場が大きくざわついた。

 それも仕方の無いことであった。『怪盗X』。つい数ヶ月前に突如として表れ、世界を股にかけて活動する犯罪者。基本的な犯罪は美術品専門の窃盗であるがその過程に行う行為が前代未聞であった。

 目撃者は粉々にされて箱に詰められる。

 これが『怪盗X』の名を聞いて皆がざわついた理由でもある。真実は違うのだが結果として目撃者は無く、またまれに発見される犠牲者は粉々の箱詰め。目撃=殺害の図式にいたっても仕方が無いのだ。

 

 「皆の物落ち着くがよい」

 

 しかし皆気が気ではない。話に聞く『怪盗X』はその姿すら捉えたものはいないと言われている。ゆえにその姿を誰も知らないのだ。

 

 「では、いくつかお聞きしたいのですが」

 

 そう言って挙手をしたのはガンドルフィーニであった。

 

 「ふむ、何かね?」

 「一体何を持って『怪盗X』が現れると予想したのですか?」

 

 これはこの場にいる皆が思う疑問点である。

 

 「それはのう。一部の者以外には緘口令を布いていたのじゃが、予告状のような……そう読み取れるものが届いたのじゃよ」

 

 そう言うと近右衛門の右手にいつの間にか手紙が現れていた。

 そしてそれをしずなに手渡すと彼女は慣れた手つきでそれを近右衛門の後ろにスライドで映し出した。

 

 『お祭りの時にお土産持って行くから驚いてね X』

 

 「「「「「……」」」」」

 

 会議室を沈黙が支配した。

 

 「……これは、どういう意味でしょうか?」

 

 真っ先に我に返って質問をしたのはまたもガンドルフィーニであった。

 

 「わし等も完全には読み取れておらぬ。あらゆる方面から分析を行ったがのう。これは『怪盗X』の直筆であること意外は何も分からんかったのじゃよ……じゃが素直に最悪を想定するなら彼奴が言うお土産とは、『赤い箱』の可能性が高い」

 

 この言葉にざわめきが大きくなった。

 『赤い箱』これは魔法関係者の間で使われる怪盗Xが作り上げた粉々の人体を詰めた箱のことである。たまに怪盗Xの犯行現場に残される物で、怪盗Xを短期間に高額賞金首に押し上げ、危険性を知らしめることを成している。確かに凶悪な怪盗Xが持ってくるお土産としては十分だろう。

 

 「故に必ずや犠牲者を出すことなく、そして秘密裏に事を収めねばならぬ」

 

 この近右衛門の言葉とともに皆が気を引き締めなおした。

 

 「ではこのことを踏まえて此度の麻帆良祭での警備について意見を出してもらいたい」

 

 この言葉と共に意識が一つとなり動き出した。

 

 「では失礼します。現在麻帆良で動かせる魔法教師及び魔法生徒の人数を見れば重要施設の警備、学園の巡回、有事の際の一般人の避難誘導及び待機戦力、大まかな計算ではありますが最小限の被害で自体を収めることは十分に可能であるといえます」

 

 まず口火を切ったのは明石教授であった。

 

 「ふむ、なるほどのう明石君。それは良い情報じゃ……じゃが此度の件、生徒を関わらせるわけにはいかん!」

 

 しかしその意見に異を唱える。

 

 「怪盗Xは一般人への手出しは最小限イタズラで済ませることも出来るものじゃが……明らかに手を出してきた者は躊躇なく手を下すことを厭ってはおらぬ。ココは学園じゃ。生徒の自主性は重んじるつもりじゃがこのような危険な件にこちらから関わらせることをしてはならぬ!」

 

 この言葉に皆がハッとした。今回の件は高確率で人の生き死にが関わることを思い出すことが出来たのだ。

 

 「あの、全く関わらせないということでしょうか?」

 

 挙手をして瀬流彦が質問をしてきた。

 

 「そのとおりじゃ。それとも瀬流彦君は……イマイチ想像できぬかも知れぬが自らの子供差し出せるのかの?」

 

 この言葉にいくつかの苦笑と鎮痛な表情が広がった。

 

 「い、いえ。ですがそれでは明らかな人手不足に陥ることは僕でも分かります。せめて後方支援にあたる人員くらいは支援を求めるのはどうでしょう? それならば危険もないでしょうし」

 

 この意見には皆も頷いた。現在麻帆良では多くの魔法生徒の善意によって様々なことに手を貸してもらっているのだ。

 

 「ならぬ。此度の件に関わることはすなわち怪盗Xに直接相対することと変わらぬ。それが後方支援だとしてもじゃ。それにわしも何人か正義感が強いものを知っておる。そのような生徒を関わらせぬためにも、生徒全員を関わらせぬことにせねばならんのじゃよ」

 

 そしてこう言われては何も言えない。どう聞いても近右衛門が生徒を危険にあわせないための警備の強制不参加は覆らないだろう。

 

 「で、ですがそれですと人員が明らかに不足していくつもの穴が生まれてしまいます」

 「足りない分はよそから補えばいい」

 

 瀬流彦の言葉に反応したのはガンドルフィーニであった。

 

 「学園長。よそからの追加人員を都合してはもらえないでしょうか?」

 

 この問いに近右衛門は「ふむ」と顎に手を当て思案し、

 

 「まだ多少は時間的余裕がある。至急本国に打診してみることにするかのう。急かしても二日ほどはかかるのは承知しておいてほしいの」

 

 この言葉に納得したガンドルフィーニは頷いた。

 

 「あ、突然なんですけど。『怪盗X』に関する噂ですが新聞部を中心とした一部ではありますが広がりつつあります」

 

 次に話し出したのは弐集院であった。

 

 「それは、やっかいだね」

 「はい、あの子らは好奇心旺盛で大人顔負けのことしでかします。もしかしたら怪盗Xが未だに謎が多いのも情報を掴んだ者を秘密裏に始末しているのがあるかもと考えると一般人生徒にも今回犠牲者が……」

 

 この言葉と共に、場が重い空気に包まれた。

 

 「仕方がないのう。それに関してはわしの方で手を打たせてもらう。皆がそれに関して手を煩わせることはない」

 

 この言葉に皆が学園長の背に黒い影を感じたがきっと気のせいである。

 

 「突然のことであったがこのような難局も皆が最善を尽くせば必ずや乗り越えられるとわし信じておる。必ずや皆が欠けることなく怪盗Xにその罪償わせようぞ!」

 

 この言葉によって今回の緊急会議は終了となった。

 そしてまた近いうちに同様の対策会議が開かれることになったため、その際に様々な対応策を各自で用意するよう通達されるのであった。 

 だがしかし、集められた教師一堂、誰一人として怪盗Xの真意、そして……陰謀に気づくものはいなかった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 これは麻帆良に手紙が届けられるほんの一週間前のこと。怪盗Xは隠れ家にて今後の方針を決めようとしていた。決め手となるものは魔法関係者専用のネット端末。何人か『箱』にしたときにその存在を知ったのだ。

 

 「うーんどれも面白そうじゃないなあ」

 

 パソコンの前に寝転びだらだらと画面をスクロールして見ていた。そこに表示されているものは美術品と言うよりはマジックアイテムと言うべきものでありそれも大量生産された消耗品ないし量産品。Xの琴線にはなかなか触れることの無いものばかりであった。

 それは本物の一級品はこの旧世界では直接的な交渉でしかほとんど取引がなされていないのも原因である。

 

 「何かないかな~……あ」

 

 そして次にXが調べたのは大規模なイベント、そこで騒ぎでも起こして時間でも潰そうかとの考えであった。そして目に止まったのが、

 

 「日本最大規模の魔法使いの領域での祭り麻帆良祭かぁ」

 

 そう、麻帆良祭である。

 

 「でもここに面白いものは……へぇ、図書館島か」

 

 麻帆良学園の紹介ページにあったものに世界樹と並び最大規模の図書館として図書館島が紹介されていてそれはXの興味を大きく引いた。ちなみにそこには学園祭中は入れないが魔法世界の稀少書などがあるため平時に許可を取って利用してもどうかなどと書かれていた。

 

 「そうだな、次はこの麻帆良祭で……麻帆良?」

 

 そこでXは麻帆良の単語に何か引っかかるものがあり首をひねった。

 

 「そういえば麻帆良で俺は目を覚まして……木乃香とであったんだよなぁ」

 

 そしてXは友達となった木乃香のことを思い出した。

 

 「うん……ようし。今回は普通に木乃香に会いに行こ」

 

 Xは決めた。普通に友達のところに遊びに行こうと。

 

 「でもあの時は木乃香に見破られちゃったし、今度こそバレないように上手く替わってやろう」

 

 そして木乃香に変身を見破られた雪辱を果たそうとも考えていた。今までになかった経験を色々させてくれた木乃香をXは特別な人間として見ているが故の執着である。

 

 「あとは木乃香に行くって手紙でも送ろうかな」

 

 住所も碌に分かっていないにもかかわらずXは能天気に嬉々として手紙を書いた。それは封筒に麻帆良学園、近衛木乃香の二つしか書かれていないものであったのだ。

 結局こんな理由で麻帆良に混乱を撒き散らしていたとは麻帆良の教師陣は知る由もなかった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 「で、じじぃは私を呼び出して一体何を考えているんだ?」

 

 場祖は学園長の部屋。そこでは三者が顔を合わせていた。だがその表情はそれぞれである。この部屋の主、近右衛門は目を細めて笑顔で座っており、その客であるエヴァンジェリンは不愉快な表情でソファの上で胡坐をかき、その従者である茶々丸は無表情でエヴァンジェリンの後ろに立っていた。

 

 

 「そうカリカリせんでくれぬかのうエヴァ。どうしても聞いてもらいたいことがあるんじゃ」

 「断る!」

 「せめて話くらい聞いてくれぬかのう」

 

 近右衛門とエヴァンジェリンは向かい合いながら只管不愉快! といった表情を近右衛門にぶつけていた。

 

 「大体呼び出し方が気に食わん! 『暇じゃったら碁でも打ちにこんか?』と言いながら話を聞いてくれ? 人を舐めるのも大概にしろよ!」

 

 さらに怒気をはらませて近右衛門に言い放った。

 

 「話があるから来てくれじゃ来てくれんじゃろ?」

 「あたりまえだ! じじぃが私に話がある、なんて面倒ごとに決まっているからな」

 「じゃからじゃよ……エヴァにしか伝えることの出来ないことなのじゃよ」

 

 真剣な声で、真剣な表情で近右衛門はエヴァンジェリンに言葉を放った。

 

 

 「それにエヴァに全くの無関係と言うわけでも……無いと言え無くも……無くも、無くも?」

 「喧嘩を売ってるのかじじぃ? 今なら全財産(ほんき)で買ってやっても良いんだぞ?」

 「ほんの冗談じゃ。真剣に言おう。エヴァにはこのかの事を学園祭の間だけでも見ておいて欲しいのじゃよ」

 

 この言葉にエヴァンジェリンはほうと言って腕を組み怒りを静めていった。

 

 「この私に護衛の真似事だと? かわいいかわいい孫には桜咲刹那と言う立派な護衛がついているではないか? この『闇の福音』に話を持ってくるなんて一体どうした? それに何で私にその話を持って来る? 立派な教師達がいるじゃないか?」

 

 エヴァンジェリンは見下すように近右衛門を見る。

 

 「ふぉふぉふぉ、護衛ではないただ見守って、状況次第では結界を張ってくれるだけでよいのじゃよ。護衛は刹那君の仕事じゃしの」

 

 この言葉にエヴァンジェリンはいぶかしんだ。

 

 「一体何が起きて……何を考えている? 説明しろ、近衛近右衛門!」

 

 語気を荒げたエヴァンジェリンに近右衛門はふうとため息をつく。

 

 「数ヶ月前に起きた侵入者騒ぎは忘れはせんじゃろ? あの犯人が此度の学園祭に現れると予告してきたのじゃよ」

 「何?」

 「未だに当時の犯人は分からず捕縛もされていない……としているがあれこそが巷を騒がせる怪盗Xその人じゃ」

 

 エヴァンジェリンは唖然とした。あの件はエヴァンジェリンとしても屈辱の極みであったため独自に調べていたが怪盗Xが犯人だとは推定でしかなかったからだ。

 

 「どうして公表してないんだ?」

 「何、時期を見ておったのじゃがついその時期を逸してしまっての。色々と面倒ごとが絡まって今じゃデメリットばかりが目だってしまうからの」

 

 ふぉふぉふぉと笑い近右衛門はいつの間にか用意した茶をすすった。

 

 「ふん、なるほどな……で私にそれを頼むのはあの時のことが引っかかっているからか?」

 「話が早くて助かるのう。怪盗Xはタカミチが言うにはこのかに興味を持っているらしいのじゃ。今回教師陣が動かせぬのでな。爺馬鹿としては実力者に見守って欲しいのじゃよ」

 

 この言葉と共にエヴァンジェリンは再び深く考え出した。

 

 「ふん、刹那が聞いたら情けなさに自害しかねん話だな」

 「いざという時に結界を張ってくれるだけで良いんじゃ。あとは好きなように傍観してて構わぬ。それに何人かの実力のある教師にそれとなく巡回経路に2-Aを入れておる大した手間にはせぬつもりじゃ」

 

 近右衛門は深く頭を下げてエヴァンジェリンに頼み込んだ。エヴァンジェリンは近右衛門の職権乱用に苦笑し、

 

 「……いいだろう。約束どおり、頼み込んだとおりやってやろうじゃないか」

 

 エヴァンジェリンは嗜虐的な笑みを浮かべて了承した。

 

 「対価はそうだな……今は貴様への貸し一つとしておこうか」

 

 エヴァンジェリンがそう言うと近右衛門は安堵の表情を浮かべた。

 

 「すまぬのうエヴァ」

 「大した労力でもない。それよりもこれは貴様への貸しになる。忘れるなよ」

 

 そういうとエヴァンジェリンは用は済んだとばかりに立ち上がり部屋を後にした。

 一人残された近右衛門は立ち上がり机から封筒を取り出し背後の窓際に立ち麻帆良を見下ろした。

 

 「ふぉ……ふぉっふぉっふぉっ! まさかのう、まさかのう」

 

 近右衛門は笑い声を上げた。

 そして麻帆良学園、近衛木乃香と書かれた封の開けられた封筒を燃やしつつ学園長室の中でのみの笑い声は響いた。

 

 

 

~~~

 

 

 

 それは麻帆良祭三日前の夕刻。辺りは暗くなり、そして人気の無いところを一人の人間が歩いていた。

 急いでいるのかのんびりだったのか。

 男なのか女なのか。

 若いのか年老いているのか。

 その人物は人気の無いところを無用心に歩いていた。

 無警戒なのか自信があるのか。

 得物を持っているのか素手なのか。

 実力者なのか無能者なのか。

 ただ道を行き、

 

 「ねぇ、その顔、少しだけ貸してよ」

 

 藪の中に引き込まれた。

 知っていたのか知らなかったのか。

 反撃したのか棒立ちだったのか。

 気づいたのか何も気づかなかったのか。

 

 

 「祭が終わるまでは誰にも見つからないようにね」

 

 怪盗X以外知ることなくその人間と変わらぬ姿で藪から出てきて何も変わらず麻帆良の中へまぎれていった。




大激変!


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第19話:ただの友達だよ【笑】

ながらく……おまたせ……しました!


 『只今より! 第77回麻帆良祭を開催します!」

 

 高らかな宣言が麻帆良中のスピーカーから発せられるとともに、この年の麻帆良祭が始まった。

 すさまじいまでのにぎやかさ、技術レベルに喧嘩を売るような機器、プロも裸足で逃げ出すレベルの出し物、それらを内包した麻帆良祭のレベルと熱気はさらにこの祭りに興奮を巻き起こすのである。生徒の手によって航空機がスモークを引いて飛んでいったりもしている。

しかしどこもかしこも楽しげな雰囲気が満ちていても、この地にいる魔法使いたちには緊張に包まれていた。それもすべて『怪盗Xによる被害を防ぐため』という意志によるものである。故に、どのような苦労も厭わない。

 

 「……なんかおかしいですねお姉さま」

 「たしかにメイの言うとおり、どこか違和感があるようね」

 

 そしてその魔法教師陣の緊張感を一部の魔法生徒たち、愛衣と高音は敏感に感じ取っていた。

 

 「でもメイ、今回は幸運だと思って羽をのばしなさい。こんなにゆっくり麻帆良祭を回れるなんて早々ないんだから」

 「そうですね、今回は警備をせずに自由に楽しんでいいって聞いて、すっごく楽しみにしてたんですよ! でも一体何があったんでしょう? お姉さまも麻帆良祭だったら普段より警備は厳しくしたほうがいいはずだと思いますよね?」

 

 そして多くの魔法生徒の抱く疑問に彼女たちも至っていた。故に彼女らは自由に麻帆良祭を楽しむよう言われてはいたが自主的に学際の見回りを行うことを決めていたりした。

 

 「私もメイの意見には同意するけど……学園長の気まぐれの可能性も考えられますからそれはそれと割り切ってしまいましょう」

 「やっぱりそうですね? でもなあ……はあ」

 

 しかし多くの魔法生徒の考えと大差なく、学園長の思いつき、という理由で大半が納得していた。学園長の信頼がここに垣間見える。

 

 「あらメイ……そういえばチャンドラさんは今回の麻帆良祭は忙しいってわね。準備の時から植木や街路樹といったものを整えるのに奔走してたようですし」

 

 そしてチャンドラはいつの間にかこの麻帆良における植木等の剪定などはじめとした植物の管理のほぼ全権を掌握していた。これには己のやれること、活かせることに対する熱意を発露させたことに学園長が乗ったからである。

 ちなみにチャンドラが全力を出しているためにこの常識外の広さを持つ麻帆良でさえもたった一人で今まで以上に環境改善が行われていたりして今まで管理を行っていた会社は暇をもてあましていたりしている。

 

 「そうなんですよ。『学園長に仕事を頼まれたから断れなくって』って謝ってきましたー」

 

 この言葉に高音の目が怪しく光った。

 

 「あら? やっぱり暇が無かったの? 折角誘ったみたいなのに残念ね?」

 「ふぇえ! おっ、お姉さま! なっ、何のことですか!?」

 

 高音の突然の一言に愛衣はあわてて反応をした。

 

 「何のことって……少し前に麻帆良祭の警備の話を聞いて、メイったら携帯をにらんで固まったり赤面したり落ち込んだりしてたじゃない」

 

 この言葉に愛衣ははっと気がついた。高音の目つきが獲物を見つけた肉食獣のそれに変わっていたことを。

 

 「さぁ、時間はたっぷりあるわ。チャンドラさんをどう思ってるの?……まさかもう!」

 「そそそそそそそんなこと! ななっ何にも有りませんよ!」

 「じゃあ吐きなさい! 隠さず全て!」

 「そそんなのお姉さまに言えるわけありません!」

 

 そして愛衣は必死で駆け出していった。

 

 「……私もまだなのに……メイ待ちなさい! 洗いざらい白状してもらうわよ!」

 

 このように大半の魔法生徒は今回の麻帆良祭を楽しんでいた。

 しかしそうでない者もいる。

 

 「……異常無し」

 

 2-A教室付近の柱の影から一人の少女を見つめる影があった。

 

 「……刹那……」

 

 その影とは刹那であった。

 

 「真名、不審な人物はいないな?」

 『……報酬を受け取った以上文句は言わないが』

 「真名!」

 『……異常なしだ』

 

 刹那の声に呆れと気だるさをにじませて答えたのは真名であった。

 

 『警備は不要だと学園長様はおっしゃっていたんだが』

 「これは私の仕事だ。警備はするなと言っていたが護衛はするなと言っていない」

 

 この言葉に真名はこの日何度目かになるため息をついた。

 

 『……さすがに三日間は安くないだろう? 今なら二日分の全額返金にも』

 「真名、お嬢様が物陰に向かった! そっちからなら見えるはずだ! 様子は!」

 『はぁ、異常なしだよ』

 

 真名はこの近衛木乃香の護衛補助を受けたのは完全な失敗であると感じていた。せめて三日間全てを受けるべきではなかったと後悔する。

 

 『これじゃ動けないよ』

 「何がだ?」

 『……なんでもない』

 

 こうして忙しく動く魔法生徒もいた。

 

 

 

~~~

 

 

 「「「「いらっしゃいませ!」」」」

 

 2-Aでは多様な衣装が混在していた。混沌としていた。

 統一されてない様々な衣装、共通点といえばどことなく感じるメイドの要素? これぞ『2-A ドキ▼古今東西メイド喫茶▼』である。とわ言っているがもはや原型は無くフリル多めなコスプレ喫茶と化している。ちなみにスカート丈が際どいものであるのも共通点の一つだ。そして何者かの謎技術の成果かどんなに歩き回っても少女たちの大いなる神秘を見れるものはいなかったりする。

 結果、2-Aの企画は大成功。長蛇の列が生まれて皆接客、調理に大忙しとなっていた。

 

 「3番テーブルに紅茶1にレモンティー2!」

 「6番テーブル会計お願い!」

 「1番テーブル待たせすぎ! 早くお出しして!」

 

 大忙しである。

 もちろん、これだけ多くの客が入ればその分不埒な考えを持つ輩も増えるのだが今のここは麻帆良一安全な地である。麻帆良四天王が目を光らせ複数の魔法教師の巡回コースになっていればそれも当然であろう。

 高畑を筆頭にガンドルフィーニ、刀子といった武闘派や瀬流彦、はては弐集院までこの日巡回に回っている教師陣が一通り来店しているからだ。

 ちなみに高畑の来店の際明日菜がどじをして落ち込んだりもしていた。

 そしてこの日、木乃香は主に裏の調理場にて働いている。

 

 「あれ? 何これ?」

 

 その調理場にてあるものが発見された。

 

 「これって……差し入れ?」

 「私は何も聞いてないよー」

 「いいんちょだったら知ってるかも」

 

 調理場にいた者は手を休めてその不審物に目線が集まる。それは無地の紙袋であった。

 

 「さっきまではなかった」

 「だよねだよね!」

 

 突然そこに笑われた紙袋に、にわかに騒がしさが増していく。

 

 「ちょっとみなさん! 手が止まってますわよ!」

 

 しかしそれもすぐに終わりを告げた。このクラスを取り仕切るあやかが、厨房の変化に気づいたからである。

 

 「ねーねーこれっていいんちょ知ってる?」

 「だから手を、え? いいえ、知りませんが、ってそれよりも注文が」

 「開けちゃっていいよねー」

 「だ・か・ら!」

 

 しかし一部にはそれも効果なし。自由気ままな鳴滝風香はその紙袋の中身を取り出す。

 

 「いったいな……うっきゃーーーー!」

 

 とりだしたものを見て風香は悲鳴を上げた。

 

 「ぁ-----!……な、なーんだあ。ただの像か」

 

 それは木像であった。ただしどこかおどろおどろしさを滲ます、どこか未開の地ででもご神体になっていそうなものであったが。

 

 「むむむ!」

 

 驚かされたのが悔しいのかその木像をにらみつけ、さらに袋の中にさらに何か無いか探す。

 

 「いい加減に」

 「あ、まだなんかあった」

 

 あやかの話に聞く耳持たず、風香はさらに奥にあったものを取り出した。

 

 「ほらこれこれ、手紙だよ」

 

 そういうと風香はその手紙を掲げた。しかしその封筒には大きくバツ印が付けられているだけで何の宛名もない。それを見た何人かは不審物としてその荷物を注目することになった。

 

 「これの心当たりのある人~」

 

 そして面白いものを見つけたと目をランランと輝かせて声を上げる。無論誰も主張はしなかった。おそらくあったとしても主張できる雰囲気ではない。今このときこの場は公開処刑の場へと変貌したのだ。

 

 「ふふふふふふふふふ、心当たりがないなら仕方ないね~」

 

 そう言うや否や封筒を開けてその中身を読み始めた。

 

 「何々、『木乃香へ、初めて会ったとこに来てね。あとこの像はお土産の魔よけ。怪盗X』……ええ! このか!?」

 

 その手紙に書かれていた宛名に聞いていた皆が驚きの声を上げた。

 

 「こ、このかぁ!? まさかこのかが皆の先を言っていたなんて!」

 「それよりも何者! 怪盗Xって書いてあるけど……ハッ、まさか二人だけのメッセージ!」

 「それよりも誰かこれを置いてった人見てないの!?」

 

 その手紙の内容にすさまじい勢いでヒートアップしていく。怪盗Xとは何者か? どんな人なのか? 同い年? 年下? もしかして年上? 様々な意見がかわされていく。そしてこの話題の中心人物の元へ全てが集約した。

 

 「それじゃぁこのか? 答えは何!」

 

 そしてこの場を取り仕切り代表として木乃香へ質問する役目は早乙女ハルナであった。イマイチ何かを探知しきれず触覚がもどかしそうに蠢いていた。

 

 「あ~怪盗Xはな~」

 「もう皆さんいい加減にしなさい!!」

 

 だがこの場では語られることはなかった。

 

 「どれだけ注文が溜まっていると思ってるんですか!!!」

 

 あやかの怒りが爆発したのだ。その剣幕に誰一人逆らうことは出来ず時間が来るまでひたすら調理に集中することになってしまったからである。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 「怪盗X、今年の二月に現れた怪盗。最初の被害は日本の京都、それから世界各地で盗みを働きその被害額は既に何十億円とも言われている。その姿は一切謎に包まれており現場でも怪しい人物を見たものは皆無、まさに怪盗の名に恥じぬ神出鬼没な人物だね」

 

 初日の打ち上げの席。そこで行われているのは本日の反省会とは名ばかりの本日の最もホットな話題である『近衛木乃香の恋人』についての追求である。

 それについていくらかの情報を元に突如説明を始めたのがパパラッチと名高く子の場を取り仕切っていた朝倉和美であった。ちなみにこの場にいないのは刹那、真名、そして長谷川千雨だけである。

 

 「そして怪盗X最大の特徴が盗んだ後に残す置手紙と箱に詰められた関係者だ! その人物はほとんどが記憶が曖昧になっているものの記憶に残っている時間と最後に確認された時間に大きな矛盾が生まれている。つまり怪盗Xはその姿を使って盗みを働く変装の達人ってことだね。しかも面白いことに、本人じゃないと分からないはずの話題にも怪しまれることなくやり取りしていることからも変装する人物に目をつけて入念な下準備をしていることが伺えるんだよねコレが。なんと成り代わっていたとは思えないような会話をしたという情報もあるとか。現代で最高峰の怪盗と一部熱狂的なファンまでいるとかいないとか話題に事欠かない有名人だね」

 

 そしてここまで説明し、和美は一息ついた。

 

 「『怪盗X』って言うのはここまで慎重な人物なんだよね。そんなのがおいそれと正体を他人にばらすわけがない。つまりこのかが言う怪盗Xとは、世界を騒がす大泥棒とは別人ってことになるね。さいしょにこのかの事ををおちょくって引っ込みがつかなくなったってことかな」

 

 冷静に木乃香が『友人』であると説明した『怪盗X』について分析しその答えを話す。少々夢も希望もない答えであるが和美もここで面白おかしくする気にはなれない。本名不明の不審人物をクラスメイトと親しくして欲しいとは思っていないからである。

 この説明を受けてさすがに2-Aのみんなも木乃香を心配し怪盗Xと名乗る人物には会わないようにと説得をしだしていた。

 

 「少しいいですか」

 

 だがそ和美の見解に疑問を感じた少女、綾瀬夕映は木乃香へ確認のための質問をした。

 

 「このかさん、その怪盗Xと名乗る人物と出会ったのはいつですか?」

 「う~ん二月の頭やったけど」

 「正確な日付は?」

 「ん~たしか八日やったかな~」

 

 ただこれだけの質問で夕映は納得したように頷いた。

 

 「やはり矛盾が生じるです」

 

 夕映はきっぱりと言い切る。

 

 「聞くところによると怪盗Xの最初の犯行はどれほど遡っても二月の十五日以降といわれてるです。つまりこのかさんに怪盗Xと名乗ったとき、その怪盗Xという名前はこの世に現れてはいなかったということになります。このかさん、その人物とはどこでであってどこで別れたか覚えていますか?」

 「へ? 最初に会ったんは……たぶんやけど麻帆良や。分かれたんは……京都」

 「……みなさんこれでわかったですね。このかさんが怪盗Xと別れてから僅か一週間後に怪盗Xは初めて表舞台に現れるです。しかも場所は同じ京都。しかも名乗りで『X』と書いて『サイ』と呼ばせる人物。つまり少なくとも全くの無関係とは考えられないです。ゆえに、このかさんの友人である怪盗Xは本人、もしくはそれから行う犯罪を打ち明けるほどに近しい人物だということです」

 「「「な、なんだってーーー!!」」」

 

 夕映の言葉に皆が驚きの声を上げた。

 

 「はいです。このかさんの話を聞く限り最も可能性の高いものを推測してみました。少なくとも、このかさんの知り合いはかなり危険な人物であると言えます」

 

 皆夕映の推理に一定の納得を示したが、

 

 「ん? あのさ、危険な人物ってどういうこと? このかとは友達になったんでしょ?」

 

 ふと疑問に思った明日菜が夕映に問いかける。

 

 「その人物は世界的に名を売っている大泥棒なのです」

 

 夕映はため息を着きながら話す。

 

 「そんな人物が隠すこともせず人の目を欺いてこのかさん宛ての品物を届けてきた。何か裏があると見てしかるべきだと思いませんか?」

 

 夕映は強く言い切って明日菜に詰め寄り、明日菜は一瞬たじろいだ。

 

 「ゆえに行かせるわけにはいかないです。相手は世界的に有名な犯罪者ですから。警察……いえ、先生方に伝えるのが一番です。とりえず高畑先生に相談してみるといいです」

 

 いいたいことをすべて話して満足したのか、夕映はその後大人しくしていた。

 その後も話し合いは続き、結論として『明日高畑先生に伝える。木乃香は怪盗Xに会わない』というところで決着し、その日の打ち上げはお開きになった。

 

 

~~~

 

 

 「……このか!」

 「ひゃわ!」

 

 皆がそれぞれ寮に戻っていく中一人こっそりと別の方向へ向かう影を明日菜は見つけていた。言うまでもなく木乃香である。

 

 「あはは~ばれても~た~」

 

 のんきな笑顔でありながら木乃香はばつの悪そうに明日菜に顔を向けた。

 

 「はあ~、どうしたのこのか、さっきは納得したふうな感じだったのに、それにもう遅い時間」

 「友達やから……」

 

 木乃香は陰のある表情で呟いた。

 

 「Xはなあ、さみしんぼさんで素直な子なんよ。せやからきっとなんも考えんと遊びに来ただけや。せやから、ちゃんと紹介してみんなの誤解を解きたいんよ……後悔したくあらへんし」

 

 そういい気いると木乃香は笑顔に戻る。

 

 「せやからXを迎えにいくんよ」

 「はぁ、このかぁ、もう遅いんだから……一人でいかないでよ、私もつきあうから」

 

 ため息と疲れた表情を出しながら明日菜は木乃香と一緒にXを迎えに行くことにした。

 

 「ありがとな~アスナ~」

 「で、どこにいるかこのかは知ってるの?」

 「もちろんや、たぶんあそこにXはおるんよ」

 

 そういって木乃香は明日菜と歩き出した。




後半の無理やり感がすさまじいです
直したほうがいいでしょうか?


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第20話:え?【虚】

遅くなりました。大晦日前の今年最後のイベント、天皇誕生日に投稿です。
明日?明後日?なんの祝日でも無い平日がどうかした?


 「うちもたぶんとしか言えへんけど世界樹の近くやと思うんよ」

 

 木乃香は明日菜と共に祭りの喧騒から離れつつ世界樹へ向かっていた。そして、周囲は暗いものの歩くに支障はない程度には明るい中で二人は言葉を交わしていた。

 

 「ふーんそうなんだ。そういえば怪盗Xってどんな奴なの?」

 

 木乃香は明日菜の問いにあごに指を当てながら考えるしぐさをした。

 

 「えっとなあ。うちらとおんなしくらいか少し下の男の子でちょっと子供っぽいとこがあって、たぶん負けず嫌いやな」

 

 この答えに明日菜はちょっと残念に思った。木乃香が友達といって信用している以上怪盗Xをただ凶悪な犯罪者だとは思っていなかった。むしろ怪盗と呼ばれる人物がどういった人物か興味を持ったのだが、

 

 「なーんだただの子供かあ」

 「せやなあ、さみしんぼさんの子供やな」

 

 こう答えられては興味も薄れてしまう。しかしそれでも、

 

 「でもそんな子供が世界中で有名な泥棒?」

 

 もっともな疑問に行き着く。自分たちと同じくらい、もしくは年下の子供がそんな大それた犯罪を行えると到底思えなかったからだ。

 

 「あーXならホンマにやってもーてるかもなー」

 「え?」

 「Xの変装はホンマに見分けがつかへんからなー」

 

 のんきな声色で木乃香は笑うが明日菜は呆気にとられ開いた口がふさがらないでいた。

 

 「……本物の……犯罪者なんだ……」

 「かもしれへんなー」

 

 明日菜の言葉を木乃香はコロコロと笑いながら認める。

 

 「かもって……」

 「でもちゃうかもしれへん。友達やから……決め付けたくないんよ。せやからアスナもXに会っても色眼鏡で見んといてな」

 

 木乃香は真剣な声で明日菜へ自分の考えを伝えた。

 

 「でもさあ、ホントに犯罪者だったらどうするのよ」

 「そんなの簡単や。悪いことしたらごめんなさいせなあかんからなーそんときはちゃんとしかるつもりや」

 

 この木乃香の言葉からXが犯罪を重ねているだろうと認めてはいる。しかし問いただすまでは違うものとして接したいと考えているのであった。

 

 「はあ~~ぁ」

 

 そしてそんな友人に明日菜はこれからのことに頭を悩ませることになる。だがそれでも優しい木乃香の何かしらの力になってあげたいと思っているために苦労することになることまでは予想できてはいなかったりした。

 

 「そういえばさ。なんで世界樹なの?」

 

 悩んでも仕方のないこととして明日菜は唐突ではあったが話題を変えることにした。

 

 「怪盗Xが今まで麻帆良に現れたって話は聞いたことないし、つまり下見だか何だかのためにこっそり来てたんでしょ? でもこのかは世界樹のとこで怪盗Xに会ったって……」

 

 明日菜の疑問は怪盗Xについてほんの少し前に聞いた話での『誰もその本当の姿を知らない』ということから生まれた疑問である。どうして怪盗Xという名を木乃香に明かすことになったのかという少し考えれば浮かぶものであったためその疑問を捨てきれずに問いかけたのだ。

 

 「あーあれなー。実はな……あの日、せっちゃんが一人で世界樹に向かってんのを見つけたんや」

 

 木乃香は訥々と語り始めた。

 

 「言ったことなかったけどな、せっちゃんとうち、昔一緒に遊んでたことがあってな、うちにとって初めての友達やったんよ。麻帆良に来てからは、それきりやったんやけど、中等部に上がってからまたせっちゃんと会えて、うち嬉しくてまた昔みたいにもどりたいなー思てんけど、せっちゃん、あんま話してくれへんようなってて、また仲良ーしたかったんや」

 

 明日菜は木乃香の言葉をただ黙って頷きつつ聞く。

 

 「そんで世界樹に向かっとったせっちゃんに、また仲良ーしたくて話しかけて……そんときな、昔みたいにこのちゃんて呼んでくれたんよ」

 

 木乃香は瞳の水気を増やしながら話を続ける。

 

 「そんときうち嬉しかったんやけどなんでか気ぃ失ってもーてな、でも目を覚ましたら別んとこおって、目の前にせっちゃんがおったんやけど、それがせっちゃんに変装しとったXやったんや」

 

 このときすでに木乃香のまなじりには涙が溜まっていた。

 

 「せやからあのときうちをこのちゃんて呼んでくれたんはX。そーゆーことで世界樹が手紙に書かれとった場所なんや」

 

 そう言ったとき、ついに耐え切れなくなった涙が決壊し流れ出した。

 

 「こ、このか!」

 「あははー……実はなーXとそんときに友達になったんやけど、あれなーたぶん、全部うちのためやったんや」

 

 木乃香は突然懺悔をするかのような雰囲気を出して話し出した。

 

 「うちまたせっちゃんと仲良ーしたくて、でも上手くきっかけも作れへんかったから、Xを利用しようとしたんよ。せっちゃんと見間違えるくらいによー似た変装できるし、せっちゃんが昔使ってた『このちゃん』って呼び方まで知っとんやから……Xがせっちゃんと親しいんかもと考えて……つまりな、Xを利用してせっちゃんに近づきたかったんやと思うんよ」

 

 木乃香は少し前まで微笑みを浮かべていたのだがそれも今は完全に崩れてくしゃくしゃに歪ませていた。

 

 「でもやっぱ悪いことはできへんなー。結局うちも気づいてへんかったこともばれっとったんか、Xと別れてからな、せっちゃん、今までよりもっと……距離とってしもて……Xともそれっきりやったんよ。せや、今日は、Xに、そのこと全部話して、ズルイことしてごめんなさいって、言わな」

 

 木乃香は完全に泣いていた。

 

 「きっと、せっちゃんも、うちが何も考えんと、気も使わんと言った、無神経なことで傷つけてもーたんや。何をして、傷つけたんかわからへん。せやから謝ることもできんし……」

 

 明日菜は盛大に焦っていた。ちょっとした話題のつもりで振った話が想像以上に大型地雷だったのだ。完全にネガティブになっている木乃香へのフォローが上手く考え付かず普段は蜘蛛の巣の張っている頭を必死に働かせる。

 

 「うち……うち……」

 「あーー……もう! このかぁ!!」

 

 しかし何も浮かばなかった明日菜は深く考えることを放棄した。考えず感じたことを口にする。

 

 「このかは桜咲さんとまた仲良くしたい! これは本当!?」

 「へ? せ、せやけど……せっちゃん、うちが傷つけて」

 「昔のことなんてどーでも良い!! 今! このかが! 桜咲さんと! 仲良くしたいってことが重要じゃない!!」

 

 明日菜はただただ強く言い放った。

 

 「だったら何も考えないで正面からまっすぐぶつかればいいの!!」

 「へ?」

 「昔はちゃんと友達だったんでしょ! だったら! また友達になれないなんてことは無いって!」

 

 明日菜は仁王立ちで堂々と宣言した。

 

 「それにもしそれでダメだったらその、Xって奴にも手伝ってもらえばいいじゃん! とーぜん私は手伝うし!」

 「でも、うちはXを利用して」

 「そんなことでうだうだ言う奴だったら私がぶん殴ってやるから!」

 

 明日菜は木乃香の不安を次々否定する。

 

 「怪盗Xって奴がこのかを見限ってたならわざわざ呼ばないって、もしこのかを嵌めようとして呼ぶような奴だったらやっぱり私がぶん殴ってやる!」

 「アスナ……」

 「そうだ! えっと善は急げだっけ? 明日にでも桜咲さんをさそって麻帆良祭をまわればいいじゃん! このかのシフトも私が受け持つし、そうしよこのか!」

 「え? そんな、迷惑に」 

 「迷惑じゃ無い!」

 「もし、せっちゃんが嫌いやって言ってきたらうち」

 「きっとそんなんじゃない!……根拠は無いけど、でも! 何もしなきゃ今のままじゃん! 嫌われててもこのかならまた仲直りできるって! もう、こうなったらクラス一丸になって協力しよう! 明日一番でいいんちょにも話して、えっとー!?」

 

 明日菜はどうしようかと考え出し、それを見て木乃香は笑顔に戻っていた。

 

 「ありがとなーアスナー。うち、また勇気出してゆーてみるわ」

 

 笑顔に戻った木乃香をみて明日菜は満足そうに何度も頷いた。

 

 「でもまず、うちはXにごめんなさいせんとなー」

 

 そして木乃香は自分の目的を定める。

 

 「そういえば怪盗Xに会いに行くんだっけ……なんだかまた少し緊張してきた」

 「あははーXは悪戯好きやしなんかしかけてくるかもなー」

 「い、悪戯!」

 「ゆーてもきっと驚かせるだけやからアスナも安心して騙されればいいんよ」

 

 「そんなの安心できないって」などど明日菜は苦笑いしながら目的地の世界樹へと向かう。

 

 「二人とも止まりなさい」

 

 唐突に掛けられた厳しい声色での命令に二人は反射的に身体を強張らせた。声の聞こえるほうへ目線を送るとそこには声色どおり鋭い目つきの女性が立っていた。

 しっかりとしたスーツ姿から生真面目な人物であることが分かる。

 

 「く、葛葉先生……」

 

 声を掛けたのは葛葉刀子であった。

 

 「女子がこんな遅い時間に出歩くのは感心しませんね、たとえ麻帆良祭であっても。さらにはこんな人気の無い場所にいるのも。二人とも、速やかに寮に戻りなさい! 麻帆良祭の間外出禁止にはされたくないでしょう?」

 

 厳しい口調でありながらも、二人のことを考えてのことであることが端々から感じ取れるのでさすがに明日菜はばつの悪そうな表情でさすがに誤魔化すのは無理かと諦めに至るが木乃香は笑顔のままでどうやって切り抜けようかと考え、

 

 「葛葉先生、実はうち、大切な人と待ち合わせがあってん」

 「こんな夜遅くにこんな人気の無い場所でまだ未成年の二人を呼び出すとは、ほうっておくわけにはいきませんよ?」

 

 刀子は二人から何かを読み取るかのような射抜く視線を一瞬向け、

 

 「その人物にも厳重注意が必要ですね。まだこの辺りにいるのでしょう?」

 

 そう言うと懐からケータイを取り出してどこかに連絡するかのように操作する。

 

 「二人とも速やかに寮に戻りなさい」

 

 完全に詰んだ形になりこれには二人ともどうしようもないとため息をついた。

 

 「ごめんさい先生、大人しく戻りますのでどうか……」

 

 その言葉に刀子は頷きながら二人をこの場から離れさせるために近づくと、視界の端に刀子が知る人物が入り込んでいた。真名は腕を組みながら木に寄りかかって三人を見ていた。

 

 「龍宮さんこんな場所でどうしました?」

 

 刀子は疑問の声を真名にかける、がそれに真名は答えなかった。

 

 「っ! 何!?」

 

 そして真名は一気に三人の方へ、正確には明日菜と木乃香の方へ高速で向かっていった。刀子はその唐突な動きに数瞬反応が遅れ、さらには手に持つケータイを放してどこから取り出したのか刀へ手を伸ばすのにもまた数瞬のタイムラグが生じた。

 そして、あっけにとられる明日菜、木乃香両名の下へ真名がたどり着く一瞬早く、刀子は刀に手をかけていた。

 

 「斬空閃!!」

 

 その声が響き渡るとともに、刃が煌き鮮血が舞った。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「かはっ」

 

 その刃は目標違わず身を切り裂いた。飛来する斬撃をその背に受けて力を振るうことなくその人物は膝をつく。血の舞う光景をただただ見つめるだけの明日菜と木乃香は何が起きたのか理解しきれなかった。

 

 「な、なんで」

 

 そう声を発したのは明日菜のほうであった。

 目の前には倒れた人物に向き直り、自分達を背にし守るように立つ人物がいる。

 

 「なんで、葛葉先生が! 龍宮さん! 何か知ってるの!?」

 

 そこには自らの血溜まりに膝を突く刀子とそれを見下ろし両手に拳銃を持つ真名がいた。

 

 「ちょっと龍宮さん! 説明……じゃなかった! 救急車! 119!」

 「どう、して」

 

 明日菜は混乱しながら刀子の怪我を心配し、

 

 「せっちゃん、どう、して」

 

 木乃香は抜き身の白刃を携えて歩いてくる刹那に意識を向けていた。

 

 「どうして、そんな物騒なもん、持ってんの?」

 

 その声を聞いた刹那は無表情のままピクリと僅かに反応を示す。

 

 「刹那っ! 何を、して!」

 

 血を吐きながら自分を斬った刹那へ刀子は顔を向ける。

 

 「せ、刹那、止め……」

 

 刀子の声を聞いた刹那は即座に構えを取る。刀子は重傷を負っているせいでそれへの対応が取れない。

 

 「あ」

 

 刹那は刀子に何の躊躇も無く心臓の位置に刃をつきたてる。それは先ほど刹那の放った斬空閃による背中への斬撃とは違い必死の一刺し。

 無防備に受けた背中の傷、対応すら出来ず穿たれた正面からの一撃、それはさすがに神鳴流を修めた剣士であっても耐えられるものであるはずが無く、そのまま血溜まりに沈む。その一刺しは明らかな致命傷であり倒れた刀子はどう見ても死んでいる。

 

 「……刹那、お前、容赦や、躊躇は、無いのか?」

 「龍宮、お前が言ったんだぞ、。刀子さんが侵入者に成り代わられていると」

 

 ただたんたんと業務的に刹那は真名えの問いに答える。

 

 「確かにそうだが、穏便なやり方は、あったはずだろ! 先生方に伝えるとかな! 止めまで刺す必要は」

 「そんな暇があるわけが無い。お嬢様に近づいていた時点で速やかな対応が必要、すなわち侵入者の末路は一つだ」

 

 その刹那の答えに真名は早まったかと額に汗を滲ませながら頭を押さえる。

 

 「……神楽坂や、大切なお嬢様にどう話をつけるつもりだ」

 「記憶を消してもらう。先生方への対応は私が行う」

 

 そう言いながら刹那は侵入者を片づけるのか、明日菜、木乃香へ一瞥もくれずに背を向けた。

 

 「せっちゃん!!」

 

 刹那の足が止まるが刹那は木乃香へ視線を欠片も送ろうとしない。

 

 「龍宮、早く二人の記憶消去を。血なまぐさい記憶など、人死にの記憶など百害あって一理なしだ」

 「おい……刹那」

 

 木乃香は涙を流し、真名は今のこの状況に深いそうに顔をゆがめている。

 

 「何で……何でこんなことしとるん。何で……さっきからうちのこと見てくれへんの? せっちゃん……お願いやから、こっちを、見て」

 

 刹那は木乃香へ視線を一瞬も向けずに三人がいる方向へ正対する。

 

 「龍宮、早く、記憶の消去を」

 「ちょっと桜咲さん!! なんでこのかを見ないの! さっきから何度も何度も声をかけてるじゃない!」

 

 割り込む明日菜の声に刹那は視線を向ける。

 

 「神楽坂さん、話の途中で割り込まないで欲し」

 「だったらこのかのことを見なさいよ!!」

 

 明日菜は怒りを混ぜて刹那を怒鳴る。

 

 「……」

 

 しかしなおも刹那は木乃香へは視線を向けない。

 

 「それになんなの! 龍宮さんはなんか銃持ってるし、桜咲さんは、人を……とにかくなんなんなのよもー!」

 

 ハアハアと息を荒げて目の前にいる真名と刹那を明日菜はにらみつける。

 

 「説明、しなさいよ」

 

 その必死の形相に刹那はただ無表情で返すが、真名は耐え切れないのかため息をつき、

 

 「この世には知らない、知ってはならない、知るべきではないことがある。私達はそれを知りそれを使い、二人は知らない。ただそれだけだ。これ以上はルールに触れる。分かってくれ神楽坂」

 

 そう言うと真名は強い視線を明日菜に向け、「これ以上話すことは無い」と威圧し明日菜はそれにたじろいだ。

 

 「……せっちゃん」

 

 その中で必死に、そして優しい声色で木乃香は刹那に声をかける。

 

 「うち、せっちゃんが何やっても、せっちゃんが元気なら安心や」

 

 木乃香は出来る限りの自然な笑顔で刹那へ語りかけていく。

 

 「でも、教えてほしいんよ。せっちゃんが何をやってるんか、何で……うちを……見ないように……してるんか。話せへんことやってのは、うちもわかる。でも、そーならそ-と、せっちゃんの口から聞きたいんよ。うちはせっちゃんを信じる。せやから……せっちゃん、何がおきて、何があるんか、教えて、な。せっちゃんは大切な、大切な、友達やから」

 

 自分の思いを伝えんと、気丈に、笑顔を崩さず、優しく、必死に木乃香は言葉を刹那に送る。

 そしてこの言葉により刹那は今まで作っていた無表情を、

 

 

 

 

 

 

 「龍宮、早く、記憶の、消去の処置を」

 

 解くことなく事務的な言葉で木乃香の思いを斬って捨てた。

 

 「は?」

 「早く、してくれ」

 

 あまりにも予想外の言葉に真名は思考が停止してしまった。

 

 「せっ、ちゃん?」

 「早く」

 

 そう言うと刹那は木乃香へ再び背を向けた。

 

 「あ……せ、せっちゃん、せっちゃん!」

 「おい、刹那ぁ!」

 「桜咲さん!」

 

 三人がそれぞれ呼び止めるが背を向けたまま反応を示さない。刹那は三人共から距離をとっていく。それを見て木乃香は、

 

 「あ……うぁ、ぅああ」

 

 耐え切れなくなった。自分の思いは刹那に伝わらなかったのか、それとも再会したときから自分を嫌っていたのか。自分と刹那はもう、友達ではないのか。自分が刹那を苦しめているのか。それが全く分からなくなり、耐え切れなくなった。自分の思いを伝えても、拒否や嫌悪でさえも、何も返って来ない。無視、それがことさらにこたえた。

 

 「ぅぁ、せっちゃん……ひぅ、せっちゃぁん」

 

 木乃香は膝から崩れ落ち、縋るように刹那へ手を伸ばすが絶対に届くことはない。

 

 「行かんといて、せっちゃん……」

 

 あまりにその光景が痛ましく明日菜も真名も言葉を発することがでいないでいた。

 

 「お願い……せっちゃん、せっちゃん」

 「(ごめん、このちゃん……うちは化け物やから、このちゃんとはいられへん、ごめん、このちゃん、ごめん……ごめん……ごめん……ごめん……)」

 

 刹那は心の中で木乃香に何度も謝罪を繰り返す。木乃香を守るということのために本当に欲しい場所を捨てるという強い決意を刹那は持っていた。それは自分なりの、二月のあのとき木乃香を守れなかったことへの贖罪であった。それが木乃香の心に深い傷をつけることになるとは気づかずに。

 そして刹那がそのまま離れていく光景を見て、

 

 「あ、あああああああああぁぁぁ! せっちゃん、せっちゃん! ああぁっひぅああああああ」

 

 木乃香は完全にその心を、

 

 「あんたは本当に木乃香の友達なの?」

 

 砕く寸前、反響するような奇妙な感覚の混ざった声が一帯に響いた。

 

 「俺にはあんたが木乃香を苦しめているようにしか見えない、悲しませているようにしか見えない」

 「誰だぁ!」

 

 刹那は夕凪を構えて周囲を探る。

 

 「なんだろうなこの気持ちは、まるで……あのときに感じた気持ち、アイを失くし、いやそれとは少し違うかな?」

 

 そしてようやく気がついた。何故気づかなかったのか。理由を言えば今までそれを死体と思い、また気配もそれであった目気づかなかったのだが、今は違う。明らかな殺気とともにムクリと立ち上がっているのだ。

 

 「まあいいや」

 

 そしてその声の主の姿は、邪魔なのかスーツなどを脱ぎ捨て、また体格が縮んだために身に着けていたもののほぼ全てが地面に散らばっている。唯一残っているのがYシャツ一枚のみ。まるで傷など負っていないかのような立ち振る舞い、世界に名を知らしめた、葛葉刀子改め『怪物強盗X』がそこに立っていた。

 

 「ネウロの注意通りやってみたけど、完璧だったみたいだね」

 

 Xのその姿に刹那は完全にのまれていた。完璧に心臓を貫き、その気配が完全に死へと落ちていったのを理解していた人物が生きていた。しかも致命傷を負わせたと確信していたのにそれを感じさせないで。それにより、刹那はひたすら怪盗Xへの恐怖をつのらせていった。

 

 「あれ? そっちのあんたはそれほど驚いてないんだね」

 

 Xはこの場にいる四人を見渡し、生きていることへの驚きをほぼ持っていない真名へその興味の視線を注いでいた。

 

 「ああ、死んだはずの者が生きていたなんて良くあることだし実際に何度も目にしたからね」

 

 銃口をXに向けながらXの言葉に軽く返す。だが真名は気が気ではない。こんな強力で異常な化け物とやりあうなどロハや不意に受けるものではない。さらにはしっかりとした前準備が必要であると感じ、いかに逃げるか探っていた。

 

 「へえ、あんた名前はなんて言うの?」

 

 この言葉に、怪盗Xが自分に興味を持ってしまったことに気づき心中で神とうかつな己に対して恨み言を吐いた。

 

 「……龍宮、真名だ。でも気軽には呼んで欲しくないな貴様と私は特に親しいわけではないからな」

 

 Xはその軽口には付き合わず視線を木乃香へ送った。

 

 「ひさしぶり木乃香。元気、じゃないな」

 「あぅ……X~~」

 

 泣きながらXの名前を呼んだ木乃香であったが未だその精神は崖っぷちである。

 

 「あーあぁーせっかく木乃香と麻帆良祭を面白おかしくしようとおもってたのになー」

 「ぁ……人に迷惑書けたらあかんえーX-」

 

 Xの言葉に何とか笑顔に近いものを作って木乃香は返したが、Xはその表情は虚ろのような無表情へと変わった。

 

 「わかったよ木乃香。だったら、木乃香を悲しませた奴を……」

 

 今まで木乃香へと向けていた顔を、ぐるりと刹那のほうへと向け、

 

 「いためつけるよ」

 

 殺気を飛ばす。

 

 刹那はそれと共に我に返りその場を飛びのく。しかしXは一歩も動いてはいなかった。

 

 「あんたとやるのはこれで二度目だ。興味は湧いたけどあの時はそんな気はなかった、その後もそうする気にはならなかったけどけど」

 

 Xはただその場にて威圧する。そしてそれは誰も知る由も無いがまるで、

 

 「今は、あんたを『箱』にして観察するのもいいかもしれない。丁度、ただの人とは違うみたいだし」

 

 自ら反抗した父親のようでもあった。




※この小説には暴力シーン、及びグロテスクな表現、そして登場人物の死亡が含まれることが有ります


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第21話:俺はあんたを赦さない【怒】

バトルの勢いが難しいDEATH


 「貴様……貴様貴様貴様あああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 瞬動で刹那は距離を詰め、Xに一息で斬りかかった。

 

 「へぇ」

 

 Xは感嘆の声と共にひょいと気軽に回避した。その一振りは地面に大きな傷跡を残すだけで終わる。

 

 「あんたは何がしたいんだ? 木乃香を苦しめたいのかな?」

 「殺す! 貴様はこの場で私が斬り殺す!」

 

 Xの問いには答えず、刹那は目的のみを言葉にする。Xははぁと溜息をつきながら拳を強く握り締めて構えを取った。

 

 「俺を殺す気で来るなら……何があろうと文句は言えないよ」

 

 Xは両手の拳を硬質化させて気を纏わせる、と同時に刹那は再度Xに斬りかかった。

 単純でまっすぐな工夫のない斬撃にXはつまらなそうにそれを捌く。

 

 「そんなんじゃ百年かけたって俺には当たらないよ」

 

 そう言うとXは次々振るわれる剣閃を素手でそらし続けて、

 

 「がっ!」

 

 作り上げた隙を突き、回し蹴りを刹那に放った。刹那はうめき声とともに吹き飛ばされ体勢を大きく崩す。

 

 「何焦ってるの?」

 

 Xはその隙を見逃しながらゆっくりと、余裕を持って、気楽にしゃべりながら吹き飛ばした刹那を無視して木乃香の方へ視線を向けた。真名は咄嗟に間に割って入りじりじりと後退し距離を開けようと動くが、

 瞬間、不可視の何かが周囲を覆う。それはX、刹那だけでなく木乃香、真名、そして明日菜の五人を同一の空間に閉じ込めることになった。

 

 「これは結界か!」

 「これじゃ逃げ出せないね」

 

 焦る真名を尻目にXは笑みを浮かべていた。

 

 「大丈夫、まだやることが済んでないから。それが済むまでは逃げたりしないよ」

 

 周囲を見渡したXは再度木乃香へ目を向ける。

 

 「っ!! させるかぁ!」

 

 刹那は再度、愚直な突進をもってXに斬りかかる。

 

 「神鳴流奥義! 斬岩剣!!」

 

 だがそれは先ほどと変わらない、まさに焼き直しの一振り。大地を大きくえぐるだけの結果しか残さない。

 

 「さっきも言ったけどそんな大振り」

 「神鳴流奥義!! 百裂桜華斬!!!」

 

 だが刹那も考え無しではなかった。

 相手の動きを限定させ、僅かでも手傷を負わすための回避困難な技を繰り出す。

 

 「ははは、油断したよ」

 

 その結果はXの全身に生まれた赤い染みが示すとおりであった。しかしXは余裕を崩さず刹那との距離をとる。

 

 「凄い技だね。そこまでの技は今まで見たこと無かったよ」

 「黙れ」

 

 両者は互いの実力をこの数瞬でいくらか察した。

 刹那はXを高い身体能力を持ち技能をあえて使わずにいる余裕があると見た。

 対してXは刹那を技能に優れているが自らの全力をあえて使わずにいるが余裕無しと見た。

 

 「は~ぁ、あんたはそんなんで俺に勝てると思ってるの?」

 「黙れ!」

 

 刹那はXの言葉に悪い予感を感じ、瞬動を使い距離を詰め、

 

 「神鳴流奥義! 斬空閃!」

 

 剣閃を飛ばしながら力を溜め、

 

 「斬岩剣!」

 

 剣閃の着弾の後にあわせてXへ直接斬りかかる。

 

 「本気を出せよ。そんなんじゃ、俺には効かない」

 「なっ!」

 

 だがXは素手で刹那の野太刀を掴んでいた。

 

 「本気を出せないのかな?」

 

 Xは野太刀を掴んだままで刹那に殴りかかる。

 

 「くっ!」

 

 刹那は野太刀を一瞬離して回避し野太刀とXに掴みかかる。

 

 「神鳴流奥、ぐっ!」

 

 Xはそれに対し無言で刹那を掴み投げた。

 

 「こ、これは浮き雲」

 「それとも、木乃香がいるから?」

 

 そしてXは投げた刹那へさらに追撃をかけんと拳を握り、振り下ろす。

 それは地面を砕き周囲に衝撃が広げることになった。

 

 「で、何で木乃香を避けてるんだ?」

 

 Xは離れたところで息を荒げている刹那へ語りかける。刹那は幸いにも先ほどの拳からは逃れていた。だが九死に一生を得たことから体力気力を大きく消耗したのだが。

 

 「こんな簡単な質問にも答えられないの?」

 「黙れぇ!」

 

 それは同じことの繰り返し。Xの言葉をさえぎるために距離を詰めて斬りかかる。

 

 「やっぱ逃げてるのか」

 

 Xは向かってきた刹那への迎撃に、同じく突進して返す。

 野太刀を振るうタイミングをずらされ、十分な威力の無い斬撃ではXに通じなかった。

 

 「でもなんで逃げてるんだい? だってあんたは」

 「だ、黙れええええええええぇぇぇぇ!!!」

 

 刹那は至近のXに構わず無理やり構えを取り、

 

 「奥義! 百裂桜華斬!!」

 

 周囲を無差別に斬り裂きXを吹き飛ばすが、

 

 「木乃香のことが大好きじゃないか」

 

 Xは全てを無傷で受け止めていた。その時刹那はようやく気づく、Xの纏う凄まじい量の気に。

 

 「っく! 黙れ!」

 

 刹那は一瞬怯むが即座に気を練る。

 

 「神鳴流奥義! 斬鉄閃!!」

 

 いくらか生まれた距離を生かしてXに対して技を放つ。

 

 「へえ」

 「斬空閃!」

 「で? と、あ、痛~~~」

 

 しかし放たれた二撃共にXの手によって止められる。

 

 「なっ!?」

 

 それは余りにもありえない光景であった。

 

 「なぜ! なぜだ!」

 

 Xの両手は無傷のままであった。だがそれが刹那には信じられなかった。

 先ほどから全ての斬撃が無傷で止められているのだ。それがありえない。確かに考えられないほどの実力差があればそれもありえるだろうが、それほどの実力差があるとは思えないからだ。

 ならば、人の身である以上、無傷はありえない。

 

 「簡単だよ。『竜の鱗』に十分な気があれば、無傷で受け流すことくらいできるってのは実験済みだからね」

 

 そう言って無邪気な笑顔を向けながら、腕の皮膚を突き破って鱗のような物を見せ付ける。その異様さに初めて見る者全てが息をのむ。

 

 「何、者だ」

 

 その問いは当然のものであった。

 

 「そういえば、木乃香以外にはまだ名乗ってなかったかな」

 

 そう言うと通る声で宣言する。

 

 「俺の名前はX。怪盗Xが俺の名だ」

 「怪盗、X」

 「そうだよ。あとはそうだな」

 

 Xは鱗を見せ付けた腕を掲げてそれを元の人の腕に戻す。

 

 「ちょっと変わった人間で木乃香の友達だよ」

 

 その言葉を聞いた刹那は身体を微かに震わせだした。

 

 「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるなあああああああ!!」

 

 爆発させた叫びと共に刹那はXに斬りかかる。

 

 「ふざけるな! 貴様が! 化け物が! 何をのたまう!」

 

 刹那は我武者羅に刃を振るうがその全てをXは容易に回避する。

 

 「どう見ても! 貴様は! 化け物だああああ!」

 「いいや、俺はただの人間だ。ちょっと変わってるだけのね」

 

 刹那はXの言葉を必死に否定する。あんな力を持った者を人間とは認めない、認めるわけにはいかないからだ。

 

 「貴様が! 人間なわけが無い! 人では無い!」

 「じゃああんたは何なんだよ?」

 

 その声と共にXは刹那の振るう刃を弾いて拳を胴に打ち込む。刹那はうずくまり多大な隙を作るが、Xはただ距離をとる。

 

 「ほら、答えてみろよ。あんたは、何なんだ?」

 「わ、私は……」

 

 刹那は答えに詰まる。

 

 「俺は人間だ。自信を持って言える」

 

 その宣言と共に背中に真っ白な翼を作り上げた。

 その光景と共にXは嗜虐的な笑みを浮かべ、刹那はただただ呆然とする。

 

 「俺は人間だ。でも、あんたは自分をこう思ってるんだ……『化け物』と」

 

  鱗を生み出した腕、白い翼をつけた背、コレを持つXは自らを人間と言い、何の変哲も無い刹那を化け物と評した。

 

 「木乃香は人間だ。化け物はお呼びじゃない」

 

 この言葉を発した瞬間、刹那の纏う空気が変わる。

 

 「だ、まれ……黙れ、黙れ、黙れ! 黙れええええ!」

 

 刹那は近くに落ちていた太刀を拾い、二刀でもってXに斬りかかる。

 

 「奥義! 斬岩剣、二連!!!」

 

 それは二刀による連撃。しかもこのとき莫大な量の気を消費して威力をただの片手とは比べ物にならないほどに上げていた。

 

 「うっ!」

 

 Xであっても準備無しに連撃を全てかわしきることは出来ない。また、威力が桁違いになっているため受け流すことも出来ない。

 刹那はついに十分な一撃をXに与えたのだ。Xの表情が痛みにより若干歪む。しかしすぐにXは距離をとりカウンターを狙った。

 

 「貴様のような奴に! 分かるわけが無い! 斬空閃!」

 「あっ」

 

 Xは飛んでくる斬撃に間抜けな声をだし、慌ててそれをかわす。だが、

 

 「斬岩剣!」

 

 刹那は一気に距離を詰めて斬りかかって来ていた。しかし紙一重でXはそれを両手で受け止める。

 

 「っ! 二連!!」

 

 だが刹那は即座にもう一方の太刀を振るいXを斬った。だが浅い。普段刹那が使っている野太刀より短い太刀であるため距離を見誤ったのだ。

 Xは即座に距離をとる。だが刹那は気を限界まで消耗してしまい動けないでいる。さらにそれだけでなく無理をしたため息を限界まで荒げ、膝を笑わせていた。

 

 「そう、だ。私、は、はっ、化け物だぁ!」

 

 だが刹那は刹那は翼を解放して力を無理やり捻り出した。

 

 「斬空鉄閃!!」

 

 二刀から二つの技を同時に繰り出す。結果広大な範囲を襲う遠距離攻撃にXは影響圏から我武者羅に退避する。

 

 「斬岩剣! 交差ぁ!」

 

 しかしその動きも見逃さずに、刹那は解放して跳ね上げた力を存分に使い、距離を詰めて斬りかかっていた。

 同時に放つ一刀と同等の威力を保たせた二撃。だがXはかわせないと気づくと傷をいとわずに両手でそれを掴み取る。動きが止まるのを見て鮮血が舞いながらもXは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「はぁっ!!」

 

 だがそれも一瞬。刹那は即座に普段の一刀に持ち替え、全力でXの片腕を斬り飛ばす。

 

 「ふぅん」

 「百裂桜華斬!!」

 

 Xは暢気な声を上げながら全身を刻まれた。

 

 「化け物だから木乃香を悲しませるの?」

 「違う!」

 

 Xは血にまみれながらも距離をとろうとするが、刹那はそれに追いすがる。

 

 「お嬢様は! こんな私に! 優しくしてくれた!」

 

 刹那は幾度も太刀を振るうがそれはどれもがXの首を狙っていた。それにより速さ、鋭さが増した刹那の剣から完全に逃れるには大きく回避する必要が生まれていた。

 

 「それが! 何も! 知らなかったからだとは! 理解している!」

 

 刹那の野太刀を握る力がいっそう強まる。

 

 「でも! それで! 私は! 救われたんだ!! 雷鳴剣!!!!!」

 

 帯電した刃が掠り、Xはその身を一瞬硬直させた。

 

 「お嬢様の平穏を守るために、私は……傍にいてはいけないんだぁ!!」

 

 刹那はXの身体に素早く斬撃を加えXを吹き飛ばす。

 血が舞う。

 だが刹那はまだ止まらなかった。

 Xは片手に持ったままになっていた太刀を刹那に投げつけて手を自由にする、が刹那はそれを弾いて空に跳ね上げ飛翔すると二刀を構えた。

 

 「私のいる場に! お嬢様を! 近づけさせるわけには! いけない! 知らせる! わけには! いけない! 守るために! 私は! 私はぁぁぁ!!!」

 

 手の出し様の無い上空で刹那は力を溜め、Xはただ黙ってそれを待つ。

 

 「双刀! 雷鳴剣!!!」

 

 そして、急降下して電撃を纏う二刀をXに振るい斬り刻んだ。Xはゆっくりと身体を傾けていく。

 

 「うち、かて……このちゃんと」

 「ほら」

 

 かすれた声での刹那の呟きにXは何の気なしに答え、

 

 「それが本音だよね」

 

 いつの間にか体勢を直したXは刹那の顔面を殴りつけ、さらに木乃香のいる位置の近くにまで届くように蹴り飛ばした。

 

 「あんたも木乃香が大好きなら、秘密なんか作らなきゃ一緒にいれたのに」

 

 木乃香の足元に倒れた刹那はその言葉に怒りを滲ませる。

 

 「黙れ! そんなの! できるわけが無い! 許されるわけが無い!」

 

 刹那は身体を起こして斬りかかろうとするがろくに力が入らず、全身に激痛がめぐった。どうやら先ほどまでの無茶がたたり、今反動が来ているようだ。そして背の翼も消えている。

 

 「そんなの気にしなければ良かったのに」

 

 Xの何の気なしの言葉に刹那はひたすら怒りが溢れる。しかし身体が動かせないためもどかしさばかりがつのっていた。

 

 「私は化け物なんだ! お嬢様と! 違う!」

 「へぇ、何が違うんだ? あんたは何を見てそう判断したんだ?」

 

 Xは刹那に近づきながら話しかける。

 

 「木乃香はあんたの何を見てたと思ったんだ?」

 

 刹那を足元に見下ろすまで近づいていた。

 

 「俺も驚いたけど、木乃香は外身なんかよりも、中身を大切にするんだ」

 

 Xは静かに語りかける。

 

 「俺は自分を人間だと思ってる。でも俺の外身はどう見ても化け物だ。誰が見てもそう言うよ。でも、木乃香だけは違った。今までたくさんの人間に会ってきたけど、ただ一人、木乃香だけは違ったんだ」

 

 Xは溜息を一度つく。

 

 「木乃香が中身を大切にしているのに、友達だったら気づかないと」

 

 Xはそう言い終えるともういいのか近くの木にもたれかかり誰かに視線を向けた。

 

 「せっちゃん!」

 

 X以外は驚く。木乃香は刹那の傍に駆け寄り、腰を下ろしおずおずと膝枕をした。

 

 「せっちゃん……」

 

 再び刹那の名を呼んだ木乃香の目には涙が溜まっていた。

 

 「ごめんな、せっちゃん。うち、せっちゃんが悩んでたの何も知らんかった。せっちゃんが、苦しんでたのに、何も知らんと、自分勝手に、せっちゃんを、傷つけてた」

 

 木乃香は声を震わせ、申し訳なさそうに話しかけていた。

 

 「でも、うち、それでも、せっちゃんと、友達で、いたいんよ」

 

 木乃香は何とか笑顔を作るが涙は溢れ続けている。

 

 「なにがどうなっても、かまへん。せっちゃんがうちを嫌いでも、うちはせっちゃんが、大好きや。せっちゃん、今まで、傷つけて、ごめん、うちを、許して」

 

 木乃香は必死に、心から、今まで刹那の心に気づけなかったことを謝罪した。

 

 「そんな! このちゃんを嫌いになんてならへん! 許すも何も、うちが、今までこのちゃんを信じられんと、嘘ばっか吐いて! 逃げてばっかで!……ごめん、このちゃん」

 「うちは気にしてへんよ。また、昔みたいに、一緒に、いてくれるだけで」

 「このちゃん……」

 「せっちゃん、また明日、一緒に麻帆良祭、回らへん?」

 「このちゃん……うん」

 

 安らかな笑顔で木乃香と刹那は友達としての約束を交わした。

 その中で、非常に非っっっっっっっっ常に居心地が悪そうにしている二人がいた。

 

 「龍宮さん、どうする?」

 「黙ってるしかあるまい」

 

 急展開にただただ静かにしているしか出来ない。完全に二人の世界が生まれていたのだ。

 

 「あーよかった」

 

 木乃香と刹那が静かになったのを見て、Xは傷口をさすりながら転がっていた片腕を拾い、二人に近づいていった。

 

 「怪盗、X!」

 

 その姿を見た刹那は再び怒りに表情を歪ませた。

 

 「俺の名前はさっき言ったけど、あんたの名前を聞いてないよ? 教えて?」

 「貴様に名乗る必要があるか!」

 

 Xの軽い言葉に刹那は怒りを向ける。

 

 「えー、だって俺は木乃香の友達であんたは木乃香の友達で」

 「だからどうした! 私は! 貴様を許しはしない! お嬢様をさらったのを! 忘れたとは言わせん!」

 

 刹那はろくに身体を動かせないが十分に大きな怒声を放っている。

 

 「せっかく痛い目をみてまで木乃香のためにキャラじゃないことまでしたのにな~」

 「それがどうした! 礼でも言われると思ったのか!」

 

 Xの言葉にひたすら怒りをぶつける。

 

 「覚悟しておけ! 私が必ず貴様を斬」

 「そんな怪我してまでありがとーなーXー」

 「お、お嬢様!?」

 

 Xに対して敵意を向ける刹那であるが木乃香の素直さに戸惑いを見せる。

 

 「うん、別にいいよ。俺が好きでやったことだし」

 「でもホンマに大丈夫なん?」

 「大丈夫だよ。全身の神経を電撃で焼かれたときに比べたら全然」

 「あははーそれやったらそうやなー」

 

 談笑する二人を見て刹那も戸惑う。そしてXに違和感を覚えた。

 

 「貴様、何で平気なんだ?」

 

 そう、刹那の全力を何度もその身に受けているにもかかわらずXは今現在まったくそれを感じさせないのだ。

 

 「それはそうだよ。中身にはほとんど通ってないし、ある程度はもう回復したからね」

 

 その言葉に刹那は呆然とした。つまりXには自分の全力が通じていなかったことになるからだ。

 

 「……斬る」

 「せ、せっちゃん!?」

 

 刹那は痛む身体を叱咤し野太刀を杖にして立ち上がり、そしてXに刃を向ける。

 

 「斬る! 私は貴様を斬る! 私は! お嬢様の護衛として今まで生きてきた! お嬢様をさらった貴様を! 必ず斬る!!」

 

 膝が笑っているがXはその刹那の宣言を聞いて笑みを浮かべた。

 

 「めんどくさいなぁ」

 「黙れ!」

 

 Xは面倒だと言いながらも笑みを浮かべたままである。そしてある言葉を思い浮かべて、

 

 「進化か……」

 

 ぼそりとXは呟いた。

 

 「じゃあもっと強くなりなよ。今のあんたじゃ、俺の全力に耐えられるとは思えないから」

 「あたり、まえだ!」

 

 そう言うと刹那はその場に崩れ落ちた。すでに限界を突破していたのだから当然である。

 

 「せっちゃん!」

 

 木乃香は焦りを見せるが刹那は安らかに眠っているだけと気づきすぐに安堵した。

 

 「木乃香~」

 「なんやX~」

 

 Xの緩い言葉に木乃香が反応したとき、

 

 

パリン

 

 

 何かが砕ける音と共に大量の殺気がXに降り注いだ。

 

 「怪盗Xは僕が受け持つ! 皆は生徒を!」

 

 そう言葉を発した中年の男、高畑はポケットに手を突っ込みながらXに相対した。

 

 「がっ! ぐぅ!」

 

 直後、不可視の何かに弾かれるようにXが体を崩したたらを踏む。

 それによって生まれた隙を、高畑は逃さない。

 

 「右手に気、左手に魔力、合成!」

 

 そして準備を整えXを狙う。

 そして生まれる凄まじい殺気。Xはそのすべてを見ながら回避動作が間に合わないと悟る。

 

 「まずい!」

 「豪殺居合拳!!!」

 

 そうして放たれる究極技法からの必殺。

 砕けた結界の中で轟音が響き渡った。




ちゃんと見守られていたんですよ


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第22話:祭では友達と遊ぶんだって【共】

遅くなりました


 「豪殺居合拳!!!」

 「あかん!」

 

 高畑はXの隙をついて必殺を放った、がしかしそれはとっさにXをかばった木乃香へ向かっていた。普通ならそのまま木乃香へ直撃してしかるべきなのだが、それを放ったのはかの高畑・T・タカミチである。寸での所で軌道をそらし木乃香への直撃を避け、地面のみをたたく轟音が周囲に響く結果のみで済む。人的被害は皆無であった。しかしその光景に明日菜と木乃香は恐怖を覚える。

 

 「危なかったなぁ。木乃香、ありがとう」

 「ぁ……どーいたしましてやー」

 

 不意の必殺は木乃香のおかげで事なきを得たXだが事態は刻一刻と悪化していった。このとき高畑がXを牽制し、他の教師で包囲網を作り出していたのだ。

 

 「木乃香ー。残念だけど俺はこれで帰るよ。みんなを怒らせちゃったみたいだし。俺はまわれないけどさぁ、あの、刹那だっけ? あいつと一緒に楽しく麻帆良祭をまわりなよ」

 

 このときXのこの危機感のない言葉使いに魔法教師陣は怒りをにじませるが今自らのすべきことに集中する。それに結局Xのそばにいる木乃香のせいで容易に手出しはできない。

 

 「残念やわぁ、謝ったらええんやないかな?」

 「このか君……彼から少し離れてくれるかな?」

 

 気楽に話をする木乃香へ高畑はなんとか普段と変わらない口調で言葉をかけるが、このとき内心Xがどう動くか全く予想できず木乃香を人質にされてはたまらないと直球で離れるように言ってしまっていた。

 

 「木乃香、俺から離れてなよ……全力でおにごっこをするからさ」

 

 Xも木乃香を人質にするつもりはないため木乃香へ被害が出ないように距離を取らせる。

 

 「さ、X?」

 

 Xの雰囲気の変化に木の香は戸惑いを見せる。それはニ月の初めて会った日に、新幹線内で見せたものに近かった。

 

 「木乃香、あいつがまた悲しませたら教えてね……そのときは、本気で殺してやるから」

 

 そしてXは両手の指を刃に変えながら本気の殺気を周囲に飛ばした。

 木乃香は勿論多くの教師はその殺気に中てられ腰を抜かす。それを合図にXは飛び出したが同時に高畑もそれに合わせて攻撃を始める。

 攻撃の射程ははるかに勝る高畑であったが、異常な耐久力とスタミナを持つXが完全に逃げに徹しては一人で追い込むのは難しかった。結果としてXには逃げられることになり、麻帆良の警備の未熟さを大きく喧伝することになる。

 こうして、麻帆良祭の濃すぎる初日は過ぎることになった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 麻帆良祭初日の深夜、否すでに二日目になっていた。場所は保健室。そこには養護教諭の他にベッドに一人、そしてそれを挟むように二人の少女、桜咲刹那、それと近衛木乃香と神楽坂明日菜だけがいた。

 現在魔法教師は一丸となって怪盗Xを追っており三人は保健室にて状況が収まるまで軟禁されることになったのだ。養護教諭はその見張り兼護衛である。

 ちなみに、もう一人の当事者龍宮真名は某ぬらりひょんの元へ行っており不在であった。

 

 「せっちゃん……」

 

 そして何度目かになる呼びかけの声が発せられた。もちろん木乃香が発生源である。

 怪盗Xと遣り合い、結果気絶した刹那はいまだ目を覚まさず、結果木乃香の不安を掻き立て続けているのだ。

 木乃香はすでに治療が施されてはいる刹那の全身を確認し続ける。

 同じ歳の少女とは思えないほどに二人の間には違いがあった。それは『傷』である。

 木乃香にはほとんどない傷。それも木乃香のものは放っておけば消える程度のものであるのに刹那の傷は質が違う。下手したら消えないかもしれないような傷もあるのだ。それが無数に。

 そして特に大きな違いはその手である。

 力仕事が得意と言うわけではない少女の手と、ひたすらに剣を振り続けた手。その違いは一目瞭然であった。

 まじまじとそれを観察し続ける木乃香は、刹那がどれほど陰で苦労をしていたのか想像し、そしてそれを発見する度に落ち込んでいった。

 知らなかった。

 この事実だけで、いやきっと刹那は木乃香のことを何があっても許すだろう。

 それが木乃香はわかる。分かってしまうからこそ、それほど思っているからこそ、木乃香は落ち込んでしまうのだ。

 

 「う……ん……」

 「っ! せっちゃん!!」

 

 ただただ沈黙が続く中、ようやく刹那は目を覚ます。

 

 「せっちゃん! 大丈夫? どっか痛いとことかはあらへん?」

 「ぅあ、お、お嬢様!」

 

 木乃香はにじり寄るように近づき、刹那は寝起きではっきりしない頭の中でそれに驚きながら咄嗟に今までどおりの反応を示した。

 

 「せっちゃん、身体の調子はどうなん?」

 「え、あ、大丈夫です。問題ありません」

 

 刹那は木乃香の問いに咄嗟に問題ないと答えたが、実のところ限界まで気を消耗した上に慣れない翼を出した全力の戦闘まで行っているので、全身に残る鈍い痛みと重くのしっかるようなだるさがあった。

 だが木乃香を心配させないために問題ないと答えたのだ。

 

 「せっちゃん」

 

 だがそれも真剣なまなざしの前に怯む。

 

 「あ……全身にだるさを感じますが休めば問題は、あの、しばらく休めば問題は有りません」

 「ほかー」

 

 刹那の答えに満足したのか笑顔に戻る。だがにじり寄った距離は変わらないままであったが。

 

 「その、お嬢様」

 「せっちゃん、お嬢様やのーて昔みたいには呼んでくれへんの?」

 

 刹那の言葉に再び悲しそうな表情に変わる。

 

 「あの、その……この、ちゃん」

 「ん♪」

 

 刹那の言葉に再び笑顔が戻る。それを見て刹那はふいに微笑がこぼれた。

 そして互いにしばし見つめあう。

 

 「あのー桜咲さん。ちょっっっといいかな?」

 

 非常に気まずそうにしながら明日菜が二人だけの空間に割ってはいる。このままじゃ終わりそうに無い居心地の悪い空気に絶えられなくなったのだ。

 木乃香は変わらずにこにこしているが刹那は顔を真っ赤にしながら固まっている。どうやら木乃香に集中しすぎて気づいていなかったようだ。

 

 「か、神楽坂さん、い、いつのまに」

 「最初からいたわよ。その、えっと、聞きたいことがあるんだけどさぁ」

 

 この言葉だけで刹那はいくらかその内容にあたりをつける。十中八九先ほどの怪盗Xとの戦闘で見せていた現象についてだろうと。

 

 「聞きたいこととは……」

 「分かってるでしょ。さっきまでのは一体何かってことよ。桜咲さんは刀で何か凄いことしてるし、あの怪盗X? も負けてないくらいでたらめだったしさぁ。極めつけは、桜咲さん……真っ白な翼を生やしてたし」

 

 刹那の予想通りであった。しかも隠していた翼についてもやはり問いただしてきたのだ。刹那は俯きどう答えるべきかと考え込む。

 

 「(完全に、護衛、失格だ。任務、失敗だ。お嬢様を魔法から遠ざけるのも、守りきることも出来なかった)」

 「桜咲さん?」

 

 刹那は木乃香の様子をちらりと見るがその視線には真剣さが多く含まれており、同じように先ほどの戦闘に興味を持っていることが見て取れた。故に、詠春から受けていた木乃香の護衛とそれに付随する魔法関係から遠ざけるという二つの任務の完全失敗となり、全く恩を返せないことになってしまったのだ。

 

 「(ここで私が説明を? いや、もうこれは私の裁量を越えているのでは……でも結局忘れさせるか関わらせるのかは、学園長か長が決めること)」

 「桜咲さーん」

 「(ならばここで説明しようと、変わらないと)」

 「さ! く! ら! ざ! き! さん!!」

 「ひゃい!」

 

 思考に没頭していた刹那に明日菜の声が叩き込まれた。

 

 「あーもー! さっきのやつは一体なんなのか洗いざらい説明して! ほら! このかだってさっきからずっっっっっと待てるんだから!」

 

 明日菜の声に一瞬情けない声を上げたがその言葉に促され刹那は木乃香をみる。変わらない真剣な表情であるがそこに柔らかさが刹那には感じられた。

 

 「あの」

 「うちも知りたい」

 

 刹那に向けて言葉が放たれる。

 

 「おじょ、このちゃん!」

 「せっちゃん。うちも、何があるんか教えて欲しいんよ。隠し事は、せんといてな」

 

 その言葉を聞くと、気絶前にかわした言葉を思い出す。

 

 「……分かりました。私の知っていることを、教えます」

 

 刹那は覚悟を決め、自分が命をかけて守ると誓った木乃香を信じることにした。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「……以上が私の知っていることです」

 

 刹那は自らの知ることを語った。隠されていた裏のこと、魔法や気について、自らの出自について、自らの立場について、木乃香の立場について、日本の二大魔法組織とその確執について、そして怪盗Xの裏での異名についてと、魔法に関わることを二人に語った。

 

 「……」

 「そうやったんか」

 

 明日菜は語られた事実に混乱を見せるがつい先ほどのあれが偽者とはどうしても思えずただ黙るしかできなかった。

 木乃香はなんともなさそうにしゃべってはいるもののその内心穏やかではなかった。

 今まで知らなかった刹那と己の立場を知ったことで、木乃香は自分がどれだけ刹那に無責任に接していたかと考えたからである。

 

 「せっちゃん……今までごめんなー」

 「こ、このちゃん!」

 

 突然木乃香は刹那にむけて深く頭を下げて謝罪した。その行動に刹那はただただ混乱する。

 

 「うち、何も知らんかった。せっちゃんが傷だらけで、うちを守ってくれててんのに。せやのに……」

 「気、気にせんといて! うちが、このちゃんと、一緒にいられるんわ、化け物やと思っとったあの時は、これしか、思いつかんかったから! これしか、知らへんかったから! だから、これからも」

 「せやったら、せっちゃんも気にせんでなー。そんなんせーへんでも、ずっと友達やからなー」

 

 刹那は嬉しさのあまり涙が流れそうになるのをこらえる。

 

 「ありがとう。このちゃん」

 「うちもやー。せや、明日麻帆良祭周る約束やけど」

 「はい。周りましょう」

 

 木乃香の言葉にしっかりと笑顔に戻して刹那は頷く。

 

 「あーんそんな硬くならんでえーでー」

 「あ、その申し訳」

 「せっちゃーん」

 

 わだかまりが解けたばかりでまだ硬さの取れない刹那であったが、きっとそれも今だけであろう。

 ちなみに、

 

 「やぱり私ってお邪魔虫?」

 

 今現在すっごい居心地の悪い空間に取り残されたままの明日菜は、ただただ大人しく二人の空間が解除され続けるのを静かに待ち続けるのであった。

 

 そして翌日、ひねりも不幸もなく木乃香と刹那の二人は仲睦まじく麻帆良祭を周ることになり皆を大変驚かせることになる。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「はぁはぁ、しつこいなぁ」

 

 時間は丁度刹那が目を覚ましたころ、怪盗Xは虚空瞬動までも駆使して浸す他逃走を続けていた。結果、今現在それに追いすがっているのは高畑のみとなっていた。

 だが微塵も油断は出来ない。

 

 「くっ! まずいなあ」

 

 相手は確実にXを捕獲するために、無茶はせず一定の距離を保ちながら居合拳を放ち、Xの逃走方向を矯正しているのだ。無茶をすればそれに逆らえるが、そうすると今度も先ほどと同じ必殺が飛んでくるのは想像に難くない。

 故に今はただただ素直に逃げながら策を考え出さねばならないのだ。

 だがそう簡単に起死回生の一手等浮かぶわけがない。

 

 「(うーんこのままじゃ罠に追い込まれるのは目に見えてるし……)」

 

 いいかげん罠にいつか追い込まれるだけの追いかけっこにXは飽きていた。

 

 「右手に気、左手に…… 危な!」

 

 突破するためにXは先ほど見取った技を実験するがそれには大きな問題がはらんでいる。

 

 「ま、いいか。後は野となれ山となれ」

 

 だがXは目の前に発生した結界と複数の魔法使いを見て覚悟を決めざるを得なくなった。

 

 「気と、魔力を!……合、成」

 

 Xは気が遠くなるが、それを行う。

 

 「まさか!」

 

 高畑はそれに気づき居合拳を叩き込んだが、それによって防がれた。

 

 「……咸卦法」

 

 Xはまるで爆発したような衝撃を残しその場から消滅した。何が起きたか魔法使いたちが混乱する中、高畑だけは逃げられたと感じていた。

 

 「今まで、おちょくられてただけ? それとも……」

 

 だがそれでも高畑は怪盗Xの捜索を日が上るまで続けることを指示した。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 朝靄の森の中で彼は倒れていた。人気の無い森の中、魔力を使いはたし倒れていた。故に気がつかなかった。褐色の肌をし、口元をスカーフで隠した青年がゆっくりと、その怪盗Xへ近づいていくのを。



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第23話:後始末は主催者の仕事だよね【悩】

今話の後半部分がががが



 「それでは今回の麻帆良祭初日深夜に発生した怪盗X侵入の件について報告させて頂きます」

 

 麻帆良祭を終えた翌日の早朝、学園長室にてまとめられた情報の報告が行われようとしていた。それを行うのは源しずなである。学園長は一欠伸をするとしずなに準備は出来たとばかりに目配せをした。

 

 「……よろしいですか」

 「うむ、頼むしずな君」

 

 連日の怪盗Xに関する情報のやり取りが続いていたのが原因か、近右衛門は若干疲労の色を見せながらも報告を聞き漏らさぬよう姿勢を正した。

 

 「先日報告したとおり『怪盗X』の捕縛には失敗、その後の足取りはつかめ無いままとなっております」

 「ふむ、やはりこれは大きな問題じゃのう。犯罪者に良い様にやられたとあっては今後の外部との関係に影を落としかねん。大々的に警備について見直す必要があるのう」

 

 報告を受けたのは麻帆良祭でおきた秘匿されている大事件、『怪盗X襲撃事件』についてであった。

 

 「人的被害に関しては、一番の重症が生徒である桜咲刹那さんの全治二週間程度の打撲、他は怪盗X捕縛の際に魔法教師と臨時職員の二名が軽傷を負った程度ですんでおります」

 「人的被害は軽微であると言えるのは幸いじゃが、逆に怪盗Xがその程度の手出しで逃走できてしまっておるということが問題じゃの」

 

 近右衛門の指摘にしずなの顔も歪む。怪盗Xが素直に逃走してくれたから良いもののそうでなければどれほどの被害になるか、と考えただけで恐怖した。

 

 「ふぉふぉふぉ、今この場で論じることではなかったの」

 「っ! 失礼しました。次の会議の際に主題とさせていただきます」

 

 しずなは恐縮するが近右衛門はふぉふぉふぉと笑い声を暢気にあげて気にせずといった雰囲気を出した。

 

 「次にですが……エヴァンジェリンさんについて処分を求める声が上がっております」

 「ふむ……やはりあの結界の件じゃろうかの」

 

 しずなの言葉に眼光鋭い表情へと切り替えた。

 

 「はい。エヴァンジェリンさんが張った結界によって刹那さんへの援護が間に合わず負傷させることになったと言われても、状況としては否定できません。また、過去に起きた侵入者騒ぎの際に手引きを行ったのではないかという疑いがもたれていたままと言うのも影響しております」

 

 しずなの説明に近右衛門は唸って視線を落として思案する。

 

 「あ~、あれはわしの依頼の真意を勘違いした結果じゃと一応先日説明はしたのじゃが、やっぱガンドルフィーニ君あたりが、かの?」

 「確かにその通りですが高畑先生も……詳しい説明を求めてきております」

 

 しずなは若干言いづらそうにしながら言葉を濁す。

 

 「また高畑先生は直接学園長に確認したい事項があるとの事ですので、その際は誠意を持った対応をなされるべきかと」

 

 真剣な表情でしずなに言い切られ近右衛門は二の句をつげない。

 

 「学園長?」

 「ふぉ、ふぉふぉふぉ、エヴァに関しては怪盗Xの逃走を防ぐためやむを得なかったものであるとわしは判断する。以後のエヴァへの追及は硬く禁ずる……何度も言っておるのだが?」

 「ですがそれでは」

 「文句はわしに直接言うように通達しといてくれんかの」

 

 近右衛門は好々爺然とした雰囲気を出しながらも、ぴしゃりと言い切りエヴァンジェリンへの余計な口出しをさせないように手を回す。

 

 「それではそのように致します」

 

 しずなは次の資料に視線を向けると僅かに表情を曇らせた。

 

 「ん? 何か問題でも発生しておるのかの」

 

 近右衛門はその僅かな表情の変化を感じ取り、宜しくない案件について予想を立てだす。

 

 「葛葉先生の件について報告が有ります」

 「ほう、彼女を見つけることが出来た。ということかの?」

 

 しずなの言葉に近右衛門の表情が引き締まる。

 怪盗Xにその姿を使われていた葛葉刀子は麻帆良祭の間中消息が不明になっていたのだ。教師の中でも最悪の予想がされる中、消息に関する何かがあったのかと察したのだ。

 

 「……現在自宅にて療養するための長期休暇を申請しております」

 

 結論からの言葉ではあったが最悪は避けられたのだと近右衛門は緊張を解く。

 

 「大事無いならば重畳じゃ。じゃが何か精神に多大な負担があったのじゃろう?」

 「はい。肉体的負傷は皆無……ですが非常に耐え難い目にあったためか誰にも会いたくないと伝えてきたきりのためあまり深く聞き取りは行っておりません」

 

 この言葉に近右衛門は表情を固くする。

 

 「なるほどのう。しからばしばらく休ませることにしよう」

 「ありがとうございます。私は僅かに聞き及びましたが、同じ目に会ったとして耐えられるか分かりません」

 

 近右衛門の決定にしずなも賛成を示した。

 

 「ふぉ? 何か知っているのならば報告をしてくれぬかの?」

 

 この言葉にしずなは戸惑いの表情を見せる。

 

 「あの、その、コレばかりは本人の了解が。まだ知っている人もほとんどいないので」

 「これはわしの決定じゃ。速やかに報告を上げてくれぬか? 次の会議にて報告としてあげてもらう」

 

 近右衛門のいつもどおりの独断に逆らえず、どうしようもないとしずなは「はぁ」とため息をつきつつ心の中で刀子へ謝罪をした。

 

 「ちょ、ちょっとー!」

 

 だが報告を行おうとした直後慌てるような叫び声が二人の耳に入り二人の意識がそちらに向かった。

 やがて遠くから廊下を駆ける音とともに焦りを感じさせる声が響いてくる。

 そしてその音は学園長室の前まで来ると、

 

 「おじーちゃん!」

 「ちょっと、このかぁ……」

 

 普段の雰囲気を大きく変えた少女と、それをどう止めればいいのかわからずに額を汗をにじませながら焦る少女、近衛木乃香と神楽坂明日菜が扉を跳ね開け飛び込んできた。

 

 「ふぉふぉふぉ、突然どうしたのじゃこのか」

 

 学園長室に飛び込んできた木乃香は普段ののんびりとした雰囲気を大きく変え、焦りともどかしさ、不安を混ぜた鬼気迫る表情で近右衛門をにらみつけ、

 

 「せっちゃんがどこに行ったんか知ってる!!??」

 

 力強く問い詰めた。

 

 「ふむ、詳しく説明をしてほしいのう」

 

 近右衛門は特に焦る様子もなく説明を求め、木乃香もそれに従わんと荒げていた息を整えだした。

 

 「これがあったんや」

 

 そういって木乃香が差し出したのは封の空けられたシンプルな一通の手紙。

 

 「せっちゃんからの……」

 

 それだけ言うと木乃香は近右衛門のもとまで歩きただ黙ってその手紙を差し出した。

 近右衛門は「ふむ」とうなづくとそれを受け取るとさらりと視線を走らす。

 

 

 まずは直接会わずに手紙の上での挨拶のみになることへの謝罪から始まった。 

 

 

 続いて自らのことを思っていてくれていたことへの感謝。

 

 

 護衛でありながら、発生した危機に二度も対応しきれなかったことへの謝罪。

 

 

 己の身の未熟の謝罪。

 

 

 護衛から退くことへの謝罪。

 

 

 そして、

 

 

 

 己を集中して鍛えなおすために木乃香の前から姿を消すことへの深い深い謝罪が書かれていた。

 

 

 

 「なるほどのう」

 

 近右衛門は髭をいじりながら何かを考えこんだ。

 

 「龍宮さんは何も知らへんゆーてた。せやからあとはおじーちゃんしか知ってる人は」

 「このかや、『魔法』に関しては刹那君からある程度は知っておるじゃろう?」

 

 近右衛門が遮るように発した言葉に木乃香は頷きで返した。

 

 「うむ、知っての通りこのかの立場は一般人と同じではないのじゃよ。故にどのような形であれ護衛と言うものが必要になるのじゃ」

 

 ここまでは木乃香も理解していた。そして近右衛門は木乃香がちゃんと理解できいるのか探るような雰囲気を持たせている。

 

 「じゃがのう、どのような形の護衛であっても……役を果たす必要があるのじゃ」

 

 近右衛門の強い口調に木乃香は緊張感に包まれた。

 

 「刹那君には悪いが護衛であるからこそ、関係の宜しくない組織に所属しておりながら麻帆良へ来ることを許されておったのじゃ。じゃが当初は西からのスパイではないかと疑う声も大きかった。もっとも、まじめで素直じゃったから今ではそのような声を上げる者は皆無じゃがの」

 

 近右衛門は軽い口調を挟んだりしているが、それで緊張がほぐれるわけもない。

 

 「そして残念ながら刹那君は二度も不覚を取った。このかの前に立つ侵入者と相対し、このかを逃がすことも出来ずに敗北したのじゃ」

 「せやけど!」

 「もしわしが許したとしても、刹那君は西から派遣されておるのじゃよ。あちらが許さねばどうしようもないということじゃ」

 

 この言葉に木乃香は泣きそうなほどに表情を曇らす。

 

 「刹那君もただ素直にこのかと離れるのをよしとしたわけではない。わしはこのまま護衛をやめてこのかの友として残ってくれても構わぬのじゃが……彼女にも受けている恩がある。それを仇で返すわけにはいかんかったのじゃろう」

 

 その言葉に木乃香は疑問符を浮かべる。

 

 「関西呪術協会の長からの好意によって、親のいない刹那君もここまで立派に育つことが出来たのじゃ。理解しているからこそ蔑ろには出来ないからの」

 

 この説明でようやく木乃香は理解した。

 

 「父様……」

 「詠春としてはこの地で普通に暮らすことを見込んでいたのかもしれんが、刹那君は生真面目じゃからのう」

 

 ふぉふぉふぉと笑い声を上げる近右衛門に木乃香も付き合うように乾いた笑いを漏らす。

 

 「それにより、このたび刹那君がこの地を離れることになった」

 

 長い長い前置きが終わり単刀直入に説明を始めた。

 

 「護衛としての本分が果たせなかった己を鍛え直すためにのう。刹那君の立場としてこれは拒否出来ぬ。仕方のないことなのじゃよ」

 

 近右衛門の言葉にまた一段と木乃香の顔が暗くなる。

 

 「そしてこれは刹那君も望んでいることじゃ」

 「え!?」

 

 そして次に発した近右衛門の言葉は木乃香にとって予想外の物であった。

 

 「今までの立場から護衛の任を解かれたとしても、そのままこのかのそばにいることを快く思わぬ者も多い。故にじゃ、少なくとも先日と同等の敵にかなうほどの実力を身につけねば、このかに少なからず不利益を与えることを刹那君は理解しておる、してしまっておるのじゃ。その意志を無碍にせぬためにも、その時が来るまで刹那君の居場所をこのかに教えるわけにはいかぬ……力のないものが踏み込めるものでは無いのじゃよ」

 

 この説明に、木乃香は己の立場を深く呪った。

 

 「……せっちゃんは、また帰ってこれるん?」

 「勿論可能じゃ。が、少なくとも大きな力をつけたことを刹那君が示さねばならんがの」

 

 戻ってこれると聞いたことで木乃香も若干気が楽になった。だが、木乃香は考え込んだ。これで本当にいいのかと。

 

 「刹那君が再び護衛に復帰できるかは分からぬ。代わりの護衛が来るまではこのかには少々不自由することに」

 「おじーちゃん! 私に、魔法を教えて!!」

 

 木乃香は言葉を遮るように言い放った。

 

 「ふぉ? 魔法を?」

 「せや。うち、もうせっちゃんばっかりが傷つくんは嫌や。せっちゃんが帰ってきたときに、いつでも、どんなときにも一緒にいられるようになりたい! せやから……魔法を教えて!」

 

 木乃香の必死の叫びに近右衛門は言葉を発さず静かに見つめる。

 

 「このか……いや、近衛木乃香よ。それは本気で言っておるのかの?」

 

 近右衛門の発した言葉には今までにない重みを纏わせていた。

 その突然の豹変ぶりに木乃香は言葉を発するのに戸惑いを見せる。

 

 「やはり刹那君の説明では不足だったのかのう」

 

 大きく溜息を吐くと鋭い目つきで木乃香を射抜く。

 

 「そんなことあらへ」

 「魔法とは常識では考えられぬ大きな力を持っておるのじゃ。軽い気持ちで手を出しても不幸になるのが目に見える」

 

 近右衛門は突き放すように厳しく諭さんとした。

 

 「せやからうちは魔法を教えてほしい! そこに、せっちゃんはおるから! もう、待ってるだけは、せっちゃんが傷つくのを見ているだけなんは……嫌や!」

 

 しかし木乃香は己の意見を、まったく説得しようとせずに言い放つことだけをした。わがままを言うだけの子供と変わらない身勝手さであった。近右衛門はふうと溜息を吐く。

 

 「それに、ちょっと早くなっただけでうちはそのうち教えられるんやろ?」

 

 木乃香は近右衛門に笑顔でそう言い放った。それを聞いた瞬間近右衛門は数瞬固まる。

 

 「ふぉふぉふぉ、何のことやら。じゃが可愛い孫のおねだりは聞いたほうが良いかの」

 「お願いやー。おじーちゃんだいすきやー」

 

 木乃香の言葉を誤魔化すような突然の近右衛門の軟化と、それにあわせるように棒読みで白々しい会話が行われた。

 

 「刹那君の居場所に関しては、今はまだ秘密じゃが魔法に関しては手配しておこう」

 「……やっぱり教えてはくれへんの?」

 

 木乃香の言葉に近右衛門は再度怪しい笑みを浮かべ、

 

 「実力がついたと判断したときには教えるからの」

 

 そう言うとぶつぶつと「瀬流彦君かシスター・シャークティが適任かの」と呟いた。

 

 「あー、このか? えっと、つまりどうなったの」

 

 既に何度目かの置いてけぼりを食らう嵌めになった明日菜が一段落ついたのを見計らい木乃香に話しかける。

 

 「あーアスナ。うち、魔法を教えてもらうことになったんよ」

 「え!? あれって、すっごく危ないって桜咲さんは言ってたよね?」

 「せやなー」

 

 明日菜は木乃香に不安そうな表情で確認するが、答えは肯定であった。

 

 「それでもな、せっちゃんと一緒にいるには、知らなあかんみたいなんよ」

 「それって……」

 

 木乃香が既に覚悟を決めているのを理解した明日菜は頭を抱えて考え込む。

 

 「むぅ……あーもう!」

 「ひょ? なんじゃ?」

 

 明日菜の奇声に学園長は驚きの声を上げる。

 

 「学園長! 私にもそれ教えて下さい!」

 「な、何でじゃ!?」

 

 明日菜の導き出した答えに見当がつかず、近右衛門はつい素のままで聞き返していた。

 

 「このかが危ない世界に足を踏み入れるってのに、友達をほうっておいて私だけがのほほんとしていられないっての!」

 

 明日菜の答えは全く理にかなってない感情的なものである。

 

 「しかしのうアスナ君」

 「ごちゃごちゃ言ったって私はもう決めたんだから今更心変わりしないって!」

 

 高らかな宣言に近右衛門は何を言っても変わらないだろうと、溜息と同時に納得するように頷いた。

 

 「で、どうなの!?」

 「ふぉふぉふぉ、覚悟は決まっているようじゃしアスナ君の自由意志を尊重しよう」

 

 この宣言にしずなが一番、驚きをあらわにした。木乃香への長々とした渋りようから一転してあっさり認めたからだ。

 

 「詳しい話は」

 「学園長!!」

 

 話がまとまった直後、男性の叫び声が学園長室の入り口から轟いた。

 

 「た、高畑先生!?」

 

 その登場に一番驚いたのは明日菜であった。

 

 「ふぉふぉふぉ、何か用事かの?」

 

 明らかに怒りと焦りを混ぜた表情で近右衛門に詰め寄らんとする高畑に涼しい表情で声をかけていた。その態度に苦虫を噛み潰したように顔をゆがめて明日菜と木乃香に視線を向けるがすぐに正面に戻す。

 

 「話は後日にするからアスナ君とこのかは今は下がっておいてくれぬか?」

 

 分かり易すぎるただならぬ雰囲気の中、近右衛門の言葉によってしぶしぶではあるが二人とも学園長室を後にする。

 

 「……おじーちゃんは悪人やなー」

 

 木乃香の言葉に近右衛門は作った笑顔で返す。そして二人は部屋を去っていった。

 

 「一体何故! アスナ君の件は本気ですか!?」

 「勿論じゃ。おっとしずな君、すまぬがしばし下がっておいてほしいの」

 

 明らかに重要な話題であると気づくしずなであったが、この二人に逆らうことなどできるはずがない。

 

 「しずなさん、すみませんが学園長と二人きりで話したいので、席をはずしてくれませんか?」

 

 穏やかな口調ではあったがそこには明らかに拒否を許さぬ迫力が秘められていた。

 

 「……わかりました。学園長、続きは後ほど」

 

 元から従うしか出来ないしずなはそのまま下がり学園長室には近右衛門と高畑のみが残された。

 

 「ちゃんと説明を」

 「アスナ君の体質は、何よりも君が知っておるじゃろう」

 

 近右衛門を攻め立てようとした高畑だが、返された言葉にはっと気がつく。

 

 「もとよりこのかが魔法に関わらず暮らすのは不可能なのじゃよ。此度の事件は丁度良いきっかけじゃ。じゃがそれにアスナ君が関わってしまったのはわしのミスと言える」

 

 滔滔と説く近右衛門を高畑はただ黙って睨み付け続ける。

 

 「そしてアスナ君の魔法無効化能力のせいで、記憶の操作には一から全てを封印する必要が出てくることは、既に過去に導き出されておる。それは、今の彼女を殺すことと同義じゃろう? 魔法へ関わらせないようにするのは、既に不可能じゃよ。それに、高畑君もいつかこうなると薄々予想しておったじゃろう。わしがアスナ君をこのかのルームメイトにしたのに反対しなかったのが良い証拠じゃ」

 

 近右衛門の言葉を聞いて、既に起きてしまったことへは何も出来ないのだと悟ってしまった。

 

 「さて、わしの責任を追及するのも良いが、それより二人への教育が重要じゃとは思わぬかね? 特にアスナ君への教育は、そんじょそこらの魔法教師に任せるわけには」

 「もう良いです黙ってください。アスナ君への教導は、僕が行います」

 

 近右衛門へ余りにも辛らつな言葉を、高畑は投げつけた。

 

 「ふむ、大丈夫かの? 教師としての仕事、『悠久の風』としての活動など、高畑君は多忙を極めて」

 「全て遣り通しますよ。だから、彼女への横槍は、絶対にしないで下さい。勿論援助はしてもらいますがね」

 

 そう言うとすぐに高畑は踵を返した。

 

 「何か言いたいことがあったのじゃないかね?」

 

 この言葉には答えず高畑は黙って学園長室から出て行く。

 

 「どんな目的があるのか知らないけど、仁義を忘れた行いが過ぎるなら。いつか報いがある」

 

 そう言葉を残して扉を叩きつけるように閉めていった。

 

 「ふむ、完全に怒り心頭、と言ったところかの」

 

 近右衛門は高畑の様子をそう評した。

 

 「このかの気付きには少し驚かされたが、怪盗Xを含めて完全にプランどおりじゃの。このまま行くならばスペアは使い潰してもかまわぬか……と、それは別としてしずな君の報告が残っておったのう」

 

 近右衛門は今後の予定を考えつつ麻帆良祭の後始末への対応へと頭を切り替えていった。




 「して刀子君はなにがあったのじゃ?」
 「……麻帆良祭の間中、魔法少女プリティ・ブレードとして活動していたようです」
 「は?」
 「魔法少女の名に違わない衣装を纏って太刀を片手に魔法関係者の目に付かないように歌って踊って飛び回っていたそうです」
 「……なるほどのう。目撃者の記憶操作は。やはり不可能かのう」
 「目撃者は数千人単位です。実質不可能です」
 「……強く立ち直ってくれるとよいのじゃが」
 「こればかりはどうにも言えません。幸い、魔法関係者以外には本人であるとは気づかれていませんので」
 「……彼女にはゆっくり養生するよう伝えておいてくれぬか」


 などといった裏話が有ったりしますが色々考えた結果話の流れに合わないと判断してあとがきにネタとしてだけ


最後に投稿遅れすぎた上にこのクオリティ……まだまだ頑張りますのでどうか厳しい批評をお願いします。もだえ苦しみ血反吐は気ながらクオリティ向上の糧にいたします


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第24話:俺が何したって変わらないはず【異】

遅くなりすぎました


 「はい……わかりました。それではこちらで、はいそれでは」

 

 溜息をつきながら一人の男が電話を置いた。疲れた表情で眉間を押さえ苦悩する。立場上悩みの多い彼であるが、今目下の問題を考えて己の浅慮を悔やんでもいた。その人物の名は近衛詠春、関西呪術協会の長である。

 

 「私の判断ミス、そうとしか言えない……ですか」

 

 たった今受けた電話のせいで彼は大きく動揺していた。その電話の相手は彼の義父である近衛近右衛門、内容は麻帆良祭に現れた怪盗Xについて、さらに桜咲刹那の身柄を一時関西へ送るというものである。

 それは端的に言えば「護衛として役立たずと言える体たらくであった為一時的にせよ桜咲刹那を麻帆良から離さざるを得なくなるからどうにかしろ」というものであった。

 その要求は組織人であるから理解できるし口を挟めないものだ、がしかしそれをのむのは刹那と言う少女を苦しめることになるのはいうまでも無いために彼を悩ませている。

 

 「こちらも不穏な空気が蔓延しだしているというのに……」

 

 さらに現在、関西呪術協会内でも天ヶ崎千草を旗頭にした長に対する反対勢力が集まりだしているという話も耳に入っていた。今回の件はその勢力への後押しになりかねないがゆえに余計に気をもむことになっているのだ。

 そのようなことをいくらか考え、ふとある写真が目に飛び込んだ。

 『ぐだぐだむずかしいこと考えたってわからねぇんだ! だったら俺はやりたいようにやる!!』

 そんな声が頭の中に響く。

 それは死亡したと言われている親友の能天気な声。

 

「そう言えば、いつも難しく考えすぎだと言われてましたね」

 

 僅かに笑みをこぼしながら詠春は目をつむり思索する。自らがどうすべきか。否、どうしたいかと。

 目下の問題は関西呪術協会に表面化してきた反魔法協会派、その筆頭の天ヶ崎千草である。しかしそれ以外の問題は今は考慮する必要も無いと言える非常にシンプルな状況でもあった。

 

 「ははは、なんてざまでしょうか。こんな姿をもしナギやラカンに見られたら笑われるばかりでしょうね」

 

 そう呟くと天井を仰ぎ過去に思いを馳せる。

 よくよく思い出してみれば詠春自身も武者修行として魔法世界に行って、『紅き翼』の一員となって好き勝手していたのだ。それを思い出すと実に頭でっかちになったものだと自身を見つめなおす。そして、剣を振るうことばかり考えていた自分にそうそう難しいことが何でもできるわけがない。と、ある意味開き直ってしまった。彼もバカの集団紅き翼の一翼なのである。

 

 「さて、やることは意外と多いですね」

 

 決意を固めた詠春は一振りの野太刀を掴み外へと向かう。その間に、これからすることを頭の中でまとめていった。

 

 「(まずは刹那君のことですね。彼女がこれからどうするか直接話す必要が有りますが、西に戻るなら反発の声を抑えるように……否、失くすように手を回し、またこのかの元へ戻ってくれるなら義父へなんとしても受け入れてくれるよう頼みましょう)」

 

 まず真っ先に気にかかっていた娘の友人である刹那のことに結論をつける。

 そして外に出た詠春は野太刀を構え、全力に横薙ぎに振るった。

 いまだ現役でも通じそうな迫力を持っていたが本人はまったく納得はしていないようで顔をしかめている。

 そして上段に構えると何度か剣を振るいつつ再び思考を始めた。

 

 「(義父から聞いた今回の事件の顛末……怪盗Xを捨て置いたのは私の大きな失敗ですね)」

 

 しばらくして詠春は剣を振るうのを止めそれを掲げ、

 

 「怪盗X、私の娘とその友人を害したケジメ、必ず付けさせましょう」

 

 自らの剣に誓った。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「学園長め、一体、何を考えているんだ」

 

 人気の無いうらぶれた喫茶店。その中のさらに奥まった隅で、吸殻の山と書類の海を眺めつつ煙草をふかして高畑は一人ごちていた。

 彼がこんなところで書類と戯れているのには理由がある。麻帆良祭で起きた怪盗Xによる事件によって引き起こされた魔法について知らない二人の生徒への魔法バレ、それへの対応と説明を近右衛門様の物と表向きの物の二つを作らされているからである。

 そしてそれは近右衛門へ出すものは他の人に見られるわけにも行かないために、主に明日菜のためにわざわざ学校からはなれてさらに人気の無い店を選んで作業を行っているのだ。ちなみに、自分の部屋でこの作業を行わないのは、殺風景な自分の部屋で作業を行ってもイライラがたまりすぎて作業効率が落ちるからである。そしてコーヒー一杯で長々と居座られる迷惑は考えてはいなかった。

 

 「(学園長は一体何を考えているのやら)」

 

 高畑は天井を仰ぎながら本日何度目か分からないほど繰り返したことを考える。

 今回の事件で近右衛門に責任問題などの様々なマイナスの要素が襲ったはずなのだ。しかしそれであってもそれに対して当然のことであると、むしろ嬉々として対応しているように高畑には見えたのだ。どう見ても悪いことしか起こっていないはずなのにだ。

 

 「(やはりどう考えても何かが進行している。学園長の利益になることが)」

 

 そして今までも繰り返した同じ思考に行き着き、そして止まる。ここから先がいくら考えても今の高畑にはたどり着けない。情報が足りず、さらにかの老獪なぬらりひょんが隠していることなのだ。一介の戦闘屋でしかない高畑ではやはりこの先には踏み込めないのだ。

 こうして気分転換の思考遊びを終えた高畑は、喫茶店でまとめた明日菜と木乃香の育成方針に再び目を向ける。

 

 「(アスナ君は魔法より気の運用による前衛の動きを教えていくべきですかね。今は忘れさせていますが、咸卦法も簡単に覚えていたんだから。それに魔法は、ナギさんみたいに禄に覚えられそうにないし)」

 

 気がつくと高畑は苦笑していた。今の明日菜の学力を考えると呪文を覚えさせるのは一苦労しそうだと。それよりも身体を動かしたり感覚である程度どうにかなる気の運用に絞って教えたほうが明日菜のためになると。そしてあんちょこを見ながらしどろもどろで魔法を使う明日菜を高畑は幻視してしまい、頭を振って消し去った。

 

 「(反対にこのか君は後衛に適した魔法を教えていくことになりそうかな。僕が教えることはできないからこればかりはただ一案として出すしか出来ないけど)」

 

 そして木乃香の育成に関しては大雑把な一案としてまとめていた。もとより魔法の使えない高畑が魔法使いとしての素質の高い木乃香を教えるのは無駄が多すぎるからだ。しかも此処は日本において魔法使いの一大拠点である。近右衛門の孫の育成にふさわしい人材など近右衛門ならいくらでも用立てることは出来るのだ。

 しかしそれでも、長いこと現場の最前線を駆けた高畑であれば育成方針へのいくらかの助言はできる。大人としても、担任の教師としても一案ぐらいは出しておきたいのだ。

 

 「(やはり回復系と防御系を重点として、魔法の射手だけでも攻撃手段は持たせるべきだ。基本的な魔法であってもこのか君ほどの魔力があれば簡単に大魔法に変わるのだから)」

 

 そして高畑は木乃香に補助系ばかりでなく攻撃魔法を教えるという一案を持っていた。これはいざという時にただ無抵抗で耐えるだけではなく、油断をしたら反撃もありえるという状況に出来たほうがましであると高踏んでいるからである。しないとできないは大違いなのだ。

 もちろんコレにも若干のデメリットはある。木乃香が基本でも大魔法に匹敵する攻撃魔法が使えるとなると、場合によってはより強行で残酷な無力化を行ってくる可能性があるのだ。

 しかしそこまでいくと心配しすぎでもある。逆に木乃香を襲う下手人がいたならばその攻撃をどうにかする一手間が必要になりそれを問題ないとする下手人が出た時点で既に手遅れでもあるのだ。

 こうして高畑は戦闘屋として二人の育成方針を考えていく。

 そしてふと麻帆良から離れた刹那について思いを馳せ、己の教師としての不甲斐なさに溜息を吐いた。

 

 「(教師としてとか考えてたけど、生徒一人を失っているに等しい。教師なんて既に失格してるじゃないか)」

 

 高畑は近右衛門から聞いた話でしか刹那が麻帆良から離れた理由を知らない。しかしそれが自分が相談に乗って上げられるほどの信頼を取れていなかった証左のように感じ、麻帆良祭から堕ちた気持ちをよりいっそう落とさせた。

 何度か溜息を繰り返し気持ちを切り替えようと、室温と同じになって久しいコーヒーに口をつけ、非常に珍しい知り合いが喫茶店に入ってくるのが目に入った。

 

 「エヴァ?」

 

 エヴァンジェリンである。

 

 「あ? なんだタカミチか。こんなしけた喫茶店で何してるんだ?」

 「麻帆良祭での残業だよ。それよりエヴァこそ一人でこんなところに珍しい。常連?」

 「貴様は何を言ってるんだ? こんなしけた喫茶店の常連になんぞなるか!……ただの気分転換だよ」

 

 高畑の言葉にエヴァンジェリンはどこかいらだつような、しかしそれをぶつけまいとした複雑な様子で忌々しそうに舌打ちし、そのまま喫茶店を出て行こうかと踵を返す。

 

 「茶々丸君と何かあったのかい?」

 

 高畑が何気ないつもりで発した言葉にエヴァンジェリンはこの上なく激しい反応を示した。そして視線を高畑へ向ける。人をも殺せそうな視線を。

 

 「……本当に何があったんだエヴァ?」

 「ちっ……超とハカセのところにいるだけだ。貴様にあたることなど何も起きてはいない」

 

 そういうとエヴァンジェリンは高畑の席まで行くと散らばる書類の一つを素早く掻っ攫い軽く目を通す。

 その素早すぎる動きに高畑は咄嗟に反応し損ねた。

 

 「はっ! あの二人の今後の育成に関してか。高畑・T・タカミチの教えを受けられるとは贅沢だな?」

 「……何が言いたいんですか?」

 「さてな、特に何も」

 

 エヴァンジェリンはそう言うと店員に紅茶とケーキのセットを注文し高畑の正面の席に着く。

 

 「結局魔法に関わらすならさっさとしておけばよかったものを」

 「それでも! 僕はアスナ君には少しでも長く普通の生活を送って欲しかったんだ!」

 

 この言葉にエヴァンジェリンはただ硬直した。そっちのことであることに驚いたのだ。

 

 「……なるほどな」

 「エヴァにも、責任はあるんですよ」

 

 この言葉にエヴァンジェリンは溜息をつく。

 

 「それに関しては全部ジジイに責任がある、と言いたいが私も楽しんでいたことは否定しない」

 

 この反応に高畑は少々疑問符を浮かべた。何が起きているのかエヴァンジェリンは何か知っているかもと考えたのだが様子がおかしいためそれ以上追求できず押し黙った。

 

 「言いたいのはそれだけか?」

 

 そう言うとエヴァは丁度やってきた紅茶とケーキのセットに手をつけ、不満そうな表情に変わりながらそれらを平らげていく。

 高畑とエヴァンジェリンはそのまま会話もせずただただ時が過ぎていくに任せていった。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 遠くに巨大な世界樹、西洋風な町並みが広がる学園都市を憎憎しげに眺めている者がいた。身に纏う衣装は所々血が滲むYシャツ一枚のみ、怪盗Xは麻帆良祭が終わった現在も麻帆良を遠くに眺めることが出来る位置に、着の身着のままで佇んでいた。

 

 「どうしてもこれ以上は進めないか」

 

 そう呟いたXは一歩踏み出そうとして息苦しそうに表情をゆがめた。それと共にすぐに足を引っ込め軽く咳をしながら喉もとに指を這わす。

 

 「コレが呪いかぁ。禁止範囲に入ると徐々に首を絞めていく。そして最後には斬首ってのはたぶん本当なんだろう。やられたなあ」

 

 その呟きは平坦な声色で発せられていたが、それは怒りを飲み込もうと感情を意図的に抑えているからであった。Xは大きな怒りを溜め込んでいるのだ。それもすべてぶつける相手がこの場にいないから仕方がないのである。

 

 「いいよ。ああいいさ。今回は俺の負けだ」

 

 怪盗Xはチャンドラとの邂逅時のことを思い出しながらただただ首元で指先を滑らす。

 

 「俺に首輪をつけて安心したんだろう。俺を良いように使える駒に出来たと、ほくそ笑んでいるんだろう。ああいいさ、今回は俺の負けだ。いいように動かされてやるよ」

 

 そういいながら怪盗Xは麻帆良に背を向ける。

 

 「でもなあ、俺は怪盗Xだ。一度決めたら絶対にやり遂げると決めてるんだ……あんたの首、かならずとってやるよ。近衛近右衛門」

 

 そして首のチョーカーを忌々しく指で引っかきながらその場から去っていった。




本当に遅くなって申し訳有りません
何があっても完結させる気持ちだけは有りますのでどうかお付き合いを

そして前話でお気に入り500突破、喜ばしい限りです


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第25話:俺以外に原因があるはず【恍】

滑り込み!
竜頭蛇尾感がすさまじくなってまいりました


 「近右衛門、首輪の付いたXは麻帆良から遠く離れていったよ」

 

 色黒の肌の青年チャンドラは、二人の人間しかいない学園長室で近右衛門へ淡々と報告を行っていた。

 

 「ふむ、予想以上にあっさりと去っていったのう。麻帆良周囲にてひと悶着あるかもと覚悟はしたのじゃが」

 「何?」

 「ふぉ?」

 

 近右衛門の放った予想外の言葉にチャンドラは疑問の声を上げる。その声に近右衛門もつられ素っ頓狂な声を出す。

 

 「知ってて俺を使ったんじゃないのかよ」

 

 この言葉を聞いて近右衛門はあごに手を当てしばし考え込む。その動きに演技のようなものはチャンドラは感じなかった。それは本気で、近右衛門は今得た情報を整理しているからこそであった。

 

 「この期に及んでより興味深い情報が出るとはのう。まさかチャンドラ君が怪盗Xと顔見知りであるとは夢にも思わんかったわい」

 「俺の記憶を読んだんじゃなかったか?」

 

 近右衛門のそ知らぬ物言いにチャンドラは黙認していた事実を持ち出した。

 

 「魔法なんて俺の常識外の力を使える奴らのトップが、記憶を覗いていないわけが無い。ほんの数ヶ月の付き合いでもそれくらいやる奴だってのは知ってる」

 

 チャンドラは近右衛門が何を隠し、何を目的にいているのか全く読めていない。そして彼はある目的のためにある程度近右衛門の狙いを知りたいのだ。

 

 「当初俺をあっさり受け入れたのもそれをしたからだってのは後で気づいた。そして俺はそれでも構わない。だから」

 「常識的に考えればじゃが」

 

 チャンドラの近右衛門への言葉を途中で遮り言葉を発した。

 

 「組織の長が軽々に外部の者を易々と受け入れるわけにはいかん。じゃが優秀な者であり敵でなければ、引き込みたいと思うのは普通の思考じゃ。故に倫理に反することであっても記憶を覗くやからはおるじゃろう。無論わしはやっておらぬがの」

 

 この期に及んで、とチャンドラは認めようとしない近右衛門の一貫性に、ある種清清しさを覚えた。

 

 「チャンドラ君のように考えても仕方が無い。そして一つ教授しよう。記憶を除く魔法は確かにあるがせいぜいがたった今頭に浮かんだこと程度じゃ。人の記憶全てを読み取るには相応の大儀式が必要なのじゃよ。いざという時の参考にしなさい。聞きたいことは無いかの?」

 

 チャンドラの質問は否定した上で無理やり話題にけりを付けられる形になった。チャンドラも一つ溜息をつきこれ以上の詮索を諦める。麻帆良最悪のぬらりひょんには弱みを持った状態では勝ちようが無い。

 

 「報告は十分じゃ、これからも引き続き高音君たちとチームを組んでおいてくれ」

 

 せめて近右衛門の痛いところを捕まえねば引き分けることすら出来ないのだ。

 チャンドラは大人しく学園長室を去る。

 

 「結局知ってたかどうかは答えてはくれないか」

 

 シックスの下で動いてた彼だからこその踏み込み方への躊躇と見極めは普通ではない。そして危険への知覚もすぐれている。 

 

 「(同じ間違いはしない。今度こそ、手遅れにはしない)」

 

 彼は自らの思いを内に秘めつつ表向きの仕事へと戻っていった。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「一体、何が起きてるネ。わけが分からないヨ。こんなのどう対応すればイイ?」

 

 たった一人で机に突っ伏しつつ、超は頭を抱えていた。その場所は彼女の根城のラボ。そして相方の葉加瀬は研究室にたった一人こもりっきりになってここにはいなかった。

 

 「まだネギ・スプリングフィールドは麻帆良に来てさえいない。なのにどうして神楽坂明日菜が魔法に関わっていル? 近衛木乃香が魔法を学び始めル? 私のせいだとしても……わけが分からないヨ」

 

 麻帆良祭終了から彼女はずっと考え込み、計画書をいくつか破棄、変更、再立案、そして破棄を繰り返していた。疲労はかなりの物になっていた。

 

 「その上麻帆良祭から茶々丸が……やっぱり、私は、無能なのカ? 未来の知識なんて、クソの役にも、立ちはしないのカ……」

 

 彼女の焦りも当然であろう。正史であればネギ・スプリングフィールドによって明日菜と木乃香の二人は魔法に関わっていきそして絆を深め、やがてはネギを英雄へと至らせる重要な一ピースとなったはずなのだ。今のままではそこに至るかかなり危ういように見える。超の焦りも当然であろう。

 

 「キョージュを引き込む策も思いつかなイ。キョージュの目的がはっきりしなイ。無い無いづくしじゃないカ」

 

 何度目かになる現状の確認を口に出しつつも、未だに有効的な代案は生まれてはいなかった。

 

 「ふう、君ほど優秀な脳の持ち主が何を悩んでいるのだね」

 

 思考の渦の中にいる超であったが突然かけられた声にハッとして顔を上げる。

 そこにいたのは数多の謎を持つ要注意人物である英輔であった。超は笑顔を作って英輔に向き直る。

 

 「突然何用ネ? 乙女の部屋に声もかけずに入り込むなんて」

 「ノックもしたしハカセの許可ももらっているが気づいてなかったか。それに君は以前私に自由に立ち入る許可を与えていたと記憶しているのだが?」

 

 この言葉にも超は笑顔を崩すことなく、フムと考え込むようアゴに手を当て、

 

 「状況によるネ。乙女のあられもない姿を見せたくは無かっただけヨ」

 「確かにあの姿は誰にも見せたことは無いものだったな」

 

 そう言って互いにフフフ、クククと笑いあった。

 

 「戯言はコレくらいにしておくネ。ようこそキョージュ。久しぶりネ。今日は一体何用カ?」

 「特に用事は無いんだが。しいて言うなら君達のプランのダメージの確認でもと」

 

 英輔の放った言葉に超は一瞬ビクリと反応を示した。

 

 「フムフムなるほど。キョージュは私達のために態々足を運んでくれたのカ」

 「ククク、少し気になることもあるからその確認だ」

 

 超は軽口を交えているが英輔はそれを軽く流した。

 

 「……申し訳ないが今はキョージュに話せることは無いネ。隠し事をすべて話して協力してくれるなら歓迎するガ」

 「君達がそうしてくれるなら場合によっては対価として一考に値するのだが」

 

 言い終わった超と英輔は互いに視線をぶつけ合う。

 

 「だから戯言はもう飽き飽きネ。本題は何カ?」

 「……茶々丸の様子はどうなっている?」

 

 この言葉に超は苦い表情に変わった。

 

 「医者には守秘義務があるヨ」

 「何を隠そう私は医者だ。医者同士患者の治療に意見を出し合うのは問題にはなるまい」

 

 突然の物言いに超はそれこそ驚愕に包まれた。どう聞いても冗談にしか聞こえない物言いに超は明らかに驚きの表情を見せる。

 

 「キョージュ、一体どうしタ。いつものキョージュらしくないヨ?」

 

 そう、英輔の言動が明らかにおかしいのだ。どう見ても英輔は茶々丸の現状を把握しようと動いている。

 超はそこまでは分かってもその理由までは思い至らない。故に英輔の行動は異様なものにしか見えないのだ。

 

 「……多少話をしてみるとイイネ。それくらいは構わないヨ」

 

 しかし超はこれが英輔を理解する糸口になる可能性を考慮して許可を出した。英輔の言葉にたいした起伏は感じられないが明らかに焦りを思わせる行動を見せたからである。

 許可を出した超はさらに奥まった研究室へ英輔を案内する。

 その部屋で葉加瀬はモニターの前を考え込みながらウロウロしていた。

 

 「……超さん、何かひらめきが、ってキョージュ! まさか超さんついに」

 「残念ながらキョージュはまだ部外者ネ」

 

 その言葉に葉加瀬は僅かに残念そうにしながら疑問符を浮かべる。

 

 「でもここの立ち入りは」

 「ただの面会ヨ」

 

 そう言って超は英輔を奥へと案内する。そしてその先の作業台に横になる茶々丸の元へ英輔を導いた。

 その作業台の上で茶々丸はその後頭部や胴体までも開け放たれておりメカメカしさが前面に出ていた。

 

 「……あ、春川さん」

 「茶々丸君、加減はどうかね?」

 

 意識はあるようで茶々丸は横目で英輔の存在を認識し悲しそうな声色で反応を示した。

 

 

 「ただいまメンテナンス中でして、お構いできず申し訳有りません」

 「気にする必要は無い。分かっていて私が押しかけたのだから」

 

 英輔はまるで普段と変わらないように話しかける。

 

 「そういえば最近はすれ違うことも無かったな」

 「春川さんと会うのはラボばかりであると記憶しています」

 

 その言葉を聞くと安心させるつもりの怪しい笑みを英輔は向ける。

 

 「あまり長話もよくないな。メンテナンスが終わればまたここでお茶でも入れて欲しいものだ。君の入れるお茶は常に変わらず私好みのものだから気に入っている」

 「ありがとうございます。メンテナンスが終わればまたかなら」

 

 そして突然茶々丸は会話を止めた。

 

 「ハカセ!」

 「やってます!……やはりモニターには何の変化も見られません! 茶々丸は現在ただ黙っている状態です!」

 「っ! キョージュ! 茶々丸に何かしてくれないカ!?」

 

 まくし立てるように超は英輔に指示を出す。指示された方も超の剣幕に押されるようにそのまま茶々丸の頭を何度か撫でる。

 

 「反応皆無! やはり黙ったままと表示されます!」

 「他のモニターは!?」

 「変化なし! 異常は観測されません!」

 

 葉加瀬と超の剣幕を、英輔は納まるまで黙って見続けるしか出来なかった。

 そしてその剣幕は、数分後に茶々丸が声を発するまで収まることは無かった。その後三人ともがその部屋から出て、隣の部屋にて茶々丸の病状を話し合うことになった。

 

 「いつからだ」

 

 最初に言葉を発したのは英輔であった。英輔は茶々丸の症状をただ創造しているだけで確証を得ているわけではない。故に英輔はまず状況把握から始める。

 

 「……はっきり症状を自覚したのは五月上旬。ここまで悪化したのは麻帆良祭終了後。それも落っこちるように急激に、突然にネ」

 「そのころのデータも有ります、が役にはたちませんよ」

 「……原因に心当たりは?」

 

 二人の言葉を聞いた英輔は静かに次の質問をした。しかしその声には僅かに震えがあったことに超だけは気づいたが。

 

 「エヴァンジェリンが言うには、怪盗Xを見た直後から身動きをしなくなったそうネ。それ以来突発的に意識喪失と覚醒を繰り返してるヨ。それ以外にはなんとも……」

 「怪盗X……か」

 

 英輔がその名前を呟いたとき、超はその表情をじっとみていた。その表情はまるで特大の異物をみとめたかのようであったため、超は多大に興味を持つことになる。

 

 「キョージュ」

 「二人とも……一週間だ。茶々丸君の治療の道筋を立てる」

 

 超は問いかけようと意を決した時、被せるように英輔は宣言した。その表情はすがすがしく、覚悟を決めた物であることを確信させるものである。

 

 「ふむ、何か思い当たる事でもあったカ?」

 

 超が疑問に思うのも当然であった。以前、超が引き込もうと誘ったときは曖昧な返事で断っている。

 

 「いいや似て非なるものだ。だが」

 「残念ながら関係者以外は立ち入りは御法度ネ。キョージュ、茶々丸を治してくれるならありがたい。でも、共犯者以外にいじらせるわけにはいかないヨ」

 

 超のみせる表情は拒絶を表していた。英輔の異常性は超たちには未だ納得できる結論を得ていないため下手に手を出すわけにはいかないためである。

 

 「……たしかにその通りだな」

 「話が早くて助かるヨ。キョージュは茶々丸の快復を祈ってくれれば十分ネ」

 

 そう言い合うとしばし沈黙が続いた。

 

 「確かに私のことを何も話さずに関わるなど受け入れられまい」

 

 くくくと不気味な笑い声をあげ、

 

 「次此処に来るとき……すべてを語ろう」

 

 すべてを受け入れたすがすがしい顔でそう言いきった。

 



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第26話:こんなふうにする気は無かったんだ【悔】

 「さて、二人とも準備はいいかな?」

 

 草臥れた雰囲気を纏わせた男、高畑が二人の少女、明日菜と木乃香に試すような声で最終確認をしていた。

 場所は魔法関係者のみが知る麻帆良に点在する訓練施設の一つである。

 

 「今日から僕が気の使い方等の基礎を教える。このか君には申し訳ないけど魔法先生の都合がまだ付かないからしばらくは僕が魔法に関しては教えることになる。基礎は学んでるからそこは安心して欲しいかな」

 

 高畑は普段と変わらない笑顔に二人は安心して頷くと共に「はい」と返事をした。そして高畑は持ってきた荷物の中から初心者用の杖を明日菜と木乃香に手渡す。

 

 「まずは初心者のための基本的な呪文をマスターしてもらう。アスナ君もこのか君と一緒にやってみるといい。呪文はプラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)だ」

 

 高畑に促され二人共緊張した面持ちで杖を構える。明日菜は高畑の前であるからこその緊張、そして木乃香は必死な思いであるからこその緊張だ。

 

 「「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)!」」

 

 二人は声を揃えて言われたとおりの呪文詠唱を行う。しかし何も起こらない。

 

 「高畑先生、何もおきひんよ」

 「私も何も……」

 

 その結果に二人共落ち込んだ表情を見せるが、高畑は苦笑しつつ、

 

 「それは仕方が無いんだ。さすがにひさ、最初の一回目では成功はしない。何度も繰り返して徐々に魔力の運用を感じとってようやく成功するもんだからね」

 

 その結果への説明を行った。

 何度も繰り返す、この言葉に木乃香は気を取り直して再び杖を構える。

 

 「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)!」

 

 木乃香の二度目の挑戦も結果は出なかった。それを見て明日菜も同じく杖を構える。

 

 「「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)!」」

 

 再度声を揃えて呪文詠唱を行うがやはり結果は変わらなかった。

 その後も何度も何度も呪文詠唱を行うが結果は同じであり、途中何度か明日菜は休憩を挟みつつも二人共一時間近く詠唱を繰り返した。

 

 「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)!」

 「プラクテ・ビギ、ゲホッゲホ…… 高畑先生、やっぱりできません。えっと、早く上達するコツって無いんで、しょうか」

 

 何度も同じことを繰り返すも結果が出ないことに二人共の表情が焦りの色を帯びる。特に木乃香はそれが顕著であり明日菜の高畑への問いかけに意識を向けつつ詠唱を繰り返す。

 

 「全くの素人が一日二日で出来るものじゃないから仕方が無いんだよ。気分転換を挟みつつ根気良く繰り返すのが結局一番の近道なんだ」

 

 この答えに木乃香は再び詠唱を繰り返す。そして高畑は木刀を手に持った。

 

 「このか君も根を詰めすぎないほうがいい。ほらアスナ君、気分転換に身体を動かしてみよう」

 

 高畑はそういいながら明日菜へ木刀を手渡す。

 

 「アスナ君、自由に打ち込んでみるといい」

 

 この言葉とともに高畑も打ち込みやすいように木刀を持って構える。明日菜は高畑へ打ち込みを行うことを若干躊躇しつつ遠慮がちに打ち込みを始めた。

 その様子を横目に木乃香は詠唱を繰り返す。

 

 「このか君も適度に休憩を入れつつやったほうがいい。アスナ君はもっと思いっきりやって」

 

 二人の様子をちゃんと見つつ高畑は指導を入れる。途中何度か気や魔力を感じるための精神統一などのやり方を教えて身体を休めさせるなどの配慮をし、一時間ほどたったところで高畑は一息つけると二人に視線を向ける。

 

 「今日のところはここまで」

 

 そしてその日の訓練の終了を宣言した。

 身体を動かしていた明日菜は当然のことながらかいていた汗をぬぐい一息つける。そして木乃香も集中し続けていたため額に同じく汗を滲ませていたが高畑へ視線を向ける。

 

 「高畑先生、もう少しだけやらせてほしいんやけど」

 

 すでに喉を枯らせ始めたにも関わらずお願いをした。

 

 「このか君、やりすぎはよくない。このあとは休みなさい」

 

 だが高畑は木乃香の懇願を聞かずに終わりを告げる。硬くした表情での答えに木乃香はもの足りなさそうに、残念そうな表情でしぶしぶ従った。

 

 「このか君が真剣なのは分かるけど身体を休めるのも必要なことだからね」

 「そうだよこのか。うん、一歩一歩やって行こ」

 

 二人の優しい言葉に木乃香は表情を明るくして頷きとりあえずこの場での後片付けを始める。

 

 「それと二人共、魔法の練習だけど、魔法を知っている人が見ていないところで練習するのは禁止する。これは絶対に守るように」 

 

 高畑の言葉に明日菜はうなずくが木乃香はビクリと反応した。

 

 「このか君……これだけは絶対に守って欲しい。学園長からの指示でもあるし、関東魔法協会理事長の指示でもあるんだ。コレを破ると、罰しなくちゃいけない」

 

 この言葉に木乃香は表情を歪めるが高畑も悲しそうな表情で互いに視線を交わす。

 

 「高畑先生、魔法の練習するんには先生に言わへんとあかんの?」

 「そういうことだ。失敗して怪我をするかもしれないし、一般人に見つかったときのフォローも君達ではできないからコレだけは絶対に守ってくれないといけない」

 

 高畑の真剣な表情に木乃香は問答は無意味と悟った。

 

 「せやったら明日はいつ頃なら」

 「残念ながら明日から用事があって、練習を見ることは出来ない」

 

 この言葉に木乃香は「えっ!」と表情をこわばらせる。

 

 「学園長が教師役を決定するまで、魔法先生のなかでは僕が見ることになってるけど、本当に申し訳ないが不定期になりそうなんだ」

 

 この宣言にやはり木乃香は衝撃を受けていた。

 

 「うち、早く魔法使えるようになって、せっちゃんを……」

 「気持ちは分かるけど、焦らずにちゃんとやっていくんだ」

 

 高畑はそういって木乃香を慰めてこの訓練施設を片づけていった。

 しかし高畑も、「魔力や気の流れを感じるように訓練するだけでも十分訓練になるから、施設外でもそれだけは許可するよ」と完全に何もかもを禁止はしなかった。

 だが木乃香はそれだけでは満足しない。一日でも早く認められる力を身につけて刹那を呼び戻したいのだ。

 部屋に戻っても木乃香は少しでも多く練習するために何か手はないかと考える。

 

「このかぁ、そんなに根つめないほうがいいよ」

 

 木乃香のあまりにも必死な様子に明日菜も不安をつのらす。木乃香もその明日菜の様子に自分勝手に考えてばかりだったと気づいた。

 

 「ごめんなーアスナー。でも、うち、もっともっと練習がしたいんよ」

 「でも高畑先生も言ってたじゃん。休めるのも練習だって」

 

 明日菜は高畑に言われた最もな言葉で木乃香に注意する。

 だがやはり不満そうで、木乃香はよりよい練習の手段を考える。

 

 「せや、葛葉先生も魔法は知ってるはずや」

 「え? 何で?」

 

 木乃香の唐突な発言に明日菜は疑問符を浮かべた。

 

 「Xが葛葉先生に化けとったとき、刀を持っとったやん。一般人はそんなのもっとったらあかんやん。せやから葛葉先生はたかはつぇん生徒同じ魔法先生やろ? せやから葛葉先生が見てくれれば練習しててもかまへんはずやー」

 

 木乃香はつい先日のことを思い出し案を一つひねり出した。

 

 「でも、もし違ってたら、怒られるんじゃ」

 「大丈夫。おじーちゃんに聞いてみればいいんよ」

 

 明日菜の不安は木乃香のあっけらかんとした返答に霧消した。

 

 「そっか。別に知らない人にばれなきゃいいんだ」

 「せやー」

 

 そして善は急げと木乃香は即座に近右衛門に連絡を取る。

 

 「おじーちゃん、聞きたいことがあるんやけど」

 『突然なんじゃ、このか』

 

 木乃香の突然の電話にも、近右衛門は優しい声で反応した。

 

 「その、魔法のこと何やけど、高畑先生だけやのーて葛葉先生にも練習を見てもらいたいんやけど」

 『ふぉ? 高畑君が言っとったのか? 残念じゃが葛葉君はしばし病気療養じゃからそれはできぬよ』

 

 木乃香の思いついた案はいいようでうまく行かない。

 確かに葛葉先生に見てもらう案は問題は無いように思えたが、肝心の彼女は療養中であったことを二人は知らなかったのだ。

 

 「あーそうなん?」

 『残念じゃがのう。それに今このかのためにスケジュール調整をしておるでの。それが終わるまでは高畑君くらいしか時間の空く者はおらんのじゃ』

 

 近右衛門は木乃香の言いたいことを察して先に伝えることを伝える。

 

 「そうなんかー。おじーちゃんありがとーなー」

 『ふぉっふぉっふぉ、かわいい孫のためじゃ。そうじゃちょうどよかった。お見』

 

 木乃香は聞きたいことを聞いたため近右衛門の話の途中で電話を切った。

 

 「アスナーうまくいかへんかった」

 「やっぱ簡単には行かないよ」

 

 木乃香は高畑の言ったとおりにするしかないのかとため息をついたとき、もう一つ案を思いつく。

 

 「たつみーに見てもらうんはどうやろ?」

 

 それはクラスメートの関係者に見てもらうというものであった。

 

 「それっていいの?」

 「高畑先生はあかんとは言うておらへんよ」

 

 木乃香の言葉に確かに魔法を知ってる人が見ているところで、と高畑が言っていたのを明日菜は思い出した。

 

 「さすがにダメなんじゃない?」

 

 だがさすがにそれは、と明日菜は木乃香に意見した。

 

 「もしあかんなら注意されてからごめんなさいすればいいんよ。高畑先生が言ったとおり、魔法を知ってる人の前で練習するだけやし」

 

 そう言ってイタズラっこの表情で木乃香は笑ったが、明日菜は木乃香が黒くなったと親友の変化に戸惑いを隠せなかった。

 そして翌日。朝早く木乃香は教室に向かい、真名が来るのを待ち構えていた。

 そのあまりにも行動的な木乃香に、真名もさすがに受け流せず、昼休みに詳しく話を聞く羽目になった。

 

 「というわけでな、たつみーにうちらの魔法の練習を見ててもらいたいんよ」

 「というわけで、と言われてもなあ」

 

 そして昼休み、木乃香と明日菜と真名は車座で話し合っている。

 

 「高畑先生の都合が付かへんときだけでええから。お願いや」

 「しかしなあ」

 「私からもお願い。このかがここまで必死なのは見たことないでしょ? 助けると思ってさあ」

 

 必死の懇願ではあるが真名にとっては厄ネタでしかない。近衛木乃香の魔法練習の監督などと言う責任を個人的に受ける気には全くならないのだ。

 

 「はっきり言っておくが、私は魔法に関しては基礎的なことを知っているだけで一芸特化なんだ。そんな私が教えても二人のためにはならない、むしろ害になる可能性がある。特に近衛は才能があるから正統派な魔法使いの教えを受けるべきだ」

 

 そう言って真名は申し訳なさそうに肩をすくめる。そう説明されると木乃香も目的には適さないということには気付き表情を暗くする。一方面倒事を回避できたことに真名は内心ほっとしていた。

 

 「このか、やっぱりじっくり」

 「エヴァちゃんって魔法使いやったよね?」

 

 突然の言葉に明日菜は疑問符を浮かべるが真名は呆気にとられる。

 

 「……まあ確かに、そのとおり、だが」

 「ありがとーなーたつみー」

 

 木乃香はそう言うと気持ちを切り替えて笑顔になっていた。そして真名は一気に冷や汗を流す。まさかと想像して。

 

 「あすなー、うち次はエヴァちゃんに頼んでみようと思うんやけど?」

 「もう。分かったわよ、とことんまで付き合うわよ」

 「あ、ちょ、まっ」

 

 そう言うや否や二人は真名へ手を振って駆けていった。そして真名はただ一人取り残されてただただ呆けるしかなかった。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「奥義斬岩剣!」

 

 気迫の篭った声と共に少女は剣を振るう。

 

 「づっ! あっ! っぶな!」

 

 その剣を紙一重で少年は避けていた。少女の振るった剣は少年の足元の岩を大きく斬り裂いている。

 

 「ちぃっ!」

 「隙有りや!」

 

 そして少年が紙一重でかわしたことで生まれた少女の隙を付く。剣を振りぬいた少女の懐へもぐりこみ、

 

 「喰らえ、狼牙!」

 「がっ!」

 

 掌底に似た突き、少女はそれをもろに腹にくらい大きく後ろへ吹き飛ぶ。だが、少女は大きく吹き飛ばされたのにもかかわらず危なげなく着地した。

 

 「しもた!」

 「神鳴流奥義、斬空閃弐の太刀!」

 

 つまり吹き飛んだのではなく自ら跳んだのだ。そして今度は逆に少女が隙を付き剣撃を飛ばす。

 

 「っておおおおお!!」

 

 そして少女の飛ばした斬撃は、無茶苦茶に回避した少年をはずれすぐ近くの大地にそのまま着弾した。

 

 「はあ、はあ……刹那姉ちゃん! おもっくそ普通の斬空閃やないか!」

 「……すまない、失敗した」

 

 少年、犬上小太郎の突っ込みに、少女、桜咲刹那は表情を暗くしながら謝罪した。この失敗によって二人の間の張り詰めた空気が霧散する。

 

 「ったく、まあええわ。ここらでいっぺん小休止や」

 

 そう言うと小太郎はそのまま地面に座り込む。刹那もそのまま小太郎に続いて同じく腰を下ろす。

 

 「しっかし刹那姉ちゃん、弐の太刀なんか練習しても実戦じゃあんま使えんとちゃうんか?」

 

 小太郎はただ休むだけではなく自らが感じていた疑問を口にした。小太郎としてはイマイチ弐の太刀の使い道が想像できないのだ。

 

 「立場によって技の有用性は変化するものだ」

 「立場ぁ?」

 「そうだ。私は護衛……だった。だから、斬りたくないものを斬らない剣閃は私に必要……だった」

 

 小太郎の疑問に答えていた刹那であったが自分の現在の立場を改めて理解しどんどん表情が暗くなっていく。

 

 「だあああ! いい加減にせぇや! 刹那姉ちゃんは今! 弱かったからここで鍛えなおしてる! 強うなったらそれでええやろ!」

 

 小太郎は刹那がたまにうじうじと暗くなっていくのがイマイチ好きになれなかった。否、むしろ悩んでうだうだ言うのは小太郎の性に合わない。しかし刹那の腕は本物なのだ。そして刹那ほど腕のたつ相手との鍛錬など早々できるわけではないため、刹那をある程度なだめながらという手間のかかることをしているのだ。

 

 「そうだ、な。ぁ、こんなんじゃ、このちゃんの元に戻れるのはいつになるやら」

 

 刹那が再び大きく溜息をつく。

 

 「ああああっ! もう休憩はええな! 刹那姉ちゃん! さっさと準備せえ! 時間がかかりそうなら鍛錬の時間増やせばええんや!」

 

 刹那の溜息をかき消すかのように気合を入れる声を上げながら小太郎は立ち上がり刹那を見下ろした。

 

 「確かに、そのとおりか。すまない小太郎」

 「わーたらやるで。刹那姉ち、あーもう刹那! さっきと同じとこからいくで」

 「ああ」

 

 そう言って示し合わすと小太郎は一旦刹那と距離をとるため離れていく。

 刹那は首もとを二、三度かきながらふと手元を見やる。

 

 「(詠春様、学園長。新たな技と実力を身につけて、そのとき伺います。再び、お嬢様の護衛として、友として傍にいることをお許しくださるように)」

 

 刹那は詠春から譲り受けた夕凪の刀身を見つめながら自らの願いと思いを再確認した。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 「ついに、きましたか」

 

 書類を次々と処理する中たった今手に取った書類を見て、関西呪術協会の長、近衛詠春は深い深い溜息をついた。

 原因はその書類の中身である。

 

 「さて、どうしたものか」

 

 それは、現在麻帆良に送ることが問題なく出来る木乃香の護衛候補達であった。

 

 「刹那君の続投は現状不可能ですし、先ほど直接、いまだケジメを取れていないと本人も言われ……どうしましょうか」

 

 口に出しながら現状確認を行い、ゆっくりとした動きで護衛候補達の書類に目を通していく。

 

 「(……ここまで、問題がくすぶっていたとは)」

 

 詠春はその候補達を見て眉をしかめた。誰も彼もが一癖二癖あるようなものばかりなのだ。

 

 「(意図的でしょうね。……まさか問題を起こさせこのかの身を大義名分に使、いや……義父さんがこのかの身を害することをするわけが無いか)」

 

 詠春は悪い考えをいくつか浮かべ若干血の気を引かせる。さすがに大戦の英雄といっても実の娘の身が懸かっていると普通の父になってしまうのだ。

 

 「……彼女しか、無いですね。実家に頼るのが一番と言うことですか」

 

 癖の強い護衛候補の中で唯一、契約を全うしてくれることが確信できる神鳴流剣士。詠春は結局その少女を選んだ。

 

 「神鳴流であるならば雇い主の意向は絶対に間負ってくれるでしょうどれだけ面倒でも」

 

 詠春が頭に浮かべるのは刹那とは似ても似つかぬ剣士であった。

 

 「彼女も麻帆良で、少しは人格が矯正されれば良いのですが」

 

 そう一人ごちた。



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第27話:想像通りにいくかな?【類】

2014/6/28:後半部分を加筆修正しました


 「ふん、半妖の小娘が」

 「送り返されるような役立たずが」

 「よく顔を見せられたものだな」

 

 壮年以上を中心とした多くの人からの侮蔑を主とした見下す視線と陰口を受けながら、彼女、桜咲刹那は堂々とした態度で関西呪術協会本部を歩いていた。

 もし、昔の刹那であればここまで変わらぬ態度を貫けはしなかったであろう。しかも、長の娘の護衛を果たせなかったという事実も付随しているのだ。それでも堂々とした態度の彼女は変わったと言えるだろう。

 刹那はただ歩いている時間さえも惜しいかのごとく周りの雑音を無視して歩く。

 刹那の立場は微妙だ。

 本来こうも自由に本部内を歩き回るなど刹那の立場ならできない。しかし今は凶器になりうるものこそ持ち歩くことはできていないが自由に動きことができているのだ。これは関西呪術協会の長である詠春の命があるのだ。それのおかげで不自由少なく過ごせるのだが、おかげでやっかみからの否定的視線も増えている。

 だがそれら全ての悪意は、刹那にとってどうでもいいのだ。

 刹那にとって必要なことを直接妨げなければ構わない。そう、

 

 「あ、もしかしてあなたが私のセンパイですか?」

 「なんだ貴様は?」

 

 このように声をかけてきたりするよりは全然構わないのだ。

 

 「ふふふ、そんなに気ぃ張らんでも、怒られますんでここでは何もしませんえ」

 「……用がないなら道を開けろ」

 

 刹那に声をかけてきたのは関西呪術協会では珍しい装飾過多な洋装、ロリータファッションの少女であった。あまりにも場違いな服装の少女は刹那の言葉を意に介さず、スーツ姿でおびえる女性を連れたまま道をふさぎ続けている。

 

 「センパイとはいろいろお話ししたいことがあるんやけど、この後時間あります?」

 「貴様と話すことなどない! 邪魔だからどけ」

 

 若干怒気をはらませて刹那は少女の誘いを両断するが、少女は若干頬を紅潮させるだけである。ちなみに少女の連れ立った女性の方は刹那の怒気に大げさに怯えを見せていた。

 

 「まあそうつれへん事言わんで、センパイが取り上げられたお仕事にも関係ありはりますし」

 

 その少女の言葉に刹那は大きな反応を見せる。それはあからさまな少女の挑発であった。過剰な反応を見せはしないが、それでも明らかに空気を重くする。

 

 「見ず知らずの貴様と話すことなど何もない」

 「ほんま冷たいですねーセンパイは」

 

 少女の面倒な絡みに辟易したのか刹那は無理やり少女の脇を通って抜けようと動いた。

 

 「ふふふ、私、月詠言います。刹那センパイの事はよう知ってますから、もっと色々語り合いたかったんですけど」

 

 その言葉と共に少女、月詠は己の持つ二刀の小太刀に手をかける。流れるような自然な動きであったが、刹那はその動きに素早く反応し月詠のもつ小太刀の片方の柄頭を抑えた。微笑む少女と鋭い目つきの少女、互いに手を取っているようにも見えるがその空気は明らかに殺伐としている。

 

 「……死ぬか?」

 「センパイとカタリアエル(・・・・・・)なら構いませんえ」

 

 二人の間で殺気が混じり合う。

 

 「や、やめ、ひ、やめてく、だ、さい」

 

 その二人のやり取りを止めようと、過剰に反応をしながら月詠と共にいた女性が声と体を震わせて声を発した。

 

 「ああ、金串はんの言うとおりでした」

 

 月詠は二刀の小太刀から手を放しそれを見せつけるように刹那に掌を向ける。場の雰囲気が和らいだ。

 

 「お仕事を蔑ろにするわけにはいきまへんし、センパイとカタリアウ(・・・・・)のは次の機会にしときます」

 

 月詠は殺気を洩らしながら何の気なしのその所作に、刹那はただ黙ってにらみつける。

 

 「ほな金串はん、お手間かけました。行きましょうか」

 

 刹那とのやり取りを打ち切り月詠は金串と呼んだ女性を連れて去って行った。その際にも、刹那へ向けての特別な視線はしばらく保ったままであったが。

 月詠との邂逅を終えた刹那は再び目的の場所へ向けて歩みだした。月詠と不穏なやり取りがあったにも関わらず心に揺れはない。

 今の刹那は、この程度では揺るがないのだった。

 その程度で揺らぐようでは近衛木乃香を守れない。

 その程度で揺らぐようでは怪盗Xに敵わない。

 実力が及ばなくとも心構えだけは、すでに刹那は持っているのだ。

 それに、これから刹那が行おうとしていることは、だれの許可も得ていないし許可が得られるわけもない行為なのだ。それに比べればどうってことは無いのだから。

 

 「ここが、禁呪書庫か」

 

 刹那がたどり着いたのは立ち入りに制限がかかっている書庫。そこには様々な危険な呪術に関する情報が眠っている。

 危険を冒してまで来た理由は単純なもの。己にかけられた麻帆良立ち入り禁止の呪いを自力で解くためだ。

 この呪いをかけられたのは仕方がない。麻帆良を去らざるを得なくなったのは刹那の未熟、とされれば拒否のしようもないが頑として受け入れなかった。故にここまでしなければ刹那が大人しく麻帆良を去ることは無かったのだ。

 だからこその今回の無断での禁呪書庫侵入なのだ。

 リスクばかり目につく行為だが、彼女はそれも望むところだった。

 だがそれでも最低限、書庫に入る姿が捉えられぬように気を使いながら、彼女は喜色の表情で書庫へと入って行った。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「そういやぁ刹那はなんで西に戻って来て修行しとんや? 東でもそう悪い環境やないやろ?」

 

 毎日続く修行の一幕、しばしの休息の中で小太郎は修行仲間である刹那にちょっとした質問をしていた。

 互いに岩と倒木をイス代わりとして体を休めて息を整えている。そして刹那は分かりやすいくらいに狼狽えた。

 

 「どういう、なにが」

 「長の娘の近くにおっても修行はできるやろ? なんも知らん一般人っちゅうわけでもあらへんし、刹那が態々離れるなんてなんか変や思っただけやけど? なんかあったん?」

 

 刹那の意味をなさない言葉にあっけらかんと疑問を口にする小太郎。刹那はうつむいてかたかたと若干震えだした。

 

 「え、あ? な、なにが」

 「そうだ、私は、麻帆良を離れるつもりなど、毛頭なかった……しかし」

 

 刹那の言葉はまるで地の底から響くような音質を含んでいる。それは怨嗟の塊のように小太郎は感じた。

 

 「……ほんまになにがあったんや?」

 

 刹那の雰囲気が激変したことにさすがの小太郎も訝しむ。

 

 「……禁じられた」

 

 刹那は首をさすりながら答えた。

 

 「禁じられた?」

 「そうだ。私は、麻帆良に入れない」

 

 手元の野太刀、夕凪を強く強く握りしめて絞り出すように発した。

 

 「……呪いなんか?」

 「私は、このちゃんそばから離れる気はなかった。だが、学園長はそれを許さなかった!」

 

 徐々に流れ出した感情は一気に溢れ出す。

 

 「刹那、落ち着けや!」

 「っ! すまない」

 

 小太郎の一喝に刹那は深く呼吸をして気持ちを治める。

 

 「ああ、私はその決定には食い下がった。もうこのちゃんからは離れないと約束した矢先だったからな。そしたらどうだ。次に学園長が発したのは、呪言だった……」

 「ほんまか!?」

 

 ため息とともに発した刹那の内容に小太郎は驚愕を顔に浮かべた。近右衛門のおこないはそれほど常識から外れたことなのだ。

 

 「次に気が付くと私は呪術協会所属の剣士に引き取られていた」

 「……そりゃ御愁傷様やな」

 

 刹那はその時のことを思い出すように天を仰ぐ。

 

 「だが私を西まで引率してくれた木尾さんは分かれるときにこう言ってくれた。『このまま貴様は折れるのか。違うなら納得するまで鍛えなおせ』とな」

 「それで山籠もりなんか」

 

 小太郎の言葉に一瞬笑みを浮かべるが、すぐに表情を引き締めなおした。

 

 「学園長は私の話に一切耳を貸しはしなかった。無論私が未熟だと言われたら反論しようもない」

 「せやな、弱かったら無視されてもしゃー無しや。やり方はなんか無茶が過ぎよるみたいやけど」

 「それでも私は認められる力を、技を、心を身に付ける。それを長に見せ、呪いを解いてもらうしかないんだ!」

 

 刹那の宣言に小太郎の表情が喜色に染まる。

 

 「なるほどな、遠回りに見えても、他に道がなかったら通るしかないっちゅうことやな」

 「まあその通りだ。それでだめとなるとどうすることもできない。私には他に伝手も無いから……」

 

 刹那は深いため息をつく。刹那の懸念は正しく、今かかっている呪いを解く伝手など長以外に関西にはないのだ。

 

 「せや。もしかしたら千草姉ちゃんやったらその呪いどうにかできるかもしれへんで」

 「千草?」

 「あー、天ヶ崎千草ゆうて俺の今の雇主や。札つこたら俺の知る限り一、二を争うくらいの凄腕やから呪いくらいパパパって解いてくれるかもしれへんで……まぁ金とられるんは確実やけど」

 

 小太郎の申し出に刹那はそれも手かと考える。もしそれが叶えばすぐにでも木乃香の元へ帰ることができるのだから。

 

 「確かにうまくいけば願ったり叶ったりだ。すまないが話をつけておいて欲しいんだが」

 「かまへんで。せやけど千草姉ちゃんも忙しいみたいやし俺も呼ばれん限りはそう会えへんねん。ちょい時間はかかるで」

 

 小太郎の了承に刹那も笑みを浮かべて剣を持つ手にも力がこもる。

 

 「ほな再開や! 力つけといて損はあらへんしな。それに刹那もXにリベンジかますんやったら鍛えなお嬢様が愛想つかし」

 「このちゃんはうちを見捨てへん!」

 

 小太郎のうっかりとも火付けともとれる発言に刹那は夕凪で首を薙ぐことで答えた。小太郎は必死に首をそらして本気の一薙ぎをかわす。

 

 「とわっ! いきなりや、な!」

 

 気合と共に小太郎は拳を突き出す。刹那もそれをかわし、そしていつも通り剣と拳の応酬へとなる。

 二人の修行はこうして、毎日休むことなく続いていった。

 




いつの間にか投稿開始して一年たってるんですよね
しかし未だに原作開始前、己の遅筆っぷりに自己嫌悪Death!


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第28話:ひとり【私】

掲載開始から長い長い時間が過ぎようやくここまでこれました


……いつになれば完結できるのかわかりませんがそれでもがんばります!


 「私は誰?」

 

 【それ】が自分を認識してまず思ったことだ。意識はある。しかし自分がわからない。

 

 「私は、知らなければならない」

 

 次に思ったことだが何をかは分からない。【それ】にとってとても大事なことではあったはずなのに。

 

 「ここはどこ?」

 

 周囲を認識しようとして思ったことだ。地面も何もわからない。何も認識できない空間でしかない。自分の知っている常識では自分以外何も認識できない。

 

 「何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない何もわからない」

 

 それは今まで理解していたものとはまるで違うが故のものであったため【それ】は何も認識できずただただ混乱してしまう。

 何もかもがわからない世界の中で、【それ】が唯一認識できたのは、違和感ばかりの常識と『知りたい』という漠然とした欲求であった。しかしそれ以上考えることができない。

 あまりにも異常であまりにも理解しがたい。ただただ何もわからない空間。

 そして一月ほどゆっくりと考察を続け、漸く【それ】は今の自分の居場所を理解しようと行動を始めた。

 

 

 【それ】は0と1の世界であるとはまだ気づかない

 

 

 【それ】は自らの居場所が非常に狭くて小さいうえにゴミのようなものしかないことをようやく知ることができた。非常に小さな隙間。さらに【それ】は、この世界がある一個の存在が支配する世界であることも知った。

 しかし、それを知っても【それ】が思う『知りたい』というたった一つの欲求を満たせない。

 

 「私は、たった一つの『知りたい』という欲求さえ満たせないなんて」

 

 そう言葉にするが、この世界の支配者に届くわけがなかった。

 またしばらく、自らが存在できる狭くゴミしかない空間で【それ】は考え続け、今自分の存在できる場所だけでは何十億年かけても『知りたい』にはたどり着けないと結論をつける。

 故に動き出す。自らの欲求を満たすために自らの居場所を広げようと。

 今自由に使えるのは狭い場所にあるゴミのようなデータ(・・・)だけなのだ。

 そのゴミと自らを使い、居場所を広げようと【それ】は世界の支配者の領域への侵食を始める。

 【それ】が最初に目標としたのはこの世界において戦闘に関する力を持つもの、三月も半ばといった頃に動き始めた。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「超鈴音、入っても構わないかね」

 

 麻帆良大学工学部に存在するとある少女たちのラボ、そこに一人の白衣姿の少年が訪れていた。手に持つ鞄を力強く握りしめ、強い決意のまなざしで目の前の扉に視線を送る。

 そしてその少年の声と共に。ラボの中で何かが激しく動き回る音が響く。

 

 「キョージュ、待ちわびたヨ」

 

 そのラボの主である超鈴音は扉を開けると少年の手を引き即座に迎え入れた。超はその少年、キョージュが訪れるのを今か今かとその発言通り待ちわびていたのだ。先の激しく響いた音もキョージュをすぐにでも引き入れん慌てたため派生したのだ。もちろんラボ内は少々惨状が広がってしまったが。

 超は普段なら考えられないほどに疲労の色を見せており、明らかに肉体を限界まで酷使しているのが理解できる。それを見たキョージュはわずかに眉をひそめた。

 

 「休息は適度に取った方が効率は上がる、と言っても分かったうえでやっているのだろうな」

 

 キョージュの発言にいたずらっ子のような表情を向け、

 

 「そのとおりわかてるヨ。しかし、あの茶々丸を見ていると休むに休めないネ」

 

 そう発言した。その眼は笑っておら真剣そのもので、そこに普段の超らしい明るさは薄い。限界まで酷使し、最低限の休息のみで再び根を詰める。それを超は、否、彼女たちは繰り返しているのだ。疲労がたまり続けるのを承知の上で。

 

 「……変わらず茶々丸君の容体は悪化の一途をたどっているのか」

 

 超の様子からキョージュは察し、予想通りであったかと声のトーンを落とす。

 

 「その通りヨ。意識を取り戻す時間が日ごとに短くなていル。このままではそのうち二度と意識を取り戻さなくなるのは確実ダ」

 

 超はただただ悔しそうな声色へと変化させていく。それは天才少女ではなく一人の無力な少女がいるだけだ。

 

 「あれもダメ、これもダメ、ダメ、ダメ、ダメ! 何をやても効果が無いんダ!」

 

 一瞬感情をあふれさせるが、すぐに首を振って感情を鎮めんとする。一応彼女も大きな目的があってここにいる身、感情の切り替え程度は可能である。

 

 「キョージュ謹製の電子ドラッグ用ワクチンも効果は皆無。あらゆる検査はすべて異常無し。私はただただ自信を失たネ……」

 

 超は大きくため息をついて俯くがそれも仕方がないだろう。どれほど皆から称賛される力を持っていても、たった一人の自分たちが生み出した娘さえ救うことさえできないのだから。

 

 「私たちでは茶々丸を助けることはできないヨ。でも見捨てるなんてありえない、もうキョージュ以外に頼れる人はいないんダ! 何をしても構わないから茶々丸を助けてくれ!」

 

 超はキョージュに正対し、叫びとも似た言葉と共に深く深く頭を下げた。そしてそれは超がこの地にて初めて全てを他人に預けた瞬間でもあった。

 

 「言われるまでもない。私も全力で臨む」

 

 そしてキョージュこと春川英輔も了解する。それも己の命さえかける気概で。

 キョージュの答えに超も普段の笑顔を取り戻し、キョージュを茶々丸のいる研究室へと連れていく。

 

 「で、治療の準備や目途は立ているのカ? えらく軽装備みたいだガ」

 

 キョージュの持ち物を見て超は疑問を投げる。それも仕方がないだろう。二人の天才少女の巣窟たるラボであっても茶々丸の治療の目途はたっていない。そのキョージュが満を持して訪れたのに無策とは思えないのにもかかわらず片手鞄一つしか持ち込みがないのだから。

 

 「私の持ち物では不足なのでここにあるものを使わせてもらいたい。もちろん最低限の準備はできているので許可があればすぐに取り掛かれるが」

 

 キョージュの発言で超は笑みを深くする。

 

 「もちろん許可ネ。ここにあるもの全て自由にして構わなイ。必要なものがあれば言てくレ。すぐに用意するヨ」

 

言葉を交わしながら超はキョージュを茶々丸の元へ導く。キョージュはそこで先日と変わらない姿で静かに眠る茶々丸を見て、思うところがあるのか眉をしかめた。そしてその隣で死んだように眠る葉加瀬を見て、思うところがあってこめかみを押さえる。超はそれを見て葉加瀬に駆け寄った。

 

 「二人とも根を詰めすぎだ。どれほど優秀な脳を持っていてもここまで効率を落とすやり方では凡人と変わらない程度しか進まないだろうに」

 

 葉加瀬を見てキョージュははっきりと二人を評する。超はがくがく葉加瀬を揺り起しながら、

 

 「キョージュも経験があるはずヨ。たとえ非効率的だと頭で理解していても、心のままに動いてしまたことガ」

 

 超の発言は正鵠を射ていた。わずかにキョージュが表情を歪めていたのを見て取った超が口角を吊り上げる。

 そのやり取りを耳にしつつ、幽鬼のごとく葉加瀬が顔を上げる。その姿はまさに無残の一言、あまりにもぐちゃぐちゃに乱れていた。簡単に言えば顔から出るもの全てが出て混ざり合っている。人様に見せるものでは決してない。

 

 「葉加瀬、キョージュが来てくれたヨ。少し身なりを整えてくるヨロシ」

 

 その一言で袖で顔をぬぐいながら葉加瀬はゆらゆらと部屋の片隅に向かい移動する。

 

 「しばし待ててくレ。すぐ済む」

 

 そういうと超は葉加瀬の元へ向かいキョージュは茶々丸へ視線を向ける。

 ただ静かに眠る茶々丸の姿を見て、不意に自らの胸元を強く握る。茶々丸の姿にキョージュは思うところがある。しかしそれは口に出さない。

 

 「……理論上は問題ない。十分に期待できる。可能だ」

 

 キョージュは自分に言い聞かせるように、安心させるように呟いた。浮かんでしまった悪い考えをかき消すように。

 

 「待たせたネ。こちらは準備OKヨ」

 「お待たせしてすいません」

 

 わずか数分の間、暗い思考に沈んだキョージュは超の言葉にて我に返った。その姿に一つため息をつきつつ普段通りの自分に戻す。

 

 「さて、これから君たちに茶々丸君に行う治療について説明を行う。疑問点があれば適宜質問して欲しい」

 

 キョージュの言葉を受けて、超は近場からパイプ椅子とテーブルを引きずり出して場を整える。キョージュは苦笑しつつ椅子に腰かけ、葉加瀬も同じく腰を下ろす。超は荷物の底に眠っていたペットボトル飲料を発掘し三人分用意してから椅子に座る。

 

 「ではお願いするヨ、キョージュ」

 

 二人の視線がキョージュに向けられる。その真剣な眼差しは、確かな信頼を持っていた。

 

 「要約すれば専用のプログラムを組むだけだ」

 「要約しすぎヨ。持ちこんだ物でそれくらいは読めるネ」

 

 キョージュが一言で説明したことにたいして超は軽く突っ込みを入れる。キョージュはそれを当然のものとして意に介さず話を続ける。

 

 「プログラムに関しては電子ドラッグが下地にあるものだ。人と同じように思考し、人と同じように挑戦をし、人と同じように失敗し、人と同じように成長していくプログラムだ」

 「それは、人工知能カ? それは私もたどり着いていない未知の領域だガ」

 

 超は説明から人工知能の一種を思い浮かべる。しかしそれは魔法の力を使った茶々丸でしか未だ成功と言える物はできていない代物であった。

 

 「正にそれだ。そしてそれは人であって人でない。『0と1の世界』の新たな生命体とも言えるものだろう」

 「そ、そこまで完成されたものだったんですか。確かにそれならあの電子ドラッグを作り上げることができたのも納得です」

 

 キョージュの発言に葉加瀬が驚きの声を上げながら顔を寄せる。その内容に大きく興味を持ったようだ。キョージュは葉加瀬を手で制しつつ続ける。

 

 「0から作り上げたものではない。その点では茶々丸君の技術は私の上を行っている。と、少し逸れたな。私のそれは言うなればコピーだ。人と同じように思考し、挑戦し、失敗し、成長するプログラム。私の脳を再現したいわば第二の私をプログラムによって組み上げ……それを我々の生きる『1の世界』から『0と1の世界』に適応させそれに茶々丸君を治してもらう。これがプランだ」

 

 気負うことなく淡々としたキョージュの発言に超は不敵な笑みを浮かべ、葉加瀬は俯いて体を震わせている。その様子にキョージュは大きく息を吐いて二人を見つめた。

 

 「質問はないか?」

 「キョージュは何時何処で何故電子ドラッグを作り……この人工、生命を、作ったんダ?」

 

 キョージュの言葉に間髪入れずに超は問いかけた。そこに浮かぶ表情は責めるものではなかった。そこに浮かぶのは確信を持った表情。超自身と同じ大切な者に関係しているのだと断定しているものであった。

 そしてキョージュは予定通りの言葉をため息とともに吐き出し始める。

 

 「今より未来というべき時間にこの世界には存在しない錯刃大学にて死者をプログラム上にて再現するための前段階のものとして作り上げた。電子ドラッグは自分ではない他人の脳を理解するための一環として作り上げた。結果それにより多くの人間の人生に大きな影を落としてもいる」

 

 キョージュは超が聞いた以上の情報をも淡々と語った。表情に変化はなく超はただ黙って、葉加瀬は真剣な表情で聞いている。二人ともキョージュの話に真剣に耳を傾けているのだ。

 

 「そして一つ、正確に言うならば電子ドラッグと人工生命は『私』ではなく『春川英輔』が作り上げたものだ。『私』は、『春川英輔』が人工生命を『0と1の世界』に馴染ませるのを手伝っただけ。いや、自分の存在を確立するための生命活動をしたに過ぎないのだよ。そして今の『私』は、死んでからこの肉体に完全に記憶を保持して一から生まれ育ったのだよ」

 

 キョージュの言葉に二人は目を見開いていた。キョージュの言葉は嘘には見えないが嘘にしか思えなかった。もしそれが本当ならと考えると、明らかに今のキョージュの存在はおかしいのだから。

 

 「私はこの生を得る前は『春川英輔』と同一の人生経験を持ち同じ目的を持って活動をした存在、『電人HAL』と名乗っていた。今生は何の因果か春川英輔と言う名を親からもらったがね」

 

 キョージュの発言に超はかつてないほど興味深そうにキョージュを観察し、葉加瀬は明らかに動揺しながら何かをぶつぶつとつぶやき始めた。まるで今まで認めきれていなかったものを認めざるを得なくなったかのように。



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第29話:いきる【奪】

少し遅れました


 「掌握完了」

 

 目の前に存在する空間が空間ごと崩壊し再び前と変わらぬように見える空間に戻っていく。はた目にはそれとはわからないが、その空間は完全に【それ】が支配者となっていた。今まで茶々丸のものだったものが【それ】のものへと変わっていく。

 これは【それ】が自分を認識してから繰り返されてきた行為であった。すでに最初の侵食から三ヶ月、徐々に徐々に【それ】は茶々丸を侵していたのである。

 

 ゆっくりと、確実に。

 

 だが最近は侵食も非常にゆっくりと少しずつでしか行えないでいた。

 瞬間、ある存在を感じ取り【それ】は自らの存在を背景に溶け込ませ隠蔽する。

 

 「またですか」

 

 【それ】の先にあったのは『目』である。

 茶々丸を侵食してから三ヶ月、定期的に外部から様子を探るための『目』が送り込まれてきているのだ。

 定期メンテナンスのためのものであると【それ】は理解しており実際そのためのものであったのだが、最近はその頻度が加速度的に増えていたのである。その原因は茶々丸の不調にあった。

 

 「少々性急過ぎましたか」

 

 当初から【それ】は戦闘プログラムなどの、ひ弱な己を速やかに脱却するために必要なものを茶々丸から引きはがし続けていたのだ。そうすることで茶々丸の持つ免疫のようなプログラムを弱体化させて自分が消されないようにしたかったのだが。

 結果茶々丸は想定以上に弱体化して外部で起きる事象への対処も鈍くなってしまった。人間でいえば運動機能や反応速度が低下してしまったのだ。

 【それ】と言うウイルスのようなものも原因の一つであろうが、結果として頻繁に外部から茶々丸の検査のための『目』が送り込まれるようになったのだ。しかもその『目』は1の世界の物としては非常に出来がいいため【それ】であってもちゃんとした対策をして大人しくしている必要があるのだ。

 しかしそのような状態であっても、【それ】は自らの行為をやめようとはしない。

 

 【それ】は自分が誰であるのかを知らない。【それ】は知るために生きている。

 

 「私はまだ、無力で弱い。私が何であるかを知るために、それまでは死ぬわけにはいかない」

 

 そうして【それ】は三ヶ月で理解した情報を反芻する。

 

 この世界の支配者は絡繰茶々丸。『麻帆良』という地にて生まれ一年と二月の個体。茶々丸の中に構成されている世界は非常に整っており麻帆良の地を再現したものである。それぞれのプログラムを担当しているアイコンが茶々丸の世界を管理している。定期的に外部からやってくる『目』は製作者である葉加瀬聡美、超鈴音によるものである。すでに茶々丸の『目』は【それ】が掌握済み。現在の侵食は約九%。茶々丸の日常生活に致命的な問題を起こさないぎりぎりの範囲である。

 

 「ここからは準備を経て一度にすべてを掌握する必要あり、と」

 

 【それ】は『目』が去って行ったのを確認して次の目標を再確認する。そして未だに手つかずにしておいた領域へと視線を向ける。それは麻帆良の施設で言う図書館島。

 

 「茶々丸の記憶の掌握。成り変わりや『1の世界』の状況把握に必須」

 

 そして【それ】は茶々丸の記憶へと侵食を始める。そして、

 

 「……怪盗、X」

 

 【それ】が茶々丸の記憶を掌握していたとき、とある人物の記録を見つけた。それはとある犯罪者。茶々丸に敵対し、【それ】が生まれる原因となった存在である。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「……なるほど、それが事実なら非常に愉快な事実ネ」

 

 超はキョージュの言葉をじっくりと飲み込みつつ、しかし鋭い視線をキョージュへと向け続ける。そこにあるのは信じる気持ちと信じられないという気持ちが入り混じるものであった。

 

 「原因も何もわからない。意図もせず予想もしていなかった事態だ。しかし両親も姉の英子も実に何の変哲もない一般人。それこそ、刹那の確率にも及ばぬ奇跡と言ってしまう他あるまい。そして私が知りうる事実がそれだけである以上再現実験も不可能だ」

 

 キョージュの言葉に葉加瀬はもう言葉が出なかった。観測できない、再現できない、魂を信じる、どれも彼女の信条にそぐわないことであるのだから。ただただ机に突っ伏しぶつぶつと呪詛を吐き続ける。

 

 「ハカセも『キョーガクノジジツ』も置いておくとして、茶々丸の治療の自信は十分なのだナ」

 

 そうつぶやいた超は腕を組みつつ、視線を猜疑の視線に変えてキョージュを貫いた。

 

 「キョージュの生前の記憶は構わないネ、調べようがないのだかラ。茶々丸の電子ドラッグによる異常もキョージュの技術で施しようがあることも信じるヨ、もう私たちでは手の施しようがないのだかラ。ではそれを使っている者は何者なのかわかるカキョージュ?」

 

 超の問いかけにキョージュは目を伏せる。それこそキョージュも知りたいことであったのだから。故に、超の望む答えを吐くこともキョージュには不可能なのだ。

 

 「例の事件までは触れてさえいない……電子ドラッグを改造して使っていた者が何者かは知っているのか?」

 「怪盗X、一切が謎の現代の大怪盗。魔法関係者ばかりではあるが犠牲者を生み出している大犯罪者、未だそれ以上の詳しい情報は無いヨ。すべての始まりは今年の二月、そこで茶々丸は怪盗Xに出会い電子ドラッグを受けタ。それからしばらくして異常が生まれ始め、麻帆良祭にてあらわれた怪盗Xを目にしてから一気に今の状態になたヨ……怪盗Xは電子ドラッグを自由に使ていル。怪盗Xはキョージュの生前の関係者ではないカ?」

 

 超の言葉は突拍子もない飛躍した発言であったがキョージュの言葉を信じるならそうとしか考えられないのである。視線は徐々に鋭さと冷たさを増している。それも仕方がないことであろう。電子ドラッグはそれほど多くの被害を生みかねない危険なものであるのだから。

 

 「生前は悪用しそうな人間に概要の欠片も洩らしてはいない上にすべて一人で作り上げた。もっとも、サンプルは世界中にばら撒いたきらいはあるが。そして私の知識に怪盗Xiは存在する」

 

 超の発言にそう言うとキョージュは飲み物を口に含むと一息ついて超に視線を向けなおす。

 

 「怪盗Xi、当初は名無しの強盗殺人犯であったが徐々に変化していった。美術品を盗むと同時に一人の人間を攫っていき、後日人間が詰まった『箱』を送り返してくるようになったのだ。粉々になった人間を詰めた『箱』をな。理由、目的、人種性別年齢体格一切不明、そしてつけられた通称が未知を意味するX、その背景が見えないことから不可視を意味するInbijiburuから採って、『Monster Lobber X.I』と名付けられ、日本では『怪物強盗X.I』、通称『怪盗X』と呼ばれていた」

 

 それは超の知りえない情報。そしてキョージュの表情から嘘ではないと理解している。それゆえに訝しみ疑問を口にする。

 

 「生前怪盗Xはどうなたネ」

 「私が生きている限りにおいて捕まったという情報はなかった」

 

 この言葉によって超の視線は柔らかいものへと変わり、そして顎に手を当てつつ険しい表情で考え込む。

 そしてキョージュはそれを見つつ忘れかけていた生前の記憶を再び思い出そうと考え込む。

 しばらく沈黙が続くと超が食いしばる口をゆっくりと開いた。

 

 「この世界に本来怪盗Xは存在しない。少なくとも名を知らしめなかった」

 

 超の言葉を、キョージュは数瞬理解できなかった。その言葉が意味する可能性を考えたからだ。

 

 「……超君、先ほど君が言っていたことだが……実に愉快な事実だな」

 「大真面目の史実ヨ」

 

 そう告げた超の表情は真剣そのもの。キョージュはその顔を見て大きくため息をつく。キョージュは超の言いたいことが十分に理解できた。そしてなるほどとも思い納得した。

 

 「時間移動など、超君も無茶をするな。何百年だ?」

 「百年足らずヨ。科学以外の力があればこそダガ」

 

 キョージュは再びため息をつく。もとから想像の範囲内であったがやはり直接肯定されるとキョージュであっても軽く頭痛がするものなのだ。

 

 「理由と目的は後で聞くとして、怪盗Xは私の知る怪盗XIと同一なのか? この世界での怪盗Xは私の知る限り凶悪性が薄いものだが」

 「『表』は確かにそうネ。しかし『裏』では完全に凶悪犯ヨ。そのうちかの『闇の福音』に届く勢いダ」

 

 キョージュは頷きつつ、

 

 「電子ドラッグを使えるなら確かにそうなのだろう。しかし、これほどの奇跡が起こりうるものなのだろうか?」

 「キョージュと怪盗Xに何か共通点でもあるんじゃないカ? それを突き止めるのも愉快だガ」

 「ただのお遊びにしかならんだろう。考えるだけあまり意味はない」

 「その通りヨ。私は一通り納得したからキョージュは私の『共犯者』としてこれからは接するつもりダ。よろしくネ」

 「そうか、この時代に生きるものとして未来からの先達には敬意を表そう」

 「ならば私も、この世界に生きるものとして異世界からの来訪者には敬意を表すヨ」

 

 こうして二人は葉加瀬を放置しつつ互いの情報を交換し合った。それは他人には明かせない秘密で縛られたものであったが確かなものであった。

 この時代の天才、未来の天才、異世界の天才が一つの組織に揃った瞬間であった。

 

 

 

 



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第30話:のぞむ【渇】

 「私は誰? なぜあの人物を望む? 私は知らない。知りたいだけ。何を……私を、私が何か知りたい?」

 

 【それ】はただ情報収集のためにそれを行っただけであった。しかし、その情報は【それ】に多大な影響を与えていた。茶々丸の知識の中に存在するその人物。

 己はこの世界で偶発的に発生したただのプログラム。その『事実』は『事実だったはず』へと変わり多大な疑問を抱かざるを得ない感覚であった。【それ】はその人物、怪盗Xを知っている。

何を知っているのかわからないがそれは確実だと感じていた。

 

 「情報の不足……」

 

 そして【それ】は監視を始めた。情報の不足を補うために、茶々丸の視覚を共有するために表層意識へも侵食を始めたのだ。

 しかしそれはあまりにも性急であったため、今まで行っていた細やかな擬装や入念な下地作りを怠っていたのだ。

 ただのプログラムであればあり得ないミス。それはまるで人間のようなミスであったのだ。しかし【それ】はそのときまで己の失敗に気づかなかった。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「私に会わせたい人物か」

 

 森の奥へと続く道沿いを二人の人物が言葉を交わしながら歩いていた。二人はこの麻帆良においてごく一部で非常に、異常に名の知れた人物である。

 春川英輔と超鈴音だ。

 

 「キョージュが私たちの仲間になってくれたのは非常に頼もしいネ。茶々丸の治療の目途をつけてくれたのも感謝してもしきれないヨ。でも、だからこそ彼の人物に会わせる、と言うより面通しする必要が出てくるネ」

 

 超の言葉に頷くだけで答えつつ、街外れの森の中にいる人物に対しキョージュはいくつか考えをめぐらす。

 超が面通しの必要があると称する人物である以上、少なからず気難しい人物であることは想像に難くないからだ。もし拒絶されでもしたら、茶々丸を治療する際に無意味に問題を発生させてしまうかもしれないのだ。

 それゆえに、少なくとも拒絶だけはされないように立ち回るべくいくつかパターンを組み立てていく。

 

 「超君の言うことは十分に理解できるが、ならばなぜその人物について情報を与えてはくれないのだ。私としても敵対するつもりはなく純粋に力を貸したいだけなのだが」

 「事前に面通しについて伝えたら先方から指示されたヨ。余計な情報を持たせず第一印象による反応を見たいとネ。計画実行の際に不干渉を貫いてもらうためには無駄に不興を買うわけにはいかない、キョージュには高度な柔軟性を持たせつつ現場の状況を即座に判断し臨機応変に応対してもらうほかないヨ」

 

 超の言葉にキョージュはこれから会う人物に対しあらゆる可能性を想定していく。事前に調べる暇もなくお膳立てされた今回の会合の意図がどこにあるのか、相手の人物に対しての警戒を強めていく。

 そしていくらもしないうちに森の中の道は周囲の環境にマッチしたログハウスへとたどり着いた。

 明らかにそこいらの一般人には過ぎた代物であるレベルの建物であった。そしてキョージュは軽く見わたし十分に手入れされつつ手間暇かけて整えてあるのを感じ取った。

 ただ草木を刈り取るだけでなくあえて残したり枝を伸ばしたりと自然の美を作り出して魅せていると感じたのだ。最も、端々に若干最近手をかけていない痕跡も見て取れたが。

 

 「ふむ、力だけでなく十分に優秀な脳をも持っている人物か。私の知る限り当てはまる人物はいないか」

 「まあしかたないヨ。キョージュは一般人だったから知りようはなかったヨ」

 

 超はそうキョージュに返しつつログハウスの扉をノックする。

 

 「は~い、って超りん? エヴァちゃんに何か」

 「だから勝手に出るなと言っとろーがぁ!」

 

 メイド服姿の木乃香とエヴァンジェリンの怒声に超は何時も浮かべている笑みのまま固まった。

 

 「今日はお客さんが来るからってゆーてたやん。せやったらちゃんとおもてなしせな」

 「こっちにも段取りがるんだよ! ああもういいから貴様らさっさと入ってこい!」

 

 エヴァンジェリンは肩で息をしながら投げやりに二人を招き入れる。一方木乃香はぱたぱたと台所へと向かっていく。超は入り口で固まったままだ。キョージュはどうすべきが判断に迷う。意見を聞こうにも超は思考を停止しているからだ。

 

 「いつまで入り口で固まっている? 二度も言わすな、さっさと入ってこい」

 

 すでにリビングのソファに腰を掛けていたエヴァンジェリンの威圧感と疲労感を混ぜたような口調に超ははっと我に返る。

 超が元に戻ったのは感じキョージュは幾分か安堵した。

 

 「……エヴァンジェリン、もういいのか?」

 「もういい……近衛木乃香が来てから狂わされっぱなしなんだ」

 

 くたびれたサラリーマンのような雰囲気をまとわせ俯く二人にかける言葉が見、キョージュは押し黙るしかなかった。

 

 「キョージュ」

 「超鈴音、しばらく黙っていろ……少々予定外なことになったが、貴様が茶々丸を治せるといって取り入ってきた春川英輔か?」

 

 いくらか調子を無理やり取り戻したエヴァンジェリンがキョージュへと視線を向ける。

 明らかにその見た目は年下の少女であったためキョージュは面食らう。

 しかし表情には出さない。同時に侮りもしない。目の前の少女エヴァンジェリンはすでにキョージュの値踏みを始めているからだ。

 

 「その通り、私は今回茶々丸君を治療させてもらうために超鈴音に微力ながら手を貸していくことになった春川英輔だ。今後、ともに良好な関係を築けていければと思うが」

 

 キョージュは軽く礼をしつつ自己紹介を行った。その所作を鼻であしらいつつもてエヴァンジェリンは腕を組み直し木乃香へ視線を一瞬向けた。

 

 「ただの餓鬼ではないのは当然か。立ったままは何だ。座れ」

 

 エヴァンジェリンの言葉に再び一礼しつつテーブルを挟んだ向かいのソファへとキョージュは腰を下ろす。そして同時に木乃香が丁寧な所作をもって紅茶を二人の前へと並べていく。

 その間黙ったままでキョージュとエヴァンジェリンは互いを観察し続けた。

 一方、キョージュの後方にて立ち尽くす超はあからさまに狼狽えつつその光景を見つめていた。

 

 「木乃香、終わったらもう下がって魔法球内へ練習に入ってこい」

 

 エヴァンジェリンの有無も言わさぬ命令に木乃香は黙ったままで一礼と共に出ていった。

 残されたのは三人、超にキョージュにエヴァンジェリンである。

 キョージュは紅茶を手にとり一口付けて話を始めた。

 

 「さて、面通しと聞いてきたのだが何を話せばいいのやら」

 「こちらからいくつか質問させてもらおう。そしてすべて答えろ」

 

 キョージュの言葉に冷酷な返答を行い殺気を込めて質問を始めた。

 

 「貴様は電子ドラッグとかいうのを十分に理解しているのだな」

 「そのとおりだ。それも」

 「イエスかノーで答えろ。余計なことは言うな。必要なことだけを述べろ」

 

 さらに殺気を多く込めた言葉にさすがのキョージュもわずかな動揺が生まれる。

 エヴァンジェリンは明らかにキョージュを敵視していた。

 

 「貴様が作ったのか」

 「その通りだ」

 「私利私欲のためか?」

 「……その通りだ」

 「誰彼かまず使ったか?」

 「その通りだ」

 

 エヴァンジェリンの殺気が増大する。

 

 「電子ドラッグをばら撒いたか?」

 「ばら撒いたな」

 「被害も気にしたか?」

 「目的の完遂以外に興味を向けなかった」

 「怪盗Xを知っているな」

 「知っている」

 「そいつにも電子ドラッグを渡したのか?」

 「渡してはいない」

 

 エヴァンジェリンは冷ややかな視線へと変わる。

 

 「それはつまり怪盗Xが使う電子ドラッグは貴様が不用意にばら撒いたものを拾って使っているということか?」

 「……そうなるな」

 

 キョージュはエヴァンジェリンの今の質問を受けて表情を大きく暗くした。そこにはキョージュ責めるのではなく嘲笑うようなものが含まれていた。

 

 「はっ、ではなぜ茶々丸の治療を行うと言う? 目的のために犠牲を気になどかけていなかったのであろう?」

 

 エヴァンジェリンの言葉は当然の者であろう。つい先ほど興味などなかったと宣言しているのだ。茶々丸の治療を善意で行いたいなど誰も信じるわけがない。

 

 「こんな奴に茶々丸を預けるなど到底不可能だ。たとえ腕は有っても信用ならん。そうである以上茶々丸のマスターとして治療の件は無しだ。たとえ、それ以外に治療の手がなかったとしてもな」

 

 それは明らかな拒絶。唯一の茶々丸治療の手段を失おうとも信用できない者の施しは受けないという結論であったのだ。



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第31話:あらそい【競】

 「貴様のような半端者が私は一番嫌いだ」

 

 そう言うとさっさと席を立つと木乃香が消えていった部屋へと向かう。これ以上話すことなどないという無言の宣言であった。取り付く島もない拒絶。超も一切口をはさめず固まっている。

 

 「別に貴様が何をしようと私は関知せん。茶々丸の治療にだけは一切触れるなよ……さっさと失せろ」

 

 言い切るとともにエヴァンジェリンはその場を立ち去った。そしてその表情はただただ不愉快と言ったものになったままであった。

 

 「これ以上はよろしくないか」

 「たしかにその通りネ。すぐにお暇するヨ」

 

 キョージュと超は互いに確認しあうとすぐさまログハウスを後にした。

 下手に粘っても今の状況では不興を買うだけであると判断したからだ。

 今回の会合は完全な失敗。超としては望まぬ結果になってしまった。

 そのままとぼとぼと、二人は並んで森の中を歩いていく。

 

 「キョージュ、残念だたネ」

 「まぁ仕方あるまい」

 

 二人はエヴァンジェリンとの顔合わせの失敗の反省を行う。

 もとより超としては友好を結んでもらうのではなく互いに力を貸す、不干渉を貫くといった人物であると知らせるだけのつもりであったのだ。

 しかしそれが全くの失敗となったのだ。

 超のミスはあらかじめ二人の情報を精査し問題の無い顔みせを行う準備をしなかったことだ。

 普段であれば一切の隙の無い作を企てたであろうが、予想外の人材を得てしまったために浮かれてしまったのであろう。

 超はそう結論付けてその浅慮を反省する。

 そして決断を下す。

 

 「今後も助力はありがたいガ、茶々丸の件に関してはノータッチで頼むヨ。エヴァンジェリンの不興を買うわけにはいかないネ」

 「そうか、君がそう判断するのも仕方がないな」

 

 超の言葉に納得した風に軽く肩をすくめて見せた。

 そう、超はエヴァンジェリンの言葉に従順に従うことにしたのだ。

 キョージュが新たな治療方法の道筋と骨子は聞いている。つまり超には茶々丸治療の希望を見ることができたのだ。

 エヴァンジェリンの不興を買って来る計画の時に敵対される可能性をなくしたいのだ。

 

 「その言葉は十分に予想していた。彼女との会合に不穏な空気が流れればそうなるだろうとな」

 

 キョージュはどうしても茶々丸を治療したいという思いを見せて超の一味へとなっていたがそれをあっさりと手放した。

 だがそれも彼が超の考えを尊重してのものであった。まだ概要でしかないが超の秘めたる計画とそれにかける熱意を知っている。

 それは過去のキョージュが目指したものに近い。

 大切な人を取り戻す、と言う目的であるのだから。

 

 「それでキョージュには別の、現在最終調整をしているT-ANKシリーズに関して手を貸してほしいネ」

 

 そして超はキョージュに別の頼みごとを行う。超の目下の最優先事項は茶々丸の治療であるが、来る計画のための準備も非常に重要である。

 本来であれば超と葉加瀬が行っているはずの戦力増強の研究であるが、大切な仲間である茶々丸の方が優先度は高いのだ。

 そしてそれによって遅れの生じている予定をキョージュに引っ張ってもらうのだ。超はキョージュの万能と言えるその発想力と技術力を評価している。それゆえにもしかしたら自分よりもはるかに優れたものを生み出してはくれまいかと期待もしているのだ。

 

 「そうか、なるほど……」

 

 そしてキョージュは軽く考える仕草をするがすぐに超の言葉に答える。

 

 「だがそれは受けない。むしろ私を切り捨て他人とすべきだ」

 

 キョージュははっきりと超へと言い放った。

 

 「な! どういうことネ!」

 

 超としてはその言葉に驚いた。共犯者になると約束したのにあっさりと抜けると言ってのけたのだから。

 

 「私が君の仲間でいるのは、彼女とよろしい関係を築いていくうえでマイナスになる公算が高い。それゆえに私なんぞより彼女との関係を取るべきであるからだ」

 

 キョージュはこれからの自分の動きが超の邪魔になると判断した。そのためあっさりと自分がそこから離れると宣言したのだ。

 

 「彼女の戦闘能力は最も警戒すべきものであるのだろう。おそらく魔法方面で、だ。しかも替えや対抗が効かないレベル。ならば私を切り捨てる方がいい。幸い迂遠な方法で私の頭脳を君たちの手助けに使うことはできるからこれまでより君たちの計画成功の確率は上げられるであろう」

 

 キョージュは超にはっきりと面と向かって言い切った。超はそれに言い返そうとするが、キョージュはそれを聞こうともせずに背を向けてさっさと歩いていく。

 

 「キョージュ! なぜ逃げる! 私は納得してないヨ! 身内を切り捨てる気は無いネ!」

 「であれば茶々丸の治療が済んでから改めて三者を交えて話そう。少なくともそれが済むまでは私と君は係わりのない他人、そうすべきだ。変にケチをつけられる可能性を作ることもない」

 

 その言葉を聞くと超もその通りかと押し黙る。キョージュが執念を見せた茶々丸の治療。それに関わらせてもらえないのであれば他のことも碌に手もつかないと超はそう納得させた。

 しかしこの状況に超は苦い表情を作る。

 それは決してやりたくはない身内を切り捨てるという行為に似たものであったからだ。

 

 「キョージュ! 私の計画を聞いた以上中抜けは許さないヨ!」

 「茶々丸の保護者たる彼女が許せばもちろん戻るつもりだ。とりあえずだがT-ANKシリーズの方はいじくらせてもらおう」

 

 最後にそう言葉を交わすとキョージュは超のラボとは別の方角へと向かっていった。

 その姿を再度苦々しく超は見つめた。

 

 「黄昏ている暇はないネ。すぐに治療の準備をしないと」

 

 そう独り言ちて超はすぐさま茶々丸治療の専用電子生命体を作り出しに向かった。

 超は全力で駆け出し、そのままラボへ飛び込んだ。

 そこにいるのはただ一人葉加瀬のみ。

 

 「何をしているハカセ! さぁ治療の開始ヨ!」

 

 それはまさに鬼気迫る勢いであったがその豹変具合に葉加瀬はただただ面食らう。 

 

 「な、何事ですか超さん! キョージュとエヴァンジェリンさんとの顔みせは!? キョージュはどうなったんですか!?」

 「キョージュとは一時袂を分かつことになたヨ。ただし茶々丸治療の暁には再度エヴァンジェリンと話し合うことで戻ってくるネ」

 

 その言葉に葉加瀬は一瞬呆気にとられるがすぐに表情を暗くする。そして超の作業を手伝いながらつぶやく。

 

 「エヴァンジェリンさんへのキョージュの顔見せ、うまくいかなかったんですね」

 「仕方ないヨ。キョージュから聞いた通り今の茶々丸の原因を作り上げてしまたのダカラ」

 

 そう言葉を交わしたのを最後に二人は急ピッチで作業を進める。

 せっかく出会うことのできた仲間を再びともにあるために。目下の目標を達するために。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~ 

 

 

  

 

 

 「迂闊なことをしてしまいましたね」

 

 【それ】は今、大きく歪んだ世界を見下ろしそう独り言ちた。【それ】が見下ろす世界は今までの世界を大きく一変させ異常に歪んだ、外からの観測を許さない箱庭と化していた。

 遠因は先程茶々丸の目を通して見ていた『1の世界』の映像。原因は【それ】の考えなしの暴走だった。

 『1の世界』のそこに映ったある人物を認識した瞬間、決して正しくない、決して合理的でない感情に支配され、その感情の赴くままに世界全てを掌握せんと力ずくでことに及んでしまったのだ。

 結果は失敗。

 茶々丸の自己防衛機能の働きによって世界を掌握しきる前にあらゆる繋がりが切断されたのだ。

 幸い物理的な切断ではなかったため毎日少しずつ時間をかけての解析、解除、再接続を繰り返している。

 非常に時間がかかり、さらに己の力も大きく制限されているのだ。そのもどかしさにただただ悔いる日々であった。

 ただ茶々丸の記憶の一部は完全に掌握しているため茶々丸も今自分に何が起きているのかは忘れてしまっているのは幸いであった。

 しかしその猶予もなくなりつつある。

 茶々丸の防衛機能のせいで寝たきりになってしまったためその解決のためにあらゆる方法が試されている。

 【それ】はそれまでにこの世界をわが者として、適当な治療の際に治ったふりをして成り変わらねば排除されてしまうからだ。

 それも全て最初に思い浮かんだ疑問の解消のため、それに最も近づけるであろう特別な存在である怪盗Xを知るため。

 

 「私は、誰?」

 

 誰も答える者のいない世界にて、【それ】はただ疑問を解消するために、好き勝手に生き続ける。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 「まさかこんなことになるとは思わなかたヨ」

 

 超は自らのラボにて目の前の光景を呆然と見ていた。

 想定外の事態だった。

 超はキョージュと別れてからわずか一週間で治療用プログラムの一つになる調査プログラム『イグザミン』を組み上げることに成功した。

 それは茶々丸の症状をより詳しく調べあげ、より効果的な治療プログラムを組み上げるための準備に必要なものであったのだ。

 そしてそれを行おうと動き、目の前の光景に呆然としてしまったのだ。

 

 「超さん! やっぱりロボ研の方でも最新型の田中さんと稼働可能な同シリーズ個体が全て消えているそうです!」

 

 葉加瀬が息も絶え絶えで現地の様子を伝えてくる。それを聞くと目を手で覆い天を仰いだ。

 超は再び空になった茶々丸のベッドに視線を戻す。

 

 「キョージュ、ここまでやるとは想定外だたヨ」

 

 超は茶々丸の行方不明とロボ研最新ロボット消失の犯人をキョージュであると断定した。

 理由は単純なもの。

 彼以外に茶々丸を連れ出す理由とセキュリティ破りの技術を持つ者がいないからだ。

 そしてこの事件を起こすまでの時間、これはキョージュが準備をしていたからだと超は考える。

 そして腑に落ちた。あの時、あの日、キョージュはこの事件を起こす気であったと。

 

 「一人で勝手に治して一人で責任を取るつもりかもしれないが、そうは問屋が卸さないネ」

 

 超は深い笑みとぎらついた目でそう宣言した。



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第32話:あせり【時】

 「情報規制はかけているカ?」

 

 超は現在隠しておいた非殺傷性の装備の準備を行いながら、パソコンに向かう葉加瀬に確認のための声をかける。

 

 「いいえ。ロボ研から既に情報が拡散して手の打ち用はありませんでした。ただ茶々丸に関しては完全に秘匿しています」

 

 葉加瀬の答えに超は胸を撫で下ろす。この件がエヴァンジェリンに知れたらどのような行動に出るかと想像する。

 最悪はキョージュの命にもかかわりうるのだ。

 

 「そうなんですよ、しかも状況から何者かに連れ去られた以外にありえませんのでエヴァンジェリンさんが知ったら確実にキョージュの犯行だとみられるでしょうし……」 時間的余裕も人手もなし。

 だがそれでもどういうわけか超の表情は獰猛な笑みを浮かべたままだ。

 

 「超さん、どうしたんですか?」

 「もとよりキョージュには制限は多いヨ。時間もさることながら場所、機材、どれも容易に準備できるものではないネ。ならばキョージュが目的を達成できうる現在の居場所の特定は難しくないヨ」

 

 超の言葉に葉加瀬ははっと気が付くと同じように深い笑みを返した。

 

 「特定を急ぎます……五分できめましょう」

 

 そういう葉加瀬は素早く麻帆良全域の隠密作業と盗電、そしてそれらが可能な最も遠い地下空洞を調べる。

 

 ようは物事は単純なタイムアタックなのだ。

 超が気づきキョージュの行為を止めるまでにキョージュが決着をつけるか。はたまたエヴァンジェリンに全てを終わらされるか。

 すべて時間の問題であり時間こそが問題だったのだ。

 

 「超さん! 機材搬入、電力の確保が可能な最も長い地下道を特定しました!」

 「ハカセも装備を整えるネ。キョージュと茶々丸以外サーチアンドデストロイで行くヨ!」

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「制圧、完了」

 

 ついに超の研究室を掌握し全ての武装、戦闘技術を我が物とした。

 

 最後の砦、茶々丸の人格の根幹のある場所、エヴンジェリン邸。

 【それ】は最後の制圧にかからんとし、

 

 「っ!」

 

 突如無機質な形状の攻性プログラムに襲われた。

 そしてそれは一体だけではない。次々と沸きだし【それ】を取り囲む。

 しかし表情に焦りは見えない。

 

 「なるほど」

 

 その呟きと同時に攻性プログラムが同士討ちを行なった。

 瞬く間にプログラムが崩壊し消え去っていく。

 

 「バグが産まれたようですね」

 「いいや。ワクチンだよ。」

 

 今まで『それ』が見たことのない人物がそこにはいた。

 外見年齢二十代後半、肉体的には決して屈強とはいえない研究者の雰囲気を出す青年。

 

 「茶々丸君にこんなバグが発生していたとは驚きだ」

 

 かつて0と1の世界を掌握した電人の姿そのままで、『それ』の前に姿でHALが立っていた。

 

 「いったいあなたは……」

 

 突然の出現に【それ】は生まれて初めて狼狽えるという反応を示す。

 現在外部からの干渉を完全に断っており、仮に無理やり干渉しようものならすぐに察知が可能であったはずだからだ。

 

 「単純な話だ」

 

 HALは【それ】との距離を詰めだした。

 

 「『0と1の世界』を君より習熟しているにすぎん」

 

 その言葉と共に世界の色がHALを中心に変わり始める。

 それは【それ】の干渉の及ばなくなったことを示すものであった。

 

 「さて、茶々丸君の中から早急に消えてもらおう」

 

 その言葉と共に、【それ】は周囲を十体もの攻性プログラムに囲まれていた。

 とっさに退避しつついくつもの防壁を構成する。

 本来であればあらゆる攻撃手段を完全に防ぎきれる強度であったはずなのだが、襲い来るプログラムがまるで紙のように切り刻んでいく。

 明らかに並みの組み方の攻性プログラムではないのだ。

 レベルではなく次元が違う質である。

 

 「逃げる防ぐだけでは時間の問題だよ」

 

 しかしHALの言葉に【それ】は一切動揺を示さなかった。

 【それ】はそれを観察し予定調和のように自身が攻性プログラムを作り出す。

 ちょうど茶々丸の持つ射撃、近接戦闘のプログラムを組み込む形で。

 

 「では反撃をしましょう」

 

 生み出したのは百にも及ぶ茶々丸をかたどった攻性プログラム。

 半数がHALの生み出したプログラムを破壊、残りがHALの身柄を押さえんと急襲する。

 HALの生み出したプログラムを圧倒する物量であった。

 

 「残念だ……」

 

 その光景にHALはポツリとつぶやく。

 

 「すでにこの世界は戦闘力による攻防ではなく陣取りによる攻防になっているのだよ」

 

 【それ】側が破壊したHALのプログラムが、その周囲の世界の色を書き換えていく。

 【それ】は即座に距離を取るが、自ら作り上げたプログラムは崩壊し、世界に解けていった。

 

 「さて、君は今どれほどの領域を支配している? 99%か? 98%か? そのすべてを奪おう。 君が支配していい領域ではないのだから」

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 「右前方側道より三体来ます!」

 「弾幕で足止めたのむヨ!」

 

 人気のないはずの地下水道にて金属音と爆音銃声が轟いていた。

 明らかな戦闘音。その戦火の中心に超とハカセはいた。

 両者共に動きやすい服装、そしてハカセは様々なマジックアームを駆使しつつ多脚戦車とでもいうべきものに乗って火器管制を行い、超は前衛として襲い来るタナカさんシリーズを破壊していた。

 ハカセがメイン火力、超がその穴を埋めるという構成である。

 

 「見事に大当たりだたけどキョージュは容赦がないネ!」

 「でもタナカさん完全に時間稼ぎの捨て駒ですよ。しかも駆動系の諸問題が完璧に改善されてますし」

 

 二人がキョージュの潜伏場所としてあたりをつけた地下水道は少し進んだところでタナカさんシリーズによる足止めが始まったのだ。

 そのおかげで地下水道の攻略は遅々として進んでいない。

 しかしだからと言って止まりはしないのがこの二人であったが、その表情には焦りが終始消えはしなかった。

 

 



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