僕とヨルハさん (70-90)
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プロローグ

警告:
・この作者は原作をプレイしたことがない。ネットから得た情報のみゆえに齟齬が生じる可能性は否定できないが、その点を了承した上で購読することを推奨する。
・この物語は人間とアンドロイドの同棲を描いたものである。9Sとの関係にこだわる場合、速やかに退避すべし。


「そうだ。君のことヨルハさんって呼んでもいい?」

「何…?」

 

 時刻は午後8時半。沈黙の中、窓から微かに走行音が聞こえてくる。

 マンションの一室に住まう一組のカップル。ごく一般とは変わらない、生活を営むには十分に設備が整っているこの環境。リビングに座る男女は、一見すれば同棲しているものにしか見えないだろう。

 女――ヨルハ二号B型、通称2Bは男の一言に戸惑っていた。

 2Bはどんな容姿かと聞かれれば、日本人離れした容姿。すなわち美少女と評価しても過言ではない。銀色のショートヘアに、白く透き通った肌の端正な形。

 だが、名前からわかるように彼女は人間ではない。アンドロイドなのだ。

 

「カズキ、私のことは2Bと――」

「だって2Bって鉛筆の硬さみたいじゃないか」

「え、鉛筆…?」

「それに、なんか人じゃないように聞こえるし」

「私は、何度も自分はアンドロイドと――」

「でも、ヨルハって名前…。かわいいし…」

 

 かわいい、その一言で2Bは黙り込んでしまった。

 男――諸星一生(かずき)は、ごく一般の男子大学生。春頃に前もって志望していた私立大学に入学してから、一人暮らしを始めていた。

 勿論、彼は普通の人間である。だからこそ、2Bは戸惑っていた。

 彼女は、人間を生で見たことがなかったからだ。アンドロイドであるゆえに、電子データでしか人類の情報を認知したことはない。上司や仲間から得たものでしか把握していない。

 

「…あれっ、ヨルハさん…? もしかして、照れてる…?」

「…別に、照れてはいない…」

 

 顔を覗き込む一生は確信した、彼女は嘘をついたと。そして誂うような、いたずらっ子のような笑顔をみせていた。

 

「嘘だよ。だって、頬真っ赤っ赤だよ?」

「私は君に何度も言っているはずだ! 感情を持つことは規律上禁止されていると!」

「あっ、怒った」

「うっ…」

 

 一生に指摘され、2Bは立ち上がってしまう。両手を握りしめ、女の子らしいポーズを見せながら。いわば『激おこぷんぷん丸』と形容すべきなのだろうか。

 だが、ボソッとした一生の一言で詰まってしまう。目元は眼帯のような黒い布で覆われているので、目は窺えない。だが、口は噤んでいた。

 

「もういい…」

 

 これ以上、彼の話に付き合えばメモリ不足に陥ってしまうだろう。それに、自己メンテナンスの必要もある。

 そう判断した2Bは踵を返して、部屋に向かった。ドスドスと大きく音を鳴らして。そしてドアノブに手をかけて扉を――

 

「ヨルハさん、そこ僕の部屋――」

 

 開けなかった。そしてドアノブを掴んだまま、しかしカタカタと小刻みに手を震わせて鳴らしだしたではないか。

 結局は、最初から最後まで彼の意のままにされたかのようだ。2Bはその状況を噛み砕くことができず、悔しさが滲み出ていた。

 

「ふん…!」

 

 吹き鳴らすような声を出し、向かい側の部屋に方向を変えて別の部屋に入っていった。一生はその光景を、呆然と眺めていた。

 

「あれ…、絶対に怒っていたよね…?」

 

***

 

 2Bはアンドロイド――詳しく言えば戦闘部隊、ヨルハ部隊に所属する戦闘型アンドロイドである。

 彼女がいた時代というものは、まさに熾烈を極めたもの。異星人が、所有物である機械生命体を連れて地球を侵略。人類は抵抗したものの、高度に発達した文明に勝てず、敗北。生存したものは月に逃れた。地球を奪還するための抵抗手段として開発されたものの1つが、2Bであった。

 2Bは感情を押し殺し、与えられた指令に則って任務を熟してきた。機械生命体を殲滅してきた。全ては人類のために、人類の故郷である地球を奪還するために。

 

 だが、これは何なのだ?

 

 見回せば、月に逃れていたはずの人類は地球に数え切れぬほど存在しているではないか。ディストピアと化した当時とは異なり、文明を維持したままの光景の中で人々は屯している。そして、この地球にはあるはずの要素が1つもない。

 ヨルハ部隊も、機械生命体も…。

 彼女には今に至るまでの前後の記憶がない。気づけば、戦闘能力を持たない人間に保護されている。そして、彼の天真爛漫さに振り回されている。

 

 これは普通の青年である一生と戦闘型アンドロイドの少女2Bが送る、奇妙で実はごく普通な日常を描いたものである。



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出会い

<もしもこの2人がオートマタをプレイしたら>

ヨルハさん → 怒り:恥 = 4:6
一生 → 奥手:欲 = 8:2

 自爆後の姿を見た時だ。この時は主観だったからこそ無自覚だったが、客観で見て初めて己を恥じた。顔全体が林檎の皮ほどに紅潮し、ゴーグルだけでは誤魔化しきれないため、両手で覆い隠している。
 そんな彼女に対し、一生は何と声をかければ良いか戸惑うばかり。画面越しとはいえ直視できないので、頬を赤くしたまま顔を背けていた。


 数日前。

 諸星一生は気分のいい朝を迎えていた。ベッドから起き上がり、カーテンを勢い良く開け、晴れ晴れしい空を仰ぎ見る。

 なかなかいい朝だ。夜明けの空は青一点張りで雲一つもない。大きく空気を吸おうとリビングに入り、ベランダに出る。スリッパを履き、大きく背伸び。

 

「プハァ…」

 

 通学のために地元から都内のマンションに引っ越してから小半年。一人暮らしである故にまだ寂しさは残ったまま。

 母に起こされることがなくなった。

 弟と話す機会が、電話のみとかなり少なくなった。

 家族と一緒に御飯を食べることがなくなった。

 上京してからどれぐらいの習慣がなくなったのだろう。列挙しても、枚挙に暇がない。しかし、全ては彼が望んだ道。今頃嘆き事を吐いても、親に呆れられるだけだろう。

 

「さて、軽い朝飯でも作るか」

 

 中に戻るとキッチンに入り、朝食を作る。実家に在住していた時から、料理のイロハはある程度身についている。ベーコンエッグにトースト、そして市販のスープとサラダ。一学生である以上彼には十分。

 平らげた後、歯磨きや着替えなど身支度。全て整えた後、カバンを背負う。

 

「行ってきます」

 

 答えてくれる相手はいないが、1つ挨拶をいい部屋を出る。

 一生が通学する大学は、徒歩で10分もかからない。住宅街を通り、街中を通り、大学。時折、住宅街では近所の人におはようの挨拶はするが。

 

***

 

―帰りのめし、どうしようかなぁ。

 

 大学から帰りの一生。

 毎月親から仕送りを受けているが、自分への小遣いということでバイトもしている。この日はシフト制で決められた曜日ではない。

 自転車に跨り、朝に通った通学路を通って帰宅。バイトや友人との用事がなければ、寄り道することなくマンションに直行。ごく普通の日常に変わりない。

 

―カップ麺? いやいや昨日も食べたしなぁ…。

 

 住宅街に入ってもなお、まだ決まらない。

 この時、一生は周りを見渡す。今の彼の気分上、飲食店の看板が目に入ってくる。ラーメン、焼き鳥、中華料理、牛丼…。普段の昼食は食堂で500円以内、もしくは売店でパンを買うのみ。別に不満というわけではないが、1度くらいは贅沢したいものだ。

 だが、一生の心情で上回ったのは自制心。看板を目にしてもスルーするばかり。

 

―一人暮らし始めてから、なんか節約グセついてきたなぁ…。

 

 ならばスーパーに寄って、安いお惣菜でも買うべきか。一生は一息つき、ペダルを漕ぐ足を速める。

 

―天ぷら? いやとんかつか? ううん、メンチカツもいいよなぁ…。それか、コロッケかアジフライか、女――

 

 妙な光景が目に入り、ペダルを漕ぐ足を止める。

 

―女…。女?

 

 ブレーキを緩やかにかけて止め、サドルから降りた。

 既に暗く、あちこちの街灯がコンクリートの道路を白く照らしている。しかし、彼の視線の先は光に当たらず、見えるかどうかも怪しい。だが目立つ色のおかげで、何かを見つけた。

 小木の囲いの上に、1人の女性が横たわっている。

 白銀色のショートカットヘア。黒いゴシックドレス。黒いサイハイブーツ。美少女と評価されるほどに端麗な姿。

 絶対にホームレスの格好ではない。この時間帯になると人気がなくなるこの場所だが、今まで発見されなかったことが不思議で仕方がない。

 

「ちょっと! 大丈夫ですか!」

 

 スタンドを立てて駐輪した後、一生は駆けつけた。

 肩を叩いて軽く揺すってみるが、反応はない。まさかと思い、携帯を取り出して――

 

「まっ――て…」

「え――」

 

 女性に手を掴まれた。微かに声を出しては。

 しかし、間もなくして頭が垂れる。再び気を失ったのだろうと、一生にはすぐに理解できた。

 

―どうしよう、この人…。

 

 一生は彼女の姿を見て、困惑した表情で立ち尽くしていた。

 

***

 

 画面が立ち上がる。

 視界に砂嵐が舞い、何も見えない。音もノイズが走り、雑音以外は何も聞こえてこない。

 だが、立ち直った。目の前は白黒に染まった世界。何かしら周囲に風景が広がっているが、2色のみで構成されているので鮮明さはない。

 ただ、自分は誰かを見ていた。

 目の前に立ち、見下ろす、自分に似たアンドロイド。

 しかし、自分は知っていた。

 

――これは、私の…記憶…。

 

 ノイズに塗れながら聞こえてくる声。

 

――みんなを、未来を…。

 

 疲弊しきった声で――

 

――お願いするね…、***――

 

 砂埃が増え、音も景色も何もなくなった。

 

***

 

 少女の瞼がゆっくりと開く。

 彼女――2Bは見回した。見えるのは綺麗に整頓されたリビング。自身の身体のほぼ全体を覆う羽毛布団。自身が横になっていたソファ。どれも知らぬものばかり。いや、ここまで設備が整っているのは、バンカーでの個室でしか見たことがない。

 2Bの知る地球は、まさに破滅的と言えるような状況だ。機械生命体の侵略で、地上はディストピアと化していた。殲滅作戦を決行する際に多く見かけるのは廃墟と化した高層ビルの群れ。かつて人類によって建設され、経済面を支えるために利用された建造物だと耳にしたことはあるが、大抵は機械生命体の巣窟になっていることが多い。

 だが、この部屋はどこだ? 衣食住を営むための設備は十二分に整っており、また混乱も見られない。まるで別次元に連れていかれたかのよう。

 

――もっとも、ここは2Bの知る世界とは正反対だ。

 

「ここは…?」

「あっ、よかった。目が覚めたんだね。近くの公園で倒れていたんだよ」

 

 一生が安堵した調子で声をかける。2Bはハッと声のもとに顔を向けた。

 

「そういえば、君は一体…」

「……ヨルハ二号B型」

「……へっ、今なんて…?」

「ヨルハ二号B型。ヨルハ部隊に配属する戦闘型アンドロイドのうちの1体で――」

「待って!」

 

 しかし、一生に待ったをかけられた。

 

「ごめん! 僕、君の言ってることさっぱりわからない…! つまり、君はロボットってこと…?」

「ロボットじゃない。アンドロイドよ」

「いや一緒だよ!?」

 

 2Bの説明に、一生は突っ込みを入れるばかり。だが彼女の方も、アンドロイド自体を知らないと振る舞う彼に対して、戸惑いの表情を見せていた。

 

「どういうこと…? まさか、君はアンドロイドではないというの?」

「僕、人間だよ?」

 

 2Bは、この一言に対して絶句した。

 目の前にいる人物を、レジスタンスの仲間と見なしていた。ちなみにレジスタンスとは、地球に滞在するアンドロイドの集団のことだ。

 だが、自分を人間だと?

 一方で、一生も困惑していた。2Bの話の内容が現実離れしすぎて、追いつけない。

 

「人間…? まさか、そんな…。人類は月に逃れていたはず…?」

「いや、わからない…。てかまだ誰も月に行ったことないよ? アポロぐらいしか」

「嘘…。じゃあ、私は一体…?」

「ちょっと、大丈夫?」

「…西暦は?」

「えっ? 2017年だけど?」

 

 ほら、と携帯の待受画面を見せる。

 

――80世紀以上も前…!?

 

 2Bは初めて動揺を人前に見せた、のかもしれない。あの彼以外に。



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