アカメが斬る! ━とある国の英雄譚━ (針鼠)
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エピソード 0ー0

 帝都宮殿内。

 

 国民から巻き上げた財を貪る者達が、己の保身だけを考えて『これで安心出来る』と思うまであらゆる罠や獣を解き放つ一種の魔窟。並の侵入者はもちろん、腕利きの者ほど最奥の地獄を味わう羽目になることだろう。

 

 

「よっこいせっと」

 

 

 そんな魔窟に、なんとも場違いな楽観とした声が響く。

 

 年端もいかない少女だった。鉄輪のような髪飾りで纏められた砂色の髪。母親譲りの健康的な浅黒い肌。着崩した道着姿は、胸だけを水着のような布で隠しただけで上半身を露わにしている。

 月の隠れた暗闇で、爛々と光る二つの瞳。イタズラっぽく覗く八重歯が、まるで猫のような少女だと思わせる。

 

 実際、天井裏から通路の床に足をつけた彼女は、獣のように一切の物音をさせなかった。先ほどの気楽そうな声を出さなければ、気配そのものが希薄な、完全な気配断ちであった。

 

 それもそのはず。

 魔窟と謂われるこの宮殿。その最奥こそが彼女の棲家である。

 

 皇拳寺羅刹四鬼(こうけんじらせつよんき)

 

 帝国最高の拳法寺、皇拳寺において最強と目される四匹の鬼(・・・・)。その一角が彼女――――メズである。

 

 皇拳寺より派遣され、今はオネスト大臣お抱えの処刑人。そんな彼女がこうして足を運んだ理由は無論ひとつ。

 大臣の命令。暗殺である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 帝都宮殿内、西の宮応接間にて、メズは片膝をついて頭を垂れていた。彼女が頭を下げる先には、部屋の中央を陣取る長テーブル。その上にはテーブルから溢れんばかりの料理が、所狭しと並べられている。

 それを食べるのは、まさかのひとり。

 

 

「ヌフフ。好きなときに好きなだけ好きなものを食べる。これのなんと幸せなことか」

 

 

 グッチャグッチャと憚らず音を立てながら咀嚼する男。切り分けられた物には目もくれず、ハムの塊を掴むと開いた大口の向こうに手品のように消えていく。

 

 内心、『うわー』とメズは感心やら嫌悪やら感じていたが、もちろん顔には出さない。

 

 

「フー……。さて、まずはキョロクの護衛任務ご苦労様でした」

 

 

 一心地ついたのか、ようやくテーブル上の料理からメズへ意識を向けた大臣は、朗らかに笑って労いの言葉をかける。

 この一面だけ見れば、オネストという男はなんとも親しみやすい人物に見えるのかもしれない。

 

 しかし、その正体は、私腹を肥やすが為に幼い皇帝を意のままに操る傀儡政治で、この国を腐らす諸悪の根源というやつだ。逆らう者あれば一族郎党、恥辱と恐怖の限りを味あわせた後に必ず殺す。

 

 非情で、残虐で、強欲で。

 それでいて悪魔の如き聡明さと思慮深さを併せ持つ。

 

 メズ自身、善と悪を語れる人間ではないが、オネストという男は間違いなく悪に属するものだと断言出来る。

 

 

「《安寧道》はどんな様子ですか?」

 

 

 オネストから尋ねられ、メズは答える為にやや顔を上げる。

 

 

「えーと、ブソー蜂起を起こすのは間違いないっぽいですネー。扇動してる奴は何人か殺っておきましたけど、あんま意味ないっぽい……です」

 

「ブフー……やはりですか。困りましたねー」

 

 

 慣れない敬語に四苦八苦するメズ。

 だが大臣も、そもそんなものをメズに求めていないので特に気にした様子は無い。

 

 安寧道とは、大陸広く民衆に信仰されている宗教である。教主は神の御業とやらで怪我や病を治せるらしく、現在帝国国内でも多くの信者がいる。

 そこが近々怪しい動きをしているとオネストの耳に入ったのだ。

 

 宗教反乱だ。

 

 今、東側においては一国に匹敵する規模にまでなった安寧道が歯向かってくるのは、オネストとしてもあまり面白くない。

 

 

「安寧道だけならばどうとでもなりますが、もし南にいる反乱軍まで動かれたら面倒ですからね。まったく嘆かわしい! 陛下の愛するこの国で反乱など。私悲しくて太ってしまいそうです」

 

 

 モグモグとまた肉の塊をかっ食らう。

 

 とはいうものの、オネストはこの安寧道についてはすでに手を打っている。安寧道のNo.2。教主補佐のボリックは大臣側の人間なのだ。

 元々何かの役に立てば程度の理由で潜り込ませていたスパイだったが、こうなった今、ボリックに安寧道の教主の座に座ってもらえば、反乱は起こらず、どころか一転して帝国……ひいてはオネストの駒として使うことが出来る。

 

 恐るべきはオネストの先見の明か。それとも、即座にそれを利用しようと考えつく悪魔の頭脳か。

 

 何にせよ、そういった理由から現在羅刹四鬼は交代制でボリックの護衛任務についている。常に二人以上が身辺警護としてキョロクに潜り込んでいるのだ。

 メズも交代を受けてこうして帝都に戻ってきたのだが。

 

 

「さて、ところで別任務があるのです。お願い出来ますか?」

 

 

 やはり、後光すら幻視する穏やかな微笑みを浮かべ、しかしその口から人殺しの命令を下すオネストに、メズは寒気を覚える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メズからすれば宮殿内は己の庭のようなもの。メズにも知らされていない罠も数多くあるが、それも羅刹四鬼たる彼女の実力を以ってすれば躱すのは容易い。

 むしろ一番の障害になりうるのは、宮殿内部の警護を一任されている近衛兵だろう。

 まあそれも、大抵の者ならば彼女の相手になりはしないのだが。

 

 

「さ、て、とー。サクッと始めちゃおっかなー……ん?」

 

 

 暗がりの通路に視線を向ける。

 

 夜も充分に更けた頃合い。人気がなくて当然なのだが、

 

 

「三秒待ってあげるから早く出てきた方がいいヨー。イーチ、ニーイ、サ――――」

 

 

 数えきる前に、メズの目の前に影が降り立つ。それはひとつではない。

 全部で八人。どこからともなく、まるでこの暗闇から這い出たように気配もなく、揃いの真っ黒の装束を着た者達が姿を現した。

 

 

「素直ジャン。――――で、だぁれ?」

 

「我等は《(あり)》。帝都の闇に棲まう(むじな)ですよ。貴方と同じ、ね」

 

「ふーン?」

 

「羅刹四鬼とお見受けします。我等裏の者にとっては名高い殺戮部隊の一員。お会いすることが出来て光栄です」

 

 

 一団から一歩前に出てきた男。顔までかぶった装束が同じなので見分けがつき難いが、一際痩身な男だ。彼がこの部隊のリーダーということなのだろうか。

 

 下手に出ながら、やけに畏まった口調で話すリーダーの男は唯一布に覆われていない目でメズを見やる。光の無い、部隊名通り虫のような双眸だ。

 

 

「我等が用があるのはこの部屋の主。恐れながら、羅刹四鬼様は何故ここに?」

 

 

 ふむ、とメズはなんとなく事情を察した。

 

 オネストが敢えて二組に暗殺を命じる理由は無い。ということはつまり、どうやら暗殺指令のバッティングらしい。

 オネスト以外の別の者も、この部屋の主の命を狙ってこの者達に抹殺の指令を下したのだろう。

 

 

(まあ確かに、狙われる理由ならいっぱいありそうだしネ)

 

 

 自身の、そしてまた目の前の者達の標的を思い、メズは納得する。

 

 

「なんかかち合っちゃったみてえ!」

 

「………………」

 

 

 蟻の連中は視線を交わし合う。如何なる手段か知らないがそれだけで話し合いは済むらしい。

 しかし口を開くのはやはりリーダーらしき男。

 

 

「ならば共に……と言いたいところですが、そうもいかないでしょう。無理に足並みをそろえる必要は無いと考えます」

 

「いいよー。アタシも足手まといがいるのはごめんだし」

 

「――――差し出がましい願いとは思いますが、ここは我等に任せてはいただきませんか。羅刹四鬼様の手を煩わせるのは忍びない」

 

 

 しばし、考える素振りをみせたメズだったが、すぐに快活な笑顔で了承の意を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蟻の一人が扉に手をかける。レバーハンドル式のノブを下に下げ、扉を開ける。人一人分の隙間だけを開けたそこから続々と黒装束の者達が雪崩れ込む。

 扉を開けていた者が最後に中に入り再び扉を閉めるまで、一切の静寂だった。

 

 部屋に侵入した彼等は、そのまま流れるように分散する。彼等は時にアイコンタクトすらせず、淀み無く集団で動く。

 群体。

 それこそが彼等の部隊の特徴だった。

 

 蟻は、帝国の闇、暗殺部隊設立提案者、サイキョウが子飼いにしている部隊。

 彼等は彼等にしか嗅ぎ分けられない臭いによって意思疎通を可能とする。

 無論、肉体は薬によって強化済みだ。

 

 蟻のリーダーを任されている痩身の男は部屋の全体を見渡せる位置に立ち止まる。基本的に彼が特殊香料を使って指示を出す役だからだ。

 

 チラリと、彼が見たのは、今し方侵入に使った部屋の扉の近くで壁に寄りかかって成り行きを見守っている褐色肌の少女。くあ、と欠伸を噛み殺している光景に、苛立ちに眉をひそめた。

 

 

(どうしてあんな小娘が……)

 

 

 暗殺部隊はそのどれもが帝国の闇だ。設立当初は多くの子供達の中から選りすぐりのメンバーと、そうでない者は強化薬の実験体として使われ、育てられたときく。後者は今も実行部隊として消耗と補充を繰り返している。

 蟻もまたその過程から生まれたものだ。

 わけもわからない施術を施され、得体の知れない薬を飲まされ、ちり紙と同じ程度の扱いで捨てられる。

 

 別にそのことに不満があるわけではない。彼が気に入らないのは、帝国の為に文字通り全てを捧げている自分達より、皇拳寺(よそ)から来た彼女達の方が立場が上だという風潮が気に入らないのである。

 自分達の存在意義を否定されているようで。

 

 メズの助力を避けたのは、説明した通り足並みを揃える面倒さを回避したかったのも確かにあるが、一番の理由は示したかったからだ。

 皇拳寺などいらない。この仕事は、帝国の汚れ仕事は、自分達帝国の闇から生まれた者達のものなのだと。

 

 いずれ、必ず彼女達は殺す。

 他人の縄張りに勝手に入ってくれば、猫だってそいつを攻撃する。縄張りを守る為に。

 

 その為にも今はこの指令を成功させる。

 

 執念にも近い決意を再確認し、男は意識を任務遂行に戻す。

 

 雲に隠れ、月明かりも無い闇夜。

 しかし男達には暗闇など関係ない。彼等の扱う特殊な香料は、意思疎通に使えるだけでなく視覚に頼らず周辺の状況を把握することも出来る。

 

 それによれば、標的は部屋に唯一のベットの中。他に気配は無し。

 

 蟻の仲間が四方からベッドを囲む。その手には、格好同様やはり同じ形状の短刀。いつ抜いたのか。やはり音はなかった。

 

 

 ――――殺せ。

 

 

 無音の命令に、群がるように一斉に刃を突き立てた。

 

 

「――――――――」

 

 

 音は、無い。

 

 彼等にしか認識出来ない臭いは、仲間の刃が確実に標的を貫いたのを示している。最初から最後まで静寂のまま事は行われた。

 

 任務完了。

 

 そう結論づけた直後――――四人の上半身が消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この暗闇で一糸乱れぬ動きを見せる男達を、メズは退屈げに眺めていた。そう、見えていた(・・・・・)

 

 羅刹四鬼は単なる拳法家集団ではない。人の身では決して戻ってこれないと謂われる寺の裏山に篭り、文字通り人の身を越えた超人部隊である。

 その真髄は身体操作。

 手足はもちろん、髪の毛の一本まで自在に肉体を操るメズ達にとって、この程度の闇夜は昼間となんら変わらない。

 

 どうやら特殊な方法――――おそらく嗅覚か触覚に頼っている――――で互いの意思疎通を成立させているらしい部隊は、標的が眠るベッドを取り囲む。

 四人が糸を繋いだ人形のように揃った動きで短刀を抜く。その後間もなく、凶刃がベッドの中の標的を串刺しにした。

 

 

(あっれー?? つまんねえの。終わっちゃったよ)

 

 

 寝息に合わせていた布団が完全に動かなくなるのを確認して、メズは拍子抜けだと落胆した。

 

 ――――直後、四人の上半身が消失した。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 驚きに目を開き、壁に寄りかかっていた体勢から低く身構える。

 

 視界の先で、残された下半身から噴水のように血が噴き出る。やがて思い出したようにバランスを失い、水っぽい音を立てて倒れ込んだ。

 

 異常事態は終わらない。主を失い、取り残された手だけが未練がましく柄を掴んでいる短刀。突き立てられた布団が持ち上がった。

 ベッドの中の者が起き上がる。

 その瞬間、死んだ四人の後ろに控えていた三人が身を投げ出すように短刀を構えて飛びかかった。

 

 ふと、脳裏に指令を告げた直後のオネストの独り言とも思える言葉を思い出した。

 

 

 ――――殺せるものなら殺して欲しいものですよ、まったく。

 

 

 グチャ。

 

 生温い風がメズの頬を撫でた。

 

 壁のシミ(・・)に成り果てた肉塊達。超常の膂力で壁に叩きつけられた蟻の部隊は、原型を留めることも叶わなかった。

 

 だが、

 

 

(なんだ)

 

 

 メズの意識はそんなことには向かなかった。

 

 ズズ、ズズ、と臓物に濡れたカーペットを這いずるモノ。

 

 赤。紅。朱。

 

 土のように赤い。

 紅蓮のように紅い。

 血のように朱い。

 

 思わず遠近感が狂ってしまう程巨大で、岩のような表面したそれが何なのか。最初メズには見えていてもわからなかった。

 

 

(手……?)

 

 

 五つに分かれた先端がそれぞれ剣に思える鋭い爪。岩のようだと思った表面も、爬虫類かそれに似た鱗。

 

 異形の腕がベットから伸びていた。

 

 腕はのっそりとした動きで鎌首をもたげる。その先には部屋の中央を陣取っていた痩身の男。

 動く気配は無い。短刀を抜いた右腕もだらしなく下がっているだけだ。

 白昼夢でも見ているように、ただただ子供のように無防備に見上げている。

 

 今まさに己に振り落とされる異形の塊を前に、最後まで放心したまま、男は身動ぎもせず押し潰された。

 

 

 ――――その瞬間を狙って、メズは襲いかかった。

 

 

 標的は未だベッドの上。上半身だけを起こしているそれに向けて手刀を繰り出そうとして、背筋の走った悪寒に従って空中で身を丸めた。

 

 直後襲いかかる衝撃は、まるで全速力で突っ込んできた馬車にはねられるようだった。

 

 身体操作で体をグニャグニャにして威力を分散。壁に叩きつけられる瞬間だけ硬化させ、しかしそれでも逃しきれなかったダメージに耐えきれず血を吐く。

 

 

「――――ったく。人が気持ち良く寝てるところに……。最悪の寝覚めだ」

 

 

 ベッドから上半身だけを起こしていた人物が床に足を下ろす。メズが再びそちらに目をやったとき、異形の腕はすでに影も形もなかった。

 

 そこに立っていたのは半裸の男。

 短く刈り上げた赤髪。乱暴な口調とだらしない身なりにしては、どこか気品を感じさせる整った顔立ちをしている。歳は二十代後半くらいだろうか。

 

 ふと、男の視線が床に伏したメズを見つけた。途端に、不機嫌そうに顰めて表情を一変させる。

 金色の瞳に、興味と感心が光る。

 

 

「へえ、生きてるのか」

 

 

 ペタペタと、血塗れのカーペットの上を構わず裸足で歩く。ベッドを半周してメズの近くまでくると膝を折って覗き込んだ。

 

 

「見覚えがあるような……。ああ」思い至ったのか手をポンと叩き「確か羅刹四鬼の末っ子」

 

「ぷっ……別に、アタシらは、兄妹じゃねえヨ……」

 

 

 本気で言ってるわけではないのだろう。その証拠にメズが反応を見せたことに意味があるとばかりに、男は口角を引き上げた。

 

 

「いや立派立派。さっきので死ななかったのは技か? 流石生身で帝具持ちと()り合う戦闘狂」

 

 

 パチパチと手を叩く。

 軽薄な笑みでペラペラ喋るのは、果たして馬鹿にしているのか。それともこれが素なのか。後者なのだとしたら相当イラッとくる。

 

 

「羅刹四鬼ってことは、あの腐れデブの差し金か。つっても、いつもの嫌がらせのつもりか? 毎度毎度懲りねえなぁ。どうせ仕掛けてくるならハニトラにしてくれよー。巨乳ロングのオネイサンを希望!」

 

 

 本当に騒がしい。体の自由がきいたならば、開いた口に拳を捩じ込んでやるところだ。

 

 

「まあ、殺されるのは美人相手でも御免だけど。痛いのヤダし」

 

 

 男は床に落ちていた短刀を拾う。

 無駄口が終われば、始末をつけるつもりなのだろう。

 

 悔しいことに、体はまだ動かない。さしもの身体操作も無防備な背中にでも刀を刺されればどうにも出来ない。

 

 

「んじゃまあ、来世で次会う時はもうちっと色気のある展開でヨロシク」

 

 

 短刀が振り下ろされた。




閲覧ありがとうございます。

>まずなによりも先に、アカメが斬る!原作完結おめでとうございます!長い間アニメともども楽しませていただきました。

>てなわけで、初めましてのひともそうでない方もこんにちわ。つい最近まで……なんだったら現在進行系で執筆活動に苦戦しているのに新作投げちゃう針鼠です。どうぞ宜しくお願い致します。

>今作は原作を読んで、そして読み返して感動して……。それでも読み返す度に思ってしまうやっぱり見たかったハッピーエンドというやつを目指して書こうというのをモチベーションにしております。故の救済ありです。

>ですが犠牲の上に生きるということこそこの作品の肝だとも思っていますので、こんなのアカメじゃないやい!的な方には好まれないかと思います。

ではでは、宜しくお願い致しますー


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エピソード 1-1

 尻尾のように長い髪を揺らし、愛らしい美貌の女性――――セリュー・ユビキタスは、今日も今日とて『正義』に勤しんでいた。

 

 

「正義執行! 帝都のゴミ拾い完了です!」

 

 

 溌剌とした笑顔でVサインを掲げるセリュー。周囲には同じ警備隊の面々がぐったりと座り込んでいる。

 

 

「ふぅ、初めはこんな小さなことより悪の断罪を……と思っていましたが、実際やってみると心が洗われますね。一日百善! 一日の始まり! 今日の正義の第一歩ですよ、コロ!」

 

「キュウー!」

 

 

 奇妙な鳴き声で、セリューに同調するように喜びを示すのはコロと呼ばれた犬(?)。跳ね回る度に鎖製のリードがジャラジャラと音を立てる。

 

 さてと、ひとしきり騒いで満足したセリューは、山積みにしたゴミ袋を眺めるとひとつ頷く。

 

 

「では、いっちゃって下さい。コロ!」

 

「キュウウ!」

 

 

 セリューがゴミの山を指差し命ずると、コロはトテトテと、犬らしからぬ二足歩行で近づく。周囲の野次馬達が何を、と思った瞬間――――、

 

 ガパッ。

 

 主人の膝ほどしか無かった体が、突如として巨大化して、割れた。――――否、開いたのだ。

 それは、口だった。

 あんぐりと大きく開けられた大穴は冗談のようにゴミ山を呑み込んでいく。タコのように円に連なった牙が紙や生ゴミはもちろん、鉄さえ咀嚼する。

 

 ほとんど時間はかからずゴミ山は消えた。食べ終えたコロの体も元のミニマムサイズに戻っており、今し方食べ終えたものがどこに行ってしまったのか。それは誰にもわからなかった。

 

 

「けぷ」

 

「任務完了!」

 

「相変わらず凄えな、帝具って」

 

 

 コロの食事を見ていたセリューの同僚達は、すでに見慣れたそれに多少なり耐性を持っている為苦笑を浮かべるにとどまる。が、初めてみたであろう野次馬達の目を白黒させたそれは、つい数週間前の彼等の顔でもある。

 

 帝具。

 

 千年前、この大帝国を築き上げた始皇帝が作りし四十八の超兵器。刀、槍、鎧、時には生物とその形状は千差万別。ただ唯一共通することは――――手にすれば、たとえどの帝具でもあっても所有者に必ず超常の力が授けられるということ。

 

 永遠の安寧を望み、平和を望み、財と権力を尽くして生み出された帝具だったが、その五百年後に起きた内乱により各地に散ったとされる。

 

 帝具、魔獣変化――――《ヘカトンケイル》。

 

 生物型の帝具。それがコロの正体である。そしてセリューはその適合者。

 

 

「おーす、お前らご苦労ご苦労」

 

 

 『さーて今日もお仕事頑張りますよー! おー!』『えー』なんてやり取りをセリュー達がやっている最中、緊張感の無い声がかかった。

 燃えるような赤髪は特徴的で、すぐに彼等はその人物に気付いた。

 

 

「あ、副隊長。ちわっす」

 

 

 一人が挨拶すると周囲も続いて挨拶する。

 

 だがひとり、プルプルと震えているだけの人物がいる。セリューだ。

 

 

「んん? どうしたセリュー」

 

「――――どうしたじゃありません!」

 

 

 鋭い踏み込みからのアッパー。下からの強襲をしかし相手は薄皮一枚で回避。それに益々怒り心頭なセリューは牙を剥いてがなった。

 

 

「どういうつもりですかグリム先輩! 三日ですよ!? 連絡も無く勝手にいなくなって! 貴方には帝都警備隊副隊長としての自覚が足りません!!」

 

「………………」

 

「な、なんですか?」

 

 

 マジマジと見つめてくるグリムに思わずたじろぐセリュー。説教の最中によそ見されるのは以ての外だが、こうして真っ直ぐ見つめられるのも気味が悪い。顎に手をあてて、至極真面目な顔で彼は言った。

 

 

「お前、胸大きくなったか?」

 

「正義、執★行!!!!」

 

 

 怒りのあまり覚醒したセリューからなんか光が見える。次々に繰り出すパンチにキック。流石警備隊、女性といえどそれは鋭く暴漢程度なら容易く沈んでいたことだろう。というか死んでいただろう。だが悲しいかな、今まさにぶち当てたい上司には届かない。ヒラリヒラリと嘲笑うように紙一重で躱すのがさらに頭にくる。

 

 

「避けないで下さい!!」

 

「無茶言うな。――――コロ。元気だったかぁ」

 

 

 グリムがしゃがみ込み足元にいたコロの腹を撫でる。するとそれが気持ち良いのかコロはその場に仰向けに寝転がりなすがままになる。

 

 

「キュウウゥゥ~」

 

「コロ! そんな悪にほだされてはダメです!」

 

 

 主人であるセリューに注意されるも甘えた声をあげるコロ。何故か適合者並にコロはグリムに懐いている。反比例して主人からのグリムに対する信頼は低いのだが。

 

 

「もう、コロ――――あ!」

 

 

 むくれっ面で、若干涙目のセリュー。すると彼女はこちらへ近付いてくる一団に気付いて声をあげる。途端、周囲の空気が一変した。

 

 

「オーガ隊長!」

 

 

 弾んだ声をあげて駆け出すセリューはその一団へ走り寄る。今までの泣き顔は何処へやら、花が咲くような笑顔は今日一番であろう。

 

 

「おう、セリュー」

 

 

 セリューにオーガと呼ばれたのは一団の中心にいた大男。一揃いの制服を着込む警備隊で、唯一違う装いをしている。

 要所を守るだけの軽鎧。内側から盛り上がる筋肉は、ただそれだけで相当な威圧感を持つ。加えて、男の左目を覆う大きな傷。隻眼であってもその立ち姿に違和感は無く、逆にそれが男の実力を示しているともいえた。

 

 帝都警備隊隊長、オーガ。

 この都を、最前線で支配する男。

 

 

「お疲れ様です! 隊長は……いつもの見回りですか?」

 

「……ああ」

 

 

 敬礼を取って、様子を窺うセリュー。連れ従う警備隊の者達が、見知らぬ風貌の男を拘束した上で連れているのを見て見回りだと思い至る。

 

 

「さっすがオーガ隊長! 毎日欠かさぬ見回りで()()悪を見つけ出し裁く! 隊長を頼っていつも誰かが隊舎に訪ねてきますし。私もいつか隊長みたいな立派な正義を行いたいです!!」

 

 

 感動に目を輝かせているセリューの称賛に、気を良くしたオーガは喉を反らして笑う。

 

 悪を裁く警備隊の鏡。

 そうオーガを絶賛しているセリュー。

 

 だというのに、周囲の空気は先ほどまでとは明らかに違う。

 野次馬達はオーガの登場にそそくさと逃げるように散り、隊員達の表情にも緊張が満ちている。

 

 隊長だからこその風格――――、

 

 

「ははっ」

 

 

 ――――そんな立派なものじゃない、とグリムは鼻で笑う。

 

 

「よお、久しぶりじゃねえかグリム」

 

 

 それが聞こえていたとは思えない。しかしオーガのギラついた眼光は凶悪な笑みと共にこちらを射抜いていた。

 

 

「そうでもない。たかが三日だ」

 

 

 『たかが』という発言にセリューがむっ、としていた。

 一方でオーガの方は気にしてもいないらしく、『違いねえ』と喉奥で笑う。

 

 

「ところでオーガ」グリムは視線を向けて訊ねる「そいつは一体何をしたんだ?」

 

 

 一変、周囲が静まった。空気が凍る。錯覚だとわかっているのに、周囲の温度が三度ほど下がったような感覚だ。

 明らかに顔が強張っているのは警備隊の者達。特に男を捉えているオーガ直属の部下達だ。

 

 

「なにをしたかって? そんなの決まってるだろ」

 

 

 だが、オーガは一切顔色を変えなかった。どころか禍々しい凶笑を浮かべて質問に答えた。

 

 

「悪いことさ」

 

 

 グリムと目が合うと拘束しているオーガの部下達は気まずそうに目をそらした。

 それで答えは充分だった。

 

 

(なるほど。罪状は後から決めるってことね)

 

 

 全てを察したグリム。

 その際、縋るような男の目と合ったがグリムは何も言わなかった。とうとう男も諦めたのか小さく呻きながら俯いてしまう。

 

 

「何か言いたそうだな?」

 

 

 一連のやり取りを眺めていたオーガがこちらへ詰め寄ってくる。対してグリムは肩を竦めるだけ。

 

 

「別に」

 

「そうか。そうだよなぁ。そう、それが正しいんだ」

 

「?」

 

 

 歩みを止めないオーガ。近付いてきたオーガは一本伸ばした人差し指をグリムの左胸の上に押し付けた。

 

 

「それが正しい。絶対に俺には逆らうな。()()()()()()()()()()()()今の地位にいるかは知らねえ。――――だが、お前は副隊長で、隊長は俺様だ。誰がなんと言おうと、お前は俺の下だ。……わかったか?」

 

 

 オーガの怒気に当てられて、周囲の人間が息を呑む。

 オーガの手は腰に帯剣した柄にいっている。返答次第でこの男は間違いなく剣を抜く。街中だろうと躊躇いなどしない。

 

 無論、グリムもそれに気付いている。

 

 そうしてどれほど時間が経っただろうか。いや、実際はそれほど時間は経っていない気もする。

 見守る周囲の人間は己のことではないのに、こうして(むしろ)の上にいるかのような状態に感覚が狂ってしまっているのだ。

 

 

「……はぁ、了解。オーガ()()

 

 

 やがて、根負けしたように両の手をあげてグリムがそう言うと、オーガはにやりと口を歪める。

 

 

「それでいい」

 

 

 満足そうに、オーガは指を離すと高笑いをあげて隊舎の方へ歩いて行く。オーガの部下達も拘束した男を連れてその後を追った。

 

 

「隊長の言葉はもっともです。先輩は人を敬うことを知らなすぎです。それに生活もだらしない。すぐセクハラする。遅刻する。部下にお金を借りる。……本当に良いところが無いですね。人として成長して下さい」

 

「セリューさんや、人間のクズ呼ばわりしてる俺は君の上司だよ? 敬う心はどこかな?」

 

「みんな行きますよ! 副隊長みたいになりたくなければ正義あるのみです! 目指せ世界平和!」

 

 

 聞いてない。ちょっぴり心が傷付いた。

 

 元気いっぱいのセリューのハッパに隊員達もやれやれと重い腰をあげる。なんだかんだいって彼女は隊舎でも人気者なのだ。見た目は可愛いし。

 

 

「――――アンタってば実は人望とかねえの?」

 

 

 グリムの背後から投げかけられた声。今の今まで誰もいなかったはずのそこに突然現れた気配。気配の主は秘書風な女だった。

 聞けばきっと誰もが驚くことだろう。実は彼女はずっとグリムの傍に控えていた。それこそオーガがやってくる前から今までずっと。だが誰も気付けなかった。完全に気配を消していた彼女の存在に、おそらくはあのオーガですら気付くことが出来なかった。

 

 

「流石は羅刹四鬼。見事な気配断ちだ。誰も気付かなかった」

 

()だけどな。……自分は気付いてたくせに。白々しい奴」

 

「俺は初めからお前がいるのを知ってるからな。知らなかったらちょっぴり気付くのが遅れた」

 

「結局気付くんじゃン。……なんでアンタみたいな奴についちゃったんだろ?」

 

「人望だろ?」

 

 

 秘書風な女は――――メズは、ジト目でグリムを睨んだ。

 

 ――――あの夜、彼の暗殺を命じられ返り討ちにあったメズだったが、彼女はこうして生きている。どころか今はどうしてか彼の下で働いている。

 

 いつまでもトドメを刺さないグリムに不審がったメズだったが、しばし考えるように唸っていた彼が唐突に『手伝ってくれないか』と手を差し出してきたときは流石の彼女も目を丸くした。今思えば隙だらけだったと思う。見返りに『もっと楽しい戦いの場を用意してやる』という誘い文句で結局メズはその申し出を受けてしまった。

 

 元よりメズは大臣に恩があるわけではない。帝国に忠実な兵隊でも無い。彼女はただ、より強い者との戦いを望んでいた。それが満たされるならば所属なんて選ばない。

 あの夜、任務失敗と共に終わるはずだった命を拾った上に新しい戦場を用意してくれるというならば彼女としても受け入れることに躊躇いは無い。――――いや、ひとつ不満があるならば標的である『この男』を殺せなかったことか。

 

 まあ、それもこうして生きていればチャンスはあろうというもの。チャンスがあれば彼を殺してもいいかもしれない。そんなことをメズは考えているわけだ。

 

 

「別に今から大臣のところに戻ってもいいぞ」

 

「んー……やめとく」

 

 

 メズはカラカラと笑う。

 

 

「多分もうバレてるっぽいし。今戻ってもすっごい拷問されて殺されるだけだろうし」

 

「よかった。せっかくの優秀な秘書がいなくなったら俺が困る。楽が出来ない」

 

「自慢じゃないけど、アタシ戦う以外何も出来ないヨ?」

 

「やってこなかっただけで、やろうと思えば出来るさ。器用そうだから」

 

 

 暗殺者にとってそれは褒め言葉なのかどうか。疑問に思いながらメズは話題を変える。

 

 

「ところで、隊長とか言われてたあの傷のおっさんは随分慕われてんネ。人は見かけによりませんってやつなの? 実は正義に燃える超熱血漢とか?」

 

「まあ、仕事熱心ではあるか。一部の商人から賄賂を貰って、その見返りに悪事の罪を擦り付けて処刑するのが警備隊の仕事だってんならな」

 

「…………見た目通りってわけネ。やっぱ人間外見も大事だよネ」

 

 

 茶化すメズだが、実は聞かずともオーガの悪党ぶりは予想がついていた。理由は外見の柄の悪さだけではなく、臭いだ。あの男から漂ってくる血臭は、意識せずとも嗅ぎ取れる。単なる警備隊の人間が放つものではない。

 

 

「その割には、あの子は随分懐いてるみたいじゃン。扱いの差がアンタと随分違うし」

 

 

 ニヤニヤと意地悪げに笑うメズ。

 言われたグリムも思うところがあったのか気まずそうに後頭部を掻く。

 

 

「あれはまあ、一種の病気みたいなもんだよ。――――セリューはオーガの奴に救われたからな」

 

「救われた?」

 

セリュー(あいつ)の親父も警備隊でな。昔、捕まえようとした犯罪者に返り討ちにあってセリューの目の前で殺された。そんで、その犯罪者をオーガの奴が殺したんだ」

 

 

 憧れた父親。愛した父親。

 

 それを目の前で失い、絶望と憎しみが爆発する瞬間、その元凶を葬ってくれた男がいた。

 誰だってその人物に感謝するだろう。

 

 

「だがこの話には裏がある。セリューの父親が追っていたそいつはとある闇組織の金庫番だったわけだが、実はそいつとオーガは繋がってて、非合法な商売を見逃す代わりにオーガは金を貰ってた。だがそいつはあの日、オーガに渡すはずだった金をちょろまかした。オーガがそいつを殺したのは、警備隊としての責務でも、もちろんセリューの親父の仇討ちでもなんでもない。完全に私怨だ」

 

「うわー……」

 

 

 なんとも言えない顔をするメズ。

 

 なんというか、やるせない。というか憐れだ。

 誰がなどというまでもない。

 

 己の父を重ねて尊敬する男が、実はその父を殺した男と密接な関係にあったと知れば、彼女は一体どうなってしまうのか。

 

 

「それ、教えてあげたの?」

 

「言ったって信じねえよ。ていうか、そんなこと言ったら俺が殺される」

 

 

 冗談、ではなさそうだ。オーガに対する彼女の心酔っぷりを見れば納得だ。

 世の中には知らないほうがいいことというのは腐るほどあることをメズも知っている。

 

 

「――――!」

 

 

 頭上に感じた気配にメズが警戒を飛ばす。が、そこにいたのは、

 

 

「鳥?」

 

 

 上空を旋回する一羽の鳥は、グルグルとその場を旋回していたかと思うとゆったり下降する。やがてそれはグリムが差し出した腕に止まった。

 

 首を傾げるメズ。グリムは相変わらず軽薄な笑みを浮かべるのだった。




閲覧、感想ありがとうございます。

>てなわけで2話。大部分は前に書いたやつなので書き方に微妙に違和感があるかもです。

>正義魔人セリューちゃん登場!彼女に『先輩』と呼ばせるためだけに主人公を警備隊出身にしたといっても過言ではない。そしてこの作品の、少なくとも中心に居続けるのが彼女なのです。
どうぞ今作のセリューがどうなっていくのか。温かく見守っていただけると幸いです。

ではではー


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エピソード 1ー2

 帝都警備隊隊長、鬼のオーガ。

 

 タツミにとって入団初日の侵入者撃退を除けば、ナイトレイドとして初めて正式に受ける任務となる今回の標的の男の名だ。

 

 警備隊への裏口入隊を口実にオーガを人気の無いところに誘い込むまではよかった。向こうもタツミを子供と侮って警戒しながらも誘いに乗ってきた。

 

 一閃。

 

 不意打ちは紙一重の差ではあったが成功。

 タツミの敵意に気付いたオーガが振り向きざまに剣を抜くより先に、タツミの剣はオーガを斬り裂いていた。だが、

 

 

「ふざけんじゃねえぞおおおぉおぉおおおお!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 任務完了と背を向けたタツミは背筋を走った悪寒に従って振り返ると剣を盾に構えた。そこへ打ち込まれる強烈な衝撃。一瞬、呼吸が止まる。

 小柄な体を吹き飛ばされながらも鍛えられた体幹が転倒を回避。幸いにも衝撃に耐えた剣を再び構えて前を見る。そこには、悪鬼の如き形相のオーガが立っていた。

 

 

「ま、まだ生きてたのか…………?」

 

「ふッ――――! ふッ――――!」

 

 

 出立前のアカメの助言に救われた。報告までが任務だと、帰ってくるまで気を抜くなと言われてなければ今の攻撃は防げなかった。

 

 

「俺が……このオーガ様が、テメエみたいなクソガキに殺られるかよぉ……」

 

 

 違う。タツミの剣は確かにオーガに致命傷を与えている。しかしオーガは動いてる。

 

 

「弱者がなに呻こうが関係ねえっ! 強者が絶対なんだよ……俺が、この俺様がこの街の支配者なんだよ!!!!」

 

「っっっっ!」

 

 

 血走った目に睨まれて怯んだ一瞬、オーガは振りかぶっていた剣を振り下ろした。

 

 

「噴ッ!!」

 

 

 鬼などという(いかめ)しい名を持つだけありオーガの剣の腕は一流だ。だがタツミとて剣の腕なら劣っていない。それでも押されているのはタツミだった。両者の差は歴然だ。恵まれたガタイのあるオーガが体重差で押し込んでくる。

 

 

「俺が人を裁くんだよ! 俺が裁かれてたまるかああぁぁ!!」

 

「勝手なこと、言ってんじゃねえよ! 警備隊っていうのは誰かを守る仕事だろうが。それを、お前は!!」

 

「知ったことか! 弱え奴には文句言う権利なんざねえんだよ!!」ニィ、と眼前のオーガの顔が愉悦に歪んだ「黙って貢いで、泣き叫んで殺されろ! 俺が支配者だ! 俺様が絶対なんだ!!」

 

 

 ブツリ。

 

 タツミの頭の中で、何かが切れた音がした。

 

 

「――――あ?」

 

 

 間の抜けた声をあげたのはオーガだった。

 

 不意に目一杯押し込んでいるはずの腕の力が抜けた。思わずつんのめりそうになって、ようやく目の前にタツミの姿が無いことにオーガは気付いた。

 周囲を探して、それを見つけた。頭上で血を振り撒きながら回る己の両腕を。

 

 

「わかった。――――もういい」

 

 

 ゾッ、とするほど冷たい声が自分のものであったことをこのときのタツミにはわからなかった。ただ、先ほどまでの熱い怒りが消え去り、代わりにクリアになった視界でオーガを見下ろす。

 

 ――――もう、いい。

 

 もうこの男に会話は必要ない。こいつも同じだった。タツミがこの街にきて初めて出会った悪。親友二人を嬲って殺したあの連中と同じ。

 

 手に入れた権力を理不尽に行使する。

 

 

「――――――――」

 

 

 空中で壁を蹴って勢いをつける。体を捻って体重の軽さを補う。

 

 

「決めた。お前みたいなクズは全員……俺が斬り刻む!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――がっ、はぁ……げ、あぁっ!」

 

 

 再びオーガが意識を取り戻したとき、すでに襲撃者の少年の姿はなかった。

 

 目に血が入ったのか視界が朱に染まる。立ち上がろうとして両腕を失っていたことを思い出す。それでも起き上がろうとしたが足に冗談のように力が入らない。

 刻一刻と流れ出ている己の血を見てそれが死のカウントダウンだと理解する。

 

 それでも足掻く。

 

 

「ぐっ……ぎぃ」

 

 

 這って進む。血の尾を引き、臓物を溢しながらも前へ。帝城に、いやせめて隊舎にさえ辿り着けば治療が出来る。そんなものが焼け石に水なのは当然理解している。しかし数分生き長らえることさえ出来れば、知り合いの医者に頼めばこの命を救える可能性がある。

 

 頭のネジが飛んだ変態だが、この際贅沢はいえない。今は兎角生き残ることが優先だ。

 

 しかし、誰がどう見てもオーガの足掻きは無駄なものだ。すでに出血量は言わずもがな、上半身と下半身を辛うじて繋いでいるのはほとんど骨だけ。実際動く度に肉が千切れていく。致命傷という表現すら生温い。

 こうして生きて、そして動いていることは奇跡といえる。それでも、オーガの意識を繋ぎ止めているのは――――執念だ。

 

 

「……ろ、す。……す……す……か、らず……必ずっ、殺してやるぞあのガキ!!」

 

 

 尋常ならざる殺意。それだけで今のオーガは生きている。

 

 しかしそれすらももうすぐ限界がくるだろう。最初に誘いに乗ってしまったが故にこの場所に人通りは無い。仮に運良く人がやってきても今のオーガを見れば悲鳴をあげて逃げてしまうことだろう。隊舎までの距離も遠い。

 このまま誰にも出会えず果てる。――――そう思われていた。

 

 

「おやおや、こりゃまた妙なところで会いますなー」

 

 

 這いずる先から声が聞こえた。オーガの意識が覚醒する。這うことに夢中でずっと地面ばかり見ていた顔をもたげて、闇の向こうから現れた赤髪の青年を見つけた。

 

 

「ぐ、グリム?」

 

「調子はいかがです、オーガ()()?」

 

 

 ――――何故。

 

 グリムの顔を見て瀕死のオーガの頭に最初に浮かんだのが疑問だった。

 

 願った通り人に出会えた。それも警備隊の人間だ。これがただの住人だったならばこのショッキングな光景に逃げ出したろうが、警備隊の人間ならばたとえ自分が瀕死であろうと寝首をかくことなど考えず命令をきく。そういうふうに仕込んである。

 

 だからこの場に警備隊の人間が現れたことはこれ以上無い幸運だ。直属の部下、他派閥の隊員、誰だって。

 

 ――――ただひとり、グリム(この男)でさえなければ。

 

 

(この状況で、都合良く現れた……?)

 

 

 強烈な違和感。死に瀕して、否、こんな状態故にかオーガの思考が普段の限界値を越えて回る。それが訴えている。こんな偶然はあり得ない、と。

 

 

「………………」

 

 

 オーガが自分を確実に認識したにも拘らず反応が無かったことに、グリムは茶化すような態度をやめた。無言で這いつくばるオーガを見下ろす彼にはやはり助ける素振りは見えない。

 

 そもそもあの少年は何者なのか。杜撰であっても計画的である以上辻斬りでは無い。剣の腕はあったが才能に依るところが大きい。実戦経験は少ない。殺しの経験に至ってはあるかも怪しい。実際こうして二度もとどめを刺し損ねていることが証拠だ。

 

 だが少なくともオーガにあの少年との面識は無い。戦闘中の反応を見る限り向こうも同じようだった。ならば義侠心に駆られた、或いは偽善に志を燃やす青臭い子供だったのか。

 

 あくまで勘だが、オーガを襲った少年剣士とグリムは繋がっている可能性が高い。だが直接的な関係ではないだろう。もしそうならば少年のピンチに割り込んできたはずだ。

 

 ならば少年は誰かに頼まれた。誰に。

 

 これについては心当たりがある。今までオーガが自分に従う商人達の罪を代わりにおっ被せて殺した者達の親族、或いは友人。その中でも生き残っている者は割りと少なく、おそらくはつい最近殺した男の恋人の女か。吊し上げた男の亡骸にいつまでもしがみついていたのを覚えている。

 

 しかしこの場合、頼んだ人間は誰だっていい。問題は依頼を受けた側の人間、つまり少年の正体。

 

 今やこの帝都でオーガを義侠心から討ち果たそうとする者はいないと言って過言ではない。そういう輩は悉く返り討ちにし、もしくは下手な正義感をかざす前に殺してきた。となればあれは『外』の人間だ。

 

 オネスト大臣による圧政で腐敗したこの時代。オーガに、いや警備隊に、いいやこの国に逆らおうとする人間は――――、

 

 

「ま……さ、か」噛み合わない歯の根。震える声で「テメ、エ……まさか、革命、軍?」

 

 

 その問いにグリムは答えを返さなかった。ただ笑みを深くする。

 

 グリムは道脇にある樽の上に座る。ちょうどオーガを見下ろせる位置。そしてその行動からはやはり助ける意志は感じられない。懐から取り出した煙草を咥える。

 

 

「俺はなオーガ。お前がどんな悪どいことをしててめえが儲けてようが咎める気なんてなかったんだ」

 

 

 紫煙を吐き出しながらそう言った。

 

 

「それどころかそのやり方を認めてた。善悪で言えばお前は悪だが、それでも間違いなくこの街を統治してたからな」

 

 

 グリムが言うように、オーガが警備隊の隊長になってからこの街の犯罪率は著しく減っていた。己の欲の為に無実の人間を殺すオーガだが、その対象はなにも善良な民ばかりではない。オーガに従わない者、気に入らない者全てが粛清対象。この街で自分勝手に暴れる小悪党をオーガは許さない。当時はむしろそういった者が殺されることの方が多かった。

 オーガの凶暴さが広まってからは彼等は身を潜め、真実この街の犯罪数は減ったのだ。まったくもって皮肉な話だが。

 

 

「それなら何故……がふっ……なんで俺を」

 

「お前、セリュー(俺の部下)に手を出しただろ」

 

「……っ!?」

 

 

 グリムが向ける絶対零度の瞳に射抜かれ、オーガは思わず身を凍らせる。

 

 

「俺が警備隊に配属される日に言ったよな? お前がなにをしようが口出しはしねえよ。でも、絶対に俺のものに手は出すなって」

 

「だ、だが! セリューがそれを望ん……」

 

「ああそうだよ。……あのアンポンタン。だから余計に頭にくる」

 

 

 苛立たしげに髪を掻き乱すグリム。

 

 

「――――まあ、どっちにしたってそう遠くない内にお前はこうなってたさ。因果応報。そのまま野垂れ死ね」

 

 

 冷酷な死刑宣告。見逃す気はないと。

 地面に突っ伏したオーガはから徐々に力が失われていき、

 

 

「冗談じゃねえ! この俺様がこんなところ――――」

 

 

 斬。

 

 最期の力を振り絞って立ち上がったオーガの奇襲は、立ち上がると同時に袈裟斬りに振るわれた剣によって阻まれた。肩から脇腹に抜ける銀閃。血飛沫が舞った。

 

 

「――――で、し、ねる……」

 

 

 最後まで言葉は続かず、執念すら及ばない完全なトドメに遂にオーガが倒れた。

 

 

「………………」

 

 

 剣を振り抜いたグリムは、血飛沫で火の消えた咥えていた煙草を捨てる。足元に倒れたオーガは今度こそ動かない。

 

 

「あんたは人としちゃ最悪だが、上司としちゃ嫌いじゃなかったよ」

 

「ひっどい部下もいたもんだよ」

 

 

 グリムの背後からメズが現れる。その格好は昼間のようなスーツではなく羅刹四鬼にいた頃のような道着姿。

 

 

「アンタみたいな部下を持ったことだけは、そのおっさんに同情する」

 

「上司が襲われてたのに助けにこない部下を持った俺にも同情してくれよ」

 

「死にかけの上司ぶった斬ったヤツに言われたくねー」

 

 

 クツクツと笑うグリム。相変わらずつかめない上司にメズは肩を竦め、足元の死体を見やる。

 

 

「それ、どうすんの? 処理するなら森の中にでも捨ててくるけど」

 

 

 ここがいくら人通りが少ないとはいえゼロではない。このまま放置しておけば遅くとも明日の朝には見つかるだろう。死体など森の中に捨ててしまえば獣や危険種辺りが勝手に処理してくれる。お手軽で、かつ見つかり難い処理方法だ。

 しかし、グリムは首を横に振った。

 

 

「いや、いい」

 

 

 一体どうするのか。首を傾げるメズの目の前でグリムはオーガの死体の頭部近くに立ち、そして振りかぶった剣でオーガの首を落とした。




閲覧ありがとうございましたー。

>遅くなりましたが3話です!オーガさんマジしぶといの巻!

>実は初めて原作でこのシーンを見たとき、タツミくんの決め台詞は『切り刻む』になるんだな、と思っていました。その後はまったく言わなかったw

>セリューさんの過去を捏造です。原作で特別親父さんの詳細を明かされなかったわけですが、救いの無いセリューさんの一生ならばきっと裏側はこんなんだろうという想像です!
他の方の二次作品で、父親も実は悪徳警備隊だった、みたいなのも見たことありましたね。

ではではー、次は愉快なあの人が登場です(ネタバレ)


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エピソード 1ー3

「首斬りザンク?」

 

 

 モソモソとサンドイッチを頬張りながら、メズは首を傾げた。

 

 

「今帝都で絶賛活動中の辻斬りだ。――――てか、お前それ俺の朝飯だぞ」

 

「ゴックン。へー、そんなのいるんだ。……モグモグ」

 

「話を聞け。食うのをやめろ」

 

 

 しかし一向に手を止めないメズ。彼女の分も朝食はあったのだが、一瞬でそれを食べ終えたと思ったらグリムの分にまで手をつけた。注意をするも聞く耳持たず。瞬く間に全て平らげてしまう。

 はぁ、とため息をつきながら、グリムは空腹を慰めるように煙草を咥えた。

 

 

「元々は帝都の監獄で働く役人だったらしいな。欠勤ゼロ。問題を起こした事も無い。至って真面目なザ・お役人様だ」

 

 

 深い吐息と共に、紫煙を吐き出す。

 

 

「だからだろうな」

 

「んー?」

 

「こんなご時世だ。斬る首は絶えなかっただろうさ。毎日毎日、命乞いに恨み言を聞きながら、ザンクは首を斬り続けた。毎日毎日。決して仕事を休まず、決して職務を放棄しなかった」

 

 

 結果がこれだ。

 

 

「今じゃ辻斬りめいた連続殺人犯。頭か心がイカれたんだろうさ」

 

 

 或いは、ザンクが最初から異常者であったなら。

 或いは嫌なことを投げ出すことの出来る不真面目さがあれば。

 

 彼は壊れることもなかっただろうに。

 

 だというのに、

 

 

「――――そんなもん?」

 

 

 キョトン、という言葉が似合うほど無邪気に、メズは首を傾ぐのだ。

 

 見た目の可憐さで忘れそうになるが、彼女はこう見えて元は大臣お抱えの殺人集団の一角だった人物だ。

 出自を辿っても(・・・・・・・)、初めから帝都の闇に浸かっていた彼女からすれば、人を殺めることが己が壊れる原因になるなど理解出来ないのだろう。

 

 

「そんなもんなんだよ、普通は」

 

「そうなんだー。アタシにはわっかんないや」

 

 

 コロコロと笑うこの少女が、件の首斬りより余程恐ろしい存在なのだと一体だれが信じようか。

 

 

「あれ? 出かけるの?」

 

 

 玄関口の洋服掛けに掛けてあった隊服を手に取ったグリムの背中に、メズは声をかける。

 

 

「どっかの誰かが他人の朝飯まで食うもんだからな。朝飯買いがてらに出勤だよ」

 

「そのザンクって人も、アンタぐらい不真面目なら良かったのにネ」

 

「ほんとなー」

 

「いやいや、そこは否定しようヨ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ながら良いモン視せてあげたらしい」

 

 

 眼前に立つロングコートの男――――ザンクを前に、タツミは体を硬直させる。

 つい今し方まで、亡き親友の少女を見て、抱きしめたら、それが実は巨漢のおっさんだったなど信じられなくて当然だ。

 

 いくら親友を失い傷心していたとはいえ、可憐だった少女と目の前の男は似ても似つかない。確かに先ほどまでタツミの目には彼女の姿が見えていたのだ。

 

 あり得ないことが起こる。

 

 

 ――――帝具!

 

 

「ピンポーン。その通り」

 

「!?」

 

 

 巨漢の男――――ザンクは、引き裂くように笑った。

 咄嗟に剣を構える。――――しかし今のはまさか。

 

 

「……心を、読まれた?」

 

「帝具《スペクテッド》。これは五視の能力がひとつ、洞視。顔の表情やらから相手の思考を読み取るのさ」

 

 

 両手の袖から飛び出す短剣。ザンクは手の甲に固定して扱う特殊な剣術を使うと事前情報で聞いている。

 

 先ほどのサヨの姿もザンクの仕業だとすれば、自分はまんまと誘い出された形になる。

 

 

(せめてみんなが来るまで――――)

 

「――――時間稼ぎか?」

 

 

 またもや思考を読まれる。

 ニンマリ笑うザンクと対照的に苦い顔をするタツミ。

 

 

「無理無理。お前の心、全て視えてるから」

 

 

 タツミが踏み込む。

 

 思考が読まれている以上、こうしていても埒があかないと判断した先制攻撃。

 

 

「上段からの斬撃」

 

 

 懐深く左足を踏み込んでの切り下ろし。

 

 

「返す刀で切り上げ」

 

「チィッ!」

 

 

 タツミの攻撃を先に先にと言い当てるザンク。切り上げは容易く撃ち落とされる。

 

 

(敵が俺の動きから攻撃を予測するなら!)

 

 

 止められた剣をさらに返す。ザンクの武器は今顔の前まで上がっている。なら、身長差を活かして無防備の下段への斬撃――――、

 

 

「――――はフェイクで、本命は喉笛を狙った突き……と考えていただろう?」

 

 

 巨体を縮めたザンク。狙いすました目標はもう無い。逆に、硬直したタツミの懐へザンクが潜り込む。

 

 斬られる!

 

 そう思ったタツミの目の前で、ザンクの顔色が喜色から一変、視線をタツミから外す。刹那、飛び込んできた影によってザンクの巨体が吹き飛んだ。

 

 

「な……なんだ?」

 

 

 突然の出来事に驚くタツミ。そんなタツミは割って入ってきた人物を見てさらに驚く。乱入者は白い道着を着崩して、小麦色の肌を大胆に露出した少女だった。そんな女の子が殺人鬼を蹴り飛ばしたのだ。

 只者ではない。だが、一体彼女は何者なのか。

 考えに耽るあまり立ち尽くしていたタツミは、そんな少女と目があったことで心臓が大きく跳ねた。

 

 

「大丈夫かー? 少年」

 

「え……あ、ああ」

 

「そうか! あの殺人鬼相手に今まで足止めしてたなんてすげーな! エライ!」

 

 

 褐色美少女に突然褒められたことに照れる思わずタツミ。しかしすぐに気を引き締め、改めて少女を観察する。あのザンクを蹴り飛ばしたことから実力は間違いなくある。だが、問題はそこではない。彼女が何者か、だ。

 敵か味方か。

 ザンクを攻撃したことからザンクの仲間ということはないだろうが、だからといってこちらの味方とは限らない。

 

 

「よっしゃ少年、一緒にあの殺人鬼をやっつけるゾ!」

 

 

 タツミが警戒しているのとは裏腹に、少女の方はタツミに並び立つようにして構えを取る。彼女が何者かはわからないが、少なくともタツミがナイトレイドだということはバレていないらしい。

 考えてみれば当然で、タツミがナイトレイドに加入したのはつい最近。手配書どころかメンバー以外知りようがない。

 

 ならばと、タツミは考える。

 このままこの少女とザンクを倒す。逃せばまた無関係な人間が辻斬りの犠牲になるかもしれない。

 

 

「ああ!」

 

 

 己に喝を入れる意味でも威勢よく返事をする。それに少女は快活に笑い――――次の瞬間、目の前で金属が打ち合う鈍い音が破裂した。

 

 

「え?」

 

「ありゃ?」

 

 

 困惑の声の出処は2つ。ひとつはタツミ。そしてもうひとつは、今まさにタツミの顔面に向けて拳を放った少女のものだった。その拳を止めたのは、

 

 

「アカメ!?」

 

「下がれタツミ」

 

 

 呆けていたタツミだったが、アカメの言葉でようやく我を取り戻し、指示通り下がる。それを確かめてからアカメもタツミのもとまで下がる。

 

 

「あちゃー。しくったしくった」

 

 

 アカメに止められた右拳をぐっぱと開閉して、カラカラ笑う少女。少女はアカメを見るなり懐かしそうに目を細めた。

 

 

「久しぶりだね、義妹(いもうと)よ」

 

「メズ……」

 

「知り合いなのか、アカメ」

 

「帝都にいた頃に一緒に仕事をしたことがある。そして、私を暗殺者として育てた人の娘だ」

 

 

 アカメはかつて帝都の暗殺部隊に所属していて、そこを抜けて革命軍(ナイトレイド)に入ったのだと。

 

 アカメの強さは帝都時代に培われたもの。つまりは、アカメの強さの根っこを鍛え上げた人物こそが、メズと呼ばれた少女の親ということだ。

 ザンクを蹴り飛ばした強さも納得というもの。

 

 なにより、アカメから発せられる気配が彼女の強さを表している。最大級の警戒。すなわち、そうしなければならない相手なのだと。

 

 

「まさか皇拳寺羅刹四鬼が出てくるとはな」

 

「いやぁーなんていうかー」メズはポリポリと頬を掻きながら「実はアタシもクビになったっていうかー。もう羅刹四鬼じゃなくなっちゃってっていうかー」

 

 

 歯切れの悪いメズの言いように首を傾ぐアカメ。

 

 

「――――でもまあ」

 

 

 一足飛び。

 

 メズの手刀がアカメの首を刈りにくる。

 予備動作無し。

 疾風の如き身のこなし。

 

 

「アカメの敵なのは変わらないぜい!」

 

 

 しかしアカメは難なくそれを躱し、返す刀で胴体を薙ぐ。それを今度はメズが上体を後ろに反らして回避。

 後頭部が地面すれすれまで落ちる。そんな体勢でありながらさらなる反撃。なんと少女の腕が2倍ほどの長さにまで伸びた。

 異形なる攻撃にもしかし、アカメがまるで動じず対処する。伸び切った腕を狙って刀が振られるが、その前に伸びた腕は元の長さまで戻ってしまう。

 

 

「やっぱ強いネー、アカメ。さすがオヤジが育てたエリート中のエリート」

 

「アカメ! ……くっ!?」

 

 

 加勢に向かおうとしたタツミだったが、視界の端に入った剣を迎撃する。

 

 

「愉快愉快! 首を斬られたときの表情っていうのはたまらなくイイのさ! 特に、お前のような真っ直ぐな瞳をしている奴の命乞いってのはたまらない!」

 

「この変態野郎が!」

 

 

 メズの攻撃から復帰したザンク。ダメージは浅い。攻撃に気付いていち早く受け身を取ったのだろう。

 そこから分かる通り。この場で最も弱いのは自分だ。

 実力が劣ってる。帝具も無い。おまけに相手に心が読まれてる。なら、

 

 

「シンプルに行く――――この一撃に全てを懸ける!」

 

 

 心が視られているなら相手が反応出来ない速さで。

 

 超えろ。限界を、超えろ!

 

 

「勇ましいねえ。首切りの達人が介錯をしてや――――」

 

「お、おおおおおおおおお!!!」

 

 

 交錯。

 

 背中から大量の血を流すタツミ。しかし、彼は勝ち誇ったように笑った。否、彼は勝ったのだ。その証拠に頬から血を流すザンクの顔は驚愕に染まっていた。

 あの一瞬。確かにタツミはザンクの予測を超えた。

 

 

「へっ、なにが首切りの達人だ。斬り損なってんじゃねえか、ヘボ野郎」

 

「だ、まれぇぇぇ!!」

 

 

 タツミの挑発に激昂したザンクが、倒れるタツミに追撃を仕掛ける。しかし、それはアカメの不意打ちに防がれる。

 

 

「いい悪態だ。精神的にはお前の勝ちだ、タツミ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったのかヨ?」

 

「なにが?」

 

 

 アカメがザンクを斬り捨てる様を遠間から眺めながら、メズはグリムへ尋ねる。彼女達のいる場所はアカメの索敵にギリギリ引っかからない位置。グリムは一部始終をここでずっと見ていた。

 メズはアカメとの戦いをそこそこで切り上げてグリムに合流したのだ。

 

 

「あの殺人鬼の持ってた帝具、持ってかれちゃうぞ?」

 

「別に俺は帝具なんて欲しくないさ。今回いるのはザンクの首だけだ」

 

 

 首切りザンク。夜な夜な帝都の人間を斬り殺し、果ては警備隊――――《オーガまで手にかけた殺人鬼》。

 

 

「むしろ帝具は革命軍に持っていてもらった方が都合が良い」

 

「なんでさ?」

 

「いくら反乱によって革命軍が勢いづいてるといっても、今はまだ帝都の戦力の方が上だ。革命軍にはもう少し大きくなってもらわなきゃならん。オネストが無視出来なくなるくらいに、な」

 

 

 グリムの横顔を見ながら、メズは言う。

 

 

「アンタってさ、(こっす)いよな」

 

「そこは策士だね、とか言ってくれよ」

 

 

 翌朝、複数の辻斬り及び警備隊隊長暗殺の犯人であるザンクが捕縛、後に処刑されたという報が帝都に広まった。




閲覧ありがとうございました。

>ひっさしぶりの更新でなかなか執筆が止まらなかった本日でした。

>ザンクさん登場からの即時退場。すまねえ、全国のザンクファンの皆々様!(いるかわからんけど)

>あんまり主人公は出てこない話ですが、一応前話のオーガ暗殺からの続きになるという話でした。分かり難かったらすみません。
グリムさんが本格的に活躍するのは実はもうちょい先でして、しばらくはこうした暗躍が多いのかなぁ。いや書いてみるとそうじゃなくなるかもしれませんが。

>さてさて、次話は少々の創作を挟んで、皆様のトラウマ回へと突入です……。


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エピソード 1-4

「ナカキド将軍にヘミ将軍まで離反か……」

 

 

 執務机に足を乗せた体勢で、天井を見上げるグリム。傍らに立つメズ――――秘書バージョン――――は尋ねる。

 

 

「意外?」

 

「いいや。まあ当然だろ。まともな神経と考える頭があれば、今の帝国があっても世の中にとって百害あって利するものが無いことくらい阿呆でもわかる」

 

 

 実際残っている人間は、代々と帝国に仕えてきた重鎮か、大臣に媚びて一時の甘い汁を吸っている者。あとは――――、

 

 

「失礼します!」

 

 

 扉がノックされ、グリムが返事をする間もなくその人物は部屋に入ってくる。セリューは入室から一歩も足を止めることなく部屋の奥、すなわちグリムの座る執務机まで近付いてくるなり、バンッ! と両の手で机を叩いた。

 

 

「どうして私が詰め所で待機なんですか!!」

 

 

 今現在、帝国に残る人間は大きく分けて3種類。

 代々と世代を変えてもそれが使命であると考え仕えている者。

 大臣に媚を売り、自分だけは大丈夫だと思っている者。

 そして最後に、帝国の正義を妄信的に信じている者だ。

 

 ただならない剣幕に、グリムは大きくため息をつく。

 

 

「セリュー、部屋に入るときは部屋の主が許可してからでないと駄目だぞ。俺が着替え中だったらどうするつもりだ?」

 

「先輩の着替えなんて見たって誰得ですか!?」

 

「見たいのか?」

 

「見たくありません!」

 

 

 ああもう! とセリューは殊更強く机を叩く。壊れてしまわないか不安だ。

 

 

「はぐらかさないでください! どうして私だけが待機なんですか!? 私もナイトレイド討伐に加えてください!」

 

 

 歯を剥いて怒鳴るセリューへ、グリムは冷静に訂正を加える。

 

 

「討伐じゃない。捕縛だ」

 

「悪は全て滅ぼすべきです! 正義が悪に屈してはならない! 殉職した私のパパも言っていました!」

 

「直接裁く権限は警備隊(俺達)には無い。それを履き違えてる時点でお前に任務は任せられない」

 

 

 警備隊はその役目柄、罪人への殺傷が認められている。しかし、それはあくまでも罪人によって自身の命が脅かされた場合に限る。可能な限り対象は捕縛し、拘束するのが本来の役割なのだ。

 確かに罪人を殺しても罪にはならない。だが、それは警備隊の本分を超えてしまっている。ましてや最初から殺す気でいるなど論外である。

 

 

「それに今のお前に人殺しは無理だよ」

 

「そんなことありません! 毎日悪を滅ぼす為に訓練をしてます! 実力だけならみんなより私の方が強いです!」

 

「実力はな。でもお前はまだ覚悟が足りない」

 

「悪を裁くことに躊躇いなんてありません!」

 

「躊躇わず人を殺せるのが正義ってんなら随分物騒なんだな」

 

「茶化さないでください!」

 

「茶化しちゃいないさ。お前の実力は認めてる。ナイトレイド相手でも充分戦える。でももし今のまま人を殺せば――――傷になるぞ?」

 

「……っ、もういいです。失礼します!」

 

 

 血が滲むほど唇を噛み締めながら、セリューは部屋を出て行く。

 

 

「アレ、絶対行っちゃうヨ?」

 

 

 メズの意見にグリムも同意だった。

 

 

「無理矢理抑えつけてもあいつの為にはならんしなぁ。まったく、面倒くさい後輩だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェーレ!」

 

 

 結局、セリューはグリムの命令に反して単独行動を起こした。そして彼女の優秀さ故か、或いは彼女の持つ帝具が引き合わせたのか、警備隊の誰よりも先にナイトレイドと接触するのだった。

 

 ピンク色のツインテールの少女、マインは仲間のシェーレを援護するべく手にした銃の引き金を引く。両の手で抱えるほど巨大な銃――――帝具《パンプキン》。精神エネルギーを衝撃波として撃ち出す銃の帝具。

 

 後ろ足のみで二足歩行するコロの背中に青白い閃光が叩きつけられるも、ダメージは皆無。

 

 

「ハアッ!」

 

 

 動きを止めた隙を突いてハサミ型の帝具を振るう眼鏡の女性。シェーレが扱うそれは万物を両断する帝具《エクスタス》。コロの体を真っ二つに両断する。

 

 しかし、コロの体は瞬く間に再生してしまう。

 

 

「文献に書いてあったでしょう、シェーレ。生物型は体の中の核を砕かない限り再生し続けるって」

 

「なかなか面倒な相手ですね」

 

 

 帝具を構え直す二人を見て、セリューも己の武器であるトンファーを構える。

 

 

「パパはお前達のような凶賊と戦い命を落とした。そして師であるオーガ隊長も、卑劣な辻斬りに殺された! 私は帝都警備隊セリュー・ユビキタス。絶対正義の名の下に、貴様等悪はここで私が断罪してやる!」

 

「は、なにが絶対正義よ。今の帝国の一体どこに正義なんてあるってのよ」

 

「悪が正義を語るなっ! コロッッ!!」

 

 

 セリューの呼びかけに応じるように、コロの大きさが普段の数倍にまで大きくなる。だけでなく、両の腕が丸太のような太さにまで膨張した。

 

 

「粉砕!」

 

「なによコレ! 逃げ場がないじゃない!」

 

「マイン、私の後ろへ!」

 

 

 繰り出される殴打。拳の壁が迫ってくるような状況の中、シェーレが仲間とコロの間に立つ。エクスタスを横に構えたそれは完全防御体勢。万物を断ち切るエクスタスの硬度は最強の矛であると同時に盾にもなる。

 しかし、それを扱うシェーレは所詮人間だ。人外の膂力に晒されて、いつしか顔が歪む。加えて、

 

 ピイイイィィィ!!

 

 甲高な音はセリューの鳴らした警笛。間もなく音を聞きつけた警備隊の人間が援軍としてやってくる。

 

 

「嵐のような攻撃……援軍も呼ばれた……これはまさに、ピンチ!」

 

 

 だからこそ、

 

 

「いけええええええええ!!」

 

 

 放たれるパンプキンの威力は先程までとは比べ物にならない。これこそ浪漫砲台パンプキンの能力。使用者の精神エネルギーを撃ち出すこの帝具は、ピンチになればなるほど鋼の魂を糧にして威力を上げる。

 

 

「コロ! チィッッ!!」

 

 

 光に呑み込まれるコロに加勢しようと走り出すセリューを、横合いから襲うシェーレ。帝具は所詮道具。今の攻撃でさえコロを倒すには至らないが、使い手が止まれば、自然と帝具も活動を停止する。

 

 

(初めから狙いは私か!)

 

 

 トンファーに仕込んだ銃撃で牽制しようとしたセリューだったが、それは悪手だった。シェーレはセリューに向けてエクスタスを掲げる。

 

 

(エクスタス)!」

 

「なぁ……っ!?」

 

 

 突如発光するエクスタスの光にセリューは完全にシェーレを見失う。好機と間合いを詰めたシェーレはエクスタスの刃を振り、しかし断ち切ったのはトンファー諸共の両腕のみだった。

 

 腕を犠牲に致命傷を避けた。決してセリューが帝具に頼り切っただけの者ではないと認識したシェーレは油断なくとどめを刺しにいく。

 

 

「正義は――――」セリューの斬られた腕の断面が弾ける「必ず勝ぁぁぁぁつ!!」

 

 

 飛び出したのは仕込み銃。かつてオーガに勧められて施した改造手術。それによって得た奥の手。しかし、

 

 

「すみません」

 

 

 シェーレは完封した。人の腕から銃が飛び出してくる。そんな出鱈目な光景にも眉一つ動かさず、狂い無い断ち捌きで改造銃を破壊した。

 

 

(これも防がれた!?)

 

 

 強い。目の前の人物は、おそらく自分より強い存在だとセリューはようやく認める。だがそれでも、

 

 

「それでも、正義が負けるわけにはいかない!!」

 

 

 全ての帝具にはなにかしらの能力や奥の手が備わっている。パンプキンの逆境時による火力アップ。エクスタスの発光。そして生物型のコロは、

 

 ――――リミッターを外した一時的なパワーアップ。

 

 

「狂化!」

 

「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 浅黒く変化するコロの体色。牙はより鋭く。筋肉は隆起する。

 

 一瞬の隙を突いて、コロがマインを遂に捕らえる。

 

 

「ぐ……ああッ!」

 

「マイン!」

 

 

 鈍い嫌な音。おそらくはマインの骨が折れる音。

 間一髪、シェーレが助けに入ったことでマインが殺されることはなかった。

 

 ほっ、と息をつくシェーレ。

 

 

「よかった。間に合いまし――――」

 

 

 瞬間、シェーレの胸にパッ、と赤い血飛沫が舞う。

 

 狙っていた。セリューの口腔から、短身の銃口が伸びていた。改造は腕だけではない。セリューの体の全てに施されていた。

 

 

「悪のくせに、仲間を助けようなんてするからだ!」

 

「シェーレ!!」

 

 

 マインの叫びが虚しく響く。ゾッと、背筋が凍る。

 

 立ち尽くすシェーレを、大口を開けたコロが噛み付いた。尋常ではない血煙をあげながら下半身に食いつかれたシェーレが無造作に振り回される。

 

 勝った。敵を倒した。

 そう確信して笑みを浮かべるセリューだったが、直後その顔が強張る。その原因は、仲間の危機に鬼気迫る形相で立ちはだかるマインを見たからだ。

 

 

「よ、くも、シェーレを……!!」

 

 

 折れた腕を無理矢理動かしてパンプキンを構えるマイン。

 

 何故逃げない。仲間は瀕死。自身の腕も折れている。さっきの警笛で間もなく警備隊の応援だってくる。

 惨めに遁走するのが普通だ。いっそ悪ならば、仲間を身代わりに逃げて然るべきはずなのに。

 

 いや、それならそもエクスタスの使い手も同じ。尋常でない身体能力を持った彼女がセリューの銃撃を受けたのは仲間を守ろうとしたからだ。

 

 言い知れない震えがセリューを襲う。

 

 

「コロ! あいつもまとめて――――」

 

 

 言い切る前に、エクスタスの発光がセリューのみならず応援に駆け付けた警備隊の者達の目を眩ます。シェーレはまだ生きていた。

 

 

「今のうちに逃げてください、マイン」

 

「嫌よ! シェーレ、今助けるから!」

 

 

 コロに半身を喰われながら、最後の力を振り絞ってエクスタスの発光を起動するシェーレ。

 そしてそれを見捨てて逃げようとしないマイン。

 

 セリューには理解出来なかった。何故なら今見ているそれは、彼女の知る『悪』の姿とは到底似つかないものだったからだ。

 

 

(キモチガワルイ。キモチガワルイキモチガワルイ!!)

 

 

 頭が痛い。傷の痛みが原因ではない。

 痛みを誤魔化す為にセリューは何度も地面に額をぶつけた。しかしそれでもこの忌まわしい痛みはなくならない。

 

 もう、殺すしかない。シェーレを殺せばもうひとりの仲間も戦意喪失するはずだ。

 

 

 ――――傷になるぞ?

 

 

「ッッ!!」

 

 

 不意にあの人の言葉が脳裏を過った。

 

 これが覚悟なのか。敵の二人の少女にはあって、今の自分には無いもの。だとしても――――、

 

 

「コロ! その女を――――」

 

 

 喰い殺せ、というセリューの命令は届かなかった。それより先にコロの体は左右に分かたれていたからだ。

 

 牙に引っかかっていたシェーレの体が落下する。すでに力を使い果たして意識を失った彼女に受け身など取れようもない。マインもまた間に合わない。

 

 しかし、彼女が地面に激突するより先にローブを羽織った人物が受け止めた。

 

 

(誰だ!?)

 

 

 セリューとマイン。両者共に覚えの無い乱入者に、互いが相手の増援かと疑う。

 

 負傷したシェーレを担いだ人物は次の行動に出る。

 

 

「逃げるぞ」

 

 

 男の声だ。

 

 呆けているマインにそう声をかけると先に駆け出した。

 我に返ったマインが、一瞬地面に落ちたエクスタスに目をやるが、片腕が折れた今パンプキンを抱えて走るのがやっとだと判断するとローブの男を追って走った。

 

 

「逃がすか……あぐっ!?」

 

 

 追撃に走り出そうとしたセリューだったが、両腕を失い傷を負いすぎた状態ではここが限界だった。コロに目を向けるも、両断された体はくっつきつつあるが、狂化の反動でピクピクと痙攣している。追わせるのは無理だ。

 

 

「く、そぉ……!」

 

 

 石床を這ってでも追おうとしたセリューだが、間もなく意識がブッツリと途切れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェーレ! シェーレ!」

 

 

 郊外まで逃げ延びたマイン達。男がシェーレを地面に寝かせると、マインは仲間の名を呼び続けた。

 足の傷が酷い。ふとももから下がズタズタになっている。それでもまだ息はあった。

 

 

「薬は置いていく。応急処置はそれでやれ。間もなくお仲間もくるだろうから、生き残れるかは……まあ、運任せだな」

 

「助けてくれたことは感謝するわ。でも、誰なのあんた?」

 

「頼むぞ。あいつをただの人殺しにしないでやってくれ」

 

 

 会話には応じず、ローブの男は去ってしまう。

 追いたい気持ちはあったが、今は仲間の命の方が優先だ。マインは薬を手にブラート達がくるまで治療を続けた。




閲覧ありがとうございます。

>本作品のセリューちゃんは狂気マイルドでお届けしております。

>この作品の第二の主人公ともいえる可愛い後輩キャラ、セリューちゃん。彼女は本作品では、原作よりも狂気度が少なめになっております。原作は最後までぶれないぶっちぎりキチキャラ……訂正、メンタルがとても強い子ですが、迷いを持ってしまうこちらは見方によっては弱くなっているともいえますかね。
実は彼女の成長物語も作品のコンセプトにもなっていますので、彼女の成長を楽しみにしていただければ幸いです。

>さっそく原作改変部分。
シェーレ生存。

>ではまた次回ー


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エピソード 2-1

 一面大理石の床。見上げるほど高い天井には絢爛なシャンデリア。壁や柱の装飾は一流の彫刻師達によるもの。

 そんな空間の中心へと据えられた大きな椅子。十数段の階段の上にある装飾華美な椅子に座るのは、まだ幼い少年であった。

 父親譲りの浅緑色の髪。中性的な可愛らしい顔立ちは母親譲り。幼くも溢れ出る風格と気品さは、彼の血が故のものか。

 

 彼こそが帝国皇帝その人であった。

 

 皇帝は幼いながら、堂々とした振る舞いで玉座に腰掛け、視線を下ろす。

 

 

「面をあげよ、エスデス将軍」

 

「はっ」

 

 

 皇帝の声掛けによって、跪いて顔を伏せていた体勢から、顔だけをゆっくり上げる。

 

 腰まで届く青い髪。胸元の開いた軍服から見える女性の肌は雪のように白かった。もし彼女の着ているものが軍服ではなくドレスであれば、どこぞの妃か貴族の娘といわれても疑いはしないだろう。

 しかして彼女の正体は、帝国でも最強と名高いブドー大将軍と双璧を成す女将軍、エスデス。又の名を――――ドSの女王。

 

 エスデスの偉業は数知れず。特に彼女の部隊は帝国内でも最強の攻撃力を誇り、滅ぼした部族、危険種は星の数ほどである。

 そして今日また一つ、彼女の武勇伝に加えられる。北の異民族制圧、と。

 

 

「北の制圧見事であった、エスデス将軍。褒美に黄金一万を用意してあるぞ」

 

「ありがとうございます。北に備えとして残してきた兵に送ります。きっと喜びましょう」

 

「そうか。相変わらず将軍は無欲だな」

 

「欲ならございます。私は闘争を求めています。出来ますれば、今後も私に戦場を与えてくだされば幸いです」

 

 

 エスデスの言葉に嘘はない。

 彼女は金も権力も求めない。ただただ闘争を。それだけを求めて士官したのだ。

 

 生まれてこの方争いとは程遠い生き方をしてきた皇帝には、エスデスの気持ちはわからない。それでもこれが彼女の望みのものであればいいと思いながら言った。

 

 

「戻ってきて早々に悪いが仕事がある。現在帝都周辺に、ナイトレイドをはじめ凶悪な輩がはびこっている。それを将軍の武力で一掃して欲しい」

 

「………………」

 

 

 エスデスの青い瞳は皇帝から少し横にずれた。本来歴代の皇帝のみ上がることが許された壇上に、皇帝の傍らとはいえ当然のように立っている巨漢の男、オネスト大臣。

 抱えた木箱から寿司を貪るオネストは、エスデスの視線に気付くとニヤリと笑った。それだけでエスデスは全てを察した。

 

 この仕事は皇帝の願いというよりオネストの企み。先日まで北にいたエスデスだが、帝都の状況は逐一部下を通じて報告を受けているのである程度把握出来ている。大方、遠いとはいえ縁者まで殺されて、いいようにやられているのが気に食わなかったのだろう。加えて南の革命軍の動きも最近活発になってきているので、その牽制もあるだろうが。

 そもそも、幼い皇帝は実質オネストの傀儡同然。皇帝自身の願いなどはなからありはしない。

 

 

「わかりました。ひとつお願いがあります」

 

「なんだ? 兵士ならなるべく多く用意するぞ?」

 

「多くはいりません。――――6人いただければ」

 

「たった6人でいいのか!?」

 

「ただ敵も帝具使い。帝具には帝具が最も有効。帝具使いを6人集めてください。兵はそれで充分です。それらで治安維持部隊を作り、賊を葬りましょう」

 

「将軍の部下には三獣士と呼ばれる帝具使いがいたな。さらに6人か?」

 

「はい」

 

「うーん……」

 

 

 1つでも破格の戦力を有する帝具。その力を1人の人間に集約する危うさを皇帝は懸念していた。その思考は当然で、また正しい。しかし、

 

 

「陛下」

 

 

 後ろで控えていたオネストがさっ、と前に出て皇帝を諭す。

 

 

「エスデス将軍になら安心して預けられますぞ」

 

「……そうか。お前が言うならそうなのだろう。これで安泰だな!」

 

 

 皇帝は先程までの思案顔から一転、大臣のたった一言で全ての思考を放棄して心から安心した笑みを見せた。

 

 これが今の帝国の全てであった。

 この暗黒時代の背景に、皇帝の私欲など一切無い。そも彼は帝国の実情を知りもしない。そうなるようオネストが情報を統制しているからだ。

 

 そしてエスデスとオネストが組んでいる理由は単純明快。エスデスは闘争を求め、オネストは己の敵を滅ぼす手駒が欲しい。

 悪鬼の如き武力と悪魔の頭脳。

 これほど最凶の組み合わせもあるまい。

 

 

「そうだ将軍。苦労をかける将軍に、先の黄金とは別に褒美を取らせたい。なにか欲しいものはないか?」

 

「そうですね」ふむ、とエスデスはしばし考え「あえていえば」

 

「あえていえば?」

 

「恋をしたいと思っております」

 

 

 ――――場の空気が凍った。

 

 趣味は拷問。周囲に侍らせるのは『人』という種族のペット。首切り、生き埋め、串刺し、引き裂き……残虐の限りを尽くし、なおそれ以上を求める。ドSが人の皮を被っているとまで言わしめる女将軍が、あのエスデスが、恋をしたい。

 

 あまりのことに皇帝はおろか、オネストまで素の表情で立ち尽くしていた。

 

 

「そ、そうか! まあ将軍も年頃だしな!」

 

 

 自力で立ち直った皇帝が、先程の沈黙を誤魔化すように大仰に語りだす。

 もちろんエスデスはそれに気付いていたが、自分自身似合わないことだと自覚しているのでツッコまない。

 

 

「では誰か斡旋しよう。この大臣なんかどうだ?」

 

「ちょ、陛下!?」

 

「お言葉ですが、大臣は高血圧で明日をも知れぬ身」

 

「失敬な! これでも健康体です!」

 

 

 エスデスが懐から書面を取り出す。

 

 

「私の好みを連ねております。該当者がいれば教えてください」

 

「うむ。わかった」

 

 

 兎にも角にもこれで悩みのタネはなくなったと一心地ついた皇帝は椅子に深く座り込む。そこへ衛兵が入ってきた。

 

 

「皇帝陛下、帝都警備隊隊長のグリム殿が参られました」

 

「……! そうか、すぐに通せ!」

 

 

 途端に嬉しそうな顔をみせる皇帝。一方、皇帝とは正反対に顔を不快に歪めるオネストだった。

 

 衛兵と入れ替わるように現れた赤髪の青年。

 

 グリムは部屋の中央を進み、エスデスに並ぶように膝をついて頭を垂れた。

 その間、隣のエスデスからの視線に気付いてはいたものの、グリムは無視した。

 

 

「お呼びでしょうか、皇帝陛下」

 

()()()()()()()、あ――――」

 

「陛下」

 

 

 皇帝の言葉を遮って、グリムは発言する。

 

 

「ここは公の場ですので、どうか」

 

「そ……そう、だな」

 

 

 指摘され、今度はあからさまに落ち込む皇帝。

 

 皇帝の発言を遮るなど、たとえどんな理由があろうとも許されることではない。しかし今この場の誰もそれを指摘しない。あのオネストでさえ。

 

 コホン、と咳払いして気持ちを取り直す皇帝は今一度グリムを見る。

 

 

「お前を呼んだのは褒美を取らせようと思ったからだ」

 

「褒美?」

 

 

 ここでようやくグリムは頭をあげて皇帝を見上げる。

 

 

「元看守長であるザンクの捕縛。そして先日はあのナイトレイドの撃退。しかも1人を戦闘不能に追いやったと聞く。なにか望みのものがあれば聞こう」

 

「お言葉ですが陛下、ザンクは我々が駆け付けたときには()()()()()()()すでに死亡しており、ナイトレイドも暗殺は防げず、また捕縛には至りませんでした。褒美を受けるわけにはまいりません」

 

「だが……」

 

 

 またシュン、と項垂れる皇帝。エスデスと会話していたときのような幼いながらも皇帝としての振る舞いをしていた姿ではない。グリムを前にした今は、年相応の子供のようだった。

 

 

「いいじゃないですか、グリム隊長」

 

 

 オネストが割って入る。

 

 

「たとえその手で為していなくても手柄は手柄。陛下のご厚意を無下にするものではありません。それに」ニィ、と粘ついた笑みを浮かべ「聞けばナイトレイドを撃退したあなたの部下は、自身の体を改造までしていたそうじゃありませんか。帝国にその身を捧げるその精神。私はとても感動しましたよ?」

 

「………………」

 

(ほう……!)

 

 

 オネストの発言に、ほんの一瞬グリムから剣呑な空気が漏れ出す。それを受けたエスデスはオネストとはまた違った意味で楽しそうに笑った。

 

 オネストは知っている。グリムが自分の部下をとても大切にしていることを。いや、部下だけではない。この男は敵の命でさえ、出来うる限りは奪いたくないと考えている。

 その証拠に、オーガが存命の頃から、彼直属の部下による警備活動にはほとんど死者が出ていない。彼が隊長を務めるようになってからは目に見えて生きたまま捕縛される犯罪者が増えた。おかげでここ最近は留置場の増設が議題にあがっている。

 

 そんな人間だからこそ、己の体を改造するなどという外道をグリムが許しているはずがない。

 そこを突いてやったのは、オネストの嫌がらせだ。

 

 しかしそんな意図を知らない皇帝は、その話に素直に称賛の声をあげた。

 

 

「それは素晴らしい! 是非今後も我のため、帝国の為に戦ってもらいたいものだ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 その後再び望みを尋ねる皇帝に、グリムは後日回答させて欲しいと答えて、その日の謁見は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見を終えたエスデスとオネストは並んで通路を歩いていた。企みを話すときは密室でこそこそ話すよりも、案外こうして歩きながらしている方が盗み聞きされ難いものだ。

 

 

「相変わらず好き放題のようだな、大臣は」

 

「はい。気に食わないから殺す。食べたいから食べる。己の欲するままに生きることのなんと痛快なことか」

 

 

 エスデスの言葉にオネストは大きな腹を揺らして笑う。

 

 

「それに最後にアレのあーんな苦い顔を見れたのは最高の肴です」

 

「というと、やはりあれが噂の『不死者』か?」

 

「ええ。まったく忌々しい男です。あの男さえいなければ、陛下ももっと従順な私だけのお人形になるというのに」

 

 

 不愉快だと表情を隠しもしないオネスト。

 

 不死者のグリム。その異名はエスデスのドSの女王のように広く知られているものではない。呼んでいるのは一部の武官や文官達だけ。

 理由としては単純で、オネストに命を狙われながら今もなお生きているから。たったそれだけ。しかしそれだけのことが如何に凄いことかを、彼らは身を以て知っている。

 故に彼らはグリムを不死者と呼ぶ。いっそそうでなければ説明がつかないというように。

 

 

「……大臣、ひとつ忠告してやろう」

 

「なんですか?」

 

 

 足を止めたエスデスに、オネストも足を止めて振り返る。

 

 

「いらぬ(やぶ)を突くのはほどほどにしておけ」

 

「フフフ、将軍ともあろうお方が珍しい。蛇でも出ますか? 意外と蛇も美味しいものですよ?」

 

 

 ジュルリと垂れた涎を舐め取るオネストの顔は愉悦に満ち満ちていた。皇帝を意のままに操り、国を支配する喜び。今この瞬間、確かにオネストは幸福の絶頂にいるのだ。

 いくらグリムが邪魔な存在といえど、今すぐ自分をどうこう出来はしない。そう思っている。そしてそれはエスデスの考えからしても正しいと思う。だが、

 

 

(あの眼……)

 

 

 謁見の間、一瞬だけ見せたグリムの素顔。黄金の瞳の奥に宿る炎を、エスデスは今まで幾度となく見てきた。あれは復讐者が持つものだ。

 死なない復讐者ほど厄介な者はあるまい。

 

 

「藪を突いて出てくるのが蛇とは限らんぞ、大臣。まあ、私は楽しめそうならそれで構わないがな」

 

 

 すでに先を歩くオネストにエスデスの声は聞こえていない。それで構わない。

 

 オネストとエスデスは利害こそ一致していても、望むものはまったく違う。

 

 オネストは永遠の支配を。

 エスデスは永遠の闘争を。

 

 一個人が永遠に支配した世界などに真なる闘争は生まれない。

 それは決してエスデスの求めるものではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりー……って、なんか不機嫌?」

 

 

 隊舎の自室へ戻ってきたグリムを見るなり、大福を頬張ったメズは指摘する。いつも軽薄な笑みを貼り付けている青年は、珍しく眉間にシワを寄せて帰ってきた。

 

 

「俺の菓子を勝手に食うなって言ってんだろ」

 

「アタシに当たるなよー。それでどうしたン?」

 

「エスデスが北から戻ってきた」

 

「うへぇー……」

 

 

 エスデスのことはメズもよく知っている。その実力は、あのブドー大将軍にも匹敵するということも。今の自分では戦いにすらならないだろうということも。

 

 

「暗殺してこいとか言わないでネ」

 

「優秀な部下を無駄死にさせる気はねえよ」

 

「優秀……優秀かー。いやぁ、参ったなー!」

 

 

 デヘヘと品の無い笑いながら、メズは意外と本気で嬉しかった。父親、兄弟、先輩後輩。あらゆる人間から『馬鹿』だと言われたことはあれど、こうしてストレートに褒められたことは少ないのだ。

 

 

「口についた餡こを取れ。仕事だ」

 

「しっかたないなー! 優秀な部下のアタシに任せロ! ――――それでなにすんの?」

 

「あの腐れデブへの嫌がらせ」

 

 

 

 

 

 指示を与えたメズが部屋から出ていくのを見送って、グリムはとある人物が引きこもる扉を見やる。扉の前には捨てられたぬいぐるみのようにコロが座っている。主が出てくるのをずっと待っているのだ。

 ナイトレイドを撃退したあの日からもう3日。いい加減、彼女にも決断してもらう必要がある。

 

 扉のノブに手をかける。案の定施錠されているそれは動かない。しかし次の瞬間、バキッという音と共に、扉は3日ぶりに開かれた。

 

 暗闇の部屋に光が差し込む。中は酷い有様だった。

 床には壊れた置物の残骸や破かれた本。破壊された棚の木片なんかも散らばっていた。仮眠用に設置されたベットの上には誰もいない。部屋の隅。膝を抱えてうずくまるセリューがいた。

 

 

「……なんの用ですか」

 

「セリュー、デートしようぜ?」

 

 

 怪訝な後輩の少女に構わず、グリムは楽しそうに笑った。




閲覧、感想ありがとうございます。

>みんなのエスデス様登場回。拷問部屋で待機せよ!

>原作でもアニメでも実質のラスボスであらせられるエスデス様。かと思えば一番乙女をしていたのも彼女。そのギャップにやられたファンの方も多かったのでは。かくいう私も。

>次回はセリューとグリムのお話。主人公なのにまだまだ登場回が少ないグリムですが、後半につれて多くなる予定です。多分。おそらく。

それではまた次回ー


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エピソード 2-2

 正義とはなんだ?

 

 ここ数日、セリューはずっとそのことを考えていた。

 

 正義とは悪を罰する者。

 

 セリューにとってそれは亡き師、オーガであった。愛する父を殺した悪党を幼かったセリューの目の前で誅したその姿こそ、セリューにとっての正義のあり方だ。

 同時に、ルールに厳しく勤勉だった父の姿もまた同じ正義だった。

 

 ならば悪とはなにか。

 その問いで、セリューの思考はいつも止まってしまう。

 

 ナイトレイド。帝都の民を脅かす暗殺集団。加えて反乱軍とも繋がっていると噂されている。帝国の法を犯し、そしてまた帝国の民を殺める奴等は間違いなく悪である。

 

 

(その、はずなのに……)

 

 

 思い出すのは決まって同じ。数日前に交戦したナイトレイドの2人。

 

 あの日グリムの待機命令を無視して街に捜索に出たセリューはナイトレイドを発見。そのままコロと共に交戦した。敵は帝具持ちが2人。加えてその力量はセリューを上回っていたが、人体改造手術による奥の手とコロの狂化によって形勢を逆転。見事に追い詰めた。

 悪を滅ぼす。

 父が殺されたあの日から、ずっとそれだけを目標に己を鍛え上げてきたセリューにとって待ちに待った瞬間。――――しかし、セリューの手は止まった。止めてしまった。

 

 半身をコロに喰われながら、決死の覚悟で仲間を逃がそうとするシェーレ。

 片腕を折られ、警備隊の応援まで駆け付けたにも拘わらず、一歩も退かなかったマイン。

 

 彼女達の姿を目の当たりにしたあのとき、セリューは確実に気圧されていた。だが動けなかったのは彼女達の覚悟に気圧されたことが原因ではなかった。

 

 わからなかったのだ。

 

 悪とはなにか。――――見ればわかる。そう思っていた。悪を見破ることなど造作もないと、そう思っていた。それなのに、あのとき、セリューは彼女達がナイトレイドだと知りながら、最後まで彼女達が悪だと断定することが出来なかった。

 

 ショックだった。一度は悪だと断じた彼女達に対して、迷いが生まれたそのことがセリューを止めたのだ。

 

 隊舎に戻ってからも、体の傷を癒やしても、この苛立ちと不快な頭痛は治らなかった。

 

 だから、部屋の扉を開けて入ってきたグリムの誘い文句を聞いたとき、セリューは本気で怒り睨みつけた。冗談を受け流せる余裕などなかった。しかし続けざまの言葉を受けてセリューはグリムのあとをついてきたのだった。

 

 

「先輩、答えってなんですか?」

 

 

 街を歩くグリムの背にひたすらついて行くセリュー。最初こそ黙っていたが遂に堪えきれず口を開けた。

 

 

「この頭の痛みはなんなんですか? 何故こんなに私は苛立ってるんですか? どうして私はあのとき――――」一瞬間をあけて「あの2人を、殺せなかったんですか……」

 

 

 どうして。何故。

 

 ナイトレイドは悪のはずだ。

 警備隊の自分は正義のはずだ。

 

 シェーレとマインは悪のはずだ。

 セリュー・ユビキタスは正義のはずだ。

 

 それなのにどうしてあのとき、セリューは2人を殺せなかったのか。躊躇ってしまったのか。

 

 

「それは」グリムが応える「ここでお前自身が見極めな」

 

「レストラン?」

 

 

 大通りからは外れてはいるものの、同じく中心部からは外れている貧困街(スラム)とはまるで違う景観。ここは富裕層の別宅や、彼等御用達の店が建ち並ぶ区画。セリューも滅多に来ることは無い場所だ。

 

 

「ちょっと先輩!」

 

 

 こんなところになんの用があるのか。セリューが訊くより先にグリムはレストランの中に入っていってしまう。しかも扉には『CLOSE』の札が掛けられているのに、グリムは意に介した様子も無い。

 

 一瞬躊躇うも、セリューも後を追って店の中に入った。途端、悪臭に顔をしかめた。

 

 

「なんですか? この生臭い……っ」

 

 

 疑問はすぐに氷解した。

 

 

「いやぁっ!! やめ、やめ、て、ください!!」

 

 

 裸体を晒して泣き叫ぶ少女はセリューよりも幼そうな女の子だった。腕や足の噛み傷から血を流し、少女に覆いかぶさる大型犬は、少女の悲鳴を楽しむように血混じりの唾液を垂らして吠え猛る。

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!!!」

 

 

 テーブルの上では、片目から血を流した少女が肥満体の男に羽交い締めにされていた。

 

 

「がッ……あ、ぐッ……」

 

 

 最後のひとり。セリューの足元に横たわる少女は無残なものだった。折られたのか、両足はあらぬ方向に捻れていた。他の2人と動揺に裸に剥かれた体には切られ殴られた傷がいくつもある。腫れた瞼は紫に染まり片目を潰していた。

 ピクピクと痙攣した体。ヒューヒューという覚束ない呼吸音だけが聞こえた。

 

 

「な……んですか、これは……」

 

「おやおや?」

 

 

 呆然とするセリュー。

 すると椅子に腰掛けて傍観していた若い男がそれに気付き、ゆっくり腰をあげた。

 

 

「困るんですよねぇ。表の札は見えませんでしたか? 今日は貸し切りですよ」

 

 

 こんな光景を見られておきながら、一切の動揺も見せない。それどころか薄ら笑いすら浮かべる青年。

 

 グリムが青年の前に立った。

 

 

「帝都警備隊隊長のグリムだ。オーガの後任をしてる」

 

 

 グリムがそう名乗ると、青年は大仰に驚いたリアクションを取る。

 

 

「ああ! なるほど!」

 

 

 今度は邪気の無い、人当たりの良い笑顔を浮かべてグリムの手を取った。

 

 

「いやぁ、初めまして。僕の名前はバックです。以前はオーガさんにとてもお世話になりました」

 

「そうかい」

 

「あ、オーガさん死んでしまったんでしたっけ? とても悲しいです。仲良くしていただいていましたから……」

 

「貴様らなにをしていると聞いているんだ――――!!」

 

 

 怒声をあげてセリューはトンファーガンを構える。その行動に、少女達をいたぶっていた老人達が怯み、黒服の護衛達が彼等を守るように立ちふさがった。

 

 店に入る前から感じていた違和感の正体にセリューはようやく気付く。この場所は確かに帝都でも富裕層が多い区画だが、だとしてもおかしかった。――――あまりにも人気がなさすぎた。

 その理由は今にしてみれば明らかで、彼等が人払いをしてたのだろう。この所業を見られないように。

 

 身売り。

 

 地方の村にはよくあることで、重税による貧困から、子供が売られることは珍しくはなかった。とはいってもこれはあくまでも帝都の法に反しない、真っ当な契約である。

 少ない食糧の食い扶持を減らし、かつ冬を越す為に金を得る村。買う側は、そうやって得た従者の数や質が一種のステータスとなっている。

 男児は肉体労働や、武術の心得があれば護衛として。女児なら身の回りの世話、といった具合に。

 貧しい暮らしから抜け出したい、帝都で一旗揚げたいと、率先して出稼ぎに出る者だっている。

 

 だが中には最悪な者に買われてしまう者もいる。

 人体実験の材料。怪しい儀式の生贄。快楽のはけ口。

 

 そういった者は二度と村に帰ることは出来ない。

 

 

「言い逃れは出来ないぞ悪党ども! この場の全員、現行犯で逮捕する!」

 

「あははは!」

 

「なにがおかしい!」

 

 

 バックに銃を向けるセリュー。数人の護衛が動こうとするが、バックは手でそれを制した。

 真っ向からセリューに向き合う。

 

 

「いえね。僕達は何故逮捕されるんですか?」

 

「何故、だと? この状況を見られて言い逃れなんて出来るわけないだろう!? 貴様らの悪事を私が裁く!」

 

 

 ニィ、とバックは三日月のように裂いた笑みを浮かべた。

 

 

「だから、何故僕達が悪なんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なにを言って……」

 

 

 この期に及んでどんな言い訳をしてくるのかと思えば、そんなものではなかった。言い訳などない。むしろセリューの方がおかしなことを言っているのだとばかりに、バックはあまりにも堂々と、そして淀みなく問い返してきた。

 あまりのことに呆気に取られていたセリューに、グリムの発言によってとんでもない衝撃が走る。

 

 

「そいつの言う通りだ、セリュー。これは犯罪じゃない」

 

「!!?」

 

 

 グリムの発言にますます困惑する。

 

 身売りは非合法の人身売買とは違う。あくまでもこれは生活に窮した村と買い手側との利害が一致した契約である。故に必要以上に買われた人間を傷つけることは帝国の法で禁止されている。

 そして明らかにこの光景はその法に反している。

 

 

「なにを……なにを言ってるんですか先輩!」

 

「彼女達は不法入国者だ」

 

「そんな!!」

 

 

 グリムの言葉に反応したのは、先程まで床で倒れていた少女だった。体中の痛みに顔を苦悶に歪めながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「そんなはず……ない! 私達はちゃんと手続きをして帝都に――――」

 

「記録が無い。記録が無い以上、帝国の法で裁くことは出来ない」

 

 

 突き放すような言葉に、少女達の絶望は決定的となった。

 

 身売りはあくまでも確りとした契約のもと帝都に奉公する者達。その際、一時的に買い手側が保証人となり市民権も発行される。だからこそ身売りされた子供達の身も保証されるのだ。

 しかし不法入国者となれば話は違う。元々この国に存在しない彼等に、人権など存在しない。故になにをされようと、なにが起ころうと帝国はそれを関知しない。――――無論それは()()()()()()

 

 

「でも……!」

 

 

 状況は明らかだ。少女達は最初から騙されていた。真っ当な契約など結ばれておらず、彼女達は最初からネジの外れた富豪の玩具として仕入れされた物だったのだ。

 そう主張しようとしたセリューの言葉が止まったのは、証拠など無いからだ。

 

 セリューが押し黙ると、バックは愉悦に顔を歪める。

 

 

「いやぁ、誤解が解けてよかったです。それにしてもグリムさんともいい関係を築いていけそうでよかったです。オーガさんのようにね」

 

「オーガ、隊長?」

 

「はい。決して僕達は犯罪など犯していませんが、この仕事は今の貴女のように、少々誤解されやすいものでしてね。なので、オーガさんにはしっかりと内容を説明をさせていただいた上で、見逃していただいていたんですよ。もちろん――――御礼を支払ってね」

 

「あ……あぁ……」

 

 

 カラン、とセリューの手から銃が滑り落ちた。

 

 

「ところでグリムさんもどうですか。僕ならどんなご要望でもお応え出来ると――――」

 

 

 音が遠くなる。セリューにはもうなにも聞こえない。

 

 正義とはなんだ。

 

 正義とは悪を罰する者。そしてそれはかつて、セリューの父を殺した悪を誅したオーガこそが、セリューのとっての正義の姿だったのだ。しかしそれが偽りであったことを今知った。

 オーガもまた悪だった。

 

 いや、違うのか? グリムの言葉を借りるなら、彼等は犯罪者ではない。ならそれに手を貸していたオーガとて犯罪を犯していたとは言えないのではないか。

 

 そもそも悪とはなんなのか。

 

 帝国の法を破る者。それは確かな悪だ。法とは秩序だ。法があるからこそ民は安心して日々を過ごせる。もし法が無ければ全ての人間が隣人を疑い、怯え、誰も信じられない世界になってしまう。だからこそ法は必要であり、大切なのだ。

 

 だが、その結果がこれなのか?

 

 目の前で少女の眼がくり抜かれ、(なぶ)られ犯される。それを見ていることが本当に正しいことなのか。

 わからない。どうしたらいいのか。なにが正解なのか。

 なにもわからない。

 

 

(――――もう、どうでもいいか……)

 

 

 もういい。考えるのは疲れた。これ以上悩んでも辛いだけだ。

 もう警備隊を続ける理由も無い。意義も無い。

 これ以上、

 

 

「いやぁっ!!」

 

 

 少女の悲鳴に思わず顔をあげる。

 

 裸体の男が少女ににじり寄る。少女は逃げようとするが、両足を折られた少女に逃げられるはずもない。

 

 

「…………っ」

 

 

 踏み出しかけた足を止めた。この歩を進めて一体どうするのか。なにをしようというのか。

 彼等は犯罪者ではない。

 帝国の法に反していない。師と慕い、正義の指標としていたオーガも彼等を赦していた。

 

 なら、止める道理がどこにある? 自分が正義かもわからず、悪がなにかもわからない自分に、一体なにが出来るのか。なにをしようというのか。

 

 

「――――ね、がい」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

「――――お、ねがい」

 

 

 震えていた。泣いていた。

 

 両足をへし折られ、何度も殴られたせいで青黒く晴らした顔。元々の顔の形がわからなくなるほど歪んだ顔をくしゃくしゃにした少女はただ一言、叫んだ。

 

 

「誰かたすけて!!」

 

 

 正義とは、なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、なにも言わないんですか……」

 

 

 立ち尽くしていたセリューは、ただ見ているだけだったグリムに問いかける。

 

 

「なにがだ?」

 

「とぼけないでください!」

 

 

 セリューの足元に、男が伸びていた。セリューに思い切り顔面を殴られた男は一発で気絶していた。そう、セリューが男を殴ったのだ。

 

 

「私は今、罪を犯しました……」

 

 

 守るべき帝国の民を殴った。法を犯していない人間を。

 

 

「法を犯せば確かにそれは犯罪だ。なら、どうしてお前はそうしたんだ?」

 

「……わかりません」

 

「オーガなら相手を殺した。なのにお前は殺さなかった。何故だ?」

 

「……わかりません」

 

 

 グリムの言葉にセリューは正直に答えた。本当にわからなかった。

 

 これは、セリューの思う正義とは違ったはずだ。

 ルールに厳しく勤勉だった父とも。

 非情だったオーガとも。

 

 父は法を犯さなかった。

 オーガは容赦をしなかった。

 

 それでも、

 

 

「それでも、認められませんでした……。この人達は帝国の法には反していないのかもしれない。それでも、これを見過ごすことが『正義』だなんて、私には断じて認められませんでした!」

 

「そうか」グリムは優しく微笑んで「ならそれが、お前の正義だ」

 

「わたしの、正義……?」

 

「おいおいおいおいどうなってんだよ!?」

 

 

 顧客を殴り飛ばされたバックが、先程までの薄ら笑いから一転、激昂してグリムに掴みかかった。

 

 

「なにしてくれるんだ! こんなことしてただで済むと思ってるのか!?」

 

「思ってないさ。ただし――――お前らがな」

 

「なに――――っ!?」

 

 

 途端、建物の扉が一斉に開かれ、完全武装した警備隊が雪崩込んできた。

 

 

「この場の全員拘束させてもらう」

 

 

 グリムの発言に、顔を引き攣らせながらもバックは鼻で笑う。

 

 

「は、捕まえてどうする? 僕達は犯罪なんか犯しちゃいない」

 

「そうでもない」

 

 

 そう言いつつ取り出した紙束。バックは目を細めてそれを凝視し、ぎょっと目を丸くした。

 

 

「見覚えでもあったか? 不法薬物の所持及び売買。贈賄に、それとこの子達とは別の案件で人も殺してるな。その顧客リストなんだが……。ああ、そこのジジイ共の名前も載ってるな」

 

「な……ぐ……何故それがここに」

 

「うちには優秀な人間が多くてな。ってことでお前らは立派な犯罪者だ。抵抗するなら――――」

 

 

 背後から襲いかかってきた黒服の男を、気配のみで察知していなし、腕を取って引き倒す。

 

 

「がっ!」

 

「最後まで言わせろよ。さて、抵抗するなら足の一本でも折ってみるか?」

 

「お前ら!」

 

 

 バックの指示でバックや老人達の護衛が暴れだす。すぐに店内は乱戦状態になってしまう。

 

 状況が呑み込めず立ち尽くしていたセリューにも複数人の黒服が襲いかかる。身構えたセリューだったが、男達は突如横合いから放たれた巨腕に薙ぎ倒されてしまう。

 

 

「キュウ!」

 

「コロ……!」

 

 

 小型化してセリューに抱きつくコロ。セリューが落ち込んで以来、同じくずっとふさぎ込んでいたコロだったが、今は違う。主人と繋がる生物型帝具だからこそ、その姿がセリューの今の心境を表しているようでもあった。

 

 父が死んだあの日、セリューは正義の味方になりたいと願った。

 正しい者を守りたい。悪を成敗したい。

 漠然と、だが確かにそう願った。

 

 その願い自体が間違っていたとは思わない。それでも、自分はずっと漠然とした願いのまま今日まできてしまったのが間違っていたのだ。

 もっと考えるべきだった。もっと悩むべきだった。

 盲目的に、誰かの背中ばかりを追いかけていた。

 そんなもの覚悟とは呼ばない。信念などとは程遠い。

 だから容易く折れてしまった。

 

 今からじゃ遅いだろうか。遅いかもしれない。それでも、遅いからと諦めることでもない。諦めていいことではない。

 

 

「行くよ、コロ!」

 

「キュウッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員拘束完了しました、先輩」

 

「おー。ご苦労さん」

 

 

 結局、人数も装備も整っていた警備隊相手にバック達はひとたまりもなかった。抵抗された際、負傷した者もいたが死者はゼロ。全員が無事拘束された。

 

 

「それにしても、先輩も人が悪いです。初めから突入する作戦だったなんて」

 

「どこかの誰かさんはずっと部屋に引きこもってたからな。聞いてなかったんだろ」

 

「ぐぬ……」

 

「あ、あの……!」

 

「はい? あ……」

 

 

 振り返ったセリューは、咄嗟のことで気まずい顔を隠せなかった。

 そこにいたのは3人の少女達。そう、突入前までバック達に嬲られていた少女達だ。

 

 皆それぞれ治療を受けた後らしく、包帯を巻き、松葉杖をついている。それでも痛々しい姿に目をそらしたくなった。いや、そらしたくなったのはその姿にだけではない。

 一度は助けることを躊躇った。その罪悪感だ。

 

 謝って許されることではない。それでも謝らなくてはならない。そう思っていたセリューは、少女達の言葉に驚くことになる。

 

 

「ありがとう、ございました!」

 

「――――え?」

 

「もう、助からないかと思った……。このまま死んじゃうんだって。凄く、怖かった」

 

 

 少女達は皆震えていた。忘れられるはずもない。もしかすると一生心に残りかねない傷を負った。

 

 それなのに、顔をあげた少女はセリューの顔を見て笑った。

 

 

「だけど、おねえさんが助けてくれて……。本当に、本当に嬉しかった。ありがとうございました」

 

 

 そう言い残して、最後にもう一度頭を深く下げて少女達は警備隊員に保護されて去っていく。その背をセリューはじっと見つめる。

 

 

「先輩」

 

「なんだ?」

 

「あの子達は、どうなるんですか?」

 

 

 彼女達は不法入国者。帝国の法に照らせば、彼女達を裁かなくてはならない。あのまま家畜以下の玩具にされるよりずっとマシだとはいえ、決して軽い罪ではない。

 

 

「そうだな」グリムは顎に手を当てて考える素振りを見せて「記録も無いことだし、このまま村まで送って見逃すってのはどうだ?」

 

 

 入った記録も無ければ、出た記録も残さなければいい。それに今回のバック達逮捕の罪状に、彼女達の案件は入っていない。このままグリム達が見逃せば、それに罪を問う人間はいない。しかしそれは、

 

 

「それは犯罪者を見逃すということですか?」

 

「駄目か?」

 

 

 問い返されたセリュー。グリムの表情から、セリューはもう彼の答えはわかっている。そのうえでこちらに訊いてくるのだから、本当に性格の悪い上司である。

 

 

「いえ、そういうことも時には必要なのかもしれません」

 

 

 法は絶対ではない。だからといってそれを蔑ろには出来ないが、しかしそこで思考することをやめてしまえば人は機械と変わらなくなってしまう。

 考え、悩むことこそ、人が人として生きていく為に必要なことなのだから。

 

 

「でもサボりは許しませんからね、先輩」

 

「えぇー。たまには必要だろ」

 

「駄目です。さあ、明日も朝のゴミ拾いから頑張りますよー!」

 

「キュー!」

 

 

 いつか本当の正義の味方になりたい。

 セリュー・ユビキタスはそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都近郊の村。

 

 

「この村もまた酷い有様だ。民あっての国だというのに……」

 

 

 車中にて、窓枠から見える光景に悲壮な顔を浮かべる禿頭の老人。かつて帝都にて大臣の職についていたチョウリ。

 オネストのやり方についていけず、またオネストの勢力が増し、家族の命すら危険に思った老漢はオネストの手が伸びる前に大臣職を辞し辺境に身を隠した。

 

 しかし近年聞こえてくる帝都の状況に今一度立ち上がるべきだと感じたチョウリは、再び内政官としてオネストに立ち向かう為に帝都へ向かっていた。

 その道中にある村々は、帝都に近付くほどに酷いものだった。子を抱えた母子の餓死した死体を見る度、チョウリはやるせない気持ちになる。

 

 

「そんな民を憂い、毒蛇の巣に戻る父上は立派だと思いますよ」

 

 

 そう言ったのはチョウリの娘、スピア。見た目は可憐な少女だが、それとは裏腹に皇拳寺で皆伝を受けた槍の達人である。

 彼女を含めた30人以上の護衛を伴いチョウリは帝都へ向かっていた。過剰ともいえる護衛の理由は、

 

 

「前方に人影」

 

 

 御者の声に、チョウリはまたかと顔を顰める。

 

 

「また盗賊か。治安に乱れにもほどがあるぞ」

 

 

 ここに至るまでにもすでに何度かこうした盗賊に襲われている。すでに帝都の外は無法の世界となんら変わらなくなってしまっていた。

 

 

「いや、外だけではないか……。内側とてすでに……」

 

「父上はこのまま中に」

 

 

 スピアが馬車を降りて、護衛団の先頭に立つ。

 

 改めて、立ちふさがる男達を見る。

 

 一際大柄な男。髭を生やした老紳士風の男。そして体付きを見なければ一瞬女の子にも見間違えてしまいそうな少年だった。

 まさか3人だけとは思えない。それに、今までの盗賊達とは一風違う雰囲気だ。

 

 だが、立ちふさがる以上、押し通る。

 

 

「油断するな。行くぞ!」

 

「おお!」

 

 

 スピアの掛け声に合わせて護衛達が突撃する。

 それに対して盗賊達は、

 

 

「ダイダラ」

 

「おおよ」

 

 

 老紳士風の男が名を呼ぶと、大柄な男が前に出た。ダイダラと呼ばれた屈強な体格の男は背中の大斧を取り出すと、

 

 

「え?」

 

 

 一瞬でスピアの視界が真紅に染まった。

 

 目の前で仲間達の体がバラバラになった

 遅れてきた腹部の痛み。

 

 たった一撃。突っ込んだ護衛団のほとんどが殺された。

 

 

「強、すぎる……」

 

「スピア!」

 

「来てはいけません! 父上!」

 

 

 堪らず馬車を降りたチョウリは、盗賊のひとりを見て驚愕する。いや、彼は盗賊などではない。

 

 

「お前は、帝国の元将兵……! 名前はたしか」

 

「リヴァです。覚えていていただき光栄です、チョウリ大臣。私も貴方の政治手腕は尊敬しておりました」

 

「ならば何故……!?」

 

「主の命令は絶対ですので」

 

 

 リヴァはそう言って、チョウリに近付く。

 

 

「父上! 早く逃げてください!」

 

「あは! お姉ちゃんやるねえ。ダイダラの攻撃で死なないなんて。でも」懐から身の厚い出刃包丁のようなナイフを取り出した少年「これから起こることを考えたら、死んどいた方が楽だったかもねえ」

 

「またかよニャウ。本当にいい趣味してるぜ」

 

「えー! そんなこと――――っ!!」

 

 

 ニャウとダイダラ、2人が瞬時に飛び退る。チョウリに向かっていたリヴァもまた足を止めて、そちらを見やった。

 

 

「どちら様ですかな?」

 

 

 問いかけた先は、先程までニャウとダイダラがいた位置に立つ褐色肌の少女。ぴっちりしたスーツに眼鏡をかけた秘書風の少女は、八重歯を見せて笑った。

 

 

「通りすがりのデキる秘書だぜい!」




閲覧ありがとうございましたー。

>いやぁ、なんかすっごく長くなってしまいました。この作品は5千字くらいを1話にして行こうと思ったら、切りどころを失って最後までいってしまいました。まあ、わざわざ分割する必要もないと思うのでそのまま投稿と相成りました。

>今話は原作サイドストーリーを弄って、捏造をバシバシ入れてしまいました。ちなみにこのストーリーの元は原作5巻の最後の特別編です。捏造はセリューの設定。そのほとんど。身売りの解釈。多分本当はこんな甘いものではないはず。それとこの話の時系列も。バック達がナイトレイドに始末されるのはイェーガーズ発足後。なので買われたときは発足前なんじゃないかな、と予想しています。なかなかやるせない物語なので、どうにか救済したいと思ってました。

>さてさて、今作の主題のひとつにもしているセリューちゃんのお話。前話にも書いたように、こちらではメンタル狂気には至っていないセリューちゃんの苦悩です。兎にも角にも書くのが難しい。とても。
正直違和感ありまくりかもとは思いつつ、こうなって欲しかったという想いだけでも皆様に届いてくれれば幸いです。

>さて次話も原作ならば導入として即終わっている部分を舞台にして展開していきます。全国の秘書メズちゃんファン来たれ!

ではではまた次回ー


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エピソード 2-3

(オネストめ……やはりお前だったか!)

 

 

 元将兵、リヴァと名乗った老紳士の氷の目に睨まれる中、チョウリは悔しさに歯を鳴らした。

 

 オネストは帝都内で自身に歯向かう者を始末すると同時に、ナイトレイドを追い詰めるつもりだ。ナイトレイドが革命軍と繋がっていることはほぼ確実と言っていいだろう。しかしそんな彼等がオネスト派閥以外の人間を殺せば、やはり野蛮なテロリストだと本来味方になる可能性のある者達にまで敵視される。オネストが最も恐れるのは自身の身内が殺されることよりも、本命の敵である革命軍の戦力が揃ってしまうことだ。その為にオネストは一連の犯行を、単なる野盗などではなくナイトレイドの名を騙ってやらせていたのである。

 

 無論今まで隠密に徹していたナイトレイドが、突然犯行声明まで出して活動するのはあまりにも違和感がある。しかし、今日自分まで殺されればそれを信じる者も出始めるとチョウリは考えていた。理由としては、文官達が度重なる襲撃で備えをしていたにも拘わらず、襲撃者はその悉くを突破する実力を持っているからだ。

 事実チョウリもこの日の為に腕利きの護衛を雇った。その数32名。それを薙ぎ払える実力を持つ者は限られている。可能性のひとつとして、ナイトレイドも確かにあるのだ。故に、

 

 

「ナイトレイド、か?」

 

 

 突如現れた少女に対してリヴァが放った質問は、そのままチョウリの代弁でもあった。

 

 名を騙られたナイトレイドが現れることも、オネストの狙いのひとつである。それにまんまとかかったのか。

 しかし褐色肌の少女は、心底わからないと言うように首をコテンと傾げた。

 

 

「ああん? なんでそうなるんダ?」

 

 

 ナイトレイドではない。ならば何者なのか。

 この場所、このタイミングで現れておいて『たまたま』などありえない。

 

 

「まさか、本当に単なる秘書だとは言うまいな」

 

「いや、そうだケド? さっき言ったじゃん」

 

「その割には言葉遣いに品が無いな」

 

「なんだとー!? ――――っとと」

 

 

 鼻で笑うリヴァ。その挑発に少女はあっさり乗ったかと思えば、ダイダラの攻撃にきっちり反応して躱した。

 先程護衛団を一瞬で蹴散らしたダイダラの攻撃が見えている。やはり見た目通りただの少女ではないようだ。

 

 チョウリとリヴァが少女に対する警戒心を上げる一方、攻撃を躱されたダイダラは嬉しそうに口角を引き上げる。

 

 

「なかなかいい動きするじゃねえか。お前、強いな?」

 

「あったりまえよー! だから遠慮なくかかってきな」

 

「それじゃあお言葉に甘えて――――!!」

 

 

 手を招く仕草で挑発する少女に対して、ダイダラは真正面から突っ込む。その突進の速度は先程までとはまるで違う。

 ダイダラは初めから本気など出していなかったのだ。護衛団を壊滅させたときさえも。だが今は違う。そして、()()()油断も無い。

 

 

「あは! 僕のことも忘れないでよね!」

 

 

 正面からはダイダラが。背後からは笛の形をした武器を振りかぶったニャウが奇襲をかける。

 彼等はプロだ。

 いくらふざけているようでも、チョウリ達文官達を護衛ごと殺し、さらには名を騙られて現れるであろうナイトレイドを討つ役目を持っている彼等は、個々人の戦闘能力だけでなく連携も熟達している。

 会話など必要とせず、視線すら合わせず、互いが為すべき動きをするよう鍛えられている。

 

 彼等はただものではない。それはつまり、

 

 

「忘れてねーヨ」

 

 

 彼等と渡り合う少女もまた、ただものではないということだ。

 

 少女の砂色の髪が生き物のように(うごめ)く。それは束なり、一本の槍となって、空中のニャウに襲いかかった。

 

 

「えぇっ!!?」

 

 

 気付かれるまでは予想通りだったが、その反撃方法には思わずニャウも目を剥く。笛を盾にして髪の槍を逸らすものの、体勢は崩されすでに攻撃は不可能である。

 

 

「おおおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 

 一方、ニャウがいなされたのを見て、なおダイダラは構わず突っ込んだ。元より片方が止められても、もう片方が仕留める算段だ。体躯に任せた突進を正面から受ければ、奇妙な技を使う少女とてひとたまりもないはず。

 少女の眼球が左右に逃げ道を探すように動いたのを見て、ダイダラは笑った。

 

 ダイダラの持つ斧が中心から左右に分割。片刃となった斧を左右から挟み込むように振るう。

 

 

()った……!)

 

 

 ダイダラの確信は、少女の不敵な笑みと共に裏切られる。

 

 左右の逃げ道を失った少女はなんと前へ出た。ダイダラの懐深くへ。

 確かに左右を防がれ、また後ろに逃げることも出来ない以上、刃を躱すには前に出るしかない。わかっていてもそれを選ぶ度胸は並ではない。

 しかしそれよりも驚愕することが起きる。

 

 踏み込んだ少女は斧を振るダイダラの腕をそれぞれ片腕で掴む。それだけ。ダイダラが止めたのではない――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「マジか」

 

 

 驚きを通り越して半笑いを浮かべるダイダラの動きは止まった。

 

 

「せー……のッッ!!」

 

 

 小柄な少女が巨体のダイダラを投げ飛ばした。

 

 冗談のような光景に、チョウリは目を丸くし、顎が外れんばかりに開け広げてしまっていた。

 娘と然程変わらないように見える華奢な少女の体のどこに、筋骨隆々とした巨体の男を投げ飛ばす力があるのか。

 

 ダイダラとニャウの挟撃を真正面から破った少女は、未だ余裕の表情で、獣が獲物の前でするように舌なめずりした。

 

 

「ほらほら、もっと気張ってこいよー。でないと、死んじゃうぜい?」

 

「ぷ、はっはっはっはっはっは!」

 

 

 地面に寝転がっていたダイダラが高笑いと共に飛び起きる。

 

 

「なんだこいつ本当に強え!! こりゃたっぷり経験値持ってそうだぜ!」

 

「笑い事じゃないよ。帝具の能力じゃないっぽいけど、それならそれで厄介」

 

 

 ダメージは無し。ダイダラもニャウも構える。

 

 

「やめだ、2人共」

 

 

 それをリヴァが一言で制した。

 

 

「撤退する」

 

「あん?」ダイダラが「いいのかよ。まだ標的殺せてないぜ?」

 

「構わんさ」

 

「いいのか? ワシは帝都に戻ればこれを報告するぞ」

 

 

 尻もちをついたまま一歩も動けなかったチョウリを、リヴァは見下す。

 

 

「ご自由に。貴方ひとりの意見が今の帝都でどれほどの意味があるのか、確かめてみるといい」

 

「ぐっ……」

 

 

 チョウリの目では追えない速度でリヴァが消え、それに気付いたときには他のふたりの姿もすでになくなっていた。

 

 

「ちぇー、逃げちゃったかー」

 

「おぉ、危ないところをありがとう。礼を言わせてくれ」

 

「いいよー別に。アタシも久しぶりに歯応えある奴と戦えて楽しかったしネ」

 

 

 武官ではない内政職に携わるチョウリにはわからない、戦闘者の目。今までチョウリが見てきた嬉々として命がけの死闘をする者の中でも、彼女のそれはとびきり危険な光を宿していた。

 

 

「そうだスピア!」

 

 

 彼女が本当に味方なのか、それを考える前にチョウリは己の娘を思い出す。目を向ければ、最初に負傷して座り込んだ場所にそのままいた。駆け寄り、傷の具合を見る。

 

 

「ち、父上……力足りず……申し訳ございません」

 

「そんなことはいい! 傷を見せろ」

 

 

 腹部の裂傷。ダイダラの一撃を、紙一重下がったが故に胴体を断ち切られずに済んだものだ。しかし傷は浅くない。血を止めなければ危険な状態だろう。

 

 

「早く! 薬を持ってきてくれ!」

 

 

 生き残った護衛団の者に声をかける。

 

 

「んんー?」

 

 

 そこへ例の少女がぬっと顔を出してきた。

 

 

「あー、こんなのへーきへーき」

 

 

 その言葉にチョウリは希望を見た。

 

 

「本当か!? なら娘を助けて――――うええ!?」

 

 

 救命を乞うチョウリの目の前で、少女はスピアの傷口に顔を近づけると舌で舐めた。痛みに喘ぐ娘に、チョウリは慌てて声をあげる。

 

 

「な、なにをしとる!」

 

「なにって……」キョトンとした顔で「こんな怪我、唾つけとけば治るっショ?」

 

「治るわけ――――」

 

 

 ――――ないだろ、とは言葉が続かなかった。

 

 少女に舐められた部分だけ、傷口が塞がりかけているのだ。舐められたスピアもなにがなんだかわからず目を丸くしていた。

 少女だけがケラケラ笑っている。ダバダバと尋常でない量の涎を口から垂れ流しながら、抵抗出来ないスピアに詰め寄る。

 

 

「ほらほら、遠慮なくー」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!! や――――」

 

 

 その後、涎まみれになったスピアは命を救われた代わりに、なにかを失ったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当によかったのかよ?」

 

 

 エスデス直轄部隊。その中でも三獣士と呼ばれる者の一角、ダイダラはリヴァに訊く。

 もちろんリヴァは『なにが』とは聞き返さない。ダイダラの質問は、標的とされたチョウリを殺さなくてよかったのか、ということだとわかっているから。

 

 

「問題無い。あくまでもあれは標的のひとりであって、必ず殺せとまでは言われていないからな」

 

 

 エスデス部隊の副官であるリヴァは、今回の命令をエスデスから直接聞いている。

 今回リヴァ達が命じられたのは、リストの標的を可能な限り殺して回ること。それをナイトレイドの仕業に見せかけること。そして、ナイトレイドが現れたときはこれを確実に殺すこと、だ。

 

 

「それでも殺しといた方がいいわけでしょー? なんで殺さなかったのさ」

 

 

 ニャウも続けて訊ねる。

 ニャウとダイダラが少女と戦っていた隙にチョウリを殺せばよかったのに、と。

 

 

「あの娘、お前達との戦闘中も私の動きを見ていた。もし動けば確実に邪魔に入れる距離を測った上でな」

 

「それでも……」

 

「そう。それでも無理矢理殺せはしただろう。しかしその場合、私かお前達、誰かが死んでいた可能性も少ないがあった」

 

 

 チョウリ殺害にそこまでの価値は無い。ニャウも納得して頷いた。

 

 

「でもあの女がナイトレイドだったかもしれないだろ?」

 

「おそらくそれはない。もしナイトレイドならわざわざ単独で来ることはないだろう」

 

 

 まあ、それでもあの少女が何者なのか。誰の手の者なのか、という疑問は残るわけだが。

 

 

「まあ、任務失敗に変わりはない。成功したら手料理を振る舞ってやろうと思っていたのだが、残念だったな」

 

「そ、それは幸運だったかも」

 

「あの味は帝具並の破壊力だろ!? エスデス様ですら数秒気絶したまずさだぞ!」

 

 

 冷や汗を流す2人を尻目に、リヴァは自信満々に言った。

 

 

「今度は大丈夫だ。隠し味にエビルバードの涎を入れてみた」

 

「入れんな!」




ダブル涎エンド(なんのこっちゃ)

>閲覧ありがとうございます。少々日が空いてしまってすみません。ちょい休日全てに予定が入ってしまい、書く暇がありませんでした。旅行にパソコンはさすがに持っていけなかった……。

>久しぶりのバトルシーン!でしたが、三獣士に本気を出させるわけにもいかず。故に少し……いやかなり物足りないものでした。ほんとはもっとがっつり戦わせたいところなんですがね。

>チョウリ&スピア生還!しかしスピアちゃんは汚されてしまいました……。代わって欲しいとか思ってないですよ?いやほんと。ほんとほんと(動揺)

>感想でもいただいたのでちょい補足を。
メズの強さのランクを、私の中で確定させているわけではありませんが、もし三獣士が帝具の能力を全開にした本気で戦っていた場合、さしものメズも負けます。刺し違えられるのは精々1人くらいかなぁ。今回は彼等の任務が絶対の暗殺任務ではなかったことと、リヴァの様子見が大きかったとだけ。
まあ、この設定もあくまで私の捏造ですので。

>さて次回はちょいと時間が飛びます。原作きっての名シーンのひとつです。

ではではまた次回ー


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エピソード 2-4

 全長2500キロに及ぶ大運河。将来帝国に莫大な富をもたらすであろうそれの発展のため、皇帝専用の巡視船として造られた竜船。

 

 今、その船上にて戦う者がいた。そしてその戦いも決着を迎えようとしていた。

 

 

「兄貴!」

 

 

 タツミは声をあげた。全身ボロボロでタツミに肩を借りてようやく立っていたブラートは、突如吐血してその場に倒れた。

 

 ブラートはエスデス直属の部下である帝具使い三獣士とたった1人で戦い、そして勝利した。

 その内の1人、リヴァは彼のかつての上司であった。

 リヴァとの一騎打ち。ダメージの蓄積で互いに帝具の展開もままならない中、己の血を『水』として操るという文字通り決死の技を仕掛けたリヴァだったが、その悉くを致命傷を避けて捌き切ったブラートの勝利かと思われた直後のことであった。

 

 

「兄貴! 兄貴どうしたんだよ!?」

 

 

 体を痙攣させて、口端からは血泡を吐いている。明らかに外傷のダメージとは別の理由だ。

 

 

「ブラート」

 

 

 先に倒れ、震える声でリヴァは名を呼んだ。

 

 

「私がエスデス様の軍にいる真の理由は唯一つ……ただ、あの御方を慕っていた。ただそれだけだったのだ」

 

 

 かつて賄賂を送らなかったとして無実の罪で国に殺されかけた男は、国に絶望し、正義に絶望した。そこに現れ、救ったのはエスデスだった。

 己を押し通す絶対的な力の権化。

 そんなエスデスに憧れた。そしてそれ以上に感謝したのだ。

 

 

「お前とて、早くあの方に出会えていたなら私と同じ道を歩めたはずだ」

 

「は」脂汗を浮かべながら、ブラートは鼻で笑った「さっきも言ったろ? 俺は、俺達は民の味方だ。それだけは、今も昔も譲れねえのさ」

 

「ふ、相変わらず恥ずかしいセリフを言う奴だ。――――だがな」

 

 

 震える腕を支えに上体を起こすリヴァ。その顔色は真っ青で、口端からは血泡を。その症状は今のブラートとまったく同じだった。

 

 

「エスデス様の僕の意地として、お前の命だけはもらって逝くぞ!」

 

「なるほど。さっきの注射、ドーピングだけじゃなく血に猛毒を仕込んでたのか」

 

 

 その血の攻撃を受けたが故にブラートも毒に侵された。

 

 己に致死の毒を仕込むという狂気的な行為、その覚悟の差にタツミは戦慄した。

 

 

「耐性の無いお前にはすぐに毒が全身へ回る。もう助かるまい……先に、逝っている、ぞ」

 

 

 リヴァは遂に力尽きて倒れ伏す。

 

 

「がはっ!」

 

「兄貴!」

 

 

 先程のリヴァの言葉通り、ブラートの体には今猛毒が回っているのだろう。呼吸も荒い。そもそも全身の傷だけでも充分重傷なのだ。体力の少ない今、このままでいれば――――。

 

 

「すぐに手当を――――」

 

「余所見を、するなタツミ」

 

「え? ――――っ。笛の音が!」

 

 

 ブラートに指摘されてようやく気付けた。それほどまでに動揺していたタツミは音色のする方をみやる。戦闘前に乗客や船員を眠らせた笛の帝具使い――――少女と見紛う華奢だった少年は、見る見る体を膨張させた。最後には三獣士の1人、ダイダラ以上の体格にまでなっていた。

 

 

「奥の手、鬼人招来。エスデス様の為に、なにがなんでも任務を果たす。君達はここで殺すよ」

 

「くっ!」

 

 

 剣を構えるタツミ。しかしニャウの気迫に目に見えて押されていた。

 

 己の命すら武器にして任務を果たそうとしたリヴァ。ニャウはそんなリヴァと同格の敵だ。

 それほどの覚悟を持った敵に、果たして勝てるのか。

 いやそれ以前に、強化前のニャウですらタツミは足止めも出来なかった。帝具による強化をされた今、帝具も無い自分では勝ち目などない。

 

 

「……タツミ、お前に託す」

 

「これ、は?」

 

「インクルシオの鍵だ。持ち主の所に鎧は来る」

 

「俺が!? 兄貴の帝具を!?」

 

「はは、無理無理。やめときなって」

 

 

 ニャウはからからと笑う。

 

 

「インクルシオは負担が大きすぎて、凡人が使えば即死するくらいの帝具なんでしょ? やめときなって。戦う前に死んじゃつまんないよ」

 

 

 タツミの脳裏に、かつてアジトで首切りザンクから奪取した帝具を使ったときのことが蘇る。あのとき、相性の悪かった帝具を着けたタツミは全身の力を奪われ、挙げ句負担に耐えかねた体は傷付いた。比較的凶悪ではないスペクテッドであれならば、ニャウの言葉は真実なのだろう。

 なにより、タツミ自身思っていた。最も未熟な自分が、ブラートの帝具を使えるはずがないと。

 

 しかし、その考えは血を吐きながら立ち上がったブラートの拳によって吹き飛ばされた。

 

 

「お前の素養と今までの経験値、それをつける資格は充分にあるぜ! それにな」ブラートはふっ、と笑う「この俺が認めた男だ。ダセェこと言うな」

 

「…………!!」

 

 

 ああ、そうだ。なにを迷っているんだ。

 これだけ強い人が、憧れた人が、尊敬した人がここまで言ってくれたのに。なにをウジウジと悩んでいるんだ。

 

 強くなりたい。

 みんなを助けたい。

 そして、

 

 

「俺は兄貴の期待に応えたい!!」

 

「叫べタツミ! 熱い魂で!」

 

「インクルシオおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 奇しくも、竜の名を持つ船の上で、竜の鎧は新たな主を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、ここであんたに死なれちゃ困るんだよなぁ。ほんと」

 

「誰だ!?」

 

 

 船上で、たった1人残されたタツミは、動かなくなったブラートを前に座り込んでいた。今だけはと涙を流していたところにかけられた声に周囲を警戒する。しかし、声の主はすでにブラートの傍らにいた。黒の外套を羽織った、フードで顔をすっぽり覆った人物。

 

 

「兄貴から離れろ!」

 

「おっと!」

 

 

 振り向きざまの斬撃。しかし相手は僅かに体を逸らすだけで躱す。完全に見切られている。

 たった一度の攻防で、タツミは彼我の実力差を理解する。おまけに今はインクルシオの発動で体は限界寸前。

 

 それでも、このまま負けるわけにはいかない。さらに、

 

 

「よ、くも……やってくれたね!」

 

「な……お前まだ生きて!?」

 

 

 一度は倒したかと思ったニャウが全身を震わせながら立ち上がった。強化された肉体は膂力だけでなく耐久力も上げていたのだ。

 

 

「絶対に、殺す! 任務は、必ず遂行する!!」

 

 

 血走った目。ここで死ぬことも構わないという覚悟を感じる。

 しかしタツミはすでに体力の限界。もう一度インクルシオを使えば今度こそ命を落とすかもしれない。

 

 

「それでも! ここで負けるわけには――――」

 

「やめとけ。それ以上やったら間違いなく死ぬぜ?」

 

 

 インクルシオを展開しようと鍵を構えたタツミ。それを手で制したのはローブの男だった。タツミに背を向け、ニャウに対峙する。

 

 

「そこをどけええええええええええ!!」

 

 

 相打ち覚悟。鬼の形相で突っ込んできたニャウ。しかしそれは――――交錯も許されずその巨体を引き裂かれた。3つに等分されたニャウは、血と臓物を撒き散らして散った。

 

 

「なっ……」

 

 

 息を呑むタツミ。ニャウの決死の一撃。正真正銘最後の力を振り絞ったそれはタツミの反応速度を上回っていた。たとえインクルシオを纏っていたとしてもただではすまなかったはずだ。

 

 しかしタツミが呼吸も忘れて見入ったのはニャウを葬った男。正確には、ローブの袖から伸びる男の異形の腕にだ。

 男の体格とはバランスが取れない不自然に巨大な腕は、赤い鱗に覆われていた。その先端に並ぶ短剣のような5つの爪。それはまるで『竜』の腕だった。

 

 

「て、帝具……?」

 

「ん? あー……」

 

 

 男はタツミに見られたことを思い出したかのように、そして酷く面倒そうに声をあげた。

 

 

「これはあれだ。帝具()()()()()()()()()()()。自分の体を自在に変えられる。そういう帝具だ。うん」

 

 

 そう教えた男の腕がスルスルと縮んでいき、遂には普通の人間の腕に戻る。直接肉体に変化を起こす帝具。タツミの知るものならレオーネの《ライオネル》と同種のものなのだろうか。

 

 

「さて、と」

 

 

 男の視線が再びブラートに向いたのを感じ取り、庇うように割って入り睨みあげるタツミ。

 

 

「ここまでやってまだそれか。信用ないねぇ。それに、今のを見てまだ俺に勝てる気がするか?」

 

「しない。それでも、お前が誰かわからない間は、兄貴になにかする気なら黙ってられねえ」

 

「はは、ご立派だ坊主。実力が見合ってれば様になったのにな」

 

 

 馬鹿にするように笑った男は懐から取り出したものをタツミに突きつける。それは小瓶だった。中には赤い液体が入っている。

 

 

「その男に飲ませろ」

 

「そんな得体の知れないもの受け取れるか! それに結局お前は誰なんだよ!」

 

「今更毒でも盛るってか? そんな必要ないことくらいわかるだろ?」

 

 

 男の言うようにブラートはすでに瀕死だ。いやすでに死んでいるかもしれない。話すことはおろか、声もろくに届いちゃいない。そんな人物に今更毒を飲ませる必要はない。

 それでも、これ以上大切な人の最期を穢させるのも許せない。それほどに目の前の男は得体が知れない。

 

 

「俺はお前こそは、って思ってたのに。まさかこんなところで早々に死ぬとは思ってなかった」

 

 

 それはタツミにではなく、ブラートに話しかけているようだった。

 

 

「なんにしてもまだ舞台を降りてもらっちゃ困る。代役は追々考えるにしても、役者は足りてないんだ」

 

「なにを、言ってんだあんたは」

 

「早く飲ませろ。手遅れになったら俺も困る」

 

「だからなにを言ってるんだ!?」

 

「僅かな時間だが()()()()()()()。――――それと、坊主にも色々やってもらう。俺が選んだ『英雄』の候補が死んだ今、託されたお前にその資格があるのかどうかはわからんけどな?」




閲覧どうもでしたー。

>いやぁ、皆様3連休いかがお過ごしですか?楽しんでいらっしゃいますか?私は休みが1日でした。はっはっは、働きたくない。

>さてさて、実はここまでが作品のエピローグとなります。エピソード2ー◯まできといて今更エピローグってなんやねんとか思うでしょうがだってそうなんです。
いよいよ以って帝国側主力部隊の活動と同時に、主人公も堂々と動かせるわけですね。いやぁ、長かった。長かった……のか?

>今話で色々お聞きしたいこともあるでしょうが、おそらく次話冒頭にてひとまずの疑問も解くことが出来ると思われます。多分。おそらく。メイビー。

>さあさあ改めて、次話本編よりよろしくお願いいたします。

>追記。エピローグではなくてプロローグでした(笑)


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エピソード 3-1

「なるほどな。そんなことが……」

 

 

 アジトに戻ったタツミが仲間達に竜船での顛末を説明する。三獣士の襲撃。死闘。瀕死のブラートから託されたインクルシオで、三獣士最後の1人であったニャウと戦ったこと。現れた謎の男。そして、

 

 

「その後体調に変化はあるか? ――――ブラート」

 

 

 タツミの話による思考から戻ったナジェンダが視線を向けた先。鎧を纏ったリーゼントの巨漢。幽霊などではなく、ブラートは確かに己の足でそこに立っていた。

 

 話を振られたブラートはおもむろに肩を回すなどして調子を見せながら答えた。

 

 

「いいや問題ない。すこぶる好調だ。嘘みたいだがな」

 

 

 ハハ、と笑ってみせる。笑うしかない。なにせブラート自身信じられないことだったのだから。

 あのとき、リヴァに盛られた毒は確かに致死性のものだった。事実毒を盛った張本人である彼は、あの場で死んでいる。己に使わなかった時点で解毒薬など存在しないのだろう。

 だがブラートは生きていた。

 

 どうしてか。理由ははっきりしている。

 

 

「ローブの男、ね」

 

 

 マインがふと零す。タツミの話にあったローブを羽織った男。男が与えた小瓶の中身を飲ませたところ、ブラートは目を開けた。体を起こし、嘘のように復活したのだ。

 

 

「マイン」ナジェンダが呼ぶ「たしかお前とシェーレが警備隊に襲われたのを助けた奴も似た風体だったか?」

 

「ええ。まあ、私のときは普通に薬を渡されただけだったし、顔も見てないから本当に同じかどうかわからないけど」

 

「だが、そう何人も都合良く現れることはありえない。おそらく同一人物だろうな」

 

 

 マインとシェーレが帝都警備隊、セリュー・ユビキタスに襲撃を受けたとき、負傷したシェーレを連れて逃げてこられたのは謎の男の助力があったからだ。その男もまたローブを羽織って顔を見せなかった。

 

 

 

「味方なのかな?」

 

「そりゃそうだろ。なんてったって2回も俺達を助けてくれたんだぞ」

 

 

 ラバックが疑問を敢えて声にする。それは誰しもが考えていたものだ。

 ローブの男は二度も自分達を助けた。仲間の命を救った。

 それならば味方だろう、そう考えるのが自然だ。

 

 しかし、そう簡単に信じられるものではない。敵が多い自分達にとって、簡単に信用すれば次の瞬間出し抜かれて全滅なんてこともあり得る。故に感謝こそすれ、簡単に信用出来るものではない。少なくとも相手の素性がわからない今は。

 

 

「タツミは純粋だなー。かわいい奴め」

 

「や、やめてくれよ姐さん!」

 

 

 茶化すレオーネに捕まり暴れるタツミ。いつものじゃれ合いの風景に、周りは何も言わない。だが少しだけ場が和んだ。

 それを察したナジェンダが少しばかり柔らかい声音でタツミに説明する。

 

 

「いいかタツミ、信用出来ない理由は2つある。1つは相手が顔を見せないこと。名乗りもしない、ということは素性がバレたくないということだ。私達があくまで暗部である以上、名も顔もわからない相手をおいそれと信用することは出来ない。そしてもうひとつ……それはそいつが確実に1つ嘘をついているからだ」

 

「え?」

 

「さっきお前は竜船での話で言ったな。その人物が竜のような腕で三獣士を倒したと。そしてそれは帝具、ガイアファンデーションであると」

 

「ああ。たしかなんにでも変身出来る帝具だって」

 

「それだ。ガイアファンデーションは現在革命軍所属の人間が持っている。帝具は全て唯一無二。同じものは存在しない」

 

 

 加えて所持者は女性であるためローブの人物とは一致しない。仮にもし、相手がその所持者だったとしたら、わざわざバレる嘘をつくことはあり得ない。

 

 ローブの男は嘘をついている。素性もこちらにはバレたくない。

 ならば何故わざわざ自分達を助けるのか。

 

 

「この件はこれ以上考えても無駄だな。情報が少なすぎて推測以上のものはたたない。ローブの男に関しては各自用心するように」

 

 

 それと、とナジェンダは続ける。

 

 

「ブラート、お前は今後作戦会議には同席を禁じる。現場の指揮権も与えない」

 

「ど、どうして!?」

 

 

 反論したのは告げられたブラートではなくタツミだった。むしろブラートの方は平然として、当然だと言わんばかりだった。

 

 ブラートはナイトレイド内でもアカメと一二を争う戦闘力を持つ。加えて元軍所属ということもあり、指揮能力も持つ知勇優れた人物だ。いつだって作戦の中核を担っていた。

 それを突然外すと言い出したナジェンダの言葉がタツミには信じられなかった。

 

 予想はしていたのだろう。ナジェンダとブラートは互いの顔を見合い、苦笑した。説明を買って出たのはブラート。

 

 

「タツミ、前に俺が言った言葉を覚えてるか?」

 

「?」

 

「死んだ人間が生き返らない。それはたとえ帝具であってもだ」

 

 

 タツミが初めて帝具の存在を知ったとき、タツミは希望を抱いた。

 相手の心を読める力。一撃で敵を葬る力。獣に変化する力。

 

 人智を超越した性能を持つ帝具ならば或いは……或いは死んだ親友を蘇らせることが出来るのではないか、と。

 

 しかしそれはブラート達による厳しい言葉で否定される。もしそんな力があるのなら、そも帝具を生み出した始皇帝が己に使い、永く国を統治していたことだろうと。

 

 

「帝具には斬った死者を操る能力を持つものもある。あのとき俺は死んでいたのか、それとも死にかけていたのか……それはわからねえ。だが、なんにしても帝具の能力で今こうしてここにいることだけは事実だ。その意味がわかるか?」

 

「わ、わからねえよ。どういう意味なんだよ、兄貴」

 

「俺が操られていない、という保証は無い」

 

「そんな……!」

 

「どんな能力によって俺がここにいられるのか。それがわからねえ以上、重要な作戦が敵に筒抜けになるのは避けなくちゃならない。本当ならアジトに戻るのも避けた方がいいぐらいだ」

 

「そこまでは必要無いさ。それならそれで能力が知れるし、敵を迎え撃つことも出来る」

 

 

 ブラートの言葉にナジェンダが答える。

 

 ナジェンダはそう言うが、やはり暗殺を生業にするナイトレイドにとって居場所が露見することは極力避けるのが定石だ。それでもブラートを呼び戻したのは、ナジェンダの心遣いだろう。

 甘いボスに、ブラートは肩を竦める。

 その後真剣な表情で仲間達へ告げる。

 

 

「というわけだ。仮に俺が変な行動を取ったら迷わず殺してくれて構わない」

 

「兄貴……」

 

 

 顔を俯かせるタツミの頭をブラートは優しく撫でる。

 

 

「仮にって言っただろ? ったく、泣くのはあれが最後じゃなかったのか?」

 

 

 はっ、としたタツミは袖で目元をこする。竜船での誓いに嘘はつけないと気丈に振る舞ってみせる。そしてはたと思い出す。

 

 

「あ、インクルシオ」

 

 

 ブラートから譲り渡された帝具、インクルシオ。しかしこうしてブラートが生き残った以上返そうとしたタツミだったが、ブラートは差し出された鍵を受け取らない。

 

 

「それはもうお前のものだ、タツミ。インクルシオはすでにお前を主と認めてる。なにより、お前は俺が見込んだ男だ」

 

 

 実際、タツミにと合わせて鎧を変化させたインクルシオを、もう一度ブラートが使えるかはわからない。だが仮に戻すことが出来たとしても、ブラートは受け取らなかっただろう。それほどまでにタツミへの期待は高い。いつか自分を超えてくれる存在だと確信しているから。

 

 

「――――わかった」

 

 

 タツミなりに、ブラートの気持ちを受け取ったタツミは今一度の決意を持ってインクルシオの使い手となることを決める。

 

 

「よし、なんにせよ三獣士を撃破出来たのは大きい。エスデスとて隊の弱体化は確実。私は明日、本部に奪った帝具を渡してくる。あわよくば人員の強化も、な。即戦力となると期待出来るかわからんが」それに、と続けて「シェーレの様子も見てくる。さて、土産はなにを持っていこうか?」

 

 

 場の空気が一気に変わり、いつも通りの騒がしさを取り戻す。

 

 ひとつの戦いが終わり、そしてまた新たな戦いが始まる。その幕間。しかしその一時を、皆が噛みしめるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別警察会議室前。今日ここで新たに発足する部隊の顔合わせが行われる予定である。

 

 エスデスは気配を消して扉の前に立つ。

 

 

「ふむ、どんな奴らか楽しみだ」

 

 

 適当に見繕った拷問官用の仮面を着けて扉を開ける。数は7人。

 

 机に突っ伏して寝ている者。犬のようなペットを抱いている者。お菓子を貪る者。巨体を縮こまらせて座っている者。鏡に映る自分に見とれている者。手元の本に視線を落とす者。そして、

 

 

「ん? 誰だ」

 

 

 青年と少年の境目の年頃の、垢抜けない男子がこちらに視線を寄越す。視線こそ向けないが、彼だけではなく数人はしっかりエスデスの存在を意識している。違うのは、男子だけが隙だらけということ。

 

 

「お前達、ここでなにをしている!」

 

「おいおい、俺達はここに集合しろって――――なぁっ!?」

 

 

 まずは不用意に近付いてきた男子を蹴り飛ばす。次は、と狙いを本を片手に持つ青年へ攻撃を仕掛ける。

 

 

「おっと」

 

 

 手加減をしているとはいえエスデスの攻撃に反応し、かつ捌き切った。見た目に反して修羅場を潜っているらしい。充分即戦力だと評価。

 

 大振りの一撃で青年を下がらせ、背後から不意打ちをかけてきたポニーテールの少女と犬の攻撃を躱す。

 

 

「え?」

 

 

 腕を取られた少女は視線すら寄越さず躱されたことに驚いているようだった。しかしエスデスは完全な気配絶ちをする暗殺者の奇襲すら防ぐ。この程度は不意打ちとも呼べない。加えて、

 

 

「殺意が無さ過ぎる。相手が何者かわからん以上、襲われたならそいつは敵だ。常に敵は殺す気でいろ」

 

 

 指摘された少女を床に投げ落とし、凍らせた犬を放り捨てる。

 

 手鏡をしまった男は大きく間合いを開けて後退。白衣姿の風貌を見るに直接戦闘は好まないらしい。巨体の男も同様に間合いを開けているが、こちらは己の反応出来る絶妙な間合い取り。奇抜な見た目の割に慎重な性格らしい。

 

 

「ふざけられてもこちらは加減出来ない」

 

「ふっ」

 

 

 そして最後に、気配を絶ち、さらに他人の敵意に己の殺意を紛れ込ませる完璧な隠形術。エスデスの死角を確実に突いて放たれた刀剣の一撃はエスデスの仮面に掠った。

 お菓子を口に咥えた少女は、この中で最も『死』の臭いが濃い。

 

 所詮はただの仮面。少女の一撃に耐えられず破砕した。

 顕になった顔を見て、顔をすっぽりマスクで覆った巨体の男が甲高い声をあげる。

 

 

「エスデス将軍!?」

 

 

 気付いた面々から敵意が消える。正体がバレた以上遊びも終わりだ。

 

 

「普通に歓迎してもつまらんからな、少し余興を兼ねてみた」

 

 

 エスデスとしては、本当は全員の実力を見るはずだったのが、仮面を割った少女の実力が予想以上だった。おかげで全員の対応力を見るには至らなかった。

 

 

「いててて……」

 

 

 最初に蹴り飛ばした男子も起き上がる。隙だらけなのは減点だが、手加減したとはいえエスデスの蹴りを受けて怪我ひとつ無いことは評価に値する。

 

 問題は――――。

 

 

「ぐー……」

 

 

 最初から最後まで一切動かなかった男。テーブルに突っ伏しいびきをかいているこの男を、エスデスは知っている。

 帝都警備隊隊長、グリム。宮殿内では『不死者』と呼ばれる男。

 オネストに目の敵にされながら、未だ命ある彼を宮殿内の者は不死者と呼ぶのだ。

 

 部隊設立のメンバーをオネストに募ったとき、エスデスが唯一指名した人物でもある。そのときのオネストの顔は、まあ心底嫌そうだったのを覚えている。

 

 しかし今の状況はどうだ。これだけの騒動に対して少しも動じない。どころかこうして寝ているグリムの前に立っていても起きる気配も無い。

 無防備なその姿は、先に蹴り飛ばした少年どころの話ではない。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

 

 部屋の人間は皆エスデスの動きを見守っている。これからの上司はどんな人間なのか見極めようとしていた。

 対して、エスデスの興味は新しい部下の実力がどんなものか――――などではない。

 

 

(本当にお前は死なないのか見せてもらおうか!)

 

 

 振り上げた右手を――――エスデスは振り下ろさなかった。

 

 

「ふふ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 楽しげに笑って振り返る。トンファーに仕込んだ銃口を突きつけるポニーテールの少女は、先程までとは打って変わってエスデス相手に一切怯まなかった。

 

 たとえこの少女が本気で襲ってこようとエスデスならば一蹴出来る。しかし今回の目的はあくまでも顔合わせだ。

 

 

「まあいいさ。機会はこれからいくらでもある」

 

 

 グリムへの殺意を消して、新たなる部下達へ目を向ける。

 

 

「我々は独自の機動性を持ち、凶悪な賊を容赦なく狩る組織……特殊警察イェーガーズだ。思うがまま、存分に喰らい尽くせ!」




閲覧ありがとうございますー。

>ずいぶん日が空いちゃいましたがなんとか更新出来てよかったよかった。誰か私に土日休みをください。

>さてさて、新章突入。導入はナイトレイドからのエスデス様の視点でした。主人公?さてどいつのことやら(汗)

>イェーガーズは自己紹介前だったので名前出さずに地文書いてます。わかりにくかったら申し訳ない。

ではではまた次話にてー


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エピソード 3-2

「もう! シャンとしてください先輩!」

 

 

 キャンキャン騒ぐセリューの言葉に、グリムは生返事する。それに益々怒るセリューは拳を放つが、忌々しくも躱される。ぐぬぬ。

 

 

「あまり不真面目だとエスデス隊長にお叱りを受けますよ!?」

 

「そういうタイプじゃないだろ。やることやれば文句言わないタイプだ。胸もでかいし」

 

「だとしても、この間みたいのはもうごめんです! ――――ってそれ関係ないでしょう!」

 

 

 セリューが言うこの間というのは、イェーガーズ初顔合わせの日。エスデス流の自己紹介を兼ねた試験として、彼女自身が隊員達に襲いかかってきた。

 その間……というより会議室に着いてからずっと寝こけていたのが目の前の不良上司である。お咎めこそなかったが目をつけられたに違いない。なにせエスデスは起きないグリムに攻撃をしようとしたのだ。――――正しくは、殺そうとしたのだ。

 

 セリューの横槍が功を奏したのかはわからないが、気が変わったらしくその場はなにも起きなかった。

 

 

「もうあんな風に死にかけるのはごめんです」

 

 

 心の底からセリューは言う。

 

 

「お前から見てエスデスはどうだ?」

 

「どうって……というか先輩。ちゃんと隊長と呼んでください」

 

 

 生真面目な性格からしっかり指摘しながら、セリューは質問に答える。

 

 

「どう、と言われてもまだ隊長のことはほとんど知らないのでわかりません。ただ……怖いです。氷のようなあの眼が」

 

 

 正直、グリムの件で横槍を入れたとき、セリューは己の死を悟った。エスデスの眼に殺人に対する躊躇いなど微塵も無く、氷の瞳に射抜かれただけで心臓が止まりそうだった。事実将軍たる彼女の実力をもってすれば自分など瞬殺だろう。

 

 

「帝国はブドーとエスデスの2強なんて言われちゃいるが、ボスの力量差は兎も角、実戦経験を積み続けてるエスデス軍と帝都内で格下相手にしてる近衛じゃ、仮にレベルが同じでも経験値が違う。勝つのは多分前者だ」

 

「勝つとか負けるって……どっちも帝国を守る仲間じゃないですか」

 

「お前は素直で可愛いなー」

 

「なっ!!?」

 

「まあ、追々わかることだ。今はただ革命軍(共通の敵)がいるから不干渉を貫いているだけ。それが無くなれば矛先はどこに向くのかねぇ?」

 

「それでも……」セリューははっきり言う「それでも私は、救いを求める()()()の味方でいたいです」

 

 

 かつて繰り返し使っていた『正義』の言葉。悪を倒す者こそが正義の味方であると盲信していたセリュー。

 しかし正義とはなにか。悪とはなにかわからなくなった今、安易に正義を名乗ることは出来なくなった。それでも自分は人を救う側でいたいと思った。思うことが出来た。

 ならばもしこの先、帝国が身内で争うことになったとしても、それに民が巻き込まれるのだけは絶対に間違っている。しょうがいないからと切り捨てることは間違っている。

 だから、セリューはもしそうなっても民の味方でいようと決めた。それがたとえ帝国に背く行為だとしても。

 

 

「そうか。頑張れ」

 

「先輩に言われなくても頑張りますよ」

 

 

 ツン、と顔を背ける。その横顔がほんのり赤いのは、この気持ちに気付かせてくれたのが隣にいる人物だったから。気恥ずかしいのだった。

 

 

「ほら先輩、無駄話だけじゃなくてしっかり警備をしてください!」

 

 

 おそらく気付かれてるだろう照れ隠しをさらに誤魔化すようにセリューは急き立てる。といっても方便ばかりではない。実際彼女達は今任務の最中なのだ。

 

 イェーガーズ顔合わせの後、エスデスが突如企画した『都民武芸試合』。グリムとセリューはその警備の最中であった。

 何故突然こんな催しをしたのか。理由は2つ。

 1つは以前セリューが撃退したナイトレイドが持っていた鋏の形状の帝具の使い手の発掘。そのままにしておけばいずれオネストに回収されてしまうが、それより先に使い手を見つけあわよくば隊に取り込もうという魂胆らしい。

 もう1つの理由は、

 

 

「おお!?」

 

 

 セリューが驚きの声をあげた。観客の帝都民達の歓声を浴びているのは、今しがた試合に勝利した少年だった。

 セリューよりも幼い少年が、巨漢の選手を圧倒しての勝利。その身のこなしは大会参加者の中でも頭2つほど抜けていた。

 

 

「強いですね、あの子……。やや? あの子どこかで見たような」

 

 

 試合場中央、主催者のエスデスが手ずから勝者である少年の首にかけたのは、鎖付きの首輪だった。

 

 

「今から私のものにしてやろう」

 

「え?」

 

 

 目を点にして硬直してしまう鍛冶師の少年――――タツミ。

 

 首を傾げているセリューの横で、グリムは天を仰いだ。

 

 

「おいおい、勘弁してくれ……」

 

 

 武芸大会を開いたのは人員補強の目的ともうひとつ、エスデスの婚活である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギョガン湖の砦。帝都近郊に建てられたそこは、帝都から逃げ出した悪人達がたむろしている。その規模は日増しに大きくなり、遂にはひとつの勢力として幅を利かせていた。

 本来なら帝都の警備隊、或いは軍が出張って排除することなのだが、膨れ上がった勢力は最早警備隊程度では対処しきれず、かといって大規模な軍を動かすには、それが革命軍などに対する隙になりかねなかった。

 

 そこにエスデスが目をつけた。部隊員の実力試しには手頃な相手だと。

 

 

「面倒臭ぇ……」

 

「なにを言ってるんですか先輩! 初任務ですよ」

 

 

 道中、愚痴を漏らすとセリューに怒鳴られた。

 

 しかしそう言われても面倒なものは面倒なのだ。今は正直こんなことをしている場合じゃない。

 

 武芸大会に参加していたタツミはエスデスに見初められた。実力行使で捕まった彼を、エスデスはイェーガーズの補欠として入隊させようとしている。

 こうしている今も拘束したタツミを横にこちらを監視――――否、見物しているのだろう。

 

 幸いというべきか、タツミはナイトレイドとして顔が割れていない。

 竜船ではあれだけの苦労と()()()まで使って生かしたのだ。早々に殺されてしまっては助け損である。まあ、仮にバレてもエスデスの惚れ込みようは異様で、殺すどころか取り込もうと躍起になりそうだが。

 なんにしても超が付くほどの危険人物にタツミが目をつけられたのは痛い。

 

 

(いや、まあブラートの代わりである以上、それくらいでないと困るというのもあるけど……)

 

 

「そうですよ、グリムさん」

 

 

 後ろから声をかけてきたのは翼を模した髪飾りを着けた美青年。名前はラン。

 彼はとても優しげで友好的な笑みを浮かべて言う。

 

 

「貴方はこの隊の副官なのですから」

 

 

 副官。そうグリムはイェーガーズの副官になった。

 この作戦の前、エスデスが指名したのがグリムだった。

 

 エスデスが実力を見るために出会い頭に襲撃したあのとき、唯一寝ているだけでなにもしなかったグリムを指名したとき、一瞬周りがピリッとしたのを覚えてる。当然のようにウェイブが理由を尋ねたが、返答は『私がそう決めたからだ』の一言。文句を言える者などいるはずもなかった。

 

 思い当たる理由がグリムにはある。おそらくはエスデスと一緒に皇帝に謁見したときのことだ。オネストへの態度を見られ、興味を持たれてしまったらしい。

 

 

「まあ、俺としては程々に働いて給料貰えれば文句無いんだけどなぁ」

 

「またそういうこと言って!」

 

 

 9割くらい本音の意見を漏らしたが、案の定セリューに怒られた。

 

 そうこうしている間に(くだん)の砦前までやってきた。

 

 長い階段。その先に大きな鉄扉。見張りは屈強な男が2人。

 事前に周辺の地形、砦内部の構造、敵の配置の情報は得ている。はっきり言ってこれほどの情報が流失している時点で勝負は決している。おまけにこっちは全員帝具持ちの部隊だ。

 

 

「さて、作戦はどうしましょうか?」

 

 

 敢えて、ランは口に出してからこちらを見やる。他のメンバーも視線を向けてきた。

 現場の指揮権はエスデスからグリムに与えられている。立場上指示を出す権利はグリムが持っており、メンバー達にしてみればお手並み拝見ということなのだろう。

 

 しかしグリムが指示を出すより先に、セリューが前へ出た。

 

 

「行きますよ、コロ」

 

「きゅうう!」

 

 

 セリューが先行。コロが続く。

 

 口を挟もうとしたグリムだったが、セリューの目はそれを拒否。頑固な後輩を知っている身としては、ため息を吐いて見送った。

 

 敵の見張りもこちらの接近に気付いたらしく、鉄門扉が開いてワラワラと人が出てくる。どいつもこいつも傭兵崩れといった具合だ。

 盗賊はこちらの人数が7人だとわかると途端に気を緩め、どころかセリューやクロメを見て下卑た笑みを浮かべている。絵に描いたような悪人だ。

 

 

「失った両腕の代わりにドクターから授かった新たな力……コロ、7番!」

 

 

 コロがセリューの右腕に噛み付く。そうして現れたのは巨大な砲身。

 

 

「道を開けてください。殺したくはありませんので」

 

 

 ギョッとした盗賊達が左右にバラける。射線に誰もいなくなったのを確認して、セリューは引き金を引く。

 

 

「正義――――泰山砲!」

 

 

 轟音。

 射線から外れてなお有り余る威力は、左右の盗賊達を薙ぎ払いながら鉄の扉を城壁ごと粉砕した。

 

 セリューが新たに得た力とは、コロを媒介にした複数の兵器の換装である――――十王の裁き。

 ナイトレイドとの戦いで失った両腕。一時はただの義手にしていたが、奴隷商人の一件を経て、彼女は新たな決意の下、戦うことを決めた。

 そのためにはもっと強くならなくてはならない、と。

 

 セリューはまだ若い。伸び代もある。

 地道に力をつけていけば、いずれは将軍格として戦うまでになるだろう。

 

 

(でも、()()()()()()()()()()。必要なのは今戦う力)

 

 

 ナイトレイドとの戦いで己の力の未熟さを知った。たとえコロが強くても、使い手の自分が弱くては足を引っ張ることしか出来なくなる。

 それでは駄目だ。いつかでは遅いのだ。

 得たのは新たな改造手術。

 

 ナイトレイドと戦う為に。誰かを守る為に。そして――――少しでもあの人の力になる為に。

 

 

「本人には猛反対されちゃいましたけどね」

 

 

 苦笑と共に独り言を漏らす。

 

 

「きゅう?」

 

「後悔なんてしていませんよ、コロ。私は私の信じるものの為に、全力で戦います!」

 

「きゅう!」

 

 

 再び腕に噛み付くコロ。現れたのは大きなドリルの腕。

 そしてコロも巨大化。

 

 

「ぐっじょぶ」

 

 

 そう言ってセリューに並び立つのは黒い制服姿の、セリューよりも小柄な少女クロメ。クロメはいつも持ち歩いているクッキーを口に咥えながら、腰の鞘から刀を抜く。

 

 

「さあ、遊ぼうか。バラバラにして、後で組み替えてもう1回遊んであげる」

 

 

 襲ってきたのが只者ではないとわかった盗賊達がこぞって2人を取り囲むが、セリュー達はまるで怯まない。どころかクロメの殺気に腰が引けているのは盗賊達の方だった。

 

 

「大人しく投降してください。そうすれば命まではとりません」

 

 

 二の足を踏んでいる盗賊を見て、セリューが呼びかける。それに反論したのはクロメだった。

 

 

「命令は殲滅のはず」

 

「殺さなくて済むならそれに越したことはありません」

 

「軍人なら、命令は絶対。与えられた命令をただ粛々と実行する。私は今までずっとそうしてきた」

 

「それでも……」

 

 

 エスデスは作戦開始前に降伏は弱者の行いだと断じた。弱者は常に淘汰されるべきだとも。

 クロメの言葉は正しい。命令を忠実に遂行することは、軍人として当たり前のことだ。

 

 それでもセリューは学んだのだ。ただ殺すことだけが正義では無いと。

 

 

「敵は可能な範囲で捕縛。殺しは必要最低限で頼む」

 

「先輩!」

 

 

 先行した2人を追いかけて、グリム達も砦内に入ってきた。

 

 グリムの言葉に再びクロメが反論する。

 

 

「でもエスデス将軍の命令は……」

 

「現場の指揮は俺に任せるって言ってたな。なら今この場において、命令は俺が優先だ」

 

 

 ぐぬ、とクロメが言葉に詰まる。実際その通りではあるのだ。それにエスデスは殲滅を仄めかす言葉は発したが、殲滅戦をはっきり命令したわけでもない。それならば優先されるのは副官であるグリムの言葉となる。

 

 まだ納得いっていなそうなクロメの顔を見て、グリムはニィと笑う。

 

 

「まあ出来ないっていうならしょうがねえさ。この程度相手に必死に戦わないと勝てませんっていうなら仕方ない。俺としても部下の命の方が大切だし。あー仕方ない仕方ない」

 

「む……その言葉は心外。出来ないとは言ってない」

 

「無理して怪我されても困るから、出来る限りでいいぞー。危なくなったら帝具も使っていいんだぞー?」

 

「命令なら守る。……私この人キライ」

 

 

 最後にボソリと付け加えて、クロメは敵陣に斬り込む。グリムの命令通り、手足の腱を斬って身動きを封じるまでで、殺しはしていない。

 

 セリューとコロもクロメの加勢に駆け出した。

 

 

「ずーいぶん甘いのねえ?」

 

 

 グリムにそう声を掛けたのは白衣の男、Dr.スタイリッシュ。

 

 

「捕縛したって、どうせ拷問のあと処刑されちゃうのに」

 

「不満か?」

 

「いーえ。アタシこう見えても凄く忠実で尽くすタイプなの。それに優しい男って素敵よ」

 

 

 その割には目が笑っていない。心の底ではグリムの行為を嫌悪しているとはっきりわかった。それでも今ここで逆らう素振りは見えないので一先ず放置しておく。

 

 

「俺はグリムさんの方針に賛成だ。人を殺さないで済むならその方がいいに決まってる!」

 

 

 こちらはスタイリッシュとは対照的に、実に言葉の通り真っ直ぐな強い目で答えるウェイブ。

 

 

「私は軍人です。命令に従うまでです。たとえそれが汚い仕事であったとしても、誰かがやらなくちゃいけないなら……」

 

「ボルスさんに同じく。命令なら私も従いますよ」

 

 

 ボルスとランが続けて答える。

 

 青い理想が混ざっているウェイブとは違い、この2人は自分達の行いを仕事として割り切りつつ答えている。そこはくぐってきた修羅場の数、それと年齢の差か。

 

 兎にも角にも、イェーガーズの初任務は無事終わる。圧倒的な力の差による蹂躙。それでいて死者はほとんど出なかった。




閲覧ありがとうございますー。

>今回二度書きしていないので、ちょっと文章おかしいところがあるかもです。すみません。

>イェーガーズ自己紹介絡めた初陣です。細かい修正というか改変としましては、エスデス様は『殲滅しろ』と明言はしていないという設定にしています。

>エスデス様はやることやれば怒らない上司だと私は思ってます(前も言ったな)。なので今回も『何故殺さなかった?』とかいう質問に『必要無かったので。それとも今から殺しましょうか?』と返せば『いや、構わん』みたいな会話が成り立つかなぁ、と思っております。
まあ、話中にも書いたように、盗賊達は結局拷問送りか死刑になるので結末は変わらないといえば変わらないのですが。

>グリムに対する好感度としてはセリューは除いて、クロメ→意地悪するからキライ。スタイリッシュ→ゲロ甘な綺麗事に吐き気を覚えるくらい嫌い。ラン→要警戒中。ボルス→嫌いとか無い。けど別に好きなわけでも無い。ウェイブ→良い人そうで好印象。
みたいな感じです。

ではではまた次回ー


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エピソード 3-3

「なんとか、逃げ切れたか……?」

 

 

 川から這い出たタツミは辺りを見回す。

 

 エスデスの提案で訓練を兼ねた狩りに出掛けたイェーガーズとタツミ。最初はエスデスとクロメが組み、タツミはウェイブと組むこととなった。

 イェーガーズは全員が帝具持ち。才能はあっても一般人であるタツミでは逃げられはしないと考えていたのだろうが、タツミは乱戦のどさくさに紛れてインクルシオを纏って逃げ出した。

 

 その後追ってきたウェイブと戦闘。戦闘中の口ぶりからするに、インクルシオの鎧姿で最後まで正体はバレていなかったと思う。

 

 ウェイブの技を受けることで川に飛び込み、インクルシオの能力である透明化で見事やり過ごしたのだった。

 

 

「がはっ……! げほっげほっ!」

 

 

 川べりで倒れ込むタツミ。こんなところでもたもたしてはいられないが、体が言うことを聞かない。インクルシオも強制解除されてしまった。

 ウェイブの攻撃は想像以上に強烈だった。インクルシオと同じ鎧の帝具。おそらくは能力の系統も同じ、身体能力の強化。

 防御に全力を注いでなお、インクルシオの防御を貫通してきた。

 

 

「くそ、早くここから――――!?」

 

 

 ガサガサと草陰から現れたのは危険種だった。サーベルタイガーのように牙が異常に発達した四足歩行。そしておそらくは肉食。

 

 

「マジかよ……」

 

 

 己の不運を呪いたくなる。せっかく逃げ出してきたのに、このままではこの危険種の餌だ。

 なんとかもがくが、精々数センチ距離を取る程度だった。

 

 タツミが動けないことがわかったのか、僅かに警戒心を残して近付いてこなかった危険種は悠々と姿を現す。そして、鋭く反り返った牙に唾液を滴らせた。

 

 

「ガァウ! ガアアアアアッッ!」

 

「はいごめんよ」

 

「ガッ……!!?」

 

 

 タツミに襲いかかろうとした瞬間、危険種の首は飛んだ。

 宙を舞う首は血潮で弧を描きながら川へと沈んでいった。ドスンと聞こえたのは、残された胴体が横倒しに落ちた音だった。

 

 なにが起きたのか。助かったのか。

 そう考えたタツミは新たに現れた気配の主を見上げて、硬直した。

 

 

「気分はどうだ? 若旦那」

 

 

 助かった――――それは大きな間違いだった。そこにいたのはイェーガーズの副隊長を任せられた男、グリムだった。

 

 せっかくウェイブから逃げ切れたと思ったのに、今度はグリムとは。しかも今の自分は身じろぎするのが精一杯の状態だ。

 戦うことはおろか、逃げることもままならない。

 

 

「まあどうだって、見たまんまか。随分痛めつけられたみたいだな」

 

 

 言いながら咥えていた煙草を吹かす。なにが楽しいのかクツクツと笑いながらタツミに手を伸ばそうとして、

 

 

「おっと!」

 

「チッ!!」

 

 

 先程危険種が現れた場所と同じところから飛び出してきたアカメの一撃を間一髪防いだ。

 

 後ろに飛ぶことでアカメから間合いを取るグリム。必然的に、タツミとの間にアカメが立つ構図となった。

 

 

「アカメ!? どうして……」

 

「お前達が狩りの準備をして出るのを発見して尾行していた。ようやく追いついたぞ」

 

「俺の為にわざわざ……。すまねえ、また助けられた」

 

「当たり前だ」そう言ってアカメは笑う「何度だって助けるさ。仲間だからな」

 

 

 タツミは唇を強く噛みしめる。でないと泣いてしまいそうだったから。

 敵地のど真ん中。それも敵の最大戦力たるエスデスに拘束されていたのだ。いつ殺されるともしれないと堪えていたプレッシャーが、アカメの温かい言葉で解放されたのだ。

 

 

「おかえり、と言いたいところだが、それは無事にアジトに戻ってからにしよう」

 

 

 アカメは緊張をみなぎらせて眼前の男を見据える。

 

 そう、依然状況は不利に変わりない。動けないタツミを庇う形でアカメは戦わなくてはならないからだ。

 逃げることは叶わない。ならば、ここで敵を始末するしかない。

 その覚悟でもって構えたアカメを見るなり、グリムはとんでもないことを言い放つ。

 

 

「いいよ帰って」

 

「…………はぁ!?」

 

 

 思わずタツミが痛みも忘れて叫ぶ。

 対象的にアカメは警戒を解かないまま。

 

 

「どういうつもりだ?」

 

「元々ありゃうちの女王様の拉致誘拐だし? 今日の坊主の監視は俺の管轄外。怒られるのはウェイブだけだし」

 

 

 そっと、タツミは心の中でウェイブに同情した。原因は自分だけど。

 

 

「てか、坊主気付いてなかったのか」

 

「え?」

 

 

 そう言ってグリムは黒い外套を被る。頭をすっぽり覆った姿に、タツミは目を見開く。それは竜船にいたあのときの人物そのものだった。

 

 

「これでちょっとは信用してもらえたかな?」

 

「……信用は、出来ない」

 

「あらら」

 

 

 断じたアカメの言葉におどけるグリム。

 

 

「だが、逃がしてもらえるというならばそうさせてもらう」

 

 

 そう言って、アカメは刀を納める。

 本来ならば、不安の芽はここで摘むべきである。立場上、本当に味方かわからないならば敵であると判断するくらいが丁度いい。しかし今は仲間であるタツミの安全を確保したい気持ちが勝った。

 タツミに肩を貸しながら、それでも決して隙は作らずに距離を離し、茂みに紛れるようにして逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーら、グリム副隊長じゃない」

 

「ん? Dr.か」

 

 

 アカメとタツミと別れてすぐ、現れたのは眼鏡をかけた白衣の男。イェーガーズのメンバーの1人、Dr.スタイリッシュだった。

 スタイリッシュはしなを作って喋りかけてくる。

 

 

「奇遇ね。こんなところでなにをしていたのかしら?」

 

「別に。散歩だよ散歩。今日は天気が良いからな」

 

 

 スタイリッシュの質問に、グリムは平然と嘘をついた。

 

 

「あらそうだったの? それなら誘ってくれればよかったのに。アタシ、副隊長の顔タイプなのよ」

 

「あっはっはっは、ぞっとしねえな」

 

 

 ウインクまでしてくるスタイリッシュに渇いた笑い声をあげるグリム。スタイリッシュの好みはよくわからないが、すでにイェーガーズ内だけでもウェイブやランに事あるごとにアピールしている。

 出来ればご遠慮願いたいと思うグリムだった。

 

 

「そういえば」スタイリッシュは思い出したように口にする「さっきウェイブちゃんと会ってね、なんでもタツミちゃんが逃げちゃったみたいなのよ」

 

「そりゃ大変だ。ウェイブの奴も運が無いな」

 

「ホントよねー。彼はエスデス将軍のお気に入り。ウェイブちゃんが殺されちゃうのは……ちょっと残念ね。あの子も磨けば光る子なのに」

 

 

 これがまた冗談ではなくウェイブは殺されかねないのだから、なかなかバイオレンスな職場である。しかしまあ、一度の失敗で罰せられることはあれど殺されるとも限らない。あくまでも可能性だが。

 

 

「副隊長は見てなぁい? タツミちゃん」

 

「見てないなー」

 

「そう、おかしいわねぇ。――――ついさっきまでこの辺りにいたみたいなんだけど」

 

 

 空気が冷たくなる。

 

 いつの間にかスタイリッシュの周囲に3人の人間が現れる。

 それぞれ、鼻、目、耳が異様に発達している。

 

 

「この子達はアタシ自ら手がけた強化兵よ。どう? スタイリッシュでしょ!?」

 

 

 スタイリッシュのポーズに合わせて3人もそれぞれポージング。

 

 スタイリッシュ自身は戦闘力は然程高くない。それなのに何故イェーガーズに推薦されるまでになったか。それは彼が、或いは彼女が、凄腕の医者であると同時に兵器開発者、薬物調合者、そして人体改造のスペシャリストであるからだ。

 常に自分の手駒として強化兵を引き連れている。この3人もそうなのだろう。

 

 

「――――でもね、あの子はダメ。セリュー」

 

 

 セリューの名を出すと同時にスタイリッシュの目から先程までの輝きが無くなる。

 

 

「初めて会ったときはとっても素敵な眼をしてた。だからアタシの傑作である十王の裁きもあげたのに……。人を殺さないなんてゲロ甘なこと言って、ほんっっとサイアクよ!」

 

 

 スタイリッシュこそ、セリューを二度に渡って人体改造してみせた張本人であった。一度目は亡きオーガの紹介で。二度目はセリューの志願で。

 オーガに紹介され会ったときは、それはもう狂気に染まった良い眼をしていたというのに。二度目の改造を頼みにきたとき、その顔付きに違和感を持ちはしたが初対面の印象が良かった為に改造を施した。だというのに、まさか人を殺さないなどという、スタイリッシュが最も毛嫌いする偽善者に成り果てていたとは思いもよらなかった。

 傑作であった十王を与えてしまったことを、これほど後悔したことはない。

 

 

「ま、どうせあんなのいつか勝手にくたばるでしょう。精々それまで兵器のデータ取りに利用させてもらうわ。――――と・こ・ろ・で」

 

 

 再び口元に気味の悪い笑みを浮かべて、スタイリッシュはグリムへと接近する。

 

 

「この子達はそれぞれ1つの感覚器官を発達させたの。目は数里先の人の毛穴が見える視力を。鼻は犬の数十倍の嗅覚を。そして耳は――――遥か先の会話を聞き取れる聴力。ねえ、副隊長? ここにタツミちゃんは本当にいなかったかしら?」

 

 

 スタイリッシュの目は笑っていなかった。それを正面から見返すグリムは答える。

 

 

「さあな」

 

「――――そう、わかったわ」

 

 

 スタイリッシュは追求せず、グリムから離れた。

 

 

「よかったわ。そう言ってもらえて本当によかった。だってアタシ、アナタの顔は好みだけど――――アンタの考え方は大っっっっっっ嫌いだったから!!」

 

「その言い方だと俺がまるで嘘ついてるみたいな言い方だぞ」

 

「フン、白々しい。エスデス将軍じゃなく、アタシに殺されたいの?」

 

 

 すでにスタイリッシュはグリムの裏切りを断定した言い方だった。実際スタイリッシュの部下である耳は、先程のグリムとアカメ達の会話を聴いている。

 スタイリッシュはタツミをただの鍛冶屋とは思えず、最初から疑いをもって尾けていたのだ。案の定、彼はナイトレイドのアカメと合流。

 思いがけなかったのは、そこにグリムまで現れたことだった。

 

 

「同僚に疑われるのは傷つくなぁ。でも本当にいいのか?」

 

「……なにがかしら?」

 

「連れている部下達は()()()()()()()()()?」

 

「ハッ、言うじゃない。いいわ。ナイトレイドを始末したら、エスデス将軍のドSな拷問で歪むアナタの顔を特等席で眺めさせてもらうわ」

 

 

 そう言ってスタイリッシュは強化兵達を引き連れて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当によろしかったのですか?」

 

「なにがかしら、耳」

 

「あの男を始末しなくて」

 

 

 黙り込むスタイリッシュに強化兵達は互いを見合わせて困惑するが、主人の頭脳は自分達とは比較にならない。なにか考えがあるのだろうと、それ以上口にはしなかった。

 

 そう、スタイリッシュとて最初はあの場でグリムを殺すつもりでいた。いつかあの偽善者の顔を歪ませたいと初任務以来思っていたとこに舞い込んだ彼の裏切りは絶好のチャンスだったのだ。

 

 しかし、そうしなかった。正確には出来なかった。

 

 彼はこう言ったのだ。連れている強化兵は自分用ではないんだろ、と。

 

 事実だった。

 今日スタイリッシュが連れてきた強化兵は追跡用の鼻、目、耳と量産型を除けばナイトレイドに合わせてチューニングした強化兵達である。

 そのことを何故かグリムは知っていた。スタイリッシュの手札を、彼は如何なる手段を用いてかわからないが把握していたのだ。ならば必然的に――――彼は、ナイトレイドとの接触がバレていることにも気付いていたということだ。追跡用強化兵の耳が会話を聞き取っていると気付いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一体なにを考えているのか。悔しいがスタイリッシュにはわからない。

 

 

「でも、ぜーんぶ殺しちゃえばそんなこと関係ないわよね」

 

 

 見えてきた。狩場であったフェイクマウンテンからさらに離れた秘境の地。岩場を削り出して作られた建造物。こんな場所に家を建てる物好きはそうはいない。帝都で指名手配でもされ、身を隠さなくてはならない者でなければ。

 

 

「ナイトレイドのアジト、見ーっけ」




あけましておめでとうございます←

>はい、ごめんなさい。やり直します。

>閲覧ありがとうございましたー。そしてお久しぶりでございます。いやはや本当に久しぶりの執筆です。最近忙殺されて、いや真面目に殺されるんじゃないかという忙しさで、全然書いたり妄想したりする余裕がございません。時間ななければ書けない。書くためには妄想しなくてはならない。妄想するには時間がいる。負の連鎖。実はまだまだ忙しさは続きます。でもまあ、こうしてひそひそと続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

>さてスタイリッシュさん登場!このオカマは伊達ではない。なんてったって帝具に匹敵する兵器だって作れちゃうオカマなのだもの。けれどもやっぱりグリムとは相性が悪い。さらに私の作品ではセリューとも相性が悪い。良い子ちゃん嫌い、だと思う。外道だし。

>ではではまた次回にでもー。あー……でも他作品も書きたい……


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エピソード 3-4

 敵襲。

 

 アジトに攻め込まれた。軍の一般兵ではない。全員趣味の悪い格好をし、機械化や人体強化といったなにかしら体を弄られている共通点がある。

 

 気配を察知したタツミは屋外へ。インクルシオを纏い、攻め込んでくる敵を薙ぎ払ったが、そこに他の奴らとは少し様子が違う男が現れた。

 異常に肥大化した筋肉の角刈り頭の男。そしてそいつが持っていた武器を見て、タツミは目を見開いた。身の丈ほどもある巨大な鋏。帝具――――エクスタス。シェーレの武器だ。

 

 

「それを返せよ! シェーレのだ!」

 

「あぁ? 誰だよソイツ」

 

 

 エクスタスはかつてシェーレとマインが帝都警備隊のセリューの襲撃を受け、逃走の際やむなく置いていったもの。そのときの傷でシェーレは二度と歩けなくなるほどの傷を負った。

 

 仲間の武器を、我が物顔で敵が使っている。これほど怒りがこみ上げてくることはない。だが、

 

 

「ハッハッー!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

 敵はタツミの攻撃をわざと体で受ける。こちらも改造されているのか、タツミの剣は傷をつけるどころか折れてしまう。鉄でも斬りつけたような硬度だ。

 逆に、絶対の防御力を誇るインクルシオを貫通して、エクスタスはタツミの体を傷つけた。

 

 

「残念だったな。こっちのはこの世の全てを切断出来る帝具。防御力なんざ無視だ無視!」

 

「くそっ!」

 

 

 相性が悪い。それでも負けるわけにはいかない。そう考えたタツミが踏み出そうとして、

 

 

「無策で飛び込むな」

 

「兄貴……!?」

 

 

 タツミの前に出て制したのはブラートだった。

 それを見て、カクは眉を顰める。

 

 

「んん? その面は百人斬りのブラートだな? インクルシオの使い手はブラートだと聞いていたが……」

 

「ハ、俺なんかよりも相応しい奴が現れたんでな。託したのさ」

 

「別人だったとはな。通りで……噂の割には手応えがないと思ったぜ」

 

「なんだと!?」

 

 

 カクの挑発に噛み付くタツミ。

 

 一方で、ブラートはカクの持つエクスタスを見る。

 

 

「それはエクスタスだな」

 

「そうさ! 万物両断――――エクスタス! 俺の頭脳と体力に相応しいゴキゲンな帝具だ!」

 

「そうか? お前にそいつは荷が重いと思うぞ?」

 

「……なんだと?」

 

「ここは俺に任せな、タツミ」

 

「でも兄貴!」

 

 

 タツミの前に出るブラート。カクはニヤリと笑った。

 

 

「ワッハハ! 帝具を持たないお前になにが出来る!?」

 

 

 カクの言うように、ブラートはタツミにインクルシオを託し、今は自分の帝具を持っていない。帝具は単なる武器ではない。立派な兵器だ。能力によっては正しく一騎当千となり得る。

 だからこそ、帝具使いには帝具使いをぶつける。

 

 ブラートが突っ込む。抜いたのは普通の剣一本。それを見てカクは嘲笑って返した。

 

 

「真っ二つにしてくれる!」

 

 

 ブラートは構わず剣を振る。カクはエクスタスで受けた。

 するとバターのようにブラートの剣がエクスタスによって切断される。

 

 

「馬鹿め! そんな武器、豆腐も同然よ!」

 

「馬鹿はどっちだ」

 

 

 半ばから斬られた剣――――しかし、ブラートは剣速を緩めなかった。剣は断ち切られた――――が、剣そのものが使えなくなったわけではない。ブラートにとってそれはただ短くなっただけ。

 エクスタスを通過し、迫る刃に対してカクは、

 

 

「無んッッ!!」

 

 

 タツミの攻撃を受けたときのように、改造した筋肉を膨張させて、鋼の体で受け止める。短くなった剣身は、遂に粉々になってしまう。

 

 

「ワッハハ! 無駄無駄! 肉を切らせて……あれ?」

 

 

 防御に成功し、カウンターのエクスタスで真っ二つにしてやろうと思ったカクは違和感に気付く。エクスタスが、無い。

 

 

「その防御態勢に入ったとき、お前は動きが止まる」

 

 

 ブラートはカクが防御姿勢をとったのを見て、エクスタスの柄を掴んでいた。ブラートが指摘した通り、カクの防御は体を硬直させる。意識が防御に回っていたカクの手からエクスタスを奪うことは容易かった。

 

 

「帝具も、改造した(その)体も優秀だが、使い手のお前はそれに溺れた。シェーレなら、こんな簡単に帝具を奪われたりしねえよ」

 

「返しやがレェェェ!!」

 

 

 一閃。

 

 改造した肉体など意味は無い。エクスタスの一撃で、カクは胴体を真っ二つにされた。

 

 ブラートは刃を閉じたエクスタスを肩に乗せる。

 

 

「言ったろ? こいつはお前には荷が重いってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「援軍とは……誤算だったわね!」

 

 

 苛立ちから親指の爪をかじるスタイリッシュ。

 

 カク、そしてアジト内で対村雨として配置したトビーも敗北した。主要戦力を欠いた次の策としてスタイリッシュがとったのは、毒。

 無味無臭の麻痺毒は、アジト前の広場に集まっていたナイトレイドのほとんどを行動不能、或いは弱体化させるに至った。勝利は目前――――そう思われたとき現れたのが、敵の増援であった。しかもその援軍とは世にも珍しい帝具人間。

 生物型の自立型帝具には毒など効かない。

 

 

「!? ここがバレました!」

 

 

 耳が叫ぶ。援軍を引き連れてきた元将軍ナジェンダが、特級危険種のエアマンタに乗ってこちらに向かってくる。

 

 

「仕方ないわね。ここは一旦逃げるわよ!」

 

 

 戦力を潰され、さらに得意の毒が効かない生物型の援軍まできた以上逃げるが最善。スタイリッシュの判断は早かった。反撃など考えず逃げに徹すれば、もしかしたら逃げられていたかもしれない。しかし――――、

 

 

「ほっっっっんとに邪魔ばかり……!!」

 

 

 足を止め睨みつけた先には、煙草をふかす赤い髪の青年が薄ら笑いを浮かべていた。

 

 グリム。

 

 今更彼が味方であるなどとはスタイリッシュも考えない。見計らっていたかのようなこの瞬間……いや、事実どこかで見ていたのだろう。逃走を図ろうとしたスタイリッシュの前に現れた時点で、この男の正体は決まった。

 

 

「まさか革命軍だったとはねぇ。エスデス将軍が知ったらどーんな拷問をしてくれるのかしら?」

 

「あの見事なおっぱいと乳繰り合うのは大歓迎だが、一先ず今回は無しだな。お前をここから逃がす気は無い」

 

 

 会話の間に、例の帝具人間が背後に。挟まれた。頭上ではナジェンダが乗るエアマンタが旋回している。最早逃げることは出来ない。

 

 

「こうなったらもう腹をくくって――――」スタイリッシュは懐から注射器を取り出す「危険種イッパツ! これしかないヨウネエエエエエエエエエエェェェ!!」

 

 

 取り出した注射器を自分の腕に突き刺す。そうして中のモノを打ち込んだ。

 

 体が熱い。痛い。苦しい。キモチイイ!!

 

 

「きたきたきたー! これぞ究極のスタイリッシュ! どいつもこいつも、まとめて実験材料にしてあげるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ……」

 

 

 げんなりと、グリムは怪物となったスタイリッシュを見上げた。

 

 スタイリッシュが()()()()()()()()()について調べながら、危険種に関する研究をしているのは知っていた。

 彼のモチベーションは、最強の帝具を超えた帝具を自ら作ること。帝具の多くには超級の危険種が素材とされている。となれば、危険種について調べることは当然といえた。

 

 

「だけどまあ、まさか自分が危険種になっちゃうとは」

 

 

 膨張した体は小さな山程はある。人間の赤ん坊のような顔の額部分に、スタイリッシュの上半身だけが生えている。

 

 

「まだよ……まだ……まだまだ全然足りないわ!」

 

 

 そう言って巨大な手をこちらへ伸ばしてくる。鈍重故に見切るのは容易い――――が、あまりにもスケールが大きすぎる。伸ばした手は巨大な樹木を薙ぎ払う。

 

 ギロリと、スタイリッシュは今度は人型帝具に仕掛ける。

 

 やはりあの薬は未完成品だったらしい。急激な成長に体はエネルギーを求めている。手当たり次第手を付けては、岩も木も動物も喰らっていく。ちなみにスタイリッシュの部下達もすでに取り込まれてしまった。

 しかし不完全な肉体変化は無限にエネルギーを消費するのか、いくら取り込んでもスタイリッシュは満たされないようだった。

 

 

「――――あんたは!?」

 

「よー、坊主。それとアカメちゃん」

 

 

 インクルシオを纏ったタツミ。そしてタツミに背負われているアカメ。アカメの方はおそらくスタイリッシュの麻痺毒がまだ抜けきっていないのだろう。それでも鋭い眼光は健在だった。

 

 

「まさかお前がアジトの場所を……!」

 

「誤解だよ。むしろ俺の方がドクターを追ってここに来たの。おたくのボスはガードが固くてね」

 

 

 視線をやる。図体が大きくなり、下ばかり見ているスタイリッシュの常に死角にエアマンタが旋回している。その背にはナジェンダとマインの姿。

 ナジェンダと目が合ったような気がする。

 

 

「ま、俺は味方だ」

 

「信じられない」アカメが言う「お前は一度、タツミに嘘をついている」

 

 

 アカメの言う嘘とは、グリムがタツミに対して帝具の正体を偽ったこと。

 

 

「なんだ。伝えた帝具が嘘だってバレてるのか」ニヤリと笑う「なら殺し合うか? この状況で?」

 

「ナニをゴチャゴチャ言ってるのよ!!」

 

 

 グリムとタツミが左右に飛ぶ。その中心点にスタイリッシュの拳が落ちた。

 

 

「ワタシは最強の帝具を超えるスタイリッシュな帝具を作るのよ! その為に食べて食べて食ベテタベテタベテタベテテテエエエエエ!!!!!!」

 

 

 正気を失いかけている。知能そのものまでも危険種になりかけているのだ。

 抑えられない食欲に突き動かされて、スタイリッシュがタツミ達に手を伸ばす。

 

 しかし、それが届くことはなかった。

 

 伸ばしたスタイリッシュの手が、突如現れた手に受け止められる。

 

 

「まあ、信用ってのは大事だよな」

 

 

 受け止めたのは赤い腕。肌ではなく、赤い鱗に覆われていた。

 三叉の形をした手。短剣を連ねたような4つの爪。

 それはまるで――――、

 

 

「ドラゴン……」

 

「絶対悪神――――アジダハーカ」

 

「なによそれエエエエエエェェ……がっ!?」

 

 

 轟音。

 

 エアマンタの背の上からの狙撃。マインだ。さらに追撃で人型帝具が棍棒のような武器でスタイリッシュの足をすくう。

 

 

「こ、の……!!」

 

 

 狙撃で重心をずらされ、足まで払われれば倒れるのは必定だ。

 

 警戒を解かないタツミとアカメを見やる。

 

 

「ほら、チャンスだぞ」

 

 

 スタイリッシュの動きが止まった。この巨体を倒す方法はひとつしかない。

 

 促して、ようやくタツミが動いた。

 

 

「これで詰みだ、スタイリッシュ!」

 

 

 倒れたスタイリッシュの体を駆け上るタツミ。タツミの背中を足場に跳んだアカメの刀は、スタイリッシュを斬り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った、のか……?」

 

 

 完全に動かなくなったスタイリッシュに、タツミは堪らずインクルシオを解除してその場に膝をついた。長時間の帝具使用。加えて強敵との連戦だった。

 

 

「まだ動けるか、タツミ」

 

 

 しかしアカメの言葉に、タツミは切れかけていた集中力を取り戻す。そうだ。まだ終わっていない。

 

 イェーガーズ副隊長、グリム。

 

 アンバランスなドラゴンの右腕はそのまま。あれがスタイリッシュの攻撃を真正面から受け止めた。

 絶対悪神――――アジダハーカ。

 ナイトレイドの持つ帝具の文献には載っていなかった……と思う。だが見るからに、レオーネのライオネルと似たタイプ。あの不自然な腕が、そのまま正体なのだとしたら――――。

 

 

「動かなくていいさ」

 

 

 グリムはそう言って腕を戻す。みるみる縮小され、普通の腕になった。その手で懐を漁り、煙草を取り出す。

 

 

「グリム、あんた革命軍なのか?」

 

 

 確かにグリムは竜船のときタツミに嘘をついた。だが彼はスタイリッシュ撃破に手を貸したのも事実。

 

 

「間違ってはない。でも、当たってもいないな」

 

「それはどういう――――」

 

 

 アカメの問いを無視して、グリムはその場から跳躍。スタイリッシュに近寄った。本体である方に。

 

 

「なにをする気だ!?」

 

 

 アカメが村雨を構えて問う。

 

 

「この場にいた以上、報告くらいはしとかないと俺も殺されかねないからな」

 

 

 絶命したからか、巨大な殻となっていた体から、ずるりとスタイリッシュ本体が抜き出される。

 

 

「ほら」

 

 

 グリムがこちらに投げて寄越したのは、スタイリッシュの持っていた帝具。

 

 

「近いうちに会いに行くさ。次のアジトの場所は教えといてくれよと、ナジェンダに言っといてくれ」

 

 

 言い終わるなり、スタイリッシュを背負ったグリムは去っていった。

 

 なんにせよ、タツミ達はスタイリッシュの襲撃に対して、誰一人失わずに撃退出来たのであった。




閲覧ありがとうございましたー。

>さてさて、スタイリッシュ襲撃編はこれで終わりです。愛すべきオカマ枠はいなくなってしまいました。悲しい。

>本当ならスサノオの名前やら、ナジェンダさんとの会話とか色々考えていたことはありましたが、なんか書いていたらこうなりました。もう少しバトルシーンを長くすることも考えていました。せっかく兄貴も生きてますしね。

>原作のと違い。カクさんを倒したのはブラート。これは出番的な意味で決めていました。ちなみに、ブラートがエクスタスを引き継いで使います。なにこれ最強じゃないか、と恐々としております。

>違い2。危険種イッパツは自我を失う。まあ、これに意味はなく、敢えて理由を述べるなら演出です。不完全だったわけだし、自我くらいなくなりそうじゃないですか!ね!(強引)

ではではまた次話にてー


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