捻くれた俺の彼女は超絶美少女 (狼々)
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プロローグ
第1話 人間は恐ろしい生き物だと、心底思う


どうも、はじめましての方ははじめまして。
東方魂恋録を見てくださった方は、今作もありがとうございます。狼々です!

初のオリジナル作品ということで、若干緊張気味です。

今回、主人公が捻くれ者です。ネタが限定的なので、上手く書けるかどうか……頑張ります!

では、本編どうぞ!


 朝。部屋の中で甲高い音を鳴らす目覚し時計。少々乱暴にそれを鳴り止ませ、ベッドから這い出る。歯磨き、朝食等を済ませ、着替えを始める。

 

 まだまだ真新しい制服に袖を入れ、身を包ませる。しばらくして着替えが終わり、登校の準備ができた。同じく真新しい通学用カバンを持って。忘れ物は無いはずだ。

 

「……いってきます」

 

 俺以外にこの部屋には誰もいないので、返事は返ってこない。 それに関しては、寂しいところではある。長年の習慣のようなものなので、簡単には無くならない。

玄関を施錠したことを確認して、高校へと歩を進める。

 

 今は五月の中旬。先月に俺の通う高校、栄巻(さかまき)高校の入学式があった。その入学式に出席した俺も、栄巻高校の新入生の一人。多少気だるげながらも、着実に高校との距離は短くなっていく。

 

 高校の校門付近になると、俺と同じ柄の制服が溢れる程に視界に入り込む。男子は黒のブレザーとズボン、白のカッターシャツに赤、青、緑のネクタイ。女子はズボンがスカートに、ネクタイがリボンとなっていて、他は同じように見受けられる。ネクタイ、リボンは学年毎に異なっていて、俺を含む一年生は赤色だ。

 

 校門をくぐり、下駄箱で下靴を室内用シューズに履き替え、一年生の教室が並ぶ四階へ階段を上っていく。二階、三階と上がっていくにつれて、赤の生徒が目立っていく。

四階にたどり着いた俺は、教室のドアを開け、くぐる。

 

 一瞬、こちらに視線が向けられるも、すぐに逸らされる。俺はこの行為が大嫌いだと言ってもいい。すぐに視線を逸らすことが、無意識的な拒絶に等しいからだ。『私はこの人とは縁がありませんよ』、と声を大にして言っているも同然なのだ。それを平然とやってのける人間は、本当に恐ろしい生き物だ。つくづくそう感じてしまう。

 

 中途半端に自分のテリトリーの中での常識を作り上げる。それがどれだけ恐ろしいことか、皆は知らない。知っているのは少数派だ。何故か。それは、それが『当たり前』だから。当たり前と常識の本質的な意味を履き違える人間は多い。当たり前と常識は、常に一致するとは限らないのだ。

 

 そんな非道徳的とも思える思考を巡らせながら、自分の席に静かに向かう。俺の席は、左窓側の一番後ろだ。何と過ごしやすい位置だろう。

 

 そして、俺の席の隣に新しく席ができていることに気付く。

俺の隣の席は、つい先日まではなかった席だ。

少々疑問に思うが、それほど重要なことじゃないだろう。俺のすることは変わらん。

 

 しばらくして、朝課外の始まりの予鈴が鳴った。教室内で群れを形成していた者達は、慌てて自分の席に戻りだす。やがて、一人の先生が教室に入ってきた。担任で現国の先生、片岡(かたおか) 秀忠(ひでただ)先生だ。

 

「よ~し、皆、席に着け――って、もう着いてるか。今から出席を取る。名前を呼ばれた者は返事しろ〜」

 

 そう声がかかって、五十音順に名前が呼ばれていく。ちなみに、俺はその中で一人しか名前を覚えていない。俺は入学早々から、ぼっちに酷似した存在となった。さらにこの性格故に、俺はよく『捻くれ者』と言われがちだ。俺からしたら、俺の周りの人間のほうがよっぽど捻くれ者のように思える。こんなことを考えてるから捻くれ者、って言われるんだろうが。

 

 後のほうになって、俺の名前が呼ばれる。

 

(ひいらぎ) (まこと)

「……はい」

 

 元気がなさそうな返事だが、これが俺のデフォルト。できるぼっちは、あまりでしゃばることはないのだ。『出る杭は打たれる』、とはよく言ったものだ。これが人間社会の生きにくい理由の一つではある。

 

 下位の者がわざわざ余計なことをして、上位の者から制裁を与えられる。これの繰り返しが、今までどれだけあっただろうか。しかし、それでも学ばない人間はいるものだ。どれだけそれを体感しようとも。どれだけそのことを見聞きして知っていようとも。杭は減っていくことはないのだ。

 

 しかし、『出すぎた杭は打たれない』、という言葉を並べた人間もいる。俺はこの言葉に異を唱えることも、肯定もしない。実にいいフレーズだ。皆が頑張ろうとする要因の言葉にもなるだろう。

 

 だが、ちょっと待ってほしい。このフレーズは、本当にいいものなのだろうか? ――答えは否だ。この言葉を言うのは、『()()()()()()』者の特権であるからだ。都合のいいようにこの言葉を並べて、失敗のみを繰り返してきた者が言っても仕方がない。むしろ、この言葉はその人の言い訳や逃げそのものとなり、成長を止めることとなりかねない。

 

 薄っぺらい言葉に騙され、自分のやり方を曲げたり、変えたりすることは、意味が根本的に違うんじゃないだろうか。

 

 ――こんなことばっか考えてるから、『捻くれ者』と言われるんだろうなぁ……

 

 出席が終わり、片岡先生が俺達に告げる。

 

「じゃあ、俺は下で手続きが色々あるから、皆は作文を書いてくれ。テーマは何でも良い。今から原稿用紙を配る」

 

 瞬間、教室にざわめきが生じる。誰しも、作文を書くとなったら嫌になるだろう。実際、作文が苦手な人も多い。けれど、ある意味では、作文は『チャンス』なのだ。

 

 作文は、自分の考えを伝える、一種の伝達手段だ。自分の考えを口で並べることがかなわない人間も、考えを述べられる。俺のように。出る杭として打たれることもない。なんという安心感だろうか。しかも、テーマは自由ときた。

 

 俺は根っからの文系だ。理数系がほぼ死んでいるが、中学の定期テストで、文系である国語・社会・英語は、ほぼ満点に近い数字をたたき出していた。総合的には、この学校内では、中の上くらいじゃないだろうか。そんな俺に、作文を書くことなど、造作もない。

 

 なのだが、『手続き』とは何なのだろうか。退職? やべ、本気で怒られる。真っ先に思いつくのが退職のことなあたり、実に捻くれている。俺にとっては褒め言葉の部類だが。

 

 

 

 

 さらさらと特に詰まることなく、自分の捻くれた考えを書き連ねて。数十分程経った後、教室に片岡先生が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりに美しすぎる少女。艶やかな黒髪ロングのストレート。美人系というよりも、可愛い系のほうが強いだろうか。瞳は鮮やかな翡翠(ひすい)色。華奢な体つきが、ブレザーのある春服の上からでもわかる。胸の大きさは……わからない。ブレザーの上から見るんだし。標準よりもあるだろうか? 断言はできない。何故胸を見たし。

 

 美少女という類の人物はごくわずか、ほんの一握りの存在だ。だが、その中でも頭一つどころではない程抜きん出る美麗さは、クラスの男子は勿論、同性の女子さえも魅了した。かくいう俺も、その一人。格が違う、次元が違う、とはまさにこのことだ。この少女のためだけに作られたようなものである。

 

「はい、皆さん、聞いて。……今日から栄巻高校のこのクラスに転入した、小鳥遊(たかなし) 音葉(おとは)さんだ。……じゃあ小鳥遊さん、皆に自己紹介を」

「はい、わかりました」

 

 彼女の爽やかな笑顔は、涼しげで可愛らしさのある印象を受ける。一歩前に出て、彼女が自己紹介に入る。

 

「小鳥遊 音葉です。これから、よろしくお願いしますね♪」

 

 より一層の笑顔を浮かべ、澄んだ声でそう言った少女は、この世のものとは思えない程の可愛らしさを持っていた。『まるで天使のようだ』、と人の美しさや可愛いらしさを形容する言葉があるが、それを述べることさえも、おこがましく感じてしまうような気がする程だ。

 

「じゃあ、空いてる席は……あの窓側の席の子の隣に座ってくれ」

「わかりました」

 

 片岡先生がこちらを指差す。……なるほど、そういうことか。俺の隣の空いた席は、この転入生の席なのか。となると、色々と問題が発生する。この少女が、学校一の美少女であることは間違いないだろう。その隣が、俺のようなぼっちの、勿体無い、つりあわない人間だったら、皆はどうするだろうか。

 

 当然、俺を見る目は厳しくなるだろう。矢面に立たされることは自明の理だ。俺にとって、ただでさえ過ごしにくいぼっちスクールライフが、さらに過ごしにくくなる。

 

 そう考えていると、こちらの方にその少女が、歩いて向かってくる。歩き方一つにしても、絵になる程だ。普通の歩き方とはあまり変わらないのに、そう錯覚させる。その少女に視線が集まるのは自然であり、視線が彼女と共に動くのも自然。そうして俺の隣に来た彼女。

 

 俺と彼女の視線が交わる。周りは、彼女を麗しく思うような視線を向ける者と、俺を妬ましく見る視線を向ける者に二分される。

 

「これからよろしくお願いしますね。えっと……柊さん」

 

 ちなみに、この学校のブレザーとカッターシャツの胸部分には、それぞれの名前の名字が刺繍(ししゅう)されている。彼女は、俺の名前の刺繍を一瞥(いちべつ)して言った。この名字の読み方を知っているのは、結構珍しい方なんじゃないのか? 本当はどうかわからないが。

 

 俺は個人的に挨拶をされたことに少し驚きつつも、(つたな)く返事をする。

 

「え……あ、ああ。こちらこそ、よろしく……」

 

 その瞬間、俺への嫉妬の視線が強くなる。ああ、人間一人の行動で、ここまで対応が変わるものなのか。我ながら自分に哀れんでしまう。生類憐れみの令を出した、かの徳川綱吉もビックリなくらいだ。まあ、『哀れみ』はかわいそうに思う、『憐れみ』は可愛がる、と、意味に相違があるのだが。てか、俺を可愛がるとか、どんだけ物好きなんだよ。

 

 俺は、少々癖のある黒髪で、校則に引っかからない程度の長さの、ごく一般的な髪型。容姿は……整ってる方だとは思う。何回か言われたことがあるし。まぁ、その真偽も怪しいところだが。

 

 顔はともかく、目がダメなのだ。細いつり目に、メガネをかけている。何とも攻撃的な印象を与えやすい。これが、俺をぼっちにさせた原因の一つだと考えている。この捻くれた性格と、この攻撃的な目。『最悪の組み合わせ』、と言っても過言ではない。可愛がられることはないだろう。

 

 俺が返事をした後、周りから声が上がった。

 

「羨ましい~! アイツ、小鳥遊さんと面と向かって挨拶してるぞ!」

「可愛すぎだろ……声も容姿も超俺好み」

「ホント、何で柊なんかがあの子と会話してるのよ……」

 

 ちょっと最後、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするよ?『なんか』とはなんだ。最初の奴も。俺の名前知らないのかよ。もう一ヶ月経つんだぞ。クラスメートの名前くらい覚えろ。……何というブーメラン発言。戻りすぎてアボリジニもビックリなレベル。おー、こわこわ。

 

「じゃあ、後ろから原稿用紙集めて~、回収するぞ~」

 

 さってと、集めますかね。一番後ろなので、集めなければいけない。それで、俺の隣の小鳥遊さんも、一番後ろなわけで。俺と同じように、小鳥遊さんが席を立ち、原稿用紙を集めていく。

 

「はい、ありがとう」

「あ、い、いや、こちらこそ!」

 

 小鳥遊さんは、何とも丁寧かつ眩しい笑顔で集めていた。彼女の列の皆は、逆にお礼を言うほど。ってか、『こちらこそ』って何だよ。わかりやすいにも程があんだろ。

 

 そんな中、小声が聞こえてきた。

 

「お、おい! さっき小鳥遊さんの手が俺の手に触れたんだぜ!」

「なに!? 裏切り者め! 羨ましいぞ、この!」

 

 なんてレベルの低い争いだろうか。とも思ったが、彼女の容姿を見た今では、そうとも思えない。今では、そいつらの気持ちがわからないでもない。

 

 で、対する俺の列はというと、俺への視線がひどい。もうどれくらい『ひどい』かと言うと、目線を合わせなくても睨まれているとわかるくらい。俺超エスパー。目線も合わせずに、相手の気持ちを読み取れるとはな。ここ一ヶ月ちょっとのぼっちライフで、エスパーになれたらしい。胸元に第三の目ができそう。

 

 俺は、案外相手の心理が読める。『コールドリーディング』という話術のテクニックを、自然に覚えていたらしい。まぁ今では、話す機会自体が少ないのだが。

 

 そんなくだらないことを考えていた時。

 

(「……ちっ」)

 

 おっと、小さくだけど聞こえましたよ? 舌打ちしたよね?……解せない。勝手にそっちが悪く思っているだけだろうに。俺、何もしてないよね? 

 

 ……人間は恐ろしい生き物だと、心底思う。

 

 ……これからが大変そうだ。




ありがとうございました!

いかがだったでしょうか? 捻くれた感じというのも、中々難しいものでした。

前書きにも記した通り、ネタが限定的なので、不定期の更新になると思います。ネタができ次第、書いていきます。

私は基本、平日は午前6時、週末は正午に投稿しています。

プロローグはあと1、2話で終わらせて、さっさとメインストーリーに入ろうと思います。入ったら、コメディも増やしつつ。

これから、私とこの作品を宜しくお願い致します!

ではでは!


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第2話 裏や真意を考えるのは、当然の流れだと思うのだ

どうも、狼々です!

今回は中々早い投稿だったと思います。
前回の最初ような堅苦しい文は、少なめにして、コメディ要素を増やしてみました。

それと、今回でプロローグ終了! 次回からは、第1章です。
プロローグでは、主に主要キャラの紹介と思ってもらえれば。

では、本編どうぞ!


 作文を集め終わってしばらくして、朝課外の時間とHR(ホームルーム)までが終わった。休み時間開始のチャイムが鳴ったその瞬間、俺の横の席の転入生、小鳥遊さんのもとに人だかりが形成されていた。ちょっと、俺が過ごしにくいんですがそれは。

 

「ねぇねぇ小鳥遊さん! 部活どこに入るの!?」

「趣味とか好きなものとかは何!?」

「電話番号とメールアドレス教えてくれ!」

 

 小鳥遊さんは、戸惑いまくっている。ほら、皆何も考えないで、自分優先。相手のことなんて二の次だ。人間の悪いところはそこにも存在する。場をわきまえない、相手の都合を考えない等。これらに至っては、常識ではなくマナーやモラルの範疇(はんちゅう)なのだ。守らなければいけない最終ライン。それを踏み越してはならない、という警告サインを誰も出さないのも問題ではある。というか最後。何どさくさに紛れて連絡先知ろうとしてんだ。

 

「え、えぇっと……」

 

 困りきった様子で、てんやわんやの被害者に。さすがに俺は加害者にまわる気はない。途轍もないうるささに耳を痛めながらも、廊下に出る。すると、廊下にも人だかり。集団がさらに集まっている。……わーお。規模がでかすぎるな……。

 

 所詮、『集団』なんて言葉はお飾りでしかない。人類は皆ぼっちなのだ。一人になっても喋り続ける、なんて人はいないからだ。そんなぼっちな人間が複数人集まっただけで、人間の本質を変えられると思ったら大間違いなんだ。そんな簡単に人間という一括りの存在の特徴を、変えられる者などいない。

 

 その割に、『お飾り』に騙され、ぼっちがただ数人規模で集まったものを『集団』とかっこつけて呼ぶようになる。ぼっちが何人揃ってもぼっちだろうが。その割に、集団(笑)はぼっちを『下等な種族』、『劣等した存在』として扱うのだ。自分達も、そのお飾りにぼっちの三文字を後ろに隠しているだけなのに。なんて面白い自虐ネタなんだろうか。売れるぞ。

 

 そんなことを考えつつ、廊下の静かな所に退避すると、ドン、と思い切り背中を叩かれた。痛くもないし、むせる程でもないが。

 

「ねえ、どうだった? 今噂の小鳥遊 音葉さん、どうだったよ?」

 

 俺に話しかけた物好きな奴は、唯一俺と同じクラスで名前を覚えている、浅宮(あさみや) 吹雪(ふぶき)だ。もう既にお互いを名前で呼び合うくらいの仲だ。ちなみに、吹雪で産まれたから、吹雪なんだとか。まんまかよ。

 

 色の中性的な顔立ちは、俺よりもずっと整っていて、笑顔が似合う。飄々(ひょうひょう)とした態度と口調が特徴的。肌は白い方だ。目も大きく、女子との交流の機会が普通よりも多い奴だ。この態度や見た目は、話しやすいのだろうか。

 

「どうだった、って言われても、ただ『可愛い』に尽きる。中身も良さそうな感じはするが……」

「……するが、どしたの?」

「いや、わからん。ただ一言挨拶を交わしただけだからな。さすがに俺でも、挨拶一つで気持ちは読み取れん」

「そっか。ま、そうだわな。そんな彼女の人だかりから離れる誠も、相変わらずだねぇ……」

 

 吹雪は、俺が捻くれた性格であること、コールドリーディングが得意なこと等も知っている。それらを知った上での友人関係だ。こんな俺に接してくれるだけでも嬉しい。

 

「いや、小鳥遊さんが可哀想だ。転入していきなりあれだからな」

「へぇ、珍しいね。誠が『さん』を付けて呼ぶのと、ついさっきまで見ず知らずだった人間に、そう思うなんて」

「それほど気の毒なんだよ……っと、もう予鈴か」

 

 次の授業の予鈴が鳴った。数学Ⅰ。数学は全部できない。わけわからん。

 

「なるほどね♪……じゃ、いこっか」

「そうだな。もう大分静かになってるし」

 

 この飄々とした態度は、時には面白くも感じてしまう。

 

 熱気があった教室は、大体の落ち着きを取り戻し、すっかり授業前の雰囲気ができあがっている。さっきまでの騒ぎようが嘘のようだ。そして、数Ⅰの先生が教室に入ってくる。女の先生。しかし、まだ名前は覚えていない。先生の名前くらいは覚えたいものだが。

 

「はい、じゃあ授業を始めます」

 

 全員で礼を済ませ、授業に入る。が……

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……小鳥遊さん、だっけ? 貴女が前の高校で使っていた教科書とは、別の教科書を使います。今発注していますが、まだ届いていないので、隣の柊君に見せてもらってください」

「はい、わかりました」

 

 ですよねー、こうなると思ってた。皆の視線の種類は、二分することもなく、俺への厳しい視線に統合され、向けられる。俺の右斜め前の席にいるのは、吹雪だ。……おい、吹雪。何笑ってやがる。そんな面白そうな目で見るんじゃない。

 

 彼女に机を近づけ、中央に教科書を置く。俺は、近すぎず、遠すぎずの位置に座る。けれど、小鳥遊さんはそうもいかないようで。若干こちらに寄った姿勢をとり、周囲の視線がさらに厳しく、吹雪の顔が一層に笑顔になる。おい。

 

「柊()()()()()()♪」

 

 ばっ……! お、おま、そんな親しそうにしたら――

 

(「……ちっ」)

 

 ……あ~あ。ほら出ちゃったじゃない、舌打ち。予想はしていたが、あまりにも予想通りだった。こんなことで予想を当てたくないものだ。当てるなら数学の問題にしてほしいところ。当てたいものに限って当たらないよな、こういうの。

 

 

 さて、授業が始まったが、全くわけがわからん。二次方程式をしているのだが……かろうじて中学内容は理解できる。けどさぁ、なんでxの2乗の係数が√2なんだよ。解の公式、使おうにも使えないじゃん。使えるけど、どんだけ計算しないといけないんだよ。俺のことだ、途中で計算ミスして終わりだろう。諦めが入るあたり、実に俺らしい。

 

「はい、じゃあ、この問題、解ける人は?」

 

 うちの学校は、特別に偏差値が高いわけでもないし、まだまだ意識が低めの一年生五月。予習をしている者はいない。吹雪は俺と違って理数系だ。頭も俺より随分といい。解けるはずなのだが……って、こっちをちらちら見るんじゃない。何を期待して――って、なるほどな。その試すような目線、本当に試すつもりのようで。

 

「……いないか~い?」

 

 先生が半ば諦め気味になり、解き方を教えようと、手に持っているチョークを動かそうとした時。俺の隣から、透き通ったように白く、滑らかな手があがった。同時に、声も。

 

「……はい、私が解きます」

 

 教室内で、鈴の声が鳴り響く。静寂に包まれていたそこには、十分過ぎる程に。そして、声の主――小鳥遊さんの方へ、皆の視線が向く。そして、どこからか小さく感嘆の声があがる。俺も、素直にすごいとは思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――問題を解く、解かないとは()()()()()

 

 彼女は中々に()()()()()人間のようだ。何故俺がそう思ったか。それは、彼女の行動そのものにある。問題を解けるか解けないかは、まずはどうでもいいのだ。

 

 普通、慣れない学校で、登校初日。クラスメートの顔さえ見たことがなかったのだ。そんな状況で、()()()()()()()()()()()()凄みがある。周りのイメージがまだ不確定、不鮮明な中で、この行動の凄さがある。容姿端麗で、勉強もできる。それが第一印象となった場合、あまり良く思わない人間もいる。その人間が複数集まり、徒党を組んで彼女を悪い方向へもっていこうとする可能性は、十分にある。先の、『出る杭は打たれる』の典型的な例の一つにも挙げられるだろう。

 

 それに、彼女自身の勇気にも。問題の正誤に話は戻る。弾き出した解答が間違えば、イメージダウンになりかねない。『なぁんだ、頭良いと思ってたのに、違ったんだ』、という思いを抱かれる。

 

 人間の厄介なところは、自分の感じたことは、中々変えようとしないことである。勝手に間違った印象を『正しいのだ』、と思い込んで、違ったら違ったで批難する。そちらが勝手に勘違いしているだけなのに。そちらが勝手に期待しただけなのに。そんな勝手な勘違いや期待には、最初から応える義理はないのだ。誤解が甚だしいにも程がある。

 

 吹雪の方を見たが、手をあげる彼女を見て、同じく驚いている。彼が視線を再びこちらに戻し、薄い笑みを浮かべる。普通の純粋な、輝く笑顔じゃない。どうやら、この状況の特異性に気が付いたようだ。

 

 彼女が二度目の歩行を見せる。やはりそれだけで絵になり、周囲の視線を一層に惹きつける。白棒を黒板に打ち付け、動かしながら軌跡を残していく。その軌跡は止まることがない。それが意味することは、この問題を解くことは、彼女にとっては造作もない、ということ。

 

 ものの十秒程で軌跡は終わり、白棒が置かれる。と同時に、絵になる歩行で戻り、俺の隣へ座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(「……はぁっ」)

 

 

 ――俺は、その時に吐かれた、彼女の小さな溜め息を、聞き逃さなかった。

 

「……はい、正解です。すごいですね、小鳥遊さん」

「……ありがとうございます」

 

 彼女の声が、ほんの少しだが沈んでいることにも気付いた。溜め息と声のトーンには、小鳥遊さんの隣である俺にしか気付かれない。

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、今から昼食の時間だ。さてと、昼食を――

 

「小鳥遊さん、俺と一緒に、二人で昼飯食おうぜ!」

「私達と食べてくれないかしら、小鳥遊さん?」

「小鳥遊さん! 俺は、小鳥遊さんのことが好きだ! 付き合ってくれ!」

 

 うるさいの限度を知らないような大声が、隣の小鳥遊さんを中心に広がる。それより最後。お前はいつもどさくさに紛れて何してんだよ。ネタか? ネタなのか? 漫才でやっていくつもりでもあるのだろうか? ただただ黒歴史を増やしたいだけなのか? 残念ながら、『黒歴史』なんて歴史は、世界史にも日本史にもないので、お前の伝説的な告白は、教科書に載ることはないぞ。

 

 こんなにうるさいんじゃあ、ろくに昼食もとれない。と、いうことで。自分で持ってきた弁当を引っ提げて、教室の外へ行こうとする。もっと詳しくは――屋上の階段の方向へ。

 

 俺はこの一ヶ月で、自分の昼食スペースを確立した。それが屋上。風通しが良い割に、日陰もあり、人もいない。なんというぼっち飯。いいんだよ、それで。俺が(おもむろ)に席を立った後。

 

「あ……え、っと……その、話したい人が……」

 

 一人の少女の呟きは、周りの色で塗りつぶされた。俺にも聞こえることはない。が。

 

 その少女の視線が、一瞬こちらに向いたことには気が付いた。気のせいだろうと割り切り、屋上へ。

 

 

 

 さて、やはりここは俺のベストプレイス。屋上なのに、鍵がかかっていないあたり、どうかとも思うが。

 

「やっぱ、ここにいるんだね。誠らしいよ」

 

 突然に声がかかる。俺に声をかけるのは吹雪くらいなので、確認せずともわかる。というか、この独特の声の高さは、誰にも真似できないだろう。

 

「おう、吹雪。で、どうしたよ?」

 

 一緒に昼食をとりにきたのかと思ったが、手に弁当の類はない。

 

「小鳥遊さんのこと。……どう思う?」

 

 顔に浮かべてあった、デフォルトの笑顔を引っ込め、至極真面目に問われる。

 

「……今までかなり強いられた学校生活だったんだろうな」

「そうだね。俺もそう思う――っと、ここらへんにしといた方がいいかな。俺はこのあたりで失礼するよ♪」

 

 彼が再び笑みを浮かべて、屋上から立ち去っていく。何だったのだろうか。わざわざそれを言いに来ただけか……? それに、何をもって『ここらへん』なのだろうか。

 

 そう思考を巡らせて一分もしない内に、再び屋上の扉が開いた。……吹雪が戻ってきたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――扉が開いて中に入った人物は、長く艶やかな黒髪を風で揺らしていた。

 

 ……は?

 

「……いたいた。ここにいたんだね、柊君は」

「……どうした小鳥遊さん、俺なんかのところに。教科書のお礼なら何度も聞いたぞ」

 

 彼女は見た目通りと言うべきか、授業が終わる度に俺にお礼をしたのだ。そして、周りの視線が鋭くなるのだ。鋭くなるまでが一セット。

 

「違う違う。お話がてら、昼食のお誘いに。それと、君は『さん』なんて付けるような人には見えないよ?」

 

 そう、俺はさん付けは基本しない。のだが、この美少女にはさん付けしてしまう程なのだ。けれどまぁ、彼女の発言からして、名前の呼び捨てでもいい、ということだろうか。

 

 

 いや、問題はそこじゃない。彼女との昼食に関しては、引く手数多(あまた)だったはずだ。どうして。

 

「……どうして、って顔してる。面白いね、柊君は」

 

 ふわりと魅力的な黒髪を揺らし、持ち前の笑顔を見せる。あり得ないくらいに可愛い。つい見惚れるのは、仕方のないことなんだ。俺は恋愛経験豊富とは正反対にいるので、普通よりも耐性がない。男心を揺らされやすい。自分で思っていて悲しくなる。

 

「――あ、いや、いっぱい誘われてただろ? 全部断ったのか?」

「うん。――()()()()()()()()()()、ね♪」

 

 優しげな瞳を片方閉じて、ウインク。何という破壊力だろうか。俺は落とされてもおかしくない。が、落とされると見惚れるは、俺は違うと思うのだ。簡単には落とされることはないと思う。例え目の前に、超絶美少女がいようが。それよりも、ここまでくると警戒心すら持ってしまう。

 

 何か裏がないか、とか、真意は何だろうか、とか。こんなこと考えるのが、俺の特性。伊達に捻くれ者とは呼ばれていない。

 

「物好きだな、俺と話したいなんて。見ていてわかるだろうが、俺は周りには属さない人間だ。そんな俺に、わざわざ話しかけるなんて奴は、吹雪くらいだ」

「あぁ、あの斜め前の。……いや、私に話しかけようとしなかったから、話したかったの。隣、いい?」

 

 話したかけなかったから、話しかけた。あの苦しそうな状況でか? ……少し、探ってみるか。無言の肯定で彼女のお誘いを受け入れ、彼女が隣に座る。これで誰かが扉から見ていたら、俺は皆から叩かれまくるに違いない。少し怖くなって、扉を一瞥。……大丈夫、人はいない。

 

「ふふっ……誰もいないよ。一人で来たから」

「そ、そうか……で、小鳥遊。本当は何しに来た?」

 

 さっそく本題へ。世間話で入り、途中で素っ気なく聞こうとも考えたが、ぼっちの俺にそんな女の子の聞き入る話題なんぞ、持っていない。悲しきかな。ここで吹雪だったら、颯爽(さっそう)と世間話に移るだろう。これがぼっちとの差。泣けてくる。いや、嘘。泣けてこない。

 

「いや、本当に話したいだけなの。君は面白そうだったしね」

「そうかい。こんな俺に話しかけようとする、小鳥遊の方がよっぽど面白いと思うがな」

「ふふ、ほら、面白い。そんな返しをする人は、滅多にいないからね」

 

 彼女の浮かべた笑いは――周りに浮かべた笑顔とは、柔らかさが一段と違った。




ありがとうございました!

最初から小鳥遊さんの好感度が高そうですが、そんなことはありません。

最近、Twitterの方を始めました。投稿する日は、そちらで伝えていこうかと思います。
大事な話だったり、アンケートだったりは、こちらの活動報告にも書きます。

これは3月4日に書いています。この日はまるちゃんのお誕生日!
おめでとう、まるちゃん! ということで。

早速ですが、アンケートを取ります! お手数ですが、活動報告かTwitterをどうぞ。
魂恋録との投稿ペースのバランスについてです。
ご協力をお願いします。強制ではありません。

ではでは!


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第1章 運命なんてものは、信じられるものではない。
第3話 協力ほど非協力的な言葉はない


どうも、狼々です!

今回、一話の作文が出てきます。それで、作文の形式で書いているのですが、
段落ごとで、一行空けております。
本来の作文では空けませんが、こちらの方が見やすいと判断したためです。

今回から、第1章です。ラブコメ要素をどんどん入れていきたいです!

では、本編どうぞ!


 俺に見せた彼女の笑顔が、今日見た中で、変わっていた。それが指す意味は――。

 

「……なぁ、小鳥遊。小鳥遊は、今日学校に来たばかりだ」

「えぇ、そうですね。皆いい人が多いような気がします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり無理する必要ねぇんじゃねえの? ()()()()()()()()動こう、なんてものは、つまらないんじゃないのか?」

 

 俺がそう言った瞬間、彼女の目が、一瞬見開かれた。が、すぐに戻る。けれど、俺はそれを見逃していない。伊達にコールドリーディングが得意だと言っていない。

 

 恐らく小鳥遊は、周りから『できる存在』であることを強いられていたのだろう。その癖のようなものが、この学校でも出てしまった、と推測している。真偽はわからないが。

 

「……どうして、わかりましたか?」

 

 ほう、案外素直だな。もう少し粘るかとも思ったが、あっさりだったな。まぁ、楽なことに越したことはない。昼食の昼休みの時間は、限られているのだから。

 

「転入早々に発表なんてするか?、普通。あと、座る時の溜め息聞こえてたのと、先生の言葉の返しのトーンが下がってた」

「……すごいですね。そこまで気づくとは。エスパーさんですね?」

 

 彼女の華やかな、柔らかい笑顔が浮かぶ。エスパー『さん』ってのがまたいいと思うって何考えてんだ。やはり、笑顔が違う。俺に見せる笑顔と、皆に見せる笑顔と。自意識過剰とかじゃなく。

 

「そうやって笑えるんじゃないか。()()()()じゃなくて。本当に無理はする必要ない」

「ぁ……」

 

 彼女の笑顔が、心からの驚きに変わった。そこまでリアクションがいいと、俺も嬉しくなってくる。

 

「ふふっ……そう『だね』。私も、柊君の前では素でいようかな?」

 

 敬語のなくなったことの意味が、どれだけの重みを持っているかは知らない。が、彼女とは中々上手くやれているようだ。

 

「じゃあ……昼食にしよっか?」

 

 小鳥遊は、どこからか弁当を取り出して言う。てか、その弁当の大きさ小さくない? それで足りるの?

 

 

 

 

 

 

 さて、昼食を二人で終えた後、ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。今日の昼休みは、長いようで短かった気もする。……戻るか。俺が立ち上がろうとした時に。

 

「……柊君は、いつもここで昼食をとってるの?」

「ん? ……あぁ、そうだよ。ぼっちなりの工夫だ」

 

 彼女も俺と同時に立ち上がって、ふと、風が吹き抜けた時に。彼女は笑顔で、俺にこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「明日からも来るよ。じゃあね、柊君♪」

 

 彼女はそう言うや否や、階段を駆け下りて、教室に戻っていった。……何だったのだろうか。夢なのだろうか? 俺の昼食にこれからも付き合う、ってことだよな? 学校一の超絶美少女が? 不思議でならない。

 

 と、その時。屋上の扉が開いた。

 

「いや~、誠、すごいね~。あの小鳥遊から……ねぇ?」

「いや、『ねぇ?』じゃねえよ、吹雪。何聞いてんだ。どこから聞いてたよ」

 

 そう俺が問いを投げかけた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――棒状の機械が吹雪の手から出された。おい、それ不要物だろ。先生に突き出して――

 

 ピッ。……ピッ? その瞬間、その機械から声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

「……いたいた。ここにいたんだね、柊君は」

「……どうした小鳥遊さん、俺なんかのところに。教科書のお礼なら何度も聞いたぞ」

 

 

 

「最初からじゃねぇか! しかも盗聴だぞ!」

「つい、出来心でやっちゃった☆ 反省も後悔もしていない」

「よしわかった今から反省も後悔もさせてやるから――あ、逃げた!」

 

 俺は全速力で逃げた吹雪を追い、盗聴のデータを消させて、反省させた。その所為で、次の清掃に二人で遅れそうになった。……何してたんだろうな、俺。

 

 

 

 

 

 今はSHR(ショートホームルーム)中。残る授業で厳しい視線を受け続けながらも、耐えて、今。やっと放課後だ。家に帰って遊びまくる。そう心を固めて、SHRを流していた。チャイムが鳴り、皆が礼にかかろうとした時。片岡先生が。

 

「そうだ、柊。ちょっと残ってくれ。用件はその時に話す」

 

 え、何? 呼び出し? 何か知らないところでやらかした? まさか、屋上か? ついにバレてしまった。まぁ、バレたところで行かなくなるわけじゃないのだが。だが。俺の遊ぶ時間が削られてしまうことに関して……おい、吹雪。ニヤニヤしてんじゃねぇよ。

 

 

 皆が帰った後、教室に俺と片岡先生だけが残っている。夕焼けの光が、電気の消された教室を薄赤く照らしている。

 

「悪いな、残ってもらって。今から、職員室に来てもらうぞ」

 

 ……え、そんな大きいことやらかしてんの、俺? 少しビクビクと怯えながらも、片岡先生についていって職員室へ。中に入り、片岡先生の机の前に。他の先生もいるなか、片岡先生が取り出したのは、一枚の紙だった。

 

「これ、何かわかるか?」

 

 そう言って俺に見せたのは――俺が今日書いた作文だった。題名もそうだし、その下の名前、書いた内容まで俺の作文。紛れもなく。完全に一致している。

 

「作文ですね、今日書いた」

「……俺が何を言いたいかわかるか?」

「いえ、わかりません」

 

 即答。綺麗なまでに、即答。わからないことは正直になる。むしろ悪いことでも開き直る。それが俺のポリシー。わからないことを繕っても仕方がないし、ボロが出ることに変わりはない。だったら、いっその事開き直った方がいいと考えている。

 

 片岡先生は、「はぁ~っ」、と溜め息とをついて――他の先生がいるなかで、俺の作文を読み上げる。ちょ、恥ずかしいんだが。公開処刑なの? 俺の書いた作文の内容は、こうだった。

 

 

 

     『協力ほど非協力的な言葉はない』    柊 誠

 

 協力、という言葉は誰もが知っている言葉だろう。小学校で言われやすい言葉の一つだ。担任の先生が、

「みんな、協力しましょうね」

という、あの言葉だ。実際、協力しないとできないことは山ほどある。一人で生きていける程、世の中は甘くない。それを、小さい頃から頭に、体に染み込ませ、身につけさせる。

 

 しかし、本当に「協力」とは、協力的な言葉なのだろうか。答えは否。協力の漢字を見てほしい。三人の力を合わせて、協力。だが、一つ忘れないでおいてほしい。協力の内、力は四つあるのだ。なのに、「三人で」固まって協力。これが示唆する意味は、協力は、誰かを省いて、外して成り立つものである、ということだ。

 

 つまり、協力の言葉さえも、非協力的なのだ。省いておいて、何が協力か。これでは、人を省くことを全面的に許容していると、声を大にして言っているようなものである。限られた人のみを選ぶのが協力であると、言っているようなものである。もう一度述べよう。省いておいて、何が協力か。

 

 そして、一思いに作られた、左の十字架。これは、省かれた一人を排除することを意味しているのだろう。くくりつけにし、見せしめとしてつりあげる。協力の数だけ、省かれる、十字架にくくりつけにされる人間はいるものなのだ。「協力」という表面的な、薄っぺらい道徳心を並べたかと思えば、排除するときには容赦がない。それが、人間の本質。

 

 結論としては、協力ほど非協力的な言葉はないのだ。協力があるほど、非協力が成り立っているのだ。

 

 

 

 

 ……こうして今聞くと、自分の未熟さに気が付く。文の稚拙さが露見しまくっている。あぁ、なるほど。これが原因か。この作文の下手さで呼び出されたのか。違いますか違うでしょうね。

 

「……で、わかったか?」

「で、でも、テーマは自由とのことだったので……」

 

 そう反論すると、もう一度先生が「はぁ~っ」と溜め息をついて、こう言う。

 

「……まぁ、俺もそう言った手前、怒る気はない。けどなぁ、やりすぎじゃねぇの?」

 

 全くだ。こんな捻くれた作文、誰が書いたんだよ……あ、俺でした。てへっ☆ やべ。怒られる。それに気持ち悪い。誰得なんだよ。

 

「は、反省してます、はい……」

「書き直せとは言わないが、次からは気をつけてくれよ?」

 

 俺はもう一度肯定を示して、帰りの準備をしようとする。さぁ、帰還の時だ。そう意気込んだ時。

 

「待ってくれ。誰も用件が一つとは言っていない」

「……わかりました」

 

 できるだけ手短にお願いしたいものだが。VITAとかPS4とかが待ってる。SONYのゲーム機大好き。画質の良さは逸品級。ネプテューヌとか、ネプテューヌとか、ネプテューヌとかは、超楽しい。ちなみに推しはノワール一筋。テーマも買った。

 

「小鳥遊さんのことでちょっと、な。小鳥遊さんとは仲良くしてくれよ。あの容姿と学力で、周りからはよく思わない人間も出て来るだろう。それが一番わかっているかつ、小鳥遊さんと仲が良いのが、柊なんだよ」

「えぇ、わかりました。できる範囲でやってみますよ」

「悪かったな、引き止めて。もういいぞ、じゃあな」

 

 片岡先生に会釈をしながら、教室を出る。作文を読まれた時の周りの先生の目線は気にしないでおこう。気の所為だ、冷たかっただなんて。困った時には、やはりこれに限る。『できる範囲でやってみます』。万能すぎる。

 

 にしても、片岡先生は意外にクラス事情を把握している。あのことに気付いているのは、吹雪と俺くらいだと思ったんだがな。……ん? 仲良くしてた? どこでそう思ったんだ? まぁ、いいか。

 

 

 帰路に着いてからしばらくして、俺の住む部屋のあるマンションが見えてくる。実家と高校が離れていたため、引っ越してこのマンションに一人暮らしを、先月から始めている。しかし、如何せん俺には広すぎる部屋である。仕送りも、多めに送ってもらえているが、絶対に使い切れない。なので、貯金中。以前からの貯金額と合わせて、もう二十万くらいにもなるだろうか?

 

 十階建てのこのマンションを、エレベーターで一階から八階に上がる。甲高いベルの音を響かせて、箱の扉が開く。そして俺は、自室の805号室へ。通学用カバンから家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ後、回転。かちゃりと音を立てて、解錠された。扉を引き、薄暗い部屋の中へ。

 

「……ただいま」

 

 当然、帰ってくる返事はないのだが。薄暗くなった部屋に電気を点ける。もうこの生活を続けて一ヶ月になるが、やはり寂しいものは寂しいのだ。学校でぼっちを続けているが、家でもそれが続くとなると、少し考えるものがある。

 

 さて……早くノワールを愛でねば。

 

 

 

 先に宿題を終わらせて、思う存分にノワールたんを愛でていたところで。というか、四女神オンラインの衣装が、皆可愛すぎる。ノワールたんも可愛いが、全員可愛い。ベールさんとかめっちゃ清楚なお嬢様って感じの格好だ。ツインテツンデレは最高。黒髪ロングのストレートも中々可愛い。どちらも好み。それに、女神化の衣装が露出が多くなるのもGOOD。

 

 ぴんぽ~ん、と家の玄関のベルが鳴らされた。俺は不審に思う。何故なら、今はもう夜の七時だからだ。……七時!? やっべ、夜ご飯作るの遅くなりすぎでしょ。今から作って何時になる……? そこら辺のコンビニとかで済ませるか、もう。というか、時間云々は置いといて、俺の家に来る奴は、吹雪くらいだ。今日もそうなのだろう。それよか何しに来たし。

 

 そんなことを考えつつ、玄関に向かい、ドアの覗き穴も覗かずに玄関を開ける。不用心にも程があるが、吹雪だと思っていたのだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、()()()()()()()()()()()の女の子がいた。しかも、見覚えのある、超絶美少女の。それも、私服だ。

 

 白のワンピースに、灰色がかったカットソーテーラードジャケットを着ている。露出はワンピースで見える、白の細く綺麗な生足のみ。清楚な雰囲気をいっぱいに漂わせて、その魅力的な黒髪が揺れている。ってか、生足エロすぎだろ……そんな格好で出て大丈夫なのか?

 

「ぇ、ええっ?」

 

 彼女の、可愛らしい声が聞こえた。滅多に聞こえないような。そして、またも滅多に見られないであろう、意地悪そうに、悪戯を仕掛ける前の幼子みたいな微笑を浮かべる。そして、その次に、周りには見せていないだろう輝かしい笑顔。そのどの顔にも見惚れていると、彼女はこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()8()0()4()()()()()()()()()()()、小鳥遊 音葉です。よろしく、柊君♪」

 

 ……マジか。嬉しいイベントなんだが……これ、何ていうギャルゲー?

 

 俺も私服で、黒のTシャツに赤のボタンダウンを上から羽織っている。羽織っているだけなので、前のボタンは開けたままだ。下は普通のジーパン。この服装が大体いつもの服装になっている。センスはまぁないだろうが、俺が言うのもなんだが、似合っているかとは思う。気に入ってるし。後、赤が黒や灰色になったボタンダウンもある。

 

「お、おう……よろしく――って、ど、どうした、そんなに近づいて?」

「う~……ん……」

 

 うんうんと唸りながら、一歩一歩近づいてくる。それに伴い、俺は一歩下がる。進む、下がるを繰り返す内に、小鳥遊が家に入る。と、同時に。

 

「どうして逃げるの?」

「あ、いや、可愛い女の子に迫られるのとかは慣れてないんだよ。その服も超似合ってて――あ」

 

 うっかりと口を滑らせる。いや、今の心拍数結構あるからね? てか、恥ずかし……。

 

「ぁ、ぇ……ふふっ、ありがとう、柊君。柊君も似合ってると思うよ? じゃあね、また明日学校で♪」

 

 ……輝いているその笑顔は、夜に輝く一等星にも負けない。けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――少し、その笑顔が赤らんでいたのは、気の所為だっただろうか。




ありがとうございました!

知っている方もいらっしゃると思いますが、この作品が透明日間、ルーキー日間ランキングにのりました。
皆さん、本当にありがとうございます!

ちなみに、ノワールのくだりに関しては、全部私の考えです、はい。
テーマも買いました。四女神オンラインのやつは、今度買います。
ノワール推しです。ネプテューヌ知ってる人はいるんですかね?

一話の『自分の部屋』が『自分の家』ではなかったのは、マンションだからで、
隣に音葉ちゃんを引っ越させるためなんですね~。

ではでは!


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第4話 テレビとは、集めるものらしい

どうも、狼々です!

早速タイトルが意味不明ですが……だ、大丈夫な、はず。
ちゃんと本文で出てきますよ。

この作品が始まったのは、五月中旬。てことはあれが……

では、本編どうぞ!


 まさか、隣に柊君が住んでいるとは思わなかった。彼も、大分驚いていたみたい。あの表情は、ちょっと面白かった。ふふ、と自然に笑みが溢れる。

 

 それに――可愛い、だって。またもや、笑みが溢れてしまう。そして、自分の服を見る。こういうのが好みなのかな……? そう思いながら、自分の部屋に戻る。電気も点けないで着替え、部屋着に。薄暗い部屋を照らすのは、夜空に浮かぶ一つの月のみ。無限にも続く夜空と星々の中に、ただ一つ。

 

 ベッドに転がり、ふうっ、と息を吐いて、口からこぼれ落ちる、この言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっぱり、覚えてない、か……」

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 あれから六月になった。忌まわしき中間テストというものを乗り越え、今がある。今では周りの視線も軽くなった気がする。いや、慣れただけか? 今日は総合点数の発表がある。まぁ、全教科返ってきているので、計算すればわかるのだが。

 

 隣に彼女が引っ越してきてから、俺の登下校が180°変わった。

 

「……で、俺はどうすればいいんだ?」

「特には何もないって。一緒に登下校するだけだよ」

 

 そう、家が一緒になり、登下校を共にするようになった。どう考えてもおかしい。不釣り合いだ。俺なんかが、こんな美少女と登下校だなんて。俺でもそう思う。……ちょっと、そこでじろじろ見る生徒よ。何を思ってその目をしているんだね、お? というか、特には何もないわけじゃない。俺への目線!

 

「いや、でも……」

「嫌……かな?」

 

 う……その目をやめろ、やめるんだ。その物悲しさ溢れる目を、暗くなった顔を。そして、聞こえるのだ。

 

(「ほら、また柊が……」)

 

 ほら、また周りの奴が……これが幻聴だったら、どれだけいいことか。まぁ、最初から断る気はないのだが。のだが……何か、恥ずかしいじゃん。ねぇ?

 

「嫌じゃねぇよ。ほら、行くぞ」

「あ……ま、待って」

 

 数歩先に歩いた俺を、パタパタとついてくる。可愛い。ホント、俺には勿体無い。もっと他の人と登下校すればいいのに、と何度思ったことだろうか。

 

 

 

 学校について、HRまで終わり、テスト結果返却の時間。一人ずつ名前が呼ばれる。例の如く、俺は文系科目はほぼ満点。理数系科目は半分もいっていない。全く、大した偏り方だ。吹雪には、文系科目では勝っているものの、他科目で大いに負け、総合得点も負け。悲しきかな、これが差なのだよ。

 

 そして、転入生ということもあり、一番最後に名前を呼ばれた彼女が、俺の席の横に戻ってくる。

 

「……え!? 小鳥遊さん、その点数すごい!」

 

 一人の少女が声をあげる。小鳥遊さん、という言葉と、点数すごい、という言葉が小鳥遊への視線移動の相乗効果となる。もう予想できる。やっぱり高得点なんだろ? 容姿端麗に加えて、学力も高い。まさに、才色兼備というやつだろうか。

 

 俺も、横目で一瞥。上から数字が、九十六、九十七、九十五……文系科目、全敗。

 

 

 俺はもう、そこで見るのをやめた。そして、嘆いた。

 

 神様、何で容姿と頭脳を一緒に渡しちゃうんだ、と。

 

 

 授業も大体終わり、昼休みに入る。いつものように屋上へ行こうとして。

 

「ねえねえ、昨日のテレビ見た?」

「見た見た! 面白かったよね!」

 

 ……はぁ。心の中で、溜め息が出てしまう。

 

 昨日のテレビ。この言葉には、どんな意味があるだろうか。それを考えると、おかしすぎる文だ。昨日のテレビ、ということは、今日のテレビや明日のテレビがあることになる。考えてもみろ。その『テレビ』は、『テレビ番組』とは違う単語だと。

 

 昨日のテレビが面白かった。そうなると、一日ごとにテレビを買い替えているテレビそのものが面白い、ということになる。一日ごとにテレビ替えるとか、どんだけテレビ好きの金持ちなんだよ。何? コレクションなの? コレクションを面白いっていうの? そしてもう一人の奴。そのコレクションの異常性に気付いていないのだろうか。

 

 もしかしたら、テレビは見るものじゃなく、()()()()()なのかもしれない。邪魔極まりないな。想像してみろ、自分の部屋の隅から隅までがテレビで囲まれているんだぞ。息苦しいったらありゃしない。これで全部のテレビに電気流してみろ。光熱費の大部分が電気代になるぞ。

 

 これがテレビ番組と言い間違えているのだとしよう。何でそのテレビ番組についてを明言していないのに、それが通じているんだよ。小鳥遊は俺に以前、エスパーだと言っていたが、こいつらの方がよっぽどエスパーやってる。数多(あまた)のテレビ番組から、ただ一つを当てる。どれだけすごいだろうか。尊敬するわ。

 

 ……何考えてんだろ、俺。

 

 

 

 

 

 

「あ! 遅いよ、柊君!」

 

 少し大きな声に迎えられ、屋上についた。彼女とは、あの日からずっとここで一緒に昼食をとっている。彼女は気付いていないが、最近このことに周りが感づき始めている。そろそろ注意すべきか。

 

「悪い。でさ、小鳥遊がここに来てるの、感づかれてる」

「うん、それで?」

 

 彼女が首をかしげる。いやその表情も殺人級なんだが。純粋無垢な感じの。たまらなくいい。だがしかし。説得せねば。ここで本格的にバレてみろ。俺の人生が終了する。社会的に抹殺される。その内親衛隊とかに殺られる。

 

「いや、だから、バレちゃまずいだろ? 小鳥遊だって、俺といることが嫌なら素直に言え。傷つくとか考えないでいいから、正直に――」

「じゃ、私はここに来る。私はここにいたいから」

 

 そう言って、小鳥遊は弁当を取り出して、平然と食べ進める。

 

「だから、俺と一緒にいたら、悪く思われるぞ? 俺なんかと一緒にいたら――」

「じゃあ、その『なんか』って言うの、やめよ? 私は、柊君といて楽しい。周りからは煙たがられてるのも知ってる」

 

 小鳥遊は、食事をしながら淡々と述べていく。それでさえも、美しい風景画のよう。

 

「けどね、私はそうじゃない。皆は本当の中身を知らないからそんなことを言うの。私は、そうじゃない。そうなりたくない。……私が、そうであってほしいから」

 

 小鳥遊は――彼女は、強いられている。何が原因かはわからないが、周りから完璧でいることを。それは、中身を見ていないことと同義。本質を知っていれば、それじゃないものは、本気で求めようとしないから。けれど、そうじゃない仮の本質を押し付けられた彼女は、そうであることを強いられた。

 

 ぼっちは、強いられている生き物だ。周りからは蔑まれ、孤独でいることを強要される。何故か。それは、自分よりも劣っていると認識できる存在を、常に作っておくため。何かに失敗して、自分よりも下位の種族を見て、安心感と優等感を感じるため。

 

 勿論、それで何が変わるでもない。けれど、皆はその幻想の様な存在に頼る。何故か。それは、自分一人でその残酷な結果を受け止められないから。藁にもすがる思いなのだろうが、実際には、目の前には藁さえもない。だから、他人を藁に、浮き輪にするのだ。自己犠牲ならぬ、他者犠牲で、自分が助かろうとする。その対象となるのが、ぼっちなのだ。

 

「だったら尚更だ。俺の中身なんて知ったら、あまりの腹黒さに怖気づくぞ」

「そうやって自分さえも騙そうとする人、本当は優しいんだって知ってる。柊君が、なんやかんや言って、優しいことも」

 

 彼女がこちらを向き、優しげな表情で笑う。

 

 優しい。この言葉には、どれだけの責任が込められているのだろうか。無責任なのだろうか。俺は、この言葉は嫌いだ。自分に都合の良い人間を優しい。そう呼ぶから。どれだけ優しくなくとも、自分に都合が良かったら平気で嘘を吐く。それが人間。

 

「目が曇りすぎだろ。俺が優しいなら、俺以外の連中はどうだ? もう神の域だろ」

「他人を考えられる人間は、優しいの。柊君みたいにね。それで、私は救われた気もする」

 

 そう言って、昼食を再び昼食を食べ始める。が、すぐに止まる。

 

「……もしかして、私が嫌? 嫌なら、そう言って。傷つくとか考えないでいいから」

 

 いつぞやの、誰かさんのセリフ。全く、こういうところが……

 

「嫌なわけねーだろ。ほら、さっさと食べ――」

「……うん? どうしたの?」

 

 今思えば、何で俺に近づくんだ? 俺じゃなくてもいい。むしろ、俺なことが不思議なくらい。俺にこだわる理由。俺に執着する理由。俺に固執する理由。……わからない。

 

「……いや、なんでもない」

 

 俺は、小鳥遊の言っていることが、わからない。俺が、優しい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……わからない。

 

 

 

 

 昼休み、清掃に授業一時間が終わり、今日最後の授業だ。なのだが、この授業は、学習の授業ではなく、何か決めることがあると、朝のHRで片岡先生に言われた。チャイムが鳴ってしばらくして、片岡先生が教室に入ってきた。遅くない?

 

「この時間は、一ヶ月後の合宿の班決めと役割分担とかの時間だ。男女3人ずつ計6人で班作れ~」

 

 ……あぁ、合宿か。入学する時のパンフレットにそんなものがあった気がする。場所は確か……長崎だったか。この栄巻高校は、福岡県にある。同じ九州だし、行きやすいのだろう。ちなみに修学旅行は奈良・京都。ぼっちの俺にはあまり盛り上がることのないイベントだ。

 

 ざわざわとし始める教室。やべ、耳塞がないと――

 

「小鳥遊さん! 俺と組もう!」

「私と組もう! 小鳥遊さん!」

「小鳥遊さん! 結婚してくれ!」

 

 あぁ、ほらいるよ。こうやって迷惑を考えずに人を誘う人。小鳥遊、コマッテル。てか最後。お前はいつも何かしらヤバイことを言わないと死んでしまう病なのか? ちなみに俺は、皆と仲良くしたら死んでしまう病です。ちなみに俺は、もう吹雪と組むことを結構前から約束していた。完全にぼっちじゃなくてよかった。

 

「あ、あの……私、一緒に行きたい人が……」

 

 そう小鳥遊が言うと、周りがさっきの騒ぎを一瞬で抑える。なんだ、やればできるじゃない。それをやるんだよ……って、行きたい人か……嫌な予感がする。いや、決して嫌じゃなく、むしろ嬉しいのだが、この状況がまずい。標的になることが間違い無い。

 

「……柊君。一緒に組もう?」

「あ、あぁ、組もうか。でも、吹雪とあと三人どうするよ?」

 

 皆の視線が、あぁ、いたいいたい。何故に俺がこんな目線を受けなければならないんだ。代償なのだろうか。ならむしろ構わないというか。小鳥遊と同じ班になれる機会は少ないだろうしな。

 

 すると、どこからか声が聞こえる。それも、爽やかめの。

 

「じゃあ、俺達を入れてくれるかい? 女子も二人だから、人数は合うよ?」

 

 声がした方を向く。そこにはクラス委員長的な存在の……存在の……誰だっただろうか。えっと……黒宮(くろみや) 優流(すぐる)、だったか?

 

 やや青がかった黒髪に、緋色(ひいろ)の瞳。男子の中でも、一際輝く笑顔を見せる、鼻筋の通った顔。顔が整っている、と言ったら吹雪にも通ずるものがあるが、彼の持つ美しさは、別格とも言えるだろうか。俗に言う、イケメンというやつだ。俺は、この言葉が嫌いだ。ただ一単語で曖昧に表現するところが気に入らん。

 

 そして、連れの女子の一人が、小声で黒宮に話しかける。

 

「ちょ、ちょっと。小鳥遊さんは……」

 

 そう言って、女子の一人が小鳥遊を一瞥。……冷たい目線で。俺はこの視線の種類と意味を知っている。なるほど、そこまで嫌か。それに、小声ででも黒宮に言うあたり、嫉妬なのだろうか? モテる男子は大変ですねぇ。ちなみに、モテるという言葉も、例によって嫌い。

 

 同じく、小声で黒宮が返す。……連れの女子の二人の名前、何だったっけ。

 

「いいじゃないか。楽しそうだし。何か不満があるか?」

「べ、別に、優流君が言うなら……」

「私も、いいけど……」

 

 そう言って、今度は二人共が冷ややかな目線を。何なんだこいつらは。俺達は入れる側なんだが。そこまで嫌悪感を抱かれてまで入れてやる義理はない。俺が上から言うことでもないが。……少し、頭にくるのだ。

 

「……はっ」

 

 そう俺が侮蔑的・嘲笑的な意味を込めて、声に出して笑った。その瞬間、女子二人がこちらを、攻撃的な目で見る。小鳥遊に向けるものより、冷たく、鋭いものだ。

 

 本当に、都合の良いやつらなことだ。自分より上の相手になったら、影に隠れて見つからないよう、執拗(しつよう)に。下の相手だったら、隠そうともせず、より攻撃的に攻め続ける。それも、見せかけの『集団』で。皆でやれば怖くない? 馬鹿か。そんな虚栄心を張ってどうなる。まだ俺の捻くれの方が、よっぽどマシに思える。

 

 そして、吹雪に小さな声で問う。今更なのだが……

 

「ねぇ、あの二人、誰?」

「はぁ……左の茶髪ちゃんが降旗(ふりはた) 舞衣(まい)、右の気の強そうなオレンジちゃんが愛原(あいはら) 千鶴(ちずる)だよ」

 

 降旗の方は、ショートヘアーの茶髪。黒の瞳が何を映すだろうか。おっとりとした性格そうだが、さっきの言動を見た後では、そんなことはお世辞でも言えない。睨まれたし。

 

 愛原の方は、セミロングのオレンジ髪。最初に黒宮に抗議したのは、気の強そうなこっちだ。見た目通り、気が強いらしい。俺には二人のどっちがツンケンしてるとか、関係ないし、興味もない。睨まれたし。

 

 どちらも顔は整っているともいないとも言えないくらい。良く言えば『無難』。悪く言えば『中途半端』。おぉ、また睨まれた。こわいこわい。やっぱエスパーやってんじゃね?

 

 てか、吹雪も中々頭にきてるのか? 茶髪ちゃん、オレンジちゃんってなんだよ。

 

「私は、喜んで。よろしくね、皆」

 

 小鳥遊が声をあげ、皆に呼びかける。黒宮は相変わらずの爽やかスマイルで、降旗・愛原は、人にわかるくらいの作り笑い。俺と吹雪は、少し怪訝そうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――小鳥遊は、少し乾いた笑いで。




ありがとうございました!

週間オリジナルランキングにものりました、皆さんありがとうございます!

ここまでくると、悪いことが起こる気がしてきました。
相当危ないことの前兆なんじゃないかと、ビクビクしております。

皆さん、アンケートのご協力ありがとうございました!
結果なのですが、魂恋録優先と交互投稿の票数が同じになり、
二回目をとっても結果は変わらないだろうという判断のもと、
誠に勝手ながら、『交互に投稿しつつ、時々魂恋録を連続投稿』にしたいと思います。

本当にありがとうございました!

ではでは!


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第5話 ぼっちが劣っている、という認識は間違っている

どうも、狼々です!

コメディ要素をもうちょっと増やしたいとは思っています。
中々上手くいきませんが。

心を徐々に開かせて、そこから恋愛に発展させたいと思います。

では、本編どうぞ!


 あの茶髪ちゃん(笑)とオレンジちゃん(笑)とリア充な黒宮と一緒に合宿の班を組むことが決定した。降旗と愛原……だったよな? もうついさっき聞いたことですら記憶が危うい。頭が本能的にあいつら二人を拒んでいるようだ。黒宮は知らん。

 

 今は、帰りのSHRが終わり、皆が帰りの準備をして、早い者はもう下校を始めている。俺はいつも、周りに感づかれないようにと、タイミングをズラして後で会って帰る、という方式を採用している。だが、屋上の一件と同じく、これもまた気付かれかけている。いや、気付いてはいるのだろうが、決定的な目撃がないのだろう。つまり、どうしようもない。

 

 吹雪とは、家の方角が全くの逆方向なので、残念ながら一緒に登下校ができない。寂しいような寂しくないような。

 

 俺が準備を済ませて、先に帰路について待とうかと考えていた時。そう考えると、俺って中々優しいんじゃないか? わざわざ待つ俺、超優しい。やっぱり小鳥遊の言葉は本当だったんだな。

 

「ね、ねえ」

 

 小鳥遊の声。この声の口調と声の高さは、小鳥遊だ。見なくてもわかる。俺に女子の友達とか小鳥遊しかいないし。自分で言ってて、悲しくもなんともない。なんともないのかよ。それよか、小鳥遊を友達と呼べるのかどうかもわからん。俺の中の世界の人口は少ないなぁ。一人っ子政策など、介入する余地もない。

 

「ん? どうした?」

 

 このやり取りだけで、周りの注目が集まる。この視線は、「また柊かよ……」というタイプだ。マイナス方面に限定すれば、俺もエスパー以上の存在になれるだろうな。そしてこういう時は大抵、小鳥遊がどんな言葉を発しても、俺が良く思われることはない。最初からそうなのだが。どんだけ俺は憎まれてんだよ。

 

「あの、ね……一緒に、帰ろ?」

 

 わぁ、可愛いなぁ。この首をかしげる純粋で小動物的な仕草と顔に癒され――

 

「「「ちぃっ!」」」

 

 ――そうになるが、間もなく邪魔される。もう隠す気など、毛頭ないようだ。せめて隠してよ、ねえ! ……これ、俺が調子に乗ったらどうなるのだろうか。親衛隊にヤられるのだろうか間違えた。殺られるのだろうか。ともかく、命はなさそうだな。

 

「おう、帰るか。待っとくぞ」

「うん! ありがとう!」

 

 準備がまだ終わっていない小鳥遊を待つと言うと、とびきりの笑顔を見せてくれる。わ~かわ――

 

「「「ちぃぃいっ!」」」

 

 ――いいと思う隙さえも与えてくれない。今のところは、敬語を使わないで話すのは、俺一人のみ。何故かはわからんが。まぁともかく、小鳥遊も笑顔になってよかった。……あれえ? 俺の思考が洗脳されかけてない? 小鳥遊の可愛さに逃げるほど、俺も追い詰められているようだ。皆、俺はいじめないでね?

 

「お待たせ。……それじゃ、行こっか」

「あぁ、そうだな」

 

 小鳥遊が俺の隣について歩く。そうして、追い打ちをかけんと言わんばかりに。

 

「「「ちぃぃぃいいっ!」」」

 

 ……もう、帰りたい。

 

 

 

 学校を出て、しばらく歩いて。あと五分くらいでマンションが見えてくるだろうかというところで。

 

「……ねぇ、柊君。どうして、あの時に二人を笑ったの?」

 

 あの時、ねぇ……あぁ、班決めの。この寂しそうな顔を見る限り、笑われて嫌だった、というわけじゃないんだろう。そもそもあの二人が小鳥遊の友達とも思えんが。友達の目の前で悪態をつくものなのか? ニンゲン、オソロシイ。

 

「あぁ、あれか。……ちょっと、頭に来たんだよ」

「何で?」

 

 多分、というか絶対に、彼女自身が毛嫌いされたことに気付いている。気付いた上での、この質問だとするならば。

 

「小鳥遊が嫌がられたからだよ。そこまでされて、同じ班になろうとも思わないし、なっても上手く機能しないのは明白だ」

「……私のことで、怒ったの?」

「あぁ、小鳥遊のことで。俺は優しい人間だからなぁ?」

 

 俺は、多少皮肉の意味を込めて、意地悪な笑みを浮かべて言う。全く、思ってもいないことを口にするのだけは得意だな、俺は。例えば、「一緒に遊ぶ?」と露骨に嫌そうな表情で言われて、ホントは遊びたいけど、遠慮して「いいよ」という俺。俺、マジ謙虚。

 

 きっと声をかけたそいつも、俺の謙虚さに感服して、「あぁ、このお方と遊ぶのは、私では足りない」と思って俺を抜いて遊んだのだろう。そうじゃないの? ですよね違いますよねわかってましたはい。

 

「柊君は優しいのは知ってる。けど……私のこと()()()いいのに」

 

 おっと、出ましたね。こういうちょっとした言葉を見逃さない俺。揚げ足を取ることには誰よりも得意な俺にとって、矛盾ある言葉を見つけることに関しては、右に出る者も、足元に及ぶ者もいない。なんて捻くれた特技だろうか。学級裁判とか超できそう。コトダマがいくつあっても大丈夫な気がする。その前に真っ先に殺されそうだが。

 

 俺は自慢顔で、少し優越感のようなものに浸りながら、こう言う。

 

「じゃあ、その『なんか』って言うの、やめないか? もっと自分を大切にしようぜ?」

「ぁ……ふふ、これは一本取られたね」

 

 穏やかに、どこか儚くも見える彼女の笑顔は、やはり人を引きつける魅力がある。

 

 俺はその魅力に簡単に気持ちが左右される程、やわな精神をしてないが……まぁ、その、何だ?

 

「……心配なんだよ。何でそうなったのかは知らないけどさ」

「うん……ありがとう。私は、嬉しい。柊君がいてくれて、嬉しいよ」

 

 夕焼けを受けた彼女の笑顔は……頬は、赤くなっていた。

 

 

 

 

 マンションに着いて小鳥遊と別れた俺は、部屋で一人考えていた。

 

 俺がいてくれて嬉しい、か……。そんなことは、今まで一度も言われたことがなかった。男子なら、吹雪に「お前の発想は人と大きく違ってて、見てて楽しい」と言われたことがある。おい、褒めてねぇだろ。まさか、小鳥遊に言われるとは思わなんだ。周りに誰かがいたら死んでたな、俺。死ぬまでが一セット。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「あ~あ、何で私が小鳥遊さんと柊が一緒の班なの……?」

 

 私は家のベッドに寝転がって、独り言。

 

「せっかく優流君と舞衣ちゃんと一緒なのになあ~!」

 

 少し強めに、誰かに投げかけるように言う。そして、一つの言葉が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔だなぁ……!」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 次の日の昼前。俺は、安定の捻くれた考えを巡らせていた。

 

 人とは、こと周りに流されるに関しては、逸品級を誇っている生き物だ。それはもう、流しそうめん並につるつると。しかし、人は夏だけでなく、年がら年中流されているし、美味しくもなんともない。悲しいことに。

 

 流される、と言うと、少しばかり抽象的だろうか。もっとはっきりと、直接的に言うと、影響されやすいのだ。周りがこれをやってるから、私もこれをやる、というやつだ。

 

 例を出そう。問題Aがあったとして、その問の答えが、ア、イ、ウの内のアだったとする。自分は答えがアだとわかっているが、周りがイ、またはウが正解だと言い張って、答えだと信じていたアが、答えではないと思い込み始める。

 

 しかし、これには明確な正解となる根拠がわかっておらず、付和雷同となっているだけ。じゃあ、何故アが正解じゃないと思い始めたのか? それは、『周りがそうだと言ったから』、だ。これは、学生を通った誰もが経験したことのある事例だろう。つまり、正解どうこうよりも、周りが全てなのだ。

 

 じゃあ、これをぼっちに置き換えてみよう。ぼっちが主流、ぼっちが至高の世界だったとして。周りがぼっちであるのに、ある一部だけが集団(笑)でいる。そうしたら、そいつらのことをどう思うだろうか? 答えは簡単だ。「うわっ、何でぼっちじゃないの……?」だ。

 

 周りを判断基準としている以上は、正解不正解が鮮明になることなど、絶対にない。そうなると、おかしいのだ。周りが集団で、少数派にぼっちがいた時。周りはぼっちを『異物』として扱い始める。逆だったらまた逆のことをするのに?

 

 そう、これが『人間の流されやすさ』……集団心理だ。周囲から外れた者をさらに隔離することの助長。全く、なんて手のひら返しだろうか。自分がその対象になってみろ。狂うぞ。俺は特殊な訓練を受けているので効果がないが、普通の人間は耐えられない。集団を是とする人間共は。

 

 不思議なものだ。集団心理はぼっちに効くのに、同情の効果を持つ、アンダードッグ効果はぼっちには適用されない。理不尽以外のなにものでもない。

 

 つまりは、「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」なのだ。じゃあ集団でそれやって轢かれとけばいい。何故やらないのだろうか。俺は、それが不思議でならない。やるくらいなら、貫き通してほしいものだ。

 

 かなり長くなったが、結論を述べよう。ぼっちが劣等した存在という認識は、根本的に間違っているのだ。

 

 

 だから、こんな周りの言葉も、意味がないのだ。

 

「ほら、今日もまた柊なんかが小鳥遊さんと……」

「ホントだよ……羨ましいもとい憎たらしい」

「ホントだよ……俺だって小鳥遊様をハアハアしたいのに」

 

 柊『なんか』ってなんだよ、おい。まるで俺がぼっちで劣等した存在みたいじゃないだろうか。今考えていたぼっちの論文を突きつけてやりたい。そして、言ってやるのだ。「ほら、赤信号だぞ。渡れよ」と。もう最後のにはツッコまんぞ。ツッコまない、ツッコまない……

 

「小鳥遊様をハアハアしてペロペロしたいのに。隣にいて匂いをスーハースーハーしていたいのに」

 

 ツッコまない、ツッコまないぞ……ツッコんだら負けなんだ……!

 

「小鳥遊様の使っているベッドとか枕とか服とかもスーハーしたい。何なら全身をハアハアしたいのに」

 

 もうだめだ。俺の限界も、お前の変態っぷりも。ストーカーなの? ねえねえ、ストーカー? 後を付けてなくてもストーカーなレベル。その発言は危ないよ? とてもとても危なすぎる。このままだと、警察に突き出されても、文句は言えない。もう少し気を付けろよ、全く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あ、お巡りさん、こいつです、こいつが不審者です、はい。ハアハアしたいとか言ってましたよ、ええ。

 

 そんなことを考えていると、聞こえてきた。

 

「……どうする? 小鳥遊さんと柊」

「もう仕方ないよ。諦めよう?」

 

 その声が聞こえたのは、えっと……降旗と、愛原の口からだった。彼女らを一瞥。どうやら向こうも俺の視線に気付いたようで、例の鋭い視線を向けたと思ったら、すぐに逸らされた。俺のこと好きで恥ずかしいの? ツンデレ? どう考えても違いますよね、はい。俺の方からも願い下げなのだが。

 

 にしても、『諦めよう』とか言われてまで、やはり一緒の班になりたいとは思わない。お互い不幸になって、何が楽しいのだろうか。自分達の立場は(わきま)えた方がいいぞ? そういう空気読むのとかは、いつもやってっから得意だろが。

 

 そして、ちらっと小鳥遊の方を見る。すると、小鳥遊は他の女子と喋っていた。うん、友達できてなにより。俺が言えたことじゃないが。最近、仲がいい友達ができたとは聞いていたが、多分その子のことだろう。

 

「なぁ、吹雪。小鳥遊と話してんの、誰?」

「気になるの? ってか、そろそろ名前くらい覚えない? ……久那沢(くなさわ) (あかね)ちゃん。見ての通り、元気・活発な子だ」

 

 性格まで教えてくれるあたり、ありがたい。ショートヘアーで文字通り赤色の髪。シトリンのように輝き、透明感のある黄色の瞳。小鳥遊と同じ可愛い系だが、身長が155cm前後くらいの小さな体躯で、無邪気で幼い感じが見受けられる。

 

 ちなみに、小鳥遊が160cmくらい、俺が170cmないくらい、吹雪が俺と同じくらいだ。なので、この四人の中では一番背が低いことになる。

 

 見る限りでは、お互い楽しそうに会話している。ま、これなら合宿も大丈夫そうかな。班別の行動じゃなかったら、基本はクラスごとで行動だ。むしろ、我が三組全体で、という形式の方が多い気もする。さすがに自由行動はそうにもいかないが。

 

 ……ん? 久那沢がこっちに気付いて、何かを小鳥遊と話してる。あ、こっちに来た。

 

「君が音葉ちゃんとお友達の、柊君?」

「あぁ、そうだよ、久那沢」

「もう私の名前も知ってるんだ。改めて、久那沢 茜です。よろしくね!」

「……よろしく。俺も改めて、柊 誠だ」

 

 言えない、さっきまで名前知らなかったんだ、とか。

 

「私のお友達、茜ちゃんだよ。最近仲良くしてくれてるんだ」

 

 小鳥遊が追いついて、俺と吹雪に話す。というか、もうお互いを名前で呼び合う仲なのか。なら、心配することもなさそうだ。吹雪も改めて自己紹介を済ませて、次の授業の予鈴が鳴る。

 

 ……俺は、見逃していない。

 

 降旗と愛原が、こちらを最後に見たことを。




ありがとうございました!

前回に三人、今回に一人と連続して新キャラ投入すみません。
もうしばらくは新キャラは投入しないとは思うので。

第10話前後くらいに、数話に分けて合宿編を書こうと思います。
いつ関係を接近させようか。

ではでは!


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第6話 俺の得意分野の見せ所

どうも、狼々です!

今回、捻くれ要素がいつもよりも少なめです。
その代わりと言ってはなんですが、誠君のコールドリーディングが見られます。

個人的には、最後を見てほしいですね。

では、本編どうぞ!


「え~、この時代に起きた出来事は……」

 

 あと五分程で授業が終わり、昼休みになるだろう。日本史の授業を聞きながら、彼女ら――降旗、愛原、黒宮の動向を探っていた。黒宮は別段変わったところはない。真面目に授業を受けている。クラス委員長は伊達じゃないか。後で吹雪から聞いたのだが、きっちりというべきか、勉強もできるようだ。勉強できるイケメンリア充とか、スポーツもできたら、非の打ち所がない。料理とかは案外できなさそう。

 

 で、問題というか、引っかかるのはあの二人組。ちらちらと小鳥遊を見ている。あいつらは何なんだろうか。そんなに小鳥遊が好きかい? 俺はそんな特殊恋愛事情が好きなわけではないので、特段気になるでもない。ただ、その視線が好意的な目線だったらの話だ。

 

 明らかにそうじゃない、少なくともそうじゃない。そう感じ取れる。小鳥遊はというと、黒宮と同じように授業に集中。彼女とあの二人組がギクシャクしつつあることには、既にもう気付いている。ただ、ここまでとは思っているだろうか。この調子だと、合宿の時には既に崩壊しきっているだろう。むしろ、彼女らはそれを狙っているのかとも思えるくらいだ。

 

 「あの三人と組んだ黒宮君、降旗ちゃん、愛原ちゃんかわいそ~」という認識を貼り付ける。必然的に三人への同情の気持ちが強くなると共に、俺、吹雪、小鳥遊のイメージダウン。俺については痛くも痒くもない。だってもうここは底辺も底辺、最底辺ですから。俺が上から落ちる高さはない。悲しっ……。いや、ホントは悲しくもなんともないけどさ?

 

 だが、二人はそうじゃない。吹雪は俺と違って友達もいるし、小鳥遊は転入して間もないわけではないが、早い時期。これから土台を作っていかなければならない。今はいいかもしれないが、後に厄介なイメージとなりかねない。入学して少しの一年生にとっては、これからずっとそのイメージが付き纏う可能性だってある。それは俺にも言えるが、例によってなんともない。

 

 この際、俺の評価云々はどうだっていい。二人はできるだけ無傷に保たせなければならない。使命感ではないが、そうなったら、少なくともいい気分にはなれない。だったら、俺に傷を、攻撃を集めるのが得策だろうか。

 

 そう考えを巡らせていたら、授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。クラス委員長の黒宮が礼をかけ、昼休みに入る。次々にそれぞれの行動に入る。お友達と話す者もいれば、食堂に駆ける者も、教室で弁当やパンを取り出す者もいる。かくいう俺も、弁当を持って屋上に行く前に、小鳥遊に一言、さり気ないかつ静かに声をかける。

 

「小鳥遊、先、行っとくぞ」

「あ、うん。わかった。すぐに行くよ」

 

 短いやり取りを終えて、出る前に教室を見渡して見えたものは、あの二人組の俺への視線だった。勿論、気になるとか、好きだとかとは程遠いもの。凍てつくような、相手を射抜く視線。

 

 二つのそれを振り切って、屋上へ。

 

 

 

 屋上に着いた。……今日の風は、少し弱々しくて、ぬるい風だな。もう夏で、もう少し……あと一週間程で夏服に変わろうとする頃だ。ぬるいのは驚くようなことではない。けれど。

 

 ――ただただぬるいだとか、弱々しいだとかじゃない気もした。

 

 ドアから少し離れたいつもの位置に座り、小鳥遊を待つ。この前先に食べ始めて、「一緒に食べようって言ったのに」、と怒られたかどうかもわからんお叱りを受けて以来、小鳥遊を待って一緒に食べている。

 

 五分、十分と経っても、まだ風が吹き続けたまま、変わらない。もう今から食べ始めないと、清掃並びに午後の授業に間に合わなくなる。

 

「……食べるか」

 

 独り呟いて、弁当を開ける。

 

 

 黙々と食べ続ける弁当の味は、いつもよりも薄かった気がした。

 

 

 結局この日、小鳥遊は屋上に来なかった。食べ終わって少しだけ時間があったので待っていたが、昼休み終了と清掃前のチャイムが鳴って、断念。大体予想はついている。どうせあの二人組に何かされたのだろう。清掃区域に行った先に、小鳥遊が駆けてきて、謝っていた。別に、謝られるような迷惑を受けた覚えはないし、そんなつもりもない。

 

 ただ一つ、俺には謝罪の言葉よりも、ほしい言葉があった。……二人の時に、聞いてみるか。

 

 

 

 

 その日の授業とSHRを終えて、二人揃って下校。下校開始から数分、栄巻高校の制服が俺達二つになって、さっそく話をきりだす。ま、あっさりと答えてもらえるとは微塵も思っていないが。ここで、俺のコールドリーディングの見せ所。コールドリーディングは、相手の気持ちを読むだけじゃないんだよね。

 

「なぁ、昼休みはさ――」

「あ――ほ、ホントにごめんね。明日は来るよ」

 

 ……はぁ~。絵に描いたような、というか何というか。もう話すらさせてもらえないのだろうか。もしかしてわざと? 俺にこの話を持ち込ませまいとしているのか?

 

「謝るのはいい。で、何があった?」

「い、いや、大したことじゃないし……」

「大したことじゃないならすぐ来るだろ。俺は別にいいけどさ、小鳥遊がどうしたのか気になるんだよ」

 

 そう言っても、答えることを渋り、中々本題に入れない。ま、こうなることはわかっていた。それも最初から。もう小鳥遊の性格は大体わかった。こうやって、自分の困っていることは、他人に頼らないようにすることもお見通し。

 

 だったら、俺が引き出すまでだ。

 

「いやまぁ、言いたくないのはわかる。あんなことがあったら、普通そうだ」

「え……!? み、見てたの……?」

「ちょっと心配でな。ほら、俺って優しいから」

 

 ちょっとふざけた感を出しつつ、ブラフ。カマかけ。見ている体で話を進めて、相手に情報を勝手に漏らしてもらおう。果たしてこれがコールドリーディングかどうかはわからんが、俺の得意技。ただ、かからない人は本当にかからないのが難点ではある。コツは、いつものおふざけを入れること。何も隠し札がないことを確認させる、ということだろうか?

 

「あぁ……見てた、のか……」

 

 突然に、小鳥遊が沈んだ笑顔を見せた。まさに灰色の笑顔。……え、地雷踏んだ? この後に、「じゃあ、もう死んでもらうしかないね……」とか言われながらナイフ取り出されたら、即刻ゲームオーバー。ヤンデレCDよりも怖い。だっていきなり刺されるんだもん。対処のしようがない。こっちには愛すらもないしね。ただ病んでるだけ。なにそれ怖い。俺には、笑いながら包丁を持つ女の子にゾクゾクすることはない。

 

「……大変だったな。俺にできることがあれば、何でもする。だから、詳しいことを教えてくれ。俺も、詳しくはわからないんだ」

 

 簡単にもわからんがな。でも、俺は「見た」、なんて一言も言っていない。騙してはない。小鳥遊が勝手に喋ってるだけ。嘘は何一つ言わないで引っ掛けるあたり、俺の(たち)が悪い性格がにじみ出ている。だからと言って、後で反省も後悔もしない。あぁ、盗聴した吹雪も、きっとこんな気持ちだったんだろう。

 

「……最初は、そんなにひどくはなかったの。二人がね、『小鳥遊さんと同じ班は嫌だ』って言ったの」

 

 はい、出たよ。もう名前が出てなくてもわかる。やっぱり俺はエスパー。降旗・愛原コンビだろ? 予想通り過ぎて笑いそうにもなるが、今この状況で笑ったら、小鳥遊の俺への好感度がマッハで下がってしまう。好感度があるわけでもなければ、最初から攻略対象でもないので、好感度が下がる心配もなし。

 

 てか、皆の前で言ったのか。図々しいというか、親衛隊はどうしたよ。俺が勝手にいると思いこんでるだけか? いないとして、誰か注意する奴がいるだろうに。

 

「私は『わかった』って言ったんだけどね、黒宮君が二人を止めようとしたの」

 

 やっぱり平和主義者というか、音沙汰なしをモットーにしているみたいな感じだからな。そういう点では、俺と似ているのかもしれない。何もないのが一番。だって俺に何かがあったら大抵が誹謗・中傷の類なんだもの。はっきりとしてない分まだいいが、「お前、うざい!」とかを直接言われた日には泣いてしまう。泣かないけど。

 

「そしたらね、その……柊君を、悪く言い始めたの」

 

 あっ、はいそうですか。取り敢えず困ったら俺を(けな)そうとするのやめない? 二人を止めたのと俺を悪く言う間に一体何があったんだよ。二つが全然繋がらない。

 

「いや、それは別にどうだっていいよ。気にしないし。で、その後は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、っと……私、()()()()()()の。思い切り、ね……あ、あはは……」

 

 ……はい? 止めて、俺が貶されて、小鳥遊が泣いた? ワケガワカラナイヨ。話が飛びすぎにも程があるだろう。小鳥遊は笑って誤魔化しているつもりなのだろうが、俺は誤魔化される間もなく意味がわからない。誤魔化せる、誤魔化せないの問題じゃない。

 

「は? え、急にどうしたんだよ」

「そ、それがね……私でも、わからないの」

 

 自覚症状もなし。本人にわからないことを読めと言われても、できるわけがない。大体、泣いた理由もわからないって、ホントに何があったんだよ。

 

「い、いや、何があったんだよ。ホント」

「……あれ? 私が泣いてること、知らないの?」

「……あ」

 

 ここにきて、大失敗。やらかした。見てきたなら、間違いなく目に入るであろう光景が、目に入ってないというのだ。これが示すのは、その現場を見てないということ。話す友達もいないから、泣いてることが耳に入ることもない。ぼっちであることの欠点がここで俺の足を引っ掛けた。

 

「ま、まさか……嘘?」

「いや嘘じゃないんだよ。見たなんて一言も言ってないしさ? 俺は悪くない」

 

 なんて清々しい自己弁護。ここまでくると、もはや美しさまであるんじゃなかろうか。ただのナルシストじゃないか、それ。

 

「や、やられたよ~……見てないなら話さなかったのに……う~……」

 

 『う~』とか可愛い。ギャップというか、黒髪ロングは大人びた印象があるから、こういう子供っぽいことは逆にグッとくるというかなんというか。結論。可愛い。

 

「ま、俺の持ち味だ。相手の心を読むとか、そういったのは得意だ」

「へ~、じゃあやってみてよ」

 

 あ、あれ? さっきの話は? で、でも、こっちをキラキラした目で見つめる小鳥遊。可愛い。興味津々。

 

 ……じゃ、あれやってみるか。結構成功率は高い方だし。

 

「なぁ、小鳥遊。今週の土曜と日曜、どっちが暇?」

「え、っとね~……土曜かな? ……え? それって、で、デートの……?」

「今ので終わりだ。どうだ? 意外と簡単な感じだろ?」

 

 小鳥遊の首をかしげた姿の可愛らしさ。庇護欲がそそられまくる。犯罪に手を染めそうで怖い。というか、意味がわかってないな、これ……

 

「あのな、今のは『ダブルバインド』って言うんだよ。選択肢を誘導したんだよ」

「それは、土曜に選ばせたってことなの?」

「あ~……悪い。言い方があれだったな。選択肢を()()()()()()んだよ」

 

 小鳥遊は、依然としてきょとんとした顔を続けている。可愛い。何でも可愛いな。素の顔が見れてる気がする。

 

「じゃあさ、さっきの質問がデートとか遊びの誘いだったとして、()()()()()()()()()()?」

「あ、なるほどね。最初から選ばせる段階に立たせたんだね」

 

 そう、これの強みは、論点をズラせる、ということだ。論点と言うと変かもしれないが、今の質問だと、一緒に行く・行かないの選択肢をぼかすことができる。とある商品のCMでも用いられた手法だ。買う・買わないの選択肢をぼかし、買うことを前提として、その後をどうするか考えさせる、というものだ。『バインド』という言葉通り、相手の意識を縛り付けるのだ。

 

 これを実行し、成功させるコツは、隠したい・ぼかしたい選択肢をスルーさせるように仕向けることだ。さっきの質問を例にすると、デートに行きたいんだけど、という前置きはNGだ。あくまでも、話題に挙げない。ぼかしたい選択肢を自ら出しては意味がない。

 

 さらに言うと、ある程度親しい人にしか効かない。見ず知らずに人にさっきの質問をしても、気持ち悪がられ、不審に思われるだけだ。そして、相手にとって、提示した選択肢がどれも嫌だったり、都合が悪い場合もダメだ。それは、強引感や拘束感を生み出す原因になるからだ。これに至っては、実際にやってみないとわからない。相手の予定の下調べも難しい。下調べをした時点でダブルバインドを使ってしまう。この日は暇? と聞いたら、もうそれはダブルバインドだ。

 

 具体性に欠けるものも好ましくない。断る抜け口が簡単に開いてしまうからだ。アバウトだと、どうしてもぼかしたい選択肢を選ぶ確率が高くなってしまう。なので、デートに誘いたい気持ちが強いけど、自信がない。そんな人ほど、質問を具体的にして、意識を向けたい選択肢に向けることが秘訣だ。

 

 

 ダブルバインドの説明をしている内に、いつの間にかマンションに着いていた。そのままエレベーターに乗って、8のボタンを押す。昇降機が稼働し、どんどんと上へ。ベルが鳴って、エレベーターのドアが開く。一緒に出て、後は左右に別れるだけ。いつもは挨拶をここでして、それぞれの部屋に入るのだが。彼女の口が、開かれる。

 

 

 

「……さっきの、本気にしてもいいの?」

「は? いや、何が?」

 

 えっと、さっき、さっき……もうどれが『さっき』かわからない。我ながら間抜けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……()()()()()()()()()()?」

 

 爽やかな笑みを浮かべて、ウインクをしながら、804号室へ入っていった。

 

 ……え? 土曜、楽しみ? さ、さっきのって……ダブルバインドのあれ? 俺はいつでも暇。予定なんて少しもない。家でぐーたらと遊んでいるのみ。今日は水曜だから、十分に考える時間もある。従って――

 

 

「……マジで、デート?」

 

 

 

 今週の土曜日、俺は超絶可愛い女の子と、デートすることになりました。




ありがとうございました!

一旦、合宿編の前に距離をある程度近づけようと思います。
ちなみに、デート場所はぜんっぜん決まってません。
大丈夫なはず。この中身のない自信はどこから来るんでしょうね。

余談ですが、四女神オンライン買いました。土曜に。
ベールちゃんのエロ可愛さは異常ですね。格好が女神様のそれ。
ノワールちゃんも、とてもとても可愛い。

ではでは!


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第7話 よって、ぼっちは孔子で鷹なのだ

どうも、狼々です!

もうタイトルが意味不明ですね。
孔子は、古代中国の思想家のあの人のことで合ってます。

今回は、ちゃんと捻くれ要素を入れました。
入れないとタイトル詐欺になるんで、しっかり誠君を捻くれキャラとして定着させたい。

では、本編どうぞ!


 部屋に戻った今でも、パニック状態に近い興奮が俺の胸や頭の中で、もやもやと取り巻いている。生涯非リアであると思われる俺が、今週の週末に、超絶美少女とデート? ありえない。現に、俺はこれが夢でないか疑っているくらいだ。頬をつねらなくとも、夢ではないとわかっているが、どうも現実味がないのだ。

 

 そんな夢のような話に浮かれている俺もいる。もうこんなチャンスは滅多にないどころか、二度と来ないかもしれない。自分で言うのもどうかと思うが、ぼっちな俺である以上、デートはおろか、交友関係を結ぶことさえも危うい。恋愛経験ゼロの俺にとって、チャンスでもピンチでもある。どういう風に過ごせばいいのか、真剣に考える必要がある。

 

 しかし、真剣に考えたところで所詮俺。いい考えなど到底思いつくはずもなく、ネットを漁りまくる。ファッションとかもわからないので、ついでに。仕送りは余るほどあるのが救いというかなんというか。このために送ってくれてたのか? 俺の両親が未来人だった件について。

 

「あぁ~どうしようかな~」

 

 そんな声を一人響かせても、何も、何一つ変わらない。

 

 彼女とデートに行くという、嬉しい現実も。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「柊君とデートかぁ……なんか、楽しくなりそうだな~」

 

 まさか、いきなり話を持ち出されるとは思ってもいなかった。既成事実を無理矢理に作ったのは私だけど。彼は案外押しに弱いのかな? そんなことを考えていると、笑顔が止まらない。本当に楽しみなんだ、私。色々と面白いことがありそう。学校以外の彼を少し見てみたい気もする。

 

 彼の考え方には、他の人にないものを感じる。真っ直ぐではないけれど、核心ばかりをついている気がする。今まで昼休みに話していて、だんだんとわかってきた。それに、たまに冗談が面白い。今までには経験したことがないことばかり経験したり、聞いたりしてたと思う。

 

 

 

 

 

「もし、思い出してくれるなら……」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 その日の夜。早くも心を踊らせていた日の夜の夢は。とても、色のない夢。白のみで構成されている夢。今にも散ってしまいそうな夢。

 

「ねぇねぇ、いっしょにあそぼうよ!」

「いいよ! なにしてあそぼうか!」

 

 幼い自分と対峙している、こちらも幼き、可愛らしい女の子。笑顔は太陽よりも眩しく、どんな人間よりも明るく、可愛らしい。けれど、その笑顔は今までに見たことがな――

 

 ――いや。俺は、この女の子を知っている。見たことがある。

 

「――はなにがいい?」

「わたしは、ひいらぎくんとなら、なんでもいい!」

 

 けれど。けれど、けれど。名前がどうしても思い出せない。知っているはずなのに。見たことがあるはずなのに。その後も、幼い俺がその女の子の名前を呼ぶけれど、全てノイズが重なり、掻き消される。

 

 瞬間、光景が飛んだ。夢ではありがちなことだ。でも。

 

「じゃあね……ひいらぎ、くん……」

 

 飛んだ先が、泣いている少女であることはありがちとは言えない。見た目からして、先程の女の子に間違いないだろう。幼い俺も、その女の子と同じように少しだけ、静かに涙を流しているのがわかる。

 

 悲しい。この少女の『さよなら』に対して。ただ遊んだ後の『さよなら』で泣いているわけではないだろう。もしそうだったら、思い入れが強すぎるというか、大袈裟すぎる。と、いうことは。この『さよなら』は、もっともっと長い、永い『さよなら』なんだろう。単純に考えれば、引っ越し。それしか考えがつかない。

 

 ……恐らくだが、この目の前の少女は、幼馴染。幼い頃に遊んでいるし。それで、その少女の引っ越しが悲しい、と。それで、だから何だというのだ。俺は覚えていないわけではない。いや、正確には、ついさっき思い出した。夢が始まってすぐに。

 

 しかし、どうにも名前を思い出せそうにない。色のない夢に、彼女の名前が消えていく。淡く、儚く霞んでいく。

 

 そして、揺らめいている視界の先で。色が少しだけ()いて、少女が背を向けて去ろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女の、さらさらときめ細やかな、()()()()が揺れた。

 

 

 

 

 

「んぅあ……」

 

 目を開いた瞬間、窓からの眩しい陽光が目に入り、若干の拒絶によって、再び目を閉じる。そして、目を閉じたまま理解する、夢から覚めたことを。あの彩りの薄い夢が終わったことを。いつもと同じように起きて、登校の準備を始める。

 

 登校の準備が終わって、外へ出てから玄関を施錠し終えた後、少しの間だけ人をを待つ。待ち人が来るまで、ずっと考えていた。引っかかるのだ、あの消えていった黒髪の少女が。名前を思い出そうとしても、どうにも上手くいかない。喉元まで来ていて、あと一歩で思い出せそうなのに。

 

 もどかしさを胸に秘めていると、やがて待ち人が来た。そして、目を見開く。黒髪長髪の、女の子。

 

 

 

 

 

 

 ……いや、まさかな。

 

「ごめんね、お待たせ。()()

「あ……あぁ、行こうか」

 

 柊君と呼ばれて、心臓が跳ねたようになった。いや、本当にありえないだろう。可能性すら残っていないはずだ。俺は、小鳥遊とはあれが初対面。幼い頃に会った覚えなどない。

 

 その靄は晴れないまま、一年三組の教室まで持っていくことになった。晴れないにしても、せめて忘れてきたかったものだ。

 

 

 

 

 授業中もずっとその調子で、先生に問題を解く人として当てられて、一瞬答えられなくなりそうになったのが何回かあった。それほど、胸の奥で引っかかり続けている。この靄をできるだけ早くに払いたいものだ。

 

「ねぇ、誠。今日はいつもに増して変だね~」

「いつもに増しては余計だ、吹雪。思い出せそうで思い出せないのがあるんだよ」

「ま、そうやってずっと考えて、結局思い出せないならその程度のことだったんじゃない? 大きくて重要なことだったら、忘れることも、思い出せなくなることもないでしょ」

 

 休み時間に、吹雪にもこう言われた。しかし、一理あるような気がする。相当大事なことだったら、逆に忘れることが難しいだろう。少なくとも、今すぐ思い出す必要はなさそうでもある。正直思い出したいところではあるが、今はそれよりも大きな問題がある。さってと、あの二人組は~っと。

 

「あの二人、今日はやけに大人しいね。昨日小鳥遊が泣いちゃったからかな?」

「おい、何で昨日それを俺に言わなかった」

「泣き顔、見たかったの? 相変わらず綺麗で可愛かったけど、悲しみで泣く女の子の顔よりも、幸福で泣く女の子の顔を見たいな、俺は」

 

 いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ、吹雪。確かに俺も幸福で泣く女の子は好きだけどさぁ。あのゆるやかというか、柔らかい優しい感じがたまらない。守ってあげたくなるよね。でも、幸福か不幸かが判別できないのが俺。わかりにくい。悲しくて泣いているとわかったとしても、どうすればいいかわからない。ただ慰めるだけでもダメだろうし。

 

 以前、俺と女の子と他に男女数人がいる状況で、女の子に泣き始め、先生がその現場を見て、一番に俺を疑って、明確な理由なしに怒られた覚えがある。理不尽極まりない。何故俺を一番に疑って叱ったし。他にもいただろが。なに? 俺をそんなに犯人に仕立て上げたいんですかね? 結局、俺の簡潔かつ具体的な説明によって容疑は晴れた。……怒られた後に。全く……。

 

 ちなみに、その女の子が泣いた理由が、『なんか嫌だった』らしい。『なんか』って何だよ。怒られたこっちが聞きてぇわ。一方的に傷ついただけじゃねぇかよ。まさか、俺といたことに涙する程悲しいわけじゃないんだよね?

 

 ……そうじゃないと信じたい。

 

 で、今は授業中。その間で、あの二人が急に静かになったのは、理由があるだろうと考えた。

 

 それは、これ以上騒がしく、事を大きくすると、自分達が擁護(ようご)されなくなるからだ。あの二人が小鳥遊を泣かせたという事実は、このクラスでは全体に既成事実として広がっていることだろう。さらに追い詰めると、あの二人が擁護されるどころか、批難される側になってしまう。

 

 それに、昨日の小鳥遊の話が本当ならば、あの黒宮が動いているのだ。『黒宮君が止めたのにまだ責めるなんてかわいそ~』という考えが広まる可能性が十分にある。そうなると、周りの標的になるのは、少なくとも俺らじゃない。悪くてなくなり、普通はあの二人に向いて終わる。

 

 集団を名乗る人間は全員が例外なく、省かれることを最も避ける。省かれても平気だったら、俺の様にぼっちで過ごしていることだろう。時間なども色々と割かなければならないし、いいことはあまりない。でも、省かれたくない一心で集団に属し続ける。滑稽だな。俺はそいつらとは違うがな。

 

 ついこの前に書いた作文。協力についてのだ。あれで、協力は省くことを前提にしていることを証明できている以上、誰かは省かれる必要がある。それを、集団の中のさらに上のカースト層が決める。その決断の対象が自分に向かないようにと、周りは必死になる。何とも辛く、面倒で絶望的なのだろうか。集団のイメージカラーは、真っ黒なのだ。

 

 で、こうやって周りからの批難を受けるとまずいわけだ。自分達は平気で批難する側に立つのにな? どれだけ虫のいいことだろう。孔子の『論語』の教えを知らないのか。その教えの一つに、簡単に言えば、『自分がしてほしくないことは、他人にしてはいけない』というものがある。それを、平気でやっているのだ。孔子に叱られとけばいいのに。

 

 その点、俺を含むぼっちはどうだろう。嫌がることはおろか、何もしない。無なのだ。平穏至上主義のぼっちこそ、一番孔子の教えを尊重していることになるのだ。むしろ、孔子と同レベルなのではないのだろうか。つまるところ、ぼっちは孔子なのだ。それほど偉大なる存在なのだ。それを貶し、蔑むとは一体何様のつもりなのだろうか。

 

 かの思想家を馬鹿にするとは、いい度胸だなぁ、おい。自分達で集団の在り方でも証明してみろよ。できるだろ? まぁ、それができないから集団でいるのだが。

 

 一人でそのことの正しさを証明できないから、周りと徒党(ととう)を組んで、無理矢理に正当化させているのだ。そんな人間よりも、ぼっちの方がよほど優れていると思われる。けれど、それを声を大にして言わないで、『能ある鷹は爪を隠す』状態を維持するぼっちはマジ鷹。

 

 よって、ぼっちは孔子で鷹なのだ。

 

 二人の落ち着いた理由を推測していたら、ぼっちを称える文になってた。それに、とても捻くれ考え方も入っている。さすが俺だ。もういつも通り、何も気にすることはない。

 

 けれども、あの二人がこのまま終わるとも思えない。少しの間は大人しくなるだろうが、しばらくしたらまた同じことを繰り返すだろう。具体的には、俺を悪く言ったり、悪く言ったり、悪く言ったり。結局は俺が被害を(こうむ)るのかよ。どれだけ俺の精神が強かろうと、さすがにねちねちといつまでもやられたら、堪ったものではない。どうせ合宿の時には崩壊が決定しているんだ。なら、今何をやっても変わらん。これ以上崩壊するわけでもあるまいし。

 

 取り敢えず、今から一週間くらいは大丈夫だろう。もし、もしまた小鳥遊が泣くようなことがあったら。俺が助け舟を出すことにしよう。どうせ、二人は小鳥遊を狙っているのだから。狙う場所がわかっているなら、あとはそれを防ぐだけだ。未然に、というのは正直厳しいが、途中で間に入って止めることくらいはできるだろう。

 

 考え終わって丁度良くチャイムが鳴り、昼休み開始も伝える。黒宮が礼の合図をかけ、それに皆が合わせる。そして、それぞれの昼休みを過ごしていく。俺も足早に屋上に向かう。

 

 

 

 屋上に吹き込む風に心を揺らせて、考えていた。

 

 あの夢の女の子の幼馴染は、誰なんだろうか。気にすることはない、という結論を出しておきながら、ふと考えてしまう。それはやはり、小鳥遊と少し重なる部分があるからだろう。重なると言っても、容姿だけだが、俺の考えを鈍らせて催促させるには十分。どうにも気になってしまう。

 

 懸命に名前のバックアップを探すが、残念ながらそれらしきフォルダもファイルもなし。検索をかけても、該当するキーワードすらないため、断念。こんなのどうすりゃいいんだよ……。

 

「どうしたの、柊君?」

「あ? うわぁあっ!」

 

 え……? 考え事で目の前が盲目になっていた俺は、いつの間にか来た小鳥遊の存在に気が付かなかった。一瞬遅れて驚いてしまう。彼女は今、俺の顔を覗き込むような体勢になっている。俺は単純に、屋上のフェンスにもたれかかって座っているだけなので、その姿勢は胸を強調するような感じに。

 

 この前――隣に引っ越したという報告があった時に気が付いたが、彼女の胸は、かなり豊満だ。ワンピースという薄い格好だからこそわかった。まだ春服なのでしっかり胸が強調されているわけじゃない。よかった。もしそうなっていたら、目のやり場に困る。ちなみに、体のラインも中々だった。あの体型は反則だと思うんだよなぁ……

 

 それよりも、今だ。覗き込むということは、顔がとても近い。それはもう超至近距離。スナイパーとかの至近距離とかは離れすぎているが、生憎(あいにく)俺は一般人。一般人の至近距離は、ほんのちょっと。もう少しでおでこがくっつくんじゃないかとも思うくらい近い。

 

 ちなみに、とてもいい匂いがする。

 

「何考えてたの? 珍しいね、考え事なんて」

「それは俺に『いつも考えないで動くよね』っていう遠回しな揶揄(やゆ)なのか?」

「そうそう、そんな感じがいつもの柊君。面白い面白い」

 

 一体何が面白いと言うんだろうか。むしろ俺は考えてばっかだろ。捻くれたことばっかり……どうしようもないな。救いようもない。救われる気も、自分から立ち直ろうとする気もないが。

 

 

 

 彼女の眩しい、明るく可愛らしい笑顔は。夢の女の子のそれと酷似(こくじ)していた。




ありがとうございました!

ぼっちは孔子で鷹らしいです。
人間でも猛禽類でもあるらしいです。

次話か次々話にはデート書きたいですが、ファッションがわかりません。
希望はそのくらいですが、遅れることも十分にありえます。
そうなると、合宿編のスタートに影響が……!

ではでは!


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第8話 古今東西、人間は愛に飢えている

どうも、狼々です!

今回はデートがスタートまで、デートの中身は次回に回そうと思います。

そして、今回はネタの要素が前半に多いです。
特にパロディネタが。

では、本編どうぞ!


 それから、時は目まぐるしく過ぎ去っていった。降旗・愛原は相変わらず音沙汰ないままでいてくれて、黒宮も落ち着けている。吹雪はいつもと変わらず飄々と、小鳥遊は責められることはなくなった。……今は。後からどうなるかは知らんが、その時は、俺もそれなりの対処をさせてもらう。やられっぱなしなど、俺の美学に反する。

 

 ちなみに、俺の美学は『やられた以上でやり返す』だ。それはもう納豆やオクラ以上にねちねちねばねばと。もう相手が攻撃しようと思わなくなるくらいにまで痛ぶり、完全に叩きのめす。勿論、後ろから。正面から戦うなんて、そんな馬鹿な真似はしない。不意打ちで倒し、痛め続ける。最低だな、おい。美しさはどこいったよ。

 

 それはいいとして、今日は金曜。あの約束の日から二日、当日の前日である今日。色々と大変だった。慣れないショッピングに、デートスポットの調査、するべき行動等など。ぼっちで非モテの俺には、どれだけ難しい難易度だったろうか。スーパーハードとかエクストラハードとかのレベルじゃない。

 

 アルティメットクエストならわからん。同等かもしれん。あ、あれも同等だな。『ふっふっふ、何用かね?』の次には、『素晴らしく運がないな、君は』、のあいつだ。あの言葉をどれだけ聞いたことだろうか。さらには、『ふむ、失敗じゃないかな?』、とまで。あいつには大量のグラインダーとメセタをぼったくられた。許すまじ。

 

 で、このミッション難易度がわかったことだろう。今は昼休みで昼食を食べ終えて、二人でゆっくりしているところだ。いや、ゆっくりしているのは小鳥遊だけで、俺はずっとどうしようか考えている。何をするべきなのかが、本当にわからん。デートは初めてなんだよ。向こうはそうじゃないだろうが、俺はそうなんだ。緊張感が半端ない。

 

 こんなに可愛い美少女のデート相手が、恋愛面で弱すぎる俺。小鳥遊は楽しみだと言っているが、果たして本当に楽しくできるだろうか。俺が? できると思う? 到底無理だ。そうだとわかっている以上、少しでもマシな域に持っていかなければならない。できるところまでやってみたいが。素直に、俺も小鳥遊と楽しみたいし。二度とないだろうし。いいじゃない。

 

「デート、どこ行こっか?」

「あ、あぁ……どこか希望はあるか?」

「ん~……任せるよ。どこでも楽しく過ごせそうだし」

 

 彼女の笑顔が、今は俺にとってプレッシャーでしかない。この笑顔が、当日に引き出せるとも限らない。むしろ、高確率で引き出せないだろう。全くの逆方向に自信が向いている。というか、小鳥遊の口から『デート』なんて言葉が発せられると、こちらとしても意識してしまう。改めて、どうしてこうなったし。

 

「了解。……なぁ、ホントに俺でいいのか? 俺以外にも、良い奴が沢山――」

「いいの。柊君とは楽しそうだし」

 

 前からこの一点張り。楽しそう。俺はそんなにおちゃらけて見えるのだろうか。心外だな。俺よりも、一番最後にヤバイこと言ってた誰かさんの方がよっぽどおちゃらけている。その内おちゃらけで済まないことをやらないか、俺でさえも心配になる。将来のことも考えて、今の内に警察に突き出した方がいいかとも思われる。

 

「……そうかい。具体的な時間は、どのくらいが都合がいい?」

「ん~……私はいつでもいいかな?」

「わかった。10時くらいに出発して、行き先で昼食を取ろう」

「オッケ~。待ちきれないくらい楽しみだよ!」

 

 彼女は満面の笑みでそう言っているが、俺はそうじゃない。楽しみじゃないわけじゃない。むしろすごく楽しみ。いや、いいじゃん。こんな機会はないだろうから。けれども、それ以上のプレッシャーがあるのだ。

 

 緊張感に苛まれていた時、丁度良くチャイムが鳴る。昼休み終了、清掃の予鈴。二人で掃除場所へ。もう周りも完全に気付いてしまっているみたいで、「あぁ、また柊か」のような視線を送ってくる。前と比べると、随分と進歩したと思われる。俺の心もあまり傷つかなくなってきた。……慣れただけじゃね?

 

 

 

 学校を終えて、それぞれの家へと下校する放課後。金曜日ということもあり、皆は少々騒がしい。この栄巻高校は、一年生のみ土曜日は休みになっている。今時珍しいが、二年生からはきっちりと土曜日も登校することになっている。土曜日がデートの選択肢に入っていたのも、そのためだ。

 

 しかし、これは重圧となりかねない。一日休日ということは、一日がデートに回せる、ということだ。まだ半日なら何とかならない気もしないが、一日となると、ハードルが高くなる。どれくらいハードルが高いかと言うと、某漫画のゲームで、ポタラで悟空とベジータが合体したベジットを相手に、自分がミスターサタンで戦うみたいな感じだ。

 

 何というハードルの高さ。ここまでくると、もう絶望しかない。舞空術が使えないんだよね。ビーデル使えるのに。そう考えると、地球人とサイヤ人の差って大きいよな。サイヤ人が人かどうか疑うレベル。マサラ人も耐久性なら張り合えるだろう。

 

 あ、あれも絶望だったよね、フリーザの戦闘力の開示。曰く、五十三万らしいからね。第二形態でも百万超えてるらしいし。ラディッツに銃で立ち向かった農夫の戦闘力が五だから、おじさん二十万人分以上。怖すぎだろ。色々な意味で。そんな集合体、見たくもねぇよ。

 

 と、そんなおぞましい想像をしながら小鳥遊を待っている俺。

 

「お待たせ。帰ろっか」

「おう」

 

 この笑顔には、引き込まれるものがある。可愛い。俺の方が身長が高いので、この覗き込まれる感じがまたたまらない。写真に撮りたいくらいだ。盗撮じゃなく。そう考えて教室を出る。

 

 さて、俺が気付いていないとでも思ったかね、降旗と愛原? その目線、向けたことを近いうちに後悔させてやるよ、ああ? 俺は陰湿だからな。陰湿な相手になら容赦もする必要はない。大体、小鳥遊を泣かせた時点でお前の負けは決まってんだよ。

 

 

 

 他愛もない話を小鳥遊としつつ、俺はデートのことで頭がいっぱいだった。何か恋愛に必死みたいだが、そうじゃない。相手が相手なのだ。別に必死なわけではなく。あ~どうしよ。プランはもう考えてあるけど、もう一回確認しとくか。かなり心配性みたいになってしまっている。

 

 気付いた時にはマンションの八階。そして、この声と笑顔。

 

「じゃあね、柊君。明日、楽しもうね♪」

 

 もうこれだけで惚れてしまうまである。けれど、相手が俺でなければの話だ。並の人間ならば耐えられなかったろう。けれど、俺は大丈夫だ。ぼっち生活で鍛えられた鋼の捻くれた精神は、どこから見ても隙はない。と言っている割には、こうやって部屋に戻ってから悶々(もんもん)とすることもないだろうに。

 

 そうだ、こういう時こそ冷静になれ、俺。いつもの捻くれ具合を見せるんだ。

 

 

 恋愛とは、集団と同じような効果を持つために行われるのである。最も、全てがそうであるかと言われれば、そうではない。けれど、ほぼ全てがそうであると言えるだろう。何故恋愛をするのか? それは、『自分が愛されるため』、だ。

 

 古今東西、人間は愛に飢えているのだ。別に恋でなくともいい。友愛、家族愛、敬愛。この世の中には様々な『愛』が溢れている。その一つが恋愛。

 

 自分が愛されるという目的に準ずるならば、別に恋愛じゃなくとも構わないのだ。ただ、自分が愛されているという認識が強く起こりやすいのが、この恋愛。自分が愛されていることを明確に認識するために、自分の存在価値があることを再認識するために、恋愛は行われるのである。例によって、全員がそうではない。

 

 けれど、実際そうなのだ。集団は友愛を求め、家族は家族愛を求め、恋人同士は恋愛を求める。全て自分が他人に愛されることを求めているのだ。ここで、俺は疑問に思う点があるのだ。何故恋愛を積極的に進めたがるのか、と。

 

 それは俺にはわからない。恋愛経験豊富な人に聞いても同じだろう。だってそれは、『なんとなく』なのだから。愛されたい。じゃあ家族でいいじゃん。いや、恋愛がいい。何で? 『なんとなく』。ほら、通じる。結局は個人の執着なのだ。無意識の執着がなんとなくを呼び起こす。

 

 俺はそんな、自分の意識さえもコントロールできない人間にはなりたくない。自分の行動に意味が無い、なんてことになりたくない。よって、俺は恋愛をしない。これは至極正しいことであり、間違いなどでは全くもってない。恋愛をしていない、非リアと呼ばれる人種に、恋愛をしているリア充と呼ばれる人種が蔑みや哀れみ、同情や励ましをするなど、馬鹿げている。

 

 本来は逆なのだ。意識をコントロールできないリア充に対して、非リアが同情や哀れみを送る。「あぁ、自分自身を持っていないんだ。頑張れよ」といった感じに。だって、おかしいだろう? 考えてもみろ。まだ意識がコントロールできない赤ちゃんが、その両親を逆に教育するのか? どう考えても違うだろう、逆だろう。

 

 そんなおかしい状況で、さも当然かのように振る舞う。根本的に崩れてしまっているのだ、その理論が。土台さえ作れていない者に、その上に物を乗せられることはない。つまり、リア充よりも、非リアが優れている。けれど、それを非リアは公言しないで静かにいる。

 

 さらに、非リアぼっちとなると、それが極められる。やっぱり、ぼっちは鷹なのだ。孔子で、鷹で、親なのだ。何という崇高さだろう。かっこよすぎる……!

 

 

 と、非リアはリア充より上でした、っと。証明終わり。いつものようにキレッキレだったな。俺の右に出る者も、足元にいる者もいない。いつもの俺。

 

 ……夕食作るか。

 

 

 

 

 夕食を食べ終わって、俺は必死に考えていた。ちなみに、夕食はパエリアだった。美味しかった。自分でも思うが、俺は結構料理は上手い方なんじゃないか? っと、またズレそうになった。俺の悪いところだ。すぐに話がすり替わっていく。いい技術でもあると思うのだが。

 

 で、考えていた内容は、やっぱり明日のこと。不安でたまらない。服装も大丈夫、電車の時間も調べた。今回のデート場所は、電車で行くのが丁度いいくらいなのだ。近くてよかった。お金は……まぁ心配ないだろう。小鳥遊にも電車のことは言ってあるし。昼食場所も確認済み。……大丈夫、だよね?

 

 明日に備えて早めにベッドに入る。眠れない。でも頑張って目を瞑る。けど、やはり眠れない。

 

 

 ……その原因は、明日のデートのことだけか?

 

 自分の心の中で自問自答して間もなく、俺の意識は――。

 

 

 

 ……白。白一色となると、案外鮮やかさの欠片もないものだ。目の前には、やはりあの少女。昨日見た夢の最後は、黒髪が一瞬見えたが、それもない。傍から見ると白髪。周りも白。変わらない、変わらない。でも。

 

「わたし、おおきくなったら、ひいらぎくんとけっこんする!」

「あぁ、――。けっこんしような」

 

 …………。

 

 驚いた。許嫁もいたものなんだな。しかし、俺はこの少女の名前も知らない。いや、知っているけれど、思い出せない。それは、この夢でも昨日の夢でも同じ。しかし、この二人の会話は、独り歩きを続けている。

 

 と、また風景がジャンプした。そして、またもや見た光景が。それは、彼女の泣いている顔。昨日の夢と全く同じ光景。

 

 

 

 ――まるで、()()()()()()()()()()ようで。まるで、()()()()()()()()()()()()ようで。

 

 少々の不気味さも感じてしまう。けれど、ソレ以上に。

 

 

 

 ――懐かしさと悲しみが、同時に俺を襲った。

 

 

 

 

 

 瞼は閉じているけれど、若干の光が差し込む朝の部屋。瞼を開いて、時刻を確認。今は六時。よし、取り敢えず遅刻はなくなったからよしとしよう。初デートで遅刻はさすがにまずい。俺でもわかる。せめて、遅れるとわかったら連絡の一つくらいは取りたいものだ。

 

 一時間ほどかけて、準備や確認やらを済ませる。八階のところで待ち合わせるので、三秒ほどで待ち合わせ場所には着く。楽なものだ。もうこの段階で緊張し始めている俺、悲しくなってくる。い、いや、昨日非リアの素晴らしさを証明したから、大丈夫なはずだ。いつもの調子でいればいい。

 

 今思った。起きるの早すぎた。七時とかでよかったんじゃないか? 仕方がない、何か暇つぶしでもするか。

 

 

 

 ……暇つぶしにも限界がありましたとさ。今は九時半。集合の三十分前。三秒で着くけれど。

 

「……出るか」

 

 俺はすっかり浮かれてしまっている。三十分も前に行くとか、早すぎるだろうに。

 

 その前に、身だしなみチェックだ。白のTシャツに、黒のリネンシャツ。長めの黒のパンツ。良いのかどうかもわからん。白黒で統一していいのか悪いのか、全く。他も大丈夫そうなので、外へ。

 

 玄関の施錠を確認して、俺のスマホにメールが入る。吹雪から。というか、メールアドレスを教えてる人が少なすぎるから、もう見なくても特定できる。さて、内容は――

 

『今日、デートなんでしょ? 頑張ってね☆』

 

 それはそれはご丁寧に、最後に☆のマークまで付けて。なんだ、応援メールか。ありがた――

 

 すぐさま電話。勿論吹雪に。一回目のコール音で吹雪が出た。早すぎだろ。

 

「もしもし。どしたの誠?」

「どしたのじゃねぇよ。何でデートを知ってんだよ」

 

 俺は吹雪にデートのことについては一切知らせていない。相談しようとも思ったが、言いふらす可能性が少しどころじゃなくあったため、相談しようにもできなかったのだ。

 

「ま、俺の情報網さ。他人には言わないから、頑張ってね。素直に応援してるよ」

「あ、ちょっと――」

 

 そこで電話が一方的に切られ、ツー、ツーという音だけが残る。なんだったんだ……。

 

「誰からだったの?」

「あぁ、吹雪からだよ。なんでかデートのことを知ってて――え?」

 

 そこには、何食わぬ顔で立っていた小鳥遊の姿。え、まだ三十分あるよ? まだ早いよ? 自分で言うのもどうかと思うが。

 

「は、早いな。まだ時間あるぞ?」

「うん。私もそう思ったけど、先に待ってようと思ったの。そしたら、柊君がいるんだもん」

 

 爽やかな笑顔。そして、彼女の服装に目を奪われる。

 

 白のシャツに水色のカーディガンとスカート。いかにも夏の服装といった感じ。涼しげな水系と白の組み合わせが、彼女の魅力と相まってさらに可愛さを引き立てる。アクセサリー類は付けてないが、逆に付けてない方が魅力があるだろう。かえって邪魔になる。

 

「……どうしたの?」

 

 ……つい見惚れてしまった。

 

「あ、あぁ……いや、その服、可愛いよ。似合ってる」

「ぁ……あ、うん。ありがとう! 少し早いけど、行こっか」

 

 彼女の笑顔は、俺をどれだけ見惚れさせれば気が済むのだろうか。可愛いんだよ、全く。

 

 さて、行こうか――水族館へ。




ありがとうございました!

最近、マウスを買い換えました。
トラックボールのやつです。
慣れたらとても使いやすいですね。腕を動かさなくていいのが大きい。

デート場所は水族館!
私はデートとかファッションがわかりませんので、
服装や場所、行動の不自然な点は見逃してください。
ここにきて恋愛経験ゼロであることが悔やまれる。

合宿編で何らかのぶつかりは起こそうとは思ってます。
物理的な意味じゃなく、諍いとかの方の意味で。

重要(?)なお知らせです!
魂恋録は、第49話を投稿した後、第50話の連続投稿になります。
そのため、この作品の投稿が一日遅れることになります。

具体的な日付を挙げると、19日の第9話投稿が、20日にズレることになります。

ご了承ください。

ではでは!


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第9話 変われるのなら、救えるのなら

どうも、狼々です!

今回はデート編ということで、捻くれ要素が殆どありません!
そこ、ネタ切れ言わない! 切れてません。まだいくつかあります。

途中、かなり抽象的な表現が入っています。
解釈は、読者の皆さんそれぞれに任せようと思います。

では、本編どうぞ!


 電車にしばらく揺られ、徒歩も少しあり。水族館に着いた。電車の中は混んでいるとも空いているとも言えないくらいで、席に困ることはなかった。水族館ではどうかわからないが。受付で入館料金を払って、早速中へ。

 

 電車の中で聞いた話なのだが、どうやら小鳥遊は魚は好きな模様だ。曰く、「可愛らしい」だそうだ。俺から言わせてもらえば、小鳥遊の方が可愛らしいのだがそれは。

 

 着いた時刻は十一時よりちょっと前。少し見てから、昼食にするとしようか。この水族館の中に、カフェみたいなのがあったはずだし。予約は一応入れたから問題なし。抜かりはない。

 

 館内の順路に沿って進んで行き、まず最初にあったのは、クラゲやリュウグウノツカイが泳いでいる、深海魚のゾーン。薄暗く、どこかゆったりとしたイメージ。ここだけが、時がゆっくり流れているんじゃないかと、錯覚も起こしそう。

 

 クラゲの僅かな光が、覗いている俺達を照らしている。えっと……ギヤマンクラゲ? というらしい。説明を見ると、『ギヤマン』はダイヤモンドの意もあるらしい。

 

「おぉ、綺麗だね~」

「そうだな。クラゲの中でも、ベニクラゲってのは、不老不死らしいぞ」

「え、そうなの?」

 

 らしい。1cmくらいの大きさで、生活環を逆にするという。実際に見たわけではないが、Wikipediaに書いてあった。調べておいて正解だったな。話題に困らない。水族館を選んだのも成功だったかもな。

 

 さて、お次はリュウグウノツカイ。といっても、こっちは剥製なのだが。それにしても、顔が怖い感じもする。けれど、どこか魅力を感じる。迫力ある大きさだったり、透明感がある背鰭(せびれ)だったり。

 

「おっきい……」

「そ、そうだな……」

 

 いや、あのですね小鳥遊さん。そんなまじまじとリュウグウノツカイを見ながらのその言葉は、ちょっといけないと思うのですよ。おっきいとか言わない。いや、もっと言って。

 

 奥へ奥へと進んで行く中、人が多くなっていった。まぁ、そうだろうな。今は週末のお昼時。家族連れやカップルなど、複数人での入館者が増える時間帯だ。で、少し。一瞬だが、小鳥遊を見失った。

 

「あ、あれ……? あ、あぁそこか」

「あ、いた。よかった~」

 

 小鳥遊も俺を見失っていたようで、若干の安堵の表情を見せる。これ以上見失うと、捜索に時間がかかる可能性がある。二人でお互いを捜し合えば、かえって見つかりにくくなる。かといって、連絡をとろうにも手段がない。

 

 ……少々恥ずかしいかつ、心に傷が入る可能性があるが、仕方がない。こういうのは、男の俺から誘うべきだろう。俺は嫌じゃないんだが、向こうがどうかな~。

 

「あ~……ほら、小鳥遊」

 

 俺は小鳥遊に向かって、手を差し出す。そう、手を繋ぐのだ。今俺、かなり恥ずかしい。

 

「ぁ……うん、ありがと」

 

 彼女の笑顔が薄暗い中でも輝いているようだ。そして、俺の右手に、彼女の左手が重なる。うぉ、やわらかい。それに暖かい。ドキドキするんだけど。汗とかは大丈夫なはず。

 

 進んでいくにつれて、明るさが徐々にだが明るくなっていく。エスカレーターで一階分上がり、二階に。深海魚のゾーンを抜けて、海の魚のゾーンに出た。深海のゾーン程ではないが、暗くなっている。

 

 かなり大きめの水槽に、色々な種類の魚が泳いでいる。マグロやカツオ等、よく見知っていて、見慣れている種類の魚もいれば、エイやマンボウ、ジンベエザメ等のあまり見ない魚や迫力があったりする魚も。小さい魚は群れを成して泳いで、ジンベエザメがそれの周りを雄大に泳いでいる。同じ哺乳類とは思えないな。

 

 

「何か……楽しそう」

「ん? どうしてだ?」

「その……なんとなく。ゆっくりで、壮大で、いっぱいで、広くて」

 

 いつもの俺なら、海にいた方が自由だろう、魚達のホームだからな、とか言っていただろう。実際、俺はその言葉を口にしようとした。……けれど、彼女の顔を見たら自然と、口をつぐまなければならない。そう感じた。

 

 彼女は、優しそうで、暖かみのある笑顔を浮かべていた。慈愛に満ちた笑顔を向ける女神の様に、美しく。薄暗い世界の真ん中で、ただ一人卓越した存在として。何ものにも代え難いだろう。不安定で、曖昧に揺らめいている海の中で、自然の恩恵でいっぱいに満ちていて。

 

「そう……だな」

 

 俺は、肯定する。彼女の様に優れた感性を持っているわけじゃない。彼女の言葉を完全に理解しきったわけでもない。けれど。なんとなく、そう感じた。どこまで自分を内省(ないせい)したところで、答えが返ってくることはない。それでも、俺は。いや、()()()()()、俺は。彼女の考えを少しでも理解したい。

 

 間違っているかもしれない。見当違いかもしれない。掴もうとしても、指の間をすり抜けて逃げられるかもしれない。それでも。彼女の考えによって、俺自身が変われるのなら。俺が、彼女を救えるのなら。彼女自身が救われるのなら。

 

 

 

 ――俺は。

 

 

 物思いに(ふけ)っていると、隣から声がかかる。

 

「――柊君? どうしたの?」

「あ……いや、なんでもないよ。どうする? もう行くか?」

「うん、次に行こうか」

 

 俺達が立ち去る直前、魚の大群も、ジンベエザメも、泳ぎが少し遅くなっていた。

 

 

 さらに一階分上がって三階に。ここ三階は、様々な魚の剥製や、魚の情報を知れるゾーンになっている。深海魚のゾーンや海の魚のゾーンとは違い、かなり照明が明るくなっている。眩しさに目を細めながらも、展示されている魚の剥製を見ていく。

 

「ほら、柊君! これサメの歯なんだって!」

「へぇ、想像よりもずっと尖っているな」

 

 ホホジロザメの歯の剥製は、思いの外鋭利だった。なるほど、これに顎の力が合わされば、それはもう痛かろう。小鳥遊と一緒にいた俺への視線より鋭い。いや、同等くらいか? 視線、コワイ。

 

 標本のようなものもあり、二人でそれを覗き込む。のだが……如何せん近づく必要がある。それはもう、カップルみたいな感じになっている。遠目から見れば、腕を組んでいるように見えなくもない。いい匂いがするわ、腕にやわらかいものが当たったり離れたり。もう俺の精神が崩壊寸前なんですが。

 

 一方の小鳥遊はというと、全く気にしない様子のようで。俺だけが勝手に色々考えて、馬鹿みたいだ。いくらそうやって気を紛らす考えを巡らせても、意識がそっちに刈り取られるのは事実。変わらない。全部見終わって、時間はお昼少し前。今くらいが丁度いいだろう。

 

「よし、ここらで昼食にしよう。一階まで降りてカフェまで行くけど、いいか?」

「うん! 行こう行こう!」

 

 そう言って、俺の隣に並び直して手を繋いだ。このあたりは人も少なく、決してはぐれるようなことはないだろう。でも、彼女は手を繋いでくれている。

 

 ……少なくとも、嫌われているわけではなさそうで。よかったよ。

 

 

 

 一階カフェ。窓には一面に海景色が広がっている。このカフェは、泳いでいる魚を見ながら昼食を取れるということらしい。おしゃれな感じはするが、小鳥遊がどう思うかはわからん。

 

「おぉ、綺麗だね~。ふふっ」

 

 笑顔が眩しい。お気に召してくれたようでなによりです。この輝くような笑顔を見るだけで、来てよかったとも感じる。俺が安心しているだけなのかもしれないが。

 

 

 軽食のような昼食をとってカフェを出る。支払いは俺がする予定だったのだが、そこで小さく争っていた。結局俺が払うことを渋々ながら受けさせた。別に困っているわけでもないし、お金の方も使われないより使われた方がいいだろう。

 

 今の時刻は十二時半過ぎ。ふむ、これなら大丈夫か?

 

「なぁ、小鳥遊。イルカのショー、見に行くか?」

「いいの?」

 

 おぉ、この顔がまた可愛い。不思議そうにしてる顔が素みたいで可愛い。

 

「あぁ。この時間なら丁度いい」

「じゃあ行ってもいい?」

「おう。なら、行こうか」

 

 イルカのショーを見ることが決まり、二階へ上がって、外へ出る。あの中央に円形のプールがあって、青い席がずらりと並んでいる、よく見るあんな感じ。せっかくなので、前の方の席に座る。イルカの飼育員さんが餌をあげつつ、芸の練習をしている。ジャンプをしたり、跳んで上から吊り下げられた輪っかやボールをくぐったり、タッチしたりしている。

 

 あと数分でショーが始まろうとしたところで、席がほぼ埋まった。中々に人気があるらしい。親子で笑顔を浮かべながら来ている客もいれば、カップルで幸せそうに腕を組んで見ている客もいる。さらには、女子だけ、男子だけで集まって遊びに来ている客も。

 

 開始予定時刻になり、前に飼育員のお姉さんが出て来る。

 

「皆さ~ん! こんにちは~!」

「「「こんにちは~!」」」

 

 主に子供の声が響く。まだまだ純粋なようだ。ちなみに、隣からも小さく聞こえた。可愛い。

 

「今から、イルカのココちゃんが芸をしてくれま~す!」

 

 ほう、メスか。だからといってどうというわけでもないが。俺は魚のオス・メスは見分けられない人間だ。勿論、イルカも。何かしらの目印があるんだろうな。尻尾が稲妻だったら♂、ハートだったら♀みたいな。どこの電気ネズミだよ。

 

「はい、じゃあココちゃん。いくよ!」

 

 そうお姉さん飼育員が声をかけて、人差し指を立てた。そして、いくらか人差し指で円を描いて、あるところを指さした。指差した場所は、上から吊り下げられた輪っか。

 

 輪っかに指がさされた直後、水面からイルカが跳躍し、輪っかをくぐった。結構高いやつなので、歓声も思いの外あがっている。歓声が、イルカが水面に当たる水しぶきと音で掻き消える。

 

「おぉお~! あのイルカさんすごいね、柊君!」

「あぁ。あの高さはスゲェよな。六、七メートルくらいか?」

 

 俺的には小鳥遊の言葉が気になった。イルカ『さん』って、可愛い。普通の人がやってもあまり魅力を感じないし、むしろ少し気持ち悪い感じもするが、小鳥遊がすると別だなこれ。超かわいい。イルカより可愛い。試しに俺も呼んでみようか。イルカさ~ん。ほら、やっぱり気持ち悪い。

 

 次は吊り下げたボールにタッチ。同じく歓声、水しぶき。そして隣で小鳥遊の笑顔。可愛い。小鳥遊は、はしゃいでるのか?いつも楽しそうな笑顔を見せてくれているが、今日は一段と嬉しそうだ。来てよかった。そう思える。

 

 ボールの位置が少し低くなった。ボールタッチの次は、テールキック。さっきまでのタッチは口で行っていたが、今度はその名の通り尻尾で。歓声、水しぶき、笑顔。可愛い。さっきからこれがずっとだ。小鳥遊の隣はある意味耐えられない。精神が持ってかれる。

 

 そして、後ろの方で男の声が聞こえた。

 

「なあなあ。あの子、超可愛くね?」

「あぁ。めちゃくちゃ可愛いな。俺の好みだわ」

「さっきから声も聞いてるが、声も可愛いぞ」

 

 ちら、とそちらの方を見る。いかにもチャラそうな男三人組。どこか不良にも見えなくもない。ピアスを付けていたり、金髪にしていたりと、ツンツンしている。そんな見た目だ。

 

 俺は正直、こういった種類の人間は苦手だ。嫌いじゃなく、個人的に苦手。俺がその種類の人間と関わって、いいことがあった(ためし)がない。完全に偏見になるが、俺の経験則からすると、あまり関わらない方がいい。勿論、全員が悪いやつとは思っていないが、悪いやつの方に引っかかった時は、ダメージが大きい。

 

 気の強さっていうのは、外見に表れるとよく言う。この言葉は正解でも間違いでもあると思うのだ。本当に気の強い人間が外見をツンツンさせることがある。そうじゃない人間もいる、ということだ。

 

 しかし、気の強い人間だけがツンツンした見た目なのではない。むしろ、逆だ。気の弱さを悟られないため――いわゆる、カモフラージュだ。気の強い感じを見せて、自分の器の大きさを大きく見せようとする。けれど、実際はそれはハリボテなのだ。崩されれば、それだけ普通の人よりもダメージは響くだろう。

 

 今まで見せかけの虚像で騙し続けた奴は、受け身を取ることを知らない。だって、受け身を取る以前に(かわ)してきたのだから。痛みを知らない人間が、人一倍痛みに弱いように。崩されたことがない人間は、崩された後のことを考えていない。今までずっと、必要なかったから。だからこそ、崩されたらまずいのだ。

 

 そう、俺のクラスにもいるじゃないか。気が強いでもないけれど、自分よりも下だとわかった人間にだけ強くあたる。器を大きく見せかけている、ピエロのような、詐欺師のような、外見を貼り付けているような人間。

 

 ……降旗と愛原。この二人は、この部類に属することだろう。強くあたるけれど、崩されたら途端に弱くなる。崩れれば突破は簡単なのだ。なんてことはない。合宿も気にする必要がないだろう。俺は勝てる。しかも余裕で。

 

 今まで人に頼らずに、自分独りで結果と向き合ってきた心の強さを持っている俺に、偽物・レプリカの器を掲げている二人が勝てるはずがないのだ。俺を敵視した時点で間違い。チェックメイトなのだ。そこでもう、ゲームは終わっている。俺の完全勝利で、な。

 

 っと、せっかくのデートなんだ。嫌でマイナスなことは好ましくない。小鳥遊はこんなにも楽しんでくれている。そんな中で、俺がここで失敗するわけにはいかない。きっちりやらないとな。

 

 俺は、この時点では気付いていなかった。同じ男として、気付くべきだった。気持ちを読み取る分野で長けている俺が、気付くべきだったんだ。

 

 

 

 ――この三人組の、小鳥遊の全身を(ねぶ)るような視線に。




ありがとうございました!

ということで、デート編は二話に分かれます。
このままだと、合宿編が第十五話前後になると思います。

早く合宿編が見たいという方もいらっしゃると思いますが、ご了承ください。

終わり方がなんかえっちぃですね。
変態さんです。

ではでは!


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第10話 夕焼け

どうも、狼々です!

最初に言っておきます。
私はポケモンガチ勢ではありません。

厳選と努力値振りくらいしかしてません。

では、本編どうぞ!


 素晴らしいくらいのイルカショーを見終えた俺らは、二階から一気に四階に上がる。四階は、可愛らしい海の動物のゾーンだった。具体的な動物を挙げると、ラッコとかアザラシとか。魚じゃないけど、海に住んでいる動物がこのゾーンに集められていた。

 

「あっ、ラッコ可愛い!」

「お、ホントだな。俺はアレが見たい。貝ぶつけるヤツ」

「あれは一回見てみたい気もするよね~」

 

 おぉ、小鳥遊の笑顔が今までで一番だ。どうやら、ラッコが一番お気に召したようだ。ラッコ可愛いって言っている小鳥遊可愛い。あの夢中になってる笑顔は、その笑顔を見ている者も魅了して夢中にさせる。

 

「あ、あれも見たい! 寝てる時に手を繋ぐやつ!」

「あぁ、あれか。確かに見てみたいな。聞いたことはあるが、実際に見てみたい」

 

 そう言うと、小鳥遊が俺と繋いだ手を見て、ふっ、と穏やかな笑顔を見せた。え、なに、その笑顔? 俺、期待しちゃうよ? 残念ながら、俺は男だからね。勘違いで生きる生き物だからね? 「あ、俺と手を繋ぐのが嬉しいんだ」って勘違いしちゃうからね?

 

 と、そこまで思って踏みとどまる。俺の捻くれた考えでは、非リアの方が優秀なんだ。そう結論付けたじゃないか。それに、今まで何人の男が、勘違いで爆散していったと思う? 数え切れないほどいるだろう。俺は学べる人間だ。勘違いで爆散などという馬鹿げた理由で傷を負いたくない。

 

 いるんだよな、絶対に。告白失敗した時に、翌日学校に行ったら何故かそれが広まっていることが。俺じゃないが。俺はまだ初恋も経験していない。物心がついた頃には、既に捻くれた根性になっていて、恋愛どころか友愛もありませんでしたとさ。ぐすん。

 

 ラッコの次は、アザラシへ。えっと、ゴマフアザラシ、という種類のアザラシらしい。俺、最初このアザラシを、『ゴマフ』アザラシじゃなくて『ゴマ』アザラシだと思ってたんだよね。食べ物みたいで覚えやすいって思ってたら、間違えてるっていう。恥ずかしっ!

 

 もふもふしてる白いのは、赤ちゃんらしい。じゃあ、あれは赤ちゃんなのか。え~っと……あれだ、あれ。ゲームに出てきた……

 

「あ、そうそう。リズム天国のコロコロ探検隊だわ」

「あ~、あれもアザラシだったね。意外に楽しいやつだよね、あれ」

「そうだよな――って、通じるのか?」

 

 正直、意外だったのは、小鳥遊に通じたことだ。ゲームとかするのか。意外だった、ホントに。しない方の人間かと思っていた。偏見だったか。話も合いそうだ。

 

「うん。でも、私はタマザラシの方が好きかな?」

「おぉ、ポケモンの。で、その心は?」

「可愛いし、努力値を上手く振ったら、クレセリアに勝てなくもない」

 

 は……!? お、おいおい、努力値って、え? マジで? 俺もポケモンはガチ勢とも言えないくらいなのだが、努力値振りくらいはしている。あと、厳選も。これは話が弾むぞおい。いやぁ、これは意外な収穫だった。しゅうかくと言えば、ナッシーだよね。てか、クレセリア勝てんの? 勝てなさそうだが。輝石にも限界あんだろ。

 

「え、そうなの? 勝てるとは思えないけど」

「うん、単体だと難しい。けど、ガブリアスと組めばいけるかもね。相手も、タマザラシ選出は考えないでしょ? 特殊受けだよ。ヌメルゴンよりも弱いけど、さっき言ったように、タマザラシは予想できないから、仮想敵と戦えやすい」

 

 な、なるほど……誘うのか。そらそうだ。罠があると考えるか、完全にネタだと思うかだろうな。てか、六匹の枠の中からタマザラシが一枠を占めるとか、異色だろ。何気に、ガブリアスとタマザラシのタイプ相性がいいという。

 

「……正直、意外だった。小鳥遊の知らない一面を知れてよかったよ」

「あ……そ、そう。ありが、とう?」

 

 なにそれ可愛い。タマザラシみたい。コロコロ転がってそう。どんな顔だよ。ま、それだけ愛くるしいってやつだ。

 

 

 

 最後に、一階に戻って出口へ。と、その前に。筒状になったガラス張りの道を通り、泳ぐ魚を全方向で見るという、竜宮城ゾーンが。たくさんの魚が四方八方で、軽快に泳いでいく様を見ていると、今から竜宮城へ行くのではと錯覚させる。薄暗い道の中、弱めの光が差し込んでいて、かなり神秘的・幻想的だった。

 

 何故かここには人がいなかった。俺達以外には。神秘的・幻想的が加速していく中、海の中を通っていく。お互いの顔も、じっくりと見ないと表情がわからない程暗い。そのため、つい意識してしまうのだ。隣の美少女を。手が繋がれた先の少女を。

 

 でも、それも一瞬だった。神々(こうごう)しいの一言に尽きた。俺には、小鳥遊があの大水槽の時と同じように見えた。女神みたいな美しさ――いや、女神そのもの。慈愛が溢れている、優しげな笑顔。魚よりも、小鳥遊に見惚れてしまう。

 

「……ホント、綺麗なんだね」

「そうだな。……楽しそう、だったか?」

「そうそう。楽しそう」

 

 小鳥遊の笑顔が、声に出る。神々しさはどこか欠けてしまったが、瀟洒(しょうしゃ)、という言葉が似合っていた。

 

 揺らめく幻想の中、足元さえも不安定な道を、二人で手を繋いだまま進んで行くと思っていた。けれど。俺の想像のさらに一歩先を行く出来事が起きた。

 

 俺の腕に、小鳥遊が抱きついた。少しだけだ。手は繋いだままだし、正直あまり変わらないようにも見える。しかし、それは第三者からの目線だ。俺と小鳥遊からしたら、大きな変化。俺が多少驚きつつ隣を見ると、小鳥遊と目が合った。数秒とも数十秒とも思える時間、見つめ合っていた。

 

「ぁっ……少しだけ、いいかな……?」

「あ、あぁ、いい、ぞ」

 

 ぎこちない。ただひたすらに。お互いそうだ。初々しいと言えば、聞こえは良いだろう。いつもの俺だったら、情けないの一言が頭に浮かんだだろう。けれど俺は、この場は、初々しいをとった。今日の俺は、いつもとはまるで違う。どうしたのだろうかと、自分でも不思議に思う。しかし、答えが出てこない。

 

 道を進んで行くにつれて、密着度も高くなっていた。段々と腕に腕が絡まり、思い切り密着してしまっている。そして、やわらかいものもヒット・アンド・アウェイどころか、連続ヒットしまくり。そして心臓もバックバク。悲しいかな、俺は男なんだよ。

 

 

 魚を見ることも忘れ、腕に注意が集まったままゾーンを抜けた。おい。ここ水族館、魚見るとこだぞ。いや、仕方ないやん。ゾーンを抜けた俺達は、ショップエリアに行って、お土産的な何かを。どれにしようかな~っと。

 

「あ、これ可愛い!」

 

 小鳥遊がそう言って手に取ったのは、ラッコのストラップ。マスコットの丸っこい、可愛いやつだ。それを三つ手に取った。……三つ? 俺はというと、イルカのぬいぐるみにした。吹雪、俺、……あと、小鳥遊にやるか。ということで、俺も三つ。そこまで意外なことじゃなかったか。

 

 精算を済ませて、ショップエリアを出る。あとはもう帰るだけだが、もう少しゆっくりして帰ろうか。

 

「小鳥遊。飲み物買ってくるが、何がいい?」

「ん~……サイダーがいいな。お願いしていい?」

「あぁ。行ってくるよ」

 

 自動販売機まで歩いて、お金を入れてサイダーとコーラのボタンを押す。それぞれのペットボトルが落ちてくるのを待つ。落下音が聞こえたら手早く回収して、小鳥遊の元へ。ここまでに五分程かかっただろうか。

 

 出口付近で待っている小鳥遊の元へ戻る。しかし……小鳥遊がいない。

 

「あ、あれ……?」

 

 しばらく見回して、外で小鳥遊を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()

 

「はぁっ!?」

 

 い、いやいや、さすがに二重のデートはない……よな? そして、気づく。

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……

 

 …………

 

 なるほど、ナンパかよ。三人組は……見たことがある。しかも、つい最近。最近も最近だ。

 

 あのチャラそうな三人組だ。イルカショーにいた、あいつら。

 

 なんだろうか、不思議と殺意が湧いてくるんだが。少なくとも、ここ最近で一番頭に来ているかもしれない。愛原・降旗の時も頭に来たが、それ以上に。殺意のような、ドス黒い怒りの感情が、もう爆発しそうなんだが。

 

 で、周りのやつらにも呆れる。なんで止めようとしねぇんだよ。嫌がってんのは誰が見てもわかるだろ。さすが人間。他人となると薄情になる、都合のいい生き物だ。

 

 さて、俺はどうしようか? 決まっている。最初から選択肢は一つだ。

 

 俺は外に出て、小鳥遊の手を乱暴に引いている一人の男の腕を、思い切り掴んだ。

 

「いっ……! てめえ、なにしやが――!」

「あっ、柊く――!」

 

 小鳥遊と男の言葉が、途中で途切れた。それは多分、恐怖だろう。俺は元々、目つきが悪い。それが、怒りの感情で爆発しそうになっている人間だったら。それはもう、かなり怖めに睨んでいることだろう。自分でもわかる。こんなに敵意むき出しで睨んだことは、人生で初めてなんじゃないか。

 

「……おい。お前らこそ何してんだよ。離れろよ」

 

 あくまでも冷静である口調で。しかし、顔は怒りで満ちていて。

 

「あぁ? いい度胸じゃねえかよ。やんのかおい!」

 

 腕を掴んでいた男が、今度は俺の胸倉を左腕で掴む。後ろの男二人はニヤニヤと。小鳥遊は恐怖の表情。しかし、俺は一般的な人間とは違う。これくらいで怯えるような性格をしていない。今まで、どれだけの人間から否定され、侮蔑され、嘲笑され、蔑まれてきたと思ってんだよ。

 

「やれるものならやってみろよ。正当防衛が成立するくらいには殴られたいものだなぁ?」

 

 逆に思い切り嘲笑い、狂気とも思える表情を顕在化して見せる。残念ながら、俺には周りという盾がある。こんなところで殴れば、少しは騒ぎが起きるし、それは相手もわかっているはず――

 

「あぁ、そうかよ。じゃあ遠慮なく――!」

 

 え、ちょ、待って。周りに人が――ドズッ、と。

 

「がはぁっ……!」

「柊君!」

 

 人がいるのに、お構いなしで俺に腹パン。いてぇ、めちゃめちゃいてぇよ……! かっこ悪い、かっこ悪すぎる、俺……! いや、まだ挽回できる。このままあと少し殴られれば、正当防衛成立だろ。証人は小鳥遊と周り。

 

 ……あっ、正当防衛が成立しても、俺じゃ三人相手に勝てねぇ。気付いて気付かないフリを決行することに。

 

「……はっ! もう終わりかよ……? 威勢だけか。それじゃあ何もできねぇ弱い人間なだけだな?」

「ひ、柊君! もうやめて!」

 

 小鳥遊の悲鳴にも似た声が飛ぶ。おいおい、なんで小鳥遊が泣きそうな顔になってんだよ。泣くの、普通俺だろ。と、いうことで。当然やめるはずもなく。

 

「弱いなら弱いなりに、小さく縮こまってろよ。あぁ?」

「てめぇ、言わせておけば――!」

 

 そう言って、男が手を上げる。あぁ、痛そうだなぁ。自分で言った手前、避けられない。てか、避けさせてもらえない。

 

「さ、さすがにこれ以上はまずい! やめとけ!」

 

 と、後ろの男の一人が叫ぶ。ようやく気付いたかよ。周りが少しざわついていることに。てか、なんで気付かないんだよ。殴られ損だろ。

 

「……ちぃっ!」

 

 男が乱暴に、放り投げるようにして俺を下ろした。重力に逆らわず、投げ飛ばされたことを強するかのように尻餅をつく。やがて男達は逃げていき、通報する者もいない。全く、ここまで薄情だとは思っていなかった。まだ俺も捻くれ具合は足りなかったようだ。これ以上捻くれてどうする。

 

「柊君! 大丈夫? 痛くない!?」

 

 小鳥遊が血相を変えて俺に近づく。涙が目に浮かんで、今にも流れてしまいそうだ。

 

「……大丈夫だ。ほら、サイダー。取り敢えず、帰ろうか」

「う、うん……」

 

 元々帰ろうとしていたので、予定に全く問題はない。俺が小鳥遊の腕を引いて、小鳥遊は俺の腕に引かれて。俺が何より嬉しかったのは、俺が小鳥遊の腕を引いた時に、拒絶されなかったことだ。少なくとも、あの男よりは上。それだけで、お腹に残り続ける鈍痛も、一瞬で引いていった。

 

 

 

 電車に揺られながら、小鳥遊から威圧的な質問を受けていた。ええ、わかってますよ。尋問ですよ。拷問じゃなくて本当によかった。俺にも人権はある模様。自由権、身体の自由。にしては俺には精神の自由がない気がしてならない。

 

「で、なんであんなことしたの」

 

 あ、あれ~……小鳥遊さん、なんでそんなに怒ってるんですかね。

 

「柊君が傷付いたからに決まってるでしょ!」

「なんで考えてることがわかったんだよ」

 

 エスパーってすごい。てか、怒ってる小鳥遊も可愛い。怒られてる自覚がなくなってしまう。むしろ自分から怒られにいくレベル。こんなに可愛いエスパーがいるとは。あんなことやこんなことを考えてたらまずいな。でも、妄想は進んで行くのだ。

 

「本当に殴るとは思ってなかったんだよ。ま、小鳥遊が無事でよかったよ」

「……なんで、そんなこと言っちゃうのさ」

 

 少ししょんぼりとして、サイダーを飲みながら小鳥遊が言う。その姿も可愛い。俺がさっき言ったことは、本心だ。小鳥遊に何かされるよりも、俺がされた方がいい。デートなんだから、少しはかっこつけたいものだ。それよりも。両手で飲む仕草に俺が死んでしまいそう。

 

「いや、元々俺が小鳥遊を置いてったのが悪いんだ。ああなることは予想できないわけじゃなかったはずなのにな」

 

 小鳥遊の容姿は完璧。これに尽きる。理想をそのまま具現化させたような感じだ。だからこそ、周りの目に気を付ける必要があった。完全に、俺のミス。失敗。

 

「それに、俺なんかで代わりになるなら――」

 

 そこまで言って、小鳥遊の人差し指が、俺の口に当てられた。おぉ、なにこの萌えるシチュエーション。そう思ったけれど、小鳥遊の目も顔も笑ってない。むしろさっきより怒ってる。

 

「……また『なんか』って言った。それは言っちゃダメ」

「わ、わかったから。でも……本当にごめん。せっかくのデートだったのにな」

 

 俺は、謝ることしかできない。どうにもならない。俺にできることは、これくらいしかない。

 

「いや……私も、ごめんね。怖くて、何もできなかった。柊君も怖くて、痛かったのに……!」

 

 小鳥遊の目に、また涙が浮かび始める。知っての通り、俺は泣かれると弱い。どう励ませばいいのかわからない。だけど、今できることはしたい。それが、俺のために泣いているのなら、尚更だ。

 

「いいんだよ。そうやって悲しんでくれる人間がいてくれるだけで」

 

 そう、俺はいつもぼっち。いかなる場合でも、いかなる時でもぼっちを貫いてきた。どんなに悲劇的な結果でも、自分独りで受け止めてきた。それを、悲しんでくれる人間がいる。実際、嬉しいものだ。

 

「それに、俺は今日楽しかったし、気にしてない。そんなこと気にしてたら、ぼっちはやってけねぇよ」

 

 皮肉を込めて、笑顔を見せる。残念ながら、俺にはこれくらいしかできないのだ。何か気の利く言葉を返すことも、優しい行動をとって配慮することもできない。だから、せめて。

 

「ぁ、っ……ふふっ、最近は私がいるからぼっちじゃないね。それに……」

 

 小鳥遊の顔に笑顔が戻って、そこで言葉を一回切った。そして、俺の右手に、彼女の左手が重なって、繋がれた。

 

「私も、今日は楽しかったよ。ありがとう、柊君!」

 

 彼女の笑顔は、頬は、夕焼けによって赤く染まっていた。




ありがとうございました!

今回は珍しく短めのタイトルでした。
捻くれた要素もないという。

さて、頬が赤く染まっていたそうですね。
ホントに、夕焼けなんでしょうかね?

ではでは!


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第11話 柊誠は、水面下で怒っているのだ

どうも、狼々です!

今回も捻くれ要素なしです。
代わりに、音葉ちゃんの恋愛視点があります。

では、本編どうぞ!


 家に帰宅して、俺はある物を見つめていた。それは、ラッコのストラップだ。これは、別れ際に小鳥遊から貰った物だ。曰く、「同じ物を持っていたい」だそうだ。驚いた。俺も同じことを考えていたのだから。それと同時に、俺もイルカのぬいぐるみを渡した。その時に、「柊君がぬいぐるみって、なんか可愛いね!」と笑顔で言われた。何度も言うが、俺は小鳥遊がそう言うのが可愛いと思うのだ。

 

 それで、俺は今どうしようか悩んでいる。このストラップとぬいぐるみについて。これらをどうしようか、と。個人的には付けていきたい気分だ。どれに付けようか。……あ、通学用バッグ。それだ、それに付けていこうそうしよう。

 

 少しだけ意気揚々になりながら、ストラップとぬいぐるみをバッグに付けにいこうとして、スマホに電話がかかってきた。はいはい吹雪ですね。

 

「もしもし、どうした吹雪」

「どうだい? デートは上手くいったかい?」

 

 上手くいったか、と言われれば、上手くいっただろう。あのDQN三人組はノーカウントだろ。一方的に被害を(こうむ)っただけなのだ。俺にも小鳥遊にも問題はないはずだ。問題はあいつら、特にあいつらの頭に問題がある。

 

「言わずもがなだよ」

「え、失敗したの? 一体何したのさ」

「おい。何で成功の選択肢が消えてんだよ。俺が失敗するのが当たり前って言いたいのか?」

 

 そう言ったのはいいものの、自分でも出発前は失敗するとしか考えてなかったな。今回のデートで、俺の女性に対するコミュニケーション能力が昇華したとも言えるだろう。そう、俺は最底辺にいるから、後は上がるだけなのだ。

 

「ごめんごめん。正直に言うと、失敗するかもとは思ったよ」

「そこは正直になるなよ。お世辞でも言ってくれ」

「誠には逆効果でしょ。すぐに捻くれた考えになるんだもの」

 

 それもそうですね。

 

「はいはい。そうですよ。で、何が言いたい?」

「お疲れ様ってだけ。上手くいったようだし、おめでとう。それじゃ」

 

 そう言って、吹雪が電話を切った。あいつは、いまいち考えていることが読めない。的外れだったり、早計なことを考えているように見えて、正鵠(せいこく)を射た発言をする。琴線に触れるような発言も、時々だがある。俺の夢に出てきた少女の名前について、吹雪に相談した時とかはそうだった。

 

 あれこれ考えても、結局のところはわからない。不思議なやつ、という認識で十分なのだろう。そう結論付けて、ストラップとぬいぐるみを通学用バッグにくくりつける。

 

 

 ……月曜日、小鳥遊も同じことをして、とうとうクラスメートから声が上がったのは、言うまでもない。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 今日は、柊君とより仲良くなれた気がする。それに、ストラップとぬいぐるみの交換みたいなこともできたし。考えることが、同じなのかな? 取り敢えず、これらは通学用バッグに付けることは確定している。それほど、嬉しかった。

 

 それに……彼から、手を繋ごうとしてくれた。少し戸惑ったけれど、それ以上に嬉しかった。前も、あんな風に手を差し伸べてくれたものだ。もしかしたら、覚えているんじゃないだろうか。そう思うけれど、どうにもその様子が見られない。

 

 自分の手を見つめていると、まだ手に彼の暖かさが残っているように感じて、頬が緩んでしまう。最後は、ちょっと腕を組んでみたけれど、嫌がられなかった。それも、ちょっと嬉しかった。そして、焦っているのを隠そうとしようにも、バレバレだったのは可愛かった。つい思い出して、くすりと笑ってしまう。

 

「早く、月曜日にならないかなぁ……」

 

 そうすれば、昼休みに彼に会えるのに。意外と、あの時間が心地よかったりする。吹雪君と茜ちゃんも呼んでみようかな? 柊君の友達の吹雪君も、面白そう。

 

 いつもの彼からは、あまり見られない一面も見られた。最後に、私が男の人に手を引かれた時。彼が飛んできてくれた。目はとても怖かったけれど、私のために怒っているんだと思うと、やっぱり嬉しかった。でも、自分が身代わりになろうとするところは、少し嫌い。自己犠牲って言うのかな?

 

 柊君が傷付くと、私も同じくらい心が傷付く。電車の中では、彼に怒ってしまいそうになった。そしたら、いきなり私が無事でよかった、なんて言い出した。さらには、笑顔まで浮かべて……ちょっと、それはズルいと思う。

 

「そんなことをされたら、もっと柊君のことを――」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 もう合宿まで、あと一日。つまり、前日。その間に、実行委員やら係やらなんやらを決めた。ちなみに、俺と小鳥遊はキャンプファイヤーの準備の係に入った。彼女が実行委員に入らなかったのが少し意外だったが、彼女曰く、「まだ慣れてないから」だそうだ。ま、そらそうだ。

 

 キャンプファイヤーは、二泊三日の日程の内、二日目に行われる行事だ。

 

 で、問題はそのキャンプファイヤー準備係を決める時だった。片岡先生も困り果てていた。

 

 

 

 

「はい、じゃあもう一人、男子のキャンプファイヤー係、やりたい奴は手を――」

 

 

 

 

「「「はぁぁぁぁぁあああああいい!」」」

 

 恐らく、ほぼ全男子が手を挙げただろう。椅子を倒して、立ち上がっている者までいる。教室に反響する大声。それに驚愕するのは、俺、吹雪、片岡先生、そして全女子。勿論、小鳥遊も。小鳥遊からしてみれば、一種の恐怖にもなるんじゃなかろうか。……ま、一応俺も静かに手を挙げるけどさ。キャンプファイヤー係、楽そうなんだよね。

 

「お、おう……この中から決めるのか……小鳥遊、お前がやりやすそうな相手は誰だ?」

「柊君です」

 

 ですよね~。こうなると思ってた。しかも即答。

 

「「「くそぉぉぉおおおおお!  あぁぁぁあぁあ!」」」

 

 ……こうなるとも思ってた。そして突き刺さる、俺への嫉妬。ま、まぁ見方を変えれば、それだけ俺が恵まれてるってことだ、うん。そして、こんな女子の囁き声が聞こえてきたのだ。

 

「ねえ知ってる? 小鳥遊と柊、もう付き合ってるらしいよ」

「そうそう、キスもして、家まで連れ込んだって話も聞いたよ!」

 

 おい、そこの豆しば系女子よ。根も葉もない噂が独り歩きしてますようですねぇ? 二つ目のやつは本当に問題になりかねないからやめろ。連れ込んだって言い方に悪意しか感じない。小鳥遊は小鳥遊で、苦笑いしかできていない。

 

 で、俺が見逃すと思ったかい、吹雪。俺が手を挙げたこと、面白がって笑ってるんだろ? 肩が震えてるぞ、おい。そんなことで笑えるなんて、どんだけおめでたいんだよ。

 

 

 

 

 

 と、いうことがあった。今はそのキャンプファイヤー係で集まって、会議中。ちなみに、この時間が終われば放課後。これほど楽なことはない。のだが……。

 

「じゃあ、キャンプファイヤーは、フォークダンスをするってことでいいかな?」

 

 司会進行が、今回の会議で決定したことを述べた。キャンプファイヤー自体あまり会議する題目もないのだが、このフォークダンス。これが難関なのだ。どうやって乗り越えよう。小鳥遊と踊る可能性も考えた。いや、考えてもいいと思うのだ。けど、さすがに学校の皆が見ている中、手を繋いで密着なんてしないだろう。

 

 幸いなことに、フォークダンスは相手を自分から探せる制度だ。なので、隅の方で静かにしているだけでいい。一番良いのは、フォークダンス自体の喪失。けれど、それを推すいい案がない。無策に反論しても、『反論がないならこのままでいいよね?』と返されて終わり。残念ながら、それはできなかった。

 

 フォークダンス実施が決定した直後、チャイムが鳴って、会議は解散となった。このチャイムの音、ちゃんとした名前があるらしい。『ウェストミンスターの鐘』だった気がする。それも、イギリスのビッグベンの鐘の。なんで日本でポピュラーに使われてるんだろうな。イギリスなのに。

 

 

 

 

 

「あぁ~……どうするかな~」

 

 俺は帰宅して一人、頭を抱えていた。降旗と愛原に、どうしても仕返しがしたい。こっちだけやられっぱなし、なんて(しゃく)(さわ)る。俺の美学に反する。あの汚い美学ね。仕返しをするのはいい。ただ、どうにも上手くいきそうにない。それは、合宿の日程にあった。

 

 

 一日目 長崎にバスで移動して、その間はレクリエーション。到着後は平和学習を行うため、被爆体験者のお話を聞き、その感想を書いて、昼食。それが終わったら、被爆・戦争関係の展示館に行って、レポートまとめ。最後に、ホテルに行って次の日の打ち合わせなどの会議の後、夕食。この中で班行動なのは、展示館を回る時のみ。

 

 二日目 観光を目的として、動物園・水族館・美術館や博物館など、班で決めた好きなところを回る活動。昼食は各班で好きな場所で好きなものを取る。その後、龍踊りの体験をして、ホテルに戻り、会議の後夕食。そして、外に出てキャンプファイヤー。フォークダンスだけでなく、レクリエーションもある。班行動は、観光のみ。しかしその時間が長い。

 

 三日目 長崎バイオパークに行って、動物を見るなり、遊園地で遊ぶなり、足湯に浸かるなりして、昼食の後、福岡に帰ってくる。バイオパークでは、班行動というよりも、自由行動が主だ。一人もよし、複数もよし、班のままもよし。

 

 

「……はぁ~」

 

 簡単に言えばこんな感じだが、殆ど無理ゲーだ。班行動が少なすぎる。いや、そう言うと語弊があるか。班行動の中でも、あの二人が()()()()()()()()時間が少なすぎるのだ。

 

 逆に、あの二人がボロを出さないのはどういう時かと言うと、周りの目が少ない時。これに限る。被害者面をするために、周りの目がある場所では、到底ボロは出さないだろう。俺から仕掛けても、あいつらを叩きのめせる自信がない。圧倒的優位に立って、相手に正論であることを受け入れさせる。

 

 できれば、あいつらは泣かせたいな。同じことをしてもらおう。追い詰めて、追い詰めて。心の余裕をなくしたところを、崩す。躱させず、脆い盾を出せれば、こちらの勝ち。それを破るなんて、俺には楽勝すぎる。

 

 あいつらには、適当に最低なことを言い続ければ大丈夫。ただ、タイミングが重要になる。ボロを出すかつ、()()()()()()()()()()()()()だろう。小鳥遊のことだから、俺がこんなことをしようとしたら、止めるに決まっている。だから、小鳥遊に悟られないようにやる。

 

 隠密作戦だ。たった一人で、孤独のミッション。孤独に関しては、俺はプロフェッショナルだ。これくらいできなければ、真のぼっちとは言えない。俺の名誉にも関わる。

 

 ――それに、これで彼女が救われるなら――。

 

「……夕食、作るか」

 

 

 

 

 小鳥の(さえず)りが聞こえてきそうな清々しい朝。昨日は、夕食を食べ終わって、荷物の確認をした後、すぐ寝てしまった。なので、睡眠時間は文句なし。目も冴えている……というわけではないな。俺の目は常に濁ってんだろ。あと心も。しかし、いい案は思いつかないままだった。このままではまずい。移動時間にでも考えるか。

 

 手早く準備を終え、玄関を出る。小鳥遊を待って、学校へ。

 

「今日は合宿だね~。……楽しくなりそうだね?」

「あぁ、ホントだな。あの班じゃなければな」

「あ~……だから、もういいんだって。私は」

 

 いや、小鳥遊がよくても俺にとってはよくないんだが。腹立たしい。一矢報いるどころか、矢を持ってる分全部突き刺してやりたい。俺は、一人静かに水面下で怒っているのだ。報復については、俺のみが知っているからな。静かに怒る。

 

 

 

 

 学校に着いて、皆が校庭に整列を始めている。今日は教室には上がらないので、遅れたわけではない。俺と小鳥遊も列に並ぶ。実行委員がそれぞれのクラスの点呼をする。うちのクラスの実行委員は、案の定というか、黒宮。爽やかな点呼だなー。

 

 点呼も終了し、注意事項や他諸々の話が終わった後、バスに乗り込む。クーラーが効いていて、少し蒸し暑い空気を吹き飛ばす。涼しさに気持ちよさを感じながら、予め決めておいた座席にならって座っていく。班ごとにある程度固まっていて、横の人は必ず異性になるようになっている。

 

 まぁ……当然かの如く、俺の隣は小鳥遊。皆からの視線は軽くいなす。この技を習得した俺に、もう敵はないな。でも、小鳥遊は強敵。バスの席って、意外に左右が近いんだよね。それより、吹雪のコミュニケーション能力に驚き。降旗の方と隣なのだが、普通に会話している。なんだ、強くあたるのは俺にだけか。おいこら。

 

 全員が着席してから、車窓から見える外の風景がスクロールし始める。バスの微弱な揺れを感じながら、頭を回転させる。さぁ、合宿の始まりだ。




ありがとうございました!

合宿では、二人の視点を交互に書きたいです。
けれども、どうしても誠君視点が増えてしまう。

取り敢えず、この話で第1章は終了にしようと思います。
合宿編からは、第2章ということで。
なんとか第12話から合宿編スタートできそうです。

ではでは!


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第2章 恋愛とは、それぞれの自己満足である。
第12話 非道徳的があるからこそ、道徳的がある


どうも、狼々です!

今回から第2章ということです。
正直、合宿編は何話続くかわかりません。

恐らくですが、合宿編は捻くれ要素が少なくなります。

この作品のお気に入りが100にいきました! ありがとうございます!

では、本編どうぞ!


 バスの中で、早速レクリエーション係のマイクで拡声された声が響き渡る。どうやら、なぞなぞをやるらしい。が、俺はそんな遊びに付き合っている暇はない。早く計画を練らなければならないのだ。班行動の時が一番やりやすいだろうということはわかる。けど、早い方がいいのかどうかがわからん。

 

 早い内に無力化して、小鳥遊にしたことを悔いさせるか、遅めまで十分に計画的な行動を考えるべきか。まぁ、なんとかなるか。タイミングさえ間違わなければ、俺が勝てるはずだ。

 

「さぁ、まず第一問! 中は怖くて、外は怖くないもの、な~んだ?」

 

 なぞなぞの第一問が出題される。なんだ、この簡単すぎる問題は。暇はないんじゃなかったのかよ。

 

「はっ、簡単すぎるな」

「え、早いね。なんなの?」

 

 隣の小鳥遊が、こちらを見て驚いている。まぁ、そうだろうな。まず一般の感性を持つ者には解けまい。俺専用に出題されたなぞなぞ、と言っても過言ではないだろう。

 

「決まってんだろ、人間だよ。中の心は怖くても、外面は怖くないように振る舞う。ほら、当たってんだろ?」

「あ、なるほどね。というか、相変わらずの捻くれ具合だね」

 

 小鳥遊が呆れた顔で、ジト目をしながら言う。あ、その表情もいいね。可愛い。美少女のジト目って、特有の魅力があるよね。

 

「はい! お化け屋敷じゃない?」

「正解!」

 

 クラスメートの一人が、手を挙げて答え、正解をもらう。

 

「違ったんだけど、どうなの柊君?」

「いや、これ以上の正解もないだろ。俺の方がパーフェクトだ」

 

 小鳥遊が、今度は意地悪な笑みを浮かべて言う。あ~、その表情もいいな。純粋な笑顔もいいけど、こういう子供っぽい笑顔も中々そそるものがある。結果、何しても可愛い。

 

「じゃあ、第二問! 曲がっているけど、本当は真っ直ぐなもの、な~んだ?」

 

 なんだこの問題は。わけがわからん。曲がってたら曲がってるのが本当だろ。

 

「……あ、私わかったよ。これは簡単だね、ふふっ」

「いや……俺にはわからん。で、なんなんだ?」

 

 そう言うと、少し胸を張って、笑顔で言う。その胸を張るのは、中々ですね。今はもう既に夏服で、小鳥遊の胸が大きく出ている。ブレザー等の、視界を塞ぐものはなし。目のやり場に困る。

 

「それはね、柊君だよ。曲がってて捻くれてるけど、本当は真っ直ぐで誠実」

「それは違うだろ。あ、いや、そうでもないかな? 曲がりすぎて一周して、結局は真っ直ぐになってるかもな?」

 

 俺もさっきの小鳥遊と同じように、意地悪に笑ってみせる。そう、俺は捻くれすぎた。だから、曲がるどころか一回転。そして元に戻るという。

 

「いやいや、面白い考えだけど、私は本来の意味でそう言ってるの」

 

 笑顔と共に言うと、小鳥遊は笑顔を保ったまま会話を終える。

 

 

 ……やっぱり、わからない。

 

 

 

 

 長い時間、高速道路を使ってバスで移動して、長崎に着いた。その間、本を読んだり、小鳥遊と話したり、外の景色を眺めたりしていた。そうしながら、どう泣かせようか考えていたのだが、全く思いつかん。対策を講じてはいるものの、小鳥遊が席を外す理由がないといけない。ないとしても、幾重にも重なる偶然がないといけない。どうしたものか。

 

 バスから降りて、日差しが容赦なく降り注がれる。雲一つない爽やかな快晴。晴れ渡った青空だ。バスの中のクーラーが恋しくなる。半袖とはいえ、やはり暑い。中学の頃は、バスケットボール部に入っていた俺でも、今では運動不足。この天候の中で歩くのは、きついものがある。

 

 そう、俺がバスケットボール部だったのだ。自分でも信じられない。それも、一応スタメンだった。シュートも入れていた。一応な、一応。以前、吹雪にこのことを話したら、「え、冗談? もっとマシな冗談にした方が騙せるよ?」とか言われた。許さん。言い方もうちょっとどうにかならなかったのかよ。

 

 

 

 長崎原爆資料館について、ビデオルームで原爆に関するビデオを見た後、被爆体験者のお話。それを聞き終わって、今は資料館で展示されているものを見て回っている。見ていて、身が引き締まる思いになる。どの展示物も悲惨さを物語っていて、当時の状況が爪痕を深く残している。

 

 溶けたガラス瓶や11時2分で止まった振り子時計、浦上天主堂の側壁の再現造形に、泡立った瓦等、依然として残っている物や、学校や神社等の建物被災写真からは、当時の惨状を、残された資料からは、夭折(ようせつ)された方がいらっしゃることや、被爆者の数等がわかった。

 

 こういうものを見ると、俺は人一倍悲しくなる。人によって、人が傷つけられる。これを、いつも体験する側になっているからだ。規模こそ小さいので、自分で思っていて、こういうことを言葉にしていいのかわからない。そんな資格はないかもしれない。被爆体験者の方から、お前のような奴が何を言っているんだ、体験していないからそんなことが言えるんだ、と思われたり、言われたりするかもしれない。

 

 けれど、それでも俺は思いたい。根源が同じなのだ。心に訴えかけるものを、より感じられる。人同士の争いが、どれだけ痛く、苦しいものなのかが。人の醜い部分の権化(ごんげ)が、悪辣非道を形成し、人を崩壊させる。それを、俺は小規模でだが、嫌という程知っているのだ。だから、戦争を軽視する人間には、なりたくもないし、なろうとしてもできないのだろう。

 

 非道徳的があるからこそ、道徳的がある。道徳に反することがなければ、こうして学ぶ必要もない。けれど、今はそれを学んでいる。それは、それが必要であるから。同じ(てつ)を踏むようなことがないように、という時代を越えたメッセージ。それの意味を、理解しない人間がいる。俺だけでも、そうはならないようにしようと、心に深く刻み込んだ。

 

「……柊君? 大丈夫?」

「え? あ、あぁ。すまないな」

 

 隣に小鳥遊がいることも忘れていた。ほぼ班行動を崩して、俺、吹雪、小鳥遊と黒宮、愛原、降旗の二つに別れてしまっている。これはもう今日のところは諦めるかな。ちなみに、班長は実行委員である黒宮が引き受けることになっている。そういうルールなのだそうだ。

 

 さて、俺は人を傷付けることはあまりしたくない。けれど、泣かせるくらいに悲しかった、小鳥遊はどうなる。同じだけの悲しみを味わってもらわないとな。そうじゃないと、ずっとその痛みを知らないままになってしまう。なるほど、俺が思いの外躍起(やっき)になっているのは、そういうことか。まぁ、正直愛原と降旗はどうでもいい。小鳥遊が可哀想だ。

 

 ……で、それ以上に気になっていることがあるんですよ、はい。

 

「で、どうして()()()()()()()()()んだ?」

「あ、やっぱり気になる?」

 

 小鳥遊と仲のいい、久那沢がここにいる。別の班なのにも関わらず。その「ふふん」、みたいな顔をやめい。小さい体格の子がしたら、幼女にしか思われないから。まだ身長があるからいいものの、もう少し低かったら完全に幼女。顔も童顔な感じだし。

 

「あのね、昨日班をばらされたんだ。で、私がここに来たの。片岡先生から聞いてなかったの?」

「いや全然全く微塵も聞いてない。小鳥遊と吹雪はどうだ?」

 

 小鳥遊と吹雪が同じように首を横に振る。片岡先生、貴方のその気遣いは正解なのだろう。ギスギスしている小鳥遊と例の二人組だけじゃまずいと思って、久那沢入れたんだろ? たださぁ、俺らにくらい言ってもよくね? 言わないとダメでしょ。観光とかどこに行くのかわかんないじゃん。え、ってことは、予定とかも全部ばらしたのかよ。

 

「と、いうわけで。一緒の班だから、よろしくね~」

「あぁ、よろしく、久那沢」

 

 俺がそう言うと、久那沢がまたあの幼女顔をしてきた。それ結構可愛いから困るんだけど。小鳥遊が可愛すぎるからあまり目立たないが、久那沢もかなり可愛い方だ。噂を聞くと、小鳥遊と人気を二分しているんだとか。小鳥遊は清楚系豊満好きから、久那沢は若干ロリコン寄りの生徒から支持を受けている。その二人が同じ三組なのは、意外にすごいんじゃないかと思う。

 

 久那沢は小さな体格をしている。なので、出るところは小鳥遊に比べて出ていない。少しあるかな? ってくらい。つまり貧乳。いや、小鳥遊が平均より大きすぎなのだ。俺的には、巨乳でも貧乳でもいいけど。それよか、選べる立場の人間でもないしね。

 

「ふっふっふ~、私と誠の仲じゃない? 久那沢じゃなくて、茜でいいよ?」

「いや、話したの自己紹介以来だろ。二回目だろ」

「あれだよ、言葉の綾ってやつだよ」

「綾とかじゃねぇだろ、それ。単純に間違いだわ」

 

 しかも久那沢は俺の下の名前で呼んでるし。別に名前の呼び方くらいはどうでもいいのだが。まぁ、相手の希望に合わせるのが無難かつ楽だからな。後でなんやかんや言われることもないし。

 

「俺はどうでもいいよ、茜」

 

 俺がそう言うと、隣の小鳥遊が口を開こうとして閉じてを繰り返している。なんなんだ? どこか(せわ)しない様子だ。もじもじしているとまではいかないが、『戸惑っている』が一番近いだろうか?

 

「そうそう、それでよし。いい子だね~」

「俺は調教されてる動物か何かなのか? 主従関係が出来上がっちゃったの?」

 

 茜も頭を撫でようとしているが、背伸びして腕を伸ばしても届いてない。可愛い。時々ジャンプとかしてる。少し意地悪してやりたくもなったが、俺は少ししゃがんで、茜の手が届くように。

 

「お~、ありがと誠。よしよ~し」

 

 おぉ、自分より小さい女の子からナデナデされるとは、思ってもみなかった。急いで周りを確認したが、幸い目につかない場所だった。俺が殺されちまうぜ。てか、さっきから小鳥遊が物言いたげな素振りを見せている。どうしたし。

 

「はいはい、展示物見るぞ~。あんまり騒がしくしないで、しっかり見るんだ」

 

 そう言って、皆で(おもむろ)に歩き始める。しかし、まだ小鳥遊が小鼻を膨らませている。一体何があったし。さっきまでそんな様子は見せていなかった。このちょっと怒った顔もやっぱりいい。立ち止まって、小鳥遊に聞く。

 

「で、小鳥遊はどうしたんだ? さっきからずっとそんなになって」

「……別に~。何でもありませんよ~」

 

 小鳥遊はそう言いながら、すぐに歩き始める。足を止めていた俺が、すぐに抜かされる。あ、あれ? 俺、なんか悪いことしたか? それに、敬語で話してるし。見当もつかないんだが。追いつくために、俺も歩き始める。

 

 吹雪がわざわざこっちまで戻ってきた。そのニヤけるのをやめろ。吹雪は俺にだけ聞こえる声で、小さく言った。

 

「中々大変だね」

「わかってるなら助けろよ」

 

 吹雪の人格は知っている。俺が困ったりしている時は、助けないでそれを笑って見るような人格だと。たまには助けてほしいものだ。そうでなくとも、さすがに笑うのは止めてほしい。

 

「あれは俺にも無理だよ。今のは完全に誠が悪かった」

「いや、何もしてねぇだろ。名前呼びを強制されて、調教されて、不機嫌になられて。ほら、俺何もしてない」

 

 むしろ被害者なんだが。俺にどうこうできるようなことは何一つなかった。

 

「それだよ、それ。どうしてこうも……」

 

 吹雪が頭を抱えている。いや、この状況は普通俺が頭を抱える側だよね? 原因不明で一方的に被害を受けてる俺だよね?

 

「まぁ、どうしようもないね。精々頑張ることだね、誠」

 

 そう言って、再び元の場所に戻っていった。俺も吹雪についていき、小鳥遊の隣へ。小鳥遊の顔を横目で見るが、今度は寂しそうな顔をしている。この儚い感じも可愛いが、本当にどうしたのだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 茜ちゃんを、彼が名前で呼んだ。ちょっとだけ、寂しいというか、羨ましいというか……妬ましい? そんな感じがした。私の方が彼との距離は近い……はず。そうであると信じたいものだ。

 

 さらには、彼の頭を茜ちゃんが撫でていた。まぁ、それだけならよかったのだが、彼の顔が少し嬉しそうだった。発言はいつも通りだったけど、顔が緩んでた。私がやっても、そうなるのかな? で、でも、個人的には、撫でる側になるより、撫でられる側になりたいというか……

 

 やっぱり、私は嫉妬してるんだ。そのせいで、ちょっと彼につい冷たく、素っ気ない態度をとってしまった。少しだけ後悔している。嫌われてないかとか、心配になったりする。せっかくの合宿だから、少しくらいは仲良くなりたい。

 

 ……どうすればいいんだろう?




ありがとうございました!

合宿でどれだけ距離を近づかせようか。
悩みものです。

といっても、誠君がどれだけ音葉ちゃんを好きになれるかなんですが。
音葉ちゃんは……まぁ、予想できるでしょう。

ではでは!


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第13話 俺は上機嫌になど、なっていない

どうも、狼々です!

今回の前半は、いつもよりも会話文が少ないです。
さらに、説明的な文章が続くので、読むのが苦痛かもしれません。
ご了承ください。

では、本編どうぞ!


 長崎原爆資料館を出ると、もう既に日が傾いていた。今からホテルへ移動する。少しだけ涼しくなった外を通って、バスの中へ。昼間程ではないが、クーラーが効いている。涼風に当たりながら自分の席へ向かい、本を取り出す。小鳥遊が来るまで本を読んで、来たら本を閉じて小鳥遊と会話。他愛もない話でも、最近は少し面白く感じてきた。

 

 いつの間にか、小鳥遊の機嫌は良くなっていて、俺と小鳥遊は後ろにいた茜とも時々会話をする。後ろにいたのか、全然気付かなかった。時々頭を撫でられた。どうやら本格的に調教を始めるらしい。その度に小鳥遊の口が忙しなく動く。言いたいことがあるなら言えばいいのにな。

 

 

 

 そんなこんなで、結構大きなホテルへ到着。大きい荷物を持って入ると、その大きさがより感じられる。どうやらここは結婚式も行えるようで、それなりに豪華なつくりとなっている。中央には大きな噴水、天井にはシャンデリアがあり、この建物は、全部で四階ある。一階がここ、二階が諸々。詳しくはわからない。取り敢えず、出入りは禁止とのこと。三階・四階が宿泊施設となっていて、男子が四階、女子が三階を貸し切り。

 

 一階にある大浴場は男女交代で使い、食堂は今日の夕食、二日目の朝・夕食、三日間の朝食の、計四回訪れることになっている。俺は三階で小鳥遊と茜と別れ、俺と吹雪は四階に上がる。自分の使う部屋は事前に決められているので、それに沿って入室。一部屋につき、二班が宿泊する。

 

 扉を開けて中を見るが、ここの豪華さが部屋にもちゃんと現れており、ベッドが全員分用意されてある。布団を敷く必要はなし。皆が感嘆の声を上げ、我先にとベッドの場所を決め、ベッドに飛び込む者までいる。全く、いくら合宿だからといって、はしゃぎすぎではないだろうか。俺と吹雪、それに黒宮が落ち着いた段取りで荷物を置いて準備を進める。

 

「ははっ、おい、皆。少しはしゃぎすぎだぞ。早く用意をしないと、この後はすぐ夕食だからな?」

 

 黒宮が笑いながら注意し、準備を促すと、それに忠実に従って準備を始める。え、何その技。すげえ。黒宮のような爽やかで人望厚い人間だけが成せる技だというのか。カリスマってすげ~!

 

 全員が準備を終え、部屋を消灯。施錠を確認して食堂へ。施錠は本当は必要ないのだろうが、先生方曰く「一応貴重品もあるから」、とのこと。鍵は二班の班長どちらかに保管を任せる。この部屋は勿論黒宮。やはり、人間って平等じゃない。

 

 天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、なんて言葉を福沢諭吉が言ったが、これは本当なのだろう。けれど、意味が無いんだ。それは、その作り出された存在である人間が上下を作るからである。いくら最初が平等でも、それを人間がわざわざ崩す。不思議な話だ。

 

 そんな下らないことを考えていると、黒宮が俺の方に寄ってきた。え、俺にどうしたの。俺はぼっちなので、皆とは少し後ろに離れている。隣には吹雪。いつも悪いな。

 

「ここ、結構広いな。なんかわくわくしてこないか?」

「あ、あぁ、確かにそうだな。嬉しくなってくる」

 

 黒宮は持ち前の爽やかスマイル。俺は突然話しかけられたことに対する、汚い苦笑い。何この笑顔一つにある差は。天と地程じゃねえか。まさか、黒宮から話しかけられるとは思ってもみなかったのだ。俺みたいな奴に話しかける人間だとは、到底思えなかったからだ。

 

 

 

 

 少しだけ黒宮とも会話を展開して、吹雪とも会話。そうしている間に、食堂に着いた。今の一時で俺のコミュニケーション能力が一レベル上がった気がする。なんか、自分より上と感じた人と会話するのって、遠慮しちゃうよね。少しぎこちなくもなる。話しかけられただけでも、感謝してしまいそうになるほどだ。

 

「お、来たね。こっちだよ、誠~」

「柊君~」

 

 席に座っている茜と小鳥遊が、小さく手を左右に振って場所を示してくれる。どっちも可愛いな。茜の方は無邪気なお子様って感じだが。きっと本人に言ったら怒られるんだろうな。俺、吹雪、黒宮が席に座る。茜と小鳥遊以外にも、降旗と愛原も来ていたらしい。あ、いたんですね。

 

 そう思った瞬間、愛原の方が俺を睨みつけてきた。え、めっちゃ怖い。なにその蛇みたいな目。さしずめ、俺は蛙といったところだろうか。すれ違った時、彼女が足を組んでいるのが見えた。そのオレンジ髪と睨みと足組みは、合わさったら恐怖しかない。まるでヤンk――あ、また睨まれた。そっと目を逸らして回避。冷や汗がすごい。超怖い。さらにエスパーなのかよ。勝ち目ないじゃん。

 

 

 

 

 

 食事の係がいただきますの礼をかけ、食事を始める。しかし、緊張感がすごい。降旗はまだ温厚な方だ。だが、気の強いオレンジちゃん(恐怖)が(もたら)す威圧感が半端ない。俺以外はあまり気にしていないというか、気付いていないのだろう。俺にだけ覇気みたいなのが送られてくるのだ。覇王色だったら気絶してた。

 

「どうした、誠?」

「うぇっ!? あ、いや、なんでもない。ありがと……」

 

 箸が止まっている俺を見かねた黒宮が、俺に心配の声をかけてくれた。っていうか、あまり親しくないつもりだったが、突然の名前呼びとは、不意を突かれまくった。それに、呼ばれた瞬間の覇気が強くなった気がした。今の、俺は悪くないよね? それに怯えて変な声まで出てしまった。

 

 小鳥遊は不思議そうに、茜は笑いを全面に出して、吹雪は……へえ、珍しい。笑ってない。愛原の覇気がついに届いたか? ……おい、表情にも出さず、肩が震えなくなったのは進歩したな。けど、箸がありえないくらい震えてるぞ。器に当たってキンキンと音がなってる。後で問い詰めよう。

 

 

 

 

 夕食を終えて、部屋に戻ると、皆はトランプやらUNOやらを取り出して遊び始めた。これらは学校から許可された持ち物なので、堂々と遊べる。しかし、俺は輪に入らず、隅に隠れるように読書。自我境界を強く持つ。ぼっちの鑑だ。吹雪を遠くから手招きで静かに呼び、こちらに来るのを待つ。

 

「どうしたの? 何か用?」

「夕食の時、箸が震えてたぞ。そんなに面白かったか?」

 

 俺がそう問うと、吹雪の顔が少し白くなった……気がする。

 

「い、いや、怖かったんだよ。あの目は睨みとかいうレベルを超えてた」

 

 あぁ、怖かったのか。笑っていたわけではない、と。

 

「お~よしよし。怖かったでちゅね~」

「俺が言うのもなんだけど、あまり馬鹿にできないと思うよ、あの視線」

 

 その通りだから反論できない。あれは殺意が湧いてたよね。ちら、と時計を一瞥する。……もう時間か。

 

「じゃ、キャンプファイヤーの係は今から集合だから、ちょっと行ってくるわ」

「はいはい、小鳥遊さんと二人でいってらっしゃい」

 

 吹雪の声は聞こえなかったことにして、集合場所のある一階へ。階段を降りようとすると、踊り場に小鳥遊が壁に背を預けて待っていた。小鳥遊が俺を見つけると、笑顔になって小走りでこちらに来る。え、なにその反応。可愛すぎでしょ。うっかり惚れそうになっても知らないぞ。

 

 

 

 

 キャンプファイヤー係の会議が終わって、部屋に戻る。会議中、二人に接触できないかとも考えたが、人が多すぎるのと、小鳥遊と同じキャンプファイヤー係で、見られやすいということで無理という結論になった。先に女子の入浴、次に男子の入浴が行われた。入浴後も皆は飽きずに色々な遊びをして、俺は読書を再開。そして、修学旅行とかのお約束とも言える会話が始まる。

 

「なあなあ、お前の好きな子って、誰だよ?」

「俺は小鳥遊さん一筋だわ」

「俺もかな~。やっぱ可愛いよ」

「いや~、俺は茜ちゃんかな~。ちっこくて可愛い」

 

 そう、俗に言う恋バナというやつだ。俺からすれば関係などないのだが。興味も湧かないし。これを聞いているのは苦ですらある。関係ない奴の恋バナ程、聞くに堪えないものはない。話を振られた時、どういう反応をするのが正解なのか、わからない。本をしまい、部屋を出て、ホテルの玄関から外に出る。先生には、「具合が悪くなったんで外の空気吸ってました~」とか言えばいい。

 

 

 玄関を出ると、昼の気温が嘘のように下がっていて、涼しい風が吹き抜けている。夜空に沢山の星々が浮かび、三日月が妖しく輝いている。それを見るだけでも、若干の涼しさを感じる。涼風と相まって、さらに涼しさを引き起こす。やはり、こういった静かな場所で一人でいるのが、俺の(しょう)に合っている。

 

 

 消灯の一時間程前になっただろうか。もうここに来てどのくらいの時間が経ったのかも忘れた頃に。

 

「あ、やっぱりここにいたんだね」

 

 真っ黒な夜空に、透き通った透明の声が響いた。決して俺のものではなく、玄関を出てきた小鳥遊のものだった。俺は少々驚きながらも、言葉を返す。

 

「どうして、ここにいるのがわかった?」

「色んな人に聞いて――あっ! いや、たまたま、かな?」

「……そうかよ」

 

 『かな?』ってなんだよ。にしても、俺を見つけ出すとは、中々いい目をしている。俺が隠れんぼをしたら、ウォーリー並だぞ。物になると、『ミッケ!』だな。やったよね、小さい頃。友達とどっちが早く見つけられるかで一喜一憂しただろう。俺は、元々友達がいなかったから、寂しく一人で暇つぶしにやっていた。悲しい。

 

「で、なんか用か?」

「あ、いや、その、そうじゃなくて……い、一緒に、いたいな、って……」

 

 おいおい、やめろやめろ。そんな甘い、恥ずかしそうな顔でそんなことを言うな。もじもじしながら言うな。勘違いしちゃうだろうが。ドキドキするだろうが。こういう顔って、俺みたいな恋愛経験ゼロの童貞には凶器になるから。

 

「……別に、断る理由もねぇしな」

「ぁ……ありがとう!」

 

 なんでお礼言ってんだよ。言われることでもないだろ。そんな嬉しそうな顔までして。勘違いが加速しそうになるだろ。その勘違いが、今までどれだけの男を(おとしい)れたか、数え切れないだろう。だから、俺は期待をしない。期待をした分だけ、絶望や後悔が後から押し寄せるから。

 

 

 でも。少しは、楽しんでもいいとは、思うんだ。今が夜で、本当によかった。

 

 

 ――夜じゃなかったら、俺の赤くなった顔が見えていただろうからな。

 

 

 

「ねぇ、今日はどうしたの?」

「は? いや、何が?」

 

 小鳥遊と暫く話していて、急に尋ねられた。当然、俺からすれば何がなんだかわからない。質問で返すと、彼女はこう応えた。

 

「今日の柊君、考え事してる時が多かった気がする」

「そうか? そんなことはないと思うが」

 

 思い当たるのは、あの二人を陥れる方法を考えることくらいだ。なんか、これだけ見ると、ただの鬼畜なゲス野郎だな、俺。でも、やられたからには、同じ悲しみを味わってもらわないとな。勿論、小鳥遊に言えるわけじゃない。悪いが、黙ったままにさせてもらおう。

 

「いいや、バスの中でも、資料館でも、会議中でもそうだったよ?」

「……気のせいじゃねえの?」

 

 てか、どんだけ俺を見てんだよ。いつも見てるの? 恥ずかしいというか、嬉しいというか。行き過ぎないようにしてほしいが。行き過ぎたら、ストーカーの疑惑が出てしまう。

 

「……そう? ならいいんだけど。何かあったら、何でもするよ。だから言ってね? 前も私にこう言ってくれたからね」

「あぁ、わかった」

 

 ん? 今何でもって……まぁ、頼る気もないし、言う気もない。今までずっと一人で頑張ってきたんだ。今までと何一つ変わらない。同じことを繰り返せばいいだけなんだ。

 

 ふと、ホテル内の時計を見ると、もう消灯まで三十分ちょっととなっていた。そろそろ戻らないといけない。

 

「よし、部屋に戻るか。行くぞ、小鳥遊」

「う、うん……ねぇ、いいかな?」

 

 もうホテルに向かいかけていた足を止めて、小鳥遊の声に振り返る。小鳥遊はというと、忙しなく口元を動かすだけ。

 

「……どうした?」

「い、いや、ごめんね。やっぱり何でもない……」

 

 こういうパターンが一番気になる。「あのさ~……やっぱ何でもねぇわ!」っていうの。何でそこで勿体振るんだって言いたい。引き止めるかつ間を空ける分、余計に気になるのだ。ここでも聞きたい衝動に駆られるが、生憎時間が時間だ。もう戻らないといけない。

 

 わかった、と返事をして、二人で部屋に戻る。皆はとっくに部屋の中にいるので、廊下を歩く二人分の足音と、噴水から聞こえる水音のみが、高い天井に反響して返ってくる。妙な緊張感に苛まれながら、三階で小鳥遊と別れる。四階に上がって、自分の班の使う部屋に。

 

「お、戻ってきたか。どうしたんだ?」

 

 黒宮が、相変わらずの爽やかボイスで俺に話しかける。俺のことも気にかけるあたり、やはり高カーストは人間性から違うようだ。

 

「ちょっと外の空気を吸いに行ってたんだ。特に何もないよ」

 

 そう言って、自分のベッドの中に入る。消灯まであと少しあるが、特段やることも無いので、明日に備えて早めに寝る準備をする。が、ベッドの中に堂々と侵入してくる吹雪。やめろやめろ。

 

「何だよ、何しに来たんだ」

「さっき、小鳥遊さんに会って来たでしょ?」

「……参考までに、どうしてその考えに至ったか聞いておこう」

 

 驚いた。開口一番、吹雪が真剣な顔つきでこんなことを言ってきたのだ。

 

「顔。顔が少し上機嫌になってるよ。あと、なんか小鳥遊の為にしようとしてるでしょ?」

「吹雪、お前は何者だよ。全部当たってるよ。上機嫌を除いてな」

 

 なのに、吹雪はいつもの笑顔がない。柔らかく、時々イラッとくる笑顔が。

 

「いや、少し顔が緩んでる。上機嫌の証拠さ。それで、俺にできることはするから、言ってごらんよ」

「……小鳥遊が泣いたことの報復を考えている。降旗と愛原、特に愛原の方にな」

 

 恐らく、というか愛原が小鳥遊を泣かせた張本人となっているのは、確定的だ。偏見かもしれないが。取り敢えず、あれだ。睨まれたの怖かったし。それの仕返しってことで。

 

「で、吹雪は自分の判断でいいから、合宿の班行動中、一度だけ小鳥遊を俺と降旗、愛原から遠ざけてくれ。聞かれたら、十中八九止められる」

「りょ~かい。俺の一番だと判断したタイミングにするけど……それで本当にいいのか?」

「大丈夫だ。正直、吹雪の目が俺よりも優れているだろうからな」

 

 人同士の関係云々は、俺よりも吹雪の方が分かっているだろう。それまで視野に入れないと、成功しないし。

 

「わかった。それだけだね。おやすみ、誠」

「あぁ、おやすみ、吹雪」

 

 挨拶をしてすぐ、まだ消灯もしていない中、一人眠りについた。

 窓からは月光が差し込んでいるが、照明で掻き消されたようになっていた。




ありがとうございました!

音葉ちゃんが大分誠君に近づいてますね。
踊り場で待ってて、誠君が見えると笑顔で寄って。
しかも、色々探し回ってやっと見つけたらしいですよ。

一日目で二話使いました。
このままだと、単純計算で六話分使うことになります。
ですが、魂恋録を見てくださっている方にはもうわかっていると思います。

私の未来の言葉、全く当たらないんですよね。

わざと避けてんじゃないのかって疑われても仕方ないくらいに。
私の言葉は、基本外れると思って下さい。上手くいくことはそうそうありません。

少し長くなりましたが、ここで。ではでは!


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第14話 ぼっちはこの上なく平穏至上主義者だ

どうも、狼々です!

久々の捻くれ要素です。

少し前に、諍いを起こそう云々とか書いてましたね。
あれが、なくなるかもしれません。
やっぱり私の未来の言葉は当たりません。申し訳ないです。

では、本編どうぞ!


 皆よりも早めに寝た俺は、この部屋の誰よりも早くに朝日を見ることになった。一足先にこの後の準備を始めて、終わったら吹雪を起こす。

 

「おい、吹雪。起きてくれ」

「う~い……はいはい、何かな?」

 

 おぉ、意外に寝起きがいいのか。呼びかけてすぐに目を覚ました。意識もはっきりとしている。俺が何故吹雪を起こしたかというと、そろそろ起床時間になる他に、もう一つある。

 

「なぁ、少し前に使ったようなボイスレコーダー。あれ持ってるか?」

「ん? あぁ、あれね。三つは常備してるよ。持ってくる。いくつ要る?」

「できれば二つがいい」

 

 俺がそう言って、吹雪が自分の持ち物を漁り始める。完全に不要物であり、三つ常備というのも思うところがあるが、この際どうでもいい。差し出された二つの棒状の機械――そう、ボイスレコーダーを受け取る。あの時、吹雪が俺と小鳥遊を盗聴したものと同じもの。

 

 二つを制服にしまい、ボイスレコーダーを隠す。ここには他生徒もいるのだから、不要物持ち込みを報告されたらどうしようもない。眠っているとはいえ、もうすぐ起床時間。いつ起きてもおかしくない。この二つのボイスレコーダーを使う前に見られるのは、どうしても避けたい。怒られるし。

 

「サンキュ。ありがたく使わせてもらうよ」

「うん。ただし、ちゃんと有効に使ってよね?」

「おう、有効にな」

 

 そこまで会話して、最初に黒宮が起きて、ドミノが崩れるようにして皆が起き始める。もう少し遅かったら、ボイスレコーダーは没収だっただろう。あ、危なかった……罪悪感や不安などはない。あるのは緊張感だけ。最悪、これは吹雪から没収したもので、先生に渡そうとしてた、とか言えばいい。最低だな。

 

 準備が既に終わっている俺は、悠々と本を読みながら、皆が準備を終えるのを待っていた。この後は朝食なので、それほど時間はかからなかった。黒宮が全員が部屋を出たのを確認して、施錠。昨日と同じように食堂へ向かう。

 

 朝の陽光が反射するホテルは、夜の時と随分イメージが違った。どこか心が清々しくなりながら、歩を進める。

 

 

 

 昨日の夕食と同じように朝食を取った。睨まれて、内心ビクビクして、吹雪が食器を鳴らして。俺も味が消えかけてた。美味しかったのはかろうじてわかった。今は部屋に戻って、自分の荷物をとって観光の用意をしている。準備といっても、運ぶだけなので、すぐに終わる。再び鍵を閉めて、一旦バスに乗り込む。

 

 全員が乗り込んだかどうかの点呼と体調確認を終え、バスが揺れる。集合場所に着いたら、そこから各班で目的地まで向かうことになっていて、集合時間までに集合場所に戻る、ということになっている。つまりは、少しは歩かないといけないわけだ。この暑さで。昨日の昼間と同じくらいの暑さで。まぁいいのだけれど。

 

 

 

 

 集合場所に着いて、先生から注意事項等の話があった後、各々の班が移動を始める。黒宮率いる俺のいる班も、同じく移動を開始。交通機関は一切使わず、歩きだけで向かう。距離もそんなにないしね。この班が向かうのは、ハウステンボスになっている。動物園にも行けるけれど、三日目にバイオパークに行けるので、殆どの班は選んでいない。

 

 徒歩を始めてすぐ、俺は異様な光景を見ることになる。

 

「ねぇ、小鳥遊は何か好きなドラマとかあるの?」

「えっ? えっと……」

 

 気が強い愛沢が、小鳥遊に話しかけた……だと……!? 思い切り目を見開いてしまった。吹雪を見るが、俺と同じように驚きを前面に出している。問いかけられた小鳥遊も、若干戸惑っている。ってか、愛沢がドラマの話題って、意外なんだが。そんな話題はあげなさそうだと思っていたが。

 

 これは……報復自体が、間違っている可能性もあるのか……? 少し、探ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 ハウステンボスに着いた。何故一箇所なのかと言うと、一箇所で十分だからだ。ハウステンボスは、美術館・博物館もある。それを一緒に見たら、丁度いい時間になるのだ。夜にキャンプファイヤーがあるので、思いの外時間が限られている。短いくらいが適切なのだ。片岡先生が言ってた。

 

 周りに花畑のある風車の中に入って構造を見たり、『大ゆり展』なるもので、アート作品を見て回ったりした――ハウステンボスは広いので、班でまとまるよう事前に指導を受けていた――。特に、大ゆり展では大きく驚いたこともあった。

 

「ねぇ、小鳥遊。このゆり、すっごい綺麗じゃない!?」

「そうだね! 可愛いし!」

 

 なん……だと……!? 小鳥遊と愛沢が、笑い合っている? おかしい、絶対に何かがおかしい。

 

「ね、ねえ誠。俺達、この暑さにやられたのかな……?」

「い、いやわからん。ありえそうで困る」

「仕返しするんじゃなかったのかい? どうにも仲よさげだけど」

「お、俺も混乱してんだよ。ホントに小鳥遊を泣かせたのか?」

「うん。俺も目の前で見てたし」

 

 ますます不思議でならない。あの愛沢の笑顔を見るのが初めてということも相まって、衝撃がさらに強くなる。意外と可愛い笑い方するのな。普段の様子からでは考えられない。俺としては、小鳥遊の笑顔が最高だと思う。小鳥遊より笑顔が似合う女の子とか、いないんじゃねぇの?

 

 後ろで見ていた俺が、この状況について黒宮にこっそり聞こうとしてた時、茜と降旗が二人に混ざっていった。それはもう、この世の終わりかと思った。笑顔が逆に怖い。一触即発というか、笑顔に狂気すらあるんじゃないかと思ってしまう。狂気の一端が垣間見えた気がしながらも、黒宮にこの状況を尋ねる。

 

「お、おい黒宮。これってど、どうなってんだ? 小鳥遊と愛沢・降旗は仲がギクシャクしてんじゃないのか?」

「まぁ、ね? 俺が説得したんだよ。『せっかくの合宿なんだから、皆で楽しんだ方がいいだろ?』ってさ」

 

 黒宮が、太陽と同じくらい眩しい爽やかスマイルで応える。そういえば、俺から黒宮に話しかけたのは、これが最初なんじゃないか? そんなことを頭の片隅で思いながらも、黒宮の高スペックぶりに絶句していた。

 

 え、そんな難しいことできたの? 俺が説得しようとしても、睨まれて終わりだけど。人望ってやっぱり重要なんだな。あの気の強い愛沢を説得なんて、可能なのは黒宮くらいだろう。にしても、気も回るのか。さすが平穏至上主義者だな。

 

 

 

 ぼっちも、この上なく平穏至上主義者なのだ。俺から言わせると、黒宮のようなリア充は、逆に喧騒(けんそう)至上主義者が多い傾向にある。他人と接触することに一切の抵抗がないリア充は、嫌悪感を抱くどころか好意的に接触を図ろうとする。他人との共通点を発掘し、その話題でボルテージを上げようとする。

 

 しかし、それに比べてぼっちはどうだろうか? 接触自体を拒む傾向にあるぼっちは、他人との接触そのものが少なく、関係も薄い。そんな関係で、ボルテージが上がるような、ハイテンションになるような話題で語り合えるだろうか? 答えは否だ。一目瞭然だろう。なんなら、もう目で見なくとも即答できるくらいだ。

 

 いがみ合うことを嫌っているリア充が、関係の崩落を阻止すべく、仲介役となってわだかまりを無くそうとする者もいる。それこそ、黒宮がこれに当てはまる。

 

 だが、考えてみてほしい。そんな気配りまでして、その程度で崩壊するような脆い見て()れだけの関係を保つ必要があるのか? そんな価値はあるのだろうか? これも、答えは否。

 

 確かに、そんな関係ではないけれど、崩壊の可能性が少しでもある以上、止めないわけにもいかない。周りの雰囲気も悪くなるから、止めざるを得ない。反論の理由はいくらでもあるだろう。だが、どれもこれもブーメランの発言なのだ。

 

 本当に深い関係なら、そんなことを心配に思う必要さえない。さらに言うと、諍いなど最初から起きやしないのだ。怒りのボルテージが許すデッドラインを、お互いが認知していないわけがない。逆に言うと、それさえも認知できていないならば、結局はその程度であるのだ。

 

 その点、ぼっちは無関係を理想像としているので、そんなことを心配する必要がない。そんな束縛された関係も、(しがらみ)の意識も、保つ必要は全くもってない。

 

 深い関係を持たないとは、いがみ合い(無駄な争い)を未然に防ぐ、ということである。なので、ぼっちの特徴である周囲の乖離(かいり)を否定するということは、逆説的には、()()()()()()()()()()()()、ということになる。どれだけ喧嘩上等な精神をしているのだろうか。

 

 そんな精神は露ほどもないぼっちは、この上なく平穏至上主義者であると言えるだろう。いや、ぼっち()()()真の意味で平穏至上主義者であると言えるだろう。それに関しては、ぼっちの右に出る者も、足元に及ぶ者もいない。職人なのだ。平穏を創造する職人なのだ。

 

 なので、ぼっちを馬鹿にするということは、平穏を唱える者全てを敵に回すと言っても過言ではないだろう。世界平和を唱える者からしてみれば、とんでもない反逆者である。堪ったものではない。

 

 話が飛躍しすぎている、と思う者もいるだろう。けれども、飛躍させればそうなるのだ。それだけのことがされているのだ。

 

 

 

 っと、やはり出てきてしまった、俺の捻くれた思考。合宿中はないとは思っていたが、さすが俺。いつまでもブレることはないらしい。

 

 

 

 

 降旗と愛原が、小鳥遊と楽しそうに笑っている姿にただならぬ違和感を感じながら、歩いて集合場所に戻る。今は夕方で早すぎる集合であるが、キャンプファイヤーの準備や直前の確認等で、時間が取られる。よって、この時間から移動を始めないと間に合わないのだ。

 

 

 

 全員が集合場所に到着し、バスに乗り込んだ直後に、席も遠いのにそれぞれの回った場所の感想が、クーラーから流れる冷気と一緒に垂れ流される。俺は当然、垂れ流すような思い出もなければ、垂れ流す相手もいない。吹雪は同じ班だしね。

 

 あれだよね。自分の席が仲いい二人組の間だったら、横で俺を挟んだまま話し始めるのさ。気まずいったらありゃしない。こっちの身にもなってほしいものだ。空気読んで席を外さないといけないんだよ。そういう雰囲気が形成されてしまっているんだよ。もういっその事、はっきり邪魔って言ってくれないかな。言わないあたり、(たち)が悪い。

 

 

 

 ホテルに戻ると、すぐに夕食になった。夕食でも愛沢と降旗は、小鳥遊と話していた。俺が睨まれることも少なくなった。なくならないのかよ。突然の変化に、昨日とは別の意味で内心ビクビクしながら食事を進めていた。

 

 食事が終わって、部屋に帰る途中、吹雪に耳打ちされた。

 

「本当にやるの? ボイスレコーダーとかも使う?」

「いやぁ~……俺も混乱してる。わけも わからず じぶんを こうげきした! ってなりそうだ」

「なんでポケモンなのさ。ふざけとかじゃなくて、真剣に考えた方がいいと思うよ?」

 

 それもそうだ。正直、俺のしようとする行いは、決して善い行いではない。それだけに、軽はずみに決めていいことじゃない。

 

「……様子を見るよ。対応は変えるかもな」

「そうした方がいいよ。今日の時点でも変更できるんだしさ」

 

 そこまで言って、部屋に着いた。俺は筆記用具等を持って、すぐに会議に行かなければならない。その後、すぐにキャンプファイヤーなのだ。

 

「じゃ、行ってくるよ」

「どんなキャンプファイヤーになるだろうね。楽しみだよ、個人的には」

「俺はそうでもないけどな」

 

 やる気のない返事を返して、少し早歩きで会議に向かう。昨日と同じく、小鳥遊が待っている。そして、駆けてくる。だから、そういった行動が、どれだけの男子を冥界に葬ったのでしょうと何回言えば……。

 

 そう言いたくなるくらいに、彼女はいつもの可愛い、白ゆりの笑顔を浮かべていた。




ありがとうございます!

キャンプファイヤーは次回に回そうかと思います。

ではでは!


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第15話 どうしようもなく、期待してしまった

どうも、狼々です!

今回は、キャンプファイヤー編です!
事前に書いておきます。
二人の距離が、縮まります。

今後の合宿の展開ですが、どうやら小さくは争いっぽいのができそうです。
激しくはないけど、人間関係が絡んでくるのを目標に。

では、本編どうぞ!


 大規模に井桁(いげた)の形で組まれた木材の周りに輪になって、生徒全員が集合した。俺と小鳥遊側のキャンプファイヤー係はというと、少し離れたところで最後の確認をしている。もう最終会議も終わり、後は点火に移るだけ。

 

 最後の確認が終わったら、皆が何かを決意し、やり遂げようという引き締まった顔になる。俺はというと、全然、全くもってそんな表情は、微塵もさせていない。イベント事だからと言って、舞い上がったり、つけあがったり、はしゃいだりはしない。それが、最上級のぼっちというものだ。俺の自意識は、水平線として保たれている。

 

 いるんだよな、どこの学年・どこのクラスにも。いつもは暗い雰囲気だとか、ぼっちだとかを配役される人間が、こういう特別な行事となったらでしゃばる奴が。そんなことをしても周囲は戸惑うだけで、何のいいこともない。逆に「あいつ調子乗ってね?」とか思われることも多々ある。出る杭は打たれる、やっぱりこの言葉は正しいのだろう。

 

 点火の前に、今まで会議の司会を務めていた生徒が、衣装のような何かを着る。白い布で(あつら)えた簡素なものだが、こうも暗いとあまり目立たない。点火した後は別なのだろうが。

 

 その司会は、『火の神』として、周りの『火の子』にトーチからトーチへ火を分け与え、神と子が一斉に火を点ける、ということになっている。衣装は火の神だけにあり、火の子にはない。火の子は、今いる周りの生徒や寝巻と同じく、栄巻高校のジャージだ。今は気温も低いので、全員長袖。燃え移る可能性が否めない。万が一だが。

 

 火の神を先頭に、予め決められた場所に一列で整列する。火の神の持っているトーチに先生が火を点けると、暗闇の中で一点のみ光る火に、皆から注目を集め、少々ざわつき始める。今は夜なので、テンションとかも高いのだろう。さっきの通り、イベント事はノリが良すぎる傾向にあるからな。

 

 周囲の係以外の生徒を外円とし、係が内円となって、上から見て二重丸の形となって組んだ木を囲む。そして、火の神の台詞。高々とトーチを掲げる様は、どこか聖火ランナーを想起させる。

 

「火は、幾星霜(いくせいそう)を経た今も尚、必要不可欠な存在として――」

 

 司会が、誓いの言葉を綴る。周りのざわつきも嘘のように消え去り、夜の(とばり)が降り切ったこの場に、唯一の灯りである火と、綴られる言葉が反響する。風で木々が静かに揺れ、あたかも自然全体が訴えかけているようだ。

 

 ある程度言葉を言い終えると、火の神が前から順に、火の子の持つトーチに火を分けていく。一つ、また一つと灯りは増え、各々の手元とその周りの闇を照らす。自分のトーチも灯りとして機能し始め、思いがけない暖かさに驚きかける。灯りが円を描いて一周すると、火の神が元の場所に戻ってから、火の守が時計回りに声を上げる。

 

「私は、友情の火をいただきました。この炎のように、どこまでも熱い友情を築き上げていくことを、誓います」

 

 それぞれの言葉が掲げられていく中、俺に順番がまわってくる。俺も周りと同じく、一歩前に出てトーチを上に。

 

「私は、誠実の火をいただきました。この炎のように、確立した一つの存在として変わらない心を持つことを、誓います」

 

 全く、自分で言っておいてなんだが、心にもないことを言うものだ。まず、俺の配役が間違いだ。誠実なんて言葉、俺ほど似合わない人間も珍しいくらいだろうに。そう思った瞬間、頭の中に小鳥遊の言葉が浮かび上がった。

 

 『曲がってて捻くれてるけど、本当は真っ直ぐで誠実』

 

 本当に、誰も彼も間違いだらけだ。誠実? 俺に限ってそれはない。もしも俺が誠実だと言うのならば、周りの全人類はたった今聖人……いや、それこそ神になるだろう。『誠実』の定義の広さが疑えるレベルだ。

 

 クラスごとに火の守は並んでいるので、隣には小鳥遊。……その厳かな雰囲気を宿した灯りに照らされていた彼女の表情が、柔らかい笑顔だったのは、気のせいだろうか。

 

 中身のない言葉を並べて間もなく、点火の時間に。トーチごと組んだ木へ入れて、幾つもの灯りが消え、一つの大きな炎となった。パチパチと音を立てて燃え、黒煙が闇と同化して消失する。

 

「燃え盛る炎を前に、皆で『燃えろよ燃えろ』を歌いましょう」

 

 火の守の声がかかり、生徒が立ち上がり合唱を始める。事前に練習はしておいたので、中々いい出来なのではないかと思っている。きっちりと三番まで歌い終わったところで、再び火の守の声。

 

「さぁ今宵、この炎を囲むことができることに、感謝して、この後を楽しみましょう」

 

 そこまで言い終わり、退場に入る。言い終えた瞬間、キャンプファイヤーを囲む生徒が声を大きく上げ始める。

 

 ……俺は、この雰囲気が大嫌いだ。他人に流されて、雰囲気に流されて、少しも自分を持っていないのだろうか? そんな浮き輪のような軽い存在だということを、声を大にして恥ずかしくはないのだろうか? 俺には、とてもそんなことはできない。

 

 

 

 

 バス中とはまた違ったレクリエーションがすぐに始まった。始まってすぐに、俺は近くの木々に逃げ込んだ。森のようにもなっていて、バカ騒ぎする生徒の声は殆ど聞こえない。こんなことをしていいのかと言われたら、まぁダメだろう。けれど、今日俺がやらなければならない係の仕事は、片付けのみ。なので、今は戻らなくとも大丈夫だ。レクリエーションが終わったあたりにでも顔を出せばいいだろう。

 

 宵闇に浮かぶ星々が、炎とはまた一味違った煌めき。永遠に衰退することもなかろうと思うくらいに誇張されている。標本として切り取って保存してしまいたい。

 

 しばらく見惚れていると、騒ぎ声が小さくなっていった。もうそろそろ時間だろうか。速やかにキャンプファイヤーの場所に戻る。

 

 

 

「あ! 柊君! どこに行ってたの!」

 

 戻ってきて早々、小鳥遊に怒られました。

 

「いや、ずっとここにいただろ。あれか? 存在すら認識できないほどぼっち極めてたか?」

「い~や、いなかったね! 最初からずっと捜してたけど、全っ然見つからなかった!」

 

 すぐにバレた。小鳥遊には嘘は吐くもんじゃないな。てか、最初から捜してたって……どんだけ暇だったんだよ。

 

「あれだ、あれ。俺はレクリエーションとかは――」

「今から、フォークダンスの準備を始めます!」

 

 準備係の内の一人が大きく声を上げ、周りからは歓声、女子の高い悲鳴にも似た声、男子の野太い歓喜の声。多種多様な叫び声とそれに乗せられた意味とが交錯し、入り混じる。小鳥遊も準備係の声につられてそちらを向く。……抜けるなら、今だな。

 

 

 

「はぁぁあ~……」

 

 先程と同じ場所に戻り、深く溜め息を吐く。遠くからはフォークダンスの音楽のみが聞こえる。けれど、すぐさまそれを意識から排除する。聞こえるのは、木々の囁きのみ。

 

 自然は、自分の雄大さを堂々と持っている。俺は、それがとても素晴らしく思える。人間なんかよりも、よっぽど利口だ。そもそも、人間が今こうやって生きていられるのも、自然あってのお陰だしな。俺の口から、無意識に笑みが溢れる。しかし、その笑みをすぐに抑える。

 

 今は二日目の夜、もう残り丸一日で合宿が終わる。それに、バイオパークでは、ほぼそれぞれの自由行動。接触を図るチャンスはあと一、二回ほど。下手すれば……()()()()旦夕(たんせき)に迫っている、と言っても過言ではない。

 

 

 ……今に至るまでずっと、考えている。最初の小鳥遊の哀哭(あいこく)。それを慰めもしない周囲。降旗と愛原の変貌。そもそもの黒宮組のこの班の加入。これらの意味が、全くもってわからない。ボイスレコーダーは用意しているものの、使い道すら怪しくなってきた。

 

 何故小鳥遊は涙した? それを何故周囲が咎めなかった? 何故いきなり小鳥遊と二人組はコンタクトをとった? まず、黒宮達三人がこの班に入った理由は何だ? 大まかに分けると、この四つが問題になってくる。もっと言うと、小鳥遊が泣いた理由はこの際どうでもよく、()()()()()()()()が重要だ。

 

 ――順を追って、一つずつ考えていかないとダメだろう。そうでないと、不正解の結論を飾ったり、結論すら出ない可能性がある。それだけは絶対に避ける必要がある。何故なら、余計に小鳥遊と吹雪……それに、途中参加の茜にまで被害が及ぶことが、完全に否定できないから。

 

 全てが偶然の重なりである。それも一つの答えだろうが、色々と説明がつかない。恐らくではなく、確実に不正解。

 

 

 この班構成には、何の、誰の意図が――

 

「ほら、また見つけた。さすが私だね」

 

 突然他人の声が聞こえ、振り返った先には小鳥遊。胸を張って、得意気な顔を作っている。ゆったりとしたジャージでも、その反則的な体は健在していて、夜ということもあり、一層意識してしまう。

 

「で、早く戻った方がいいぞ。どう考えても山ほどのお誘いがあんだろ」

「……まぁ、数人はあった」

 

 小鳥遊が、はにかみながら言う。その顔も可愛げがある。察するに、数人ではないだろう。もっとこう……十数人とか二十人とか。それ以上も十分に考えられる。他クラスが相手でも踊れるのだから。

 

「だったら、そん中から選んどけよ。こんなとこにいると、時間だけが過ぎてくぞ」

「はぁ~……どうして、わからないかなぁ……」

「いや、わかるもなにも、ここにいること自体も大変だろ」

 

 途中で抜け出すことに等しいこの行動。あまり良いとは言えない。

 

「わざわざ捜しに来たの!」

「俺はいいだろ。ここにいるよ。終わったら戻るから」

 

 宵闇の今、蔓延(まんえん)する雰囲気は、ぼっち専用だ。女の子と二人というのも悪くないが、小鳥遊が可哀想。俺と一緒にいたら間違いなく非難の的だろう。

 

「あ~そうじゃなくて~……!」

 

 もどかしいながらも、何かを決心するかのように表情が固まる。

 

「その……貴方と一緒に、お、踊りたいな、って……」

「……はい?」

 

 ……俺と? 中々上手い冗談じゃないか。ただ、俺に言うのが間違いだな。誘われることがないとわかっているから、簡単にバレる。

 

「だ、だから……えっと、ダメ……?」

「え、それ本気で言ってんの? 慈悲とかはいいからな?」

 

 小鳥遊が、小さく縮こまって首を縦に振る。可愛い。

 

「い、いやでも、皆に見られたら――」

「ここで、踊ろ? 静かに、二人で」

「……断る理由もないし、仮にあったとしても断らねぇよ」

 

 ……そんなに嬉しそうな表情で返されても困る。幸いというべきか、ここにも十分音楽は届く。先導すべく、手を差し出す。再び嬉しそうな表情を浮かべて、俺の手を取る小鳥遊。この時点で、俺の心臓はバックバク。そして、ここから密着しなければならない。

 

 手を引いて、お互いの荒い吐息が届く。赤面した顔も、この距離だと闇で隠れることもない。小鳥遊も……顔が紅潮している。それが、どこか嬉しいような気もした。

 

 暫くして、ステップの数が多くなってくる。ここは森のようなところで、周りに灯りは一切ない。

 

「あ~……小鳥遊、暗いから足元に気を付けろよ」

「う、うん。わ、わかっ――あっ!」

「お……っと!」

 

 小鳥遊が言ったそばから(つまづ)き、俺の方に倒れてくる。流れと同じ方向に手をさらに引いて、俺が小鳥遊を受け止める。

 

「ぁ、っ……!」

「おい、だいじょう――」

 

 大丈夫か? そう言おうとして、俺の手が小鳥遊の手と離れて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()

 

「あ? お、おい、小鳥遊?」

「ん、っ……!」

 

 呼びかけるが、逆に抱き締める力が強くなり、俺の体が小鳥遊に少し引き寄せられる。

 

 この状況は、非常にまずい。恋愛は全くしたことない俺が、超絶美少女に抱きつかれる? 対処の仕方がわからない。俺の頭が軽くパニック状態になる。

 

 これは……抱き締め返すのがいいのか? それとも、このままの方がいいのか? いやしかし、腕を回したのは小鳥遊。

 

「……どうなっても、知らないぞ」

「ぁあっ……!」

 

 俺は――()()()()()()()()()()()()。ただでさえ近い距離が、完全に密着することになる。俺が抱き締め返した時、それに呼応するように小鳥遊の腕の力が強くなる。この暗闇に、男女二人きりで抱き合って。こんなの、ドキドキしないわけがない。

 

 

 

 何分、そのままでいただろうか。フォークダンスの音楽が終わって、辺りが本格的に静寂に包まれる。ささやかな星の煌きだけが、俺達を照らす。

 

「――あっ! ご、ごめんね!」

「あ、あぁ、いや、こちらこそ……」

 

 我に返ったのか、小鳥遊が突然離れる。そんなに速いスピードで離れられると、逆に傷付く。

 

「「…………」」

 

 そして、この無言である。一気に気まずくなる。ここに響くのは、細かく揺れ続ける植物の葉と、虫の小さな鳴き声のみ。

 

「……戻るか」

「そ、そう、だね」

 

 俺が少しだけ早歩きで、小鳥遊を後ろに連れて元の場所に戻っていく。取り敢えず俺は、自分の顔を見られたくなかった。

 

 甘い蜜を吸ってしまって、感じたことのない充実感と高揚感から、心の高鳴りを到底抑えられないような、羞恥で赤く染まった顔を。見られるのが、恥ずかしかった。どうしようもなく、期待してしまった。

 

 

 戻った頃には、キャンプファイヤーの火はすっかり勢いが弱くなってしまっていた。けれど、どこか荘厳な雰囲気を携えていた。

 




ありがとうございました!

火の神・火の守の言葉は、全て、完っ全に自作です。
「こんなの言わないだろ!」とか、「方法が違うだろ!」って思った方もいたと思います。
すみません。私の限界なんです。

音葉ちゃん、大胆ですね。
意外と奥手かと思いきや、自分の想いに従順でした。

宣伝です。活動報告にも書いた通り、新作を投稿しました。
タイトルは、『クーデレの彼女が可愛すぎて辛い』です。
タイトル通り、ヒロインはクーデレ!
時々ツンデレも入ると思います。
よければ、そちらの方も見てやってください。

ではでは!


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第16話 十三年の片想い

どうも、狼々です!

今回は、いつもと違って、音葉ちゃん視点がメインです。
キャンプファイヤー後の二人の反応を書きました。
残念ながらと言うべきか、三日目にはまだ移りません。

では、本編どうぞ!


「あぁあ~……」

 

 キャンプファイヤーが終わって、部屋に戻った俺。係だが、当日の仕事はもうないのでよし。ベッドの上に寝転がって、一人うなされていた。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい! 何で俺は抱き締め返したんだよ……受け止めるまではよかった。そこで止めといてもよかっただろ……!

 

 ……まだ、心臓の鼓動が煩い。耳元でドクンドクンとなっているみたいだ。それを感じて、自分の隠れた欲深さと、期待に呆れていた。まさか、抱きつかれるなんて、思わなんだ。ドキドキしっぱなしだ。

 

 正直、彼女のことで頭がいっぱいだった。何であんなことをしたんだろうとか、どうしてフォークダンスを誘ってくれたのだろうとか。色々と都合の良い解釈ばかりを持ち上げて、自惚れそうになる。期待したら、その期待が裏切られた時のダメージが大きいのに、期待せずにはいられない。

 

 男って、どうしてこんなにも単純明快なのだろうか。ここまでくると、嫌気が差してくる。俺のぼっち生活で培った経験と思考等などが、一瞬で打ち砕かれていく。あんなの、反則だろうよ。恥ずかしくなりながらフォークダンスを二人きりで踊って、転んだ拍子に抱きつく。それだけじゃなく、離れもせずに、腕を回して抱き締める。

 

 俺も俺だ。なんであそこで抱き返すような真似をしたんだろうか。雰囲気に流されてしまった。俺も、まだまだということだろうな。これから精進せねば。

 

 とかなんとか考えてはいるものの、あるたった一つの可能性に一番の期待を寄せて、そうであってほしいと願って、そうであったらと先のことを想像して。全く、醜いったらありゃしない。今の俺はどこか変だ。どれだけの男がこれで騙されたか、俺はもう知っているはずだ。学習したはずだ。

 

 そう理解していても、頭の中で張り付いてしまっている。

 

 ……今日も早いが、もう寝ることにしよう。俺は、この考えを白に変換すべく、瞼を閉じる。精神的にも肉体的にも疲れたからか、すぐに眠気が襲ってくる。それに身を委ね、視界が暗転する。そして、直前にもう一度だけ、頭の中でぐるぐると廻り続けていた疑問が浮かび上がる。

 

 ――もしかして、彼女は俺のことを――

 

 ――そして、俺は彼女のことを――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「うわわぁぁあ~……」

 

 顔を真っ赤にしながら、枕を抱いてそれに埋める。倒れ込んだとき、彼が受け止めてくれた。体の殆どが密着して、ダンスで高まった興奮を、さらに高めた。自分の欲を我慢できず、彼を抱き締めてしまった。突然抱き締められたら、嫌われるかもしれない。そう思ったけれど、どうしても耐えられなかった。

 

 彼に触れた瞬間から、頭が回らなくなっていた。頭が真っ白になって、耳まで赤くして、あの時間がずっと続いてほしいと思った。受け止められた時は、もっとひどかった。

 

 彼の声が、匂いが、暖かさが、私を支配していた。息が苦しく、荒くなって、頭はもっと真っ白になって。忙しなく心臓が鼓動して、心も締め付けられる。彼が腕の中にいる。その認識が、私の感情を先行させる。切なさが彼と抱き合って埋まったはずなのに、それ以上の切なさが襲い掛かってくる。

 

 心が潤ったと思ったら、また乾いた。欲求が埋まると、それ以上の欲求を求め始めてしまう。そんなのは強欲で、怠惰的で、慢性的だ。わかっているけれど、求めてしまう。一番、彼がほしい。他の物の一切を捨てて、彼だけがほしい。その欲望に、自分の感情も体も支配される。

 

 ――その感覚は、ひどく悲しいわけでもなく、逆に頭が飛びそうなくらい嬉しいのも、悩みものだ。

 

「どしたの、音葉ちゃん。そんなになって」

 

 枕から頭を放すと、こちらを覗く茜ちゃんが見えた。不思議で仕方がない、という顔をしている。

 

「い、いや、なんでも……」

「あ、そうそう。誠とのフォークダンスは楽しかったかい?」

「楽しかったし、恥ずかし――うぇえ!?」

 

 驚きすぎて、変な声まで出てしまった。茜ちゃんがこれを知っているということは、あれを見たということで――!

 

「えぇえ!? み、見た、の……?」

「あ、やっぱり踊ったんだ。予想通りだね。見てはないよ」

 

 その言葉を聞いて、安堵の表情になる。あれを見られていたら、死にそうになるくらい恥ずかしい。それも、最初から見られていたとしたら、私から抱きついたことがバレている。欲深だと思われてしまう。でも……実際欲深さが全面に出ていたから、何も言い返せない。

 

「あれあれ? どうしたの、その『あぁ、よかった』、みたいな顔。もしやもしや? 他人に見られちゃまずいことを……」

「し、してない! してないから!」

「そうやって、必死になって否定しているとこ。ますます怪しいですな~」

 

 茜ちゃんがニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる。茜ちゃんはこうやって、面白いと感じたことはとことん求める性格だ。気に入ったら、最後まで調べ尽くし、知り尽くす。なぜなら、それが面白いから。単純で純粋な欲求だからこそ、彼女の悪戯はくすぐったくて仕方がない。

 

「して、ない……から……」

 

 自分の言葉が尻すぼみになって、背徳感を感じていることを露呈させてしまっている。その背徳感があったからこそ、あの時間の幸福感があったのだが。

 

「で、本当のところはどうなの? 周りに言うようなことはしないよ。そんなことは、面白くないからね」

 

 茜ちゃんの悪戯な笑みが、優しげな柔らかい笑みに変わった。声も同じく柔らかい。茜ちゃんの言うことの真偽は、最近になってわかるようになってきた。この表情と声からして、本当のこと。他言はするつもりはないのだろう。茜ちゃんは、時々ふざけるような性格だけれど、大事な時や真面目であることが必要な時は、真剣になってくれる。

 

「……一緒に、踊った」

「それはさっき聞いてる。他には?」

 

 やはり、どうにも躱すことはできなさそうだ。このままずるずると追求され続けるのも、限界がある。私は、こうなった茜ちゃんには、さっさと正直なことを言うのが一番だと知っている。

 

「……抱き、合った……」

「へ~、そうかいそうかい、抱き合っ――え? そ、それは、ハグのことだよね? 合ってるよね?」

 

 恥ずかしくなりながらも小さく頷くと、茜ちゃんがとても嬉しそうな顔になった。その顔があまりにも魅力的だった。そして、一番初めにこう思ってしまった。『彼をとられないだろうか』、と。まだ自分に振り向いてくれるともわからないのに、どこまでも強欲な私が、そう思わせる。

 

「ふふっ、それはよかったね。やっぱり、その……()()、なの?」

 

 茜ちゃんの質問に、少しどころではなくドキッとした。自分の中では、既に答えは出ている。それが、見透かされている気がしてならない。全部がお見通しのようで、どこか気恥ずかしい。さらに自分から答えを口にすることも、とても恥ずかしい。

 

「……私は、()()()()、だよ」

 

 ……言ってしまった。ずっと他言はせず、自分の中でしまい続けたこの思いを、初めて他人に言った。そのことによる恥ずかしさは頂点に達し、今にも逃げ出してしまいたくなる。けれど、そんなことでは、きっと彼とは結ばれることは、一生ないのだろう。悶える気持ちを抑え込み、その場に居座る。……枕で顔は隠したけど。

 

「うん、やっぱりね。見ていたら、なんとなくはわかるよ。で、いつからなの?」

 

 落ち着いた声で、茜ちゃんは言う。『見ていたら』という部分に、私と彼がいつも一緒にいる、みたいな意味があると感じてしまう。自分の中で妄想を広げ、自分の中で勝手に恥ずかしくなって蒸発する、という馬鹿なことをしてしまった。こうやって、自分がおかしくなるのも、恋の難点だ。

 

 それに、一回おかしくなったら、後になって歯止めがかからなくなる。自分の恋愛欲を満たすことだけしか考えられなくなる。彼を求めて、酔いしれて、溺れて、底無しの海に沈んでいく感覚。呼吸がままならない、苦しくなる感覚は、本当にそれと酷似している。抜け出そうとしても抜け出せないし、抜け出したくないと思ってしまう自分がいる。

 

 その自分を真っ向から否定できず、欲に甘えて身を委ねる。それにどうしようもない中毒性があって、一度吸ってしまった甘蜜(かんみつ)を途中で止めることなど、できるはずがない。そうやって甘い思いを形成させる。それが、どれだけ幸せなのか、わからなくなってくるくらい幸せ。湧き上がる恋が、永遠に続いてほしい。

 

「まずね、柊君が覚えてるかどうかわからない。けど、私と柊君は、三歳……幼稚園の年少で知り合ってるの」

「三歳!? へぇえ~……じゃあ、今年で知り合って十三年目になるの?」

「うん。さっきも言った通り、覚えているかわからないけどね」

 

 今までの様子を見る限りでは、きっと覚えていないのだろう。転入した日、隣の席が彼だったことには、もう心の底から驚いた。ブレザーの名前の刺繍を見た瞬間、夢なんじゃないかと自分を疑った。けれど、名前も後からわかって確信した。この柊君は、紛れもなくあの時の『ひいらぎくん』なのだと。『柊』の文字が読めたのも、そのお陰。その名前を再び読むことができたことが、奇跡。それだけに、嬉しすぎた。正直、泣いてしまいそうになった。

 

 覚えてくれていないのは少し悲しかったけれど、仕方がない。なにせ、もうずっと前のことなのだから。けれど、覚えていてくれているんじゃないか? という淡い期待が、捨てきれないから、『覚えているかわからない』と自分の考えを隠逸(いんいつ)させる。けれども、やっぱり仕方がない。私の、彼への一方的な感謝から芽生えた――()()なのだから。

 

「私はもう、()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。本当に好きとわかったのはつい最近だと思うけど、思えばその時から、恋をしていたのかもね」

「これはまたなんとも……一途って、私は素敵だと思うよ」

 

 また、この優しげな笑み。この笑顔が彼を惹きつけてしまったら。そう考えると、心がざわついて、涙が出てしまいそうになる。どこまでも欲深く、独占的であることに呆れてしまう。

 

「で、抱き合ったってことは、誠も音葉ちゃんを抱いたってことだよね?」

「ふぇっ!? あ、そう、だね……」

 

 抱いた、と聞いて反射的に淫らな想像を、一瞬だけ……してしまった。本当に、恋は自分をおかしくしてしまう。いつもの私なら、そんなことは絶対にないのに。頭が飛ぶほどの幸せと引き換えと考えると、妥当なのかもしれないと、少し納得してしまいそうにもなる。

 

 そうやって納得して、自分が中毒に浸ることを正当化させて、背徳感をなくそうとしている。けれども、それは実際に消えない。ただ、満悦至極を得ようとすることに、何等(なんら)変わりもない。依存が加速するのみだ。

 

「ってことはさ、少なくとも嫌じゃないってことじゃない?」

 

 確かに、そうだ。好きではないにしろ、嫌なら拒絶の反応を見せるはずだ。だけど、彼は違った。拒絶どころか、受け入れる以上のことをしてくれた。

 

 もしかしたら、彼も私を求めてくれているんじゃないかと、儚い期待を持ってしまう。けれども、それは叶わない恋故に。一方的な片思いから始まった私は、彼とは平行線となっている。だから、叶わない。そうわかっていても、そうであってほしいと願っている以上は、道を歩むことは止めないのだろう。

 

「そう……だね」

「だったら、アタックを続けるだけだよ。恋愛フラグは建った。なら、後は回収するだけだよ。じゃあ、わらひは寝うよ~ぉ」

 

 欠伸(あくび)混じりに言って、ベッドへと潜っていった。眠いのを我慢してくれていたんだろう。

 

 フラグ、か……そのフラグを、どれだけ回収し損ねたかは、わからない。クイックセーブもなし。セーブデータは一つのみ。さらには、リセットも効かない、正真正銘の一回勝負、ワンチャンス。その一回に、私の恋の全てを捧げたい。彼だけを、ずっと好きでいたい。

 

 好きでいるために、どうすればいいだろうか。そうなると、茜ちゃんの言う通り、アタックの他に選択肢は無い。

 

「……頑張ろ」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、瞼を閉じる。

 

 すぐに眠気と暖かさに覆われ、彼との抱擁の姿が瞼の裏に甦ってくる。儚い夢に縋りながら、その夢がいつか現実となるように。頑張っていかないといけない。

 

 ――彼を、好きでいるためにも、彼に好きになってもらうためにも。




ありがとうございました!

音葉ちゃんの一途な姿、とてもかわいらしい。
私も一途な彼女がいてくれたら……

魂恋録を見てくださっている方はわかっていると思いますが、
私の恋愛作品は、『彼』と『彼女』が多いです。
その理由が、自分に置き換えられるという、なんとも悲しい理由です。

私の自己満足かもしれませんが、よければ置き換えてみてください。
それ相応の悶える恋物語を書けるかは、保証できませんが。

ではでは!


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第17話 ピース・歯車・断片的情報

どうも、狼々です!

すみません、この作品の投稿が遅れてしまいました。
理由なのですが、先週あたりから体調を崩していまして。
勝手ながら、休養を優先させていただきました。

一昨日、病院に行ったのですよ。診察結果:過労ぎみ。
……はい、すみませんでした。気を付けます。頑張りすぎました。

進学の影響で、投稿速度は間違いなく下がります。
ですが、よかったらこの作品を、これからもよろしくお願いします。

では、本編どうぞ!


 白。匂い、音、味の三感がない。触覚も怪しいかもしれない。ただ、視覚だけは、生きていた。目の前には、黒髪の幼女が立っている。何度も夢に出てきて、最後に泣く幼女。

 

「ねぇ、まだ私の名前……思い出さない?」

 

 夢で出てきたように幼い喋り方ではない。その時点で、俺はいつもの夢と大きく違っていることを感じた。さらに言うと、幼い頃の俺の姿がない。

 

 そう思ったら、いきなり幼少期の俺が現れた。

 

「あれだけ、一緒にいたのに?」

 

 頭の中で、勝手に言葉の羅列が始まる。俺は無意識に、この少女の名前を思い出そうとしている。懸命に記憶を掘れるだけ掘り返す。が、どうにも上手くいかない。

 

 砂漠の中にある、赤い一粒の砂を探し出すような感覚だ。あること自体はわかっているのに、見つけ出すことが無謀に等しい。もどかしいを通り越して、発見できない自分に苛立ちを覚える。

 

 そしてもう一人、よく見慣れた少女の姿が現れる。

 

「あの時、助けてくれたのは、嘘だったの?」

 

 その言葉を聞いて、心苦しい。胸が締め付けられる。

 

「違う! そうじゃない!」

 

 気が付くと、俺は叫んでいた。罪悪感から逃れるため? ――否。では、名前を思い出すため? ――否。そして、自問自答を繰り返している内に、一つの結論に辿り着いた。

 

 本当は、覚えている。それも、すぐに思い出せるくらいに、記憶に残っている。ただ単純に、助けたことが嘘ではないと、偽物として形作られていないと、証明したい。自己満足かもしれない。独りよがりで、独善的かもしれない。けれど、それが何か、未来が変わるきっかけとなるならば、俺は。

 

 ……考えろ。思い出せ。ありとあらゆる可能性を模索し、回答を検証し、間違いを排除しろ。

 

 何故、小鳥遊は俺に懐いている? 何故、小鳥遊は俺の名字が読めた? 何故、俺はそれを不審に思わなかった? これらのことから考えられることは――

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()。自分でそれを意識していなくとも、感覚が覚えているとしたら。だとすれば、俺は、小鳥遊は――

 

「どう? 俺は思い出せそうかい?」

 

 その言葉だけを残して、幼少期の俺が消えた。もう、必要ないということなのだろうか。今手元にあるものだけで、答えを出せるということか。

 

「じゃあ、私の名前はわかる?」

 

 よく見慣れた少女が言う。

 

「……小鳥遊。小鳥遊、音葉」

 

 俺は答える。喉に詰まることもなく、すんなりと。

 

「じゃあ、私の名前は?」

 

 夢の幼女が言う。

 

 

 ――ようやく、わかった。なんだ、こんなにも簡単だったんじゃないか。こんな単純明快で、何が思い出せない、だ。全く、今までどうして忘れられていたんだろうか。こんなにも悩み、策を講じようとしていたのに。

 

「……小鳥遊、音葉」

 

 この名前を綴った時、二人の顔は笑顔になった。

 

「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない」

「やっと、思い出せたんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「久しぶり、柊君」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚め。今まで迎えた朝の中で、一番すっきりとした目覚め。頭の中のつっかえが取れて、視界も思考も晴れ渡っている。天気も、三日とも晴天と恵まれたようだ。

 

 煩わしい、眩しいというように、手の甲を額に当てて、天井を仰ぎながら呟く。

 

「……小鳥遊……」

「小鳥遊ちゃんがどうかしたの?」

「うわぁあぁ! ……吹雪か。どうしたよ」

「いや、別に~? 朝早々に黄昏れていると思ったら、とある女の子の名前を呟いていたからさ~?」

 

 吹雪がニヤニヤとしながら、こちらの顔を覗き込む。面白い、という言葉を言わなくとも、顔に書いてある。

 

「深い意味はねぇよ。……なぁ、吹雪。今日中に小鳥遊を遠ざけてくれよな。あと、ボイスレコーダー使わないかも」

「ん、わかってるよ。なぁに、使わないのが一番さ。もうすぐ朝食だから、準備してね」

 

 吹雪のニヤニヤが、爽やかな笑みとなった。俺の顔が、少し真剣になった理由を悟ってくれたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 食堂に着いて、自分の席に向かおうとした時、小鳥遊と目が合った。

 

「「あ……」」

「お、おはよう……」

「あ、あぁ、おはよう……」

 

 なんだ、この空気……気まずい。つい目を逸らしてしまう。昨日のことがフラッシュバックして、頭から離れない。甘いようで、ほろ苦いあの感覚を、どうしても思い出してしまう。

 

 ……取り敢えず、そこでニヤニヤしている吹雪と茜。やめなさい。

 

 

 

 

 睨まれもせず、少し恥ずかしい状態で食事を終え、三日目のバイオパーク巡りの準備を終えた。今はバスに揺られ、バイオパークに向かっている途中。隣の小鳥遊と度々目が合う。合っては逸らし、合っては逸らしを繰り返している。ったく、どこぞの恋愛展開じゃあるまいし……! こっ恥ずかしいのだ。

 

 視線を窓に向け、真剣に思考を巡らせる。

 

 

 この合宿で、チャンスはこの一度のみ。もう後がない。旦夕に迫っている状態。今の手札で、この状況を――作られた会場を見抜き、切り崩す必要がある。

 

 俺がしようとしていることは、降旗と愛沢の報復。けれど、昨日の様子を見る限りでは、改心したとしか思えない。そんな状態で俺が突っかかっても、正論で押し返されることはわかっている。ここは……()()()()()()。順番は間違えないように、後で戻れるように。わからないことは、どう足掻いてもわからない。

 

 では、どうして改心したのか。改心した理由。それは、黒宮の説得でいいだろう。黒宮の善意が、彼女二人の意志を、行動を変えた。どうやってかはこの際はどうでもいい。それだけの理由があった、とだけ理解すればいい。

 

 理由は、だ。今回不可解だと引っかかったのは、二人の態度の豹変ぶりだ。理由があったにせよ、あんなに親しそうにする必要はない。

 

「――! ねぇ!」

 

 昨日の様子を見る限りでは、嘘を言っているとも思えない。表面上だけって線も、恐らくないだろう。だとすると、小鳥遊との間に、表面上何らかの接触が、昨日よりも前にあったはずだ。

 

「……お~い。ひ~らぎく~ん。そろそろ怒るよ~」

「あ? ……あぁ、どうした、小鳥遊?」

 

 思考のあまり、話しかける小鳥遊を無視する形になっていたようだ。少し不満そうな顔をしている小鳥遊。そんな顔も可愛いのだが。

 

「朝はすっごく爽やかそうな顔してたのに、今は考え事ばっかり。どうしたの? はこっちが聞きたいよ」

「あ~……いや、別に何も。話すようなことじゃ――」

 

 そこまで言って、思考が一つの輪になりかけた。足りなかったピースの見当が、つきそうになった。あともう一つ、小鳥遊から情報を得られれば、真実に近づける。

 

「……なぁ、小鳥遊。愛沢と降旗から、合宿前に謝られたりとかしたか?」

 

 前の降旗と愛沢、それに黒宮にも聞こえないよう、小声で尋ねる。

 

「うん? うん、謝られたね。泣いた日の次の週くらいに」

 

 やはり、か。これで、降旗・愛沢に罪悪感からの詫びる気持ちがあること。それにより、彼女達からの事前の接触があったことがわかった。

 

 小鳥遊にありがとう、と一言告げて、再び思考の渦にのまれる。

 

 

 問題が一つ解決したところで、状況に変化は訪れたか? あぁ、それはもう。降旗・愛原が反省の意志を見せ、さらには親睦の行動まで取り始めている。ならば、問題という問題が全て解決したも同然だ。いや、解決、というよりも、喪失、と言った方が良いだろうか。

 

 本心では、二人が小鳥遊のことをどう思っているかわからない。二人だけが知っていることだ。そんなものを模索しても、答えが出ないのは当然。さらに、それを追及したからといって、真実の答えが返ってくるとは限らない。真偽の程も、彼女らのみが知っている。そんな(まが)い物のような言葉を並べられても、意味はない。

 

 加えて、俺が二人への報復の理由もなくなった。理由というよりは、デメリットが大きくなりすぎたのだ。

 

 人というものは、中途半端に思考を持ち合わせた種族だ。内面のことなど、知る由もなく、外見だけが頼りのこのご時世。そんな世で、友好関係を築き上げ、共存共栄を()とする一集団に、たった一人で反発の意を述べる。それは、途轍もなく無意味で、無謀である。

 

 それが今、この状況。俺が二人に真実ではない証拠を突きつけると、それは濡れ衣となって、俺に譲渡される。それに覆われた俺は、周囲からの侮蔑を受けることだろう。百歩譲ってそれはいい。だが、メリットがないのだ。それだけのために犠牲を払う、価値が。

 

 デメリットがない、というのは、別種のメリットであるとも言える。スポーツや事務で例えるならば、そつなくこなす、ということ。突出したメリットがなくとも、デメリットがないと、それを相殺するだけの価値がある。逆に言えば、それだけのデメリットがあれば、どれだけ優れたものもくすんでしまう、ということ。それが、今だ。

 

 つまるところ、俺は今回は何もすることがなくなった、ということだ。降旗・愛原は小鳥遊と仲良くなって終わり。ただ、それだけのことだったのだ。全く、要らないことに神経を擦り減らしていた俺は、何がしたかったのだろう。ボイスレコーダーどころか、動きもなしで終わることになろうとはな。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、バイオパークへ到着。動物の鳴き声だけでなく、遊園地からは金切り声も聞こえてくる。なんだ、ここは人間も飼われている動物園なのか。そうだよな。『動物園』なのに、一番身近な人間を入れないなんて、おかしいよな。大分俺も歪んできてるな。もう末期なのだろうか。

 

 バスを降車して、それぞれの班で集まる。この後、この集合の意味もなくなる程バラけるのだが。班の状態で入園し、自由行動に。暫く歩いて。

 

「あ、ほら小鳥遊ちゃん! あっちの動物見に行こうよ!」

「え? あ、ちょ、ちょっと!」

 

 吹雪が半ば強引とも思える手つきで、小鳥遊を連れて行った。その途中、吹雪が途中で振り向いて、こちらにウインク。あいつ、何やって――

 

 あぁ~……そうか、吹雪に伝えてねえや。もう何もしないってこと。つまり、今取っている吹雪の行動は、全くもって意味のない行動というわけだ。お疲れさん。

 

「あ! 私も行く~!」

 

 そう言って、茜も二人の方へ駆けていった。しかも失敗してるし。あんなに堂々と連れ出したら、着いていく人もいるだろうにな。何やってんだろうな。……あ、降旗と愛原も駆けていった。ぞろぞろと向こうへ集まり、吹雪の困る顔が見え、こちらを向いて両手を合わせ、申し訳なさそうにしている。いや、もういいんだって。

 

「ほら、俺達も行こう。誠」

 

 未だに残っている黒宮も、ゆっくりと向こうへ歩を進め始める。ま、これだと意味は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや、待てよ。何かがおかしい。今回の合宿の件、不可解なところが多すぎる。

 

 まず、何故先生がこの班の問題を受けて、メンバーを変更しなかった? 少なくとも、十人は目撃者がいるはずだ。教室のど真ん中、しかも小鳥遊が泣いているんだ。風のうわさで先生の耳に届いていてもおかしくはない。

 

 実際、届いたのだろう。だとすれば、この班でも問題がない、という認識を先生にされた、ということだ。それだけのことがない限りは、メンバー変更を余儀なくされる。

 

 そして、昨日のハウステンボスの大ゆり展。黒宮は説得で三人を仲介したということだ。しかし、その前に二人は小鳥遊に謝っている。それを知らなかったにしても、二人の説得の時に知るはずだ。知らないわけがない。そうなると、それは説得ではなくなる。けれど、黒宮は説得した、と言っていた。

 

 まさか……?

 

 確証はない。披瀝(ひれき)を貫くかもしれない。ただの俺の視野の狭い妄想で、真実とは食い違う可能性も否めない。仮に真実だったとして、確定的な証拠がないために、それを受け入れるかどうかもわからない。けれども、()()を前提として今回の件の話を進めると、辻褄が合ってしまう。

 

 欠けたピース、折れた歯車、コンピュータの断片的情報(インテリジェンス・フラグメント)。それらの一部がわからない以上、絶対的発言を形状化できない以上、妄想の範囲で、推測で、憶測で、話を進める必要がある。

 

 

 

「なぁ、黒宮」

「ん? なんだい?」

 

 歩きだそうとした黒宮の足が止まり、こちらを振り返る。

 

 

 光の奔流に流され、飲み込まれてなお消えない記憶(ピース)なら。回っても壊れず、欠けることのない丈夫な妄想(歯車)なら。()()を実現できるかもしれない。可能かもしれない。

 

 どこまで傍若無人で、独善的で、排他的な考えだろうか。けれど、それが答えだというのなら、俺はそれを躊躇うことはない。真実に辿り着きたい。本質を知りたい。人間という種族を真っ向から否定する考えだ。しかし、しかし。俺は分かりたい。

 

 

 自分の優位性を確認したいが為? 頭に張り付く(もや)を取り除くため? 夢と現実との(はざま)で、(うつつ)を抜かす状態から解放されたいから?

 

 指示代名詞とは真逆に、はっきりとしない俺の意識。それがひどく(おぞ)ましい。恐怖さえも覚えてしまう。今は、この理由はわからなくてもいいのかもしれない。わかっているけれど、見失っただけかもしれない。

 

 けれど、これだけはわかる。この問題は、先延ばしにしてはいけない、と。

 

 根拠なんてものは存在せず、画期的な案もなく、積み上げるだけの材料も、土台もない。けれど――いや、だからこそ。そんな幻想的な小夜曲(セレナーデ)でもなく、点在することのない前奏曲(プレリュード)でもなく。それらを夢見た結果、こんなものしか持たないからこそ、わかりたい。

 

 本人の意図がこう仕向けたのか、こうなるとは思わなかったのか。そんなものは関係ない。今回の小騒動、引き起こす要因となったのは。引き金を引いたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……黒宮。今回、何でこんなことをした?」

 

 

 

 ――引き金を引いたのは、黒宮だ。




ありがとうございました!

最後の表現は、それぞれの自己解釈ということでお願いします。

さて、二人だけに焦点を当てていたからこそ、
黒宮君のことに気づかなかった誠君。

皆さんは、気付いていましたか?
それほどフラグもなかったので、わかりにくかったとは思いますが。
次回は解決話になりますね。

ではでは!


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第18話 柊誠は、小鳥遊音葉のことが――

どうも、狼々です!

今回は解決話ですが、前半だけとなります。
その後は、音葉ちゃんとの行動です。

あと、今回で第2章終了です。

では、本編どうぞ!


「……黒宮。今回、何でこんなことをした?」

 

 

 

 ――引き金を引いたのは、黒宮だ。

 

「え、っと……ごめん誠。『こんなこと』って何?」

「あぁ、すまない。黒宮達三人が小鳥遊の班に()()()入ったことだよ」

「…………」

 

 黒宮は、答えない。何も、黒宮が小鳥遊を好きだとかじゃないだろう。

 

「……ごめん、皆! 先に行っててくれ! 後で追いつくよ!」

 

 後ろに振り向いて、皆に大きな声で呼びかける。全員の背が見えなくなったことを確認して、会話に移る。周囲の動物の鳴き声は弱まり、小さく静寂が訪れる。

 

「まぁ、大体は予想がつく。争いを未然に防ぐためだろ?」

「……自分を守ろうとする、汚い自衛心からだよ」

「ひどく悪く言えば、な」

 

 黒宮の視線は下げられ、あからさまに悲しげになる。俺としては、一切隠そうとしないところに、驚いている。さて、解決への道のりを辿るとするか。

 

「ここからは俺の推測でしかない。違うなら反論してくれ」

 

 黒宮は視線を下げたまま、小さく頷く。

 

「まず、謙遜なしで、だ。黒宮はモテる方だろ?」

「……否定は、しない」

「見た限りでは、黒宮と降旗・愛原……特に、愛原の方には恋愛的に好かれてるだろ?」

「そうだとは、思う。気付かないふりはしているけどね」

 

 乾いた笑いを浮かべる黒宮。その目からは、いつもの爽やかさが欠落している。炯々とは正反対の暗闇を帯びたその瞳は、何を思ってそうなったのだろうか。それは、俺にもわからない。それは、内心のことだから。外見だけで判断する人間である以上、深みへ到達することは叶わない。それが、この世の常。

 

「で、その今ある関係性を悪化させたり、壊したくない。明らかに自分に興味のない女子と組みたかった、と。違うか?」

「……全くもってその通りだよ。結果、争いを生んじゃったけどね」

 

 自嘲気味に笑う黒宮。その本意のところも、闇の中。打診など、到底無理だろう。畢竟、彼の表情の色を、心の色を読む(すべ)は、俺には持ち合わせていない。それこそ、本人のみぞ知ることだ。

 

「その言い方だと、悪気はない。ただの事故だった、と? 俺もその予想なんだが?」

「あぁ、そうだよ。せめてもの償いで、仲介はした。けれど、間接的にだが、小鳥遊さんを泣かせた要因は俺にある。違うかい?」

「…………」

 

 やはり、仲介役は本人か。これに関わり、先生への人望がある人間が説得し、問題ないという判断に至らしめる。そんなことができるのは、黒宮くらいだろうとは思っていた。

 

 俺も沈黙を重ねる。否定できない。黒宮の行動がなければ、そもそもこんなことが起きることはなかったのだから。無意味に、無責任に肯定を連ねることは、俺にはできない。

 

「……黒宮は、塗り絵をしているだけだろ。写真を撮ることを専門とする絵師ほど、馬鹿げたものはないと思うが」

「そう言われると、心が痛いよ。けどね、俺は模写をしているんだ。自分の醜いエゴを晒さないがためにね」

「もはや道具も揃っているのか、怪しいところだな。色調も薄れているぞ」

「残念。パステルカラーは塗ってあるさ。最低限の消しゴムくらいは用意できてるよ」

 

 筆を取らない、絵の具を使わない、キャンパスを使わない。これらが揃った絵は、もはや絵だとは言わない。絵とは別の何かだ。不確かな感情性をキャンパスの裏に隠すことは、愚か者のやることだ。

 

 消しゴムだけを持っていても、本来の役割を果たすことはない。それは、彼もわかっているはずだろうに。

 

「じゃあ、こっちから質問させてもらうよ。……いつから、疑い始めた?」

「ついさっきからだ。黒宮の選択肢を、自動的に排除していただけだ」

 

 正直、自分で気付けたことに驚きだ。何故わかったのかがわからない。二人の首謀者だと焦点を絞り込みすぎた結果、ここまでわからなかったわけだが。どうにも焦りすぎた。焦燥の先に、真実はないのだと深く感じた。

 

 よくよく考えれば、黒宮の平穏至上主義性を頭に入れていれば、もう少し早くに真実にたどり着いたのではないだろうか。

 

「……で、誠はどうするんだ?」

「どうするもなにも、何もしねぇよ。わざとじゃなく、償いもした人間に、俺が攻撃する権利はない」

 

 それに、俺も責められるし。特に愛原から。あの目は怖い。凶暴すぎる。

 

 俺は会話を終えるべく、黒宮よりも先に皆の方へ歩を進め始める。

 

「誠。……ありがとう」

「……大したことはしてね~よ」

 

 それは、何に対しての『ありがとう』なのか。どれだけ考えてもわからない。

 

 相対性の先に、何が見えうるのか。メビウスの輪ような特殊性ある表裏一体に、何を求めるのか。晴れない霧の向こうの景色は、一体何色なのか。それらを考えるのは、野暮というものだ。

 

 後ろから黒宮がついてくることを気配で感じながら、再び歩き出す。一歩踏み出した足が、いつもよりも軽くなっていた。さらには、周りの動物の鳴き声が元の大きさに――いや、もっと大きくなって、各々の鳴き声をけたたましいと思うほど響かせていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 柊君と黒宮君から離れて歩き、暫くして、私は不信感を抱かずにはいられなかった。

 

「ねぇ、吹雪君。柊君はどうしたの?」

「え? いや、俺にもわかんない。何やってんだろ~な」

 

 吹雪君が、遠い目をして言う。何かの言葉が口から出かったが、喉に詰まって言い出せなかった。自分でも、何を言いたかったのか、わからない。思い出す以前に、記憶が抜き取られたみたいだ。

 

「すまない。戻ってきたわ」

 

 柊君と、後ろについてきて黒宮君が戻ってきた。不思議と、彼らの顔が、爽やかさを帯びていて、やりきった感を漂わせていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 暫く動物を見て回った。インコやカバ、トラにライオン、オオカミ等など、色々な動物を見て回った。途中で黒宮達はどこかに行ってしまった。人混みに飲まれた。今ここに残っているのは、俺、吹雪、小鳥遊に茜。

 

 小鳥遊はカピバラが、茜はフラミンゴがお気に入りだったらしい。目が光ってた。どっちも可愛かった。けど、どっちかと言うと、小鳥遊が好みだな。黒髪ロングストレートいいよね。何言ってんだこいつ。

 

 動物園の方は意外と早く抜けて、遊園地の方を回っていた。

 

「あ! 柊君! 観覧車乗ろう!」

「ん? あぁ、いいけ――うあ! 引っ張んなよ! 行くから行くから!」

 

 観覧車の前まで来て、小鳥遊に腕を引っ張られて観覧車まで走ることに。二人の方を振り返るが、二人共手を降っている。こんにゃろ……! 嫌なわけではないのだが、昨日のフォークダンスで雰囲気が気まずくなるのは、目に見えているだろうに。

 

 少し……五分もしないほどだけ待って、俺らが一つのゴンドラに乗る。ゆっくりと円を描いて上昇し、手元の景色がどんどんと遠くなっていく。

 

「その……柊君?」

「ん? どうした?」

「えっと……九月の十四日と十五日、どっちが空いてる? 十四が土曜、十五が日曜だよ」

 

 ふむ、土曜日と日曜日……どっちかな~って、迷うこともねぇか。

 

「どっちも空いてるな。基本俺は暇だ」

「あ、あはは、そうなんだ……じゃあ、土曜日、いい?」

「いい? って何を……あ」

 

 な、なるほど……土曜日と日曜日。そういうことか。

 

「ダブルバインドか。なるほどな」

「そうそう。どう? 意外と自然な感じだったでしょ?」

「いや、表情が硬すぎだな。声も震えてる」

「し、仕方がないじゃん! で、デートなんて、誘ったこと……」

 

 小鳥遊が少し俯きながら、恥ずかしげに言う。……ん? デート? ……はぁっ!? い、いやいやいや、二回目? それも、小鳥遊から? おかしい。ちょっと待て。ちょ~っと待とう。思考が追いつかない。取り敢えずで、俺はその場しのぎにも似た返事をする。

 

「あ、あぁ、俺も大丈夫だ、うん」

「ぁ……うん、ありがとう!」

 

 その優しくも嬉しさを前面に出した笑顔は、あの時――十三年前と変わっていなかった。清楚で爽やかな魅力を持った笑顔は、慈愛に満ちている。

 

「ホント、変わらないんだな。十三年前のお前と」

「……ぇ?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。好リアクションだ。つい笑みが浮かんでしまう。してやったり、といった顔に。

 

「幼稚園から小学一年生まで、俺達は会ってただろ? 夜に思い出したよ。全く、今更だよな」

「ぁ、あ、あぁ、あぁぁ……!」

「まぁ、なんだ? その――小鳥遊?」

 

 話を展開させていて、小鳥遊の様子の変化に気が付く。見開かれた目からは涙が流れており、俺をただひたすら見つめて、泣いている。声はとぎれとぎれになっていて、単語にもなっていない。その様子を、ゴンドラに差し込む昼の強い日差しが、ガラス越しでさらに強調させる。屈折する光はあらゆる面から反射し、しっかりと俺の目に入り込む。

 

「ぁ、ぅぇ、ぇっぐ……」

「お、おい!? どうした!? 何か俺が――」

「違う、違うの……ずっと、覚えてくれてないと、思ったから……嬉しいの……!」

 

 滴を掬い取りつつ、泣き顔だった表情が笑顔に変わる。泣きながらの笑顔、そして、彼女の嬉しいの言葉が、俺の心臓を狂わせる。強引に握り締められたようにキツくなり、それに対抗するかの如く心拍が激しく、多く。激流となって流れる血液が、頭や全身に高い温度で循環する。

 

「っ……俺としては、小鳥遊が覚えてくれているのが意外だな」

「私は、ずっと忘れてなん、かないよ……ばかぁ……!」

 

 涙に濡れた艶めかしい声色は、俺の心臓を再び刺激するには十分すぎた。ゴンドラのほんの少しの揺れも、今では大きく感じる。釘付けになったように離せなくなる俺の視線は、本能が離したくないと叫んでいて、抵抗の余地もない。

 

「ぁ……その、なんだ。とにかく、ありがとう」

「それはこっちの台詞だよ。私を、思い出してくれるなんて、夢のようだよ……!」

 

 涙を完全に拭き取った小鳥遊は、至高と言わんばかりの笑みで、俺の心をくすぐる。俺も無意識にこうなることを期待していたのだろう。二人で覚えていて、十年越しの感動の再会。フェアリーテイルみたいな、夢物語のような、ハッピーエンド。

 

 よくよく考えなくとも、まだこれはエンディングではない。けれど、ここはエンディングでもあり、通過点――大事なセーブポイントでもあるのだろう。記憶に灼きつけて、忘れるなという自己への訴え。

 

「夢のようってな……で、そんな夢の幼馴染と、どこにデート行くんだよ」

「あ、そうだね……え、っと、その……」

 

 座った状態で体を少しくねらせる。恥ずかしがっているような、踏み切れないような。そんなことを体現している。

 

「まだ決まってないから、さ? 連絡先を……交換したいな~、って」

「……あ、あぁ、あぁ。わかった。後で教えるよ」

 

 異性との連絡先の交換。それは思春期童貞の非モテ男子にとって、一つの掲げる目標だ。それを、小鳥遊と。夢のよう、とはこっちの台詞だ。皆が泣いて嘆いて羨むぞ。

 

 ……人間とは、不思議なものだ。気にしないでおこうと思う程、そのことについて深く意味を模索しようとする。単なるめぐり合わせだったり、無意識の行動だったりせよ、その淡白な行動に意味を見出そうとしてしまう。

 

 小鳥遊が、俺と連絡先を交換したいのは、それなりの理由があるのでは? そう、勝手に解釈してしまう。詭弁に(まみ)れている可能性も考慮から外し、ただそれのみに望みを持つ。馬鹿のように振り回されることがわかっていても、それを止められない。

 

 正直言って、今の俺の頭の中は、小鳥遊のことでいっぱいだった。何を考えようとするにも、連絡先がどうだとか、次のデートがどうだとか、幼馴染だからどうだとか、そんなことを片隅で考えてしまっている。

 

 小鳥遊との会話すらろくに覚えていない中、ゴンドラが一周して元の場所に戻ってきた。そのことに並々ならぬ喪失感と物足りなさを感じる。

 

 外に出ると、炎天下にはそぐわない涼しげな風が吹き抜けていた。蝉の鳴き声でも聞こえてきそうだが、人の声で掻き消される。暑すぎる気温、強すぎる日差しを全身で受け止めているが、不思議と不快感はなかった。むしろ、胸の中で渦巻く何かが取れたような、そんな清々しさが放浪していた。

 

「じゃあ、()()は、今から丁度四ヶ月後だね!」

 

 先をステップで駆けていた小鳥遊が振り向き、心底楽しそうに言う。が、俺には『あれ』がわからない。じゃあ、という言葉から察するに、幼馴染の小鳥遊を思い出すことと、何か関係があるのだろうか。

 

 再び新たな霧が立ち込め、目を背けようと視線を外した先の時計は、もうすぐ集合時間であることを指し示していた。いつの間にかそんな時間になっていて、意外。

 

「あっ、と。そろそろ集合だね。行こっ!」

「あぁ、そうだ――うあっ、だから引っ張んなって!」

 

 小鳥遊に腕を引かれつつ、集合場所へ。近くにいくとさすがに腕は離されたが、彼女の笑顔は離されることはなかった。

 

 

 

 バスに乗り込み、今から福岡へ帰県する。皆は疲れ果てて眠りこけている。炎天下の中を彷徨い歩いた後、バスのクーラーに体を冷やす。まぁ、何とも寝やすい環境だろう。しかし、俺は一人、冴え冴えとした目で目まぐるしくスクロールする外の景色を見ていた。大してはしゃいでいたわけではないからな。悲しいな。

 

 頬杖をつきながら窓の外を眺めていて、隣から静かな寝息が聞こえてくる。……小鳥遊も、寝たか。そう思って間もなく、俺の右肩に重さがかかる。不審に思って右を見ると――

 

「んんぅ……」

 

 ――彼女の顔がすぐ近くにあった。純粋無垢な素の表情に、女の子独特のいい匂いに、ピンクがかった形の整っているナイーブな唇に、意識が刈り取られる。心拍数はこれまでにないくらいに上がり、彼女を含む皆が寝ていて、今なら何をしてもバレないという背徳感に、異常なほどの興奮を覚える。

 

 理性が勢い良く削られ、自制がかなり難しくなっていく。視線は彼女から一切動くことなく、ただ己を忘れて見惚れ、興奮するのみ。意識すればするほど、彼女の存在が妖美で、色っぽいものになっていく。ドキドキが、止まらない。そして、極めつけ。とどめの一撃が。

 

「んぅ……柊、君……えへへぇ……」

 

 俺の名前を不意に呼び、自然な笑いを浮かべた。庇護欲が一周回って全く逆に、今でも襲ってしまいそうなくらいな獣の欲に駆られる。吐息も運動後のように荒く、熱く、激しくなっていることが自分でもわかる。心音の高鳴りが耳障りで、煩い。

 

「はぁ……はぁっ……!」

 

 

 ……もう、自分を誤魔化す、自己欺瞞はできない。

 

 

 

 ……もう、自分の想いには、とっくに気付いている。ただ、それを気付かないフリをしているだけ。

 

 

 

 ……俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺は、彼女のことが、好きなんだ。




ありがとうございました!

これにて、第2章終了です!
まさか、合宿編だけでまるまる1章使うことになろうとは。

次回からは、また日常編に回帰します。
捻くれた考えが戻ってきます。

お互いがお互いを意識し始めましたね。
これから、恋愛面でのイベントは多くなると思います。

ではでは!


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第3章 感情を押し付けて、何が『好き』だ。
第19話 助けて


どうも、狼々です!

突然ですが、私がこのサイト、ハーメルンで小説を書き始めたのは、同じくこのサイトのある方の書いた小説を見て、感銘を受けたからなんですよ。
それで、この小説の前に処女作を書き始め、これを書き始め、もう一つ書き始め、今に至ります。

それで、最近わかったのですが、私が尊敬している方が、この作品を見てくださっているのです。
…………。
ビックリですよ。ほんっとうに。
ここ最近で一番ビックリして、嬉しかったのです。
もうそろそろ死ぬんじゃないかな……。

では、本編どうぞ!


 自宅に帰って、ずっと考えていた。……四ヶ月後。今は七月の初め。そうなると、その指し示す時は十一月の初め。どれだけ記憶を遡行させようとも、見当もつかない。人の名前の次は出来事。俺は忘れすぎにもほどがあるだろうに。

 

 どれだけ嘆いても、どれだけ後悔しようとも、霧は掴むことができない。向こう側をいくら望んだところで、自分の意志で霧を晴らすしかない。その方法を忘れている以上、ずっと霧に身を包ませることになる。自身の周囲で(うごめ)くナニカが、俺の意志の進行を抑制する。諦めろと突き放される。

 

 ――俺は。俺は、俺は。

 

 

 

 

 

 

 合宿から数日後。もう少しで夏休みということで、教室の雰囲気はや話題は、それに持ちきりとなっている。そんなに休みを求める割には、お前らは仲間と話しているんだな。えぇ? 学校休みたい、と懇願するくせに、その休みたい学校で楽しく笑い合うとは。これいかに。人間誰しもこうだ。矛盾をテーマに生きるような生物。

 

 都合の悪いことからは目を背け、「臭いものには蓋」を掲げる。一時しのぎであることを知らず、問題は先延ばし。継続性の欠片もない、どこまでも愚かで劣悪な生物。

 

 こうやって、夏の暑さを思わせる(せみ)方が、よっぽど真っ直ぐだ。一週間だけの命で、外に出てただ鳴き続ける。自分の最期まで、鳴き続ける。継続性の塊、と言っても過言ではないだろう。畢竟、バカな人間は蝉以下なのである。……まぁ、土の中では結構な年数生きているのだが。人間に比べると、ね?

 

 照り付ける夏の日差しを、屋上の日陰で凌ぐ今日このごろ。いつもの如く、小鳥遊と昼食。

 

 ……なのだが、どうにも俺の言動が機械的だ。変に意識してしまう。

 

 ――あの日。小鳥遊を恋愛対象であることを、認識したあの日。あの日から、俺は狂わされた。ことあるごとに小鳥遊を意識し、ついつい目の端で一瞥してしまう。話しかけられる度に心臓は踊り、頭は回らなくなる。おかしな話だ。恋愛とは、それぞれの自己満足だろうに。

 

 だから、こういうほんの少し、些細な違いに気付いてしまうのだ。

 

「……なぁ、最近小鳥遊、疲れてないか?」

「……え? い、いや、そんなことはないよ?」

 

 言葉が詰まっている。嘘であることは明確。そんな嘘さえも、夏の日差しに溶けていく。ジリジリと熱気は高まり、お互いの視線を熱くする。そこに存在するものは、一体何なのだろうか。それさえも、不明確。目の前が分からず、霧の向こう側が解るはずがない。そんなことを考える自分に、心の中で皮肉る。

 

 ――そんな自分に、嫌気が差す。

 

「そうか」

 

 それだけ言って、短かったようで長かった昼休みが終わる。清掃に遅れないためにも、今から二人で移動を始める。屋上の扉を開けてすぐに。

 

「ひ、柊君」

「ん? どうした?」

「あ、あの、えっとね……いや、ごめん。やっぱり何でもない」

 

 悲しそうな、踏み出しきれない表情。俺は知っている。この表情は、何かを隠していることを。俺は知っている。この表情の裏に隠された、知ってほしいの裏返しを。

 

 

 

 ――俺は、知っている。知ってほしいと同時に、同じくらい()()()()()()()感情が渦巻いていることも。

 

 

 

 

 

 SHRを終え、下校の時間になる。今日も、それぞれの学校生活の日常は(つつが)無く過ごされた。ここからは、それぞれの放課後の日常へと回帰していく。俺も俺自身の放課後を迎えるため、小鳥遊を待つ。暫く待った後、小鳥遊が俺のところへやってくる。が、カバンを持っていないあたり、何かあるのだろう。

 

「あ、その……ごめんね。今日は一緒に帰れない。用事ができちゃって、さ。先に帰ってて?」

 

 陰りが差した彼女の笑顔は、どこか寂しくも、焦っているようにも見えた。俺はその言葉に、待っている、と声をかけようとして、押し留める。用事ができた、と曖昧にすることの意味を、受け取った。聞かないでほしい、と言われているような気がしたから。

 

「あぁ、わかった。帰り、気を付けろよ?」

「うん……」

 

 いつもだったら、「子供じゃないから、大丈夫だよ」、とでも言っているのだろうか。『だったら』だとか、『であれば』とか、たらればを垂れ流しても、それは架空の話。別の平行線上を辿っている。だから、そんなことを考えること自体、意味がないというのは、わかっている。

 

 しかし、返ってきた言葉は、俺の求める言葉でも、予想した言葉でもなく。ただ、悲しさを携えた感動詞だけだった。

 

 皆はとっくに教室を出ていて、廊下を歩くのは、俺一人。コツコツと廊下に響く足音が木霊(こだま)し、静寂の重苦しさを思い知らされる。

 

 ……一人でいるのは、こんなにも辛く、寂しいことだったのだろうか?

 

 

 

 自分の気持ちと、ゆっくりと動く景色にズレを感じながら、自宅へ戻る。謎めいた感情に突き動かされつつ、今日一日を終える。まだ夜があるのだが、俺にはただ時間が有り余るだけ。

 

「……ただいま」

 

 当然、返ってくる言葉はない。ただ、俺が言いたかっただけ。言ったところで、何が変わるというのだろう。

 

 通学用カバンを放り投げ、ソファにぐったりと横たわる。視界の端で捉えたのは、テーブルの上の棒状の機械二つ。結局、合宿で使わなかったこのボイスレコーダー。吹雪に返そうとしたら、俺にくれるとのこと。まだ家にストックがあるから、と言われた。一体お前は何がしたいんだよ。

 

 

 

 ……本当に、何がしたいんだろうな。

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終え、外はすっかり闇に包まれた。かといって完全に闇かと言うとそうでもなく、荘厳に月が夜空に浮かんでいた。その月に呼び出されるように、俺は普段取らないような行動に走る。

 

「……外、散歩してくるか」

 

 こんな時間に、散歩なんてしたこともないし、思ったこともない。適当な服装で外に出ると、ひんやりとした微風が頬を撫でる。夜はまだまだ寒いようだ。行く宛もなく歩き続け、ひっそりとした少し遠くの公園に辿り着く。ベンチに座って、思考を巡らせる。

 

 

 

 人間、これ見よがしの態度をとるほど、自分に自信がないケースが多い。

 

 自分よりも大きな像を、虚栄心を元にした巨影として映し出す。表面に巨影を張り出し、内面に臆病さを隠す。自信のなさを露呈させないようにする。さらには、同じ虚栄心を持つ者同士で意気投合させ、衆愚を成り立たせる。

 

 それはひどく痛々しい。仮初さえも炯眼ではなく、自分自身さえも偽る、自己欺瞞。つい目を逸らしたくなる。

 

 しかし、残念なことにその虚栄心に、巨影に騙される愚か者がいる。瓦解以前に存在しないその幻想に縋り、レゾンデートルを持つことができない者を、崇める。燦然(さんぜん)と輝くわけでもなく、偽物の光に眩しさを覚え、目標とする。それにひどく吐き気を催す。

 

 自慢ではないが、俺は慧眼だと思っている。人の心を正確に読み、その場で当たり障りのない判断をする。それに鍛えられた。そんな俺からすれば、そんな巨影はないも同然なのだ。透けて見える。

 

 種が割れているマジックを見るのは、退屈でしかない。見透かす側としては、飽き飽きする。同じような手段で、同じような行動ばかり取り、同じような人間を集める。類は友を呼ぶと言うが、全くもってその通りだ。

 

 彼ら彼女らには沽券など、最初から存在しないのだろう。自分を隠すことに必死になっている以上、それ以上の結果は望めない。無駄で、無意味で、無感動。足掻けばなんとかなる、なんてものは言い伝えでしかない。それでなんとかなるならば、最初から問題視することもないから。

 

 頭隠して尻隠さず、などという言葉もあるが、俺から見れば、頭すら隠せていない。そんな紛い物は、想像以上に伝播が早い。根を潰しても、周りに既に繁殖してしまっている。結局のところ、臆病者はどこまでも臆病者で、変わることが殆どない。さらには、周りを感染させるウイルスでもある。

 

 本当に変わりたいと思うならば、まずはその透けまくりの、ハリボテ巨影を失くすところからだ。

 

 

 

 本当に、バカだな、俺は。いつものようであると振る舞っておいて、何が本物だ。

 

 夜空を仰ぎ、空に浮かぶ月を眺める。どこまでも孤独であるそれは、顕然。自分のレゾンデートルが証明できているのだろう。それに比べ、俺はどうなんだろうか。

 

 自分の行動理由を埋葬し、亡き物として目を背ける。それは正に、逃げ。逃げに徹する者は、決して強くはない。遠くから眺める俺も、一種の逃げ。

 

 どこまでも逃げて、現状の把握を拒絶する。それは、巨影とも言えるのではないか。そう、考える。

 

 邯鄲(かんたん)の夢のようだ。栄枯盛衰の儚さは、逃げのそれと酷似しているように思える。しかし、そんな大層なものでもない。虚構で固めただけ。

 

 ただ、俺は幾分かはマシだろう。ぼっちである以上、集まる友がいない。そうやって皮肉ることで、さらなる逃げを呼んでいるとわかっているのに。どうしても、考えてしまう。

 

「……帰るか」

 

 一人呟いて、家に帰る。吹き抜けていく風が、一層寒く感じた。

 

 

 

 

 照明が消されている中、差し込んでくる月光のみが、この部屋の灯り。青白い光に呑まれそうになるが、すぐに電気を点ける。人口の光が、瞬時に月光を塗り潰す。外の冷気を帯びた体も、もう暖かくなっていた。

 

 それが意味もなく嫌になり、すぐさま灯りを消して人口の光をなくす。月光が再び息を吹き返し、部屋を静かに照らす。

 

 頭を空っぽにしようと、無理矢理にベッドに入り、目を閉じる。

 

 

 ――月光が厚い黒雲に阻まれ、部屋に差す光がなくなった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 本当のところは、柊君と笑って帰りたかった。けれど、呼び出された。昼休みの前、紙に書いて手渡されて。

 

 『今日の放課後、昼休みに音葉がいつもいるところで待っているよ。』

 

 名前も知らない、クラスも違う男の子に。不審に思うどころか、背筋が凍った。私は相手のことを何も知らないのに、相手は私のことを『音葉』と。怖かった。助けを借りたかった。

 

 そんなとき、柊君に聞かれた。疲れていないか、と。理由は明確だった。あの手紙。寒気すら覚える手紙。そのことを口にしようとして、思い留まった。これは、私のこと。柊君に迷惑はかけられない、と。

 

 私も何故呼び出されるかは想像がついていた。廊下を歩き、階段を上り、扉を開ける。寒々しい風が吹き抜ける中、一人の男の子――手紙を渡してきた男の子が、立っていた。

 

 緑色の髪で、黒の優しそうな瞳を持った好青年。背も高く顔もいいし、性格もよさそう。

 

「あぁ、来てくれたんだね。やっぱり音葉は……いや、それよりも、来てくれてありがとう」

「え、えと、うん……ごめんね、私、貴方のことを殆ど知らなくて……」

「あぁ、それもそうだよね。違うクラスだし。僕は、草薙(くさなぎ) 楓弥(ふうや)。よろしくね?」

 

 彼の浮かべた笑顔は、とても優しそうだった。けれど、どこまでも闇が深くて、鳥肌が立ってしまいそうになる。

 

「で、単刀直入に言うよ。僕は、君のことが――音葉のことが、好きなんだ。付き合って……くれるよね?」

 

 やはり、か。告白は何度もされて、その度にフッてきた。今回も、同じ言葉でフろう。

 

「ごめんなさい。私には、ずっと前から好きな人が――」

 

 好きな人がいるので。そう言おうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁあぁぁああ! あいつか! あいつだな! 柊 誠! あいつが、あいつが邪魔なんだ!」

 

 

「ひぃっ……!」

「……あぁ、ごめんね。怖かったよね。心配しないで、大丈夫。あの柊に、弱みを握られていたり、都合の悪いことがあるんだよね?」

 

 ……え? 一瞬、耳を疑った。今、この草薙、という男の子は何を―― 

 

「僕が助けてあげるからね? すぐに楽になれるよ。そしたら、すぐに僕と付き合ってくれるさ……はははっ」

「え、っと……」

「あぁ、今日はこの辺にしようか。いっぺんに話をしても、良いことなんてないよね。あいつがいなくなったら、またここに呼ぶよ。でも夏休みを挟むから、その間会えないね。ごめんね、我慢してて。それじゃあね? ……っと、その前に」

 

 そう言って草薙君は――私の体を抱こうとした。

 

「……! い、いやっ!」

 

 危険を察知した私は、すぐさま草薙君の手を躱し、払った。そして、自分は失敗した、と思った。この男の子は、何をするかわからない。そう確信している以上、拒絶の対応は取らない方がいいと思ったから。

 

「……っ! あぁ、まぁ、それもそうか。まだ知り合ったばっかりだもんね。僕の方はすごく、すご~く知ってるけど、音葉は僕のこと、何も知らないもんね。行き過ぎたかな? まぁ、それもすぐに慣れるよ。じゃあ、今度こそじゃあね? 次に会う日が楽しみだよ」

 

 そう言って、草薙君は扉から出ていった。

 

 ガタン、と扉が閉まる音が鳴ってからすぐ、私はぺたりとその場に座り込んでしまった。腰が抜けてしまって、暫くの間立てなかった。柊君と一緒にいる時とは真逆の意味で、心臓が忙しなく動く。息もとぎれとぎれとなり、苦しくなる。

 

 

 

 こわい、こわい、こわい、こわい、こわい。

 

 

 

 あんなに怖いと思ったのは、初めてだった。そして、彼に迷惑はかけられない。だから、頼りたくても頼れない。かと言って、自分で何かできるわけでもない。

 

 さっきの反応を見る限りでは、何をしても無駄なのだろう。勝手に好印象で解釈して、勝手に物事を進めていく。表面は優しそうなのに、内面は途轍もなく怖かった。あの差に、恐怖を覚えずにはいられなかった。

 

 あの温もりが、優しさが恋しい。柊君なら、なんとかしてくれるかもしれない。けれど、迷惑をかけたくない。

 

 私は、自然と涙を流していた。屋上のコンクリートに、ぽつりぽつりと、涙がこぼれ落ちる。それは堰を切ったように流れて止まない。そして、頼っちゃいけない。そうわかっているのに、彼がこの場にいないことをいいことに、呟いてしまった。弱さを口にしてしまった。

 

 

 

 

「こわい……こわいよ……! たす、けて……柊君……!」




ありがとうございました!

キーボードを打つ手が震えるんですよね。
緊張ですよ……!

さて、これからは敵となるキャラがたちますので。
恐らく、草薙君との争いで、第3章が終わるかと。
人によっては、気持ちが悪いと感じる展開が続きますが、ご了承ください。

人を引き込めるような展開を、いつか書けるといいな。

ではでは!


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第20話 欲しいものの価値は、失って気付く

どうも、狼々です!

前回は、泣いている音葉ちゃんで終わりましたね。
捻くれ要素が戻ると思いきや、草薙君の登場。

実は、予定を急遽変更して入れていたり。
こっちの方がストーリーがいいかな? と思いまして。

では、本編どうぞ!


 昨日は普段より早く、無理矢理に寝たため、朝の目覚めはいい。外の冷徹さが漂う光に、俺は目を細める。今日は、いつも通りなのだろうか。そんなことを思っても、現実は何も変わらない。

 

 ……まぁ、もうすぐ夏休みだ。寝て、遊んで、勉強して。それを繰り返せばいい。余計なことは考えず、人とも深く関わらず。当たり障りのない日常を、平穏を、繰り返す。それだけでいい。それは学校でも同じ。授業を受けて、家に帰る。これを繰り返すだけ。

 

 朝食と一緒に、無駄な考えを嚥下(えんげ)する。が、気分は悪いままだ。

 

 準備が終わったら、玄関の外へ出て小鳥遊を待つ。そして、外の明るさが夏とは思えないほどの暗さに気が付く。天気が雨なわけでもないが、厚い黒雲が空全体を覆い隠している。昨日の夜と同じように。

 

「……はぁ」

 

 意味もなく溜め息をついてしまう。沈んだ空気が、どこか重く感じる。間もなくして、小鳥遊が来た。意外なことに、小鳥遊もあまり元気がなさそうだった。目線は下を向きがちで、表情に色がない。

 

「おう、おはよう」

「あ、うん。おはよ。行こうか」

 

 淡々とした彼女の言葉は、俺に違和感を植え付ける。けれど、その違和感の正体がわからない。胸の奥にしこりを残したまま、通学路を歩く。小鳥遊は考え事をしているような表情のまま、学校に着くことになった。学校に着いてからも、途中どこかへ一人で行くこともあった。が、特に気になることもなく、問うこともなく。

 

 いや、気にならないと言えば嘘になる。しかし、度重なる詮索は、相手に不快感を感じさせる。見る限りは何かあったのだろう。けれど、それを俺が知ることはあまりよくない。そう感じた。

 

 好きな女の子を気にかけることは、まぁするだろう。けれど、俺はそれだけが気になる原因とは思えなかった。だからと言って、問う理由にはならないのだが。今の俺にできることと言えば、元気付けるくらいしかないだろう。そう結論付けて、昼休み開始のチャイムを迎えた。

 

「小鳥遊、行くか」

「……あ、うん。わかった」

 

 上の空、といった感じだ。心ここにあらず、といった感じだ。少し前――それこそ、合宿中の小鳥遊の様子とは真逆だと言っていいだろう。それだけのことがあった。だからこそ、聞いてはいけない。そう思い込んだ。

 

 廊下、階段を上がった後、屋上のさらに上に広がるのは、未だに厚く閉ざされた黒雲。不思議と雨が降ってこないのが、また不気味だ。梅雨のシーズンなので、降ってもおかしくはないのに。取り敢えず、この淀んだ空気を吹き飛ばすためにも、何か俺が話題を提供して――

 

「ねえ、柊君はデートはどこに行きたい?」

「……え? あ、あぁ、土曜のか」

 

 小鳥遊から話題を、しかも嬉しそうに明るく言うものなので、俺は呆気にとられる。返事も拙かった。自身の中で思考を肥大化させて思考していると、一つの無難な答えを思いつく。二人で昼食を取りながら言う。

 

「……えっと、合宿で行ったが、遊園地でいいか? 結局、観覧車しか回ってないだろ?」

 

 そう、遊園地。テーマパークの代名詞とも呼ばれるそれ。客観的にも主観的にも悪くはない判断だと思う。話題に困らないし、距離を詰められる。さり気なく近付こうとしているあたり、俺も完全に小鳥遊のことが好きなようだ。今まで俺は、恋愛をああ思っていたのにな。一番驚いているのは、自分自身だ。

 

 合宿ではバスの移動所要時間もあり、バイオパークを謳歌する時間は、お世辞にも長いとは言えなかった。最終的に、折角バイオパークに来ているので、大半の時間を動物園を回る時間にしよう、と班で話がまとまった。なので、遊園地全体という意味では、楽しめていない。この選択は、少なくとも今の時点では、間違いじゃあないはずだ。

 

「うん! よかったよかった。どうしよっか~……!」

「ふふっ、楽しみなのか?」

「そりゃ勿論! 幼馴染と遊びに行くんだからね。それに、柊君も思い出してくれたようだしね?」

 

 彼女の悪戯な笑みは、どこまでも俺の心を揺らす。魅惑的にも見える笑顔は、魔性とも言えるだろう。眼前の女の子は、やはり俺の好きな彼女のようだ。

 

 今まで、無意識に彼女との距離に予防線を張っていたのかもしれない。自分が、小鳥遊が傷付かないために。常に距離を一定に保ち、親しくも疎遠でもない関係を維持させようとしていたのだろう。けれど、ついさっきわかった。『予防線を張る』ということは、氷の上で横滑りになる、ということなのだと。

 

 それ以上嫌われることもないが、好きになることも、なってくれることもない。全てが平行線。しかし、その関係も氷の様に脆いものだ。ある程度の期間が経つと、まるでなかったことになったかのように、ゼロに戻る。段々とフェードアウトして、元々あった関係から乖離する。そして、『接点はない』という関係が再構築される。

 

 親しい以上の関係を持ちたいと願う以上、横ではなく、縦に向かっていかなければならない。自分から、距離を詰める。今思うと、初めてなんじゃないだろうか? 自分から誰かと親しくなろうとするのは。吹雪とは……まぁ、覚えていないが、俺から話しかけるなんてこと、あるとも思えない。

 

「そしたら、すぐに十一月。()()があるからね。まさか、二人一緒に迎えられるとはね。あぁ~……楽しみだな~……!」

 

 彼女は、俺の隣で禍々しい黒雲を見上げる。いや、その奥の景色を想像し、見ているのかもしれない。目線が、それだけ遠くを向いて、過去の追憶に浸っている。うっとりとした表情を浮かべる小鳥遊は、先程までの暗い表情の後だとは想起できない。物悲しい雰囲気は、悦楽の雰囲気へ塗り替えられている。

 

 でも……言えないよな。『あれ』、何かわからない、なんて。思い出したと言った手前、今更これは覚えてないです、なんて言いづらい。あんなに泣いて喜んでくれたんだ。罪悪感に押し潰されそうになる。

 

「あ、あぁ、ホント、あれ楽しみだよな~」

「……? ――うんうん。 冬に海に行くって、約束したもんね~」

「……あ、そうだったな。今考えると、ホント愉快な話だよな~」

 

 お、おい、冬に海とか、ふざけろ。寒くて死んじまうぞ。主に俺が。一応泳げはするが、あまりの寒さで足がつって、そのまま溺れていく、なんてこともある。洒落にならない。

 

「……じぃ~……」

「んあ? ど、どうした?」

「……ねぇ、本当のところは覚えてないでしょ」

「へ? い、いや何が? 俺はちゃんと覚えてるよ。海だろ? 思い出したって言ったじゃん」

「……約束、()()()()()んだけど」

 

 ……あっ(察し)。 これは一回土下座を決行すべきなのか? プライドよりも、身の安全を優先すべきだろう。俺が素早く両手のひらをコンクリートに接着させ、足を正座の位置に変えようとして、小鳥遊の口が開かれる。

 

「怒らないから、正直に――」

「覚えてないですすんませんでしたぁぁぁああ!」

「……い、潔さは認めるよ。で、でもね? 私だって、傷付くんだよ?」

 

 何だろう、楽しくなってきた。こうやって小鳥遊と話して、俺が馬鹿やって、時には吹雪や茜も交えつつ。これが、俺の日常なのだろう。『いつも』である日常が、一番落ち着くのだろう。

 

「う……さ、さすがに覚えてないなんて言ったら、傷付くかな~っと」

「い、いや、そうじゃなくて……ね? 覚えてないなら覚えてないで、ちゃんと言ってほしかった。私が傷付いたのは……柊君に、嘘を吐かれたからなんだよ」

 

 この、優しい笑顔。見る度に、この笑顔に惚れたんだと、深く納得してしまう。そして、この暖かさ。優しさ。俺にはもうない純粋な心を持っていることに、尊敬もしているんだろう。あと、可愛さ。

 

「ま、まぁ、(たま)には嘘も必要だよな? 正直者は馬鹿を見るとも言うし、お世辞だって――」

「――本気で怒るよ?」

 

 小鳥遊から、ジト目でこちらを覗き込まれる。如何せん、距離が近い。そのジト目と表情がたまらない。可愛い。

 

「ほう、じゃあやってごらんよ」

「……てい」

 

 そう言って、俺の頭にチョップ。痛くも痒くもない。依然として表情をそのままにする小鳥遊に、俺は笑ってしまった。心から、面白かった。

 

「ふふっ、それ、なんかいいな」

「ふ~ん……てい、てい、てい、てい」

 

 今度は、連続してチョップが俺の頭に。しかし、例によって痛くも痒くも――

 

「あ、あれ? 力強くなってない? ねぇ気のせい? 気のせいじゃないよね? ねぇ、ちょっと――痛い痛い痛い! 痛い、痛いから痛いから!」

「調子に乗った罰だよ。まだ、してほしい? ……ふふっ」

「いえ、遠慮しときます……ははっ」

 

 二人で、笑い合った。こうやって、中身のない会話をして、何気なく過ごす日常が、俺にとっても彼女にとっても、一番過ごしやすいのだろう。とても単純で、簡単で、気付きにくいもの。いつもあるから、日常。当たり前だから、それが持ちうる本当の価値がわからない。

 

 それは、それを失ったときに初めて気が付く。けれど、そのときはもう遅い。失ってしまった後だから。どれだけ悔やもうとも、嘆こうとも、戻ってくることはない。ただ、俺達の求めるものは、日常。周りの環境が大きく変化していない以上、取り戻すことは容易だ。

 

 そんな何気ない平穏が、一番欲しいものだった。お互いに、何かしらで悩んでいるのだろう。けれど、こうやっていつものように過ごすことが、一番したいことだったんだ。

 

「じゃあ、一つだけヒントをあげる。ん~そうだな~……スコップ、かな?」

「……はぁ?」

 

 つい素っ頓狂な声が出てしまう。それもそうだ。なにせ、記念すべき日だろうに、そのヒントがスコップ? あれか? SSとかを読み漁る方なのか? ……絶対に違うだろうな。俺と小鳥遊が一緒にいたのは、幼稚園と小学一年まで。そんな小さい頃からSSとか、達者としか言いようがないんだが。

 

 そして、結局謎は解けないまま昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。

 

「ほら、もう時間だよ。行こう?」

「はいはい。さ、行くとするかな~っと」

 

 俺がゆっくりと立ち上がり、小鳥遊の後を追う。いつの間にか、空にかかっていた雲はなくなっていて、暖かいを通り越した暑い日差しを、俺達に届けてくれる。それを見て、自然に笑顔になる俺達もまた、俺達らしい。

 

 

 階段を下り、廊下を歩いている時、すれ違った一人の男子生徒に違和感を感じた。普通の人が出すオーラじゃない。大体、普通の人は俺のことを何とも思わないで通り過ぎる。けれど、今の男子はそうじゃなかった。

 

 好奇でもなく、好意でもなく。嫌悪を通り越した――そう、憎悪。それが一番近いだろうか。まぁ、俺に憎悪なんて、抱く人が多すぎて誰か見分けつかねぇや。見たところは、緑髪だった。記憶が正しければ、俺のクラスに緑髪はいない。他クラスだ。さらに、赤色のネクタイをつけていたので、同学年。

 

 ――ま、いいか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ほんっっっっとうに、吐き気がする。あの音葉の笑顔を見たのか、あの柊とかいう奴は? どう見ても愛想笑いだろう。どうしてわからないんだ。無理矢理笑ってるのが、わからないのか?

 

 いや、わかっているのかもしれない。音葉が柊に弱みを握られているのだったら、それを承知で笑わせ、楽しんでいるのかもしれない。……許せない。そんな自己中心的な奴が、僕の音葉に近付く権利なんて、ありゃしない。さっさと片付けないと。

 

 とはいえ、音葉との約束を守るのが一番だ。夏休みの間に会えない、とか言っておいて、それよりも前に片付けちゃったら、音葉が焦ってしまう。早く解放してあげたいのは山々なんだけど、心の準備ができてないよね。夏休みの間に準備を進めて、早く結婚までしてしまおう。

 

 僕は結構家柄もいいから、働かなくともまぁ、裕福に暮らせるだろう。だから、ずっとずっと楽しく、幸せに、音葉と夢の結婚生活を送れる。そのことを認知して、つい頬が緩む。

 

 結婚も早くしたら、きっと子作りも早めだよね? そうしたら、僕と音葉との間の子供を育てて、後継ぎにしなくちゃね。そしたら、今のうちに子供の名前も――いや、音葉の名前の希望も聞かなきゃね。頑張って産むのは、音葉なんだから。僕が一方的に決められることじゃない。オシドリ夫婦となることが約束されている以上、そんな自分勝手なことはできない。それに、したくもない。

 

 もうすぐで清掃だが、まだ少しなら時間がある。少し駆け足で屋上に向かう。屋上は、風通しが良く、静かな場所だった。……こんなところで、二人は一緒に――

 

「あぁぁぁぁああ!!!」

 

 僕は絶叫し、鉄の屋上のドアを、右手の小指球――小指側の側面の場所――で思い切り殴りつけた。手に響くはずの鈍痛は感じず、僕が感じたのは、柊に対する憎悪と鉄の扉の鈍い悲鳴だけ。

 

 そうしたら……やっぱり、柊が邪魔で仕方がないんだよなぁ……! いつもいつも僕の音葉の近くにいて、音葉と僕の未来の生活を邪魔しようとする、柊がぁぁぁああ!

 

 あぁ……いや、これだと、あいつと同じだ。怒り狂っても、音葉は喜ばない。完膚なきまでに叩き潰して、再起不能にさせた方が、彼女の身の安全が確保できるし、それによって彼女が喜ぶ。もし音葉が人質に取られでもして、大事な音葉に傷が付いたら、元も子もない。助けられないのだから。

 

 助けると約束した以上、それを破ることは許されない。だから。もう精神に傷が沢山ついてしまっているけれど、僕が今後の生活で癒してあげよう。

 

 だからさ……もう少し待っててね、音葉。僕が絶対、守ってあげるからね……?




ありがとうございました!

はい……自分で書いていてなんですが。
ヤバイですね、草薙君。キャラ立ちすぎですね。
まぁ、このくらいインパクトあった方が……

土曜日、週間オリジナルランキングの第2位に入り、お気に入りも300に。
色々と幸せすぎて、本当に死んでしまうかもしれません。
ランキングの方は3位ギリギリの2位で、1位の方の作品とは大差なのですが。

皆さん、ありがとうございます!

ではでは!


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第21話 お、お邪魔します……!

どうも、狼々です!

今回は、完全なる日常話です。
あのヤバイ精神の草薙君は一旦忘れて楽しんでいただけると。

では、本編どうぞ!


 学校が数日だけあった後、夏休みに入った。終業式の日、小鳥遊は笑っていた。そのことに、単純な安心感を得た。もう大丈夫なのだと感じた。そして、帰ろうとする前に茜に連絡先の交換を迫られた。いやまぁ、別に俺はいいのだ。拒絶することもなく、受け入れたのだが……小鳥遊が狼狽(うろた)えていた。どうしてだよ。

 

 で、今は部屋の中に引きこもって遊んでいる最中。やることもなく、暇である。エアコンから吐き出される冷気に身を包ませ、ソファに寝転がるという怠惰な生活を繰り返して、はや二週間と数日。遊んでばかり。外の日差しに身を晒すことは殆どなく、今日までを過ごしている。

 

「あぁぁぁ~……勉強、しなくちゃな~……」

 

 学生という身の上、勉強はしなければならない。義務教育ではない高校とはいえ、入学している以上、それは避けられない。ソファから出ることに虚しさを感じながら、封印されていた通学用バッグから勉強道具を取り出す。

 

 勉強とは、ゲームの一種である。勉強という一括りの中で、ゲームと共通するところは多い。全く逆の存在だと思われがちだが、実際ところは似ているところがある。

 

 勉強をすればするほど、学力というステータスが上がっていき、頭を使ってテスト・考査という名のボスと戦う。そのボスとの戦績で周囲とのプレイヤーとの対戦も可能。さらには、その戦績によってランキングも出るときた。そこらのゲームとなんら変わりないのだ。

 

 むしろ、そこら中のゲームより栄えている、人口最多のゲームだと言えよう。

 

 でも……やる気が出ない。何か楽しいことがないかと、それ以上の娯楽を探している。その探すだけの時間、自分の手持ちの時間も減っているのに、周りは気付かない。だから俺は、既に見つけた娯楽で楽しむ。結局休んじゃうのかよ。

 

 いや、でもあれだから。とあるアイドルの歌に、『働きたくない』を掲げた歌があるから。謎の中毒性もある。結構あの歌は好きだ。リズムも中々。しかし、俺は杏ちゃんじゃなく、みりあちゃんとしぶりん推しなんだ。ごめんね。

 

 

 二時間ほど勉強――夏休みの課題だが――をして、少々の休憩がてら、スマホでリズムゲームをしていた。おぉ! 最近アプデで導入されたスイングアイコンが、意外と楽しい。シャシャシャン! って連続で鳴って、気持ちいい。ちなみに推しは、真姫ちゃん、梨子ちゃんとまるちゃん。でも、こういう推しキャラって、好みが分かれるよね。でも、俺は基本皆好き。その中でもさらに好きなのは……って感じだな。

 

 さて、もうすぐサビに入ろうというところで、電話がかかってきた。携帯は震え、自分のスマホを持つ手と指も一緒に震える。電話相手は吹雪、ちなみに暫定フルコン。

 

「あぁぁぁぁあ!」

 

 一瞬の隙間を見逃さず、右上の一時停止ボタンをタップ。そして電話に出る。

 

「……もしもし?」

「あ、誠? 今からそっちに勉強会に俺含めて連れも行くから、準備しといて~?」

「ちょっと待て。来る分にはいいが、いつ来る?」

「ん~……あと一、二時間後くらいかな? じゃ、よろしく頼むよ?」

 

 そして、通話終了を知らせるバイブ。画面は切り替わり、残ったのは一時停止中のライブ画面だけ。こうやって突然に電話がかかり、遊びに来るというのは今に始まったことではないので、特に驚かない。アイツはこういう奴なのだ。しかし、連れも来るとは予想外だ。今までそうじゃなかった。

 

 友達の友達って、微妙な距離感だ。こちらから話題を提供できるはずもなく、素っ気ないでもなく。中途半端な体裁だけを繕って、雰囲気だけを繕って。その虚構が大嫌いだ。他人行儀を無理矢理に形作り、相手に見せつける必要もないだろうに。気分を害する一方だ。

 

 それを防ぐために、俺はぼっちになることを推奨したい。友達がいなければ、そもそもの繋がりを断つことができ、友達の友達どころか、友達の存在もなくなるからだ。故に、人間関係が一番ドロドロしていないのは、ぼっちであるのだ。 

 

 ――当たり前だろう? だって、そもそもないのだから、人間関係が。

 

 ライブの続きをやろうとして、俺は気付いた。

 

「……ん? これ、アイコンがもうタップ場所と重なってね?」

 

 そう、それはもう綺麗に重なっていた。他のアイコンも既に流れ始めていて、その中の一つが重なっている。それが意味することは正に、コンボの途切れ。ここまで暫定フルコンなのだ。諦めたくはない。が、一時停止の後に重なっていつアイコンは、回収が難しい。無理とも言える。少し画面が暗転して、薄く見えるのはそれ。……やるしか、ねぇ!

 

 一時停止を解除し、素早く指を走らせる。重なったアイコンにめがけて。しかし、俺の意気込みも虚しく、アイコンは逃げるように滑っていき、俺の指先という名の網を掻い潜った。そして出てくるのは、画面中央にでるMISSの文字。

 

「あぁぁぁあ!」

 

 俺は絶叫をあげながらも、タップを休めない。せめて、せめて他のアイコンは……!

 

 

 ライブが終わり、リザルト画面に移る。PERFECTが殆ど、GREATが一桁台。そして、MISSの項目に浮かぶ、一の数字。その一の重みに感慨のような何かを思いつつ。

 

 ……さて、お菓子や飲料物でも買ってくるか。数人分。

 

 

 

 買い物から帰り、数人分のお菓子を保管する。アイスクリームも買ったので、冷蔵庫の中へ速やかにしまい込む。服装はそのままに、吹雪とその連れを待つ。

 

 待つこと十分程度、俺の家のリビングに軽快なチャイム音が響く。友人の来訪を伝える鐘の音が鳴ったと同時に、玄関に向かい、施錠された鍵を解錠し、不審感を抱く。

 

 このマンションは、一階のロビーで鍵を使わないと、ロックが解除できず自動ドアが開かない仕組みになっている。ここに来るということは、鍵を持っているか、他の人が開けたのと同時に入る。もしくは、別の住人にロビーのロックを開けてもらうのみ。

 

 吹雪は同時に入るなんて真似はしないだろうし、連れが許すとも考えにくい。俺は合鍵を渡した覚えもない。そうなったら、他の住人が吹雪の知り合いで、下のロックを開けたということで――

 

「やっほ~、遊びに来たよ~」

「やほやほ~、誠。私が来たよ~。お邪魔します~」

「え、えっと……柊君、お、お邪魔します……!」

 

 ……ドアを開けた先には、いつもの三人が――吹雪、茜、そして小鳥遊が、それぞれ涼し気な夏の服装で立っていた。夏の太陽の、買い物に出ていった時よりも強い陽光が、玄関を隔てず俺に覆い被さる。冷房に浸っていた俺には、暑すぎる。小鳥遊の来訪の拍子に心臓が跳ねた俺の口から、つい溢れた。

 

「……こんなことだろうと思ったよ」

「じゃあ、友達の友達がいる中の自宅、誠は耐えられるの?」

「いや無理だな」

 

 ま、それもそうだわな。だが、女子を部屋に入れるのは、緊張するのだ。特に小鳥遊。心臓がドキドキするんだけど。どうしようか。ここで追い返すのは論外、上手いこと部屋に入れられるんだから、この環境は利用すべき。

 

 

 ……落ち着け、素数を数えるんだ。0、1、2、3――おい。0と1は素数じゃないだろうが。

 

「まぁ、取り敢えずここまでお疲れさん。中に入ってくれ。暑いだろ」

 

 俺はそう促し、三人を部屋に入れた。……その時、小鳥遊と目がった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ふむ……どうにも暇だ。学校がないと、誠とも吹雪とも音葉ちゃんとも話せない。一応、三人と電話番号は交換したが、いまいち気分になれない。面と向かって話した方が、楽しいに決まっている。吹雪にも、お互いの名前呼びを強要した。そんなに強要というほどでもなく、あっさり受け入れてくれたが。

 

 宿題も粗方(あらかた)ではないが終わらせていて、今は休日を満喫中。いや、満喫とも言えないのかな? 暇で暇で仕方がない。そんな中、スマホに電話がかかってきた。相手は吹雪。

 

「どしたの~?」

「わさわさとは言いたいけどさ、今から誠ん家に遊びにもとい勉強に行かない?」

 

 ほう、それは面白い。自分のペットの世話にも行かないとね。誠がペット……なんか、いいね。ゾクゾクしてきそう。あの捻くれた根性を更正させて――っと、これ以上はいけない。誠は、音葉ちゃんの意中なんだから。私が好きなわけでもないが。

 

「いいよ~。私も暇で、断る理由もないしね~?」

「おっけ~。だったら……音葉ちゃんも誘わない?」

「ふっふっふ……愚問だね、茜。あの二人、くっつけるためならいかなる手段も取るよ」

 

 やはり、あの二人の関係性に気付いているのか。まぁ、バレバレだしね。クラスでも既に噂となり始めている。けれど、大半の男子には受け入れ難いみたいだけどね。あの二人の間柄を教えてやりたい。十三年だよ、十三年! その間にたった数ヶ月の男が、何を割り込もうとしているんだ。全力で阻止したい。

 

 合宿の後、誠は音葉ちゃんのことを思い出していたと報告があった。その時の音葉ちゃんの顔といったら、もう飛び跳ねそうなくらい嬉しそうだった。写真に撮っておきたい。そんなことを思わせる、可愛い笑顔だった。

 

 それに、誠から音葉ちゃんに話しかける回数も多くなった気がする。そんなに注視しているわけでもないが、わかる。目に見えてわかるくらいだから、向こうもそうなのだろう。これは面白いにもほどがある。くっつけろとの、神のお告げなのだろう。

 

「さすがだね。私もだけど。そういうことなら、尚更行くよ! 音葉ちゃんには、こっちから連絡入れるよ」

「うん、りょーかい。頼むよ。連絡先知らないからさ~。じゃあね~」

「あ! ちょっち待って。集合場所はどこにするの?」

「ん? 誠の家で。音葉ちゃんとは部屋が隣の同じマンションだから、下のロックは開けてくれるよ」

  

 ほう、噂には聞いていたが、本当に同じマンションで隣の部屋なのか。これはもう恋愛フラグが建ってますねぇ。結ばれる運命なんじゃないかな? 十三年といい、隣の部屋といい。

 

「おっけ。音葉ちゃんの家は大体わかるから、下で待ってるよ」

「いや、俺が先に行って待っとくよ。その代わり、音葉ちゃんの連絡お願いね~」

 

 跳ねる声が終わると共に、通話終了の文字がスマホに浮かぶ。そしてすぐさま、音葉ちゃんに電話をかける。数回コール音が響いた後、鈴の声。

 

「はい、もしもし。どうしたの、茜ちゃん?」

「おーい! 音葉ちゃーん! 今から勉強会に誠んとこ行こうー!」

 

 それはもう、『おーい磯野ー! 野球しようぜ!』と同じようなノリで言った。あまり見ないのだけれど、たまたま見て、EDが流れる度に襲い掛かってくる絶望感。サザエさん症候群。ブルーマンデー症候群。

 

「え、えぇ!? い、いやでも――」

「わかる。わかるよ、その気持ち。恥ずかしいんだろう?」

「……えうぅ……」

 

 今にも恥ずかしくて逃げ出しそうな、可愛らしい声が電話越しに伝わる。女の子の私でも可愛いと思うくらいだ。それを誠が意識しないわけないよね~。この声をそのまま聞かせてあげたくなる。

 

「でもね、逆に言えばチャンスなのさ。今ここで家に上がれば、次に口実を作るのが楽、さらには気も楽になって、誠も前に入ったからって抵抗もなくなる。どう?」

「そ、それは、そう、だけど……ドキドキする」

 

 え、なにこの可愛い生き物。純情を絵に描いたようなんだけれど。まぁ、好きな異性の家に上がるってのは恥ずかしいし、緊張もするだろう。けど、ここまで食い下がるというか、もじもじするというか。……一途に想いすぎでしょ。

 

「もっと言うならば……っと、その前に。料理はできる?」

「え? う、うん。苦手ではないよ? 自分のお弁当を作るくらいには」

 

 うん、やはりこれは最大のチャンスだろう。吹雪の性格や通話の内容から察するに、誠にはまだ音葉ちゃんが来ることを伝えていない。追い返すような真似は誠はしないだろうし、もう勝負は勝ったようなものだ。後は、アピールするだけ。

 

「じゃあ、夕食で手料理を振る舞えばいいじゃん。一瞬だけ誠のお嫁さんに――」

「えぇぇぇえ!? だめっ! だめぇ! 私の料理は人に食べさせられるようなものじゃないし、それに……お、お嫁さんなんて……」

 

 わあかっわいい。恥じらいしか知らないのかしら、この子。そういう女の子ほど、恋愛はハマったら抜け出せないんだよね~。その第一歩を踏ませるためにも、背中を襲う――間違えた押そう。いや、突き落とそう。恋愛の谷に。

 

「そっか。じゃあ他の女の子でも連れるよ。音葉ちゃんが行かないのなら、仕方がないね~」

「…………」

 

 さて、無言。ここからどういう反応をするのだろうか。行かないなら行かないで、私と吹雪だけで行くし。

 

「……行く。行きたい」

「うん、そうだね。こっちから連絡入れるから、下のロック開ける準備と、誠を落とす心の準備をしといてね~?」

「お、落とす……!」

 

 最後に小さく気合を入れる声が聞こえて、電話を終了させる。さて……これは、勉強会とは名ばかりの集まりになってしまいそうだなぁ……。

 

 自分の親友の長年の恋が進展することを願いながら、自分の部屋のクローゼットを開いた。




ありがとうございました!

実際の勉強会の様子は、次話ということで。

ちなみに、誠君の推しキャラは、私の推しキャラと完全に一致しています。

ではでは!


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第22話 勉強会とそのお礼!

どうも、狼々です!

今回はおうちデート回です。
勉強と両思いの男女、これから導き出されることは、まぁ大抵一つです。

では、本編どうぞ!


 暑すぎる夏。太陽光の放射を浴びて、すぐに室内の冷気に肌を晒す。一瞬とはいえ、激しい寒暖差を感じて身が震える。しかし、それもほんの少しの間でひんやりとした心地よさに変換される。

 

「ふひぃ~、涼しいね~」

 

 何とも気持ちが良さげな茜の声。それを合図にするように、俺が皆にソファの着席を促す。と同時に皆に飲み物の希望を取る。

 

「お~い、ジュース何が飲みたい? 俺はコーラ飲むけど」

「私もコーラお願い!」

「わ、私も……」

「俺はウイスキーを貰おうかな?」

「おっけ。俺と小鳥遊と茜がコーラ、吹雪が水だな」

「ごめんちゃい。俺もコーラで」

 

 俺はそのまま冷蔵庫に向かい、冷やしてあったジュースを人数分ガラスのコップに注ぐ。コポコポという音と炭酸の弾ける爽快な音が混ざり合い、一層の冷涼感を引き出す。とはいえ、このままでは冷たさが欠ける。ということで、二つほど氷を入れる。一応ストローもつけておこうか。

 

 コーラを運んでから、すぐに雑談が始まった。おい、勉強会だったろ。全員がカバンから勉強道具を広げてあるが、全くする気がないらしい。まあ、俺もそうなのだが。

 

「うん、美味しい! やっぱりこの暑い夏は冷たい飲み物が美味しくより感じるよ」

「そ、そうだね~……」

 

 小鳥遊の反応が、少し鈍いだろうか。少しそわそわとしている。幼馴染とはいえ、さすがに男の家に上がるのは抵抗があったか。まぁ……うん、悲しくはなる。好きな女の子にそんな反応をされると、少しだが凹む。ん? 茜? 幼女みたいだから大丈夫だわ。誠のお家に遊びに来た~! って感じではしゃいでるし。

 

「じゃ、そろそろ勉強始めないとね~。宿題を早めに終わらせたいところ」

「そうだな~……」

 

 涼しい風にひたすら当たりたい怠惰な自分に叱咤し、勉強に意識を向ける。文系科目はもう既に宿題を終わらせてある。俺にとっては簡単だった。けれども、理数系科目には一切手をつけていない。だってわからないんだもの。それに意欲もない。文系科目には意欲があるかと言われれば無いが。

 

 俺が勉強道具を取り出すと、皆もぞろぞろと勉強道具を取り出す。俺は数学Iを、茜は現代社会を、吹雪と小鳥遊が作文用紙を取り出す。暫く各々で課題を進めていて、小鳥遊が詰まっていることに気が付いた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「どうした。作文で何かあったか」

「あ、うん。税に関してだけどね、『どうやったら税負担を平等にできるか』でね」

 

 私は作文が苦手、というわけではない。けれども、作文のテーマが難しいのだ。税負担の平等性は、日本全体で抱えている税問題の一つでもある。それを限られた文字数で説明なんて、難しいにもほどがあるだろうに。

 

「あ? 簡単だろ、そんなの」

 

 彼はいかにも呆れている、という表情を浮かばせている。

 

「じゃあどうやってやるのさ」

「まず、日本全体の金を全て巻き上げて、一箇所に集めるだろ?」

「「「うん、無理だね」」」

 

 彼以外の三人の声が揃った。こんなことだろうとは思ったけれど、また今回も捻くれたもとい柔軟な考え方をしているらしい。

 

「まあ、話は最後まで聞け。一箇所に集めた後、それを全人口に均等に分けるだろ? そうしたら金は全員が均等に持っているわけだから、累進課税だとかじゃなく、一律したパーセンテージで税金を取ればいい。こんなに簡単で平等な方法は――」

「うん、どう考えても無理だよね」

「人口が変わったら破綻するね、それ」

「第一、そんなに手間をかける間はどうする」

 

 またしても、バラバラだが結果が一つの答えに行き着いた。やはりこうなってしまう。だから難しいと感じて、こうやって悩んでいるのだ。

 

「そう、どうしようもないだろ? だから難しい。俺達たかが一人の学生に答えが出せるのなら、もうとっくの昔に解決している」

「じゃあどうするのさ」

「適当に書いても問題ないってことだよ。いくら破綻することが見え見えな方法でも、そうでなくても、どこかに穴があるのは変わらん。だったら、単純に書きやすい方を選べばいいだけだ」

 

 なるほど。言われてみればと、少し感心とは別の何かが働く。悪知恵の塊みたいだ。頼もしいのか頼もしくないのかわからない。まぁ、考えてみればそうだ。

 

「この作文は、税に関して関心を向けさせること、それの感慨を作文という形で表現させること。この二つの意味がある。本当に解決策は求めていないんだよ」

 

 あくまで求めるのは解決案ではなく、税について調査の機会を課題という形で与え、身近に絡む税の知識をつけること。そして、それをした上での表現力調査。実際には違うのかもしれないが、解決策を求めていないなら、どういう形であれ、どういった案であれ書いてしまえばいい、と。

 

 私はそこまで思わないが、頑張って書いてみることにしようか。

 

 ――約十分の間書き連ねて。

 

「……ん、ここ、書きたい物事からズレ始めている。これだと、制限文字数より文字数が多くなる」

「あ、ホントだ。ありがとう……こんな感じでいいかな?」

「どれどれ、っと……」

 

 彼はそう言って、私に身を寄せてくる。私のすぐ隣には彼がいて、顔はもうすぐそこ。そんな状況に、否応なくドキドキしてしまう。いつになく真剣な眼差しが、私の目を釘付けにする。

 

 彼の呼吸音さえも私の耳に届いて、反響しっぱなし。五感全てが、私の頭に、心臓に、全身に訴えかける。好きな男の子が近くに寄るだけでこうなってしまう。どうしようもなく切なくなって、全身を彼に委ねたくなる。

 

「――おい、聞いてるか~?」

「へっ? あ、ご、ごめん……」

「……じゃあ、もう一回言うぞ。ここが――」

 

 彼の低い声は耳に残り続けているはずなのに、聞こえなかった。聞こえるのは、忙しなく鼓動し続ける自分の心音だけ。段々と頭が真っ白になりそうになるも、懸命に耐える。少しだけ聞こえてくる彼の声を聞き取り、作文の修正に入る。ほんの少しの修正だけで、作文は完成した。

 

「ん、これで終わりか。お疲れ様」

 

 彼の微笑が、また私の心を締め付ける。彼は、私をどこまで彼を好きにさせれば気が済むのだろうか。残念ながら、私はこのままだとずっと夢中になっていくだけなのに。この恋は、終わらないのだろう。

 

 私が正気に戻った時には、彼は数学Iの課題を進めていた。私の耳には、カランと氷が解けてぶつかったガラス音が届く。それが私の心と頭を冷やした。そして、こう思った。

 

 ――お礼は、しないと……ね?

 

 ……どうやら、少しも冷え切っていないようだった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 俺が冷風に頭を冷やしながら、極めて冷静に課題を進める。しかし、俺には限界があった。どうしようない。お手上げ状態だ。手に持ったシャープペンシルを投げ出そうとした時。

 

「え、っと……ここは、こうするんだよ」

 

 俺の課題に顔を寄せて、体は俺に寄せてきた。近い近い近い。いい匂いがするし、髪が少しだけ当たってるし、肩や腕なんて接触しっぱなしだ。こんなに至近距離に彼女がいる。ドキドキしないわけがない。視界に入る彼女の顔に、見惚れてしまう。

 

「……はい、これでできるから、やってみて」

「あ、あぁ……ん?」

「ふふっ、違う違う。ここは……」

 

 より一層こちらに近寄る小鳥遊に、俺は何もできない。ただ自分の本音と向き合って、このままの状態が続いてほしいと結論が出て、その体勢を維持するのみ。

 

「……ん、できたね。後はこれを繰り返すだけ、かな?」

 

 小鳥遊が身を引いたことに寂しさや切なさを感じながら、問題を解く。小鳥遊から言われた通りに、切りの良いところまで終わらせて、休憩に入ろうとした時。

 

「……うん、お疲れ様」

「あぁ」

 

 再び彼女が先程の至近距離まで近付き、こちらを向いて笑う。俺は、彼女の笑顔に弱い。そんなに嬉しそうな笑顔を見せられるとドキッとしてしまうし、目がくらむ。

 

「頑張ったね――」

「ありがとう――」

 

 視線が合った瞬間、俺と彼女の目線が固定された。お互いに見つめ合って、離れようとしない。それは俺にだけでなく彼女にも言えることだった。見つめているのは、俺だけじゃない。それがわかって、要らない期待ばかりが膨らんで消える。

 

「ぁ――ご、ごめんね……!」

「あ――い、いや、別に……」

 

 俺と彼女はほぼ同時に正気に戻り、さっと勢い良く姿勢を戻す。顔ごと逸らし、視線は打って変わって明後日の方向へ。自分でも自分の顔が赤くなっていることがわかる。

 

 あぁ、くそ……! 何でこんな少しのことだけで、気持ちを振り回されないといけないんだ。制御もきかない、けれど明確にしたいことははっきりしている。ただ、彼女の隣にいたい。それだけなのに、振り回される。捻くれた性格がどうとかじゃない、自分の素直な心の内側でさえも。

 

 曖昧かと思いきや明確で、それを実行に移せない自分がひどくもどかしい。だってそれは、紛れもない告白の言葉なのだから。嘘偽り欺瞞、さらに着飾った言葉ではなく、自分の本心からの言葉。真っ直ぐに向き合うことよりも、さらにレベルが一つ上だ。

 

 斜陽が部屋の中に入り込み、いつの間にか夕方になっていることを告示される。少々名残惜しいが、彼女とは今日はお別れだ。家に上がることに対して彼女が嫌がっているかどうかはわからないが、無理矢理に帰ろうとしないあたりからは、本気で心の底から嫌がられているわけではないらしい。

 

 ……そうで、ありたい。

 

「あ~……じゃあ、ここらへんにするか。お疲れ様」

「了解。お疲れ様」

「ん、お疲れ~!」

「…………」

 

 皆に向き直って言った俺の言葉に、吹雪と茜が反応の声を出す。が、彼女が沈黙している。どうしたのだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 彼の声が聞こえた。今日はもうお別れになるんだそうだ。その時、来る前に茜ちゃんに言われたことを思い出した。

 

『じゃあ、夕食で手料理を振る舞えばいいじゃん。一瞬だけ誠のお嫁さんに――』

 

 夕食、手料理、お嫁さんの三語が、頭の中でぐるぐると回っている。食べさせたい気もするけれど、恥ずかしい。……お嫁さんにも、一瞬でいいからなってみたい。でも、落とすと決めたんだ。少しでも、彼に近付きたい。

 

「ね、ねぇ柊君!」

「ん? どうした?」

 

 彼の視線がこちらだけに向くと、さらに緊張感が全身に走る。喉はキュッと締り、声が出なくなる。断られたり、美味しくできなかったらどうしようだとか、そんな失敗の可能性が私をそうさせる。

 

 でも、虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言う。意味が違うかもしれないけれど、私には大袈裟ではないように思えた。十三年続いた初恋の中で、今のところ一番の大勝負なんじゃないだろうか。フォークダンスの誘いよりも。本当の大勝負は告白なんだろうけれど、その大勝負をも迎えることができないかもしれない。

 

 だから、私は彼にアピールを続ける。

 

「今日、家に上げさせてくれたお礼、というか何というか……夕食、私が作る!」

「え……あ、いや、えっと……」

 

 思い切って、心臓が破裂しそうになりながら言った言葉は――彼を戸惑わせただけだった。

 

 ショックを受けた。さらには、あぁ、やっぱり私じゃダメなんだという妙な納得感も、反対のどうしても彼が諦めきれない気持ちがぶつかり合う。けれど、その気持ちも嬉しく、一瞬で消えた。彼の続く言葉によって。

 

「……作るなら、俺が作る。二人は食べていくか?」

「え? あ、いやえっと~……あ~! 私急用があるんだった! ねぇ吹雪!?」

「はい? 俺には――あ! そうそう! そうだったそうだった! いやぁ~残念だけど、誠の料理は食べられそうにないよ。遠慮なく食べようと思ったんだけどね~!」

「お前は少し遠慮しやがれ」

 

 そんなコメディチックなやり取りを吹雪君と彼がしている間、こちらに向いた茜ちゃんが、静かに笑いかけた。私は察した。二人は、私に気を遣ってくれたんだと。二人にする機会を与えてくれたのだと。せっかく二人が動いてくれているんだ。感謝しながら、チャンスはものにしなければいけない。

 

 何よりも、私自身が彼ともっと仲良くなって……その、恋人、に、なり……たい。

 

「で、でも、お礼だから私が作るよ!」

「いや、そういうわけにもなぁ……あれだ。招いたの俺だし」

「う……じゃ、じゃあ一緒に作ろう! ね!?」

「……それはまぁ、別にいいが。……小鳥遊が作った料理も、食べて、みたいというか……」

「ぇ、ぁ……」

 

 そんなことを言われると、また私は我儘になってしまいそうになる。本当は彼も私を好いてくれているんじゃないかと、幻に期待してしまう。少なくとも、嫌われてはない。それがわかっただけでも、私は嬉しかった。

 

「じゃあ、私は今から買い物に行って――」

「――待てよ。俺も行く。さすがに小鳥遊一人ってわけにもいかないだろ」

「じゃ、私達はもう帰りますかね。ありがとね、誠楽しかったよ!」

「じゃあね~。今度はご飯いっぱい食べさせてもらうよ~!」

「だから遠慮しやがれ」

 

 最後に、私に茜ちゃんがウインクをして、荷物を持って帰っていった。そして、部屋に残ったのは私と彼だけ。夕日差し込むたった一つの部屋で、私達が照らされている。二人きり。その言葉が浮かんだ時、再び心臓が跳ねる。

 

「「……」」

 

 暫くの間沈黙が続いた。その沈黙に緊張感だけじゃなく、彼と二人きりで静かに過ごしているという事実への幸せも感じていた。もうずっと、このままがいい。けれど、その先に私は行きたい。友達、幼馴染を超えた関係――恋人同士に、なりたい。

 

「じゃ、じゃあ、行く、か……」

「え、うん、そう、だね……」

 

 お互いにぎこちなく会話をして、外に出る。玄関の鍵を閉めて、彼の歩きについて、エレベーターの中へ。同じ玄関から出ていることに、少々の幸福感もあった。エレベーターから下りて、本格的に歩き始める。

 

「えっと、近くのスーパーでいいか?」

「うん、行こっか」

 

 二人で穏やかに笑いながら、隣同士になって歩く。彼がさり気なく歩調を合わせてくれていることに、私は嬉しくなる。小さなことだけれど、だからこそ、私は嬉しかった。そんな小さなことも気にかけてくれる彼は、本当に私を嫌っていないのだと、再確認できたから。




ありがとうございました!

次回は料理回です。
音葉ちゃんと誠君の初めての共同作業。
やったね。

ではでは!


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第23話 私の『好き』は、どうすればいい?

どうも、狼々です!

今回は、前回の流れで分かる通り、料理回です。
音葉ちゃんの料理。食べてみたい。

できるだけかっわいい音葉ちゃんを書いたつもりです。

では、本編どうぞ!


 一緒に夕食の買い物ということで浮かれつつある頭を、少し涼しい夕風で冷やす。カートとカゴを入り口で準備してスーパーの中へ。中に入ると、そのスーパーのテーマ曲が耳に入り込む。その曲が忍び込む中、小鳥遊の声も耳に入る。

 

「ねぇ、柊君は何が食べたい?」

 

 わぁ、この笑顔が可愛いのなんの。この笑顔を、俺だけにずっと食事の度に見せてくれないかな。プロポーズだわ、それ。煩悩を振り払うようにして、何がいいかを考える。

 

 個人的には、彼女の料理が気になって食べたいので、なんでも良い。本当になんでも。好き嫌いがあるわけではないし。けれど、ここで『なんでも良い』と言うのは、無愛想というか、適当というか。

 

「小鳥遊の希望は? 何でも良いって言ったら困るだろ?」

「柊君が食べたいものを食べたいな。そうだよ? 柊君もわかってるねえ」

 

 やはりか。どこまで紆余曲折(うよきょくせつ)な心な俺でも、これはわかる。自分でもそうなのだから。他人に料理を振る舞うことなんてないし――とも思ったが、吹雪に何回かあったな。あいつは食べたいもの何でも言っていたが。フランス料理がいいとか言い出した時は、張り倒してやろうかと思った。

 

「ん~……ハンバーグがいい、かな?」

「えっ? ハンバーグ? ……ふふっ」

 

 彼女が急に笑いだした。その笑顔に、やはりドキッとしてしまう。彼女の純真無垢な笑顔にはいつ見ても惚れさせられる。この笑顔をずっと俺の隣で見せてくれる。そんな妄想をしてしまう自分も、仕方ないだとか思ってしまう。

 

 怪訝そうな顔をした俺を見て、笑いながら彼女はこう言う。

 

「あぁ、ごめんごめん……思っていたより子供舌なのかな? ってね。少し面白かったの。……可愛い」

 

 『可愛い』を言った声にもドキッとしてしまう。優しく諭すような声。どうやら、俺はかなりの要素で彼女に惚れ込んでしまっているようだ。この彼女の笑顔がどんな笑顔よりも、誰の笑顔よりも、魅力的で可愛いと思っている。いや、マジで。世界一可愛いだろう。

 

 俺が後ろでカートを押しながら、彼女が材料を目利きさせながら選んでいく。彼女はとても上機嫌そうだ。ハンバーグがそんなに食べたかったのだろうか。それはよかった。それを見る俺も、上機嫌になってしまう。彼女の笑顔がたくさん、ずっと見られて、何だか得した気分になる。ずっと見てたいな~。

 

 というよりも、周りの目が暖かい気がする。まぁ、こんだけの美少女が笑顔を振りまき続けたら、そりゃそうなるわな。手にかかるカートの微弱な揺れが心地良い。周りの人混みの中でも、彼女の魅力は一際輝いていた。

 

 夕方ということもあり、早めに買い物を終えてレジへ。挽肉、玉ねぎ、牛乳等を入れている――卵や調味料は家にあるので買わなかった――。店員さんがカゴを取り、バーコードを通して隣のカゴに入れる。その最中に、こう言われた。

 

「ふふ、カップルですか? 一緒にお買い物とは、仲が良いですね?」

「「い、いえ、違います!」」

 

 声を重ねて、顔を赤くしながら否定する。隣を見ると、彼女も赤面しながらこちらを見ていて、目が合ってすぐに逸らされた。いつの間にか会計も終わり、モニターに表示されたお金を財布から出そうとすると、隣の彼女から腕が伸ばされ、カルトンに半分ほどのお金を置いた。

 

 隣をふと見ると、こちらに優しく微笑んでいる。ドキドキする。おい。そして、水族館デートのことを思い出した。昼食で、会計時に揉めたときのことを。黙って素直にもう半分のお金をカルトンに置いて、会計を済ませる。その時、再び店員さんが笑っている気がした。

 

 二人で同じレジ袋に材料を入れていると、お互いの手が触れ合った。

 

「「あ……」」

 

 二人で触れ合っては赤面させて、目が合って逸らしてを何度も繰り返しながら、レジ袋に詰め終わった。恥ずかしいながらも。レジ袋二つを両方とも持ち上げた直後に、彼女に右腕を掴まれた。

 

「……私が何が言いたいか、わかる?」

「その笑顔怖いいつもと同じ満面の笑みなのに怖いどうして」

 

 なんだろう、この怖さ。笑顔はとても可愛いのに、それ以上の威圧があるのだが。いや、何となく理由はわかるのだが……

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「いや、そんなに一つも二つも変わらんだろ」

「え、え~と……そ、そう! 暗くて危ない!」

 

 何とかして、レジ袋を持ちたい。何故か? それは……彼と、手を繋ぎたいから。両手で持って手が塞がっていたら、手を繋げない。私から繋ぐつもりだが、これでは勇気を出して握る前に終わってしまう。

 

「いやそりゃ危ないけど、レジ袋とは何も関係がないだろ。変わらない変わらない」

「う~……! いいから渡して! いいから!」

「……わかったよ。ほら、ありがとな」

 

 そう言って彼は、静かに両方のレジ袋を持ち上げた後、一方のレジ袋を渡してくれる。恐らく軽い方を選んでくれたのだろう。そうやって、見た目や性格に反したさり気ない優しさに、惹かれてしまう。言い方が失礼かもしれないが、私は見た目も性格も何もかもが好きだ。大好き、だ。

 

 少し捻くれているけれど、そこに隠れる優しさと誠実さ。捻くれた部分は、面白い時が多い。全く、痘痕(あばた)(えくぼ)、とはよく言ったものだ。どんな面でも魅力に思えてしまう。まぁ、それだけ私は彼を好きなのだという事実になるので、それだけでも幸せになってしまうのだが。

 

 自動ドアを抜けて、スーパーの外へ出る。辺りはもうすっかり暗くなっていて、風も入った時よりも冷たい。自分のドキドキした全身を夜風で冷やし、改めて彼に手を繋ぎたい、と言う心の準備をする。

 

「……ね、ねえ――ぇ?」

「あ~……ほら、あれなんだろ。夜道、危ないだろ」

 

 私が言おうと心を決めた瞬間、彼の手と私の手が繋がれた。私は驚きながらも、嬉しくなった。彼が手を繋ぎたいかどうかがわからないので、心が通うとは別だが、思っていることが一緒だと思うと、嬉しくてたまらなくなる。こんな小さくて、単純なことでも、私にとっては嬉しい。幸せだ。

 

 夜風に吹かれながら二人で密着して通る道は、依然として寒く、暗かった。けれど、彼の手は、この場の何よりも暖かかった。

 

 

 彼の部屋に着いて、今から調理開始だ。一度深呼吸して、心を落ち着ける。

 

 これは、彼が食べてくれるんだ。失敗なんてしたくない。美味しいものを食べてもらいたい。笑顔にできる料理を作りたい。その……できるなら、「また食べたい」って言ってもらえるくらいに。

 

 ……あぁ、心臓がドキドキしてる。緊張して、手もちょっと震えてる。胸も締め付けられる。……切ない。

 

 いつも通りに、作る。美味しく作れますように。

 

「……よし!」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 彼女は料理の前に、ロングの髪を一つに結んでポニーテールにしていた。普段見られない髪型に新鮮味を感じつつ、ちらっと見えるうなじにドキッとしてしまった。滑らかな白肌はどこまでも透き通っていて、視線が吸い込まれる。料理が始まって、二人で料理を作ろうとしたのだが。

 

「え、ええっと……一緒に作る、んだよね?」

「……私が作る」

「い、一緒に――」

「私が作りたい」

 

 だめだ、これ。もう料理に夢中になっている。そんなに真剣になることなのだろうか? まぁ、人に料理食べさせると、失敗できないって思うよね。けど、ここまで真剣にならなくても……

 

 暫くして、結局俺はやることがなくなって、邪魔になる前にキッチンから去ろうとした時。

 

「あ、ぁぅ~……ひ、ひ~らぎく~ん……」

「うん? どうした?」

「た、玉ねぎ切ってたら、涙が止まらないよ~……うえぇぅ~」

 

 ……あぁ、なんだ、天使か。女神か。何という可愛さだろうか。目を瞑って、みじん切りの途中の包丁はまな板に置いてこちらに少しだけ、探るように手を前に出している。暗い場所で目の前のものを探る、みたいな姿勢になっている。

 

「あ、あれ~……? ひ、ひ~らぎくん、どこ~?」

 

 控えめに言って、天使だな。このまま放っておくのもまた可愛いものが見られそうになるが、ここは意地悪せずに。

 

「はいはい。代わってやるから」

「あ、あいがと~……うぅ」

 

 優しく涙を拭き取って、手を洗ってから玉ねぎと対峙する。隣ではまだ目を瞑ったままの状態で手を洗っている。あ~可愛い。それをエネルギーにしつつ、玉ねぎに刃を通す。

 

 トントン、と拍子の良いまな板と包丁の接触音と、サクサク、と軽快で新鮮そうな玉ねぎの音が耳に心地良い。残りのみじん切りを終える。少しだけ涙が出そうになったが、二人して涙を流すと中々にシュールな絵面になるので、堪える。

 

 俺はそのまま玉ねぎを炒めにかかった。どうせだしね。途中で小鳥遊にやると言われながらも、これではさすがにあれなので、最後まで炒めてしまう。弾けるような炒める音も、耳に優しい。料理は、案外『音』も楽しめるのではないのだろうか。せっかくなので、挽肉とも混ぜておいた。

 

「……ありがと。じゃあ、柊君は休んでて?」

「……了解。後は頼んだよ」

 

 一緒に作りたいのは山々だが、どうにも彼女は気合が入っている。向上心を邪魔する理由もあるまい。食器や箸の準備を進めるとしよう。食器や箸は、吹雪がたまに来るため複数個用意してある。最近は来ていないけれど。

 

 ぱんぱん、と空気を抜く音が聞こえ始め、ソースの匂いも漂ってくる。何だろう、この空気抜きの音がどこかエロいと思うのは、俺だけかな? 俺だけだな。彼女の手と同様、少々小さめの可愛らしいハンバーグが三つ並ぶ。恐らく、小さい分俺が二個なのだろう。ありがたい。まだ食べていないのだが、美味しいことはわかる。何となく。

 

 さらに暫くして、ハンバーグが焼き終わるであろうという丁度いいあたりで、炊飯器から炊き上がりの音楽が鳴る。ご飯が間に合わない、ということにはならないでよかった。二つの茶碗に、それぞれの食べるであろうご飯を装う。配膳を済ませて、俺と彼女が向かい合ってテーブルと椅子に座る。

 

「「いただきます」」

 

 手をきっちり合わせて言う。ハンバーグは程よく檜皮(ひわだ)色で仕上げられていて、香ばしい肉の香りが鼻腔をくすぐり、食欲がこれでもかと誘われる。箸を入れると、僅かな弾力を一瞬だけ感じた後、スッと箸が吸い込まれる。割れ目からは肉汁が溢れ出し、さらに肉の香りで鼻腔が刺激される。それだけでも十分に美味しいと感じて、思わず喉が鳴る。

 

 一口サイズにして口に運び入れ、歯を立てると肉汁が吹き出した。肉汁は踊るような熱さと旨味と共に、口の中を駆け巡る。デミグラスのソースとも抜群に相性が良く、肉本来の旨味を決して邪魔せず、味の主体として成り立っている。ほろりと柔らかく崩れて溶けていく感覚には、感動も覚えてしまう。

 

 付け合せのじゃがいも、人参も、デミグラスソース自体の美味しさを極限まで高めて表現している。こちらも箸が滑らかに通るくらいに柔らかくなっていて、非常に食べやすいかつ甘みも出ている。その甘みも消えることなく、デミグラスソースとの味の調和がなされている。

 

 再びハンバーグを一口分に切り分け、今度はご飯と一緒に口に入れる。溢れ出る肉汁が、デミグラスソースの程よい味の濃さが、ご飯を進める。コショウが少しアクセントとなっていて、辛味もほんの少し感じるが、それによってさらにご飯が進んでいく。

 

「どう、かな……?」

 

 どう、だって? とても簡単に、一言で表すならば……

 

「……めちゃくちゃ美味しい。美味しすぎる」

「……やった!」

 

 彼女は目の前で、食べることもやめて小さく声をあげ、同じく小さくガッツポーズを取っている。可愛い。こんなにも可愛いのに、こんなに美味しい料理作れるとか、すげぇな。

 

「毎日小鳥遊の料理を食べていたいな…、」

「ふぇえ!? い、いやそれって、ずっと一緒にって意味で、つ、つまり……け、けっこ、あ、ぇ……」

 

 俺の口からつい漏れてしまった心の声で、一瞬で赤面した彼女。そんな彼女も可愛い。ただひたすらに可愛い。

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 二人で、手をきっちり合わせて言う。残さず最後まで食べた。むしろ残したくないくらいに美味しかった。一流シェフ顔負けかもしれない。あれだ、好きな女の子の手料理ってだけでも美味しくなるのに、あれは美味しすぎだ。最後に吹雪達が来る前に買ってきた小さめのシャーベットを二人で食べる。肉を思い切り堪能した口には、ひんやりと甘くて気持ちがいい。

 

 シャーベットを食べ終わって、玄関の前で荷物を持った彼女。今日ももう遅い。こんな時間まで付き合ってくれて、嬉しい。

 

「今日はこんな時間まで、本当にありがとう。楽しかったし、美味しかったよ。ご馳走様」

「お粗末さまでした。そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。私も、楽しかったよ」

 

 彼女の笑顔を最後に、見送る。隣の部屋までなので、事故等の心配はないだろう。

 

 彼女が開いたドアの隙間から覗く星空は、ひどく魅力的に見えた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「美味しすぎる、かぁ……ふへへぇ……」

 

 自分の部屋のベッドで、高校生にもなってくまのぬいぐるみを抱き締めながら、一人悶えていた。彼のその言葉を思い出すだけで、嬉しくなってしまう。頑張って作った甲斐があったというものだ。食べている時なんて、笑顔が収まらなかった。心がくすぐったい感覚だった。

 

「毎日食べていたい、って……結婚、ってことなのかな……?」

 

 また恥ずかしくなって、今度はぬいぐるみに顔を埋める。そして、想像してしまう。彼と一生、手を繋いで生きていく生活を。……なんていい生活だろう。彼の笑顔を思い出して、心臓が高鳴る。どれだけぬいぐるみを強く抱き締めようとも、それは衰えるどころか、勢いを増している。

 

 でも、結婚ってことは、当然、誓いのキスも……

 

「あ、あわ、わ……! も、もう寝よう!」

 

 もう夜も更けている。さっさと寝ようとするも、心臓の音がさらに大きくなってうるさくて眠れない。今まで以上に、彼を好きになっていくのがわかる。

 

「ねぇ……私は、私の『好き』の気持ちは、どうしたらいいのかな……? 柊君……」

 

 窓から漏れ出す月光と星光は、妖しく輝いて部屋を静かに照らしていた。




ありがとうございました!

ハンバーグの表現には、本気を出しました。
果たして上手いかどうかは別として。
書いているのが深夜で、自爆飯テロという高等テクを実践してました。

音葉ちゃんは、できるだけ可愛く書いたつもり。
音葉ちゃんだけでなく、これを見ている方にも悶えられるようにしたいです!

ではでは!


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第24話 柊誠は、再三学んだだろうに

どうも、狼々です!

今回で音葉ちゃんとの平穏は一旦停止です。
戻ってくると思いますが。

ということはアイツが……!

では、本編どうぞ!


 九月一日。この日を全国の学生という学生が、拒絶の反応を示すだろう日。夏真っ盛りというわけでもなくなったが、蝉の鳴き声も鳴り止むことを知らず、蒸し暑い風に誘われるコンクリートの匂いと遠くに見える陽炎は、それを再三感じさせる。否応なしに夏休みの終了を告げる学校のチャイムは、さらにそれを加速させることだろう。

 

 夏休みの終了を話の媒体として、教室のざわめきを形成している。やれしんどいだとか、やれだるいだとか言っている割には、欠席者ゼロ。何? ツンデレなの? 学校嫌だわ~とか言っておいて、何を言う。

 

 ……俺? 嫌だなぁ、だるい一方にきまっているじゃないですかやだ~。こうして学校に来ているのは、昼休みの楽しみがあるから。小鳥遊が休むなら俺も行く理由がない。最近オープンに好きとか思うようになってきたな、俺。

 

 どうして自分がぼっちであることを誇張しに行かなければならない。それなのに、学校に来いだ? お前らが俺を一人に仕立ててるんだろうが。理不尽である。横暴だ。

 

 いや、それは俺も一人になりたがる傾向を見せているよ? けども、それをさせようと、強いる雰囲気ができあがってしまっている。「いや、何でここにいるの?」みたいな。場違い感を隠すでもなく醸し出す。その明らかだけれど口に出さないという表現方法が気に入らない。邪魔なら邪魔って、いっその事言ってくれ。その後先生に言うから。

 

 陽炎が見えるのはこの屋上も例外じゃなく、焼けるような暑さだ。ヒートアイランド現象の如く、コンクリートが熱を吸い上げたまま、放出していない。熱がこもりっぱなしだ。しかし、俺達が座る場所は日陰なっているので、幾分かはマシだ。

 

「あっついな~……」

「そうだね~……」

 

 隣の小鳥遊が、自分の夏服を揺らして風をつくる。その度に大きな胸が揺れるので、目のやり場に困る俺。目を逸らすも、自然と見てしまう。それが男子仕方がない。他愛のない会話だけれども、それだけだけれども、会話の時間があることに嬉しさを感じてしまう。そう、俺は純粋なのだ。よって変態ではない。生来的な男の子の気風、というものだ。

 

「そういやさ、入学当時の小鳥遊が、強いられている、って話したじゃん。まぁ、大体予想はできるがどうしてだ?」

「あ~……そんなのもあったね。えっとね……私、いつも柊君に助けてもらってばっかりだったじゃない?」

 

 そんなに助けていたのか? 俺も中々目の付け所が良いな。今のうちに将来の美少女と仲良くなろう、ってか。何だそれ。思えばその時は、どうして彼女に話しかけたんだ? 自分の中で些細な疑念が巻き上がる。

 

「それでね、このままじゃだめだー! って思って、引っ越した後に一生懸命勉強したの。そうしたら、中学校辺りからあまり良く思われなくなった。勉強は習慣になっちゃってて、止めようにも止められない」

 

 そんな習慣なんて、俺には欠片もない。『ここでいいなー』って思う人間は、それにたいする努力の成果と継続力の冒涜でしかないのだろうけれど。だから俺は、他人を羨まない。そんな権利があるのは、努力をした者だけだから。

 

 怠惰に塗れた生活を送る奴が、才能を、努力を羨む? それは冒涜というものだ。その瞬間、その努力や才能だけでなく、それをした者持つ者が無下にされる。堪ったものではない。

 

「……サンキュ。あまり気持ちのいい話じゃなかっただろ? 悪かったな」

「あ、いや……そんなこともないよ。結局、私は現在進行系で、他の誰でもない柊君に助けてもらっているんだし」

「いや、それもおかしいだろ。俺は助けるようなことは何一つしていないし、そんな気の利く人間でもない」

 

 本当に、そうだ。他人のことを思いやれるようなお人好しでもないし、配慮を心がける聖人でもない。自分勝手な自己欲に塗れただけの、自分勝手な人間。そこに救出の選択肢はなく、救出されることもない。唾棄すべき存在として、社会の輪から弾き出される。

 

 俺のように、外されて。自分勝手を続けた者の末路だ。

 

「……意外と、気付かないものなんだね」

「あ? どうした?」

「いや……ふふっ」

「いや、本当にどうした? 急に笑いだしたりして」

 

 そこまで問い、昼休み終了のチャイムが鳴る。そのチャイムを境に、小鳥遊は清掃に向かい始める。続きを聞けなかったことに対して、若干の心の曇りがありながらも、先を行く小鳥遊の後についていく。突然に、小鳥遊がこちらを振り返って、こう言ったのだ。

 

「私、柊君といるだけで……すっごく、助けられているんだよ?」

 

 ――それはもう、真夏の太陽なんて目じゃないほどに、明るい笑顔だった。

 

 

 

 それから数日経って――小鳥遊の様子が、またおかしくなった。反応も悪くなったり逆に過剰になったり。帰りは妙に周りをキョロキョロとしている。帰りだけでなく、登校時も。……また、何かがあったのだろうか。いや、実際何かあったのだろう。

 

 そうして今日も、そわそわと視線を動かす小鳥遊と下校中。さり気なく動かしていてバレていないつもりなのだろうが、俺からすれば丸わかりだ。幾重にも経験を重ねた人間心理の解析は、伊達じゃない。限りなくエスパーに近い人間かもしれない。違うか。

 

「……んぁ?」

「ど、どうしたの……?」

「あ? いや、何でもないよ」

 

 確かに、感じた。確かに。気のせいではない、明らかに。気のせいであれば、どれだけいいか。

 

 

 ――()()()()()。それも、ずっとこちらについて離れない、粘着性ある視線が。どうして気付かなかったのだろうか。視線に関しては鋭敏な俺なのに、気付けなかった。どうして、なのだろうか。

 

 推理しよう。大体予想はつく。小鳥遊の様子の急変、夏休みでの様子の回復、学校開始からの再びの様子変化、やけに周りを警戒する小鳥遊、この粘着的な視線。これらから考えられることは、たった一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()。それこそ粘着物質のように付き纏い続けて離れることを知らずに、相手に不快感を与え続ける、唾棄すべき存在。罪障とも成り得るそれは、神慮とは隔絶されたものであり、堕落した精神と腐敗しきった性根の露呈。その恐怖は、ストーカーをされる側に大きく襲いかかってくる。

 

 相手の素性は――十中八九栄巻高校の人間だ。夏休みでの様子の逆転に説明がつく。逆説的に、そうでなければ説明がつかない。そうなると……学校で何らかの接点はあるのだろう。様子がおかしくなったのは、一緒に帰れないと言った、あの日からだ。あの日に、何かがあった。

 

 小鳥遊の怯える様は極度のものだ。過剰反応を見せるほどなのだから。そうなると、直接的に恐怖を植え付けられた可能性が高い。さらには、学校の度に怯えることになる。

 

 ストーカーは、ストーカーする側とストーカーされる側が異性の例が多い。さらには、この小鳥遊の恐怖。……ふむ、成程。まだ人も多いし、これで撃退できるとも思わない。ただ、効果はあるだろう。やらないよりも、やった方がずっといい。

 

「……ひゃっ!? ひ、柊君!? ……だ、だめだよ、こんなところで……! 皆に、見られて……」

 

 突然に、小鳥遊の手を握る。さらには指も絡め、恋人繋ぎ。どうだ……?

 

 ……。

 

 ……だめだ、反応がない。この周囲の目がある中では、迂闊に手は出さない、と。ここで襲ってかかろうものなら、多くの生徒に目撃情報を与えることになる。暴行まで加えたとしたら、退学処分も免れないだろうと踏んだのだが。

 

 さらにそのままで歩き続ける。少しずつ歩速を早めても、ストーカーは消えない。このままだと、家までついてくる可能性が高いだろう。そこで、俺は小声で、小鳥遊にしか聞こえないくらいに小さく言う。

 

「……小鳥遊。走るぞ」

「え? 何で――うぁっ!」

「――!」

 

 小鳥遊がついて来ることのできる限界の速度で走り出し、ストーカーとの距離を開く。しかし、すぐさまストーカーも走り出し、俺達を追いかけてくる。これで確定だ。こいつは、本物のストーカーだ。たまたま方向が同じとかじゃなく、明らかに俺達を付け狙っている、悪質なストーカー。

 

 袋小路に逃げ込み、裏路地の狭い道に隠れこむ。ここに逃げ込むのは正直賭けだが、正直これ意外に方法がない。小鳥遊を引っ張った状態で撒けるとも思えないし、相手が異性で男だとしたら尚更だ。俺達の逃げ込む姿を見た者がいれば、尚いい。

 

「ちょ、ちょっと、ひいら――」

「ごめん!」

 

 小鳥遊を狭い裏路地の壁に押さえつけ、手で小鳥遊の口を塞ぎ、位置の特定を防ぐ。苦しそうにもがく小鳥遊を見て心が痛くなるが、そうしてなんていられない。今にも、ストーカーはすぐ――

 

「あ~れれ……音葉、どこに行ったかな~……」

「「……!」」

 

 二人で、息を呑んだ。緑髪のストーカーが、直ぐそこにいる。恐怖の権化に怯えた。俺でさえも、怯えた。本当にいるのだと。虚偽の映像(フィクション)などではなく、これは現実の映像(ノンフィクション)なのだと。映画(スクリーン)という狭い限定的な出来事ではないのだと。身を震わせ、感覚はどんどんと鋭敏になっていく。

 

 いらない思考ばかりが脳の中を渦巻いて、一種のパニック状態に苛まれる。呼吸は荒くなっていく。見つかりやすくなるのにも関わらず、吐息を荒くせずにはいられなかった。

 

「……柊 誠が、僕の音葉と……くそっ!」

 

 この、いかにも怒りに満ち満ちている声が、嘘であってほしかった。俺が思っているよりもずっと、ストーカー気質で傲慢な奴であることに。『僕の音葉』、なんて言う人間だ。それに怯える小鳥遊は、きっと――いや、確実に。俺よりも恐怖を背負って今までを過ごしたのだろう。それに気付けなかった自分に、嫌気が差す。

 

 暫くその状態で隠れ、緑髪をしたストーカーは去っていった。遠ざかる足音を合図に、俺は小鳥遊から手を離す。

 

「あ……あ、あぁぁ……」

 

 小鳥遊は目を見開き、声を漏らしながら腰を抜かすように地面に座り込んだ。その姿が俺には痛々しく見えた。そして、今まで気付けなかった自分に、再び自責の念。どうして、だろうか。一番近くにいた俺が、気付くべきだっただろうに。

 

「……取り敢えず、ここにいるのは危ない。一旦帰ろう」

「あ、うん、うん、うん、ぅん……」

 

 弱々しく何度も返事をする小鳥遊は、立ち上がって俺を手を繋いだ状態で歩き出す。その手はしきりに震えていて、俺の震えとなって消える。どこまでも淀んでいる心が、揺れ始める。不安定な足場の上で。暗くて先が見えない崖付近で。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 小鳥遊は、どうして俺に言わなかったのだろうか。どうして、小鳥遊は相談してくれなかったのだろうか。そんなことばかり考えて、気付く。俺は、何をしようとした? と。再三学んできたじゃないか。馬鹿か、俺は。

 

 どうしてか、そう小鳥遊に問いたくなる。しかし、これは今ここで問うべきことじゃない。それを瞬時に理解して、喉まで出かかった言葉を嚥下する。夏の暑すぎる日差しには、精神も体力も削られていく。小鳥遊の手を握る俺の手の力が、俺の手を握る小鳥遊の手の力が、同時に強くなった。

 

 お互いに度を失って、終始無言のまま、同じ家に、マンションに帰っていく。蝉の大合唱が、耳に残ってイライラする。コンクリートと擦れるローファーの接触音が、耳障りで仕方がない。離れない音が、耳から伝わってくることが気持ちが悪い。

 

 ……いつもと同じ道を通っているはずなのに、その帰り道が延々と続いている気がして止まなかった。




ありがとうございました!

全作品を合わせて、もう五十万字を超えました。
意外と早いものです。

草薙君……ストーカーまでしちゃったよ。

宣伝です。またこいつはやりましたよ。
新作、短編で書きました。後悔はしていない。

タイトルは、『八月の夢見村』です。
今度こそ、エロ要素なしの純恋愛。R15タグもなし。
感動要素的なものも、入れたいと思ってます。本当に感動できるかどうかは別として。
よければ見てやってください。

ではでは!


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第25話 今回は、水面上でも怒るようだ

どうも、狼々です!

お気に入りが500突破しました! ありがとうございます!
1000まで折り返しですね!(狂乱)
いける気がしません。話数が多くなるとお気に入り入らなくなるのは、魂恋録が証明してますし。

では、本編どうぞ!


 目まぐるしく移り変わる思考と景色を追い払い、急ぎ足でマンションへ。俺が小鳥遊を多少強引に引っ張るように先導して、小鳥遊は力なく、抵抗も全くせずに引かれるままについてきている。握った右手は震えていて、俺の右手にもその震えが、思いがけない重圧となって襲い掛かってくる。

 

 もう、季節は夏を通過したはずだ。そのはずなのに、暑かった。思考と対策を講じようとして空回りし続ける脳内も、焦りからどうしようもなく早く、大きくなる歩速と歩幅も、それに応じて間隔が狭くなる呼吸も、全て全て、全てが暑く感じた。けれど、どこかが、自分の何かが冷ややかだった。

 

 結局その正体はわからないまま、マンションへと着いた。エレベーターに乗った瞬間、繋がれた右手がきゅっと強く握られた。その手の、弱々しいはずの力が、自分の胸を否応なく締めつける。それはきっと、自分の犯した罪への贖罪(しょくざい)なのだろう。

 

 ――無知とは、本当に罪だ。知らなかった。聞いていなかった。言われていなかった。いくらでも逃げの言い訳が用意されていて、それに逃げ込ませるような、ねずみ取りなんだ。畢竟、本当の意味で逃げられるわけではない。ねずみ取りに挟まれる痛みに苛まれ続ける。

 

 人間は、持続する痛みにひどく弱い生き物だ。小さな痛みでも、それはどんどんと大きく穴を開けて、傷跡を広げていく。

 

 お互いの部屋に分かれる前、俺が閉ざされていた重い口を開く。

 

「……小鳥遊。明日の放課後、落ち着いたら話してくれ。今無理にとは言わない」

「……うん。わかった。明日の、放課後ね」

 

 視線も落とされて、そのまま去っていく小鳥遊。彼女との距離は、一メートルくらいなはずだ。部屋が隣なのだから。けれども、俺には遠ざかる彼女の背中が、恐ろしく小さく思えた。静かに扉が開いて、同じく閉まる。その合間に見えた彼女の泣きそうな顔に一層胸が締めつけられる。

 

 俺は、こんな顔を見たかったのだろうか? いや、違うだろう。どれだけ捻くれた考えを持っていようとも、間違っている考えをしていい時と悪い時、そのくらいの区別はつく。今は、後者だ。絶対に偽ってはいけない。その気持ちを忘れずに。しかし俺には、彼女を癒やすことはできない。

 

 彼女の入った扉の閉まる音が、やけに耳に響いて残る。自然と溜め息を出しながら、自分の部屋の玄関を解錠し、扉を開ける。照明の点いていない暗い部屋に入って、扉の閉まって外の陽光が遮断される。

 

 ……俺には、何ができるのだろうか。

 

 

 

 翌日の朝、二人で一緒に登校する間も、足取りと気持ちは重いままだった。鎖に付けられた鉄球が足に括り付けられたように。溜め息こそ吐かなかったものの、朝の空気が淀んでいる気がして、自分の溜め息が間接的に発生したようだ。同じく淀んだ俺の目は、一体何が映っているのだろうか。自問自答するが、答えは出なかった。

 

 ずるずると鉄球に引きずられながら、そのまま昼休みになった。その間も対抗策を考えてはいたものの、昨日見たストーカーには見覚えがない。そう思ったが、緑髪の奴を一回だけ、見たことがある。いつしかの、夏休み前に向けられた冷徹な視線。怒りに震えるような、鋭い射抜く目線。あの目を俺に向けた奴は、緑髪だった。

 

 ただ、個人の特定ができない以上、どうしようもない。小鳥遊でもう一度おびき寄せるのも、彼女の様子からして無理。いくら手段を選ぶべき状況じゃないにしても、渇しても盗泉の水を飲まずという言葉がある。小鳥遊自身が再び深く傷ついたら、それはもう失敗と同義なのだろう。

 

 もう、俺の考えは固まりつつあった。自分には、一体何ができるのだろうか。問い、答えよう。

 

 ――問題と脅威の排除。小鳥遊を癒せないのなら、その傷をつくる要因を抹消しよう。

 

 そう考えたはいいものの、全くと言っていい程良案が浮かばない。思考と脳内架空検証を繰り返していると、もう放課後になった。詳しくは彼女から話を聴こうと考えにケリをつけ、下校の準備のために自分の机の中の勉強道具の諸々を、通学用カバンに入れる。と、その時。

 

 手のひらサイズのメモ帳の一枚が、ひら、と取り出した教科書の山から落ちて床に居座った。俺の机の中から落ちたものだが、見覚えがないことに不信感を抱きつつ、メモ帳を拾い上げる。

 

 そして、息を呑んだ。唖然とした。言葉が出なかった。全身に緊張感の雷光が駆け巡った。裏には乱雑に文字が書き殴られていて、注意して読まないと何が書いてあるのかわからない。が、その文字列の雰囲気だけでわかる。自分の中で渦巻く怒りを、全てペンに乗せて、字に載せて書いている、と。書いてある内容は、こうだった。

 

 『今日の十八時、お前の家の近くの公園に来い。』

 

 ゾッとした。背筋が凍った。このタイミングでこの差出人不明のメッセージは、偶然ではないことは確かだ。ほぼ確実にあのストーカーとこのメッセージの差出人は同じだろう。……無視するわけには、いきそうにない。ここで無視したとして、状況は何も変わらない。乱暴に書き殴ってあるので、筆跡から人物を特定できそうにもない。

 

 咎人が法で裁かれることは、必然だ。受け入れるべき事実であり、与えるべき判決だ。

 

 その裁判、ノッてやろうじゃないか。俺と、アイツの裁判に。どちらが被疑者となるのかも含め、どちらがどれだけ有罪か、決めようじゃないか。無罪なんて生ぬるいものは、今の状況では一切許されない。

 

 そうとわかれば、今すぐに小鳥遊と帰って、話を聞くべき、か。

 

「……待たせたな。すまない」

「うん……行こうか」

 

 至極沈んだ彼女の声に、自分の罪悪感が募る。どうせ、あのメッセージを見せたら、行かないで、とか言うんだろう。小鳥遊 音葉とは、そういう人間だ。自分の不幸と他人の不幸は、自分が原因だとわかったら、自分の不幸をとる。それは賞賛されるべきことなのだろう。が、それは行き過ぎると傲慢でしかない。

 

 小鳥遊は、傲慢だ。正直言って。自分だけで他人の不幸も背負える、なんて考えは、傲慢にも程がある。篤志家でもそんなことはしない。幸不幸というものは本来、他人のそれを肩代わりするものではない。それを履き違えると、その重みに潰されてしまう。

 

 昨日と同じく、ローファーがコンクリートを蹴る音が、静かに残って消える。けれど昨日と唯一違っていたのは、帰り道の長さだった。延々と続いていくと思われたそれも、今日はいつも通り。そして、この隣にいる彼女も、いつも通りにしてみせる。俺が、回帰させる。

 

 エレベーターで八階に上がり、扉が開いて箱から出て、目で小鳥遊に合図を送る。迷ったように視線を動かしたが、やがて視線は俺の視線とかち合う。

 

「……で、いつからなんだ」

「夏休みの少し前。告白されて、フッた日から。ストーカーに気付いたのは、つい最近」

 

 なるほど。つまりは嫉妬か。全く、情けない。小鳥遊がフッて、拒絶の意思表示をしたのにも関わらす? 『僕の』小鳥遊? 呆れてものも言えないどころか、気持ちが悪い。

 

 そして、ここ最近妙に登下校時に周りをキョロキョロしていたのは、あのストーカーがいるかの確認と警戒だった、と。

 

「……どうして、言わなかった」

「…………」

 

 小鳥遊は、答えない。バツが悪い顔をしていながらも、視線は決して逸らさない。

 

「信用、できないか。俺が」

「……! ち、違っ、そうじゃなくて――」

 

 またしても、言葉が詰まる。顔は悲痛で歪められ、今にも泣き出してしまいそうだ。口は忙しなく動くだけで、声が発せられることはない。外れなかった視線も、いつからか下を向いてしまっている。そんな小鳥遊を見ながら、近くのエレベーターの昇降音を遠くで聞く。それを暫く続けて、ようやく。

 

「……迷惑、かけるから。私のことだから、私で解決しなきゃいけない」

「そうか。で、どうしたい? このまま放っておくか? 一人で解決できる問題でもないように思えるが?」

 

 俺は、小鳥遊を助けたい。しかし、あくまでそれは彼女の意志の尊重でしかない。一から十まで、何から何まで救う。何も頼まれていないのにそんなことをするのは、逆に相手の意志への冒涜だ。助けを求めない人間に差し伸べる手は、必ずしも救いの手となるわけではない。自分の意志を阻害する、邪魔者の手となりえる。

 

 意志を聞いていない以上、俺は動かない。意志を聞いて、それなりの対応を、不言実行する。公では何もせず、静かに影で実行する。それが、どんな結果だとしても。

 

 なので、一つ訂正しようか。俺は、小鳥遊を助けたいんじゃない。小鳥遊の意志を尊重したい。状況の停滞を求めるも、否も、俺は受け入れる。

 

「…………」

 

 しかし、小鳥遊は答えない。彼女は、賢い人間だ。自分がここで頼ってしまえば、他人に責任が分散されることを重々とわかっている。助けを求めることが、彼女にとってどれほど難しいだろうか。引っ越して、ずっと一人で頑張ってきた、という話はついこの間聞いた。

 

 今までを単独で頑張って、ここにきて、俺に頼る。それが、どれほどの重みで、迷ってしまうだろうか。けれど、俺は彼女の答えを待ち続ける。この問題は、確かに小鳥遊の問題だ。だから、彼女の意思決定が全てだ。そしてその決定に、俺は異を唱えることはない。

 

「……そうか。じゃあ――」

「……けて……」

「あ? どうした?」

 

 微かに彼女の声が聞こえて、問い直す。俯いていた彼女は、しっかりと俺に視線を向ける。

 

 ()()()()()

 

たす、けて……! 私、怖い! 怖くて、怖くて……だから――!

「当たり前だろ。それが小鳥遊の意志なら、いくらでも助ける。何度でも手を伸ばす。例え届かなくとも、絶対に届かせる。遠くにいても、俺が駆け寄る。だから……いくらでも、頼れ!」

 

 彼女の話が終わる前に、俺は答える。彼女の意志は、今ここで確定した。自分から助けを求めることができた。助けを乞うことには、それ相応の勇気が必要だ。彼女のような人間性なら尚更だ。一種の決意を以て、この発言は成された。なら、俺もそれに応えるべきだ。

 

「うん、うん、うん……! ありがとう……!」

 

 彼女が泣き崩れる前に、俺が受け止めて、支える。俺には、これくらいしかできない。今、この場では。他の場で、できることをするべきだ。

 

 彼女の繰り返す「うん」は、昨日と同じ言葉。けれども、そこに込められた意志は、まるっきり違っていた。

 

 灰色の中、唯一の黄色や赤色を見出した時、世界の見方は変えられる。変貌を前にして、耗弱しつつある自意識を統制し、逆転の発想を考案する。それは思いの外困難を極めるものだ。オーディエンス等というものは存在せず、各々の価値観に準ずることしかできない、判断材料が極端に少ないものだ。

 

 しかし、それは当然のことなのだろう。集合知なしで、自分の意思決定が全て。今までそれを積み上げたものを根本から破壊すること。それはさらに難しい。薄弱とも言える意志で積み上げたものを、誰が進んで壊そうものか。ただ、それができる人間は真の意味で強い。それを今、目の当たりにしている。

 

 小鳥遊 音葉は強い人間だ。元来、自立に近付く人間は強いと言われる傾向にある。だが、それは外面しか見ていないからだろう。真に強いとは、その人間が誰かに助けを求めることができたときだ。今まで形成した自分の中の常識を覆し、したこともない、手探り状態で助けを求める。それが、どれだけ勇気が必要で、怖いことだろうか。

 

 ――それを、俺は理解している。

 

「取り敢えず、今日の夜までは俺の部屋にいろ。小鳥遊の部屋に来る可能性も十分にある。一応合鍵も渡しておくから、入れ」

「わかった……ありがとう」

 

 泣き止んだ小鳥遊を部屋に入れ、合鍵を渡してから時計を確認。……もう、時間だ。ここの近くの公園は一つしか思い浮かばない。近くと言ってもこの辺りは公園がないので、最寄りの公園は――あの時。夜に出かけた、遠くの公園。距離としても、もう出かけないとまずいだろう。

 

「……小鳥遊。俺、ちょっと出かけてくるわ。鍵はかけるから、退屈だろうがここで待っていてくれ。すぐに戻るよ。気分じゃないだろうが、遊んでいても構わないから」

「え? あっ……うん、わかった。気を付けて、いってらっしゃい」

 

 彼女がようやく笑顔を見せてくれたことに俺も笑顔を返して、通学用バッグを置いて。()()()()()()()()()()()()家を出る。そして、鍵をかけて公園に向かう途中で、俺の顔から笑顔が引いていくのを感じた。そして沸々と、怒りが湧き上がる。

 

 俺の好きな女の子を怖がらせて、泣かせたんだ。受けるべき報いは受けてもらわなければならない。自分のこと以外で、これほど怒ったことはないだろう。合宿も結局は空回りだった。

 

 自分自身でも、歩調が速まっているのが感じられる。今の季節にしては寒すぎる風が吹き抜けていく。その風でも、俺の気持ちは冷えることがない。

 

 今回は、水面上でも怒るようだ。




ありがとうございました!

最近、10時間授業に死にそうになってます。
毎日更新、やめたくない。けど、勉強も追いつかぬ。

ではでは!


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第26話 独壇場の対決に

どうも、狼々です!

最近Twitterでエロ内容の小説もどきをツイートし始めました。
皆が、いいねとRTばっかりするんですぅ……!(´;ω;`)

では、本編どうぞ!


 柊君が忙しなく玄関から出ていった。ここは柊君の部屋で、私一人。だけれど、邪な考えが思い浮かぶ余裕なんてなかった。

 

 自分は何もできないのに、彼ばかりが私を救っていくことに罪悪感がこみ上げてくる。柊君は頼っていいと言ってくれたけれども、それで納得してはいけない気がした。せめて。せめて、彼を労うことはして――

 

 ――ふと、気になった。私が先に準備を終わらせて、柊君の下校準備を待っていた時。一枚の紙を手に取って、顔を強張らせていた。すぐに表情が戻ったけれども、ずっと見ていた私はそれを見逃さなかった。その紙がしまってあるのは……

 

 一瞥するのは、柊君の通学用バッグ。本当はこういうことをしてはいけないのだとわかっていても、心配だった。あの顔をする柊君は、見たことがなかったから。

 

「……ごめんなさい、柊君」

 

 この場にいないけれど、一言謝ってからバッグを開ける。数十秒程中を探って、見つけた。そして、目を見開いた。

 

「そっ、か……」

 

 壁にかかった時計を見る。紙に書いてあった時間に公園に行くには、丁度いい時間。何も詳細を言わずに、行ったんだ。このタイミングでのこの手紙は、恐らく草薙君だ。

 

「ごめんね……ありがとう」

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 肌寒い風に当たりつつ、気持ちを燃やしながらあの公園に行っていた。着いたら、そこには緑髪のうちの制服を着た生徒がいた。ネクタイの色を見る限りは同学年。さらに、昨日のストーカーとの顔も一致した。俺の予想は間違っていなかった。となると、差出人のストーカーはこいつ、か。

 

 話に入る前に、俺は持ってきておいた二つのものを、ピッ、と。

 

「……よう」

「あぁ、君か。柊 誠……あぁ、ほんっとうに!」

 

 急に大声を出して、地団太を踏んだ。砂埃は乾いたままで飛沫となって立ち込める。立ち込み方からして、どうやら本気で垂直に地面を蹴っているらしい。表情からも察せる。怒りに満ち溢れる顔で向けられた視線も、同じく怒りでいっぱいだった。射抜かれる視線を感じて、寒々しい風がさらに冷たくなった気がする。

 

「お、おうそうだが……で、そっちは誰だよ」

 

 何が何だかわからない、というフリをした方が都合が良いだろう。さらに言うと、正直俺はこいつを誰だかわからない。ここで名前を聞いておく方がいいだろう。俺が名前を知る()()()()()()()

 

「ん~……ま、いっか。僕は草薙 楓弥。それはどうでもいいとして、呼んだのは音葉の件でだよ」

 

 語調は柔らかくなっているが、怒りの表情は一切隠す気すらなく、前面に出している。勿論、俺はこいつの名前に聞き覚えはないし、そんなに恨まれるようなことをした覚えもない。音葉は、ほぼ間違いなく小鳥遊だろう。

 

「で、小鳥遊が――」

「お前が、音葉の名前を呼ぶな!」

 

 突然出された大声に、俺は肩を跳ねさせる。凶暴とも思えるその声は、表情に出している怒りのさらに上をいっているようだった。獣の咆哮のようにも聞こえてしまう。

 

 突然に風は強くなり、木々がざわついている。葉と葉の擦れる音が大合唱となって、俺の耳にさらに襲い掛かってくる。咆哮とさざめきに耳を塞ぎ込みたくなるが、それも許されない。俺がここで耳を塞ぎ込むと、助けることにならない。ああやって言った手前、自分が退くなんてかっこ悪いし、そもそもできない。

 

「ほう、そうか。じゃあお前は呼んでいいのか?」

「はぁ!? 当たり前でしょ。僕は将来の音葉の夫だからね」

 

 ……いまいち言いたいことがわからん。音葉の夫って、何かの謎掛け? 確かにリズムは似ているような気がしなくもないけれども。そのままの意味を取ると……あれだな、うん。こいつ、ヤバイ。

 

「だからぁ……僕のお嫁さんに、手ぇ出すな」

「妄想癖もいいところだな。告白してフラれたんだろ? それがどうしてお嫁さんにまで飛躍するかねぇ」

 

 拍子抜けな感じがした。さっきまでの鋭い視線が嘘のようだ。もっと計画的で狡猾な奴だと思っていたのだが、お世辞にもそうとは言えない。

 

「そうそう……だから、音葉に近付くの、やめろよ」

「それはこっちの台詞だ。お前がやめろ」

「いやいや、どう考えてもそっちがやめろよ。音葉を脅して、何がしたいの? そんなに僕に音葉を取られたくないの?」

「……はぁ?」

 

 どうしよう、もうコイツをグーで殴り飛ばしたい。緊張感があったと思ったのに、こんなことを思う余裕まで出てきた。呆れて物が言えない。被害妄想にも限度があるだろう。

 

「で、それがストーカーしていい大義名分、と?」

「そっちこそ何を言うんだ。お前が音葉をストーカーしているから、音葉を僕が守っているんじゃないか!」

 

 ……もう何も言うまい。そう頭の中で思考がよぎったが、踏みとどまる。ここで論破しなければ、まだストーカー行為は続く。先生を介しても無駄だろう。そうなると、確実な、決定的な証拠が必要だ。それが揃うまで、時間を稼がせてもらうとしよう。さぁ、どんどんと墓穴を掘るがいいさ。

 

「傍から見たらお前もストーカーだ。付けていたことに変わりはないだろう?」

「確かにそうだ。けど、お前から音葉を守るっていう正当な理由がある!」

 

 さすがにそこまで無自覚ではなかったか。これで少しは安心した。これで自覚がなかったら、俺には打つべき手が早速なくなってしまうところだった。速すぎだろ。いやけども、これを予測できるか? いや、できないだろう。

 

「じゃあ、ストーカーであることは認める、と」

「そりゃあ……まぁ、そう見られても仕方がない。でも、音葉を守れれば、音葉がそれで救われるならいい!」

 

 ……よっし、こんぐらいでいいか。俺はポケットの中で、予め公園に入った時にオンにしておいた()()を、ポケットから取り出して草薙に歩み寄り、見せつけるように目線の先で横に振る。

 

「……今の会話は、全て()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 そう、取り出したものは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさか、こんなところで役に立つとは思わなんだ。こうやって録音された以上、自分からストーカーだと自白したデータは残っている。これを親なり先生なりに突きつければ、きちんとした証拠として受け取られる。

 

 そんなことをした人間は、当然無傷では済まない。ということで、俺の勝ち――

 

「寄越せよッ!」

「は?――ぐはっ!」

 

 俺は、自分の左頬を抑えつけて横たわる。激痛が走り、顔を顰める一方だ。そして、やっと気づいた。――草薙に、思い切り()()()()のだと。殴られた時の拍子に、俺の右手から棒状のボイスレコーダーが逃げて、地面に落ちる。そして、それを拾い上げる草薙を、横たわったまま見ることしかできなかった。

 

 風が一層冷たくなり、焼けるような痛みを保持する頬が冷える。保冷剤を当てたようになる頬に違和感を感じつつ、立ち上がってわざとらしく言う。

 

「……おい、何で殴るんだよ」

「決まっているだろ。これを回収するためさ。僕は結構家柄も良い方なんだ。事実とその程度くらい、大抵は曲げられるくらいには、ね?」

 

 家柄が良いストーカーとは、これまた厄介だ。王権を無闇矢鱈に振り回す絶対王政の時代に生きているのだろうか。

 

 そういう人間は、大抵弱い。権力でねじ伏せることしかしてこなかった人間は、その独自のぬるま湯に浸かっているだけ。そのぬるま湯に慣れきった王は、普通の温度では耐えられない。別の言葉で表すのならば、井の中の蛙大海を知らず。自分の狭い領分の中で強いと打算をきっている王は、それはそれは脆い。豆腐のようだ。

 

 しかし、普段から熱すぎるお湯の中で過ごすことさえ困難を極めるぼっちは、それはもう王の気質を持ち合わせていることだろう。最初から厳しい環境下で過ごしたぼっち蛙は、なんちゃって王様蛙を遥かに超越した存在だ。ただぬくぬくとしていた奴に、負ける要素など万に一つもありゃしない。

 

 鶏頭牛尾とはよくも言ってくれる。あんな言葉は、愚者の逃げに使う言い訳でしかない。妥協ラインでもいいや、等という甘い考えに縋った者の末路など、見えきっている。

 

 俺はカースト的に、草薙は性格的に最底辺だ。両者最底辺。だったら、同じ舞台である以上は俺が負けることなど、確立は虚数の彼方にも存在しない。

 

「なぁ、小鳥遊に――()()にフラれたんだろ? 選ばれなかったんだろ?」

「あぁぁ! そうやって、音葉の名前を呼ぶなって言っているんだ!」

 

 ならば、俺がやるべきことはただ一つだ。ただひたすらに、被害者役を演じるのみ。最底辺同士、もう落ちることはない。だったら、その先にどうやって落ちることができるかが勝負だ。ここで落ちて、相手に落とされたという事実を既成する。この状況を深く知らない人間が、悪いと思う方を草薙に誘導させる。

 

 自分から落ちて助かる、マッチポンプにも似た手法。卑怯だとは言わせない。だってここは、俺の最底辺(どくだんじょう)なのだから。負ける心配がない以上、後は自爆を防ぐのみ。こちらから無理に攻撃する必要は、まったくもってない。ただ相手を煽り、自分が攻撃を一方的に受けるだけ。簡単だ。

 

「音葉にフラれた八つ当たり? 全く、執着ってのも行き過ぎると大変だな。音葉が浮かばれない」

「だから、黙れと言っているんだ!」

 

 わざと下の名前で小鳥遊を呼ぶ。ただ煽るだけではダメだ。煽っているように見せずに草薙に手を出させる。あくまでこちらは悪くないように見せるために。

 

「結局のところ、音葉にストーカーしてたのはお前なんだろ? 俺はそんなことはしていない」

「……もう、話すだけ無駄だね」

 

 そう言って、草薙は俺に背を向けて歩き出そうとする。

 

「おい、待てよ。俺は――」

「うっさいなぁ、君が音葉の邪魔をするってんなら、僕が守るだけ。結局何も変わらないんだよ。今までと」

 

 最後にそれだけ言って、草薙の背は遠くなった。俺はこれ以上追求しても同じだと判断し、追わなかった。草薙が完全に見えなくなったことを確認して――

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、草薙はさらに、もう一つだけ勘違いをしている。……俺がいつから、ボイスレコーダーが一つしかない、だなんて言った? 全く、笑ってしまいそうになる。俺は吹雪から、ボイスレコーダーを二つもらっている。両方で録音して、片方をチラつかせる。奪われたフリをして、もう一方のボイスレコーダーがあるという可能性を頭から除外させる。

 

 目の前の障害が消えると、その瞬間に人間は安心してしまう。隠された障害に、目が向かなくなる。一旦消去された選択肢を引き戻すなんて真似、普通の人間は到底しない。まず、最初に可能性を除外するような人間には。あらゆる可能性を検証してから潰さないと、こういうことになる。と、いうわけで。俺は特に攻撃することもなく、被害者役を全うした。証拠だって揃った。

 

 この解決法が正解かどうかはわからない。けれど少なくとも、不正解ではないはずだ。実害を受けていない以上、警察も動きにくいだろう。受けたのなら、もう俺に伝えているだろうし。

 

 我慢ができずに……自虐も入った歪な笑みを浮かべた。これで、よかったんだと。自分をどれだけ騙せば気が済むんだろうか。本当に、学ばない人間だ。笑った瞬間、左口端に痛みが走った。

 

「いっ……!」

 

 思わず声を漏らして、痛みの箇所を指で触って確認する。指が口端に触れた瞬間の感触が、肌を介したものとなっていた。少し乾きかけの、赤い血が指先に付着していた。その感覚を知って呆れつつ、気持ち悪いと思っていたのかもしれない。メガネもかろうじて壊れなかった。

 

 ……それでも、よかった。

 

 湿度を持った風が、俺の傷跡を撫でて消えゆく。太陽はこの季節だ。沈んでしまっている。真っ暗とまではいかないが、薄暗い。いつしかの夕焼けの感覚が、まだ残っている。彼女からまたその時のように怒られるのだと思うと……傷の痛みも、風と同じく消えていくような気がした。

 




ありがとうございました!

ちょっと草薙君との対決は物足りないかもしれません。
ですが、私の限界でした。

ストーカーと対面するっていう場面がもう……
あんまし想像できませんでした。

最後に。ストーカー、ダメ、ゼッタイ。

ではでは!


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第27話 私の大好きすぎる彼

どうも、狼々です!

遅くなってしまい! 申し訳ありませんでしたぁぁぁあ!
実に一週間ぶりですねはい。本当に申し訳ありません。

クーカノ投稿したり、短編投稿したり、一日休んだりと……
反省しています。

昨日は熊本に行って、殆ど時間がありませんでした。
これを予約投稿するのは、投稿の二時間半前というなんというギリギリ。
誤字脱字等が多いと思われます。重ね重ねすみません。

では、本編どうぞ!


 薄暗のどこか暖かくもある空気を掻い潜りながら、自分の部屋へと戻った。部屋に帰った今は、もう辺り一面闇に包まれてしまっている。

 

「ただいま~」

 

 気だるげに、抑揚とはほど遠い平坦な、のっぺりとした声を出しながら、解錠した玄関の扉を開く。目に飛び込んできたのは、オレンジ色の暖色系の光と、それに照らされている、床に膝を抱えて座り込んだ小鳥遊だった。

 

「……どうした?」

「ん、おかえりなさい……待ってたよ」

 

 そう微笑みかけられて、ドキッとした。暖色の光がまた、一種の甘美さを纏わせて俺の視線を釘付けにする。妖しい魅力を孕んでいて、自分の中で様々な邪な考えが横行して止まない。彼女には、今まで俺の感情をどれだけ揺らされただろうか。掻き回され、バラバラにされ、考えの収集はつかなくなっていく。

 

 彼女の笑顔に惚れ、彼女の笑顔にドキドキとしてしまう。それが妙に心地よく感じる割には、自分の息も感情もかき乱される。けれど、もっと見たいと思って彼女の気を引こうとして上手くいかず、不意の笑みに嬉しくなりながらも心臓は暴れて静まらない。そんな心臓に悪い状態を繰り返してきたというのに。

 

 小鳥遊は立ち上がって、俺の顔をじっと見つめる。急に見つめられたことに心臓は心拍数を加速させながらも、頭で不思議に思う理性はなんとか残っていた。

 

「ど、どうしたんだ……?」

「口、血が……」

 

 あ~……そういえば、切ったんだったか。全く、自分で思うが情けない。たった一回殴られただけでこうなるとは、ひ弱すぎて泣いてしまいそうだ。勿論、草薙に会ったなどとは言えるはずもない。それに、男とは好きな女の子の前ではカッコつけたい生き物なのである。だから俺は、こう応えることにしようか。

 

「あぁ、これか。……いや、あれだ。人と強めにぶつかったんだよ」

「……ふぅん、わかった。気を付けてね?」

「お、おう」

 

 正直、こんな見え透いた嘘で騙せるとも思っていなかったので、嘘を吐いた張本人である俺が言葉を詰まらせる。普通の人間に対してならば平気で嘘を吐けるのだが、小鳥遊相手となるとどうも調子を狂わされる。

 

「あぁ、そうそう。晩御飯、簡単にだけど作るよ。食べていくか?」

「え? あ……うん。ありがとう。じゃあ私も――」

「いやダメだ。そう言ってこの前、全部一人で作ったじゃないか」

 

 そう投げかけて、玄関に通ずる廊下からリビングに出ようとする。その扉に手をかけた時に――背後に、小さな暖かくもある重みがかかった。決して重いわけではない、むしろ軽いだろうか。柔らかいものは二つ背中に当たり、形を大きく変えている。それだけで、俺の心臓はさっきとは比べ物にならないほどバクバクと鼓動するように。

 

 忙しなく広がっていく緊張の波紋は、俺の先から先まで固まらせた。頭はもう既に飛んでいて、思考などという薄っぺらいものは破れて、燃えてしまった。灰になって消えた。灰の山に残っているものは、彼女への膨れ上がって大きくなりすぎた好意だけだ。

 

「……ありがとう、柊君」

「は、はあぁ? ひ、ひやいや、いい、一体何のことですか!?」

 

 声がうわずったり、詰まったり、噛んだり、敬語になったりと、ひどいものだった。確実に俺の黒歴史と化しただろう。けれど、今はそんなことを考えている余裕はなかった。どうして? 何故? 何が何を以て『ありがとう』なんだ? そんな疑問符の付いたあやふやな文ばかりが脳内で羅列されていく。

 

「わからなくても、いい。それでも……ありがとう」

「…………」

 

 振り向こうとして、思い留まった。後ろが気になった。彼女がどんな顔をして、こんなに優しそうな声で言っているのか見たかった。けれども、振り向かなかった。いや――()()()()()()()()。振り向くのが、躊躇われた。理由や根拠はまったくもってない。雰囲気が、そうだった。

 

 煙たがることも、煙たがることもなしに、灰の山は大きく高く積もり積もり、積もっていく。灰は煙を濛々と立ち上げて、どこまでも高く昇っていく。揺るぐことのないそれは、ただ唯一(そら)に佇んだ。

 

「……ごめんね、本当に」

「……いいんだよ。あと――」

「あと、なに?」

「――ごめんじゃなくて、ありがとうを一言でいいんだよ」

 

 俺が上げた狼煙(のろし)は、そこまで立派なものじゃない。今にも天に消えかかった灰色の煙をかき集めて、全く何がしたいのだろうか。そう、問いたい。問うて、応えた。

 

 ――立派じゃなくてもよかったんだ、と。

 

 それだけ解れば、俺は十分に満足できた。どれだけ小さくて弱々しい狼煙でも、上がればよいのだと解った。そのこと自体に、俺は喜びを響かせた。自己満足かもしれない。けれど、そうじゃないと確信できた。

 

 今背中に寄り添ってくれている彼女が、俺を支えてくれていたから。俺が支えようとして、本当は支えてくれていたのだ。驚くほど情けない。助ける側が助けられてどうするんだ。呆れを通り越してしまいそうだ。通り越してしまわないのは、それもまた彼女のお陰だ。俺は彼女がいないとダメなんだろうか。

 

 ……そんな弱い人間、好かれるはずがない。少なくとも、彼女を一回は救わないといけない。それで、お返し。ハーフハーフだ。そうなると、これからやるべきことは一つ。アイツを……草薙を、徹底的に倒すだけだ。まだ、終わっていない。

 

 矛はある。盾は要らない。盾に頼るのは、アイツだけだ。脆い盾に身を隠すのは、視界を狭める邪魔物でしかない。俺が一方的に攻撃することは、相場が決まっている。勝ち負けは、もう決まっているも同然だ。あとは、対戦を仕掛けるだけ。その準備も、もう整っているはずだ。

 

 ギャンブルなどではない。勝敗が事前に決定しているギャンブルなど、賭けやら綱渡りやらなんていう生温いものではない。俺は、それを理解している。そして、俺は思った。

 

 ――なんて打ち出の小槌な戦いなんだろう、と。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 彼に寄り添った後、今は彼に言われた通り、ソファで彼の料理のできあがりを待っている。待っている今の間、ずっともやもやとしていた。

 

 彼の唇の血は……十中八九、草薙君と殴り合ったのだろう。そのことに、嬉しくも悲しかった。彼が殴られたことに悲しく、殴られて、傷付けられて、血まで出して私のために行動してくれたことに、嬉しかった。正直、少しだけ泣いてしまったのは内緒だ。背中にもたれかかった時、彼が後ろを振り返っていたら、涙を流す情けない私が視界に入っていただろう。

 

 それなのに……それなのに、彼は自分のことを話さない。あんなに嘘ってすぐにわかる嘘を吐く必要はあるのだろうか。それなのに、隠した。どうしてだろうか。それをずっと考えている。けれども……どれだけ深く深く考えても、まったくもって答えが出る気配すらない。

 

 でも、嬉しかった。私は、彼がいないとダメなのかもしれない。小さい頃も、あぁやって助けてもらったなぁ……あんまり友達がいなかったあの時、最初に声をかけてくれたのは、彼だった。今の彼からは正直、想像もつかないけれど。思い出していて、笑ってしまいそうになる。

 

 それにしても、帰ってきたときのあの驚いた顔は、面白かった。予想外を体現したような表情だった。それで――私が見えて、安心したというような、喜んだような顔を見せてくれたことに、ドキッとしてしまったのも事実。私がいて嬉しいとか、そういうことを考えていると思ったらもう……あぁ、ダメだ。また心臓がドキドキしている。

 

 いつもそうだ。彼と距離を縮めようとしたら、声をかけるタイミングが重なって気まずくなったり、どんな話題を出していいかわからずに沈黙が流れたり、話さなきゃ、って思って話そうとしてまた重なって。

 

 重ならなかったと思ったら、すぐに会話が終わって寂しくなって、また沈黙。家にすぐに着いてしまって、彼との話す時間は終わり。そして、帰った後にベッドに飛び込んで、ぬいぐるみを抱きながらいつも後悔するんだ。

 

 あぁ、なんで話せないんだろう、とか。もっと話したかったなぁ、とか。話だけでなく、手を繋ぐ勇気を出したいなぁ、だとか。……もう一度、抱き合えないかなぁ、とか。恥ずかしいけれど、いつも彼のことで頭がいっぱいになる。そして……胸が苦しくなる。

 

 恋をすれば女は幸せになる、なんて言うけれど、本当にそうなのか疑ってしまう。だって、叶わない恋をずっとし続けるのは、とっても悲しくて辛いことだから。そして、自分もその一人であることを考えると、涙も出そうになる。

 

 そんな時に、いつも電話をする。電話をして、早く出てくれると嬉しくなって、遅くても今か今かとドキドキしながら待つ。時々、彼からも電話をかけてくれる。スマホの画面を見ずに、着信音が鳴ってまずドキッとする。画面を見て、彼の名前が浮かんでいるとさらにドキドキするし、彼じゃないと少しがっかりする。

 

 電話をかける前だって、相当にドキドキしている。深呼吸を繰り返していると、電話をかけるのは五分や十分後、なんてのはざらだ。繋がると、声がうわずってしまいそうになったり、事前に話そうと思っていた話題や、電話をかける理由(こうじつ)が、頭が真っ白になって飛んでしまったり、色々と大変だ。

 

 電話が終わっても、今日はいつもより会話できたときにはベッドを飛び跳ねたくなるし、短かったときは眠かったのを邪魔したんじゃないかと不安になる。寝ようとしても、興奮で寝られない。電話が終わって五分は心臓がドキドキしっぱなしだ。

 

 朝起きて、着替えながら話題を考える。時々時計を見忘れて、彼を外で待たせてしまうこともある。その度に、彼は笑って流してくれる。……その笑顔に、ドキッとしてしまうことも知らない彼は、平気で笑う。その笑いで、どれだけ私のこころが揺れ動くかを知らないんだ。

 

 学校は学校で、授業中にちらちらと隣を見たり、席替えの話が出たりして泣きたくなる。そして、待ちに待った昼休みは笑顔がつい溢れてしまう。一番楽に話せるのは、この時間だ。ドキドキするけれど、一番話題が弾む。

 

 帰りになって、休み時間に考えた話題でまた話す。一緒に、今日こそは勇気を出して手を繋ぐんだ! という決意を実現させようとする。が、それが簡単に崩れてしまうのが私の毎日。手を繋ごうとして、やっぱり手を引っ込めてしまう。

 

 そんな毎日を送っていたのだ。……今振り返ってみると、私の行動理由が彼になってしまっている。やっぱり、私は彼がいないと生きていけないようだ。そう思うと、私が本当に彼が好きなんだって自覚して、心のなかで笑ってしまう。……えへへ。

 

「――お~い、小鳥遊、できたぞ~!」

 

 今日はなんと! 彼の家でご飯なのです! ……ふへへぇ。

 

「――お~い、き~てんのか~?」

 

 今日はいつもより寝られない気がするなぁ……幸せなようで、結構辛いのである。

 

「――お~い、食べちゃうぞ~?」

「私でよければ――えぇぇ!? い、いやいや違う違う!」

「お、気付いた。ご飯、できたぞ」

 

 気付けば彼は目の前にいて、こちらを覗き込んでいた。距離も近い上に、さらには彼の笑顔。思考が一瞬でショートして、淫らな返事をするところだった。……私は、どこか彼になるとそういう傾向になってしまう時がたまにある。エッチだと思われると嫌われそうだから、できればなくしていきたいところ。いつもはそんなことは全くないのになぁ……

 

「う、うん、わかった。ありがとう」

「……おう」

 

 目を逸らしながら、恥ずかしそうに喜んだ顔をする彼に、また虜になって。いつも連鎖が起きているんだ。惚れて、惚れて、惚れて……それって、ただループしているだけだよね? 結局わかることは、彼のことが大大大好きなことだけだ。

 

 ――それさえ解れば、十分か。




ありがとうございました!

今回、音葉ちゃん爆発。やったぜ。

最近、クーカノの勢いがすごいです。
なんか、すごいです。語彙力のなさもすごいです。
すいません、何か疲れてますね。

ではでは!


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第28話 好きな女の子のためなのだから

どうも、狼々です!

お待たせしましたぁぁぁあ! 実に一週間ぶりでございますね。
すいません。三日も休んで、さらには別作投稿……忙しいんです。という言い訳。
ホントに申し訳ありませんでした!(´;ω;`)

では、本編どうぞ!


 澄んだようで淀んだ空気の翌朝、着慣れた制服へと袖を通す。聞き飽きた程の衣擦れの音が、いやに耳に残った。その感情は朝食と共に嚥下できるものでもなく、意識から疎外しようとすればするほど、視界に入りたがりなそれの特性上、どうしても目を逸らせない。重い溜め息を吐きながら、玄関の戸を開く。

 

 昇った日の青白い眩しさに目を細め……一層に溜め息はこみ上げ、口から溢れる。さっと、視線が俺の視界はズレた。視界の先には、棒状の機械がしまってある、通学用バッグのポケットの一つ。早めに草薙を無力化しないと、何が起きるかわかったものではない。まだまだ急ぎ足で、かつ無計画ではあるが、今から動き始めないと、危険が広がるだけ。

 

 俺は直前に、何から目を逸したのだろうか? 目を背けたのだろうか? 拙い疑問は環状線となって、脳裏を掠めかすめる。きっと不安からなのだろう。俺に何ができるか。それを自分で認知できていないはずはない。圧倒的に、足りないものがある。それが何なのかわからないが……俺は、動かないといけなかった。

 

「……おはよう、柊君」

 

 優しい笑みを張り付けた小鳥遊が、隣の部屋から出てきて、外で待つ俺に挨拶を飛ばした。

 

「あぁ……おはよう、小鳥遊」

 

 俺の持つ声色は、周囲の淡色へと滲んで消え行く。透明な景色の映る俺の瞳には、どうにも綺麗には見えなかった。

 

 

 

「……どしたさ」

「いや、何がだよ」

 

 俺と茜が、対面して話を展開する。放課後になって、小鳥遊を廊下で待たせていることに罪悪感を感じるが、茜が俺との時間を所望したようで。理由はまったくもってわからないし、この二人の組み合わせ自体も珍しい。大抵はここに小鳥遊か吹雪が入っているはずなのだが。

 

「何がって、今日の二人だよ。音葉ちゃんと誠の」

「で、それが?」

「ギクシャクしてる」

 

 太陽の殆どを雲が遮った斜陽が差し込む教室で。誰もここにいない中、廊下に声が漏れ出さない程度に、至極真面目な小さい声で言われる。

 

 俺と小鳥遊の今日の組み合わせは、最悪だったと言ってもいいだろう。お互いがお互いを敬遠しあい、様子を見る。奥手に奥手が交錯した結果がこれだ。昨晩からは考えられないが、なかなかどうして、人間はその時々によって感情はすり替わるものだ。たとえ小鳥遊や俺と言えど、例外ではない。

 

「まぁ、そうだな。いつか直るだろうけど」

「そうだね。私もそう思うよ。で、その傷はなに? 気付かないフリすればよかった?」

 

 多少怒り気味な声で、俺の口端を指差す。そこはまさしく、俺が昨日切った口の傷だった。隠すつもりもなかったし、隠すことに意味もない。しかし、だからと言ってことの顛末を披瀝する理由にもならない。

 

「あ? いや、ただ切っただけだ」

「おかしい。音葉ちゃんにも聞いたけど、何も答えないし、誠の話をすると決まって顔を沈ませるし」

 

 正直、何の根拠もない。口の傷と関係するところはないはずだった。が、俺にはそれを受け入れることしかできなかった。反論も見つからないし、見つかっても潰される。即興の抜け穴とは、本来そういうものだ。

 

「……まぁ、あれだな。あったかと言えば、あった」

「……そう。私には?」

 

 言われて俺は、その意味を模索した。私には? とはどういう意味があるのだろうか? 私に何か言うべきことはないのか? ということだろうか。

 

「私には……何が、できる?」

「…………」

 

 意外だった。俺が傷を受けている時点で、暴力沙汰であることは確かだろうに。そんな中、一人で身を乗り出すと言うのだろうか。俺には、意外だったんだ。

 

「……いや、何も。正直、人が増えたところで何も変わるものじゃない。俺も困ってはいるが、これ以上助かる見込みもない」

「そう、かぁ……うん、ごめんね、いきなりこんな話をして。引き止めて悪かったよ」

 

 悲しみをほんの少し孕んだ笑顔は、俺の胸に刺さった。友人ではあるものの、直接関係があるわけではない。にも関わらず、友人を思って危険に身を投げるつもりで助けに入ろうとした。そんな友人の姿が、自分と対比して俺には眩しく見えた。

 

「あ、そうそう。吹雪もあれで心配しているんだよ? あぁいうときは、俺にはどうしようもない。黙って見守るのが一番だ、って言ってたよ」

 

 ……吹雪は、お調子者だ。普段は勝手に飄々とするくせして、重要なことには誰よりも真剣に向き合う。自分と対比して俺には眩しく見えた。今日だって何もない、いつも通りを装っていたんだと、親友の真意に今更ながら気付いた。

 

 今度は爽やかに笑みを見せて、教室の戸を開いて廊下へ出ていく。廊下から多少の話し声が聞こえたが、当然のことながら俺には届かない。少し、窓の外に視線を移した。雲はもうかかっておらず、橙の光は先程よりもずっと明るく、多く静寂の割って教室に侵入している。

 

 二人に心配されて、行動も起こしてもらっている。ここで俺が、朝のようにしょぼくれるわけにはいかないだろう。数少ない俺の友人だが、こんなにもいい友人を持つことができるとは思わなかった。背中を押されて、前に進まないほど俺は卑屈じゃない。ここまでされるまでわからなかった俺に、逆に苛立つくらいだ。

 

 悩んでも、悔やんでも何も変わらない。この状況がひっくり返るわけでもあるまいし。だったら、勝てないことの算段よりも、勝つことの算段をした方がよほど合理的だ。いつもの俺は、捻くれてはいるものの後ろを見ることはなかっただろうに、今回は振り返ろうとしていた。そこに答えなんて、ないとわかっていたはずなのに。

 

 笑った。声には出さずに、静かに。自嘲だとかじゃなく、自分がおかしかった。何を、らしくないことをしているんだ、と。思えばそうだ。俺はいつも、捻くれた考え方を元に一風変わった状態で前に進んできた。いつだってそうだったじゃないか。前にも後にも変わることじゃない。だから、ここで下を向く必要なんてない。

 

 廊下から足音が遠ざかった音を合図に、俺も廊下に出る。そしてすぐ、外で待ってくれた小鳥遊と目が合う。横から橙色の光を浴びた小鳥遊の顔を、普段とは違った魅力を感じてしまう。

 

「あ……わ、悪い。行くか」

「ん……そうだね」

 

 優しそうな微笑みは、本当に慈愛に溢れている。惚れるな、と言われる方が無理な話だ。そんな他を寄せ付けない美麗さを持ちながらも、こうやって俺に付き添ってくれる性格も持ち合わせくれている。その事実に感謝をしてしまうくらいだろう。

 

 自分の好きな女の子のために何かをしたいと思うのは、男の(さが)でもある。女の子が助けを求めてくれているんだ。しかも、俺に。これは見逃すわけにはいかないし、全力で助けになろう。草薙側がどうなろうと、知ったことではない。極論だが、俺は誰よりも小鳥遊の事情を優先させてもらう。

 

 第一、こっちが被害側なのだから、優先されるされないではない。自己防衛の一言で十分だ、全て片付く。こんなにも舞台は整っているというのに、俺は後ろを向きかけた。茜が言ってくれないと気付くこともなく、吹雪がそっとしてくれなかったなら、焦りを生み出していたことだろう。

 

「……どうしたの、柊君?」

「あ? いや、どうしてって、何がどうして?」

「いや……なんか、嬉しそうだったから」

 

 こんな状況だと言うのに、彼女は笑みを浮かべる。俺に対する笑みだとわかった瞬間に、胸が締め付けられる。罪悪感ではなく、歓喜のあまりに。この笑顔に報いたい、笑顔を続かせたい、最高の笑顔を見たい。その一心で、俺は頑張れる気がした。俺の笑みの理由は、きっとそうなんだろう。

 

 窓から差し込む茜色の夕日をバックに、そんなことを考えながら階段を降りていく。そして、途中。

 

「おっ、まだ帰ってなかったか。よかった」

「え……片岡先生?」

 

 もうすぐで靴箱に着こうとしたその時、片岡先生と鉢合わせた。俺が驚いたのは、それだけじゃない。

 

「悪い、一分だけ柊を借りていくぞ」

「え? あ……は、はい。わかりました」

「ちょ、ちょっと、先生!?」

 

 片岡先生が一方的に言い放って、俺の腕を引きながら小鳥遊から離れていく。俺が驚いたのは、それだけじゃない。

 

 ――片岡先生が、一切笑っていなかったからだ。笑っていないことは別におかしくない。顔は勿論のこと、目も声色も笑っていなかった。真剣味を帯びたそれらが、笑うことを許さないように。

 

 小鳥遊から見えなくなったくらいで、手を放されて対面する。

 

「……小鳥遊とのことは聞いた。その傷も、大方それだろう?」

「…………」

 

 指差す先に傷があり、俺は何も言えなかった。

 

「今、校門に草薙って生徒の身内……というか、迎えが来ている。お前と小鳥遊を呼んで、だ」

「……それで、俺はどうすればいいんですかね? 呼ばれるのはいいですが」

「あぁ、迎えが騙しでないことは、既に確認が取れている。呼んでいるのは、草薙の父だよ」

 

 このタイミングの迎え、そして草薙。これだけでも、俺の行動理由となる。呼んでいるということは、こちらにとってかなりいい状況であると考えていいだろう。向こうには何も危害は加えていないのだから。あるとするならば、草薙の犯行履歴がバレたと考える方が自然だろう。

 

 ただ……

 

「どうしても、小鳥遊もですか?」

「らしい。二人にはできるだけ来てほしいとのことでな。勿論、呼び出す身だから強制はできない、ともね」

 

 正直な話、小鳥遊を連れて行くのはまずいだろう。安全策を取るならば、間違いなく連れて行かないべきだ。犯行履歴が親に知れていることを前提として考えると、草薙の小鳥遊への当たりが一層に強まる可能性だってある。それこそ身内が止めるだろうが、事実隠蔽のためにわざと草薙を見逃すことだってありえない話ではない。むしろ十分すぎる。

 

 家柄も良いらしいので、事実隠蔽の可能性はさらに高まる。立場が逆ではあるが、犯罪者が犯行場所に戻る理由もない。余計なことはなるべくしないでおきたいのだが。

 

「……俺はどうとでも。小鳥遊の考えで動きますよ。正直、俺がいてもいなくても変わらないでしょうし」

 

 俺が一人いたところで、権力の差が逆転するわけでもない。邪魔はできるだろう――草薙一人でなら勝算はあるのだが――。それを抜きにしても、小鳥遊の行動が一番関わってくることも変わらない。俺がここで判断したとして、大きく結果を左右するのは小鳥遊。それに付随する俺の存在の位置関係は不動だ。

 

「そうか。……先に柊には話しておきたかったんだ。急な話で悪かったな」

「いいんですよ。俺も、どうにかするつもりでしたし」

 

 二人で消えた笑みをさらに消して、階段を上って小鳥遊の元へ戻る。

 

「ホントに一分だったね」

「あぁ、借りてすまなかったな。……今、草薙の迎えが来ている。二人に来てほしいとのことだ。断ることだってできるが……どうする?」

 

 片岡先生が早速本題に入ると、小鳥遊は顔を曇らせた。無理もない。突然にストーカー相手の迎えが来るなんて、怪しいにもほどがある。何をされてもおかしくないこの状態、自ら沼に足を踏み入れることもないのだ。そんな中、彼女が弾き出した、彼女なりの答えは――

 

 

「――わかりました。()()()()

「……いいのか、小鳥遊」

「うん、いいんだよ。元々私のためだし、私がいかないっていうわけにも……ね?」

 

 先程までと同じ笑みだったが、俺にはその張り詰めた笑顔の裏に、苦しみが紛れているようにも感じた。俺には、それを今どうしようもできない。この笑顔をありのままとさせるためにも、この草薙との問題は解決するべきだ。だったら、俺にできることとやることは変わらない。さっきと、同じように。

 

 

 

 靴箱まで階段を半ば駆けるように降りて、ローファーに履き替えて外の暖色光を直接浴びる。夕焼けが眩しいのは、気のせいではないのだろう。隣の小鳥遊と一緒に、校門までの道のりを辿る。いつも通学路として登下校するこのただでさえ短い道のりが、異様なまでに長く感じる。

 

 タイルやコンクリートを踏みしめる靴音が、妙な耳障りとなってまとわり付いてくる。それも相まってか、全身にはいつの間にか緊張感が駆けているが、抜けていくことはない。彼女もほんの少し、歩幅が小さくなっているかもしれない。

 

「……お待ちしておりました」

 

 大きめの黒車を背にして、同じく黒スーツに身を包むその姿は、一目見ただけで執事だとわかだろうか。丁寧に腰を曲げて、こちらにお辞儀をしている。やや年配の人の見た目なことも相まって、一層執事に見える。いや、『見える』というよりも、実際そうなのだろう。

 

「突然、申し訳ありません。お初にお目に掛かります。私は草薙旦那様の身の回りのお世話をさせていただいています、戸波(となみ)と申します」

 

 やはりというべきか、執事の戸波さんに再び礼をされる。こうも堅苦しいと、どういう対応をしていいのかわからなくなりそうだ。相手は草薙側だというのに、渋る気持ちが止まない。が、よくよく考えてみれば、わかっている以上ではこの人は何もしていない。できる限りは同じく敬語を使うべきか。……まだ、な。

 

「こちらこそ。俺達の名前は……ご存知ですよね?」

「はい、柊様、小鳥遊様」

「こちらも、用件は先程伺いました」

 

 無難に、冷静に。答えを間違えることはないだろうが、念には念を入れる、石橋を叩いて渡る。むしろ石橋を叩いて壊して別の橋を渡れ。何それ無意味じゃねぇかよ。

 

「助かります。では、こちらに……」

 

 彼が、背中にしていた大きな黒車の後部座席のドアを開ける。レディーファーストを見せるためにも、小鳥遊を先に乗せる。うん、いつも通り、いつも通り……と思うものの。

 

 やはり――そうもいきそうにないようだ。少なくとも、小鳥遊は。




ありがとうございました!

もうすぐでこの章は終わると思います。

修学旅行の京都が中止になる可能性。
京都行ったことないし、その前に話を終える可能性。
できるだけ頑張ってみます。なんで京都にしたのかは聞かないで。それっぽい場所が思いつかなかったんだよね(´・ω・`)

もし、です。もしなくなったとしたら、イチャイチャ展開を予定よりずっと設けてみます。
それで了承いただけると……いただけないですよねぇはい。(´;ω;`)

ではでは!


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第29話 もう一度

どうも、狼々です!

今回は草薙君の家にご訪問の回です。
が、ポケモンが私の邪魔をするんです。やっ、やめろー!(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 丁寧な運転で揺れる車にさらに揺られて、執事さんの向かうところへと。車窓から覗く夕立は既に消えかけて、ゆっくりと箱の中の風景はスクロールを繰り返す。俺はそれを目の端で捉えながら、小鳥遊の様子を見守っていた。

 

 俺は左座席に、小鳥遊は右座席に座っていて、今に至るまで終始無言。重苦しい雰囲気が漂い始めることに違和感を感じつつ。今は車に乗って十分ほど経った時。今から五分前……車に乗ってからも五分経ったあたりから、手を繋がれた。その時は驚いて横の彼女を見たけれども、目を伏せて俯いていた。

 

 かける言葉があるはずもなく、結局そのまま今までの五分を過ごしている。以前までにも何度か手を繋ぐことはあったのだが――()()()()()()()が感じられたり、()()()()()()()()()ことは、初めてだった。

 

「……お待たせ致しました。到着です」

 

 いつの間にか聞こえた戸波さんの声は静かだったが、この静寂の箱に響くには十分だった。先に降りた彼に後部座席のドアを開けてもらい、彼女の手を引いて箱を抜け出す。そこには広々とした辺り一面緑色の庭が広がっていた。豪邸一歩手前であろうという、一般家庭の住居とは到底思えないくらいの広さだ。

 

 思わずそれに圧巻してしまっていると、執事さんから声がかけられる。

 

「どうぞこちらに。旦那様の元へお連れ致します」

 

 お辞儀をこれまた丁寧にされて、広い庭を先導してもらう。さすがに手は離して、お互いに執事さんに付いていく。庭を歩いて暫くして、タイルの玄関に。靴を履き替えて、執事さんに再び付いていこうとしたとき。

 

「貴方達が、柊君と小鳥遊さんだね。この度は突然にも関わらずここに来てもらったこと、感謝しているよ」

 

 バリトンボイスほどに低い声が響いた。その声に呼ばれた名は、明らかに俺達のものだった。声のした方を見ると、一人の初老男性が立っている。笑顔は一切見せていないが、きつい人格そうでもない。真面目を絵に描いたような、きっぱりとした厳しそうな男性、という印象だろうか。

 

 そしてこの台詞。どう考えても、ここの屋敷の主なのであろう。相応しい雰囲気を漂わせている、という素直な感想が胸中で浮かぶ。それが消えると同時に、俺と小鳥遊は慌てて、その言葉に対して会釈を返す。

 

「旦那様、お連れしてきました」

「あぁ、わかった。ご苦労。早々で悪いが、お茶を用意してくれ」

「かしこまりました」

 

 厳粛そのものを体現させたような、威厳のありそうな人物。そんな主を持った執事の戸波さんは、主であろう男性とこちらにそれぞれお辞儀をして、屋敷の奥へと消えていった。彼の背後が見えなくなって、再び低音が響く。

 

「遅れてすまないね。私は楓弥(ふうや)の父、草薙 真弥(しんや)だ。今回来てもらったのは、うちの息子のことについてだ。……こちらに」

 

 手で促されて、俺と小鳥遊は真弥さんの後に続いて長々とした廊下をひたすらに歩く。規則的な歩音が、先程に出されたスリッパから聞こえる。空間の広さからも、どうにも落ち着かない。それはきっと、空間などという空虚な理由や根源ではないのは、既にわかっているのだが。

 

 外を歩いているのでは、と錯覚しそうになってようやく、リビングと思わしき部屋のドアが開かれる。三人でそこに入ると、既にお茶の準備ができて運んできた戸波さんと鉢合わせた。

 

「座ってくれ」

「「はい」」

 

 静かに俺と小鳥遊が声を揃えて、隣り合って座る。その対面に真弥さんが座り、向かい合う形となる。横から音もなく白色のテーブルに紅茶が置かれて、自然とカップに目を向ける。フルーティーな香りがする赤の紅茶だが、アップルではなさそうだ。種類まではわからないのだが。しかし、種類がわかっても、味を確かめようなんて気は起きなかった。

 

「どうぞ、よかったら飲んでくれ」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 味を確認することはないと思っていたのだが、こう言われては仕方がない。カップを手に取って一口だけ口にするが、味は全くわからなかった。良さがわからないという意味ではなく、()()()()()が感じられなかった。

 

 戸波さんは無言で腰を曲げると、足音なしにリビングから立ち去った。この部屋には、俺と小鳥遊、それと目の前の真弥さんのみとなる。静寂の齎す緊迫感に、固唾を呑むことを余儀なくされたようだった。先程までかけていた椅子の背もたれから、無意識に腰を伸ばしてしまう。

 

「……早速本題に入るようで申し訳ないのだが、よろしいかね?」

「えぇ、俺はそのつもりですから」

「わ、私もです」

 

 ようやくまともな言葉を紡いだ隣の少女は、緊迫感を俺以上に感じ取っている。声は震え、動揺が前面に出てしまっている。それらを合図にして、再び彼の口はおもむろに開かれる。

 

「……この度は、息子が大変な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない」

 

 座ったまま、深く頭を下げる彼。額はテーブルについてしまっているのかと思うほどに、深々と。それを見た俺は――()()()()。そう思った。

 

 隣からは「えっ、その、あの……」と、焦りがそのまま声に出てしまっているのが聞こえた。

 

「い、いえその、私はだいじょう――」

「小鳥遊、やめろ」

 

 俺が鋭く制して、出かかった謝罪を中断させる。驚きの目を向ける小鳥遊を一瞥して、下げられた頭へと視線を送る。やはり、俺はこういう人間のようだ。

 

「俺達は完全に被害者側だ。そんな薄い謝罪なんて、ない方がいい。第一、俺達が謝られるならまだしも、謝る義務なんてない」

「……柊君の、言う通りだ。頭が上がらないよ」

 

 未だに下げたままの頭と同様に、声も下がっている。テーブルに反射した低声は、このリビング中に響くこと無く霧散した。

 

「……頭を上げてください。真弥さんは、もうボイスレコーダーを聞きました?」

「……重ねて申し訳ないのだが。私が見つけた時には、既に壊されていた」

 

 ……なるほど。随分と大胆な証拠隠滅なことだ。それは自分の首を絞める行為であるだろうに。大人しくデータのみを抜き取るなり削除なりすればよかったものを。大方、壊した見慣れないボイスレコーダーを発見され、問い詰められて吐くしか選択肢がなかった、というところだろうか。

 

「俺が今、そのボイスレコーダーに入っていた内容と同じデータが入った、全く同じものを持っています」

「……再生しては、もらえないだろうか」

「今、ここで?」

「そうしてもらえるとありがたい」

 

 隣には小鳥遊。ここでボイスレコーダーを再生することは、その状況がそのまま音声で伝わる、ということだ。真弥さんは勿論、小鳥遊にも。何のために隠したのかわからなくなる。少々渋るが、どうにも完全な証拠を提示した方がよさそうだ。

 

 現場を見ていない以上、彼には言葉の伝達しか行われていないわけだ。その場にいた者は俺と草薙のみ。真弥さんの耳に届くとしたら、消去法も使わずに草薙からだと想像できる。が、本当にそれで本物の情報が入るのだろうか? 決定的証拠がないということは、便宜を図ることだって十分に可能。

 

 吐くというだけで、素直に吐いたとも思えない。ぼかした部分や嘘を吐いた部分などなど、釈然としない場面もあるはずだ。

 

「……わかりました」

 

 通学用カバンからボイスレコーダーを取り出し、再生する。本来、予定としてはまず片岡先生にこれを聞かせて状況説明の後、草薙家に突入、という流れだったのだが、思いの外結果だけは上手いこと進んでいたようだった。

 

 俺と草薙との会話だけでなく、草薙の怒鳴り声、地面が激しく蹴られた音、俺が殴られた音も当然情報化されていて、音声として再現される。隣を見ると、今にも泣き出しそうな顔で俯いて、制服のスカートの裾をキュッと強く握り締めていた。それを見て、思わず溜め息を吐きそうになった。

 

 病室のように静けさを醸し出したこの部屋に、たった一種の機械音がつらつらと。それが居心地が悪く、座る位置を何度も変えていた。……きっと、この居心地が悪い感覚の原因は、この機械だけではないのだろうが。

 

 最後まで音声が流れきると、物音が一切ない、色素の抜けきった空間へと回帰した。気まずい、なんてものじゃない。空気自体に重さが加わったような、どんよりとした空気が流れていた。流れるというよりも、落ちる感覚の方が正しいだろうか。最後に一つ、自重していた溜め息を解き放ちながら、ボイスレコーダーを回収しようとして。

 

「――ちょっと待ってほしい。そのデータを、コピーさせてはもらえないだろうか」

「……えぇ、どうぞ」

 

 念のために、家にあるPCにバックアップは保存済み。消されたとしても、なんら問題はない。ありがとう、と一言断ってから、棒の機械を手に取って、立ち上がってこのリビングを去る彼の背中を見送る。

 

 ドアが開かれた音のすぐ後に、閉められる音が対応して響いたのを最後に、再び無音に包まれた。隣を見るのが、少しばかり怖かった。どんな顔をすればようのだろうか、という疑問だけがひらひらと巡っていた。

 

「……やっぱり、その傷って……」

「……気付いてたんじゃねぇかよ。そうだよ、そん時の」

 

 ここで包み隠す必要もない。下手に隠して叱られるよりもよっぽどマシだ。気まずい空気を割りながら、同じく自分の口と腹も割った。数瞬とも数分とも思える静寂に見舞われた後、小鳥遊の口も開かれる。

 

「……ありがとう」

 

 ようやく微笑とはいえ笑いを浮かべた小鳥遊の目には、涙は溜まってはいなかった。

 

 暫く待っていて、ドアが開く。待っている間の空気は、そこそこ軽くなっただろうか。

 

「待たせたね。……今、楓弥をそこに呼んである。そちらがよければ、直接謝罪させたいのだが……」

 

 それを聞いた小鳥遊は、鋭く息を呑んだ。見ると、スカートの裾は先程よりも強く握り締められていて、息遣いも多少は荒くなっている。すぐ隣だからわかることだ。手はテーブルに隠されていて、息遣いは対面までには届かない。

 

「……お願い、します」

「いいのか?」

「うん……大丈夫。いつか、絶対にもう一度向かい合って話さないといけないし」

 

 それを聞いた真弥さんは頷いて、背もたれ側に座ったまま振り向いて、忌まわしきとも言える彼の名を呼ぶ。

 

「楓弥」

 

 直後、無音でドアが開いた。つい昨日会った顔が、そこにはあった。隣からは荒れる息遣いを正そうと、小さく深呼吸する音が聞こえてくる。こちらまで歩いてきた草薙は、下唇を小さく噛み締めていた。そして、向いた顔の先は――真弥さんの方向だった。徐に開かれる口からは、どんな言葉が紡がれるのだろうか。

 

「……父さん、僕は――」

「謝るんだ。お前のとった悪質行動は、間違いなくストーカーのそれだ」

「で、でも――」

「おい!」

 

 突然の怒号に、俺と小鳥遊は肩を思いきり揺らした。それは草薙も例外ではなく、目には怯えを孕んでいる。開きかけられた口は閉じられ、先に増して唇が噛み締められる。苦虫を噛み潰したような顔が広がって、その顔は俺らに向けられた。

 

 ――かと思いきや、その顔は一瞬にして怒りへと変わっていた。口には出さないだけで、眼力、歯ぎしりやそもそもの表情から、怒りで震えたそれとなっていた。

 

「ひっ……!」

 

 完全に怯えを、恐怖を形にさせて鋭く息を呑んだ小鳥遊は、俺に少し寄って、椅子を後ろへと下げていた。それを見た真弥さんが、先程にも増して怒りを声に乗せる。

 

「おい、いい加減にしろ! まだわからないか!」

「……ッ!」

 

 怒りの表情は収められたが、隣の彼女の震えと恐怖は収まりそうにもなかった。二度目の怒号が響き渡った今だが、もう一度肩を跳ねさせることはなかった。

 

「……迷惑を、かけてしまい……ッ……本当に、申し訳、ありませんでした……」

 

 頭を下げている彼を見下ろして、俺の気分は晴れるどころか、怒りが募っていった。この謝り方は間違いなく――

 

「息子が犯罪行為をしたことを、私からも重ねてお詫びしよう」

 

 

 

 二人の下げられた頭を見て、ただ一つの点を視線を移して俺は言った。ただ無気力に。

 

「……とのことだが、小鳥遊はどうする」

「も、もう、大丈夫です」

 

 

 震えた声が、それを悟らせまいとしているが、隠せた部分なんて何一つない。

 

 

「今後、俺達に一切関わらないと約束するならば、俺も大丈夫です、真弥さん」

「……本来、こういうことは君達のご両親にも話をしなければいけないのだが――」

「ほ、本当にいいんです!」

 

 

 身振りを加えながら、首を横に振る小鳥遊を冷静になって目の端で見つめる。

 

 

「……それと、もう一つだけいいですか?」

 

 機を見て、口を開く。俺の募った様々な想いが爆発しそうになるのを、理性で括り付けにする。暴れ狂わないように、押さえつける。さっきから、俺はずっと、一点を集中して見ていた。その一点とは――()()()()()()

 

「あぁ、私達にできることなら、どんなことでも」

「はい、では、そうさせていただきます。一つは、さっきも言った俺達に関わらないこと。もう一つは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()、ということです」




ありがとうございました!

途中から情景描写が消えましたが、こちらの方が誠君の気持ちを表現できるか……?
という意図のもとです。

敬語の使い方に誤りがある可能性が極めて高いです。
申し訳ありません(´・ω・`)

ではでは!


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第30話 天網恢恢疎にして漏らさず

どうも、狼々です!

さて、このタイトルの天網恢恢疎にして漏らさず。
意味は、かなり平たく言えば、『悪人は必ず罰を受ける』的な感じです。

では、本編どうぞ!


「……勿論。こいつは、私が言っても絶対に聞かない。差し出がましいことを言うことになるが……わからせてやってくれ」

「外に出ても?」

「あぁ。どこでも自由に使ってくれて構わない」

 

 真弥さんの許可ももらった。俺の心は決めた。決意は飲み込んだ。だったら、やることは一つとして変わらない。俺は小鳥遊の手を引いて、リビングを出る。草薙は真弥さんが連れてきているようで、俺達の後に廊下から足音が二人分聞こえる。軽快とは言えないそれらが、広々とした箱の中に反響して消えた。

 

 それが数分続いて、外に出た。灰色の雲は厚く空に掛かって、ただでさえ暗い時間帯の空気全体をさらに暗く染め上げている。太陽は元より顔を出しておらず、遮られる光さえも存在しない。冬の寒冷な風が吹き付けたことと、草薙が外に出てこちらを向いたことを合図に、俺が口を開く。

 

「……どうだよ、今の気分は」

「どう、って……何が?」

 

 まだ、こんな口を利くのか。隣には真弥さんがいて、彼も口を開きかけた。が、それはすぐに閉じられる。俺の言葉を。『二人で話をしたい』という言葉を思い出したのだろう。俺としても、そちらの方が好都合というものだ。

 

「自分の行いの卑劣さが、どれだけのものかわかったか? って言ってんだよ」

「僕は間違ったことはしていないよ」

 

 イラついて膨らみ続ける気持ちを抑えつけ、極めて冷静に。ここで心を乱したなら、相手にペースを奪われる。ペースの掌握を忘れては、自分に優位性など欠片も存在しなくなる。

 

「そう思うか。現にボイスレコーダーは親父さんにはバレてるじゃないか」

「……あれは、まぁ。でも、いいよ。わかる人にだけ、わかってもらえればいい」

「とんだ自己満足じゃないか。そのふざけた幻想、脆いとは思わないか?」

「思わない」

 

 即答。これが最善の選択なら、俺から言うことは何一つもない。が、生憎これは最善どころか最悪だ。どこまでも傍若無人な言動は、それはもう醜かった。隣の小鳥遊は、俺の手をきゅっと握って斜め後ろに隠れ気味。

 

「……ねぇ、そろそろ音葉を離さない?」

「どうしてだよ。離すわけね~だろ。こんな犯罪者の前で」

 

 俺は言う、犯罪者だと。例えそれが、親御さんの前だろうとも。間違ったことではない。どんよりと曇った灰空も、それを肯定しているかのようだった。

 

「言っとくが、俺はお前に関しては遠慮しない。どんなことも思ったことはそのまま言うし、失礼だと欠片も感じない」

 

 こんなことで躊躇っていては、彼女も報われない。逡巡の迷いでさえ、介入する余地はない。介入してたまるか。そんな余裕はない上に、介入すること即ち萎縮を示す。迷いが駆けるということは、そこに相手に対する恐怖が隠れていることだ。それが筒抜けだということは、相手を調子付けることに他ならない。

 

 誰が、こんな野郎に萎縮するんだ。振り切る以前に、迷いそのものもありゃしない。

 

「そう。僕もそれで構わないよ。他に、何か言いたいことはあるの?」

「はっ、そっちこそ。早いこと自分の誤謬(ごびゅう)を認めたらどうだ?」

「だから、僕は間違ってないんだって何回言えば……」

 

 それはこちらの台詞だ。あと、俺も何回言えばいい。そう口から出かかった。慌ててそれを制する。ここで声を上げても、無駄なことは確かだ。きりがない。だったら、早めの決着を望むというのならば。こちらこそ望んでやろう。自分の行いを悔いるときは今だということを、教えてやろう。

 

 自分の口角が釣り上がるのを感じて、草薙の後ろに立っていた真弥さんに問いかける。()()()()()、というわけだ。最も、今回の出来事の終始全てを知っているわけではない。だが、この人物の持つ情報と、()()()()()()()持つ情報が、草薙にとっての大きな計算外決定打となることだろう。

 

「真弥さん、草薙のボイスレコーダー、『壊されていた』、と言っていましたよね?」

「……あぁ、そうだ。確かにそう言った。事実そうだ」

「そのボイスレコーダー、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そのボイスレコーダーがあれば。その形跡は残り過去のメッセージとなって、現在の証拠となり、未来の道筋となる。拾い集めた物は(すべか)らくそうだ。嘘は虚像となって、例外なく見透かされる。ミラーガラスなんぞ、存在しない。都合よく一部の事実だけを透き通すことは無理だ。

 

 それをわからせてやろう、根底から。どれだけ二律背反(アンチノミー)だったとしても、徹底的にわからせてやろうじゃないか。歪まない事実は、事実と認めざるをえない。全ての生き物がそうであり、人間もそうだ。その中の一人の草薙も、例外的ではない。

 

「……わかった。持ってくるよ」

 

 それだけ短く言って、玄関の先へと消えていった。さて、この間ずっと待つのもいいが、それでは勿体無い。こちらはかけがえのない今日という時間を割いてここに来ているんだ。暇だとか余裕な時間などはない。短時間さえも、俺は動く。

 

「なぁ、さっき謝っていたのは何だったんだ? 明らかに()()()()()謝っている気しかしなかったんだがな?」

 

 小鳥遊ないし俺さらにないし二人共に謝罪の意を述べるはずだった。実際、その状況だけ見ればそうだったのだろう。だが、一部始終を見るどころか体験している俺から見れば、あの謝罪こそ虚像だった。謝罪の意思は、どちらかと言うと、と迷うこともなく真弥さんの方へと向いていた。

 

 でなければ、あんなに屈辱を顔に出した謝罪など、できないだろう。嫌々としたあの顔は、見るこちらとしては大いに不快だった。むしろあんな謝罪など必要ないどころかしてほしくなかったまである。

 

 先程まで薄かった灰雲は、厚い黒雲へと成長していて、今にも空だけでなくこの空間全体を飲み込んでしまいそうだ。湿気を多大に帯びた空気に緊張は走り、大詰めに入っていることを否応なしに感じさせる。

 

「うん、そうだよ。だって僕は悪くないからね」

「……そうかよ。だったら、今に見ていろ。その言葉、後悔させてやるよ」

 

 不敵に笑いながら、言葉を投げかける。あからさまに不機嫌そうな顔をして、俺を睨む。そして、その目つきのまま後ろの小鳥遊を見据えた。怯える彼女は、当然俺の後ろに隠れる。俺の体で遮断される彼の眼光は、依然として鋭く尖っていた。暫く待っても、その視線の鋭さが衰弱することはなく、結局真弥さんが戻ってくるまでそれは続くことに。

 

「……お待たせ、柊君。これが、そのボイスレコーダーだ」

 

 帰ってきた真弥さんが、手に持って一目見ただけで壊されているとわかるボイスレコーダーを俺に手渡す。素直にそれを受け取って、確認。まず間違いなく、このボイスレコーダーは吹雪にもらった二つのうちの一つであることを。

 

 ――そして、()()()()()()()()()()()

 

 ボイスレコーダーは、惨状だった。多数の大打撃痕が残っていて、ボタンは凹み、割れている。数カ所に至っては欠けており、この状態で壊れていない、とはお世辞にも言い難い状態だった。親友の吹雪にもらったものなので、憤慨の意が湧かないわけではなかった。陰ながらに心配してくれた彼を、思い出す。そして、決意は硬度を増す。

 

「……なぁ、このボイスレコーダー、お前が壊したのか?」

「……だったら、どうする? 僕かもしれないし、僕じゃないかもしれない」

 

 この期に及んで、これだ。もう救いようもないのだろう。残念なことに、俺は救いの手を差し伸べることは絶対にないので、あいつが救われることは何があってもない。俺達には関係のないことだ、この事件が終わったならば。関わりたくもない。顔も見たくないし、名前さえも一生聞きたくない。

 

 だから、さっさとこいつの口は塞いでやろうか。

 

「そうか。じゃあ、これは()()()()()()()なんだな。『うっかり壊れた』、じゃなくて」

 

 そう、これが故意に壊されたものか、否か。これによって話の展開のされ方は大きく異なってくるだろう。先程の草薙の言葉を言い換えるのならば、「壊されたものだけど、それが僕かどうかは教えない」、だ。壊した奴はともかく、それは誰かの手によって、意図的に壊されたものだということ。

 

 偶然に偶然が重なって、幾重にもひどい傷が入ることなんて、普通はありえない。ましてや、打撃痕だ。何度も強い力で何か()打ち付けたり、何か()打ち付けたりしない限りは、こんな傷は入ることはない。さらに言うならば、()打撃痕だ。相乗効果がある。

 

「……そう、だが」

「ふ~ん、じゃあ、どうして?」

「ん? 何が、どうして?」

「そのままだよ、そのまま。くはっ……どうして、壊したんだ?」

 

 あまりに面白くて、こんな状況だと言うのにも関わらず、乾いた笑いが溢れてしまった。さて、この質問の答えが俺の思う壺となる答えだったとするならば、勝ちは確定したも同然だ。早くも。

 

「…………」

「ほら、どうしたよ? 応えてみろよ。言葉、話せるだろ?」

 

 くっくっく、とさらに乾いた笑みは、喉に引っかかりながら意地悪にこみ上げる。途中、後ろから制服の袖を引っ張られ、彼女の方を振り向いて視線を合わせる。幾つもの感情が入り乱れた瞳は、陰りがあった。らしくない。

 

 純粋に笑いながら、肩を叩く。安心させる。俺には、小鳥遊には今これくらいしかできない。現在進行系で障害物の排除は行っているのだが。さて、では除去に戻ろうか。視界の確保は、何事においても大切だ。

 

「あぁ、応えられないよな。だって、自分の行為が悪であると認めてしまうからなぁ?」

「……ッ!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をした彼を見て、心でも顔でもほくそ笑む。笑いに嗤いが重なり合い、深みを増していく。草薙の後ろに控えている真弥さんも、本当に何も言うつもりはないらしい。ただ腕を胸の前で組んでこちらを見ながら仁王立ちしている。

 

 壊した理由。それは勿論、バレないように証拠隠滅するため。その証拠隠滅を認めた時点で、間接的に自身の犯罪行為を認めることに等しくなるわけだ。あれだけ自分だけわかっていればいい、等と言った手前、自分で墓穴を掘るような言い方はするわけにはいかない。だが、もう遅い。

 

 応えようとも、応えずとも、結果は変わらない。応えたなら、さっきの間接等式を突きつける。応えないなら、この状況へ。どちらにせよ、結果は変わらない。そう、まるで入り口だけが分かれた、後に合流地点がある迷路のように。そんな迷路の紛い物は迷路でも何でもなく、須らく意味がない。

 

「で、何で壊そうとした? 壊す依頼にしても、自分で壊すにしても。データ破棄をしようとしなかったことは何故だ?」

「……そ、それ、は……ッ」

 

 まぁ、これに至っては完全に推論でしかない。俺だって、元は知らなかった。もらう時に吹雪に教えてもらったんだ。同世代であれば、可能性は十分にある。決定的、とは少し外れるが、そこは俺の演技力が試される。……俺の得意分野の見せ所だ。コールドリーディング応用の人心掌握術、見せてやるよ。

 

 わざわざこうして機械自体の破壊に達した理由。データだけ消去すればいいが、それをしなかった理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや、()()()()()()()()

 

「……お前さぁ、このボイスレコーダーの()()()使()()()()()()()?」

「……ッ」

 

 図星だった。先程までとはいかないが、かなり苦しい表情を浮かべている。その瞬間に、俺は勝ちを確信した。邪悪な笑みを浮かべながら、俺の理論は次々に展開し、紡がれていく。このどんよりと暗い空気の中、颯爽と。

 

「精々わかって録音の開始・停止くらいだろ。今の若者が取扱説明書もなしに、データの消去ができたとは、とてもじゃないが思えない」

 

 世代差。ジェネレーションギャップ。今の時代、ボイスレコーダー単体を使う若者は珍しい。なにせ、他の録音機能がある機械が使いやすく、さらに普及したのだから。現に、真弥さんは問題なくボイスレコーダーのデータコピーを行っている。まさか、録音専用の機械であることが、こんな形で功を奏するとは。

 

 理由がないのだ。破壊する、理由が。物理的に抹消だなんて物騒な方法、証拠が残らないわけがないのにな。根本から全てを消そうとすればするほど、確証は積もり積もる。もしそんなに単純明快な方法で証拠が抹消できたならば、この世の犯罪件数は今よりもさらに大幅に増加していることだろう。

 

「……ッ、大体、音葉を脅しているのはお前だろ!? さっさと離せよ!?」

 

 おっと、これは出ましたねぇ。追い詰められたら露骨に話題を変えにきた。面白すぎる。じゃあ、もう終わりみたいなものだ。対面する時が来た。

 

「……音葉、正直にあいつに自分の気持ち、言えるか?」

「へっ? い、いや、おと――あっ、う、うん。……わかった」

 

 突然の要望に戸惑いつつも、返事をしてくれる彼女。俺の後ろから出て、俺よりも前に。目線はしっかりと草薙の方を向いていて、目に怯えや陰りはなくなっていた。

 

 雲は大空を遮っていた。が、夜になりかけの光が一瞬、地上に届いた。

 

「草薙君……貴方のことは、好きじゃない……()()()()()()!」

「…………」

 

 お、おう、そこまで言うとは予想外だった。が、これくらい言ってやっと黙り込んだ草薙。やはり、言ってみるものか。

 

天網恢恢(てんもうかいかい)()にして漏らさず、って知ってるかよ。今のお前のことだよ……真弥さん、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ礼を言おう。ありがとう。楓弥はもう、君達の前に姿を現させないと約束しよう」

 

 真弥さんのお礼を受け取って、約束も守ってくれるとのこと。となれば、俺達がここにいる理由はない。後ろの彼女の手を引いて、最後に草薙を見た。俯いていて表情は見えないが、あからさまに元気はなくなっていることは見て取れた。正直、間違った選択はしたつもりなどさらさらない。これが正解だと、信じている。彼女を救えたのなら、それが正解なのだろう。

 

 真弥さんに軽く会釈をして、その場を立ち去ろうとしたとき、戸波さんが。

 

「お疲れ様でした。ご自宅まで送りましょう」

 

 正直、夜が更ける頃合いだろう、今の時間は。家までの道のりが正確にわかるわけでもなかったので、ここは頼むとしようか。

 

「はい、お願いします」

「お願いします。……ねぇ、柊君」

 

 袖を引っ張られ、後ろを振り返る。そこには――彼女の笑顔があった。

 

「――ありがとう」

 

 あぁ、この笑顔のために、俺は頑張ったのだと。そう思えた。

 

 車に乗り込んで、微弱な揺れを感じ取る。そして右手には、確かな暖かさ。この暖かさを感じることができただけで、俺は報われた気がした。




ありがとうございました!

推理に穴が空いてそうで怖い。

突然ですが、告白話が近づいてます。
どのくらいかと言うと、あと二話くらい、早ければ次回。

そして、第3章はこれにて終了です!

ではでは!


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最終章 その二人、恋人につき。
第31話 ようやくの決心


どうも、狼々です!

今回から第4章ですぜ兄貴。

いやぁ、勉強合宿行ってきました。
そんなにきつくはなかったです。

ただ、女子の目線が……ね……
何もしていないのに睨まれる始末。どうしろと(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 夜。宵闇を駆け抜けていく、闇に同化した黒車に乗せられて自宅へ。戸波さんにお礼を軽く言った後、その車は再び別方向の闇へと消え去っていった。迎えるは、静寂。遠ざかっていくエンジン音を聞き入れて、ようやく口を開く。

 

「……部屋、戻るか」

「……そうだね」

 

 沈黙を孕んだ闇が、俺達を覆い尽くしていた。が、エントランスの照明で自分とその周り一帯は霧払いされる。先の一言だけで、それ以降は話さなかった。無言で、エレベーターへ。上下箱の中に入って、ランプが三の階で点灯した辺りだろうか。

 

「ねぇ、柊君」

「ん? どうした?」

「二つ、あるんだ」

 

 ゆっくりと、お互いの会話は展開された。遅すぎるほどの速度は、エレベーターが八階に着いたベル音に越される。扉は開き、会話は閉じられる。流れるように二人で箱を出る。それが、不変の真理であったり、暗黙の了解であるかのように。扉が開くと、中の空間は箱ごと下へと下がっていった。

 

 しかし、完全に閉ざされたわけではなかった。会話の展開は、まだ行われるようで。

 

「一つは……ありがとう」

「あぁ。まぁ、俺がやりたくてやったことだ」

 

 本当にそれに尽きる。大体、俺がしなくてもいい上にしたくないことをすることはない。時間の無駄だ。したくて、しなければいけなかったから。俺はこの選択を正解だと思っている。その旨を伝えた。

 

「もう一つは――」

 

 

 

 

 

 

 翌日。何事もなかったかのように、朝の陽光は地に届く。真っ直ぐに照りつける曲がりのない光は、白く透けている。逆光を受けながら教室へと差し込む。白透明の硝子で屈折する以外は。

 

 教室へ入る前。片岡先生から連絡が入った。草薙は、退学するらしい。すぐに退学したのか、まだ手続き中でそれまで欠席させるのか、それはわからない。もう、俺には関係のないこと。その事実たった一つだけで十分だった。真弥さんに、約束を守ってくれたことに感謝だ。

 

 結局、個人的平穏の戻った学校生活へと回帰した。小鳥遊の笑顔も戻り、いつも通りに。冬の季節を感じる余裕もできた。吹き付ける冬風に身を震わせ、口から冷気を取り入れる。そんな気の抜けた毎日を送る予定で――

 

「あぁ~……」

 

 ――予定でしたはい。いや本当に何ででしょうねぇ。冷気を吸うのも、身を震わせるのも間違いではない。むしろ事実だ。冬服を着ていて尚それだ。理想の日常と呼んでも過言ではないだろう。邪魔してきた障害は取り除かれた。視界良好、全速前進の命を出すのみとなった、準備万端の状態。

 

 ……のはずだった。

 

()()()()()()かあぁ……」

 

 そう。昨日の夜、ありがとうの言葉と共に贈られた提案。それは正しく、デート延期。それは読んで字の如く、見て字の如く。それはもうまるっきりそのまま。デート、延期。合宿の時に言われた、デート。違いなくそれだ。寸分の狂いもなく。延期後の期日はまだ未定らしいが。

 

 まぁ、考えてみればそうだ。草薙の騒動があって、すぐに気持ちを切り替えて外出、なんて気が乗るわけがないに決まっている。どうせ遊びに行くなら、楽しい方がいい。少なくとも、こんな状況が良い環境なわけではないことは確かだ。

 

 しかしながら、ちょっとどころではなく楽しみだったのだ。それが延期ともなると、やはり喪失感にも似た感情は抑えきれない。失くなったわけではないので、それほどでもないが。やはり残念でないことも確か。目先の欲に走るようで情けないが、暫くぶりに出していなかった思考を、展開させるとしようか。

 

 

 

 目先の欲を求める者は、別に悪いことでも何でもない。先を見据えて走ることがダメだと言っているのではなく、目先の欲に囚われることをダメだというのがダメだ、と俺は叫びたい。いや、どちらか一つだとするならば、目先の欲に囚われる側になった方が良いと言えるだろうか。

 

 先を見据えて走るというのは、逆に言えば、目先のことが見落としやすい、ということだ。灯台下暗しの言葉があるように、自分の足を掬われることとなる。それが果たして、利口だと言えるのだろうか。

 

 保守的であると言い換えられる目先を追う者は、比べて利口だろう。こんなことはないだろうか。計画を立てたはいいものの、その計画を実行に移すことができなかった、ということは。典型だ。先を見据えるだけの人間とは、常にそういう者だ。全く、清々しいくらいに上手くいくものではない。

 

 全員がそうではない。先を見据える『だけ』に限る。が、俺はそんなことを一番に言いたいわけではない。自分の一番近い未来をどう対処できるかに関しては、計画する人間と比べてエキスパートだ。

 

 目の前の出来事に懸命になる、と言えば聞こえが良くなる。見栄えも良くなるだろう。そうなると、ぼっちは懸命になるエキスパート中のエキスパートだろう。周りに頼らない、いや頼れない分、自分一人で何事も解決しなければいけない環境下で磨き上げられた宝石のようなぼっち。目の前に懸命になるのは、一体どちらだろうか。

 

 さらに言うなれば、先のこともそうだ。今もそう、前もそう、これからもそう。ぼっちであり続けることを前提として考慮と検証を繰り返す。先のことも、現在のことも平行して懸命になれるのは、ぼっちの特権なのだ。懸命になることに慣れた特殊人材。それがぼっち。

 

 では、一つ問おう。現在のことに懸命になれるのは、果たしてどんな人材でしょう? 答えは、ぼっちただ一つだ。これ以外にパーフェクトな解答は、未来永劫できあがることはない。不変の真理として語り継がれることだろう。

 

 

 

 あ、あれれ~? どうしてぼっちの賛歌になっているんだろうな~? さすが俺。ぼっちの賞賛と弁護に限っては、右に出る者はいないと伝説になっただけはある。今作った伝説だけども。それも俺の中でだけの伝説だけれども。武勇伝として語ることくらいはできるだろうか。いやダメだ。語れるような人がごく限られている。早くも詰んだんだが。どうしてくれよう。

 

「……どうしたのさ?」

「え? あ……吹雪」

 

 俺の顔を覗き込むようにして、尋ねる。昨日の茜の曰く言葉からは考えられない、いつも通りの顔だ。

 

「何があったかと何でそんなに考え事をしているのかはともかく……ま、どうにかなったようで、よかったよ」

「えっ、何でわかんのさ」

「二人。音葉ちゃんも誠も、爽やかそう」

 

 このけしかけたくなる、軽々しい笑顔も健在のようで。そうやって何も気にしない、関心のないフリばかり気取っている彼も、少しはいいなと思ってしまうのだが。

 

「そうかよ」

「そうだよ。特に誠は、いつもの気持ち悪い感じが薄れてるね」

 

 前言撤回だこんちくしょう。誰が気持ち悪いだ、誰が。俺はただ、自分の中で一人論理展開をしたり、本を読みながらニヤニヤしたり……あっ、気持ち悪いわ。いや本を読みながらは確かに気持ち悪そうだけども、仕方ないよ。同業者ならわかるはず。そう信じたいものだ。

 

 ……ってか、『薄れてる』って、まだあるってことの裏返しじゃねぇかよ。完全に消えてないのかよ。

 

「で、さっき聞かないとは言ったけども、考え事とか珍しい。どうしたの?」

「おい。珍しい言うな」

 

 誰かさんからも言われた気がするのだが、気のせいだろう。……えっ、そんなに考えなしに動く人間に見えるの? 複数人から口を揃えて言われたら、少し気になるじゃないか。ふひひ。気持ち悪っ。

 

 彼の笑顔が昼下りの逆光に照らされ、爽やかそうとはどちらかわからないくらいだ。弾け気味の笑顔が、炎天下と間違うほどの明るい陽光が、俺にとっては眩しすぎる。つい昨日も、夜空に唯一輝く女の子の笑顔を見たばかり、だというのに。

 

 どうにも慣れない。いや、慣れているのだろうが、違和感が拭いきれない。この輪に俺が入っていることが、妙にしこりを残していくのだ。ありがたい限りなのだが。

 

「なになに~? またいつもの感じかい?」

 

 弦楽器のような、小鳥遊の声に似ていそうで違う声質が、俺達二人の元へと飛ばされた。大体予想がつく。俺達に……もっと限るならば俺に話しかける女子など、俺の知る限りでは二人だ。

 

「……おう、茜」

「またまたぁ。嘘ばっかり。音葉ちゃんでしょ?」

 

 う、うおう……どうしてこうもピンポイントで当ててくるんだ? 正解なんだけれどもね。女の勘、というやつなのだろうか? 鋭い、鋭すぎる。日本刀くらい鋭い切れ味だ。俺とか真っ二つ。斬られちゃうのかよ。それに、俺じゃなくとも真っ二つだわ。本当に二つに分かれるのかは置いておいて。

 

「ま、まぁ、そうだけど」

「ふんふん、もう告っちゃいなよ! YOU!」

 

 何それ。そんなノリで言っちゃうの? 俺が失敗したらどうなると思う? すぐに噂は学校中に広がり、下がりきった俺のイメージがさらに下がるぞおい。

 

 という冗談も置いておいて。

 

「いやそんなに簡単に――」

「いける落とせる大丈夫私が保証する」

「そんなに自信満々に言われても困る」

 

 その自信がどこから湧いて出てくるのだろうか、今一度知りたい。小さく平たい胸を張って、『ドヤァ……』と漫画の吹き出しが付きそうな顔である。可愛いことには可愛い。ロリコンとか超喜びそうじゃん。庇護欲そそられそうだね。まぁ俺は小鳥遊が好きなのだけれども。

 

 好きな女の子に対しては、というか女の子に限らず好きな異性に対しては、魅力に補正がかかる。ちょっとした欠点でも、他の異性には持ちえない貴重な魅力に見えてしまえる。痘痕(あばた)(えくぼ)が過ぎるくらいに。

 

「……じゃあ、想像してみなよ」

 

 そう妖しく笑い言うと、俺の肩に手を当てながら耳元で囁く。ふわりとシャンプーのフレッシュな匂いが鼻腔に届き、否応なしに反応してしまう。いや、本当に申し訳ないが、男なんだよね。できれば小鳥遊だけに反応していたい。

 

「指を絡めて手を繋いで、キスをして、ベッドの上で……」

「……ッ」

 

 想像する。指と指が絡み合い、密着度の高い状態の手を繋いだ俺と彼女。お互いが抱き合い、二つの果実が形を変えながら、口元で一つになる影ができあがることを。

 

 ……ベッドの上で横たわった、服が着崩された彼女を。僅かとは言い難い程に紅潮した耳と頬を。扇情的な目線を。ボタンは幾つか開いていて、その間からは――

 

「ほら、どう? ……シたいでしょ」

「おい。女の子だろが。シたいとかさらっと言うな」

「えっ、いきなりどうしたの。変態?」

「おかしいよね? ねぇ、おかしくない?」

 

 『デリカシーがない』とは、確か男が言うものだっけか? 頭の上で疑問符が浮かび上がりそうになる。この二人が揃ってしまったが最後、もう調子は向こうへと消え去る。残念ながら、俺では対処のしようがない。どんな風にかというと、今のように。誠に遺憾である。誠だけに。

 

 ……ん? 隙間風かな? 何か寒くなった気がしたんだけど。冬だし当たり前だねあはは。

 

 と、隣をちらと見た。目線がぶつかり合う。瞬間、俺の刻む鼓動は早く、強く、大きくなった。先程の想像から背徳感も相まって、胸の締め付けは強い。自然、お互いがお互いに目線を逸らし合う。情けない話だが、どうにも恋は上手く扱えない。

 

 会いたい、話したいと思うのに、拙くなってしまう。そんな姿を見せては好印象を見せられないと思いながら話すが、やはりボロは出てしまう。目が合っただけで全身に緊張感は巡り、用意していたシチュエーションは全て崩れ去る。言葉は詰まり、結局何もなく終わる。

 

 それをどれだけ繰り返しただろうか。気付けば目線を逸していて、目眩のようなあの感覚も訪れが途絶えた。いつか、それは解消しなければ進展しないことはわかっている。

 

 それに、あの日も迫っている。小鳥遊曰く、『四ヶ月後』。クリスマス少し前の月。結局、ヒントの「スコップ」も、わけがわからないまま今に至る。どれだけ考えようとも、思い出せない。

 

 ……どうしたものか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 家に帰って、照明も点けないでベッドへとなだれ込む。無意識に吐き出された吐息は、溜め息となって空気へ逃げていく。今夜は月が出ていないので、部屋を照らすものは本格的になし。暗いまま、天井を仰ぐ。

 

「はぁ……」

 

 今日の昼。茜ちゃんと柊君が、かなり近い距離だった。耳元で囁くような。やっぱり悲しくなる。……それに、茜ちゃんが恋敵になるのかと思ってしまう。遠慮する気はないのだが……どうにも、茜ちゃんと話しているときと私と話しているとき。茜ちゃんのときの方が本心で話しているように思えてしまう。

 

 その度に、苦しい。いつ取られてもおかしくない状況。私と結ばれると決まっているわけではないことは、重々承知している。でも……抑えきれない。だから、もう決めた。

 

 デートも後に回してもらった。余計なことを考えると、()()が失敗しそうで。

 

 私はそれの用意のために、電話をかける。数回のコール音の後、機械音は途切れた。

 

『もしもし?』

「……もしもし。こんばんは。えっと、小鳥遊です。覚えて――」

『あぁ! 音葉ちゃん! 誠から話は聞いていたよ! 同じ高校なんだってね! 元気にしていたかい?』

「はい。お陰様で」

 

 電話先は――柊君の自宅。実家の番号は私の母に聞き、引っ越しがないこともわかっていた。固定電話が繋がるかどうか不安だったが、杞憂だったようだ。さて、今回ちゃんと用があって電話をかけた。でなければ、突拍子もなくこんな時間に電話なんてしない。

 

「その、ですね……今週末、そっちに取りに行きたいものがありまして……」

『……わかったわ。誠は連れてくるの?』

「いえ、私一人で。彼には内緒でお願いします」

 

 ある物を取りに行く。もう、十年にもなる、あれを。

 

『あの子ったら、何で……ごめんなさいね』

「い、いえいえ、いいんです。なにせ、十年も前ですし」

『申し訳ないわね……今週末ね。用意して待っているわ』

「はい、ありがとうございます。失礼しました」

 

 そう告げて、早めに電話は切り上がる。そして共に、私の決心もついた。やっとだ。ちょうど十年になる、その節目に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――想いを告げると。……()()()()()()()()




ありがとうございました!

魂恋録に続き、次回は恐らく告白話。
多分だけどね。
その時は、12月まで時を飛ばします。

多くの方が、『それ』の存在に気付いたかと。
ただ、感想を書いていただけるのならば、そのことについては触れないでください。
今後見ていただける方にとってのネタバレになりますし、私自身それについて返信できませんし。

もしそれで書いていただいても、スルーします。事前に言いましたからね。
「何で返信しないんだよ! このエ狼々が!」とか言われても知りませんからね、私。

と、いうわけで。ご了承ください(´・ω・`)

ではでは!


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第32話 捻くれた俺の、真っ直ぐな告白

どうも、狼々です! 

遅くなって申し訳ない(´・ω・`)

風邪引くわ、テスト期間わで。
色々な意味で死にそうになってました。

が、今回は告白話! やったね(*´ω`*)

では、本編どうぞ!


 ……もう、その日はやってきた。

 

 不意に訪れる夜寒を、何回体感しただろうか。この冬は例年以上に気温が低く、防寒具が手放せない。冬季の代名詞の月であるだろう十二月。いつの日かを最後にした冬服も、最近になってようやく違和感なしに着るように。俺としては、合宿もつい最近のことのように感じているところ。

 

 しかし、時は待ってくれない。若干駆け足気味な(とき)は、徐々に加速した。結末も曖昧なまま、手探りもできないまま。しかし、やはり時は待ってくれない。どれだけ模索しようとも、手元に一筋の光さえもないのだ。網膜に一切の光は入らず、完全な闇に閉じ込められた感覚と類似している。

 

 そんな状況で、結果を予想、推測、検証することなどできるはずもなく。結果も見据えられない人間が、初期・中盤を俯瞰できるだろうか。もってのほかだろう。まぁつまり、何が言いたいのかというと……

 

「……わからん。スコップも、今日の『この日』も」

 

 今日この日、どうやら何かがあるらしいのだ。小鳥遊が言っていた。それに関連したヒントのスコップも、結局は何も結びつくこともなし。完全にお手上げ状態だ。かといって、更なるヒントを要求したが、却下。自分で考えなさい、とのこと。可愛く言われてしまった。どうにもこうにも、対抗の手段さえも却下された。

 

 刻一刻と時はスクロールして、ついにその日はやってきた。(なぞら)えるにも、似た事象もなし。強いて言うならば、夢で幼馴染であることを思い出したことだろうか。それに期待していなかった、と言えば嘘になるが、当然そんな都合のいいことは二度も続かない。普段の行い云々でどうにかできるならまだしも。

 

 もうすぐ屋上に上がって昼食。残された時間も僅か。あれだけ長い時間考えてわからなかったものが、半日も考えずにわかるわけがない。正直、望みは薄い。が、どうしても諦めきれない自分がいた。

 

 

 

 

「……で、まだわからないの?」

「……申し訳、ありません」

 

 仰る通りですはい。返す言葉もない。寒風が吹き付けるが、最早そんなことは気にすることができなかった。情けないというかなんというか。既に退路は断たれてあるので、逃走も自動失敗。もとより逃走の選択肢はないのだが。

 

「ふ~ん、わかんないかぁ~、へぇ~……」

「う、ぐっ……!」

 

 どうしても、わからないものはわからない。というか、そのジト目可愛いね。好きだよ、俺。普段の優しそうな眼差しもかなりいいが、見せないようなジト目は中々にレア度が高い。ギャップに萌えることも相乗効果となって――

 

「まっ、いいよ。それはそれで。だから、さ……今日、()()()()()()()()()?」

「おう、わかっ――はい?」

 

 あれじゃないか。男の夢がまた一つ叶うじゃん。好きな女の子を家に上げるないしその子の家に上がる。前者はもう既に叶えてある。それも一回じゃない。もしかしたら、気があるのかと想像してしまうから、あまり無闇に男の子を家に誘うのはやめようね? 男の子、すぐ掌の上で転がされちゃうからさ?

 

 ほんっと、好きな女の子の前だと、男の子って無力だからね? どう足掻いても勝てそうにないし、まず勝とうとも思わない。身を委ねて楽に、幸せになろうとするからね。

 

「あ、あぁぁ、わ、わかったっ!」

 

 ほらもう言葉に詰まって噛んでるもん。どうしてくれようか。男の子って、単純なんだよね、残念なことに。女子諸君よ、吉報だ。男の子は単純なんだぞ。ちょっとボディタッチされただけで意識し始めちゃう。ツイスターなんてやった日には、もうそれはそれは。やったことないけどね!

 

 まず、ツイスターなんてことはできん。メガネ邪魔になりそうだしぃ? そも、する人が集まらないしぃ? 絶対に後者の可能性の方が有力だわ。この一言の持つ説得力には惚れ惚れできる。悲しいね。

 

 ということは、逆説的に言えば男同士のツイスターとか最悪ってことだな。誰得なんだよ。そっち系の趣味はなく、完全にノーマルで現在進行中に女の子が好きな俺としては、わかりかねる問題だ。

 

 ……えっと、何の話だったか?

 

 

 

 悩み、考え尽くした挙句、何も思い出すことのできないままその時はやってきた。お互い部屋に戻って、暫く経ってから。小鳥遊からの連絡を受けて、隣の号室へ。たった数メートルの距離に、思いを馳せる。玄関を出ると、夜風。数多の星々は主張を繰り返す。が、建造物の灯りに霞んで消える。

 

 息を呑んだ。美しさは燻っているはずなのに、俺には眩しく見えた。人造光に塗れた光の中、燦然とは程遠いのにも関わらず。毎夜観察とはいかないが、それなりに星は眺める。誰だってそのはずだ。意識的に見る者もいるならば、ふと目に入ることだってある。見慣れていたはずだ。

 

 ……息を呑まずにはいられなかった。緊張感とは別の何かが全身に走る。いや、緊張もあるだろうか。これから、彼女の家に上がることになるのだから。

 

 ふっと笑ったのかただ呑み余った息を吐き出したのか、わからない音。それに続いて目線を星空から逃した。やはり突然の自宅へのお誘い、動揺が目に見えている。深呼吸であらゆる感情を嚥下した。人差し指で、インターホンのボタンをゆっくりと押して――

 

 

 

 

「お、お邪魔しま~す……」

「う、うん、どうぞ」

 

 目に入る彼女の私服に、やはり美しいと思ってしまう。どんな服でも着こなさせてしまいそうだ。冗談掛け値一切なしで。

 

 家に、上がる。緊迫は飲み込んだはずなのに、新たに湧いて出てくる。自己暗示を図ろうともしているが、とうに無駄なことは予想できていた。深呼吸も忘れて、彼女の後に続く。同じマンションなので、廊下の素材も模様も同じはずなのだが、俺には到底そうは思えなかった。錯覚も、できすぎなものだ。

 

 彼女の靴の隣に靴を並べる。たった二組の靴と彼女のローファー、合計三つの靴が見えることに違和感を感じた。まぁ、普段男女の靴が一組分並ぶなんてことはないし、当然か。リビングに入り、まず抱いた感想は普通。可愛らしい置物が数個置かれているのみで、あまり飾り気はない。ありすぎず、なさすぎず。色の偏りがないことからも、風水の類でもなさそう。

 

 失礼のないように、あまり周りをキョロキョロしない。これ、女の子の部屋に上がった時の常識な。女の子に限らんけどね。

 

 始まりの二言以外、何も話すことなく一つの扉へと向かっていく。開けられた扉の先。それは彼女の部屋だった。水色の壁紙に、ピンクがかったカーテンなど、清楚な女の子の部屋だと言って、誰もが納得の意を示すような。あ、あまりキョロキョロしてないからね? ちょっと一瞥しただけだから。

 

「……はい、じゃあ一応ね。問題です!」

 

 振り返り、微笑を浮かべる彼女。小さな笑顔が、明るみのある白い光にはっきりと照らされている。心臓が、小さく跳ねる。彼女には、笑顔の魅力がある。それも、計り知れないほどの。

 

「思い、出した?」

「……ん?」

 

 今日この日である理由。それが明確になければ、観覧車の時点であんなことは言わない。急なことでないことは確かだ。では、この日は一体何の日だ? 彼女の誕生日でないことくらいは、クラスの様子から伺える。

 

 となると、俺との間だけ――極限られた私的なことの絡みであることは確かだ。俺とだけでなければ、今この場に第三者がお目見えしていることだろう。別の部屋に待機している可能性も、玄関の靴を見ればわかる。靴箱の中に隠して入れるにも、理由がない。

 

 ここまで思考が巡り、不鮮明すぎる答えが。しかも、間違えたならば、少なからずお説教もの。

 

「……俺と小鳥遊が離れて、十年か?」

「えっ!? わ、忘れたんじゃなかったの?」

「はぁ~」

 

 安堵だろうか、期待だろうか。結果だけでなく要因も不明な吐息。

 

「……今思い出したでしょ」

「あ、あぁ~、まぁ、否定はしない。というかできない」

「ふ~ん……まぁ、いいよ、ギリギリセーフだね。本題は、っと――これ!」

 

 正直でよかったと思いつつ、小鳥遊が机に置いてあったものを持ち上げ、こちらに突き出す。なんか、この笑顔と一緒だと破壊力抜群だね、これ。めっちゃ可愛いメイドさんみたい。それはそうとして、こちらに突き出されたものは、中くらいの箱。少し薄汚れていて、どうも彼女の部屋に置いていたものとは、信じ難い――

 

「――()()()()()()()?」

「せ~いか~い!」

 

 なるほど。だから『スコップ』か。それに、区切りでもある十年であり、この日と俺限定であることに一層の納得がいく。しかし、恥ずかしい話ではあるのだが、全く覚えていない。目の前の少女を見ていると、涙が出てきそうだ。

 

 肝心の中身もわからない。当然埋めていた場所もわからない。小鳥遊の家は引っ越しで俺の元を去っている。別れた後にタイムカプセルは入れられないし、入れる意味もない。となると、思い当たるのは俺の実家くらいで、俺にそのことは当然伝えられていない。わざとなのだろうが。

 

「開けよっか!」

「そう、だな」

 

 いやホント、覚えていないのが悔やまれる。罪悪感に似たものが存在感を増して襲ってくる。思いに駆られ、二人一緒に箱を開ける。鍵も特になく、なんら難しい手順もなく開く箱。肝心の中身はというと――

 

 ――()()()()()()だった。

 

 それぞれ、俺と小鳥遊の名前が、平仮名で宛てられている。たったそれだけ。小さな玩具等が入っている心の中の面影は崩れ、意外性を孕む。さらに予想外なことに、それぞれ、各々が()()()()()()宛てている。十年前の俺は今現在の俺に、十年前の小鳥遊は今現在の小鳥遊に。

 

 お互いに軽い驚きの目を向け、自分宛ての手紙を開く。平仮名さえ書けるかどうか怪しい年齢。拙いわ読み辛いわで、最早『字』と呼べるかさえ不明。そんな乱雑とも言える象形文字に、感慨を覚えずにはいられなかった。内容に、その当時頑張って書いただろう線に乗せられた想いに。内容は……こうだった。

 

 

『まだすきなら、すきっていって』

 

 たったこれだけなのに。俺には全てが理解できた。これを覚えていなかった自分を、恥ずかしくも思った。どうして、こんなに大事なことを思い出さないまま今までを過ごせたのだろう。

 

 ――俺は、()()()彼女が好きで好きでたまらなかったことを。

 

 捻くれた俺。そんな俺でも、誠実に、真っ直ぐであるべきことは分別がつく。俺はこの手紙に、則る必要がある。そも、タイミングは早まったものの、俺も自分自身と相談していたのだから。忘れてしまっていたが、きっと胸の奥底でしまい続けた想い。

 

 ……今回くらいは、真っ直ぐで、曲がらず。自分の想いの丈を伝えるべきだ。

 

 

「なぁ、小鳥遊」「ねぇ、柊君」

 

 

 お互いに、声が重なる。驚く。そんなに大したことでもないのに。お先にどうぞ、なんて言っていられない。

 

 

「とんでもなく大事なことを言いたいんだ。先に、言わせてくれ」

「だ~め、私も同じ。譲りたくないの。先に言うのは私だよ。ふふっ」

 

 

 もう、お互いに紡ぐ言葉は予想できたのだろう。二人で軽く、嬉しそうに笑う。自意識過剰だ。が、外れる気は不思議としなかった。当たっていることが前提であるかのように。

 

 

「じゃあ待たなくていい。俺が一方的に言うから」

「だめだって。じゃあ、一緒に……言おっか?」

 

 

 落丁した十年の時を繋ぎ止めた一通の手紙を、大切に互いに握り締めながら。

 

 夜の月と星々の光が、カーテンと雲間を掻い潜り、この部屋に入り込んだことを合図に、口を開く。

 

 

 

 

 

「「十年間、()()()()()()()()()()()()()」」

 

 

 

 

「ふ……はははっ」

「あははっ、ここまで同じとなると、笑っちゃうね」

 

 駆けた緊張にも気付かないまま終えた一世一代の告白。絶対にしないと思っていたこの行為を、今行った自分に一番驚いている。恋愛なんて馬鹿らしい、なんて考えていたのが、つい数ヶ月とは、にわかには信じ難い事実だ。きっと、吹雪や茜が聞いたらさぞ驚くことだろう。言わないけどね。

 

「じゃあ、柊君は私にどんな返事をしてくれて、私はどんな返事をすればいいの?」

「どうもこうもないだろ。互いに好きなんだ。俺から言うことは一つ、これだけは俺から言わせてほしい」

 

 男としてどうかと思ってしまう。さすがにこの言葉だけは、自分の口一つで言いたいものだ。すぅっ、と息を吸っても、緊張感はない。というか、彼女が俺を好きだと言ってくれたことに、嬉しさしか感じないで、逆に一周回って緊張がゼロ。感じないだけの重みを吐き出しながら、再び口を開く。

 

 

 

「俺と――付き合って、ください」

 

 

 

「……夢じゃ、ないんだよね? 嘘じゃ、ないよね?」

「勿論。何なら、俺がつねったりしてもいい。嘘じゃないことは、今と今後の俺に誓う」

 

 彼女を騙す、狐になるのも悪くないのだが。そんなことをするとなると、逆に余裕がなくなる。落ち着いて、彼女の返事を待とうか。数秒の静寂を経験し、彼女の笑顔は深まる。輝く笑みを、俺が惚れた最高の笑みを見て。

 

 

「こちらこそ……お願いします。私と、付き合ってください」

 

 ――気のせいだろうか、目の端に涙を少量溜めた、笑顔が見えた。




ありがとうございました!

いかがでしたか?
少し物足りないかもしれませんが、これからです。
イチャイチャで心がくすぐったくなるのを目指して。

これからは、誠君と音葉ちゃんは恋人同士ということで。
よろしくお願いします!(`・ω・´)ゞ

ではでは!


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第33話 恥ずかしい

どうも、狼々です!

おまたせぇ。またまた空いちゃった。
さらに、今回は短いという。すいませんね、ホント(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 夜空に輝く星を、二人で隣り合って見ていた。その明るくも暗くもある中、彼女の輝きはどれよりも美しい。可愛い彼女を隣にして手を――繋いでないんですよねぇこれが。

 

 いざ彼氏彼女になった、さぁ手を繋ごう! ってなったら、緊張がすごい。手汗はまだ大丈夫なものの、手が震えそう。声も震えそうだから、迂闊に出すわけにもいかない。心臓は鳴り止まず、幾度となく煩く鼓動を連ねている。

 

「どうしたの?」

「え、っと……」

 

 途轍もない迷いが、自分の中で横行する。手を繋げ、という囁きと、指まで絡めてしまえ、という囁きの二種が飛び交った。結局繋ぐのかよ。繋ぎたい、という願望自体が死んでいないことに変わりはないのだが。

 

 ――意を決し、すぐ隣にある彼女の手を握る。仄かな暖かさを感じてすぐに、手の柔らかさに驚かされる。指は絡めていないあたり、俺の小心者・チキン加減が溢れていると思うんだが違うかね?

 

「ぁっ……」

「少し、恥ずかしかっただけだ」

「そっか」

 

 そう言いながら、こちらを向く彼女に(まばゆ)い笑顔を魅せられる。中々に魅力的である。ずっとこの笑顔を見ていたい、と思ってしまう自分が、幸せで仕方がない。人肌の温度が、俺には心地よすぎる。端的に言うと、俺には十分すぎる幸福だった。

 

「……いつまでなら、こうしていい?」

「俺は、まぁ別に」

「じゃあ、いつまでも、って言ったらどうするのさ?」

「それでも、まぁ、構わない」

 

 いつまでも、と言われるのならば、喜んで手を繋ぎたい。そう思う、彼女に魅了される自分がいた。小さな静寂の中、響くのは俺と彼女の声のみ。宵闇の風情に、小鳥遊への想いに酔いしれてしまう。深くへと誘い込まれる俺は、その勢いを留めることを知らない。

 

 手から伝わる感覚に、ほぼ全ての神経が集中しているかのようだ。互いの手の感触だけのはずなのに、満たされてしまう。

 

「じゃあ、さ。いつまでもとは言わないから――」

 

 そう言葉も繋ぐ彼女。手は動き、俺の指と指の間を、彼女のそれが掻い潜る。網のように捕まえられる俺の手は、もう離れる気すら起きない。僅かのみの手の温度は、一層と深みと暖かみを増した。

 

「――この繋ぎ方じゃ、だめ?」

 

 恋人繋ぎ。互いの指を絡め合い、しっかりと握る手の握り方。離れたくないと言わんばかりの絡みは、さらに心臓を暴れさせる。荒れ狂いそうになるそれを抑えつつも、満足に声が震えることも我慢しながらも、俺は言葉を返す。

 

「だめなわけ、ねぇだろ。むしろこの繋ぎ方で、いつまでも繋がっていたい」

「あ……私も、なんだ。柊君を、もっと感じていたいの」

 

 ……せっかく清純なところ悪いんだけどさぁ。その言い方、非常にエロいよね。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ずっと、夢に見ていた。あぁ、彼氏として紹介できるような関係になったら、どれだけ幸せなことだろう、と。いつもベッドの上で考えて、空想の関係に溺れ、ひどいときには夢うつつになっていた。そして、現実へと引き戻された時、胸の中に穴がぽっかりと空いてしまったような虚無感に駆られる。

 

 その感覚が、とても嫌いだった。切なくてたまらなくなって、それを埋めようと枕を抱き締める。が、何も変わらない。

 

 彼の名前を呟けば少しはマシになる。そう思ってもいた。けれど、口にした途端に、胸がきゅっと締め付けられた。一層に切なく、切なくなっていく感覚が他でもなく嫌いだった。

 

 そのはずだったのに、やめられなかった。辛くなるとわかっていても、空想に溺れていたかった。終いには、仮想の関係を楽しもうとも、一瞬考えた。辛すぎた。自分が、十年も叶うはずのない恋を、まだ諦めきれていなかったことが。

 

「ねぇ、柊君」

「ん、どうした?」

 

 すぐ隣に聞こえる声が、この右手に伝わる暖かさが、彼のものであることを夢にまで見た。こうあったら、という願望の景色だった。窓枠の外側に見えるだけの風景だった。それが今、手元に。

 

「私ね。今、すっごくドキドキしているんだ」

「……恥ずかしいだろ。やめてくれ」

 

 そうやって、本当に恥ずかしそうに向こうを見る彼も、案外可愛いものだ。いざという時にはとても頼りになって、時々こういう意外で可愛げのある一面を見せる。何というか……その、反則だよね。ずるいというか、惹かれてしまうというか。

 

「俺も……その、めちゃくちゃドキドキしてるんだからさ。そう言われると、尚のこと恥ずかしいだろ」

「……やっぱり、柊君はずるいよ」

「いや何がだよ」

 

 自覚がないのが、さらにいじらしい。お互いにドキドキ、してるのかぁ……。本当に、夢みたいな話だ。叶わなかったはずの恋が今、叶ったのだから。

 

 私は、ずっと思っていた。この恋を諦めたくない、と。ただ単純に結ばれたいというのもあった。友人、幼馴染という境界の先の関係を楽しみという願望もあった。けれども――

 

「――恋を諦めるって、結ばれるよりも、ずっと難しいんだね」

「そう、かもな。想いの丈にもよるが」

「……やっぱり、そういうとこは変わらないんだね」

「人を勝手にロマンチスト扱いしないでくれ。勝手に印象付けられて、勝手に期待を裏切られたって騒がれるこっちの身にもなってほしい」

 

 そうそっぽを向いて言いながらも、私の右手は力を少し増して握られた。彼なりの照れ隠しと考えると、やはり可愛い一面が垣間見える。

 

 ふと、夜空を見上げた。気のせいか、星は輝きを増して暗空に留まっていた。彼もいつの間にか空を見上げていて、目を離そうとしない。そして、その時。

 

 一筋、暗闇の中に星の涙が走った。瞬く間に夜空を駆け抜けたそれは、願い事をする間もなく暗がりの彼方へと。二人で笑顔を零しながら、流星の足跡を目で追った。黒で塗りつぶされたはずの空には、飛行機雲のような『なにか』が、見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 さすがに夜も更けてきた頃。彼が帰った後に、どうしようかと悩んでベッドの上で悶々としている最中だ。足をぱたぱたさせたり、意味もなく寝返りをうったりしながら、スマホの画面に視線を固定させている。

 

「電話……いやでも、さっき話したばっかりだし……もう寝てたりしたら迷惑になっちゃう」

 

 彼の声が、聞きたくなっていた。柊君の声は、何かと私を安心させてくれる。時には安心どころかドキドキが止まらなくなるため、服用には注意。何だかお薬みたいだね。

 

 もう画面には通話をタップするだけで電話がかかる状態。あと一歩のところで迷ってしまうあたり、情けない。かけないならかけないで、最初から迷う必要なんてないのに。

 

 結局、電話をかけないで寝ることに。あまりにしつこいと、嫌われてしまいそうで怖いし。付き合ってすぐにこんなことじゃあ、すぐに嫌われてしまいそうだ。

 

「あっ、そうだ」

 

 スマホを手放そうとするのをやめて、連絡先の項目へ。意外と沢山の名前があることに驚きつつも、『柊君』と書かれた連絡先を見つけた。そして、登録された名前を変える。

 

「――これでよし、っと」

 

 『誠君』と名前を変えられた連絡先を眺めながら、一人で笑みを零す。いつまでも眺められそうだ。一人で何もなしに笑うとは、相当に気持ちが悪いことなのだろうが、どうしても笑顔が止まりそうにない。

 

「いつか、下の名前で呼び合いたいなぁ……」

 

 そうしたら、より恋人っぽくなりそうで。淡い願望を胸に秘めたまま眠りにつこうとして、一つ練習してみることに。いざという時に、ちゃんと彼の前で言えるようになるため。

 

「……誠、君……」

 

 一人、呟く。灯りの消えた部屋の中で、ただ私の声で呼ばれた彼の名前だけが響いて、急に恥ずかしくなってしまう。一気に現実に引き戻されるように。

 

「うぅっ……恥ずか、しい」

 

 布団を一気に口元まで引き上げて、眠ろうと瞼を閉じた正にその時。お互いの名前、なんて意識をしたものだから、勝手に自分の中での想像が広がっていく。音が、色がある景色は構成される。目の前には彼が。

 

 大好きな笑顔を浮かべた彼の手が、私の背中に回される。そのまま優しく引き寄せられて、抱き締められた。勝手な想像だというのに、心拍数は一気に上昇する。実際にそんなことは起きていないのに、緊張が全身へ回った。

 

 極めつけには、耳元で彼の声。

 

『……音葉』

「あ……あ、うわわあぁぁ~……!」

 

 自分の妄想で、悶え死にそうになってしまう。いつまでも耳に残る、彼の声。間違いなく呼ばれた私の名前。頭がぐるぐると回るように酔って、視界は明滅しそうになる。暗い色と明るい白が、チカチカと切り替わって。心拍の上がりすぎで、呼吸さえもままならない。

 

「落ち、ついて……」

 

 気を留めるのでさえ、意識しないといけない。とくんとくん、と早鐘を打つ心臓を落ち着けるのでさえ。これからどうなってしまうのだろうか。彼に夢中になりすぎた今ですら、こんな有様だ。もっと夢中になってしまったら……一体、どうなるというのだろうか?

 

 その答えを求めるようにして、窓の外を覗く。住宅の灯りもほんの少しだけ少なくなる時間帯。悠然だが、星は輝き続ける。あれほど眩しかった光は、今はすっかり穏やかになっていた。

 

「……でもまぁ、溺れ続けるのも、悪くないかな?」

 

 これからが、楽しみだった。笑顔が止まらない。一種の嵐のように、笑顔が。ただ、一つ違っているところがあった。この笑顔が、嵐と違って通り過ぎる気配がないことだ。




ありがとうございました!

短かった分、甘い成分は凝縮できたかと思われます。
私の基準なので、本当にそうかは怪しいものがありますが。

ではでは!


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第34話 恋人

どうも、狼々です!

お ま た せ。
いやぁ、実に一ヶ月ぶりですなあ。わっはっは!
あっすいません謝るのでその拳をどうか下ろしてくだ(ピチューン

では、本編どうぞ!


 さぁて、俺にもついに彼女ができたわけだが。取り敢えず、眠れないね。彼女のことばかり考えてしまって、他のことが一切考えられない。恋の病、とはよく言ったものだ。本当に病気のようで、不思議でならない。さらに、その治し方もわからない上に、治す気がないのがまた重ねて不思議でならない。

 

 今入っているベッド。その中に、いつか俺の横で彼女が横になるときは来るのだろうか。そんなことを考えると、顔と体が火照ってしょうがない。現実になったときは、一体どうなることやら。というのも、全世界の男子が平静を保てない、と確信のあるシチュエーションではあるのだが。

 

 いや、そういった行為のことではない。したくない、と言えば嘘になるのだが、ただ添い寝してもらうだけでも物凄くドキッとするものだ。彼女と添い寝って、絶対ドキドキするものだ。特に、その彼女が小鳥遊ともなれば、それは過剰化する。まぁ、今の俺なら這々の体で逃げるほどのチキンっぷりを発揮させるだろう。

 

「あ~……寝るか」

 

 何度、この言葉を呟いただろうか。寝ようとして寝られず、空虚な言葉は照明の点いていない闇へと消えていく。全身に広がっていく充足感を保持したまま、ようやく意識が混濁し始める。俺達の未来がどうなるのか、楽しみで仕方がない。二人の恋人としての関係がどうなるのかを想像しようとして、俺の意識は微睡みの奥へと――

 

 

 

 こんなにも清々しい朝はあるのだろうか、というほどのすっきりとした朝。とにかく、体が軽い。それはもう、すっごく。

 

「……へぇ」

 

 無感動なようで、感動的な感嘆めいた声を上げた。いつもの学校へ行くまでの手順が、妙に早く終わってしまう。どうして、なんて質問は我ながら野暮というもので、答えは明白だった。

 

 ――早く、会いたい。

 

 その一心で、玄関へ疾く向かう。いつもよりも、十分は早い時間だ。玄関を開放して、日差しは浅く入り込む。少し霧がかった冬の今日、目の前には、待っている小鳥遊が既にいた。その待ち人が俺であることに、どうしても笑いと満足感と、幸福感が湧いて出て、止まらない。つい昨日、関係が進展したばかりだというのに。……いや、だからこそ、なのだろうか。

 

「お、おはよう。今日は早いんだな」

「え、あ、えっと……うん。その、早くて時間が余るなら、さ?」

 

 彼女の言葉の先を聞こうとして、手が握られた。大寒波、というほどでもないが、程々に寒い空気が靄と共に蔓延している。その中で、僅かな温度が共有され、お互いを包み込んだ。

 

「ちょっとだけ、このままじゃ、だめ……かな?」

「いや、可愛すぎてずっとしていたいくらいだ」

「かわ、ぁ、ぅ……ありが、とう……」

 

 指が重なり、各々を絡め取るように、複雑に交差した。触れ合う面積は広くなり、それに比例するように心臓は高鳴りを憶える。冬の寒さが、一瞬で吹き飛んでしまうようだ。

 

 さらには、小鳥遊の言葉と顔が、もう可愛いこと可愛くこと。可愛い、と少しでも口走ると、顔を真っ赤にしながら俯くことが最近わかった。今気付いたことだと、その状態で手を繋いでいると、きゅっと力がちょっとだけ強くなることに加え、指の絡まりが深くなることだ。いやもう……俺が小鳥遊の可愛さで死んでしまうのも、あながち近いんじゃないかと思い始めた。

 

「……っと、もう時間か。行こうか」

「あ……」

 

 切なげな声が隣から漏れて、否応なしに心臓は鐘を速く刻み始めた。

 

「あ、あ~……恥ずかしくないなら、このまま手を繋いで登校してもいいんだが……」

「えぅ……繋ぎたい、けど……恥ずかしい」

 

 彼女にとっては、かなり苦渋の決断だったようだ。結局、他の生徒に見られないところまで手を繋いで、学校の少し遠いところで手を離すという、何とも初々しいカップルのような状態が誕生していた。こうなると、俺の心も落ち着くはずがない。

 

 俺と小鳥遊が教室に入った瞬間、互いに話していたらしい吹雪と茜が、こちらをすごい勢いで見て、近寄ってくる。ちょっ。

 

「さて、誠。私は少し聞きたいことがあるのだ。音葉ちゃんの次に聞くつもりだから、準備しておいたまえ」

「え? ちょ、ちょっと茜ちゃん?」

 

 茜に手を引かれ、教室から外れていく小鳥遊。荷物も降ろさずに、廊下の奥へと消えていった。朝早々だが、元気は有り余っているらしい。どこか活発な少女は、掴みどころが未だにわからない。頭を撫でたり撫でられたりすれば、向こうとしては満足らしいが。

 

 暫く経って、茜がさっきと同じように小鳥遊の腕を掴んで戻ってきた。どこか青ざめたような、頬を染めたようなよくわからない、珍妙とも言える顔で。いや、本当に何があったし。

 

「は~い次は誠! こっちゃこいこい!」

「うわっ! ちょっ、引っ張んな危ない!」

 

 結構グイグイと強めに引かれながら、階段の踊場へ。生徒の出入りは少なく、通るとしても二、三人くらいだろう。もし見られたところで困る場面でもなく、ただ話しているだけなので、わざわざ個別に呼んで対話することもなかっただろうに。やはり俺には、彼女の奔放な考え方はわからないらしい。

 

「いや~、私としてもおめでたい限りだよ、うんうん!」

「お、おう、そうか」

 

 本当のところは、一体全体何のことだかわかったものではない。大体、主語なしで――

 

「で、()()()()()()()()()?」

「そりゃ嬉しいに決まってるだろ。小鳥遊と――あ?」

 

 今、目の前の小柄な少女は何を言ったのだろうか。恋人? 前の文との脈絡は? どうしてその結論に至った?

 

「……おい茜」

「大体、二人共わかりやすすぎるんだよ。浮かれてるし、音葉ちゃんに至っては、昨日からずっと誠をちらちら見てるし」

「そ、そうなのか? ――じゃなくてぇ!」

 

 どうやらこの少女、勘もいいらしい。というよりも、茜はいつもどこ見てるんだよ……

 

「さっき音葉ちゃんにも確認したよ。あ、音葉ちゃんが白状する前に私が当てたから、責めないでね?」

「いや、責めるつもりは毛頭ないけども……まぁ、ありがとう」

「まあまあ、私も嬉しいって言ったじゃん? いいってことよ!」

 

 ないに等しい慎ましやかな胸を張って、笑顔を向ける茜。恋愛的な意味は孕まずに、素直に可愛いとは思う。やはり彼女補正がかかるのか、小鳥遊の方が可愛く見えてしまう。比較するのもどうかと思うのだが。

 

 第一に、俺は選べる立場の人間ではない。女の子を射止める整った顔立ちも、心を惹くような優しげな性格も、相手に好印象を与える雰囲気も、何一つだって持ち合わせていないのだから。そう考えると、尚の事小鳥遊が俺に告白した理由がわからない。単純に嬉しすぎるのだが、そうなった理由がさっぱりだ。おぉっと、自分で言っていて悲しくなってきたぞ。

 

「あ、そうそう。それでここに君を呼んだのは他でもないのだよ」

「お、おう、そうか」

「もうすぐ、何がありますか? ヒントは、冬のリア充イベントです」

 

 あぁ、もうこれだけでわかるんだが。町並みを埋め尽くすカップル。最早跳梁跋扈、とも呼べそうで怖い。一つのマフラーを二人で一緒に巻いたりとか、イルミネーションを見たりだとか、とにかく非リア充にとっては邪魔でしかないイベントだね。

 

「あ~、クリスマスだな」

「そうそう。で、デートを先送りしたんでしょ?」

「何でそこまで知ってるんだよ」

 

 恐ろしい、この子。俺なんて、他人の恋愛事情には踏み込まないスタイルを貫いてきたというのに。興味があるわけでもなかったので、自然とそうなったという言い方の方が正しいのだが。俺が思うに、他人の相談事に出されて困る話題は、恋愛なんじゃなかろうか。

 

 よくある展開としては、相談者が好きな異性は、本当は相談される側が好きで、告白した際にバレて関係が崩れる、みたいな。不用意な発言をしたが最後、勝手に恨まれて終わり、というわけだ。全く、理不尽極まりないものだ。

 

 ……あ、よくあるわけじゃない? あっ、はいそうですか。

 

「それは音葉ちゃんがさっきポロッと。で、私の言いたいことは――」

「……クリスマス、デートに誘った方がいい、と?」

「そうそう。話が早いねぇ?」

「まぁ……俺も誘おうと思っていたからな」

 

 一応、恋人の祭典みたいな日と化したクリスマスだ。恋人になりたてということもあり、昨日の夜の時点でいつ誘おうか、小さく計画立てしたりしていたのだ。

 

 しかし、もう少しでクリスマス。誘うならば、早いに越したことはない。

 

「って、そういえば冬休みももうすぐか」

「あ~、言われてみればそうだねぇ~」

 

 クリスマスが近いとなると、もっと近いのはクリスマスが属する冬休みだ。終業式も、思えば来週くらいじゃなかっただろうか。本当に今更なのだが、早いものだ。そうなると、もう年明けも背中が見えてきたくらいだろう。

 

「ん、まぁ誘うよ。一緒に来るか?」

「……あのね~、わかっていないの? それとも、わかっててわざとやっているの? どっち?」

「いや、そりゃ二人きりってのはいいシチュエーションだろうけどさ、茜が一緒の方が小鳥遊も――」

「んなわけないでしょ! あのね――っと、これ以上口出しするのもいけないかな。ま、好きにするといいよ。取り敢えず、私は行かないからね~」

 

 それだけ言って、茜は教室へと戻っていく。俺も無意識についていっていると、SHR開始の予鈴が鳴った。冬の針の刺すような寒さを廊下で感じながら、考える。どう誘おうものか、と。

 

 恋人といっても、なりたてほやほやすぎる。数ヶ月……せめて一ヶ月でも経っているのならば、カップルという関係が互いの間で定着し、染み込んでいるので誘いやすくはある。色々と考えてみるものの、自分のことなので、結局は誘う結論に走っていくのだろう。彼女と一緒にいて何かしらしたい。いや、もう一緒にいるだけでもいい。

 

 そんな見え透いた自覚をしながら、窓を見た。霜が降りていた外の空気は、白く濁っていて先が見えていない。硝子の至る所に水滴が幾つも走っていて、窓枠に触れながら、それに沿って雨となる。あれだけ沢山あった水晶玉は、やがて複数の大きな水晶玉へと変貌して、加速して窓を駆け下りた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「はい、音葉ちゃん。私は一つおめでとう、と言いたいよ」

「えっと……何が?」

「告白。成功したんでしょ?」

「……ふぇっ!?」

 

 茜ちゃんに腕を引かれて、階段の踊場に着いたと思ったら、いきなりこれ。どうしてバレているんだろうか。つい昨日の、しかも夜の出来事だ。勿論自分が連絡した覚えもないし、彼女に知られることはないはずなのだ。なのに、どうして。

 

「そんなに驚くようなことでもないよ。ずっと誠の方を見て、何か言おうとしては話しかけずに終わってたのが何回か見えたからね」

「で、でも告白とは限らないんじゃ……」

「何回も迷って結局言えない。そんなことがあった翌日、すっきりした顔で誠と教室に入ってきて、それに顔もちょっと緩んでる。これでもまだだめかね?」

「……緩んでるの?」

「うん、それはもう幸せそうに」

 

 何とも恥ずかしい話だ。恋人ができて、恥ずかしいから途中で手も離したというのに、バレバレとは。どうせバレるのならば、もっと手を繋いでいたかった――じゃなくて。

 

「そんなに、幸せそうに見える……?」

「見える見える。そりゃあ、十年間の恋が叶ったんだから、当然だよね!」

 

 慌てて自分の顔を確認したが、それさえもあまりわからない。けれども、相当に嬉しいのもまた事実。これはもう、本格的に病気のようだ。ただでさえ、彼を想うだけで、こんなにも苦しいというのに。でも、この苦しみが、今では幸せの象徴なのだから、わからないものだ。

 

「……大方、登校のときに手を繋いできたんでしょ? 全く、これだからリア充は」

「い、いや、繋いできては――」

「あ、言っとくけど見えてたよ」

「えぇっ!? で、でもそんなはずは……!」

「ほらやっぱり繋いでるじゃん。着く少し前に離したんでしょ、どうせ?」

 

 ここまで見え見えとなると、私も一層恥ずかしい。彼に少しでも触れていたい、という自分の願いが強すぎるようで。ま、まぁ実際弱いかと言われたら全くそんなことはないので、もっと(たち)が悪い。

 

 手を繋ぐのだって、相当にドキドキしてしまっていた。隣で寄り添って歩く彼に、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないか、と思えるほどに。この先やっていけるのか、心配でもある。しかし、幸せすぎてぼうっとしてしまいそうでもあるのが現実。

 

 手が触れるだけで、身が震える。寒気さえする。怖くなりそうだ。恐怖を憶えるほどの、幸せ。本当に、この先が思いやられる。抱きしめられたり……き、キスなんてした日には、おかしくなってしまうんじゃないだろうか。

 

「……はい、その通りです」

「いいんだよ、そのくらい熱々な方が。それでだけど、次のデートとか決まってるの?」

「決まってない、けど……前に中止になったデートを……その、クリスマスでもいいのかな~、って」

 

 我ながら呆れてしまう。気が早い、というかなんというか。結ばれたばかりだというのに、もうクリスマスのことを考えるなんて。時期としては問題ないが、気持ちの問題がある。

 

「ん、心配してたけど、ちゃんとデートできそうだね。じゃ、戻ろう!」

「う、うん……何を心配してたの?」

「恋人って関係に竦んで、デートできないんじゃないかって。そうじゃないとすることもできないじゃん。色々と」

「い、色々、と……」

「うん、色々」

 

 色々……色々……ピンク色に染まった妄想しかできない自分の顔は、相当に赤くなっていることだろう。




ありがとうございました!

今回遅れた理由ですが、活動報告にも書いた通り、魂恋録の連続投稿です。
最終話が近かったので、一気に最終話と番外話まで投稿しました。

何も報告なしに連載終了は、まぁ無いと思っていただけると。
もし連載終了になるような大事件が起きたら、それぞれの作品の最新話、活動報告、Twitterにてきちんと報告しますので。

何もなかったら、「あぁ、あのオオカミまた遅れてんのか。狩ってやろうか」
くらいに思っていただきたいです(´・ω・`)
ともあれ、遅れてしまって申し訳ありませんでした(´;ω;`)


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第35話 博多弁

どうも、狼々です!
またまたお ま た せ。
夢見村の推敲も終わったので、これからは一ヶ月空くことはないと思われます。
忙しくならない限り。

忘れていたか? この作品の舞台が、福岡だということを……ッ!

と、本編の前に。
お気に入り1000……というか1300、日間ランキング2位、ありがとうございました!
いやぁ、前回書く予定だったのに、綺麗に忘れてました。
さらに間もあいているので、めちゃめちゃ前のことなんですがね(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 ――客観的、という観点が存在しないことに、最近気が付いた。

 自分の思考が、もう既に手遅れであることはわかっている。

 しかしながら、性格は変わらないから性格であり、個人の色を映し出す。

 

 客観的、という言葉について、公平であるだとか、一番正解に近いだとか、そんな想像をする人間はいないだろうか。

 いるのだから、これがまた困ったものだ。

 何が客観だ。何が第三者の目だ。何が普遍的妥当性だ。

 まるっきり大嘘ではないか。

 

 客観の対義語が、主観という言葉自体、半分不正解みたいなものだ。

 結局、客観は主観の()()()でしかない。

 大きな集合である客観Aに、小さな集合である主観Bが含まれているのだ。

 

 となると、客観的な目線から見たところで、それは主観の集まりだ。 

 客観も大きな主観であり、やっていることは何ら変わりない。

 つまりは、客観という意味の『普遍的妥当性』は、普遍的であっても妥当性である部分は間違いだ。

 普遍的であったとしても、主観の集まりなど妥当なはずがない。

 頭の悪い馬鹿が大勢集まって出した結論は、妥当だと言えないだろう。なにせ、それは馬鹿の主観にすぎないのだから。

 

「……というわけなんだが、どう思うよ、小鳥遊君」

「うん、とってもどうでもいい上に、柊君らしいね」

 

 らしいとは何だ、らしいとは。

 その発言だと、まるで俺の存在自体がどうでもいいと解釈されかねないぞ。

 

 吐息が白く彩られる、冬の季節。

 温水プールにでも飛び込みたくなるような寒さに身を震わせ、下校中。

 まだまだ生徒が多いので、手を繋ぐことはできていないが。

 

「仰る通りで、小鳥遊様」

「お姫様じゃないんだから……でも、主観の集まりっていうのは最もだと思うな」

「とか何とか言いつつ、ちゃんと聞いてくれるところがまた嬉しいところで」

「まぁ、話を聞かないで感想は言わないし。それに、柊君の話だし」

「それはまたまた、嬉しいことで」

 

 自分でも心底どうでもいい考えを巡らせながら、人の目が少なくなってきた。

 彼女もそれを察したのか、妙に隣でそわそわし始めた。

 こういうのは、やはり俺から言った方がいいのか。

 

「手、繋ぐぞ」

「う、うん」

 

 仄かな柔らかみと暖かさが、手から染み渡る。

 緊張がまだまだ初々しさを自分自身に感じさせるが、大分慣れただろうか。

 手を繋ぎたいのなら、彼氏彼女なのだから、はっきりと言ってしまえばいいのだ。恥ずかしいけれども。

 

「あ~、その、だな。今度のクリスマスなんだが――」

「わ、私もできれば一緒にクリスマス、過ごしたいなって……」

 

 どうも、できたてホヤホヤとはいえ、恋人であることに変わりはないらしい。

 むしろ、ホヤホヤだからこそ、こうして一緒に過ごしたがるのだろうか。

 

「ん、じゃあ遊園地行こうか。この間、行けなかった分ってことで」

「うん! やったやった~、柊君と遊園地~」

「子供っぽいぞ。可愛いけども」

 

 なるべく子供っぽくいてくれた方が、庇護欲をそそられるというか何というか。

 氷の息吹が冬服の間から入り込んで、この上なく冷たい。

 けれども、何だか心は暖まっていて、不思議と全身もつられるように暖かい気がした。

 

 

 

「……とは言ったものの、どうしようか」

 

 場所は遊園地。日はクリスマス。最低限決めなければいけないものは既に確定済み。

 後は時間だが、最悪一週間きってから決定しても大丈夫だろうか。

 

 今までで一番準備は万端、しかし、何か不安な要素が胸の欠片を下へと沈めていく。

 気分次第で何とでも言えてしまうが、そうとしか形容できなかった。

 もうクリスマスまで――()()()()

 

 いやあ、時というものは残酷なものだ。

 待ってはくれないし、痛みは霞む一方で困ってしまう。

 終業式の今日は、二十二日。

 明日から冬休みであり、クラスの雰囲気は早くも休みへとシフトしていた。

 

 クリスマスどうしようか、と周りにひけらかすように、わざとらしく会話をするクラス内カップル。

 何も予定がない、と周りにアピールするように、声を大にする奴。

 電話番号だけでも、と小鳥遊に懇願する男子。おいお前久しぶりだな。最近大人しいと思ったら……八つ裂きにしてくれよう。

 

 そんな殺伐とした教室の中で一人、最高の彼女と予定を既に作っている喜びを噛み締めた。

 一人。一人で。結局、一年間ずっとぼっちだった気がするが、別に痛くもなんともありませんでしたっと。

 

 

 

 

 

「……ねえねえ、茜ちゃん達に、めちゃくちゃ冷やかされたんだけど」

「同じくだ。吹雪も茜も許さん」

 

 それはもう茶化された。

 教室で静かなところが恋人いるっぽいだとか、どうせナニをするんでしょ? だとか。

 後者は色々と進みすぎだとして、前者に至ってはいつもの俺と何ら変わりない。

 つまり、ぼっちこそ崇高なるリア充ということに。

 

 今日も、この下校の至福が訪れる。

 何かと一日の中で、一番楽しく幸せな時間が、この手を繋ぐ時間だ。

 

「そうそう。二人とも色々言っとったけんね~」

「あ……」

「え、えっと、どうしたの?」

「方言……可愛いな」

 

 呟いて、彼女はすぐに手を離して、横に振る。

 そこまで赤くなって否定しなくとも。もっと可愛いけど。

 思えば今まで、小鳥遊が福岡の方言を使ったところは見たことがない。

 恥ずかしいからなのだろうか。

 

「わ、忘れて! 今のナシ!」

「いいじゃん、可愛いんだから。何か他の言葉で言ってみてよ」

 

 自分でも、見慣れない彼女の言葉遣いに魅力を感じていた。

 中でも、博多方面の方言は特に可愛いと思うのは俺だけじゃないはず。

 こう、ふとした瞬間にポロッと出てしまう、例えるなら今この瞬間のような状況が、一番可愛いと感じるのだ。

 

「え、えぇ~……」

 

 少し困惑しつつ、恥ずかしがりつつ、口を開いたり閉じたり。

 それでも言おうとしているところが、健気で可愛いというかなんというか。

 

「その、えっと……ばり、好いとうよ?」

「ごめんもう一回いや五回くらい言ってくれ」

 

 確かまだカバンの中に、ボイスレコーダーが入っていたはずだ。

 先生に提出するために入れたきり、取り出した覚えもない。

 吹雪のように立ち回るのも、案外悪くないのかもしれない。

 

「い、いや! 恥ずかしいから!」

「では、恥ずかしいのに何で『好き』の博多弁をチョイスしたのか理由をどうぞ」

「う、うぅ……」

 

 言い方に限りはあれども、言葉のパターンはそれこそ無限大にある。

 その中で、どうして『好き』を選んで、言ったのだろうか。

 いや可愛いからいいけども。役得というか、良いものが聞けたわけだし。

 

「だ、だって、好きだから」

「何か、不思議と心がくすぐったくなってくるな」

「私はもっとくすぐったいよ!?」

 

 彼女の赤面具合からして、相当に恥ずかしい模様。

 くすぐったいどころの話ではないのかもしれない。

 

「じゃあ、柊君も言ってよ、ほら!」

「まぁ、別に恥ずかしくないからいいけども。好いとうよ、小鳥遊」

「か、可愛い……意外と可愛い」

「男が言われることでもないだろ」

 

 冬の寒さが吹き飛んだようなやり取りをしていると、気が付いたら家の前まで着いてしまった。

 少し寂しくなるが、クリスマスまでの辛抱と考えれば、何とかなりそうだ。

 クリスマスの時間も、早々に決まった。軽い提案が、そのまま通ったような形で。

 

 部屋の前で別れの挨拶をしてから、自分の部屋へと戻る。

 と、そうしようとしたその時。

 俺の制服の袖が控え目に引かれた。

 この動作ですら、もう可愛い。全てが可愛い。

 

 振り向くと、未だに赤くなった彼女が俯いていた。

 目が合った瞬間に、何を思ったのか、今度は悪戯な笑みを浮かべた後に、純粋な輝く笑顔を見せて、両手を広げる。

 

「ばり好いとうけん、ぎゅ~ってしてほしかとよ!」

 

 自分の中で、糸が切れたような、か細い音が聞こえた気がした。

 半ば強引になって、彼女を引き寄せて強く抱きしめる。

 当然、こんなに弾けるような笑顔で言われると、耐えられるはずもなかった。

 

「お、思ったよりも反応がいいなぁ」

「うっせ。可愛いのが悪いんだ」

「心臓、すっごくドキドキしていて速いね」

「……うっせ」

 

 彼女との身長差を考えると、頭がちょうど俺の胸の辺りに来る。

 抱きしめたときに、心音が丸聞こえなのだ。

 気恥ずかしさを紛らわすために、もっと自分へと引き寄せる。

 

「この間みたいに優しく抱き締められるのもいいけど、強くされるのもすごくいい。癖になりそう」

「う、あ、いや……これ以上は止めとく。歯止めがかからなくなりそうだ」

 

 自分の中で制限をかけて、手を離す。

 このまま続けると、自分自身がどうなるかわかったものではない。

 癖になりそう、なんて言われると尚更なのだ。

 

「うん、ありがとう。やっぱり、離れる時が一番切ないよ、私」

「いやホント、これ以上は止めてくれ。何するかわからん」

「そ、そうなの?」

「そうなんだ。じゃ、またな。クリスマス、楽しみにしているよ」

「ありがとう。私も、待ちきれないよ」

 

 互いに名残惜しいながらも、自分の部屋へと入室。

 手に触れるノブの冷たさが、冬であることを再認識させる。

 二人でいたときの熱で、意識の外から寒さが弾き出されていた。

 

 取り敢えず今日わかったことは、可愛い女の子は博多弁がポロッと出ると一層可愛いこと。

 それと、名残惜しいくらいの恋が丁度良いということだった。




ありがとうございました!

長らく思っていたのですが、今までの書き方では読みにくいのでは?
と、いうことで、今回から他作品と同じように書いていきます。

投稿済みのやつは、ちょっとずつこの形に直していきます。
気が向いたらで、ちょっとずつ。許して(´・ω・`)

私の持論ですが、博多弁はポロッと一瞬垣間見えるのが一番可愛いと思います。
例えば、今回のように。
「ぎゅ~ってしてほしかとよ!」とか言われたら死ねる。
こうやって小説で書けるのが、福岡住まいであることに感謝しないとね。

ではでは!


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第36話 違和感

どうも、狼々です!

すまぬ、いつもの半分の長さだ(´・ω・`)
デート内容を考えると、このくらいかと思って区切ったのねん。
あんまり甘くないから、この話まるまる飛ばしても構わぬかもしれないです。

では、本編どうぞ!


 予定の三十分と少し前に、家のドアを開く。

 ほぅ、と白く曇った息を吐いた。

 厚手のコートを隔てても、寒さを十分感じる今日この日。

 デートの日が。恋人との関係では、初めてのデートの日が、訪れた。

 

「あっ、柊君おはよう。それとも、もうこんにちはかな?」

「えっ……な、何でこんな時間にいるんだよ」

 

 確かに腕時計を確認しても、三十分は前だ。

 針は僅かに動き続けているので、止まっているわけでもない。

 

 スマホと照らし合わせても同じ時刻を示している。

 指す時間がズレているわけでもない。

 

「気分だよ、気分。……恋人を待ち焦がれる女の子、っていうのをやってみたかったんだ」

 

 満足げにそう言う彼女は、とても魅力的だった。

 静かに微笑む小鳥遊。その荘厳さは、笑顔という点では類を見ない。

 

「やっぱりと言うべきか、似合うね」

 

 白のニットカーディガンに、ネイビー色のロングスカート。

 落ち着いた冬のコーディネーションも、彼女に似合っている。

 活発な色もきっと似合いそうだが、個人的には白色が一番だと思う。

 

「あはっ、ありがと。じゃあ、ちょっと早いけど行こっか」

「あ、あぁ、そうだな」

 

 俺はこの会話から、何かしらの違和感を感じていた。

 

 

 

 今回も、電車での移動。駅のホームから、止まっている電車の中へ。

 学生の結構な距離の移動ともなると、電車が丁度良い。というよりも、他の移動手段が思い当たらない。

 

 空いた車両を、彼女に手を引かれながら歩く。

 とてもではないが、クリスマスとは思えない程の静かさだ。

 カップルのイチャイチャタイムは、やはり夜から始まるものなのだろうか。

 

 腕を引かれながら、半ば連れて行かれるようにして席に座る。

 

「えっと、この電車を終点まででいいんだよね?」

「あぁ、そうだが……」

 

 言うと、彼女は何の前触れもなく、指まで丁寧に絡め、手を繋いだ。

 暫くの間が経った今でも、違和感は収まらない。

 

「こうしていると、暖かいね」

「まぁ、そうだな」

 

 腕に頬を擦り付けて満足そうに微笑む様子は、まるで猫のそれだ。

 受け身となる俺としても、頭を撫でてやりたい。

 思った通りに撫でると、本当に気持ちが良さそうになるのだから、可愛いものだ。

 

 と、突然に撫でていた腕を引かれる。

 

「お、おい」

「ん? 嫌かな?」

 

 今度は俺が、小鳥遊にもたれる形になった。

 そのまま彼女は、俺の頭をゆっくりと撫で始める。完全に、全く逆の状態だ。

 

 ともあれ、意外と恥ずかしいものだ。

 男から甘えているようで、何だか弱々しいというか。

 

「別に嫌ってわけじゃないが……ほら、人とかさ」

「大丈夫、この時間だし、少なくともこの車両には私達以外に一人もいないよ」

 

 そう言って、頭を沿ってなぞる手の動きを止めようとはない。

 こう慣れないことをされると、少しそわそわしてしまう。

 

「どうしたの? まさか、恥ずかしい?」

「そりゃあ……そうだろ」

「ふふっ、可愛い可愛い。甘えられているみたいで、ちょっと嬉しいな」

 

 年頃とはいえ、母性がくすぐられる、という感覚はあるのだろうか。

 まず、俺が一女子の母性を刺激できるとも思わないが。

 彼女にとっては、俺でもその対象になるらしい。

 

「……何だ? こうやって甘えるのも、案外悪くないのかもしれん」

「こうやって甘えられるのも、案外悪くないのだよ、柊君。いつでもぎゅってするからね?」

 

 恋情とは、注ぎ注がれ、というものらしい。

 片方が注ぎっぱなし、もう片方が注がれっぱなし、というのも味気ない。

 早くも、今日発見した恋愛指南だった。

 

 しかしながら、俺が彼女に感じる違和感は、掴みづらい。

 何か不自然な感覚を目の当たりにしながら、その正体を知ることはできなかった。

 

 

 

「お~、着いたね。行こっ!」

「わ、わかったから、わかったよ」

 

 昼少し前に終点に着いてから、彼女は再び俺の手を引いて、電車のドアの前へ。

 炭酸が抜けるような音を合図にして、小鳥遊はそのまま先導し始める。

 

「おい、今日はどうしたんだよ!」

「……どうした、って?」

「何か、変じゃないか」

 

 自分でも、「何か」としか形容できない。

 最早、形容と呼べるのかすら怪しいところだ。

 

 だが、見逃し難い違和感に苛まれ続けている。

 玄関で顔を合わせたとき、電車の中での交流、そして今。

 今日に限って、今までとは何かが違っていた。

 

「変って、どういうこと?」

「そうだな……活発的というか、反応が違うというか」

 

 唯一思い当たるのは、その二点だった。

 いつもは、腕を引き続けて誘導するような、アクティブさは見せない。

 反応だって、普段は若干受け身寄りだが、今日は全くの逆。

 

 反転した姿に、慣れなかったのだろう。

 

「そ、そうかな? そんなことはないと思うけど」

「さあ、正直にどうぞ。意識して変わっているよな?」

「……はい」

 

 案外、あっさりと口を割った彼女。

 ともあれ、何を理由にそんなことをしていたのだろうか。

 

「で、どうしてなんだ?」

「い、いや、特に大きい理由はないの。ただ……クリスマスくらい、余裕がある感じを見せたかった、というか……」

 

 余裕、ねぇ。

 ただこの日に限った余裕、ねぇ。

 

「いつも通りでいいだろ。見栄張ると、こうやってバレる」

「そ、そうなの?」

「そうだろ」

 

 人と違う偶像というものは、他と(なぞら)えると存外わかりやすいものだ。

 それが相当な馴染みの相手ともなれば、尚更だ。

 

「いつも通り、好き勝手やればいいさ」

「その言い方だと、いつも好き勝手しているみたいだね」

「いや、そうじゃなくて」

「ふふっ、わかっているよ。じゃあ、リードよろしくね」

 

 それだけ投げかけて、「いつも通り」の笑顔で腕に抱きつく。

 結局、こうなってしまうらしい。

 

 俺からも微笑んで、駅を去る。

 吹き付ける風が陽の下に顔を出すが、冷徹な刺激は留まることを知らない。

 

 ――厚手のコートを隔てても、寒さを十分感じる今日この日。

 デートの日が。恋人との関係では、初めてのデートの日が、訪れた。

 




ありがとうございました!

最近、この小説が書きにくくなってきました。
あと数話、長くても十話いかないくらいで、この作品の投稿を終えると思われます。

で、それにあたって、書きたい展開がありまして。
先に言うと、クラスマッチと夏祭り、この二つをやりたいと思います。
クラスマッチは怪しいところですが、夏祭りはあるかと。

恐らく、夏祭りを最終話にすることになります。
もう暫くの間、よろしくお願いします。
前書きに重なりますが、この話が短くなってしまい、申し訳ありません。

ではでは!


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第37話 童心、それは魅力の結晶である。

どうも、狼々です!

結局一ヶ月ほどかかってしまった(´・ω・`)
時が過ぎるのが速くて、最近困っています。

さて、今回はいつもの長さです。
遊園地デートも本格的に開始!

では、本編どうぞ!


 駅から歩いて数分、思いの外すぐに遊園地へと到着。

 フリーパスを購入し、二人揃って手首に巻いていることを店員にチェックされ、中へ。

 

 延々と回り続ける大車輪、レールの上で金切り声を連れ去る箱の連なり。

 走りっぱなしの馬々に、左右へ大きく振れる海賊船。

 様々な速度で回転するカップや、空中を駆け回る巨大ブランコまで。

 

 定番のものから、独特なものまで、アトラクションの宝庫だ。

 見渡す限りから喜びの声が響き、機械の駆動音が鳴り止まない。

 休日のこの時間でも、十分すぎるほどに人は多かった。

 

「案外人、多いな。何かアトラクションに希望はあるか?」

「ん~、近いところから順に周ろうか」

「よし、じゃあ、お土産からか」

「アトラクションだよね!?」

 

 いや、さすがに冗談に決まっているだろうに。

 近いところから、と言われたので、一番近いお土産屋をだな。

 

 遊園地に展開されたお土産品は、割高な気がするのだが、気のせいだろうか。

 まぁ、そのテーマパーク限定品のような物もあるので、考えてみればそうだ。

 だけれども、それを考慮から外してもなお、値が張るような気がする。

 特に、食品やお菓子系等は。

 

 お土産に割くお金に余裕がないわけではないが。

 黒字全てがアトラクションかと言われると、存外そうでもなかったりするものだ。

 

「わかっているよ。取り敢えず、乗れないものはあるか? 絶叫系だったり、ホラー系だったり」

「……だ、大丈夫だよ、うん」

 

 これはあるやつですねぇ、反応でわかる。

 あからさまに目を逸らしたかと思いきや、すぐに視線が戻った。

 逸らす前の表情に、若干硬さがかかっていた。

 

「へぇ、そうかそうか、じゃあどっちも乗ろうか」

「えっ」

「言うなら今の内だぞ」

「……何を?」

 

 あくまでも、「ない」と言いたいらしい。

 変なところで強情にならなくてもいいだろうに。

 

 アトラクションの種類なんて、溢れるほどあるのだから。

 飽きることなんてない上、今日のデートは一日中続くのだ。

 無理をする必要など、全くない。

 

 と、心の中で思いつつ。

 その二つ、またはどちらかに乗る時の反応が楽しみだ、とも思っていた。

 

「まぁ、いいさ。一番近いアトラクションは、っと」

 

 手元のパンフレットを開き、現在地を確認。

 プランを何も練っていない辺り、準備の粗さが目立ってしまう。

 

 ある程度候補は上げてあるものの、どれもが定番。

 観覧車だとか、ジェットコースター、お化け屋敷等々。

 これだけでは、計画と称するには粗末すぎるか。

 

 と、隣の小鳥遊も、俺のパンフを覗き込む。

 パンフ、マジグッジョブ。めちゃ距離が近い。役得だった。

 こういうささやかなシチュエーションだけでも、自分達は恋人同士であるという事実を再認識してしまう自分がいる。

 そんな俺は、まだまだ中途半端に可愛らしいものだと思いつつ。

 

「ここからだと、メリーゴーランドかコーヒーカップだな。どっちにする?」

「どっちも!」

「その元気やよし。メリーゴーランドからにするか」

 

 弾ける笑顔を携えながら、彼女は俺の手を取ってメリーゴーランドへ。

 俺が先導しているわけではなく、小鳥遊が引っ張り役。

 そのまま強引に連れられながら、彼女の表情を後ろから覗いた。

 

 はしゃぎ回る子供のような、そんな無邪気な笑顔。

 早速楽しんでもらえているようで、何よりだ。

 こうして気の向くままに振り回されるのも、思いの外悪くないものだと、今更ながら思う。

 さらに、恋人の笑いというものは、もう片方の恋人の笑いを引き出してくれるらしい。

 

 パスを通して、互いに隣り合わせの馬に乗った。

 愉快でメルヘンな音楽が鳴り始めてから、上下へと揺れながら回転。

 

「ほれ、こっち向いてみ」

「ん、どうしたの?」

 

 こちらを向いた隙に、スマホのカメラのシャッターを切った。

 意図を察したらしい彼女も、ピースをして向き直る。

 少しだけ落ち着いた笑い顔だが、十分過ぎる魅力だ。溌剌(はつらつ)だけが可愛さではないのだ。

 

 と、同じようにして、小鳥遊も俺をスマホの外カメラの中へと入れた。

 あまりらしくはないが、俺も写真を撮られることにしようか。

 

 ……照りつける陽光の中、控えめな笑顔しか向けられないことは、目を瞑ってほしい。

 

 

 

 ゆっくりと歯車は回ったが、やがて終わりの時が訪れる。

 緩やかな上下運動はなくなり、どこか心許ない気分に駆られた。

 次はコーヒーカップか、と確認をして、歩み出そうした瞬間。

 

「ねえねぇ、結構いい感じに写真撮れたよ」

「お、本当か。ちょいと見せてくれ」

 

 そう言われたので、歩くのを止めて、スマホを横から覗き込んだ。

 すると、突然に彼女から、体を引かれた。

 引くとはいえ、先と同じように駆け出すのではなく、自分の方に引き寄せている。

 

 直後に、聞き慣れたシャッター音が走った。

 自分でも何のことかわかる前に、小鳥遊が画面をしたり顔で差し出す。

 見せられた写真は、明らかにメリーゴーランドの途中のものではなくて。

 

「ほら、いい感じに撮れた」

「……一言声をかけてくれれば、そんな高等技術を使わなくてもいいんだぞ」

 

 ほら、いい写り方の写真だよ、と相手へ会話の種を投下。

 反射的にどんな写真になったのかを確かめようと、スマホの画面を覗くために、相手は自分側へと寄る。

 その隙にさらに相手を寄せ、内カメラでツーショット。

 俺からしてみれば、悪戯溢れる高等テクニックだ。

 

「えっ、いいの?」

「いや『いいの?』って言われても、断る理由がない」

「何か、写真は嫌いそうに見えるから、撮らせてくれないかなって」

「だったら、まだまだ俺のことをわかってないってことだ。ほら、撮り直すぞ」

 

 今度は彼女を逆に引き寄せ、シャッターボタンに指を伸ばした。

 少し驚いたような表情が、自然な感じを豊かに表現している一枚。

 決して上手いと言える出来栄えではないが、下手というわけでもなし。

 

 何事も、中途半端なくらいが丁度良い。

 人目を気にする必要がない。なにせ、周囲という隠れ蓑が山ほどあるのだから。

 ノーマルが最強にして唯一神だ。ポケモンだと全然そうじゃない。

 

「あ、ありがと……えへへ」

「そんなに嬉しいのか」

「うん。思い出っていうのは、形にしたいんだ」

 

 果たして、写真という本物の紛い物が、思い出の化身と言えるのだろうか。

 少し前の俺ならば、今頃は、そう無感動に告げていたのかもしれない。

 ただ、今この状況、そして彼女の優しげな微笑みを見ると、口がそう動く気配すら感じない。

 

 不思議なものだ。恋愛感情は、人を大きく狂わせる。

「恋と麻薬は紙一重」という言葉の意味は、二つの共通点がこれにあるからなのだろう。

 

「よし、今度こそコーヒーカップだ。行こうか」

「うんうん、行こう! 全アトラクション周ろう!」

「あ~……いや、夜までだからできなくもないか?」

 

 いや、やはり厳しいだろうか。

 いくら一日フルに使ったとしても、全アトラクションを周る時間はさすがにないと思われる。

 

 すぐに乗れるならまだしも、いつかは待ち時間なる物に迫られる。

 冬休みの頭とはいえ、まとまった休日であることに変わりはない。

 

「まぁ、今から判断付けても同じか。よっし、周るか!」

 

 デートはまだ始まったばかりなのだ。

 この段階で諦めを付けたとしても、それはそれで夢がない。

 現実的という言葉よりも、今ばかりは夢のある言葉に向かいたいと思った。

 

 意気込んでからコーヒーカップの前へ着くまで、一分もかからなかった。

 二人共走ったわけではないが、気付くと回転するカップの目の前だ。

 無意識・夢中というものも、存外馬鹿にできないものらしい。

 

 同じようにパスを通して、ピンク色のカップの中へ。

 さすがに高校生ともなると、中の窮屈さをどうしても感じてしまう。

 

「最初に言っておくが、俺は無理に速く回すつもりはないぞ」

「大丈夫、()()()()から」

「そうかそうか……いや、おい待てそうじゃなくて――」

 

 先に中央のテーブルを固定しようとして、腕を伸ばした直後。

 メリーゴーランドとは別の、メルヘンチックな曲が流れ始め、床が回転。

 それとほぼ同タイミングで、カップ自体も回り始めた。

 

「おりゃぁあっ!」

「待て待て待て! ちょ、ちょっ!」

 

 普段では聞けそうにない可愛らしい、叫び声とも言えないような叫び声。

 されど、俺達の座るカップの回る速度は、笑いにならなかった。

 ご丁寧に、両手を使ってから、思い切り回している。

 体全体まで使っているので、女の子一人の腕の力がどうこう、という話ではない。

 

 さて、この遊園地のコーヒーカップには、構造上、より速く回るポイントというものがあるらしい。

 それは意外なことに、重心の位置にあるのだという。

 

 一つのカップの中で、どの域に人が寄っているかで、重心は変わる。

 隣の人との距離が等しい状態では、重心は一箇所からあまりズレることがない。

 しかし、特定の箇所に人が寄ると、その点はズレ始める。

 

 そのズレが移動し続けることで、加速が生まれる。

 ここで問題のは、俺達の座っている位置だ。

 もうお察しだと思われるが――二人で、固まっている。

 

「止めろ止めろ! 体が引っ張られるんだよ!」

「あっははは! 柊君の困った顔、おもしろ~い!」

「俺は楽しくねぇよ!」

 

 困惑顔が面白いと言われても、当人である俺は、ちっとも面白味を感じられない。

 俺がテーブルを止めようにも、両腕で回しているため、介入さえしにくい状態。

 介入したとして、摩擦で手の平が大変熱くなってしまうことも自明の理。

 

 せめて飛ばされないようにと、ティーカップの縁を握ることしかできない。

 結局、高速回転は音楽が終了するまで、無駄に拍車がかかり続けた。

 

「いやぁ、速いのも意外と悪くないね」

「三半規管弱かったら死んでたぞ」

 

 割と本当に、同伴で無理矢理コーヒーカップを速く回すことは止めた方がよい。

 ふざけ半分で回す者が多いが、三半規管が弱い人からすれば、たまったものではないのだ。

 本気で否定しているときと、余裕がある否定とは見分けくらいは、つけるべきである。

 

「あ、あ~……その、ちょっとやり過ぎた、かな?」

「少し、な。少しだけだ」

「……楽しく、ない?」

 

 悲しそうに、上目遣いでそう言われると、こちらとしての立場がない。

 あの言葉を発した時、本当に楽しくなかったかと言われると、完全には否定しかねる。

 

 もし心の底から嫌だったなら、俺の機嫌はマイナスを振り切っているところだ。

 けれども、コーヒーカップから離れて歩く今でも、こうして手を繋いで次のアトラクションへと向かっている。

 それが自分の心境を、何よりも正直に映し出す鏡だ。

 

「楽しくないわけないだろ」

「ホント?」

「あぁ、そうだとも。大好きな彼女をからかいたかっただけだ」

 

 まぁ、この程度にはぐらかすのが一番だろうか。

 はぐらかすと言うよりも、気の利いた冗談を不器用に振っているようにしか見えない。

 けれども、それでも十分過ぎるほどの関係性が、俺達というものだろうと信じたい。

 

「ふふっ、そっか。私も、とっても楽しいよ」

「そりゃお互い来た甲斐があったってものだ。次、行くか」

「そうだね。じゃあ、次はどこになるの?」

「えぇ~っとだな――」

 

 まだ少しだけ目眩の残る眼で、パンフレットの紙面に視線を巡らせる。

 メリーゴーランドとコーヒーカップから現在地を割り出した上での、最寄りのアトラクション。

 

「――あっ」

「どうしたの?」

「次は、ジェットコースターだな」

 

 つい、声を漏らしてしまう。

 少しの酔いが回っていた頭が、完全に覚めた瞬間だった。

 楽しみであること、この上ない。

 

 さらにこのジェットコースターは、遊園地の目玉のジェットコースター。

 つまるところ、人気アトラクションであり、その中でも堂々と上位に君臨するものだということ。

 時間を考慮しても、今から行くのが最善だ。

 

「そ、そうなの?」

「おう、そうなの」

「へ、へぇ~……い、行こうか」

 

 キュッと握り直された右手に、思わず声のない笑いが浮かんだ。

 まるで本当の子供のような行動。童心に返る彼女は、思っている以上に可愛らしい。

 

 二人で仲良く歩幅を合わせて、金切り声が聞こえる源へ、着々と歩を進めていた。




ありがとうございました!

コーヒーカップで、重心どうのこうのの話は、遊園地によって異なります。
重心がズレるタイプなのか、そうでないのか。

で、あるんですよ。重心ズレるタイプ。
それは……あの、某ネズニーシーですね。
詳しい名前は控えますが(`・ω・´)キリッ

ではでは!


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第38話 男女は互いの心理を理解できない

どうも、狼々です!

テストも終わったので、書くペースは若干マシになるかと(´・ω・`)

UAが六桁いきましたねぇ……ありがたい。
まさか、ここまで伸びるとは思わなかったのです(*´ω`*)

では、本編どうぞ!


 華美すぎる光らない装飾の群れをくぐって、遊園地の奥へ。

 進むにつれて人は少しだけ減っていたが、とある一つの場所だけが客を総取りしていた。

 

 長蛇の列を組み、皆それぞれがこれから遊ぶアトラクションに嬉々とした表情で話している。

 家族、はたまた彼氏彼女、さらには電話の向こう側。

 そんな期待を膨張させるアトラクションとは。

 

「……お化け屋敷、結構並んでるな」

「そ、そうだね」

 

 夏の風物詩とも呼ばれる肝試しを、小屋へと収縮した遊具。

 それを真冬に体験するというのも、中々乙なものがある。楽しめることに間違いはあるまい。

 言葉ほどに、目の前に展開される一列の長さが物を言っている。

 

 どうやらここのそれは、本物の廃病院を使っているようで。

 外から見た限りではかなりの大きさであり、ジェットコースターでも通りそうな大きさだ。

 そんな広さを巡るとなると、正直不安と恐怖が募る一方だ。

 想像しただけでも、少し身の毛がよだつ。

 

 人は薄い表面よりも、中身がある尚且つ自分の目で確かめた物を信じたがる。

 冬にお化け屋敷は季節的には合わないという知識よりも、眼前の列が覆したという事実を重要視するのだ。

 

「いや、意外とサクサク進むから時間はそうでもないかもな」

 

 お化け屋敷はジェットコースターやバイキング等と違って、人数固定制ではない。

 ある程度の間を空けてから次の組へを進ませるので、待ち時間には大きく差がある。

 列は思いの外、見かけだけのことの方が多い。

 

「そ、そう、だね」

「……引き返すなら、今の内だぞ」

 

 復唱。時間はそうでもない。

 引き返すのであれば、まだ取り返しがつく今だ。

 施設内に入ったが最後、出口まで進み続けないといけない。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

「それ、大丈夫じゃない奴が言う台詞だぞ」

 

 大抵、この手の言葉は不安定の代名詞となりかねない。

「大丈夫だ」、「心配ない」と自己暗示をすることで、意識をそちらへ向けているのだろう。

 

 が、傍から見るとそれとは真逆だ。

 更にぐらついて見えて、不安を煽る行為に他ならない。

 

 さて、もうお分かりだろうが。

 小鳥遊の怖れていたものは、お化け屋敷だったということで。

 いやまあ、可愛いからこちらとしては入ってもらって大変結構なことなのだけれども。

 

「大丈夫でありますように……」

「最早願望になってんじゃねぇか」

「次のお客様、こちらへどうぞ~」

「ひぃっ」

 

 自己暗示さえも願いへと変わってきた頃、呼び出しがかかった。

 まだ十分も経っていないだろうに。

 

 少し薄暗なタイルを通って、カウンターへ。

 前のアトラクションと同じように、当日限りのブレスレットを差し出した後、お化け屋敷の簡易的な説明が始まった。

 

 どうやらここのお化け屋敷は、蝋燭(ろうそく)を持って進むようで。

 蝋燭と言っても、光る電池式ランプが蝋を象っているだけだが。

 このランプを頼りに、完全に闇の中を歩いてゆくらしい。

 

「では、ごゆっくりお楽しみください」

「ほら、行くぞ」

「う、うん」

 

 何を決心したのか、小さな深呼吸と共に蝋燭を持つ俺の腕にしがみつく。

 どこか二人で持っているように見えなくもないので、とても仲のいいカップルに見えそうだ。

 仲を否定するわけではないが、右腕の感覚がとても幸せである。

 

 というか……すごいな。

 何がすごいって、大きさと柔らかさと夢と希望がすごい。

 圧力さえ感じてしまう。一言で言うと幸せ。

 

「震えが腕からでも伝わってくるのですが、小鳥遊さん。大丈夫ですかね?」

「気のせい」

「そ、そうか」

 

 緊張と恐怖のあまり、一周回って大丈夫に思える語調。

 きっぱりと告げているが、どう考えても言葉とは逆の状態だろう。

 

 ――廃病院。

 スピーカーが壊れ、掠れてしまった電子音。

 時折に光が消失する赤い丸ランプ。

 そして何よりも、本物を彷彿とさせる血液の匂い。

 

 完璧、さすがだとしか言い様がない。

 視覚だけならまだしも、嗅覚を刺激して恐怖を煽るとは(こだわ)りが計り知れない。

 

「な、なぁ小鳥遊。本当に大丈夫か?」

「…………」

 

 無言。最早、無言。

 言葉を発する余裕すらないのか、口を開かず歩くのみ。

 白タイルを、奥も暗闇で見えない順路に沿って。

 

「……怖いか?」

「……怖い」

 

 確認した、次の瞬間。

 正にタイミングを見計らったかのように。

 

 赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。

 数多くある扉の内、たった一つ、正面の戸から。

 苦痛と惆悵(ちゅうちょう)を表すように、耳にまとわりつく。

 

「ひぃぃぃいい!」

「待て、行くな! はぐれたらどうしようもないだろっ!」

 

 反射で逃げようとした小鳥遊の腕を引っ張り、引き戻す。

 小鳥遊のこれまでの反応を考えると、一人にさせると逆にまずいことになる。

 無理にでも引き止めて、二人で行くのが一番安心するだろう。

 

 加えて、このアトラクションは広さが馬鹿にならない。

 片方の居場所がわからなくなったら、もうゴールまで会えないと思った方がいいぐらい。

 手遅れになる前に、捕まえておくべきだ。

 

「怖い、怖いよ!」

「だから入る前にあれだけ言ったろ、ったく……」

 

 残念ながら、順路の看板は産声の部屋を指している。

 入る他なし、か。

 

 以前として恐怖の体現は響く中、ノブに手をかける。

 覚悟を決めて、一気に扉を開け放った。

 

 が、開いたと同時に産声は泣き止み、何事もなかったかのように静寂が戻った。

 警戒しながら中へと歩を進め、白一色の部屋をくまなく見回す。

 あるのは灰色のロッカーと、中央に置かれた血塗られたベッド。

 肝心の赤ちゃんはどこにも、影も形すらもなかった。

 

「え、え? どこに――」

 

 疑問を口にした小鳥遊の声が、続くことはなかった。

 突如、悲鳴とも思える赤ん坊の産声が部屋全体に煩く反響した。

 

「な、なんだ!?」

 

 あまりにも大きすぎる音量が、耳を容赦なくつんざく。

 二人して耳を塞ぐと、さらにはロッカーが思い切り揺れる音がした。

 

 自分の中に確かに渦巻く恐怖を押さえ込みながら、順路の看板へ。

 赤い矢印の方向にあるのは、小さい血の手形が象られた白色の扉。

 飽きるほど見た面白味の薄れているドアは、手形以外に今までとは大きく異なる点があった。

 

「お、おい! ()()()()()()ぞ!」

 

 押しても引いても、ビクともしない。

 ガタガタとその場で揺れるだけで、鍵がかかったような突っかかりが取れない。

 どれだけ力を込めようとも、それは変わらなかった。

 

 ただ、鼓膜をこじ開けるように叩かれる暴走音に耳が蝕まれる。

 きっと静かになったころには耳鳴りが止まらないことだろう、などと先のことを想像する余裕も、あるはずもなく。

 

 完全に封鎖がされたと悟り、諦めて再び耳を塞いで僅か数秒。

 先程までバチバチと音を鳴らしながら、一つだけでこの部屋を照らしていた電球の光が消えた。

 

 何が起きているのか全くわからない。

 対処をしようにも、他にできることすらもわからない。

 完全に無知の境地に立たされた俺達二人は、文字通り為す術なし。

 暗闇の中をただ突っ立っているだけだった。

 

 暗黒から解放されたのは思いの外速かった。

 ほんの十秒かそこらで、何事もなかったかのように灯りが戻る。

 それとほぼ同時に幼き絶叫もなくなり、この部屋の出来事が全て無に帰した。

 

 ――そして、本当に何事もないように。

 あからさまに鍵が開く音がして、軋む音を立てながら鉄扉が独りでに開いた。

 

「何だったんだよ、一体……取り敢えず、生きてるか?」

「生きてる、けど……行きたくない」

 

 小鳥遊の手を少し引くが、その場で踏みとどまっている。

 強引に連れていくわけにもいかず、説得することに。

 

「どちらにせよ、進まないと。途中リタイアがあるのかはわからんが、あるにもないにも進む他ないぞ」

「でも、もう怖いのやだ……」

 

 今にも泣きそうに、目を潤ませてか弱い抗議を続けた彼女。

 言うまでもなく歩きだす気配は一切しない。

 かといって、引き連れていくのは気が引ける。

 

「あっ! ……でもなぁ」

「おぉ、どうしたよ」

「いや、おぶってくれたらなあって」

 

 ふむ、彼女をおんぶ、ねぇ。

 多数の煩悩等は置いておくとして、意外と悪くない考えだ。

 小鳥遊の願いなので、無理に先導することなく前に進める、と。

 

「おっけ、了解。多分持てるから大丈夫だろ」

「えっ?」

「は?」

「いや、冗談だったんだけど……」

 

 いや冗談かい。

 てっきり本当かと思って、いいとも考えたのに。

 案外本気だった俺としては、複雑な心境だ。

 

「ちょっと言ってみたかっただけ。それに、おんぶされたらバレるじゃん」

「何がバレるってんだよ」

「……体重」

 

 ……なるほど、なるほど。

 俺にはわかりかねるが、女性の殆どは体重を気にする生き物だ。

 同じ人間とはいえ、性の違いは理解するという意味で大きな壁である。

 男が女の心理を完全に掌握する日は永遠に来ることはなく、そのまた逆も然り。

 

 互いにわからないまま生き続け、子孫を残し死んでゆく。

 すれ違ったままで放置され続ける。

 

「気にするな、多分大丈夫って言ったろ。ほら」

「あ、うわわぁっ!?」

 

 その場だけでだが、彼女をおんぶ。

 大丈夫だとは言ったが、持ち上げる瞬間が想像以上に軽い。

 

「軽すぎだ。ちゃんと食べてるのか?」

「食べてるけど……その、重くない?」

「言ったろ、むしろ軽すぎだ」

 

 それだけ言って、開いた扉の奥へ進んだ。

 

 

 背中にかかる女の子の重みが心配になるレベルだ。

 高校生は男女共に体を作る時期で、反面女子は過剰なダイエットに走る傾向がある。

 普段の学校生活を見てきた限りでは、小鳥遊はそんなことはないと思われる。

 

 が、いくらなんでも軽すぎじゃないだろうか。

 しかしながら、ここで体重を細かく値で聞くのはデリカシーがない、というものだ。

 背負った重さがいくら位なのか計る感覚も、当然あるはずもなく。

 

「おぉ~、いつもより見晴らしがいい」

「そうかいそうかい。それはよかった」

「それに……あったかい」

 

 呟きながら、彼女の腕は俺の首元を捕まえた。

 後ろから抱きついている状態とほぼ同じ。

 何ともまあ、密着がすごいね。正に俺得。

 

 というか、胸だけで体重のいくらを占めているのだろうか。

 今度は背中が幸せな感覚に包まれておりましてはい。

 

「あっ、ドキドキしてる!」

「耳当てんな、恥ずかしい」

「へぇ~、恥ずかしいかあ、そっかそっか~」

 

 やけに嬉しそうに言うものだから、余計に恥ずかしくなってくる。

 本当に嬉しいかどうかは、それこそ男の俺にはわからない。

 

 彼女は彼氏におんぶされて嬉しいのか。議論の結果は絶対に不明のまま。

 小鳥遊の口から告げられたとしても、言ってしまえばそれは真実とは限らない。

 ただ、まぁ嬉しく思っていることを切に願う。

 

「ふふっ、ここ落ち着くなぁ」

「人の背中が落ち着くって、大分変わってるな」

「だって広いしあったかいし。ここに住もうかな」

「ヤドカリみたいに言うな」

 

 多少の笑みを零しながら、赤く照らされた病棟を歩いた。

 不思議と、恐怖は欠片ほどもなくなっていた。




ありがとうございました!

やっと少しまともな文字数です。
これを投稿した日は、私は長崎へ行っているのです。行って来ます(`・ω・´)ゞ

少し後書きが短いですが、たまにはいいですかね。
それとも、このくらいの方がいいのだろうか(´・ω・`)

ではでは!


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第39話 クリスマスというものは、それとなく人を大胆にさせる。

どうも、狼々です!

どうしてだろう、冬休みだというのに休めない。
課題の量も結構あるし、補習もあるし。うん……(*´ω`*)

前回、書き忘れたことがありまして。
前々回、二話前のラストは、ジェットコースターにいくフラグを立てました。
しかしながら、先にお化け屋敷の方を実際には書いています。

文字数の関係で、ジェットコースターだけでは一話もたない予想がつきまして。
何かしらと繋げて書こう、と予定を変更し、一話もちそうなお化け屋敷を回しました。
申し訳ない、いつか書くか書かないか(´・ω・`)

そして今日はクリスマス! イブじゃない!
彼氏彼女がいない諸君、この作品で恋人がいる気分になれい!(`・ω・´)キリッ

では、本編どうぞ!


 ……ただひたすらに、時間がかかった。

 腕時計を見るが、最後に見た時から短針が一つ分の数字を悠々と越している。

 

「あ~……長かった」

「お疲れ様でした」

 

 途中からさすがに思うところがあったのか、自分から降りてお化け屋敷の中を進んだ小鳥遊。

 別にきつくはなかったので、降ろさなくともよかったが。

 

「にしても、もう昼は過ぎたぞ。どうするよ、昼食」

「ん~、そうだね。夜を少し遅くすれば今から食べても大丈夫かな」

 

 元から一日遊び倒す予定だったので、夕食も二人で食べるプラン。

 遅れた分だけ先送りにすればいい話なので、困ることは特になし。

 

 迷ったのはほんの数秒で、すぐにパンフレットを開いた。

 現在地から一番近い店を探してみたところ。

 

「ふむ、イタリアンパスタの店があるな。そこでいいか?」

「私は君と一緒なら、ね?」

「……そういうの言われると、反応に困る」

「あらあら、意外と可愛らしい」

 

 当然、俺がこんなやり取りに慣れているはずもない。

 拙い返事しかできないのは、最早自明の理。

 

 そっぽを向いて、小鳥遊から視線を逸らした。

 先に乗るはずだったジェットコースターから聞こえる叫声から、ゆっくりと離れる。

 食べた後にでも、戻ってこようか。

 

 

 

 木製の古風なドアを開くと、鈴音が鳴る。

 白を基調とした清潔感がある店で、本物のイタリアンの雰囲気をさながらに醸し出していた。

 昼も過ぎた頃なので、中の客は指で数えるほどだ。

 が、昼食・夕食時になると溢れかえるであろうことは目に見える。

 

 ウエイターに案内された席へ座り、メニュー表を眺める。

 聞き慣れた料理の名前や、初めて聞く料理名まで。

 レパートリーが豊富で、本当に遊園地の中にある店なのか疑いたくなってくる。

 

 さて、どれを選ぼうか。

 こうもメニューに幅があると、嫌でも迷ってしまう。

 そんな時は、大抵することは決まっている。

 

「俺はカルボナーラにしようかな」

 

 自分が普段食べる好きなメニューを頼むのが最適解。

 名前も聞いたことさえない、写真も載っていない料理を注文するのも冒険だ。悪くない。

 だが、失敗する確率が低いのは、何を間違おうと好みの料理だ。

「美味しい」と「口に合う」は別問題なので、安全な道を進みたいところ。

 

「おぉ、私も同じのにしようと思ってたとこ」

「じゃ、カルボナーラ二つでいいか」

 

 呼び鈴を鳴らして、カルボナーラを二人前注文。

 それを受けたウエイターは静かに立ち去って、静けさが訪れた。

 普段立ち入ることのない洒落たオーラに、何となく軽い威圧を感じた。

 

「なんか、運命感じる」

「主語と目的語がないからよくわからん」

「私達が、数あるメニューの中で同じのを頼もうとしていたことに」

 

 まあ、言われてみればそうだろうか。

 ワインはアルコール類なので抜きにしても、ざっと数えて五十ほど。

 そもそも、互いにパスタじゃない可能性だってあったわけだ。

 ピザやラザニア、ニョッキなど、膨大なメニューの中たった一つにかち合う。

 確率は決して高くはないはずだ。

 

「今から食べてもあまり問題なさそうなパスタ、その中でも単純に好きだったんだよ、カルボナーラ」

「私も、パスタの中では一番好き。程よい塩味と卵、美味しい」

 

 目の前の彼女が、なんとも幸せそうな笑みを浮かべている。

 こちらとしても、喜んでもらえて何よりです。

 

 カルボナーラ、本当にこの料理を作り出した人間は神なんじゃないかと思う。

 いやむしろ、実際に神様がレシピを作ったのかもしれん。

 それくらい好きである。パスタの中ではダントツだね。

 

「わかりすぎて困る」

「私達、味の好みも合うのかもね」

「長い目で見ると大助かりだ。料理を作るときに悩まなくて済む」

 

 ついでに、妻が夫に聞く「今日の晩御飯、何がいい?」も避けられる。

 あれ、マジで罠だから気を付けろよ。

 

 希望を言ったら言ったで、何かしらの理由を付けられて却下される可能性が高い。

 そうはいえど、「何でもいい」なんて言葉を口にすることは許されない。言語道断。

 それをわかっているのだが、他の返しが思いつかないと頭を抱える者も少なくないだろう、という俺の推測。

 

 あれの正しい解答は、正直に言うとない。

 強いて述べるなら、「冷蔵庫の中にあって安価かつ手軽に作れて保存も効く、栄養価も高くて美味しい物」だ。

 これを言えば、間違いなく妻の方がブチ切れるけども。

 けれども、発言そのものに悪い箇所など一つもないので、ある意味で一番正解に近い。

 

 並んで、帰りが遅い夫に対して言う妻の「私と仕事、どっちが大切なの!?」も中々に模範解答が見つかりづらい。

 俺が思うに、「俺が仕事ばかりで寂しかったんだな。次の休みにでも一緒に出かけよう」だ。

 

 この返しのミソは、「どちらが大切か」という論点をずらすことだ。

 曖昧なまま気付かせずにスルーすることで、問題自体を回避できる。

 さらには後の行動まで約束がされてあるので、具体性が増し、「どちらが大切か」の疑問に話が戻らず、「出かけるか否か」の選択を考えさせる。

 一も二も不正解(トラップ)ならば、新しい三を正解(クリア)にさせればいいという訳だ。

 

 ……完璧すぎる。

 将来有望な旦那になれそうだ。一体何に対して有望なんだよ。

 

「……どうしたの?」

「いや、我ながら頭の回る天才だと自負していたところだ」

「それは随分と我ながらだねぇ」

 

 小鳥遊も、呆れているというか何というか、面白がっている。

 冗談が通る人間で助かるぞい。

 

 間もなくして、注文したものが届いた。

 白いヴェールを携えた黄身を中央に、クリームソースが彩られているパスタ。

 ブラックペッパーがチーズと色の対照を実現させているあたり、ヴィジュアルにも富んでいる。

 

「よし、食べるか」

「そうだね。いただきます」

 

 二人で手を合わせ、白銀色のフォークを手に取った。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ミルク色の麺を口に運んで、前を見る。

 手元に注目すると、器用にフォークを回している。

 本当に器用だ。編み物でもしているかのよう。

 

「ふふっ」

「どうしたんだよ、突然」

「なんでもな~い」

 

 正直、この事実は知らなかった。

 本人の前で言うと怒られてしまいそうだが、外見はあまり器用そうには見えない。

 今まで知らなかったこと一面を知るというのは、ここまで楽しいことなのか。

 たとえ小さなことでも、それが彼のことと考えると、それだけで無性に嬉しさを感じた。

 

 こういう関係になったからこそ、見えてくるものも案外多い。

 今ある環境に、神様に、ちょっぴり感謝だ。

 

 半分と少し食べた辺りで、気づいた。

 口元が、汚れている。無論、私から見えるのだから私自身がではない。

 ……やはり、神様には感謝するべきか。

 

「ここ、ついてるよ」

「ん、んぐ……ありがと」

 

 ペーパーナプキンを手に取って、口元を拭う。

 終わった後すぐ、恥ずかしそうに視線を床へ落としながら彼は呟いた。

 思わず、「可愛い!」と叫んでしまいそうになった。慌てて口を塞いだのだが。

 

 心が踊るというか、こんな反応を見せられると、キュッとくるものがある。

 

「あ、あれだよ。まだついてるから」

「絶対嘘だろもう拭かなくていいから!」

 

 困り果てた表情も、誠に美味である。誠だけに。

「まだついてる」という私の言葉は、勿論のこと嘘。

 ただ同じ反応が見たいがための行いだ。

 全く一致とはいかなかったが、これもまた心がくすぐられる。

 

 潤いを感じた後に食べたパスタは、最高に甘い味もした。

 

 

 

 食事が終わって、外に出た。

 冬ということもあり、普段より早めに夕陽が顔を見せている。

 この遊園地にいられるのも、あと僅かだろうか。

 

 進展があったことと言えば、会計に困らなくなったことだ。

 具体的には、どちらがどれくらい出すかを話さなくなった。

 

 大抵、半分ずつか少し柊君が多め。

 もめる心配もなくなり、進歩と言えるのではないだろうか。

 

「よっし、じゃジェットコースターに――」

「観覧車ぁぁああ! 観覧車行こう、ねっ!」

 

 若干、こうなることはわかっていた。

 食事中にジェットコースターの方を見て、少し笑っていたからだ。

 もうそれだけで察せる。私を一緒に乗せる気だ、と。

 

 ならば、提示される前に希望を言ってしまえばいい。

 そうすれば、大体は――

 

「……まぁ、いいけど」

 

 やっぱり、彼が柔らかく折れてくれる。

 何だか利用しているみたいで心が痛いが、致し方なし。

 できるだけ先送りに、あわよくば乗らないまま夜になって帰ってしまおう。

 

「夜にもう一回乗ろう、二回乗ろう!」

「いや、俺はそれでも構わないから。決まったなら、早いとこ行こう」

 

 手を繋いで、早歩きで赤い大車輪へと向かう。

 観覧車へ近付くにつれて、人気はなくなっていった。

 夕方に観覧車に乗ろうと思う客は、想像よりも少ないのだろう。

 

 特に並ぶこともなく、大きな透明カプセルの中へ。

 隣同士で座り、互いに寄りかかっていた。

 

 この時間が、永遠に続いてほしい。

 彼も私も、何も言葉を発さないまま、ゆっくりと上昇を続ける。

 静けさが、心地良い。私を芯から()かしてしまいそうだ。

 

 ――不思議なものだ。

 

「ねぇ、柊君」

「あぁ、どうし――」

 

 クリスマスというものは、私を大胆にさせる。

 後押しだろうか、勇気だろうか。

 雰囲気に流されているだけ? いいや、違う。

 装っているだけ? それも違う。

 

 ならば、何故。

 何故私は、座った彼に覆い被さっているのだろうか。

 

「……ホント、どうしたんだよ」

「私、君のことが大好き」

「そうか、俺も同じくらいには好きになれていると思うぞ」

 

 橙色の逆光を、彼が受け止めてくれている。

 眩しさはない上に、私の頭まで撫で始めるものだから、安心感が底なしに湧いてきた。

 暖かい。人肌の温もりとは、ここまで心苦しいものだっただろうか。

 

「私ね、本当にどうしようもなく、君が大好きなんだ」

「今度は言葉責めか? 俺としては悪くないが、気恥ずかしいんだが」

「そうじゃない。そうじゃないの」

 

 腕を、首の後ろにかけた。

 何か掴み取ったのか、大きな手の持ち主は私の頭を撫でるのを止める。

 

 まだ、陽は出ているというのに。

 まだ、恋人になって少ししか経っていないというのに。

 まだ、何一つ変われていないというのに。

 

「どうしようもなく君が好きだから、証明したいんだよ、それを」

「で、俺にどうしろと?」

「私も証明するから、柊君も証明してよ」

 

 唐突に、口は動いて止まない。

 空間は揺れ、観覧車は極度に遅く動き始めた。

 

 私と彼の視線は真摯に混ざり合い、届く。

 相手の顔を中央に収めた瞳は、どの宝石よりも美しく輝く。そう確信できた。

 緊張で腕が、声が、双眸が、心が。何もかもが震えて仕方がない。

 頭が真っ白になって、自分が何をしでかすかわかったものではない。

 

「そうだな……これから名前で呼び合うのは?」

「誠君。それだけじゃ、物足りないかな」

 

 全くもって意味不明だ。何が言いたいのだろうか。

 自身がそう思える程に、理性と現実で起こす行動には大きな差があった。

 

「えぇ……音葉」

「ダメ、名前を呼んで誤魔化さないで」

 

 名前を呼ばれただけで、自分の心臓が破裂しそうだ。

 それなのに、言葉が独り歩きをして止まらない。

 頭がショートして、どうにかなってしまいそう。

 

「そ、そういう音葉はどうなんだよ。言い出したのはそっちなんだから、きっちり証明できるんだろうな?」

「も、勿論」

 

 そしてついに、やってしまった。

 言葉の独り歩きに、体が追いつこうとして。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「こんな体験初めてなんだが、ドキドキしすぎて逆に冷静になれる。率直に言ってこの体勢すげぇエロいぞ」

「う、うるさい。これがここでは一番やりやすいの」

「えっ、俺の童貞ここで終わるの? さすがに観覧車の中は世間的にも色々と――」

「違う! 何でそうエッチな方向に持っていくの!」

「それこっちのセリフなんだが。跨ってんの誰だよ」

 

 少し理性が戻ってくるが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 自分の中の悪魔的存在が、不敵に笑う声が聞こえる。

 欲望に忠実なそれに、感謝すべきなのかするべきでないのか。

 いずれにせよ、先に進む他ないわけだ。

 

 ……というか、誰ともしたことないのか。

 それはそれで嬉しい気がして……ごほん。

 

 陽が、傾く。

 車輪が、蠢く。

 感情が、迸る。

 

 暴れ出す想いをそのまま表現しよう。

 首に絡めたままの腕に、寄っていく。

 彼も同じように、私の頭を支えて自分に寄せていく。

 察しが良すぎて、驚く。しようとしていることが、全部見透かされる。

 その感覚が、行き場のない快感になって脳を駆け回った。

 

 ちょうどフレームと陽光が重なった。

 ゴンドラの中がほんの僅か暗くなったことを合図にして。

 

 私達は同時に、目を閉じて、唇をそっと触れ合わせた。




ありがとうございました!

私、カルボナーラが一番好きなんですよ。
ベーコンの塩味と黒胡椒のきいたあの感じ、最高だね。
チーズがあると尚のこと良し。

正直、音葉ちゃん視点ってどうなんだろう。
誠君視点の方が、音葉ちゃんが可愛く映るだろうか。
それとも、音葉ちゃんの思想が文字に見えた方が可愛く映るだろうか、と。
でも、忘れんなよ。書いてんの、間違いなく男だかんな()

最後、ちょい本気出したかなぁ。
全力の60パーくらい。いやいつも全力でやれよ(´・ω・`)

お前らぁ! これでクリスマス、寂しくねぇだろ!
ここでキスシーン持ってきたんだからな!
俺らはリア充だ、幸せだ! 

ということで、クリスマスなので、できるだけ恋愛要素多めにしました。
皆さん、メリー・クリスマス!(*´ω`*)


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第40話 臆病者は、最後まで受動側である

どうも、狼々です!

お待たせ、皆!
いやはや、前回から一ヶ月以上経って、もう「あけました」おめでとうだね(*´ω`*)

テスト勉強で忙しい()
いや、先週末が三連休だから、書こうと思ったのよ。
そしたら……イ ン フ ル エ ン ザ !
泣きたいね(´;ω;`) 泣いちゃったね。

さすがにここで出さないのもアレなので、インフルのまま書きました()
誤字脱字、内容が光らないのは全てインフルのせいです。最初からではありません(*ノω・*)テヘ

余談ですが、今更ながら気付きました。
「小鳥遊 おとは」という名前で、既存のキャラクターがいるんですね(白目)
いや事前にちゃんと調べとけよ(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 人は過ちを犯し、それを繰り返す生き物だ。

 それが例え、同じ種類だとしても、違う種類だとしても。

 

 人生最大の失敗、というものは誰にでも等しく訪れ、また猛省する。

 私はまだ二十もいかない歳であり、「人生最大の失敗」と名付けるには早すぎる。

 

 しかし、こうであれば確実に言える。

 経験した人生至上、最大の失敗であると。

 

「なんで、私はあんなことを……」

「おお、戻ったか。(みだ)らからの帰還」

「誰が淫らだ!」

 

 本当に、どうして……。

 どれだけ後悔しようと、羞恥しようと、反省しようと。

 過去の罪科(つみとが)は消えるはずもない。

 それで周知の事実が消えるのなら、どれほどの人間が救われることだろうか。

 

 もし消失するのだとしたら、私もその数多くいる救われる人間の一人なわけで。

 

「あー!」

「叫ぶほどでもないだろ。ここら辺、人があんまいなくてよかったな」

「叫びたくもなるよ!」

 

 ここが私の部屋だったら、ベッドにダイブしていたところだ。

 恥ずかしさを隠すために意味もなく、毛布や枕を体に巻いたり、抱き締めたりしていたことだろう。

 

「よし、どうやら叫びたいらしいからジェットコースター行くか」

「えっ、ちょっ――」

 

 強めに手を引かれ、そのままに流される私。

 茜色に揺れる陽の光を受けた彼の無邪気な横顔は、私の目を釘付けにするには十分すぎた。

 普段あまり騒ぎ立てない彼が、珍しく楽しそうに小走りしている。

 少年らしさを纏った無邪気さは、どうにも可愛らしい。

 

 私も、そんな姿を見てから心がキュッと軽く締められた。

 

 

 ……行き先がジェットコースターじゃなかったら、もっとよかったのだが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 人間が恐怖に煽られたときに抱く感情は、二種類の感情に分かれる。

 一つは、死に対する純粋な恐怖。

 一つは、適度なスリルに対する快感に近しい恐怖。

 

 ここがまた人のおかしなところで、二つの線引は非常に曖昧かつ自由だ。

 感性は人それぞれで、同じ恐怖体験でも先ととるか後ととるか、差は必ず存在する。

 二つはかなり類似しているのだが、全くもってわからない。

 

 一例としては、この今乗っているジェットコースター。

 レールが敷かれただけで、オープンカーとなんら変わりないこれ。

 そんな疑似オープンカーが、時速100km前後で走り抜ける。聞いただけでもおぞましい。

 現に事故も起きているわけなので、必ずしも絶対に安全とは口が裂けても言えないはずだ。

 

 整備されているから大丈夫、点検入るから大丈夫。

 そんなちゃんちゃら頭おかしいことを言うヤツの気が知れない。

 

 安全が確認・実証されたものだけが、アトラクションに置かれる。それは否定しない。

 が、もう一度。現に事故は起きている。

 どれだけ安全が保障されていたとしても、万一は起きてしまう。

 

「なぁ」

「ど、どうしたのさ」

「そういえば俺、あんまジェットコースター好きじゃないんだが」

「ねぇ、何でそんなこと言っちゃうの? 乗らなくてよかったじゃん、ねぇ」

 

 着々とジェットコースターが最高点へ登る最中、隣に座る音葉に体を揺らされていた。

 ただでさえ揺れながら登るというのに、さらなる揺れが襲ってくる。

 

 というか涙目になって可愛いな。

 音葉の抗議を聞いて、自分もどうして乗ることになったのかわからなくなってきた。

 いや……これ、本当に乗らなくてよかったんじゃないか?

 

「ほら、バーに掴まっとけ。もうすぐ落ちる」

「あ~……降りたい」

 

 彼女は願望を一言だけ口にしてから、コースターは落下へと突入。

 一瞬の浮遊感に見舞われた後、下に引かれる強重力。

 せめて死なないことを祈りながら、風に全身を打ち付けた。

 

 

 

「……死ぬかと思った」

「悪いって、そこまで怖がると思ってなかったんだよ」

 

 コースを一周して、出口を通った俺達。

 音葉の顔色が、いつになく悪い。

 病人の一歩手前、といったところだろうか。

 

 それにしても、隣からの悲鳴は全然聞こえてこなかった。

 人間、本当に怖いときは声を出せないらしい。

 ……それほどだったのか。

 

 ふとコース全体を眺めた。

 そこまで距離が長いわけでもなく、落下角度も大きくはない。

 至って普通のコースだ。

 

「次、どこ行く?」

「ご、ごめん。少し休んでいい?」

 

 ――どうやら、想像以上に彼女には高難易度だったらしく。

 

 

 三十分かそこら経ってから、動き始めることに。

 辺りは夜の顔色を徐々に見せ始め、月でさえも明かりを取り戻していた。

 

「もうそろそろ出た方がいいかもな。閉園まで時間はあるが、冬だから陽が落ちるのが早い」

「ん~、全部回るのは到底無理だったかな」

 

 例え閉園時間まで余裕はあるといえど、六時前でこの暗さ。

 あと一時間もすれば、街灯が目立ち始める頃だ。

 

 例え今が冬でなくても、全制覇の見込みは殆どないだろう。

 

「えっと、観覧車だったか?」

「うん、ありがと。それで最後にしよっか」

「そうだな」

 

 来た道を引き返して、観覧車へ。

 きらびやかなイルミネーションが浮かびながら、ゴンドラが来るのを待つ。

 

 やがて赤のカプセルが目前へやってきた。

 それに足を踏み入れ、扉は閉まる。

 

 夜の景色は、夕方のそれとは全くの別物だった。

 遠くの家々から漏れ出す光と、遊園地全体に拡散する流れ星。

 地平線の向こうは、それらを一緒くたにして滲ませる。

 

「ねぇ、誠君」

「なんだよ、音葉……さん」

「あ~、臆病なの!」

 

 いざ実際に本人の前で呼ぶとなると緊張がだね。

 心の中ならいくらだって言えるが、口にするとなると話は別だ。

 

 されど、手を繋いだままゴンドラは静かに揺れる。

 彼方の平行線も、(まばゆ)い蛍光を集わせ、不確かに煌めいていた。

 

「……綺麗だな」

「そうだね」

 

 ここで、景色だけじゃなくて――と言える度胸があれば、どれだけ良かっただろうか。

 洒落た冗談も、花のある言葉も、何一つ贈ることができないのが、少々残念だ。

 

 繋いだ手をほどいて、肩を抱く。

 自然と距離は縮まって、互いの体温は交差した。

 

「……どうしたの?」

「そっちこそどうした、急に」

「いや、なんとなく」

 

 中身のない会話、というものは短絡的だ。

 無という結末に直帰する、至極面白味のない解答。

 

 まあ、たまにはそういうのも、悪くないか。

 伝えられた体温を味わっていると、時間の感覚を忘れる。

 あと十秒と少しほどで、ゴンドラは一周してしまうだろう。

 

 俺達は、何かに引かれた。

 不可視の糸で吊り下げられた、マリオネットのように。

 急ぎ慌て――唇を交わす。

 

 忘れていた、のだろうか。

 二人共が意識から手放していた、無言の約束。

 酔いから覚めた俺達が次に現実を受け止めたのは、ゴンドラの扉が開いた時だった。

 

「……帰ろうか」

「……そうだな」

 

 短い言葉だけを交わして、歩く。

 手首のパスをちぎって捨て、ゲートを潜ろうとしたとき。

 

「あ、ちょっと待った!」

 

 彼女が突然声を上げて、俺を引き止めた。

 俺が言葉を返す間もなく、彼女の方へと引かれる。

 

 彼女が取り出したのは――スマートフォン。

 こちら側にカメラを向けて、シャッター音。

 

「ん~、ちょっと微妙かも」

「ほれ、見せてみ」

 

 見ると、言葉通りだった。

 ブレこそないものの、夜であるために、写りがあまり良くない。

 

「ま、ないよりいっか」

「済んだなら帰るぞ。これから冷える」

 

 俺達が見ているのは、夜の始まりだ。

 本格的な夜は、ここから訪れる。

 

 音葉の返事を待つより先に、足を動かした。

 後をついてきた彼女と二人で、駅まで歩く。

 ――勿論、手を繋ぎながら。

 

 

 

 着いた駅は、それなりに人が多かった。

 少なくとも、来た時よりは断然多いだろう。

 

 数分だけ待って、電車がやってきた。

 さすがに恥ずかしいのか、人前では俺も音葉も手を繋ごうとはしなかったのが残念。

 臆病と罵られた記憶もあったが、人のことは言えるのだろうか、と小一時間問い詰めたいところだ。

 

 扉が開いて、降車客が降り終わるのを待ってから乗る。

 当然、一般の席は一つも空いていないわけで。

 

 少し見渡すが、空いた席は優先席に一人分。

 俺自身、優先席に座る気はない。優先される人物ではないのだから。

 

 そもそも、海外には優先席はないらしい。

 というのも、乗客全員に優先の心が備わっている、いわゆる譲り合いの精神があるから、とのこと。

 

 優先席、聞こえはいい。

 だが逆に考えると、それを設ける必要がある程、譲り合いの精神が足りていないというわけだ。

 全く、聞くのはおろか、考えるだけでも呆れてくる。

 

 一応、隣の彼女にも目線を送った。

 察したのか、首を横に振って、俺の隣を保って立つ。

 

 すると、何を迷ったのか、挙動がおかしくなった。

 俺ではなく、彼女が。

 何を決めたのかは知らないが、耳元で囁かれた。

 迷うくらいなら、普通に話せばいいのに、と思った瞬間。

 

「……私達がおじいちゃんおばあちゃんになったら、一緒に座ろうね」

 

 ――正直、やられた。

 心臓のドキドキが止まらない。

 油断していた。

 

 まさか、こんなことを言われるとは思っていなかった。

 さらには、頬を赤らめながら、はにかまれる。

 魔のコンボ、と名付けてもいいのではないだろうか。

 

「そう、だな。いつか、な」

 

 対する俺のそっぽを向いた返事といったら、言葉も出ない。

 拙すぎて、自分で少しだけ笑ってしまった。

 

 この笑いは、自分の対応の拙さに対してだろうか。

 

 ――それとも、理想の将来の想像をして、だろうか。

 いずれにせよ、音葉にしてやられたのは間違いあるまい。

 

 

 

 電車から降りる頃には、夜も本当の顔を出し始めた。

 少し早めに帰っておいて正解だっただろうか。

 

 同じマンションの隣、というのは案外便利なものだ。

 彼女を送るのと、自分の帰宅が同時進行できるのだから。

 

 ものの十分で、マンションまで着いてしまった。

 電車を降りてからはあっという間だった。

 それを「あっという間」と言うのだから、エレベーターが上がる間は言うまでもない。

 

 八階のランプが着いてから、正確に扉は口を開けた。

 

「じゃ、またな。部屋にいても冷えるのは冷えるから、体調崩さないようにな」

 

 それだけ言ってから、自分の部屋へと向かう。

 別れが惜しいが、惜しむ前にさっと別れてしまおう。

 そう思った。

 

 ――同時に、その魂胆が、ひどく覆された瞬間でもあった。

 強く、手ではなく袖を引かれた。

 

 反射的に振り返ると、彼女は俯いている。

 表情はおろか、顔色さえわからない。

 が、きめ細やかな夜に綺麗に溶け込む黒髪から覗く耳は、今までにないくらい赤かった。

 

 外の気温は、既に一桁を切っているだろう。

 耳当てがあるわけでもないので、赤くもなる。

 だが、こんなに赤くはならないはずだ。

 

 だとしたら、この赤は紛れもなく羞恥の――

 

「今日は……帰りたく、ない」

 

 ……マジで?




ありがとうございました!

さて、早速ですが宣伝。
最近、私の処女作、「東方魂恋録」の二期を投稿し始めました!
そして、私自身も書き始めて一周年、さらには被お気に入りユーザー100人も突破!(≧∇≦)/

いいことだらけだね、記念いっぱい!
二期の作品のタイトルは、「東方魂恋録 Second Existed」!
序数詞が主語やってる時点でお察しだけども、固有名詞扱いってことで勘弁して(´;ω;`)

というのも、色々な「二番目」が登場します。固有名詞だね(暗示)
一期の設定をそのまま受け継いでいますが、一期見てないけど、二期からでも見れるようにはしていきます。
見てない、という方、ぜひこの機会にどうぞ!

インフルだけど、宣伝はバッチリしていくスタイル(´・ω・`)
今回、投稿が遅くなってしまい、本当に申し訳なかったです!

ではでは!


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第41話 好きな人

どうも、狼々です!

ついに二ヶ月の間が空きました。
今までなんだかんだで一ヶ月とかで済みましたが、二ヶ月空きました(白目)
テスト勉強が終わったら次のテスト勉強しましょうとか、アホらしいな。

ちょっと長くしたから許してね(*ノω・*)テヘ
でもホントにちょっとだから。

このままだと、もう四章で最終章ってことでいいかなって感じ。
予定では、これでクリスマス話は終わり。
あとクラスマッチと、夏祭りの二つをピックアップで上げます。
ということで、最短二話でこの作品は完結です。
予め言ってあったと思いますが、特にパッとした終わり方なわけでもないですからね。

では、本編どうぞ!



「え、えっと……じゃ、じゃあ、俺の部屋……泊まるか?」

 

彼女は、俯いたまま控えめに頷いた。

 

「色々と準備、してくるから……」

 

音葉はそのすぐ後に、逃げるようにして自分の部屋へと入っていった。

 

帰りたくない、という言葉とのちょっとした矛盾に、少し笑ってしまった。

泊まりたいなら、はっきりと言ってくれればいいのだが。

直接告げるのは恥ずかしい、という気持ちもわかるので、なんとも言えないのも事実。

 

自分の彼女が泊まる、というのは――そういうこと、なのだろうか。

しかし、まさかこんなことになるとは、想定していなかった。

いつかするのかとか、どんな感じなのか、期待したこともあった。

が、いざとなると、緊張でどうするべきかわからなくなる。

 

「……取り敢えず、一応ゴムだけ買っとくか」

 

買っておくだけ買えばいい。

しないならしないで、使わなければいいだけのこと。

 

呟いてから、音葉の部屋のドアが開いた。

考えていたことがことなだけに、心臓が跳ねる。

 

「私達、夕食、食べてないよね」

「あっ」

 

そう言われれば、夕食がまだだった。

気付いた途端に空腹感が押し寄せる。

 

「私は、コンビニとかでもいいけど」

「まあ俺も、別に構わない」

 

普通と同じように買い物をすると、夜中になってしまう。

そもそも、スーパーが開いているのかどうかも怪しい。

手近に、彼女の提案通り、コンビニで簡単に済ませる方がいいだろう。

 

 

 

という考えで、コンビニに来たものの。

弁当や惣菜を選らんだはいいが、ゴムの方をどうしよう。

 

今からドラッグストアや他のコンビニに行く時間はない。

行けたとしても、怪しまれる。

もしバレたら、期待していると思われるので却下。

 

となると、ここで買うしかないわけだ。

サイズは――Mでいいでしょ、適当に。多分標準だし。

 

かごに入れて、レジに持っていく。

隣の音葉が見つからないか、内心ヒヤヒヤしながら、心臓がバクバク。

なんだろうか、この心境。

どういうことだろうか、この状況。

 

音葉は特に変わった様子もなく、会計を終えた。

レシートを袋の中に入れて、外に出ると、肌寒い冷気を感じる。

大きく溜息を吐きそうになったのもつかの間。

 

「ねえねえ、誠君って何のお弁当にしたの?」

 

俺が持っているレジ袋に、手を伸ばした。

 

「い、いやいや!」

「えっ? ど、どうしたの?」

 

咄嗟に袋を遠ざけたはいいが。

それはまあ、こんなにも怪しまれたら問い詰められるのも無理はない。

 

「あ~、あれだ。えっと、食べる時に見せるから、それまで秘密だ、な?」

「……へぇ」

 

苦し紛れの言い訳が、俺の口から勝手に出てくる。

もう少しマシな言い訳ができなかったのかと、自分自身を叱ってやりたい。

 

「やっぱり外は寒いね。風邪ひかない内に、帰ろっか」

「へっ? あ、あぁ、そうだな」

 

追求されなかったことに、素っ頓狂な声をあげてしまう。

繋いだ手を引かれて、自宅へと。

バレてさえいなければ、もうどうでもいいか。

 

上着越しに感じた寒波が、その時だけ、一層冷たく感じた。

 

 

 

家に帰って、夕食が終わるまでに時間はあまりかからなかった。

調理の必要がないというのは、やはり手軽だ。

たまに利用する分には、便利なことこの上ない。

 

結局、音葉はもう一回自分の部屋に戻ってしまった。

あの後すぐにコンビニへ向かったので、準備はお互いできていない。

 

風呂も早めに入って、部屋着に着替えた。

いつもなら、体が温まると、変に眠くなってしまう。

が、今日はいつもと訳が違う。

 

彼女が家に泊まりにくる、という人生の一大イベント。

これで一生に一度かもしれないのだ。そうならないように願いたいが。

眠気の一つすら襲ってくるはずもない。

 

ゴムも、一つ練習で使った。

というか、使い方が全くわからない。

学校の性教育どうなってんだよ、本当に。

 

確かに性関連で恥ずかしいことではある。

だが、いざこういう時が訪れると、真剣に困ってしまう。

現に俺が、ネットで使い方を確認しながら、四苦八苦していた。

付けにくいのなんの。

 

リビングで溜息を吐いた直後、突然にインターホンが鳴って、心臓が跳ねた。

こうも心臓に悪いことが続くと、精神的に疲れてくる。

 

ゴムの箱を急いで隠し、鍵を開けて、彼女を中に入れる。

ピンク色のふわふわもこもことした、女の子のパジャマのイメージそのままの姿だ。

 

「お風呂も入ってきちゃった。お邪魔しま~す」

「お~、女の子らしいというか、普通に可愛い」

「なに、その『普通に』って。ふふっ、ありがと」

「ああ。ホットココアとホットミルク、どっちがいい?」

「――えっ!? あ……じゃあ、ココアで。ありがと」

 

リビングに音葉を座らせて、キッチンにココアを注ぎにいった。

ものの数分ほどでできあがり、彼女の元へ持っていった。

 

息でココアを冷ましながら、彼女は尋ねる。

 

「誠君、ココア飲むんだね。ちょっと意外」

「ああ。パンを食べる時とかは一番合うと思うし、寝る前にもたまに飲む」

「……そうなんだ」

 

彼女はそれだけ言って、ココアを飲んでいく。

俺も音葉の隣に座って飲むが、どうにも様子がおかしい。

いつもなら笑顔で飲むのだろうが、今はどこか上の空だ。

 

そのまま無言の時間が五分ほど続き、ココアだけがなくなる。

ごちそうさま、と静かに呟いた彼女は、黙ってコップを洗い始める。

 

「そこに置いとけ。一緒に洗うから」

「大丈夫。誠君のも洗うから、置いといて」

「あ、あぁ。悪いな」

 

彼女は同じく、黙々と引き受けた洗い物をしている。

今日の遊園地での具合と、天と地ほどの差がある。

 

「なあ、どうしたんだ?」

 

たまらず、聞いてしまった。

この気分の変わり様は、何もないはずがない。

夜の短い時間で、何があったというのだろうか。

 

「なんでもないよ。それで、誠君はこの後、何かすることあるの?」

「えっ? いや、ないけど――」

「……じゃあ、少し早いけど、一緒に寝よっか」

 

洗い物を終えた彼女が、俺の手を優しく引く。

ベッドに着いてから、何となく気が付いた。

 

優しいのではなく、寂しく引いている、と。

力なく、何かにすがるように手を引いていたのだと。

 

彼女に抱かれながら、オレンジ色の電気が点いた部屋のベッドへ倒れ込む。

微笑む顔は、やはりどこか悲しげな雰囲気を纏っていた。

 

「こういうの、普通俺の方から誘うべきだと思うんだがな」

「ねえ。私のこと、好き?」

 

唐突に、前降りもなく尋ねられた。

俺の言葉を、遮ってまでも。

 

「今日言ったばっかだろ。好きだよ、好きに決まってる」

「……()()()?」

 

どうして、だろうか。

つい数時間前は、俺が告白する度に頬を緩ませていたような彼女は。

自信がなく、多少疑念が入った質問をしている理由。

 

「おい。ホント、何があった。俺に非があるなら、謝るよ」

「そうじゃなくて……その、言いにくいんだけど、これ……」

 

そう言って、彼女がポケットから、気まずそうに出したのは。

 

確かに隠したはずの、ゴムの箱だった。

しかも、箱が揺れた時の音からして、中もそのまま入っている。

 

――はい?

 

「ちょ、ちょっ、おまっ、それっ!」

「ご、ごめんなさいっ! 探すつもりじゃなかったんだけど、リビングで見つけちゃって……」

 

隠すのが甘かったか?

確かに、音葉がインターホンを鳴らして、慌てて隠した。

思いの外、目に付きやすい場所だったらしい。

 

「箱が開いてたから、誠君がキッチンにいる時に、もしかしたらって思って数を数えたら……一つ、なくなってて……」

 

そこまで言って、音葉の表情は今にも泣きそうな少女のようなそれになっていた。

耐えられない、と言わんばかりに、俺の服の袖を掴んだ。

涙目のまま、訴えかける。

 

「私って……やっぱり、魅力ないのかな?」

 

俺にだってわかる。

彼女が言いたいのは、浮気、というヤツだろう。

 

勿論と言うべきか、音葉とこういったことはただの一度もしたことがない。

なのに、何故これが俺の部屋に存在し、また使用されているのか。

 

「なるほどな。結局、俺の非だったってことか。お前はひどく悲しい勘違いをしてる」

 

できるだけ優しく、刺激しないように。

一つ一つの言葉選びを、いつも以上に慎重に。

 

「それ、買ったのはさっきコンビニに行った時だ。なくなってたのは、あ~……使い方がわからなかったから、試しに使っただけだ。誰かとそういうことをしたわけじゃない」

 

丁寧に、事実だけを述べる。

嘘なんて吐こうものなら、彼女の信用を失いかねない。

少々恥を伴おうと、正直に言うべきだ。

 

「ごめん。隠さずに言ってればよかったな」

「いや、私も、ごめんなさい。見たら、すごく心配になって……」

 

ほんの僅かに元気が戻った様子の彼女は、頬を緩ませた。

安心したのだろうか、笑みに余裕が見える。

微笑んだままで、音葉は呟く。

 

「本当に、よかった」

 

彼女は俺の頬へ手を添えた。

最低限の光が音葉の顔を照らす。

改めて顔を正面で捉えると、その美貌が恐ろしい。

 

可愛さと美しさを両立させた、一人の少女。

そんな女の子が、自分のベッドの上で座っている。

何の意識もせずに、俺は彼女に抱きついていた。

彼女が力を入れているはずもなく、自然と押し倒した形になった。

 

手に届く範囲に、音葉がいる。

それだけで、押し倒すだけの理由は十分だった。

 

「……ごめん。こんなタイミングで言うのもあれだが、すっげえ可愛い。綺麗だよ」

「わ~、それって照れ隠し?」

「いや、あれだ。その……もう寝よう」

「ふふっ、可愛いなあ。別にいいけど」

 

二人で横になった俺達は、顔を合わせた。

暗い場所でも、可愛さが衰えない。

それどころか、いつもにも増して可愛く見える気がする。

 

「――ねえ、誠」

 

抱き締められ、耳元で囁かれた。

背筋が冷えるような、いつもよりも妖艶な声だ。

自然と心臓の鼓動は速くなってしまう。

 

頭と耳の中で、張り付く。

高い声のはずなのに、どこかねっとりとしている。

それは、彼女が下の名前を呼び捨てたことでも察せるだろう。

 

「やっぱりこれ、私のために買ったの?」

 

忘れさせない、忘れたとは言わせない、というように箱を揺らす。

はぐらかした形となったが、結局これを買ったこと自体は問い詰められていない。

心のどこかでほっとしていた自分がいた。

 

「それは、だな……」

「別にいじめるつもりはないよ。ただ、ちゃんとこういうことも考えてくれてるんだなって」

「いざって時に困るからな。買うに越したことはないというかだな。避妊はしないと、俺じゃなくて音葉が一番困るだろ」

 

一番被害を受けるのは、女性側だ。

学生の内に妊娠したら、なおのこと。

責任が取り切れない以上、最初から責任を発生させないことに尽力するに限る。

 

「嬉しいよ。ありがとう」

「ありがとう、っつーか当然っつーか」

「私、いいよ?」

 

抱き締められるというよりも、押しつけられる。

体全体の密着率はさらに高まり、彼女の胸の膨らみは形を大きく変えた。

 

「まだ早いと思う。けど、誠がしたいなら、私……いいよ」

 

そして、彼女の声は――少し、震えがあった。

どう考えても、無理をしている。

 

俺が音葉に覆いかぶさって、彼女をじっと見つめた。

やはり、恐怖が募った彼女の手は小刻みに震えている。

 

「やっぱり、震えてんじゃねえかよ。無理なんかするもんじゃない」

「でも……」

「でもじゃない。このまましたって、互いに気を遣うだけだろ。今日はもう寝よう」

 

横になって、俺と音葉に布団をかけた。

俺だって、するのが嫌なわけではない。

ただ、今しても失敗することは目に見えている。

 

「ごめんね。でも私は……いつか、そういうこともできればなって思ってるよ」

 

そう言って、音葉が俺に正面から抱きついた時だった。

何か驚いたような顔をして、下を向いた。

大体、俺の腰のあたりを。

 

「あ~、その、悪い。嫌だったか」

「い、嫌じゃない! ただその、思ったより、大きくて……」

 

そんな反応をされても、どうすればいいのかわからない。

生理現象を抑えろなど、呼吸するなと言っているようなものだ。

 

「むしろ、私でこうなってくれてるんだって思うと、ちょっと嬉しい」

「なんつーか、できる彼女というか、女神みたいな彼女を持った俺は幸せすぎる」

「ふふっ、言い過ぎだよ」

 

笑顔を見せた後、俺の伸ばした右上に彼女は頭を乗せた。

猫がじゃれつくように、俺の腕に頬ずりを始める。

俗に言う腕枕というやつだ。なんだよ、この可愛い生き物。

 

「なんか、これ落ち着く」

「そうか。じゃ、このまま寝るか」

「腕、きつくない?」

「大丈夫だよ」

 

彼女は俺の腕で小さく、おやすみ、と呟いてから目を閉じた。

目を閉じた彼女というのも、また可憐な雰囲気を感じる。

 

静かに落ち着きを取り戻しつつある心臓に意識が残りながらも、俺も目を閉じた。

 

 

 

 

――ものの、三十分経っても寝付けない。

普段寝付きは悪い方ではないのだが、やはりいつもと状況が違うからだろうか。

隣はというと、寝息とは別の規則的な呼吸が続いていた。

 

「ねえ、誠君。もう寝た?」

 

聞き慣れた音葉の声が、静かに耳に入る。

今の今まで目を閉じていた俺が、問いに答えるために反応するのもおかしな話だ。

少しのからかいや様子見を兼ねて、狸寝入りを決め込んだ。

 

「……寝ちゃったか」

 

呟きが聞こえた後、俺の頭が撫でられた。

男らしくはないが、頭を撫でられる側も案外いい。

心地が良いというか、とても落ち着く。

 

一分もしない内に、彼女の独り言は始まった。

 

「私のこと、好きな人~? は~い」

 

腕枕に使っていない左腕を、布団の中から掴まれ、上げられた。

何が始まったのだろうか、と戸惑う俺をよそに、一人劇は続く。

 

「誠君のこと、好きな人~? は~い!」

 

少しの笑い声と共に、布団が擦れる音が聞こえた。

きっと、彼女が自身の腕を上げたのだろう。

小声ながらも、その言葉には確かな強さと自信があった。

 

――なんなんだ、このピュアな生き物は。

耐えられず、笑い声が出てしまった。

 

「く、くくっ……」

「えっ? あ、あ~! 起きてる!」

「いや、ごめんごめん。でも、ふふっ……」

 

様子見を始めたら、突然に可愛らしい寸劇が始まるのだ。

これが笑わずにいられるだろうか。

 

「……もう知らない」

「ごめんって、悪かったよ」

「知らないもん」

 

ああ、拗ねられてしまった。

背を向かれた音葉を、ゆっくりと引き寄せた。

おやすみ、と言うと、聞こえたのかわからないほどの大きさで、おやすみと返される。

 

小動物を腕の中に包んで、俺は瞼を閉じた。




ありがとうございました!

取り敢えず、避妊はちゃんとしようねっていう話。
責任取れないなら、最初から気を付けろよってね。
個人的に伝えたいことでした。ホントに。

私、シージをやってまして。PS4ですけどね。
FPSなんですけどね、まあ私の周りにやる人が少ないこと。てかいねえ。
読者のフォロワーさんと何度かパーティーでやってるんですけど、私入れて二人なんですよね()
寂しいぜ(´・ω・`)

ではでは!


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第42話 シューティングガード

どうも、狼々です!

遅れてしまって申し訳ない。
最近、日曜日も学校に行って勉強するようになりますた()

これがいわゆる、月月火水木金金ってやつですかね(白目)
ということで、ちょっと許してヒヤシンス(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 スポーツとは、モテるためのツールではない。

 その認識を持つ者はその世界で淘汰されることを余儀なくされる。

 等しくして、弱者は切り捨てられる。

 平等・公正。故に、弱者は強者に勝つ術が一切ない。

 実力だけが勝敗を分ける、と言っても過言ではないものがスポーツという競技だ。

 多少の運が介入する余地はあるが、それ自体が試合全体を左右するわけではない。

 

 モテるために運動部に入るなど、その残酷で冷淡な実力主義の世界に身投げすることと同義である。

 ただ、その世界の中で厳しい練習を重ね、立派なプレイヤーになる者も多々存在していることもまた事実だ。

 己が体を叱咤し、黙々と、努力を怠らなかった者が頂点へと近づく。

 これもまた、平等・公正である故のアドバンテージ。

 

 結局のところ何が言いたいのか、というのは。

 

「誠君、頑張ってね〜!」

「少しはいい動きしなよ、誠」

 

 二人の美少女に手を振られて見送られる俺も、元愚かなる者の一人である、ということだ。

 

 あれだな。スポーツやればモテるってのは嘘だな。

 モテる奴がスポーツやるからモテるんだな。

 モテない奴がスポーツやってもモテない。

 俺がそれに気付いたのは、中ニの夏だった。遅すぎた。

 

 季節はあのクリスマスから、夏へ。

 本当にあっという間だった気がする。

 ふと気付けば、俺はこうしてクラスマッチでバスケしようとしているのだ。不思議でたまらない。

 

 自信がない、というわけではない。

 体力こそ落ちているものの、腕自体はそこまでなまっていない。

 見送る茜と音葉へ振り返り、告げる。

 

「……俺の一本目のシュート、見てろ」

 

 それだけ言って、歓声が湧きわがるフィールドへと足を踏み入れた。

 五人と五人が作戦を立てたりして、話し合っている。

 一つ、意外というか、想定外だったことは。

 

「よし、俺達も頑張ろうか、誠」

 

 ――黒宮。

 歩けば女子の視線を集め、座っても女子の視線を引きつける。

 走れば女子の目は独占状態に近い、そんな男子羨む容姿をお持ちのイケメン野郎。

 

 合宿の一件以来、あまり会話をしたことはなかった。

 ただ、このバスケチームが決まった際に、あいつは俺にこう言った。

「また一緒になったね、誠」と。

 

 こんなスクールカースト最上位が、天と地ほどの差をつけている俺を覚えている。

 そりゃモテますわな、と言わざるを得ない。

 

 しかし、今回ばかりは俺に勝利の兆しは見えている。

 元バスケ部という肩書を仮にも背負っている以上、ヤツに負けることはないはずだ。

 体育の授業で練習をしていたが、見たところ俺の方が上手い、と思われる。

 

 思われる、という言葉から察せる通り、あいつもかなり上手い。

 経験者か聞くと、中学の体育でボールを触った程度らしい。

 天は二物を与えず、と言うが、二物も三物も与えてしまっている辺り、どうも神様が働いていないように思える。

 

 世の中の不公平に溜息を吐くと、審判から整列の声がかかった。

 礼をして、ジャンプボールへ。

 高身長の黒宮が前へ出たが、審判が投げ上げたボールをいとも簡単に俺達側へ弾いた。

 

 俺の正面に落ちてきたボールをキャッチして、すぐさま黒宮が前へと走る。

 経験者の動きと見間違えながら、それに合わせてパスをした。

 我ながら上手く飛んだパスは走る黒宮にちょうど渡り、そのままレイアップシュート。

 ディフェンスが誰もついていない以上、彼が外すはずもなく、綺麗にネットを揺らした。

 

 観客席である屋上から女子の歓声をもらいながら、黒宮がディフェンスに戻ってくる。

 

「……ナイッシュー」

「そっちこそ、ナイスパス」

 

 お互いにタッチをして、称え合う。

 いやほんと、なんでこんなにモテる要素持っちゃうんでしょうかね。

 神様を恨む間もなく、敵チームに運ばれたボールはコート半分のラインを超えた。

 

 ある一人にボールが回って、スリーポイントラインの外からシュートを放たれる。

 見事、と称賛したくなる程に綺麗なアーチを描いたボールは、赤いリングに掠ることもなく中央を通過した。

 

 バスケットボールのルール上、スリーポイントラインという線の外からシュートを打ち、入った場合は、通常の二点ではなく三点が得られる。

 スコアボードが2と3に分かれて、いきなり掴みかけた流れは止まった。

 

「あの子、経験者だね」

「まあ、そうだろうな」

 

 黒宮と話しながら、考える。

 こちらのチームで上手いこと動けるのは、俺と黒宮の二人。

 向こうのチームは、攻め方を見る限り、今のシュートを打った一人。

 と、なれば。

 

「おい黒宮。渡す相手に困ったらでいいから、適当にパスくれ」

「了解」

 

 エンドライン外の黒宮からパスを受けて、ドリブルをつく。

 相手に困ったら、と言ったのだが、真っ先に渡してくれる辺り、やはりあいつらしい。

 とはいえ、俺の得意分野を知ってのことなのだろうから、まあ妥当か。

 

 ハーフコートに十人のプレイヤーが集まって、俺達のオフェンスが始まる。

 思った通り、黒宮のディフェンスには、あの経験者がついている。

 俺についているディフェンスは、俺への間合いを見る限り、初心者だと伺える。

 

 ……いけるか。

 ボールを持ってから、瞬時にドリブルをつく――ふりをした。

 相手はその方向に流れて、俺との間合いは更に大きくなる。

 

 やはり初心者だと突然の自体、それもこの視線の集まる会場となると、ルールも思い出せないらしい。

 ボールを一回持てば、パスをしない限りもう一度ドリブルをつけない、というダブルドリブルのルールがある。

 なので、ルールを知っているならば、ドリブルされることはないので、フェイクだとすぐにバレるのだが、上手くいったらしい。

 

 先程のシュートをお返しだ、と言わんばかりに、スリーポイントシュート。

 手から離れた瞬間に、知覚した。

 

 ――あっ、これ入るわ。

 バスケをやっているとわかるが、シュートした直後に、なんとなくわかる。

 打ってすぐに、時々だが、シュートが入るという確信するときがあるのだ。

 

 足が床に着いてから、後ろへと引き返す。

 本来はするべきでない行為だが、まあ外れても黒宮がいる。

 黒宮が外れたシュートを取るため、リバウンドの体勢に入ってくれるが。

 美少女二人に大口を叩いた一本目のシュートは、華麗な放物線を描きながら、爽やかにネットを揺らした音を響かせた。

 

 ポジション、というものがバスケにもあまり厳密ではないが決まっている。

 俺のポジションは、SG(シューティングガード)だった。

 役割は、主に外から、遠距離からのシュートをメインに打つこと。

 

 屋上の二人を見ると、俺の彼女はこの上なく上機嫌に手を振っている。

 対してもう一人は、大層驚いた顔をしていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「おおー! 今のかっこいい!」

「お〜、さすが元バスケ部」

 

 隣で活躍者の彼女から惚気を聞きながら、私は呟いた。

 正直、ここまでかっこいいシュートを決めるとは思わなかった。

 それも、私達に宣言してからのあのスリーポイント。

 ……やるじゃん、意外と。

 

「えっ、元バスケ部なの!?」

「うそ、知らなかったの? あれで誠、中学はバスケ部やってたらしいよ」

「ええ〜、そうは見えないなあ」

 

 口ではそう言うものの、走る彼に笑顔を向ける音葉は、完全にあいつに惚れ込んでいるようで。

 ここまで来ると、最早羨ましい。

 ただ一人の男に、一人の女が恋に浸る。

 間近に見ると、微笑ましいと同時に羨ましく、また難しいものだと感じてしまう。

 

 彼女の目が光り続けたまま、この試合、次の準決勝も誠のチームは勝ち上がっていく。

 一学年だけでやるとなると、このくらいの試合数になるのも当然か。

 

 そして迎える決勝戦。

 ジャンプボールを取り、誠が速攻をかける。

 ドリブルで敵陣へ切り込み、悠々と躱してシュート。

 先制点を取ったが、ディフェンスの戻りが不十分で、すぐに2対2の同点になってしまった。

 

 誠がドリブルでボールを運ぶ姿を見て、気づく。

 

「……なんかこの試合、スローペースだね」

「まあ、誠もわかってるんでしょ。相手チーム、全員経験者だよ」

 

 先程の速攻返し、ディフェンスの戻りの速さ。

 間違いなく、現役か元か、いずれにせよ全員が経験者であることに間違いあるまい。

 スローペース。攻めないのではなく、()()()()()()のだ。

 

 誠を中心にゲームを展開しながら勝ち上がってきていることを知っているのか、誠へのマークもきつい。

 ドリブルで抜かれてもいいように、誰かのカバーがついている状態だ。

 

 ボールを回し、ドリブルで揺さぶりながら、誠にスリーポイントシュートを打つチャンスが巡ってきた。

 完全にノーマーク。体勢もブレていない。今日は五本以上もスリーポイントを入れている誠は絶好調。

 次のスリー、入る。誰もがそう確信した瞬間のことだった。

 

 相手の選手が、無理矢理に後ろからボールをはたいた。

 体を乗り出しているので、誠もそれに巻き込まれる。

 

「……今の、ひどい。謝ってないし」

 

 先程とは打って変わり、相当にご立腹の様子の音葉。

 当然、今のプレイはファウルを取られた。

 誠チームのスローインが始まる、というときにまた彼女は呟いた。

 

「右手」

「えっ?」

「今ので手首、痛めてる。救急箱の用意してくるね」

「で、でもそんなことは――」

「ある。痛そうな顔してたもん」

 

 短く告げて、音葉は階段で屋上を降りた。

 誠を注意深く見たが、確かに少しだけ、右手首を気にしている様子が見られた。

 

 はっきり言って、おかしすぎる。

 音葉が口を初めて開いたときは、そんな顔も見せていなかったはずだ。

 それなのに、痛そうな顔だとか、右手首を痛めた様子だとか。

 ……こりゃ、誠は音葉には敵いそうにないね。

 

 音葉が降りて一分ほどが経ったが、特に動きはない。

 誠は依然としてコートで走り続け、音葉と話したようなこともない。

 やがて音葉は、白い赤十字の箱を持ったまま、屋上まで帰ってきた。

 

「交代しないし。後でいっぱい叱ってやる」

「あ、あはは……」

 

 これはまた、大変な彼女を持ったようで。

 ただ、明らかに誠は無理をしている。

 時折に顔は痛みからか歪み、ドリブルやシュートの回数は目に見えて減っている。

 

 誠の怪我をわかっているのか、相手のチームは誠へのマークを緩めている。

 軸が崩れたチームは、既に攻撃ではなく、守りに徹し始めていた。

 その御蔭か、点差はたった二点のまま平行線を辿っている。

 そして拮抗したまま迎えたラスト数秒で、誠へ絶好のスリーポイントチャンスが巡ってきた。

 

 ディフェンスはいないも同然の状況。

 ただ、不安に残るのは、パスを受けた瞬間の、誠の隠しきれない苦痛の顔。

 ボールが空中に円弧を描く最中、ブザービートが鳴る。

 ――誠のシュートは、リングに阻まれた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 試合が終わった今でも、右手首が痛んで仕方がない。

 最後のシュートを、決められなかっただろうか。

 その言葉が、いくら頭の中を駆けたか数えきれない。

 

 過去に対する後悔など、無駄極まりない。

 普段なら諦めがついただろうが、あの試合、もしかしたら俺の動き次第では勝てたかもしれなかったのだ。

 優勝を逃し、準優勝。

 皆は十分だと称えてくれた。特に、試合途中から怪我に気付いていた黒宮からは。

 

 既に無人となったロッカールームで、まだ着替えもせずに、ベンチに座って俯きながら溜息を吐くばかりだ。

 少し強めにドアが開いた。

 何事かと思ってそちらを見たが、すぐに視界は飛んできたタオルで柔らかく阻まれた。

 

「……馬鹿」

「……ホント、申し訳ない限りです」

 

 来訪者である彼女の声は、怒りを含んでいる。

 俯いたまま顔を直接見なくとも、それは声色から容易に想像がついた。

 

「ごめん、勝てなかったわ」

「勝ち負けとか、そんなのどうでもいい。なんでベンチに下がらなかったの」

 

 救急箱を持っているようで、彼女は俺の手を掴んでから手当を始めた。

 握られたことによる不意の痛みで音葉を初めて見たが、その顔は声色よりもずっと沈んでいた。

 

「まあ、あれだな。やっぱ彼氏としても彼女にいいとこというか、かっこいいとこ見せたかったというか」

 

 手早く治療を終えた彼女は、優しく俺を抱きしめた。

 

「すっごくかっこよかった。けど、無理しないでよ」

「あ、あ~……」

 

 思う。俺は、つくづくこういう展開に弱いらしい。

 本気で心配されたり、寄り添われると、どうしていいのかわからなくなる。

 

「あ、あれだな。まあお世辞も悪くない」

 

 俺を引き離した彼女の顔は、ふくれっ面だった。

 子供らしい表情に可愛い、と言おうとして、唇を唇で塞がれた。

 肩を掴まれながら口づけをされてたっぷり十秒ほどで、ようやく唇が離れる。

 

「……お世辞じゃないし」

「え、あ、いや……」

 

 多少頬を赤らめながら言われると、こちらとしても恥ずかしくなる。

 付き合っていてわかるが、音葉は意外と行動派だ。

 

 喜怒哀楽をはっきりと示す性格。

 さらには、時々に見せる大胆な行動。

 やった彼女自身が恥ずかしくなる、というのはザラにある。

 そんな顔を見る度に、今度は俺が恥ずかしくなるのだ。

 

「ねえ。今日、疲れてるよね?」

「ん、どうした。何かあるのか?」

「い、いや、えっと……明日、休みでしょ?」

 

 俺は静かに首を縦に振る。

 土曜である本日、その翌日は日曜日なので休日だ。

 

「今日、その、泊まっていい?」

「え? あ、あぁ」

 

 泊まっていいもなにも、部屋は隣だ。

 距離があるわけでもないし、ものの数秒で移動できる。

 そういう意味では、かなり楽なものだろう。

 

「ねえ。今夜、可愛がってよ」

 

 後ろからもたれかかる彼女は、耳元で甘く囁く。

 可愛がる、というのはつまり、そういうことか。

 

「あ~、わかった。。取り敢えず、先に着替えるわ」

「ん。じゃ、私先に教室戻っとくね」

 

 軽い足取りでドアへと向かった音葉。

 横に開いたドアの先には――茜がいた。

 

 盗み聞き、盗み見。

 思えば、ドアが数センチほど開いていたのかもしれない。

 ロッカールームはそれほど広くはなく、当然俺達二人以外は部屋にいない。

 声はある程度響き、むしろ聞こえなかったはずがない。

 

「う……うわぁぁぁあああ!」

 

 茜は絶叫しながら、走り去った。

 無言でそれを追いかける音葉の顔は、どんなものだろうか。

 背中を見送る限りの俺には、さすがに予想はつかない。

 

 あの様子だと、三十秒もしない内に追いつかれることだろう。

 茜は思いの外足が遅く、逆に音葉は思いの外足が速い。

 誤魔化しが利かない会話を、どう取り繕おうものかと考えると、最初に出たのは軽い溜息だった。




ありがとうございました!

短くて、次回で最終回ですかね。
何度も申し上げている通り、綺麗な終わり方じゃないですからね。
特別にエンディングがあるわけでもありません。

短くてと書きつつ、多分次回最終回の可能性は大でしょうね。
そろそろ、終わらせないと。

スポーツって、モテる人がするからモテるんですよ。
でも、試合見に来てくれた女の子の先輩とかいた時期もありましたね、私。
嬉しかったよ~、見てくれてる試合でスリーポイント決めたときは。

ではでは!


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最終話 捻くれた俺の彼女は超絶美少女

どうも、狼々です!

最後までペースは落ちたままでした。
申し訳ありません。最後なのに(´・ω・`)

最後ですし、他に何も言うことはありません。
後書きの方で、書かせて頂くとしますか。

では、本編どうぞ!


 捻くれ者、そう称される理由を知りたく思う。

 

 周囲に合わせる考えを持とうとしないから?

 拡大した解釈で物事を肯定的に捉えられないから?

 それとも、ただ気に入らない相手を抽象的に、誹謗中傷したいから?

 

 馬鹿らしい、と切り捨てたくなってくる。

 群衆の考え方が間違っているならば、むしろ逆に捻くれ者が正義なわけだ。

 人殺しが民意で承諾された世界で、頑なに平和を提唱する者が批判されるというのだろうか。

 

 物事にはメリットと同時に、必然的にデメリットも付随する。

 それは世の常であり、ノーリスクハイリターンな手があれば既に発見されている。

 故に、デメリットを完全に解消することは不可能だ。

 ならば、あらゆる可能性を視野に入れた意見を誰かしらが持つべきだ。

 目先の利益に囚われてばかりいては、足元をすくわれる。

 

 最後に至っては論外だ。

 他を肯定できない利己至上主義者こそ、真の捻くれ者だ。

 論を間違っていると反対できない者は、往々にしてその論を唱えた者を責め始める。

 人格が歪んでいるだの、正気じゃないだのと、それはもう色とりどりの言葉を並べる。

 反論できないから、その出元を潰す。潰したがる。

 自分の正しささえ正当に主張できない愚か者だ。呆れて溜息が出る。

 

「……一生かけて独りで踊ってろ」

「お待たせ、ごめんね~!」

 

 慌ただしく下駄をコンクリートに打ち付けて、彼女はやってきた。

 華やかな赤い浴衣を着た黒髪の音葉は、何よりも可愛らしい。

 

「女は男を待たせるくらいがちょうどいいから心配すんな」

「なんか、そう言われると余計に申し訳なくなるなー」

「その分いいもん見れたからな。ほら、行こう」

 

 音葉の手を引いて、駅へと向かう。

 ちらほらと浴衣姿の女性が見える中、彼女は問う。

 

「ねえ、さっきの『いいもの』って何なの?」

「うっさい、わかってんなら聞くな」

「ねえねえ、ほらちゃんと言ってよ。ほらほら」

 

 得意気になった音葉が、俺の横を肘で小突いてくる。

 こういう少女めいたところを見ると、やはり音葉は音葉なのだと実感させられる。

 

「普段から大層可愛らしい自分の彼女が、浴衣姿になるとより可愛くなった姿」

「うむうむ、苦しゅうない苦しゅうない」

「見目麗しい王妃(おうひ)に遣えることができ、私は至上の喜びに満ち満ちておりますよっと」

「あはは、もし私が王妃だったら、誠君は従者じゃなくて配偶者だよ」

 

 王妃、というのは国王の(きさき)、つまり配偶者、妻にあたる。

 音葉が王妃であるならば、国王にあたるのは、一番近いポジションは俺になる。

 なるほど、従者失格らしい。というより格上げされた。

 

「配偶者、ねぇ」

「どうしたの? その年から結婚願望が?」

「いや。俺の嫁さんは、一体誰になるんだろうなあ、と」

「怒ろうか怒るまいか悩むね、うん」

 

 片眉を釣り上げた彼女は、我慢を重ねているようで。

 彼女の目の前で将来の配偶者について悩むなど、まあその場限りにしろ失礼だわな。

 

「……あ~あ、せっかく処女あげたのに」

「ちょっと? 小声だからって人前で言うのやめようね?」

 

 ちょうど駅に着いたくらいに言うので、人に聞かれてないかヒヤヒヤする。

 タイミングがタイミングだ。

 

「童貞も貰ったのに」

「悪かった、悪かったからやめてくれ」

「最高何連戦したっけ? 確かさ――むぐぅ」

「はい、終了」

 

 これ以上は社会的に死ぬ。

 少々無理矢理に口を塞いだところで電車がやってきた。

 

「――ぷはっ。こんなところでそういうプレイはどうかと思うよ?」

「ホント、怒ってるのはわかったからやめてくれ」

 

 口を塞ぐのはプレイに入るのだろうか? いやセーフだろ。

 入ってもソフトな方に――やめよう、いらないことに思考を回したくない。

 

 電車に乗ると、さすがの音葉も大人しくなった。

 ここで騒がれたとしたら、俺の立場が一方的に悪くなるに違いない。

 

 こういう下の方の会話をためらいなくできるのは、果たしていいことなのか。

 仲良くなったと捉えるべきか、恋人への恥じらいが薄れたと捉えるべきか。

 今後手のひらの上で転がされるのかと考えると、自然と溜息が出た。

 

 

 

 先程から太鼓の音が鳴り止まない。

 橙に光る提灯はいくつもぶら下がり、俺達の上に架かっている。

 

「やっぱり、お祭りっていいね」

「そうだな。非生産的な舞踏会で、怠惰的な夏の風物詩だな」

「そこまで言っちゃうの?」

「ばんざいしながら回って、踊り狂う姿を滑稽としか捉えられないんだ。ごめんな、お前の彼氏がこんなんで」

「ホント、いつも苦労してるよ」

 

 言わせておけばすぐこうだ。

 始めの頃は控えめだったのに、最近はさり気なくノリがいい。

 ただ、俺自身思う。こんな恋人を持ったら苦労するだろうな、と。

 なので、否定するに否定できないのが残念なところ。

 

「私、こういうところの焼きそばとかたこ焼きには格別な味があると思うんだよ」

「そうか」

「ソースの香りが鼻に入る感覚と、太鼓の音で耳が刺激されてだね」

「食べてもいない料理の食レポか。随分とレベル高いな」

 

 口にしていない食レポ。ただの想像と言ってしまえばそれまでだ。

 だって、食べていないのだから。

 味と入れ替わりに出てくる感想が食レポ。ただ口から出る空想の言葉を食レポとは言えない。

 

「今日は何か意地悪だね。どうしたの?」

「いや、いつも通り、通常運行だ」

「それもそうだね」

「そこは否定してくれ」

 

 嘘でも否定してほしいものだ。

 まあ確かに、肯定されたところでどうなるという話でもないのだが。

 

「……食べよっか」

「最初からそう言っとけばいいのにな」

「いやはや、最近体重がだね」

「こないだおぶった時の軽さったらなかったぞ。多分シンデレラもびっくりだ」

 

 この世には悪魔によって羅列された数字、シンデレラ体重なるものが存在する。

 その計算方法が、メートルでの身長を2乗して、さらに20と0.9をかけるらしい。

 いざ計算してみると、思っているよりも目標体重が軽い、という声が多いのは事実。

 

 BMI指数もへったくれもない。

 世界保健機関の推進を清々しいほどにガン無視である。

 

「……いいよね男の子って」

「少なくとも、俺が音葉の体重を気にすることはないぞ。無理なダイエットされた方が困る」

「痩せたいというのは全女性の願望だと思うよ?」

「アスリートか何か目指してんのか?」

 

 男から見て、女は『異様に』痩せたがる。

 痩せたいという願望の吐露を聞かされ、現時点で適正・痩せているのに、と何度思っただろうか。

 最早何か目指しているのか、と疑問まで湧いてくる。

 もしかしたら、痩身女性に対して、前世に何か恨みでもあったのだろうか。

 そうだとしたら、全女性から買われるほど大きな罪科だったのだろうな、と放心気味に思わずにいられない。

 

「私の夢、保育士だから違います~」

 

 音葉が文系に進んだ理由として、この将来の夢。

 理系科目もできる以上、特に希望の職業がないなら理系に進む者が多い昨今。

 音葉がそうならなかったのは、保育士になりたいから、と進級してから聞いた。

 

「はいよ、焼きそばどうだい、お兄ちゃんお姉ちゃん!」

「と、焼きそば屋の目の前に来ましたとさ。どうするよ」

 

 焼き上がりを待って、手早くお金を渡す。

 パックに詰められた焼きそばを二つのうち片方差し出して、彼女に問う。

 

「……いただきます」

 

 割り箸で麺を口に運んだ時の顔といったら、それはもう幸せそうで。

 美味しそうに頬張る彼女を見ていると、自分も増して美味しく感じる。

 

「あれだ。変に少食とかよりも、美味しく食べてる姿を見たいもんだと思うぞ、男は」

「……誠君も?」

「じゃなかったら言ってないな」

「わー! おいしーなー!」

「三点だな」

「三点満点中の?」

「逆に聞くが、お前は三点満点のテストを作るのか?」

 

 酷かったな。気持ちが入っているどうこうの話じゃない。

 普通に食べていればそれなりにはなるというのに、勿体無いと言うべきか。

 ともかく、演技の方面に才はなかったらしい。

 

「もう、冗談が美味いなあ」

「冗談だったらどれほどよかっただろうな。それと美味いと上手いをかけるんじゃない」

「あはは、何か面白いね」

「それは何より」

 

 ただ屋台の食べ歩きを楽しいと言ってもらえるのなら、楽で仕方がない。

 色々プランを立てる必要はなく、食べるだけ。

 欲求の赴くままに動けばいいだけなのだ。生存本能に従っていればいいだけのこと。

 つまり生きていることが楽しいのか。飛躍しすぎて何が何だかわからなくなったが。

 

「花火、もうすぐじゃない?」

「そうか。できるだけ同級生に会わないところに移動しよう」

「同級生って言っても、そこまで仲いい友達いないからいいじゃん」

「全くもってその通りで」

「ごめん、軽い気持ちで言った私が悪かったよ。肯定されたら言った私が辛くなる」

 

 別にカウンターしたかったわけではなかったのだが、どうやらかえって傷ついたらしい。

 顔が広いと言われて、さすがに首を縦には振りかねる。

 友人は広く浅くつくる派ではなく、狭く深くつくる派だ、と言えるだけでも印象は随分と違うものだが。

 残念ながら、それほど深い仲の友が思い当たらないので悲しいものだ。

 

 吹雪も、高校からの知り合いというだけで、親友かと呼ばれると微妙な気もする。

 向こうがかなり積極的に話しかけてくれた御蔭で、初期の学校生活がどうにかなったというものでもある。

 ただ、クラスが別になってからというもの、会う機会も減ってきたのは事実だった。

 

 太鼓の音すら霞んで聞こえる場所には、人は殆どいなかった。

 屋台へ、橙の明かりへと吸い寄せられる人々にとって、ここは無用の地。

 微かな星光と朧気な提灯(ちょうちん)の輝きだけが光源だった。

 

「ここ、かなり外れだよ?」

「こんくらいが丁度いいだろ」

 

 移動に時間がかかったのか、花火が打ち上がったのはそう言葉を交わした直後のことだった。

 炎色反応で多彩に光る太陽をしっかりと見たのは、実に何年ぶりだろう。

 家の中や外出先でちらと見る程度。俺にとって、夏祭りや花火は特別なことでも何でもなかった。

 こうして、隣に誰か一緒に花火を見る人がいるわけでもあるまいし。

 

「……今日はありがとね」

「こちらこそ」

 

 これ以上は、互いに何も口にしない。

 言葉にせずとも、打ち上がる光が想いを繋いでくれる気がした。

 

 ただ、これは口に、言葉にした方がいいだろうか。

 

「なあ。さっきの話の続きをしようか」

「どこの話の続き?」

「始めの方だよ」

 

 距離が遠いせいか、花火の音さえも揺らめいている。

 それでも、満足そうにこちらを見る彼女は、美しいと形容する他なかった。

 

「単なる口約束だけどさ。お互い大学を卒業して、職に就いて、それなりに安定したらでいいから――」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 ゆっくりと深呼吸をした彼女は、どこか自身をなだめるようでもあった。

 落ち着いた様子で首を縦に振った彼女を確認し、続ける。

 

「それからでいいからさ。……結婚しよう」

 

 一学生同士の、道楽のような婚約。

 指輪も、それに代わる何かもない、ぼんやりとした不定形の約束。

 

「ん~、どうしよっかな~」

「はぁ!? さ、さっき何か察して俺を止めたの何だったの!?」

「だって、別のお嫁さん探すみたいだし? 私が入ることはないかな~って」

「冗談、彼女の前で当然のように結婚前提の会話する方がどうかしてるだろ」

「ま、それもそっか」

 

 ――捻くれ者、そう称される理由を知りたく思う。

 

 周囲に合わせる考えを持とうとしないから?

 拡大した解釈で物事を肯定的に捉えられないから?

 それとも、ただ気に入らない相手を抽象的に、誹謗中傷したいから?

 

 馬鹿らしい、と切り捨てたくなってくる。

 群衆の考え方が間違っているならば、むしろ逆に捻くれ者が正義なわけだ。

 人殺しが民意で承諾された世界で、頑なに平和を提唱する者が批判されるというのだろうか。

 

「でもなあ。こんな人を旦那さんに持ったら、将来苦労しそうだしなあ」

「それは否定できん」

「否定してよ」

 

 ――物事にはメリットと同時に、必然的にデメリットも付随する。

 それは世の常であり、ノーリスクハイリターンな手があれば既に発見されている。

 故に、デメリットを完全に解消することは不可能だ。

 ならば、あらゆる可能性を視野に入れた意見を誰かしらが持つべきだ。

 目先の利益に囚われてばかりいては、足元をすくわれる。

 

 最後に至っては論外だ。

 他を肯定できない利己至上主義者こそ、真の捻くれ者だ。

 論を間違っていると反対できない者は、往々にしてその論を唱えた者を責め始める。

 人格が歪んでいるだの、正気じゃないだのと、それはもう色とりどりの言葉を並べる。

 反論できないから、その出元を潰す。潰したがる。

 自分の正しささえ正当に主張できない愚か者だ。呆れて溜息が出る。

 

「曰く、俺は誠実らしいからな。嘘は吐けないんでね」

「そりゃ『誠』だもん。誠実であるべくして生まれたみたいなものだよね」

「で、そんな誠実な人からの勇気ある言葉への返事はどうなんですかね? さっきから焦らされてどうにかなりそうなんだが」

「どうにかなっちゃえば?」

「こりゃひどい」

 

 ――ただ、そんな自身も捻くれ者なのだろう。

 完膚なきまでに論破してしまえば、反論の余地もない。

 反撃のチャンスを与える詰めの甘さがあるのは自明の理。

 

 それを無理矢理に理由をこじつけ、らしい言葉を装飾する。

 誠実に向き合う、とはとてもではないが言い難いだろう。

 卑怯者、捻くれ者と揶揄されても、それこそ反論のしようがない。

 

「冗談、婚約を迫る人に罵倒が前提の会話をする方がどうかしてる」

「死ぬ程似てないな。やっぱ残念だがそっちの才能はないぞ」

「こりゃひどい」

「やっぱ似てない」

 

 ――とはいえ、誰に対しても誠実に向き合わない、向き合えない人間というのも珍しい。

 誰かしらに情が芽生え、その情が深くなることが全くない。そんな人間はいないと言っても過言ではないだろう。

 俺でさえも、少ない上に変ではあるが友人と、この上なく可愛らしい彼女に恵まれたのだから。

 

 例え考え方が捻くれていても、それを笑い話にできる。

 腫れ物に触るような扱いではなく、面白おかしくふざけ合える。

 そんな人間と巡り会えたならば、それはそいつ自身の人生においての成功なのだろう。

 

「そうだなあ、考えてあげなくもないよ?」

「めっちゃ上から目線だな。俺、跪いた方がいいか?」

「却下。人が来たら色々誤解されちゃう」

「いっそ土下座でもしてやろうかな」

「ホントやめて」

 

 ――そうであるならば、俺の人生において今この瞬間は成功の一ページになりそうだ。

 青春、そんなキラキラとした言葉とは縁遠い人生だと割り切っていたが、案外そうでもなかったらしい。

 

 やはり大きいのは、彼女の存在だろう。

 彼女がいなければ、俺の人生は幼少期から御先真っ暗の道を辿っていたに違いない。

 考えてみると、文字通り彼女は天使なのかもしれない。

 

「じゃ、改めて返事を。……貴方がよければ、これから同じ家で暮らして、同じご飯を食べて、一緒に年をとって、笑い合って、同じお墓に入れさせてください」

「……マジか。そこまで言ってくるのね」

「ま、私の二つ目の夢が叶いそうだからね。嬉しくもなるかな」

「参考までに聞こう。一つは保育士だとして、もう一つは?」

 

 彼女は一歩前に踏み出して、こちらを振り向く。

 したり顔で、顔を真っ赤に染め上げながら、彼女は言った。

 

 ――結局のところ、俺が一体何を言いたいのかというと。

 

 

「君のお嫁さん、かな?」

 

 

 ――捻くれた俺の彼女は超絶美少女、ということに尽きる。




ありがとうございました!

一年と、大体四ヶ月になりますか。
第一話を投稿してから、最終回まで、ありがとうございました。

途中からペースがガタ落ちしてしまったことが、後悔で溢れています。
できることなら、ペースを崩さずに書きたかった。
もしそうだったら、こんなにもグダグダと長引くことも、読者さんを退屈させることもなかっただろうに。

ただ、だからこそ嬉しくも思います。
ゆっくりでいい、と投稿する度に感想と一緒に送ってくれたことが、今思うと涙が出そうな程に嬉しかった。
おお、お気に入りも1500件突破してるし。すごっ。
こんな私の作品を、ここまで追って頂けたこと、幸甚の至りです。

ハーメルンに小説を書き始めるきっかけになった作者さんの一人が見て頂けていたと知ったときは、本当に驚いた。
こんな偶然も、あるものなんですね。
ホントは、思った以上に世の中は狭いものなのかもしれません。

さて、この作品は特にオチもなくこれで完結です。
これ以上長引かせるわけにもいかないので、番外編もなし。
正真正銘の最終話、ということでよろしくお願いします。

しかしながら、私の他作品はまだ投稿が続いています。
オリジナル一作、東方Projectの二次創作が二作。
こんなに並行するべきじゃなかったなあ、と空を仰ぎたくなりますね()

もしよければ、そちらの方もぜひ見てってください。
三作の更新については、ツイッターにて随時お知らせしています。
知っての通り、かなりの遅めのペースなので、更新情報を知りたいという方は私のツイッターを覗くのがベストかと。

ツイッターID→@rourou00726

こちらのIDか、狼々@ハーメルン、の名前で検索入れれば出てくるとは思います。
シージとか、最近始めたFGOとか、趣味についてもツイートしてますよ。
あっ、水着ジャンヌの宝具上げまで終わりましたよ私()
新規勢には辛かったなあ。


では、長くなりましたが、改めて。
私と、この作品を、ここまでありがとうございました!


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