思い付きのネタ集 (とちおとめ)
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陽ノ下心春の場合1

原作:ケダモノ(家族)たちの住む家で~大嫌いな最低家族と彼女との寝取られ同居生活~

ここの心春ちゃんはやるときは殺る子です。
果たして父親と兄貴は生き残るのかどうか……w


 少年――朝岡新は家族が嫌いだった。

 女性関係に関してだらしのない兄、そしてそんな兄と血の繋がったこれまた女性関係に関してはだらしのない父親と……考えれば考えるほど新はこの家族に嫌悪感があった。

 元々新はこの家の人間ではない。

 今の義理の父――朝岡源蔵が当時気に入ったという理由だけで寝取った女性が生んだ子供、それが新なのである。新は物心ついた時から父親と兄の汚い所を見てきた。多くの女と遊び、抱き、そして自分好みに仕立て上げるそのおぞましささえ感じさせる瞬間の多くを己の目でしっかりと見ていた。

 新を生んだ母親は源蔵に体の芯に至るまで快楽を叩きこまれ、源蔵に体を蹂躙されることこそ至上の喜びとさえ感じるほどに作り替えられてしまったのだ。子供である新に見向きもせず、ただただ快楽を貪る母親の姿に新はいつも言いようのない悲しみを感じていた。当時はまだ理解できていなかったことでも、年を重ねるに連れて大人に近づいていけば母親と源蔵の行為がいかに歪んだものだったのかが理解できる。

 

「……早くこの家から出ていきたい」

 

 新はいつもそう口に出していた。

 早くこの家から出ていきたい、この家の家族とは縁を切り全く関係のない世界で生きたい……そして、自分は絶対に女性を泣かさない。たった一人、好きになった女性だけを未来永劫愛し続ける。絶対に父や兄のようにはならない……そんな決意にも似た思いを新は胸に秘めるのだった。

 世界が灰色に見え、色が失われた新の世界……とにかく家族に会いたくないと考え続ける新の人生は味気ないものだ。どんなに頭を振っても浮かび上がる家族の醜悪な本性、既に傍にはおらず一度も新を愛してくれなかった母親……本当に新の世界は腐りかけていた。

 やることなすことどうでもよく感じてしまっていたそんな時だった。

 

『どうしたの? 元気のない顔してるよ?』

 

 その声は新を灰色の世界から引き上げる力を持っていた。

 声の主は陽ノ下心春、明るく美人で誰にでも優しいとクラスで人気の女の子だった。その時は何でもないと突き放すようにしてしまったが、心春はどうにも新のことが気になるのか声を掛け続けてきたのだ。

 新は戸惑いを隠せず、しどろもどろになりながらも心春の問いに応え言葉を交わしていく。

 そして気づけばあっという間だった。新は優しく温かい心を持つ心春と接するうちに、彼女に対して恋をしたのだ。思えば誰かに恋をすることは新にとって初めてのことであり分からないことだらけの感情、でもその感情は決して嫌ではなかった。

 この瞬間、そう、新にとってこの瞬間がそうだった――灰色の世界に色が付いた。

 鮮やかに色を付けていく世界は新の心を満たす。

 心春という存在を通して新は初めて恋の素晴らしさと生きることの喜びを実感した。

 

『新君、やっと笑ってくれたね』

 

 心春の優しさが嬉しかった。

 

『う~ん、今度のテスト少し不安だなぁ。新君はどう?』

 

 何気ない会話が楽しかった。

 

『……えっとね、あっくんって呼んでもいい?』

 

 照れる心春が可愛かった。

 多くの感情を抱きながら新は生きるということを実感する。心春と過ごす時間は新にとって本当に幸せで、何より掛け替えのないものだったのは言うまでもない。

 心春と過ごす日々は新の家族に対して抱える嫌悪を一時的にとは言え忘れさせてくれるほどに。

 そして――。

 

『君のことが好きなんだ。……心春、俺と付き合ってください!』

『……うん! 私もあっくんが好き、大好きです。だから……よろしくね!』

 

 新は心春という宝物を手に入れた。

 それからの日々、心春と付き合いだした新の日常は正に光輝いていた。新と心春には自覚などなかったが、学校でもイチャイチャと甘い時間を過ごし友達にからかわれ、先生には苦笑いを浮かべられながら注意をされ、それに関して心春と共に笑みを零しながら謝るために頭を下げる。

 大切な恋人と過ごす時間、新はこのような瞬間が訪れるなど決して予測できなかった。

 でも今という時間は確かに存在し、新の傍には心春という何よりも愛おしい恋人がいる。

 

『私すごく幸せなの。あっくん、ずっとずっと一緒にいようね?』

『もちろん、俺はずっと心春を好きでいる。だから心春も……その、俺を好きでいてくれるか?』

『ふふ、もちろん!』

『……心春!』

『きゃあ♪』

 

 心春は新にとって陽だまりのような女の子だ。

 この子となら幸せに暮らしていける。この子となら温かい家庭を築くことができる……心春さえ居てくれれば、自分は幸せだと新は思う。

 

 ……けれども、そんな新の幸せを嘲笑うかのようにある出来事が起きた。

 心春の両親の死である。何が原因かは分からない、ただ事故としか言われなかった。そしてどうやって決められたのか分からない現在の新の家、つまり嫌いな家族の住む家への心春の同居である。

 まるで狙いすましたかのような一連の流れに新は言いようもない不安を感じるも時すでに遅し、今現在新は父親である源蔵の前に心春と共にソファに座っていた。

 

「えっと、ありがとうございます。ここに住むことを許してくださって」

 

 心春が源蔵に頭を下げ、お礼を言うと源蔵は人の好さそうな笑みを浮かべた。

 

「いやいや、聞けば心春ちゃんは新の恋人というじゃないか。それなら父親である私が一肌脱ぐのが当然だと思ったのだよ」

 

 その源蔵の言葉に心春は笑顔になって再度お礼を言った。

 そんな心春の様子を見て新は騙されないでくれと願う。新は源蔵の寝取った女性の子であり、源蔵が多くの女を食い物にしてきたこと、そんな汚い家の実情を新は心春に聞かせたくはなかった。それは心春が父や兄に汚されるのを防ぐのもあったし何より、こんな家に住む自分が嫌われるのではないかと恐れてしまったことが原因だった。

 どんなに言葉を並べても、既に心春の同居は決まってしまった。

 会わせたくなかった家族の一人に心春が出会ってしまった……そして。

 

「……くふふ」

「っ!?」

 

 心春を見て舌なめずりをする源蔵の姿を新は見てしまった。そして錯覚のように映像が浮かんでしまう……考えたくないもしもの未来、源蔵と兄に組み敷かれる心春の姿が……。

 

「……うっ!」

「あっくん!?」

 

 とてつもない寒気、今にも吐いてしまいそうな気持ち悪さ……新はそんな考えを捨て去ろうと頭を振ってもその光景は中々頭から離れてくれない。愛した心春が心身共に源蔵と兄に作り替えられ、家を出て行ってほしいと言葉を発するそんな恐ろしい光景。

 涙が溢れそうになる。

 今すぐ心春の腕を取って走り去りたい、そんな衝動にすら駆られる始末。

 表せないほどの不安に塗りつぶされそうになったそんな時、新を救ったのはやはり心春だった。

 

「大丈夫だよ。あっくん」

「……心春?」

 

 心春は新を安心させるように抱きしめる。

 大きく柔らかな胸に誘われたものの、今の新にとってそれは恥ずかしさではなく安心を齎した。子を落ち着かせるように、或いは不安になっている恋人を安心させるかのように、心春は新の頭を撫でながら耳元で言葉を発した。

 

「私はあっくんの傍にいるからね。だからそんな顔しないで、私が信じられない?」

 

 耳から脳へ入り込み、不安だった感情を洗い流す心春の声。

 新は押しつぶされそうだった不安の波が引いていくのを感じ、少しの間だけ心春に抱きしめられたままだった。

 

 

 

 

 

 

 一方で、心春も新の現状を理解していた。

 新がこうも不安定になってしまったのは間違いなく源蔵が原因だということが。心春は新を見つめる優しい眼差しから一変し、氷を思わせる冷たい視線を新の父である源蔵に向ける。

 

「……っ」

 

 その冷たい眼差しは鋭利な刃のように源蔵を射抜く。

 新や学校の友達が見れば別人かと思ってしまうほどに、今の心春の姿は普段の優しい姿からはかけ離れていた。心春の視線に晒された源蔵は言いようのない何かを感じ、同時に背中を冷や汗が流れる。

 心春は優しい、新もそうだが周りの友達も良くそう言う。

 常に笑顔を絶やさず他人のために動く心春は“理想の嫁”とさえ呼ばれるほど……だがそんな心春の持つ本質は新さえ真に理解できてはいなかった。

 心春が本当の意味で愛と優しさを向けるのは新だけ、心春にとって新を愛し新に愛されることそれだけが生きがいなのだから。

 

(……可哀そうなあっくん、こんなやつが家族ならそうなっちゃうよね)

 

 内心で吐き捨てながら心春は新の頭を撫でる。

 本来、普通の付き合いであるならば心春はここまで新至上主義にはならなかっただろう。ただ想いが強すぎたのだ……新の絶対に女性を泣かせない、愛した一人を幸せにしてみせるという想いはしっかりと心春に伝わり、そしてその新の強い想いの力は心春を包み込み、新以外には決してなびくことのない依存ともいえる歪んだ愛を心春に植え付けた。

 新に尽くすことこそ喜びであり、新の悲しみを取り除くことこそが自分の仕事と考えるようになった。そしてその行動理念は新の抱える秘密すらも心春が突き止めるまでに大きくなった。

 

(さっきこいつは私を見て下種な視線を向けてきた……なるほど、あっくんのお母さんのように私も寝取ろうなんて魂胆かな)

 

 手段なんて口に出せない、真っ当な方法でこの家の真実に辿り着いたわけではない。けれども心春は気にしない、これも全て新のためなのだから。

 

(私の体はあっくんだけのもの、お前らなんかには触れさせないしそんな隙も見せない。それでも私を寝取ろうと迫ってきたならば……いなくなってもらわないとねぇ)

 

 ニヤリと浮かべるその笑みは一種の恐怖を感じさせる。

 心春の強い想いは狂った愛となって新に向けられ、その愛を阻む者は何人であれ容赦するつもりはない。

 

 心春の存在が奪われてしまうかもしれないと恐れる新は気付かない。

 

 心春の体を我が物にしようと企む源蔵は気付かない。

 

 この先、この家を包み込むのは源蔵たちの獣のような性欲ではない――心春の狂気がこの家を覆うのだ。




なんでヒロインは主人公に相談したり警察に言わないのだろう(身も蓋もない


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陽ノ下心春の場合2

基本原作主人公とヒロインはいちゃらぶしてます。

原作だと主人公可哀そうだし是非もないよね!

というか色んな作品を焦点に当ててとにかく主人公万歳、ヒロイン万歳って書きたいけど……よくよく考えたらあまり寝取られ物の作品って知らないことに気付きました。

とにかく主人公に救いがない作品とか書きたいですね(笑)


 心春が新の家に住むことが決まってから1日が経ち、今日は土曜日である。

 義父の源蔵に心春を紹介し、そして晩御飯の前に帰ってきた兄の朝岡勝にも心春を紹介したがその後は特に何も起きなかった。新としてはとにかく心春のことが心配で気を張ってはいたものの、肩透かしを食らってしまうほどに何も起きなかったのだ。

 とはいえ、である。

 新はベッドの上、隣で寝ている心春を横目で見る。

 その姿は正に生まれたままの姿、服は着ておらず胸も下半身も全く隠されてなどいない。そんな心春の姿を見て新は照れたりすることはなく、今に限ってはどうしようもない罪悪感でいっぱいだった。

 昨日の夜、新は心春を抱いた。

 恋人として付き合っているのだからそういう行為をすること自体は珍しいことではない。ではどうして新は罪悪感を感じているのか、それは自分の不安を払拭したいがために少しだけ乱暴に心春を抱いてしまったのだ。

 

「……心春」

 

 ゆっくりと手を伸ばして心春の頭を撫でる。

 決して傷つけない、そうずっと思っていたはずなのにやってしまった。心春自身は嫌な顔せず、新のことを受け止めてくれたがそれでも新の心は暗く沈む。家庭環境の悪さもそうだが新が不安定だったこと、それは決して仕方ないことだがそれを理由に心春を傷つけていいわけがない。

 起きたら謝らないと……そう考えていた新の手を温かいものが包んだ。

 

「……心春?」

「うん。おはようあっくん」

 

 いつも見せてくれる優しい表情で心春は囁いた。

 まだ少し眠いのか目元をこすりながらも、しっかりと新をその目に写してゆっくり起き上がる。前述したが何も服を身に着けていないことで心春の裸体が更に露となってしまうが、心春自身にはそれを気にした様子もない。

 相変わらず綺麗でいて男の情欲をそそる体だなと思ってしまうがすぐにその考えは捨て、新は心春に対し謝罪の言葉を口にするのだった。

 

「心春、昨日はごめん!」

「ふぇ?」

 

 突然の新の謝罪に心春は目をパチクリとさせながら呆気に取られた。

 新としては乱暴な抱き方をしてしまったことに対する謝罪のつもりだったが、心春は何のことに対しての謝罪か本当に分からないようで首を傾げている。少しだけそんな様子の心春に和んだ新だったが、すぐに謝罪に関する説明をするのだった。

 説明をする中、心春に嫌われてしまうかもしれないと思った新だったがその心配も杞憂に終わる。何に対する謝罪なのかそれを把握した心春は「あ~」と呟き、そして可愛らしく声を上げながら新の胸に飛び込んでくるのだった。

 

「えい!」

「うおっ!?」

 

 いきなり心春が胸に飛び込んできたことで新はそのまま背中からベッドに沈む。

 直接肌と肌が触れ合うことで心春の体温が直に感じられ、更に柔らかい物が押し付けられてしまうことにより下半身に大変よろしくない。新は一体どうしたのかと聞こうとした時、それよりも早く心春が口を開いた。

 

「ねえあっくん。私ね、自分の体に魅力がないのかなって思ってたの」

「……え」

 

 突然の心春の言葉に新は目を点にした。

 魅力がない? そんなことあるはずがないと新は思う。心春は恋人としての贔屓目で見てもとても魅力的な女の子だ。まだ少しだけ幼く見える顔立ちは心春のおっとりとした性格と合って愛らしいと思うし、逆に体つきに関しては凶悪の一言で大きな胸が特に印象的である。

 性格の面においても体つきの面においても、心春はとても多くの魅力も持った女の子……これが新の心春に対する認識だった。それを思わず勢いに任せて伝えると、心春は一瞬驚いたがすぐに笑顔になって更に新の体に自分の体を押し付けてきた。甘えるように、はたまた自分の匂いを擦り付けるように、心春は新の物なのだと強調するかのように。

 

「昨日はいつものあっくんと違ったから驚いたけど……でも私を求めてくれたことには変わらないよね? だから嬉しかったの。あっくんはあんなに激しく私を愛してくれてるんだなって実感できたから」

 

 確かに愛している。けれども昨日に関しては不安の方が大きかった……それを伝えても心春の表情は変わらず穏やかなままだ。

 

「あっくんが何を抱えているかは分からないよ? でも一つだけ確かなことがある」

「確かなこと?」

 

 聞き返す、そして続けられた言葉はこうだった。

 

「何があっても、私はあっくんの隣にいるよ。これから高校を卒業するまで一緒にお勉強を頑張って、大学にも行ってまた新しい環境の中であっくんと一緒にいたいな。そして社会人の仲間入りをしたらあっくんと結婚する」

 

 まだ高校生活の中間を過ぎた辺りだが結婚とはまた何とも気の早いことである。しかし心春の様子から絶対にそうするのだという意思の強さを感じさせ、どれだけ新のことを想っているのかが窺える。それは新自身にもしっかりと伝わり、知らず知らず新は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「あっくん、私はあっくんが大好きだよ。誰よりも大好き、あっくんが傍にいないなんて考えられない」

「心春……」

 

 もう我慢できなかった、新は力いっぱい心春を抱きしめた。

 

「あ……ふふ、あっくん♪」

 

 心春も同じように抱きしめ返してくる。

 ほんのりと広がる更なる温もり、そして安心感は新に穏やかな時間を齎した。同時に新は心春をずっと守り抜こうという覚悟と、傍に居続けるという誓いを込めるように心春に言葉を返すのだった。

 

「俺も心春が大好きだ。ずっと心春を守り、傍に居るよ」

「うん!」

 

 その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも綺麗だったと新は脳に刻み込んだ。

 互いに見つめ合い、暫くすると距離はゼロになった。

 

「……ん……ちゅ……」

 

 お互いの存在を求めるように、舌を絡め合いながらのキス。

 少しの間一心不乱に楽しんだ後、顔が離れると二人を繋ぐように唾液の糸が引く。まだまだ時間は朝早い、それなのに自分たちは何をしているのだと新と心春は苦笑を零した。

 何かに気付いたのか心春が一瞬新の下半身に目を向け、そして呟く。

 

「元気になっちゃったね」

「……あはは、面目ない」

 

 頭を掻きながら新は苦笑する。

 心春も小さく微笑んで立ち上がり、新にマウントするようにポジションを取った。

 

「昨日はあっくんが頑張ったから、今度は私が頑張るね」

 

 意気込むように拳を握りしめ、心春はそのままストンと腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心春にとって新は光だ。

 心春にとって新は生きがいだ。

 心春にとって新は……新は……新は……新は……!

 

(あっくん……あっくん……あっくん……あっくん……っ!)

 

 体に襲い掛かる快感の波が強すぎて声が上手く出せない、だから心春は心の中で新の名を叫び続ける。心春にとって普段新と何気ない日常を過ごすのも好きだが、このように情事に耽ることも同じくらい好きだった。なぜならこの瞬間はいつもよりお互い触れ合うことができるから、いつもより本当の意味で繋がることができるから。

 心春にとって、新の謝罪した昨日の出来事……正直あれに関して嫌なことなど一つもなかった。

 新と繋がることは何にも勝る幸せであり、その空間は間違いなく新と二人きりだけ、その内容がどんなものでも心春にとって嫌なことなど何もない。新が望むならなんだってできる、新が命令するならどんなに恥ずかしい注文も完璧にこなしてみせよう……心春の心を占めるのは何時だって新だけだ。

 

(……ごめんね、お母さんにお父さん……もうどうでもよくなっちゃった)

 

 自分を育ててくれた父と母の死去にその時だけは“少し”悲しくなったが、もう心春の心に両親に対する悲しみなど露ほどもなかった。それどころか今は感謝すらしてしまっている。

 

(でもお礼は言わせてね。お母さんたちがいなくなったから……私はあっくんと一緒に暮らせてるの!)

 

 新への行き過ぎた愛は両親の死すらも心春にとって良いものだったと認識させてしまっていた。もちろんこの感情が世間一般では間違えているものであり、天国にいるであろう両親が聞けば間違いなく悲しむだろうことは心春にも良く分かっている。

 心春は自分でしっかりと認識できていた――自分が既におかしくなっていることに。

 

(でもしょうがないの。だってあっくんのことしか考えられないんだから!)

 

 大好きな新のことを四六時中考えていると言っても過言ではない。伝えてしまえば引かれるかもしれない、それほどに心春の脳内を占めるのは新のことだけ。

 今日は何をして過ごそうか、明日は何をして過ごそうか、明後日は? 明々後日は? どんなことをすれば喜んでくれる? どうやって新と二人きりになろう? どうやって邪魔な奴を処理しよう? どうやって新に絶望を教えた屑を消そうか? どうやってどうやってどうやってどうやってどうやって……。

 

(本当はあっくんを閉じ込めたい、私だけがあっくんの傍に居ればいいの。でも……そんなことしてしまったらあっくんに嫌われちゃう。あれだ……俗にいうヤンデレ? メンヘラってやつ? まあ私はそんな痛い女にはならないけどね)

 

 どの口が言うのかと聞こえてきそうだが心春は気にしない。

 

(大好きな人のことだけを考えて行動する私……うん、いい女!)

 

 大人しそうな外見からは決して考えられない歪みを持つ心春の想い、けれどもそれは絶対に間違った方向で新に向かうことはない。どんなにおかしくなっても新のことを考えればある程度の自制はできるし、何より新に悲しみの表情など絶対にさせない。

 

(あっくんが不安になるなら私が支えてあげればいい、優しく抱きしめてあげればいい。私にできるのはそれだけ、あっくんのために生きることが私の生きる意味)

 

 新は気付かないだろう、今の心春の目がどんよりと黒く染まっていることには。

 一心不乱に体を動かし快感に震えるように天井に視線を向けている心春の体勢だからこそ、新は心春の表情を見ることはできない。

 

(……でも私ったらいきなり結婚だなんてそんな……流石に気が早かったよね)

 

 ……どうやら同時に乙女街道も真っ直ぐに爆走中の心春だった。

 

(子供は何人くらいがいいかな……あっ、来るっ)

 

「心春!」

 

 一切の思考を中断させる大きな波が心春に襲い掛かった。

 でもこの感覚は嫌いではない、本当に癖になる感覚だった。心春はこれから何をすべきか、どういった用意をしていくべきか、考えることは多くあるけれど今だけはこの時間を精一杯楽しむことに心春は決めた。

 

「これぇ……だいしゅきぃ……」

 

 まだまだこの時間は終わりそうにない。

 新と心春が二人の時間を楽しむ中、隣の部屋からガタンと苛立ちをぶつけるような大きな音が聞こえたが、それに気づいたのは心春だけだった。

 

(苛立ってるなぁ、物に当たるとか最悪。本当にあっくんとは大違い……決めた)

 

 

 

 

 

 

 

――先にいなくなってもらうのはこっちにしよう――



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一条百合華の場合1

小春ちゃんの方が行き詰ったための飛ばしです。

原作:堕落令嬢

ヤンデレ成分はないです。
寝取られからの取り返し?ですかね。

改変部分は優介君の性格と考え方、そしてもちろんですがエンディング。
おそらく小春ちゃんを含めほかの話もこういう感じに幸せに終わらせるようにはしたいと思います……過程は置いといて。

原作やアニメですと、優介がまた会いたいっていうメールを開いている後に百合華が現れ、優介に最後にしよ? って言ったところでエンディングです。

愛は快楽に勝つのじゃあああ!!
というのを書きたかっただけなんです許してください。



 悪い夢ならば醒めてくれ……そう願ってもどうにもならない現実というものはあった。

 突然だが俺には彼女がいた。美人で、優しくて、絵に書いたような素晴らしい女性が彼女だった……そう、だったのだ。

 少し前まではどこにもいる恋人のように、いつも一緒にいた……幸せな日々は唐突に終わりを告げた。

 

『ごめんね。私……もう行くね』

 

 そんな言葉を残し彼女――一条百合華は姿を消した。

 一体どうしたのか、そんな俺の困惑すらも置き去って事態は更に進んでいた。ふと俺の家にDVDが送られてきたのだ。それに残されていた映像は……百合華が知らない男と肌を重ねているものだったのだ。

 最初は信じられなかった、でも映像が進んでいくうちに信じるほかなかった。これは間違いなく現実なのだと。最初は拒んでいた百合華だったけど、最後には男と体を重ねることに喜びすらも感じていたのだろう。男の情欲を誘う嬌声を上げながら、百合華は男を受け入れ齎される快楽に酔いしれていた。

 箱入りの令嬢だから、男の味を知ってしまったらそのまま流されるとは誰かが言っていたか……まさかそんな寝取られの王道とも言える漫画のような出来事が自分に起こってしまうとは全く予想すらしていなかった。辛い、悲しい、憎い……数えきれないほどに負の感情が溢れ出す。

 俺を裏切った百合華が憎い、俺の彼女だった百合華を寝取ったあの男が憎い……でも俺はそこで気づく。情けないことにこんな状況になってしまっても、俺は百合華のことが好きなのだということに。あの笑顔、気遣い、温もり、すべてが所詮思い出でしかないというのに忘れられそうにないのだ。

 

「……どうしてかなぁ」

 

 その理由を考えてみても答えは出そうにない……そう思っていたけれど。

 

「……あぁそうか」

 

 思わないことに答えは出た。

 その答えを頭の中で反復させると、如何に自分がお人好しであり馬鹿なのかが嫌でもわかる――そう、その答えはこうだ。

 

「……こんなことになっても、どんな形になっても、どんなに変わってしまっても……百合華自身が幸せならそれでいい」

 

 俺が不幸になっても、百合華が幸せであってくれたならそれでいい……ひどく歪んでいるとは思うがこれが俺の出した答えだった。

 昨日まで俺はずっと百合華に会って話ができないかとメールを送り続けていたけど、もうそれは終わりにしよう。百合華が俺のことを忘れたのだとしても、俺は百合華を忘れない……俺の記憶に残り続ける彼女を、ずっと覚えていたいから。

 

「よし! なんかスッキリしたなぁ……切り替えの良さが良いって母さんにも言われてたっけ」

 

 クラスの友人に話したら頭イカれてるとか、なんで取り返そうと思わないんだとか言われそうだが……まあその辺りの言葉は甘んじて受けることにしよう。これが俺、そう思ってもらうしかないんだから。

 先ほどまでの鬱にも似た負の感情が全て出切ったのを感じた俺は立ち上がった。心なしか目の前の景色がキラキラしているように見えるのは気のせいか……なんて思いながら今までいた学校の屋上を去ろうとしたその時だった。

 

「優介君」

「……え?」

 

 突如俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 その声は聞き覚えがあった……だってその声は。

 

「……百合華?」

「うん。そうだよ」

 

 百合華だった。

 戻ってきてくれた? そう淡い希望を抱いた俺だったけどそんなことはなかった。百合華の顔を見ればそんな感情などこれっぽっちもないことに気づくのだった。

 今浮かべている顔を俺は見たことがない。男を知った女の顔、正に言葉にすればこれだろう……そして極めつけは百合華の大きく膨らんだお腹だ。動画で見せられたけどあんなに男としたんだ……それなら出来ても仕方ない。

 

「……はは」

 

 百合華に知らない男との間に子供ができたというのに落ち着いている自分に感心する。どうやら俺はいまだに百合華を好きだということと、彼女の幸せを願っているという気持ちに嘘はないみたいだ。

 一人で心の中で自己完結した俺の心の内を知ってか知らずか、百合華が口を開いた。

 

「ご主人様がね。優介君に見せてこいって言ったの」

 

 そういって百合華は服を脱いだ。

 大きく膨らんだお腹、そして子供ができたせいか更に大きくなった乳房が目に入った。さらに百合華は続ける。

 

「それで最後に優介君としてきなさいって言ったの。だから……しよ?」

 

 最後、それは百合華から俺に対する決別の言葉。令嬢として育ってきた百合華が男に媚びるような目でしようと言ってくるその様に、人間変わるものだなぁとどこか楽観的に俺は百合華を見ていた。小さなことで照れるような初々しく優しい百合華はもういない、ここにいるのは男を知り快楽に身を焦がす一人の女……か。

 でもそうか、最後だと言うなら思いっきりここで百合華を押し倒すのもいいのかもしれないな。

 

「……百合華」

「ふふ」

 

 一歩踏み出す、百合華は逃げ出さない。

 二歩踏み出す、百合華は妖しく笑う。

 三歩、四歩と歩みを進め百合華との距離が0になるそんな時……俺の取った行動は――。

 

「ほら、簡単に人前で肌を見せるな。そのご主人様……だっけ? がいるんだろ?」

「え……?」

 

 脱ぎ捨てられた服を百合華に着せボタンを留める……つうか胸本当にでかいなおい。締めるのがきついぞ……。

 心の中でどうでもいいツッコミを入れながらなんとか百合華の服を正すことに成功した。やっぱり百合華には今相手がいるんだから、その別の相手に肌を簡単に見せるのはやめたほうがいいよな。

 そんな気持ちで俺は行動に出たわけだけど、百合華は呆気に取られるように俺を見ていた。

 そりゃそうかと、俺は思いながら大きく噴き出す。それほどに百合華の顔が面白かったから。

 

「あっはははははは! なんだよその顔! まるでこんなの予想外って感じじゃん」

「だって……え? でも……優介君?」

 

 さっきまでの男に媚びる目を百合華はすでにしていない、今の百合華にあるのは困惑という感情だけだった。でもその困惑という困り顔は記憶の中にある百合華と同じで、俺は少しだけ嬉しくなった。困っている百合華を置いて俺は改めて百合華に向き直り言葉を紡ぐ。これは伝えておきたかった言葉、百合華を奪われたとしても変わらなかった想い、そしてこれからの願いを。

 

「なあ百合華。今は幸せ?」

「え? うん。とても幸せだよ。ご主人様に毎日可愛がってもらえるから。優介君より気持ちいいし」

「あはは……それはできれば俺の居ないところで言ってほしかったなぁ」

 

 今の言葉はボディブロー並みに響きましたとも……やるな百合華。

 

「それで? どうしたの? 私と最後にできるんだよ? 優介君は嫌なの?」

 

 追及するように言葉を投げかけてくる百合華に俺は苦笑するしかなかった。

 だから他人の女に手を出すような真似はしたくないってば俺は。

 

「今はそのご主人様とやらが大切なんだろ? なら俺とするのはダメだって。普通に考えて」

「……それは」

 

 そうだと……言いそうになって目を泳がせた百合華。

 俺はその百合華の様子に気づかないふりをして言葉を続けることにした。やっぱり整理を付けたといっても早くこの場から立ち去りたいのだ……このままここにいて百合華の傍にいたら情けなく泣いてしまうと思うから。

 

「なあ百合華。俺さ……どうしたことか今でも百合華のことが好きなんだよね」

「……え」

 

 いきなり始まった俺の話に百合華は目を見開いて驚いている。まあそれはそうだろう、俺の家にDVDを送り付けたことなどはおそらく知っているはず。絶望はしてもいまだに俺が百合華に対して好意を抱いているとは思ってなかったみたいだ。

 

「正直悔しかったよ。辛かったし、悲しかったし……憎いとすら思った」

「……………」

 

 百合華は黙って聞き続ける。

 そうだ、そのままでいてくれ。このまま言うことだけ言わせて俺をここから逃げさせてくれ。

 

「けどどんなに負の感情が溢れ出しても……俺は百合華のことが好きなんだよ。愛してる……この気持ちはこの先変わることはないだろうし、今回のことを忘れることもないと思う。だからさ」

「……?」

「俺は自分のことよりも、百合華の幸せを祈ることにした。どんな形になっても、どんな百合華になっても、ずっと好きだし君の幸せを誰よりも願ってる」

「ゆう……すけ……君」

 

 あぁだめだ、目頭が熱くなってきた。

 これ以上は我慢できそうにないからもう終わろう。俺と君の物語はここでお終い、言葉にしたように君の知らない場所で俺は大好きな君の幸せを願うことにするから。

 

「だから幸せに……ってもうなってたか。あはは」

「……………」

 

 感傷的になった俺に対して馬鹿にするようなことを言ってくるとも思ったがそんなことはなかった。どうやら少しだけなら俺の気持ちを汲んでくれるのだろう……根っこの部分である優しさだけはまだ残っているようだ。

 でもこれで言いたいことは全て言葉にした。百合華に伝えたかった言葉は全て……。

 俺は歩き出し百合華の傍を通り抜ける……あぁでも心残りが一つだけあった。

 

「百合華」

「……んっ!?」

 

 罵倒してくれていい、叩いてくれていい、逃げてくれていい、でもこれで本当にサヨナラだ。

 俺がしたこと、それは百合華への口付け。ずっと俺自身ご無沙汰だったし寂しかったんだ……これくらいなら罰は当たらないだろう。まあ百合華の反応は怖いけれど。

 数秒だけの触れ合うキス、それを終えて俺は百合華から離れた。

 

「……ごめん。それじゃあ……っ!?」

 

 こみ上げてくる想いが涙となって溢れてくる。

 きっと今の顔は百合華に見られただろう。できることなら最後までかっこよく笑顔で決めたかったんだけどなぁ。そう思いながら最後に百合華に背を向けて屋上を後にしようとした……それなのに。

 

「待って!!」

 

 ガシッと、強く手を掴まれた。

 やめてくれ、こんな泣き顔を百合華には見られたくない。そう思う俺を他所に百合華が口を開いた……さっきまでと違うのは百合華の口調が少し、辛そうなものに変化していたということ。

 

「どうして……なんでそんな風に思えるの!? 優介君と付き合ってたのに他の男の人とセックスして……その時の映像まで送り付けたんだよ!? こうして子供までできて、最後の思い出に優介君とセックスしてきなさいって命令されて来ただけの私に……なんでこんなに優しいのよ!?」

 

 想いを吐露するような百合華に目を丸くしてしまう。

 さっきまでの胸を焦がすような感覚は百合華の姿を見たことで治まりを見せる。

 

「……わからないよ……なんでこんなに……こんなダメになった私なんかの幸せを……っ」

 

 百合華も限界が来たようだった。

 涙を我慢できずに顔を手で覆い隠すようにして泣いてしまった。俺にそれをする資格はない、そう思っていてもそうせざるをえなかった。

 泣き続ける百合華を優しく抱きしめ、大丈夫だと落ち着かせるように頭を撫でる。

 

「その疑問に答えることは難しいかな。何せ俺もよくわかってないんだ。ただ単純に君の幸せを祈るってことにしただけだからさ。過程がどうであれ、そういうもんだと受け取ってもらうしかない」

「優介……君……っ!」

 

 温もりを求めるように、百合華はゆっくりと俺の背に手を回した。

 ……仕方ないけれど、もう少しだけこうしていようか。

 

 

 

 

 

 

 優介の温もりに包まれながら、百合華は久しく感じていなかった幸せという感覚を思い出した。

 いや、幸せ……まあ快楽によって生み出されるそれを幸せと呼ぶならそうなのかもしれないが、少なくともこんなに胸が温かくなる幸せは久々の感覚だった。

 

(……どうしてこうなったのかな)

 

 優介に腕に抱かれながら、百合華はこうなってしまった経緯を思い出す。

 父の会社を助けるために、資金提供をしてくれるという男に体を許したこと……父は百合華に気にするなと言ったが日に日に弱っていく父を見ていることができなかったのだ。だから百合華は男の要求である体を差し出した……その果てに大人であり経験豊富な男のテクニックに身も心も堕とされてしまったわけだが。

 男の言いなりになり優介に対して最低なことをしでかし、けれども優介の気持ちよりも自分に与えられる快楽の方が心地よかったから百合華はただ身を任せたに過ぎない。

 もはや優介のことはどうでもいい、ただただ男であるご主人様に可愛がられることこそが幸せ……だったはずなのにどうしたことだ。今の百合華の心を占めるのは……快楽に支配された心を溶かし、心の奥底に封じ込められた愛する優介への愛おしさだった。

 

「……優介君」

「百合華……っ!?」

 

 今度は百合華からキスをした。

 さっきまでの触れ合うようなキスではなく、舌を絡ませる大人のキスだ。ゆっくり味わうように、けれども激しく求めるように……最低なことだとはわかっていても、百合華は自分を止めることができなかった。

 

「優介君……ちょっと今の私からすれば最低なことを言ってもいいかな?」

「……最低なこと?」

 

 首を傾げる優介に頷く百合華。

 百合華は一度目をつむり、そして次に目を開いた時景色は一変していた。快楽という名の鎖に囚われていたはずの世界なのに、まるでその鎖から断ち切られ自由に飛び立つことができるような感覚だ。

 

「まだ私を愛してくれますか? まだ私を好きでいてくれますか? ……まだ私を……私を! 好きだって……愛してるって言ってくれますか……っ!」

 

 一度は優介を捨て、更には子を身籠ったのに本当に最低な言葉だ。でも今の百合華こそが優介の知る百合華である。優介は一瞬大きく目を見開き、そして大粒の涙を流しながら頷き口を開くのだった。

 

「……もちろんだよ。でも……やっぱり不安なものは不安なんだ。信じて……いいんだね?」

 

 その問いに百合華は力強く頷く。

 

「うん……うん! もう絶対に裏切らない。だからもう抱え込むこともしないよ。力を……貸してくれる?」

「もちろんだ。大好きな百合華のためなんだ。俺にできることはなんでも!」

 

 一度砕かれた愛はさらなる強固な繋がりを持ってここに蘇る。

 そして後に百合華は語るのだ。大人になり、結婚をして、愛する者の隣で過去を振り返るように。

 

『愛って本当にすごいものだと思うの。優介君がいてくれたから今の私がいるんだよ。まだまだ償え切れていないけれど……これからもずっと私は優介君を、旦那様を愛し続けます』

 

 徳井百合華、旧姓一条百合華は令嬢特集のインタビューにこう答えたと記録されている。

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、どこかのお墓でのことだ。

 一つの墓を前にしてまだ幼い少年は口を開く。

 

「親父……俺は貴方のようにはならない。反面教師ってやつだろうな」

 

 墓を睨む少年の目は険しい。

 少年は小さく握りこぶしを作る。それはまさに決意の宣言のようだ。

 

「お義父さんと母さんのように幸せな家庭を作るのが夢なんだ。弱みに付け込んで相手の心を縛るようなことは絶対にしない。親父、俺は貴方の血を継いでるけど安心して眠ってくれ……俺はお義父さんと母さんが口を揃えて言うほどに優しい性格をしてるらしいからさ」

 

 その様子はとても誇らしげで、胸を張るその姿は成長を楽しみにさせる若い力そのもの。

 

「それじゃあ親父、もう行くよ」

 

 そう言って少年は足を踏み出す。

 向かう先には3人の影があった。

 

「挨拶は済んだかい?」

「あぁ。ありがとなお義父さん……それとごめん」

「気にしないの。あなたは私たちの大事な息子なのよ? 謝る必要なんて全くないわ」

「母さん……」

「お兄ちゃん泣きそうな顔してる……えっと、なんて言うんだったかな? 思い出した! 泣き虫だ! 泣き虫お兄ちゃんだ!」

「な、なんだとこのっ!」

「きゃ~~!♪」

 

 絶望を乗り越えた先にあるのは一つの幸せ、それは何にも代えがたい大切なもの。

 これからもずっと共に歩き続ける一つの物語。

 

「愛してるよ。百合華」

「私も愛してる。優介君」

 



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一条百合華の場合2

原作が悲惨な分、もう少しだけ明るいところを書きたかったのじゃ。

寝取られ物にあるまじきほのぼの風景です。
本当にごめんなさい。





 あの後のことを少しだけ語ろうと思う。

 改めて百合華と心を通わせた俺は、百合華の先導の元彼女の家族の元へと向かった。俺は百合華のお父さんとお母さんとは初対面ではなく何度か顔を合わせていたこともあり面会もすぐに行われた。そしてお腹を膨らませた百合華の姿を見て家族は狼狽し、そして百合華の身に起こったことを知った瞬間お母さんは百合華に謝りながら泣き崩れ、お父さんは自分の不甲斐無さを嘆きながらも、しっかりと報復とも取れる処置に出た。

 元々今回の騒ぎはお父さんの会社に対する資金提供を巡って起こったことではあるが、お父さんの方で独自に調べていた結果相手の男の黒い部分がこれでもかと出てきたようだった。そしていざ行動に移そうとしていたその時、今回の百合華の異変を知ることとなったのだ。

 ……まあそこからは俺たち子供の出番はなかった。大人しく事態が解決するのを待ち、全てが落ち着くまで百合華の傍に寄り添い続けていた。

 そして――。

 

『百合華! どうして私を裏切った!? 君のご主人様である私を裏切るなどと!? 君は私の物だろう!?』

 

 悪事が大っぴらになり、警察に連れていかれる男が百合華の姿を見てこんな言葉を吐いた時のことだ。百合華のお父さんはまだ言うかと怒鳴りながら思わず殴り掛かりそうになったけど、それを止めたのは百合華だった。百合華の行動にお父さんは驚き、逆に男の方は百合華はやはり自分の物だとでも思ったのは余裕の笑みを浮かべたのだ……まあその笑みはすぐに凍り付くことになったのだが。

 

『私はあなたの物ではありません。これからずっと、私が寄り添いたいと思うのは優介君だけです』

『なん……だと!?』

 

 男にとって百合華は仕込みに仕込んだはずだったのだろう、けれども今の百合華の意思は紛れもない本物の彼女の物だ。快楽に塗り潰された心で発したものではなく、本来の彼女が持つ芯の強さを思わせる言葉。男は百合華の言葉を聞いて俺に憎悪の視線を向けてきたが、すぐに諦めたのか肩を落とし警察に連れていかれたのだった。

 っと、このようなことがあって今回の件は一先ず終わりを迎えることとなった。

 それから取り戻された日常は暖かいものだった。俺はそこまで百合華を無理やりに求めることはなかったけど、逆に百合華の方はそうではなかった。本人曰く俺と離れていた時間を埋めたいということらしくとにかく俺の傍に居たがり、事あるごとに俺の為に何かをしようと今まで以上の気遣いが見えた。おそらくその気遣いは俺を傷つけてしまったと後悔し続ける百合華なりの償いなのだろう。勿論その必要はないと俺は百合華に伝えた……だって百合華が傍にいてくれるだけで俺は幸せだから。そう告げると百合華は照れながら抱き着いてきたが、それでも気が済まないと言って聞くことはなかった。

 まあそんな感じに一度は絶望しかけた俺の日常だったが再び幸せな日々が戻ってきたのだった。百合華を愛し、百合華に愛され、強く求め、強く求められ……互いが互いを必要とし、共に生きる時間は本当に幸せである。

 

「優介君」

「百合華?」

 

 何度目になるかわからない百合華の家にお邪魔してゆっくりしていた時、お茶を汲んできた百合華は俺の隣にぴったりと引っ付くようにして腰を下ろした。

 今日は百合華のお父さんとお母さんは仕事で遅くなるらしく、今は百合華と二人きりである。何度も思うことだがこうして百合華と穏やかに暮らせていることは本当に幸せだ。

 

「……………」

「……ふふ」

 

 気づかれないように横目で盗み見たつもりだったが、ちょうど百合華も俺の方を向いていて目が合った。まあ偶然一緒に顔を向けたのか、それともずっと俺の方を見ていたのかは定かではないが、こうして目が合っただけだというのに柔らかな笑顔を向けてくれる百合華が愛おしくてたまらない。

 手を伸ばし百合華の頭を撫でると、彼女は目を細めながら気持ちよさそうに俺の手を受け入れる。更にはもっとしてと言わんばかりに頭を押し付けてくるのだから、百合華は本当に俺のツボと言うか何と言うか、その辺りのことをよく押さえていると感心すらしてしまう。

 

「なあ百合華」

「な~に?」

「呼んでみただけだよ」

「なによそれ」

 

 こんなベタなやり取りすら心が温まる。

 

「優介君」

「なんだ?」

「ふふ、呼んでみただけよ」

「なんだよそれは」

 

 ……本当にベタだ。だけどやっぱり嫌ではない。

 しょうもない、けれども心温まるやり取りをした俺たちは互いに笑みを浮かべる。そして何を思ったのか百合華が小さな掛け声と共に俺の胸に飛び込んできたのだ。いきなりのことで俺は受け身すらとれず、胸に飛び込んできた百合華を抱えたまま座っていたソファの上に背中から倒れこんだ。

 

「どうしたんだ百合華」

 

 胸に顔を埋めたまま動かなくなった百合華がどうしたのだと不安になる。けれどもそんな不安はすぐに吹き飛ぶことになるのだった。その理由はもちろん、百合華の笑顔とその言葉である。

 

「本当に……本当に幸せだなって思ったの。こうして優介君が傍に居る。触れることができる。話すことができる……そして、愛することができる。それが本当に幸せなの」

 

 俺の目を真っ直ぐに見つめて放たれた言葉、それは強く俺の胸に刻み込まれると同時に更に大きな百合華に対する愛おしさが溢れ出す。

 思わず百合華をギュッと抱きしめると、百合華も更に体を強く押し付けてきた。

 今は感動というか、温かい気持ちになっているところ悪いのだがやっぱり俺も男なわけで、こうして百合華が体を押し付けてくると色々と柔らかい物が当たっているのである。しかも同年代に比べて百合華のそれは大きい方だからその感触がこれでもかと伝わるため俺の理性がかなり危ない。

 

「襲ってくれてもいいんだよ?」

「……本当に君は」

 

 誘うような目をしながらそんなことを言う。雰囲気と声音からそれは冗談ではなく百合華の本心の言葉だろう。というかやっぱりあれだ、あのことを思い出すのは嫌気が差すことだがやっぱりこういう性的なことに積極的になっているな百合華は。

 

「なんか積極的になってるよね?」

「エッチをすることに?」

「……あぁ」

 

 ストレートに言ってくるんだもんなぁ……あの頃の初々しい百合華はどこへ行ったのか。少しばかり苦笑していると、百合華が少しだけ表情を歪めて口を開いた。

 

「私はただ、優介君と愛し合うことが好きなだけなのよ? 別にエッチというかそういうことに対して見境なく積極的になったわけではないもの……というか、あれから不思議なことに優介君以外の男の人とエッチするのを想像しちゃうと気持ち悪くなっちゃうのよね」

「そ、そうなんだ……」

 

 更に百合華の独白は続く。

 

「優介君以外の男が薄汚い粗末なもの見せたら踏みつけてやるし、無理やりにしてこようものなら嚙み切ってやる……私は優介君だけの女なんだから」

「……………」

 

 百合華の静かな怒りが俺に向いているわけではないことがわかってはいるものの、少しだけ想像して下半身がスッと冷たくなった気がする。何と言うか、積極的にはなったけど強かにもなったなぁ本当に……これならお父さんもお母さんも安心できると思うようん。

 

「ねえ優介君」

「うん?」

 

 まだ俺の上に居続ける百合華が笑みを浮かべて続ける。

 

「私のこと、好き?」

 

 首を傾げるように問いかけてきた百合華、この問いに俺が答えは当然こうである。

 

「もちろんだよ。好きだ。大好きだ。愛してる。結婚してくれ」

 

 言いたいことが多い? 馬鹿を言うな、それほど好きだってことだ。

 俺の答えに百合華は顔を赤くしながらも満面の笑みを浮かべこう返してきた。

 

「私も好き。大好き。愛してる。後結婚はもうするのは決まってるから大丈夫!」

 

 花の咲いたような輝く百合華の笑顔。

 ……あぁ本当に、俺は百合華のことが大好きだ。

 でも一つだけ不安というか心配というか、体力の不安というかそれがある。だって――。

 

「それじゃあ優介君」

 

 百合華の目は潤み、少しだけ息が荒くなってるんだもの。

 こうして互いに好意をぶつけ合った後何に発展するのか……それはもう答えなんてすぐに出るものだ。

 

「今日もたっくさん愛し合いましょう!」

 

 ……また明日の朝も疲れた目覚めになりそうだと、俺はため息を吐きながら百合華を受け入れるのだった。

 

 

 

~堕落令嬢 一条百合華編 fin~

 




一条百合華のお話はこれで終わりですたぶん。

次はなんの寝取られものを書こうかな。
勿論小春ちゃんのやつも手を付けていこうとは思っていますが。

個人的な候補としてはTRUE BLUEが筆頭ですかね(笑)



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陽ノ下心春の場合3

 その日、朝岡家に新の姿はなかった。

 本来であるなら恋人である心春が心配なため傍に居るのだが、今回に関しては学校の行事――所謂部活動があるため学校に行かざるを得なかったのだ。新にとってこの獣たちの住む家に大切な恋人を一人置いていくことに抵抗はあった、それはもう部活を辞めてやろうかとすら思ったくらいである。だがそんな新の考えを改めさせたのだが何を隠そう心春なのだ。心春は新の恋人ということで、部活を頑張る新の姿をずっと見続けていた。楽しそうな新、頑張る新、辛そうな新、多くの新を見てきた心春だからこそ、新に自分を優先してその頑張りを無駄にしてほしくなかったのだ。

 流石にここまで言われてしまっては新としても心春の気持ちを汲まないわけにもいかず、不安な胸中を押し殺しながら部活動を行うため学校へと向かった。新の姿が見えなくなり、獣の住む家に一人残された心春は頬を赤く染めて熱い息を吐き出す。

 

「……はぁ♡ あっくん、そんなに私のことを想ってくれてるんだね」

 

 新から向けられていた心配だという感情は心春の身を熱く焦がす。新を想うこと、新の為に生きることが全てだと考えている心春にとって、新から向けられる全ての感情が愛おしかった――それが例え負の感情だとしても、心春はそれを愛おしいモノだと変換してその身を震わせるだろう。それほどに心春の世界には新しか存在していなかった。

 両親が亡くなり、紆余曲折会って新の家に引き取られた心春だったが、聡明な彼女はすぐに新を取り巻く家庭環境を把握した。頑なに家族のことを話さなかった新、自分の体を舐め回すように見てくる新の父と兄、それだけで心春は全てを理解した。それからの行動は早く、心春は新の父と兄が居ないときを見計らって書斎に忍び込みありとあらゆる場所を物色すると、出てきたのは女の小春が直感的に嫌悪を感じる写真、そしてDVDだった。

 写真に写っていた女性が誰かは分からないが、どことなく顔の造形が新に似ていることから母親だと予測した。そして次に再生したDVDに記録されていたのは……新の母と思わしき女性がその身を蹂躙され、最終的には男の精を求めるだけの雌に堕ちていく過程だったのだ。

 ご丁寧にその瞬間を目撃し絶望の表情を浮かべた新を映すほどの用意周到っぷりは吐き気さえしたほど。新の母親の身に起きた境遇には同情するが、その後に映った新の絶望に比べればどうでもいいと心春は思えた。おそらくではあるが新が心配しているのは間違いなく、この映像のように心春が父や兄に汚されてしまうかもしれないと思ったからだろう。

 愛する人を奪われる苦しみ、心春自身にその経験はないがいざ自分が経験するとなるとその悲しみは果てしないモノだろうことは容易に分かるもの。仮に自分が男として、好きな人が女であった場合……自分の知らない所で大好きな人が知らない人間と体を重ねているなんて考えただけでもゾッとする話だ。

 

「……うん、そうだよね。こんな不安を……あっくんはこんな苦しみを抱えていたんだね」

 

 心春は新の苦しみを明確に感じ取り想いを強くする。それは新を守ること、決して裏切らないということ。ずっとずっと新を好きであり続ける決意を胸に。

 そのためにはまず何をしなければいけないのか、それは至極簡単なこと――新を不安にさせる要素の全てを排除する。それは即ち、ゴミ掃除だ。

 愛しい新のことは一旦頭の隅に置き、思い浮かべるのは自分を舐め回すように見る忌まわしきゴミ屑共、それをどう排除するべきか……その答えは既に心春の中にしっかりとした手順で完成されていた。

 

「ゴミの掃除は簡単だよね――特に、自分から近寄ってくるゴミはね」

 

 寒気を感じさせるほどの冷たい声音と共に、心春は見る人間全てを恐れさせる笑みを浮かべる。そんな心春の言葉と表情を裏付けるように、今彼女の元に一人のゴミが現れるのだった。

 

「あっれぇ? 心春ちゃん一人かよ」

 

 二階から現れたのは新の兄、名前は勝。その声が聞こえた瞬間、心春の目に宿るのは黒い憎悪の炎だ。だがまだだと自分に言い聞かせ、小春は極めて人懐っこい笑みを携えて振り返った。

 

「はい。あっくんは部活に行きました」

「ふ~ん。なるほどね」

 

 そう言って勝は舌なめずりをした。

 今勝が何を考えているのか、心春は明確に理解し表情には出さず頭の中で嗤う。早くしろ、早く行動に移せ、早く私にお前を始末させろ、そう心春は頭の中で念じ続け、その想いは届くのだった。

 

「ちょっと心春ちゃんに頼みたいことがあるんだけどさぁ、今から部屋に来てくんね?」

「今からですか? う~ん、はい。分かりました」

 

 心春は勝の後に付いて部屋に向かう。

 憎悪を抱く小春とは反対に、勝は笑い出したいほどに上手くいったと思っていた。新が小春を家に連れて来た時から勝は心春を狙っていたのだから。今まで多くの女を唆し、時には彼氏を持っている女を、また果てには夫を持った妻を何人も勝は食ってきた。今回は弟が愛する女を奪う、これほどに愉快なことはない。心春の前では極めて良い人ぶっているが、やはり内心は腐りに腐り切った男だった。

 

「……うふふふ」

 

 もちろん、心春がそれを分かっていないわけがない。

 勝は気づかない、主導権を握っているのは勝ではない。心春なのだということを。勝は気づかない、これから訪れる時間は快楽と欲望に包まれたモノではない……苦しみと絶望に包まれた最悪の時間だということを。

 

 

 

 勝の部屋、そこに心春を連れ込んだ瞬間すぐさま襲い掛かろうとした勝だったが、ふとおかしなことに気づく。自分は今間違いなく心春を押し倒そうとしたはず……それが何故、何故自分が天井を眺めているのだろうかと。心春ではなく、倒れているのが自分なのは何故。

 

「何が……あん?」

 

 何が原因なのか、それを探ろうとした時に目に入ったのは心春の姿。幽鬼のようにフラフラとした足取りで、目に一切の光が無くなった普通ではない姿の心春が勝を見下ろしていた。何のつもりだと、気に入らないことがあれば怒りに任せて怒鳴るように、いつもと同じようにそうしようとした勝だったがそれはできなかった――それほどに見下ろす心春の姿が異常だったからだ。

 

「ふふふ。お兄さん、まずはあなたからですよ」

「……心春ちゃん? ちょっとばかしおいたが過ぎるんじゃ――」

 

 そう言葉にした瞬間、何かが自身の頭の横に振り下ろされた。それは禍々しい光を放つ凶器、鋭い刃を持ったナイフだった。その鋭さと振り下ろす力は容易に生半可なモノであるなら貫通する力を持っていた。これがもし自分の顔に振り下ろされたらと思うと……勝は顔を青くして改めて心春の顔に視線を向けた。

 

「ひっ!?」

 

 見上げた先にある心春の目は勝を写していない、写しているのはただのゴミ……そう思ってしまってもおかしくはない冷たい目だった。力に任せて心春を退かせばいいのにそれができない、そんな異様の雰囲気が今この部屋にはあった。抵抗してはいけない、そう思わせる何かが今の心春にはある。

 恐怖で動けない勝の頭のすぐ横に立ち、心春は口を開く。

 

「お兄さん、私ずっとこの時を待っていたんです。あっくんを不幸にするゴミを一つ、確実に消せるその瞬間を」

「……何を」

 

 心春は嗤う。ただの女子高生では絶対に浮かべることのない残酷な笑みは恐怖の二文字すら生温い。確実に消せる、それは心春にとって=殺すということではない。相手がどんな屑であっても、殺しをしてしまっては犯罪者となる。まあいくつも犯罪まがいのレイプや凌辱をやってきた勝なのだからいいかと一瞬思えても、殺人だけはやはり世間に認められはしない。

 

「安心してくださいお兄さん。別に殺したりはしませんよ。だってそんなことしたらあっくんが悲しむじゃないですか……あ、お兄さんが死んじゃうことじゃなくて、私が犯罪者になってしまうことにですよ?」

「……………」

「だから決めたんです。お兄さんを殺したりはしません――壊せばいいんだって」

「……は?」

 

 壊す、壊すとはどういうことだろうか。

 勝の疑問を他所に心春は更に言葉を続ける。

 

「最初からこうすれば良かったんです。あっくんと幸せに、二人で生きていくためにはこれが一番なんですよ。お兄さんやお父さんが自分から居なくなればあっくんは何も悲しまない。不安から解放されたあっくんは自由になるんです。そうしたら私はもっと、もっともっと愛される。永遠に近い時間をあっくんに……ずっと私はあっくんに愛され続けるんですよ」

 

 永遠に近い時間を新に愛される。その想像は軽く心春を絶頂へと導いた。自然に動く右手は胸へと、左手は股へと伸び軽く擦る。

 

「……ぅん♡ ねえお兄さん、それって凄く素敵じゃないですか? 大好きな人にずっと愛されるのって」

 

 寝転がっているからこそ、心春の下着が小さなシミを作っていることに気づくが、状況が状況なだけに興奮さえすることができない。今ここに来てようやく勝は気づいたのだ――心春という少女が狂っていると言うことに。気づけてももう遅い、勝は既に心春の地雷を踏んでしまったから。心春はもう、勝を逃がすことは絶対にない。

 

「以前私という彼女が居るのにあっくんに告白したクソ女が居たんですけど、これからお兄さんにすることと同じことをしたらお人形みたいになったんです。病院に入ったらしいですけど、あれからどうなったのかは私も知りません。というよりも知る価値がありません」

 

 淡々と喋りながら心春は時計を見る。

 今針が差している時刻は9時30分だ。

 

「部活は昼までだから、あっくんが返ってくるのは12時30分くらいかな。丁度3時間ですねお兄さん」

「何をする気だ……」

「さあ、何でしょうね。あの女の子は確か……20分だったかな、それくらいでダメになったんですけど。お兄さんは男性だから1時間は持つかな……あ、でも安心してくださいね? 例え途中で壊れてしまっても、ちゃんと3時間きっちりお相手しますから」

 

 心春の言葉に勝は大きく肩を震わせる、それは紛れもない恐れだった。

 これから行われるのは世に出ぬ地獄、勝にとっての終わり、心春にとっては一つのスタート地点だった。



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陽ノ下心春の場合4

 時刻は12時15分、部活動を終えた新は急いで帰路に着いていた。家に一人残された心春の身に何か起きていないか、それだけが心配だった。新の脳裏を過るのはかつての記憶、幼い新が帰宅した時に見た母親の壊れた姿……その時のことがトラウマとなっていまだ新を苦しめていた。

 新の家から学校まではおよそ30分、当然のことながら帰るのに同じ時間が掛かる。いつもは心春と二人揃って他愛無い話をしながら歩む心休まるその距離も、今だけは新にとって不安と焦燥を募らせるだけの忌々しい距離だった。

 

「……はぁ……はぁ……っ!」

 

 ずっと走り続けていたせいか息が切れる。足を動かそうと、体を前に進めようとしても体の疲れを誤魔化すことはできない。電柱を背にして何とか息を整える新だったが、心春の笑顔が頭に浮かんで休憩を止める。荒い息を吐き出しながら再び走り出そうとしたその時、新を呼び止める声があった。

 

「おい新! 後ろ乗ってけ!」

「……え?」

 

 聞こえた声に振り返るとそこに居たのは二つの人影。そのどちらも新にとっては知っている顔……と言うよりもその二人は新の同級生だった。二人の男女、そのうちの一人である男子生徒が自転車に乗りながら新の横に並ぶ。

 

「ほら、急いでるんだろ?」

「あ、ああ……」

 

 流されるままに男子生徒に言われた通り自転車の後ろに新は乗った。新を自転車に乗せてくれた男子生徒、名前は佐山和弘と言って新にとっては友人に当たる少年だ。高校に入学してから出会ったのだが、色々と気が合うのか良く遊びに行く仲でもある。そしてもう一人和弘と同じく自転車に乗っている女子生徒、彼女も新にとっては顔見知りである。

 

「朝岡君凄く急いでたから。カズ君が放っておけないって」

「……そっか」

 

 和弘の背に乗った新にそう教えてくれたのは櫻井恵梨香、和弘と同様に新の同級生である女子生徒だ。ちなみに新が和弘と仲が良いように、恵梨香も心春とは仲が良くこの四人でどこかに遊びに行くのも決して少なくはない。新と心春というカップルの傍で気まずくないのか、そう思われるかもしれないがこの二人にとってその心配はない。何故ならその理由はとても簡単で、和弘と恵梨香の二人も新たちに負けず劣らずのバカップルであるからだ。

 

「高校からの付き合いとはいえ結構長く一緒に居るからさ。お前が不安になっていることとか何となく分かるんだよ」

「和弘……」

 

 普段はふざけ合っている者同士だと言うのに、こういう部分は本当に鋭いなと新は思う。恥ずかしさを覚えもするが、やっぱり一番は気に掛けてくれたことへの嬉しさである。心配してくれてありがとう、本当に助かる……そう伝えようとしたのだが、それに待ったを掛けたのは呆れたように口を開く恵梨香だった。

 

「とか何とか言っちゃってるけど、私が朝岡君の様子変だねって言わなかったら気づかなかったでしょ?」

「うぐっ!?」

 

 恵梨香の言葉が図星だったのか和弘は大きく肩を震わせた。

 

「……お前」

「あ、あははは……」

 

 どうやら本当に和弘は気づいていなかったみたいで新としても呆れるだけだ。とはいえ、こうして自転車に乗せてもらっていることについては素直に感謝している。持つべきものは友達、新にとって和弘や恵梨香が良き友人というのは間違いないことだ。

 さて、そんな風に新に二人が合流した経緯が分かったわけだが、こうしているうちにも時間は刻々と進んでいく。逸る気持ちを抑える新に対し、恵梨香がこんなことを口にした。

 

「心春ちゃんなら大丈夫だよ。あの子は朝岡君以外には絶対に靡かないから」

「え?」

「? 何のことだ?」

 

 新はいきなりの言葉に目を丸くし、和弘もいきなりどうしたんだと怪訝な表情をしている。新の不安を払拭するために、そう考えれば聞こえは良いが何も事情を知らない恵梨香からの言葉としてはタイミングが良すぎる。邪な気持ちは一切なく、心の底から新と心春のことを想っての恵梨香の言葉だと言うのは分かるため、新は少しだけ気になったが特に追及することはしなかった。

 体力が蝕まれ中無理に走るよりも、自転車で移動する方が早いのは当然で、新が思ったよりもすぐに家に帰ることができた。時刻を確認すると12時30分、少しだけ遅くなってしまったが今は心春のことが何よりも大事だ。

 

「ありがとな和弘! 櫻井さん! また何かお礼させてくれ!」

「あいよ。期待してるぜ!」

「ふふ、どういたしまして」

 

 ここまで自転車に乗せてくれた和弘、そして同じく付き添ってくれた恵梨香にお礼を言って新は心春が待っている自宅へと駆けこむのだった。

 ……残された二人はと言うと。

 

「やれやれ、新のやつ心春ちゃんのこと好きすぎだろ」

「いいじゃない別に。私から言わせれば、カズ君の方が大分物好きだけどね」

「……それを言うかそれを」

「あはは。でもそうじゃないかな? 普通私みたいな子を好きにはならないと思うよ? あんなことをしていたって知ってるなら尚更」

 

 新を見送った和弘と恵梨香は、自転車を手で押しながら雑談を交えて歩みを進める。雑談を交えながら歩みを進める二人は本当に仲睦まじいカップルのようで、非常に微笑ましい光景と言えるだろう。

 恵梨香の言葉を聞いて和弘は小さく苦笑し、かつて恵梨香を口説き落とした言葉を口にする。

 

「しょうがないだろ。それでも好きになったんだからさ――恵梨香、君を」

「……………」

 

 和弘の真っ直ぐな言葉に恵梨香は分かりやすく頬を赤く染めた。さっき新に感じさせた不思議さは今の恵梨香にはない、ここに居るのはただの照れてしまった女の子である。恵梨香は自分だけ照れているのが面白くないのか少しだけ頬を膨らませるも、すぐに和弘と一緒に居れるこの時間が嬉しくて笑みを浮かべた。

 

「その言葉、凄く嬉しい。大丈夫だよカズ君。私はもう、カズ君だけのモノだからね」

「モノって言い方はあまり好きじゃないんだけど……」

「言葉の綾だよ。でもさ、カズ君は私を手放す気なんてないんでしょ?」

「もちろん!」

 

 近くで若い会社員が砂糖を吐いたようだ。

 二人が和やかに進む中、最後に恵梨香だけは振り返った。恵梨香の視線は新の家へ向けられ、和弘には聞こえないくらいの小さな声で囁くのだった。

 

「本当に大丈夫だよ朝岡君。心春ちゃんは君が思っている以上に君のことを愛してる……ううん、愛しすぎてる。それこそ、他の人なんてどうでもいいほどに。私がカズ君を愛おしく思ってるのと同じようにね」

 

 後半に行くにつれて恵梨香の言葉は重い何かを感じさせるが、隣を歩く和弘を見てすぐに恵梨香はいつも通りの笑みを浮かべた。恵梨香の言葉が何を意味するのか、それを理解できるのはおそらく心春だけだろう。

 

 

 

 

 

 

「心春!!」

 

 家の玄関を開けた新は真っ先にそう叫んだ。するとリビングの扉が開き、エプロン姿の心春が慌ただしく小走りで出て来た。どうやら新の様子に何かを感じたようである。

 

「あっくん!? どうしたの――っ!?」

「心春!!」

 

 思わず新は心春に駆け寄って抱きしめた。

 その存在を確かめるように抱きしめる力は強い、普通なら抱きしめられた側は少し痛いと思ってしまう力だ。でも心春はそんな表情はしない、彼女が今浮かべている表情はとてもダラシのないもので、新から見えないのを計算しているのかどうかは分からないが、それほどに他者には見せられないほどに心春の表情は緩んでいた。

 

「あっくん、大丈夫だよ」

「……本当か?」

「うん」

 

 答えるように笑みを見せてくれる心春の姿に新はひどく安心した。本当に何かをされた様子はなく、心春の様子もいつもと変わらないからである。安心した影響なのか、リビングから香る食事の匂いに腹の虫が大きく鳴った。

 

「あ……」

「ふふ。ご飯できてるよ。旦那様♪ なんてね」

 

 お茶目な仕草を見せる心春の姿に一気に不安が消えて行くのを新は感じた。

 心春に引っ張られてリビングに入ると、そこに並んでいた料理はどれも美味しそうですぐにかぶりつきたくなるほどだ。

 心春と共に椅子に座り、いただきますと声を揃えて少し遅めの昼食を取る。

 そんな中、ふと心春がこんなことを口にした。

 

「そうだあっくん。お兄さんね、なんか用事があるとかで当分家を空けるだって」

「え……?」

 

 心春の言葉に一瞬耳を疑った。

 兄が長く家を空けるとはどういうことだろうか、別に一々どこに行くかなど伝えられるわけでもないし、嫌っているからどうでもいいことだが、今まで長く家に居ないことはなかったため新は気になった。しかし今はあの嫌いな兄が家に居ない、その事実が新にとって嬉しく深く考えることはしなかった。

 

「それでね、お掃除とか色々したよ?」

「そっか。大変だったでしょ、この家無駄に広いから」

「そこまで大変じゃなかったかな。11時くらいには終わったから。あまりしつこい汚れとかもなくて良かったよ」

「それは良かった。でも今度からは俺も手伝うから一緒にやろう」

「うん!」

 

 和やかな空気で進む食事の時間は二人の仲の良さを知らしめるかのようだ。

 愛する恋人の作ってくれた料理に幸せを感じる新。作った料理をお礼を言いながら食べてくれることに幸せを感じる心春。二人の間にあるのは何者にも邪魔されない強い絆――一方通行ではない、正真正銘の強い結びつき。

 

「あっくん」

「うん?」

「もう少し待ってね。もうすぐだから」

「もうすぐ?」

「うん。もうすぐ」

「??」

「ふふ、ほら。冷めちゃうから早く食べよ?」

「お、おう!」

 

 心春の言動が少し気になった新だったが、すぐに食事を再開した。

 美味しそうに料理を食べる新をニコニコしながら眺める心春は本当に幸せそうで、そんな様子すらも新を穏やかな気持ちにさせるのだった。

 朝岡家の食卓は新にとって良い記憶はない、でも心春とならどんな嫌な思い出も塗り替えてくれる――そんな心春の存在に新は何度目になるか分からない感謝をするのだった。

 

「ありがとう――心春」

「ふぇ? えっと、どういたしまして?」

「ぷふっ! なんだよそれ!」

「ええ! なんで笑っちゃうの!?」

 

 温かな食卓がいつまでも広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一人消えた。後一人)




佐山和弘と櫻井恵梨香の二人、知ってる人は知ってるかな。

お互いに名前呼びなのであのエンディング後、恵梨香が気持ちを自覚し和弘の元から去らなかった場合のIFです。

あの二人の物語は寝取られとは少し違いますが、スッキリしない点では同じかなと。
例によって例のごとく、恵梨香も和弘に対してかなりの依存、所謂ヤンデレです。もしかしたらいつか彼らにスポットを当てて2話くらい書くかもです。


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陽ノ下心春の場合5

途中で若干の胸糞があります。

ご注意を。


「ふんふふ~ん♪」

「ご機嫌だな」

「うん。何たってあっくんと放課後デートだからね!」

 

 とある日の放課後、沢山の食材が集まる商店街に新と心春の姿はあった。基本今の朝岡家の食卓は心春がほぼ全てを担っている。新も手伝いはするが、逆に手伝うことで心春の邪魔になってしまうのでは思ってしまうほどには心春の手際はいい。まだ学生だというのに心春の作る料理は美味しいのももちろんだが栄養もしっかりと考えられており、心春がどれだけ新のこと想い献立を考えているかがよく分かる。

 さて、そんな二人だが心春が言ったように放課後デート……なんて甘酸っぱいモノではないのが少し残念な所だ。休日であれば四六時中イチャイチャしてるような二人だが、今は二度目になるが学校終わりの放課後である。そこまで時間が取れないのは当たり前だし、一番の目的は夕飯の買い出しだ。

 今日新は家に義父が居ないことを伝えられており、せっかくだから豪華な食事を作ろうかと心春が口にしたため、こうして二人で買い出しに向かったのだ。

 

「う~ん。お肉とお野菜と……お魚はどうかな。あ、安い!」

 

 完全に主婦目線で食材を選び出した心春に新は苦笑した。

 心春が食材を選び、時折新も欲しいモノを手にするというこの何でもない時間。イチャイチャと甘く過ごすわけではないが、二人でこんな時間を過ごすのも新は好きだった。

 心春から目を離し、周りを見れば多くの人で賑わっている。

 新や心春と同じように夕飯の食材を買っている人たち、そんな人たちを必死で呼び込んでいる店の人たち、お菓子を買ってと母親か父親に強請る子供たち……本当に平和でどこにでもある光景が新の目の前にはあった。おそらくこれが普通なんだろう……否、これが普通でなくてはいけないのだ。新の家庭のように歪んでいてはならない、決してそうであってはいけないのだ。

 

「……………」

 

 でもこう考えた場合、新は思うことがある――何故自分の家はあんな醜悪な人間たちが居るのかと。

 一度考えてしまったら気持ちが沈んでしまうのは新のいけない部分だ。隣に愛する存在が居るというのに、過去に植え付けられたトラウマはここまで新の心を乱す。

 新の傍には誰も居なかった。

 義父は見向きもしない、義兄もそうだ……そして、母親もそうなってしまった。

 家では誰も新に構わなかった。話を聞いてくれもしなかった……新の存在を誰も見てはくれなかった。

 しかし、今はそうじゃない。新を愛し、ずっと傍で見てくれている存在がいる。

 

「あっくん」

「……心春?」

 

 新の不安を敏感に感じ取り、手を優しく握りしめてくれたのは心春だ。心配そうに新を覗き込む心春の様子に新は申し訳なさと同時に感謝の気持ちを抱く。いつもいつも、本当に新は心春に助けられている。こうして実感させられるたび、新の想いは強くなる――何があっても、心春を想い守り続ける覚悟が。

 特に理由はない、でも新は心春を感じたかった。

 心春の体を抱き寄せれば、彼女は嫌がることなくその身を許す。心春としてもやはり、新の心の動きが分かるのか優しく抱きしめ返す。

 

「あっくん、温かい」

「うん。温かい。凄く安心するよ」

「あっくんが安心するならいつでもいいよ? 私はもう、あっくんだけの心春だから」

 

 ……本当に、なんて愛らしい子なのだろうか。

 見上げてくる心春が愛おしくて、新は顔を無意識に寄せる。心春も新を受け入れるように瞳を閉じてその時を待つ……のだが、ご両人……ここはどこか覚えているのだろうか。

 

「……うん?」

「……はっ!?」

 

 新が気づき心春も気づく……そういえばここは商店街だったと。

 正気に戻って辺りを見回すと、老若男女問わず二人の成り行きを見守っていた。これには流石に新は赤面し、心春でさえも恥ずかしさが勝ってしまう。周りの人たちはそんな照れた二人が可愛いのか暖かい眼差しを向けるのだった。

 

「若いわねぇ」

「本当じゃなぁ。わしらもあんな頃があったのぉ」

「リア充爆発しろ。末永くな!」

「ねえお母さん、あれ何してるの~?」

「見ちゃいけません! さ、行きましょ」

「……そう言いつつもガン見してるじゃん」

 

 多くの視線と声を聞いて、たまらず新と心春はその場から離れた。もちろんお互いの手は離さずに繋いだままで。

 ある程度離れた所で新と心春は息を整え、次いで笑みが零れた。

 

「やれやれ、参ったな」

「ほんとだね。続きは帰ってから……だね♡」

「お、おう……」

 

 どうやら今晩は寝るのが遅くなりそうだと新は思うのだった。

 それから無事に夕飯の献立も決まり、食材も買って帰路に着いた。徐々に家に近づく中で、新は気づく――家の明かりが点いていると。

 

「……あれ」

「……明かりが」

 

 おかしい、今日は誰も居ないはずだ。そう聞いていたのだ。

 新はまさかという気持ちになって急いで家に帰ると、鍵を掛けたはずの玄関は簡単に開き、リビングからは誰かの気配がした。

 新がリビングに向かうと居たのはやはり……。

 

「新か。実は仕事が早く終わってな。遅くならないうちに帰れたよ」

「……………」

 

 新の義父、源蔵だった。

 暫く仕事の都合で顔を合わせていなかった源蔵に、新はどこか得体の知れない寒気を感じる。

 

「……あれ、お義父さん帰っていらしたんですね」

「おぉ心春ちゃん。久しぶりだね、すまないが私の夕食も用意してくれるかな?」

「……分かりました」

 

 心春の落胆が声を通じて新に伝わる。

 夕食の用意をするために心春がエプロンを身に着ける中、源蔵はやはり……心春の体を舐めるように見ていた。愛らしい顔を、大きく実った胸を、ハリのある尻を、スカートから覗く綺麗な足を。その様子はかつて覚えがある。新の母親を見ていた目と全く同じだ。

 新はとにかく心春を守るため、彼女の傍に向かおうとしたその時だった。

 

「新、少し話があるんだが。部屋に来なさい」

「……え」

 

 それは初めて、源蔵に新が部屋に来いと言われた瞬間だ。

 新の動揺を他所に源蔵はズカズカと自室へと向かった。新も暫くして源蔵に続くように歩き出すのだった。

 

「………………」

 

 その姿をジッと、心春が見つめていたのに気づかずに。

 

 

 

 源蔵の部屋に入った新は最大限に警戒していた。

 一体今になって何の用があるのかと。嫌な汗が流れる中、源蔵は座りなさいと言って部屋に設置されていた冷蔵庫からジュースを取り出しコップに注ぐ。未成年の新でも飲めるオレンジジュースだ。

 

「……………」

「ふん。随分と嫌われたものだな」

 

 どの口が言うんだと、新は声を荒げたくなったが心春に心配は掛けさせたくなかったため何とか押さえ込む。源蔵が出してくれたジュースを喉に通し、新は一気に踏み込んで聞くのだった。

 

「一体、何の用ですか?」

 

 家族とはいえ、そこまでの接点はない。交わす言葉が敬語であるのが新が示す一つの拒絶である。新の言葉を聞き、源蔵は醜悪な笑みを浮かべてその問いに答えるのだった。

 

「そろそろ私に心春ちゃんを貸してはくれないか?」

「…………は?」

 

 新は何を言われたのか理解できなかった。

 心春を貸せ、貸せとはどういうことか。言葉を失った新を気にせず源蔵は言葉を続ける。

 

「何、私も最近ご無沙汰でな。若い子を味わいたいんだよ。心春ちゃんは新を好きでいるようだが、あれを私の色に染めるのも楽しそうだからな」

「……けるな」

「うん?」

「ふざけるな!!」

 

 ついに我慢できず、新は声を荒げて源蔵を睨みつけた。

 考えてみれば新が源蔵に対しこのような行動を取ったのは初めてだ。だがそれを気にする余裕は今の新たにはない。新に睨みつけられても源蔵は気にした様子は全くなかった。

 

「所詮女は玩具だ。男を喜ばせるだけの存在だろう。私は今までそんな女を多く見てきた――お前の母親もそうだったようにな?」

「っ!?」

 

 思い出されるのは忌々しい記憶、新のトラウマ。

 過去のトラウマが刺激され、しっかり呼吸をすることすら怪しいほどに新は動揺している。そんな新を面白そうに眺めながら、源蔵はリモコンを手に取り一つのボタンを押した――再生ボタンを。

 いきなり映像が再生されれば必然と目が向くのは仕方ないこと。

 新の視線が向いた先に映し出されたのは一人の女性、新の母親が多くの男に蹂躙される姿だった。

 

『いや……いやあああああああっ! 助けてよ! たすけてええええええええっ!!』

 

 涙を流し、助けてと懇願する母親。

 

『新……ごめんなさい……あなた……ごめんなさい』

 

 ただただ懺悔を告げる母親。

 

『……ダメよ……ダメ……ダメなのに……どうしてこんな……』

 

 抗いの感情が段々と消えて行く母親。

 

『なります……なりますから!! 皆さんの奴隷になります! だからもっと気持ちよくしてください!!』

 

 裏切ることへの涙と、これから行われることへの歓喜の涙が混ざった母親。

 

『もうどうでもいいのぉ♡ ごめんなさい新、あなた。私、皆さんの奴隷として幸せになりますぅ♡』

 

 両手でピースをしながら完全に堕ちた母親。

 

「……かあ……さん……っ!」

 

 ニヤニヤと画面を眺める源蔵とは反対に、新は大粒の涙を流す。

 過去のトラウマは最悪の形となって芽吹いた。一体どこにこんな映像を見て耐えられる人間が居るだろうか、幼い頃に大好きだった実の母親のこの姿を見て、平気で居られる人間なんて居はしない。

 全て奪ってきたのだ、この源蔵と言う男が。

 

「いつ見ても愉快だな。最初はお前や当時の夫に謝罪を繰り返していたよ。それがどうだ。ここまで堕ちて従順になりおった! 思う存分犯してくれと懇願する様は本当にいい。実にお前の母親は調教のし甲斐があった」

 

 腐れ外道ここに極まれりとはこのことか。

 トラウマを抉られ、悲しみに包まれた新だったが完全に折れてはいなかった。何故なら心春が居るから、彼女の存在がいつも新の心を支えている。折れないからこそ、新はこれからどうするべきかを考えた。心春を連れて、どこか遠くへ行こう。こんな薄汚い家族の魔の手が決して届かない、そんな遠くへ。

 すぐに行動に移そうとした新だったが、ふと頭がボーっとした。段々と眠くなるような感覚にまさかという気持ちが強くなる。

 

「お前が飲んだ物に少し薬を入れてな。何、害のあるようなものじゃない。少し眠くなるだけだ。ではな新、目が覚めた時にはお前の愛した女は私のモノになっているだろう。楽しみにしていなさい」

「……こ……はる……っ」

 

 薄れていく意識の中で、新が最後に見たのは汚く笑う源蔵の姿だった。

 

 

 

 

 

 眠った新を見て源蔵は嗤う。

 これでようやく心春が手に入ると。そして目が覚めた時、心春が自分のモノになっていることに絶望した顔を見るのが楽しみで仕方ない。これが源蔵と言う男の本性だ。

 今まで多くの女を奪い、蹂躙してきた。

 だから今回も同じことをするだけ、心春を自分の女にして奴隷とする……源蔵は心春の元へと向かうために歩みを始めたその時だった。

 ガランと、音を立てて部屋のドアが開いた。

 

「……おや、どうしたんだい心春ちゃん」

「……………」

 

 入ってきたのは夕食の準備をしているはずの心春だった。

 だがどこか心春の様子がおかしい、先ほどまで笑顔を浮かべていたのが別人と言えるほどに無表情なのだ。その感情の起伏のない姿は一種の恐怖を覚えさせる。……まあ、それも仕方ないのだろう。何故なら心春は全部聞いていた。ここであったやり取りを全て。故に、今心春の中では激しく感情がごちゃ混ぜになっている。怒りと憎悪、殺意の衝動がこれでもかと。

 新はとにかく家庭の裏を知られるのを恐れた、だから心春は途中で止めに入ることをしなかったのだ。追い詰められた新の叫びは心春の心に響き、それは新を心配する気持ちから源蔵への憎悪へと変化する。

 

(明日終わらせるつもりだったけど、今日にしよう。こんなゴミはいちゃいけない、あっくんを救えるのは私だけだ)

 

 眠ったままの新を見た心春は、再び源蔵に視線を戻し口を開く。

 

「あっくんが眠っているなら私としても助かります。これからすること、あっくんにだけは見られたくありませんから」

 

 新への想いが強すぎるからこそ、新に対する悪意には行き過ぎるほどの憎しみが沸く。

 今の心春にあるのは如何に源蔵を苦しめてダメにするかだ……生半可なことでは終わらせない。勝とは比にならないほどの苦しみを与えてやると心春は今決めた。

 今ここに来て、相対する源蔵も気づいたのだろう――心春の持つ異常性に。

 一歩下がるがここは部屋の中、逃げ場などありはしない。

 

「お父さん、覚悟してください。今の私は手加減、できそうにありませんから」

 

 そう言って心春はゆっくりと歩みを進めた。

 今まで新を苦しめてきた元凶を完全に消すために。

 




次回で心春ちゃん編は最終回となります。


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陽ノ下心春の場合 Ending

 裁きの時は長い、それこそ気が遠くなるほどに。

 

「……もう、やめてくれ……もう」

「もう、何ですか?」

 

 今にも気を失いそうなほどに弱弱しい声を上げる源蔵とは反対に、心春は笑みを浮かべてそう言葉を返した。苦しそうな源蔵を前にしても、心春には手心を加えるような優しさは残っていない。ましてや愛する恋人を絶望へと叩き落した元凶なのだ――何をしても許そうとは思わない。

 唾と鼻水を垂れ流す薄汚いその姿に心春はそろそろかと終わりの時を予感する。終わりの時と言うのは殺すという意味ではない、壊し終えるという意味である。

 

「はい」

「ぎゃああああああっ!!」

 

 痛覚に敏感になった肌は何かが少し触れただけでとてつもない痛みを生じる。肉体的に若かった勝はある程度耐えれはしたが、それなりに年を取っている源蔵には到底耐えられる苦痛ではない。けれどもやはり、心春は源蔵への罰を止めることはない。

 それなりに大きな叫び声が出ているものの新が目を覚ます様子はない。どうやらかなり強い薬を盛られたようで、心春としては新が起きないことに安堵しつつも何てものを飲ませてくれたんだと源蔵に対して更に憎しみが増す。正に悪循環だった。

 

「あ……がっ……」

「恵梨香の薬やっぱり凄いね。ふふ」

 

 完全に白目を剥いた源蔵の状態を見て、心春は一人の親友を思い浮かべて小さく笑みを零した。だがその笑みもすぐに鳴りを潜め、再び冷たさを滲ませる鋭い目となって源蔵を睨みつけた。

 

「やめて、そう言った人たちをお前はどれだけ傷つけたのかな? どれだけの人を泣かし、悲しませ、奪ってきたのかな?」

 

 心春の問いに気を失っている源蔵が答えることはない。もう完全に源蔵は壊れたのだ。

 

「ふぅ、終わった。掃除しないとね」

 

 極めて冷静に、何事もなかったかのように源蔵が撒き散らした唾液等の掃除を始める心春はやはり普通ではないのだろう。新でさえも知らない心春の側面、おそらく金輪際この心春が表に出てくることはない。もう新を苦しめる者は全て消え失せたのだから。

 

「もし万が一、私がこの人たちに犯された場合……そうだなぁ。たぶん――死ぬね」

 

 今はもうあり得ないIFを考えた場合、心春の結論は意外とすぐに出た。心春にとって体の交わりは特別な意味を持っている。お互いに最も愛を囁きぶつけ合い確かめる行為だからだ。たとえ自分の意思によるものでないとしても、その行為を他者によって汚されたなら少なからず愛する人は傷つく。

 

「あっくんを悲しませる者に存在する価値はない、たとえそれが私であっても同じこと」

 

 自分ですらも、新を悲しませる者に価値はない。よくよく考えた場合、心春としても世間には決して表立って言えないことを現在進行形でやってはいるが……まあこれも新の幸せの為だと心春は気にしないことにした。ここまで強硬手段を取ったのは単純に憎悪があったのも確かだが、新の義父と兄は無駄に金持ちで暴力団等と繋がりがある。どうせ警察に願い出ても金で握りつぶされるのが関の山なのだ。

 

「さてと、お掃除終わりっと。もう少し待ってねあっくん。このゴミを片付けたらすぐにご飯を作るからね」

 

 源蔵には決して見せなかった笑顔を新に向け、心春は最後の行動に移るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 トントンと、包丁の音が聞こえる。

 その音はいつも聞いているけれど、どこか懐かしさを感じさせるリズムだった。新は半ば寝ぼけた頭で起き上がりその音の出所に目を向ける。

 

「~~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながら楽しそうに料理を作る女性の姿……新は思わず、声が出た。

 

「……母さん?」

「? ……あ、あっくん!」

 

 女性――心春は起きた新の元へ小走りで駆け寄ってきた。

 心春が傍に来たことで新の頭も完全に覚醒し、目の前に居るのは母親ではなく心春なのだと認識する。それはそうだ、だってもう新の母親は居ないから。心春のことを寝ぼけていたとはいえ母親だと思って呼んでしまったのはとても恥ずかしい。だが心春は聞こえていなかったのか特に気にした様子も無く、新はホッと息を吐いた。

 ……っとここで、新は一つの疑問を抱く。何故自分は眠っていたのだろうかと。確か心春と一緒に夕飯の買い出しに出かけ、そして帰って来て……そこで新の記憶は止まっている。

 何か重要なことを忘れているような、そんな感覚だったがその考えを遮るように心春が口を開いた。

 

「あっくん疲れて眠っちゃったんだよ? 起こそうかなって思ったけど、気持ちよさそうに寝てたから」

「そっか……って、結構寝てない!?」

「うん。2時間くらいかな。あっくんの可愛い寝顔をずっと見ていたかったんだけど、ご飯の用意をしないといけなかったから。ちょっと残念♪」

 

 無邪気にそういう心春に新は苦笑した。ずっと寝顔を見ているだけなんて飽きてしまうだろうに、それを心春は本当に楽しみにしていたようだ。しかしこうして目が覚めたのなら新としても食事の用意を手伝おうと思うのは必然だ。

 

「俺も何か手伝うよ」

「本当? ならお願いしようかな」

 

 心春と共に台所に並び、二人で仲良く食事の用意をしていく。当たり前のことだがこうして新と心春の二人が並ぶのは初めてではない、いつも思うことだがこの空間が新は好きだった。

 心春と共に笑顔で一緒に食事を作る。それは昔を思い出させることもあった。

 

『お母さん、箸並べたよ!』

『あら、えらいわね新』

 

 母と並んで家事をしていた過去がひどく懐かしい。もう戻れない時間だが、せめてあの昔のことはいつまでも綺麗な思い出として残っていてほしい。自身を取り巻く環境、そして過去と決別したその時は……心春に全てを話し、その上で新たな一歩を歩んでいこうと新は思った。

 

「……ねえあっくん」

「どうした?」

「好き」

「……いきなりだな」

 

 いきなり好きだとストレートに伝えられたが、やはりその言葉はいつ聞いても嬉しいものだ。言われ慣れてはいるが、それでもその気持ちが色褪せることはない。だからこそ新も同じように言葉を返すのだ。

 

「俺も好きだよ。心春」

 

 そう伝えた心春はいつも以上に嬉しそうに笑うのだった。

 新は傍に心春の存在を感じながら、ふと呟く。

 

「今日は“あの人”がいない……ずっとこんな日が続けばいいのに」

 

 新のいうあの人とは義父のこと、どこか記憶に引っ掛かりを感じるがただでさえ嫌悪している対象なのだ。違和感を感じたとしても長く考えるようなことを新はしたくなかった。故にすぐその違和感も消え失せる。

 

「ふふ。あっくん。もう大丈夫だからね。ずっとずっと、一緒だよ」

 

 心春のその言葉に新は当たり前だと頷いた。

 嫌な思い出が残る家であっても、心春が居れば幸せな空間へと変化する。新は今一度心春に視線を向け、絶対に守り抜くという決意を込めて。

 

「あっくん?」

 

 心春を思いっきり抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 それから語ることは多くはない。

 新と心春の日常は普通の人が送る平凡なものだった。いつの間にか家に帰ることのなくなった義父と義兄、彼らの消息を新が知らないまま時は過ぎて行った。

 心春や友人たちと共に高校生活を過ごし、大学に進学してこれまたありふれた日常を送り、そして今日――新と心春にとって新しいスタートラインの日となる。

 

「……緊張するな」

「ははは。ソワソワしすぎだぜ新」

 

 緊張する新の背中をパンパンと和弘が叩く。結構叩く力が強かったのか新は咳き込むものの、いつものようにやり返したりはしない。何故ならそんなことをする余裕がないほどに新にとって今日が特別な日だからである。そう、今日は結婚式。大人になった新と心春、二人を祝福する特別な日。

 

「にしても、思ったより平和にこの日を迎えられたなぁ」

「何だよいきなり」

 

 ふと呟いた和弘に新がそう聞くと、和弘は覚えているかと前置きして続けた。

 

「高校二年の時だったっけか。お前に告った女いただろ?」

「……あぁ。隣のクラスの谷野さんだっけ」

「そうそう。あのビッチ」

 

 和弘の言うビッチ、その女子のことは新としても覚えていた。

 かつて心春と付き合っていた時に告白してきた女子生徒、その時は心春という彼女が居たため当然のごとく断ったのだが、思えばその女子に関しては色々と黒い噂があったのだ。

 

「彼女の居る男に近づいて金だけ巻き上げてポイ捨てするって有名だったもんな。あの頃の新って心春ちゃん一筋だったけど、逆に心春ちゃんが居るだけでポワポワしてたから標的になったんだろ。言うこと聞かせたら羽振り良さそうとかでさ」

「……俺ってそんなだったか?」

「うん」

「断言!?」

 

 当時そんな風に思われていたとは知らず新は少し大きな声を出してしまった。確かに心春みたいに可愛くて優しい彼女が居れば浮かれるのは当然だろうか。当時を思い出して新は一人それもそうかと納得した。それに和弘が呆れたように肩を竦めるのも最早お約束である。

 

「まああいつも見た目だけは良かったからいくら彼女が居ようと上手く行くと思ってたんだろ。んで断られてキレてさ、知り合いのちょいヤバい連中に声を掛けてお前に痛い目見せようとさせたわけだ」

「……知らないんだけど」

「言ってないからな……まあそれも実行に移されることなく終わったから済んだ話だ」

「へぇ……」

「その時心春ちゃんがキレて……色々あったらしいぞ。恵梨香から聞いた話だけど」

「何したの!?」

 

 本当に何をしたんだろうか、新は凄く気になったが和弘も知らないらしい。恵梨香は知っているようだけど、おそらく教えてはくれないだろうとのことだ。

 

「気になるな……」

「俺も気になる。というか恵梨香も時々……何だろうな、こう……人を殺したことのある目になるというか……上手く言えないけど怖い時があるんだよなぁ」

「あの内気な櫻井さんに限ってねえだろ、馬鹿かお前」

「馬鹿って言うんじゃねえよ。まあそれもそうか」

 

 二人してあり得ないIFを思い浮かべて笑い合う。

 

「恵梨香はベッドの上だとめっちゃエロエロだけどな!」

「お前は神聖な教会で何を口走っとんだ!!」

 

 化粧担当の人が汚物を見るような目で見て来たのでいい加減黙る二人であった。新に関しては完全にトバッチリではあるのだが、まあ一人が猥談をすると全員が変な目で見られるのはどこでも共通のことであるのは間違いないらしい。

 でもそうかと改めて思い出す。あの時心春は怒っていたんだなと……。

 

「心春ってさ、もしかして怒るとかなり怖いかな?」

「……さあ。一つ言えるのは、恵梨香も時々怖いって言うくらい?」

「マジ?」

「ああ」

「……俺、絶対怒らせないわ」

 

 心春は絶対に怒らせない、新は心に誓うのだった。

 そして――。

 新と和弘が居た部屋の扉が開き、入ってきたのは純白のドレスに身を包んだ新婦――心春がそこには居た。いつも心春の傍に居て彼女を良く見ていたが、今こうして改めてドレスを纏う心春は本当に綺麗だった。数秒目を奪われた新だったが、すぐに心春に届けるべき言葉を紡ぐ。

 

「凄く綺麗だよ。心春」

「……えへへ、ありがとうあっくん。凄く嬉しいよ」

 

 お互いに頬を染め褒め合う光景はとても初々しい。さっきまで汚物を見るような目をしていた人も、軽口を叩き合っていた和弘も、心春と共に現れた恵梨香も、この場にいる全員が二人を優しい目で見つめていた。新は心春の手を握る。心春も絶対に離さないと言わんばかりに強く握り返す。

 思えば多くのことがあった新の人生だった。

 生きることに絶望した新だったが、こうして大切な存在を見つけることが出来た。だからこそ、今は胸を張って言える。

 

「心春、俺生きてきて良かったって思う。君に会えたから……だからこれからもずっと、俺と一緒に生きてほしい」

 

 生きてきて良かった、それは過去の新では決して口に出来ない言葉だった。一緒に生きてほしい、そう伝えられた心春は小さな涙を目尻に浮かべ、満面の笑みを浮かべて頷くのだった。

 

「うん! 私もあっくんに会えて本当に良かった。ずっとずっと、私はあっくんと一緒に居ます」

 

 新と心春は歩き出す。

 今日からは夫婦として、一生を支え合う生涯のパートナーとして。二人の門出を祝福するように、大きな鐘の音が遠くまで響き渡るのだった。

 

 

 

~陽ノ下心春編 fin~

 




次回は一応決めてまして。

原作:とらいあんぐるBLUE
   姫宮あかねの場合


って感じですかね。

原作とかあまり覚えてなくて、どういう設定かを確かめるんですが……ダメージは負ってしまうんだよなぁ・w・;


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姫宮あかねの場合1

原作:とらいあんぐるBLUE



原作は見返しておらず、確かこうだったよなっていうことを思い出しながら書きました。まあ思い出すだけでもメンタルブレイクされそうなんですけど。


 青年――沢村麻人には夢があった。

 結婚を誓い合った大切な恋人と共に、二人三脚で本を作るという夢が。

 

「……あかね」

 

 あかね、麻人が呟いたのは愛する恋人の名前である。姫宮あかね、麻人が彼女と出会ったのは大学に入って暫くした時だ。小説家を目指していた麻人、イラストレーターを目指していたあかねはひょんなことから知り合い、互いに趣味について話していくうちに惹かれ合い交際が始まった。

 今まで趣味に関して一直線に走ってきた二人だったが、付き合い出してからは互いが互いを大切にする理想のカップルとなった。大学生活の4年間を終え、それを機に麻人とあかねは同じ屋根の下で暮らすようになり、それからはお互いに誓い合った夢を実現するために麻人は出版社へと、そしてあかねは専門学校に入った。

 一緒に住んでいると言ってもお互い忙しく、あまり遊びに出かけたりと言った時間は取れていない。そもそも麻人に関しては、会社で寝泊まりすることがほとんどでありあかねが待つ家に帰ることすら最近では難しかった。しかしそれでも、麻人とあかねは強い絆で結ばれており愛し合っている……それはお互いがちゃんと分かっていることだ。分かっている……そう思いたいのに。

 

「……………」

 

 ここ最近、麻人はあかねがどこか遠くへ行ってしまうかのような胸騒ぎを感じていた。例え家に帰れなくても、ちゃんとメールや電話のやり取りはしている……お互いに愛していると言葉は交わしている。それでも麻人は言いようのない不安を感じるようになっていたのだ。

 

『私の絵と麻人と文章でね、一緒に本を作るのが夢なのっ♪』

 

 笑顔でそう言ったあかねの姿がとても懐かしく感じる。あの時の笑顔は麻人にとって宝物、愛する人が浮かべた麻人の一番好きな表情――一番失いたくない宝物だ。

 そういえばと、麻人はふと思った。

 昼に今日も帰れないと言った時のあかねはどんな声だったかを。

 

『っ……そっか。うん。分かった。私は大丈夫だから……お仕事頑張ってね。大好きだよ、麻人』

 

 仕事の最中だったから気にならなかったが、あかねの声はどこか強がったものだった。悲しみを押し殺し、心配を掛けさせまいと元気さを無理にアピールするような……そんな声だったのを麻人は思い出した。

 分かり合っている、愛し合っている……これはおそらく二人の間では間違いないことだろう。麻人もその言葉があるから会えなくても我慢できるのだから。でもこれは麻人に限った話であって、あかねもそうだとは限らない。もしかしたら今こうして離れている間、あかねは一人泣いているのかもしれない。あの広い家で、一人寂しくご飯を食べているのかもしれない……そう考えたら居ても立ってもいられなかった。

 

「……くそっ! 遅すぎるだろ俺! こんなこと、少し考えれば分かることじゃないか!!」

 

 笑顔が眩しいあかね、でも同時に彼女は寂しがりやだった。なんで今までこんなことを忘れていたんだと麻人は己を叱責する。書いていた小説の文章を保存し、パソコンの電源を切って麻人は出版社を飛び出した。仕事に関しては正直不安になったが、あかねのことを考えたらどうということはない。死ぬ気で頑張ればどうにでもなる、そんな気持ちを抱きながら麻人は帰路に着くのだった。

 タクシーを捕まえ麻人はあかねと住んでいるバレンタインハイツを目指す。いつもは何も思わない道なのに、早くあかねに会いたいという気持ちが強くて焦りを生む。守ると誓った、泣かせないと誓った、それほどにあかねのことが大切だから。

 暫く時間を掛けてようやく到着し、麻人は玄関まで来た。

 

「……はぁ……はぁ……っ!」

 

 乱れた息のまま、麻人は玄関のドアを開けてリビングに行く……するとそこにはもちろんのことだがあかねが居た。

 

「……麻人?」

「……っ!!」

 

 ……思った通りだった。

 あかねは一人で夕食を取っていた……目尻に小さく涙を浮かべた状態で。あかねとしてもいきなり麻人が帰ってきたことは予想外なのかポカンとしているが、すぐに我に返って涙を拭いて笑顔を浮かべた。

 

「お、おかえり麻人。ビックリした……!?」

「あかね!」

 

 もうそれは反射だった。

 泣いているあかねの姿を見た麻人はすぐさま彼女に駆け寄り、その体を思いっきり抱きしめる。あかねはいきなりのことに更に驚いたが、やはり久しぶりにこうして抱きしめられたことが嬉しかったのだろう。困惑の表情は鳴りを潜め、幸せような表情となって麻人を抱きしめ返した。

 あかねを抱きしめることで、彼女の存在を直に感じられ安心する。どれだけそうしていただろうか、お互いに満足したのかやっと腕を離し、当然のことながらあかねが疑問を口にした。

 

「えっと……今日は帰らないんじゃ?」

「そのつもりだったけど……あかねに会いたかったから」

「……~~っ! もういきなりそんなこと言わないでよ。照れちゃうから!」

「嫌だった?」

「嫌なわけない! 凄く嬉しい!」

 

 あかねが浮かべたのは満面の笑み、麻人は確信した。帰って来て良かったと。

 

「俺、少し考えたんだ。仕事ばかりになって、あかねを蔑ろにしてたことにさ」

「そ、そんなことないよ! 私は――」

「いや、そうなんだよ。だってあかね……寂しかったんだろ?」

「っ!」

 

 図星を突かれたようにあかねは固まった。さっきまでは嬉しそうに笑顔だったけど、こうして指摘してしまえばあかねは素直になって表情に分かりやすく出る。麻人が忙しいのは分かっている、だからこそ麻人のことを想ってあかねは我慢していたのだ。でもやっぱり本当は、あかねはいつだって麻人と一緒に居たいと思っている。もっともっと恋人として甘い時間を過ごしたいとずっと願っていたのだ。

 言葉に出さずともあかねが何を考えているのか、ずっと恋人だった麻人には分かる。

 

「ごめんな。気づくの凄く遅くなったけど、これからはあかねとの時間をもっと取れるようにするよ。何だかんだ俺も寂しかったんだ。大好きなあかねが傍に居ないことに」

「あ、麻人……っ!」

 

 麻人の言葉を聞いて限界が来たのかあかねは麻人の胸に飛び込んだ。

 胸に顔をこすりつける様に涙を流すあかねを麻人は再び強く抱きしめる。大人になっても変わらない、あかねはやっぱり寂しがりやだ。大人になって成長したあかねだけれど、こういう部分は変わらないんだなと感慨深いものを麻人は感じる。

 泣かせないと誓ったのに泣かせてしまった……でも今日だけだ。これからは今以上にあかねを大切にする。彼女が望むことは可能な限り叶え、そして傍に居ることを麻人は改めて誓うのだった。

 

「あかね、俺は――」

 

 今一度好きだと、そう伝えようとした時……ぐぅ~っと麻人のお腹が音を立てた。

 

「……あ」

「……ふふ」

 

 参ったなと麻人が照れながら頭を掻くと、あかねはすぐにご飯を用意するねと言って準備に取り掛かった。その日は本当に久しぶりに二人揃ってご飯を食べたように思える。麻人にしてもあかねにしても、終始笑顔が絶えなかったあたり今までの反動が出てしまったのだろうか。

 楽しい夕食を終え、そして――。

 

「麻人。好き」

「俺もだよ。あかね」

 

 二人はベッドの上に居た――裸の状態で。

 二人でご飯を食べるのが久しぶりなのだから、こうして夜の営みをするのも久しぶりだった。暫くご無沙汰だったのもあったし、何よりお互いに今回の出来事を経て気持ちが一層強くなったのも手助けし、今までにないほどに激しい交わりだった。

 麻人の腕を枕代わりにしているあかねは本当に幸せそうで、そんなあかねを眺めている麻人も同じく幸せだった。やっぱりあかねは麻人にとって宝物、彼女の笑顔は麻人の生きる活力と言ってもいいほどである。気づくのに遅くなったけれど、もうあかねに寂しい想いなんて絶対にさせない。

 

「……えへへ」

 

 決して人様に見せられない締まりのない顔をしているあかねを見つめながら、麻人は彼女の温もりを感じながら今と言う掛け替えのない時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 一方で、あかねは麻人以上の幸せを感じていた。

 寂しく過ごしていた日々、いつまで続くのかと憂鬱になっていた時に麻人が帰ってきた。彼に心配を掛けないようにと気丈にずっと振る舞っていたが、それでもやはり寂しいモノは寂しかった。だからこそ、こうして心配してくれたことが嬉しかった。同時にもっともっと、今までよりもっと麻人のことが好きになった。

 寂しかった想いは麻人の愛で埋められ、麻人と交わりたかった欲求は今回のことで一気に解消された。いつもはあっさりしている麻人なのに、今日はいつも以上に激しく、もっと欲しいと言わんばかりにあかねを求めた。激しい交わりだったがあかねに不満は一切ない、それどころか愛する人にあそこまで求められたのはあかねにとって天にも昇るほどだったのだ。

 

(凄く気持ち良かったな。それに……ふふ、麻人ったら何度も好きって言ってくれた。それが何よりも嬉しい)

 

 麻人に寄り添えば、感じるのは彼の体温だ。不安だった心が一気に洗い流されるそれは麻薬のようで、どうしようもないほどに麻人のことが好きなんだなとあかねは実感する。

 そして――。

 

(……本当に、麻人以外の男って気持ち悪い)

 

 麻人に気づかれないように、あかねは今ここには居ないある男たちへの嫌悪をその瞳に乗せる。あかねを嫌らしい目で見てくる専門学校で結成されたサークルの男、ネガティブなことばかり口にして本当の自分を隠す浪人生、極めつけはバイトの時間を無理やり夜に入れようとするバイト先の男……その男に関しては麻人の叔父であるが、あかねからしたら嫌悪感しか感じない薄汚い家畜以下の屑共だった。

 あかねにとって麻人以外の男は居ないも同然であり、愛すのも愛されるのも麻人以外考えられない。あかねという女性はどうしようもないほどに、麻人という男性しか見えていなかった。

 夢を語り合い、惹かれ合った、運命を感じた麻人を愛することだけがあかねにとっての生きがい。

 

「麻人、好き」

 

 更に密着するように、大きく育った胸も押し付ければ麻人は頬を赤くして照れてくれる。自分の体で興奮してくれる、これだけでもあかねにとっては絶頂ものである。ブルっと震えた体、それを勘違いして麻人は大丈夫かと気遣うが、馬鹿正直に今ちょっとイッちゃったなんて流石のあかねも恥ずかしくて言えない。まあでも、お互いの体はとても正直である。

 

「あ、麻人のが……」

「……あかねがエロいのが悪い」

「ふふ♪ 麻人の前だけだよ……もう一回する?」

 

 そう言えば麻人も再び火が付いたのか、第二回戦へと突入するのは当然のことだった。

 再び与えられる愛と快楽にあかねの心も燃え上がる。

 

(麻人、私を絶対に離さないでね? その代わり私も、絶対にあなたを離さないから)

 

 守ると誓った麻人、離れないと誓ったあかね。意味合いの違いがあれど、二人がお互いを想っているのは間違いなく本物、それは誰にも邪魔されることのない二人の間に培われた大きな繋がりだった。

 

 

 

 

(……元気の無さを演じて縛り付ける……ちょっと気が引けたけど、麻人にずっと一緒に居てもらうためなら……うぅ~~っ! やっぱりちょっと罪悪感感じるよぉ!)

 

 あかねの心の叫び、その真の意味を理解できるのはどこまで行ってもあかねだけであった。

 




今回は死者が出る可能性微レ存。


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姫宮あかねの場合2

 麻人があかねの大切さを再認識してからというものの、二人の仲は今まで以上に深まった。まず変わったことと言えば、麻人が毎日夜は必ず家に帰るようになったことだ。仕事で疲れて帰り玄関を潜った時、夕食の美味しそうな匂いがまず麻人を出迎え、そして愛しい存在であるあかねがおかえりなさいと言ってくれる。どこの家庭にも普通の光景だが、麻人にとってこの普通が何よりも幸せを感じさせてくれた。

 二つ目に変わったことは、麻人が手掛ける仕事に今まで以上に身が入るようになったことだ。今までと違いずっと家に帰宅しているからこそ作業の遅延があるかと思われたが、実際はそんなことはなかった。それどころか逆に今まで浮かばなかったアイデアがいくつも浮かんできて、作業効率は一気に跳ね上がり仕事の成果としては十分以上のモノを出せるようになった。この原因は一体何か詳しいことは分からないが、予想できるとすればそれはあの夜の語らいと心の再認識、あれが麻人の心に余裕を生み仕事に対する力を生んだのだと思われる。

 このように麻人の生活はあの夜から劇的に変化した。そして今日も麻人は愛する恋人が待つ我が家へと帰る……のだが。

 

「……? あれは……」

 

 その時、麻人の目の前に一つの影が現れた。その影はフラフラとして今にも倒れそうであり危なっかしい。麻人はその人影を見て心配する素振りは……見せなかった。逆に呆れたように溜息を吐いていた。一体どうして麻人がそんな反応をしたのか、それは単にその人影が麻人にとって知り合いだったからだ。

 

「……うぅ、きもちわる~」

 

 声からして女性で、どうにも酒の飲みすぎでダウンしているようだった。麻人はその人影の元に向かい声を掛ける。

 

「……何してんですか、亜弓さん」

「うぇ? ……あ、麻人君じゃん」

 

 麻人が声を掛けた女性の名は姫宮亜弓、名字から分かるように彼女はあかねの姉にあたる女性だ。恋人の姉であるから当然麻人にとって亜弓は親しい存在にもなる。だからこそ、こうして酒を飲み過ぎてダウンしている姿を見るのも不思議ではないのだ。というか寧ろ見慣れている、もっと言えば吐くところを見たこともある。

 美人なあかねの姉だけあって亜弓も相当な美人だ。だが……流石にこう何度も嘔吐する姿を見せられれば変な気を起こせるわけもなく、最初はドキドキしていた麻人だったが今となっては――。

 

「また飲み過ぎたんですか? まだ8時ですよ?」

「しょうがないじゃない……私だって色々あるのよ~」

「全く……ほら、肩貸しますよ」

「ありがと~麻人君!」

 

 亜弓の扱いもこの通り、お手の物である。

 肩を貸すという行為から麻人と亜弓の体は当然密着する。柔らかな胸の感触と甘い香りが麻人を襲うものの、麻人はあかねという最愛の恋人がいるため特に反応はしない。表情を変えない麻人の様子に亜弓は面白くなさそうに唇を尖らせ、その瞳から一瞬光を失くすがすぐに元に戻る。

 

「麻人君は優しいねぇ。あかねが羨ましいわ~」

「あかねと亜弓さんを一緒にしないでくださいよ」

「ひどい言い方ね……ねえ、私とあかねってそんなに違う?」

 

 後半の声はやけに暗く沈んでいたため、麻人は違和感を感じ亜弓の表情を盗み見たが、下を向いていてその表情を窺い知ることはできない。少し感じた違和感を頭を隅に置き、麻人は亜弓の言葉に答えるのだった。

 

「まあ違いますよね。あかねと亜弓さんじゃ色んな部分が……例えば酒癖の悪さとか」

「ガクッ……まああの子に比べてお酒を良く飲むから認めるわそれは」

「後は派手好きな所とか、ぐうたらな所とか……」

「もうやめて! 分かったから!」

 

 どうやら亜弓のライフは0のようである。

 分かりやすく落ち込む亜弓の様子に麻人は少し苦笑して、でもと続ける。

 

「でも……優しい所は一緒ですね。亜弓さんには何だかんだ助けられていますから……だから、ありがとうございます。これでも俺、亜弓さんには凄く感謝してるんですから」

「麻人君……」

 

 麻人の真っ直ぐな言葉は酒の入った亜弓を更に溶かす。酒の酔いが生易しいほどに、麻人の優しさは亜弓の心をこれでもかと溶かしてしまう。亜弓は頬を染めて、情欲の籠った視線を麻人に向けるが当の本人は全く気付かず笑顔を絶やさない。

 麻人の心にはいつだってあかねがいる……それは亜弓も分かっていること。妹を大切にしてくれる麻人のことを亜弓は好いていた……大切“だった”妹を必死で愛そうと努力する麻人の姿に寂しさと羨ましさを密かに感じてもいた。

 

「亜弓さん?」

「……うん? どうしたの?」

「いえ、いきなり黙り込んだものですから」

 

 そりゃあ黙り込みたくもなると、察しの悪い麻人が若干恨めしく思えた。

 それから流れるままに辿り着いたのは麻人とあかねが住む愛の巣である。別段あかねの姉であるのだから亜弓がこの場所に訪れること自体珍しいことではない。ただ……麻人にとって一つだけ気がかりなのは、仲が良かったはずの姉妹なのに、どうしてか最近は会うと言葉数が少ないなと思うようになったことだ。別に喧嘩をしているわけではない、それなのに一体どうしたのだろうか……その理由が終ぞ分かることはなかった。

 亜弓に肩を貸しながら玄関まで歩き、扉を開けるとバタバタと駆けてくる足音が聞こえる。どうやら麻人が帰ってきたことにあかねが気づいたようだ。

 

「麻人! おかえり!」

 

 満面の笑みで麻人を出迎えるあかね……しかし、次に麻人の隣に立つ亜弓を見た瞬間表情が消えた。いくらか温度が下がったと言わんばかりに冷たい空気が麻人の頬を撫でる。

 

「やっほ。お邪魔するわよあかね」

 

 嫌な汗が流れる麻人とは別に、亜弓は何食わぬ顔であかねへと声を掛ける。その瞬間あかねの目が鋭く光った気がしたが、すぐに先ほどまで浮かべていた笑顔となって口を開いた。

 

「いらっしゃいお姉ちゃん。麻人、お風呂湧いてるから先に入っちゃって?」

「あ、あぁ分かった」

 

 麻人はあかねに促されるままに浴室へと向かった。

 服を脱ぎシャワーを浴びて体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。温かいお湯に満たされた湯船に浸かることで、体に蓄積された疲れが一気に取れていくのを感じる。

 

「……はぁ~。いい湯だなぁ」

 

 爺臭いことを言いながらふと、一つ気づいたことがあった。

 

「そういえば今日の亜弓さん、あれだけ酔ってるにしては酒の匂い……あまりしなかったな」

 

 それは麻人が気づけた鋭い点、しかしそれもすぐに気にすることはないかと深く考えるようなことはしなかった。ゆっくりとお風呂に入っている麻人は気づかない――あかねと亜弓、彼女たちがどんな会話をしているのかを。

 

 

 

 

 

「わざわざ酔った振りまでして麻人を困らせるなんて……お姉ちゃん、一体どういうつもりなの?」

「さあね。別に深い意味はないわよ。ちょっと麻人君に構ってほしかっただけだし。何? もしかして嫉妬? 姉の私に麻人君が取られちゃうかもしれないって」

 

 亜弓の言葉を聞いた瞬間、あかねの纏う空気が変わる。

 チリチリと空気が震える様に、あかねの眼光は亜弓を射抜く。しかし当の亜弓は特に気にすることはなく、射殺しそうなあかねの視線を受けてもどこ吹く風だ。

 

「麻人は私の恋人、お姉ちゃんが間に入る隙なんてない」

「試してみる?」

「……………」

「……………」

 

 この場に他人が居たら絶対に関わりたくない空気を醸し出す二人、正に一触即発……そんな時だった。

 ガタンと、大きな音を立てて玄関のドアが開いた。入ってきたのは一人の男性、髪を染めた如何にもチャラそうなイメージの男である。

 その男は突然入ってきて早々こんなことを言い出した。

 

「あ、あかね! 頼む、助けてくれ!」

「……?」

 

 そこで初めてあかねはその男を目に留めた。

 

「京ちゃん?」

 

 神坂京介、それがこの男の名だった。京介はあかねにとって幼馴染で親しくない仲ではない。麻人と付き合うようになって交流は減ったが、それでもあかねにとっては知った顔……だが、麻人という大切が居る以上あかねにとって幼馴染であろうと邪魔な男の部類に違いはなかった。

 故に。

 

「出てって」

「……へ?」

「出ていけと言ったの」

「あ、あかね……?」

 

 ただでさえ亜弓のせいで気が立っているのだから、これ以上イライラさせるなと暗に言っているようなものだ。京介としては今までに見たことのないあかねの姿に動揺してしまうが、すぐにここに来た原因を口にする。

 

「借金があるんだよ。それで追われてて……頼む! 2週間程度でいいんだ! 泊めてくれ」

 

 優しいあかねなら絶対に断らない、幼馴染なのだから尚更。京介は絶対に許してもらえると考えていたようだが現実はそう甘くはない。京介の知るあかねはもういない、今ここにいるあかねは麻人以外に目を向けることはないのだから。

 

「そんなの知らないから。出て行って」

「な……はは、なあおい。あかね?」

「出ていけ」

「……………」

 

 それは完全なあかねの拒絶だった。

 決してあかねが言いそうにない厳しい言葉に京介は悔しそうに唇を噛み、次いでもう一人の存在に目を向けた時――京介の表情は恐怖に染まった。

 

「久しぶりね京介。でも今はあかねの言葉に賛成よ。大切な話をしてるの、出て行きなさい。さもないと――」

 

 耳元で小さく、殺すと亜弓は囁いた。

 効果はそれだけで十分だった。京介は亜弓の言葉に確かな殺意を感じたのか一目散に逃げだした。邪魔者が居なくなったことで、残されたのは当然のことながらあかねと亜弓の二人。

 本来の物語ではここが一つの分岐点、その一つの懸念は回避された……のだが。

 

「……………」

「……………」

 

 睨み合うあかねと亜弓、色んな意味で何も解決はしていなかった。

 




寝取られものでも主人公が屑だった場合、あぁこれなら寝取られて当然かと思う作品があるにはあるのが不思議です。

カガチ様奉り
オトメドリ

この辺の作品は主人公が好きになれなかったのでダメージが少なかった。

昔の好きだった人を取り戻すために、今の妻を凌辱の生贄にするとかもうね……


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姫宮あかねの場合3

いつ振りのあかねだろうか……。

割と本当に亜弓の扱いが難しい。
嫌いなキャラではなく寧ろ好きなんでどうしたものか。


 朝の早い時間、麻人はゆっくりと目を覚ました。

 まだ起きかけということもあり頭がボーっとして思考が定まらないが、麻人は少しずつ昨夜の記憶を取り戻していく。仕事の帰りに亜弓に出会い、そのまま成り行きで家まで連れてきてしまったせいであかねと壮絶な修羅場を繰り広げることとなったのだ。

 亜弓とは別に誰か来客が来たような気もしたが、あの後特に二人とも気にしていなかったので麻人の気のせいだったのかもしれない。

 

「……あぁ徐々に思い出して来たぞ」

 

 風呂から上がった後も、結局亜弓は帰ることなくあかねとガンを飛ばし合っていた。胃が痛くなる思いではあったが麻人が仲介に入ることにより何とか二人は争いをやめた。まあその後に何故だか分からないが酒の飲み比べなんていう不毛な争いに発展したのだが。

 言い出したのは亜弓で乗ったのはあかねだ。普段から酒を飲んでそこそこ強い亜弓に対し、あかねは普段あまりお酒を飲まないのでかなり弱い……はずだったのだが、不思議なことにあかねは亜弓に食らいついていた。一体どんな執念を宿して酒を喉に通していたのかは分からないが、その争いの中心にいるのは少なからず自分だという認識が麻人にはあったため、本当にヤバそうな状況になったらしっかり止めるつもりではいたのだ……残念ながらここまでしか麻人の記憶は残っていない。

 普段ここまで記憶が残らないことはないのだが、どうやらあかねや亜弓に触発されて結構な量飲んだらしい。救いなのは二日酔いのように頭痛がしないことくらいか、二日酔いの辛さを知っている麻人にとってあのような経験は二度としたくないと思うほどである。

 さて、本日は休日だが朝早く目を覚ますのは眠くはあるがやはり気持ちがいいものだ。掛け布団を被っている隣の膨らみ、あかねもまだ夢の世界のようで布団がゆっくりと上下している。こうしてあかねより先に起きたのは珍しいこと、麻人はこういう機会はそうないとして愛する恋人の寝顔でも眺めようと……ゆっくりと布団を捲るのだった。

 

「良く寝てるな」

 

 麻人から顔を背けるように寝ているあかねはここまでされてもまだ起きない。麻人はあかねが起きないように頭を優しく撫でながら、その表情を幸せな笑みへと変化させ……たかのように見えたが、彼女の体に触れた瞬間麻人に謎の電流のようなものが駆け抜けた。

 同じベッドで隣に寝ていたものだからあかねと思い込んでいたが……よくよく見てみると若干あかねより髪が長い気がした。その瞬間麻人はまさかと、背中を嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「……ぅん……すぅ……すぅ……」

 

 麻人の不安なんて何のその、その女性は麻人の方へと寝返りを打ち幸せそうな寝顔を見せた。そう、この女性はあかねではなくその姉の亜弓である。この場所は夫婦の寝室であり、しかもベッドの上だ。着ているのはおそらくあかねに借りたのかパジャマだが、胸元のボタンが外れその豊満な胸が覗いているのは目の毒だ。麻人はすぐに目を逸らして一体どうしてこんなことになったのかと頭を抱える。

 

「……嘘だよな? もしかして……そういうことなのか? ……え、マジで?」

 

 正常な判断ができないのか目がグルグルと回っている麻人である。まだ真相は謎の中だが、もし万が一にでも間違いを犯してしまっていたのならあかねに何て言えばいいのか、少し前に彼女を寂しがらせて泣かせてしまったというのにまた泣かすのか、しかも最も最悪な形で……と、もう駄目かもしれないと麻人は不安で胸が一杯になる。

 呆然としてベッドの上から変わらず動けない麻人、顔がビックリするくらいに真っ青だ……まあ、そんな麻人の不安はすぐに解消されることになるのだが。

 

「大丈夫だよ麻人。何も起きてないから」

「……え?」

 

 突如声が聞こえた方向へと麻人が顔を向けると、そこには部屋の扉を背にしたあかねが腕を組んで立っていた。亜弓に対して殺意……は言い過ぎかもしれないが鋭い視線を投げかけ、次に麻人に向けた彼女の顔は姉に向けたものとは全く違う慈愛の籠ったものだった。

 あかねは真っ直ぐに麻人の元へと向かい、彼の隣に座るようにベッドに座り込む。

 

「帰らせようとしたんだけどさ、先に寝ちゃった麻人の隣に寝転んで全然離れなかったんだよ。……本当に忌々しい」

 

 最後の言葉は聞こえなかったことにした。

 

「私が先に起きてお手洗い行ってたから不安にさせちゃったね。お姉ちゃんだけじゃなくて、私も麻人の隣で寝てたから何もなかったって言えるの。だから安心して?」

 

 顔を両手で包まれ、優しくそう言われたことで麻人の抱いた不安は消え去った。そっかと小さく呟き、頬に当てられた手に触れてあかねの温もりと感触を確かめる。思えばいつだって麻人が不安な気持ちを抱いた時はあかねが傍に居てくれて、こうして安心させてくれていた。至近距離で見つめるあかねの笑顔は本当に綺麗で、このままずっと見つめ合っていたいとさえ思ってしまう。

 

「……麻人」

 

 愛し合う恋人が見つめ合っていたらどうなるか、当然のことながらお互いの距離が0になる。寝ているとはいえ亜弓が傍にいるため少し触れるだけのキスで済ませるのは致し方ない。

 キスを終えた後、あかねは何かを思い出したのかクスクスと笑いながら口を開く。

 

「それにしても麻人ったらあんなに頭抱えちゃって。ちょっと可愛かったからもう少し見ていたかったかなぁ」

 

 どうやら先ほどの麻人の反応を見てツボに入ったみたいだ。正直麻人からしたらあかねとの関係が終わってしまうかもしれないとさえ思ってしまったほど、何もなくて笑い話になったこと自体は嬉しいがそれでも勘弁してくれと麻人は溜息を吐く。

 

「本当に色々終わるかと思ったんだぞ……寿命が縮んだ気がする」

「あはは、ごめんごめん。でもその程度……って言えなくもないけどさ、私が麻人を嫌いになったりすることは絶対にないよ」

 

 どこまでも麻人を安心させるような笑みであかねは続ける。

 

「私は麻人を絶対に嫌いにならないし裏切らない。私たちの関係が終わる時があるとしたらそれは……麻人が私に愛想を尽かすか、飽きてしまった時だと思うな」

 

 そんなもしもがあるとしたら……というあかねの言葉に麻人はすぐに言葉を返す。

 

「なら、俺たちの関係が終わる時は永遠に来ないかな。残念だなあかね、あかねはずっと俺と一緒に生きて行くことになりそうだよ」

 

 あかねとしては冗談交じりに言った言葉だったのだが、麻人からこんなにも愛の深い言葉が返ってくるとは思っておらず、不意打ちを突かれたように目を丸くしたがすぐに理解できたのかボンっと顔が赤く染まった。そしてその赤くなった顔を見られたくなかったのか麻人に抱き着き、彼の胸に顔を埋めることで何とか恥ずかしさを紛らわせようとする。

 

「い、今は駄目だよ……私さ。今麻人に見せられないくらい顔真っ赤だから……すっごいニヤけちゃってふにゃふにゃになってるから」

「え、何それ見たい」

「見ちゃダメ!」

 

 可愛く抗議するあかねに苦笑し、麻人は分かった分かったと頭をポンポンと撫でる。暫くそうしていると、麻人は横からジーっと音がするほどの視線を感じ何気なしにそちらに振り向いた。

 

「おうふ……」

 

 亜弓だ。

 彼女がジト目で麻人とあかねを見つめていた。穴が開くのではないかと言わんばかりに強い目力に麻人は目を泳がせる。反対にあかねはと言うと……。

 

「……ふっ」

「っ!!」

 

 ドヤ顔だ。それはもう勝ち誇る女のドヤ顔だ。

 あかねのそんな顔を見た亜弓はキッと睨みつけるように更に眼光を鋭くするも、あかねからしたらそんなもの怖くも何ともない。姉妹の間で静かに行われる争い、麻人は最後まで気づくことはなかったのだった。

 ……まあ。

 

(……空気が死んでる気がする)

 

 意外と気づいているのかもしれない。

 

 

 

 

 あかねの策略……とも言えるのだろうか、麻人と改めて心を通わせたあの一夜が明けてからのあかねは本当に幸せそうである。こうして麻人が仕事に行って距離が離れていても、もう不安なんて何も感じることはない。それほどに心の奥深くで麻人と繋がっているのが分かるからこそ、あかねはこうして美しい笑みを浮かべることができるのだ。

 麻人と共に送る日々は幸せ溢れる最高の日々、そんな幸せを肌で感じているあかねは一段と綺麗になっていく。溢れんばかりの魅力は周りに振りまかれ、彼女とすれ違う多くの異性が振り向くほどだ。時には声を掛けられることもある。もちろんあかねはそれに対し麻人という愛しい恋人の存在を匂わせてお断りをする。中には強引な男もいるが、その男が後にどうなるかはあかねのみぞ知るというやつだ。

 さて、そんな幸せに溢れる日々を送るあかねは今日もバイト先の家へと向かう。

 あかねがやっているバイト、それは家庭教師だ。相手は大学に落ちた浪人生の男性、そんな人の力になれるなら……なんていう理由なら綺麗なものだが、あかねがその家を選んだのは単純にバイト料が高かったからに他ならない。

 ……とはいえ、だ。

 

「……はぁ。めんどくさ」

 

 浪人生の男性――名前は佐々木亮太と言うのだが、彼はあかねに対して邪な感情を抱いている。それは出会った当初からあかねは気づいていたし、万が一を考えて必ず家庭教師をする日は家族が家にいる日でしかやらないという条件も付けていた。

 このような条件を付けて何と言われるか最初はヒヤヒヤしたものだが、亮太の母親はそれはもう厳しく息子と言えど容赦はない。それで学力が伸びるのならと喜んで了承した。

 

「……よし」

 

 家の前に立ち、呼び鈴を鳴らすと出てきたのは母親だった。

 母親はすぐにあかねを亮太の自室へと案内し、そこであかねに対し一言。

 

「それにしても残念ね。今日で最後なんて、亮太の成績も上がってきたのに」

 

 そう、この家庭教師のバイトは今日が最後なのだ。もちろんこれは母親にだけ言っているだけで亮太には伝えていない。めんどくさいことになるのが分かっているからだ。

 母親と短く言葉を交わしたあかねは亮太の自室へと入る。

 

「あ、あかねさんいらっしゃい」

 

 中に居たのは当然亮太で、彼は爽やかにそう声を掛けてきたがその瞳の奥には隠し切れないほどのあかねに対する情欲が見えていた。あかねは一瞬無表情になりかけるが、すぐに取り繕って笑顔と言う名の仮面を張り付ける。この笑顔が仮面だと気づけるのは麻人、そして姉の亜弓くらいなものだろう。それほどにあかねは麻人の前以外では何枚もの仮面を被っている。

 

「こんにちは亮太君。それじゃあ今日もお勉強頑張りましょうか」

 

 そう言って家庭教師の時間が始まった。

 いつもと変わりなく、時折見つめられる亮太からの不快な視線に我慢しながら時は過ぎていく。顔、胸、腕、太もも、足と色んな場所に向けられる彼からの視線に手に持っている辞書に力が入りそうになるが大きく息を吸って吐くことで何とか落ち着きを取り戻す。

 そのように不愉快な時間を過ごし、終わりが見えてきたところでふと亮太がこんなことを言い出した。

 

「ねえあかねさん。もしいい成績が取れたらさ、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。ご褒美が欲しいんだよね。それもちょっとエッチなやつが」

「……は?」

「そうすれば凄く頑張れると思うんだけど……ダメかな?」

 

 ダメに決まってんだろうがカスが、とは心の中で留めておく。

 あかねはその言葉に何も答えることなく、腕時計で時間を確認し持ってきた参考書を纏めだした。そして能面のような表情で淡々と口を開く。

 

「今日はもう終わりね。あぁそうそう亮太君。次から私はもう来ないから、別の家庭教師を雇ってね」

 

 何の感情も浮かんでないような声音で放たれた言葉に、亮太は一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解したのか何故と口にした。

 

「そういう約束よ。今日が最後っていうのもお母さんは了承済みだわ」

「な……なんだよそれ……」

 

 あかねからすれば予定調和のようなものだが、そんなあかねに対し執着とも言える劣情を抱く亮太にとっては寝耳に水な内容だった。立ち上がったあかねを何とか引き留めようと亮太が彼女の腕を掴もうとしたが……。

 

「触らないでくれるかしら」

 

 彼女の眼光をその身に受け、亮太はビシッと体が動かなくなる。それは紛れもないあかねから与えられる恐怖だった。

 しかし、それでもずっと動けないというような情けなさを見せないのは流石男だからだろうか。亮太はすぐに母親の元へと走って行った。あかねはそんな亮太に対し、やはり何を考えているのか分からない無感情な瞳を向けるだけ。

 荷物を纏め、帰る準備が出来たあかねは亮太と母親が居るだろうリビングへ向かう。

 

「どういうことだよ母さん! あかねさんが辞めるなんて聞いてないぞ!?」

「あかねさんから頼まれていたのよ。余計な気を遣わせたくないって」

 

 近所迷惑になりそうなほどの亮太の声に、あかねは本当に男って屑だなと吐き捨てるように心の中で呟いた。亮太と母親、二人が居る部屋にあかねが入ると母親はすぐに笑顔になってあかねの元に歩いてきた。

 

「今までありがとうあかねさん。私としても貴女は気に入ってたから寂しくなるわね」

「私も同じ気持ちです。お母さんには本当に申し訳ないですが……」

「そんなことはないわ。あぁそうだ。はい、お給料よ」

「ありがとうございます」

 

 あかねは母親からそこそこに重さのある封筒を受け取り鞄にしまう。

 このまま後は帰るだけだ、なんて都合よく行くはずもなくやはり亮太が噛みついてきた。

 

「あかねさん! 俺を見捨てるのかよ!?」

 

 ブンブンと飛び回る蚊のような鬱陶しさにあかねはついに隠すことのない溜息を吐いた。

 

「亮太黙りなさい!!」

 

 母親の一喝に亮太は黙り込んだが、すぐにまた何かを言おうと口を開きかけたその時だった――あかねが語り出したのは。

 

「お母さん、次に雇う家庭教師の方は男性の方がよろしいかと思います。それか予備校に通わせればよろしいでしょう」

「あかねさん?」

 

 目元が隠れてあかねの表情は見えないが、やっと我慢してきたものを吐き出せる……そんな解放感さえ感じさせる声のトーンだった。

 

「私のように女性の家庭教師では、良い成績を取ったご褒美として“性的な要求”をされてしまうかもしれません。そうなってはその女性の方が気の毒でしょうから」

「なっ!?」

「っ!!」

 

 母親はまさかの言葉に驚きを隠せず、亮太に関してはまさか母親の前で言われると思っていなかったのか目を見開いていた。

 

「あぁ言い方が悪かったでしょうか。私は別に何かをされたということはありませんよ。要求されただけで応えてはいませんので」

「……………」

 

 母親は口をパクパクとしながら、あかねと亮太を交互に見ていた。流石に母親としての立場としては、亮太がそんなことを言ったと信じたくないのだろう。そこであかねは駄目押しとして、スマホを取り出してある音声を再生させる。それは先ほど亮太があかねに対して口走った内容そのままだった。

 

「……亮太……あなた!!」

 

 怒りに震える母親に対し、亮太はただ俯いているだけで何も答えない。

 あかねは努めて和やかな口調で最後にこう言ったのだった。

 

「以下の理由から男性の家庭教師か、予備校に通わせるのをおススメします。何かあってからでは遅いと思うので」

 

 その言葉を最後にあかねは佐々木家を後にした。

 家を出てからすぐに、母親のヒステリックな叫びが聞こえてきたが特にあかねに思うことはない。何故なら、自分でも不思議に思うほど何も思わなかったから。

 

「さてと、良い時間だし帰ってくる麻人のためにご飯作らなくちゃ」

 

 どこまで行っても、あかねの頭の中に居座れるのはいつだって恋人である麻人だけなのだ。

 



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番外編1

あかねのが行き詰ったので息抜きに。
あそこまでは覚えているんですがその先が少し曖昧なので。


今回は寝取られとは少し違う趣旨の作品を。

よく広告で見る淫妖蟲です。
ヤマトの中に眠る鬼が某カードゲームの王様みたいな立場ならどうなんだと思った次第です。




 とある森の奥で、一人の少女が触手によって拘束されていた。赤く艶のある長い髪に、男の欲望を誘う凹凸のある体……ありとあらゆる彼女の構成する全てが極上と言っても過言ではなかった。それを証明するかのように、彼女を捕えた妖魔は厭らしく笑みを零す。

 

「クククッ、やはり人間は弱い存在だな。だが安心するといい、貴様は殺さんよ。大事な苗床となるのだからな」

 

 妖魔が口にした苗床という言葉、それは女性の体を無理やりに犯し、妖魔の子供を産むだけの存在とすることを指す。大凡女性にとっては誇りと尊厳を奪われ、死ぬことよりも遥かに辛い現実を突き付ける行為だ。とはいえ最初は嫌がっていても、妖魔の持つ体液は強力な媚薬の効果を持っているため、少しすれば女性は喜んでその腰を振り出すだろう……それがこの世において、妖魔に捕まった女性の行きつく先だ。

 

「……………」

 

 妖魔に捕まった少女は表情を変えず、ゆっくり寄ってくる妖魔に対して無感情を思わせる瞳を向ける。特に泣き叫ぶことのない女性を見て、妖魔は恐ろしさに声を出せないのだと思っていた――だがすぐに気づく。それは全くの間違いだったということを。

 少女を拘束する触手を通し、何かが妖魔に伝わった――それは妖気。

 元来先天的な何か、或いは後天的な何かがない限り人間が妖気を放つことはない。何故なら妖気とは妖魔のみが放つことのできるものだからだ。少女から伝わってきた妖気をその身に受け、少女を犯すことのみを考えていた妖魔は一気に額から汗を噴き出させる。

 

「な、なんだ……この女は……貴様! 人間ではなかったのか!?」

 

 焦りと恐れを滲ませた妖魔の叫びが響き渡る。

 人間と妖魔のハーフと言った存在ならば妖気を放つこともあるだろう……そういう可能性があるかもしれないのに、どうしてこの妖魔はここまで少女に恐れを持ったのか、それは少女が放つ妖気の特徴にあった。力強く、禍々しく、全てを破壊せんと蠢くそれは多くの伝承で上位に位置する妖魔――“鬼”が持つ妖気だったのだ。

 少女から放たれる妖気の正体は鬼、それに気づいた妖魔に対して少女は薄く笑み、ここでようやく口を開いた。

 

「気づいたのね。でももう遅いわ。私に手を出した時点であなた、終わってるから」

 

 そう言葉を発した瞬間、少女を拘束していた触手は跡形もなく切り刻まれる。触手から伝わる裂傷の痛みは妖魔を襲い、とてつもない激痛を伴った悲鳴を轟かせる。蹲る妖魔に近づき少女は死の宣告を告げる。あまりにあっさりに、あまりに短く、あまりに無慈悲に。

 

「さようなら。名も知らぬ妖魔さん」

 

 次の瞬間、妖魔は少女の刀によって真っ二つに切り裂かれるのだった。

 切り裂かれた妖魔は存在する力を失い、灰となって闇へと消えて行く。少女は妖魔が消えた場所を少し眺めた後、この場から去るために足を動かすのだった。

 少女が歩みを進めるたびに、少しずつ放たれていた鬼の妖気が収まっていく。完全に妖気が収まった時、その場に居たのはどこにでもいる普通の少女だった。

 

「ふぅ。相変わらず凄いよねこの力……ふふ、ここに来る前にヤマトといっぱいエッチしてて良かった♡」

 

 少女――白鳥深琴は熱い吐息を漏らす。

 思い描くは大好きな幼馴染の顔、次いで思い浮かべたのは数時間前に激しく交わった記憶……その全てが愛おしく深琴を狂わせるほどの甘美な時間だった。今回も無事に戻ったから褒めてくれるだろうか、いっぱい愛してくれるだろうか、それだけを深琴は考え快感に身を震わせる。もう深琴には先ほど己を犯そうとしていた妖魔のことなど綺麗に頭から抜け落ちていた。今の深琴の脳内を占めるのは、ヤマトと呼んだ愛する幼馴染のことだけ。

 

「ヤマト、私ね。貴方の為ならなんだってできるの。妖魔を殺してこいって言うなら喜んでするし、武や水衣が邪魔だって言うなら消してあげる……死ねと言われれば……ううん、それだけは嫌! 私はずっとヤマトの傍に居るんだから!」

 

 深琴の深い愛情はヤマトだけに向けられ、醜い嫉妬心と冷酷なまでの殺戮衝動はそれ以外の生物へと向けられる。心優しい深琴からは想像できないものだが、これもある意味深琴がその身に取り込んだ鬼の力に寄る部分が大きいのだろう。鬼とは全てを破壊し支配する者、その衝動が幾何か深琴の心を侵食しているのだから。

 

「待っててねヤマト、すぐに戻るから。あぁ、早く帰ってヤマトに抱き着きたい、いっぱい愛してもらいたい、いっぱい犯してもらいたい、いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい……」

 

――私を壊してほしい――

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだこれ」

 

 少年、橘木ヤマトは唖然とした様子で小さく呟いた。今ヤマトが居る場所はいつも彼が眠る寝室だが、同じベッドの中にヤマト以外の三人が居たのだ。そのどれもが極上のスタイルを持った美女たちで、加えて言うなら全裸の状態である。もちろんヤマトも全裸だ。

 

「……え、何があったの。てか俺に記憶が無いのは何事!?」

 

 割と本気で記憶がないことにヤマトは戦慄する。そんなヤマトの状況が心底楽しいと言わんばかりの笑い声が脳内に響いた。

 

『ククク、昨晩はお楽しみでしたねってやつか? なあヤマト、俺も引いちまうくらいに貪っていたじゃねえか』

「……本当に覚えがないんだが」

 

 脳内に響いた声にそう返すヤマト、傍から見たら独り言を言っているようで不気味だが、このヤマトという少年は少々特別なのだ。それというのも、ヤマトは鬼と人間のハーフである。鬼の因子を受け継いだことによりヤマトの中にはもう一人の自分、即ち鬼の部分のヤマト(以降は大和で統一)が住み着いているのだ。

 最初は凶悪な鬼がヤマトの中に住んでいるということで色々な対処法が取られようとされたのだが、大和は何故か宿主に対し協力的であったし、幾度と大和を助けてくれたため特に何もされることはなかった。大和曰くヤマトの傍に居るのは楽しそうだから、というのが理由だそうだが果たして。

 

「う~ん、ヤマトぉ~♡」

「橘木君♡」

「ヤマトさん……素敵♡」

 

 体を起こしてベッドから降りようとしたヤマトを逃がさない、そう言わんばかりに抱き着いてくる美女三人……非常に下半身に良くない現状だ。

 

「助けてくれ……」

『嫌だぜ☆』

「お前……っ!」

 

 救いの声届かず。

 どうにか三人を起こさないように脱出を図るヤマト、そんな彼を本当に楽しそうに眺めながら大和は口を開く。

 

『しっかし俺も予想外だったぜ。この女どもがまさか鬼の因子を力として取り込むとはなぁ』

「……らしいな。どういうわけか分からんけど」

 

 大和の言うそれは誰もが予想し得なかったことだ。

 ベッドで寝ている三人――白鳥深琴、白鳥武、香山水衣の全員がヤマトに対して並々ならぬ恋心を抱いている。若さゆえの過ちということもあり、三人で色々と画策しヤマトと肉体関係を結んだのだが……事はその時に起きた。粘膜接触もそうだが、体の交わりはヤマトの精を直接体の中に取り込むことで最終的には終わる。つまりヤマトの精に混じった鬼の因子を直接取り込んだことにより、彼女たちも鬼の力を行使することが可能になったというわけなのだ。もちろんこのような事例は初めてであり多くの混乱と憶測を呼んだが、特に人格に変化を及ぼすといったこともないためその場限りのこととされた。……蓋を開ければかなり危険な力なのは後に分かったが。

 

『深琴と武に関しては元々退魔師としてそれなりの使い手だったが、俺の力を受けてその能力は果てしない成長を遂げた。水衣に関しても戦う力は全くなかったが、そんなこいつが上級妖魔でさえ手玉に取るようになったもんだから分かんねえよなぁ』

 

 かつて多くの人を支配し、犯し、喰らってきた百戦錬磨の鬼が言うのだから相当凄いことなのだろう。まあヤマトからすればかなり複雑ではあるが。

 

『いいかヤマト、鬼ってのは欲深い生き物だ。欲しいと思った物は奪い、犯したいと思ったら貪る。そんな本能に生きるやつだ。故に、こいつらはこれからもずっとお前を離すことはねえ。こいつらの愛はお前だけに向けられるが、永遠の愛なんてもんは俺からしたら永遠の牢獄だ……ま、頑張れや』

「……………」

 

 無責任だ……なんて責任転換をするつもりはなかった。鬼の因子を取り込んだにせよそうでないにせよ、ヤマトは三人のことを守り続けると心に誓っている。妖魔が溢れる現代において、力を持つ女性退魔師というのは狙われやすい。悲しいことに、これに関しては優秀な血が欲しいということで人間が狙ってくることが多い。女性に無理やり種を入れ子供を産ませさせる、それが最早普通のこととなっているのだ。

 もちろん深琴や武、水衣も狙われたのだが……敢えて言うならその相手はこの世からバッサリ消えたとだけ言っておこう。

 

「よっこらせっと、少し水でも飲んでくるか」

 

 離れても尚伸びてくる腕を掻い潜り、部屋から抜け出したヤマトは台所へと向かい水を飲む。カラカラに乾いた喉を潤す水がいつもより美味しい気がするのは気のせいだろうか。

 深琴たちから離れたヤマトだったが、彼の受難はまだ終わらない。

 

「ヤマト君?」

「? 初音さん?」

 

 現れてたのは白鳥初音、名字から分かるように深琴と武の母親である。彼女は包容力溢れる優しい女性としてヤマトに認知されており、退魔の仕事に追われるヤマトをいつも癒してくれるような存在だ。だが今回は少しだけ様子がおかしい様に思える……どこかヤマトを見つめる目が熱い何かを宿しているような気がしたのだ。

 ヤマトがそう感じたのは嘘ではなく、初音はゆっくりとヤマトに歩み寄り抱きしめて来た。

 

「ねえヤマト君、私もう我慢できないわ。ヤマト君のが欲しいの」

「……は?」

 

 ヤマト、混乱の極みである。初音の目に映るヤマトは息子のような存在ではなく、完全に一人の男を見るような目だ。まるで何回も逢引きを重ねた二人のように思えるが、当然のことながらヤマトに記憶はない……そこまで考えてヤマトははっとして鬼の自分に問いかけた。

 

「……お前まさか」

 

 ビクッと震える気配の大和、もう確定だった。

 

『いやよ、あれなんだよ。俺は深琴たちみたいなガキには興味ねえがよ、初音みたいな熟女は好きなんだよ。つまり何が言いたいかと言うとだ……ごめんちゃい!』

「死ねよお前!!」

 

 端的に言って襲ってしまったのだろう、ヤマトの意識がない時に体を使って。

 

『仕方ねえだろ! 旦那に先立たれて性欲を持て余す熟女を見たらお前――襲うだろ?(キリッ)』

「何かっこつけてんだてめえ! 使ったのは俺の体だろうが!」

 

 この熟女好きな最強の鬼、どうにかした方がいいのかもしれない。

 でも今はヤマトよ、目の前の獣になりかけている美しい人妻をどうにかした方が良いのではないだろうか。

 

「ねえヤマト君、見て?」

「何を……っ!?」

 

 身に纏っていた全ての服を脱いだ初音の姿にヤマトは息を吞む。もう40に届く年齢だと言うのに、全くの衰えを見せない肢体に目が離せなかった。そしてよくよく見てみれば、股を伝う透明の液体と胸から溢れる白い液体がやけに目に留まる。

 これはまずいと、想像以上にまずい状況だとヤマトは思った。

 

「これ以上はやばいって! お前、俺を助け――」

『現在俺は反応できません。ピーっとなりましたらご用件を――』

「AIBOOOOOOOOO!!」

 

 どこぞの王様よろしく見事なシャウトである。

 三十六計逃げるに如かず、ヤマトは逃げ出した、しかし。

 

「逃がさないわよ」

 

 回り込まれてしまった!

 よくよく考えれば分かることだが、ヤマトとどんな形であれ交わったということは初音も鬼の因子をその身に宿しているということで、深琴たちと同じように体が鬼に適応しているのだ。つまりどういうことか、退魔師としてペーペーのヤマトでは、現役に活躍した+鬼の力を併せ持った初音に対抗できるわけがない。

 

『大人しく食われとけ、深琴たちよりテクニックすげえぞ?』

「うるせえよもう!!」

 

 その後のことは語るに及ばず、食事を作るはずの台所からは絶対に聞こえることのない嬌声が響いたとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 淫妖蟲、それはヒロインたちが妖魔や人間に凌辱されあられもない姿と表情を見せる物語だ。しかしこの世界でヒロインたちが敗北することはない、何故なら彼女たちは実力もそうだが頭の冴えも段違いだからである。全てはヤマトの為に、愛って凄いね。

 退魔師だからと言って彼女たちは捕まらないしアヘ顔も見せない、そんな顔はヤマトの前だけである。……実際に見たら妖魔にされるよりも酷い顔をしているのだが、それについては敢えて言及はしないでおこう。




一話完結型です。

続きはありません。


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番外編2

あかねちゃん編が止まってしまい申し訳ない。

理由を言うとデータが吹っ飛んだのもあるしそれ抜きにするとあまり内容を覚えていないという。
なので今回は番外編。

作品名は“都会の色に染まる彼女”
同人の作品かな? 絵が凄く綺麗だったのが印象に残っています。


 田舎の学校に通う少年――正人はある命題について考えていた。机に座りながら顎に手を当て、手に持ったボールペンをクルクル回しながらノートに書かれた文字と睨めっこをしている。そのノートに書かれている文字はというと。

 

「……寝取られか」

 

 そう、何をトチ狂ったのか正人少年……必死に寝取られというモノについて考えていたのだ。事の発端はとある小説サイトを見たのがきっかけだった。勇者や悪魔が現れるネット小説を好む正人は、ほぼ日課になりつつあるスコップ作業を行っていた。その中で見つけた正人の好みにあった作品の概要欄に、R18版もありますという言葉を見つけた。それがきっかけで正人はその好みに合った小説のR18版を見たのだが、内容は思わず砂糖を吐きたくなるほどの純愛モノだったので大変満足だった。

 互いに惹かれ合う男女が一途に愛し合うその物語はとても美しく、同時に愛おしい彼女が居る正人にとっても純愛の素晴らしさを今一度確認できた良い時間だったのだ。

 さて、問題はここからである。

 ネット小説とは目次の下に、読者が好む他の小説の候補が検索できるようになっているのはご存じだろうか。今回正人が見ていたこの小説の目次下にもそれはあった。そしてその中で正人が気になったのが所謂寝取られ物の小説だった。愛し合った恋人の仲を引き裂くように、チャラ男が女の子を快楽堕ちさせる話である。興味本位で読んだ小説だったのだが、いくら物語の世界とはいえ胸糞悪くなったのは当然だった。

 結局最終的な終わりはその女の子とチャラ男がセックスしている場面の映像を主人公に送り届けて終わるという……まあ寝取られ作品の中では比較的メジャーなエンディングだった。

 

「……不思議なモノを好む人がいるよな……俺は嫌いなジャンルだけど、下半身は正直だわ」

 

 嫌いなジャンルだった……でも読み進める手は止まらず興奮もして、人間の体は単純で正直だというのも再認識だ。確かに興奮はしたが虚無感のような得体の知れない気持ち悪さも抱えた――その結果が今の寝取られについて考えている正人の図が出来上がったというわけである。

 正直何でこんなモノについて真剣に悩んでいるのかと思ってしまうが、一度考えてしまうと中々頭から離れないのも確かである。そんな風に考えていた正人の部屋にノックの音が響いた。

 

『正人~? 入るよ?』

「? あぁ薫か。いいよ」

 

 正人の返事を聞き部屋に入ってきたのは一人の少女だった。長い髪を一本にまとめ、服の上からでも分かってしまう二つの大きな膨らみ、そしてスカートから覗く綺麗な素足は健康的で思わず目が向かってしまう。そんな彼女の名は薫、正人の幼馴染であり恋人でもある少女だった。

 正人は薫が来たといっても特に変化を見せることなく、変わらず寝取られという言葉について考える。薫もそんな正人の様子が気になったのか、正人の後ろから抱き着くようにして机の上を覗き込んだ。その拍子に薫の豊かな胸が正人の頭に押し当てられ、むにゅりと形を変えているが薫には気にした様子はない。反対に正人は相変わらず素晴らしい感触だなと思っているが、お互いにお互いの変態な部分は既に知り尽くしている。正人にしても薫にしても、この程度の触れ合いは日常茶飯事だ。

 机を覗き込んだ薫は寝取られという言葉を見つけ、目を白黒させながら呟いた。

 

「寝取られ?」

「あぁ。興味深いジャンルがあると思ってさ」

 

 そこから正人が語ったのはこのジャンルの小説を見る切っ掛けになったことだった。興味本位で見てしまったこと、胸糞悪くなったこと、それにも関わらず不覚にも興奮してしまったことを伝え終わると、薫は我慢することなく面白そうに笑い出した。

 

「あはははは! 何を真剣に悩んでいるかと思ったらそんなことを悩んでたの? ていうか馬鹿真面目に恋人に寝取られについて語るってどうなのよ」

「……まあそれもそうか」

「そうそう……それに」

「? ……っ!?」

 

 ふと正人の視界が黒く染まった。何かと思いモゴモゴと動かすと、顔に感じる感触は柔らかく温かかった。そう、薫の豊満な胸である。左右から柔らかい胸に包まれるサンドイッチな状態、正人は至福の時を味わいながら頭の上から聞こえて来た薫の言葉を聞いていた。

 

「こ~んなにいつも尽くす恋人が居るのにさ。物語の世界とは言え私じゃない何かに興奮させられたのって気に入らないなぁ」

「エロい物を見たら興奮するのが男の性だってずっと言われてるから」

「分かってるけど……? クンクン」

「……どしたの?」

「一人で処理したかどうかの確認。匂いで分かるもん」

「……………」

 

 お前は犬か、なんて言葉は呑み込んだ正人だった。

 離れたくはなかったがずっと胸に顔を包まれているというのもアレな話なので、正人はゆっくりと薫の胸から顔を離した。そこでふと、薫がこんなことを呟く。

 

「正人はさ……もし私が寝取られちゃったらどうする?」

「……は?」

 

 その薫の問いかけに正人の顔から表情が消えた。目の前に居る何よりも大切で、何よりも愛おしい恋人が他の誰かのモノになる。自分の知らない所で股を開くようなことがある……そこまで考えて正人は頭が沸騰しそうなほどの怒りを感じた。

 そんなことがあってたまるか、そう声を大にして言おうとしたその瞬間――正人は薫のキスを受けた。突然のことで驚いた正人だったが、驚きの声を上げる隙すら与えないと言わんばかりに薫は舌を正人の口内に侵入させた。正人の全てを奪おうとするかのごとく激しい口内の蹂躙、それは時間にしておよそ30秒ほど続いたのだった。

 お互いの顔が離れると、間にあるのは橋のように掛かる唾液。ぷつっと音を立てるように唾液の橋が切れ落ち、薫は正人の顔を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。

 

「その様子だけで十分だよ。私は正人に愛されてる……この上ないくらいにね」

「薫……」

「そして私も正人を愛してる。正人無しじゃ生きていけない、私の全ては正人。正人以外の男なんて知らない。正人っていう恋人がいるのに、下種な視線を向けてくる男を見ると殺したくなるわ」

 

 先の正人同様に、表情を消した薫は淡々とそう囁いた。結局の所この二人は同じなのだ。互いを互いに思い合うその一途さは変わらないし、過剰なまでのお互いがお互いに対する独占欲がある。ただこれは正人は気づいていないことだが、薫の正人に対する愛情は常人のそれではない。正人の為ならば何でもできる……前提条件として正人が確実に傷つかないという条件があるが。それでもそのためなら手段を択ばない薫の愛はやはり恐ろしささえはらんでいた。

 殺したくなる、その言葉に薄ら寒いモノを正人は感じたがすぐに薫は笑顔になったため気にすることもなかった。というかさ、そう前置きして薫は言葉を続けるのだった。

 

「そもそもさ、こんな風にご都合主義よろしくに寝取られが成功するのって物語の中だけだよ? この女の子みたいにご主人様~とか言うことまずないし、そもそも犯される前に脅された時点で脅迫だよ? 警察もそうだけど、親に言った時点でも一発アウトじゃないの」

 

 ……これ以上ないほどの正論だった。

 確かに薫の言う通り、よく見る快楽堕ちのヒロインみたいに狂ってしまうのは物語の中だからこそあり得るのであって、現実でそのようなことはあり得ることではない。よほどのビッチなら分からないが、概ね薫の言う通りなのだろう。

 正人は薫の言葉を聞いてしょうもないことに悩んでいたのが馬鹿らしくなったのか、やめだやめだとノートを閉じてベッドに寝転がった。そんな正人の様子に薫は苦笑し、次いでえいっと可愛い声を上げながら正人に跨るようにポジションを取る。

 

「ふふ、ごめん正人。さっきのキスで私、スイッチ入っちゃった」

 

 そう言って服を脱いで下着姿になり、最後の防波堤でもある下着も取っ払った。薫の言葉を裏付けるように、ジワリと薫の股を雫が垂れて落ちる。まだ時間は昼過ぎほど、しかしそんな時間に似つかわしくない嬌声がこの後響くのだった。

 色んな液でグチャグチャになったベッドの上で、正人の腕に抱かれながら薫は思う。

 

(あの時の正人の怒り、凄い心地よかった。私が誰かに奪われるかもしれないって考えて、あそこまで怒るなんて私本当に愛されてる。素敵……素敵よ正人。でもそれは私も同じ……貴方が私から離れるかもしれないって考えると何するか分からないわ)

 

 光の消えた目で薫は正人を見上げる。結構激しく動いたせいか眠たそうにしている正人は薫の目に気づかない。正人と薫、二人にとっての理想的な日常を作り上げるために、邪魔になるモノは全て排するという残酷な考えを滲ませる薫の目に。

 

「……まあそうなるように仕向けた面もあるんだけどね。誰にも渡したくなかったんだもん……正人、愛してるわ」

 

 誰にも渡さない、そのためなら愛する恋人の価値観さえ無意識に内に壊して見せる……本当に薫は狂っていた。計算高く、正人の為ならば何をするのも厭わない……そんな薫でさえ予測できなかったことが一つある――それは。

 

「別にいいさ。薫が俺の傍に居てくれるなら。俺も君を愛してる――薫はずっと俺だけのモノだ」

「っ!?」

 

 もしかしたら……薄々正人は気づいていたのかもしれない。薫の持つ異常さを。そして何より、そんな薫さえも愛おしいと感じ受け入れていることを。

 薫は今の正人の言葉、ずっと俺だけのモノだという言葉を聞いて盛大に濡れた。それこそすわ大洪水か、と言わんばかりに。ピクピクと体を震わせる薫は再び正人を見つめる。そんな彼女の瞳は大きなハートマークに染まっていたと後に正人は独り言として呟いたとかどうとか。

 

 

 

 

「ねえねえ聞いた? 下田のやつ、薫さんを下着姿にさせたんだって」

「聞いた聞いた。マジ最低だよね。下着姿の写真撮られたみたいだけど、その時のボイスレコーダーが証拠になって下田のやつ退学になったらしいよ」

「いいザマだし。ていうか取り返しの付かないことにならなくて良かったよ本当。薫さんって私たちの中じゃ憧れじゃん?」

「まあね。あ~あ、私も薫さんみたいに恋人とイチャイチャしたいなぁ」

「その言い方はアンタに恋人がいるような言い方だからやめときな」

「居るよ? 恋人」

「……は?」

「恋人居るよ私、もう半年になるかな」

「……………」

「やっほ、どうしてその子固まってるの?」

「やっほ~。う~ん、私に恋人が居るよって言ったところからこんな感じ」

「……あぁなるほど。ねね、それよりビッグニュース」

「?? 何々~?」

「下田のやつ、今朝自殺したって先生たちが話してるの聞いちゃったわ」

「……うわぁ、それ本当?」

「マジマジ。ヒソヒソ話してて詳しくは知らないけど、間違いはないと思う」

 

 

 女子たちのヒソヒソと囁かれる話、その話が聞こえたのかどうかは分からないが……一人の女子生徒が怪しく嗤うのだった。

 



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姫川美咲の場合1

原作:彼女が野球部の性処理マネージャーに……

美咲ちゃん凄い可愛いキャラなんですよね。

寝取られ系ヒロインを集めた純愛ギャルゲーをやってみたい今日この頃。寝取られって奪われる喪失感を与えるためなのか、寝取られモノのヒロインって皆可愛いし好きになる要素がそこかしこにあるようにも思えます。



 野球の名門、幸誠学園に通う野球部マネージャーの少女――姫川美咲には最愛の恋人が居る。その恋人の名は立花亮太、良くも悪くも平凡な少年だ。反対に美咲は花の咲いたような魅力的な笑顔に男が好みそうな起伏の激しい体、エロさと可憐さを抜群に両立させた彼女は野球部の中でも、果てには学園内でも圧倒的な人気を誇っていた。

 そんな彼女ではあるが、恋より野球が好きで、恋愛は後回しで野球部のマネージャーとして精を出していた。普通の部員なら嫌がるであろう部室の掃除、ボール磨きなどを率先して嫌な顔せず行うくらいに。そのように日々を過ごしていた美咲にある日、転機が訪れることとなる。それが恋人である亮太との馴れ初めだ。

 

『好きです! 付き合ってください!』

 

 シンプルに好きだと伝えられた告白、その当時のことはずっと色褪せない記憶として美咲の中には残り続けていた。恋愛よりも部の為に日々を過ごしていた美咲だったが、その頃から良く亮太のことは美咲の目に留まっていた。練習が終わっても一人残って自主練に励む彼、そんなひたむきさにいつの間にか美咲は惹かれていたのだ。そんな中での気になる亮太からの告白、これに胸がときめかないわけがなかった。

 規律に厳しい野球部には恋愛禁止というルールが設けられている。しかしいくらルールと言えど、思春期の少年少女の恋愛を止める足枷にはならず、他の部員たちには黙っているということで亮太と美咲は秘密の付き合いをすることになったのだ。

 それからの日々は美咲にとっても、もちろん亮太にとっても忘れられないほどに充実した日々なのは言うまでもない。学園では隠れた付き合いをし、放課後や休日は互いに普段の物足りなさを埋めるように甘く溶けるようにイチャイチャと過ごす。そして極めつけはそんな日々の中で伝えられた亮太からのこんな言葉だ。

 

『野球は好きだよ。でも、美咲の方が何よりも大切さ。もしこの関係がバレて野球部を辞めさせられることになったとしても、俺は君の恋人になれたことを後悔なんてしない。むしろ、変なしがらみがなくなって良いかなって思ったりもするよ』

 

 手を繋ぎ、深いキスをした後に囁かれたこの言葉は美咲の心に深く刻まれた。あんなに頑張っている野球よりも大切だと、後悔しないなんて言われてしまった美咲の心は完全に亮太のモノになった。そして亮太の言葉に続くように、美咲もこんな言葉を返していた。

 

『私も、私も絶対に後悔なんてしない。リョー君と恋人になれたこと、凄く嬉しいもん。それこそ、今言われたみたいにこの関係がバレてマネージャーを辞めさせられたとしても私は構わないわ。リョー君の傍に居る。それだけが望み、だからお願いリョー君。ずっと私を貴方の恋人で居させて?』

 

 他の全てを犠牲にしたとしても亮太の傍に居ることを望む。それが野球に情熱を捧げてきた美咲が変わった瞬間だった。

 亮太は真っ直ぐに伝えられたその言葉に顔を赤くして照れ、そんな様子さえも美咲にとっては愛おしいという感情を抱かせもっと好きになってしまう。亮太のことを知れば知るほど、一緒に居れば居るほど好きになる。それこそ際限なく、亮太の為に生きたいと思ってしまうほどに重い愛へと変化していく。

 いつしか美咲の中では、あれほど好きだった野球よりも……亮太への愛が圧倒的に多くなっていた。野球部員だけでなく、学園の男子からもスケベな目で見られることに殺意を抱く日々も、亮太さえ傍に居てくれれば幸福な感情が上書きしてくれる。もう美咲にとって亮太はなくてはならない存在、彼を裏切る自分が居るなら縊り殺してやる……それほどの想いを美咲は抱き続けていた。

 亮太を愛し愛される、そんな充実した日々を過ごしていた時だった――この平穏にメスを入れるように、無謀にも二人の世界を破壊しようとした存在が現れたのは。必ず破滅させてやると、美咲が初めて怒り狂った瞬間が訪れたのは。

 

 

 

 野球部が所有する空き倉庫、人の気配が普段ならないはずのその場所に二つの人影があった。一つは美咲、そしてもう一つは郷田勲という男のモノだった。この郷田という男は今年、野球部の顧問として赴任してきた男だった。元プロ野球選手という肩書を持つ彼は多くの学校を甲子園へと導いてきた実績を持ち、学園側も彼に大金をはたいて来てもらったという経緯がある。

 そんな顧問である郷田とマネージャーである美咲がこの場に居ること、野球部の倉庫ということもあり特に珍しいことでないのだが、二人の間で行われている会話は顧問とマネージャーがしていい会話ではなかった。

 

「お前と立花が付き合っているのを知られるのはマズいだろう? それを黙っていてやるから一つ、お前にしてもらいたいことがある」

「……それは……何でしょうか?」

 

 郷田はニヤリと笑い、その顔に欲望をこれでもかと張り付けて美咲に向かって言い放った。

 

「俺のセフレになれ。そうすればお前たち二人のことは黙っておいてやろう」

「っ!? そ、そんなことできるわけ――」

「断ってくれても構わんぞ? そうなった場合、立花を退部させる。あれほど頑張っているのに辞めることになるとはかわいそうな奴だなぁ?」

「……っ!!」

 

 悔しそうに唇を噛む仕草をする美咲に、完全に郷田は自分が上の立場に立っていると確信した。元々この学園に来た時からエロい体をしている美咲のことを郷田は狙っていた。顧問として決して許されないことだが、郷田には元プロとしての肩書もあるし何より、学園側が高い金を払っているため強気に出れない部分もあり何をしても揉み消してもらえるという自信があるのだ。そうやって郷田はいくつもの高校で多くの女生徒を食ってきたのだから。

 郷田は距離を詰め、美咲の手を捻り上げた。

 

「い、いや……離して!!」

「無駄な抵抗はやめるといいぞ。ここはグラウンドの隅の倉庫だ。声を出しても誰も来はせん」

「そんなこと……誰か! リョー君助けてええええええ!!」

「ククク! 全くいい体をしてるじゃねえか姫川。大丈夫だ安心しろ、俺がしっかりお前を調教してやる」

 

 下種びた表情で舌なめずりをしながら、郷田は勢いよく美咲の上着を捲り上げた。健康的な肌色のムッチリとした肉体が姿を見せ、豊満な二つの胸をブラジャーが重たそうに支えている。涙を流しやめてと懇願する美咲を郷田は押し倒した。

 美咲は必死に逃げようとしているが、郷田は現役を退いても体を鍛えるのを怠ってはいない。故に女子高生の美咲が郷田の拘束から逃げることなどできるはずもなかった。

 

「暴れるなって。すぐに良くしてやる。それこそ恋人のことを忘れちまうくらいにな」

「……リョー君! いやだよぉ……っ!」

 

 今目の前で泣いている美咲がすぐに快楽に溺れてダラシナイ表情を浮かべるのかと思うと、郷田は下半身がすぐに熱くなるのを感じた。片手は美咲の両腕を押さえつけ、もう片方の手で美咲の下半身を守る下着を下ろそうとした……正にその時だった。

 ガタンと、一際大きな音が倉庫に響き渡った。

 強く響いた音に郷田は体を震わせた。一体誰だと、郷田が考える間もなく倉庫の扉が開くのだった。

 

「無事か美咲!!」

「あ……リョー君……リョー君!!」

 

 扉を開けて最初に入ってきたのは美咲の最愛の恋人、亮太だった。亮太は美咲のあられもない姿を見てその表情を怒りに染め、次いで美咲を押し倒している郷田に思いっきり拳を振り抜いた。

 

「がふっ!」

 

 郷田は亮太の拳をモロに受けて倒れ込む。普段なら体を鍛えている郷田がここまで無様な醜態は晒さなかっただろうが、あまりに色んなことが立て続けに起こり混乱していたのが大きいのかもしれない。

 倒れ込んだ郷田には目もくれず、亮太は美咲に駆け寄ってその震える体を強く抱きしめた。下着姿にされてはいるが、まだ事に及ばれた形跡はないため一先ず安心できた。亮太は胸の中で泣き続ける美咲を抱きしめながら、立ち上がった郷田を睨み続ける。

 

「……ったく、いてえじゃねえか立花。顧問に手を上げてどうなるか分かってんのか?」

「うるせえよ。美咲に手を出そうとした屑のくせに、顧問なんつう肩書を語るんじゃねえ!」

 

 怒りに震える亮太を前にしても郷田は表情を変えることはない。だがそのどちらでもない、美咲はというと亮太に熱い視線を投げかけていた。潤んだ瞳は亮太だけを写し、美咲には亮太しか居ないのだという絶対の想いを抱かせる。

 とはいえ、だ。

 先ほども言ったように郷田には高い金が払われているため学校側は彼に強く出れない。それが郷田がこんなにも慌てずに普通で居られる理由にもなっている。だが……だ、もしこの学校側が強く出れないという大前提が崩れた場合は果たしてどうなるのだろうか。

 亮太と美咲、郷田しか居ないこの場に続々と何かが近づいてくる足音が聞こえて来た。一体何だと、郷田が視線を向けた時……そこに居たのは他の教員を始め、まだ学園に残っている多くの生徒だった。

 一体どうして、そう考える郷田の元に一人の教員が焦った顔で近づいてきた。

 

「郷田さん! 何てことをしてしまったんですか! ……今学園は大変なことになっています! さっきから引っ切り無しに電話もかかり続けているんですよ!?」

「な、何を言ってるんだ……?」

 

 ここまで来てついに混乱の極みになったのだろう。郷田の表情から余裕が消えた。

 

「……どうしたんだ一体」

「……フフ」

 

 亮太自身も何が起きているのか分からない中、ただ一人……美咲は亮太に見えないように嗤っていた。真意の分からない美咲の不気味な笑み、その答えを示すように一人の生徒がこんなことを口走った。

 

「今SNSでリアルタイムの動画が上がってるんだよ。その……郷田さんが姫川さんに性的暴行を加えようとした動画が……」

 

 その呟きは全員に波及したが、今はそんなことよりも目の前で実際に犯罪が行われようとしたこと自体が問題だった。遅れて警察が到着し、郷田はそのまま連れて行かれた。美咲は亮太に支えられながら、友人たちに無事で良かったと言葉をもらいとりあえずその場は解散となる。

 今回の出来事は学園内に留まらず、ネットを経由して外に漏れ出た不祥事であり揉み消すことは不可能な状態になった。当然のことながら郷田が逮捕されたことで野球部の顧問という肩書は無くなり、この学園に再び足を踏み入れることはおろか、顧問として仕事に就くことは一生ない。しかも美咲に性的暴行を加えようとしたことだけでなく、今までの学校で行われた郷田の淫行の証拠がどこからともなく警察に届けられ、彼の築き上げた華々しい経歴は跡形もなく消え去るのだった。

 

 

 

 その日の夜、亮太と美咲は激しく交わった。

 互いに互いを強く求め、不安を消し去るように激しい情交だった。何時にも増して激しく求めてくる美咲に、亮太はあんなことがあったのだから当然かと思った。不安と怖さを消し去るように、美咲はあんな恐ろしい記憶を消してほしいと亮太に頼んだ。

 

『リョー君で私のあの記憶を消して、上書きして……。リョー君の愛で私を満たして!』

 

 それからはもう言葉に出来ないほどのモノだった。

 体の相性が驚くほどに良い二人の情交は凄まじい。それこそ美咲の意識が何度も何度も飛びそうになるほど、亮太としても何回も何回も限界を迎えてしまうほどの激しさである。

 亮太にとって美咲の存在を一番感じる瞬間、美咲にとっては自分が亮太だけのモノだと感じられる瞬間、二人にとってこの交わる瞬間というのは何よりも大切な瞬間なのである。

 事が済み、ベッドの上で裸で抱き合う二人。

 美咲の頭を優しく撫でながら亮太はふと、こんなことを言ったのだ。

 

「そう言えば美咲、良く郷田のやつに好きにさせたね」

「え?」

「だって美咲……喧嘩凄い強いじゃん? ナンパしてきた男たち一気に沈めてたし」

「……あ~……うん、えっとね。まあ私も怖かったから体が動かなかったの」

「そっか……でも間に合って良かったよ本当に」

「ふふ、私は信じてたよ。リョー君が助けに来てくれること」

「胸騒ぎがしてさ……本当に俺、美咲のことになると周りが見えなくなっちまう」

「そういう所、凄く好きよ。リョー君、ずっと私を……私だけを愛してね?」

「もちろんだ。美咲こそ俺だけを……その……」

「もう、何でそこで照れるのよ」

「は、恥ずかしいモノは恥ずかしいんだ! ……コホン、ずっと俺と一緒に居てください」

「……はい。ずっとリョー君の傍に居ます」

 

 笑い合う二人の未来、それはきっと絶対に引き裂かれない未来であると確信を持てるほどの光景だ。亮太と美咲、二人の未来はこれからも続くが一つだけ言えるのは。

 これから先、この二人が離れる未来は決して来なかったということだけは伝えておこうと思う。

 

 

 

「……分かってくれ姫川君。学校としても彼に強くは出れないんだ」

「女子生徒を食い物にして来た屑ですよ? 前科があると分かっているのに何も言えないなんておかしくないですか?」

 

 美咲の指摘に教員は苦しそうに顔を伏せた。

 結局金と権力に逆らえないのは誰も同じ、学園のトップの決定には一教員である彼では何もできない。そんな彼を見て美咲は心底見下げ果てたと言わんばかりの冷たい表情を浮かべていた。全てを貫くような鋭利な視線は教員を射抜き、美咲に対して途方もない恐怖を抱かせる。

 そもそもの話、何故美咲が郷田に対してここまで言うのか。それは彼に関してありとあらゆる伝手を使い知ったからである。自分の身を護るということももちろんだが、亮太が関わることになる存在になるのならその人物について調べるのは当然のこと。

 調べ上げた結果郷田の過去、そして彼が美咲を見る視線を合わせて考えれば、郷田が自分を肉欲の対象として見ていることを美咲自身はすぐに気づいた。亮太を愛する女として、少したりとも誤解の一切を与えることは許さないと自らを戒める美咲にとって、郷田という存在は限りなく邪魔になると結論を出した。

 だからこそ美咲は――郷田を破滅させることを決めた。

 

「分かりました」

「そうか――」

「あなたたち教員が役立たずということがです」

「……………」

 

 役立たず、真っ直ぐにそう言われて教員自身も何を言われたのかすぐには理解できなかった。理解できたとしても怒りに身を任せて反論することもできない。美咲の纏う雰囲気が怒りを抱かせるという衝動すら押さえつけてしまうほどに凶悪なものだったからだ。

 

「学園内で揉み消されてしまうのなら、そうできないほどに事を大きくしてしまえば済むことです。本当なら近づくことだけでも嫌ですけど、リョー君と私の幸せな学園生活の為には仕方ありません」

「何を言ってるんだ……姫川?」

 

 教員の問いかけに答えず、美咲はそのまま職員室を出て教室をへと向かう中、小さく呟く。

 

「たとえ内側でうやむやにされようとも、それが外側に広がってしまえば後の祭り。興味があるないにしろ、外野はすぐにこういった話題には飛びつく。寧ろ外野は面白がって燃料投下してくれるだろうし、嫌でも学園側はこれに対して対処しなくてはいけなくなる……フフ、我ながらリョー君が絡むと大胆になっちゃうなぁ」

 

 今は傍に居ない恋人を考え、熱い吐息を溢す。

 これから行われるのは儀式みたいなものだ。その儀式の生贄は一人の屑、美咲と亮太の仲を引き裂こうとする救いようのない屑の断罪。

 美咲は嗤いながら、その時が来るのを待つのだった

 

「……あ、私生配信のやり方知らないじゃん。確かあの子そういうのに詳しかったし……聞いてこよう」

 

 ちょっとだけおっちょこちょいなのも、美咲の魅力の一つとも言えるのかもしれない。

 




終わりません。

だって美咲を狙っているのって部員にも居ますし。
次はまた待たすかもしれません。


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姫川美咲の場合2

暫く待たすと言ったな。アレは嘘だ(デデン

それでも妻を愛してる2凄いですね。
あれ嫁が寝取られてるけど旦那も寝取られてるなんて思わなかった。何を言ってるかと思われるかもしれないですが、あれ一番怖いのあの同級生?の女の子ですね。

個人的な好みですけど、嫁さんよりあの女の子の方が好き(笑)


 揺蕩う暗闇の中で、美咲は今自分が夢を見ているのだと感じた。郷田を社会的に殺し、亮太と愛の限り交わった夜に見る夢……ここまで鮮明に夢だと気づけるのも珍しいなと美咲は苦笑した。

 夢の中に揺蕩う感覚は言ってしまえば空中に漂うような奇妙な感覚で、現実では決して味わえないモノだから偶にはこういうのもいいなと思わなくもない。だがこの夢には美咲の愛する亮太の姿はない。一時だって亮太の傍から離れたくない美咲にとっては早く目が覚めて欲しいというのがやはり本音だったりするのかもしれない。

 

「……早く起きてリョー君に会いたい、おはようのキスして朝〇ェラしてあげたい」

 

 ……ほぼほぼ美咲の欲望丸出しである。

 そんな風に亮太へのご奉仕について想いを馳せていた時、ふと美咲は目の前で灯りが見えたのに気づく。一体何だろうか、美咲はそう考えながらその灯りへと吸い寄せられていった。

 視界が晴れて真っ暗だった目の前は鮮明に見えるようになり、美咲の前に現れたのは一つの建物。その建物に近づくにつれて美咲は正体の分からない不安を抱く。その奇妙な不快感はどこか、亮太が苦しんでいるのはでないかという被害妄想のような何かを美咲に植え付けた。

 この扉の向こうで亮太が悲しんでいる……苦しんでいる……泣いている。よく分からないが、美咲にはこの考えが間違ってはいないのだと確信した。

 意を決して扉を開く。

 

「……うっ!?」

 

 扉を開いた瞬間、まず美咲が感じたのは強烈な精臭だった。何人もの男の精が混ざり合ったような臭さ、むせ返ってしまいそうになるほどの嫌悪感催す匂いだった。

 鼻に手を当てて極力匂いを嗅がないように足を進める美咲、部屋の中には見渡す限り多くの男が居るが美咲に気づいた様子はない。どうやらこれが夢のようなモノだというのは間違いではないらしく、美咲は透明人間のような状態と言わんばかりに男たちは気づかない。

 男たちは何かを夢中になって何かを見ている。輪を描くように何かの見世物を見ているような……それを見て美咲の不安は一気に膨れ上がった。この輪の中に何かある……美咲は男たちをすり抜けついにその正体を知った。

 それは――。

 

「おら立花! お前の女が俺たちの精処理便器になった感想はどうなんだよ! 何か言ってみろよな!」

「や、やめてくださぃ♡ お願いだからリョー君、これ以上私の恥ずかしい姿見ないでぇぇぇ♡」

「……美咲……なんで」

 

 美咲の前に現れた光景、それは見たことある人間たちが自分を犯し、それを見た亮太が絶望の表情を浮かべていると言うモノだった。男たちの輪の中で淫らに腰を振り、最愛の亮太という存在が目の前に居るにも関わらず体を震わせて快楽を貪る己の姿……美咲はスッと心が冷えて行くのを感じた。

 

「だめぇ……見られてる……見られちゃってるのぉぉぉ! 小堀君としてるとこ……リョー君にぃ♡」

 

 ダメと言いながら腰を振るのをやめない浅ましい雌の姿、そこには亮太への愛など既に残っていないことが美咲には理解できた。そして――。

 

「……み……さき」

 

 そんな雌の痴態を見せつけられた亮太は涙を流し、悲しみに体を震わせて蹲ってしまう。

 美咲は思う――なんだこれはと。

 冷え切った心に熱くドロドロとした感情がマグマのように流れ込んでくる。この怒りは間違いなくある一つの存在へと向いていた。夢とは言え自分を犯す男たちへの怒りはもちろんだが、一番は亮太を裏切った救いようのない雌に対する憎悪、悲しむ亮太を放ってゴミ屑と交わり続ける犬にも劣る畜生へと。

 ゆっくりと、ゆっくりと犯され続ける自分へと歩みを進める。

 床を踏む感触がどこかリアルになったなと美咲は頭の片隅で理解したが、すぐにそれはとてつもない怒りに押し流されてしまう。一歩、また一歩と歩みを進める中で、美咲だけでなく周りにも変化が起き出したのはそれからだ。

 

「……? ッ!? 姫川が二人!?」

「ど、どうなってんだよ!?」

 

 困惑の声が聞こえるが、美咲にとってそれは雑音でしかない。そんな風に騒ぎが広がれば、必然と犯されている自分が美咲に気づくのも当然で。快楽に酔いしれていたもう一人の美咲(以後ミサキ)も近づく美咲に気づいて目を丸くした。

 男の精を顔だけでなく、全身に浴びているミサキの姿は汚らしいの一言しかない。美咲はミサキの腕を掴み、乱暴に床に叩きつけた。

 

「きゃあああっ!?」

 

 ドンと、床が振動するほどの大きな音が響き渡った。もちろんそうなれば周りで見ていた男と、ミサキに汚いモノを突っ込んでいた小堀という男が向かってくるのは当然。訳が分からないという風に近寄ってきた小堀を美咲は目に見えないほどの速度で回し蹴りを食らわせ、小堀の体は遠くへと吹き飛んだ。

 体のある部分があり得ない曲がり方をしているが……まあ今の美咲にそれを気にする余裕などない。美咲は床に倒れたままのミサキの髪を乱暴に引っ張り、目線が会う位置まで上体を起こさせた。

 

「……お前……一体何をしているの?」

「ひっ!?」

 

 冷気を纏わせたような声にミサキは怯えをこれでもかと見せた。いくら快楽に壊れたミサキであっても、恐怖心は人並みに感じることはできるのだろう。

 怒りに震える美咲、恐怖に体を震わせるミサキ、周りも付いていけない現状が広がっていた。

 

「もう一度言うわ」

 

 美咲は周りの男たちと同じように、呆然とこちらを見ている亮太を一度見て、再び同じ言葉を美咲は口にした。

 

「一体何をしているのかって聞いたの。リョー君を裏切ってまで一体何をしているのかって聞いているのよ!!」

「……わ、私は……ただ……気持ちよくなりたくって……」

 

 恐怖に突き動かされるように呟かれた言葉はそれだけだった。

 もちろん美咲も理解しているのだ。目の前のミサキはおそらく、本意でこうなったわけではない。立て続けに体に快楽を教え込まれた結果、こんな風に変わり壊れてしまったことを。でも、だからどうしたというのが美咲の本音だ。いくら夢だろうと、自分には関係ない話だとしても、自分と同じ顔をした同一人物が愛する亮太を悲しませている……それだけは美咲にとってどうあっても許せることではない。

 いつか美咲はこう言った――もし亮太を裏切る自分が居るなら縊り殺してやると。

 

(……あぁそうか。この夢はこの女を殺すために見ているのか)

 

 そんな結論が美咲の中で出た。

 美咲は髪を掴んでいた手を離す。ミサキは助かると思ったのか安堵の息を漏らすが、すぐにさっきとは比べ物にならない力でミサキは首への圧迫感を感じた。

 

「ぐ……っ!?」

 

 簡単なことだ。

 美咲の手が喉へと伸びただけである。ギリギリと締め付ける力はとても強く、痛みと苦しみに悶えるミサキの力ではビクともしない。周りで止めに来るものは居ない……誰も美咲に近づけない。修羅のように怒りを纏う美咲に誰しもが恐怖していた。

 

「……私はリョー君を愛している。リョー君だけを愛している」

 

 美咲の独白は誰の耳にも入らない。近くに居るはずのミサキですら、美咲の言葉は聞き取れない。

 

「彼を苦しめる者は絶対に許さない……それが私自身であっても」

 

 もう抵抗する気力も残っていないのか、目から光を喪ったミサキの腕がダラリとぶら下がった。

 

「お前は姫川美咲じゃない……リョー君を愛し、リョー君に愛された女じゃない。最愛を捨てて、最悪の過ちを犯したただの屑よ」

 

 意識のないミサキの体が地面へと崩れ落ちる。

 男たちの放った精液の海で死ねるなら、この屑にはお似合いの死に方だと美咲は侮蔑の笑みを浮かべた。ミサキの体が白濁の海に落ちた瞬間、美咲の意識も外へと引っ張られる……目覚めの時だ。

 クソのような光景から一転して、美咲の視界はまだ薄暗い部屋へと移っていた。外から鳥の鳴き声が聞こえる中、横からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「……ふふ」

 

 そちらに視線を向ければ、居るのは当然愛する亮太である。昨夜は激しく交わったのもあり、当然のことながら二人は服を着ておらず全裸のままだ。

 安心して眠る亮太の顔には不安の色なんてもちろんない、あの夢で見た亮太の泣き顔なんて微塵も感じさせない。夢のことを考えると、やっぱり脳にチラつくのはミサキの快楽に蕩けた顔だった。あの光景を思い出す度に腸が煮えくり返るような気持ちになるが、隣に眠る亮太の存在がその怒りを鎮めてくれる。

 

「私って本当にリョー君が好きなんだなぁ。ねえ……リョー君」

 

 亮太の頬に優しくキスをして、美咲はその顔を覗き込みながら言葉を続けた。

 

「私ね、もうリョー君が居ないと生きて行けないの。リョー君が私の全て、リョー君が私の生きる意味。私、姫川美咲は貴方と結ばれるために生まれて来た女なの」

 

 重い女の言葉を当然のことながら眠っている亮太は聞いてはいない。美咲は困った旦那様だなぁと、このこのっと頬を指で突く。

 もう一度身を乗り出して、今度は亮太の唇に触れるだけの優しいキスをお見舞いし……そして――。

 

「ふふ、大きくなってるよリョー君。私がご奉仕してあげるね♡」

 

 美咲は亮太の下半身へと顔の位置を変えるのだった。

 

 

 

「……う~ん」

 

 目覚め、少しの怠さを感じながら亮太は目を覚ました。体が思った以上に動こうとしないこの疲労感はやはり、昨日の美咲との交わりだったのかと記憶を呼び起こす。

 

「……昨日は凄かったなぁ」

 

 っと、乱れ狂う美咲を思ってそんな言葉が漏れて出た。そんな時だった――下半身から快楽の波が亮太の脳に届いたのは。

 一体何だと、己の下半身に目を向けた亮太。そこに居たのは美咲で、彼女は自身の口と豊満な胸を使って亮太の亮太を可愛がっていた。朝の光景にしてはひどく淫靡なモノに、流石の亮太も思考回路が一旦停止した。そんな亮太の内心を知ってか知らずか、美咲は花の咲いたような笑顔で言葉を放った。

 

「おはようリョー君。どう? 気持ちいい?」

「……朝からいきなりだな……まあうん、凄くいい」

 

 ……男としてはこう返す他ないだろうこんな状況では。

 亮太の言葉が嬉しかったのか美咲はもっと頑張ると気合を入れなおしたのか、少しだけ動きが激しくなる。美咲の口と胸によって与えられる快感に腰を震わせながら亮太はぼんやりと、そう言えば今日は学校だったなぁとどこか他人事のように思うのだった。

 

 

 

 郷田が警察に捕まったことで、野球部は顧問不在となるのは当たり前のことだが、それはマズいと亮太と美咲のクラスの担任が暫定的に顧問になることになった。その流れから、少し厳しすぎるとの声も上がり野球部の恋愛禁止のルールは解かれることとなった。もちろん自分の練習を疎かにしないようにとの制約もあるが、この決定に野球部員たちは歓喜した。そして当然のことながら、彼らの欲望の目が向くのはマネージャーである美咲である。誰も彼もが美咲を狙っていた。彼女を自分の女にしたい、彼女を犯したい、そんなことを部員全員が大なり小なり妄想してしまうほどには美咲という存在は大きかった……のだが。

 何度も言うが美咲は亮太と付き合っている……つまりこういうことだ。

 

「リョー君、はいタオル」

「あぁありがとう美咲」

「ううん、拭いた? それじゃあタオル貸して?」

「汗臭いよ?」

「“彼氏”の汗だよ? 全然平気!」

 

 なんて会話が行われるわけだ。

 亮太としては隠そうともしていたのだが、何を思ったのか美咲は隠すなんてことはせず、堂々と亮太との関係を見せつけて行った。その結果、男子部員たちは亮太に対して嫉妬の感情を持ちはしたが、七割くらいの部員たちは亮太と美咲の甘い雰囲気を見せられて諦めて行った。

 ……問題は残った三割、中でも特に。

 

「……なんであんなやつが姫川と付き合ってんだよ」

 

 少し小太りの部員、小堀だけは亮太に対し憎しみの籠った視線を投げかけていた。小堀は美咲がマネージャーとして入部してきたその時から、いつかは美咲を自分のモノにしてやると薄暗い願望を抱いていた。そんな自分を差し置いて、大して目立たなかった亮太が美咲と付き合っていることに我慢が出来ない。

 

(姫川は俺のだ……胸も尻も全部全部俺の物だ!!)

 

 美咲の全ては自分のモノ、そう疑わない小堀の欲望は止まらない。絶対に美咲を手に入れて性奴隷にする……小堀は汚い感情を隠しながら口の端を吊り上げる。

 そして当然のことながら、小堀の向ける亮太への醜い視線、己に対する吐き気を催すようなねっとりとした視線を美咲は分かっていた。夢でも現実でも下種なやつだなと、美咲は亮太に聞こえないくらいの舌打ちをする。

 

「……あいつもいらない。居なくなってもらわないと」

 

 差し込んできた夕暮れの闇に沈むように、美咲の言葉も溶けて消えていくのだった。

 




この一途な美咲ちゃんを皆さんが好きになってくれると嬉しいです。


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姫川美咲の場合3

百合華のようなことがない限り、これがまあまあな落しどころだと思います。

前半は“ミサキ”の終わり、後半は“美咲”のこれから。



 目を閉じれば聞こえてくる……あの声が。

 

『お前は何をしているのかって聞いているのよ!!』

 

 私と同じ声で、私を責め立てるあの声が。

 

『お前は姫川美咲じゃない』

 

 ……うるさい、うるさいうるさいうるさい……心はそう思ったとしても、どこかこの言葉に納得する自分が居るのも確かだった。

 どうしようもなかったと流されるままに凌辱を受け、私は身も心も快楽に堕ちた。薄汚い男の欲望をこの身に受けることに興奮を感じ、私に快楽をくれるならば好きにしてくれと思うほどに私は壊れてしまったのだ。かつて愛した恋人を捨て、快楽を貪る淫乱な雌豚に堕ちた私は……ふふ、確かに最低の屑に他ならない。

 

『お前は姫川美咲じゃない』

 

 また同じ声が頭の中で繰り返される。

 そうだ……あの人、リョー君と愛し合っていた私はもういない。彼と将来を誓い合った私は既に居ないのだ。最初は拒み続けた……やめてほしいと、でもやめてくれなかった。そしていつしか、彼に隠れて凌辱されることを心待ちにする私が居て絶望した……まあその絶望も最初だけだったけど。

 

『お前は姫川美咲じゃない……リョー君を愛し、リョー君に愛された女じゃない。最愛を捨てて、最悪の過ちを犯したただの屑よ』

 

 あの私と同じ顔、同じ体、同じ声をしたあの子はリョー君と愛し合えている私なのだろうか。もう気にすることじゃない、今の私には私の思い描く幸せをくれる人がたくさんいる。だというのに……どうして私は……私は……私は……っ!

 

「……っ!?」

 

 頬を伝う何かを拭い、そこで私は気づく――涙を流していることに。

 鏡を見れば目を赤くして小さな子供のように涙を流し続ける私が居た。泣き止みたくても止まらない、延々と流れて止まらない涙にどうしたんだと困惑が大きくなる。

 

「……あ」

 

 ふと私の視界はあるモノを見つけた。それは一枚の写真、写っているのは付き合いたての私とリョー君だ。あの頃はまだお互いに異性と付き合うのは初めてのことで、どちらもぎこちない笑顔を浮かべているのが印象的だ。一生ものの宝として残すには出来の悪い一枚だとは当時言い合ったけど、初めて撮ったツーショットだから宝物にしたいってことで残したんだっけ。

 

「……残そうって言ったのは……私だね」

 

 そう、この写真を残そうと言ったのは他でもない私だ。やめようと渋るリョー君を説得して、どうにかお互いに持っていようって約束した一枚。あの頃の記憶はとうに忘れたものと思っていたけど、中々どうして不思議なことに鮮明に私の記憶には残り続けていたんだ。

 

「……学校行かなくちゃ」

 

 ずっと閉じこもっているわけにもいかない。

 私は涙の跡を少しの化粧で隠し、制服に着替えて家を出た。リョー君に正式に別れを言って、“彼ら”のモノになると宣言した日を境に私は母親や父親と口を聞いていない。流石にナニをされているかを説明してはいないけど、ただ一方的にリョー君との別れを切り出したことを伝えたら凄く怒られた。特に母はリョー君のことを気に入っていたからその時の怒りは凄まじかった。

 学校に向かう中、ふとスマホが振動して手に取ると……そこにあったのは今日もしっかりご奉仕しろという命令のようなメッセージ。昨日までは行われる行為に興奮していたのにどうしてだろう、今日はその時間が来てほしくないって思っている私が居る。それどころか……もう彼らに会いたくないって思う私が居る。

 

「……あの夢のせいなのかな」

 

 夢の中で私は私に殺された。あれはまるで今までの狂ってしまった自分を殺されてしまったような感覚だ。昨日の私と違い、どこか生まれ変わったかのようにも思える。でも……これは全然嬉しいことなんかじゃない。だってこんなに私は苦しいんだ。けれど、この苦しみは私の自業自得だ。私自身が招いた種、それなのに苦しいや嬉しくないなんて思うのは傲慢な考えだろう。

 学校サボってしまおうか、そう私が考えた時――目の前に見知った背中を見つけた。あの背中は見間違えるわけがない、リョー君の背中だ。あまり食事をしていないのか痩せてしまっているけど、私には分かる。同時に、リョー君が野球部を退部した事実も私の胸に突き刺さる。

 ずっと背中を見つめ続けていたせいか、目の前のリョー君が振り返り私の姿を捉えた。リョー君は私を見つけたけど特に表情を変えるようなことはせず、そのまま前を向いて歩いて行ってしまった。

 

「……あ」

 

 ふと手を伸ばそうとして、私は手を下げた。私にはそんな資格……ないもんね。

 それから私の足は学校とは反対の方へ向き、これを境に私がリョー君と同じ学校に通うことはないのだった。

 

 

 野球の名門、その部活のマネージャーである姫川美咲は誰にも伝えることなく学園を退学した。同級生はもちろん、野球部員、顧問さえも彼女がどうして学園から居なくなったのか、その理由を聞いた者は居ない。ただ親の都合で遠くへ引っ越したとだけ、担任から簡単に伝えられた。

 そして後日、一人の男子生徒の元に一通の手紙が届けられる。その手紙には最初から終わりまで、ずっと謝罪の言葉が書かれていたらしい。

 

 

★☆★

 

 

「……う~んいい朝!」

 

 少女、姫川美咲の朝は早い。基本学校がある日は亮太の為にお昼のお弁当を作ったりと忙しいが、本日は休日であり弁当を作る必要はない。だというのに何故早いのか、それは単純に今日は亮太とのデートだからである。学校がある日は部活も遅くまであり、遊んだりする時間は本当に少ない。まあ美咲の場合は良く亮太の家に泊まることも珍しくなく、そこまで二人の時間が確保できないわけでもないが、こうして改めて休日を朝から夜まで過ごせるというのは美咲にとって何にも勝る最高の時間なのである。

 シャワーを浴び、着替えを終えて簡単にメイクをして準備万端。よしっと鏡の前で頷いた美咲は机に置かれていた一枚の写真を視界に入れた。それは亮太と付き合って初めて撮ったツーショットの一枚、ぎこちない笑みを浮かべている二人の初々しい写真だ。

 

「懐かしいなぁ。リョー君はこれは失敗だから撮りなおそうって言ったけど、私がこれを残したいって言ったんだよね」

 

 渋る亮太を説得してお互いに宝物の一つにしようと言った一枚、ただの写真だが美咲にとって亮太との大切な時間が始まった瞬間を思い出させてくれる一枚なのだ。今まで色んな写真を亮太と一緒に撮ったが、そのどれよりも特別な写真と言ってもいい。

 写真立てを手に取り、写っている亮太を撫でるように指を這わせてうっとりと表情を蕩けさせる美咲。しばらくそうしてハッと我に返り、スマホで時間を確認して慌てるように部屋を出た。

 

「お母さん、リョー君とデートに行ってくるね!」

「いってらっしゃい。亮太君によろしくね?」

「は~い!」

 

 朝も早いため父親の姿はなかったが、リビングに居た母親に声を掛けて家を出る。美咲自身は気づいてないが、美咲の背を見つめていた母はとても優しい表情をしていた。美咲の母は一途な亮太のことを気に入っている。いつ嫁にもらってくれても構わないと思っているほど、亮太に対して大きな信頼を抱いていた。そしてそれは父親も同様で、よく亮太が美咲の家でご飯をご馳走になる時には男同士の会話と称して、よく亮太と美咲に関する思い出話をすることも珍しくない。まあその度に美咲が父親に対して嫉妬するのだが、それもある意味姫川家にとっては名物のような光景だ。

 家を出た美咲は真っ直ぐに亮太の家に向かう。デートということもあり待ち合わせ場所を決めては居るが、その待ち合わせよりも遥かに美咲が家を出た時間は早い。ではなぜ待ち合わせ場所を決めているのに美咲はそれよりも早く、しかも亮太の家に向かっているのか……単純なことだ。亮太をビックリさせたいという悪戯心、そして彼が目を覚まして一番に視界に入れてほしいのが自分だという独占欲である。

 亮太の家に着いた美咲は彼から預かった合鍵を使い、亮太を起こさないようにと小さくおじゃましま~すと言って家に入った。そしてそのまま向かうのは亮太の部屋、音をなるべく立たずに部屋に向かうと――やはりまだ亮太はベッドの上で丸くなっていた。

 

「……えへへ、おはようリョー君♪」

 

 当然のことながら亮太は目を覚まさない。美咲は亮太の枕元にしゃがみ、ツンツンと指を頬に当ててみる。

 

「う、ううん」

「……可愛い」

 

 目を蕩かせてデレデレと危ない顔になった美咲、枕元に立つサキュバスのような女の子に僅かながら気配を感じたのか、パッと亮太の目が開いた。亮太はそのまま美咲を視界に入れても微動だにしない。どうやら寝起きということもありまだ頭が覚醒していないようだ。

 ボーっとしている亮太に愛おしさが溢れたのか、美咲は亮太の唇に口付けを落とし、満面の笑みで口を開くのだった。

 

「おはようリョー君♡」

 

 学園で誰もが憧れる花の咲いたような美しい笑み、それを独占している亮太の反応は如何に。

 

「ど……」

「ど?」

「どうして美咲が居るんだ!?」

 

 ……まあ当たり前の反応である。もしかして寝坊をしたのか、そう思って時計を見てもまだ二時間くらい余裕がある。ということは自分が寝坊したわけではないと、一先ず亮太は安心するように息を吐き出した。となると美咲がまた悪戯心を働かせたなと亮太の中で結論が出た。

 こうして美咲がサプライズのような行動を取ることは珍しくはなく、亮太にとって決して嫌ではないからやめてくれとも言えない、言うつもりもない。ただ、してやったりと舌を出してお茶目に笑う美咲を見て、少しだけ恥ずかしくもなってしまい。

 

「おら」

「へ? ……きゃっ!?」

 

 亮太は美咲の腕を掴み、自分のベッドに引き入れるように引っ張った。当然のことながら美咲の体は抵抗できるまでもなく亮太の力に負け、そのまま彼女は亮太と同じベッドの上に横になることになった。亮太は美咲の体を思いっきり抱きしめ、彼女の存在をこれでもかと感じるように更に強く抱きしめる。

 

「後10分くらい横になりたい……美咲、抱き枕になって」

 

 胸元に顔を埋めているから亮太の顔は見えないが、抱き枕になってなんて大好きな恋人に言われてしまっては美咲に断る選択肢はない。

 

「全然いいよ。その代わり私もぎゅっとするからね」

 

 亮太の頭を撫でるように優しく胸元に抱え込む。自分の持つ豊満な胸で息苦しくならないようにと、美咲は細心の注意を払いながら亮太を抱きしめ、同時に彼の好きなようにさせるのだった。

 それからきっかり10分、お互いにお互いの温もりを堪能した二人は準備を済ませ、美咲は亮太の腕に自身の腕を絡ませながら家を出た。美咲の美貌に行き交う人々が目を向けてくるが、自分は亮太のモノなのだということを見せつけるように体を引っ付けている。微笑ましく見つめてくる人たちには特に反応はしないが、何であんな奴ととか馬鹿なことを口走った男には殺気を飛ばすことも忘れない。

 デートは順調に進み、美咲は終始楽しそうに亮太とイチャイチャと過ごしていた。そして――。

 

「……なぁ美咲、ここは流石に男の俺は……」

「彼女と一緒だから大丈夫だよ。さ、いこうリョー君」

 

 意気揚々と亮太の手を掴み美咲はそのエリアに足を踏み入れる。楽しそうにしている美咲とは別に、亮太は居心地悪そうにそわそわしていた。そんな亮太の様子も無理はなく、今二人が居るのは女性の下着売り場だ。いくら彼女同伴とは言え、男である亮太が恥ずかしいと思わないわけがない。

 

「また少し大きくなったの。リョー君に愛されてるおかげだね?」

 

 こんな風に楽しそうにしている美咲のことだ。たぶん外で待ってると言っても聞いてくれないんだろうなと諦めの境地に至った亮太である。それから美咲が白と黒の下着を持ってきてどっちが良いかと聞き、黒はエロくていいし白も清楚な感じがして捨てがたいと悩む亮太。それならと……美咲は下着を持って着衣室へと向かう。そんな時、美咲は何かに気づいて一瞬視線を鋭くしたが、すぐに表情を戻して下着を持ったまま着衣室へと消えた。

 

「ねえリョー君、ちょっと近づいてくれる?」

「うん? あぁ」

 

 一体どうしたんだと言われるがままに着衣室に近づいた亮太、一瞬の隙を狙ったかのように中から腕が伸びてそのまま亮太の体は引きずり込まれた。

 

「ど、どうしたんだ美咲……っ!?」

 

 中に居た美咲は黒の下着のみを纏った状態だった。豊満な胸や、ムッチリとしたお尻、シミの無い健康的な肌に目が釘付けになってしまう。別に付き合っているからセックスなどもしているし裸は何度も見ているが、こうして着衣室の中とはいえ他に利用客が居る中下着姿の彼女と二人きりというのは、何とも言えない背徳感のようなものを感じなくもない。

 

「どう? 似合う?」

「……めっちゃエロい」

「ふふ、嬉しい」

 

 亮太にエロいと言われるなんてご褒美以外の何者でもない、そんな言葉が聞こえてきそうなほどに嬉しそうな美咲の笑顔だった。

 

「それじゃあ次は白の方ね」

「俺は外に――」

「だ~め、逃げちゃダメよ♡」

 

 退路絶たれる、諦めろ亮太。

 諦めて溜息を吐いてはいるものの、チラチラと美咲を見ているから期待をしてないわけではないだろう。美咲にとってはその亮太の抱く感情を感じ取るだけで股がムズムズとしてしまう。このまま着衣室の中で一戦してもいいかなと発情一歩手前の美咲は考えるが、ここでふと亮太に気づかれないように着衣室のカーテンを少し開けて外を見る。視力の良い美咲の瞳はある影を捉えた――小太りの男子高校生が、あたりをキョロキョロと見渡しながら何かを探している姿を。

 

「……下種が」

 

 亮太に聞こえないように小さく呟く。

 今の幸せな時間に入り込んでくる害虫のような存在に、美咲は静かな怒りを胸に抱える。暫くその不愉快な存在の気配を感じていたが、諦めたのかこの場から離れて行ったのを感じて美咲は亮太へと意識を戻す。

 

「さてと、着替えようかな」

「……………」

 

 赤くなっている亮太が可愛くて仕方ない、今すぐにでも抱き着いてキスをしてその先の行為をしたいと美咲は思ったが店の商品を汚すのはマズいとして一旦踏み止まった。……まあその後に、必死に声を我慢するような女の子のくぐもった声が聞こえてくるのだが、それは果たして何だったのか。それはその着衣室の中に居た亮太と美咲にしか分からないことである。

 




次回「小堀、死す」

デュエルスタンバイ!


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姫川美咲の場合4

 いつからだろうか、彼女を見る一部の男の視線に不快感を抱くようになったのは……。こんな気持ちが最近になって強く亮太を悩ませている。

 美咲と隠れたお付き合いをしていた頃からそう言った視線、ハッキリ言うならば美咲を性的に見る視線はいくつもあった。美咲はスタイル抜群の美少女で、男なら誰しも彼女のような女を欲しがるだろうことは分かる。そんな男たちが羨む美咲の心を射止めた亮太はもちろん、嬉しかったし優越感のようなものを感じたこともあった。

 いつも亮太のことを考え行動してくれる美咲。愛と献身を絶えず注ぎ続けてくれる美咲。己が抱える嫉妬心のような醜い感情を知っても、そんな感情をすぐに洗い流してくれる暖かさと気遣い、亮太にとって美咲という存在は何よりも大切で大きな存在なのだ。

 そんな大切で、絶対に守りたい存在が少し前に権力を持った男に汚されそうになった。時間をしっかり守る美咲にしては遅れていたことにおかしさを感じ、次いで訪れた胸騒ぎに只事ではないと直感に従い動いた結果、亮太は美咲を守ることが出来た。あの出来事は出来るならば忘却の彼方に消え去ってほしいほどの事件だったが、今まで以上に美咲という存在を守ろうと心を強くした事件でもあったのだ。

 生徒の立場からすれば無暗に手を出すことの出来ないあの男を学園から追放し、亮太と美咲の学園生活には安息が訪れるものだと信じていたが……前述した言葉通り、美咲を性的に見る者は相変わらず残り続けていた。中でも特に亮太のクラスメイトであり、同じ野球部の部員でもある小堀という男子生徒はその様子が顕著に見て取れるのだ。

 

『姫川って本当に良い体してるよなぁ。マジで抱きたいぜ』

 

 こんなことを男子しか居ない部室で言うほどには、小堀は美咲に対して執着にも似た何かを抱いているなど想像するに難くなかった。これが亮太と美咲が関係を公にする前ならば、いい顔はせずとも話を流すだけで終わっていただろう。だが、二人が付き合っていると知れ渡って尚このような発言を止める様子がないのだ。しかも美咲と付き合っている亮太が同じ部室に居るのが分かっているのにである。

 冗談の類いのように思いたいが、小堀の目はいついかなる時も美咲が視界に入るならば彼女を追っていた。たわわに実った胸元、ムッチリとしたお尻、スカートから覗く健康的な太もも……上げればキリがないが、周りの目を気にすることなく美咲を見て舌なめずりをしていた時は寒気さえ感じたほどだ。そしてそんな小堀に同調するように、程度の差はあれど美咲に対して薄汚い欲望を抱く者は他にも居る。

 そんな風に亮太が悩んでいた時だ――偶然通りかかった空き教室から、こんな会話が聞こえてきたのは。

 

「それでさ小堀、いつ姫川は抱けるんだよ?」

 

 予期せぬ言葉に心臓が強く鼓動したのはすぐだった。亮太の心のざわめきが収まるのを待たず、次々と亮太の鼓膜を下劣な男の会話が震わせる。

 

「まあ待てよ。色々と準備がいるんだからよ。でも忘れんなよ? 姫川を最初に抱くのは俺だぜ?」

「分かってるさ。けど待ちきれねえなぁ、俺も早くあの体を味わいたいって!」

「けど亮太はどうすんだよ。姫川はあいつしか見てねえぞ?」

「大丈夫さ。あんだけお熱なら他の男に抱かれたなんて絶対に言わねえし言うなって懇願してくるはずさ。それで大人しくしてるうちにしっかり性奴隷にしてやればいいんだよ」

「たまらねえなぁ。従順になった時が楽しみだぜ」

「あ、そうなったら亮太の前でマワしてやろうや。面白い顔すんじゃねあいつ」

「最高じゃんそれ!」

「決定! あっはははは!!」

 

 ……まるでどこか別の世界の話を聞いているような気分だった。けれど間違いなく話に出ていたのは美咲という名で、彼女に対し何かをしようとしているのは明白だった。

 

「……ふざけるな」

 

 思わず怒りに任せて空き教室に入ろうとしたが、そこで今は傍に居ない美咲が気になった。今の時刻は昼休み、さっきまで一緒にお昼を食べていたから美咲はまだ教室に居るはずである。何も心配はないと分かっているのに、心は悲鳴を上げるように美咲の無事を確かめたがっていた。

 亮太はすぐに美咲が居るはずの教室に戻った。焦る気持ちを抑えるように呼吸を何とか整えて教室に入ると、やっぱり美咲は居てくれた。友達と話していたようだが、一番に亮太が帰ってきたことに気づいたのか視線を向け……そして。

 

「……! リョー君!?」

 

 何かに気づいたのか慌てた様子で亮太に駆け寄ってきた。亮太としては平常心を装っているはずなのだが、どうやら美咲にはそんな仮面は無駄だったようだ。どういうわけか美咲はいつも亮太の異変には気づく。少しの体調の変化でさえ彼女は気づくのだ。そんな親よりも亮太のことを知り尽くしている美咲に、先ほどまでの荒れ狂った感情を隠し通すことなど最初から無理な話だったというわけだ。

 

「美咲……」

 

 美咲の心配そうにしてくれる優しさに触れると、同時に先ほどの下賤な会話が脳裏に蘇る。彼らの視線に触れさせたくない、そんな独占欲と危機感がごちゃ混ぜになるような感覚に亮太自身も何をどうすればいいのか分からなかった。

 そしてもちろん、美咲はそんな不安定な状態にも気づいている。故に――。

 

「リョー君、五限の授業サボっちゃおうよ」

「……え?」

 

 突然の申し出に思わずポカンと間抜けな表情を晒してしまった亮太、そんな亮太の腕を引くように美咲は廊下へと向かっていく。

 

「ごめん! 先生に……そうだなぁ。ちょっと用事が――」

「大丈夫よ。生徒会長としては褒められたことじゃないけど、美咲と彼のことだし特別に口裏合わせてあげる」

 

 美咲が声を掛けようとしたのは彼女が一番仲良くしている女子生徒だ。彼女自身も亮太と美咲の様子から何かを感じ取ったのかそんな言葉で答えてくれた。美咲は友人の言葉に嬉しそうに頷き、亮太の腕を引っ張ってこれからのサボり場所に向かうのだった。

 ガシャンと、大きな音と立ててドアが開く――二人が向かったのは屋上だ。

 屋上に着いたのと同時にチャイムが鳴り、五限の授業の始まりを合図した。それはつまり、もう二人が授業をサボるのが確定した瞬間でもあった。

 

「えへへ、初めてだね。授業サボったの」

 

 授業に出れないことに対して特に何とも思っていないような美咲の笑顔に、亮太はどうしてこんなことをという気持ちが強くなる。亮太が口を開くよりも先に、美咲がどうしてこのようなことをしたのかを教えてくれた。

 

「リョー君が泣いてたのが気になって」

「俺が……泣いて?」

 

 思わず目元に手を当てたが、当然涙は出ていない。首を傾げる亮太に美咲はこう続けた。

 

「違うよ。心が泣いてる気がしたの。助けてって、リョー君の心が叫んでる……そんな気がしたの」

 

 ドクンと、心臓が大きく脈打った。

 いつも美咲は亮太の変化に気づいてくれる。ましてや今回に関しては心が泣いているから……そんな理由で亮太の変化に気づけるだなんて思えるはずがない。

 思ってもみなかった美咲の言葉に亮太は幾分か気持ちが楽になったのか、少しばかり苦笑してヘタリとその場に座り込んだ。亮太の隣に美咲も座り込み、優しく彼の右手を両手で包み込む。

 

「どうしたの? 絶対に何か……あったよね?」

「……あはは、今更になるけどよく分かったね」

「リョー君のことだもん。心の中まで分かるよ……なんちゃって」

 

 てへっと舌を出す仕草はあざといが、可愛いと思ってしまう辺り亮太も惚れた弱みというやつだろう。そこから亮太としても経緯を話すのは辛いモノがあったが、美咲に話すことにした――さっきの昼休み、亮太が聞いたあの薄汚い話を。

 

「……そっか」

 

 話を聞き終わった美咲は俯いてそう一言だけ呟いた。美咲の肩がフルフルと震えているのは恐怖からだろうと亮太は考え優しく美咲を抱きしめた。

 亮太に抱きしめられたおかげか美咲の体の震えは止まり、彼女も亮太に応えるように腕を回して抱き着いた。

 

「……ごめん。本当なら俺が守らないといけないのに……あいつらに殴り掛かってでもやめさせないといけないのに」

 

 おそらく、もしあそこで美咲のことが不安にならなかったら亮太は迷わずあの教室へ足を踏み入れたはずだ。大切な彼女が襲われてしまうかもしれない、それで怒りに思考が染まってしまうのは仕方のないことだ。だが、ある意味であそこで手を出さなかったのは亮太にとって救いであったのも確かである。

 美咲に全てを話し、気持ちが軽くなったのか亮太はボソッと囁いた……言えるはずもなかったあの言葉を。

 

「……美咲、俺と一緒に野球部を辞めないか?」

 

 言った後にしまったと亮太は思った。何故なら野球は美咲にとって本当に大切なモノだと知っていたからだ。もちろん亮太にとっても野球は大切だが、美咲に比べればどうってことはない。けれども美咲が野球に向ける情熱は遥かに大きいモノで、それは傍に居た亮太が何よりも理解していたのだから。

 美咲の情熱の注ぎ先とも言える野球を奪う……こんな残酷なことを口走った自分を美咲はどう思うのか。もしかしたら嫌われてしまうかもしれないと身を強張らせる亮太だったが、そんな亮太に対して返ってきた言葉は全くの予想外なモノだった。

 

「いいよ。リョー君が言うのなら。それで、リョー君の不安が取り除かれるなら」

 

 美咲は亮太の為なら野球部のマネージャーを辞めてもいいと、そう言葉にした。無理をしたような発言とも思ったが、美咲の様子から本心で亮太の為ならと言っていることが分かる。

 

「前にも言ったけど、確かに野球は好きだよ? でも、今はリョー君の方が何よりも大事。リョー君が一緒に居てくれることが何よりも大切なの。だから……それ以外はどうでもいい」

 

 最後の言葉は聞き取れなかったが、美咲の言葉は迷いに迷った亮太を救う言葉でもあった。亮太にとって野球を喪うと言うことは一つの夢を諦めることになるのは必然、けれども美咲を失う以上に大切なモノではないと後に彼は語るのだった。

 

 

 

 

 五限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、美咲は少しやることがあるからと亮太を先に教室へと帰らせた。亮太の姿が見えなくなり、辺りに人の気配を感じなくなったのを見計らい、美咲は大きく息を吐き出し――そして彼女の溜めていたそれは爆ぜた。

 

「ふっざけんじゃないわよ!! なんであんなクソ野郎にリョー君が夢を諦めさせられないといけないの!! あいつが!! あいつらさえ居なかったらこんなことにならなかったのに!!」

 

 怒りの形相で言葉を吐き続ける美咲、今の彼女に普段の華々しさは欠片も感じられなかった。確かに美咲は野球が好きだった……けれどもそれは過去形で、今は亮太のことの方が何よりも大切だ。野球が好きだと言うよりも、野球に一生懸命に亮太が打ち込んでいたからこそ、そのせいもあって野球が好きだという気持ちが僅かに残り続けていただけに過ぎない。

 

「……許さない……リョー君の夢を奪おうとするあいつらを……絶対に……っ!!」

 

 美咲にとって、今は自分のことよりも亮太が悲しんだという事実のみが大事なのだ。亮太は幸せでなくてはならない、亮太に悲しみや不幸は要らない、何故なら亮太は美咲の大切な存在だから。亮太を少しでも悲しませる存在は居ちゃいけない、今までだってずっとそうやってきたのだから。

 荒れに荒れている美咲、そんな彼女はここで……自分とは違う別の気配がこの場にあることに気づいた。そちらに視線を向ければ、そこに居たのは教室を出る前に美咲と会話をした女子生徒――美咲にとって亮太と比べるべくもないが、それなりに親しい友人である。

 

「やれやれ、荒れてるわね。でも気持ちは分からないでもないわ。当人たちの気持ちを無視して、その間に入り込んで来ようとする下種なんて生きる価値ないものね」

 

 その友人は今の美咲の様子に恐れたりせず、堂々と近づいてハンカチを差し出した。

 

「拭きなさい。爪が皮膚に食い込んでるわよ?」

 

 そう言われて美咲が自身の手に目を向けると、彼女の言う通り皮膚に爪が食い込んで血が出ていた。どうやら怒りによって凄まじい力で握りしめていたようだ。

 美咲はハンカチを受け取り、簡単に血を拭き取る。

 

「……まさか最初から見てた、なんてことはないわよね――綾乃」

「ええ、ちゃんと授業は受けたわよ」

 

 白崎綾乃、それがこの現れた女子生徒の名前だ。

 

「それで、どうするのよ」

 

 それはこれからどうするのか、っと端的に言っていた。それに返す美咲の言葉も、最初から決まっていた。

 

「決まってるじゃない。リョー君の夢は終わらせない……あいつらが居なくなれば万事解決でしょ」

「やれやれね……鬼を怒らせると怖いわねぇ」

「うるさい。というかアンタの方がもっとえげつないことしたでしょうに」

「ふふ、当然じゃない。私と彼を引き裂こうなんて楽して死ねるはずがないもの」

 

 この二人に何があったのか、それは二人にしか分からないことである。

 

 

 

 

 

 

 闇、深淵とは光が届かない底を指す。

 希望はなく、救いもない……あるのは絶望だけ。

 

「な、なんでこんなこと……」

「はあ? こんなことって言った?」

 

 暗闇の中で、男と女の声がする。怯える男の声と、侮蔑を滲ませる冷たい女の声が。

 

「本当ならいずれやるつもりだったけど、ちょっと予定変更ってやつよ。アンタ、リョー君を不安にさせたわね?」

「立花を? 何言ってんだよお前、俺は――」

「ま、アンタの言い分はどうでもいいわ。どうでもね」

 

 最初から、女にとって男は邪魔な存在だった。それは周りで“壊れ倒れている”者たち同様に。

 

「白崎! 助けてくれよ!」

「さあね、し~らない♪」

 

 冷たい女の声とは違う、どこか愉しそうな女の声も響いた。

 

「別に怖がらなくてもいいわよ。殺したりするわけじゃないんだから……ただ、壊れてもらうだけ」

「や、やめ……」

「それじゃあね」

 

 耳をつんざくような男の叫び、それに代わる悲鳴もすぐに聞こえなくなった。

 全ての出来事は闇の中へと消え、それを知るのもその闇の中に居る者だけである。女が愛する男は当然のことながらこの出来事を知らない、何故なら彼は光の中を歩くものだから。

 何が起きて何が結末として終わり、どういう結果が齎されるのか……愛された男は未来永劫知ることはない。

 




愛と献身とか言ってますけど……
端的に言うと心の中まで分かっちゃうやべーやつって認識で大丈夫です。

間で出て来た白崎綾乃、彼女の名前にピンと来る人いますかね。
心春編で出て来た恵梨香のような立ち位置とも言えます。
つまりどういうことかというと、そのうち書くかもわからないキャラの一人ですね。


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姫川美咲の場合 Ending

これにて美咲のお話は終わりです。

ありがとうございました。



 それは突然のこと、全くの予期せぬ言葉だった。

 

「あ~、皆さんに報告です。小堀君が家庭の事情で転校することになりました。挨拶を出来ないのは残念でしたが、何かご家族の方で色々とあったみたいでその余裕もないみたいです。先生の方でも――」

 

 小堀が転校する……その言葉はまるで波紋のように亮太の鼓膜を震わせた。亮太を悩ませていた小堀が理由も明らかにせずに転校する。家族の方で何かあったとのことだが、亮太にとってはどこかホッとすることでもあった。何か悪いことがあったかもしれないのに、心配よりも嬉しさが溢れた辺り亮太は己を最低なやつだなと苦笑した。

 

(……美咲)

 

 まあでも、それは表に出さなければ批判されることはない。亮太にとって美咲を汚そうとした時点で小堀は憎むべき悪だった。あの薄汚い話を聞いてからの転校という何とも言えないタイミングの良さを感じるが、今の亮太はそのことに関して深く考えることはなかった。

 そして――。

 

(……どういうこと?)

 

 亮太とは別に美咲も事が上手く行ったことに対する達成感を感じると共に、一つの違和感を感じていた。確かに小堀に直接手を下したのは美咲だが、家族に何かがあったというのは想定外だった。二度目になるがあくまで美咲が手を下したのは小堀のみ、小堀の家族など見たこともないし知ろうとしたこともないため、その家族に何かがあったという部分が美咲の中で引っ掛かった。

 一体何があったのか、少し思考しようとしたその時だった。

 

「フフ」

「っ!?」

 

 キュッと、心を鷲掴みにされるような悪寒を美咲は感じた。反射的に美咲が目を向けたのは左隣の席、そこに座っているのは美咲の友人である綾乃である。

 美咲の視線を受けた綾乃は先生から視線を切り、ゆっくりと美咲を視界に入れて口を開いた。

 

「良かったじゃない。色々と掃除する手間が省けたでしょう?」

「……あの屋上の言葉、撤回するわ。えげつないってもんじゃないわねアンタ」

 

 不気味に紡がれた綾乃の言葉は美咲にしか届いていない。綾乃の放つ雰囲気、凍てつくようなソレは美咲しか感じている者は居ない。今回小堀に手を下したように、愛する者の為ならば冷酷になれる美咲であっても、このように本性を露わにする綾乃は恐怖を感じる相手でもある。

 とはいっても、綾乃の悪意が美咲に向かうことは決してない。何故なら綾乃にとって美咲は友人だから。更に言えば大切な人との仲を引き裂かれるかもしれない、美咲と綾乃の性質上それはあり得ないことなのだが、醜い男共の欲望の対象になったというのは一つの親近感を覚えさせることになるのは当然だった。

 

「……まあでも、感謝するわ。近くにあいつらが居ないってだけで、リョー君の幸せは約束されるもの」

「立花君だけでなく、あなたも幸せになりなさい。決して、“夢”のようにはならないようにね」

「……何のことか分からないわ。でも……もちろんよ」

 

 これ以上この話題について話すとおかしくなりそうだと、美咲は綾乃から視線を外した。綾乃から視線を外した瞬間、怖がらせちゃったかしらとか呟きが聞こえたが、正直に言って怖かったのは言うに及ばず。綾乃は絶対に敵に回してはいけないと再認識した瞬間だった。

 

(……少し前までは“誰もが彼女を狙っている”って感じだったけど、蓋を開けてみれば“誰も彼女を狙えない”って方がしっくりくるわね。だって手を出したら終わるもの文字通り)

 

 そこまで考えて美咲は廊下側の席に座っている亮太に目を向けた。亮太の姿を見てしまえば、美咲が感じていた綾乃への恐怖も綺麗に消えていく。何はともあれこれで不安要素は全て消えたのだ。亮太と美咲を脅かす存在はもういないし、何よりこれで亮太が夢を諦める必要もない。美咲としても、夢に邁進する亮太の姿を傍で見れることに思わず笑みが零れる。

 

(リョー君……リョー君リョー君リョー君リョー君リョー君リョー君♪)

 

 大きな仕事を成したせいか、亮太に対する想いが天元突破してしまった美咲である。もうこうなってしまっては今も尚話し続けている担任の言葉なんて耳に入ってはこない。美咲の頭の中にあるのは全部が全部亮太のことだけだ。ずっと見つめ続けたせいか、はたまた美咲の熱い想いが届いたのかは分からないが、亮太が美咲の視線に気づき視線を向けて来た。

 あっと声を上げそうになったが寸でのところで踏み止まる。踏み止まったのだが……。

 美咲の視線に気づいた亮太は照れくさそうに頬を掻きながら、美咲に対して笑みを浮かべた。もうそれだけで美咲の心はズキューンとマグナムで撃たれたかのような衝撃を受ける。亮太の笑顔など今までに何度も見てきたが、今の亮太は不安から取り除かれたおかげか全く陰りがない。美咲の大好きな愛する人が心からの笑みを浮かべている……これで喜ばないなんて是非もないよねってやつだ。

 頬に手を当てていやんいやんと最低限の動きで感情を露わにする美咲の姿、そんな彼女の姿に流石の綾乃も――。

 

「……恐るべし立花君の笑顔」

 

 ……美咲を見て若干引いていた。

 美咲を遥かに凌ぐ知る人ぞ知る容赦な無さ、そんな裏の顔を持つ綾乃であっても気持ち悪いモノは気持ち悪いとちゃんと言えるのだ。そう、その対象が無二の友人であったとしても。

 結局、亮太の笑顔にやられた美咲は終ぞ先生の話は耳に入ってこなかった。ついでに一限の授業も全く身が入らず、ずっと頭の中は亮太の笑顔とこれから過ごす彼との甘い日々の妄想が絶えなかったとかどうとか。

 

 

 

 

 それからも日々は過ぎた。

 結局亮太と美咲は部活を辞めることはなく、残り続ける情熱を野球に注ぎ続けた。もちろん美咲に対して不快な視線を投げかけていた少人数の部員は排除され、本当の意味で亮太と美咲が不安に脅かされることはなくなったのだ。

 学校では勉学と部活に励み、プライベートでは今まで以上に二人は愛を育む。お互いが望み、焦がれた日常が当たり前の光景となって定着した。

 

「……リョー君、好き」

「俺もだよ。美咲」

 

 そして今日もまた、二人は激しく愛し合った。

 ベッドの上で一糸纏わぬ二人は互いに強く抱きしめ合い、お互いの体温を交換するかのように体を密着させる。亮太と美咲、二人が浮かべている笑顔は本当に幸せそうで充実した日々を送っているのが分かるというものだ。亮太が美咲の頭を撫でると、彼女はもっと撫でてというように体を更に強く押し付けてくる。まるで甘えてくる猫のようだなと亮太は苦笑するが、美咲の行動の全てが愛おしいと感じてしまうせいか顔がニヤけてしまって結局彼女の望むようにしてしまう。

 

「リョー君に撫でられるの好きだなぁ」

「俺も美咲に甘えられるの好きだよ。本当に幸せだ」

 

 思えばここまで心が穏やかになったのは久しぶりな気もすると、美咲は亮太の腕に抱かれながら思った。確かに体を狙われるという事態に見舞われはしたが、美咲には亮太を裏切るつもりはなくそうならないように対処できる自信もあった。大凡亮太との日常を守るという意味で美咲に出来ないことは少ないが、それでもやはりどうにも出来ないモノはある。

 それは一重に、美咲が愛する亮太の気持ちだ。出来ることならこのまま一生愛して続けてほしい、他の女に目を向けることなく自分だけを見てほしい、そんな独占欲を常に美咲は抱き続けている。人は万能ではなく、欠点をいくつも持った不完全な生き物だ。自分のダメな部分、醜い部分を知られ失望され亮太が離れて行ってしまう……そんなことは絶対に考えたくない。だからこそ、美咲は亮太に相応しく在ろうと今まで精いっぱいに生きてきた。

 

「……ねえリョー君」

「ん? どうしたんだ?」

 

 名前を呼ぶと、亮太はその目を真っ直ぐに向けてくれた。美咲はそれだけで心が温かくなるも、どうにか伝えたい言葉があった。それは美咲の心の叫び、亮太しか聞くことはないだろう彼だけにしか言えない弱音。

 

「私はね、リョー君が思っている以上に醜い女だよ。リョー君の傍にずっと居たい、リョー君に一生私だけを見てほしい……そんな独占欲をいつも持ってるの。リョー君が私から離れて行っちゃうなんて考えたくない、もしそうなったら私は自分が何をしちゃうか分かんない」

 

 言葉にする中で本当に嫌な女だなと美咲は思ったが、好きな人にずっと傍に居てほしいと願うのはおかしなことではない。その気持ちの大きさに個人差はあれど、大半の人は美咲と同じことを考えるはずだ。

 

「だからリョー君……お願い、私を……捨てないで」

 

 醜い自分をどうか見捨てないで、そう言葉にした美咲を見て、亮太は馬鹿だなと苦笑して上体を起こした。寝たままの美咲は亮太を見上げる形となって彼からの言葉を待つ。亮太は静かに美咲へと言葉を口にした。

 

「美咲はさ……凄い美人で、優しくて、俺のことを一番に考えてくれて……本当に俺には勿体ないくらいの素敵な人なんだ。寧ろ、俺の方がいつ美咲に愛想尽かされてしまうのかって怖がっているくらいだよ」

「そ、そんなことないよ!」

 

 亮太に対し愛想を尽かすなんて絶対にあり得ない、それこそ世界がひっくり返ってもあり得ないことだと美咲は声を大にして否定した。

 起き上がって顔をこれでもかと近づけて否定してきた美咲に亮太は目を丸くしたものの、すぐに笑みを浮かべて美咲の頭を撫でながら言葉を続けた。

 

「俺も独占欲なんていっぱいあるさ。出来るなら美咲を部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくないとか馬鹿なことを考えたことがあるくらいにはね。それほどに……俺は君という存在を手放したくないんだ」

 

 結局の所、相手を独占していたい気持ちはお互い様なのだ。美咲にしても亮太にしても、相手に抱く愛は一般に比べて遥かに重たい。亮太の為ならば美咲は冷酷な一面をこれでもかと見せるし、反対に美咲の為ならば亮太は教師にさえ躊躇せずに手を出してしまう。

 

「美咲は俺にとって太陽みたいな人だ。君という温もりがないともう生きて行けないほどに君が大切なんだ……あはは、どうだ? 俺の方が醜いし気持ち悪くない?」

 

 亮太の自虐するような笑みに、美咲はそんなことないと首を振ってその胸に飛び込んだ。野球をする上で鍛えられた固い胸板の感触、それでも美咲という存在を柔らかく受け止めてくれる優しさ、美咲はこうして亮太の胸元に顔を埋めるのが好きだった。亮太の温もり、感触、包んでもらっているという幸福、その全てを一度に感じることができるから。

 

「気持ち悪くなんてない……私も……私もリョー君が居ないと生きて行けないよ。だからリョー君、これからずっと……リョー君を私に縛り続けてもいい?」

 

 美咲の問いに、亮太は深く頷きこう答えた。

 

「ああ、もちろんさ。その代わり、美咲も俺の人生に縛り続けてもいいか? 君という存在を、死ぬまでずっと何があっても俺の傍に」

 

 亮太の問いに、美咲も深く頷いた。

 断る理由なんてない、亮太の傍に生き彼の為に生きることこそが生き甲斐なのだから。いつも想いは通じ合っていた……でも今の問いかけはこれからの未来を永劫に渡り傍に居続けるという契約の儀式。何があっても、どんなことがあっても、絶対にお互い離れないという約束。二人で永遠に続く束縛という名の牢獄に入ることを決めた瞬間だった。

 

「美咲」

「リョー君」

 

 互いに顔を見合わせ、次第にその距離は零になる。胸に燻る想いを互いにぶつけ合うように、お互い舌を絡ませながら再び横になった。

 

「ごめん美咲、始めちゃうと当分止まらないかもしれない」

「いいよ。リョー君の全部受け止めるから。その代わり、私も思いっきり求めちゃうからね」

 

 愛欲に染まるように、この日二人は部屋から出てくることはなかった。

 これからの未来、この二人の仲が引き裂かれることはおろか、どちらかが離れることも決してないだろう。それほどに二人の愛の繋がりは強く、間に誰かが入り込める隙など存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 茹だるような暑さ、球児たちの立つグラウンドを灼熱の暑さが襲う。スコアボードに記されているのは一点差というまだどちらに転んでもおかしくはない勝負。

 最終回、ツーアウトランナー満塁という場面で一人の少年がバッターボックスに立った。バットを握り、ピッチャーを見据える彼の手首には手作りのミサンガが巻き付いていた。この少年は一度、甲子園に行くという夢を諦めかけたものの、紆余曲折あってその夢を続けることができた。

 

「……………」

 

 そう、少年は今夢の場所に辿り着こうとしている……多くの想いを背負って。

 ピッチャーがボールを投げ、その勢いは最終回となっても衰えることなく適格なコースを突いてくる。ボール球は見逃し、ストライクになるボールはカットし、気づけばフルカウントになっていた。

 ピッチャーも、バッターの少年も尋常ではない汗を搔きその場に立っている。さあ次のボールが勝負だ……そんな中、少年はベンチに居る一人の少女に視線が向いた。

 

「………………」

 

 メガホンを片手に、スコアブックを力の限り握りしめて見守っている少女が居た。彼女はバッターの少年から目を離さず、一心に見つめ続けている。そんな少女の姿を見て少年は笑みを浮かべ、そしてピッチャーに視線を戻した。必ず打ってやる、そんな強い意志を宿して。

 ピッチャーが振りかぶり、少年は構える。そして――。

 

「……ッ!!」

 

 投げられた勝負の一球、少年は力強く、全てを込めるように思いっきり振り抜いた。

 

「……あ」

 

 その声は誰のモノだっただろうか、でもその声の出所はすぐに分からなくなる。

 何故なら、バットにボールが当たった音の後に響いたのはグラウンドを震わせるほどの大歓声だったのだから。少年も良く覚えていない、でも無我夢中で一塁ベースまで走ったのは覚えている。少年が振り向いた時、それは逆転勝ちとなる二塁ランナーがホームに帰ってきた瞬間だった。

 ベンチから皆が走ってくる。でも一番にヒットを打った少年に駆け寄ってきたのはマネージャーの少女だ。彼女はその勢いのままに少年に抱き着き、涙を流しながら笑みを浮かべていた。

 

 花の咲いたような笑顔、それは少年がいつも好きだった愛する少女の心からの笑顔だった。

 

 

~姫川美咲編 fin~




次回辺りはちょっと心春とか百合華のアフターみたいなの考えています。
百合華に関してはちょっと一度寝取られているという点で評判が悪かったですけど、まあ幸せな彼女を書ければなと思っています。

なろうの方の小説も好きで感想もよく目を通すんですが、どんな事情があるにせよ主人公じゃない別の男に処女奪われた時点でそのヒロインに対する痛烈な言葉を良く見かけますけど、やっぱヒロインが処女がそうでないかって大切なんですかね。
自分は特にその辺は気にしないですが(笑)


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塚本美沙子の受難

アフター書くって言いましたけど一つ挟みます。

原作:妻が綺麗になったワケ

寝取られ性癖を持った夫、それだけは同じで後は違います。
もう流れは完全なギャグになりました。


 その日、最愛の旦那と生活していた塚本美沙子に衝撃が走った。お風呂上り、結婚して月日が流れてなお男の情欲を誘う肉付きの良い体をバスタオルで包み、健康の為にと牛乳を飲んでいたその時だった。

 

「……実は」

「うん?」

 

 ふとリビングの影に居た美沙子は夫である倫太郎の声を聞いた。倫太郎は何か神妙な様子で電話先の人間と会話しているらしく、妻としてはそんな様子の倫太郎のことが気になるのは当然だった。

 

(……太郎さん、何か悩みでもあるのかしら)

 

 悩みでもあるのだろうか、まさか浮気? そんなことを考えたが美沙子はないないと苦笑した。倫太郎が誠実な男性だということは結婚する前から知っていることだ。それこそ浮気なんて以ての外、倫太郎が美沙子以外の女性に現を抜かすことなどあり得ないと、倫太郎からの想いから分かり切っていることだ。もちろん反対に美沙子自身も倫太郎以外の男に気を許すことなどない。学生時代は倫太郎ではない別の男と付き合いをしたこともあったが、結局エッチなどはする前に離れたため、美沙子の初めてを奪ったのは夫である倫太郎だったりする。

 リビングの影から美沙子は牛乳をチビチビと飲みながら、倫太郎の動向を観察した。相変わらずカッコいいなぁとか、今日もたくさんエッチしてくれるかなぁとか、どんなご奉仕をしてあげようかなぁとか桃色ハッピー全開な頭になってしまうが、そうじゃない今はそれよりも倫太郎のことだと妄想を頭の外へ弾き飛ばす。

 人間集中すればどんな小さな音でも拾ってしまうことは間違いではないらしく、結構な距離があるはずなのに倫太郎の言葉がやけに鮮明に美沙子の耳に届いた。

 

「……実は……私は……私は」

「……ごくり」

 

 深刻なことを告白しようかしまいか、そんなジレンマに突き動かされているような倫太郎の様子に美沙子も流石にまさかという気持ちが溢れてきそうになった。倫太郎が別の女に奪われるなど考えたくない、もしそうなったら相手方の女に何をするか分かったもんじゃない。どす黒い嫉妬と独占欲が心を満たそうとしたその時、ついに倫太郎が事の真相を話し出すのだった。

 

「……最近おかしいんだ。妻が……妻が私ではない別の男に抱かれることを想像すると……いつもより息子が元気になってしまうんだ。どうやら私は……寝取られ属性なるモノを持っているらしい」

「ぶーーーーーーっ!!」

 

 倫太郎の言葉が届いた瞬間、美沙子は口に含んでいた牛乳を吹き出した。それはもう盛大に、見方によっては小さな虹が出来るのではないかと言わんばかりに。

 結構大きな音が響いたが、倫太郎は電話に夢中になっているらしく美沙子に気づいてはいない。美沙子は慌てて零れた牛乳を雑巾で拭く。だが当然のことながら彼女の心は台風が直撃したかの如く荒れ狂っていた。

 

(……寝取られ属性って何……私が太郎さん以外の男に抱かれるのを想像すると太郎さんの太郎さんがいつも以上に元気になる!?)

 

 目がグルグルと回り正常な思考ができない。まさか愛する夫がこんな属性を開花させるなど誰が想像できようものか、いやできない。混乱の極致、彼氏彼女の長い時間を過ごし、やっとの思いで射止めた彼との夫婦生活、これからもずっと今まで通りの平穏な生活が続くかと思われた矢先のこれだ。

 混乱だ、それはもう混乱以外の言葉が見当たらないほどだ。でも一つだけ、美沙子の思考は今の状況に対する尤もな言葉を導き出した。

 

「……これは……由々しき事態だわ」

 

 ……そうだね、由々しき事態だね。

 

 

 

 時は変わって数日後、美沙子は近場の喫茶店に知り合いを呼び出した。その相手は美沙子が呼び出してきたことに珍しいなという顔をしていたが、美沙子の浮かべる表情を見て回れ右をして帰ろうとしたものの、ガシっと肩を掴まれたことで仕方なく着席した。

 美沙子が不安そうな何とも言えない顔をしている……こういう時は基本何か厄介なことがあったのだと知っているから帰りたくなったのだ。美沙子は手元に置かれていたコーヒーを飲んで心を落ち着け、そして神妙な顔つきとなって口を開くのだった。

 

「……どうしよう黒田君、太郎さんが……寝取られ性癖を開花しちゃったみたい……っ!」

「……はい?」

 

 呼ばれたお相手、名前を黒田大(クロダヒロシ)という男性は目を点にするのだった。今回美沙子が呼んだ黒田だが、実は彼は学生時代の美沙子の彼氏だったりする。別れた後も級友ということで繋がりは残っており、度々相談事をすることも少なくはない。黒田の見た目はどこかチャラそうなイメージを感じるが、彼は既に所帯を持っており生まれたばかりの子供も居て気持ち悪いくらいに可愛がっているほどの親馬鹿だ。

 そんな風に素晴らしい妻と愛する子供に囲まれ幸せ絶頂の黒田にとって、美沙子からの言葉はやはり厄介ごとだったと溜息が漏れて出た。普段は凛々しくお堅いイメージの美人な美沙子だが、倫太郎のことになるとオロオロと周りが見えなくなるのは相変わらずのようで、帰りたいと思った黒田だが級友の誼で美沙子の話を聞くことにしたのだった。

 美沙子から倫太郎が電話していた内容を聞いた黒田はただ一言――。

 

「……ご愁傷様だな」

「うぅ~。なんでこんな迷惑な属性持っちゃったの太郎さん!!」

 

 ついに涙を流しながら泣き出してしまった美沙子に、黒田はやれやれと肩を竦めた。

 

「時々居るらしいんだよな。そういう罪深い性癖を持った人間ってのは」

 

 そうだとしたら世の中クソだな、言葉には出さなかったが心で呟いた美沙子だった。

 

「試しにやってみたらどうだ? 別の男とヤッてそれを――」

「死にたいのかしら黒田君」

「何も言ってません!」

 

 修羅のように変わった美沙子の雰囲気に圧倒され、思わず敬語になってしまう黒田。それほどに美沙子が怖かったのだろうことが窺える。それからも美沙子は黒田と色々意見を交わしたのだが、当然倫太郎に対する有効打が出てこない。まあそれも仕方ないのかもしれない、果たして旦那の寝取られ性癖を改善したいという悩みに悩む妻が世界に何人居るのだろうか。ネットの知恵袋に書いても早々答えは返ってこないんじゃないかなたぶん。

 結局美沙子の悩みを解決できることはなく時は過ぎ、店を出る時間が近づいた段階で美沙子は宣言した。

 

「決めたわ」

「何を」

「太郎さんを私の色に染め上げる」

「お、おう」

 

 握りこぶしを作った美沙子の様子に、また禄でもないことを考えたんじゃないかと不安になった黒田だった。

 

「太郎さんの寝取られ性癖を上書きしてしまうほどに、太郎さんを私から離れられなくしてしまえばいいのよ! 口も胸もピーもピーも全部使って太郎さんを私だけに夢中にさせてみせる!!」

「意気込むのは良いけどまだ店の中なの忘れてない!? 俺まで変な目で見られるからやめろおおおおお!!」

 

 

 

 

 今宵は戦だ。

 女が男を攻略するための、大きな戦いだ。

 

「太郎さん」

「……今日はいきなりだね美沙子」

 

 ベッドの上で太郎を押し倒し、美沙子は無数のキスの雨を降らした。惜しむことなく体を押し付けながら、倫太郎の体に己の証を刻み続ける美沙子。今日の美沙子はいつもと違う、そんな雰囲気を感じたが妻との愛の営みとなれば余計なことを考えるような無粋なことを倫太郎はしない。

 舌と舌を絡ませるような濃密なキスをしながら、体に押し付けられる豊満な胸を揉みしだく。

 

「んっ!?」

 

 胸の先を触れられ、体を甘美な電流が走り抜けた。倫太郎に弄られるこの感覚が美沙子は好きで、ついつい流されてしまいそうになるが今日はそれは許されない。己の体、倫太郎の為に培った性技の全てを使って彼を今まで以上にメロメロにすると、寝取られ性癖を消し去ってやろうと心に決めたのだ――美沙子は既に倫太郎の倫太郎が臨戦態勢になっているのを確認し、上体を起こしてその上に跨る体勢になる。

 

「太郎さん、覚悟してね。あんな会話を聞かせた貴方への罰よ」

「罰? 美沙子、一体何の話を」

「問答無用! いざ……んんッ!!」

 

 一気に腰を落とした。

 さあ、ここからが私のターンだ。そんな風に美沙子の作戦が発動するのだった。

 

 

 しかし数分後。

 

「いやああああ! ダメよこんなのぉ!! 深いのぉッッ!!」

 

 思いっきり敗北を喫した美沙子が居た。元々この二人の体の相性は素晴らしいほど良く、倫太郎に組み敷かれてしまった美沙子はいつも負けていた。倫太郎は普段は好青年な見た目なのだが、夜はそのイメージに反して結構激しい。別にSになるとかではなく、ただ単純に激しいのだ。夜の営みの時だけ、普段の凛々しさが鳴りを潜めMッ気が出てくる美沙子にとってはもうこうなってしまうと抗えない。

 

(気持ち良すぎて頭変になっちゃう!! 太郎さん好き……好き好き大好きなのぉ!!)

 

 もう彼女の頭の中に今宵の目的は綺麗さっぱり消えてしまっていた。倫太郎から流れてくる愛をただその一身に浴び、同時に彼を愛するだけの雌となり果てた美沙子だが……その表情はどこまで行っても幸せそうだった。

 

 

 

「……はっ!?」

 

 情事を終え、目を覚ました美沙子は全てを思い出した。倫太郎を今以上にメロメロにすることはおろか、逆にいつも通り完堕ちしてダラシナイ表情をしてしまっていたことに悔しさが募る。

 隣を見ればトイレにでも行ったのだろうか、倫太郎の姿は見えない。まさか、やっぱり妻との情事より寝取られプレイの方がいいとか報告に行ったのでは……そう考え美沙子はすぐに部屋を出た。

 

「……うん……うん、そうだな」

 

 やはり倫太郎は誰かと電話していた。

 前と同じようにリビングの影に隠れ、美沙子は事の成り行きを見守る。そしてついに、その時は訪れた。

 

「やっぱり美沙子が誰か別の男と……なんて想像するのは間違いだったな。今日の彼女は凄く激しくて、私だけを想ってくれる気持ちが伝わってきたんだ。あんなにも愛おしい妻は絶対に誰にも渡さない……改めてそう思えたよ」

 

 一瞬聞き間違いかと思った、でもこれは間違いなく現実だ。美沙子は倫太郎が電話しているというのに構うことなく、駆け足で倫太郎に飛びつくのだった。

 

「太郎さん!!」

「うわっ!? ど、どうしたんだ美沙子」

「何でもないの。ふふ……良かったわ太郎さん!!」

 

 あまりに嬉しくて、美沙子はその勢いのまま倫太郎との情事に再び及ぶのだった。当然、また思いっきり気持ちよくされて完全敗北するのだが、もう美沙子に不安は何も残っていなかった。

 夫が寝取られ性癖に目覚める、ある意味それは間男や浮気以上に恐ろしいモノだと後に美沙子は語るのだった。

 




倫太郎
原作、寝取られ性癖持ち
今作、寝取られ性癖持ち、後に改善。

美沙子
原作、最初から完全に堕ちちゃってる雌豚
今作、太郎限定で原作同様堕ちる雌豚

黒田
原作、美沙子に快楽を植え付けた間男
今作、完全常識人、ある意味苦労人


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陽ノ下心春の場合 after episode

寝取られ原作だと、絶対に訪れないだろう夫婦生活。
絶対にないからなのか書くのが凄く楽しかったです。

そして最後のは個人的に心春編を書き始めた段階でいつか書こうと思っていたシーン。


 朝岡新と陽ノ下心春が結婚して数年が経った。学生時代から付き合い、色々なことがあったが晴れて結ばれた二人の日常は常に幸せで満ち溢れていた。新と心春、学生の頃から甘々な関係を周囲から揶揄われるほどだったが、結婚してからも彼らのそれが変わることはない。どんなに年月が過ぎ去っても、まるで新婚かと言わんばかりに周囲を砂糖地獄にしてしまうほどだ。

 さて、そんな風に幸せに過ごしている新だが、今日は仕事が休みということでいつもより深く寝入っているよう。夫婦の寝室に置かれている大きなベッドの上で、新は布団に包まりながらまだ夢の世界に旅立っていた。そんな新が居る寝室に、忍び寄る小さな一つの影。

 

「……そ~っと……そ~っと」

 

 足音を立てないように慎重に歩を進めるその影はとても小さい。少なくとも妻である心春でないのは確かだ。その影はゆっくり、ゆっくりと新の傍まで接近し、その顔を覗き込んでニマニマと悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「凄いぐっすり寝てる……よし、ツンツン」

 

 小さな人差し指で新の頬を突くと、当然新は顔の位置を変えるように体勢も変えた。体が反対に向いたことで、その影もむむっと愛らしい声を出しながら反対側へと回った。やっとここでその影の正体も明らかとなる。その影はまだ幼い少女だった。言うなればそう、新の妻である心春が小さくなったらこんな感じだろうか。それほどに心春の容姿に似ている少女だった。

 少女は更に新に悪戯をするためなのか、今度はベッドに上がった。四つん這いの体勢になりながら、音を立てないように最小限の動きで新に近づく。やっと触れられる距離になり、にししと笑みを深くしながら少女は再び指を伸ばした――その時だった。

 

「……フ、甘いぞ“春香”」

「ふぇ? わわっ!?」

 

 春香、そう呼ばれた少女は新の布団の中に引きずり込まれた。実を言うと新はずっと起きていたのだ。悪戯好きなこの少女を懲らしめる……とまでは行かないが、まだまだ黙って“自分の子供”にしてやられるほど衰えてはいない。まあ当然まだ若いのだから衰えるもクソもないのだが。

 

「いつもいつも悪戯ばかりするからなぁ。そんな悪い子にはこうだ!」

「ちょ、ちょっとやめてパパ……あはははっ!!」

 

 秘儀、くすぐりの刑が発動された。

 新にくすぐられている少女をここで紹介しておこうか。この少女の名前は春香、新と心春の間に生まれた最愛の娘だ。両親の愛情をたっぷり受けて育った春香はとても心優しい少女に育っている。見た目は心春にそっくりなのもあり美少女と言っても過言ではない。将来の夢はパパと結婚すると言って新を感動で泣かせたり、少しだけ心春を妬かせたりもする年相応元気いっぱいの女の子だ。

 新がくすぐるのをやめると、春香は目元の涙を拭いながら大好きな父の胸に抱き着く。新も春香の体温をしっかり感じるようにぎゅっと抱きしめた。誰が見ても仲睦まじい家族の姿、でも忘れてはいけない。春香は新を起こしてくるという任務を受けていたのだから。故に当然――。

 

「もう二人とも、いい加減に降りてきなさい。春香、パパを起こしてとは言ったけど遊びなさいとは言ってないでしょう?」

 

 寝室を覗きに来てこう言ったのは心春だ。陽ノ下心春改め、朝岡心春となり学生時代に比べて遥かに大人としての色気を増した女性である。学生時代に比べて顔立ち等にあまり変化はないが、新と変わらぬ愛を育み、子にも恵まれて幸せの中に居るせいか心春は更に美しくなる一方だった。そんな心春は近所では美人妻として有名で、新はよく近くの男から睨まれたりすることもしばしばだ。その都度傍に居る心春の射殺すような視線(死線ともいう)を受けて男共はスゴスゴと退散していくのだが、新が心春を見ても彼女は幸せそうに微笑むだけ。真相は新にとって闇の中、最近は春香も心春を彷彿とさせる鋭い視線をすることもあるのだが、流石にまだまだ子供なのだからその視線も可愛いものだ。

 困ったように腰に手を当てている心春を見て、新と春香は互いに笑い合いながらベッドから出た。

 

「顔を洗ってから行くよ。春香、先に椅子に座っていなさい」

「は~い!」

 

 新の言葉を聞いた春香は元気に返事をしてリビングへと向かっていった。

 

「本当にあの子はもう」

「はは、元気でいいじゃないか」

「あっくんは春香に甘すぎるよ……そこがあっくんの魅力でもあるけど」

 

 口を尖らせながらそっぽを向く心春を見て、新は苦笑しながら彼女を抱きしめた。そして互いに顔を見合わせ、ゆっくりとお互いの距離が零になった。唇と唇が触れるだけの簡単なキス、一度として欠かすことのない二人にとっての朝の約束の一つだ。

 

「おはよう心春」

「おはようあっくん」

 

 笑顔の新に負けない満面の笑みの心春。今日も嫁さんは可愛い、それだけで一日の活力が生まれてくる……そこ、休日だろっていうツッコミはやめておけ。

 抱きしめ合いキスをしていた二人、そこでじーっと見つめてくる視線のようなものを感じた。二人がそちらに視線を向けると。

 

「………………」

 

 春香が顔を半分出して覗き込んでいた。実の娘にキスをしていた瞬間を見られるのは、別に嫌ではないが何とも言えない恥ずかしさを感じるのも確かだった。新と心春はすぐに離れ、朝食を食べるためにリビングへと向かうのだった。

 それから朝食を終え、春香が歯磨きに行ったところで新が口を開いた。

 

「もうキスが気になる年頃なのかな?」

「もう小学生だもの、気になると言えば気になるんじゃない? どうするあっくん、そのうち春香がボーイフレンドを連れてきたりしたら」

「……え」

 

 愛しの娘がボーイフレンドを連れてくる……だと!? 新の心が騒めいた。大きくなったらパパと結婚すると言っている愛娘が彼氏を連れてくる光景……それを思い浮かべると新の心に何とも言えない切なさが込み上げた。駄目だダメだ、愛しの娘はやらん! そんな風に表情が物語っていたのか心春がクスクスと笑いだした。

 

「あっくんもやっぱりお父さんなんだねぇ」

「……だって心春ぅ」

「はいはい。泣かないでね。よしよ~し」

 

 思わず心春の胸の中で涙を流す新であった。学生の頃よりも若干ボリュームを増した心春の胸は柔らかい、同時に何とも言えない安心感を感じるのはいつまで経っても変わらない。心春の胸の感触を顔面に感じ、更に頭を撫でられて新の表情はもうご満悦の様子。

 

「……まあでも」

「??」

「恵令奈ちゃんのようにはならないようにしないと」

「……あぁ」

 

 恵令奈、その名前を聞いて新もそうだねと神妙そうに頷いた。今心春が口にした恵令奈とは、名字も合わせると佐山恵令奈といい春香と同い年の少女のことである。名字から分かるように、新と心春にとって友人である佐山和弘とその妻である恵梨香の間に生まれた娘だ。春香同様に心優しい少女に育ったのだが……この恵令奈という少女、少々困った悪癖とも言えるモノをしっかりと両親――正確には恵梨香から存分に受け継いでしまっていた。

 新と心春が思い出すのは少し前、隣に住む佐山家から恵令奈が遊びに来た時のことだ。

 

『実は相談があるんです』

 

 まだ幼いながらしっかりと敬語を身につけている礼儀正しい恵令奈、いい教育をしてるんだなと感心した。最初は……だ。次に続いた言葉が新と心春の表情を凍り付かせた。

 

『お父さんのお父さんをお風呂で見ると……こう、キュンってお股が感じるんです。新さん、心春さん、これって何なんでしょうか』

 

 その発言を聞いた瞬間、もうブリザードである。まだ小学生になりたての少女が頬を赤くしてこのようなことを口走るのだ。しかもまだ小さい、そう、小さい少女なのに放つ色気が半端ないのだ。

 

『お股を触るとジンジンってするけど、凄く気持ちよくて……気持ちよくなるとお父さんが……ふふ、欲しくなると言いますか、体を触ってほしくなると言いますか』

 

 ……こんなことを小学生が言うわけがないだろうと、新と心春は声を大にして叫びたかった。だが同時に理解することもある。間違いなくこの子は恵梨香の血を引いたある意味で立派な子供なんだと。

 当時は何とかいい感じに誤魔化したが、それからというものの恵令奈の和弘を見る目が危ない。あれは明らかに実の父親を見る目じゃなかった、正に恋する乙女の目なのだから。それを和弘に言っても見間違いだろと言って取り合わない、だが逆に恵梨香に言ってみると……もうね、原因は彼女かも分からんね。

 

『妻の私と実の娘を交えて3P……すっごいドキドキするね!!』

 

 興奮しながらそう話す恵梨香を見て新と心春は説得を諦めた。せめて和弘が恵令奈を誤った道に進まないように寸でのところで踏み止まることを願うだけだ。

 

「春香は大丈夫だよきっと」

「きっとじゃダメだよ! 私が許さないからね!!」

 

 必死に言う心春、きっと彼女は娘に誤った道に進んでほしくないから必死になっているのだ。決して恵令奈のように父親を狙われるかもしれないという嫉妬心から来るモノでは断じてない。決して、絶対、確実に。

 

「あっ!! またパパとママがイチャイチュ……イチュイチャ……あれれ??」

 

 おそらくイチャイチャと言いたかったのだろうか、言い間違えて首を傾げる愛娘の様子に新と心春の悩みだった佐山家の事情は綺麗に吹き飛んだ。

 あまりに可愛い間違いに頬を緩んでしまうのは親馬鹿の証。

 

「春香おいで」

「いらっしゃい春香」

「うん!!」

 

 名前を呼ぶと、春香は新と心春の間に入るように飛び込んできた。

 

「ねえパパ、ママ。ぎゅってして~」

「了解。ぎゅ~」

「ふふ。ぎゅ~♪」

 

 両親に左右から抱きしめられて春香は本当に嬉しそうで幸せそうな表情だ。新にしても心春にしても、娘のこの表情を見るだけで幸せになれる。それこそ何があっても娘を守っていこうと誓えるのだ。

 まあ、この家族に限って不安になることなどないだろう。それは何故かって? だって――。

 

 

 心春がいるし。

 

 

 

 

 その日のことを新は忘れないだろう。

 愛する妻が傍に居て、娘も居て、友人にも恵まれた彼の人生は本当に素晴らしいモノだった。目を伏せたい過去はあれど、それを乗り越えたからこそ掴み取った幸せなのだ。

 そんな幸せの中で、その瞬間は訪れた。

 心春と春香、家族揃って公園に遊びに行った時のことだ。少し目を離した一瞬で、春香がどこかへと行ってしまったのだ。迷子になったら大変だと、すぐに探そうとしたが幸運なことにすぐに春香は見つかった。妙齢の女性と楽しそうに話していたのだ。

 

「あ、パパ! ママ!」

 

 二人に気づいた春香がそう声を大きく上げると、傍に居た女性も釣られて顔を上げた。その女性の顔を見て、新は自分の中でずっと止まり続けていた最後の時間が動くのを感じたのだ。呆然とする新を見て、その女性も驚きに目を見張るように動かなくなってしまった。

 

「あっくん? ……っ!?」

 

 そして心春も、その女性を見て目を見張った。何も分からないのは間に居る春香だけ。春香はどうしたんだろうと視線を行ったり来たりしているが、最初に正気に戻ったのは女性だった。女性は春香に小さく何かを言うと、そのまま背を向けて歩き出してしまう。新も正気に戻り、心春に春香を頼むと言って走り出した。

 

「あっくん! きっと大丈夫だよ。頑張ってね!」

「……っ! ああ!」

 

 心春の声を背に受けて、新はその女性に向かって走り続けた。流石にそこそこ年を取っているせいか女性は走るようなことはできないようで、すぐに新は女性に追い付けた。

 

「待ってください!」

 

 新のその声に女性はビクッと体を震わせ、ゆっくりと振り向いた。優しさを感じさせる顔立ち、けれどもその表情はとてつもない悲しみと後悔に染まっている。断言できる……女性は新を知っている。そして新自身も女性を知っていた。幼いころから、忘れられない最後の優しい記憶に残り続ける女性のことを。

 女性を呼び止めたものの、中々言葉を発することが出来ない。そんな中で、近くのベンチにその女性が腰を下ろしたので新も腰を下ろした。最初に口を開いたのは女性だった。

 

「あの子は……貴方の子供なの?」

「……ええ。自慢の娘です。春香って言うんですよ」

「春香……いい名前ね」

 

 しみじみと、どこか眩しそうに遠くで遊んでいる心春と春香を見つめる女性。

 

「そしてあれが、まあ分かっていると思いますけど妻です。心春って言うんです」

「心春……ちゃんか。とてもいい奥さんみたいね」

「ええ、本当に」

 

 消え入るような声の女性に、新も心が苦しくなった。でも、それでも新は話さないといけないと思った。今を逃したら、絶対に後悔すると思ったから。

 

「……貴女には……その、お子さんとかは」

「……………」

 

 女性からの返答はない、時間に数十秒経ったくらいだろうか。その辺りで女性が口を開いた。

 

「息子が居たわ。とても可愛くて、優しくて、自慢の息子がね。もう会えることはないでしょうけど……本当に自慢の息子だったの」

「……………」

「あの子がどんなお嫁さんを迎えるだろうかとか、いつこの腕にその子の子供を抱けるだろうかって……色んなことを夢見てた。でも……私の弱さが全部失わせた……ふふ、最低の母親にはお似合いだと思うわ。薄汚れた私に……もう息子に会う資格なんてないもの」

 

 なんとか涙を流さないようにしている女性を見て、新の心は悲鳴を上げそうになった。でも、その前に……動き出す前に伝えなければならないことがある。まだ絶望から抜け出せていないこの女性に、新はずっと伝えたかった言葉があるのだ。

 

「……俺にも母が居ました。幼い頃から大好きだった母です……色々あって会うことはなくなりましたけど」

「っ!!」

「でも、会えたら絶対に伝えなきゃって思っている言葉があるんです――俺を生んでくれてありがとうって」

「……え」

 

 そこでやっと、女性の視線は新へと向いた。信じられない、そんな愕然とした表情を浮かべている。

 

「確かに母が居なくなってから大変なことがたくさんありました。心が壊れてしまいそうになるような……辛かった時期がたくさんありました。でも……母との優しい記憶が俺を生かしてくれた。そんな俺は心春に出会えて、春香も生まれて、本当に幸せになれたんです。ご飯を用意する時、お箸を並べただけでも頭を撫でて褒めてくれたあの優しい母との記憶があったから……っ!」

 

 新は女性の手を優しく握りしめる。そこで女性はもう涙を我慢することができないのか、ボロボロと手を当てることもなく涙を流し続けていた。

 

「最低なんかじゃない……汚れてなんか居ない……俺にとって、どこまで行っても母さんは母さんなんだ!」

「……あら……た」

 

 女性も新の手を握りしめ、その場に居ることを確かめるように強く、強く握る手に力を込める。

 

「その夢は叶わないなんてことは絶対にさせない。俺たちの最愛の娘、抱きしめてあげてくれよ――母さん」

「……あぁ……ああああっ!!」

 

 新の言葉は女性の心を縛っていた鎖を壊す。これから先も、この後悔と悲しみを背負って生きて行くのだとそう思っていた。そんな女性を今、新は確かに救った。

 新と女性の元に心春が春香を抱えて歩いてきた。

 

「妻の心春です。初めまして、新君のお母さん」

「……ふぇ? パパのお母さん??」

 

 頭を下げる心春とは別に、何のことかよく分かっていない春香の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。心春に促され、春香はゆっくりと女性の前に歩き出す。目の前に春香が来たというのに、後一歩を踏み出すことが出来ないようだ。

 

「ほら母さん。もう逃げられないよ」

「ふふ、そうですよお母さん。私からもお願いします」

 

 新と心春の言葉を受けて、女性は恐る恐る手を伸ばす。

 

「……えい!」

 

 何を思ったのか、春香が先に女性の胸に飛び込んだ。女性はいきなり訪れた胸の衝撃に驚いているようだが、すぐに実感が来たのか優しく、優しく春香を抱きしめた。

 

「……おばちゃん……パパと同じ感じがする!」

「!! ……そう……そうね……っ! “家族”……だからね」

 

 女性は春香の存在をしっかり感じるように、涙を流しながらも嬉しそうに抱きしめ続けるのだった。

 

 新と心春の間に生まれた春香の導きとも言える今回の出会い、これはきっと偶然ではないのだろう。在るべくして在った再会、こうしてようやく……新のずっと止まっていた最後の時計が動きだした。

 この日を境に、朝岡家のリビングに飾られている写真が一枚増える。

 それに写っていたのは新と心春に春香――そして、満面の笑みを浮かべて新の隣に並ぶ母だった。




佐山家の日常は気になりますかね(笑)


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櫻井恵梨香の追憶

百合華アフターを書こうとして……手が止まったので申し訳ない。
一度寝取られ妊娠している状態でアフターをどのように作り上げるか、本当に案が出てこなくて結構苦戦しております。

なので今回は後の佐山家のやべーやつ、櫻井恵梨香のお話。

原作:彼女は誰とでもセックスする



 私、櫻井恵梨香にとって、最愛の人となる佐山和弘――カズ君との出会いは普通ではなかった。手紙でカズ君に告白され、そんな彼に私は見てほしいモノがあって放課後に図書室に呼び出した。もちろん告白の返事をするためというものもあったけれど、“当時”の私は彼に見てほしかったのだ……私という人間がどんな存在なのか、どういう風に生きて来たのかを。私という女が、どんな女なのかを。

 

『櫻井……? 居るのか?』

 

 そんな自信無さげな声が聞こえた。私は彼が約束を守って来てくれたことに安堵し、こっちだよって声を出そうとしたけど、下半身からの強烈な快感に身悶え言葉を話すことはできなかった。言葉にならない声の代わりに出てきたのは快楽を叫ぶ浅ましい雌の悲鳴だった。

 

『先生ぃ……凄く良いですッ! 先生の大きくてぇ!!』

 

 何故なら私はその時、屈強な体育教師に犯されていたのだから。

 私のこの声を聞いて本棚の向こうにカズ君が来たのは分かった。今の叫びから私と教師が何をやっているのかも、彼は気づいたのか聞き耳を立てるようにしたのはそれからすぐだった。

 一つ誤解が無いように言うなら、犯されていた……と言っても性奴隷にされているとかそんなことではない。当時の私は単純にセックスという行為が大好きだったんだ。相手は誰でもよくて、ただただ気持ちよくなりたいだけ……その一番の方法が男とのセックスだっただけである。相手する男が私を犯しやすいように、相手が望むであろう女を作り上げる――幸か不幸か、私にはその才能があったのか近づいてきた男に相手されないことは終ぞなかった。少しそばかすが目立ちはするが、体が極上のモノだったという自負はあったから。

 体育教師との情事を終え、白い液体を顔にまで掛けられている私をカズ君が驚いた目で見下ろしていた。思えばこんな最低とも言える出会いが、私とカズ君の本格的なファーストコンタクトだったのだ。

 クラスでは目立たない地味な学級委員、その裏の顔がどんでもない淫乱女……自分で言うのもなんだけど、ちょっと凄い設定だと思わなくもない。

 

『私、セックスがだ~いすきなんだぁ♪』

 

 確か……こんなセリフをカズ君に言った気がする。校内や校外にセフレがたくさんいる、それでもいいのかと聞くと驚くことにカズ君は頷いた。思わず目を丸くした記憶があるけれど、たぶん誰もがそんな反応をするはずだ。だってこんな女を好き好んで彼女にしたいと思う人間なんて絶対に居るはずがないから。

 

 パシッ!

 

 けど……当時の私はそこで何か罅が入るような音を聞いた。それに対し首を傾げながら、どうしても付き合うならカメラマンでならいいと言った。更に貴方とはセックスをしないけどそれでもいいの? っと付け加えて。

 思えばどうしてあの時、こんな条件を咄嗟に出したのか分からなかった。付き合う付き合わない以前に、彼も他のセフレと同じようにすれば良かったはずなのに……どうして彼だけ遠ざけるようにしたのかが理解できなかった。

 こんな滅茶苦茶な私の要求に彼は……こう答えた。

 

『いいよ。君の傍に居れるなら。好きな人の傍に俺は居たいんだ!』

『っ!!』

 

 パシッ!

 

 またその時、私は不可解な音を聞いた。

 あの音は何だったのか、それは学校から帰っても私の頭を悩まし続けた。結局その夜考え続けても答えは出なかったが、それからだ――私とカズ君の奇妙な彼氏彼女の関係が始まったのは。

 

 1、佐山君は私の専属カメラマン。

 2、私と佐山君は絶対にセックスをしない。

 3、これが守れないなら別れる。

 

 こんな無茶苦茶な決め事が私たちの中で生まれた。我ながらアホなことをするようなものだと思ったけど、カズ君が納得したことで私も深く考えるようなことはしなかった。

 それからはいつもと違うカズ君を交えた快楽漬けの日々の幕開けだった。

 当時住んでいたマンションの管理人との本番無しエッチ、建設現場での作業員たちによる大乱交……一心不乱に快楽を求めるように腰を振り、上も前も後ろも全部塞がれて責め立てられるあの高揚感。全てが全て私の望んだ日常だった。そこにカメラマンであるカズ君が加わってもやっぱりあまり変化はなかった……いや、一つだけあった。周りの人間は私を犯すのに、彼氏であるカズ君はそれができないことにとても悔しそうな顔をしていた。それに対し私が感じたのは申し訳なさではなくて背徳感、それすらも私が欲する快楽に上乗せする効果すらあった。

 正直言って彼は異常だ……もし彼が本心からこれを望んでいるのだしたら、私以上の変態だと思う。でもそれは間違っていなかったのかもしれない。だってこんな変態な私と付き合いを続けるのは、彼のような変態でなければ駄目だろうから。

 それからも当然のことながらそんな日々は続いた。でも――そんな私の内面に変化が訪れたのはそれからすぐ、あれはそう……ネカフェでの撮影を終えてそれを私の自宅で二人揃って見ていた時のことだった。

 

『それにしても不思議だなぁ。本当ならこんな女すぐに別れたがるはずなのに……佐山君は本当に変な人だねぇ』

 

 それは間違いなく心からの言葉だった。この言葉に対し返ってきたカズ君の言葉が……私に決定的な変化を齎したんだ。

 

『それでも、好きだからに決まってるだろ? 櫻井を好きって気持ちは今も変わらない。変わるわけがない!』

『っ!?』

 

 まさかこれほどに強く言われるとは思わなくて、私は柄にもなく固まってしまったのだ。カズ君から伝えられた嘘偽りのない好きという言葉、それは私の心に深く浸透し今までに感じたことのなかった新しい感情を生み出す。

 

 パシッ!!!

 

 今度は今までよりも強く、罅が入る音がしっかりと聞こえた。頬に熱が集まり熱くなるのが分かる。今までにない感情に自分が分からなくなって、まともにカズ君の顔が見れなくなった。でもその日の撮影はまだ終わっていなくて、管理人さんとの本番無しエッチが待っていた。

 最初は今まで通りだったけど、その日は管理人さんもスイッチが入ってしまったのか本番に突入してしまったのだ。この人とは本番はしない決まりだったので驚きもしたが、その驚きよりも私の心を覆ったのはこのセックスに対する不快感だった。

 今までセックスに対して不快感なんて感じたことは一度としてなかった。だから私は犯されながら混乱していた……なんだこれはと、これは私の求めるセックスじゃないって。確かに気持ちいい、絶頂に導かれて頭が弾けるような快感は確かにあった……でも、私の心までは満たされなかった。

 管理人さんが去り、いつものように肩で息をする私をカズ君が綺麗にする……その時カズ君に体を触れられ、私は自分で自分を抑えきれなくなった。自分の分からない感情に突き動かされるように、私はカズ君に飛びついて深くキスをした。

 ただのディープキス、今まで幾度となくして来たその行為のはずなのに……どうして、どうしてこんなに満たされるんだろうと驚いた。驚いたように目を丸くするカズ君がおかしくて、私は思わず笑ってしまい……そして。

 

『セックス、しようか』

 

 二人の間で取り決めた協定を、私が破るようにそう言った。

 私の言葉を聞いてカズ君は今までのことを全て私に返すように、一心不乱に私の体を貪った。

 

『恵梨香……恵梨香!!』

『カズ君……カズ君ッ!!』

 

 その初めてのセックスの時に、お互いの呼び方が今の呼び方に変化した。

 

 パシッ!!!!

 

 彼に名前を呼ばれ、彼を新しい呼び名で呼ぶと……またあの音が聞こえた。この時になってようやく、私はこの音の正体に気づいた。これはきっと壁なんだ。私の本心を閉じ込める最後の防波堤。

 カズ君の全てを己の体の中に受け止めた時、今まで感じたことのない快感と温もりが駆け抜けた。力尽きたように私の上に体を倒すカズ君を抱きしめながら、私はやっとその時に――自分で気づいた感情の正体を知ったんだ。

 

『……カズ君……好きだよ』

 

 好き、私はカズ君に恋愛感情を抱いていた。どうして今までこの芽生えようとしていた気持ちに気づかなったのか、簡単である。本来セックスとは愛を確かめ合う行為、私はその愛を育むという過程をすっ飛ばしてセックスをしていたのだから誰かを好きになるという気持ちが分からなかった。でもこれが好きになると言うこと、誰かを愛したいと思うことなんだと納得すると、心にあったモヤモヤは綺麗に消えていった。

 私はカズ君が好き……でも、この好きを自覚するとぶち当たる壁というモノがあった。それは私という存在がカズ君にとって、きっと汚点になってしまうということ。

 

『カズ君、ありがとう』

 

 私はカズ君への気持ちに気づくと同時に、カズ君の前から去ることを決めた。

 その日カズ君が帰ってから私は引っ越しの準備をする。この街から離れ、どこか遠くへ行ってしまおう。そんな気持ちを抱きながら最後に、カズ君への手紙を書く。

 

“カズ君、今まで本当にありがとう。私は旅に出ようと思います。目的は……そうだなぁ。色んな男の人を食べてみるの旅~♪ って感じ。それじゃあね!”

 

 彼に宛てようとした手紙は彼との短い触れ合った時間のように短かった。でも……この手紙を書く時の私の手は信じられないほどに震えていて時間が掛かった。頬に手を当てるとボロボロと涙が零れていて、本当に私は心の底からカズ君に惚れているんだなと実感した。

 

『……男の人を食べてみる……か。ふふ、そんな気が全くしないのが不思議だなぁ』

 

 カズ君という存在を知ってしまったら、もう今までみたいにセックスする気もなくなってしまった。けれど私なら別れ際もこう言った方が私らしい……最後まで私らしく、彼を好きになった私で居たいから。

 翌日、普段なら学校に行くのだが私はもう行くことはない。カズ君も今は学校で授業を受けている頃だろうか、そして私の書いた手紙も朝早くに学校に行って彼の下駄箱に入れておいたから多分見てくれたはずだ。

 思い残すことはない、カズ君という存在に出会えただけで私はもう……幸せだから。

 どこか遠くに向かうために電車を駅で待つ私、ピーっと音が鳴って次の電車が来るのを知らせてくれた。椅子から立ち上がって目の前で止まった電車に乗り込もうとした――その時だった。

 

『恵梨香あああああああああっ!!』

 

 ドクンと、大きく心臓が脈打った。

 あり得ない、もう聞くことはないはずだ……絶対にあり得ない。そう心は思うのに、今私の鼓膜を震わせた声が私をその場に縛り付けた。

 まさか、そんな気持ちで振り向いた私の目はやっぱり……彼を捉えた。

 スマホを片手に、汗びっしょりになっているカズ君の姿を。

 

『……ったく、いきなりすぎるだろ……バスとか電車とか色々考えたけど、駅に電話してみればビンゴだった』

『電話……って』

 

 まさか、そうまでして私を探しに来てくれたのか……私の心は歓喜と感動がごちゃ混ぜになるけれど、これは私が決めたことなんだ。これ以上カズ君の姿を見ていると、彼の前から去ると決めた決心が粉々になってしまいそう。儚くも脆い私の心の壁が、粉々に砕けてしまいそうになる。

 カズ君に背を向け、電車に乗ろうとするも私の足は動いてくれない。そんな私にカズ君は声を掛けてくる。

 

『俺は……俺は君が好きだ! これからもずっと君と一緒に居たい! 恵梨香! 俺は君と……君とずっと一緒に生きていきたいんだ!!』

 

 それはきっとカズ君の魂の叫びだったのかもしれない、彼の泣いてしまいそうな……縋りたいと願うその言葉にもう、私の心の壁は意味を成さなかった。

 決心は揺らぐ、一度揺らいだ決心は簡単には元に戻らない。あぁ認めよう、私はカズ君と離れたくない……私も、私もカズ君という一人の男性が好きなんだ!!

 

 パリーンッ!!!

 

 心を覆っていた最後の壁は綺麗に砕け散った。私の足は動き出す……別れを齎す電車ではなく、これからの未来を彩る彼との場所へと。

 私はカズ君の元へ走り、彼の胸元に飛び込む。かなりの勢いで抱き着いたというのに、彼はしっかりと私を抱き止めてくれた。こうすると感じるカズ君の匂い、感触、温もり、愛おしさ……その全てが私を満たしてくれる。

 

『良かった……ちゃんと君を捕まえられた』

 

 安心するようにそう言ったカズ君の言葉が嬉しくて、私は思わず彼の唇を奪った。でも一つだけ、カズ君は勘違いしていた。だって――。

 私はもう、ずっと前からカズ君に捕まられていたのだ。

 多分あの時、心の壁に罅が入る音を聞いたあの日から私はカズ君に惹かれていたのだろう。一番最初に絶対にセックスをしないと協定を作ったのはもしかしたら……当時気づけなかった私の心は、カズ君に惹かれ恋をしてしまうことを予感していたのかもしれない。

 

『カズ君、大好きだよ!!』

 

 本当に人生何があるのか分からないものだ。

 色んな男とセックスをして欲求を満たす生活をしていた女が、たった一人の男に惹かれ心を奪われるなんて。一つの物語が出来てしまいそうなほど、でも私はこれが物語ではなく現実なのだと分かっている。

 カズ君に惹かれ、カズ君を好きになり、カズ君の傍に居ることを決めたのは他の誰でもない――今ここに存在している“私自身”が選び紡ぎ出した未来なのだから。

 

 いつまでもきっと、貴方の傍に。

 だからどうか、貴方も私の傍に居てください。

 

 私、櫻井恵梨香が願うのは……あの時から今もずっとこれだけです。

 




カズ君も結構な地蔵メンタルだと思います。


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水原沙希の奮闘1

原作:陰湿オタクにイカれる妹(彼女)~大事なあの子が寝取られて~

このゲーム選択肢なんてあってないようなもんでしたね(白目
妹救おうと動けば主人公死ぬ、そうしなければ妹寝取られる。
最終的に元鞘に戻るエンディングもありますが、結局植え付けられた快楽には抗えず後日ネットで妹がヤッてる動画を見て主人公発狂。
なんすかね、抑止力でも働くんですかね(笑)




 男にとってその少女――水原沙希は自身の欲求を満たす存在になるはずだった。精神が壊れるほどまで犯し、男のことしか考えられないように調教する……そんな目的があった。

 彼女の下着姿、自慰をする姿、他にもあるがそんな場面の映像を入手したことで男は己の欲望が満たされる日が来ることを確かに確信していたのだ。万全を期して隠しカメラでその映像を入手した次の日に、男は沙希を人気のない場所に呼び出した。

 フードを深く被り、辺りを恐る恐る様子見している姿はひどく怯えているようで、それが男の更なる加虐心を煽り立てる。男にとっての理想とも言える体を体現し、尚且つ美少女でもある沙希を好きなように出来る。男の心は興奮して止まなかった。映像を入手してからどんなことをしようか、確実に沙希を堕とし性奴隷にするプランを何通りも考えてきた。

 男の計画は完璧だった……そう、この瞬間までは。

 

「よく来たねぇ沙希」

 

 男のねっとりとした不快感さえ感じさせる声音が響く。いまだに沙希はフードを被っているためその表情を見せないが、男は沙希が怯えているモノばかりと思っていた……そもそもの話、その思い込み自体が全ての間違いだったのだ。

 

「来てあげましたよ――あなたを消すために」

 

 フードの奥から聞こえてきた声、それは紛れもなく目の前の沙希からだ。だがその発せられた言葉は決して怯えた少女のモノではない、明確な殺意という名の意思を感じさせる強い言葉だった。

 沙希の消すために、その言葉を鼻で笑おうとした男だったが……そこでようやく沙希はフードを取った。フードの中身は美しい少女の顔があり、ずっと閉じ込められていた長い髪が風に舞った。パーカーを羽織りながらも、彼女の胸の膨らみは隠せておらず大きな存在感を醸し出していた。

 こうして傍で見れば如何に沙希が極上の美少女なのか分かるというもの。男は舌なめずりをしながら、これから行うシナリオ通りに動こうとした正にその時だった。この世のモノとも思えぬ、悍ましささえ感じさせる声が響いたのは。

 

「その不快な目で私を見ないでもらえますか。私を舐めるように見ていいのは兄さんだけです」

 

 男は一瞬、沙希の真紅の目を見た……が、すぐに視界が黒く染まった。一体何が起きた、そう思った男に次に訪れた異変は今までに感じたことのないとてつもない激痛。目元から脳を貫くように感じる熱さと痛み、男は痛みに悶えるようにその場に倒れ込む。

 痛い……痛い……痛い痛いイタイイタイイタイイタイ!!

 頭がおかしくなってしまいそうになるほどの激痛、目元に触れた手はまるで水を掬ったかのようにドロドロと何かが流れる感覚を男の脳に届けた。何だこれは、そう思考回路が働こうとした男の耳に沙希の声が届く。

 

「血も滴るいい男……いいえ、あなたの顔はそれでも醜いままですね」

 

 その声と共に沙希が近づいてい来る足音が聞こえる。ゆっくりと、ゆっくりと踏みしめる足音が近づくにつれ、男はここに来てようやく己の間違いに気づいたのだ。沙希は今まで手を出してきた女たちは違うということに。世の中には絶対に手を出してはいけない人間というモノが存在する……正に沙希がそれだということに。

 

「最初から気づいてましたよ。あなたが私を狙っていること……だから敢えて写真を撮られました。あなたという存在を“とある筋”から聞いていましたので、写真を送り付け脅迫してくることも予測していました。まあ、私としてもここまで小説とかゲームの流れみたいにトントン拍子で進むとは思っていませんでしたけど」

 

 沙希の涼し気で淡々とした言葉が男の恐怖を誘う。目が見えないだけでこれほどの恐怖なのだ。しかも目に感じる強烈な痛みもそれを助長していた。無様に地に這いつくばりながら、必死に目が見えない感覚と戦い手探りで逃げようとするも、すぐに男は壁にぶつかりその勢いが止まる。

 背後に壁という逃げ場のない状況で、男はすぐ目の前に何かが立つのを感じた。それを何かという表現するのは最早現実逃避しかない……そこに居るのは沙希以外あり得ないのだから。

 

「本当は嫌でしたよ? 好きでもない男に下着姿を、更には自慰している姿を見られるなんて。本当に腸が煮えくり返るようでした」

 

 言葉とは反対にやはり淡々とした様子なので本当に怒りを感じているのかすら分からない不気味さがある。

沙希の言葉は更に続く。

 

「でも……冷静になって考えると、それって私のその姿を見た人が居るからそう感じるだけなんです。あ、兄さんは別ですよ? 兄さんなら何を見てくれても構いません、何なら兄さんの目の前で穴と穴という自ら指で広げてみてもらいたいくらいです。それで興奮してくださるならそれに勝る幸福はありません。そして兄さんの欲望の向くままに私を汚してもらいたい、私という存在を兄さんの所有物にしていただきたいです。私は兄さんのモノだという証を刻んでほしい……あぁ、想像するだけで子宮が疼く。兄さん、貴方はこの世界でただ一人、私の唯一大切な人、私の大好きな人、私を壊してほしいと思う人、私を……私を……私を!!」

 

 長い独白の後に荒く息を吐く様子が窺えた。

 沙希の言葉をずっと聞いていた中で、男は段々と己の意識が沈んでいくような感覚を感じていた。眠くなるという感覚に近く、思わずそれに身を委ねたくなるがまだ少し恐怖が勝りそれが幸か不幸か男の意識を辛うじて繋いでいた。でもその感覚もやはり段々と薄れていき、暫くして男の意識は完全に闇へと消えた。

 

 

 

 微動だにしなくなった男を見て、沙希は何の感慨も浮かんでいないような無機質な目でそれを見下ろしていた。誰もが振り返る美少女と言えば聞こえは良いが、今の沙希が浮かべているのは無表情であり感情が見えない。何を考えているのか、それが全く分からない今の彼女の様子は不気味の一言しかない。

 動かなくなった男の前にしゃがみ、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は兄さん以外に恥ずかしい姿は見せません。もし他人に見られたとしても、その人自体が居なくなってしまえば結局は0になりますからね」

 

 沙希はそこで立ち上がり、男に背を向けて歩き出した。背後で何か片づけをする気配を感じながらも、沙希はそれに振り向くことなく進んでいく。

 

「私を犯したいならどうぞご勝手に、性奴隷にでも何でも好きにしてください……ただし、あの世での妄想と夢の中でのみお願いします。今生きている私は兄さんだけのモノですので」

 

 沙希の呟きは闇へと消え残ることはない。沙希は再びフードを深く被り、元来た道を戻り始めた。もう彼女頭の中には先ほどまでの結末、そして男とのやり取りとそれに至るまでの過程は残っていなかった。今の彼女の脳内を占めるのは愛おしい兄のことだけ。

 

「兄さん、今帰りますね。ふふ……あぁそうだ。アイスを買って帰りましょうか」

 

 そう言う沙希の頬は赤く染まり、その時が待ちきれないと言わんばかりに笑みに溢れていた。

 

 

 

「遅いな……」

 

 水原家のリビングで一人の少年がそう呟いた。この少年の名は水原修司と言い、沙希が愛する兄である。兄と言っても修司と沙希の間に血の繋がりはなく、所謂義理の兄妹というやつだ。幼い頃にとある出来事があり、修司は沙希の両親に引き取られた。そこから修司と沙希の時間は始まった。

 ただの兄妹なら心配はするだろうがここまで落ち着かないということはないだろう。つまりどういうことかというと、修司と沙希の間にはただの義理の兄妹という言葉では片付けられないある繋がりがあった。それは……っと、ここでお待ちかねの人物が帰宅したようだ。

 

「ただいま帰りました!」

 

 玄関から沙希の声が聞こえ、修司はすぐに迎えに行くために玄関へと向かう。駆け足で向かった修司の目に映ったのはコンビニのビニール袋を抱えた沙希の姿である。沙希は修司の姿を目に入れた瞬間、花が咲いたように満面の笑みを浮かべた。でもどうやらこうして慌てて出迎えたことが気になるようで、沙希は素直にそれを口にするのだった。

 

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

 

 修司にそのつもりはなかったが、どうやら沙希が疑問に思うくらいには慌てていたようだ。修司は少し照れくさそうにしながらも、沙希が無事だったことに安堵したのか思ったよりスラっと言葉が出てきた。

 

「言っていた時間より少し遅かったからさ。心配になったんだ……でも良かった。沙希に何もなさそうで」

「あ……心配してくれたんですか?」

「当り前だろ? 沙希は俺にとって大切な人なんだ。心配しないことの方がないよ」

 

 修司のその言葉に沙希は感動したのか、プルプルと小さく震えながらゆっくりと修司に近づく。そして我慢できないと言わんばかりにギュッと修司に抱き着いた。修司も沙希を振り払うようなことは決してせず、逆に沙希に応えるように力強く抱きしめた。

 

「ありがとうございます兄さん。兄さんに心配を掛けて申し訳ないと思う気持ちがあるのと同時に、兄さんに心配をしてもらって嬉しいと感じている私が居ます……私はいけない子ですね」

 

 申し訳なさと嬉しさが混ざったようなぎこちない笑み、どちらも沙希の嘘偽りのない気持ちなのは疑いようがないほどに表情に出ていた。確かに修司は沙希を心配していた、でもこんないじらしいことを言われてしまっては修司としては何とも言えなくなり、自身の腕の中で笑みを浮かべる愛おしい妹をただ優しく抱きしめてあげることしかできない。まあ、それで沙希もご満悦の様子だが。

 暫くそうしてやっと本来の調子が戻ってきたのか、修司は沙希の手を握りながら口を開いた。

 

「じゃあそうだなぁ。沙希が居なかった寂しい時間を取り戻す感じで、少し傍に居てくれるかい?」

 

 その言葉に沙希は目を輝かせて頷くのだった。

 

「はい! 少しと言わずずっと居ますから!」

 

 沙希の内心を表すように、彼女のツインテールがぴょこぴょこと心なしか動いているようにも見え、それすらも修司にとっては沙希の愛らしさを感じさせる光景だったのは言うまでもない。

 それからは沙希がコンビニで買ってきたアイスを差べさせあいっこしたり、体を引っ付けてテレビを見ながら二人してイチャイチャしながら過ごしていざ就寝の時間帯……なのだが、まだ修司と沙希の夜は終わらない。

 

「沙希」

「兄さん」

 

 修司の部屋のベッドの上で、一糸まとわぬ姿となった修司と沙希が深いキスをしていた。舌を絡めとるように濃厚なキスは、互いが相手を求める強い感情をこれでもかと感じさせる。

 この光景を見て分かることだが、二人は確かに義理の兄妹ではある。だがそれとは別に恋人という繋がりもあったのだ。幼い頃からずっと抱き続けていた淡い気持ちが恋心に変化するなど珍しいことではない、寧ろ修司と沙希はずっと両片思いという時間が長すぎた。だからこそ、いざ気持ちが通じ合えば反動かのように二人の仲が更に深まることなど予定調和のようなものだった。

 

「私、兄さんとのキス好きです。もっともっと、兄さんが好きって気持ちが強くなりますから」

「そう言ってくれると嬉しいね。でも、それは俺も一緒だよ沙希」

「兄さん!」

 

 修司の言葉が嬉しかったのか更に強く求めるように、今度は沙希から唇を奪う。息継ぎする時間がないのではないか、そう思ってしまうほどに激しく濃厚なキスをしてしまえばお互いにスイッチが入るのは当然のこと。

 

「うぅ~。兄さんとキスするとアソコが大変なことになります。兄さん……私もう我慢できません」

「俺もさ。いくよ沙希」

「はい。来てください兄さんっ!」

 

 辺りは寝静まった夜、けれども二人の夜はまだまだこれからだ。義理とは言え兄妹である事実、しかしそんなものは二人にとって気にすることではない。体裁は確かに大切だが、それを理由に気持ちを抑え込んでしまってはどちらも不幸になることが分かっていたからこそ、二人はお互いに気持ちを打ち明け受け入れた。

 修司は沙希が好き、沙希が自分とは違う別の男と愛し合うなど考えたくもない。

 沙希は修司が好き、修司が自分とは違う別の女と愛し合うなど何をするか分からない。

 今の二人の姿がずっと望み続けた二人の姿だ。お互いに愛おしい存在と共に居ることに生きる喜びを感じ、相手の為だけに尽くしたいとある種の歪みさえ正しいモノだと感じてしまう。でもそれで、それだけで二人は満足だった。

 

(兄さん、好き! 好きです! 大好きです! 沙希は兄さんのモノです! 兄さん以外何も要りません。私はずっと兄さんと一緒に生きて行きますから! だからお願いです兄さん……どうか私を……私を捨てないで)

 

 兄から感じる温もり、気持ち、愛、そして体に襲い掛かる快楽を受けながらただそれだけを沙希は望む。声には出していない、否出せない。彼女の口はずっと浅ましい女の喘ぎを叫び続けていた。通じるわけがない、そう思っていたのに。

 

「沙希、俺も好きだ! お前を絶対に手放さない! だからずっと俺の傍に居てくれ!!」

 

 まるで、沙希の心の声が聞こえたかのような修司の言葉だ。それだけでもう沙希の頭は修司のことだけに埋め尽くされた。

 修司の腰を己の足でホールドし、全て自分の中にくださいと意思表示をする。修司はその想いを受け取り、沙希の望み通りにするのだった。

 

「……兄さん……愛してます」

 

 自分の中に広がる心地の良い暖かさを感じながら、沙希は快楽に蕩けながらも精一杯の笑みを浮かべるのだった。

 




今回初っ端から間男を間引いたのはまあネタがなかったからです。

ヒロインを色々書くのもいいんですが、対処法とかそういったものが結局被ってくるんですよね。
なんで今回ガッツリ手を下した感じです。


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水原沙希の奮闘2

表と裏から題名替えました。


 ストーカーの男は処理した。おそらくグルであろうチャラ男と少数のグループも処理した。私と兄さんの間に入り込んでくる者は最早居なくなった。私もそうだが、兄さんもずっと笑顔が絶えない。家に居る時も、外に居る時も、私と兄さんは常に笑顔だった。

 私は兄さんが好き、そして兄さんも私のことを想ってくれていることが分かる。それはとても尊く、素晴らしく、掛け替えのないモノだ。義理とはいえ兄妹だからと幼い頃から封じ込めていた想い、意を決して兄さんに告白し兄さんも同じだったと告げられ私たちは恋人になった。

 本当にそれからの日々は私にとって最高の日々だったのだ。今までも、そしてこれからも私は兄さんを愛し、そして共に生きて行くと疑っていない。私が兄さんを嫌いになることなんてないし、裏切ることなんて絶対にしない。私は兄さんが居ないと生きて行けない、兄さんが居るから私はこの世界に生まれ生きて行けるのだ。

 ずっと続いていく、この日常はずっと続いていく……私はそう信じている。

 けれど……。

 私はどこか得体の知れない胸騒ぎを今の日常に感じていたのだ。私を兄さんから引き離し、兄さんが私から離れて行ってしまうような……そんなあってはならない最悪のIF……この胸騒ぎは何なのか、いつまで経っても私の中で答えは出なかった。

 

 

 

 

「……よし!」

 

 今日も今日とて、愛する兄の為に沙希はお弁当を作っていた。修司の健康管理は全て妹である自分の役目だと沙希は常に考えている。今はまだ義妹であり恋人、しかし将来的には籍を入れて結婚もするつもりだ。修司の妻となれば彼の為に毎日の食事を作るのは当たり前のこととなる。もちろん修司は無理をしないでと言うだろうが、沙希はとにかく修司に尽くしたい系義妹兼恋人兼将来の妻である。彼のことを想えばこの程度朝飯前である。

 色とりどりの献立、栄養を一番に考えつつも修司の好物を入れた自慢の弁当。今日もその出来に沙希は笑顔で頷いて満足していた。

 弁当を作り上げ、朝食の用意をしていると足音が近づいてきた。扉を開けて入ってきたのはもちろん修司だ。

 

「おはようございます兄さん!」

 

 今日も元気に修司へと挨拶をする沙希。沙希は毎日のこの瞬間が好きだった。その日に一番最初に出会い会話をするのが愛する修司なのだ。それだけで沙希は一日の活力が天元突破するほど、それほどまでに沙希は修司とのありとあらゆる時間が好きだった。

 今日もいつも変わらない光景のはず……だったが、修司は少し寝不足なのか目の下に隈があった。修司は沙希に声を掛けられ、一瞬ビクッとしたがすぐに笑顔になって言葉を返す。

 

「……あぁ。おはよう沙希」

「? ……ふふ、兄さん座って下さい。ご飯出来てますよ」

「あぁ。ありがとう」

 

 瞳の僅かな揺れ、感情の変化と纏う雰囲気、どこかいつもと違う様子が気になったが修司の笑みに沙希は大丈夫そうかなと一先ず安心した。けれども目の下の隈はそこまで気にならないが、少し注意して見ると気になるレベルのモノ……やっぱり沙希は気になって口にした。

 

「兄さん、隈が出来てますけど……眠れなかったんですか?」

「! ……実を言うと、ちょっと悪い夢を見ちゃってね。情けないことに上手く寝付けなかったよ」

「そうですか……今日は学校は――」

 

 たかが寝不足ではあるが、愛する兄の為だ。学校なんぞよりも大切なのである。だから沙希は今日の学校は休めばどうかと言おうとしたのだが、修司は気にしなくても大丈夫だと苦笑したことで沙希はその先に続く言葉を呑み込んだ。

 大丈夫と言っても沙希はずっと心配そうな目で修司を見つめている。修司は仕方ないなと口にして、沙希の頭をゆっくり撫でながらこう言った。

 

「ほら、怖い夢を見るとちょっと心臓がバクバクして眠れなくなることあるだろ? 俺が見た夢ってのが……まぁ街の人間が皆ゾンビになった夢だったんだ」

「……兄さん、それって」

「ご明察の通り……夜遅くまであのゲームをやったのが祟ったみたいだなぁ」

「思いっきりどうしようもない理由で私は安心しました……」

 

 すまないと笑っている修司を見て沙希は溜息を吐いた。怖い夢を見て眠れなくなるなんてことは沙希も経験がある。それなら仕方ないかと……おそらく普通の人なら流すだろう。しかし沙希は見逃していない……修司の纏う雰囲気は何かを隠して強がっているような感じだ。修司自身意図したものでないことは確かだろうが、ずっと一緒に居たからこそ沙希は敏感に修司の感情の揺らぎまで感じ取ることができる。

 

「……………」

 

 普通なら気にならないことがここまで気になるのだ。この時点で、修司の身に何か起きていることだけは分かる。しかしそれについて皆目見当が付かないのも確かなのだ。何故なら沙希は常に修司の傍に居る。家に居る時でも一緒に居ないのはトイレに行く時などそれくらいだ。沙希の目が届く範囲で修司に何かがあったなんてことは考えられない、だとすれば別の何かが修司の身に起きていることが推測される。

 朝食を取る中でさり気なく修司を観察するがやはり分からない。目の下の隈、おかしいと直感的に感じる雰囲気を抜きにすればいつもの修司と何も変わりはしないのだから。

 言葉少な目に朝食を終え、今日も学校に二人で向かう。

 

「兄さん、手を繋ぎましょ?」

「あぁ。いいよ」

 

 このやり取りもいつもと変わらない……だけど。

 

「……え」

「どうしたんだ?」

「えっと……ふふ、何でもないです。行きましょうか兄さん」

 

 沙希が困惑した理由、それは修司の手の握り方だった。いつもはガッチリとお互い離れないように恋人繋ぎをするのが普通だった。こうして沙希が声を掛けなくても、修司は自ら手を差し出して手を繋いでくれた。しかし今の沙希と修司は恋人繋ぎではなく、ただ単に手を繋いでいる状態。間に何かが入ってしまえばすぐに離れてしまうような繋ぎ方だ。

 どうしたのかと聞きたくなっても、修司の様子は全然変わらない……まるでこれが普通だと言わんばかりの堂々とした様子だ。いつもと握り方が違わないですか、なんてこんな小さなことを聞くのも煩わしい気がして沙希は首を振る。だけど……。

 

「兄さん?」

「どうしたんだい?」

 

 どうしても不安で、沙希は思わず修司の名を呼んだ。そして――。

 

「好きです」

 

 ただそれだけ、どうしても伝えたかった。沙希の修司に向ける好きという言葉は決して嘘を吐かない、修司の受け取り方にもよるがそれだけは確かだ。沙希は修司にいつもと変わらぬ愛を、想いを言葉にすることで今の胸に抱える不安を拭おうとした。

 沙希からの言葉を受けた修司は笑みを浮かべてこう返してくれるのだった。

 

「……俺もだよ、沙希」

 

 いつもと変わらない言葉、兄から伝えられる相思相愛を証明する言葉。嬉しくて嬉しくて、それだけで胸が温かくなって幸せになれる……でも沙希は感じた、感じてしまったのだ――修司の言葉に隠された負の思考を。

 修司は確かに同じように好きだと答えてくれた。でもその様子は明らかに無理をしていて、更に言えば沙希が好きだと行った時修司の瞳は大きく動揺して揺れていた。その感情の揺らぎは悲しみ、憎しみ、失望、後悔、諦め……言葉にするとキリがないほどのマイナスばかりの感情だった。

 結局沙希は何もなかったかのように振る舞う修司に手を引かれ、そのまま学校に着いた。教室に向かう間にも相変わらずラブラブだなと茶化されることもあったが、今日だけはその言葉たちは鳥の囀りのように煩わしくて気分を害する。

 机に座り、改めて修司のことについて考える。今この時、何かが修司の身に起こっている。これはほぼ確実だと沙希は思っている。昔からのことを考えると、沙希に告白し振った相手が逆上して兄に何かしたかなどが考えられるが、最近では一切そういうことがないためこの考えは候補から外れる。というよりも、修司の変化に気づいたのは今朝だ……つまり何かがあったと考えるならそれは昨夜から今朝になるまでの間しか考えられない。

 

(……分からない……一体何が)

 

 あり得ない、あり得てはならないことを言ってしまうと夜中に誰かと会ったのか。でもそうだとしたら沙希が気づかないわけがない。常に修司の行動パターンは頭に叩き込んでいるし、その交友関係も当然……というか、夜中に修司が出かけるか誰か来たとしたら気づく……気づくったら気づくのだ。

 結局それからいくら考えても答えは出てこず、沙希はその日の授業には一切身が入らなかった。学校が終わり、修司と並んでの下校時間、やっぱり修司の様子は今までと比べると明らかにおかしかった。どこか沙希の言葉に反応はしてくれても上の空で、ちゃんと話を聞いて欲しいと何度沙希が頬を膨らませただろうか。とはいえそれでも沙希は修司の一挙一動をしっかりと見て、今起きている異変の原因を何とか突き止めようとしていた。

 夕暮れに染まる中、お互いに手を握っただけであまり会話はなく足だけが動く。そんな時二人が歩く道のすぐ傍にある線路を電車が走った。傍だからこそその音は大きく、思わず沙希も片耳に手を当ててしまいそうになるほどだ。沙希がいつ通ってもここはうるさいね、なんて言葉を掛けようとしたその時だったのだ――修司が声を荒げたのは。

 

「……やめ……やめろおおおおおおおおっ!!」

「っ!?」

 

 横から聞こえた修司の悲鳴のような叫びに沙希は手を離してしまった。修司はその場にしゃがみ込むように耳に手を当て、何かを堪えるように震えている。耳を塞いでいることから電車の音を限りなく聞きたくないようにも見えるが、額から冷たい汗を流し、目に涙を溜め、しかも歯がガタガタと震えており明らかに普通ではない。

 

「兄さん! どうしたの兄さん!!」

 

 そんな尋常ではない修司の様子を見てしまっては沙希としても冷静さが欠けてしまうのは仕方なかった。道のど真ん中だというのに、修司に必死に声を掛けるが彼は何かに怯えるだけで沙希に言葉を返してくれない。

 修司を落ち着けるために、必死に手を握りながら体をさすって大丈夫だと沙希は言葉を掛け続けた。ここには自分が居る、修司を傷つけるものは何もないのだと伝えるように。

 

「……俺は……俺は……俺は」

「兄さん……」

 

 壊れたようにブツブツと呟くその様子に沙希は胸が張り裂けそうなほどに苦しくなる。一体何なのだ、修司を苦しめているモノ一体何なんだと、もしこの場に修司が居なければ周りの物に当たり散らかしていたことが容易に想像できる。

 最愛の兄が苦しんでいるというのに、どうしてこんなに何も出来ない。沙希が己の無力さに打ちひしがれているそんな時、修司がこんなことを口にした。

 

「……俺は……俺は何度も守ろうとしたんだ……何度も何度も何度も! でも駄目だったんだ……その度に俺は電車に……車に……っ」

 

 それはまるで懺悔のように、己の悔しさを吐露するかのような口ぶりだった。

 

「何度防ごうとしても駄目で……何度も奪われてしまう……大切な妹を……愛した人を」

「っ!!」

 

 大切な妹、愛した人とは間違いなく沙希のことだ。でも……今の修司の言葉が自分に向けられたモノではないような気がするのも、気のせいかもしれないが沙希は感じてしまった。

 先ほどよりも落ち着いた様子の修司だが、その瞳からは止まることなく涙が溢れている。それでも彼の言葉は止まらない。

 

「……俺は何度やり直せばいい? そして何度絶望すればいいんだ? なあ沙希――俺は後、何度お前を奪われたら終われるんだ?」

 

 その修司の言葉に、沙希は何も返すことが出来なかった。

 




前世の記憶が唐突に蘇るのなんて普通だから(白目
ちょっとやってみたかった設定です(笑)

兄が苦しむ理由がまさかそんな理由だとは思い当たっていない沙希、仮に知って狙ってきた男たちは全員処理したなんて馬鹿正直に伝えればどんな目を向けられるか……。

正に八方塞がり、沙希ちゃんの明日はどっちだ。


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水原沙希の奮闘3

アンケート締め切りました。

圧倒的に幼馴染が強かったですね。
どうもありがとうございました。


ちなみになんですが。
自分が友達に初めて貸されたエロゲ―は“euphoria”ってやつでした。
……もうね、凄まじかったのと声優さん声枯れないのかなっていうエロとは無縁の心配を自分は感じた次第です。
つうか初めてやるゲームにこんなハードなモノ勧めるなと文句を言った気がします(笑)




 あの日、修司がおかしくなってしまった日から水原家の日常は狂っていった。どうにか改善できないか、原因は何かと調べる沙希の努力を嘲笑うかのように、修司は段々とやつれ目に見えて真に笑うことがなくなっていた。沙希にとって優先すべきは修司の幸せ、そこに自分が居ればいい……自分の存在が修司を癒し、そして尽くしていくことが定めと考える沙希にとって今の現状はあってはならないことなのだ。

 そう、あってはならない……そのはずなのに、沙希には現状を打開する方法が思いつかない。原因が分かっているならそれに対処することも可能になるというのに、その一切が全く分からないのだ。

 

「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」

 

 原因が分からず前に進めない現状は焦りと苛立ちになって沙希を苛む。修司がやつれていると言ったが、それは沙希にも当てはまることだった。外出する時は化粧でいくらか隠しているものの、修司との関りがごっそり減ってからそういったことにも気を回す余裕さえない。まあしかし、それでも沙希が美少女然とした在り方を保てるのは彼女の持って生まれた美貌のおかげでもあるのだろう。

 

「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」

 

 呪いの言葉のように囁いても愛しの兄は己を見てくれない、抱きしめてくれない……愛してくれない。挨拶をすれば返してくれるし、作ったご飯は食べてくれる。家族としての当たり障りない触れ合いはあるがそれだけだ。少し前までしていた恋人としての繋がりはもう失われていた。

 ここまで変わってしまったのなら現状を受け入れた方が楽になれるのでは? そんな囁きが沙希の脳内に響くことがあるもののそれに耳を傾けることはない。何故なら明らかに現状がおかしいことに気づけているから。ここまで人が変わってしまうなんて何かしらの要因がない限りあり得ないからだ。修司に危害を加える者は居ない、己を狙う下種は排除した。沙希と修司の仲を引き裂く……その点における障害は沙希の目が届く範囲では既に存在しない。

 

「……ああもう! 全然分かんないわよ!!」

 

 手に持った皿を思わず床に叩きつけそうになったが寸でのところで踏み止まった。苛立ちに身を任せ周りの物に当たるなんて野蛮な行為はできない。既にそのレベルを超えていることをいくつか仕出かしてはいるが、それでも物に当たるというのは沙希にとって越えてはいけない行為だった。

 皿を置き少し深呼吸をしても苛立ちは収まらない、それでも少しは落ち着いた。改めてどうにかできないものかと考えようとした時、沙希に声を掛ける存在が居た――修司だ。

 

「沙希? 少し出かけてくるね」

「あ……うん。いってらっしゃい……兄さん」

 

 問いかけではあったが、修司は沙希の目を見ることはしなかった。その行動に胸が締め付けられる苦しみを味わっても、沙希にはただ修司に対していってらっしゃいと言葉を返すことしかできなかった……修司に声を掛けられた嬉しさ、そんなものを感じることはなかった。

 それでも、せめて見送りだけでもしよう……そう考えた沙希が玄関で靴を履いている修司の元に向かった時――それは一瞬現れた。

 

『兄さん、大丈夫だからね』

「っ!?」

 

 本当に一瞬、刹那の一瞬だった。修司に纏わりつくように、黒い瘴気を纏ったソレがそう言葉を発したのだ。黒くモヤモヤとしたソレは人の形をしたような、或いはそうではない歪なモノにも見えはしたが……確かに一瞬、沙希はソレを目にしたのだ。

 何だそれは、そう思ったら既にそれは消えており修司の元には何もない。今のは疲れた頭が見せた幻覚なのかとも考えたが、沙希はそれをただの幻覚と流すことはどうにもできなかったのだ。結局修司はそのまま出掛けてしまったが、沙希は今の光景を忘れることはできずすぐに外着を着て外に向かった。

 沙希と修司の関係を表すように、冷えた風が沙希の体にぶつかる。

 

「……寒いな。今の時期、こんなに寒かったっけ」

 

 半身のような存在が消えてしまった寂しさを紛らわせるように、沙希は修司の姿を追いかけるのだった。

 気づかれないように、己の存在を悟られないように細心の注意を払いながら沙希は修司の後ろを歩いていた。修司が向かったのは近所の公園、こんなところで何をするのかと思った沙希はそこで信じられないモノを目撃した。

 

「修司さん!」

 

 若い女の声が公園に響く。沙希が目にした光景、それは自分と同い年くらいの女が修司へと抱き着く瞬間だった。長い黒髪をなびかせながら修司の胸に飛び込んだその女は美しかった。凹凸のある体は男好きしそうで、修司に出会えたことを喜ぶその微笑みは愛らしかった。

 その女は修司に抱き着き満面の笑みを浮かべているが、修司が覇気のない複雑な笑みをしていることは沙希にとっては少しだけ救いだった。それでも自分ではない女が愛する兄にベタベタとしている光景は殺意しか湧かないが……そこで沙希は首を傾げた――あんな女は知らないと。

 修司の交友関係、特に女に関しては神経質なほどに調べ上げている沙希にとってこんな女は見たことがない。ここまで親し気なスキンシップをするのなら、絶対に沙希は兄の様子から気づけるはずなのだ。それなのに気づけなかった――まるで何もなかった場所から突然沸いて現れたような、そんな得体の知れない何かを沙希は感じた。

 そして――。

 

「……っ!?」

 

 その女の姿が一瞬ぶれて、見慣れた女の姿――つまり、己である水原沙希に見えたのだ。しかしその姿はひどいモノで、白い液体を全身に浴び男に媚びる薄汚い顔をしているようにも沙希には見えた。家の玄関で見た黒いモヤモヤとしたモノ、そして今見た光景……これを見間違いと流してはならないモノだと沙希は認識を改めるのだった。

 それから暫く修司と女は話しをしていたが、修司がその場から離れることで二人の時間は終わったようだ。修司の姿がなくなるまで女はその後ろ姿をニコニコと眺めていたが、姿が見えなくなった頃にやっと女は修司とは違う方向へと歩き出した。

 その瞬間、沙希は女の言葉を拾った。

 

「ふふ……兄さん本当に素敵。でも沙希を許してね? 私はもう……兄さんじゃ満足できない女だから」

 

 兄さん、沙希、その言葉を聞いて沙希は全てを理解した――あの女は私だと。

 荒唐無稽であり得ないことを沙希は思い浮かべたが、あながち間違ってはいないのかもしれないと沙希は女を尾行することにした。どうやら女は沙希に気づいておらず、そのまま鼻歌を歌いながら路地裏へと消えた。

 こんな暗がりで何を……そう思った沙希の目に飛び込んできたのはある意味で予想通り、けれども進んで見たくはない光景だったのは言うまでもない。

 さっきまで修司と笑い合っていた愛らしい笑みを浮かべた女が、周りを多くの男に取り囲まれ犯されている光景だったのだから。レイプ現場にも見えるが、女の浮かべている顔は与えられる快楽に悦んでおり嫌がっていない。寧ろ自分から進んで男のソレに手を伸ばし、己の下半身に咥えこんでいる姿から元々そういう目的だったのだと理解できる。

 

「しっかしエロい女だぜこいつは。ついさっきまで好きな男に会いに行ってたんじゃねえのかよ!」

「行ってましたぁ。でも……でも沙希は生まれ変わっても兄さんじゃ満足できないんですぅ……力強くて大きなソレじゃないと沙希は満足できないのぉぉぉ♡」

「生まれ変わったとかよく分からねえが、まあただでヤラしてくれるってんだから役得だよなぁ。おら、お前らも加われや!!」

「お願いします!! いっぱい、いっぱい私を犯してぇ♡」

 

 薄汚い獣の乱交だと、沙希は冷めた目でそれを見つめていた。そして今なら良く見える――あの自分を沙希と言った女の周囲に漂う黒い瘴気に……修司の周りに漂っていたそれと同じものが。

 やっぱりまだよく分からないが、それでも沙希の本能はそれが全ての原因だと答えを出した――故に。

 

「……消そうか」

 

 やることは変わらない、いつも通り掃除をするだけだ。

 

 

 

 

 

 女は恋に生きた人間だった。

 愛する者とずっと一緒に生きたいと願う純粋な女だった。しかし、女に課せられた運命がその人生を捻じ曲げた。快楽を植え付けられ、犯されることに喜びを感じるようになった体は女の理性を溶かし男を求める。

 ずっと与えられると信じていた快楽に縋りたくなり、愛する者を捨てた女を待っていたのはその縋ると決めた男からの“捨てる”という言葉だった。

 愛する者を捨てるというある意味捨て身の行為を行った女にとって、その男の言葉と対応は女を自棄にさせるには十分だった。一時期は女は愛する者の元に戻ったが、やはり女は男を忘れることが出来なかったのだ。愛する者では満足できない体を鎮めるために、ありとあらゆる男を漁るようになった女……もうそこに愛しい繋がりなんて存在するはずもなく、愛する者は完全に女から離れることになったのだ。

 その末に紆余曲折あり、女は生まれ変わった。しかし生まれ変わったと言っても、その体が男を求めることに変わりはなく、女自身も別にそれでいいと変えようとは思わなかった。

 

 今度は上手くやれる。

 愛する存在も快楽も、全て受け入れられるように上手く立ち回れる……そんな自信があった。しかし女にとって一つ誤算だったのは、この世界の自分は自分ではないということだ。

 愛した存在を一途に想い続け、害になるだろう全ての障害を排せる強さを持った存在……そうとは思わなかった女の薄っぺらい自信がまさか破滅に向かうことになろうとは……流石に生まれ変わりを経験した女でさえも見通せなかった。

 

「……なんで……ここにいるの」

 

 体を精液塗れにしている女は恐れた。目の前に立つ存在に。

 

「………………」

 

 憎悪を滾らせた瞳、金色の長い髪を持った女は真っ直ぐに薄汚い女を見つめていた。その目はまるで家畜……否、それ如何に見下すかのような冷たい瞳だった。

 ユラユラと幽鬼のようにゆっくりと、ゆっくりと歩く金髪の女の姿――それは薄汚い女にとって死神に見えたのは言うまでもないことだった。

 



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水原沙希の奮闘4

 好きな人に全てを捧げることができず、体を思うがままにされたことは理不尽なことだ。その調教の果てに男に犯されることを望むようになり、愛する存在を捨ててしまったことも……だって仕方ないじゃないか。愛する存在の傍に居るよりも彼らの傍に居る方が気持ちいいのだから。

 一途な想いさえも塗り替えてしまう快楽の呪い、悔しいが身を持ってそれを知った今となっては納得できる。薄汚い想いも、綺麗な想いも、純粋な想いの何もかも全てを洗い流すそれは手を出して辞めることができなくなってしまう麻薬のようなものだった。

 一時だけの気持ちよさと分かっていても、もう逃げ出してしまうことができないほどには囚われてしまう。

 

――そしてそれは生まれ変わってもなお、快楽という呪いは私を蝕んでいた――

 

 姿形は変わっても、中身そのものと言える魂までは変わらない。

 楔のように打ち付けられた呪いは私を蝕み、そのことに対する嫌悪感の一切を排除する。そうして前の人生と同じことを続けていた私はある日、正に体に電気が走るほどの衝撃を受けた。

 居たのだ――私の初恋であり、私が愛したあの人が。

 その瞬間私はこの生まれ変わった世界が私の居た世界なのだと気づいた……正確には並行世界とも言えるのだろうけど。そんな世界で生きるあの人の傍にはやっぱり“ワタシ”も居た。どうせ彼女も私と同じようになる……そうなったらまたあの人は一人になる。そうなった時、私があの人の傍に居ればいい――私はそう考えた。

 前の時とは違いヘマはしない、それどころかあの人を私に縛り付けてしまえばいい……私のすること全てに肯定を促し、そして私を愛し時に気持ちよくしてくれればいい。あの人に愛される中他の人に快楽で満たされ、そしてあの人は私の愛で満たされる……困る人なんてどこにも居ない。私もあの人もそれでずっと幸せだ……そう、思っていた。

 でも現実は……この世界のワタシはどこかおかしかった。

 

――なんで……なんで何食わぬ顔であの人の傍に居るの!? あなたは“ご主人様”に犯されてるはずでしょ!? どうしてあなたは兄さんだけに愛を捧げ続けられているの!?――

 

 前と一緒ならワタシはご主人様に黙って犯されているはずなのだ……それなのにワタシにはそんな様子は見られず、それどころか理想の恋人のように振る舞っているではないか。私に訪れた理不尽に襲われることなく、ただ愛する人を愛せるその姿に私は激しく嫉妬し憎悪した。

 許さない……許さない許さない許さない!

 私だけあんな理不尽な思いをしたのに、私と同じはずのアナタが幸せだなんて絶対に許さない。

 そう、許せない……兄さんを奪う。そしてアナタを不幸にさせ、私と同じ目に遭わせてやる……間違ってない。私は絶対に間違っていない! それなのに……それなのに何なんだお前は!!

 

「ふざけるな……ふざけるな!!」

「……………」

 

 ただ泣き喚く私とは違い、余裕さえ見せるワタシの様子に怒りが込み上げる。私のことを路肩の石ころのように見つめる無機質な瞳、全く気にさえ掛けていないその姿……これが本当に私なのかとさえ思えてくる。奪うと誓った、不幸にさせると誓った……そんな私の決意を粉々に砕くような恐ろしさ……この女は本当に私なの?

 兄さんの前ならこの女は笑っていた……私だってよく浮かべていた笑顔だった。でも今は? 今この女の浮かべている表情は決して私が浮かべるような表情ではない。

 

「……アンタは……アンタは私じゃない……私じゃない!! アンタは誰なのよ!!」

「……………」

 

 そうだ。この女は私じゃない。こんなにも物怖じしない女は私じゃ……水原沙希じゃない! 水原沙希はただ一途に兄さんを愛し、そしてその想いを利用されてご主人様に犯されるだけの弱い女だ。じゃないと……そうでないとかつて水原沙希として生きた私は何だと言うんだ!!

 思う限りの罵声は目の前のワタシに届くも、やはりワタシは特に反応しない。

 イラつく……本当にイラつく女だこいつは。

 相変わらずの無機質な目、しかし僅かに憎しみを感じさせる目をした女に私が飛び掛かろうとした――その時だった。

 

「何を当たり前のことを言っているの? お前は私じゃない、そんなの当然のことじゃない」

 

 ここに来てようやく届いたワタシの言葉に、私はポカンと間抜けに口を開けて固まるのだった。

 

 

 

 

 

 沙希は目の前の女を哀れに思った。とはいえ何らかの形で愛する兄を苦しめていることが分かっているため、憎悪は消えないがそれでも……沙希はこの女を哀れに思った。

 違う世界に生きた己自身、正直な所現実味がない話だが、少なくとも沙希には目の前の汚れた女が自分自身……というのは認めたくはないが理解できてしまった。姿形は違えど根本的な部分、所謂魂が同じということは理解ができたからだ。

 女の叫びを聞いて分かる部分もあった。愛する人と違う人間に犯されて汚れてしまった体、今の自分では到底耐えることが出来ない屈辱。バラバラに引き裂いても尚消えることのない怒りとなることだろう。それ故に、この女がここまで壊れたことも一応の理解はできる……しかし、だからと言って受け入れられるかどうかと聞かれたら答えは残念ながらNOだ。それは何故か、そんなもの――沙希にはどうでもいいことであり、全く関係のないことだからである。

 

「どうでもいいよアンタのことなんて。だって、所詮違う世界のことでしょ? この世界に生きる私には全く関係がないもの」

「なっ!?」

 

 沙希の言葉に女は口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 しかしそれも一瞬で、すぐに沙希の言葉を理解したのか顔が赤く怒りで染まっていく。

 

「ふざけるんじゃないわよ!! アンタも私と同じ、兄さんと違う男に弄ばれるだけの存在!! 無様に股を開いて男の精を乞うだけの醜い雌豚! そうよ、アンタは私と同じ……同じじゃないと不公平よ!」

 

 醜く唾を飛ばして自分勝手な言葉を吐き続ける女の姿に、沙希はもう話をする価値はないと確信した。その瞬間、目の前の女が更にどうでもいい存在へと成り下がる。かつて自分の体を思い通りにしようとしてきた男と同程度、そんな風にさえ思えてしまう。

 やはり……やはり兄だけなのだ。この世界で必要であり、自分が愛すべき存在であり、自分が全てを犠牲にしてでも守らなければならないものは。

 

「……なんか拍子抜け」

「……なにを……」

「兄さんを苦しめる何か、それが分からないからこそ私は怖かった。でも……蓋を開ければその正体は私と兄さんの仲睦まじさに醜く嫉妬しただけのゴミ女だった。こんな拍子抜けする展開ってある?」

「ふ、ふざけ――」

 

 口を開こうとした女の喉元を思いっきり沙希は掴んだ。女性ではあり得ないくらいの握力で掴まれた首はミシミシと音を立てる。女は苦しみに悶えるが沙希は容赦しない。段々と失われていく女の力、瞳の光。沙希は女の目を覗き込んで残酷に笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「アンタも私と同じ水原沙希、それは認めてあげよっか。でもね、私とアンタは決定的な違いがある。私は兄さんと結ばれて幸せになり、アンタは兄さんと結ばれず幸せになれなかったっていう違いがね」

「……っ!!」

 

 最後の最後にキッと目を鋭くした女だったが、そんな抵抗も長くは続かなかった。沙希の手を掴んでいた女の手は力を失い地面へと落ちる。

 

「アンタの分も幸せになってあげる。アンタが得るはずだった幸福は全部私がもらってあげる。アンタの代わりにたっくさん兄さんに愛し愛されてあげる。だから、安心して消えてね。天国か地獄かどっちに行くか分からないけど、そんなに獣のような交尾がしたいならあの世でどうぞ~♪」

「………………」

 

 動かなくなった女の体を前にしても、沙希の罪悪感と言った物はなかった。

 暫くして空気に溶けるように女の身体が消えて行く。そしてその場に居た沙希は辺りを見回し、小さく首を傾げて呟いた。

 

「……あれ、何で私こんなところに……って! もう晩御飯の準備しなくちゃ! 待っててね兄さん!!」

 

 短いスカートが捲れるのもお構いなしに、沙希は物凄いスピードで自宅へと駆け出すのだった。



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本田雪江の場合

箸休め回、沙希ちゃんの続きを待ってた方はごめんなさい。

原作:妻が隠していたビデオ… ~元カレ寝取らせ観察記~


 青年、本田浩一には最愛の妻が居る。名前は雪江といい、甲斐甲斐しく夫の世話をやく貞淑な女性だ。近所からもスタイルが良く美人な女性として囁かれており、夫である浩一にとっても雪江という妻の存在は何よりも大切な女性だった。

 ふとしたことで知り合い、互いに想いを通わせ結婚をするに至った浩一と雪江の生活は今で三年にも及ぶ。三年というそこそこ長い期間を過ごしたにも関わらず、二人の間に倦怠期は訪れず仲睦まじい夫婦としての姿がそこにはあった。子供は居ないが、それでもゆっくりとした時間を大切にするように浩一と雪江は幸せな生活を送り続けていた。

 もちろんそんな風にラブラブな夫婦なのだから、当然のことながら夫婦の営みというモノは存在する。あまりがっつくような性格ではない浩一は激しいセックスを望まず、静かで平凡なセックスはいつも変わらない。しかし……浩一は言葉には出さないが、この良く言えば優しく、悪く言えば代わり映えの無い……そんなセックスに妻である雪江があまり満足していないことに気づいていた。あまり気持ちよさそうにしていない雪江の様子だが、元より雪江はセックスという行為をあまり好きではないと言っていたのを思い出し、ならこんな反応になってしまうのも仕方ないかと浩一は考えることにしていた。

 

「あなた、ご飯ができましたよ」

「あぁ。ありがとう雪江」

 

 夜の営みに関して少し考えてはみたものの、夫婦の生活はセックスという行為だけで形作られているモノではない。中には体の関係を何よりも欲し、体の相性が悪いからとそれだけで失われる夫婦生活というのもあるにはあるだろうが、浩一と雪江の間は少なくともそんな体の関係だけで崩れてしまうほどの脆い結びつきではなかった。

 雪江を大切にする浩一、浩一を大切にする雪江……本当に二人は誰もが羨む理想の夫婦だった。

 ……しかし、そんな幸せが続く生活の中で、ふと浩一は見つけてしまった。

 

「……これは……雪江?」

 

 お風呂に行った雪江が置いていったスマホ、悪いとは思ったが浩一はそれを覗き見てしまったのだ。データファイルの更に奥、厳重に保管されていたファイルの中にあった動画……それに映っていたのは浩一にとってあまりにも信じられない映像だった。

 

『……いい……いいのぉ……私……いじめられないと満足できないのぉッ!!』

 

 そこに映っていたのは今よりも少し若い妻の姿、それだけならまだ良かったが……彼女はたくさんの拘束具によって身動きを封じられていたのだ。そこから流れる映像は今の貞淑な妻とは似ても似つかない淫乱な女が、一人の男によって犯されていく映像。獣のような喘ぎ声、舌を伸ばし体を仰け反らせながら快楽を一身に受け悦ぶその姿に浩一は茫然としてしまった。

 この女は誰だ、そんな考えが浮かんでしまうがどこをどう見てもこの女は妻である雪江だ。もっと映像を見ようと無意識に体が前のめりになった時、お風呂から戻ってきた雪江に気づいて浩一はスマホを急いで元の場所に置いた。

 

「いいお湯だったわ。あなたもどうぞ?」

「……あ、あぁ」

「どうしたの?」

「いや……なんでもないよ」

 

 お風呂上りの雪江の姿、スッキリしたと気持ちよさそうにしている姿が動画の姿と被る。浩一はその重なった雪江の姿を掻き消すように首を振り、続いてお風呂に向かうのだった。

 服を脱ぎシャワーを浴びる中、浩一は自分でも分からない感覚を抱いていた。自分では決して満足させることのできなかった雪江が、動画の中では別人のように快楽を貪っている姿……正直に言おう――浩一は興奮していたのだ、この上ないほどに。

 今まで見たことのない貞淑な妻に隠された淫乱な本性、それによって生まれた途方もない興奮が今の浩一を包んでいた。あんな風に乱れる妻を見たい、一度そう思ったらその欲求は簡単には消えてくれない。浩一は記憶に残り続ける映像の雪江を思い浮かべながら、発散の出来ない気持ちに悶々とするのだった。

 

 

 

「……あ、そう言えばこの映像消してなかったわね。私ってとんだドMだから元カレにも無理やり調教染みたセックスさせて困らせたし……ふふ、こうしてみると懐かしいなぁ。ま、今の私は浩一さん一筋だけど」

 

 ……もしかしたら、互いの性癖についてもしっかりと話していれば浩一は変な気持ちを抱くこともなかったのかもしれない。まあしかし、仕方ない部分もあるだろう。愛する夫に対し、実は私はドMなのでいじめられるように激しくされた方が好きだと言える人なんて少ないのではないだろうか。

 ただ浩一が思ったように、雪江が普段のセックスに満足していないのも事実なのは事実。だがそんなものは雪江にとって些細なことでしかなく、例えセックスをしなくても浩一に愛されているという実感さえあれば雪江は満足し、同じように浩一に愛を返すように彼だけしか見えていないのだから。

 

「……浩一さんに調教されたいなぁ」

 

 とても貞淑な雪江が呟くには違和感しかない言葉だが、悲しいことにこれ事実なのよね。本気で彼女は浩一にできることなら調教してほしいと願っている。

 

「浩一さんに縛られて、甚振られて……あぁ、ダメ……我慢できなくなっちゃう」

 

 先ほどまで浮かべていた優し気な表情はどこへやら、今そこに居るのは愛する夫に無理やり犯されることを想像し熱い吐息を溢す雌の姿があった。いつも優しい浩一が力任せに己を犯す姿、それだけで明日の活力が生まれるのを雪江は感じる。胸を思いっきり鷲掴みにされ、乱暴に尻を叩かれ、欲望の全てを己の股に叩き付けられてしまったらどれだけ気持ちいいのか……雪江の指はどうしようもないほどに濡れた下半身へと伸びる。

 

「浩一さん……浩一さん……ッ! 私をいじめて……ダメにして、あなただけの雌豚にしてぇ!!」

 

 今まで抑圧されていた枷が外れたのか、夫婦憩いの場のリビングで雪江のフィーバータイムは始まった。もちろん、快楽を貪ることに夢中になっている雪江は気づかない。お風呂に入っていた夫が戻ってきており、この場面を目撃していることに。

 

(……一体何が起こったんだってばよ!?)

 

 この場面を目撃し、思わず某人気少年漫画の主人公の口癖が出てしまうほどには、浩一は目の前の光景に唖然としてしまいパニックになってしまった。お風呂で悶々とした時間を過ごし、いざ戻ってみれば始まっていた妻のフィーバータイム……もう一体何なんだと人目が無ければ叫んでしまいたい光景だ。

 美しい清楚な妻が下半身丸出しにして指を出し入れしている光景、薄暗いリビングに響き続ける嬌声に当然のことながら浩一もとある部分が臨戦態勢になるのは仕方なし。

 

「……雪江」

「……ふぇ!?」

 

 ふと名前を呟けば、雪江はビクッとして浩一に視線を向けた。お互いに呆然とし、どういう言葉を掛ければいいのか分からない状況。片や思いっきりテントを張り、片や大洪水という珍百景ですら絶対に放送されることがないだろう間抜けな光景……一番先に変化が起きたのは雪江だった。

 

「ち、違うのあなた……これは……っ!」

 

 ビクンビクンと、雪江の体が震えだす。不本意とはいえ、愛する夫に自慰をしている姿を見られた雪江は確かに羞恥を感じていた。だがその羞恥は全く別の感情に切り替わる……それは、羞恥という名の見られることによる快感だ。

 

「見られてる……私の恥ずかしい姿……あなたにみられてるぅ!!」

 

 今まで思いっきりのある自慰を見られたことはなかったため、僅かではあるが雪江に生まれた羞恥心は彼女のマゾ体質に若干の火を点けたのだ。

 さて、こんな場面にお互いが立ち会ったからこそ話し合いは必要だった。お互いにすごすごとソファに座り、雪江は己の性癖を暴露した。己の体はとんでもないマゾ体質で、いじめられないと感じないことを。だから今まで普通にセックスをしても絶頂には導かれなかったのだと。

 

「……そうなんだ」

「えぇ……その、ごめんなさい。こんなどうしようもない性癖を持ってて」

 

 本当に申し訳なさそうに雪江は表情を歪めるものだから、浩一は雪江の心配を取り除くように謝ることじゃないんだと頭を撫でた。正直頭を撫でるという行為は大人にとってあまり嬉しいものではないかもしれないが、雪江は嬉しそうに浩一の手を受け入れもっと撫でてほしいと身を寄せた。

 そんな時間を過ごした中、何を思ったのか浩一はこんなことを口にした。

 

「なあ雪江、もし我慢できなくなったらいいよ? ……その」

「??」

「別の男とさ……セックスしても」

 

 それは欲求不満だと思われる妻を想っての言葉だったのだが、その言葉に対し雪江は目を吊り上げて声を荒げた。

 

「冗談じゃないわ。どうして私があなた以外の男に抱かれないといけないの?」

「だって……雪江が」

 

 欲求不満を抱えて生きるよりはずっといい、浩一としても嫌な提案だったが妻を想えばこその言葉だった。もちろん浩一の言葉は性急すぎて解決策になっていないのは雪江の表情を見れば明らかだが、今の浩一は色んなことが一気に押し寄せて若干考えが纏まっていないが故の言葉だろう。

 

「確かに私の性癖は少しばかり困ったモノだわ。でも、だからと言ってあなた以外の男に抱かれて発散したいなんて思わない。だって、愛する夫が居るのにどんな理由があったにせよ体を許すなんて立派な裏切りじゃない。私は嫌よそんなの」

 

 少しばかり泣きそうな顔をされてしまい、思わず浩一も考えが足りなかったかと反省した。とはいえ雪江がこう言ったことで思い出したのは先ほどの動画だ……あの動画は一体何のか、あの男は誰なのか、それは他ならぬ雪江の口から語られるのだった。

 

「……あなたと付き合う前の元カレとは……まあ無理やり付き合わせたけどそういうことはしたわ。それが原因で別れを切り出されたけどね」

「そ、そうなんだ……」

 

 ……どうやらあの映像の男も苦労していたようだ。

 ツンとしてしまった雪江の様子に、浩一は少し苦笑して思いっきり抱きしめた。少しばかり浩一の言葉に怒ったと言っても、雪江はどうしようもないほどに浩一を愛している。それ故に、こうして抱きしめられてしまったら怒りなんてすぐに吹き飛んでしまう。

 

「ごめんね雪江……もう冗談でもあんなことは言わないよ。愛してる」

「……いいわよそんなの。もう怒ってないわ――私も愛してる」

 

 深いキスを交わして、今日のこの何とも言えない出来事は終わりを迎え……るわけがなかった。

 今回の浩一だが、確かに妻の見たことのない表情を見て興奮はした。だがそれは別の男に抱かれたからという寝取られのような性癖ではなく、単純にあそこまで狂う妻の痴態を見たいという欲求から来るものだった。今回の出来事を通し、浩一は雪江の大切さを再認識すると共に、何の化学変化が起きたのか浩一の性に消極的という部分が雪江の痴態を見たいという欲求に塗り潰されたのだ――つまり。

 

「……よし、雪江。俺ちょっと頑張ってみるよ」

「え? ちょっとあなた? 一体どういう――」

 

 少し気弱だったはずの浩一、だが今雪江の目の前に居るのはギラギラと目を光らせる浩一の姿。雪江は一瞬怖いと思ったが、彼女の女の部分は今の浩一に対し期待感を覚えさせ、知らず知らずの内に彼女の股を再び濡らす。

 

「自分でもよくわかんないんだけど……無性に雪江を犯したい。滅茶苦茶にしたい」

「……あ♡」

 

 真剣に囁かれた浩一の言葉に、雪江の目はハートになった。 

 それからの夜、本田家では獣のような嬌声が響き渡るようになったとかどうとか。雪江の肌は今まで以上にプリプリと張りを増し、美しくなったと近所でも評判になるのだった。

 ただでさえ美人だった雪江に何が起きたのか、その理由を雪江はこう語るのだった。

 

『好きな人に調教されるように犯さられれば女は綺麗になれるのよ!』

 

 ……果たしてその言葉に同意できる人がいるのだろうか、全く持って謎である。

 




活動報告でアンケート取ろうとしたんですが、匿名だから見れないじゃんって気づきました(笑)


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NTR物の反転というかそんな感じの

アンケート機能への投票ありがとうございます。
圧倒的に強いのは幼馴染でした。自分も入れるとしたら幼馴染かなぁと思います。

今回も箸休め、完全ネタ枠です。
NTR作品での美醜反転。



 あるところに不可思議な世界があった。その世界は現代の作りと非常に似通っており、違いなど見受けられないようにも思える。だがたった一つだけ、今の世界を生きる我々にとっては何とも言えない違いがその世界には存在していたのだ。

 それは何が起きてそうなったのかは分からない違い……そう、美しさと醜さの反転だ。簡単に言うと、美しいモノが醜く見え、醜いモノが美しく見えるという世界だ。もちろんその世界はこういうものとして認識が出来ており、その世界に生きる人々は何もおかしさを感じてはいない。ただ美しい者と醜い者で、大きな差別が起こっているのも特徴的で、醜い存在――ブサイクに生まれてしまったら冷たい目で見られながら生きることが約束されてしまう……そんな残酷な世界でもあった。

 そのように生まれによっては幸福に、或いは不幸になってしまう世界で生きる一人の少年が居る。その少年はイケメンでもなければブサイクでもない、所謂フツメンと呼ばれる存在だった。しかし少年にとってはイケメンとしてチヤホヤされるでもなく、ブサイクとしてちょっかいを掛けられることもない今の生活は気に入っていた。

 ……まあ美醜の違いによって扱いが決まると言ったが、それは何故か女性に強い傾向があり、男子は生まれた瞬間から人生勝ち組とされてもいた。それは男子の出生率の低さもあるだろうし、子を成すためには男の力が必要なのも男性に優しい社会を作り上げる一因になったのかもしれない。

 さて、長くなってしまったが話を戻そう。

 これから語るのはこの一風変わった世界に生きる一人の少年のお話だ。その不可思議な世界で生きる……一つの秘密を抱えた少年の物語。

 

 

 

 

 

 

 その世界で生きる少年の朝は早い。一人では起きられない深い夢の中に居ても、彼を夢から呼び覚ます存在がいるためだ。

 

「たっくん、起きて」

「……?」

 

 少年を夢の世界から引き上げる存在、優しい声で彼を呼び覚ますのは幼馴染の少女だ。寝起きで頭が働いていない瞬間であっても、少年の体は既に少女に起こされるこの時間を日常として覚えている。目を覚ますと眼前いっぱいに広がっているのは少女の“醜い”笑顔。でも少年は特に気にすることなく、その少女に促されるように上体を起こした。

 

「おはようたっくん。ご飯出来てるよ? 美咲ちゃんと百合華ちゃんも待ってるからね」

 

 少女の声に頷き少年は身支度を整え始めた。まだ眠そうにしながらもゆっくりと体を動かす少年の名前は山田太郎、特にこれと言った特徴のない普通の少年だ。パジャマを脱ぎ普段着に着替えようとすると、穴が開くのではと言わんばかりの強い眼光で見つめる少女……かなり不気味な光景だが、太郎にとっては普通の光景である。

 太郎は小さく溜息を吐きながら少女へ向かって口を開いた。

 

「……えっとさ、そこまでジロジロ見られると着替えにくいっていうか」

「……はっ! ご、ごめんね! こうすれば見えないよね!」

 

 少女――太郎の幼馴染でもある陽ノ下心春は目に手を当てて見えてないアピールを強くする。しかし指の隙間からしっかりと見えているため全く意味がない。太郎は再び溜息を吐いたが、それを気にした様子もなく心春は太郎の体を見てどんどん鼻息を荒くしながら目に焼き付けようとしている……もう太郎は諦めた。

 着替えを終え、心春を連れてリビングに向かうとそこには二つの人影があった。

 

「あ、タロ君おはよ!」

「太郎君おはよう」

 

 声を掛けてきたのは上から姫川美咲、一条百合華の心春に続く幼馴染の少女たちだ。太郎の家は母子家庭であり母は早い時間から仕事でおらず、代わりにと言うことでこの幼馴染三人が基本太郎の世話を焼いている。まだ高校生という若い時でありながら、一人の男のために時間を使うなど勿体ないと思われるのだが、この三人にとって太郎の世話を焼くことは何にも勝る栄誉であり義務だと考えている。太郎の為ならばどんなことでもできる、なんであっても捨てることができるほどの狂気的な愛と献身を少女たちは太郎に捧げているのだ。

 遅れてきた太郎と心春が席に着き、朝食の時間が始まる。

 用意された朝食は日替わりで心春、美咲、百合華のローテーションで用意されるのだが、三人の料理の腕はプロ顔負けであり、毎日太郎はこの愛情の込められた料理をご馳走されていた。

 

「美味しい」

「ふふ、ありがとうたっくん!」

 

 今日用意したのは心春で、褒められた彼女は満面の笑みを浮かべて頬を赤く染めていた。その光景を見て美咲と百合華は羨ましそうにしていたが、逆に次にこうやって褒めてもらえるのは自分なのだと頑張る活力にもなる。太郎を巡る恋のライバルとも言える関係だが、将来的に三人は太郎に嫁ぐと決めているため嫉妬する必要もない。いい意味で太郎に関わる“女性たち”は彼のおかげでこの世界に生まれた不条理を嘆き続けることはなかったのだ。

 朝食を食べる中、改めて太郎は三人の幼馴染を順に見た。心春、美咲、百合華、この三人は世界の美醜の基準において圧倒的なまでのブサイクに振り切った少女たちだ。外を歩けば冷めた目で見られヒソヒソと陰口を言われ、学校では生徒もそうだし先生からも嫌がらせを受けていた。そんな少女たちが目の前に居てどうして太郎は平然とできているのか、それは同情や憐れみと言った感情から来ているモノではない――単純に太郎の精神構造がこの世界に適応していないためだ。

 

(……どっからどうみても美人なんだよなぁ)

 

 そう、太郎はこの幼馴染たちを美人だと思っている……本気で、さも当たり前の感覚かのように。最初はこの感覚はおかしいのかと悩みもしたが、ブサイクを愛でるよりも美人を愛でたいと考えるのは誰もが一緒だろう。そこまで考えてそういうものなのだと受け入れてしまえば、世間では直視することさえ苦痛なほどのブサイクな三人が太郎にとって物凄いレベルの美人、所謂絶世の美少女たちとなるのも必然だった。

 綺麗な子とお近づきになりたい、それは誰もが一度は考えるであろう当然のこと。太郎ももちろんそんなことを考えはしたが、この世の不条理に踊らされ生きることに絶望した美しい女性たちを見るのは太郎は嫌だった。嫌がらせを受けていた彼女たちを救いたい、そしてできればお近づきになりたい。そんな下心もあるにはあったが、そんな下心など今まで優しくされたことのない女性側からすればどうでもいいことだった。

 優しくされたことなどない、名前すら滅多に呼ばれることのない彼女たちに差し伸べられた手。温もりと優しさを持った太郎の手を彼女たちが無視できるわけがなかったのだ。太郎はあまり深く考えていないが、太郎の優しさに触れて彼に依存した女性たちの想いは生半可なレベルではない。そんな彼女たちの前でもしも太郎に対する侮辱の言葉を投げつけた暁には……想像するのも恐ろしい事態になるのは明白である。

 

「あ、タロ君ちょっとストップ」

「うん?」

 

 ふと美咲に呼び止められ彼女に視線を向けると、彼女は動かないでと言って顔を近づけてきた。何をするのだろうと思いジッとしていると、美咲は太郎の頬をペロッと舐めた。

 

「えへへ、ご飯粒付いてたよ」

 

 照れくさそうに美咲は説明してくれた。美咲が照れているのは当たり前だが、太郎の感覚でいうところの美人にそんなことをされてしまえば彼も同じように照れるのは当たり前だ。お互いに顔が赤くなってモジモジする中、今度は百合華が近づいてきた。

 

「太郎君、口を開けてくれる?」

 

 何故口を開けるのか、言われた通りに口を開けると百合華の顔が近づいてくる。二人の距離が零になり、ヌルリと百合華の舌が太郎の口内に侵入してきた。くぐもった声と共に交換される唾液、舌を隅々まで舐められる何とも言えない感覚に太郎はされるがままだった。

 

「ちょ、ちょっとそれは反則じゃないかな!?」

「そ、そうよ百合華! 私だってどさくさに紛れてキスしようとしたけど我慢したのに!!」

 

 外野が何かを言っているみたいだが百合華に気にするつもりはないようだ。口内を蹂躙される中、太郎は興奮もそうだが百合華から香る匂いに頭がクラクラする。激しいディープキスを終えて口を離した百合華は大変満足した様子、しかもはぁはぁとまだ息は荒く何かを期待もしているようだった。

 正直な話、ここまでされて太郎自身何もしないという選択肢なんてない。幸いにも今日は休日、目の前で太郎基準の超美少女が物欲しげな顔をしているとなっては手を出さないなど男ではない。……っと意気込んだのだが、この世界の女性はとにかく強かった。性のことに関してもそれはもう強かった。

 

「太郎君はそのままでいいわよ」

 

 椅子に座った状態で良いと言われ、そのまま太郎の下半身に百合華は顔を近づけた。そこにあるのは当然のことながら太郎の太郎が臨戦態勢になっている状態である。醜いと言われる自分で興奮してくれる、その事実が百合華を幸福にさせ発情を促し気持ちを更に昂らせるのだ。

 そのように百合華が色々しようとしている中、他の二人だって黙っているわけがない。百合華同様、太郎とそういうことをしたいと考えるのは心春も美咲も一緒なのだから。

 

「タロ君、いっぱい舐めて?」

 

 美咲は服を脱ぎ露出した胸の先端を太郎の口へと近づけた。先を越されたと悔しそうにしている心春だが、太郎が手を伸ばし彼女の胸に触れたことで心春の表情は歓喜に満ち溢れ体はビクンと震えた。

 色んな意味で準備が各々できたそんな時に、玄関からバタバタと何かが走る音が聞こえる。太郎を含めた少女たち三人がそのままの状態で来客を迎えるのだが、まあ何も起きないわけがない。

 

「太郎兄さん! こんにち……はあああああ!?」

 

 元気に挨拶から驚きを一気に行ったのは水原沙希、近所にすむ年下の女の子だ。沙希の困惑、後に訪れる悔しさを表すように彼女のツインテールがぐわんぐわんと動いていた。

 

「三人ともズルい! 私も太郎兄さんとエッチする!!」

 

 もう隠すこともしない沙希の言葉、間違ってはいないため否定する者はいない。そして――。

 

「太郎君、お母さんは……あらあら」

 

 続いて現れたのは太郎の母の後輩にあたる近所の若奥様である本田雪江、現状を見て笑みを深くし、次いで太郎の太郎を見て頬を染めて熱い吐息を吐く。太郎に関わりのある女性たちの中でも一番大きな胸の先っぽが彼女の興奮を示すようにぷっくらと膨らんでいた。

 まだまだ来客は続く。

 

「この匂い……太郎君のエッチな匂いだね!」

「恵梨香? ……って、あら本当。私たちを差し置くなんてひどいわね太郎君」

 

 次に現れたのは櫻井恵梨香、白崎綾乃。この二人も太郎を好いているこの世界基準のブサイクな子たちだ。彼女たちも服を脱いで太郎奉仕パーティに参加することとなるのだった。

 太郎を含め、合計八人のパーティは外が暗くなるまで続いた。仕事から帰ってきた母も参戦するのだが、とりあえず言えることは大変近所迷惑だったとだけ言っておこう。

 




山田太郎

フツメンの少年、世界に反逆するように感覚が反転している。学校や近所からはブサイクを侍らせる変わり者と思われているが、太郎基準の美女や美少女たちが傍に居るので気にするモノでもない。馬鹿にした人間がよく遠くに引っ越したりしているのが気になりはするが、綾乃を筆頭に全員が気にすることじゃないと言っているので、気にはなっても流すことにしている。
NTR作品に興味を持ち、インターネットで検索したのだが出てくるのは太郎基準のものすっごいブサイクな女の子がアヘ顔晒しているモノだったためそっ閉じした。それまでの興奮がなかったかのように、彼の息子も急速に縮んだそうだ。

陽ノ下心春

太郎を愛する幼馴染その一、物凄いブサイクだがそれはつまりとてつもない美少女ということ。太郎にとってあらゆる物事の初めての存在であり、太郎にとっては無意識だが心春が一番彼の心に居座る存在でもある。己を虐待、軽蔑していた両親を排除してからは本格的に太郎のお世話を開始する。
ヤンデレレベル10

姫川美咲

太郎を愛する幼馴染その二、物凄いブサイクだがそれはつまりとてつもない美少女ということ。幼いころから太郎の傍で過ごし、一緒にキャッチボールをしたりするのが大好き。最初の内は嫉妬に狂うこともあったのだが、中学生の頃太郎に処女をもらわれてからはそれが一気に鳴りを潜めた。
ヤンデレレベル10

一条百合華

太郎を愛する幼馴染その三、物凄いブサイクだがそれはつまりとてつもない美少女ということ。金持ちの両親の家に生まれたが暫くしてお世話係以外は相手をしてくれなくなった。その代わりに太郎に依存するようになり、彼の為にその身を尽くすことになる。太郎に愛を尽くす学生の中で尤も大きい胸で彼に奉仕するのが何よりも好き。
ヤンデレレベル9

水原沙希

太郎を愛する近所の美少女、本当の兄のように太郎を慕う。彼女には義理だが一緒に住む兄が居るのだが、その兄にいつもいつもひどいことを言われ傷ついていたが、普通の女の子のように接してくれる太郎に出会い彼女の妹になりたいと願うようになった。急に成長した大きな胸を忌避していたが、太郎が照れてくれるので今は感謝している。
ヤンデレレベル9

本田雪江

太郎を愛する近所の奥様、せっかく結婚できたのに旦那は美人な愛人の家に行ったっきりで帰ってこない日が多い。仮に帰ってきても会話はなく夫婦生活なんてものは既に破綻していた。そんな中で太郎に知り合い20代も後半になって漸く誰かを愛し愛されることを実感できた。実は物凄いマゾ体質で、それを太郎に打ち明けたその夜思いっきり苛められたので骨抜きになった。
ヤンデレレベル8

櫻井恵梨香

太郎を愛する高校からのクラスメイト。とにかくセックスがしたいという願望を抱いていたのだが、その容姿故に男に相手されることはなく決まってお相手は意思を持たない電動玩具だった。心春と愛し合う太郎を見てその場に乱入し、人生初めてのセックスで太郎の色に染まってしまい以後彼だけを愛するようになった。
ヤンデレレベル5

白崎綾乃

太郎を愛する高校からのクラスメイトであり生徒会長。エッチなことに興味がありよく生徒会室で自慰をしていた。その場を太郎に偶然見られ罵倒を覚悟したが、その拍子に泣いた自分を太郎に抱きしめられ異性の温もりに触れて一目惚れした。太郎を害する者に容赦はなく、太郎の近辺でよく人が消えるのは綾乃が原因。
ヤンデレレベル15


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夏休み明けの彼女 ルートA

沙希ちゃん編難しい……なのでちょっと別のお話を。
どう考えても血を見る展開になってしまうので書いては消してを繰り返しています。

前に感想欄で読者の方からピンポイントでまたえげつない寝取られ作品が出るみたいなのを聞いた気がするんですけど、まさかこれのことだったのか……。

原作:夏休み明けの彼女は…~チャラ男好みの黒ギャルビッチに~

今回はちょっと今までの話と比べて違う箇所が
1、原作ヒロインは帰ってきません。
2、作品と関係のないオリヒロインが出てきます。

原作終了後の主人公に焦点を当てた感じです。



「カット! 今のシーン凄く良かったよ。次もよろしくね」

「はい! お任せください!!」

 

 僕の声に元気に答えてくれたのは今をときめく売れっ子の若手女優だ。美人でありながら愛らしい一面を持ち、今の若い女優の中では絶対に名前を挙げられるであろう女性である。こうして僕が映画監督として映画を作るにあたり、何の偶然か分からないが彼女はいつも出演してくれていた。そのおかげもあってか、彼女とはプライベートでもよく時間を作って会ったりしている。

 

「……彼女と知り合って4年か。随分経ったもんだな」

 

 口に出して思ったが、本当に4年という年月は長い。いや、普段映画のことで忙しいからあっという間という表現の方が正しいのかな。

 

「よし、それじゃあ休憩しましょう。20分後にこのシーンの後半を撮ります」

『はい!!』

 

 演者はもちろん、スタッフも僕の声に元気に返事をしてくれた。

 休憩の時間になったわけだが、僕は手元にある台本を見て確認作業をする。そんな僕に近づいてくる影が一つ。

 

「監督、休憩って言ったのに台本の確認ですか?」

 

 件の女優の子だった。

 彼女は困った人を見るようにしながらも、すぐに笑顔になって僕の隣に座った。そして僕の見ていた台本を覗き込むのだが、いつも思うことだがこの子は距離感がおかしいのか本当に近い。腕にぴったり引っ付いているせいか彼女の豊満な胸の感触がダイレクトに伝わってくる。

 

「近すぎじゃない?」

「これくらいしないと監督気づいてくれないんですもん」

「何に気づくのさ」

「そういう鈍感な所治した方がいいと思います」

 

 鈍感って何さ鈍感って。

 頬をぷくっと膨らませて私怒っていますアピールをする彼女、僕より年下ということもあって何と言うか……あれだな。妹みたいな感覚なんだ。確かに血の繋がらない他人ではあるのだけれど、彼女の仕草などを合わせてみるとやっぱり妹という感じがしっくりくる。でも妹のように思っているから女性として見れない、なんてことはない。彼女のことはしっかりと意識している。こんな子と結婚できたなら、結婚生活はとても素晴らしいモノになるんだろうなという予感さえ抱くこともある。

 でも……。

 

「……? どうしました?」

「……いや」

 

 でもやっぱり……誰かを好きになることは怖いんだ。

 彼女は僕の表情から何かを感じたのか、労わるように優しく手を握ってくれる。本当にこの子は良い子だと思う。美人で可愛らしい、思いやりもあって……確かこの前は弁当も作ってくれたっけか。家事も完璧とかどんだけパーフェクトガールなんだと言いたい。

 ずっと顔を俯かせているのも無用な心配を掛けてしまう。だから僕は極めて明るく返事を返した。

 

「いや、何でもないさ。ほらほら、僕に構っているよりもあちらの俳優仲間たちの所に行ったらどうだい? 今ぐらいの時から唾付けといてもいいんじゃないかな?」

「監督はすぐそう言う……でも私、気づいているんですよ?」

「……何をさ」

 

 ニシシと笑いながらグッと顔を近づけてくる彼女に嫌な予感がする……何を言う気なんだ。

 

「監督がそうやって私を突き離そうとするときって、決まって私を女として意識してるときですよね?」

「……さあね」

 

 ……図星ど真ん中で心臓がバクバクするが、僕は顔を背けて誤魔化す。

 

「これはもう一押しかな。……えへへ」

 

 何か勝手に照れ笑いをしているのだが、一体何を想像しているのか考えたくもない。

 

『私、ずっと監督の映画のファンだったんです。こうしてお会いできて光栄です!!』

 

 ……思えば、初めて彼女と会った時こんなことを言ってくれたっけ。あの時はいきなり手を握られて鼻息荒く言われたから若干引いたものだけど、今となっては本当にいい思い出だ。真っ直ぐ純粋な目で僕の映画を好きと言ってくれた彼女に、いつしか僕は惹かれていたのかもしれないな。ま、言葉には出さないし伝える気もないけどね。

 

『西田君……映画好きなの?』

『えへへ、実は私も好きなんだ』

『ねえ、一緒に見に行かない?』

『近づき過ぎかな? むむ……えい!』

 

 ……忘れたくても忘れられない記憶が蘇ってくる。

 この子と会話をしていると、決まって脳裏に蘇るんだ……僕が誰かを好きになれない理由。その恐怖を僕に植え付けた初恋の人が……僕の記憶に蘇ってしまうから。

 

「ほらほら、次の撮影が始まるよ。準備をして」

「むぅ……分かりました」

「……ご飯でも一緒に行くかい? 終わったらさ」

「行きます! 精一杯お努めしてきますね! 忘れないでくださいよ監督!!」

 

 ロケットのように走って行ってしまった彼女を見て思わず笑ってしまった。

 さて……それじゃあ僕も監督として仕事をしないとな。多くの人の力を借りての映画なんだ。絶対に良いモノを作り上げてみせる。それが映画監督を夢見た僕の仕事なのだから。

 

 

 

 

 僕――西田一には初恋の人が居た。

 高校生の時のクラスメイト、名前は天川花奏さんと言って凄く綺麗な子だった。先生たちからの評判も良く、理想的な優等生とも言うのだろうか。そんな人が僕の初恋だった。

 僕と天川さんは別に接点があったわけじゃない、話すことだってクラスで必要なことがあったら話す程度のモノだったのだけど……彼女が僕が入っていた部活、映像研究部に入部してきたことで僕と天川さんの時間は始まった。

 

『西田君って映画のことを話すとき凄く無邪気な笑顔だよね……凄く素敵だと思うよ』

『ね、ねえ西田君。良かったらこれから一緒にこの映画を見ない?』

 

 思えばあの瞬間、天川さんとの時間を過ごす僕は最も充実していたのだと思う。昔の僕は内向的で人付き合いが上手くなく、友達が少ない根暗だった。でも天川さんはそんなことを気にせず、ありのままの僕を受け入れてくれていた。僕の趣味だった映画、それに理解を示してくれて同じように楽しみを分かち合った天川さん……そんな彼女に僕が惹かれてしまうなんて時間の問題だった。

 放課後はいつも部室に集まって他愛のない話をしながら映画を見る幸せな時間、そこにはいつも天川さんが居て僕を幸せな気持ちにさせてくれた。

 ……でも、この恋が僕を絶望に追い込むカウントダウンだったことに、当時の僕は気づかなかった。

 夏休みが始まる前、天川さんは僕にこう言ったんだ。

 

『この夏休みに、二人の思い出をたくさん作ろうね』って。

 

 僕はその言葉が凄く嬉しかった。

 学校でしか会えないと思っていた初恋の人、天川さんに夏休みという長い時間の中で会えるなんて本当に嬉しくて僕は浮かれていた――その結果、僕は夏休みの期間天川さんに会うことは一度としてなかった。

 ……現実逃避みたいな言い方になってしまったな、違う……僕は逃げたんだ。

 夏休みが始まる前、天川さんは松岡というクラスメイトと話していた。当時、この松岡という男は女癖が悪く女を作っては飽きたら捨てるという最低なやつと言われていた。天川さんは……松岡に目を付けられていた。

 

『ッ!? 西田……君』

『天川……さん』

 

 そして僕が見てしまったのは、天川さんと松岡がキスをしているところだった。ただ普通と違うのは、天川さんは悲しそうに涙を流していたこと。松岡はそれを狙っていたかのような下品な笑みを浮かべていたこと。明らかに天川さんは無理矢理襲われてしまった感じなのに……それなのに、当時の僕は何も言えずに逃げ帰ったのだ。

 思えばここがあの時、僕と天川さんの時間が続くかどうかの分岐点だったのだろう。当然逃げ帰った僕はその瞬間に、天川さんと歩む未来を失ったのだ。

 それを実感したのは天川さんと連絡が取れなかった夏休み、それが明けた学校でそれを目にした。

 いつもは早めに登校する天川さんがその日は遅刻してきたのだ。それに僕は驚いたけど、もっと驚いたのは天川さんの姿だった。清楚な黒髪は金髪に染められ、校則によって決められていた服装を大きく違反する露出の多さ、白かった肌は黒く焼けていて俗に言う黒ギャルというやつだった。極めつけは、彼女の隣に居たのはあの男――松岡だった。

 もちろん僕だけでなく、クラスメイトはもちろん先生でさえも戸惑っていた。そして――変わってしまった天川さんはもう、その中身でさえも僕の知る天川さんではなくなっていた。

 

『私ね……この夏休みで前も後ろも開発されちゃったんだぁ。すっごく気持ちいい時間だったよ』

『西田君のこといいなって思ってたの。でもさ、西田君私に何も言ってくれなかったよね。可愛いとか、綺麗とか何もさ』

『ごめんねぇ? もう西田君と一緒に居られないや。今日も乱交パーティ呼ばれてるからじゃあねぇ♪』

 

 まるで泡沫の夢から覚めるように、まるで天川さんという人間が最初から居なかったかのように僕の前から彼女は居なくなってしまった。

 それから天川さんは行動がエスカレートしていき、松岡とのセックスや乱交パーティの様子を生配信するようなことさえ始めたのだ。……もうその頃から、天川さんは後戻りできなくなっていた。

 

『ちょうだああああい! おクスリも!! エッチしながらお注射してえええええっっっ!!』

 

 ……薬にさえ手を出してしまったのか、天川さんはもう普通に生きることが出来ない体だったのだろう。天川さんと繋がりが完全に切れたのに、その動画を見ていた僕はたぶん未練があったのだと思う。でも、その動画を最後に天川さんの姿を画面越しに見ることさえなくなった。それもそうだろう……生配信の場で薬をやっていることを暴露したのだ。警察とかそう言った機関が黙っているはずがない。

 噂によれば、彼女は家族からも見放され僕を含めたクラスメイトたちは皆離れて行ったと聞いた……だから正真正銘、あれから天川さんがどうなったのか僕はもう知る由もなかった。

 

 これが僕の初恋の記憶だ。

 僕が弱かったせいで、彼女に向き合わずに逃げてしまったからこそ起きてしまった悲劇。そんな出来事があったからかどうかは分からないけど、僕は意見を言えるようになったし内向的な性格から社交的と言われるまでになった。まあ映画監督なんてやっているからコミュ障だと困るのだけど、とりあえず言えることはあの頃の僕はもういなくなったということだ。

 でも……やっぱりこんな経験があるからか恋愛することはとても怖い。愛し続ける自信はある、守ると誓える勇気も人並みにある。それでも、自分ではない誰かに奪われてしまう苦しみと悲しみが怖くて……大人になった僕は誰とも恋愛ができなくなってしまったのだ。

 

 

 

「……監督ぅぅぅぅ!!」

「……だから言ったんだよ。面白い話じゃないってさ」

 

 酒の勢いで思わず、僕はこの子に初恋のことをゲロってしまった。僕の胸に顔を押し付けて、泣き続ける彼女の頭を優しく撫でる。というかこの現状、凄くマズいことを彼女は理解しているのだろうか。少しの変装をしているとはいえ彼女は腐っても今をときめく人気女優、大泣きしているせいでかなりの目が集まっているから彼女の正体がバレてしまってもおかしくはない。そうなった時、困るのは彼女だと言うのに。

 

「……私は!」

「お、おぉ……」

 

 いきなりバッと顔を上げられ思わずビックリしてしまった。

 赤く充血してしまった目、それを見てこんな話を聞かせてしまったことを申し訳なく思う。どうにか謝って泣き止んでもらわないと……そう思った僕だけど、次に聞かされた彼女の言葉に思わず呆気に取られてしまった。

 

「私は監督が好きです! 映画を見た時からどんな人か気になって、この業界に入って監督のこと聞いたら凄い惹かれて……そして実際にお話しして私は監督に夢中なんです! 好きなんです……大好きなんです!」

 

 必死に伝えようとする彼女の姿に、僕は何も言葉を発せなかった。

 

「私はずっと監督だけを愛し続けます。監督だけの傍に居ます! だから……お願いです。私に……監督との時間を一緒に過ごす権利をください」

「……君は」

 

 周りの目を気にすることなく、彼女は僕への気持ちを言葉にした。

 そんな彼女の言葉を聞いて何も言葉を返さない僕……なるほど、僕はまだあの時から何も変わっていないのかもしれないな。

 

「そんな初恋の記憶があったら、女性に対して心を開けない理由も分かります。でも私は……好きな人と居ることが苦しいことだと思われたまま監督に居てほしくない! 幸せなんだって、素敵なことだって知ってほしい! 何度だって言います! 私は監督が好きです! 貴方と一緒に生きて行きたいんです!!」

 

 ……僕はずっと、この子から逃げてばかりだった。

 過去の出来事のせいにして、僕は自分自身の幸せに向き合おうとしなかったのか……そしてそれは、僕の映画を好きと言ってくれたこの子を悲しませているんだな。

 ……認めよう、僕はこの子に惹かれている。そしてこの気持ちは間違いなく……恋なんだ。

 

「……あれ」

 

 何だろう、この気持ちを認めた瞬間体が軽くなった気がする。まるで、ずっと縛られた何かから解き放たれたような感覚だ。よく分からない不可思議なモノ……でも、とても心地よくて気持ちがいい。

 僕は目の前で涙を流す彼女の手を取り、強く抱きしめた。

 

「……監督?」

 

 驚く彼女の顔が面白くて少し笑ってしまったけど、僕は君に伝えないといけないことがある。僕に本当の意味で前に進む切っ掛けをくれたこと、引きずり続けた過去を今度こそ忘れる切っ掛けをくれたこと……そして、君という存在を愛することができる幸せを教えてくれたお礼を君に。

 

「好きだよ」

「……っ!!」

 

 もう大丈夫、僕はもうあの恐怖を感じてはいなかった。

 

 

 

 

 

 時は流れ、何本目になるか分からない映画監督西田の新作が発表された。

 その頃にはある意味で西田は有名になっていた。彼の作る映画が大ヒットを記録し続け世界中から注目されたのもあるが、何より最前線で活躍する人気のトップ女優と結婚をしたというのも大きかったのだろう。

 最初は色々と荒れたものだが、西田と彼女の甘い新婚生活を特集した番組。果てには色んな番組に呼ばれる彼女が本当に幸せそうに薬指にはめられた指輪を見つめながらトークをするのだ。そんな彼女に対し、いつしか悪く言う者は誰一人として居なくなっていた。

 どれだけ経っても西田と彼女は新婚のように甘く、芸能界一のおしどり夫婦とさえ呼ばれるほどであった。

 過去を乗り越えた西田、西田に根気よく接し見事彼の心を勝ち取った彼女――そんな二人はこれからもずっと、幸せであったということをここに記しておく。

 

 

 

 とある映画館から、女性と小さな女の子が手を繋いで歩いて出てきた。

 女の子は興奮が冷めないのか大きな声で口を開いた。

 

「凄かったねお母さん! あの映画。私凄い好きだよ!」

 

 そう女の子から伝えられた母親は笑みを浮かべながら答える。

 

「私もよ。本当に素敵な映画だったわね」

「うん! 私もあの映画みたいなお付き合いがしたいなぁ」

「大丈夫、貴女は可愛いからきっと素敵な子と出会えるわ」

「うん!!」

 

 無邪気に笑顔を浮かべる少女の頭を撫でながら、母親はもう一度映画館に振り返った。一瞬だけ泣きそうになりながらも、すぐに何かを振り払うように綺麗な笑みを再び浮かべ――。

 

「私の初恋の人が作った映画だものね、本当に素敵だったわ――西田君」

「西田君って誰?」

「ふふ、さあ誰でしょうね。さ、帰るわよ。今日は貴女の好きなカレーライスにしましょうか」

「わ~いカレーだぁ!!」

 

 はしゃぐ女の子の手を引く母親、二人の姿はすぐに見えなくなるのだった。

 




寝取られたヒロインって百合華みたいにちょっと色々思う方が居られると思うので、まあこんな感じにアンケートみたいな選択肢です。
よろしくお願いします。


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夏休み明けの彼女 ルートB

アンケートありがとうございます。

9割近い方が見たいと言ってくださり嬉しかったです。
まあ自分としても書く気ではいましたので……バッドエンドマジで嫌いなんです。

それと、少し謝罪を。
この小説を書くにあたり期間が開くことが多々ありますが、こういう寝取られものをハッピーエンドで終わらせるためとはいえ、その過程を知るためにはその作品を知らねばならないので……少なくはないダメージを負うわけです(笑)
後はまあ期間が開くとポロっと書きたいことが浮かんで、そのまま書いていけた場合に投稿するという感じですね。
不定期なのは本当に申し訳ないです。

ここだけの話ですけど、ここで書く作品は全てエロゲなわけですが、やってないものも含まれてます。
野球部マネージャーのやつは体験版だけ、後はストーリーとキャラ紹介のみの情報だけで書いてますね。





「……ぅん?」

 

 瞼に伝わる眩しさを感じて僕は目を覚ました。

 何と言うか、とてつもなく長い夢を見た気がするのは気のせいだろうか。……夢というよりも、僕に似た誰かの生き様を体験したような得体の知れない感覚だ。

 得体の知れないと言いはしたが、別に怖いことなんかなくて……何だろうな。どことなく僕に対するメッセージのような気もする。怖がって逃げるな、恐れるな……自分の意思をしっかり持って生きろみたいな。

 

「……なんかいつもと違う感じがする。僕ってこんなだっけ」

 

 放課後の教室で一人何を言っているんだと、他に人が居たらそう言われそうだけど幸いに今は僕一人。この独り言が誰かに聞かれることはなかった。

 何をするにも自信が持てない僕、意見を真っ直ぐに言えない僕は本当に根暗な人間だろう。人と接するのが怖くて、陰口やいじめを恐れ本心を隠す生き方……僕はずっとそんな生き方をしていた。でもそんな生き方ってとても窮屈ではないだろうか。正直どうしてこのようなことを考え始めたのかは分からない。けれど何となく、僕は今本当の意味で変われる気がするんだ。

 

「……っとそうだ! 天川さんとの約束があったんだ」

 

 放課後一緒に遊びに行こうっていう約束をしていたのを思い出した。天川さんは先生に呼ばれて少し遅くなるらしく、それがあって僕はこうして待っていたんだっけ。まさかこんなに寝てしまうとは思わなかったから慌てて荷物を纏める。

 少し乱雑に教科書やらを鞄に詰め込んだ僕は天川さんを探しに教室を出るのだった。

 スマホで連絡を取った方が早いのだけど、校内での使用は校則違反だから自分の足で探さないといけない。ちょっと大変だけど、天川さんに会えることを考えたら僕の足取りはとても軽かった。

 

(……やっぱり、好きなんだよね。僕は天川さんのことが)

 

 クラス一の美人、優しくて思いやりのある天川さん。

 こんな僕だから彼女と釣り合うわけがないと、ずっと自分にそう言い聞かせて彼女の好意から逃げていた。本当は気づいていたんだ……天川さんが僕に好意を持ってくれていたことを。でも僕はこんなだから、そんなはずはないって思い込んでしまって……それが時に天川さんに寂しそうな表情を浮かべさせていた。

 

「馬鹿だろ僕は! どこまでも怖がって……本当の意味で彼女に向き合おうとしなかった!」

 

 本当に今までの自分を殴り飛ばしたいくらいだ。天川さんのことが好きなら、彼女の笑顔をずっと見ていたいと思うなら……ただそう言えばいいだけじゃないか。本心を隠し続けて次こそは、次こそはって逃げ続ける奴が前に進めるわけがないじゃないか!

 逸る気持ちを抑えながら僕は天川さんを探す。

 ある程度校内を歩き回った所で僕はやっと天川さんを見つけた。けれど少し様子がおかしい。

 

「離して!!」

「いいじゃねえか天川。俺の女になれって」

「嫌よ! お願いだから離してってば!!」

「強情だねぇ。ま、お前みたいな女は一度抱いちまえばすぐ堕ちそうだけどな」

 

 僕の目の前で天川さん、そして嫌がる彼女に言い寄る黒い噂の絶えない男――松岡が居た。天川さんは目に涙を溜めながら松岡を睨み続け、逆に松岡はそんな天川さんを見て舌なめずりをしていた。

 

「……離せよその手を」

 

 ……自分でも驚くほどに冷たい声が出た。そのことに僕は一瞬驚くが、すぐにそんな驚きを洗い流すほどに僕の心は黒く染まっていく。天川さんを泣かせていることに対する怒り、松岡に対する嫌悪感……そして何より感じたのは、天川さんを絶対に誰にも渡さないという独占欲だ。

 僕は一気に走って松岡から天川さんを奪うように引き離した。

 

「西田君!?」

「……んだよ西田」

 

 間に入った僕を天川さんは驚くように見つめ、松岡は今にでも殴り掛かってきそうなほどに睨み付けてくる。その視線に少し恐れを抱いたけど、後ろにいる天川さんのことを考えたら恐れなんてすぐに無くなった。

 僕は松岡を睨みながら、今までの自分と決別するかのように口を開く。

 

「彼女に近寄るな……お前みたいな屑が天川さんに近寄るんじゃない!!」

 

 廊下に響き渡るほどの声量、僕ってこんな声が出せたんだな。

 後ろから息を吞むような気配、反対に眼前に居る松岡は一瞬呆けていたがすぐに怒りの形相になる。それもそのはずで、松岡からすれば僕は取るに足らない存在だろう。そんなちっぽけな存在から屑なんて言われれば、無駄にプライドの高そうな松岡のことだから逆上することなんて簡単に想像が付く。

 

「言うじゃねえか西田。雑魚の根暗オタクのくせに誰にモノを言ってんのか分かってんのか?」

 

 そう言って僕の胸倉を掴んだ松岡はそう言ってくるが、やっぱり僕は怖くなんてなかった。だからこう言ってやるのさ。

 

「もちろん分かってるよ。でもそこまで怒るってことは……もしかして自覚があったのかな?」

 

 蔑むように笑ってやるのも忘れない。

 その瞬間、僕は頬を思いっきり殴られた。歯が何本か抜け、生暖かい液体が口内から流れるのを感じる。今までに感じたことのない痛みに思わず泣きそうになる……いや、もう涙は出ている。無様に僕は泣いている……でも絶対に僕はここを退かない。天川さんを守ってみせる、僕はもう絶対に逃げないんだ!

 

「西田君!!」

「大丈夫だから!!」

 

 後ろから天川さんが悲鳴のように僕の名前を呼ぶけど、僕は大丈夫だと声を大にした。そしてもう一発僕は殴られる……でも耐える。

 

「僕は……天川さんが好きだ」

「っ!?」

「だから……絶対に守る。こんなやつに渡さない……僕は天川さんを守ってみせるんだ!」

 

 大きな声を出すということは勢いも強い、口の中に溜まった血が松岡の顔に掛かる。松岡は僕の勢いに少し後ずさったけど、また僕を殴ろうと振りかぶった。

 

「このクソ野郎があああああ!!」

 

 先の二発よりも明らかに威力がありそうな拳、しかしその拳が僕に届くことはなかった。

 

「何をしている!!」

「……ちっ!」

 

 流石に騒ぎ過ぎたのか、先生が飛んできた。

 先生は僕の顔を見てすぐに傍に居た生徒に保険医を呼んでくるように指示を出し、そして松岡の体を拘束するように僕から引き離した。

 松岡は暴れているが、その先生は生活指導の先生であり体格がとても大きい。如何に松岡と言えど先生には勝てないようでそのまま引きずられていった。

 

「……はぁ……あ」

 

 緊張が解けてしまったのか膝が折れる感覚で、僕はゆっくり倒れる。受け身を取らないと思うのに、頭が少しボーっとして駄目だった。このまま地面に顔面から落ちるとか痛そうだな……そう思った僕だけど、固い地面とは比べ物にならないほどに柔らかい何かに受け止められた。

 一体何だこれはと、そう思ったけどすぐに答えは出た。

 

「……ぐすっ! 西田君……っ!」

 

 僕は天川さんに抱き留められていたんだ。彼女の豊かな胸はとても温かくて柔らかい、正に至福の瞬間だけど僕はすぐに慌てるように離れようとする……でも。

 

「ダメだよ。先生が来るまでジッとしてないと」

 

 天川さんにもっと強く、けれども優しく抱きしめられた。

 

「天川さん……血が付いちゃうよ」

「気にしないよ。西田君のだもん」

 

 ……それは理由になるんでしょうかね。

 でも不思議だな。凄く痛かったはずなのに、こうして天川さんに抱きしめられているだけで痛みが引いていくような感じがする。

 顔を上げれば天川さんは涙を流しながらも女神と見違えるような笑みで僕を見ていた。恥ずかしくなったけど、僕の口から溢れる言葉は止まらなかった。

 

「天川さん……僕は君が好きだ」

「……………」

「君が松岡と一緒に居る時、僕の中で汚い感情が溢れた。それはたぶん独占欲で、天川さんを絶対に渡さないって思って……僕はこの場に来たんだ」

「……西田君」

「……気持ち悪いって思われたかもしれない。でも僕はもう本心を隠さない、ずっと抱えてきたこの気持ちを天川さんに伝えたい……もう一度言うよ。僕は君が好きだ! 僕のモノにして、誰にも渡したくない!!」

 

 ……本当に醜いなこの感情は。

 嫉妬、独占欲、モノにしたいなんていう束縛を思わせる言葉。天川さんはどんな言葉を返してくれるのだろうか、受け入れてくれるのか拒絶するのか……ジッと待つ僕に天川さんは顔を近づけて――。

 

「……え」

 

 呆然とする僕。それも仕方ない。何故なら天川さんにキスをされたから。血で汚いはずなのに、天川さんは全然気にすることなく僕にキスをしたんだ。そして――。

 

「私も西田君が好きです。どうしようもないほどに好きなの。私を西田君の彼女にしてくれますか?」

 

 こう言ってくれた。

 僕はもちろんそれに頷き、正式に僕と天川さんは付き合うことになった。今までの自分と決別した日、僕は何よりも大切な存在を手に入れることができたのだった。

 

 

 

 

 

 あれからのことを話そうか。

 僕と天川さん、そして松岡のことは結構なニュースとなって学校中を駆け巡った。僕の告白、それを受けた天川さんのことは見ていた人が結構いたらしく、別の学年にさえこの出来事は知られることとなったのだ。

 僕と天川さんは周りにからかわれながらも、恋人としての時間を過ごしていき今まで以上に深く繋がることができた。……しかし、そんな生活を送る中で一つだけ分からないことがあった。それは松岡のことで、あいつは親が金持ちということもあってすぐに学校に復帰していたのだけど、ある時にふらっと居なくなるように退学していったのだ。直近の松岡を見た生徒は何かに恐れるようだった、情緒が不安定だったとか色々言っていたけど、結局最後の最後まで松岡に何があったのか僕は知る由もなかったのだ。

 

 ……後はそうだなぁ。これは贅沢な悩みになってしまうのかな。

 天川さん……花奏と付き合うことになった僕だけど、花奏はとにかく尽くすタイプだったのだ。これはあれだ、男を駄目にする典型のタイプかもしれない。

 付き合うことになった翌日から花奏は僕の傍を離れようとせず、家にさえ押しかけて来たくらいだ。食事も作ってくれるし、他の家事だって苦なく熟す……本当にお嫁さんのようだった。

 

「……何考えているの? 一君」

「いや、花奏は本当に綺麗だなってそう思ってた」

「も、もう……好き。そうやって言ってくれるのほんとに好き」

 

 そう言って顔を近づけてくる花奏に応えるように僕はキスをした。最初は唇が触れ合うだけのキスだったのに、いつの間にか舌を絡め合わせる濃厚なモノへと変化した。

 

「……一君、いい?」

「うん。僕も我慢できない」

 

 ……まあ花奏と僕は既に裸だったから準備は万端だったんだけどね。

 改めて裸の花奏を見る。長く艶のある黒髪、シミ一つない白い肌。ムッチリとした胸に大きなお尻、こういっては何だけど僕の好みをこれでもかと詰め込んだ美少女だった。

 ……絶対に誰にも渡さない、彼女の全ては僕のモノなんだ。

 

「花奏」

 

 彼女を押し倒して、僕は口を開く。

 花奏の目に映る僕、そんな僕の目は黒く濁っていた。

 

「君を誰にも渡さない。一生僕の傍で、僕だけを愛してくれる?」

 

 僕の言葉に、花奏は頬を赤くしながら頷いてくれた。

 

「うん。その代わり一君も私だけを愛してね? 絶対に離れて行かないでね?」

 

 その言葉に僕が頷くのも当然だった。

 

 

 

 

 

 一の家で幾度となく繰り返されてきた交わり、花奏は一から与えられる快楽を受けながらこれでもかと幸せを実感していた。大好きな人から愛される幸せ、それを噛みしめながら花奏は少し前の過去に想いを馳せる。

 あの日、松岡に襲われそうになった時の少し前。花奏はよく分からない不可思議な記憶を見た。その中の自分は松岡に犯し尽くされ、一を捨てるという最悪の行為を行った記憶だ。

 あの時から……否、ずっと前から一を好きだった花奏にとってそんな記憶は絶対に許せるものではなかった。いきなり見た記憶だったせいで、そんなふざけた未来に涙を流したところを松岡に見られてあのような現場になったわけだが……正直言えばあの記憶を見たせいなのか分からないが花奏の心に住み着く人間は一しか居なくなっていた。彼だけの為に生きることこそが己の生きる意味、そんな風にさえ思うほどだ。

 松岡に言い寄られている時、思わず殺してやりたくなったがその前に一が割って入った。一の想いを聞き、自分だけの独りよがりの気持ちではなかったことを知った花奏は、一の言葉に感動すると同時にこれからの一生を何があっても一の為に捧げようと決心をした瞬間でもあった。

 いくつもの嬉しいこと、変わることの多かった日々……だが当然一を傷つけた松岡に対し、花奏が何もしないなんてことはなかったが。

 

『貴方は絶対に許さない。一君を傷つけた罪は重いわ……だから、居なくなってくれる?』

 

 何があったのか想像したくもないが、おそらく松岡が消えた理由には花奏が関わっているのだろう。

 

『一君には何だってしてあげる。私は一君だけのモノだもの……ふふ、凄い素敵』

 

 歪んだ微笑みは恐ろしく不気味さを感じさせる。でもこの花奏の暗い笑み、一はこの笑みが好きだった。一に縛り付けられた花奏をこれでもかと実感できるからだ。

 

『君を誰にも渡さない。一生僕の傍で、僕だけを愛してくれる?』

 

 一から伝えられたこの言葉、この言葉は一という存在を永遠に花奏へと刻む呪いだ。その言葉を聞いただけで下半身が疼き、花奏の体は一を求めてしまう。

 想いだけでなく、体も全てを求め、溶けるように。

 

『うん。その代わり一君も私だけを愛してね? 絶対に離れて行かないでね?』

 

 この言葉を口にした花奏、一の目に映る彼女の目は暗く濁り光はなかった。

 普通の人とは違うお互いが持つ独占欲、何を犠牲にしてでも手放さないと共通した認識を持つ一と花奏……歪んだ愛の形だが、本人たちが幸せであるならそれもまた正しい愛の形なのかもしれない。

 




両方ヤンデレエンドを予想できた方はおられますでしょうか。


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佐山君の受難

サブタイトルに初めて男が出ましたね(笑)

なろうの小説を読んでいると、やっぱり寝取られっていうジャンルがあるんですがそれに関して一つ分からないのがあります。

主人公が恋をする女性、或いはそこそこ仲良くて気になっている女の子が別の男と付き合う或いは結婚するだけで取られはNGとか感想欄で言って、その女性とお相手の男を執拗に叩く人が居るんですけど。
別にこれは寝取られではなく、お相手の男の人はその女の子を射止めたわけで……これは寝取られではなく単純な“恋愛”ですよね。

まあそんな感想欄を見るのも好きなんですけどね(笑)



 青年、佐山和弘にとって妻である恵梨香と娘である恵令奈は何にも代えがたい大切な存在だ。恵梨香とは学生時代色々とあった。それはもう波乱万丈という言葉が相応しく、並みの高校生では絶対に経験することがないような濃厚な学生生活だった。そんな濃いに濃すぎる学生生活を経て恵梨香と結ばれ、そして愛の結晶でもある恵令奈が生まれてから和弘は本当に幸せな日々を送っていた。

 妻や娘だけでなく、隣に住む朝岡夫婦とも良い関係を築き続けとても充実していた。

 相変わらず妻の性欲の強さには苦労させられることも多いが、そんな妻を満足させられるのは自分だけしか居ない。かつて多くの男を喰っていた妻がもう和弘でしか満足できず、そういう行為をするのは和弘以外考えられないと言うのだから頑張る他ない。……まあ和弘にとって恵梨香を満足させるというのはプレッシャーではあるのだが、別に恵梨香が和弘に求めているのは体の関係だけでないのは当然のこと。和弘から向けられる愛、それさえあれば恵梨香にとって満足なのだから。

 さて、そのように妻とイチャイチャしながら段々と大きくなる娘を見守る日々を送る和弘。今日も今日とて休日ということもあり恵梨香とベッドで絡み合った和弘の姿は風呂場にあった。自分の汗と恵梨香の汗、その他諸々の液体でベトベトになった体を洗い……ではなく、洗ってもらっている和弘。

 

「どうカズ君、気持ちいい?」

「あぁすっごくいいよ」

「ふふ、カズ君がそう言ってくれるなら嬉しいな」

 

 豊満な体を惜しげもなく晒しながら愛する旦那の背中を流す恵梨香。そんな彼女の表情はとても幸せそうで、こうしてお風呂に一緒に入るのは数えきれない程なのに、まるで新婚のような甘い雰囲気である。

 

「はい。背中はお終いだね。カズ君こっち向いて」

「う~い」

 

 特に何も思うことなく和弘は体の向きを恵梨香へと変えた……のだが、恵梨香の顔を見た瞬間和弘はあっと心の中で呟いた。何故なら恵梨香がニヤッと色っぽく笑みを浮かべていたからだ。今までの経験上、こういう表情を恵梨香が浮かべた場合まず間違いなく発情している……故に。

 

「……よいしょっと」

 

 恵梨香は泡を自分の胸、そのたわわに実った胸に塗りたくってそのまま和弘に抱き着くように肌を引っ付けた。

 

「ちょっと!?」

「ふふ、体を洗いますよ~?」

 

 慌てる和弘とは正反対に、恵梨香の声音は落ち着いたものだ。まあ彼女の浮かべる表情は完全に雌のそれではあるが。しかしあれである。この恵梨香の行為だが背中から、というのはよく小説とかエロゲ―とかでも見る光景ではあるかと思う。だが今の恵梨香のように前から、というのは中々にレアな光景ではないだろうか。

 

「……はぁ……うぅん♪」

 

 胸で和弘の体を擦るたびにビクビクと震える恵梨香から悩まし気な声が漏れて出る。恵梨香の狙いとしては自分と同じように和弘も臨戦態勢にさせて風呂場で一発、というのが最終目標だが……如何せん男というのは単純なもので、どんなに我慢したとしてもこんなことをされて耐えれる男がいるわけがない。もちろん和弘もそんな男たちと何ら変わりはなく――。

 

「……ふふ、大きくなってきたね♪」

 

 恵梨香が言葉にしたように、情けなく和弘の息子は臨戦態勢になっていた。和弘としては仕方ないだろと言う気持ちを抱く中、恵梨香に至っては既に目はとろんとハートマークを浮かべており最早止まれそうもなさそうだった。体を綺麗にするためにお風呂に入ったのにまた汚れることになるのかと複雑な心境の和弘だが、それでも恵梨香に応えるあたり彼の愛も相当なものである。

 恵梨香に応えるため、和弘がいざ行動を起こそうとしたその時――ふと浴室の扉が若干開いていることに気が付いた。おかしいなと思い目を凝らす和弘、その瞬間彼は大きな声を上げた。

 

「な……な……何してんの恵令奈!?」

 

 開いた扉、そこからジッと娘の恵令奈が見つめていたからだ。

 恵梨香に似て綺麗な顔立ちをした恵令奈、和弘にとって目に入れても痛くないほどに溺愛する娘だが……流石に夫婦のこんなやり取りを見られてしまうのは御免被りたい。とはいえ既に恵令奈は目をバッチリ開いて目撃しているため隠すことは最早できそうもない。

 どうやって誤魔化すか、和弘がどうにか打開策を打ち出そうとしたその時――恵令奈が口を開いた。

 

「……お父さん……素敵」

 

 頬を赤く染めながらも決して和弘の下半身からは目を離さない。更にその呟かれた一言にはまるで魔力が備わっているのではないかと言わんばかりに色っぽく和弘には聞こえた……聞こえてしまった。血の繋がった実の娘に劣情を抱くなど親失格、和弘は何とか頭を振って恵令奈に抱きかけた感情を追い出そうとする。しかし、そんな和弘を見た恵梨香は何かを閃いたのか手をポンと叩き、恵令奈に向かってこう声を掛けたのだ。

 

「おいで恵令奈。一緒にカズ君に可愛がってもらおっか。二人でご奉仕して気持ちよくなりましょう」

 

 和弘、顎が外れそうになるほどの間抜けな表情で恵梨香に振り向いた。こんな時に一体この嫁さんは何を言っているんだと、和弘は恵梨香に抗議の視線を向けたが恵梨香には気にした様子も無く、それどころか――。

 

「?? どうしたのカズ君。ほら、恵令奈も私と同じように……ね?」

 

 こんなことを言いだす始末だ。そして何が『ね?』だと、可愛いなコンチクショーと心の中で絶叫した和弘だった。さて、和弘の状態がある意味で四面楚歌と言ってもいい具合だが、そんな風に慌てふためく和弘を時は待ってくれない。恵梨香にそんなことを言われた恵令奈は目を輝かせてバッと扉を開いた。

 神速のような動きで服を脱ぎ、下着を脱いで浴室に突入した恵令奈……そんな彼女の股をヌルっとした何かが流れたのを和弘は決して見てはいない。見ていないと言ったら見ていないのだ。

 

「……お母さん、私」

「大丈夫よ恵令奈。そうね……お母さんがお手本を見せるから、しっかり見ていてね?」

「はい! しっかり観察させていただきます!!」

 

 不安そうでありながら期待に胸を躍らせる恵令奈、そしてそんな娘を愛おしそうに見つめる恵梨香。非常に素晴らしい親子の絆、この会話が風呂場で和弘の裸体を凝視するようにして呟かれた言葉でなければ心底幸せな瞬間に浸れただろう。

 

「……えっと……恵梨香?」

「うん? なあに?」

 

 和弘に向けた表情は本当に幸せそうで、恵梨香にとってこのような時間は本当に大切なようだ。思わず和弘は言うべきことを忘れて流されそうになったがすぐに言葉を続けた。

 

「お手本って……一体何をするつもりなのかな?」

「何って……ナニでしょう? 恵令奈もカズ君を愛してるんだし……ふふ、親子丼とか素敵じゃない?」

「……………」

 

 想像していないわけじゃなかった、こんな流れでそうなるだろうなと思えないほどに和弘は鈍感ではない。恵令奈から見つめられる熱っぽい視線、それに対して気づかないように逃げ続けたのは和弘だ。隣に住む親友の新と心春からは大変そうなモノを見る目で見られたことに対する納得が今ようやく出来た。

 しかし、どんなに愛されたとしても一線を越えることは出来ないのだ。それほどの常識は当たり前だが和弘には備わっている。恵梨香? 彼女はもうダメかもしれない

 

「……俺は」

 

 ここは一発、一家の大黒柱として間違いは正さねばならない。よしっと、気合を入れた和弘が口を開こうとしたよりも、恵令奈が口を開く方が速かった。

 

「お父さん……私、精一杯ご奉仕するから……私のココ、お父さんでいっぱいにして?」

 

 和弘は脇目も振らず、着替えを手に家を飛び出した。

 

 

 

 

「……んで、来るべき時が来てしまったと……そういうことだな?」

 

 場所は近所の喫茶店、呆れたような目で和弘を見つめそう言ったのは朝岡新――和弘の友人である。そんな新の隣には妻の心春も居り、彼女の膝の上にはこの夫婦の愛の結晶でもある春香の姿もあった。

 

「……恵梨香、ついにやってしまったのね」

「やってしまったんだねー!!」

「まだやってないから!! 未遂だから! というか春香ちゃん絶対分かってないよね!?」

「うん!!」

「……あぁ純粋だ。子供ってこうだよなぁ普通は」

 

 誰に似たのか思考が既に大人の領域に入ろうとしている恵令奈と違い、純粋に笑顔を浮かべ身振り手振りでリアクションをする春香の何と微笑ましいことか。生まれた瞬間こそ違えど生まれた病院は同じ、更に多くの時間を隣人ということで過ごして来たのに一体何が違ったのか……和弘にとってこればかりは本当に永遠の謎である。

 和弘は手元に置かれたコーヒーを飲んで一服、しかしやっぱり溜息しか出てこない。

 

「……はぁ」

 

 正直新や心春からしたら是非家族の間で解決してくれと投げ出しそうになるが、流石にここまで和弘が悩んでいるのに放り出すというのも気が引ける。新と心春は見つめ合って小さく頷き、新が先陣を切るように口を開くのだった。

 

「……まあ隣人だし高校からの付き合いだしな。今から少しお前の家に行ってみるか」

「ほ、本当か!?」

 

 和弘の言葉に新は頷き、次いで心春も続く。

 

「このまま帰して明日になって既成事実を作られたからどうしようって泣きつかれたらめんどくさいからね」

「……めんどくさいって……心春ちゃん辛辣」

「辛辣だなんてひどいなぁ和弘君。別にあっくんと春香との家族の時間を邪魔されたとか思って邪険にしているわけじゃないんだよ? 公園のベンチで可愛い寝顔の春香を抱きしめてて、あっくんが顔を寄せてきてもう少しでキスできるって時に呼び出されたことを決して恨んでいるわけじゃないからね?」

「……ハイ、ゴメンナサイ」

 

 ニコニコと、けれでも背後でゴゴゴと焔が見えたのは気のせいだろうか。きっと気のせいだとして、和弘は冷や汗を垂らしながら素直に謝罪を口にした。

 

「今から恵令奈ちゃんの家に行くの!?」

「そうだよ。春香は恵令奈ちゃんに会いたいかい?」

「うん! 恵令奈ちゃんは大好きなお友達だもん!!」

 

 どんな話題を話し合ってても、温かな気持ちにさせてくれるのはいつだって子供の笑顔だろう。落ち込んでいた和弘でさえも、若干機嫌の悪そうだった心春も春香の笑顔に思わず笑みが零れる。新はそうかと笑いながら心春の膝から春香を持ち上げ、そのまま優しく抱きしめる。

 

「春香が友達思いの子で嬉しいよ」

「えへへ~。恵令奈ちゃんだけじゃないよ? パパとママも大好き!」

「あぁ。俺も春香が大好きだ」

「春香もパパが好きぃ~! 将来はパパと結婚するの!」

 

 春香の言葉を聞いて新の顔がこれでもかとダラシナイ物になってしまっている。隣で心春はクスクスと幸せそうに笑っており、こんな普通の親子の光景が少しだけ和弘には眩しく映った。……まあ親馬鹿な点で言えば和弘も相当なものだが。

 愛らしい春香を思いっきり抱きしめた新、そしてついに行動を起こすのだった。

 

「さて、行くとするか」

「……やれやれ、一度恵梨香とお話しないといけないかなぁ」

「恵令奈ちゃん家にゴーゴー!!」

 

 喫茶店を出て向かう先は佐山家、今だけは何故か朝岡一家が和弘には救世主に見えたとか。

 

「娘は父親と結婚できないのも春香に教えておかないとね」

「あ、やっぱり気にしてたのね」

 

 

 

 

 いざ来たれり、場所は佐山家玄関。

 

「……行くぞ。頼む新、心春ちゃん」

「おう」

「うん」

「?? おう!」

 

 ガチャと、和弘は思いっきりドアノブを回して扉を開けた――そして入り込んできた光景、それは。

 

「カズ君おかえりなさい」

「お父さんおかえりなさい」

 

 裸エプロンに身を包んだ恵梨香と恵令奈だった。

 

『……………』

 

 思わぬ出迎えに一行を支配したのは痛い沈黙だった。

 

「あれ? 恵令奈ちゃんどうしたのその恰好」

「あ、春香ちゃんどうして……」

「朝岡君に心春も一体どうしたの?」

 

 どうしたと聞きたいのはこっちだと新と心春は思った。

 

「とりあえず恵梨香と恵令奈ちゃん……服を着ようか」

 

 とりあえずの締めとして、心春のその一言にその場の全員が頷くのだった。

 それからは心春を主導として色々な話し合いが行われたらしいが、結局どうなったのかは分からない。ただ恵梨香が言うには心春の鬼気迫るような表情は相当な迫力だったと和弘に語ったそうだ。

 



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一条百合華の場合 after episode

凄い序盤に書いてて二話しか書いてなかった百合華のアフターです。
凄く難産でした。
アフターストーリーともなるとやっぱり家族愛が前面に出てきちゃいますね。

そしてアンケートを見て思ったこと。
心春が強すぎる!



 いつからだろうか、時折この場所に自分が居てもいいのかと思うことがある。

 

「あら、優華ったらまたこぼしちゃって」

「はは。ほら優華、お口こっちに向けて」

「は~い!」

 

 目の前に広がっているのは自分の父と母、そして妹が触れ合っている光景である。どこにでもある家族の日常、心が温かくなって自然と笑みが零れるような光景だ。

 自分にとって目の前に居る父と母は尊敬できる人で、そして大好きな人たちだ。妹に関しても最近味を占めてきたのか生意気に思うことも少なくないけど、それでも自分を慕ってくれて頼ってくれる可愛い子だ。他の家庭がどうかは分からないけど、この家庭に生まれたことは間違いなく幸せなことだと断言できる。それほどに俺はこの家族が……みんなが好きなんだ。

 

「……………」

 

 でも……ここ最近、みんなと触れ合っている時……或いはこのように父と母、妹が楽しそうにしているのを見ると俺がこの輪の中に居ていいのかと思うことがあるんだ。

 義父さんから母さんを奪った薄汚い男の種によって生まれた俺が……そんな薄汚い血を受け継ぐ俺がこの温かい家庭の中に居ていいのかと……思ってしまうんだ。

 

「? どうしたんだい“優紀”」

「ご飯進んでないわね?」

「お兄ちゃん?」

 

 手が止まりボーっとしていた俺が気になったのか、みんながそう声を掛けてきた。義父さんと母さんは心配そうにしていて、優華は純粋に気になっているようだ。

 

「……いや、ちょっと考え事をね。あむっ……うん、今日も母さんの作ってくれたご飯は美味しいよ」

「ふふ、ありがとう」

 

 ……いけないいけない、こんな温かな朝食の光景に暗さなんて似合わない。

 俺は考えていたことをどうにか頭の外に弾き飛ばし、家族の話に花を咲かせるのだった。うん、大丈夫だ。上手く笑えている……俺はこの家族の一員、だから大丈夫だ。

 

「お兄ちゃん食欲ないなら……えい!」

「あ! 卵焼き!!」

「あ~む! う~ん美味しぃ♪」

「……全くお前は」

 

 本当に生意気な妹だよこいつは。

 まあでも、幸せそうに頬張っている姿を見て笑ってしまう辺り、やはり俺は優華の兄たらんとする気持ちがあるみたいだ。彼女の兄として恥ずかしくない生き方をして、もしこの子に何かしようとする者が現れたなら俺は兄として必ず守ってみせる。

 俺は絶対に親父のようにはならない……あんな薄汚い人間には絶対にならないんだ。

 

「……ふぅ、ごちそうさま。お皿持っていくよ」

 

 一言声を掛けて俺は家族の団欒の輪から外れて自室へと引っ込む。

 

「……………」

 

 ベッドの上で横になり、少し眠かったので目を閉じると次第と眠くなる感覚を感じる。ゆっくりと意識が暗闇に沈む中、変な声が俺に語り掛けてきたが……眠気に負ける俺はそれを特に気にすることはなかった。

 

『お前は私の血を持つ人間だ。お前もいずれ、私のようになるぞきっと』

 

 

 

 

 

「……最近、優紀が元気ないよね」

「百合華もそう思ったか。実は俺もなんだ」

 

 とある昼下がりのこと、テーブルを挟んで優介と百合華は息子である優紀のことを話していた。まだ幼いながら色んなことに気が利き、勉強に関してもしっかりと打ち込んでいることから二人にとって優紀は本当に自慢できる息子である。少しばかり頑張り過ぎる部分もあるが、そこはしっかりと家族の時間を作って遊びに連れて行ったりしているので家族仲は誰が見ても良好だと言えるだろう。

 優紀が生まれてから数年して生まれた妹の優華、彼女に関してもすぐに優紀に懐き兄妹仲も非常に良い。今の所心配すべきことは何もない、そう思っていたが最近になって優紀の様子がおかしいのだ。どこか思いつめたような表情、眩しいモノをみるかのような目で優介たちを見ていることが多くなった。どこか自分たちを一歩引いた場所から見ているような……そんな表情をするようになったのだ。

 

「それとなく話を聞こうとしても笑ってはぐらかされてしまうのよね」

「……そっか」

 

 百合華の言葉を聞いて優介は考える。しかしどれだけ考えても答えは出てこず、このままでは延々と考え続けてしまうことになりかねないと優介は立ち上がった。いきなり立ち上がった優介に百合華は目を丸くしたが、優介の表情から息子への想いを感じて小さく笑みを零した。

 

「男同士なら話してくれるかもしれないからね。少し部屋に行って話をしてくるよ」

「分かったわ……ふふ、やっぱり優介君は優しいね」

「あはは。単純に父親として息子が心配なだけなんだけどさ」

「その単純なことができない人だって居るんだよ。でも……そんな優介君だからこそ私もあの時戻ることができたと思うんだ」

 

 百合華の言葉から優介が思い出すのは高校生の頃、あの胸を裂くような悲しみを受けた出来事だ。今となってはもう昔のことではあるが、ふとした時に思い出してしまうことも少なくはない。悲しかった、辛かった、悔しかった、でもそんな想いを過去のモノとして洗い流せるほどの幸せが今優介の周りには溢れている。だから彼は笑っていられるのだ。過去に縛られるような勿体ない生き方なんてしてやらない。愛する妻と、そして息子や娘とどこまでも幸せに生きてやる。それがもうこの世には居ないあの男に対する優介の復讐なのだから。

 

 

 百合華の元を離れ優介が向かったのは優紀の自室だ。コンコンと扉を叩くと、中からどうぞと返事が返ってきた。

 

「優紀、少しいいかい?」

 

 そう声を掛けると、優紀は少し驚いたように目を丸くしたがすぐに頷いて手元に広げていた勉強道具を片付けた。小さなテーブルを挟んで座った優介と優紀、最初に口を開いたのは優紀だった。

 

「……えっと、どうしたんだよ義父さん」

 

 優紀に促された優介は一つ頷き、本題を話すのだった。

 

「最近優紀が何か悩んでいるんじゃないかって思ってさ」

「別に悩みなんてないけど……」

 

 本当に悩みの無いような顔をしているが、優介からしたらその様子だけで優紀のことが分かる。もちろん優介だけでなく、百合華も優紀を大切な息子として日頃から見ているからこそ分かるのだ。どれだけ外面を取り繕っても、長年掛けて培った家族の絆の前ではその程度の誤魔化しなど意味がない。

 

「本当かい?」

 

 笑顔を浮かべてそう言うと、優紀はうっと言葉を詰まらせた。優介からすれば少し追い込み過ぎかなと思いはしたが、どこか雰囲気で優紀が話したそうな何かも感じ取れた。故に少しばかり強引な手段に出たのだが今回ばかりはそれが功を成したようだ。

 逃げ道はないと悟ったのか、優紀は苦笑して参ったなと頭を掻いた。

 

「……表情には出さないようにしてたんだけどなぁ。母さんも前に少し聞いて来たし……義父さんにだって気づかれて当然っちゃ当然なのかな」

「表情には出さなくても分かるよ。優紀は俺の大事な息子だからね」

「……息子だから……か。うん、凄く嬉しいよ。でも……俺は……」

 

 そこから優紀はここ最近に抱えていた悩みを優介に打ち明けた。

 自分の本来の父親の存在がチラついてしまい、この家族の中に居てもいいのかと考えていたことを。

 

「義父さんと母さんが俺のことをちゃんと愛してくれていることは感じてるよ。優華だって俺を慕ってくれて……本当に素敵な家族の間に生まれたなって思う。……けど、やっぱり俺は……親父が犯した“罪の証”だから」

 

 百合華が言っていた男同士なら話してくれるかもしれない、その言葉の通りに優紀は話してくれた。しかし話してくれた内容が内容なだけに優紀が浮かべている表情は暗く、いつも家族の前で見せてくれる明るい表情は鳴りを潜めていた。

 黙って話を聞いていた優介は立ち上がり、優紀の隣に立って再び腰を下ろす。どうしたんだと見上げてくる優紀の頭を思いっきりクシャクシャとした後、そのまま頭に手を置いた状態で抱きしめるように引きつけた。

 

「と、義父さん!?」

 

 困惑の声を上げる優紀、優介はそのまま口を開く。

 

「……罪の証か。やっぱり百合華のお腹から生まれたんだな」

「え?」

 

 いきなり何を言い出すのか、疑問の声を優紀は上げたが優介はそのまま続ける。

 

「なあ優紀。実はさ、君が生まれる少し前に一度……百合華を怒ったことがあったんだよ」

「……義父さんが母さんを」

「あぁ……ってなんだよその顔」

「いや……義父さんと母さんっていつも笑顔だからさ。義父さんが怒ったとか考えられなくて」

 

 確かに優紀がそう思うのも尤もで、優介と百合華はあまり……いや、全く喧嘩をしたことはない。あくまで息子や娘の前ではだ。もちろん彼らの目の届かない場所での喧嘩というのは特にないが、今優介が口にしたように優紀が生まれる前に一度だけ百合華に対して怒ったことが優介にはあった。

 その出来事というのが、今優紀が口にした“罪の証”という言葉に起因する。

 

「君を生む前に百合華が言ったんだ。これから生まれてくる子は私の犯した罪の証でもあるって」

「っ!?」

 

 顔を伏せているため優紀の表情は見えないが、それでも体を震わせた辺り今の言葉は少し堪えたかもしれない。優介は頭を撫でながら更に言葉を続けた。

 優紀に話す中で、同時に優介は当時のことを思い出していく。

 

「あの頃の百合華は罪悪感に苛まれていた。だからあんなことを言ったんだと思うけど、俺さ……それを聞いて生まれてくる子供には関係ないだろって怒っちゃったんだ」

「……………」

 

 優紀はずっと黙って聞いている。

 優介は優しく、壊れ物を扱うかのように優紀の頭を撫でる。優紀はその手のひらから父親の温もりを感じ、少しだけ不安になりそうだった心が穏やかになっていく。

 

「これから生まれてくる子に、俺たちの間にあった出来事をどんな形であれ一片たりとも背負わせるのは間違っている。子供って言ってしまうと俺たち親からすれば宝物であり希望だろう? そんな大切な存在に“罪の証”なんて言葉を使うなんて絶対にダメだって……あの後百合華凄い泣いたっけな」

 

 優介の言葉に込められた想い、子を産む親としての気持ちが足りていなかったことを百合華は謝った。まあまだ学生だったこともあり考えが足りなかったのは仕方ないことだろう。その出来事を教訓に百合華はしっかりと母として生きることを胸に秘めた。生まれてくる子が幸せを感じてくれるようにと、精一杯の愛を育み不幸なんて無縁の世界で大きくなってもらおうと、百合華はその時に誓ったのだ。

 とはいえ優介と百合華の間にあったことを知ってしまったから優紀はこうして悩んでしまったわけだが、こればっかりは偶然が重なってしまった不運としか言えない。百合華の家は有名な富豪であるため、そういった話に飛び付く輩というものは一定数いる。その者たちのせいで優紀にまで伝わってしまったというわけだ。

 

「優紀、確かに君と俺は血が繋がっていない。でも俺はそんなこと気にしたことなんてないよ。これでも俺さ、君が生まれた時鼻水とか垂らして泣いて喜んだくらいなんだぞ?」

「……義父さん」

 

 少しだけ恥ずかしそうにそう言うと、優紀はゆっくり優介を見上げた。その目は少し潤んでいて、それを見た優介は思いっきり抱きしめた。

 

「優紀が生まれてきてくれて嬉しかった。君をこの腕に抱いた時、この子を守り慈しんで、精一杯君を愛し育てることを誓ったんだ。まあ、百合華と同じでまだ俺も学生だったから子育ては甘くないって父さんや母さんには色々言われたけどね」

「……っ……ぐすっ!」

 

 優紀はただ、優介の胸の中で泣いていた。抱きしめられたこと、こうして話を聞く中で優介や百合華が優紀に対して抱いた気持ちを知ることが出来たから。

 

「まだ小さいのに俺や百合華を労わってくれたり、将来の為にと勉強をしっかり頑張ったり……俺と一緒に地域のボランティアに積極的に参加もしたりさ。こんな良い子を持って嬉しくない親なんて居るわけないだろ? 何度だって言ってやるさ。優紀、生まれて来てくれてありがとう」

 

 これは本当に優介の心からの言葉だ。

 優紀が生まれてから一度だって彼の存在を疎ましく思ったことなんてない。周りから誹謗中傷を言われたとしても気にはならなかった。優紀が生まれて来てくれたことへの感謝、それを忘れたことなんて一度だってなかったのだ。

 優介の言葉を聞いた優紀の顔はそれはもう酷かった。涙や鼻水でグチャグチャで、優介がティッシュを鼻に当てると素直に応じるほど。それでもやっぱり涙は溢れて止まらず、優紀は思いっきり優介の胸に飛び込んだ。

 

「義父さん……ッ! “父さん”!!」

「よしよし。しっかり泣いとけ? 明日からはまたお兄ちゃんとして泣ける日はそうないかもしれないぞ」

「うぅ……うわああああああああっっ!!」

 

 その涙はずっと悩み続けた分、それを吐き出すほどの大きな泣き声。

 優紀が泣き止むまでずっと優介は抱きしめ続け、そして――。

 

「……ぐす……父さん、もういいよ」

「あぁ。スッキリしたみたいだな?」

「もう大丈夫。もう、俺は大丈夫だ」

「そっか。それでこそ俺の息子だ!」

「うん!」

 

 もう悩む必要はない、優紀が抱えていた不安は今やっと綺麗に消えた。ずっと脳裏に響いていたあの声も、もう優紀を苦しめることはない。

 二人して笑い合っていると、ガタンと部屋のドアが開いた。

 ドアが開いて飛び込んできたのは優華だった。

 

「パパお兄ちゃんとばっかり遊んでずるい! 私も遊びたい~!!」

 

 親子の大事な話し合いをしていたのだが、どうやら優華は優介を独り占めされたと思ったらしい。そんな様子さえも微笑ましくて、思わず優紀はあははと声を出して笑ってしまった。優紀のその様子を見て優介はもう大丈夫だなと頷き、飛び込んで来た優華を抱き上げた。

 

「よし、それじゃあ遊ぶとするか。優紀、俺は優華と遊んでくるよ」

「あぁ分かったよ」

「え? お兄ちゃんも後で遊ぶんだよ!」

 

 どうやら優介だけでなく、優華は優紀もご所望のようだ。

 分かったと約束をして満足した優華は優介に抱っこされて部屋を出て行った。二人と入れ替わるようにして入ってきたのは百合華だ。彼女はここでどういった話をしたのか分かっているようで、優紀の笑顔を見て彼女も安心したのか笑顔になった。

 

「スッキリしたみたいね」

「……うん。迷惑かけてごめんね母さん」

「そんなこと言わないで。子供は親に迷惑を掛けるものよ」

 

 そう言って優しく百合華は優紀を抱きしめた。

 いつもならこのように抱きしめられると百合華の豊満な胸に挟まれる形になり恥ずかしいのだが、今だけはこの温もりから離れたくなかった。いつもなら恥ずかしがって逃げてしまうというのに、こうして逃げずに甘えられることが百合華にはたまらなく嬉しかった。

 

「優介君に似たようなことを言われたと思うけど、改めて私からも言わせてちょうだい。優紀、私たちの元に生まれてきてくれてありがとう。あなたのような息子を持てた事、本当に嬉しいし誇りに思うわ」

「……………」

「あら、そんなに照れなくてもいいじゃない」

「て、照れてなんかないってば!!」

 

 今度こそ優紀は顔を真っ赤にして離れた。その様子を見て百合華はクスクスと笑っている。どうやらまだまだ優紀は百合華に勝てないようである。

 

「さてと、俺も下に行って遊んでくるよ。優華は機嫌悪くなると後が長いからさ」

 

 そう言って部屋から出ようとする優紀に百合華はこんな言葉を掛けた。

 

「本当に妹想いね。外に行った時もあなたが走り回る優華の傍にピッタリ付いてくれて助かるもの」

 

 それはただ、普段思っていたことが何気なく言葉に出ただけだ。

 妹を思う兄に母として感謝を述べる……ただそれだけのことなのに、優紀から返ってきた言葉は彼が優介の息子だと思わざるを得ない言葉だった。

 

「いや、単純に兄として妹が心配なだけだよ。うん、それだけ!!」

「あ……」

 

 優紀はそれだけ言ってバタバタと足音を立てて部屋を出て行った。

 最後に一人、残された百合華は小さく呟く。

 

「……ふふ、優紀。あなたは間違いなく優介君の息子よ」

 

『単純に父親として息子が心配なだけなんだけどさ』

『単純に兄として妹が心配なだけだよ』

 

 たとえ血が繋がっていなくても、誰がどうみても立派な親子じゃないか。

 優介の背中を見て育っていく優紀、これからもっと大きくなる彼を見守ることができる母としての幸せ。それを噛みしめながら百合華もまた、家族全員の団欒に参加するため三人の元に向かうのだった。

 

 

 

「眠っちゃったね」

「あぁ。凄くはしゃいでたからな」

 

 ソファで引っ付いて眠る優紀と優華を見つめながら、優介は百合華の入れてくれた紅茶を飲んでいた。今回あった出来事はまず間違いなく、家族の絆をもっと強いものにしただろう。どんなことがあっても乗り越えることができる、そんな確信さえ持たせるほどの出来事だった。

 優介にとっても百合華にとっても、今回のことは本当に大きなことだった。

 

「優紀はやっぱり優介君の息子ね。優しい所とか本当にそっくりだわ」

「あはは、ありがとう。でもそれを言うなら優華は君に似て将来は間違いなく美人だね」

「もう……ぅん」

 

 照れた拍子に顔を近づければ、優介はすぐに応じて唇に口付けを落としてくれる。たったこれだけなのに、百合華の心を占めるのは幸せだった。愛する息子や娘に囲まれ、そして傍に優介がいるこの瞬間は本当に幸せな時間である。

 既に結婚して10年以上が経っているが、それでも優介と百合華の想いの強さは全く変わらない。

 

「……ねえ百合華」

「なあに?」

「今日の夜、いいかな?」

「ええ。もちろんよ」

 

 まだまだ、二人はラブラブである。

 



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狂気の開花~闇の底から~

いつか書くだろう“彼女”の物語の前日談みたいなものです。

この思い付きのネタ集を書くに辺り、割と初期の段階で一番狂ってるやべーやつは誰にしようと考えた時浮かんだのがこの子ですね。

何だろうこれ、もうこの子は最終兵器かもしれない。
今回は簡単に彼女に関して紹介していますが、実際に書き始めた時にもっと詳しく書いていきます。イチャラブも書きたいですし。







 彼女という存在は極上だった。

 雄を引き寄せるかのような体に常日頃より多くの視線が集まる。誰も彼もが彼女に下種な視線を投げかけていた。うら若き女子高生である彼女の体を舐めるように、しゃぶりつくすように欲望に染まった目で見続けていたのだ。

 たわわに実った胸を、ムッチリとしたハリのある尻を……その美しい顔を欲望で汚く染め上げたいと。

 男たちの抱く欲望は留まることを知らず、それは個人だけでなく多くの人間へと、まるで感染するかのように広がっていく。

 

 男である以上、女を意識して欲情するのも仕方のないことだ。彼女のような極上とも言える女が目の前に居るのなら尚更だろう。

 しかし――そんな彼女の本当の姿を、周りにいる男たちは知らない。

 ただその体を求めるような男たちは何も気づいていないのだ。彼女が抱く深淵よりも深い闇を、大切な者以外は路肩の石ころ以下にしか考えられないその欠落した思考を。現代において人の命を奪う行為である殺人、その非人道的なことすら愛する者の為なら顔色一つ変えずにやれる彼女の異常性を――誰も知らないのだ。

 

 今日みたいな日だってそうだ。夜の帳が降り、辺りが闇に染まった今この瞬間――彼女の中で蠢くソレは一人のターゲットを仕留めようとしていた。

 

「……何なんだ……何なんだお前はっ!!」

 

 その声はくぐもっており男か女か分からない。

 分厚いマスクに身を包みコートも着ていることから、やはり性別の判断はできなかった。そんなマスクの存在に対し、ゆっくりと、ゆっくりと足を進める女がいる。

 足音一つ一つが響くたびにマスクはビクッと体を震わせる。そんなマスクの見つめる先、そこに居たのは美しい女性だった。黒のコートを着ているが、その下には制服を着ていることが分かるため学生ということが見て取れる。真っ暗な周りの光景も相まって、彼女がゆっくりと歩く様はまるで死神の行進だ。

 

「逃げられると思っているの? ざんね~ん♪ 絶対に逃がさないわぁ」

 

 口元を歪め、マスクを見下す女性はひどく恐ろしい印象を受ける。

 更に足を踏み出せばマスクは恐れおののき後方へと弱弱しく後退するも、不運なことにそこには大きな大木があった。背中に大木の硬さを感じ、背後に逃げられないと悟ったマスクの心境は一体どんなものなのか。おそらく恐怖以外の感情はなかっただろう。

 そんな風に恐れるマスクを目の当たりにしても、女性の顔に浮かぶのは上位者たる愉悦のような歪んだ笑み。

 

「……くるな……くるな……っ!!」

 

 必死に叫ぶも、女性の歩みは止まらない。

 

「それは無理な相談ね。だってそっちに行かないと殺せないじゃない」

「ひっ!?」

 

 女性の眼光は心臓をキュッと締め付けるかのような力を持っていた。視線だけで人を殺せるという言葉があるが、正にそのようなものと言っても過言ではないだろう。別の何か特殊な見えない力が働いていると言われても信じてしまいそうになるほどなのだから。

 

「スニーキー、あなたには感謝しているのよ? 邪魔な存在を消す手間が省けたから」

 

 マスクの存在――スニーキーは怒りに身を任せ女性に殴り掛かるが、女性に腕を掴まれ体勢を崩し、脇腹に強烈な蹴りを受けてその場に蹲る。だが女性は待ってくれず、蹲って見えないその顔を見せろと言わんばかりに顔面を蹴り上げられた。幸いにマスクをしていたからこそ直接打撃を受けることはなかったが、マスクの目元に大きな罅が入る程度には強力な一撃だった。

 

「やめておきなさい。あなたは弱い人間、足掻くだけ苦しむだけよ?」

 

 その言葉にスニーキーは怒りと悔しさに身を震わせた。しかし体を襲う激痛のせいで満足に動けない、彼女の言うようにこれ以上体を動かせば無用に痛みに苦しめられるだけだった。

 意識を失いそうになるほどの痛みの中、彼女の場所に雲に隠れていた月からの光が差す。

 月明かりに照らされた彼女は顔を隠すことはしない。それが意味を成さないと分かっているから。

 

 彼女――白崎綾乃はただただ、弱者であるスニーキーを冷たく見下ろしていた。

 

 動けないスニーキーの傍にしゃがみ込み、思い出話をするかのように語り出す。

 

「私の弱み、そんなに男たちに売れるほど知っているなんて凄いわねあなた。まあ? 私にとって弱みなんて無縁なものよ。私の弱みなんて言ってしまえば、“愛おしいたぁ君”に関わることくらいね」

「っ!!」

 

 たぁ君、その名前を聞いてスニーキーは反応するが綾乃が首を絞めたことで思考が止まってしまった。腕を離そうと足掻くスニーキーだが、綾乃は止めることなく言葉を続ける。

 

「木を見て森を見ていない、正にそれね。“あなたは私のことを何も分かっていない、何一つ理解していない。ずっと一緒に居たのに何もかも”。でもね? それは仕方のないことなのよ。だって私がありのままの姿を見せるのはたぁ君の前だけだから。彼の前でだけ、私は私になれるのよ。彼の居ない場所にいる私は抜け殻みたいなもの、それはそうよねぇ? 私は彼以外の存在を人と認識することさえ怪しいくらいなんだもの。そう……彼が、たぁ君だけが私を人間にしてくれるのよ。誰かを愛することのできる真っ当な人間に! 彼が……彼だけがっ!!」

 

 綾乃の瞳に映ることができるのはいつだって一人の男の子だった。その存在こそが綾乃の愛する男、綾乃の全てと言ってもいい何よりも優先し守るべき存在。病的なまでの独占欲と狂気の集合体、それが白崎綾乃という女の本質であり在り方なのだ。

 狂ったようにぶちまけられる彼女の言葉、それを見て聞いたスニーキーは綾乃が別世界の存在に見えてならない。正しく化け物のようだとスニーキーは綾乃に対する認識を改めた。

 

「……………」

 

 もう抵抗する気力さえ湧かなかった。

 白崎綾乃という存在を敵にした時点で、自分という存在は破滅を迎えることが決まっていたのだとスニーキーの心に諦観が生まれてくる。

 綾乃自身もスニーキーから抵抗の意思が消えたことが分かったのか、更にその笑みを深くし、首を絞めていた手を解きスニーキーのマスクへと当てた。一切の抵抗がないため、スニーキーが被っていたマスクは簡単に外れてしまうのだった。

 情報という名の弱み、それを使って多くの男を綾乃に対しけしかけたスニーキーの正体――それを知った綾乃はこう呟くのだった。

 

「やっぱり――“貴女”だったのね」

 

 そう呟いた瞬間、綾乃を照らしていた月は再び雲に隠れ――より一層深い闇が訪れた。

 




原作~誰もが彼女を狙ってる~

ヒロイン:白崎綾乃


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そうして二人は出会う

二人の共通点、きっと分かる人は分かるはず。


 とあるショッピングモールの食品売り場に一人の女性の姿があった。

 彼女は手に取ったお肉の値段と睨めっこしながら何かを思案するような表情である。そして時折、少し膨らんだお腹を優しく撫でるその姿から察するにどうやら妊婦さんのようだ。

 

「……う~んちょっと高いかなぁ。でも、リョー君は高いお肉でも良いって言ってたし……よし、これにしようかな」

 

 踏ん切りが付いたのか女性は手に持っていたお肉を籠に入れて歩き出した。

 愛おしい夫のことを想いながら今晩の献立を立てる女性の名は立花美咲、旧姓は姫川美咲という女性である。彼女は決して楽ではなかった学生生活を愛する恋人と乗り越え、そして無事に結婚しめでたく子も授かった。

 家では愛する夫とお腹に宿った子供のことについて語り、幸せの中で一日を終えてまた新しく幸せな一日が始まる……そんな幸福で包まれた日常を繰り返す美咲は間違いなく幸せだと言えるだろう。自分と夫の仲を引き裂くような胸糞悪くなる夢を学生時代は見たこともあるが、もう今となってはそんな夢を見ることも思い出すこともなくなるほどに美咲は前を向いている。そんな彼女を支え、そして彼女が支える夫の亮太と共に。

 

「合わせて5490円になります」

 

 レジでお金を払い食材を籠から袋に詰め直した美咲はいざ、自分と夫の愛の巣でもある家へと帰ろうとしたのだが……そこで一つ、美咲はある出会いを経験することとなるのだった。

 

「……うぅママぁ……どこに居るの? ……ぐすっ!」

 

 美咲に前に現れたのは涙を流して歩く一人の少女が居た。背丈から察するにまだ保育園くらいの年齢だろうか、そんな小さな少女が泣きながら美咲の目の前に現れた。

 

(……迷子かな)

 

 そう、この少女は美咲が思ったように迷子になっていたのだ。

 お人形を大切そうに抱えて母親を泣きながら探すその姿、昔に自分にもこういうことがあったなぁと懐かしさが込み上げてきた美咲だが、流石に目の前で幼い少女が泣いているというのに助けないという選択肢はない。美咲はゆっくりと少女の元に歩みを進め、屈みこんで少女と目線を合わせて口を開いた。

 

「どうしたのかな? お母さんとはぐれちゃった?」

「……うん。ママがどこに居るのか分からなくなっちゃったの……」

 

 受け答えがしっかりしていて思わず微笑ましくなり、美咲は自然と少女の頭を撫でていた。そして出来るだけ安心させてあげられるように笑顔で言葉を続ける。

 

「放送でお母さんを呼んでもらおっか。大丈夫、すぐに会えるわ」

「ほんと? ママ……怒らないかな?」

「それは……ちょっと分からないけど、私も出来るだけ怒らないように話をしてみるから安心して?」

「……うん。分かった!」

 

 少女は安心したのか、ようやく泣き止んで笑顔を見せてくれた。お腹の中に我が子が宿り、本当の意味で母親になる一歩手前の美咲からすれば、自分たちの間に生まれてくる子供もこんな風に可愛いのかなと思ってしまう。今手を繋いで歩いているこの子のように、自分たちも精一杯の愛情を注いで育てようと美咲は心の中で改めて決意をするのだった。

 少女を連れて迷子センターに辿り着いた美咲は職員を呼ぶ。そしてここに来て美咲はこの少女の名前を聞いていないことに気が付いた。

 

「そう言えば名前を聞いてなかったわね。お名前、何て言うの?」

「春香! えっとね、朝岡春香って言うの!」

「春香ちゃんか、良い名前ね」

「でしょ~! パパとママが付けてくれた名前だもん!」

 

 えっへんと腰に手を当ててそう言う春香に美咲も職員も思わず可愛いと口に出してしまう。一足先に我に返った職員が動き出し、放送で春香の母親を呼んでくれるのだった。

 これで一先ず安心かと美咲はホッとし、職員に任せて帰ろうとしたのだが……。

 

「……お姉さん、行っちゃうの?」

「もう少し居るから安心してね」

 

 子供の純真さには敵わない美咲だった。

 それから数分春香と一緒に過ごしていると、ようやく春香の母親と思われる女性が現れた。走ってきたのか肩で息をする女性は春香を見つけた途端大きく溜息を吐くように、そして優しく微笑みながら春香を抱きしめた。

 

「良かったわ。本当に心配したんだからね?」

「……うん。ママごめんなさい」

「いいのよ。あなたが無事で良かったわ」

 

 大切そうに慈しむその母親の姿、本当に愛しているんだなと伝わってくる。

 この空間に割って入るのもあれだし、このまま黙って消えた方がいいかなと美咲は改めてこの場を離れようとしたのだが、それよりも早く女性が美咲に視線を向けるのだった。

 

「あなたが娘をここまで?」

「あ、はい」

 

 ……まあ娘を送り届けたのだから声くらい掛けられるか、よほど責任感の無い親ならまだしもとても優しそうな女性に見えるためお礼をされるのも当然かなと美咲は考えた。

 

「春香をありがとうございます。この子に何かあったらと思うと……目を離してしまった私が悪いのですが、春香を見つけてくれたのがあなたのような方で本当に良かったです」

 

 深く頭を下げてきた女性に慌ててしまったのは美咲のほうだ。別に義務や使命感と言ったものではなく、ただの善意での行動なのにそこまで感謝の気持ちを表さなくていいと思っていたのだ。美咲は慌てるようにどうか頭を上げてほしいと言うと、女性は渋々ながらも頭を上げるのだった。

 先ほども言ったように美咲はすぐに帰ろうとしたのだが……春香の母親であるが所以なのだろうか、女性はせめてものお礼として喫茶店でお茶をご馳走したいと申し出てきた。もちろん断ろうとしたが、春香の美咲を見つめる期待を込めた眼差しを無視することはできず、美咲は春香と女性に連れられて近くの喫茶店へと訪れた。

 

「ママ! ケーキ頼んでいい?」

「いいわよ」

「やったあ!」

 

 目の前の微笑ましい光景に思わず笑みが零れる美咲。

 そんな美咲の視線に気づき、女性は美咲に視線を向けて口を開いた。

 

「改めまして、この度は本当にお世話になりました。この子の母の朝岡心春と言います」

 

 万人が見惚れるような笑みで女性――心春は自己紹介をした。

 美咲は一瞬その笑みに見惚れそうになったものの、すぐに我に返り心春に応える。

 

「いえ、私も春香ちゃんとお話出来て楽しかったですから本当にお気になさらないでください。私、立花美咲と申します。よろしくお願いしますね心春さん」

「ふふ、美咲さんね。よろしくお願いします」

 

 不意な出来事ではあったものの、美咲はこの日生涯に渡る友人――ママ友とも言える心春と出会った。ケーキが運ばれて来てそれに夢中になる春香を眺めながら、美咲と心春は話しに花を咲かせる充実とした時間を送るのだった。学生時代の話や夫のことを互いに話すと、何故か他人事には思えないような気がしてくるから不思議なものである。お互い学生の時から今の夫と出会い結婚しているというのだから、それだけで共通点としては十分すぎるほどだ。

 学生時代のお互いのことを……もちろん事件のことに関しては伏せて話をするが、それ以外では大いに盛り上がった。その後にこれから子を産むであろう美咲に対し、先輩でもある心春が気を付けることなどを教えそれを美咲が真剣に聞くという光景も見ることができた。

 

「それでね、リョー君ったらあの時は凄くかっこよくて!」

「美咲さんがそこまで好きになる男性だもの。きっと素敵な人なのね。でも、あっくんだって負けてないよ?」

「……ふふ」

「……あはは」

 

 敬語が取れてしまうくらいには打ち解けたようだ。

 春香はケーキを食べ終えて眠くなってしまったのか、心春に身を寄せて夢の世界に旅立っていた。すぅすぅと可愛らしく寝息を立てる春香を見て、美咲と心春はそろそろ帰ろうかと喫茶店を後にするのだった。

 

「……本当に可愛いなぁ春香ちゃん」

「ふふ、ありがとう。でも美咲さんが生む子もきっと可愛いんでしょうね。生まれたら会わせてもらえる?」

「もちろん! なんなら家族でご飯でもどう?」

「いいわね。是非お願いしたいな」

 

 眠る春香を背負う心春と笑顔を交えて言葉を交わす美咲、二人の間に既に壁がないことなどよく分かる光景だ。……ただ、そんな光景に水を差す存在というのはやはりいるわけで。

 美咲たちに近づく一つの影、見るからにチャラそうな二人組の男だ。

 

「お姉さんたち、これから俺たちと遊ばない?」

「子供もいるけど……まあ寝かせときゃいいだろ。な? 行こうぜ」

 

 男の言葉に美咲は分かりやすいくらいに眉を顰めた。更に子供を連れている心春にすら声を掛けた時点で美咲の男たちに対する印象は底辺まで落ちている。夫を愛し、夫だけしか見えていない美咲にとってこのような軽薄な男たちなど邪魔以外の何者でもなかった。

 とはいえ、美咲は己の容姿の良さを自覚しているしこのようなナンパは今もしつこくあるくらいだ。その度に美咲はあまり人様に言えないような方法で撃退しているわけだが……どうせ無駄だろうと思ったが美咲はこう告げた。

 

「ごめんなさいね。家に夫を待たせているし、お腹に子供がいるのよ。消えてくれるかしら?」

 

 序盤は当たり前の理由だが、最後まで嫌悪感を隠し切れなかったのか切れ味ある言葉が飛び出した。男たちは一瞬ポカンとしたが、すぐに目付きを変えて美咲を睨んだ……のだが、次に口を開こうとした男たちに対し、まるで地獄から響くような冷たい声が届けられた。

 

「美咲さんの言葉が聞こえなかったかしら。消えろ、そう言ったのよ。そしてそれは私も同じ、ねえ……消えてくれないかな?」

 

 この場一帯が氷点下かと思わせるような寒気を齎すその声音に、正面に立つ男ほどではないが美咲も思わずブルっと体が震えるほどだった。

 美咲でもこれなのだから、心春の正面に立っている男たちがどのような反応をするかなど想像するに難くない。男たちは二人揃って顔色を悪くし、心春から怯えて逃げるように立ち去って行った。

 

「まるでお化けを見たような反応……失礼だなぁ」

「……心春さん凄い怖いんだね」

 

 知り合ったばかりではあるが、この先決して心春を怒らせることはしないと思った美咲だった。あまり物怖じしないのが美咲の強い部分ではあるが、心春からどこか“綾乃”に似た何かを感じ取ったのが怖さを感じた一番の理由だろう。綾乃と違い雰囲気が柔らかい心春にそんな恐れるような一面はない……そう思いたいが、今の光景を見てしまっては美咲としてもこの感じた直感に関しては信じざるを得ない。

 ……まあ、心春の冷たい部分は彼女たちの平穏を脅かす存在にしか向けられることはない。こうして仲が良くなった美咲に対し、心春の残酷な部分が現れることはほぼないと言えるだろう。

 

「それじゃあね美咲さん。またお茶でも一緒にね?」

「うん。是非お願いするよ。春香ちゃんもバイバイ」

 

 寝ている春香に伝わるわけもないが、美咲がそう言うと春香は少し頷いたようにも見えて、そんな仕草でさえも可愛く見えてしまう。少しだけ涎が垂れてしまった春香の口元を拭いて、今度こそ心春は帰路に着くのだった。

 

「さて、私も帰ろっと」

 

 愛する夫の待つ家へ、美咲も帰路に着いた。

 夫である亮太とは大学を卒業してからは一緒に住んでいる。最初はアパートだったが、今では家を買って立派なマイホームを持っているのだ。

 家に着いて玄関を開けると、中からバタバタと足音が聞こえてくる。

 

「おかえり、美咲」

 

 出てきたのは当然、夫である亮太だ。

 亮太はすぐに美咲の持っている買い物袋を受け取る。こんな小さなことでも優しさを発揮してくれる亮太のことがいつまで経っても美咲の心を掴んでいる。本来なら買い物も一緒に行くと言っていたのだが、仕事で疲れていることを考慮して美咲が断ったため、今日美咲は一人で出かけていた。まあそのおかげかどうかは分からないが、心春と春香との素敵な出会いがあったのである意味で良かったと言えるのかもしれない。

 それから二人で夕飯の用意をし、二人で机を囲んで夕食を摂る中美咲が話したのは心春との出会いだ。

 

「凄く良い人だったんだ心春さん。春香ちゃんも凄く可愛くて」

「そっか。そんな話を聞くと、俺たちも早く子供が欲しいって思っちゃうなぁ」

「そうだね」

 

 亮太の言葉に頷いた美咲はゆっくりとお腹を撫でる。

 まだ生まれてくる時間は掛かるだろうけれど、本当に生まれてくるその時が楽しみだ。こうしてお腹を撫でるだけでも愛おしさが溢れてくるのに、いざ生まれてきたらどれだけ可愛がってしまうのだろうか。

 亮太も美咲の隣に座り、優しくお腹を撫でる。

 

「パパとママはずっと待ってるからな。元気で生まれてきてくれよ」

「……ふふ。本当にね。待ってるよ、私たちの赤ちゃん」

 

 生まれてくる子のことを想い、今日も美咲は亮太の隣で幸せを噛み締める。

 温かくて大きな、頼りになる亮太。そんな彼と一緒に過ごすこの日常が何よりも美咲にとっては大切で、何にも代え難い愛おしい日々なのだ。

 もしかしたらこんな光景が訪れない“もしも”の世界もあるかもしれない。けれど今の平和な日々、優しい日々は間違いなくここに居る亮太と美咲が勝ち取ったものだ。二人はこれからも多くの時間を共に過ごし、幸せな日々を送り続けていく。そしてその二人の間に小さな命が加わり、もっともっと幸せを噛み締めるのだろう。

 

 

 これからも変わることなく幸せに――亮太と美咲、この世界の二人はもう何があっても大丈夫だ。

 



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富蔵愛実の場合(一話完結)

お久しぶりです。

何とか生きています。
今回はちょっと変わったお話です。
寝取られが元ではあるんですが、主人公がどうしても好きになれない作品だったものです。

主人公に救いはありません。
オリジナルキャラと、ヒロインを描いた話になります。
エロゲでもアニメでもまあそうなるよねって終わりでしたが、オリ主を交えることでヒロインを救う感じのお話にはなったような気がします。
寝取りを肯定するわけではないですが、健気なヒロインをこんなクソみたいな主人公の傍に置いておくのは……って考え書いた次第です。

原作:かがち様お慰め奉ります


 青年、富蔵隆彦は目の前で流れる映像が信じられなかった。

 

『タカく~ん。本当はねぇ、最初っから全部言われて貴方に付いていったのよぉ?』

 

 流れる映像の中で、タカ君と親し気に呼ぶ美しい女性は隆彦の実の父親に抱かれて喘いでいた。男好きする体に叩き込まれた快楽は女の身を焦がし、交わること以外を忘れさせる強力な麻薬のような何かを思わせる。決して自分には見せてくれなかった雌の顔を、女は父親の前で惜しげもなく晒していた。

 

「……なんだよ……これ……」

 

 この映像は合成か何かではないのか、そんなありもしない希望を抱くもあまりにリアルすぎるそれが嘘だという言葉を否定する。

 父親に抱かれている女性――富蔵彩花は隆彦にとって幼少から続く初恋の相手だった。まだお互いに幼い小さな頃、一緒に遊んだりする頃から彩花のことが好きだったのだ。しかし、当時実家がある地域一帯を取り仕切っていた父親の目に彩花は留まり、後妻として富蔵家に招入れられた。初恋の女性でもあり、姉のような存在としても慕っていた彩花を実の父親に奪われた隆彦はそれが原因で実家を飛び出し都会へと移り住んだ。

 ……そんな隆彦にも、一つの忘れられない出会いがあった。それが現在の妻である愛実との出会いだ。苦い記憶を持ちながらも、愛実の奥ゆかしさや品のある姿に惚れた隆彦、そしてそんな隆彦に惹かれた愛実が気持ちを確かめ合い交際に発展するのもすぐだった。

 やがて夫婦となり子供はいないが順風満帆な生活を送っていた隆彦……それはこれからも続くと思われていた。だが、現実はそんな隆彦に牙を剥くこととなる。

 

「……あ……あぁ……っ」

 

 映像が切り替わり、彩花とは別に映ったのは妻である愛実の姿だった。その姿は衣服を何も纏っておらず、生まれたままの姿が映し出されている。豊満な胸にムッチリとした下半身、極上の女とされた彩花に勝るとも劣らない女体が画面越しではあるが隆彦の目の前にあった。

 2年という生活を共にした愛する妻……そんな女が映像の中で、自分とは違う男に抱かれている。その事実についに隆彦の心は限界を迎えた。

 

『……あぁ……いい……いいですぅ! 好き! 好きなんですぅ!』

 

 男に抱かれ悦ぶその姿は淫靡でありながらも……どこか美しさを孕んでいるようにも見えた。

 

「……………」

 

 隆彦に残ったのは虚無感だけだった。

 愛する全てを奪われただけの惨めな男の姿、一体どこで間違えたのだろうか。どうして自分はこんなにも辛い思いをしているのだろうか。そう問い続けても誰も答えてはくれない。なぜならもう、隆彦の傍には誰も居ないから。

 ……だが、もう少しだけ隆彦がこんな映像を見ても冷静さを保てていたならば気づけたことがあったかもしれない。

 

『昔からもう忘れられないの! この快楽が! 村のみんなに犯される幸せが!!』

『もう忘れたくありません! 私を見てくれる貴方を! 私を満たしてくれる貴方を! ……私が寂しかった時傍に居てくれた貴方を!』

 

 彩花と愛実が男と交わっているのは変わらない、だが大きな違いがあることを。

 完全に快楽に取り込まれており、目の焦点もあっておらずただただ快楽による叫びを上げ続ける彩花とは別に、確固たる意志をその瞳に乗せて交わる男に愛を捧げる愛実の姿。もしかしたら全く同じに見えるかもしれない、けれど本当に冷静だったなら……今の愛実の姿に隆彦は気づけたかもしれなかった。そうすれば隆彦は気づいただろう、今のこの状況が起きてしまった原因――その全てではなくとも、理由の一端に自分が関わっていたということを。

 

 

 

 

 

 

 隆彦が絶望に打ちひしがれているのと同じ時、一人の男もまたやるせないなと空を見上げていた。

 

「………はぁ」

 

 先ほどからずっと溜息が止まらない男――織主厳は今日一人の幼馴染を失った。何故なら厳はその幼馴染の妻を奪ったようなものだからだ。

 そう、この厳という青年は隆彦の幼馴染だった。よく一緒に遊んでいたし、隆彦が彩花に淡い想いを抱いていることも知っていた。隆彦が村を飛び出して少ししてから厳も同じように上京したのだが、あれから二人の間に繋がりはなかったのだ。

 

「……………」

 

 そして今になって、厳は隆彦と数十年ぶりの再会をし……そして二度と会うことがないだろう溝が生まれることとなった。

 空を見上げ、片手にビールを持つ厳に寄り添う影が一つ。

 

「厳さん。外は冷えますよ?」

 

 品のある声がバルコニーに響いた。

 その声に視線を向けると一人の女性が厳の傍まで歩いてきた。一つ一つの動作が洗練されたような美しさを感じさせるその女性の名前は愛実。何を隠そう隆彦の“妻だった”女性だ。

 視線を寄こしはしても後悔を滲ませる厳の様子が愛実への歩みを戸惑わせる。どこまでも真面目な人だなと、愛実は愛しさを感じてぴったりと厳の隣に寄り添った。

 

「……………」

「……………」

 

 ただただ寄り添うだけで会話のない空間が広がる。

 数秒、数分と経った頃……厳は小さく口を開いた。

 

「……俺は……許せなかったんだ」

「……………」

 

 厳の言葉に、愛実は視線を向ける。口を挟むことはなく、ただ厳から伝えられる言葉を受け入れるために。

 

「あいつが……隆彦が彩花さんをずっと想い続けていたのは知ってた。忘れることができないほどに好きだったことを……彩花さんを取り戻すために、あの村に帰ってきたことも」

 

 隆彦がずっと一人の女性を想っていたのを厳は知っていた。とある筋から隆彦が村に帰ることを教えてもらった厳は隆彦と話をするために同時期に帰ってきたのだ。

 実際に話をして、厳はもう絶対に彩花が傍に戻ってくることはないと伝えたが隆彦は聞かなかった。

 

「彩花さんはもう後戻りできない……幼いころから刻まれた快楽は消えることはない。心を取り戻すことができたとしても、体があの村で犯された記憶を思い出して疼きが止まらなくなる。彩花さんはもう……男に犯されないと生きていけない体になっていたんだ」

 

 ……犯されなくては生きていけない、これほどに恐ろしい依存はないだろう。だがそれこそが彩花に刻まれた呪いとも呼ぶべきもの。厳と隆彦が生まれた村、白縄村に伝わる“かがち様あそばせ”という風習だ。それはお愛手と呼ばれる女性を村の若者が犯すというモノ。それに選ばれたのが彩花だった。隆彦の父親だけではない、彩花は村に生きていた厳と隆彦以外の男と彩花は交わっていたのだ。

 幾度も幾度も繰り返される風習という名の快楽調教……それがずっと続いていたのだ。もう、何をどうしたとしても彩花はあの村から離れることはできない。

 

「それを伝えても……あいつは聞いてくれなかった。取り戻せると……そんな叶えることもできない夢を語り続けていたんだよ」

 

 厳としても彩花は姉のような存在だったのは同じだ。違うのは隆彦と違い恋心を抱いていなかっただけ。そんな彼女を絶対に取り戻すという隆彦の意思は褒められるべきものかもしれない、そこに既に彩花が隆彦に抱く想いが一切なかったとしてもだ。

 というよりも、そもそもの話“お愛手”となっている彩花が村を離れることはできない。故に隆彦は、絶対にしてはならないことをしようとしたのだ。

 

「……あいつは……彩花さんを取り戻すのと引き換えに……あなたを、愛実さんをお愛手にしようとした」

 

 それが隆彦が彩花を取り戻すために用意した作戦だ。

 彩花を連れ出し、生贄となった愛実が犯され堕とされるまでに本当の彩花を取り戻すというもの。

 

「ある意味、あいつも昔に壊れていたのかもな。いくら初恋の相手を取り戻すためとはいえ、今の自分の妻を生贄に出すなんて普通なら出来るはずがない」

 

 結局隆彦はその手段を取ろうとして初恋の人も妻も失ってしまった。

 尤も、愛実はお愛手にはなっておらず村の男に犯されるということもなかったが、そこに至るまでの流れは厳の存在があったからと言っても過言ではない。

 たとえお愛手になっていなくても、村の人間は愛実を狙っていた。そんな愛実を守るために厳はずっと愛実の傍に居たのだ。愛実が許す限り傍で守り続け、決して少なくはない時間を厳と愛実は過ごしていた。そんな中で、村のことを知りたいと言った愛実に厳はかがち様に関する風習を伝えた。それだけ伝えてしまえば、愛実が自分で隆彦のしようとしたことを理解するのに時間はそう掛からなかった……傍で守り続ける優しい女性を、傍で守り続けてくれる強く優しい男性を、お互いが好きになるのにも時間は掛からなかった。

 

「……私はどこかで気づいていたんです。隆彦さんが私を見ていないことを」

「……それは」

 

 どんな気持ちで話をしているのだろうか、そう思った厳は愛実の様子を窺うが、不思議なことに今の愛実に悲観な様子は見られない。それどころか、見る者を魅了するかのような美しい笑みに厳は見惚れる。

 

「隆彦さんの為なら……って最初は思いました。でも、多くの男の人に囲まれた時私は恐怖で動けなくなったんです。そんな私に隆彦さんは……あの人は何もしてくれなかった。ただ、これから犯されるかもしれなかった私よりも彩花さんを見つめ続けていたんです」

 

 当時を思い出したのか少し指先が震える愛実だが、それでも視線は下を向かず前を見据えている。

 

「その時、こう思ったんです。今までの私は……あの人に尽くしていた私は何だったんだろうって。夜にそういうことをすることもありました。キスだって何回もしました。でもその全てが私ではなく彩花さんを見ていたのだと思うと……急にあの人に対する想いが失われていくのを感じました」

 

 きっと辛いだろうに、愛実は笑顔で語り続けている。厳は少しの期間しか傍に居なかったが、今の愛実が強がっていることは分かった。だからこそ、厳は優しく愛実の体を抱き寄せた。一瞬驚いた愛実だったが、すぐに厳に甘えるように体を押し付ける。ひとしきり厳の温もりを堪能した愛実は顔を上げ、そして言葉を続けた。

 

「これからどうすればいいのか分からなくなった時、私を救ってくれたのがこの温もりでした。安心して、守ってくれて、私を少なからず想ってくれるこの温もりに……私は惹かれてしまったんです」

 

 当時はまだ妻という立場であるにも関わらず、別の男性に惹かれてしまった自分を尻軽な女だと思いもした。けれども抑えられない想いが……厳に対する恋心を抑えることができなくなってしまった。隆彦とは違い、ちゃんと自分を見てくれる厳を、どんなに村の人間に囲まれても一歩も退くことなく自分を守ってくれた厳を……あの夜、自分のことを労り本当の女の“喜び”を教えてくれたこと厳のことを……愛実は余すことなく好きになってしまった。

 

「厳さん好きです。貴方のことが好きです」

 

 失くした友を想うならば、この告白は受けるべきではない。しかし、愛実が厳を想うように、厳も愛実を想っている。

 

「……俺も、貴女が好きだ――愛実」

 

 一つの不幸の裏で、花開く幸運がある。

 正当化されるべきではない、しかし燃え上がる恋を止めることはできない。

 

 忌むべき風習が残る白縄村、そこから解き放たれた厳と愛実を害するものはない。真の意味で、厳は大切な人と出会い……愛実は厳を“縛り付ける”ことができたのだった。

 

 

 ベッドの中、愛実は厳に抱かれ幸せを実感していた。

 厳を縛り付ける、彼の責任感に付け込んだ罪悪感はあるが、彼と離れたくないのも本当だった。隆彦に連れられ村に来た時、男共に囲まれ恐怖を感じたのは本当だ。助けてくれなかった隆彦に失望を感じたのも本当だ。守ってくれた厳に恋をしたのも本当だ。そして、隆彦にあの映像を送り付けたのは愛実自身。今までの生活に決着を付ける意味もあったし、ずっと尽くした自分を見てくれず最終的に見捨てたことへの意趣返しでもあった。

 

「好き……好きです厳さん……すきぃ」

 

 絶対に手放さない、この掴んだ温もりを絶対に。愛実はもう遠慮することをやめた。

 ……そして最後に一つ、これは愛実だけが知っていて厳と……そして隆彦も知らなかったことがある。それは彩花のことだ。

 彼女は確かにお愛手として選ばれた娘ではあったが、何も思考回路がダメになるほどおかしくなっていたわけではなかった。もちろん快楽の依存によるセックスはやめられないのは確かだが、彩花には彩花なりの意思と想いがあったのを愛実は知った。

 

『過去は取り戻せないわ。私とタカ君は絶対に元通りにはならない。だからこそ、私は彼を突き放すしかできないの。だって私はもう、男の体を忘れられない醜い女だから』

『彩花さん……』

『そんな顔をしないの。私はもう前に進んでいるわ……立ち止まっているのはタカ君だけ。だから……貴女を失うことになったのだろうし』

『……………』

『貴女も前に進みなさいな。厳は良い子よ。責任感があって、パートナーを絶対に蔑ろにするような子じゃない。……ふふ、タカ君が居る手前こんな話をするような私たちは最低ね』

『……そうですね』

『貴女は何も気にする必要はない。タカ君が貴女を生贄にしようとしたことも全て、この村が悪いの。だから憎しみは全て私たち村の人間に向けて、そして遠い地でここのことは忘れて生きていきなさい。残酷だけど、タカ君のこともこの村のことも全て忘れて生きていくのよ。そして厳の傍で、愛される女の喜びを感じて……満足して人生を終えなさい』

 

 風習を目撃した時、愛実は彩花を薄汚い雌のように感じたが、この話をされた時だけは頼りになる姉のような印象を受けた。経緯はどうであれ隆彦がやろうとしたことも、厳がしたことも、彩花がした仕打ちも、愛実がやった仕返しも等しく最低の行為だ。

 それらをすべて受け入れ前に進めるか否かはその人次第。

 少なくとも厳と愛実、そして彩花は自分なりに答えを見つけて前に進んでいる。立ち止まっているのは過去の未練に囚われ続ける隆彦のみ。

 これから先、彼がどんな道を歩むのかは分からない。隆彦と厳、愛実の道が交わることは絶対にない。

 でも一つだけ言えること、それは――。

 

「……あ、今動いたかしら」

「本当か? ……どんな子が生まれてくるかな」

「まだ分からないけど……きっと貴方に似て優しい子だわきっと」

「……そっか」

「今更照れないでよ厳」

「……愛実の真っ直ぐな好意は慣れないなまだ」

「……可愛い」

「ん?」

「ふふ、なんでもありません♪」

 

 どこかの地で、一つの家族が幸せに過ごしているのだけは確かだ。



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心春と恵梨香のエロゲ体験

完全にギャグ回みたいなものとなります。

最近本当に読専になってる私です。
艦これの二次創作を良く読むのでゲームを始めようと思ったんですけど、建造画面を見た所でごちゃごちゃしててよくわからなくて、ツイッターでも評判悪そうだったのでそのまま触らなくなっちゃった(笑)

最近は理性を犠牲にするゲームをよくやっていて楽しんでます。




 愛する人と結婚し、掛け替えのない娘まで生まれて幸せの中に心春はいた。毎日の始まりは愛おしい夫と同じベッドの中から始まり、起こさないようにキスをして家事に取り掛かる。ご飯の用意が出来れば夫と娘が現れ、何よりも大切な家族の団欒が始まるのだ。

 夫は会社に行くついでに娘を保育園へと連れて行く。それを見送った心春は再び家庭を支える妻として家事を再開した。ある程度の家事を終え、心春は少しの休憩をと思いソファに腰を下ろした。

 

「……あ、お買い物行かないとだけど……昼過ぎでいいかなぁ」

 

 時計を見てそう呟いた心春は手元にあった洋服の雑誌を読み進めていく。そんな中、机に置かれていたスマホがブルっと震えた。手に取って見てみると、そこには心春にとっての親友でありお隣に住む恵梨香からのメッセージだった。

 

『心春今暇かな? うちに遊びに来ない? ちょっと一緒にやりたいものがあるんだけどさ!』

 

 暇は暇だし心春にしても恵梨香のこの誘いを断る理由はなく、すぐに返事で今から向かうと送った。まあ何を一緒にやりたいのか、少しだけ早とちりをしたかなという不安は残る心春だったがすぐに身支度を整えて恵梨香の家へと向かうのだった。

 ピンポーンとチャイムを鳴らすと、バタバタと足音が聞こえてすぐに恵梨香が顔を出した。

 

「いらっしゃい心春! ささ、入って入って!」

「うん。お邪魔するね」

 

 恵梨香に促されて導かれた先はなんてことはない、よくお互いの家を行き来する仲の心春からすれば見慣れたリビングだ。

 

「紅茶入れるね~? そこに座ってて」

 

 テキパキと用意をする恵梨香を見て心春は毎回思うことがある。こうやって客人の持て成しもそうだし部屋の整理整頓などもそうだが、本当によく出来ている。人間変わるものだが、昔は学校でも知る人ぞ知るビッチだった恵梨香がこんなにも家庭的になるなんて……と、心春はいつもこんな恵梨香を見ると感慨深い気持ちになるものだ。

 二人分のコップを持ってきた恵梨香も心春の傍に座り、まずは一服ということで紅茶を喉に通す。そしてようやく、恵梨香は心春を呼んだ目的について話すのだった。

 

「実はね~。これを心春とやろうと思ったんだぁ!」

 

 そう言って恵梨香は何かを取り出した。それは一見すればDVDのようなケースである。なんだ、映画でも見るのかな? そんなことを思った心春だったが、そのケースの表紙を見て思わず紅茶を噴き出した。

 

「ぶぅーーーーーっ!!」

「ちょっと!? 何してんの心春!! カズ君にぶっかけられるのはいいけど、親友からぶっかけられるプレイはまだ開拓してないんだけど!?」

「誤解を招くような言い方をするんじゃないの!! 恵梨香何よそれ!?」

 

 心春がどうしてこんな反応をしたのか、それは恵梨香が取り出したものが原因である。恵梨香が取り出したのケースの表紙、そこに写っているのは女の子だ。しかしそれはただ女の子が写っているわけではなく、卑猥な格好で何やら白い液体をふんだんに顔や体に付けた絵である。恵梨香さん、言っちゃって。

 

「何ってエロゲーだけど」

「……………」

 

 見れば分かるじゃんと言いたげな顔をする恵梨香を思わず殴りたくなる心春だったが何とか拳を出すことは抑えた。

 

「……まさか、私と貴女でその……エロゲーを一緒にやるの?」

「うん! たまにはいいじゃないこういうのも」

「……私は時々貴女と親友なのを後悔する時があるわ」

 

 額に手を当てて大きな溜息を吐く心春を見てケラケラ笑う恵梨香は凄く楽しそうだ。まあ何だかんだ呆れて帰ろうとしない辺り心春も度を越えたお人好しなのかもしれない※大切に想う者限定で。

 ケースからディスクを取り出してパソコンに読み込ませる。インストールに時間が掛かる中、心春はディスクの入っていたケースに目を通した。

 

「俺の知らぬ間に寝取られていた幼馴染、気づいた時には不良たちの性奴隷でした……って、私エロゲーとかやったことないから詳しくないけど、これって所謂寝取られモノってやつ?」

「そうそう。純愛モノとかも好きなんだけどさ、偶にはこういう違う味付けのものもやってみたくってね」

「ふ~ん」

 

 ケースを表から裏にすると、挿入絵などの生々しい部分が心春の目に触れた。嫌がっているような表情を浮かべたものから嬉しそうにしているモノまで様々。

 

(……男の子ってこういうのが好きなのかしら。まあ、人の女を欲しがる“ゴミ”がいることを知ってるし他人事じゃない時期もあったもんなぁ。そういう世界の業は深そうね)

 

 なんてことを考えていたらどうやらゲームのインストールは終わったようだ。

 恵梨香がマウスで操作しながらゲームを立ち上げる。するとやっぱり卑猥なタイトルと絵が画面を埋め尽くした。パソコンから聞こえてくるBGM、ヒロインの声を聞きながら心春は思う。普通に部屋いっぱいに聞こえるような音量でやってるけど、エロゲーだからエッチなシーンもあるのでは? っと。

 

「ねえ恵梨香、イヤホンとかしないの?」

「ここにいるの私たちだけだよ? イヤホンとかいらなくない?」

「……それもそうね」

 

 それもそう、そんな簡単に流していいものかと心春は思ったが、少しばかりこのゲームに興味があるのも確かだった。声の入っているヒロインの喋る部分とは別に、ナレーションの部分は恵梨香が声に出して読み進めていく。

 

「……青春だねぇ」

「高校生って感じ」

 

 平和だ。全く持って平和に進んでいく物語。

 序盤は主人公とヒロインの仲の良さを見せていくのと同時に、深いところまで繋がることに対し少しだけ勇気を出せない甘酸っぱさが描かれている。だが忘れてはならない、このゲームのジャンルは寝取られだ。ゲームの中の主人公にとっての身を切るような辛い場面はすぐに訪れた。

 

「こんな風に襲われちゃうんだね」

「退学待ったなしだよ普通に」

 

 画面の向こうから聞こえてくる女の子の悲鳴を聞きながら、二人は冷静に感想を述べた。それからも物語は進めて数時間、この辺りまで時間が進めば寝取られの本領を発揮するシーン――所謂ヒロインが快楽に屈して堕ちる場面が描かれる。

 

「すっごい顔。二次元って凄いねぇ」

「本当……えっと、こういう顔なんて言うんだっけ」

「アヘ顔!」

「そうそうそれ……」

「どうしたの?」

「……あっくんとセックスしてる時、私もこんな顔してるのかなぁって」

「今度隣で見てあげようか?」

「やめなさい」

「あいたっ!」

 

 ビシッと心春のチョップが決まるのだった。

 しかしこうしてみると面白い光景だ。リビングに響き渡るゲームヒロインの嬌声、それを眺める20代半ばの女性が二人。全く持って不思議な光景と言わざるを得ない。

 さてさて、ゲームのシーンとしてはもう清純の欠片も残らないほどに快楽に溺れたヒロインが描かれている。ヒロインが口にする言葉も卑猥なもので埋め尽くされており、これぞTHE寝取られヒロインと言えるようなものになっている。そんなシーンを見て心春が一言、こんなことを言い出した。

 

「でもこれさ、もし寝取られとかじゃなくて主人公とそのまま続いたとしても……主人公大変じゃない?」

「どうして?」

「だってこの子セックスする時こんなに五月蠅いんだよ? ご近所さん迷惑どころじゃなくない?」

「……流石心春、ツッコミどころが違う」

 

 違うそうじゃない、なんて恵梨香は思ったがそのツッコミはまたの機会にしようと考えるのだった。

 こんな風にして二人のエロゲ鑑賞会は終わるのだった。エンディングが流れる中、恵梨香がモジモジと股を動かしている。首を傾げる心春に恵梨香はあははと苦笑しながら口を開いた。

 

「こういうゲームやると仕方ないよねぇ。濡れちゃった」

「……分からないでもないのが悔しい」

 

 人間だもの、仕方ないさ。

 ちょっとだけ顔を赤くして照れる心春に対し、続けて恵梨香はこんなことを言い出した。

 

「ちなみにさ。こんな感じで近づいてくる男が居たら心春は――」

「殺す」

「……………」

 

 カチッとスイッチを押して切り替わったのかと思ってしまうほど、心春は纏っていた雰囲気を変えた。漆黒に塗り潰されたような瞳は恵梨香でさえも思わず身震いしてしまうほどに恐怖を感じさせる。心春のこういう部分を知っているとは言え、改めて間近で見るとやっぱり怖いのだ。まあ、これが当てはまるのは心春だけではない。恵梨香だってそうだ。

 

「恵梨香だって今の幸せを壊そうとしてくる男が現れたら同じでしょう?」

「あはは、当然だよ――許せないよねぇ」

 

 似たモノ同士の二人、世の中の男たちに知らせる方法はないが敢えて言わせてもらおう。この二人に手を出そうとした時、本当に人生が終わってしまうぞ。

 

「さてと、お買い物行こうかな」

「あ、じゃあ私も行く! 今日はお鍋にしようって決めてたんだよね」

「いいわね。久しぶりにうちもそうしようかしら」

「いいじゃん。そうと決まれば特売もあるし早く行こう心春!」

「ええ、特売という名の戦い……負けられないわ!」

 

 もう完全に家を守る妻の顔に戻った二人であった。

 



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おいでよ!水龍敬ランド

寝取られものではないけど、単純に作画が好きだったので(笑)

どれだけセックスをしても咎められることのない水龍敬ランド、現実に在ったら性病のオンパレードなんだろうなと身震いします。




 一人の女性がベッドの上で寝転がりながらスマホを片手に寛いでいた。時折足が凝らないようにと、はたまたお腹周りのお肉が減ってくれればいいなと一抹の希望を抱いてストレッチもしている。

 

「うん……うん。へぇ、流石ユキって感じ。絶好調じゃん」

『もう最高ね! だからさぁ、マイもどう? また一緒に行かない?』

 

 また一緒に行かないか、それは彼女たちにとっての特別な場所へ向かうための誘い文句だ。マイは電話の相手であるユキの言葉を聞いて苦笑する。

 

「お誘いありがと。でもごめんね。もうあそこには行かないことにしたの」

 

 ユキのお誘いを本当に申し訳なさそうにマイは断った。優柔不断で自分を出すことが苦手なマイを色んな所に連れ出してくれたユキは大切な存在だ。そんな彼女の誘いを断るのは気が引けるが、誘われた場所が場所なだけにマイは断った。以前までのマイならこの誘いを断ることはなかった。それは絶対と言ってもいい。

 

『……そっか、変わったねマイ。やっぱりユウタ君のおかげ?』

 

 ドクンと、その名前を聞いてマイの心臓が高鳴った。

 マイにとってユキが口にしたユウタという名前は特別だ。今のマイの彼氏であり、近々結婚を考えている何よりも大切な愛する男性の名前。

 

「うん。ユウタ君のおかげ……こんな私を好きになってくれた大好きな人」

 

 思っていることを表すようにマイの声音はとても穏やかだ。電話先に居るユキもそんなマイの様子に笑みが零れたようにも感じる。

 

『……ちょっと羨ましいかな。アンタとユウタ君が出会ったのは“あそこ”なのに、今じゃあ見てるこっちが恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりだものね』

「……そうだね。私もまさか、ユウタ君と恋人同士になるなんて思わなかったよ」

 

 思い返せば思い返すほど信じられない気持ちが強くなる。けれどもどれだけ信じられないと考えても、今の現実ではマイとユウタは恋人同士、間違いなく幸せを掴んでいる。

 

『ま、アンタがそれならアタシも安心したよ。幸せにね』

「うん。ありがとうユキ。……えっと、こういうのもおかしいかもしれないけど、楽しんできてね?」

『あはは! うんそうだね。若い今だからこそ楽しめるんだもの。私は自分の欲求に従って楽しんでくるわ!』

 

 そんな言葉を最後にユキとの通話は終わった。

 スマホを枕元に置き、ユウタとデートに行った時に買ってもらった大きなぬいぐるみをギュッと抱きしめる。まるで今はここに居ない愛おしい恋人を抱きしめるように、感じるように強く抱きしめた。

 

「……水龍敬ランドか。まさかあの場所が私とユウタ君を繋いでくれるなんて夢にも思わないでしょ」

 

 思わずクスクスと笑みが零れてしまう。

 今日は仕事が終わったらユウタが家に来てくれることになっている。正直いついかなる時でも傍に居たい、ずっとイチャイチャしていたいほどに大好きなのだが仕事があるのだから仕方がない。ユウタはまだかな、後どれくらい掛かるのかな、そんなことを考えながらジッと天井を見つめるマイ。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 暫くすると穏やかな寝息が聞こえてきた。

 ユウタからプレゼントされたぬいぐるみを幸せそうに抱きしめながら、マイは夢の世界へと旅立っていた。

 

 眠るマイ、彼女は一つの夢を見る。

 それはユウタと出会うことになるきっかけ、友人であるユキたちに連れられて出掛けた場所――水龍敬ランドでの出会いを。

 

 

 

 

 

 水龍敬ランド、そこはある種のテーマパークだ。

 生き物本来に立ち返り、本能のまま安全で自由なセックスをすることが出来る夢の楽園のことである。そこでは色んな男性と女性が集まり、日が暮れてもセックスを楽しんでいる。

 そんなテーマパークにマイは友人たちと訪れた。

 引っ込み思案で大人しいマイはその実とてもスケベな女の子である。周りで繰り広げられる過激な性行為に緊張して一歩を踏み出せなかったが、この水龍敬ランドに訪れるくらいにはスケベな女の子だったのだ。路上などでセックスをするその場限りのカップルの痴態に顔を赤くして恥じらう姿はこの場では新鮮だが、やはり彼女自身のエッチな雰囲気が周りの男を惹き付ける。たわわに実った胸やむっちりとしたお尻、そして何より優れたルックスは性に溺れる雄を惑わせる。

 ……とはいえ、例え男が寄ってきたとしても簡単に体を預けられるかどうかは別だった。マイは一旦心を落ち着けるためとして人目のない場所へと向かった――そこで出会ったのだ彼女は。ユウタという名前の男性と。

 そこからは流れるように時間が進んだ。

 友人に連れられて来たという点で親近感を感じたマイはユウタと暫く一緒に居た。そして――。

 

「よ、よろしくお願いします」

「うん……えっと、頑張ります」

 

 お互いが初めての相手となった。

 初めてのセックスは分からないことだらけで恥ずかしかった。それはユウタも同じようで手探りのような交わりだったのは言うまでもない。初めての痛みを乗り越え、徐々に快感が現れてきた時には夢中だった。色々な体位を試し体にセックスという行為を教え込む。

 ユウタは優しかったどこまでも。相手を思いやり決して自分本位にならないそれはマイを色んな意味で安心させてくれた。初めての相手がユウタで良かったと思うほどに。

 

「じゃあ相手を変えてやってみようぜ」

「賛成! それじゃあユウタ君、よろしくね♪」

 

 いつの間に傍に居たのか、ユウタの友人とユキの提案により相手を変えてセックスした。その時のユウタの友人とのセックスはとても激しかった。優しいユウタと違い荒々しく強いそれはマイに比べ物にならないほどの快楽を叩き込んだ。終わった後、暫く動けないほどにドロドロにマイは溶かされてしまった。

 荒く呼吸をするマイの傍にユウタは寄り添い、マイの呼吸が整うまでずっと傍に居てくれた。そんな心遣いがマイにユウタと存在を意識させるきっかけとなる。まあ初めてを終えた時から少しばかり意識していたのだから、本格的に意識したというのが正しいのかもしれない。

 それから夜になり、ユウタの友人とユキはパレードに行ってくると言って離れ、その場に残ったのはマイとユウタの二人だけ。

 

「貴方は行かないの?」

「……うん、君の傍に居たいから」

 

 ドクンと、大きく心臓が脈打った。

 

「それは……どうして?」

「……好きになったから。君のことが」

 

 もっと大きく脈打った。

 頬が熱くなり、正常に物事を考えられないほどに。

 

「……その気持ちは駄目ですよ。だって、ここに集まる人はヤリチンかヤリマンだけです……私だって興味があってここに来るような変態ですよ?」

「……それを言うなら俺も興味があったのは嘘じゃないから同じだよ」

 

 何を言っても、ユウタはマイの全てを肯定してくれた。

 ここに集まる人間はセックスすることだけを考えている。それなのに恋なんてしてしまったら悲しむことになるのは明白だ。事実この水龍敬ランドでは表向き恋をすることは推奨されていない。

 

「……私、四六時中エッチなこと考えてますよ? 嫉妬深いですよ? 我儘ですよ?」

「うん」

 

 ここでの恋は駄目だと分かっているから、こんな自分を否定させるための言葉が溢れ出す。それなのにユウタは決して嫌と言わなかった。

 

「……えっと……えっと……それから……」

 

 言葉が出てこないのはこんな自分を受け入れてくれるかもしれないユウタに惹かれているから。もし彼に後一歩踏み込まれたら堕ちてしまいそうだから。ずっと彼の傍に居たいと思ってしまうから。

 純粋な彼の傍にこんな自分が居てもいいのか、そんな想いだけが行ったり来たりを繰り返す。混乱する頭で必死に考えるマイ、そんな彼女の防波堤を突き崩した一手を繰り出したのはやっぱりユウタだった。

 

「引っ込み思案な部分も、凄くエッチな所も……全部全部好きです。一目惚れです。俺と……付き合ってくれませんか?」

 

 痴態すら見られた相手にここまで言える愛、それを真正面から受けたマイはもう駄目だった。そのままユウタに押し倒され深いキスをする。そのキスはさっきした時よりも気持ちよかった。

 出会い、惹かれ合い、セックスをしたマイとユウタ。けれどもまだ一つだけ、大事なことをしていなかったことに気づく。

 

「……あ、そう言えば私たち……まだお互いの名前を知りませんでしたね?」

「……あ! ほんとだ」

 

 このようにして、二人の時間は始まったのだった。

 

 

 

 

「……マイ? マイ!」

「……っ!」

 

 肩を揺すられて目を開けると、目の前に広がっていたのはユウタの姿だった。どうやら眠っていたようで、マイは必死に頭を覚醒させて現状を把握する。

 

「ユウタ君、お仕事終わったの?」

「うん。返事なかったからびっくりしたけど、寝てたみたいで安心したかな」

「……うわ、私結構寝ちゃってたんだ」

 

 時計を見ればユキと話していた時間からかなり経っていた。上半身を起こして伸びをすると、ユウタがすっと視線を逸らす。

 下着を付けていないためどうやら胸のとある部分が気になったようだ。いつまでも少しだけ初々しさを見せてくれるユウタの様子にクスッと笑みを零し、すぐに襲い掛かりたい欲求を押さえつけてまずすべきことに取り掛かる。

 

「急いでご飯作らないと。ユウタ君、手伝ってくれる?」

 

 すべきこと、それは夜ご飯を作ること。

 ユウタと付き合うようになって必死に練習した日課の一つで、今ではユウタの胃袋を完全に掴むほどに上達した。ユウタに出来る色々なこと、それをマイはしてあげたい。ご飯を作ることも、彼の帰る居場所となることも、そして……。

 

「ご飯食べて、お風呂に入って……その後、沢山セックスしようね。ユウタ君♪」

 

 ユウタの為だけに更に磨いた自慢の身体、しっかりとユウタにご奉仕することも忘れずに。

 出会った場所は普通ではありえない、でも逆にそんな場所で出会ったからこそ二人は結ばれたと言えるのかもしれない。

 

 

 夢の楽園、水龍敬ランド

 

 

 今も日本のどこかで、多くの男女が訪れては賑わっていることだろう。



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悠木奈央の場合 1

エロゲーの声優さんってやっぱ色々な所で同じ声を聞くわけです。
その時にそのキャラクターの背後に別の同じ声のキャラクターが浮かんできて……その時思う感想が「あ、この人この作品にも出てるのかぁ。同じ声だわぁ~」っとゲームとは全く関係のないことを考える次第ですはい。

今回の奈央ちゃんなんですが、キャラデザが稀に見るほどの好みでした。もしかしたら心春以来の衝撃かもしれないです。

原作:お願い! 誰か助けてッ‼ ~爆乳JD強制便器の夏休み~


 目の前に広がる光景に青年――優太は目を瞑りたくなった。

 夜中にしては賑わっている公園のトイレ、その場所に足を踏み入れた時、彼は見てしまったのだ。

 

「……ンフフ……次のお客さん? 待っててくださいね~? すぐに支度を――」

 

 便器に腰掛け、大量の白濁液を全身に浴びた女性――スタイル抜群の身体を惜しげもなく披露し、美しさと淫靡さを兼ね合わせたような表情をするこの女性は優太にとって何よりも大切な存在だ。そんな存在が、公園のトイレで目を覆いたくなるようなことをしている。優太にとってこれ以上の悪夢はなかった。

 

「……優太君?」

 

 名前を呼ばれ、優太は大きく体を震わせた。

 大人しくも芯があって、いつも自分を癒してくれた彼女はもういない。そこに居るのは己が知る彼女の皮を被った別のナニカにも思えた。けれども、目の前の光景は非情でその存在が嘘偽りのない自分の愛する女性であることは間違いがなかったのだ。

 

「……奈央」

「なあに?」

 

 彼女――悠木奈央は妖しく微笑んだ。

 その顔を見た瞬間、優太は再度自分の知る奈央はもういないのだと絶望するのだった。

 目を閉じれば訪れる漆黒の闇、優太の視界は晴れることなくずっと……ずっと暗いままだ。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 瞼に当たる日差しを感じて優太は目を覚ました。

 ハァハァと浅い息を繰り返しながら、最悪の悪夢を見ていたことを思い出して頭を振るう。自分の最愛の女性がある出来事を切っ掛けに変わってしまい、自分の目の前から居なくなってしまうことにとてつもない恐怖を感じたのだ。

 ある程度深呼吸をすれば呼吸も落ち着き、昨晩のことを思い出した。

 彼女である奈央を自宅に泊め、その時にお互いの初めてを交換した。慣れないことの方が多かったが、それ以上に愛する彼女と体を重ねるという行為は言葉に表せないような幸福があった。二度目になるがついに優太と奈央は一線を越えた。その証拠に横を見れば――。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 無防備にあどけない寝顔で眠り続ける奈央の姿があった。

 布団が捲れて寒さを感じたのか、何か温かいものを探すように奈央の腕を伸ばす。奈央が腕を伸ばした先、それは布団でなく優太の身体だ。思いの外強い力を受けて優太は驚きながら奈央に引っ張られた。優太の頭を胸に抱くように奈央が抱きしめたことで、必然的に優太の顔の前に来たのは奈央が持つ大きな胸だ。

 

「昨日、俺はこのお胸様を揉んだり吸ったりしたのか……がっつき過ぎて引かれなかったかな……」

 

 昨晩のことを思い出して自己嫌悪に陥る。奈央と付き合うまで女性との交際経験はなく童貞だったのだ。そりゃあ目の前に大きなおっぱいがあって、それを彼女が好きにしていいよなんて言われた日にはもう止まれない。心なしか奈央も嫌がった様子はなかったようにも思えるしそれどころか、とても慈愛に満ちたというか……上手く言葉に出来ないがとにかく嫌そうには見えなかった。とはいえそれはあくまで優太が思ったことであり、奈央がどう思ったかは分からないのだが。

 胸に注目しすぎて気づかなかったのだが、よくよく耳を澄ませば奈央の規則正しい寝息が聞こえてこないことに気づいた。そこでもしかしてと思い顔を上げると――。

 

「……な、奈央?」

「……あはは。おはよう優太君」

 

 いつから起きていたのか、バッチリと目を開いた奈央が優太を見つめていた。奈央が起きていた、それはつまりずっと胸を凝視していたことも見抜かれているというわけで、これは流石にマズったなと思い慌てるように謝ろうとしたのだが、そんな優太の心配を吹き飛ばしたのは他でもない奈央だった。

 

「優太君が私の胸を一生懸命眺めてるの……何だろう、凄く嬉しかったよ」

「……え?」

「好きな人の視線を独占してるって感じで。私、この大きな胸がコンプレックスだったんだけど、優太君に気に入ってもらえたなら嬉しいな」

「……………」

 

 この子は女神か何かなのだろうか、割と本気で優太は思った。

 

「私の胸、優太君は好き?」

「大好きです!」

「……ふふ! よかったぁ」

 

 花の咲いたようなとびっきりの笑顔に優太も優太で嬉しくなる。気づけばさっきまで見ていた悪夢のことは忘れていた。意識すれば思い出してしまうのだが、目の前で笑ってくれる彼女が居なくなってしまうそんな未来は絶対に訪れない……なんて、よく分からないが確信めいた何かを優太は抱くのだった。

 思わず嬉しくなって今度は優太から奈央を抱きしめる。きゃっと可愛らしい悲鳴を上げながらも、全く抵抗することなく優太の腕の中に収まった奈央はとても幸せそうな顔をしていた。頬を赤くして照れてはいるのだが、それよりも幸せという感情が強いようでグリグリと優太の胸元に頭を埋める。そんな仕草だけでも優太はノックアウト寸前だ。

 

「ねえ優太君」

「何だ?」

「……こんな私だけど、ずっと傍に居てくれる? 絶対に離れないよね?」

 

 不安そうな声音に優太の心が引き締まる。

 未来はどうなるか分からないが、少なくとも優太に奈央の傍を離れるという選択肢はない。もし優太が奈央から離れる時があるとすれば、それはおそらく――。

 

「俺は絶対に君の傍から居なくならないよ。もしその時があるとすれば……奈央が俺に愛想を尽かした時かな」

 

 別れる時があるとすれば理由はこれだろうと優太は軽く口にした。

 自分はこんなにも奈央が好きで、出来ることなら一日ずっとイチャイチャしたいなんて思ってしまうくらいなのだ。流石にそこまで言ってしまうと気持ち悪いかなと思って口にしはしなかったが、先ほどの優太の言葉を聞いた奈央に大きな変化が起きたのはすぐだった。

 

「ならないよそんなこと。私が優太君に愛想を尽かすなんてこと、絶対にない。あってたまるもんか」

 

 底冷えするような声音で吐き出された言葉、一定の音で紡がれたその言葉に優太はどこか背筋が寒くなるのを感じた。言われたことは嬉しいはずなのに、まるで奈落の落とし穴にハマって抜け出すことができないような錯覚を覚えた。心なしか奈央の瞳の瞳孔が開いているようにも一瞬見えたが、一度瞬きをすればいつもと変わらない奈央の顔がそこにある。どうやら気のせいだったみたいだと優太は見なかったことにした。

 

「ねえ優太君。私は優太君がしたいことなんだってしてあげる。それくらい私は優太君が好き。初めて出来た好きな人だもん……私って重たいかな?」

「全然重くなんてないよ! むしろ俺は自分が凄く幸せ者に感じるよ。好きな人にここまで思われるとか男として嬉しいに決まってるじゃないか」

「!」

「俺だって奈央が望むこと、なんだってしてあげたいって思ってる。それくらい……それくらい俺は奈央が好きだ! 絶対に離してなんかやらない!」

「!!」

 

 勢いに任せて言い放ったが、奈央はどこか感動したように目をウルウルとさせながら俯き、再び強く優太を抱きしめてきた。それに優太が同じく抱きしめ返すのは当然で、二人は暫くお互いに体温を交換し続けるのだった。

 

「……嬉しいな本当に。本当に……ウレシイ」

 

 その言葉を聞いて、優太は今日一番の笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 悠木奈央にとって、彼氏である優太は特別だ。

 女性にとって彼氏と言う存在が特別なのは当たり前のことだが、奈央にとっての特別は少しばかり意味が違う。奈央にとって優太は最早自分の人生において欠けてはならないほどの大きな存在になっていた。

 奈央は元々地方の出身者だ。大学生になるにあたり上京してきた女性である。田舎に住んでいた奈央にとって都会は少し怖い場所だった。大学生になった今となっては、垢抜けてその美貌が発揮されるようになりよく男性に声を掛けられるようになったが、高校を卒業するまでは地味な見た目をしていたのもあったし、裕福な家庭で生まれたことで少しばかり過保護に育てられてきた面もあったため、奈央はお世辞にも社交的とは言えなかった。

 そんな奈央を変えた存在、それが優太を含めた友人たちだった。

 大学で知り合った彼ら彼女たちとの交流は奈央に色んなことを教えてくれた。家族の元から離れた寂しさを埋めてくれる、辛いことがあった時励ましてくれる、楽しいことは分かち合ってくれる……そんな大切な存在を奈央は上京して手に入れた。

 そうして過ごしていくうちに優太と付き合うようになり、恋人としての甘酸っぱい時間を大切に想い、もっともっと優太と触れ合いたいという想いが強くなっていく。

 

「……好き、大好き。優太君、私の大切な人」

 

 優太を想い自慰をすることも少なくなかった。

 すればするほど我慢が出来なくなり、一分一秒でも多く優太と一緒に居たいと考えるようになった。ひどい時には優太と電話をしながら自慰をしたことだってあるほど……それほどに奈央にとって優太は大きな存在になったのだ。

 そしてようやく、奈央は優太と心だけでなく体の方でも結ばれた。

 実をいえば奈央には恐れていたことがあった。それはコンプレックスである自分の大きな胸、そして先端の陥没したソレだ。普通とは違うソレを見られて気持ち悪いと思われないだろうか、嫌われないだろうか、それだけが奈央にとって不安だった。しかしその奈央の不安を吹き飛ばすように、優太は興奮という反応で好意的に受け取った。少しばかりズレたものだが、自分が抱いていた不安という名のコンプレックスで興奮してくれたというその事実が奈央自身の体に対する自信を付けさせたのだ。

 元々好きだった感情がもっともっと強くなって、奈央は優太としかこういうことはしたくないと思ってしまうほどに彼しか見えなくなった。

 

『好きだよ奈央……誰よりも君が好きだ』

 

 好きと言われながら体を触られるのが好きになった。

 コンプレックスの象徴を弄られ快感を齎してくれるのが好きになった。

 元々自分自身反応が良すぎることは知っていたが、優太の前でならいくら乱れたって恥ずかしくは……あるけど嫌じゃない。愛する人に自分の全てを曝け出せることは何にも代えがたい幸せなのだから。

 

(……ヤバいかも。私……優太君のこと本当に好きだ。ずっと好きだったのに……このエッチでもう優太君から離れられなくなっちゃった。優太君の専用の女に変えられちゃった♡)

 

 実家の両親が聞けば頭を抱えて倒れるのではないかと言わんばかりのことを考えた奈央はもう優太という存在に染まり切っている。優太しか男性として見れないようになってしまった奈央にとって、もう優太以外の男は家族を抜けば害虫のようなものにしか思えない。そこまで考えて奈央自身既に自分がおかしくなったことに気づくが、それに何の問題があるのかと思う。

 

(優太君さえいればいい。優太君だけが私の傍に居てくれたらいい。私は優太君しかもう愛せないよ。もし優太君と離れたりしちゃったら私が私でなくなっちゃう)

 

 優太の腕に抱かれながら、奈央は暗く染まった瞳で優太を見上げる。

 

(お金なら遊んで暮らせるだけある。だから優太君、大学を卒業したら私と一緒にお家を買おう? そしてずっとずっとイチャイチャしていようね? ずっとずっと……優太君を愛するから、優太君もどうか私をアイシテネ?)

 

「アイシテネ?」

 

 思わず言葉に出てしまったが、一度吐き出した言葉は戻すことが出来ない。しかしまあ奈央にゾッコンの優太である。その言葉に返ってくる言葉は当然肯定しかないのは分かり切ったことだ。

 

「当然だ!!」

「……はうっ!?」

 

 暗く染まった思考、それを切り裂く愛の詰まった言葉の刃。

 

 

 

 もう後戻りできないほどに、奈央は優太を愛しすぎている。

 



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悠木奈央の場合 2

まさかの連日投稿できるとは思わず、これも奈央の可愛さなのかと戦慄しています。


今回、ようやく間男が出てきます。
原作の序盤が始まります。


 優太と奈央が一線を越えた記念日から数ヶ月が経過した。

 あれからも時間があれば……まあなければ作るの精神のような感じで二人はよく体を交えた。回数を重ねれば重ねるほどお互いのことをよく知ることになる。どこが弱いのか、どうするともっと気持ちよくなってくれるのか等、それほどに優太と奈央は深い繋がりを得た。

 異性に愛されると女性は美しさに磨きが掛かるとは誰の言葉だったか、その言葉が示すように奈央は一段と美しく可憐になっていった。大学のキャンパス内で多くの男がすれ違いざまに振り向くほど、奈央は注目されるようになった。それは彼氏である優太にとって誇らしいことではあるのだが同時に不安の種にもなるのは当然だった。しかし奈央はというととにかく優太の傍に居た。優太の傍は自分のもの、自分という存在は優太だけのもの、それを周りに知らしめるかのように奈央は優太の傍を離れなかった。多くの男はそんな光景を見せられては諦めざるを得ず、優太と奈央のカップルにちょっかいを掛けるような男は現れなかった……一握りを除いては。

 

「……それで、用はなんでしょうか?」

「あはは、そうだね。単刀直入に言おうか」

 

 場所は屋上、そこに居るのは奈央と名前も知らぬ男だ。光景と雰囲気からして告白現場なのは想像に難くない。そう、彼氏が居るにも関わらずこうして呼び出して無謀にも告白する男が先ほど言った一握りだ。奈央としてもこんなめんどくさいイベントは早く終わらせたいものなのだが、延々と付き纏われるのも嫌だったためこうして呼び出しに応じたわけである。一応ここに来る前に優太を含め友人たちには話をしていた。そのせいもあってか、男は気づいていないみたいだが、屋上のドアの向こうでは皆が目を光らせて男の動向を気にしている。中には箒を持って鋭い眼光をしている女友達の姿もあり、良い友人たちに恵まれたなと男の存在そっちのけで奈央は胸が温かくなった。もちろん彼女たちだけじゃなく優太の存在もある。何かあればすぐに駆け付けてくれることだろう。

 

(……早く終わってくれないかな。放課後に優太君とデートする予定なのに。その後は……私の家で……きゃっ♡)

 

 男の存在眼中になし、全く持って男が哀れである。

 心の中でさえ全く相手にされていないことを知る由もない男は、気合を入れるかのように拳を握りしめる。そして成功することのない告白の言葉を奈央に放つのだった。

 

「悠木さん、貴女が好きです。僕と付き合ってください!」

「ごめんなさい」

 

 奈央は切り捨てるように謝罪の言葉を口にし、申し訳程度に頭を下げてその場を去ろうとしたのだが……この男は諦めが悪かった。

 

「待ってくれ! 断る理由として、君に今彼氏が居ることは分かってる! それでも好きなんだ!!」

「……………」

 

 めんどくさい質の悪いタイプだと奈央の中で男の存在が害虫へと変化した瞬間だった。そして大凡この後に続く言葉も予想できた奈央は自分を自制するように心を落ち着ける。弾みでこの男に手が出てしまわないように。

 

「あんな平凡な男より僕の方が君を幸せにしてあげられる! だからどうか僕と――」

「……すぅ……はぁ……」

 

 熱くなった頭を冷やすようにゆっくりと深呼吸をする。すると真紅に染まりかけた視界が通常の色彩を取り戻していった。視界に入っていた手で持てる大きさのブロック片から目を外し、男へと視線を戻した奈央は小さく口を開いた。

 

「……僕の方が幸せにできるですか。一体どんな気持ちでそんな言葉を口にしたんですか?」

「え、それは……」

 

 抑揚のない冷たい声に男はタジタジになるが奈央の言葉は止まらない。

 

「聞きたいんですけど、優太君と一緒に居る私は幸せそうに見えませんでしたか?」

「……それは……そんなことは……」

 

 幸せそうに見えなかった、なんて言えるわけもない。

 優太の傍で花の咲いた笑顔を浮かべる奈央はとても綺麗で幸せそうだった。男にとって気になる女性が自分とは違う男にそんな笑顔を浮かべているのが我慢できなくて、今回告白をすることに踏み切ったのだ。

 

「優太君の傍に居た私はつまらなそうな顔をしていましたか? 優太君と一緒に居ることを嫌そうにしていましたか? そんなことないですよね?」

「……………」

 

 いつの間にか奈央のペースに持ち込まれた男は上手く話すことが出来なかった。奈央はそんな男の顔を見たくないと言わんばかりに視線を外して空を見上げる。奈央の黒く染まった心とは正反対に快晴の青空が広がっていた。

 

「自分の方が幸せにしてやれるって考え、自分が傲慢なだけであって相手のことは何一つ考えていないじゃないですか。勝手に私の幸せを決めつけないでください。私の幸せは私が決める。優太君の傍こそが私にとって全てであり幸せだから、私は優太君の傍に居るんですよ」

 

 もう話すことはないと、奈央は二度と男を見ることなく歩き出した。

 

「……待ってくれ!! 僕は本当に――」

 

 それでも口を開いてくる男に対し、奈央は振り向くことはなかったが言葉で反応だけはした。これが最後だと、二度と口を利いてくるなという想いを込めるように。

 

「男女の付き合いって、お互いが好き合っているから成立するものだと思うんです」

「?」

「それなら無理ですね。たった今……正確には呼び出された時から私は貴方が嫌いです――さようなら」

 

 もう男から話しかけられることはなかった。

 奈央はようやく終わったと息を吐いて屋上の扉に向かうと、一番初めに出迎えたのは優太だった。条件反射のように優太に抱き着き、彼から伝わる匂いと体温をこれでもかと摂取する。それだけで先ほどまで感じていた不快感は嘘のように消えて行った。

 

「お疲れ様」

「うん、ありがとう優太君」

 

 そのままポジションを優太の胸から腕へと移動した奈央は友人たちも連れて階段を下りて教室へと戻った。荷物を持って校舎から出ようとするそんな中、友人の一人にこんなことを奈央は聞かれるのだった。

 

「いやぁ気持ちいいくらいバッサリ言ったね奈央」

「あはは……めんどくさかったからね」

「それもそっか。ちなみになんだけど……彼の名前分かる?」

「名前って害虫……コホン、えっと……知らないかなぁ」

「アンタ今普通に害虫って言ったわね……」

 

 少しだけ男のことを不憫に思った友人だった。

 それから優太と奈央は友人たちと別れ、放課後デートを満喫した。デートが終わるころには奈央の頭の中からは告白のことは完全に忘れ去られ、目の前で自分に微笑む優太のことでいっぱいになっていた。夕食を済ませ、優太は一度実家の方に顔を出してから奈央の家に来るということで暫くのお別れになる。

 

「優太君」

「どうした? 奈央……!?」

「ぅん……ちゅ……」

 

 優しく触れるだけのキス、そうかと思えば優太は奈央を優しく抱きしめて少しだけ唇に舌を触れさせた。すると奈央は待ってましたと言わんばかりに同じように舌を突き出し、触れるだけのキスはいつの間にか激しく深いキスへと変化した。とはいえ流石に今いる場所が人の目がある場所であり、これ以上続けると我慢できなくなることも分かったため、お互いに苦笑しながら別れることとなった。もちろん、後で家に来た際には思いっきりエッチをする約束もしてだ。

 去っていく優太の背中を眺めながら、また今日もエッチするのが待ち遠しくなる奈央。一体どれだけ好きにさせてしまうのか、どれだけ夢中にさせてくれるのかと優太を想いながらいやんいやんと体を揺らせる奈央の姿は少しばかり異様な光景でもあるが、幸いなことに見ている人はおらず奈央の奇行は目撃されることはなかった。

 優太が来る前に少しだけ部屋のお掃除をしようかと考え部屋に戻る奈央――そんな彼女を見つめる一つの影があった。

 

「……いい女じゃねえか。乳もデカいし美人で言うことはねえ。しばらくあの女に厄介になるとするか」

 

 奈央を見つめ舌なめずりをする怪しい男、その男は奈央の後を付けるようにマンションへと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

「……フフ」

 

 

 

 

 

 

 待っている奈央の為、急いで実家に向かおうと足早に歩を進める優太はその途中、大柄な男とすれ違った。軽薄そうな印象を抱かせるその雰囲気に関わりたくはないという印象を抱いた優太は目を合わせることなくすれ違おうとしたのだが、その際に男からこんな言葉を聞いた。

 

「へへ、しっかり味わわせてもらうぜ彼氏さんよ」

 

 ごにょごにょと小さい声だったので聞き取れたわけではない。故に優太は変な奴だなと思うだけでそのまま男から離れてしまった。暫く歩を進めた優太だったが、どこか胸騒ぎを感じたため足を止め奈央が住んでいるマンションの方角へと目を向けた。その瞬間先ほどの比ではない胸騒ぎがした。冷たく嫌な予感が胸を吹き抜け、このまま立ち去れば絶対に後悔するぞと頭の中で何かが叫ぶ。

 これは一体何なのか、考える間もなく優太は走り出した――奈央が居るマンションへと。

 

「……っ!! 奈央!!」

 

 今だけは、この得体の知れない何かを信じて奈央の元へと向かう。もしかしたら心配のしすぎだろと友人たちは聞けば笑うかもしれない。奈央だって同じように笑いながら心配してくれてありがとうと言うのかもしれない。だが今だけはこの直感に従おうと思った。

 普段あまり運動をするタイプではないため、それなりの距離を全力で走れば息は切れて足が重くなる。それでも不思議と優太の足は動き続けた。奈央のマンションはそこそこ家賃が高くセキュリティもバッチリだ。それでも優太は走り続けた。エレベーターに乗り、まだかまだかと奈央が住む階層に着くのを待つ。

 エレベーターが止まり、ドアが開いた瞬間優太は勢いよく飛び出した。遠くからでも見えたものだが、奈央の部屋の扉が不自然に開いている。その瞬間最大級の警報のようなものが優太の中で鳴り響いた。

 

「……奈央おおおおおおおおおっ!!」

 

 開いたままの扉から中に駆け込み、部屋に向かうと奈央と……そして、先ほどすれ違った男の姿があった。

 

「……優太……君?」

 

 視点の合ってないその瞳を見て何かされたのかと嫌な汗が流れた。しかし服の乱れはなく性的暴行を受けたような痕跡が無いのはまず安心してもいいかもしれない。奈央の前に立ち、男を睨みつけるように優太は口を開く。

 

「アンタ、奈央に一体何をした!!!」

 

 それは外に響くほどの大きな声で、同じ階層の住民も何事かと近づいてくる気配を感じる。事と次第によってはぶん殴ってやると、強く拳を握った優太。……しかし、男から齎された反応は優太の想像したものとは違った。

 

「……やめ……やめてくれ!! うああああああああああっっ!!」

 

 男は錯乱したように頭をグワングワンと振り回しながら、何かに恐れるように部屋の出口へと向かう。優太は突然の発狂を見て呆然としたがすぐに警備員が来たのもあったし、奈央が男が勝手に部屋に入ってきたという証言もして男は逮捕された。

 

「……えっと?」

 

 何が起きたのか分からないまま事件は終わり、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら優太はへたりとその場に座った。すぐに傍に来た奈央に胸騒ぎがしたこと、心配になっていてもたってもいられずに走って戻ってきたことを伝えると、奈央はひどく感動したように優太に抱き着いてきた。

 力の抜けた体では耐えることもできず、優太はそのまま奈央に押し倒される形になった。

 

「嬉しい……」

「……はえ?」

「嬉しい嬉しい嬉しいウレシイウレシイウレシイ」

 

 呪詛のように続く言葉に優太は不審がるが、押し倒す勢いを殺さずにそのままキスをされることで考えを中断させられた。

 

「優太君はやっぱり私が好きになった人だ。ずっと繋がってたんだよきっと……私たちは巡り合う運命だったの。絶対に交わる運命だったんだよ!」

 

 興奮している様子の奈央に少し呆気に取られるが、シュルシュルと音を立てて奈央は服を脱いだ。形のいい大きな胸がプルンと揺れて現れ、普段であれば隠れている陥没したソレも既に準備を終えましたと言わんばかりにぷっくりと姿を見せている。

 

「な、奈央……その今からするの?」

 

 そう聞くと奈央はうんと強く頷いた。

 

「でも俺さ、走って汗搔いてるから臭いし」

「すぐに汗搔くから一緒だよ♡」

「……さよですか」

「ウフフ。それに優太君も……ほら」

 

 そう言って奈央が見つめる先には優太の愚息が既に臨戦態勢になっていた。こんな状況なのに体が正直だなと優太は恥ずかしくなったが、こうなった奈央が止まらないのも既に分かっている。仕方ないか、そう諦めた優太は優しく奈央を抱き寄せ深いキスを行う。

 色々あったがこうしてまた、二人の熱い夜は幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 余談だが、奈央の部屋に押し入った男は野間辰雄という名前で、なんでも金銭トラブルで暴力団に追われていたそうだ。更に聞くところによると女癖も悪いことから、彼には性奴隷と呼ばれる女が多くいたらしい。そんな男がどうして奈央の部屋であのように恐怖に慄いていたのかは永遠の謎である。警察としてもそこを不思議がったのだが、優太と共に話をしてくれた奈央は誰が見ても大人しそうな女の子である。そんな女の子が辰雄に何かしらの恐怖を植え付ける等あり得ないとして、結局あれは何だったのかずっと分からないままらしい。




みなさんすいません。
間男成敗のため原作は終わりました。

次回は本編で決して訪れなかった夏休み編を書いて悠木奈央のお話は終わります。

悠木奈央というキャラなんですけど(原作基準)

1、控えめで大人しい
2、相手を立てる
3、優しさの塊
4、彼氏である優太のことが大好き
5、大きな胸と陥没乳首がコンプレックス
6、自慰の経験があまりないため自分の体の反応の良さに気づけていない

控えめに言って最強なのでは(遠い目


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リハビリ

ごめんなさいリハビリだ!

内容はよくあるエロゲ転生という形で心春ちゃんとイチャイチャ。

でも新君にも葛藤はあるようです。


 これが転生だと気づいたのは彼女を見た時だ。

 

 高校生になり新しい生活に誰もが期待と不安を滲ませる中、俺もその一人で中学の友達は何人かいたか圧倒的に初めて知り合う人の方が多かった。

 

 そんな人の中に彼女はいた――陽ノ下心春、俺が今まで見た中でトップクラス……いや、比べるのも烏滸がましいほどに容姿が整った美少女が居たのだ。

 

『……ぐっ!?』

 

 彼女を見た瞬間一瞬ではあったのだが俺を襲った頭痛、そして掘り起こされる前世の記憶。俺はそこで自分がゲームの世界に転生したのだと気づいたのだ。子供ながら異世界の転生には小さな憧れもあったしテンションが上がったのも事実、しかしすぐに意気消沈することになった。だって、これエロゲーの世界だもの。

 

 

 

 ケダモノ(家族)たちの住む家で~大嫌いな最低家族と彼女との寝取られ同居生活~

 

 

 

 こんな題名のエロゲーが俺の世界には存在していた。元々エロゲーとして発売され、後にアニメ化もされていた作品だ。簡単なあらすじとしては主人公である朝岡新には恋人がいた。その恋人の名前が陽ノ下心春という美少女だ。新は心春と甘い青春を送るのだが、女癖の悪い新の家族に犯され快楽に堕とされるという寝取られモノとしては至極ありふれたものだった。

 その作品の中でヒロインとして描かれた心春が居て、そして今生での俺の名前は朝岡新と……まあそういうことだ。この世界が本当にエロゲーの世界なのだとしたら、俺は心春を奪われ絶望に身を沈めて残りの人生を過ごしていくと言ったところだろう。

 

 ……それは本来の世界ならだ。

 

 少なくとも今の俺は心春と付き合ってはいないし、家族の元から離れてアパートで一人暮らしをしているから最早家族の接点はない。あぁそうだ補足しておくと、原作通り俺の家族は屑だったよ。まあ流石に現実世界だから媚薬だとか強姦だとか、それに連なるご都合主義は働かないようだが……義父と義兄の女関係が爛れているというのは同じだった。

 原作で新が惚れたように心春は本当に優しい子で容姿も飛び抜けている。クラス内の男子でも彼女を狙っている奴は多いし、現に告白したが振られた者が多いのも事実。やはり心春はモテるようだ。

 

 

『……勿体ないとか思っちゃうのも仕方ないな』

 

 

 俺が新であるならあんな可愛い子と付き合える未来もあるのだろう。しかし前世で寝取られ作品としての登場人物だと知っているのでそんな気は起きない。寝取られは苦手である……けれども手が伸びてしまって見てしまうのは仕方のないことだ。だってエロいんだもの。

 このまま俺は心春の彼氏にならず、心春も俺の彼女にならない。それが色んな意味で平和な未来に繋がるだろう。心春は俺の家族に出会わないなら襲われないで済むし、俺もあるかは分からないが寝取られの恐怖に怯えなくていいのだから。

 そう、全部これでいい。

 俺と心春はただのクラスメイト、それが一番良いのだと俺は言い聞かせる。

 高校生活、その一日が終われば俺も自分が住んでいるアパートに帰ることになる。鞄を背負って友人たちに挨拶を済ませ、そのまま教室を出ようとした俺の耳に届く女の子の声。

 

「あ、まってよ新君! ごめんね、私も帰るから!」

 

 その子は友人たちに別れを告げて、パタパタと足音を立てながら俺の横に並ぶ。

 

「一緒に帰るって約束したでしょ? もう!」

 

 そう言って頬を膨らませる表情はとても可愛いかったが、俺は小さく溜息を吐いてどうしてこうなったのかと考えを巡らす。下校しようとした俺に付いて来た女の子――心春はどこか嬉しそうに鼻歌でも歌う勢いで俺の隣を確保するのだった。

 ……思えば、こうして心春が俺と一緒になって帰ったりするのは何日目だろう。決して付き合っていないはずのに心春は何故か俺の傍にいようとしたがるのだ。何か裏があるのかと思ったが、純粋で優しい心春がそんな黒いことを考えるとは思えず、俺はずっと分からないままだ。

 学校を出て暫くすると生徒の姿は見えなくなる。すると心春は遠慮はしないと言わんばかりに俺の腕を取って自身の腕を絡めた。

 

「……えへへ」

 

 照れくさそうにするならやめろよと言いたくなるのだが、そんなことを口にしようものなら心春を悲しませてしまいそうだから言えない。寝取られのトラウマとも呼ぶべき一人ではあるが、やっぱり心春は可愛い、故に役得と考えてしまってまあいっかと流されてしまう自分が居る。

 腕を絡めているものだから心春の大きな胸の感触はもちろん、距離が近いため甘い香りも漂ってきて変に意識してしまう。次いで脳裏に過るのは彼女の裸というべきか、エロゲ脳だろうが何だろうが好きに言ってくれ。みんな絶対にそうなるから。

 心春のような美少女と腕を組んで歩いているとやっぱり注目は浴びてしまう。

 

「なあ陽ノ下――」

「心春だよ?」

「……陽ノ下」

「心春だよ?」

「……心春」

「なあに? 新君」

 

 少し離れてくれないか、そう言うと彼女は物凄い笑顔になってこう答えてくれた。

 

「嫌だよ♪」

「さいですか……」

 

 本当にどうして心春の俺に対する好感度が高いのか、その原因の心当たりは一つだけあるけど、果たしてそれだけでこうなるものなのか、或いはゲームの修正力とも言うのか、分からないことだらけの世界で美少女とイチャイチャするという謎の現象に今俺は悩んでいるということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人を見たのは偶然だった。

 

 高校生になって暫くして、どうしてなのかは分からないけど私の視線はその人に釘付けになった。名前は朝岡新君という男の子で、少しだけ雰囲気が周りの男子と違う男の子だ。

 一目惚れ……というわけではなく、単純に理由は分からないが気になったという感じだ。

 友人たちと話しながら時折視線を感じてチラッと見てみると、新君はよく私を見ていた。厭らしい視線とかではなくて、どこか苦しそうに、或いは心配そうに見つめてくるのだ。私と彼に接点はないためそのような視線を送られる理由はないはずだが、だからこそ気になってしまう。

 

『初めまして。陽ノ下心春です』

『朝岡新です。よろしく』

 

 初めて話した時はこんな感じだった。何の変哲もない会話、でも私の心は少しだけ弾んだ。いつも心配そうに見つめていたその瞳がキラキラと輝いたように見えて可愛いなと思ったから。可愛いというのは男性にとっては嬉しくないかもしれないけど、私の第一印象はそんな感じだった。でも話せば話すほど、接すれば接するほど新君の良い所が見えてくる。私と話すことなんて特に何もないはずなのに、とても楽しそうに話すからこちらまで嬉しくなる。女癖の悪い先輩に告白されて困っていた時、何かあったら助けるからと言ってくれたその表情にドキリとした。

 

 そして極めつけはあの時――。

 

 体育担当の教育実習の人に体を触られ、悲鳴を上げようとして口を押えられ、恐怖に包まれていた私を救ってくれたのも新君だった。飛び込んで来た新君は私とその人を離し、背後に私を守るようにしてその人を睨みつけた。新君に続くように多くの人が何事かと現れたことで私を襲おうとした男の人は肩をガックリと落とし、次の日にはもう学校から姿は消えていた。

 

『……ったく、家だけじゃないのかよイベント。どんだけ関わらせようとすんだよ』

 

 新君が何を言っているのかよく聞こえなかったけど、その時の私はずっと新君を見つめていた。その時の私の心臓は大きく鼓動を立てていて……いつもより彼の横顔がかっこよく見えて、私は新君という男性に恋をすることになった。

 

『全然いいよ。何もなかったんだしさ。気にしなくていいって』

 

 ひらひらと手を振って、足早にその場を離れようとした彼の手を思わず掴んでしまった。目をパチクリさせる新君に私はどうしてって聞く。すると返ってきた言葉はこうだ。

 

『あぁ……いやあれだよ。男に襲われかけたからさ、同じ男が傍に居ない方がいいかなって思ったんだよ。陽ノ下さんのお友達呼んでくるからさ。今は彼女たちと一緒に居たらどうかな』

 

 新君はどこまでも私のことを気に掛けてくれていた。

 

 その時でもう駄目だ。私は完全に新君を好きになった。どうしようもないくらいに好きになった。チョロイとか言われてもどうでもいい、吊り橋効果とか知ったことじゃない。私の初恋、私が人生で初めて好きになったこの人の傍に私は居たい!

 それからの私は積極的に新君と話をすることにした。

 まずは学校で、そして段々と登下校を含めて彼の日常に私という存在を刷り込んでいく。こんなにも好きなんだ。どうしようもないほどに好きなんだ。だから分かってよ新君! っと、そんな想いを常に抱きながら私は新君の傍に居たのだ。

 

 ふと新君と視線が合うと嬉しくなる。

 彼の視線をこの身に浴びていると考えると下半身が疼く。

 私の全てで彼に奉仕したいと心が叫ぶ。

 私以外の女が近づくと殺したくなる。

 

 そんなありふれたどこにでもいるような恋する乙女のような私、もどかしいようで嫌ではない。大好きな新君のことを考えるとそれだけで私は幸せになれるのだから。

 

「ねえ新君」

「なんだ?」

「私の胸気持ちいい?」

「っ……ごほっ!」

 

 新君に体を押し付けながらそう聞くと、彼は照れたように分かりやすいリアクションをしてくれる。それだけで可愛い、もう今すぐ溶け合いたいくらいに愛おしい。

 私の容姿は優れている、それは告白の数を考えれば嫌でも理解してしまう。そして体も極上らしい、男子たちのヒソヒソ話や胸に視線が集まることを考えれば分かることだ。前までは鬱陶しく思いどうしてこんな体なんだと思いもしたが、新君がドキドキしてくれるなら話は別だ。

 友人たちが褒めるこの顔、他の男たちが求めるこの容姿。大人の人が犯したいと思うこの身体、その全てを私は新君に捧げよう。新君が望むなら、今すぐにでも私はあなたに体を捧げます。

 

「ねえ新君、私たち付き合わない?」

「……いや、遠慮しておくよ」

「また断られちゃったぁ。新君ってひどい!」

「それは仕方なくない? てか何で俺なんだよ」

「新君だからだよ。すっごく好きなんだもん」

「……さいですか」

 

 ……まだ落とせないか。でもそんなに掛からないと思う。私は何が何でも新君の心を射止めてみせる。彼と将来を過ごす女は陽ノ下心春、この私だ。

 だから新君、どうか早い段階で私と一緒になる決断をしてほしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 じゃないと……もっと色んな手で君を追い詰めるよ?

 

 あぁでも、追い詰めると言っても酷いことはしないからね絶対に。私は純粋に新君のことが好き。その気持ちは何があっても変わらないから。

 

 

 

 

 

 どうしても我慢が出来なくなったらその時は……。

 

 

 

 

 

 薬でも飲まして無理やり既成事実を作って……あ、ダメ。あぁ、濡れちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新君、早く心春と愛し合おうね? ふふ……アハハハハ!!




さて、同じ立場に立った時あなたは我慢ができるかな?


……ってお話でした。
結構話を続きを作るのが難産でして、でもこういう感じのは面白いからスラスラと書けちゃいました。他のヒロインでも書いてみたいとは思います(笑)


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リハビリ2

終わります。

まあこうなるよねっていう感じですね。


 やばい。マジでヤバい。何がヤバいかって言うと、俺の理性が粉々になりそうなくらいにヤバい。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 一呼吸を置いて精神を落ち着かせる。

 

 さて、一体何が俺の身に起きているのかを説明させもらうとだ。今場所は俺が借りている古いアパートなのだが、先ほどまで俺は心春にこれでもかと誘惑されていた……うん、いきなり何を言っているんだと思われるだろうがそうとしか言えない。俺は心春に誘惑されていたんだ。

 

 事の発端は学校が終わった後の放課後だ。いつもと同じように心春が俺に引っ付いて学校を出た時、心春がこんなことを言いだしたのだ。

 

 

 

『今日金曜だから明日から学校はお休みだね。ねえ新君、お泊りに行ってもいいかな?』

 

『……は?』

 

 

 

 というようなやり取りがあった。

 

 もちろん俺としては断った。手を出すつもりは微塵もない……ないのだが、付き合っているような間柄でもないのに家に招くのはどうかと思ったからだ。しかし結局心春は家に来てしまい、先ほどまで地獄のようであり天国のような時間を味わっていたというわけだ。

 

 

 

『ねえ新君。二人っきり……だね?』

 

 

 

 そう言って体を寄せてくる心春。大きな胸も押し当てられるし吐息も届くほど顔を近づけてくる。少し俺が顔を寄せればそれこそキスが出来てしまうような距離だ。ジッと見つめたら見つめたで心春は嫌がる素振りを見せず、逆にもっと見てと言わんばかりに見つめ返してくるほどだ。

 

 

 

『新君凄くいい匂いがする。すぅ~……はぁ♪』

 

 

 

 いきなり胸元に飛び込んで来たかと思えばこんなことを言いだす。俺の方も心春から漂う花のような香りにドキドキしてしまいされるがままだった。しかもである。胸元に心春の顔があるということは、彼女が俺の顔を見るように見上げてくると“何故か”ボタンが二つほど開けられた胸元がしっかりと見えてしまう。普通に制服を着ていても分かるほどの大きさだ。その谷間がこれでもかと見えるようなその光景に、不覚にも下半身に勢いよく血が巡りそうになった。

 

 

 

『ふんふんふ~ん♪ あ、この漫画面白いね』

 

 

 

 本棚から取り出した漫画を寝転びながら見る心春。“何故か”足を俺の方に向けていることから短いスカートから覗く綺麗な足が丸見えだ。何なら普通にパンツが見えてしまうくらいである。

 

 ……さて、心春にその気があるのかないのか定かではないがこれは確実に俺は誘惑されているのではないか? 自意識過剰とかではなく、割とマジで俺は心春に誘惑されているものだと思っている。それをどうにかこうにか鋼の精神で耐え、今心春は若干不満そうにしながら風呂場へ行きシャワーを浴びている次第だ。

 

 

 

「……ほんと。可愛すぎるしエロ過ぎるんだよなぁ」

 

 

 

 正直な話色々と言ったが、本当に心春は可愛いし体つきは凶悪的なまでにえろい。流石はエロゲのヒロインだ。ここまで誘惑されているのなら、自分行っちゃっていいすかって感じで突貫試みようかとも思ったが……やはり寝取られモノ所以の恐怖が出てきてしまうのだ。

 

 俺は別に心春は嫌いじゃない。寧ろ好きな方だと言えるだろう。作ってくれるご飯は美味しいし話も聞き上手、思いやりと献身に溢れている女の子だと素直に思える。故に、いざ一歩を踏み出した時俺は絶対に心春を特別な存在だと考えるようになるのは明白だ。そうなった時にもし心春が原作のようになったらと思うと……そりゃ嫌だよねって話なのだ。

 

 

 

「本当に何で俺のことなんか気に入っちまったんだよ……」

 

 

 

 鈍感かそうでないのか、どちらかと言えば俺は鈍感ではない。だからこそ心春が俺に好意を持っていることも分かるのだ。これでもし心春の態度が全て演技であり俺をからかうためだけのものであるのなら大した女優だ。今頃テレビで活躍する有名女優も真っ青になること間違いなしである。

 

 さて、そのように色々と俺が考えを巡らしている時だった。

 

 シャワーを浴び終えた心春が帰ってきたのだが……その恰好がヤバかった。

 

 

 

「お風呂上がったよ? 新君」

 

「……な、なんつう恰好してんだ!?」

 

 

 

 バスタオルを体に巻いただけの姿で心春は現れた。色々と見えてはいけないものが……いいや正直に言うと見えてしまっているのだが……ってそんなことはどうでもいいんだ。まさか心春は着替えを脱衣所にもっていかなかったのだろうか、あぁそうかきっとそうに違いない。俺は心春の着替えが入っているであろう鞄を渡そうと立ち上がろうとしたその時、お腹に決して弱くはない衝撃を受け体勢を崩してしまった。そのまま俺は背中から倒れ込み、この事態を引き起こした犯人に文句の一つでも言おうと口を開こうとしたができなかった。それよりも早く、心春が俺にキスをして来たからだ。

 

 

 

「っ!?」

 

「ん……ちゅぅ」

 

 

 

 触れ合うようなキスだったが、一切合切の考えを頭から吹き飛ばされるほどの衝撃だった。頭がパニックになり何もできずに唇を触れ合わせるだけの時間が過ぎる。そんな中で、俺の唇を這う何かがあった。

 

 

 

「……むぅ……うぅん!!」

 

 

 

 それは心春の舌だった。どうやら心春はディープな方もしたいらしく舌で俺の唇を割ろうとしているようだった。それに対し俺がずっと応じないものだから不満顔になりながら唸っているというわけである。事ここに来てようやく少しだけ頭が覚醒し、俺は心春をぐっと引き離した。

 

 

 

「……お前、何してんの!?」

 

「何って……そろそろ次の段階に進んでもいいんじゃないかなって」

 

「何だよ次の段階って……」

 

「それを言わせるの? ふふ、それはねぇ。男と女の人が腰を突き合わせるあれだよ!」

 

 

 

 自信満々に何を言っているんだ君は……。

 

 何だろう、凄くドッと疲れた気がする。俺も風呂に入るため、迫り来る心春から逃げるように脱衣所に入り鍵を掛けるのだった。

 

 

 

「……怖がらなくていいんだよ? 新君。私は絶対に君を裏切らないから」

 

 

 

 脱衣所に向かう時に聞こえたその言葉はとても真剣で、思わず振り向いてしまいそうになったのはここだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所に消えてしまった新君を見て、私は後少しだったのになぁと溜息を零す。勢い任せだったが私はやっと新君にキスをすることが出来た。思い返すと下半身が疼き出すがそれ以上に心臓が大きく脈を打っている。大きな胸の柔らかさを越えドクンドクンと鼓動を感じることが出来るほどだ。

 

 流石に怒られてしまうかなって思ったけど、新君も照れるだけで嫌そうではなかった。それが分かっただけでも良かったし、どことなく新君が恋愛というものに対して怯えを持っているということも直感だが理解できた。

 

 

 

「……何があったのかな。新君の過去? それとも他に何かが」

 

 

 

 流石にそこまでは分からない。

 

 新君が何に怯え、何を恐れているのかは分からない。もしかしたら過去に恋愛に関することで痛い目を見たのかもしれない。もしそうならその相手を探し出して地獄を見せてやろうかとも考えたけど、優しい新君がそれを良しとするわけではないので却下。

 

 あんな表情をするくらいだ。私が無理に聞き出しても嫌な気持ちにさせてしまうだけだろう。なら私は新君が話してくれるのを待つだけだ。待つのは得意だもの、それこそ大好きな人のことなら特にね。

 

 いつまでもバスタオルというわけにもいかないからパジャマを着て新君が帰ってくるのを待つ。暫くすると新君が戻ってきて、若干私から距離を取りながら座った。

 

 

 

「……むぅ」

 

 

 

 警戒しているのかもしれないけど、それは女の子にとっては嬉しくないぞ新君。私はゆっくり……何てことはなくサササッと動いて新君の隣をキープした。そしてガッチリと新君の腕を取って胸元にしっかりと抱きこむ。これで新君は逃げられないね。

 

 

 

「なあ心春」

 

「何かな?」

 

「……その……さっきも思ったけど胸が……な?」

 

「胸が……なあに?」

 

 

 

 私は新君の顔を覗き込みながら更に強く胸を押し付ける。う~ん少し意地が悪すぎるかな。でもね、これは私にとって戦いなんだ。新君のハートを射止めるために、私は私の持つ全てを懸けてこの戦いに望んでいる。

 

 

 

「当たってる……って言っても離れてくれないんだよな?」

 

「もちろんだよ。敢えて言うなら、当てているんです♪」

 

 

 

 好きな人に触れたい、触れられたいって思うのは自然でしょう? だから私はこうしているんだ……それくらい好きなんだよ。私は新君のことが本気で好き。誰にも渡したくない。私だけの新君になってほしいし新君だけの私にしてほしいの。

 

 

 

「ねえ新君。好き」

 

「っ……」

 

「本当に好き。大好き。私だってね? 恥ずかしいんだよ凄く」

 

 

 

 そう言いながら新君の手を握り、私の胸に押し当てる。新君の指が私の胸に沈み込み、私の体に甘美な電流が流れた。

 

 

 

「ドキドキしてるでしょ? 新君もドキドキしてる?」

 

「あぁ……でも俺は」

 

 

 

 ……やっぱりだ。やっぱり少し何かに怯えている気がする。

 

 私は新君の顔を覗き込むように体を押し倒した。今の新君なら簡単に押し倒せると思ったけど、ここまで上手く行くとは思っていなかった。驚く新君を可愛いと思いながら、私はまた新君にキスをした。

 

 長い、とても長い時間そうしていた気がする。一旦唇を離し、私は新君の瞳を見つめながら口を開いた。

 

 

 

「新君。私はずっと新君の傍に居たい。新君が好きなの。どうしようもないくらいに。だから……私のこの気持ち、受け取ってくれませんか?」

 

 

 

 肉食系のように追い立てたけど、後半部分は少しだけ声が震えてしまった。もしこれで断られたら……諦めたくはないけど、諦めた方がいいのかなって思ってしまう。ただの迷惑な女になるだけなのは嫌なのだ。……あはは、既に迷惑な女かもしれないけど。

 

 ちょっと気が落ちてしまって油断していた私。そんな私の耳にふと聞こえた声。

 

 

 

「……そうだよな。守ればいいんだよ。ずっと……俺が心春を守れば」

 

 

 

 新君の声が聞こえてすぐに、私は先ほどのお返しのように押し倒された。そして――。

 

 

 

(……あ)

 

 

 

 私は新君にキスをされていた。私からではなく、今度は新君の方からキスだった。

 

 嬉しい。どうしようもないほどに嬉しい。これはつまり……そういうことでいいんだよね? 私、喜んじゃっていいんだよね?

 

 嬉しさで思わず叫び出しそうな気持ちを押し込め、今は新君との啄むだけのキスを楽しむ。そうして暫く続けていた私と新君、新君が顔を離してこう言ってくれた。何よりも欲しかったその一言を。

 

 

 

「この場合は待たせてごめんって言うのか、逃げ続けてごめんって言えばいいのか分からないけど……正直になることにした。心春、君が好きだ。だから俺と――」

 

 

 

 もう我慢はしなくていいよね?

 

 私は新君の唇に再び自分の唇を押し当てた。そして――今度は私の舌の侵入を新君が阻むことはなかった。今日この日、私の想いは漸く新君に届いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間が経つと、何やら頭を抱える新の姿と。自身のお腹を愛おしそうに撫でる心春の姿がありましたとさ。




続いてしまったの巻。

色々やりたいこと多すぎて手が付かないんですが、ちょくちょく本編もそうですけどこんな形のお話をやりたいと思っています。


後今やっているアズレンと原神のことばっかり呟いていますが、フォローしていただけると凄く喜びます(笑)
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春野香澄の場合1

原作:ネトシス


 僕には好きな人が居る。

 その人の名前は春野香澄と言って親戚のお姉さんになる人だ。ずっと昔から良くしてくれていて、頼れるお姉さんであり尊敬もしているのだ。僕はまだ年齢より幼く見えるようなちんちくりんだけど、そんな素敵な女性である香澄姉に惹かれるのも無理のない話だった。

 

『香澄姉! もし同じ学校に行けたら付き合って! 僕を一人の男として見てほしいんだ!』

『ふぇ……ふぇえええええええ!? あ、綾斗君!? それってつまり――』

 

 

 人生に何度あるか分からない一世一代の告白、それを聞いて香澄姉は頷いてくれた。それは告白のOKを意味していることではあるが、同じ学校に通えるようになるその時まで僕は勉強に時間を費やすことにした。……ただ、遊びたい盛りの僕にとってずっと勉強をするのは苦行だった。けれど頑張らなくてはいけないとして一生懸命勉強に時間を費やした。

 

『綾斗君。ここはこの公式を使うんだよ?』

『わ、分かった……』

『? どうして顔を赤くしてるの?』

 

 ……香澄姉は天然というか、あまり自身の容姿が優れていることに気づいていない。ただでさえ美人なのに、その体はグラビアアイドルに引けを取らないほどの凹凸を持っている。そんな体の持ち主が無防備に近づいてくれば……うん、緊張するなっていうのが無理な話だ。

 そんな感じに香澄姉に勉強を見てもらいながら僕は彼女と一つ屋根の下で日々を過ごしていた……そんな時だった。学校から帰って家に入ると、いつも香澄姉が電気を付けて待っているのに、今日に関しては真っ暗だった。

 

「……?」

 

 珍しいなと、そんなことを思いながら玄関をドアを開けると鍵は開いていた。そして香澄姉の靴も置かれていたので帰っていること自体は間違いないはず……でも何だろう、この胸騒ぎは。

 

「……っ! 香澄姉!」

 

 急げ、急がないと大変なことになる……取り返しの付かないことになる。そんな漠然とした不安を抱えながら僕は香澄姉の部屋に急いだ。半ば体当たりをするようにドアを開けて中に入ると……僕の目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

「あ……綾斗君……」

「香澄姉……何をしてるの?」

 

 部屋の中に彼女は居た。

 でも……彼女の様子は今まで見たことが無いほどにやつれたものになっており、更には天井に吊るされたロープに首を掛けようとしていたのだ。

 

「……何を……何をやってんだよ!!」

 

 いつもは決して彼女に向けて放つことのない強い言葉を口にしながら、僕は脚立に上がっていた香澄姉の体を抱きしめるように下ろそうとする。

 

「いや! 離して!! お願いだから離してよおおおおお!!」

「離せるわけないだろ!! 香澄姉!! 何考えてんだよ!!」

 

 嫌々と暴れる彼女、こんな香澄姉を見て困惑はかなりあった。それでも僕は香澄姉を離すことは絶対にしなかった。暴れる彼女を無理やり落とすように、多少強引ではあったが強く引っ張る。脚立というある意味不安定な場所に立っていたからこそ、香澄姉の体は簡単に落ちた――小さな僕の体の上に。

 

「ぐふっ!?」

 

 ひ……肘が最高に悪い場所に入りやがった。

 苦しそうにげほげほと咳をする僕を見て流石の香澄姉も取り乱したように僕に声を掛ける。

 

「あ、綾斗君大丈夫!? ねえ大丈夫なの!?」

 

 僕の心配をしてくれるくらいには大丈夫そうなのかな? でも、間違いなく香澄姉がやろうとしたことは自ら命を絶つ行為――自殺だ。

 もう少し遅かったらどうなっていたか、僕はこの大切な人を未来永劫に渡って失っていたかもしれない……そう考えたら涙が出てしまうくらいに怖かった。

 

「あ……ごめんね綾斗君……痛かったよね。ごめんね」

 

 間違ってはないけど、この涙の意味はそれじゃないんだ。しばらく咳き込む僕を香澄姉は見守ってくれ、ある程度して僕の体は落ち着いた。そうなると僕はどうしてそんなことをしようとしたのか、そう香澄姉に聞くのも当然だった。

 

「……………」

 

 目に光がない状態、この世界に希望を見出せないそんな痛々しい姿で香澄姉は話してくれた。どうしてこんなことをしようとしたのか、どうして死のうとしたのかその理由を。

 

「……犯されたの……私」

「……え?」

 

 一瞬、時が止まったような錯覚を感じた。

 犯されたと、香澄姉はそう言った。信じられない、でも香澄姉の様子からそれは真実なのだと分かった。その瞬間僕の心を覆ったのは激しい憎しみ、憎悪だった。この人を……僕の大切な人を穢し、あまつさえここまで追い込んだのはどこの誰なんだって。

 

「犯されたことは知らなかったの。一昨日、昔の同級生に誘われてカラオケに行ったのは綾斗君も知ってるよね?」

「うん」

 

 そうだね、確か昔の友達に遊びに誘われたからって出掛けたのを知っている……つまりその時に? けど僕は少し首を傾げた。犯されたと香澄姉は言ったけど、犯されたことを知らなかったとはどういうことなんだろう。あの日、夜に帰ってきた香澄姉はいつも通りだった。こんな風に絶望していなかったし、ましてや自殺をする予兆は一切見られなかったのだ。

 

「薬を飲まされたみたいで……眠っている時に犯されたらしいの。信じられなかったけど、その時の録画した映像がそのまま残っていて……それでさっき呼び出された時にそれを知ったの私は」

「……………」

 

 ……そんな、そんな酷いことをする人間が世の中には存在するのか。

 呆然とする僕に力なく笑った香澄姉は言葉を続けた。

 

「この動画を拡散されたくなかったらセフレになれって……そう言われた。本当かどうかは分からなかったけど、万が一この動画が綾斗君の目に触れるようなことになったらと思うと怖くなった。だから一瞬、私は頷こうとしたの。絶望していた私にとって、その提案は凄く魅力的に感じたから」

「……………」

「でも……頷けなかった。私はその場から逃げたの……だって、そんなこと出来るわけないじゃん! 私の体はもう汚れていて、今更あいつに体を捧げても何も変わらない! でも……でも嫌だった……たとえそんな動画を盾にされても、綾斗君を裏切るようなことはしたくなかった! 綾斗君を好きなこの気持ちに嘘を付きたくなんてなかったから!!」

 

 ボロボロと涙を流す香澄姉を見て、僕は更に怒りがこみ上げてくる。この怒りは香澄姉をこんな目に遭わせた男にもそうだし、僕に何も相談せずに一人で死のうとした香澄姉に対してもだ。

 ……でも一番は、そんな風になってまで打ち明けようと思わせられなかった僕自身の未熟さと弱さに対する怒りだったのは間違いない。

 

「昔の友達を見て変わったのは気づいてた……あの男が一緒に居るのも分かっていたのに私はのこのこと付いていってこの有様……まさかこんなことになるとは思わなくて警戒していなかった私も悪い……でも嫌だよこんなの。こんなに苦しいのならもう楽にさせてよ……」

 

 正直なことを言えば……僕には香澄姉の絶望を全て理解することは出来ないんだろう。

 知らないうちに初めてを奪われ、その時のことを唐突に知らされ、それだけでなくその時の録画をちらつかされて脅されて……自棄になってしまうくらいに恐怖に支配された香澄姉の心を……大変だねと、辛かったねなんて言葉はいくらでも言える。でも真にその心を理解することはおそらく……出来ない。

 

「……香澄姉」

 

 震えるその体を僕は抱きしめた。

 ビクッと震えたその体に、僕は男に対して強い恐怖が植え付けられているのを理解した。そしてその恐怖は少なからず僕にも同様に抱いていると。

 

「僕は香澄姉が大好きだ。いつも笑ってくれる香澄姉が、些細なことで頬を膨らませる香澄姉が、揶揄うと怒る香澄姉が……勉強を教えてくれる香澄姉が、ずっと僕を守ってくれた香澄姉が……僕は本当に香澄姉が大好きなんだ」

「……綾斗……君」

 

 香澄姉の辛さ、悲しみ、それから逃げる最善の手がこの世からの逃避だとするなら……僕は絶対にそんなことをさせない。だってそうだろ? 目の前で大好きな人が死のうとしているのを黙って見過ごすことなんて絶対に出来ない。

 

「私も好き……大好きだよ。でも、もう私の体は――」

「綺麗だよ」

「……え」

 

 目を丸くする香澄姉に僕は自身を持って伝える……綺麗だって。

 

「綺麗だよ。凄く」

 

 抱きしめるように首元に顔を埋める。くすぐったそうに身を捩る香澄姉の温もりと匂いと、そして柔らかさを感じながら僕はこの想いを必死に伝えるのだ。

 

「汚れてなんかいない、香澄姉はずっと綺麗なままだ。いつもと変わらない、僕の大好きな香澄姉はずっと綺麗なままだ。だから大丈夫、香澄姉は汚れてなんかいない」

「……あ……あぁ……っ!」

 

 香澄姉も僕を抱きしめてくれた。涙を流しているのは変わらないけど、それでもさっきのように暗くどんよりとした目ではなかった。僕を見つめる目にはちゃんと光が戻っていた。

 

「僕はさ、こんな風に小さくてちんちくりんだけど……今度は僕が香澄姉を守るよ。今までずっと香澄姉が僕を守ってくれたように、今度は僕が香澄姉をどんな奴からも守ってみせる!」

 

 そうだ。守るんだ……僕が香澄姉を守るんだ!!

 

「こんな風に決心までした香澄姉には、もしかしたらこんな言葉を伝えるのは酷かもしれない。でも言わせて……お願いだ香澄姉。死なないで……生きてよ」

「っ!!」

 

 ギュッと、抱きしめる腕に力が込められた。

 

「僕は香澄姉が居なくなったらきっと一生悲しんでしまう。香澄姉が居てくれから、僕は今まで頑張ってこれたしこれからもそうだと思えるんだ」

「綾斗君……」

 

 見つめてくる香澄姉の頬に両手を添えて、僕は決意と共に宣言する。この人を守っていく、僕はずっとこの人の傍に居るんだと。

 

「僕の傍に居てほしい。僕もずっと香澄姉の傍に居るから……だから……だから香澄姉。どうか、僕のために生きてくれませんか?」

 

 まるでプロポーズのような言葉だ……そして同時に僕は直感した。この言葉が香澄姉を縛り、香澄姉をこの世界に捕え続ける呪いになることを。

 

「私でいいの? こんな私でいいの?」

「香澄姉じゃないと嫌だ。大好きだ香澄姉……愛してる」

 

 そう言って必死に背伸びをするように、僕は香澄姉の唇にキスをした。目を大きく見開いて驚く香澄姉だったけど、すぐに僕の存在を離さないと言わんばかりにキスを返して来た。そうして段々と激しくなる僕たちの行為、少し卑怯かもしれないと思ってしまったけど……僕たちが一線を越えるのは必然的と言えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……綾斗君、すきぃ……大好きだよ」

「僕もだよ香澄姉」

「ふふ、しあわせぇ」

 

 ふにゃりと表情を緩める香澄姉の頭を撫でる。まるで猫が甘えるようにもっとして、もっとしてと身を寄せてくる彼女に僕はまるで年下みたいだなと思った。

 お互いに裸で締まりのない状態だけど、間違いなく僕は香澄姉と想いを交わした証でもある。

 

「……………」

 

 でも、こうしていても現状が変わるわけじゃない。

 後悔させてやる……僕は必ず、香澄姉に涙を流させたその男を必ず……。

 

「香澄姉」

「なあに?」

「辛いことを聞くようで申し訳ないけど――」

「いいよ。なんだって聞いて? 私は何でも答える。綾斗君に聞かれること全部答えるよ」

「……………」

 

 若干の危うさを感じながら、僕は香澄姉に録画されていた動画のことを聞いた。どうやら動画ファイルとして香澄姉のスマホにも送られたらしく、その映像はバッチリ残っているとのこと。その時を思い出して体を震わせる香澄姉を強く抱きしめながら、僕はその動画を見せてもらった。

 

『ちゃんと撮れてっか?』

『大丈夫大丈夫。それにしても寝てる私の友達を襲うなんて最低♪』

『本気でそう思ってんなら連れてこねえだろうが』

『まあね~』

『んじゃまあ、今からこいつをハメて動画を撮るからバッチリカメラ向けとけよ?』

『了解~♪』

 

 ……胸糞悪くなる話だ。

 でも、一つだけ言えるのはこいつらが馬鹿だってことだ。

 

「馬鹿だねこいつら。顔がバッチリ映ってる」

「……あ」

 

 今気づいたと言わんばかりの香澄姉に少し苦笑する。まあこんな見たくもない動画を確かめるように見るようなことはしないよな普通は。

 押さえるべき証拠は確保した。とはいえ決して消去することはせず、一旦動画の再生を止めた。

 

「……………」

 

 さてと、色々とやるべきことはあるけど……出来ることならこの動画がネットに出回るようなことがなければいい。でも、何かの拍子に出回るとも限らない。そうなると香澄姉は……。

 そんな僕の不安を感じたのか、香澄姉は僕の腕を抱いてこんなことを口にした。

 

「心配しないで。私はもう大丈夫だから……こんな動画、誰に見られても気にしない。私はもう綾斗君の傍に居るって決めたから。だから大丈夫」

「分かった」

 

 早速自分のスマホを取り出して連絡を取る。

 僕がここまで怒りに震えたのだ。ならば香澄姉を愛する叔父さんと叔母さんが何も思わないはずがない。

 

『綾斗君? どうしたんだい?』

 

 遠くに出かけていてしばらく家に帰ってこない叔父さんにこのことを伝えた。一応香澄姉にそのまま伝えると聞くと頷いたからこその連絡だ。

 事の経緯を説明し終えると、今まで聞いたことが無い叔父さんの声が鼓膜を揺らした。

 

『……なるほど、綾斗君。その動画に顔は映ってるんだったね?』

「はい。バッチリです」

『分かった。必ず後悔させてやる。私の娘をそんな目に遭わせたことをね。地獄を見せてやる覚悟で追い詰めるさ。予定を切り上げて妻とすぐに戻るよ。万が一はもうないと思うけど、香澄の傍に居てくれるかい?』

「もちろんです。その……ちょっと早いですけど、付き合うことになりましたから」

『はは、そうかい。それは嬉しいニュースだな。それじゃあ綾斗君。また……あぁそれと、香澄に伝えてくれ。どんなことがあっても君は私たちの娘だと、必ず守るからと』

「分かりました」

 

 それで電話は切れた。

 さあ、賽は投げられた。後は動くだけだ。




おそらく想像は出来ると思いますが、動画の件を黙る代わりにセフレ的な関係を受け入れて堕とされるのが原作です(笑)


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春野香澄の場合2

内容とかはともかくとして。

“あんてきぬすっ”の作画は色んなアニメも見習ってもろうて。


 香澄姉が変わった。

 変わったというのは見た目に変化があったというか、性格が変わったとかそういうものではない。何というか、やけに僕の傍に居たがるようになったのだ。まあいつぞや決めた目標よりも大幅に付き合うことは早くなってしまったけど、恋人になったというだけでここまでの変化が起きるのだろうか。個人的には大好きな香澄姉とイチャイチャ出来るのは嬉しいので良い事だけど。

 

「綾斗君♪」

「何?」

「呼んでみただけだよ」

「……何だよそれ」

「うふふ~」

 

 一つ屋根の下に居るということでほぼほぼ香澄姉と同じ時間を共有することになる。平日はお互い学校に通っているということで、帰ってくるとその間の寂しさを埋めるように香澄姉は引っ付いてくる。休日になると朝から晩まで、それこそ物理的に一心同体って感じで傍に居るのだ。

 

「……………」

 

 あっとそうだ。簡単にではあるがあの後のこと話そう。香澄姉を眠らせて犯し、ビデオを撮ったあの男は逮捕された。いいとこの金持ちで色々とあったみたいだけど、修羅のように怒り狂った叔父さんと叔母さんによってちゃんと豚箱に放り込まれた。

 安生だか安西だか……別に知りたくもない相手なので名前がうろ覚えだ。けどそれでもいいと思っている。あの男のことは憎んでいるけど、金輪際関わることもなければ顔も見ることはないだろうから。

 

「……香澄姉」

「なあに?」

 

 耳元で甘く囁かれる言葉に背筋が震えそうになる。何度目になるか分からないが、僕は年齢の割りに背も低くて幼く見える。香澄姉と並んだらそれこそ年の離れた弟にしか見られないほどなのだ。だから香澄姉が好きな一つの体勢として、体の小さい僕を香澄姉が自身の膝に乗せる形で後ろから抱きしめていた。

 

「……この体勢は色々とヤバいんだけど」

「ふふ、お姉ちゃんに興奮する?」

「……します」

 

 いやするでしょうよ、そう声を大にして言いたいね。香澄姉は本当に美人なのだ。見る人にはよっては綺麗よりも可愛いかもしれない。でもそれは香澄姉が間違いなく美少女だという証明と言えるだろう。それにスタイルも凄く良くて首に伝わる柔らかさは至高の一言。そしていい匂いもするしで……もう最高過ぎて幸せなのだ。

 

「いいんだよ? 綾斗君がしたいことはなんだってしてあげる。遠慮なんてせずに、欲望のままにお姉ちゃんに襲い掛かってもいいんだからね?」

「……その、それは夜でお願いします」

「分かった。言質取ったからね?」

 

 ……また今日も疲れる夜になりそうだ。

 まあでも、こうして香澄姉に抱きしめられているのが一番好きかもしれない。夏とかだとちょっと勘弁したいけど、暑さよりも涼しさを感じるこの時期なら丁度いい。

 

「……あ」

「どうしたの?」

 

 ふぅっと耳に空気を当ててくる香澄姉に変な気持ちを抱きつつ、僕は一昨日のことを聞いてみた。

 

「そう言えば香澄姉、あの友達のことは……」

「あぁ……わかんないかな。だってあの子、もう学校に来てないらしいし」

「……え?」

 

 あの友達、そして香澄姉が口にしたあの子は共通している人物だ。あのビデオに映っていた男と一緒に居た女の人、つまり香澄姉を誘い出して罠にハメたその人だ。男が逮捕されたということで、あの女の人にも言いたいことがあると香澄姉は本当に信頼できる友達と会いに行った……でも、学校に来てないってどういうことなんだろう。

 

「なに? 綾斗君はもしかして気になるのかな? 嫌だよ、私以外の女の子を気にしちゃ」

「そういうわけじゃないよ。というか香澄姉も知ってるでしょ? 僕がどれだけ香澄姉のことを好きなのかってことをさ」

「……そうだね。それもそっか」

 

 言葉は勢いを失くし、香澄姉はもっと僕に抱き着くように密着した。後ろからでも香澄姉の大きな胸が苦しそうに形を歪めているのが分かる。これはあれだ……照れているんだ香澄姉は。さっきまでの発言は今の体勢も大胆なのに、こうしていざ言葉を伝えると香澄姉は照れてしまうのだ。

 

「……なんか悔しい。こんなに綾斗君は小さくて可愛いのに、ふとした時に私なんかよりとても大きく見えて大人っぽく見えるんだもん」

「もしそうならそれは香澄姉のおかげかな……ちょっといいかな香澄姉」

「? うん」

 

 お腹に回っていた腕を外して僕は立ち上がった。こうやって立ち上がるとやっとソファに座っている香澄姉の顔の位置より高くなる……あれ、でもそう考えると僕ってどんだけ小さいんだ。

 ちゃんと毎日牛乳は飲んでるんだけど、その努力はあまり反映されてくれない……っと今はこんなことはいいんだと僕は頭を振った。

 座り続ける香澄姉と向き合い、僕は口を開こうとして……あれ~?

 

「……ん」

「……?」

「……ん!」

「……えっと」

「……んん!!」

「……………」

 

 何だろう、香澄姉が腕を広げた状態で僕に視線を向けている。まるでそう……こっち向いたまま抱き着いてきなさいって暗に言われているようだ。……こうなると香澄姉は頑固だからなぁ、僕はそれが合っているのか分からないけど香澄姉の期待に応えるようによっこいしょと足を上げる。

 香澄姉に向き合うように上り、さっきと体勢が逆になる形で香澄姉の膝の上に乗った。

 

「……これで間違いないよね?」

「うん♪ ふふ、綾斗君だぁ!」

 

 今度は正面からギュッと抱擁された。

 顔がまるで胸にサンドイッチされるようにされるけど……あぁ、この感覚幸せ過ぎておかしくなりそうだ。って違うだろ! 僕はちゃんと香澄姉に伝えたいことがあったんだ。

 トントンと香澄姉の肩を叩くと、香澄姉はあははと笑いながら体を若干離してくれた。それでも距離が近いのは相変わらずだけど、ちゃんと口元が自由になったからこれで話をすることが出来る。

 

「あのさ、僕が強く在れるのは香澄姉のおかげなんだよ」

「私の……?」

「うん。だって僕、香澄姉が大好きだもん。あの時の香澄姉を見て僕の中で何かが変わったんだ。僕にとって香澄姉は憧れだった……でも、香澄姉も僕と同じように弱い部分もあるんだって知った。香澄姉の身に起きたことは想像を絶するものだったけど、今にも消えてしまいそうなこの人を僕は絶対に失いたくない! 守りたいって思ったんだ!」

「……………」

 

 香澄姉の頬が段々と赤くなる。でも、その潤んだ瞳はずっと僕を見つめ続けていた。

 

「それくらい僕は香澄姉を想えば強くなれるんだ。……その、やっぱりこんなことをいくら口にしても僕はこんな形で自信は消えちゃいそうだけど、それでもこの想いは誰にも負けないよ。僕は世界中の誰よりも香澄姉が――」

 

 それ以上の言葉を口にすることは出来なかった。開こうとした口を香澄姉の口に押さえられたからだ。触れ合うだけのキスではない、しっかりと舌も使って全力で香澄姉は僕とのキスを楽しんでいた。

 

「……ぷはぁ!」

「……か、香澄姉?」

 

 突然キスされたことに驚いたのは当然だけど……こう言ってはなんだが僕は香澄姉がまた我慢できなくなったのかと思った。でもそうじゃないらしくて、今香澄姉が浮かべている表情は真剣そのものだ。

 僕たちの体勢に関しては正直締まりがないけど、それでも今この場に漂う空気は真面目である。

 

「ねえ綾斗君、ちょっと早いけど言いたいことがあります」

「……何?」

 

 今までに見たことがない香澄姉の表情に、僕も自然と背筋がピンと伸びるのを感じた。一体何を言われるんだろう、そんな不安を抱いた僕に届けられた香澄姉の言葉は……予想外のモノだった。

 

「私と、結婚してください」

「……ほへ?」

 

 結婚してください、その言葉に僕は間抜けな声を上げてしまった。確かに付き合うことになったわけだけど、まだ将来のことはあまり考えたことがなかった。そもそも、今は目先の学校に合格するという目標を掲げている今……結婚かぁ。したいなぁ……うん。

 

「僕もしたい……香澄姉と結婚したい」

 

 ……そう、僕は正直に言葉にした。

 何度も言うけどまだまだ先の話だ。香澄姉はすぐだけど、僕が成人になるのはまだまだ先である。今考えても仕方のないことだってのは理解している。それでも好きな人との結婚生活、憧れるし想像しないわけがない。

 僕の返事を聞いて香澄姉は満面の笑みを浮かべた。

 

「本当だよ? 約束だよ?」

「うん。もちろん……その、ちょっと待たせることになると思うけど」

 

 法律的にね。こればかりは仕方がない。

 

「大丈夫だよ。待ち遠しいけど、綾斗君との未来を思えばいくらでも待てるから」

 

 ……マズい、さっきから香澄姉に好き勝手されていたようなものだけど、今度は僕の方から香澄姉に甘えたくなってきた。……いいかな? いいよね。よし、僕は思い切って香澄姉の方に体重を掛けた。

 

「きゃっ!?」

 

 可愛らしい姫を上げて香澄姉は背もたれに背中を引っ付けた。僕は香澄姉の存在をもっと感じたくて、必死に甘えるように背中に回した腕に力を込める。

 

「……ふふ、大丈夫。私は逃げないから。ねえ綾斗君、もっと甘えて?」

「うん」

 

 至高の弾力に飛び込んだ僕を香澄姉は撫でてくれた。そうやって甘えていると、いつの間にか香澄姉は上半身を曝け出していて……僕は赤ん坊のように吸い付いて……うん? おや? おやおや?

 

「ぅあ……それいいよぉ……」

 

 頭上から響く甘い声に僕は正気に返った。

 チュポンと音を立てて顔を離した僕を香澄姉が切なそうに見つめている……おかしい、僕は純粋な気持ちで香澄姉に甘えていたはずなのにどうしてこうなった。もう一度言わせてほしい、どうしてこうなった?

 

「綾斗君? もう終わりなの? 好きなだけいいんだよ?」

「……はっ!?」

 

 再び無意識に吸い付こうとした自分に怖くなった……もしかして香澄姉、僕に高度な催眠術を掛けていたりしないよね? ……いや、単純に僕がスケベなだけなのかな。ううん、何を恥じることがあるんだ。男はみんな女の子のおっぱいが好きだろ! そう僕は無理矢理に納得することにした。

 僕と香澄姉の間に流れる甘ったるい空間、でも香澄姉……もうすぐ叔父さんと叔母さんが帰ってくる時間なんだけど。

 

「えい」

「あ~れ~」

 

 簡単に押し倒されてしまった。おかしい、香澄姉の力に全然勝てない。情けなさを感じながらも、絶対に僕を逃がさないと言わんばかりの香澄姉に抵抗することを止めた。だって……ねえ? 鼻息荒く瞳孔も開いてて、完全に発情した状態の美人が目の前に居るわけだ。怖くなる? 馬鹿を言っちゃいけない。僕はね……不覚にも興奮してしまったんですはい。

 

「……ねえ綾斗君、女装してセックスしてみない? 何かこう、インスピレーションがビビッて来たんだけど」

「嫌だよ! ていうか何度目なの!?」

「メス堕ちする綾斗君……ぐへへ」

「いやだあああああ!! ただでさえ女の子に間違われることもあるんだから絶対に嫌だああああ!!」

「良いではないか~良いではないか~」

「いやあああああああああああ!!」

 

 これじゃあまるで僕が香澄姉に襲われているみたいじゃないか……いや、間違ってないんだけどね。まあ結局、香澄姉が口にしたように女装させられたりすることはなかったけどやることはしっかりとやった。

 

「それにしても綾斗君、本当に女装は嫌?」

「うん」

「そっかぁ……」

「なんか……」

「??」

「別の世界線の情けない僕を見ているようで嫌なんだ」

「……どういうこと?」

 

 分からない、そんな世界があるのかもって嫌な受信をしただけなんだ。

 ……まあでも、あんなことがあったけど僕は香澄姉と幸せな毎日を送れている。それから希望していた学校にも合格して、香澄姉と一緒に過ごすことになるわけだけど……やっぱり色々と問題が起こるのは当然だった。

 その辺りのことは長くなるからまた別の機会にでも話をすることにしよう。

 

「綾斗君、愛してるよ」

「僕も。香澄姉を愛してる」

 

 もしかしたら、香澄姉が傍から居なくなる世界もあるのかもしれない。でも僕は、今ここに居る僕はそんな世界は認めない。認めてなるもんか……僕は香澄姉と二人で幸せになってみせる。

 

 僕が辿り着いた運命、それはいつまでも香澄姉と幸せに暮らしていける世界だった。



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倉敷玲奈の場合

原作:催眠性指導

厳密には寝取られものではないと思いますけど、好きなヒロインなので書いてみました。
既にいくつかありますけど、こんな風に寝取られではない作品との話も書いてよろしいでしょうか笑


 俺には幼馴染が居る。

 見た目は凄く派手な……そうだな、ギャルと言ってもいいだろう。スタイルは抜群で胸はとても大きく尻もデカイ。こう言うと変態みたいに聞こえるかもしれないが、その幼馴染とヤることは既にヤッているので今更だろう。

 まだお互いに小さな頃、それこそ性別なんて全く気にしなかったガキの頃から一緒だった。俺は常にあの子の傍に居て、その逆もしかりだった。

 彼女はギャルのような見た目だが勉強は出来て、しかも母親が大企業の社長みたいなもので物凄い金持ちの家なのだ。

 

「凄く気後れしそうになるけど……凄い気に入られてるんだよなありがたいことに」

 

 親子揃って高飛車に見えるものの、俺に対しては二人揃ってとても甘いのだ。娘とは付き合っていて恋人同士、母親は本当の息子のように可愛がってくれるのだから。

 

「……って、何俺はボーッとしてんだ!」

 

 柄にもなく過去のことを思い浮かべていたら待ち合わせの時間に遅れそうになっていることに気づく。彼女はあまり怒らないだろうけど、その分人目を憚らずにスキンシップしてくるから周りの目が怖いんだよ本当に。

 俺は急いでベッドから降りて支度を始め、家から出てダッシュで待ち合わせ場所に向かう。そこそこ息が上がってきたところで目的地が見えてきた。

 

「……いた」

 

 待ち合わせ場所に彼女は居た。

 上着を腰に巻くスタイルは相変わらず、キッチリとシャツのボタンを留めては居るがその胸元はとても窮屈そうで、短いスカートから覗く足は通り過ぎる男の視線を集める。そんな彼女こそ俺の大切な恋人である倉敷玲奈である。

 

「……あ! 隆久!!」

 

 鋭かった視線を一気に和やかなモノへと変え、嬉しそうに俺の元に玲奈は駆けてきた。そしてそのまま抱きついてきたことで、朝から俺は素敵な感触と温もりを味わうことになった。

 

「ふふ、おはよう隆久」

「おはよう……なぁ玲奈」

「どうしたの?」

 

 抱きついてきてくれて凄く嬉しい……嬉しいんだけど、俺は今急いで来たわけだ。だから少し汗を掻いてしまっているので、変な匂いがしないか気になってしまったのだ。

 それを伝えると、玲奈はあぁっと納得したように離れ……ることはなく、首元に流れる汗を玲奈は舐めとった。

 

「っ!?」

「ぺろ……ふふ、ちょっとしょっぱいね。でも隆久の汗の味は好き、何なら汗だくのシャツの匂いとかも好きだよアタシ」

「……………」

 

 そうだった……玲奈はこういう子だった。

 一度始めたら中々止まることは出来ないのか、玲奈は次から次へと汗を舐めとっていく。首元を舌が這う感覚はくすぐったいが、ゾクっとする感覚は癖になる……って流石にマズイだろ!

 

「玲奈、流石にここでは……」

「はいはい。隆久は照れ屋なんだから」

 

 絡めていた足、背中に回していた腕を外して満足そうにペロッと唇を舐める仕草は妖艶だ。……認めるしかない。付き合ってから数年経つしセックスだって何度もした。その上で言わせてもらうと、この子は相当エロい女の子だということだ。

 他の男子には冷たい……のは普通かもしれないが、俺を前にしたこの子はようやく本当の姿を見せてくれる。可愛くて、綺麗で、そしてエッチな俺だけが知る姿を。

 

「ねえ隆久、今日ウチに来ない?」

「玲奈の家に?」

「うん。ママも会いたいって言ってたし」

「麗華さんが……まあいいよ。明日から休みだし泊まろうかな」

「決まりだね!」

 

 嬉しそうに玲奈は俺の腕を取りながら笑みを浮かべた。思えばこうして玲奈の家に泊まりに行くことも珍しくはない。それこそ事あるごとに泊まりには行くし遊びにだって行く。

 

「……ってことは夜凄く疲れそうだなぁ」

 

 基本的に泊まりに行った夜は必ず夜の営みが待っている。俺と玲奈の体の相性はかなりいいらしく、一度始めたら疲れてしまうまで止まることがない。

 

「今日もたくさん気持ちよくしてね? もちろんアタシも隆久を気持ちさせてあげるから♪」

 

 耳元で囁かれたその言葉に下半身に力が入りそうになったが何とか堪える。そのつもりはなくても、少しでも臨戦態勢に移行しようものなら物陰に引っ張られて一発抜かれるのは最早お約束だからだ。

 そのまま俺たちは腕を組んで学校に向かうと、俺は“またか”という気持ちになった。

 

「……こんな朝から性指導か。田中も大変だな」

「そうね。よくやるわ」

 

 教室で一人の女子とセックスしている男、田中の姿があった。最初はこんな光景変だと思ったんだけど、何でも田中は直々に性指導と呼ばれる役目を担っているらしい。今抱かれて喘いでいる女子の彼氏が複雑そうに見つめる中、田中たちはフィニッシュを迎えた。

 息も絶え絶えになりながらも、嬉しそうに表情を蕩かせる女子の姿を見ると……俺は何だかなと思う。

 

「……っ」

 

 これは前からだけど、田中の指導に疑問を思うたびに酷い頭痛がするんだ。立っていられないほどではないが、それでも隣に居る玲奈を不安から抱きしめてしまうほどには……なんだこれは。

 

「ちょっと待っててね隆久」

 

 俺の様子を見ていた玲奈は安心させるように笑い、やり終わったばかりの田中の元へ歩いて行った。

 

「田中」

「っ……倉敷さん? な、何だい?」

 

 相変わらず俺以外の男子に対する当たりはキツい、けど心なしか田中には更にキツい。それに田中もどこか玲奈のことを必要以上に怖がっているような印象だ。

 思えば玲奈が一度指導に呼ばれた時からあんな感じだ……結局その時もそうだし、今までもそうだが玲奈は田中とヤッてはいないし呼ばれることもなかったが。

 

「アタシと隆久はちょっと授業抜け出すからさ。先生によろしく言っといてよ。出来るわよね?」

「……どうして僕がそこまで」

 

 そこでダンっと大きな音が響き渡った。田中もそうだし、全裸の女子もその体を白濁に塗れた状態で彼氏に抱きつくという光景……この場に居る俺以外の存在が恐れているのは音を出した張本人である玲奈だ。

 

「アンタに拒否権はないんだよ。やれ、いいな?」

「わ、わかりました!!」

 

 田中が不憫に思えてしまうが、止めようとしない俺自身が心の中に居る。昔から田中はクラスメイトに弄られていたけど、俺は特に触れることはなかった。なんというか、ずっと玲奈とイチャイチャしてたようなもんだからだ。

 

「さ、行こう隆久」

「行こうってどこに?」

「決まってるじゃん。空き教室よ♪」

 

 

 

 

 

 

 授業が始まった校舎内、静寂が満ちる空間の一画では淫靡な空気が醸し出されていた。

 隆久と玲奈、二人が己の欲望のままにお互いの体を貪っていた。

 

「ねえ、早く入れて?」

「分かった。行くぞ」

 

 一気に腹の中を貫かれる感覚、それが玲奈は本当に好きだった。自身が望む場所を叩かれる快感もそうだし、好きな人を一番近いところで感じれる幸福もあった。

 隆久に求められる中、大きな声を上げながら快楽を享受する玲奈だったが、その内心は驚くほどに冷静だった。

 

(田中のやつ、本当に役に立つよ)

 

 田中とはさっきのセックスしていた男だが、玲奈はあの男に対していい感情は持っていない。それどころか底を突き抜けそうになるほどの嫌悪感を抱いている。

 公衆の面前でセックス、性指導なんて言われているがそれがおかしいことに気づいているのは玲奈だけだ。玲奈の心を動かすのは愛する恋人である隆久のみ、それ以外に玲奈は全くの関心すら見せることはない。

 いつだったか、田中はその魔の手を玲奈に伸ばしたことがあった。一時でも隆久の元を離れるのは嫌だったが、この訳の分からない現象が何かなのか興味はあった。だから玲奈は一度だけ田中の呼び出しを受けたのである。

 

『倉敷さん、君にも性指導をしないといけないんだ』

 

 何かを田中がしたと思ったら、脳内に入り込む嫌な何かを感じ取った。まるで脳内を犯されるような得体の知れない感覚だった。でも玲奈にはそれだけで特に変化は起きず、その様子に狼狽えたのは田中だった。

 

『……なるほどね。常識を改変するほどのものだし何かあると思ったけど、田中……アンタ面白い力を持ってるのね』

 

 おそらく、田中にとって玲奈はそれこそ未知数の化け物にでも見えたのかも知れない。何かしらの力……催眠術か、そう当たりを付けて核心を突いた玲奈に田中は恐れしか抱かなかった。

 不可思議な力、でも同時に玲奈の心を支配したのはとてつもない怒りだった。その力を自分に使おうとしたこと、万が一にもあり得ないが自分と隆久の間に入り込もうとしたこのクズを殺してやろうかと思ったくらいだ。

 

『田中、アタシに協力しなさい』

 

 目を丸くした田中に玲奈が持ちかけたのは協力関係だ。田中のやることに口を出さない代わりに、好きな時に自分が望めば隆久と好きなことが出来るように改変すること、それを玲奈は一方的に叩きつけた。

 田中とてその提案に頷くつもりはなかったが、玲奈が唯一自身の持つ絶対的な力の及ばない存在となると怖くて仕方ないのだ。元々田中はそんな臆病な性格だから。

 

「……今日は一段と激しいな」

「ふふ……っ! それはきっと、嬉しいからよ!」

 

 さっきのことだけじゃない、隆久は明らかに田中の催眠術を跳ね除けようとしている。これがおかしいことだと、たとえ常識を改変されても田中に玲奈は渡さないのだという強い想い、そんな姿を見せられてはそれだけで玲奈は濡れてしまう。それこそ大洪水だ。

 

(何となくだけど、ママも効かない気がするのよね)

 

 母である麗華も田中の力は効かないのだと何故だか分からないが確信を持っていた。何故なら麗華も同じだからだ……玲奈と同じ、隆久に大きな愛を向ける一人だからだ。

 ただ麗華は玲奈の母としてその気持ちに蓋をしている。娘と彼氏の情事を想像しながら一人で慰めているのだ。それを玲奈は知ってるし、母のことも大好きだからどうにかしたいと思っている。

 

(ねえ隆久、アタシとママを愛して? 絶対に不自由なんてさせない、ママだって隆久を……)

 

 だからこそ、新たな一歩を進むために今日家に呼んだのだ。自身と同じく気の強い性格をしてるくせに、好きな人を前にしたら初々しい生娘になってしまう母を変えるために。

 死んでしまった父には申し訳ないが、それだけ隆久が魅力的なのがいけないんだと玲奈は責任転換し、隆久の放つ熱いそれを全て受け止めた。

 

「さいっこう……♪」

 

 普段の美しさを損なわせるような表情、舌をだらんと出して下品な顔を見せながら玲奈は愛する男の体に倒れ込むのだった。




次回、親子丼

そして我のパソコン、マザーボード御臨終。
たぶんデータは大丈夫って言われたけどどうなんやろね。


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ネトカノ

原作:ネトカノ

良い落としどころかなって結末です。


 俺、風見壮太には大切な幼馴染が居る。

 ずっと一緒に過ごして来た女の子であり、高校生になってから付き合うことになった最愛の女の子だ。彼女の名前は涼森瑞希といって、少しばかり男勝りだが陸上部のエースとして日々練習を頑張っている。お互いに同じ大学に行くことを誓い合い、瑞希は陸上で推薦をもらうため夏休みを通して合宿を頑張っていた。

 

 あまり遊ぶ時間はなくなってしまったけど、お互いに誓いの為に頑張っていると思うと俺もそんなに寂しくはなかった。電話をすればいつでも話は出来るし、家は近いので会うことも簡単だからだ。

 

 俺は彼女を愛している……だけど、そう思っていたのは俺だけなのかもしれない。

 

「……………」

 

 俺はパソコンの画面に映し出されていた動画を見て唖然としていた。

 魂が抜けるといった表現の方が正しいかもしれない。もうすぐ夏休みが終わるといった頃、俺の元に差出人不明のDVDが届いたのだ。怪しいとは思ったが、送り先は俺だったのでそのまま部屋に持って帰りパソコンで見ることにした。

 

 映し出された映像、それは俺を絶望の底へと叩きつけた。

 俺の愛した彼女が、最愛のあの子が……瑞希が誰とも知らぬ男とセックスをしていた。陸上で鍛え上げられた強靭な肉体、豊満でもあるスタイルの良さを惜しみなく使うように男に奉仕をしていた。俺は最初自分が何を見ているのか理解できなかったが、不思議と頭は冷静になれた。

 

「……………」

 

 瑞希と男は楽しそうにセックスをしていたが、会話の節々から男が陸上部を担当する顧問であることが分かった。瑞希の体がずっと欲しかったや、俺を彼女を寝取られたクソみたいな男だと罵る言葉も数多く聞こえてきた。

 

『わたしぃ、先生と一緒に住むことにしたから♡ 学校も辞めるからもう、壮太とは一緒に居られないの』

 

 ……………。

 

『だから』

「だから」

 

 画面の中の瑞希と俺の後ろに立つ誰かの声が重なった。

 俺がゆっくりと振り向くとそこには変わらない幼馴染の姿があった。でもその纏う雰囲気は全く違っていて……まるで彼女ではないと思わせるかのようだった。

 思えば、こうして彼女が俺の部屋に予定なく勝手に入ってくるのも昔からだった。気づけば背後に立っていて驚かされることもあったが、それだけお互いに心を許している仲でもあったのだ。

 

 俺と目が合った瑞希は制服を着ていたが、スカートの丈はとにかく短く下着が見えていた。ブラは着けてないのか頂点のソレはくっきりと見えていた。瑞希は薄く笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

『私と別れてほしいなぁ』

「私と別れてほしいなぁ」

 

 そのシンクロした言葉と共に動画は終わりを迎えたようだ。

 彼女の見つめる先に居るのは俺一人、さっさと帰ればいいのにずっと彼女は俺の言葉を待っている。唖然とした様子の俺を楽しそうに見つめる彼女の様子に俺は……不思議と何も思わなかった。

 

 自分でも驚くほど冷静であり、怒りに震えてしまうわけでもない。

 

「……悲しいもんだな」

 

 ふと言葉が漏れて出た。

 悲しい、そんな言葉が何も隠されることなく出てきた。

 

「フフ、だって仕方ないでしょう? 壮太より先生の方が――」

「……瑞希が可哀想でさ」

「……はっ?」

 

 怒り、悲しみ……ないわけではないが少しはあった。

 だけどそれよりも俺は瑞希のことが可哀想だった。結局のところ、彼女はあの男に変えられたのだ。今までの価値観も論理観も全て壊されて、ただただあの男が望むままの女にさせられたのだ。俺の言葉を聞いて首を傾げる彼女だが、別れてほしいと言われれば別れるさ。少なくともあんな動画を見せられた後となってはもう俺は瑞希を好きで居ることは出来ない。

 

「瑞希……いや、“お前”学校辞めるんだってな?」

「?? ……そうよ。先生と一緒に過ごすから」

「陸上はどうするんだよ」

「辞めるわ。もう必要ないし」

「あんなに頑張ってたのにか?」

「そうよ。何度も言わせないで」

 

 ……なるほど、もう瑞希は本当に俺の知る彼女ではないらしい。

 女の子にお前というのは気が引けるが、俺はもう彼女を名前で呼びたくはなかった。女々しいと思われるかもしれないが、俺が名前で呼ぶのは記憶の中に居る彼女だけだ。

 

「……あぁそうか」

 

 俺はそこで納得した。

 俺はもう今の段階で瑞希のことは何も思ってないのだ。無関心とまでは行かないまでも、目の前に居る彼女を瑞希と思えないからこそ引き留めたりする気持ちは一切なかった。

 

『ねえ壮太! 私は絶対に陸上で一番取ってみせるから!!』

 

 あんな風に心の底から俺の大好きな笑顔を浮かべてくれた人は……もういない。

 

「お前が今まで積み上げてきたもの全部捨ててまでそうしたいと思うならいいんじゃないか? もう俺には関係のないことだし」

「ちょっと壮太、いきなり他人行儀じゃ――」

「馴れ馴れしく名前を呼ぶな!!」

「っ!?」

 

 思えば彼女にこうして怒鳴ったのは初めてかもしれない。

 周りに囃し立てられるくらいに仲が良かったからこそ、軽いじゃれあいはあっても喧嘩なんて以ての外だった。俺と彼女は……それだけお互いに想い合っていたんだ。

 

「……すぅ……はぁ」

 

 大きく息を吸い込んで吐き出した。

 何も思わないとはいったけど無理だったらしく、怒鳴ってしまった自分の頭を冷やすように深呼吸をすれば落ち着いてきた。そうなると一つだけ、俺は彼女に聞きたいことがあった。

 

「お前は……瑞希は最初からあの男とそういう関係だったのか?」

「違うわ」

「……襲われたのか?」

「最初はそう。でも今はお互いに愛し合ってるから」

「……なんでその時、俺に相談してくれなかったんだ?」

「壮太に嫌われたくなかったから……だけど」

 

 ……ふざけんなよ、なんで一人で抱え込んだんだよ馬鹿が。

 

「嫌いになんかなるわけないだろ……俺がどれだけ瑞希のことを好きだったと思ってるんだ」

「……………」

 

 もう後の祭りだな。

 俺はもう話すことはないと瑞希の背中を押して外に追いやった。最後の最後まで俺の知らない顔をしていた彼女、たぶんもうここで別れたら彼女と会うことはないんだろう。そうだとしてもやり直そうとか無様に縋りつくことだけはしたくなかった。

 

『壮太はカッコいいよ。私が保証する! そんな壮太が私は大好きなんだから!』

 

 俺の大好きな彼女がそう言ってくれたのだ。なら俺は絶対に泣きはしないし縋りつきはしない。

 

「それじゃあな」

 

 返事を聞くことはせず俺は玄関を閉めた。

 しばらく立ち止まっていたが、瑞希はすぐに歩いて行ってしまった。彼女の気配が遠くに行ったのを実感した瞬間胸に襲い掛かってきた強烈な悲しみを堪えるように、俺は蹲って涙を流すのだった。

 

 

 

 

 それからの日々は目まぐるしく過ぎ去っていった。

 瑞希は宣言通り高校を中退し、将来を期待されていた選手としての道は終わった。当然瑞希のことについて俺は色んなことを訊かれたが何も分からないと言葉を返すだけだった。ただ、彼女の親御さんについては隠すことも出来ず話してしまい、その流れで厳正な調査があの教師に行われ彼はいつの間にか消えていた。

 

 その後、彼と瑞希がどうなったかを俺には知る由もない。

 風の噂では色々と危ないこともしていたことかで逮捕されたことは聞いたが結局はそれだけだ。

 

「……さてと、そろそろだっけか」

 

 数年の月日が流れれば俺も大分変わったものだ。

 瑞希と一緒に行くと約束していた大学だが、元々やりたいこともあったのでそこを目指すことは変わらなかった。大学に入ってから一年、俺が二年になった時になんと後輩の彼女が出来たのだ。

 

 今日はその彼女との待ち合わせ、これからデートと言ったところである。

 スマホで時間を確認していると背後から元気な声が響き渡った。

 

「少し遅れたっすか~?」

「いや全然……うん、遅れたな?」

「……うぅ、化粧に時間を取られ過ぎたのがマズかったなぁ。ごめんなさい」

「いいよ全然」

 

 頭を下げた彼女に俺は笑みを浮かべて大丈夫だと口にした。

 日に焼けた小麦色の肌からにじみ出るスポーツマンらしさ、何を隠そう彼女は陸上部に所属している。何の因果か瑞希と同じ陸上を頑張っている女の子と再び俺は付き合うこととなったのだ。俺にとってある意味トラウマともいえる響きだが、いつまでも過去に囚われ続けることは自分自身の為にもならない。

 

「先輩優しいっすよね。なんか女性の扱いが本当に丁寧っつうか、あの……最近自分のガサツさが嫌になって来てるんすけど変わった方がいいっすか?」

「必要ないよ。今の君が一番だって」

「……ほんと、私が好きになった人はかっこいいっす」

 

 そう言ってくれると嬉しいもんだ。

 出会いは突然で、キャンパス内で迷子になっていた彼女を案内したところから俺たちの時間は始まったのだが、それから彼女は俺を見かければすぐに近寄ってきて声を掛けてくる。その小動物っぽい部分も可愛いが、大人の仲間入りを果たそうとする大学生ともなればそのスタイルも完璧で……俺は彼女にとって頼れる先輩であろうと頑張るも、何度彼女のスキンシップにドキドキさせられたことか。

 

「ほら先輩、せっかくのデートですから早く行くっすよ!!」

「ちょ、落ち着けって!」

 

 ……やっぱり子供っぽい部分はあるな。

 彼女という存在に恐れがあった高校時代、どうも俺は顔に出やすいらしく彼女にはバレていた。具体的に何があったのかを尋ねられることはなかったが……そこは気を遣ってくれたんだろう。彼女のその優しさに感謝をしつつ楽しい時間を俺たちは積み重ねていった。そうなってくると過去に向かって振り向くことは自ずと少なくなり、俺は記憶の中の瑞希のことすら忘れて行った。

 

「先輩が暗い顔をする時は昔の女を思い浮かべてる時っすね!」

「……なんだよいきなり」

「ふっふ~ん! 私は分かるっす! なんたって先輩の大好きな彼女っすからね!」

「大好きなのは当たり前だけど」

「……あう」

「いやそこで照れるんかい!」

 

 だって嬉しいんすよ! そう大きな声を上げた彼女に俺は苦笑が零れた。

 そうだ、彼女のこういうところに俺は何度も救われた。彼女の底なしの明るさが俺を照らし、もう一度恋愛をする勇気をくれたのだ。

 

「ねえ先輩、浮気なんて絶対にしちゃダメっすよ? したら殺して私も死んでやりますから」

「なんで君は時々怖いことを言うのかな?」

 

 そしてこの子……ちょっと病んでる部分があるがそれも愛嬌みたいなものだ。

 それから俺たちはデートを楽しみ、偶にはホテルでイチャイチャしないかととある場所に向かう。まあ言ってしまうとラブホである。彼女と腕を組みながら繁華街を歩いていると、とある大人向けの店の前で客を選別しているような様子の女性が居た。

 

「……? ……っ!」

「……………」

 

 その目が合った女性に俺は何も思うことはなかった。

 ただ……やっぱりそうなったかと、幸せになることはなかったんだなって気持ちが強かった。俺を見て驚く女性を通り過ぎる瞬間、俺の腕を抱く彼女がジッと女性を見つめた。

 

「……先輩? 今見惚れてたっすか?」

「見惚れてません」

 

 見惚れてなんかない嘘じゃないってば。

 そう告げると彼女はそうっすよねと輝く笑みを浮かべるのだった。

 

「ほらほら、早くラブホに行ってイチャイチャラブラブするっすよ! ほらほら壮太先輩!!」

「だああああ! そういうことを大声で言うんじゃない!!」

 

 本当に今の彼女は何というか……とてもパワフルです。

 毎日毎日振り回されることは多いけれど、楽しい日々だと言うのは自信を持って言える。辛い出来事があっても腐らず、前を見据えれば自ずと光は見えてくる。どんなに辛い事でも忘れることが出来てそれ以上の幸せがきっと待っている。

 

 俺はそれをこれでもかと実感した。

 

「……ありがとな」

「うっす!!」

 

 本当に幸せだ。




この後輩も寝取られたら、なんて鬼畜所業はやめましょう。


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ネトカノ IF

頼れるのは防衛本能と普通の価値観と普通の世界観ってことで。

前回の既に犯された後で救済はちょっと難しいのでこんな感じに。
百合華の場合は割と綺麗に纏めれたのでああはなりましたけどこっちではちょいきっついかなと。


「……なんか盛大にクソみたいな夢を見た気がする」

「いきなりどうしたのよ瑞希」

 

 陸上部の合宿ということでいつもと違う環境下での朝だったが瑞希の目覚めは最悪だった。何となく覚えている夢の内容、それは絶対に認められないほどに瑞希にとっての不幸で塗り固められていた。

 

「どうしたのよ。彼氏と喧嘩する夢でも見た?」

「……そんな感じ」

 

 友人の言葉に瑞希は落ち込んだ様子で下を向いた。

 瑞希には誰よりも大好きで大切な幼馴染の彼氏が居る。ずっと抱いていた淡い気持ちを伝え合い付き合うことになった相手だ。

 

「……壮太に会いたいな」

 

 風見壮太、そんな名前の彼氏だ。

 瑞希の彼氏である壮太はあまり目立つような男ではなく、どちらかといえば大人しく静かな方だ。男勝りで活発な瑞希が傍に居ることで必然と騒がしくなってしまうが、それこそが二人の持ち味であり相乗効果のようなものもあって大変相性が良かった。

 

 男勝りでガサツな部分を少しずつ直そうとは思っているが、そんな瑞希が一番好きなんだと真っ直ぐに伝えられてしまったら何も言えなくなる。そもそもの話、瑞希を含め周りの女友達もそういう認識だが彼女はかなりレベルの高い美少女だ。

 競技用の服を着ている時は凛々しく、かと思えばその自己主張の激しい大きな胸部は男の目を誘う。鍛え上げられた肉体は逞しく、陸上という世界の中で将来が有望視されるほど瑞希は期待されていた。

 

「ねえ、私帰りたい」

「やめなさい」

 

 恋人に会いたいから帰る、そんな瑞希の言葉を友人はすぐに却下した。

 元々今回の合宿は一番近い大会を見据え、更にその先の将来に繋がるために必要だと計画されたものであり瑞希自身もその将来の為に参加したものだ。

 

 だが、こんなに傍に壮太が居ないことで切ない気持ちが続くなら参加しない方が良かったなと思うのも確かだった。彼氏という存在に気を向けすぎて陸上を疎かにするわけではないが、そんなことを考えてしまうくらいには壮太という存在は瑞希の中で大きかった。

 

「アンタ本当に彼氏のこと好きよね」

「当たり前じゃない。この世の誰よりも好きだわ」

 

 好きなんてモノではない、もはや愛していると言っても過言ではない。

 ただの幼馴染なのによく好きになったよねと言われるが、逆にどうして仲の良い幼馴染が傍に居て好きにならないんだと反論することも少なくない。ずっと一緒に居たからこそ気持ちが育まれ、ずっと一緒に居たからこそ好意は恋情へと昇華した。

 

「ま、私はアンタと違ってもう男の味を知った大人なんだから♪」

「それだけ聞くとただのヤリマンにしか聞こえないんだけど」

「ヤリマン言うな。私は壮太一筋よ」

「はいはい。いつまでもお幸せに」

 

 言われなくても幸せになってやるわ、そんな言葉で瑞希は会話を終わらせた。

 

「……?」

「……あいつ」

 

 さて、そんなこんなでそろそろ練習が始まると言ったところで顧問が姿を現わした。彼は周りをチラチラと見ながら瑞希を目に留めて近づいて来た。

 

「涼森、今日はお前に個人指導をしようと思っている。準備が出来たら部屋に来い」

 

 顧問はそれだけ言って去って行った。

 その後ろ姿を見送った瑞希は溜息を吐いた。隣で友人がご愁傷様と笑っていたが、すぐにその表情は真剣なものへと切り替わった。

 

「さてと、色々準備しよっか?」

「そうだね。これも自己防衛ってことで」

「大丈夫。アンタは大事な友達だもの、アタシが守ってあげる」

「ひゅ~、カッコイイね。ま、頼むよ」

「あいあいさー」

 

 二人が一体何のやり取りをしているのか、それはすぐに分かることになるのだった。

 瑞希は顧問に言われたように部屋に向かったが、どうやらトイレに行っているのか部屋には居ない。まあそれを見計らってのことだが、だからこそ色々と用意が出来るというものだ。

 

「不用心だなぁってアタシたちが言うのもあれなんだけど」

「まあね。そこにカメラ置いておく?」

「うん。後は……」

 

 そして色々と準備が終わり、部屋に残っただけの瑞希の元に顧問が戻ってきた。

 部屋に入ってきた顧問は鍵を閉め、瑞希の肩に手を置いた。

 

「この手は何ですか?」

「なあに、すぐに分かることだ」

 

 肩に手を置かれた瞬間蹴りの一発でも入れてやろうと思ったが、一応友人も控えてくれているので焦ることはしない。

 

「お前は本当に良い体をしているな。確か彼氏が居るみたいだがあのモヤシには勿体ないだろう。どうだ涼森、俺の女にならないか?」

「正気ですか?」

「あぁ。俺はすこぶる正気だぞ」

 

 そしてトンと体を押されて瑞希は背中から倒れ込んだ。

 倒れた瑞希に顧問が覆い被さるようにして逃げ場を封じた。これから瑞希の瑞々しい体を味わう、それが待ちきれないかのような下種な表情は嫌でも嫌悪感を煽る。

 

「レイプは犯罪ですけど?」

「知ってるか涼森。相手が同意したのならレイプにはならない。安心しろ、お前はすぐに従順な雌になるからな」

「……ふ~ん」

「やけに冷静だがまあいい。それじゃあ俺が男を教え込んでやるとしよう」

 

 男を教え込む? 馬鹿を言うなと瑞希はキッと睨みつけた。

 トントンと小さく音が聞こえた。瑞希を犯そうと躍起になっている顧問は気付いておらず、そのまま瑞希の体に手を這わせながら顔を近づけてくる。瑞希はやっぱりこうなったかとため息を吐き、思い切って足を振り上げた。

 

「があっ!?」

 

 何をしたのか、それは簡単で男の金的を蹴り上げただけに過ぎない。

 いかに屈強な男であってもその部分だけは鍛えることは出来ない。モロに瑞希の蹴りをソコに受けた男は苦しむように下半身に手を当てて瑞希から離れた。

 

「す、涼森てめえ……!」

「あのさぁ先生、そう言うのが通じるのはエロ漫画とかの世界だけだよ」

 

 心底見下げ果てたと言わんばかりの瑞希の表情に男は痛みを堪えて再び掴みかかろうとするのだが、それよりも早く衣装棚が開き瑞希の友人がカメラを構えて現れた。

 

「バッチリ撮れたけど……先生アンタちょっと典型的な間男過ぎない? その間抜けっぷりに呆れるよりもこんな人を顧問として採用した学校自身に呆れるわぁ」

 

 二人の女に見下ろされる不格好な男という構図、男からすれば生意気なその視線にイラつきはしてもまだ痛みは残っていて満足に動けない。実を言えば男はこれまで数多くの女子高生を食ってきた。それと同じことをここでもするだけだったのだが、まさかこんな反撃を食らうことになるとは思わなかった。

 

「その動画で俺を脅す気か?」

「あはっ♪」

 

 それは良い提案だねと笑顔を浮かべた瑞希だが、当然そんなことをするつもりはない。瑞希は男の前に屈むようにして顔を近づけた。その瞬間、笑顔は冷酷なモノへと切り替わり男を恐怖させた。

 

「弱みを握って脅すような行為は……私としては別に良いけれど、優しい彼氏を持つ身としては彼に言えないことを抱えたくはないからね。大人しく警察の世話になりな」

「証拠もバッチリだしね。あぁでも先生、一億円くらいくれたら見逃しても――」

「おい」

「ダメみたいですぅ。大人しく縄についてくださいな」

 

 夏休みを活用した陸上部の遠征合宿はこうして幕を下ろした。

 証拠がしっかりと残っており男に逃げ場はなく、学校側も責任問題と問われることになった。陸上部としては痛手だが、自分たちの娘が毒牙に掛からなかっただけでも良かったと喜ぶ親も多かった。

 

 その後、陸上部は色んな意味で大変な立場だったが新しく担当になった女性の顧問は生徒を大切にすると評判ですぐに練習も再開することになった。まだまだ長い夏休み、練習の合間にある休みの日は基本的に壮太の家に瑞希はお邪魔していた。

 

「ってことがあったんだよね」

「本当に無事で良かったよ……」

「あはは、泣かないの」

 

 瑞希が無事だったことに涙する壮太をその豊満な胸元に抱きしめた。男としては情けない姿のようにも思えるが、そんなものは他人に言わせておけばいいと瑞希は思う。彼女だからこそ彼氏には甘えてもらいたいし、こうやって甘やかせるのも瑞希は好きなのだ。

 

「まあ彼氏の居る女に手を出そうとした男に情け容赦なんていらないしね。お父さんとお母さんも怒り狂ってたし」

 

 ちなみに、今回のことは出来るだけ大事にしないでほしいと校長と教頭が頭を下げてきたが当然瑞希の両親は納得などしなかった。むしろそんなことを傲慢にも要求してくるとは何事かと瑞希の前で怒り狂っていた。

 

 一歩間違えばレイプを受けていた被害者、その立場を利用するように瑞希は全然トラウマになってはいないがそうであると思わせるかのようにプルプルと体を震わせていたが……とはいえ今回のことは明らかに瑞希が被害者なので学校側としても変な要求は出来ないわけだ。

 

「……でも」

「?」

 

 少しだけ、瑞希には我慢できないことがあった。

 壮太が首を傾げていると瑞希は真っ直ぐにゴミ箱に近づいていく。中を覗き込むとティッシュがクシャクシャになって入っていた。

 

「クンクン」

 

 時間は経って匂いは変わっているが、それが何であるかは瑞希には良く分かる。

 

「私が居ない間、もしかして別の女で抜いた?」

「……えっと」

 

 別の女というのは浮気と言う意味ではなく、おかずにしたという意味のことだ。目を逸らした壮太に追い打ちを掛けるように再び体を寄せた瑞希の表情は正に捕食者のそれだった。舌なめずりをして顔を寄せてきた瑞希に恐怖と同時に興奮を覚えたのはもしかしたら……壮太には若干のMっ気があるのかもしれない。

 

「それは許せないなぁ。こんなに可愛くて美人でエッチで一途な彼女が居るのにAVなんかで代わりにするなんて……許せないなぁ?」

「……瑞希さん?」

「しよっか」

「え?」

「しよっか♪」

「……おう」

 

 まあ何はともあれ、この二人の仲が引き裂かれることはなかった。

 瑞希が見た夢の続き、もしかしたらその先の世界もあるのかもしれない。だが今ここに居る瑞希は確かに壮太の隣に立っている。若干気持ちが重すぎて病んでいる感はあるものの、間違いなくお互いが幸せだと思える日常なのは確かだった。



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