ベルセルク 〜灰たちの行進曲〜 (柳扇子)
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火継ぎの終わり

この組み合わせ、誰も書いてなかった気がしたので書いてみました。後「灰よ」の影響
DLC第二弾まで待てなかったよ……


嘗て暗黒だった世界に火を見出し、安寧の時代を見出した薪の王グウィン。その現物とも呼べる火の力を帯びた巨大な螺旋状の剣の切っ先が、目の前に立つ、下級騎士の防具に身を包んだ男、『火の無い灰』を貫くべく、勢いよく突き出された。

 

殆ど密着した距離から放たれたこの攻撃を避ける事が叶わないと判断した灰は、せめて体を貫かれる事だけは避けようと、左手に持っていた騎士の盾を咄嗟に構えた。

刹那、金属同士がぶつかる音と共に凄まじい衝撃が灰の体を襲い、灰が小さく呻き声を上げる。堅牢な金属の盾を持ってしても螺旋剣の一撃を完全に防ぎ切ることは叶わず、螺旋剣から発せられる炎とその熱が盾を容易く通り越し、灰の体をチリチリと焦がした。

並の人間であれば骨を砕かれ死んでいるであろう一撃を盾に受けながらも、灰は全身に力を込めて何とか堪えきると、地を蹴って素早く後退する。灰はそのままの姿勢で硬直している化身からなるべく距離を取ると、腰のポーチから黄金色に輝く液体の入ったエスト瓶を取り出し、中の液体を幾らか口に含み、そのまま飲み込んだ。すると、炎によって焦げ、焼け爛れた灰の皮膚がまるで時を戻すかのように一瞬で消えて行く。

中身の一割ほどを失ったエスト瓶をポーチに戻した灰は、螺旋剣の炎を大きくしながらこちらへ向かってくる化身を、鞘から愛用のロングソードを引き抜きながら見据えた。

助走を付けながら縦に振り下ろされた螺旋剣の一撃を、灰は横に転がって回避。転がりざまにその脇腹へロングソードを突き刺し、そのまま横薙ぎに振り抜く。

切り裂かれた化身の脇腹から炎が噴き出される。怒りを体現しているかのような、激しく、そして熱を持った炎だった。

痛みなど意に介さぬような挙動で化身が螺旋剣を両手に持ち、右へ左へと振り回す。炎の尾を引きながら迫るそれを、灰は何度も地面を転がってやり過ごし、ひたすらに攻撃の機会を伺っていた。

しかし化身は嘗て火を継いだ古き英雄達の集合体。意図して決定的な隙を見せるほど、そのソウルは愚かでは無い。最後の攻撃で左手を剣から離すと、離した左手を天に掲げ、巨大な雷の槍を作り出し、地面へと打ち下ろす。

人間の聴力など簡単に奪ってしまえるほどの轟音と共に、衝撃が周りを襲った。化身の周囲は未だにその力が残っているのか、雷が小さく地を這っている。

果たして、灰は未だ健在であった。片膝をつき、肩で大きく息を整えているものの、その甲冑に目立った損傷は無い。

否、その容姿に僅かな変化があった。先程まで持っていた騎士の盾よりも一回り大きく、派手では無いが装飾が施された金属製の盾を左手に装備していたのだ。

 

――すぐ出せるように予めソウルとして仕込んでおいて良かった

 

呼吸を整え、立ち上がりながらロスリック騎士の盾を見やる灰。彼が使命を覚え、旅を初めて間もない頃に手に入れた武具の一つであったが、嘗て竜と共に在り、それ故に竜狩りの武具たる雷に対して並外れた耐性をもつロスリックの武具は、気の遠くなるような長い年月を経てもその性能を鈍らせずに有り続けてくれていた様だ。

雷の杭を打ち込んだ姿勢からノロリと体勢を立て直そうとする化身に対し、お返しと言わんばかりにロングソードを縦横に振るう。神々の鍛冶素材としてその存在すらも疑われた強化素材、楔石の原盤を用いて強化された剣は、炎の熱にも弱ることなく化身の体をいとも容易く切り裂いていく。

何度か切り付けた所で、漸く化身が全身から炎を噴き出して灰を遠ざけた。素早く後ろに転がって距離を取った灰が、先程の雷の分も含めてエスト瓶を飲む。

対する化身は外見を見ると、既に満身創痍であった。悠然と立ってはいるものの、無数の傷口からは弱々しいが、まるで血の如く炎が噴き出されている。

 

化身が右手に持った螺旋剣を大きく引きながら駆け出した。恐らくこれを最後の攻撃とするつもりなのだろう、死の一歩手前とは思えぬ凄まじい突進力である。

対する灰はロングソードを両手に持ち、ロングソードを顔の横にピタリと付けながら刀身を水平に保つと、その切っ先を化身に向け、動かずに構えていた。化身の攻撃を迎え撃つつもりなのだろう。

 

化身の剣が灰の頭を突き砕く直前、構えの姿勢を保ったまま灰が右足を深く踏み込んだ。重心の位置が前へと移動し、灰の頭が沈む。

 

化身の剣が空を突き刺した。下級騎士であることを示す兜が砲弾のごとく突き出された化身の剣に接触し、灰の頭を離れて宙を舞い、灰の素顔が露わになる。

 

自身の眼前に近づいてくる化身の体を、灰はやけに遅いと感じた。同時に、灰がこれまで旅した場所や強敵、道中で出会った不死人達との思い出が走馬灯のように脳裏を次々と過ぎっていく。

 

 

 

そして灰は、水平に構えた剣をかち上げるように化身へと突き出した

 

 

 

鈍い音、確かな手応えがあった。突き出されたロングソードは化身の胸、人間であれば丁度心臓が存在する位置を掻き分け、貫いている。

化身の動きはピタリと止まっていた。傷口からあれほど勢いよく噴き出ていた炎さえも、まるで死火山の様に静かになっている。

 

ズルリ、と化身の胸から剣を引き抜くと、呆気なく化身は倒れ込んだ。その傷口からこれまで見た事の無い量のソウルがとめどなく溢れ、灰の体へと吸い込まれていく。強大なソウルが流れ込んだ事で、灰は自身の存在が一際大きくなった事を感じていた。恐らくこのロスリックで灰に勝るソウルの持ち主は存在しないだろう。

 

化身を倒し、灰が初めて感じたのは『静けさ』であった。燃え盛る炎の音も、吹き荒む風の音すらもここには存在しない。何も無い、ただの荒野。虚無感すら感じるこの場所に、灰は僅かな不気味さを感じた。

 

ーーこんな場所で、彼らは次の火継ぎを待っていたのか

 

既に灰となってその肉体を失った化身が倒れた場所を見て、少し離れた場所に落ちていた兜を再び被り直しながら灰は考えた。このまま火を継いでも、結局自分や薪の王のような生贄が増えるばかりでは無いのか。いつだったか祭祀場の火防女が言ったように、ここで火継ぎを終わらせる事こそが、自分の本来の使命なのではないか。

 

灰は心を決めた。自分、そして旅の中で出会い、そして死に別れた多くの不死人達のような思いを、他の不死人達にさせる事の無いようにと。不死の呪いも、亡者に怯える必要も無くなる様にする為にと。

 

火継ぎの為の篝火、そのすぐ近くに浮き出ている白い文字に触れ、火防女を呼び出す。

呼び出された火防女はそのまま真っ直ぐ始まりの火へと向かい、まるで掬いとるかの様に火防女が篝火の炎を手に取ると、途端に周囲が暗くなり始める。弱っていた始まりの火が遂に消え始めたのだ。

 

 

ーー始まりの火が消えていきます

 

 

 

ーーすぐに暗闇が訪れるでしょう

 

 

 

火防女の言葉を聞きながら、灰は黙ったまま始まりの火が消えていく様を眺めている。その顔には、微かな達成感と哀れみが浮かんでいた。

 

 

ーーそして、何時かきっと暗闇に小さな火たちが現れます

 

 

ーー王たちの継いだ残り火が

 

 

もう殆ど周りが見えない。辛うじて分かるのは、消えかけた始まりの火を抱いている火防女の姿と、その光を受けている螺旋の剣だけだった。しかし、それも直に見えなくなるだろう。

 

ーー灰の方、まだ私の声が 聞こえていらっしゃいますか?

 

聞こえているさ。灰は穏やかな声で言いながら篝火へと歩み寄り、地に突き立てられていた螺旋の剣を静かに引き抜いた。この後に不死人がここを訪れても、火継ぎを行うことが出来ないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音も光すらも無い暗闇の中、最初の火の炉に一つのメッセージが浮かび上がった。しかし誰も居ない荒野で、それに気が付く者は居ない。

 

 

 

 

 

『炎の導きのあらん事を』




キャラクター紹介

『火のない灰』

素性:騎士
SL:140
ステータス
生命力:35
集中力:15
持久力:40
体力 :37
筋力 :40
技量 :35
理力 :10
信仰 :10
運 :7

性別:男
年齢:若年
体型:標準 筋肉質
顔:平民顔

平民出の若い下級騎士。生前は実戦経験も無く、隣国との戦争時に矢傷が原因で死亡、初陣であった。
よく頼り、よく頼られる性格で、ロスリックを旅している際は白サイン、赤サインを通じて不死人に知り合いが多かった模様。


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踠く者

散々放置していて申し訳ございません。ようやく纏まった時間が出来た為、なんとか書き上げました。今後もゆっくりですが、作品を続けていくつもりです。


光が失われ、徐々に暗転してゆく世界。暗く暖かな世界にゆっくりと意識を引き込まれる中、灰は何時かに召喚した、とある灰の言葉を思い出していた。

 

 

―世界は永遠に廻り続ける。たとえ火が継がれようとも、継がれなくとも

 

 

その事実を灰が知ったのは一体何時頃だっただろうか。少なくとも、自身と同じ時期に使命を帯びた他の不死人達よりは明らかに早い時期であったであろう事は間違いないと思う。

 

終わったところで振り出しに戻る、否、決して終わらない、何度も繰り返される火継ぎ。世界が廻る毎に少しずつ強くなっていく亡者共を蹴散らし、数え切れぬ程の死と絶望を味わいながら、それでも我等『灰』は薪の王を幾度も殺す。流るる血流に宿る炎を全身に浴び、その骸を玉座に戻す。それが我々不死人に与えられた糞溜め以下の使命なのだと、その不死人は言っていた。思念のみの存在として白い光に覆われていたその表情は、心無しか酷く窶れ、双眸は既に光を失っていた。

 

灰は問うた。何故自害せぬのか、と。その『使命』を終えた不死人が倒れれば、その身体は灰となって静かに朽ちよう。

 

 

――私はカタリナのジークバルト

 

 

――カタリナ騎士ジークバルト、約束を果たしにきたぞ

 

 

――貴公の勇気と、我が剣、そして我らの勝利に

太陽あれ!

 

 

全てが狂ったロスリックの地で幾度となく互いを助け合い、その度に酒を酌み交わした。そして遂に罪の都で旧友であった巨人の王を灰と共に打ち倒し、その使命を全うした、どこまでも陽気で真っ直ぐだった『カタリナの騎士ジークバルト』。

 

 

――ああ、お前も死に損ないか……。俺もそうさ。火の無い灰、何者にもなれず、死にきることすらできなかった半端者だ

 

 

――俺はもう逃げぬと決めたのだ。恨んでいい、竜の力を俺にくれ

 

 

――お前が竜なら、悪くない……

 

 

嘗て薪の王の一角、『ファランの不死隊』から逃げ出し、王達を殺すというその使命に心折れながらも、しかし竜の力を求め、単身で古竜の頂を登りきり、最期には逃げる事を止め、灰と剣を交えた、この狂いきった世界において、ある意味で一番人間らしい性格であった『脱走者ホークウッド』。

 

 

――私はアストラのアンリ。おそらく貴方と同じ、火の無い灰です

 

 

――ああ、貴方は強い人だ。ただ一人で、使命に向かっている。そして私も、そうあろうと思います

 

 

――お願いします。貴方の力を貸してください。エルドリッチを、あの人喰らいの悪魔を、殺すために

 

 

火の無い灰の一人としてロスリックを訪れ、亡者となり、最大の信頼を置いていた友と死に別れながらも自らの使命を全うした、最も貴き者『アストラのアンリ』。

 

彼等の他にも不死人達は皆、自らの使命に決着を着けるかの様な形でこの世を去っていった。その中にはアストラのアンリの様に、自らと同じ『火の無い灰』も存在している。ならば、我々が逝けぬ道理も無いはずだと。灰は半ば縋るように目の前の霊体に言葉を投げかけた。

 

返ってきた言葉は無情なものだった。よくよく考えれば、自ら命を断つ方法など幾らでもある。敵の眼前に己の身を晒す 高い所から身を投げる 持っている剣を自身の体に突き立てる等、探せば幾らでも浮かび上がるのだ。目の前の絶望しかけた男が、それらを行わぬ筈がなかったのだ。

 

言葉を失った灰を一瞥して、白霊は自嘲気味に低い笑い声を上げたのだった。

 

 

灰よりも十歩程先を先行して敵を叩く白霊の動きは、嘗てあの重々しき石の棺を上げ、第二の生を得た時から数え切れぬ程の死線をくぐり抜けてきた灰をして、見事と言わしめるほどの物であった。

とうの昔に理性を無くした亡者が碌に手入れされていない直剣を振り上げようとすれば、白霊はそれよりも早く獲物であるクレイモアを横に薙ぎ、一刀のもとに斬り捨てた。

骨と僅かな皮のみの身体となった犬が群を成して素早く飛びかかれば、いつの間にやら投げられていた火炎壷が、数瞬の後には犬を物言わぬ火達磨へと変えていた。

亡者も、騎士も、闇霊も、果ては強大なソウルを内に貯めていた最後の敵すらも、彼の前には等しく的でしかなかった。

双腕に携えていた剣が光を失い、声なき断末魔と共に『法王サリヴァーン』が膝をつき、その巨躯が灰と消え去る。

傷だらけの身体に莫大なソウルが流れ込んでくる感覚を味わいながら、灰はせめて礼の一つでも言わねばと、消え行く白霊へと顔を向けていた。

 

『炎の導きのあらんことを』

 

灰の『一礼』に対し、同じく『一礼』と共に白霊がそう返す。火継ぎが決して終わらぬと知った灰は、気がつけば身体の痛みも忘れ、その言葉に笑い声を上げていた。

 

よかろう。幾ら火を継ごうがこの使命に終わりが無いのならば、心折れて亡者と成り果てる瞬間まで、この身を捧げ、踠いてやろう。薪の王だろうが神族だろうが、何度だろうとこの手で殺してやる。貴様ら神が『火の無い灰』に選んだことを後悔させるほどに。

 

灰の身体に宿る火の力、身体の内で燃える炎の熱が強くなった。全身の痛みを感じさせない程の力強い動作で、灰は部屋の中央に新たに出現した篝火へ、歩みを進め始めた。

 

あれからどれ程死に、殺しただろうか。灰は懐かしささえ感じる記憶に頭を巡らせながら、暗く暖かな世界へと完全に意識を任せ、更に深い眠りへとついたのだった。

 

 

 

 

 

―――別世界に召喚されています

 

 

 

 

―――踠く者 として 別世界に召喚されます

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――その日 死せる太陽が普く国々の上に在った

 

 

五度 太陽が死せるとき 新しき旧き名の都の西に 赤き湖が現れる

 

 

それは即ち 五番目の御使いが舞い降りし証

 

 

御使いは闇の鷹也 罪深き黒き羊たちの主にして 盲目の白き羊たちの王

 

 

世界に暗黒の時代を呼ぶ者なり――

 

 

 

辺境の道をただ一人歩いていた男は、風に乗ってやって来たごく微かな違和感にふとその足を止め、自身の首筋へと手をやった。

 

「(……なんだ、この感覚。烙印が熱を持ってやがる?)」

 

それは幾度もの超常をくぐり抜けた男をして、これまでに経験のない出来事と思わせる感覚。黒いマントをたなびかせながら、軽く周囲を見渡す。

 

「(……どうやら、アイツらって訳じゃ無えらしいな。だとしたらコイツは……)」

 

恐らくは大剣であろう獲物の柄に手を掛けながら、暫くの間辺りを警戒していた男だったが、違和感の正体が自身を蝕む存在では無いと判断すると、獲物の柄から手を離し、再び元の進行方向へと顔を向けた。

男の視線の先には大きな城と、それを取り囲むように建てられた大きな街。もっとも目的の街は遥か地平線の彼方にポツリと見える程度で、歩いて移動するには男の足でもまだまだ時間がかかるが。

 

「(一々気にしてても仕方ねえ。とっととあそこまで歩いちまうか)」

 

微かに漂う灰の匂いには気付かず、男はそのまま歩き出す。自身の目的をいち早く達成させる為に……。

 

 

 

人の住む場所から遥かに離れた場所に存在する山脈。その頂で、時を同じくして灰の存在を感知した存在があった。

 

「(来たか……更なる踠く者達よ)」

 

髑髏を模した甲冑に身を包んだ騎士が、同じく髑髏の装具を身に纏った馬に跨り、太陽を背にして佇んでいた。尋常ならざる覇気を宿したその姿は、ある種の神秘性さえ感じられる。

 

「(黒い剣士に灰の英雄。嘗て異界の神と交わした契りが、まさかこのような刻になって現れようとは……)」

 

ピクリとも動かず思案する騎士であったが、背後に不穏な気配を感じ、やむなく思考を中断。気配のした方へと振り向いた。

 

「炎の匂いに釣られたか、闇の眷属共よ」

 

そこに存在していたのは騎士と同じ髑髏の頭が3つ。体格は騎士よりも一回り程小さく、しかし肉厚な剣を右手に携え、左手を何やら赤い波動が覆っていた。騎士と比べ陰鬱な見た目をしている上、身体全体もぼんやりと赤く発光しており、この世界の存在でない事は明らかであった。

闇の眷属『ダークレイス』達は騎士の言葉に応じること無く、ただ剣を構えて近づいてくる。左手のダークハンドから生み出される波紋の音がやけに耳に障った。

騎士が鞘から剣を引き抜き、左手に薔薇の模様が描かれた盾を構える。殆ど同時に、ダークレイス達が剣を構えて走り出した。

 

「是非も無し」

 

前方からそれぞれ飛び掛かるダークレイス達を見据えながら、騎士は一言呟き、勢い良く剣を振るった。




誓約
『踠く者』

嘗て古の神族が、とある異界の騎士と交わした盟約。
不死人達は神々の代行者とその僕を殺し、烙印を集めなければならない。(装備していると自動で召喚されます)

人が神に抗う術は存在しない。しかし神々の代行者『ゴッドハンド』とその僕は皆元々人間であり、故に髑髏の騎士は不死人達に神殺しを命じたと言う。


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目覚めの時

もう一方の作品の筆が殆ど進まないため、リハビリも兼ねて1話分を投稿
クオリティの低い駄文ではありますが、宜しければ感想や文章の誤りの指摘など、よろしくお願い致します


どこか遠くで鐘の音が鳴り響いた気がして、灰は閉じていた瞼を開いた。

 

目を覚ました灰がまず一番に感じたのは、身を縮込めねばやっていられないほどの窮屈な圧迫感と、えも言われぬ様な懐かしさだった。

この感覚を灰は知っている。まだ使命について何も知らなかった頃、灰自身が火の無き灰である事を自覚する前に感じた圧迫感だった。

 

正面に手を掛ければザラザラとした硬い感触。灰はそれだけで自らを圧迫しているモノの正体が石板である事が簡単に分かった。

ズズ……と、触れた両の手に力を込めれば、石板が動く。自らを閉じ込める様なこの形状と動く石の板から、灰は自身が棺の中に閉じ込められている事を何となく理解する。

 

ふと灰は何時だったか、冷たい谷の貴族街で出会った不死との話を思い出した。

 

――世界は永遠に廻り続ける。たとえ火が継がれようとも、継がれなくとも

 

死んだ目をしたあの不死の言葉の通りなら、この棺を中からこじ開けた所で、灰の視界に映るのは石墓の山と亡者ばかりだろう。不死の話ではその先の審判者さえも蘇っているらしい。今更灰の敵では無いが、何の希望も無いロスリックを再び巡るのは、死に続けた灰にとって苦痛以外の何者でも無かった。

 

棺の蓋に掛けた手を戻し、狭く暗い空間に身を縮こませる。既に己の名すら忘れてしまった灰にとって、これ以上に記憶をすり減らす事など到底耐えうる物ではないのだ。

 

棺から出たくない。このまま自分が出なくても、別の不死が使命を全うするのではないか。そんな思いが灰の内を残り火となって巡る。が、彼の地にて出会った友人達との思い出が灰の内を巡ったのも、また同時だった。

 

己に聖女を託し、暖かな嫌味を吐いた聖国の騎士に問いたい。真に忠を尽くす事の意義を。

 

巨人の王との戦いの末、自ら命を絶ったあのカタリナ騎士と語らいたい。古く偉大であった彼の友の嘗ての生き方を。

 

仲間を失いながらも己が使命を見失うことなく、その鈍らな剣で神喰らいをも打ち倒した亡国の女騎士へ伝えたい。別れた友の真実と火継ぎの最期を。

 

逢いたい――と、灰の心の内に小さく、そんな願いが浮かび上がる。その願いが胸の内で大きくなるまで、そう時間は掛かず、様々な想いが灰の内を駆け巡り、棺の蓋を押す手に力が加わった。

重厚ではあるものの簡素な造りの石の棺。その縁に手を掛け、灰はのそりと起き上がる。

棺の外に広がる景色は灰にとって見慣れていた、曇天の墓所では無かった。

灰の目に映ったのは、遥か地平まで広がる一面の草原。そして流れる雲たちと、青い空。それらを照らす太陽である。

灰の記憶が進行する亡者化によって擦り切れていなければ、彼の者がこの様な地を訪れた覚えは無かった。兜のスリットから覗く穏やかな景色に一瞬気を奪われつつも、灰は即座に気を引き締め直し、周囲を注意深く見遣る。亡者や獣の気配は無い。

 

コツ……と、忙しなく当たりを見回す灰の足に、重量のある何かが当たった。ふと下を見ると、そこに転がっていたのは刀身が捻れた赤い剣、不死人達がロスリックを歩く際に必要とされた篝火に使われていた、螺旋の剣である。

大剣どころか特大剣程の大きさもあるソレを灰は拾い上げ、何故この様な場所に転がっているのかと首を傾げる。どうやら付近に篝火の痕跡は無い。若しかすると『最初の火の炉』で引き抜いた物ではないかと、そんな考えが頭を過ぎる。

しかし、灰のそんな疑問は予想よりもずっと早く、簡単に解決することとなる。

直後、螺旋の剣が転がっていた場所に、音もなくメッセージが浮かび上がる。

 

『必要に応じて己の手で篝火を焚べよ』

 

評価も悪評も出来ぬということは、この文は不死人の書いたものでは無いという事か。灰はメッセージを頭の中で読み上げ、螺旋の剣を自らのソウルへ取り込む。

この身以外にも馴染みのある物が落ちていて良かったと安堵する灰。

が、その安堵も直ぐに心の内に仕舞い込まれる事となった。というのも、螺旋の剣からそう遠く無い場所に落ちていたものを灰が認識した為である。

訝しげに灰が拾い上げたソレは、随分と古びた髑髏であった。いつ頃骸となったのかまでは解らぬが、恐らくは随分昔の事だろう。注意深く辺りを見回せば、幾多もの白骨化した遺体が辺りに散乱し、草に埋もれていた。身なりからして騎士団だろう。皆一様に身体の大半が欠け、苦しみながら逝ったのか、その姿勢からは酷い苦悶が感じられる。

が、灰の意識は別にあった。草原の各所に散らばる骸、その全てに烙印が刻み込まれていたのだ。宗教における生贄の証とも考えたが、それにしては身体に刻まれた烙印の位置が散々としている。

数分程熟考を重ねた末に、何の答えも得る事が出来ずに終わった灰は、この場に留まっていても仕方がないと剣を鞘に仕舞い、草原を後にする。既に死ぬ事すら許されぬ身。急ぐ程の事も無いが、それでも灰にとって時間は必要である。願わくば話せる相手が近くに居る事を望みながら、灰は少しばかり歩を速めるのだった。

 

灰は知らない。苦悶の末に逝った騎士達は嘗て『鷹の団』と呼ばれた百戦錬磨の騎士団だった事を

 

灰は知らない。何年か昔、ここで『蝕』と呼ばれた、人ならざるモノ達の狂宴が行われた事を

 

 

 

 

 

悲鳴、血飛沫、咀嚼音。同じ飯を食い、共に戦場を駆け抜けた仲間達が為す術も無く食い殺されていく。気が付けば周りは死体の山ばかりであった。恋人は目の前で嘗ての友に汚され、嘗ての友の目に彼等はもう映っていなかった。

男は必死に抗った。血塗れの体と折れた剣で嘗ての友の元へと単身突撃し、右眼と左腕を喪って尚、憎しみと怒りに身を任せ、異形の集団に組み伏せられようが、あらん限りの声と感情を以て、友……否、仇の名を叫んだ。

 

「チッ、昼間だろうがオチオチ眠れやしねぇ」

 

自身に不快な夢を見せた原因(インキュバス)にナイフを突き立て、男……ガッツは漸く一息つく。

あれから2年近い月日が流れた。髑髏の騎士の助けによって『蝕』を生き延びたガッツは、その後助けられたゴトーの鍛冶屋で傷付いた体を癒した後、嘗ての友グリフィスを殺す為に、今日まで異形の生物、使徒との戦いの日々を続けている。

並の人間であればとうに息絶えているであろう修羅の道。それでも男を生かし続けているのは、過去に培った戦士としての技術と、並々ならぬ復讐心だった。仲間の殆どは殺され、唯一自分と共に助かった恋人も『蝕』の際に目の前で犯され、命こそ助かったとはいえ、その心は壊されていた。

 

……アイツらは今どうしているだろうか。

 

脳裏に浮かぶのは鷹の団の生き残りの少年リッケルト。蝕の際はガッツ達本隊とは別で行動していた為、運良く死ぬ事も蝕を見ることも無かった。

恋人……キャスカはリッケルトの所に置いてきた。彼女をガッツの事情に巻き込む訳には行かないし、リッケルトの住処『ゴトーの鍛冶屋』なら先ず安全だろう。キャスカによく懐いているエリカも居る。心配する事は無い。

骸の騎士の話によれば、自身と同じく蝕を生き延び、更には使徒の一人でもある『不死のゾッド』をも退けて逃げ延びた男も居たそうだが、その男とも長い間顔を合わせていない。

果たしてソイツはどうしているだろう。自分と同じく夜な夜な悪霊やら使徒やらを相手にしているのだろうか。とはいえ、自力で蝕から抜け出しゾッド相手に生き延びられる程の手練だ。烙印を刻まれていようが、生半可な悪霊や使徒程度では歯牙にもかけぬであろう。

他人の心配など、らしくもない。

ここに来て自身が珍しく他人の事を考えている事に気付いたガッツは自嘲気味に笑うと、のそりと身を起こして立ち上がる。次の街まではあと一日も掛からずに到着するだろう。街へ近づく程に烙印が痛みを訴える。痛みを消すため、痛みの元凶である使徒を屠るため、ガッツは焚き木の炎を消すと、黒いマントを翻して街へ続く道を歩き出した。



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妖精

3年ぶりの投稿がたったの3000文字ってマジ?

はーつっかえ!



目が覚めた平野から何か無いかとひたすらに歩き回って二日。鋼鉄の兜、そのスリットの下で、灰はこれまでで最も大きな驚きに目を見開いていた。

 

そこにあったのは大きな街と、それに見合う数の民の姿。整備された建物、見渡す限りの人。灰が長らく感じ得なかった命の活気が、ここには存在した。

 

暫し放心。危うく後ろから走ってきた馬車に轢かれそうになった所で正気に戻り、サッと馬車の通り道から離れる。数拍としない内に檻を引いた馬が灰を後ろから抜き去って行った。手綱を引いていたみすぼらしい格好をした老齢の男が抜きさりざまに灰を睨みながら馬を走らせていく。しかし、そんな事は灰の知った所では無い。当の本人はここで死ななかった事に安堵の溜息を着いていた。

 

周りの人間からは不死人独特の雰囲気(ソウル)を感じない。ここで灰が死ねば間違いなく一悶着起こるであろう事はこの状況を完全に理解し切れていない灰とて想像に易かった。良くて迫害、悪ければ檻に入れられて先程の馬車の様に何処かに連れられた挙句、永遠に隔離される事は想像に難くない。今更灰の膂力を以てすれば並の牢などそう時間も掛からずに抜け出せるが、折角生ある人間の世界を堪能しているというのに、無粋な真似は勘弁願いたい。

 

とりあえずは怪しまれない内に街に入る。獲物を腰に下げている人間が特に怪しまれる事も無く街へ入っていく様を見るに、どうやらこの街は傭兵や騎士等に寛容らしい。

 

街の入口と言わんばかりに設置されていた門を抜け、灰は大通りから少し外れた人の少ない路地に入り込んだ。不死として様々な場所を旅した灰から見てもやはり街並みは整然としており、建物の一つ一つから生命の賑わいが感じられる。街路の端にもたれ掛かるようにして頭を垂れている物乞いらしき男や貧民層と見受けられる子供らも見掛けるが、それも却って人らしさが感じられる要素だと灰は思った。

 

どうやら本当に彼等は人間らしい。それもダークリングの呪いに侵されていない、か弱きただの人だ。

 

本当に火継ぎは、己の旅路は終わりを迎える事が出来たのか。

 

灰の胸の内に安堵の感情が宿る。元より人の為に始めた訳ではなく、ただ自分が選ばれた、それだけに過ぎない理由で王殺しを行ってきた灰だったが、いざこうやって終わったと実感すると、感慨深い何かが灰の内を満たしていた。王を殺し、使命を棄て、世の理を変え、それでも自らの行いは間違っていなかった。

 

狭い路地裏で感傷に浸っていた灰だったが、視界の端、建物の影で何かが青く光っている事に気が付いた。

 

光の大きさからして魔術による光ではあるまい。誰かが落とした七色石か・・・・・・もしや結晶トカゲだろうか。成程確かにヤツらは建物や背の高い草の影など、見つかりづらい所によく潜む。

 

そこまで考えてから、灰の行動は素早かった。装着した者の立てる音を消す【静かなる竜印の指輪】を付けると、剣の柄に手を掛けながら、その正体を確かめるべく慎重に光へと近づいて行く。

 

「んー・・・どーすっかなー」

 

しかし予想に反して、建物の角から覗き込む灰の目に映ったのはトカゲなどでは無く、背中に羽を持つ人形の様な何かであった。水色に光るソレは疲労困憊といった様子でゼェゼェと荒い呼吸を繰り返しながら、何事か唸っている。

 

・・・・・・言葉も通じる様だし、話し掛けてみるか

 

背後から様子を伺っていた灰だったが、しかし大した時間を置くことも無く決断した。熟考した所で事態が好転する訳でもなし。それどころか、時間をかけ過ぎると別の人間が現れ(何者かの感知範囲に引っ掛かり)、邪魔が入る事さえある。過去に地下墓でアストラの騎士を見かけた際、そのまま近付こうとした所、不意に起き上がったスケルトンに背後から殺された事のある灰の経験を含んだ判断であった。……当時の事を今考えても仕方の無い事だが、しかし何故彼女は己がスケルトンに嬲られている時、一切の行動を起こさなかったのだろうか

 

「ひょわあああ!?!?」

 

敵意無く声を掛けたつもりが、それでも悪手であったらしい。小さな妖精は大袈裟に過ぎる驚きの声と共に四方八方へ飛び回り、周りに置いてあった樽やらランタンやらに激突しつつ、その後ポトリと地面に落ちる。

 

しまった、驚かせたか。墜落した妖精に灰は慌てて近寄るが、とうやら華奢な見た目に対して随分と丈夫らしい。ガバリと勢い良く頭を持ち上げると、そのままこちらに向けてプリプリと怒り出したではないか。

 

「ってーなー、ビックリするじゃんかー!」

 

少年の様な声で怒鳴る妖精の顔立ちは、その声や口調に相応しい幼げなものであった。一糸まとわぬ姿ではあるが一見して性器などは見当たらず、その体から発する光と同じ水色の髪と瞳に、耳は長い。正に御伽噺に伝わる妖精の様な出で立ちに、灰は驚きつつも自らの非を詫びる。

 

「ったく、心臓が口から飛び出るかと思ったっちゅーの」

 

そう愚痴を零しつつも見た目程怒ってはいなかったようで、頭にコブを乗せながらも己を許す妖精に、灰は嘗て関わった不死達とは全く異なる人間性(会話のノリ)との新たな出会いに、少しばかり気圧される。

 

それから暫くの間、灰と妖精は幾つかの言葉を交わした。妖精は自らをパックと名乗り、逆にパックが灰の名を聞けば、その回答に興味深そうに首を傾げていた。

 

「へー、アンタ自分の名前が分かんないのか。でも自分の事を灰ってのはどーよ?」

 

確かに『灰』は通り名の様なもので、名前としては機能しない。灰は苦笑しつつも、何故こんな裏路地に一人で居たのかと次の質問を口にする。

 

「んー、話せばそこそこ長くなるんだけどさ……」

 

パックの話がよく脱線する為に実際そこそこ長くなったので掻い摘むが、どうもこのパックという妖精、最初は旅芸人の一座に居たのだが、盗賊に襲われ一座が壊滅。以来盗賊の元で散々な目にあっていた所を旅の傭兵に助けられたそうな。しかし助け方が不味かった様で、街が襲われぬよう盗賊と取引していた領主がこれに激怒。傭兵はその後街の兵士らに捕まり、激しい拷問を受けているらしい。

 

「助けられっぱなしってのもどーかと思うし、借りは返したいんだけど、どうやって忍び込もうか難儀してんだ。どーすっかな……」

 

そこまで話してウンウンと頭を捻らせるパックはしかし数秒後、ふと此方を見て何かを思いついた様な表情を浮かべる。これは不死人として過ごしてきた灰の経験から来る勘に過ぎないが、断言しよう。パックはこれから絶対にロクな事を言わない。

 

「そーだ、アンタ見たトコ遊歴の騎士だろ?ちょっと手ぇ貸して……お願い待って最後まで話聞いて」

 

そら来た。クルリと踵を返そうとする灰へ突撃するパック。そのままレギンスに縋り付くと、子供の様に駄々を捏ね始めた。離してくれ、もう戦いは懲り懲りなんだ。

 

「いやいや別に戦えって訳じゃ無いから、看守をちょっと眠らせてもらえればそれで良いから!」

 

暫く後、結局は灰が折れる形で妖精対火の無い灰の格闘は幕を閉じた。より正確な理由を述べれば、鼻水と涎でグチャグチャの顔をこれ以上レギンスに擦りつけたくないからだったが。

 

しかし、命を救ってもらったとは言え、相手は名も知らぬ傭兵。更に聞いた話では、その後彼に礼を言おうとしたものの、冷たくあしらわれたらしい。恩義を感じる事こそあれど、普通なら命を掛けてまで救おうと思い至る者は多くはあるまい。何故そこまでする?堂々と体液まみれの顔を灰の鎧に巻いた布で拭うパックに問う。

暫くゴシゴシと顔を拭っていたパックは、布から顔を離し、ぷはぁと一息つくと、ニッと笑って言った。

 

「エルフは義理堅いのさ」




未だにダクソ3起動して耳集めてるよこの作者……


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救出

三浦先生、どうか安らかに……


さて、通りすがりの妖精から、恩人を捕らえている看守を眠らせろと仰せつかった灰ではあったものの、詰所の近くまで足を運んだところで、はてどうやって気絶させたものかという思考に至った。

 

遠く過去の彼方、ロスリックを旅していたころに記憶を巡らせても、灰がいざ障害を前に如何にやり過ごしたかと言えば、敵を殺して文字通り無力化するか、あるいは見つからぬよう敵の視界から逃れるようにしてやり過ごすと言った二択のみであり、あの終末の如き世界においてはそういった過激な方法で大抵は事足りたし、なにより咎める者も居なかったと言うのが大きい。では不死になる前、世界がまだ平穏だった頃はどうしていたかと言うと……そもそもそんな遥か過去の記憶など、不死人として墓所の棺を押しのけた時には既に記憶から消え去っていた事を思い出し、灰はそこで考える事を止めた。

 

どちらにせよ、自分がやらねばパックと名乗った妖精の恩人を助ける事は叶わぬ。灰はそう腹を括り、己のソウルの内に何か使えるものは無いかと、記憶の中(インベントリ)を探る。

 

 

各種壺、普通の人間に使えば死んでしまうのは明白だ、没。

 

 

誘い頭蓋、ロスリックでは少なからず効果こそあったが、ここで効果があるかどうかは疑問が残る、没。

 

 

七色石、無力化は出来ないが気を逸らすのには使えるだろう、一考の余地はある。

 

 

古びた貨幣、いっそ看守を買収してみるか。いや、拒否されてしまえば実力行使に出ざるを得なくなる、没。

 

 

落とすと声を発する仮面、ロスリックでさえ使用用途が限られていたのに、ここでどう使えと言うのだ、没。

 

 

没。没。没。更にしばらく選定が続き、没がもう幾つか増えたところで、ある武器を前に灰の目が止まる。本来の使い方とは多少異なるが、灰の考えうる限りで、これが一番穏便に済ませられそうである事は確かであった。

 

物陰で刺客の装衣に着替え、今何処に鎧をしまったのだと不思議そうに首を傾げているパックを伴いながら、音もたてずに詰所の入口まで忍び寄り、中の様子を覗き見る。幸い看守は出払っているらしく、中にいたのは恰幅のいい拷問官が一人。少しばかり頭を出したものの、こちらに気付いた様子もなかった。

 

そこからの灰の行動は速かった。七色石を部屋の奥へと投げ込み、拷問官の意識をそちらへ向けると、そのままするりと侵入。ソウルから革製の鞭《ウィップ》を取り出すと、未だにこちらに気付いていない拷問官に向けてソレを振るった。

 

まるで意志を持ったかの様にウィップがしなり、拷問官の首に巻き付く。拷問官が首に手を掛けて鞭を外そうとするが、遅かった。すかさず飛び込んだ灰が鞭の両端を掴んで思い切り引っ張ったのだ。

 

「うわぁ、えげつな……」

 

一切の躊躇なく気道を塞ぎにかかる灰と、既に酸素不足に陥り始めているのか、赤い顔で口の両端から泡を吹き力無くもがく拷問官。一連の一方的な格闘を見て、牢屋の鍵を抱えながらドン引きするパックに、灰は早く行けと部屋の外へと促す。

 

パックが部屋を後にして数秒後、目の前の拷問官が反応らしい反応を見せなくなったことを確認して、灰は鞭を引く力を抜いた。意識を失った拷問官がズルリと力なく崩れ落ちる。白目を剥き、身体中の穴という穴から体液を垂れ流している拷問官ではあったが、手首に触れて脈を確認すると、弱々しいが脈はあった。安堵しながら、近くに転がっていた手枷と足枷を拷問官に取り付けて、目を覚ました後も騒ぎを起こされないように適当な布を噛ませ、猿轡とした。

 

「色々と濡れてしまった」鞭をソウルに変換し、また鎧姿へと装衣を戻した灰は、パックが出ていった通路を歩く。その目的はパックの恩人らしい剣士。別にこのまま帰っても良かったし、件の人物と自身に何か縁があるという訳でも無いが、彼の為に灰はここまでしたのだ。顔くらい拝んでも罰は当たるまいと軽い気持ちで牢屋へと歩を進めていたのだが、そんな灰の歩みは通路の角から聞こえてきた低い怒声によって止められる事となった。

 

 

「痛ってえ!!何しやがんだてめぇ!!」

 

 

そんな怒号をバックに、角から飛び出し、こちらに突撃してくる青い光体。それが先程の妖精であるという事を認識した灰は、自身のプレートアーマーと衝突して怪我をしないように、即座に手でクッションを作ってパックを受け止めてやる。「わぷっ!」というパックの悲鳴と共に、掌に軽い衝撃。

 

 

「鼻が〜っ!」

 

 

先程の怒声は件の剣士のものかと考えつつも、灰は目の前の妖精を見遣る。顔を手で覆い、悶絶するパック。しかし悶えていたのも束の間、灰の姿を確認すると、再びその青い羽を震わせ、こちらの手を引きつつも焦りを顕に灰へと捲し立てた。

 

 

「大変なんだ…!コカ城、街外れの城の奴らが街を焼き払いに来るって……!!」

 

 

そこまで聞いて、灰はパックが何を言わんとしているか凡そ理解した。件の剣士を捕らえた領主、彼が機嫌を伺っていた盗賊団の長が業を煮やしたのだろう。手下を率いて街へ攻め込むというのだ。

 

灰の胸中は穏やかでは無かった。嘗てのロスリックでも略奪や殺戮は決して珍しい事では無かったのだろうが、これまでに灰が見て来たあの暖かな人の営み、魂を踏みにじる行為に、灰のソウルは激しい怒りを訴えている。

 

止めねば。灰は言葉に出さずともそう誓う。平和とは、命とは本来有限だ。徒に壊していいものでは決して無い。

アンタも早く逃げなきゃヤバイよ。と腕を引くパックだったが、どうやら灰の感情を読み取ったらしい。小さな体が強ばる。

 

君は早く飛んで逃げなさい

努めて穏やかな声色で、灰はパックにそう声を掛けた。

 

「一人じゃ無理だよ!アイツら一体何人居ると思ってんのさ!勝てっこ無い!」

 

目に涙を蓄えて必死に訴えるパックをなだめ、灰は兜を外す。そして平民出にしては非常に珍しい、それなりに整った顔立ちでパックの大きな目を見つめ、民を守護するのが騎士の役目だと微笑んだ。

 

もう覚えてはいない事だが、灰は元々身分の高い人間ではなかった。騎士と言っても戦では殆ど使い捨て同然の下級騎士であり、事実初陣で目立った戦果も無いままその命を呆気なく散らした。戦の時は貴族が真っ先に矢面に立つとは言え、灰にそこまでする義理など無い筈である。しかし、そんな灰の脳裏に浮かぶのは、嘗てロスリックで旅をした時に出会った誇り高き面々だった。

 

 

もしここに居たのが自分でなく、他の不死人であればどうだっただろう?

 

 

自身と同じく使命を全うしたアストラの騎士と寡黙なその相棒だったなら、民草が命を落とす事を嫌がり、二人して武器を抜いたであろう。

 

 

古い友を止めるべくロスリックを訪れたあの陽気なカタリナの騎士であったなら、一も二もなく街へ駆け込み、雄叫びと共にツヴァイヘンダーを振りかざし、賊と果敢に戦うのだろう。

 

 

目の見えぬ聖女を自身に託して逝ったカリムの聖騎士であればどうだっただろう。何時もの様に皮肉と嫌味を口にしながら、それでもあの巨大な槌と盾で民を護ったのでは無かろうか。

 

 

彼らだけでは無い。サインを通じて灰が出会ってきた不死人達は、皆誇り高き人物であった。それが本性なのか、それともあの終末世界で正気を保つ為の方法だったのかは分からない。しかし、自身の旅を支えてくれた彼らを裏切らぬ為にも、灰はここで民を見捨てて逃げるという選択肢を取る訳には行かなかった。

 

遠くで悲鳴が上がった。まだ小さいが、蹄の音や何かを破壊する様な音も聞こえてくる。

もう起たねばならない、灰はそっとパックの指を摘んで自身の手から解くと、詰所の入り口に向かって駆け出した。




もうベルセルクの続きは読めないんですね……


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騒乱

お待たせしました


パックとのやり取りから直ぐ後、詰所を出た灰だったが、その頃には街の様相は既に地獄と化していた。乱雑に積まれた死体を前に、灰は弾かれたように渦中へと走り出す。遠くで声が聞こえた。

 

 

「進め、全て焼き払え!!」

 

 

急げ、急げ。見えない何かに追い立てられ、灰は逃げ惑う人混みに逆らいながら、大通りをひた走る。鼻に付くのは焼けた木材と血の匂い。耳に付くのは蹄鉄が地面を打ち鳴らす音と、甲高い悲鳴。額から血を流した男が、這う這うの体で街の出口へと駆けていく。衣服を剥がされた女が、殆ど体を隠せていない事すら気に留める事無く小さな子供を庇うようにして通りの隅へと身を潜めた。走る事もままならぬ老爺は諦めたように道の真ん中で蹲り、そして灰の目の前で今、年端も行かぬ少女が飛来した矢を背に受け、もんどりうって倒れた。全身をずたずたにしながらも顔を上げた少女の瞳と、兜の下に隠された灰の目が確かに合った。

 

 

「助けて下さい……どうか、どう」

 

 

すぐさま助け起こそうと灰が一歩前に踏み出したその瞬間、少女は頭蓋をかち割られ、脳漿と眼球をぶち撒けて呆気なく死んだ。灰へと向けられた言葉は、民衆を追い立てていた賊の馬が少女の頭を踏み潰した事で最後まで紡がれることは無かった。

 

踏み潰された頭に対して何かしらの感情が湧き上がるより先に、馬上の存在から向けられた殺気に対して反射的に灰の体が動いた。刹那、灰の喉を狙って切っ先が突き出され、しかし灰は咄嗟に自らの前へ左手の盾を差し込む事で敵の攻撃を防ぎ、事無きを得る。

 

馬に乗っていたのは、染みの目立った汚らしい平服の上からこれまた金属部がくすんだ劣悪なプレートアーマーを身に纏った、盗賊団の一員と思われる傭兵崩れ。鎧同様に傷んだ鉄兜をしていて表情は読み取れなかったが、スリットから覗く目は狂気に満ちている。一騎で現れた盗賊は次の獲物を灰に定めたらしく、手にした獲物である斧槍《パルチザン》の切っ先をゆらゆらと彷徨わせていた。

 

灰はただ静かに鞘からロングソードを抜き放ち、柄を握る力を強めた。左手に装備した騎士の鉄盾を眼前に持ち上げ、体の内に闘志を漲らせる。

 

馬上からの一突きを盾で逸らすようにして受け流し、そのまま懐へと一息に飛び込む。斧槍を突き出したままの伸びきった腕を狙って、今度は灰が剣を突き出した。パルチザンを持つ腕、その肘裏が深く切り裂かれ、思わず獲物を取り落とす盗賊。それを見た灰はすかさず突き出した右腕を自身の左脇の辺りへ持っていき、今度はがら空きの胴に対して剣を振り上げるようにして斬り付ける。剣は寸分違わず賊の右脇腹、鎧に覆われていない箇所を斬り裂いた。

太い血管を切ったのか派手に血が吹き出し、絶叫が木霊する。血と悲鳴に驚いた馬が暴れ出す。痛みで手綱を握っていられなくなった騎手が馬上から転がり落ち、そのまま馬の蹄によって兜ごと頭を砕かれ絶命した。

 

ひとまずは眼前の脅威を退けた灰であったが、ただ蹂躙するだけであった筈の一団から犠牲者が出たことで、賊の注意が灰へと向いてしまった。散漫だった殺気が一気に此方を捉える。

 

 

「野郎っ」「くたばりやがれっ!!」

 

 

仲間の死に最初に気付いた賊が、傍に居たもう一人を伴って汚い声で喚きながら馬を操り、馬上槍の切っ先を灰へと向ける。すれ違いざまに灰を突き刺し、一撃で離脱する気なのだろう。灰は懐からナイフを幾らか取り出すと、先頭を走る賊に向けて矢継ぎ早に投げ付けた。その殆どが虚しい音を立てて賊や馬の甲冑に弾かれるも、残った一部が此方へ駆ける馬の身体に突き刺さり、馬は騎手を巻き込んで激しく転倒する。倒れ込んだ馬から投げ出された賊はそのまま灰の眼前まで転がり、起き上がる事も出来ぬまま背中に剣を突き立てられて死んだ。

 

息をつく間もなく、先程殺した賊の後に続いていたもう一人が突撃。馬の上から身を乗り出しながら、手にしたロングソードを振りかざして灰を斬り付けようと試みる。咄嗟に横に転がって剣戟を退けた灰は右手のロングソードを鞘へとしまうと、先程の死体から馬上槍をぶんどって、すかさず再度突撃しようと馬を操る賊の目の前を目掛けて、火炎壷を投擲した。

灰の狙い通り、投擲された火炎壷は賊が操る馬の目の前に着弾。何も無い空間から突如として吹き上げた炎に馬が驚き、暴れる。騎手は鞍の上で必死にバランスを取りながらも何とか馬を宥めようと手綱を操るが、次の瞬間には馬上槍を抱えた灰が横合いから突撃。脇腹を下から突かれた賊は、くぐもった声を漏らして馬上から崩れ落ち、それきり動かなくなった。事切れた敵を見届けた灰は即座に馬上槍を手放し、いつ次の敵が来ても平気なように、鞘から素早く剣を抜いて構えた。追撃は無い。

 

「バケモンだ!」「相手は歩兵だ、退路潰して数で圧せ!」「お前行けよ!」

 

正規の騎士団で無いとはいえ、たった一人で重装の騎兵三人をあっという間に斃した灰に対し、盗賊団の面々から怯えが滲み出る。

 

灰が賊の方へと一歩踏み出せば、賊たちは揃って一歩後ずさる。もう、敵に先程までのような戦意は無い。しかしだからと言って、情を掛けて見逃してしまえば、彼等はまた何処かで同じ過ちを繰り返すことになるだろう。逃すつもりは無い、と言わんばかりに灰が力を込めたところで、賊の後ろ、(うずたか)く積まれた死体が崩れ、中から影が躍り出た。

 

がばりと起き上がった影の正体は、傭兵のような出で立ちをした、体格の良い、若い剣士であった。黒鉄製と思しき鎧と、同じく黒色のマントを身に纏い、死体に隠れて柄しか見えぬものの、大剣らしき武器をその背に差している。

 

 

「し、死体の中から……!」

「ガッツ!!」

 

 

死体の崩れる音に反応し振り返った盗賊の一人と、上空で先ほどの惨状を見ていたパックの驚愕の声。そして黒い剣士がボーガンを付けた鉄製の左拳を此方へ向けたのは、ほぼ同時であった。

 

灰が咄嗟に盾を構えるよりも早く、剣士はボーガンに備え付けられたハンドルを握りこみ、一切の躊躇なく回し始める。機構が作動し、たった一人の手によって夥しい数の矢が発射された。狙う先は盗賊団と、不幸にもその直線上に立っていた灰だ。

 

吐き出された矢はその大多数が盗賊団の面々を串刺しにし、そしてやはり灰にも残った幾らかが迫る。左手の『騎士の盾』の後ろ側に体を隠してどうにか致命傷を防ごうと試みたが、重装兵用の大盾でもなければ全身を覆い隠す事はやはり不可能であり、どうにか矢の雨を凌いだと灰が思った時には、右肩と左足への被弾を許してしまっていた。幸い灰と剣士の間に距離があった為、矢傷は二箇所とも浅傷で済んだものの、それでも鏃が肉に食い込んでおり、右腕は力を込め辛く、左脚も踏み込めば激痛が走る程度には損傷していた。

 

痛む身体に鞭を打ち、ロングソードを杖代わりにして体勢を整える。灰の目の前に居た盗賊達は、その殆どが先程のボーガンによる攻撃で一網打尽にされていた。殆どの矢が頭や喉に刺さっている所を見るに、黒い剣士は狙ってこれをやったのだろう。辛うじて息のある連中も、とても戦える状態ではない。

 

 

「クソッタレがあ!!」

 

 

ボーガンの餌食から逃れた盗賊の一人が、矢が切れた隙を突き、馬を走らせて側面から攻撃を仕掛ける。ブロードソードを振りかぶりながら黒い剣士に肉薄する盗賊だったが、直後に乗っていた馬の頸ごと体を上下に両断(・・・・・・・・・・・・・・・・・)され、そのまま地面を転がって事切れた。

 

 

 

その光景に、戦場で灰は自らの目を疑った。否、灰だけでは無い。盗賊も、逃げ惑っていた街の民も、上から戦場を見ていたパックでさえ、誰もが一瞬その光景をさながらスローモーションのように知覚し、そして釘付けにされていた。

 

 

 

それは 剣と言うにはあまりにも大きすぎた

 

 

大きく ぶ厚く 重く そして 大雑把すぎた

 

 

それは 正に鉄塊だった

 

 

 

真っ二つにされた賊の死体が転がる音で、灰は漸く我に返った。体に刺さっていた矢を強引に引き抜き、エスト瓶を取り出し嚥下する。これらの動作に十秒ほど要したが、賊は一人として灰の方を見ていなかった。

 

たったの一太刀で馬の頸ごと切断された仲間を見て、賊は瞬く間にパニックに陥った。何とか足掻こうと武器を構え直す者も居れば、戦意を失い武器を取り落とす者も居た。

 

 

「ああ……」「勝てるわけねぇ……!」

 

 

恐怖が町中を伝染し、戦意を喪失した一人が堪らず逃げ出そうとする。こんな化け物の相手はゴメンだ、一刻も早くここから離れよう。そう踵を返した所で

 

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

 

その言葉を耳にして、逃げようとした男の視界が高くなった。

 

 

「逃亡は許さん」

 

 

男の首が宙を舞う。彼が最後に見たのは、斧槍を横に振り抜いた首領の鎧姿と、膝から崩れ落ちる首の無い己の姿だった。

 

 

 

戦火はまだ、その勢いを緩めることは無い




次話もなるはやで書いていきたいと思ってます
あんまり期待せずにお待ちください


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