復讐の劣等生 (ミスト2世)
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復讐への序曲

2085年。4月。

この日、日本のとある場所で、のちの運命を決める出来事が起ころうとしていた。

…………。

「真夜ッ!」

「何かしら、姉さん?」

二人の姉妹が、そこに対峙していた。

姉は司波深夜、妹は四葉真夜である。

「達也を処分する命令を出したというのは、本当なのッ?」

「ええ。あんな魔法の才能が無い落ちこぼれは一族の恥。今まではお父様の情けで生かせてきましたが、最早不要です。あの出来損ないには、消えてもらいます」

「ッ!」

姉が妹を睨む。

「あの子は、私がこの腹を痛めて産んだ私の子よッ」

「だから?」

「だから……?」

「達也は一般的な才能がない落ちこぼれ。我が一族の恥でしかありません。これは一族の総意です」

凛とした妹の声に、最早何を言っても無駄と悟る。

深夜が魔法を発動させようとした。

その瞬間、真夜が片手を上げる。

すると、ハイパワーライフルを持った使用人が数名、現れて銃口を深夜に向けた。

「姉さん。悪いけど、しばらく拘束させてもらいます」

そして、CADを奪われ、使用人に両腕を拘束されて深夜が連れていかれる。そんな姉が、

「ッ。許さない、許さないわよ、真夜ァッ!」

と、恨みの声を上げるのを、真夜は平然と受け流していた。

 

司波達也はその頃、四葉屋敷の母親の部屋にいた。

一族から出来損ないと蔑まれ、落ちこぼれと罵られる少年にとって、心が休まるのは母親とのひとときだけである。

母親は自分が笑えば笑ってくれる。その愛情で自分を包み込んでくれる。だから、この幼さで戦闘訓練を受けても理性が保てるのである。

だが、この日。いつも自分を笑顔で迎えてくれる母が自室にいない。

「どこに行ったのかな?」

その時である。

いきなり、部屋のドアが蹴破られて、数人のハイパワーライフルを構えた武装兵が侵入してきた。

「ッ!」

達也が驚く。そんな彼に無慈悲に、

「撃てッ!」

と、無慈悲に武装兵の中央にいた男が命じる。

達也は咄嗟に、別の窓を体で叩き割り、外に出た。

「逃がすなッ」

と、背後から武装兵の声がした。

 

達也は懸命に逃げた。

彼は、自分が追われる理由がわからない。

ひたすら逃げた。

そこへ、

「達也さまッ」

と叫びながら現れたのは、母のガーディアンである桜井穂波である。

「穂波さんッ」

「良かった。ご無事ですね」

「穂波さん、母さんは?」

すると、苦虫を噛み潰したような表情で穂波が言う。

「深夜さまは…………拘束されました…………四葉に」

「ッ!」

「そして、真夜さまにより、達也さま貴方に対する殺害命令が下されました」

「殺害…………なんで、なんでだよッ。なんで僕をッ」

少年が泣き叫ぶ。そこへ、

「言うまでもないでしょう。貴方のような不良品は四葉には不要ということですよ。達也さま」

そして、ハイパワーライフルの一斉射撃。

呆然とする達也の前に、穂波がわが身をもって庇う。

武装兵の一人が、ヘルメットを外した。

「ッ? あ、あなたは⁉︎」

そこにいたのは、叔母の側近のひとりである青木だった。

「青木さんッ。何でこんな真似をッ」

「申すまでもないでしょう。貴方のような出来損ないは四葉には不要ということです。恨むなら、自分の力の無さをお恨み下さい」

そして、再び発砲。

だが、穂波が傷つきながらも庇う。

「ほ、穂波さん……」

「た、達也さま、お逃げください…………」

穂波が苦しそうな息の中から言葉を紡ぐ。

「逃げるんです。逃げて、生きて、生きて、生き延びて…………」

穂波が吐血する。

「生き延びて、希望をつかんで下さい」

それを見た青木が叫ぶ。

「逃がすなッ。二匹とも始末しろッ!」

再び、ハイパワーライフルの一斉射撃。

穂波はそれを受けながら、最後の突撃。

それを涙を流しながら逃げる少年がいた。

 

達也は涙を流しながら逃げていた。

だが、彼の前に、川が現れた。数日前からの大雨で増水し、濁流になっている川が。

達也は迷った。戻ることはできない。

橋を見つけるしかないか、と思った。

だが、

「いたぞ、あそこだッ!」

青木が、数名の武装兵と共に現れた。

最早逃げ回るのも無理である。

達也は、濁流を見つめた。

そして、意を決した。

なんと、彼は濁流に身を投げたのである。

そして、水音と共に姿が見えなくなった。

 

「くそ、ガキが川に飛びこんだぞッ」

青木が叫ぶ。

青木と配下の武装兵が、水面にハイパワーライフルを撃ちまくる。

反応がない。

武装兵のひとりが言う。

「数日前からの大雨で、この川は増水しています。あのガキにこの川を泳げるわけがありません。溺れ死ぬのは確実です」

だが、

「ダメだ! すぐに捜索隊を編成し、あのガキの遺体を捜せッ!」

「しかし…………」

「いいから捜せ。遺体を見つけなければ、真夜さまも納得はされないはずだッ」

そして、捜索隊がどんなに捜索しても、四葉の総力を挙げた捜索でも。

達也は見つからなかった。

 

この日から、運命が大きく揺れ動くことになるのである。




初投稿です。至らない部分もたくさんありますが、よろしくお願いします。

原作と違い、母親、深夜は達也想いです。


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オキナワ

2092年。8月。

司波深夜は、娘の深雪、それに分家の黒羽亜夜子・文弥と共に沖縄にいた。

7年前に愛する我が子と、最も信頼していた側近を一度に失った深夜の衰弱は著しかった。分家の中には深夜の処分を求める声すらあったが、次期当主候補である深雪の母親であり、これ以上に争いを避けたい真夜の思惑もあり、以後は四葉の中枢に口出ししないこと、深雪を自分の養女にすることを条件に許された。

しかし、これを機に深夜は塞ぎ込んだ。

独り言を言ったり、あてもなくふらついたりして、使用人や深雪でさえ困り果てた。

深雪はそんな母親を慰めるため、養母に沖縄に旅行に連れて行くことの許可を求めた。

真夜は認め、ガーディアンに黒羽姉弟を連れて行くことになって、現在に至る。

 

深雪は内心、今は亡き兄に嫉妬していた。深雪は兄に会ったことが数回しかない。しかも幼い時のため、実は記憶にほとんど残っていない。

一族は、兄のことを「不良品」「できそこない」「恥さらし」と言って蔑んでいる。そして、そんな兄を産んだ母にも冷たい視線が送られていたのを深雪は幼児ながら悟っていた。

だから深雪は母親のために幼い頃から魔法力で並ぶ者のない力を発揮し、一族の誰からも認めさせた。それが母親を救う方法になると思っていたからだ。

母は確かに自分を常に認めてくれる。褒めてくれる。

だが、深雪にはわかっていた。母の本当の愛情ができそこないの兄に向いていることに。

一度、母と兄が二人で部屋で邂逅していたのを、深雪は隠れて見ていたことがある。その時の母の顔は自分に向けるそれより遥かに笑っていた。愛情に溢れていた。楽しそうだった。

(なによ…………なによなによなによッ。あんなできそこないの何処がいいっていうのよッ)

これを機に、深雪の兄に対する憎しみが生まれた。いや、その憎しみはひょっとすると母にも向いていたかもしれない。

 

兄が死んだと聞かされた時、深雪には悲しみはなかった。

むしろ喜んだかもしれない。

だがその後、叔母から母親を処罰すると聞かされ、深雪は驚いた。理由はあのできそこないを庇おうと当主である叔母に逆らおうとしたから。深雪は叔母に必死に母を許してくれるよう嘆願した。そして、それが認められた。

深雪はこの時になって、兄が亡き今は、母は私を一身に愛してくれる、私にもあの笑顔を向けてくれると期待した。

だが、それはかなわなかった。

母はすっかり憔悴し、兄や側近だった反逆者の女性の名前を口ずさむ日々。

そんな母を見て、深雪は亡き兄に対する憎悪を一段と燃やすようになり、そして亡き兄を超えんと魔法力ばかりではなく、戦闘訓練すら受けるようになった。

 

さて、話を戻そう。

沖縄の8月は暑い。体がすっかり弱っていた深夜は、日傘がなければ外出さえままならない。

そんな中での8月11日だった。事件が起こったのは。

…………。

その日、沖縄にある情報機器の全てから、緊急警報が流れた。そして国防軍により、大亜連合軍が侵攻して来たことが聞かされる。

深雪たちは直ちに、国防軍の基地に避難することになった。

だが、そこで待っていたのは。

国防軍内で裏切りが起こり、それに巻き込まれてマシンガンの掃射で撃たれる、というものだった。

 

それより後は、何も覚えていない。

確かにあの時撃たれたはずなのに。

深雪も、深夜も、黒羽姉弟も、みんな無傷で生きていた。

いや、あの時わずかに見たものがある。

白銀の色の髪をした何かを。

一体、何だったのかあれは。

 

同じ時。

沖縄の戦場で、異変が起き始めていた。

大亜連合は沖縄周辺の制海権を掌握し、那覇から名護までの間で内通したゲリラの活動もあり、圧倒的に有利な状況を作り出していた。

あと少しで、沖縄の中枢を占拠するはずだった。

なのに。

(なんなんだ…………なんなんだよ、あれはッ)

その状況がひっくり返される悪夢が、始まろうとしていた。




今回はここまでです。相変わらずの駄作ですが、よろしくお願いします。

次回は、「オキナワ その2」を予定しています。


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オキナワ その2

 藤林響子は、後年にこのように記録している。

「これは嘘でも冗談でもない。信じられないかもしれないが、事実である。……たった一人の兵士によって、沖縄に攻めて来た大亜連合軍が壊滅したということは……」

 …………。

 

 大亜連合軍は大混乱に陥っていた。

 もう少しで、沖縄の主要部を占領し、勝利の美酒に酔おうとしていたのだから当然である。

 既に日本軍は国防軍基地まで撤退を余儀なくされ、ここの守備を固めて本土からの援軍を待つ作戦に出ている。

 そんなときだった。

「なんだあれは? 敵か?」

「ひとりじゃねえか?」

 そう、大亜連合軍の兵士の前に現れたのは、アンマースーツにヘルメットを装着し、CADを右手に持った一人の兵士である。背は低く、子供のように思える。

「どうする?」

「構うことはねえ。小日本の奴らはみんな撃ち殺せとの命令だ。やっちまえッ!」

 そして、銃弾を放った。

 ところが、

「え?」

 と、誰もが我が目を疑った。

 当然である。なんとその兵士は、目にもとまらぬ速さで銃弾を避けたのだ。

 そして、次の瞬間。

 大亜連合軍の兵士や戦車が次々と青い炎となって消えていった。

 もう、何が何だかわからない。

 敵兵は訳の分からぬ恐怖に襲われ、遂に逃亡兵が出始めた。

「うわあああああッ!」

「た、助けてくれッ!」

 だが、その兵士は逃げる者にも容赦はしなかった。

 逃げる兵士の背中に向けて次々とCADを向け、そして兵士は青い炎となって消えてゆく。

 大亜連合軍は、たった一人の正体不明の兵士によって、敗走を始めたのであった。

 

「なんだと? 兵士たちが敗走してきているだと?」

 大亜連合軍の本営で、上層部は信じられないという顔でその報告を聞いていた。

「どういうことだ? 小日本にそんな力は最早ないはずだ」

「敵はどれほどだ?」

「そ、それが……」

 と、兵士が口をつぐむ。それを見て、

「ええいッ、さっさと答えろッ!」

 と、司令官が怒鳴った。

「は、はいッ! て、敵はひとりです」

「な……に……?」

「ですから、ひとり……です……」

「馬鹿者ッ。たった一人になんてザマだッ。さっさと撃ち殺せッ!」

 だが、

「た、大変ですッ。前衛部隊は壊滅ッ。それを助けようとした増援部隊もほぼ壊滅状態。ここも危険です。すぐに後退をお願いしますッ!」

 と、傷ついた兵士が本営に飛び込んできた。

 司令官が愕然とする。

「い、いったい、どうなっているんだ……」

 

 その頃、たった一人で大亜連合軍を蹴散らしたその兵士は、高台から敵を見つめていた。

「高速巡洋艦2隻、駆逐艦4隻……か。あれをやるのに、絶好の的だな」

 そこへ、仮面を付けた少女がやって来た。

「総隊長。命令通り、任務を遂行いたしました」

 仮面の少女が、アンマースーツにヘルメットを付けた人物の背中に向けて敬礼しながら報告する。

 その兵士は声から男だとわかる。

「そうか……ご苦労だった」

 男は振り返ろうともしない。それに対して、仮面が続ける。

「捕虜はどうしましょうか?」

「殺せ」

「…………」

 迷うことなく処断を口にする男に対し、仮面の少女はさすがに詰まる。

 そして言う。

「総隊長……いいえ。リュウヤ、相手は白旗を挙げて降伏した兵士です。それを殺すのは……」

「何度も言わせるな。少佐。殺せ」

「…………」

「あいつらは、してはならないことをした。触れてはならないものに触れて殺そうとした。そんな奴らを生かしておく価値はない。殺せ」

 リュウヤはまるで事務的に言うだけである。

「ですが、我々の本来の任務は、大亜連合軍の沖縄上陸を阻止することだけにあったはずです。殺す必要などないはず……ッ」

 すると、リュウヤが少佐と言った少女に対して初めて顔を向けた。

 ヘルメット越しなのに射すくめられ、その殺気が伝わってくる。

「少佐……いや、リーナ。いつから、お前は俺に意見ができるほど偉くなった?」

「…………」

「もう一度だけ言う。殺せ。本国には後で俺が報告しておくから気にするな」

「承知いたしました……」

 そして、リーナ、いやUSNA軍スターズ副隊長『アンジー・シリウス』ことアンジェリーナ=クドウ=シールズが、その場を去ろうとした。

 ここで、少し補足しておこう。

 大亜連合軍の沖縄上陸計画を知ったUNSAは、スターズを出動させてそれを防衛させる計画をとった。なぜ、アメリカが日本を助けるのかと言えば、同盟国である日本が大亜連合軍にこれ以上押され、もし沖縄を占領されたら太平洋のシーバランスにも影響する。また、沖縄には在日アメリカ人が多数いる。それらを助けるために、スターズを出動させたのだ。

 この時、指揮を執ったのが総隊長のリュウヤである。

 リュウヤは自ら名護方面に上陸した大亜連合軍を蹴散らし、リーナたちには那覇方面の敵の制圧を命じていた。

 そして、リーナは那覇方面で投降した敵兵の処遇をリュウヤに尋ねたというわけである。

 話を戻そう。

 その場を去ろうとしたリーナであるが、リュウヤに止められる。

「ああ待て。リーナ。これから、面白いものを見せてやる」

 そして、リュウヤが右手に手にしていたライフル型のCADを眼下に広がる大亜連合の敵艦隊に向ける。

 それを見て、リーナが驚く。

「ま、まさかリュウヤッ。あなた……ッ」

 そしてライフルの引き金が引かれ、次に水平線の向こうで眩い閃光が生じ、それに続くように爆音が響きわたった。

 大亜連合軍の艦隊は、消滅したのである。

 そして、それは沖縄海戦の終結と、摩醯首羅の二つ名を生み出すことにもなったのである。

 

 リーナがリュウヤの襟首をつかんだ。

「どういうつもりッ? マテリアル・バーストは許可なく使うことを禁止されているのにッ」

「言ったはずだ。奴らは触れてはならないものに触れた。俺の大切なものに……それは大罪以外の何者でもない」

「…………ッ」

「それよりリーナ。早くお前は戻って捕虜を処断しろ。いそ……」

 その時だった。

「動くなッ!」

 と、叫んで現れたのは、20人ほどの兵士である。

 リュウヤとリーナが、銃を構えた兵士らに包囲される。

 しかし、二人に動揺はない。

(20人くらいで俺たちを捕らえるつもりか……なめられたものだ)

 兵士の中でリーダー格の男が怒鳴る。

「貴様ら……何者だ? それにあの爆発、いったい、何をしたッ」

 だが、リュウヤもリーナも答えない。

「答える気はないか……いいだろう。お前らには黙秘権はある。おとなしく国防軍基地にまで来てもらおうか」

 すると、

「リーナ、やれ」

「わかったわよ」

 そして、リーナがナイフを取り出し、それをばら撒く。

「ダンシングブレイズッ!」

 宙を舞ったナイフが、リーナに意思によって飛び立ち、包囲していた兵士らに迫った。

「ぎゃああああッ」

「うわああああッ!」

 ナイフが刺さり、悲鳴が上がる。

 リーダー格の男・風間玄信も避けきれず、ナイフが足に刺さって倒れる。

 それを、リュウヤはゴミでも見るようにみつめながら、

「いくぞ、リーナ」

 とだけ言って、その場を去った。

 それを見逃すしかない、風間は無念と怒りが籠った表情をいつまでもリュウヤに向けていた。

 

 沖縄海戦は終結した。

 だが、この海戦で摩醯首羅と称されることになる謎の戦士が現れたこと、そして大亜連合軍が日本に対してさらに敵愾心を燃やし、以後、日亜紛争と呼ばれる紛争が両国間で起こり続けることになる。

 戦乱は、いよいよ佳境に突入しようとしていたのであった。 




相変わらずの駄作で申し訳ありません。次回は「リュウヤの正体」を予定しています。


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リュウヤの正体

 沖縄戦終了後、リュウヤはリーナと共に東京都内のホテルにいた。

 このホテルは、アメリカの諜報機関の影響下に置かれているため、比較的自由に過ごせる。

 リュウヤは、シャワーを浴びて身体を拭いているところだ。

 身体には傷がいたるところについている。只者ではないことがそのことでもわかる。

 髪は10代の少年であるにも関わらず、白髪である。だが、もともと容姿が整っているせいもあってか、あまり違和感がない。むしろ似合っているとさえいえる。

 そんな彼の下に、赤髪の同年代の女性がやって来る。

「総隊長。本国から命令が届きました……ってリュウヤ、あんた、なんて恰好してるのよッ」

 リュウヤの上半身が裸であることに、リーナが驚く。だが、

「ああすまない。ちょっと待ってくれ」

「もう……」

 と、気恥ずかしそうにするリーナ。そして数分後。用意を整えたリュウヤが、リーナに聞く。

「報告を聞こうか」

「はい……本国はカンカンです。すぐに総隊長には本国に戻れと」

「あいつららしいな……戦略級魔法を使ったのが、そんなに気に障ったか」

「明日一番で帰国するよう、手配は整えています」

 すると、

「明日一番ではリーナ、お前が帰れ。部下のことは全てお前に任せる」

「え?」

 と、リーナが驚く。そして言う。

「上の命令に逆らう気?」

「逆らう気はない。ちょっと、野暮用があってな……もう少し、この国に留まる必要がある」

「だったら……私も……」

「いいやリーナ。お前は戻れ。本国の奴らは俺とお前、戦略級魔法師が二人ともいつまでも国外にいるのを恐れてるんだろう……俺もお前にも日本人としての血が流れている……そんな二人の貴重な戦力を、いつまでも他国に残しておけない……とな」

「…………」

「リーナ。いや、シリウス少佐。お前には一足先にアメリカに戻ってもらう。心配するな。俺も野暮用を数日で済ませたら、すぐに戻る」

「わかりました……」

「まあ、バランスあたりは激怒するだろうが、何とか言いつくろっておいてくれ」

「はい……」

 

 翌日。正午。

 四葉家に仕える序列第4位の執事である青木はその日、仕事として東京の銀行を訪問しようとしていた。この男、四葉家の資産管理を10年以上担当している男で、四葉家の財務大臣ともいえる立場にある。

 彼はその日、運転手の男と雑用係をそれぞれ一人ずつ連れて、銀行に赴こうとしていた。だが、車が急停車する。

「なんだ、どうした?」

「は……車の前に、人が……」

「なに……」

 すると、運転手が消失する。

 青木には何があったのかわからない。

 次に、隣に座っていた雑用係も消失する。

 青木は驚いて、車から飛び出す。すると、車も次の瞬間には青い炎に包まれる。

「何者だッ!」

 青木がCADを構える。が、

「うがあああああッ……」

 なんと、青木の右腕が消されてしまった。続いて右耳、そして左足と次々に消された。

 そしてそこに、アンマースーツにヘルメットを付けた人物-リュウヤが現れた。

 青木はリュウヤを知らない。

「な、何者だ……貴様……」

「久しぶりだな。青木」

「なに……?」

 そして、

「ぐッ!」

 と、青木がうめき声をあげた。

 リュウヤは拳銃型のCADで青木の頭部を殴り、気絶させたのであった。

 

 目覚めた青木は、両手を吊るし上げられた状態である自分を見た。

 目の前には、白髪の少年がいる。

「お目覚めかな。ずいぶんよく寝入っていたが」

「き、貴様、こんな真似をしてただで済むと思っているのか。私を誰だと思っているッ」

「さて、誰かな? 確か四葉真夜とかいう、くそ年増の使用人で序列第四位の爺だったと記憶しているが」

 それを聞いた青木が、改めて目の前の少年を見る。

「貴様、いったい、何者だ……まるで、私を知っているようなその態度、私と会ったことがあるのか?」

「だとしたら?」

「…………」

 青木は老齢だが耄碌はしていない。むしろ経理や財政を担当しているから、記憶力もいいほうだ。だが、目の前の白髪の少年にはどうしても面識の記憶はない。

「思い出せないか……まあそうだろうな。お前に以前、会った時の俺はガキだった。それにこんな髪の色もしてなかったから、思い出せなくても当然か……」

「なに……?」

 そして、青木は少年の髪を白髪から黒に当てはめてみる。そして、少年の顔をマジマジと見つめる。

 青木の顔色が変わってゆく。

「ま、まさか……」

「気づいたか?」

「司波……達也……か?」

 すると、リュウヤがニッと笑った。

「思い出してもらえて光栄だよ。青木」

「どういうことだ。なぜ、貴様が生きている」

「さあなあ……天の思し召し、と言ったところか……それとも穂波さんのおかげか……」

 そして、リュウヤこと達也が、拘束された青木の周りを歩き出した。

「お前は7年前のことを覚えているか? あの時は、さすがの俺も死ぬと思った……」

 7年前のあの日、達也は青木に追われ、穂波の身を挺した抵抗で逃げようとしたものの、青木に追いつかれて遂に川に身を投げた。

「川に身を投げた時、俺は泳ごうとした。だが、服が水を吸って鉛のように重くなり、泳げなかった……その前に体力を消耗していたのも大きかった……」

「…………」

「俺はここで死ぬんだと思った。そしていつしか意識を失っていた……そして目を覚ました瞬間、俺はそこが地獄だと思った……」

「……誰かに助けられたのか?」

「いいや。岸に打ち上げられていた」

「そ、そんなはずはない。四葉の総力を挙げて貴様を探したのだ。貴様をそれでも我々は見つけられなかったのだぞ」

「そんなこと、俺の知ったことか」

「…………」

「と、いうより、目を覚ました俺は自分がどこの誰なのか、記憶を失っていた。しかも髪は白髪になっていた。たぶん、死の恐怖を経験して、髪の色が変わったんだろうな……」

「…………」

「とにかく、俺はあの時、記憶も何もない、ただの孤児だった……その俺が生きていくのは苦労したぞ。物乞いもしたしゴミも漁った。落ちるところまで落ちた……」

「…………」

「だが、やがて俺は記憶を取り戻した。そして、このままではお前らにいずれ見つけ出されるのではと危惧もした。そこでどこかに逃げることを考えた……」

「…………」

「そんなとき、俺はあるお方と出会った……その人に庇護され、俺はそこで養われて庇護を受け、そして名も変えた……大黒竜也とな」

「……あるお方……だと?」

「ああ。九島烈さまだ」

「ッ!」

「あのお方の下で俺は改めて修行を積んだ。だが、お前らに気づかれる可能性があるからと、俺を日本から離れさせ、アメリカに行くように手配された」

「…………」

「俺はアメリカですぐに頭角を現した。九島烈さまの手配のおかげもあるが、お前らに出来損ないと罵られさげすまれた俺は、今や、USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊『スターズ』の総隊長にして中佐だ。どうだ? 出来損ないがここまでになったのを知った気分は?」

「……それで、お前は、私を捕らえてどうする気だ?」

 青木が、苦虫をかみつぶすような表情で言う。

「決まっているだろう。俺が生き延びたのは、まだ俺に生きろという天の意志だ。そして、俺がやる目標はひとつだ」

「まさか……復讐する気か……」

「正解だ」

 達也が両手をポン! と合わせる。

「手始めに、貴様に消えてもらう。なに心配するな。いずれあの年増もあの世に送ってやるさ」

 すると、

「ま、待てッ!」

 と、青木が言う。

「何を待てと言うんだ?」

「私は、四葉家の経理と財政を一手に引き受けている」

「それで?」

「当然、四葉家の財務の表も裏も知っている。世に出たら一大事になる情報もだ。それを教える。だから助けてくれ……」

 すると、達也が青木の腹に蹴りを入れる。青木が咳き込む。

「助けてくれだと……どうやら、自分の立場がわかってないようだな?」

 すると、

「た、助けて……ください」

 すると、

「昔から思っていたが、貴様は利に敏い奴だな……命のためにあの年増も裏切るというのか?」

「そ、そうだ……」

 そして、

「死ね」

 と、達也がつぶやいた。

 青木は捕らえられるとき、右腕に右耳、そして左足を消されていたが、今は復元している。達也は、それを情けで復元したわけではない。苦しみを与えるためだった。

 青木の身体という身体に、穴が開く。そして、首筋にも穴を開けたので、青木は言葉を口にすることすら不可能になった。

「こ、殺して……くれえ……」

 青木が死を懇願する。

 だが、達也はそのまま死ぬまで放置していたという。

 

 …………。

 そしてそれは、この2日後のことである。

 四葉真夜の下に、あるものが送られたのである。

 それを開けて真夜は愕然とする。

 それはなんと、布に包まれて箱に詰められていた青木の首であった……。




次回は、「入学」を予定しています。


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入学

 2095年。3月下旬。

 その日、大黒竜也とアンジェリーナ=クドウ=シールズは、ヴァージニア・バランスから呼び出しを受けていた。

 バランスの部屋において、両者が敬礼する。

「来たか。まあかけろ」

 そう言われて、両者が椅子に腰をかける。

 バランスが、書類を竜也に手渡す。

「早速だが中佐。君に潜入捜査を命じる」

「は?」

 竜也が驚く。

「聞こえなかったか? 潜入捜査をするようにと……」

「いやいやちょっと待てよ。おばさん」

「おば……」

 バランスがガタッと腰を上げて立ち上がる。だが、竜也はひるむことなくバランスを睨み付ける。

 両者がしばらく睨み合うが、先に怯んだのはバランスである。

「おばさん。俺は総隊長だぞ。なぜ総隊長が潜入捜査なんぞ、しなければならない? やるなら惑星級の奴らを送り込むべきだろうが」

 これは、竜也の言うとおりである。

 現在、魔法師は貴重な国家戦力である。ましてや竜也の場合は強力な戦略魔法を所有する国家を代表する魔法師である。その貴重な戦力をいきなり潜入捜査に送るなど、正気とは言えないのだ。

「わかっている。だが、これは軍の命令だ」

「……何か事情でもあるのか?」

「これを見ろ」

 と、一枚の写真が渡される。それに目を通した竜也は、隣にいるリーナにそれを渡す。

「これは?」

 リーナも目を通す。そこに映っていたのは、大地がまるで氷河期のように凍り付いた世界である。

「数日前、大亜連合の港湾都市の一角で爆発があった。どうやら戦略魔法だったようだ。その戦略魔法により、都市は凍り付いたという」

「…………」

「知っての通り、3年前の沖縄戦争で日本と大亜連合は小規模な戦闘を続けている。これはどうやら、日本側が仕掛けたようなのだ」

「…………」

「あの国で戦略魔法が使えるのは、五輪澪だけだと公表されている。しかし五輪澪の深淵にこんな力はない。となると、別の誰か、つまり公認されていない秘匿された戦略魔法師が、日本にはいることになる」

「…………」

「我が国を脅かす存在になるとも限らない。最近の日本では魔法師の人材育成が急ピッチで進んでいる。これ以上、日本に力をつけさせるのは、かえって脅威になるかもしれない」

「だから、俺に潜入して、この魔法を使った奴をあぶりだせ、とでも言うのか?」

「そうだ。我々は、この少女を容疑者に考えている」

 そして、バランスが別の写真を手渡す。

 そこに映っていたのは、竜也がまだ司波達也を名乗っていた時に数回だけあった妹・司波深雪である。あの時から成長しているせいか、今では可憐な少女になっている。

「この少女のデーターはこれだ」

 と、バランスがさらに別の紙を渡す。

 それらすべてを目に通した竜也は、リーナにそれを渡す。

「で、あぶりだしてどうする気だ?」

「彼女の性格、魔法力、戦闘技能、知力、家族構成。何もかも全て調べだし、報告してほしい。場合によっては殺害命令もありえる」

「…………」

 竜也は、それを聞いて考える。

 竜也に妹に対する愛情はない。だから、いざ殺せと言われてもためらいはない。

 だが、母親の深夜に対する愛情は誰よりも厚い。深雪を殺せば、間違いなく母は悲しむだろう。

(まだ殺害命令がだされているわけでもない……まずは、様子を見るためにも命令を受けておくか……我が妹……四葉の次期当主がどれほどのものか、見る必要もあるしな)

 そして、

「いいだろう。受けよう」

 と、答える竜也。

「よし。ならば中佐。既に国立魔法大学付属第一高校へ入学する手筈は整えている。用意を整えて行ってもらう」

 そして、続いてバランスがリーナを見る。

「シリウス少佐。君にも、日本に赴いて国立魔法大学付属第一高校へ入学してもらう」

「は?」

 これには、リーナも驚いた。いや、リーナだけでなく、竜也も驚いている。

 リーナが気を取り直して言う。

「待ってください。私も行けば、戦略魔法師が二人も国外に行くことになります。貴重な戦略魔法師を国外に送るなど、本当に上は許可しているのですか?」

 すると、

「わかっている。だが、中佐を一人にしたら、またどんな行動をとるかわからない。お目付け役がどうしても必要だ」

「…………」

 それは恐らく、以前の沖縄での勝手なマテバ発動を言っているのか、とリーナは思った。

 実は、竜也とリーナの2人の日本派遣を聞かされたとき、バランスは反対した。2人とも、貴重な戦略魔法師である。それを国外に揃って送るなど、正気かと思ったのだ。

 だが、実を言うと、アメリカでもこの頃、戦略魔法師、特に竜也に対する警戒心が強くなっていたのだ。竜也は仕事をやれば何でもこなす。戦いでは常に最前線に立って戦う。そのため弱冠12歳で総隊長になり、今では竜也シンパの魔法師も少なくない。

 アメリカにとって竜也は危険な存在になりつつあった。とはいえ、切り捨てることもできない。マテリアル・バーストの破壊力を知っているアメリカにとって、自国の覇権を維持するためにも竜也の存在は貴重なものである。ましてや、竜也が他国に亡命でもしたら大変だ。

 とはいえ、これ以上竜也の勢力を軍の中で強めさせるのも好ましくない。年齢的に嫉妬されているのもあるが、この傲岸な口の利き方も政府から嫌われる一因になっていた。

 だから、潜入捜査を理由に竜也を軍から離れさせ、その間に影響力を弱めようという思惑があるのを、竜也は竜也で見抜いている。

「ひとつ聞きたい。俺とリーナが日本に行くとして、スターズはどうする?」

「スターズは、ベンジャミン・カノープス少佐に指揮をとらせる。また、緊急事態があれば、君たちを呼び戻すつもりだ」

「あいつか……」

 竜也は、露骨に嫌な顔をした。

 副隊長のリーナは完全に竜也シンパである。だから残しても彼女を軸に影響力を保持できる。

 だが、カノープスは竜也と不仲で、対立までには至ってない状態、と言っていい。単純な戦闘だけなら、カノープスは竜也の敵ではない。ただし、何を考えているのか策略や頭脳では読めないところがある。何か腹黒いところがあり、竜也はどうしても彼を好きになれないのだ。

 だが、意を決した。

(いいだろう……自分の目標のためにスターズは必要だが、もし自分がいない間にカノープス程度に影響力を奪われるようなら、所詮それまでだったということだ……そんなことで、俺の最終目標が果たせるわけがない……)

 そして、リーナを見つめる。

 竜也は、リーナに目配せする。

 それで、リーナも決した。

「承知いたしました。アンジー・シリウス少佐。命令に従います」

 と、敬礼した。

 ここに、大黒竜也こと司波達也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズが、日本に潜入任務を命じられて、国立魔法大学付属第一高校に入学することになったのである。

 

 4月上旬。

 第一高校の制服を着込んだ大黒竜也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズは、国立魔法大学付属第一高校の正門前に立っていた。




次回は「入学 その2」です。

相変わらずの駄作で申し訳ありません。


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入学 その2

 2095年4月上旬。

 第一高校の制服を着込んだ大黒竜也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズは、国立魔法大学付属第一高校の正門前に立っていた。

 この時、竜也は髪を茶色に染めて、さらに眼鏡もしている。妹の深雪とは10年ほど前に数回面識があるだけで、しかも幼い頃だから記憶はないと思うが、万一を考えてのことである。

 隣にいるリーナは、金髪蒼眼の美少女であるから、先ほどから視線が男女を問わずに向けられている。

「じゃあ、そろそろ行くか」

「ええ」

 と、二人が入学式をする予定の講堂へ向けて歩き始める。

 その間も、この二人。いや、リーナに対する視線はやむことがない。

「鬱陶しいわね……金髪蒼眼が、そんなに珍しいのかしら?」

「さあなあ……最近の奴らの考えは、俺にはわからん……」

 二人とも、弱冠15歳でアメリカを代表する魔法師である。ちなみに捕捉しておくが、戦略魔法師として世界に公表されているのはリーナのほうであり、竜也はされていない。これは、万が一にも四葉に自分の生存を気づかれないようにするための処置である。

 それはともかく、この年齢でそれほどの魔法師になっている。そのため、同年齢の友人というと互いに互いしかいない。常に周りは自分より年上の大人だった。そのため、こういう経験が特にない朴念仁であると、お互い言ってよいからわからないのだ。

「竜也……ちょっと私、手を洗ってきたいんだけど……」

「あ? ああ、行ってこい……そこで待ってるよ」

 そして、リーナが向かう間、竜也は近くにあったベンチに腰をかけた。端末をいじり、何か情報でも見ようかとしていたときである。

「何かお困りですか?」

 女性の声だった。竜也が振り向く。

「新入生ですね? 何かお困りのことでもありますか?」

「いえ。何でもありません」

 と、竜也が頭を下げる。

「そうですか……私は生徒会長を務めています……七草真由美です。よろしくね」

 すると、竜也の目つきが変わる。

(ナンバーズ……しかも七草……十師族か……)

 そして、自らも名乗る。

「自分は、大黒竜也といいます」

「大黒くん……そう、貴方が……」

 そこに、

「会長ーッ」

 と、真由美を呼ぶ少女と、

「竜也、お待たせーッ」

 と、竜也のほうにやって来る金髪の少女がいた。

「七草会長。どうやら連れが来たようですので、失礼します」

 と、頭を下げて、その場を後にした。

 

 リーナと一緒に講堂に入った竜也は、新入生の席を見つめる。

「前半分がブルーム、後ろ半分がウィード……か」

「くだらないわね……何でこんな差別してんのかしら?」

「さあな……。まあ、俺らには関係ない。適当にそこらに座ろう」

「そうね」

 と、竜也とリーナ、共に一科生であるにも関わらず、二科生が座る場所に腰を下ろした。

 そこへ、

「あのう」

と、声をかけられた方に竜也が目を向けると、眼鏡を掛けた少女が戸惑った表情を向けていた。

「お隣は……空いてますか?」

「どうぞ」

 と、竜也が空いた右2つの席に手を向けて勧める。

「ありがとうございます」

「あのう、私、柴田美月って言います。よろしくお願いします」

 竜也は眼鏡少女こと美月に笑みを浮かべながら挨拶を返した。

「大黒竜也です。こちらこそ、よろしく」

(眼鏡か?)

 竜也の場合、眼鏡は素性を隠すために使っている。だが、この少女の場合は……と思ったのだ。

 すると、竜也の右隣に座っていたリーナも自己紹介する。

「私はアンジェリーナ=クドウ=シールズ。リーナと呼んで下さいね」

「はい。よろし……」

 すると、それに割り込むように、美月の左隣に座った赤髪の少女も言う。

「私、『千葉エリカ』! よろしくね。大黒君。それにリーナも」

「こちらこそ、よろしく……」

「ええ。よろしくね。エリカ」

(千葉ね……またナンバーズか……だが、こいつは二科生だ……)

 だが、竜也の目には、目の前にいる赤髪の少女が只者ではないことが、一目でわかる。誰よりも戦場を歩んできた彼には、彼女が並の人物ではないことがすぐにわかった。

(『百家』の一つ、『千葉』であるのに『ニ科生』な女……か)

 そして、アナウンスが入り、入学式の開始が告げられる。

 最初に生徒会長・七草真由美の言葉から始まり、そして新入生答辞が始まる。

 新入生答辞をするのは、司波深雪。竜也の妹である。

 深雪が新入生総代(代表)として壇上に上がった。

 そして、答辞を始める。

「この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝します。私は新入生を代表し、第一高校の一員として誇りを持ち、『一科生』として勉学に励み、学び、この学び舎で成長することを誓います」

 と、一科生を特に強調するような答辞だった。

 それを聞いた竜也は、

(どうやら、四葉の次期当主として周りにいい人物に恵まれてないようだな……。あんなに一科生を強調するようでは……)

 と感じていた。

 ただし、二科生らはそれに気づいていない。それは深雪の人並み外れた美しさが原因で、それに見とれていたからであった。

 

 入学式が終わり、竜也はリーナや美月、エリカと共に講堂を出た。

 周りから見れば、まさにハーレムである。

 そこに、

「こんにちは……また、会いましたね」

 と、生徒会長・七草真由美がやって来る。

「ええ……」

 と、声をかけた瞬間、妹が真由美の左隣にいることに気づく。

 深雪は、竜也に気づいていない。もともと、深雪は竜也こと司波達也の本領を知らず役立たず扱いして強く当たっていたこともあり、興味はないようだ。

(どうやら、あの年増(四葉真夜)は、養女の育て方を失敗しているようだな……ん?)

 と、竜也がここで、深雪の後ろにいる女の子を見て驚く

(ッ!)

 そこにいたのは、まさに、

(ほ、穂波さん……生きていたのか……いや……)

 そう、そこにいたのはまさに、自分の命の恩人である母のかつての側近であった故・桜井穂波そのものだった。

(どういうことだ……調べてみる必要があるな……)

 と、竜也は感じたのであった。

 

 その日の夜。

 竜也とリーナは、アメリカ軍が用意した家に帰っていた。

 リーナがコーヒーを持ってくる。

「ありがとう。リーナ」

「いいわよこれくらい……それより竜也」

「ん?」

「あの美月って子、霊子視覚過敏症でしょ?」

「気づいていたのか」

「あったりまえよ。こう見えても、あんたの相棒なんだから」

「ああ。そうだな」

 と、竜也がコーヒーカップを机に置く。

「それに千葉エリカ……あれだけの腕を持ちながら二科生とはな……ハッキリ言って驚いたよ」

「それほどなの? エリカは」

「達人は達人を知る……さ……もし、俺が3年も鍛え上げたら、あいつは恐ろしい使い手になれる。リーナ、お前でも単純な対人戦闘なら、油断は決してできないと思うぞ」

「ふ~ん」

 と、リーナが、カップを机に置く。

「で、妹さんはどう思ったの?」

 実は、リーナは竜也が司波達也であること、そして四葉の時に何があったかを知っている。

 現時点で竜也の正体を知っているのは竜也を拾った九島烈、その息子の真言、そしてリーナの3人だけである。真言には現当主として、リーナにはアメリカに竜也を送る際、よき知人となってもらうためにあえて教えたのだ。

「妹は……あいつは、どうやら魔法力に秀でているあまり、周りを見る目を失っている……どうやら、四葉は次期当主さまの度量や見識をよく磨けていないようだ……あれなら、それほど問題にはならないかもしれない」

「そう……」

 そして、リーナとの話をその後、1時間にわたり続けてから、互いに就寝する二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、「生徒会」を予定しています。


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生徒会

 翌日。

 竜也とリーナは、その日も一緒に登校していた。

 そして、正門に差し掛かった時である。

「竜也く~ん!」

 と、叫びながらやって来るのは、生徒会長の七草真由美である。

(竜也くん……?)

 二人は、弱冠の違和感を感じながらも、挨拶を返す。

「そちらはアンジェリーナ=クドウ=シールズさんね。おはよう。お二人にお話があるんだけど、今日のお昼、生徒会室に来ていただけるかしら?」

「…………」

 二人は互いに顔を見合わせる。が、真由美の笑顔に押される形で同意するしかなかった。

 

 昼。

 二人は生徒会室にやって来ていた。

 早速、生徒会メンバーの自己紹介が行なわれる。

 会計の市原鈴音、風紀委員長の渡辺摩利、書記の中条あずさ、そして……

(深雪……)

 と、自分の妹である司波深雪がこの場にいることに、初めて気づいた。

 リーナも、深雪を見つめる。

 自己紹介が終わり、真由美は二人に席につくように勧める。

「それで、俺とリーナを呼んだ理由はなんでしょうか?」

「貴方たちに、生徒会に入っていただくことを希望します」

「は?」

 二人は驚く。そして竜也が、

「理由は?」

 と尋ねると、

「貴方たちの成績です。聞くところによると、総合成績では2人とも深雪さんに次ぐ次席だとか」

「…………」

 二人が顔を見合わせる。

 実はこの二人、その気になれば総合成績で1位をとることも不可能ではなかった。だが、首席になれば何かとうるさくなる可能性を考慮して、少し手を抜いていたのである。

(……もう少し、手を抜いておくべきだったかもしれないな……)

 そう心の中で思う二人。

 その間も、真由美の言葉は続けられる。

「特に竜也くん。貴方は入試の成績はトップだったそうですね」

「所詮はペーパーテストの成績。魔法科高校で必要な実技ではありませんが」

 竜也は平然と言うが、

「それでも、7教科平均96点、中でも魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点という結果は、私では絶対に無理でしょうね……」

「…………」

 竜也は言い返せない。

 代わってリーナが言う。

「会長。我々に何をしろというのですか?」

「貴方たちには、風紀委員をしてもらいます」

「風紀委員……?」

 二人は、再び顔を見合わせる。

 中条あずさが、風紀委員は魔法使用の校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為の取締りであると説明する。

(つまり、戦闘力がものをいう仕事……ってわけか……)

 竜也は、リーナを見つめる。

(面白いじゃない。事務的な仕事なら私には向いてないけど、身体を動かす仕事なら得意だしね)

 リーナが頷く。そして、

「わかりました……その仕事、お受け……」

 その時だった。

「私は反対です」

 と、生徒会室の入口からやって来た少年がいた。

 竜也とリーナには見覚えがある。

(こいつは確か、昨日、七草真由美の隣にいた男だったな……)

「理由を言ってもらおうか? 何だ、服部刑部少丞範蔵副会長」

 渡辺の言葉に、服部は慌てて、

「フルネームで呼ばないで下さい!」

「じゃあ服部範蔵副会長」

「服部刑部です!」

「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」

「今は官職なんか……ってそれより!」

 と言いながら、服部が竜也をキッと睨みつける。

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

「だから何故だ?」

「風紀委員には学内の風紀を正す目的があります。今年の次席であろうと、内面に問題があれば勤まるとは思えません」

「問題とは?」

「その竜也という少年、聞くところによると一科生であるにも関わらず、二科生と仲良くしているとか。しかも入学式ではウィードが座る席にいたと確認もとれています」

 すると、竜也の隣にいたリーナが顔色を変えた。それに対して竜也は面白そうな顔で服部を見つめる。

「ゆえに、私は副会長として大黒竜也、並びにアンジェリーナ=クドウ=シールズさんの風紀委員就任に反対します」

 すると、リーナが席から立ち上がった。が、竜也がそれを制する。

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」

「なに……?」

「別に風紀委員になりたいわけではありませんが、俺の実力を過小評価されるのも気に入りませんし、リーナのほうは切れる寸前みたいですからね」

「……俺に……勝てるとでも思うのか?」

「さあ……それはやってみないと何とも……」

 すると、

「待って竜也。その試合、私に譲って」

「リーナ?」

 これには、竜也も驚く。

「私は一科とか二科とか、差別するのは気に入らないわ。二科でもエリカや美月みたいに能力に秀でている魔法師はたくさんいる。それなのに、仲良くしただけでそこまで言うなんて、私には我慢ができないわ」

「…………」

 竜也はリーナの直情的な性格に困り果てた。

 服部のほうも、あくまで竜也に言っているつもりだったから、リーナの態度には驚いている。しかも、実を言うと服部が気に入らないのは、前日は「大黒くん」と呼んでいた竜也を、翌日には「竜也くん」と呼んでいたのが気に入らない私情差し挟みが大きな理由で竜也の風紀委員入りを阻止して生徒会から遠ざけようというのを目的にしていたから、リーナがここまで怒るとは考えていなかっただけに、慌てていた。

「どうします? 服部副会長。リーナはあなたとの模擬戦を希望しているみたいですけど?」

「……女性に手を出せるわけがないだろう……」

 すると、

「あら? 副会長は男女差別までなさるのかしら? 私自らが副会長との模擬戦を望んでいるのです。遠慮はいりませんわよ」

「…………」

 服部は渡辺を見つめる。そして渡辺は竜也に視線を向ける。

 竜也はその視線に頷き、そして渡辺は真由美に視線を移し、真由美が頷く。

「では、生徒会長の権限により、この模擬戦を正式な試合として認めます」

 渡辺が続ける。

「時間はこれより30分後。場所は第3演習室、試合は非公開とし、双方にCADの使用を認める」

 すると、

「場所の変更を希望します」

 と、リーナが言い出した。

「変更だと?」

「ええ。運動場にしてほしいのですけど」

「理由は?」

「広い方が戦いやすい。それだけです」

「服部……お前はどうだ?」

「異存はありません」

「わかった。アンジェリーナ=クドウ=シールズさんの希望を了承する。ならば場所は運動場だ」

 そして両者共に、試合の用意をするために動き出した。

 

 運動場は、既に多くのギャラリーが押しかけていた。

 それはそうである。入学したばかりの金髪の美少女・リーナと生徒会副会長である服部が試合をするというこの面白い状況を見逃せるわけがないのだ。

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ服部副会長だろ。副会長は当校でも5指に入る実力者だぜ」

「あの金髪少女……かわいそうにな……」

「まあ、副会長が手加減して勝つだろうさ」

 そんなギャラリーの噂話を聞きながら、竜也はただ一人思っていた。

(かわいそうにな……あの副会長……)

 そこに、エリカと美月、それに友人になったばかりの西条レオンハルト、そして同じ1年B組のクラスメイトである十三束鋼、明智英美がやって来た。

「どういうことなの? 竜也くん。これって?」

 エリカがこのメンバーを代表して尋ね、それに答える竜也。

 美月が心配そうに言う。

「服部先輩は当校でも実力者と聞いています。止めた方がいいのでは……」

 すると、

「心配ない。リーナなら負けないよ」

 と、平然とした口調で言う竜也。その態度に、レオが驚く。

「なんで、そんなことが言えるんだよ」

「場数が違いすぎるのさ」

 

 リーナと服部。両者の準備が整った。

「では両者。位置について!」

 審判は渡辺が務めている。

「ではルールを説明する。相手を死に至らしめる術式ならびに回復不能な障害を負わせる術式は禁止。直接攻撃は相手に捻挫以上の負傷を与えない範囲であること。武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可する。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。ルール違反は私が力ずくで処理する。以上」

 説明が終わる。そして、

「始めッ!」

 と、試合開始の火蓋が切って落とされた。




駄文ばかりで申し訳ありません。

次回は、「リーナと服部と」を予定しています。


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リーナと服部と

 誰もが、その光景に我が目を疑っていた。

 大黒竜也ひとりをのぞいて。

 運動場の中央に平然と立っているのは金髪の美少女であるリーナ。

 あおむけに倒れているのは副会長の服部である。

 …………。

 

 服部は、勝負が始まると基礎単一系振動魔法を使ってリーナを10メートルほど吹き飛ばして、戦闘不能にするつもりだった。女性に手をかけられない気持ちがまだ、この時点ではあったのだ。

 ところが試合が始まると、リーナのそれまで柔らかい目に殺気が生まれた。

「ッ!」

 服部が一瞬ひるみ、その一瞬をリーナは逃がさなかった。

 目にもとまらぬ速さで服部の前方に移動すると、服部の腹部に拳を突き入れたのである。

「カハッ!」

 服部がうめき声をあげる。

 女性のパンチだから重さなどない。腹筋で受け止めてやろうとしたが、それは間違いだった。

(なんて重さだ……!)

 服部が腹を抑え込む。それを見てリーナが攻撃を繰り返す。

 一気にワンサイドゲームになった。

 パンチ、蹴り、掌底と全てにおいてリーナは正確に服部に決めている。

 服部は防戦一方しかできない。

 そして、

「これで終わりです。先輩」

 リーナが、服部の顎を掌底で突き飛ばした。

 服部は最早うめき声もあげれない。立ち上がることもできない。

 それを見た渡辺が、倒れた服部を呆然と見つめている。

 リーナが言う。

「審判。まだやりましょうか?」

 その言葉に、渡辺がハッと我を取り戻す。

「い、いや勝負、ここまでッ。勝者、アンジェリーナ=クドウ=シールズッ」

 そして、リーナが右手を挙げた。

 

 それを、竜也は無表情に見つめていた。

(リーナが負けるわけないだろ。あいつは俺の次に強いんだ。そうでないと、俺の相棒が務まるかよ)

(しかし、大人気ないなリーナの奴も……)

 竜也は、担架で保健室に運ばれようとしている服部を見つめている。

(あの程度の奴、その気になればリーナなら最初の1撃で終わらせることもできたはずだ。それをしなかったのは、あの副会長によっぽど怒りをためていたということか……)

(しかし、リーナに体術を教えた師匠として言わせてもらえれば、あれではただの弱いものイジメだ。俺はあくまで戦闘で役立つのは魔法だけでないから、という意味でリーナには教えたつもりなんだがな……)

「竜也くんッ!」

 エリカが怒鳴る。それに竜也が、

「な、なんだ?」

「なんだじゃないわよッ。さっきからずっと呼んでるのに、ひとりで何か考え事しちゃって!」

「え?」

 竜也は自分の世界にいたため、それに気づけていなかった。

「あ、ああ。悪かった」

「リーナさんって、お強いんですね。知らなかったです」

 美月である。

「あれでまだ30パーセントくらいの実力だ。ちなみに自己加速術式以外は、全て体術だよ」

「…………」

 美月、エリカ、レオたちが驚いた表情で見つめる。

 そこに、リーナがやって来た。

「ご苦労だったな。リーナ」

「あの程度の相手に、私が負けると思ってた?」

「いいや。思ってないよ」

 と、竜也がリーナの頭にポン、と手を置いた。そしてなでる。

「勝利の褒美に、俺が昼飯をおごってやる。学食へ行こう」

 そして、竜也とリーナ、その友人らが食堂に向かった。

 このとき、リーナに特定の視線を向ける者が2人いた。

 ひとりは司波深雪。

 そして、もうひとりは十文字克人である。

 竜也はそれに気づいてはいたが、気づいていないふりをしてその場を去ったのである。




すみません。短いうえに相変わらずの駄作です。

次回は「剣道部から始まる」を予定しています。


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剣道部から始まる

 その日の放課後。

 竜也とリーナは、渡辺に呼ばれて風紀委員会本部に来ていた。

(え……)

 それが、本部に入った時の二人の感想である。とにかく、汚い。

(なんという汚さだ……)

(我慢できないわ……)

 と、二人がまず取り掛かったのが、部屋の掃除である。このあたりは几帳面な竜也と、その竜也に生活面もみっちり鍛えられているリーナであるから、息があっている。あっという間に本部は清掃されてしまった。

 この時、竜也とリーナは辰巳鋼太郎、沢木碧の2人と会っている。そして、二人と握手をしたとき、

(ほう……高校生にしてはいい力をしている……全く、この高校は将来を担う人材の宝庫だ……それなのに、ブルームだのウィードなどと差別していて、せっかくのいい人材を失っている……惜しいことだ……)

 一方の沢木、辰巳らも、

(こいつ……只者じゃねえ……なるほど……服部を破った美少女とその男、見かけによらないみたいだな……)

 と、感想を抱くのだった。

 

 翌日。放課後。

 竜也とリーナは、それぞれ風紀委員として校内を巡回していた。

「あら竜也。あれはエリカじゃない?」

「ん?」

 と、竜也がリーナに言われてそこを見ると、それはエリカがクラブの新入部員獲得合戦に巻き込まれて両手を引っ張られて右往左往している姿だった。

 九校戦と呼ばれるこの対抗戦に優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで様々な便宜が与えられ、有力な新入部員の獲得競争は、各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり学校もそれを強く公認している。そのため、この時期の各クラブの新入部員獲得合戦は、熾烈を極めるのだ。

(とはいえ……ちょっと、やりすぎだな……)

 と、竜也はエリカを助けて、その場を離れた。リーナはその後ろについいてゆく。

 そしてこの後、竜也とリーナは、エリカに誘われて第二小体育館、通称『闘技場』へ足を運んでいた。

 

 最初、エリカも竜也もリーナも剣道部の演武を見ていた。

 しかし所詮は実戦には程遠い茶番であるから、3人ともどこかつまらなさそうだった。

 ところが、

「桐原君! 剣術部の順番まで、まだ1時間以上あるわよ。どうしてそれまで待てないの!?」

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露出来ないだろうから協力してやろうって言ってんだぜ?」

 体育館にきな臭い雰囲気が広がった。

「面白いことになってきたわ。さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だよ、これ」

 エリカが興味津々の表情で言う。

「あの二人を知っているのか?」

 竜也の質問に、エリカが答える。

「直接の面識は無いけどね。女子の方は試合を見たことがあるわ。壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてた」

「ほう……」

「へえ……」

 と、竜也とリーナが壬生を見つめる。

「男の方は桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ。正真正銘の一位」

「それだけの実力者か……」

 と、竜也が桐原を見つめる。

「おっと、そろそろ始まるみたいよ」

 エリカの言葉に、竜也もリーナも頷く。

 桐原が言う。

「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだから魔法は使わないでおいてやるよ」

「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君がただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、この私に?」

「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」

 そして、両者がぶつかり合う。

 女性である壬生に容赦なく。その頭部にめがけて桐原が竹刀を振り下ろす。

 それを壬生が受け止める。

 竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされ、激戦が展開される。

「へえ……なかなか、やるじゃないか……」

 すると、

「違うわ……私の見た壬生紗耶香とはまるで別人よ……。たった二年でこんなに腕を上げるなんて知らなかったわ……」

「へえ……」

 と、リーナが感嘆する。

 そして、

「うおおおおおおッ!」

 雄叫びを上げて桐原が突進し、壬生がそれに応じて打ち下ろす。

「相討ち!?」

「いや、違うな」

 竜也が言うように、桐原の竹刀は紗耶香の左上腕を捉え、紗耶香の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいる。

「くッ!」

 悔しそうにうなる桐原。それに対して、

「……真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いていない。素直に負けを認めなさい」

 勝利宣言をする壬生紗耶香。すると、

「は、ははは……」

 と突如、桐原が虚ろな笑い声を漏らし、

「真剣なら? 俺の身体は、斬れてないぜ? 何だ壬生、お前、真剣勝負が望みか? だったら、お望み通り『真剣』で相手をしてやるよ!」

 桐原が、竹刀から離れた右手で、左手首の上を押さえた。見物人の間から悲鳴が上がり、ガラスを引っ掻いたような不快な騒音に耳を塞ぐ観衆がいる。一足跳びで間合いを詰め、左手一本で竹刀を振り下ろす桐原。

 それに対して壬生紗耶香は、その一撃を受けようとせず、大きく後方へ跳び退った。かすめただけだが、壬生紗耶香の胴に、細い痕が走っている。さらに桐原が追撃をかける。

(ねえ竜也……)

 リーナが耳打ちする。

(ああ……振動系の近接戦闘用魔法『高周波ブレード』だな。放っておくわけにもいかないな)

 と、竜也がそこに割り込む。

 そして、桐原を取り押さえた。

 桐原は左手首を掴まれ、肩口を膝で抑え込まれている。

「だ、誰だ……お前……」

「風紀委員だ。魔法の不適正使用により、おとなしくしてもらおう」

「な、なんだと……」

 桐原が呻く。

「ふざけるなッ!」

 自分たちの主将を抑えられて、激昂する剣術部員らが竜也に襲いかかる。

 その前に、金髪美少女のリーナが立ちはだかる。

 リーナの強さは、先日の服部との戦いを見ているからさすがに部員らもひるむ。

「お気に召さないようだな……どうしてだ?」

「何で桐原だけなんだよ。剣道部の壬生だって同罪だろッ!」

「魔法の不適正使用と言った。聞こえなかったか?」

「…………ッ!」

 唇を噛みしめる剣術部員たち。

 すると、竜也が提案する。

「とはいえ、どうやらお前らは不満みたいだな……いいだろう……桐原先輩、それにそこにいるお前ら。強い奴5人が出てこい。剣術の本当の強さってやつを、俺が教えてやる」

「なんだと……」

「もし、俺に勝てれば、逮捕は取り消してやる。これでどうだ?」

「…………」

 そして、桐原と剣術部員はこれを受けてしまった。

 リーナは相棒の顔を見ながら、

(また……遊ぶつもりなのね……全く……)

 と、相棒の悪い性格にあきれるばかりだった。

 

 竜也の強さに、誰もが驚いていた。

 剣術部は先鋒・次鋒・中堅・副将までが既に竜也によって全員倒され、残るは大将の桐原だけとなっている。

 その桐原から見ても、竜也の強さには舌を巻いていた。

(だが……あいつはこれで連戦している。さすがに疲労もたまっているはずだ……チャンピオンの俺が、負けるわけがない)

 と、面をつけて竜也と対戦する。

 だが、それがすぐに間違いだと気付いた。

「そらッ。どうした、その程度かッ!」

 何と、竜也は圧倒的な強さで桐原を押したのである。そして、竜也が渾身の一撃を桐原の面に叩き込んだ。

 その瞬間、勝負は決したのであった。

 

 その後、竜也とリーナは生徒会室に呼び出された。

 目の前には、右に生徒会長である七草真由美、中央に風紀委員長の渡辺摩利、そして左に部活連会頭の十文字克人が座っている。

 渡辺が言う。

「では、当初の経緯は見てないのだな?」

「はい」

「最初に手を出さなかったのその所為かしら?」

 これは七草真由美である。

「私的な事とはいえ魔法を用いない試合でした。そこまでならば当人同士の問題だと思いましたので」

「桐原はどうした?」

「当人が非を認めていたので、それ以上の措置は必要ないと判断しました。まあ、風紀委員とはいえ突然の乱入者に取り押さえられて、その上に部で最強の5人をたったひとりに、しかも1年に破られたのがよほど悔しかったのか、あの後、すぐに体育館から出て行ってしまいましたがね」

「そうか……聞いての通りだ、十文字。風紀委員会は今回の件を懲罰委員会に持ち込むつもりはないが、どうする?」

「寛大な決定に感謝する。殺傷ランクBの魔法を不適切に使用したのだ。本来なら停学も止む無しなところ。後で俺からよく言い聞かせておこう」

 十文字が答える。

 そして、竜也とリーナは頭を下げて、その場を去った。

 この時、十文字は改めて竜也とリーナの背中を睨み付けるように見つめていた。

(あの金髪女と言い、あの茶髪の眼鏡といい、只者じゃない……いったい、あいつらは……)

 一方の竜也も、

(あれが十文字か……日本の十師族のひとつ、十文字家の次期当主。良家の坊ちゃんかと思っていたが、どうしてどうして、なかなかの人物のようだ。それにあいつの防壁を幾重にも作り出す多重移動防壁魔法・ファランクス……あれは脅威だ……俺の力でもな……場合によっては……)

 と、互いに警戒しあうようになったのは、この時からであった。

 




次回は、「暗躍の時」を予定しています。


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暗躍の時

 竜也は、自宅でパソコンをいじりながらそれを聞いていた。

「ブランシュ?」

「ええ」

「あの反魔法師団体を気取っている弱小テロリストどもが動いているというのか?」

「本国からの情報ではね。しかも舞台は、私たちが通う一校よ」

「ほう……」

 リーナの言葉に、竜也がパソコンをいじる手を止めて尋ねる。

「それで? 本国は俺とお前にブランシュを始末しろとでも言うのか?」

「別にそこまでは言ってきてないわ。ただ注意しろと、それだけよ」

「あいつらごとき、俺やお前の敵ではないことくらい、わかっていると思っていたんだがな……。まあいい。これは面白くなりそうだ」

 と、酷薄な笑みを浮かべる竜也がそこにいた。

 

 その翌日。

 竜也は壬生沙耶香に話をしたいと呼び出されていた。

 リーナは少し不機嫌な顔をしていたが、竜也は応じた。そして、壬生の剣道部への勧誘を拒否し、その他の誘いも全て拒否した。

 

 それから数日後のことである……壬生が学内の差別撤廃を目指す有志同盟と組んで校内の放送室を占拠したのは。

『私たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。私たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!』

 校内のスピーカーからから大音声が響きわたる。

 すぐに竜也はリーナとともに放送室前に駆けつける。

 放送室前には、市原鈴音、十文字克人、渡辺摩利、そして司波美雪に深雪の友人である桜井水波らがいた。

「状況は?」

 竜也の質問に、渡辺が答える。

「電源をカットしたからこれ以上の放送は不可能だ。ただ、奴らは内側から鍵をかけて放送室に立て籠もっている」

「鍵は?」

「奴らは立て籠もるにあたり、マスターキーを盗んでいるようだ」

「……明らかな犯罪です。手加減する必要はないでしょう」

「どうする気だ?」

「実力行使するべきです」

 すると、市原は慎重論を、渡辺は短期解決論を述べる。十文字はどっちつかずの論を展開する。

「深雪さん。あなたはどうお考えですか?」

 竜也が妹に質問する。

「私は、生徒会あるいは風紀委員の意向に従います。特に意見はありません」

「そうですか……ならリーナ、お前はどうだ?」

「私は竜也の意見に賛成よ」

「これで俺と渡辺先輩とリーナが実力行使、十文字先輩と深雪さんがどっちつかず、市原先輩が慎重論。つまり多数決でいくなら実力行使というわけでいいですね」

 竜也が渡辺らに鋭い視線を向ける。そして、竜也が動いた。

「リーナ。俺が背後から放送室に乱入する。音が聞こえたら一気にドアを破って踏み込め」

「おい……」

 渡辺が呻くような声を出すが、リーナは、

「わかったわ」

 とリーナが答えると、竜也はその場から去っていった。

 

 しばらくして、放送室から悲鳴が上がった。

「な、なんだお前はッ!」

 放送室のガラスが割れる音がして、次に悲鳴が轟いた。

 それを聞いたリーナが、CADを使って放送室の扉を消し去る。

 そして、一斉に踏み込んで壬生をはじめとする放送室を占拠していた面々を取り押さえた。

 そして、壬生らを連行しようとしたときだった。

 七草真由美がやって来て、教師らに話を通して生徒会と有志同盟の公開討論会が2日後に行われることが決まったから、彼らを解放するようにと述べた。

 それを聞いた竜也やリーナは、

(甘い……)

 と思ったが、逆らうわけにもいかず、この場は壬生らを解放したのである。

 

 それから2日後の討論会の日。

 討論会が行われている最中、学園はテロリストの襲撃を受けた。

 しかし、竜也にリーナ、それに渡辺、深雪、七草、服部と一高が誇る魔法師の活躍で襲撃は鎮圧され、テロリストは拘束された。

 ……壬生沙耶香も、拘束されたひとりだった。

 そして、

「……思えば入学当時の私は剣道小町なんて言われて思い上がっていたんです。渡辺先輩にお前とは戦うまでもないと手合わせを断られた時もそうです……。その時はショックでしたがきっと先輩は私の驕りを見抜いていたんだと思います」

 その言葉から、壬生の誤解と渡辺による真実の説明が始まる。

 それを聞いて、そこにいる大半の人物が今回のことをすべて悟った。

 そして、

「会長。申し訳ありませんが、急用ができましたので、これで失礼させて頂いてよろしいでしょうか?」

 と言い出したのは、司波深雪である。

 場は落ち着いているので、拒否する理由も無い。だから、真由美は受け入れた。

 深雪は水波と共に一礼してから、その場を去った。

 

 深雪と水波が学園の正門まで来ると、迎える女性と男性があった。

「藤林少尉。柳大尉。お待たせしました」

「ええ。深雪さん。行くのね?」

 藤林の質問に、

「はい」

 と答え、そして、深雪と水波が藤林が運転する大型のオフロード車に乗り込んだ。

 

 それを追跡していた影があるのを、深雪も水波も藤林も柳も気づいていなかった。

 ……竜也とリーナが、後をつけていることに……。

 だが、

「そこまでにしてもらえるかな?」

「ッ!」

 竜也とリーナが驚いて、その場を離れると、そこに狐目の坊主が現れた。

 竜也とリーナは、自分たちに気配を気づかれずにここまで近づいたことに純粋に驚いていた。

(こいつ……どうやって俺たちの傍にまで近づいた……!?)

 竜也は内心動揺するが、

「何者だ……?」

 と尋ねる。だが、

「人に名前を尋ねるときは、自分が先に答えるのがマナーというものじゃないのかな?」

「そうか……なら、力づくで聞き出してやる」

「簡単に行くと思うのかい? 大黒竜也くん?」

「ッ!」

 竜也が驚く。

「USNAのスターズの君にこれ以上、僕たちの国で勝手な真似をさせるわけにはいかないんだよ……ましてや、僕の弟子である深雪くんの手の内を知られるわけにはいかないからね」

「なんだと……」

「これ以上先に進みたいなら、僕を倒してからにしてもらおうか」

「いいだろう。後悔するなよ。くそ坊主がッ!」

 そして、ここでも戦闘が始まった。




次回は、破られた最強を予定しています。


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破られた最強

 大黒竜也と謎の坊主が戦っていたその頃。

 司波深雪が藤林らと共にブランシュ日本支部が根城にしている廃工場に突入した。

 深雪が、矢継ぎ早に指示を出す。

「藤林さんは、このままここに残って退路の確保と逃げ出そうとする者の捕縛をお願いします」

「わかったわ」

「柳さん。迂回して裏口から侵入してください」

「了解したが、姫、貴方は?」

「私は水波ちゃんと正面から行きます」

「わかった。ならば無理はしないように。姫」

「柳さん、藤林さんもご無事で。行くわよ。水波ちゃん」

「はいッ!」

 そして、少女2名がブランシュアジトに突入を開始した。

 

 しばらく行くと工場の広間らしき場所に出た。

 そこに、長いマフラーに眼鏡を掛けた男が武装したテロリストを引き連れて出迎えていた。

「ようこそ、はじめまして。可憐なるお姫様がお二人で、ここに何の用かな?」

「貴方が、ブランシュのリーダーですか?」

「おお。これは失敬。いかにも、僕がブランシュ日本支部のリーダー、司一だ」

「そうですか。一度だけ聞いておきます。死にたくないなら武器を捨てて投降しなさい」

 すると、司をはじめとしたテロリストの笑い声が起こった。司が笑いながら右手を上げ、笑っていたテロリストらが武器を構え、銃を構える規律正しい音がする。

「はははははッ! 笑わせるなお姫様。君のその自信の源は何だい? 魔法が絶対的な力だと思っているなら、大きな勘違いだよ」

「そうですか。投降の意思は無いということですね」

「はははは。当たり前だろう」

「わかりました。ならば容赦しません」

 そして、深雪の周りに冷気でできた霧に包まれる。深雪が右手を上げる。

「ま、まさかこれは、振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』……ッ」

 司が最後に見たのは、まるで裁きをもたらす美しき氷の女王の姿だった。

 油断しなければ、彼の邪眼であるいは、もあったかもしれない。

 だが、自分の下に来たのが可憐な少女2名ということですっかり格下とみて油断していたのが、彼の運のつきであった。

 テロリストらの声なき断末魔の絶叫が、その場に轟いたのはそれからしばらくしてのことであった。

 

 その後も残党は深雪が凍火(フリーズ・フレイム)で銃弾を凍らせて敵の武力を無効化させてから、深雪・水波の息の合ったコンビの活躍、柳の戦闘力によってあっという間に鎮圧されてしまった。

 後始末は藤林と柳が担当し、死体の始末などは全て魔壮大隊によって行われたため、この制圧事件が表に流れることはなかった。

 本来なら深雪はこの時点で四葉の関係を明かしていない一般人だから、過剰防衛、あるいは傷害・殺人未遂、魔法の無許可使用などで逮捕されてもおかしくないが、全ては藤林の迅速な処理により、警察の介入も無く、この事件は幕を閉じることになった。

 これにより、壬生紗耶香のスパイ行為は、最初からなかった事として処理され、司一はじめのマインドコントロールの影響を考慮してしばらく入院する事になった。

 後に十文字克人が桐原や渡辺と共に廃工場に突入した時、既にそこには誰もいなかったという……。

 

 リーナは、信じられない思いでそれを見つめていた。

(まさか……あの竜也と互角にやりあえる奴がいるなんて……何て坊主なのよ……)

 リーナが、唾をゴクリと飲み込む。

(この私、シリウスでさえ、竜也とやりあえば5分持てばいいほう……他のスターズなんか瞬殺されるくらいなのに……)

 しかしよく見ると互角ではない。わずかであるが、竜也にダメージが蓄積している。

「くそッ!」

 竜也が右の正拳突きを繰り出す。

 それを難なくかわすと、

「おかえしだよ」

 と、坊主が竜也の顎にアッパーを繰り出す。それをかわして距離をとる両者。

 竜也が、ペッと血の混じった唾を吐き捨てる。

(なんて奴だ……。俺とここまでやりあえるとは……)

 竜也はこれまで自分の力を過信していたところがなかったといえば噓になる。実際、四葉から追われた後の彼はただひたすら自身の向上、つまり誰にも負けない強さを欲した。だから九島烈に鍛錬してもらい、そして魔法力だけでなく体術も知力も何もかも全て一から鍛え上げた。アメリカに渡米してからも、アメリカの魔法師相手にさらに鍛錬を重ね、12歳の若さで総隊長の地位を手に入れ、世界最強と称される魔法師のひとりになった。

 それにうぬぼれていたつもりはない。彼は常に鍛錬は欠かさない。

(なのに、なんで目の前の男にここまで俺が押される!?)

 それが、竜也が感じる疑問だった。

 坊主が言う。

「どうやら君は、自分が押されているのを信じられないようだね……最強である自分が、目の前にいる僕に押される現実が信じられないかい?」

「…………」

「君は確かに強い。はっきり言って、体術だけなら君は僕より上だよ」

「…………」

「なのに何で僕に勝てないか? 君、いい師匠に巡り合ったことがないだろ?」

「…………」

「君の体術を受けていればわかる。君の体術はナイフのように切れ味が鋭い。まさに凶暴な虎そのものだ。だが、ゆとりがない。心や精神面に鍛錬がなされていない。それが君の弱点だ」

「…………」

「今の君じゃあ、僕にはおそらく死んでも勝てないだろうねえ」

「ッ! なめるなあッ! この、くそ坊主がアッ!」

 竜也が坊主に襲いかかる。

 竜也が分解を使えばあるいは勝てたかもしれない。だが、体術でこれだけ虚仮にされて、彼にはどうしても分解は使いたくなかった。意地でも体術で倒してやるとの思いがあったのだ。

 坊主は冷静に対応する。

「やれやれ。頭に血が上ったのかい? それじゃ、僕には勝てないよ」

 そして、坊主が身構える。

 竜也の拳が、坊主に向けられる。だが、

「ッ! 幻覚!?」

「え?」

 竜也とリーナが、同時に驚く。

「ま、まさかこれはッ!?」

「危ない竜也、後ろよッ!」

「ッ!」

 頭に血が上って正常な判断力を失っていた竜也は、反応が遅れた。

 坊主のかかと落としが竜也の頭部に決まる。

「ぐあ……ッ!」

「竜也ッ!」

 慌てて、リーナが間に入る。

 リーナが入ったことで、坊主が距離をとる。そして、

「さすがに2対1だと僕もきついからねえ。それに、深雪くんの用事も済んだようだし、僕は帰らせてもらうよ」

「……待ちなさいよ。何であんたが、あれを使えるのよ」

「あれ?」

「とぼけるんじゃないわよ、パレードのことよッ!」

「パレード? 何のことだい? 僕が使ったのは、『纏衣の逃げ水』さ」

「纏衣の……逃げ水……?」

「竜也くん。今の君じゃ、僕には勝てないよ。勝ちたいなら、もっと心を磨くことだ。それで初めて君は僕を超えられるかもね」

 そう言うと、突然、霧が発生して、その坊主は姿を消した。

 竜也は体術で手も足も出なかった、そのことにただただ、

「くそッ、くそッ、くそ……ッ!」

 と、爪で地べたを引っ掻き、悔し涙を流すのであった。




次回は「閣下と達也と」を予定しています。


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閣下と達也と

 リーナにとって、そんな相棒の姿は初めて見る姿だった。

 謎の坊主に完膚なきまでに敗れた竜也は、家に帰ると、家の中の物を手に取っては投げつけ、そして暴れまわった。

 そんな相棒に対し、リーナは何も言わない。言ったところで逆効果だろうと思ったからだ。

 そして暴れるだけ暴れると、竜也は自分の部屋に引っ込んだ。

 リーナは破片や物が散らばっている中でひとり、ソファに座り込んでいた。

(あの竜也があそこまでやられるなんて……初めて見たわ……あの坊主はいったい……)

 すると、突然のように部屋から竜也が飛び出してくる。

 再成能力で、すぐに自らが破壊した物を元通りにする。

 そして、リーナにバイクのヘルメットを渡す。

「行くぞリーナ」

「え? 行くってどこに?」

「生駒だ」

「生駒って……」

「閣下のもとだ」

「……おじいさまに会って、どうするの?」

 正確に言うとリーナにとって九島烈は大伯父にあたる。

「お願いしたいこと、お聞きしたいことがある。それだけだ。ついてこい」

「あ……ちょっと……」

 そのままズカズカと家を出ていく竜也に慌ててついていくリーナが、そこにいた。

 

 バイクで二人乗りして奈良の九島本邸までやって来た竜也とリーナ。

 事前にリーナを通じて九島家には連絡を入れているため、突然の来訪ではない。

 竜也がインターホンを鳴らすと、使用人らしき女性が出てきて挨拶をする。

 この本邸は、門の外から見れば、豪華ではあるがそれ以上の異常な点は無い三階建ての洋風建築である。だが一歩門の中に入れば、招かれざる客を拒む絡繰り屋敷、あるいは城塞建築が本格化する前に見られた、軍事的な意味を兼ねる領主の館にも見える。

 それはさておき、竜也とリーナは使用人の案内で大広間に通された。そこは日本風の和室で少なくとも50畳の広さはあるだろうか。

 竜也とリーナは、使用人に示された場所に着座する。すぐに茶が運ばれてきた。

 そこに、上座につながる障子が開けられて、白髪の老人が入って来た。

 竜也とリーナが平伏する。

 老人が上座に着座する。

「面をあげなさい」

「はッ!」

 竜也とリーナが、同時に頭を上げた。

「久しぶりだな。リーナ。それに司波達也くん」

「はい。閣下もご壮健で何よりです」

 普段は目上だろうと年上だろうと横柄な竜也こと達也が、九島烈に対しては礼を尽くしている。自分を拾い育ててくれた恩義があるだけに、他の人間とは違うのだろう。

「それで、私に何用かな? ……挨拶だけで来たとは思えないのだが……」

「はい。閣下に、お聞きしたいこととお願いがございます」

「ほう……」

 九島烈が、脇息に置いていた左腕を上げる。

「聞かせてもらおうか」

「はい」

 そして、達也が自分が謎の坊主に肉弾戦で手も足も出なかった経緯を話す。

「そうか……お主でもかなわぬ相手か……」

「はい」

 達也が膝に置いていた拳がわずかに震えているのを、烈は見逃さなかった。

「それは恐らく、九重八雲だな」

「九重八雲……何者ですか?」

「天台宗の僧侶で九重寺の住職、そして高名な「忍術使い」だ」

「……忍術……使い……」

「ああ。しかし、お主が手も足も出なかったとは……信じられんな……」

「閣下ッ!」

 達也が再び深々と頭を下げる。

「どうかもう一度、私に鍛錬をつけて頂けませんかッ!」

「…………」

「私はもう一度、あの男と戦い、今度こそ雪辱を果たしたいのです。それにはまだまだ鍛錬が必要です。何卒、何卒もう一度……ッ」

 すると、烈が穏やかな口調で言う。

「面を上げよ。達也。残念だが、わしがこれ以上、お主に教えることは何もない」

「は?」

 達也が驚いたように、ガバッと顔を上げる。

「お主の力は既にわしを超えておる。そのわしがお主に教えることなど何もないということよ」

「かつての『最高にして最巧』と謳われ『トリック・スター』とまで評された閣下が、何を申されます」

「達也よ……もし仮に、わしがそう謳われていた頃にお主と戦っても、恐らくわしが負けるだろう。ルール無用の殺し合いならな」

「…………」

「お主の力はそれだけ強大だということよ。それがわからぬか?」

「わかりません。ならばなぜ、私は九重八雲に負けたのですか?」

「八雲も言っていたというではないか。お主には心にゆとりがないと。お主に足らぬのは力ではない。ましてや経験でもない。お主に足らぬのは、心だ」

「…………」

 烈が脇息に再び左腕を置いてもたれかかる。

「お主はあせっておる。急いでおる。それは何故だ? 深夜を早く救いたいからか? それとも四葉への復讐を早くやりたいからか?」

「…………」

「お主はまだ若い。老い先短いわしと違い、まだまだ先がある。それなのに、何をあせっておる?」

「…………」

 達也は黙って聞いている。

「お主は八雲に敗れたことで雪辱を果たしたいと考えているようだが、別に敗戦は恥ではない。むしろ、わしにとってはこの敗戦はお主にとってよい薬になったと思うがな……」

「薬……?」

「お主は強すぎる。12歳で世界最強の魔法師の地位を手に入れ、何者もかなわない強大な力をもっておる。だが、それが故に敗北を知らず、傲慢になっていた……違うか?」

「…………」

「達也よ。敗北することで得るものは少なくない。むしろ敗北とは勝利より得るものが多い。このわしとて、かつて戦場に立っていた時に何度も敗北を経験した。だが、敗北を知ることで強くなった。知ることも多かった」

「…………」

「お主はどうなのだ? 敗北から学ぶことは何もないのか?」

「…………」

「達也よ……ひとつ聞きたい」

「はい」

「お主が今、その背中を任せられる信頼できる人間や友人はおるか?」

「…………」

「わしはかつて、お主の祖父である四葉元造がその一人だった。お主はどうだ?」

「……ここにいるリーナは、俺が背中を任せられる人間です」

「ならば他にはどうだ?」

「…………」

 達也は答えられない。

 リーナ以外のスターズの中にも信頼できる人間はいる。しかしリーナのように背中まで任せられるほど信頼できるかと言われれば、そこまでの信頼は置いていない。

 ならば第一高校の友人はどうか? エリカ、レオ、美月、鋼と友人はいるが、まだ背中を任せられるほど信頼は置いていない。

「おらぬようだな……達也よ。それがお主の弱点だ」

「…………」

「お主の心には余裕がない。それが弱点だ……まずは、心に余裕を持たせることからはじめよ……それができるなら、お主はあの八雲にも勝てるかもしれぬ」

「…………」

「達也よ。今のまま力だけ欲しても、それはお主にとってはためにならぬ……まずは、お主が人であることを磨くがよい」

「…………」

 そして、対面は終わった。

 

 東京への帰りのバイクで。

「なあ、リーナ」

「何よ?」

「もし俺が復讐を果たそうと行動を起こしたとき、お前は俺についてきてくれるか?」

「…………」

「俺は復讐に手段を選ぶつもりはない。だがそのために、どれだけの血が流れるかわからない。それでも、お前は俺についてきてくれるか?」

「……竜也、ちょっとバイクを止めて、ヘルメットをとってくれる?」

 そして、竜也がバイクを道路上の端に停めて、ヘルメットをとる。

 その竜也の左頬が途端に熱を持った。

 リーナが右手で竜也の頬を叩いたのである。

「あんた、いつまでくよくよしてんのよ。あんたは私の総隊長でしょッ! いつもみたいに私に命令したらいいのよ。「ついて来いッ」って!」

「…………」

「ついてきてくれるか、ですって? 私はあんたの相棒よ。言われなくても、どこまでもついていくわよ。そんなこともわかんないのッ!」

 左頬を抑えながら、竜也はリーナを見つめる。

 そして、竜也はリーナを思いっきり抱きしめた。

「そうだな……そうだな……うん……相棒……これからも頼む……」

「任せなさいよ。あんたの背中は、私が絶対に守るわよ」

「ああ……」

 そして、バイクに乗って家への帰路につく二人であった。




次回は「九校戦にむけて」を予定しています。


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九校戦にむけて

 


 2095年。7月。

 第一高校では九校戦の準備に向けて騒がしい毎日が続いていた。

 ちなみに九校戦とは、正式名称を全国魔法科高校親善魔法競技大会といい、毎年全国からよりすぐりの魔法科の第一から第九までの高校生たちを集め、そのプライドを懸けて戦いあう競技大会のことである。これは魔法関係者のみならず多くの観客を集める魔法科高校生たちの晴れ舞台であると同時に、次世代を担う若い人材をスカウトする場合も多いいわゆる一大イベントなのである。

 さて、そんな一大イベントの中で我ら一校では。

「十文字くんが協力してくれたおかげで選手の方はなんとか決まったんだけど……問題はエンジニアなのよ……」

 と、生徒会長・七草真由美が悩みを吐露していた。

「まだ数が揃わないのか?」

 風紀委員長・渡辺摩利が尋ねる。

「そうなのよ……特に三年生の技術者不足は危機的状況よ」

 大きな溜息をつく真由美。現在の三年生は実技方面に優秀な生徒が偏っているのに対し、技術方面で秀でた人材がほとんどいないという欠点がある。

「せめて摩利が自分のCADの調整ができれば良いんだけど……」

 と、親友をジト目で見る真由美に対し、

「いや、それは本当に深刻だな……」

 摩利はすぐに視線を逸らしてしまう。

 真由美が市原鈴音に声をかける。

「ねえ、リンちゃん。やっぱり……」

「無理です。私では中条さんたちの足を引っ張るだけです」

 と、鈴音は極めて冷徹に答える。そして、

「他に適任者がいないか、皆さんの意見を聞いてみたらどうですか?」

 と、意見を出す。

「そうね。わかったわ」

 そして、真由美の呼びかけで司波深雪、桜井水波、大黒竜也、アンジェリーナ=クドウ=シールズ、十三束鋼らがやって来る。

「皆さん。ご苦労様です。実は、九校戦のことなんだけど、選手は決まったんだけど、エンジニアがまだなの。それであなたたちには誰か心当たりがないかなと思って来てもらったの」

「…………」

 5人が、互いの顔を見合わせる。

 そして、

「自分でよければ、やりますよ」

 と、立候補したのは、大黒竜也である。

 これには、リーナが驚いた顔をしている。これまで、竜也はこういうことに自ら進んで立候補することなど極めて稀だったからだ。

「竜也くん、CADの調整ができるの?」

「はい」

 起立して答える竜也。

「お願い、竜也くん!」

「私からもお願いする」

 真由美と摩利の言葉に、

「わかりました。微力ながら尽力します」

 と、答える竜也だった。

 そんな竜也を、リーナは、

(変わったわね……竜也……)

 と、見つめていた。

 

 だが、そうなると反発の声も上がるのも必然かもしれない。

 何しろ実をいうと、過去に1年生が技術スタッフに選ばれた前例が無いからだ。

 そのため、放課後の部活連本部でのメンバー選定会議は荒れに荒れた。

 それに対し、竜也は腕を組んで目を閉じたまま聞き流している。その態度がかえって反対している生徒らの怒りを買っているのだが、竜也は相手にしない。

 ちなみに竜也のエンジニア入りに反対しているのは、一年の男子選手たちと一部の上級生男子選手たちである。

「いい加減にせんか」

 大きな声ではないが、何となく重さを感じさせるその声にそれまで怒号が飛んでいた室内が途端に静まり返る。

 発言者は会頭の十文字克人である。

「要するに、大黒の技術レベルが分からないから問題だというのだろう?」

「…………」

 騒いでいた連中に答える者はいない。

「だったら実際に調整をやらせて見れば済むことだ。俺が実験台になろう」

「!」

 これには、誰もが驚いた。そして、

「こいつの実力は未知数ですから危険すぎますッ!」

「おやめください、会頭ッ!」

 と、諫める声が相次いだ。

 それに対し、竜也は未だに目を閉じたまま開こうともしていない。

「黙れ!」

「!」

 克人のその一言に、騒いでいた連中が途端に静まり返る。

「いつまでも文句を言っていても始まらん。俺が実験台になると言ったのだ。意見は許さん!」

「…………」

 十文字の鋭い視線に静まり返る室内。そして、

「大黒。俺でお前の腕を見せてみろ」

「わかりました」

 竜也が目をカッと見開いて立ち上がった。

 

 竜也の調整能力に驚いたのは、中条あずさと五十里啓である。

「完全マニュアル調整……って……」

「啓、それって凄いの?」

 許婚者の千代田花音が尋ねる。

「うん。だけど自分たちの目の前でどれほど高度なオペレーションが行われているか、理解しているのは僕と中条さんくらいだろうね……」

 と、五十里はこの1年の実力に感嘆する。

「終わりました」

「それじゃ十文字くん。早速テストをお願いします」

 竜也からCADを受け取り、十文字が腕に装着する。そして、起動式を展開する。

「どう? 十文字くん」

「負担も違和感も全くない」

 十文字の答えに感心する者、そして竜也のエンジニア入りに快く思わない者の反応が現れる。そして、

「一応の技術はあるようですけど」

「あまりいい手際とは思えないね」

「やり方が変則的すぎる」

 と、反対者が口々に叫ぶ。

 そこに、中条あずさと服部刑部がすかさずエンジニア入り支持の意見を出す。

 そして十文字も、

「お前ら、いい加減にせんか!」

 と、文句を言い続ける反対者に対して怒鳴る。

「文句ばかり言うなら、お前らも技量で示せッ! 大黒は我が校の代表メンバーに相応しい技量を示したのだ。お前らもそれに負けない技量を示したらどうだッ!」

「…………」

 そして、

「俺は大黒のチーム入りを支持する」

 と、真由美に答える。

 こうして、大黒竜也のエンジニア入りが決定した。

 そしてこの時、十文字克人が自分をさらに強い視線で見つめていることに気づいていながら気づかないふりを続けていた、大黒竜也であった。




次回は「九校戦会場に向けて」を予定しています。


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九校戦会場に向けて

 その日の夜。

 大黒竜也は、自宅のディスプレイからの通信で定期的な報告を受けていた。

 報告するのはシルヴィア・マーキュリー・ファースト。スターズに所属する軍人のひとりで、階級は准尉。年齢は竜也やリーナより9歳上の25歳である。

「総隊長の指示通りに製作を行なっていたサード・アイが、このたび完成しました。後はソフトウェアのアップデートと性能テストを行なうばかりです」

「そうか……技術者たちには俺が礼を言っていたと伝えておいてくれ」

「はい」

 サード・アイとは長距離微細精密照準補助機能を強化した小銃形態の特化型CADである。 長距離微細精密照準補助機能と、成層圏プラットフォームや低軌道衛星とリンクし、映像を受信する機能を備えている。竜也は以前、沖縄海戦でマテリアルバーストを使っているが、これをさらに強化しようとの目論見から、USNAの軍に所属する技術者らと新たな開発を進めていたのである。

「それと総隊長……」

「うん?」

「こちらの調査によりますと、九校戦会場の富士演習場エリアに不穏な動きが確認されています」

「不穏な動き?」

「はい。国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の姿が目撃されています」

「どこの組織かはわかるか?」

「まだ確認はとれていませんが、恐らくは香港系の犯罪シンジケート・無頭竜(NO HEAD DRAGON)の構成員ではないかと推測されます」

「ほう……」

 竜也は目の前に映っている女性・シルヴィアには厚い信頼を置いている。

 戦闘力こそ惑星級で竜也から見れば大したことはない。ただし事務能力、後方支援能力に関してはスターズでも指折りの実力者で、だからこそファーストのコードが与えられているのだ。

 ちなみに竜也の相棒であるリーナは戦闘時こそ背中を任せられるほど信頼している実力者だが、逆に事務処理や後方支援になると素人に近いレベルの能力しかない。そのため、後方支援で竜也が特に頼りにしているのはこのシルヴィアであった

「確認しろ。すぐにだ」

「数日中にはご報告できると思います」

「うん。頼りにしている……そうだ、リーナと女同士、話したいこともあるだろう。俺は席を外す。後は二人で好きなように話せ」

 と、気を使ってその場を去る竜也だった。

 

 2095年。8月1日。九校戦の出発日。

 大黒竜也は炎天下の中、バスの外にいた。人数確認のためである。

 ちなみにリーナ、渡辺摩利も外にいる。

 そのため、まるでハーレムの中にいる竜也を見て、クーラーのきいているバス内にいながら羨ましそうに竜也を見つめる生徒が実はたくさんいた。

 ちなみに出発は遅れている。理由は生徒会長・七草真由美である。

 理由は七草家の事情により遅れるという事だった。真由美はそのため、

「先に言って待ってて」

 と言っていたのだが、生徒会長を置いて行くのはやはり気が引けたので、待っていたのである。

「ごめんなさ~い」

 と、真由美が叫びながら走って来る。

「遅いぞ、真由美。1時間半の遅刻だ」

 と、親友の渡辺摩利が言う。

「ごめん、ごめん」

 と、真由美が謝る。

 そして、竜也に対しても、

「ごめんね竜也くん。私ひとりのせいでずいぶん待たせちゃって……」

「いえ、事情はお聞きしていますので……急に家の用事が入ったとか……」

「本当にごめんね……ところで竜也くん、これどうかな?」

 真由美が、肩と腕を出した膝丈の白を基調としたサマードレスに、つばが大きめの麦わら帽子を強調するように見せつける。

「とても、良くお似合いです」

 竜也は率直に答えた。それを聞いたリーナが少し不機嫌な顔になる。

 逆に真由美は嬉しそうになる。

「そう? ありがとう。でも、もうちょっと照れながら褒めてくれたら言うこと無かったんだけどなぁ」

 真由美が上目遣いで手を前で組み、強調させた胸の谷間をのぞかせながらすり寄る。しかし、

「ストレスがたまっているんですね……」

「え?」

「十師族、しかも七草家の御用事ともなれば気苦労も多いでしょう。さ、出発しましょう。バスの中なら少しは休めると思います」

「えッ? ちょっと竜也くん……勘違いしてない?」

 そんな竜也の態度に、自分の相棒がそういえばこういうことには朴念仁であることを思い出して苦笑いするリーナであった。

 

 竜也は技術スタッフであるから、選手とは別のバスに乗り込むことになる。

 当然、リーナや深雪、真由美とは別である。

「もうッ。竜也くんったら、私を何だと思っているのかしら。席だって隣に誘おうと思ったのにッ!」

 出発したバスの中で、真由美が不満げに愚痴をこぼす。

「的確な判断です」

「え?」

「会長の餌食になるのを回避するのは、的確な判断だと申し上げました」

「もうッ、リンちゃん!」

 親友・市原鈴音の言葉に不貞腐れる真由美。

 そこに服部刑部が加わり、さらに騒がしくなるバス内。

「何をしているんだ、あいつらは……」

 と、親友たちのやり取りを呆れた表情で渡辺摩利は見ていた。その摩利の隣にも、これまた不機嫌な女子生徒がいる。

 五十里啓の許婚者・千代田花音である。

「花音」

「何ですか?」

「宿舎に着くまでせいぜい2時間くらいだろう。どうしてそれまで待てないんだ?」

「あッ、それ酷いですッ! あたしだってそれくらい待てますッ!」

「でも今年は啓も技術スタッフに選ばれて楽しみにしてたんですッ! 今日はバスの中でもずっと一緒だと思ってたのにッ! なのに何で技術スタッフは別の車なんですかッ! このバスだってまだ乗れるのにッ!」

 不満をぶちまける花音。

 こちらはこちらで騒がしい。

 そして、リーナは自分の前に桜井水波と座っていた司波深雪に声をかけていた。

「はい深雪。ちょっとお話したいんだけどどう?」

 実を言うと、リーナと深雪。この二人、生徒会を通じて何度か話したことがあるだけで、あまり親しい仲ではない。

「ええ。いいわよ」

 そして、リーナが深雪の後ろに座る。

「深雪。九校戦は共にがんばりましょう」

「ええ。第一高校の一科生としてね」

「…………」

 リーナがそれを聞いて、少し顔色を変えた。そして言う。

「ねえ深雪……」

「何かしら」

「深雪は、第一高校の一科生と二科生のこと、どう思ってるの?」

「どう思ってるって、それは一科生は二科生より優れている……それだけよ」

「…………」

 リーナは愕然とした。

 今の深雪にまるで、自分の7年前の姿を重ねてしまったからだ。7年前のリーナも、今の深雪のように恵まれた魔法力にうぬぼれて天狗になっていた時期があった。だが、そんな自分の目を覚まさして世界が広い事を教えてくれた存在、かけがえのない相棒がいるから、今の自分があると思っている。

(……今の深雪は、7年前の私そのものだわ……。いくら魔法力に恵まれていても、これじゃあ……)

 そのときだった。

「危ないッ!」

 不満をぶちまけて外を眺めていた千代田花音が、真っ先にそれに気づいた。

 対向車線を近づいてくる大型のオフロード車が傾いた状態で路面に火花を散らしているのを。

 しかもその車はハイウェイの対向車線からスピンし始めてガード壁に激突し、そして宙返りしながら自分たちのバスめがけて飛んできた。運転手が急ブレーキをかける。

 バスの進路上に落ちた車は、炎を上げながら向かって滑って来る。

「吹っ飛べ!」

「消えろ!」

「止まって!」

 千代田花音、森崎駿、北山雫がパニックのあまり、無秩序に魔法を発動させる。発動された魔法が無秩序な事象改変を同一の対象物に働きかけ、全ての魔法が相克を起こしてしまった。

「バカッ、止めろッ!」

「みんな落ち着いて!」

 渡辺摩利と七草真由美が叫ぶ。そして、

「十文字、押し切れるか?」

 と、渡辺が十文字克人に尋ねる。だが、

「防御はできるが、消火までは無理だ」

 と、普段は冷静な十文字に苦悩の色がある。

 そこに、

「私が火をッ!」

 立ち上がったのは深雪である。

 そのときだった。

 サイオンの嵐の中では魔法の発動は不可能である。いや、不可能なはずなのだ。

 ところが、無秩序に発動された魔法が全て一瞬でかき消され、その直後、燃え上がっていた火も消え、そして、バスに向かっていた車まで動きが止まった。

「え……?」

 誰もが驚いた。事故は避けられないと誰もが思っていた。だが、それが避けられて逆に唖然としていた。

「何が起こった……?」

 渡辺摩利が呟く。

 そして、その答えを知っているただ一人の女性・アンジェリーナ=クドウ=シールズは、

(グラム・ディスパージョン……さすがね竜也……)

 と、心の中で相棒に賞賛を贈る。

 そして、深雪と十文字、それに真由美は、

(あの無秩序に発動された魔法を一瞬でかき消した……そんなことができる魔法師がいるとしたら……)

 と、ある人物の顔を思い浮かべる3人が、そこにいた。




次回は、「九校戦懇親会へ」を予定しています。


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九校戦懇親会へ

あの事故の後、第一高校のバスは無事に九校戦の会場・富士演習場のホテルに到着した。

「では、さっきのあれは事故では無かったのね?」

 リーナが竜也とバスを降りて歩調を進めながら話している。

 ちなみに事故処理を担当したのは竜也と五十里啓であった。

「あれは事故じゃない。僅かな魔法の痕跡があった」

 竜也はリーナのほうに振り向きもせず、前を歩きながら言う。

「魔法式の残留想子も検出されない、高度な技術での魔法発動が3回。タイヤをパンクさせる魔法、車体をスピンさせる魔法、そして車体に斜め上方の力を加える魔法だ。犯人は運転手……つまり、自爆攻撃だ」

「ふ~ん。となると、相手はシルヴィが言っていた奴らかしら、ね……?」

「恐らくは、な。シルヴィアには確認を急げと言っておいた。追々報告は来るだろう」

 そして、ホテル内に入ると、そこに思わぬ人物がいた。

「やっほー、竜也くん、リーナ。1週間ぶり、元気してた?」

「エリカ! 何故ここに?」

 リーナが驚く。

「あなた、何故ここに?」

「勿論、親友を応援するために決まってるじゃん」

「開会式は明後日よ?」

「だって今日は懇親会でしょ?」

「そうだけど……」

 リーナは困惑する。懇親会に参加できるのは九校戦の代表メンバーだけだからだ。

 竜也が言う。

「リーナ。俺は機材を運ぶから先に行くぞ。エリカ、また後でな」

「わかったわ」

「えっ、もう……? うん……また後でね」

 そこに、

「エリカちゃん! お部屋のキー……って、リーナさん、こんにちは」

「美月、貴女まで来ていたの!? ……なんだか、派手ね……」

 駆け寄ってきた美月にリーナはその服装に目をやってから言う。

「そ、そうですか?エリカちゃんが勧めてくれたんですけど……」

 不安げに答える美月を見て、リーナがエリカに視線を向けると、口笛を吹く真似をして知らない振りをしていた。

「美月、かわいいとは思うけど……その恰好、派手すぎるわよ」

「や……やっぱり?」

「えーッ、そうかなー?」

「それにそのキー、ここに泊まるの? このホテルは軍の施設でしょ?」

「関係者だし、そこはコネよ」

「さすが、千葉家ね」

 千葉家は百家本流の一つで、警察や軍隊とのコネもある。それを利用したというわけである。

「でも、懇親会は関係者以外は入れないはずだけど……?」

「ああ、その点は大丈夫。私たち、関係者だから」

「?」

 エリカのその言葉に戸惑うリーナであった。

 

 懇親会会場において。

「お客様、お飲み物は如何ですか?」

 竜也に声を掛けてくる女性がいた。

「エリカ?どうしたんだ、その格好」

「アルバイトよ!」

「関係者ってこういうことだったのか」

 リーナから聞いていたため、竜也も事情は知っている。ちなみにエリカの恰好はメイドである。

「竜也くん、どう思う?」

「まあ、似合ってるよ」

「ありがと。ミキとは大違いね」

「ミキ……?」

 竜也は知らない名前が出てきたため戸惑った。

「あ、そうか。竜也くんは知らなかったんだよね。ちょっと待ってて」

 そして、エリカが一人の少年の左手を引っ張りながら戻ってきた。

「はじめまして。僕は吉田幹比古。幹比古と呼んで欲しい」

「俺は大黒竜也だ。俺の事も竜也でいい」

 と、互いに自己紹介する。

 だがこの時、竜也はひとつの疑問を感じていた。

(吉田……ひょっとして古式魔法の名門・吉田家のことか……? あそこは確か息子が二人いて、どちらも優秀なことで知られていたはず……特に次男は神童と呼ばれていた筈だが何故二科に……)

 と、疑問を感じていた。

 

 その間も、あちこちで出会いは始まっていた。

 深雪に一目ぼれした一条将輝。その深雪に挨拶を交わす一色愛梨。

 三人で楽しく会話を交わす第一高校の三巨頭。

 懇親会が中盤を迎えた頃だった。

「これよりご来賓の挨拶に移ります」

 と、アナウンスが入る。

「次は魔法師教会理事・九島烈さまより激励の言葉を賜わりたいと思います」

 それを聞いて、場が粛然とする。

 会場の電気が消える。

 そして、しばらくして壇上に電気がともる。

 そしてそこにいたのは、

(リーナ……?)

 そこにいたのはパーティドレスを纏ったリ―ナであった。その美しさに息を飲む生徒たち。

(なるほど……精神干渉魔法か……)

 竜也は即座にそれを見抜いた。

 つまり、こういうことである。

 リーナの背後には烈が立っている。リーナと言う美少女を立たせて真正面にいる生徒たちの注意をそらすという、些細な魔法、いや手品という程度の物である。

(さすがは閣下……感服いたしました……)

 竜也の視線に気づいたのか、リーナの背後に立つ烈が笑みを見せる。竜也は深々と頭を下げる。

 そして、烈の耳打ちでリーナが舞台を後にする。

 その際、リーナは竜也に目で合図を送り、竜也も目礼でそれを返した。

 そして、会場に電気がつく。

 烈がマイクを前にして言う。

「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私が見たところ五人だけだった。つまり、もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは5人だけだ、ということだ」

 その言葉に、会場にいる生徒のどよめきが発生する。

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。私が用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると分かっていたにも拘わらず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させる為の努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 そして、生徒らが戸惑いながらも拍手を送る。

 竜也も手を叩きながら、

(5人か……まあ、俺以外の4人なら、大体の想像はつくが……)

 と考えながら、竜也はその頭脳に妹の深雪、十文字克人、七草真由美、そしてこの会場で初めて顔を見たクリムゾンプリンスこと一条将輝の顔を思い浮かべていた。




次回は、「九校戦の開始」を予定しています。


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九校戦の開始

 懇親会が終わった後のことである。

 大黒竜也は五十里啓とエンジニアとしての仕事をしていたが、適当なところで切り上げて帰ろうとしていた。そんな時。

(うん……?)

 エレメンタルサイトで竜也は侵入者の気配に気づいた。

 そして、それを追っている人物の存在にも。

(幹比古……)

 幹比古が木の陰に隠れて懐から呪符を取り出し、魔法を発動していた。だが、侵入者も彼に気づき、拳銃を向けている。

(それでは間に合わない!)

 竜也は分解を使って侵入者の拳銃を分解する。

 それに動揺する侵入者に対し、幹比古が発動した魔法の雷で打ち抜かれて侵入者が気絶した。

「誰だッ!」

 幹比古が叫ぶ。

(誰が僕を援護したんだ?)

「俺だ、幹比古」

「竜也!?」

 幹比古はつい先ほど友人になったばかりの存在に驚愕した。

 そんな彼を無視してしゃがみ、侵入者の状態を確認する。

「死んではいない。良い腕だ。ブラインドポジションから相手に致命傷を与えることなく一撃で無力化している。ベストの戦果だな」

「でも竜也の援護がいなかったら……僕は……」

「は? あほか。そんなものは過程に過ぎない。相手が何人いても、どんな手練れでも誰の援護も得ずに勝利する。そんなものを基準にしているんじゃないだろうな?」

「…………」

 はあ、と溜息をつく竜也。そして、

「もう一度あえて言う。お前はあほだ。なぜそれほどまで自分を否定する?」

 と、罵倒する。それを聞いた幹比古の顔色も変わる。

「ついさっきあったばかりの君に……一体、何がわかるっていうんだッ。知ったふうな口をきくなッ!」

「わかるさ。お前が気にしているのは魔法の発動時間じゃないのか?」

 すると、幹比古がまたも顔色を変えた。が、

「……エリカに聞いたんだね?」

 と、知っている理由をすぐに突き止める。だが、

「いいや。聞いていない。人の魔法について聞くのはマナー違反だろ?」

「じゃあ、何で……?」

「お前の術式には無駄があり過ぎる。お前の能力ではなく術式そのものに問題があると言ったんだ」

「……僕の術式は、吉田家が長い年月をかけて改良に改良を重ねた物だッ! それを一度か二度見た程度で……」

「いいや。俺にはわかる……信用できないのか?」

「…………」

「よければ、俺がそれを直してやってもいい。俺なら、それができる」

「…………」

 幹比古の顔が複雑な表情になる。が、

「俺はお前の友人だろ。それとも、友人の言う言葉が信用できないのか?」

「……わかったよ。信じて……いいんだね……」

「ああ。約束する」

 そして、竜也が右手を差し出した。

 幹比古も右手を差し出し、互いに握手する。

 そして、

「後のことは俺が片づけておく。先に宿舎に戻っておいてくれ」

 と、告げて幹比古と別れる。

 幹比古の姿が見えなくなる。

 大会前に、こんな一幕があった。

 

 2095年。8月3日。

 遂に九校戦が始まった。

 1日目は、本戦スピード・シューティングとバトル・ボードであり、第一高校からは生徒会長の七草真由美と風紀委員長の渡辺摩利が出場する。竜也らは観戦する。

 スピード・シューティングは、30メートル先の空中に投射されるクレーを魔法で破壊する競技で、クレーが5分間の制限時間中にランダムで射出される。素早さと正確さが求められる競技で、予選は破壊したクレーの数を競うスコア型、決勝トーナメントは予選上位八名による紅白のクレーを撃ち分ける対戦型になる。

 さて、そんな中、現れた生徒会長はその容姿から早くも観客の声援を浴びる大人気ぶりであった。

 競技が開始されると同時に、空中にクレーが3つ同時に投射される。有効エリアにクレーが入った瞬間、真由美はクレーを1個ずつ正確に撃ち抜いた。

 真由美はランダムに投射されるクレーを1個ずつ撃ち抜いていき、結果はパーフェクト。高速にして正確無比であり、まさに遠隔魔法のスペシャリストにふさわしい妖精姫の大活躍で幕が開けた。

 

 次はバトル・ボード。これは、動力のないボードに乗り、魔法を使って全長3キロの人工水路を3周して競う競技で、水面の魔法行使は認められているが、他選手の身体やボードへの攻撃は禁止されている。

 ここでも、渡辺摩利が圧倒的な実力を見せて第一高校の巨頭に恥じぬ活躍を見せた。

 

 再び、スピード・シューティング競技場に戻ってきた竜也たち。

 と言っても、七草真由美の優位は変わらない。

(さすがマルチスコープに死角はないな……スターズにほしい人材のひとりだ……)

 真由美を見つめながら、そんなことを考える竜也。

 そして、周りにいる幹比古、エリカ、レオ、美月、雫、ほのか、リーナ、深雪、水波らに言う。

「会長なら全方位から撃てる。つまり……スポーツ競技だからまだいいが……想像してみろ。もしここが戦場で、殺傷力を最大にした『魔弾の射手』を使われたら─」

「!!」

「ぜ、全滅です……」

「……そんなんアリかよ……」

 その光景を想像して、竜也とリーナと深雪以外の全員が青ざめたように見えた。

「たった一人でも戦争を勝利に導く切り札となりうる、それが日本最強の魔法師集団・十師族というものだ」

 そんなことを言う相棒に対し、

(あんたは一人で一国を滅ぼしかねない魔王だけどね……)

 と、心の中で呟くリーナであった。

 そして、真由美は全試合をパーフェクトで優勝した。

 

 大会2日目。クラウド・ボール。

 これは、圧縮空気を用いたシューターから射出された低反発ボールを相手コートに打ち込む競技である。第一高校からは七草真由美が出場する。

 第1セットが終了し、真由美が圧倒的な強さで勝利した。

 竜也はこの時、真由美のエンジニアを担当している。

 その竜也が相手選手を見つめる。

(大分消耗しているな……。ペース配分を誤ってサイオンが枯渇している。あれでは、次のセットは無理だ……)

 そして、真由美に声をかける。

「会長、お疲れ様でした。おそらく相手選手は棄権して終わりますよ」

「えッ!?」

 直後、アナウンスで選手の棄権が伝えられる。

「次の試合に備えてCADのチェックをしておきましょう」

 こうして、先輩の信頼を得ていく竜也が、そこにいた。

 女子クラウド・ボール本戦で、七草真由美は全試合を無失点ストレート勝ち、優勝を果たした。

 

 女子バトル・ボード準決勝。一高、三高、七高による3人のレース。

 第一高校から出場するのは、渡辺摩利である。

 競技が開始され、摩利が一番に躍り出るが、「海の七高」と呼ばれるだけあって、すぐ背後に七高の選手がついていた。そして、もうすぐカーブに差し掛かるというところでである。

(うん……?)

 それに最初に気づいたのは、竜也であった。

 リーナに耳打ちする。

(嫌な予感がする……リーナ、対物障壁を用意しておいてくれ)

(わかったわ)

 そして異変が起きた。カーブを曲がるなら、本来は減速しなければならない場面で七高の選手が逆に加速したのだ。

「オーバースピード!?」

 エリカが叫ぶ。

 このままだと七高の選手はフェンスに激突してしまう。

 異変に気づいた摩利が魔法と体さばきでボードを反転させ、続けざまに移動魔法で七高選手のボードを吹き飛ばし、自分に加重系統・慣性中和魔法を掛けた。相手を受け止めた時の衝撃を中和するためだった。

 ところが、

「え!?」

 摩利の足元で水面が沈み、それにより体勢を崩した摩利と七高の選手は衝突した。

 だが、

「リーナッ!」

「ええッ!」

 リーナが発動した対物障壁で、摩利と七高選手はフェンスに激突を免れたのであった。




次回は、「得られていく信頼」を予定しています。


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得られていく信頼

 渡辺摩利が目を開けた時、最初に視界に入ったのは天井であった。

「う……ん……」

「摩利ッ! 気が付いた?」

「ここは……病院か?」

「ええ。裾野基地の病院よ。よかった……」

 起き上がろうとする摩利。それに対して真由美は、

「待って。一日は安静にしておくようにとの診断よ。おとなしくしてて」

 と、押しとどめる。

「全治はどれくらいだ?」

「医師は3日もあれば大丈夫って言ってたわ」

「そうか……なら、ミラージ・バットには間に合うな」

「ええ。でも3日間は大人しくしててよ」

「……わかった……それで、レースはどうなったんだ?」

「七高は危険走行で失格。決勝は三高と九高よ。うちは二高と三位決定戦よ」

「そうか……」

 悔しそうにシーツを握りしめる摩利。そんな親友に真由美が言う。

「……ねえ摩利。あの時、貴女、第三者から魔法による妨害を受けなかった?」

「……確かに、ボードが沈み込む直前、足元から不自然な揺らぎを感じたが……」

「そう。あの時、貴女の足元には魔法特有の不連続性があった。だけど貴女も七高の選手もそんな魔法を使っていなかった。だとしたら残る可能性は第三者による魔法。これは竜也くんも同意見よ」

 すると、摩利の顔色が変わる。

「何故、そこでアイツの名が出てくる?」

「貴女が七校の選手と激突して投げ出された時、真っ先に駆けつけて応急処置を施して九校戦スタッフに指示を出したのも、ここまで貴女を運んだのも竜也くんよ」

「な……?」

「ちなみに、貴女を対物障壁でかばったのは竜也くんの指示を受けたリーナさんの魔法によるものらしいわ」

「…………」

「あとで、あの二人にはお礼を言っておかないとね」

「ああ……」

「それと竜也くん、今回の件の水面の解析もしてみるそうよ」

「…………」

 改めて、あの後輩たちの行動力の凄さ、判断力や分析力の高さに驚く渡辺摩利であった。それは七草真由美も同じ気持ちだった。

 

 同じ頃。

 大黒竜也は、渡辺摩利の事故の解析を進めていた。

 この場には、1年年上の五十里啓と千代田花音の婚約者コンビのほか、リーナに司波深雪、桜井水波がいる。全員、竜也の行動の速さに改めて関心を寄せていた。

 そして、五十里が竜也のまとめ上げた映像を検証する。

「予想以上に難しいね、これは」

「どういうことなの、啓?」

「花音は知っていると思うけど、会場には不正防止の為に優秀な魔法師が大会委員として各競技場に配置されているし、監視装置も大量に設置されているんだ。それに引っ掛からなかったということは、この水面を陥没させたのは外部からの魔法でや他の選手の魔法ではないし、ましてや自然現象でもない。でも竜也君の解析によると水面を陥没させたのは明らかに魔法によるもの。しかも水中で生じているんだ」

「…………」

 愛する婚約者の難しい説明に、花音はついていけなくなる。

 代わって、リーナが言う。

「でも、水中でどうやって!?」

「水中に工作員が潜んでいたというのはあり得ない……と思う……大黒くんはどう思ってるの?」

「人間以外の何かが水中に潜んでいた、と考えるのはどうでしょうかね?」

「人間……以外?」

 その言葉に、誰もが驚く。そこに、ドアをノックする音がした。

 桜井水波が、ドアを開けに行く。そこには竜也の友人である吉田幹比古と柴田美月が立っていた。

「先輩、紹介します。俺の友人で吉田は精霊魔法を得意としている魔法師、柴田は霊子光に対して鋭敏な感受性を有しています」

 そして、竜也が両名に経緯を説明する。

「まず美月に聞く。あの事故の時、精霊の活動を見なかったか?」

「ごめんなさい。私、眼鏡を掛けていたから……」

「なら幹比古、お前に聞きたい。精霊魔法で水面を陥没させる遅延発動術式は実現可能か?」

「可能だよ。地脈を通して水の精霊を送り込み、レース開始時間と水面上の人間の接近を発動条件に命令すればいい。ただし、地脈を調べるのに半月は掛かるし、術者の思念が余程強くない限り猫だまし程度にしかならないよ。七高の選手が突っ込んで来なければ事故にはならなかったはずだ」

「七高の選手が突っ込んで来なければ、か……」

 そして、竜也は事故の映像を再度見る。

「これを見ろ。七高の選手は最初のカーブで減速しなければならない場面でスピードを落とすどころか逆に加速してしまっている」

「本当だ……こんな単純なミスをする人が選手に選ばれるわけないわッ!」

 千代田花音が叫ぶ。

「おそらく七高の選手のCADに細工をされていたんでしょうね」

「!!」

 その竜也の一言に、誰もが驚愕した。

「そんなバカな……竜也くん……君は……この九校戦の生徒の中に、裏切り者がいるとでも言いたいのか……?」

「何も生徒とは限りませんよ。大会委員に工作員がいる可能性だってあります」

「…………」

 五十里は、改めて目の前にいる後輩の頭脳の回転の速さに驚く。

「でも竜也さん……」

 これは、リーナの隣にいた司波深雪である。

「競技用のCADは各校が厳重に保管しているわ。仮に貴方の言う通りだとしたら。大会委員はいつ、どうやって細工をしたというの?」

「CADは必ず競技前に一度、検査の為に大会委員に引き渡されるのを忘れたのか?」

「ッ……」

「だがどういう細工をしたのかは俺にもわからない……それが厄介だ……」

 技術者としては超一流の彼をもってしてもわからない細工。それに厄介な気持ちを抱くと同時に興味も抱く竜也が、そこにいた。

 

 九校戦は4日目を迎えた。

 この日から1年生が出場する新人戦が始まることになる。

 新人戦1日目に行われる種目は、スピード・シューティングとバトル・ボードである。

 この時、CADの調整を行なっていたのは大黒竜也である。

「コンディションはどうだ、雫?」

 CADの最終調整を行なった竜也が、北山雫に尋ねる。

「ん……万全。……むしろ快適……」

「そうか……それはよかった」

「ねえ竜也さん、やっぱり、ウチで雇われる気はない?」

「……それは光栄だが……お断りする」

「なんで? これだけの腕を持ってて……もったいない。専属じゃなくてもいいし、お金なら用意するから」

 雫の実家は、大富豪の北山家である。

「金の問題じゃない。俺はまだライセンスを持ってないし、北山家にはそれなりの魔工師を雇っているはずだろ?」

「そうだけど……竜也さんの調整はウチの魔工師なんかより遥かに優れてるよ……だから……」

 すると、竜也は手で話を制する。

「わかった。その話は俺が資格をとってから、改めて話をしよう。今は競技に集中する時だ……違うか、雫?」

「……うん……わかった……でも、考えといてよ……」

「ああ。なら行ってこい。お前の実力を皆に見せてやれ」

「うん!」

 

 撃ち漏らしは一つもなかった。

 競技が終了し、結果はパーフェクトだった。

 それもそのはず。竜也が発案した能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)を使っていたからだ。ただし、これは大きな機動式なので、雫の処理能力があってこその魔法である。

 とはいえ、この短時間でそんなオリジナル魔法を発案し、そして渡辺摩利の事故の調査と事後処理を行ない、そしてエンジニアとして調整を行なう。まさに八面六臂の大活躍を見せる竜也に、誰もが驚愕と信頼を向けるようになっていったのは、事実であった。




長くなりそうなのでここでいったん終わりにし、次回は「得られていく信頼、その2」にします。

なお、今のところは原作寄りにしてますが、次の横浜から一気に動乱に持ち込みオリジナル展開にしていきますので、これからもお願いします。


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得られていく信頼 その2

 雫の快進撃が続いた。

 準決勝で強敵である第三高校の十七夜栞と当たったが、大黒竜也の作戦を容れて見事に逆転勝利した。その結果、雫は新人戦女子スピード・シューティングで優勝。2位と3位は明智英美と里美スバルという第一高校メンバーが総なめという形になった。

 十七夜栞は三位決定戦ではあり得ないミスを連発し、その結果、4位に終わった。

 これは選手の力もあるが、やはり最大の要因はエンジニアである竜也の貢献が大きい。そのため、第一高校陣営では竜也に対する賞賛の声に沸いていた。

 それに対し、竜也は

「ありがとうございます」

 と、誇るでもなく平然と応じていた。が、市原鈴音の言葉には、さすがに反応せざるを得なかったようだ。

 「特に北山さんが使用した魔法は、魔法大学から『インデックス』に正式採用したいとの打診が来ています」

「えッ!?」

 真由美や雫は驚き、摩利は絶句した。それも無理はない。

 インデックス-正式名称は「国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス」という。魔法の固有名称の一覧表で、インデックスへの採用は新魔法として正式に認められることを指し、研究者が目指す名誉のひとつである。当然、これを得ることは大学生や研究生ですら並大抵の努力では無理なのだ。なのに、それを一介の高校生が、成し遂げてしまった。

「そうですか……」

 竜也はあまり嬉しくなさそうに言う。

「開発者の問い合わせには北山さんの名前を回答しておいてください」

 それを聞いて、雫が驚く。

「そんな! だめだよッ!あれは竜也さんのオリジナルなのにッ!」

「開発者の名前に魔法を使用した雫の名前が出るのは当たり前だろ? あれは雫のために用意したもので、俺には使えない。自分で使いこなせない魔法を開発したなんて恥を俺はさらしたくない」

「でも……」

「頼む雫。その代わり、お前が言っていた北山家雇用の件、考えてもいいから」

「!」

 それを聞いて、雫がうれしそうな顔になる。そして、

「……分かった」

 と、返答して受け入れたのであった。

「とにかく幸先良いスタートを切ったから、この調子で頼むわね、竜也くん」

「はい」

 生徒会長・七草真由美の言葉に竜也は頭を下げて答えたのである。

 

 竜也がインデックスに採用されるのを断ったのには、理由がある。

 インデックスで採用されれば、当然、自分の素性を探られる。

 竜也のパーソナルデータは九島烈により改竄されているため、すぐに素性がばれたりはしないだろうが、四葉の情報力は侮れない。

 インデックスに名を連ねるほどのエンジニアとなれば、四葉はどのような素性の人物かと探りを絶対に入れる。そうなれば困るのだ。

(今はまだ……正体を探られるわけにはいかない……少なくとも母上を助け出すまでは……)

 竜也にとって、復讐のために障害になることは少しでも避けておく必要がある。これはそのひとつなのだ。

 だが、竜也の秀でた才能は、彼の思惑と関係することなく注目の的になっていくのは避けられないのであった。

 

 こちらは第三高校のミーティングルームである。

「まさか、十七夜が負けるなんて……」

「負けたことをあれこれ言ってもしかたがない。それよりも対策を考えなければならないことがある」

 第三高校の主将・一条将輝の言葉に全員が改まる。

「確かに優勝した北山って子の魔法力は卓越していた……さすがは、十師族に劣らない魔法師と呼ばれた鳴瀬紅音の娘だとしかいいようがない……だが……一高の二位と三位の選手と十七夜の間にそんなに実力差は無かった。いくら準決勝で敗れて動揺していたとしても上位を独占されることにはならなかったはずだ。つまり、個人技能によるものじゃないとしたら、他に要因がある」

「それは……?」

 一条が相棒のジョージこと吉祥寺真紅郎に言葉を譲る。

「エンジニア……だね。相当な凄腕だったんじゃないかな?」

「ジョージ、あの優勝選手のデバイス、気が付いたか?」

「うん、あれは汎用型だったね」

「えッ?」

 三高メンバーが一斉に驚く。

「そんな……だって照準補助がついていましたよ」

「どのメーカーのカタログだってそんなの見たことないぜ」

 ざわめくメンバーに対し、腕を組んで黙したままの一条が言う。

「商品化はされていないが実例はある」

 ジョージが続ける。

「去年の夏にドイツのデュッセンドルフで発表された発表された新技術だよ」

「そんな技術がもう実用ベースに?」

「うん。でも公表された試作品は実用に耐えうるレベルじゃなかったはずだ。と言っても、発表されたのは本当に照準補助と汎用型を繋げただけの物で、実用に耐えるレベルじゃなかったけど」

「しかし特化型にも劣らぬ速度と制度で系統の異なる起動式を処理するものだった・それがエンジニアの腕で実用されているのだとしたら到底、高校生のレベルじゃない。一種の化物だ。デバイス面で2、3世代分のハンデを背負ってると考えて望むべきだ」

「…………」

 三高メンバーは、高校生の中でも最強と謳われる一条にそこまで言わせる相手が敵にいることを知り、重苦しい雰囲気に包まれざるを得なかった。

 

 その日の午後。

 光井ほのかのバトル・ボード戦。

 この時も、竜也の作戦が炸裂している。

 ほのかのCADに竜也は光学系の魔法がたくさん用意させた。それは何故か?

 試合開始のと同時に、ほのかは光学魔法を放ち、それにより眩い閃光が水面に反射した。光に視界を遮られた他校の選手がバランスを崩した隙に、ほのかはスタートを切った。

 これにより、試合はほのかの圧勝。

(まあ……魔法の使い方は工夫次第と言われた閣下の言葉を実現させてみただけだがな……)

 そして試合終了後。

「予選を突破できたのは竜也さんのおかげですッ!」

 と言って泣きながら竜也の胸にアタックしてきたほのか。それを不機嫌そうに見つめるリーナがいたのはお約束であった。

 そしてますます、周囲からの信頼を得ていく竜也が、そこにいた。

 

 その日の夜。

 竜也は、端末から報告を聞いていた。

 報告しているのは、後方支援を担当しているシルヴィア・マーキュリー・ファーストである。

 この場にはリーナもいる。

「そうか……香港系の犯罪シンジケート・無頭竜(NO HEAD DRAGON)がやはり暗躍していたか……」

「はい」

「それで、奴らのアジトは?」

「横浜・中華街です……それからあの……」

「どうした?」

「はい。実は、我々の他に、無頭竜を調べている勢力がいるようです」

「我々以外……にか……」

 竜也は腕を組んで目を閉じた。そして、

「そいつらのことをすぐに確認してくれ。できるだけ早急にだ」

「わかりました。それでは失礼します」

 そして、シルヴィアからの通信が切れた。

 リーナが言う。

「私たち以外にNO HEAD DRAGONを探っている奴ら……何者かしらね?」

「たぶん、あいつだろ」

「あいつって……」

「九重八雲」

「!」

「あいつは俺の素性を知っていた。リーナ、たぶんお前も見抜かれている。今回も俺たちの動き次第で、あいつは出てくるはずだ」

「…………」

 竜也はリーナに背中を見せたまま、ホテルの窓から夜景を眺めている。

 リーナが言う。

「仮にそうだったら……竜也、勝ち目はあるの?」

「負けるつもりはない……同じ相手に二度もな……」

 この時、竜也が握りしめた拳から血が滴り落ちていた。

「それよりリーナ。明日はいよいよお前の出番だ」

「わかってるわよ。負けないわよ私は」

「ああ。お前なら、きっと勝てる」

 そして、夜が過ぎていった。




次回は「アイスピラーズ・ブレイク」を予定しています。


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アイスピラーズ・ブレイク

 アイス・ピラーズ・ブレイクには司波深雪、北山雫、アンジェリーナ=クドウ=シールズが第一高校からは出場する。

 大黒竜也は、この三人の実力にいささかの懸念も抱いていなかった。むしろ、

(なんだこれは……まるでファッションショーだな……)

 と、思わざるを得なかった。

 というのも、雫は振袖、深雪は白の着物に緋色袴の巫女装束、リーナは西部劇のガンマンが着ている黒服と来ているからだ。この3人の容姿にこれだから、周りの人間の視線は否応なしに注目の的になる。

 ちなみに勝負のほうは、三人とも語るまでもなく圧勝したことと、試合より格好のほうが観客に大いに注目されていたことを付記しておく。

 

 そしてクラウド・ボールでは、第一高校から里見スバルと春日菜々美が出場。こちらも予選は突破した。しかし、十七夜の敗戦で燃えている第三高校の一色愛梨の奮戦の前に、まず春日は準々決勝で敗北。

 次に決勝戦でスバルが一色とあたり、スバルも善戦したが愛梨に遂に敗れて優勝は第三高校に、準優勝は第一高校に終わった。

 

 その日の夜。夕食の時間。

 第一高校である男のハーレムともいうべき状態が作られていた。

 女性に囲まれた状態でいるのは大黒竜也。

 そしてその周りにいるのは竜也にCADの調整をしてもらったり、作戦参謀として助言をもらった女子たちである。

(う~ん……視線が痛い……)

 竜也は、その女子の囲みから少し離れたところにいる相棒の視線に痛さを感じていた。リーナの顔は笑顔だが、目が笑っていない。

 ちなみに怒りや妬みの表情で竜也を見つめているのはリーナだけではない。第一高校の男子生徒もまたしかりだった。

 というのも、新人戦女子の好成績に対し、男子は森崎駿がスピードシューティングで準優勝しただけで、後は散々な結果に終わっていたからである。

 というのも、それは本人の実力や担当エンジニアにも問題があるのだが、選民意識が強すぎてしかも竜也の実力に嫉妬している彼らには、どうしても竜也に怒りが向いてしまう。

 そしてその中で代表的なのが、一科生としてプライドが高い森崎で、森崎は竜也を見ていて嫉妬より怒りが先行し、遂に食事会場を出て行ってしまった。

「おい! 待てよ、森崎ッ」

 チームメイトの呼び声を挙げて後を追い、しばらくして足を止めた森崎が振り返る。

「お前ら、明日のモノリス・コード絶対優勝するぞッ!」

「ああ。でも……」

 チームメイトの脳裏に三高選手。特に高校最強で十師族の中でも実力者といわれる一条将輝とその参謀で名高い吉祥寺真九郎の顔が浮かぶ。

「あんなウィードごときと仲良くする女たらしに、俺が負けてたまるかッ」

 この期に及んで、まだウィードと呼んでいる森崎であった。

 

 新人戦3日目。アイスピラーズ・ブレイクの控え室に続く通路。

 大黒竜也は相棒のリーナとともに控え室に向かっていた。その二人の前に、第三高校の制服を着た二人の少年が現れる。

 一人は容姿が整った美少年。もう一人は年の割に幼さが残っているあどけなさがある少年である。

「第三高校一年、一条将輝だ」

「同じく第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」

 二人が自己紹介する。それに対して、

「第一高校一年、大黒竜也だ。それで、クリムゾン・プリンスとカーディナル・ジョージが何の用だ?」

「ほう……俺だけでなくジョージのことも知っているとは話が早い」

「大黒竜也……聞いたことのない名です。失礼かと思いましたが、九校戦始まって以来の天才技術者である君の顔を拝見しに来ました」

「それはそれは……弱冠13でカーディナル・コードの一つを発見した天才少年に天才と言われるのは非常に恐縮だが、確かに非常識だな」

 そして、竜也はリーナのほうに振り向く。

「リーナ。先に用意していろ」

「ええ」

 竜也の言葉に、リーナは目の前に一瞥をして去っていく。

 竜也はリーナの背中を見つめながら、

「プリンス、そっちもそろそろ試合じゃないのか?」

 と問いかける。それに対し、吉祥寺が言う。

「……僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?」

「……そっちは担当しない」

「そうですか……残念です。いずれ君の担当した選手と戦ってみたいですね。無論勝つのは僕たちですが」

「わざわざそれを言いに来たのか?」

 達也は彼らの宣戦布告に興味無さそうに問い掛けた。

「それはついでです。今日は君の顔を見に来たんです。では」

「手間をとらせたな。次の機会を楽しみにしている」

 そう言って、二人は去っていった。

 それを見つめることなく、竜也もリーナの後をゆっくりと追っていった。

 

「何しにきたのかしら、あの二人?」

 リーナが控室で竜也に問う。

「たぶん偵察と宣戦布告だろ」

「身の程知らずねえ……竜也に宣戦布告するなんて……」

「そうでもないさ」

「え?」

「あいつらは、第一高校で好成績を収めている選手が、俺の調整と作戦を受けていることを見抜いている。大した観察眼だよ。あのまま成長したら、将来的にスターズには脅威になるかもしれないな」

「…………」

 そう言いながら、どこかライバルができてなのか、嬉しそうにしている竜也の顔をリーナは複雑な表情で見つめていた。

 

 ちなみに、新人戦女子アイスピラーズ・ブレイクの3回戦だが、深雪、雫、リーナは3人とも勝利して決勝リーグへ進んだ。

 バトル・ボードでも、竜也の作戦でほのかが決勝進出を決めた。

 

 第一高校生徒会長・七草真由美はアイスピラーズ・ブレイクの上位者3名、すなわち自らの後輩である深雪・雫・リーナをミーティングルームに呼び出していた。

「大会委員から提案がありました。皆さんの活躍のおかげで、新人戦女子アイスピラーズ・ブレイクはスピード・シューティングに引き続き、我が第一高校が三位までを独占しました。当校に入るポイントは一緒なので、決勝を戦わずに3人とも同率優勝で如何かと」

 それに対して、三名が互いの顔を見合わせる。

 最初に口火を切ったのはリーナだった。

「私は戦いたいです。この中で誰が本当に強いのか、私は勝負をしたいです」

 次に発言したのは、雫である。

「私もリーナと同じです……戦いたいと思います。二人と戦えるこの機会を逃したくありません」

「そうですか……。深雪さんはどうですか?」

「リーナや雫が私と戦いたいと言われるなら、私にそれを断る理由はありません」

「……わかりました」

 こうして、第一高校の美しき戦姫三人による戦いが始まろうとしていた。




次回は「三人の戦姫」を予定しています。


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三人の戦姫

 今やアイスピラーズ・ブレイクの観客席は超満員だった。

「なあなあ、お前はどの娘がいいと思う?」

「そりゃあお前、あの司波深雪って子だよ」

「え? そうか? 俺はアンジェリーナって子がいいと思うんだが」

「いやいや、北山のご令嬢だって捨てたもんじゃない」

「何しろ逆玉だしなあ」

「誰が勝つんだろうな?」

 などなど。観客席では、いつ始まるのかと、今や遅しと開始の時を待っていたのであった。

 

 さて、3人が当たるとなるとどういう風な戦い方をしたらいいのか。それが問題になった。

 3人が3人とも戦いたいと言っているから、3人がそれぞれ戦うバトル戦となる。

 だが、ここで問題が発生した。

 3人のうち、誰か一人は確実に連戦しなければならないという事実だ。

 つまり、最初に対戦したどちらかが、次の相手とすぐに当たらなければならなくなる。これは大きいと言えるだろう。

 そのため、公平なのかどうかが問題になったが、

「戦いとは実力だけではない。運もまた実力だ。連戦することになったなら、それはその者に運が無かっただけということだ」

 という九島烈の言葉により、連戦もやむなしということになり、3人でそれぞれ籤が引かれた。

 その結果。

 第一試合は司波深雪VS北山雫。

 第二試合は北山雫VSアンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 第三試合は司波深雪VSアンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 ということになったのである。

 

「お待たせいたしました。ただいまより、新人戦アイスピラーズ・ブレイクの第一試合を開始いたしますッ!」

 アナウンスの声に、うおおおおッ! と歓声が上がる。

 そして、第一試合の選手である緋の袴を着た巫女の司波深雪と、水色の振袖を着た北山雫が舞台に上がった。

 その瞬間、それまで騒がしかった観客席が一斉に静まり返る。

 そして、試合開始を告げるライトが灯った。

 

 先に仕掛けたのは深雪だった。

 深雪の氷炎地獄ことインフェルノによる熱波が雫の陣地を襲うが、雫はそれを情報強化で阻止する。

 負けじと雫は、共振破壊の魔法を発動する。

 だがその震動は、共振を呼ぶ前に鎮圧された。鎮圧したのは勿論深雪である。

 二人の戦いは互角……一部を除き、そう見えていた。

(届かない……さすがは深雪……)

 雫本人は表情こそいつもの不愛想だが、内心はあせっていた。なぜなら、情報強化は氷柱の温度改変を阻止できても加熱された空気までは阻止できないからだ。つまり、雫陣営の氷は少しずつ溶け出しているのだ。

(だったら……ッ!)

 雫が左手を自らの袖の中に入れる。そして、

(ッ!)

 深雪が一瞬動揺した。なぜなら、雫の左手には拳銃型のCADが握られていたからだ。

 その隙を雫は見逃さない。

 雫が深雪の陣にある氷柱に向けて引き金をひく。

 量子化された超音波の熱線が深雪の氷柱を溶かした。

「フォノン・メーザーッ!?」

 七草真由美が叫ぶ。

 フォノン・メーザー。振動系の系統魔法であり、超音波照射による熱で攻撃する魔法である。超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等魔法だ。

 これにより、それまで一度も倒されることがなかった深雪の氷柱が初めて崩された。

 だがこの時、大黒竜也は苦渋の表情を見せていた。

(さすがは我が妹……と言ったところか……少し、甘かったかな……)

 竜也の目には、これでも深雪と雫の間に差があることが明らかに見えていたのだ。それは隣にいるリーナも同じだった。

(雫……俺が授けたあの策……あれは危険だがやるしかない……あれ以外にもう、勝ち目はない)

(いや、それでも勝てるかどうか……俺は少し、深雪の魔法力を過小評価しすぎていたようだな……)

 と、認識を改める兄・竜也だった。

 

 深雪は確かに動揺したが、それはほんの一瞬のことである。

 深雪はすぐに気を取り直し、魔法を切り替えてフォノン・メーザーに対応した。その結果、氷の昇華が止まり、加熱を上回る冷却が作用し始めた。

 深雪の陣地が白い霧に覆われる。その霧はゆっくりと雫の陣地へ押し寄せて行く。

雫が情報強化の干渉力を上げる。だが、

(雫……さすがは私の友にして一科生だわ。ほめてあげる……でも私は四葉を継ぐ者……こんなところで負けてはいられないのッ)

 深雪が使ったのは。得意としている広域冷却域魔法であるニブルヘイムである。かつてブランシュを壊滅させたあの魔法だ。

 最大でマイナス200度の大規模な冷気の塊。その冷気が液体窒素を発生させる。

 液体窒素の膨張率は700倍。それが雫の陣営に襲いかかる……はずだった。

(え?)

 それに、誰もが驚愕した。

 雫が右手を自らの袖の中に入れて、あるものを取り出したのだ。

 それは、拳銃型のCAD。

 つまり、雫は2挺の拳銃形態CADと、自分のCADの合わせて3つのCADを一度に操作していることになる。

 これは、竜也が授けた策であり賭けだった。

 

 ………30分前。

「ねえ竜也さん。私、どうしても深雪に勝ちたい」

「…………」

 控え室において、雫のCADの最終チェックをしていた竜也に、雫が詰め寄る。

 ちなみにリーナ、深雪の調整も竜也が担当している。だから、CADの調整で差はなく、あるとしたら作戦のあるなし、互いの魔法力が差になるといえる。

「……深雪の実力は並じゃない。それをわかって言っているな?」

「もちろん」

「……仮に深雪に勝てても、それで力を使ったら次の試合に差し支えるかもしれない……それでもやるか?」

「うん! 何もせずに負けるより、やれることをやって負けたほうが、悔いも残らない!」

「……わかった……」

 そして授けた策の第一段階が、拳銃型CADと自らのCADの併用。

 第二段階が、3つのCADを同時に使うという離れ業だった。

 だが竜也には、それでも勝てるかどうか……雫に保証することはさすがにできなかったが、雫は、

「ありがとう竜也さん。負けても悔いはないよ。やってみるッ!」

 と、喜んでいたのであった。

 

 複数のCADを同時に使うなら、サイオン波の干渉で両方のCADが使えなくなる。

 雫は最初は、それをうまく使いこなしていた。

 これをパラレル・キャストという。

 別種の魔法を発動させる場合には、特異と言っていいほど難易度が高い技術であるが同種の魔法であれば、混信による干渉波は起こらない。

 とはいえ、相当なサイオン量を消費することに変わりはない。

 雫の2本のフォノン・メーザーによる膨大な熱量が、ニブルヘイム』により発生した液体窒素の霧を霧散させる。

 雫による2本のフォノン・メーザーで深雪の氷柱を攻撃する。

 深雪の氷柱が3本ほど倒れたそのとき。

 雫に限界が来た。

 2挺拳銃を使う前から既にそれなりにサイオンを使っていたのだ。しかも、深雪の攻撃に耐えながら。

 2挺拳銃になることで深雪の動揺を誘い、押し出しはしたが、それがもう限界ギリギリだった。

(雫……どうやらここまでのようね……よくやったわ、褒めてあげる……でも、勝つのは私よッ)

 そして、深雪のニブルヘイムが再び炸裂。

 この瞬間。勝負は決した。

 雫の陣地の氷柱は轟音を立てて崩れ落ち、それを合図に決着を告げるブザーが鳴ったのである。

 勝利したのは、司波深雪だった。




次回は、「三人の戦姫 その2」です。


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三人の戦姫 その2

 第二試合。北山雫VSアンジェリーナ=クドウ=シールズ。

 これは雫の棄権によりリーナの不戦勝になった。

 理由は明らかである。深雪との戦いで雫はサイオンが枯渇している。そんな状態でリーナとやりあえるわけがない。

 この時、雫は親友のほのかにだけ悔し涙を見せていた。

 そしてリーナに、

「気をつけてね。深雪は思った以上の強敵だよ」

 と声をかけ、

「わかっているわ。雫の分まで頑張るわよ」

 と、返すリーナだった。

 

 そして第三試合。

 司波深雪VSアンジェリーナ=クドウ=シールズである。

 両者とも抜きん出た美貌を誇る美少女。

 この時の深雪は緋の袴を着た巫女装束。

 リーナは西部劇のガンマンをイメージした黒服に帽子。

 二人の間には、バチバチと火花が散っているようだった。

 観客はそれを固唾を呑んで見守る。

 そして、試合開始を告げるライトが灯った。

 …………。

 

 試合前の控え室。

 大黒竜也がリーナのCADの最終調整をしていた。

「ねえ竜也」

「ん?」

「相手は深雪なんだけど……アドバイスとかはないの?」

「ないよ。お前の好きなようにやればいい。一言言っておくとしたら……そうだな、最初から全力でいけ。これだけだ」

「……あんたにしては珍しいわね……いつもなら作戦を立ててくれるのに」

「……深雪相手には小細工は逆効果だ。雫との戦いを見てよくわかった。リーナと深雪の魔法力は互角。となれば、力と力がぶつかり合う」

「…………」

「その時、勝敗を左右するのは何だと思う? リーナ」

「…………」

「勝ちたいという思いの強さと、守るものの大きさの違いだ」

「…………」

「リーナ。お前は何のために戦う? 何のために勝ちたい?」

「…………」

「それがもし、深雪を上回るなら、リーナの勝ちだ」

「……なら竜也。私が勝ったらひとつだけ、ご褒美を約束してくれるかしら?」

「……ご褒美?」

「ええ」

 そして、竜也に耳打ちするリーナだった。

 

 魔法力が互角な以上、両者は出し惜しみをするつもりはなかった。

 リーナの魔法は、空気が燃え上がる灼熱の地獄・ムスペルスヘイム。

 これは気体分子をプラズマに分解して高エネルギーの電磁場を作り出す領域魔法である。

 深雪の魔法は空気が凍りつく極寒の地獄・ニブルヘイム。

 気体分子の振動を減速し、窒素までも液化させる領域魔法だ。

 この2つの高等魔法が正面からぶつかりあった。

 バリバリ。シュウウウと互いの魔法がぶつかり合う音がする。どちらも譲らない。全くの互角である。

(……竜也の言ったとおり、後は気持ちの差かしらね……)

 リーナは魔法を展開しながら、そう思っていた。

 

 リーナは深雪に、幼い頃の自分を重ね合わせていた。

 竜也に出会う前。リーナは持って生まれたその高い魔法力から周りから天才少女と呼ばれてもてはやされた。頭もよく、同年齢は勿論、年上でも彼女に勝てる者はいなかった。そのため、すっかり天狗になっていた。

 そんな彼女の下に、日本にいる大叔父が一人の少年を連れてやって来た。

 典型的な日本人だが、髪や眉毛は老人のように真っ白で、それでいて眼光は鋭い。

 大叔父に聞くと、彼は自分と同年齢だという。これからここに預けるから、共に仲良くやってほしいと大叔父は言った。

 リーナはこの少年と軽く自己紹介した。そして、実力を知りたいからと勝負を申し出た。

 リーナは何一つ勝てなかった。

 筆記試験では大差を付けられて負けた。

 実技でも負けた。

(こんなことあるわけないわ……私は天才なのよ……こんな素性も知れない東洋の猿の子供に負けてたまるもんですかッ)

 リーナは悔しがった。

 それを見た竜也が言う。

「リーナ。そんなに悔しいなら、ブリオネイクを使え」

「……なぜそれを!」

「閣下に聞かせてもらった。リーナは戦略級魔法師になれるほどの天才だってな」

「…………」

「それを使ってもう一度来い。リーナ……お前と俺の差がどれほどの物か、お前が今まで見てきた世界がどれだけ狭いかを教えてやる」

「……ッ……なめんじゃないわよッ」

 そして、ブリオネイクを使ってもう一度挑戦した。

 ……完敗だった。

 竜也はブリオネイクを使ってリーナが放つプラズマの光条を全てかわした。

 そしてリーナに近づくと、ブリオネイクを右手で掴んで一気に引き寄せた。

 リーナが踏ん張るが、力の差は明らかでリーナは竜也の下に引き寄せられると、腹部に竜也が放った左足による回し蹴りをもろに受けて吹っ飛ばされた。

 竜也は右手で掴んだブリオネイクを両手で真一文字に持ち直すと、それを地べたから苦しそうに起き上がろうとするリーナの前でへし折ってしまった。

「…………ッ」

 その瞬間、勝敗は決した。

 リーナは竜也の実力を認め、以後は今まで傲慢だったのが嘘のようにリーナは人柄がよくなった。傲慢になることがなくなったのだ。

 それはこれだけの大敗をして、自分が今まで見ていた世界がどんなに矮小であり、自分がどれだけ自惚れていたかを認識できたからである。

 そして、竜也とまるで兄妹のように育ち、勉学と鍛錬を繰り返し、いつしかUSNAでもその名を轟かせる天才少年と天才少女とまで言われるようになった。

 竜也から妹のように信頼され、自分の本当の名前と素性も明かされるまでになった。

 リーナと竜也が共にいるのはいつしか当たり前のようになった。

 二人はスターズの総隊長と副隊長に選ばれた。

 そして、数々の戦場を協力し合って生きてきた。その中で多くの戦友や友人を得てきた。

(負けられない……私は相棒のためにも、負けられないのよ、深雪ッ!)

 

 司波深雪は、四葉の令嬢として、そして次期当主として育てられてきた。

 持って生まれた頭脳と魔法力の大きさから、四葉の使用人や一族分家から常に賞賛された。

 四葉の屋敷の中で、彼女はまさにもてはやされた。

 そのため、生きてきた世界は非常に小さい。

 護られ、愛でられ、称賛され、全てを与えられて生きてきた典型的なお嬢様。挫折というものや苦難というものを知らない。

 つまり竜也と出会う前のリーナがそのまま目を覚ますことなく、小さな世界で15歳まで生きてきているのだ。

 友人はいる。北山雫や光井ほのか、里美スバルといった一科生である。

 ただし、それだけなのだ。

 彼女は魔法力に恵まれていない者を見下す。だから二科生に友人はいない。

 いや雫やほのかとて、本音で語り合える友人といえるのかどうか。

 雫やほのかは、竜也の影響を受けて二科生の千葉エリカ、西条レオンハルトとも友人になっている。彼女はそれが理解できなかった。

(なぜなの……私たちは一科生なのよ……それなのになぜ、二科生の出来損ないと仲良くしているの……)

 雫やほのかに正面をきってそこまでは言っていない。言えば雫やほのかを非難することになりかねないからだ。

 だが、このように深雪の生きる世界は本当に狭い。矮小とすら言えるかもしれない。

 これが、両者の差であった。

 

 どんなに才能があろうと、そんな矮小な人間に世界を思い知らされた少女の壁は越えられない。

 深雪とリーナの差がそこにあった。

 そして、

「そんなッ!」

 深雪は信じられなかった。

 自分が少しずつ、だが確実に押されている。

 何とか持ち直そうとする。だが、できない。

 そして、決着がついた。

 深雪の陣地の氷柱が轟音を立てて崩れ落ち、それを合図に決着を告げるブザーが鳴ったのである。

 

 愕然として膝から崩れ落ちる深雪。

 そして相棒が見ているであろう場所にVサインを送るリーナ。

 二人の対象的な姿が、そこにあった。

 そして、そんなリーナに対して、

「よくやったな……相棒……」

 と、賞賛を送り、拍手する竜也だった。

 

 ちなみにリーナが勝利のご褒美に竜也に求めたもの。それは、

「私が勝ったら、私と付き合って」

 だった。

 それに対して、

「付き合う? 何言ってるんだ。俺とお前は相棒だろ? これからもずっと一緒だよ」

 と、相変わらずの朴念仁振りを発揮する竜也だったのである。




次回は「モノリス・コードへ」を予定しています。


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モノリス・コードへ

「かんぱーい!」

 リーナの優勝に、竜也にエリカ、レオ、美月、幹比古、雫、ほのかなどがリーナの部屋に集まってさわやかな会合が開かれていたその頃。

 お通夜のように静まり返っているところがあった。

 まずは、同じホテル内の高級士官用の部屋。

「それで、深雪くんの様子は?」

 独立魔装大隊少佐・風間玄信が尋ねる。それに対し、

「はい。敗戦のショックで寝込んでいるらしいです。水波くんが付き添っているので心配はないかと」

 と、答えるのは、大尉の真田繁留である。

「そうか……それにしても、あの深雪くんが敗れるとはな……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズ、いったい、何者だ……!?」

「深雪くんを凌ぐ魔法力を持っている以上、只者ではないことは確かでしょうね」

 応じたのは部下の大尉・柳連である。

「だろうな……藤林、彼女の素性はわかったのか?」

「…………」

「おい、藤林?」

「…………」

「藤林ッ!」

「あ、はいッ!」

 と、慌てて答えたのは、少尉の藤林響子である。

「はいではない。どうしたんだ? 藤林」

「いえ……何でもありません……」

「……そうか……で、彼女の素性はわかったのか?」

「……彼女……?」

「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズのだ!」

「あ、はい……調べてみましたが……パーソナルデーターを見た限りでは……一般人でした……」

「それは表向きのパーソナルデーターだろう。私が言っているのは、電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)として調べた結果を聞いている」

「……いいえ。それで調べても、彼女はやはり、一般人の出自でした……特におかしいところは、ありません……」

「……そうか……」

 そして、風間は柳や真田に視線を移して話を続ける。

 この時、独立魔装大隊にとって深雪が敗北したことは大きな意味を持っていた。独立魔装大隊にとって、深雪は欠かすことのできない戦力である。それが敗れたのだから慌てるのは当然である。たとえ高校生のお遊びであるとしても。

 そして藤林は心の中で罪悪感にとらわれていた。藤林はリーナを知っている。何故なら、彼女のはとこにあたるからで、当然面識もある。そして、スターズに所属していることも知っている。

 だが、それを風間には言えない。何故なら祖父・九島烈から一族の機密扱いにされているからだ。彼女にとって祖父の命令は絶対である。だから言えないのだ。一族の利益のためにも。

 そのため、罪悪感に苦しめられ、動揺を何とか押し隠そうとする藤林であった。

 

 同じ頃。

 旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村。

 この村の中央に位置する広い敷地内に複数の離れを持つ一際大きな平屋建ての屋敷、これが四葉家の本邸である。外見は伝統的な日本家屋だが、内装は無節操な和洋混在している。

 この屋敷の主人であり四葉家の当主である四葉真夜は、執事長にして自らの最側近である葉山忠教から報告を受けていた。

 彼女の右手には、紙による報告書が数枚握られている。

「深雪が敗れた……。その深雪を破ったという少女の名は?」

「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズです」

「素性は?」

「今のところは、その報告書にある限りはわかっておりません」

「あの深雪を破った……高校生のお遊びとはいえ、それが何を意味しているのかわかっているはずよ、葉山さんは」

「…………」

「深雪を破った少女が、ただの一般人だと思ってるの?」

「…………」

「まあいいわ。おっつけ、新しい報告が届くでしょう。それを待つとしましょうか」

「……はい……」

「それと、亜夜子さんと文弥さんを深雪の下に送りなさい。深雪の気持ちを立て直させる必要があります」

「承知いたしました」

「あと、貢さんにアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの素性を改めて調べさせなさい」

「はい」

「……我が四葉の力を脅かす者……それは我が四葉に仇なすのと同じこと。我が四葉がアンタッチャブルと呼ばれる理由は、そこにあるのです」

「…………」

 葉山は、頭を真夜に下げたまま、上げようとはしなかった。

 

 ……この小さな勝利が、後に大変な事態を招くことになろうとは、この時は真夜も竜也も気づいてはいなかった……。

 

 新人戦四日目。ミラージ・バット。

 第一高校からは光井ほのかと里見スバルが出場する。

 この競技はエンジニアの調整力こそが勝利の鍵になる。勿論、言うまでもなく、ほのかもスバルも勝利して決勝へ駒を進めた。そして決勝でも優位は変わらず、優勝はほのか、準優勝がスバルと第一高校が優勝と準優勝を独占する形で終了した。

 この時から、第一高校のエンジニアに第三高校以外の面々も嫉妬や怒り、あるいは興味を抱くようになっていった。

 

 さて、モノリス・コード。

 この競技には、森崎駿が出場する。

 相手はこれまで勝ち星のない四高であるから、森崎でも勝利するだろう。この時は第一高校の誰もがそう思っていた。

 そう、『事故』が起きるまでは。

 

「何があったんですか?」

 竜也がリーナと共に駆けつけ、その質問に苦渋の色をにじませる生徒会長・七草真由美が答える。

「二試合目、市街地ステージで、試合開始直後に森崎くんたちが破城槌を受けたのよ」

「…………」

 破城槌とは、天井などの面に対し強い加重が掛かった状態に事象を書き換える魔法のことである。

「破城槌は建物の中で使用した場合、殺傷性ランクがAに格上げされます。バトル・ボードの危険走行どころじゃないはず……」

「そうね。ビルの中で受けたから三人とも瓦礫の下敷きよ。全員重傷らしいわ」

「……こうなると競技を中止にすべきとの声もあるのでは?」

「ウチと四高を除いて、競技は今も続行中よ」

「え?」

 竜也が驚く。

「今、十文字くんが大会委員会と折衝中よ」

「…………」

 

 そして、その日の夜。

 第一高校のミーティングルームに竜也が呼び出されていた。

 この場には、七草真由美、市原鈴音、十文字克人、渡辺摩利、中条あずさ、五十里啓、服部刑部などもいる。いわば第一高校の幹部連中である。

 まず、真由美が切り出す。

「本日はご苦労様でした。選手の頑張りは勿論ですが、やはり竜也くんのエンジニアとしての功績も大きいと思います」

「ありがとうございます」

「おかげで当校の新人戦は現在一位です。そして二位の三高とのポイント差は50ポイント。モノリス・コードを棄権しても2位以上は確保できました。あとは三高のモノリス・コード次第……とはいえ三高にはあのクリムゾン・プリンスとガーディナル・ジョージが出場します」

「あの二人が組んでトーナメントを取りこぼす可能性は低いわ。だから」

 真由美が竜也の両手を握る。

「新人戦準優勝……それで十分だと思っていたのだけど……ここまで来たら新人戦も優勝を目指したいの」

「!」

「だから竜也くん、明日のモノリス・コードに代役として出場してもらえませんか?」

「…………ッ!」

 この時、竜也の顔が苦渋の色に染まっていることが、誰の目にも明らかであった。




次回は、「苦渋と決断」を予定しています。


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苦渋と決断

「お断りしますッ!」

 大黒竜也の第一声は、それであった。

 

 竜也が断るのは理由がある。

 竜也ほどの実力者が力を出せば、確かに優勝はできる。

 ただし、その過程で自分の実力を発揮したら、そしてそれを四葉に察知されたら、間違いなく自分の正体は露見する。

 それでは困るのだ。

 それにモノリス・コードは3人1組のチーム戦である。

 相棒のリーナならともかく、自分は他のメンバーの性格・性質を知らない。

 そんな状況では自分ひとりが無双しなければ勝てなくなる。

 つまり、実力を発揮できないまま、戦場に連れていかれるようなものなのだ。

 それに、勝ち進めばいずれは一条将輝とあたる。

 さすがの竜也でも、一条相手には低スペックのまま勝てる自信は無かった。

「会長、私はスタッフですよ。それに怪我でも選手の交代は認められていないはずです」

「それは特例で了承されました」

「……ッ。ならば、なぜ自分を指名するのですか? 自分はエンジニアです。他の選手を代役に立てれば事足りるはずです」

 すると、

「一年生の男子の中で、実力がありそうなのは竜也くんだと思ったから……」

 続いて、親友の渡辺摩利も言う。

「他の選手が、あのクリムゾン・プリンスに勝てると思うか?」

(無理だろうな……だが、俺にはそんなことはどうでもいい)

 と、心の中で思いながら、平然と言い返す。

「さあ、それはやってみないとわからないでしょう。それにその言葉は逆を言えば、先輩たちが1年男子の実力を信じていないことにもなるんですが、よろしいのですか?」

「…………ッ」

 竜也の切り返しに、真由美も摩利も詰まる。

 摩利の今の一言は確かにまずい。つまり第一高校の幹部たちは今の1年生男子の実力を全く信頼していないことになるからだ。

 だが、思いもよらない横槍が入る。

「そうだ。俺たちは残った一年生男子メンバーの実力を信頼していない。お前を除いてな」

 そう言いだしたのは、十文字克人である。

「あの一条相手に、他の奴らでは蹴散らされるのは目に見えている。だから俺と七草、渡辺は実力があるお前を選んだ。それだけのことだ」

「…………」

 竜也はうなった。まさかここまで堂々と1年生男子に対する不信任を口にするとは思わなかったからだ。

(のちのち、しこりが残ったらどうするつもりなんだ……)

 と、心の中で思いながらも言い返す。

「お前は既に代表チームの一員だ。そしてチームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断したなら我々が止める。だが誰もお前の指名に異議を唱えなかった。ならばお前には義務を果たしてもらう」

「…………」

(……義務を果たせだと……つべこべ言わずに出ろと言ってるのと同じだろうが……くそッ!)

 竜也が言う。

「……考える時間を下さい……」

「いや、この場で決めろ」

「できません。いきなりこのようなことを言われて、それは無理というものです。強制するのであれば、私は辞退します」

「……いいだろう……。2時間後に、またこの部屋に来てもらう。いいな」

「わかりました……」

 そして、一礼して竜也はその場を去った。

 

 黒羽貢。

 四葉真夜の従弟にあたり、工作・情報収集・諜報などを担当するエージェントのひとりであるこの男が今、当主の命令を受けてホテルの外からアンジェリーナ=クドウ=シールズの監視を行なっていた。

 そこに、腹心から報告が入る。

「ボス。ターゲットの部屋に男がやって来ました」

「男? 誰だ」

「大黒竜也といい、彼女のクラスメイトらしいです」

「そうか……」

 そして、貢が男の顔を見ようと、望遠レンズを覗き込んだ。

 

 竜也はリーナに愚痴をこぼしていた。

「で、どうするのよ?」

「どうするもこうするもない。俺の正体が今知られるのはまずい。断るしかない」

「だけど、十文字克人はあんたを以前から疑いの目で見ているわ。ここで拒否したらますますあんたに対する警戒を強めるでしょうね」

「そんなことは問題じゃない。俺の計画を実行するまでは俺の正体を知られるわけにはいかない。それは、お前にもわかっているだろう」

「……なら、出場は辞退するのね」

「ああ……そのつもり……」

 その時、竜也はホテルの窓から景色を見下ろした。

 ここは6階であるため、地上に誰がいようと目視だけでわかるはずはない。が、

「リーナ」

「ええ」

 そして、リーナが動き出した。

 

 貢は工作を担当しているから読唇術もお手のものである。

 貢は、竜也とリーナの唇の動きから全ての言葉を読んでいた。

(正体……計画……何を言っている……?)

(……あの男……昔……どこかで見たような……)

 そのときだった。

「ぐわあああああッ!」

 部下の悲鳴であった。

「どうしたッ?」

「ひとり、やられました」

 部下から通信が入る。

「なんだと? 誰にやられたッ?」

「わ、わかりません。突然、俺の隣から消えたとしか……わああああッ」

 そして、その部下からも通信が不能になった。

「散れッ!」

 貢は咄嗟に危機感を感じて、残った部下を散開させた。

 だが、部下は次々と灰になって消えてゆく。

 そして貢ひとりになった。

「くそッ!」

 貢にはわけがわからない。

 だが、長年培ってきた勘から、ここは逃げるしかないと判断して逃走を開始した。

 ちなみに、貢の部下たちをあっという間に消したのは、言うまでもなくトライデント。竜也の魔法師の肉体を一切の抵抗も許さず消し去る魔法である。

 

 逃走していた貢の前に、立ちふさがる人物がいた。

「なッ!」

 そこにいたのは、自分が監視対象にしていたアンジェリーナ=クドウ=シールズであった。

(馬鹿な……彼女はさっきまでホテルにいたはず……どうしてそれがここにいる?)

 貢はそれが、リーナの魔法である仮装行列だと気づけなかった。

 そして、その行動停止が命取りになった。

「ぐッ!」

 貢の右足が消され、貢はバランスを保てなくなって地面に倒れる。

 そしてそこに、茶髪に眼鏡をしている青年が現れた。隣にはリーナもいる。

「お前は……」

「久しぶりだな……黒羽貢」

「何?」

 貢は、青年の顔を改めて見つめる。……どうしても思い出せない。

「なんだ。思い出せないのか……冷たいねえ……俺をガキの頃から厄介者のように扱っていた男にしては」

「な、なんだと……?」

 そして、貢はようやく思い出した。

「お、お前はまさか……し……ぐッ!」

 その瞬間、貢は首を竜也に締め上げられた。

 そのため、しゃべれなくなる。

「そうだよ。思い出したようだな……そして、お前は秘密を知ってしまった……秘密を知った以上、お前には消えてもらう。秘密とは、秘密を知っている者を消せれば、また秘密として保てるからな」

「ぐ……ッ」

 貢が必死に抵抗する。

 だが、竜也の締め上げる力はそれ以上だった。

 そして、鈍い音がした。

 貢の首があらぬ方向を向いている。

 貢の身体が、地面にドサッと倒れた。

 それを無表情で眺める竜也とリーナ。

 そして、

「すまない。嫌なところを見せたな。リーナ」

「いいえ。言ったでしょ。あんたの相棒をする以上、私は汚いことをするのも覚悟してるって」

「すまない……」

 そして言う。

「ならば、俺は今から第一高校の幹部の下へ行き、モノリス・コード出場を辞退して来る」

「……今まで得た信頼も、水の泡ね……」

「やむを得ない。俺の正体を知られるのは、まだ早いからな」

 

 それから竜也は、モノリス・コードへの出場を辞退した。

 その際に十文字から激しい抗議を受けたが、やむを得なかった。

 ただし、竜也はその際に自分に代わる代役を推薦している。

 それは、3人の友人である十三束鋼、吉田幹比古、西条レオンハルトである。

 この3人で、第一高校はモノリス・コードに立ち向かう事になったのであった。




次回は「モノリス・コード」を予定しています。


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モノリス・コード

 その頃、司波深雪は黒羽亜夜子・文弥姉弟の訪問を受けていた。

 とはいえ、ほとんどが文弥と深雪の会話に終始していた。

 深雪は魔法力の無い者を極端に蔑む。

 黒羽の双子も、弟のほうは優秀な魔法師なのだが、姉のほうは自分の魔法の特性がわからずそのために一族からは落ちこぼれと蔑まれている。また、親に比較されてきたためか、深雪に対して強い対抗意識を持っており、その対抗意識のため、深雪は亜夜子との付き合いを鬱陶しく思っているところがあった。

 というより、 亜夜子をかつてのあの出来損ないと重ねてしまうのである。

(なによ……自分の魔法の特性もわからない出来損ないのくせに……)

 勿論、それを表に出したりはしない。

 達也・深雪兄妹と亜夜子・文弥姉弟では決定的に違うところがある。

 それは深雪の場合は兄を蔑んでいたが、文弥の場合は姉を蔑んでおらずそれどころか姉としての領分はきちんと守って立てているというところだ。

 そのため、深雪も表立っては亜夜子を非難したりはしていない。

 とはいえ、亜夜子もバカではない。目の前にいる従姉が自分をどのように思っているかくらいはわかっている。つまり互いに互いを友人と偽りながら付き合っているといってよい。

(はあ……何で叔母様は私をこの人(深雪)の下に派遣したのかしら……派遣するなら文弥だけでいいのに……)

 と思いながら、弟と深雪の会話を聞いていた。

 そこに、携帯していた端末に連絡が入る。

 亜夜子はこれ幸いと、深雪に断りを入れて部屋の外に出てから通話に出る。

 相手は四葉本家の執事長である葉山だった。そして、

「え……?」

 と、葉山の言った言葉に、絶句する亜夜子であった。

 

 翌日。新人戦五日目。

 この日のモノリス・コードから、大黒竜也が選んだ3人の友人である十三束鋼、西条レオンハルト、吉田幹比古らが出場する。

 ちなみに試合前に、竜也はこの数日前に幹比古に約束したことを友人としてきちんと果たしている。すなわち、吉田家の術式に無駄があるからと、CADの調整に取り掛かり、魔法そのものを改良することで、幹比古の弱点を「修正」してしまったのである。

 竜也のいいところは、ここにある。

 自らが信じる者、あるいは自らを信じてくれる者には、自分ができる限りのことをするやさしさ。これがある意味、竜也のカリスマと言ってもよい。

 それはさておき、鋼・レオ・幹比古のコンビの強さはまさに無敵で、第八高校を皮切りに、第二高校、第九高校と次々と敵を破っていった。

 

 そして決勝戦。

 第一高校と第三高校が激突した。

 この戦いは、鋼と将輝の死闘で大いに盛り上がった。

 最後に勝利を掴んだのは第一高校だった。

 鋼の接触型の術式解体、つまり鋼の体質が物を言った。

 鋼は「Range Zero(レンジ・ゼロ)」と言う二つ名で呼ばれる学年総合5位をマークする優等生である。ただし体質的に「核」が非常に強固でサイオンを強く引き付け、普通は外へ流れるはずのサイオンが本体から離れようとしない為、自分のサイオンを遠くに放つことが出来ない。この欠陥の為、遠隔魔法が上手く使えない。

 そのため、十三束家の直系でありながら、一族が得意とする「金属精錬」を使用できず、十三束家内部では「鬼子」として敬遠され、孤立し、自らも「百家・十三束の出来損ない、『レンジ・ゼロ』」と発言している。

 竜也はそんな鋼に友人としてアドバイスした。

「なぜ落ち込む? 鋼」

「竜也にはわからないよ……僕のこの体質は呪いなんだ……」

「呪い? むしろお前が無敵になるための授かりものだろ? なぜ自分で自分をそこまで否定する。術式解体はサイオンの塊をイデアを経由せずに対象物に直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式と言ったサイオン情報体を吹き飛ばすんだ。つまり……」

「つまり……?」

「つまり、接触型の術式解体を鎧として使えばいい。遠隔魔法が苦手? なら近接魔法をマスターすればいいだけだ」

「…………」

「一条に勝つなら、それしかない」

「…………」

 そして、鋼はそれをやった。

 一条が相棒の吉祥寺を助けるために自分に隙を見せたその瞬間。

 一気に一条に接近した。

 一条は慌てて反撃したため、鋼に対して手加減なしの圧縮空気弾を放ってしまう。

 普通なら死ぬはずだった。実際、一条は、

「俺は……なんてことを……ッ」

 と、自分の行為に悔悟の念を浮かべていた。

 だが、鋼は何事も無いように突進を続ける。

「なッ!?」

 一条が驚いたときに、鋼は爆風(ブラスト)を一条の間近で放ち、一条を吹っ飛ばしていた。

 この瞬間、第一高校の勝利が確定したのである。




次回は「九校戦始末記」です。


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九校戦始末記

申し訳ありません。
私の都合で、23話と24話を少し変更しました。
変更点としては、大黒竜也(司波達也)がモノリス・コードを辞退して代わりに友人3名を推挙した事。
それにより四葉にはまだ正体はバレてはいないという事です。
ただし正体はもう少し先でバラす予定です。
真夜と達也の戦いを期待されていた方々、もう少しだけお待ち願いたいと思います。


 大黒竜也は、自分の部屋で端末から報告を受けていた。

「我々以外に、無頭竜(NO HEAD DRAGON)を調べていた勢力の正体がわかりました」

 報告するのは、部下のシルヴィア・マーキュリー・ファーストである。

「そうか……で?」

「日本の警察省公安庁の捜査官でした」

「なに?」

 さすがの竜也も顔色を変える。

「公安……ということは、日本政府が動いているということか?」

「いいえ。政府そのものが動いているとは思えません。我々の調べでは、動いているのは公安の捜査官1人だけです」

「1人……」

「はい」

「そいつの名は?」

「小野遥。表向きの顔は、第一高校のカウンセラーです」

「ああ……あの女か……」

 竜也は校内で何度か面識があるので、すぐに脳内に思い出した。

 そして言う。

「ご苦労だった。シルヴィア」

 そして、端末を遮断した。

 

 同じ頃。横浜中華街。

 ここに、生命の危険に迫られている面々がいた。

「第一高校の優勝は最早確定的だ……」

「馬鹿なッ! 諦めると言うのか? それは座して死を待つということだぞッ!」

「このまま一高が優勝すれば、我々の負け分は一億ドルを超える。ステイツドルで、だ」

「これだけの損失、楽には死ねんぞ? 良くて生殺しのジェネレーターだ……ッ」

 その言葉に、全員の顔色が恐怖に染まる。

「こうなっては最早、手段を選んでいる場合ではない」

「そうとも! 多少手荒になっても今更躊躇う理由はない。客に疑いを持たれたところで、証拠を残さなければ言い訳は何とでもなる」

「協力者に使いを出そう。明日のミラージ・バットでは、一高選手の全員に途中で棄権してもらう。強制的にな」

「運がよければ死ぬことはあるまい。さもなくば、運が悪かったというだけだ」

 勝手なことばかり述べて、自分たちの助かる道を懸命に模索する哀れな鼠たちであった。

 

 九校戦九日目。ミラージ・バット。

 この日は第一高校から3年生の小早川景子が出場する。

 小早川は今日にも自分の成績次第で第一高校の優勝が決まるからと張り切っていた。ところが、しばらくしてCADを操作しても魔法が発動せず、10メートルの高さから落下する恐怖に小早川の顔が引きつったのを、観客席からも伝わった。悲鳴が上がる。

それを見た竜也が動いた。

 なんと、信じられない跳躍力で一瞬にして小早川の下に接近すると、落下する小早川を受け止めたのである。

 そして、受け止めた小早川をステージに寝かせる。

 あのまま落ちていたら、小早川は魔法不信に陥って、魔法を使えなくなってしまったかもしれない。竜也はそれを救ったのである。

 そしてそれは、モノリス辞退で失っていた先輩たちの信頼を取り戻すのに十分な出来事でもあった。

 さらに、柴田美月から通信が入る。

 美月曰く。

「小早川先輩がCADを操作した時、CADの辺りで何かが……いえ、精霊が弾けた気がします……」

 それで、竜也には全てがわかった。

 竜也は美月に礼を言うと、九島烈に連絡を入れ、その上でリーナを連れてある場所へと赴いた。

 

 その天幕の中では、九校戦での選手が使用するCADの最終チェックが行なわれていた。

 竜也は渡辺摩利が出場するミラージ・バットで使用するCADを持っている。

 そしてそのデバイスチェックが行なわれている時。CADに何か異物を紛れ込ませているのを知覚した竜也は、すぐにその男の襟首を掴んで投げ飛ばした。

「うわあッ!」

 検査員が悲鳴を挙げ、周囲の面々が驚く。

「……なめられたもんだな……同じ選手のCADに二度も細工して気づかないほど、俺が馬鹿だと思うのか?」

 そして、背後にいるリーナに男の顔を抑えさせ、さらに、

「そいつの右目を開けさせろ」

 と、冷たい声で命じた。

 リーナはためらいを見せずに、男の右目を開けさせる。

 その右目に、竜也は親指を向けた。

 周りにいる者たちが息を飲んだ。

 竜也が、その指を男の右目に向けて突き刺そうとしているのがわかったからだ。

「チャンスをやろう。CADに何を紛れ込ませた? それと、お前の黒幕は?」

 だが、男は首を横に振る。

「そうか……言いたくないか……」

「……ひいいッ!」

 この時抑えられた男は、自分の目に指が向かってきていることより、竜也の絶対零度に近い冷たく凍るような殺気の籠もった目に恐怖していた。

 そして、男の目に竜也の指が接近したその瞬間。

 九島烈が現れた。

 そして、烈により全てが明らかになる。

「このCADは異物が紛れ込んでおるようだ。これは見覚えがある。私がまだ現役だった頃、東シナ海諸島部戦域で広東軍が使っておった電子金蚕だ。電子金蚕は有線回線を通して電子機器に侵入し、高度技術兵器を無力化するSB魔法」

 SB魔法とは「精霊」を含む自律性の非物質存在(Spiritual Being)を媒体とする魔法の総称。

「プログラムそれ自体を改竄するのではなく、出力される電気信号に干渉してこれを改竄する性質を持つため、OSの種類やアンチウイルスプログラムの有無に関わらず、電子機器の動作を狂わせる遅延発動術式。我が軍はこれの正体が判るまで、随分と苦しめられたものだ……」

 そして、検査員の男は烈の手配した警備員により連行されていった。

 竜也はあらかじめ、烈と打ち合わせていたから予定通りだった。

 これにより、無頭竜の計画はまたも打ち砕かれたのであった。

 

 だが、自分の生命がかかっている者たちは最早なりふりを構わない。

 無頭竜は、ジェネレーターを使って九校戦の観客を襲って大会を中止させようとした。そうなれば大負けしている賭けも不成立となり、自分たちの生命は助かる。

 だが、その計画も、藤林の探索で既に魔装大隊に見抜かれており、柳連によりジェネレーターは取り押さえられて計画はまたも失敗したのであった。




次回は「九校戦始末記 その2」です。


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九校戦始末記 その2


 


 さて、九校戦はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。

 怪我から回復した渡辺摩利がミラージ・バットでは大活躍した。これに対して第三高校も一年生ながら本戦に抜擢される程の実力を持っている師補十八家・一色家の令嬢である一色愛梨が頑張ったが、十文字や七草と共に数えられる第一高校の三巨頭の壁はやはり大きく、渡辺摩利は見事優勝し、この時点で第一高校は総合優勝を果たした。

 試合後、渡辺は善戦した一色と握手してお互いを認め合い、観客から大いに拍手や歓声を受けていた。

 

 同じ頃。

 司波深雪は、魔装大隊の少尉・藤林響子と会っていた。

 深雪の隣には、ガーディアンである桜井水波もいる。

「深雪さん……大丈夫?」

「大丈夫です。もう気持ちは落ち着きました」

 深雪は笑顔を見せながら言う。

「それより、あの下衆どものことはわかりましたか?」

 深雪がその整った容姿からは信じられない乱暴な言葉を使う。それだけ、深雪にとって怒りが溜まっている証でもある。

 いや、その怒りは無頭竜に向けられたものか、それとも不甲斐なくリーナに敗れた自らの力の無さを悔いてなのか、少なくとも藤林にはわからなかった。

 藤林が気を取り直して言う。

「ええ。奴らは横浜中華街のホテルにいるわ」

「そうですか。それで手筈は?」

「真田大尉が本作戦には参加します。また、私の手でハッキングして無線通信は全て支配下に置くつもりです」

「わかりました。ならば行きましょうか」

 そして、深雪が水波と共に動き出した。

 

 さてその頃、大慌てになっている連中がいた。

 場所は、横浜中華街のホテルの一室。

 そこにいる男たち-無頭竜(No Head Dragon)東日本総支部の構成員たちである。

「まさかジェネレーターが取り押さえられるとは……」

「くそッ! なぜ我々がこんな目に……ッ」

「ジェネレーターを押さえた奴らの素性はわかったのか?」

「目下、確認中だ」

「そうか……」

 そのときだった。

 突然、部屋の中が極寒の地獄に見舞われた。

 その絶対零度でジェネレーターの一体が苦しみだし、そして凍りついた。

 深雪の得意魔法であるニブルヘイムである。

「なッ!?」

 驚いた構成員たちが一斉に伏せる。

 構成員のひとり・ダグラス=黄は仲間と囲んでいたテーブルを倒して楯にする。そして、

「何処だ!? 何処からだッ!?」

 と、二人のジェネレーターに言う。

 すると、ジェネレーターは二人とも顔を東に向けた。

 そこには、ヘリがいたのである。

「十四号! 十六号! やれッ!」

 ダグラス=黄が命令する。しかし、二人のジェネレーターもニブルヘイムで凍らされてしまった。

 ダグラス=黄が狙撃銃をヘリに向ける。しかし、それは無意味だった。

 深雪の振動減速系概念拡張魔法・凍火(フリーズ・フレイム)により、火器は意味を成さないのだ。仮に撃っても、水波の対物障壁もあるから無意味だっただろうが。

 そして、深雪がニブルヘイムを構成員に向けて発動した。

 構成員たちが次々と凍り付いてゆく。

 構成員のひとりが有線を、もう一人が無線をそれぞれ外部に向けて連絡を取ろうとした。しかし、

『慌てなさんな。あんたらの運命はもう決まってるんだからおとなしくしてな』

 有線から聞こえてきたのは男の声。それは真田の声だった。

 そして無線からは、

『もう諦めなさい。貴方たちの運命は決まっています』

 と、無線を支配下に置いた藤林の声が帰ってきた。

 それを聞いて、構成員たちが絶望にとらわれる。

 ダグラス=黄は、仲間が次々と凍り付いてゆくのを見て、恐怖のあまり無線につながる女性に命乞いを始める。

「ま、待ってくれッ!」

『何を待てと?』

「我々はこれ以上九校戦に手出しをするつもりはない」

『九校戦は明日で終わりです』

「我々はこの国からも出ていく。いや、我々無頭竜東日本支部は日本から手を引く」

『貴方にそんなことを決定する権限があるのですか? ダグラス=黄?』

 ダグラスは自分の素性を調べ上げられていることに驚く。しかし、ここでひるんではいられない。自分の命がかかっていた。

「……私はボスの側近だ。ボスも私の言葉は無視できない」

「貴方の言うことが真実なら、当然ボスの名も知っているはずですね?」

「それは……」

「ならば、ボスの名を言ってもらいましょうか」

「…………」

 さすがのダグラスも口を閉ざす。ボスの名を口にすれば、この場は助かっても組織に葬られるからだ。

 だが、目の前で仲間のジェームス=朱が氷漬けになったことで、命惜しさの気持ちが高まった。

「わかった……言う……ボスの名は、リチャード=孫。本名は孫公明だ」

 そして、ダグラスは組織の情報を洗いざらい藤林にぶちまけた。

 そして、秘密を全て話した。

「御苦労さま。じゃあ、さようなら」

 藤林の冷たい声と共に、ダグラスの断末魔の声が上がり、ダグラスは永遠の凍結地獄に落ちたのであった。

 無頭竜東日本支部はこうして、壊滅したのであった。

 

 その頃、大黒竜也は妹と大隊が無頭竜を始末しているのをホテルの地下駐車場からエレメンタルサイトで一部始終を眺めていた。

 この時、リーナは同行していない。実は渡辺が優勝を決めた事で第一高校は祝勝会を開いていた。深雪が密かに動いていることを悟った竜也は祝勝会に出られない。かといって、リーナまで連れていけば二人とも欠席ということで十文字に疑われる。

 そこで、リーナに祝勝会に出席させて自分はエンジニアとして働いて疲れているから休んでいると伝えさせた。

 同じように深雪と水波はリーナ戦の敗北からショックで寝込んでいるのを理由に、この祝勝会の出席を拒否している。

 それはさておき。

「出てこいよ。いつまでそこで俺を監視しているつもりだ」

 竜也が突然、言葉を口にした。

 ……変化はない。

「出てこいよクソ坊主。そこに隠れているのは分かっているんだ」

 そして、竜也がCADを取り出し、圧縮空気弾をそこに放つ。

 その場から、坊主が現れた。

「やはり出てきたか……クソ坊主……」

 竜也は冷たく凍るような声で言う。それに対し、

「僕の気配を見破るとはなかなかやるねえ……。ところで、君にひとつ聞いておくよ」

 すると、九重八雲の目にも殺気が生まれた。

「小野遥くんをやったのは、君なのかい?」




次回は「九校戦始末記 その3」です。


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九校戦始末記 その3

「小野遥くんをやったのは、君なのかい?」

 九重八雲の質問に、大黒竜也が答える。

「ああ……あの女か……だとしたら?」

「悪いが、君に消えてもらわねばならないといけないね」

 すると、竜也がニッと笑みを見せた。

「やってみろよ。クソ坊主」

「……懲りないねえ……」

 そして、八雲が動いたのをきっかけに、両者の死闘が始まった。

 

 大黒竜也が小野遥を消した理由。それはあの女に秘密を探られたからである。

 竜也はリーナを監視していた黒羽貢とその配下を消している。つまり、四葉に喧嘩を売ったも同然なのだ。まだ、自分の正体は知られていないだろうが、いつ、四葉が何をしてくるかわからない。

 現時点で仮に四葉と敵対しても、自分の今の実力なら十分に対抗できると思っている。しかし、そうなると心配なのが愛する母・司波深夜のことである。

 深夜の身柄は四葉が握っている。その深夜を人質にされたりしたら、竜也でも手出しができなくなる。

 そこで、母と真夜のかつての師匠でもあった九島烈に万が一の時の協力を取り付けておこうと、竜也は烈に密かに会いに行った。

 そしてそれを、小野遥が見てしまったのである。

 小野遥。表向きは第一高校のカウンセラーを務めるこの女性の本当の顔は、警察省公安庁の秘密捜査官。しかも、諜報の世界では『ミズ・ファントム』というコードネームで呼ばれている使い手である。そして、九重八雲の弟子でもあった。

 小野遥は今回、師匠である八雲から大黒竜也の動向を見張るように依頼を受けていた。以前、ブランシュの時も八雲から監視の依頼を受けており、その継続のようなものだった。

 小野遥の優れた点は、竜也を直接監視しなかったことである。もし、竜也を直接監視していれば、間違いなく竜也に気付かれて報復を受けていただろう。

 彼女は竜也に近づく第三者を監察下に置いた。つまり、竜也と接触する人物を監視する事で竜也を調べていった。無頭竜を調べていたのもそのためである。

 だが、今回はさすがに相手が悪かった。

 監視する相手が大物すぎた。かつての「最高にして最巧」と謳われ、「トリック・スター」の異名をとり、約20年前までは世界最強の魔法師のひとりと目されていた人物。

 これは小野遥の諜報能力に問題があったわけではない。相手が悪すぎたのだ。

「達也……話はわかった……協力を惜しむつもりはない……私としても、四葉の強すぎる力は問題だからな……」

「ありがとうございます」

 そして、竜也が師匠に頭を下げて退出しようとした時である。

 烈が竜也に背中を見せて窓から外を見ながら言う。

「ところで達也……君にしては珍しいミスをしているな……」

「は?」

「鼠に一匹、つけられているみたいだぞ」

 その言葉に、竜也が驚いて窓から外を見つめた。

 

 その時、小野遥は大黒竜也と九島烈が会見していることに驚いていた。

(大黒竜也……スターズの総隊長であることまでは調べがついていたけど、まさか老師・九島烈とも関係があったなんて……)

 「隠形」に特化したBS魔法師である遥はこの時、烈がいる部屋の窓を見つめていた。この時の両者の会話までは盗聴できていない。さすがに烈がいる部屋にそこまでやるのは彼女でも無理だった。

 だが、大黒竜也と九島烈が関係を持っている。これだけでも十分な情報だった。

「早く九重先生に報せないと……」

 そして、端末を取り出したその時だった。

「ウッ!」

 その端末が一瞬で消えた。驚いて遥が周りを見つめる。そこにいたのは、大黒竜也だった。

「小野遥……」

「大黒竜也……」

 遥は直接的な戦闘で竜也にかなわないことは承知している。だから逃げようとした。

 懐から閃光弾を取り出して投げつける。

 だが、閃光弾自体が発動しなかった。言うまでもなく竜也が分解したからだ。

 遥が竜也に背中を見せる。

 だが、それは余りに無謀だった。竜也は魔法を使わずとも自己加速術式を使う魔法師と同等、もしくはそれ以上の速さを持つ。一瞬で追いついてしまった。

 そして、竜也が言う。

「小野先生……俺の目を誤魔化して監視を続けたその技術……見事でしたよ……公安の犬にしておくのはもったいないくらいですね」

「…………」

「でも、犬は犬らしくしておくべきだった……あなたは少し知り過ぎました……放っておけば、まだまだ知り過ぎることになるでしょう……残念ながら、消えてもらいますよ。小野先生」

 それは、まさに閻魔大王の裁きのようだった。

 小野遥は抵抗できない。

 そして、竜也により跡形も無くこの世から消された。

 小野遥という存在そのものが。

 

 八雲は、その動きに正直に驚いていた。

 以前の竜也の動きとは違う。

(どういうことだ……まさかこの短期間に、ここまで腕をあげているとは……)

 以前なら、ねじ伏せることができるほどの実力差があったはずだが、今はまさに互角でさすがの八雲も油断できない。

 そして、両者が距離をとる。

 竜也が言う。

「八雲……そんなに小野遥の行方が知りたいか……なら教えてやるよ……あの女は俺が消した……それだけだ……」

「……何故だ……?」

「なぜ? あれは公安の犬だ。放っておけば俺の秘密を次々と調べ上げてしまう……知り過ぎた奴は消す……後腐れがないからな……」

「貴様ッ!」

 八雲が顔を真っ赤にして襲いかかる。だが、それこそ竜也が待っていたものである。

「おやおや。お前は以前、俺に言ったよな? 頭に血を昇らせたら勝てるものも勝てないと」

 その通りだった。今の八雲は怒りの余り冷静を欠いている。

 それに対し、竜也は冷静そのものである。

 竜也は怒りで単調になった八雲の攻撃を全てかわしながら、八雲の腹部に渾身の一撃を繰り出した。

「がッ!」

 八雲がその一撃に膝をついて地に崩れる。

 それを見下ろしながら竜也が言う。

「これで終わりだ、九重八雲ッ!」

 と、とどめの一撃を繰り出そうとした。

 そのときである。

 八雲を助けようと、6人の若い坊主が現れた。八雲の弟子たちである。

「ちッ」

 竜也が舌打ちする。急いで八雲に対する一撃を中止して、彼らと距離をとる。

 これだけの人数差があると、さすがに分解を使わないといけないか……と思ったときだった。

 突然、若い坊主の一人が炎に包まれた。

 弟子に支えられていた八雲が背後を見つめる。

 そこにいたのは、竜也の相棒であるリーナだった。

 勿論、使った魔法がムスペルスヘイムである。

「言ったでしょ竜也……あんたの背中は私が守るって」

「リーナ……」

 そして、八雲と弟子たちが挟み撃ちにされた。

 さすがの八雲も、自分が不利なことを悟った。

「どうやら……ここまでのようだねえ……悪いけど今回は撤退させてもらうよ」

「逃げられると思うのか?」

 竜也が一歩、前に出る。それに合わせてリーナも動く。

「普通なら、それは無理だろうね。でも、僕の弟子たちがこれだけだと思うのかい?」

「ッ!」

 ここは地下駐車場である。だから、車が来てもおかしくはない。

 だが、その車が竜也めがけて暴走して来ることは別である。

 慌てて、竜也が避ける。

 そしてその隙に、

「師匠、おはやくッ!」

 と、別の車に八雲を押し込んで逃走しようとする彼ら。

 リーナが逃がさないとばかりにムスペルスヘイムを放とうとするが、

「リーナ、避けろッ!」

 なんと、リーナの背後からも、別の暴走車が襲いかかってきた。

 リーナが慌ててそれを避ける。

 そしてその隙に、八雲たちはそこから脱出した。

 その際、八雲は一言残している。

「竜也くん……小野遥くんを殺した報い……必ずや受けてもらうよ……必ずね」




次回は「九校戦始末記 その4」です。


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九校戦始末記 その4

 新人戦のモノリス・コードの結果を見過ごせなかった十師族の当主たちが、緊急の師族会議を開いた。

 顔ぶれをあげる。

 一条家当主・一条剛毅。

 二木家当主・二木舞衣。

 三矢家当主・三矢元。

 四葉家当主・四葉真夜。

 五輪家当主・五輪勇海。

 六塚家当主・六塚温子。

 七草家当主・七草弘一。

 八代家当主・八代雷蔵。

 九島家当主・九島真言。

 十文字家当主・十文字和樹。

 いずれも錚々たる顔ぶれといってよい。これらのメンバーが今、テレビ電話で会議を開いていた。

 議題は一つ。

 一条家の次期当主である将輝が負けたことである。

「いくら相手が百家本流の家系である十三束家の息子とはいえ……」

「十三束の倅以外に、精霊魔法の名門・吉田家の息子もいたという。ならば仕方ないではないのか?」

「だが、吉田の次男は力を失っていたと聞いていた。しかし一条どのの倅との戦いでは間違いなく力を発揮していたように見えた……」

「もう一人は一般人だしな……」

「十師族の直系であり、一条家の跡取りとはいえ、しょせんはまだ高校生……ということでしょう」

「だがな……十師族はこの国の頂点に立つ存在だ。例え高校生のお遊びでもその力に疑いを残すような結果を放置するわけにはいくまい……」

 そんな中で、九島家当主・真言は笑いをこらえるのに必死だった。

 リーナにしろ、十三束にしろ、吉田にしろ、全てその背後に大黒竜也、いや司波達也-四葉家の直系がいることを彼は知っている。彼が裏で暗躍していたから全て結果がああなったことを知っているから、むしろ当然だろうと思っているのだ。

 一方、四葉真夜はある疑問を抱いていた。

(そういえば……なぜ、第一高校はあんなに高得点好成績を出したのかしら……深雪が敗れたこともそうだし、一条将輝が敗れたことも、単に選手の実力だけとは、とても思えないところがある……つまり……)

(つまり、誰か裏で頭の切れる参謀かエンジニアがいるということかしら……)

 一方、一条剛毅もあることを考えていた。

(十三束の子息は鬼子、出来損ないと聞いていた。だが、試合を見る限りではとてもそんな風には見えなかった……将輝が油断していたことを考えても……誰か裏で糸を引く者がいるということか?)

 奇しくも、真夜と同じことを考えていたのだ。

 そんな剛毅に、七草弘一が言う。

「一条どの。貴殿の息子が敗れたのだ。貴殿の意見をお伺いしたい」

 すると、剛毅が言う。

「私は師族としての力を見せつけることに不満も異見もありません」

「左様ですか」

 そして、弘一が全ての当主を見回して言う。

「ならば、モノリス・コード本戦に十文字和樹どののご子息が出場なされるそうです。そこで、十師族の力を見せつけることにいたしましょう」

 それが、師族会議の答えとなった。

 

 モノリス・コード本戦。

 ここで活躍したのは十文字克人だった。

 まるで消化試合だった。

 それは十文字克人のファランクスに相手は誰も対抗できないからである。

 ただし、これは相手が弱すぎるとも言える。

 もし相手に竜也や一条クラスの使い手がいれば、ここまで消化試合を演じることはなかっただろう。

 竜也とリーナは、そんな十文字の姿を半ばあきれながら見つめていた。

「なにあれ……あれで自分は強いとでも言ってるつもりかしらね……」

「さあな……まあ、相手が弱すぎて話にならない。もう少し、楽しめる相手がいたらいいのにな……」

(とはいえ、あのファランクスは俺の分解とは相性は最悪だ……勝てないとは言わないが、苦戦するのは目に見えている……もし激突したら、どうするかな……)

 と、考える竜也だった。

 第一高校はモノリス・コード本戦でも優勝した。

 十文字克人は拳を突き上げて自分こそ最強と見せつけるようであった。

 

 九校戦全競技が終了し、後夜祭が開始された。

 この時、竜也は魔法工学関係の企業関係者に、リーナは芸能関係者に次々と話しかけられていた。二人とも、この九校戦でそれなりに名を挙げたから仕方がないといえる。

 とはいえ、さすがに疲れる。

 そして竜也は戻ってきても、光井ほのか、北山雫、明智英美、里見スバル、七草真由美と次々と第一高校の女子たちに踊りを求められてつき合わされた。

 次々と美少女を相手に踊る竜也に、周りの男子たちの嫉妬は頂点に達する。

 そして、真由美と踊り終わると、さすがに疲れたのか少し外に出た。

 そこには、噴水がある。

 噴水の音を聞きながら、夜空を見つめる竜也。

 背後から、リーナが現れた。

「お疲れ。竜也」

「ああ」

「……何を考えてるの?」

「いやさ、スターズ以外に、俺の居場所ができたんだな、と思ってさ」

「…………」

「俺は四葉から追われた出来損ないだった……それが閣下に巡り合い、そしてリーナ、お前と言うかけがえのない相棒と出会い、スターズの皆に会えて、俺には居場所ができた。そしてここでも、俺の居場所ができた……俺は今、幸せだと思ってさ」

「…………」

「もし、俺があの時、四葉から追われていなかったら、今頃俺はどうしてたんだろうな、と思ってさ……」

 すると、リーナが竜也の頬を両手で挟み込んだ。

 竜也が驚く。

「もう、何を辛気臭いこと考えてんのよ。今日は優勝のお祝いなのよ。戻って踊りましょう。さ」

 そして、リーナが竜也を引っ張って戻ってゆく。

 復讐を目標にする竜也が、一時の幸せを感じる瞬間、大切な友人や相棒に恵まれて充実した時間を感じる瞬間だった。




今回で九校戦は終わります。次回は「四葉家、夏の会議」です。
夏休みの話を少し挟んでから「横浜」へ向かいます。この横浜で一気に動乱に持ち込む予定です。

相変わらずの駄作ですが、これからもよろしくお願いいたします。


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四葉家、夏の会議

 九校戦が終了してから5日後。

 場所は、旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村。この村の中央に位置する広い敷地内に複数の離れを持つ一際大きな平屋建ての屋敷である。

 ここに、ある一族が集結していた。

 理由は当主の命令による招集と会議である。

 顔ぶれをあげる。

 四葉家現当主・四葉真夜。

 その真夜の姪で養女であり次期当主候補筆頭の深雪。

 四葉家分家・黒羽家の黒羽亜夜子と弟の文弥。

 分家・新発田家当主・新発田理と長男の勝成。

 分家・津久葉家当主・冬歌とその長女・夕歌。

 それ以外にも椎葉家・真柴家・武倉家・静家などの分家からもそれぞれ一族を構成するメンバーが出席している。

 議題は、二つだった。

 進行役を務めることになった葉山忠教が言う。

「皆様。このたびはまことにお疲れ様でございます。早速会議に入らせて頂きますが、まずは議題を発表させていただきます」

 ここで、葉山が少し間を置いた。

「本日の議題は、黒羽家についてと、アンジェリーナ゠クドウ゠シールズについてでございます」

 すると、一族の中から質問が出た。質問したのは、津久葉夕歌である。

「葉山さん。それはどういうことですか? よく考えたら、なぜここに貢のおじさまはいらっしゃらないのかしら?」

「まさにそれでございます。……貢どのは先日、御当主さまの命令でアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの監視並びに調査を務めておりましたが、その際に行方不明になっており、未だにその行方はつかめておりません」

 すると、分家の中でざわめきが発生した。

 黒羽家の子供たちは、そんな中で平静を何とか保っている。

 葉山が言う。

「お静かに」

 すると、ざわめきが静まった。

「そういうわけで、黒羽家はただ今、当主不在で機能不全になっております。そこで御当主さまは黒羽家を建て直すために、ある案を提案なされております」

「案?」

 その言葉に、黒羽の双子が驚く。何も事前に聞いてないからだ。

 当主・四葉真夜が言う。

「文弥さん」

「は、はいッ!」

 文弥が緊張した表情で答える。

「貴方に、黒羽家を継いでもらいます」

 すると、すかさず姉の亜夜子が言う。

「待ってくださいッ。御当主さまッ」

「何かしら? 亜夜子さん」

「文弥に黒羽の当主を継がせるとはどういうことですか? 父は……貢はまだ死んだと決まったわけではありませんッ」

「ですが、黒羽の総力を挙げても貢さんの行方が掴めないのは事実なのです。私はもう、貢さんは死んでいるとしか思えないんですがね……」

「…………ッ」

「それに、あなたには聞いていませんよ。亜夜子さん。あなたは黙っていなさい」

 真夜は、亜夜子に好意を抱いていない。むしろ嫌っていると言ってよい。

 亜夜子は魔法の特性がわからず、四葉一族から出来損ないとして蔑まれている。それはまるでかつての達也のようだった、と言ってよい。

「文弥さん。どうですか?」

 すると、文弥が席から立ちあがった。既に15歳の少年であるが、その容貌はとても幼く見え、少女と間違われても不思議ではないくらいの「男の娘」である。

「御当主さまに恐れながら申し上げます。父の行方がわかるまで、私は当主につけません。また、付けるだけの経験も実力も今の私には欠けていると思います。仮に当主になっても、やっていける自信がありません」

「その点は心配ありません。本家から執事を何人か送りますし、大まかなことは葉山さんを通じて私が指令を出しますから」

「……御当主さまにならばお願いがあります。父の行方がわかるまでは私を黒羽家の当主代行にして、姉に私の補佐をさせるというのは如何でしょうか?」

 文弥は、姉の亜夜子が一族の中で孤立を深めているのを知っている。真夜からも好意を持たれていないのも承知している。だから、姉に立場を作りたかった。ましてや姉を庇護していた父がいなくなって姉をかばえるのは自分だけになっている状態なのだ。

「それは認められません。当主代行の件はいいでしょう。ですが、亜夜子さんを補佐役にするのは認めません」

「……なぜですか……ッ!」

 文弥が叫ぶように言う。それに対して、真夜が冷徹に言う。

「言わなくても、頭のいい文弥さんならわかっているはず……よね?」

「…………ッ!」

 つまり、「出来損ない」だから補佐役という重職は認められない、というわけである。

 文弥が真夜に抗弁しようとした。しかし、隣にいた亜夜子が弟に目で合図を送る。

 やめなさい、という合図である。

 ここで抗弁を続けても、それは文弥と真夜の関係を悪化させるだけであると彼女はいち早く悟ったのだ。

 そして、

「……わかりました……」

 と、力なく承諾する文弥だった。

 だがこの時、真夜は気づいていなかった。

 亜夜子と文弥の心に、黒い感情が芽生え始めたことに。

 

「では、第二の議題・アンジェリーナ゠クドウ゠シールズについてでございます」

 すると、また夕歌が質問する。

「葉山さん。確かアンジェリーナ゠クドウ゠シールズとは、九校戦のアイスピラーズ・ブレイクで深雪さんを破った女子高生だったわよね?」

「左様でございます」

「その女性がなぜ、議題になるのかしら?」

「これより、それを説明いたします」

 そして、葉山が紙媒体の書類を何枚か机から取った。

「まずはアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの素性がわかりましたので、ご報告いたします。クドウ、すなわち彼女は九島家の出身でした」

 その言葉に、事前に素性を聞かされていた真夜以外の全員が驚く。

「母親が前当主・九島烈さまの弟君の娘にあたります。つまりアンジェリーナ゠クドウ゠シールズは烈さまの姪の娘ということになります」

「…………」

「そして、彼女はスターズの副隊長でもあります」

「!」

 スターズの名を知らない者はいない。世界最強の名をほしいままにするアメリカの特殊部隊なのだから。

「……以上が現時点でわかっている全てでございます」

 と、葉山の説明が終わり、葉山が真夜の傍近くにまで下がった。

 真夜が言う。

「アンジェリーナ゠クドウ゠シールズは深雪さんを破りました。これは許せることではありません。一族の名にかけて報復をしなければなりません……四葉に匹敵する者など、この世にあってはいけないのですから」

 すると、深雪が言う。

「待ってください。お養母さまッ!」

 深雪は以前、真夜のことを叔母さまと呼んでいた。しかし養女になってからは、養母(はは)と呼ぶようになっている。

 だが、ここは一族全ての目がある場所である。ここで養母呼ばわりはまずかった。私的な場所ではなく、公的な場所なのだ。

「いえ、御当主様。恐れながら申し上げたいのですが」

「よろしいでしょう。何かしら?」

「リーナに……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに報復など、おやめ頂きたいのです」

「なぜ?」

「リーナは私と正々堂々と戦い、そして私は負けたのです。それなのに刺客を送るなど、余りに卑怯すぎますッ」

「卑怯? 戦いとは勝てばいいのよ勝てば。そんな甘いことを言っていると、貴方も私のように女の幸せを知らない体にされてしまうわよ」

「…………ッ」

 真夜は12歳の時、少年少女魔法師交流会にて崑崙方院に誘拐され、人体実験の被験体にされ生殖能力を失っている。その経験から、真夜は自家の利益のためならどこか手段を選ばないところがあった。

 だが、深雪も言い返す。

「あくまで私が負けたのはルールがある高校生の試合です。実戦で負けたわけではありません。実戦ならば、私が勝っていた可能性は十分にありますッ」

「…………」

「どうかお願いです御当主様。アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに対するリベンジはいずれ行ないます。刺客を送るような卑怯な真似だけはおやめください」

 そして、深雪が頭を下げる。

 深雪は現時点で四葉家次期当主候補筆頭である。であるから、ここで真夜も深雪との関係を悪化させるのは好ましくないと感じた。

 すかさず、夕歌も深雪を援護する。

「御当主様。私も深雪さんの意見に賛成です。アンジェリーナ゠クドウ゠シールズに刺客を送り、もし失敗したら我ら一族は九島家を確実に敵に回します。貢さんが行方不明で戦力が落ちている今、そんなことをするのは我が一族を不利な状況に陥れるだけかと愚考いたします」

「……いいでしょう……。ならばアンジェリーナ゠クドウ゠シールズの件は保留にしましょう……ところで深雪さん」

「はい」

「九校戦で第一高校は多くの選手が好成績を収めていたけど、その理由は何かしら?」

「はい。選手の実力の高さと、優れたエンジニアのおかげです」

「エンジニア……そのエンジニアの名は?」

「大黒竜也。第一高校の一年B組です」

「そう……葉山さん」

「かしこまりました」

 と、頭を下げる葉山。それだけで、葉山には真夜が何を求めているかがわかるのだ。エンジニアを調べろという意味だということを。

 そして、会議は終了した。




次回は「竜也とリーナの夏休み」です。


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竜也とリーナの夏休み

 九校戦が終了してからの夏休み。

 竜也の日常は充実していた。いや、こんなに充実した日を送ったのは、リーナに出会って以来だろうかとすら思えるくらいに。

 雫の提案で北山家が所有するプライベートビーチに友人らと遊びに行った。

 そして、この話はその後のことである。

 

「買い物につきあえ?」

「そうよ」

「あのなあ……買い物なら、ひとりで行ってこい。俺は今、忙しいんだ」

 竜也は軍の命令で潜入任務をしているが、仕事がないわけではない。スターズの総隊長としての任務は常にこなしている。報告書の作成、定時連絡、魔法技術に関する調査、それに日々の鍛錬と、やることは事欠かない。むしろ、超人的な体力の持ち主と言ってもよいだろう。

「私はあんたと一緒に行きたいって言ってんの!」

 と、リーナが強引に竜也の手を取る。

 実は、竜也の仕事が忙しいのはリーナにも原因がある。リーナは戦闘力こそ竜也に次ぐナンバー2だが、事務能力がとにかく低い。そのため、竜也がリーナの本来の仕事まで処理しないといけない状況にあるのだ。

 そのため、二人分の仕事を一人でこなしている。

「あのなあ……俺の仕事が二倍になってるのは、誰のせいだ?」

「うッ……男なら、そんな小さいこと気にしないでよッ」

「小さいこと……ねえ……」

 ジト目でリーナを見つめる竜也。だが、

「いいだろう。相棒のお願いだ。付き合ってやるよ」

 と、リーナに言う。その言葉に喜んで笑顔を浮かべるリーナだった。

 

 大黒竜也。この男、こう評価されることがある。

「トラブルに愛される男」

 そのため、リーナからもこう言われているくらいだ。

「あんたといると、本当に退屈しないわ」

 そして、この時もそうだった。

 リーナが竜也の腕にしがみついて買い物を楽しんでいる時だった。

 ジリリリリリリッ! とベルがビル内で鳴り響く。

 火災警報である。

 ただし、竜也はすぐに異常を察した。

 21世紀の時代、どんな火災だろうと早急にスプリンクラーが発動して鎮火するようになっている。だが、避難経路に映し出されているモニターには、熱でスプリンクラーが故障しているため作動しないと出ているのだ。

(耐熱性のあるスプリンクラーが只の熱で壊れるわけがない。つまり……)

 つまりこれは、ただの火事ではない。

 すぐに竜也はエレメンタル・サイトを発動して原因の場所を探し出した。そして、傍らにいる相棒に言う。

「行くぞ」

「ええ」

 既にリーナも、それまで竜也にしがみついていた時とは表情を一変させて、戦闘者の顔つきになっている。

 そして二人は、大勢の人間が避難する中で、その波に逆らって火災現場に向かうのであった。

 

 黒ローブを羽織った男がそこにはいた。炎の中で狂気の笑みを浮かべている。

 竜也とリーナは、臆することなくその男に近づいた。

「何者だッ」

 男が叫ぶ。

「あんたこそ何やってるのよッ。私と竜也のデートを邪魔して、断じて許さないわよッ」

「許さないだと? 偉そうに……そうかお前ら、俺を見下した協会の人間か!?」

「はあ?」

 リーナと竜也が、訳がわからないとばかりに互いの顔を見合わせる。

 そして男は、拳銃型のCADをリーナに向けて火炎弾を発射しようとする。

 しかし、男のCADがその前にバラバラにされてしまった。

 言うまでもなく、竜也の分解である。

 男がすぐに銃身を放り投げ、懐からナイフを取り出して襲いかかる。標的はリーナ。

「死ねッ!」

 この男は、少女のリーナならやれると完全に思い違いをしていた。

 次の瞬間。

 いつの間にかリーナの前に立っていた竜也が男の右腕に手刀を繰り出す。それはただの手刀ではない。手刀には分解の力をつけている恐ろしい凶器である。

 男の右腕が吹っ飛び、男の悲鳴が轟いた。

 そして、苦しみ床に倒れてもがく男の首筋に手刀を打ち込んで気絶させる。

 こうして、騒動は終焉した。

 

「本当に、あんたといると、退屈しないわよ……竜也」

「いや、そんなかわいそうな人を見るような目で見るなよリーナ……」

 二人は、男を駆けつけた警備員に任せた後、簡単な事情聴取を受けてから解放され、今は食事をしていた。

「でも、だからこそあんたの相棒として働けるからいいんだけどね」

「ああ……」

 竜也はそう言いながら、夜景を見つめる。

 ここはタワー内におけるレストランで、絶景が見れる場所であった。

「リーナ」

「なに?」

「そろそろ、俺の計画を実行に移そうと思ってる……」

「…………」

「もう一度だけ言う……俺についてきてくれるか?」

「何度同じことを言わせる気? また殴られたいの?」

「わかった……ならついてきてくれ。相棒」

「勿論」

 そして、互いに微笑みあう二人の男女がそこにいた。




次回は「横浜への序曲」です。


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横浜への序曲

 2095年。10月上旬。

 そろそろ冬に入ろうという頃である。

 場所は横浜山下埠頭。

 ここで、ひとつの事件が発生していた。

 密入国者と警察の争いである。

 

「警部、船を抑えましょうッ!」

「え、俺が?」

「つべこべ言わないッ!」

「分かった分かった。じゃあ稲垣くん。船を止めてくれ」

「……自分では沈めることになるかもしれませんよ?」

「構わないよ。責任は課長が取るだろう」

「……責任は俺が取る、とは仰らないですね」

 そして、稲垣と呼ばれた部下の刑事は肩を落としながらもリボルバーにケースレス弾を再装填する。その手つきに淀みはない。武装一体型CAD。リボルバー拳銃型武装デバイスのグリップに組み込んだ特化型CADの本体が起動式を展開する。引き金を引くと同時に、魔法式が作動。移動・加重系複合魔法により軌道を固定し貫通力を増大させたメタルジャケット弾が魔法式の設定した通りの軌跡を描き、離岸する小型船舶の船尾を貫いた。

「お見事」

 部下の見事な行動を横で暢気に賞賛した警部。その手許に持っていた木刀の留め金がパチン、と外れる音がした。これは実は木刀ではなく、仕込み杖である。冷たく光る白刃を手に、惰性で漂い始めた船へ向けて義経の八艘跳びも斯くやとばかりに、警部が跳び移る。そして、着艇と共に振り下ろした刃は、鉄板の船室扉を真っ二つに切り裂いた。

『斬鉄』

刀を鋼と鉄の塊ではなく『刀』という単一概念の存在として定義し、魔法式で設定した斬撃線に沿って動かす移動系魔法。単一概念存在と定義された『刀』はあたかも単分子結晶の刃の様に折れる事も曲がる事も欠ける事もなく、斬撃線に沿ってあらゆる物体を切り裂く百家・千葉一門の秘剣である。

 ちなみに紹介しておくが、警部の名は千葉寿和。エリカの腹違いの兄で10歳上の26歳。

 部下は刑事の稲垣という。ちなみに部下だが、年齢は千葉寿和より上である。

 そして、千葉寿和は再度振り下ろした刃で進入路を確保し、単身、船の中へ斬り込んだ。

 

「お疲れ様です、警部」

 と、稲垣が上司に労いの言葉をかける。それに対し、

「全く、骨折り損とはこの事だよ」

 と、吐き捨てるように言う千葉寿和である。なんと、勇ましく斬り込んだ船の中は、物の見事に蛻もぬけの殻だった。

「水中へ逃れた賊の行方は、まだ掴めていないようです」

「奴らの行く先なんて分かり切っているんだがね」

 年上の部下のもの言いたげな視線に、寿和は肩を竦めて答えながら、中華街の方向を見つめていた。

 

 その日の朝が明けようとする頃。

 横浜中華街。人気中華料理店のオーナーである周公瑾の屋敷に、その密入国者たちが集まっていた。人数にして20人近くだろうか。

「皆様、お疲れさまでした。朝食を用意させております。まずは、着替えておくつろぎを」

 そう言うと、周は深々と頭を下げる。それに対し、

「周先生。ご協力に感謝します」

 と、返答した男がいた。陳祥山。大亜連合軍特殊工作部隊隊長である。

 その隣には、部下の上尉・呂剛虎もいる。

 それに対して、周公瑾は顔を上げようとせず、平伏したままであった。

 陳と呂はその横を通り過ぎてゆく。

 だがその時、周のその端正な顔がわずかに歪んでいたことに、陳らが気づくことはなかった。

 

 陳らが食事を終えて着替えを済ませた後、そこに待っていた客がいた。

 周公瑾から事前に聞かされているので、陳は呂を連れて客が待つ部屋に赴く。

 既に客人はソファに腰を下ろしていた。

 陳はその客人の真向かいに腰を下ろし、呂は陳の後ろに立ったまま控える。

「お待たせした……ほう……お若いとは聞いていたが……君が、我々と手を組みたいというのかね」

「はい」

「何故だ?」

「四葉に恨みがある……それだけですよ」

「ほう……あの『四葉』にか?」

「はい」

「君と我々が組んで、何かメリットはあるのかな?」

「四葉という共通の敵を倒すだけでも、十分なメリットだと思いましたが……」

 すると、端正な顔をした少年に対して、親子ほど年の離れた陳が言う。

「君はひとりだ。それに対し、私は大切な部下の生命を預かる身。悪いが、君ひとりでどれだけの力になるか、助けになるのか現在では未知数でね」

 すると、少年がある物を取り出す。

「ならば、これを差し上げましょう」

 と、懐から一枚のディスクを取り出した。

 陳がそれを受け取る。

「これは?」

「拝見なされればわかりますよ」

 陳が呂にディスクを渡し、呂はそれを別の部下に渡す。数分して、そのディスクを確認した部下が慌てて戻ってきて陳に耳打ちする。

 陳の顔色が変わる。

「飛行デバイスの技術データーだと……ッ」

「お気に召されましたか?」

 端正な容姿をした美少年が、ニッと口許を歪ませながら言う。

 陳が目の前にいる少年を見つめる。それが1分ほどたってから、

「良いだろう。君を我々の協力者としてメリットがある人物と認めよう」

「ありがとうございます」

 少年が頭を下げる。

「ところで少年。まだ、君の名を聞いていなかったな……名は、何という?」

「光宣……工藤光宣といいます」

 下げていた頭を上げた美少年の顔に笑みが浮かんだ。

 ただし、その笑みはどことなく冷酷さが含まれているようにも見えるものだった。




次回は「論文コンペ」です。


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論文コンペ

 それから2時間後。

 光宣はその男の前に立っていた。

「予定通り、大亜連合と手を結んできました」

「ご苦労だった。それで、奴らはこちらの要求を何と言っていた?」

 男は光宣に振り返ろうとせず、背中を向けたままパソコンをいじっている。

 光宣はそんな男に特に不機嫌になることもなく、淡々と続ける。

「応じると言ってました。聖遺物(レリック)については、奴らも興味があるみたいで」

「そうか……」

「ただしあいつら、あまり信用できる奴らとは僕には思えませんでしたけどね。奴ら、僕を尾行しようとしましたから、パレードでまいてやりましたよ」

 すると、男が小さく笑った。

「光宣。奴らが信用できようができまいが、別にそんなことはどうでもいい。要は、俺が必要な時に働いて結果を出してくれたらいいんだ」

「そういうものですかね……」

「そういうものだ。奴らが心から信用を置けないのは最初から分かり切っている。俺としては、奴らが言うとおりに動いてくれるなら、後はどうでもいいことだ」

「はあ……竜也さんのそういうところ……全く恐ろしいですね」

 光宣が目の前にいる1歳上の主、あるいは友人ともいうべき竜也に、そう告げる。

「それが竜也のすごいところよ。光宣」

 と言いながらコーヒーを運んできたのは、ハトコのリーナだった。

 光宣がコーヒーの入ったカップを手に取る。

 そして、竜也の前にもコーヒーの入ったカップを置く。

「だからこそ、この若さでスターズの総隊長であり、世界最強の魔法師でもあるんだから」

 リーナが自分の相棒を賛美しながら、自らもコーヒーに口をつける。

「まあそうだが……で、竜也さん。レリックを解析したら、奴らにもその技術は供与する気ですか?」

「そんなつもりはない……このレリックが解析できたなら、それは俺の夢の手掛かりになるからな……まあ、あいつらにレリックを解析する力なんかない。せいぜい、レリックを国防軍から奪うための道化を演じてもらうだけさ」

 そして、竜也が冷酷な笑みを浮かべた。

 

 ここで話を整理しておく。

 九島光宣(名乗る場合は工藤光宣)と大黒竜也は旧知の仲である。

 もともと竜也が九島烈に拾われて庇護された時、烈の紹介で二人は知り合った。

 九島光宣……出生はとても複雑で、遺伝子上の父親が真言、母親が藤林家当主に嫁いだ真言の末の妹という実の兄妹を掛け合わせて生み出された調整体であった。そのため、稀代の魔法力を手に入れるも代償として1年の4分の1を病床で過ごす体を負ってしまい、一人前の魔法師としては欠陥を背負っていた。強すぎるサイオンの活動に器であるサイオン体が耐えられず、損傷と修復を繰り返していることが原因と診断され、才能を発揮できない自分の体に苦しめられていたのである。

 ある意味、一族から排除された竜也と似た境遇の持ち主だったと言えるかもしれない。

 そんな二人はすぐに仲が良くなった。烈としても、同年代の友人がいない光宣の心を癒すという意味で引き合わせていたから、これは孫のためにも良かったと喜んだ。

 そのためだろうか。人は出会いにより変わるものだろうか。

 あれだけ病気に苦しめられていた光宣の身体が、竜也と出会ってから快方へと向かいだしたのだ。勿論、竜也自身も光宣の身体を改善するために尽力した。

 そして光宣は竜也と出会ってから2年後には、すっかり健康を取り戻した。

 二人は親友になった。いや、光宣にとって竜也は自分の世界を変え、救った存在であった。

 そのため、竜也が四葉の追跡を逃れるために渡米する際には、光宣はついてゆくと言い出したほどだった。

 だが、祖父の烈や父の真言がそれを認めるわけもない。

 光宣は竜也と別れてから、魔法の修練も、体術の鍛錬もこなしてきた。そのため、今では竜也には劣るがリーナに匹敵するまでの魔法師となっている。

 竜也が潜入任務のために日本に戻ってきた時、光宣は喜んだ。また一緒に行動できるからだ。

 竜也としても光宣に協力してもらうのは望むところだった。自分の計画には何としても有能な手足が欲しい。光宣ならその手足に十分すぎる逸材である。

 竜也は、光宣を使って大亜連合のブローカーを務めている横浜中華街の人気料理店のオーナーを表向きの顔とする周公瑾に近づかせた。

 そして、大亜連合軍の軍人である陳祥山と手を結んだ。これは、四葉を倒すために必要な布石をかねている。

 そして今回は、大亜連合軍に表向きは動いてもらうつもりだった。

 竜也は、軍の経理データからレリックの存在を知った。

 さすがに驚いたが、自分の夢に大きく前進できると喜んだ。

 レリック……聖遺物と言われるこれは、人工的な合成が不可能な代物である。たとえ現代の科学技術を使っても。

 だが、このレリックには魔法式を保存する機能がある。それが事実なら、魔法の自動化や半永久的な魔法装置も夢では無くなる。魔法師のいない部隊に魔法兵器を配備することも可能になる。瓊勾玉を大量に複製するのことができたなら、魔法兵器の大量配備が実現するのだ。

 そして、竜也には自身の研究テーマである『重力制御魔法式熱核融合炉の実現』も、もしレリックの魔法式の保存が事実であり、技術的に組み込むことが可能ならば最初の起動に魔法師を必要とするだけで、後は保存された魔法式によって稼働が可能になる。魔法の経済的必要性によって地位の向上を目指し、経済活動に必要不可欠なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器としての宿命から解放される、竜也の夢が果たせる可能性すらあるのだ。

 とはいえ、竜也やリーナが国防軍を襲撃するのは現時点ではまずい。

 国防軍を恐れているのではない。

 国防軍を襲撃して万が一にも自分たちの正体が露見することを恐れているのである。

 そこで、四葉を倒すために手を結ぶつもりだった大亜連合の軍人に表舞台で動いてもらう。どうせレリックを奴らが奪っても、解析できる技術者などいないからだ。

 数日後に国防軍はレリックを解析するために、これを仮説上の存在だった「基本コード」の一つである「加重系統プラスコード」を発見した天才技術者である吉祥寺真紅郎のいる石川県に送ろうとしている情報を竜也は入手した。

 そして、そこを大亜連合軍の皆さんに襲ってもらい、レリックを奪ってもらうという算段である。

「まあ、まずは大亜連合の皆さんのお手並み、拝見と行こうか」

 そして、竜也はリーナが持ってきたコーヒーに口をつけるのであった。

 

 新学期が始まり、第一高校では新しい顔ぶれによる生徒会が発足していた。生徒会長は中条あずさ、副会長は司波深雪、書記は光井ほのか、会計は五十里啓である。

 そんな中で、竜也とリーナはいつものように風紀委員の仕事をこなしていた。

 そんなある日のこと。竜也とリーナは前風紀委員長・渡辺摩利に呼び出されて風紀委員会本部に来ていた。

「論文コンペの警備の相談ですか?」

「そうだ」

 渡辺摩利が、竜也の向かいの椅子に腰を下ろす。

 論文コンペ。正確には全国高校生魔法学論文コンペティションといい、これは魔法学、魔法工学の研究成果を大学、企業、研究機関などに向けて発表する場である。九校戦同様、高校生の晴れ舞台の一つと言ってよい。

 竜也が言う。

「警備? もしかして風紀委員会が警備を担うのですか?」

「そうだ。まあ警備と言っても会場の警備ではないよ。そっちは魔法協会がプロを手配する」

 今年の会場は横浜である。ちなみに会場は横浜、京都が交代に使われるようになっている。

「相談したいのは、チームメンバーの身辺警護とプレゼン用資料と機器の見張りだ。論文コンペには『魔法大学関係者を除き非公開』の貴重な資料が使われるからね。そのことは外部の者にも結構知られている。その所為で時々、コンペの参加メンバーが産学スパイの標的になることがあるのだよ」

「……例えば、ホームサーバーをクラックするとか?」

「いや、所詮は高校生のレベルだからな……スパイと言っても、チンピラが小遣い稼ぎを企むくらいでネットワークに侵入なんて大それた真似をしでかした例は聞かないが……むしろ警戒すべきは、置き引きや引ったくりだ。4年前には、会場へ向かう途中のプレゼンターが襲われて怪我をした例もある。そこで各校では、コンペ開催の前後数週間、参加メンバーに護衛をつけるようになったんだ。無論、当校も護衛をつけている。護衛のメンバーは風紀委員会と部活連執行部から選ばれているが、具体的に誰が誰をガードするかについては当人の意思が尊重される」

 すると、竜也の隣にいた五十里啓に抱き着きながら、

「啓はあたしが守ってあげるから!」

 と、婚約者の千代田花音がラブラブ全開で言う。

「……この通り、五十里は全く問題ない……」

 と、半ばそのラブラブぶりに呆れながら渡辺が言う。

「市原には服部と桐原がつく。問題は平河なんだが……」

 今年のコンペには、市原鈴音、五十里啓、そして平河小春の3人が出場することになっている。

 そして、平河は九校戦の時に無頭竜の妨害で危ういところを竜也に助けられた小早川景子のエンジニアを務めていた。

 それ以来、平河小春は竜也と親しくなっていた。竜也自身は単純に人助けをしたつもりだが、彼女にとっては自分が助けてもらったと思っている。

 もしあのまま、小早川が落下して魔法不信に陥って摩法師としてドロップアウトしていたら、自分はエンジニアとしての責任に押しつぶされていたと思っている。だから、竜也には感謝してもしきれないと思っているのだ。

「決まっていないんですか?」

「ああ。そこでなんだが、竜也くん。それにリーナ。君たちで平河の護衛をしてくれないか?」

「……自分たちが、ですか?」

「そうだ」

 すると、竜也は平河を見つめる。

 平河は顔を赤くしながらうつむいた。そして、

「わかりました。自分でよければ護衛につかせていただきます」

「ありがとう! 竜也くん!」

 それに嬉しそうにしながら、竜也の手をとって感謝を示す平河。

 そしてそれを不機嫌に見つめるリーナがいたのは、いつものお約束であった。




次回は「レリック奪取」です。


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レリック奪取

 レリックを石川県の吉祥寺の下に運ぶ役目を担ったのは、国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊に所属する軍人である真田繁留である。

 この時、真田は警戒をしていなかった。何故なら、レリックの存在が外部に漏れているなどと夢にも思っていなかったからだ。

 ただし、これは真田を責めるわけにはいかない。まさか軍の経理データが外部からのぞき見られているなど、誰が想像しただろうか。

 そのため、全く警戒していないところを不意を突かれてしまった。

 

 真田は乗っていたコミューターからすぐに飛び降りた。

 勿論、レリックを入れたケースを手にしてである。

 すぐに覆面をした男たちが真田に襲いかかった。

 真田は魔法師ではあるが、本質は魔法師ではなく魔工師である。とはいえ、それなりの戦闘力は持っている。

 そのため、襲いかかる男たち数名を体術で倒した。

 襲撃者たちは真田が只者ではないことに気づき、距離をとる。

 真田はこの時、敵を倒しながらも愕然としていた。

(……交通管制システムに介入して、交通量を少なくさせる徹底ぶり……かなり場数を踏んでいる、優秀な指揮官がいるな……)

 ただし、監視カメラがある幹線道路上でこの襲撃は、余りに大胆すぎる。この手口だけで、犯人が只者ではないことに気付く。

(敵の狙いは、これというわけか……)

 と、真田はレリックの入ったケースを見つめた。

 そして、乗り捨てたコミューターの陰から飛び出て、逃走を図ろうとする。

「逃がすなッ!」

 襲撃者たちが追跡する。

 だが、並の襲撃者たちでは、真田の相手にはならない。そう、並ならば。

 真田は普通の人間ではどれだけ鍛えても出すことの出来ない速度で駆けた。勿論、自己加速術式を使ってだ。

 ところが、その真田にピッタリと追走してきた男がいた。

「鬼ごっこは終わりだ」

「ッ!」

 真田が驚く。

 真田の前には、大柄の青年が立っていた。真田はその青年を軍の所持するデーターで見た事があった。

「人喰い虎……呂剛虎……」

 そう、真田の目の前にいたのは白兵戦で人を殺すことにかけては大亜連合随一と噂される大亜連合軍特殊工作部隊のエースである男である。

 真田はゾッとする自分を感じた。

 真田がCADを使って魔法を発動させようとした。

 だが、目の前にいる青年はそれを許さなかった。真田の手首に、あるものが突き刺さっていたからだ。

「え……?」

 真田にはそれが、呂剛虎の指だと気付くのに数十秒かかった。

 当然、痛覚も気付いた後にやってくる。

「あ……あああ……あああああああッ!」

 真田が痛みのあまり叫ぶ。真田には、呂剛虎の動きが全く見えなかったのだ。

 そして、痛みのあまり手首を抑えている時。

 真田の心臓が青年の大きな親指によって貫かれた。

 真田はその瞬間、断末魔の叫びを上げる事も無く、永遠の眠りについたのであった。

「弱すぎる」

 呂剛虎の感想は、それだけだった。

 そして、真田の血がついた親指を懐から取り出した紙で拭う。拭き終わると、その紙を真田の遺体の上に放り投げた。

 そして、真田の遺体の隣にあるケースを回収し、中身を確認する。

「よし」

 それだけ言うと、ケースを閉じて、真田の遺体の上に抛り捨てた紙に火をつけた。紙は真田の流した血よりさらに赤く燃えあがり、そしてやがて真田の遺体そのものを覆い尽くしてしまった。

 呂剛虎はそれを見届ける事無く、部下と共に素早くその場を立ち去るのであった。

 

「さすがは大亜連合のエースさんですね」

 光宣は、周公瑾からレリック奪取の報告を受けて、中華街の周の店舗を訪れていた。

 竜也の言う通り、大亜連合にレリックを解析できるような力は無い。大亜連合とは中国4000年の歴史を誇るだけあって古式魔法に関しては世界のどこよりも長けているが、逆に現代魔法にはかなり後れをとっている国家だった。

 そのため、解析になると、どうしても余所の力を借りないといけない。それが飛行デバイスの技術データーを供与した相手なら、協力してもらうのが一番だった。

「これがレリックですか……」

「ああ……言っておくが、奪ったのは我々だ。解析したら、すぐに返してもらうよ」

「わかっていますよ。ただしこちらも、技術データーは頂きますよ」

「ああ」

 そして、陳祥山に対してペコリと頭を下げ、レリックを持ってその場を去る光宣だった。




次回は「祭りの前に」です。


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祭りの前に

 大黒竜也は、五十里啓と千代田花音の婚約者カップル並びに平河小春、リーナと共に、学校の購買部で手に入らない備品を揃えるため校外へ出て買い出しに来ていた。来たる論文コンペに備えてのことであるのは言うまでもない。

 そしてこの数日、竜也はある気配に気づいてもいた。

 …………。

 

 その日、竜也はリーナにほのか、雫、エリカ、レオ、幹比古、美月、鋼を連れて護衛の仕事を終えたので下校していた。

 そして、既に常連となっている喫茶店・アイネブリーゼに入ってみんなで一休みに入ろうとしたときであった。

 エリカがコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。

「エリカちゃん?」

 美月が突然の友人の行動に驚く。

「ちょっとお花摘みに行ってくる」

 美月にそう答えて、エリカは店の奥へと入っていった。

 次に立ち上がったのは、レオである。

「おっと……悪い、電話だ」

 レオも立ち上がり、店の外へ向かって歩いていった。

「……幹比古、何をやっている?」

 竜也がテーブルで何かをしている友人に声をかけた。

「いや……忘れないうちにメモしておくことがあってね」

 そう言いながら、幹比古はペンを動かす手を止めようとはしない。それを半ば呆れながら見る竜也は、

「程々にしておけよ」

 と言うだけで、コーヒーカップを口元に運びながら、残ったリーナや美月、鋼らと談笑を続けていた。

 

「オジサン、私とイイコトして遊ばない?」

 その声に男が振り向く。すると、ポニーテールの少女が両手を背中に回してニコニコ微笑んでいた。

「馬鹿なこと言っていないで、さっさと家に帰りなさい」

 男は大人としての威厳を見せるように注意する。

 だが、少女・エリカはえー? というような顔をしながら、

「あれッ? どういう意味で取ったんだろ? 私は遊ばないって言っただけだよ?」

「大人をからかうんじゃない。それにもう日も暮れる。こんな人気の無いところにいたら、通り魔に襲われないとも限らないぞ」

 そう言い、男は少女に背を向けた。逃げようとしたのだが、

「通り魔ってのはこんなヤツのことか?」

 と、男の前に現れたのはレオであった。この時になって、男は自分の尾行がばれていたことに気づいたのである。

「違うわよ。通り魔って言うのは「通り」すがりの「魔」法使いのことなのよ」

 少女の楽しそうな声の裏に不穏な響きを感じて、男は再度振り返る。少女の手には伸縮警棒が握られていた。彼女から放たれた圧力は抗い難い純粋な闘気。行く手を遮られ逃げ場はない。

「助けてくれッ! 強盗だッ!」

 男が叫ぶ。が、周りに反応がない。

「うわ~ッ。情けな~い」

 エリカが笑い出す。そして、

「言い忘れてたけどよ、助けは来ないぜ?誰も近づかない」

 と、レオが諭すように言う。

「って言うか、近づけないんだけどね。あたしたちの認識を要にして作り上げた結界だから」

 と、エリカが種明かしする。ここに至り、男は戦うしか選択肢がないことに気づいて態勢をとった。

 だが、エリカとレオは二科生なのが不思議なくらいの戦闘力を持っている。特にエリカは竜也が純粋な戦闘力なら恐らくリーナに匹敵するとまで評価している女性である。

 そのため、二人がかりでは男に勝ち目はなく、エリカの攻撃をかわしたそのとき、レオの攻撃を背後から受けて路面に激突する。

「ぐ……ッ」

 男がうめき声をあげる。

 そんな男にレオは容赦なく男の胴体を蹴り上げる。

「げッ!」

 男が再びうめき声をあげる。そんな中で、

「大人しくしてな。別に命を取ろうってんじゃないんだ。ただ尾行の理由が聞きたいだけだ」

 と、レオが男に言う。男もかなわないと悟り、

「分かった。降参だ……私は君たちの敵じゃない……こんなことで踏み潰されては割に合わない」

 と、言い返すが、

「よく言うぜ。アンタの攻撃、オレとコイツじゃなかったら死んでるぜ?」

 と、レオが憮然とした表情で言い返す。

「それは君も……同じだろう……」

「まあいい。敵じゃないってんなら、手短に説明頼むぜ。まずは自己紹介してもらおうか」

「ジロー・マーシャルだ。詳しい身分は言えないが、如何なる国の政府機関にも所属していない。また先に述べたとおり君たちに敵対する者でもない」

「つまり非合法の工作員ってことね」

 エリカである。

「……で、目的は?」

「私の仕事は魔法科高校生徒を経由して先端魔法技術が東側に盗み出されないように監視し、軍事的な脅威となり得る高度技術が東側に漏洩した場合はそれに対処することだ」

「少なくともアンタの雇い主はこの国の関係者じゃないんだろ?何でそんな手間を掛けるんだよ?」

「この国の平和ボケは治ったと思っていたが……この国の実用技術が東側に渡ることで、西側の優位が損なわれることにもなりかねないのだ。この国だけでなく、USNAや西側諸国でも魔法工学技術を狙ったスパイが急増しているのだ。君たちの学校も東側のターゲットになっているんだぞッ!」

 その瞬間、男は一瞬のスキを突いて拳銃を取り出し、銃口をエリカに向ける。

「!」

「テメエッ!」

 エリカとレオが動けない。

 立場が逆転したことを悟ったマーシャルが、エリカに言う。

 

「さあ、私は必要なことは話した。そろそろ結界を解くようお仲間に言ってもらえないかな?」

 やむを得ない、という表情でエリカが何かを言うと、幹比古が結界を解いた。

「ではこれにて失礼させていただく。……が、その前にひとつ忠告しておこう。身の回りに気を付けるようお仲間に伝えてくれないかな? 特に君たちの護衛にな……」

 そして、マーシャルはその場を去った。

 

 それをエレメンタルサイトで一部始終を見ていた竜也は、トイレに行くと断りを入れてから端末で連絡を入れた。

「光宣」

「なんですか?」

「邪魔者が現れた。消せ」

「わかりました」

 そして、光宣が動き出した。

 

 マーシャルは、自分の前に現れた少年に驚いていた。

 この世の物とも思えぬ白皙の美貌のためである。

「そこをどけーッ!」

 マーシャルが叫ぶが、光宣はそこから動こうとしない。

 マーシャルは少年が敵だと悟り、銃弾を放つ。

 しかし、

「ッ?」

 銃弾は、光宣をすり抜けて通過していった。言うまでもなく、九島家の秘術であるパレード(仮装行列)だが、マーシャルはそれを知らず、動揺してさらに銃弾を放つ。勿論効果はなく、やがて撃鉄を下ろす音だけがするようになった。

弾切れである。

「くそッ!」

 マーシャルは役立たずになった拳銃を捨てる。そして、少年を魔法で倒そうとした。

 だがその前に、既に光宣が魔法を起動していた。しかもそれはマーシャルなど比較にならないほど速い。

 光宣が発動したのは、放出系魔法・スパーク。これをマーシャルに向けて発動したのだ。手加減なしで。

 当然、マーシャルの身体に電撃が浴びせられる。

 マーシャルの断末魔が轟く。

 この技は、十文字に代わって第一高校の部活連会頭になった服部刑部が得意とするコンビネーション魔法・這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)と似たような技だが、威力や範囲では明らかに光宣のほうが上だった。

 そして、光宣は無表情にマーシャルの遺体を見つめる。

 息がないことを確認すると、マーシャルに一瞥をくれてその場を去った。

 後に残されていたのは、マーシャルの黒焦げになった遺体と、壊されていた監視カメラだけであった。

 




次回は「祭りの前に その2」です。


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祭りの前に その2

 2095年10月29日。全国高校生魔法学論文コンペティションの本番前日。

 横浜ベイヒルズタワーの最上階にあるレストランで、3人は優雅に食事をしていた。

 大黒竜也、リーナ、九島光宣の3人である。

「そうか。奴らは明日、動くと言ってきたか」

「はい。場所はここ、横浜ベイヒルズタワーです」

 竜也の言葉に、光宣が答える。

「大亜連合の目的は何かしらね?」

「日本の魔法技術の奪取、魔法師の殺害及び捕縛、拉致、運がいいなら横浜を占領してそれを機に本国から軍隊を呼び寄せて一気に大戦状態に持ち込むだろうな」

「ふ~ん」

 リーナの質問に、竜也が答える。

「それで? 奴らは何と言ってきた?」

「はい。僕には急いでレリックの解析を進めてこちらにその解析情報を知らせるようにと」

「……解析に時間がかかっていると言っておいたらいい。実際、あれの解析は骨が折れるからな俺としても」

「わかりました」

「それより光宣。お前に急いでやってもらいたいことがある」

「何でしょうか?」

「これから俺が言うことを、よく聞いてもらいたい」

 そして、光宣に対して数分ほど、目つきを鋭く真剣にさせた竜也が言う。

 光宣が緊張したのか、ゴクリと生唾を飲み込む。

 説明が終わり、竜也が言う。

「この役目は重要だ。お前の働き次第で俺の運命も決まる……心してかかってほしい」

「わかりました。お任せください」

「頼む」

 竜也が光宣に頭を下げる。

 そして光宣は、仕事に取り掛かるため、その場を後にしたのであった。

 

 翌日。全国高校生魔法学論文コンペティション開催日。

 横浜の会場に向かう途中は、かつての九校戦のように特筆するようなトラブルもなく、第一高校のメンバーは無事に会場である横浜国際会議場に到着した。

 この時、竜也は平川小春の護衛をリーナと共に務めている。

 そんな中で、全国高校生魔法学論文コンペティションの九校共同会場警備隊として参加し、総隊長を務めている十文字克人。さすがに竜也が一目置くだけあって只者ではなく、既に異変を感じ取っていた。

「服部、桐原」

 と、信頼する後輩である服部刑部と桐原武明を呼ぶ。

「はいッ」

 二人が同時に返事をした。

「現在の状況で、違和感を覚えたことはないか?」

「違和感、ですか? そうですね……横浜という都市の性格を考慮しても、外国人の数が少し多すぎる気がします」

 服部である。

「服部もそう思うか。桐原はどうだ?」

「外国人の件については、気がつきませんでした。ただ、会場よりも街中の空気が、妙に殺気立っている気がします」

 桐原が答える。

「ふむ……確かに」

 頷き、黙り込んだ克人。その時間はそんなに長くはなかったが、長い時間黙り込んでいたように2人には感じる。そして、十文字が立ち上がって言う。

「服部、桐原、午後からは防弾チョッキを着用しろ」

 そして、その指示が共同警備隊に選ばれた一条将輝をはじめとした各校の生徒たちにも伝えられることになった。

 

 そして、時刻は午後三時。第一高校代表チームのプレゼンテーションは予定通りに始まった。今回の論文コンペで最も注目されているのは「基本コードカーディナル・コード」の発見者である三高の吉祥寺真紅郎だが、加重系魔法の技術的三大難問の一つ「重力制御型熱核融合炉」を発表のテーマに掲げた第一高校のプレゼンも大きな注目を浴びていた。大道具が並ぶ舞台を自然色のランプが照らし、鈴音の抑制が効いた濁りのないアルトが国際会議場の音響設備から淀みなく流れ出す。

 五十里は彼女の隣でデモンストレーション機器を操作し、小春は舞台袖でCADのモニターと起動式の切り替えを行う。

重力制御型熱核融合炉の技術的可能性について鈴音の解説が続く中、実験機のアクセスパネルに手を置く五十里。重水素のプラズマ化、クローン力制御、重力制御、冷却、エネルギー回収、プラズマ化、クローン力制御、重力制御……という何十回とループする魔法を、五十里は安定的に発動する。

「現時点では、この実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法式核融合炉が実現できると確信します」

 鈴音がこう締め括ると同時に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。重力制御型熱核融合炉が技術的に不可能であるとされているのは、重力制御魔法の対象である質量が核融合反応中に少しずつ減少して行くことが理由だ。重力制御魔法は質量を対象とする魔法なのに、その質量が変わってしまう為、すぐに「対象不存在」のエラーで魔法が停止してしまう。故に核融合爆発は可能でも継続的核融合は不可能とされてきた。

それを、クローン力制御魔法の併用によって重力制御魔法の必要強度を下げ、継続的核融合反応へのこだわりを捨て断続的核融合反応を新技術「ループ・キャスト」により実現したアイデアの素晴らしさに、聴衆は惜しみない称賛を送った。

 

 終了後、竜也はリーナと共に平河の護衛を兼務する形で片付けを手伝っていた。

 運命の刻が、確実に迫りつつあった。




次回は「動乱、幕を開ける」です。


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動乱、幕を開ける

 論文コンペの発表時間は30分、交代時間は10分である。つまりその10分で前の組はデモ装置を片付け、次の組は舞台のセッティングを終わらせなければならないから、竜也とリーナは護衛対象である平河小春の片付けを手伝っていた。そこへ次の発表者である第三高校の吉祥寺真紅郎がやって来る。

「やってくれたね。見事だった、と言わせてもらうよ」

「俺に言うことではないと思うが? 言うなら平河先輩に言え」

 吉祥寺は先の九校戦以来、竜也を目の敵にしている。

「重力制御術式は飛行魔法にも使われている一般的な術式の応用、クーロン力制御魔法術式は分子結合力中和術式のアレンジ版だね……」

「さあな……」

「とぼけるのはやめたらどうだい? 君ほどの人物がこのことに無関係なわけはないだろ?」

「…………」

「まあいい。僕たちは負けないよ。いや、今度こそ君に勝つ」

 それに答えることなく、竜也は片づけを終えてリーナとともにその場を去ろうとしていたまさにそのとき。

 会場が大きく揺れた。何かの轟音と共に。

「なんだッ!?」

 吉祥寺が驚く。

 この時の時間は、2095年10月30日、午後3時37分であった。

 

 それより7分前。すなわち午後3時30分。

 山下埠頭の出入港管制ビルに謎の車両が突っ込む自爆行為を行なっていた。さらに、貨物船に偽装した揚陸艦からロケット弾が発射されていた。

 会場に轟く地響きは、まさにこれだったのである。

「リーナ」

「ええ」

「いよいよだな……」

「…………」

 この時の二人の目は、まさに戦闘者の眼であった。お互い、多くの死線を潜り抜けた相棒同士であるから、見つめあうだけで全てがわかる。

「ついてこい。リーナ」

 それに頷くリーナ。

 そのときであった。

 荒々しい靴音をさせながら、ライフルを構えた男たちが会場の客席へと雪崩込んで来た。聴衆がそれを見て恐怖にすくみ、悲鳴をあげる。

 それを見た第三高校の生徒、特に吉祥寺が勇猛果敢にも魔法を発動させようとした。しかし、それは発動前に侵入者の放った銃弾がステージの壁に食い込むことで中止となる。

「大人しくしろッ!」

「デバイスを外して床に置けッ!」

 侵入者は魔法師相手の戦闘に慣れている様子だった。おまけに、侵入者が持っているのはハイパワーライフル。ハイパワーライフルは、魔法師の防御魔法を無効化する高い慣性力を生み出す高速銃弾を放つ高性能の銃器である。それだけに機密性が強く、国家機関の支援を受けていない私的な犯罪組織やテロリストが簡単に手に入れられるものではない。

「おい、オマエもだ」

 テロリストのひとりが、竜也に向けてライフルを構えながら歩を進める。

 だが、竜也はまるで目の前のテロリストを無視するように、別の方向に視線を移す。

(1……2……3……4……5……侵入者は全員で6人……か……)

 エレメンタルサイトでそれを確認した竜也は、少しガッカリした。大亜連合は少し高校生徒とは言え、なめすぎではないのかと。

 一方、竜也に無視されていると思ったテロリストは、

「おいッ! CADを捨てろッ! 聞こえないのかッ!」

 と怒鳴るが、竜也は聞かないどころか、テロリストに向けて歩を進めだした。

「馬鹿かお前は? 捨てたところで俺たちが捕虜になるだけだろうが」

「貴様……ッ。ならば死ねッ!」

 そして、ライフルから銃弾が放たれた。

 

 誰もが、竜也は撃たれたと思った。

 3メートルの至近距離から明確な殺意を以て放たれた銃弾は、避けようのない悲劇を連想させるに十分だった。

 しかし、

「ッ!」

 誰もが呆然とした。

 竜也が、迫りくる銃弾を手でつかんだように見えたからだ。

 勿論、銃弾を手で掴んだわけではない。あくまでそれは見せかけで、分解を使っているのだ。

 だが、周囲から見れば、銃弾を手で掴んでいるようにしか見えない。

 テロリストは今度はライフルを連射する。

 しかし、それも全て竜也には通じなかった。

「化け物めッ!」

 激怒したテロリストが、ライフルを捨てて左手にサバイバルナイフを取り出した。それで襲いかかる。

 だが、その攻撃もあっさりかわした竜也は、テロリストの右腕を切り落とす。

 竜也に大量の返り血がつくが、竜也は気にもしていないようだ。

「ひいいッ!」

 テロリストたちがあまりのことに呆然とする。それも無理はない。

 自分たちは訓練を受けた工作部隊の精鋭である。それが、「ただの高校生」に歯もたたずに敗れたのだから。

 呆然とする仲間のテロリストたち。

 それを見た竜也が怒鳴る。

「何をしている。取り押さえろッ!」

 それを聞いて、警護を担当していた共同警備隊の魔法師たちが動いて、テロリストたちを一斉に封じ込めたのであった。

 

 竜也はテロリストを警備隊が取り押さえるのを見つめながら、リーナが寄越したタオルで返り血がついた顔をふいていた。

 そしてふき終わると、タオルを床に投げ捨てた。

「行くか」

「ええ」

 竜也の言葉にリーナが頷き、そして正面入口へ向かって歩き出した。

「竜也くんッ、リーナッ」

 そのとき、竜也とリーナの共通の友人とも言うべき千葉エリカ、西条レオンハルト、吉田幹比古、柴田美月、光井ほのか、北山雫がやってきた。

 光井ほのかが、心配そうに言う。

「銃弾は? お怪我はありませんかッ」

「大丈夫だほのか……それより」

 竜也が、ほのかや雫と一緒にいたはずの深雪の姿がないことに気付いた。

「ほのか。深雪はどうした?」

「深雪なら、ゴミを片付けに行ってくるとか言って、どこかに行った」

 そう答えたのは雫である。

 それを聞いて竜也とリーナが視線を合わせる。

(まさか……)

 竜也が正面入り口に向けて歩き出した。リーナも続く。

「どこへ行くの?」

 エリカが尋ねる。

「正面入口でテロリストと警備の魔法師が未だに交戦中だ。それを片付けに行く」

「一人で行くから待ってろ、なんて言わないよね?」

 すると、竜也が頷く。

「いや。そうしてもらう。ここで大人しくしておいてくれ」

「えーッ!」

 エリカが不満そうに頬を膨らませる。

 竜也が言う。

「エリカ。お前の強さは知っている。だが、相手は実戦経験の豊富なテロリストだ。それに、ここにいる警備隊の奴らでは、残念ながら守りが期待できない。お前とレオはここに残って、動揺する奴らを静めて守りを固めてくれ」

 リーナも言う。

「心配しなくても、入り口の敵を倒したらすぐに戻るわよ。それにエリカ、まだまだ戦える場所もあるから、そんなに不満を感じる必要はないわ」

 それを聞いて、まだ不満がありそうながらも、頷くエリカ。

 そして、竜也はリーナと共に入り口に向かった。

 

 午後3時43分。

 入り口に向かった竜也とリーナが見たものは、氷漬けにされているか、あるいは重傷を負って戦闘不能に陥っているテロリストたちだった。

(あいつらの仕業だな……)

 竜也にはわかっていた。こんなことができるのは、妹の深雪とそのガーディアンである桜井水波であるということを。

 そのときである。

「く……くそが……」

 傷つきながらも、まだ立ち上がったテロリストのひとり。それがナイフを取り出して竜也に背後から襲いかかる。

「くたばれッ!」

 だが、そのテロリストは、すぐに炎に包まれた。

 テロリストは遺体を残すことなく消し炭となる。

「これからどうするの?」

 たった今、人をひとり殺したのに、リーナには全く動揺は無い。

 竜也が言う。

「エリカたちは、放っておいても大丈夫だろう。あいつらを何とかできるのは大亜連合では呂剛虎くらいだからな……」

「では?」

「俺たちはかねてからの計画通りにやる……いよいよ、そのときだ」

「わかったわ」

 お互い頷きあう相棒同士がそこにいた。

 動乱は、まだ始まったばかりだった。




次回は「序盤から中盤へ」です。


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序盤から中盤へ

 横浜一帯が戦場になっている。

 一言に横浜と言っても広い。ハッキリ言って、これだけ広くなると、一人の指揮官の裁量ではキャパを超えていると言ってよい。そのため、情報や報告は総指揮官に届けられるとしても、各戦場の指揮はそれぞれの部隊長あるいは指導者が担当せざるを得なくなる。

 そして、各地でそれが現実となっていた。

 

 午後3時43分。

 七草真由美の言葉を受けて、新生徒会長である中条あずさが混乱する会場観客に対し梓弓を使用した。そしてそれをきっかけに、真由美がステージに上って発言する。

「私は第一高校前生徒会長 七草真由美です」

 観客の意識が真由美の声に集中する。

「現在、この街は侵略を受けています。港に停泊中の所属不明艦からロケット砲による攻撃が行われ、これに呼応して市中に潜伏していたゲリラ兵が蜂起した模様です。先程始末した暴漢も侵略軍の仲間でしょう。先刻から聞こえる爆発音も、この会場に集まった魔法師と魔法技術を目当てにした襲撃の可能性が高いと思われます。皆さんがご存じの通り、この会場は地下通路で駅のシェルターに繋がっています。シェルターには十分な収容力があるはずです。しかし、地下のシェルターは災害と空襲に備えた物です。陸上兵力に対しては、必ずしも万全のものではありません。だからと言って、砲火飛び交う街中を脱出するのはもっと危険かもしれません。しかし、最も危険な事はこの場に留まり続けることです」

 ここで真由美が一呼吸置く。

「各校の代表はすぐに生徒を集めて行動を開始してくださいッ! シェルターに避難するにしろ、この場を脱出するにしろ、一刻も無駄にできない状況ですッ!」

 真由美の言葉が終了すると同時に、先ほどと異なる喧騒がホール内に普及した。呼び合う声は先程と異なり、一定の秩序を帯びていた。それを確認した真由美はマイクを切り一礼した後、あずさに語りかける。

「あーちゃん、みんなの事任せたわよ」

「え? 会長、じゃなくて、真由美さん」

 あずさは目を丸くする。それを聞きながら真由美が笑いながら頷く。

「分かってるじゃない。あーちゃん。今の一高生徒会長は貴女よ。大丈夫。貴方ならできるわ」

 そして、真由美は市原鈴音らと手分けして各校のデモ器のデータを破壊する作業に入るために動き出したのである。

 

 午後3時48分。

 竜也とリーナが戻ってこないことに業を煮やした千葉エリカたちは、北山雫の案内のもとでVIP会議室に赴いていた。戦うにしても逃げるにしても、周囲の状況がわからなければ手の打ちようがないからだ。

 雫は大財閥・北山家の令嬢である。そのため父親に連れられて過去にここに来たことがある。ちなみにこの会議室は閣僚級の政治家や経済団体トップレベルの会合に使われる部屋で、雫は暗証キ―もアクセスコードも知っていた。

 

 午後3時50分。

 雫が会議室のアクセスコードから警察のマップデータを割り出した。それを見て、エリカは愕然とした。

「何よこれ……」

 何と、横浜近海に面する一帯が真っ赤に染まっていた。そして赤い領域は彼らが見ている内陸部へと拡大している。その赤い印は敵勢力である。

(この敵の具体的な人数はわからないけど、たぶん相当な規模の兵力がつぎ込まれているのは間違いないわ……下手をしたら1000人近い兵力がこの横浜に投入されているのかも……)

(グズグズしている暇はないわ……)

 そこに、幹比古が発言する。

「僕は、シェルターに避難するべきだと思うけど」

「わかってる……ただし、地下通路は使わないわよ。地上から行くわ」

「え? 地上から……危険だろうがッ」

 レオがすかさず言うが、エリカが呆れながら言う。

「馬鹿ね。地下通路は直通じゃないのよ。敵と遭遇したら否応なしに遭遇戦よ」

「うッ……」

 それを聞いて、初めて危険を悟るレオだった。

「じゃあ、シェルターに移動するということで……あとそれから、デモ機を全部処分してから行きましょ」

 そして、エリカたちも動き出した。

 

 だが、デモ機の破壊作業は既に真由美、鈴音たちによってほとんどが終了していた。

 そこに、避難の誘導とゲリラの対処に当たっていた十文字克人が服部刑部と沢木碧を従えて歩み寄って来る。

「お前たちはまだ避難していなかったのか?」

「ええ。データーの消去をしていたから」

 真由美が答える。

 続いて服部が言う。

「他の生徒は中条に連れられて既に地下通路へ向かいました」

「えッ!」

 エリカが驚く。

「地下通路ではまずいのか?」

 沢木が尋ねる。

「地下通路は直通じゃないんです。他のグループと鉢合わせする可能性があります。場合によっては……」

「遭遇戦!?」

 服部がようやく気付く。

 十文字がすかさず、服部と沢木に命令する。

「服部、沢木。すぐに中条たちの後を追え」

 二人は頷くとその場を駆けだした。そして、十文字は逃げ遅れた者がいないか再び探索するために鈴音の護衛役をしていた桐原を連れて部屋から出て行った。

 

 さて、そうなると今後どうやってここから逃げ出すかが問題となる。

 エリカに真由美、鈴音に渡辺摩利などがその方針をめぐって相談する。

 時刻は午後3時56分。

 大亜連合の指令を受けて、工作員が30tトラックに乗ってエリカや真由美たちがいる第一高校の控室に突撃をかけたのだ。だが、室内にいるエリカたちにはそれに気づかなかった。

 運転手は笑みを浮かべていた。成功を疑わなかった。

 だが、次の瞬間。

 トラックは運転手ごと、この世から消滅したのであった。

 

「竜也、次が来たわよ」

「わかってる」

 竜也とリーナは、既にこの時、戦闘服に着替えていた。

 戦闘服を持ってきたのはミカエラ・ホンゴウ。日系アメリカ人で本郷未亜という偽名を使って日本で工作員をしている国防総省所属の魔法研究者である。

 ちなみにこのとき、竜也が考案したムーバルスーツが完成しており、それがシルヴィアを通じて日本に2着、送られていた。そのため、竜也とリーナはそれを着用している。

 続いて敵艦から、ミサイルの群れが押し寄せる。

 だがそれも、竜也の前には無力だった。

 竜也は影ながら、エリカたち友人を守るために動いていたのである。

 そのときだった。

 逃げ遅れた者がいないか見回りをしていた十文字が巨大な魔法を感知し、入口付近にやって来たのである。

「お前らは……」

「…………」

 答えることなく、竜也とリーナはその場を去った。飛行デバイスを使って。

 十文字も、それを追撃することなくその場は見つめているだけだった。

 

 午後3時59分。

 司波深雪は、風間玄信から出撃命令を受けていた。

 既に、故・真田繁留が考案していた戦闘服を着用してのことである。

 これは竜也が考案したムーバルスーツよりはさすがに精度は劣るが、それでもそれなりの防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器の性能を持つ戦闘服と思ってもらいたい。

 そして、魔装大隊最強の女戦士が動き出した。

 

 午後4時。大型特殊車両専用駐車場。

 ここでは第三高校の一条将輝が奮戦していた。第三高校は会場に来る時に使ったバスで避難する方針を決めていたのだが、駐車場にたどり着き、彼らの大型バスを視界に納めたその瞬間、バスの近くにロケット砲が被弾した。

 幸い、バス本体に大した破損はなかったがタイヤが一つ、使い物にならなくなってしまった。それにいち早く気付き、行動に出た吉祥寺真紅郎がバスのタイヤを直すべく交換作業を始める。

 ただし、交換作業にはそれなりの時間がかかる。しかも、交換している間はその作業をしているメンバーは無防備である。

 だから、それを守りながら敵と戦わないといけない。

 そして、一条のCADが光るたびに、敵兵は次々と紅い花を咲かせて散ってゆく。

 言うまでもなく、一条家の『爆裂』である。一条家の秘術にして、殺傷性ランクAに分類される発散系の系統魔法。対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法で、生物ならば体液が気化して爆発。内燃機関動力の機械ならば、燃料が気化して爆散、破壊する事ができる。

 紅い花が咲くたびに、人間の血や肉が飛び散る。

 それを見て、第三高校の生徒の大半が吐き気を催していた。

 いや、一条だけではない。

 第三高校には一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子らもいる。

 そして、第三高校は彼、あるいは彼女ら数字を冠する者たちの活躍により無傷で戦闘を終えたのである。

 

 午後4時2分。

 魔装大隊の少尉・藤林響子が真由美やエリカたちと合流していた。幸いにして、真由美は響子と面識がある。そのため、響子から戦況を聞くことになる。

「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法教会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています。私たちは皆さんの安全を保障するために参りました」

 真由美も頷き、エリカや摩利とともに響子に従ってこの場から避難することにした。

 ちなみに、藤林を動かしたのは深雪である。雫やほのか、真由美らを見捨てるわけにはいかず、藤林にお願いした結果である。

 この時、控室に戻ってきた十文字は、藤林に車の貸し出しを要求し、藤林はそれに応じて楯岡軍曹と音羽伍長とセットで車を貸し与えている。

 十文字は、十文字家代表代理として、十師族としての務めを果たそうとして別行動をとったのである。

 目的地は魔法協会支部がある横浜ベイヒルズタワー。

 横浜の戦場の中で恐らく最も激しく過酷な戦場である。

 ここを守れるかどうかで、勝敗が決まると言ってもよいかもしれない。

 そこに、十師族最強の異名をとる男が向かおうとしていた。




次回は「戦乱中盤」です。

しばらくは原作沿いになっていますが、この戦乱でオリジナルの事件が起こす予定です。


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戦乱中盤

 横浜の動乱は、いよいよ佳境に差し掛かりつつあった。

 兵力では圧倒的に大亜連合軍が有利である。日本軍がこれに勝るとするなら、やはり質であろう。

 2世紀ほど前までなら、兵力で戦争の勝敗は決まっていた。しかし今は違う。

 勿論、必要最低限での兵力差も必要だが、勝負は戦術、兵士の質、武器の差と言ってよいかもしれない。

 むしろ、本来なら圧倒的に勝る大亜連合は思わぬ苦戦を強いられているといえる。

 しかも、既に第三高校を攻めていた大亜連合軍は一条将輝によって壊滅させられており、一条はそのまま一色愛梨を連れて他戦線の援護に向かっていた。

 このままいけば、大亜連合は不利になる可能性も十分にあったのだった。

 

 一番重要な戦線。それは、魔法協会支部である。

 この戦線は支部が組織した義勇軍が防衛を頑張っていたが、時間の経過とともにジリジリと押されるようになっていた。

 理由は明白である、大亜連合軍の上陸部隊がこちらに主力を向けているからだ。

 しかも、敵の『禍斗』と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法で犬に似た獣が炎の塊となって爆ぜ、『畢方』と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法も現れ、一本足の鶴に似た鳥が火の粉をまき散らして消える。これらの古式魔法の前に、義勇軍は押される一方になっていた。

「くそッ、撤退だッ!」

「後退して防衛ラインを立て直せッ!」

 傷ついた仲間の手を取って後退する者、敵の攻撃を懸命に防ぐ者、あるいは敵に果敢に攻撃する者、恐れをなして逃げる者。それぞれだが、この戦線の崩壊は時間の問題になりつつあった。

 そんなときである。

「後退するなッ!」

 その時、義勇兵たちを一喝する声が轟いた。火をまき散らしていた鳥形の化成体が地面に叩きつけられ、押し潰されて消える。

「奮い立てッ! 魔法を手にする者たちよ。卑劣な侵略者から祖国を守るのだッ!!」

 義勇軍の先頭に、大柄な人影が歩み出る。それは、プロテクターとヘルメットを身に着けた克人だった。

 その雄姿を見た義勇軍の間に歓声が沸き起こる。

「十師族の英雄が助けに来てくれたぞッ!」

「うおおおおおおおッ!」

 雄たけびを挙げる者、腕を振り上げる者様々だが、それまで敗残に等しかった義勇兵に生気が甦った。

 そして、火を吐く犬が、炎の翼を持つ鳥が、様々な幻獣を象った古式魔法の使い魔が、次々と叩き潰される。それまで義勇兵を苦しめていたものが消えてゆく。

 十文字克人は容赦なく右手を挙げて下ろした。それと同時に、敵の直立戦車が一台潰れる。

 これこそ、十文字家最強ともいえる魔法・『ファランクス』。4系統8種、全ての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく紡ぎ出し、防壁を幾重にも作り出す防御魔法である。

 一般的に、『ファランクス』は防御魔法として世間に認識されているがこの魔法は、敵の攻撃を防ぎ止めるだけの物ではない。このように、壁を自分の前に固定するのではなく敵に何十枚も高速で叩きつける事も出来る。むしろ、これこそがファランクスを使った真の攻撃方法である。

 ファランクスはその名の通り、攻防一体の魔法なのである。前に立つ護衛の兵士ごと、敵の魔法師を吹き飛ばす。たった一人の参戦によって、戦況が逆転した。

 

 一方、同級生の脱出を相棒のジョージこと吉祥寺真紅郎に託し、一条将輝は一色愛梨と共に中華街付近に侵入していた敵軍との戦いに参加していた。

 このとき、一条も一色も制服姿ではなく、プロテクターを身に着けている。戦線に参加していて負傷していた義勇兵から譲り受けたものである。そのため、プロテクターの部分には傷や破れた跡などもある。ただし、制服姿でいるよりはずっとましである。

 一条の『爆裂』はまさに無敵である。それに今では愛梨も加わっている。

 このままいけば、中華街戦線も時間の問題で逆転する可能性が出てきたのであった。

 

 地下通路からシェルターに向けて避難していた中条あずさらは、残念ながらエリカの予測が的中してしまって敵との遭遇戦を余儀なくされていた。

 ただし、こちらは十三束鋼と服部刑部、沢木碧の活躍により撃退に成功している。

 各戦線で、兵力の差より質の差が出始めていた。

 

 藤林響子に先導されて、地下シェルターの設置場所にたどり着いた真由美やエリカたちは、その場の惨状に言葉を失った。広場が大きく陥没しており、その上を闊歩するのは2機の直立歩兵戦車だったからだ。この状況から、この2機が地下シェルター及び地下通路に向けて何らかの攻撃をしたようだった。

「このッ!」

 血の気の多い風紀委員長・千代田花音が真っ先に動く。

「花音、この状況で地面を震動させる『地雷原』はまずいよッ!」

 花音がお得意の魔法を発動させようとしたのを見て、婚約者の五十里啓がやめるように注意する。

「そんなもの使わないわよッ!」

 そして、魔法を発動させようとした瞬間、花音が見据えた標的は穴だらけになった。

 言うまでもなく、七草真由美の『魔弾の射手』である。

「あッ……」

 と驚く花音に、

「真由美さん。さすがね。手を出す暇もなかったわ」

 と、称賛する藤林。

 その間、吉田幹比古は目を閉じたまま『視覚同調』で地下の様子を探っていた。

「……地下通路を行ったみんなは大丈夫みたいです。誰かが生き埋めになってる形跡はありません」

「そうですか。吉田家の方がそうおっしゃるのなら確かでしょうね。ご苦労様です」

 と、藤林が礼を言うのに対し、

「いえ、大したことでは」

 と、幹比古は慌てて恐縮しながら大急ぎで目を開け答えた。

 エリカが響子に話しかける。

「これからどうするんですか?」

「こんなところまで直立戦車が入りこんで来ているのですから、事態は思ったより急展開を迎えているようですね。私としては野毛山の陣地に避難することをお勧めしますが」

「しかし、それでは敵の攻撃目標になるのではありませんか?」

 渡辺摩利が割って入る。

「摩利、今攻めて来ている相手は戦闘員と非戦闘員の区別なんてつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らない。むしろ、より危険になるわ」

「では、七草先輩は野毛山に向くべきだと」

 五十里啓の問いかけに真由美は首を横に振った。

「私は逃げ遅れた市民のために、輸送ヘリを呼ぶつもりです。まずはあの残骸を片付けてヘリの発着場所を確保し、ここでヘリの到着を待ちたいと思います。摩利はあなたはみんなを連れて響子さんについて行って。私は十師族・七草家の一族に名を連ねる者としての義務があります。私たちは時として法の束縛すら受けずに自由に振舞うことが許されています。その対価として私たちはその力をこういう時に使わなくてはいけません」

 真由美が向けた目線、すなわち駅の方には、シェルターの入り口を潰されて途方に暮れた市民の姿があった。

 それを聞いて五十里も、

「僕も数字を持つ百家の一員として、政府から色々な便宜を受けていますから」

「啓が残るならあたしも残ります」

 と、同じく百家に連なる2人が言う。

「じゃぁ、私もだね。これでも千葉家の娘だから」

 と、エリカも残ることに同意する。

 さらに他のメンバーもすべて残ることに同意する。特に北山雫は、

「会社のヘリを寄越す様に私も父に連絡します」

 と、言い出したほどであった。

 それを見た藤林は、真由美をうらやましそうに見つめる。

(いい仲間に恵まれているわね……)

 と、思ったのだ。そんな藤林が真由美に言う。

「わかりました。それでは部下を置いて行きます」

「いえ、それには及びませんよ」

 背後から聞こえた声に響子が振り返った。

「警部さん」

「和兄貴!?」

 現れたのはエリカの異母兄・千葉寿和である。

 寿和が響子に話しかける。

「軍は外敵を排除するのが仕事です。市民の保護は警察の仕事です。なので我々がここに残ります。藤林さんは本隊と合流してください」

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」

 響子はビシッと敬礼して颯爽と去って行った。

「う~ん。良い女だね」

 そんな異母兄に、エリカが平手で頭を叩く。

「イタッ……何するんだ……エリカ、兄に対して」

「うるさいッ。この女たらし。いつから藤林さんと知り合いになってたのよ」

「ああ、ついこの前。ちょっとしたことで知り合ってね……いい女だろ?」

「あ、無理無理。和兄貴の手に負える人じゃないって」

 エリカは目を閉じて手のひらを異母兄の前で左右に振って否定を表す。

 それを聞いた異母兄が言う。

「いいのか? せっかく心優しい兄が愛する妹に『プレゼント』を持ってきたのに」

 エリカがその言葉に反発する。

「心優しい!? どの面下げてそんな白々しいセリフが言えるのよ」

「酷い言われようだ。俺はこんなに妹を愛しているのに」

 エリカが冷たい視線で寿和を睨みつけ、寿和が溜息をつく。もたれ掛るワゴンから緩やかなカーブを描く全長180センチの長大な得物を取り出し、それをエリカに渡した。

「ほらよ。受け取れ」

 エリカがその得物を見て絶句する。

「『大蛇丸』じゃない!? どうして……」

「どうして? 愚問だな。大蛇丸は『山津波』を生み出す刀。そして『山津波』はお前にしか使えない。だから大蛇丸はお前の刀だ」

「こ、今回だけは礼を言っとくわ。ありがとう」

 受け取ったエリカは嬉しそうな表情を見られないように顔を背け、その様子を異母兄は苦笑いを浮かべながら見つめていた。

 これで、こちらの戦力がさらに強化されたのである。

 

 その頃、竜也とリーナはある場所の屋上の手すりに腰を下ろしていた。

 あちらこちらで戦闘が起こっているのがわかるように、爆発や轟音が轟く。時には、その場所の下から悲鳴や断末魔も聞こえてくる。

 そんな中で、二人はそこから動こうとしなかった。

「大亜連合軍も情けないわね……ここをはじめ、あちこちの戦線で日本軍や義勇軍に盛り返されてるわよ……竜也、このままじゃ……」

「わかってる……しかし、これほど大亜連合軍が腑抜けとは思わなかったな……全く、期待外れな連中だ……」

 そして、そこから景色を見つめながら言う。

「そろそろ動くとするか……俺の作戦のために」

 竜也とリーナが、遂に動こうとしていた。




次回は「逆転の刻」です。


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逆転の刻(ぎゃくてんのとき)

 大亜連合軍は各戦線で押されまくっていた。

 魔法協会支部がある横浜ベイヒルズタワーをめぐる戦線では十文字に、中華街近くの戦線では一条に押されていた。

 そして司波深雪もまた、魔装大隊と共に市民の脱出を援護するために動いていた。

 また、桜木駅前広場付近でも、反撃が始まっていた。

「来た……」

 車に乗せてばら撒いた呪符により喚起された精霊からの映像で敵の接近を確認した幹比古が呟き、その言葉にレオ、エリカ、美月が警戒の色を示した。それに答えるように3機の直立戦車がビルの陰から姿を現す。

 まずレオが飛び出し、右手に双頭ハンマーに似た短いスティックをつくり、そのハンマーヘッドの部分がモーターの駆動音を立て黒い極薄のフィルムを吐きだした。

(『薄羽蜻蛉』)

 モーター音が止まりまっすぐな2メートルの刃に変わった。その刃が1機を横薙ぎに切断した。素早く跳び退ったレオを追いかけるように、直立戦車は路面に倒れた。

 そしてエリカがそれに続くように耳あての位置を直し、左腕で抱くように立てていた大蛇丸の柄を掴み鯉口を切る。鞘から巨大な刀身が露わになり鍔のすぐ下にあるボタンを押し、

(『山津波』)

 肩に担ぐように持ちあげ兜割の要領で直立戦車を断ち切った。残りの直立戦車も同様に断ち切った。

 また、五十里啓はあらかじめ地下3メートルの地層に振動を遮断する壁を作って地面を媒体とする千代田花音の魔法を使用可能とさせていた。そして五十里が地下に張った『陣』は、地上にも索敵という作用を及ぼしている。五十里家の英才・五十里啓が得意とする技術は、幹比古の古式魔法と似通ったものだった。

「来たよ」

 五十里の声に、花音が起動式を展開する。五十里がカバーしているといっても、あまり強力な振動魔法は使えない。異形の直立戦車が2機、その姿を見せた。だが、兵器の種類に余り詳しくない花音は、その形状を見ても驚かなかった。余計な思惟に囚われることなく、予定通りの魔法を繰り出す。

『振動地雷』

 千代田家の地雷原のバリエーションの一つで、振動系の系統魔法。振動で地面を液状化し、敵の足を埋めて水分を蒸発させて固める魔法。舗装された路面が細かく砕けて砂になり、細かく振動する地面から、水が滲み出て水溜まりを作る。無限軌道は砂地や湿地も平地同様に走行する為のもの。だが砂と化し、液状化した路面は、小型のキャタピラを苦も無く呑み込んだ。さらに、液状化した路面は直立戦車の足をくわえ込んだまま凝固する。花音が地面の液状化に続いて、水分子を振動させ蒸発させたのだ。これで、直立戦車は完全に身動きが取れなくなった。立ち往生した直立戦車に、千葉寿和が雷丸を構えて姿を見せる。そして空中から直立戦車に向かって飛び掛かった。

『迅雷斬鉄』

雷丸によって発動させた斬鉄の発展形で、移動系の系統魔法。刀と剣士を集合概念として定義し、接敵から斬撃までの動作を寸分の狂いも無く高速で実行する千葉家の秘剣。刀を振り下ろす際、自分の身体がどう動いているか。何十万回という素振りと型稽古で、全身に斬撃動作をすり込ませて初めて可能となる技。コンソールを両断された直立戦車は、完全に沈黙した。

 また、寿和の反対側では桐原が刀を構え直立戦車に向かい、刀の間合いまであと一歩の所まで迫っていた。その直後、直立戦車の上半身がクルリと回転し、機銃の銃口が桐原に向けられた、が、銃撃が放たれる事はなかった。

「はあッ!!」

 桐原の背後から飛来した小太刀が機銃に突き刺さり、直立戦車の肩からもぎ取ったのである。桐原の斜め後方に立つ紗耶香が、さらにもう一本、小太刀を投げた。先ほどと同じように、榴弾砲がもぎ取られる。『投剣術』。剣術科としては、打ち合いで女性故にどうしても腕力に劣る。魔法で太刀行きを制御するのは、彼女の魔法技術では難しい。それでも、父親から教わっている剣術の中でこの『投剣術』だけは得意としていた。投剣術なら、投げる動作に合わせて魔法を発動すれば腕力は関係ない。そう考えて修練を積み、工夫を重ねてものにした魔法なのだ。紗耶香のアシストを受けて、桐原は直立戦車の懐に飛び込む。そこで自身の得意魔法である、『高周波ブレード』を展開した。頭上から巨大なチェーンソーが振り下ろされるが、その軌道は見切っている。身体を自然にスライドさせながら、桐原の刀は直立戦車の左脚を両断した。手に伝わる、肉を貫く感触。桐原は僅かに顔を歪めて刃を引き大きく跳び退って転倒した直立戦車から距離を取る。

 こうして、大亜連合軍の各戦線は、高校生と若干の成人した大人を含むメンバーによって、押される一方となっていた。

 

 さて、大亜連合軍がもっとも重要な戦線として主力を向けていた魔法協会関東支部がある横浜ベイヒルズタワーの戦線。

 ここでは大亜連合軍の敗走が始まっていた。

「ひいいッ!」

「逃げろッ! 退却だッ!」

「ぎええええッ!」

 あちらこちらで、大亜連合軍の兵士の悲鳴、怒号、絶叫、断末魔の声が轟いていた。

 勿論、留まって奮戦する者もいる。

 だが、形勢は明らかだった。十文字の参戦で勢いが変わっていたのだ。

「くそ……ッ!」

 この戦線を指揮する部隊長が口惜しがる。

 ここさえ制圧できれば、横浜は制圧できたも同然だからだ。だから主力をここに向けた。途中まではうまくいっていた。なのに、敗走を始めていた義勇軍の勢いが突然変わり、逆に押されだした。

 これでは、口惜しがるのも無理はない。

「おいッ! すぐに総司令官に連絡しろッ。ここの戦線にすぐに援軍を送るようにとッ!」

「はッ! 既にそれは行ないました。総司令官からは陳祥山上校の部隊を援軍に送るとのことですッ!」

「そうか……よし、味方たちよ。もう少し頑張れッ。援軍がやって来るまでの辛抱だッ」

 援軍と聞いて、敗走を始めていた兵士たちにも生気が蘇る。

「うおおおおおッ!」

 と、再び勇敢に敵に反撃する。

 とはいえ、援軍が来ても盛り返せるのか、という疑問が兵士たちの中にあったのは事実だった。

 と、そのとき。

 時刻は午後5時20分。

 この戦線を驚倒させる出来事が起きたのである。

 

 それを最初に発見したのは、大亜連合軍の兵士の一人だった。

 仲間と共に戦い、ハイパワーライフルを放っていたときだった。

「お、おい……あれを見ろッ!」

「なんだ、こんな時にッ……。…………ッ!?」

 それを見た二人の視線は、「それ」に釘付けになった。

 そして、それはほかの兵士たちも気づきだした。

「あれは一体……」

「どういう……ことだ……?」

 大亜連合軍の兵士たちは、ただひたすら驚いていた。

 

 それは、義勇軍側も同じ思いだった。

 突然、それが起きたのだから無理はない。

 だが、なぜそれが起きたのかわからない。

 自分たちは敵を確かに押し返していたはずなのに。

「なぜだ……」

 十文字も愕然としている。

「こんなバカな……敵の侵攻は確かにここで抑えているのだ……なのに、なぜだ……一体、何があったのだッ!」

 十文字が愕然としながらも絶叫する。

 その光景を、敵も味方も信じられない思いで見つめていたのであった。




次回は「崩れた巌」です。


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崩れた巌

 それが視界に入った瞬間、誰もが驚いていた。

 魔法協会関東支部が入っている横浜ベイヒルズタワーが、赤い炎に包まれていたからである。

 なぜだろうか。

 大亜連合軍は工作員を送り出したような覚えはない。

 義勇軍は敵の侵攻・侵入を許した覚えはない。

 なのに、タワーは炎に包まれている。

「なぜだ……!?」

 と、敵味方を問わず、疑問を感じずにはいられなかった。

 そしてこれが、戦局を一変させたのである。

 

「敵だッ! 大亜連合軍が押し返してきたぞッ!」

 義勇兵が叫んだ。

 それまで押され気味だった大亜連合軍は、ベイヒルズタワーが炎に包まれているのを見て奮起したのである。

「行けッ。敵を押し潰してしまえッ!」

「小日本など恐れるなッ。奴らは横浜の拠点を失った。一気に踏みつぶしてしまえッ!」

 しかも、悪い時には悪いことが重なるものである。

 大亜連合軍総司令官が送り出した陳祥山の精鋭部隊が、援軍として到着したのである。しかもこの部隊には、

「呂上尉だ、呂上尉がやってきたぞッ!」

 大亜連合軍最強の戦士である上尉・呂剛虎がいたのである。

 彼の名は義勇軍も知っている。「人食い虎」の異名で知られ、白兵戦においては世界でも5本の指に入る猛者だからだ。

 しかも、義勇軍側は守り切っていたと思っていた支部が炎に包まれているのを見て、一時の勢いを失っている。この義勇軍はほとんどが支部の職員や戦士で固められていたのも、戦意を失わせる一因になった。

「人食い虎だ……人食い虎がやって来たぞ……ッ」

「ひいいいいいッ」

「逃げろッ。かなうわけがないッ」

 それまで押していた義勇軍は、一気に押し返されだした。

 十文字がそんな義勇軍を見て、

「後退するなッ。踏みとどまれッ!」

 と、檄を飛ばすが効果はない。

 義勇兵は次々と呂剛虎をはじめとした大亜連合軍に蹂躙され、逃げ出したのであった。

 そんな中で、十文字の視界にあるものが目に入った。

 それは、横浜国際会議場で巨大な魔法を感知し、入口付近にやって来た時に見た二人の内の一人である。

 ヘルメットをして戦闘スーツを着ているために外見はわからないが、その一人がベイヒルズタワーの近くにいる。

(まさか……)

 十文字は、その人影を見て疑問を感じた。

 ベイヒルズタワーに放火したのは、こいつではないのかと。

 そう思うと、追わずにはいられなかった。

 人影が走り出す。

 慌てて、その後を追いかける十文字だった。

 

 その人影を追って2キロほど来た時。

 追っていた人影が突然止まった。

「何か用でしょうか?」

 人影が言う。

 十文字には、その声に聞き覚えがあった。

「まさか……お前は……」

「ええ。俺ですよ。十文字先輩」

 すると、人影がヘルメットをとった。

 そこにいたのは、十文字の2歳年下の後輩・大黒竜也であった。

 十文字が竜也を凄まじい怒りを込めて睨みつける。

「大黒……ひとつ聞きたい」

「何でしょうか?」

「横浜ベイヒルズタワーに火をつけたのは、お前か……?」

「ええ。そうですよ」

「……なぜ、そんなことをした? ……大亜連合に寝返ったのか……」

「さあ……なぜでしょうね……」

「貴様ッ!」

 十文字が『ファランクス』を発動させようとした。

 ところが、竜也は笑いながら言う。

「十文字先輩。『ファランクス』を発動させるつもりなら、やめておいたほうがいいですよ。あなたがそれを発動させるより前に、後ろにいるリーナがあなたを貫くと思いますから」

 咄嗟に、十文字が背後を見つめた。

 自分の背後には、大黒竜也と同じ戦闘スーツに身を包んだアンジェリーナ=クドウ=シールズがいたのである。しかも、十文字に自動拳銃の照準を向けて。

「…………ッ」

 十文字が唇を噛み締める。完全に動きを封じられたからだ。

「十文字先輩……先輩は少し、自信家すぎます。確かに『ファランクス』は大した技ですが、こうなったら使いようがないんです」

「…………」

「魔法とはしょせん、不完全なもの。ちょっと細工を施せば封じ込めることは可能なんです」

「……アンジェリーナ=クドウ=シールズ……」

 十文字が大黒を見つめながら、リーナに言葉を向ける。

「……お前は、こんな恐ろしい男に協力するつもりか……ッ」

 十文字は、この危機を脱するには、リーナを説得するしかないと考えた。説得に応じなくてもいい。自分の言葉に少しでもひるんで、自分に向けている銃の照準が少しでもそれれば、と思っている。

 だが、リーナには全く動揺はない。

 竜也が、笑いながら言う。

「先輩。リーナを口説こうというのなら、無駄なことですよ。リーナは俺がこの世で最も信頼する『相棒』です。俺がリーナを決して裏切らないように、リーナも俺を決して裏切りません」

「……卑怯だぞ……大黒……男なら、正々堂々と勝負しろッ!」

 すると、竜也が呆れたように溜息をついた。

「卑怯? 十文字先輩、あなたはスポーツの試合でもしているつもりですか? これは戦争ですよ。殺らなければ殺られる……ね。俺もリーナも、幾つもの死線を潜り抜けてきましたから、それを知ってます。まあ、あなたみたいに、『十文字』という良家に生まれ、本当の死線を潜り抜けた経験もない『御曹司』には、一生わからないでしょうがね」

 それだけ言うと、竜也は十文字に向けて突進した。右手に「煌めく」それを持って。

 十文字の腹部に、途端に冷たい何かが広がってゆく。

「ぐふ……ッ」

 十文字のうめき声と共に、十文字の瞳孔がゆっくりと開いてゆく。

 十文字が最後の抵抗とばかりに、その両腕で竜也の首を絞めようとする。

 だが、竜也もそれは心得ている。竜也はさらにそれを十文字の腹部に押し込んでゆく。

「が……ッ」

 十文字の腕力が、徐々に弱まってゆく。

 そして、十文字が最後の力を振り絞って言う。

「大黒……お前は……こんなことをして……いったい……何が……目的だ……」

「…………」

「いったい……何が……」

 すると、腹部に刃を押し込んだままの竜也が言う。

「それをあなたが知る必要も、その時間も、残念ながらもうありません」

 それが、十文字が聞いたこの世の最後の言葉だった。

 そして、十文字が力を失い、ゆっくりと背中から地面に崩れ落ちた。

 それを、無表情で見つめる大黒竜也とアンジェリーナ=クドウ=シールズであった。




次回は「敗走と出動」です。


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敗走と出動

 日本軍の敗走が始まった。

 正確に言うと、この時点で敗走しているのは魔法協会支部を守っていた戦線の部隊だけである。つまり、横浜ベイヒルズタワーを守っていた部隊だけが敗走しており、他の戦線すなわち中華街の戦線や桜木駅付近の戦線では一条将輝や一色愛梨、千葉エリカに七草真由美などが大活躍して大亜連合軍を撃破している。

 ただし、それはあくまで自分たちが担当している部隊に関してのみ相手をしている場合だった。

 支部戦線で勝利した大亜連合軍はフリーになった。つまり、この部隊は他の戦線への援護に向かう事ができるのである。

 しかも、支部戦線で勝利した大亜連合軍は主力部隊である。兵力でも強さの上でも他の戦線で戦っている部隊より遥かに上である。

 おまけに、この主力部隊には呂剛虎がいるし、さらに言えば支部戦線が崩壊して敗走した事が情報として日本軍や大亜連合軍に知れ渡り、既に影響が出始めていた。

「今少し耐えろ。今少し耐えれば、味方が援軍にやって来るぞッ」

 と、大亜連合軍はいきり立つし、

「もう無理だッ。ここに留まれば皆殺しにされるッ。横浜から逃げろッ。逃げるんだッ!」

 と、日本軍は敗走を始める。

 一条や七草が留まるように檄を飛ばしても効果は無い。

 もともと、他の戦線でも数で圧倒的に劣る日本軍が押せれていたのは、あくまで将輝やエリカのような戦闘力が異常に秀でていた面子がいたからである。ただし、それらはあくまで一条やエリカに言えるだけのことで、他の奴らは少しでも押されれば逃げ出すくらいの強さしかないのだ。

 また、十文字が行方不明になってしまったことも、日本軍の士気に悪影響を与えていた。

「十文字の総領が行方不明だと?」

「逃げ出したというのか……」

「わからん……」

 十文字がもし生きて指揮をとっていたら、仮に支部戦線で日本軍が崩壊してもこれだけ無様な敗走にはならなかったかもしれないし、他の戦線で盛り返すこともできたかもしれない。

 だが、十文字はもういない。

 それが、日本軍の敗走と敗北を決定的なものとしたのであった。

 

 司波深雪はひとり奮戦していた。

 だが、もともと魔装大隊は二個中隊規模、すなわち50人程度しかいない。しかも、腕のたつ魔法師というと、深雪に柳連くらいなのだ。

 これでは、余りに差があり過ぎた。

 どんなに頑張っても頑張っても、敵は次々と湧いてくるように出て来る。

 しかも、各戦線の崩壊と、十文字克人の行方不明などが知らされる。

 深雪は悔しかった。

 だが、最早どんなに頑張ってもどうにもならない。

「深雪さま。ここは引きましょう」

 桜井水波の言葉を聞いて、深雪も撤退を始めたのである。

 

 さて、そうなると問題は地下シェルターに逃げている面々である。

 これらは逃げようがない。というのも、出入り口が既に破壊されているからだ。

 かといって、既に横浜の地上は大亜連合軍に占領されてしまっている。

 地上にいた者たちはまだ幸せだった。七草や北山のヘリなどの支援もあり、何とか逃げる事ができたからだ。

 だが、地下シェルターにいる者はそうはいかない。しかもシェルターの中には女子供や病人だっている。

 そのため、七草真由美や渡辺摩利などはすぐに助けに行くと言い出したが、

「どうやって助けに行くつもりだ?」

 千葉家の長男・寿和が尋ねる。助けたくても、出入り口が塞がれている。これを助けるには通路の確保から始めないといけないが、敵がそんな余裕を与えてくれるはずがない。

 かといって、他の方法は横浜を取り返して敵軍を追い返すことであるが、これも既に不可能な状況である。

「じゃあ、義兄さんはこのまま私たちの後輩を見捨てろと言うんですかッ!」

 摩利は寿和の実弟・修次と恋仲にあり、既に千葉一族からも認められた関係にある。そのため、長男を義兄と呼んでいるのだ。

「やむを得ないだろう……俺たちが抵抗したところで、さらに被害を増やすだけだ……」

「でも……ッ!」

 その時、真由美や摩利は、悔しさの余り握りしめた拳から血が出て身体を震わしている寿和を見た。彼とて、助けれるものなら助けたいのだ。

 だが、それはできない。そんなことをすればますます被害を増やすだけだからだ。

「許してくれ……」

 寿和は、自分の無力を呪った。

 真由美や摩利も悔しさの余り、涙を流した。

 だが、どうすることもできない。

 こうして、真由美たちも撤退したのであった。

 

 その頃、東京の政府の下に、その報告が届けられていた。

「横浜が大亜連合軍に占領されただとッ!」

 これは、政治家たちを驚かすには十分な報告だった。東京から横浜の距離は数えるほどしかない。つまり、喉元に刃を突き付けられたも同然なのだ。

 しかも、東京には彼らの家族もいる。彼らの保身、ひいては家族の保身に勝るものなどない。

「すぐに各地から軍を招集しろッ。魔法師にも召集をかけろッ。勿論、十師族にも出動命令を出せッ。横浜を奪い返すぞッ!」

 こうして、横浜奪回作戦が始まろうとしていた。

 

 同じ頃。

 大黒竜也とアンジェリーナ=クドウ=シールズは、横浜のとある場所にいた。

「嫌な思いをさせたな。すまない」

 竜也がリーナに謝る。

「何のこと?」

「十文字を始末するのに協力させたことだ。……嫌な思いをさせたな……」

 すると、リーナが竜也の頬を叩いた。

「あのね。前にも言ったでしょ。あんたと一緒なら、どんなことにも耐えてみせるって!」

「……ああ、そうだったな……すまない……お前は本当に、最高の相棒だよ」

 竜也がリーナを抱きしめる。

 そして、リーナが竜也と離れてから言う。

「それより、先ほど光宣から連絡があったわ。例の件のことだけど、説得に成功したみたいよ」

「そうか」

「それともう一つ、日本政府は横浜を取り戻すために軍を東京に集めているみたい。十師族にも招集命令が出ているらしいわ」

「そうか……。どうやら、うまくいきそうだな」

「ええ……いよいよね……」

 竜也とリーナが頷く。

 そんな二人が、再び動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回は「実行」です。


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実行

 東京に、軍隊が、魔法師が集結していた。

 理由はただひとつ。

 大亜連合軍に奪われた横浜を奪回するためである。

 そしてその中に、四葉家現当主にして、「極東の魔王」「夜の女王」の異名を持つ四葉真夜もいた。

「それにしても、こんなに魔法師や軍隊を集める必要なのかしらね?」

「さあ……確かに、真夜さまの仰る通り、少し過剰に集め過ぎだとも思いますが……」

 答えるのは最側近の葉山忠教である。

 そこに、20歳代後半の女性がやって来る。

「真夜さま。お久しぶりです」

「あら……温子さん。お久しぶりね」

「はい。勝成さんもお久しぶりです」

 と、葉山の後ろにいた四葉の分家の一族である新発田勝成に挨拶する。

 六塚温子。十師族のひとつである六塚家の現当主で、年は27になる。真夜より18歳年下だが、真夜に憧れを抱いているところがあり、四葉とそれ以外で議論が割れた時には、真夜の側に付くことが多い。新発田勝成は六塚家がある宮城県の仙台の第五高校に通っていたこともあって面識がある。

 つまり、秘密主義で恐れられている四葉家と親しくしている数少ない一人なのだ。

「貴女もここに来ているという事は……今回、政府は出し惜しみの無い本気で行くつもりというわけね」

「そうだろうと思います。ただ、一条家はそのまま石川に留まるように指示されているようです」

「新ソ連に何か動きがあるのかしらね」

 真夜が尋ねると、

「いいえ。どうやら大亜連合軍がさらに援軍を送るようだと情報が入っています。まだ噂の段階ですが、かの「震天将軍」が出て来るようだという情報もあります」

「そう……」

 真夜の顔がさらに真剣になる。

 真夜は大亜には恨みがある。かつて12歳の時、崑崙方院に誘拐されて女性としての幸せを失う苦しみを味わったことがある。その崑崙方院も真夜の父・元造の報復により壊滅したが、生き残りは大亜で今もぬくぬくと生き延びている。

 真夜にとって、大亜は生涯の敵なのであった。

 だからこそ、普段は政府の命令に応じない真夜が、今回は勝成に黒羽文弥、津久葉夕歌ら一族の主だった者を集めて、招集命令に応じたのである。

 目的は勿論、大亜連合軍の壊滅であった。

 

 横浜から逃げ出した民間人や魔法師、兵士をまとめていたのは風間玄信である。

 彼は厚木市まで後退して負傷者の収容や救助にあたりながら、政府に支援を要請していた。

 勿論、ここには横浜から戦線離脱した司波深雪、桜井水波、一条将輝、一色愛梨らもいる。

 そしてここに、早速東京に集結した大軍が集まることになった。

 この時、総指揮は佐伯広海が担当する事になった。

「敵は800程度ですが古式魔法を使ったりするなど油断はできません。また、地下シェルターには多数の民間人が避難しているという情報もあり、まずはこれを救出する必要があります」

 佐伯が、作戦を説明するために集めた主だった将校や魔法師を前にして発言する。

 そして、作戦が発表されようとしたときだった。

 真夜の下に、慌てて執事の葉山がやって来る。

 葉山はあくまで執事であるから、この場には同席できないはずである。だが、顔には珍しく焦りがあった。

 葉山が真夜に耳打ちする。

 最初は、平然としながら聞いていた真夜の顔が、途端に険しくなってゆく。

 そして聞き終えたとき、真夜がいきなり立ち上がった。

「すぐに、文弥さんを呼びなさいッ!」

 いつもは冷静沈着な真夜が、この時は顔を真っ赤にして叫んでいた。

 そして、作戦会議中であるにも関わらず、佐伯の許しを得る事も無く、部屋から出ていく真夜であった。

 

「御当主さま、御用でしょうか?」

 黒羽文弥が、真夜の下にやって来る。

 この場は、真夜と文弥と葉山だけである。他の者は真夜の命令でその場から離れていた。

「しらじらしいわね……文弥さん」

「え?」

 すると、文弥の周りがいきなり「夜」に包まれた。それは紛れもなく真夜が発動した魔法・流星群(ミーティア・ライン)である。文弥にはわけがわからない。が、これにとらわれたなら、最早逃げられない。大黒竜也の術式解散(グラム・ディスパージョン)を除いては。

 だが、その夜に星が輝く前に、真夜は流星群をキャンセルした。

 文弥には訳が分からないが、とにかく自分の命は助かったのである。そして、当主を睨みつけて言う。

「御当主さま、これは何の真似ですッ!」

「何の真似……貴方、どうやら本当に知らないようね……貴方は亜夜子の件とは無関係なの?」

「……姉さんの件……?」

 文弥には真夜の言っている意味がわからなかった。

 そしてこの時、初めて気づいた。真夜はこれまで、姉を役立たずと蔑んではいても、少なくとも人前では「さん」を付けて呼んでいる。なのに、今は呼び捨てにしている。

「いったい……どういうことですか……? 御当主さま……」

 すると、真夜が文弥を睨みつけて言う。

「あのできそこないの小娘が、屋敷で療養していた姉さんの身柄を奪って行方をくらませたという連絡が入ったわ。四葉本邸は焼かれ、留守を守っていた魔法師は殺されるか手傷を負ったという連絡がねッ!」

 その真夜の言葉を理解するのに、弟の文弥には時間が必要だった。

 弟は本当に何も知らないからだ。

 だが、ようやく理解した。

 姉が、四葉を裏切って反乱を起こし、司波こと四葉深夜の身柄を奪って行方をくらませたということを。




次回は「実行 その2」です。


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実行 その2

 ここで、時間を2095年の10月29日。場所は横浜ベイヒルズタワーの最上階レストランに戻させて頂きたい。

 大黒竜也、アンジェリーナ=クドウ=シールズ、そして九島光宣の3人がテーブルを囲んでいる時まで。

 …………。

「これから言うことを、よく聞いてもらいたい」

「はい」

「四葉の本邸にいる母・司波深夜を助け出す。そのために、この女を口説いて味方にするんだ」

 竜也が紙媒体の資料をどこからともなく取り出して、それを光宣に渡す。

 ちなみに光宣は竜也の本当の正体を少し前に聞かされている。自分が今回やることは、一つ間違えれば危険な仕事である。その仕事に加わる覚悟があるかどうか、光宣を試したのである。勿論、光宣を信頼しているから自らの正体を話したのもあるが。

 光宣がその資料の全てに目を通す。

「彼女は?」

「俺の再従妹・黒羽亜夜子だ」

「達也さんの……」

「ああ。そして、俺と同じように、四葉から蔑まれている女だ」

「…………」

 光宣とリーナが顔を見合わせる。

 達也はそんな二人を尻目に、グラスの液体を口に入れてゆく。

「彼女を口説いて味方につけろ。そして、母上を救い出せ」

「……失礼ですが、彼女が口説けると思いますか? 僕は彼女と面識がないんですよ」

「その可能性があるから言ってるんだ。彼女はあの年増……四葉真夜からかなり陰惨な扱いを受けているそうだ……四葉一族からも深雪をはじめ、彼女を蔑む者は少なくない。彼女の心は今、闇の中にあるわけだ」

「…………」

「俺も同じ思いをしてきただけに、彼女の気持ちはよくわかる……そして、そういう人間は、外部に助けを明かりを求めるものなんだ……」

「……しかし、達也さん」

「ん?」

「彼女を味方にする必要はあるんですか?」

「どういうことだ?」

「深夜さまを助け、四葉家を潰すなら、達也さんと僕とリーナでやれるんじゃないか、ってことですよ」

「…………」

「四葉家で恐ろしいのは、現当主の真夜だけです。しかし、その真夜の流星群(ミーティア・ライン)は達也さんの能力の前には無力です。他の四葉家の一族は、我々から見たら大したことはないはず……それなら、今すぐにでも攻撃をかければやれるんじゃないですか?」

 すると、達也が右手にしていたグラスを机に置いてから言う。

「光宣……確かに、それは可能だ……四葉を潰すだけならな」

「…………」

「だが、母の身柄はあっちが握ってるんだ。もしあの年増が俺が復讐にやってきたことを知れば、間違いなく母上は人質にされる。人質にされたら、俺には手の打ちようがない」

「…………」

「だからこそ、まずは母上の救出を第一とする。大亜に横浜を攻めさせ、占領させるのもその布石だ」

「…………」

「大亜が横浜を占領すれば、日本政府は慌てるだろう……何しろ、横浜は東京のすぐ近く。奴らにとっては喉元に刃を突き付けられたようなものだからな。日本にいる軍隊、魔法師を招集して当たろうとするはずだ」

「…………」

「当然、あの年増にも招集命令は下る。あの年増は滅多なことで本邸を動かないが、大亜なら話は別のはずだ。……何しろ、餓鬼の時に相当なことをされた経緯があるからな……」

「……ですが」

「ん?」

「ですが、仮に四葉真夜が招集命令に応じず、本邸に残った場合はどうするんですか?」

「その時はここにいる3人で本邸を襲う。少なくとも、四葉は招集命令に応じて一族の魔法師の大半を東京に送らざるを得なくなるはずだ。当然、本邸の警備は手薄になる。あの年増とわずかな警護なら、何の問題もない」

「…………」

「だがどちらにせよ、母上を救出するには、四葉内部に協力者が不可欠だ。それが彼女というわけだ」

「……彼女は達也さんの血縁ですが、同時に真夜の血縁でもあるわけでしょう? そんな彼女が、四葉を裏切りますかね?」

「それはお前次第だ……光宣……お前の働き次第で俺の運命も決まる……心してかかってほしい」

「わかりました」

「ああ、それから」

 と、達也が懐から一枚のディスクを取り出す。

「これを亜夜子に渡せ。これを渡して見せたなら、彼女は必ず決断するはずだ」

「これの中身は?」

 達也が説明し、光宣が頷く。

「わかりました。難しい任務ですがやってみます」

「頼む」

 達也が、光宣に頭を下げた。

 

 黒羽亜夜子は、自らの目の前にいる美少年に見とれていた。

 亜夜子の好きなタイプではないが、その容姿は驚くほど端正だからだ。

 ちなみに時間は、10月30日の午前7時である。

 この時、双子の片割れである文弥は一緒ではない。光宣は、亜夜子を誘い出すためにある手紙を彼女の部屋に投げ込んだ。

(行方不明になっている貴女の父親の所在を、僕は知っている。教えてほしいなら、これから指定する場所にひとりで来てもらいたい)

 勿論、こんな怪しい文面に亜夜子は最初は罠を疑った。

 だが、父の行方が杳として知れないのは事実である。父の行方を知るには雲をつかむような話でも、飛び掛からないといけない。

 そのため、密かに弟に相談しようかと思った。だが、手紙の文面には一人で来い、とある。

 もし一人で来ないなら、相手は自分と会おうとしないかもしれない。

(姉として、私は弟を助けたい)

 弟が、必死になって父の行方を捜しているのを姉は知っている。それの手助けになるかもしれない。

(罠の可能性もある……だけど、私は黒羽の出来損ない……仮に捕らえられても、人質としての価値は無い……)

(父の行方を知るのが、まずは第一)

 そして、亜夜子は決断し、弟にも秘密にして指定された場所に行った。

 そこは、茶室であった。

 亜夜子は躙口という高さ、幅が二尺ほどしかない小さな入口から身をかがめて入った。

 そして中にいたのが、九島光宣だったのである。

 

「貴方が、私を呼び出した人かしら?」

 亜夜子の説明に、光宣が人のよさそうな笑みを見せながら言う。

「ええ。工藤光宣といいます」

「くどう……」

 その苗字を聞いて、亜夜子の顔色がわずかに変わる。そして、それを光宣は見逃さない。

「まさかと思うけど、貴方、九島家の方かしら?」

「さあ……どうでしょうかね」

「私の知っている限りでは、貴方のような人があの一族にいるとは聞いたことが無いので」

「ははは……そうですか」

 それはそうだろうと光宣は思った。光宣は末の子である。当然、上の兄や姉がいる。しかも、病弱が治っているとはいえ、その高い資質から兄や姉に嫉まれて疎まれている。だから、一族の表舞台にはほとんど姿を見せていない。

 祖父の烈にしても、まだ光宣は現時点で若すぎると思っている。いずれ表舞台に立たせて真言の後継者にしようとは考えているが、ひとつ間違えればそれは一族の争いを引き起こしかねない。だから、今はまだ光宣を表舞台に立たせていないのだ。

 それはさておき。

「どうやら、貴女は私が思っていた以上に、頭の切れる女性のようですね……いやいや、四葉家から出来損ないとして蔑まれているとお聞きしていたから、どんな女性かと思いましたが、聞くと見るでは大違いですよ」

「……無駄話はいいわ。それで、私が聞きたいのは手紙にあったように、私の父・黒羽貢の行方よ。知っていることを教えてほしいのだけど」

「まあまあ、まずは一服、どうぞ」

 と、光宣が茶を入れた茶器を差し出す。

 それがまた光宣のような容姿端麗な美少年だと様になっている。亜夜子は女性として微かに見とれながら、それを受け取る。しかし、飲もうとしない。

「どうして飲まないんですか?」

「…………」

「ああ……ひょっとして、僕がお茶に何か入れているとでも思ってるんですか?」

「…………」

 亜夜子は答えない。光宣は逆に笑みを見せる。

「何も入れてませんよ……ですがまあ、飲まないと言われるならそれでも結構です」

「……要件に入ってほしいのだけど」

 すると、

「残念ながら、黒羽貢さんの行方を私は知りませんよ」

「ッ!」

 亜夜子が立ち上がる。

 そんな彼女を光宣は笑みを見せながら見つめている。

「……私を、騙したの?……」

「まあ、そうとも言いますが、要件が無いわけでもありませんよ」

「……どういうこと……?」

「まあまあ、まずはお座りください」

 そう言われて、やむなく亜夜子は腰を下ろした。

 光宣が言う。

「司波達也……ご記憶にありますか?」

「!」

 亜夜子が驚く。勿論、記憶にある。5歳の頃まで面識のある、自分の1歳上の再従兄である。そして、自分を蔑む次期当主候補・司波深雪の兄。

「彼から、私は依頼を受けました……貴女を味方にしろとね」

「……どういうこと……? 達也兄さんは、生きているの?」

「ええ。生きていますよ」

「!」

 亜夜子が驚く。そして、それと同時にそれを喜ぶ気持ちに溢れた。

 亜夜子が達也と暮らしたのは5歳までの頃だが、その頃から亜夜子には達也に再従兄を超えた感情を抱いていた。同じように一族から蔑まれて罵られた境遇で、仲間意識あるいはそれ以上の思いが少なくとも彼女には溢れていたのである。

 達也が死んだと聞いたときには、子供心に涙を流した。そして、次は自分の番かと恐怖もした。

 だが、亜夜子は父と弟がついていた。それが達也との違いだった。

 しかしそのために、一族からつらい仕打ちをいつも受けてきた。そして、その黒い感情が彼女の心に積りに積るようになっていた。

「……私を味方にするとは、どういうことかしら?」

「簡単なことです。達也さんは、四葉家に復讐しようとしています。貴女にはそれを協力して欲しいというわけですよ……同じ立場にある人間としてね」

「…………」

 亜夜子は光宣の顔を見つめる。

 簡単に結論を出せるわけがない。

 応じれば、それは明らかに四葉本家に対する反逆となる。つまり、世界最強の魔法師と称される真夜を敵に回すことになる。

 自分の命がかかっているのだ。だから、ためらっても当然だった。

「言っておきますが、協力といっても、貴女に四葉真夜を倒してほしいとは言いません。それは達也さんがやります。貴女にやってほしいのは、別のことです」

 そして、光宣が横浜でのこと、達也のこと、それに伴って深夜の身柄を確保するように動くことなどを説明してゆく。

 亜夜子は、それを黙って聞いていた。

「どうですか? 協力してもらえますかね?」

 光宣の言葉に、亜夜子が首を振る。

「私も甘く見られたものね……私は四葉の一族よ。その私が、こんな計画に乗ると思ったの?」

「……では、貴女はこれからも四葉の狗として生きていく道を選ぶというわけですね……せっかく、立ち上がれる機会をふいにして」

「…………」

 そして、光宣が自分の入れた茶を自分でゆっくりと飲み、その茶器を自分の左隣に置く。

「……貴女の気持ちはよくわかりますよ僕は。……僕も、達也さんに会うまでは、貴女と同じ、一族に蔑まれる立場にいましたから」

 そして、光宣は達也に出会ってからの自分の変化や成長を語ってゆく。

 亜夜子の目に、明らかな動揺が広がりだした。

「……達也さんは言ってました。魔法師に、出来損ないなんていない。違いがあるとしたらそれぞれの短所と長所の違いだけだと。そして四葉は、その長所を生かそうとしない、人を見る目のない家だとね」

「…………」

「そうだ……達也さんから、貴女へ贈り物があるそうです」

 そして、達也から受け取ったディスクを取り出す。

 亜夜子が受け取る。

「これは?」

「貴女の進むべき道を、達也さんなりに示したそうです。まあ、中身をご覧ください」

 そして、亜夜子が中身を見る。

 そこには、10年前から大きく成長している再従兄がいた。あの時より凛々しい顔つきで、目は鷹のように鋭いが、どことなくやさしさを感じさせるところがある再従兄が。

 そして、達也は進むべき道を示した。

 『極致拡散』。

 これは収束系の系統魔法で、 指定領域内における任意の気体、液体、物理的なエネルギーの分布を平均化し、識別できなくする。 達也は「分解」と事象改変の方向性が似ているため、亜夜子の魔法特性を理解していたのだ。

 亜夜子は、達也の説明をじっと聞き入っている。

 そして、聞き終わった。その時の彼女の目は、どことなく希望に満ち溢れた明るい目をしていた。先ほどまでの世をどことなく拗ねたような目つきではない。

 亜夜子はこれを機に、魔法師としての地位を確固としたものとしていくことになるが、それはもう少し先のことである。

「……協力するわ……」

 亜夜子が、光宣に対してそう答えたのは、10月30日の夕方を迎える頃であった。

 

 そして、横浜が大亜連合軍に占領され、日本政府の招集に応じて四葉家は東京に向かった。

 この時、相変わらず真夜に嫌われている亜夜子は本邸の留守番を任された。

 そして、その日の深夜。

 亜夜子は光宣と共に行動を起こした。

 光宣は実力ではリーナと並ぶ魔法師である。しかも、四葉の主力ともいえる魔法師はほとんどいない状況である。

 残りのメンバーでは話にならなかった。

 留守を任されていた少数の魔法師はあっけなく蹴散らされ、亜夜子と光宣は深夜の身柄を確保した。

 そして、そのまま行方をくらましたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は「運命の時」です。


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運命の時

 達也は、その報告に喜んでいた。

「達也さん。深夜さまは無事に助け出しました」

 光宣のその声に、達也は喜びを隠さず笑顔を浮かべた。普段は表情をほとんど表に表さない達也が珍しい、と隣にいるリーナですら思ったほどだ。

「よし。なら光宣。すぐに母上を九島家とつながりのある病院に送って治療しろ。閣下とは既に話はつけてある」

「わかりました……それから、彼女はどうしますか?」

 光宣が言うのは、黒羽亜夜子のことである。

「保護してやれ。四葉に逆らうという生命に関わる行為、ましてや弟がいるにも関わらず協力してくれたんだ。四葉の追跡がかからないように保護してやれ」

「わかりました」

 そして、光宣との連絡を終了する。

 リーナが言う。

「遂に、ここまで来たのね……達也」

「ああ……やることの半分はこれで達成した……残りのもう半分を始めるぞ」

 そして、達也とリーナが動き出した。

 

 横浜が占領されると、大亜連合軍は地下シェルターに避難していた日本の魔法師や市民の確保に向かった。これらを捕縛して取引材料にしようと考えたからである。

 ところがであった。

「なんだと? 地下シェルターの入口が破壊されているだと?」

「はい。地上戦の時にどうやら倒壊したようで……通路も瓦礫で埋もれており、これらを取り除くとなると数時間は要します」

「数時間か……言っておくが、日本の援軍が来る前に確保する必要がある。確保が無理なら……わかっているな」

「承知いたしました」

 そして、すぐに入口と通路の確保をするための作業が始められた。

 だが、その時である。

「う、うわああああああッ!」

 と、瓦礫を運んでいた男が尻餅をついて悲鳴を挙げた。

「どうしたッ!?」

「な、仲間が消えた……」

「なに?」

「だから、俺の隣にいた仲間が突然、消えたんだよッ!」

「何を馬鹿なことを言っている。すぐに作業を再開……」

 ところが、

「ひええええッ!」

 と、同じように悲鳴を挙げながら尻餅をついた兵士たち。

「どうしたッ?」

「お、俺の隣にいた奴も消えた……」

「なん……だと……」

 そして、作業をしていた大亜の兵士は、次々と消されたのである。

 

 言うまでもなく、それは達也が使うミスト・ディスパージョンだった。

 達也はそれを、あるビルの最上階から次々と行使していたのである。

 達也の目的は、あくまで四葉真夜である。

 そのため、できれば他の人間。特に第一高校の同級生や上級生がいるシェルターは何が何でも守るつもりだった。

 

 大亜連合軍は、すぐに原因の調査に入った。

 何しろ、大切な仲間が次々と消されているのだから。

 そして、現場に行ってすぐに気づいたのは呂剛虎である。

「この気配は……!?」

 呂剛虎は、その巨体からは信じられないほど身軽にジャンプして、そしてビルの側面を利用して屋上目指して上ってゆく。

 そして最上階に来た時。

 戦闘スーツにヘルメットをした男・司波達也が、そこにいた。

「何者だ……?」

「名乗る必要はない。呂剛虎……お前はここで死ぬんだからな」

 そして、達也が動いた。

 呂が身構える。

 が、達也の速さは呂の予測を遥かに超えていた。

「ッ!」

 達也がいつの間にか、呂の懐に潜り込んでいた。

 だが、呂には「鋼気功」がある。これがある限りは無敵だと思っていた。

 ところが、

「ッ!」

 呂には何があったのかわからなかった。

 自分の鋼気功が消されている。

 信じられない思いだった。解除したはずはないのに。

 そして、次の瞬間。

 呂の意識は永遠に停止した。

 その腹部には、達也の右手が深々と突き刺さり、それが背中を突き抜けている。

 血が溢れ出た。

 が、それも呂の意識が無くなると同時に鼓動も停止し、出血も停止する。

 達也はそのまま、呂の死体を地上に向けて投げ捨てた。

 それを見た大亜連合軍の兵士が悲鳴を挙げて逃げて行ったのは言うまでもなかった。

 

 そんな中で、日本軍が横浜に到着したのである。

 この時、日本軍はシェルターに避難した市民や魔法師を助ける部隊と、大亜連合軍の軍隊にぶつかる2隊に分けられている。

 勿論、そうなると敵軍にあたるほうが主力となるから、こちらには四葉真夜をはじめとする四葉一族に一条将輝、一色愛梨、司波深雪、七草真由美に魔装大隊も加わっている。

 これを、達也は待っていたのである。

(来たな年増……これで、お前は終わりだ……)

 達也がシルバー・ホーンを、自分の叔母にして宿敵であるその女に向けた。

(これで、全てが終わる)

 そう思っていた。

 ところが、

「ッ!」

 達也はその瞬間、引き金を引けなかった。

 真夜が、達也のいる方向に向けて突然、冷たい笑みを見せたからである。まるで、何かを含んだような笑みを。

「…………」

(気づかれたのか……いや、そんなはずはない)

 達也と真夜の距離はこの時、1キロは離れている。達也のようにエレメンタルサイトを持っているならまだしも、肉眼でわかる距離ではない。

 だが、達也に悪寒がした。

 こんな悪寒を感じたのは、6歳の時以来である。

 達也は首を左右に振り、迷いを振り払う。

 そして再び、狙う標的にシルバー・ホーンを向けた。

 その時だった。

「達也ッ!」

 やって来たのは、リーナだった。

「リーナ、なぜここに来た? お前には日本軍と大亜軍の背後を徹底的にかき回せと言っておいたはずだ」

 この時、達也はリーナに日本・大亜両軍に対する破壊工作を命じていたのである。

 そして、達也が気づいた。

 リーナの顔色が真っ青になっているということに。

「……何があった?」

 達也が尋ねる。リーナが、小さな声で説明を始める。

 説明が終わったとき。

「なんだと……ッ!」

 達也の身体が、ブルブルと怒りに震えていたのであった。




次回は「反乱」です。


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反乱

 ベンジャミン・カノープス。スターズの第一部隊隊長を務める軍人で、階級は少佐。

 総隊長の大黒竜也と副隊長のリーナが国外にいるため、事実上スターズの全権を預けられている最高責任者である。年齢は40歳前後。

 その男が今、本来なら竜也が座るべき椅子に腰を下ろしていた。

 …………「総隊長」として…………。

 

 大黒竜也。頭もいいし腕も立つ。何でもやらせればすぐにやり遂げてしまうまさに完璧超人ともいうべき男である。

 それだけにリーナやシルヴィアのように竜也を慕う者もいれば、それを妬み憎む者だっている。

 カノープスはどちらかといえば、竜也を憎む男だった。

 ……理由がある。

 竜也とリーナがスターズに入隊するためにテストを受ける時だった。

 前総隊長のウィリアム・シリウスが死去し、当時は新しい総隊長に誰がなるかで紛糾していた。

 当然、最有力候補がカノープスだった。年齢的にも脂がのったところだし、経験や実力も申し分ない。しかも、彼は大統領次席補佐官のケイン・ロウズとは血縁関係にあり、政治家にもパイプがある。

 そのため、次期総隊長はカノープスでまとまりかけていた。

 そんな時に、竜也とリーナの試験が始まった。これは日本の十師族・九島烈の推薦によるものだった。

 九島烈は長年、日本で軍人として活動している。そのため、USNAの軍人にも幅広い人脈がある。

 しかも、竜也もリーナも戦略級魔法が使えるという。USNAにとって二人は、喉から手が出るほどほしい人材だった。

 だが、まだ12歳。余りに幼すぎる。そのため、総隊長は無理だろうという意見も少なくなかった。

 そんな中で、竜也が言う。

「この隊で最も強い奴。俺と模擬戦をしろ。もし俺が負けたら、俺は隊の一兵卒として働いてやる。俺が勝ったら、俺が総隊長の椅子をもらう」

 まさに挑戦的だった。

 そんな竜也の傲岸な態度を見て「たかが10歳そこそこのガキが」「東洋の山猿が」と不機嫌な顔をする者も少なくなかった。

 だが、そこまで言われるとさすがに黙ってはいられない。

 実は既に竜也とリーナは入隊試験における筆記試験で驚異的な結果を出していた。特に竜也は魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点という前代未聞の高得点で、USNAの技術者がこの論文を12歳の少年が書いたという事実を信じられないと驚愕するほどだった。

「……俺が相手になろう」

 立ち上がったのは、カノープスだった。

「……あんたは?」

「スターズの第一部隊隊長を務めるベンジャミン・カノープスだ」

「ほう……つまり、スターズのナンバー2ってところか?」

「そうだ」

「いいだろう」

 竜也がカノープスの前まで出てくる。

 そして、出てくると突然、地面にペンで円を描きだした。

 周りが訝しがる。

 そして円を描き終わると、竜也はペンをリーナに向けて放り投げ、リーナがそれを受け取る。

 それを見た竜也は、円の中に入って言う。

「模擬戦のルールに変更を求めたい」

「変更だと?」

「ああ。勝敗は相手を降参させるか気絶させること。それ以外は何をしてもいいルールだ」

「…………」

 その提案に、周りの隊員が驚く。

 カノープスは、目の前にいる自分の娘とそれほど年齢の変わらない少年を見つめた。

「……俺に勝てると思っているのか? 少年……」

「ああ。この円から出ずに勝ってやる。もし俺が負けたら、俺は一生、スターズの一兵卒で働いてやる」

「……後悔するなよ……クソガキがッ! 世の中の厳しさって奴をその腐った性根に叩き込んでやるッ!」

 そして、勝負が始まった。

 

 カノープスは、最初から手加減するつもりはなかった。

 分子ディバイダーを最大出力で発動する。そしてそれを振り下ろそうとした。

 カノープスは殺す気はない。というより、これだけの威力の分子ディバイダーを振り下ろせば、目の前にいるガキは避けようとして円から出る。それで終わらせるつもりだったのだ。

 ところがである。

「ッ!」

 分子ディバイダーが、突然解体された。

 その光景に、誰もが驚く。

 カノープスの前には、拳銃型CADを構えた竜也が立っている。言うまでもなく、竜也の術式解体である。

「その程度か……?」

 竜也が、シルバー・ホーンを分子ディバイダーを消されて呆然としているカノープスに向けた。

 そして発動する。

 カノープスの両足に穴が開いた。血が噴き出る。

 カノープスには何があったのかわからない。だが、痛みと出血で立てなくなって苦痛の声をあげながら倒れる。

 そして、勝負は決したのである。

 竜也が言う。

「スターズのナンバー2というから、少しは期待していたんだが、こんなもんか」

「…………ッ」

 カノープスは悔しがる。竜也が続ける。

「言っとくが、この程度で負けるようじゃ、俺どころかそこにいるリーナにだって勝てないぜ。もっと鍛錬することだな」

「…………」

 この時の竜也のまるでゴミを見るような眼。それが後に、カノープスに「それ」を決断させるきっかけになろうとは、さすがの竜也もこの時は思っていなかったのである。

 

 こうして竜也は総隊長に、リーナは副隊長に就任した。

 はじめは腕がたっても隊をまとめられるような統率力などない。そう思って周りの隊員は竜也を侮っていた。

 だが、竜也は就任からわずか1か月で隊員の心をつかんだ。

 竜也は事務処理が速い。総隊長にもなると決済を求められる仕事が多いが、彼はそれをわずかな時間で次々と処理してしまう。

 某国の要人暗殺の指令が下された時、竜也はそれを自らやり遂げた。

 魔法技術開発で貢献し、スターズ専用の武器や戦闘服を開発するに至った。

 こうして持ち前の実力で、竜也は次々と隊員の信頼を得ていった。

 ただし竜也にも問題があった。竜也は自分を信頼して求めてくるものには優しく接するが、自分を蔑んだり侮る者はとことん厳しく接する。

 カノープスに限らず、この若さで総隊長になった彼に嫉妬する者、憎む者は少なくない。ましてや竜也は生粋の日本人であるため、アメリカ人である彼らは屈辱を感じることも少なくなかった。

 そのため、スターズはいつしか、竜也を信頼して慕ってついていくものと、それを妬み憎むものに分かれてしまった。

 幸い、USNAにはバランス大佐がいた。彼女は竜也の良き理解者として重しをきかせ、スターズは分裂することなくこれまで何とかやってこれた。

 だが、何か一石を投じれば、それは保てなくなる可能性もあった。

 そして、その一石が投じられたのである。

 …………日本からの一石で…………。




次回は「その一石」です。


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その一石

 大黒竜也とリーナが任務により日本に赴くことになった際、カノープスはその留守を任されることになった。竜也とカノープスは仲が良くないが、実はリーナとカノープスは仲がいい。リーナが愛称の「ベン」で呼ぶほどの仲で、カノープスもリーナを自分の娘のように可愛がっていた。そのため、リーナが常に竜也とカノープスの仲を支えていたのである。

 竜也にしてもカノープスは好きではないが、かといってそれは私事である。公私を混同するほど竜也は愚かではない。カノープスの実力は認めているつもりだったから、留守の間の職務は任せた。

 そして、その留守中。

 時間にして2095年10月31日であった。

 カノープスの下に、ひとつの連絡が入ったのである。

 

「お久しぶりね。カノープスさん」

「……ええ……お久しぶりです……」

 カノープスは、余り話をしたくない相手だったために、口調がいささか重かった。

「……それで……何の御用ですか……四葉真夜どの……」

 何と、相手は四葉家の現当主・四葉真夜だったのである。

 真夜が言う。

「単刀直入に言うわ。今、貴方のところの隊長さんが日本で潜入任務を行なっているわよね?」

「…………」

 カノープスは答えない。

「その隊長さんが、私の姉を浚い、さらにうちの屋敷に放火までしてくれたわ」

「…………!!」

 カノープスの顔色が変わる。

「これは、スターズが私たち四葉に敵対を明らかにしたととらえさせて頂くことで、よろしいかしら?」

「ま、待ってくれ……それは本当か……?」

「ええ。事実よ」

「証拠は……?」

「ないわ」

「…………」

 カノープスが途端に真夜を睨み付けて言う。

「証拠が無いのに、言いがかりはやめていただきたい。そんな戯言に私は付き合うほど暇じゃない」

 すると、

「あら。証拠はないけど、貴方と長年にわたって情報を交換し続けた証拠なら山ほどあるわよ。それを忘れたの?」

「…………」

 カノープスは実を言うと、以前から四葉と関わりがあった。

 実を言うと、スターズは真夜の姉・深夜の20歳までの過酷な活動を注目しており、既にそれは伝説と化している。その関係から「東洋の魔王」とまで称される真夜にも注目していた。

 どの組織にも言えることだが、健全な組織など存在しない。清濁を併せ持つのが普通で、スターズにしても四葉と情報交換や魔法技術交換を行なったりしていた。この関係は竜也が総隊長に就任する前からずっと続いていた。

 実を言うと、真夜は竜也とリーナが深雪を戦略級魔法師の容疑者・調査対象として潜入してきたことをカノープスから聞かされていた。それで竜也を司波達也と気づけなかったのは、まさか10年前に死んだ子供が生きているとは思わなかったこと、竜也が普通の魔法も平気で使える優秀な魔法師だったこと、10年前と比べて容姿が変わっていたし竜也も警戒して変えていたことなどが挙げられる。

 もし、潜入時点で真夜が達也を気づいていたら、その時点で手を打っていた。だが、気づけなくてこの有様となったのである。

 真夜が言う。

「貴方のところの総隊長に、私と貴方が長年に渡り裏でつながっていたことを知らせたら、果たしてどうなるかしらねえ……」

「……脅す気かッ!?」

 カノープスが怒鳴る。真夜は自らの髪を撫でながら言う。

「さあ……脅しているつもりはないけど。でも、秘密というのはいつ漏れるかわからないから……」

「…………」

「……確か貴方には、年頃の娘さんもいたわねえ……」

「…………!」

「娘さん。貴方が私と裏取引なんかしてると知ったら、あるいはスターズを追われたりしたら、これからどうやって世間と顔向けするのかしらねえ……」

「…………ッ」

 カノープスが拳を握りしめる。そして言う。

「……どうしろと言うんだ?」

「貴方の今の総隊長を更迭して、貴方が総隊長になり、スターズを掌握しなさい。そうね……大黒前隊長は任務中に様々な違法行為を行なったとでも理由をつければいいわ」

「……証拠が無いだろう。証拠が無ければ、そんなのはただのでっち上げに過ぎない!」

「貴方は以前、言ってたわよね? 大黒竜也は日本人で、その傲岸な性格から敵も少なくはないって? その竜也に反発する奴らを集めて反乱を起こしなさい。そうすれば、竜也のいないスターズなど貴方なら簡単に掌握できるはずよ」

「ふざけるなッ。奴の強さは尋常じゃない。あんたは奴の本当の強さを見たことないから言えるんだ。奴に逆らって、もし奴がアメリカに帰ってきたら、どうする気だッ!」

「だから、竜也が動けないようにするための『大切なもの』を抑えたらいいでしょう? あの子は冷徹にふるまってるけど、本当は心の優しい子。『大切なもの』さえ抑えれば、あとはどうにでもなるわよ」

「大切なもの……だと……?」

「ええ……アンジェリーナ゠クドウ゠シールズの家族とかね」

「!」

「あの子は聞くところによると、副隊長の家に預けられて生活していたというじゃない。しかも、副隊長とは同年齢で結構いい仲だとか。あの子の性格からして、見捨てられるとは思えないのよね」

「…………」

「さあ、どうするの? 早く決断してちょうだい。貴方が拒否するなら、私は貴方との数々の繋がりをアメリカ政府や軍上層部、そして竜也に流すわ。承諾するなら、今まで以上に我々は協力し合う仲になるってわけよ」

「…………」

 カノープスは迷った。四葉とのつながりが暴露したら、自分は間違いなく解任の上に逮捕される。いや、下手をすれば隊長の竜也に処分される可能性だってある。竜也はそういうことには非常に厳しいのだ。

 数十分の時間があった。そして、力なく頷いたのである。

 

 カノープスは反乱を起こすに際して、まずは仲間を集めた。

 スターズの第4隊の隊長・ベガがカノープスに賛同したのをはじめ、半数近いスターズの隊員がこれに加わった。

 彼らはまず、保護の名目でリーナの両親の身柄を押さえた。

 さらに大統領次席補佐官のケイン・ロウズを通じて政治家に味方を増やした。

 もともと、竜也もリーナも日本人としての血が流れている上、彼らから見れば小童とも言えるような子供であるため、政治家や軍上層部の多くがカノープスの反乱に理解を示した。

 これを知って驚いたのがバランス大佐である。彼女はすぐに、軍上層部に詰め寄った。

「馬鹿なことは直ちにやめて頂きたい。大黒竜也もアンジェリーナ゠クドウ゠シールズも我が国にとって貴重な戦略級魔法師です。それを我が軍から離反するように追い詰めるなど、正気ですかあなた方はッ!」

 だが、バランスの言葉は聞き入れられなかった。

 それどころか、バランスは服務規定違反のかどにより拘束されてしまった。

 これを知ったシルヴィアは、すぐに日本にいるリーナに事情を知らせた。

 スターズの中にはカノープスに従わなかった半数の隊員がいた。また、軍の中にもこの反乱に同調しない者もいた。

 しかもまずいことに、この反乱に魔法師と非魔法師の争いまで重なった。

 軍が分裂しているのを見て、非魔法師が蜂起したのである。

 USNAは内乱状態になった。

 たったひとりの魔女の策動によって……。




次回は「帰還」です。


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帰還

「なんだと……ッ!」

 リーナからそれを聞かされた達也は、思わずうならずにはいられなかった。

 リーナが言う。

「先ほど、シルヴィから連絡があったわ。ベン……いえ、ベンジャミン・カノープスが反乱を起こしたって。しかも、私の家族を人質にして……」

「…………ッ!」

 愕然とする達也。そして、

(まさか……ッ!)

 そのとき、達也の脳裏にあのとき真夜が笑った顔が浮かんだ。

(まさか、あの年増……ッ!)

 達也はこの時になって、悟ったのである。あの年増にしてやられたのだと。

 リーナが言う。

「どうするの達也?」

「……どうするって……わかりきっている。あの年増を始末して、すぐに本国に戻り、お前の家族を取り戻す。それが……」

「……それは困るねえ……」

 その時、達也でもリーナでもない第三者の声がした。

「ッ!」

 慌てて、二人は今までいた場所から移動する。それまで二人がいた場所に、手裏剣が突き刺さっている。

 そして現れたのは……。

「またお前か……九重八雲ッ!」

「そうだよ。君をアメリカに帰すわけにはいかない。君にはここで死んでもらうよ。僕の弟子の仇としてね……」

 そして、八雲が襲いかかる。しかも、その背後には10人ほどの弟子もいる。

 達也とリーナを巻き込んでの大乱戦が、ここに始まったのである。

 

 その頃、大亜連合軍と日本軍の戦いは、日本軍圧倒的有利に進められていた。

 何しろ、この戦いの前に達也によって大亜のエースである呂剛虎が消されている。

 それで大亜は動揺し、士気が落ちていたのである。そこに、敵が攻め込んできたのだから最初から勝負は見えていた。

 ましてや、日本軍の中には「東洋の魔王」と称される四葉真夜がいる。真夜は一族に自らの護衛をさせながら流星群(ミーティア・ライン)で次々と敵を屠ってゆく。敵兵は、その綺麗な星空を最期に消滅してゆくだけで対抗すらできない。

 敵兵は敗走に敗走を重ね、遂に横浜を放棄した。

 それが2095年11月1日の夕方である。

 

 大亜連合軍は、横浜湾から撤退を始めていた。

 海に逃げてしまえば、ひとまずは難を逃れられると思ったのである。

 実際、大亜連合付属偽造揚陸艦の艦内では、命が助かったとばかりに安堵に満ちた空気が広がっていた。

「やはり日本軍は攻撃してきませんでしたね」

「フン……奴らにそんな度胸があるものか」

 この艦の艦長らしい男が、腹心の言葉に答える。

 別の腹心が言う。

「ヒドラジンの流出を恐れたれたのでは?」

「同じ事だ。今さら環境保護などという偽善に捕らわれているから、みすみす敵の撤退を許すことになる。……覚えておれ。この仮は倍にして……」

 そのとき、艦内に、不意に警報が響き渡り始めたのである。

「な、何事……」

 艦長が言葉を言い終える前に、突然、艦は永遠に動くことはなくなった。

 ……凍り付いたのである……。

 そして、艦内にいた全ての生命も、その命を絶たれていた。

 これが、風間玄信が司波深雪に命じて使わせた戦略級魔法・『フリーズ・バースト』だったのである。

 この戦略級魔法の恐ろしさは、深雪がこれを使えば対象は必ず凍結させられるということである。しかもその範囲は、一つの街など平気で凍らせてしまう以上のものがある。

 そして、この時はヒドラジンの流出を恐れて凍結させたままだったが、実は深雪の意思ひとつで凍らせた対象物を解除することが可能なのだ。つまり、対象物をバラバラにすることができる。

 その威力と規模は、戦略級魔法の中でも最強クラスに入るといっても過言ではなかったのだ。

 

 その頃、達也と八雲の戦いも熾烈を極めていた。

 実力伯仲と言っても過言ではない。

 達也の蹴りを八雲がかわす。お返しとばかりに八雲が手裏剣を飛ばす。

 その手裏剣を達也もかわす。そして、互いに対峙する。

「いい加減しつこいな……八雲……」

「言ったはずだよ竜也くん……君には僕の弟子を殺した報いを受けてもらうってね」

「そうか……なら、お前を殺してその因縁を断ち切るしかないようだな」

 そして、達也が八雲を消すために分解を行使しようとする。が、

「おやおや。僕ばかりに集中していていいのかい? 君の相棒は結構な危機的状況みたいだけど?」

「ッ!」

 慌てて、達也はリーナのほうに振り向く。

 そこには、敵に押されまくっているリーナがいた。

 ただし、それは無理もない。リーナは女性の身で10人も相手に戦っているのだ。

 既に3人までは倒している。が、残りまだ7人もいる。

 そして3人を倒すまでに既にそれなりに傷ついてもいる。

 そもそも、数の差を跳ね返せるのは小説やアニメの世界、あるいは達也のようなチート的能力の持ち主であるからできることで、数の差とは想像以上に大きいのだ。

 相棒の危機に、達也は助けに入ろうとする。が、

「おっと。どこに行く気だい。君の相手は僕だよ」

「くそ……ッ。そこをどけーッ!」

 達也は八雲をかわして、なんとかリーナの助けに入ろうとした。

 そのときだった。

「おい。何の騒ぎだ……そこで何をしているッ!」

 横浜を制圧し終えた日本軍の声だった。

 日本軍が、まだ敵兵がいるかもしれないと横浜の周囲の捜索に回っている。そんなときに、ここの気配をかぎつけたのである。

「ち……せっかくのときに……邪魔が入ったね」

 そして、八雲が達也を睨み付ける。

「今日はここで引かせてもらうよ。だけど覚えておくといい。僕は君を絶対に許さない。君に引導を渡すその日まで、僕は君を狙い続けると……ね……」

「…………」

 そして、八雲が右手を挙げて合図を送る。

 それを機に、弟子たちがリーナから離れて逃走を開始する。

 達也もそれを見て、リーナに近づく。

 リーナは傷ついている。達也が再成能力を行使する。

「……大丈夫か……」

「ええ」

「ここは俺たちも引くぞ……」

「え? ……でも、それだと貴方の目的が……」

「……いい……あの年増を殺る機会はまたきっと来る……それよりも、今はお前の家族を助けに行く時だ……俺の育ての両親を助けにな……」

「達也……」 

 そして、達也とリーナもその場を去った。

 

 のちに、大亜連合軍は10隻近くの大型艦船とその倍に上る駆逐艦・水雷艇などの大艦隊を出撃させて、九州北部、山陰、北陸のいずれかの地域を占領しようと画策した。

 しかしその大艦隊も、対馬要塞にまで出向いた司波深雪が行使した戦略級魔法・『フリーズ・バースト』の前には無力だった。

 敵艦隊がいる鎮海軍港が凍り付く。それはその近くに点在したいくつかの街や村も巻き込むように凍り付かせてゆく。

 その結果、軍港とその近くの街はまるで氷像の芸術ともいうべき光景が広がった。勿論、凍り付いた人間に最早生命の鼓動などない。永遠に凍り付いただけのことだ。

 つまり、見た目は美しいが、そこには明らかに『この世の破滅』が具現化されていたのである。

 後にこの事件は『凍結の悪夢』と称されることになる。




次回は「帰還 その2」です。


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帰還 その2

 ベンジャミン・カノープスの反乱は最初から旗色が悪かった。

 自分が呼びかけたら隊の3分の2は自分に味方すると思っていたのに、蓋を開けてみたら味方したのは半数ほどだった。

 大統領次席補佐官のケイン・ロウズの裏工作で軍のいくらかも味方にしたが、これらはそんなに役に立つとは思えない。

 しかも、カノープスにつかなかった半数は捕らわれたバランスを取り戻すために、バランスを護送していた車を急襲して身柄を奪い返した。

 カノープスは最早なりふり構っていられなくなった。反魔法師団体に協力を求めたのである。

 だがそれも、大黒竜也の帰還で全て台無しになるのだった。

 

 大黒竜也は、リーナと共にUSNAに帰還していた。

「お帰りなさいませ。お待ちしておりました。総隊長どの、副隊長どの」

 空港で軍隊式の敬礼をして迎えるのは、シルヴィア・マーキュリー・ファーストである。

 竜也が言う。

「挨拶はいい。すぐにこれまでの状況を説明しろ」

「わかりました」

 シルヴィアの説明が10分ほど続いた。

「そうか……わかった。なら、ひとまずバランスや味方がいるアジトに向かう。それから、カノープスに味方した隊員にすぐに俺がUSNAに帰還したことを広めろ」

「はい」

「無駄な戦いは、できるだけ避けたいからな……」

 そして、速足で空港の外に歩いていく竜也だった。

 

 カノープスは愕然としていた。

 それもそのはず、大黒竜也が戻ってきたからである。

 カノープスが、目の前にいる男に怒鳴り散らす。

「どういうことだ。私がスターズを完全掌握するまで、大黒竜也は日本に押さえるとそちらの主人と約束したはずだ。その約束があったから私は反乱を起こしたのに、話がまるで違うではないかッ!」

 目の前にいる青年・花菱兵庫はそんなカノープスを冷たい目で見つめている。

 花菱兵庫。四葉家に仕える序列第2位の執事である花菱の長男である。今回は四葉真夜のカノープスへの支援とある命令の遂行を目的に渡米していた。

 兵庫が言う。

「申しわけございません。どうやらその押さえはきかなかったようです」

 まるで平然と答える兵庫。

 それもそのはずである。四葉にとって、この反乱はある目的さえ遂行できれば、別に失敗してもよかったのだ。事実、真夜から兵庫は渡米前に呼び出されて、

「あなたにはある使命を与えます……いいですね? その命令だけは何としても果たしなさい」

「は……では、反乱のほうは?」

「あんなの失敗しても別にいいわ。だいたい、あんな小者程度で今の達也を止められるわけがないからね」

「…………」

 兵庫はこの時、自分が仕える主人の冷徹さを改めて思い知り、背筋が凍る思いをしていた。

 

 達也はカノープスなど問題にしていない。事実、実力では圧倒的に自分が上であるからだ。仮に反乱軍が総力を挙げても蹴散らせる自信はある。

 ただし、リーナの両親が捕らわれている。これをまずは取り戻す必要がある。

 リーナの両親を達也は見捨てることなどできない。何故なら、自分が渡米したとき、自分を実の息子のようにかわいがり育ててくれた育ての親だからだ。

 今の達也が愛を失わずにいられるのも、この両親がいるからに他ならない。

 そして、相棒のためにも絶対に取り戻したかった。

 そのため、カノープスに対して連絡を入れた。

「カノープス。お前の反乱はもう終わりだ。俺が戻ってきたんだ……お前は俺の実力を知っているはずだ……。すぐに降伏しろ。そうすれば命だけは助けてやる」

「……ふざけるなッ。この化け物がッ!」

 カノープスがモニターの中で怒鳴る。

「お前などに降伏する気はない。攻めてきたくば攻めてこいッ……」

「……後悔しないんだな……?」

「しないッ」

「わかった……」

 そして、画面がブラックアウトした。

 

 戦いは最初から見えていた。

 相手はあの大黒竜也なのだ。弱冠12歳でスターズの総隊長になった男。

 その恐ろしさ、凄さは戦場を共に駆けた者なら誰もが知っている。

 彼が戦闘服にヘルメットを着用したその姿を見ただけで、戦意を失う者が相次いだ。

 竜也は戦意を失って降伏する者に興味を示さず、まっしぐらにカノープスがいるであろう総隊長室に向けて歩き続けた。リーナと共に。

 途中で、勿論竜也やリーナに攻撃してきた者もいる。だがそれらは、次々に消されていくだけだった。

 そして、遂に総隊長室にたどりつく。

 そこに、カノープスがいた。

「……来たか……」

 カノープスは追い詰められているのに、なぜか清々しさを感じさせるような顔をしている。

「こうなることがわからないほど、お前が愚かだとは思わなかったぞカノープス……なぜ、こんな真似をした?」

「お前みたいな東洋の山猿が、我々誇り高きスターズの総隊長になるなど間違いなのだ。黄色人種の総隊長など認められるものかッ!」

「……くだらないな……」

「なんだと?」

「皮膚の色が違うからと言って、それがどうしたというんだ? 黄色だろうが白だろうが優秀な人材はどこにでもいる。それだけのことだろうが」

「うるさいッ。お前みたいなガキが……」

「そのガキに、お前はこれで2度負けた。そしてこの2度目は、絶対に許せることじゃないのはわかっているな?」

「…………」

 竜也が溜息をつく。そして言う。

「カノープス……俺は、お前を認めていたつもりだ。……なぜ、もう少し我慢をしなかった?」

「……我慢だと……?」

「俺は日本で、俺の果たすべき目的を果たした。その目的を果たした以上、もう俺はスターズにいるつもりはない。……ここにいるリーナと退役するつもりだったんだ。お前に後を任せてな……」

「…………」

「お前が……いや、お前らが俺を化け物というのも無理はない。何しろ俺は分解に再成を使う化け物だからな……だが、お前は俺を理解してくれていると思っていた」

「…………」

「それはどうやら買い被りだったようだ……で、リーナの両親はどこだ?」

「…………」

「どこにいるの? ベン、答えてくださいッ!」

 リーナがカノープスに迫る。

 カノープスが言う。

「両親は、この先の突き当りの部屋に監禁してある……心配しなくても、手は出していない……」

「そうか……」

 そして、竜也がゆっくりとジャッジメントをカノープスに向けて構えた。

 竜也が、背後にいるシルヴィアに尋ねる。

「准尉」

「はい」

「カノープスに子はいたか?」

「……はい……隊長より少し年下の娘さんがおられます」

「……そうか……」

 そして、竜也がジャッジメントを発動し、カノープスの右手を分解した。

 カノープスの右腕が消え、そこから血が溢れ出す。

「止血してやれ。それから、罪は罪だが命だけは助けてやれ」

 それだけ言うと、竜也は何も言わずにその場を去った。

 後に残ったのは、腕を失って苦しむカノープスと、その介抱に回るシルヴィアたちだけだった。

 

 竜也は、先に両親のいる部屋に向かったリーナの後を追うように歩いていた。

 そこに、バランスが来る。

「大黒中佐。……少し、話がしたい」

「何だ? 手短にしてくれ」

「……退役する気だというのは本気か?」

「ああ……リーナもその気だ」

「認められると思うのか?」

「認めるも認めないもない……俺もリーナもUSNAの所有物じゃない。ましてや「戦闘マシーン」でもない」

「…………」

「それに、俺の力は危険すぎる……それはお前もわかっているだろう? だからこんな反乱にまで至った。違うか?」

「否定はしない。貴殿の力は確かに高すぎる……だが、受け入れがたい存在であるとも私は少なくとも思ってはいない」

「ほう」

「貴殿の力とリーナの力、それがあるからこそ、今のUSNAはどの国よりも強力な戦力を誇る超大国として君臨できている。私は貴殿の存在に利益を認めている。例え、化け物であろうとな」

「ふ……だが、それは『俺に利益がある間』だけだろう?」

「それは……」

「取り繕う必要はない。俺がそれは一番わかってる。だから、俺は後をあのカノープスに任せてリーナと共に退役するつもりだったんだが……」

 その時だった。

「竜也ッ!」

 リーナが、真っ青な顔色でそこに現れた。

「どうした? ご両親は見つかったか?」

「それが……」

 そのリーナの言葉に、顔をしかめる竜也がいた。




次回は「交渉と交換」です。


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交渉と交換

両親がいるとカノープスに教えられた部屋に赴いたリーナがそこで見たのは、もぬけの殻の状態であった。

誰もいない。

リーナが部屋にあった椅子に自らの白い手を近づける。

温もりがない。

つまり、この部屋から抜け出したのか。

とにかくリーナは、この状況を達也に伝えるべく、部屋から外に出たのである。

 

リーナからそれを伝えられた達也こと大黒竜也は、すぐにカノープスがいるはずの総隊長室に向かった。そこには、シルヴィアたちから切り落とされた右腕の手当てを受け、腰に拘束具をはめられて連行されていかれようとするカノープスがいた。

竜也が、カノープスの襟首を掴み上げる。

「リーナの両親はどこにいる?」

この時の竜也の目は、まさに血走っていた。周りのスターズ隊員が思わず引かずにはいられないほどに。

カノープスが弱々しく言う。

「い、言ったはずだ……突き当たりの……」

「そこにはいなかったそうだ。どこに移した?」

「し、知らない……」

「…………」

竜也が、CADをカノープスに向けた。そして発動する。

カノープスの左腕が消され、血が噴き出る。

「ぎゃああああッ!」

カノープスの悲鳴が轟く。

しばらくカノープスがもがき苦しむ姿を見つめた竜也は、腰に差している別のCADを取り出して、それをカノープスに向けて発動する。

途端に、カノープスの左腕が復元される。竜也は左腕を抑えていた。

そして、カノープスが安堵のため息をついたのも束の間。

再び、竜也がカノープスの左腕を消し去る。

カノープスの悲鳴が再び轟く。

「カノープス。お前が吐くまで何度でも続けるぞ。リーナの両親はどこだ?」

「だ、だから……知らない……」

再び繰り返される惨劇。

このままではカノープスがショック死しかねないし、竜也だって再成の代償はタダではない。それを知っているリーナが竜也を背後から抱きしめた。

「もうやめて……竜也、ベンは本当に知らないわ……」

見ると、カノープスは既に口から泡を吹いている。

ここまでやって答えないのだから、本当に知らないのだ。

「わかった……」

竜也は、CADを腰のホルスターに戻すと、カノープスを連行するようにだけ命じて、その場をあとにしたのである。

 

竜也には、スターズの反乱は鎮圧したが、まだ非魔法師や軍隊の反乱を鎮圧することも職務に与えられていた。

竜也はリーナや反乱に協力しなかった隊員らと共に、これらをわずか2日で鎮圧したのである。

これにより、竜也の存在を好ましく思わない政治家や軍上層部も改めて竜也の実力を認めざるを得ず、竜也をなだめるために大佐に昇格させる人事を発表したのであった。

 

竜也は、反乱鎮圧の任務を終了してその時には風呂に入っていた。

リーナの両親は未だに見つからない。

明日にでも、スターズの隊員も使って捜索に当たらせよう、そう考えていた矢先だった。

通信が入る。

シルヴィアの声がする。

「総隊長。おくつろぎのところ、申し訳ございません」

「どうした?」

「お電話が入っています」

「誰からだ?」

すると、シルヴィアが少し躊躇う。

「それが…………」

「どうした?」

「相手は、総隊長の「母親」からだと……」

「母親……?」

竜也の母親は、一人しかいない。司波深夜。

だが、彼女は今は治療中の身であるはずだし、世話を任せていた光宣にも連絡はするなと言ったはずなのだ。

竜也が、少し考えてから言う。

「10分後に、総隊長室に繋いでくれ」

 

そして急いで総隊長の身なりを整える。10分がたち、目の前のディスプレイにその「母親」の顔が映る。

「…………ッ」

竜也が驚いた。

目の前にいたのは、自分の宿敵の顔だったからである。




次回は「交渉と交換 その2」です。


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交渉と交換 その2

「……ッ。お、お前は……」

「久しぶりね……達也……」

 司波達也は、目の前にいる宿敵・四葉真夜の顔を見て驚愕と憎悪を抱かずにはいられなかった。それに対し、四葉真夜は45歳という年齢を感じさせない若さと美貌をのぞかせて余裕の表情である。

「……何の用だ……」

「あら? 何の用とはひどいわね……。『実の叔母』に向かって」

 すると、達也が目の前にいる真夜に対して怒鳴る。

「何が叔母だッ。俺は貴様を叔母だと思ったことなど一度もない。貴様により、俺は10年前に殺されかけた。俺の事を甥とも思ってないくせにふざけるなッ!」

 達也が激しい憎悪を籠めた目を向ける。

「あら……そう。でも、私は今は、貴方を愛しているわよ……」

「…………」

「…………」

 しばらく無言のにらみ合いが続く。それが数分ほど続いた後、先に沈黙を破ったのは真夜であった。

「それにしても、貴方が生きていたと知ったときは驚いたわよ」

「……いつ、俺が生きていることに気が付いた?」

「姉さんの身柄を浚ってからすぐのことよ。亜夜子が私を恨んでいるのはわかる。本邸に火を放ったのもわかる。だけど、なぜ姉さんの身柄を浚ったのか……それがわからなかったわ。最初はね」

「…………」

「亜夜子は私に逆らった時点で四葉家のお尋ね者になる……逃走に病身の姉はむしろ邪魔になるはず……なのに何故、亜夜子が姉を浚ったのか、私にはそれが引っかかっていたわ」

「…………」

「そして、その答えは一つ。姉のことを誰よりも案じる人物が関与している……そんな人物は深雪を除けば、貴方しかいないわよね。達也」

「……なるほど……だが、俺は死んだことになっている。その俺がどうして生きていると、そしてスターズの総隊長になっているとまでわかった?」

「貴方の死体は確認されてないわ。私にはそれがずっと引っかかっていた。それに青木に貢さん、消された人間のことを考えると、貴方が生きていると全て辻褄が合うのよ。それと、四葉の情報網を甘く見ないでほしいわね」

「…………」

 それは認めざるを得ない。達也は改めてそう思った。

「……それで、お前は何の用で俺に電話などして来た?」

「……決まってるじゃない。貴方に大事な用があるからよ」

「……用……?」

「ええ」

 ここで、真夜が机に置いてあったティーカップを手に取り、一服する。

 そして、机に優雅にカップを置く。

「……姉の身柄を、私に返してくれるかしら?」

「…………!!」

 達也の表情が固まる。そして、しばらくしてから大きく息を吐いて言う。

「……できると思うのか? 齢をとって、頭が惚けたか? 年増」

 その言葉に、真夜は怒りを見せることもなく平然としている。むしろ、余裕すら感じさせている。

「あら? そんなこと言っていいの? 達也。私が何も考えなしにこんな条件を出すとでも思った?」

「……何……?」

「今、確かそちらではアンジェリーナ=クドウ=シールズさんのご両親が行方不明になっていたわよね……その身柄を、こちらで預かっているとしたら?」

「…………ッ!」

 達也が驚く。それを真夜は見逃さない。

 達也が言う。

「貴様が、リーナの両親を人質にしているというのかッ!」

「あら。人質なんて人聞きが悪いわね。保護よ保護」

「保護……だと……」

「ええ。そちらのカノープスさんが反乱を起こした時、私の手の者を送っていてね。その時にカノープスさんが捕らえたリーナさんの両親を、我が四葉家が責任を持って保護しているってわけよ」

「……貴様ッ……」

「……私としては、そちらで保護している姉さんの身柄と交換してほしいってわけ」

「……ふざけるなッ!」

 達也が思わず、地団駄を踏んだ。それに対し、真夜は妖艶な笑みを浮かべている。

「ふざけてなんていないわよ……これは言ってみれば取引よ。対等な……ね……」

「……もし、俺がこの条件に応じなかったら?」

「その時は残念だけど、アンジェリーナさんのご両親の安全が保障できなくなるわ。……もしかすると、事故に遭うなんてこともあるかもしれないわよ」

「…………」

 達也が唇を噛みしめる。拳も握りしめている。

 あまりの悔しさに爪が皮膚を破ったのか、拳から血が流れている。

「……時間がほしい」

「即決してもらいたいのだけど……それに、迷う必要なんてないわよ。イエスかノー。これだけって話だしね」

「…………」

 達也は答えない。

 真夜が余裕の表情を見せて言う。

「いいわ。時間をあげる。明日の同じ時間にまたかけるわ……それまでに決断しなさい」

「…………」

「いい返事を期待しているわ」

 そして、叔母と甥の会話が終了した。




次回は「決断」です。


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決断

 反乱を鎮圧したとはいえ、スターズ総隊長としての達也の仕事は山積みである。

 ところがその日、司波達也は失敗を続けていた。

 普段なら即断即決の彼が、シルヴィアからの報告に迷ったり、同じことを繰り返し報告させたりする。

 いつもは全てに達観し、何事も見抜いているような彼が、その日は落ち着きなくそわそわしたり髪をいじったりしている。

 極めつけは、普段は恐ろしい速さで書類を片付けるのに、この日は昼になっても任務分の半分どころか3分の1も処理されていないことである。

 ここまでくれば、誰もが総隊長が本調子でないことくらいには気付く。

 だが、それを指摘する者はいない。

 いや、正確に言うなら、それはある人物の役目だと誰もが心得ているのだスターズの隊員なら。

 だから、その人物が言うのが当然だろうと思い、シルヴィアをはじめとした隊員は全員、黙っていたのであった。

 

 昼食時。

 普段はお代わりをするくらい食べる達也が、この日は食が進んでいない。

 それを見た副隊長のリーナが達也の下にやって来る。

「竜也。どうしたのよ。食が進んでないじゃない」

「…………」

「竜也ッ!」

「……うん? ああ、リーナか……どうした?」

 達也の顔は、どことなく憔悴しきっているように見えた。

 リーナはいよいよ、放っておけないと思い、達也の右腕を取る。そして、

「ちょっと来なさい」

 と、副隊長室に引っ張っていくのであった。

 

「どうしたのよいったい……あんたらしくもない……言って見なさいよ」

「…………」

「達也。私はあんたの相棒よ。私をこの世で最も信頼してくれてるんじゃなかったの?」

「…………」

「その私にも言えないことなの?」

「…………」

 達也は答えようとしない。すると、いきなりリーナは両手で達也の頬を挟み込んだ。

 達也が驚く。

「いつまで腑抜けた顔してんのよッ。女の腐ったみたいなあんたなんて、いつものあんたじゃないわッ。何があったの? 言いなさいッ!」

 達也はやむなく、リーナに事情を説明した。

 それが終わってから、リーナが言う。

「……達也……もういいわ……私の両親のことはあきらめましょう」

「……なんだとッ!?」

 達也が驚く。リーナは実の両親をあきらめると言い出したのだから当然である。

「私の両親を救う代わりに、貴方の母親が犠牲になる……どちらにしたって、どちらかを失うことに変わりはないわ」

「……だがッ……」

「いいのよ達也……それに、パパもママも覚悟はしていたはずよ……私がスターズに入隊した時点で、そして副隊長という重職についた時点で、自分たちも狙われることになる……そして、私が戦死することもありえるってこともね……」

「…………」

「……もういいのよ……達也……ありがとう……」

 と、リーナが達也の胸の中で泣き崩れる。

 達也は悔しかった。自分の無力さがここまで呪わしいと感じたことは初めてかもしれない。

 リーナだって本来なら、両親を助けたい気持ちでいっぱいのはずだ。だが、交換に応じれば深夜が真夜の下に戻ることになる。

 そうなれば、達也が完全に真夜に逆らえなくなるのをリーナは知っているのだ。

 それに、深夜の身柄を返すという事は、今までの全ての努力を無に帰すことになる。

「…………」

 達也が、胸の中で涙を流しながら崩れている相棒を見つめる。

 あの自分を常に支えてくれている相棒が、今は可憐な少女に見えた。

 総隊長として自分は情けないと思った。

 相棒も、そして世話になったその家族も救えないふがいない自分を。

 それでいて何が最強なのだろうか。

 達也は決心した。

「リーナ……」

「……なに……?」

「すまない……」

「え……?」

 次の瞬間、達也はリーナの腹部に軽く拳を突き入れた。

 いつものリーナなら、警戒していればこの程度ではやられないだろうが、この場合はそうもいかない。全くの不意打ちだったからだ。

「ぐ……ッ」

 といううめき声をあげて、相棒が崩れる。

 床に倒れる前に、達也は相棒を支えて抱きかかえ、ベッドに寝かせた。

「……すまないリーナ……ありがとう……」

 達也は、決断したのであった。

 

 その日の夜。

 四葉真夜から、再び連絡が入った。

「決心はついたのかしら……達也さん?」

 真夜は昨日と違い、達也を「さん」付けしている。それは、真夜の余裕を表わしていた。

(あの子は取引に応じる……必ずね)

 そう思っていたからこそであった。

 だが、真夜はこの時、達也の顔を見て少し意外に思った。

 ……迷いの色が見られない……。

 普通なら、自分が誰よりも大切にしている者を失おうとしている時、人は動揺するはずなのだ。事実、昨日の達也は誰よりも動揺していた。

 なのに、今は迷いがない。むしろ清々しさすら感じる。

「……それで、返事を聞かせてもらえるかしら……?」

 真夜は一瞬、達也のその清々しさを感じさせる顔に気圧されていたが、勿論表情には出したりしない。

 達也が言う。

「ああ。わかった。取引に応じよう」

「……そう……。賢明な決断に感謝するわ」

「ただしッ!」

 と、達也が付け加える。

「ただし、母上の治療には全力であたること、そして母上の身に何かあったら、俺はお前と四葉を絶対に許さない……それだけは心に留めておけ……」

 達也は取引に応じながらも、脅迫をしてきた。

 真夜は笑いながら言う。

「勿論よ。……私にとっても、大切な姉さんですからね……」

「…………」

「じゃあ、取引の仕方を伝えるわ……」

 

 それから3日後。

 深夜を連れた九島光宣と、リーナの両親を連れた花菱兵庫の間で交換が行なわれた。

 結局、達也は母親と直々に再会することなく、また離れ離れになってしまったのだった。




次回は「真夜の条件」です。


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真夜の条件

「……なんだと……ッ!」

 司波達也の顔が、苦渋に歪んでいた。

 場所は総隊長室。

 時間は母の深夜とリーナの両親を交換してから半月後。2095年11月下旬。

 そして、達也の前にはディスプレイに映った叔母・四葉真夜の姿があった。

 

「ふざけるなッ!!」

 達也は激怒して叫んでいた。それに対して、真夜は余裕の表情である。

「ふざけてなんかいないわよ」

「なら、とうとう惚けたのか?」

「失礼ね。私はまだまだまともよ……それに、これは本気で言ってるのよ」

「…………」

「あなたを、四葉家に復籍し、正式に私の跡を継ぐ四葉家次期当主にするとね……」

「…………」

 達也は黙ったままである。

 しばらくの間、両者の間に無言の時間が過ぎてゆく。

 先に口を開いたのは、達也である。

「それで……」

「ん?」

「それで、仮に俺が次期当主になったとして、それまでお前が次期当主候補にしていた奴らはどうする気だ?」

「ああ。そのことなら心配ないわ。あの人たちには候補を降りてもらうから」

「簡単に言ってくれるな……。黒羽文弥、津久葉夕歌、新発田勝成、そして深雪……彼ら彼女らが、俺を次期当主にすることに納得するとでも思うのか?」

「納得しないかもしれないわね……だけど、当主の権限でこのことは強行するつもりだし、逆らうようなら潰すから問題ないわ。もともと、分家の人たちは出来レースで候補にしていただけだしね」

「……それは俺にも言えるのか?」

「どういうことかしら?」

「俺も、所詮はお前の人形でしかないと言いたいのか、ということだよ」

「貴方は、私の人形で終わるような器なのかしら?」

「…………」

 達也が真夜を睨む。そして言う。

「……深雪はお前の養女だろう。つまり当主候補で一番の有力者だ。俺みたいな出来損ないの兄に当主を奪われて納得するとは思えないがな」

「ああ、そのことも問題ないわ……達也さん」

 ここで、真夜の目が怪しく光った。

「達也さん、貴方には深雪と結婚してもらうつもりですから」

「ッ!」

 達也はその瞬間、固まらずにはいられなかった。

 激しい動悸も感じる。

 真夜の言っていることに理解に苦しむ。

 頭脳が混乱する。

 そして、何とか落ち着かせて言葉を開いたのはそれから5分後のことである。

「な……なんだと……」

「だから、貴方と深雪に結婚してもらうと言ってるの。まあ、ひとまずは婚約ってことだけど……」

「ふざけるなッ! 貴様は、俺に近親相姦しろとでもいうのかッ!」

 達也が怒鳴る。

「ふざけてなんかいないわよ……だって、あの子は四葉の粋を集めて作り上げた調整体だもの……」

「…………!?」

 達也の思考がその瞬間、停止してしまった。

 真夜が説明する。

 なぜ深雪が作られたのか……それらの説明が全て終わるまで、かなりの時間を要した。

「……なるほど……それで、俺の目でもわからなかったというのか……」

「ああ、心配しなくていいわよ。深雪は我が四葉の技術の粋を集めて作り上げた存在。九島家の出来損ないなんかと違うから」

「……光宣のことを言うなッ!」

 親友であり信頼する部下を誹謗された達也が怒鳴る。

「あら……ごめんなさいね。でも、子作りなら心配ないわよ。その点で異常は発生しないようにするつもりだし」

「……俺と深雪は兄妹だ。それを周囲にどう公表するつもりだ」

「それも心配ないわ。四葉の力で戸籍なんかどうにでもなる。そうね……深雪は私の実の娘にするわ。貴方は姉さんの息子。つまり、従姉妹同士だから、問題はないはずよ」

「……お前には生殖能力がない。それは周知の事実だ。それをどう説明する気だ」

「それも問題ないわ。「あの事件」の前に採取し冷凍保存していた私の卵子に、龍郎さんではない男性の精子を受精させて、姉さんを代理母として出産した子ということにするから」

「…………」

 達也は手際のいいことだと思った。

 だが、簡単に受け入れられるわけがない。

 何よりも、先ほどから達也の頭には自分と苦楽を共にした『相棒』の姿が焼き付いて離れない。

 それがなぜなのかは、達也にもわかっていない。

「……簡単に決断できる話じゃない……時間がほしい」

「いいわよ。1か月時間をあげる。よ~く考えることね」

 そう言うと、通信は終了した。

 後に、苦悩に満ちた顔をする達也がその場にいたのである。

 

 リーナが、達也から総隊長室でその話を聞かされたのはその翌日だった。

「絶対だめよ達也、絶対に受けちゃダメッ!」

 リーナはすぐに、達也に詰め寄った。

 そのあまりの剣幕に、あの達也も驚かずにはいられない。

「これは絶対に真夜の策略よ。あなたを四葉という枠組の中に取り込み、貴方を……いえ、貴方の力を自分の思いのままに操ろうとしているのよッ!」

「ああ……そうだろうな……」

「ならッ!」

「だが……断れば母上はどうなる……」

「…………」

 リーナは答えられない。

 真夜がこんな条件を出してきたのはわかっている。深夜というカードがある限り、達也は絶対に逆らえないからだ。

 ただし、深夜というカードはあくまで達也という真夜をも凌ぐ男をあくまで自分に逆らえないようにするしかできない。四葉に取り込むにはさらに一段階、工夫を凝らす必要がある。それがこれなのだ。

「……でも……」

 リーナの心の中も今、理解できない感情が芽生えていた。

 苦楽を共にしてきた『相棒』。その相棒を敵の手に渡したくなんかない。だが、それだけだろうか。

 達也が他の女と婚約……そしていずれ結婚する。それを聞かされたとき、リーナの心に何か理解できない感情が生まれた。

(絶対に嫌ッ!)

 と。

 それが何なのかはわからない。だが、嫌だった。相棒が他の女と一緒になるということが。

「達也……とにかく時間を稼ぐべきよ……仮にこの提案を断っても、真夜に深夜さんは殺せない……そんなことをすれば、貴方を制御することができなくなることくらい、真夜も理解しているはずよ」

「…………」

「とにかく、時間を稼ぎましょう……その間に、何かいい策を考えるべきだわ……」

 具体的な対策は思いつかなかったが、ひとまずは先延ばしにするしかない、ということでその場は落ち着いたのであった。




次回は「光宣のたくらみ」です。


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光宣のたくらみ

 リーナから光宣はそれを聞かされていた。

「それは絶対にいけない。何が何でも達也さんにその条件を受け入れさせるな」

 目の前のディスプレイに映っているハトコに、光宣は言う。

「それはわかってるわよ……でも、達也は深夜さんのことを気にして受け入れる気でいるわ……」

「そこを何とかして時間を稼げ。その間に僕が何とかする」

「何とかするって……どうする気よ?」

「要は、それを受け入れさせなければいいんだろ。それなら方法はある」

「その方法って?」

 リーナの質問に、光宣は笑みを見せるだけだった。

 

 光宣は黒羽亜夜子を呼んで相談する。

 亜夜子は光宣の説得と達也の導きで、既に以前のような死んでいるような眼はしていない。むしろ、意志の強さをうかがわせるような女性になっている。

 そのため、光宣と達也には並々ならぬ信頼を抱いている。

 だが、その彼女でもこの提案には驚かされた。

「…………ッ!? み、光宣貴方……な、何を言ってるのかわかってるの?」

「ああ。勿論だ」

「なら、そんなことできると思う? 私は絶対に嫌よ。そんなこと、できるわけないッ!」

「ならどうする? 達也さんが四葉の傀儡として利用されるのを指を加えて見てるのを選ぶのか?」

「…………」

「僕は以前、貴女に言ったはずだ。せっかくの機会を逃がすのか……と。この機会を逃がしたら、次はない。達也さんは四葉の人形として一生を過ごすだけの人形でしかなくなる」

「だからって……だからって、そんなこと、できるわけがないでしょッ。それに、その件を達也兄さんは知ってるの?」

「いいや知らない。全て、僕の独断だ」

「なら……」

「わかってる。達也さんの怒りを買うのは覚悟の上だ。最悪、達也さんに処断されることになっても悔いはない」

「…………」

「僕のことは以前説明しただろ。僕は達也さんと出会うまでは生きている価値のない病人だった。達也さんと出会ってその導きで、僕は今の全てを手に入れた。……達也さんのためなら、この生命を惜しむつもりはない」

「…………」

「貴女のことなら心配ない。僕が脅迫して味方にしただけと言うつもりだ。達也さんも、貴女にまで手をかけることはないはずだ」

「……わかったわ……でも、どうする気なのよ……私たちで四葉に殴り込みをかけるとでも言うの?」

「いいや。そんなつもりはない。そんなことをしても僕たちだけであの四葉真夜に勝てると思うか?」

「…………」

「不可能だ。四葉真夜に勝てるのは達也さんだけだ。僕たちでは流星群の餌食になるのがオチだ」

「じゃあ……」

「正面突破が無理なら、外堀からじっくり攻めたらいいだけのことだよ。君には、四葉家に出入りしている医師や看護師を調べてほしい」

「…………」

「その医師の家族構成、女、友人。何でもいいから弱点を調べてほしい。時間がないからできるだけ早く……にね」

「…………」

「そして僕のいう条件に見合った医師や看護師が見つかったら、すぐに僕の下に連れてきてほしい。……できるだけこれは早くに頼むよ」

「…………」

「どうした?」

「……やっぱり、できるわけないわ……だって……」

 すると、光宣が亜夜子の両肩に手を置いて言う。

「気にすることは無い。僕は達也さんの命令であの人の世話をしていた時、医師から聞かされたよ。『よく、こんな状態で生きていられるものだ』ってね。既に死んでいてもおかしくない状況だそうだ。恐らく彼女は、達也さんに出会いたいその一心だけで命永らえてるに過ぎない。僕たちは、達也さんのために彼女に最後の一歩を踏ませようとしているだけだ……いいか……これは達也さんのためにやるんだ……僕たちの行為は、正義なんだ!」

「…………」

 亜夜子が力なく頷いた。

 そして、光宣の目が怪しく輝いていた。

 

 数日後、亜夜子によってひとりの医師が連れて来られた。

 光宣がその医師に何かを吹き込む。

 医師は驚いていたが、最終的に頷いていた。

 こうして、達也の知らないところで光宣のたくらみが着々と進行していったのである。




次回は「たくらみの実行」です。


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たくらみの実行

 その日、四葉家に出入りを許されている医師の心の中は緊張していた。

 平静を保ちながら四葉屋敷の中を歩いている。

 ちなみに、四葉家の屋敷は旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在していたが、ここは黒羽亜夜子が深夜を浚った際に焼かれているので、屋敷が再建されるまでは東京にある屋敷に移っていた。とはいえ、ここもまた広大な広さを誇っている。

 医師はこの時、先日のことを思い出していた。

 …………。

 医師の前に、容姿の整った美少年がいた。

 男である彼から見ても、驚くほどの美形である。

「貴方は、四葉家に出入りを許されている医師の一人ですね?」

「……ああ……そうだ……」

 医師はなぜ、自分がこんなところにいるのか覚えがない。確か業務を終えて帰宅する前に一杯ひっかけて行こうと居酒屋に酔ってしたたかに酔い、そして街をふらついていたら、女に出会った……そして女と意気投合してそれから……記憶が無いのだ。

 そして目が覚めたら、美少年がいた。

「ここは何処だ……私をどうする気だ?」

「心配いりませんよ。僕の言うことを聞いてくれたなら、すぐにも解放します」

「…………」

 九島光宣が、医師に呟くように言う。

「司波深夜の、息の根を停めていただきたい」

「…………ッ!」

 医師が思わず顔を青くする。

「な、なんだと……? 今、何て言った?」

「聞こえませんでしたか? 司波深夜の息の根を停めて頂きたいと言ったんです」

「…………」

 しばらく、医師は光宣を睨み付ける。そして言う。

「できない……医師として、そんなこと、できるわけがないだろうッ!」

 すると、光宣が懐から一枚の紙を取り出した。

 それを医師の目の前に置く。

 途端に、医師の顔色が今度はさらに真っ青に変わった。

「こ……これは……」

「いけませんよね……医療ミスを隠蔽したり、次期院長選で勝ちたいからって収賄に手を染めたりしちゃあ……」

「…………ッ」

「これ以外にも既に証拠は押さえています。まだ何かありますか?」

「…………」

 医師は答えない。

 光宣がため息をつき、端末を取り出してある場所に繋げる。そして、端末を医師に渡す。

「…………ッ」

 そこに映っていたのは、医師の娘だった。その娘が猿轡に目隠し、さらに手錠をされて身動きが取れないようにされている。

「もう一度言いますよ……まだ何かありますか?」

「……わかった……それで、司波深夜の息の根を停めろというのか?」

「ええ……方法は貴方に任せますよ」

「息の根を停めたら、娘にも私にも手出しはしないと約束はしてくれるんだろうな?」

「勿論です。それ以外にも、仕事をしていただいた分の報酬はお約束しますよ」

「…………」

 医師は光宣を見つめる。

 自分の娘とほとんど年齢が変わらない少年なのに、感情が全くうかがえない。むしろ、それが恐ろしさを感じさせる。

「……わかった……だが約束しろ……娘には絶対に手を出さないとッ」

 光宣が頷く。

 そして医師はその2日後、四葉家に深夜の治療のために看護師を連れて訪れたのであった。

 

 

 医師は、自分が何をしたのかよく覚えていない。

 いつものように深夜を診療し、そして薬を飲ませて……そして……その後の記憶が無い。

 どうやって治療を終了したのかも、四葉家の屋敷から出たのかも何もかも記憶が無い。それだけ、緊張していたということでもある。

 医師は四葉家の屋敷を出てから、ようやく大きく息を吐いた。

 これで任務が終わったからだ。

 深夜に飲ませた薬……あれは遅効性の毒である。ゆっくり効いていくからすぐに異変が訪れることはない。

 医師は急いで、光宣の下に駆け付けた。

「おい。言われた通りにしたんだ。娘を解放しろッ!」

「心配しなくても、娘さんならここにいますよ。ほら」

 と、光宣が部屋のドアを開けると、そこに目隠しと猿轡をされた娘がいた。

 すぐに拘束が外される。

「それで、言われた通りにしてくれたんですね?」

「ああ……言われた通りにした」

「そうですか……ご苦労様でした」

 そして、医師が娘を連れてその場を去ろうとした。そのときだった。

 医師と娘の周りに、男が5人現れる。九島家お抱えの魔法師で、光宣の部下である。

「き、貴様ッ。これは何の真似だッ!?」

 すると、光宣が医師に背中を見せたまま言う。

「貴方がたに生きていては困るんですよ……それだけのことです」

「き、貴様ッ!」

 そして、医師と娘の断末魔の声が轟いた。

 その後始末を部下に任せて、光宣はその場を去ったのである。




次回は「亜夜子暗躍」です。


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亜夜子暗躍

「……何しに来たんだ……姉さん」

「……貴方を迎えに来たのよ……」

 姉と弟が、そこにいた。

 姉は黒羽亜夜子。弟は黒羽文弥である。

「……迎えに来ただって……姉さん、貴女のせいで僕がどんな目にあったか、知っているのかッ!」

「…………」

「貴女が四葉家を裏切ったせいで、僕は御当主さまに殺されかけた。さらに実の姉が裏切ったことで僕は……いや、黒羽家そのものがどれだけ白い目で見られているか……姉さんは、黒羽家を滅ぼしたいのかッ!」

 すると、姉が溜息をついた。

「くだらないわね……」

「なんだって!?」

「いつまであの『オバサン』の人形でいるつもりなの? 文弥」

「…………」

 弟が姉を凝視する。

 そこにいたのは、つい1か月ほど前に一族に疎まれて世を捨てるような目をしていた姉ではない。強い意志を持っている鋭い目を秘めた女性である。

「……何があったの? 姉さん。姉さんの顔つき、1か月前と変わったね」

「……ええ。私は、私を変えてくれる人に出会えたからね」

「……変えてくれる人……?」

「ええ……達也兄さまよ」

「ッ!」

 文弥が驚く。

「……なんだって……兄さんが生きているわけがない……兄さんは……」

「死体は確認されてないでしょう? それに、私は兄さんを映像で確かに見たわよ……凛々しくなって、誰よりも強い兄さまをね……」

「…………」

「そして、兄さまは私の魔法特性を理解し、導いてくれた。おかげで、こういう魔法を使えるようになったわ」

 その瞬間、姉が弟の前から消えた。次の瞬間、姉は弟の背後に現れる。

「い、今のは……?」

「ふふふ。『疑似瞬間移動』よ」

「…………」

 弟が固まる。あの出来損ないと言われた姉が、今はこんな高等魔法を使えるようになっていることに純粋に驚いたのだ。

「私はもう、貴方が知っている出来損ないの姉でも無ければ、貴方に守ってもらわないといけない弱い女でもないわよ……文弥」

「……それで、姉さん。何の用でここに来たの?」

 ここは、黒羽家の屋敷。黒羽文弥の部屋である。部屋といっても、既に当主代行の地位にあるため、部屋はそこそこの広さである。

「……貴方を、あのオバサンから解き放ちにきたのよ……文弥、私たちの仲間になりなさい」

「…………」

 弟が姉を見つめる。そして言う。

「断る」

「なぜ?」

「僕は御当主さまに恨みがあるわけじゃない。それに、姉さんみたいに一族を裏切ることなんてできない」

「…………」

 すると、姉がクスッと笑みを見せる。弟が姉を睨む。

「何がおかしいの?」

「おかしいわよ……だって文弥……貴方はすっかり四葉の人形に……いえ、あのオバサンの人形になってるんですからね」

「…………」

「文弥。目をいい加減に覚ましなさい。あんなオバサンに従っていても、待っているのは破滅だけよ。貴方も達也兄さまに会ってみなさい。そうなれば、必ず兄さまに味方したくなります」

「…………」

 ここで、姉が弟に近づき、弟の顎を指で持ち上げた。

 弟が驚き、後ろに下がる。

「ふふふ……文弥、ところで聞きたいことがあるのだけれど……」

「…………」

 文哉は何も言わない。

「……最近、四葉本家に変わったことはないかしら?」

「変わったこと……?」

 文哉が考え込む。実は今回、亜夜子を送り込んだのは光宣の指示である。それは、確実に深夜が死去したかどうかの確認である。

 仮に深夜が死去しても、真夜がそれを公表するはずはない。なぜなら、深夜は達也に対抗するための切り札だからだ。その切り札を失ったら、真夜にはもう達也に対抗はできない。

 だからこそ、本家の様子を調べることでその死去が事実かどうかを調べようとしたのである。

「……そういえば、ここ数日は、医師や使用人が頻繁に出入りしているよ……」

「そう……それ以外は……?」

「知らないよ……どうも、御当主さまが箝口令を出しているみたいで、葉山さんをはじめとする他の誰に聞いても、何も教えてはくれないんだ」

「そう……」

 亜夜子が考え込む。そして言う。

「わかったわ……今回はこれで引かせてもらうけど……文弥。貴方は私の大事な弟。進むべき道を誤らないことを祈ってるわ」

「…………」

 それだけ言うと、姉は消えた。

 それをじっとみつめる弟が、そこにいた。

 

 その頃。四葉本家では上を下への大騒ぎになっていた。

 無理もない。深夜の容態が急変していたからである。

「何としてでも姉さんを助けなさい。これは厳命ですッ!」

 真夜が四葉家専属の医師に命令する。

「それから深雪さんを呼びなさい。……話があります」

 側近の葉山にそう命じ、葉山が一礼して出ていくと、真夜は考え込む。

「……姉の身にもしものことがあれば、私は終わりだわ……どうやら、少し急がないといけないようね……」

 真夜の目が、キラリと光る。

「深雪と、達也を結婚させることを……」

 

 

 




次回は「その覚悟」です。


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その覚悟

 二人の母娘が向かい合っていた。

 母は四葉真夜。娘は司波深雪である。

 二人は血縁上は叔母と姪であるが、既に養子関係を結んでいるため母娘である。

「お養母さま……本気で仰っておられるのですか?」

 深雪の身体から力が溢れ出て、部屋が少しずつ寒気に包まれだした。明らかに怒っているのだ。

 真夜の隣にいる葉山などは驚くが、真夜は平然として言う。

「ええ……本気で言ってるのよ」

「……私を馬鹿にしているのですか? それとも虚仮にしているのですか?」

「大切な養娘をそんな風に扱う私だと思うのかしら?」

「…………」

 深雪が真夜をにらみつける。

 深雪が怒るのも無理はない。

 真夜から、10年前に死んだはずの兄・司波達也が生きていることを知らされた。それだけでも大きな衝撃なのに、真夜から聞かされた次の言葉が信じられなかった。

「深雪。貴女に司波達也と結婚することを命じます」

 と。

 

 司波深雪は容姿端麗で頭脳明晰の優等生で知られている。統率力もあり人望も厚い。

 ただひとつだけ欠点がある。それは彼女の価値判断である。

 彼女は魔法力の高さで人を判断する。高ければその人物を評価し、自分の友人として

親密に接するが、魔法力が低いとその人物を徹底的に嫌うところである。

 そして彼女にとって、兄は下劣な人物として記憶に残っていた。

 普通の魔法さえろくに使えない兄。

 いつも母・深夜に助けられてばかりの兄。

 一族から出来損ないと蔑まれていた兄。

 そんな兄と自分が結婚!?

 思うだけで彼女は吐き気がした。

 自分の相手は、将来を嘱望された一条将輝のような優秀な魔法師だと思っていた。それが出来損ないとの結婚を命じられた。これで怒らずにいられるだろうか。

「……お養母さま……私とあの人は兄妹の関係にあることはご存知のはずですが?」

 深雪は兄を「あの人」と呼んだ。彼女にとって達也はその程度の人間にしか映っていないのだ。

「ええ」

「ならば、兄妹で結婚することを周囲が認めるとお思いですか?」

「それなら心配ないわよ……戸籍なら四葉家の力でどうにでもなるから……それと、貴女はね……」

 と、ここで真夜が深雪の秘密を打ち明けた。

 深雪が驚愕する。自分が知らなかったことを養母に打ち明けられたからである。

「……では、私は調整体にありがちな不安定なところやいきなり天に召される、というようなことは無いのですね?」

「ええ。貴女は四葉家が生み出した最高傑作。……恐らく再び、貴女を作ろうとしてももう望めないかもしれないほどの……ね」

「……ならば、子供を作るのも不可能ではないと?」

「ええ。私としてはむしろ、子供を作ってほしいのよ……できるだけ早くにね」

「…………」

 深雪が真夜を見つめる。そして言う。

「私の年齢とあの人の年齢を考えるなら、結婚は早すぎるでしょう。まずは婚約というわけにはいきませんの?」

「いけないわね……貴女も知っての通り、姉上……深夜の容態が急変している……私としては、姉の身に何かある前に貴女と達也を結婚させたいのよ」

「……なぜそこまで恐れるのです? あの出来損ないくらい、お養母さまならすぐに倒せるでしょう?」

「……いいえ……恐らく私が負けて、殺されるでしょうね」

 その言葉に、深雪が驚く。

「そ、そんなまさか……」

「冗談じゃないわよ……深雪。達也は再成と分解の異能を二つも持っている。私の流星群は分解の前には無力よ……それに深雪、貴女以前沖縄で大亜連合軍が壊滅した事件を覚えているかしら?」

「ええ……確か正体不明の魔法師によって敵軍は壊滅させられたとか……」

「その魔法師は達也よ」

「!!」

 深雪がまたも驚く。

「まさか……あの人が戦略級魔法師だというのですか?」

「ええ……四葉の調査した情報ではそのようよ」

「…………」

「達也は今、私に復讐しようとしている。姉の身柄がある以上は迂闊に手出しはできないだろうけど、姉の身にもしものことがあれば、あの子は間違いなく私を攻めてくる……そうなれば、私は終わりよ……いえ、四葉そのものが終わるでしょうね」

「……そうなる前に、私とあの人を結婚させて、四葉に取り込むと?」

「そうよ」

「…………」

「あの子を取り込めれば、四葉は一気に安泰になる。そして、我が家にいいお人形が手に入ることになる」

「…………」

「深雪。貴女には達也と結婚してもらいます。異議も拒否も許しません。これは命令です」

「…………」

 深雪はあくまで次期当主候補である。四葉家の現当主の命令に逆らえるわけがない。

「わかりました……」

 そして、深雪はコクリとうなずいたのである。

 ただし、部屋から出た時、彼女の顔に一筋の涙が流れていたことを、真夜は知らなかった。




次回は「達也の選択」です。


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達也の選択

 2095年12月上旬。

 その日、司波達也はリーナと共にスターズ総隊長としての仕事をしていた。

 ちなみに、反乱が起きてアメリカに帰国した後、達也とリーナは再度、日本へ赴くための許可を申請した。

 ところが、日本で戦略級魔法が使われたことで脅威を感じたUSNA上層部はそれを認めなかった。もともと、前の出国でも戦略級魔法師2人が揃って出国するということ自体、異例のことだったのだ。

 ましてや日本で新たに戦略級魔法が使われたことで、戦略級魔法師は手元に置いておきたいという気持ちが強まった上層部は、それを認めようとしない。

 達也とリーナは、ならばスターズを退役すると申請を出そうとした。

 ところが、これもできなかった。

 シルヴィアを代表にしたスターズメンバーが、達也とリーナに対して、

「総隊長と副隊長は、我々を見捨てる気ですか?」

「私たちはお二人に付いていきます。どうかやめないで下さい」

「お願いしますッ!」

 と、スターズに留まるように要望してきたのである。

 さすがの達也とリーナも、これまでの戦友を見捨ててまで退役することはできなかった。もし、カノープスがあんな反乱を起こさなければ、引継ぎをしっかり終えた上で退役して高校生活を楽しみたい、そういう思いが2人にはあったのだが、それもすっかりできなくなった。

 とはいえ、このままでは八方塞がりである。

 母親の深夜を助けるにしても、叔母の真夜を倒すにしても、どちらにしてもUSNAを出国できなければ不可能なのだ。

(どうすればいい……)

 まさに、八方塞がりで苦悩している達也であった。

 そんな時だった。

「総隊長」

 シルヴィアの声であった。

「なんだ」

「通信が入っております」

「……誰からだ?」

「総隊長の母親というお方から……」

 それを聞いて、総隊長の椅子に座っていた達也と、定時報告をしていたリーナが互いの視線を合わせて見つめあった。そして、

「すぐに繋げろ」

 と、命じたのである。

 

「久しぶりね……達也さん……」

「……何の用だ」

 達也は、如何にも不機嫌を思わせるような顔をしている。隣にいるリーナも眉根を寄せている。

 真夜が言う。

「答えを聞きたいのよ」

「なに?」

「だから、私が半月前に出していた条件。深雪と結婚してもらう話だけど、受けてもらえるかしら?」

「ッ!」

 達也とリーナが、思わず顔を見合わせた。

「なんだと……答えを出すまで、まだ半月の猶予があったはずだ」

「あら、そうだったかしら? だけどもう待てないのよ……私は短気でね……で、答えは?」

「…………」

 達也は思わず、真夜を見つめた。

 1月猶予があったはずなのに、半月で答えを迫ってきた。聡明な達也には何かあったくらいは容易に想像がつく。

 ただし、それが何かはわからない。

「……深雪とまずは婚約し、俺を次期当主候補にするという話だったな……」

 すると、

「いいえ。それは違うわよ。達也さん」

「違う?」

「ええ。もう婚約はなし。深雪と結婚してもらいます。祝言はそうね……年明けがいいかしら……」

「…………ッ!」

 さすがの達也も、これには驚愕する。

 リーナに至っては、全身を震わせている。

「な、なんだと……」

「心配しないで。既に深雪の承諾は得ているから。ああそれから」

 と、ここで真夜がひとつ、咳ばらいをする。

「それから、貴方が深雪と結婚するのと同時に、私は隠居して当主を貴方に譲るわ」

「…………!!」

 これには、達也も二の句が継げなかった。

 当主の地位を降りる。

 それは達也には実をいうと望むところだった。

 達也は真夜を殺害して四葉を征服した後、当主には母の深夜をつけて自分が実権を掌握するつもりだった。そして、四葉家を改革して二度と四葉に自分のような犠牲を出すことの無いようにするつもりだった。その上で、四葉家は解体して九島家の下に置いてもいいと思っている。

 達也の最終目的は四葉への復讐と四葉家の改革、そして、『重力制御魔法式熱核融合炉の実現』である。そのために、四葉の家の力は必要なのである。

 真夜が達也を見つめる。

「どうかしら……?」

 真夜が返答を迫る。

 達也が答えようとした、そのときだった。

「受けませんッ!」

 そう叫んだのは、リーナだった。

 達也の隣にいたリーナが、身体を震わせながら答えていた。

「達也は受けませんッ。そんな条件はッ! お断りしますッ!」

「り、リーナ……お前何を?」

 するとリーナは、通信を強制的に切ってしまった。

 驚いたのは達也である。

「リーナ、なんてことをッ!」

 達也がリーナの右腕を掴む。すると、リーナが達也を睨みつけて言う。

「あんな条件、本当に受けるつもりッ!? 受けたら、それこそ貴方は利用され続けるだけよッ。私は絶対に認めないッ。認めないわッ!」

 リーナの白い肌が、この時は真っ赤に染まっていた。

 さすがの達也も、一時的に動揺して言葉が出せなかった。

 だが、達也も気を取り直す。

「だったらどうしろというんだッ。真夜が母上に手をかけたら、どうしてくれるッ!」

「じゃあ達也は私とお母さんのどっちを選ぶ気ッ」

「…………」

「達也答えてッ。私とお母さん、どっちを選ぶのッ」

「…………」

 達也は答えられない。いつもは即断即決の達也が、こんなに苦しんだのは初めてかもしれない。

 一方は大切な母親。一方は自分と死線を潜り抜けてきた大切な相棒。

 どちらかを選べなど無理な相談なのだ。

 3年前の達也なら、相棒を捨ててあるいは母親を選んだかもしれない。だが、その3年で達也は甘くなったのだろうかと思った。

 達也が答える。

「どうしたら、いいんだ……ッ!」

 苦悩して頭を抱え込む達也が、そこにいた。

 達也は結局、真夜に返答できないまま、その日を過ごしたのであった。

 真夜から再び、連絡が来ることなくその日は終わったのである。




次回は「天魔墜つ」です。


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天魔墜つ

 2095年12月中旬。

 四葉真夜は余裕の表情でそこにいた。

 姉の深夜の容態が落ち着き、何とか一命をとりとめたからである。つまり、達也をコントロールするのに必要な道具が壊れずに自分の手中になおもあり続けることを意味している。

「達也が姉さんを見捨てるなんてこと、できるわけないわ。もし見捨てるなら、ちょっかいを出せばいい。その方法も、既に私は考えているわ」

 紅茶を口に含みながら、真夜は不気味なことを考えていた。

 実はリーナによって回線を切られた翌日、達也のほうから通信が入った。

 達也曰く。

「何とか5日の猶予をくれ。その5日で確かに返事をする」

 そして、真夜はそれを受け入れたのである。

「達也を我が四葉の当主に据える。すぐには無理だろうけど、まずは深雪と結婚させて四葉と切っても切れない関係を築かせてゆく……私にはもう、当主の座とか形式的なものはどうでもいい。裏で達也を操りながら、実際の権力は私が掌握する。そして、深雪が達也の子供を産めば、それを姉さんに代わる新たな人質にする……そうすればもう、達也は一生私の掌で踊る人形になる……」

 真夜の脳裏に、達也を操りながら自分の意のままに破壊や殺戮を繰り返す光景が浮かび上がる。

 真夜の目的は、まずは自分の女としての幸せを奪い取った大亜連合への報復である。それには、どうしても達也の力が必要なのだ。

 そして究極的には世界の破滅。

「ああ……あの子の返事が待ち遠しいわ……」

 まるで、世界が破滅する状況を脳裏に浮かべて喜んでいるようでもある。

 そこに、執事の葉山忠教がやって来た。そして、真夜に一礼してから報告する。

「……先生が……?」

「はい。真夜さまに大事な話があるからと……」

「大事な話? ……中身について何か言っていたの?」

「いいえ。詳細は真夜さまにお会いしてからお話ししたいと……」

「…………」

 真夜のいう先生とは、前九島家当主・九島烈のことである。九島家は四葉家より実力は低く、ましてや現当主・真言に至っては真夜から見れば取るに足りない存在である。

 ただし烈は違う。亡父・元造の盟友であり、真夜自身も一時期は姉・深夜と共に私的な教師として教えを受けた関係がある。

「それで、会見の場所は?」

「生駒の九島邸では如何かと……」

「いいわ。それで用意を進めなさい」

 普段なら、真夜は相手を呼び出す立場である。実際、現当主の真言なら拒否していただろう。しかし、烈では拒否できない。真夜は別に十師族の中で四葉が孤立することに恐れていたりしてないが、今は達也を味方にする大事な時期だから、無駄な争いは避けたいという気持ちもある。

 そして、真夜が葉山と2人の護衛の魔法師を連れて奈良に向かった。

 それが、12月20日である。

 

 黒羽文弥の心は落ち込んでいた。

 本家当主の真夜から、重ねて家を裏切った姉・黒羽亜夜子の始末を厳命されたからである。

 文弥にそれができるわけがない。文弥にとって、父が行方不明、いや、文弥自身、もう父は死んでいると思っている。だから彼にとって姉は唯一の家族なのだ。それを手にかけるなど、弟の自分にできるわけがない。

 しかも真夜は、期限までつけてきた。年明けまでにこの任務が果たせない場合は、文弥にも責任を取らせると言ってきたのだ。

 真夜からすれば、発破をかけることで文弥を奮起させようとでもしたのかもしれないが、文弥にとってはむしろ過酷な処置そのものである。

 もともと温厚で優しい彼の心は、これを機にいっそう苦しみだした。

 そんなときである。彼の下に二人の少年と少女が現れた。

 一人は同姓である自分が驚くほどの美形の少年。

 もう一人は自分の双子の姉である。

 そして、二人が文弥に向いて囁いた。

 文弥は目を閉じ、耳を両手で塞いで苦渋の表情を浮かべる。

 だが、次の瞬間。片割れの姉が囁いた一つの言葉。

「ならば文弥。私を殺しなさい。私を殺して、あの年増に謝罪すればいいわ」

「…………」

 その瞬間、文弥は迷いながらも決意したのであった。




次回は「天魔堕つ その2」です。


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天魔堕つ その2

 2095年12月21日。深夜。

 明け方に九島烈との会談を控えている四葉真夜は、その日は奈良のホテルに宿泊した。ホテルといっても、ここは九島家が用意した物である。

 そして食事を済ませた後、真夜は自分の部屋に戻っていた。

 部屋は高級ホテルならではの特等室といってよい。

 そこで真夜はいつものように、紅茶をすすりながらゆっくりとしていた。

 これから起こる事件など思いもよらないで……。

 

 黒羽文弥は、姉と部下、それに光宣を連れてホテルの近くにいた。

 全身が震えていた。

 これからやることに、緊張しているのである。

「落ち着きなさい文弥」

「そうはいうが姉さん……相手はあの魔王なんだよ……失敗したら……」

「心配ないわ。だからこそ、あの年増を屋敷から外に引っ張り出したんだから」

「…………」

「今、あの年増の周りには護衛の魔法師二人と葉山しかいない。これは好機よ」

「……だけど、僕たちだけで……」

「心配はいらない」

 それまで黙っていた光宣が口を開く。

「手は打ってある」

 そして、彼らの突入が始まった。

 

 真夜にとって、その時は唐突に訪れた。パリィィン! というガラスが割れる音とともに。

 真夜はその時、目を覚ましていた。

「葉山さんッ!」

 すぐに自分に忠実な側近の名を呼ぶ。だが、気配がない。

 護衛の二人の魔法師も駆けつけない。

 真夜はすぐにCADを装着した。

 その時である。

「アンティナイトッ……!」

 魔法発動を妨害するサイオンのノイズである。

(キャスト・ジャミング……!)

 真夜はキャスト・ジャミングによる『サイオン波酔い』の中でも己を見失わずに、今の状況を正確に分析していた。葉山も護衛も駆けつけない。既に始末されている可能性がある。

 このホテルは九島家の所有だから、九島家お抱えの魔法師がいるのに駆けつける気配がない。

(まさか……!)

 その瞬間、真夜に嫌な予感がした。

 そしてそれと同時に、真夜の部屋のドアが蹴破られ、侵入者が突入する。

 だが、キャスト・ジャミングの中でも真夜なら魔法は使える。

 侵入者が最後に見たのは、美しい星空だった。

 そして、それが終わると同時に、真夜はホテルを抜け出すべく動き出したのである。

 

 ホテルはその時、あちこちで窓が割れる音、轟音、煙まで立ち込めていた。

 真夜はいち早くこのホテルを逃げ出そうと走る。

 だが、真夜は魔法力こそ世界でも群を抜く実力者だが、身体能力はそれほど大したことはない。むしろ身体能力は弱い部類である。

 そのため、彼女はすぐに侵入者に行く手を遮られた。

 ただし、やはり魔王である。

 立ちはだかる者は全て、流星群の餌食になってゆく。

 そして遂に、真夜はホテルの外に抜け出したのである。

 

 その頃、亜夜子と光宣が顔を合わせていた。

「そっちはどう?」

「問題ない。始末した」

「そう。こっちも終わったわ」

 光宣と亜夜子はこの計画を実行に移すにあたり、葉山と護衛の始末を担当していたのである。

「あとは、貴方の弟だね」

「心配ないわ。文弥なら、確実に役目は果たせるわ」

 

 真夜はその時、意外な人物に出会っていた。

「文弥さん……」

「御当主さま、ご無事ですかッ!」

「ええ……」

 と、真夜が頷く。

「そうですか……それはよかったです……とはいえ、ここは危険です。すぐに逃げましょう」

 すると、

「なぜ、貴方がここにいるの? 文弥さん」

「なぜって……御当主さまが心配で……」

「心配ってどういうこと? 貴方、私が襲われるのを知っていたってこと?」

「…………」

 文弥は答えない。

「答えなさい。文弥ッ!」

 真夜が流星群を発動する。文弥が、ゴクリと生唾を飲み込む。

「答えなさい……答えないなら、流星群の餌食にするわよ」

「…………」

「さっさと……」

 その時だった。真夜の身体から、突然力が抜けたのである。

「え……!?」

 真夜が膝から地面に向いて崩れる。流星群が消え去った。

「ふう~」

 と、文弥が大きく息を吐いた。

「やっと、効き始めましたか」

「な、なんですって……」

 真夜が文弥を睨む。

「ホテルから出された食事に細工をしておいたんですよ。御当主さまの飲んだグラスに少量ですが薬を漏らせて頂きました。先程から手足が上手く動かなくて抵抗できないでしょう?」

「…………ッ」

 真夜は、万一の時に護衛に毒見をさせていたのだが、薬は遅効性なのであろう。

 文弥が、地に崩れた真夜を見つめる。

「御当主さま……お許しください……姉さんを救うには、こうするしか、ないんです」

 すると、文弥が懐からナイフを取り出す。

 真夜は必死で動こうともがくが、動けない。

 文弥がゆっくりと刃を真夜の背中に向けて押し込む。

 真夜の小さな断末魔の声がした。

 そして、刃を押し込んだまま、文弥が真夜の首筋に右手をあてる。

 反応が無い。

 文弥が、押し込んでいた刃を引き抜いた。

 四葉真夜。45歳であった。

 

 その後、真夜の遺体は光宣によって京都にある魔法協会支部に送られた。

 これは真夜の死を一気に日本、いや世界に広めるためだった。

 こうして、東洋の魔王と言われた四葉真夜は、あっけなく自分の従弟の息子によって引導を渡されてしまったのである。




次回は「新たな魔王の誕生」です。


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新たな魔王の誕生

 四葉真夜の死。

 それは、四葉家に大きなダメージを与えるのに十分であった。

 真夜は、単に魔法力が強大であるから恐れられているのではない。そのカリスマといい、魔法研究の成果といい、優れた魔法師を自家に取り込んで育成する方法といい、資金集めといい、情報収集能力といい、いずれも秀でた一代の傑物だった。

 その真夜が死去したのであるから、四葉家がどうなるのか。アンタッチャブルと恐れられ、世界を滅ぼしかねない一族とまでいわれる四葉家の動向を、誰もが固唾を飲んで見守るしかなかったのである。

 

 司波達也は、真夜の死去を知って最初に抱いた感想。

「え!?」

 だった。それしかなかった。

「何かの間違いではないのか?」

 とさえ思った。真夜を殺せるのは自分だけだと思っている。これは自惚れでは決してない。あの真夜の流星群に勝てるのは自分だけである、と達也は本気で思っているからだ。

 その真夜が死んだ。宿敵として対立してきた女が死んだのだから、普通は喜ぶべきである。だが、達也には慶びはなかった。

 むしろ、何かを失った虚無感だけが残されていた。

(年増……お前だけは、俺の手で始末したかった……)

 達也は虚空を睨みながら、本当にそう思っていた。

 そして真夜が殺されたことを知ると、誰が殺したのか興味を持った。

 だが、それは後回しでいい。

 まずはこの後のことである。

(あの年増が死んだとなれば、四葉は大混乱だろう。誰が跡を継ぐか……最有力は深雪だが、現時点でまだ15歳の小娘。年齢的に難しい。恐らく、四葉は後継者をめぐり大混乱になるはずだ)

(肉親の争い程醜いものはないが、それを抑えるのもまた難しい。ましてや四葉家当主は裏の世界でそれなりの権力を掌握できる旨味がある……争いが長引けば長引くだけ、俺には好都合だ)

(母上を取り戻し、俺が四葉を変えてやる)

 そして、達也は上に再び、日本への渡航許可を出すように求めた。

 これはリーナも同じように申請を出している。

 今回は理由もある。

「四葉の当主が不慮の死を遂げた。ならば四葉がどうなるかは我がUSNAにとっても重要事のはずだ。ならば日本に渡航することを許してもらいたい」

 だが、やはり上層部は許可しなかった。

 戦略級魔法師を国外に送る。ましてや日本人の血が流れる達也(大黒竜也)とリーナを送れば、日本に物心がついて裏切る可能性がないともいえない。だから許可しなかった。

 ただし、USNAにしても四葉の動きは注意している。どうなるか調査する必要があるとは思っている。

 そこで、シルヴィア・マーキュリー・ファーストをはじめとした惑星級のスターズを送り込む案を妥協策として達也に提示した。

 これを知った達也とリーナは激怒した。

「貴様らは、スターズの隊員をなんだと思っているッ! スターズの隊員を捨て駒にするつもりかッ!」

 日本の魔法師のレベルは非常に高い。戦闘力も非常に秀でている者が多い。

 そこに、達也やリーナクラスの魔法師、あるいは隊長クラスの魔法師を送るのではなく、後方支援が主な任務である隊員だけを送り込むなど、自殺行為としかいいようがない。

 達也は激怒した。そして言う。

「そんなに戦略級魔法師がいなくなるのが怖いのか……なら、リーナを残す。俺が日本に渡航するのを認めろ」

 と、求めたのである。

 上層部はリーナを残すという次善案を了承した。

 こうして、達也はシルヴィアとその他の部下たちを連れて、再び日本に向かうことになった。

 後に、自分だけ本国に残るようにした達也に激怒したリーナが、達也に詰め寄ってその頬に強い平手打ちをした。達也は避けることなく、それを受け止めた。

 そして、

「これで永遠に別れるわけじゃない。お前を残して俺は日本に残ったりしないよ。必ず、戻ってくるから」

 と、リーナを抱きしめながら、本国に残って自分の代わりにスターズをまとめ上げてほしい、と言い残して、達也は日本に向かったのである。

 

 四葉家の後継者候補として、真っ先に挙げられたのは、深雪である。

 真夜の血縁者としては最も近いし、強力な魔法力を秘めている。ただし、15歳とまだ若いのが問題になった。

 次に候補として挙げられたのは、津久葉夕歌と新発田勝成である。

 この二人は成人しているし、後継者候補として挙げられていたこともあるから、後継者としてふさわしいのでは、という意見も多かった。

 だが、二人には決め手がなかった。

 お互いそれなりの魔法師として地位もあるが、残念ながら真夜のように強力な魔法師というわけではない。また、二人のうち、どちらを選んでもどちらかにしこりを残す可能性があるとして、これも見送られた。

 となると、四葉を継承する候補がいないということになってしまう。

 こうして、議論ばかりが一族で続くいわゆる「小田原評定」が続けられたのである。

 

 深雪は、眠気を覚えていた。

 今も、一族のひとりが議論を述べているが、結論が出ない。

 いつまでも同じことの繰り返しで、結論が出ないのである。

(いつまで続けるつもりなのかしらね……この人たちはッ)

 深雪は内心、軽蔑したように一族を見つめていた。

 そして、

(仕方ないわね……あの手でいこうかしら)

 深雪が、椅子から立ち上がった。

 それを見て、四葉一族の誰もが驚く。深雪は当主候補の最有力者だが、それは真夜という後ろ盾あってのことで、真夜のいない今ではただの小娘と見ていたからだ。

 ところが、深雪は立ち上がると、一族をその気迫の籠もった目で見つめあげると、故意に開けられている上座にいきなり着席したのである。

 そこは本来、当主である真夜が座るべき場所である。

 深雪が言う。

「議論は最早必要ありません。本日より、私が四葉家の当主となります。誰か、異見のあるお方はいますか?」

 その言葉に、一族の誰もが唖然とする。

 だが、すぐに気を取り直して反対意見を述べようとする。

 すると、深雪は隣に従っている水波から、一枚の紙を受け取った。

「私は、前当主・真夜の娘です。その実の娘が後継者となることに、何の問題がありますか?」

「…………!!」

 誰もが驚いた。深雪は、深夜の娘だと思っていたからだ。

 だが、深雪は紙を一族の誰もにわかるように見せてゆく。

 それは、戸籍である。真夜が生前、葉山に命じて改竄させ、自分の娘にするように細工させたものである。

 当事者である真夜と葉山は既に死んでいるから、知っているのは深雪と結婚相手にされていた達也だけとなる。

 さらに深雪は、自分が大漢に誘拐される前に冷凍保存されていた卵子から代理出産で生まれた娘であると述べた。

 こうなると、深雪の最早独壇場だった。

 夕歌にしても勝成にしても、議論ばかりで進まない会議に飽き飽きしていた。それに、この二人には当主の地位にさほどの興味もない。

 他の一族も、不満な者はいるが、逆らえば凍らされかねない深雪の魔法力を恐れて意見が言えない。

 こうして、四葉深雪が誕生したのであった。

 




次回は「達也と深雪」です。


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達也と深雪

 大黒竜也は、それをUSNAの諜報員用として用意されていた施設で聞いていた。

 報告するのは、日本に付いてきたシルヴィア・マーキュリー・ファーストである。

「なんだと……四葉の新当主に、深雪が就任しただと……」

「はい」

 シルヴィアは報告書に目を通しながら、淡々と答えている。

「それに反対意見は無かったのか?」

「はい。四葉深雪は、前当主・四葉真夜の実の娘だということが公表され、それが決め手になったそうです」

「…………」

 竜也はこのとき、右手に茶を入れたコップを持っていたが、それを強く握りしめて遂に割ってしまった。

 割れる音とともに破片が飛び散り、赤い液体が達也の右手に広がる。

 だが、竜也の再成を知るシルヴィアは動揺しない。

「……そうか……」

 竜也は考え込む。それが10分ほど続いた。そして、

「ならばシルヴィア」

「なんでしょうか?」

「四葉深雪に対してアポイントメントをとれ。大黒竜也が会いたいとな」

「…………」

 シルヴィアが、椅子に腰かけている自分の上司を見つめる。

「それは、大黒竜也個人として会われるということでしょうか? それとも、スターズの総隊長として会われるということでしょうか?」

「……それが重要なことか?」

「はい。個人なら問題ありませんが、スターズの総隊長として会われるなら、立場というものがあります。隊長は我が国を代表する魔法師なのです。それを考えてください」

「…………」

 竜也がシルヴィアを見つめる。リーナに劣らず、この女性も竜也に意見する数少ない存在である。そしてそんな女性だから、竜也は彼女には信頼を置いている。

「……スターズの総隊長として会いたい、と伝えていい」

「しかし、それでは……」

「構わない。それで先方と話をつけろ」

 そして、年明けの2096年1月4日に、四葉側が用意した場所で会見することが決まった。

 

 竜也と深雪は、とある神社の離れで会見していた。

 神社には正月のためか、参拝客がまだ来ている。

 この時の深雪は赤い着物を着用している。見る人が見れば可憐な少女に見える。

 一方の竜也はどこかの若頭を思わせるような黒い着物である。

 このとき、深雪には花菱兵庫が、竜也にはシルヴィアがそれぞれ背後に控えていた。

 二人は、上座も下座も無い同列の場所で互いを見つめている。

 先に発言したのは竜也である。

「四葉さん……ここは、お二人でお話がしたい……お付きの男性を下がらせてもらってよろしいかな?」

「ええ……私も、そう思っていたところです」

 そして、花菱とシルヴィアがそれぞれ互いの主に一礼して、その場を去る。

 部屋の戸が閉められると、竜也はしばらく瞑想する。

 深雪はそれを見つめている。

 竜也は、花菱やシルヴィア、あるいは他の誰かが盗み聞きしていないかをエレメンタルサイトで調べているのだ。そして、それが無いことを確認して目を開く。

「では改めて……大黒竜也……いえ、司波達也です」

「私が四葉深雪です……貴方が、私の兄なのですね……」

「…………」

 達也は答えない。

「今まで第一高校にいたときは、私をだましていたということですね」

「…………」

「まあいいでしょう。それで、お話とは?」

 すると、達也が言う。

「まずは亡き先代に約束されていた結婚の話。あの話を破談にしてもらいたい。私は近親者と結婚する気は毛頭ない」

「…………」

 深雪が無表情で達也を見つめている。

「貴方にとっても、出来損ないの兄と結婚するなど不本意だろう? 悪い話では無いと思うがな」

「……よろしいでしょう。この話、破談にされて結構です」

 深雪が押し殺すような声で答えた。

 達也が頷く。

「そうか……なら、これで一つ目は終わりだ。もう一つは……司波深夜の、私の母の身柄を返して頂きたい」

「……返す? これはおかしいことを言われますね?」

「なに?」

「深夜『伯母様』は我が一族として、四葉家で暮らしている身であるにすぎません。それを我々がまるで拘束しているように言われるとは不本意です」

「…………」

 達也の目に殺気が宿りだした。

 深雪は気にせず言う。

「それに貴方は一族を追われ、もう四葉とは何の関係も無い身です。それなのに深夜『伯母様』を返せなんて……身の程をわきまえなさいッ」

「それは、俺に対する宣戦布告と考えてもよろしいのかな?」

 達也の声のトーンが変わりだした。

 顔はまだ明るさも見えるが、目は笑っていない。

 深雪が言う。

「ええ。そう考えられて結構ですわ……というより、我が一族の者を関係ない『第三者』に渡すなんてできませんから……」

「……それは、スターズを敵に回しても構わないと言っていると考えてよろしいのかな?」

「…………」

「四葉家は先代の当主を失っている。側近の葉山も死んだ……分家の黒羽は脱落している……どう見ても、以前より戦力は遥かに落ちている……それでスターズを敵に回して勝てるとでも言いたいのか?」

「…………」

「言っておくが、そちらの先代当主にスターズは痛い目にあわされている。スターズの中には四葉に報復をと叫ぶ急進派も多い。そのスターズを敵に回して、勝てると思っているのか?」

「…………」

 深雪は表情には出していないが、内心は動揺していた。

 深雪を中心とする新体制は、現時点では全くまとまっていない。

 花菱が何とか深雪を支えて新体制の構築を進めているのが現状で、ここでスターズと戦争などとてもできる余裕はないのだ。

 とそこに、深雪の脳裏に、故・四葉真夜との会見が蘇る。

(姉の身柄がある以上は迂闊に手出しはできない……亡きお母さまはそう言っていたはず……)

 そして、深雪が強気の発言をする。

「ええ。……覚悟の上です」

「……そうか……なら、現時点をもって、我がスターズと四葉家は敵対関係となった……それを、覚悟してもらおうか」

「ええ……受けて立ちます」

「……後悔しないようにな……」

 そして、会見は終わった。

 

 だが、四葉の敵はスターズだけではなかったのだ。

 これからさらなる苦難が来ることで、深雪はそれを思い知らされることになるのである。




次回は「大隊と深雪」です。

しばらく忙しかったので更新が止まっていました。申し訳ありません。


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大隊と深雪

 司波深雪改め、四葉深雪。

 この名前になった時、敏感に反応した者たちがいる。

 国防陸軍第101旅団独立魔装大隊旅団長である佐伯広海少将と、風間玄信少佐である。

「では……深雪くんを大隊から遠ざけると言われるのですか……」

 風間の言葉に、佐伯が頷く。

「しかし……それは……」

「彼女は日本にいる貴重な戦力で、戦略級魔法師のひとり。そして、我が大隊の切り札である。そう言いたいのですか?」

「はい」

 風間が頷く。

 実は、深雪が大隊に属しているのは理由がある。

 沖縄に母の深夜をはじめとするメンバーで行った時である。この時、深雪たちは反乱に巻き込まれて撃たれた。これを助けたのは実は当時スターズの隊員として諜報に当たっていた達也なのだが、これで自分の無力を痛感した彼女は、風間に軍に入りたいと志願した。

 当時、叔母の真夜は有力な後継者候補を戦場に出すなど考えられないとして最初は許さなかったが、深雪の決意は固かった。自分の不甲斐なさを悟り、もっと自分を磨き上げたいと思っていたからだ。

 深雪をただのお嬢様と思っていた四葉家の面々も深雪の決意の固さに驚き、そして了承するしかなかった。ただし、深雪には戦場に出る際には常に桜井水波を付けることを条件にしている。

 深雪は頑張った。横浜でもブランシュでも九校戦でも。彼女の実力は大隊でも抜きんでたものとして認識されるようになった。

 ただし、これに良い感情を抱かないものもいた。

 もともと大隊は十師族から独立した魔法戦力を備えることを目的に創設したものである。それが十師族の深雪にいつしか依存していて『深雪無くして大隊なし』みたいな状況になりつつあったからだ。

 とはいえ、深雪の背後には四葉がいる。34年前に大漢を当時の一族で滅ぼしたアンタッチャブルが。

 そして真夜が死去し、深雪が新しい当主になった。さすがに当主になった深雪を今までのように大隊の一員として扱おうというのは不可能である。

「……実はその件で、深雪さんから申し出がありました」

「何と言ってきたのですか?」

「深雪さんは、今までのように大隊との関係は維持したい……そして、大隊から指示があれば自分はそれに応じるつもりである、と言ってきました」

「……つまり、今までの関係を当主になったからといって改めるつもりはないと?」

「そういうことに、なりますね」

「…………」

 風間が考え込む。そして言う。

「四葉は前の当主が不慮の死を遂げ、新しい当主の深雪くんはまだ若年。今は軍と争いたくないのが実情でしょうね」

「でしょうね……で、貴官はどう思いますか?」

「我々は深雪くんに代わる戦力を補充できていません。しかももう一人の戦略級魔法師である五輪澪はいつ死んでもおかしくない病弱。そんな状態で深雪くんとの関係を崩すなど賛成できません」

「ですが、上は彼女が四葉の当主になったという事実を無視できないと言っています……四葉にこれ以上肩入れするのは……」

「前当主の場合ならそうでしょうが、深雪くんには政治的な野心などありません。また、駆け引きもそれほどではありません。私はむしろ、四葉が代替わりしたのは軍にとっては大変良いことだと思っているのですが……」

「……わかりました……貴官の意見は、私が上に伝えておきます……下がりなさい」

「はッ!」

 そして、風間が引き下がった。

 

 同じ頃、奇しくも情報部も動いていた。

 情報部が動くのには理由がある。実は横浜での『凍結の悪夢』。あれを使ったのが深雪ではないかという情報を掴んでいたからだ。

「四葉は危険すぎる……まずは、新しい四葉の当主がどのような人物か、見極める必要がある」

 その先兵として動いたのが、師補十八家・十山家の令嬢であり、国防陸軍情報部首都方面防諜部隊所属の曹長である十山(遠山)つかさであった。

 

 深雪はスターズに、そして今まで協力し合っていたはずの国防軍にまで追い詰められようとしていたのであった。




次回は「達也暗躍」です。


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達也暗躍

 達也の下に、3人の信頼する仲間がいた。

 顔ぶれを上げる。

 その能力を高く評価している美少年の九島光宣。

 再従妹の黒羽亜夜子。

 その双子の弟の文弥。

 その3人と共に今、かつてリーナと共に第一高校に在籍していた際に拠点にしていた家で食事をしていた。

「そうか……深雪が軍の命令で動いたか……」

「はい。先日、四葉家に潜入させておいた我が手の者の報告では、深雪さんに対して周公瑾を始末するように、命令が出されたそうです」

 答えるのは亜夜子である。

「……それは深雪が……いや、四葉家がやるということか?」

「はい」

「なぜだ? 周公瑾のことはそこにいる光宣から聞いている。そこそこの使い手らしいが、しょせんは一匹狼だ。それに普通は、軍が動くはずだろう?」

「それなんですが……どうやら、周公瑾と軍は繋がっているようなのです」

「なに……?」

 達也が手にしていたグラスを机に置く。そして、

「詳しく聞かせて見ろ」

 と、亜夜子に迫る。

「はい。深雪さんが四葉の当主に就任したことで、国防軍はこれまでの深雪さんとの関係を見直そうとしているようなのです。深雪さんが所属している魔壮大隊はもともと、十師族から独立した魔法戦力を備えることを目的に創設したもの。それがいつの間にか、深雪さんに依存して成り立っているような隊になっています。国防軍はどうやら、それが気に入らないようなのです」

「…………」

「国防軍は四葉家の当主になったことで、深雪さんを危険視しています。……大隊だけでなく、このままでは軍そのものが十師族の強い影響下に置かれることを。そこで、深雪さんが今後も国防軍に忠実に働いてくれる人物かどうか、試そうとしているのです。ひとりのテロリストを使って……」

「それで?」

「周公瑾は横浜騒乱の後、国防軍の中で繋がっていた情報部の十山つかさに密かに庇護されていましたが、この十山つかさが周公瑾に『凍結の悪夢』の際の戦略級魔法を使ったのが深雪さんであると吹き込み、日本国内で破壊活動を行うようにそそのかしたとのことです」

「……国防軍は深雪が戦略級魔法師だと知っているのか?」

「いいえ。どうやら十山は深雪さんを戦略級魔法師であると疑いはしていますが、証拠まではつかんでいないようです。……恐らく、周公瑾を利用するために騙ったものかと」

「ふん……」

 達也が、文弥によって既に液体が注がれていた自らのグラスを手に取る。

「愚かなことだ……深雪がいるから、日本はこれまでの危機を逃れることができたんだろう。深雪なしでどうやって大亜や新ソ連、それに我がUSNAとやり合うつもりだ? 本来なら、深雪との関係をもっと深めて取り込むのが筋だろうに」

 それに対し、光宣が言う。

「軍というものは常に利害関係が存在しますし、権力争いもつきものです。恐らく、深雪さんがこれ以上軍内で影響力を強めたら、それはアンタッチャブルといわれる四葉家の拡大にも繋がります。それを恐れてのことではないでしょうか?」

「ふん……だとしても、深雪に代わる戦力があるのか? 今の日本に? そんな存在もないのに深雪を試そうなどと、日本の国防軍はどうかしている」

 そして、グラスに注がれていた液体を一気に飲み干し、机にグラスを置く。

「それで、これからどうしますか? 達也兄さん」

 文弥である。

「決まっている。まずは、四葉家にある母上を取り戻す。深雪が不在で、戦力を大きく落としている今の四葉家なら何も問題はない。亜夜子」

「はい」

「深雪の行動を逐一、俺に報告してくれ。深雪が周公瑾の始末のために屋敷を不在にしたその時。俺は動く」

「わかりました」

「光宣、文弥。お前たちは俺についてきてほしい」

「「わかりました」」

 二人が口を揃えて言う。

 こうして、計画の準備が進められた。

 

 深雪が動いたのは、それから5日後であった。

 このとき、深雪は桜井水波、津久葉夕歌、新発田勝成らを連れて周公瑾の追跡を開始している。そのため、四葉家の屋敷の警護は極めて脆弱になっていた。

 こんな状態であの魔人を防げるわけがない。

 わずか10分ほどで屋敷は制圧され、そして達也は遂に母親を取り戻した。

「お会いしたかったです……母上……」

 それは、ようやく、ようやく愛する母に会えた男の震える声であった。




次回は「深雪と周公瑾」です。


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深雪と周公瑾

 四葉深雪が、それを知ったのは屋敷が襲われてから1時間後のことである。

 報告したのは襲撃から逃げ延びた花菱親子であった。

(やってくれましたね……)

 深雪には、この襲撃が誰の手によるものかがわかっていた。

 ならばなぜ、屋敷を厳重にしなかったのか。

 それは深雪が失念していたからである。

 当主になってから激務に次ぐ激務で、すっかり達也のことを失念していた。それより国防軍との関係の保持や四葉家の体制再建に注意が向けられていたからである。

(これから、どうするかだわ……取り乱したらますます事態を悪くするだけ……)

 深雪は今、京都にいるという周公瑾を追って滋賀県にいた。

「どうするつもりなの? 深雪さん」

 尋ねるのは津久葉夕歌である。

 この場には他に新発田勝成と桜井水波がいる。

 深雪は目を閉じたまま、しばらく黙っている。そして、それが5分ほど続いたそのとき、目をカッと見開く。

「夕歌さんと勝成さんは、東京に戻って屋敷の再建と残った一族、使用人の人たちをかき集めてください。私は水波ちゃんと周公瑾に対する作戦を続行します」

「…………」

 夕歌と勝成は、そんな深雪に対して無言で頷くだけだった。

「それから夕歌さん、勝成さん……ちょっとお願いがあるのですが……」

 と、二人に何事か囁く深雪がいたのであった。

 

 周公瑾はその頃、京都の伝統派の下に逃亡していた。

 伝統派とは、京都を中心とする地方の古式魔法師が宗派を超えて手を組んだ魔法結社である。

 周公瑾は目的がある。それは魔法を社会的に葬り去り、魔法の無い世界で覇権を手にすることである。

 ただし、彼はナンバー1になるつもりはない。自分がそんな器で無いことは承知している。だが、ナンバー2にならなれると思っている。

(私は表に立てた主人を裏で操る……道化師の役目が似合っていますからね……)

 周公瑾の頭にこのとき、自分の主人の顔が浮かんだ。

 今、自分が従っている主人は周公瑾にとってその野心をかなえるのに理想的な主人である。適当に誤魔化しながら操ることも可能だと思っている。

(そのためにも……私はまだまだ生きなければなりません……命がなければ、野望もかなえられませんからねえ……)

 周公瑾が、ニヤリと唇を綻ばせた。

 そのときである。

「周さま」

「なんでしょうか?」

「お手紙が届いています」

「誰からですか?」

「それが……」

 そして、伝統派の魔法師から聞かされたその名前に、周公瑾は驚いた。そして、手紙を見る。

「面白い……」

 手紙を持つ周公瑾の手が、プルプルと震えていた。それは、緊張からくるものだった。

 

 そしてその翌日。

 その三人が京都にある料亭で会っていた。

 その3人とは、四葉深雪と桜井水波、そして周公瑾だったのである。

 




次回は「深雪と周公瑾 その2」です。


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深雪と周公瑾 その2

 そこに、美少女と美青年が対面していた。

 美少女は司波深雪、美青年は周公瑾である。

 深雪の後ろには護衛として桜井水波もいる。水波も美少女に入る容姿の持ち主であるが、この二人と比較すると残念ながら一段階は見劣りする。

 それはさておき。

「お手紙は拝見しました……それで、お話とは?」

「ええ……周公瑾さん……私と、手を組みませんか?」

「…………」

 周公瑾は、目の前にいる少女を凝視する。

 まだ15歳の小娘なのに、醸し出している雰囲気は並ではない。何か、大人を感じさせる何かがあるように感じる。

「手を結ぶ……つまり、私と貴女が協力関係になると言われたいのですか?」

「ええ……もっと言えば、貴方の主人であるジード・ヘイグさんとね」

「!」

 周がその瞬間、さすがに目を見開いた。

 この少女は自分のことをかなり詳細に調べ上げている。調べ上げた上で自分と会見している。ただの小娘だと侮れない。周はそう思った。

「なるほど……。ですがそうなると、私個人の判断では了承しかねますがね……」

「そうですか? 貴方はジード・ヘイグさんにそれなりに信任されているんでしょう? 貴方が口説けばあの御仁は私の申し出を受け入れるのではないですか?」

「…………」

 周は改めて深雪を見つめる。

 今の自分は20代前半であるが、それでも10近い歳の差がある。実際には祖父と孫娘くらいの差があるのだが、目の前にいる女性はそれを思わせないものを持っていると思った。

 周が言う。

「仮に、我々と貴女が手を結んだとしましょう……」

「ええ」

「その場合、我々には何の利益がありますか?」

「……共に力を合わせること、敵対することが無くなります。これでも十分な利益だと思いますが……」

「それだけでは残念ながら我が主を口説く自信が私にはありません。何しろ我々は、反魔法国際政治団体ですからね」

「…………」

「そして貴女は、我々が忌み嫌うアンタッチャブル、四葉家の御当主さまだ。これだけでも我々と貴女には手を結ぶことが難しいことはご理解いただけていると思いますが」

「そうでしょうか? 貴方は先ほど、反魔法国際政治団体とおっしゃいました。ならば、その活動を我々に向けるよりも、今物凄い勢いで実力をつけている魔法師やその団体に向けるのが筋ではないですか?」

「……何のことを仰っておられる?」

「スターズ……USNAが誇る世界最強の魔法師実行部隊のことですよ……まずはこれを潰すのが優先事項ではないですか?」

「…………」

 ここで、深雪はお茶を飲んで一服する。

 その間に、背後にいる水波が紙媒体の書類を取り出して周の前に広げた。

「……これは……?」

 その紙媒体には、ある人物の写真と経歴が載せられていた。

「スターズ総隊長・大黒竜也……それに副隊長のアンジェリーナ・クドウ・シールズですよ」

「……見ればわかる……それで?」

「横浜の戦いのとき、大亜軍の呂剛虎がやられたのはご存知ですよね?」

「ああ……」

「彼を殺ったのは大黒竜也ですよ」

「!」

 周が驚く。乱戦の混乱とその後の逃亡のため、その情報はまだ周には届けられてなかったのだ。

「ついでに言うなら大黒とアンジェリーナ、この二人は戦略級魔法師です」

「!」

「大黒のほうは公表されていませんが、アンジェリーナのほうは十三使徒の一人、アンジー・シリウスですよ」

「…………」

「我が四葉家も、この二人にはたびたび痛い目にあわされていましてね……そこで、頼もしいパートナーがほしいと思っていたんですよ」

「……我々が、そのパートナーだと?」

「ええ」

「…………」

「いいですか周公瑾さん。私はまず、協力してスターズを倒そうと言っているんです。もし、貴方もしくは貴方のご主人がスターズを倒した後、我が四葉を倒したいと言われるなら、それでもよし。しかし今、我々が手を結ばなければ、我が四葉も、貴方がたもいずれスターズの餌食にされてしまいます。そうなる前に、手を結ぼうと言っているのです」

「…………」

 周が目を閉じた。

 静寂の時間が過ぎてゆく。それが10分ほどしてから、周が答えた。

「いいでしょう。主を口説いてみましょう」

「ありがとうございます」

 深雪が頭を下げた。

「だが、ひとつだけ答えていただきたい」

「なんでしょうか?」

「貴方は日本の国防軍と手を結んでいるはずだ。その関係はどうするおつもりで?」

「ああ……そのことなら、気にする必要はありません。もう、国防軍との協力関係は白紙に戻そうと思いますから」

「…………」

「もともと、貴方を追えという命令も、私が四葉の当主になったことで、私を試そうとする国防軍のくだらない思惑によるものです。私は貴方の実力を買っています。役に立たない国防軍と手を結んでいるより、貴方がたと手を結んでいたほうが、まだ役に立ちそうですからね」

「では、私を追跡する任務は?」

「それはかなわなかったと言っておきます」

「しかしそう答えれば、貴方と国防軍の関係が険悪になるのでは?」

「険悪になっても、奴らにできることなんてたかが知れています。私は、貴方がたの力を頼りにしています。まずは共通の敵・スターズと共に戦いましょう」

「…………」

 そして、会見が終わった。

 

 この数日後、四葉とブランシュ総帥・ジード・ヘイグの間で正式に協力関係が結ばれることになった。

 こうして両者は、強敵・大黒竜也こと司波達也に共にあたることになったのである。




次回は「リーナ脱走」です。


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リーナ脱走

 アンジェリーナ=クドウ=シールズはその日も、総隊長である大黒竜也こと司波達也の代理としての仕事をこなしていた。

 リーナは達也に較べると事務能力では劣るが、それでもやるときはやる女性である。また、スターズの隊員からの人望も達也と並ぶ形で厚いものがある。

 そのため、達也の代理としての仕事を何とかこなしていた。

 とはいえ、彼女には不満もあった。それは相棒からの連絡がなかなか入ってこないことである。

(まったく……達也のヤツ……連絡は毎日するように言っておいたのに……最近はほとんどないじゃない……相棒たる私を何だと思っているのよッ)

 しかも達也は、こちらは潜入任務をやっているんだから、こちらから連絡する以外はするなと命令していた。そのため、リーナのほうから連絡はできない。

 そのため、最近は不機嫌になることの多いリーナだった。

 そんな最中だった。

 あれが起きたのは。

 

 エドワード・クラークという男がいる。

 USNA国家科学局(NSA)所属の技術者で、フリズスキャルヴというエシェロンⅢの追加拡張システムの開発者であり管理者である。

 この男には、ある歪んだ理想がある。

 それは、USNAが再び世界の覇権を手にし、日本をはじめとした各国の上位に君臨するということである。そのために、不穏分子の存在は絶対に許されないと思っている。

 そして彼にとって不満なのが、このUSNAの覇権、すなわちその資本になる軍事力が生粋の日本人である大黒竜也によって支えられているという事実である。

 スターズは今や世界最強の名をほしいままにしている。それに大黒竜也の存在が大きく貢献していることもエドワードは承知している。

 だが、彼は白人ではない。黄色人種だ。

(黄色い猿が我が国の覇権を支える軍事力の象徴になるなどあってはならない……我が国は……いや、我が白人人種は世界を統べるために神が与えたもうた存在である。その我々を支えているのが黄色い猿などと、決してあってはならないのだ)

 エドワードは、以前から竜也の存在を自らが築き上げたシステムをもって調べ上げていた。

 その結果、彼が秘密にしている本名や裏の事情、ほとんど全てを調べ上げていた。彼が軍に反抗的なこともである。

(このような男を野放しにしておいては、いずれ我が国に害をなす……今のうちに排除するべきだ……)

 エドワードは、そう思っていた。

 だが、達也を排除すれば自分が愛する国の軍事力の根幹に関わることも事実である。

(奴の後釜には、副隊長の小娘を据えよう。小娘なら操りやすいしな)

 エドワードは、勝手にそんなことを考えていた。

 リーナは確かに外見は白人だが、その4分の1には日本人の血が流れている。だから、ある意味で彼が嫌う黄色人種でもあるのだ。

 エドワードは自分が身勝手な考えをしていること、そしてこれが大変な事件に繋がることを考えていなかったのである。この時点で。

 

 リーナの目の前に、エドワード・クラークがいた。

 場所はリーナに宛がわれている副隊長室。

 この時のリーナは、アンジー・シリウスの扮装でエドワードと対峙している。

 そして、名は知っていたが実際に会うのはこれが初めてであるリーナが見た第一印象は、

(この男は好きになれない……)

 だった。自分の父親ほどの年齢差があるが、その何を企んでいるかわからない口元の歪み方や死んだような眼。それが真っすぐなリーナにはどうしても気に入らなかった。

「……それで、お話とはなんでしょうか? 博士」

 この会見の申し出は、エドワードのほうから行なわれている。リーナとしては断ってもよかったのだが、上司のひとりであるポール・ウォーカーの口添えもあって、断れなかったのである。

「少佐……少佐は今の世界の情況をどうお考えですか?」

「…………」

 いきなり何を言い出すのだこの男は、とリーナは思った。

「今の世界は、魔法師と非魔法師の争いが活発になっている。我が国でも失礼ながら、そちらのスターズの元隊員だったベンジャミン・カノープスが反乱を起こしてから、小規模な暴動が相次いでいます。幸いにして、鎮圧に軍が出動しなければならない事態には至っていませんが……」

「博士……私は、頭が悪いので建前とか前置きの類は嫌いなんです……何が仰りたいのか、ハッキリと答えてください」

 リーナがあからさまに不機嫌を表すように言った。

 エドワードは唇を少し歪めてから言う。

「スターズは世界最強の魔法師部隊です。我が国の覇権を支える重要な戦力であるといってよい……ですが今、魔法師の質そのものでは本来は我が国の属国であるといってよい日本に遅れをとりつつあります……」

「…………」

「いや、最近では他の国でも強い魔法師が生まれつつある。我が国の覇権は極めて危うい状況にあると言ってよいでしょう」

「……博士……何が仰りたいのですか?」

「我が国の覇権を支えるスターズに、我が国を脅かす日本の生まれである大黒総隊長を据えておくのは好ましくない……と言っているのですよ……」

 その瞬間、リーナの右手がグッと握られたことに、エドワードは気づけていなかった。

「何が言いたいのです……」

「貴女が、スターズの総隊長になられるべきであると……シリウスの名を持つ貴女こそが、スターズを統べるにふさわしい存在であると、そう言っているのですよ」

 エドワードの死んだような眼が、さらに歪みつつあった。

 リーナの左手もグッと握られる。

「心配はいりません。……私は既に、大黒竜也総隊長がこれまでやってきた罪状を全て握っています。これを公表したらあの男は間違いなくUSNAを追われる……戦わずして、片はつくというわけですよ」

「…………」

 リーナの全身が震えだした。

 そして、リーナが立ち上がったのである。




次回は「リーナ脱走 その2」です。


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リーナ脱走 その2

 立ち上がったリーナを見て初めてエドワードは気付いた。

 それまで少女のような雰囲気しか無かった目の前の人物から、凄まじい怒気が流れ出しているという事を。

「博士……」

 仮面をかぶっているにも関わらず、その開いている目の部分から凄まじいまでの殺気が放出されだした。

 エドワードもさすがにこの時になって、ただ事ではないことに気が付いたようだった。

「……私が、総隊長に……竜也を裏切る? 冗談もほどほどにしてほしいですわね」

 すると、リーナが懐からナイフを取り出した。

 エドワードは一瞬あせるが、すぐに虚勢を張ったように言う。

「なるほど……貴女はお若い。その若さと純真さゆえに、今の状況が我が国にとってどれだけ危機的なのかをご理解いただけてないのですね」

「…………」

「いいですか、シリウス少佐……」

 すると、

「お前、もういいよ」

 と、リーナが有無を言わせず、いきなり左手に掴んでいたナイフを、エドワードの右肩向けて振り下ろした。

「ぎゃあああああああッ!」

 悲鳴が轟く。エドワードの放ったものである。

「私が総隊長を裏切るなんて、それはどんなことがあろうとあり得ません。また、世界がどうなろうが、USNAがどうなろうが、私には関係ありません」

 リーナがエドワードの右肩に刺したナイフを抜く。途端に、血が溢れ出した。

 エドワードが左手で右肩を抑えるが、出血は止まらない。

「私には、総隊長が全てです」

 すると、エドワードが苦しみながら言う。

「そうですか……それは残念だ……貴女なら、私の話を理解して頂けると思っていたのだが、どうやら見込み違いだったようだ……」

 リーナが、傷ついてふらつきながらも立ち上がったエドワードに言う。

「エドワード博士。貴方を拘束します」

「拘束? ……フフフフフ……ハーッハッハッハッ……」

 途端に、エドワードが笑い出した。

「何が可笑しいのですか?」

「フフフフフ……シリウス少佐。やはり貴方は小娘だ……私の見通しが甘かったことは認めるが、私が何も保険をかけていないとでもお思いなので?」

「……なんですって……?」

「今頃は……」

 エドワードのそれを聞いて、リーナが逆上する。

「貴様ッ!」

 そして、リーナは逆上の余り、エドワードという生き証人を殺してしまったのだ。

 これでは、エドワードを取り調べにかけて自白させるという事も不可能になってしまう。

 リーナはこの時点で、反逆者も同じになってしまった。

 そして、リーナは逃げたのである。

 

 その頃、世界中にそれが動画として、あるいは情報として流れていた。

 流されているのは、大黒竜也とアンジェリーナ・クドウ・シールズの経歴、そして二人が戦略級魔法師であることなどである。

 エドワードはあの時、リーナに対してこう言ったのだ。

「今頃は、私の息子のレイモンドが貴女と大黒の経歴や秘密の全てを世界中に発信しているだろうよ……貴女たちは、もう世界のどこでも自由に生きられない……これからは常に狙われる立場になる……幸せなんて二度とこないと思うべきだな……」

 それを聞いたリーナは、思わず逆上してしまった。

 リーナも達也も、経歴は秘密にしているし、ましてや戦略級魔法は極秘扱いにしているものである。

 それが世界中に情報として流された。

 つまり、これはそれ以降の自由の制限を意味している。

 今までは達也もリーナも情報を秘匿していたからある程度の自由があった。

 だが秘密のほとんどが暴露されてしまった。

 それが何を意味しているのかわからないほど、二人は愚かではない。

 そしてそれを悟ったリーナは逆上してしまい、切れてしまってエドワードを殺してしまった。

 これでは、自らは殺人に手を染めたことになってしまう。

 無罪を主張しても受け入れられるわけもない。

 こうしてリーナは逃げた。

 そして、同時にリーナも達也も、一気に追いつめられてしまったことを意味していた。




次回は「大逆転へむけて」です。


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大逆転に向けて

 司波達也が、その報告と命令を受けたのはリーナの脱走劇からわずか1時間後のことである。

 最初に受けた報告が、

「シリウス少佐が、エドワード。・クラーク博士を殺害して脱走した」

 であった。そのため、さすがの達也も何があったのかさっぱりわからなかった。

 そして第二報がその10分後に届けられた。それは、ヴァージニア・バランス大佐からの指令だった。

「シリウス少佐が軍を裏切った。よって大黒大佐。貴殿に連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、シリウス……いや、アンジェリーナ・クドウ・シールズを処断する権限を与える。直ちに帰国して任務に当たるように」

 達也はすっかり混乱していた。この前後に、自分とリーナの情報がネットで全世界に発信されてもいたからだ。

(どうなっている……いったい……)

 達也の混乱は、頂点に達しようとしていた。

 

 達也にとっては油断していたとしか言いようがない。

 妹・四葉深雪の留守をついて母の深夜を奪回した。だが、深夜は達也の予想以上に重態で、直ちに九島家お抱えの病院に入院させる必要があった。

 それからというもの、彼は飢えた愛を埋めるように母につきっきりになってしまった。

 四葉にすでに真夜が亡く、葉山も死んで自分に敵対できる者などいないという油断もあった。

 達也にとってはまさに油断だった。

 深雪があんなウルトラCの秘策を使うとは思っていなかった。まさか敵である周公瑾、そしてグ・ジーと手を組んで、そのグ・ジーを通じて達也の情報をエドワードに流した。同じ七賢人の一人という立場を利用してのことだ。

 これでエドワードの愚行により、リーナがエドワードを殺害して脱走してしまった。

 もし、達也がリーナと密に連絡を取り合っていれば、まだリーナも行動を思いとどめたかもしれない。

 あるいは達也が一気に四葉を潰すべく動いていれば、深雪がこんなウルトラCを使う前に倒せていたかもしれない。

 だが、全ては最早後の祭りなのだ。

 達也にとっては、こうなっては新たな対応策を練るしかない。

 そして、

「これしかないか……」

 と、ひとつの結論に至ったのである。

 

 その1時間後。

 達也の前に、次のメンバーが集められていた。

 顔ぶれをあげる。

 九島光宣、黒羽亜夜子、黒羽文弥である。

「亜夜子」

「はい」

「お前は日本に残って、母の警護と看病を勤めろ」

「わかりました」

 亜夜子が頭を下げる。

「文弥」

「はい」

「USNAに俺は帰る。お前もついてこい」

「はい」

 文弥が頭を下げる。

 そして、達也が肝心の光宣に顔を向けた。

「光宣」

「はい」

「お前に、頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」

「閣下に、お願いしたいことがある……」

「お祖父さまに……!?」

 お祖父さま、すなわち光宣の祖父・九島烈である。

「…………」

「「「えッ!?」」」

 達也のその言葉を聞いて、光宣だけでなく、その場にいた双子の姉弟も驚愕する。

 だが、達也はお構いなしに続ける。

「ある条件を出せば、必ずこれは成し遂げられる。むしろ問題は……時間との勝負だ。これをしくじったら、もう俺には後がない……何としても閣下にお頼みしてくれ……」

 達也が光宣に頭を下げる。

 それに対して、光宣も決心する。

「わかりました……やってみます……」

 そして、それぞれが、それぞれの行動に移ったのである。




次回は「戦略級魔法師とは」です。


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戦略級魔法師とは

 司波達也(大黒竜也)は、アメリカに帰国していた。

 すぐに、先に帰国させてリーナの事件についての情況を探るように命じていたシルヴィア・マーキュリー・ファーストがやって来る。

「状況は?」

「……それが……」

 シルヴィアが詰まる。それを見た達也は、

「もういい。報告は歩きながら聞く」

 と言いながら歩きだす。慌ててシルヴィアは付いていきながら、報告書を片手に報告を始めたのであった。

 

 達也は、スターズの基地に帰還していた。

 すぐに基地の中に入る。

 総隊長の帰還を知り、慌てて隊員が駆けつけて来て達也に対して挨拶したり、あるいは屹立したりするが、達也はそれらを無視してすごい勢いで基地内を歩く。

 その勢いを見て、達也の前にいた隊員は慌ててその場を離れ、そして達也についてゆく。

 そして、達也が総隊長室に着く頃には、シルヴィアの他に各隊の隊長なども集まっていた。

 すぐに達也が命じる。

「全隊員をミーティングルームに集めろ。訓示することがある」

 それだけ言うと、達也は総隊長室を離れて、またすごい勢いで歩き出したのである。向かったのは、副隊長室。リーナの部屋であった。

 

 それからしばらくして。

 全隊員を集めてのミーティングが始められた。

「お前たちに尋ねる」

 達也が発言する。

「リーナが……いや、シリウス少佐が、脱走したことは既に承知のことだと思う」

「…………」

 隊員は無言である。

「俺は、政府から連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、シリウス…少佐を処断する権限を与えられた」

 それを聞いて、隊員の間からざわめきが発生した。

 達也が言う。

「お前らは、俺と国家、どちらを選ぶ?」

「…………」

 その言葉に、隊員が一斉に自分たちの総隊長を見つめる。

「俺はシリウスを処断するつもりなどない……そもそも、あのシリウスが、何の理由も無く殺人を犯したり脱走したりすると思うか?」

「…………」

「シリウスはそんな女ではない。それは一緒に過ごしてきた俺が一番よく知っているつもりだ」

「…………」

「そこで言う。俺は政府の命令に従うつもりはない……つまり、国家に反逆する覚悟でシリウスを助けにいくつもりだ……お前たちはお前たちの都合もあるだろう……ここで決めろ。俺にあくまで従って国に背くか、それとも国にあくまで尽くすか……道は二つに一つだ」

 それを聞いて、隊員の間にまたもざわめきが発生した。

 達也についていくということは国に背くことになる。つまり、彼らの家族も同時に国家に背く反逆者となる。

 しかし達也の凄さや恐ろしさは隊員である彼らが一番よく知っている。もし背けば、達也に消される可能性もある。

 ひとりの隊員が、達也の顔を見つめた。

 ……虚空をにらみ続けている……。

 どこを見ているのかはわからない。だが、その鋭さに思わず射すくめられそうになった。

 それに、隊員にはあのリーナが何の理由も無くエドワード・クラークを手にかけるわけがないと思っている。きっとこれには、何かあったのだと思っている。

 そんな中で、一人の女性が立ち上がった。

 シルヴィアである。

「私は、隊長に付いていきます」

 彼女はどうしてもリーナを助けたい。その一心からだった。

 これを受けて、他の隊長や隊員の多くが達也についていくと宣言した。

 逆らっても勝ち目はない。そして今まで共に戦ってきた戦友を見捨てられない。

 恐怖と仲間意識が織り交ぜとなった感情が彼らにもあった。

 結局、達也に従おうとしないのはごくわずかだった。

 彼らは、達也の命令で監禁されることになる。

 

 達也はすぐに、隊長全員とシルヴィアを連れてバランスの下に乗り込んだ。

 バランスは、大勢でやって来た達也に驚く。

「なんだ。大勢で……」

 バランスは執務のために手にしていたペンを机に置く。

 達也が言う。

「俺たちは協議して決めた。シリウスの処断の任務だが、それに従うことはできない」

「な、なんだと……ッ」

 バランスが立ち上がろうとした。だがその前に、バランスの目の前にある机が跡形もなく消されてしまった。

 言うまでもなく、分解である。

「あんたには、俺たちの顔役になってもらう」

 そして、達也が目で合図を送ると同時に、バランスは駆けつけたスターズ隊員に両腕をとられて拘束されたのである。

 

 同じ頃。

 USNA政府にも、ある一本の電話が届いていた。

 それは日本からの電話だった。

 この一本の電話が、運命を決めることになるのである。




次回は「戦略級魔法師とは その2」です。


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戦略級魔法師とは その2

 その頃、アンジェリーナ・クドウ・シールズは逃亡を続けていた。

 既に何人の追っ手を手にかけたか覚えていない。

 ただし、追っ手といっても低レベル魔法師で構成されたウィズガードや州兵である。

 もし、スターズの仲間が追っ手に加わっていたら、根が優しく仲間想いなリーナは大いに迷っただろうが、面識のほとんどない彼らだと手加減しながらでも戦える。

 そしてリーナは、達也を除けばUSNAでナンバー2ともいえる実力者である。だから、追っ手もその強さを警戒して腰が引けていた。

「そっちだ、そっちに行ったぞッ!」

「捕まえろッ!」

 と、勇ましく数名の州兵が襲いかかる。

 だが、州兵ごときでは相手にすらならない。次の瞬間にはリーナの前に州兵が倒れていた。ただし、怪我はしているが殺してはいない。

 リーナはそのまま、また逃亡を開始しようとしていた。

 そのときである。

「さすがだな……リーナ……」

 その声に、リーナが足を止める。

「達也……」

 敬愛する総隊長が目の前に現れたのである。しかも、自分に気配を全く感じさせないうちに。

「リーナ。おとなしくしろ。お前は俺の実力を知っているはずだ」

「…………」

「俺には、政府から連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、お前を処分する命令が下されている……だからここに来た」

「!」

「リーナ……お前を終わらせる」

 次の瞬間。

 達也の両目から凄まじいまでの殺気が放たれた。

 その凄さは、同じように数々の死線を潜り抜けてきたリーナですら震えあがるほど鋭い。まるでナイフを首筋にあてられて脅されているようにすら思える。

 リーナは激しい動悸を感じだした。

 殺気に充てられて、自分の身体そのものが震えているのがわかる。

 リーナは身の程知らずではない。自分が達也に勝てないのはわかっている。だが、少なくとも達也に近づきたい、達也の助けになりたいと思って今まで鍛錬に励んできた。なのに、

(なのに……まだこれだけの差があるなんて……)

 リーナが達也を見返す。

(長引けば不利になる……短期決戦しかないッ!)

 そして決断し、リーナが襲いかかった。

 パレードを使って。だが。

 達也はそれを読み取っていた。達也は目を閉じたままだった。そして、

「あぐッ!」

 悲鳴を上げたのはリーナだった。何と、達也は幻影ではなく、そこから数メートル離れた本体の場所をちゃんと当てて左足の回し蹴りで蹴り飛ばしたのである。

 リーナがドスンッ! という音とともに地に倒れる。

 達也が倒れたリーナに近づく。

 リーナは観念した。

「まだまだね……少しは貴方に近づいたと思っていたのに……どうして、本体がわかったの?」

「心眼……幻覚で誤魔化そうと、気配までは誤魔化せない……俺は眼ではなく、心でお前の場所を読んだだけだ」

「……パレードは私の秘術だっていうのに……本当に貴方は人間離れしてるわね……観念したわ。さあ……」

 すると、達也が笑い出した。

「勘違いするなリーナ。俺はお前を助けに来ただけだ」

「は?」

 リーナが驚いて達也を見上げる。

 達也が右手を差し出す。

「すまないすまない。……俺の留守中に問題を起こした副隊長を、少し懲らしめようと思ってな……まあ、よくやったもんだ。さすがはスターズの副隊長といったところだな」

「……それ……貴方が言うと自信を無くすわよ……達也……」

 そして、達也の右手をつかんで起き上がるリーナ。

 その顔には、喜色が浮かんでいた。

 

 USNAの政府に日本の九島烈から連絡が入ったのは、この少し前のことである。

「アンジェリーナ・クドウ・シールズを許してもらいたい」

 九島烈は日本の軍人としての経歴が長い。今でもその影響力は日本国内のみならず、国外にも大きな影響力を持っている。そのため人脈もある。

 とはいえ、すぐに受け入れられるものでもない。

 応対したのは大統領補佐官である。

「それはいくら貴方のお頼みでも……」

「これは、貴方の国の戦略級魔法師の願いでもある」

「我が国の戦略級魔法師⁉」

 USNAには現在、4人の戦略級魔法師がいる。その中で最もリーナと親しい者。そして九島烈と関係のある者。

「リュウヤ・オオグロか……」

「ええ。リーナを超法規的措置で許してほしいとあなた方にお願いしてほしいと頼まれましてな」

「…………」

 補佐官はしばらく黙る。

「もし、アンジェリーナ・クドウ・シールズを許さないなら、大黒竜也にも考えがあるそうです」

「考え……?」

「ええ。USNAを捨てて、日本へ移るとね」

「!」

「我が日本としては貴重な2人目の戦略級魔法師として、是非公認したいと思いましてね……ああ勘違いしないで下さい。わが日本とUSNAはあくまで同盟国。これからも今までのように仲良く国同士、やっていこうではありませんか」

「…………」

 補佐官はすぐに頭脳をフル回転させた。

 スターズ総隊長を務める大黒の強さは彼も知っている。というより、彼の資料を見たときにこれは本当なのか、と思えるほどの戦果を挙げている化け物なのだ。それが日本に移ればUSNAと日本の力関係にまで影響する。

 達也は日本人である。さらに九島烈とも関係があるから、日本国籍をとることも、パーソナルデータを新しく取得することも困難ではないだろう。

 補佐官が言う。

「……貴方は我々を脅す気ですか?……」

「とんでもない。私は日米の友好関係を誰よりも重要に思っています。ですから、この電話を差し上げたまでのこと」

「…………」

 補佐官が唇を噛みしめる。

「わかりました……考えてみましょう……」

「よいご返事を期待しております」

 

 そして、補佐官からそれを聞いて首脳部は決断した。

 アンジェリーナ・クドウ・シールズを超法規的措置によりその罪を許す。

 ただし、副隊長の職務停止並びにしばらくの自宅謹慎が条件とされた。

 USNAは、自国が抱える強力な戦略級魔法師が他国に流れることのほうを恐れたのだ。

 さらに、リーナの事件の詳細がリーナの口から明らかになり、逃亡していたレイモンド・クラークが逮捕された。

 これにより、リーナがエドワードを殺した動機や、情報漏洩などのことが明るみとなったことも、リーナを救う一因となった。

 こうしてリーナは再び、達也と行動を共にすることになるのである。




次回は「愚行」です。


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愚行

 2096年2月。

 四葉深雪が動いた。

 深雪は、達也がUSNAに帰って動けないこの機を逃がしたりしなかった。

 深雪は以前から花菱に命じて進めていた縁談を実行に移したのである。

 婿に選んだのは同じ十師族の一条家の長男・一条将輝である。

 将輝は九校戦で深雪を一目惚れしていた。深雪もそれを薄々は気付いていた。

 それに、深雪には自分は良家の御曹司と、そして将来性のある魔法力のある、知性のある男性と結ばれることが使命だと思っている。

 さらに言えば、一条家の戦力は対達也戦で大きな力になる。

 将輝もそうだが、父の剛毅の力もなかなかのもので、達也との戦いで期待できる戦力だと思っている。

 そこで、深雪は一条家当主・一条剛毅に縁談を申し入れたのである。

「あの四葉家の当主か……」

 さすがの剛毅も、これには面食らった。今まで一条家と四葉家はそこまで親しい間柄でもない。同じ十師族である、それくらいの関係であるといってよい。

 そして四葉家は世界に名だたる「アンタッチャブル」であり、秘密主義で内部があまり知れない不気味な存在。

 そのため、剛毅は迷った。

 剛毅が息子を呼ぶ。

「将輝。お前は四葉の現当主・四葉深雪どのを知っているのか?」

「ああ。九校戦で見たことがある」

 この時、父親は椅子に腰かけ、息子は屹立している。

「そうか……なら、彼女のことは、どう思っている?」

「なんだよいきなり……なぜ、そんなことを聞く?」

「彼女から……いや、四葉深雪どのから縁談の申し入れがあった。お前と結婚を前提にお付き合いをしたいとな……」

「ッ!」

 将輝が驚く。

 顔がみるみるうちに紅く染まってゆく。

「お前は彼女の事をどう思っている? 答えろ」

「……彼女を見たあの時から、俺は惚れてしまった……今まで多くの女が俺に近づいてきたが、彼女はそんな女どもと違う、何かを俺は感じた……それが何なのかは言葉では表せない……だが、俺は彼女が好きなんだと思う……」

「そうか……」

 父親が溜息をつく。

「だが、お前は長男だ。つまり一条家を将来は継がないといけない身であるということは理解しているな?」

「それは……」

「理解しているな?」

「…………」

 将輝が口ごもる。将輝にとって、深雪は意中の人であるが、だからといって一条家のことを捨ててまで結ばれようとは考えていなかったのだ。

「……まあ、まずは彼女と会って話をしてみよう……縁談を受けるかどうかは、それからでも遅くはない」

 

 そして数日後。

 一条剛毅・将輝父子と四葉深雪が会っていた。

 場所は、東京の料亭の一室。

 ここは、四葉家の息がかかった料亭である。

「このたびは、ご足労頂き感謝いたします」

 深雪が頭を下げる。

 剛毅が言う。

「挨拶はよろしい。それより、本題に入りたいのだが……」

「はい。私と一条将輝さんの縁談についてですね」

「そうです……」

 このとき、剛毅は深雪に得体の知れない何かを感じていた。

 深雪の背後には花菱と桜井水波がいる。二人は何も言わず正座したままである。

 だが剛毅には、背後のふたりもそうだが、何よりも深雪に端正な顔の裏に何があるかしれない女性だというのを敏感に感じていた。自分の息子と同じ年齢の少女を。

「結婚を前提にお付き合いしたいですわ……私はそれを望んでいます」

「ですが……息子は我が一条家の跡取りです。私には息子は将輝しかいない。そして四葉どの、失礼だが、貴女にも他に兄弟もいない。つまり、私は息子を家から出せないし、貴女も四葉を捨てて息子の下に嫁ぐというわけにはいきますまい」

「なんだ。そんなことですか」

 深雪が茶を一服する。

「それなら心配いりません。私は一条さんと結婚したらたくさん子どもを産むつもりです。その子供を一条家と四葉家の跡取りにすればいいでしょう」

「なッ……!!」

 剛毅が驚く。

 深雪は笑顔を崩さないままだ。

「一条さまも、奥様の美登里さまとはご恋愛で結ばれた仲だとお聞きしています……そして1男2女に恵まれている……別に驚くことではないと思いますが?」

「…………」

「それより将輝さん」

 と、深雪が初めて、一条を苗字ではなく、名で呼んだ。

「は、はいッ!」

 将輝が居住まいを正す。

「私のことはお嫌いですか?」

「…………」

 将輝が膝で組んでいる拳が震えていた。

「私は将輝さんと結ばれるのを夢見ています……今はまだ、お互い高校生ですから、結婚というわけにはまいりません。まずは婚約者として、お付き合いを始めませんか? 結婚は高校生活が終わってからということで」

「…………」

 将輝の心臓の鼓動が早まってゆく。そして、

「は、はい……」

 と頷き、そして、

「親父頼む……俺と四葉さんの関係を認めてくれ……」

 と、両手を合わせて頭を下げた。

 こうなると、もう剛毅にはどうしようもなかった。流れが流れだった。剛毅は将輝にいつも厳格に当たっているが、実はそれは父親としての息子の愛情の表れで、息子をこよなく愛しているのである。

 だから息子の希望はかなえてやりたいという気持ちがある。

 こうして、話はまとめられ、細かい所は花菱が全て処理してゆくことになるのである。

 

 そして後日。

 十師族による会議が開かれた。

 ここで、四葉家の新当主となった深雪のお披露目、並びに四葉深雪と一条将輝の婚約が発表された。

 そして、この一条と四葉の婚約に危機感を抱いた者がいた。

 それは……。




次回は「次の手」です。


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次の手

 十師族の七草家の現在の当主の名を、七草弘一という。年は2096年で48。まだ老いる年ではない。むしろ、これからという感じを彷彿とさせる男である。

 そして普段は眼鏡をしているために表情は隠されているが、義眼ではないほうの瞳はまるで鷹を思わせるようであり、まるで脂ぎった野心家のようであった。

 決して無能な男ではない。むしろ彼一代で七草家を師族に押し上げ、かの四葉家と並ぶ日本魔法界の双璧という立場まで作り上げたのだから、なかなかの人物である。

 その彼が、この時は危機感を抱いていた。

 四葉真夜。かつての婚約者が死んだとき、彼は義眼ではないほうの無い目で一筋の涙を流した。真夜の死を七草家をさらに好機ととらえたのは事実である。しかし、この涙に嘘はなかった。かつての婚約者の死を彼は本気で悼んでいた。

(真夜が死んだ以上……最早四葉は恐れるに足らない……放っておいても衰えてゆくだろう……)

 弘一は本気でそう思っていた。しかし、彼を驚かせたまず一つ目。真夜の娘という深雪が跡を継いだ。そして二つ目。この自分の娘とさほど変わらない年齢の小娘の下で、四葉は真夜が死んだ後の混乱を切り抜けて、それどころか一条家と婚姻関係まで結んでしまった。

(侮りすぎていたか……)

 弘一はこの時になって、深雪を甘く見すぎていたことを後悔した。

(どうすればいいものかな……)

 と、彼は屋敷の窓から外の景色を眺めながら、そう思っていた。

 背後には、腹心の名倉三郎がいる。

「名倉」

「はい」

 弘一は名倉のほうを振り向かずに呼び、名倉は主人の背中に向けて頭を下げる。

「四葉深雪という娘、詳しく調べる必要があるようだ」

「はい。確か、真由美さまのご学友であったと聞いておりますが……」

「それ以外の秘密も全てだ。何もかも調べ上げて報告しろ。直ちにだ」

「はい」

「それから、真由美を呼べ。四葉の現当主について真由美の意見を聞いておきたい」

「はい」

 名倉は主人の前を辞去した。

 ドアの閉まる音がする。その間、弘一は名倉のほうに一度も振り向くことはなかった。

 

 深雪が、次に手を打ったのは達也の手足をもぐ作戦である。

(あの人を助けているのは九島家……いえ、もっというなら、九島烈……あの老人さえ消してしまえば、あの人の片腕はもいだも同然……)

(あの人に正面からあたるのはあの母上すら恐れていた……まずは、あの人の手足をもいでしまうのが先決でしょうね……)

(幸い、あの人の情報が世界中にもれてしまい、あの人は行動をとることができなくなっている……今なら、作戦を進めることができる……)

 深雪が暗い、まるで真夜を思わせるような笑みを見せた。

「花菱さん」

「はッ!」

 深雪の傍には、護衛の桜井水波と側近の花菱がいる。

「かねてからの作戦を実行に移します。……準備のほうは?」

「はい。接触は始めておりますが、まだ色よい返事は来ていません」

「……やはり小者ですね……しかし、そんな人物だからこそやりようがあります……。花菱さん」

「はい」

「何が何でも彼を口説きなさい。彼を口説くことが、この作戦の要です」

「はッ! 承知しております」

 次に、深雪は背後に控える水波に向けて顔を向けた。

「水波ちゃん」

「はい」

「貴女にも働いてもらうわよ」

「はい」

 それだけ言うと、深雪はその場を去った。

 

 花菱とその息子・兵庫はその人物に近づいていた。

「またか……何度言われようと、そんなことに応じることはできぬッ!」

 父子の目の前にいる老人が叫んでいた。

 ただし、花菱もその息子も、拒否はしているが脈が無いとは思っていない。もし本当にその気持ちがないなら、自分たちを捕らえて処断するなり突き出すなりしているはずだからだ。それをしていないということは、脈はあると考えている。

「そうは申されますが、貴方はいつまで人形として操られているつもりですか?」

「人形だとッ! 無礼だろう!」

「これは失礼いたしました」

 と、花菱が平然と頭を下げる。

「ですが、よくお考え下さい」

 そして、花菱がその名を言う。

「九島真言さま」




次回は「七草と四葉と」です。


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七草と四葉と

 七草弘一は、名倉三郎からの報告を聞いていた。

 そのほとんどは、調べ上げた四葉深雪のことである。

 ただし、深雪が調整体であることなど、四葉家の機密事項はさすがに名倉にもわからなかったようだ。

 名倉の報告が終わる。

 それを目を閉じていた聞いていた弘一が、目を開いて言う。

「名倉」

「はい」

「四葉深雪を放っておくのは危険すぎる」

「…………」

 名倉は何も言わない。

「我が七草家は、日本魔法師界の頂点に立つべき存在だ。その七草家を脅かす四葉……いや、もっと言うなら四葉深雪は放置しておけない」

「どうするというのですか?」

「……始末しろ」

「…………」

 名倉が、自分の主人を見つめる。そして言う。

「それをするということは、四葉を完全に敵に回すということです。あのアンタッチャブルを敵に回す覚悟はおありですか?」

 弘一が名倉を見つめる。一瞬、怖気づいたようになった弘一であるが、何とか名倉を見つめ返す。

「……我々が裏で糸を引いていると気づかれないようにすればいい」

「…………」

 名倉は呆れ果てた。そして、これが我が主人の限界かとも思った。

 弘一は裏で火遊びはするが、結局は表側の住人である。四葉ほどの家が、当主の情報を調査している七草に対して警戒していないわけがない。既に、マークくらいはしているだろうと思っている。いざとなれば根拠や証拠など必要ない。

 この点を弘一には理解できないだろうと思い、名倉は黙っていたのである。

「サポートが欲しければ好きなだけ連れていけ。屋敷の警備を気にする必要はない」

「……わかりました……」

「手立てはお前に任せる。思い通りにしてくれて構わない」

「畏れ入ります」

「ああ、いつも通り真由美のガードは引き継いでおけよ」

「心得ております」

 投げやりな口調の命令に恭しく頭を下げたまま答え、弘一と目を合わすことなく名倉は書斎から退室した。

 

 九島真言。十師族・九島家の現当主である。

 ただし、当主といってもそれは名目的なものでしかない。偉大なる父・烈が生きている限り、彼はあくまでお飾りの当主でしかない。

 最終決定権は全て烈が握っている。そのため、彼の決めたことが烈の意に沿わない場合、あるいは意見が異なった場合、部下は常に烈の決定を優先して行動する。

 それが彼には気に入らなかった。

「私は九島家の当主だ。……父はあくまで隠退の身だ……。私が……私こそが当主なのだ……」

 真言は決して無能ではない。父の烈が偉大過ぎるのだ。

 真言は客観的に見れば十分な魔法力を有しているが、自分も自分の子供たちも父・九島烈の魔法力に及ばないことに劣等感を抱いている。それが執着となって狂気が住み着き、自身の精子と実末妹の卵子を人工受精させ、人工子宮を用いて、調整体魔法師として末子である九島光宣を作り出したのだ。

 つまり、光宣は真言の劣等感が生み出した存在といえる。

 真言ははじめのうちは自分が父に及ばないのは仕方ないと思っていた。また、それでよいとも思っていた。父に少しでも追いつければ、と思っていた。

 だが、周りの目はそんな風に見ていない。

「まったく……真言さまは烈さまと較べて……」

「本当だ……この程度の決裁すら……」

「まあお飾りのご当主だ。我慢しろ」

 と、自分の周囲がそんなことを言っているのを聞いてしまったその時初めて、真言に父に対する劣等感ではなく、憎悪が生まれた。

 既に64歳を数える真言にとって、既に老い先は短い。最後にひと花咲かせたい、と思っている。自分の手で。周囲のみんなを見返したい。

 そして、九島家の後継者問題。実はこれも尾を引いていた。

 烈は体調を治した光宣を後継者にしたいと思っている。

 それに対して真言は自分の長男を後継者にしたいと思っていた。自分の劣等感が生み出した末子より、倫理に外れて生まれた出来のいい我が子より、自分の長男に跡を継がせたいという気持ちがあったのだ。

 これには、長男をはじめとした光宣の兄や姉に対して、自分と同じ劣等感や気持ちを抱かせたくないという親心もあった。

 そして、この後継者だけは烈のほうが実をいうと強硬だった。

 烈は既に90を超えている。老い先は短い。だから自分が生きているうちに光宣を当主にさせたいという気持ちがあったのだ。

 そのため、烈は真言に対し、

「光宣を次期当主にすると宣言せい」

 とまで命令を出し始めていた。

 今のところは、まだ時期尚早ですとか、光宣が若すぎるとか理由をつけて拒否しているが、烈は強硬だった。

 このままでは、自分は当主を引きずり降ろされるかもしれないという気持ちも最近では沸き起こり始めている。

「当主を引きずり降ろされる……それでは私は何のために当主になった……何のために生まれてきたのだ……人形として過ごすためだけか……!?」

 真言は唇を噛み締めた。余りに強く噛み締めたため、皮膚を破って血が出始めた。

 そんな時に近づいたのが、四葉家の花菱とその息子・花菱兵庫だった。

 深雪は当主になると、十師族の情報を貪欲なまでに集めた。

 そのため、真言に近づいたのである。

 そして……。

 遂に計画は動き出そうとしていた。




次回は「それぞれの計画」です


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それぞれの計画

 さてその頃、我らが主人公・司波達也(大黒竜也)は何をしていたのかといえば……。

 これがUSNA国内に留まらざるを得なかったのである。

 リーナのことは解決したが、その代償としてリーナは謹慎を命じられ、さらにエドワードとその息子・レイモンドによって達也とリーナが戦略級魔法師であることが世界中にばれてしまった。

 達也は敵を恐れはしない。また、他の人間にどう見られようが気にはしない。

 だがさすがに、孤立するのはまずかった。それでは自分の夢がかなえられないし、少なくとも表世界で生きていくことが難しくなる。

(俺には、俺がわかる人間がいてくれればいい……)

 そして、自分の側にいる相棒を見つめた。

(そして、このかけがえのない相棒がいてくれたら、何も言うことはない……)

 達也は相棒を見つめながら、笑みをこぼす。

 それに気づいたリーナが、

「何?」

 と、尋ねる。それに対して、

「いや……リーナ……俺もお前も戦略級魔法師と世界中にわかってしまった……これから、お前はどうするつもりなんだ?」

 すると、

「なんだ。そんなこと?」

 そう言いながら、リーナは達也の右手を両手で握りしめる。

「気にしないわよ」

 そして、リーナが自らの顔を達也に近づける。

「私には、貴方がいてくれるんだから」

 そう言った相棒の顔が、今まで見たことがないくらい笑顔だったのを、達也は嬉しそうに見つめていた。

 

 さて、ところかわって日本である。

「やれやれ……主は四葉と敵対することがどういうことかをわかっておられない……」

 七草家の執事・名倉三郎が喫茶店で一服しながらそう思っていた。

 ちなみに名倉は一人で行動している。弘一からは七草家の兵隊を好きなように使え、と言われていたが、四葉深雪のことを調べ上げていくうちにそんな兵隊が何の意味もないことがわかっていたから、あえて兵隊は連れて来なかったのである。

 名倉自身も、数字落ちだが腕には自信がある。しかしその彼でも、

「四葉と刺し違える覚悟でいかないと、勝ち目はないだろうな……」

 と、思っていた。

「どうしたものかな……」

 と、考えながら、調べ上げていたデーターに目を通していた。そして、

「ん?」

 と、ある情報に目が留まった。

「これは……」

 そして、名倉がデーターを次々と目に通してゆく。そして、

「使えるかもしれないな……仮にこいつらがやられても……」

 そう言う名倉の顔に、酷薄な笑みが浮かんでいた。

 

 そしてこちらでは。

 九島家当主・九島真言が四葉家の執事・花菱と改めて会っていた。

 ちなみにこの時、息子の兵庫は深雪と連絡をとるためにその場を外している。

「決心はつきましたかな?」

「ああ」

 花菱の質問に、和式の部屋で脇息にもたれかかる真言が答える。

「では」

「ああ。そちらの申し出、お受けしよう」

「ありがとうございます」

「ただしッ!」

 と、真言が付け加える。

「ただし、私はあくまで第三者としての立場に徹する。私が協力するのは影ながらだ。あの御方が亡くなるのはあくまで『不幸な事故』であって私のせいではない。それが前提条件だ」

 すると、花菱が頭を下げる。

「それで十分でございます。よく決心していただきました」

「…………」

「ならば、計画のほうですが……」

 と、説明を始める花菱。

 それに対して、

(私はこれで……本当に良かったのだろうか……)

 と、どことなく虚ろな瞳で、なおも全身を震わせながら迷う真言が、そこにいた。

 

 そしてそれは、2096年の6月を迎えたときのことである。

 USNAにいる達也の下に、日本に残していた黒羽亜夜子から信じられない報告が届けられたのである。

 それは何と、達也の師匠である九島烈が行方不明になったというものであった。




次回は「老雄」です。


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老雄

 九島烈。

 十師族という序列を確立した人物であり、約20年前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物である。当時は「最高にして最巧」と謳われ、「トリック・スター」の異名を持っていた。その魔法力は、国防陸軍の秘密研究機関で生存率僅か10%の後天的な強化措置を成功させ手に入れたものである。

 そして、幼い頃に家を追われた司波達也を匿い、その成長に大きく貢献もしている。

 ただし、年齢は既に90歳に近い。そのため、家督は長男の真言に譲っている。

 だが、烈にすれば、この真言が実を言うと悩みの種でもあった。

(どう見ても、他の十師族に比べて劣っている……)

 自分に劣るならまだいい。そもそも自分はこの強さを生命の危険と引き換えに手に入れている。

 だが、自分どころか、他の魔法師と比較しても大きく劣っている。なにより器量が。だから、烈はこの高齢になってもおちおち隠居ができない。

(まだまだ……まだまだ、働かねば……)

 そしてこの日も、90歳になるこの老人は働いていた。

 ……自分の運命に危機が迫っていることを気付くこともなく……。

 

 その日も、烈は老人とは思えない速さで歩いていた。

 この日は、十文字家の現当主・十文字和樹と面会していた。

 実は、これには問題がある。横浜騒乱の際、和樹の長男で将来の跡取りと期待していた十文字克人が行方不明になっていた。

 実は克人は司波達也とアンジェリーナ=クドウ=シールズによって殺されているのだが、達也が分解で死体を消して証拠の一切を無くしていたため、あくまで行方不明扱いとなっている。死亡宣告が出せるとしてもまだ7年がいる。

 だが、十文字家には実は7年も待てない事情があった。

 実をいうと現当主の和樹は、十文字家の切り札であるオーバークロックの度重なる使用によって、自らの魔法師としての寿命を縮めてしまっている。そのため、往時と比べてすっかり魔法技能が弱まっており、魔法師としての生命の瀬戸際に立たされていた。

 このまま和樹が魔法力を失えば、それはすなわち十文字家の没落となる。

 克人が生きていれば、和樹は克人に後継者指名をする考えであった。だが、克人は行方不明である。

 和樹には他にも子供はいるが、まだ幼いし、何よりも克人と比べれば魔法力は大きく劣る。そして、十文字家に代わってこの機会に十師族の椅子を狙う者はたくさんいる。

 和樹は、十文字家の将来を心配して、烈に相談を持ちかけていたのである。

 烈も相談は受けるが、かといって具体策があるわけではない。

 だが、十文字家の危急を見捨てることもできなかった。

 彼は、十文字克人が達也とリーナによって消されていることを薄々は察していたからである。

(わしの不肖の弟子と、弟の孫娘のために倅を消された哀れな十文字家を何とか助けたいものだが……)

 彼は、本気でそう思っていたのだ。

 だが、実は烈にも秘めたる決意があった。十文字家のことを他人事と思えなかったのだ。

 それは、できそこないの息子の真言に当主を辞めさせ、孫で出来がよく将来も期待できる光宣に変えようと考えていたのである。

 勿論、反発もあるだろう。

 真言は出来が悪いとはいえ、別に大きな失敗をしているわけではない。

 それをいきなり廃するといえば周囲は一族は反発するだろう。

(だが、わしの命のあるうちに光宣の晴れ姿を見たい……!!)

 それが、祖父の最後の願いでもあった。

 そして烈は遂に強行した。

 十文字和樹との面会を済ませると、彼はすぐに真言のもとに赴き、すぐに当主を光宣に譲って隠退するように迫ったのだ。

「父上……ッ!」

 このとき、父子は終わった。

 そして、父子の戦いが始まったのである。




次回は「老雄、その2」です。


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老雄、その2

 息子の真言に当主を降りるように迫った九島烈は、床についていた。

 明日には一族全てに真言の隠退と光宣の当主就任を公表するつもりでいる。

 勿論、反発も覚悟の上である。一族の多くからたとえ反発されようとも、自分はこれを誤りとは思っていない。

(九島をさらに繫栄させるためには、光宣しかいないのだ……)

 そう思って、床についていた烈だった。

 だが、さすがの烈も、息子の目に凄まじいほどの憎悪の炎が宿っていたことに気づけていなかったのである。

 

 その日の深夜だった。

「おじい様、お休みでしょうか?」

 女性の声が、部屋の外からした。烈には聞き覚えがあった。

「響子か?」

「はい」

「どうした?」

「お耳に入れたいことが……よろしいですか?」

「ああ。構わんよ。入りなさい」

「失礼します」

 そして、孫娘の藤林響子が部屋の襖を開けて入室し、祖父の烈の前に現れて姿勢を正す。

 烈は寝間着のまま、布団の上に胡坐をかいている。

「それで、私の耳に入れておきたいこととは何かな?」

「はい。実は、真言伯父さまに不審な動きがあるのです」

「……不審な動き?」

「はい」

「どのような動きだ?」

「密かに魔法師を呼び集め、九鬼家や九頭見家の者まで呼び集めています。それに……」

「それに?」

「はい……実は四葉の魔法師まで呼び集めているのです……」

「なにッ!?」

 さすがの烈も驚く。

「四葉の魔法師とな……」

「はい……」

 烈が考え込む。烈の認識からすれば、あの真言に自分に逆らえるような力も度胸も無いと思っている。だから信じられなかった。

「そうか……」

 烈がため息をつく。

「……どうしますか? 真言伯父さまを問い詰めますか?」

 すると、烈は頭を左右に振る。

「いいやダメだ。私が先日、光宣を次期当主にすると発表したことで、一族内に私に対する不満が出ている。それに真言が九鬼家をはじめとする魔法師を集めているからといって、私に反逆すると決まったわけでもない。それなのにここで問い詰めて強硬手段に出れば、それこそ私に対する不満がさらに高まる恐れがある」

 実際、光宣の兄の蒼司をはじめ、多くの人物が今回の烈のあまりに強硬で性急なやり方に反発しているのだ。

「それに、九島家で内紛を起こせば、それは他の十師族に付け込まれる可能性もある。さらに言えば、九島家が師族落ちするのも避けられなくなるかも知れん」

「ならば、どうしますか?」

「とりあえず、私はこの生駒の屋敷から姿を隠したほうがよい。しばらくは様子をみたほうがよさそうだ」

「……ならば、行き先は?」

「それだが……」

 そして、烈は孫娘に小声で囁いた。

 

 その翌日の朝。

 魔法師数名が、烈の部屋に近づいていた。

「いいか。相手は爺いだが、かつてのトリック・スターだ。油断するなよ」

「おう」

 そして、リーダー格の男が右手を天に振り上げる。

 それと同時に、突撃が開始される。だが、

「どこだ……九島烈はどこに行ったッ!」

 そこはもぬけの殻だったのである。

 

 その頃、祖父の烈の連絡を受けて孫の光宣は黒羽文弥並びに黒羽家の手の者と共に祖父を出迎えようと走っていた。

 ちなみに文弥は、司波達也と共にUSNAに行っていたが、リーナの一件に片が着くと日本に戻るように指示を受けていた。

 そして光宣が黒羽を連れているのは、祖父の烈から父の真言に不審な動きがあると聞かされたため、できるだけ用心を重ねてのことである。

 ところが、その光宣の前に、ある集団が現れた。

「ッ! あ、兄上ッ!?」

 そう、その集団の先頭にいたのはすぐ上の兄である蒼司だったのである。しかも、その横には、

「ッ……お、お前は……」

 光宣には見覚えがある。そう、それは周公瑾だったのである。

「光宣……悪いが、お前にはここで死んでもらわねばならなくなった……」

 兄が腹の底から低い声を出す。

 よく見ると、目が血走っている。

「恨むならお爺さまを恨め。お前を当主にするなどと発表したお爺さまに、この俺に弟に頭を下げろと命令したあのくそ爺になッ!」

 そして、ここで戦闘が開始された。

 

 祖父の烈と共に車で行動していた藤林響子は、嫌な予感に襲われていた。

 祖父の指示で、光宣の下にしばらく行こうと決まり、光宣と連絡をとった。

 しかし、その連絡が見破られているのではないか、と嫌な予感がしていたのだ。

 そして、その嫌な予感が的中してしまった。

「響子。車を止めなさい」

「お爺様?」

「どうやら、追いつかれたようだ」

 そして、車が止まって烈が降車する。続けて運転席から響子も降りる。

「響子、離れていなさい」

 烈が冷静に孫娘に指示を出す。

 そして烈が言う。

「隠れていないで、出てきてはどうかな?」

「……さすがはかつてのトリック・スター。老いぼれたとはいえ、僕の気配に気づいていましたか」

「……気配を隠していても、それだけ殺気を私に向けていて気付けないと思うほど、私が老いぼれているとでも思っているのか?」

 そして、烈が自分の背後から悠々と現れたその男に向かって振り向いて言う。

「そうだろう? 九重八雲よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は「老雄と今果心」です。


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老雄と今果心

 少年が、その場に立っていた。

 少年の周囲には、赤い液体と倒れている人の群れがある。

 少年の名を、九島光宣という。

 なんと、光宣は周公瑾や兄の蒼司をはじめとした自分たちの数倍の数の魔法師、戦闘者を相手に、遂に勝ち残ったのである。

 だが、兄の蒼司や周公瑾には逃げられてしまった。

 そして光宣自身、その整った容貌や肉体に多くの傷や血がついている。

 それは返り血でもあり、自らの血でもあった。

「……光宣……」

 光宣の背後から声がした。

 黒羽文弥だった。彼もまた、傷つきながらも生き残っていたのである。

「文弥か……」

「ああ……どうやら、無事のようだね……」

「あの程度のことで、やられてたまるものか……あの程度でやられるようなら……達也さんに、怒られる……」

「そうだね……」

 そのときである。二人が互いに顔を見合わせた。

 こちらに何者か向かってくる気配がある。数はわからない。

 だが、新手の敵なら今度は圧倒的に不利である。

(こちらは先ほどの戦闘で傷ついている……これじゃあ、どうあがいても不利だ……)

 そして、光宣と文弥が互いに頷く。

 生き残った部下に声をかけて、その場から逃走したのであった。

 

 老人とその孫娘と、50代くらいの坊主がそこにいた。

「ほほう……私をご存知とは……光栄ですよ……『トリック・スター』」

「今果心と称されるお主を知らぬほうがおかしかろう……で、それよりわしに何用かな……」

 すると、キツネ目をした九重八雲の目が、この時になってスッと見開かれた。

「死んで頂く」

「……どうやら、冗談ではないようだな……」

 九島烈が、着ていた背広を脱ぎ捨てる。

 響子も身構える。が、

(去ね!)

(!)

 響子は、八雲が発する両目からの殺気だけで怖気づいてしまった。

 両足がガクガクと震える。全身に寒気が走る。

(去ね女。私はそこにいる『トリック・スター』とやりあうのだ。……お前ごとき雑魚の出る幕ではないッ!)

 響子の身体を、八雲の両目から放たれた殺気が貫いた。

 その瞬間、響子は知った。

 格が違いすぎると。

 自分の知らない数々の修羅場を潜り抜け、多くの鍛錬を積んでいるこの坊主には勝てないと。

 響子が、立っていられなくなり、膝を着こうとしたそのとき。

「喝ッ!」

 烈の怒声とともに、それまで響子に向けられていた八雲の殺気による呪縛が解放される。そのため、響子のふらつきも止まり、何とか響子はその場に倒れることを免れた。

「響子よ。離れていなさい。これは私とそこにいる九重八雲との戦いだ」

 響子に祖父として優しい笑顔を見せる。そして、

「九重八雲よ……殺気を向ける相手が違うだろう……。お前の相手は私だ」

「ふん。貴方との戦いを前に、邪魔者に入られてはつまらないからね……」

 八雲が、烈を睨みつけて殺気を放つ。

 烈も、八雲に向けて負けじと殺気を放つ。

 両者の間に、凄まじい火花が散っていた。

 が、その火花を先に収めたのは烈だった。

「九重八雲よ……なぜ、私を狙う?」

 烈が尋ねる。

「お前が許せないからだ」

「なに?」

「お前はかつて、四葉の家から追われた司波達也を匿い、そして育てた」

 八雲は達也のことを、弟子であり達也の妹である深雪から既に聞かされている。

 八雲は俗世に未練などないが、達也に対する恨みはある。そして、深雪は達也に対抗するために少しでも頼もしい味方が欲しい。

 だから、深雪は八雲に事情を話して味方になってほしいと頼んだ。

 八雲は、それを了承して、今回の計画に参加していたのである。

「それの何が悪い」

 烈が言い返す。

「……達也は私の最高傑作だ。達也を拾ったのは運命だ。それの何が悪い」

「そのために、恐ろしい化け物が育ったとは気づかんのか……?」

「化け物だと……確かに達也は常人では計り知れない力を持っている。その力があれば、確かに世界を滅ぼすことすら不可能ではなかろう。だが、達也に世界征服や破壊など元より興味はない。わしは自分の弟子を、そんな無責任な男には育ててはおらん」

「お前があの化け物を育てたせいで、私はかけがえのない弟子を失った……」

「それはお前の弟子が達也に挑んだからだろう……達也は無意味に人を襲ったりするような男ではない。それは、師であるわしはわかっているつもりだ」

 事実、烈は達也を育てたことを後悔などしていない。確かに性格に今一つ問題はあるが、根は悪い男ではないし、何より達也のおかげで孫の光宣の今までに見たことのない笑顔を見ることができるようになった。

 烈は、達也を信頼しているのである。

「これ以上はどんなに言っても平行線だ……」

 そして、八雲が戦闘者として構える。

「お前には死んでもらう。恨むなら、あんな化け物を育てた自分を恨め」

「今果心といわれるほどだから、どれほどの男かと思っていたが、どうやら心の狭い男のようだな。そんなことで、わしや達也に勝てるとでも思っているのか?」

「……それをこれから見せてやるッ!」

 そして、両雄の衝突が遂に始まった。




次回は「老雄と今果心、その2」です。

しばらく本作品は凍結します。


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老雄と今果心 その2

復帰しました。よろしくお願いいたします。


 藤林響子は、目の前の死闘に目を奪われていた。

 まるでそこだけ、台風の目のように荒れ狂っているようである。

 手を出せば、まるで余人など吹き飛ばしてしまうかの如く。

 九島烈と九重八雲の戦いは、それだけ凄絶であった。

 

 九重八雲は、心の中であせりを覚えていた。

 如何に「トリック・スター」と呼ばれ、かつての大戦で多くの死闘を経験しているとはいえ、相手は既に90を超える老人である。自分はそれに対してまだ50歳。決して若いとはいえないが、相手の老人に比べたら体力もスタミナも何もかもまだまだ自分が勝っているという過信があった。なのに、

「どうした? その程度か?」

「くそ……ッ」

 蓋を開けてみれば、押されているのは八雲だったのだ。

 拳を烈に向ければ、それを受け止められる。

 蹴りを出せば、足をつかまれて投げられる。

 幻術を使って烈を欺こうとすれば、それを見抜かれて反撃される。

「こんなはずは……ッ」

 八雲は、自分の思い通りに戦況が全く進まないばかりか、自分が追い込まれている事実に愕然としていた。

 気づけば、激しく体を上下に揺らして息遣いをしている八雲と、全く最初のままそこに超然と立っている烈がいたのである。

「どうした? 今果心というからもう少しできると思っていたのだが……この程度なのか?」

「…………」

「その程度で、よくも私を殺すなどとたわけたことを抜かせれたものよ」

 その瞬間、八雲の中で何かが切れた。

 八雲は生涯の中で最大の屈辱を感じていたのだ。弟子の敵である司波達也のときでさえ、感じたことの無い屈辱。自分が勝てると思っていたのに、それが見事に外れたばかりか一方的にやられているという事実。

 それが合わさり、八雲の中で激しい激情が生まれてしまった。

「舐めるなよくそ爺がッ!」

 八雲が、渾身の力を込めた拳を突き出した。

 それを烈は自身のパレードで交わす。

 八雲は冷静さをこの時、失っていた。そのため、対応が遅れた。

「ッ!」

 そして、八雲の腹に烈の右拳が鎮められた。

「ぐ……ッ」

 うめき声を上げて崩れる八雲。

 それを、烈は静かに見下ろしていた。

「な、何故だ……」

 八雲が両手で腹を押さえながら、目の前に超然と立っている烈に言う。

「なぜ、我の幻術が通じぬ……。そして、なぜ、お前の幻術を私が見抜けない……」

「…………」

 烈は何も言わない。

 八雲が続ける。

「貴様の家に伝わるパレードは、我の先代が教えた『纏衣』を原型としたものだ……なのに、なぜだ……」

「……八雲よ。それが知りたいのなら、自分で調べることだ。人とは、自分で物事を知ることで初めて強くなるものよ。……まあ、もうお前には後はないがな」

 そして、烈が止めをさそうとした。そのときだった。

 女性の悲鳴がした。

 烈が慌てて、悲鳴がしたほうを見つめる。

 するとそこには、数人の坊主に拘束された孫娘がいたのである。

 そして、その隙を八雲は逃がさなかった。

 烈の意識が自分から遠のいたのである。

「死ねッ!!」

 鈍い音がした。

 八雲の右拳が、確かに烈の腹部に当たっていた。

 烈の口から血が吹き出る。何とか態勢を直し、八雲との距離をとる。

 だが、傷は相当に深い。かなりの深手のようだ。

「ひ、卑怯ではないか……九重八雲……」

「卑怯? 何のことだ? 戦争に卑怯も糞もあってたまるかッ。どだい、戦争とは騙しあいだ。騙されるほうが悪いのだッ!」

 烈はその間も、腹部と口から血を流していた。

 視界がどんどん遠くなる。意識が弱まっている。

「き、貴様……」

「ふん。前大戦の時に正々堂々なんてあったのか? 戦争とは生き延びて勝利する。そのためには手段を選ばない。それが全てだッ!」

「……そうか……」

 烈は観念した。

 もし、自分がもう少し若ければ、この傷でも戦えただろう。だが、もう90という高齢では無理というものである。

「貴様から、そんな言葉を聞くことになろうとはな……だが、これだけは知っておけ。わしは今までの90年、相手をパレードで騙すことはあっても、相手を卑劣な騙し討ちで襲ったことなどただの一度も無い。正々堂々がわしの本分だッ!」

 そして、烈がゆっくりとその場に倒れた。

「おじい様ッ!!」

 孫娘の絶叫が、その場に轟いていた。

 

 

 

 

 




次回は「戻ってきた最強」です。


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戻ってきた最強

 黒羽亜夜子からその報告を聞かされた司波達也の表情は真剣そのものだった。

 場所はスターズ総隊長室の執務室。

 そこでひとり、目を閉じて黙考していた。

 そして、すぐに指示を飛ばす。

 黒羽亜夜子には直ちに母・司波深夜の身柄を他の場所に移して安全を図らせ。

 その弟の文弥には黒羽家の生き残った魔法師を連れて亜夜子と合流して守りを固めさせ。

 九島光宣には情報収集ならびに連絡役としての役目を命じた。

 そして、自らも日本に向かうべく用意を始める。

 そこに、相棒がやって来た。

「どこに行く気なの? 達也」

「見ての通りだ。日本に帰る」

「……私を置いて?」

「ああ……今度は、シルヴィアを置いていく。それなら……」

 最後まで言う前に、リーナは達也に抱きついた。

 そして、達也の唇に自分の唇を重ねる。

「…………ッ!」

 さすがの達也も、これには驚いた。

 達也は最強といわれる男だが、まだ17歳。青年である。しかもこういうことには疎いから、激しく動揺した。

 そんな達也にリーナが言う。

「離さないわよ……達也……」

「…………」

「私と貴方は、何があっても切れない相棒。お互いに助け合う相棒でしょ? その相棒を置いて一人で行くっていうの?」

「……リーナ。俺は遊びにいくんじゃない。日本に戻って蹴りをつけてくる。……妹とのな……そのために戻るんだ」

「なら、私も行くわ。相棒としてね」

「ダメだ。お前の実力は知っているが今回は危険すぎる。相手が相手だ。それに、上は戦略級魔法師が二人もまた国を離れると知れば、決して許さないだろう。それに、お前はまだ謹慎期間中だ」

「……言ったでしょ以前? 私と貴方がクラーク父子によって戦略級魔法師だって世界中にばれたあの時、貴方は私に「どうするんだ?」って言ったわよね? 私は言ったはずよ。「気にしない。だって、貴方がいるんだから」って」

「…………」

「達也。私は貴方と一緒ならどこまでも一緒についていくつもりよ……たとえそれが、地獄だろうとどこだろうとね……私は、貴方となら、地獄にだって堕ちてもいいって、思っているわ」

「…………」

 すると、達也がフッと笑った。

「リーナ……お前はバカだ」

「…………」

「そして、俺にとってはこの世で最高の相棒だ……何よりもかけがえのない……」

 そして、達也もリーナを抱きしめた。

 二人には、もはや迷いも何もなかった。

 ただ、どこまでも一緒だと誓い合った二人が、そこにいたのである。

 

 達也はすぐに手を打った。

 自分とリーナが無断で日本に戻れば、もはやアメリカに戻ることも無理になる。今度は、アメリカとて許さないだろう。

 そこで、バランスとウォーカーを通じて、自分とリーナの日本渡航を認めるよう上層部に対して裏工作を開始した。

 バランスはカノープスの反乱などでスターズの魔法師の多くが失われていることを危惧している。これはウォーカーも同様だ。

 アメリカの覇権を維持するためには、どうしても達也とリーナと言う二大魔法師はまだまだ戦力として必要である。

 そして、上層部は期限付きで両名の渡航を許した。

 ただし、期限内に戻らなければ、今度こそアメリカ側も容赦しないという決意をもって臨んでいる。

 こうして、戦略級魔法師である司波達也とアンジェリーナ=クドウ=シールズは再び日本に向かったのであった。

 

 日本の地で、最後の大決戦が始まろうとしていた。




次回は「格の違い」です。


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格の違い

 日本に戻ってきた司波達也は、奈良にいた。

 目の前には10年前の自分が匿われていた屋敷がある。

 今から、そこを襲撃するのである。

 

 この少し前、達也は九島光宣から報告を受けている。

「そうか……閣下を襲ったのは、九重八雲か……」

「はい。そしておじい様は生死不明になっています」

「そうか……」

「そして、この一件には自分の父が密かに糸を引いていることも明らかになりました」

「…………」

 達也は、光宣を見つめる。

 達也もそこそこの容姿を誇るが、さすがにこの光宣にはかなわない。そして今、その光宣の顔が悔しそうに歪んでいるように見えた。

 達也が言う。

「そうか……なら、光宣。そしてリーナ」

 この場には、光宣のほかにアンジェリーナ=クドウ=シールズもいる。

 ちなみに黒羽亜夜子、黒羽文弥の姉妹には母・深夜の守りを任せているため、ここにはいない。

「九島家を潰す」

「…………」

「お前たちの家族を潰す」

「…………」

「覚悟はいいか?」

 すると、リーナがすぐに言い返した。

「私は、貴方についていくだけよ。何よりもおじい様に手をかけるような恥知らずたちを、私は血を分けた家族だなんて思ってないわ」

 達也が光宣を見つめる。そして言う。

「光宣」

「……はい……」

「どうする?」

「…………」

 光宣の目がこの時、さらに鋭くなったように見えた。

「達也さん……僕は……」

 そして、突入が始まった。

 

 達也はこのとき、スターズの戦闘服を身に着けている。

 そして隣には赤髪の相棒がいた。こちらも戦闘服を身に着けている。

 2人の侵入者の前に、九島家の魔法師も果敢に応戦した。

 が、

「ぎゃああああッ!!」

「ぐえええええッ!!」

「た、助けて……」

「逃げろッ!」

 断末魔の叫び声を挙げる者、命乞いする者、逃げ出す者、様々であるが、屋敷内にいた魔法師は達也に分解されて消されるか、リーナによって焼かれるかのどちらかの道をたどるだけだった。

 まるで、無人の荒野を進むかのような二人だった。

 その二人の前に、一人の男が現れる。

「……あんたか……」

 達也は、その男を知っていた。

 九島蒼司。光宣の異母兄。

 九島家が十師族であることを鼻にかけてひけらかすだけのくだらない男。

 それが達也の認識だった。

「何者かは知らないが、ここで……」

 達也は全ては言わせなかった。いや、達也が動く前にリーナが動いた。

「黙りなさい」

 蒼司は全身を焼き尽くされた。消し炭になった。

「九島家の恥が」

 リーナが、蒼司だった炭を足で踏みつぶす。

 そんな相棒に何も言わず見つめるだけの達也が、そこにいた。

 

 九島真言は愕然としていた。

 烈を排除し、これで自分は名実ともに当主になった、と思っていた。

 だが、それが正体不明の魔法師に屋敷を襲撃されるという代償となった。

「し、周公瑾は何をしているッ!」

 真言が部下に問う。それに対し、

「周公瑾は屋敷が襲われると同時に逃走したと連絡が入っております」

 と、部下が返答する。

「逃げ出しただと……おのれ……おのれおのれおのれッ!」

 真言がまるで狂ったように叫びだした。そして、

「ならば四葉家に直ちに我々を助けるための魔法師を派遣するように求めろッ!」

「父上……それが間に合うとでもお思いですか?」

 その時、真言の部屋の入り口から、聞き覚えのある声がした。

 戦闘服にヘルメットをしているために容姿はわからないが、その声を聞き違えるわけがない。

「み、光宣……」

「そうです」

 そして、真言の目の前にいる魔法師がヘルメットをとった。

 まさしく我が子だった。

「……何の真似だ……何の真似だこれは光宣ッ!」

「…………」

「答えろッ!」

 真言が魔法を発動しようとした。しかし、発動しない。

 それが我が子の干渉力によるものだとわからないほど、真言は愚かではない。

「父上……」

 光宣が悲しそうに父を見つめる。そして、父に対して言う。

「なぜ、こんな真似をしたのですか?」

「…………」

「なぜ、おじい様を裏切るような愚かな真似をしたんですかッ!」

「…………」

「答えてくださいッ!」

 息子の叫びに、父も叫ぶ。

「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ! 調整体として魔法力を得た人ならざる者が何を言う。お前ごとき小童にわかってたまるかッ! わしの苦しみが、力の無い者がどれだけ苦しい思いでいたかが、お前などにわかってたまるかッ!」

 そして、父が子に対して魔法を放った。

 しかしそれは当たらない。言うまでもなく、九島家の秘術・仮装行列である。

「父上……」

 まるで狂ったようにダミーの情報体に対して魔法を放つ父に、子は静かに言った。

「さようなら」

 そして、真言の額に穴が開いた。

 

 こうして、わずか数時間で、九島家は壊滅した。

 たった3人の魔法師によって。




次回は「深雪」です。


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深雪

 四葉深雪は、その報告を空港に迎えにきた側近の花菱兵庫から聞かされていた。

「そうですか……九島家が……」

「はい……」

 このとき、深雪には動揺が無かった。

 それを見た花菱が言う。

「ご当主さま……いったい、どうなされるおつもりですか?」

「どうするとは?」

「九島家は潰されたのですよ。奴は、我々にも容赦なく襲いかかってくるはずです」

「でしょうね……」

 まるで深雪は、それがわかっているかのように呟いた。

 だが、花菱は気が気でない。達也の凄さ、恐ろしさ、容赦の無さを知っている彼は、このままでは四葉が潰されると思っている。だから、深雪に対抗策を期待していたのだ。

 だが、深雪は花菱にではなく、自分と行動を共にしていた側近の桜井水波に向かって言う。

「水波ちゃん」

「はい。深雪さま」

「かねてからの計画通り、頼むわよ」

「はい。かしこまりました」

 それだけ言うと、深雪は自分の背中に向けて頭を下げている水波から離れてゆく。

 慌てて荷物を持っている花菱兵庫が後に続く。

 その光景を、頭を挙げて見つめる水波であった。

 

 司波達也の次の標的は、ブランシュであった。

 これも、リーナと光宣のみで行なうつもりであった。

 そして、その用意をしている時だった。

「……なんだと……」

 達也が、報告を挙げたリーナに向かって言う。

「深雪が、俺に対して使いを寄こしただと……?」

「ええ」

「追い返せ。話すことなどない」

 まるでうるさい蠅を追い払うように言う達也に、リーナが言う。

「ええ……だけど、その使いが四葉深雪本人だとしたら、どうするの……?」

「…………ッ!」

 驚く達也が、そこにいた。

 

 中央に四葉深雪。

 その左後ろに花菱兵庫。

 そして右後ろに桜井水波がいた。

 そして、深雪の正面に、達也が現れる。

 このとき、達也の左側にリーナが、右側に光宣がいた。

「……何の用だ……深雪……。用など無いはずだ……」

「あらあら。貴方は私の兄上。その「兄上」様にお会いするのに理由なんているのでしょうか?」

 と、ぬけぬけと言い放つ深雪。

 その態度に、達也は驚く。

 かつての深雪なら、どこか世間知らずなところがあった。なのに今はまるでどこか抜け目のなさを感じさせるところがある。

 何よりも、妹の背後に今は亡き叔母・四葉真夜の影が映って見えるのだ。

(……立場が人を変え、人を育てるということはある……深雪は四葉家の当主になって、ここまで変わったとでも、言うのか……)

 達也が言う。

「それで……」

 と、達也が妹を鋭い瞳で睨みつける。並の人間なら、その鋭さで震え上がるが、さすがに妹といったところか、全く動じていない。

「それで、俺に何の用だ……」

「では、言わせて頂きます」

 深雪が、丁寧に両手を前に合わせて頭を下げる。

「……私と、仲直りしませんか?」

「!!!」

 その場が、凍りついたように誰もが思った。




次回は「駆け引き」です。


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駆け引き

「!!!」

 達也の頭脳は深雪のその言葉を聞いた瞬間、思わず白くなった。

 達也だけではない。左右にいるアンジェリーナ・クドウ・シールズ、九島光宣、そして深雪の傍にいる花菱兵庫も驚いている。唯一、いつもと変わらないのは当人の深雪と桜井水波だけである。

 達也が数十秒ほど、思わず固まっていた。が、さすがに気を取り直す。

「今、何と言った?」

「ですから、仲直りしましょうと……」

「…………」

「そして、その仲直りにあたっての条件ですが……」

「条件?」

「はい……それは……」

 すると、達也が深雪を鋭く睨みつけた。

「深雪……」

「はい」

「お前は、本当に俺と仲直りがしたいのか?」

「勿論です。私は貴方の妹。血を分けた兄妹が争うことほど、醜くて悲しいものはこの世にありません」

「なら、なぜ条件を出す?」

「はい?」

「俺との仲直りを、お前は望んでいるんだろう?」

「はい」

「今のお前や四葉が俺に条件を出せる立場だとでも思うのか?」

 それを聞いた瞬間、深雪もさすがに固まった。

 確かに、今の四葉は目の前の男に追い詰められている。が、弱気になるわけにはいかない。

「私や我が四葉家は、貴方に負けたわけでも、スターズに負けたわけでもありません」

「確かにそうだが、戦えば負けるのは目に見えているだろう?」

「そうでしょうか? 我が四葉は『アンタッチャブル』と呼ばれる家。決して引けはとらないと思っています」

「なら、力でやりあうしかない。俺が勝つかお前が勝つか、二つにひとつだ」

「ですがそれでは、仮にどちらが勝ったとしても多大な犠牲を払う可能性があります。ですから仲直りをしようと言っているのです」

「犠牲? 俺がいる限り、俺に犠牲が出ることなど決してない」

「戦いに、絶対という言葉はありません。何が起こるかわからない。それが戦いというものです」

「俺がいる限り、絶対は起こる」

「…………」

 深雪が、目の前にいる兄を見つめた。

 鋭い目でこちらを見下ろしている。

 右腕を椅子の手置きに置いて頬杖をついている兄。

 その身体全体から、どことなく凄まじい冷気があふれているように思えた。

「……深雪。お前があくまで俺との仲直りを望むのなら、無条件で俺に降れ。そうするなら命は助けてやる。それ以外に条件はない」

「ならば、我が四葉家はあくまで戦い抜くだけです」

「それでもかまわない。俺はもともと、四葉を潰すつもりだったんだ……九島家のようにな」

 その言葉を聞いた瞬間、光宣の肩がわずかにピクッと動いた。が、達也は気づいていない。

「……なるほど。確かにこのまま貴方と戦えば、我が四葉家は滅ぶかもしれません。ですが、そのために貴方のほうにも多大な犠牲が出ることになるでしょうね」

「言ったはずだ。俺がいる限り、それは絶対にない」

「そうでしょうか? 確かに私や四葉家の直接的な戦闘力は貴方には劣るかもしれません。しかし、貴方のお仲間は果たしてそうでしょうか?」

 深雪が、リーナと光宣に視線を向ける。

「……何が言いたい?」

 達也が深雪に問う。

「簡単なことです。我が四葉が総力を挙げれば、貴方は無理でも、貴方のお仲間をあの世に送ることは決して不可能ではないと申し上げているのです」

 その言葉を聞いた瞬間、リーナが思わず立ち上がって深雪を睨みつける。

 が、深雪はそ知らぬ顔でその視線を受け止めている。

 達也が、妹に鋭い視線を送りながら言う。

「なるほど……だが、俺の条件は先ほども言ったとおり、お前が無条件で俺に従うなら、俺も矛を収める。それだけのことだ」

「…………」

「そして何より、俺は深雪、お前と対等であることは好まない」

「…………」

「仲直りとは、力の差こそあれ、対等の立場である者同士が行なうことだ。兄より劣る妹のお前と俺は対等であるつもりはない。俺と対等でいるのは、ここにいる二人と、そしてほかの数名だけで十分だ」

 すると、深雪がリーナ、そして光宣を見つめた。

 二人とも、よほど達也に信頼されているのだろう。特にリーナなどは達也にあからさまな笑顔を向けていた。

 深雪が言う。

「なるほど……ですが対等でなければ、こちらは到底受けられません。そして……」

 ここで、深雪が後ろにいた水波に目で合図を送る。

 水波は如何にも有能な側近であるように、無駄な動きを少しも見せることなく、てきぱきと行動する。

 そして水波がタブレットを取り出した。そのタブレットを操作する。

 水波が、深雪に対して頷く。

 深雪が、達也に言う。

「こちらには、このようなご用意があるのですよ」

 そう言うと、水波が立ち上がってタブレットを持って近づいてゆく。

 そのタブレットを光宣が受け取る。

 このとき、光宣は水波を見てわずかに動揺していたが、勿論それを押し隠している。

 そして、そのタブレットを達也に渡す。

「…………ッ!!」

 達也の目が、そのタブレットに釘付けになっていた。




次回は「条件と兄妹と」です。


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条件と兄妹と

「…………ッ!!」

 達也の目が、そのタブレットに釘付けになっていた。

 そのタブレットに映っていたもの-それは。

「閣下……ッ!」

 両手を頭上に拘束され、さらに上半身に痛々しい傷が目立つ己の師匠の九島烈。

 そして格子の外からそれを見つめるしかない女性が映っていた。

「姉さん……ッ!」

 光宣が叫ぶ。

 達也には面識が無いから、女性に対する気持ちはない。ただし光宣にとっては自分を大切にしてくれた従姉(実際は異父姉)であるため、痛々しい思いでタブレットを見つめていた。

「どうですか? これが条件です」

「貴様……ッ!」

 達也が椅子から立ち上がる。

 それまで余裕の表情でいた達也が焦りだし、逆に余裕の無かった深雪に笑みが浮かんでいた。

「私と仲直りするなら、このお二人はお返しします。如何ですか?」

「…………」

 達也に苦悩の色が浮かぶ。

 達也はクールな現実主義者で非情になることも多い。ただし、自分が恩のある人間や親しい人間に対しては甘いところがある。今がそれだった。

 もし、藤林響子だけだったなら迷いはしてもこの条件は蹴った。

 だが、師匠は見捨てられない。自分にとっては命の恩人だからだ。

 達也は迷った。目を閉じてずっと動かずにいる。

 まるで、達也のいるところだけ、無の境地に達したかのようでもある。

 そして、達也がカッと目を見開いた。

「……いいだろう。仲直りしよう」

 それを聞いた深雪がニコッと笑みを見せた。

「賢明なご判断、ありがとうございます」

「それで条件は?」

「仲直りした以上、こちらはお二人をお返しします。そちらは我が四葉家、並びに四葉家と関係のある一連の勢力に手を出さない。そして……」

「うん?」

「そして、お母さま……四葉深夜の身柄を私に返す……これが条件です」

「……な……ん……だ……と……ッ!」

 達也が腹の底から出すように声を荒げた。

「この条件が、私の出す条件です」

「おのれ……ッ!」

 達也はさすがに切れていた。大切な母親を引き渡すなど条件としては論外だからだ。

「図に乗るな、深雪ッ!!」

 達也が立ち上がってシルバーホーンを取り出し、その照準を深雪に向ける。

 慌てて、深雪の背後にいた桜井水波が深雪の前に立ちふさがる。身をもって深雪を守ろうとしている。

 その後ろで、深雪は平然としている。

 深雪が言う。

「図になど乗っていません。私は母上を返していただきたい。そう言っているのです」

「俺にとっても母親だ。渡すことなどできない」

「そうですか……それならば、こちらもお二人は渡すことはできません」

「…………」

 達也と深雪との間に、火花が散っていた。

 視線が絡み合う。

 達也にとって、母親を渡すなど論外なのだ。大切な母上。それを渡すことなど絶対にできない。

 達也が頭脳を回転させる。

 そして、そのときだった。

「やめなさい」

 声自体は弱々しいが、意思の強さを感じさせる声であった。

 達也にも深雪にも聞き覚えがある。というより、達也は驚いていた。

 そこにいたのは、紛れもなく自分の母親・深夜だったからだ。

 

 深夜の左右には黒羽亜夜子、黒羽文弥の姉弟が身体を支えている。

「やめなさい。達也……そして深雪さんも……」

 弱々しい声を出しながら、そしてゴホゴホと咳き込みながら、深夜がふらつきながら達也の前に近づく。

 慌てて、達也が母を支える。

「母上……なぜここに?」

「すべてはこの二人から聞いたわ……」

 と、黒羽姉弟を見つめる深夜。

「達也。私のことなら気にしなくていいわ……私は深雪の下に行きます」

「!!」

 達也が驚く。

「な、何を……」

「いい? 達也」

 と、深夜がその両手で我が子の頬を挟み込む。

「貴方の気持ちはうれしいわ……でも、もう私は大丈夫。これからは私に構わず、貴方が信じる道を走りなさい……貴方ならそれができる……私は信じてるわ」

「…………」

 達也が何も言い返せない。

 そんな我が子を、深夜は抱きしめた。

 そして、弱々しく我が娘を見つめる。

「深雪さん……私なら、喜んで貴方のところに行くわ……だから、閣下とそのお孫さんを解放してもらえるかしら?」

「…………」

 このとき、深雪は一種の嫉妬に襲われていた。

 かつて、自分より兄を愛した母。その母に憎しみを抱いたのはいつからだったか。

 今の深雪に、母に対する愛情はない。ただ、兄に対する切り札のためにどうしても必要な「道具」でしかない。

 それなら烈でもいいと最初は思っていた。だが、烈は90の高齢の上、師匠の九重八雲が暴走して拷問にかけてすっかり衰弱している。そのため、人質として使っても時間が持たない可能性もあった。

 だから深雪は、二人の返還に母親を求めたのである。

「深雪さん?」

 母の言葉に、それまで嫉妬で我を見失っていた深雪が慌てて、

「ああ……はい。結構です。……それで、条件成立としましょう……」

 と、言い返した。

 このとき、達也は屈辱を噛みしめていた。

 だが、深雪の前に立っていた桜井水波を見た瞬間。

 達也の頭にひとつの考えが浮かんだ。

「待て」

「はい?」

「条件がこちらにもある」

「……お聞きしましょう」

「なら、お前の目の前にいる彼女……それを俺に預けてもらおうか」

「…………!!」

 深雪が驚く。

「なぜですか?」

「彼女はお前を命に変えて守ろうとした。なら、お前にとっても大切な存在であるんだろう。違うか?」

「ええ……」

「こちらは母上をお前に渡すんだ。なら、その条件としてこちらは彼女を預かる」

「……数が合いませんね。こちらは人質二人を返す代わりに、母を引き取るんです」

「そうか……なら、この条件は不成立だ」

「ならば、あの二人は……」

「仕方ないな」

「…………ッ!」

 達也は本気だった。深雪が今度は苦悩する。

 深雪にとって、水波は数少ない絶対の信頼を置く女性である。そのため、大切な存在、いや部下を超えた親友とも言ってよいかもしれない。

 だが、達也は本気である。ここで条件に応じなければ、達也との仲直りは破談になる。それでは困るのだ。

(今は……時間稼ぎをしないと……)

 深雪が苦悩の表情を浮かべ、そして決心する。

「……わかり……ました……」

「そうか。よし、これで仲直り成立だ」

 達也が言う。そして、

「ああ、それから」

 と、付け加える。

「深雪。もし、母上に何かあったら、その時は覚悟してもらう……いいな……?」

「…………」

 深雪は、返答しなかった。わずかにうなずくだけだったのである。

 

 こうして、九島烈、藤林響子、桜井水波が達也に引き渡され、深夜が深雪の下に戻ることになった。

 そして、両者の間で仲直りという形の休戦が結ばれたのであった。




次回は「達也とリーナ」です。


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達也とリーナ

 司波達也は、USNAにいた。

 達也は深雪との和解を成立させると、後始末を光宣と黒羽姉弟に任せて自らはリーナと共に本国に帰還していたのである。

 

 さて、ここで世界の情勢を見てみよう。

 2095年冬に日本で使用された戦略級魔法である『フリーズ・バースト』。あれにより当時日本に侵攻しようとしていた大亜連合艦隊は壊滅し、大亜に所属する十三使徒のひとりである劉雲徳まで死んでしまった。いわゆる『凍結の悪夢』である。

 この事件について、日本政府には世界中から問い合わせが来たし、マスコミは情報開示を請求したが、日本政府は「国防上の秘密である」として一切を拒否した。

 しかし、この事件が引き金になってしまった。

 戦略級魔法に対しての恐怖。そして使用することへの決断に対して。

 恐怖を抱く者は、魔法師との共存など所詮は夢物語なのだと叫びだす。

 使用することをこれまで大量殺人などでためらっていた者は、日本が使ったのだから、我々もと便乗する。

 世界は、まさに混沌の中に置かれようとしていたのだ。

 そして、2096年冬。

 奇しくも『凍結の悪夢』から1年後のその日。

 ブラジルが使ったのである。

 戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』を。

 

 当時、ブラジルは南アメリカで唯一国政を維持した国家であった。ではブラジル以外の南米の国家はどうしたのだといわれれば、これが国家として崩壊してしまっていた。それもこれも、戦略級魔法を所持するブラジルが勝ちすぎて、そのために彼らは抵抗する勢力は独立派武装ゲリラになってしまっていたからだ。

 ところが、ゲリラたちは自分たちの国家を再興するために必死に抵抗した。だから、ブラジルがいかに強大でも一筋縄ではいかない。いやむしろ、最近ではブラジル軍のほうが劣勢になりつつすらあった。

 ブラジル政府はこの苦境を脱するために、南アメリカ大陸の旧ボリビア、サンタルクス地区で戦略級魔法を使用したのである。

 爆発の規模は推定数キロトン。

 ブラジル軍の正式発表では、爆心地はゲリラが拠点としていたゴーストタウンの中央。犠牲者は武装ゲリラ構成員のみで、死者はおよそ1000人としていた。

 ただし、これを信じろというのが無理な話だ。

 こんな程度のゲリラにブラジル政府軍が苦戦していたとは思えないからだ。

 つまり、実際の死傷者はもっと多い。

 その中には戦闘員だけでなく、非戦闘員も含まれている可能性が高いし、何よりもゲリラになると非戦闘員と戦闘員の区別がつきにくくなる。

 だが、問題はそれではない。

 USNAにとって、自国の南部で戦略級魔法が使われた。

 自国の安全が脅かされる。

 そして、「戦略級魔法があっさり使われる時代になる」「魔法師を恐れる急進派の活動がさらに盛んになる」というこれは前兆ではないかとすら思った。

 そして、それが現実になってしまった。

 この事件からわずか3日後のことである。

 USNAの北メキシコ州モンテレイで反魔法師団体による大規模な暴動が発生したのである。

 しかもさらに、その反乱軍に州軍が出動したのだが、こともあろうにその一部が突如友軍に向けて発砲し、そのまま暴徒に合流したとのである。

 つまり、反乱軍がさらに規模を増したのであるが、問題はそれではない。州軍が裏切ったという「事実」である。

 このまま反乱軍を放置しておけば、さらに同調する何者が現れるかわからない。

 慌てたUSNA政府は直ちにスターズの大黒竜也に鎮圧の指令を出したのである。

 

 達也は、指令を受けて準備を進めていた。

 今回は自らが指揮を執るつもりでいる。というより、彼はいつでも自らを最前線において戦う男だった。だから、ある意味で部下に慕われている。普通の指揮官なら常に安全な後方にいるのに、彼は常に危険な前線に立つ。それがスターズで達也が人望を得ているひとつでもあった。

 それはさておき。

「達也……いる?」

「リーナか。どうした?」

 今回、達也はリーナに留守番を任せていた。以前、カノープスの反乱を経験している達也は、今回の一連の動きにスターズでも何が起こるかわからないと考えて、リーナを残して留守を守らせるつもりだった。

「あのね……達也……?」

「うん?」

「あのね……?」

「なんだ。ハッキリ言え」

 達也が同じ言葉を繰り返す相棒にイラついた表情を見せる。

「あのね。昨日、私、病院に行ってきたの……」

「病院? どうした? 風邪でもひいたのか?」

「そうじゃないわよ……あのね……できちゃったみたいなの……」

「何ができたって?」

 リーナの顔が紅くなっている。

「だから……その……」

「うん?」

「…………」

 小声で呟いたリーナのその一言が、この男の運命を変えることになってゆくのであった。




次回は「手に入れた存在」です。


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手に入れた存在

 司波達也こと大黒竜也は、戦場にいた。

 達也は戦場が嫌いではない。むしろ好きなほうである。

 それは、達也が戦闘好きだから、戦闘狂だからというわけではない。戦場は全てを忘れさせてくれる、無にしてくれるからだ。

 生命のやり取りをする戦場では一瞬の隙や迷いが即、死に繋がる。そのため、戦場は迷いや悩みなど忘れさせてくれる。どこかに吹き飛ばしてくれる。

 達也はその戦場で暴れまわるのが好きだった。

 全ての悩みや迷いを吹き飛ばしてくれる戦場で働くことが。

 勿論、かけがえのない相棒や仲間たちがいるのもあるのだが。

 だがこのとき、達也は目の前にいる反乱軍の鎮圧の指揮を部下のひとりであるラルフ・ハーディ・ミルファクに任せて、自分はひとり後方で頭を抱えていた。

 それは、少し前に時間がさかのぼる。

 

 …………。

 達也の総隊長室である。

「何ができたって?」

「だから……その……」

「うん?」

 りーナは紅い顔で緊張と呆れの両方を思った。普通の男なら、ここまで女に言わせれば何のことかわかるはずなのだ。だが、達也はそういうことは普通の男より鈍感な朴念仁であるから、察することができない。

 リーナが、達也の左耳を自分の左手で思い切り握って口元に近づける。

「痛てててててて!!」

「もう! 本当に鈍感ね! 赤ちゃんよ! 赤ちゃんができたのよ!」

「ててて……そうか……」

 そう言うと、達也は無関心にまた出撃の準備に取り掛かろうとした。が、

「え?」

 と、まるで石像のように固まったかのようにギギギという音を立てながら、相棒のほうへ振り向く。

「……赤ちゃん……?」

「そうよ!」

「……誰の……?」

「怒るわよ!」

 既に怒っているリーナが、達也の左頬に向けて右手を振った。

 達也の左頬が熱を持つが、達也は呆然としている。

「あんたと私の子供に決まってるでしょ!」

「…………」

 達也は何も言えなかった。

 しばらく反応できなかった。

 ただし、全く覚えが無いわけではない。達也は寂しさを埋めるように、最近は相棒を求めていた。達也も年頃の青年であるし、リーナは達也を愛しているから、二人がお互いを求め合うのは必然だったのだ。

「……そうか……」

 達也の言葉は、それだけだった。そして、

「用意がある。話は後にする」

 それだけ言うと、達也は総隊長室を去った。

 

 そして、戦場ではいつも果敢な達也が、この時は指揮を他人に任せて後方で突っ立っているだけだった。

 とはいえ、相手は非魔法師と弱い部類の魔法師が大半だから問題にならない。だから、反乱そのものはすぐに鎮圧された。

 だが、達也の心は晴れなかった。

 迷っているのだ。

 そんな達也に、シルヴィアがやって来る。

 達也に戦後処理の報告を行なうためである。

 だが、達也には彼女の言葉が頭の中に入っていない。意識はどこかをまるで彷徨うかのようであった。

 さすがのシルヴィアも、達也の異変に気づく。

「総隊長どのッ!」

「……うん?」

「うん、ではありません。私の話を聞いていたはずです。この案件に対する総隊長のお考えをお聞かせくださいッ!」

「え……?」

 達也は話を聞いてないのだから、答えようが無い。

 そんな総隊長に、シルヴィアが言う。

「総隊長……私の報告を聞いておられましたか?」

「…………」

「総隊長? 何があったのです?」

 達也がシルヴィアを見つめる。彼女は、達也やリーナの良き理解者のひとりで、互いに信頼しあっている仲である。だから、達也は話を打ち明けた。

 …………。

「おめでとうございます」

 達也の話を聞いたシルヴィアの最初の言葉である。

「おめでとう?」

「はい。これで総隊長どのと副隊長どのは晴れて父親、母親になられるわけですから」

「……俺にはスターズの総隊長としての責務がある。その俺にとって、子供など邪魔になるだけだ」

「総隊長どの!」

 シルヴィアが有無を言わせぬような声で達也に言う。

「な、何だ?」

 さすがの達也も彼女の面相にひるんだ。

「女にとっての幸せは何だと思いますか?」

「…………」

 達也には答えられない。

「好きな人と結ばれ、その人との間の子供を生む。これが女にとっての幸せです」

「…………」

「隊長は、リーナが嫌いなんですか?」

「そんことは……」

「ならば、リーナに言って下さい。『愛してると。そして、幸せにすると』」

「…………」

「何を迷われます?」

「俺は、今まで多くの人間を手にかけてきた……その俺の妻や子供ができても、不幸になるだけではないのか……」

 すると、シルヴィアが達也に向かってさらに強く言う。

「だからどうしたというのです?」

「なに?」

「総隊長どのが手にかけて来たのは戦場でのこと。やらなければやられる世界でのことです。それに何の関係があるというのです? 何を迷う必要があるのです?」

「…………」

「総隊長どの。総隊長どのは、リーナを幸せにしたくないのですか?」

「そんなことはない!」

「ならば、リーナに先ほどの言葉を伝えてください」

「…………」

 

 達也がリーナに告白したのは、その翌日だった。

 リーナは喜びのあまり、大粒の涙を流しながら達也に抱きついた。

 そして、互いに口付けを交わしたのであった。

 それと同時に、

「俺の計画を、急ぐ必要があるな……」

 と、決意を新たにする達也が、そこにいたのである。




次回は「計画にむけて」です。


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計画にむけて

 司波達也は、総隊長室にいた。

 中にはアンジェリーナ・クドウ・シールズがいる。

 妊娠の事実と、リーナへの想いを語ったあの日から、達也は大きく変わった。

 リーナは愛おしそうにお腹を撫でる。自分から愛する人との新しい命が産まれてくる奇跡に喜んでいるのか、笑顔である。

 一方の達也は相変わらずの朴念仁であるから、自分の子供が産まれてくることを楽しみにはしているものの、リーナのことを必要以上に気遣うようになっていた。

 そのため、最近ではリーナに苦笑しながら宥められることも多くなった。

 そして、あれから1週間が過ぎた日の事である。

 

「エスケイプス計画?」

「そうだ」

 総隊長室の椅子に座る達也と、机の前にある客用のソファに腰をかけるリーナである。

「どういう計画なの?」

「Extract both useful and harmful Substanes from the Coastal Area of the Pacific using Electrricity generated by Stellargeneratorの頭文字をとって名付けたものだ」

 そして、達也がリーナに計画の中身を時間をかけて話す。

「…………」

 全てを聞き終えて、リーナは驚きを覚えていた。

 もともと、達也の頭脳は自分など比較にならないほど優れている。しかし、これほどの計画を自分と同じ17歳の、本来ならば高校生である男性が立てたなどと、誰が信じるだろうか。

 リーナが言う。

「達也……。貴方はその計画で、魔法師の独立国家建設を目指すつもりなの?」

「今のところ、そこまでは考えていない。魔法師だけで衣食住全てを賄うのは能力面から考えても非現実的だ」

「つまり、政府に自治権も要求する気は無いと?」

「今のところはな。政府を無用に刺激しても、デメリットしかない」

「…………」

 リーナは改めて、目の前にいる自分の相棒にして将来の旦那のことを年齢不相応なほどよく考えていると思った。

「今のところは、建前として保証されている魔法師の権利が本当に守られるようになればいい。それだけだ」

「その履行を政府から勝ち取ることが目的だと?」

「そうだ」

「……達也……言っておくけど、この計画、反対も少なからず出ると思うけど……」

「承知の上だ。だが、どんなに難しくてもやらなければならない」

「……なぜ、そこまでその計画にこだわるの? 貴方の名誉のため?」

「違う」

 達也が立ち上がる。そして、リーナの傍にまでやって来ると、リーナの背後から優しく手を回して抱きしめた。

「生まれてくる子供のためだ」

「…………」

「俺とお前の子供が産まれるとわかったら、USNA政府はどうすると思う?」

「…………」

「たぶん、相当魔法力の資質に恵まれた子供が産まれるだろう。そうなればどうなる? 我が子は戦闘魔法師として国に酷使される可能性もあるんだぞ」

「…………」

「お前は、産まれてくる子を戦闘魔法師にしたいのか?」

「…………」

 リーナが顔を左右に激しく振った。

 リーナはもともと、戦闘魔法師としては向いていない優しさがある。達也がいるから今までは何とかなっているが、達也がいなければどこかでその甘さのために命を落としていたかもしれない。

 リーナとて、我が子を危険な戦場になど出したくない。自分と同じように愛する人に恵まれ、戦争などに巻き込まれず幸せに暮らしてほしい。それが彼女の望みである。

「そうだろう。俺だって、産まれてくる子に俺やお前のような道を歩ませたくはない」

「つまり、産まれて来る子供のためにやると……?」

「そうだ。できるだけ速やかに」

「……だけど、そんな計画、いくら達也貴方でもひとりじゃ……」

「心配ない」

 達也がリーナから手を放す。

「ちゃんと考えている」

 達也の目が、虚空を睨みつけていた。

 

 その日から、達也はどこかに連絡を取り始めた。

 そして、それから5日後。

 事態が動き出すのである。




次回は「計画の発表」です。


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計画の発表

 2096年。11月中旬。

 場所はUSNA領アルパカーキ空港。

 ここに、我らが主人公である司波達也がいた。

 ちなみに達也は以前、クラーク父子による策略でリーナと共にその正体がばれている。とはいえ、変装すれば案外ばれないもので、この時も変装して民間人の中に平然といた。

 その中で、達也は空港のロビーにいる。

 そんな中、達也は腕時計に目を通した。

 そしてアナウンスが入る。

「そろそろ……か……」

 達也は到着客出口に視線を移す。しばらくすると、そこへ人の波が押し寄せた。

 そんな人の波の中で、達也は一人の目当ての人物を見つけた。

 そして声をかける。

「……迎えに来てくれたんですか」

 女性の声であった。

「ええ。私の片腕としてこれから働いてくれる女性に、失礼はできませんからね」

「そうですか……直接お会いするのは久しぶりですね。大黒竜也くん」

「ええ。そうですね」

 と、達也がわざとらしくここで咳払いする。

「市原先輩。いえ、一花鈴音先輩」

 

 市原鈴音。かつて達也が第一高校に在籍していたときの2年上の先輩である。

 その彼女がなぜここにいるのか。それは、達也がエスケイプス計画の実行に向けて必要としたひとりが、彼女だったからである。

 …………。

 あまり接点のなかったこの二人が急速に接近するきっかけ。それは九校戦であった。

 あのとき、達也はエンジニアとしてCADの調整を担当した。

 その腕は余りに見事で、市原鈴音は一度、達也と話をする機会を持った。

 やはり技術者としての知識が豊富な二人である。すぐに意気投合した。ちなみにこのとき、リーナが二人が話をしているのを隠れて見ていたのはいつものお約束であったが。

 とはいえ、意気投合した二人。すぐに話はとんとん拍子に弾んだ。

 そして、

「大黒くん。私の目指している研究テーマは重力制御魔法式熱核融合炉の実現です」

「!」

 達也が驚いたように鈴音を見つめる。

「魔法師の地位向上。それも政治的圧力によってではなく、経済的必要性によって、魔法師の地位を変えるのです。魔法を経済活動に不可欠なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器として産み出された宿命から解放されます。重力制御魔法式熱核融合炉はそのための有力な手段になると考えています」

「…………」

 達也は、目の前にいる女性の聡明さに驚いた。自分以外にそんな考えを持つ「高校生」がいるとは思わなかったからである。

 経済的便益の提供による魔法師の地位向上は20年余り前から提唱されている。しかし実現の兆しは見えていない。今でも魔法師の主な用途は、軍事目的である。

 世界情勢が小康状態の現在は、実際に兵器として使用される事例は減少している。しかし魔法師の開発─魔法の開発ではなく─は、軍事利用を目的とするものが依然として9割を占めていると言われている。

 だが、それは現状では仕方のないことだった。民生に転用可能なほとんどの魔法は、機械技術で代替できる。温度をコントロールする技術も、物体を加減速する技術も、魔法ほど劇的な効果は得られないとしても、社会活動に必要なレベルであれば、非魔法技術で安定的に供給することができる。わざわざ魔法で代替する必要はない。高度に発達した自動機械を魔法師に置き換える必要はない。機械を操作し、プログラムするのに魔法技能は必要ない。現在の科学技術では実現不可能なテクノロジーが魔法により実用化され、それが社会に必要とされる、そんな状況が作り出されない限り、「経済的便益による魔法師の解放」は理想主義者の空想に過ぎない。

 その一方で、重力制御魔法式熱核融合炉もまた、達也のオリジナルではない。こちらは核融合炉の研究が行き詰まった50年前から、魔法によって実現できないかどうかが研究されている。しかしこの研究も、現在では下火となっている。

 魔法師の地位向上と重力制御魔法式熱核融合炉の実現を結びつけて論じる者は、少なくとも現在においては、ほとんど見られない。

 このとき、達也は彼女と関係を持って連絡を取り合う仲となった。

 そして、すぐに彼女の素性を調査した。

 彼女の実家・市原家が元々、一花家という数字付きナンバーズの一家であったことがこの時に判明した。そしてその一花家が研究していた魔法が人体に直接干渉する魔法であったため、研究のためには人体実験が必要となり、それが故に一花家が数字を剥奪されて市原と改名せざるを得なくなり、いわゆる数字落ち、すなわちエクストラとなってしまったことも。

「彼女の頭脳は、俺の片腕にどうしても必要だ……」

 そして、達也は動いた。

 九島烈を動かしたのである。

 この頃、九島烈は九重八雲のために負った傷から回復していた。その烈に、達也は求めたのである。

 一花家のナンバーズの復帰を。

 勿論、これはすぐにできることではない。だが、烈という多大な影響力を保持している男が動けば、話は別である。

 一花家の復帰には反対意見もあった。だが、烈の存在はやはり大きかった。

 烈の一押しで反対意見は黙らされ、市原家は一花家として復帰し、ナンバーズになった。

 そして、その見返りに達也は鈴音に渡米と自身への協力を求めたのである。

 このとき、達也は自分が四葉の人間であること以外の全てを鈴音に対して明かしている。

 鈴音はさすがに驚いたが、そこはやはり聡明なのだろうか。

「わかりました。私の夢の実現のために、協力しましょう」

 そして、鈴音は渡米したのであった。




次回は「計画の発表、その2」です。


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計画の発表、その2

 2096年12月初旬。

 司波達也は、大黒竜也として計画を発表した。

 エスケイプス計画。

 詳細は省かせていただくが、達也はこのとき、マスコミを前に自分の技術者としての実力、飛行魔法を開発したことなど全てを明かしている。

 マスコミは最初、こんな未成年がとさすがに疑いを持ったようであるが、それを裏付ける様々な資料がマスコミに配られ、それに名のある技術者の名前まで記録されていては、信じるしかなかった。

 そして、達也は自身の計画を発表した。

 

 この計画の発表を受けて世界の反応は大きく二つに分かれた。

 その二つとは、計画に賛成する者と反対する者である。

 まずは、賛成する者のほうから。

 インド・ペルシア連邦の戦略級魔法師にして女性科学者であるアーシャ・チャンドラセカールと、トルコのアリ・シャーヒーンである。特に前者は明確にエスケイプス計画を支持すると明言したのである。

 それに対して、反対する者。

 …………。

 まずは日本である。

「あんな計画に賛成するべきではない」

 テレビにその顔が映っている。

 顔ぶれをあげる。

 一条家当主・一条剛毅。

 二木家当主・二木舞衣。

 三矢家当主・三矢元。

 四葉家当主・四葉深雪。

 五輪家当主・五輪勇海。

 六塚家当主・六塚温子。

 七草家当主・七草弘一。

 八代家当主・八代雷蔵。

 九島家当主・九島烈。

 十文字家当主・十文字和樹。

 ちなみに、九島家はあの事件の後、前当主の烈が再び当主になっている。

 ちなみに冒頭の発言は、七草弘一によるものである。

「なぜですかな? 七草どの」

 九島烈である。

「言うまでもないでしょう。老師。我々十師族は魔法師として日本という国家に従い、貢献しているのです。あの計画に賛同すれば、我々はこれまでの全ての特権を失いかねません」

「それは違う。十師族は魔法師が国家権力によって使い捨てにされない為の仕組みとしてわしが作ったものだ。あの計画に賛成することこそ、我には必要だと思うが」

「発言よろしいでしょうか?」

 と、言ったのはこの中で一番若い四葉深雪である。

 最年長で進行役の烈が頷く。

 深雪が一礼してから発言する。

「私はあの計画を賛成するとしても、まずは我が日本にどれだけの利があるのか、計画の中身はどうなのか、ということをよく調べてから賛成するか反対するかを決めるべきだと思います。まずは、USNAにしかるべきルートを通じて詳細を求め、そして改めて会議をしては如何ですか?」

「…………」

 烈が深雪を見つめる。

 侮れない。それが烈の感想だった。

「四葉どのの申される通り、あの発表だけでは詳細はわからない。まずは、詳細を求めることが筋だと思う」

 これは、一条剛毅である。

「そうだな。まずはそうするべきだ」

 他の面々も次々に頷く。

 そして、それが今回の会議の結論となった。

 

 深雪は、会議を終えると花菱兵庫が持ってきたお茶に手を伸ばした。

「お疲れ様でございます」

「ええ……」

 深雪が、優雅に口をつける。そして言う。

「花菱さん」

「はい」

「これ以上、どうやらあの人を放っておくわけにはいけないようです」

「……それは……つまり……」

「……やるしかありませんね……まずは、あの人に連絡しましょう」

 深雪が静かに動こうとしていた。




次回は「危機」です。


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危機

 達也の総隊長室に、リーナがいた。

「こんなの、あんたを誘い出すための罠に決まってるでしょ!」

 リーナが、達也から渡された手紙を投げ返した。

 達也が、それを左手で受け止めて言う。

「ああ……そうだろうな」

「なら、断るべきよ。今は大事な計画を進めるときなのよ」

「だが、母上の身を返すというのには魅力がある……」

 達也がどこか遠くを見つめるようにつぶやくのであった。

 

 達也の下に、手紙が送られてきた。

 送り主は四葉深雪。

 内容は、こちらが預かっている母・司波深夜を返還するので、そちらは私の側近である桜井水波を返してほしい。

 これだけであった。

 ただ、それなら日本にいる九島光宣にいつものように交渉役に立てればいいだけの話なのだが、深雪は条件として達也自らが交渉に来るように求めたのだ。

 明らかな罠なのは明白である。

「用心深いあんたらしくないわね……これは明らかな罠よ」

「罠なら、用心すればいいだけの話だ。お前も俺を始末できる人間なんていないのは知っているだろ?」

 達也が、左手に持っていた手紙を握り締める。

「それに、母上を取り戻してUSNAに呼び寄せたいとも思うしな……」

「……なぜよ?」

「母に孫が生まれることを教えたいんだ」

 そして、達也が立ち上がってリーナの背後から手を回して抱きしめる。

 リーナは抵抗することも無くそのまま受け入れている。

 ちなみに、現時点でリーナの妊娠を知っているのは、達也の他はシルヴィア・マーキュリー・ファーストだけである。達也は我が子の将来、すなわち魔法師が兵器として使われることを恐れて、それを隠していたのである。

「心配するな。俺は死なない……必ず、お前の下に戻ってくる」

「…………」

 リーナが頷く。

 そして、リーナのことはシルヴィアに任せて日本に渡ったのである。

 ただし、達也は世界的に有名人になっている。そのため、個人的に用意した飛行機で渡ることになった。

 

 九島光宣は、達也からそれを聞いていた。

 愕然としていた。

「光宣。桜井水波は四葉家に返す。母の身柄との交換だ」

「…………ッ!」

 光宣の端正な顔が、僅かに歪む。が、光宣を信頼している達也は特に気にしていない。

「桜井水波はどうしている?」

「向こうの部屋にいます」

「そうか……彼女に会って事情を話す。ついてこい」

「……はい……」

 達也が光宣の右横を通り過ぎて歩いていく。

 そしてこのとき、光宣の目がわずかに達也の背中をにらみつけていることに気づかない達也であった。

 

 深雪は、連絡を取っていた。

 深雪は日本語を話していない。目の前に移る人物に合わせて話しているようだ。

「では、用意は整ったというわけですね」

「ああ」

「では、計画通りに頼みますよ」

「…………」

「イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフさん」

 

 

 

 




次回は「危機 その2」です。


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危機 その2

 バシッ! という音とともに、四葉深雪が床に倒れた。

 音の音源先には、左手を裏側に回した司波達也がいる。

 そして、深雪は自らの左手で左頬を抑える。

 達也はさらに、シルバーホーンを深雪に向けて構える。

 慌てて花菱兵庫ら四葉家の執事らが動こうとするが、

「動くなッ!」

 と、達也が一喝する。

 その一喝が衝撃波となって、彼らは動けなくなる。

 それは、同じように達也側としてここにいる九島光宣、桜井水波らにとっても同じだった。

 

 さて、ここまでの経緯をまとめておこう。

 達也は人質交換に応じ、光宣と水波を連れて旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する小さな村にある四葉家本邸を訪れた。達也にとっては6歳まですごした旧家であるが、良い思い出といわれれば愛する母とガーディアンとして自分に親身になってくれた桜井穂波以外のことしかない。あとはむしろ憎悪がにじみ出ることばかりである。

 達也はそんな中、チラッと水波を見た。

 穂波にどことなく似ている水波。そのためか、穂波のことをどうしても思い出したのだと思った。

 そして、屋敷の前で花菱兵庫の出迎えを受ける。

「お待ち申し上げておりました」

 丁寧な一礼をする兵庫に対して、達也は何も言わない。

「深雪はどこにいる?」

「ここにはおられません」

「何?」

「伊豆におられます」

「伊豆?」

「はい」

 達也が疑問に思う。人に人質交換に応じると言いながら、なぜ伊豆にいるのか。

「お忘れですか? 伊豆は深夜さまがかつて保養地にされていた場所でございます」

「あ……ッ」

 達也は迂闊にも忘却していた。自分も6歳になり、この家を出ることになるまでは母とともに伊豆で過ごした思い出がある。幼い頃にろくな思い出がない達也にとって、それは唯一の温かみのある思い出と言って良い。

「そうか。なら、伊豆へ向かう」

「お待ちください。私は深雪さまから、達也さまご一行を伊豆にお送りするように命じられています。どうか、お役目のほうを果たさせてくださいませ」

「…………」

 達也が兵庫を見つめる。

 兵庫は、頭を下げたまま上げようとしない。

 そして、達也は光宣や水波と共に兵庫が用意した車に乗り込んで、伊豆へ向かったのであった。

 

 伊豆の屋敷に入った達也は、すぐに母との面会を求めた。

 そして、母の状態を見た瞬間、冒頭の部分となったのだ。

 達也は激怒していた。なぜなら、母親がすっかり衰弱し、大きなベッドに小さく横たわっていたからである。以前、別れたあの時よりかなり衰弱している。

「これはどういうことだッ!」

 倒れこんだ深雪に、達也はシルバーホーンを向けている。

 深雪が答える。

「お兄様と別れた後、お母様はよほど寂しかったのでしょう……日に日に衰弱しました。私たちも医師や使用人が懸命にお世話したのですが、衰弱は止まらず、遂にこのようになったのです……」

 倒れこんだ深雪が、小さい声で言う。

「俺はお前に言っておいたはずだ。母に何かあれば容赦はしないと」

 達也はシルバーホーンの照準をそのまま深雪の眉間に向けている。

「なぜ、こうなるまで俺に連絡をしなかったッ!」

「それは、お母様の意思です」

「何?」

「お母様が、貴方に知らせるなと言われたのです」

「……なんだと……」

 すると、ベッドから消え入りそうな声がしてくる。

「……本当よ……達也……深雪さんには……私が言うなと言ったのよ……だから……深雪さんは何も……悪くは無いわ……」

 その声に、達也はシルバーホーンを収めて母に近づく。

「母上……」

「……貴方に……知らせたら……貴方は心配して……私に付きっ切りになる……そうさせたくない……貴方は……貴方の人生を生きて……ほしいから……知らせるなと言ったのよ……」

「馬鹿なことを……母上……」

 そして、すっかり小さくなってどことなく老いも見えてきた母の上半身を抱きしめる。

 達也の目から、涙が流れていた。

 そして、母をベッドに戻して、涙をぬぐって言う。

「深雪……」

「はい」

 深雪はこのとき、兵庫に支えられて起き上がっていた。

 達也は、深雪のほうに振り返りもせずに言う。

「桜井水波は返す」

「ありがとうございます」

 深雪が深々と頭を下げる。

 深雪にとって、水波は単なる側近ではない。最も信頼している親友なのである。だから、水波を返すという言葉に嬉しさを隠さなかった。

 そして、水波が光宣に一礼して、深雪に近づく。

 と、そのときだった。

 達也がいきなり、水波に向けてシルバーホーンを向けると水波の右腕を消したのである。

 水波が悲鳴を上げて倒れる。

 それを、深雪も光宣も兵庫も他の使用人も、みんな驚愕の思いで見つめている。

「何の真似ですッ!」

 深雪が叫ぶ。だが、達也は冷徹に深雪を見下ろす。

「大切な者が苦しむ気持ちがわかったか?」

「…………ッ」

 このとき、深雪は達也の目を見て初めて恐怖を感じた。

 まるで全てが「無」であるかのような目。

 人を殺すことに何のためらいも無い目。

 氷とかそんなものでは語れないような目。

 それが今の司波達也だった。

 そして、床で苦しくのたうちまわる水波をまるでゴミでも見るかのように見つめる。その水波を支えようと光宣が近づこうとしたとき、達也は再成を行使した。

 水波の右腕が元に戻る。

 達也は、自分の右腕を少しさすった。

 そして言う。

「俺を……みくびるなよ……」

「…………」

 深雪も誰も何も言えなかった。

 そして、達也は深夜を引き取って伊豆を後にした。

 深夜にこのまま四葉に居させることなどできない。

 そして達也は、深夜を九島家お抱えの病院に移したのであった。




次回は「偉大なる母」です。


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偉大なる母

 達也は、医師の襟首を掴み上げていた。

「なんだと……ッ!」

「で、ですから……申し上げましたように……」

「無理だと……いうのか……ッ!」

「はい……。ここまで衰弱して体力も無い状態では、もう、手の施しようがありません……」

 襟首を掴まれながらも、何とか言葉を発する医師。

 それを聞いた達也は、医師の襟首から手を離す。

 医師が慌てて咳き込む。

 達也は、虚空を睨み付けながら愕然としていた。

 達也の再成は、確かに死が定着しない限りは直すことは可能である。

 ただし、いかに再成でも天寿には逆らえない。

 寿命は天から与えられたもの。こればかりはどうすることもできない。もし、それができるなら達也は神すら既に超えている存在である。

 医師が言うには、

「既に、深夜さまには時間が残されておりません……できることなら、本人のお好きなようになさられるのがよろしいでしょう」

 それだけであった。

 

 深夜は、病院の中で最も環境の良い病室に入っていた。

 隣には、息子が座っている。

「達也……」

「はい」

「……私の残された時間は、あとどれくらいなのかしら?」

 すると、達也が少し動揺した。が、すぐに返答する。

「何を申されます。必ず治ります」

「……ふふ。達也。貴方は、嘘が本当に下手ね……」

「…………」

「貴方は昔からそうだった……頭はいいし、我慢もする。ポーカーフェイスもできる……でも、味方を欺くのは、いつも下手な子だった……」

「…………」

「私の体は私が一番、よくわかるわ……」

「…………」

「達也……。今まで、ありがとう……。心残りは、孫の顔を見れないことだけど、貴方に言っておくわよ……人としてのやさしさを忘れないこと……そして、リーナさんや生まれてくる子供を大切にすること……いいわね……達也……」

「はい……」

 達也が、母が弱弱しく布団から出してきた右手を、両手でやさしく握り締めた。

 

 深夜はその日の夜。夢を見ていた。

 目の前にいるのは、

「父上……」

 そう、深夜の父・四葉元造であった。

 元造が言う。

「深夜よ。わしはこれから出立する。大漢が日本に攻めてきた。わしはそれに対抗せねばならぬ」

 父の側には、四葉元輔、四葉兵馬、四葉英作がいる。いずれも深夜の伯父・叔父たちである。

「お前は家に残り、真夜を守れ。頼んだぞ」

「はい」

 そして、元造は兄弟と共に去っていった。

 真夜が、深夜の右手を握り締める。

 そして、深夜の前に、今度は女性が現れた。

「穂波……」

 それは、自分が最も信頼したガーディアンにして側近であった桜井穂波だった。

「それでは深夜さま。私も出立します」

 深夜に一礼して、去ってゆく穂波。

 いつの間にか、自分の右手を握り締めていた真夜も消えている。

 そして、いつしか舞台は戦場であった。

 そこがどこなのかはわからない。

 だが、父や叔父など、四葉家の一族が30人、あるいは桜井穂波、そして黒羽貢などが、大漢の軍隊相手に激しく戦っている。

 深夜には、これがいつのことなのかわからない。

 大漢が、日本に攻めてきたことなどないはずだ。むしろ、我が四葉家が大漢に攻め入ったほうなのだ。

 と、そのとき。深夜はあることに気づいた。

 この夢に出てくる面子は、どれも既に死んでいる人間ばかりだということを。

(…………)

 深夜は、最後に思った。

(私も、遂に逝くということかしら……)

 深夜に死への恐怖は無い。愛する息子が側で見守っていてくれるのだから。

 そして、父の元造が敵をひとり、深夜の前で葬ったとき。

 深夜の意識は永遠に停止した。

 それを機に、夢も終わり、そして深夜の生命の鼓動も永遠に停止したのである。

 波乱に富んだ深夜の生涯が、ここに終わりを告げたのであった。

 

 達也は、泣かなかった。

 ただ、母の遺体を抱きしめていただけだった。




次回は「達也暗殺計画」です。


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達也暗殺計画

 ところかわって新ソ連。

 ここに、二人の男がいた。

 ひとりはレオニード・コンドラチェンコ。階級は少将で70歳代。

 もうひとりはイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。新ソ連の科学者で40歳代。

 親子ほど歳の離れた二人が、新ソ連のとある場所で会見していた。

 …………。

「では、この男を暗殺するべきと貴殿は言われるのかな?」

 老人が中年に言う。

「はい。……奴は危険すぎます。それはおわかりのはずです」

 中年が丁寧に返答する。

 老人の右手には、写真が貼られた紙の書類が握られている。その紙には、司波達也の写真が貼られ、経歴が詳細に描かれていた。

「確かにな……USNAにあれほど危険な戦略級魔法師がいるならば、それは消さねばならぬ。我が国こそが世界の覇者であらねばならぬのだ」

「……あの男の暗殺については、日本からも申し出がありました」

「日本から? 日本政府が我々に協力するというのか?」

「いいえ。日本政府はUSNAの狗です。協力を申し出たのはあの『四葉』です」

「四葉……ああ、かつて大漢を滅ぼしたあの一族か……」

「はい」

「なぜ、あの四葉が我々に協力するというのだ?」

「四葉はあの男の部下に前当主や主要なメンバーを消されているそうです。その恨みだとか」

「…………」

 老人・レオニードが考え込む。

「なぜ、あの男と四葉が対立している?」

「それは……」

 中年・ベゾブラゾフが説明する。

 …………。

 実は以前、達也と深雪が仲直りする前に、深雪は新ソ連に渡って直接、ベゾブラゾフと会見していた。理由は勿論、達也を暗殺するための協力を求めるためだ。

「四葉……あのアンタッチャブルか……」

 ベゾブラゾフもその噂くらいは聞いている。しかし、あくまで日本の魔法師の一族であるだけで噂は噂であるから、これまでそこまで重要視はしていなかった。

 だが、深雪がベゾブラゾフに対して持ってきた引き出物を見て、彼は驚く。

「大亜連邦の上校・陳祥山だと……」

 実は陳は横浜戦の時、撤退戦の際に四葉の手の者に捕縛されていた。大亜に対して恨みの深い真夜は最初はすぐに殺そうとしたが、いずれ何かの使い道もあるかもしれないという葉山の進言もあり、この時は生かしておいたのである。

 勿論、日本側には一切内緒にしている。

 深雪はその陳をベゾブラゾフに引き出物として差し出したのだ。

 そして深雪が言うには、

「共に協力して、USNAの戦略級魔法師である司波達也を殺しましょう」

「…………」

 ベゾブラゾフは目の前にいる少女を見つめた。

 自分の娘ほどの年齢である少女なのに、その目からは凄まじい冷気を感じた。

 何より、その並ぶもののない美しさに、ベゾブラゾフはしばらく目が釘付けになっていた。

「……それは、私と手を組みたいといわれるのかな?」

「はい。戦略級魔法師である貴方とです」

「……なぜ、私と組んで司波達也を始末したいといわれるのか?」

 ベゾブラゾフは背後にいた部下に、陳を連行するように命じる。

 陳が部屋から出て行ってから、深雪が答える。

「あの男が危険なのは以前、世界に流出した動画などでお分かりかと」

「……ああ……リヴァイアサンと違い、ヘヴィ・メタル・バースト、それにマテリアル・バーストという強力な戦略級魔法を抱えるUSNAに対しては、我が新ソ連でも由々しき問題として取り上げられている」

「ならば私は、あの司波達也に恨みを持つ者。その司波達也を共に協力して葬りましょうと言っているのです」

 そして、深雪がベゾブラゾフに資料を手渡す。

 それには、達也の経歴が詳細に描かれていた。達也が四葉の人間であることもだ。

「…………」

 ベゾブラゾフが深雪を見つめる。そして言う。

「貴方と司波達也は、この資料を見る限り、兄と妹に当たるようだが……?」

「そうです」

「それで、兄を始末するというのか? 妹である貴方が?」

「はい」

「何故だ?」

「司波達也は一族を裏切った男。たとえ兄といえど許されることではありません。そして達也は我が母・真夜を殺しました。我が四葉に手を出す者は誰であろうと許されません。必ず報復する」

「…………」

「しかし、報復するには我が四葉だけでは力が足りない。だから閣下のお力をお借りしたいと言っているのです」

「…………」

 ベゾブラゾフは迷った。

 しかし、新ソ連でもUSNAに2つの強力な戦略級魔法があることは由々しき問題となっている。このままでは新ソ連はUSNAに大きく力関係で劣ることにもなりかねない。

 ベゾブラゾフが言う。

「私と組んで、果たしてあの司波達也を殺せますか?」

「舞台は私が用意します」

 そして深雪が詳細を話す。

 だが、ベゾブラゾフはさらに質問する。

「なぜ、貴方は私を手を結ぶ相手に選ばれたのかな?」

「貴方は以前、先代シリウスことウィリアム・シリウスをその戦略級魔法で葬られた実績がある。そのためですよ」

「…………」

「それで、どうですか? 私と手を組んでいただけますか?」

「…………」

 ベゾブラゾフはそして、頷いたのである。

 …………。

「そんなことが……」

「はい」

「それで、博士はどうなさるおつもりかな?」

「そうですね……」

 と、ベゾブラゾフが虚空を見つめ、そして言う。

「今日にでも、ウラジオストクに向けて発ちます。『イグローク』を連れて」

「では?」

「ええ、我が国にいつ牙を向くかわからない戦略級魔法を、これ以上放置しておくべきではないでしょう……それに、四葉深雪から用意は整ったと連絡も入りました」

「おお……では、成功を祈っておりますぞ」

 

 そして、その翌日。

 亡き母を弔うために日本の伊豆にいた司波達也の下に、一発の戦略級魔法が放たれた。




次回は「再びの反乱」です。


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再びの反乱

 USNAにその報告が入ったのは、事件から数日後のことである。

 その報告は、基地内において、スターズの主だった人物を集めて行なわれた。

「日本の伊豆において新ソ連の戦略級魔法、トゥマーン・ボンバを撃たれた模様」

「その撃たれた場所に、スターズ総隊長である大黒竜也中佐がいたようだ」

「大黒中佐の生死は不明。また、トゥマーン・ボンバにより伊豆の市民が負傷したことも確認されている」

 それらの報告を聞いたとき、達也から留守を任されていたアンジェリーナ・クドウ・シールズは頭の中が真っ白になった。

 何を言ってるのかすぐに理解できなかった。

 -達也に対して戦略級魔法が撃たれた-

 -私の前任者のシリウスを葬り去ったあの忌まわしいトゥマーン・ボンバで-

 -達也の生死はわからない-

 -達也には再成がある-

 -だから、達也は死なない-

 -必ずや、達也は私のもとに戻ってくる-

 -達也だって、そう言っていたじゃない。出立前に-

 だが、達也の再成は無敵ではない。死が定着すれば達也だって死ぬ。

 戦略級魔法を撃たれて、達也は-。

 リーナは余りのことに、席からガクッと崩れて倒れてしまった。

「少佐どのッ!」

 リーナの副官的地位にあったシルヴィア・マーキュリー・ファーストがリーナを抱き抱え、すぐに医務室に運んだ。

 

 このことを聞いて、喜んだ者たちがいた。

 アレクサンダー・アークトゥルスにシャルロット・ベガたちである。共に少尉である。

 この二人、実は以前、カノープスが反乱を起こした際にカノープスに協力して共に反乱を起こした。反乱はカノープスに協力した者が思ったより少なかったことに、達也の反撃ですぐに鎮圧されてしまった。

 反乱が鎮圧されると、達也はすぐにカノープスを処分し、さらにそれに協力したメンバー、つまりベガたちも処分しようとした。

 ところが、これに反対したのがリーナだった。リーナは彼らを許すように達也に求めたのである。

「彼らは私たちと共に死線を潜り抜けてきた仲間よ。どうか寛大な心で慈悲を授けてあげて……」

 それに対して、達也は最初は受け入れなかった。

「リーナ。お前は甘い。甘すぎる。奴らは反乱を起こしたんだ。許すわけにはいけない。奴らは、殺すしかないんだ」

 だが、リーナは達也に強く彼らを許すように求めた。

 さすがの達也も根負けし、やむなくカノープス以外は降格のみで許したのである。

 ただし、それを達也やリーナの慈悲ととるか、それとも逆恨みするかは彼ら次第であった。

 そして、それが悪いほうになってしまった。

 もともとベガは、リーナや達也より10歳以上年上で、階級で自分が劣っていることに不満を抱いていた。そのため、リーナや達也に対して私怨を抱いていた。

 今回の降格についても、本来なら死刑なのを寛大に許してもらったととらえずに、むしろ年下の小僧っこたちに情けを受けた、と逆恨みする始末だった。

 アークトゥルスはリーナや達也に反抗的ではないが、親密でもない。

 ただし、達也の激しいやり方には不満を抱いていた。

 達也はある意味でやりすぎる時がある。カノープスは軍事法廷での弁明の機会も与えられず、達也によって処分されている。そのため、達也たちとは心理的な距離があった。

 そして、アークトゥルスの旧部下、アルフレッド・フォーマルハウト軍曹も反達也、反リーナのひとりとして以前の反乱で処分されていたが、そのために逆恨みしていた。

 いや、それだけではない。

 実は達也はリーナの妊娠を隠していたのだが、それはベガには見破られていた。

 ベガは結婚も出産も経験していないが、リーナが妊娠していることはすぐにわかった。

 リーナが訓練中、あるいは更衣室などで腹部を愛しそうにさすったり、柔らかな愛しさの溢れる表情を時折見せたりすることで、彼女にはすぐにわかった。

 そして、その腹の中にいる新しい生命の父親が誰かもすぐにわかった。

(あいつら……軍の中で何てことを……)

 こうして、ベガは決意した。

 スターズで、再び動乱が起きようとしていた。




次回は「逃げよ、リーナ」です。


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逃げよ、リーナ

 北アメリカ大陸合衆国ニューメキシコ州ロズウェル郊外にあるスターズの本部基地。

 ここの基地の一室に、スターズ副隊長・アンジェリーナ・クドウ・シールズが寝込んでいた。

 達也が戦略級魔法に倒れたと知った時から、リーナは倒れていた。

 あまりにショックだったからだ。

 リーナの職務は副官的存在であるシルヴィアが担当した。

 実はここに、スターズの特異性がある。

 スターズはもともと個性的な人物が多い。それを統率する先代のシリウス、そして現在の達也はスターズを完全に掌握している。達也は時には厳しく、時には優しさを入れることでこの隊を把握していた。

 ところが、リーナに対する隊員の目は冷たかった。

「何よ。総隊長の女が……」

「総隊長がいなければ、何もできないくせに……」

「総隊長に身体を許して愛を得ているんだろうが、総隊長がいなければお前なんか、ただの小娘なんだよ。自分の身の程をいい加減に知れ」

 と、常に隊員から陰口を叩かれていた。

 リーナはそれを知らないわけではない。むしろ知っている。

 だが、この陰口はある意味で事実だった。リーナは事務能力が乏しい。そのため、決済などは全て達也が目を通すことになっており、副隊長といってもほとんど飾りに近かった。いや、達也がいるから副隊長なのだ、と見られていた。

 リーナはそれに対して報復しようとは思わなかった。事実だと思っていたからだ。

(私はまだ17歳の小娘だし、飛び級するような頭はないし、部隊指揮の教育なんてまともに受けてないし。でも、私には達也がいる。達也を助けてこの地位にいられるなら、私は満足だわ)

 だが、リーナはよくても、それがやがて不満として隊員からさらに白い目で見られるようになった。

 そしてその日、リーナは寝込んでいる中で夢を見ていた。

 だが、その隣に達也がいない。

 そのことに一抹の寂しさを覚えながら、彼女は涙を流していた。

 

 2097年2月某日。時刻はまだ、午前5時にもなっていない。

 夜も明けぬ内に目を覚ましてしまったリーナは、ベッドの上で身体を起こすと、自らのお腹に手を当てた。

 達也との間にできた、かけがえのない生命がそこにいる。

 自分はひとりではない。

 それにいい加減、立ち直らないとシルヴィアに迷惑をかけてしまう。

 だから、彼女は今日は立ち直ろうとした。

 そのときであった。

 

「ッ!」

 それは全くの偶然であった。

 リーナはその日、立ち直るためにたまたま散歩がてらの自主トレで「パレード」を自分から1ヤード(0.9メートル)離して展開していた。そこに、高エネルギーレーザーがリーナの幻影を貫いて内側からフェンスを焼いた。

 リーナは驚愕した。もし、一歩間違えれば自分が即死していたからだ。

 そしてそれは、お腹の子も……。

 ショックの余りしばらく呆然としていたリーナだが、時間差で迫る対人ミサイルを彼女は移動魔法で跳ね飛ばし、熱と破片を魔法障壁で防ぎながら、狙撃の射線をたどって倉庫の屋上へ目を向ける。

「ジャックッ! いったい、何のまねですッ!」

 そこには、伏射の姿勢でライフルのような物を構えている男性の姿があった。

 倉庫までの距離は100メートル以上ある。また薄暗いこともあって、肉眼では誰だかよくわからない。

 だがその男が放っている想子波動は確かに、リーナが知っているスターズ隊員のものなのだ。

 スターズ第3隊一等星級隊員、ジェイコブ・レグルス軍曹。以前は中尉だったが、カノープスの反乱で降格されて軍曹になっていた。愛称はジャック。

 得意とする魔法は、ライフルに似た武装デバイスで放つ高エネルギー赤外線レーザー弾『レーザースナイピング』。

 それが、リーナに向けて撃たれたのだ。

「ジャックッ! 答えなさいッ! なぜ私を狙うのですッ!」

 しかし答えは無い。高まる魔法の気配に、リーナは電磁波反射魔法『ミラーシールド』を展開する。

 レーザースナイピングの光弾をミラーシールドが反射する。ミラーシールドはシールドの向こう側からやって来る電磁波を全て反射する。当然、可視光線も、シールドを張っている最中、敵の姿はシールドに遮られて見えなくなる。

 リーナがミラーシールドを解除したとき、ジャックの姿は倉庫の屋根から消えていた。リーナは魔法探知を最高レベルに引き上げて倉庫に向かって駆け出した。

 ところが、リーナの探知に魔法を帯びた飛来物が引っ掛かった。スターズの戦闘魔法師の間で共有されている魔法『ダンシング・ブレイズ』だった。

「アレクッ!?」

 この魔法に宿る想子波動は、アレクことアレクサンダー・アークトゥルスによるものである。

 リーナは慌てて『領域干渉』を放つ。自分を中心に展開するのではなく、飛来する4本のナイフに重ねるように自分の事象干渉力をぶつけたのだ。

 渦を巻くような曲線軌道でリーナに迫っていたナイフは、コントロールを失って放り出されるように地面に落ちた。

「第3隊まで反乱!? ……まさか……」

 リーナには彼女たちが反乱を起こす理由がわからなかった。

 確かに、自分は恨まれている。憎まれている。私怨を抱かれていることも理解している。

 だが、自分なりにがんばってきたつもりだし、自分は恨まれていることを知っていても報復したり何かをした覚えなど無い。少なくとも、本気で嫌われているわけではないと思っていたし、自分には達也がいればそれで十分だと思っていたのだ。

 だが、今のリーナには考える時間すらない。

 追撃のダンシング・ブレイズが迫る。

 今度は4本ではなく1本。ただし、

「トマホーク!?」

 今度は質量がずっと大きく、領域干渉では無力化もできない。

 リーナは水平に飛んでかわした。地面すれすれの空中を一気に20メートル近く、すべる様に移動する。着地するなり、ミラーシールドを再展開し、着弾の手ごたえと同時にリーナは遮蔽物を求めて走り出した。

 障害物や射撃用のターゲットが散在しているが、ここは基本的に見通しの良いグラウンドであったため、リーナはこのままでは良い的になってしまう。だから、特殊車両の格納庫に飛び込んだ。

 リーナは格納庫に転がり込むなり、中にいる整備員を巻き込みたくないために、

「シリウス少佐ですッ! 中にいる者は全員ここから離れなさいッ!」

 と叫んだ。この時には、アンジー・シリウスの幻影を纏っている。

 リーナは整備員が逃げたかどうか、格納庫内に人が残っていたかどうかを確認する精神的な余裕は無かった。何より、冷静さを失っていた。

 彼女は自分の腹部を気にしていた。

 もし、腹部に衝撃を与えたら、お腹の子が-。

 かけがえのない我が子を犠牲にしたくない-。

 それが彼女の頭を支配していたのである。

 そのときだった。

 格納庫の壁は爆発に耐えた。だがそのせいで、色々な破片がリーナに対して降ってくる。

 魔法シールドの中で爆発とその余波をやり過ごしたリーナは、振り返ってクリアになった視界の中に犯人の姿を認めた。

「レイラッ、貴女もなのッ?」

 スターズの第4隊に所属するレイラ・デネブ軍曹。以前は少尉だったが、カノープスの反乱でやはり降格されているひとりである。

 北欧系の長身でグラマラスな彼女が、リーナに憎しみを向けていた。

「馴れ馴れしくレイラなんて呼ばないでほしいわね。この裏切り者ッ!」

 その一言に、リーナはショックを受けていた。




次回は「虐殺」です。


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虐殺

「裏切り!? 何のことですッ!」

 リーナの言葉に、

「とぼけるとか、往生際が悪いッ!」

 と、レイラが右手に持ったナイフを振りかざす。

 その直後、変身前のリーナを身長で10センチ近く上回るバストとヒップのサイズも同じくらい上の女性が目の前に立っていた。

 振り下ろされる戦闘用ナイフ。

 反射的に移動魔法を発動したリーナが、格納庫の入口の反対サイドに出現する。

 サプレッサーで抑えられた銃声と、リーナのシールドに当たって床に落ちる潰れた弾。レイラが舌打ちをもらした。ナイフと拳銃のコンビネーションは彼女の得意魔法だったからだ。

 リーナが移動魔法と同時に魔法シールドを張っていたのは、その記憶が頭にあったからにすぎない。

「とぼけてなどいません! 私がいつ裏切ったというのです!?」

 シールドを張った状態のまま、リーナが叫ぶ。

「白々しい。だったらハッキリ言ってやる」

 レイラが憎しみの篭った瞳をリーナに向ける。

「お前はUSNAの魔法師精鋭部隊であるスターズの副隊長の地位にありながら、男に迷って風紀を乱し、軍律をないがしろにしたッ!」

「何のことです?」

「反省の欠片も無いってことね」

 その声は、リーナの背後から聞こえた。

 慌ててリーナが振り返る。

 すかさずレイラから背中に撃ち込まれた銃弾は、再び対物シールドで弾く。レイラが銃弾に付加した貫通魔法、障害物を貫いて前進する移動魔法よりも、リーナのシールド魔法の事象干渉力が上回った結果である。

 だが新たな登場人物の攻撃は、思わぬ方向から来た。

 リーナの身体が、シールドごと打ち上げられる。

 リーナに移動魔法や加速魔法を掛けたのではない。局所的な重力反転魔法である。リーナを中心にして半径1メートルの円内の重力が逆転増幅されたのである。

 リーナは自由落下の10倍の加速度で格納庫の天井に叩き付けられた。

 天井は破れなかった。勢いに対して小さすぎる音を立てて揺れただけだった。リーナが咄嗟に自分の慣性を中和した。それが功を奏したのである。

 だが完全ではなかった。それなりの衝撃を受けてリーナが落下に転じる。今度は逆方向に10倍の加速度が働いた。

 しかしリーナは痛みに耐えて自身に減速魔法を掛ける。それ以上のダメージを負うことなく彼女は床に復帰した。

 それだけではない。落下途中の空中から空気弾をまき散らす。殺傷力は乏しかったが、敵の牽制にはなった。

「シャル……」

 着地したリーナが崩れそうになる足を踏みしめて自分を天井に叩き付けたシャル、シャルロット・ベガ少尉である。

「へえ……確実に仕留めたと思ったんだけど、さすがはシリウスね。その魔法力「だけ」は名前負けしていないと認めてあげる」

 今の攻防で、リーナのパレードは解けている。鮮やかな金髪碧眼の凛々しさよりも可愛らしさが優っている美少女が苦しげに息を挙げている。それを見て、ベガの唇に勝ち誇った笑みが浮かんだ。

「でも、随分苦しそう。男に迷って隊を乱したお前には相応しい姿ね」

 リーナは右手で腹部を守るように抑えながら叫ぶ。

「だからッ! 裏切りなんて知りませんッ! 一体、何のことですッ! 男って何のことですかッ!?」

「お前、まだッ!」

 潔白を主張するリーナにレイラが逆上しかける。

 が、

「いいじゃない。言ってやりましょうよ」

 と、ベガがレイラを制止する。

 そして、リーナに嘲りの眼を向ける。

「貴女、随分お腹を大切そうに手で押さえているけど、そのお腹にはいったい、何かあるのかしら?」

「ッ!?」

 リーナがさらに腹部を隠すように強く抑えた。

「私たちが気づかないと思った? 同じ女なのよ」

「…………」

「あんた……総隊長とできたわね……部隊の中でッ!」

 リーナは答えられない。

「それが軍法違反だって知ってるわよね……わかっているわよね……あんたは隊の中でやってはいけないことをした……隊を乱した……だから、私たちがあんたを処分するのよ。わかった?」

「…………」

 リーナは愕然としていた。

 だが、今のリーナは全力で戦えない。

 何より、これ以上腹部に衝撃を与えるわけにはいかないのだ。

「……ふふ。もう、あんたを守ってくれる総隊長はいないのよ。覚悟することね……売女がッ!」

「死ねッ!」

 そして、リーナに新たな攻撃が迫ろうとしていた。




次回は「虐殺、その2」です。


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虐殺 その2

 リーナは腹部を押さえながら体勢を立て直そうとする。

 このとき、リーナは格納庫の奥から現れたベガに身体を向けている。つまり、入り口に背を向けているのだ。

 そして今、格納庫の外から、回転するトマホークがリーナの背中に迫っていた。

 アークトゥルスの攻撃が格納庫に侵入しようとしたそのときだった。

「副隊長ッ!」

 格納庫の入り口に現れてリーナを守るべく、分子ディバイダーを振るった男がいた。

 スターズ第1隊2等星級で、少尉の地位にあるハーディ・ミルファクである。

「ハーディ!?」

 リーナとベガが、同時に叫んだ。

 ベガが憎しみを込めて言う。

「何よあんた……その裏切り者をかばう気?」

「副隊長どのが何を裏切ったというのだ。確かに隊の風紀を乱したかもしれない。だが、何も処断されるまでの行為でもないだろう。なぜお前たちは、このような真似をするッ」

「ふん。そんな小娘やあの総隊長に支配されている、今の堕落しているスターズを開放するためよ。決まってるでしょ」

「貴様……ッ、以前の反乱で、総隊長や副隊長どののおかげで助けられた恩を忘れたのかッ」

「恩? 私もレイラも助けてほしいなんて言ってないわよ。そこの小娘があの総隊長に勝手に頼んで勝手に決めたことよ。それを恩着せがましくしないでほしいわねッ!」

「貴様らッ!」

 ハーディが激怒してベガに襲いかかろうとする。そして戦いながら、

「副隊長、ここは私に任せてお逃げくださいッ!」

 と、叫んだのである。

 リーナは迷った。確かにラルフは強い。だが、数では2対1で余りに不利すぎる。

 自分も加勢しなければ、と思ったそのとき。

「何してるんですか副隊長、こちらへッ!」

 リーナの右手を強引につかんで引っ張った男がいた。

 ハーディと同じスターズ第1隊2等星級の軍曹、ラルフ・アルゴルである。

「ラルフッ!?」

 リーナが叫び、そして、

「ラルフあんた……あんたまさか、裏切る気ッ!?」

 と叫んだのは、レイラであった。

 実を言うと、ラルフは以前の反乱で反乱側に属していた。鎮圧後、達也の命令で処分されそうになったが、リーナの助命嘆願で降格のみで助けられていた。

 その後、彼は改心したのか、リーナに忠実に従うようになっていたのである。

「裏切るだと? 裏切り者はてめえらだろッ。総隊長と副隊長に助けられた恩も忘れて反乱を起こすなど、恥を知れッ!」

「黙れッ!」

 自分を高速移動させる魔法が得意なレイラが、擬似瞬間移動でリーナに追いつく。が、

「おらああああッ!」

 何と、ラルフがいきなりレイラに飛び掛ったのである。

 思わぬ攻撃に、レイラはラルフにつかまれたまま、一緒に地を転がる。

「副隊長、今のうちに逃げてくださいッ!」

「…………」

 リーナは涙を流した。

 そして、ラルフとハーディに向かって頭を下げると、振り返ることなく格納庫から逃げ出したのである。

 

 だが、リーナはすぐにまた敵と遭遇した。

 今度は、オルランド・リゲル少尉、イアン・ベラトリックス軍曹、サミュエル・アルニラム軍曹が行く手に現れたのである。

「ランディ、イアン、サム……まさか、貴方たちまで……」

 それに対して、3人は何も言わずに攻撃を開始しようとした。

 リーナは愕然とした。いくらリーナでも、3対1では明らかに不利である。

 リーナは、死を覚悟した。

 そして達也と出会った事や過ごした日々が走馬灯の様に思い出され、そしてお腹に宿った奇跡をそっと擦って悲しげに微笑み、お腹の子供に産んであげられなくてゴメンなさいと囁いた。

 達也に想いを馳せて死ぬ前にもう一度だけ貴方にお会いしたかったと思った。

 とても悲しいことのはずなのに不思議と涙は出なかった。

 そして、3対1での戦いが始まる。

 だが、明らかにリーナが不利だった。

 彼女は腹部をかばいながら戦っているのだ。だから、全力を出せるわけがない。

 そして、そのときがきた。

 オルランドが渾身の一撃を繰り出す。

 そして、リーナは静かに目を閉じその瞬間を待ったのであった。




次回は「降臨」です。


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降臨

 アンジェリーナ・クドウ・シールズは、目を閉じたままだった。

 いつまでたっても覚悟していた痛みが訪れない。

 分子ディバイダーによって、オルランド・リゲルに斬られるはずだった。

 なのに痛みが来ない。

 自分は死んだのかな、とぼんやりと思いながら目をゆっくりと開いた。

 ゆっくりと視界が広がってゆく。

 すると前方には、自分に攻撃をかけていたはずのオルランド・リゲル、イアン・ベラトリックス、サミュエル・アルニラムらが苦しそうに地面に倒れて呻いている。武器を地面に置いたまま。

 そして、リーナが後ろを振り返る。そこには、

「タ……ツ……ヤ……!?」

 そこにいたのは、自分が最もこの世で会いたい男性の姿だったのである。

「達也ッ!」

 リーナは、他者の前では総隊長、あるいは別名の竜也で呼ぶことも忘れて、本名で呼んでいる。

 そして駆け足で達也の逞しい身体に抱きついた。

 達也は抵抗することもなく、それを受け止めている。無言で。

「心配をかけたな」

「本当よ……もう……私がどれだけ……ッ!」

 リーナは両目から涙を流しながら、達也の胸に顔を押し付ける。

 達也は左手でリーナの頭部をさすりながら、倒れている3人の部下に対して視線を向ける。

「お前ら……これはどういうことだ? なぜ、リーナに手を出している!?」

 達也の凄まじい殺気の篭った目が、地べたで苦しむ3人に向けられる。

 痛みに苦しむ3名は痛みよりむしろ、その達也の目のほうが怖かった。

 達也は右手のトライデントを向けたまま、3人の答えを待つ。

 3人は痛みに何とかこらえ、それぞれ失った腕の部分を抑えながらも立ち上がる。

「総隊長……貴方は、戦略級魔法で死んだのではなかったのか……?」

 尋ねたのはオルランドである。それに対し、

「質問に質問で返すな。聞いているのは俺だ。なぜ、リーナに手を出した!?」

 オルランドはそれに答えることなく、残っている片腕で分子ディバイダーを再度発動し、達也に斬りかかろうとする。

 だが、それは無駄なことでしかない。

 達也は今度はオルランドの両足を消してしまった。

「ぐえええええええッッ!!!」

 オルランドの悲鳴が轟く。オルランドがまるで達磨のようになり、動けなくなった。

 それを見た残りの二人は逃走しようとするが、それも無駄なことでしかない。

 オルランド同様に達磨にされて動けなくなり、悲鳴を挙げるだけだったのである。

 

 ベガたちの反乱の絶対必要条件は、「総隊長である大黒竜也の死」であった。彼が死んでいてこそ、この反乱は成功する。

 竜也亡き後、リーナも始末して、その後にベガかレイラあたりが新たな総隊長・副隊長に就任して、スターズの建て直しを図る。これが計画だったのだ。

 ベガは自分より10歳も年下のリーナや達也が指揮官であることに大いに不満を抱いていた。だが、総隊長である大黒の恐ろしさは知っている。

 だが、ベガは戦略級魔法を食らえばいくら再成を持つ彼でも死んだと思っていた。

 ところが生きていた。

 それを知ったときのベガは、愕然とするどころではない。身体を震わせて恐怖に震えていた。

 そして、ハーディ・ミルファクと戦っていたそのとき。

 死んだと思っていた総隊長が、目の前に現れたのである。

「ば……化け物……」

 ベガの言葉は、それだけだった。

 ベガもレイラもあっけなく達也の前に敗れて拘束されたのである。

 

 その後のことは、多くを伝えるまでもない。

 反乱を起こしていたスターズ隊員は総隊長の生存、およびその帰還を聞くと一気に戦意を失った。そして、先を争って投降したのであった。

 

 達也は、反乱の経緯を聞きだすと、反乱を起こした隊員を全て後ろ手に拘束した状態で引き出した。

 このときの達也の目は、凍りつくような冷たさを感じさせるように見える。

 後ろ手に拘束された彼らにとって、最早できることは抵抗ではない。総隊長に慈悲を求めるだけである。

「お許しください、総隊長ッ」

「我々は今後、総隊長のため、命を尽くしますゆえ、どうか……ッ」

 だが、リーナと、そしてリーナのお腹の中にいる我が子に手を出そうとした彼らに、達也は最早かつての仲間という情けなど向けるつもりはなかった。

 このとき、達也はリーナを医務室に移して傍から外している。

 それはこれから行なわれることにリーナを付き合わせたくなかったからだ。

「貴様らに俺が与える慈悲とはこれだ」

 達也は、彼らの前にナイフをひとつずつ置いていった。そして言う。

「お前らもUSNAの軍人ならば、最後くらいは潔く自決しろ。それが俺がお前らに与える最後の慈悲だ。これ以上の慈悲は、お前らには不要だ」

 それだけだった。

 そして、覚悟を決めて自決する者もいれば、逃げ出す者、あるいは達也に挑もうとする者もいたが、それらは全てこの世から消された。

 こうして、多くのスターズ隊員の血と共に、反乱は終結したのである。




次回は「生きていた達也」です。


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生きていた達也

 2097年2月某日。時刻は午後2時頃。

 達也はそのとき、伊豆にいた。

 伊豆で亡き母・深夜を弔い、そして葬ったあと、気分晴らしに海を見つめていたときだった。

 場所は伊豆半島の中央やや東寄りの高原地帯。周りには別荘がある。

 そこにいたときだった。

「ッ!」

 さすがの達也も、これには驚く。

 すかさず水の分解魔法――酸水素ガスの生成と再結合も感じ取った。そして悪意の正体、魔法の性質も読み取った。

(なぜだ……!?)

 達也はこれが偶然なのか必然なのか、なぜ自分の動きが漏れているのか、すぐにその頭脳を回転させてやめた。考えても仕方ないことだからだ。

 それよりも、これにどう対応するか。

 それが一番の問題である。

 すぐに胸ポケットから愛用の拳銃形態CADであるシルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を取り出そうとして……すぐにやめた。

 もし、ここで反撃したら、自分の魔法が日本側に筒抜けになりかねない。いや、そもそも自分がこの日本に来ていたことがばれてしまう。

 それでは困るのだ。

 ではどうするか。

 すぐに結論を出す。

 ……再成能力に頼るしかない……。

 それが結論だった。だが、いくら再成でも万能ではない。果たして戦略級に耐えられるのか?

(賭けに出ることになるな……)

(だが……俺は死なない……死んでたまるか……)

(それよりこの戦略級……恐らくは先代・シリウスを葬ったというあの『トゥマーン・ボンバ』か……)

(なぜ、新ソ連が俺の動きをここまで正確に掴んでいる?)

 達也が疑問を抱いたそのとき。

 トゥマーン・ボンバが炸裂したのであった。

 

 新ソビエト連邦の国家公認戦略級魔法師であるイーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』によるものと推定される魔法攻撃により、民間の別荘27戸が全半壊された。重軽傷者11人だった。負傷者は全員、別荘の管理業務に従事する者だった。

 これだけの被害で済んだのは家屋が疎らな地域であるからだった。

 とはいえ、国土が不当な攻撃に曝され、国民の身体と財産が脅かされたのは、紛れもない事実だ。日本政府は同日、国際社会に向けて、正体を確定出来ない攻撃者に対して厳重な抗議の意思を表明し、相手国を指名しないまま犯人の引き渡しを要求した。

 勿論、それに反応する国など現れるわけがないのだが。

 そして、その騒ぎの中で。

 ひとりの男が動いていた。

 再成能力で生き延びた司波達也である。

 達也は、黒羽亜夜子・文弥姉弟を呼び寄せてこの事件の背後を徹底的に洗わせることにした。

 さらに九島光宣を通じて密かに師匠である九島烈のもとに現れ、ここに身を隠して様子を見ることにした。

 そして、達也が心配しているであろうUSNAで待つリーナに連絡をとろうとしたとき。

 全ての報告が届けられたのである。シルヴィアによって。

 すぐに達也はUSNAに向かった。

 そして、反乱を鎮圧したのであった。

 

 達也の前に、ひとりの男がいた。

 USNAの大統領の補佐官のひとりである。

 これから達也に、思いもよらぬことが始まろうとしていたのである。




次回は「達也屈する」です。


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達也屈する

 司波達也の前に、ひとりの男がいた。

 名をケイン・ロウズという。役職は大統領次席補佐官。

 この男、実は以前のベンジャミン・カノープスの反乱で失脚の危機にあった。結局は大統領の慰留などがあって現職に留まることができたが、この男、そのために達也を激しく恨んでいた。

 その男が今、目の前にいる。

「このたびの反乱。大統領は大変心を痛めておられますが、そのことで実は貴方に提案があり、こうして参上いたしました」

「…………」

 達也は目の前にいる男をまるでゴミでも見るように見下していた。この時点では、達也は目の前にいる男を明らかな格下と思い込んでいる。

「大統領は、USNA政府の意向として、大黒竜也大佐を大将に任命し、並びにUSNAの全魔法師の指揮権を与えるとのことです。それによって今回の反乱で多くの人員を失ったスターズを立て直したいとの仰せであります」

「なんだとッ!?」

 達也が驚く。今回の反乱は明らかに留守を任されていたリーナと、そして自分の失態なのだ。しかも以前の反乱の一件もある。だから、達也は今回の反乱で責任を問われることは覚悟していたし、降格くらいはあるだろうとまで予測していた。

「大統領は、貴方様がお望みなら、魔法師に関する全ての予算をさらに増額してもよいとのお考えであります」

「……それはどういうことだ……いったい、そちらは何が望みだ……」

 すると、ケイン・ロウズがニヤリと嫌な笑みを見せる。

「副隊長・アンジェリーナ・クドウ・シールズのお腹の中にいる赤ん坊」

「…………ッ!!」

 達也の両拳が、ぶるぶると震える。

「それが、こちらの望みでございます」

「……つまり……?」

「副隊長・アンジェリーナのお腹にいる貴方のお子様を我が国の戦闘魔法師とする……それがこちらの望みでございます」

「…………」

 達也は、その言葉を唇を噛み締めながら聞いていた。

 今回の反乱で、リーナの妊娠は隠せなくなった。ばれてしまったのだ。

 それを知ったとき、さすがに達也を今回の反乱で咎めようと考えていた政府首脳は大いに喜んだ。なぜなら、あの達也とリーナの子供だからだ。両親が戦略級魔法師で戦闘魔法師。その両親から生まれた子供であるから、大いに資質が期待できる。

 現在、USNAは魔法師の人材では同盟国の日本に追い越されている。それどころか新ソ連や他の国も魔法師の人材層がさらに厚くなっており、USNAにとって将来的な人材を確保することは必要な状態になっていたのだ。

 達也も、それはわかっている。だが、自分の子供に自分やリーナのような茨の道を歩ませたくない。その思いがあるからこそ、達也は我が子の妊娠を隠していたのだ。

 それが今回の反乱でばれてしまった。

 そして、政府側は新たな条件を出してきた。

 勿論、拒否ができないわけではない。

 だが、拒否すれば政府側は黙っていない。反乱に関しての責任を自分だけでなくリーナにも及ぼすかもしれない。

 それはまずすぎるのだ。

 リーナはこれから大事な時期に入る。そのリーナに余計な心配をさせれば、赤ん坊にもどんな影響が出るかわからない。

 達也は精神的に苦しさを覚えていた。

 達也の再成は、肉体の傷には大いに働くが、精神的なものまではさすがに直せない。

 達也の異変に気づいたケイン・ロウズもさすがに達也に向けて言う。

「どうかしましたか? ご気分でも優れませんか?」

「…………」

 達也は答えない。

「誰かを呼びましょうか?」

「いや、大丈夫だ……その件、答えはしばらく待ってもらえるか?」

「よろしいでしょう……よいご返事を期待しております」

 そして、会見は終わった。

 

「そんなの、嫌よッ!」

 リーナが達也の襟首をつかみ上げていた。

 それに対して、達也は抵抗しようとしない。むしろ魂を抜かれた生ける屍のようですらある。

「私たちの子供を差し出せですって……そんなこと、そんなこと、できるわけがないでしょッ!」

 すると、

「わかっているッ!!」

 と、達也が叫び返した。そして、

「だが、断れば奴らは何をするかわからない。それでお前に何かあったら、俺は後悔してもしきれなくなる……」

 達也のその表情を見て初めて、リーナは達也が大いに苦しんでいることを理解した。

「まずは、元気な子供を生むことが先決だ……」

「…………」

「俺たちの子供が成長するまで時間がある……その間に、何とか考える……」

 それが、達也の出した結論であった。

 そしてリーナはうなずくしかなかったのである。

 

 その翌日。達也の大将昇進の辞令が出されたのであった。




次回は「動乱ふたたび」です。


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動乱、ふたたび

 2097年4月。

 大亜連合が動いた。

 国軍を動員して、日本の九州、対馬方面に進軍を開始したのである。

 その進軍路は、かつての悪夢「凍結の悪夢」の時と全く同じであった。

 

 これに対して、日本側も直ちに応戦する。

 九州と四国にいる軍を総動員し、付近の住民には直ちに退避勧告を出す。

 さらに十師族の五輪家に八代家を動員して防がそうとした。

 日本側は、これで十分に防げると考えていた。

 

 ところが、である。

 大亜連合軍が対馬に近づき、それに応戦しようと日本側がしていたときである。

「なんだと? 大亜連合軍の別動隊が沖縄に攻め込もうとしているッ!?」

「はい。先ほど、沖縄基地よりそのような報告が届きましたッ!」

 さらに、である。

「た、大変ですッ!」

「今度はなんだッ!」

 政府の要人の悲痛な叫び声である。

「し、新ソ連軍が佐渡に向けて進軍を開始しようとしているとの報告が届きましたッ!」

「なんだとッ!」

 さすがに、これには驚いた。

 そして、

「そんなバカな……新ソ連と大亜連合が繋がっているとでも言うのかッ?」

「そこまではわかりません……ですが、ウラジオストクに新ソ連の軍勢が集結しているのは紛れもない事実です。佐渡からは支援要請も出されていますッ!」

「……なぜだ……」

 日本の政府首脳は、愕然とした。

「なぜだッ。大亜連合と新ソ連がどうして……ッ!」

 悲痛な声が、部屋を包んでいた。

 

 そして、こうなると日本軍だけでは危うくなってくる。

 事情は分からないが、大亜連合軍が対馬と沖縄に二方面侵攻作戦を展開し、それに合わせるように新ソ連軍が佐渡に侵攻の気配を見せているのは、紛れもない事実なのだ。

 沖縄には関西の軍隊と魔法師を直ちに差し向け。

 佐渡には北陸の軍隊に東北の軍隊。それに一条や六塚といった魔法師を差し向けた。

 さらに、日本全土に非常事態宣言が出され、関東にも緊張が高まる。

 とはいえ、こうなると、日本側は不安になってくる。直ちに強力な援軍が欲しい。

 そして、そのような強力な援軍が望めると言えば、やはりUSNAである。

「USNAに直ちに支援を要請するべきです」

 これは、直ちに全閣僚の総意で決定され、すぐに公式に日本からUSNAに対して支援要請が出されたのである。

 

 さて、そのUSNAである。

 ホワイトハウスで、日本からの要請にどう答えるべきか、直ちに議論が開始された。

 一言でいうと、日本を支援するべきという意見と、支援せず様子を見るべきという2つの意見に分かれている。

 支援すべきという意見はこうである。

「もし、日本を支援しなければ、日本海の制海権などは完全に大亜連合、新ソ連に抑えられます。また、日本は我がUSNAの長年の友好国であり、さらにアジアにおける重要なパートナーです。ここで日本を支援しなければ、大亜連合や新ソ連をさらに勢いづかせますぞ」

 支援せず様子を見るべきという意見はこうだ。

「日本の軍事力は最近、我が国を脅かすほどになりつつあります。特に魔法師の人材の質と量は我が国に追いつき追い越せの状態です。ここは様子見して、まずは両者を互いに潰しあいさせてから、支援をするべきと考えます」

 そして、互いに意見が紛糾した。

「互いに潰しあいをさせろというが、もし、大亜連合軍と新ソ連軍が優勢になり、日本軍が大敗したらどうするつもりだッ」

「そうだッ。日本には、我が国の人間も少なからずいるのだぞッ!」

「黙れッ。日本側は近年、魔法師の質量で我々を脅かしつつある。これ以上成長したら、我が国を脅かしかねんのだッ!」

「そうだッ。日本はあくまで、我がUSNAの属国としていてもらう。属国が余計な力をつけるなど、むしろ体内に病魔を抱えるようなものだッ!」

 と、どちらも譲らない。

 そして、そのような中で、ひとりだけ平然としている若者がいた。

 大将に就任したスターズの大黒竜也である。

 竜也はまだわずか18歳になったばかり。だが、大将という地位である事実から、この会議に出席していた。

 そして、一切の発言をせず、傍観していたのであった。




次回は「動くもの」です。


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動くもの

 大黒竜也こと司波達也は、愛する女性の下にいた。

 その部屋は、環境に恵まれた個室である。

 達也は以前の要求を呑む代わりに、リーナには万全の環境で出産させることを条件にして、この部屋を用意させていたのだ。

 その部屋で、愛する女性の膨らんだ腹部に自らの耳を当てて、目を閉じてじっとしている。

 そんな彼を、女性-アンジェリーナ・クドウ・シールズは暖かい目で見つめていた。

 そして言う。

「で、達也……。また、日本に行くというのは本当なの?」

 リーナの質問に、達也は閉じていた目を開け、すっと立ち上がる。

「ああ。本当だ」

「なぜよ? 私にはもう少しで子が生まれるのよ。貴方と私の子よ……それなのにッ!」

「興奮するな。リーナ」

 と、達也がリーナの頭部を右手で優しくなでる。

 その心地よさに、リーナの怒りがわずかに薄れるが、

「でも……でも、私がこの状態だから、動けないのは政府もわかっているはずでしょッ」

 リーナは誰が見てもわかるくらい、腹部が膨らんでいる。その腹部に、かけがえのない生命が宿っているのだ。

「なのになぜッ。なぜ政府は、貴方をまた、日本に行かせる命令なんてッ!」

「仕方ないだろう……俺はどうやら、奴を少し甘く見すぎていたようだ」

 そして、達也がリーナの頭から手を離し、虚空を睨みつけていた。

 

 それは、前日のことである。

 日本に支援を派遣するかどうかで、USNA首脳部は揉めに揉めていた。

 そんな中で、達也は目を閉じたまま、一切の発言をしようとしなかった。

 リーナが妊娠中のこともある。

 また、自分がUSNAの戦略級魔法師ということもある。

 リーナが妊娠して臨月を迎えている今、リーナは戦場に立つことなど絶対にできない。そうなると、USNAの戦力は自然にダウンする。だから、達也の戦力は国内の守りを固める上でも最も重要なはずである。

 そして何より、達也の年齢に問題があった。達也はこのとき18歳。まだ20歳にもならない青年である。周りには、彼より一回りも二回りも、いや彼の祖父にあたるともいってよいような年齢の人物までたくさんいる。そんな中で、達也は大将という身分からこの会議に出席していたが、自分が妬まれ疎まれていることは先刻承知しているため、発言をしようとはしなかったのだ。

 会議は結局、その日は結論が出なかった。

 そして、翌日に再び会議が開かれることが決められて、その日はお開きとなったのである。

 

 ところが、その日の夜。

 達也がリーナのいる病院へ行こうとしたときだった。

「何か用か……」

 達也は、あまり会いたくない人物に面会を求められていた。拒否しても良かったのだが、リーナが入院している今、余計な争いは避けたかった。リーナを心配させないためにもである。

「ええ……大統領のお言葉をお伝えに参りました」

 その人物とは、補佐官のケイン・ロウズであった。

 達也はやむなく、自分の隊長室に彼を通す。

 ケインはそれを受けて、隊長室のソファに腰を下ろした。

 達也が言う。

「それで用件は?」

「単刀直入に申し上げます。今回の日本への援軍に、大統領は貴方とスターズの精鋭を何名か派遣することを望んでおられます」

「…………!」

 達也が顔には出さないが、内心では少し驚いていた。

 が、すぐに言い返す。

「自分に、ですか?」

「そうです」

「ですが私はUSNAの戦略級魔法師のひとり。今、アンジェリーナ・クドウ・シールズがあの状態で戦場に立てない以上、自分はUSNAをいざという時に守る楯としての役割があるはず。それに、スターズも立て直しがようやく始まった時期。このような時に、自分が他国に行くというのは、如何でしょうか?」

「なるほど……では、お断りなさると?」

「断るというより、事態がそれを許さないのではないかと自分は申し上げています」

「そうですか……残念です。大統領は、貴方に日本へ行って頂けることを望んでおられるのですが……」

「…………」

「大統領は、さぞお嘆きになることでしょうな……それに、良からぬ噂がまた起こるやもしれませぬ」

「……良からぬ噂?」

「はい」

「どのような噂ですか?」

「さあ……噂とは、無責任なものでございます。その噂に尾ひれがついて広まるのは、それほど珍しいことでも、ありませぬゆえ」

「…………」

「他の閣僚たちも、ガッカリすることでしょうな……」

「…………」

「では、これにて失礼いたします」

 ケインはそう言うと、達也に一礼して去ろうとした。

 が、達也にはその下げた頭の先に、ケインの狡賢な瞳が見えた気がした。

 そして、達也は今回の日本派遣を承諾したのである。

 

 リーナの部屋。

「でもッ!」

 リーナが達也に向けて叫んでいた。

「心配するな。今回の日本派遣は大亜さえ片づければすぐに終わる。新ソ連のほうは、あくまで見せかけだ。大亜さえ片づければ、それで全て終わる」

 そして、達也がリーナを抱き上げ、そのままベッドに寝かせた。

「お前は気にすることなく、出産に備えてくれ」

 リーナが達也に向けて笑みを見せる。

「わかったわ……でも、早く戻ってきてよ」

「わかってる。お前を……いや、お前たちを残していけるか」

 そして、達也が部屋の隅で待機しているシルヴィアに声だけ向ける。

「シルヴィア。俺が留守中のリーナのこと、スターズのこと、全てお前に任せる」

「はい」

 シルヴィアが達也の背中に深々と頭を下げる。

「何かあったら、すぐに連絡を入れろ。いいな」

「はい」

 そして達也が動き出したのである。

 

 このときは、まさかあのような事態になるとは、誰も思っていなかった。




次回は「暴走と最強と」です。


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