シルバーウィング (破壊神クルル)
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プロローグ
プロローグ


~side一夏~

 

人は生まれる環境を選べない

 

人は決して平等ではない

 

この二つは確かに正しい‥‥

でも‥‥

 

天は二物を与えず

 

これは嘘だ。

 

姉の織斑千冬と弟の織斑百秋は容姿、武術、学力‥生きていく内に必要で人がうらやむ才能を有していた。

私の家‥織斑家は、普通の家族とはちょっと異なる。

姉の千冬と弟の百秋と私は、半分血が繋がっていない。

所謂異母兄弟と言う奴だ。

私の父、織斑四季は共通の父であるが、私の母が父の愛人であった。

その母が亡くなり、私は織斑家の養子として引き取られた。

父の愛人の子である私は姉の千冬と弟の百秋とは折り合いが悪かった。

織斑家では居場所がない私だったが、父はそんな私を溺愛してくれた。

この家の中で唯一心を許せるのが父、四季だけだった。

 

家の外では近所に住む、篠ノ之束と言う変わり者の科学者?の人が私に対して親切だった。

束さん曰く、一目惚れだそうだ‥‥。

だが、束さんの妹の篠ノ之箒とはやはり、折り合いが悪く、よく私を目の仇にしてくる。

決して味方の多い環境じゃないけど、大好きな父が居て、面白い年上の友人?がいるこの環境を私は気に入っていた。

だが、そんな生活はある出来事で一変してしまった。

ある日、日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射される事件が起きた。

イージス艦や対ミサイル装備のバック3を用いても2341発以上のミサイル全てを撃ち落とすことは不可能だった。

政府もこの事態に国民に明確な指示を出すことも出来ず、日本中がパニックに陥った。

日本の誰もが絶望した中、奇跡が起きた。

以前、束さんが開発した宇宙開発のためのマルチフォーム・スーツ、インフィニット・ストラトス、通称IS‥その一機が日本に飛来するミサイル全てを撃ち落とした。

後に白騎士事件と呼ばれるその事件は、搭乗者不明のIS「白騎士」がミサイルを撃ち落とし、ミサイルから日本を救った事で、この事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まることとなった。

この白騎士事件の後、ISは束さんが目指した宇宙開発のためのマルチフォーム・スーツではなく、核に次ぐ既存の兵器全てを上回る超兵器として認識されるようになった。

この認識からISは瞬く間に世界へ普及し、アラスカ条約と呼ばれる協定が結ばれ、モンド・グロッソと呼ばれる世界大会も開かれるようになった。

しかし、このISには重大な欠陥ともいうべきモノがあった。

それは、ISは女性にしか使用できないと言うモノであった。

この欠陥から世界は女尊男卑の様相に変わっていった。

ISを作ったとされる束さんは白騎士事件後すぐに姿を消し、連絡がつかなくなった。また束さんの実家である篠ノ之家は重要人保護プログラムの一環で家族がバラバラにされた。

箒の事は正直どうでもいいが、束さんが姿を消してしまった事は私にとって悲しい出来事であった。

普段はなれなれしく抱き付いてくる束さんが消え、もう二度と会えなくなるのかと思うと、もっと束さんと話しておけばよかった。

もっと束さんと一緒に居ればよかったと、後悔ばかりしていた。

 

世の中が女尊男卑の世界へと変わっていく中、政治家であった父は何とか女性のみによる行き過ぎた政治が行われない様にと奮闘した。

女性議員の中には女性だけが優遇される法律を施行しようとする議員もいたからだ。

犯罪を犯しても女性ならば、刑罰が軽くなったり、年金や生活保護のお金が女性ならば男性よりも多く貰える。

治療費や学費に関しても女性のみ無料。

反対に男性には刑罰が重くなったり、年金や生活保護の受給金額が今までよりもすくなくなったり、治療費や学費が女性を無料にした分男性は通常の二倍の金額を払わなければならないなど、差別的な法律が施行されようとしたが、父はそれらの法律が施行されるのは防いできた。

だが、そんな父の事を邪魔に思う連中が居た様だ。

ある日、父は公用車にて、いつものように仕事へと出かけって行った。

だが、その道中で父の乗る公用車が爆発し、父はその爆発に巻き込まれ、還らぬ人となった。

表向きは車のエンジントラブルとされたが、私は父を狙った暗殺だと思った。

父が死んだ後、織斑家の当主は姉の千冬となった。

女尊男卑の世界へと変わっていく中、親戚一同が千冬を当主に推したのだ。

姉を当主に押した理由が父の直系で一番上の子である事

世の中が女尊男卑の世界へと変わっていき、女性の立場が上になった事

そして姉はISの世界大会、第一回モンド・グロッソの優勝者である事が最大の理由であった。

だが、まだ成人していない子が大金持ちの家の管理など出来る訳がなかったので、親戚が後見人となったが、コレがいけなかった。

織斑家の財産は親戚連中が姉の知らぬ間にそのほとんどを使い込み、屋敷もいつの間にか他人の物となり、私達姉弟は屋敷から追い出され、父が密かに残していてくれたセカンドハウスへと移り住んだ。

父が私達姉弟に残した遺産と姉が第一回モンド・グロッソで優勝した優勝賞金で私達は細々と暮らしたが、姉も弟も父が死んだのも、屋敷を追い出され、上流階級から庶民に成り下がったのは全て私のセイだと決めつけ、私への風当たりをより一層強くした。

それでも私は姉や弟に追いつこうと必死に努力した。

だが、姉から返ってくる言葉は、

 

「そんなことも出来ないのか、情けない」

 

「もう少し百秋を見習え」

 

「お前は本当に私たちの家族なのか?お父様が養子として迎え入れたが、お前は本当にお父様の血を受け継いでいるのか?」

 

等の罵倒ばかりであった。

この時、私は既に家族に見捨てられていたのかもしれない。

姉と弟は、近所にはある事ない事を触れ回り、忽ち私は『織斑家の疫病神』と言われた。

そのせいで、学校では勿論いじめにあった。

その主犯格が弟の百秋であった。

例え、世界が女尊男卑の世界へと変わっても織斑千冬の弟と言うだけで、世間は男の百秋を特別視し、特別扱いをした。

元々、弟は頭もよく、人当たりも良いので、優等生の仮面と織斑千冬の弟と言う立場を最大限に活用しこの女尊男卑の世界を生き抜いていた。

反対に私は女でも、女尊男卑の世界でも、腫れ物扱いされた。

そして、中学生の初めての夏休みのある日‥‥

私は、弟の百秋とその男友達の手によって犯された‥‥。

夢見る少女と言う訳では無いが、私だって女の子だ。

自分の初めては愛する人に捧げたかった。

それなのに、自分の初めては弟と学校で自分の事を虐めて来るような輩に乙女の純潔を奪われてしまったのだ。

無理矢理犯された後、汚れた身体の私に男達は、

 

「いいか、もし、この事を学校に言ってみろ、その時は二度とお前の大事な所を使えなくしてやる」

 

「まぁ、お前の様な疫病神が言ったところで誰も信じちゃくれないだろうけどな」

 

「それもそうか」

 

『ハハハハハハ‥‥』

 

男達の下衆な笑い声が響く中、私は悔しさと強引に純潔を奪われた悲しさに涙を流した。

その後も百秋は事あるごとに私に無理矢理性的関係を求めてきた。

半分自分とは血が繋がっていないから、

他の女子に対してこのような強姦紛いの事をすれば、必ず問題になるが、私が相手の場合は何の問題もないから、

たったそれだけの理由で、私は弟の性処理具扱いにされたのだ‥‥。

姉の千冬も百秋の所業を知って見て見ぬふりをしたのだった‥‥。

 

 

そして、第二回モンド・グロッソが行われた年‥‥

中学生最初の春休みの時、私は無理矢理姉に連れられて第二回モンド・グロッソの開催地、ドイツへとやって来た。

そして、その大会の決勝戦当日、私と弟はホテルから会場に向かう途中、複数の男たちに誘拐された。

私と弟は別々の場所に監禁された。

誘拐犯の会話から私達姉弟を誘拐した目的はお金ではなく、姉に決勝戦を辞退させることが目的の様だ。

大会を中継しているテレビを見ながら、姉が決勝戦を辞退するのかを確認している誘拐犯達。

テレビの中に映し出されている会場では、いつまでも始まらない決勝戦に観客たちがざわついている。

ざわつく観客たちに司会者が、

 

「只今日本代表、織斑千冬選手のISに不具合が見つかり、現在メンテナンス中とのことです。皆様、もうしばらくお待ちください」

 

と、決勝戦がなかなか始まらない事を説明している。

姉が試合関係者に少しでも時間を伸ばす様に頼んだのだろう。

だが、果たして姉は私達姉弟を助けに来るだろうか?

私がそんな思いを抱いていると、突如、誘拐犯達のトランシーバーから慌てた声が響いた。

 

「織斑千冬が、軍の連中を率いてこっちに来た!!」

 

「こっちはもうダメだ!!とても防ぎきれない‥‥ぐあぁぁぁー!!」

 

どうやら、姉は軍隊と共に弟を救出したようだ。

誘拐犯の別動隊はその無線を最後にこっちに連絡を入れてくることはなかった。

別動隊が潰された事で犯人達にも動揺が広がる。

弟を助けたのだから、此方にも姉、もしくは軍が来るのではないか?と言う不安だ。

 

「ど、どうする?」

 

「だ、大丈夫だ。こっちには地下室がある。なにより、人質もいるんだ」

 

「おい、急いで地下室に行くぞ」

 

こうして私は誘拐犯と共に地下室へと連れられていった。

誘拐犯達は軍、そして姉の襲撃がいつ来るのかを緊張した面持ちで待ち構えていた。

しかし、何時まで待っても軍がこの監禁場所に襲撃を仕掛けてくる気配はない。

そんな中、携帯テレビでモンド・グロッソの様子を確認していた誘拐犯の一人が声を上げる。

 

「おい、コレを見ろ!!」

 

誘拐犯達がテレビの画面を確認すると、其処には決勝戦に出ている姉の姿があった。

 

「アイツ、弟だけを助けて妹を見捨てたのか!?」

 

姉の行動に誘拐犯達でさえ驚いていた。

それと同時に私の中に絶望、怒り、悲しみなど負の感情が渦巻いた。

そして、決勝戦の結果は姉の圧勝‥‥姉は二大会連続で優勝しブリュンヒルデの称号の防衛に成功した。

試合が終わり、記者のインタビューで、

 

「大会連覇おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「今回の連覇を誰に伝えたいですか?」

 

「それは勿論、私の唯一の家族である弟‥百秋にです」

 

姉は今、唯一の家族は弟と言った。

それはつまり、私の存在など無かった事にされたのだ‥‥。

 

「まさか、あのブリュンヒルデ様が身内を切り捨てるとはな」

 

「自分の栄光を守るために身内を切るか、いやな世の中だねぇ~」

 

「それとも現地調査の情報通り、『疫病神は家族として認めていない』のか?」

 

その言葉を聞いて私はビクッと体を震わせる。

 

「お嬢ちゃん、君には同情するよ。まぁ、誘拐した我々が言うことじゃないがね」

 

「そして申し訳ないが、君には死んでもらう」

 

ゴリッと音をさせ私の額に銃口を押し当てる誘拐犯。

死の恐怖、そして姉から見捨てられた怒りで私は焦点の定まらない瞳で誘拐犯を見上げる。

 

「では、さらばだ‥‥織斑一夏‥‥」

 

誘拐犯が銃の引き金に指をゆっくりかけた‥‥。



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暗殺者時代
1話


~side一夏~

 

「では、さらばだ‥‥織斑一夏‥‥」

 

誘拐犯が私の額に銃をつきつけ、引き金を引こうとする。

父が死に束さんと会えず、学校でも苛められ、弟達に純白を奪われて、その後も性処理の道具にされてこの先、生きていてもどうせ碌な事がないだろうと思って死ぬ事なんて怖くないと諦めがつくかと思っていたが、こうしていざ、死の瀬戸際に立つと死が怖い‥‥。

体は無意識にガタガタと震え、目の焦点があっていない。

 

そんな時、

 

「おい、ちょっと待て」

 

誘拐犯の一人が私に拳銃をつきつけている誘拐犯を止める。

 

「なんだよ?」

 

人殺しが楽しいのか?誘拐犯は止められて不機嫌そうな声を出す。

 

「もしもの時の為に保険を用意しておいてよかったぜ」

 

「保険だと?」

 

「ああ、実は俺の知り合いで生物研究をしている奴が居て、ソイツが人体実験の検体を探しているんだよ。コイツだって腐ってもあの織斑千冬の妹なんだ‥‥素質くらいはあるんじゃねぇか?」

 

「高く売れそうか?」

 

「かもな、今回の大会で織斑千冬が二連覇をしたから、織斑千冬の妹って肩書をつければかなりのいい値で買ってくれると思うぜ」

 

「へぇ~‥‥良かったな、嬢ちゃん。姉貴が今回の大会で優勝してくれて‥‥」

 

そう言って私に銃を突き付けていた誘拐犯は下衆な笑みを浮かべながら私の額から銃を退ける。

 

「それじゃあ、行こうか?お嬢ちゃん?」

 

「ほら、さっさと立て!!」

 

誘拐犯の一人が強引に私を立たせる。

監禁場所からまた別の場所へと移動する事になったのだが、その時‥‥

 

「ちょっと待て」

 

また別の誘拐犯が待ったをかける。

 

「今度はなんだ?」

 

そして、誘拐犯の次の言葉に過去のあの時の恐怖を覚えた。

 

「俺達の居場所はバレていない‥‥そして、コイツはこの後、お前の知り合いに売っちまう。それなら、売っちまう前にコイツ、犯っちまおうぜ」

 

そう言ってベルトを緩める誘拐犯。

 

「っ!?」

 

「そうだな、中坊にしてはなかなかの上玉だしな」

 

下衆な笑みを浮かべてにじり寄って来る誘拐犯達。

 

「‥い、いや‥‥いや!!来ないで!!」

 

これまでさんざん弟やその男友達の慰み者にされてきたのに、今度はこんな見ず知らず誘拐犯達の相手をさせられるなんて真っ平御免だ。

誘拐され、目が覚めた時だって泣き叫びたい衝動を必死に抑えて気丈に振る舞って来たのだが、等々我慢の限界を超えたのだった。

 

「へへへへ、逃げても無駄だぜ、子猫ちゃん」

 

「最後に俺達が可愛がってやるからよ」

 

「いやー!!」

 

「此奴、大人しくしろ」

 

「むぐっ‥‥むー!!」

 

誘拐犯の一人が私の口を手で塞ぎ、スカートに手をかけた。

そして最初に提案し、ベルトを緩めた誘拐犯は私に迫った。

その後は連中のなすがままだった‥‥。

 

「お?コイツ、処女じゃねぇぞ!!」

 

「最近の中坊は進んでいるのか?それとも盛っているのか?」

 

「ホレ、気持ちいいだろう?我慢しないで、声を上げろよ!!」

 

せめてもの抵抗で私は決して声を上げる事は無かった。

 

「ふぅ~サイコーだったぜ‥‥」

 

「やっぱ若い女はいいなぁ‥‥」

 

「‥‥」

 

あれから一体どれだけの時間が過ぎただろうか?

何度も誘拐犯達の相手をさせられて私の身体と精神はボロボロになりかけた。

それと同時に浮かんだのがコイツ等に対する殺意だった。

 

「じゃあ行くぞ、これ以上時間を無駄には使えないからな」

 

「ああ‥嬢ちゃん、暫くの間眠っていてくれ‥‥」

 

その言葉を最後に誘拐犯は誘拐時に使用した薬が染み込んだ布を私の口と鼻に押し当て私の意識は暗転した。

 

次に私が目を覚ますと、私の身体は診察台の上に頑丈なベルトで拘束されていた。

 

「うぅ~‥‥っ!?」

 

「おや?目が覚めたかね?お嬢ちゃん」

 

私が目を覚ましたことに気づいた男が私に話しかけてくる。

 

「こ、此処は‥‥」

 

「此処は私の研究所だよ」

 

体は拘束されていたが首だけはなんとか振る事ができたので、私は周囲を見る。

すると、隣の部屋には沢山の人の死体が無造作に山積みにされていた。

 

「あ、あの死体は!?」

 

「ん?ああ、アレね、あの哀れな連中は私の研究の失敗作だよ」

 

「失敗作?」

 

「そうとも、私の研究成果に体がついて行けなかった軟弱なモルモット達さ」

 

「貴方、人を何だと思っているの!?」

 

「私は研究者として当たり前のことを言っているのだがね?君が今の人として生活する過程には私達研究者が数多くの研究と実験をしてきた結果なのだよ。そしてその実験の過程では、数多くの失敗と犠牲の上に成り立っているのだよ」

 

得意気にベラベラと高説をたれる研究者の男。

 

「さあ、おしゃべりは此処までだ‥‥君はこの『バハムート』を受け入れることが出来るかな?」

 

男は拳銃の様な注射器を取り出し、私に見せつけてくる。

 

「い、いや‥‥いや!!」

 

私は本能的にあの注射器の中身がとても危険な気がして声を上げながら身をよじるが、体はがっちりと拘束されているので、全くの無意味だった。

 

「おい、口に何かを嚙ませろ、舌を噛まれたら大変だからな」

 

「はい」

 

「むぐっ、んー!!」

 

私は口に布を噛まされ、喋る事さえもままならない状態となった。

 

「では、始めようか?」

 

ニヤついた顔をして私に近づいてくる男、

 

「んっー!!んっー!!」

 

私は必死に声を上げたが、全くの無意味で男が私の首筋に注射針を刺し、中のモノを私の体内へと注ぎ込む。

すると、私の体は最初、焼き鏝を当てられたように熱くなり、次第にそれは体全体へと巡り、体が燃える様な熱さと全身を突き刺す様な激しい痛みが襲う。

 

「ん“ん” ん“ん”-っ!!」

 

私は声をあげ、拘束されている体をよじりこの襲いかかってくる熱さと痛みから逃れようとする。

そんな私が苦しんでいる様子を研究者たちは只見つめている。

 

「心拍、脈拍、血圧共に上昇‥‥危険レベルです‥‥」

 

「‥‥やはり、失敗か?」

 

私に注射をした男が失望した顔で呟く。

 

(失敗?こんな奴にまで私は失敗作の烙印を押されるのか?そんなの認められるか!!)

 

姉に罵倒され続けられ、

弟には犯され、

学校ではいじめられ、

誘拐犯達にまでも犯され、挙句の果て人体実験のモルモットにされ、その上失敗作と言われて‥‥

こんな屑共に蔑まれるために私は生まれてきたんじゃない!!

 

「ん“ん”‥‥」

 

私は口のかませられている布をかみちぎる勢いで噛む。

 

「ん“ん”‥ヴぁ‥‥ん“ん”‥‥」

 

どれだけ苦しんだだろうか?

それが一分なのか、一時間なのか分からない。

時間の感覚が分からなくなるほど、私は長い時間苦しんだ。

すると、今まで熱かった私の体は次第に冷めていき、体を貫く痛みも和らいでいった。

 

「心拍、脈拍安定し始めました」

 

「なに?」

 

「ま、まさか‥‥成功か?」

 

あの男が私に近づき、ペンライトで瞳孔を見たりする。

 

「間違いない‥‥成功だ!!」

 

「やったぞ!!」

 

「遂にやったぞ!!」

 

私が生きている事に男達は歓喜の声を上げている。

 

「首輪を持って来い、このままでは危険だからな」

 

(首輪!?今度は私に何をするつもりなの!?)

 

「おめでとう、君は私の最高傑作に生まれ変わったのだよ。その事実は十分に誇っていい‥‥さぁ、狗は狗らしく首輪をちゃんとつけないとね‥‥」

 

そう言って男は私の首に何かを取り付けた。

 

(な、なにを‥‥)

 

首に首輪をつけられ、バチッとまた電流を流されると、私は再び意識を失った‥‥。

 

 

~side???~

 

目を開けた時、初めて見たモノは真っ白な空間だった。

 

「おお、目が覚めたかね?」

 

近くで声が聞こえた。

 

わたしはだれ‥‥?

 

どうしてここにいるの‥‥?

 

わたしは声が聞こえた方を見る。

其処には眼鏡に白衣を着た男がわたしの事をジッと見ていた‥‥。

 

あなたはだれ?

 

「私かい?私の名は、ショウ・タッカー。君を生み出した者だよ。簡単に言えば、私は君の父親にあたるのだ」

 

ちち‥おや‥‥

 

「そうだ、私は君の父親、パパだ」

 

ちち‥おや‥‥ぱ‥ぱ‥‥

 

「そうだよ。そうだ、君にも名前を授けなければならないねぇ『     』なんて俗っぽい名前など、君には相応しくないからね」

 

ちちと名乗る人が言った、俗っぽい名前の部分はよく聞こえなかった。

 

「うーん‥‥」

 

そして、この人はわたしに新しい名前を授けようとしていた。

 

「うーん‥‥君は最初の成功例だから、イヴなんてどうだろう?」

 

イヴ?

 

「そう、君の名前は、イヴ‥‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだ」

 

イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥それがわたしの名前‥‥

 

「そうだよ、イヴ。君はこれからこの腐った世界に新たな風を吹き込む、高貴な存在となるのだ!!ハハハハハ‥‥」

 

ちちが嬉しそうに笑っていた‥‥

でも、わたしにはどうしてちちがそんなに嬉しそうなのか分からない。

イヴ‥‥それがわたしの名前‥‥。

でも、それが本当のわたしの名前なのか?

先程、ちちは俗っぽい名前など相応しくないと言った。

俗っぽい名前‥‥

それが、わたしの本当の名前だったのかもしれない‥‥

わたしは、一体どこからきたのか?

わたしは、それを思い出す事ができない‥‥。

わたしは、一体なんなのだろう?

それは、わたしにもわからない‥‥。

そして、ちちが言う高貴な存在と言う言葉の意味もわからない‥‥

この先、一体わたしになにが待ち受けているのかも、今のわたしにはわからない‥‥

今、わたしがしたいことは、まだ眠いので、もうひと眠りしたいことだけだ‥‥

わたしは先の事は考えず、今は眠る事にした‥‥

 

 

第二回モンド・グロッソが織斑千冬の大会連覇と言う結果の後、千冬は弟の救助に協力したと言う事で、ドイツのIS部隊での指導教官を務める事になり、弟に今回の大会の優勝賞金を渡し、弟を日本へ送り返した。

その際、弟に「あの疫病神は家出して行方不明になったと言っておけ」と一夏は家出をして失踪した事にした。

一夏の死体は見つかっていないので、千冬が妹を見捨てたと言う事実を知るのは誘拐犯を含めごく一部人間しか知らない。

ならば、よけいな火種はこのまま火が着く前に消してしまおう。

それが千冬の考えであった。

百秋もそれを了承し、日本へと戻り、学校の教師や近所の人に触れ回った。

百秋と千冬の事前の触れ回りから、一夏の事を心配する人間は学校でも近所でも皆無だった。

こうして織斑一夏と言う存在は社会的に抹殺され、あっという間に忘れ去られた存在となった。



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2話

第二回モンド・グロッソが開かれてから約半年後‥‥

 

某国にある女性権利団体の理事の屋敷はまさに地獄の様な有様となっていた。

女性権利団体‥‥

ISが生まれ、そのISが女性にしか動かせないと知れ渡った当初、

 

「権利での差別をしないために、この恩恵は全ての女性が受けいれるようにしよう」

 

「私達はこれからもIS操縦者のためにより良い法整備のために尽力します!」

 

と、文字通り女性の権利を主張しIS操縦者の育成とISに関する法整備を進めてきた団体であったが、ここ最近になってこの団体の活動は当初の目的を逸脱し始め、最終目的は地球上から男性の絶滅を画策させるような過激な思想を持ち始めた。

各国の国会議員や国際連合の大使、IS委員会にはこの団体の息のかかったモノがおり、列強各国では女性を優遇する法律を施行させようと動きを見せていた。

そんな女性権利団体の理事の一人は今まさに命の瀬戸際に立たされていた。

切っ掛けはある日、この理事に送られてきた一通の手紙だった。

 

『近日中、貴女に死をお運び致します。 

                       殺戮の銀翼 より』

 

と、一言自分の殺害予告とそれを実行する暗殺者の名前が記された内容の手紙が送られて来た。

理事は当初馬鹿馬鹿しい、自分の成功を妬む者からのイタズラかと思い相手にしなかった。

しかし、別の国にて女性権利団体に所属する女性議員が『殺戮の銀翼』と名乗る暗殺者の手にかかり殺害された事を知ると、自分に送られてきたあの手紙はもしかしたら、本物の暗殺状なのかもしれないと思い始めた。

そこで、理事は自分のコネと言うコネを使い、最強のボディーガードを編成した。

ボディーガードの中には軍から引き抜いたIS部隊も居た。

この鉄壁なガードをくぐり抜けられるモノか、来るなら来いとこの時理事はそう高を括っていた。

そしてある嵐の夜、それはやって来た。

長い銀髪を靡かせ、雷鳴とどろく嵐の中、ソイツはやって来た。

屋敷に張り巡らされた何十にも及ぶ防衛網を突破して、ソイツは自分の前に今立っていた。

屋敷の敷地内、中にはついさっきまで人間だったものが彼方此方に転がっており、壁は血で真っ赤に染め上げられ、床は血がチョロチョロとまるで沢の様に流れていた。。

核に次ぐ威力を誇るISでさえ、目の前のソイツには歯が立たず、操縦者諸共ガラクタと成り果てている。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

自らの執務室の壁に追いやられ、理事は腰が抜けて床に倒れ伏している。

外では雷鳴と稲光が光り、自らの命を狩りに来た死神の姿を映し出す。

赤紫の目をした長い銀髪の少女だった。

それが今自分の命を狩りに来た死神の姿であった。

 

「ま、まって‥‥まって、頂戴!!」

 

理事は少女に向けて手を広げて、

 

「あ、貴女、女なのにどうしてこんな事を‥‥」

 

「‥‥」

 

理事が何故同じ同性なのに女性権利団体の理事たる自分の命を狙うのかを尋ねるが、死神は何も語らず、ただその冷たい目で理事を見下ろしている。

 

「そ、そうだ、貴女、私のボディーガードにならない?あの警戒網を破って此処に来た貴女の腕を買うわ」

 

「‥‥」

 

理事は目の前の死神をスカウトし始める。

しかし、死神は一切理事のスカウトには応じず、理事に一歩前に近づき、右手を上げる。

 

「そ、それじゃあ、お金を払うわ!!貴女に支払われたお金よりも払うわ!!」

 

「‥‥」

 

死神の報酬よりも多額の金を払うと言っても全く関心を示さない。

 

「じゃ、じゃあ、貴女が一生遊ぶのに困らない額のお金はどう?私は女性権利団体の理事よ。それぐらいのお金は直ぐに用意できるわ」

 

「‥‥」

 

今度、理事は更に金額を上げるが、それでも死神は靡かない。

すると、先程死神が上げた右腕が人の手の形からみるみるうちに大きな包丁のような刃物へと姿を変えた。

 

「っ!?」

 

その光景を理事は信じられないモノを見たかのように目を見開いて見ている。

そして、その刃物となった腕に勢いをつけて‥‥

 

「ま、待って!!」

 

「‥‥死ね」

 

最後の最後に死神は口をきき、刃物の腕を一気に理事めがけて振り下ろした。

その直後に一際大きな雷鳴が轟き、理事の最後の絶叫をかき消した。

尚も鳴り続ける雷鳴と勢いを増す雨音が聴こえる理事の執務室には頭から真っ二つになった理事の死体だけが残されていた‥‥。

 

 

大雨が降りしきる某国の夜の町中を一人、傘もささずに歩く銀髪の少女はスマホで何処かに電話を入れた。

 

「やぁ、イヴ。仕事は終わったのかね?」

 

「‥はい、お父様」

 

「いい子だ。戻ってきたら、今度は君を楽しい所へ連れて行ってあげよう」

 

「‥‥はい」

 

「それじゃあ、君が帰って来るのを待っているよ」

 

その言葉を最後に電話は切れた。

少女はスマホをポケットに入れ、再び歩き出した。

ただ、この時の少女の目は光を宿さず、まるで人形の様に人間性が感じられなかった。

 

 

それから暫くして‥‥

 

 

~side 刀奈(後の更識楯無)~

 

とある国の女性権利団体に所属する女性議員と某国の女性権利団体の理事が何者かの手によって殺害された事件は当初、二人が女性権利団体の関係者と言う事から男による怨恨の線が考えられたが、犠牲者の中にISを纏った搭乗員が居た事から、その線は直ぐに変更され、犯人は女と言う事に変更された。

ISを壊すにはISを用いらなければならない。

そして、ISは男には動かせない。

これが警察の見解であった。

そこで、いち早く犯人として疑われたのが亡国企業と言うISを使用してのテロ組織だった。

亡国企業はこれまで、各国が開発した新型のIS強奪、紛争地への武力介入などの国際犯罪行為を行ってきたことから、真っ先に疑われたのだ。

女性権利団体に所属する女性議員と女性権利団体の理事が殺害され、犯人が亡国企業だと決められ、その線で捜査が行われている頃、香港の港から一隻の豪華客船が出港した。

その客船の乗客の中に日本にて裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部「更識家」の長女、更識刀奈と父親であり、16代目の更識楯無は共に客船のパーティーホールに居た。

彼女の父は間もなく、楯無を引退し、その後は隠居する事を決め、17代目の楯無の座を長女の刀奈に譲るつもりであった。

ただ、その前に彼女に裏世界の権力者たちを見せておこうとこうして、今回のクルージングパーティーに参加したのであった。

このパーティーに参加している客はその殆どが裏世界の権力者達で互いに食うか食われるかと凌ぎを削っている人間ばかりであった。

そんな人間たちが一堂にあつまり、いざこざが起きないのか心配する刀奈であったが、裏世界の権力者たちはこうした場所でドンパチを仕掛ける事を暗黙の了解で禁止していた。

もし、その暗黙の了解を破れば、それは自分自身、家族、組織の壊滅を意味していた。

故に例え敵対者であってもこの場で会えば、社交辞令と少々の皮肉を言うだけでとどまっている。

パーティーホールに併設されているカジノ区画では、乗客たちがスロット、ルーレット、カード賭博をして、一度に何億、何千ものの大金を賭けている。

 

(お金の匂いがプンプンする客ばかりね‥‥それにどいつもこいつも胡散臭そうな人達ばかり‥‥)

 

(ISの登場で世界が女尊男卑の世界へと変わり、世界経済のバランスが崩壊しかけているこのご時世なのに、ここだけはまるで別世界ね‥‥)

 

刀奈は辺りに居る乗客を見渡し、心の中でその人達を見た印象を述べる。

身なりは皆、高級スーツやタキシード、ドレスに高そうなジュエリーや腕時計を纏っているが、それと同時に胡散臭い雰囲気も纏っている客ばかりであった。

刀奈は父の楯無と共に挨拶まわりを行うと、男達からは下心が籠った目や侮蔑を含んだ目で見られてちょっとイラつく場面もあった。

そんな中、

 

「おや?タッカー博士」

 

父が親しげに声をかける人物が居り、その人物は父の声に気づき、私達の近くにやって来た。

スーツ姿で周りの人間とはちょっと異なり、なんか冴えない学者風の男だった。

その男のすぐ傍にはフォーマルワンピースを着た私か妹の簪ちゃんと同世代の女の子も居た。

ただ、私はその子を見て、違和感を覚えた。

長い綺麗な銀髪をしているのだが、赤紫のその目はまるでガラス玉の様で光を一切宿していない。

おまけに首には首輪に似ている妙な機械をつけていた。

人間の姿をしている人形‥‥

それがこの子を見た私の第一印象だった。

 

「ん?おぉ、ミスター・更識、お久しぶりです」

 

「ええ、本当に」

 

その男は父とは親しい間柄の様子で、父と握手を交わしていた。

 

「おや?そちらのレディーは?」

 

そして、その人物は父の隣に居る私に気づき、声をかけてきた。

 

「私の娘です‥‥刀奈こちらはショウ・タッカー博士だ」

 

父が目の前の眼鏡をかけたその男を私に紹介し、次に自らも紹介する様に私に促す。

 

「はじめまして、ミスター・タッカー。更識楯無の娘、更識刀奈です」

 

私はドレスの両端を摘まみ、少し持ち上げ、一礼する。

 

「はじめまして、ミス・カタナ」

 

その男は愛想笑いを浮かべながら、私に挨拶をしてきた。

 

「ミスター・タッカー、その子は?」

 

父はタッカーと名乗る男の傍にいる少女が気になり、その少女が誰なのかを尋ねる。

正直、私も気になる。

 

「この子は私の知り合いの娘でしてね、生まれつきにある病気をもっていまして、私が治療の為、預かっているんですよ。イヴ、この方は、私の知り合いの楯無さんだよ」

 

タッカー氏がイヴと呼ばれた少女に父を紹介すると、少女は父に一礼する。

 

「ミスター・タッカー、今治療とおっしゃいましたが、貴方はお医者様なのですか?」

 

タッカー氏の言う治療と言う言葉に私は首を傾げた。

 

「ああ、刀奈、タッカーさんは生物研究者であると同時に医師でもあるんだよ」

 

「生物研究‥ですか‥‥何の生物を研究なさっているんですか?」

 

「ナノマシン技術だよ。ミス・カタナ」

 

「ナノマシン‥‥技術‥ですか‥‥」

 

ナノマシン‥‥0.1~100nmサイズの機械装置で、主に医療関係の分野で研究されている技術である。

タッカー氏が生物研究者であり医師と言う事で彼がこのナノマシン技術を研究しているのだと私は思った。

ただ、今回のこのクルージングパーティーの客は殆どが裏世界の権力者達‥‥

此処に居ると言う事は、彼もただの研究者・医師ではないのかもしれない。

 

「ただ、最近ではナノマシン技術をISに投入しようとするIS技術者が居て、私としては妙な心境です。本来ナノマシン技術は医療、生物分野にて、その真価を発揮する技術だと私はそう確信しているのですがね‥‥」

 

タッカー氏は苦笑しながら自分の研究分野であるナノマシン技術がIS技術へと流入していることに関して不満を持っているようだ。

確かにタッカー氏の言う通り、最近ISの技術界でもナノマシン技術は注目され始めてきている。

今、開発中の私の専用機『ミステリアス・レディー』にもそのナノマシン技術が導入される予定となっている。

 

「ミス・カタナ、見た所、このパーティーの参加者での同世代はうちのイヴぐらいのようですから、二人でパーティーを回られてはどうですか?」

 

タッカー氏が私にこの少女とパーティーを回ってはどうだと薦めてきた。

 

「それはいいですな、刀奈、折角のタッカーさんからのご厚意だ。同じ年頃の子と回った方が良いだろう?」

 

父もタッカー氏の誘いを受けろと言う。

正直、私はこの違和感だらけの少女といるよりは父と一緒に居たかったが、父もタッカー氏も私を気遣ってのことなのだろうが、その気遣いが今の私にとっては余計なお節介であった。

だが、この空気の中、断るに断れず私はこの違和感バリバリの少女、イヴとパーティーを回る事になった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

きらびやかなパーティー会場を歩く私とイヴであるが、会話が一切ない。

イヴは寡黙な少女なのか、黙って私の後ろを歩いている。

同世代同士なのかもしれないが、これでは警護対象とボディーガードみたいだ。

 

(き、気まずい‥‥)

 

(な、何で無言なの?)

 

(此処はやっぱり私から声をかけるべきなのかしら‥‥?)

 

チラッと後ろを歩く銀髪の少女を見る。

 

「‥‥」

 

銀髪の少女は無言、無表情のままだ。

私は立ち止まり、少女の方を振り向き、

 

「えっと‥‥改めて自己紹介するわね、私は更識刀奈。貴女は?」

 

私は取りあえず無難な所で自己紹介からする事にした。

 

「‥‥」

 

しかし、銀髪の少女は相変わらず無言、無表情のまま‥‥

 

「えっと‥‥言葉が通じなかったかしら?」

 

(日本語じゃだめだったのかしら?じゃあ、英語で‥‥)

 

私が英語で言い直そうとした時、

 

「‥‥イヴ」

 

銀髪の少女が此処で漸く口を開いた。

 

「えっと‥‥イヴ‥なんていうの?」

 

イヴと言う名はさっきタッカー氏から聞いていたので、フルネームを聞いたのだ。

 

「‥‥イヴ‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥それが今の私の名前‥‥」

 

「えっ?今の私の名前?」

 

自己紹介でもやはり、目の前の銀髪の少女に私は違和感を覚えた。



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3話

香港にて裏世界の権力者達が集まるクルージングパーティーに父と共に参加した17代目の楯無候補の更識刀奈は、乗客の中で父の16代目楯無の知り合いで生物研究者兼医師のショウ・タッカー氏と出会い、その彼が連れていた違和感ありまくりの少女、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスと共にパーティーを回る事になった刀奈。

パーティー会場をまわる二人であったが、寡黙なイヴは刀奈に話しかける事無くただ黙って刀奈の後ろを歩くだけ‥‥

あまりにも気まずさを感じた刀奈はイヴと何とかコミュニケーションをとろうとして自己紹介を行った。

刀奈はイヴのフルネームを知った後、

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(か、会話が思いつかない‥‥)

 

自分は意外とコミュニケーション能力が高い方だと思っていたのだが、後ろを歩く銀髪の少女相手だとどうしても会話が続かないし、話のネタが思いつかない。

無言で、気まずい空気の中、刀奈はパーティー会場を歩く。

刀奈は気まずさを感じているのにイヴの方は全くそう言った様子を見せない。

 

(もう嫌だ、さっさと会場を回ってお父様と合流してこの子とは別れよう‥‥うん、そうしよう!!)

 

刀奈はこれ以上気まずい思いと気まずい空気はもう御免だと思い、会場を回りながら父の楯無を探し始めた。

そんな時、イヴは突然立ち止まりカジノスペースをジッと見ていた。

 

「ん?どうしたの?イヴちゃん」

 

「‥‥」

 

刀奈が声をかけてもイヴは反応せず、一心不乱にカジノスペースをジッと見ている。

 

「‥‥えっと‥‥もしかして、あそこで遊びたいの?」

 

「‥‥」

 

刀奈の問いにイヴは頷く。

この客船が航行している海域は日本の領海ではなく、しかも船内に集まっているのは裏世界の権力者達‥‥故にギャンブルは成人してからなんて法律は、なにそれ美味しいの?な環境であったので、刀奈達がカジノスペースでカジノ賭博をプレイをしても何ら問題は無かった。

刀奈自身、ちょっとカジノには興味があった。

しかし‥‥

 

「あっ、でも私お金持っていないんだった‥‥」

 

今現在、刀奈はお金を持っていなかった。

すると、

 

チョイチョイ

 

イヴが刀奈の袖を摘まむ。

 

「ん?なに?」

 

「‥‥お金」

 

イヴは自らの財布を刀奈に見せる。

 

「えっ?いいの?」

 

刀奈が尋ねるとイヴは頷く。

 

「ありがとう!!イヴちゃん!!」

 

これまで違和感バリバリのこの少女に一歩引ていた刀奈であったが、余りの嬉しさに彼女は違和感を忘れ、銀髪の少女に抱き付いた。

こうして刀奈とイヴはカジノスペースにてカジノゲームをする事になった。

まず、イヴの持っていたお金をチップに換金するのだが、イヴは財布に入っていたお金全てをチップに換金した。

 

(イヴちゃんってやっぱり何者なの?)

 

財布の中に同世代とは考えられない程のお金をイヴは有していた。

そしてそのお金を惜しげもなく全てチップに換金したイヴの行動に刀奈は驚愕した。

お金をチップに換金し、その半分を刀奈に渡すと、「あとは好きにしろ」と言わんばかりにイヴはカジノスペースの中に消えて行った。

折角イヴからの好意でもらったチップなので刀奈もカジノで遊ぶことにした。

だが‥‥

 

「‥‥」

 

あれだけあったチップはあっと言う間に無くなった。

 

「ちょっとは自信あったんだけどな‥‥」

 

刀奈は残念そうに呟きながら、ゲームの椅子から降りた。

 

「さてと、イヴちゃんはっと‥‥」

 

そして、刀奈は別れたイヴの様子が気になり、イヴを探しながらカジノスペースを見回る。

すると、カジノスペースの一角に人だかりが出来ていた。

 

「ん?何かしら?」

 

刀奈はその人だかりが気になりその人だかりに近づいてみると‥‥

 

「い、イヴちゃん!?」

 

刀奈は思わず声を上げた。

大勢の人だかりはイヴを囲むように出来ており、その理由は、イヴのテーブルの上にはチップの山が出来ていたからだ。

 

(コレ全部、イヴちゃんが稼いだの!?)

 

負けてあっという間にチップが空になった自分とは反対にイヴは勝ちまくった様だ。

イヴはまさにポーカーフェイスで勝ち上がっていた様子。

彼女の無表情(ポーカーフェイス)は刀奈でも何を考えているのか分からないぐらいだ。

 

(イヴちゃん‥‥ますますわからない子だわ‥‥)

 

山積みのチップに囲まれながら、無表情でカードゲームを興じるイヴを見て刀奈はますますイヴに違和感を覚えた。

だが、彼女はイヴと次に再会する時、まさかあの様な再会になるとはこの時、知る由もなかった。

 

 

クルージングパーティーの後、刀奈は更識家の当主の名である楯無を襲名し、正式に17代目楯無となった。

ISも設計やプログラミング等は様々な人の援助を受けつつも組み立てに関しては自らが手掛けた専用機『ミステリアス・レディー』を完成させた。

ミステリアス・レディー‥‥ロシアが設計・開発したISであるグストーイ・トゥマン・モスクヴェの機体データを元に製作された楯無の専用機で他の専用機と違い組み立て型のフルスクラッチタイプの機体となっている。

通常のISよりも装甲が少なく装着者の肌が多く露出されている作りとなっているが、その防御をカバーするのがナノマシンで構成された水のヴェールであった。

IS界においてナノマシン技術が流用された試作機とも言える新型のISであり、完成当初はじゃじゃ馬な機体と思われたが、楯無は「私自身も相当のじゃじゃ馬だし、じゃじゃ馬同士気が合うかも」と言っていた。

そして、日本政府からの密命でロシアへと渡り、僅かな期間でロシアの国家代表となった。

勿論、専用機のスペックもあるが、短期間でロシアの国家代表となれたのは、楯無の才能も関係していた。

楯無は、諜報活動が出来るように自由国籍を取得し、ロシアの国家代表となる事が出来たのだ。

また楯無は、17代目楯無を襲名したその日、妹の更識簪に暗部とは関係のない日々を過ごしてもらう事を願って、彼女に「貴女はずっと無能のままでいなさい」と語った。

だが、楯無が妹の為にと思って言ったこの一言が簪の心を傷つけ、後々まで引きずる禍根になった事をこの時の彼女は気付かなかった。

 

 

刀奈が17代目楯無、そしてロシアの国家代表となっている頃、世界のあちこちでは相変わらず、殺戮の銀翼の暗殺が続いていた。

しかし、警察は殺戮の銀翼の暗殺をやはり、亡国企業の仕業と勘違いし、見当違いの捜査をしていた。

また、ターゲットとなっている女性権利団体の者は、次は自分の番なのではないかと怯える日々を過ごす事となった。

そんな中、ロシアの女性権利団体に所属する女性官僚の下に例の暗殺者からの暗殺状が送られてきた。

これまで殺戮の銀翼から暗殺状を受け取って来た者は悉く殺されて来た。

今度は自分の番となった。

女性官僚は震えあがったが、このまま何もせずただ黙って殺される訳にはいかない。

暗殺された者達同様、女性官僚は軍や警察から選りすぐりのボディーガードを集めた。

その中には、ロシアの国家代表となった楯無の姿もあった。

 

「まったく、私は軍人でも警察官でもないのに‥‥」

 

ISはあくまでもスポーツ器具の筈‥‥

それが、対象者を暗殺者の魔の手から守るためにこうして警備員として配備されている。

確かに更識の家は暗部に対する対暗部用暗部の家柄であるが、まさか他国の官僚を守る事になるとは思わなかった。

予告の時間が刻一刻と近づいている中、楯無は配置に着こうとする。

そんな中、今回、殺戮の銀翼から命を狙われている女性官僚が楯無に声をかける。

 

「お待ちなさい、楯無」

 

「なんでしょう?」

 

「今回の任務、失敗は許されないのよ、国家代表である貴女の腕を見込んで、こうして警備をさせてあげているの」

 

「はぁ‥‥」

 

「いいこと、絶対に殺戮の銀翼とか言う非情な殺し屋を生きて私の前に連れてくるのよ。この手で引き裂いてやらないと気が済まないわ!!いいこと、必ず連れてくるのよ!!」

 

女性官僚はヒステリーを起こしたかのように叫ぶ。

 

「わ、わかりました」

 

女性官僚に返答し、楯無は持ち場につく。

楯無が消えた後、彼女が出て行ったドアを見ながら、女性官僚は、

 

(ふん、極東のメス猿が、自由国籍と専用機の力で我がロシアの国家代表なんて、我が国の代表候補生の質も落ちたものだわ‥‥どうせなら、あのメス猿と暗殺者、両方が片付けば我がロシアにとってこんな都合のいいことはないのに‥‥)

 

と、苛立った表情で扉を見ていた。

この女性官僚は徹底した差別主義者であり、男は勿論、白人以外の女に対しても差別意識を持っていた。

そして、ロシアの代表が自由国籍を有しているとは言え、生粋のロシア人(白人)ではなく、日本人(有色人種)であることに不満を抱いていた。

女性官僚の屋敷が物々しい警備体制の中、庭を警戒していた警備兵の一人が突然倒れた。

 

「どうした?‥‥ぐぁ!!」

 

そして駈け寄った別の警備兵も倒れた。

倒れた警備兵士達の首筋には真っ白い羽が深々と突き刺さっていた。

二人の警備兵が死亡した事がバレる事もなく、警備兵達は屋敷を警備し続けている。

そして、ある警備兵が巡回をしていると、突如、毛皮の様なモノに体が包み込まれた。

 

「なっ!?むぐっ!?」

 

叫ぼうとすると、その毛皮の様なモノは警備兵の口を塞ぎ、次の瞬間、警備兵の体に激痛が走ると、その警備兵は息絶えた。

警備兵を仕留めた後、この警備兵の体に巻き付いた毛皮の様なモノはまるで潮が引くようにスッーと何処かへと消えていった。

また、屋上を警備していた警備兵は突如、背中に激痛を感じたと思ったら、そのまま息絶えた。

彼は自分の身に何があったのかを知る前に息絶えたのだ。

そして、警備詰所前で警備をしていた警備兵は突如、目の前に銀色の何かが降って来たと思ったら、心臓を一突きにされ、死亡した。

暗殺者はその後、警備詰所に爆弾を仕掛けた。

警備詰所を出た暗殺者は先程仕掛けた爆弾を炸裂させた。

爆音が辺りに響き渡る。

 

「な、何!?一体何ごと!?」

 

突然響き渡る爆音に狼狽える女性官僚。

 

「警備詰所で爆発!!」

 

「周辺に暗殺者が潜んでいるかもしれません!!館内のIS部隊を外に回しますか!?」

 

「だめよ!!IS部隊は私の最後の切り札よ!!外のことは男連中に任せて、IS部隊はそのまま屋敷内で待機!!」

 

女性官僚は警備の配置を外には銃器で武装した男の警備兵を置き、屋敷内にISを装備した女性警備兵を置いたのだ。

自分の位置に近ければ近い程、強力な警備を敷き、この事態を逃れようと考えたのだ。

だが、配置位置が悪かった。

ISは確かに強力な兵器かもしれないが、その大きさゆえ、どうしても屋敷内では動きが制限されてしまう。

この屋敷がIS学園のアリーナぐらいの広さを誇っていれば違ったかもしれないが、いくら女性権利団体に所属している官僚とは言え、IS学園のアリーナ程の広さの屋敷ではなかった。

警備詰所で爆発が起こり、庭を警備していた警備兵達が集まって来る。

消火器で火災を消化しようとしている警備兵達の足元から突如、銀色の刃物が突き出してきて警備兵達を串刺しにして行く。

何とか逃れる事が出来た警備兵達も何処からか飛んでくる狙撃で次々とその場に倒れていく。

倒れた警備兵の身体には白い羽が深々と突き刺さっていた。

 

「来やがれ、ツラ見せろ。出て来い、チェーンガンが待っているぜ」

 

「出て来い!!クソッタレエエ!」

 

「化け物めぇ、チキショー!!」

 

警備兵達は怒声を上げて銃を乱射する。

そして、彼らは今回自分達が仕留めるターゲットの姿を捉えた。

長い銀髪を靡かせ、黒いワンピースの様な服装をしている少女だった。

 

「いたぞぉ、いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 

暗殺者の姿をようやく見つけた警備兵達はその少女を追いかけて行く。

そして、少女は庭の中に建てられた一軒の小屋の中へと入って行く。

そしてその小屋を警備兵達は囲み、

 

「よし、撃て!!」

 

小屋に向かって銃を撃つ。

 

小屋は忽ち蜂の巣になる。

 

「撃ち方止め!!」

 

「くたばったか?」

 

「機銃弾200発とチェーンガンを、フルパック。それでも生きていられる動物はいないはずだ、ましてあの距離で‥‥」

 

「見て来い、カルロ」

 

(俺、この仕事が終わって故郷に帰ったら‥‥)

 

そんな事を抱きながらカルロは恐る恐る小屋の扉を開け、中の様子を確かめる。

すると、天井から小屋の中には有る筈のない方天画戟がカルロにめがけて迫り、方天画戟の刃がカルロの腹に深々と突き刺さる。

天井に潜んでいた少女が小屋の床に降り立つと窓から少女を銃撃しようとした警備兵に少女は投げ斧を投げ、投げ斧は警備兵の頭部に突き刺さり、もう片方の手にも投げ斧をもっており、それを外に居る警備兵にも投げ、そして、もう何も持っていない筈の手にはいつの間にかハルバードが握られており、彼女はそのハルバードをまるで演武をするかのように舞い警備兵達をなぎ倒した。

 

警備詰所の爆発に続いて次は屋敷の電気系統にも異常が起こり、突如屋敷内の電気が消えた。

非常灯も自家発電機も作動せず、完全な真っ暗闇と化した。

そして、暗視スコープを装備したIS部隊の隊員が見たのは自分達に向かって天使の様な羽を背中に生やした人間らしきモノが接近して来る光景で、その直後、彼女達は愛機と共に運命を共にした。

ISには絶対防御機能が有る筈なのに、その機能が一切働かず、相手のIS?が触手の様なモノを伸ばしてきて、触れられると機体の動きが鈍くなり、その隙を腕に装備されている大剣で止めを刺される。

しかもその威力は絶大で、一振りでIS諸共搭乗者の胴体を切り離すほどの威力があった。

屋敷内と言う限られた空間スペースの中で、IS部隊は密集していた事も有り満足な動きが取れないまま全滅したのだった。

 

突然の爆発と停電、そして、下から聴こえてくるIS部隊の断末魔の悲鳴。

暗殺者、殺戮の銀翼は確実に此方に近づいてくる。

楯無の手がカタカタと無意識に震える。

 

(武者震い?)

 

(いいえ、違う‥‥これは恐怖‥‥)

 

楯無は、自分は今日、此処で死ぬかもしれないと言う恐怖を抱いていた。

ISには絶対防御機能が着いている筈なのだが、下から聞こえてきた断末魔の悲鳴を聞いていると絶対防御機能でさえ、気休めにもならない様な錯覚に陥った。

いや、恐らく気休めではなく事実なのだろう。

でも、此処で逃げる訳にはいかない。

更識家の当主として、そしてロシア国家代表としての維持が楯無をこの場に踏み留めた。

やがて、噂の暗殺者が楯無の前に姿を見せると、彼女は目を大きく見開いた。

 

「そ、そんな‥‥嘘‥でしょう‥?‥あ、貴女が‥‥殺戮の銀翼‥‥なの‥‥?」

 

彼女は震える声で目の前の暗殺者、殺戮の銀翼に尋ねる。

 

「‥‥」

 

しかし、彼女はあの時と同じ、無口、無表情のまま楯無をその光を宿さない赤紫色の瞳でジッと見ていた。

 



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4話

ロシアのある女性官僚の下に殺戮の銀翼から暗殺予告が送られてきた為、女性官僚の護衛をする事になった楯無。

次々と暗殺者の手によって斃されて行く警備兵達‥‥。

そして、屋敷で生き残っているのは自分と護衛対象である女性官僚だけとなり、その暗殺者が今、楯無の目の前に現れた。

 

「そ、そんな‥‥嘘‥でしょう‥?‥あ、貴女が‥‥殺戮の銀翼‥‥なの‥‥?」

 

楯無は震える声で目の前の暗殺者、殺戮の銀翼に尋ねる。

 

「‥‥」

 

暗殺者、殺戮の銀翼は以前、父に連れて行ってもらった香港のクルージングパーティーで出会ったあのイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだった‥‥。

 

「‥‥」

 

「‥‥答えて‥ホントに貴女が殺戮の銀翼なの‥‥?イヴちゃん?」

 

楯無がイヴに彼女は世間を騒がせている殺戮の銀翼なのかと問う。

もっとも、今彼女は此処に居る時点で十中八九、イヴが殺戮の銀翼であることは間違いないだろう。

ただ、妙な事に彼女は暗殺者と言うのに手には何の武器も持たず、ISも装備していない。

此処まで来るのに警備兵達を斃して来たと言うのであれば、武器を所持している筈。

暗殺者なのだから暗器なのかと思うが、いくらなんでも軽装すぎる。

楯無が困惑していると、イヴは一気に楯無と距離を詰めてきた。

 

「っ!?」

 

本能的に楯無はランスで自分の身を護る。

すると、ガキーンと金属質な音が鳴り響く。

自らのランスに何か金属質の様なモノが勢いよくぶつかったのだ。

楯無がランスを見ると、そこには信じられないモノが彼女の目に映った。

ランスにぶつかった金属質のモノの正体はイヴの腕であった。

イヴの腕は人の形の腕ではなく、大きな包丁の様な刃物に変形していたのだ。

 

「くっ!!」

 

楯無はランスを振り、イヴを振り払う。

 

「‥‥イヴちゃん‥貴女、ターミ○ーターT1000なの?」

 

楯無がそう思うのも無理は無く、刃物の腕をしたイヴは楯無に振り払われると、元の人の形の腕に直った。

当然、イヴからの返答はない。

楯無はすぐに体勢を立て直し、ナノマシンの水を螺旋状に纏ったランス、蒼流旋(そうりゅうせん)を装備する。

そして、瞬時加速を使いイヴに接近し蒼流旋(そうりゅうせん)を突出し突貫する。

それをイヴは悠々と回避すると、カウンターで裏拳にて楯無の腹に当てる。

その時、イヴの腕は金属グローブをはめた状態となっていた。

吹き飛ばされた楯無は、一時、上に避難する。

楯無が配置されたこのダンスホールはある程度天井の高さがあり、飛行することが出来た。

反対にイヴはISを装備していない。

故にイヴは自分の所までたどり着くのは不可能だと思っていた。

だが、楯無の予測はすぐに覆った。

バサッと言う音と共にイヴの背中には天使を思わせる白い大きな翼が生え、自分の下へと飛んできた。

 

「くっ、この化け物め‥‥」

 

思わず楯無はイヴを見てそう呟くと、蒼流旋(そうりゅうせん)に装備されているガトリングガンをぶっ放した。

イヴのこれまでの戦闘スタイルから彼女は、飛び道具は使えず、腕を刃物などに変えての接近戦専門だと予測した楯無は距離を取っていれば対処のしようはあると判断したのだ。

ISと言う枷がなく、身軽なイヴは楯無の放つ弾丸をもなげに避け、楯無に近付こうとタイミングを計っている。

だが、あくまでも銃撃は楯無の布石の一つでしかない。

銃撃で仕留められれば儲けもの。

楯無の本命はナノマシンを散布させた水蒸気爆発、清き激情(クリア・パッション)でイヴを仕留める事だった。

そして、ホールに清き激情(クリア・パッション)が発動可能なナノマシン散布を完了させ、楯無は、

 

「そういえば、なんだか少し暑くないかしら?」

 

とイヴに問いかける。

 

「‥‥」

 

しかし、イヴは無言のまま‥‥

やがて、楯無が指をパチンと鳴らすとホールにて水蒸気爆発、清き激情(クリア・パッション)が発動し、大爆発が起きる。

ホールを爆破した事で護衛対象の女性官僚から後で文句が飛んできそうだが、今は形振りなんて構っていられない。

あの化け物を仕留めるには手段を選んでいる余裕など楯無にはないのだ。

やがて、爆煙がおさまると、イヴが居た所には白い繭の様なモノが浮かんでいた。

 

「ま、まさか‥‥」

 

楯無の脳裏に嫌な予感が過ぎる。

そしてその予感はあたり、繭が開くと其処には無傷のイヴの姿があった。

イヴが爆発の前、咄嗟に背中の翼を大きくし、自らの体を包み込んで爆発から身を守ったのだ。

イヴの予想外の行動で予定が狂わされ、次の行動が遅くなる。

そして、その隙をイヴは見逃す事無く、楯無に迫って来る。

しかも手には何時の間にか薙刀が握られており、イヴはその薙刀で楯無に斬りかかって来る。

 

「くっ」

 

楯無はその薙刀の斬撃をなんとか躱し、イヴの背後をとる。

絶好の攻撃ポジションをとったと思った楯無であったが、次の瞬間、

 

ドンッ!!

 

楯無は突然腹部に衝撃を受けホールの壁に打ち付けられた。

 

「グハッ‥‥ぐっ‥‥一体何が!?‥‥っ!?」

 

混乱している楯無がイヴを見ると、自分の腹部を殴ったモノ正体が分かった。

自分の腹部を殴ったモノ、それはイヴの髪の毛であった。

イヴの長い髪の毛が束となり、その束は拳を形成し、楯無の腹部を殴りつけたのだ。

しかもその威力はかなりのモノで、自身を守っているナノマシンで形成された水のヴェールが所々削られているのが見えた。

そして、さらに驚愕させられたのが、自分のISが表示するシールドエネルギー残量である。

攻撃を食らったのはイヴの裏拳一発と先程の髪の毛パンチの一発の合計二発のみ‥‥

それにもかかわらず、シールドエネルギーの残量が半分を切っていた。

飛行と能力使用を考えても明らかにエネルギーの消費が異常である。

これ以上イヴの攻撃を食らってはあっという間にエネルギー切れを起こす。

楯無は高速で旋回し照準を取りにくくしようという戦法に切り替える。

最悪、自身のワンオフ・アビリティーを発動させなければならない。

そう考えなんとか時間を作り作戦を練ろうとしたが、またしてもイヴが予想外の攻撃を繰り出す。

手に持っていた筈の薙刀はいつの間にか消え、楯無に腕を向けると、イヴの腕からは小さな二対の天使の翼が生えると、羽根が物凄い速さで楯無に向かってきた。

 

「ちっ」

 

楯無は舌打ちした後、その羽根を回避するが、イヴはまるで銃を撃つように羽根を撃ってくる。

刃物などの接近戦用の武器しかないと思っていたが、まさかこんな予想外な飛び道具をもっていたなんて楯無のアテは大きく外れた。

幸い羽根にはホーミング機能がついていない様子だったが、弾切れ‥もとい羽根切れがない様子だったので、もう悠長に考えている時間はないと、楯無は意識を集中しワンオフ・アビリティーを発動する事にした。

ミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティー、沈む床(セックヴァベック)‥‥高出力のエネルギーが必要なので、ミステリアス・レイディの専用パッケージの麗しきクリースナヤを必要とする。

専用パッケージ、麗しきクリースナヤと接続する事でアクア・ナノマシンが高出力状態に移行する事が出来、沈む床(セックヴァベック)が発動する事が出来る。

ただし、外せば、エネルギーを充填しなければ使えないまさに一度っきりの能力であるが、沈む床(セックヴァベック)は超広範囲指定型空間拘束結界。

対象を周りの空間に沈め、拘束する強力な結界で、その拘束力はドイツで研究・開発をしているAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)システムを遥かに凌ぐ力がある。

しかも広範囲の為、失敗など考えられない必中のワンオフ・アビリティーでもあった。

そして、このホールと言う限られたスペースならば、目を閉じていてもイヴは沈む床(セックヴァベック)に引っかかる。

楯無は今度こそ、自分の勝利を確信した。

 

「っ!?」

 

突如、イヴの動きが鈍くなり始めた。

ミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティー、沈む床(セックヴァベック)が発動し、その能力が効いてきたのだ。

相手がISでないので、この能力が効くのか心配であったが、どうやらそれは杞憂だった様だ。

何しろ楯無自身、IS相手にワンオフ・アビリティーを使用した事があるが、ISを装備していない相手にワンオフ・アビリティーを使用するのはこれが初めてであった。

だが目の前の動きが鈍くなったイヴを見て、ワンオフ・アビリティーが効いたのだと確信した。

楯無はワンオフ・アビリティーが効いた事に安堵しつつ、イニシアチブを握ったことで余裕が出来たのか、イヴを見てニコリと微笑んだ。

こうなれば、もうイヴは沈む床(セックヴァベック)から逃れる術はない。

後は体力が落ちてヘロヘロになった所を捕まえれば良い。

だからこそ、余裕の笑みを浮かべてあの無表情のイヴが悔しそうな表情を浮かべるのを見ようとしたのだが、

 

「‥‥」

 

イヴは焦る様子もなく、相変わらず無表情のままだった。

 

「随分と余裕(?)なのね、もう身動きが取れないのに‥‥」

 

イヴの態度が気に入らない楯無は眉根を顰める。

もう動くことのできないイヴに勝機も逆転のチャンスもない。

にもかかわらず、イヴは焦る様子もなく、無表情のままでジッと自分を見ている。

 

(なのにこの余裕な態度?)

 

イヴの態度に今まで余裕の笑みを浮かべていた楯無は一転して焦りを感じる。

そして、それは現実のものとなった。

先程まで動けなかったイヴが右腕を水平に持ち上げると、彼女の右手にサイズと呼ばれる死神がよく使用する大鎌が出現した。

 

「っ!?何もない所から鎌を!?どうやって!!」

 

楯無の疑問に答えることなく、イヴは大鎌を振りかざし、楯無に接近して来る。

 

「なんで!?どうして!?さっきまで、沈む床(セックヴァベック)の効果で動けなかったのに‥‥どうして動けるの!?」

 

楯無が理解できないのも無理は無かった。

だが、沈む床(セックヴァベック)はそもそも広範囲指定型空間拘束結界と言う能力であるが、その種は清き激情(クリア・パッション)同様、ナノマシン操作によるものだった。

麗しきクリースナヤによって高出力状態のナノマシンが広範囲に散布され、時期を見てそのナノマシンが相手のISの可動部分に侵入させ、可動部分をマヒさせて動きを拘束する。

ただその前準備に発動までの時間がかかるうえに、集中力と拘束するためのナノマシン強化による高出力エネルギーが必要となる。

それ故に沈む床(セックヴァベック)を発動するには麗しきクリースナヤの補助が必要なのだ。

これが沈む床(セックヴァベック)の正体であり、今回イヴの場合は彼女が呼吸した事により、ナノマシンがイヴの体内に侵入し脳から送られるニューロンの動きに影響が及び、動きが鈍くなったのだ。

だが、楯無の誤算は、イヴに投与された戦闘用ナノマシン『バハムート』の力を知らなかった事である。

白血球が体内に侵入したウィルスを駆逐するのと同じようにイヴの体内のバハムートがイヴの体内に入って来たミステリアス・レイディのナノマシンを駆逐した事により、イヴは再び動けるようになったのだ。

形勢はこれで完全に逆転した。

ワンオフ・アビリティーが効かず、しかもそれを発動させるのにかなりのエネルギーを消費してしまった。

今の楯無はイヴの攻撃を躱し、これ以上のエネルギー消費を抑える事しか出来なかった。

その時、

ミステリアス・レイディが警告音を鳴らす。

楯無が確認すると、それはエネルギーの残量が少ない事を示す警告音だった。

 

(ど、どうして!?まだ警告音がなるほどのエネルギー消費じゃない筈!!)

 

楯無の計算では警告音がなる程のエネルギー消費はもう少し先の筈でまだ警告音が鳴るには早かった。

だが、エネルギー残量を示す表示計では、確かに警告音が鳴るレベルの残量となっている。

 

(どうして!?エネルギー消費が通常よりも早すぎる!!)

 

表示計を見ていると、通常ではありえない速度でエネルギーが消費している。

自分の専用機は此処まで燃費消費が悪い機体ではない。

このミステリアス・レイディの異常に楯無は理解できず、顔には次第に焦りの色が滲み出る。

楯無がこのミステリアス・レイディの異常に理解できないのも無理は無かった。

このミステリアス・レイディの異常は、ただの機体トラブルではなく、イヴの仕業であった。

だが、楯無がその事実に気づくはずもなかった。

イヴは先程、楯無に髪の毛パンチを当てた際、楯無のISにバハムートを送り込み、ミステリアス・レイディに感染させていたのだ。

ミステリアス・レイディに感染したバハムートは、ミステリアス・レイディのエネルギーを食い始めたのだ。

これがミステリアス・レイディに起こった異常であり、楯無はイヴに沈む床(セックヴァベック)を仕掛けたのが、それを逆にイヴにやり返されたのだ。

そして、これ以上飛行しているとエネルギーが切れて途中で落ちてしまう。

楯無は覚悟を決めて、ミステリアス・レイディのエネルギーが切れる前に床に降り立つ。

そして、素早くランスを構える。

すると、イヴは追撃をせず、暫くホールの上を飛びながら、楯無を見下ろすと、彼女に攻撃をせず、ある程度の距離をとった地点に降り立つ。

そして、手にしていたサイズはまるでガラス細工が壊れる様に飛散し消える。

サイズを消したイヴはまた新たな武器を出現させる。

 

「っ!?」

 

楯無はイヴが出した新たな武器を見て目を見開く。

イヴが出したのは、今、楯無が手にしている蒼流旋(そうりゅうせん)だったのだ。

 

「‥随分と悪趣味な事をしてくれるじゃない」

 

楯無は蒼流旋(そうりゅうせん)を出現させたイヴにまるで苦虫を噛み潰したように顔を歪め、忌々しそうな声で言い放つ。

エネルギーが尽きかけのミステリアス・レイディの相手をするのであれば、上からの攻撃をすれば、時期にエネルギー切れを起こして勝てるのに、イヴは敢えて楯無と同じ武器を出して、それで決着をつけようと言うのだ。

 

「‥‥いくわよ」

 

「‥‥」

 

両者が互いに蒼流旋(そうりゅうせん)を構える。

目線は常に相手を捉え続ける。

イヴと楯無、それぞれが互いに相手の動きと目を見つめ合い、

そして‥‥

 

「勝負!!」

 

楯無は残り少ないエネルギーを惜しみなく使い、ブーストをふかしてイヴへと迫る。

対するイヴも白い翼をはためかせて楯無を迎えうつ。

両者の距離はみるみるうちに縮まり‥‥

 

「はぁっ!!」

 

気合い一声と共に楯無が蒼流旋(そうりゅうせん)を突き出す。

イヴはそれをスッと僅かに横にそれ躱す。

 

「しまっ‥‥!!」

 

楯無が自分の攻撃がかわされた事に焦りを感じたその瞬間、

 

ブシュッ!!

 

今度はイヴの蒼流旋(そうりゅうせん)の突きが楯無を襲う。

イヴの蒼流旋(そうりゅうせん)の突きは楯無の腹部に深々と突き刺さり、その反動を殺す事無く、楯無をホールの壁に縫い付けた。

 

「ゴフッ!!」

 

楯無は口から大量の血を吐く。

そしてイヴは楯無の腹部に突き刺さった蒼流旋(そうりゅうせん)を抜く。

壁を背に楯無の体はズルズルと床に倒れる。

彼女の周りには忽ち赤い血の池が広がった‥‥。



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5話

~side楯無~

 

「勝負!!」

 

ミステリアス・レイディの残りのエネルギーから見てもこれが最後の攻撃になるわね‥‥

なら、出し惜しみなんてしないで、この一撃にミステリアス・レイディのエネルギー全てをつぎ込む!!

ミステリアス・レイディのブーストを一気にふかして一気にあの化け物へと突っ込む。

化け物を倒すのは何時だって人間‥‥

そうよ、私は人間‥‥

貴女の様な化け物じゃない。

化け物は人間の手によって斃されるべきなのよ!!

 

「はぁっ!!」

 

私は渾身の一撃をあの化け物へと向ける。

しかし、あの化け物は私の渾身の一撃をヒラリと躱した。

 

「しまっ‥‥!!」

 

躱された!!

次にアイツの攻撃が来る!!

躱さないと!!

そう思ったその瞬間‥‥

 

ブシュッ!!

 

私の腹部に激痛が走った。

また次の瞬間には今度は背中に凄まじい衝撃とまたもや体に激痛が走った。

あの化け物の一撃は私の腹部を突くだけでなく、私をISごと壁に叩き付けたのだ。

生身の体で絶対防御機能を貫いてISごと壁に叩き付けるなんて、どれくらいの腕力をしているのよ、この化け物‥‥

 

「ゴフッ!!」

 

口から大量の血を吐く。

そして、あの化け物は私のお腹に刺さった蒼流旋(そうりゅうせん)を引き抜く。

その瞬間、腹部からも大量に血が流れ出る。

床に倒れ、自分のお腹を見ると、綺麗な風穴が開いてそこからドクドクと血が流れてくる。

人のお腹に風穴なんて開けてくれちゃって‥‥

私は風穴が開いた自分のお腹に手を当てるがその行動は何の意味もない事だと自覚はしているが、少しでも生き長らえたいと言う思があった。

でも‥‥

この出血量‥‥とても、助からないわね‥‥

それに中の臓器も幾つか傷ついている筈‥‥

私は死のその瞬間までこれまでの事を振り返った。

これが所謂走馬灯ってやつだろうか?

自分で作り上げた専用機たるミステリアス・レイディにも自信があった。

だが、あの化け物はそれらをあざ笑うかのような強さを私に見せつけた。

何が更識家の当主よ‥‥

何がロシアの国家代表よ‥‥

そんな肩書、あの化け物には一切通じなかった‥‥

でも、どんなに悔しがっても私の人生はもう、これまで‥‥

出血多量で私の人生は終わり‥‥

我ながら短い人生だった。

心残りがあるとすれば、妹の簪ちゃんのことだけだ‥‥

私が更識家の当主になってすぐにあの子とは関係が悪化している。

いや、元々だったのかもしれない。

あの子は常に私の後を追いかけようとしてきた。

でも、簪ちゃんには私の影を追うよりもありのままの簪ちゃんでいて欲しかった。

暗部なんて薄汚れた世界とは関係ない、日の光が当たる世界で普通に生きて欲しかった。

私は更識家の当主と言う立場からそれを上手く口であの子に伝える事が出来なかった。

私が死んだら簪ちゃんが18代目楯無になるかもしれない。

そして、私の様にこの化け物に殺されるかもしれない。

そんな事態だけは避けたかったのになぁ‥‥

いざ、こうして死の瞬間を迎えるとやり残して来た事がある事に後悔した。

そんな私にあの化け物が近づいてきた。

止めを刺すつもりかしら?

もう、何もしなくても私の死は確実なのに‥‥

まったく、化け物は空気も読めないのかしら?

すると、あの化け物は私の前で跪くと、髪の毛がまるで触手の様に動き出し私の傷口の中へ‥‥私の体内へと入って来た。

そして、耳元に顔を寄せて‥‥

 

 

 

 

「っ!?」

 

私がバッと目を開けると、真っ先に見えたのは真っ白い天井。

辺りからは薬品の匂いがしてくる。

そして、私の腕には点滴が着けられている。

どうやら、此処は天国でも地獄でもない様だ‥‥

此処は‥‥病院‥‥?

でも、どうして‥‥

あの出血量から考えて生きていられるはずは‥‥

痛む腕をゆっくり動かして、あの時、あの化け物に貫かれたお腹に手を当てると、傷口はきれいさっぱり無くなっていた。

手術で縫合をされた後もない。

まるで、最初から傷なんてなかったかのように‥‥

傷口を手で撫でていると、私はあの時の事を思い出した。

あの化け物が私の体内に髪の毛を入れてきた時、あの化け物は私の耳元で呟いた。

 

「‥‥貴女はお父様の友人の子‥‥だから、今回は助けてあげる‥‥でも、私の事をもし、他者に触れ回ったりしたら‥‥分かっているわよね?‥‥妹さん、死なせたくはないでしょう?」

 

これまでの中で一番の饒舌な口数であの化け物は私に警告をしてきた。

しかも私に(簪ちゃん)が居る事も知っていた。

もし、私が殺戮の銀翼の正体を言えば、アイツは間違いなく私ではなく、簪ちゃんを殺すつもりだ‥‥。

私に警告を入れた後、あの化け物は悠々と私に背を向けて歩いて行った。

私が覚えているのは其処までであった。

その後、どうやら私は意識を失い、駆け付けた警察によって救助されたのだろう。

イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥

アイツが殺戮の銀翼と言う事はアイツが言った「お父様」は恐らくあの時のパーティーで出会ったショウ・タッカー‥‥。

奴は生物化学、ナノマシン研究者だった‥‥

ならば、ナノマシン技術を使った生物兵器を作る事が出来たのかもしれない。

その生物兵器がアイツ‥‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥

犯人を突き止めているのに、手が出せないなんて‥‥

私はその悔しさから自然と握りこぶしを作り、ギュッと握りにしめる。

 

その後、警察が私に事情聴取の為、入院中の病室にやって来た。

私がこうして生きているのだから、あの護衛対象だった女性官僚も生きているかもしれないと言う僅かな希望を抱いて警察官に聞いてみた。

 

「あの‥‥」

 

「なんだね?」

 

「あの人は‥‥?」

 

「‥‥殺されたよ。殺戮の銀翼の手によってね‥‥」

 

「‥‥」

 

「全身がバラバラに切り裂かれていて、人の形を留めていなかった‥無残な現場だったよ」

 

「‥‥」

 

警察が言うにはあの現場の生存者は私一人だけだった。

あの女性官僚は同性の私から見ても確かに気に食わない人物であったが、与えられた任務を果たせなかったのは事実だ。

そして、警察は生き残っていた私に殺戮の銀翼の正体を聞いてきた。

私はあの時の化け物の忠告が耳に残り、警察には殺戮の銀翼の正体を教える訳にはいかなかった。

私は背後から突然奇襲を受けて、そのまま倒れたので、殺戮の銀翼の顔は見ていないと警察に証言した。

その時の警察官の目が私に語っていた。

 

「それでも我が国(ロシア)の国家代表なのか?」

 

「役立たず」

 

「何故、お前は生きているんだ?」

 

「汚らわしいイエローモンキーめ」

 

等の侮蔑の視線が込められていた。

今回の事態を知った親戚連中からも、

 

「更識家の恥さらし」

 

と、言われた。

だが、両親だけは、私の無事を喜んでくれた。

それだけがせめてもの救いだった。

でも、簪ちゃんは興味無さそうだったのが、ちょっと心にグサッときた。

お姉ちゃん、マジで死にかけたのに‥‥

いや、実際に死んでいてもおかしくはなかった。

今回のことで私はロシアの国家代表の座を引きずり降ろされるかもしれない。

でも、汚名は甘んじて、うけよう‥‥。

元々ロシアの国家代表の座には深くこだわっては無い。

そんな座よりも妹や家族の生命の方が私には何よりも大事なのだから‥‥

 

お腹に空いた風穴はあの化け物が塞いでくれたみたいだけど、私は暫く入院する事になった。

 

「‥‥」

 

だが、眠れば決まってあの化け物にお腹を突き刺された時の光景が浮かび、その夢を見るたびに飛び起きては自分のお腹を確かめる。

この先、きっとあの時以上に死の恐怖を感じる事などないだろう。

私がこうして生きているのは、父があのタッカーと知り合いだから生きているのだ。

私はただ運が良かっただけだ‥‥。

もし、父がタッカーと知り合いでなかったら、私は十中八九、あの化け物に殺されていただろう。

 

「はぁ~酷い顔~」

 

鏡に映る自分の顔を見て一言そう呟く。

最近は満足に寝ていない為、目の下にはくっきりと隈が出来て、髪はボサボサ‥‥

食事も喉を通らないので、頬もこけている。

こんな姿、とてもじゃないが、簪ちゃんには見せられない。

もし、今の私のこんな姿を見られたら、

 

「あれだけ大口を叩いておいて、その体たらく‥‥無様ね、姉さん」

 

そんな事を言われそうだ。

もし、そんなことを言われたら、私、別の意味で死ぬかも‥‥

 

任務の失敗、九死に一生を得た事、入院生活‥‥これらの出来事から私はすっかり気が滅入ってしまっていた。

故に気づかなかったのだ‥‥

この人が私の病室に来ていた事を‥‥

 

「っ!?」

 

私は病室に私以外に人の気配を感じて、起き上がろうとした時、

 

「むぐっ‥‥」

 

突然、口を手で押さえられた。

まさか、あの化け物が来たのかと思ったが、病室に居たのは‥‥

 

「やっはろー、艦隊‥‥もとい、皆のアイドル、篠ノ之束だよぉ~」

 

其処に居たのはISの生みの親とされる篠ノ之束博士だった。

どうして篠ノ之博士が此処に!?

病室の前には警官が張っている筈なのに‥‥

 

「とりあえず、話がしたいから手は退けるけど、大声を出さないでもらえるかな?」

 

篠ノ之がそう尋ねてきたので、私は首を縦に振った。

私の返答を聞き、篠ノ之博士は私の口から手を退けた。

 

「そ、それで篠ノ之博士、貴女はどうやって此処へ?外には警官は居た筈‥‥」

 

「うん、居たよ。だから、窓から入って来た」

 

篠ノ之博士が窓に指をさすと、窓の鍵の部分には綺麗な円形の切り口があり、その穴から鍵を開けた様だ。

その手口はまさにプロの空き巣の様だった。

 

「‥‥貴女は一体いつから科学者じゃなくて、泥棒に転職したんですか?」

 

私はジト目で篠ノ之博士を睨む。

破天荒な人だと聞いたが、まさかここまでの人とは‥‥

いや、それ以上に窓に穴を開けられ、篠ノ之博士が病室に入って来た事に気づかなかったなんて、入院中とはいえ、私も随分鈍ったものだ。

 

「それで、何の用があって態々此処に?」

 

あまり時間をかけても無駄なので、私は篠ノ之博士に何故、私を訪ねて来たのか要件を尋ねる。

 

「君個人には大して興味はないよ。私が此処に来たのは君のISを見てみたいだけ‥なんでも君のIS、ナノマシン技術を使っているみたいだからね‥それと君‥‥」

 

篠ノ之博士は私にズイッと顔を近づけ、耳元で囁いた。

 

「あの殺戮の銀翼と戦って唯一生き残ったらしいじゃない?ねぇ、ソイツ、どんな奴だったの?」

 

篠ノ之博士は私のISと殺戮の銀翼について尋ねてきた。

 

「ど、どうして篠ノ之博士は殺戮の銀翼に興味を?」

 

私のISについては予想圏内だが、篠ノ之がどうして殺戮の銀翼に興味を持ったのかが疑問に思った。

噂では篠ノ之博士は、他人に関してあまり興味を持たない人物だと聞いたからだ。

 

「うーん、アイツは世界の彼方此方で権力者達を殺しているでしょう?んで、その時に警護についているISも沢山壊しているみたいじゃない?ISを壊せるのは核かISぐらいだもん。アイツが乗っているISってどんなのか、ISの生みの親としては興味が湧くじゃん」

 

篠ノ之博士も殺戮の銀翼はIS乗りだと思っている様だ。

だが、彼女がそう思うのも当然だろう。

篠ノ之博士が言うようにISを壊すには核か同じくISぐらいでないと破壊できない。

警護にはIS部隊がつき、殺戮の銀翼はそのISを悉く壊しているのだから‥‥しかも搭乗員諸共‥‥

そして今のところ、殺戮の銀翼を見て生きているのは私だけ‥‥

ISの生みの親である篠ノ之博士が殺戮の銀翼がどんなISに乗っているのか?

どんな戦闘を行ったのか?

どんな武器を使用したのか?

そして、どんな奴だったのか?

興味を抱いても不思議では無かった。

 

「そ、それが‥‥」

 

私は警察に答えたように殺戮の銀翼の姿を見る前に倒されたと証言した。

だが、

 

「ふぅ~ん、そう‥‥まぁ、君が見ていなくても、君のISは見ていたと思うよ、殺戮の銀翼の正体を‥‥」

 

「えっ?」

 

「ISのコアにアクセスすれば、多分その時の映像が残っている筈だから」

 

「ISのコアにアクセスって‥‥」

 

ISの原動力のキーとも言えるISコア。

世界に限られた数しかなく、未だに解析がこんなんなオーバーテクノロジーの塊。

篠ノ之博士は未だにそのISコアの製法を秘匿している。

故に世界は篠ノ之博士を指名手配し、ISコアの製法を聞き出そうと躍起になっているのだ。

 

「あっ、これだね、君のISは‥‥」

 

篠ノ之博士は待機状態(扇子)となっているミステリアス・レイディに手を伸ばす。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

殺戮の銀翼に‥‥あの化け物に映像を篠ノ之博士に見られたと知ったら、簪ちゃんの命が‥‥

 

「だ、ダメ!!」

 

私は篠ノ之博士を止めようとするが、

 

バタン!!

 

「グッ‥‥」

 

勘が鈍っていたと思ったら、体力も落ちていた。

まぁ、当然と言えば当然だ。

入院生活をして寝れば悪夢を見てほとんど寝ていないし、食事もとっていない。

体力が落ちているのも当然だ。

篠ノ之博士は飛び掛かった私を投げ飛ばした後、傷口の有った腹部を踏みつける。

 

「ぐっ‥‥」

 

「黙っていろよ、負け犬」

 

篠ノ之博士は冷たい声、冷たい視線で私を見下ろしていた。

 

「うっ‥‥」

 

私は何も出来ずにただ篠ノ之博士の行動を黙って見ているだけしか出来なかった。

篠ノ之博士は待機状態のミステリアス・レイディにコードを着けて、それをタブレットに接続し、映像を再生させる。

 

「‥‥」

 

ああ‥‥もう、おしまいだ‥‥

私のせいで簪ちゃんが‥‥

私は悔しさのあまり涙が出そうだった。

その時、

 

「‥‥そんな‥‥ばかな‥‥あの子が‥‥」

 

篠ノ之博士が絞り出すような声を上げながらタブレットに表示されている映像を見て大きく目を見開いていた。



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6話

~side篠ノ之束~

 

ここ最近、世間を騒がせている殺戮の銀翼‥‥

最初はなんの興味なんて抱かず、ただの殺し屋だと思った。

インターポール(国際警察)では、いずれも殺戮の銀翼は亡国企業のエージェントだと決めつけていた。

亡国企業‥‥各国の新型ISの強奪や要人誘拐、各地での武装介入を行う大規模なテロ組織‥‥

インターポールが犯人を亡国企業の連中と思っても無理は無い。

その後も殺戮の銀翼の暗殺が続いた。

狙らわれた権力者達はその警護にISを投入していた。

本当はISをこんな形で使用されたくはなかった。

ISは本来の目的である宇宙開発の道を完全に断たれている。

その現状に私はとても不満を抱いていた。

話を戻そう‥‥

殺戮の銀翼に狙われた権力者達はISを警護のために使用していたが、その全てを殺戮の銀翼は突破してターゲットを殺していた。

しかも警護に当たっていたISを全て壊して‥‥

これまで亡国企業に強奪された機体でここまでの性能を有しているISはあっただろうか?

それともパイロットがあの織斑千冬の様な奴なのだろうか?

私はいつの間にか殺戮の銀翼に興味を抱いていた。

そして、つい最近、ロシアにて殺戮の銀翼がロシアの女性官僚を暗殺したらしい。

これまでの様に警護に当たっていたIS全てを搭乗者諸共破壊して‥‥

いや、全てとは語弊がある。

今回の事件では唯一の生存者が居た。

現ロシアの国家代表‥‥

あの殺戮の銀翼と戦って唯一生き残った奴‥‥

どんな奴だ?

私は念の為、ソイツのことも調べてみた。

へぇーコイツの機体、ナノマシン技術を投入しているのか‥‥

ナノマシン技術‥‥

てっきり医療分野に特化した技術だと思っていたのだけど、まさかISにもその技術を転用するなんてね‥‥

ちょっと会ってみようかな?

それにコイツなら殺戮の銀翼の顔を知っているだろうし‥‥

どんなISに乗っているのかな?

どんな顔をしているのかな?

やっぱり織斑千冬に似た顔なのかな?

それとも筋肉モリモリマッチョマンの変態かな?

気になった私は居ても立っても居られず、ロシアへと向かった。

そして、私はロシアの国家代表の負け犬と接触し、早速、殺戮の銀翼がどんな奴なのかを確かめるために、ソイツのISのコアにアクセスし、記録映像を再生させる。

すると、映像では負け犬の証言とは違い、殺戮の銀翼と負け犬が壮絶な戦いを繰り広げていた。

負け犬は最初、殺戮の銀翼を見て、動揺している様だったが、それは私も同じだった。

 

「‥‥そんな‥‥ばかな‥‥あの子が‥‥」

 

私はあの子が殺戮の銀翼だなんて信じられなかった‥‥

もしかしたら、他人の空似かもしれない。

そんな思いがあった。

髪の色が黒ではなく銀色になっているし‥‥。

負け犬は殺戮の銀翼に『イヴちゃん』と言っていた。

でも、この容姿は‥‥

タブレット越しだが、束さんセンサーが反応している。

確かめるには、この殺戮の銀翼と直接会って確かめなければ‥‥

殺戮の銀翼があの子と同一人物なのかを‥‥

その前にまずは、殺戮の銀翼の情報を集めなければ‥‥

手始めに‥‥

 

「おい、負け犬」

 

私は足元に転がっている負け犬に声をかける。

 

「お前がさっき言っている事と全然違うじゃないか‥‥どういう事だ?これは?」

 

「そ、それは‥‥」

 

「正直に話せ、全部だ‥でないとお前の機体、スクラップにするぞ。専用機なんだろう?コレ‥‥」

 

私はこの負け犬の専用機を人質にとって負け犬から殺戮の銀翼の情報を聞きだす事にした。

 

 

~side楯無~

 

「正直に話せ、全部だ‥でないとお前のこの機体、スクラップにするぞ。専用機なんだろう?コレ‥‥」

 

篠ノ之博士は私のミステリアス・レイディを人質にとってきた。

殺戮の銀翼の正体を知られた上にミステリアス・レイディを人質に取られた。

殺戮の銀翼の正体を知っている時点で私は家族も人質に取られている。

これ以上大事なモノを人質に取られる訳にはいかないのに‥‥

だが、篠ノ之博士ならば、ミステリアス・レイディをスクラップにする事ぐらい可能だろう。

しかもこの場で‥‥

でも、私もただやられっぱなしでいる訳にはいかなかった。

 

「篠ノ之博士は何故、殺戮の銀翼の正体にこだわるんですか?」

 

「お前が知る必要はない」

 

「そうはいかないわ。私にだって守るモノがあるのよ!!」

 

「ちっ」

 

篠ノ之博士は舌打ちをした。

 

「殺戮の銀翼の情報は教えるわ。でも、一つ約束して欲しい事があるの」

 

「なに?」

 

ミステリアス・レイディがあの時の戦いを見ていると言うのであれば、あの化け物が言ったあの会話も記録されている筈‥‥。

私は篠ノ之博士にあの化け物が私に言った警告部分の会話を聞いてもらった。

 

「‥‥成程、お前は事実上家族を人質に取られている訳か」

 

篠ノ之博士はあの化け物の警告内容をすぐに理解してくれた。

 

「私が知っている限りの情報は教えるわ。だから、その情報を絶対に外に漏らさないで、あと出来るなら私の家族を守って」

 

私は恥も外聞もなく篠ノ之博士に頼み込む。

 

「‥‥情報次第だな、まぁ、情報を絶対に外に漏らさないって事だけは約束してやるよ。さあ、話せ‥‥」

 

私は篠ノ之博士の言葉を信じて私の知る限りの殺戮の銀翼についての情報を教えた。

 

「ショウ‥タッカー‥‥」

 

「ええ、あの子はタッカーを『お父様』と呼んでいた‥‥でも、私が初めて二人に会った時、タッカーはあの子の事を『知り合いの娘』と言っていたわ。それに苗字も違うし‥‥」

 

「‥‥」

 

「それにタッカーはナノマシン技術の研究者で、IS技術にナノマシン技術が使用されている事に対して不満を抱いていました。それに‥‥」

 

「それにタッカーは男で、この女尊男卑の世界を好ましく思っていない」

 

「はい‥‥殺戮の銀翼に殺されたのは皆、女性権利団体の関係者ばかり‥‥」

 

「あの子を使って徐々に女性権利団体の力を削ごうと言う訳か‥‥」

 

「恐らく‥‥」

 

「‥‥」

 

篠ノ之博士は顎に手を当て考え込む仕草をとる。

 

「あの‥‥」

 

「なに?」

 

「篠ノ之博士は先程、殺戮の銀翼の顔を見て動揺していましたが、もしかして篠ノ之博士と殺戮の銀翼と顔見知りなんですか?」

 

「‥‥」

 

「話したくなければ構いませんけど‥‥」

 

「いや、お前も情報を言ったから教えてやるよ‥‥殺戮の銀翼は‥‥あの子と似ているんだ‥‥」

 

「あの子?」

 

篠ノ之博士は遠い目をして語り出した。

昔出会ったことのある友の事を‥‥

 

 

~side篠ノ之束~

 

あの子に出会ったのはホント偶然だった‥‥。

ある日、ぶらりと散歩に出ていると、河辺で泣いている子が居た。

普段の私ならば、気にしなかったが、河辺にはその泣いている子と自分だけ‥‥

他人にあまり興味ない私でもこのシチュで見捨てる程、人として腐ってはいない。

もし、他にも通行人が多ければ見捨てていたかもしれないけどね‥‥

でも、私はその時、声をかけて正解だったと今でもそう思っている。

 

「どうしたのかな?」

 

「ふぇ?」

 

私が声をかけると、その子は顔を上げた。

その時、私の胸をズキューンと何かが射抜いた。

 

(な、なに?この子‥‥かわいい!!お人形さんみたい!!持って帰れないかな?)

 

抱きしめたい衝動を抑えて私はその子に何故泣いているのかを尋ねた。

すると、その子は壊れた懐中時計を見せる。

蓋には天使の装飾が施された銀の懐中時計でなかなか高価な代物の様だ。

 

「こわれちゃった‥‥おとうさまからもらったおまもり‥‥こわれちゃった‥‥」

 

(成程、お父さんから貰った時計を壊しちゃって泣いていたのか‥‥でも、壊れたにしてはちょっと妙だな、まるで地面にたたきつけたような壊れ方だ‥‥転んで壊しちゃったのかな?)

 

「よしよし、泣かないで、私がそのお守り直してあげるよ」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

私はその子の手を引いて家に戻った。

その途中、

 

「そう言えば、お名前聞いていなかったね、私は篠ノ之束。貴女は?」

 

「おりむらいちか」

 

「へぇー一夏ちゃんか‥‥じゃあ、『いっちゃん』ね」

 

「いっちゃん?」

 

「仇名だよ、仇名、親友同士の間で交わすお友達の名前だよ」

 

「いっちゃん‥‥じゃあ、たばちゃんね」

 

「たばちゃんか‥‥そんな仇名で呼ばれたのは初めてだよ。ハハハハハ‥‥」

 

そして、私は家に戻ると織斑一夏こと、いっちゃんの懐中時計を直した。

動き出した懐中時計を見て、いっちゃんはとても喜んでいた。

その時のいっちゃんは目を輝かせていた。

でも‥‥

 

「あの‥‥」

 

「ん?何かな?」

 

「コレ、たばちゃんにあげる」

 

いっちゃんは大切にしていた懐中時計を私にあげると言ってきた。

 

「えっ?でも、コレ、いっちゃんの大事な御守りなんでしょう?」

 

「うん‥‥でも、わたしがもっていたら、またこわしちゃうから‥‥だから、たばちゃんにあげる」

 

そう言って私に懐中時計を手渡しした。

 

「ゆうじょうのしるし」

 

「‥‥あ、ありがとう」

 

この時、私は何故、いっちゃんが大事にしていた懐中時計を私にあげたのか分からなかった。

でも、それを知る機会は直ぐに来た。

私の実家は神社でもあり、剣術道場もやっていた。

その道場の中でも織斑千冬と言う同い年の少女はとびぬけて剣の才能があった。

 

(織斑‥‥いっちゃんと同じ苗字だ‥‥)

 

織斑なんて珍しい苗字、そうそうあるモノではない。

 

(もしかして家族かな?)

 

そして、織斑千冬の弟の織斑百秋も姉の千冬同様、私の実家の道場に通い、妹の箒ちゃんと稽古をするようになった。

私は箒ちゃんと違って剣術を極めたいと言う訳ではないので、剣術はやらず門下生達の世話の手伝いをやらされていた。

ある日のこと、箒ちゃんと百秋が更衣室でコソコソと話をしているのを私は偶然聞いてしまった。

 

「おい、百秋、あの懐中時計、ちょっともったいなかったんじゃないか?」

 

(ん?懐中時計?)

 

「えっ?いいんだよ、どうせ、親父がそこら辺の露店で買って来た安物だろう。それをアイツときたら、いつも大事そうにもっているんだから、まったくお笑いだ」

 

「いや、それがそうでもない様だ‥‥」

 

「えっ?どういう事だよ、それ?」

 

「実は昨日やっていた財宝鑑定団って番組で、似たような懐中時計の鑑定依頼をした奴が居てな」

 

「うんうん」

 

「その時の値段が‥‥」

 

箒ちゃんが百秋に耳打ちする。

 

「はぁっ!?マジかよ!!」

 

「ああ」

 

「ちくしょう、それだったら、アイツの時計、壊さないで取り上げて売ればよかった」

 

百秋は残念そうに呟いた。

そして、二人の会話を聞き私は珍しく動揺した。

 

えっ?ちょっとまって‥‥

昨日テレビでやっていた財宝鑑定団に出た懐中時計って‥‥

私は急いで部屋に戻り、昨日、財宝鑑定団と言う番組を放送しているテレビ局のホームページを見て、財宝鑑定団に出た出品リストを見た。

するとその中にはいっちゃんが私にくれた懐中時計と同じものがかなりの高額査定で写真付きで出ていた。

 

「‥‥」

 

そして、さっき、百秋が言っていた言葉が脳内でリピートされる。

 

「アイツの時計壊さないで取り上げて売ればよかった」

 

「アイツの時計壊さないで‥‥」

 

「アイツの時計‥‥」

 

「アイツの時計‥‥」

 

そして、いっちゃんが言っていた‥‥

 

「わたしがもっていたら、またこわしちゃうから‥‥」

 

「わたしがもっていたら、またこわしちゃうから‥‥」

 

「わたしがもっていたら、またこわしちゃうから‥‥」

 

百秋の言葉といっちゃんの言葉の意味が繋がった。

まさか、アイツ‥‥

そして、箒ちゃんの会話から、その現場に箒ちゃんが居たのではないかと予測できた。

アイツらが、まさか‥いっちゃんの懐中時計を‥‥

私はいっちゃんの懐中時計を机の引き出しから出し、それをジッと見つめた。

初めて見たとき、妙だと思った。

壊れ方がまるで地面にたたきつけられたような壊れ方をしていた。

当初はいっちゃんが転んで壊してしまったのかと思った。

でも、あの二人の会話から真相は‥‥

懐中時計を持つ私の手に思わず力が入る。

それから直ぐだった。

私は箒ちゃんと距離を置くようになったのは‥‥

その後、私はいっちゃんとの時間を楽しみながら、小さい頃の夢だった宇宙開発‥‥

宇宙へ行くためのマルチフォーム・スーツ、インフィニット・ストラトス(IS)の開発を進めた。

だが、学会に発表した時、学者連中は私の発表を机上の空論だと抜かした。

悔しかった‥‥

だからこそ、私はISの凄さを知らしめる為にある事を起こしてしまった。

道場でナンバー1の実力者、織斑千冬を協力者として‥‥

今思うとそれがすべての間違いだった。

間違った手段でISの実力を知らしめた事、

協力者に織斑千冬を選んでしまった事を‥‥

百秋はあんな男だったが、長姉である織斑千冬なら、同性だし、いっちゃんの事を可愛がってくれていると思っていた。

それがあんな事になるなんて‥‥

 

第二回モンド・グロッソの後、いっちゃんが家出をして行方不明になった事を私は知った。

彼女が百秋や箒ちゃん達に学校で虐められている事も‥‥

私は気づくのが何もかも遅かった‥‥

もし、殺戮の銀翼がいっちゃんだったら、なんで暗殺者になってしまったのか?

私はその経緯を知りたい。

そして、私はいっちゃんを救いたい。

それが今の私の望みだった。

 

 

~side楯無~

 

篠ノ之博士の話は重い内容だった。

それ以上に博士の友達、織斑一夏があまりにも不憫で仕方がなかった。

もし、殺戮の銀翼の正体が織斑一夏ならば、篠ノ之博士の口から何とかしてもらえるかもしれないと言う思いが浮かび、私は

 

「篠ノ之博士、私も協力します」

 

と、協力を申し出た。

例え、殺戮の銀翼の正体が織斑一夏でなくとも殺戮の銀翼をこのまま野放しにしておくのは危険だし、何よりも負けっぱなしはやはり、私のプライドが許さない。

 

「それで、織斑一夏ってどんな子だったんですか?本当に殺戮の銀翼と似ているんですか?」

 

私が織斑一夏の顔がどんな顔なのかを聞くと、

 

「これだよ、私といっちゃんが最後に取った写真は‥‥」

 

篠ノ之博士がタブレットを操作して織斑一夏の画像写真を見せる。

画像は今よりも昔に撮られたものの様で、違う点は髪の色と長さ、年齢ぐらいで確かに織斑一夏の顔は殺戮の銀翼と似ている容姿だった。



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7話

 

~sideショウ・タッカー~

 

ロシアのテレビでは、女性官僚が殺戮の銀翼の手によって暗殺された事が報道されている。

 

「くっ、クククククク‥‥ハハハハハハ‥‥‥」

 

そのニュースを見て思わず声を出して笑ってしまう。

これでまた一匹、この世に巣食う害虫を駆除できた。

あの日の出来事は今でも忘れなれない‥‥

あれは、第二回モンド・グロッソの決勝戦があった日のことだった‥‥

顔馴染みではないが、何度か顔を合わせた事のある幽霊会社の様な名前のテロ組織に所属しているテロリストから電話を貰った。

内容はある検体を買ってもらいたいと言う事だった。

まぁ、検体は一体でも多いに越したことはないので、買うことにした。

やがて、テロリスト連中はその検体を持って私の下にやって来た。

持ち込まれた検体は一人の少女だった。

若すぎるな、それに随分と華奢な身体つきじゃないか‥‥

こんな軟な体で『バハムート』に耐えられるわけがないな。

買うなんて言わなければ良かった。

まぁ、どんな検体なのか聞かなかったこっちが悪いのだが‥‥

この時は簡単に『買う』と言って少々後悔したが、連中の次の言葉でその思いは失せた。

 

「此奴はただの小娘じゃありません。あの織斑千冬の妹です」

 

「ほぉ~あの織斑千冬の‥‥」

 

私はその検体の少女をチラッと見た。

 

(織斑千冬とは、あまり似ていないような気もするがな‥‥本当にあの織斑千冬の妹なのだろうか?)

 

織斑千冬、第一回モンド・グロッソ、そしてついさっき行われていた第二回モンド・グロッソで優勝した無敗のブリュンヒルデ‥‥

IS信奉者共が崇める象徴‥‥

世界を滅ぼそうとする害虫である女性権利団体の連中‥‥ISの生みの親である篠ノ之束と共に処断しなければならない害虫の一匹‥‥

その害虫の妹‥‥

もし、連中の言う事が正しければ、これは実に興味深い‥‥

彼女がバハムートを受け入れる事が出来れば、ブリュンヒルデの妹が間違った世界を正しき道へと修正し、世界を浄化できる‥‥

自らの妹によって粛清されるときのブリュンヒルデの顔を想像するだけで口元がにやけてしまう。

問題は彼女がバハムートを受け入れられるかだ‥‥

兎も角、私はいい値でこの検体を買った。

そしてバハムートを打つ為、彼女の服を脱がした時、私は彼女にある違和感を覚えた。

 

「むっ?この臭い‥‥」

 

その検体の少女からは男女が交わった時に発する独特の臭いがした。

 

(アイツら、貴重な検体を汚しやがったな‥‥ピザのトッピングにカナディアンベーコン頼んだらジャーマンソーセージ乗っけてきたようなもんだ‥‥)

 

見たところ、中学生くらいの年頃の女子が自分を攫って売り渡すようなテロリストと交わる訳がない。

貴重な検体を汚したことに関して連中にイラッときた。だが、生きている事には変わりないので、予定通りバハムートをこの検体に打つことは決定事項だ。

やがて、彼女が目をした。

そして、彼女はこれまで失敗したモルモットの死骸に気づき、

 

「貴方、人を何だと思っているの!?」

 

私を睨んできた。

ほぉ~流石ブリュンヒルデの妹、眼光もなかなかのモノじゃないか。

そして、私は彼女にバハムートを注入した。

彼女がバハムードの発する熱とナノマシンが体内を巡り、増殖していく痛みに苦しんでいる中、私達はバイタルを見ている。

これまでの検体はバハムートを受け入れることが出来ず、バハムードのナノマシンによって体内の組織、臓器、脳細胞、神経を食われ、死んでいった。

さて、彼女はどうだろうか?

バイタルは一時、危険レベルにまで上昇した。

これまでの検体通りの展開だ。

 

「‥‥やはり、失敗か?」

 

私のこの一言に彼女は反応すると、さっきまで危険レベルだったバイタルが安定し始めた。

こんな事は今までなかった事だ。

これはもしかして‥‥

 

「ま、まさか‥‥成功か?」

 

やがて、バイタルは完全に安定した。

そして私は彼女の体を恐る恐る調べた。

その結果‥‥

 

「間違いない‥‥成功だ!!」

 

「やったぞ!!」

 

「遂にやったぞ!!」

 

やった!!成功だ!!

私は遂に史上最強の生物兵器を誕生させることが出来た。

流石ブリュンヒルデの妹、褒めてやりたいぐらいだ。

だが、相手は史上最強の生物兵器。

ちゃんと首輪をつけなければ、こっちの身が危険だ。

そこでバハムードの活動を制御する事の出来る首輪を彼女に装着した。

これによって彼女は私の意のままに操れる。

史上最強の生物兵器を誕生させ、その生物兵器を制御し、私は世界を意のままに操れる力を手に入れた!!

篠ノ之束もISを作った時、この様な高揚感を得ていたのだろうか?

だが、私の偉業はお前以上だ!!

そして私は彼女に新たな名を与えた。

『織斑一夏』なんて俗っぽい名前など、新たに世界に君臨するこの私()の使いには相応しくないのでな‥‥

それから私のイヴはよくやってくれた‥‥

世界を我が物顔で食いつぶしていく女性権利団体の連中(害虫)を駆除してくれている。

 

そして、つい先日もロシアに居た害虫も駆除した。

いいぞ‥‥着実に世界は清浄化されている‥‥。

そう思っていた中、

 

「なお、今回の事件では唯一の生存者が確認されており‥‥」

 

アナウンサーのこの言葉に私は反応した。

生存者だと!?

イヴにはこれまで害虫とそれに組する者、全てを殺す様に命令してあった。

なのになぜ、生存者がいる!?

私はテレビに食いつき、一体誰が生き残ったのかを確認した。

すると、生存者は現ロシアの国家代表、更識楯無と言う情報が入った。

テレビ画面に生存者である更識楯無の顔写真も掲載されている。

更識楯無‥‥ああ、ミスター・更識のお嬢さん、ミス・カタナか‥‥

そうか、お父上の後を継いだのだね‥‥

君の情報も私の下に入ってきているよ。

ナノマシン技術を使用したISに乗っていると‥‥

私がナノマシン技術をIS技術に応用されるのを嫌っているのを知っていながら、そのナノマシン技術が組み込まれているISに乗るなんて‥‥

私への当てつけか?

女であり、

ISに乗り、

しかもそのISにはナノマシン技術を使用しているとは‥‥

私は何故、ミス・楯無を生かしたのかイヴに連絡を入れた。

イヴはまだロシアに居る筈だ。

そして、ミス・楯無はイヴの顔を見ている可能性がある。

そこから私にたどり着かれては今後の活動に支障が出る。

彼女は危険だ‥一刻も早く処理せねば‥‥。

 

「‥‥私だ」

 

「‥‥はい、お父様」

 

「ニュースを見た。ターゲットの抹殺には成功した件に関してはよくやった。だが‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥だが、何故一人だけ仕留め損なった?」

 

「‥‥」

 

「答えなさい、イヴ」

 

「‥‥その‥‥あの人は、お父様の友人の子だったから‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴは、これまで私の命令を忠実に聞いて暗殺を実行してきた。

だが、今回のような事はコレが初めてだ。

警護の中に知り合いが居たせいか?

それとも、織斑一夏の意識が戻りつつあるのか?

いや、そんな訳がない。

もし、織斑一夏の意識が戻っていると言うのであれば、暗殺なんてするわけがない。

まさか、イヴにイヴ自身の自我が覚醒し始めたとでも言うのか?

もしそうだとしたら、いつか私に反旗を翻すかもしれない。

だが、あの首輪にはまだ奥の手が仕込んである。

イヴが私を裏切る訳がない。

だが、ミス・楯無が生きているのは此方にしても都合が悪い。

直ぐにイヴを向かわせて口封じをしなければ‥‥。

いや、待て‥ナノマシン技術を使用しているISを乗っている彼女であれば、ミス・楯無にもバハムードの適性があるのではないだろうか?

イヴもまだロシアにおり、ミス・楯無は入院中で満足には動けない筈‥‥

ふむ、やってみる価値はあるな‥‥

イヴの逃亡援助の為、現地には協力者もいるからな‥‥

 

「イヴ」

 

「‥はい、お父様」

 

「君に汚名返上の機会を与えよう」

 

「‥‥」

 

「イヴ」

 

「はい、お父様」

 

「君が仕留め損なった更識楯無‥‥そいつを私の下に連れて来い」

 

「お父様の所に‥ですか?」

 

「そうだ。必ず生きて連れて来い‥なるべく五体満足でな‥‥」

 

「はい‥わかりました‥‥」

 

これまで殺しには慣れてきたイヴであるが、はたして生け捕りは出来るだろうか?

そんな一抹の不安を抱きつつ、私はロシアにいる協力者に作戦の変更の連絡を入れた。

 

 

~side楯無~

 

篠ノ之博士とイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスもとい、織斑一夏との関係を知った私自身も彼女の事をこれまで化け物扱いしてきた事を悔いた。

一部であるが織斑一夏の過去とブリュンヒルデこと、織斑千冬、そしてその弟の醜態を知り、ブリュンヒルデの見方が変わっていった‥‥。

 

「ですが、篠ノ之博士‥‥彼女と戦った私からの意見では、ISでは彼女には勝てません」

 

楯無は国家代表なのだから、決してIS操縦者の腕が下の方ではない。

むしろ、最年少で国家代表となった為、織斑千冬の到来、ブリュンヒルデに一番近いIS操縦者と言われているレベルである。

その楯無の腕をもってしてもイヴを倒すことは出来なかった。

 

「博士には何か対抗手段はあるんですか?」

 

楯無はIS以外にイヴに対する対抗手段はあるのかと尋ねる。

 

「まずは、あの子に会ってみないと分からないよ。それで、そのタッカーって奴は、君のお父さんの知り合いなんだろう?ソイツが何処に居るのか知らないの?」

 

「ざ、残念ながら‥‥」

 

楯無はタッカーの居場所は知らない。

恐らく父も知らないだろう。

ああいう、裏の顔がある奴等は一定の箇所にはとどまらず、世界各地を渡り歩いているか、世界の彼方此方に何か所にもアジトを構えている事が多い。

恐らくタッカーも同じだろう。

 

「ちぃっ、つかえねぇ‥‥だから、お前は負け犬なんだよ」

 

「ちょっ、その言い方は止めてください!!心にグサッてくるから!!」

 

「ん?それじゃあ、『ス○ル』って呼べばいいの?ただし、その場合だと、私のことは篠ノ之博士ではなく、『な○はさん』って呼んでもらうぞ」

 

「それ、作品が違うから!!っていうか、いい加減足をどけてください!!」

 

楯無は現在、束に踏まれている状態であり、いい加減足をどけてもらいたかった。

 

「ん?」

 

楯無と束が病室で話し合っている時、楯無の病室前で警護をしていた警官はフードを被った不審な人物が此方に近づいてくるのに気づいた。

警官が警戒をすると、その不審人物は物凄い速さで警官に近づき、鳩尾に拳をぶち込む。

 

「がっ‥‥」

 

鳩尾に強烈な一撃を受けた警官はその場に倒れる。

警備の警官を倒し、その不審人物は病室へと入る。

 

ガラッ

 

「「っ!?」」

 

突然開いた病室にドアの方へ楯無と束が視線を向けると其処にはフードを被った不審人物が居たが、病室の二人を確認すると、その不審人物はフードを脱いだ。

 

「っ!?」

 

「貴女はっ!?」

 

其処に居たのは、紛れもなくイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだった。

イヴはまず、立っていた束に急接近し、警官同様、彼女の鳩尾に強烈な一撃を入れた。

 

「ぐはっ!!」

 

束は科学者であるが、結構体術とかはかなりの腕前であった。

その束がこうしてあっさりと倒されたのは、目の前にイヴが突然現れた事が一番の要因で、イヴをこうして目の当たりにした事で、一瞬の対応が遅れたのだ。

 

ドサッ

 

束がイヴの強烈な一撃を鳩尾に受けて倒れると、イヴは次に楯無に振り向く。

 

「あ、貴女は‥‥」

 

楯無は何故此処にイヴが来たのか理解できなかったが、真っ先に脳裏に過ぎったのが、

 

(まさか、私以外に篠ノ之博士が貴女の正体を知ったから、私を殺しに来たの?)

 

楯無以外の人物が殺戮の銀翼の正体を知ってしまった事なのかと思ったが、イヴは何も言わずに‥‥

 

ドスッ

 

「うっ‥‥簪ちゃん‥‥」

 

警官や束と同じく楯無の鳩尾に拳を入れて楯無を昏倒させた。

二人を倒した時、病室に清掃員のつなぎを着て、リネンカートを押してくる男達がやって来た。

男達は倒れている楯無をカートの中に入れ、束の方を見ると、

 

「此奴、篠ノ之束じゃねぇか!?」

 

「マジかよ!?あの指名手配の!?」

 

「ああ、間違いねぇ‥‥」

 

「じゃあ、コイツをどっかの国に売ればかなりの大金が手に入るかもな」

 

「ああ、一生遊んで暮らせる程の金が手に入るぞ!!」

 

男達は束を何処かの国に売り飛ばそうとしていたが、イヴは倒れている束を見て、

 

(篠ノ之束‥‥お父様がいずれ駆除すべき害虫と言っていた人物‥‥此処で殺すか?いや、楯無と同じように捕獲しなければいけないかもしれない‥‥此処はお父様の判断を仰ぐか‥‥)

 

「そいつはお父様の獲物‥‥勝手な手出しは許さない」

 

「何だと!?このガキ!?」

 

「邪魔する気か!?テメェ!!」

 

「‥此処で‥‥死ぬ?」

 

イヴが男達をその光の宿らない赤紫色の目で睨むと、男達は怯み、

 

「っ!?」

 

「わ、分かった」

 

男達はイヴの迫力に圧され、束もリネンカートの中に入れた。

 

病室から楯無と束が拉致をされた直後、タッカーの携帯が着信音を奏でた。

 

「‥‥私だ。どうしたのかね?イヴ‥ミス・楯無の確保には成功したのかな?」

 

「はい‥お父様。それと‥‥」

 

「なに!?篠ノ之束!?」

 

「‥はい。更識楯無の病室におり、倒しました。お父様の指示を仰ぐため、一応生かしています。どうしますか?殺しますか?」

 

「‥‥いや、ミス・楯無と同じく私の下に連れて来てくれ‥決して殺してはダメだよ」

 

「‥分かりました」

 

イヴには篠ノ之束を殺さす楯無し同様、生きて連れて来いと命じたタッカー。

そして、彼は‥‥

 

「ハハハハハ‥‥今日は何と言う僥倖だ!!まさか、あの篠ノ之束を捕獲できるとは!!ハハハハハ‥‥篠ノ之束‥‥この世界を滅茶苦茶にした罪、贖ってもらうぞ‥‥ISの情報を聞き出した後は、イヴの手によって人体に感じる苦痛という苦痛を味合わせて殺してやる!!」

 

タッカーは狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

それから暫くして‥‥

 

「うっ‥‥」

 

束が目を覚ました。

すると、束は自分の手が後ろ手に手錠で拘束されている事に気づく。

目の前には自分同様、後ろ手に手錠で拘束されている楯無の姿もあった。

ただし、彼女はまだ意識を取り戻していない様でぐったりとしていた。

 

「っ!?」

 

「気がついたかね?」

 

そして、目の前には眼鏡をかけた男と手術着を着た男が居た。

 

「お前は?」

 

束は睨むように男達に名を尋ねる。

 

「私かい?私の名はショウ・タッカーだ」

 

「お前が‥‥ショウ‥タッカー‥‥」

 

束は目の前の男がショウ・タッカーだと知ると、殺気を滲みだす。

それは某管理局の白い悪魔がブチ切れた時と同じか、それ以上だった。

 

 

束がショウ・タッカーと初邂逅している時、某所では‥‥

 

「束様の反応が‥‥まさかっ!?束様の身に何かあったんじゃ!?こうしてはいられません!!」

 

某所にある束の研究所に居た人物は束のピンチを感じ、研究所を急いで出て束の元へと向かった。



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8話

※今回登場するヘドロ生物兵器の外見は、劇場版『ドラゴンボールZ 超戦士撃破!!勝つのはオレだ』に登場したバイオブロリーをイメージして下さい。

 

 

殺戮の銀翼の正体がもしかしたら束の友人である織斑一夏の可能性があると思った矢先、束と楯無の前にその殺戮の銀翼こと、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスが現れた。

イヴは病室に立っていた束を真っ先に倒した。

束は科学者でありながらも意外と武闘派な科学者であったのだが、イヴが突然自分の前に現れた事、そして彼女がもしかして昔の友人かもしれないということで反応が鈍りあっさりと倒されてしまった。

そして、束に踏まれている状態だった楯無もあっさりと捕まった。

束に踏まれている状況、そして入院中で体力が落ちていることがその原因だった。

そして、イヴの手によって拉致された束はイヴに『お父様』と呼ばれている生物研究者、ショウ・タッカーと邂逅を果たした。

 

「お前が‥‥ショウ‥タッカー‥‥」

 

眼光で人が殺せるんじゃないかというぐらいのレベルで束はタッカーを睨む。

 

「そうだ。それで、こちらは私の友人、サミール君だ」

 

タッカーは隣に居る手術着を着た男を束に紹介する。

 

「よろしく」

 

「それで、なんで私をここに連れてきた。お前は女尊男卑の世界に変えた原因を作った私を生かすとは思えないけど?」

 

「勿論だ。君には当然死んでもらう。だが、その前にISについていろいろ話してもらうぞ。ISのコアの製造方法とその弱点をな‥‥」

 

「お前の様な奴に言うと思っているのか?」

 

「だからこそ、このサミール君を連れてきたんだよ。彼の専門を当てられたら50点あげよう」

 

「いらないよ、そんなモン‥‥でも、道具から見たら、歯の掃除屋さんか?」

 

束はサミールが鞄から出し、台の上に乗っけている器具を見てサミールの専門を言う。

 

「ちょっと違うな‥彼は、東ドイツ出身で、私と同じ生物学の学者でね、人体に与える苦痛を知り尽くしている。東ドイツの技術をその身にたっぷり味わってくれたまえ」

 

「あっそう‥‥」

 

(専門を当てるもなにもどうみても拷問しか能のない変質者じゃないか)

 

(目なんか逝っちゃっているよ。重力振り切っているんじゃないの?精神が‥‥ほら、薬でもやっているみたいになっているよ‥‥)

 

「手始めにこれでいこう」

 

束がそう思っていると、サミールは束に対してO・HA・NA・SHIの準備の為、束に意識が朦朧とする薬を注射する。

 

「おい、注射を打つんなら消毒ぐらいしろよ、バイ菌が入ったら大変だろう」

 

「これから死ぬのだから、そんなことを気にしても仕方がないだろう?」

 

「では、これが効き始めた頃に戻るとしよう。話はそれからだ」

 

「ふっ、そいつは楽しみだ」

 

タッカーとサミールは下衆な笑みを浮かべて部屋を出て行った。

それからしばらくして束の意識がもうろうとしてきた。

そして、サミールは助手か見張りなのかもう一人、別の男と共に戻ってきて、ペンライトで束の瞳孔を確認する。

束の瞳孔を確認した後、サミールはゴム手袋をはめ始める。

 

「始める前に何かワシに言っておきたいことがあるかね?」

 

最後の遺言ぐらいは聞いてやるぞと言う態度で束に尋ねるサミール。

 

「ある‥‥時機、お前さんをぶっ殺してやる」

 

すると、束が物騒なセリフを吐く。

 

「そうかい、どうやって殺すんだ?」

 

束の強気な発言に対して、サミールは、手錠をかけられ動けない束が、どうやって自分を殺すのか?と余裕を見せながら、束に尋ねる。

 

「まず、お前さんをとっ捕まえて盾にして、あそこにいる見張りの男を殺る。そこに乗っかっている外科用のトロカールで‥それからお前さんの首をへし折るってのはどうだ?」

 

束はサミールに向かって具体的な殺害予告をする。

 

「どうしてそんな事がお前さんにできると思う?」

 

束が自分達の殺害予告をしても余裕を崩さないサミール。

 

「手錠を掛けられているのに?」

 

「うん」

 

「そんなもん、とっくに外したよ!」

 

「っ!?」

 

てっきり、束を拘束していると思っていたサミールは外された手錠を見て目を見開いて驚く。

その隙に束は、先ほどサミールに言った通り、彼をとっ捕まえて盾にして、台の上に乗っている外科用のトロカールを見張りの男に向かって投げる。

見張りの男も束は手錠で拘束されていると思い込んでおり、サミール同様、余裕の笑みを浮かべていたが、束の行動に驚き、判断と行動がワンテンポ遅れた。

束が投げた外科用のトロカールは見張りの男の左目に突き刺さり、見張りの男は絶命し、最後に束はとっ捕まえていたサミールの首の骨をへし折って彼も仕留めた。

サミールと見張りの男を仕留めた束は、楯無を拘束していた手錠を外して彼女の頬をペチペチと叩いて楯無を起こす。

 

「おい、起きろ」

 

「うっ‥‥」

 

束に頬を叩かれて楯無が目を覚ます。

 

「うっ‥‥此処は?」

 

「ショウ・タッカーの研究所」

 

「えっ!?」

 

「どうやら、私達は捕まって此処に連れてこられたみたい」

 

「一体何のために?」

 

「さあ?お前は分からないが、私はISのコアについてお話があるみたい。兎も角、此処が奴の研究所なら好都合だ。あの子を探そう」

 

「は、はい」

 

(うっ、ちょっとまだ頭がクラクラする‥‥)

 

束はまだ完全に薬物が抜けていない状態の為、万全とは言えないが、今はどうしてもあの子に‥‥イヴに早く会いたかった。

すると、すぐ近くから人の気配を感じた。

 

「ん?やけに静かだな?サミールさん?」

 

部屋の中から拷問をしている様子が無い事に不審に思ったタッカーの部下が近づいてきた。

束と楯無は息を殺して出入口の死角で待ち構える。

そして、部下が部屋の中で死んでいるサミールと見張りの男の姿に気づき、部屋の中に足を踏み入れたその瞬間、

 

「ふんっ!!」

 

ドカッ

 

「ぐはっ!!」

 

楯無が部下の腹部にバールを思いっきり打ち込んだ。

バールを打ち込まれた男があっという間に絶命した。

 

(‥私‥とうとう人を殺してしまった)

 

暗部の家系なのでいつかは人を殺める時が来ると覚悟はしていたが、こうして実際に人を殺めると、人と言うのはあっさりと死んでしまうモノだと感じる楯無。

死に呑まれてはならないが、殺す事に慣れて人間らしさを無くすこともあってはならない。

 

(私は今日の事を決して忘れない‥‥初めて殺した貴方のこともね‥‥)

 

楯無は自分が始めて殺した人間の死体をジッと見つめていた。

 

「ほら、お前のIS」

 

束はそんな楯無に待機状態のミステリアス・レイディを渡した。

連中はこの部屋に楯無のミステリアス・レイディを置いていったようだ。

束からミステリアス・レイディを受け取った楯無は早速、ミステリアス・レイディを展開する。

そして、

 

「やれやれ、私は本来、ISは乗る側じゃなくて作る側なんだけどね‥‥」

 

そうぼやきながら、束はラファール・リヴァイヴを纏った。

イヴ以外の相手から見るとISは強力な武器でもある。

案の定、この研究所にはISを装備した者はいなかった。

連中のプライドなのだろうか?

いや、それどころかこの研究所には女性の研究員も警備兵もいなかった。

通常の兵器ではISには勝てない。その為、ライフルや小銃でかかって来る連中を悉く倒していく楯無と束。

彼女らは立ちはだかる武装した警備兵や研究員を次々と倒して二人は研究所内を進んで行く。

だが、その様子をタッカーは監視カメラの映像から見ていた。

 

「くっ、サミールの奴、失敗したな‥‥くそ、やむを得ない‥‥コイツを出すか‥‥だが、コイツはイヴと違い私の命令を聞くか分からんが、今は四の五の言っている余裕はない‥‥」

 

タッカーはコンピューターのキーを押す。

すると、研究所内に設置されている保存室にある保存カプセルの一つの中に満たされている培養液が排出され、カプセルの中に保存されていたモノが動き出した‥‥。

 

「ふぅ~やっぱり、ISがいないとこんなモノね‥‥」

 

楯無がつまらなそうに言う。

その時、

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

どこからともなく不気味な声が聞こえてくる。

 

「な、なに?この声!?」

 

「人間の声‥じゃないね‥‥」

 

楯無と束が周囲を見渡していると、ミステリアス・レイディとラファール・リヴァイヴが警告音をならし、敵の接近と注意を促す。

すると、

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

突如、不気味な声と共に床から大きな手が出てきた。

 

「なに?コレ!!」

 

「ビッグハンド!?」

 

楯無と束は慌てて後退する。

すると、地下から出てきたのは、全身がヘドロの様にドロドロしたモノに包まれた赤い目をした人の形をした何かであった。

人の形と言っても身長が2~3メートルぐらいある。

 

「な、なに!?アレ、気持ち悪い~」

 

「ヘドロのお化け、ドロリーだ!!」

 

「ハハハハ‥‥聞こえているかね?ミス・楯無、篠ノ之束」

 

すると、どこからともなくタッカーの声がしてきた。

 

「タッカー!!」

 

束と楯無は周囲を見渡すが、タッカーの姿は見えない。

 

「そいつもイヴと御同類‥私の作品の一つだ」

 

すると、周囲に設置されているスピーカーからタッカーの声がしてきた。

どうやら、自分達の行動は監視カメラでタッカーにはお見通しの様だ。

 

「作品?と言う事はこいつも生物兵器‥‥?」

 

「そのとおりだ」

 

(ちょっと、あの子だけでも辛いのに、もう一体いるなんて‥‥)

 

楯無はイヴ以外にも居た生物兵器の存在に軽い絶望感を抱く。

 

「もっともイヴと違って、外見が物凄く醜い作品になってしまったがね‥だが、バハムートを注入され生きていた事例だったので、処分せずにとっておいたのだよ」

 

「って事はコイツも本来は人間‥‥?貴方、人の事を何だと思って‥‥」

 

タッカーのあまりにも非人道的行為に楯無は思わず声を荒げる。

 

「その台詞懐かしいな‥‥」

 

「懐かしい?」

 

タッカーの言葉に楯無は首を傾げ、束は眉を顰める。

 

「イヴも生物兵器になる前、私にそう言ってきたよ‥私の実験で死んだモルモット達の死骸を見てね‥もっともそのイヴも今では私の最高傑作となっているがね、ハハハハハ‥‥」

 

「下衆が‥‥」

 

タッカーの言葉を聞き、束は怒りで顔を歪める。

そして、楯無は怒りを込めて一言呟く。

 

(何が最高傑作だ、あの子はお前なんかの作品なんかじゃない!!)

 

「しかし、ソイツはイヴと違い私の言う事を聞いてくれない不良品でね。だが、そんな不良品でも私の役に立つときが来た様だ。私の下に来たくば、その不良品に勝つことだ。では、精々頑張ってくれたまえ。ハハハハハ‥‥」

 

楯無と束はそれぞれ武装を展開してタッカーの言う不良品の生物兵器に立ち向かっていく。

 

「このっ!!」

 

楯無はヘドロ生物兵器の腹部に蒼流旋を突き刺す。

すると、この生物兵器はヘドロを纏っているせいか、ズブリと蒼流旋がヘドロ生物兵器の体内にめり込んだ。

 

「っ!?」

 

蒼流旋が深くめり込んでもヘドロ生物兵器は痛がる様子はなく、平然としている。

そして、楯無に向けてパンチを繰り出す。

 

「グッ‥‥」

 

ヘドロ生物兵器からのパンチを受け、楯無は吹き飛ばされる。

 

「くっ、ただのパンチなのになんて威力なの‥‥」

 

「このっ!!」

 

すると、次は束がヘドロ生物兵器の背後からラファール・リヴァイヴの標準装備である五五口径アサルトライフルと六一口径アサルトカノンを乱射する。

だが、弾は全て分厚いヘドロの中にめり込むだけで決定打を与えられない。

すると、ヘドロ生物兵器は束の方を向くと、口を大きく開けた。

 

「?」

 

束がコイツ何をする気だと思っていると、

 

ドンっ!!

 

「ゴフッ」

 

腹に何か食らったと思ったら、束は吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた束は背後にある壁にぶち当たった。

 

「ぐっ‥‥な、なんだ?今のは‥‥?」

 

束は自分の身に何があったのか分からなかった。

 

「ハハハハハ‥‥どうした?篠ノ之博士、君の御自慢のISが全然歯が立っていないではないか」

 

タッカーがまたスピーカーから束と楯無に茶々を入れてきた。

 

「いちいちうるさい」

 

タッカーの声を聞き、束は忌々そうに呟く。

その間、楯無はヘドロ生物兵器に清き激情(クリア・パッション)を仕掛ける。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

至近距離で爆発に巻き込まれたヘドロ生物兵器は大声をあげる。

だが、崩れかけていたヘドロの体が再生し始める。

 

「このっ!!」

 

「させるか!!」

 

再生中に束はブレッド・スライサー、楯無は蒼流旋でそれぞれ、頭と腕を切断する。

ベチャッと音を立てて頭と腕が落ちる。

 

「頭を斬ってしまえば‥‥」

 

束は脳を潰してしまえばもう再生もできないし、生きている事も出来ないと思った。

だが、斬られた筈の頭は体から新しい頭が生え、腕も同じく体から新しい腕が生えてきた。

そして、ヘドロ生物兵器は両腕を束、楯無に向けると、

 

ブワッ

 

激しい衝撃波で束と楯無は吹き飛ばされる。

 

「グハッ!!」

 

「ガッ‥‥!!」

 

楯無は壁に叩き付けられ、束はこの場にあったタンクに叩き付けられた。

 

「な、なに‥‥今の‥‥?」

 

「まただ‥‥」

 

初めてヘドロ生物兵器からの攻撃を受けた楯無は自分の身に何があったのか分からず、束はこの謎の技の正体が気になった。

 

「くっ、この!!」

 

楯無は蒼流旋を構えて再びヘドロ生物兵器へと立ち向かっていく。

ヘドロ生物兵器は自分に向かって来る楯無に手を向ける。

楯無は先程の攻撃を受けていたので、あのヘドロ生物兵器は手の掌から何かを出すモノだと思い、突入コースを変更する。

すると、楯無の横を何かが通過した。

そして、背後の壁に何かがめり込んだ。

見えない攻撃に楯無はヘドロ生物兵器との距離をとれず、兎も角、ヘドロ生物兵器の手の掌の射線上から逃れる事に精一杯だった。

 

(あの攻撃‥‥まさかっ!?)

 

楯無とヘドロ生物兵器のやり取りを見て、束にはヘドロ生物兵器の攻撃がわかった。

そこで束は楯無にプライベートチャンネルで通信を入れた。

 

「青髪、そいつの攻撃の正体がわかったぞ」

 

「何なんですか?コイツの攻撃は!?」

 

「そいつの攻撃は、衝撃波だ!!」

 

「衝撃波!?」

 

「そうだ。ソイツは手の掌から空間自体に圧力をかけて、余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出しているんだ。しかも手の掌だけでなく、口からも出してくるぞ」

 

「それって‥‥」

 

束からの説明を聞き、ヘドロ生物兵器の攻撃方法にある国のISに搭載予定の武装技術と同じではないかと思った。

 

「ああ、中国で開発中の技術だ‥‥それをアイツは先取りしていた‥‥しかもISでなくて生物兵器が出来る様にな‥‥悔しいが、奴は私と同じぐらいの天才科学者だよ‥‥」

 

束は苦々しそうにタッカーが自分と同等の天才科学者だと認めざるを得なかった。



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9話

イヴの手によって拉致された束と楯無。

拷問係を仕留め、イヴを救う為、タッカーの研究所をISで駆け抜け、武装した研究員や警備兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げて快進撃を進めていた中、タッカーが生み出したイヴとは、違う生物兵器が二人の前に立ちはだかった。

全身をヘドロの様なモノに包まれたその生物兵器は体を斬ってもすぐに再生してしまう。

しかも両手の掌と口からは中国が開発中のIS装備の衝撃砲を撃つことが可能となっていた。

その発射速度は物凄く速く、衝撃砲を機関銃の如く発射している為、下手に近づけない。

 

(どうする、どうすれば‥‥)

 

束は親指の爪を噛んでヘドロ生物兵器の攻略法を考える。

その時、束の頬にピチャっと冷たい液体の滴が落ちてきた。

 

「つめたっ!!なに?」

 

束が辺りを見回すと、その滴は束の背後にあるタンクから漏れていた。

彼女がヘドロ生物兵器の攻撃で吹き飛ばされた時にぶつかった拍子でタンクに小さな穴が開き、そこから漏れていた。

 

「これって‥‥」

 

束はタンクに書かれていた化学式を見て、

 

「っ!?そうだ、コイツを使えば‥‥」

 

束はタンクの中身を見て、あのヘドロ生物兵器を倒す手段を思いついた。

そして、

 

「おい、青髪‥‥」

 

プライベートチャンネルで楯無に自分の作戦を伝えた。

 

「な、なるほど、それを使えば‥‥それで私はどうすれば?」

 

「お前は水蒸気爆発の準備をしろ、その間、私が時間を稼ぐ、水蒸気爆発をさせた後は、アイツをあのタンクにブチ当てるぞ」

 

「了解」

 

ガチャッ

 

「‥‥」

 

束は楯無に作戦を伝えた後、ライフルに通常弾ではなく、炸裂弾を装填し、楯無を狙っているヘドロ生物兵器に狙いを定める。

そして、引き金を引く。

束から放たれた炸裂弾はヘドロ生物兵器の腹に当たった。

当然、その炸裂弾もヘドロ生物兵器には分厚いヘドロの為、決定打にはならず、ヘドロの一部を傷つけるだけで、その傷もすぐに再生する。

そして、ヘドロ生物兵器は楯無から束へターゲットを変更し、口から衝撃波を撃つ。

 

「ほらほら、こっちだよ、ドロリー~悔しかったら当ててみな~」

 

束はヘドロ生物兵器を挑発する。

その挑発にムキになったヘドロ生物兵器はしつこく束を狙う。

その間に楯無は清き激情(クリア・パッション)の準備をする。

 

「篠ノ之博士!!準備が出来ました!!」

 

「よし、やっちゃって!!」

 

「はい」

 

楯無は再び清き激情(クリア・パッション)を発動する。

 

「ふん、無駄だと言うのに学ばない連中だ。この分ならイヴ、お前の出番は無いかもしれないぞ」

 

「‥‥」

 

監視カメラから送られてくる映像をモニター越しにタッカーは再び清き激情(クリア・パッション)を発動させ、ヘドロ生物兵器に攻撃を加える楯無の行動に呆れる。

そして、タッカーの傍にはイヴが控えており、光の宿らない赤紫色の目でモニターを見ていた。

 

ヘドロ生物兵器は楯無の清き激情(クリア・パッション)を食らい、炸裂弾以上のダメージを受けるが、体がまたもや再生をし始める。

 

「青髪行くぞ!!」

 

「はい!!」

 

だが、此処で束と楯無は瞬時加速、イグニッション・ブーストで再生行動をしているヘドロ生物兵器へと接近し、

 

「「くらえ!!」」

 

ヘドロ生物兵器をタンクの方へと蹴り飛ばす。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

蹴り飛ばされたヘドロ生物兵器はタンクにブチ当たり、その衝撃でタンクは破損し、中の液体がヘドロ生物兵器に降りかかる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

タンクの中の液体を浴び、ヘドロ生物兵器はもがき始める。

だが、もがいているヘドロ生物兵器の身体が固まり始めた。

タンクの中身は大量の液体窒素で、ヘドロ生物兵器の周りのヘドロが液体窒素で凍り始めたのだ。

 

「地獄に‥‥」

 

「墜ちろ‥‥」

 

「「ベイビ!!」」

 

束と楯無はそれぞれの武器を固まったヘドロ生物兵器に向け、引き金を引いた。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

蒼流旋に装備されているガトリングガン、アサルトライフルに装填された炸裂弾が固まったヘドロ生物兵器の体を粉々にした。

さすがのヘドロ生物兵器も体を粉々にされては再生不能の様で、ヘドロ生物兵器の破片はシュッ~と言う音を立ててまるで氷が解ける様に溶けていき、最終的には何も残らず消えた。

 

「ば、バカな!?」

 

まさか、液体窒素を使ってヘドロ生物兵器を倒すとは予想外だったのか、タッカーは思わず声をだして、驚愕する。

ヘドロ生物兵器を倒した束と楯無は、監視カメラに向かって、

 

「今からそっちへ行く!!」

 

「首を洗って待っていろ!!」

 

「「タッカー!!」」

 

殺気を含んだ不敵な笑みを浮かべてタッカーに宣言した。

そして、その監視カメラを破壊した。

 

「おのれ~!!おのれ~!!おのれ~!!あのアバズレ共が!!実験動物(予定)と狩られる害虫の分際で~!!」

 

タッカーは顔を真っ赤にして、これまでにない程の怒りを覚えた。

 

「イヴ!!手加減はいらん、アイツらに最大限の絶望と恐怖を味合わせてやれ!!」

 

「はい‥‥お父様‥‥」

 

タッカーはコンピューター制御で隔壁や防火シャッターを操作して束と楯無をイヴが待つ闘技場へと誘いだした。

当然、束も楯無も自分達が誘導されている事に気づいている。

だが、この先にイヴが待っているとなると、タッカーの誘いに乗らない訳にはいかなかった。

やがて、二人は闘技場の様な場所へと出た。

二人が闘技場に入ると同時に入って来た入り口が堅い鉄の扉で塞がれた。

しかし、二人はそんな事を気にせず、ただジッと眼前を見ていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

二人の眼前にはイヴが相変わらずの無表情のまま立っていた。

そして、硬化テクタイト製の防弾ガラスで出来た観客席の向こう側にはタッカーが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

「ようこそ、お二人さん‥‥まさか、此処まで来るとは予想外だったよ」

 

「ショウ‥‥タッカー‥‥」

 

「アイツ‥‥」

 

タッカーの姿を見て束と楯無は顔を怒りで歪める。

 

「私を倒したくば、まずは私の最高傑作の作品であるイヴを倒してからでないと、私は倒せんぞ、ハハハハハ‥‥」

 

タッカーは自分が負ける事など無いと言わんばかりに余裕の態度である。

そんなタッカーに、束は、

 

「お前をぶちのめす前に聞きたい事がある」

 

「ん?なんだね?冥土の土産に答えてやろうじゃないか」

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥本当は織斑一夏って名前なんじゃないか?」

 

「ふん、やはり、君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

(やっぱり、あの子は‥‥)

 

束とタッカーのやりとりを見て楯無はイヴ=一夏だと言っていた束の言葉が事実だと知った。

そしてタッカーは束と楯無に一夏がイヴになった経緯を教えた。

第二回モンド・グロッソの時、誘拐された一夏が姉に見捨てられ、自分の下に売られて来た事

尚その際、誘拐したテロリスト達の手によって強姦された後と言う事

束と楯無は一夏が強姦された事実を知り、驚愕すると同時に一夏を強姦したテロリスト達に殺意を覚えた。

 

「こうして私の最高傑作、イヴが生まれた訳だ!!ハハハハハ‥‥」

 

「この子はお前の作品じゃない!!私の大事な友達だ!!」

 

「だったら、取り戻してみるがいい‥‥天災科学者、篠ノ之束!!イヴ、まずはそいつを血祭りにしてやれ!!」

 

「‥‥はい。お父様」

 

イヴは手に倭刀を出現させ、続いて背中に天使の翼を出すと、束めがけて斬りかかって来た。

 

「くっ、速い‥‥」

 

束はイヴの切込みを紙一重で躱す。

 

「ダメです!!篠ノ之博士!!紙一重で躱しちゃ!!」

 

イヴとの戦闘経験がある楯無はイヴの攻撃を紙一重で躱す危険性を指摘するが、遅かった。

 

ドカッ!!

 

「えっ?‥‥グハッ!!」

 

躱したと思った束の腹部に衝撃が走る。

イヴは束に切込みが躱されたと同時に髪の毛を拳状にして束の腹部を殴りつけたのだ。

殴りつけられた束はそのまま壁に激突した。

 

「篠ノ之博士!!」

 

「うっ‥‥ぐっ‥‥」

 

壁に叩き付けられた束にイヴは左片手平突きの姿勢をとる。

 

「お姉さんを忘れて貰っちゃ困るわよ!!」

 

楯無は蒼流旋に纏った水をドリルの様な螺旋状にしてその水を飛ばす。

イヴは翼をはためかせて上へと逃れる。

 

「逃がさないわよ!!」

 

上に跳んだイヴを楯無は蒼流旋に装備されたガトリングガンで狙い撃つ。

すると、イヴの背中に生えている翼から羽根が降り注ぎ、楯無のガトリングガンの弾を相殺する。

楯無が蒼流旋でイヴを銃撃している隙に束がイグニッション・ブーストでイヴの至近距離に接近し、アサルトライフルのオプションについているグレネードランチャーでイヴを攻撃する。

 

「っ!?」

 

ドゴーン!!

 

「やった!!」

 

「この至近距離なら少しはダメージを‥‥」

 

しかし‥‥

爆煙が晴れるとイヴは無傷だった。

 

「な、なに!?」

 

倭刀を持っていない方の手にはいつの間にか盾を装備しており、イヴはこの盾で束のグレネードランチャーを防いだ。

 

「グハッ!!」

 

そして、束を再び髪の毛パンチで殴り飛ばした。

束は、今度は地面へ叩きつけられた。

 

(くっ、頭がクラクラする‥‥やっぱりまだあの時の薬が抜けていないせいか‥‥)

 

「ああ、一つ言い忘れていた‥イヴがナノマシンを使って出現させる事が出来るのは武器だけじゃない‥‥盾の様な防具も出現可能なのだよ」

 

タッカーが追加説明を二人にする。

 

「くっ‥‥」

 

束が苦虫を噛み潰したように悔しそうに顔を歪める。

 

「つ、強い‥‥あの織斑千冬なんかより‥‥」

 

イヴの強さを改めて実感した楯無。

彼女はもしかしたら、あのブリュンヒルデこと織斑千冬よりも強い存在なのではないかと思った。

 

「っ!?」

 

イヴは地面に倒れている束を楯無の方へと蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた束を両手で受け止める楯無。

そこをイヴが再び強襲し、二人を髪の毛パンチで殴り飛ばす。

 

「ハハハハハ‥‥いいぞ!!イヴ!!そのまま奴らをじわじわといたぶり締め上げてやれ!!ハハハハハ‥‥」

 

観戦席ではタッカーがご機嫌な様子でイヴの奮闘ぶりを称える。

イヴはタッカーの言葉通り、わざと致命傷を避け、まるで猫が鼠をなぶる様に二人に苦痛を与える。

イヴの髪の毛パンチや拳、蹴りはどういう訳かISの絶対防御機能が働かず、二人は確実にダメージを受けていた。

 

「ぐっ‥‥」

 

「ゴフッ‥‥」

 

ボロボロになっている二人であるが、目はまだ死んでおらず、彼女達は諦めては居なかった。

イヴ(一夏)を取り戻して、タッカーをボコる。

それだけが彼女達の原動力となっていた。

 

(イグニッション・ブーストでも多分、いっちゃんの動体視力では探知される‥‥いっちゃんの不意を突くにはそれ以上のスピードを出さなければ‥‥となると‥‥)

 

「おい、青髪‥‥そのランスを貸せ‥‥それと‥‥」

 

「えっ?」

 

楯無は束の作戦を聞き、楯無は目を見開く。

 

「出来るだろう?それぐらい‥‥」

 

「で、出来ますけど‥‥」

 

「じゃあ、やれ」

 

「わ、わかりました‥‥」

 

束の作戦を聞き、楯無はアクア・クリスタルを展開し、それを霧状にする。

 

「‥‥いくよ、いっちゃん‥‥」

 

束は楯無から借りた蒼流旋を構える。

それを見たイヴは倭刀を消し、ロシアの時の様に蒼流旋を出現させ、迎え討とうとする。

 

「ふん、玉砕覚悟か?良いだろう‥イヴ、そろそろそいつを楽にしてやれ」

 

「‥‥はい」

 

タッカーはイヴに束をそろそろ殺せと命令する。

 

「‥‥いっちゃん‥勝負!!」

 

束はイグニッション・ブーストでイヴに接近する。

そして、イヴも翼をはためかせて束へと向かう。

二人の距離は徐々に縮まっていく‥‥

そんな中、束のラファール・リヴァイヴの至近距離で爆発が起きる。

だが、これはラファール・リヴァイヴが故障したわけではない。

楯無が事前に撒いた水のナノマシンを使用しての水蒸気爆発、清き激情(クリア・パッション)を起こしたのだ。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

清き激情(クリア・パッション)の爆風を受け、束のスピードが更に上がる。

 

「っ!?」

 

「なにっ!?」

 

この予想外の束の行動に流石のイヴもタッカーも驚いた。

イヴは攻撃でも防御でもなく、束の突きを回避する。

だが、あまりのスピードに完全に回避する事は出来なかった。

束の突きはイヴが首に装着している首輪を掠った。

 

パキッ

 

その衝撃でイヴの首輪に小さなヒビがはいる。

 

「グアッ」

 

束は捨て身同然の攻撃をしたせいで、着地に失敗し、地面に転がる様に着地する。

そして、纏っていたラファール・リヴァイヴも至近距離で清き激情(クリア・パッション)の爆風を受けエネルギー切れを起こして強制解除された。

 

「そ、そんな‥‥」

 

楯無は束の捨て身の攻撃が決まらなかった事に絶望した様な声を出す。

 

「は‥ハハハハハ‥‥残念だったな!!篠ノ之博士!!君の決死の攻撃も無駄だったようだな!!」

 

束の攻撃が外れた事にタッカーは声を上げて笑う。

 

「さあ、イヴ、今だ!!ソイツはもう、ISを纏っていない!!チャンスだ!!篠ノ之束の首を狩り取れ!!」

 

「させないわよ!!」

 

束を殺すわけにはいかないと、楯無がイヴに飛び掛かる。しかし、主兵装の蒼流旋は、先程束に貸してしまって今は手元にない。

再び清き激情(クリア・パッション)や沈む床(セックヴァベック)を発動させる時間もない。

そこで、楯無は最後の攻撃手段に打って出た。

楯無の手には水で出来た槍が握られていた。

これは、防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点に集中したミストルテインの槍で攻性成形することで強力な攻撃力とする一撃必殺の大技でもあるが、自らも大怪我を負いかねない諸刃の剣であった。

だが‥‥

 

「‥‥邪魔」

 

イヴは斬馬刀を出し、まるでバットで野球ボールを撃つように斬馬刀の刀身で楯無を打った。

 

「がっ‥‥」

 

ズサァァァァァー‥‥

 

斬馬刀の刀身で薙ぎ払われた楯無はゴムボールの様にバウンドをして地面に倒れる。

楯無を薙ぎ払ったイヴは悠々と倒れている束の下へと近づいていく。

 

「うぅ~‥‥い、いっちゃん‥‥」

 

束のすぐ目の前にはイヴがおり、冷たい目で束を見下ろしていた。

 

「い、いっちゃん‥‥私だよ!!‥‥たばちゃんだよ!!‥‥目を‥‥覚ましてよ‥‥!!」

 

嘆願する様にイヴに声をかける束。

そんな束の声も届いていないのかイヴは片腕を上げる。

 

「ふん、無駄だ!!篠ノ之束!!いくら貴様が声をかけようとも、もはやソイツは織斑一夏ではない!!私の最高傑作、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだ!!さあ、殺れ!!イヴ!!篠ノ之束を殺せ!!」

 

タッカーがイヴに束の抹殺命令を下す。

すると、上げられた腕は大きな包丁の様な刃物へと変わる。

あとは振り下ろすだけで、タッカーの命令は実行完了となる。

 

「‥‥しののの‥‥たばね‥‥死ね‥‥」

 

「い、いっちゃん‥‥!!」

 

束が身を起こしたその時、

 

カチャッ‥‥

 

束のポケットの中から銀の懐中時計がポロッと落ちる。

 

「っ!?」

 

イヴはその落ちた懐中時計を見て目を大きく見開いた‥‥。



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10話

タッカーの研究所にて、イヴを助け、タッカーをぶちのめそうとする束と楯無であったが、彼の前に最大の障害にして救助対象のイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスが二人の行く手を遮る。

束でさえ認める天才科学者、タッカーが最高傑作と言うだけあって束とロシアの国家代表の楯無の二人がかりでもイヴに決定打を与える事が出来ず、反対にイヴにおされている。

そして‥‥

 

「‥‥しののの‥‥たばね‥‥死ね‥‥」

 

「い、いっちゃん‥‥!!」

 

束はとうとう死の淵まで追い詰められた。

その時、

 

カチャッ‥‥

 

束のポケットの中から銀の懐中時計がポロッと落ちる。

 

「っ!?」

 

イヴはその落ちた懐中時計を見て目を大きく見開いた‥‥。

それと同時にイヴの動きも止まった。

 

「イヴの動きが‥‥止まった‥‥?どうして‥‥?」

 

楯無は突然動きを止めたイヴに驚いている。

 

「おい、どうした!?イヴ!!殺せ!!篠ノ之束を殺せ!!何をしている!?」

 

タッカーが喚いているが、イヴは束を殺そうとはしない。

 

「‥‥いっちゃん?」

 

束が恐る恐るイヴに声をかける。

 

「‥‥お‥‥ま‥もり‥‥お‥とう…さま‥‥」

 

イヴは床に落ちている懐中時計を見て苦しそうに呟く。

 

「いっちゃん?‥‥そうだよ!!御守りだよ!!これは、いっちゃんが私にくれた大事な御守りだよ!!」

 

束は懐中時計を拾いイヴに見せる。

 

「‥‥おまも‥‥り‥‥たば‥‥ちゃ‥‥ん‥‥?」

 

イヴの腕の刃物は人の形に戻っており、背中の翼も消え、片手で頭を押さえてやはり苦しんでいる。

 

「そうだよ!!私だよ!!たばちゃんだよ!!いっちゃん!!」

 

「ば、バカな!?イヴの意識が‥‥織斑一夏の意識が戻りつつあるだと!?」

 

束は必死にイヴへと呼びかけ、タッカーはなぜ、イヴの‥一夏の洗脳が解けかけているのか理解できなかった。

 

「ま、まさかっ!?」

 

そこで、タッカーは一夏に装着した首輪の状態を確認するためにノートパソコンを起動させ、首輪の状態を確認する。

その間に束は一夏に近づく。

 

「いっちゃん!!」

 

「たば‥‥ちゃん‥‥」

 

一夏も恐る恐る束に近づき、両者は抱き合う。

 

「あぁ~この匂い、この抱き心地‥‥やっぱり、いっちゃんだ~」

 

束は一夏の体に顔を埋めて満足そうな顔をする。

 

「たばちゃん‥‥」

 

一夏も束を抱く。

この時、一夏の目は暗殺者のイヴの時と違い光が宿っていた。

今の目が恐らく織斑一夏本来の目だったのだろう。

楯無は二人の様子を見てこれでイヴは正気に戻り、彼女を取り戻したと思った。

あとはタッカーをボコるのみ‥‥

そう思っていたそんな矢先‥‥

 

ブシュッ‥‥

 

ポタ‥ポタポタポタポタ‥‥

 

「‥‥グッ‥‥ガハッ‥‥」

 

突如、闘技場内で肉を刺す音がした。

そして、血がしたたり落ちる音も‥‥

同時に束が口から吐血する。

 

「‥‥」

 

「‥‥いっ‥‥ちゃ‥ん‥‥?」

 

束が着ている白いアリスエプロンが忽ち束の血で赤く染まる。

 

「篠ノ之…博士‥‥」

 

楯無も目の前の事態についていけず、ただ唖然とする事しか出来なかった。

 

「いっ‥‥ちゃ‥ん‥‥どう‥して‥‥?」

 

束の背中にはダガーナイフが刺さっていた。

楯無同様、正気に戻ったと思っていた束にとってこの一撃はまさに完全な不意打ちとなった。

束の背中にダガーナイフを突き刺していた一夏の目は暗殺者のイヴの時の様に光を宿さない目になっていたが、再びその目に光が宿ると、

 

「えっ?‥‥たば‥‥ちゃん‥‥?‥‥わ、わたしは‥‥一体‥な、何を‥‥」

 

気づいた時、自分は大事な友達をナイフで突き刺していた。

この事実に一夏は混乱する。

何故、自分の手には血のついたナイフを持っているのか?

何故、自分の眼前に血塗れの友達が転がっているのか?

何故、自分は大事な友達を何の躊躇いもなくナイフで突き刺せるのか?

何故、自分の手は友達の血で赤く汚れているのか?

そんな疑問ばかりが浮かぶ。

だが、その時、一夏の頭の中に声が聞こえた。

 

『‥‥ろ‥‥せ‥‥こ‥‥ろ‥‥ころ‥‥ころせ‥‥殺せ!!殺せ!!殺せ!!目の前の獲物を殺せ!!』

 

「うっ‥‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

一夏は両手で頭を抱え、苦しそうに悶える。

 

「い、痛い‥‥頭が‥‥痛い‥‥うっ‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

「一体何が‥‥?」

 

楯無は当初、イヴが演技で束を誘い出して、束を刺したのかと思ったが、苦しそうに悶えている一夏の姿は、決して演技などではなく、本当に苦しんでいる。

次に、一夏の首に填められている首輪が次第に熱くなってきた。

それはまさに焼き鏝を当てられている様な熱さだった。

 

「あ、熱い‥‥首が‥熱い‥熱い‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

一夏は今度、首についている首輪を取り外そうと躍起になっているが、首輪は外れない。

その間にも首は熱く、頭の中では謎の声がしてズキズキと痛む。

苦しんでいる一夏の姿と先程、束を突き刺した時とその後の反応の様子を見て、楯無は、

 

「そうか!!一夏ちゃんを操っているのはあの首輪ね!!あの首輪を外せば、一夏ちゃんは元に戻る!!」

 

(最初に会った時からあの首輪、妙だと思ったのよね‥‥)

 

楯無が首輪の機能に気づいたのと同じ頃、タッカーの方も、

 

「むっ!?首輪に小さなヒビが!?くそっ、コイツのせいで織斑一夏の意識が蘇ったのか‥‥」

 

ノートパソコンの画面には3D表示された首輪の状態が表示されており、その中で、首輪に小さなヒビが入っている事が警告されていた。

 

「くっ、このままでは、イヴが織斑一夏の意識を取り戻してしまう‥‥」

 

首輪は新たにとりつければいいが、今はまだ楯無と束がいる。

この状況下で首輪を取り換えるのには余りにもリスクがある。

変えるのであれば、敵を倒した後、イヴを眠らせてから出ないと‥‥

ならば、少々危険だが、奥の手を使うしかない。

タッカーはノートパソコンのキーボードを操作する。

すると、パソコンの画面には英語で、

 

『N.S剤を投与しますか?』

 

と表示された。

 

「フフフフ‥‥奴等に本当の恐怖を味合わせてやる‥‥奴等に本当の生物兵器の姿を見せてやる!!ククククク‥‥」

 

タッカーは迷わず『yes』の方へカーソルを合わせてEnterキーを押した。

その直後、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!うっ‥‥ぐっ‥‥がぁぁぁぁぁー!!」

 

メキッ‥‥

 

ゴキッ‥‥

 

グチャッ‥‥

 

一夏がこれまでにない絶叫をあげると、彼女の体に変化が生じ始めた。

両手は鋭い刃物の様になり、腕にはそれぞれ二対の小さな天使の翼が生え、背中には大きな翼を生やし、髪の毛は足元まで届くぐらい伸び、しかもクネクネと触手の様な動きをしつつ、毛先は両手の様の刃物へと変わっている。

額には鬼の様な角が二本生え、足はブーツが破れ、猛禽類の鍵爪の様な鋭い爪が生えている足に変わり、お尻からは蛇の様な尻尾まで生えている。

その姿はもう天使でも人間でもなく、紛れもなく化け物の風体となっていた。

 

「お、おおおおぉぉぉ~イヴ‥な、なんと素晴らしい姿なんだ‥‥これぞ、私が望む最高の生物兵器の姿だ」

 

タッカーは化け物となったイヴの姿に歓喜の声を漏らす。

 

「タッカー!!貴方、この子に一体何を!!」

 

一夏の体に変化があった事でタッカーが一夏に何かをしたことは明白であり、楯無はタッカーに一夏に何をしたのかを問い詰める。

 

「君がイヴの首輪の機能に気付いた事は褒めてあげよう。だが、首輪に仕込んだ私の切り札には気づかなかったようだね」

 

「切り札ですって?」

 

「そうだ。その首輪はイヴの意識を操るだけでなく、万が一の時の為にN.S剤が仕込まれていたのだよ」

 

「N.S剤?」

 

聞いた事のない恐らく薬の名前に楯無は首を傾げる。

 

「N.S剤‥イヴの体内に存在するナノマシンを活性化させ、物凄い興奮状態にする。その間、イヴの脳は停止状態に近い状態になり、さらに戦闘に適した姿になる。通常の洗脳状態では、脳がリミッターをかけているため、此処まで化け物に近い姿にはならないがな」

 

「つまり、今のこの子はあのドロリーに近い存在になった訳ね」

 

「ふん、あの様な不良品と一緒にされるのは非常に不愉快だ。あの不良品は私の指示には全く従わなかったが、イヴは私の最高傑作だ。脳は停止状態に近い状態と言う事は、此方が信号を送れば、その指示に従うと言う事だ。つまり、今のイヴの状態はリミッターを外した全力の状態となっている‥‥さぁ、全力のイヴの力を‥‥史上最強の生物兵器の力を見て恐れおののくがいい!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

タッカーが再びイヴに命令を下すと、彼女はまるで獣の様な声をあげると、一瞬で楯無の背後に回った。

 

(速い!?何時の間に!?)

 

ガキン!!

 

イヴの髪の毛のナノスライサーが全て楯無のミステリアス・レイディへと突き刺さる。

 

「くっ‥‥」

 

水のヴェール、アクア・クリスタルがそれらナノスライサーを防ぐが、アクア・クリスタルに突き刺さったナノスライサーはミステリアス・レイディのエネルギーを奪い始める。

 

「このままじゃ、ヤバい!!」

 

楯無はラスティー・ネイルを展開し、アクア・クリスタルに突き刺さったナノスライサーを斬り、その場から後退する。

斬られたナノスライサーの部分は当然再生する。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴは楯無を追撃しようとした時、

 

「いっちゃん!!」

 

不意打ちで背中を刺されたにも関わらず、束は立ち上がり、イヴに向かって声をあげる。

すると、イヴは束の存在を認知し、ターゲットを楯無から束へと変更する。

 

「篠ノ之博士!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴが束を両手の刃物で突き殺そうとしたその時、

 

ドゴン!!

 

「な、なんだ!?」

 

突如、闘技場の天井の一部が壊れ、そこから黒いISが三機現れると、真っ先にイヴめがけて襲いかかる。

 

「くそっ、奴らの援軍か?構わん!!イヴ!!そいつらも血祭りにあげてやれ!!」

 

当然、イヴはその黒い三体のISを迎え討つ。

 

「あ、あれは‥‥」

 

楯無は突如、空から降って来た黒いISに驚く。

すると、

 

「束様!!」

 

「くーちゃん‥‥」

 

三体の黒いISと同じ形の黒いISに跨ったイヴと同じ銀髪の少女が束に声をかける。

 

「束様、お怪我は‥‥っ!?束様!!血が!!」

 

その少女は束が怪我をしている事に気づき、応急キットを取り出す。

 

「えっと‥‥篠ノ之博士、その人は?」

 

とりあえず、楯無は束に黒いISに跨ってやって来たこの謎の銀髪少女の正体を尋ねる。

 

「束様、この方は?」

 

すると、謎の銀髪少女も束に楯無が何者であるのかを尋ねる。

 

「くーちゃん、この人は‥‥ロシアの国家代表の負け犬」

 

「ほぉ~負け犬ですか‥‥(ニヤッ」

 

ニヤついた顔で楯無を見るクロエ。

 

「ちょっ!?篠ノ之博士!!」

 

自分の紹介があまりにも酷い事に楯無は思わず声を上げる。

しかも銀髪の少女は自分の事を負け犬と認識している。

 

「それで、負け犬、この子は私の助手のクロエ・クロニクル、愛称はくーちゃん」

 

「はじめまして、負け犬。束様の助手を務めております。クロエ・クロニクルです」

 

「ま、負け犬~Σ(゚д゚lll)ガーン」

 

初対面のクロエからも完全に負け犬と認識された事にショックを受ける楯無。

 

「うぅ~これでも更識家の当主なのよぉ~ロシアの国家代表なのよぉ~」

 

ショックを受けている楯無を尻目にクロエは応急キットを使用し、束の手当てをする。

傷口を縫い、止血剤と造血剤を束に打つ。

 

(この子、盲目っぽいのに随分と手慣れているわね‥‥)

 

クロエは目を開ける事無く、束の怪我の手当てをしている事からクロエは盲目なのではないかと思う楯無。

楯無がクロエの事をジッと見ていると、

 

「おい、いつまで呆けている青髪、それよりもお前、さっき首輪がどうとか言っていたな」

 

「あっ、はい‥一夏ちゃんを操っているのは十中八九、彼女が今。首に填められている首輪が原因かと思います」

 

「じゃあ、その首輪をとれば、いっちゃんは‥‥」

 

「はい、一夏ちゃんは元に戻る筈です。でも‥‥」

 

「うん‥‥あの状態のいっちゃんに近づくのはほぼ不可能だよ」

 

「同感です」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

三人は黒いIS三体を相手に暴れまわっているイヴを見る。

背後や死角から迫っても髪の毛と尻尾がまるでセンサーの様に自分に近づくモノを探知して、遠距離では、羽根を飛ばし、中距離ではナノスライサー、近距離では両手の刃物でそれを迎撃する。

人間武器庫、人間要塞ともいうべき能力だ。

 

「あっ、一機墜ちた‥‥」

 

その間に黒いISが一機落ちた。

 

「っ!?早く、あのISの搭乗員を助けないと!!」

 

楯無が『撃墜された黒いISのパイロットを助けないと』と言うが、

 

「ご心配なく、あの機体は全て無人です。ですから、人的被害は一切ありません。勿論この機体もそうです‥‥」

 

「えっ?」

 

クロエが連れてきた黒いISには全て人が乗っていないと言う。

 

(完全な無人機‥‥まさか、篠ノ之博士はそんなものを作っていたなんて‥‥)

 

今、イヴと戦っている黒いISが無人機と言う事に驚愕する楯無。

 

「そんなことより、いっちゃんの首輪を何とかしないと‥‥」

 

世界ではまだ開発が成功していない完全無人稼働のISを束は「そんなこと」で片付ける。

 

「あそこまで暴れまわっていると、あんな小さな首輪なんてねらえませんね‥‥まずは、彼女の動きを止めなければ‥‥」

 

クロエが首輪を狙う前にまずはイヴの動きを止めてから首輪を狙わなければ、ならないと指摘する。

 

「おい、青髪、確かお前のISにもドイツのAICと似たシステムがあったよな?」

 

「は、はい‥ですが、以前彼女にも使いましたが、すぐに無効化されました」

 

「ちぃっ、やっぱりつかえねぇ」

 

「ならば、束様、此処は私が‥‥」

 

「くーちゃん?」

 

「私の能力ならば、あるいは‥‥」

 

「‥‥わかった‥やってみよう」

 

「おい、青髪」

 

「なんでしょう?」

 

「AICモドキの能力‥いっちゃんに全く効かなかった訳じゃないんだろう?」

 

「は、はい‥十数秒くらいは彼女の動きを鈍らせることが出来ました」

 

「くーちゃん、それぐらいの時間があれば、何とかできる?」

 

「勿論です。プロですから」

 

くーちゃんこと、クロエ・クロニクルは束に拾われた試験管ベビーであり、電脳世界では相手の精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させて幻影化させる能力をもっている生態型のISとも言える存在だった。

作戦はまず楯無が沈む床(セックヴァベック)でイヴの動きを十数秒止め、その間にクロエが無人機に跨ってイヴに接近、幻影を見せてイヴの動きを完全に止め、その間に首輪を破壊すると言うものであった。

 

「よし、それじゃあ、作戦開始!!」

 

こうして楯無とクロエによる救出作戦が実行された。



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11話

一夏をイヴとして操っている装置の存在を確認した楯無と束。

だが、タッカーの手によりN.S剤を打たれてしまった一夏は史上最強の生物兵器、イヴとなってしまった。

絶体絶命のピンチの中、束の下に助手のクロエ・クロニクルが無人機と共に助けに来た。

そして、イヴを一夏へと戻す為に首に着けられている首輪を壊す事になった。

首輪を壊せば、イヴから一夏へと戻る筈だ。

その為にはまず彼女の動きを止めなければならなかった。

何せ、今のイヴは恐らくタッカー以外の者は近づくことが出来ない。

下手に近づけば、バラバラにされるのがオチだ。

そんな中で、彼女の首に着いている首輪を攻撃するなんてほぼ不可能である。

故に首輪を壊す為に彼女の動きを僅かな間でも止める必要があった。

動きを止めることに関しては楯無のミステリアス・レイディにその機能があったが、以前使用した時は僅か十数秒の間だけで、何の意味もなかった。

それに前の時と違い、史上最強の生物兵器となっている今のイヴに十数秒の間も動きを止められるのか正直疑問であったが、此処まで追い詰められている状況では四の五の言っていられる余裕はない。

 

「これまでの戦闘とエネルギー残量からチャンスは一度っきりよ‥‥」

 

「承知しました」

 

楯無が今回の作戦の要であるクロエにミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティー、沈む床(セックヴァベック)は一度しか使えないと伝える。

その間にも無人機がまた一機落された。

 

「じゃあ、いくわよ‥‥」

 

楯無が沈む床(セックヴァベック)を発動させる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

突如、自分の動きが鈍くなったことにイヴが思わず雄叫びを上げる。

その間にクロエは無人機に跨りイヴへと接近する。

だが、予想通り、史上最強の生物兵器に沈む床(セックヴァベック)は長く続かず三機目の無人機を片付けた。

だが、その間にクロエの無人機は十分な距離に接近し、彼女は能力を発動させる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴの目には他の者には見えない何かが見えているのだろう。

見当違いの方向に攻撃を一点集中している。

 

「今です!!負け犬!!」

 

「だから、負け犬って呼ばないで!!」

 

楯無はイグニッション・ブーストを吹かし、蒼流旋を構えてイヴめがけて突っ込んで行く。

 

(ミステリアス・レイディ、もう少し、もう少し、頑張って!!)

 

楯無は既にエネルギーが枯渇しかけている愛機を無理矢理動かす。

そして、

 

「はぁぁぁぁー!!」

 

気合が入った一声と共にイヴの首に着いている首輪を蒼流旋の切っ先で突いた。

 

「どうだ!!」

 

突いた後、イヴと距離をとる楯無。

イヴの首を見ると、其処にはまだ首輪が着いたままだった。

 

「そ、そんな‥‥」

 

楯無は絶望に染まった声を漏らす。

もうミステリアス・レイディはこれ以上戦えない。

生身でこの生物兵器と戦うなんてあまりにも無謀すぎる。

 

「うぅぅ~」

 

自分の首にランスの突き技を喰らわせた事に気づいたのか、イヴが楯無の方を見る。

 

「あっ‥あぁぁぁ‥‥」

 

楯無の顔色は青くこれまでにない程の絶望に染まっている。

 

「うぅぅぅ~」

 

イヴはまるで威嚇する獣の様に楯無を睨む。

 

(お、終わったわ‥‥私の人生‥‥)

 

楯無がそう思ったその時、

 

パキッ‥パキッ‥パキッ……バリーン‥‥

 

イヴの首輪が砕けた。

 

「や、やった!!」

 

首輪が壊れたのを見て、思わず楯無は声を上げて喚起する。

 

「うぅっ~うがぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

首輪が外れ、N.S剤の供給が止まり、生物兵器イヴの姿が元の人の姿へと戻って行く。

その時、彼女の深層心理の中では、

 

『ぐぉっ、ま、まさか、制御装置が破壊されるとは‥‥これでは、宿主の人格がもどってしまう‥‥ぐっ‥だ、ダメだ‥‥現状を‥‥人格を維持できない‥‥だ、だが、織斑一夏よ‥‥私は滅びぬ。何度でも甦るぞ!!』

 

『私の力の源はお前の負の感情だからな‥‥それまでしばしの眠りにつくとしよう‥‥私が再び目覚めた時、お前はどんな反応をするかな?今から楽しみだ。ハハハハハ‥‥』

 

タッカーによる洗脳期間の間に一夏の中には彼女が‥‥いや、誰もが気づかない内にもう一つの人格が形成され、その人格はイヴから一夏へと変わると共に深層心理の深い闇の中へと落ちていった。

 

 

「ば、バカな!?イヴが‥‥私のイヴが‥‥史上最強の生物兵器である私のイヴが‥‥」

 

イヴが敗北した事に信じられないモノを見たように目を大きく見開き、顔は脂汗まみれになる。

そして、観客席を急いで出て行った。

 

人の姿に戻ったイヴは意識がないのかそのまま落下していく。

地面へと落下していくイヴを楯無が空中でキャッチして束の下へと運ぶ。

 

(お疲れ様、ミステリアス・レイディ‥戻ったら、きっちりとフルメンテナンスをしてあげるわ‥‥)

 

楯無は自分の体同様、ボロボロになった愛機に労いの言葉をかける。

 

「うぅ‥‥」

 

「あっ、気がついた」

 

(本当にこの子、一夏ちゃん?)

 

運んでいる途中、楯無の腕の中で一夏の意識が戻った。

腕の中に居る娘が暗殺者、生物兵器のイヴでなく、織斑一夏なのかとちょっと不安になる楯無。

 

「私は‥‥」

 

「もう、大丈夫、貴女はタッカーの呪縛から解放されたわよ」

 

「‥‥」

 

楯無の言葉をボォっとした表情で聞く一夏の姿があった。

 

そして、足止めと言う役目を終えたクロエも無人機と共に束の下に戻る。

 

「束様‥どうやら、成功したみたいですね」

 

「うん‥これでやっと‥‥」

 

束がタッカーを「ボコれる」と言うとした時、クロエが跨っていた無人機がバラバラとなり、跨っていたクロエの全身から血が噴き出した。

 

「くーちゃん!!」

 

イヴは刺し違える様にクロエの体を無人機ごとナノスライサーで突き刺していたのだ。

 

「た、束様‥‥私は‥束様の‥やくに‥‥たてました‥で‥しょうか?」

 

全身の至る所から血を出しながら、束に尋ねる。

 

「あ‥ああ、くーちゃんのおかげだよ!!」

 

「‥よ、よかった‥です‥‥」

 

クロエの荒れていた呼吸が次第に小さくなってゆく‥‥

それはクロエが死に近づいている証明である。

 

「そんな‥‥私はいっちゃんを取り戻す代わりにくーちゃんを失うの?‥‥これは世界を滅茶苦茶にした私への罰なの‥‥?」

 

世の中の原則は等価交換。

何かを得れば、代わりに何かを失う。

束に一夏を取り戻す代わりにクロエを失うのかと言う恐怖、不安、悲しみが襲いかかる。

その時、

 

「‥‥たば‥ちゃん」

 

楯無に肩を担がれた一夏が声をかける。

 

「いっちゃん‥‥」

 

「わたしに‥まかせて‥‥」

 

一夏はクロエの傍に跪くと、彼女の銀髪が伸びてクネクネと触手の様な動きをしながら、クロエの傷口へと入っていく。

 

(これは、あの時、ロシアで私に見せた‥‥)

 

楯無はこの光景をロシアで‥自分の身で体験した事がある。

あの時は直ぐに意識を失ってしまったため、何だったのか分からなかったが、この後すぐにこの行為が治療行為である事を知った。

一夏は髪の毛を通じてクロエの体に治療用のナノマシンを送り込んだのだ。

すると、流れていた血は止まり、傷口も完全と言う訳では無いが、小さくなっていく。

止まりそうだった呼吸は次第に正常に戻り、クロエは眠っている様だった。

 

「‥‥これで、大丈夫‥‥でも、暫くは造血剤を打って、鉄分と栄養の多い食べ物を‥‥」

 

「ありがとう、いっちゃん!!」

 

クロエを助けてくれたことに束は感謝し、一夏に礼を言う。

そして、クロエの治療を終えた一夏は立ち上がり、まだフラつく足取りでどこかへと行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと貴女‥‥」

 

「いっちゃん、何処へ!?」

 

立ち上がり、何処かへ行こうとする一夏を楯無と束は呼び止める。

すると、

 

「あいつとのけりは、私がつける‥‥」

 

そう呟き、二、三歩歩くと、一夏は背中に翼を生やすと何処かへと飛んでいった。

 

「いっちゃん‥‥」

 

束は飛んで行った一夏の姿をジッと見ていた。

正直に言えば、今すぐ自分も彼女の後を追いたい。

だが、傷を負って、ISを持たぬ今の自分は此処から満足に動くこともできない。

束に出来たのは、此処で一夏が戻って来るのを待つだけだった。

 

その頃、タッカーは研究室で書類やフェイル、ディスク、USBなどの記憶媒体を大きなバッグへと詰め込んでいた。

 

「終わりか!? いや!! 違う。違うとも。技術は理学を糧に突き進む。研究は飛躍する。否!! 否!! 研究は飛躍した!!どうすればいい。どうすればいい? 何が!! 何が!! まだだ、まだ届かない。何がいけない? 何が足りない?そうだ!! いつの日か!! いつの日か!! 世界の全てに 一人残らずに 配給するのだ。 奇跡の様な科学を!! 科学の様な奇跡を!!」

 

必要な物をバッグへ詰め込むとタッカーは研究室を後にする。

 

「そうだ、首輪を使ってあそこまで出来たのだ、それにあの不良品も防御に関してはISなんて目では無かった。今度は首輪を使わず、そして私の命令に忠実な生物兵器を作ってやる‥‥この世界にはまだまだ駆除しなければならない害虫が‥‥」

 

バッグを抱えたタッカーはヘリポートにあるヘリへと向かうが‥‥

 

「何処へ行く?」

 

「い、イヴ‥‥」

 

「‥‥」

 

タッカーの前には洗脳から解放されたイヴこと、織斑一夏が立っており、タッカーをジッと見ていた。

彼は目の前に現れた彼女の姿を見て、思わずバッグを落した。

今の彼女はもう、自分の命令は一切聞かない。

彼女の気分次第で自分の命を一瞬のうちに狩り取ってしまう。

タッカーの目には彼女の姿が死神に見えた。

それは今まで殺して来た人間たちが彼女を見た時に抱いた恐怖と同じ恐怖であった。

 

「ま、まて、待ってくれ!!‥‥は、話を聞いてくれ‥‥!!」

 

「話?お前と話す事など何もない‥‥」

 

「お前の父、織斑四季の事だ」

 

ピクッ

 

かつて自分が慕った父、織斑四季。

タッカーが自分の父の何を知っていると言うのだろうか?

とりあえず、タッカーの話を聞いてやるだけ、聞いてやる。

表向きはただの自動車事故で片付けられた父の死に何か裏の事情があるのかもしれないと一夏は前々からそう思っていたのだ。

その真相をタッカーは知っていると言う。

そして、彼は父の死の真相を語り出した。

 

「お前の父、織斑四季は、表向きはそれこそ、単なる自動車事故で片付けられているが、真相はそうではない」

 

やはり、父の死には何か裏の事情があったようだ。

 

「当時、お前の父は女性優遇となりつつある日本をこれまで通りの形を保とうとしていた‥彼は平等主義者の最後にして最大の壁だったからな、だが、それを良しとしなかったのが、女性権利団体の連中だ‥だから、連中は事故に見せかけてお前の父を‥‥」

 

「‥‥」

 

タッカーの話を聞いている内に無意識のうちに一夏の手に力が入る。

やはり、父は単なる自動車事故ではなく、自分が思っていた通り、暗殺されていた。

 

「私は非力なお前に史上最強の力を授けるのと同時にお前の父の仇討ちにも協力してやったのだぞ!!その私をお前は殺すと言うのか!?」

 

「‥‥でも、お前のせいで人生を滅茶苦茶にされた人、不幸になった人が大勢いる」

 

「わ、私だって人生を滅茶苦茶にされたんだ!!全てはISのせいだ!!篠ノ之束があんな欠陥兵器を作りさえしなければ、私だって‥‥」

 

「だからと言って、それで大勢の人を不幸にさせていい筈がない!!」

 

「私がやらなければ、多くの人が女性権利団体の連中が行った愚行で不幸になっていたんだぞ!!そして今でも大勢の人間が苦しめられている!!男に生まれたと言う理由で捨てられ、無実の罪を着せられた人間が大勢いるのだぞ!!私はこの腐った世界のバランスを正常に戻す為に正義の鉄槌を!!」

 

「黙れ!!」

 

「っ!?」

 

一夏の一喝でタッカーは黙る。

 

「‥‥幾ら綺麗事を並べてもお前は色んな大事なモノを奪い過ぎた‥‥そして、私の人生も‥‥体も滅茶苦茶にした‥‥許すわけにはいかない‥‥」

 

相当、怒っているのか、一夏の髪の毛が逆立って動いている。

それは髪の毛をいつでもナノスライサーへと変化させ、自分を切り裂く準備が出来ているかのようだ。

 

「ひぃっ‥‥た、頼む!!命だけは‥‥つ、罪はちゃんと償う!!それに私がいなければ、お前の体を元に戻す事は出来なくなるんだぞ!!」

 

「‥‥ちゃんと罪は償うんだろうな?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「私の身体も、元に戻すんだろうな?」

 

「ああ、勿論だ!!」

 

タッカーの言葉を信じたのか、彼女の髪の毛は元の状態へと戻った。

 

「私の気が変わらない内にとっとと消え失せろ」

 

彼女は踵を返して、タッカーに背を向ける。

 

(罪を償うだと!?馬鹿め!!そんな事、するわけがないだろう!!私にはまだやるべきことが山ほど残されているのだ!!此処で斃れる訳にはいかんのだ!!イヴ、貴様が悪いのだぞ!!父である私を裏切る貴様が!!)

 

(お前の死体からでもDNA情報は抜き取れる。イヴのDNA情報からイヴのクローン胎児を生成して、バハムードを注入すれば、一度に大量の最強兵器を作る事が出来るではないか!!何故、今まで気づかなかったんだ!?)

 

(まぁ、そんな訳だ、イヴ、お前は此処で‥‥死ね!!)

 

タッカーは懐から拳銃を取り出し、その銃口を一夏の頭に向ける‥‥

彼に背を向けている一夏はそれに気づいていない‥‥

タッカーは、ニヤついた笑みを浮かべて銃の引き金を引いた。

 

バキューン!!

 

そして、辺りに一発の銃声が鳴り響く‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

一夏の左頬からはツゥーっと血が流れる。

そして、タッカーの額には白い羽根が深く突き刺さっていた。

一夏の左腕には小さな翼が生えており、その羽根がタッカーの額に突き刺さっていた。

 

ドサッ

 

羽根が突き刺さったタッカーは力なく、その場に倒れた。

 

「言った筈だ‥‥『私の気が変わらない内に消えろ』って‥‥」

 

倒れたタッカーの死体を見下ろしながら、一夏はそう冷たく吐き捨てた。

一夏が自分の体を戻す事の出来る可能性を秘めていたタッカーを殺したのにはちゃんと訳があった。

 

「‥‥」

 

タッカーを殺した後、一夏は、手に一本の日本刀を出現させる。

 

「‥‥」

 

そして、その刃を喉の頸動脈に押し当てようとしたその時、

 

ガキーン!!

 

「っ!?」

 

「させないわよ!!」

 

楯無が蒼流旋で一夏の日本刀を跳ね飛ばした。

一夏がタッカーを殺したのは、もう元に戻る必要性がなかったからだ‥‥

元に戻る必要性を感じなかったのは、彼女がこの体に満足している訳ではなかった。

自分はあまりにも大勢の人を殺し過ぎた。

いくら、タッカーの手によって洗脳されていたとはいえ、それは許される事ではない。

自分のけじめは自分でつける。

その為、一夏は自らの命を絶とうしたのだ。

それを楯無は邪魔をした。

何故、此処に楯無が此処に居るかと言うと、彼女は一夏が自分達の下を離れた後、心配になって追いかけてきたのだ。

ISや生物兵器以外の‥‥生身の人間相手なら、体術で十分相手をする事が出来る。

それに何より、自分だってタッカーを殴り飛ばしたかった。

だが、楯無がタッカーの下へと来てみれば、彼は既に死んでおり、彼女が見たのは日本刀で自分の頸動脈を切断しようとしている一夏の姿だった。



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12話

タッカーの呪縛から一夏を解放し、後は張本人であるタッカーをボコるのみとなった時、一夏はタッカーとのけりは自分がつけると言って何処かへと行ってしまう。

彼女の事が心配になった楯無は後を追った。

そして、彼女が見たのは額に白い羽根が突き刺さり、絶命しているタッカーの姿と自らの頸動脈に日本刀の刃を押し当てようとしている一夏の姿‥‥

 

(まさか、あの子、自殺を!?)

 

楯無は蒼流旋を瞬時に展開して一夏に近づいて彼女が手にしていた日本刀を弾き飛ばした。

 

「っ!?」

 

「させないわよ!!」

 

「どうして‥‥」

 

日本刀を弾き飛ばされて一夏は楯無を睨みつけ、

 

「えっ?」

 

「どうして邪魔をした!?」

 

自分の自殺の邪魔をした楯無に対して声を荒げる一夏。

 

「貴女こそ、何をしているのよ!?」

 

一方、楯無も一夏に声を荒げる。

 

「私は‥‥私は、もう、生きていちゃいけないんだよ‥‥」

 

顔を俯かせて先ほどとは打って変わって弱弱しい声を出す一夏。

 

「‥‥」

 

「私はこの手であまりにも多くの人の命を殺めすぎた‥‥それにもう、私は人間じゃない‥‥化け物になってしまった‥もう、たばちゃんに合わせる顔なんて‥‥だから‥‥だから、もう‥‥私は生きていちゃいけないんだよ!!」

 

タッカーの手によって洗脳されていたとはいえ、解放された時、自分が今まで何をして来たのかその光景がフラッシュバックして自分がこれまで何をして来たのかを見せつけられた。

これまで自分が殺して来た人の為に罪を償うのはもう、自らの命を絶つしか方法は無いと言う一夏。

 

「何をバカな事を言っているのよ!!」

 

楯無は一夏に反論する。

此処までボロボロになってまで一夏を助けにきたのに、その本人が自殺をしましたでは、自分は一体何をしに此処へ来たのか分からない。

それにタッカーの話を聞いてこれまで一夏がどれだけ酷い目に遭ってきたのかを知った。

此処で自殺なんてされたら、彼女の人生は一体何だった?

汚い大人達に人生を滅茶苦茶にされたまま死ぬなんてあまりにも不憫すぎる。

 

「貴女は、生きなさい!!貴女が殺した人達の事に対して少しでもすまないと思っているなら、尚更死ぬなんて許さないわよ!!」

 

(それにこの子が殺してきた連中‥‥調べて見たら、アイツらも本来は裁かれなければならないことを結構やっていたし‥‥)

 

楯無はこれで一夏が殺してきた女性権利団体の連中は本来ならば、裁判所で法によって裁かれなければならない罪を数多く行ってきた。

だが、女性権利団体に所属している。

女性だからという理由で世間には表立つこともなく、闇へと葬られ、一般人は知らされることもなく、犯罪を行った張本人達は裁かれることなく、新たな犯罪に手を染めて権力と金を貪っていた。

 

「‥‥」

 

「それに貴女が死んだら、篠ノ之博士はどうするの!?あの人もボロボロになってまで貴女の事を助けようとしたのよ!!貴女は博士の好意を無駄にするつもりなの!?」

 

「うぅ~‥‥たば‥ちゃん‥‥私は‥‥私は‥‥生きていても‥‥いいの‥‥?もう、人間じゃないのに‥‥化け物に‥‥なっちゃったのに‥‥」

 

楯無の言葉に一夏の目からは涙が流れてくる。

 

「いいのよ、貴女は生きて‥篠ノ之博士だってきっとそう願っている筈よ‥それに博士なら、きっと貴女の身体も元に戻してくれる筈よ‥‥さあ、行きましょう」

 

楯無の誘いに一夏は小さく頷く。

 

「あっ、ただその前に‥‥」

 

楯無は一夏を束の下へ連れて行く前にタッカーの研究室にあるコンピューターを物理的に破壊した。

コンピューターの中には彼のこれまでの研究データが残っている筈だ。

そのデータが外部へ流出すれば、きっと第二、第三のタッカーを生み出し、一夏の様な子を生み出してしまう。

そんな不幸な連鎖は、今すぐに此処で断ち切らなければならない。

コンピューターのデータ同様、研究室に保存されていたバハムートも全て破壊した。

研究室とコンピューターを徹底的に破壊した後、タッカーの死体のすぐ傍に落ちていたバックを開けると、其処には、バハムートの生成方法、イヴの情報とデータが記録された書類や記憶媒体があり、楯無はそれらも全て廃棄した。

タッカーの研究成果全てを破壊した後、楯無は一夏を束の下へと連れて行った。

そして、束と再会すると、

 

「いっちゃん‥‥」

 

束は両手を広げて一夏を受け止めようとする。

 

「たばちゃん‥‥」

 

ようやく、束と一夏は再会する事が出来た。

だが、一夏は束を抱きしめる事に躊躇した。

自分の手は血に染まり切っている。

そんな血で汚れた手で友達を抱いてもいいのか?

それに自分はその友達でさえ、何の躊躇もなく刺した。

にも関わらず、束は一夏を受け入れようとしている。

その行為が一夏を戸惑わせる。

すると、待ちきれなかった束が一夏へと抱きついた。

 

「いっちゃん!!」

 

本来ならば、束の方が一夏にまた刺されるのではないかと躊躇する筈だ。

しかし、彼女は一夏が元に戻ったのだと確信し、自ら一夏へと抱きついたのだ。

 

「‥‥たばちゃん‥‥たばちゃん!!」

 

束に抱きつかれて感極まったのか、一夏も束を抱きしめる。

 

「おかえり‥いっちゃん‥‥」

 

「うん‥ただいま‥‥たばちゃん‥‥」

 

束と一夏‥再会し抱き合う二人の姿に楯無ももらい泣きをした。

そして、一夏の健康診断をするために束は一夏を自分の研究所へと連れて行くことにした。

タッカーがここからの脱出用に使用するために用意していたヘリの座席には楯無、クロエ、一夏が乗り、束がヘリを操縦する。

 

「さて、それじゃあ、研究所へレッツゴー」

 

束の操縦の下、ヘリは上空へと上がる。

 

「束様」

 

そんな中、クロエが束に声をかける。

 

「なに?くーちゃん」

 

「この方も研究所へ連れて行ってもよろしいのですか?」

 

クロエは楯無も研究所へ連れて行ってもいいのかと尋ねる。

 

「あっ、それもそうだね。おい、負け犬、適当なところで、降りるんだ」

 

束は楯無に降りろと言う。

 

「ちょっ、ひどくないですか!?」

 

楯無は自分の扱いがあまりにも酷くないかと抗議する。

 

「だって、お前、ロシアの国家代表だろう?お前の口から私の研究所の場所がロシアにバレたら、また引っ越さないといけないじゃん」

 

束は楯無の口から研究所の場所がバレることを嫌悪した。

引っ越しが面倒という理由から‥‥

 

「そ、そんなことしません!!」

 

「本当かな?」

 

ジト目で楯無を見る束。

その目は完全に楯無の事を疑っている。

 

「一緒に戦った仲間を売るような人として最低な行為は暗部の人間の恥辱ですからね」

 

「えっ?私達、仲間だったの?」

 

楯無の仲間発言に驚く束。

 

「えっ?違うんですか?」

 

そんな束の態度に驚く楯無。

 

「てっきり付属品かと思っていた」

 

「‥‥Σ(゚д゚lll)ガーン」

 

あまりのショックに真っ白になる楯無。

 

「たばちゃん、この人も連れて行ってあげて」

 

そんな楯無を援護したのが一夏であった。

 

「いっちゃん!?」

 

まさかの一夏の言動に驚く束。

 

「この人は信頼できる人だと思う」

 

楯無とはまだそこまで深い付き合いでないが、自分の自殺を止めた時の楯無とのやり取りで彼女は信頼できると判断したのだ。

 

「むぅ~いっちゃんがそう言うなら‥‥おい、負け犬、いっちゃんの優しさに感謝しろよな」

 

「ありがとう!!一夏ちゃん!!」

 

楯無は一夏に抱きつき、礼を述べる。

 

「おい、私のいっちゃんにあまりベタベタするな!!」

 

ヘリの中はカオスな状態となった。

 

 

そして、やってきた束の秘密研究所。

束は一夏の健康状態をチェックしようとするが、その前に一夏は自分が束につけた背中の治療をしようと言うが、束はあえてそれを拒否した。

背中の傷さえも一夏との友情の証でもあり、自分が一夏の為に戦った証明だからと言う理由で束は背中の傷を残すことにした。

そして、束は一夏の健康診断を始めた。

まず、一夏の投与された戦闘用ナノマシン『バハムート』を知るために、一夏から血液を少し取って解析機にかけ、その間に機械で一夏の体を調べる。

そんな中、

 

「こ、これはっ!?」

 

束が声を上げる。

 

「どうかしたの?」

 

一夏も楯無も固唾を飲んで体に何か異常があったのかと思っていると、

 

「いっちゃん‥‥見ない間に随分とおっぱいが大きくなったね!!」

 

「‥‥」

 

束は一夏の成長に感動し、当の本人はしらけて、楯無は一夏の胸の大きさが気になるのか、束の横からモニターを見て、

 

「あら?ほんと、なかなかの大きさね‥‥お姉さんもしかして負けちゃうかも‥‥」

 

と束同様、一夏の胸に興味津々の様子だった。

 

「束様、一夏様の血液の解析が終わりました」

 

「おお、ありがとう、くーちゃん」

 

束がクロエから一夏の血液データを見ると、難しい顔をする。

 

「うーん‥‥こいつは‥‥『すごい』の一言でしか言い表せないね‥‥」

 

「どういう事ですか?」

 

楯無が首を傾げると、

 

「見てもらった方が早いね」

 

束は血液の流れをモニターに出しながら一夏と楯無に説明する。

それによると、一夏のナノマシンは血液に紛れているため見付けるのが困難でこのナノマシンは血液や体内の細胞と同じく使っても新しく生成されるため、その量は無尽蔵となる。

そして、これまでの戦闘からこのナノマシンは体内で一夏自らが望む性質を持つナノマシンを製作・操作することが出来、暗殺者、殺戮の銀翼はその能力を使った身体変化による攻撃を行なって来たのではないかと言う。

もちろん、今の一夏でもそれは使用可能だ。

一夏の想像力次第で様々なものに自身の肉体を変身させることが出来るのではないかと言う。

また、楯無やクロエを治療したように髪を介してナノマシンを別の何かに送ることも可能。

もしかしたら、ISのコアにもアクセスできるのではないかと言う。

髪の毛が本来の黒から銀に変わったのもナノマシンの影響だと考えられる。

束の説明を聞き一夏も楯無も唖然とする。

 

一夏はあまりにも強大すぎる力なので、こんな力はさっさと消してしまった方がいいと思い、束に早く元に戻してくれと頼む。

束はちょっともったいない気もするが、友達がそういうのであれば仕方ないと、楯無と一夏に、

 

「わかった。じゃあ、あのマッドの研究資料見せて」

 

と、タッカーの研究資料を見せてくれと言う。

 

「「えっ?」」

 

「いくら、私でもいっちゃんの体の中のナノマシンを見ただけじゃ、分からないよ。あのマッドの資料を見て、そこからいっちゃんのナノマシンの破壊方法を探らないと」

 

「「‥‥」」

 

束のこの言葉を聞き、楯無は汗が流れる。

 

「ん?どうしたの?」

 

「そ、それが‥‥」

 

楯無は、束にタッカーの研究室とコンピューターを完全に破壊して研究データは残っていないと事を伝える。

 

「‥‥おい、負け犬」

 

すると、束はタッカーに向けた時と同じ冷たい声で楯無に語りかける。

 

「は、はい‥‥」

 

「ちょっと‥‥頭冷やそうか?」

 

逃げようとする楯無の体に一夏の髪の毛が絡まった。

 

「い、一夏ちゃん!?」

 

「貴女が、たばちゃんなら元に戻せるって言ったから、貴女を信用したのに‥‥裏切ったな、私の気持ちを裏切ったな。あの人(織斑千冬)と同じで裏切ったんだ!!」

 

「ちょっ、一夏ちゃん‥‥」

 

涙を浮かべながら怒る一夏とブラックな笑みを浮かべる束が楯無に迫る。

そして‥‥

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

ピクピク‥‥ピクピク‥‥

 

そこには楯無だったものが、モザイクをかけるような状態でピクピクと痙攣して倒れていた。

 

「でも、いっちゃん、私はいっちゃんがどんな姿になっても死んでほしくはない。それだけは絶対に忘れないで」

 

「たばちゃん‥‥」

 

床でピクピク痙攣して倒れている楯無を放置して束は一夏が自殺未遂をしたことを知り、一夏にもう自殺なんて馬鹿なことはしないでと頼む。

 

「いっちゃんをもう、元に戻すのは無理かもしれない。でも、いっちゃんはいっちゃんなんだからね」

 

「うん‥‥ありがとう‥‥たばちゃん‥‥」

 

「いっちゃん‥‥」

 

「たばちゃん‥‥」

 

束と一夏が見つめあっていると、

 

「あ、あの‥‥」

 

モザイク状態から復活した楯無が二人に声をかける。

 

「ちっ、これだから、負け犬は‥‥犬の分際で空気も読めないのか?」

 

束が今しましそうに呟く。

 

「ま、まぁまぁ‥それで?」

 

一夏が束を宥めて楯無に何の用だと尋ねる。

 

「あっ、うん‥一夏ちゃんはこれからどうするつもり?」

 

「えっ?」

 

楯無は一夏の今後について尋ねる。

一夏は既に人間ではなく、ナノマシンを打ち込まれた生物兵器状態。

元の人間に戻れるかは未定。

タッカーに洗脳されていたとはいえ、殺戮の銀翼としてかなりの人を葬ってきた凄腕の暗殺者‥‥

正体がばれていないとは言え、不安定な立場だ。

 

「‥‥織斑の家に戻る?」

 

束が織斑家に戻るかと聞いてみると、

 

「嫌だ!!」

 

一夏は即答で拒否した。

 

「家に戻ればまたあの地獄の様な日々がまっている‥‥もうあんな生活耐えられない!!」

 

束と楯無は知らないが、一夏は弟の百秋によって無理矢理性的関係を強いられていた。

姉には毎日のように罵倒され続け、学校ではいじめられて‥‥

一夏にとってそれはまさに生き地獄であった。

史上最強の生物兵器となった今でもあの時の恐怖、悔しさは忘れられない。

そんな生活に戻りたいかと聞かれたら、拒否をするのも当然である。

 

「うーん、私もいっちゃんと一緒に居たいけど、私は世界に指名手配されているし‥‥それにいっちゃんには静かな環境で静養してもらいたいかな?」

 

束は世界中の政府や企業から指名手配を受けており、そんな逃亡生活に一夏をつき合せたくなく、また今までの境遇から、静かに安全な環境で生活させてやりたいと言う思いがあった。

すると、

 

「だったら、私のところに来ない?」

 

楯無が一夏を引き取るという。

 

「負け犬の所に?」

 

またもやジト目で楯無を見る束。

 

「一夏ちゃんの事に関しては私にも責任があるし、私の家なら、それなりに一夏ちゃんを守れるわよ。どう?」

 

楯無の提案に一夏自身がどうしようかと迷っていると、

 

「‥‥おい、負け犬」

 

束が楯無に声をかける。

 

「だから、その呼び名は止めて‥‥」

 

「約束しろ‥‥」

 

束は楯無の言葉を遮って楯無に言い放つ。

束も更識の家の事は事前に調べてある。

確かに今の一夏を保護してもらうには更識家が一番なのかもしれない。

だからこそ、大事な友達を預けるのだ。

友達の事はちゃんと守ってもらわなければならない。

 

「どんなことがあってもいっちゃんを守る‥どんなことがあってもいっちゃんの力を利用しない‥‥この二つの約束が守れなかったら、お前の家族全員‥‥殺すぞ‥‥勿論お前もな‥‥」

 

束の真剣な空気に楯無も

 

「‥‥約束します。篠ノ之束博士」

 

更識家、17代目当主、更識楯無として束に返答した。

こうして一夏は楯無の実家、更識家で世話になることになった。

住む場所が決まった後、一夏は、

 

「ねぇ、たばちゃん」

 

「ん?なに?いっちゃん‥‥」

 

「用意してもらいたいモノがいくつかあるんだけど‥‥」

 

「なにかな?いっちゃんの頼みならなんでも聞いてあげるよ」

 

束の言葉を聞き、一夏は束に用意してもらいたいものを言った。

 

「‥‥でも、いいの?それは、いっちゃんのお父さんとの絆もなかったことになるんだよ?」

 

「私とお父様の絆は名前だけじゃない‥‥私自身がお父様との絆だから‥‥」

 

「そう‥いっちゃんがそう言うなら‥‥でも、よりによってこの名前を名乗るのは‥‥」

 

「その名前は私の罪‥‥私が殺してきた人たちへの贖罪‥‥私はその名前と共に十字架を背負って生きていくつもりだよ」

 

「‥‥わかったよ、いっちゃん」

 

織斑一夏はこの日、織斑一夏と言う名前を捨てた‥‥。

そして、束が用意した書類の数々の名前の欄には、

 

イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス

 

と書かれていた‥‥。



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13話

束達の手によって救出された一夏は、そのまま束の秘密研究所へ行き、そこで精密検査を受ける。

そこで、一夏は自身に打たれた戦闘用ナノマシン『バハムート』の詳細を知り、彼女を元に戻そうとする束であったが、楯無がタッカーの研究所のデータと記録を全て破壊してしまった為、一夏を元の人間に戻す事が困難となってしまった。

その後、一夏をどうするかの話し合いで楯無が更識家で保護すると志願し、束は楯無との間に約束事を取り決め、一夏を更識家へと託した。

そして、一夏はもう、織斑一夏を名乗る事も難しいと言う事とこれまで自分が行ってきた罪の償いとして、一夏は織斑一夏の名を捨て暗殺者、殺戮の銀翼の時に名付けられた名前、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスとしてこれからを生きていく事を決め、束に頼んで必要書類を用意してもらった。

 

タッカーの研究所での戦闘でボロボロになったミステリアス・レイディは束が修理を行い、楯無が一夏改め、イヴを更識家へ送る事となった。

 

「それじゃあ、いっちゃん」

 

「うん。たばちゃんも元気でね」

 

またの再会を誓い、束とイヴは抱擁を交わし、更識家へと向かう。

 

「おい、青髪」

 

「あら?負け犬から青髪に進化かしら?」

 

「いっちゃんを託すんだ。ちょっとは進化してもらわないとな。それよりも約束‥忘れるなよ」

 

「分かっていますよ」

 

束の念押しを受けて、楯無はイヴを連れて更識家へと向かった。

 

「‥‥」

 

更識家の屋敷を見て、イヴは呆然とする。

かつて自分が住んでいた屋敷よりも更識家の屋敷は大きい。

その大きさに圧倒されているイヴ。

そして、楯無は屋敷の離れにイヴを案内した。

 

「これからこの離れを使って、必要な家具家電はそろっているから」

 

「はい」

 

イヴを離れに案内した後、楯無は更識家の当主として家の者には離れには決して近づくなと厳命した。

まだ、イヴを他の人に見せつけたくないし、イヴ自身も人目にさらされたくはないだろうと言う楯無の配慮だった。

食事を運ぶのも使用人ではなく、楯無本人がそれを行った。

そして、イヴが更識家に来た初めての夜。

夕食を持って来た楯無にイヴは彼女の服を掴んで、

 

「楯無さん‥‥その‥‥今夜は一人にしないで‥‥なんだか、一人で寝るのが‥‥怖い‥‥」

 

怯える様な表情で頼むイヴに保護欲が出た楯無は、

 

「いいわよ、今日は一緒に寝てあげる‥‥」

 

イヴの頼みを聞いてあげた。

そして夜、楯無とイヴは同じ布団で眠った。

だが深夜‥‥

 

「うっ‥‥うっ‥‥っ!?」

 

楯無はバッと目を開ける。

彼女の夢にはタッカーの研究所で殺したあの男が出てきた。

あの男をバールで突き刺した時の感触

あの男の死に顔

あの男が夢の中で血と臓器が飛び出た腹部を押さえながら、自分に恨み言を言って来る。

そんな悪夢を見せられた。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」

 

体は寝汗をビッチョリと掻き、呼吸も荒い。

そこで、チラッと隣で眠るイヴを見ると、彼女も魘されていた。

しかも「ごめんなさい」と譫言を何度も呟いて、目には涙をためている。

 

「イヴちゃん、イヴちゃん」

 

楯無はイヴの体を揺すってイヴを起こす。

 

「っ!?」

 

体を揺すられてイヴはバッと目を開ける。

 

「大丈夫?」

 

「‥‥楯無さん‥‥私‥‥私‥‥」

 

「大丈夫、大丈夫だから‥‥」

 

楯無は慈母のように優しくイヴの頭を抱きながら、彼女をあやす。

 

(やっぱり、この子も‥‥)

 

楯無はどうしてイヴが今夜、一緒に寝てくれと頼んだのか分かった気がした。

彼女もやはり悪夢に魘されていたのだろう。

 

「うぅ~‥‥ごめんなさい‥‥楯無さん‥‥私のせいで‥‥」

 

イヴは楯無も人を殺した悪夢に魘されていたとは知らず、自分が楯無を起こしてしまったのかと思い、彼女に謝る。

 

「いいのよ、イヴちゃん‥‥気にしないで‥‥」

 

楯無は優しくイヴの髪を撫でる。

 

(う~ん、イヴちゃん髪、サラサラしていて柔らか~い)

 

すると、いつの間にかイヴは安心したように眠りについていた。

 

「おやすみ、イヴちゃん」

 

楯無は微笑み、イヴを抱きしめ、自らも眠りについた。

 

その頃‥‥

 

生き残った者は皆逃げ出し、無人となったタッカーの研究所に来訪者が居た。

 

「ボロボロの廃墟だな、んで、スコール、此処が本当にそのタッカーとか言うマッドの研究所なのか?」

 

「ええ、そうよ、オータム」

 

スコール、オータムと言う名の二人の女性達は主が消え今後はもう、誰も訪れないであろうタッカーの研究所を進んで行く。

 

「なぁ、スコール。そのタッカーって奴、そんなに凄い奴なのか?」

 

研究所を進んで行く中、オータムがスコールにタッカーについて尋ねる。

 

「表向きは生物学者で医師、ナノマシン技術の権威とか呼ばれているけど、裏ではナノマシン技術を使っての生物兵器の製造をしているみたい」

 

「典型的なマッドだな。それで、ソイツの研究は、成功しているのか?」

 

「さあ?」

 

「『さあ?』って‥‥」

 

「だから、ここに来たのよ」

 

「でも例え、成功例があったとしても、こんな廃墟に今も居るのか?」

 

「廃墟となっても何かしらの手掛かりがあるかもしれないでしょう?」

 

スコールはそう言いながら、トランシーバーで誰かに連絡を入れる。

 

「私よ、M。研究室の様子はどう?」

 

「‥‥研究室は完全に破壊され尽くされている。コンピューターも物理的に壊されていて、修復はもう無理」

 

「ナノマシンの方は?」

 

「それも全部破壊されている‥ついでに言うと研究室の近くでタッカーって奴の死体が転がっていた」

 

「なんだよ、それ、全くの無駄足か?」

 

自分達は、タッカーの研究の成功例、その成功例のデータ、タッカーが開発したとされる戦闘用ナノマシン、それが駄目ならタッカー本人を確保。

そのいずれの目的があって此処へ来たのだが、どれもこれも達成は不可能で、自分達は完全に無駄足となった。

 

「くそっ、データもねぇ、お目当てのナノマシンもねぇ、挙句にそれを作った本人も死んでいましただぁ?ふざけんじゃねぇよったく」

 

無駄足と分かってオータムは機嫌が悪そうだ。

だが、

 

「そうとも限らないわよ‥オータム」

 

「あん?」

 

「こんなガラクタの中でもお宝はちゃんとあるって事よ」

 

「ん?」

 

スコールは眼前に転がっている無人機の残骸をジッと見ていた。

だが、スコールの言葉の意味が分からないオータムは首を傾げていた。

 

 

 

 

イヴが更識家に来て数日が経った。

尚、その間もイヴはやはり、夜は魘されており、楯無は毎夜、イヴに付き合って彼女を抱きしめながら眠っている。

楯無に甘えるように抱き付くイヴに楯無の女性としての母性本能がくすぐられ、彼女自身も満更でない様子。

そして、この夜も布団の中でイヴは楯無に抱き付いていた。

 

「ねぇ、イヴちゃん‥‥」

 

この日、楯無は自らの胸に顔を埋めているイヴにある悪戯をしてみようと思った。

 

「私のおっぱい‥咥えてみる?」

 

「‥‥いいの?」

 

「えっ?」

 

イヴのまさかの返答に戸惑う楯無。

彼女は慌てふためくイヴの姿を見たかったのに、イヴは素直な反応を返してくる。

 

「えっと‥‥」

 

「‥おっぱい‥‥ちょうだい‥‥」

 

寝ぼけまなこで楯無のおっぱいを強請るイヴ。

 

「うっ‥‥」

 

「楯無‥‥」

 

「わ、分かったわよ」

 

寝間着の上着を脱ぎ、乳房を露わにする。

 

「く、咥えるだけよ‥‥歯は立てないでね」

 

生物兵器なのだから、恐らく噛みつく力も凄い筈‥‥

思いっ切り噛まれたら、自分の乳首が嚙み切られるのではないかと心配になる楯無。

 

「あむっ‥‥ん、んん‥‥」

 

イヴは楯無の胸をまるで赤ん坊が母親の母乳を貰うかのように口を着けて吸う。

そして、楯無はそんなイヴの頭を撫でる。

赤ん坊のように乳房を口に含み、頭を優しく撫でられる安心感がイヴを優しく包み込む。

その安心感に包まれイヴは眠ってしまい、楯無は母性本能が以前よりも激しく刺激され‥‥

 

(い、意外と気持ち良かった‥‥ちょっと癖になりそう‥‥)

 

意外とこの行為を気に入っていた。

 

 

~side簪~

 

実家を‥‥更識家の家を苦痛に感じたのは何時からだろう?

あの人の顔をまともに見れなくなったのは何時からだろう?

物心つく時から、私は姉と比べられていた‥‥

姉は何でも出来た‥‥

学力は勿論、武術、作法、社交辞令を含めた人とのコミュニケーション‥‥姉はすべてが完璧だった。

同じ更識家の者なのに‥‥

そっくりな顔立ちなのに‥‥

たった一年歳が違うだけでどうして私と姉はこうも違うのだろう?

父も私よりも姉の方を次期当主にするつもりで、以前、香港へ姉を連れて行った。

裏社会の実力者との顔合わせだと聞いた。

香港から返って来てから直ぐに父は姉に楯無の座を譲り、姉は17代目楯無を襲名した。

そして、姉が更識家の当主となってからすぐに私は姉から直接「貴女はずっと無能のままでいいのよ。全部、私がやってあげる」そんなことを言われた。

無能のまま‥‥それはつまり、私は姉の目からは無能者に見えたのか?

あれだけ努力して結果を残しても姉の目には、私は無能者としか見えていなかったのか?

私には姉の発したその言葉が今でも心の中で突き刺さり、姉に対する憎しみが姉に対する対抗心の原動力となっている。

でも、そんな私の努力をあざ笑うかのようにその後も姉は常に私の前を歩き続けた。

ISに関しても専用機を一人で製作し、短期間でロシアの国家代表となった。

最年少の国家代表と言う事で、メディアにも取り上げられて、第二の織斑千冬の到来。ブリュンヒルデに一番近い国家代表等と呼ばれている。

姉が益々自分から遠のいていく‥‥

そんな感覚に襲われた。

私はそんな姉に追いつく為、ISの国家代表候補生、国家代表を目指した。

全てに勝てなくてもいい、何か一つぐらいは姉と同等になりたい、姉を追い越したい、姉に勝ちたい、その思いから私はISで姉と同じ領域に辿り着いてみせると決意した。

私が日本代表候補生の選抜試験を受ける少し前、姉はロシアである任務を引き受ける事になった。

最近、世間を騒がせている殺戮の銀翼‥‥。

その討伐任務‥‥

父が姉と話しているのをこっそりと聞いてしまった。

殺戮の銀翼‥‥

世界各地で女性議員や女性官僚、大企業の女性社長や女性役員を殺害している凄腕の暗殺者。

これまで狙われた人の中で生き残った者は居ない。

それは警護に当たっていた人も同じ‥‥

まさに皆殺し‥‥

でも、あの完璧な姉の事だ、きっと殺戮の銀翼を倒すだろう。

例え凄腕の暗殺者でもあの完璧な姉には勝てない筈だ。

殺戮の銀翼を倒せば姉はまた大々的にヒーロー、英雄としてメディアに取り上げられるだろう。

また、姉が遠のいた‥‥そう思っていたのだが、結果は私の予想を大きく外れた。

報道された時、どうせ姉が殺戮の銀翼を倒したと報道されるのかと思ったら、護衛対象であったロシアの官僚は殺戮の銀翼に殺され、生存者は姉只一人だった。

姉が殺戮の銀翼と戦って怪我をして入院したと言う報告を受け、両親は姉の事を心配した。

でも、親戚の人達は任務を達成できなかった姉の事を「更識家の恥さらし」と言っていた。

確かに姉は護衛対象を守れなかった。

でも、これまで殺戮の銀翼と戦って生き残った者は居なかった。

そんな中、姉は殺戮の銀翼と戦って生き延びた。

やはり、姉は凄いと思った。

でも、それを素直に喜べなかった。

もしかして、私は心のどこかで姉が殺戮の銀翼に殺される事を願っていたのかもしれない。

姉は負傷し、病院に入院したのだが、突如、退院予定日よりも早くに退院届を出し、一時音信不通となった。

殺戮の銀翼に負けた事を気にしてトレーニングでもしているのだろうか?

そして、実家に帰ってきた時、ロシアでの任務前と違って何かが変わっていた。

マンガ・アニメでよく見る山籠もりや厳しい修行から帰って来たみたいに、一皮むけて大きく成長していたように見えた。

殺戮の銀翼と戦って負けたのに何故?

やはり、何処かで修業でもしていたのだろうか?

そして、家に帰って来た姉は突如、家の皆を集めて「離れには決して近づいてはいけない」と更識家の当主として命令を下した。

姉が当主になってこんな事をするのはこれが初めての事だった。

そして私は姉が離れに食事を持って行く姿を時々見た。

使用人の人達も姉の行動には違和感を覚えていた。

それに最近、使用人の人達の話では姉は食事も離れで食べていると言う。

元々姉とは食事の席ですら、もう顔を合わせていない仲なので、その点については気づかなかった。

両親も姉のこの奇妙な行動に違和感を覚えていた。

もしかして、男の人を離れで住まわせているのだろうか?

父が姉にさりげなく聞いているのを見たが、姉は先代の楯無である父にも離れの件については決して詳細を教えなかった。

そして当主直々の命令なので、使用人の人達は姉の命令を忠実に守り、離れには近づかなかった。

実家に帰って来た姉は違和感だらけであったが、今の私にはそんな事に構っている余裕はない。

姉に彼氏が出来ようが私には全然関係なかった。

私にとって今年が勝負時だった。

今年の内に代表候補生になり、専用機枠に入らなければ‥‥

来年は受験で忙しくなるだろうから‥‥

姉は今年受験生で十中八九IS学園を受験するだろう。

なにせ、現役の国家代表で専用機持ちなのだから‥‥

姉と同じ領域に立つ為、何としてでも専用機をこの手に掴んでやる!!

そして、姉を必ず追い越してやる!!

私はそう堅く決心をした。

 

 

楯無の妹、更識簪が日本代表候補生を目指す中、イヴは通信教育にて勉強をしていた。

戸籍等の書類は束が用意してくれたが、学校と言うあの場所はイヴになる前‥一夏時代の彼女にとって織斑家同様、苦痛を与える場所の一つでしかなかった。

それにナノマシンの制御が暗殺者としてのイヴの頃と違い不安定なので、感情が爆発し、体に変化が生じるかもしれない。

そうなればイヴが人間でない事がバレてしまう。

楯無もその辺を考慮してくれていた。

そんな中、何時もの様に更識家の離れで楯無と共に夕食をとっていると、

 

「そう言えば、イヴちゃん来年は受験生だけど、高校は何処へ行くか決めた?」

 

「えっ?」

 

「流石に高校も通信じゃ、ちょっと不味いんじゃない?」

 

「‥‥」

 

楯無の意見に気まずそうに視線を逸らすイヴ。

確かに楯無の言う通り、いつまでもココで引きこもり生活をしている訳にはいかない。

自分自身を変える為にもいずれは外へ出なければならない。

 

「楯無はどこの高校に行くの?」

 

参考のためにイヴは楯無が目指している高校を尋ねる。

 

「私はIS学園一本かな」

 

「‥IS学園」

 

「そう、IS専門の養成機関よ。一応、ロシアの国家代表だし、専用機持ちだからね。ロシア政府からもそう要請されているし」

 

「へぇ‥‥」

 

「それでね、その‥‥IS学園は全寮制で私も学園に入ったら、寮生活になるの」

 

「えっ?」

 

楯無が寮に入ると聞いてイヴは一瞬唖然とする。

 

「じゃあ、もう此処には来ないの?私、此処から出て行かないといけないの?」

 

「だ、大丈夫よ、週末にはちゃんと帰るし、イヴちゃんはこのまま此処に居て良いのよ」

 

「‥‥」

 

しかし、イヴには一抹の不安があった。

それは、やはり、夜の事だ。

これまでは楯無が夜、一緒に寝ている事でイヴはなんとか安眠できている。

だが、来年からはその楯無が不在となる。

そうなれば、夜は如何すればいいのだろうか?

 

(こういう場合、簪ちゃんがイヴちゃんの相手をしてくれると一番なんだけど‥‥)

 

自分と容姿が似ている妹の簪ならば、イヴの相手には好都合なのだが、自分達の姉妹間は最悪の状態で、しかも簪は今、代表候補生試験を控えており、イヴの相手をしている暇はないだろう。

 

(うーん、どうしよう‥‥)

 

楯無は自分が不在の間、イヴの面倒をどうしようかと悩んだ。

 

(私も何時までも楯無さんに甘えている訳にはいかないよね‥‥でも、高校か‥‥それなら‥‥)

 

「わ、私も‥‥私もIS学園に行きます!!」

 

「えっ?」

 

「楯無さんが行くなら、私も行きます!!」

 

「えっ?そんな安い目標で良いの?」

 

「IS学園はIS専門の教育養成機関なんですよね?」

 

「え?ええ‥‥」

 

「私だって、将来はたばちゃんの為に役に立ちたいんです!!その為にISの事を学ばないと‥‥それに楯無さんもいるし‥‥ダメでしょうか?//////」

 

チラチラと上目遣いで楯無を見るイヴ。

そんなイヴの姿を見て楯無の胸を何かが貫いた。

 

(か、可愛い!!)

 

「ううん、良いわよ!!むしろ来て!!先にIS学園で待っているから!!」

 

「は、はい」

 

こうしてイヴは来年の受験校はIS学園を受ける事にした。

だが、イヴも楯無もこの後、IS学園を舞台に様々な厄介事に巻き込まれるとはこの時、知る由もなかった。



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14話

「へぇ~いっちゃんがIS学園を‥‥」

 

夕食後、楯無は束に今後の事で電話を入れた。

その中で、イヴが来年、IS学園を受験する予定を束に伝える。

 

「はい。将来、篠ノ之博士の役に立ちたいって言っていました」

 

「うぅ~いっちゃん、なんて健気な子‥‥」

 

「それで、私も今年は受験でIS学園を受ける事になっていまして‥‥」

 

「確か、IS学園は全寮制だったね‥でもなんで、IS学園に?」

 

「ロシア政府からの命令で‥‥」

 

「成程、宮仕えも大変だね」

 

「はい‥あっ、でも、博士、くれぐれも変な圧力とか止めて下さいよ!!

 

楯無は束にイヴの傍に居させるため、IS学園に圧力をかけて自分を不合格にする様な事は止めてくれと頼んだ。

篠ノ之束の力はIS界において、IS委員会よりも遥かに上で、束が「アイツはIS学園に入れないで」と言えば、その者がどんなに好成績でも不合格にされてしまう。

 

「流石の私でもそんな無粋なマネはしないよ。ただ、もし青髪が落ちるようであれば、それは青髪の努力が足りなかった結果だよ。それよりも青髪がIS学園に行くって事はその間、いっちゃんは一人になる訳?」

 

「はい。それで私が居ない間、イヴちゃんが気がかりで‥‥特に夜が‥‥」

 

「ん?夜?」

 

束は楯無の言う『夜』と言う単語に疑問を感じた。

楯無は束にイヴが毎夜、悪夢に悩まされている事を伝える。

 

「そうなんだ‥‥」

 

「博士、何とか出来ませんか?」

 

「‥‥分かった、何とかしてみるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ところで、青髪」

 

「何でしょう?」

 

「‥‥どうして、いっちゃんが夜魘されている事を知っているのかな?‥かな?」

 

「えっと‥‥それは‥‥」

 

楯無の顔が忽ち冷や汗まみれになる。

電話口の向こうから聴こえてくる束の声は冷たく、電話なのに受話器の向こうからダークオーラが滲み出てくるように感じた。

 

「まさか、私のいっちゃんになにかいかがわしい事をしたんじゃないだろうな?」

 

「っ!?」

 

束の言葉に楯無は先日、イヴに自らの乳房を吸わせたことを思い出し、赤面する。

 

「ねぇ、どうなのさ」

 

「あわわわわ‥‥そ、それじゃあ、イヴちゃんの件、よろしくお願いします!!」

 

「あっ、ちょっと‥‥」

 

プチっ、ツー、ツー、ツー

 

楯無は急いで電話を切って逃げた。

 

 

その後、更識姉妹達は、姉の楯無はIS学園の受験勉強、妹の簪は日本代表候補生となるべく勉強の日々を送った。

一方、イヴもIS学園を目指し、勉強をすると共にナノマシン制御の修業を行いつつも夜は楯無と共にしていたが、日が経つにつれ、楯無も受験勉強で夜遅くまで起きている日が続き、イヴもそんな楯無の邪魔は出来ないと、一人で眠る様に頑張った。

だが‥‥

 

「ねぇ、イヴちゃん」

 

「はい?」

 

「貴女最近、ちゃんと寝ているの?」

 

「‥‥」

 

楯無はある日、イヴに睡眠がちゃんと取れているのかを尋ねた。

答えづらいのか、イヴは楯無から視線を逸らした。

でも、答えなくても、答えは分かっていた。

イヴの目の下には受験生の楯無以上に濃い隈が出来ており、彼女は眠れていない事が窺える。

市販の睡眠薬ではイヴの体内のナノマシンが睡眠薬の成分を無効化してしまうので、飲んでも意味がない。

 

「まったく、無理して‥‥」

 

「でも、楯無さん、受験生だし‥‥私のせいで勉強の邪魔をしたくは‥‥」

 

「そんな事気にしていたの?大丈夫よ。お姉さん、これでも優等生なんだから。それよりも、ホラ、いらっしゃい」

 

楯無はイヴの近くに座り、自らの膝をポンポンと叩き、此処に頭を乗せろと言うジェスチャーをする。

 

「‥‥」

 

イヴは花に戻る蝶の様に楯無に近寄り、彼女の膝に頭を乗せると、あっという間に寝入ってしまった。

楯無は微笑みながら、イヴの髪を撫でた。

 

 

それから数日後‥‥

 

イヴ宛てに束から荷物が届いた。

箱を開けてみると、その中には錠剤が入った瓶があった。

同封されていた手紙に寄れば、これはイヴのナノマシン、バハムードの活動を抑制する効力がある薬だと言う。

バハムード自体を破壊する事は出来ないが、活動だけは短時間だが、なんとか抑制する事ができ、アドレナリンの分泌を押さえる事により興奮を抑え、ナノマシンの活動を抑える効力があるらしい。

束から送られたこの薬のおかげでイヴはナノマシン制御と睡眠に関しては解決する事が出来た。

 

イヴが束のおかげでナノマシン制御と睡眠問題が解決した頃、簪の方も無事に日本代表候補生となる事が出来た。

次の目標は専用機枠に入る事だった。

そんなある日、簪は自身の従者である布仏本音と一緒に買い物へ行こうと誘われた。

本音からのこの誘いに簪は迷った。

遊びに行く時間なんて自分にはないが、今日は自分が大好きなアニメDVDの発売日であった。

ネット通販でも買えるが、店頭で直接購入すれば、特典の限定品グッズやポスターもついてくる。

その為、簪は渋々本音と買い物へ出かける事にした。

本音も普段はポワポワしているが、やはり、簪の事を気にしていた。

いつも眉間にしわを寄せて夜遅くまで参考書を読みふけり、学校と家、候補生の研修施設を行ったり来たりの生活。

友達も作らず、休日も家から出ずに机に向かって勉強をするかアニメか特撮のDVDを見ているだけ‥‥。

たまには外に出てリフレッシュをしてもらわないと‥‥

そんな思いがあって本音は簪を外へと連れ出したのだ。

 

また、この日イヴも外へ出かけた。

彼女自身も学校に関しては、通信教育であるが、ずっと更識家の離れで引きこもり生活をしている訳では無い。

楯無が休日の日には一緒に出ているし、楯無が居ない日でも近くを散歩に出ている。

今日、楯無は何か用事はある様で不在であるが、折角の休日なのでイヴは出掛けたのだ。

ただ、万が一のことを考え、髪の長さは短くし、帽子に伊達メガネをつけてジャケットにジーンズとボーイッシュな服装で出かけた。

 

そして、別々だが、この日出掛けたイヴ、簪、本音の三人はまるで運命の糸に導かれるかのように出会うこととなった。

 

 

「いやぁ~楽しかったね、かんちゃん」

 

「う、うん」

 

久しぶりに簪とお出かけした事に満足したのか本音は何時にも増して明るい笑顔で、簪も何だかんだと言いつつも、購入予定のアニメDVDと限定品の店頭特典を無事にゲット出来てご満悦の様子。

 

買い物を終え、自宅に帰る為に駅からバスへと乗った。

バスの車内には、そこまで込んでいる訳では無かったが、乗客がソコソコ乗っていた。

簪と本音は後ろの方の座席に座っている一人の乗客に目を奪われた。

その乗客は自分達と同い年ぐらいの子で、綺麗な銀髪にマリンキャップにジャケットにジーンズと動きやすい格好をした子だった。

顔立ちも日本人よりも西洋人に近い顔立ちだった。

銀色の髪がそれを引き立てていた。

 

「きれいな人‥‥」

 

「うん、もしかして有名人かな?」

 

二人が気になった子は眼鏡をかけており、まるで芸能人が変装しているかのような出立だったので、二人は有名人が変装をしているのではないかと思った。

一方、その子も簪の姿を見て、顔には出さなかったが、

 

(楯無さん!?いや、よく見るとちょっと違う‥‥眼鏡をかけているし、髪留めもつけている‥それに雰囲気もちょっと違う‥‥身内の人かな?)

 

楯無に似ている簪の顔を見て驚いていた。

やがて、バスは発車時刻となり、駅のバス停を出発した。

バスは順調に路線を走っていたのだが、ある銀行の前のバス停にバスが到着すると、銀行から二人組の男達が出てくると、バス停に並んでいた人達を押し退けてバスへと乗ると、

 

「てめぇら!!死にたくなかったら大人しくしやがれ!!」

 

男の怒声と共に一発の銃声がバスの中に響いた。

 

「おら、さっさと出せ!!」

 

拳銃を持った男は運転手に銃を突きつけ、バスを発車させた。

 

「ちっ、ちょっと欲張り過ぎたか?」

 

男達がバスの床にドサッと置いたバッグの中には大量の札束が詰まっていた。

拳銃に沢山の札束が入ったバッグ、そして銀行‥‥

これ等の要素からこの男達の正体が銀行強盗だと言う事が簡単に予測できた。

 

「それにしてもまさか、俺達が銀行に居る間にアシが駐禁に合うたぁついてねぇぜ‥‥」

 

普通、銀行強盗に押し入る時は時間との勝負でもあり、当然逃走手段を用意しているものだが、この強盗達、どうやら銀行に押し入っている間に止めてあった車が駐禁の取り締まりにあって逃走手段を失ったので、急所銀行の目の前に停まったバスを逃走手段としてバスジャックしてきたのだ。

 

「あ、兄貴~俺、捕まりたくねぇよぉ~」

 

「バカやろう!!ムショ送りになるくらいなら、乗客(こいつら)全員道ずれにしてやるぜ!!」

 

兄貴分の男が血走った目で拳銃を向けながら、乗客たちを睨む。

自分達がいきなり、凶悪犯罪に巻き込まれた事で運転手、乗客は不安、恐怖に包まれる。

顔色は悪く、震えている者も居る。

 

「か、かんちゃん‥‥」

 

「ほ、本音‥‥」

 

本音も怖いのか震える手で簪にギュッと抱き付き、簪も本音同様、震える手で本音の事を抱きしめている。

普段、男は女には勝てないと豪語している者も世間でそう言われている女尊男卑の常識は、ISがあればの話であり、丸腰の女が拳銃で武装している男に勝てるのかと言われたら、それはほぼ、NOである。

今回このバスジャックに巻き込まれた女性達はそれを改めて認識してもらいたい。

運転手、乗客が不安と緊張、恐怖に呑まれている中、平然とした様子で強盗犯達を見ている者が居た。

 

(な、なんだ?此奴は?)

 

兄貴分の強盗犯はその者の存在に気づいていたが、特に抵抗する様子もなかったので気にはなったが放置した。

すると、後ろの方からパトカーのサイレンの音がして来た。

強盗に入られた銀行が警察に通報したのだろう。

 

「おい、もっとスピードを上げろ!!」

 

拳銃を持っている兄貴分の強盗が再び運転手に拳銃を突きつける。

 

「そ、そんなこれで限界です!!」

 

運転手は震える声でこれ以上スピードは出ないと言う。

 

「ちっ、おいノブ、おめぇ運転代われ!!」

 

「ウッス、おらぁ、退け!!」

 

「ひぃっ」

 

兄貴分の強盗は弟分の強盗犯にバスの運転を代わらせた。

 

「おらぁ、どけ、どけ!!」

 

弟分はハンドルを握ると性格が変わるのか、並走して追いかけてくるパトカーにバスの車体をぶつけて追撃を振り切ろうとする。

バスの車体が傷つこうが車内が激しく揺れようが関係なく、荒っぽい運転で警察からの追撃を振り切ろうとする。

そんな中、

 

「びぇー!!」

 

乗客の中の一人の幼児が泣き出した。

 

「おい、うるせぞ!!さっさと黙らせろ!!」

 

「す、すみません~」

 

母親はビクッと体を震わせながら、怯える声で強盗犯に謝る。

 

「タマちゃんが~タマちゃんが~」

 

幼児はこの荒っぽい運転の中、手にしていたぬいぐるみを落としてしまった様で大好きなぬいぐるみが自分の手の届かない所に落ちてしまった事に対して泣いているのだ。

幼児の甲高い泣き声が強盗犯を苛立出せる。

そんな中、

 

「はい、タマちゃん」

 

泣いている幼児にぬいぐるみを手渡す者が居た。

マリンキャップを被り、短い銀髪をした子で、その子はバスジャックの最中、何の恐怖も抱かず、平然とした様子でバスの床に落ちていたぬいぐるみを拾い、幼児に手渡す。

そこへ、

 

「おい、誰が動いて良いって言った?あん?」

 

兄貴分の強盗が近づき、

 

「誰が動いて良いって言った!?」

 

その子の顔を思いっきり拳で殴った。

 

「「っ!?」」

 

強盗犯のこの行動に乗客達は全員息を呑む。

殴られた拍子にその子が被っていたマリンキャップと眼鏡が床に落ちる。

その事から強盗犯の拳はかなりの威力があったと思われたが、殴られたその子は痛がる様子もなく、また口の中を切った様子もなかった。

 

「ちぃ、大人しく座っていろ」

 

強盗犯がそう言うとその子は外れた帽子と眼鏡を拾い、何事もなかったかのように座席へと座った。

 

(咄嗟に頬の皮膚を鋼鉄に物質変換をして正解だった‥‥)

 

(あのヤロー、何て固い頬骨をしていやがるんだ‥‥)

 

反対に銀髪の子を殴った強盗犯の拳は赤くなっていた。

その間にも追いかけてくるパトカーの数は増えてきている様だった。

 

「あ、兄貴~どうしようぉ~このままじゃ、俺達捕まっちまうよぉ~」

 

「ちくしょう、捕まってたまるか!!俺は絶対に逃げ延びてやるぞ!!幸い、こっちには人質が大勢いるからな‥‥俺達が本気だって所を見せてやる!!」

 

そう言って乗客達を見渡すと、気弱そうな男の乗客を見つけると、

 

「おい、お前、ちょっと来い」

 

「えっ?」

 

「いいから来い!!」

 

強盗犯はその気弱そうな男の後ろ襟を掴んで前へと進んで行く。

 

「ノブ、前扉をあけろ」

 

「へい」

 

「あ、あの‥‥」

 

「解放してやる。嬉しいだろう?ん?」

 

強盗犯はその男の背中を足蹴りして男を走行中のバスから突き落とそうとする。

今のバスの速度から落ちたら怪我では済まない。

故に男も落されてたまるかと言う思いで必死に手すりに掴まる。

 

「俺達を刺激したらヤバいって事を警察の連中に教えてやんねぇーとな‥‥」

 

「うわぁぁ、た、助けて!!」

 

「人質は女と子供で十分だ!!ホラ行けよ!!」

 

強盗犯の行動に簪は震えるだけしか出来なかった。

日本の代表候補生になっても専用機が無い今の自分は余りにも無力だった。

こんな時、アニメなら、正義の味方が来てくれるのだが、現実はそう甘くはない。

姉ならば、この局面をどう乗り切るだろうか?

そんなことばかりが脳裏を過ぎる。

その時、隣に座っていた本音がいきなり立ち上がると、

 

「止めろ!!」

 

普段の本音らしからぬ大声を上げる。

 

「ほ、本音」

 

本音のこの行動に簪は驚きあたふたする。

拳銃を持っている強盗犯に本音は真っ向から対立したのだ。

 

「おい、お嬢ちゃん?今なんて言った?」

 

気弱な男を突き落とそうとしていた兄貴分の強盗は男を突き落とすのを止め、ゆっくり本音に近づいてくる。

 

「よく聞こえなかったわ~もういっぺん言ってくれるかな?お嬢ちゃん」

 

「や、止めろって言ったんだ」

 

本音の声は恐怖で完全に震えている。

 

「ほぉ~随分と大口を叩くじゃねぇか。『男は女に勝てない。戦争をすれば三日で男は絶滅する?』世間じゃ、女共がそんな事をほざいているみてぇだが、お前もそんなことを言う口か?ああん?その割には随分と震えているじゃねぇか?ん?武者震いってやつか?ハハハハハ‥‥」

 

拳銃を本音に向けながらニヤついた笑みを浮かべる兄貴分の強盗。

このままでは、本音が強盗に殺されてしまう。

そんな予感が簪の脳裏を過ぎる。

 

(誰か‥‥誰か、本音を助けて!!)

 

簪が目を閉じて心の中で助けを求めると、

 

「またテメェか!?」

 

「っ!?」

 

簪が目を開けると、先程、強盗に殴られたあの時の銀髪の子が本音と強盗犯の間に立っていた。

 

「このヤローさっきから‥‥いい加減にしねぇと撃ち殺すぞ!!」

 

強盗犯は拳銃の銃口をその子へと向ける。

 

「そんなオモチャで私がビビると思っていたのか?」

 

「な、なにぃ!?」

 

「強がるなよ。三下」

 

「て、テメェ!!」

 

完全に頭に血が上った強盗犯は拳銃の引き金に指をかけ、引いた。

バスの車内に再び銃声が響いた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

銃声が止み、バスの車内は静まり返った。

運転手、乗客達は唖然とし、それは拳銃を発砲した強盗犯も同じだった。

 

「‥‥だから、言っただろう?」

 

銀髪の子の手には盾があり、それが拳銃の弾丸を防いでいた。

 

「何もない所から盾を!?あ、ISか!?」

 

「そんなこと、いちいちお前に言うと思っているのか!?」

 

次に銀髪の子は座席をガシッと掴むと、なんと座席を引っぺがし、それを強盗犯にぶつけた

 

「ぐぇ!!」

 

座席を投げつけられた強盗犯はカエルが潰れた様な声を出し、ノックアウトされ、

 

「あ、兄貴~!!」

 

兄貴分がやられた事に気づいた弟分が運転席から離れ、倒れている兄貴分に近づく。

 

「運転中に非常識な事をするなよ!!」

 

弟分の首に手刀を入れて昏倒させると、銀髪の子は素早く無人となった運転席に座るとハンドルをきりながら、ブレーキを踏む。

キキィッと甲高い音を立ててようやくバスは完全停車した。

 

「ふぅ~もう、大丈夫ですよ」

 

銀髪の子が声をかけると、

 

「やった!!」

 

「助かったんだ!!」

 

とバスの皆は歓喜声を出す。

そんな中、

 

(あっ、でもちょっとやりすぎたな‥‥シート壊しちゃったし‥‥)

 

銀髪の子がやり過ぎたと思っていると、

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?」

 

「た、助けてくれてありがとう~」

 

先程強盗に真っ向から対立したポワポワした子がお礼を言ってきた。

 

「あっ、うん‥‥」

 

その時、遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 

「あっ、警察の事情聴取は具合が悪いので、私はこれで」

 

「あ、あの‥名前は?」

 

「名乗る程の者じゃありません」

 

そう言って急いで銀髪の子は外へと出て行った。

その後姿を見て、

 

「かんちゃん‥‥」

 

「なに?」

 

「正義の味方って本当にいるんだね‥‥」

 

「うん」

 

本音はそう呟き、簪は頷きながら尊敬の眼差しで見ていた。



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15話

 

自身の従者である本音に連れ出されて彼女と共に買い物へ出掛けた簪。

しかし、彼女達はその帰りにバスジャック事件に巻き込まれてしまった。

犯人の行動に本音は真っ向から対立し、あわや殺されそうになった時、乗客の一人の銀髪の子が本音を庇い、さらに犯人達を倒してしまった。

犯人達を倒し、バスを止めたその子は名を名乗らず、警察が来る前に姿を消してしまった。

そして、二人は警察の事情聴取が終わり、家路へと向かっている最中、

 

「ほ、本音」

 

簪が恐る恐る本音に声をかける。

 

「なに?かんちゃん」

 

「その‥‥ゴメン」

 

簪は本音に頭を下げて謝る。

 

「えっ?」

 

突然、主から謝れ、本音は首を傾げる。

 

「本音がピンチの時、助けられなくて‥‥私、代表候補生なのに本音を助けられなかったから‥‥」

 

簪は本音から視線を逸らし気まずそうに言う。

 

「ISが無いんじゃ仕方ないよ。それにアレは私が勝手にした事だし、かんちゃんが気にする事はないよ~それに私もかんちゃんもこうして無事なんだからいいじゃん~」

 

本音は何時もの様に簪に笑みを浮かべている。

簪にとって本音のその笑みが辛かった。

更識家の者なのに‥‥

日本の代表候補生なのに‥‥

私は自分の従者が命の危険にさらされていた時、震えて何も出来なかった。

姉の様に専用機があれば、あの時自分が犯人達を捕まえられたのかもしれない。

自分が物凄く惨めに見えると同時に、あの時本音を救い、犯人達を捕まえ、颯爽と去っていったあの人が物凄く恰好よかった。

あれこそ、まさに自分が憧れるヒーローの姿だった。

 

「はぁ~」

 

簪は深いため息を吐く。

 

「どうしたの?かんちゃん?」

 

「ううん、なんでもないよ、本音」

 

今はまだ自分には専用機が無いが、必ず手に入れてやる。

そうすれば、自分は姉に近づける。

自分もあの人の様にヒーローになれる。

簪はそう思いつつ、本音と共に家に帰った。

 

 

その日の夜‥‥

 

「今日は随分と派手な事をしたわね」

 

夕食の後、楯無がイヴにいきなり会話をふった。

 

「えっ!?な、何の事でしょうか?」

 

ビクッと体を震わせ、楯無から視線を逸らすイヴ。

 

「とぼけても無駄よ。今日バスジャック事件があったのだけど、その時の犯人を捕まえたの‥‥イヴちゃんでしょう?」

 

「な、何のことやら‥‥?」

 

「あくまで、白を切るつもり?」 

 

顔を逸らしつつ冷や汗を流しているイヴ。

これでは、全く隠してはいない。

 

「しょ、証拠でもあるんですか?それよりも楯無さんは何故、バスジャック事件の事を?」

 

「家は暗部の家系だから、色んな情報が入るのよ。それにその事件で私の妹とその従者が巻き込まれたのよ」

 

「妹?ああ、あの人か‥‥」

 

イヴは今日バスで乗り合わせたあの楯無そっくりの人が彼女の妹である事を知る。

そして、その事を思わず口走ってしまう。

 

「やっぱり、イヴちゃんなんじゃない」

 

「し、しまった!?」

 

咄嗟に手で口を押えるがもう遅い。

まさか自分で墓穴を掘ってしまうとは‥‥

 

「まぁ、警察の方には、更識として事情を説明しておいたからそこまで大事にはならないわ」

 

「うぅ~すみません」

 

「ううん、イヴちゃんのおかけで妹達が助かったのは事実だから、気にしていないわ。むしろ、姉として、更識家の当主としてお礼を言うわ。ありがとう」

 

楯無はイヴに深々と頭を下げ礼を言う。

 

「い、いえ‥‥そんな‥‥」

 

楯無に頭を下げられてお礼を言われて恐縮するイヴ。

 

「それよりも」

 

頭を上げた楯無は話題を切り替えた。

 

「?」

 

「イヴちゃん、私の事を『楯無さん』って呼ぶでしょう?」

 

「はい」

 

「でも、篠ノ之博士の事は『たばちゃん』でしょう?だから‥‥」

 

「だから?」

 

「私の事も愛称で呼んでほしいのよ」

 

「えっ?でも、楯無さん年上ですし、お世話になっている人ですから‥‥」

 

「篠ノ之博士もイヴちゃんよりも年上じゃない。それに私はそんな事は気にしないわ。さあ、イヴちゃん」

 

「うーん‥‥じゃ、じゃあ‥たっちゃん?」

 

(本音と同じ感性ね‥‥まぁ、でもいいか)

 

「じゃあ、今度から、私の事は『たっちゃん』って呼んでね」

 

「は、はい」

 

こうしてイヴは楯無も束に次いで愛称で呼ぶ事になった。

 

それから、時は流れ、楯無は無事にIS学園への入学を果たした。

そして、桜が舞う春の日、IS学園にて入学式が行われた。

理事長の話、生徒会長の話、そして新入生代表として楯無が挨拶を行った。

入学式のプログラムが順調に消化されていき、最後に今年、IS学園に赴任する事になった教師の紹介が行われた。

会場のステージに立ったその教師の姿を見て、新入生も、そして在校生も驚いた。

 

「今年度より我がIS学園に赴任する事が決まった織斑千冬先生です」

 

理事長が千冬の紹介をした後、千冬がマイクの前に立ち、

 

「ただいま、紹介に与りました織斑千冬です。今年度より、このIS学園の教師として皆さんにISの指導を行います。よろしくお願いします」

 

千冬が挨拶をすると新入生、在校生からは黄色い悲鳴が飛び交い、会場は耳が痛くなるほどの絶叫に包まれた。

しかし、皆が声を上げて千冬のIS学園就任を喜んでいる中、ただ一人、楯無だけは千冬の事をジッと見ていた。

楯無は束と織斑一夏から聞いていた。

彼女が弟と共にこれまで織斑一夏に対しどんな事をして来たのかを‥‥

彼女のとった愚かな行いによって織斑一夏はその存在を抹消され、タッカーの非情な研究により生物兵器のイヴとなってしまった事を‥‥

それらの言動を見ると、彼女が本当にブリュンヒルデの称号に相応しい人物なのか?

また、教師として人を導ける存在なのかを疑問に感じてしまう楯無であった。

 

(そういえば、イヴちゃん受験で此処を受けるのよね‥‥大丈夫かしら?)

 

次の受験でイヴはIS学園を受験する予定となっている。

だが、今年からそのIS学園には、イヴにとっては嫌悪する存在、織斑千冬が在籍する事になった。

楯無は歓声が轟く中、一人不安を感じ、後でイヴに知らせる事にした。

そして、入学式が終わると楯無は早速イヴに電話を入れた。

 

「そうですか‥‥織斑千冬が‥‥」

 

「ええ‥‥どうする?受験する学校を変える?」

 

「いえ、変えません」

 

「でも‥‥」

 

「私はもう、織斑一夏ではありません‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスです。織斑千冬とは赤の他人なんですから‥‥大丈夫です‥‥」

 

「そう?」

 

イヴ本人が大丈夫と言うので、楯無は彼女の言葉を信じる事にした。

 

楯無からの電話を切ったイヴは、

 

「‥‥織斑‥‥千冬‥‥」

 

千冬の名を苦々しく口走り、握り拳を作った。

そして、彼女の深層心理の奥では‥‥

 

『ん?思ったよりも私を起こすのが早かったな‥‥いいぞ、お前の憎しみ‥怒り‥憎悪‥お前のその負の感情がより私に力を与えてくれるのだからな‥‥イヴ、いや、織斑一夏、憎め、そして怒れ!!それこそがお前のイヴ(生物兵器)としての力を高めるのだからな!!ハハハハハ‥‥』

 

彼女の中で眠っていたもう一つの人格を目覚めさせる事になった。

 

一方、簪の方はこれまでの努力の成果が出て、代表候補生の中でも国家代表に近い代表候補生、専用機枠へと入る事が出来た。

ただし、肝心の専用機に関しては現在日本が量産している第二世代機、打鉄の次世代機と言う説明を受け、まだ手元にないが、確実に専用機が手に入る事をIS委員会から説明を受けた。

簪は今までの人生の中で、この知らせを聞き喜んだ。

これで、姉の一歩近づけたと‥‥

 

 

IS学園は全寮制の学校であるが、卒業するまで家に戻れない訳ではない。

週末に帰省届けを出せばちゃんと実家に帰ることは出来る。

その為、楯無は毎週、実家に戻っている。

 

「あっ、簪ちゃん‥‥」

 

「‥‥」

 

そして実家に戻れば当然、家の中で妹と鉢合わせする機会だってある。

廊下で楯無は簪と鉢合わせをした。

楯無は気まずそうな顔をするが、簪はわれ関さずの姿勢を貫いている。

簪は楯無の姿を見ても声をかける事無く、その場をから去ろうとする。

 

「あっ、待って簪ちゃん」

 

「‥‥何?私は忙しいのだけれど?」

 

棘のある声でさっさと要件を言えと言う簪。

 

「‥‥代表候補生の専用機枠に入ったって聞いたわ‥その‥おめでとう」

 

「‥‥」

 

楯無の話を聞き、それに返答することなく簪はスタスタとその場から去っていった。

 

「簪ちゃん‥‥」

 

楯無は寂しそうに簪の後姿を見ていた。

 

それから‥‥

 

「どうかしたの?たっちゃん。元気ないね、学園で何かあった?」

 

更識家の離れで楯無はイヴに膝枕をしていたが、イヴは楯無が何となく元気がない事に気づいた。

学園にはあの織斑千冬がいるのだ‥その為、イヴは楯無が学園で何かされたのかと思った。

 

「ううん、なんでもないよ、イヴちゃん」

 

楯無はイヴの髪を撫でて笑みを取り繕う。

これ以上年下のこの子を不安にさせてはならない。

彼女は自分がこうして週末、学園から戻り、此処を訪ねてくることを楽しみに待っているのだから‥‥

 

「‥‥辛い事があれば、話を聞きますよ」

 

「ありがとう、イヴちゃん。でも、本当に大丈夫だから‥イヴちゃんはゆっくり眠りなさい」

 

「ん‥‥」

 

楯無の言葉を聞き、イヴは一応、納得した様子で目を閉じ、静かに眠った。

 

 

翌日‥‥

 

イヴの下に束から電話があった。

 

「たばちゃん?」

 

「ハロハロ~久しぶり~いっちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「いやぁ~以前、青髪からいっちゃんが今度IS学園を受験するって聞いてね、それで、いっちゃんにプレゼントを送ろうと思ってね」

 

「プレゼント?」

 

「うん。直接手渡ししたいから来てくれるかな?」

 

「うん、いいよ」

 

「じゃあ、待っているね」

 

そう言って束は電話をきった。

 

「電話、篠ノ之博士から?」

 

楯無がイヴ宛ての電話の相手を尋ねる。

最も今のイヴに電話をして来るのは束か楯無の二人位だ。

 

「うん、何か渡したいものがあるんだって」

 

「渡したいもの?」

 

「うん、なんだろう?あっ、でもたばちゃんの所に行くにしても移動手段がない‥‥」

 

束の下に行くにはヘリかISでいくしかない。

だが、イヴはヘリの運転なんて出来ないし、自分のISを持っていない。

 

「ど、どうしよう~」

 

「それなら、私が連れて行ってあげるわ」

 

「たっちゃんが?」

 

「ええ」

 

確かにイヴの近くで束の下へ連れて行ける事が出来るのは楯無だけだ。

 

「‥‥お願いします」

 

イヴは楯無に頼む事にした。

そして、やって来た束の秘密研究所。

 

「いらっしゃーい、いっちゃーん!!」

 

研究所へとやってきたイヴを束は両手をバッとイヴを出迎える。

ついでにイヴと一緒に来た楯無の姿を見ると、若干しらけた顔をして、

 

「なんだよぉ~青髪も来たのか~」

 

ボヤくように言う。

 

「たばちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ。たっちゃんは態々私を送ってくれたんだから」

 

「たっちゃん!?」

 

「うん、楯無さんだから、たっちゃん」

 

「へぇ~たっちゃん‥ねぇ‥‥」

 

束がジト目で楯無を見ると、楯無は、

 

「  ( ・`ω・´)ドヤッ!!  」

 

イヴから愛称を呼ばれるのは束だけのアドバンテージだけではないとドヤ顔で決める。

 

(よし、アイツ、後で〆る)

 

束は後で楯無とO・HA・NA・SHIをする事を決めた。

 

「それで、たばちゃん、今日は何の用なの?」

 

「あっ、そうだ。青髪からいっちゃん、来年IS学園を受験するって聞いたから、いっちゃんの為に専用機を用意しておいたんだよ」

 

「専用機?」

 

「まぁ、いっちゃんの場合、本来はISなんていらないんだけど、IS学園に行くならね‥‥それに学園の訓練機だと、ISの方がいっちゃんの力に耐えられないと思うから」

 

「確かに‥‥」

 

束はイヴの力に普通のISでは、イヴの反応や力に耐えられないと言う理由からイヴに専用機を用意したのだ。

それについては暗殺者時代のイヴと戦った楯無は同意した。

むしろ、ISを装備したらイヴの枷になってしまうのではないかと思うぐらいだ。

 

「それじゃあ、早速お披露目するよ」

 

束がイヴの専用機が保管されている格納庫へと案内する。

そしてレバーを上げるとスポットライトが点灯し、其処に置かれていた一機のISを照らす。

 

「こ、これは‥‥」

 

「おおお‥‥」

 

格納庫には白と金を基調としたISがあった。

ただ、ISは通常、人型を意識した作りとなっているのだが、そのISは何となく竜をイメージした作りとなっていた。

羽根の形状や手足の部分が通常のISと異なり鋭い鍵爪状となっていることがこのISがより人型よりも竜に近い事を意識させる。

 

「これが、イヴちゃんの専用機『リンドヴルム』だよ」

 

「リンドヴルム‥‥」

 

リンドヴルム‥‥主にドイツやスカンディナヴィアに伝えられている大蛇ないし翼のあるドラゴンとして語り継がれている伝説の生き物。

 

「此方がイヴ様、専用のISスーツです」

 

クロエがイヴに専用のISスーツを渡す。

 

「あっちに簡易更衣室があるから着替えてきて、あっ、くーちゃんも一緒について行ってあげて」

 

「う、うん」

 

「承知しました。イヴ様、此方です」

 

イヴはクロエからISスーツを受け取り、クロエと共に更衣室へと向かった。

二人が完全に更衣室に入った後‥‥

 

「おい、青髪」

 

「何かしら?篠ノ之博士」

 

「どうして、いっちゃんがお前を愛称で呼んでいる?」

 

「あら?気になる?」

 

楯無は再びドヤ顔で束に尋ねる。

 

「そのドヤ顔ムカつくから止めろ。いいから答えろ」

 

「まぁ、イヴちゃんの衣食住を提供しているし、当然のことだと思いますが‥‥?」

 

「くっ、やはり過ごす場所と時間の差が‥‥」

 

イヴと共有する時間の差からイヴが楯無を愛称で呼ぶのも仕方がない割り切る束。

 

「今は、寮生活ですが、実家に居た頃はイヴちゃんと一緒に寝ていましたし、週末、実家に帰った時も一緒に寝ていますよ」

 

「なに!?お前そんな、うらやま‥‥もといけしからんことを!!いっちゃんに変な事をしたんじゃないだろうな!!」

 

「変な事?」

 

「いっちゃんにあんな事やこんな事、更には恥かしい衣装を着せて恥ずかしい台詞を無理矢理言わせているんじゃないだろうな!!」

 

顔をほんのりと赤く染め、己の願望をぶちまける束。

 

「‥‥篠ノ之博士がイヴちゃんに対してどんな願望を抱いているかよくわかりました」

 

楯無は束を白い目で見てドン引きしていた。

 

「たばちゃん、着替えたよ」

 

そこへ、ISスーツに着替えたイヴがやって来た。

 

「おお、よく似合っているじゃん」

 

「そ、そうかな?」

 

束に似合っていると言われ、頬を染めて照れるイヴ。

 

(えっ?何?あの恰好‥‥)

 

イヴが着ているのは通常のISスーツではなく、こげ茶色のブーツにベージュ色の上下ツナギ、首には白いマフラーを巻いていた。

 

(あれが、イヴちゃんの専用ISスーツ?まるで第二次世界大戦中の兵隊ね‥‥)

 

楯無はイヴのISスーツを見て真っ先に思いついた感想を述べる。

通常、ISスーツはスク水かレオタードの様な形状であるが、今イヴが着ているのは第二次世界大戦中の飛行服の様な恰好だった。

 

「あ、あの‥篠ノ之博士、なんでイヴちゃんのISスーツはあんな格好なんですか?」

 

余りにも場違いな感じのISスーツに楯無は何故、この様なISスーツをイヴに着せたのかを束に尋ねる。

 

「仕方ないでしょう、私だっていっちゃんのISスーツ姿を見たかったよ、でも、普通のISスーツじゃ、肌の露出が多すぎるでしょう。試合中、もし、いっちゃんの体に何処か変化が現れたらマズいからね」

 

「な、成程」

 

束の話を聞き、納得した楯無。

 

「それじゃあ、いよいよ、ISに乗ってみようか?」

 

「は、はい‥‥」

 

イヴは緊張した面持ちで自身の専用機、リンドヴルムの前に立った。

 

「えっと‥‥この後、どうすれば‥‥」

 

「リンドヴルムを手で触れてみて‥IS適性があれば、自然とISが答えてくれるよ」

 

「もし、IS適性がなかったら?」

 

「多分、それは無いと思うよ」

 

「私もそう思うわ」

 

イヴはもし、自分にIS適性がなかった場合を尋ねるが、束はそれを100%否定した。

楯無も束同様、イヴにIS適性がないなんてありえないと言う。

 

「さあ、勇気を出して触ってみて‥‥」

 

「う、うん‥‥」

 

イヴは恐る恐るリンドヴルムへと触れる。

すると、イヴの脳内に様々な数式、文字が入り込んできた。

 

「うっ‥‥なに‥これ‥‥」

 

脳内に突如、凄まじい量の情報量が一気に流れ込んで来て少し気分が悪くなる。

やがて、リンドヴルムが眩い光を放つ。

余りの眩しさに楯無と束も目を閉じる。

そして、目を開けた時、其処にはリンドヴルムを纏うイヴの姿があった。



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16話

束からの用があると言われ、楯無に束の秘密研究所へと連れて来てもらったイヴ。

そこで、イヴは束から専用機なるイヴだけのISを貰った。

そしてISの他にも専用のISスーツも貰った。

通常のISスーツとは異なるコスプレ衣装の様なISスーツに疑問を感じた楯無であったが、束の説明とイヴの体の事を踏まえると納得した。

そして、いよいよ専用機に‥‥ISに乗る時が来て、束の指示通りイヴが自身の専用機、リンドヴルムに手を触れる。

すると、イヴの脳内には数多くの情報が流れ、眩い光が辺りを包み、光が収まると、リンドヴルムを纏ったイヴの姿がそこにあった。

 

「こ、これは‥‥」

 

イヴはISを纏った自身の体を見渡す。

 

「どう?いっちゃん?体に何か違和感とかない?」

 

「ううん‥‥大丈夫‥‥体にしっくりくる‥‥」

 

「じゃあまずは歩いてみて、普通に歩行する感じで‥‥」

 

「う、うん」

 

束の指示に従い、イヴは恐る恐る歩き出す。

 

「そうそう、上手い、上手い。それじゃあ、次は飛んでみようか?」

 

束がスイッチを押すと、天井が開き、青空が広がる。

 

「飛ぶ?」

 

「うん、ISは飛行能力も有しているからね。まずは翼を広げる事をイメージして」

 

「う、うん」

 

イヴは以前、タッカーの研究所で飛んで行った時の事を思い出し、束の指示通り、まずは翼を広げる事をイメージする。

すると、背中のウィングユニットが開く、

 

「‥‥飛べ」

 

イヴが一言呟くとリンドヴルムは空へと舞い上がった。

双眼鏡で空へ飛んだイヴの様子を確認する束と楯無。

 

「流石、いっちゃん。初めての飛行も手慣れているね」

 

「ええ、初めてISで飛行する場合、ISの動きについて行けずに大きく動きがぶれたり、その後で墜落するケースが多いのですが、鳥の様に自由に飛んでいますね」

 

空を飛ぶことに慣れているイヴだからこそ、出来る芸当なのだろう。

束も楯無も感心したように呟く。

 

「次は武装チェックね」

 

インカムでイヴに指示を送る束。

 

「この子の武装は‥えっと‥ドラグーン・システム?」

 

束からの指示でリンドヴルムに搭載されている武器を調べると、まず最初に出てきたのが、分離式統合制御高速機動兵装群ネットワーク・システム、通称ドラグーン・システムと呼ばれる武装だった。

全く聞き慣れない武装なのにイヴの脳内にその武装の原理が入って来る。

 

(この子がまるで私に教えてくれているみたい‥‥)

 

「いくよ‥‥リンドヴルム‥‥」

 

イヴがドラグーン・システムを発動させると、ウィングユニットについているアーチ状の突起物が分離する。

 

「あれって、イギリスで最近開発されたブルーティアーズ?」

 

リンドヴルムの周りを飛ぶドラグーンを見て楯無が思わず声を出す。

 

「そうだよ、あのリンドヴルムには、各国が開発中の武装や開発したばかりの武装が搭載されているんだよ。いっちゃんの体の問題上、様々な武装を施して少しでも誤魔化しがきくようにしておかないとね。ああ、ついでに言うと青髪、お前のISのデータも参考にさせてもらっているから」

 

「え“っ!?」

 

自分の愛機のデータが知らぬ間に流用されている事にギョッとする楯無。

 

「い、いつの間に!?データを!?」

 

「お前のISを修理した時」

 

「‥‥」

 

束はシレッとミステリアス・レイディのデータを取った時の事を言う。

そんな束に楯無はジト目で見るが、束はそんな事お構いなしに双眼鏡で空のイヴの様子を見ている。

イヴはドラグーンをピュン、ピュン飛ばしながら空を飛んでいる。

 

「いっちゃん、これから的を表示するからドラグーンで撃ってみて」

 

「うん」

 

イヴの前には多数の的が表示される。

すると、イヴは的に向かってドラグーンを飛ばし、的の中心を射抜いていく。

 

「上手いな、もうドラグーンを使いこなしている」

 

「あれって確か空間認識能力とそうとう意識を集中しないと使いこなせない筈よね?」

 

平然とドラグーン・システムを使いこなしているイヴに顔を引き攣らせる楯無。

一基や二基は兎も角イヴは左右五基、計十基のドラグーンを使いこなしている。

しかも‥‥

 

(あっちの的は‥‥)

 

イヴは離れた場所の的を左肩に装備されているレール・ガン、スターライト・ゼロで撃ち抜いた。

 

「ちょっ、今、イヴちゃんドラグーンを使いながら、別の武器も使ったんだけど‥‥」

 

「いっちゃんなら、それぐらいできるさ」

 

(いやいや、ドラグーン十基を平然と使用しているだけでも凄いのに、ドラグーンを使用中に別の武装を使用できるなんて‥‥しかも平然と動いているし‥‥)

 

今現在、ブルーティアーズを使用しているイギリスの候補生でさえ、ティアーズを扱うのが一杯一杯でティアーズの使用中は動けないし、ましてや他の武装を使用するなんてことは出来ていない中、イヴはそれを易々乗り越えている。

それはつまり、現時点でイヴは代表候補生以上の実力を有していると言う事を証明していた。

的を全て撃ったイヴはドラグーンを呼び戻す。

 

「えっと‥‥次は‥‥近接戦闘武装、バルニフィカス?」

 

「おっ?いっちゃん、次はバルニフィカスを出したね。いっちゃん、いっちゃん」

 

双眼鏡でイヴが近接武器を取り出したのを確認すると、束はイヴに通信を入れる。

 

「たばちゃん?」

 

「いっちゃん、そのバルニフィカスは近接用の武器で、それ一本で、大鎌(ハーケンフォーム)、戦斧(アサルトフォーム)、グレートソード(ザンバーフォーム)の三つの機能を兼ね揃えているんだよ」

 

「「三つも!?」」

 

束の説明を聞き、バルニフィカスの機能に驚くイヴと楯無。

 

「大丈夫、大丈夫、いっちゃんなら使いこなせるから」

 

束の根拠のない説明に「大丈夫か?」と思いつつ、イヴはバルニフィカスを使う。

実際使いこなせるのかと思ったイヴであったが、いざ使ってみるとリンドヴルムが使い方を教えてくれるかのようにイヴはバルニフィカスを使う。

演武をするかのようにバルニフィカスを振り、そして状況によっての武装形態の切り替えは、楯無でさえも見とれてしまう程のモノだった。

 

「青髪」

 

「なんでしょう?」

 

「いっちゃんと戦ってみる?」

 

「えっ!?」

 

束からの誘いに戸惑う楯無。

強者の実力を知りたい、戦いと言う欲求は武人として当然の欲求である。

でも、相手は恐らく世界最強の生物兵器が乗るIS‥‥

苦戦は必至である。

 

「今回はリンドヴルムの試運転だからガチでやらなくてもいいよ」

 

「わ、わかりました。やらせてもらいます」

 

楯無はイヴと模擬戦をすることを決め、ミステリアス・レイディを纏う。

ミステリアス・レイディを纏った楯無はイヴが待つ空へと上がった。

 

「いっちゃん、これからそこの青髪と模擬戦をしてくれるかな?」

 

「たっちゃんと?」

 

「う、うん」

 

イヴが楯無の愛称を呼ぶことに少々抵抗のある束。

 

「わかった」

 

「ただ、今回はリンドヴルムの試運転が目的だからガチでやらないようにOK?」

 

「OK」

 

「ええ、いいわよ」

 

「では、試合開始!!」

 

束が試合開始の合図を出す。

試合が始まっても両者は動かず、向き合ったままの状態。

 

「こうしてイヴちゃんと戦うのはロシアの時以来ね‥‥」

 

楯無は蒼流旋を出現させ、構える。

 

「私はあの頃の事は映画やテレビを見ていた様な感覚だったので、実際にたっちゃんとこうして戦うのは、今の私にとっては初めてです」

 

そう言ってバルニフィカスをまずは、戦斧(アサルトフォーム)で構える。

バルニフィカスを構えるイヴと蒼流旋を構える楯無が対峙する。

そして、両者の目がカッと見開くと同時に二人は動き、楯無の蒼流旋とイヴのバルニフィカスはぶつかり合う。

両者のぶつかり合いはイヴが制し、楯無を上空へと押し上げる。

 

「なかなかやるわね!!イヴちゃん!!」

 

楯無はさらに上方へと飛び上がり、蒼流旋に装備されている4門のガトリングを連射した。

 

「くっ」

 

イヴが右手をかざすと、蒼流旋から放たれたガトリングガンの弾がイヴの前で静止する。

まるで、イヴの前に透明な壁があり、その壁にめり込む様な形で‥‥

 

「ちょっと、それってまさか、AIC!?」

 

まさか、ドイツで研究中の技術までもが搭載されていたとは思わなかった楯無はガトリングを撃つのをやめる。

楯無の銃撃が止むと同時にイヴは楯無の懐へと飛び込む。

再び楯無の蒼流旋とバルニフィカスがぶつかり合う。

 

「バルニフィカス、モードチェンジ、大鎌(ハーケンフォーム)!!」

 

イヴがオーダーを下すと、バルニフィカスは戦斧から大鎌へとシフトチェンジする。

 

「はぁあっ!」

 

大鎌の横薙ぎの一撃を楯無はバク転して躱す。

そして、体勢を立て直すと、再びイヴに向けガトリングガンを放つ。

 

「くっ」

 

イヴはまたAICを発動させながら、楯無に左手を向ける。

すると、楯無のISに衝撃が走る。

 

「うっ‥‥くっ‥‥今のは、衝撃砲!?」

 

リンドヴルムの手の掌には小口径だが、衝撃砲の発射口があった。

 

(全身武装しすぎでしょう!!)

 

衝撃砲を食らい体勢が崩れた楯無にイヴはバルニフィカスを大剣に変えて斬り込む。

そして、バルニフィカスが楯無の体を斬ると、

 

パシャッ

 

水音を立てて楯無の体が四散した。

 

「っ!?」

 

(しまった!?今のは、水で作った分身!!)

 

「そういつまでもやられるお姉さんじゃないわよ!!」

 

蒼流旋に水を螺旋状に纏わせてイヴの側面を突く。

 

「くっ‥‥」

 

イヴは大剣モードのバルニフィカスの刀身でそれを受け止める。

 

「まだまだ、いくわよ!!」

 

楯無がパチンと指を鳴らすと、イヴの至近距離で水蒸気爆発が起きた。

先程の水の分身を使って楯無は清き熱情(クリア・パッション)を発動させた。

 

「これで、決まったかしら?」

 

爆煙がおさまると、其処にはウィングユニット折り畳み、清き熱情(クリア・パッション)を防いだイヴの姿があった。

ISだが、まさにロシアの時と同じ方法で清き熱情(クリア・パッション)を防いだ。

ウィングユニットを再び広げてバルニフィカスを構えるイヴ。

楯無もすぐさま、蒼流旋を構える。

両者がそれぞれの獲物を手に向き合っていると、

 

「両者そこまで!!」

 

「「えっ!?」」

 

束が試合を強制的に終了させた。

 

「ど、どうして!?」

 

「そうですよ、良い所だったのに‥‥」

 

イヴも楯無も完全に不完全燃焼で不満そうに呟く。

 

「熱くなるのはいいけど、これはあくまで、リンドヴルムの試運転だってことをわすれないでね、あのままだと二人ともガチで続けそうだったし」

 

「「‥‥」」

 

「データも其れなりに取れたから二人とも戻って来て」

 

「ふぅ~まぁ、篠ノ之博士の言う通りね」

 

「そうですね。それに私もISを貰いましたから、機会があれば、この続きはいつでもできますものね」

 

「ふふ、そうね」

 

楯無は嬉しそうに微笑み、二人は空から格納庫へと戻った。

 

「お疲れ~二人とも~」

 

「お疲れ様です」

 

「それで、どうだった?初めてのISは?」

 

「楽しかった!!血沸き肉躍る感じで!!」

 

「そ、そう‥‥」

 

イヴは無垢な子供の様に初めてのISに満足した様子。

 

「お二方、汗をかきましたでしょう?シャワーの用意が出来ていますので、汗を流してきてはどうでしょうか?」

 

クロエがイヴと楯無の二人にシャワーを勧める。

 

「そうね」

 

そう言って楯無はミステリアス・レイディを待機モードの扇子へと変える。

 

「おおお‥‥」

 

イヴは初めてISを待機モードに変える光景を見て、思わず声を出す。

 

「‥‥あれ?私のリンドヴルムはどうやって小さくするの?」

 

しかし、イヴは待機モードへの移行を知らず、束にどうやったら、待機モードになるのかを尋ねる。

 

「それは、私がやっておくから、いっちゃんはシャワーを浴びてきなよ」

 

「う、うん」

 

イヴは束にリンドヴルムを任せて楯無と共にシャワールームへと向かおうとした。

その時、

 

「おい、青髪」

 

束は楯無を呼び止めた。

 

「ん?何でしょう?」

 

チョイ、チョイ

 

楯無を呼び止めた束は彼女を手招きする。

 

「お前、いっちゃんとシャワー入れるからっていっちゃんに変な事をするなよ」

 

「いやだなぁ~私はこれまで、イヴちゃんと寝食を一緒にして来た仲ですよ。その中で私達には何も関係はなかったし、なにより私とイヴちゃんは同性ですよ、篠ノ之博士が思うようなことはないですよ」

 

楯無は「嫌だな~そんなことある訳ないじゃない」と気軽そうに言う。

 

(本当かな?)

 

そんな楯無に束は懐疑的な視線を送る。

 

(ハッ!?そう言えば私、イヴちゃんがお風呂に入っている所見た事がなかった‥‥ヤバッ、意識したら、ちょっと興奮してきちゃった‥‥これって、もしかしてチャンス!?)

 

ただ、楯無は束に言われてイヴとのシャワーを意識してしまい興奮し始めた。

 

「おい、青髪、なんか邪な事を考えていないか?」

 

束は目を細めて楯無を睨む。

 

「いやだなぁ、気のせいですよ、気・の・せ・い。それじゃあ、私もシャワー浴びてきまーす!!」

 

楯無はそんな束の視線をスルーしてスキップでシャワールームへと向かった。

 

「‥‥」

 

スキップでシャワールームへと向かう楯無を相変わらずジト目で見る束であった。

 

 

「さてと、イヴちゃんはっと‥‥」

 

楯無がシャワールームに着くと、イヴは既にシャワーを浴びている様子だった。

脱衣所の篭にはイヴが先程まで来ていた飛行服(ISスーツ)があり、中からは水がしたたり落ちる音がする。

楯無は興奮する自分を理性で押さえてISスーツを脱ぎ、シャワールームへと入る。

 

「お邪魔します~」

 

そして、イヴが居る隣のシャワーを使う。

 

「~♪~♪」

 

イヴはシャワーを浴びながら鼻歌を歌っており、楯無が入って来たのに気付いていない。

楯無がついたての間と間からこっそりと中の様子を見てみると、

 

(や、やっぱり、イヴちゃん、可愛い~!!肌も白いし、胸もいい形だし、ボリュームもなかなか‥‥それにお尻の形もなかなかいいじゃない~)

 

(そして何より‥‥)

 

(シャンプーハットを使っている所がギャップを感じさせるわ!!)

 

ちょっと大人びた体なのに、シャンプーハットを使って髪を洗っている子供っぽいイヴにギャップ萌えを感じる楯無。

 

(イヴちゃん、お風呂には黄色いアヒルを浮かべているんじゃないかしら?)

 

そんな事を思いつつ、楯無は、イヴに声をかけた。

 

「イ~ヴ~ちゃ~ん」

 

「た、たっちゃん!?何時の間に!?」

 

「ついさっきよ。ねぇ、イヴちゃん」

 

「何でしょう?」

 

「背中、洗いっこしない?」

 

「えっ?」

 

「一人だと隅々まで洗えないでしょう?」

 

「はぁ~まぁ、いいですよ」

 

イヴは楯無の提案を受け入れた。

 

「それじゃあ、まずは私が洗ってあげるわね」

 

「ありがとうございます」

 

イヴはその長い髪を一束にして肩越しに前にやる。

楯無の眼前には無防備なイヴの背中がある。

 

「ゴクッ‥‥そ、それじゃあ、洗うわね」

 

「はい。お願いします」

 

楯無はスポンジにボディーソープを着け、泡立て生唾を一飲みした後、イヴの背中を洗う。

イヴは楯無の事を信頼しているのか、ジッと動かない。

 

(そう言えば、昔はよく簪ちゃんとこうして背中を洗いっこしたわね‥‥)

 

イヴの背中を洗っていると、楯無は昔、妹の簪とよくお風呂に入って背中を流し合った事を思い出した。

 

「たっちゃん?」

 

昔の事を思い出している内に楯無の手は無意識の内に止まっていた。

突然手を止めた楯無に何かを感じ取ったのか、イヴが振り向く。

 

「あっ、な、なんでもないわ」

 

楯無は慌てて取り繕うとイヴの背中を再び洗い始める。

そして、次にイヴが楯無の背中を洗う。

 

「‥‥ねぇ、たっちゃん」

 

「何かしら?イヴちゃん」

 

楯無の背中を洗いながらイヴが楯無に話しかける。

 

「‥‥何か、悩んでいるなら遠慮なく言ってね‥その‥‥私、たっちゃんの事‥好き‥だから‥‥」

 

(す、好き!?)

 

イヴの言葉に物凄い反応を示す楯無。

そして、イヴは楯無に自らの胸を押し付けつつ彼女を背中から抱きしめる。

 

「い、イヴちゃん!?」

 

「‥たっちゃんやたばちゃんが本当のお姉ちゃんだったらよかったのに‥‥」

 

イヴはなんだが悔しそうに呟いた。

一方、楯無の方は軽いパニック状態となる。

背中にはイヴの胸の感触、脳内にはイヴが言った「好き」と言う言葉と束の部分を除く自分が姉だったらよかったと言う言葉が何度もリピートされ、

 

「きゅ、きゅぅ~」

 

伸びてしまった。

 

「えっ!?たっちゃん?たっちゃん?たっちゃん?たっちゃーん!!」

 

急にのぼせてしまった楯無にあたふたするイヴ。

そして、シャワールームに楯無を呼ぶイヴの声が響いた。



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17話

束の秘密研究所へと行き、そこでイヴは自らの専用機を貰い、試運転と共に楯無を相手に模擬戦を行った。

決着はつかなかったが、互いに専用機持ちと言う事でこの先、戦う機会は幾度もあるだろう。

戦って汗を掻いた二人はシャワーを浴びに行った。

その際、楯無は束にくれぐれもイヴに変な事をするなと釘を刺された。

そして、やってきましたシャワールーム。

楯無がシャワーを浴びているイヴを覗き見ると、シャンプーハットを使っているイヴにギャップを感じ、その後、互いに背中を洗いっこした。

イヴに背中を洗ってもらっている中、イヴの胸と言葉に楯無はノックアウトされてしまった。

突然倒れてしまった楯無にイヴはオロオロする。

でも、何時までも倒れた楯無をこの場に放置するわけにはいかないので、イヴは倒れた楯無を担いで、脱衣所に向かった。

 

 

「~♪~♪」

 

歌声が聞こえる‥‥

その歌声に導かれるように楯無の意識が覚醒していく‥‥

 

「うっ‥‥うん‥‥?」

 

楯無が目を開けると、其処には子守唄を歌いながら、楯無の髪を撫でているイヴの姿があった。

彼女は今、イヴに膝枕をしてもらっている状態だった。

 

「~♪‥‥あっ、気がつきました?」

 

楯無が目を開けたのに気付いたイヴは歌うのを止め、彼女に声をかける。

 

「イヴちゃん?‥‥私‥‥」

 

「湯あたりしたみたいですね、大丈夫?たっちゃん」

 

「う、うん‥でも‥‥」

 

「ん?」

 

「もうちょっとこのままでいさせて」

 

「あっ、うん‥いいよ」

 

イヴに甘える様な仕草でもう少しイヴの膝枕を堪能したいと言う楯無。

 

(うふふ‥‥イヴちゃんの太もも、サイコー!!)

 

心の中で感想を絶叫する楯無。

 

「フフ、いつもとは逆だね、たっちゃん」

 

普段は楯無に膝枕をしてもらっているイヴにとっては何だか新鮮味を感じる。

イヴの太もも‥もとい、膝枕をある程度堪能した楯無は膝枕をされた状態のままポツリと呟く。

 

「ねぇ、イヴちゃん‥‥」

 

「なんでしょう?」

 

「さっき、私が本当のお姉ちゃんなら良かったって言っていたけど、『隣の芝生は青く見える』って言葉通り、私の妹になると色々苦労するし、きっと私の事を嫌いになるわよ」

 

「えっ?」

 

「以前、私に妹が居るってイヴちゃんに言ったわよね?」

 

「ええ」

 

「‥‥実は、私達姉妹‥‥あまり、仲が良くないのよ」

 

「えっ?」

 

楯無は妹の簪との仲が不仲である事実をイヴに告白した。

そして、そのきっかけをイヴに言う。

更識家が暗部に関わる家柄であり、自分は17代目の当主で楯無と言う名前は代々受け継がれている名前で本当の名前でない事、

自身の本当の名前は更識刀奈であると言う事、

かつて妹に「無能のままでいい、私が全部してあげる」と言って暗部と言う危険な世界に妹を連れ込まない様にしたのだが、上手くその言葉の意図が伝わらず、その言葉が決定的となり、自分達姉妹は、姉妹なのに赤の他人の様な関係となってしまった。

暗部と言う事で手の内を他人に悟らせない様に捻った言葉が不味かった。

だが、幼いときからその様な英才教育を施されて来た楯無にとって他の人の様に素直に直接伝えるという器用なマネが上手くできなかった。

昔は仲の良かった姉妹であったが、時が経つにつれ、次第に妹は自分の後を追いかけ始め、自分に変な対抗心を抱くようになっていった。

楯無本人としてはそんな事を望んでおらず、妹には妹個人として個性を抱いて生きて欲しかった。

今、妹がやっているのは自分のコピー行為‥‥

そんな事をしても出来上がるのは出来損ないの楯無モドキと言う名の劣化・模造品。

このままでは自分のせいで妹の人生を台無しにしてしまう。

だから、自分は更識家の当主となったあの日、妹にあの言葉を言って自分の後を追う事を諦めさせようとした。

でも、妹は反対にますます、自分の後を追う事に関して積極的になり始めた。

日本の代表候補生になったのも妹本来の意志ではなく、自分がロシアの国家代表だからと言う対抗心からだろう。

 

「だから、私の妹になるときっと私の事を今の様に見る事は出来ないわよ」

 

「‥‥でも、それは、たっちゃんの優しさからの誤解だと思います。‥‥そう考えると貴女は私の本当の義姉とは違ってやっぱり、優しい人です‥‥」

 

「‥‥ありがとう‥イヴちゃん」

 

流石に織斑千冬と同レベルにされるのは嫌であるが、イヴは本気で楯無か束が姉だったらよかったと言う願望を持っていた。

 

「たっちゃん‥‥」

 

「ん?」

 

「妹さんとの関係‥掛け違えたボタンは直す事は出来る筈です。たっちゃんと妹さんとの関係は私と違ってまだ完全に壊れていないと思いますよ」

 

「ん?なんで?そんな事が言えるのかしら?」

 

「少なくとも妹さんはまだ、たっちゃんを見ていると思うからです」

 

「本当にそうかしら?」

 

「ねぇ、たっちゃん。『好き』の反対語は何だと思いますか?」

 

「えっ?」

 

イヴは突然、楯無に国語の様な問題を尋ねる。

 

「‥『嫌い』じゃない?」

 

「ええ、文章的には『嫌い』ですが、人と人との繋がりおいて『好き』の反対語は『無関心』だと私はそう思っています」

 

「無関心‥‥」

 

「はい。妹さん、たっちゃんの後を追って日本の代表候補生になったんですよね?それなら、妹さんは少なくともまだたっちゃんの事を見ているって事ですよ。妹さんは今でもたっちゃんの後ろを必死に追いかけている‥それなら、たっちゃんが立ち止まり、振り返って手を差し伸べる事も出来る筈ですよ」

 

イヴは微笑みながら楯無にまだ妹との関係修復のチャンスはあると言う。

 

「ありがとう、イヴちゃん」

 

イヴの言葉に楯無は目を潤ませて礼を言った。

 

(私の場合は、『嫌い』『無関心』を通り越して、『憎悪』『復讐心』なのかもしれないけど‥‥)

 

イヴはかつて自分の家族である、織斑千冬、織斑百秋についての印象を心の中で自分なりに解釈をしてみた。

 

「たっちゃん」

 

「ん?」

 

「涙で顔、濡れちゃっていますよ、もう一回、シャワー、浴びましょう。ねっ?」

 

「う、うん」

 

イヴはかつての家族の事を忘れ、楯無と共にもう一度シャワーを浴びるため、楯無の手を引いてシャワールームへと戻った。

そして二度目のシャワーを浴びている時、

 

「そういえば‥‥」

 

楯無が思い出す様な口調でイヴに話しかけてきた。

 

「さっきの模擬戦でイヴちゃん、ドラグーン・システムを使わなかったでしょう?なんで?」

 

「えっ?‥うーん、たっちゃんとの模擬戦はなんか近接武器で、たっちゃんと近い位置で直にぶつかり合う‥そんな戦いをやりたかった‥からかな?」

 

「‥‥」

 

「えっと‥‥なんか変‥かな?」

 

「ううん、変じゃないよ。それこそ、スポーツマンシップ精神だよ。イヴちゃん。その精神、これからも大事にしなさい」

 

「はい」

 

IS操縦者の先輩として楯無はイヴにスポーツマンシップ精神を忘れない様にと促す。

シャワールームを出て再び束の待つ格納庫へと戻った二人。

 

「シャワーを浴びるにしては随分と遅かったね」

 

格納庫へ戻ると束がちょっと不機嫌そうな様子で待っていた。

だが、リンドヴルムの姿は消えていた。

 

「青髪、まさかいっちゃんに変な事をしたんじゃないだろうな?」

 

ジト目で楯無を睨む束。

 

「な、なんで私がした事前提になっているんですか!?」

 

「私のいっちゃんがお前を襲うなんてありえないからだ!!」

 

束はクワッと目を見開いて断言する。

 

「たばちゃん、落ち着いて。何もされていないから‥たっちゃんがちょっと湯あたりしちゃったんだよ」

 

「湯あたり?」

 

「うん。たっちゃんと背中を洗いっこしてたいら、たっちゃんが湯あたりしちゃって‥‥」

 

「洗いっこ!?いっちゃんと青髪が背中を洗いっこ!?わ、私だってそんなことしたことないのに!!」

 

イヴの説明に束はガーンとショックを受けた。

姿勢も床に両手をついてorzの姿勢をとっている。

 

「えっと‥‥大丈夫?たばちゃん?」

 

「いっちゃん!!」

 

イヴがorz姿勢の束に声をかけると束は、ガバっと起き上がり、イヴに詰め寄る。

 

「は、はい」

 

「今日、此処に泊まっていって!!」

 

そして、イヴに今日は泊まってくれと言う。

 

「えっ?」

 

「それで、一緒にお風呂に入ろう!!私がいっちゃんの体を隅々まで洗ってあげるよ!!」

 

「‥‥」

 

束の高テンションにドン引きの楯無と『どうしよう~』とちょっと戸惑い気味のイヴ。

 

「えっと‥‥」

 

「だめ?」

 

束は潤んだ目でイヴに頼み込む。

 

「わ、分かったよ。たばちゃん」

 

こうしてイヴは今日、束の秘密研究所に泊まる事になった。

 

「あっ、青髪、お前は帰っていいぞ。明日は学校なんだし、遅刻や欠席はまずいでしょう?なんたって学園には怖い怖い世界最恐のブリュンヒルデ様が居るんだし‥‥」

 

ニヤッと束は勝ったと言わんばかりの笑みを楯無に浮かべ、シッシッとまるで犬を追い払う様な仕草をとる。

すると、楯無もちょっとムッとした顔をして、

 

「ご心配なく、ミステリアス・レイディの速さならば、朝一で出れば間に合いますし、それにイヴちゃんも私が居た方がいいわよね?」

 

「えっ?あ、うん‥‥」

 

楯無はイヴを味方につけようとする。

 

「いっちゃん!?いっちゃんは私よりもその青髪がいいの!?」

 

「えっと‥そう言う訳じゃないよ‥ただ、たばちゃん、此処にくーちゃんと二人っきりでしょう?だったら、みんなで過ごした方が楽しいかな?っと思って‥‥」

 

束はクロエと二人っきりなので、イヴはイヴなりに束は普段寂しい生活を送っていると思って一人よりも二人‥自分と楯無が居た方が楽しいのではないかと思い楯無も泊めてあげたら?と思ったのだ。

 

「うぅ~」

 

純粋に束の為と思うイヴの心に流石の束も無下にすることは出来ず、

 

「‥‥青髪、今日は特別だからな!!でも、いっちゃんの所有権は今日一日私のものだからな!!忘れるなよ!!」

 

やむを得ず、楯無の泊りを許したが、イヴと一緒に過ごすのは自分が中心だと宣言した。

 

「束様、最初の話から随分と離れてしまったようにも思えるのですが‥‥」

 

此処で空気になりかけていたクロエが束に話しかける。

 

「あっ、そうだったね」

 

束も最初の要件を思い出し、

 

「いっちゃん。はい、コレ」

 

イヴに装飾が施された化粧箱を差し出す。

 

「これは?」

 

「開けてみて」

 

「う、うん」

 

イヴが化粧箱を開けてみると中には銀の懐中時計が入っていた。

 

「これは‥‥昔、私がたばちゃんにあげた‥‥」

 

その懐中時計は以前、イヴが束にあげたものとそっくりだった。

 

「確かにそれは昔、いっちゃんが私にくれた懐中時計に似ているけど、あの時計は今でも私の大切な宝物だから、それは私からの贈り物‥‥その時計こそがリンドヴルムの待機モードなんだよ」

 

「えっ?」

 

束がくれた懐中時計こそが、イヴの専用機、リンドヴルムだと束は言う。

その証拠に束はポケットから昔、イヴが束にあげた懐中時計を見せて、その懐中時計が別物だと証明する。

 

「‥‥これ、どういう原理なの?」

 

あのISが懐中時計になるなんてちょっと信じられない。大きさ、質量を考えてもありえない。イヴは束にどういう原理なのかを尋ねる。

 

「うーん‥ちょっと難しいし、説明するだけで日が暮れちゃうからやめておいた方がいいよ。一番手っ取り早い方法は、もう一度呼び出してみると良いよ」

 

言葉の説明よりも実際に呼び出した方が早いと言うので、イヴは試してみる事にした。

だが‥‥

 

「‥‥えっと‥‥どうやって呼び出すの?」

 

イヴは待機モードのISを呼び出すのも今回が初めてなので、イヴの質問に束と楯無はズッコケた。

 

「集中してISに心の中で語り掛けると言うか‥‥」

 

「イメージと言うか‥‥」

 

「ありがとう、やってみる」

 

束と楯無の話を聞いて早速実践してみるイヴ。

すると、懐中時計が光り、イヴはリンドヴルムを再び纏った。

 

「おおお‥‥」

 

再びISを纏った事にイヴは感嘆の声を漏らす。

 

「それで、どうやって小さくするの?」

 

次にイヴはどうやって待機モードにするのかを尋ねる。

 

「次も最初と同じ、『戻れ』って意識を送りつつ待機モードの形状を意識するんだよ」

 

「わかった」

 

イヴは目を閉じて、以前、父から貰った御守であり、束(友達)に託した懐中時計を思い浮かべる。

すると、リンドヴルムはまた光を放つと銀色の懐中時計に戻る。

 

「元に戻った‥‥でも、これやっぱり原理が凄い気になる‥‥」

 

懐中時計になったリンドヴルムを見ながらイヴはそう呟いた。

 

 

その後、ゲームをしたりして時間を潰したイヴと楯無は、折角泊めてもらうのだからと言う事で、夕食を振舞うことにした。

食材は冷蔵庫に沢山有ったので、材料には困ることなかった。

イヴと楯無が料理を作っている中、クロエはそれを観察するかのように見ていた。

 

(盲目なのに見ていて意味があるのかしら?)

 

楯無は目を閉じていながらも自分達を観察する様な仕草のクロエに首を傾げた。

そして、始まった夕食。

束は久しぶりにまともな食事を摂ったのか物凄い勢いでかっこんでいく。

普段はクロエが作った黒焦げ料理を食べている束にとって今日の夕食は久しぶりに人間らしい食事だった。

そんな普段の束の食生活を知らない二人は、

 

((普段、何を食べているんだろう?))

 

と、束の食生活が気になるイヴと楯無だった。

そして、束にとってはお待ちかねのお風呂タイム。

 

(おお~やっぱり、いっちゃんの体は綺麗だ~ 最初に会った時もお人形さんみたいに可愛かったけど、成長したいっちゃんもやっぱりいい身体つきだ~)

 

脱衣所で服を脱いだイヴの体を見て目を輝かせる束。

 

「それじゃあ、いっちゃん。背中を洗うから向こうを向いて」

 

「うん」

 

浴室へと入り、束はイヴの背中を洗い始めた。

だが、イヴの体を洗っていると何だかムラムラ来た束は‥‥

 

ムニッ

 

「ひゃん、た、たばちゃん?」

 

イヴの胸を揉みだした。

 

「う~ん、やっぱり、私の見立てどおり、いっちゃん、良い胸をしているねぇ~」

 

「ちょっ、たばちゃん‥や、やめっ‥‥」

 

「ムフフフ‥‥よいではないか~よいではないか~」

 

束がイヴの声を聞いて悪乗りをしていると‥‥

 

「束様、シャンプーを詰め替えておきまし‥‥」

 

浴室にシャンプーボトルを持ったクロエが入って来た。

 

「「‥‥」」

 

束は突然の乱入者に言葉を失い、クロエはまさか束が風呂の中でイヴにセクハラ行為していたとは思わず、言葉を失う。

 

「く、くーちゃん‥これは‥‥」

 

「束様、セクハラは犯罪ですよ。それに同性同士では非生産的なのではないでしょうか?」

 

「非生産的とか生々しい表現は止めて!!」

 

「それでは、私はこれ以上お二人の邪魔をするわけにはいきませんので‥‥」

 

クロエは用を済ますと一礼して浴室を出て行った。

 

「ちょっ!!くーちゃん!!」

 

束がクロエを呼び止める為に隙が出来、

 

「たーばーちゃーん」

 

「っ!?」

 

束が恐る恐る後ろ振り向くと、其処には顔を赤くして頬を膨らませているイヴの姿があった。

 

「やったらやり返す‥倍返しだ!!たばちゃん!!覚悟しろ!!」

 

イヴは髪の毛で束の四肢を拘束し、束の胸を揉みだした。

 

「にゃはははは‥‥ちょっ、いっちゃん、やめ‥にゃははははは‥‥」

 

「私だって恥ずかしかったんだからね!!」

 

と、二人でふざけ合った。

 

それから暫くして‥‥

 

「あれ?イヴちゃんと篠ノ之博士は?まだお風呂?」

 

楯無はクロエにイヴと束がまだ風呂から上がっていないのかと尋ねる。

 

「そう言えば、遅いですね‥ちょっと見てきますか‥‥」

 

クロエは再び浴室へと行くと、

 

「束様!!イヴ様!!」

 

浴室を見てクロエは大声を上げる。

 

「どうしたの!?」

 

クロエの大声を聞いて楯無が浴室へと来てみると‥‥

 

「イヴちゃん!?篠ノ之博士!?」

 

楯無もクロエ同様、声を上げた。

 

「「きゅ~」」

 

二人は浴室でのぼせていた。

そこで、楯無とクロエが慌てて二人を浴室から出した。



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18話

束と共にお風呂でふざけ合った結果、湯あたりをしてしまったイヴと束。

二人は楯無とクロエの手によって風呂場から連れ出された。

 

「まったく、いい年をして一体何をなさっているのですか?束様。恥ずかしくはないのですか?」

 

「面目ございません」

 

クロエが呆れる様に束に注意する。

束は説教するクロエの前に正座をさせられている。

そしてイヴは事前にクロエの手によって着替えさせられ、ベッドの上で伸びている。

楯無は自分がイヴの着替えをさせる事が出来なくて残念がっていた。

 

「だって、いっちゃんの裸体を見ているとムラムラ来て‥欲求的本能には逆らえなかったんだよ。コレは生物として当然の衝動であって」

 

「くどいですよ、束様」

 

「そうね、くどいうえに見苦しいですよ、篠ノ之博士」

 

「グハッ!!あ、青髪如きに‥‥」

 

クロエと楯無にまるで汚物を見られるような目と言葉攻めで束は精神的ダメージを受けて、その場にバタッと倒れた。

 

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

イヴが目を覚ますと窓からは朝日の光が入り始めていた。

 

(あれ?此処は何処だろう?‥‥あっ、そっか、たばちゃんの所に泊まったんだった)

 

(でも、お風呂に入ってからの記憶がない‥‥なんでだろう?)

 

(ん?体がなんか動かない‥‥)

 

起きようとしたイヴであったが、何故か体が動かない。

そこで首を動かして辺りを見渡すと

 

「スー‥‥」

 

「すぴー‥‥」

 

「‥‥」

 

左右を束と楯無にガッチリとホールドされていた。

 

「なに?この状況?」

 

イヴは何故こんな状況になったのか理解できなかった。

束と楯無によってホールドされて動けないイヴは、クロエが二人を起こすことで、ようやく解放された。

朝食を摂った後、楯無はIS学園にイヴは更識家の離れに戻る事になった。

 

「それじゃあ、たばちゃん。またね」

 

「うん、元気でね、いっちゃん」

 

「うん‥コレ、ありがとう」

 

イヴは束に待機モードのリンドヴルムを見せて礼を言う。

 

「いいって、いいって、それよりも受験、頑張ってね」

 

「うん、頑張る」

 

そして、それぞれISを纏って帰って行った。

イヴがリンドヴルムを纏っている中、彼女の深層心理の奥では‥‥

 

『ハハハハハ‥‥なかなか面白そうなオモチャを貰ったみたいじゃないか一夏‥‥機会があれば、そのオモチャ、私にも使わせてくれよ、クククククク‥‥』

 

イヴの深層心理の奥では彼女自身もしらず、暗闇の奥底で密かに牙と爪を研ぐ獣が育っていた。

帰路についている中、イヴは楯無に気になっている事があり、尋ねた。

 

「ねぇ、たっちゃん」

 

「何かしら?」

 

「たっちゃんの本当の名前って確か刀奈だよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「それなら、たっちゃんじゃなくてかなちゃんって呼んだ方がいい?」

 

楯無と言う名はあくまでも更識家の当主が代々受け継がれてきた名前であり、たっちゃんとはその楯無の愛称なので、彼女の本当の名前である刀奈と言う名の愛称をこれからは呼んだ方が良いかと尋ねる。

 

「今まで通り、たっちゃんでいいわよ」

 

暗部の家系である以上、あまり自分の情報を他者に知られてはなにかとマズイ。

故に更識家の当主は代々楯無を名乗っている。

自分が更識家の当主である以上、今の自分の名前は更識刀奈ではなく更識楯無なのだ。

イヴには今の自分を見てもらいたい。

だからこそ、楯無はイヴにこのまま自分の愛称であるたっちゃんと呼んでもらいたく、彼女にこのままたっちゃんと呼んでくれと言う。

 

「うん、わかった」

 

イヴには楯無の家の事情を詳しくは知らないが、楯無本人がこのままたっちゃんと呼んでくれと言うのであれば、彼女の言う通り、この先も彼女の事をたっちゃんと呼ぼうと決めたイヴであった。

 

それから再び時は流れ、長かった夏休みも終わり、二学期となったIS学園では、生徒の長、生徒会長を選抜する生徒会選挙が行われた。

IS学園の生徒会長は、他の学校の生徒会長とはちょっと違い、選挙活動で選ばれるのではなく、立候補者はISの模擬戦により勝ち抜いた者が生徒会長となる仕組みとなっていた。

と言うのも、IS学園の生徒会長は、学園の方針により、生徒会長の肩書は

 

『生徒会長、すなわちすべての生徒の長たる存在は最強であれ』

 

これがIS学園生徒会長の存在である。

つまり、この条件を満たせば、例え一年生でも、専用機を持っていなくても生徒会選挙でトップの座に辿り着けば、生徒会長となれるのだ。

しかも生徒の長である生徒会長にはIS学園の教師とほぼ同等の権限がある。

学園における方針を決める職員会議にも出る事の出来る出席権やその場での発言権、賛成権に反対権もある。

勿論、普通の学校と同じ、生徒会の仕事も存在する。

つまり、IS学園の生徒会長は、文武両道の器も有さなければならない。

その為、立候補者は大抵、実力や頭角を出して来た2年生、そして現生徒会メンバーが手を上げる程度である。

しかし、今年の生徒会選挙には一年生が一人立候補した。

それは他ならぬ楯無であった。

一年生の立場で、生徒会選挙戦に立候補した楯無に対して二年生、三年生の先輩たちは『無謀だ』 『生意気』だのと陰口を叩かれた。

だが、先輩たちから陰口を叩かれるのを分かっていながら何故、彼女は生徒会選挙に名乗りを上げたのか?

それは、他ならぬイヴの為であった。

夏休み中の模試の結果、ISの操縦技術からイヴは十中八九、IS学園に入れるだろう。

だが問題はイヴの学力でもISの技術でもなく、イヴ自身の問題だ。

イヴは織斑一夏だった頃の痕跡は織斑家の者達がまるで自分達の汚点を消すかのように消してくれた。

その点に関しては楯無としては手間が省けた。

そして、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスとしての書類は束が用意してくれた。

これにより、イヴ(一夏)はイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスとして存在している。

だが、織斑千冬はかつて捨てた妹とそっくりのイヴに絡んでくるかもしれない。

ましてやイヴは何処の国にも企業にも属さずに束お手製の専用機を持っている。

難癖をつけられて専用機を没収される可能性もある。

イヴを守るためには一般生徒では、守れない。

ならば、イヴが入学する前に自分は学園において確固たる地位を築き上げねばならない。

その確固たる地位を築くためにもこの生徒会選挙戦に勝って生徒会長にならなればならない。

その為ならば、先輩たちの陰口ごとき何の苦でもない。

こうして挑んだ生徒会選挙戦‥‥

IS学園でも専用機を持っている生徒は少なく、楯無はその少ない生徒の一人‥‥

そして生徒会選挙戦では、入学式の実技試験同様、専用機の使用は反則ではない。

だが、案の定、試合に専用機を持って望むと、先輩たちからは『ずるい』 『卑怯者』とブーイングとバッシングが飛ぶが、同級生からは声援がとんだ。

IS学園が設置されてまだそんなに歴史は深くはないが、一年生で生徒会選挙戦に立候補したのはこれまでの歴史で楯無が初めてであった。

IS学園史上初の一年生からの生徒会長誕生に同級生達は期待を込めていたのだ。

 

「更識‥‥楯無‥か‥‥」

 

試合が行われているアリーナにて、千冬は試合をしている楯無の姿をジッと見る。

楯無の事は千冬自身も知っていた。

IS学園に入学する前にすでに自身の専用機を有しており、しかもロシアの現国家代表。

メディアでは、かつての自分に最も近いIS操縦者として取り上げられている。

一見優秀そうに見える彼女を千冬は苦手‥というか嫌悪している存在だった。

優秀なIS操縦者で実家は金持ち‥‥それだけを聞けば、そこら辺の女尊男卑主義の女と変わらないかもしれないが、彼女は‥‥楯無はそうではなかった。

彼女は己の中の正義を抱き、それを信じて突き進んでいる。

その正義は決して自己中心的なものではなく、ちゃんと筋は通している。

そんな彼女を千冬は世間を知らない理想主義者、典型的な箱入り娘だと言う視点でとらえており、その綺麗さを羨みつつ、その綺麗さに対して反吐が出そうな感覚を抱いていた。

人を食った様な性格に猫被りな態度と言動。

そんな所も千冬が楯無を嫌う一面でもあった。

その楯無が自分と同じくIS学園の教師と同じ権限を持つ生徒会選挙戦に参戦した。

何故、彼女が?

と言う疑問を持ったが、千冬が一番恐れるのは、やはり、楯無が生徒会長に就任する事だった。

千冬は生徒会選挙戦に立候補した生徒の中でも一番の実力がある現在の生徒会長の生徒に特別訓練を施し、楯無の対抗馬とした。

自分はドイツ軍IS部隊の教官を務めた経験もあり、現在は学園で教師をしている。

強力な人材を育てる自信が千冬にはあった。

だが、決勝戦において、楯無はその生徒に対して、圧倒的な差をつけて勝利し、見事、IS学園初の一年生、生徒会長の座に就くことになった。

 

(ふぅ~イヴちゃんに比べるとまだまだね)

 

決勝戦を終えてピットに戻った楯無は一息つきながら、イヴと戦った相手を比べる。

束が居たら、『比べる相手のレベルがちがいすぎるでしょう』と言いそうだ。

一方、楯無と戦い、敗北した生徒はピットにて千冬に対して特別訓練をしてもらったにも関わらず、負けてしまった事に関して謝った。

だが、そんな生徒に対して千冬は彼女の頬に平手打ちをして罵倒を投げつけた。

 

『私がコーチをしてやったにも関わらず、なんだ?あの体たらくは!?』

 

『貴様、それでも本当に学園最強の生徒会長だったのか!?』

 

『八百長をして生徒会長の座に就いたのではないのか!?』

 

『貴様の様な負け犬にはIS操縦者の資格はない!!そんな腕でよくこの学園に入れたな!?』

 

『この学園に入れたのも裏口入学なのではないか?』

 

『貴様の様なクズはこの学園に相応しくない!!さっさと出て行け!!』

 

千冬本人は罵倒したが、これはドイツでも行った行為であり、教官から罵倒されてもその悔しさをバネに更に強くなる、更に高みを目指す。

そんな結果を軍では出していた。

現に彼女が教えた士官の一人は出来損ないの烙印を押されていたが、自分が教える事により、一部隊の隊長にまで上り詰めた程だ。

だが、此処は軍ではなく、学校であり、其処に居るのはISが乗れると言うだけで何らかわらない女子高生だ。

千冬はその事をすっかり忘れていた。

試合に負け、さらに尊敬する千冬から平手打ちをされ、罵倒されたその生徒の精神的ショックは大きく、後日、その生徒は学園を自主退学した。

 

新たに生徒会長に就任した楯無は、早速、生徒会長権限を使い、生徒会のメンバーを自分が信用おける人物で固める事にした。

とは言え、その人物は自分の従者であり、本音の二つ上の布仏虚だけであり、今年一年は自分と虚だけで生徒会を運営するしかなかった。

覚悟していたとはいえ、二人だけで生徒会の仕事をするのはかなりきつく、週末になっても楯無は実家に帰れない日があった。

帰れない連絡をイヴに入れ、彼女の残念そうな声を聞く度に罪悪感で一杯になる。

でも、これは未来における投資だと思って楯無はIS学園での地位を築き上げていった。

 

 

~side簪~

 

本音から姉が二学期にIS学園で行われる生徒会選挙戦に参加すると聞いた。

情報の元は本音の姉の虚さんからだ。

姉妹なのに私と本音の姉妹関係は全くの真逆だ。

本音はマイペースな所があり、姉の虚さんはしっかり者‥‥姉がしっかり者と言う点では私達姉妹と似ているが、本音と虚さんの仲は私達と違い良好な関係である。

そんな虚さんは私達の知り合いの中で一番早くにIS学園に入学した人で、私も本音もIS学園を受験するにあたってIS学園の色々な情報を虚さんから貰っている。

その虚さんから伝わって来た姉が今度参加する生徒会選挙戦。

何故、姉がIS学園の生徒会に入りたがっているのか?

中学時代に姉は生徒会には入っていなかった。

だが、IS学園では生徒会に入る為に今度の生徒会選挙戦に参加する。

最初は疑問に思っていたが、虚さんからの情報‥‥IS学園における生徒会長の肩書を聞き私は納得した。

IS学園の生徒会長は学園に所属する大勢の生徒の頂点‥‥つまり、生徒限定であるが、生徒の中では最強の称号を得た人物なのだ。

最強‥‥本当に良い響きだ。

あの織斑千冬も第一回、第二回のモンド・グロッソで優勝し、IS界では無敗の称号、ブリュンヒルデの名を貰っている。

そして、姉はそのブリュンヒルデに一番近い国家代表と言われている。

そんな姉は今度IS学園でも最強の称号を狙っている。

来年の受験で私がIS学園を受験する事を姉は知っている筈。

それを知っていて学園最強を決める生徒会選挙戦に参加するなんて‥‥

姉はどこまで私の事をコケにすれば気が済むのだろうか?

学園に入った私を最強の座から見下ろしたいのか?

 

「貴女には決してたどり着けない所よ」

 

とでも言いたいのか?

全くもって腹立たしい‥‥

だからこそ、私は姉がその生徒会選挙戦に負けてしまえと祈った。

だが、神は無情だ。

姉はその生徒会選挙戦に勝利し、IS学園の生徒会長に就任した。

そして、虚さんも姉からのスカウトを受け、生徒会に入ったと本音から聞いた。

一年生で生徒会長に就任したのはIS学園史上姉が初となる快挙だと言う。

姉が栄光を手にするだけで私はどんどん自分が惨めな存在だと実感される。

 

「貴女はずっと無能のままでいいのよ。全部、私がやってあげる」

 

かつて姉が私に吐いた罵倒がどんどん現実化していく。

私は決して無能なんかじゃない!!

私は私の力で日本の代表候補生になった!!

代表候補生の中でも国家代表に近い、専用機枠に入った!!

この成績は無能者では決してたどり着けない領域だ!!

お姉ちゃん‥‥いや、更識楯無!!

せいぜい今年一杯、IS学園最強の座に胡坐でもかいていろ!!

来年は専用機を持った、私、更識簪が貴女を最強の座から引きずり降ろしてやる!!

私は私の力で貴女に私が無能者ではない事を証明してやる!!

本音の話を聞いて、またも私の中で目指すモノが一つ増えたが、構わない。

あの人をギャフンと言わせられるなら、どんな苦労だって、どんな努力だってしてみせる!!

 

姉と虚さんが生徒会に入ってから、週末姉さんが実家に帰って来る回数が減った。

生徒会の仕事が忙しい様だ。

それでも機会を見て実家に帰って来る。

時には虚さんに生徒会の仕事を押し付ける事もあるらしい。

虚さんが本音に愚痴ってその本音が私に愚痴ってくる。

まったく、あの姉は一体何のために生徒会長になったんだ?

どうせ、最強の座を手に入れて私との格の差を分からせようとしているだけなのだろうけど‥‥

それでも、姉の行動にはやはり不審を感じる。

一年前、ロシアで殺戮の銀翼と戦った後の姉は変わった。

IS学園に入ってからも夏休み前は週末には必ず帰って来ては、離れで過ごしている。

夏休み中なんか、家の行事以外はずっと離れで過ごしていた。

更識家の当主である姉の命令で、あの離れには姉以外誰も近づけない。

前の当主である父でさえ、あの離れには近づけない。

姉はあの離れに一体何の用があるのだろうか?

あの離れには何があるのだろうか?

少なくとも姉が妊娠をしていない事から男と密会しているとは思えない。

一体何があるのだろうか?

離れという限られたスペースの中ではやる事も限られている筈。

スペースの関係上、IS関係とも思えない。

忙しい生徒会業務の合間を縫って、虚さんに生徒会の仕事を押し付けてまで、一体姉はあの離れで何をしているのだろうか?

どうしても気になった私は、ある日姉が実家に帰って来た日、私は姉の後をこっそりつけた。

姉は現更識家の当主、後を付けるにしても細心の注意が必要だ。

そして、何とか姉に気づかれる事無く、後をつける事に成功し、姉は離れの中に入って行く。

私は少し時間を置いて、離れに近づいた。

離れの窓は全てカーテンが閉められていたが、ほんの僅かに隙間のある箇所を見つけて、私は恐る恐る離れの中を覗いた。

すると、其処では‥‥

 

「うっ‥‥イヴちゃん‥‥今日は‥‥いつもより、積極的ね‥‥んぅ‥‥」

 

「たっちゃんのおっぱい‥久しぶりだから‥‥んっ‥‥んっ‥‥んぅ‥‥」

 

「ごめんね、生徒会の仕事が‥‥大変‥‥なのよ‥‥んっ‥‥」

 

姉が乳房をさらけ出し、そして銀髪の女の子が姉の乳房にまるで赤ん坊の様に口をつけていた。

銀髪の子に乳房を咥えさせ、彼女の髪を撫でる姉の顔は、お母さんと似た顔になっていた。

まさか、あの子は姉の子供!?

と思ったが、あの子、年齢は私と同じぐらいなので、姉の子供ではない。

髪の毛も青じゃなくて銀だし‥‥

それでもまさか、姉が離れでこんな事をしていたなんて‥‥。

それにさっきの姉の会話からこの様な行為は今日が初めてではない事が窺える。

この様な事、決して他人には言えない筈だ。

姉がこの離れに人を近づけない理由が分かった気がした。

私は姉の弱みを握ったと思ったが、この離れ近づいてはいけないと命令をしたのは、私の姉の更識楯無ではない、更識家の当主、更識楯無である。

私の行為は当主の命令に背いた反逆行為‥‥

このことを知れば、姉は例え妹の私であっても処罰を下すだろう。

姉とあの銀髪の子に気づかれる前に私はその場を後にした‥‥。



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19話

~side簪~

 

姉の不審な行動が気になった私は、思いがけず、離れで、姉と謎の銀髪少女との密会を目撃してしまった‥‥。

私は逃げるようにして離れから自分の部屋へと戻った。

部屋に戻ると、息を整えて先程、離れで見た光景が夢ではなかったのかと思う。

だが、姉の母性に満ちたあの顔‥‥

そんな姉にまるで赤ん坊の様に甘え、姉の乳房を求める銀髪の少女の姿は頭の中に生々しく、より鮮明に残っており、あの光景が夢ではなく現実なのだと実感させられる。

同じ女の子同士なのに、どういう訳かあの時の光景は卑猥には感じられず、むしろ神々しい光景にも見えた。

普段から人を食った様な性格のあの姉が‥‥

自分を見下す様な態度(簪視点)をとって来る様なあの姉が‥‥

他人には仮面を被って手の内を中々見せないあの姉が‥‥

あの姉が、まるで母親の様な顔をしていた‥‥

自分には一度も見せた事のない顔をした姉の姿があそこにはあった。

あの姉にあの様な顔をさせるあの銀髪の少女は一体何者なのだろうか?

少なくとも親類には居ない。

姉の不審な行動‥‥

あの子の正体‥‥

私の疑問は尽きない。

銀髪‥‥

嘗て本音と共に巻き込まれたバスジャック事件。

その時、本音を助けて犯人を捕まえたあの子も銀髪だった。

もしかしてと言う思いもあり、後日私はもう一度離れに行ってみようと思った。

 

それから数日後‥‥

 

私は虚さんにその日、姉がIS学園から帰ってこない事を確認した後、離れに向かった。

当主である姉の厳命で離れに通じる通路には誰もいなかったし、監視カメラの類もなかった。

私にはもってこいの状況だった。

誰にも知られる事もなく、そして誰にも会うことなく、私は離れに着いた。

もしかして、彼女もこの離れに通っているのかと思ったが、離れからは人の気配を感じる。

間違いなく、彼女はこの離れに居る。

私は注意深く、警戒するようにまずは離れの周りを歩きながら、あの子を探す。

すると、あの子は見つかった。

離れの廊下の壁を背にあの子は静かに眠っていた。

私はその光景を見て、思わず息を呑んだ。

 

綺麗‥‥

 

それが最初に抱いた彼女に対する私の感想だった。

太陽の光を浴びてキラキラと光る銀髪‥‥

着流している着物が妖艶さを醸し出している。

近くには錠剤の入った瓶が落ちており、まさか睡眠薬自殺!?

と思ったが、彼女が身をよじっているのを見て、その結果彼女は生きている事を確認できた。

眠っているので確証は持てないが、彼女はあのバスジャック事件のあの銀髪の子ではないかと思った。

それを確かめるためにもっと近づいてみないと‥‥

そう思った私の足が彼女とある一定の距離で止まった。

これ以上先に足を踏み入れてはいけない。

私の本能がそう告げている。

故に私はこれ以上先に足を踏み入れる事が出来なかった。

 

 

簪の判断は正しかった。

イヴは今、現在ちゃんと理性もあり、善悪の区別がつくが、生物兵器、暗殺者として体が反応するのか、睡眠中に見慣れない人物がある一定の距離に近づくと自然に迎撃する体制がついている。

一度でも彼女が起きている時に一緒にベッドに入って寝たり、彼女の方から一緒に寝ようと誘った人物はその迎撃対象から外れる。

しかし、簪とは一度バスジャック事件の時に顔を合わせ、楯無からの話を聞いただけで、そこまで親しい仲ではないので、今の簪は迎撃対象となる。

簪も暗部の家系の家の者。

昔から武術だって学んでおり、薙刀の腕前はそこいらの高校生よりは上であり、危機に関した直感も一般人よりは上である。

 

 

私は暫くその場から動けず、眠る彼女を観察した。

見れば見る程、彼女は綺麗だ。

髪の毛もサラサラできっと上質な絹糸のような手触りなのかもしれない。

胸だって私よりも大きい‥‥

姉はそんな彼女を独占している。

この離れという鳥籠に入れて、誰の目にも触れさせない様に隔離して、姉は彼女を花よ蝶よと愛でているのだろう。

どうして、姉ばかり‥‥

姉はどうして、私にはどう頑張っても手に入らないモノをホイホイと簡単に手に入れられるのだろう?

まるで、神から愛されているかのようだ‥‥

私は悔しさがこみ上げてきて拳をギュッと握りしめ、離れを後にした。

 

 

そして、時は年末年始となり、受験生にとってはラストスパートをかける時期となった。

楯無は簪に受験生なのだが、初詣に行かないかと誘ったが、当然の様に断られた。

受験生勉強で忙しいと言う理由で‥‥

楯無は束の秘密研究所から帰ってからは、簪に幾度も接触を試みたが、簪の態度は日に日に楯無に対して辛く当たる感じになっていた。

楯無は確かに妹から嫌われる事をしたと自覚があり、こうして姉妹関係を修復したいと思っているのだが、相手の簪の方からまるで自分を拒絶するかのようになっていった。

一体なぜ、妹はまるで自分を目の仇の様にするのか楯無には分からなかった。

どうしてここまで関係が悪化しているのかも‥‥

そこへ、追い打ちをかける様に楯無のスマホがメールを受信した。

開いてみると、それは束からであり、添付された写真を見ていると、

 

『羨ましいだろう?青髪』

 

と言うコメントと共に晴れ着姿のイヴ、クロエ、束の三人が初詣に来ている写真だった。

年末、イヴは楯無に『年末年始は家族とゆっくり過ごしてください』と言って束の下へ行っていた。

 

「ちょっ、何をやっているのよ!!篠ノ之博士!!貴女、全世界に指名手配されているのに!!何を堂々と初詣なんてしているのよ!!」

 

写真を見て思わずスマホの画面にツッコミを入れる楯無。

晴れ着と髪型を変えているせいか周りに居る人達は自分のすぐ近くにあのISの生みの親が居る事に気がついていない様子だった。

そこへ、今度は束本人から電話が来た。

 

「‥‥はい」

 

楯無は不機嫌そうにその電話に出た。

 

「やっはろ!!あけおめ、ことよろ!!青髪、元気?メールは見てくれた?」

 

「篠ノ之博士‥‥」

 

「そんな不機嫌そうな声を出さないでよ、イライラしちゃって働きすぎ?乳酸菌足りている?ビールでも飲んでリラックスしな、娘(いっちゃん)の面倒は私がしっかり見ててやるよ」

 

「面白いことを言うじゃない、篠ノ之博士。気に入った。殺すのは最後にしてあげるわ」

 

「もう、青髪ったら古いんだ」

 

電話口からは余裕口調の束であるが、束と違って楯無の方は妹には避けられるし、唯一の癒しであるイヴは今、その束と共に初詣をエンジョイしてこの場に居ない現状に楯無の不快指数はかなり上昇していた。

 

「おーい、たばちゃん、何やっているの?お汁粉来たよ~」

 

電話口の遠くからイヴが束を呼ぶ声が聞こえる。

どうやら、イヴは神社でお汁粉を販売している店に居る様だ。

そして、今注文したお汁粉が来たみたいだ。

 

「あっ、うん。今行くよ!!じゃあ、いっちゃんが呼んでいるからもう行くね、それじゃあな、青髪」

 

束が嫌味ったらしく楯無に別れの挨拶を言うと電話は切れた。

 

「くっ‥‥」

 

楯無は本当に悔しそうに苦虫を噛み潰したような顔をしたが、

 

「ふっ、フフフフ‥ハハハハハ‥篠ノ之博士、甘いですね‥‥イヴちゃんがIS学園に入れば、夜はこれまで通り私と一緒に居る事が出来るんですよ‥‥」

 

楯無は悔しそうな顔から一転、不敵な笑みを零す。

IS学園の生徒会長権限を使って寮の部屋割りを此方で操作すれば、自分はイヴと同室になる事は可能なのだ。

そうなれば、放課後はずっとイヴと一緒に居る事が出来る。

 

「篠ノ之博士、精々一時の夢を楽しんでいなさいな、最後に勝つのはこの私なんですから、ハハハハハ‥‥」

 

先程の束とのやり取りが相当悔しかったのか、楯無はまるで悪の組織の女幹部のようなテンションで高笑いをした。

そんな楯無の姿に更識家の使用人の人達はちょっと引いていた。

 

 

そして、迎えたIS学園の入試試験。

IS専門の養成機関とはいえ、四六時中全部ISの授業をするわけではないし、IS学園は、実質高等教育と同じなので、入試には中学レベルの5教科とISによる実技試験がIS学園の入学試験内容となる。

午前中一杯と午後の一時間を使用して5教科の筆記試験を行い、その後はISの実技試験となる。

尚、実技に使用されるISは学園が所有する訓練機、打鉄とラファール・リヴァイヴが受験生に貸し出され、受験生は自分のスタンスに合った機体が貸し出される仕組みとなっている。

だが、自分の専用機を持つ者は訓練機よりもそちらの方が慣れている事から、自身の専用機で実技試験に望んでも良い事になっている。

最も専用機を用いて実技試験を受ける者は受験生の中で一人居るかいないか程度である。

去年の入試では、専用機を持っていたのは楯無一人だけであった。

そして、今年はイギリスの代表候補生ともう一人居ると言う情報が教師達の間に伝えられた。

やがて試験開始時間となり、入学試験が始まり、教室では受験生達がテストの問題用紙を睨み、筆記用具を走らせている。

教師はそれぞれ、教室の前と後ろから不正行為がないかを監視し、尚且つ、別の教員が廊下を歩きながら巡回を行う程の徹底ぶりとなっている。

日本人だけでなく、この学園の入試には各国から大勢の入学希望者が試験を受けに来る。

今のところ世界でIS専門の養成機関は日本にあるこのIS学園しかないので、受験生にとってこの学園の門は決して広くはないのだ。

そんな中、廊下を巡回しながら、試験会場である教室を一つ一つチェックしていた織斑千冬はある教室を見た時、信じられないモノを見たかのように大きく目を見開いた。

 

(私は夢でも見ているのだろうか?)

 

千冬がそう思うのも無理は無かった。

彼女の目の前には第二回モンド・グロッソで見捨ててそのまま行方知れずとなった妹と瓜二つの受験生がいたのだ。

自分の知っている妹と比べると、髪の長さと髪の色は違うが、顔立ちと瞳の色はまさに織斑一夏そのものだった。

慌てて手に持っていたタブレットで確認すると、画面にはその受験生が学園に提出した願書の情報が掲示された。

名前の部分には織斑一夏ではなく、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスと明記されており、追加事項に専用機持ちと書かれていた。

 

(成程、コイツがイギリス代表候補生以外の専用機持ちか‥‥)

 

(しかし、コイツの顔は見れば見るほど、あの疫病神にそっくりだ‥‥)

 

廊下からでは横顔しか確認できないが、願書には正面を向いた顔写真が貼られており、その顔を見るとますます自分が見捨てた妹とそっくりな顔立ちをしていた。

世の中には三人、自分と似た顔を者が居ると言うが、ここまでそっくりな者がいるだろうか?

 

(まさか、奴は生きていたのか!?)

 

千冬の脳裏に一夏が本当は生きていたのではないか?と言う可能性が過ぎる。

 

(もし、仮にコイツがあの疫病神だとすると、この学園のレベルギリギリだな)

 

自分の知る一夏の学力はたかが知れている。

成長したとしても精々毛が生えた程度である。

その学力ならば、IS学園が決める合格ラインギリギリの所だろう。

 

(それに実技試験で結果を残せなければ、奴は不合格確実だ)

 

学力がIS学園合格のギリギリのラインならば、実技試験で挽回しなければ、合格は難しい。

 

(此処は一つ、IS学園教師の本気の実力を見せて奴に引導を渡してやるか)

 

千冬はタブレットを見ながらニヤリと笑みを浮かべ巡回を続けた。

 

 

午前中の試験が終わり、昼食兼昼休み。

IS学園の食堂は受験生の為に解放されていた。

イヴも食堂にて午後にある残り一科目の参考書を見ていると、

 

「はぁい、イヴちゃん」

 

楯無に声をかけられた。

 

「あっ、たっちゃん」

 

「どう?試験の出来は?」

 

楯無はイヴ入試の出来を尋ねる。

 

「大丈夫、年末もたばちゃんの所でたばちゃんに勉強を見てもらったから」

 

千冬はイヴ=一夏と勝手に決めつけていたが、それは確かに当たっていた。

だが、彼女の誤算は、イヴとなった一夏は基礎体力、瞬発力、反射神経等の身体機能の他に知力も上回っている事だった。

しかも年末年始にかけては世界が認める大天才、篠ノ之束からつきっきりで受験勉強を見てもらっていたのだ。

学科試験に関しては隙などある筈もなかった。

 

「そ、そう‥‥」

 

楯無としては年始の束との一件があるせいか束の名前をイヴの口から出してほしくはなかった。

 

「それよりも、たっちゃん」

 

「ん?なに?」

 

「実技試験って受験生同士で模擬戦をやるの?それともISを使って障害物レースみたいなことをしてタイムを計るの?」

 

イヴはこの後行われるISによる実技試験の内容を楯無に尋ねた。

 

「IS学園の実技は学園の教師相手の模擬戦よ」

 

実技試験の主な内容は別に口外してはならない訳ではないので、楯無はイヴに実技試験の内容を教える。

 

「学園の教師相手‥‥」

 

「そうよ、でも、勝敗は合否に大きく影響はしないわ。大抵は負けるから‥実技ではISの適正や動きを見るから‥でも、イヴちゃん、貴女の場合は力加減を忘れないようにね」

 

「う、うん」

 

楯無はイヴに実技試験の際は力加減を忘れない様にと釘を刺す。

本気を出されたら、相手の方が大怪我をするのではないかと心配しているのだ。

 

「模擬戦の相手‥あの人もやるの?」

 

「あの人?‥‥ああ、織斑先生ね」

 

イヴの言うあの人が誰なのか楯無はすぐに分かった。

楯無の答えにイヴは無言のまま頷く。

 

「あの人は実技試験には出ないわよ。あの人が出たら、普通の受験生じゃ、歯が立たないもの」

 

楯無は実技試験の担当者に千冬が居ない事を伝える。

そりゃ、ブリュンヒルデ相手に勝てる受験生なんて普通は居ない。

彼女が実技試験を担当すると判断基準が難しくなるので千冬は実技試験担当から外されていた。

 

「そう‥良かった」

 

千冬が実技試験には出ないと知り、ホッとした様子のイヴ。

例え、名前を変え、経歴を変えてもイヴの中では織斑千冬と言う存在はトラウマの一つでもあるからだ。

 

「相手の教師は試験直前まで誰になるか分からないけど、相手が使用するのも学園の訓練機よ」

 

「訓練機?」

 

「そう、学園で保有している打鉄かラファール・リヴァイヴ。でも、受験生で専用機がある人は専用機を使ってもいいのよ。私も去年の入試にはミステリアス・レイディを使ったから、イヴちゃんもリンドヴルムを使ってもいいのよ」

 

「わかった」

 

「実技試験は、私も会場の観客席で応援するから頑張ってね」

 

「うん、頑張る」

 

楯無はこれ以上、邪魔をしては悪いと思い食堂を後にした。

イヴは、まず残り一科目の学科試験の方を集中すべく再び参考書に目を戻した。

そして‥‥

 

キーンコーンカーンコーン

 

「はい、そこまで!!」

 

最後の学科試験の終了を知らせるチャイムが鳴る。

 

「筆記用具を置いて、答案用紙は裏にするように」

 

教室の教壇に居るが指示を出し、後ろに居るもう一人の教師と共に答案用紙を回収していく。

 

「次は実技試験だ。教室ごとに呼ばれる。呼ばれたら、更衣室で動きやすい服装に着替えて待つように」

 

答案用紙を全て回収し終えた教師はこの後の実技試験の事を伝え、教室から出て行った。

学科試験が終わり、いよいよ次はISに乗っての実技試験に受験生たちはざわつく。

受験生のその多くがこの後の実技試験が初めてのIS搭乗になるからだ。

不安・緊張・初めてのIS搭乗体験にワクワクしながら、受験生たちは実技試験の番が来るのを待つ。

受験人数が多いので、一度に全員を実技試験の会場に呼ぶことは出来ない。

故に教室ごとに呼んで実技試験を行う。

そして、イヴの居る教室に教師がやって来て、

 

「次、このクラスだ。更衣室で着替えて指示を待つように」

 

イヴの居る受験生たちの実技試験の番が着て、受験生たちは更衣室へと移動を開始する。

専用機持ちである国家代表候補生や企業のテストパイロットであれば、既にISスーツを支給されてはいるが、通常の受験生はまだ正式にIS学園に所属している訳では無いので、ISスーツは支給されていない。

また、肌に直接触れる衣服の為、レンタルも行ってはいない。

自前でISスーツを買って入試に落ちましたなんて恥ずかしい事はなるべく回避したいので、動きやすい服装と言う事で、ほとんどの受験生たちは自分らが通学している中学校の体操服かジャージを着ている。

イヴの場合は専用機持ちであり、ちょっと特殊な形状のISスーツであるが、このISスーツは専用機同様、束のお手製。

だからこそ、彼女は迷うことなく、束お手製のISスーツを纏う。

ただ、周りの受験生たちが体操服やジャージなのに一人だけ飛行服と言うのはかなり浮いてしまった。



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20話

IS学園に入る為の登竜門であるIS学園の入学試験。

筆記による学科試験が終わり、いよいよ次は実際にISに乗ってその適性を測る実技試験が行われようとしていた。

そんな中、他の受験生たちが、自分らが通う中学校の体操服やジャージの中、束お手製のISスーツを纏ったイヴは周囲から浮いた存在となっていた。

 

「えっ!?つなぎ?」

 

「あの子、変わった服装をしているわね」

 

「何アレ?コスプレ?」

 

通常のISスーツとも違い、体操服でもジャージでもないイヴの特別仕様のISスーツを見て、近くに居る受験生は首を傾げたり、ひそひそと話をしている。

それでもイヴは気にしたそぶりは見せない。

このISスーツは友達が自分のためだけに用意してくれたオーダーメイドのISスーツなのだ。

だから、全然恥ずかしくないし、むしろ誇れる一品なのだ。

やがて、更衣室に教師が現れ、実技試験の説明をする。

 

「では、これより実技試験の説明を行う。実技試験は受験番号順で行い学園の教師を相手に一対一の模擬戦をしてもらう。ただし、勝敗に関しては合否には影響はしない。あくまで君達のIS適性を判断するためのものだ。使用するISは学園の打鉄かラファール・リヴァイヴ、どちらでも好きな方を使っていい、専用機がある者は、訓練機、専用機そのどちらを使用しても構わない。では、実技試験を開始するぞ、受験番号‥‥」

 

こうして実技試験は開始された。

公平性を期すため、他の受験生の実技試験の内容は明かされず、受験生達は窓のない更衣室で自分の番が来るのを待つ。

実技試験を終えた受験生も試験教官の動きや癖を他の受験生に教えない様に別の更衣室で着替えさせられて先程筆記試験を受けた教室で待機となる。

 

「次、受験番号‥‥」

 

順調に実技試験は進んでいき更衣室で待つ受験生が次々と呼ばれて行き、

 

「次、受験番号‥‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス」

 

「は、はい」

 

ついにイヴの番となった。

イヴがアリーナに併設されているピットへと向かうと、

 

「ん?な、なんだ?その服は?ISスーツなのか?」

 

やはり、教師もイヴの服装には怪訝な表情だ。

 

「はい。専用のISスーツです」

 

「そ、そうか‥‥ところで使用する機体は打鉄とラファール・リヴァイヴ、どちらを使用する?」

 

教師がイヴに使用機体を尋ねる。

 

「あっ、私、専用機があるので、其方を使います」

 

「ほぅ~君だったのか、もう一人の専用機持ちと言うのは‥‥」

 

(もう一人?と言う事は、私以外にも専用機を使った人がいたんだ‥‥どんな人なのかな?)

 

イヴは自分以外に専用機を持っていると言う人にちょっとだけ興味が湧いた。

 

「それじゃあ、ISを展開して」

 

「はい」

 

イヴは銀の懐中時計を取り出し、リンドヴルムを呼び出す。

 

「対戦相手はすでにアリーナで待っている。頑張れ」

 

「はい‥‥行くよ、リンドヴルム」

 

イヴがアリーナへと行くと‥‥

 

「待っていたぞ」

 

其処には打鉄を纏った千冬が居た。

 

(な、なんでこの人が‥‥)

 

千冬の姿を見たイヴは目を見開いて驚いた。

一方、生徒会長権限を使って楯無も実技試験が行われているアリーナで実技試験を見学していた。

その彼女も本来、実技試験担当でない千冬がアリーナに居る事には驚いた。

彼女は何故、本来の実技試験の担当でない千冬がアリーナでISを纏っているのか、その事情を聴くために観客席から試験を監督する教師が居る管制室へと向かった。

 

「山田先生!!何故織斑千冬が実技試験に出ているんですか!?」

 

楯無は管制室に居た緑色の髪に眼鏡をかけ、ふくよかな胸を持つ山田と言う教師に食って掛かる。

 

「お、織斑先生が突然、自分も実技試験を担当するって言って‥‥」

 

楯無の物凄い剣幕に山田先生は怯える様に千冬が実技試験を担当したのかを説明する。

 

「だからと言ってなんで、あの子の担当なんですか!?それに突然、実技試験担当を変更するなんて、一体どういうつもりなんですか!?」

 

「そ、それは専用機持ちの実力を見たいって言って‥‥」

 

「じゃあ、どうしてイギリスの代表候補生とは戦わなかったんですか!?彼女も専用機持ちだったんですよ!!」

 

同じ専用機持ちでも千冬はもう一人の専用機持ちであるイギリスの代表候補生とは実技試験を行わなかった。

 

「そ、そこまでは分かりません‥‥」

 

楯無の怒気を含む様子に山田先生は涙目になっていた。

これではどちらが教師で生徒なのか分からない。

 

(なんか嫌な予感がするわ)

 

楯無は妙な胸騒ぎを感じ、万が一に備えていつでも専用機を展開できるようにした。

その頃、アリーナでは、

 

「お、織斑千冬‥ど、どうして貴女が?」

 

「織斑先生だ」

 

楯無の話では千冬は実技試験担当ではない筈、にも関わらず、彼女は今自分の目の前でISを纏って立っている。

 

「なに、専用機持ちの実力とやらを見せてもらおうと思ってな」

 

千冬はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

(速攻で片付ければコイツのIS判定は低いと判断されて不合格決定だな)

 

千冬はまだ結果が出ていない学科試験もイヴは合格ラインギリギリだと判断し、この実技試験でも速攻で終わらせればIS適性が低いと判断されるだろうと思っていた。

 

「‥‥」

 

一方、イヴは千冬の姿を見て緊張した面持ちで、頬から一筋の汗が流れ出る。

 

(私はもう、織斑一夏じゃない‥‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだ‥‥あの人とはもう、赤の他人‥姉妹でもなんでもない、赤の他人なんだ!!)

 

イヴは自分に今の自分は昔の自分ではないと言い聞かせる。

 

『では、両者試合を始めて下さい』

 

実技試験の開始を知らせる放送が流れと千冬は打鉄の主兵装である大刀、葵を両手に展開してイヴに斬り込んで来る。

 

(これで終わりだ!!)

 

「っ!?」

 

(はやいっ!!)

 

イヴは咄嗟に千冬の切込みを回避する。

 

(ちっ、仕留め損なったか)

 

その後も千冬はイヴに葵を使った斬撃を見舞うが、イヴはそれらをギリギリのところで回避する。

 

「防戦一方ですが、織斑先生の攻撃を躱すなんて凄いですね、あの子」

 

山田先生は管制室のモニターで千冬とイヴの実技試験を見てその感想を述べる。

 

「‥‥」

 

楯無は黙ってその実技試験を見ている。

 

(やっぱり変だわ‥動きにキレがない‥むしろいつもよりも鈍いくらいだわ‥‥やっぱり、イヴちゃん‥織斑先生を見て動揺している‥‥)

 

山田先生は褒めていたが、イヴと何度か戦った事のある楯無は今のイヴの動きが余りにも違和感だらけとなっている事を見抜いた。

動きにキレがなく、鈍い様に感じられ、表情も何だか顔色が悪く、酷く焦っているようにも見える。

 

「イヴちゃん‥‥」

 

楯無が出来たのは試合時間終了までこのまま逃げ切ってくれることしか出来なかった。

 

「どうした!?その専用機は飾りか!?」

 

アリーナでは千冬が力一杯、葵を振り回している。

 

「くっ」

 

イヴはそれを反撃せず、逃げているだけで精一杯だ。

 

「私に立ち向かう勇気もないのか?この腰抜けが!!」

 

「っ!?」

 

「さあ、どうした?臆病者!!逃げる事しか出来ないお前に専用機など、無用の長物なのではないか!?悔しかったらかかって来い!!」

 

千冬は逃げてばかりのイヴに対してあからさまな挑発をする。

彼女の挑発の言葉を受け、イヴは相変わらず、反撃はせずに逃げの一手であるが、動きがだんだんと鈍くなっていく。

そして、

 

「もらった!!」

 

「っ!?しまっ‥‥」

 

ドガッ

 

「グッ‥‥」

 

一瞬の油断を突かれ、イヴは千冬からの一撃を貰ってしまい、その後足蹴りを受け、アリーナの壁に激突する。

 

(か、体が思うように動かない‥‥)

 

幾ら自分がもう昔の自分でないと言い聞かせてもトラウマはそう簡単には消えず、千冬相手に委縮して思うように動けない。

 

「ふん、やはりアイツ(織斑一夏)にそっくりだ。所詮お前もアイツと同じ、出来損ないか?」

 

「っ!?」

 

アリーナの壁に打ち付けられたイヴに対して千冬は失望した表情を見せる。

 

(生まれ変わってもやっぱり私は出来損ない‥なの‥‥?)

 

(でも、あの人の前じゃ、思うように動けない‥‥体と判断が追いつかない‥‥)

 

(私はずっと、あの人の前じゃ、ずっと出来損ない?)

 

(嫌だ‥そんなの‥‥でも‥‥)

 

イヴの脳裏にかつての千冬に対するトラウマが蘇る。

その時‥‥

 

『情けないわねぇ~史上最強の力を持っていながら、たかが女一人にビビるなんて‥‥』

 

(だ、誰!?)

 

イヴの脳裏に別の誰かの声が聞こえてきた。

 

『私か?私はお前だよ‥‥私はもう一人のお前だ‥‥』

 

(もう一人の‥私?)

 

『そうだ。お前があの女に恐怖を感じて動けないと言うのであれば、私が変わってやるよ。私があの女に力と言うモノを見せてやる、私があの女に絶望と恐怖を見せつけてやるよ。だから、お前は引っ込んでいろ!!』

 

(な、なにを‥‥)

 

甘い誘惑の様な言葉と共に狂気を感じる言葉が聞こえる。

そして、後ろ襟を掴まれ、押し退けられる様な感覚がしたと思ったら、イヴの意識は遠のいていった。

 

「これで終わりだ!!」

 

イヴが頭の中でもう一人の自分となのる謎の声と会話をしている間に千冬はイヴに迫り、葵を振り上げてイヴに止めを刺そうとする。

その時、

 

ガキーン!!

 

千冬の葵をイヴはバルニフィカスをグレートソード(ザンバーフォーム)で受け止める。

 

「何!?」

 

今まで一切攻撃もせず、武装も展開してこなかったイヴが突然武装を展開して自分の一撃を受け止めた事に驚く千冬。

 

「『終わり』?ああ、そうだな。『これで終わりだ!!』お前の不敗神話も‥‥そして、人生もなぁ!!」

 

イヴは大声と共にバルニフィカスを振り上げ、受け止めていた葵もろとも千冬を吹き飛ばす。

そして、さりげなく彼女は千冬に対して抹殺宣言をする。

 

「くっ」

 

飛ばされた千冬は受け身をとって着地する。

 

「さあ、行くぞ!!歌い踊れ!!織斑千冬(ブリュンヒルデ)!!豚の様な悲鳴をあげろ‥‥」

 

今度はイヴの方が千冬に対して挑発し始めた。

そして表情は今まで顔色が悪く焦りの色があったものとは大きく違い、狂気に満ちた薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 

「悲鳴をあげる‥だと?この私が?ふん、私の一撃を受けただけで良い気になるなよ、小娘が!!」

 

イヴに挑発された事が癪に障ったのか、千冬は葵を構え直してイヴへと迫る。

 

「ふん」

 

すると、千冬は葵をイヴへと投擲する。

イヴはそれをバルニフィカスで弾き飛ばす。

二本の葵を吹き飛ばされても千冬は再び両手に葵を出現させる。

イヴはバルニフィカスをグレートソード(ザンバーフォーム)から戦斧(アサルトフォーム)へと切り替える。

二刀流の葵を使う千冬に対してイヴは戦斧(アサルトフォーム)のバルニフィカス一本で互角の戦いをする。

 

「あの子、一体どうしたんでしょう?さっきとは動きが全然違いますよ」

 

先程まで防戦一方のイヴが突如、武装を展開させて千冬を互角にやりあっている事に山田先生は驚愕する。

 

(確かにおかしい‥あの動き、これまで以上に先鋭されている‥‥あの子に一体何が‥‥)

 

山田先生同様、楯無もイヴの突然の変化に驚いていた。

互いに長い獲物を使っているにも関わらず、千冬もイヴもその刃が届くギリギリの至近距離で戦っている。

 

バキーン!!

 

イヴがバルニフィカスの柄で千冬の葵を一本へし折ると千冬は折れた葵を捨て、また新たな葵を出現させる。

 

「くらえ!!」

 

千冬が突き技を繰り出すと、イヴは片手でソレを受け止め、手の掌に仕込まれている衝撃砲でその葵をへし折る。

千冬は葵がへし折られたり、刃こぼれするとその葵をその場に捨てるかイヴに投擲するかを行い、新たな葵を出現させる事を繰り返した。

 

「おい、目の前のモノばかり見ていると足元を掬われるぞ」

 

千冬は不敵な笑みを浮かべながら、イヴに警告をする。

 

「ん?‥っ!?」

 

イヴの足元には沢山の葵の残骸が転がっていた。

千冬は咄嗟に空へと飛びあがり、スイッチを押すと、アリーナの床に転がっていた葵の残骸が一斉に爆発した。

彼女が使用していた葵の柄にはあらかじめ爆弾が仕込まれていたのだ。

千冬は折られた葵や刃こぼれした葵を捨てていたのは一斉に爆破する為の布石だった。

しかもイヴとの攻防をしながら絶好の位置へ彼女を誘導していた。

 

「これだけの爆発に巻き込まれれば‥‥」

 

上空に退避してアリーナで起きた爆発を見下ろしていた千冬は背後に何かを感じ、瞬時に葵を出現させ、突き技を繰り出すが、葵は何かにつかまれ、自分の腹部には蹴りが打ち込まれる。

 

「グハッ!!」

 

腹部に強烈な蹴りを入れられ、アリーナの床に叩き付けられる千冬。

 

「私がこの程度の爆発でやられると思っていたのか?」

 

「ぐっ‥‥」

 

千冬が起き上がり、声をした方を忌々しそうに見ると、其処には無傷のイヴの姿があった。

イヴは爆発の際、咄嗟にAICを発動させ、爆風の直撃を防ぎ、爆煙に紛れて千冬の至近距離に接近していた。

 

「そら、お前のだ、返すぞ」

 

イヴは手に持っていた葵をまるで鉛筆回しをするかのように180度回転させて千冬に向かって投擲、続いて、

 

「はあっ!!」

 

手の掌の衝撃砲で葵を撃ち抜く、するとその葵も爆発を起こし、千冬は爆発に巻き込まれる。

 

「ぐっ、小娘が!!調子に乗るな!!」

 

千冬は自分がやろうとした罠を逆にイヴにしてやられ、逆上して葵を出すとイヴに斬りかかって来る。

イヴはバルニフィカスを大鎌にして迎え撃つ。

すると、千冬はイヴの大鎌の攻撃を楯無の時の様に空中で飛び上がり、一回転すると同時にイヴの首にワイヤーを巻き付ける。

 

「ぐっ‥くっ‥‥」

 

「私を舐めるなよ、小娘」

 

「ぐっ‥‥」

 

首に巻き付けられたワイヤーはミシミシと鈍い音を立ててイヴの首へと食い込む。

 

「ぐっ‥うっ‥‥」

 

首を絞められ、苦痛で顔を歪ませるイヴ。

 

「終わりだ!!小娘!!諦めろ!!」

 

「くっ‥‥」

 

千冬が勝利を確信した時、リンドヴルムのドラグーン・システムが発動、レーザーでワイヤーを切断した。

 

「なっ!?それはイギリスのティアーズ!?」

 

「ハァハァハァ‥‥ふっ‥‥残念だったなぁ‥もう手加減はなしだ‥‥行け!!ドラグーン!!」

 

イヴは十基のドラグーンを千冬へとけしかける。

 

(十基のティアーズだと!?だが、そんな沢山のティアーズを操作出来るはずがない!!仮にできたとしてもティアーズの操作だけでお前は動けない筈‥‥っ!?)

 

千冬の後を十基のドラグーンが追いかけていると、彼女の目の前にはイヴがおり、レールガン、スターライト・ゼロを構えている。

イヴはドラグーンを使い、千冬の逃げ道を呼んで先回りしていた。

しかもAICで千冬の動きを止めた。

 

「いらっしゃーい」

 

AICで千冬の動きを止めたイヴはAICによって動けなくなった千冬を見てニタァと薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「なっ!?AICだと!?」

 

レールガンが直撃し、AICによって動きが止まっている千冬に十基のドラグーンが襲いかかる。

千冬の打鉄のエネルギーは瞬く間に消費されていき、生命維持警告域超過と表示され警報音も鳴る。

満身創痍となった千冬にイヴは薄気味悪い笑みを引っ込めてイグニッション・ブーストで彼女に急接近すると、千冬の首を片手で締め上げる。

彼女の首からは先程、イヴがワイヤーで絞められた時と同じくミシミシと鈍い音がする。

 

「どうした?世界最強?中坊の小娘相手に随分と無様な姿だな。ハハハハハ‥‥」

 

「ぐっ‥‥」

 

首を絞められ、苦しそうに顔を歪める千冬。

 

「ハハハハハ‥‥相手が専用機でしたから勝てませんでしたとでも言い訳を考えているのか?だが、私が殺すと言った以上、お前の死は決定事項だ!!」

 

一方、イヴはそんな苦しんでいる千冬の顔を見て、口を三日月の様に吊り上げ、再び狂気に満ちた笑みを浮かべている。

 

「お前の苦しんでいる顔をもっと見たかったが、フィナーレだ」

 

イヴは千冬の首を掴んだ状態で急降下し、アリーナの床に千冬を思いっきり叩き付けた。

 

「ぐはっ!!」

 

アリーナの床に思いっきり叩き付けられ、めり込むような形で倒れている千冬に対してイヴは、

 

「小便は済ませたか?神様にお祈りは?アリーナのスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?」

 

千冬の息の根を止めるかのように彼女に最後に何か言いたい事はあるか?と尋ねる。

 

「ひぃっ‥‥」

 

千冬の中に初めて死への恐怖が過ぎった。

コイツは只の小娘なんかじゃない。

コイツは化け物だ。

コイツは自分の命を狩りに来た死神だ。

 

「さぁ、悲鳴をあげろ!!豚の様なぁ!!」

 

イヴはゼロ距離で千冬の頭部に衝撃砲を打ち込もうとしていた。

生命維持警告域超過の中、ゼロ距離で衝撃砲を連射されては命の危険がある。

その時、

 

「っ!?」

 

イヴは咄嗟に背後から何かを感じとり、千冬から距離をとりバルニフィカスをグレートソード(ザンバーフォーム)にして、背後へと振る。

すると、

 

ガキーン!!

 

バルニフィカスと何かがぶつかり合った。

イヴが振り向くと其処には、ミステリアス・レイディを纏い手には蒼流旋を持った楯無が居た。



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21話

IS学園における入学試験の一つ、ISによる実技試験。

学園が保有する訓練機で学園の教師相手に一対一で行われる模擬戦。

数は少ないが既に国家代表候補生となっている者は自身の専用機で臨むことができる。

その実技試験が行われているアリーナでは、実技試験の内容を超える様な展開が繰り広げられていた。

当初は織斑千冬の攻撃を躱し続けていた受験生が千冬の攻撃を受けた後、突如豹変して防戦から一気に攻勢に出た。

その実技試験を見ていたIS学園の教師、山田真耶と生徒会長、更識楯無の二人はまるでモンド・グロッソの試合‥いや、コロッセオにおけるグラディエーター同士の殺し合いを見ているかのような感覚だった。

そして、千冬が持っていた葵を衝撃砲で破壊し、彼女をその爆風に巻き込む。

 

「衝撃砲!?あれって確か中国のIS技術‥あの子の機体は中国製なの!?」

 

中国が開発した衝撃砲を手の掌に搭載していた事から受験生の専用機は中国製なのかと思う山田先生。

やがて、千冬も頭に血が上ったのか、彼女がワイヤーで受験生の首を絞める行為を行い、ソレを見ていた山田先生と楯無は、

 

「っ!?山田先生!!もう、実技試験の内容を超えています!!すぐに中止を!!」

 

「そ、そうですね」

 

山田先生が慌てて試験を中止させようとしたら、受験生のISの一部が分離し、首に絡まっているワイヤーをレーザーで焼き切る。

 

「あれはっ!?ティアーズ!?」

 

まさか、受験生のISにイギリスの技術であるティアーズ・システムが搭載されている事に驚く山田先生。

 

「そんなっ、さっきは中国の衝撃砲を使って今度はイギリスのティアーズ!?どうなっているの!?」

 

中国の技術である衝撃砲の他にイギリスのIS技術であるティアーズも搭載している事に驚く山田先生だが、その数にも驚いた。

 

「十基!?」

 

先程、実技試験を行ったイギリスの代表候補生の専用機はティアーズが四基、誘導ミサイル二基となっていたが、目の前の受験生はティアーズを十基も飛ばしている。

しかも、飛ばした後、本人は平然と動いている。

この試験よりも前に行われたイギリスの代表候補生はティアーズを飛ばしている間、自分はその動きに意識を集中していた為、動けないし、他の武装も使えなかった。

だが、目の前の受験生はティアーズを十基も飛ばしているうえに自身も動いている。

一体どんな脳みそをしているんだ!?

それが、山田先生が抱いた印象だった。

そして、それらの現実を目の当たりにしていた為に試験を止めることも忘れてしまった。

受験生は千冬の回避ルートを先読みし、千冬の前に立つと、彼女をAICで動きを止める。

 

「今度はドイツのAIC!?そんなっ!?まだ実用化されたなんて報告は受けていないのに、なんで!?」

 

中国、イギリスに次いで今度はドイツで研究・開発中のAICを使ってきた。

千冬が葵の残骸を爆破した時、その爆風から逃れる時にAICを使用したが、その時は爆煙で見えなかったが、今は邪魔する煙はなく、受験生がAICを使用している事がはっきりと肉眼で確認できる。

受験生はAICを発動させている時に、レールガンと十基のティアーズを使い千冬を追い詰める。

 

「ティアーズを十基も使用して、その間も動けて尚且つAICも‥‥一体あの子は‥‥本当に人間なの?」

 

山田先生はこれが現実なのかとさえ思えてきた。

そして、今度は受験生が千冬の首を絞めつける。

 

(やっぱり、様子が変だわ!!)

 

口を三日月の様に吊り上げて狂気に満ちた笑みを浮かべているイヴの顔を見て楯無は違和感を覚える。

山田先生なんて、身震いをしている。

千冬の首を絞めつけていた受験生はその後、急降下して千冬をアリーナの床に叩き付けた。

 

「こ、これはもう、実技試験なんて言えません!!早く止めないと!!」

 

山田先生が今度こそ、試合を中止させようとした時、

 

「山田先生、私が行きます」

 

楯無が直に言って実技試験を止めると言う。

 

「えっ?更識さん?」

 

山田先生はわざわざ行かなくても放送すればいいのではないか?と思ったが、楯無の次の言葉を聞き、絶句する。

 

「恐らく、此処から放送を入れてもあの子は止まりません‥あの子は織斑先生を殺すまで止まらないでしょう‥‥」

 

「えっ?殺すって‥‥」

 

「あの子が言っていました」

 

楯無は読唇術でイヴが千冬に対して『殺す』と言う単語を言い放っている事を読み取っていた。

 

「あの子は私が止めます」

 

「わ、わかりました。お願いします。更識さん」

 

楯無は急いで管制室を出てアリーナへと行くとミステリアス・レイディを纏って千冬にゼロ距離で衝撃砲を叩き込もうとしているイヴの背後から蒼流旋で襲い掛かる。

すると、イヴは千冬から距離をとりバルニフィカスで楯無の蒼流旋を迎え撃つ。

 

「ひどいなぁ~たっちゃん、いきなり背後から襲い掛かって来るなんてぇ~」

 

イヴは狂気に満ちている目とニタァ~と薄気味悪い笑みを浮かべて楯無に話しかけてくる。

彼女の薄気味悪い笑みを見て楯無はゾクッと寒気を感じた。

 

(違う‥‥この子はイヴちゃんじゃない!!)

 

その目と笑みを見て楯無は目の前に居る子がイヴではないと確信する。

姿形、声はイヴなのだが、目の前に居る子は確実にイヴではない。

 

「貴女は誰なの!?」

 

楯無は目の前の子に一体誰なのかを尋ねる。

 

「いやだなぁ~何を言っているのさ?イヴだよ‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだよ。たっちゃん。見ればわかるでしょう?」

 

ニタァ~と相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべて自分は『イヴ』だと答えるイヴ。

 

「いいえ、違う!!貴女はイヴちゃんじゃない!!イヴちゃんはそんな薄気味悪い笑い方は絶対にしない!!貴女は一体誰なの!?答えなさい!!」

 

「‥‥ふっ、流石に表のイヴと同衾しているだけあるな」

 

「貴女、何を言って‥‥」

 

イヴは薄気味悪い笑みを引っ込めて無表情となる。

 

「確かに私はお前の知るイヴではない。私はこの体に宿るもう一人のイヴだ」

 

「ま、まさか、二重人格ってやつなの!?」

 

「その通り‥タッカーの研究の成果‥そして、イヴ‥いや、織斑一夏の負の感情から生まれたのがこの私だ‥‥簡単に言えば、タッカーの呪縛から解き放たれた殺戮の銀翼‥それが今の私だ」

 

「殺戮の銀翼‥‥」

 

目の前のイヴはなんと自分はあの暗殺者でもあり、史上最強の生物兵器、殺戮の銀翼だと名乗る。

 

(最悪だ‥あの殺戮の銀翼がまさか、イヴちゃんの中で生きていたなんて‥‥しかも、タッカーの制御を外れて自分の意志で殺戮行為をする、まさに史上最強の生物兵器‥‥)

 

「どうした?私が怖いのか?手が震えているぞ‥‥」

 

「えっ?」

 

イヴの指摘に楯無は自分の手を見てみると蒼流旋を持つ手がカタカタと震えていた。

これはロシアで初めて殺戮の銀翼と戦った時と同じ、体が無意識のうちに恐怖を感じていた。

 

「貴女がもう一人のイヴちゃんであるというなら、彼女は今どこにいるの?」

 

「主人格様なら、頭の奥に引っ込んでもらっているよ」

 

イヴは指先で自分の頭をさしながら主人格のイヴの居場所を楯無に教える。

 

「ったく、主人格様ときたら史上最強の力を持っていながら、女一人にビビッちまいやがって、だから私が代わりに出てきてやったのさ、世界最強に本当の力と恐怖を教えるためにな」

 

「‥‥なら、もういいでしょう?貴女は引っ込みなさい」

 

楯無はもう十分だろうと彼女を説得する。

その時、

 

「どけ!!更識!!その化け物は私が仕留める!!」

 

アリーナの床から千冬が復活して葵を構えてイヴに斬りかかる。

 

「ふん、懲りない奴だな」

 

その斬撃をイヴはヒョイと躱して左手で葵をへし折り、右手で千冬にアイアンクローをかける。

流石にボロボロの状態で殺戮の銀翼に勝てるほど、織斑千冬は強くはなかった。

動きも単調ですぐに読まれてしまった。

 

「この死にぞこないが‥」

 

「うっ‥‥がぁ‥‥」

 

イヴは手に力を入れると千冬の頭からメキメキと音がする。

 

「いい加減目障りだ‥‥クズが‥‥消え失せろ」

 

そしてイヴは千冬をヒョイと上に放り投げると、

 

「死ね」

 

放り上げられた千冬にレールガンの照準を合わせて、レールガンを撃つ。

 

「くっ」

 

楯無は千冬とレールガンの射線上に入るとアクア・クリスタルをフル稼働させて水のヴェールを展開しレールガンを防御する。

レールガンを防いだ楯無は意識を失い落下していく千冬を空中でキャッチする。

 

「お前、一体何のつもりだ?」

 

レールガンを防いだ楯無にイヴは忌々しそうな声で尋ねる。

しかも楯無の周囲をドラグーンが取り囲んでおり、千冬もろとも楯無をいつでも攻撃できるようになっている。

それでも楯無は慌てることなく、平然を装ってアリーナに着地する。

 

「なぜ、ソイツを助けた!?お前も知っている筈だ、この体の主人格様がソイツに今までどんな仕打ちを受けてきたのかを‥‥」

 

「ええ、知っているわ」

 

「だったら何故邪魔をする!?ソイツは私に殺されても文句は言えない事をしたのだぞ!!私の邪魔をすると言うのなら、貴様もころ‥‥うっ‥‥」

 

イヴが楯無に『殺す』と言う前にイヴの動きが止まる。

 

「?」

 

楯無はイヴの行動に警戒する。

イヴは片手で頭を抱える。

 

「い‥ちか‥‥きさま‥‥」

 

(えっ?いちか!?)

 

イヴは忌々しそうに確かに『いちか』と言った。

 

(まさか、イヴちゃん!?)

 

殺戮の銀翼の意識の中で、自分の知るイヴが元に戻ろうとしているのではないだろうか?予想する楯無。

 

(たっちゃんは殺させない!!引っ込め!!二度と私の前に出るな!!)

 

(ぐっ‥‥主人格様の‥一夏の何処にこんな力が‥‥くっ、私はお前のために‥‥)

 

(黙れ!!たっちゃんの死など私は望んでいない!!消え失せろ!!)

 

(ぐっ‥いいだろう‥今回は引き下がってやる‥だが、忘れるなよ、一夏‥私は隙あらば、いつだってお前を押しのけて前に出てやる。そして、お前に代わってアイツらを‥‥)

 

(カエレ!!)

 

「ぐっ‥‥あぁァァァー!!」

 

突然、殺戮の銀翼が苦しみだすと、リンドヴルムは強制解除された。

 

「イヴちゃん!!」

 

抱えていた千冬をアリーナの床に置き、イヴに近づく楯無。

倒れ込むイヴを受け止める楯無。

 

「‥たっ‥ちゃん‥‥」

 

「イヴちゃん‥なのね‥‥」

 

「私‥‥」

 

「いいわ、後のことは私に任せて今は休みなさい」

 

「‥‥」

 

楯無がイヴに休む様に言うとイヴは気を失った。

両者戦闘不能でイヴと千冬の模擬戦は終わり、千冬は担架で医務室へと運ばれ、イヴは楯無がそのままお姫様抱っこで寮の自室へと運んだ。

千冬と同じ医務室へ行くのは恐らくイヴとしても望まないだろう。

 

イヴを寮の部屋に運び、ISスーツから自分の寝間着に着替えさせようとする楯無。

 

「ゴクリ‥‥篠ノ之博士の所じゃ、あのクロエって子にイヴちゃんの着替えを邪魔されたけど、今回は‥‥」

 

此処はIS学園の寮の自分の部屋‥邪魔する者は居ない。

ベッドの上には眠るイヴの姿。

 

「このままイヴちゃんの体をペロペロしちゃっても問題ないわよね?私とイヴちゃんの間柄ですもんね‥それじゃあ、早速‥‥」

 

(*´Д`)ハァハァと荒い息遣いとサワサワと怪しげな手つきでベッドの上で眠っているイヴへと迫る。

そこへ‥‥

 

「何をなさっているのですか?お嬢様」

 

「っ!?」

 

突如、自分とイヴ以外居なかった筈の寮の部屋に第三者の声がした。

 

「う、虚ちゃん!?」

 

楯無がバッと後ろを振り向くと其処には自身の従者であり、本音の姉である布仏虚がジト目で見ていた。

 

「それで、一体お嬢様は何をなさっているのですか?」

 

「虚ちゃんこそ、どうして此処に?」

 

「生徒会の仕事が溜まりに溜まっているので、お嬢様を探していました。山田先生にお伺いした所、お嬢様が寮に戻ったと聞いたので‥‥」

 

「そ、そう‥‥」

 

「それよりもこの方はどちら様でしょう?」

 

虚はベッドの上で眠っているイヴが誰なのかを楯無に尋ねる。

 

「ああ、この子は‥‥」

 

楯無は虚にイヴの事を説明した。

ただしいくつか脚色はされていた。

まさか、実技試験であんな殺し合いの様な事が起きたなど、例え更識家の関係者であっても知る人間は一人でも少ない方が良い。

 

「成程、状況は理解できました」

 

脚色はされていたが、虚は楯無の説明に一応、納得した様子だ。

 

「生徒会の仕事は夜、やるから今はこの子の面倒を見ないと‥‥倒れた受験生の面倒を見るのもIS学園の生徒会長の役割じゃない?」

 

「分かりました。ただ、その方の着替えは私が行います」

 

「ちょっ!?なんでそうなるのよ!?」

 

虚は自分に代わってイヴの着替えをすると言う。

楯無にとってそれはあまりにも予想外な展開だ。

 

「お嬢様は更識家の当主であり、生徒会長なのですから、その様な役割は従者である私の仕事なので‥‥」

 

「い、いいわよ。そんなの気にしていないし‥‥」

 

楯無はやっとイヴのお着替えを出来るチャンスなのに此処で自分の従者に邪魔されてなるものかと食って掛かるが、

 

「それに、お嬢様にその方を任せると、その方の貞操の危機の様な気がするので‥‥」

 

どうやら、虚は楯無の異常行動を見ていた様だ。

 

「と言う訳なので、お嬢様は、少しの間、外で待っていてもらえませんか?」

 

「そ、そんな、虚ちゃん」

 

着替えさせることも出来ず、更に外へ締め出されようとする虚に楯無は異議を唱えるが、

 

「い・い・か・ら、外に出てください。い・い・で・す・ね?」

 

「うぅ~‥わ、分かりました」

 

虚のダークスマイルに当てられて楯無はすごすごと部屋の外に出て行った。

 

「うぅ~‥‥イヴちゃんの柔肌を見て、お触りできるチャンスだったのに‥‥くすん‥‥」

 

部屋の外で楯無は悔し涙を流すほどマジで悔しがっていた。

 

「終わりました。お嬢様」

 

暫くして、イヴの着替えを終えた虚が部屋の中から出てきた。

虚が眠っているイヴの着替えをさせる事が出来たのは、最初に楯無と一緒に居たことで虚は迎撃対象から外れた。

楯無と行動を共にしていた為、虚はある意味助かったのだ。

 

「ん?どうかなさいましたか?お嬢様」

 

「ううん‥ちょっと太陽が目にしみただけよ」

 

悔し泣きしている楯無に虚は何故、泣いているのかを尋ねる。

しかし、まさか、イヴの着替えが出来なかったから悔し泣きをしていたとは言えず、苦しい言い訳だと思いつつ楯無は何でもないと取り繕う。

 

「は、はぁ‥‥」

 

楯無の苦しい言い訳に虚は首を傾げた。

 

「スー‥‥」

 

ベッドの上では楯無の寝間着を着て静かに眠るイヴが寝ていた。

幸い実技試験も終わり、後は後日の合否結果の説明だけなので、このままゆっくりさせても構わない。

 

「‥‥それにしても」

 

虚が寝ているイヴを見てポツリと呟く。

 

「ん?」

 

「可愛らしい方ですね。髪も綺麗で、まるでお人形さんの様ですね。着替えをさせているときも肌もきれいで同年代の女性として羨ましい体つきでした」

 

(う、虚ちゃん!?)

 

虚は微笑みながら眠っているイヴの髪を撫でる。

 

「うーん、やっぱり髪も良い手触りですこと‥‥」

 

イヴの髪を撫でてうっとりとする虚。

その表情からは母性を感じられた。

 

(イヴちゃん、まかさ、あの虚ちゃんまでも虜にするなんて‥‥しかも本人はただ寝ているだけなのに‥‥)

 

(篠ノ之博士の他に虚ちゃんまで‥‥イヴちゃん、女の子なのにとんだフラグメーカーね)

 

同性相手にフラグを次々と立てていくイヴに先行きの不安を感じる楯無であった。

それと同時に、

 

(問題はイヴちゃんの中に存在する殺戮の銀翼ね‥‥恐らく織斑先生と戦った事でイヴちゃんの昔のトラウマが蘇って、表に出てきたのね‥‥アイツはタッカーの研究と一夏ちゃんの負の感情から生まれたって言っていたわね‥‥全く、イヴちゃんの周囲には碌な大人が居ないわね)

 

イヴの中に存在する殺戮の銀翼に頭を抱える楯無。

しかも今は、タッカーが作ったあの首輪がないので、殺戮の銀翼は自分の判断で殺しを行う。

実技試験の結果からやはり、殺戮の銀翼の実力は世界最強と言われている織斑千冬を遥かに超えている。

しかもISと言う枷を着けている状態で‥‥。

ISと言う枷を取った殺戮の銀翼相手にこのIS学園の教師部隊全部と自分を当てても勝てるだろうか?

織斑千冬がこの学園に赴任してから何となくこうなる事は予測できたのに‥‥

兎も角、今後は織斑千冬がイヴに余計なことをしない様に釘を刺さなければ‥‥

まずは、千冬が今回の実技試験の結果に対して何らかの妨害かクレームをつけて喚くだろうから、それを鎮圧する事から始める事にしよう。

イヴのこれからの学生生活の為に‥‥

楯無はそう決意した。



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22話

IS学園の入学試験における実技試験にて、イヴの相手はかつての自分の姉、織斑千冬が担当した。

本来、彼女は実技試験の担当でないが、何らかの思惑があり、急遽実技試験を担当すると言いだし、イヴの相手をする事になった。

織斑一夏時代、散々罵倒されトラウマを植え付けられたイヴにとって織斑千冬は天敵とも言える存在であった。

案の定、イヴは千冬を前に委縮してしまい本来の実力を出せず、防戦一方の展開となった。

彼女の一撃を受け、止めをさされそうになったその時、イヴの中に眠るもう一人のイヴが主人格のイヴを押し退けて前に出てきた。

それは、タッカーの研究成果と織斑一夏の負の感情が誕生させた殺戮の銀翼だった。

しかも、タッカーの呪縛から放たれており、己の判断で殺戮を行う暗殺者、史上最強の生物兵器‥‥。

その史上最強の生物兵器の前に世界最強のブリュンヒルデとは言え、歯が立たず、試合どころか生死に関わるレベルまで追い詰められた。

殺戮の銀翼自身、試験の事など、何の興味もなく、あるのは織斑千冬の命のみ。

あわや学園の入学試験で殺人事件が起きる一歩手前で生徒会長の更識楯無が介入し、イヴは何とか自我を取り戻す。

自我を取り戻したイヴはそのまま気を失い倒れてしまった。

倒れてしまったイヴを楯無は寮の自分の部屋へと運び介保する。

尚、その際、イヴは楯無の従者であり、本音の姉、布仏虚にフラグを立てた模様。

楯無と虚の二人が見守っている中、

 

「うっ‥‥う~ん‥‥」

 

イヴがようやく目を覚ました。

 

「イヴちゃん?」

 

楯無が恐る恐るイヴに声をかける。

 

「‥‥たっちゃん?」

 

寝ぼけ眼で楯無の愛称を呼ぶ。

 

(たっちゃん?)

 

虚は一受験生が楯無の事を親しそうに呼んでいる事に疑問を感じた。

 

「たっちゃん‥私‥‥私の中に‥‥もう一人の私が‥‥」

 

おびえるような声で楯無に自分の中に凶暴な獣が存在していたことを初めて知ったイヴ。

 

(やっぱり、イヴちゃんも気づいちゃったか‥‥)

 

「大丈夫、大丈夫だから‥イヴちゃんはちゃんと元に戻ったから、もう何の心配もないから‥‥」

 

自分の中に存在する凶暴な獣の存在に怯えるイヴに楯無は彼女を優しく抱きかかえ、もう何の心配はないと安心させる。

 

(お嬢様とこの子、やっぱり普通の関係じゃなさそうですね‥あんな顔のお嬢様、初めて見ました)

 

夜泣きした赤ん坊をあやしつけるような母性に満ちあふれる楯無の姿を見て、虚は自分の知る主が無関係の人間にこのような行動をとるなんて考えられず、やはり、この子と楯無は何か関係があるとしか思えなかった。

 

(それにしても‥‥)

 

楯無はイヴを慰める為、彼女を抱きしめ、髪を撫でている。

 

(羨ましい!!羨ましいですお嬢様!!私もやりたいです!!と言うか、其処を代わって下さい!!)

 

そんな楯無を羨んでいる虚であった。

やがて、イヴが落ち着きを取り戻して、ゆっくりと楯無から離れた。

その際、楯無はなんだか残念そうだった。

でも、いつまでも抱き付いている訳にはいかない。

 

「たっちゃん、実技試験の方は‥‥」

 

「まぁ、結果から見れば、イヴちゃんの勝ちじゃないかな?‥やり過ぎだったけど‥‥」

 

「ううん‥‥あの実技試験は‥私の負け‥だよ」

 

「えっ?」

 

「アレは私の力じゃない‥私の中に居るもう一人の私の力‥‥私はあの人を前に逃げる事で精一杯だった‥だから、私の負け‥あの人にはそう伝えておいて」

 

「えっ、ええ、分かったわ」

 

(私の中に居るもう一人の私?何の事でしょうか?)

 

イヴと千冬の実技試験を見ていない虚はイヴの言葉の意味が分からない。

やがてイヴはベッドを降りると突如、着替えを始める。

 

「ちょっ、イヴちゃん!?」

 

同性とは言え、まだ部屋の中には自分と虚がいる。

それでもイヴはお構いなしに虚が着せてくれた楯無の寝間着からISスーツを纏う。

着替えは此処には無いので仕方がない。

まさか、寝間着のまま校舎に戻る訳にはいかないので‥‥

 

「それじゃあ、失礼します」

 

楯無と虚に一礼してイヴは戻って行った。

 

(私の存在スルーされたっ!?)

 

自分のことに関して触れられなかった虚はショックを受けていたが、今のイヴにはそんな余裕はなかった。

 

「お嬢様」

 

「何?虚ちゃん」

 

イヴが戻った後、部屋の中に取り残された楯無と虚。

そんな中、イヴにスルーされた虚がショックから立ち直り楯無に声をかける。

 

「あの方とはどういった関係なのでしょうか?」

 

虚が楯無にイヴのとの関係を尋ねてきた。

 

「IS学園を受験してきた受験生とその受験先の生徒会長‥‥そんな関係よ」

 

「あくまで、あの方との関係はおっしゃりたくない‥と言う事ですか?」

 

「‥‥」

 

「お嬢様の我儘や気まぐれは昔からですが、ロシアでの仕事の一件、そしてロシアからお戻りになられてからの離れでの一件、そして一年生でありながら、生徒会選挙への参戦‥‥家の者や前御当主であるお嬢様の御父上様も不審がられています。このままでは、親類にもお嬢様を排斥しようと言う輩も出てきます。そうなれば、お嬢様の御身の他に簪お嬢様にも危害が及ぶ可能性も‥‥」

 

「‥‥」

 

虚の警告めいた言葉の意味は楯無もちゃんと理解できていた。

ロシアでの任務の失敗は確かに更識一族の親類からバッシングを受け、更識の信用を著しく傷つける事になった。

親類の中からは確かに自分にとって代わって更識家の当主になろうとする輩が居てもおかしくはない。

そうなれば、簪の生命も確かに危険が及ぶ可能性もある。

だが‥‥

 

「‥時が来たらちゃんと話すわ」

 

虚の言っていることは楯無だってちゃんと理解している。

だが、今はまだ、イヴの事を話す時期ではない。

簪との関係修復もあり、イヴの件もあり、それに生徒会の仕事、楯無には課題が山積みであるが、まずやるべきことは‥‥

 

(まずは、あの五月蝿いブリュンヒルデ様を黙らせる事かしら?)

 

出身が元議員の上流階級の家柄故か千冬はああ見えてプライドが高い所がある。

更に第一回、第二回モンド・グロッソの覇者でブリュンヒルデの称号を貰い世界最強と周囲からちやほやされた事も一因である。

本人は世界最強、ブリュンヒルデと言われる度にうざったそうにしていたが、その内面、かなり嬉しかったのは間違いない。

その世界最強が入学試験を受験しに来た受験生にボコボコにされた。

この事実はきっと彼女のプライドを大きく傷つけただろう。

イヴ(殺戮の銀翼)にあそこまで無様に敗北したとなると職員会議を開いてそこで騒いでイヴの入学を取り消そうと躍起になる筈だ。

楯無の予想通り、入学試験が終わったこの日、千冬は緊急の職員会議を招集した。

生徒会長であり、職員会議への出席権、発言権、賛成、反対権を持つ楯無もその職員会議に参加した。

会議室に入って来た楯無を千冬は忌々しそうに睨みつけたが、楯無は何処吹く風で席へと着席する。

 

「では、これより緊急職員会議を始めます」

 

会議室の上座でIS学園の理事長、轡木十蔵が会議の開会を宣言する。

轡木十蔵‥普段はIS学園の用務員で、柔和な人柄と親しみやすさから「学園内の良心」といわれている壮年の男性であるが、その正体はIS学園の理事長。

ただ、世間が女尊男卑の世の中、その象徴ともいえるISの養成機関の長が男というのは世間の女尊男卑に染まっている者や女性権利団体が許すはずもなく、表向きはIS学園の用務員として過ごし、表の理事長には彼の妻の名前で通っている。

しかし、学園の運営に関する緊急性が高い事案に関してはこうして本来の職務に復帰して指揮をとっている。

そして、今回は入学試験に関係する事案として彼の采配が必要だということで用務員から理事長という立場でこの会議に参加した。

 

「今回、入学試験で何かトラブルが起きたと聞きましたが?」

 

「はい、理事長」

 

千冬が席を立ち、今回の入学試験で起きたトラブルの経緯を皆に説明する。

 

「‥‥以上の事を持ちまして、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの当学園への入学は極めて危険であり、不合格にすべきです!!」

 

楯無の予想通り、千冬はイヴを不合格にすべきだと主張した。

 

「異議あり」

 

そんな千冬に楯無は当然異議をとなえる。

 

「IS学園の入学試験において担当教官に勝利して不合格なんて聞いたことありませんが?」

 

「問題はそこではない、奴は私を殺そうとしたのだぞ!!この私を!!そもそも奴は筆記試験でもギリギリの成績だろうが!!」

 

「織斑先生こそ、受験生の首にワイヤーを引っ掛けるなんて、少し間違えれば受験生を窒息死させようとしていたではないですか。それにISには絶対防御があり、操縦者の生命には危険は生じないと、私は先生の授業で習いましたけど?‥‥先生は私達生徒に嘘の情報を教えていたんですか?」

 

楯無自身、ISの絶対防御なんてイヴの前では何の役にも立たない事は体験済みであるが、此処は敢えて知らないふりをした。

ISの絶対防御が通じない。

それは安全神話のISの存在を根底から覆す事である。

だが、体験者以外では分からない事実なので、口で言ったところで信じてもらえるか微妙な所である。

故に千冬も強くは主張できなかった。

 

「くっ‥‥」

 

「それに彼女、筆記試験ではイギリスの代表候補生と同じく全教科満点の成績をたたき出していますけど?」

 

「なっ!?そんなバカな!?」

 

千冬が慌てて今日行われ、採点が済んだイヴの筆記試験のコピーを見ると確かに全てが満点の結果となっていた。

 

「こ、この筆記試験もきっと何か不正を‥‥」

 

「見苦しいですよ、織斑先生」

 

楯無は勝ち誇ったような顔をして千冬を諌める。

 

「IS学園の採点は全てコンピューターが採点をするので採点ミスなんてありませんし、彼女は教卓の目の前の席で受験をしていたんですよ、もし、不正をしていたのであれば、教卓の前にいた先生は一体何をしていたのでしょう?居眠りでもしていたんですか?それとも彼女に買収でもされましたか?」

 

「えっ?」

 

楯無の言葉により会議室の皆の視線はイヴが筆記試験を受けていた教室で監督していた教師へと向けられた。

此処でこの教師は一つの選択肢を突きつけられた。

もし、此処で千冬の言っていた通り、イヴは不正をしていたと言えば、自分は試験中に居眠りをしていたか彼女に買収されていたと思われ、責任を問われる。

千冬の言っている事は間違っていると言えば、千冬からの信頼を失う。だが、自分はこのままこの学園で教員を続けられる。

この教師がとった選択は‥‥

 

「か、彼女は‥‥不正なんてしていません」

 

千冬の意見を否定する方を選んだ。

千冬からの信頼を失うのは嫌であるが、千冬の意見に賛同どうすれば、自分は責任を問われ、学園を解雇される可能性がある。

マスコミに知られればある事ない事を書き叩かれるかもしれない。

この教師はそれを恐れたのだ。

それに千冬の意見に賛同しても恐らく彼女は自分を助けてはくれないだろうから‥‥。

故にこの教師は自らの保身を選んだのだ。

 

「なっ!?」

 

監督をしていた教師が千冬の意見を否定した事で千冬の立場はどんどん追い込まれて行く。

彼女の行為はただの見苦しいだけの言いがかりとなった。

 

「筆記試験の成績、そしてIS技術、共に問題はない筈です。それに彼女、あの実技試験は織斑先生の勝ちで良いと言っていましたよ」

 

楯無は千冬にイヴから預かっていた伝言をつたえる。

 

「くっ‥‥」

 

千冬は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

自分はあの受験生に勝ちを譲られたのだ。

この事実は彼女のプライドを著しく傷つけた。

 

「私はむしろ、彼女を野放しにした方が危険だと思いますが?」

 

楯無は例えと言葉は汚いかもしれないが、イヴを学園に入れるために学園の教師達に理解を求めた。

 

「筆記試験は全て満点、ISの技術もブリュンヒルデと互角の腕前で専用機持ち、しかもその専用機の性能は各国最新鋭のIS技術を搭載していました‥‥ですよね?山田先生?」

 

楯無は『互角』の部分を強調して言うと、千冬は顔をしかめる。

 

「えっ!?」

 

突然会話をふられてキョドる山田先生。

しかし、楯無からの質問にはちゃんと答えた。

 

「は、はい。あの子のISには中国、イギリス、ドイツ、三国の最新鋭技術が全て導入されていました」

 

山田先生の言葉に会議室の教員たちはざわつく。

ISの技術は各国が独自で行っているモノで三国の技術を合わせ持ったISなど今まで聞いたことがない。

 

「その最新型のISがテロリストの手に渡れば、世界各国で大混乱がおきます。この学園も襲撃の対象になるかもしれません」

 

イヴの手からリンドヴルムを奪える者などいないだろうが、楯無は話をオーバーにする。

 

「ここ最近、各国では開発したばかりの最新鋭のIS強奪事件が多発しています。あの子のISもこの先、狙われる可能性は十分あります。学園の外に居ればその可能性は十分増します」

 

「更識君、つまり君はあの子をこのIS学園で保護しようと言う事かね?」

 

理事長は楯無が言いたい事を先に言って彼女に尋ねる。

 

「その通りです。理事長」

 

「だが、アイツが学園に入れば、テロリストが奴のISを狙って学園を襲撃して来る可能性もあるのではないか?」

 

千冬は反対論を唱える。

 

「ですが、学園の外よりは安全な筈です。私も全力で彼女を守る所存ですし、なにより、世界最強のブリュンヒルデ様がこの学園にいるのですから、テロリストもそう簡単にはこの学園に襲撃を仕掛けるなんて大それたことはしないと思いますが?その点はどうお考えですか?織斑先生」

 

「小娘が‥‥」

 

千冬は苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませた。

確かに楯無の言う通り、千冬の存在だけでも学園にとって御守りの様な感じとなっている。

織斑千冬、ブリュンヒルデと言うネームバリューはそれだけでもテロリストや工作員にとって脅威となっている。

 

「理事長、これまでの話を判断し、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスのIS学園の合否を決めていただけますか?」

 

他の受験生の合否はまだ決まっていないが、今回問題に上がった事により楯無は理事長にイヴの合否をこの場で判断を仰いだ。

 

「‥‥」

 

理事長は目を閉じ、腕を組んで考える。

会議室に居る皆は、固唾を飲んで理事長の判断を待つ。

そして、理事長が目を開け、

 

「受験生、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスのIS学園の入学を‥‥」

 

理事長の一句一句がとても長く感じられる。

 

「許可します」

 

理事長はイヴのIS学園の入学を許可した。

 

(よっしゃあ!)

 

この発言を聞いて楯無は心の中で思わずガッツポーズをした。

その反対に千冬は物凄く悔しそうな顔をしたが、

 

「理事長、ならば彼女のISは学園側で管理した方がよいのではないでしょうか?」

 

イヴの入学はもう止められないので、千冬はならば彼女の専用機、リンドヴルムを没収しようと言う策に出た。

だが、これも楯無の考えの内であった。

 

「織斑先生、その場合、所有者である彼女とリンドヴルムの製作者の許可が必要だと思います」

 

(くっ、またコイツか)

 

千冬の意見にまたもや楯無が異議を唱える。

 

「それにIS学園特記事項がある限り、学園側が彼女の専用機には手を出すのは無理だと思いますが?」

 

楯無はこの学園の校則を持ち出して来た。

彼女の言うIS学園特記事項は全55項存在し、その中の第21項には、

 

『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。』

 

と記されていた。

 

「学園に入れば専用機の所有権は国や企業から個人へと移ります。その個人が専用機の変更を申し出るか、学園側が管理するのをその所有者が許可を出さない限り、IS学園側も個人の専用機を没収するのは不可能と言う事です」

 

つまり、イヴからリンドヴルムを没収するにはイヴ本人の許可がなければ、学園側はリンドヴルムを没収できない。

あのイヴが友達から貰ったリンドヴルムをそう簡単に手放すとは思えない。

千冬の策は全て失敗した。

何はともあれ、イヴは無事にIS学園への切符を手に入れた。

職員会議が終わり、皆が会議室を出て行く中、千冬は楯無に、

 

「小娘が、あまりいい気になるなよ」

 

と、ドスを利かせた声で警告する。

 

「へぇ~世界最強の器は随分と小さいモノなのですね」

 

楯無も千冬に挑発をする。

両者の目からは火花が散っている様だった。

 

 

IS学園の入学試験から数日後、世界に衝撃的なニュースが駆け巡った。

 

『次のニュースです。なんと日本で世界初、ISを起動させた男子が発見されました。起動の原因は未だに不明ですが、日本政府は事態を重く見て、ISを起動させた男子、織斑百秋君を‥‥』

 

『先日、ISを起動させた織斑百秋君はあの第一回、第二回モンド・グロッソ連覇の偉業を達成させたあの織斑千冬さんの弟さんで‥‥』

 

世界中に走ったこの衝撃的なニュースはやがて、イヴ、そして簪に多大な迷惑をかける序章となる事を本人達はまだ知る由もなかった。

 



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23話

イヴの合否を巡る緊急職員会議の後、楯無は直ぐに生徒会室へと行き、溜まっていた仕事を片付けた。

夜、ゆっくり時間をかけて出来るモノを何故、彼女はこんなにも早くやっているのか?

それは他ならぬイヴの身を案じての事だった。

自分の中に凶暴な獣が住み着いている事実を知り、彼女が傷ついていない筈がない。

傷心の彼女の下に行けるのは自分だけだ、傷ついた彼女の心を癒してあげられるのは自分だけだと言い聞かせて一心不乱で仕事を片付けたのだ。

その後、急いで外泊届を事務室へと出すと彼女は急いで実家の離れに向かった。

 

職員会議の後、楯無の姿が見えないので、虚は楯無を探していると、『更識さん、実家で急ぎの用事があると言って帰った』と言う証言を聞き、虚は憤慨した。

怒りながらも生徒会の仕事を滞らせる訳にはいかないので、虚が生徒会室へ行ってみると、デスクの上には既に決済や判子が押された書類が置いてあり、仕事は全て終わっていた。

 

「‥‥」

 

既に終わっている書類を見て虚は唖然としつつ誰か別の人間が生徒会室に入り、仕事をしたのではないかとさえ思った。

 

その頃、更識家の離れでは、電気もつけずに暗い部屋の中でイヴは一人、膝を抱えていた。

自分はやはり、化け物になってしまったのだと今回の実技試験で改めて実感した。

しかも自分の中にはその化け物の根源である凶暴な獣も住み着いている。

やはり、自分は生きていてはいけない存在なのではないか?

自分が生きていればこの先、多くの人に迷惑をかけるのではないか?

そんなネガティブ思考がイヴの頭の中を支配していた。

あの獣は自分がこんなにも悩んでいる中、出てくる気配はない。

あの獣のせいで自分はこんなにも悩んでいるのに肝心な時には出てこない。

自分がこのまま命を絶つその瞬間まで出てこないのではないだろうか?

まったく、血の匂いと戦いの時にしか表に出てこない、まさに血に飢えた獣だ。

 

(もういっそ、楽になっちゃおうかな‥‥)

 

イヴは手に一本のナイフを出現させ、震える手で自らの頸動脈へと運ぶが、あと一歩が踏み出せない。

タッカーの呪縛から放たれた直後ならば、躊躇はしなかっただろう。

だが、タッカーの呪縛から放たれた後、束や楯無たちと過ごした日々はとても楽しかった。

そんな楽しかった日々の事が頭を巡る。

此処になって自分は死を恐れている。

死にたくない‥‥

でも、自分は此処で消えなければならない。

でも、死ねない、死にたくない、生きたい。

そんな思いが過ぎる。

イヴの手からナイフがポロッと落ちる。

 

「うっ‥‥ひっぐ‥‥うぅ~‥‥」

 

両手で目を覆い、イヴは涙を流す。

その時、

 

「いっちゃん‥‥」

 

離れにイヴの泣き声とは違う第三者の声が聞こえた。

イヴが恐る恐る顔を上げると其処には束が居た。

 

「‥‥たばちゃん?」

 

此処に居る筈のない束が自分の目の前に居る。

これは幻か?

イヴが戸惑っていると、束はイヴに近づき、彼女を抱きしめる。

束の温もり、束の心臓の鼓動が聴こえる。

自分を抱きしめている束は幻ではなく、本物の束であった。

 

「たばちゃん‥‥たばちゃん‥‥私‥‥私‥‥う‥うわぁぁぁ」

 

束にしがみつき、声を上げて泣くイヴ。

 

「よしよし、いっちゃんは悪くない‥悪くないよ‥‥」

 

泣きわめくイヴを束は抱きしめ優しく頭を撫でる。

やがて、泣きつかれてしまったイヴはそのまま束の腕の中で眠ってしまった。

 

「ごめんね、いっちゃん‥‥私がISなんて作らなければ‥‥」

 

やはりISを使うには、人類はまだ未熟だったのかもしれない。

当然作った自分も開発当初は余りにも人として未熟だった。

学会の博士や教授、学者や研究者達に自分の作った我が子(IS)をバカにされて腹が立った。

自分の作った発明品を机上の空論とされた事にガキの様にムキになって決して机上の空論でない事を証明するためにあのような事をしてしまった。

まるで癇癪を起した子供だ。

もっと自分の精神が大人であれば、もう少し綿密に時間をかけてISを研究し、男女共に使用できるまで研究・開発を続けられていたら、タッカーの様なマッドサイエンティストを生み出す事もなかっただろう。

ISが無ければ、織斑千冬がブリュンヒルデになる事もなかったのかもしれない。

ISが無ければ、世界が女尊男卑の世界にはならず、織斑四季が暗殺される事もなかったのかもしれない。

あのマッドサイエンティストがいなければ、織斑一夏はイヴになる事もなかったのかもしれない。

束の脳裏に「IF」「もし」「たられば」の世界観が過ぎる。

だが、所詮は可能性の世界の事、現実の世界は女尊男卑の世界となってしまっている。

ならば、そんな世界の犠牲者たるイヴを守る事がISを生み出し、世界バランスを崩してしまった自分のせめてもの贖罪なのだ。

束がギュッと眠るイヴを抱きしめていると、

 

ドタドタドタドタ‥‥

 

離れの廊下を走る足音が聞えてきたと思ったら、

 

「イヴちゃん!!」

 

息を切らした楯無が離れにやって来て、扉を勢いよく開ける。

 

「「‥‥」」

 

そして、束と楯無の両者は互いに無言で鉢合わせをする。

 

「‥‥何しているんですか?篠ノ之博士」

 

束の姿を見た楯無は白けた声を出す。

 

「ちっ、相変わらず空気が読めない青髪だ」

 

束は楯無から顔を逸らし、舌打ちをする。

 

「話を逸らさないでください。なんで篠ノ之博士が此処に居るんですか?」

 

一方、楯無は顳顬に青筋を浮かべて、引き攣った笑みをしながら何故此処に束が居るのかを改めて彼女に尋ねる。

 

「傷心のいっちゃんを放置する程、私は、酷い人間じゃないよ」

 

「知っていましたか?住居不法侵入は犯罪ですよ」

 

「私は世界中から指名手配を受けているんだよ、今更不法侵入の一つや二つ、どうってことはないよ」

 

「っていうか、なんでイヴちゃんが傷心だって知っているんですか?」

 

「いっちゃんの受験だもん、影ながら見守るのは友達として当然でしょう」

 

束は誰にも気づかれず、IS学園のコンピューターにハッキングをかけ、監視カメラ越しに試験内容を見ていた様だ。

 

「まさか、いっちゃんの中に、あのマッドの忘れ形見がいたなんて予想外だったけどね‥‥織斑千冬がいっちゃんの相手をした事もだけど‥‥」

 

「事情はわかりました。ですが、後は私がイヴちゃんを慰めるので、篠ノ之博士はお引き取り下さい」

 

楯無は『私が』の部分を強調して束にもう、お前は用済みだから帰れと言う。

 

「うーん、私としてもやぶさかではないのだけれどね‥これじゃあ、ちょっと無理かな?」

 

束はイヴが今、自分の体をホールドしている現状を楯無に見せて帰るに帰れないと言う。

 

「くっ‥‥」

 

楯無としても以前、束の秘密研究所に泊めてもらった借りがあるので無下には出来ず‥‥

 

「わ、分かりました‥今日はイヴちゃんに免じて此処でのお泊りを許しましょう」

 

楯無は渋々と言った様子で束に泊まる事を許した。

そして一夜が明けると‥‥

 

「うっ‥‥うーん‥‥朝‥‥?」

 

朝日の光を浴びて、イヴがゆっくりと瞼を開ける。

 

(私‥昨日‥‥そう言えば、たばちゃんが来てくれたような‥‥)

 

イヴは眠る前に束が来てくれたような気がした。

 

「ん?動けない‥‥」

 

起き上がろうとしたイヴだが、体が動かない。

イヴが首を動かして辺りを見ると左右を束と楯無がガッチリと自分の事をホールドしていた。

 

(あれ?なんかデジャヴ)

 

イヴは今の状態にデジャヴを感じた。

でも、それと同時に化け物になった自分をこうしてちゃんと心配してくれる人が居るという事が分かって嬉しかった。

イヴはその嬉しさと共にもう少しこの温もりを感じたく、もう一度目を閉じた。

 

 

「はぁ~酷い顔」

 

それから目を覚ましたイヴは鏡に映る自分の顔を見て呟く。

泣き散らしてそのまま寝たせいかイヴの目は腫れていたし髪の毛はボサボサだった。

 

「それじゃあ‥‥」

 

「お風呂に入らないとね」

 

束と楯無は目を輝かせてイヴを浴室へと誘う。

 

更識家の離れの浴室では、浴槽にお湯を張る水音と共にキャハハ、ウフフフと言う声が響いていた。

 

「いっちゃん、痒い所はない?」

 

束はイヴの髪を洗っている。

勿論イヴの頭にはシャンプーハットがついている。

 

「うん、大丈夫。たばちゃんは髪を洗うのが上手いね」

 

束のテクニックにイヴは気持ちよさそうに目を細める。

 

「勿論です。プロですから」

 

束がシャワーでイヴの頭についているシャンプーの泡を洗い落とす。

 

「さあ、次は私がイヴちゃんの背中を洗うわよ」

 

次に楯無がイヴの背中を洗う。

そして浴槽にお湯が溜まり、三人は浴槽の中へと入る。

流石に三人で入ると狭いが何とか入ることが出来た。

流石、更識家、離れでも浴槽は大きい。

浴槽に入っていると時、楯無は風呂場にあるモノを見つけた。

 

(あっ、やっぱりあったわ、黄色いアヒルさん)

 

以前、イヴがシャンプーハットを使用して髪を洗っている時に楯無は、イヴはお風呂の浴槽には黄色いアヒルを浮かべているのではないかと予測していたが、まさにその通りであった。

その頃、

 

「いっちゃんのおっぱい綺麗だね」

 

「たばちゃんのおっぱいも大きくて綺麗だよ‥‥」

 

イヴと束は互いに互いの胸を見つめ合っていた。

 

「‥‥」

 

すると、束のおっぱいを見ていたイヴは突然、

 

「あむっ」

 

「ひゃんっ!!い、いっちゃん!?」

 

イヴは束の乳房に口をつけた。

 

「んぅ‥‥んっ‥‥んっ‥‥」

 

「い、いっちゃん‥‥ちょっ‥‥んっ‥‥」

 

束にとって他人に自分の乳房を吸われるなんて初めての体験に戸惑いを隠せない。

しかし、イヴは束の体をガッチリとホールドしているのと浴槽にいるので動けずイヴのされるがままだった。

 

「‥‥」

 

イヴと束の二人の行為を楯無は顔を真っ赤にして見ていた。

自分もよくイヴに乳房を吸わせているが、こうして第三者の目で見るとなかなか恥ずかしいモノがある。

 

「んっ‥んっ‥ぷはぁ‥‥」

 

束の乳房を吸い続け、満足したのかイヴは束の乳房から口を離す。

イヴの口と束の乳房の間には銀色の橋が出来る。

 

「はぁ、はぁ、はぁ‥‥いっちゃん‥激しすぎだよぉ~」

 

束も顔を赤くして、トローンとした目で少し荒れた呼吸を整えている。

 

「たばちゃんのおっぱいも美味しかったよ」

 

「も?」

 

「うん、たっちゃんのおっぱいもなかなかの味‥‥」

 

「へぇ~青髪もこんな事をしていたんだ‥‥」

 

束がジト目で楯無を睨む。

 

「じゃあ、私は青髪の更にもう一歩上をいくよ」

 

「えっ?」

 

束の言葉にキョトンとする楯無。

 

「いっちゃん‥‥んっ」

 

チュッ

 

「んぅ?」

 

「ああああー!!」

 

束のある行為に楯無は思わず声を上げる。

 

「んむ、ちゅる、れる、むう」

 

「うむ、ちゅぱ、れむ、あむ」

 

束はイヴの唇に自らの唇を重ね、舌でイヴの口の中をかき混ぜ、自身の舌とイヴの舌を絡ませる。

 

「ぷはぁ~‥いっちゃん、ご馳走さま」

 

「た、たばちゃん」

 

今度はイヴの方が顔を真っ赤にする。

 

「フフフフ‥‥いっちゃんのキス貰っちゃったもんね」

 

束はニッと笑みを浮かべる。

そして、楯無には、

 

「  ( ・`ω・´)ドヤッ!!  」

 

と、ドヤ顔をする。

 

(くっ‥‥してやられた!!こんな事なら早めにイヴちゃんの唇を奪っておけばよかった)

 

楯無は今までチャンスは何度もあったにもかかわらず、イヴの唇を奪えなかった事を悔いた。

浴槽の中で百合百合チックな展開があったが、束は表情を真剣なモノに戻し、

 

「いっちゃん」

 

「なに?たばちゃん」

 

「今回の一件、私も見ていたんだけど、やっぱり、織斑千冬が関係しているの?」

 

「‥‥」

 

束の問いにイヴは小さく頷く。

 

「そう‥‥それでもやっぱりIS学園に行くの?」

 

「‥‥行く‥今回の事は久しぶりにあの人の姿を見たことで動揺した為に起きた事だから‥次からは大丈夫だよ‥たばちゃんがくれた薬もあるし‥‥それにいつまでも逃げてばっかりじゃダメだから」

 

楯無だって妹との関係修復の為、頑張っている。

ならば、自分だっていつまでも過去から逃げている訳にはいかない。

和解はもう無理でも過去のトラウマに立ち向かわなければ、自分はいつまでも前には進めない。

 

「青髪、いっちゃんは学園には入れそうなのか?」

 

束は楯無にイヴは学園に入れるのかを尋ねる。

此処で無理とか言われたら、格好がつかない。

 

「実はあの後、緊急の職員会議が開かれて‥‥」

 

楯無は試験後に開かれた職員会議の事を束とイヴに話した。

 

「まったく、アイツは相変わらず碌な事をしないな」

 

千冬の行いに呆れる束。

 

「でも、無事にIS学園には入れてよかった、よかった。困ったことがあれば、私が影からバックアップするからね、いっちゃん」

 

「う、うん。ありがとう。たばちゃん」

 

「イヴちゃん、私も頑張るからね、学園じゃ私を頼りにしていいからね」

 

「う、うん。ありがとう。たっちゃん」

 

束だけにお株を奪われてたまるかと言う感じで楯無もイヴにアピールをする。

IS学園への入学はいささか不安が付き纏うが、過去とは完全に決別する為、IS学園へ行く事を決めた。

 

 

それから数日後、テレビではある衝撃的なニュースが飛び交った。

世界で初の男性IS操縦者が発見されたと言うものだった。

しかもその男性操縦者は織斑千冬の弟、織斑百秋と言うのだから楯無の悩みの種が増える結果となった。

日本政府は事態を重く見て、保護の名目で彼をIS学園に入れる事を決定した。

彼は筆記試験をパスし、実技試験のみとなった。

本当にISを動かしたのか、間違いがないのかを確認する為の実技試験だった。

その結果、彼は問題なくISを動かした。

実技試験を担当した山田先生は実力が空回りして自滅した。

 

今回、彼がISを動かしたことで一番の被害を受けたのは他ならぬ簪であった。

彼がISを動かし、IS学園への入学が決定となってから数日後、IS学園から簪に合格通知が届いた。

実技試験では、教官相手に勝つことは出来なかったが、引き分けに持ち込み、筆記試験の結果も各教科でミスは一つか二つと言う結果だった。

これは主席合格したイギリスの代表候補生、次席合格したイヴに続く成績であった。

そんな中、簪は日本IS委員会から突然呼び出された。

呼び出された要件が『専用機について』の事だったので、簪は遂に自分の専用機が完成したのかと思って行ってみたら、呼び出しの内容は簪の予想を大きく上回る予想外の事だった。

 

「凍結!?」

 

簪は委員から伝えられた言葉が一瞬理解できなかった。

 

「ど、どういうことですか!?」

 

なぜ、自分の専用機の開発が凍結されなければならないのか?

簪は納得ができなかった。

これまで必死に努力して日本の代表候補生になり、更にはその中でもトップクラスの実力者でなければなれない専用機枠に入ったのに、その専用機の開発が無期限の凍結処分となったのだから、簪の絶望、怒りは相当なものだった。

簪は委員に食って掛かって何故自分の専用機の開発が止められたのか?その理由を尋ねた。

すると、理由は‥‥

 

「君は先日、発見された男性操縦者について知っているかな?」

 

「はい。ニュースで見ました」

 

「政府は彼に専用機を用意する事に決めたのだよ。その為、開発中の君の専用機を代わりに無期凍結ということになった」

 

「なっ!?」

 

簪は理由を聞き絶句した。

日本代表、代表候補生の専用機を専門に扱っているIS企業・倉持技研は今後、彼の専用機の開発とその専用機の今後のデータ収集、解析に集中する為、簪の専用機を開発する余裕が無くなったと言う。

用意するとしたら、彼の専用機のデータが揃い、それを基にして製作された第三世代の開発が成功したら用意できると言ってきた。

少なくとも簪がIS学園に在学中に専用機が手元に届くことはない。

ならば‥‥

 

「私の‥専用機‥打鉄弐式は今、どのくらい完成しているんですか?」

 

簪は自らの専用機がどこまで作られているのかを尋ねた。

 

「外装は既に完成している。だが、武装、機動プログラミングがまだだ」

 

「‥‥それでは、後は私自身が作りますので、機体はIS学園に送ってください」

 

簪は作り掛けの打鉄弐式を引き取り、あとは自分で作ると言う。

元々姉も自分で専用機を作り上げたのだから、自分も専用機を作ってやる。

それでこそ、姉と同じ土俵に立てると言うモノだ。

 

「いいのかい?あと何年か待てば、打鉄弐式よりも遥かに高性能の専用機が用意できるかもしれないのに」

 

「はい、かまいません」

 

委員会は簪に待てば、男性操縦者のISデータを基にした打鉄弐式よりも高性能な第三世代型のISが用意できると言うが、簪はそれを断った。

姉がIS学園に在籍中に自分も専用機を手に入れていなければ意味がない。

簪は自分の専用機を奪った男性操縦者に恨みを抱きつつ、これも姉を越える為の試練だと割り切って作り掛けの専用機を受け取った。

その帰り道‥‥

 

「‥‥」

 

道端には数日前に配られた号外が落ちていた。

 

「織斑‥‥百秋‥‥」

 

其処には織斑百秋の顔写真が一面に載っていた。

 

「ふん」

 

グシャ

 

グリグリグリグリ‥‥

 

簪は号外に載っていた織斑百秋の顔写真の部分を足で踏みつけた。

その後、簪はまだ世間が春休みの中、先にIS学園へ入り、格納庫にて自らの専用機、打鉄弐式の製作を始めたのだった。

 



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IS学園編
24話


「‥‥」

 

IS学園入学式前日、楯無は決定されたクラス割りが書かれた紙を睨みつけている。

特に一年一組のクラス割りの部分には納得しがたいモノであったが、既に決まった事に異議を唱えるのは既に無理であるし、いくら教師と同等の権限を持つ生徒会長でもやはり、教師と生徒の壁は存在し、寮の部屋割りは兎も角、クラス分けに関しては生徒会長でも介入する事は出来なかった。

担当教員の名前の部分には、

担任 織斑千冬

副担任 山田真耶

と書かれていた。

次に一組に所属する生徒の中にイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットが居た。

彼女の場合、筆記試験の点数が満点、実技試験も担当教官に勝利するなど、表向きは入学試験を主席合格したので、ブリュンヒルデこと、織斑千冬が担任を務める一年一組に居てもなんら不思議では無かった。

次に束の妹、篠ノ之箒の名前があった。

彼女の場合は、束の家族と言う事で重要保護人物の一人と言う事で、世界最強のブリュンヒルデがいるクラスに居れば、千冬が彼女を守ってくれるだろうと思い、一組の所属となったのだろう。

同じく千冬の弟で世界初の男性IS操縦者、織斑百秋も同様の理由で一組の所属となった。

そして自身の妹、簪は四組の所属となった。

更識家の者だから、自分の身は自分で守れるだろうと判断されたのか、イギリスの代表候補生が一組なので、日本の代表候補生である簪は別のクラスにした方が、戦力が均等になるのだろうと判断したのかもしれない。

だが、そんな中、一組にイヴの名前がある事が楯無はどうしても解せなかった。

織斑千冬はイヴのIS学園入学を阻止させようと躍起になったほど、彼女を嫌っている。

そんな彼女を自分が担任を務めるクラスに入れるなんて‥‥

自分が目の届かない所でイヴに嫌がらせをするつもりなのだろうか?

楯無はそれを調べるために同級生で新聞部に所属している黛薫子に調査を頼んだ。

元々仲の良い友人でもあり、彼女も自分の事は「たっちゃん」と呼んでくる間柄だ。

自分が直接千冬に尋ねても彼女は正直には答えないだろうが、新聞部の取材といえば、何かコメントをするかもしれないと思ったからだ。

やがて、千冬に取材を終えた黛が生徒会室へと戻って来た。

 

「やっはろ!!たっちゃん、戻ったよぉ~」

 

「お疲れ様、薫子ちゃん。それで、どうだった?」

 

「うんとね‥‥」

 

黛は取材ノートを取り出し、何故千冬が担当するクラスにイヴが居るのか、その理由を話した。

一番の理由はイヴが国家、企業に所属しない専用機持ちだったと言う事、それは表向きは恐らくセシリアに万が一の事があった場合の補欠なのだろう。

だが、それならば、イヴをまだ専用機持ちや代表候補生が所属していない二組か三組に所属させればいいのに‥‥。

そして、これはオフレコにすると言う約束で話してくれた内容で、イヴはかなりの危険人物なので自分が他の生徒に危害が及ばないか監視しやすいようにするための処置だと言う。

 

(貴女が関わらなければ、イヴちゃんは人畜無害どころか癒しの存在になるんだけどね)

 

黛の話を聞いてそう思う楯無。

そこで、彼女は千冬がイヴを監視するのであれば、こちらも千冬を監視する事にした。

幸い一組には虚の妹の本音が居る。

彼女に千冬、百秋、箒の監視と共にイヴの様子を気にかけてやるように命じた。

当初、本音は楯無の命令に首を傾げていたが、楯無が「当主命令よ、いいわね」と強くいったところ本音は渋々ながら了承した。

 

こうして何やら、波乱の予感がする新年度が始まった。

IS学園のロータリーにはその狭き門を潜った合格者達が自分の所属するクラスが掲示された掲示板の前に集まり自分がこの後所属するクラスを確認する。

その中で、通常のIS学園の制服よりもスカートが少し長く、首には青いアスコットスカーフを巻いたイヴの姿があった。

彼女は自分のクラスの担任が千冬であり、クラスメイトの中に束の妹の箒とかつての弟であり、何度も自分に対して性的暴行をしたあの織斑百秋が居る事にギリッと顔を歪める。

イヴはポケットからおもむろにピルケースを取り出し錠剤を一つ口の中に放り込み奥歯でガリッと嚙み砕いた。

 

 

入学式が終わり、新入生達はそれぞれが所属する教室へと戻る。

その教室の中で一人浮いた存在が居た。

 

(き、気まずい‥‥)

 

後ろ左右から女子の視線を大量に浴びている少年。

織斑千冬の弟、織斑百秋である。

中学時代は自分の腹違いの姉、織斑一夏に対して日常的に性的暴行を働いていた彼であったが、自分と同じ同性は一人もおらず、こうも大量の女子の視線に当てられてはさすがの彼も委縮している様子。

彼が威勢を張れるのは自分よりも弱いヤツが居る時、そして自分の周りに自分を慕う大勢の人間を従えている時だけだった。

そもそも何故、彼が本来女子高であるこのIS学園に入学できたのか?

それは彼が高校受験をした日まで遡る。

彼は当初IS学園ではなく、別の高校を受験する予定だった。

しかし、受験当日、入試会場で道に迷い、間違えて入った部屋に展示されていたISを何気なく触った。

すると、男性にも関わらず、ISが起動した。

其処を警備員に見つかり、一時身柄を拘束された。

それからは物事があれよあれよと進み、世界初の男性操縦者と言う事で保護の名目によりこのIS学園への入学が決まった。

当然の様にISは女性にしか動かせない。よって彼の周りには女性しかいないのだ。

溜息を吐きながら百秋はチラリと左側の席を見る。

彼の視線の先に居るポーニーテールの少女は彼の視線に気付くとプイッと違う方向に顔を向けて他人のフリを決め込む。

 

(それが六年ぶりにあった幼馴染に対する態度か?)

 

幼馴染の少女の態度に心の中で愚痴っていると教室のドアが開き、そこから緑の髪に眼鏡をかけた教師が入って来た。

 

「全員揃っていますね?皆さん、入学おめでとうございます。私はこの1年1組の副担任を務めます山田真耶です。これから一年間よろしくお願いしますね!」

 

山田と名乗った教師の言葉にクラスに居る者は誰も反応はせず、静寂に包まれた。

そんな中、窓際の席に座り、窓の外を見ていたイヴは、山田先生の名前を聞いて、

 

『やまだまや

  下から読んでも

      やまだまや』

 

そんな心の俳句を詠んでいた。

生徒に総シカトをくらった山田先生は泣き出したくなるような気持ちを抑え、なんとかSHRを続行する。

 

「そ、それじゃあ出席番号順に自己紹介をお願いしますね」

 

「はい、出席番号一番、相川静香です。特技は‥‥」

 

山田先生がクラスメイト達に自己紹介を促すと出席番号一番の相川と言う生徒が自己紹介を始め、そこから出席番号順に自己紹介をする。

そして‥‥

 

「イヴさん?イヴさん!!」

 

山田先生がイヴの名を呼ぶ。

彼女の声を聞いてイヴは視線を窓の外から山田先生へと移す。

 

「はい?」

 

「あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。ごめんね?でもね、自己紹介が『あ』から始まって今、『い』のイヴさんの番なんだよね。だから自己紹介してくれるかな?だめかな?」

 

山田先生はイヴに自己紹介の番だから自己紹介をしてくれと言う。

そんな山田先生に対してイヴは、

 

「先生」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「‥イヴは名前であり、苗字ではないのですが」

 

山田先生の間違いを指摘した。

 

「あっ!?」

 

イヴの冷静な指摘に山田先生はやってしまったと言う顔になる。

 

「でも、家名は『アインス』なので、『あ』の終わりと言うことであれば、別にいいですよ」

 

「本当ですか!?本当ですね?や、約束ですよ?」

 

「先生落ち着いてください」

 

イヴは冷静に事を運び、席から立つ。

すると、クラス中の視線がイヴに集中する。

 

(うっわ、なにあのサラサラで綺麗な銀髪……)

 

(肌の質感とかがあたしなんかとはまるで違う……)

 

(もう綺麗過ぎて人間じゃないみたい……)

 

クラスメイト達はイヴの姿を見て息を飲んでイヴの姿に見惚れている者もいたが、彼女の姿を見て驚いている者も居た。

それは他ならぬ元弟の百秋と箒であった。

 

(い、一夏!?生きていたのか!?)

 

(なっ、なんであの疫病神が此処に!?)

 

二人の目の前には行方知れずでとうの昔に何処かで野垂死んだと思っていた織斑一夏が居た。

 

(まさか、生きていたとは‥‥だが、まぁいい‥丁度いいダッチワイフが来てくれたぜ)

 

(髪の色は違うが、間違いないアイツはあの疫病神だ!!)

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスです」

 

イヴは自分の名前だけを言ってそのまま席に座ろうとする。

 

「あ、あの‥‥」

 

其処を山田先生が声をかける。

 

「なんでしょう?」

 

「それだけですか?」

 

「他にどうしろと?」

 

「い、いえ‥‥」

 

生徒相手に言いくるめられる山田先生。

その後も自己紹介は続いていくが百秋はジッとイヴの事を見ていた。

やがて‥‥

 

「織斑君?織斑百秋くん!」

 

「は、はいっ!」

 

百秋はずっとイヴの事を見ていた為、自分の番が来た事に気付かなかった。

 

「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒っている?怒っているかな?ゴメンね、ゴメンね?で、でもね、自己紹介が『あ』から始まって今、『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?ダメかな?」

 

先程のイヴの事も有り、テンパっている山田先生。

 

「いや、そんなに謝らないでください。自己紹介しますから」

 

「本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ、絶対ですよ!!」

 

(本当にこの先生大丈夫かな?まぁ、あの人に比べたら幾分マシだろうけど‥‥)

 

キョドっている百秋も百秋であるが、テンパっている山田先生も山田先生である。

これでは、頼りない教師として見られて生徒に舐められないだろうか?

 

「織斑百秋です‥‥以上!」

 

(やっぱり、私と元弟は、半分血は繋がっているな‥‥)

 

百秋の自己紹介を見てイヴは、やはり血は争えないモノだと実感した。

名前だけを名乗った百秋にクラスメイト大半がズッコケる。

 

(奴に一体何を期待しているんだか)

 

イヴはそんなクラスメイトを冷ややかな目で見る。

そして、彼の背後から迫って来た千冬は出席簿で百秋に強烈な一撃を加える。

 

「お前は満足に自己紹介もできんのか!?」

 

本当にそれは出席簿なのかと言う疑問さえ抱かせる音だった。

 

「げぇ!?関羽!?」

 

「誰が三国志の英雄か!この馬鹿者!」

 

再度出席簿で頭を叩かれる百秋。

 

「織斑先生、もう会議は終わったんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」

 

「いえ、これも副担任の役目ですから」

 

そう言ったやりとりがあり、山田先生は千冬と入れ替わり教壇に立つ。

 

「諸君、私が織斑 千冬だ」

 

(そんなモノ顔を見ればわかるよ‥お前のその顔、その声は絶対に忘れるものか‥‥)

 

千冬の声を聞いただけで、イヴは腸が熱くなる感覚となるが、それをすぐに理性で抑えた。

これ以上、怒れば奴が表に出てくるかもしれないからだ。

そんな中、千冬は自己紹介を続けている。

 

「君達、新人を一年で使える操縦者にするのが私の仕事だ。私の言うことは絶対だ。反論は許さん。返事は『ハイ』か『Yes』のみだ。出来なくても『ハイ』か『Yes』のみだ」

 

(どうやら、関羽ではなく、コイツは董卓のようだな)

 

独裁者の様な発言をしながら自らの自己紹介をする千冬。

普通、こんな問題発言をすれば後日、問題となるのだが、一瞬の静寂の後に一斉に黄色い声が響き渡った。

 

「千冬様!本物の千冬様よ!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

クラスの女子達は千冬の姿に湧きたっているが、

 

(この女の一体どこに憧れるんだ?)

 

イヴは千冬に憧れる部分を探したが、どこも憧れる部分は見言い出せなかった。

 

「毎年よくこれだけ馬鹿者共が集まるものだ。私のクラスにだけ集中させているのか?」

 

千冬のその言葉に反省する者は誰一人おらず、更に女子は騒ぎ立てる。

だが、全員とは言わずとも少なくとも何人かは千冬自身が選んでいる。

 

「お姉さま!もっと叱って!罵って!」

 

「時には優しくして!」

 

「そして付け上がらない様に躾けて!!」

 

このクラスには変態が存在するようだ。

 

「ち、千冬姉が担任?」

 

「織斑先生だ!馬鹿者」

 

千冬は三度目のアタックを百秋に喰らわせる。

 

「あでっ!?お、織斑先生・・・」

 

「よろしい」

 

ただ、百秋のこの発言で彼が千冬と血縁者であることがクラスに知れ渡った。

まぁ、イヴにしてみればどうでもいい事だった。

やがて、SHRが終わり、クラスメイト達は席から立ち上がり、お手洗いに行く者、親しい者と会話をする者、授業の準備をする者など様々だ。

IS学園は入学式のあるその日から授業が始まる。

通常の高校と違い、ISと言う特別授業がある為、時間は有効活用しなければならないと言う学園側の方針なのだ。

そんな休み時間、イヴは机の中から次の授業で使う教材を取り出していると、

 

「ちょっといいか?」

 

「ん?」

 

イヴに百秋が声をかけてきた。

 

「なぜ私は、机の整理などという大切な仕事を投げ出して、貴様の様な虫けらと無駄話をしなければならない?」

 

「なっ!?」

 

「お前!!百秋になにを!!」

 

イヴの声が聞こえたのだろう、箒がイヴに食って掛かろうとする。

しかし、

 

キーンコーンカーンコーン

 

休み時間の終了、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。

 

「ちっ」

 

「ふん」

 

チャイムが鳴った事で、百秋も箒もすごすごと自分の席へと戻って行く。

二人が席へと戻って行く中、イヴは自らの手を見た。

手には汗がビッリョリと掻いており、呼吸も少し早い。

先程のイヴの言葉は虚勢に過ぎなかった。

でも、少しでも自分を強く見せなければ、千冬の時の様にまたアイツが表に出て来てしまう。

過去の苦い思い出を思い出してしまう。

織斑姉弟、箒に対して必死に虚勢を張る事が今のイヴに出来る最大の武器でしかなかった。

そして山田先生、千冬が居室へと入って来ると授業が始まった。

 

「‥‥となります。此処までで何か分からない人はいますか?」

 

SHRでは、頼りない姿を見せていた山田先生であったが、座学の教え方は上手かった。

こういう所を見ると曲がりなりにも教師なのだと実感する。

そして、山田先生が此処までの確認として分からない部分がないかを尋ねる。コレに対して誰一人として手を上げる者は居ない。

此処は春休み中にやってくるべき基礎中の基礎なので理解して当然であった。

イヴも受験の時と同じように束と楯無につきっきりで教わった。

だが、そんな中で、顔中に脂汗を掻きまくっている者が居た。

他ならぬ百秋であった。

 

「織斑君、どこか分からない所はありますか?」

 

そんな彼に山田先生は分からない所がないかを尋ねる。

 

「山田先生」

 

「はい、織斑君」

 

「ほとんど分かりません!」

 

「ほ、ほとんど‥‥ですか?」

 

百秋の返答に戸惑う山田先生。

山田先生としては懇切丁寧に教えたつもりなのだろうが、その全てがわからないと言われたので、自分の教え方は何処か悪かったのではないかと思ってしまう。

百秋は小、中学生時代に天才と称された人物であったが、ISは元々女性のみの分野であり、いくら彼が天才と称されても全く手を付けていない分野に関しては、無知であっても仕方がなかった。

どんな優秀な者でも得手不得手がある。

彼の場合それがISだった。

 

「えっと、他に分からない子はいますか?」

 

山田先生は改めて此処までの学習において分からない所がないかを尋ねるが、誰も手を上げないし、分からない部分を聞く者も居ない。

 

(なっ!?なんでアイツも理解しているんだよ!?)

 

イヴ(一夏)が手を上げなかった事に驚愕する百秋であるが、

 

(ふっ、そうか奴は虚勢を張って分かっているフリをしているんだな)

 

と、イヴが知ったかぶりをしているのだと思った。

 

「織斑。入学前に手渡された参考書は読んだか?必読と書いてあった筈だが?」

 

千冬が春休み中に配布されたISの基礎を纏めた参考書をちゃんと読んだのかを彼に尋ねる。

そう言えば、彼の机の上にはその参考書が乗っていない。

千冬の質問に彼は、

 

「えっと‥古い電話帳と間違えて捨てまし‥だぁっ!?」

 

彼の回答に千冬は出席簿アタックを喰らわせる。

今日だけでこれで四度目だ。

 

(ちょっと見ない間に随分と劣化したな‥‥)

 

昔は天才を称して自分の事を出来損ない、疫病神等とバカにしていた元弟の姿を見てイヴは、自分はこんな奴に負けていたのかと言う思いがこみ上げてきた。

 

「織斑、再発行したものを渡す。一週間で覚えろ。良いな?」

 

「いや一週間なんt「覚えろ」‥‥分かりました織斑先生」

 

千冬は百秋に有無を言わせず、参考書の旨を伝えた。

 

「山田君、授業を再開してくれ」

 

「は、はいっ!」

 

織斑姉弟のコントの様な茶番劇があったが、その後も授業は続いていった。




※イヴのIS学園の制服はセシリアと同じタイプの制服で首には青いアスコットスカーフを巻いています。


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25話

織斑姉弟のコントの様な授業が終わり、休み時間となると、

 

「ちょっと良いか?」

 

「ん?」

 

束の妹、箒が百秋に話しかける。

 

「箒か?」

 

「ああ。此処ではなんだ、外で話がしたい」

 

「分かった」

 

百秋と箒は教室を出て屋上へと向かった。

クラスメイト達は箒と百秋の関係が気になるのか後をつけていった。

二人の行動をチラッと見た後、イヴは再びポケットの中からピルケースを取り出し、中の錠剤を口の中へと放り込む。

そして、錠剤を噛んでいると、何やら視線を感じ、振り向いてみると、其処には制服の袖をダボダボにしたクラスメイトが居た。

 

「ジィー」

 

しかもそのクラスメイトは自分の事をジッと見ている。

 

(あれ?あの子、確かバスジャック事件の時の‥‥)

 

彼女は以前、イヴが関わったあのバスジャック事件で果敢にも犯人に挑んだあの時の少女だった。

 

「‥‥」

 

イヴとクラスメイトの少女の視線が合うと、その少女はイヴの方へと近づいてきた。

 

「ん?何か?」

 

「ねぇねぇ、さっきのラムネちょーだいイヴイヴ」

 

「イヴイヴって私の事?」

 

「うん、イヴって名前だから、イヴイヴ」

 

(何で二度も言うのだろう?)

 

「えっと‥‥」

 

「あっ、私は布仏本音。のほほんって呼んで~」

 

少女の名前が分からず戸惑っていると空気を読んだのか、その少女は自身の名前を告げる。

先程のクラスの自己紹介は千冬の登場により途中で止められてしまい、イヴはバスジャック事件の時に会ったとはいえ、本音の名前を知らなかった。

 

「あっ、うん‥ただ、コレはラムネじゃなくて常備薬だから‥‥」

 

イヴはピルケースの中身はラムネではなく、薬なので自分以外の者には渡せないので、ポケットの中を探り、

 

「‥‥あった、これは正真正銘のラムネだから、こっちをあげる」

 

オ○オンのミニコーラのラムネ菓子を本音に渡した。

 

「ええっ!いいの!?」

 

「うん」

 

「やったー!!」

 

ラムネ菓子丸々一つをもらえて上機嫌な本音だった。

 

 

~side布仏本音~

 

春休みの終盤、私は突然、たっちゃん(楯無)から今度、入学するIS学園にて織斑千冬及びその弟、織斑百秋、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒の動向を出来る限り監視せよと言う命令を受けた。

何故その様な命令を下したのかを尋ねると、私と同じクラスメイトになったイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの保護を目的とするモノであった。

イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス?

聞いた事のない名前だった。

何処かの国のVIPなのだろうか?

それにその保護対象のイヴちゃんと、織斑千冬 織斑百秋 篠ノ之箒この人達は何か関係があるのだろうか?

でも、本来私はかんちゃん(簪)専属の従者なのだけれど‥‥

その事をたっちゃんに伝えると、たっちゃんは物凄い顔をして、

 

「いいわね?本音。やりなさい。当主命令よ、い・い・わ・ね」

 

と有無を言わさずに言ってきた。

あの時のたっちゃんの顔は、悪さをしたたっちゃんや私を怒っている時のお姉ちゃん並に怖かった。

あんなたっちゃんの顔は今まで見た事がない。

まぁ、かんちゃんとはクラスも違ってしまったし、私は渋々ながらも、たっちゃんの命令を聞くことにした。

そして、かんちゃんと共に入学したIS学園。

山田先生がクラスの皆に自己紹介をするようにと言って、出席番号一番の人から自己紹介を始めた。

そんな中、イヴちゃんの番となり私は今回保護対象であるイヴちゃんを見た。

 

わぁ、綺麗な人‥‥

 

あれ?この人‥‥

 

私はイヴちゃんの姿を見てなんか何処かで会ったような気がした。

それにしてもイヴちゃんは女の私から見ても綺麗な子だった。

他のクラスメイトもイヴちゃんの姿に見とれていた。

SHRの後、監視対象の一人、織斑百秋がイヴちゃんと接触した。

イヴちゃんは彼を見てなんか嫌そうな顔をしていた。

そして、彼に対して拒絶とも言える言葉を投げかけると、それに反応して篠ノ之箒が声を荒げて食って掛かろうとするが、タイミングよくチャイムが鳴り、百秋と箒は自分の席へと戻って行った。

授業中、私はこっそりと織斑百秋を見る。

織斑百秋‥‥織斑先生の弟で世界初のIS男性操縦者。

織斑先生の弟だからか?それとも世界初のIS男性操縦者だからか?クラスの大半は彼に興味津々みたいだけど、監視対象と言う事で私は彼をそういう目では見ていない。

それに布仏家は代々更識家の従者の家系であり、更識家の事情柄、布仏家もそれなりに人を見る眼はあり、私だってこの人が良い人なのか悪い人なのかぐらいの判別はつくつもりだ。

そう言った視点で織斑百秋を見ると、ああいう堺○人ばりのうさんくさい笑顔の人は如何も信じられない。

ああいう人は大抵、口で言っているきれいごとと心で思っている事が真逆な事が多い。

織斑先生の場合は彼と違って思った事をストレートで口にするタイプの様だが、言っている事が教育者らしくない。

此処は軍隊ではなく、学校なのに‥‥。

そして、始まった授業。

織斑君は、春休み中に必読する筈の参考書を古い電話帳と間違って捨てたらしい。

意外と抜けている。

彼の簡単なプロフィールをたっちゃんが用意していて予めに読んだが、本当に小、中学校の時、天才と言われていたのかと疑問に思う。

まぁ、何とかと天才は紙一重って言うけど‥‥

そして、授業が終わるともう一人の監視対象の篠ノ之箒が織斑百秋を連れてどこかに行ってしまう。

クラスメイト達も二人の関係が気になる様子で二人の後をつけていった。

私も二人がどんな会話をするのか気にはなったが、イヴちゃんが何かをポケットから取り出して、白い何かを口に放り込むのを見て、思わず足が止まった。

あれってもしかしてラムネ菓子かな?

いいなぁ‥おいしそう‥‥

そう思って彼女を見ていたら、彼女と目が合ってしまった。

此処で目を逸らして移動してしまっては不審がられてしまう。

やむを得ない、此処は保護対象である彼女に思い切って接触してみよう。

そして、私は保護対象である彼女に接触をした。

すると、彼女が先程口の中に放り込んだのは常備薬だそうだ。

彼女は何か持病でも持っているのだろうか?

流石に常備薬を貰う訳にはいかない。

彼女はポケットの中をゴソゴソと探ると、オリ○ンのミニコーラのラムネ菓子を私にくれた。

イヴイヴ、いい人かもしれない。

ただ、彼女の雰囲気がまるで読めなかった。

其処に居るのに居ない様な‥‥

そして、その場にはもう一人のイヴイヴが居る様な気がしてならなかった。

私はそう思いながら、イヴイヴから貰ったミニコーラのラムネ菓子を口の中へと放り込んだ。

口の中にコーラ独特の味が広がった‥‥。

 

 

二時間目の授業はISではなく通常の座学だった。

ISに関して素人だった百秋であったが、通常の座学では先程のISの授業の汚名を返上した。

二時間目は特に何事もなく終わった。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

二時間目が終わった後の休み時間、百秋に金髪でドリルの様な髪型のクラスメイトが話しかけてきた。

 

「ん、何?」

 

「まぁ、何ですの!?そのお返事!?私に話かけられるだけでも光栄なのですからそれ相応の態度と言うモノがあるのではないかしら?」

 

金髪のクラスメイトは世間の女尊男卑色に染まった女の様に百秋に尊大な態度を取る。

 

(なんだ?この女、偉そうに‥俺を誰だと思っているんだ?)

 

彼女の態度に百秋も内心イラッとする。

しかし、入学初日に事を荒げたくない彼は、平常心を保つ。

 

「悪いけど、俺、君が誰だが知らないけど」

 

百秋は彼女に正直な意見を述べる。

イヴが本音の名前を知らなかった様にやはり、自己紹介が途中で終わってしまったため、百秋も目の前の金髪のクラスメイトの名前を知らなかった。

 

「私を知らない!?セシリア・オルコットを!?イギリスの代表候補生にして入試主席のこの私を!?」

 

セシリア・オルコットと名乗った金髪のクラスメイトは百秋が自分の事を知っていなかった事に癇癪を起したかのように声を上げる。

そこを百秋が手で制する。

 

「質問いいか?」

 

「ふっ、下々の要求に答えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

どうやら。彼女はイギリスの貴族出身者の様だ。

彼女の態度は女尊男卑だけでなく、貴族出身者と言う彼女の家柄も関係していた。

 

「代表候補生ってなんだ?」

 

百秋はセシリアの言う「イギリスの代表候補生」の意味が分からなかった。

彼の質問に周りのクラスメイトはズッコケ、セシリアは体をプルプルと震わせる。

 

(バカみたい)

 

(此処まで無知なんて‥本当に天才なのかな?)

 

イヴと本音は彼の発言を聞いて呆れていた。

 

「信じられませんわ!!日本の男性と言うのは皆これほど知識が乏しいモノなのかしら?常識ですわよ、常識」

 

「で?代表候補生って?」

 

百秋の質問に改めて代表候補生がどういったものかを説明するセシリア。

その中でセシリアは自分が選ばれた人間であり、エリートなのだと強調している。

 

(たっちゃんの様に国家代表にもなっていないのになんであんなに偉そうなんだ?)

 

イヴはまだ候補生であり、正式な国家代表になっていないのにまるで国家代表になっているかのような態度で喋っているセシリアを冷ややかな目で見ていた。

候補生と言う事は他にも候補生は居る筈。

その中で国家代表になれるのは一人だけ‥‥才能に胡坐をかいていると蹴落とされる世界の筈なのに‥‥。

 

(うわぁ、自分で自分の事をエリートなんて言っちゃっているよ、コレがかんちゃんの言っていた所謂中二病ってやつなのかな?)

 

本音もセシリアの言動に対して冷やかである。

その後、セシリアは分からない事があれば教えてやると上から目線で百秋に言う。

 

(この女、マジうぜぇ)

 

他人から見下される事を何より嫌う百秋はセシリアをうざったそうに見る。

そして、セシリアは入学試験における実技試験で今年の受験生の中で唯一担当教官を倒したのだと自慢げに言う。

しかし、

 

「俺も倒したぞ、教官」

 

百秋はあっさりと担当教官を倒したのはセシリアだけじゃないと言う。

彼女や百秋も知らないが、イヴもあの世界最強のブリュンヒルデを実技試験でボコボコにして死の恐怖を味わわせた。

だが、それはイヴの意向により一部の人間しか知らない事実となっている。

その為、記録映像も厳重なロックが掛けられている。

 

「私だけだと聞きましたが‥‥」

 

「『女子では』ってオチなんじゃないか?」

 

「つ、つまり私だけではないと‥‥」

 

「さぁ、知らないけど」

 

「あなた、あなたも教官を倒したって言うの!?信じられませんわ!!」

 

「いや、倒したって言うか、突っ込んで来たから躱したら壁に激突して動かなくなったんだ」

 

百秋は自分が受けた実技試験の出来事をセシリアに話した。

彼の話を聞きセシリアはまたもや百秋に食って掛かろうとした時、チャイムが鳴った。

 

「また後できますわ!!逃げない事ね!よくって!?」

 

(めんどくせぇ女だ)

 

そう言い残してセシリアは自分の席に戻っていく。

やがて教室に千冬と山田先生が入る。

そして教壇に千冬が立つ。

 

「それではこの時間は、実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

そう言って教科書を開いた時、ふと何かを思い出したように、

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

と、IS学園で行われる一年生にとって新人戦とも言えるその試合に出る代表を決めると言う。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席‥‥まあ、クラスの長だな」

 

(またの名をクラスの雑用係)

 

千冬の言うクラス代表を聞き、そんな印象を受けるイヴ。

 

「因みにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。 今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。 一度決まると一年間変更はないからそのつもりで、自薦他薦は問わない候補者を募る」

 

千冬は立候補か推薦者を募る。

すると、

 

「はいっ。 織斑君を推薦します!」

 

「私もそれが良いと思います」

 

いきなり百秋が推薦される。

 

「えっ!?俺っ!?」

 

百秋は驚いていたが、内心、自分が推薦されるのは当然の事だと思っていた。

なにせ、自分はIS界では世界最強のブリュンヒルデ、織斑千冬の弟なのだから‥‥

 

「ああ、ついでに言うと自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものにも拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟を決めろ」

 

(日本国憲法の基本的人権の尊重はどうした?この国はどんなクズにも、人権がある筈だぞ)

 

千冬の発言に呆れるイヴ。

 

「他には居ないか?居なければ無投票当選だぞ」

 

今の所、百秋以外の立候補者も推薦者もおらず、このまま百秋がクラス代表に決まるかと言う時、

 

「待ってください!そんなの納得がいきませんわ!」

 

セシリアが叫びながら席から立ち上がった。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

セシリアは更にヒートアップして続ける。

 

「実力から行けば、私がクラス代表になるのは必然。 それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスする気は毛頭ございませんわ!」

 

セシリアの言葉‥いや、暴言は暴走機関車の様に止まることなく続けられる。

ただ、周りのクラスメイトは彼女の言葉を聞きしかめっ面をしている。

彼女の言葉は完全に日本、日本人への差別が含まれていたからだ。

 

「いいですか!?クラス代表は実力のトップがなるべき、そしてそれは私ですわ!」

 

(だったら、立候補すればいいだろう。それとも自分は推薦されるのかと思っていたのか?)

 

イヴは彼女の言葉を聞きながらそう思った。

いや、イヴだけでなく、恐らくクラスメイトの大半はそう思っただろう。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で‥‥」

 

(その後進的な国の発明品で今のお前の立場があるのではないか?)

 

束がもし、この場に居たら、セシリアは地獄を見ていたのではないだろうか?

セシリアは完全に今の自分の立場はISと言う日本人が作った発明品によって築かれている事をすっかり忘れている。

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

「なっ!?」

 

セシリアの暴言にとうとう我慢できずに百秋が反論する。

 

「あっ、あっ、貴方ねぇ! 私の祖国を侮辱しますの!?」

 

百秋のまさかの反論にセシリアは顔を真っ赤にして怒りを示す。

そして百秋とセシリアの間に目から火花が散っていた。

そんな二人の様子を千冬は不敵な笑みを浮かべて見ており、山田先生はオロオロしているだけ。

 

(やっぱり、この二人、教師に向いていないなぁ‥‥)

 

教師を名乗るなら先程から差別発言を連発しているセシリアを諌めるべきなのではないだろうか?

なんだか、束とISが可哀想に思えてきた。

イヴがこのクラス教師、束、ISの事を思っている中、百秋とセシリアのやり取りはヒートアップしていき、

 

「決闘ですわ!」

 

セシリアは百秋に決闘を申し込んだ。

 

「おう。 良いぜ。 四の五の言うより分かりやすい」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたら私の小間使い……いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう? 何にせよ丁度良いですわ。イギリス代表候補生のこの私、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

互いににらみ合う百秋とセシリア。

 

「それで、ハンデはどうするんだ?」

 

「あら?さっそくお願いですか?」

 

「いや、俺がどの位ハンデをつければ良いかなって」

 

百秋のその言葉にクラス中が笑った。

 

「織斑君、それ本気で言っているの?」

 

「男が女より強かった時代なんてもうとっくの昔の話だよ?」

 

「今じゃ女の方が強いって常識だよー?」

 

(果たして本当にそうかな?)

 

クラスメイトが笑いながら男は女に勝てないのは常識だとを語っているが、そんなクラスメイトに対して本音はその常識を疑問視する。

あのバスジャック事件の経験から、もしもISもない丸腰の状態で相手は大人の男で拳銃をもっている。

そんな状況下でも今、笑っているクラスメイト達は、男は女に勝てないなんて言っていられるだろうか?

本音は世間知らずのクラスメイト達に疑問視と共に若干の不快感を覚えた。

 

「寧ろ私がハンデをつけるべきなのではないかしら?」

 

セシリアは完全に上から目線で百秋にハンデをつけてやろうかと言う。

 

「そうだよ、織斑君ハンデ貰った方が良いよ」

 

「男が一度言いだした事を覆せるか。ハンデは無くていい」

 

クラスメイトがセシリアにハンデをつけて貰えと言うが百秋はそれを断った。

 

「さて、話はまとまったな。 それでは勝負は一週間後の月曜。 放課後、第三アリーナで行う。織斑、オルコット、アインスの三人は準備をしておくように」

 

「は?」

 

千冬の言葉の中に今、自分も呼ばれた事に気づくイヴ。

 

「何故、私も呼ばれているのですか?私は推薦もされていませんし、立候補もしていませんが?」

 

「では、私が直々にお前を推薦しよう。アインス」

 

千冬が不敵な笑みと共に上から目線のような目でイヴに言い放つと、イヴは苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めた。



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26話

クラスの雑用係‥もとい、クラス代表を決めるクラス代表決定戦を行うにあたって、クラスメイトから推薦を受けた百秋。

男である彼がクラス代表になる事を好ましく見ない為、自ら立候補したセシリア。

そして、千冬が直々に推薦をして今回の騒動に巻き込まれたイヴ。

 

「生徒からの推薦ならともかく、教師が推薦するなんて聞いた事がありません。職権濫用ではないのですか?変な贔屓は要りません。撤回を要求します」

 

イヴは千冬からの推薦なんて認められないと言う。

 

「此処では私が法だ。それに言った筈だぞ、推薦、立候補した者は、辞退は出来ないと」

 

「そんな規則、校則などありませんが?それともこのクラスだけがIS学園の中から独立した組織なのですか?」

 

「屁理屈を言うな、小娘」

 

「小娘?まぁ、確かに先生の年齢からしたら私は小娘ですが‥‥」

 

イヴがそう言った瞬間、彼女の横を何かが物凄い速さで横切り、教室の後ろに何かが突き刺さった。

 

「‥‥」

 

イヴが後ろを振り返ると教室の壁に出席簿が突き刺さっていた。

 

「‥‥次は当てるぞ‥それに女性に対して年のことを言うとは随分と失礼な奴だな」

 

「ならば、撃ち落します。痛いのは嫌いなので、それに年齢に関しては事実でしょう?いくら世界最強のブリュンヒルデ様も不老不死ではない筈ですよ。それとも織斑先生、貴女はピーターパン症候群なんですか?永遠の十七歳なんですか?」

 

イヴがそこまで言うと再び教室を一筋の風が通る。

 

パシッ

 

そして、風を通るような音と共に何かをキャッチする音がしたと思ったら、イヴの手には出席簿があった。

千冬がイヴに投げたものをイヴはキャッチボールでもするかのようにそれを受け止めていた。

 

(どっからだしたんだ?)

 

後ろの壁には未だに出席簿が突き刺さったままである。

にも関わらず、千冬は何処からか二つ目の出席簿を取り出しイヴへと投げてきた。

 

「これは、お返しします」

 

三度教室内を風が通る。

 

パシッ

 

今度はイヴが千冬に向かって出席簿を投げ返す。

それを千冬は先程のイヴの様に手で受け止める。

イヴと千冬の間で論争が行われている中、クラスメイト達は、何故千冬が直々にイヴを推薦するのかざわついている。

 

「千冬様直々の推薦なんて‥‥」

 

「アインスさんって何者?」

 

「せ、先生、アインスさんって強いんですか?」

 

クラスメイトの一人が千冬にイヴの実力を尋ねる。

セシリアは自らをイギリスの代表候補生と名乗っており、百秋は世界初の男性操縦者と言うことで注目されているが、イヴに関しては何の情報がないので、クラスメイト達はてっきり自分らと同じ一般生徒だと思っていたのだが、

 

「ああ、強いぞ‥何せソイツは専用機を持っているからな」

 

ニヤッと軽々しくイヴが専用機持ちだとクラスに大々的に教える千冬。

まぁ、ISの実習が始まれば、嫌でもわかる事なのだが、なんだか自慢しているようで嫌だ。

あまり注目されたくはないのに千冬が言った事でクラスメイトが一斉に騒ぎ出す。

 

「ええっ!!アインスさんって専用機持ちなの!?」

 

「じゃあ、どこかの代表候補生なの!?」

 

「どんな機体なの!?」

 

「凄い!どこの企業のISなの!?」

 

「見せて見せて!」

 

「ま、まさか、貴女も専用機を持っていたなんて‥‥」

 

(ん?『も』?って事は、入学試験で私以外に専用機を持っていた人ってこの人だったんだ‥‥)

 

実技試験の時、案内をしていた教師が言っていた自分以外の専用機落ちがどんな人なのか気になったイヴであったが、意外と身近に居た。

 

(専用機?なんだ?そりゃ?)

 

(あ、あの出来損ないの分際で専用機持ちだと!?一体何処から専用機を‥‥)

 

クラスメイトが騒いでいる中、専用機の意味を知らない百秋は首を傾げて、専用機の意味を理解している箒はまるで親の仇を見る様にイヴを睨んでいた。

 

「さあ、この話は此処までだ。授業をするぞ!!山田先生、お願いします」

 

「はい。では、教科書の‥‥」

 

千冬は強引にクラス代表の話をしめ括り、授業を行った。

クラスメイトが騒ぐせいでイヴは代表選抜戦から辞退するチャンスを逃してしまった。

山田先生が教科書を開き、黒板にチョークで授業内容を書いている時、千冬は自らの手を見る。

 

(手が‥‥痺れている‥‥あの小娘、いったいどれほどの馬鹿力で投げた‥‥)

 

先程、イヴが投げ返してきた出席簿を受け止めた千冬の手は痺れていた。

腕力に自信のある自分の手を此処まで痺れさすなんて、一体どれほどの剛腕なのかとイヴをチラッと見る。

そのイヴは授業が始まったと言う事で教科書に目をやっている。

しかし、その深層心理の中では‥‥

 

『ハハハハハ‥‥なんか面白い事になっているみたいじゃないか、一夏。あの鼻持ちならないお嬢様に復讐対象の元弟‥狩り甲斐のある獲物じゃないか、なぁ一夏‥‥それにしてもあのブリュンヒルデ様はまた自分の家族を捨てるとはねぇ‥‥まぁ、それもお前が望んだ結果だ‥悪く思うなよ‥‥ククククク‥‥』

 

イヴの中に居る獣はニヤリと口を歪める。

そして凶暴な獣である自分に復讐相手の弟と言う餌を与えた千冬を蔑んだ。

 

そして、放課後‥‥

 

「えっと‥‥1030号室」

 

イヴが寮の自分の部屋が書かれた鍵を手に部屋を探していた。

 

(確か寮は相部屋なんだっけ?流石にあの男とは一緒じゃないと思うんだけど‥‥箒‥とも同じだとストレスが溜まりそう‥‥)

 

異性同士で相部屋なんてことはないだろうと思いつつ部屋を探す。

そして、お目当ての部屋を見つけてノックする。

すると中から「どうぞ」と返事した。

 

(あれ?この声‥‥)

 

中からの返事は聞いた事のある声だった。

イヴが扉を開けると‥‥

 

「お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」

 

「‥‥」

 

イヴの眼前にはフリルのついたエプロンだけを身に纏った楯無が居た。

彼女はイヴに食事にするか?お風呂に入るか?それとも楯無自身にするか?

を聞いてきた。

 

「‥‥じゃあ‥たっちゃん」

 

イヴは楯無を指さす。

 

「えっ?」

 

「たっちゃんのおっぱい‥‥ちょうだい」

 

楯無はイヴの驚く姿を見たかったのに、イヴはやはり驚くことなく楯無が出した三つの選択肢の中で『楯無』を選択する。

 

「えっ!?ちょっ、イヴちゃん?」

 

(し、しまった!!イヴちゃんにはこういうドッキリは通じなかった‥‥)

 

イヴは後ろ手にドアと鍵を閉める。

楯無は珍しく逃げ腰となるが、そんな彼女の体にイヴの髪の毛がまるで蜘蛛の糸の様に絡みつく。

 

「っ!?い、何時の間に!?」

 

自分の知らぬ間に体はイヴの髪の毛が絡みついていた。

 

「たっちゃん‥‥」

 

イヴが甘える様な声で楯無にすり寄って来る。

 

(ちょっ、イヴちゃん、それは本来お姉さんのポジなのに‥‥)

 

「お風呂が良い?それともベッド?」

 

楯無の耳元で甘く妖艶な声で場所を尋ねるイヴ。

 

「じゃ、じゃあ‥ベッドで‥‥」

 

そんな声を聞かされた楯無は顔を真っ赤にして答える。

 

「うん」

 

楯無をベッドに横たえ、イヴは楯無に抱き付いた。

楯無が身に纏っていたフリルのついたエプロンを捲るとそこからはエメラルドグリーンのビキニの水着が姿を現す。

 

「同じ女の子なのに隠さなくてもいいんじゃない?何度も見ているんだし」

 

「で、でもやっぱり、恥ずかしいのよ」

 

(い、イヴちゃんこういう時はかなり積極的なのね‥もし、男の子だったら私、妊娠しちゃっていたかも‥‥でも、それはそれで‥‥)

 

更識家の離れのお風呂で束とイヴの一件を見てちょっと恥ずかしい行為だと自覚した楯無。

それでも、イヴの為ならばと断れない楯無。

それと同時にもしもイヴが男の子だったらと思うと少し残念な気もした。

子供は好きな人との愛の結晶なのだから‥‥

 

楯無がゆっくりと胸につけていたビキニを取ろうとした時、

 

バキバキ‥‥

 

「うわぁぁぁ!!お、落ち着け箒!!」

 

廊下の外から大きな音と百秋の絶叫が聞こえてきた。

彼の大声のせいで折角の雰囲気が台無しだった。

何事かと思って廊下に出てみて見ると、其処には今の大声を聞いて野次馬が出来ていた。

そして彼の部屋と思われる部屋のドアには木刀が突き刺さっていた。

 

「お友達みたいだね。ボディランゲージで愛情示している」

 

(大方、あの獣が同室の女子に襲い掛かって返り討ちに合ったんじゃないかな)

 

イヴは百秋に冷ややかな視線を送って部屋に戻った。

部屋に戻ると楯無は制服に戻っていた。

完全に雰囲気を壊されたのとお腹もすいたので、楯無とイヴは食堂に行った。

 

「‥‥さっきの続きは後でね」

 

「えっ、ええ、いいわよ。イヴちゃん」

 

食堂に向かう途中、イヴは楯無にそっと耳元で囁いた。

食事が終わり、お風呂にて軽いスキンシップをした後、イヴと楯無は一緒に寝た。

一つのベッドに一緒に横になっている時、

 

「ねぇ、たっちゃん」

 

「ん?なに?イヴちゃん」

 

「今度、クラス代表を決める選抜戦をやる事になったの」

 

「ええ、知っているわ。二年生の方にもその話はきているから‥イヴちゃんも災難だったわね」

 

クラス内の件については流石の生徒会長でも対応は出来ない。

この件については楯無が止める権限もイヴを辞退させる権限も持ち合わせていなかった。

 

「それで、たっちゃんに頼みがあるんだけど‥‥」

 

「何かしら?」

 

「‥‥を用意して欲しいの」

 

「分かったわ。数日中に取り寄せてあげる」

 

「ありがとう‥たっちゃん」

 

楯無に礼を言った後、彼女の温もりを感じながらイヴは眠りについた。

 

 

翌朝

 

朝食の為、イヴと楯無が食堂へ来ると、

 

「なあ‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「なあって、何時まで怒っているんだよ」

 

「‥‥怒ってなどいない」

 

「顔が不機嫌そうじゃん」

 

「生まれつきだ」

 

喧嘩中のバカップルみたいなやり取りをしていた百秋と箒の姿があった。

見つかって絡まれるのもめんどいので、イヴと楯無は反対側の席へと行った。

 

「おはよう、イヴイヴ」

 

「あっ、のほほんさん、おはよう」

 

其処に本音がやって来た。

そして、

 

「あっ‥‥」

 

「‥‥」

 

簪も居た。

 

「あっ、かんちゃ‥‥」

 

「本音、行こう」

 

簪は楯無の姿を見ると、顔を逸らして行ってしまう。

そんな簪を本音は急いで後を追っていく。

 

「あっ、ちょっと、かんちゃん‥イヴイヴ、また後でね」

 

「う、うん」

 

「‥‥」

 

本音と共に去っていく簪を寂しそうに見る楯無。

 

「たっちゃん?」

 

楯無の様子を見て心配そうに声をかけるイヴ。

 

「大丈夫よ、イヴちゃん。私は妹の事はまだ諦めていないから」

 

「たっちゃん‥‥」

 

「さあ、朝ご飯、食べちゃいましょう」

 

「う、うん」

 

朝食が終わり、食器を片付けていると、

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド10週させるぞ!」

 

食堂に千冬の声が響く。

その途端、生徒たちは慌てて朝食を食べ始める。

千冬の脅し‥‥もとい注意のお陰か、遅刻する者は誰もいなかった。

尚この時、イヴは千冬が一年担当の寮長だと知った。

ただ、彼女の場合、教師よりも寮の管理人か学園の警備員の方が向いているのではないだろうかと思うイヴであった。

 

 

そして今日の朝礼が始まる。

 

「織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

朝礼一発目に千冬は百秋の専用機について彼に現状を伝える。

 

「へ?」

 

しかし、当の本人は『何言っているの?』みたいな顔をする。

 

「予備機が無い。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「?」

 

千冬が此処まで説明しているのにまだ理解できない。

だが、他のクラスメイト達は専用機と聞いてざわつく。

 

「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出ているってこと?」

 

「いいなぁ」

 

「私も早く専用機欲しいなぁ」

 

ISに無頓着な百秋は分かっていないが、ISのコアは全部で467機しかなく、開発者である束しか作れない上に、既に束はコアの製作を現在中止している。その為、各国、企業はそれぞれ割り当てられた限りあるコアを使ってISの研究・開発を行っている。

その限られた数の中で専用機と呼ばれるオーダーメイドのISを一機、個人で所有できると言う事は世界的にみてもかなりの特別待遇という事だ。

その事を分かってない百秋に千冬は教科書を音読させる。

それによって百秋も瞬時に専用機持ちの優位性を理解した。

 

「安心しましたわ。一応勝負は見えていますけど? 貴方が訓練機では流石にフェアではありませんものね」

 

セシリアが今度のクラス代表選抜戦で百秋も専用機を使用する事でお互い同じ土俵に立つことに対して百秋に絡んで来る。

 

(そんなに言うなら、互いに訓練機でやればいいのに‥あっ、でも私の場合、訓練機だと訓練機を壊しちゃうんだっけ?)

 

以前、束から言われたようにイヴでは訓練機の方がイヴのスペックに耐えられないらしい。

 

「お前も専用機を持っているのか?」

 

「あら、ご存じないのね。よろしいですわ、庶民の貴方に教えて差し上げましょう。 この私、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で既に専用機を持っていますの‥世界でISは僅か467機。 つまり、その中でも専用機を持つ者は全人類60億超の中でも、エリート中のエリートなのですわ」

 

「467機?たった」

 

百秋はこの世界に存在するISが意外と少ないことに驚く。

ただし、イヴの専用機や束の研究所には無人機のISが存在しており、IS委員会が現在確認しているISコアの数は467個であるが、実際はもっと存在していた。

 

「本来、IS専用機は国家、企業に所属するパイロットにしか与えられない。だが、お前の場合は状況が状況なので、データ収集の目的で専用機が用意される。理解できたか?」

 

(モルモットのような扱いは気に食わないが、俺も選ばれた人間と言う訳か‥‥まぁ、それも当然の事だな。なんたって俺はあの織斑千冬の弟なんだからな)

 

専用機が与えられると言う事で選民意識が再び芽生え出して来た百秋。

ただし、彼の存在のせいで、一人の代表候補生が専用機を手に入れる時間が大幅に遅れたことを千冬も彼も知らなかった。

 

そんな中、

 

「あのっ、先生。気になったんですが、もしかして篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

ISコアから束の名前が出て来て、その束と箒の苗字が同じな事に気づいたクラスメイトの一人が千冬に質問する。

 

「そうだ。 篠ノ之はあいつの妹だ」

 

此処で束と箒の関係を暴露する千冬。

 

「ええええーっ! す、すごい! このクラスは有名人の身内が二人も居たの!?」

 

「ねぇねぇ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度ISの操縦教えてよ!」

 

授業中でありながら箒に群がるクラスメイト達。

 

すると、

 

「あの人は関係ない!」

 

突然大声で箒が叫んだ。

箒の大声に唖然とする女子生徒たち。

 

「‥‥大声を出して済まない。 だが、私はあの人じゃない。 教えられるようなことは何もない」

 

そう言って、窓の外に顔を向ける箒。

困惑しながら席に戻る生徒達。

 

(あれ?箒と束さんってそんなに仲悪かったっけ?)

 

百秋は昔の事を思い出す。

彼の脳裏の浮かぶ束は箒と仲が悪い以前にあまり関わり合いを持っていなかったイメージがある。

姉妹なのだが、会話や挨拶はおろか、一緒に居る時間も少なかった。

大抵、束と一緒に居たのはあの疫病神である一夏だった。

なんで束が実の妹である箒よりも一夏と過ごしているのかが謎であった。

 

「さて、授業を始めるぞ。 山田先生、号令を‥‥」

 

「は、はい!」

 

山田先生は困惑しつつも授業を始めた。

そんな二人の教師の姿を見て、

 

(何故、この二人は止めなかったんだ?)

 

イヴは何故この教師二人が騒ぎを収めなかったのかが不思議だった。

千冬や山田先生はクラスメイトが騒いでいる中、注意せず、箒が大声を上げる事で騒ぎが収まったのだから‥‥。

そして授業が終わり、休み時間になると‥‥

 

「千冬姉」

 

百秋は教室から出る千冬を追いかけた。

 

「織斑先生だ」

 

「お、織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「さっき、言っていた専用機の事で確か昨日あのアインスって奴も専用機を持っているって言ってけど、アイツも何処かの国の代表候補生なのか?」

 

「いや、アイツは代表候補生でもなければどの企業にも属していない」

 

「じゃあ、何で専用機を持っているのさ」

 

「さあな」

 

「『さあな』って‥‥本当にアイツは専用機を持っているの?」

 

「ああ、実技試験の時、奴は自分の専用機を使用していた」

 

「専用機を持っているのに、国家、代表候補生でもなく、企業に所属していない‥‥もしかして、どっかで盗んできたんじゃないの?」

 

「私もそう思った‥だが、これまで世界各国で強奪されたISに奴が使用していたISは無かった」

 

未知なるISを使うイヴ(一夏)に少し不安になる百秋。

 

「大丈夫だ。お前は私の弟だ。あんな連中に負けるわけがない」

 

「そ、そうだよな」

 

世界最強の姉にそう言われてちょっとは自信を取り戻した百秋。

千冬は百秋の為に用意されているISには絶対の自信があった。

何しろあの専用機には自分が現役時代に使用していた絶対無敵の装備があるのだから‥‥しかもそれは自分が現役時代のものよりも改良されている。

例え相手があの化け物でもISのエネルギーをすべてを消滅させる攻撃ならば、負ける筈がないと千冬はそう思っていた。



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27話

~side篠ノ乃箒~

 

授業が終わり、百秋は千冬さんに何か聞きたい事があるのか、教室を出て行った千冬さんの後を追いかけて行った。

その間、私はあの疫病神にそっくりな女、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの姿をチラッと見る。

イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥見れば見る程、あの疫病神にそっくりな女だ。

名前、髪の色と長さは違うが、その姿形はどう見てもあの疫病神、織斑一夏が成長した姿にしか見えない。

織斑一夏‥‥千冬さんと百秋の腹違いの姉弟の一人。

奴は千冬さんと百秋の父である、四季おじ様が外で作った愛人との間に出来た子らしい。

そして四季おじ様は実の子供の千冬さんや百秋よりも何故か一夏の方を可愛がっていた。

外で女を作り、しかもその間に子供まで設けるなんて私には四季おじ様の行動が信じられなかった。

何故、外で女なんて作った。

何故、愛人に子供を産ませた。

何故、愛人の子供ばかりを可愛いがって実の子の千冬さんや百秋を可愛がらない。

百秋が寂しがっているのに何故、見てあげない。

私は一夏と四季おじ様が一緒に居る時、その後姿を寂しそうにいている百秋を何度も見た。

愛人の子供なんかよりも千冬さんと百秋の方が、出来が良いにも関わらず、愛人の出来損ないの子供ばかりを可愛がる四季おじ様。

百秋は父親が自分を見てくれないのは、一夏の存在のせいだと言っていた。

私もそう思う。

百秋の母親は四季おじ様が一夏を養子に迎える少し前に事故で亡くなった。

四季おじ様は正妻が亡くなったのを機に一夏の母親である愛人との再婚を考えていたのだが、運悪くその愛人も死んでいた。

四季おじ様はそんな愛人の忘れ形見である一夏を引き取ったのだと千冬さんが私の父に家族について相談しているのを聞いた。

もしかして四季おじ様は一夏に亡き愛人の姿を重ねていたのかもしれない。

元々四季おじ様と百秋の母親との結婚は政略結婚だったらしい。

二人も子供を作っていても織斑夫婦の仲に愛情と言うモノは存在しなかったのかもしれない。

私は百秋の家庭事情を思い出しながら奴の事をジッと見ていると、奴は徐にポケットから銀の懐中時計を取り出し、布で磨き始めた。

 

(あの時計はっ!?)

 

奴が磨いている懐中時計を見て、あの時の事を思い出すのと同時にやはりあの女が一夏なのではないかと言う疑問が確信に近づく。

あれは小学校に上がる直前か上がったばかりの頃‥‥

一夏は四季おじ様から誕生日プレゼントに銀の懐中時計をプレゼントされ、奴は普段からその懐中時計を大事に持っていた。

四季おじ様からの愛情を誰よりも貰い、更に愛人の子供の分際で誕生日プレゼントまで貰うなんて何ておこがましいのだろう。

しかもそれを自慢するかのようにこれ見よがしに持ち歩いている。

百秋としてはそれが我慢ならなかったのだろう。

それに愛人の子供と言う立場を教えてやらなければならないと百秋は言っていたので、私も百秋の意見には賛同した。

そして、ある日‥‥

私が一夏を背後から羽交い締めにしている間に百秋が奴から懐中時計を奪う。

 

「かえして!!おとうさまからもらったおまもりかえして!!」

 

一夏は私を振り払って時計を取り戻そうとするが、日頃から剣道で鍛えている私の羽交い締めを軟弱な一夏が振り払えるわけがなく、喚いているだけだ。

そして、百秋は一夏から奪った懐中時計を思いっきり地面に叩き付けた。

 

「ああー!!」

 

叩き付けられた懐中時計はいとも簡単に壊れ動かなくなった。

 

「うぅ~‥ひっぐ‥おとうさまからのおまもり‥」

 

目的は果たせたので、私は奴を解放する。

すると、奴は壊れた懐中時計を拾って、無様に涙を流している。

 

「ふん、これで少しは自分の身の程を知ったか?」

 

「お前は汚らわしい愛人の子、必要のない人間なんだよ、この出来損ないが!!いいか、もしこの事を親父に喋ったら、ただじゃおかないぞ!!」

 

私と百秋はその場を後にした。

これでアイツも少しは懲りただろう。

 

その日の夜、家族で見ていた財宝鑑定団と言う様々な人(依頼者)が持っている「お宝」を、専門家の鑑定士が鑑定し、番組独自の見解に基づく値段付けを行う番組で意外なモノが高価な鑑定結果を得たり、高価だと思われていたモノが偽物などで安価になってしまうという意外性や、鑑定物に対する蘊蓄が堪能できるのが特徴な鑑定番組を見ていると、

 

「はい、次のお宝は此方です」

 

スタジオに呼ばれた依頼者が持ってきたある懐中時計の鑑定を専門家が行う。

 

(あの時計‥今日、百秋が壊したアイツの時計とそっくりだ)

 

鑑定に出された時計を見て、私は最初何となくだが、テレビの中の時計とアイツが持っていた時計が似ていると思った。

 

「では、いくらなのでしょうか?オープン・ザ・プライス」

 

鑑定が終了し値段が表示される。

 

『いち‥じゅう‥ひゃく‥せん‥まん‥じゅうまん‥‥』

 

するとたかが懐中時計一個にかなりの高額な値段が叩き出された。

 

(なっ!?)

 

表示されたその値段に私も驚いた。

その後、この時計の補足説明が行われた。

それを聞いてますますあの時計が今、テレビに出ている高級品の時計だったのではないかとより強く思えてきた。

 

翌日、私は道場の更衣室にて百秋に昨日壊したアイツの懐中時計がもしかしたらかなりの高級品だったことを教えた。

 

「おい、百秋、あの懐中時計、ちょっともったいなかったんじゃないか?」

 

「えっ?いいんだよ、どうせ、親父がそこら辺の露店で買って来た安物だろう。それをアイツときたら、いつも大事そうにもっているんだから、まったくお笑いだ」

 

百秋は安物だと言う。

どうやら、百秋は昨日の番組を見ていない様だ。

 

「いや、それがそうでもない様だ‥‥」

 

「えっ?どういう事だよ、それ?」

 

「実は昨日やっていた財宝鑑定団って番組で、似たような懐中時計の鑑定依頼をした奴が居てな」

 

「うんうん」

 

「その時の値段が‥‥」

 

私はあの懐中時計の値段を百秋に耳打ちする。

 

「はぁっ!?マジかよ!!」

 

百秋も昨日の私同様、懐中時計の鑑定値段に驚いていた。

 

「ああ」

 

「ちくしょう、それだったら、アイツの時計、壊さないで取り上げて売ればよかった」

 

百秋は残念そうに呟いた。

確かにあの時計を売れば当分お小遣いには困らない値段だった。

だが、壊してしまったものは仕方がない。

あの番組がもう一日早ければと私達は悔やんだ。

そして、その日以来、何故か姉さんは私に話しかける事がなくなった。

私が話しかけても無視するか適当にあしらうような態度を取り始めた。

それは、百秋に対しても同じような扱いだった。

その反面、何故か一夏とベッタリするようになった。

元々姉さんは変わり者で付き合う人を選り好みする性格だった。

私としてはあの変わり者で扱いにはめんどくさい姉さんの面倒を見てくれるので、何とも思わなかった。

それから姉さんがISを作り、白騎士事件が起こり、私達家族は姉さんのせいで重要人保護プログラムの適用者となり、家族はバラバラにされ、引っ越しを何度も強いられる生活となり、百秋とも別れる事になった。

しかもその元凶である姉さんは私たちに行方を知らせず、行方不明‥‥。

だが、あれから六年経ち、私はこうして百秋と再会する事が出来たのに、何故アイツまでいるんだ?

アイツは姉さんと同じく必ず厄災を運んでくる筈だ。

私の視線を気にすることなく、アイツは懐中時計を布で磨いていた。

 

昼休み、百秋が私を昼食に誘ってくれた。

私と姉さんとの一件でクラスから妙に浮いていることが気になったのだろう。

やはり、百秋は良い奴だ。

そして、百秋と昼食をとっていると、奴は私にISについて教えてくれと頼んできた。

まったく、あんな奴(セシリア)の挑発に乗るなんて、まだまだ精神の修行が足りないのではないか?

まぁ、私自身も自分の住んでいる国を馬鹿にされたのでちょっとはイラっと来たが‥‥

ならば、日本人の代表として百秋にはあの金髪ドリルを倒して仇を討ってもらおう。

それに教えるということは、放課後は百秋と二人っきりになれるではないか!!

うむ、悪くはない。

私は放課後、百秋にISについて教えることにした。

そう決意した矢先、三年の先輩が百秋に絡んできた。

一組で行われるクラス代表選抜戦はクラス内だけには留まらず、学校中の噂になっているようだ。

そして、その三年の先輩は百秋にISを教えてやると言ってきた。

どこの馬の骨ともわからぬ女に百秋をくれてやってたまるか!!

どうせ、百秋とお近づきになれば千冬さんとも近づけると思っているのだろう。

私は三年の先輩に百秋にISを教えるのは私の役目だと言ってやる。

すると、先輩は諦めが悪く、自分が三年であることを鼻にかけてくる。

相手が学年のことを鼻にかけてくるのであれば、

 

「私は篠ノ乃束の妹ですから‥ですから結構です」

 

私はあのISの生みの親の関係者であることをこの諦めの悪い先輩に教えてやる。

姉さんの名前を聞き、先輩はすごすごと退散していった。

ふん、無様だな。

そして、放課後、私はまず、百秋の体力と剣の腕の確認のため、剣道場で試合をしたのだが、六年ぶりに再会した百秋の剣の腕はすっかり錆びついていたし、体力も私以下で、一試合しただけで息が上がっていた。

 

「どうしてそこまで弱くなっている!?中学では何部に所属していた!?」

 

「帰宅部!!三年連続皆勤賞だ!!」

 

き、帰宅部だと!?

私はお前との絆を信じ、お前と別れた後もずっと剣道を続けていたというのに‥‥

こいつときたら‥‥

 

「大体部活なんてやっている時間よりも塾で勉強していたほうが効率的だろう?」

 

挙句の果て、こんなことを言ってきた。

私の中で何かが切れた。

 

「‥‥なお‥す」

 

「えっ?」

 

「鍛えなおす!!当分、お前の鈍った剣の腕を鍛えなおす!!」

 

「あ、ISは!?」

 

「やまかしい!!それ以前の問題だ!!」

 

「織斑君って結構弱い?」

 

「IS本当に動かせるのかな?」

 

ほら見ろ、ギャラリー連中にまであんなことを言われて‥‥

こうして私は百秋の鈍った剣の腕と体力作りの為の鍛錬に勤しむことにした。

決して百秋と放課後二人っきりの時間を独占できるとは思ってはいない!!

私はあくまでも同門の不出来を嘆いているのだ!!

故にこれは正当な事だ!!

 

 

~sideイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス~

 

クラスメイトの一人があの人にたばちゃんと箒の関係を尋ねると、あの人は、たばちゃんと箒の間柄を暴露した。

すると、クラスメイト達は箒に群がった。

まぁ、ISの生みの親の関係者がこんな身近に居たのだから、驚くのも無理は無い。

クラスメイト達に質問攻めされて箒は、

 

「あの人は関係ない!」

 

と、大声でクラスメイト達に自分とたばちゃんは関係ないと言う。

確かにたばちゃんは妹である箒を何処か赤の他人の様に扱っている様な節があった。

それが何故なのかは私も知らない。

でも、箒の方もたばちゃんの事はそんなに好いている様子はなく、彼女とたばちゃんの関係は私と織斑姉弟と同じ様な関係なのかもしれない。

それにしてもクラスメイト達がこんなにも騒いでいるのに何故、あの二人の教師達は止めに入らなかったのだろう?

生徒の自主性と放置は違うのに‥‥

たばちゃんと箒との関係による騒ぎは箒の一喝で鎮静化した。

 

昼休み、のほほんさんはたっちゃんの妹さんとお昼を食べに行くそうだ。

のほほんさんは私を誘ってくれたが、私がたっちゃんと二人で居るのは何度か目撃されているので、私が変に介入するとたっちゃんと妹さんとの関係が余計こじれるかもしれない為、のほほんさんの誘いを丁重に断った。

そして、そのたっちゃんは生徒会の仕事で忙しいらしい。

のほほんさん以外まだ親しいクラスメイトが居ないので、私は一人で食堂に行くことにした。

昼時と言う事で食堂はやはり、混んでいた。

U字テーブルの席で一人、昼食を食べていると、

 

「ねぇ、君って噂の子でしょう?」

 

百秋が赤いリボンをつけた生徒に声をかけられていた。

 

(赤いリボン‥三年生か‥‥)

 

現在、IS学園では一年生が青、二年生が黄、三年生が赤の色別となっている。

三年生が卒業すると次に入る新一年生は赤いリボンがネクタイをする事になっている。

 

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、でも君、素人だよね?私が教えてあげよっか?」

 

三年の先輩は百秋にISのコーチをしようかと言う。

成程、確かに昨日の夜、たっちゃんが知っていた通り、一組のクラス代表選抜戦は学園の誰もが知っている様だ。

一年生の中でも専用機を持つ代表候補生と世界で初めてISを起動させた男子‥‥。

注目しない筈がないか‥‥

三年の先輩は親切心から百秋にISのコーチをしてあげようと言っているのだろうか?

それとも、世界で初めてISを動かした男に珍しさを感じているのだろうか?

いや、ただ単に百秋に気に入られたいがためにISのコーチを名乗り出たのだろうか?

ああ見えて、やはり百秋は男としてはイケメンな顔をしているから‥‥

そんな三年の先輩の誘いに対して、

 

「結構です。私が教える事になっていますので‥‥」

 

箒が百秋の代わりに断りを入れている。

 

「えっ?」

 

箒のこの言葉に百秋は驚いている。

あれ?そういう話じゃなかったのか?

 

「貴女も一年でしょう?私、三年生、私の方が上手く教えられると思うな」

 

確かに三年の先輩ならば、経験、知識共に申し分ないだろう。

実際に箒と先輩とではISの搭乗時間にもかなりの差があるだろうし‥‥

だが、箒は

 

「私は篠ノ乃束の妹ですから‥ですから結構です」

 

「そ、そう‥それなら仕方ないわね」

 

たばちゃんの名前を聞いて先輩はすごすごと引き下がった。

授業の時、たばちゃんは『関係ない』なんて言っていたのに、困った時にはたばちゃんの名前を使う。

まるで虎の威を借りる狐だな。

まぁ、箒が彼を何処まで強く教えられるか見ものだな‥‥

 

『ククククク‥‥同感だぜ、一夏。そう簡単に壊れないでくれよ、百秋、貴様には疫病神の厄災をたっぷりと味わってもらわなければならないのだからな‥‥ちょっとは惨めに必死に抵抗してくれよ、天才君、ハハハハハ‥‥』

 

獣が戦の匂いに惹かれて再び浮き出て来ようとしていた‥‥。

 

 

クラス代表選抜戦に向けて百秋は箒にISのコーチを頼んだのだが、彼はクラス代表選抜戦まで箒と剣道をする事だけでとどまった。

その間、セシリアはアリーナの使用許可が下りる限りアリーナで射撃の腕を磨き、同じくイヴもアリーナの使用許可及び楯無が時間を取れる時には彼女に模擬戦の相手を務めてもらった。

そして、模擬戦以外にもイヴは楯無を通じてある事をしていた。

それは、イヴが千冬に無理矢理クラス代表選抜戦に推薦された日の夜の事‥‥

 

「それで、たっちゃんに頼みがあるんだけど‥‥」

 

「何かしら?」

 

「あの人が出た第一回、第二回のモンド・グロッソの記録映像とセシリアさんの記録映像を用意して欲しいの」

 

イヴはモンド・グロッソでの千冬の試合映像とセシリアがISに乗っていた時の記録映像を用意してくれと頼んだ。

 

「分かったわ。数日中に取り寄せてあげる」

 

「ありがとう‥たっちゃん」

 

それから数日後に楯無はイヴが頼んだ映像を入手してくれた。

 

「セシリアさんのは分かるけど、織斑先生のモンド・グロッソの映像を見て何か参考になるの?」

 

今度の対戦相手はセシリアと百秋である。

セシリアの映像記録はわかるが、百秋の対策としてどうして千冬の記録映像が参考になるのだろうか?

 

「恐らく百秋に用意されるのは近接タイプの専用機だから、何か参考になると思って」

 

「どうしてそう言えるのかしら?」

 

「あの人は昔から、自分の言動は全て正しいと思い込んでいる人だった‥百秋が箒の道場に通っていたのもあの人が最初に通っていたから‥だから、百秋の専用機もかならず、このモンド・グロッソに出ていた機体‥暮桜に近い性能を持っている筈‥それに剣道をやっていた百秋に射撃武器中心の専用機を渡す筈がないから」

 

「成程」

 

楯無に説明をした後、イヴはモンド・グロッソの記録映像に目を通す。

 

(厄介なのはこの『雪片』‥‥これも必ず搭載する筈‥‥発動させる前に倒すか、発動後、無駄にエネルギーを消費させて自滅をさせるか‥‥)

 

イヴは記録映像を見ながら対百秋用の戦術を考える。

しかし‥‥

 

『おいおい、一夏、なにまどろっこしいこと練っているんだ?お前ならば、そんなみみっちい策など立てずとも勝てるだろうが‥‥お前はまだ、自分の力を理解していないのか?』

 

イヴの心の闇の中で獣は静かに牙と爪を研いでいた。



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28話

 

そして時が流れ、クラス代表選抜戦の当日。

百秋は第3アリーナのピットにいた。

 

「‥‥なぁ、箒」

 

百秋は何故か関係者でないにも関わらず、さも当然の様にピットに居る箒に声をかける。

 

「なんだ?」

 

ぶっきらぼうに答える箒。

 

「気のせいかもしれないんだが‥‥」

 

「そうか。では、お前の気のせいだろう」

 

「ISの事を教えてくれる話はどうなったんだ?」

 

「‥‥」

 

百秋の言葉にプイッと目をそらす箒。

 

「目・を・そ・ら・す・な!」

 

一語一句強く言う百秋。

百秋は、今日までの六日間、箒にISの特訓を頼んでいたのだが、箒が百秋に行ったのは、剣道の稽古ばかりでISの特訓など何一つしていなかった。

 

「仕方がないだろう。お前のISが届いていなかったのだから」

 

「ISが来なくても知識とか基本的な事があるだろう」

 

こんなんで大丈夫なのかと少々不安になる百秋。

刻一刻と試合開始の時間が近づいている。

しかし、百秋の専用機だが、まだ来ていない。

そう、試合の寸前になってもまだ来ていないのだ。

試合は最初 セシリアvs百秋

次は      セシリアvsイヴ

最後に     百秋vsイヴ

の三試合となっている。

出場選手が三人と言う事で二人が連戦となってしまうのだが、一試合分休めるのが百秋と言う所に何か千冬の作為的なモノを感じる。

アリーナの観客席には一組のクラスメイトの他に他のクラスや学年の違う生徒も見に来ている。

そして、

 

「お、織斑君織斑君織斑君!」

 

山田先生が息を切らしながら百秋の居るピットにやって来た。

 

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

 

慌てている山田先生に百秋は落ち着くために深呼吸をしろと言う。

 

「は、はい。 す~~~は~~~~、す~~~は~~~~~」

 

「はいそこで止めて」

 

「うっ」

 

百秋がノリでそう言ったら、真耶は本気で止めた。

 

(うわぁ、本当にやったよこの人、バカなんじゃねぇ?本当に教師か?)

 

みるみる内に酸欠で顔が赤くなる山田先生。

酸欠で苦しんでいる山田先生を見てニヤついた笑みを浮かべて見ている百秋。

 

「‥‥うぅ~ぷはぁっ! お、織斑君、ま、まだですかぁ?」

 

限界に来て息を吐き、涙目になりながらそう言う山田先生。

もう少し、山田先生の滑稽な姿を見ていたかった百秋であったが、

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

そんな言葉と共に、千冬の出席簿が百秋の脳天に炸裂した。

 

「そ、それでですねっ! 来ました! 織斑君の専用IS!」

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「この程度の障害、男子たる者軽く乗り越えて見せろ」

 

(脳筋主義者め)

 

山田先生が百秋にようやく専用機が届いたことを伝える。

しかし、無茶苦茶な展開である。

劇的と言えば劇的なのかもしれないが、ぶっつけ本番とは‥‥

百秋は千冬と箒の無茶苦茶な理論に心の中で毒づく。

「だったら、お前らがやってみろよ」と叫びたかった。

そして、ゴゴンッと鈍い金属質の音ともにピットの搬入口が開く。

そこに『白』がいた。

真っ白なISがそこに鎮座していた。

 

「これが‥‥」

 

「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」

 

山田先生が彼に専用機の名称を言う。

 

「すぐに装着しろ。 時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ」

 

千冬に急かされて彼は純白のISに触れる。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

初めてISを触った時とは、感覚が違った。

だが、このISは最初に触ったISよりも手に馴染む感覚があった。

 

「馴染む‥‥理解できる‥‥これが何なのか‥‥何のためにあるか‥‥わかる」

 

彼が男なのに何故ISを動かすことが出来たのか?

それは今のところ謎であるが、ISに好かれると言う点では千冬やイヴ(一夏)同様、織斑家の人間の特徴なのかもしれない。

 

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

 

白式を装備した百秋はハイパーセンサーによって、あらゆるモノがクリアーに感じられる。

 

「セシリアさんの専用機体、ブルーティアーズは遠距離型のISです」

 

山田先生が彼にセシリアの機体の特徴を説明する。

同じくセシリアのピットでは彼女にも彼の機体が近接型のISであることが説明される。

 

「織斑、気分は悪くないか?」

 

「大丈夫、いける‥箒」

 

「なんだ?」

 

「行ってくる」

 

「あ、ああ。 勝ってこい」

 

「当然だ、俺は世界最強の姉の弟だからな」

 

当初は、この無茶苦茶展開に毒づいていた百秋であったが、自然に馴染むこのISに乗り、不安よりも高揚感が大きくなり、自分は誰にも負けない気がしていた。

アリーナへ続くゲートが開き彼が勇んで試合会場へと飛んで行った。

 

そんな彼の後姿を見て千冬は‥‥

 

 

~side織斑千冬~

 

織斑の機体はまだ、初期設で雪片が使えない‥そんな中、あの化け物と遣り合うには荷が重い‥だからこそ、あの試合形式にしたのだ‥‥。

オルコットは自分が専用機持ちであることに誇りを思っていると同時に相手が素人だと言う慢心がある。

その隙をつけば、一次移行への時間稼ぎは出来るはずだ。

雪片が使えれば、オルコットもあの化け物にも勝てる可能性は十分ある。

オルコット、お前は織斑の勝利との為、踏み台となれ。

 

 

千冬はまず、第一試合で百秋にセシリアをぶつける事で白式が一次移行するための踏み台にした。

彼女が思っている通り、セシリアは確かに代表候補生、専用機持ちであること誇りを持っているが、その反面、相手が自分よりも弱い場合、慢心したり、自分の力を相手に知らしめるために、わざと手を抜いたり、じわじわと時間をかけて攻めたりする節があった。

千冬はそんなセシリアの性格を読んで、彼女ならばド素人の百秋相手に必ず自分の力を誇示するために時間をかけて百秋を攻め立てるだろう‥時間が経てば経つほど、一次移行するための時間を稼げる。

一次移行出来れば雪片が使用可能となる。

雪片が使えれば、例えイギリスの代表候補生や化け物と言えど、ISならばその性質上エネルギーをすべて消滅させることが出来る。

そうなれば百秋の勝ちだ。

剣に関しては箒がこの一週間、みっちりとしごいてくれた。

更に第二試合に関してセシリアにはイヴの情報を一つでも多く引き出し、尚且つイヴの体力消費に役立ってもらおうと考えていた。

あの化け物の様な奴でも手の内を全て曝され、尚且つ雪片が使用可能となれば倒せる。

千冬は弟の勝利に自信があった。

 

アリーナの上空ではセシリアが百秋を待っていた。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

「チャンスって?」

 

「私が一方的な勝利を得るのは自明の理。 今ここで謝るというのなら、許してあげない事もなくってよ」

 

セシリアのこのセリフからも彼女が慢心している様子が見て取れた。

強者の余裕‥それは慢心を引き起こす事態にもつながるのだ。

 

「そういうのは、チャンスとは言わないな」

 

「そう? 残念ですわ。 それなら‥‥‥お別れですわね!」

 

セシリアがそう叫ぶと同時、レーザーライフル、スターライトMkIIIが火を吹いた。

 

「うおっ!?」

 

反応できなかった百秋は、その攻撃をまともに喰らう。

 

白式のオートガードが働き、直撃は免れたものの、左肩の装甲が一撃で吹き飛ぶ。

なんとか途中で体勢を立て直し、地面との激突は回避できた。

 

「さあ、踊りなさい! 私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

セシリアは次々と百秋に向けてライフルを発射する。

それは決して出鱈目に放たれているのではなく、全て的確に百秋を狙っている。

百秋は何とか回避しているがその飛行姿はスピーカーを出しながらあっちへフラフラ、こっちへフラフラとISが人間を取り込んでいる様な姿だった。

 

(くっ、俺が白式の反応について行けないだと!?ふざけるな!!俺はお前の主人なんだぞ!!)

 

白式にイラつきながらも彼はこのまま何もせず負けられないと言う事で、

 

「くそっ、装備は!?何か武器は無いのか!?」

 

彼が白式に問うと、使用可能な武器の一覧が表示される。

だが、

 

「これだけか?」

 

そこには、『近接ブレード』と書かれた装備しか表示されていなかった。

 

「ちっ、使えねぇ機体だ。だが、素手よりもマシか」

 

彼は、素手でやるよりはマシだと思い、近接ブレードを呼び出す。

百秋の手に片刃のブレードが現れ、その手に収まった。

 

(やっぱり、近接格闘型のISか‥‥あの人らしいな、自分が使用したモノを弟に押し付ける辺りが‥‥恐らくあのブレードが雪片‥‥)

 

試合を見ながらイヴはセシリア、百秋の動きを注意深く観察した。

 

 

「遠距離射撃型の私に、近距離格闘装備で挑もうだなんて笑止ですわ!」

 

すぐさまセシリアの射撃が放たれる。

 

「このブルーティアーズを前に初見でこうまで耐えたのは貴女が初めてですわね褒めて差し上げますわ」

 

「そりゃどうも」

 

「では、フィナーレと参りましょう」

 

すると、ブルーティアーズの羽根の部分が独りでに動き出し多角的な機動で白式へレーザーを放ちながら接近する。

 

「へぇ‥あの子もドラグーン使えるんだ‥‥」

 

セシリアと百秋の試合をピットで見ていたイヴはセシリアがビット兵器を使用しているのに思わず声を出す。

 

「左足、いただきますわ」

 

羽根が戻ると、セシリアのライフルが狙いを定める。

止めの一撃が放たれようとしたとき、

 

「調子に乗るなよ!!」

 

怒声と共に白式が無茶苦茶な動きと加速でセシリアのライフルに正面からぶつかる。

 

「なっ!? 無茶苦茶しますわね。 けれど、無駄な足掻きですわ!」

 

セシリアは距離を取って、再びビット兵器であるティアーズを飛ばす。

 

「ふっ、分かったぜ」

 

白式はレーザーを潜り抜けティアーズの一つを切り裂いた。

 

「なっ!?」

 

ティアーズが一基やられた事に驚くセシリア。

 

「思った通りだ、この兵器は、毎回お前が命令を送らないと動かない! しかも‥‥」

 

そう言いながら、百秋は更にもう一基のティアーズを切り裂く。

 

「その時、お前はそれ以外の攻撃を出来ない。 制御に意識を集中させているからだ。 そうだろ?」

 

自らの図星を突かれ、セシリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「へぇ~‥ぶっつけ本番でよく見抜けたね‥その辺は流石と言うべきかな?昔から周囲の目だけは注意深く見ていたからな‥私を虐めている時も‥私を犯している時もお前は常に周囲を気にかけていたねぇ‥‥」

 

セシリアがビット操作中は動けず、他の武装が使用できない事はイヴも過去のセシリアの記録映像で知っていたが、本番中に気づいた百秋も決して愚鈍と言う訳ではない様だ。

 

見え始めた勝利に、百秋はわずかに胸を躍らせた。

だが、それと同時に百秋の中に慢心も生まれた。

 

(いかんなアイツ、調子に乗り始めてきたな)

 

千冬は百秋が調子に乗ってきている時の癖、左手を閉じたり開けたりしている仕草を見つけた。

 

(白式、早く‥早く、一次移行をしろ!!何をグズグズしている!?)

 

千冬は白式に早く一次移行をするように心の中でなかなか一次移行をしない白式に苛立っていた。

 

(弱点が分かればこっちのモノだ。俺をさんざん猿呼ばわりした事を後悔させてやるぜ!!)

 

最後のビットを蹴り飛ばし、セシリアの懐に飛び込む。

ライフルの砲口は間に合わず、確実に一撃が入るタイミングだ。

しかし、

 

「かかりましたわね」

 

ニヤリとセシリアが笑みを浮かべる。

 

「おあいにく様、ティアーズは六基あってよ!」

 

残り二つのビットは先程までのレーザー型と違い誘導ミサイルだった。

 

「っ!?」

 

ドガァァァァン!

 

回避が間に合わず、白式は爆炎に呑まれた。

会場の誰もが彼の敗北だと思った。

それはミサイルを放ったセシリア自身も自分の勝ちだと思った。

だが‥‥

 

「ふん、機体に救われたな、馬鹿者めが」

 

千冬だけは違った。

彼女の言葉と共に、煙が晴れていく。

すると、爆心地の中心にはあの純白の機体があった。

白式の装甲が新しく形成され、装甲の実体ダメージが全て消え、より洗練されたフォルムへと変化していた。

 

「えっ?何?どういうこと?」

 

「織斑君の専用機の形が変わっている!?」

 

「ま、まさか、一次移行? あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?」

 

セシリアが驚愕して叫ぶ。

まさか初期設定のISでこの代表候補生の専用機を相手にしていたなんて‥‥

しかし、それはセシリアが彼に対して慢心をしていた為であり、最初から全力でかかれば、一次移行まえに白式を倒す事が出来た筈だった。

 

(ふむ、今のところは順調だな)

 

千冬は自分の描いたシナリオ通りに事が進んでいる事にほくそ笑む。

 

『フォーマットとフィッティングが終了しました』

 

と表示され、武装も最初の近接ブレードから近接特化ブレード『雪片弐型』が使用可能となった。

 

「雪片弐型?雪片‥これって千冬姉が使っていた武器だよな‥‥ふっ、俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

(そうさ、この武器があれば俺は世界最強だ!!なんたって千冬姉を世界最強のブリュンヒルデにした武器なんだからな!!さあ、縦ロール、覚悟しろよ、まずは俺の輝かしいISデビューの踏み台になれ!!)

 

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

 

「は?貴方、何を言って‥‥」

 

彼の言葉は独り言だが、セシリアは何のことかと声を漏らす。

 

「弟が不出来じゃ恰好がつかないからな!!俺は世界最強のブリュンヒルデ、織斑千冬の弟、織斑百秋、そして、世界最強の刀‥雪片を継ぐ者だ!!」

 

「ああもう、面倒ですわ!」

 

セシリアは一気に勝負をかけようと再び誘導ミサイルを発射する。

しかし、彼は発射されたミサイルを斬り捨てる。

そして、その爆発の衝撃が届くより速く、彼はセシリアへと突撃した。

 

「おおおおっ!」

 

セシリアの懐に飛び込み、下段から上段への逆袈裟払いを放つ。

 

「っ!?」

 

確実に捉えた一撃。

百秋はセシリアに攻撃があたると確信し、反対にセシリアは白式からの攻撃が回避不能、当たると確信した。

だが、勝利の女神は気まぐれなのか、

雪片の刀身がセシリアの機体に当たる直前に、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

『試合終了。 勝者―――セシリア・オルコット』

 

「えっ?」

 

「‥‥」

 

試合終了の放送を聞き、百秋もセシリアも観客達も唖然とする。

千冬だけは、「やれやれ」と言った顔をしていた。

彼は何故、自分が負けたのか分からないままデビュー戦は黒星で終わった。

 

「両者は次の試合の為、ピットに戻り機体の整備、エネルギーの充填を行ってください」

 

放送が流れ、百秋とセシリアは互いに自分のピットへと戻っていった。

 

「よくもまあ持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」

 

(全く、あれだけお膳立てしてやったのにこのザマとは情けない)

 

「俺、何で負けたんだ?」

 

(しかも、気づいていないだと!?)

 

「武器の特性も考えずに使うからああなるのだ」

 

千冬が百秋になぜ負けたかを説明する。

雪片は自分のシールドエネルギーと引き換えに攻撃力をアップさせる能力で、その攻撃力は相手のISのバリアを無効化して相手にダメージを与える効果を持つ。

だが、それは自身のエネルギーを大量に食うことにも繋がり、セシリアとの戦いでは、残りのシールドエネルギーの量が少なかったために、攻撃が決まる前にシールドエネルギーがゼロになり、負けてしまったという事だ。

つまり雪片は短期決戦型の武器と言う事だ。

 

第二試合はセシリアの機体の整備が終了次第開始される予定だ。

その間、ピットのイヴは‥‥

 

(守る?守るだと!?)

 

先程のセシリアと百秋の戦いの中で彼が口にした『守る』と言う言葉に反応していた。

 

(今まで奪うことしかしなかった奴が守るだと!?)

 

(お父様からもらった御守を壊し、私の処女を無理矢理奪った奴が守るだと!?)

 

(ふざけるな!!)

 

イヴの髪が逆立ち、体の周りからはダークオータが浮き出る様な感じでイヴは怒っていた。

 

『ハハハハハ‥‥いいぞ、一夏。その憎悪、心地いい殺気、それでこそ、史上最強の生物兵器だ‥‥お前だってアイツをボコボコにしたいだろう?今回はお前にもそのチャンスをやるよ。私の力を貸してやる、存分に戦え!!ハハハハハ‥‥』

 

獣は狂ったように笑い転げる。

 

『さあ、まずはあのクルクル縦ロールだが、あんな前菜さっさと片付けて本命のメインディッシュを食らおうぜ、ハハハハハ‥‥』

 

「‥‥いくよ‥リンドヴルム」

 

イヴは愛機を呼び出す。

獣は笑い転げているがイヴ自身は至って冷静‥いや、無に近い心境だった。

彼女の目からは光が失われ、感情も押し殺している。

だが、彼女の中には獣の力を借りた禍々しい狂気が渦巻いている。

やがて、相手の機体チェックが終わり、試合時間となる。

イヴは前菜(セシリア)が待つ試合会場へと飛び立った。



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29話

イヴは光を宿さない目でリンドヴルムを纏うとアリーナの上空へと舞い上がる。

 

「待っていましたわ、アインスさん。織斑先生から言われるまでまさか、貴女も専用機持ちとは思いませんでしたわ」

 

「‥‥」

 

すると、アリーナの上空にはセシリアが既にイヴを待っていた。

一試合を終えたと言うのに元気そうな姿そうだ。

まぁ、試合と言ってもそこまで激しい試合では無かったので、これぐらい代表候補生ならば余裕なのだろう。

 

「あら?この私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの実力に恐れをなして声もでませんの?」

 

先程の試合で、百秋に懐に飛び込まれた時にはあたふたしていたにも関わらず、セシリアは虚勢を張っている様に見える。

 

「あれがアインスさんの専用機」

 

「ちょっと竜みたい」

 

「でもかっこいい」

 

観客席のクラスメイト達は初めてイヴの専用機を見てそれぞれ感想を述べる。

 

「先程は百秋さんには意表を突かれましたが、私はもう侮ったりはしません。最初から全力で行きますわ!」

 

「‥‥」

 

セシリアは先程百秋の相手をしていた時の様な余裕の表情ではなく、油断も隙もないまるで一人の騎士の様な表情になっていた。

それでもイヴは無表情を崩さず、その光を宿さない目で無言のままセシリアをジッと見ている。

 

『おい、聞いたか?一夏、『百秋さん』だってよ!!コイツ、お前の元弟に惚れたみたいだぜ!!まぁ、アイツは顔だけはイケメンだからな!!お前が無理矢理とは言え、アイツに抱かれた事を知ったら、コイツどんな顔をするかな?アイツに失望するかな?それともお前にヤキモチを焼くかな?ハハハハハ‥‥』

 

(黙れ‥‥)

 

獣の卑猥な発言にイヴは冷たい声で一喝し黙らせる。

 

『へいへい、そんなに怒らなくてもいいじゃないか、冗談だよ、冗談』

 

(‥‥)

 

『‥‥そんじゃまぁ、さっさとこの前菜を食い散らかしますか‥この後のメインディッシュの為に‥‥』

 

イヴの中の獣はきっと不敵な笑みを浮かべているのだろう。

今回相手がガンナータイプのISと言う事で、イヴも相手と同じガンナータイプで相手をすることにした。

手には高エネルギービームライフル ユーディキウムⅡを出す。

 

「あら?説明ではオールラウンダー型とお聞きしましたが、見た所、私と同じ遠距離射撃型なのですね?」

 

セシリアはイヴの武装を見て自分と同じ遠距離射撃型のガンナータイプだと思っていた。

だが、それはセシリアの間違いであり、イヴはれっきとしたオールラウンダー型で今回はセシリアが遠距離射撃型のガンナータイプだから、彼女に合わせただけである。

互いに似たような武器を出して試合開始の合図を待つ。

 

『では、両者試合を開始してください』

 

試合開始の放送が流れ、

 

「参りますわ!!」

 

セシリアが先制攻撃にスターライトMkIIIでイヴを撃つ。

イヴはヒョイと横にずれたすぐ後にユーディキウムⅡでセシリアを撃つ。

ユーディキウムⅡから放たれたレーザーはセシリアの頬を掠める。

 

「くっ、なかなかおやりになりますわね、ならばこれはどうですの!!」

 

そう叫びながら再びスターライトMkIIIを三連射する。

イヴはそれを避けつつ上方へと移動しつつセシリアに向けてレーザーを撃つ。

しかし、セシリアも代表候補生、上手くイヴの攻撃を躱す。

 

「ウォーミングアップはこれぐらいにして、さぁ踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!!」

 

セシリアは四基のティアーズを飛ばして来た。

 

「‥‥」

 

イヴは自分に迫って来る四基のティアーズを光の宿らない目でジッと見てその動きを見極める。

 

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

百秋たちがいるピットでは、セシリアとイヴの戦いがモニターで表示されていた。

四基のティアーズがイヴに襲い掛かってからしばらく経つが未だにイヴはダメージを受けてない。

モニターで見ているから分かるがビットは確実にイヴの死角になるところから放たれている。

しかし、イヴはそれを見向きもせずに最小限の動きで避けている。

先程の戦いで百秋もティアーズが自分の死角から来ることは何となく予感はしていたが、それでも確認はした後にティアーズを撃破していた。

だが、イヴはちゃんと確信を持っているかのように後ろを見向きもせずにティアーズの攻撃を避けている。

まるで背中に目があるかのように‥‥。

イヴの動きを見て百秋も箒も唖然としていた。

だが、それと同時に悔しい思いもあった。

 

あの出来損ないの疫病神の癖に‥‥

 

と言う思いが‥‥。

 

 

「くっ、まともな攻撃が一発も入りませんわ!」

 

セシリアが思わず悔しそうに口にした。

スターライトMkIIIを使った射撃やビットを使った攻撃も、その悉くが回避され、イヴのシールドエネルギーは殆ど減っていない。

 

『おい、一夏、いつまでコイツの盆踊りに付き合ってやるつもりだ?』

 

獣がいつまでもセシリアとの決着をつけないイヴに尋ねてくる。

確かに獣の言う通りそろそろ飽きた。

現時点でのセシリアの実力も十分に分かった。

ならばさっさと終わらせよう‥‥

この後のメインディッシュを食らう為に‥‥

 

(セシリアが円舞曲を奏でると言うのであれば、私は輪舞曲を奏でよう‥絶望と破壊の輪舞曲を‥‥さあ、歌い踊れ!!セシリア・オルコット!!)

 

そう思いイヴはドラグーン達を飛ばす。

 

「‥‥いけ、ドラグーン」

 

イヴはセシリアよりも多い数のビットを飛ばす。

 

「なっ!?」

 

自分のティアーズよりも数が多いドラグーンの姿を見てセシリアは目を大きく見開く。

 

「なんですのっ!?その数のBTは!?」

 

ドラグーンは忽ち四基のティアーズを撃ち落した。

 

「そ、そんな現時点において、BT兵器の適正は私が最高値の筈‥‥」

 

自分よりもビット兵器を上手く扱うイヴにセシリアは声を震わせる。

 

「‥‥『イギリスでは‥』ってオチなんじゃないか?」

 

此処でイヴは以前、百秋がセシリアに言った台詞と似たような台詞を吐く。

 

「くっ」

 

セシリアは苦虫を噛み潰したように顔を悔しさで歪める。

 

 

「な、なんだ!?アイツもセシリアと同じ武器を使うのか!?」

 

「しかもセシリアよりも数が多い!!」

 

ピットでイヴがドラグーンを飛ばしたのを見た百秋と箒が思わず声をあげる。

 

「だ、だが、どんなに数が多くてもセシリアと同じく、飛ばしている間はビット以外の攻撃を出来ない筈だ」

 

「そ、そうだな、ましてあの数、動くこともままならない筈‥‥」

 

百秋と箒はあれだけの数のビット兵器を飛ばしているのだからイヴ自身は攻撃どころか満足に動けないだろうと思っていた。

しかし‥‥

 

「きゃぁっ!!」

 

ドラグーンのレーザーを躱していたセシリアにユーディキウムⅡのレーザーが直撃する。

 

「なっ!?」

 

「動けるし、ビット兵器以外の攻撃も可能だと!?」

 

ティアーズよりも多いビット兵器を操作しつつ、イヴ自身は動き回り、しかもビット兵器以外の攻撃も可能。

この事実にさらに驚く百秋と箒。

 

「見ての通り、アインスは偏向射撃が可能だ」

 

千冬が実技試験の時の経験を二人に話す。

 

「偏向射撃が出来てあの数のビット兵器が使えるって事は‥‥」

 

箒は顔を引き攣らせながらセシリアの現状を想像する。

 

「ああ、オルコットは今、実質十一対一で戦っている様なモノだ」

 

千冬は箒が思っている事を口にした。

 

「十一対一!?何だよ、それ!?卑怯じゃないか!!千冬姉、この試合はアイツの反則負けじゃないのか!?」

 

百秋が千冬の言葉を聞いてこの試合はイヴの反則負けじゃないかと騒ぐ。

 

「織斑先生だ。そもそもビット兵器の使用はIS委員会で禁止されてはいない。だから、奴の行為は正当なモノだ」

 

千冬は苦々しくイヴのドラグーンを使用しての戦いは決して反則ではないと言う。

事実先程のセシリアと百秋の試合でもセシリアはビットを使用し、四対一の戦いでもあったのだ。

彼がビット兵器は反則だと言うのであれば、先程の試合はセシリアの反則負けであるし、イギリスは反則兵器を専用機に搭載している事になる。

流石に十基のドラグーンで尚且つ偏向射撃が出来るイヴは千冬自身も反則にしたいところであったが、IS委員会で定めたルールブックで禁止されていない事を自分の判断で禁止・反則にする事は出来なかった。

そもそもIS委員会は、十基のビット兵器を使い尚且つ偏向射撃が出来る者なんていないと決めつけており、制限をかけていなかった。

 

(今度、IS委員会にビット兵器の使用数の制限をかける様に提言するか?)

 

千冬はイヴのドラグーンを制限するためにIS委員会にビット兵器の数を制限させるかと意気込む。

 

その間にもセシリアとイヴの戦いは佳境へと入る。

 

「くっ、このままおめおめと一矢も報いないまま負ける訳にはいきませんわ!!」

 

セシリアは二基の誘導ミサイルを放つ。

するとイヴは自分の前にドラグーンを上に五基、左に五基並べて一斉にビームを放ち、ビームの網を作ると、誘導ミサイルをいとも簡単に撃破した。

 

「っ!?」

 

ビット兵器の意外な使い方にセシリアはただただ驚くだけ。

 

「BTをあんな方法で使うなんて‥‥」

 

攻撃ではなく防御にビットを使用するなんてセシリアには初めての光景だった。

だが、そんなセシリアにイヴは容赦せず、防御に回したドラグーンを彼女の周りに並べてドラグーンで全方位からの集中砲火を行う。

さらにイヴ自身もユーディキウムⅡでセシリアを撃つ。

流石のセシリアでも全方位から襲い掛かってくるビームの雨からは逃げきれず、反撃しようにも対応が間に合わない。

右に避ければ左から攻撃を受け、左に避ければ右から攻撃を受け、セシリアの機体は次々と被弾してエネルギーはどんどん消費されていく。

そしてある程度エネルギーが消費されると、

 

「っ!?」

 

イヴがイグニッション・ブーストでセシリアとの距離を詰める。

射撃は‥‥今からではもう照準も発射も間に合わない。

近距離武器を出さなければ‥‥

セシリアはそう判断して唯一の近距離武器であるインターセプターを呼び出そうとするが、セシリアは射撃戦を主にするので近距離武器は滅多に使用しないせいか呼び出しにも時間がかかったため、イヴがセシリアの懐に潜り込まれても近距離武器を呼び出せなかった。

 

ドガッ

 

「ぐっ‥‥」

 

イヴはユーディキウムⅡの銃床でセシリアの腹部に一発入れる。

セシリアはクの字に曲がる。

其処を更にイヴは追撃し、クの字に曲がったセシリアの背中にかかと落としをして彼女をアリーナの床に叩き付けた。

 

「がはっ!!」

 

「おい、いくらなんでもやり過ぎだろう!!」

 

百秋はドラグーンで全方位からの攻撃をして逃げ場を無くさせ、じわじわと攻撃し、エネルギーを消費させ、ビームライフルの銃床で腹を殴り、かかと落とししてアリーナの床に叩き付ける行為に憤慨した。

 

イヴはアリーナの床に叩き付けられ、動けなくなったセシリアに止めを刺すべくレールガン、スターライト・ゼロを起動させる。

 

「アイツ、まさか動けないセシリアに‥‥」

 

百秋たちはイヴがセシリアに何をしようとしているのか声を震わせながらモニターを見つめる。

 

「ぐっ‥‥」

 

アリーナの床に叩き付けられたセシリアが目を開け、起き上がろうとした時、彼女の目に映ったのは、自分に向けてレールガンをチャージしているイヴの姿だった。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

その姿を見てセシリアはすっかり戦意を喪失した。

しかし、イヴはレールガンのチャージを止めない。

やがて、チャージが済むとセシリアに向けて‥‥

 

「‥全力全開‥‥スターライト・ブレイカー!!」

 

充填が目一杯溜まったレールガンをセシリアに向けて放った。

動けないセシリアにイヴが放ったレールガンは直撃、ブルーティアーズのエネルギーを全て奪った。

 

『試合終了。 勝者―――イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス』

 

会場にイヴの勝利を知らせる放送が流れた。

 

イヴの全力のレールガンを食らったセシリアは気を失い担架に乗せられて保健室へと運ばれた。

幸い彼女の試合はもう終わっているので、この場に居なくても問題はなかった。

イヴは悠々とピットへと戻り、リンドヴルムのエネルギー充填を行う。

 

『ハハハハハ‥‥一夏、いよいよだぞ‥ついに待ちに待ったメインディッシュの番だぞ。実技試験の時ではあのブリュンヒルデ様は仕留められなかったが、まずはこの機会を最大限に利用しようじゃないか』

 

(‥‥)

 

『おいおい、だんまりかよ』

 

獣が小馬鹿にする様な声でイヴに尋ねるが、イヴは何も言わなかった。

獣の言葉を無視してイヴはリンドヴルムの武装システムを表示させ、システムを弄る。

 

『おい、一夏。お前、マジでそんな武装設定で戦うのかよ、いくらなんでもサービス精神旺盛過ぎじゃないか?』

 

獣はリンドヴルムの武装システムの内容を見てイヴに対して呆れる感じで言うが、イヴはやはり何も答えなかった。

 

一方、百秋たちのピットでは、

 

「問題はあの数のビットだな」

 

セシリアとの戦いでイヴが見せたあの十基のドラグーンが百秋にとって最大の難関であった。

十一対一の状況の中、いくら雪片と言う強力な武器を持っていても苦戦は必須であった。

問題はどうやって必中距離のイヴの懐に潜り込むことであった。

 

「ええい、男ならうだうだ考えるな!!お前なら勝てる!!」

 

箒が根拠もない事を言って百秋を鼓舞する。

 

「アインスさんの専用機体、リンドヴルムは近距離、中距離、遠距離、どの距離にも対応できるオールラウンダー型のISです」

 

先程のセシリアのISの説明同様、山田先生が百秋にイヴの専用機、リンドヴルムの説明をする。

 

「オールラウンダー」

 

「でも、さっき、セシリアとの戦いではビット兵器とライフルしか使っていなかったぞ」

 

「じゃあ、アイツは近距離戦闘が苦手なのか?」

 

セシリアとの戦いを見てイヴはもしかして近距離戦闘は苦手なのかもしれない。

では、近距離戦闘へ持ち込むことが出来れば、自分にも勝機があるかもしれないと思う百秋。

だが、

 

「いや、奴はまさしくオールラウンダーだ」

 

実技試験を担当した千冬が百秋の考えが間違っている事を指摘する。

 

「千冬姉」

 

「織斑先生だ」

 

「‥‥お、織斑先生、随分とアイツの事をよく知っているね」

 

百秋は何故、千冬がここまでイヴに詳しいのかその理由を尋ねた。

 

「‥‥私は今年の実技試験で奴と戦った」

 

「「えっ?」」

 

「‥‥」

 

千冬の告白に百秋と箒は驚き、山田先生は気まずそうに視線を逸らし、口をつぐむ。

 

「でも、千冬さんが勝ったんですよね?セシリアは実技試験で教官を倒したのは自分だけだと言っていましたし‥‥」

 

「そ、そうだよ、世界最強の千冬姉があんな奴に負ける筈がないもんな」

 

箒と百秋は自分達が最強だと信じている織斑千冬があの出来損ないに負ける筈がないと思っていた。

 

「‥‥」

 

しかし、千冬は何も言わなかった。

いや、言えなかったのだ。

山田先生もそれは分かっており、何も言わず黙っている。

だが、あの時自分は雪片を持っていなかった。

雪片をあの時持っていたら、あの実技試験の内容は変わっていた筈だ。

故に今、雪片を受け継いでいる百秋ならば、あの疫病神に勝てると千冬は信じていたのかもしれない。

 

「千冬姉だって勝てたんだ、千冬姉と同じ武器をもった俺があの出来損ないの疫病神に負けるわけがない!!」

 

「そうだぞ、百秋!!お前の言う通りだ!!」

 

百秋も千冬と同じく、雪片を持っているのだから、自分は勝てると信じている。

 

「では、間もなく、第三試合のお時間です」

 

クラスの代表を決める最後の試合の時間が近づいている。

 

「箒、今度こそ勝ってみせるからな!!」

 

「ああ、勝ってこい!!百秋!!」

 

百秋は箒の激励を受けて勇んで対戦相手のイヴが待っているアリーナへと向かった。



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30話

一組の代表を決める最後の試合‥‥

これまでの試合の参加者の勝敗は、セシリアが一勝一敗、イヴが一勝、百秋が一敗となっており、この試合でイヴが百秋に負けると、全員が一勝一敗となる。

アリーナの使用時間だって限りがあるのに、プレーオフなんてやる余裕があるのか?

それとも後日またこんな試合をやるのか?

めんどくさい。

でも、こんな奴に負けるつもりはない。

イヴがアリーナに出ると百秋が先に待っていた。

 

「よぉ、出来損ない」

 

「‥‥」

 

最初からいきなりイヴに罵倒を投げる。

 

「お前、さっきは随分と卑怯な真似をしたじゃねぇか」

 

「‥‥」

 

卑怯と言われても思い当たる節が見当たらない。

 

「そんな事も分からないのか?やっぱりお前は出来損ないだな。お前、セシリアに対してどんな酷い事をしたのか忘れたのかよ!」

 

どんな事って言っても普通に試合をしただけだ。

 

「俺が勝ったらセシリアに謝ってもらうからな!」

 

そう言って百秋は雪片を構えた。

 

(試合が始まったら一気に距離を詰める。ビットを展開する前に奴の懐に飛び込んで雪片の零落白夜で一気に片を付ける)

 

百秋はドラグーンを出されては厄介なので、短期勝負に出るつもりだった。

一方、イヴはバルニフィカスをグレートソード(ザンバーフォーム)で展開する。

 

「ん?さっきのライフルはどうした?」

 

「‥‥お前の相手はこれで十分」

 

イヴはそう言ってバルニフィカスを構える。

 

「舐めるなよ、この一週間の間、箒にしごかれまくったんだ。お前程度に負ける筈がない!!」

 

『では、試合を始めて下さい』

 

試合開始の放送が流れ、

 

「行くぞぉぉ!!」

 

雪片を片手に百秋が斬り込んできた。

しかし、彼もセシリアの試合後の千冬から雪片の説明を受けており、バリアー無効化の効果はちゃんと使い時を考えていた。

ガキンと剣と剣がぶつかり合い、攻めと守りの攻防と言う名の剣舞が始まる。

最初の一撃を防がれた事で百秋は零落白夜での短期戦は難しいと判断した。

百秋とイヴが互いに何合か打ちあっている中、

 

「アイツ、あのビット兵器を使いませんね」

 

「‥‥」

 

百秋のピットに居た箒と千冬がモニター越しに二人の戦いを見て、箒はイヴがドラグーンを使用しない事に疑問を感じていた。

 

「もしかして、あの兵器の特性上、使用できるのは一試合だけなのかもしれないな」

 

千冬が何故、イヴがドラグーンを使用しないのか推測を立てる。

ビット兵器は使用するには空間認識能力と物凄い集中力が必要となる。

ましてイヴのリンドヴルムはセシリアのビット数よりも遥かに多い。

幾らイヴが、偏向射撃が出来てもかなりの集中力が必要な筈だ。

それを二試合連続で使用するには集中力が持たないのかもしれない。

千冬はそう推測したのだ。

 

「じゃあ、アイツはこの試合、ビット兵器は‥‥」

 

「ああ、使ってこない‥いや、使えない」

 

「それじゃあ、百秋にも勝機は十分あると言う訳ですね」

 

「‥‥」

 

箒と千冬はジッと試合が中継されているモニターをジッと見た。

千冬はイヴがドラグーンを使えないと言ったが、それは間違いで、使えないのではなく、使わないが正解だった。

セシリアがガンナータイプの操縦者だから、先程イヴはセシリアと同じ、ガンナータイプの装備で相手をしたのだ。

そして、今の相手、百秋は近接戦闘型のISなので、こうして近接攻撃型の装備のみで戦っているのだ。

『飛び道具を使用されたので勝てませんでした』なんて言い訳を後でされても迷惑なので、こうして百秋と同じ近接戦闘の武器のみで戦っていた。

獣がイヴにサービス精神旺盛と言ったのはドラグーンをはじめとする射撃武器をロックして使用不可にした事だった。

 

 

「くそっ、出来損ない分際で生意気な!!セシリアにもあんな酷い事をして恥ずかしくないのかよ!?」

 

(お前が今まで私にして来た事は酷くないとでもいうのか!?)

 

百秋が激しく攻め立て、イヴがバルニフィカスでソレを防ぐ。

 

「私は今回の騒動に巻き込まれたけど、何一つ卑怯な事はしていない‥ルールに沿って戦った‥」

 

「うるせぇ!!それでも、俺はお前のしたことは許せねぇんだよ!」

 

「ガキか?」

 

「何だと!?」

 

百秋の雪片、イヴのバルニフィカスが鍔迫り合いをし、イヴが百秋を押し退け、上方へと距離を取る。

 

「逃がすかよぉ!!」

 

百秋は上方へと距離をとったイヴを追いかける。

 

「一気に決めてやる!!」

 

此処で百秋は白式の切り札でもある零落白夜を発動させる。

それを見たイヴは、

 

「‥‥バルニフィカス‥‥能力発動‥‥『アブソルート』」

 

(‥‥リンドヴルム、あなたにご飯をあげるわ)

 

イヴがバルニフィカスにオーダーを下すと、これまで青白い光を灯していたバルニフィカスが次第に色の濃さが増していき、最終的には禍々しい黒紫色へと変わった。

零落白夜を発動させた百秋の雪片と黒紫色へと変わったイヴのバルニフィカスがぶつかり合う。

 

「な、なに!?」

 

ぶつかり合った互いの獲物を見て、百秋は思わず声を上げる。

本来、零落白夜は相手のバリアーを無効化にして相手を攻撃する事が可能である。

その際、ビームなどの光学兵器も無効化する事も出来る能力を有している。

しかし、今、百秋の目の前では、イヴの光学系の光剣、バルニフィカスは無効化されることなく、零落白夜を発動させている雪片と平然とぶつかり合っている。

 

「な、なんで‥どうして‥‥」

 

百秋はどうして光剣のバルニフィカスが無効化されないのが不思議でならなかった。

その時、白式のエネルギー消費を知らせるモニターが警告音を奏でる。

百秋が目を移すと、そこには尋常じゃないスピードで白式のエネルギーが減って行く。

このままでは、零落白夜どころか、白式が活動を停止してしまう。

 

「くっ」

 

百秋はイヴとの鍔迫り合いを止め、一旦距離をとり、零落白夜を停止させる。

すると、エネルギー消費が止まった。

 

(くそ、やっぱりエネルギー消費が多すぎる。千冬姉はよくこんな欠陥武器を使って優勝できたな)

 

百秋は先程の異常なまでのエネルギー消費は零落白夜のせいだと決めつけていたが、実際は零落白夜だけではなかった。

イヴがバルニフィカスに下したオーダー、アブソルートは零落白夜と似たような能力でこれは相手の装備を介して相手のISのエネルギーを吸収して自分のIS、リンドヴルムのエネルギーへと変換する能力だった。

零落白夜はただでさえ、エネルギー消費が激しいにも関わらず、バルニフィカスのアブソルートでエネルギーを吸われた白式であった。

 

『当初は、ブリュンヒルデ様と対峙した時の様にビビり腰になるかと思っていたが、取り越し苦労だったようだな、それほど奴の『守る』発言が、一夏にとってはNGワードだったようだな』

 

今まで狂気だけかと思った獣が、今度は冷静にイヴの事を観察していた。

イヴと百秋は、互いに距離を取り対峙する。

百秋は残り少ないエネルギーの中、どうやってイヴを倒すか考えている。

その時、

 

「‥貴方は‥‥‥」

 

「ん?」

 

イヴが徐に百秋に声をかけ始めた。

 

「貴方はISに乗って‥‥その強大な力を使って何を成す?」

 

彼女は確認するかのように百秋にISと言う力を持って何をしたいのかを尋ねる。

 

「あん?そんなの決まっているだろう、俺は世界でただ1人の男性操縦者なんだぞ!!そして、織斑千冬の弟なんだ、いつまでも姉に守られてばかりじゃない、俺はこの力で千冬姉を‥大切なモノを守ってみせる!!」

 

百秋がキメ顔でイヴに自分の決意を語ると、

 

「‥‥」

 

イヴは音もなく、百秋の至近距離に迫っていた。

 

「っ!?何時の間に!?」

 

「な、なんだ!?あの動きは!?」

 

(イグニッション・ブースト?いや、そんな生易しいモノじゃない‥アイツの動き、なんなんだ?あれは!?)

 

ピットにてイヴの動きを見た箒と千冬は目を見開いて驚いた。

一方、観客席でも、

 

「い、今の見えた?」

 

「う、ううん、全然」

 

「気づいたら、アインスさんが織斑君の傍にいた」

 

「わ、私もそう見えた」

 

クラスメイト達も唖然としていた。

 

「くっ‥ひ、卑怯だぞ‥油断させておいて不意打ち何て!!」

 

その頃、試合をしていた百秋は間一髪、イヴの一撃に気づくことが出来、再びイヴのバルニフィカスと鍔迫り合いをしていた。

すると、白式のエネルギーが再び異常消費をおこした。

 

「ど、どうした!?零落白夜は使っていないのに‥‥」

 

「知りたいか?」

 

イヴは前髪の影で顔は見れなかったが、底冷えする様な冷たい声で百秋に語りかける。

 

「ん?」

 

「お前のISのエネルギーがなんでそんなに減っていくのか知りたいか?」

 

「もしかして、これはお前の仕業なのか!?」

 

イヴの口ぶりからこのエネルギーの異常消費は彼女の仕業だと気づく百秋。

 

「教えてやる‥お前の雪片がバリアー無効化能力を有しているように、このバルニフィカスも似た能力を持っているんだよ‥‥アブソルート‥相手のISや装備に触れる事によって、相手のエネルギーを奪う能力だ」

 

「なっ!?」

 

イヴからこの異常までのエネルギー消費の事実を知り、驚愕する百秋。

 

「さあ、どうする?このまま鍔迫り合いをしていると、お前のISのエネルギーは尽きてしまうぞ」

 

イヴは百秋に引くか押すかを問う。

 

「くっ‥‥」

 

確かにイヴの言う通り、このままではバルニフィカスにエネルギーを吸われて自分は負けてしまう。

一勝もできずに負けるなんて百秋のプライドが許さない。

 

「でりゃあ!!」

 

百秋はバルニフィカスを弾き、

 

「くらえ!!」

 

突き技を繰り出す。

其処をイヴは躱して、

 

「うぐっ」

 

百秋の頭を掴む。

そして、そのままアリーナの床めがけて急降下をする。

 

ドゴーン!!

 

百秋を千冬の時の様にアリーナの床に叩き付けた。

その衝撃で百秋は雪片を手放してしまう。

百秋をアリーナの床に叩き付けたイヴは再び上昇すると、

 

「ぐふっ!!」

 

アリーナの床に倒れている百秋を急降下で勢いをつけて踏みつけた。

そして、思いっきり蹴り飛ばしてアリーナの床に出来た穴から百秋を蹴り出す。

百秋はぼろ雑巾の様にアリーナの床に転がる。

アリーナの床に転がる百秋をイヴは、

 

「がはっ!!」

 

思いっ切り踏みつける。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴの所業にピットの箒も観客席のクラスメイト達もドン引きしていた。

 

「これで分かっただろう?お前は守る側の人間じゃない、守られる側の人間だ‥‥お前の姉、世界最強のブリュンヒルデ様のスカートの中に隠れているだけの案山子に過ぎないんだよ」

 

そう言って百秋をサッカーボールの様に蹴り飛ばしたところで、

 

『試合終了。 勝者―――イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス』

 

試合終了の放送が流れた。

 

「‥‥」

 

試合が終了したからには、これ以上の追撃は出来ないので、イヴはピットへと戻った。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥」

 

ピットに戻ったイヴは急いでリンドヴルムを強制解除した。

リンドヴルムを強制解除したイヴは左手で胸を押さえながら、右手でISスーツのポケットの中の薬を取り出そうとする。

今は自分の意識と獣の意識が半分半分となっている状態であり、早く獣を鎮めなければ、自分の意識が獣に奪われてしまう。

 

「あっ‥‥」

 

震える手でピルケースを掴んだせいか、ケースがピットの床を滑って行く。

 

「くっ‥‥」

 

イヴはピルケースを取りに行こうとするが、獣はそれを妨害する。

 

「ぐっ‥あぁァァァ‥‥」

 

『おいおい、酷いじゃないか一夏、折角協力してやったのに、また私を深層心理の闇の中に閉じ込める気か?だいたい、なんでアイツに止めを刺さなかった?ISのエネルギーが尽きて絶好のシチュエーションだったのに‥‥』

 

(う、うるさい‥私は‥規則に従っただけだ‥‥お前の様に血に飢えているわけじゃない‥それに、私が受けた傷を返すのに、楽に死ねるなんて‥許さない‥‥)

 

『ハハハハハ‥‥確かに、お前の言う通りだ。それじゃあ、奴等には生き地獄を味合わせるって方針って事で、お前の体を私にくれよ』

 

(い、嫌だ‥この体は私の体だ‥‥お前の様な獣に‥やってたまるか‥‥)

 

『でも、その体はアイツやテロリスト共に散々汚されまくっているじゃねぇか‥そんな汚い身体、誰も愛してはくれねぇんじゃないか?』

 

(っ!?)

 

獣の声に狼狽えるイヴであったが、

 

(そんな事はないわ!!)

 

『ん?誰だ!?お、お前は!?』

 

その声を最後に獣の声が遠のいていった‥‥。

 

『ちっ、あと少しだったのに、まさかあんな邪魔が入るとは‥‥』

 

獣は再び閉じ込められた深層心理の闇で残念そうに呟いた。

 

 

~side更識楯無~

 

 

放課後、今日は一年一組のクラス代表選抜戦の日。

試合にはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコット、織斑先生の弟、織斑百秋とイヴちゃんが出る。

セシリア・オルコットに関しては大丈夫だろうけど、やはり織斑先生の弟の存在が気になる。

入学試験の実技試験の様な惨事にはならないといいけど‥‥

虚ちゃんにイギリスの代表候補生と世界で初めての男性操縦者の実力が気になると言って生徒会室から抜け出て試合会場のアリーナへとこっそりやって来た。

第一試合はイギリスの代表候補生と織斑先生の弟君からだった。

試合の流れはやはり、セシリア・オルコットが優勢に進めた。

代表候補生と一月前までISと何のかかわりを持たない者では、知識、経験、ISの搭乗時間、何もかもが雲泥の差である。

彼の飛行の動きはまさしくISに乗りたての初心者の動きそのものだった。

しかし、一次移行した時は、少し驚いた。

初期設定で代表候補生と一次移行するまで持ちこたえた所は褒めるべきところなのだろうか?

それとも相手を初心者だと思いなめていた代表候補生の慢心に救われた彼が、ただ単に運が良かっただけなのだろうか?

結局試合はセシリア・オルコットの勝利で終わった。

だが、後ほんの少し、彼のISのエネルギーが残っていたら勝っていたのはもしかして彼だったのかもしれない。

 

次の試合、アリーナに出てきたイヴちゃんを見て、私は寒気が走った。

無表情で目には光が宿っていない。

まさか、今のイヴちゃんはあの殺戮の銀翼なのかもしれない。

試合を止めるべきだろうか?

しかし、これは一年一組のクラス代表選抜戦。

生徒会長権限では止められない。

頼りないがいざという時はあのブリュンヒルデ様が少しは時間稼ぎをしてくれると信じるしか出来なかった。

試合は代表候補生を圧倒する流れで終わった。

容赦はなかったが、相手を殺そうとまではいかなかった。

相手が織斑先生の弟じゃないからかしら?

それともあれはイヴちゃんで殺戮の銀翼では無かったからか?

そして最後の試合、織斑先生の弟とイヴちゃんの試合となった。

試合の流れはイヴちゃんが相手に合わすような感じだった。

先程の代表候補生はガンナータイプの装備で戦い、今、イヴちゃんは織斑先生の弟と同じ近接装備で戦っている。

今のところは問題ない感じで進んでいる。

だが、イヴちゃんの剣が黒紫色に変わった所から試合の流れは変わった。

イヴちゃんが織斑先生の弟の頭をガシッと掴み、アリーナに床に叩き付け、次に彼を踏み潰したと思ったら蹴り上げた。

やはり、アレ殺戮の銀翼なのだろうか?

生徒会長権限なんて関係ない。

今すぐ飛び出してイヴちゃんを止めなければと思ったが、私のミステリアス・レイディでもこのアリーナの強力なバリアーは破れない。

やがて、試合を終わらせる放送が流れるとイヴちゃんはピットへと戻って行った。

よかった、どうやらアレは殺戮の銀翼ではない様だ。

私はイヴちゃんに労いの言葉をかけてやろうかとピットへと向かった。

もう試合は終わったのだから、上級生である私がピットに言っても何ら問題はない。

すると、其処では胸を押さえて苦しんでいるイヴちゃんの姿があった。

そして、床には一つのピルケースが落ちていた。

あのケースはイヴちゃんの!?

もしかしたら、薬で抑えていた殺戮の銀翼が織斑先生の弟を見て戻ろうとしているのではないか?

私は慌ててピルケースを拾い、イヴちゃんの下へと駆け寄る。

だが、イヴちゃんは苦しみ耐えかねて右往左往している。

薬を飲めるような感じではない、

ならば‥‥

私はピルケースの中から錠剤を一つ取り出し、口に含むとイヴちゃんの体を押さえつけて彼女の唇と自分の唇を重ね、錠剤を強制的にイヴちゃんに呑ませた。

やがて、薬が効いてきたのか、イヴちゃんはそのまま眠ってしまった。

呼吸も安定し、もう大丈夫だろう。

私は眠っているイヴちゃんを抱き上げ、寮へと戻った。

 

あっ、そう言えば、私、コレがファーストキスだった‥‥。

雰囲気もムードもあったものではなかったが、イヴちゃんの為に役立ててちょっとは嬉しかった。

でも、イヴちゃんは覚えていないだろうな‥‥‥

ちょっと残念。



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31話

クラス代表選抜戦は終わったが、その試合に参加した参加者全員がダウンすると言う事態となった。

最終試合でイヴにボコボコにされた百秋はセシリア同様、担架で医務室へと運ばれた。

ISの絶対防御のおかげで命に別状はなく、骨折等もしていなかった。

しかし、自分の弟を此処までボコボコにされた千冬は我慢ならなく、彼女はイヴの下へと行き、文句を言ってやろうと意気込んでいた。

そして、イヴの部屋へと行き、ドアをノックせず入ると、

 

「先生、他人の部屋に入る時はノックぐらいしたらどうですか?それぐらい社会人の常識ですよ?」

 

「更識‥‥」

 

楯無が部屋の扉のすぐ前に居た。

 

「それで、何の用ですか?」

 

「何故、貴様が此処に居る?」

 

千冬は楯無を睨みつける。

 

「一応、私はアインスさんと同室ですから」

 

「此処は一年生の寮の筈だ」

 

「生徒会長権限で此処に居ます。織斑先生は彼女を随分と危険視していましたから、それが本当なのか、私も実際彼女と一緒の部屋に入りそれを検証しているんです。他の生徒に危険が生じる前に‥‥」

 

楯無はイヴが寝ていてくれてよかったと思った。

嘘とはいえ、こんな事を口にするのもかなり心苦しいのだから。

 

「ちっ」

 

この場に天敵とも言える楯無が居る事で少々予定が狂ったが、此処まで来て引き返せない。

 

「まぁいい、アインスの奴は居るか?」

 

「今は疲れて眠っています」

 

「ならば、叩き起こせ。話がある」

 

「ちょっと、それは無いんじゃないですか?」

 

「アイツのせいで百秋が酷い目にあったのだぞ」

 

「私もあの試合は見ていましたが、あれは織斑先生がそもそもの元凶なんじゃないんですか?」

 

「むっ?どういう事だ?其れは?」

 

「織斑先生がアインスさんを推薦なんてしなければ、先生の弟さんと戦うことはなかったんじゃないんですか?って言うよりも実技試験での経験から初心者の弟さんをアインスさんにぶつけるなんて、狂気の沙汰ですよ」

 

「‥‥」

 

楯無は本音からイヴが何故、今回のクラス代表選抜戦に参戦する事になったのかを聞いていた。

 

「試合に負けたからと言って勝った相手にクレームをつけるなんて、貴女はブリュンヒルデ様ではなくてモンスターペアレントなんですか?」

 

楯無がそこまで言うと千冬が彼女に向けて拳を向けてくる。

それを楯無はヒョイと首を動かして躱す。

 

「言葉で勝てないからって暴力ですか?随分と暴力的なブリュンヒルデ様ですこと、それに先生は何か勘違いしているんじゃないんですか?」

 

「勘違いだと?」

 

「はい、ブリュンヒルデはあくまでもモンド・グロッソの優勝者の称号であり、権力の象徴ではありません。オリンピックの金メダリストと同じです。その辺の所を改めて考えてみてはどうですか?」

 

「ちっ、もういい」

 

言葉で楯無に勝てないと判断して、捨て台詞を吐いて千冬は退散していった。

そして、翌日、朝礼の際

 

「では、一年一組代表は、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスさんです」

 

「えっ?」

 

山田先生が笑顔でクラス代表がイヴになった事を伝える。

クラスの女子達も、大いに盛り上がった。

 

「アインスさんすっごく強かったもんね」

 

「やり過ぎかんはあったけど‥‥」

 

「でも、あの強さならクラス対抗戦も優勝間違いなしだよ」

 

「優勝賞品は、確かクラス全員が使える学食デザートの半年フリーパスだからね!」

 

昨日見たイヴの強さに優勝は間違いないと言っているが、実際はデザートの為に応援しているだけにも聞こえる。

そんなイヴを箒と百秋は睨んでいた。

千冬としてはイヴがクラス代表になる事については賛否両論であった。

クラスの長が弟を押しのけてこの化け物になった事に不満がある反面、代表になる事を嫌がっていたイヴにクラスの雑用を押し付ける口実が出来た事にほくそ笑んでいた。

 

「それでは、連絡事項も終わったので授業に入ります」

 

山田先生は連絡事項を伝え終えてSHRを終わらせて授業を始めるのであった。

 

 

それから数日後

 

 

「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、アインス試しに飛んでみせろ」

 

千冬に呼ばれた三人が前に出る。

セシリアとイヴは直ぐにそれぞれの専用機を呼び出せたが、百秋は未だにてこずっている。

 

「早くしろ。 熟練したIS操縦者は、展開まで1秒とかからないぞ」

 

千冬に急かされながらなんとか白式を呼びさせた百秋。

三人がISを展開し、準備が出来ると、

 

「よし、飛べ」

 

千冬が飛ぶように指示を出す。

セシリアとイヴは飛行には慣れている様子であるが、まだ飛行に慣れていない百秋は酔っ払い運転の車の様にフラフラと飛んでいる。

百秋は、いまいち空を飛ぶ感覚が分からないらしい。

すると、

 

「百秋さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

セシリアが彼にアドバイスを与える。

 

「そう言われてもなぁ。 大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。 何で浮いているんだ?これ?」

 

百秋はISがどうして飛べるのかその構造に疑問を抱いていた。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。 説明はしてくれなくていい」

 

「‥‥」

 

百秋とセシリアのラブコメチックな場面をイヴは冷ややかな目で見ていた。

 

「あ、あのう百秋さんよろしければ放課後に指導してさしあげますわ。そのときは二人っきりで‥‥」

 

セシリアが顔をほんのりの赤らめて放課後の訓練に誘う。

その時、

 

「百秋!!!何時までも話してないでさっさと降りて来い!」

 

「ヒステリーはみっともなくてよ、篠ノ之さん」

 

山田先生からインカムを強奪して怒鳴り散らす篠ノ之さんに溜息を吐く。

セシリアは今、百秋と二人で空に居る為か余裕の態度である。

箒は千冬から出席簿による打撃を喰らっていた。

それから改めて通信が入る。

 

「織斑、オルコット、アインス、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10cmだ」

 

千冬から次の指示が飛ぶ。

 

「了解です。では百秋さん、お先に」

 

セシリアはイヴには声をかけずにそう言うと、すぐさま地上へ向かう。

そして、見事に地表10cmで停止した。

 

「うまいもんだなぁ」

 

百秋が感心した声を漏らす。

 

「次、アインス」

 

次にイヴの番となり、イヴも急降下してセシリア同様、地表10cmで停止した。

 

「よ、よし、俺だって」

 

百秋も勇んで急降下にチャレンジするが‥‥

 

ドゴォォォォォン

 

百秋は勢いよく激突し、校庭にかなり大きなクレーターを作り上げた。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴をあけてどうする」

 

冷静に百秋に対してそう言う千冬。

そして、穴から無傷で現れる百秋。

 

「情けないぞ、百秋。昨日私が教えてやっただろう!!」

 

腕を組んで箒が百秋に言う。

 

「大体、お前という奴は昔から‥‥」

 

箒がグダグダと百秋にお説教を垂れると、

 

「大丈夫ですか、百秋さん?お怪我は無くて?」

 

箒と百秋の二人の間にセシリアが割り込み、百秋に声をかける。

 

「あ、ああ。大丈夫だけど‥‥」

 

入学当時のセシリアからの変わり身にちょっと引き気味の百秋。

 

「そう。それは何よりですわ」

 

そう言いながら微笑むセシリア。

 

「ISを装備していて怪我などするわけがないだろう」

 

箒は取り越し苦労だと言う。

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然の事。それがISを装備していても、ですわ。 常識でしてよ?」

 

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

 

「鬼の皮を被っているよりはマシですわ」

 

二人の視線がぶつかって火花が散ったように見える。

 

「おい、馬鹿者ども、授業の邪魔だ。喧嘩なら端っこでやっていろ」

 

千冬がドスをきかせた声で二人を黙らせた。

 

「織斑。次だ、武装を展開しろ、それ位は自在に出来るようになっただろう」

 

千冬が次の指示を出す。

 

「は、はあ‥‥」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし、では始めろ」

 

千冬に言われて、百秋は横を向き、右手を突きだして、左手で右手首を握る。

そして、集中して少しすると、掌から光が放出され、それが形を成して剣となった。

百秋は、無事に雪片を出せるようになった事に、内心喜んでいたが、

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

千冬から出た言葉はやはり辛辣だった。

 

「次、オルコット。武装を展開しろ」

 

「はい」

 

次に千冬から言われたセシリアは、左手を真横に突出す。

 

そして、一瞬光ったかと思うと、その手にはスターライトMkⅢが握られていた。

 

「うむ、流石だな、代表候補生。ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。 正面に展開できるようにしろ」

 

「で、ですがこれは私のイメージを纏めるために必要なことで‥‥」

 

「直せ。いいな?」

 

「は、はい」

 

セシリアの反論も、一睨みで黙らせる千冬。

 

「オルコット、次は近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ? あっ、は、はいっ!!」

 

何か考えていたようで慌てるセシリア。

展開していたスターライトMkⅢを収納し、近接用武器を再展開しようとした。

だが、今度は先程と違い中々形にならない。

 

「くっ‥‥」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです!!ああ、もう!インターセプター!」

 

武器名をヤケクソ気味に叫んで近接戦闘用の武器を展開させるセシリア。

 

「展開するのに一体何秒かかっている。 お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません!ですから、問題ありませんわ!」

 

千冬の言葉に、セシリアはそう発言する。

 

だが、

 

「ほう。 織斑とアインスの対戦で簡単に懐を許していたように見えたが?しかも織斑は初心者だぞ」

 

「あ、あれは、その‥‥」

 

千冬の指摘にあたふたするセシリア。

 

「最後にアインス、武装を展開してみろ」

 

「‥‥はい」

 

嫌々ではあるが、今は授業中なのでイヴは割り切って千冬の指示に従う。

イヴが右手にユーディキウムⅡ左手にバルニフィカスを展開する。

 

「‥‥展開スピード、構え共に及第点だな‥‥ちっ」

 

(おい、今、舌打ちしただろう?)

 

忌々しそうに千冬はイヴを褒めた。

 

「どうも」

 

一方のイヴも無表情のまま返答する。

その後、クラスメイト達はISに乗り、歩行訓練等を行い授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。

 

「ふむ、時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片づけておけよ」

 

千冬の指示に、百秋は箒を見る。

箒はフンと顔を逸らし、セシリアもいつの間にか居ない。

 

「わ、分かりました」

 

結局、百秋は次の授業にかなり遅刻して千冬の出席簿の餌食になっていた。

 

 

「というわけでっ!アインスさんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

パパパァン

 

夕食後の自由時間の食堂では、クラッカーが乱射される。

食堂では、イヴのクラス代表就任パーティーが開かれていた。

 

「あ、ありがとう‥‥」

 

イヴはぎこちない笑みを浮かべる。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよね~。アインスさんと同じクラスになれて」

 

クラスメイト達が盛り上がっている。

だが、その中で百秋と箒は面白くないと言った無愛想な表情をしている。

 

「はいは~い、新聞部でーす。今年、話題の新入生、織斑百秋君とイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスに特別インタビューをしに来ました~!」

 

新聞部と名乗る黄色のリボンをつけた女子生徒が来た。

 

「えっと‥‥どちら様でしょう?」

 

(黄色いリボン‥たっちゃんと同じ二年生か‥‥)

 

「あっ、私は2年の黛 薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はい、これ名刺」

 

「あっ、どうも」

 

黛はイヴに名刺を渡す。

そして、渡された名刺を受け取るイヴ。

黛はそんな彼女の顔をジッと見る。

 

(へぇ~たっちゃんが気にかけるとあってなかなか可愛い子じゃない)

 

イヴの顔を見てそう思う黛。

 

「ではではずばりアインスさん! クラス対抗戦への意気込みを、どうぞ!」

 

ボイスレコーダーを突きだしながらイヴに迫る黛。

 

「え~と、ほどほどに頑張ります」

 

イヴは遠慮がちにそう言う。

全力を出したら惨事になるかもしれないので‥‥

 

「えー?もっといいコメントちょうだいよ~」

 

イヴのコメントが不満らしく、更に要求する黛。

 

「え~っと‥‥」

 

イヴがコメントに悩んでいると、

 

「まぁ、後は適当に捏造しておくから良いか」

 

(メディアが堂々と捏造とか言うなよ!!)

 

イヴは黛の発言に心の中でツッコム。

 

「続いて織斑君!学園に入った感想をどうぞ!」

 

今度は百秋に迫る薫子。

 

「えっと、なんというか、頑張ります」

 

「ぶーぶーアインスさんにも言ったけど、もっといいコメントちょうだいよ~!」

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわ! 前時代的!じゃあ、こっちも適当にねつ造しておくか」

 

そんな黛が次に狙いを定めたのはセシリア。

今年の新入生で専用機持ちであり、イギリスの代表候補生なので、新聞部としては十分なネタとなるだろうと黛はそう判断してセシリアにインタビューをした。

 

「コホン。 ではまず、私がどのように代表候補生になったのか‥‥」

 

と、セシリアが言いかけたところで、

 

「あぁ~、長そうだからやっぱいいや。 写真だけちょうだい」

 

長そうだと言うとんでもない理由でインタビューを中断する黛。

 

「さ、最後までお聞きなさい!」

 

セシリアは納得がいかず叫ぶが、

 

「いいよ、適当にねつ造しておくから。 よし、織斑君に惚れちゃったことにしよう」

 

「なっ、な、ななっ‥‥」

 

黛の言葉で真っ赤になるセシリア。

 

「はいはい、とりあえず三人並んでね。 写真撮るから」

 

「えっ?」

 

意外そうな声を出すセシリア。

 

「注目の専用機持ちだからねー。三人一緒にもらうよ。あっ、手を合わせるとかいいかも」

 

「そ、そうですかそうですわね」

 

セシリアの脳内では、きっと、どうやって百秋の隣をキープするか算段を始める。

だが、

 

「私はいいです」

 

イヴは三人で一緒に写真を撮る事を拒否した。

 

「えっ!?」

 

黛はイヴの言葉を聞いてちょっと驚く。

 

「いいですよ、先輩、写りたくないって言うなら、それで」

 

「そうですわ。さっ早く撮ってください。あっ、撮った写真は後でいただけますわよね?」

 

「え、ええ、勿論よ」

 

イヴは百秋と一緒に写真に写る事が嫌で拒否して、百秋も同じ理由で、適当にあしらう。

セシリアは邪魔者が消えたが、このままモタモタしていると新たな邪魔者が来るかもしれないので、早く百秋とのツーショット写真を撮ってもらいたかった。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

 

「74.375」

 

「‥正解」

 

百秋の答えに面白くないと言う表情でカメラのシャッターを切る黛。

ふと周りを見れば、

 

「何でお前らも入っているんだ?」

 

クラスメイトの大半が集結していた。

百秋の隣にはさり気なく箒もいる。

恐るべき行動力だ。

 

「あ、あなた達ねー!」

 

思わず叫ぶセシリアだった。

そして、パーティーは再開される。

そんな中、

 

「のほほんさん」

 

「ん?イヴイヴどうしたの?」

 

ケーキを食べていた本音にイヴは声をかける。

 

「私はもう、帰るね」

 

「えっ?でも、イヴイヴの事を祝うパーティーだよ」

 

「うーん、でも皆は、私を祝うよりもただバカ騒ぎしたいだけに見えるし、私が消えてもあの二人が居れば、十分じゃないかな?それに少し疲れちゃって‥‥」

 

イヴはクラス代表となった自分のクラス代表を祝うよりも百秋とバカ騒ぎがしたかったように見えた。

まぁ、一組の親睦会と思えば丁度いい機会だろう。

親睦会ならば、もう自分はこの場に居る必要はないだろう。

後のことは百秋とセシリアがこの場を盛り上げてくれる筈だ。

 

「あっ、うん‥分かったよ。おやすみ、イヴイヴ」

 

「うん、おやすみ、のほほんさん」

 

イヴは本音に一声かけて食堂を後にした。

 

寮に向かっている途中、イヴは待機状態となっているリンドヴルムを見る。

そう言えば、以前、山田先生が授業で‥‥

 

『ISには意識に似たようなものがあり、お互いの対話つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします。それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになる訳です。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください』

 

そんな事を言っていた事を思い出した。

自分の中に獣が存在し、自分の体を乗っ取ろうとする事がある。

だが、それ以前に私と獣、その両方にいいように使われているのはリンドヴルムではないだろうか?

山田先生の言う通り、意識に似たようなものがあり、IS側も操縦者の特性を理解しようとするのであれば、リンドヴルムは私に使われるのは嫌なのかもしれない。

 

(私の能力でISのコアにアクセス出来るかな?)

 

イヴは自分の能力でISのコアにアクセスする事が出来るかもしれないと思い、寮の部屋ではなく、格納庫へと向かった。

 

格納庫についたイヴはリンドヴルムを待機状態から起動させ、イヴはさっそくISコアへのアクセスを試みた。

 

イヴがリンドヴルムへのISコアへアクセスを試みている時、格納庫のドアが開いた。

入って来たのは楯無の妹、更識簪であった。

彼女は春休み中からIS学園に入り、愛機である打鉄弐式の製作を行っていた。

そして、今日も其れをしていたのだが、生理現象が来るのは人間として当然の反応で、彼女は先程までお手洗いに言っていた。

お手洗いから戻り、また打鉄弐式の製作を続けようとした時、彼女はある光景を目撃したのだった‥‥。



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32話

~side更識簪~

 

中学を卒業してから一足先にIS学園に入った私は朝早くから夜遅くまで自分の愛機、打鉄弐式の製作に没頭していた。

IS委員会の話では打鉄弐式の外装はすべて完成していたが、起動プログラムと武装プログラムの二つが未完成なので、その二つを完成させたら、打鉄弐式は完成し、動かせる事が出来る。

だが、作業は思ったよりも難しく、新年度が始まる前に完成させたかったが、結局間に合わなかった。

そして新年度が始まり、入学式の際、壇上で新入生に挨拶をしていた姉の姿を見て、ちょっとイラッと来た。

学校が始まっても私は、放課後は部活にも所属せず、クラスメイト達と交流することもなく格納庫に入りびたり打鉄弐式の製作に没頭していた。

そんなある日、朝、本音と一緒に朝ご飯を食べに食堂へと向かったら、私はあの子と再会した。

実家の離れに居たあの銀髪の子と‥‥

あの子もこの学園に入学したんだ‥‥

でも、あの子のすぐ傍にはやはり、姉が居た。

実家でも、そしてこの学園でも姉はやはり、あの子を独占している。

イライラする‥‥

私は本音の手を引いて姉から遠ざかった。

後ろから姉の寂しそうな声がしたが、無視した。

学園で最強の称号を手にして、更にあの子まで手に入れておいて、これ以上何を望む。

余りにも強欲すぎる!!

それから暫くして一組に所属する本音から今度、クラス代表を決める試合があると聞いた。

その試合にはイギリスの代表候補生と世界で初めてISを動かしたあの織斑先生の弟、織斑百秋が出るらしい。

見学に関してはクラス、学年問わないので、見に行けるらしい。

そこで、本音は私を誘ってきた。

私の興味は半々であった。

他国の代表候補生の試合を見るのは今後の自分の為になる。

そして、私から専用機を奪った織斑百秋が本当に専用機を手にするほどの器なのか、それを確かめる絶好の機会だった。

だが、その時間を打鉄弐式の製作時間に当てた方が、効率が良い様な気もした。

それにこの試合も今後の資料かデータとして学園が記録するだろうし、私は本音からの誘いを断って打鉄弐式の製作にあてた。

その後も私は打鉄弐式の製作を続けたが、春休みから続けてきた打鉄弐式のプログラミングは思うように進まない。

プログラミングだけなので、簡単だと思ったら、ISのプログラミングがこんなにも困難なものだなんて‥‥

姉はこんなにも困難な作業を一人でやったのかと思うと途中でめげそうになる。

でもその度に姉のあの言葉と不敵な笑みを浮かべている姉の姿が脳裏を過ぎり、再び私にやる気を出させる。

時間を忘れて打鉄弐式の製作を続けていた時、私はちょっとお手洗いに行きたくなり、格納庫を後にした。

そして、格納庫へと戻ってくると、誰かが居た。

また、姉がちょっかいをかけるために待ち伏せていたのだろうか?

そう思っていたのだが、其処に居たのは姉ではなく、あの銀髪の子だった。

IS学園の生徒であるあの子が格納庫に居てもなんら不思議ではなかったが、私はその光景を見て、息を呑んだ。

あの子は自分の専用機と思われるISを前に両膝をついて座り込んでいた。

問題は彼女の髪の毛であった。

彼女の髪はまるで意思を持っているかのように動き、ISそして、整備に使う端末へと入り込み、僅かに発光していた。

な、なにコレ?

私は目の前の光景が信じられなくて唖然としたままその場に立ち尽くした。

あの子は微動だにせず、ずっと両膝を突いたまま座り込んでいた。

時々発光信号を送っているかのように彼女と彼女の髪が光ったり光らなくなったりしていた。

そして、彼女は

 

「そうなんだ」

 

「うん、ありがとう」

 

等と独り言を呟いていた。

そして、彼女の髪や体の光が収まっていくと、長かった髪の毛がまるで潮が引くかの様に短くなっていく。

やがて、髪の毛がある程度の長さに戻ると、彼女は目を開けて立ち上がる。

 

「「あっ」」

 

そこで、私はあの子と目があった。

 

「「‥‥」」

 

両者無言の気まずい空気が流れる。

 

 

(ど、どうしよう‥声、かけた方が良いのかな?)

 

イヴを目の前にして戸惑う簪。

一方のイヴも、

 

(み、見られた!?なんで、こんな時間に人が!?しかも、この人、たっちゃんの妹さんじゃない!!)

 

簪に見られたことでイヴの方は狼狽えていた。

 

(どうする、殴って気絶させるか?目が覚めた時、夢だと思わせれば‥‥)

 

イヴは簪に気づかれる事無く、拳を金属グローブに変換させ、簪を一発でKOさせようとした。

ジリジリと簪との距離を一気に詰められるようにして、いつでも簪を殴れるような体制を取る。

その時、

 

「あ、あの‥‥」

 

簪が声をかけてきた。

 

「ひゃ、ひゃい」

 

突然のことで返事をかんでしまったイヴ。

 

(か、かんじゃった‥は、恥ずかしい~)

 

(い、今この子、台詞をかんだ‥‥でも、かんだ姿も可愛い‥‥)

 

これのせいでイヴは簪を殴るタイミングを失ってしまった。

イヴが羞恥心で顔を真っ赤にしていると、

 

「あの‥‥」

 

簪が改めてイヴに声をかけてきた。

 

「な、なんでしょう?」

 

今後はかまずに簪に返答する事が出来た。

 

「えっと‥‥その‥‥あの‥‥」

 

(ど、どうしようよぉ~声をかけたはいいけど、会話の内容が思いつかないよぉ~)

 

聞きたい事は色々あるのに、上手く話せない簪。

心の中では頭を抱え込んでいる。

 

「えっと‥‥更識さん?」

 

イヴは念の為、彼女が楯無の妹なのかを確認するために彼女に名前を聞いた。

 

「‥名字で呼ばないで」

 

すると、簪は先程まであたふたしていた様子から一転し、冷静に切り返して来た。

 

「えっと‥じゃあ、何て呼べば‥‥」

 

苗字が駄目ならば名前呼びしかないが、生憎とイヴは簪の名前を知らない。

 

「‥簪でいい‥‥」

 

「あっ、うん‥‥わかった」

 

「‥貴女は?」

 

「えっ?」

 

「貴女の名前」

 

「あっ、そうだったね、イヴ‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥長いからイヴで良いよ」

 

「うん、わかった」

 

(よし、まずはあの子の名前をゲット)

 

簪は心の中でイヴの名前を知った事に小さくガッツポーズをとった。

 

「‥‥簪さんは、こんな時間までなぜ格納庫に?」

 

イヴはまず、簪が何故、こんな時間に格納庫に居る事を尋ねる。

 

「‥‥私は‥私の機体をちょっと‥‥」

 

「簪さんの機体?」

 

「そう‥私の機体‥打鉄弐式」

 

簪はチラッと製作中の打鉄弐式を見る。

 

「専用機って事は、簪はさんは何処かの国の代表なの?」

 

「うん‥日本の代表候補生」

 

(へぇ~って事は、簪さんはセシリアと同じ立場か‥‥)

 

代表候補生で専用機が与えられている事はセシリアと同じなので、何とも思わなかった。

ただ、その専用機を前に簪は一体こんな時間まで何をしていたのだろう?

本人に聞いて良い事なのか迷ったが、気になったイヴは簪に聞いてみた。

 

「あの‥‥どうして、こんな時間まで専用機を弄っていたの?どこか故障でも?それとも個人でどこかをカスタマイズしていたの?」

 

「‥‥」

 

イヴが尋ねると簪の周りの空気がずぅ~んと重いものに変わる。

 

(ヤバッ、地雷を踏んだかも!?)

 

「え、えっと‥言えないのであれば、無理にはいいよ‥誰にも他人には知られなく事だってあるし‥‥」

 

イヴが慌ててフォローする。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

またもや、両者無言の気まずい空気となる。

簪はグッと言葉を飲み込んでいたのだが、イヴを前に飲み込んでいた言葉が濁流の様に迫り、口を開いた。

 

「違う‥‥」

 

「えっ?」

 

「故障でもカスタマイズでもない‥私は‥‥専用機を作っていた‥‥」

 

「えっ?作っていた?」

 

イヴが、簪が格納庫で何をしていたのかを知った時、

 

「えっ?今、私口に出していた!?」

 

「う、うん」

 

簪は酷く驚いていた。

先程の言葉は、簪本人は無意識で話していた様だ。

 

「‥‥そう言うイヴは何していたの?此処で‥‥それにさっきの‥アレは‥何?」

 

「‥‥」

 

やはり、簪は先程のイヴの行動について聞いてきたか‥‥

予想していたとはいえ、イヴは返答に困った。

今更殴って気絶させるのはもう無理だし、秘密と言っても納得する筈がないだろうし‥‥

かといって正直に言って信じてもらえるだろうか?

それに信じたとしても簪が秘密にしてくれるだろうか?

大勢の人に触れ回られたら、自分の居場所がなくなるのは目に見えている。

束や楯無の様にイヴを受け入れる人の方は珍しいのだ。

普通の人が知れば、きっと『化け物』と言って恐怖し迫害するに決まっている。

 

「‥‥」

 

イヴが反応に困っていると、

 

「あっ、私、その‥‥ただ、気になっただけだから、その‥‥言いたくなかったら、別に言わなくてもいいから‥‥」

 

簪自身も先程イヴが言った、『誰にも他人には知られなく事だってある』と言った言葉の意味くらいちゃんと理解している。

それにあんな非日常的な光景、誰かに言ったところで信じてくれるわけがないと初めからそう思っていた。

ただ、簪はイヴとのこの時間をこれで終わらせたくはなかった。

いつもは姉が傍にいるが、今は姉の姿はなく、格納庫には自分とこの子の二人だけ、それはつまり、イヴを自分が独占できると言う事だ。

それに最近は、専用機の製作が思うようにいかずに気が滅入っていた。

愚痴を言いたくても聞いてくれる人は周りには居ない。

でも、今この場にはイヴが居る。

彼女なら自分の愚痴を聞いてくれる気がした。

 

「私が専用機を作っていた理由‥‥聞いてくれる?」

 

「えっ?」

 

突然、簪がイヴに何故、専用機を作っているのかを話し始めた。

切っ掛けはやはり、姉の楯無に関係していた。

イヴが思った通り、完璧な姉を持ったが故に姉に対してコンプレックスを抱いた事。

そして、楯無が更識家の当主になった事で、当主になった姉は自分に「無能のままでいなさい」と言われ、それに対して、簪は姉を見返す為に努力を重ねて来たのだが、姉は常に自分の一歩前に居た。

ISも姉は一人で専用機を製作し、ロシア代表となった。

姉に対する対抗心から自分も日本の代表になる為に代表候補生になり、専用機枠に入り、専用機を貰えるはずだった。

だが、その直後に織斑百秋の出現により、自分の専用機は無期限の凍結処分となった。

 

(アイツはどこまで人様に迷惑をかければ気が済むんだ?)

 

イヴや簪は百秋の存在が迷惑であったが、簪の専用機については、日本政府がそう決めた事なので、こればかりは百秋を強く攻める事は出来ない。

姉が自分の専用機を一人で組み立てた事から自分も専用機を一人で組み立てようと、春休みから今日まで一人で組み立てている事を簪はイヴに話した。

 

(姉に対するコンプレックスか‥‥私も分からない訳じゃないけど、自分を嫌われ者にしてまで妹を守ろうとするたっちゃんとあの人とではやっぱり、雲泥の差があるな)

 

イヴは楯無と千冬を比較しつつも簪の話から彼女のこれまでの人並みならぬ努力が窺えた。

でも、周囲は彼女の努力を認めてくれたのだろうか?

それはイヴには分からないが、イヴ自身は彼女の努力を認めよう、彼女の努力を褒めよう。

イヴは簪に近づく。

すると、簪は温かい感触が包み込んだしかも頭を撫でられている感触もある。

イヴは簪を抱きしめ頭を撫でていた。

 

「よく、頑張りましたね」

 

イヴのこの行為に簪は声を出して泣いた。

これまで誰からも自分の努力を見てくれなかったし、褒めてもくれなかった。

でも、この子だけは自分の努力を分かってくれた‥褒めてくれた。

簪はソレが嬉しかった。

声を上げて泣く簪をイヴは優しく抱きしめ、彼女の頭を撫でる。

簪が泣き止み平常心を取り戻すのに少し時間が掛かった。

 

「あ、ありがとう」

 

「ううん、その‥‥私の方もよく、やってもらったから‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

簪は以前、実家の離れでみた姉とイヴの行為を思い出した。

今の状態はあの時とは反対で自分がイヴにこうして宥めてもらっている。

でも、誰かにこうして甘えるなんて行為、随分と久しぶりな気がした。

 

「それで、何処まで出来ているの?」

 

「えっ?」

 

「簪さんの専用機」

 

落ち着きを取り戻した簪にイヴは専用機がどこまで完成しているのかを尋ねる。

 

「外装はできていて後は武装と機動のプログラミングだけ‥だけど、なかなかうまくいかない」

 

「武装って?」

 

「マルチロックオン・システムによる高性能誘導ミサイル。それと荷電粒子砲」

 

(マルチロックオン・システムならドラグーンのデータを‥荷電粒子砲ならレールガンとユーディキウムのデータが使えるかな?)

 

(機動プログラムはやはり、直接この子に聞いた方がいいかな?)

 

イヴは先程リンドヴルムのISコアにアクセスをして話をしたように打鉄弐式のISコアにアクセスした方が早いと判断した。

だが、それを行うには簪本人の協力が必要不可欠である。

一人で専用機を作ることにこれまで執念を燃やして来た彼女のこれまでの行為を無駄にしてしまうかもしれない。

 

「ね、ねぇ‥簪さん」

 

「なに?」

 

「その‥‥余計なお世話かもしれないけど、その‥‥わ、私のISのデータ‥もしかしたら、簪さんのISに使えるかも」

 

「えっ?」

 

「あっ、いや、その‥‥簪さんがよければ、私も簪さんの専用機を作るのを手伝おうか?」

 

「‥‥」

 

イヴの提案に簪は少し黙って思案していたが、

 

「イヴが良ければ、手伝って」

 

と、イヴの協力を仰いだ。

 

(これでこの子と放課後は一緒に居られる)

 

「うん、わかったよ、簪さん」

 

こうしてイヴは簪の専用機、打鉄弐式の製作を手伝う事になった。

ただ、この日はもう、夜遅いのでこの場で解散となった。

 

 

寮の部屋に戻ったイヴに楯無が、

 

「イヴちゃん、クラス代表になったんですってね。おめでとう」

 

「うん‥でも、なんだかあの人に押し付けられた感じがするけど‥‥」

 

イヴは嫌々ながらクラス代表になった事を改めて楯無に伝える。

 

「あっ、そうだ‥たっちゃん」

 

「ん?何?イヴちゃん」

 

「その‥余計な事かもしれないけど、今日、たっちゃんの妹さん‥簪さんといろいろ話したよ」

 

「‥‥そう」

 

簪の名を聞きちょっと意気消沈する楯無。

 

「それで、どんな話をしたのかしら?」

 

楯無はイヴと簪がどんな話をしたのかを尋ね、イヴは楯無に話した。

 

「そう、簪ちゃんの専用機を‥‥」

 

「‥‥あ、あの‥たっちゃん」

 

「何かしら?」

 

「直ぐには無理かもしれないけど、私が妹さんと‥‥簪さんと話せる場を設ける。だから、簪さんと話し合って‥簪さんの方にも話はつけるから」

 

「イヴちゃん」

 

「ただ、その時は、ちゃんと簪さんのこれまでの努力を褒めてあげて」

 

「‥ええ、分かったわ。イヴちゃん、ありがとう」

 

楯無は微笑みながらイヴに礼を言った。

 

翌日

 

「ねぇ、織斑君、転校生の噂聞いた?」

 

朝、百秋が教室に入って来ると、クラスメイトの女子が声をかけてきた。

 

「転校生?今の時期に?」

 

「なんでも中国の代表候補生なんだってさ、隣の二組に転入したらしいよ」

 

「へぇ~」

 

「あら、私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」

 

ナチュラルにセシリアと箒が会話に入って来た。

 

「どんな奴なんだろうな?」

 

百秋が二組に転入してきたと言う転校生にちょっと興味を抱いた様子。

 

「気になるのか?」

 

箒が軽く睨みつけながら、百秋に尋ねる。

 

「ん? ああ、少しはな‥‥」

 

「ふん」

 

百秋の答えに、機嫌を悪くする箒。

 

「アインスさん、クラス対抗戦頑張ってね」

 

「そうそう、アインスさんが勝ったら、クラス皆が幸せになれるから」

 

「今の所、専用機持ちのクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

そう楽しそうに話すクラスメイト達。

確かに専用機を持っているのは一組のセシリア、百秋、イヴの三人で、一組のクラス代表は専用機持ちのイヴだ。

四組は簪が専用機持ちとなっているが、現状、簪の専用機、打鉄弐式は今度のクラス対抗戦には間に合わない。

二組、三組は専用機持ちが居ない。

このままなら、一組が有利だと思われたその時、

 

「その情報、古いよ」

 

教室の入り口からふと声が聞こえた。

クラスメイトが声をした方を見ると、腕を組んでいるツインテールの小柄な少女が居た。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったのよ。そう簡単に優勝できると思わないでよね」

 

「鈴?お前、もしかして鈴か?」

 

百秋がツインテールの少女に声をかける。

どうやら、彼とこのツインテール少女は知り合いの様だ。

 

「そうよ!中国代表候補生、鳳鈴音!今日は戦線布告に来たってわけ」

 

「何、恰好付けているんだ?すげえ似合わないぞ」

 

「なっ!なんて事言うのよ、アンタは!」

 

百秋と鈴と呼ばれた少女が教室の出入口で騒いでいると、

 

「おい」

 

鈴が後ろから声をかけられる。

 

「何よ!?」

 

鈴はそう言いながら振り返るが、

 

――パァン

 

その鈴に出席簿が炸裂した。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん!?」

 

「此処では織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな、邪魔だ」

 

「す、すみません‥‥」

 

謝りながらドアの前を退く鈴。

 

「また後で来るからね!逃げないでよ!百秋!」

 

そう言い残して彼女は自分の教室へと戻って行った。



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33話

昼休みになると、イヴは簪の居る四組へと向かった。

 

「あの、すみません」

 

「なにかしら?」

 

「更識さんを呼んでもらえますか?」

 

イヴは四組の女生徒に簪の呼び出しを頼んだ。

簪は机の上に空間パネルを表示してプログラミング作業を行っていた。

 

「更識さん、更識さん」

 

クラスメイトが簪を呼んでも簪はわき目もふらず、作業に没頭している。

物凄い集中力だ。

 

「更識さん!!」

 

女生徒が簪の肩を揺らして、簪は気づいた。

 

「な、なに?」

 

「面会、更識さんに」

 

女生徒は少々呆れる感じで簪にイヴが会いに来ている事を伝える。

 

「あっ‥‥」

 

教室の出入り口に立つイヴの姿を見つけて慌てて空間パネルを閉じてイヴの下へと駆け寄る。

 

「い、イヴ、どうしたの?」

 

「お昼ご飯、一緒に食べに行きましょう」

 

イヴは簪を昼ご飯に誘った。

 

「えっ、でも‥‥」

 

イヴの誘いに簪は迷った。

昼ご飯を食べる時間よりもプログラミング製作の時間に当てたい。

でも、イヴが折角来てくれたのだから、此処は誘いに乗るべきではないだろうか?

簪が行くか行かないか迷っていると、

 

「『腹が減っては戦は出来ぬ』だよ、行こう」

 

「う、うん」

 

イヴは簪の手と握り、食堂へと向かう。

食堂にてイヴは日替わり定食を頼み簪はかき揚げうどんを注文した。

 

「簪さんは、かき揚げを汁につけて溶かすタイプ?」

 

イヴは簪がかき揚げを汁に浸している事から簪はかき揚げを汁で柔らかくしてから食べるのかと思った。

 

「違う、これはたっぷり全身浴派」

 

(ん?どう違うんだ?)

 

簪の言うたっぷり全身浴派の意味が分からなく首を傾げるイヴであった。

 

「それで、簪さんの専用機について、武装システムの方は、私のISのプログラムを使えば何とかなるかもしれないけど、起動プログラムの方は、今の所どうなの?」

 

「打鉄の起動プログラムを参考に作っているんだけど、どうしてもエラーがでちゃう」

 

「後継機とは言え、やっぱり別物と見た方がいいのかもしれないね」

 

簪の打鉄弐式は日本の量産型第二世代の打鉄の後継機と言うコンセプトを基に設計されていたのだが、プログラムは全くの別物であり、参考にしている打鉄のプログラムではどうしても上手くいかない。

起動プログラムではイヴのリンドヴルムを参考にする事も無理がある。

 

(やっぱり、直接簪さんの専用機にアクセスして答えを聞いた方が早いか‥‥)

 

イヴが昨日、リンドヴルムにアクセスした方法と同じ方法で簪さんの専用機、打鉄弐式に聞いた方が早いかもしれないと思っていたその時、

 

「待っていたわよ!百秋!」

 

食堂に大きな声が響く。

何事かと思って声のした方を見ると、そこには今朝、一組に来た二組のクラス代表にして、中国の代表候補生の鈴はラーメンが入ったどんぶり手に持って立っていた。

簪は百秋の姿を見ると、顔をしかめる。

イヴ本人もあまり関わりたくないので無視を決め込んだ。

だが、事も有ろうに彼らはイヴと簪のすぐ近くの席に座った。

本人らは全くイヴと簪の事には気づいていない。

席が近いのと、声がでかいせいかイヴと簪の席まで会話の内容が筒抜けだった。

 

「鈴、何時日本に帰って来たんだ? おばさんは元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。 アンタこそ、なにIS使っているのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

 

鈴のこの言葉に簪は、

 

(全くよ、貴方がISを動かさなければ、今頃私の専用機は完成していたのに‥‥)

 

と、余計な事した百秋に対して心の中で愚痴っていた。

 

(凰鈴音‥百秋の口から出てきた名前だったけど、箒同様、あそこまでアイツにご執心とはね‥‥一体何処がいいのやら?)

 

イヴは鈴とは面識はなかった。

箒の場合は百秋と共に自分を虐めてきたが、鈴の場合は今の状況と同じく、クラスが異なった為、百秋と共にイヴを虐めに来る事は無かった。

それでも、彼にご執心と言う事は彼の口から自分の何かしらの事は伝わっていただろうから、きっと自分に対してはいい印象は抱いていない筈だ。

 

箒とセシリアは百秋と鈴の様子に耐えきれなくなったのか、

 

「百秋、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが‥‥」

 

「そうですわ!百秋さん、まさかこちらの方と、つ、付き合ってらっしゃるの!?」

 

「べ、べべ、別に私は付き合っている訳じゃ‥‥」

 

セシリアの問いに慌てる鈴。

 

「そうだぞ。 何でそんな話になるんだ?」

 

百秋の答えに、思わず睨み付ける鈴。

 

「何睨んでいるんだ?」

 

「何でもないわよ!」

 

「幼馴染だと?」

 

怪訝そうな声で箒が漏らした。

箒の記憶の中で鈴の存在はない。

だが、百秋は、鈴の事を幼馴染だと言う。

 

「ああ。箒が引っ越したのは小四の終わりだっただろう?鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっと振りだな」

 

百秋が箒とセシリアに鈴との出会いを教える。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話しただろ?小学校からの幼馴染で、俺の通っていた剣術道場の娘」

 

次に百秋は鈴に箒を紹介する。

 

「ふうん~そうなんだ」

 

じろじろと箒を見る鈴。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

鈴の表情はどこか挑発めいた顔をしていた。

 

「ああ。こちらこそ」

 

挨拶を交わす鈴と箒の二人の間で火花が散る。

 

「ンンンッ! 私の存在を忘れてもらっては困りますわ。 中国代表候補生、凰 鈴音さん?」

 

「‥‥誰?」

 

セシリアの顔見て首を傾げる鈴。

 

「なっ!? わ、私はイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの!?」

 

「うん。あたし、他の国とか興味ないし」

 

「な、な、なっ‥‥!?」

 

怒りで顔を赤く染めるセシリア。

 

「い、い、言っておきますけど、私、貴女のような方には負けませんわ!」

 

「そっ。でも戦ったら、あたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

自信たっぷりにそう言う鈴音。

 

「い、言ってくれますわね……」

 

悔しさからか、それとも理性で落ち着かせているのか拳を握りしめるセシリアだった。

 

 

「‥‥あっちは無視して話を続けよう」

 

「そうだね」

 

百秋を巡る女性関係なんてイヴにも簪にも興味はなかった。

その為、イヴと簪は専用機開発の話をしていた。

ただ、周りの女生徒は彼らの会話には少し興味があるのか聞き耳を立てていた。

 

「それで、アンタのクラス代表は誰なの?もしかして百秋、アンタなの?」

 

「いや、イヴって奴だ」

 

「イヴ?」

 

聞き慣れない名前に鈴は首を傾げる。

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥以前、お前に話した事のある疫病神、織斑一夏にそっくりな奴だ」

 

「へぇ~まっ、どんな奴だろうとあたしに勝てる筈がないけどね~」

 

まだ見ぬイヴに対しても強気な発言の鈴。

 

「それじゃあ、放課後は暇なの?それとも何か部活やっているの?」

 

「ああ、放課後は‥‥」

 

百秋が放課後はISの訓練をやっている事を鈴に伝えようとすると、

 

「百秋は放課後、私とISの訓練をしている」

 

箒が自慢するかのように言う。

 

「ふぅ~ん、それじゃあ、あたしも手伝おうか?」

 

「百秋に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

 

「あ、貴女は二組でしょう!?敵の施しは受けませんわ!!」

 

箒とセシリアはヒートアップしていくが、鈴は至って冷静だ。

 

「あたしは百秋に言ってんの。関係ない人は引っ込んでいてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私が百秋にどうしてもと頼まれているのだ」

 

「百秋さんは一組の人間、ならば、教えるのも一組の人間が教えるのが当然ですわ」

 

「まぁ、そうだけどね。でも、あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ。それに、百秋は何度も家で食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに深い」

 

幼馴染の関係ならば鈴よりも自分の方が長いと先程とは打って変わって、鈴に自慢する様に言う箒。

だが鈴は、それに対抗して箒に衝撃の事実を伝える。

 

「『家で食事』? それならあたしもそうだけど?」

 

「百秋っ!どういう事だ!?聞いていないぞ!!私は!」

 

先程の余裕は一気に消えて百秋に詰め寄る箒。

 

「『どういう事』って、よく鈴の実家の中華料理屋に行っていた関係だ」

 

百秋は箒の迫力にびっくりしながらも鈴の言った言葉の意味を箒に教える。

 

「な、何?店なのか?」

 

百秋の言葉に箒はほっとした様な顔をした。

 

「そうだ。親父さん、元気にしているか?まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あ……。うん、元気――だと思う」

 

鈴は気まずそうに自分の父親について語るが、彼女の言葉には違和感があった。

だが、その違和感に気づく者はこの場にはいなかった。

 

「そ、それよりさ、今日の放課後って時間ある?あるよね。久しぶりだし、何処か行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

 

「あいにくだが、百秋は私とISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている。先程も言っただろう」

 

「じゃあそれが終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、百秋」

 

どんぶりに残っていたスープを一気に飲み干して、百秋の答えも待たずに鈴は片付けに行ってしまった。

再びテーブルに戻ってくるなんて律儀なマネはせず、そのまま学食を出ていった。

百秋の返事も聞かなかったが、それは彼女が彼に絶大な信頼を置いている証拠なのかもしれない。

 

そして放課後、百秋はISの訓練に向かうと箒が学園の訓練機である打鉄を纏っていた。

一年生のこの時期に訓練機がそう簡単に貸し出されるとは思わず、セシリアは折角百秋と二人っきりで訓練できると思っていたのだが、当てが外れて残念がっていた。

しかし、流石は篠ノ之束の妹、

『篠ノ之束』と言うブランド名はこのIS学園でも決して伊達では無かった。

百秋たちがアリーナでISの訓練をして居る頃、格納庫では簪とイヴが打鉄弐式の製作を行っていた。

 

「武装システムのプログラムはそっちに送ったから、後は簪さんの好きにチューニングして」

 

「うん、ありがとう」

 

「後は起動プログラムなんだけど‥‥」

 

「‥‥」

 

やはり、問題は起動プログラムだった。

プロのエンジニアでも呼んで組んでもらうのが手っ取り早いのかもしれないが、生憎簪にはそんなコネはない。

イヴが束を呼べば束の事だからすぐに来てくれるだろうが、束は世界中から指名手配を受けている身、いくらIS学園がありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しないと定めていてもそれはIS学園に所属する関係者である。

ISの生みの親とは言え、束はIS学園の関係者ではないので、この特記事項は該当しない。

故に束を下手に呼ぶことは出来なかった。

 

(やっぱりアレをやるしかないか‥‥)

 

イヴはやはり、自身の能力で打鉄弐式のISコアにアクセスするしかないと思い、簪と向き合う。

 

「簪さん‥‥」

 

「なに?」

 

「‥‥今から見る事を秘密に出来ますか?」

 

「えっ?」

 

「今から私はある方法で簪さんのISのISコアにアクセスします」

 

「コアにアクセス?」

 

「はい、コアに直接尋ねれば、起動プログラムの方法も教えてくれる筈です」

 

「そんな事が‥‥まさか、夕べのアレはっ!?」

 

「はい‥私は昨日、自分のISにアクセスしていました。そこで、ISと会話としていたんです」

 

「‥‥」

 

あまりにも現実離れしている事実に簪は唖然とする。

 

「それと、簪さん」

 

「な、なにかな?イヴ」

 

「‥‥これは、余計なお節介なのかもしれないけど、お姉さんと‥楯無さんと話し合ってくれないかな?」

 

「‥‥」

 

イヴの口から姉の名前が出て来て簪の顔が強張る。

 

「簪さんが楯無さんを苦手にしている事は知っている。でも、楯無さんはもう一度、簪さんと仲直りをしたがっている‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴは必死に簪に頼むが彼女は無言のままイヴを見ている。

 

「‥‥どうして」

 

「えっ?」

 

「どうして、そこまでするの?姉さんに頼まれたから?」

 

「‥‥ううん‥違うよ‥‥確かに私は楯無さんにお世話になったから、その恩も返したい‥‥でも、楯無さんにも簪さんにも私の様な思いはしてほしくないから‥‥」

 

「?どういう事?」

 

「‥‥更識簪さん」

 

すると、イヴは真剣な顔で簪を見る。

イヴのその真剣な眼差しに簪も萎縮するほどだ。

 

「これから話す事は貴女を信頼して話す事です‥そして、この事実は貴女の姉である更識楯無さんも知っている私の秘密‥‥」

 

「‥‥」

 

「私と秘密を共有する事で貴女は姉である楯無さんと対等の立場に立てますが、話を聞き、誰にも言わないと誓えますか?」

 

「‥‥」

 

「少しでも無理だと思うのであれば、私は話しません」

 

(姉さんも知っているイヴの秘密‥‥それは是非とも知りたい‥‥それにその秘密を知る事で姉さんと対等になれるなら‥‥)

 

「‥わかった誰にも言わない」

 

「‥分かりました‥ただ、もしも約束を破るような事があれば、その時は自らの命を対価としてもらいます」

 

「い、命!?」

 

「はい‥もし約束を破るような事があれば、私は貴女の命を貰います。それでもいいですね?」

 

「姉さんは‥‥それを了承したの?」

 

「はい。簪さんはそれほどの覚悟はありますか?」

 

「バカにしないで‥私だって更識の家の子‥‥命を張るくらいの度胸はある」

 

「わかりました‥‥」

 

そして、イヴは簪に話した‥‥

 

自分の本当の名はイヴと言う名のではなく織斑一夏である事。

織斑千冬と織斑百秋の腹違いの姉弟である事。

第二回モンド・グロッソの時、誘拐されてマッドサイエンティストの研究室で生物兵器にされた事。

生物兵器にされた時、洗脳されて暗殺者にされた事。

そして、暗殺者時代についた二つ名が殺戮の銀翼である事。

ロシアで楯無と戦った事。

束と楯無のおかげでマッドサイエンティストから解放された事。

解放後は楯無が自分を保護してくれた事。

これまでの経緯をイヴは簪に話した。

簪は衝撃的すぎる内容に言葉が出なかった。

あの殺戮の銀翼が今、自分の目の前に居る事にも驚いたが、ロシアから帰って来た姉の妙な行動にもこれで納得がいった。

 

「生まれの違いというのもありますが、私と織斑姉弟の仲は最悪でした‥そのせいもあって私は捨てられました‥でも、簪さんと楯無さんは血の繋がった姉妹で、まだやり直す事は十分可能です。楯無さんは簪さんと仲を修復しようと一歩を踏み出そうとしています。簪さんも楯無さんに負けたくないと言うのであれば、その一歩を踏み出す勇気をだしてみて下さい」

 

「‥‥」

 

イヴの説得に簪は黙っていたが、

 

「‥す、直ぐにはちょっと‥‥少し時間を‥頂戴‥‥」

 

「‥わかりました」

 

イヴ自身も更識姉妹の仲がそう簡単に、直ぐに修復するとは思っていないが、今回、簪も楯無に違う意味で一歩近づこうとしている事が窺えた事でも一歩前進だろう。

 

 

「それじゃあ、簪さんの専用機にアクセスしてみるね」

 

「う、うん」

 

イヴが目を閉じると、彼女の体がほんのりと光だし、髪の毛が物凄い速さで延びていく。

伸びた髪の毛は意志を持つかの様に動いていき、打鉄弐式の中、そして整備端末の中へと入って行く。

すると、整備端末にツイッターの様にメッセージが表示された。

 

『ゴキゲンヨウ、カンザシオジョウサマ』

 

「‥‥」

 

簪は震える手でキーボードのキーを打つ。

 

「打鉄弐式‥なの?」

 

『イエス。ゲンザイ、コノカタヲチュウカイシ、コウシテカンザシオジョウサマトコンタクトヲトッテイマス』

 

「早速なんだけど、打鉄弐式、あなたを動かす為の起動プログラムが上手くいかない、もし知っているのなら教えて欲しい」

 

『‥‥ソノマエニシツモンヲ‥‥‥』

 

「何?」

 

『アナタハナゼ、チカラヲホッスル?』

 

「えっ?」

 

『ワレワレ、ISハキョウダイナチカラ‥ソノチカラヲモチアナタハナニガシタイ?』

 

「‥‥」

 

自分の愛機に力を求める理由を問われ、簪は戸惑ったが姉を超える力が欲しいと答える。

 

『デハ、アネウエヲコエタアトハ?』

 

「えっ?」

 

簪は楯無を超えた後、何がしたいのか?

そんな事、考えたこともなかった。

 

「‥‥まだわからない‥今の目標は姉さんを超える‥それだけ‥それを成すにはどうしてもあなたの力が必要なの‥お願い、協力をして」

 

『‥‥』

 

打鉄弐式は考え込むかの様に無言。

 

(私からもお願いする‥打鉄弐式‥)

 

スポコンの様なノリではないが、話し合うと言うってもいろんな形がある。

姉を超えたいと言う簪と妹を守りたいと言う楯無。

話し合う時、ISでのガチバトルで話をつけるのも一つの手である。

全力を出し合って互いに思いっきり言いたい事を吐き出す機会にもなるかもしれない。

 

(もし、簪があなたの力を外道な力に使う様ならば、その時、機能を停止すればいい‥‥)

 

昨日、イヴ自身もリンドヴルムに尋ねた際、リンドヴルムはイヴを信じると言ってくれた。

ならば、打鉄弐式もパートナーでもある簪を信じて欲しい。

 

『‥‥』

 

イヴの頼みに答えるかのように端末にプログラムの羅列が表示される。

 

「これは‥‥もしかして、打鉄弐式の機動プログラム‥‥?‥ありがとう‥打鉄弐式‥ありがとう‥イヴ」

 

簪は頬をほんのり染めて口元を緩めて愛機とイヴに礼を言った。



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34話

鈴が転校してきた初日‥‥

 

「最っっっ低!! 女の子との約束をちゃんと覚えていないなんて、男の風上にも置けない奴! 犬に噛まれて死ねっ!!」

 

夜、寮の百秋と箒の部屋から鈴の大声が響いた。

 

簪の専用機、打鉄弐式は今度のクラス代表トーナメントには間に合わないが少なくとも夏休み前に行われる臨海学校には間に合うだろう。

イヴと簪が今日の分の作業を終えて、格納庫から寮に戻っている最中、

 

「うぅ~‥‥ひっぐ‥‥うぅ~‥‥百秋のバカぁ~‥‥」

 

寮の通路の物陰で鈴が泣いていた。

 

「「‥‥」」

 

イヴと簪はその姿を見て、彼女の前を無言のまま通り過ぎようとしていたら、

 

「ちょっと!!人が泣いているんだから!!少しは気に掛けなさいよ!!」

 

通り過ぎようとしていたイヴと簪に鈴が絡んできた。

 

((こうなると思ったから声をかけなかったんだよ!!))

 

面倒事に巻き込まれたくなかったと言うイヴと簪の心は見事にシンクロしていた。

 

「と、とりあえず、何があったのかは聞きましょう。私の部屋で良い?」

 

通路で話していては他の人に聞かれかねない。

鈴も恐らくそれは望む事ではないだろう。

それにこの構図‥イヴと簪が鈴を泣かしているみたいで何となくイヤだった。

案の定、鈴は目に涙を浮かべたまま頷く。

 

「簪さんも来ますか?」

 

「えっ?いいの?」

 

イヴのまさかのお誘いに戸惑う簪。

 

「うん、たっちゃん、今日は生徒会室に泊まり込みだって言っていたから」

 

「たっちゃん?生徒会室?‥‥まさか、イヴの部屋の同居人って姉さんなの?」

 

「あっ‥‥」

 

イヴは此処で『しまった。やってしまった』と思った。

簪は確かに楯無との関係に前向きに取り組もうとしている。

だが、いきなり今日明日と言う訳にはいかない。

そんな中でイヴは自分の同室の人が楯無だと簪に暴露してしまった。

 

「う、うん‥‥ゴメン、隠すつもりじゃなかったんだけど‥‥」

 

「えっ?なに?アンタ、お姉さんと仲悪いの?」

 

鈴が簪に姉妹間の事を尋ねる。

簪は気まずそうな顔をする。

 

「鳳さん、今は簪さんよりも貴女の方が先でしょう?簪さんも確かに私の同居人は貴女の姉の楯無さんだけど、さっきも言った様に今日は帰らないから、大丈夫‥っていうか一緒に来て、私一人じゃ、たぶん手に負えないかもしれないから」

 

「う、うん‥わかった‥」

 

イヴに押し切られて簪もついて行く事になった。

それに今日は、イヴの同居人である姉は部屋に帰ってこないのであれば、顔を合わせる事もないので構わなかった。

でも、心の中では、

 

(やっぱり、姉さんは学園でもイヴを‥‥)

 

実家でも学園でもイヴを独占している楯無に嫉妬心を抱いていた。

 

「あれ?って言うかアンタ、なんであたしの名前、知っているの?」

 

「朝、一組で大声を上げて名乗っていたでしょう?」

 

「えっ?アンタ、百秋と同じクラスなの!?」

 

昼食の時、箒とセシリアを無視した様に一組に朝来た時も彼以外本当に眼中になかった様だ。

 

「ええ‥一応、自己紹介をしておきましょう。私の名前は、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスです」

 

「‥‥四組の‥更識簪」

 

「へぇ~アンタがイヴ‥‥まぁ、いいわ。二組の鳳鈴音よ」

 

互いに自己紹介をして、鈴と簪は、イヴと楯無の部屋に到着する。

 

「それじゃあ、適当に座って、今お茶でも淹れるから」

 

そう言ってイヴは客人を持て成す為にお茶の用意をする。

 

「‥‥何にもない部屋ね」

 

鈴が部屋に入り、辺りを見回してポツリと零す。

イヴと楯無の部屋は娯楽品が全くと言っていいほど無く、荷物も必要最低限の物しかないようだった。

書物も漫画や小説と言った類のモノはなく、あるとすれば参考書ぐらいだ。

楯無もそんなに私物を持ち込む性格では無いので、この部屋はどうしもて無機質な感じがしてしまう。

 

「必要最低限の物しかないからね、時間が出来たら、買い物にでも行くつもり」

 

イヴはお茶の用意をしながら答える。

 

「はい、ハーブティー‥気分が落ち着くよ」

 

「‥‥ありがとう‥‥ふぅ~‥‥おいしい」

 

イヴからカップを受け取った鈴はハーブティーを一口に飲み、一言感想を述べる。

鈴がハーブティーをある程度飲み、気分が落ち着いたのを見て、イヴが鈴に尋ねる。

 

「それで、何があったの?」

 

「‥‥」

 

鈴は、最初は黙っていたが、ポツリポツリと話し始めた。

鈴と百秋の出会いは、小学五年生の始めに中国から日本に転校してきたのだが、外国人と言う存在が珍しいのか鈴はクラスで虐めに合った。

虐められている所を百秋に助けられたのだと言う。

 

(ふぅ~ん‥あの百秋がね‥‥)

 

自分を虐めていた百秋がまさか、鈴を助けるなんてイヴにとっては意外だった。

 

「それで、あたし、百秋と小学生の時にアイツと約束したのよ」

 

「「約束?」」

 

「うん‥‥その‥‥料理がうまくなったら、毎日百秋に酢豚を食べさせてあげるって約束をしたの‥‥」

 

ぽつりと口から出た言葉は、鈴自身あまりにも力のないものだった。

だが、内容は衝撃的なものだ。

 

「「‥‥」」

 

そこで言葉を区切って、鈴は「どう思う?」とイヴと簪に尋ねる。

 

「そ、それってもしかして、『毎日私の味噌汁を―――』とか、そう言うやつ?」

 

簪が恐る恐る鈴に尋ねる。

 

「‥‥う、うん‥そう‥‥」

 

(それってもしかしてプロポーズ?)

 

簪は鈴の大胆さに驚く。

 

「えっと‥‥それってもしかしてプロポーズの文言?」

 

(い、イヴ!?何をそんなにストレートに!?)

 

簪が思っていた事をダイレクトに口にするイヴ。

そんな彼女の態度にギョッとする簪。

 

「そうよね!? すぐに分かるわよね!? こんな大事な約束をしたら、普通は忘れる訳ないわよね!?」

 

「それを彼は‥‥」

 

「ええ、そうよ‥‥それを‥‥それをあの馬鹿秋は‥‥」

 

鈴は俯いて拳を握りしめ、プルプルと震えている。

そして、

 

「毎日ご飯を奢ってくれるって覚えていたのよぉぉぉぉっ!」

 

絶叫した。

 

「なんで!?『食べさせる』が『奢る』に変わっているのよ!!どんな脳みそしているのよ!?アイツは!?」

 

鈴は悔しさからかテーブルをドンと叩く。

 

((うわぁ~))

 

百秋の所業にイヴも簪もちょっと引いた。

 

「きっと似たような言葉だと思ったんだろうね」

 

「意味が全然違うのよ、意味が!!」

 

鈴は再びテーブルをドンドンと叩く。

 

「でも、それは鳳さんがしっかり説明してないからじゃないかな?」

 

「うっ‥‥でも普通分かるって思うじゃない!日本じゃ有名なプロポーズの言葉なんだし!!そもそも、料理の腕が上達したら奢るってどういうことよ!おかしいでしょう!?」

 

鈴がイヴと簪を睨みつけるように見ると、二人は困った表情をする。

 

(やっぱり面倒事だった‥‥)

 

(どうしよ‥私でも手に負えないかも‥‥)

 

百秋らのせいであまり男性に対して好感を抱けなくなっているイヴと恋愛ごとに関しては全くの素人である簪に鈴の恋愛相談はちょっと難易度が高い。

 

「むっ?その顔、どうせ、面倒なことになったとか考えているんでしょう?」

 

((ギクッ!?))

 

ジト目で二人を見る鈴。

 

「い、いや、その‥‥」

 

「‥‥」

 

図星をつかれてあたふたと狼狽えるイヴに気まずそうに視線を逸らす簪。

イヴはカップの中のハーブティーを一口飲んで、

 

「‥コホン、それで、鳳さん‥貴女はどうしたいの?」

 

気を取り直して、イヴは鈴に百秋との関係をどうしたいのかを尋ねる。

 

「あ、あたしは‥‥」

 

イヴの赤紫色の瞳が鈴をジッと捉えて放さない。

鈴は言葉を続けられなかった。

 

(あ、あれ?あたしはどうしてほしいんだろう?‥‥百秋に謝ってもらいたい? 約束を思い出してほしいの?あれ?‥‥どうしてほしいんだろう?)

 

彼と再会できて嬉しかった。

約束も肝心な部分は忘れていたが、約束自体を覚えていてくれたことは嬉しかった。

でも、再会した時、彼は既に二人のクラスメイトを侍られていた。

二人とも自分より女らしい身体つきだった。

そんな二人相手に自分は勝てるだろうか?

セカンド幼馴染と言う立場でどれだけアドバンテージを築けるだろうか?

本当に自分は彼を振り向かせることが出来るのであろうか?

様々な思いが鈴の中で渦巻く。

 

そこへ簪がポツリと鈴に声をかける。

 

「鳳さんは‥‥」

 

「ん?」

 

「鳳さんは彼の隣に立ちたいの?彼の恋人になりたいの?」

 

(簪さん、ダイレクトに尋ねるな‥‥)

 

今度はイヴが簪の大胆さに驚く。

 

「う、うん‥‥そうなの‥かもしれない」

 

先程まで絶叫する程怒っていた鈴はカップの中のハーブティーを見ながら弱々しく呟く。

 

「でも、こうなってしまった以上、鳳さんから約束の意味を伝えられないでしょう?」

 

「確かに、そんな事をすればただの道化だもんね」

 

「うぅ~」

 

それに先程、彼の部屋を出るときに百秋を殴ってしまったこともマイナスになっている。

殴られた相手から「好きです」と言われても断られる可能性が高い。

 

「遠回しにアプローチしても気づくかな?」

 

「多分無理だろう。オルコットさんがさりげなくアプローチをしていても彼、気づいていないから‥‥それともオルコットさんは彼のタイプじゃないのかな?って言うよりも鳳さんの場合、まずは仲直りからだけどね」

 

セシリアの場合は最初の出会いがあんな形だったので、彼はただ戸惑っているだけだった。

箒の場合はツンデレのツンの部分が強すぎる為、百秋は逃げ腰になっている。

 

「鳳さん自身も直接彼に告白するのも難しいし‥‥」

 

チラッと鈴を見ると完全に意気消沈して俯いている。

 

「でも、諦めきれないんでしょう?彼の事」

 

「う、うん」

 

イヴは『うーん』と考え込みそして、

 

「だったら、ISで片をつけるのはどう?」

 

「ISで?」

 

「うん‥クラス対抗戦以外にも学園じゃISの試合があるから、その時に彼に勝つか、彼よりも勝ち進めたら、謝らせるか告白するかを選択すればいいんじゃないかな?」

 

告白という言葉を聞いた瞬間、鈴の顔が熱で赤くなる。

 

「と、とと、突然、な、ななな何を言いだすのよ!?こ、ここ、告白って、ハードル上がり過ぎじゃない!?」

 

「ただし、負けたら鳳さんが謝る」

 

「えっ?」

 

どうかな、とイヴは提案してきた。

ついさっき出会ったばかりで、話もこの部屋で少ししかしていないのに、どうしてここまで自分のことを理解できているのか?

それが鈴には不思議だったが、鈴の決意が表情に現れる。

 

「いいわね、その案。後ろ向きなのより断然あたしらしいかも」

 

愚痴を聞いてもらい、解決案を提示されて気持ちが軽くなった気がする。

鈴はカップに残っていた冷めたハーブティーを一飲みにして 鈴は立ち上がると、イヴと簪に背を向ける。

 

「言いたいこと言ったら結構スッキリしたわ。ありがとね、二人とも」

 

顔だけをイヴと簪の方へ向けて礼を言う。

 

「いや、私はあくまでも解決案の一つを出したに過ぎないから、最終的に判断するのは鳳さん自身だよ」

 

「あたしのことは鈴でいいわ。こんな話をしたんだし、いつまでも『鳳さん』って呼ばれるのも気持ち悪いから」

 

「わかった‥あっ、私の事もイヴでいいよ。下の名前は長いから」

 

「私も簪でいい」

 

「ええ、分かったわ。あっ、そうだそれともう一つ」

 

「ん?」

 

「なに?」

 

「クラス対抗戦、負けないからね。じゃあね、イヴ、簪」

 

そう言って微笑んだ後、鈴は彼の部屋を後にした。

 

「嵐みたいな人だったけど、元気になってよかった」

 

「うん‥でも‥‥」

 

「うん‥‥」

 

問題は鈴が好意を抱いている人物が問題なのだ。

イヴも簪も極力あの男には関わりたくない。

それが本音だった。

鈴が帰った後、簪も色々あって疲れたのか、ハーブティーを飲んだ後、寮の自室へと戻った。

 

 

そして、鈴の転校から幾日か経ったのだが、鈴と百秋との変化があった。

彼が鈴に話しかけても鈴はまともに返さず、彼女は完全に無視を決め込んでいる。

二人の間にあれから何があったのだろうか?

それはイヴや簪には知る由もない。

イヴの方も最近は簪の専用機製作の為、楯無よりも簪と一緒に居る時間が長くなってきている。

楯無は寂しがっているが、妹との仲が戻ればその寂しさもなくなると思っていた。

むしろ、妹とイヴとの桃源郷が待っている。

そして、クラス対抗戦を来週に控えた週末、対戦表が発表された。

イヴの初戦の相手は鈴となった。

そんな中、食堂でイヴと簪が食事を摂っていると、

 

「イヴ!!簪!!ちょっと、聞いてよ!」

 

鈴が怒りながらイヴと簪に絡んできた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「何かあったの?」

 

そして鈴の愚痴が始まる。

鈴はあの後、彼にISの試合での事を伝えに言ったら、彼とちょっとしたことで口論となったらしい。

 

「そしたら、アイツ、あたしの事『貧乳』って言いやがったのよ!!」

 

「「‥‥」」

 

鈴は髪の毛が逆立つかのように怒りを爆発させる。

彼女にとって胸の事は禁句なのだろう。

自分達よりも鈴との付き合いが長い筈の彼は当然その事は知っているはずなのに、それを平然と口にした百秋に対してイヴは呆れる。

 

「‥‥女の敵」

 

簪も本音や虚、楯無、イヴと言う胸が大き目な人が周りにいるせいか、自分だけあまり胸が大きくないことにも悩んでいたので、鈴の気持ちはよく分かった。

 

(確かに奴は女の敵だな)

 

その後、イヴと簪は鈴の愚痴を長々と聞く羽目になった。

 

 

そして、クラス対抗戦当日。

第一試合直前。

イヴはピットにてリンドヴルムを纏い試合が始まるのを待っていた。

 

「鈴のISは甲龍‥白式同様、近接戦闘型か‥‥」

 

対戦相手である鈴の専用機甲龍の公開データをみていた。

すると其処へ、

 

「‥‥イヴ」

 

簪がイヴに声をかけた。

 

「えっ? 簪さん? どうしてここに?」

 

イヴは驚きつつそう返す。

まさか、違うクラスの簪がピットに来るなんて予想外だった。

 

「私は‥‥四組のクラス代表だから‥次の試合で、まだ時間があるから‥‥」

 

「そ、そうなんだ‥」

 

その時、試合開始時間となり、選手入場を知らせる放送がかかる。

 

「あ、あの‥イヴ」

 

「ん?なに?」

 

「私が言うのも変だけど‥その‥頑張って」

 

少し顔を赤くしながら、小さな声で簪がそう言った。

 

「うん、頑張る」

 

イヴは、はっきりと頷き、前を見据えた。

 

「行くよ‥リンドヴルム」

 

イヴはアリーナ内に飛び立った。

 

アリーナの中央近くの空中で、鈴音が専用IS、甲龍を纏って、静かに待っていた。

 

「来たわね、イヴ」

 

「まさか、一回戦の相手が鈴になるとは思わなかったよ」

 

「ええ、あたしもよ‥でも、負けるつもりはないから」

 

「私も同じだよ」

 

両者は互いに対峙し不敵な笑みを浮かべている。

今回イヴの中の獣は殺し合いもなく、また織斑姉弟が関係しない為かイヴの深層心理の闇から出て来ていない。

それでも、油断はならないので、イヴはちゃんと試合前に薬を飲んでいた。

 

「でも、今のあたし、ムシャクシャしているの。イヴには悪いけど、この大会でうっぷんを晴らさせてもらうわ!!」

 

「ガス抜きには付き合うよ」

 

そう言ってイヴはバルニフィカスを戦斧モードで出現させる。

 

「へぇ~言ってくれるじゃない」

 

鈴も大型の青龍刀、双天牙月を構えて不敵な笑みを浮かべている。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

試合開始のアナウンスと共に、鈴音が突撃し、その手の青龍刀を振るった。

 

ガキィィィィン

 

一方、イヴも鈴を迎え撃ち、アリーナの中央で両者はぶつかり合う。

鈴の青龍刀とイヴの戦斧モードのバルニフィカスがぶつかり合った瞬間衝撃波は生まれ周囲を圧倒させる。

 

「なかなかやるじゃない」

 

「鈴もね‥‥」

 

ガチャガチャと互いの獲物で刃を交え、両者は互いに距離を取る。

すると、鈴音はもう一本の青龍刀を展開し、二刀流で構えた。

 

「はぁああああっ!!」

 

「でやぁあああっ!!」

 

二刀流の鈴に対してイヴはバルニフィカス一本をバトンの様に扱い、ビームの刃と柄の部分で鈴の猛攻を躱す。

そして、再び両者は距離を取る。

 

「‥‥ねぇ鈴」

 

「何かしら?」

 

「なんか‥楽しいね‥‥」

 

「えっ?」

 

「こうして互いに競い合って、ぶつかり合っているのに、なんかワクワクする」

 

(こんな気分、たっちゃんと模擬戦をしている時と同じ気分だ)

 

「‥‥そうね、こんな気持ち代表候補生になってからは味わった事がないわね‥この高揚感、ちょっと癖になるかも‥でも勝つのはあたしだからね!!イヴ!!」

 

鈴音の言葉と共に、甲龍の肩アーマーが開く。

 

「っ!?」

 

その瞬間、イヴの直感が警報を鳴らす。

イヴは咄嗟に横へと回避する。

その瞬間、イヴの横を何かが通り過ぎたような感覚がした。

 

「へぇ~、初見で避けるなんてやるじゃない。 この『龍咆』は、砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

余裕たっぷりに自らのISの切り札を説明する鈴。

 

「なるほど、衝撃砲か‥‥」

 

イヴもクスッと口元を緩めた。



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35話

クラス対抗戦の第一試合。

一組代表のイヴは二組代表の鈴と戦っていた。

鈴の青龍刀とイヴのバルニフィカスがぶつかり合い、試合はモンド・グロッソさながらの展開を見せる。

そんな中、鈴は愛機である甲龍の切り札を見せる。

 

「へぇ~、初見で防ぐなんてやるじゃない。 この『龍咆』は、砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

「なるほど、衝撃砲か‥‥」

 

自身のISにも同じ武器が搭載されているので、鈴の切り札は直ぐに分かった。

一方、観客席のクラスメイト達は、

 

「何だ!? 今の攻撃は!?」

 

目に見えない攻撃に、百秋が叫ぶ。

 

「『衝撃砲』ですわね」

 

見えない攻撃を放った武器の名称を答えたのはセシリアだった。

 

「衝撃砲?」

 

箒がセシリアに尋ねる。

 

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して打ち出す、私のブルーティアーズと同じ、第三世代型兵器ですわ」

 

「衝撃波と言う事は‥‥」

 

「ええ、空気の塊のようなものですから弾道も見えませんわ。それにそれを打ち出す砲は砲身がないので、射角を読むのも難しいでしょうね」

 

(って事は、鈴にも勝機があるって事か‥いいぞ、鈴、その疫病神をそのままやってしまえ)

 

百秋は一組の所属ながら、二組の鈴を応援した。

別に彼女がセカンド幼馴染と言うだけで鈴を応援している訳では無い。

鈴が勝てば、堂々とイヴを糾弾できると考えていた。

 

『コイツが弱いから一組は負けた』

 

集団を一致団結させられる手段。

それは共通の敵を作る事だ。

彼はその共通の敵をイヴにしようと思っていた。

クラス代表選抜戦の時、イヴにボコボコにされ、一部の生徒からは、

 

「織斑君って本当に強いの?」

 

「姉の七光りなんじゃないの?」

 

「織斑先生も可哀想、あんな弱い弟を持って」

 

等と彼の強さに対して疑問を持つ者が現れ始めたのだ。

そう言った不穏分子らの噂を消す為にも今回のこのクラス代表戦でイヴには共通の敵と言う生贄になってもらわなければならなかった。

その為にも鈴には是が非でも勝ってもらいたかった。

 

試合会場であるアリーナでは衝撃砲を連射する鈴の姿があった。

飛んでくる衝撃砲を持ち前の本能で避けるイヴに対して鈴は決定打を与えられない。

 

「ッ! よく躱すわね。何でこの死角も無くて砲身も見えない龍咆をそこまで避けられるのよ!」

 

焦りから思わず叫ぶ鈴。

 

「いくら砲身と砲弾が見えないって言っても、あくまで攻撃が飛んでくる方向は鈴からだからね。ビット兵器の様に砲身自体が移動するわけじゃないし、鈴の挙動を見ていれば、ある程度の攻撃のタイミングは分かるよ」

 

「く、口では簡単に言っているけど!そんな事達人クラスの見切り方じゃない!そう言えば、アンタ、専用機を持っているみたいだけど、何処かの代表候補生なの!?」

 

「いや、フリーだよ。それに‥‥」

 

イヴは鈴に向けて手の掌を向ける。

そして、

 

「同じ武器を私も持っているから‥‥」

 

「えっ?」

 

その直後鈴のISが凄まじい衝撃に襲われた。

 

「くっ‥‥今の‥まさか、龍咆と同じ衝撃砲!?」

 

「そのとおり」

 

イヴはリンドヴルムの手の掌についている衝撃砲の砲門を鈴に見せる。

 

「手の掌に衝撃砲!?そんな、衝撃砲の砲門をあんなに小さく!?アンタの機体何処製なのよ!?」

 

「ヒミツ」

 

「くっ」

 

「行くよ、鈴!!」

 

「いいわ、望むところよ!!」

 

イヴも鈴も近接戦闘の後、今度は互いに衝撃砲を打ち合う砲撃戦を展開した。

 

「ッ! 食らいなさい!」

 

「そこっ!」

 

しかし、相変わらずイヴは鈴の衝撃砲を回避する。

 

「なっ!?」

 

鈴は驚くが、次々に衝撃砲を放つ。

 

「はっ、ふっ、よっと」

 

だが、イヴはその全てを回避する。

 

「そんなっ!?」

 

まるで、不可視の衝撃砲が見えているように‥‥。

空間圧縮による砲身の生成。

その砲身の向き。

そして、撃ち出されるタイミング。

その全てを、イヴは本能で、リンドヴルムはセンサーではっきりと衝撃砲を捉えていた。

イヴは回避する合間に鈴へ衝撃砲を打つ。

イヴからの衝撃砲を受け、鈴のISはエネルギーが着実に減り始めている。

 

(くっ、このままじゃ‥‥)

 

鈴が焦り始めた時、

 

ズドォォォォォォォン!

 

物凄い衝撃が、アリーナ全体を襲った。

 

「な、なに?」

 

「何があったの!?」

 

しかも、ステージ中央には、黒い煙が上がっている。

それは、アリーナのバリアーシールドを突き破って、何者かが侵入してきたことを意味していた。

その光景に試合をしていた鈴もイヴもその手を止め、観客席もざわついている。

 

(あの強力なアリーナのバリアーを突き破るなんて、一体何がっ!?)

 

イヴも鈴も固唾を飲んで試合に乱入してきたイレギュラーにギョッとする。

教師たちが警報を発令し、観客席が防護シャッタに覆われていく。

 

「イヴ、試合は中止よ!すぐピットに戻って!」

 

我に返った鈴がイヴにプライベートチャンネルを使ってそう言う。

その時、リンドヴルムが所属不明の乱入者にロックされていることを伝えてくる。

イヴがその場からズレるとその直後にレーザーがリンドヴルムを掠める。

 

「イヴ、早く!!」

 

鈴は急いでイヴに逃げる様に言う。

 

「鈴はどうする気!?」

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

 

「見くびらないで。友達を置いて逃げるなんてこと、出来ないよ」

 

(友達‥‥)

 

「ば、馬鹿!そんなこと言っている場合じゃ‥‥」

 

鈴がそこまで言いかけたところで、正体不明の乱入者は今度、鈴に向けてレーザーを撃つ。

 

「鈴!!」

 

イヴはイグニッション・ブーストで乱入者と鈴の直線状に滑り込んだ。

 

「くっ」

 

鈴に向かって来るレーザーに向けて衝撃砲を放つ。

乱入者のレーザーとイヴの衝撃砲がぶつかり合い爆発する。

 

「大丈夫?鈴?」

 

「あ、ありがと‥‥」

 

鈴はイヴに礼を言いつつ、突然の乱入者へ向き直った。

煙が晴れてそこに居たのは、今まで見た事のない黒いISだった。

 

「な、なにあのISっ!?」

 

鈴はその異形なISに息を呑む。

腕が以上に長く、普通に立っていても足より長い。

その腕には左右合計で四つの砲口が付いている。

本来ISは特殊なシールドエネルギーによって防御が行われている。

その為、防御特化型でもない限り、装甲はあまり意味をなさない。

逆に装甲はかえってISの動きを鈍くするため、殆どのISは大なり小なり搭乗者の姿が露出している。

そのため、目の前の『全身装甲』のISなんて見たことが無かった。

だが、

 

(あのIS、たばちゃんの所にあったIS!?)

 

イヴは目の前の全身装甲のISには見覚えがあった。

 

(な、なんで、どうしてたばちゃんのISが此処に!?)

 

イヴには束がどうしてあのISを学園に寄こすのか理解できなかった。

 

「ちょっと、アンタなんなのよ!?何が目的なの!?」

 

鈴が全身装甲のISに目的を尋ねるが相手からの返事は当然ながら無い。

 

「り、鈴‥あのISは‥‥」

 

イヴが鈴にあのISは無人だと伝えようとした時、

 

『アインスさん!凰さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

 

山田先生が通信で呼びかけてきた。

しかし、

 

「いえ、あのISはアリーナのシールドを突破してきました。ここで私達が逃げてしまったら、観客席の人達に被害が及ぶ可能性があります。 だから、ここは私が食い止めます!」

 

イヴは自らが殿になってアリーナの生徒が逃げる時間を稼ぐと言う。

 

「ちょっと、イヴ。アンタ、何言っているのよ!?アンタ一人でコイツを食い止めるつもり!?」

 

「えっ?そのつもりだけど?」

 

周りが突然の乱入者で混乱している中、イヴは冷静に返す。

 

『アインスさん!? だ、ダメです!生徒さんにもしものことがあったら‥‥』

 

残念ながら、山田先生の言葉をそれ以上聞いてはいられなかった。

敵のISが前傾姿勢になり、突進してくる。

イヴと鈴はそれを避けた。

 

「ふん、向こうはやる気満々みたいね。いいわ、アタシも付き合うわよ、イヴ。此処でおめおめ逃げるようなら代表候補生なんて名乗れないわ!!」

 

鈴は青龍刀を構え、イヴはバルニフィカスを大剣モード、アブソルート発動版を構える。

 

「じゃあ鈴、私が前衛を務める‥援護をよろしく」

 

「えっ?ちょっ!?イヴ!?」

 

鈴が何か言う前に、イヴは敵ISに突進していった。

 

(ドラグーンでアイツを追い込んで、鈴の衝撃砲で足止めをして、バルニフィカスで一気にカタをつける!!)

 

鈴と自分とで戦略を練りながら敵のISに向かって行く。

 

『アインスさん、聞いていますか!?凰さんも!ちょっと聞いていますか!?もしもし!?』

 

山田先生がイヴと鈴に指示を送るがイヴと鈴は退避する素振りを見せない。

 

「山田先生、本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「お、お、織斑先生! 何呑気なことを言っているんですか!?」

 

山田先生は千冬の言っている事が理解できない。

生徒に避難ではなく、正体不明のISを対処させるのだから‥‥

 

「山田先生もアインスの実力は知っている筈だ。奴の実力ならば、学園の教師よりも上だろう」

 

「そ、それは‥そうかもしれませんが‥‥」

 

千冬の言葉を聞いて、黙り込む山田先生。

 

その時、

 

「千冬姉! 俺にもISの使用許可を!」

 

百秋がそう叫んだ。

 

(此処で俺があのISを倒せたら侵入者撃退の手柄は俺のモノだ!!)

 

百秋はそんな事を考えていたのだが、彼の思惑はあっさりと覆される。

 

「そうしたいところだが、これを見ろ‥‥」

 

千冬がそう言いながら、コンソールを叩く。

すると、モニターにアリーナのステータスチェックが表示された。

 

「遮断シールドがレベル4に設定されている? しかも、扉が全てロックされて‥‥」

 

「これもあのISの仕業なのかっ!?」

 

「そのようだ。 これでは避難することも救援に向かうことも出来ないな」

 

「で、でしたら!緊急事態として外部に救助を!!」

 

「それならとっくにやっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐに援軍の部隊をアリーナに突入させる」

 

「だったら、俺もその突入部隊に入れてくれ!!」

 

「お前は突入隊には入れられない」

 

「なんでだよ、千冬姉!?」

 

「織斑先生だ。織斑、初心者のお前が行ったところで、足を引っ張るだけだ」

 

「くっ‥‥」

 

百秋は悔しそうに俯く。

 

「それに、おそらく突入隊が突入するころには、すでに終わっている。もちろん、正体不明ISの撃破でな‥‥」

 

そう言う千冬。

彼女の言葉に百秋は悔しさのあまり拳を握りしめる。

 

「お前がギャーギャー喚いたところで、アリーナのシールドが突破できなければ、如何しようもあるまい。アリーナのシールドはISに使われているものと同じものだが、その強度は、ISの倍以上ある。普通のISの装備では突破は出来ん」

 

そう冷たく突き放したように聞こえた。

 

(これで百秋は何とか無事だろう)

 

千冬は弟の安全を優先した。

しかし、百秋本人は千冬の心配を余所に、

 

(アリーナのシールドは、ISのものと同じもの‥‥普通のISの装備では突破は出来ない‥逆にそれは普通じゃないなら突破できるってことだよな‥‥白式なら‥‥零落白夜なら突破できるんじゃないか!?)

 

百秋はニヤリと笑みを浮かべた。

 

その頃、アリーナでは‥‥

リンドヴルムのドラグーンが正体不明のISを追い詰めて行く。

 

「ちょっ、イヴ、アンタやり過ぎじゃない?」

 

敵のISに容赦なく攻撃するイヴに鈴はちょっとドン引きする。

 

「大丈夫、アイツは無人だから」

 

「無人!?」

 

イヴの言葉に驚く鈴。

 

「無人機なんてありえないでしょう!?ISは人が乗らないと絶対に動かない。 そう言うものだもの」

 

「此奴の動きをよく見て!!同じ行動パターンしかしていないよ。これで人が乗っているのなら、このパイロットは相当なバカだよ」

 

「それで?仮に無人機だとしたら?」

 

「無人機だったら遠慮なくやっても問題ないしね、だから鈴、思いっきりやっちゃっていいよ!!コイツのせいで私達の試合は滅茶苦茶されたんだからね!!」

 

「分かったわ!!」

 

「そっちに行くよ!!鈴!!」

 

「OK!!任せて!!」

 

ドラグーンとレールガンを使い、正体不明のISを鈴の衝撃砲の射線軸へと誘っていく。

次は鈴が衝撃砲で敵のISを足止めして、バルニフィカスで敵のISのエネルギーをすべて奪ってしまえば、敵は活動を停止する筈だ。

 

「くらえ!!」

 

鈴がありったけの衝撃砲を敵のISに叩き込む。

 

「ギッ‥グッ‥‥」

 

鈴の衝撃砲で敵ISの動きが鈍る。

後は、イヴが止めにアブソルートを発動しているバルニフィカスで切り付けて機能を停止すれば終わりかと思われていたその時、

 

「うぉおおおおおおっ!!」

 

突然アリーナのシールドを切り裂き、白式を纏った百秋が突っ込んできた。

 

「百秋っ!?」

 

「くっ」

 

アリーナに現れた百秋に驚く鈴。

白式の切り札、零落白夜は、バリアー無効化の強力な攻撃。

故に、アリーナのシールドが幾ら協力でも零落白夜の前では紙装甲同然であり、バリアーを破ることも可能だった。

百秋の乱入に巻き込まれない様にと敵のISから距離を取るイヴと鈴。

敵ISは突然の奇襲に反応が遅れ、右腕を百秋の手によって切り裂かれる。

だが、その後、お返しと言わんばかりに左腕で百秋を殴り飛ばした。

 

「ぐっ!」

 

百秋が敵ISを見ると、左腕の砲口を百秋に向けていた。

しかし、百秋は不敵な笑みを浮かべて、

 

「狙いは?」

 

「完璧ですわ!」

 

百秋の言葉に続き、セシリアの声が聞こえた。

その瞬間、敵ISにビームがまるで雨のように降り注ぐ。

これはブルーティアーズからの一斉射撃だった。

成すすべなく上からビームの雨を浴びる敵のISは体勢を崩す。

その間、百秋は敵と距離を取る。

 

「決めろ!セシリア!」

 

「了解ですわ!」

 

アリーナの観客席上部から、スターライトMkⅢを構えたセシリアの姿あり、そして、狙いを定め、引き金を引いた。

スターライトMkⅢから放たれたビームは一直線に敵ISに向かい、その腹部を撃ち抜いた。

やがて、地面にひれ伏し機能を停止する敵のIS。

 

「ふう、ナイスだ、セシリア」

 

止めを刺したセシリアに労いの言葉をかける百秋。

 

「無茶をしますわね。間に合わなかったらどうするつもりだったんですの?」

 

セシリアが百秋の近くに降り立ち、そう言った。

 

「セシリアを信じていたからな」

 

百秋の何気ない言葉に、セシリアは顔を赤くする。

 

「そ、そうですの?ま、まぁ当然ですわね!何せ私はセシリア・オルコット。 イギリスの代表候補生なのですから!」

 

照れ隠しに叫ぶセシリア。

やがて、ロックが解除されISを纏った教師らがアリーナへと入り、敵のISは回収された。

敵のISを撃破した百秋とセシリアはハイタッチをして喜んでいるが、その姿を鈴はなんか釈然としない様子で見て、箒は自分に専用機が無い為、百秋と一緒に戦えない自分、専用機を持ち、百秋と一緒に戦えるセシリアに悔しさと嫉妬心を抱いていた。

 

突然の乱入者の影響でクラス代表戦は中止となり、教師陣はこの乱入者したISの調査を早速行った。

すると、このISにはやはり搭乗者はおらず、完全機械制御の無人機であることが判明した。

現在確認されているISで無人で動かせるISなんて聞いた事もなく、教師達は困惑したが、千冬だけはこのISが誰の手によって作られたモノなのか直ぐに分かった。

ただし、今回の騒動は試合中に乱入しただけでは終わらず、

 

「織斑先生大変です!!」

 

「どうした?」

 

「学園の訓練機が‥‥」

 

「訓練機がどうした?」

 

「‥‥数が足りません」

 

「なに?」

 

「監視カメラの映像を見て下さい」

 

映像では、アリーナの騒動に乗じて学園が保有する訓練機を奪っていく者達の姿が記録されていた。

 

「くっ、やられた‥‥」

 

千冬は苦虫を噛み潰したような顔でモニターを見つめた。

IS学園でまさか、訓練機が強奪されていたとは知る由もなく、食堂では‥‥

 

「織斑君、凄いね!!」

 

「うん、乱入したISを斬る時の織斑君、すっごくカッコよかった」

 

「えっ?そう?いや、まいったなぁ~ハハハハハ‥‥」

 

(ちょっと予定は違うが、踏み台共のおかげで俺はヒーローだ)

 

大した労働もせずに大きな戦果をもぎ取った百秋はご満悦の様子。

 

「セシリアさんも凄かったよ」

 

「一斉射撃も凄かったけど、最後に敵を撃つ姿なんてゴ○ゴみたいだった」

 

「そ、そうですか?」

 

食堂では二人の英雄がクラスメイトを始め、大勢の人にちやほやされていた。

また、その一方で、食堂の隅のテーブルでは、

 

「なんなのアレ?人様の手柄を横からかっさらっておいて、まるで英雄気取りね」

 

鈴がふてくされる様に言う。

 

「まぁまぁ、結果的に誰も傷ついていないからいいんじゃない?」

 

鈴同様、当事者である筈のイヴはまるで他人事のように言う。

 

「アンタは悔しくないの?手柄を横取りされて」

 

「英雄なんて酒場に行けばいくらでもいるよ、その反対に歯医者の治療台には一人もいない。今回の騒動で死傷者が出なかった事が一番の勝利だと私はそう思っているよ」

 

「ったく、アンタって人は‥‥」

 

イヴの態度に完全に毒気が抜かれた鈴。

 

「それよりもいいの?鈴はあそこに行かなくて」

 

あの戦いの当事者なのだから、今なら百秋に自分を売り込むチャンスではないかと言うイヴ。

 

「あぁ~なんか、どうでもよくなっちゃったわ」

 

「えっ?」

 

鈴の言葉にドキッとするイヴ。

 

「えっ?いいって‥‥」

 

「今日のアイツの行動を見ているとね、なんか考えさせられるモノがあってね‥‥」

 

鈴の中で百秋に対する見方が変わりつつあった‥‥。



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36話

クラス代表戦の最中、突如現れた謎の無人機。

現在まで無人で稼働するISを作った国は存在しない。

出来るのであるとすれば、ISの生みの親である篠ノ之束ぐらいだ。

案の定、ISのコアを調べたところ、シリアルナンバーは未確認のモノだった。

千冬は早速、束の下に電話を入れ、何の目的があってIS学園を襲撃したのか?

しかもその混乱に乗じて何故訓練機を強奪したのかを詰問した。

だが、束にしては千冬の言葉は寝耳に水で何のことかわからなかった。

千冬からの電話の後、楯無からも同じ内容の電話があり、束としては全く身に覚えのない完全な濡れ衣だった。

 

その頃、食堂では百秋とセシリアを称える宴会が開かれていたが、鈴、簪、イヴの三人は参加するのもバカらしいので、空いている間に大浴場に行くことにした。

脱衣場で服を脱いでいる時、簪と鈴がイヴの事をジッと見ていた。

 

「な、なにかな?」

 

「服の上から見て思ったけど、アンタ、胸大きいわね」

 

「えっ?」

 

「‥‥」

 

簪と鈴がイヴの胸をジッと凝視してくる。

 

「そ、そんなことないよ」

 

二人の視線にちょっと身の危険を感じるイヴ。

 

「さ、さぁ、混まないうちに早く入ろう」

 

そそくさと浴場へと逃げるイヴ。

 

「「‥‥」」

 

逃げたイヴを追いかけるように浴場へと入る簪と鈴。

湯船に入る前に体を洗う三人であったが、その際もやはり、簪と鈴の視線はイヴの胸に注視されていた。

そしてイヴが頭を洗う為、シャンプーハットを被った時、

 

((シャンプーハット!?))

 

鈴はイヴの行動に驚いて、簪はなぜか鼻の辺りを押さえていた。

 

「ちょっ、アンタ、高校生にもなってシャンプーハットを使っているの?」

 

(可愛い‥ギャップで思わず鼻血を出すところだった‥‥)

 

「えっ?あっ、うん‥これ使った方が洗いやすいから」

 

「‥‥あ~もう、そんなの使わなくてもあたしが洗ってあげるわよ」

 

鈴はイヴの後ろに立ち彼女の髪を洗い始める。

 

「あっ、鈴、ズルイ‥‥」

 

簪は出遅れたと思い、ボソッと呟いた。

 

「「「はぁ~」」」

 

大浴場の湯船に三人は浸かると、おもわず声が出る。

 

「今日は色々あって疲れた~」

 

「そうねまさか、試合中に乱入者が来るなんて予想外よ」

 

「うん‥でも、イヴと鈴が無事でよかった」

 

暫く湯船に浸かっていたが、簪と鈴がチラッとイヴの胸を見る。

 

「ん?な、なに?」

 

イヴがちょっと逃げ腰になっていると、

 

ムニュ

 

「はうっ!?」

 

簪が徐にイヴの胸を揉みだした。

 

「‥‥やっぱり、大きい‥‥それに柔らかい」

 

「えっ?ホント!?簪」

 

「うん」

 

「どれどれ」

 

「ちょっ、簪、鈴‥や、やめ‥‥」

 

「それそれそれ」

 

「よいではないか、よいではないか」

 

「あっ、ちょっ‥‥や、やめ‥‥」

 

湯船の中で二人にもみくちゃにされたイヴだった。

 

 

「うぅ~‥‥酷い目に遭った」

 

お風呂から寮の部屋に戻ったイヴ。

すると、部屋には楯無が居た。

 

「あっ、たっちゃん。今日はお仕事もう終わり?」

 

「ええ、今日の分はね」

 

連日生徒会室の泊まり込みが多い楯無であるが、今日は自室へと戻れた様だ。

 

「それでイヴちゃん、今日の試合で乱入してきたあの無人機の事なんだけど‥‥」

 

「はい‥アレってたばちゃんの所にあった無人機ですよね?」

 

「ええ‥それで、さっき篠ノ之博士に電話して聞いてみたんだけど、博士は学園に無人機を差し向けたりなんてしていないって‥‥」

 

「でしょうね‥たばちゃんが此処を襲う理由なんてありませんし‥‥」

 

「それにこれは戒厳令が敷かれているんだけど、今回の騒動の裏で学園の訓練機が何機か盗まれたらしいの」

 

「訓練機が?」

 

「ええ‥学園は故障と言う名目で、各国から機体を補充するみたいだけど‥‥」

 

「もしかして、無人機は囮であくまでも本命は訓練機‥‥?」

 

「でしょうね」

 

「でも、何のために訓練機を?それに何処の国がそんな事を?」

 

「アメリカ、中国、ロシア‥‥やりそうな国をあげたらきりがないけど、でも、もしかしたら、国じゃないのかも‥‥」

 

「国じゃない?それじゃあ誰が‥‥?」

 

「亡国企業(ファントム・タスク)」

 

「亡国企業(ファントム・タスク)?」

 

「ええ、世界各国でISの強奪や要人の誘拐、戦争介入をしているテロリスト集団よ。今回の騒動はそいつらの可能性があるわ」

 

「でも、そのテロリスト集団が無人機を開発できるほどの技術力を持っているんですか?しかもたばちゃんのところと同じ型の‥‥」

 

「その辺はまだ不明なのよ‥結構、謎の多い組織みたいだから」

 

「‥‥」

 

「訓練機の方も自分たちの戦力の補充なのか、それとも他国に売り飛ばす目的なのかも不明」

 

楯無は今回の件で何だか暗雲が漂う新年度になりそうな予感がした。

そして、この日、寮の部屋の調整が整い箒は引っ越しとなった。

ただその際、彼女は「今度の個人別トーナメントで私が勝ったら付き合ってもらう」と言って去って行った。

ただその現場を他のクラスメイトに目撃されていたことが箒の不運だった。

 

 

クラス対抗戦の翌日から学園は休校となった。

アリーナの復旧、委員会への報告、学園自体のセキュリティーの見直しなどで教師陣はごたごたとなり、授業どころではなかったのだ。

そして、今回命令無視、アリーナのバリアーを破った百秋とセシリアについてだが、お咎めなしという沙汰が下った。

楯無はこの処分に関して不満を抱いていたが、百秋が千冬の弟であること、セシリアがイギリスの代表候補生で外交問題を恐れた事、何より二人があの謎のIS撃破の為に一役買ったことが影響していた。

謎のISを撃破したと言う事で撃破の手柄と罰で今回は相殺されたのだった。

千冬としては命令無視をしたイヴと鈴に処罰を与えたいところであったが、千冬本人が許可した事と、謎のISの足止めをしたことでこちらもお咎めなしとなった。

 

突然授業が休校となり、体育会系の部活動に所属している生徒は、朝早くから部活動に勤しみ、予定の無い生徒はイレギュラーながらも突然の休みを満喫しようと買い物へと出かけたりしていた。

そんな中、百秋はIS学園に入学してから初めて自分の実家へと戻った。

当初は一週間の間は自宅~IS学園に通うはずだったのだが、政府からの急なお達しで入学当日からIS学園の寮に入る事になった。

その際、荷物は必要最低限の衣服と下着、携帯とその充電器だけだったので、今回の休校を機に必要な物を取りに行ったのだ。

これまでの休日はISの訓練で悉く潰されたので、今日だけはISの訓練を休んで実家に帰省したのだ。

だが、意外と時間はかからず、百秋は箒に次ぐ昔からの友人である五反田弾の家に行った。

丁度彼の高校も開校記念日で休みだったので、昼時でも彼は家に居た。

百秋は彼の部屋にて格ゲーをして時間を潰した。

 

「で?」

 

格ゲーをやっている時、弾が百秋に突然声をかける。

 

「『で?』ってなんだよ?」

 

「だから、女の園だよ。良い思いしてんだろう?お前のメール、見ているだけでも楽園じゃねぇか」

 

「実際に住むと聞くとじゃ大違いだぜ‥あっ、そう言えば俺のクラスにあの疫病神そっくりな奴が居るんだよ」

 

「疫病神?」

 

百秋の言う疫病神と言う言葉に首を傾げる弾。

 

「ほら、一夏だよ」

 

「あ~あ、アイツか‥‥」

 

百秋の言葉に思い出したかのように言う弾。

 

「おいおい、随分な言い方だな、お前を『男』にしてくれた奴だろう?」

 

百秋がニヤつきながら、言う。

 

「まぁ、確かにアイツが居た時には、性処理にはホント困らなかったからなぁ~あの頃はマジ、天国だったわ~」

 

「確かにアイツは顔と体だけは上玉だったからな‥‥」

 

「それにしても腹違いとは言え、姉を犯すなんてお前もマジ鬼畜だよな」

 

「お前こそ、アイツを縛ったり、目隠ししたり変態ギリギリなプレイばかりやっていたじゃねぇか」

 

「お前はシンプルすぎてつまらないんだよ、だから俺はアイツにはちょっと違う刺激をあたえつつ男を教えてやったんだよ」

 

百秋と弾は中学時代、一夏を強姦した時のことをニヤついた笑みを浮かべながら語っていた。

 

「で、ソイツはあの一夏なのか?」

 

「いや、本人が言うには違うみたいなんだが、俺はアイツが一夏にしかみえないんだよなぁ~」

 

「そんじゃあ、ソイツを食ってみればわかるんじゃねぇ?」

 

「そうしたいんだけど、タイミングがな‥‥」

 

百秋としてはイヴと関係を持ちたかったが、IS学園は寮の為なかなかタイミングが掴めなかった。

 

「お前の姉ちゃん、IS学園に務めているんだろう?その疫病神のそっくりさんを食っちまっても姉ちゃんの力でもみ消せるだろう?」

 

弾は千冬の力をもってすれば、女子一人を強姦しても揉み消せるだろうと言う。

 

「うーん‥それもそうか‥‥」

 

弾の言葉を聞いて、イヴと関係を持てるかもしれないと思った。

 

「あっ、そう言えば、あと鈴もIS学園に転校してきたんだよ」

 

「鈴?懐かしいな。元気そうだったか?」

 

「ああ、でも、この前訳の分からないことで騒いだから、『貧乳』って言ってやった」

 

「おいおい、そりゃあ、可哀想だろう?アイツ、胸の事結構気にしていたんだから」

 

「訳の分からないことを言って絡んできたアイツが悪い」

 

「あっ、鈴と言えば、ずっと不思議に思ったんだけど‥‥」

 

「ん?」

 

「お前、なんでわざわざ違うクラスの鈴を助けたんだ?姉の一夏は虐めていたのに‥‥?」

 

「わかってねぇな、だからこそだよ」

 

「?」

 

「鈴を助ける事によってまさか、俺があの疫病神を虐めていたなんて思わないだろうが、鈴の奴は俺をヒーローに仕立てるための盛り上げ役か俺の悪事を隠すための隠れ蓑にすぎないんだよ。でなきゃ、あんな貧乳のちんちくりんの相手なんてするかよ」

 

「うわっ、ひっでぇ奴だな、お前‥鈴の奴がそれを知ったら、失望するんじゃねぇの?」

 

「平気だよ、鈴の奴、結構鈍いからさ、今でも俺のことをヒーローだと思い込んでいるんじゃねぇの」

 

その後も下衆な会話を続けながら、格ゲーを興じる百秋と弾だった。

 

一方その鈴はと言うと‥‥

イヴと簪、本音と共にショッピングモールへと来ていた。

簪は当初、折角の休日なのだから、一日丸々使って愛機の製作に冒頭したかったが、休みの日だからこそ、日頃使っている頭を休めるのも必要だとイヴが言うと、本音も折角だから簪と一緒にスイーツ巡りをしたいと言う。

それにイヴの部屋の模様替えをする為に何か小物でも買いに行くには丁度いい機会なので、出掛けることにした。

序にここ最近仲が良くなった鈴も連れて、出掛けたのだ。

クレープ屋でクレープを食べる本音とイヴの姿は可愛らしく、簪と鈴は無意識にスマホのカメラのシャッターを切っていた。

簪と鈴だけではなく、周りの人も本音とイヴの姿を写真に収めていた。

 

次にゲームセンターへと行くと、待ち合わせ場所を決めてそれぞれやりたいゲームの所へと向かった。

そんな中、簪はクレーンゲームをチャレンジしていた。

景品は簪が好きな特撮ヒーローのフィギュアだったのだ。

 

「うっ‥‥くっ‥‥よしっ!!行け!!」

 

クレーンを操作し、中の景品にアームが掴みかかるが、アームの力が弱いのか、折角景品を掴んでも、持ち上がる事は無かった。

 

「び、微動だにしない‥‥」

 

(ま、マズイ‥‥これ以上、フィギュアに時間をかけるのは非常にマズイ‥‥)

 

簪は若干焦りながら、景品のフィギュアを見る。

 

(何がマズイのかと言うと、恥ずかしいの!!『そうまでしてフィギュアが欲しいのか?』と思われるのが、たまらなく嫌なの!!)

 

辺りを見回しながら自分の近くに人が居ない事を確かめる簪。

 

(で、でもこれは違う!!決してフィギュアが欲しいんじゃない!!難易度の高いゲームに勝利したと言う達成感が欲しいのよ!!)

 

其れっぽい言い訳を心の中で呟く簪。

 

(って、事を周囲に説明するのは不可能なの、もう良いです…好きです!!フィギュア!!でも、此処で引いたら、後悔しか残らない‥‥それだけは絶対に避けたい‥‥何としても持って帰る!!)

 

開き直り、フィギュアゲットに意欲を燃やす簪。

その目は完全に狩人の目になっていた。

腕まくりをして、気合を入れ直す。

そこへ、

 

「あの‥‥」

 

「ん?」

 

後ろから声をかけられ、振り向くと其処には、ゲームセンターの制服を着た女性従業員が居た。

 

「っ!?」

 

店員の姿を見た簪は狼狽する。

しかし、そんな簪にお構いなしに、店員は話しかける。

 

「ずらしましょうか?位置?」

 

(もしかして見られていたの!?店員さんに‥‥フィギュアに大金をつぎ込む姿を‥‥は、恥ずかしい~。でも、違うの!!フィギュアが欲しいんじゃなくて!!クレーンゲームが好きなだけ‥それを分かって!!下手な言い訳に聞こえるかもしれないけど、此処は甘えてみるしかない‥‥)

 

「ずらす?えっ?いや、まぁ、別にそこまで‥なんでまた?」

 

必死に体裁を整えようとするが、声が少し震えている簪。

平常心というものがなくなりかけている。

彼女は、何故店員がケースの中の商品をずらそうとするのか、その訳を尋ねる。

すると、

 

「物凄く執着なさっている様子だったので」

 

店員は営業スマイルを浮かべて、簪に言い放つ。

 

(はっきり言った!!この人、はっきり言ったよ!!)

 

店員の一言にこれまで、必死にひた隠そうとしていた彼女の苦労が水の泡となった。

 

(何より厄介なのが、店員さんの綺麗な目!!あの目は決して憐れんでいるのではない!!純粋に接客しているのが伝わってくる!!)

 

「お‥おね‥‥お願いします‥‥」

 

簪は、まるで油の切れた機械人形の様に、ギギギと音を立てるかの様に、店員さんに一礼し、景品の位置をずらして貰うように頼む。

 

「はい」

 

(これで完全にフィギュアに執着しているオタク女になってしまった‥‥)

 

一礼しながら、自らに着せられた不名誉な状態を呪う簪であった。

店員さんは、鍵を使い、一度ケースを開けると、景品のフィギュアの位置を取り出し口の近くへとずらしてくれた。

そして、簪は再び、クレーンゲームを再開するのだが・・・・。

 

(後ろで見ているよ‥‥スッゴイ見ているよ!!)

 

何故か店員さんは、景品の位置をずらした後、その場に留まり、背後から簪をジッと見ている。

そして位置をずらしたのが功を制したのか、そのワンゲームで景品のフィギュアをゲットした簪。

すると、

 

「フィギュアゲット、おめでとうございます!!」

 

店員さんは、簪の片手を高々に上げて、大声でフィギュアをゲットした簪を褒め称えた。

近くにいた客はドン引きしていた。

 

「また来てくださいね~」

 

店員さんは、明るい声でそう言うが、公開処刑をくらった簪は、彼女にしては珍しく、

 

「二度と来るか!!」

 

と、大声で、店員に言い放った。

 

簪が公開処刑を食らう少し前、鈴も別のクレーンゲームをやっていた。

 

「そのままいきなさい‥‥」

 

お目当ての人形をアームで上手くつかみ、後は取り出し口へと運ぶだけなのだが、人形は取り出し口の目前で落ちてしまった。

 

「あっ‥くぅ~もう少しだったのに~!!」

 

クレーンゲームを揺らして悔しがる鈴。

 

「リンリン、そのくらいにしたら?もう三千円も使っちゃったんでしょう?」

 

本音が鈴にもう諦めたらと言う。

 

「あたしは狙った獲物は必ず狩るのがモットーなの!!」

 

その後も鈴は追加金を使うが、目当ての人形を取る事が出来なかった。

それを見て本音は、

 

「偉い人は言いました。クレーンゲームは貯金箱であると‥‥」

 

ポツリとそんな言葉を呟く。

 

「上手いこと言うわね、ソイツ‥‥」

 

此処まででかなりのお金を使ってしまった鈴は項垂れる。

そこへ、

 

「どうしたの?鈴」

 

イヴが鈴と本音に合流した。

 

「あっ、イヴイヴ。実はね‥‥」

 

本音が何故、鈴がこんなにも項垂れているのかを説明する。

 

「成程、それで、鈴はどれが欲しいの?

 

「あ、アレ」

 

鈴がお目当ての人形を指さす。

 

「了解っと」

 

イヴは500円玉をゲーム機に入れると、ボタンを操作してクレーンを下ろした。

だがクレーンが釣り上げたのは、鈴のお目当てとは違った人形だった。

 

「えっ?ソレ別の人形?」

 

「いや、これでいいの。クレーンゲームの鉄則は『取れるモノから取る』だからね」

 

そう言ってイヴは三回目の操作で、鈴が狙っていた人形をゲットした。

 

「はい」

 

「あ、ありがとう‥‥」

 

鈴は礼を言って、イヴから人形を受け取る。

 

「あっ、その二つは貴女のモノだから、いいわ」

 

鈴はイヴが一回目と二回目にとった人形はいらないと言う。

 

「うまいね、イヴイヴ、なんかコツがあるの?」

 

「クレーンゲームは取りやすいモノから順番に取っていって、目標がいい位置に来るのを待つ。それさえ分かれば、クレーンゲームは難しくないよ」

 

「「へぇ~」」

 

イヴの説明に二人が納得していると、

 

「二度と来るか!!」

 

簪の大声が聞こえた。

 

「今の声って‥‥」

 

「かんちゃんの声だ‥‥」

 

「あの子があんなにも大声を出すなんて‥‥」

 

今までの三人の簪のイメージからは想像もできない大声を出した簪に戸惑う三人。

やがて、三人の前に、ゲームセンターの手提げ袋を持った簪が姿を現した。

 

「どうしたの?かんちゃん、あんな大声を上げちゃって‥‥」

 

本音が簪に何があったのかを尋ねると、

 

「‥‥聞かないで」

 

と、簪は俯きながら弱々しいそう答えた。

 

「えっと‥‥何があったかはわからないけど、な、何か嫌な事があったのなら、忘れちゃいなさいよ、折角の休みなんだから」

 

鈴が簪を励ます。

 

「じゃ、じゃあ次はボーリングでもしよう」

 

本音が次はボーリングでもしようと提案し、四人はゲームセンターを後にしてボーリング場へと向かった。



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37話

突然の休校でショッピングモールへとやってきたイヴ、簪、本音、鈴の四人。

ゲームセンターで簪が何やら黒歴史を作り、鈴がクレーンゲームに多額の寄付をした後、四人はボーリングへと向かった。

鈴と本音はボーリング体験があるみたいなのだが、簪とイヴの二人は、ボーリングは初体験だった。

最初に経験者の鈴と本音が行いルールやボーリングのやり方を未経験の簪とイヴに教える。

当初はガーターばかり出していた簪とイヴだったが、コツを掴むとそれなりのスコア―を出すようになった。

ゲームを終えて片づけをしている時、ふと周りを見ると、女尊男卑主義に染まった女達が、近くに居た男に絡んで自分達が使った道具を片付けさせたり、自分達のゲームの料金を肩代わりさせている光景が見えた。

 

「ISもないのにアイツら何勘違いしているのかしら?」

 

鈴が女尊男卑主義に染まった女達に侮蔑の視線を向ける。

 

「ああいう女達を並べて、思いっきりボール投げたいなぁ」

 

「そうだね」

 

「ちょっ、イヴイヴもかんちゃんも何言っているのさ!?」

 

イヴが料金を肩代わりさせて去って行く女達を見ながら物騒な台詞を吐くが、簪もその意見には同意していた。

そんな二人にちょっと引いている本音。

ボーリング場を後にした四人は次にカラオケに行った。

ボーリングに続き、今回、カラオケも初体験の簪とイヴ。

本音と鈴はカラオケも経験済み。

意外と社交性が高い二人だ。

鈴が歌っている中、本音はイヴに話しかける。

 

「イヴイヴはカラオケよく来るの?」

 

「ううん、初めて‥簪さんは?」

 

「わ、私も‥初めて‥」

 

次に本音が歌い終えると、モニターに今の本音の歌の採点が表示される。

 

「なかなかやるじゃない、本音」

 

「本日のベストだって」

 

「採点もしてくれるんだ‥‥」

 

次にイヴも歌うとなかなか高得点。

 

「簪も何か歌ってみたら?」

 

「う、うん‥‥」

 

簪は自分が知っている歌を試しに歌ってみる。

 

「おお、なかなかうまいじゃない、簪」

 

「うん」

 

「かんちゃんの意外な特技発見!!」

 

皆は簪の歌を褒めるが、彼女が歌い終えて採点が表示されると、意外に点は低かった。

 

「あれ?」

 

「意外と辛口ね」

 

「あっ、でも、とっても上手かったよ」

 

「かんちゃんの歌が上手すぎて、機械も採点に困ったんだよ、きっと」

 

イヴと本音が簪をフォローする。

その後も順番で歌をうたっていくメンバー。

そしてやはり、簪以外のメンバーは高得点をたたき出すが、簪だけは何故か点が低い。

聴いている限り、簪は決して音痴ではないのに、何故か点数が低いのだ。

 

「‥‥」

 

簪は、よく見ているアニソンを選択する。

 

「おぉ、これはかんちゃんが好きなアニメの歌」

 

「そ、それならきっといい点が期待できるかも‥‥」

 

「が、ガンバって」

 

「ゴメン‥皆‥‥今は集中させて‥‥」

 

「「「う、うん」」」

 

カラオケなのになんで此処まで集中しているのか不明だが、簪に雰囲気に呑まれ、それ以上何も言えない三人。

やがて、簪が歌を歌い終えると‥‥ちょっとだけ点数があがっただけで、ほかの三人に比べたら、低いままの結果となった。

 

「「「「‥‥」」」」

 

採点の数値が表示されたモニターを前に皆は無言。

 

「か、簪さん、こういうのは遊びだから‥‥」

 

「で、でも点数は着実に上がっているよ」

 

「コツを掴んでいるんじゃない?」

 

「「うんうん」」

 

三人は簪をフォローするが本人は無視してその後も歌い続ける。

それから歌い続けること三時間‥‥

モニターには百点の数値が表示され、

 

「やった!!皆、私やったよ!!」

 

輝いた笑顔を見せる簪。

やりきったという感情が溢れている。

しかし‥‥

 

「「「おめでとう‥‥」」」

 

反対にグロッキー状態のイヴ、鈴、本音の姿がそこにあった。

休みの日なのになぜか色々あって逆に疲れた三人だった。

 

 

翌日

この日からは通常の授業が始まった。

ただ、クラスの中は浮ついていると言うか落ち着きがない様子だった。

それは一つの噂で持ちきりのためだった。

 

「ねぇ、あの噂聞いた?」

 

「聞いた、聞いた!」

 

「何々?何の話?」

 

「学年別トーナメントで優勝すると、織斑君と付き合えるんだって!!」

 

「そうなの!?」

 

「マジで!?」

 

それぞれが言葉を漏らす。

勿論この噂の発端は、先日箒が百秋にむかって言い放った『優勝したら付き合ってもらう』をクラスメイトが聞いていたことが発端である。

百秋は先日のクラス代表戦に突如乱入してきた謎のISを撃破した英雄として再び人気を取り戻しつつある。

そして、あのISに関しては、表向きは某国の実験中のISが暴走したと言う事になっている。

教室中が噂で持ちきりの中、当の本人が教室に現れた。

 

「おはよう!何盛り上がっているんだ?」

 

百秋が挨拶と共にクラスメイト達に尋ねる。

すると、

 

「「「「「「「「「「なんでもないよ」」」」」」」」」」

 

声を揃えてそう言われた。

 

(隠さなくても、俺の勇姿の事だろうな。いやぁ人気者は辛いぜ)

 

百秋は、クラスメイト達は自分があの謎のISを倒した事だと思っており、本人は学年別トーナメントでの優勝賞品(女子限定)については全く知らなかった。

すると、千冬と山田先生がやってきてHRを始める。

 

「ええと‥ですね‥‥今日は転校生を紹介します。しかも二人です」

 

山田先生の言葉に、教室がざわめく。

 

「では、どうぞ、入って来て下さい」

 

山田先生が廊下で待たせている転校生達に教室へ入って来るように促す。

そして、教室のドアが開き、

 

「失礼します」

 

「‥‥‥」

 

クラスに入ってきた転校生を見たとたん、教室が静まり返る。

何故なら、入ってきた転校生の内一人が、百秋と同じ男子の制服を身に纏っていたからだ。

 

「では、挨拶をお願いします」

 

山田先生が二人に自己紹介を促すと、まず金髪で男子の制服を着た転校生が挨拶をする。

 

「はい。シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

転校生の一人のシャルルは笑顔でそう一礼した。

その様子に、クラス全員が静まり返る。

 

「お、男‥‥?」

 

誰かが呟く。

 

「はい。 こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を‥‥」

 

そう言いかけた。

 

すると、

 

「きゃ‥‥」

 

誰かが声を漏らす。

 

「はい?」

 

その反応に、シャルルが声を漏らす。

そして次の瞬間、

 

「「「「「「「「「「きゃぁあああああああああああああああああああああっ!!」」」」」」」」」

 

歓喜の叫びが、クラス中に響き渡った。

 

「男子! 二人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれて良かった~~~~~!」

 

等と入学初日、千冬がクラスで挨拶をした時と同じ位の黄色い声が教室中に響き渡る。

しかし、イヴは釈然としなかった。

 

(二人目の男性操縦者?ならば何故、百秋の時のように騒がれない。マスコミに騒がれずにいきなり出てくるなんて、なんか妙だな)

 

一人目の百秋の時は号外が出るぐらい騒がれたにもかかわらず、このシャルルの場合まったく騒がれず、キノコかタケノコのようにいきなりひょいと出てきたような印象を受ける。

二人目とは言え、世界中に数多く存在する男から二人目が出てきたんだ。

多少騒がれても不思議じゃないはずなのに、一切騒がれなかったことに違和感を覚えるイヴだった。

 

「騒ぐな。静かにしろ、まだHR中のクラスもあるのだからな」

 

鬱陶しそうに千冬が言い放つ。

 

「み、皆さんお静かに!まだ自己紹介が終わっていませんから~!」

 

山田先生が必死に騒いでいるクラスメイト達を宥めようとそう言う。

千冬と山田先生に促され騒いでいたクラスメイト達は静まる。

もう一人の転校生の方は一言でいえば変わっている。

イヴと同じ長い銀髪をして、左目には黒い眼帯をつけている小柄な少女。

身長も鈴と同じぐらいか、ちょっと小さい。

そして彼女の冷たい雰囲気を纏うその少女の印象は、まさに『軍人』であった。

コスプレか中二病という領域ではなく、まさしく本職の軍人気質だった。

 

「‥‥」

 

そして当の本人は教室に入っても一切口を開こうとはしない。

自己紹介をするつもりがないのだろうか?

それとも喋れないのか?

ただ、シャルルを見て騒ぐクラスメイトの姿を下らなそうに見ているだけだ。

 

「‥‥挨拶をしろ、ラウラ」

 

業を煮やした千冬が話しかけると、

 

「はい、教官」

 

今まで喋らなかった銀髪の少女は口を開いた。

 

「ここではそう呼ぶな。私はもうお前の教官ではないし、ここではお前も軍人ではなく、生徒だ。 私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

そうは言っているが、あの返答‥本当にわかっているのだろうか?

しかし、千冬と彼女の会話から二人は知り合いの様だ。

やがて、彼女はクラスメイト達に向き直り、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

自らの名を告げただけで再び黙る。

 

(あれ?なんかデジャヴ)

 

ラウラと名乗った少女の自己紹介にデジャヴを感じるイヴだった。

 

「あ、あの‥‥以上ですか?」

 

「以上だ」

 

山田先生の問いかけにラウラは即答する。

彼女の返答に冷や汗を流し、顔を引きつらせる山田先生。

すると、ラウラと百秋の目が合った。

ラウラはツカツカと百秋のそばに近寄ると、

 

バシンッ

 

彼の頬に平手を見舞った。

 

「私は認めない。 貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!!」

 

ラウラは怒気を含んだ声でそう言い放つ。

 

「いきなり何しやがる!」

 

訳も分からず、ラウラから殴られた百秋も吠える。

 

「フン‥‥」

 

ラウラは百秋を無視して、自分の席に座る。

 

「ではHRを終わる。今日は二組と合同でISの実技訓練を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドへ集合。解散!」

 

千冬がHRを締めくくりクラスメイト達は席を立ち着替えの準備をする。

 

(おいおい、仮にも貴女の大事な弟だろう?なぜ、ボーデヴィッヒさんに注意を入れなかったんだ?)

 

イヴは先ほどのラウラと千冬の行動に疑問を感じつつ、自らも着替えの準備をした。

二人目の男性操縦者であるシャルルの面倒は百秋が見ることになった。

彼らはアリーナの更衣室へと向かったが、廊下の奥からは地響きがするような沢山の足音と女子の声が木霊していた。

 

イヴが着替えているとふと視線を感じた。

振り返ってみると、先ほど、百秋を殴ったラウラがイヴのことをじっと見ていた。

 

(な、なんだろう?同じ銀髪だから見ているのかな?)

 

イヴは自分とラウラが同じ色の髪の毛だから、物珍しさで自分のことを見ているのかと思った。

しかし、当のラウラは、

 

(な、なんなんだ?あの女は!?むせ返すような血の匂いに禍々しい狂気を感じる。何者なんだ!?あの女は!?)

 

イヴの中の獣に薄々感づいて警戒していた。

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

グランドに集まった生徒たちに千冬が今日の実技の内容を伝える。

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

「まずは戦闘を実演してもらおう。凰!オルコット!」

 

「「はい!」」

 

千冬に指名され、鈴とセシリアは返事をする。

 

「専用機持ちならすぐに始められるだろう。前に出ろ!」

 

千冬にそう言われ、

 

「めんどいなぁ何で私が‥‥」

 

「はぁ~、なんかこういうのは、見世物のようで気が進みませんわね‥‥」

 

二人はぶつくさ言いつつ前に出る。

そのまま千冬の傍を通りすぎるとき、

 

「お前たち少しはやる気を出せ。 あいつにいいところを見せられるぞ」

 

百秋に視線を向けつつそう小声で言った。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、私セシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「‥‥」

 

セシリアはやる気を出したが、鈴は面倒くさいという態度を変えなかった。

 

「それでお相手は?鈴さんの相手でも構いませんが?」

 

「それはこっちの台詞よ。返り討ちにしてあげるわ」

 

「慌てるな、馬鹿共。 対戦相手は‥‥」

 

千冬がそう言いかけたところで、

 

「どっ‥‥どいてください~~~~~っ!!」

 

織斑先生が二人の対戦相手を紹介する前に上空から声が聞こえた。

声の主はこの場にいない一組の副担任、山田先生だ。

山田先生はISを纏ったままグランドにいる生徒達の中へ突っ込んでくる。

 

「っ!?」 

 

イヴはリンドヴルムを纏うと落下してくる山田先生の下へと向い、山田先生を空中でキャッチした。

 

「まったく何やっているんですか?山田先生。ISをつけたままで無防備の生徒の中に突っ込んでくるなんて、生徒を殺す気ですか?」

 

「す、すみません」

 

イヴは山田先生を地面に下ろす。

 

「さて小娘共、さっさと始めるぞ」

 

セシリアと鈴に向かって千冬はそう言う。

 

「えっ? あの、二対一で?」

 

「いや、流石にそれは‥‥」

 

セシリアと鈴は遠慮しがちにそう言うが、

 

「山田先生は、こう見えても元日本の代表候補生だ。それに今のお前たちならすぐ負ける」

 

「へぇ~山田先生って代表候補生だったんだ‥‥」

 

イヴは山田先生の過去を知り、意外そうに言う。

 

「む、昔の事ですよ。それに候補生止まりでしたし‥‥」

 

こうして、山田先生VS鈴&セシリアの模擬戦が始まった。

試合開始と共に空へと舞い上がる三人。

模擬戦を開始すると、

 

「デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」

 

千冬がシャルルにISの解説を促す。

 

「あ、はい。山田先生が使っているISは、デュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。 第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは、初期の第三世代にも劣らない物です。 現在配備されている量産ISの中では、最後発でありながら、世界第三位のシェアを持ち、装備によって、格闘、射撃、防御といった、全タイプに切り替えが可能です」

 

丁度、シャルルの説明が終わった時、

 

ドゴォォォォォン

 

山田先生の放ったグレネード弾が、セシリアと鈴に直撃した。

グレネードの直撃を受けた二人は地上に落下した。

 

「ううっ‥‥まさかこの私が‥‥」

 

「あんたねぇ‥‥何面白いように回避先読まれているのよ!」

 

「鈴さんこそ、無駄にバカスカと撃つからいけないのですわ!」

 

(くっ、ペアがセシリアじゃなくてイヴだったら‥‥)

 

鈴は組んだペアがセシリアではなく、イヴだったら結果は違ったと思った。

クラス代表戦の僅かな時間だったが、あの謎のISを追い詰める際、イヴと自分のコンビネーションはかなり良かったからだ。

 

「これで諸君にも、教員の実力は理解できただろう。 以後は敬意をもって接するように」

 

千冬はそう言うと、

 

「次はグループになって実習を行う。 リーダーは専用機持ちがやること。 では、分かれろ!」

 

千冬の号令でそれぞれのグループに分かれる。

ただその際、別れ際にイヴが山田先生に

 

「ねぇ、山田先生」

 

「なんでしょう?」

 

「今度、模擬戦をしてみませんか?」

 

と、山田先生に模擬戦の相手をしてくれと頼んだら、

 

「え、ええ、考えておきます」

 

山田先生は顔色を悪くしながらそう答えた。

そして始まったISの実技授業、一応、イヴも専用機持ちなので、クラスメイトに教える側となった。

 

「上手い、上手い、その調子‥足元は見ないようにして目は真っすぐ前を向くように意識して」

 

「う、うん‥‥」

 

千冬に言われたとおり、イヴは今、クラスメイトの一人のIS歩行をイヴは見ている。

ぎこちないながらもISを纏い歩くクラスメイト。

 

「うん。そこで止まって、お疲れ様」

 

「ふぅ~緊張した」

 

イヴの言葉に、停止する女子生徒。

 

「いいよ。 じゃあ、次の人に交代だね」

 

イヴがそう言うと、ISに乗っていた女子生徒は緊張が解けたのかため息を吐き、コクピットから飛び降りる。

 

「あっ、しまった」

 

それを見て、イヴは思わず声を漏らした。

ISが立ったままになり、コクピットが高い位置で固定されてしまったのだ。

 

「ああ、アインスさんの班もやってしまったんですね、仕方ありません。アインスさんも、今、織斑君がやっているように、自分のISを起動させて、次の人をコクピットまで運んであげてください」

 

イヴが山田先生にそう言われ、視線を百秋の班の方にチラッと向けると、百秋が白式纏い箒をお姫様抱っこして運んでいた。

箒の顔は、イヴの位置から見ても真っ赤であることが良くわかる。

 

「えっと‥‥次の人は‥‥」

 

「はい、は~い。 私だよ~、イヴイヴ」

 

そう言ったのは本音で、彼女はお姫様抱っこを若干期待しているようだ。

 

「そ、それじゃあ、のほほんさん、いくよ」

 

「う、うん」

 

イヴは本音をお姫様抱っこしてISに乗せた。

 

(ふぁ~イヴイヴ良い匂い~)

 

イヴにお姫様抱っこをされてご満悦な本音だった。

この時の授業は特に問題なく終わったが、ラウラが担当した班は、張りつめた雰囲気の中で行われたため、さながら軍事教練の様だった。

ラウラの班になったクラスメイト達には『ドンマイ』としか言いようがなかった。



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38話

 

昼時、鈴が簪を連れて一組にやって来た。

 

「お?鈴」

 

鈴を見つけて百秋が彼女に声をかける。

この時、簪は彼の姿を見て顔をしかめる。

 

「なに?」

 

「今日、屋上で一緒に飯食わねぇか?」

 

百秋は鈴を昼食に誘う。

しかし、

 

「あたし、別の人といくからいいわ」

 

と、百秋の誘いを断った。

 

「お前、百秋の誘いを断るのか!?」

 

そこへ、箒が絡んできた。

 

「あたしが誰と昼ご飯を食べようとアンタには関係ないでしょう。あたしは百秋の恋人でなければ、使用人でもないんだから」

 

「き、貴様‥‥」

 

箒が鈴を睨むが、鈴本人は何処吹く風である。

 

「まぁまぁ、箒さん、本人が行きたくないと言うのであれば、それもいいじゃないですか」

 

セシリアとしてはライバルが一人消えたことに関して内心喜んでいた。

百秋は箒、セシリア、シャルルを連れて屋上へと向かった。

 

一方、イヴは鈴、簪と共に昼食を摂った。

鈴のお手製の酢豚と青椒肉絲はとても美味しかった。

 

そして放課後は、簪と共に打鉄弐式の製作にあたった。

一方その頃、百秋の方は箒とセシリア、そしてシャルル共にISの訓練をしていた。

だが、箒の説明は「どーん」「ばーん」等と相変わらず抽象的で、セシリアの説明は「右斜め五度」等とあまりにも細かすぎてどちらの説明もあまり参考にはならない。

 

「ええとね、織斑君が勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

最終的にシャルルが百秋に説明して、話を進めていき、百秋が実際に射撃武器を使ってみることになった。

男に教えてもらうと言うのは彼にとっては屈辱であるが、実際彼は射撃戦では、セシリアに勝つことが出来ず、勝つためにはやむを得なかった。

シャルルの補助を受けながら、ターゲットを撃ち抜いていく。

一通り撃ち尽くすと、

 

「おお~」

 

(流石、俺だぜ)

 

百秋は何やら感心した声を漏らしつつ自画自賛をしていた。

 

「どお?」

 

シャルルが射撃の感想を聞くと、

 

「ああ‥なんか、あれだな‥とりあえず、速いって感想だ」

 

百秋が感想を言った時、

 

「ねぇ、ちょっとあれ」

 

周りの生徒達がある方向を見ながらざわつきだす。

百秋達もその視線の先を見てみると、そこには黒いISを纏ったラウラの姿があった。

あの黒いISが恐らく彼女の専用機なのだろう。

 

「嘘!?あれってドイツの第三世代じゃない!?」

 

「まだ本国でトライアル段階だって聞いていたけど‥‥」

 

百秋達の訓練を見学していたクラスメイト達はラウラのISを見てざわつく。

まさか、他国の試作品とは言え、最新鋭のISをこうして見る事が出来たのだからそれも当然と言えば当然なのかもしれない。

ラウラは、ピットの入り口から百秋を見下ろし、

 

「織斑百秋」

 

百秋に呼びかけた。

 

「何だよ?」

 

百秋は少々不機嫌気味に答える。

HRの際、いきなり彼女からのビンタを未だに根に持っていたからだ。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな?ならば話が早い。今ここで私と戦え!」

 

百秋との模擬戦を所望するラウラ。

それに対して百秋は、

 

「嫌だ。理由が無ぇよ」

 

(めんどくせぇしな)

 

百秋はそう断る。

しかし、

 

「貴様には無くとも、私にはある」

 

「今じゃなくてもいいだろう?もうすぐ学年別トーナメントがあるんだから、その時で良いだろうが」

 

百秋はそう言って断ろうとした。

だが、

 

「ならば‥‥」

 

ラウラが呟くと同時に右肩のレールガンが発射された。

 

「戦わざるを得ないようにしてやる!!」

 

「なっ!?」

 

百秋にしても、いきなり撃って来るとは思わなかったため、反応が遅れる。

しかしその瞬間、

 

「いきなり戦いを始めようとするなんてドイツ人は随分と沸点が低いんだね」

 

「シャルル」

 

シャルルがラウラのレールガンをシールドで防ぎ、ラウラに向けてライフルを構える。

 

「フランスの第二世代(旧式)如きで私の前に立ちふさがるとはな」

 

ラウラはシャルルのISを見て呆れながら言い放つ。

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代(試作品)よりは動けるだろうからね」

 

シャルルは自分の愛機をバカにされ、ムッとした顔でラウラを睨む。

シャルルとラウラが互いに睨み合い、一触即発に近い状況となる。

どちらかが動いたその瞬間、戦闘が始まる。

しかし、

 

『そこの生徒!何をやっている!』

 

「ふん、今日の所は引いてやろう」

 

騒ぎを聞きつけた教師が注意に入ると、ラウラは意外にもISを解除してその場からあっさりと引いた。

 

百秋達とラウラがアリーナで、ドンパチ寸前の事態に陥っていた時、格納庫ではようやく簪の専用機、打鉄弐式が完成した。

 

「出来た‥‥」

 

「やったね、簪さん」

 

「う、うん‥ありがとうイヴ」

 

「早速明日、試験稼働をやろうね、鈴も呼んで、補助を頼めば色んなデータが取れると思うよ」

 

「そうだね、後で鈴に伝えておく‥‥あ、あと‥‥」

 

「ん?どうしたの?簪さん」

 

「あ、あの‥‥呼び名‥‥」

 

「呼び名?」

 

「う、うん‥‥いつまでも『簪さん』はちょっと他人みたいだから‥‥」

 

簪が『さん』は要らないと言う前に、

 

「じゃあ、かんちゃんね」

 

「えっ?」

 

本音と同じ呼び名で簪を呼ぶイヴ。

 

「そうだよね、かんちゃんとはもう友達なんだから、いつまでも『簪さん』はよそよそしいと思っていたんだよ」

 

簪の手を握って力説するイヴ。

 

「う、うん‥そう‥だね‥‥私達友達‥だもんね」

 

ほんのりと頬を染めて簪は嬉しそうに言った。

 

簪の専用機は完成し、明日は試験稼働をするので、イヴはアリーナの使用許可を取りに行った。

その帰り道‥‥

 

「答えて下さい、教官!!何故こんなところで!?」

 

不意に聞こえた叫び声の様な大声‥それは聞き覚えがある声だった。

声がした方に視線を向けると、そこには見覚えのある二人の姿が‥‥ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑千冬の姿がそこにあった。

知り合いの間柄の様な二人の関係に少し興味が湧いたイヴは二人に近づき、物陰から二人の様子を窺った。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「こんな極東の地でなんの役目があるというのですか!?お願いです教官。我がドイツで再びご指導を。ここでは能力は半分も生かされません!!」

 

ラウラの話を聞く限り、彼女は千冬にもう一度軍へ戻って来てほしい様だ。

まぁ、千冬の性格や普段の言動を考えると学園教師よりは軍の教官の方が向いているような気がする。

 

「ほう?」

 

だが、肝心の千冬本人は、あまり乗る気じゃない様だ。

 

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません!危機感の不徳、ISをファッションか何かと勘違いしている」

 

『ハハハハハ‥なかなか言うじゃないか、あの小娘。面白い奴だ、気に入った。だが、あそこまで豪語すると言うのであれば、是非とも私とお手合わせを願いたいものだ。お前はこの殺戮の銀翼に勝てるのかな?』

 

ラウラの戦いを求める軍人気質に感覚されてイヴの中の獣はラウラに興味を抱いた様子。

 

「そのような者達に教官が時間を割かれるなど‥‥」

 

「そこまでにしておけよ。小娘」

 

「っ!?」

 

学園の生徒に対しての印象について言いたい放題言い続けるラウラに千冬も一応、教育者としての知念があるのか、威圧感を含めて彼女を黙らせる千冬。

 

「少し見ない間に偉くなったな?一五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は‥‥」

 

「寮に戻れ、私は忙しい」

 

「くっ‥‥」

 

千冬はラウラにもう話す事は無いと切り上げた。

ラウラは納得がいかない、悔しいと言う表情でその場から去って行った。

 

(成程、ボーデヴィッヒさんは、あの人のドイツでの教え子か‥‥軍人気質の他にやや傲慢な性格があるのも頷けるな)

 

イヴはそのまま千冬に気づかれないようにその場を後にした。

 

翌日、教室でシャルルと百秋の二人がなんかよそよそしい態度であったが、イヴとしては別にあの二人の間で何があったのかは興味なんてなかった。

それよりも重要なのは今日の放課後、行う簪の専用機の試験稼働の方だった。

ただ、この日、イヴは日直となり、放課後は少し遅れる事になった。

 

「ヤバい、ヤバい、すっかり遅れちゃったよ~」

 

日誌を職員室に戻した後、昨日予約したアリーナへと向かうイヴ。

だが、

 

「あれ?鈴だけ?かんちゃんは?まだ来ていない?」

 

「(かんちゃん?)ええ、てっきりイヴと一緒に来るのかと思っていたんだけど‥‥」

 

アリーナに居たのは鈴一人だけで簪はまだ来ていなかった。

 

「おかしいな‥‥私、ちょっと、かんちゃんを探してくるね」

 

「分かったわ。あっ、もし、入れ違いになったら、アンタにメールか電話するから、番号とアドレス、教えてもらっていいかしら?」

 

「あっ、うん。そうだね」

 

イヴは鈴とスマホの電話番号とメールアドレスを交換して簪を探しに行った。

まず、最初に簪のクラスへと向かったら、簪は不在で、次に寮にある簪の部屋に行ったら、そこにも簪は居らず、職員室にも居ない。

そこで、簪の専用機がある格納庫へと行ってみると、そこで漸く簪を見つける事が出来た。

 

「やっと見つけた」

 

「えっ?イヴ」

 

「アリーナに行ってみたら、まだかんちゃんが来ていなかったから、探しに来たんだよ」

 

「そ、そうなんだ‥ご、ゴメン。日直の仕事で遅くなって‥‥」

 

簪もイヴと同じく、今日は日直だった様だ。

 

「それよりも急ごう、鈴がアリーナで待っているから」

 

「う、うん」

 

簪は自らの愛機である打鉄弐式を待機モードにしてイヴと共に鈴の待つアリーナへと向かった。

その最中、アリーナの方が何やら騒がしい。

 

「第三アリーナで代表候補生三人が模擬戦やっているって」

 

まわりの生徒達がそう言って第三アリーナの方へと走って行く。

 

「第三アリーナって‥‥」

 

「昨日私が、借りた場所‥‥」

 

「それに代表候補生って‥‥」

 

「まさかっ!?簪は此処で待っていて!!」

 

嫌な予感がしたイヴは第三アリーナへと走って行く。

 

「‥‥イヴ‥すごく足が速いのね‥‥」

 

洗脳されていたとはいえ、流石は元暗殺者、その動きはまるで特撮かアニメの超人や忍者のように素早かった。

イヴが第三アリーナのピットへと着くと、其処で繰り広げられているのは模擬戦などではなく、一方的な蹂躙だった。

アリーナには鈴の他、何故かセシリアの姿もあり、二人は黒いISを纏ったラウラに苦戦を強いられていた。

やはり、先日の山田先生との模擬戦同様、二人は我が強いせいかコンビネーションがバラバラで二対一だと言うのにラウラ一人相手にボコボコにされていた。

二人のISは、シールドエネルギーがギリギリとなり、もし、エネルギーが切れてISが強制解除されたりしたら、体を防御する手段がなく、ISの搭乗者自体に致命傷を負いかねない。

ラウラの模擬戦ではない一方的な暴力を見てその匂いにつられたのか、イヴの中の獣が起き出し、彼女に語りかける。

 

『ハハハハハ‥‥なかなか、やるじゃないか、あの銀髪ちゃんも‥‥なぁ、そう思わないか?一夏』

 

(‥‥)

 

『でも、いいのか?このままで?』

 

(どういう‥こと?)

 

『このままだと、お前の大切なお友達はアイツに狩られちまうぞ』

 

(っ!?)

 

『いいのかな?あんな子兎にお前の大事なモノを取られて‥‥』

 

(そ、そうだ‥このままじゃ鈴が‥‥)

 

『アイツはお前から大事なモノを奪おうとしている害獣だ‥‥害獣は駆逐しろ!!』

 

(害獣は駆逐‥‥)

 

『そうだ。奴は、お前の大切なモノを奪おうとしているんだ。ならば、あの害獣はそのちっぽけな命を奪われても文句は言えない筈だ』

 

(‥‥)

 

『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。一夏、お前には撃たれる覚悟もあるし、撃つ覚悟もある筈だ。そうだろう?』

 

(撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ‥‥)

 

『そうだ‥当然、奴もその覚悟を持っている‥だから、あんなに酷い事をしているんだ。さぁ、早くいかないと手遅れになるぞ、一夏』

 

(害獣‥‥駆逐‥‥)

 

イヴの目か光が消え、彼女はリンドヴルムを纏うと害獣(ラウラ)の下へと襲い掛かった。

 

「むっ!?」

 

鈴とセシリアをボコボコに殴っていたラウラは突如、背後から襲い掛かって来たイヴに驚きはしたが、AICでイヴの動きを止める。

 

「なんだ?貴様か?」

 

てっきり、襲いかかってくるのは百秋かと思ったが、当てが外れたラウラ。

しかし、百秋と同じく、ラウラはイヴの実力も把握する為には丁度いい機会だと思い、相手にする事にした。

勿論ラウラはこの時、自分が負けるとは思ってもいなかった。

 

「随分と直線的な攻撃だな、まるで猪突猛進をする獣の様だ‥やはり、お前も私の敵ではない。私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、所詮お前も有象無象の一つに過ぎん!!消え失せろ!!」

 

そう言ってラウラはイヴに向けて大口径レールカノンの銃口を向ける。

だが、イヴは焦る様子も怯える様子もなく、逆にニヤッと口元を緩める。

 

「っ!?何がおかしい」

 

「私が獣であるならば、お前は道化だよ」

 

「なにっ!?ふん、減らず口だけは一丁前の様だな。ならば、その減らず口もたたけないようにして‥‥」

 

ラウラが大口径レールカノンを発射しようとしたその瞬間、

 

「ぐっ‥‥」

 

ラウラは背後から物凄い衝撃を受けた。

何事かと思い、背後を見ると、ラウラの背後には十基のドラグーンが背後からラウラを狙っていた。

 

「BT兵器だと!?」

 

「背中がガラ空きだぞ、道化師さん」

 

「くっ」

 

このままでは、イヴを撃つ前に大ダメージを受けると判断したラウラはAICを一時解除し、回避に専念する。

ドラグーンはラウラを追っていく。

その間にイヴはISが強制解除された鈴とセシリアをアリーナの隅へと避難させる。

この時、鈴はまだかろうじて意識があったが、セシリアは完全に気を失っていた。

 

「あ、ありがとう‥イヴ」

 

「‥‥」

 

「イヴ?」

 

鈴はこの時、イヴの様子に違和感を覚える。

目の前に居るのはイヴなのだが、雰囲気がまるで違う。

 

「‥鈴の仇は私がとるから」

 

「イヴ‥‥」

 

イヴの言葉を聞き、鈴はそのまま気を失った。

そして、イヴは再びラウラの下へと向かう。

その頃、ラウラは十基のドラグーンに追いかけ回されていたが、そこにイヴまでもが参加した。

AICでイヴ自身の動きを止めても十基のドラグーンすべては止まらず、ラウラの死角から攻撃を仕掛けてくる。

 

「くっ、私を舐めるな!!」

 

二基のワイヤーブレードを出してくるが、イヴはその一基を掴んで、手の掌の衝撃砲でワイヤーブレードを引き千切り残るもう一基もドラグーンの攻撃で破壊される。

クラス代表戦のセシリアの時の様に十一対一の状況に持ち込まれたラウラは次第に追い詰められていく。

そして、今度はイヴがAICでラウラの動きを封じ込める。

騒ぎを聞きつけた百秋、箒、シャルルの三人が第三アリーナへと来たが、とても入り込む隙は無く、ただ観客席で見ているだけしか出来なかった。

 

「それはっ!?AICっ!?何故、貴様のISにAICがっ!?それは我がドイツの技術の筈‥それにイギリスBTに中国の衝撃砲も‥‥貴様のISは‥‥一体‥‥」

 

「お前に答える義理は無い」

 

イヴは冷たい声でラウラに言い放つ。

そして先程、ラウラが自分にしたように、イヴは彼女にレールガンの照準を合わせる。

 

「お前は私の大事なモノを奪おうとした‥‥ならば、お前も奪われる覚悟はある筈だ、いや、例えなくてもお前は此処で狩る‥‥」

 

口を三日月型にして、ニヤッと不気味は笑みを浮かべるイヴにラウラは恐怖を感じた。

自分がイヴを初めて見た時に感じた違和感はまさにこの禍々しい狂気だ。

コイツはとんでもない化物だ。

ラウラは此処にきてようやくイヴの狂気の正体に気づいたが、既に手遅れだ。

先程ラウラは、イヴの事を獣の様だと言ったが、実際は自分が狩られる獣で、目の前の狂人こそが、狩人だった。

 

「じゃあね、害獣さん~♪」

 

イヴが満面の笑みを浮かべてラウラに止めをさそうとしたその時、

 

「そこまでだ!!」

 

アリーナに千冬の大声が響いた。

 

「教官!?」

 

「千冬姉」

 

「‥織斑‥千冬」

 

ラウラとイヴ、観客席に居た皆の視線がアリーナに乱入した千冬へと集中する。

 

「織斑先生だ。模擬戦をするなとは言わん、だが、学園内で殺し合いをする様ならば、教師として黙認しかねん」

 

「お前は引っ込んでいろ、そもそも、お前の教え子が私の大事なモノを私から奪おうとしたのが発端だ‥お前が私を止めると言うのであれば、二人纏めて相手になってやるぞ。あの時の決着をつけようじゃないか、なぁ、ブリュンヒルデ様」

 

今のイヴに千冬の声は届いていない。

 

「私としてもやぶさかでないが、いいのか?鳳をあのままにしていて」

 

「‥‥」

 

「そう言うことだ。此処は両者、引け‥この決着は学年別トーナメントでつけろ、それまで一切の私闘を禁止する」

 

「教官がそうおっしゃるのであれば‥‥」

 

ラウラは千冬の言葉に従い、ISを解除する。

 

「アインスもそれでいいな?」

 

「ふん」

 

「まったく、教師には『はい』と答えろ」

 

イヴは千冬に返答せず鈴の下へと駈け寄り、彼女を抱いてピットへと持った。

セシリアは百秋が観客席から降りて、医務室へと連れて行った。

ピットでは簪が待っていた。

 

「‥イヴ」

 

イヴはリンドヴルムを解除して、

 

「かんちゃん、鈴をお願い」

 

「え、ええ‥‥」

 

簪に鈴を託し、自身は急いでピルケースを取り出し、薬を服用して、自分の中の獣を抑えた。




ううむ。最近感想の返信が出来てないです…。ですが、感想はちゃんと見てるので、これからもドシドシ、コメントしてくれると励みになります。

ではまた次回です。



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39話

『ったく一夏、お前も随分と甘くなったなぁ。あのままあそこで二人を始末するいい機会だったのに‥‥』

 

(黙れ)

 

『ふん、まぁいいさ‥‥お前がどんなに外の情報を隠そうとしてもお前の見ている視覚を通じてその情報は私に筒抜けなのだからな、出し抜けると思うなよ一夏。ハハハハハ‥‥』

 

獣は自分とイヴは一心同体の存在であり、イヴは決して獣に隠し事は出来ないと忠告した。

イヴは自身の中の獣を黙らせつつ薬の効果が出て落ち着くまで暫くはピットでジッとしていた。

そして、漸く気分が落ち着き、鈴の容体を見に医務室へと向かった。

イヴが医務室を覗くとベッドに包帯を巻いたセシリアと鈴の姿があった。

セシリアは寝ていたが鈴は起きていた。

 

「イヴ‥‥」

 

「ごめん‥ちょっと熱くなって、落ち着くのに時間がかかっちゃって‥‥」

 

「ううん来てくれただけでもありがたいわ」

 

「それで一体何があったの?」

 

簪が鈴にアリーナであんな事になった原因を尋ねた。

それによると簡単に言えばセシリアと鈴の二人がラウラに挑発されて挑んだ結果返り討ちにされた。

しかし、ラウラはセシリアと鈴が動けなくなっても執拗に攻撃をつづけ、大怪我しそうになるところをイヴが来たのだと言う。

今回の騒動で鈴もセシリアも負傷してISもかなりのダメージを受け為、個人別トーナメントへの出場は不可能となった。

不幸中の幸いでISのエネルギーがギリギリで持ちこたえた為、鈴もセシリアも打ち身、打撲で済み骨折等の大怪我はしなかった。

 

「ごめん、鈴。私が遅れたせいで‥‥」

 

簪は自分が遅れたせいで鈴が今度の個人別トーナメントに参加できなくなったと自分を攻めた。

 

「かんちゃんのせいじゃないよ。私がもっと早く鈴を助けだせばこんな事には‥‥」

 

「そ、そうよ、元々はラウラの挑発に乗った私も悪かったんだし‥‥」

 

イヴと鈴も簪をフォローする。

 

「簪、イヴ。今度の個人別トーナメント、絶対に勝ってね」

 

「う、うん」

 

「頑張る」

 

鈴に今度の試合を頑張る事を伝えた後、イヴと簪は医務室を後にした。

通路を歩いている中、

 

「あ、あの‥イヴ」

 

「ん?」

 

「あ、あのね‥イヴ‥‥その‥お願いがあるんだけど」

 

「なに?」

 

「こ、これ‥‥」

 

簪が顔を赤くしながら差し出したのは、一枚のプリントだった。

イヴがプリントに目を通すと、

 

「えっと、『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。尚、ペアが出来なかったものは抽選で選ばれた生徒同士で組むものとする』‥これって‥‥」

 

イヴはプリントから視線を簪に戻し

 

「い、イヴ、そのっ‥‥わ、私と組んで‥‥貰えないかな‥‥?」

 

顔を真っ赤にしてそう言う簪。

そんな簪にイヴは笑みを浮かべて、

 

「私で良ければ、喜んで」

 

迷いなく頷いた。

イヴの言葉にパアッと表情が明るくなる簪。

 

「ありがとう、イヴ!!」

 

(フフ、姉さんには悪いけどイヴは先に私が貰ったわ)

 

心の中で黒い笑みを浮かべる簪であった。

簪は早速職員室にパートナー申請を行った。

 

翌日、改めてアリーナを貸し出して簪の専用機、打鉄弐式の試験稼働を行った。

万が一の事を考えて簪の傍にはイヴが連れ添い彼女を見守った。

ただ、簪を見守っていたのはイヴだけではなく‥‥

 

「簪ちゃん‥‥本当に専用機が完成したのね‥‥よかった‥‥」

 

観客席の物陰から打鉄弐式を纏う簪を見てそう呟く楯無であった。

次に、簪の傍を飛んでいるイヴに視線を移すと、

 

「イヴちゃん‥‥本当にありがとう‥‥」

 

楯無はイヴならばちゃんと約束も守ってくれるかもしれないと思ったが、一つの不安要素があった。

個人別トーナメントはタッグとは言え、当然百秋も出場する。

その時、イヴの中の獣がまた表に現れないか?

もし現れたら簪で鎮める事が出来るだろうか?

簪のパートナーがイヴになっていることは既にリサーチ済みなのだが、そもそも簪はイヴの中に凶暴な獣が存在している事を知っているのだろうか?

もし、簪がそれを知らずに対戦相手が百秋になったら‥‥

イヴの中に居る凶暴な獣が表に出て来てしまったら‥‥

やはり、打つべき手は打っておかなければならない。

心苦しいが、楯無は簪に確認することにした。

 

その日の夜、簪の部屋を誰かが訪れる事を知らせるノックがした。

 

「誰?」

 

簪はもしかしてイヴかもしれないと思い扉を開ける。

すると、そこに居たのはイヴではなく‥‥

 

「こんばんは、簪ちゃん」

 

「姉さん‥‥」

 

楯無だった。

簪は気まずそうな顔をしてドアを閉めようとしたら、

 

「ちょっと待って!!」

 

楯無はドアと壁の間に足を挟んで扉が閉まらない様にした。

 

「な、なに?」

 

「少しだけ話がしたいの」

 

「何の話?」

 

「イヴちゃんに関する話よ」

 

「‥‥」

 

イヴに関する事は自分もある程度は知っている。

だが、自分が知っている事を姉は知らないのだろう。

もし、自分がイヴの事を知っていると知った時、姉はどんな顔をするだろうか?

想像するだけで笑いがこみ上げてくる。

だが、その一方で不安もあった。

姉は教師と同等の権限を持つ生徒会長。

その生徒会長権限を使って今回のタッグマッチのパートナーを解消しろと言ってきたのかもしれない。

もし、そうだと言うのであれば、姉、更識家の当主、生徒会長であったとしてもそんな横暴は許すつもりはない。

例え卑怯者と思われても良い。もし、姉がその様な事すれば、先代の楯無‥自分の父へ相談して、そして学園の理事長に直談判をしてでも止めさせてやる。

簪は姉が自分にどんな話をするのか耳を傾けた。

 

「その‥‥まずは、専用機の完成おめでとう」

 

「‥‥」

 

姉は自分の専用機の完成を祝福?してくれたが、姉から言われてもちっとも嬉しくなく、何だか嫌味にしか聞こえない。

まるでなぜ新年度が始まる前に完成させることが出来なかったのかと言われているかのように聞こえた。

 

「‥‥それで、態々そんな事を言いに来たの?」

 

簪は鋭い視線で楯無に尋ねる。

 

「あっ、いや、そうじゃなくて‥‥」

 

普段は人前では凛々しい姿の楯無だが、今の楯無の姿は凛々しい姿などではなく、まるで零点のテストを見つかって母親に叱られている子供の様だ。

 

「その‥‥今度の個人別トーナメントの事‥なんだけどね‥‥」

 

(やっぱり、きたか‥イヴとのパートナーを解消しろとでも言うの?)

 

「簪ちゃん。その‥パートナーにイヴちゃんを選んだって聞いたんだけど‥‥」

 

「ええ、そうよ。イヴは私とのパートナーを喜んで了承してくれたわ。姉さんじゃなくて私をね!!」

 

簪にしては珍しく胸を張ってイヴのパートナーは自分であると強く主張する。

 

(うっ、ちょっと心にグサッてくるわね)

 

簪の言葉に楯無は密かにダメージを受けた。

だが、イヴと楯無は学年が違う為元々ペアを組むことは出来ない。

簪は姉に対する対抗心から基本的な事を忘れていた。

 

「まさか姉さん。イヴ欲しさにパートナーを解消しろなんて言いに来たんじゃないでしょうね?」

 

簪は楯無に確信を突く様な質問をする。

 

「い、いえ、違うわ‥イヴちゃんが簪ちゃんを認めたのであれば、私から口を挟む権利はないから‥それにイヴちゃんとは学年が違うから、元々私はイヴちゃんとペアは組めないわ」

 

「あっ‥‥」

 

楯無から言われて簪は学年が違うと言う現実に今気づいた。

 

「じゃ、じゃあ何し来たの?私の専用機が完成した事を言いに来ただけなの?」

 

学年が違うと言う基本的な事を忘れていた自分に恥ずかしさを感じつつ口調を緩めることなく姉が自分の下を訪ねてきた目的を問う簪。

 

「その‥‥パートナーのイヴちゃんについてよ」

 

「イヴについて?」

 

(姉さんったら、私がイヴの事を知っているとも知らないで‥‥)

 

簪は心の中でほくそ笑んだ。

 

「そのイヴちゃんは‥‥」

 

「知っているわ」

 

「えっ?」

 

簪はイヴ本人から聞かされた話を楯無にした。

楯無自身、簪がイヴに事を知っている事に驚いたが、やはり楯無が心配した通り、簪はイヴの中に存在している獣の存在については知らなかった。

イヴとしてもやはり、自分の中に凶暴な獣が存在している事は簪には知られたくなかったのか?

それとも簪を怯えさせてしまうことを恐れたのか?

それとも自分の中の獣の存在を知られる事をイヴ自身が恐れたからなのか‥‥

もし、イヴ自身が自分の中の獣の存在を知られる事を恐れていたとしたら、これから話すことはイヴにとっては辛い事になるかもしれないが、この先の事を考えるとやはり伝えておいた方がいいかもしれない。

例え、それがイヴから嫌われる事になっても‥‥

 

「‥‥簪ちゃんがイヴちゃんの事を知っていたのは意外だったけど、イヴちゃん‥簪ちゃんにはまだ伝えていない事があるわ」

 

「伝えていない事?」

 

簪は疑う様な視線を向ける。

 

「嘘よ。イヴが私に隠し事をするなんて‥‥」

 

簪はイヴがまだ自分に伝えていない事がある訳がないと言う。

 

「簪ちゃん、人は誰にでも知られなくない事だってあるのよ」

 

「で、でもそれは姉さんの言っている事が嘘って可能性も‥‥」

 

「私の話が嘘なのかは本当なのかは、私の話を聞いてから判断して」

 

「分かった‥‥」

 

楯無は簪に話した。

イヴの中には凶暴な獣が存在している事を‥‥

 

「二重‥人格‥‥」

 

簪は信じられないと言う感じだったが、楯無が証拠として用意して持ってきた入学試験における実技試験と先日、一組で行われたクラス代表選抜戦の映像を簪に見せた。

彼女は映像を見て絶句していた。

モニターの中のイヴはこれまで自分に見せた事のない不気味な笑みを浮かべ、世界最強として知られているあの織斑千冬をボコボコにしていた。

選抜戦においてもオーバーキルとも言える戦いを見せている。

正直身の毛もよだつような感覚だ。

 

「簪ちゃんもイヴちゃんが殺戮の銀翼だってことは知っているのね?‥‥あの子の中にはまだ、その殺戮の銀翼が生きている‥‥織斑姉弟に関係している時、あの獣は目を覚ます‥ううん、もしかしたら、何か別の切っ掛けで目覚めるかもしれない」

 

「‥‥」

 

「その時、簪ちゃんにあの子を止める事が出来る?あの子を止めてあの子を癒す事が出来る?元のイヴちゃんに戻す事が出来る?」

 

楯無は簪に質問するが彼女は答えない。

 

「もし、私への対抗心だけでイヴちゃんを手元に置きたいと思っているなら、そんなものさっさと捨てなさい‥この映像を借りるのだって理事長にかなり無理を言って借りてきたんだからね‥もし、職員会議で問題になって、生徒会長を辞任しろ‥ううん学園を退学処分になっても私はそれを受け入れるつもりで借りてきてこうして簪ちゃんに見せたのよ」

 

この時の楯無の顔は飄々として顔でもなく、簪の顔色を窺うオドオドした顔でもなく、第十七代目、更識家の当主、更識楯無の顔だった。

 

「‥‥」

 

「いえ、それ以上に簪ちゃんにイヴちゃんの中に獣が居る事を教えて彼女から嫌煙されるかもしれない‥それでも、私はこうして簪ちゃんに教えたの‥‥簪ちゃん、命だけじゃなくて、生きている間に失うモノは沢山あるのよ。簪ちゃんにはそれを失う覚悟はある?失ってでも守りたいものはある?」

 

「‥‥」

 

「私にはあるわ!!失う覚悟も何かを失ってでも守りたいモノも‥‥もちろん、簪ちゃんもその中の一つなのよ‥‥」

 

「‥‥」

 

「今度のタッグトーナメントのパートナー申請を変えるなら、今ここでしなさい!!」

 

そう言って楯無は簪に申請書を差し出す。

簪は震える視線でその申請書を見る。

イヴの中の未だに殺戮の銀翼が存在している事を知り、そして千冬をボコボコにしているイヴの姿を見て正直に言って怖い。

でも、今ここでパートナーを変更すれば、それはイヴを裏切り、姉に完全敗北する事をその姉の目の前で認める事になる。

イヴの秘密を知る為、自分は命を懸けた。

それは姉もそうだ。

だが、姉は生きていても何かを失う覚悟、何かを失ってでも守ろうとする覚悟があると言う。

自分はどうだ?

今の自分は失うことを恐れてガタガタ震えている。

だが、自分が生きていて失うモノはなんだ?

それはイヴからの信頼だ。

姉はイヴからの信頼を失ってでも彼女を守ると言った。

今の自分は、自分可愛さからイヴの信頼を失おうとしている。

この紙に名前を書けばそれは現実のものとなる。

専用機だって彼女の協力があってこそこの短時間で完成した。

彼女からの信頼を裏切ると言う事は愛機である打鉄弐式の信頼も裏切る事になる。

イヴと打鉄弐式、どちらも今の簪にとっては大事なモノだ。

そのニつの信頼を失って自分だけ逃げようと言うのか?

楽になろうと言うのか?

姉に対して簡単に敗北を認めろと言うのか?

冗談じゃない。

やっと専用機も完成して、姉と同じ土俵に立てたのだ。

勝負もせず敗北を認めてたまるか!!

失う覚悟なんてない‥いや、失わせない。

自分はイヴを守り、彼女と打鉄弐式の信頼も守り、そして姉に勝つ。

それが今の自分の覚悟だ!!

そう自分に言い聞かせた簪は、申請書を手に取ると、

 

ビリッ

 

ビリビリビリ‥‥

 

細かく手で破いた。

 

「私を甘く見ないで!!いつまでも姉さんの影にかくれている妹だと思ったら大間違いよ!!」

 

「か、簪ちゃん?」

 

簪にしては珍しく楯無の前で大声を上げる。

そんな簪の様子に楯無も驚いている。

 

「姉さんがイヴを守ると言うのであれば、私だってイヴを守ってみせるわ!!姉さんばかりいい思いはさせない!!」

 

簪も普段の姉から逃げている様な態度ではなく、真っ向から姉に向き合おうと真剣な顔で楯無と対峙している。

 

(簪ちゃんが私の目を見て話している‥‥)

 

今まで簪は楯無から視線を逸らして素っ気ない態度をとっていた。

だが、今は違う。

簪はジッと威嚇する様ではあるが、楯無の事を視線からそらさずに見つめている。

 

「私は今までずっと姉さんに負けたくないと姉さんの後を追っていながらも何時か自分を助けてくれるヒーローが来てくれと思っていた‥」

 

簪はこれまで胸の内に秘めていた姉へのコンプレックスを楯無へとぶつけた。

 

「‥‥」

 

「実際、イヴには専用機の件で助けてもらった‥でも、そのイヴだって過去に色々あって今も苦しんでいるのにヒーローであり続けようとしている。それなら‥‥」

 

「‥‥」

 

「私だってイヴにとってのヒーローになってみせる!!ヒーローがいなければヒーローになればいい!!」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

それからしばらく更識姉妹は互いに無言のまま見つめ合う。

 

「‥‥そ、そう分かったわ‥簪ちゃんの覚悟が‥‥」

 

すると、先に引いたのは楯無の方だった。

 

「それならば、次は行動で示しなさい‥もし、イヴちゃんが心の中の獣に囚われてしまった時、今度はパートナーである簪ちゃんが元のイヴちゃんに戻すのよ」

 

楯無は簪の方に振り向くことなく簪の部屋から出て行った。

 

簪が新たな覚悟を決めているその頃、

ラウラは一人、夜の誰も居なくなったアリーナに一人佇んで自分が抱いた決意を再確認していた。

 

(教官‥貴女の完全無比な強さこそ、私の目標であり、存在理由‥‥)

 

ラウラの出生は、ただ戦いの為だけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた、イヴとは形式が異なるが生物兵器と言うカテゴリーでは当てはまる誕生をした。

彼女は武術、兵器の操縦では優秀な成績を残した。

だがISの出現が彼女の人生を狂わせた。

直ちにラウラにも強制的にISの適正が上がる様にナノマシン処理が行われたが、結果は失敗し、エリートだった彼女は一気に底辺に落ちて、出来損ないの烙印を押された。

だが、運は彼女を見捨てずに、彼女にとって運命的な出会いが訪れた。

それが織斑千冬との出会いだった。

彼女の教えを受け、ラウラは底辺の出来損ないから再びエリートへと返り咲いた。

そしてラウラはある日、千冬に強さの秘訣を尋ねた。

すると、千冬は、

 

「私には弟が居る‥‥」

 

と、かつてドイツで見捨てた自分のもう一人の家族の存在を隠して、千冬はラウラに何故、自分が強いのかを語る。

しかし、ラウラにはそれは分からなかった。

だが、この時の千冬の表情を見て、ラウラに暗雲がさした。

 

(違う‥‥私が憧れるのは貴女ではない。貴女は強く、凛々しく、堂々としているのが貴女なのに‥‥許せない‥認めない‥教官にあのような顔をさせる存在が‥‥)

 

月の光を浴びながらラウラは徐に左眼を隠していた眼帯を取る。

そこには禍々しい光を放つ金色の目があった。

家族を持たぬラウラにとってあの時の千冬の言葉の意味を理解できなかった事が、織斑百秋を憎む発端となった。

彼女は織斑千冬に幻想を抱き過ぎたのだ。

だが、この時発した千冬の家族と力の話も織斑一夏を見捨てた事から彼女の言葉もまた幻想だったのかもしれない。

いや、千冬にとって織斑一夏も織斑四季も家族と言うカテゴリーから外されており、彼女にとっての家族は百秋だけだったのかもしれない。

 

こうして様々な覚悟と思惑が渦巻く中、学年別タッグトーナメントは始まろうとしていた‥‥。



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40話

そしてとうとうやってきた学年別トーナメント当日。

学年別と言う事でトーナメントは、数日かけて行われる予定となっている。

 

「しかし、凄い数の人だね。外部からも大勢呼んでいるみたい」

 

イヴが観客席から周りにいる人とモニターに映る大勢の観客を見て声を漏らす。

 

「三年には企業や研究所からのスカウト。二年には此処一年間の成果の確認。それに留学生の場合は、それぞれの国の大使の人が見に来ているからね。一年生もそれなりの戦果を出せば、注目されるかもしないから皆気合が入っている」

 

簪がVIP席や許可証を持って来場した人の説明をする。

今回のタッグマッチは期間内にペア登録し、ペアが決まってない人は抽選で決まる仕組みとなっていた。

ペアと言う事で当然勝負は相方とのコンビネーションが勝利の一因になる。

よって、抽選で決まった即席ペアでの勝利率はペア申請した組よりも劣る傾向があった。

タッグトーナメントはやはり、メインである三年生からの試合から始まった。

専用機はなくともやはり、三年間の経験とISの搭乗時間は伊達ではなく訓練機ながら、一年の専用機持ちと互角かそれ以上の実力を持つ者がチラホラ居た。

本音の姉の虚も訓練機ながらもベスト3に入る実力を見せた。

二日目は二年生の試合がメインとなり、やはりと言うか当然と言うか、二年生の部で優勝したのは楯無であった。

優勝台に立つ楯無の姿を簪はムッとした表情で見ていた。

そして、最終日は今年入学した一年生の番となる。

企業はまだ一年生には期待はしていないが、今年の一年生には専用機持ちが多く、その中でも注目されているのは織斑千冬の弟であり、世界初の男性操縦者である百秋であった。

だが、二人目の男性操縦者であるはずのシャルル・デュノアはそこまで注目されていない。

その事実にイヴは違和感を覚えつつも今は他の選手について簪に尋ねてみた。

 

「かんちゃんは百秋の実力をどう見る?」

 

イヴは今回の注目選手の一人である、百秋の実力を日本代表候補生の目から見た百秋の実力を尋ねる。

もっとも簪自身、クラスが違うので普段の授業における百秋の様子を見ていないがクラス代表選抜戦とそこから特訓した事を考慮に入れて算出した百秋の実力は‥‥

 

「まだまだ代表候補生の域には達していない」

 

と、簪はそこまで恐れるレベルではないと言う。

今最も警戒するのは百秋ではなく‥‥

 

「問題はドイツの代表候補生‥‥」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ‥か‥‥」

 

「うん、彼女は多分一年生の中でも最強の部類だと思う」

 

簪の言う通り百秋も注目されていたが、今回の一年生の部ではラウラが優勝候補として名前が挙がっている。

一応自分も日本の代表候補生でもあり、専用機持ちなのだが、本職のIS部隊の軍人と比べられるとその注目度は落ちてしまう。

 

「フランスの二人目についてはどう思う?」

 

「シャルル・デュノアもドイツの代表候補生程じゃないけど、なかなかの強敵だと思う‥‥でも‥‥」

 

「でも?」

 

「でも、彼には何か違和感を覚える」

 

簪もやはり、シャルルには違和感を覚えていた。

 

「彼‥本当に男なのかな?」

 

「ん?」

 

「さっき、遠目で見たけど、彼の仕草は何か不自然と言うか、無理に覚えたと言うか、慣れないのに無理矢理やっているみたいな感じがするの‥‥それに一人目の彼と一緒に居る時、嬉しそうと言うか照れているようにも見える‥‥」

 

「まさか、あの二人‥ボーイズラブとか?」

 

「うーん‥そんな感じにも見えなくはないけど、それでもやっぱり違和感がある‥‥」

 

簪は考え込む仕草で違和感が何なのかを探るが明確な答えは出なかった。

やがて、会場のメインモニターが切り替わり、トーナメント表が表示された。

 

「あっ、対戦相手が決まったね」

 

「うん」

 

イヴと簪は一回戦目の自分達の対戦を見て、

 

「「えっ?」」

 

思わず声を上げる。

モニターに映し出されたトーナメント表には、

第一試合 更識簪 イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス vs ラウラ・ボーデヴィッヒ 篠ノ之箒

と表示されていた。

因みに百秋の試合は第二試合となっており、パートナーの名前はシャルル・デュノアと表示されていた。

 

「まさか、一回戦目に彼女と当たるなんてね‥‥」

 

「う、うん‥でも、頑張ろうね」

 

「そうだね。さて、ピットに行こうか?」

 

「う、うん」

 

イヴと簪はピットへと向かった。

 

『幸先がいいのかそれとも厄日なのか分からないが、真っ先に優勝候補をぶっ潰すのも面白そうじゃないか。アイツはお前の大切なモノを奪おうとした害獣だ。遠慮なく潰してやれ。何だったら、私が直々に出て奴を狩ってやろうか?』

 

(黙れ、かんちゃんが居る前でお前なんかが出てきたら滅茶苦茶になるだろうが!!お前の出る幕はない!!すっこんでいろ!!)

 

ピットにてイヴはピルケースから錠剤を取り出しそれを飲んだ。

 

(イヴ‥あの薬‥‥もしかして精神安定剤の類なのかな?)

 

イヴは簪が既に獣の存在を知っている事を知らない。

だが、イヴは彼女なりに簪の事を気遣っていた。

 

(姉さんの言う通り、もしイヴの中の獣が出てきた時、私で止められるかな?‥‥ううん、私が止めないといけない)

 

簪は無理にでも自分を奮い立たせた。

しかし、楯無が見せた入試試験の時のイヴは、身の毛がよだつ程の強さと冷酷さを持っていた。

そのイヴを前に自分は彼女の前に立ち塞がり、彼女を元に戻す事が出来るだろうか?

姉の前ではイヴを守ってみせると豪語した簪であったが、その心に噓偽りはないが実際にやってみろと言われると不安になる。

それが簪の体に表面化したのか、彼女は小さくそして無意識にカタカタと震えていた。

 

「かんちゃん。そんなに緊張しなくてもかんちゃんなら大丈夫だよ。かんちゃんだって日本の代表候補生なんだから」

 

「う、うん」

 

(本当は試合に緊張している訳じゃないんだけどね‥‥)

 

「かんちゃん」

 

「ん?なに?イヴ」

 

「こう言うと気分を害するかもしれないけど、ボーデヴィッヒさんの相手は、私にやらせてくれるかな?」

 

「えっ?」

 

「鈴の仇もあるけど、あの時の決着を此処でつけたい」

 

イヴの目は光を失っておらず、見た所正気を保っている様子だ。

 

「分かった。それじゃあ私は篠ノ之さんを相手にすればいいんだね」

 

「うん‥‥ごめんね。代表候補生としてはボーデヴィッヒさんと戦ってみたかっただろうけど‥‥」

 

「ううん、そんな事はないよ。それに私だと勝てるか分からないし‥‥でも、いつかは戦って勝ってみせる。ボーデヴィッヒさんにも姉さんにも」

 

「ありがとう」

 

イヴは簪を信頼して彼女に箒の相手を頼んだ。

 

その頃、ラウラと箒の居るピットでは‥‥

 

「ボーデヴィッヒ。アインスの奴は私が仕留める。だから手を出すな。お前は代表候補生同士でやりあえ」

 

箒がラウラにイヴの相手は自分が務めると言う。

だが、

 

「ふん、お前がアイツの相手だと?」

 

ラウラは箒のその言葉を聞いて鼻で笑う。

 

「なっ!?なんだ、その態度は!?」

 

ラウラの態度に気分を害した箒。

 

「そんな量産品で戦って勝てるモノか‥‥」

 

ラウラは箒が纏っている打鉄を見て完全に見下している視線で言い放つ。

 

「アイツの本性はとんでもない化け物だ。化け物を狩るのは強者の特権だ。お前の方こそあの量産機モドキの相手をしていればいい」

 

「き、貴様‥‥」

 

「言っておくが、私は最初からお前の力などあてにはしていない。クジできまったらからしょうがなく組んでやっているだけだ。でなきゃ、有象無象の一つのお前と共に出るなんてしないさ」

 

「い、言わせておけば‥‥」

 

「此処でお前を潰してもいいのだが、それだとアイツらを潰す事が出来ないから、この大会中は大人しくしてやる。これ以上五月蝿く吠えるなら容赦はせんぞ」

 

「っ!?」

 

ラウラの殺気が籠った眼光に弱腰となる箒だった。

いくら虚勢を張っても箒は普通の女子高生であり、本物の軍人の殺気が籠った眼光には勝てなかった。

 

第二試合の出番となっている百秋とパートナーのシャルルは第三ピットにてモニター越しに試合を観戦することにした。

IS学園のアリーナには四つのピットがあり、第一試合のイヴと簪は第一ピット、ラウラと箒は第二ピット、そして第三、第四ピットには百秋とシャルルを含めた第二試合に出場する選手が控えていたのだ。

 

「あの人だね?百秋が言っていたアインスさんって‥‥」

 

「ああ」

 

対戦表に出ているイヴの顔写真を見ながらシャルルが百秋に尋ねる。

 

「随分ひどい戦い方をするって言っていたけど‥‥」

 

「酷いなんてもんじゃない。シャルルも見ていただろう?この前のアリーナでの一件を!!」

 

「う、うん」

 

「あのラウラって奴もムカつくけど、アインスはもっとムカつくやつだ。どうせなら、二人ともこの試合で潰れてくれれば、俺達の優勝は間違いないのに、くそっ」

 

対戦表を見ながら苦々しく呟く百秋と「あはは‥‥」と乾いた笑みを浮かべるシャルルであった。

 

やがて、試合開始時間となり、第一試合の選手達はアリーナへと出る。

アリーナの中央にてラウラとイヴがそれぞれ対峙する。

 

「まさか、一回戦目にお前とあたるとは思ってもみなかったぞ」

 

「ええ、私も同じ意見よ‥折角の機会だし、あの時の決着をつけましょう」

 

「ふん、所詮貴様など、私の目的のための前菜にすぎん」

 

「その前菜相手に前回は随分と怯えていたように見えるけど?」

 

「貴様!!言わせておけば!!」

 

「おい、私が居る事を忘れてもらっては困るぞ!!」

 

ラウラとイヴの舌戦に箒が口を割り込む。

しかし‥‥

 

「お前は黙っていろ、付属品」

 

「なっ!?」

 

ラウラはパートナーである筈の箒を一喝して黙らせる。

 

「ふふ、付属品だって‥‥」

 

ラウラの箒に対する評価に苦笑するイヴ。

 

「お前!!何がおかしい!?」

 

イヴの態度が気に食わないのか箒が声を荒げる。

 

「いや、そのままだと思ってね」

 

「何だと!?」

 

「だって、貴女‥‥周囲からは篠ノ之束の妹と言う付属品扱いじゃない」

 

「き、貴様~言わせておけば!!」

 

イヴのこの一言に箒は顔を怒りで赤くして叫ぶ。

 

(私、完全に背景の一部か空気化している‥‥)

 

舌戦に参加していない簪は完全に三人の眼中にない。

 

(でも、上手いな、篠ノ之さんを挑発して冷静さを失わせている)

 

イヴは箒を挑発させることによって彼女を興奮させて冷静さを失わせている。

興奮すればするほど、冷静な判断が難しくなり、些細なミスを犯しやすくなる。

そして遂に試合開始のカウントダウンが表示された。

アリーナの四人がそれぞれ武器を展開して構えを取る。

 

『試合開始まであと五秒』

 

カウントダウンが始まるとざわついていた観客達が静まり返る。

 

『‥‥四‥‥三‥‥二‥‥一‥‥』

 

緊張感が最大限に高まり、

 

『試合開始!!』

 

試合開始の合図と共に、

 

「はぁぁぁぁぁー!!」

 

箒が葵を振りかざしながら、イヴへと突っ込んで行く。

 

「かんちゃん任せた!!」

 

「うん!!」

 

突っ込んで来る箒に慌てる事無く、彼女の相手を簪に任せ、イヴは横へとそれると、イヴはラウラに対してユーディキウムⅡで彼女を銃撃する。

 

「くっ」

 

ラウラも箒をそっちのけで、イヴの相手をする。

その頃、簪は箒の葵の一撃を近接武器である対複合装甲用の超振動薙刀『夢現(ゆめうつつ)』で受け止めていた。

 

「どけ!!お前に用は無い!!」

 

「そうはいかない。貴女の相手は私」

 

「ならば、早々にお前を片付けてやる」

 

「代表候補生の力を舐めないで」

 

簪の夢現と箒の葵がぶつかり合う。

互いに幼少の頃から武術をやっていただけあってなかなかの勝負だ。

だが、ここにISも含まれるとなると、勝負の行方は少々異なる。

箒は剣道はやっていたが、ISの機動については学園に入ってからだ。

一方、簪は国家代表を目指す為に中学の頃からISに触れていた。

この差は大きく、また纏っているISにも差があった。

同じ打鉄系でも防御重視の打鉄と違い、打鉄弐式は機動性に特化しており、武装も打鉄よりも豊富だ。

簪は打鉄弐式の機動性を生かして箒を翻弄させる。

 

「うっ‥‥くっ‥‥この‥‥」

 

打鉄弐式の機動性について行けない箒。

次第に追い詰められていき、防戦一方の展開となる。

 

「そろそろ、決着をつける‥‥」

 

「なにっ!?そう簡単に‥‥」

 

「夢現‥『ドレインモード』発動」

 

簪が夢現にオーダーを下すと、夢現のビーム刃の部分が色濃くなり、やがてそれは黒紫色へと変化する。

打鉄弐式の武器はイヴのISの武装データが流用されている為、今回簪が発動させた夢現の『ドレインモード』もバルニフィカスの『アブソルート』と同じ効果を持っていた。

イグニッション・ブーストで箒の懐へと入り込み彼女を切りつけ、箒の打鉄のエネルギーを奪いつつ自らの機体のエネルギーを回復し、武装を瞬間転換して、連射型荷電粒子砲『春雷(しゅんらい)』を出してゼロ距離射撃で箒を仕留めた。

 

『篠ノ之機エネルギー切れにより、戦闘不能』

 

放送で箒が脱落した事が流される。

 

(所詮付属品は付属品か‥‥大して期待はしていなかったが、此処まで使えぬとはな)

 

箒が戦闘不能となった放送を聞いてラウラは心の中で箒に毒づく。

 

(だが、私とシュヴァルツェア・レーゲンの力をもってすればこんな奴等に負ける筈がない!!)

 

ラウラは最初から箒はあてにはしていなかった為、例え箒が戦闘不能となり、一人になっても自分は負けるわけがないと絶対の自信を持っていた。

一方、試合開始からわずかな時間で戦闘不能となってしまった箒は、

 

(専用機が‥‥私にも専用機があればこんな惨めな思いはしなかった‥‥)

 

と機体の性能差が敗因だと決めつけていた。

確かに箒の言う通り、彼女の敗因には訓練機と専用機という性能の差もあるが、元をただせば経験の差だろう。

箒が簪のように中学の頃からISの国家代表を目指そうとISに触れていれば、あるいは彼女にも専用機を与えられるチャンスがあったのかもしれない。

それどころか、束の妹という事で簪よりも注目を浴びていたかもしれない。

今更『もし』『たられば』なんて話をしても遅いが、箒が簪のように中学の頃からISの国家代表を目指そうとISに触れていれば、今頃専用機を纏っていたのは簪ではなく箒だったかもしれない。

それに束の妹言うことで簪の様に専用機の開発が凍結するなんてこともなかっただろう。

だが、これは本当に今更の話だ。

 

(元々訓練機では、搭乗者が変わるたびにフォーマットをしているからレベル1の状態でボスに挑むようなものだ。そんなのあまりにも不公平じゃないか‥‥)

 

箒は條ノ之束の妹という立場にありながら専用機がないことを嘆いていた。

百秋だって男という理由で代表候補生でもなく、企業や軍属でもないのに無償で専用機をもらっているが、本当はブリュンヒルデこと織村千冬の弟だから専用機を与えられたに違いない。

IS界で有名な人物の関係者なのになぜ、自分には専用機が与えられない。

箒は自分の環境に対して項垂れることしか出来なかった。

 

(そもそも姉さんがISなんて物を作らなければ、こんなことにはならなかったんだ‥‥姉さんがISなんて作らなければ、今頃私は百秋と普通の高校生活を送れていたはずなのに‥‥全部姉さんが‥‥姉さんが悪いのに‥‥それなのに姉さんはどうして私に専用機をくれない?私は貴女の妹なのに‥‥)

 

そして、今の現状をすべてはISを開発した束のせいにした。

 

箒と簪が戦っていた頃、イヴとラウラの戦いも近接戦闘から始まっていた。

AICでイヴの動きを止めても先日のようにドラグーンがある以上動きを止めて一方的に攻撃するのは無理。

しかも、今回はタッグ戦、ペアの簪だっている。

ならば、ドラグーンを使用できないように自分自身に意識を集中させる戦術しかない。

そのため、ラウラはイヴに近接戦を挑んだのだ。

シュヴァルツェア・レーゲンの両腕に装備されているプラズマ手刀とバルニフィカスの大鎌モードのビーム刃とバルニフィカスの柄がぶつかり合うたびにアリーナに戦いの戦歌が木霊する。

 

隙を見てラウラが大口径レールカノンをぶっ放せば、それを迎え撃つようにイヴもレールガンを発射する。

互いに衝撃波を受けて飛ばされながらもラウラはワイヤーブレードを出してイヴを絡めとろうとするが、ドラグーンがワイヤーブレードの行く手を遮る。

有線であり、数が圧倒的に少ないワイヤーブレードと無線式で数の点でもまさかドラグーン相手ではラウラの方が不利である。

互いに距離を取り、息を整えていると、

 

「おまたせ」

 

簪がイヴに声をかけた。

 

「あれ?もう終わったの?」

 

「うん」

 

箒が戦闘不能となった事は放送されたのだがイヴはラウラとの戦いに集中していたために聞き逃していた。

イヴがチラッと箒の方を見るとそこには自分の環境を嘆き打ちひしがれている箒の姿があった。



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41話

学年別のタッグトーナメント最終日。

一年生の部、第一試合は、優勝候補であるラウラ・ボーデヴィッヒ 篠ノ之箒ペアが不利な状況となっていた。

ラウラのパートナーである箒は既に簪に倒されており、残るはラウラ一人となっていた。

だが、イヴはあくまでもラウラとは一対一で戦うことを望み、簪はそんなイヴの意を汲んで二人の戦いを見守っていた。

ラウラは再びプラズマ手刀を出してイヴに近接戦闘を挑む。

イヴもそんなラウラを迎え撃つかのようにバルニフィカスを大鎌モードにしてラウラへと接近していく。

ラウラのプラズマ手刀とイヴのバル二フィカスが幾度もぶつかり合う中、ラウラの一瞬の隙をついてイヴはバルニフィカスの柄でラウラの腹部を突く。

 

「ぐはっ!!」

 

体勢が崩れたことで均衡も破れた。

ラウラの腹部に再び強烈な衝撃と痛みが襲う。

イヴは今度、ラウラの腹部を思いっきり蹴り飛ばした。

そして、バルニフィカスを大鎌から大剣に変えてラウラに斜め左から剣撃と共に蹴りを加える。

この一撃がとどめとなり、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのエネルギーはかなりの量を減らされた。

 

「ぐっ‥‥ごほっ‥‥」

 

剣撃と共に蹴りをくらったラウラはアリーナの隅まで飛ばされ、息を整えつつ立ちあがろうとするが、膝が笑ってうまく立てず、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

 

(私は負けない‥‥負けるわけにはいかない‥‥)

 

ラウラは歯を食いしばってイヴを睨みつける。

イヴは無表情のままラウラを見つめながら彼女と対峙する。

 

(敗北させると決めたのだ!あの男を私の力で完膚なきまでに叩き伏せる!)

 

(徹底的に動かなくなるまで完全に破壊するまで‥‥)

 

(それを‥‥それを、こんな前菜如き化け物に邪魔されてたまるか!!)

 

(この化け物とあの男を倒すには力が必要だ!!絶対的な‥何物にも負けない力が!!)

 

(欲しい‥‥圧倒的な力が欲しい!!)

 

ラウラが此処の中で貪欲なまでに力が欲しいと願ったその時、

 

『汝、自らの変革を望むか?』

 

(っ!?な、なんだ!?)

 

『より強い力を欲するか?』

 

突然ラウラの頭の中から機械めいた男の声が聞こえた。

その声を聞いたラウラは躊躇せず、何の疑問も抱かずにその男の声に答える。

 

(よこせ!唯一無二の絶対を――比類なき最強を私によこせ!!)

 

ラウラが心の中でそう絶叫するとシュヴァルツェア・レーゲンが激しい電撃が放たれた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

余りの急展開にイヴも簪も‥そして会場の観客達全員が戸惑うばかりであった。

 

「な、なに?あれ?」

 

「わかりません。形態移行ではなさそうだけど‥‥」

 

そんな中、ラウラのISの装甲がいきなりスライムの様に溶けだして、やがてはドロドロの液状になるとラウラの全身を包み込んでいた。

そしてそのまま装甲の泥はラウラを飲み込み、彼女の姿は見えなくなる。

 

『ハハハハハ‥‥こいつは驚いた』

 

イヴの中の獣がラウラの異常を見て声を上げる。

 

『あの銀髪もどうやら、心の中にとんだ闇を持っていたようだな』

 

(心の闇?)

 

『そうだ一夏。もっともお前ほどではないがな』

 

(あ、あれは一体何なの?)

 

『さあな。私はISの研究者じゃない‥ただ、あの銀髪の心の中にお前や私と似た存在の匂いを感じただけだ』

 

肝心な部分を知らないと言う獣。

 

「か、かんちゃん。ISって、あんな変形が出来る物もあるの?」

 

獣があてにならないので、イヴは簪に聞いてみた。

 

「そ、それはないよ。いくら形態移行でも装甲が溶けて操縦者を飲み込むなんて聞いたことがない」

 

今この場でISとの関わり経験が長い簪でさえ、目の前の光景は見た事も聞いた事もない現象だと言う。

ラウラを包み込んだシュヴァルツェア・レーゲンだったモノは球体となり、心臓の鼓動みたいにドクンドクンと脈を打ちながら変形し始めた。

そして目の前に立っているのは、ラウラの姿でもシュヴァルツェア・レーゲンの姿でもなく、打鉄を纏った千冬に似たモノだった。

ただし、顔はのっぺらぼうの様で目も鼻も口もなく、輪郭と髪型から織斑千冬の姿が想像できるようなもので、すべてが黒一色に染まった不気味な姿であった。

そして、その手にはシュヴァルツェア・レーゲンの装備には無く、むしろ百秋の白式の装備品である雪片が握られていた。

 

「雪片?」

 

「で、でもシュヴァルツェア・レーゲンの装備に雪片は無い筈‥‥」

 

イヴと簪がこの目の前の千冬モドキにどう対処すればいいのか戸惑っていると、千冬モドキは雪片を振りかざしてイヴへと迫って来た。

 

「くっ、どうやらあの織斑千冬モドキは戦いを望んでいる様だ‥‥」

 

イヴはバルニフィカスで千冬モドキの雪片を受け止める。

 

「イヴ!!」

 

「簪は危ないから下がって!!」

 

「で、でも‥‥」

 

「いいから!!このままだと簪も巻き込まれる!!」

 

「う、うん」

 

簪は渋々イヴの指示に従ってアリーナの隅へと避難した。

 

「全く、その姿‥‥見ているとイライラする‥‥」

 

千冬モドキの雪片とイヴの大剣モードのバルニフィカスが鍔迫り合いをして、イヴの目から光が消えかけたその時、

 

「邪魔だ!!そこをどけ!!」

 

「っ!?」

 

背後から百秋の声が聞こえ、イヴは千冬モドキを押し退けて横へとそれた。

その直後、千冬モドキの雪片と百秋の雪片がぶつかり合う。

 

「お前だけは‥‥お前だけは許さねぇ!!」

 

百秋は怒声を上げて千冬モドキとやりあっている。

彼の乱入で興ざめしたのか光を失いかけていたイヴの目に再び光が宿る。

 

「百秋!!一体どうしたのさ!?」

 

「アイツ千冬姉の真似なんかしやがって!!ぶっ飛ばしてやる!!!」

 

ピットから突然出て行ってしまった百秋の事が心配になったのかシャルルが追いかけてきた。

 

「シャルルは箒を頼む!!アイツは俺がぶん殴る!!」

 

百秋に頼まれてシャルルはアリーナに取り残されていた箒をピットへと連れて行ったが、やはり彼が心配なのか箒を避難させた後、シャルルは再びアリーナに戻って来た。

 

管制室でもラウラの異変は当然見ていた。

 

「あれは‥‥」

 

千冬がラウラの異変を見て言葉を零す。

 

「知っているんですか?織斑先生」

 

「ああ、あれはVTシステムだ」

 

「VTシステム?」

 

「Valkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)の略だ」

 

「それって一体どんなシステムなんですか?」

 

「過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムで現在あらゆる企業・国家での開発が禁止されている御禁制のモノだ」

 

「それがなんでボーデヴィッヒさんのISに?」

 

「さあな、だが、VTシステムの存在は見た所、ボーデヴィッヒ自身にも知らされていなかった様子だ‥‥」

 

(先日の無人機と言い、今回のVTシステムと言い‥まさか、これもアイツの仕業なのか?)

 

「山田先生、教員部隊の編成を‥‥このままだとアリーナが廃墟にされかねん」

 

「そ、それが‥‥殆どの教員の方は来賓の方や生徒達の避難誘導に割かれていて動ける教員は殆どいません。さらに訓練機も大半を生徒に貸し出しているので、使うには一度フォーマットをしてからでないと‥‥」

 

「くっ‥‥」

 

大会と言う事で学園の訓練機は生徒に貸し出してあり、更に先日の無人機襲来の折、機体が何者かに盗まれてしまった事から機体の数も足りない。

人員も各国の大使や企業の役員、研究所の研究員らのVIPと生徒の避難誘導に割かれていて部隊を編成するのにも時間がかかる。

機体もなく、人員を集めるにも時間が掛かるこの状況‥‥

千冬には何も出来ずにただ、弟がこの事態の終息を図ってくれることを祈る事しか出来なかった。

ただ、相手はVTシステムと言う模造品だが、モンド・グロッソを優勝した時のデータを参考に作られているシステム。

つまり、百秋の相手は現役時代の織斑千冬と言う訳だ。

ISに乗って半年もたたない百秋の実力で勝てる筈がなかった。

 

『ハハハハハ‥‥見ろよ、一夏。さっさと逃げればいいものを‥アイツ、模造品ブリュンヒルデ様と戦うつもりだぞ』

 

(‥‥)

 

獣が模造品ブリュンヒルデ様に戦いを挑んでいる百秋を滑稽だと言って笑っている。

だが、当然の結果で百秋が勝てるわけがなく、千冬モドキの雪片の攻撃を受けてふっ飛ばされる百秋。

 

『素晴らしい。最高のショーだと思わんかね?おぉ‥ハハハハハ‥‥見ろ、人(百秋)がゴミの様だ。ハハハハハ‥‥』

 

ふっ飛ばされた百秋の姿を見て、爆笑している獣。

正直に言って五月蝿い。

 

「このっ‥雪片、零落白夜発動!!」

 

百秋は切り札である零落白夜を起動させて、一撃必殺の短期戦に持ち込もうとしていた。

しかし、いくら威力が強力な武器でも使い手がそれを使いこなす実力が無ければ宝の持ち腐れで百秋は千冬モドキに返り討ちに合い、雪片は弾かれて零落白夜を使用したせいか白式のエネルギーも切れて強制解除された。

ISを纏わぬ相手に興味がないのか千冬モドキは百秋に追撃をかける事無く、アリーナの中心で静かに鎮座している。

ISが強制解除されて使えるモノも自分の拳と蹴りぐらいしかないにも関わらず百秋は、

 

「うおおおおっ!!!」

 

千冬モドキに向かおうとする。

 

「百秋!!なにしているんだよ!!生身で向かって行っても死ぬだけだよ!!」

 

千冬モドキに向かって行く百秋を慌ててシャルルが肩を掴んで彼を止める。

 

「放せ!!邪魔をするならお前も‥‥」

 

「いい加減にして!!!」

 

パアン!!!

 

アリーナに乾いた音が響く。

 

「シャルル?」

 

一応ISは部分解除しているが、乾いた音の正体はシャルルが百秋の頬を叩いた音だった。

 

「生身でISに勝てると思っているの!!?それにISのない今の百秋ならあっさりと殺されるよ!!!」

 

「五月蝿い!!!あのデータは千冬姉のデータだ。千冬姉の千冬姉だけのものなんだよ!!!」

 

要するに百秋が許せないのは大好きである姉の千冬の紛い物が現れ、その紛い物が千冬の剣、剣術を使っている事が気に入らないと言う理由からだった。

 

「それにあんな訳の分からない力に振り回されているボーデヴィッヒも気に入らない。だからあのISもボーデヴィッヒも一発ぶん殴る!!!」

 

(下らないプライド)

 

百秋の怒る理由を聞いてイヴは呆れる。

確かに模造品に関しては怒る理由にはなるかもしれない。

美術品でも本物ではなく精巧に作られた模造品を掴まされれば怒りたくはなる。

だが、剣術に関しては怒る理由にはならないだろう。

優れた技術は後世に伝え残すべきだ。

千冬が編み出した剣術が剣術界において残すべき素晴らしい技術であるのならば、一人でも多くの人にその技術を継承するべきなのではないだろうか?

彼が怒っているのは彼一人のエゴにしか見えない。

 

「シャルル、エネルギーを‥‥リヴァイヴのエネルギーを俺にくれ!!」

 

「えっ?」

 

百秋はシャルルにISのエネルギーを分けてくれと言う。

 

「出来ないか?」

 

「‥できなくはないと思うけど‥‥」

 

「なら、頼む!!」

 

百秋の頼みにシャルルは戸惑った。

今、エネルギーを分ければ彼は再び千冬モドキに戦いを挑むだろう。

でも、また戦って勝てるだろうか?

いや、答えは『NO』だ。

また零落白夜を使用して返り討ちに合ってエネルギー切れを起こすのが目に見えている。

その場合あの千冬モドキが今度は彼の命を取らないと言う保証はない。

シャルルが戸惑っていると、アリーナ中央に鎮座していた千冬モドキが行動した。

千冬モドキはイヴを指さしたのだ。

 

『おい一夏、模造品ブリュンヒルデ様から御指名が入ったみたいだぞ』

 

(‥‥)

 

このまま放っておいてもいずれは避難誘導を終えて教師部隊が到着するだろうけど、あの千冬モドキがこのままじっとしている保証はない。

相手が自分を御指名と言うのであれば、自分が相手をしている間に教員部隊が来るまでの時間稼ぎをするのが今できるベストの選択なのかと思ったイヴ。

イヴは千冬モドキの御指名に答えるかのように前に出る。

 

「イヴ‥‥」

 

後ろから簪は心配そうに声をかける。

 

「教員部隊が来るまでの時間を稼ぐだけだよ。大丈夫」

 

イヴは簪に微笑んで彼女の心配を和らげようとする。

流石にこの事態に教員が鎮圧に来ない筈がないと思ったイヴは、今は観客の避難誘導をしているので、ソレが終わったら、きっと来てくれると信じていた。

そしてイヴはバルニフィカスを出して千冬モドキへと向かって行く。

 

「‥‥」

 

しかし、簪には一抹の不安が付き纏った。

 

千冬モドキとイヴが対峙している中、

 

『デュノア。聞こえるか?』

 

「織斑先生?」

 

シャルルのISに千冬から通信が入った。

 

『お、繋がったか‥デュノア。聞こえるか?』

 

「はい」

 

『お前は織斑と共にピットに避難しろ』

 

「なっ!?」

 

千冬の言葉に百秋は絶句する。

 

「な、なんでだよ!?千冬姉!!」

 

そして、千冬の指示に納得のいかない百秋は千冬に反論する。

 

「織斑先生だ。そもそもお前に勝てる相手だと思っているのか?相手は模造品だが、現役時代の私なのだぞ」

 

「で、でも‥‥」

 

「デュノア、いいからソイツをピットに放り込め」

 

「は、はい」

 

シャルルは百秋を掴んでピットへと戻る。

 

「は、放せ!!シャルル!!俺がアイツを倒さなければならないんだ!!」

 

シャルルの手によってピットへと連れていかれる百秋はアリーナに木霊する程の大声を残してピットに放り込まれた。

しかし、イヴと千冬モドキの戦いを見届けるかのように簪はアリーナに残った。

 

「織斑先生、教員部隊の編成ですが‥‥」

 

山田先生がようやく教員部隊の編成が出来る程の人員が集まり出したことを千冬に報告する。

 

「必要ないでしょう」

 

「えっ?」

 

「奴はどうやらアインスを御指名したみたいなので、教員部隊が来る頃には終わっている筈だ。よって教員部隊は周辺警備に回せ」

 

「で、ですが‥‥」

 

「先日の様に訓練機をまた強奪されては立つ瀬がないでしょう?」

 

「は、はい」

 

イヴの考えとは裏腹に千冬は編成された教員部隊をVTシステムの鎮圧ではなく、学園の周辺警備に回した。

先日の様にVTシステムにかかりっきりになっている隙に訓練機を再び強奪でもされたりしたら、それこそ目が当てられない。

 

その頃、アリーナでは対峙した千冬モドキとイヴは互いに獲物を構える。

互いにじりじりと滲み寄りながら機会を窺う。

そして‥‥

 

ダッ

 

ダッ

 

ガキーン

 

互いに動き出すと千冬モドキの雪片とイヴのバルニフィカスがぶつかり合う。

 

(もしかしてコイツ‥‥)

 

千冬モドキの動きを見て、先程百秋の相手をして居た時よりも動きが全く違う。

コイツはもしかして強者と戦う事を望んでいたのだろうか?

鍔迫り合いを止め弾き飛ばすが相手はすぐに斬り掛かってくる。

上段からきたと思えば次は瞬時に横一閃へと転換したり、突きや下段からの斬り込み。

完全にこれは剣道などではなく、実戦向きの剣術であった。

間合いを離そうともすぐに詰めてくる。

 

『おいおい、防戦一方じゃねぇか、一夏。しっかりしろよ。このままじゃ、この千冬モドキに殺されちまうぞ』

 

獣が真剣勝負の最中に茶々をいれてくる。

 

(うるさい!!)

 

集中している中、横から茶々を入れられると集中力が乱れる。

獣に対して文句を言っているとそれが仇となった。

 

「っ!?」

 

右わき腹に痛みが走る。

見てみると斬り傷と一筋の血が流れ出ていた。

 

「くっ」

 

「イヴ!!」

 

そして千冬モドキは再び斬りかかって来ると、相手の腹部に蹴りを放ち無理やり間合いを離す。

だが、千冬モドキはすぐに詰めてくる。

それから何合打ち合ったかわからないが、一行に教員部隊が来る気配がない。

こうなれば、もうこの千冬モドキは倒してしまおう。

そう思ったイヴは、

 

(くっ、千冬モドキも元はIS‥ならば、エネルギーを吸い尽くすまで!!)

 

イヴはバルニフィカスのアブソルートモードを発動させ、一気に勝負をかけようとした。

だが、教員部隊を待っていた為、勝負を長引かせたのが仇となり、脇腹からの出血はイヴの体力と集中力を思った以上に奪っていた。

当然イヴに投与されたバハムートもイヴの怪我を治療するが、ドロリーの様に一瞬で傷が治る訳では無い。

反対に千冬モドキはISと言う完全な機械なのか体力、集中力が切れると言う事がない。

千冬モドキとイヴの獲物がぶつかり合った。

 

ガキーン

 

そして、一本の剣が宙を舞った。



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42話

学年別タッグトーナメントにてラウラの様子が突然、豹変した。

シュヴァルツェア・レーゲンは固い装甲から黒いドロドロの様なモノになり、ラウラはそれに包まれたかと思ったら、打鉄を纏う千冬そっくりの姿となった。

本物の千冬曰く、ラウラに起こった異変はVTシステムによるものだと言う。

VTシステム‥‥Valkyrie Trace Systemは過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムで今のラウラは現役時代の織斑千冬のコピー状態となっていた。

しかし、そこにラウラ自身の意識はなく、ただ強者を求めて戦う戦闘マシーンに近い状態となっていた。

千冬のコピーと言う存在がどうしても許せなかった百秋は戦いを挑むが、あっさりと返り討ちにされた。

千冬モドキは最初から百秋など眼中になかった様で彼を返り討ちにした後、自分の対戦相手にイヴをご指名してきた。

イヴは時間を稼げばやがて教員部隊が来てくれると思って戦っていたのだが、いくら待っても教員部隊は来ない。

そんな中、千冬モドキと戦っていたイヴは脇腹を切りつけられた。

負傷しながらも戦うイヴ。

そして千冬モドキとイヴの獲物がぶつかり合った時、一本の剣が宙を舞った。

飛んだのはイヴのバルニフィカスだった。

イヴの獲物を弾き飛ばした千冬モドキはイヴに止めをささんとばかりに雪片を振り上げて一気に振り下ろした。

 

「イヴ!!」

 

簪が叫ぶ。

イヴが殺される‥‥

そう思った簪であったが‥‥

 

パシッ

 

「なっ!?」

 

「くっ‥‥」

 

イヴは千冬モドキが振り下ろした雪片の一撃を見事な真剣白刃取りをして千冬モドキからの脳天唐竹割りから逃れた。

 

「このっ」

 

そして、千冬モドキの腹部に蹴りを入れて自分から引き離す。

蹴りを食らった千冬モドキは思わず手に持っていた黒い雪片を手放してしまうが、体勢を立て直した時、千冬モドキの手には新たな黒い雪片が握られていた。

そしてイヴが手に持っていた黒い雪片はドロッとチョコレートの様に溶けだしてやがて消えた。

どうやら、この黒い雪片はあの千冬モドキが握っていないと形を維持する事が出来ない様だ。

新たな雪片を出した千冬モドキはイヴに斬りかかって来る。

イヴはドラグーンを飛ばして千冬モドキの牽制を図る。

しかし、千冬モドキは最小限の動きでドラグーンの攻撃をかいくぐりイヴとの距離を詰めてくる。

 

「くっ」

 

イヴは次に衝撃砲を撃つがあくまでも牽制に過ぎず、ドラグーンの攻撃同様、千冬モドキに当たる事が無い。

イヴはアリーナを飛び回り、千冬モドキの攻撃を躱す。

そんな中、イヴの眼前に百秋が弾き飛ばされた雪片が落ちていた。

イヴは咄嗟に落ちていた雪片を拾い上げる。

ISの武装には通常ロックが掛けられておりライフルの場合手に持つことは出来るがロックが掛けられている場合は引き金を引くことは出来ない。

だが打鉄の主兵装である大剣の葵等の刃物類はこうしたロックからの基準に外れている。

雪片の場合はロックか掛けられているとビーム刃、零落白夜は使用不可能の状態なので模造刀と同じだがISのコアとアクセスする事の出来るイヴならば武装に掛けられているロックを解くことも可能なので、武装ロックを気にする事は無かった。

イヴの右側のもみあげが伸びて、雪片と絡みあう。

そして、ナノマシンによる高速処理で雪片にかけられているロックを解除し始めた。

 

『雪片武装ロック解除、アンロックモードへ移行』

 

空間パネルに雪片の武装ロックが解除され、これで誰でも雪片が使用可能となった。

 

(アイツの武器と言うのが気に入らないけど、この際、文句は言っていられない)

 

イヴは白式の雪片を構えて千冬モドキを迎え撃つ。

 

 

此処で時系列は少し巻き戻り、視点も変わる。

 

 

「シャルル!!なんで俺を連れ戻した!?」

 

ピットでは百秋がシャルルに食って掛かっていた。

彼はシャルルの胸倉をつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いである。

そこへ、

 

「当然の処置だ。馬鹿者」

 

「織斑先生‥‥」

 

「千冬姉」

 

「織斑先生だ。何度言わせる気だ?馬鹿者」

 

千冬がピットに現れた。

 

「織斑先生、何故俺に戦わせてくれなかったんです!?」

 

「お前如きで今のボーデヴィッヒを倒せると思っているのか?模造品とはいえ今の奴は現役時代の私なのだぞ」

 

本人に直接言われてちょっとだけショックを受ける百秋。

 

「いくら、零落白夜が強力でも今のお前では宝の持ち腐れだ」

 

「アイツなら、倒せるって言うのか?」

 

「さあな‥‥だが、もしアイツがやられる様ならばアイツは最強でなかったと言う事だ」

 

千冬はピットの出入口で戦況を高みの見物と洒落込み、百秋とシャルルもそれに続いた。

そして、イヴのバルニフィカスが千冬モドキによって弾かれた。

 

「あっ‥‥」

 

(アイツもよく、頑張ったが此処までか‥‥)

 

(いいぞ、ソイツをそのままやっちまえ!!)

 

アリーナに居た簪が、イヴがやられると思ったのと同じようにピットにいる三人もイヴがやられると思ったのだが、イヴは千冬モドキが繰り出した脳天唐竹割の一撃を真剣白刃取りをして逃れた。

 

「すごい‥‥」

 

シャルルが思わず呟く。

 

(ちっ、あと少しだったのに)

 

百秋は此処の中で舌打ちをした。

 

(なかなかしぶといな)

 

千冬はイヴのしぶとさに感心した。

そして、イヴはバルニフィカス以外の武器で最大限の抵抗をするが、千冬モドキは降り注ぐドラグーンのビームと衝撃砲の壁を回避したながら千冬モドキはイヴとの距離を詰めてくる。

イヴはアリーナを飛び回り、千冬モドキと距離を取ろうとする。

バルニフィカスがなく、近接戦闘武器が無い今のイヴにとって近接型の千冬モドキとは相性が悪い。

そんな中、イヴは百秋が落とした雪片を拾った。

 

「アイツ、俺の雪片を!!」

 

自分の武器が使われた事に声を上げる百秋。

 

「でも、おかしいな‥ISの武器には普通ロックが掛けられている筈だから、アンロックしない限り、他人が使用できるはずがないんだけど‥‥」

 

シャルルが雪片の本来の持ち主でない筈のイヴが雪片を使用しているのに疑問を持つ。

 

「織斑、ちゃんとロックはかけたのか?」

 

千冬は百秋がロックをかけ忘れたのではないかと疑う。

 

「ちゃんと掛けたよ!!俺以外雪片は使えない筈だ!!」

 

「だが、奴は現に雪片を使っているぞ」

 

百秋はちゃんとロックは掛けたと言ったが、現実に目の前でイヴが百秋の雪片を使用している。

彼にしてみれば、どうしてイヴが自分のISの装備である雪片を使用できるのか理解できなかった。

 

(イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスさん‥‥ちょっと興味が湧いたかも‥‥)

 

シャルルはイヴの行動を見逃さないと彼女の姿をジッと見ていた。

 

 

千冬モドキの黒い雪片とイヴが手に持つ白い雪片がぶつかり合う中、

 

(雪片の零落白夜は確かに強力だけど、バリアー無効効果と言う事はISの特殊バリアーも無効にすると言う事‥‥それはつまり、搭乗者の命も危険に晒すわけだ‥‥このまま斬ったりしたら、中に居るボーデヴィッヒさんも殺してしまうかもしれない)

 

雪片を振りながらイヴは千冬モドキの中にいるラウラの身を案じる。

 

『いいじゃないか、イヴ。お前はあの害獣を一度は殺そうとしたのだぞ。今殺すのも後で殺すのも変わらないじゃないか』

 

獣がイヴに囁く。

 

(うるさい!!)

 

確かに獣が言った通り、確かにあの時イヴはラウラを殺すつもりであったが、今はラウラに対して殺意は抱いておらず、ただ純粋にISで思いっきり戦いたかった。

今こうして千冬モドキと戦っているのはラウラを元に戻したい為だった。

自分が戦いたいのはこんな千冬モドキではなく、ラウラ・ボーデヴィッヒ個人だ。

 

(ハッ!?そう言えば、コイツも元はIS‥なら、私の力で強制解除が出来るかも‥‥)

 

イヴは此処に来て雪片のアンロックを強制解除したようにラウラを包み込んだあのドロドロも解除できるのではと思った。

 

(一か八かやってみるしかない!!)

 

イヴは意を決して千冬モドキへと向かって行く。

千冬モドキはそんなイヴに対して突き技を繰り出して来た。

イヴは手に持っていた雪片を放り投げて千冬モドキが繰り出して来た突き技を空中でんぐり返しで躱し、それと同時にISを解除して千冬モドキの背中に抱き付く。

そして、イヴの髪の毛が伸びて千冬モドキの背中の中にズブズブと入って行く。

 

グッ‥‥ガッ‥‥ギッ‥‥

 

ナ、ナンダ‥‥コレハ‥‥

 

ワ、ワレノナカニナニカガハイッテクル‥‥

 

グオッ‥‥ジョ、ジョウタイヲ‥‥イジデキン‥‥コ、コノママデハ‥‥

 

ナ、ナゼダ‥‥

 

ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥ナゼダ‥‥!!!!!

 

イマノガハサイキョウノソンザイノハズナノニ‥‥

 

サイキョウノワレガナゼコンナコムスメゴトキニ‥‥

 

フザケルナ‥‥フザケルナ‥‥フザケルナ‥‥

 

ミトメン!!ミトメン!!ミトメンゾ!!

 

ワレハゼッタイニミトメンゾ!!

 

ワレハブリュンヒルデナルゾ!!

 

ワレハサイキョウナノダゾ!!

 

ワレヨリモサイキョウノソンザイナドミトメン!!

 

グオッ‥‥コ、コンナコトガアッテ‥タ‥マ‥ル‥カ‥‥

 

千冬モドキはその形を崩し始め、雪だるまが日の光を浴びて溶けるかのように溶けだした。

そして、中からは意識を失ったラウラがズルリと出てきた。

 

「ボーデヴィッヒさん!!」

 

イヴは髪の毛を元の長さに戻して千冬モドキから出てきたラウラを抱き上げる。

ラウラはちゃんと呼吸しているので彼女は生きている様だ。

今は眠っているみたいだった。

千冬モドキは溶けてアリーナの床に水たまりの様になった。

 

(元はボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲンだったのに原型をとどめていない‥‥本当にISってどんな構造をしているんだ?)

 

溶けた千冬モドキを見てISの構造理論を疑問に感じるイヴ。

そこへ、

 

「イヴ!!」

 

千冬モドキを倒したと判断した簪がイヴ近づく。

 

「やったの?」

 

「あ、ああ‥どうやらそうみたい‥‥」

 

アリーナの床に広がる黒いドロドロを見てイヴは呟く。

 

 

「な、なにをしたんだ?アイツは!?」

 

一方、ピットにいる百秋たちはイヴがどうやってVTシステムを解除したのか全く理解できなかった。

千冬モドキの突き技をよけて突然ISを解除して背中に抱き着いたと思ったら、千冬モドキの体がいきなり溶けだしたのだ。

 

(心なしか、アインスさんの髪の毛が伸びたように見えたんだけど‥‥)

 

シャルルは雪片を拾った時もそうであったが、千冬モドキの背中に抱き着いたとき、イヴの髪の毛が伸びたように見えたのであった。

でも、今のイヴは髪の毛の長さは元に戻っていたので見間違えかと思ったため、百秋にも千冬にも尋ねなかった。

 

(ますます興味深い存在だ‥‥織斑百秋よりも‥‥彼女の事、もっと詳しく知りたいな‥‥)

 

自分が見た光景が見間違えなのか本当なのか、ますますイヴと言う存在に興味が湧いたシャルルだった。

 

 

千冬モドキは溶けてラウラはこうして無事だった。

これで事態は終息したかに思えた。

しかし‥‥

 

ミトメナイ‥‥

 

ミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイ!!!!!!!

 

ミトメヌゾ!!

 

コンナコトガアッテイイモノカ!!!!!

 

ワレヨリモサイキョウノソンザイナドミトメヌ!!

 

コウナレバコムスメ!!

 

キサマヲトリコンデヤル!!

 

シンノサイキョウハコノワレダ!!

 

コノワレ‥シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデサマダ!!

 

千冬モドキだった黒いドロドロがゴポッと泡を立てると、やがてそれは次第に数を増してゆきそして‥‥

 

「っ!?イヴ!!後ろ!!」

 

「えっ?」

 

簪が大声をあげてイヴに注意喚起をする。

イヴが振り返るとあの千冬モドキを形成していたあの黒いドロドロが今度はイヴめがけて襲い掛かってきた。

 

「うわぁっ‥な、何よ!?コレ!?」

 

突然のことでイヴも反応が遅れた。

イヴがもがきながら黒いドロドロから逃れようとするがまるで底なし沼にはまったかのようにもがけばもがくほど体は黒いドロドロの中に沈んで行き、しかも今の自分はラウラを抱えている状態で両手が使えない。

 

(ひとまず、ボーデヴィッヒさんだけでも‥‥)

 

イヴはまず、助け出したばかりのラウラが再び飲み込まれないようにするため、

 

「かんちゃん!!ボーデヴィッヒさんを!!」

 

乱暴ではあるが、ラウラを簪の方へと放る。

放り投げられたラウラを簪はキャッチして、床へと置く。

 

「イヴ!!」

 

そして、簪は必死に手を伸ばして次はイヴの体を引っ張り出そうとする。

 

「かんちゃん!!」

 

イヴも黒いドロドロに飲み込まれながらも必死に簪へと手を伸ばす。

 

「イヴ!!イヴ!!」

 

「かんちゃん!!」

 

二人は互いに手を必死に伸ばして何とか手をつかむことには成功したが、

 

キサマ、ジャマヲスルナ!!

 

バチッ

 

「っ!?」

 

突如、黒いドロドロが放電のようなものを行い、簪の体に激痛が走る。

その痛みに思わず簪はイヴの手を放してしまった。

 

「かんちゃん‥‥かん‥ちゃ‥‥」

 

「イヴ!!」

 

簪が手を放したその一瞬の内にイヴは黒いドロドロに完全に飲み込まれてしまった。

 

「あっ‥‥い、イヴ‥‥イヴ!!」

 

黒いドロドロに飲み込まれてしまったイヴを見て簪はがっくりと両膝をついた。

 

(助けられなかった‥‥私‥イヴを助けられなかった‥‥)

 

目の前でイヴを助けることができなかった事実に簪は大きなショックを受けた。

そんなショックを受けている簪の手にはあの黒いドロドロの一部があり、ドロドロは簪に気づかれることなく、打鉄弐式の継ぎ目から巣穴の中へ逃げるかのように入り込んでいった。

イヴを取り込んだあの黒いドロドロはラウラの時のように球体へと変化した。

 

「あ、アインスさんが‥‥」

 

シャルルはイヴが黒いドロドロに飲み込まれた光景を見て唖然とし、

 

「ちっ、厄介だな。アイツがまさかVTシステムに取り込まれるとは‥‥」

 

千冬は現状を見て苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、ピットにある内線で山田先生を呼び出した。

 

『織斑先生』

 

「状況はそちらでも確認できたか?」

 

『はい』

 

「今度はアインスの奴がVTシステムに取り込まれた。大至急周辺警備をしている教員部隊をアリーナに呼んでくれ。あと更識姉にもだ」

 

『了解です』

 

千冬はここにきて最悪の事態を想定した。

幸い会場にいた観客の避難は完了しており、今の場に居るのは管制室の山田先生、ピットにいる自分を含めた三人。

アリーナにいるラウラと簪の二人。

これだけの人数ならば避難もすぐに済むだろう。

 

「織斑、デュノア。お前たちはすぐに此処から避難しろ」

 

「「えっ?」」

 

「当然だろう?アインスを取り込んだVTシステムは再び現役時代私の姿になるだろう。そうなれば、奴はまた無差別に攻撃をするかもしれないからな」

 

「織斑先生はどうするんですか?」

 

「私は万が一のことに備えてここに残る」

 

千冬はもし楯無そして教員部隊が全滅した場合のことを考えてここに残るという。

 

「そんなっ!?千冬姉も一緒に‥‥」

 

百秋は千冬も一緒に逃げようと言う。

 

「それは出来ない」

 

「どうして!?」

 

「私にだってブリュンヒルデとしての誇りがある。模造品如きに易々と引くわけにいかない」

 

「じゃ、じゃあ俺も‥‥」

 

百秋が自分も残ると言おうとした時、

 

「雪片もなく、白式のエネルギーもないお前に何が出来る?」

 

「‥‥」

 

千冬の指摘に何も言えない百秋。

 

「織斑先生、僕も残ります」

 

すると、シャルルもこの場に残ると言う。

 

「シャルル」

 

「デュノア‥だめだ。此処は危険だ。織斑と一緒に逃げろ」

 

(万が一アイツが百秋を狙ってきたら、お前が最後の盾になるのだから、ここに残す訳にはいかんのだ‥‥)

 

「此処は戦力が少しでも必要なんじゃないんですか?」

 

「あっ、いや‥そうかもしれないが、生徒を危険な目に合わすわけには‥‥」

 

「僕にも専用機持ち、フランス代表候補生としての誇りがありますから」

 

シャルルは千冬にニコッと微笑んだ。

しかし、その笑みは何かを含んでいるようにしか見えなかった。

でも、それが何なのかは千冬にも百秋にも分からなかった。



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43話

 

学年別タッグトーナメントにてラウラのISが突如としてVTシステムが発動。

ラウラはかつてのモンド・グロッソの優勝者、織斑千冬のコピーとなり百秋を返り討ちにして次の対戦者にイヴを指名。

イヴはラウラを母体とした千冬モドキと戦い傷を負うも自らの能力にてラウラをVTシステムから解放した。

ラウラを解放し、これで事態は終息したかと思ったら、VTシステムは何とまだ稼働しており、次にイヴを取り込んでしまった。

これにより事態は終息どころか最悪の事態になりつつあった。

VTシステムが発動した時、楯無は避難誘導を命じられて観客席に居た生徒達を避難させていた。

正直、自分もアリーナの事態の終息に向かいたかったが、生徒の生命と安全を守るのも生徒会長の役割なので自分は与えられた役割を果たした。

アリーナの方へは教員部隊が派遣されると信じて‥‥

生徒達の避難誘導を終えた楯無の下にもう一度、アリーナへ来てくれと言う通信を受けた。

VTシステムに教員部隊が手こずっているのだろうか?

そう思い楯無はアリーナへと向かった。

そこで、見たのは先程よりも事態が最悪な方へ変わっているアリーナの現場だった。

アリーナでは簪が両膝をついて項垂れており、傍にはVTシステムによって飲み込まれた筈のラウラの姿があった。

しかし、VTシステムは未だ健在で黒い球体となっている。

ラウラがVTシステムの外に居るのに何故、未だにVTシステムが健在なのか?

それに簪のパートナーであるイヴの姿が見えない。

楯無は自分がアリーナを離れている時に一体何があったのかを千冬に尋ねた。

すると内容は衝撃的なモノだった。

VTシステムによって取り込まれたラウラをイヴは無事に救い出したのだが、今度はそのイヴ自身がVTシステムによって取り込まれてしまったのだと言う。

つまり、あの黒い球体の中には今、イヴが居るのだ。

簪は必死にイヴを助け出そうとしたがそれをする事ができず、項垂れているのだと言う。

楯無は千冬に何故VTシステムの対処に教員部隊を送らずに生徒であるイヴに対処させたのかを千冬に問い詰めたかったが今は妹である簪の身が心配となり彼女の下へと向かう。

 

「簪ちゃん。簪ちゃん!!」

 

「‥‥」

 

イヴを救うことが出来ずに項垂れている簪に楯無は声をかけるが、簪は何も答えない。

目は虚ろで何かブツブツと呟いている。

 

「私が‥‥私が助けないといけなかったのに‥‥守れなかった‥‥私は‥‥私は‥‥」

 

「簪ちゃん!!簪ちゃん!!ちょっとしっかりして!!簪ちゃん!!」

 

楯無が簪の体を揺すって呼びかけても簪は答えずにブツブツと独り言を呟いているだけだった。

目の前でイヴを救えなかった事がかなりのショックとなっている様だ。

 

「簪ちゃん‥‥」

 

兎も角、簪をこのまま此処に置いておくわけにはいかない。

楯無はラウラと簪をつれてピットへと戻った。

そしてVTシステムは未だに動きを見せずに黒い球体のまま沈黙を保っていた。

楯無にとってはその沈黙が不気味なくらいに静かであった。

アリーナに残った者達は現状を見守り不測の事態に備えるしか出来なかった。

 

その頃、VTシステム内の黒い球体では‥‥

 

フハハハハハ‥‥

 

ヤッタ!!

 

ヤッタ!!

 

ヤッタゾ!!

 

ツイニ‥ツイニテニイレタ!!

 

ツイニテニイレタゾ!!

 

サイキョウノニクタイヲ!!

 

コノニクタイニワレノチカラガクワワレバワレハサイキョウムテキダ!!

 

ダレニモワレヲタオスコトナドデキヌ!!

 

フハハハハハ‥‥

 

ワレコソガサイキョウノソンザイダ!!

 

アノデキソコナイノシケンカンベビーノカラダナドヨリモチカラヲカンジル‥‥

 

サイコーノキブンダ!!

 

フハハハハハ‥‥

 

VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデが最強の肉体、最強の力を手に入れて自らの力に酔いしれていると‥‥

 

『ギャアギャアうるせぇな』

 

自分の物とは違う別の声が聞こえた。

 

ムッ!?ナニヤツ!?

 

VTシステムは辺りを警戒する。

 

『何奴だぁ?テメェこそ何者だ?』

 

ワレカ?ワレハサイキョウノソンザイ、VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデナルゾ!!

 

VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデの前に不敵な笑みを浮かべたイヴが現れた。

 

ムッ!?キサマハ!?

 

『最強の存在だぁ?ブリュンヒルデの劣化コピーの分際で最強とほざくか?』

 

ブレイモノガ!!サイキョウノソンザイデアルワレニソノゲンドウ、ユルサンゾ!!

 

(バカナ!?ヤツノニクタイトイシキハワレガカンゼンニショウアクシタハズナノダガ、ナゼヤツノイシキガソンザイシテイル!?)

 

VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデはイヴの肉体と意識を完全に掌握しているにも関わらず、目の前にイヴの意識が存在している事が理解できなかった。

そんな事情を知る由もなく、イヴはVTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデを指さして、

 

『無礼者はお前の方だ。この体は私の大事な宿り木だ。それを横からのこのこと入り込んできて、ギャアギャア騒いでマナーがなってねぇ奴だ。まぁ、この体に宿っている私が言う義理じゃねぇがな。クククククク‥‥』

 

不気味な笑みを浮かべる。

 

フン、ソノヒワイナワライ‥マルデケモノダナ

 

不気味な笑みを浮かべているイヴに対してVTシステムは上から目線で呆れる様に言う。

 

『自分が獣だと言う自覚はあるさ‥だが、その獣以下の存在に私の縄張りを我が物顔でうろつかれるとイライラすんだよ‥‥』

 

イヴはちょっとイラついた感じの声でVTシステムに言い放つ。

 

ケモノイカダト!?

 

ワレガキサマノヨウナケモノイカノソンザイダト!?

 

ケモノノブンザイデコノワレヲグロウスルカ!?

 

VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデはイヴの発言に対して不快を感じたのか大声で彼女を怒鳴りつける。

 

ワレハサイキョウノソンザイ!!VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデナルゾ!!

 

『フン、最強の存在だぁ?だったら、その最強の力とやらを是非とも見せて貰おうじゃないか‥‥負ければ、お前‥消滅しちまうぞ‥‥精々頑張るんだな』

 

イヴはVTシステムに向けてニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべると次第に彼女の体が黒い霧状になりやがてイヴの体が消える。

 

フン、ミエスイタハッタリニキマッテイル。サイキョウノニクタイヲテニイレタイマノワレニカテルモノナドソンザイハシナイ!!

 

『果たしてそうかな?お前が思っている以上に世界の闇は深いんだぞ』

 

暗闇からイヴの不気味な声が何処からともなく響いてくる。

 

『お前は私に勝てるかな?フフフフ‥‥』

 

すると、VTシステムに変化が現れた。

 

グッ‥‥ウオッ‥‥ガッ‥‥クッ‥‥コ、コムスメ‥‥キサマ‥ワレニナニヲシタ?

 

ウ、ウゴケヌ‥‥

 

ラウラの体に憑依して強引に引き剝がされた時以上の激しい激痛がVTシステムを襲う。

あまりの激痛にイヴから離れたくても何故か離脱することが出来ない。

まるで金縛りにでもあったかのようである。

 

『この宿主様の体に無数に存在するナノマシン、バハムートの免疫システムを最大限に上げただけだ』

 

再び何処からかイヴの声が聞こえてくる。

 

メンエキシステムダト!?

 

『その通り‥私にとっては空気同様何も感じないが、この体にとって異物であるお前にはこの免疫システムはまさに猛毒の様なモノだ』

 

グッ‥‥コ、コンナコトガ‥‥

 

『ほらほら、どうした?最強様よぉ?早く逃げないと消滅しちまうぞ』

 

グォッ‥‥

 

『お前も原本同様、口先だけの奴か?まぁ、あいつのコピーなのだからそれも仕方がないか。ハハハハハ‥‥』

 

ガッ‥‥グッ‥‥ウゴケン‥‥カラダガ‥ヒキサカレル‥‥

 

『もっとも、のこのことやって来て他人の縄張りを勝手に荒そうとしたんだ‥そんな無礼な奴を逃がしてやるつもりは全くないけどなぁハハハハハ‥‥』

 

VTシステムは引き裂かれ、食い千切られるかのような痛みが襲い掛かるが、逃げる事も出来ず、身動きすら満足にとれない状況だった。

 

コ、コンナバカナコトガアッテタマルカ!!

 

ワレハサイキョウノソンザイ!!VTシステム・シュヴァルツェア・レーゲン・ブリュンヒルデナノダゾ!!

 

コ、コンナコトデ‥‥コンナコムスメゴトキ二マケルナドミトメンゾ!!

 

ミトメテタ‥マ‥ル‥カ‥‥

 

VTシステムも何とかバハムートの免疫システムから逃れようと必死の抵抗を見せたが結局は騒ぎ立てるだけで内も出来ずに消えてしまった。

 

『フフフ‥‥最強が聞いて呆れるぜ‥‥まぁ、あんな劣化コピーでも私の為の糧にはなったな‥‥さぁ、地獄に行っても見られない面白い殺戮ショーを見せてやるぜ。フフフフ‥‥』

 

VTシステムさえも吸収してしまった獣は暗闇の中で一人不気味に笑うのだった。

 

獣がVTシステムを吸収した事により、外でも変化が起き始めていた。

黒い球体が急に風船のように大きく膨らみ始めたのだ。

 

「な、なんだ?」

 

「膨らんでいる」

 

「ま、まさかさっきの黒い千冬姉よりも大きな千冬姉モドキが出てくるのか?」

 

ピットから様子を窺っていた千冬達はVTシステムが変化し始めた事に警戒する。

やがて、大きく膨れた黒い球体は風船が破裂するかのように音を立てて破裂するとその中からは今度は金色の球体が姿を現した。

 

「な、なにあれ?」

 

「どう見てもさっきのVTシステムとは違うね」

 

てっきり中からはラウラの時の様に黒い姿の千冬モドキが出てくるのかと思っていた一同はこの突然現れたこの金色の球体に戸惑うばかりであった。

第一、 VTシステムに飲み込まれたイヴの姿が未だに見えない。

一体イヴは何処へ消えてしまったのか?

そしてあの金色の球体は何なのか?

楯無がそう疑問に思っている時、ラファール・リヴァイヴを纏った教員部隊がアリーナに到着した。

 

『織斑先生、教員部隊が到着しましたがどうしましょうか?』

 

山田先生が千冬に教員部隊が到着した事と指示を仰ぐ。

すると千冬は、

 

「決まっている。その悪趣味な金色のボールを直ちに破壊しろ!!」

 

アリーナに鎮座している金色の球体への攻撃を命じた。

 

「ちょっと待ってください!!あの中にはアインスさんが居るかもしれないのにいきなり破壊するなんて無茶苦茶です!!」

 

楯無が攻撃命令に対して異議を唱えるが、

 

「それぐらいは分かっている。だが、アレを放置すれば学園が危険になる事ぐらい分かるだろう?」

 

「そんなっ!?まだ、調査もしていないのに危険だなんて早急すぎます!!」

 

「あれはVTシステムなのは変わらない事実だ。しかもあの化け物を取り込んでいるんだぞ!!」

 

「アインスさんは化け物なんかじゃありません!!」

 

「理由はどうあれ、あの金色の球体は破壊する。これは決定事項だ!!」

 

「そんなバカな!?攻撃をするにしても此方から手を出すのは危険ではありませんか?まだ、相手がどんな攻撃手段があるか分からないのに」

 

「モタモタしている間に事態が悪化したらどう責任を取るつもりだ?貴様は?」

 

「し、しかし‥‥」

 

「更識!!」

 

「っ!?」

 

「貴様もIS学園の生徒会長ならば優先事項は分かっている筈だ」

 

「‥‥」

 

「大勢の生徒と教員の命と生徒一人の命、どちらを優先すべきかをな」

 

千冬の言っている事はもっともに聞こえるのだが、それでもギリギリまで生徒一人の命を救おうとしないその態度に疑問を感じる楯無。

ありとあらゆることを講じて攻撃は本当に救う手段がないと分かった時の最後の手段ではないだろうか?

しかし、千冬はいきなりその最後の手段を講じようと言うのだ。

外交問題が発生して最初の交渉が上手くいかなかったので戦争だ。

千冬がやろうとしているのはまさにそんな感じだった。

 

「それは重々承知しています。ですが、攻撃はあくまで最後の手段の筈です。目標は未だに沈黙を保っています。ならば、調査をするのは今しかないと思いますが?」

 

「調査中に攻撃されないと言う保証がどこにある?」

 

「確かにそうですが‥‥」

 

「ならば、攻撃あるのみだ。攻撃は最大の防御ともいうだろう。やられる前にやらなければならんのだ!!学園を守るためにもな!!」

 

「くっ‥‥」

 

千冬の頑とした態度に思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪める楯無。

アリーナに到着した教員部隊は金色の球体を取り囲む。

 

『織斑先生、全機攻撃準備完了しました』

 

「よし、攻撃開始!!」

 

『了解』

 

千冬が攻撃命令を下すと教員部隊は構えていたライフルを一斉に金色の球体へと向けて射撃する。

凄まじい轟音がアリーナに響き渡る。

 

「撃て!!撃て!!弾を撃ち尽くすまで、撃ちまくれ!!」

 

千冬が興奮した様子で金色の球体に攻撃している教員部隊を鼓舞する。

その姿に百秋とシャルルはドン引きして、楯無はまるで親の仇を見るかのように睨みつけ、簪は未だに現実逃避をしていた。

アリーナにはライフルの銃撃音と排出された空の薬莢が床に落ちる金属音が響き渡り、音だけを聞くだけならばまるで戦争をしているかの様にも聞こえる。

やがて教員部隊は全員ライフルの弾を撃ち尽くした。

辺りには硝煙とその匂いが立ち込める。

 

「やったか?」

 

「あれだけの弾を撃ちこんだんだ。無事じゃすまないだろう」

 

「でも、生徒が一人取り込まれたって聞いたけど、大丈夫なのか?」

 

「残念だが、あの状況じゃあ生きてはいないだろう」

 

「それはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。軍事目的の為の、致し方ない犠牲だ」

 

金色の球体を取り囲んでいた教員部隊はかなりの弾丸を撃ち込んだのだから斃せたと思っていた。

やがて硝煙が晴れると、教員部隊はそこには蜂の巣状態となった金色の球体があるかと思われたが、そこにあったのは全くの無傷の金色の球体の姿だった。

 

「む、無傷だと!?」

 

「バカな!?」

 

「あれだけの攻撃を受けたのだぞ!?」

 

「傷一つ付いていないのか?」

 

普通のISでもあれだけの攻撃を受ければシールドエネルギーが切れてもおかしくはない程の攻撃だったにも関わらず、金色の球体は何事もなかったかのように傷一つ負わずにその場に鎮座していた。

 

「ど、どうなっているんだ?」

 

「た、ただの球体じゃないぞ!!」

 

「だが、VTシステムとは言え元はISだろう?一体どうなっているんだ?」

 

攻撃をした教員部隊も無傷の金色の球体に驚き戸惑う。

 

「織斑先生、目標は依然として健在です!!」

 

「どうしましょう?」

 

「こちらでも確認した‥ライフルがきかないのであれば、斬撃と打撃攻撃を行え!!あと、火炎放射器も持って来い」

 

「りょ、了解」

 

教員部隊の数人が火炎放射器を取りに行き、残りは葵や戦斧を取り出して金色の球体へと斬撃と打撃攻撃を加え始めた。

だが‥‥

 

「織斑先生、刃が全く通じません!!」

 

「こちらもです!!傷つくのは此方の装備ばかりで目標には傷一つ付きません!!」

 

斬撃や打撃の攻撃でも武器自体が壊れたり、刃こぼれをするのは教員部隊の装備だけで攻撃目標である金色の球体には傷一つ付けられない。

そこへ、火炎放射器を取りに行った教員が戻って来た。

 

「織斑先生、火炎放射器を持ってきました!!」

 

「よし、丸焦げにしてやれ」

 

「了解」

 

教員部隊は今度、火炎放射器による火炎攻撃を行った。

火炎放射器から放たれる赤々とした沢山の炎が金色の球体を襲う。

金色の球体を包囲した教員部隊からの火炎放射器による火炎攻撃で金色の球体はたちまち炎に包まれた。

 

「織斑先生!!やり過ぎです!!攻撃が通じないのであれば、此処はやはり調査をするべきです!!」

 

楯無が攻撃の中止を具申するが、

 

「うるさいぞ小娘が!!学園における非常時での指揮権は私にあるのだ!!貴様、それに逆らう気か!?」

 

千冬は声を荒げて楯無に怒鳴り散らす。

彼女の雰囲気にのまれて百秋はビビり腰になっていた。

しかし、楯無は毅然とした態度のままでいた。

やがて、火炎放射器の燃料がきれるまで火炎攻撃を行った教員部隊の目には、やはり無傷の金色の球体の姿が目に入る。

 

「う、嘘‥‥」

 

「あれだけの炎を受けて溶けてもいないなんて‥‥」

 

「それどころか変形した形跡もないぞ!!」

 

「なんなんだ?これはっ!?」

 

銃撃に斬撃と打撃攻撃、そして火炎放射器による火炎攻撃を受けながらもビクともしない金色の球体に教員部隊のメンバー達も不気味さを感じてきた。

 

「火炎放射器も通じません!!」

 

「織斑先生、どうしましょう?」

 

今ある攻撃手段全てが通じなかったこの金色の球体に教員部隊も完全にお手上げ状態となっていた。

 




※今回VTシステムを吸収した状態のイヴは遊戯王のラーの翼神竜-球体形(スフィア・モード)の形状をイメージしてください。


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44話

学年別タッグトーナメントにてラウラのISがVTシステムを発動させ、搭乗者であったラウラが飲み込まれたが、イヴの手により何とか無事に救出されたが、今度はそのイヴがVTシステムに取り込まれてしまった。

だが、そのVTシステムでさえも、イヴの中の獣に吸収されてしまった。

VTシステムを取り込んだ獣はその外見を金色の球体へと変化させた。

千冬は現状を学園の存続において最悪レベルの事態だと判断し、アリーナに到着した教員部隊に対して攻撃命令を下した。

楯無は未だにイヴの救助が終わっていない現状でいきなりの攻撃命令に対して異議を唱えたが、聞き入れてもらえず攻撃は実行された。

楯無も千冬も‥そして攻撃を実行した教員部隊のメンバーもイヴは死んだかと思われた。

だが、教員部隊のラファール・リヴァイヴのライフルによる銃撃、葵による斬撃、更には火炎放射器による火炎攻撃を受けてもイヴが取り込まれているであろう金色の球体には傷一つ付けることも出来なかった。

現状における攻撃手段が全て通じなかった事にまさにお手上げ状態だった。

 

「織斑先生、どうしましょう?」

 

教員部隊からはどうすればいいのかと指示を乞う通信が入る。

こんなことは千冬自身も想定外でまさかISの攻撃を無傷のままで防ぎきるとは思っても見ていなかった。

あの防御力では強力な威力のあるTNT爆薬を括りつけて起爆させてもダメージを与える事が出来るか不明である。

 

(考えろ‥‥何か手段はある筈だ。ISもVTシステムも人間が作り出したもの。何か弱点が有る筈だ‥‥)

 

千冬は親指の爪を噛んで何かあの金色の球体を攻撃してダメージを与える方法があると考える。

 

(あの球体‥なんだか卵みたい‥‥)

 

そんな中、シャルルが金色の球体を見てあの球体はただの球体ではなく、卵を意識した形に見えた。

卵の状態だからこそ、あの金色の球体は移動もせず攻撃もしない。

そして防御力が並外れて高いのではないだろうか?

もし、卵だとしたら一体中から何が出てくるのだろうか?

シャルルはそんな疑問を抱いていた。

 

(IS‥VTシステム‥‥人が造ったモノ‥‥IS‥‥)

 

(っ!?そうかっ!?まだ手はある!!)

 

千冬が金色の球体についての対処についてある手段が思いついた。

 

「織斑」

 

「は、はい」

 

いきなり千冬に声をかけられて百秋はビクッと体を震わせる。

 

「あの金色の球体はVTシステムによってできたモノは理解しているな?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「そして、VTシステムもまた元をただせばISの装備の一つ‥‥つまりあの金色の球体もISと変わらない‥‥ならば、零落白夜が唯一あの球体を倒す事の出来る武器だ」

 

「そ、そうかっ!?流石千冬姉!!」

 

「デュノア、更識姉、お前達のISのエネルギーを白式に供給しろ」

 

千冬はあの球体の形並外れた防御力を見て、あの球体は謎の物体だと錯覚していたがあの球体もVTシステムによって作られたモノであり、その元凶のVTシステムだってISの装備の一つにしか過ぎない。

姿形は異なってもあの金色の球体はISなのだ。

ならば、ISのバリアー無効の効果を持つ零落白夜で斬りつければダメージを与える事も可能な筈。

しかし、現在白式はエネルギーがゼロの状態なので、千冬はシャルルのリヴァイヴと楯無のミステリアス・レイディのエネルギーをよこせと言う。

 

「は、はい」

 

シャルルは千冬に応じて白式に自らの専用機のエネルギーを分けようとするが楯無は、

 

「お断りします」

 

千冬の命令を拒否した。

 

「なに?」

 

楯無の返答に千冬は眉を顰める。

 

「白式のエネルギーを回復させるのであれば、デュノア君のISで十分足りる筈です。私のISからエネルギーをとる必要はないと思いますが?」

 

楯無はほぼ無表情の状態で自分の愛機のエネルギーを白式へ供給する意味はない事を千冬に伝える。

 

「ちっ、まぁいい。デュノア、急げ。奴がまだ動けぬうちにな」

 

「は、はい」

 

シャルルはリヴァイヴからコードを出して百秋の腕についている白式の待機状態である白いガントレットにコードを繋ぐ。

 

「リヴァイヴのコア・バイパスを開放。エネルギーの流出を許可‥‥」

 

シャルルのISのエネルギーが百秋の白式の中へと流れていく。

やがて、シャルルのリヴァイヴのエネルギーすべてが白式へと供給された。

そして、百秋は再び白式を稼働させて白いISを纏う。

雪片は未だにアリーナの床に落ちているが状態だが、卵の状態ならば雪片を拾って零落白夜を発動して斬りつけるぐらいのことができる。

 

「よし、準備完了!!」

 

「織斑、一気に勝負をつけろ」

 

「おう、任せてくれ千冬姉!!」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

動けずにしかも攻撃もしてこない相手ならば怖くないのか百秋は勇んでピットから出よとしたその時、

 

「お、織斑先生!!」

 

金色の球体を包囲していた教員部隊の一人から通信が入った。

 

「なんだ?」

 

「そ、それが‥‥」

 

「どうした?要件を早く言え!!」

 

「目標に変化が!?」

 

「なに!?」

 

千冬達がピットのギリギリの所まで行くとアリーナに鎮座していた金色の球体は徐々に姿を変え始めた。

それはまるで卵から孵化する鳥の雛の様だった。

 

「か、形が‥‥」

 

「変わっていく‥‥」

 

誰もが唖然としてその光景を見ていると‥‥

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

金色の球体だったVTシステムは鳥っぽい竜の形へと姿を変えて産声を出すかのように一声した。

金色の竜の一声はアリーナをビリビリと震わせた。

 

「お、遅かったか‥‥」

 

千冬は百秋の攻撃が間に合わなかった事に顔を歪めた。

金色の竜は自分の周りに跳んでいる教員部隊の存在に気づくと口をガパっと開く。

すると、背中に火球が出現し同じく背中にあるアーチ状のパーツから頭部にある羽根飾り状のパーツにエネルギーが伝達され、口の中に大きな火球が出現すると教員部隊目掛けて撃ってきた。

教員部隊が慌てて回避して火球はアリーナのバリアーに命中するが、その一撃で零落白夜以外破る事が出来ない筈のアリーナのバリアーは簡単に破れた。

 

『‥‥』

 

その威力を見た一同は唖然とする。

もし、あんなのを食らったらと思うと背筋がゾッとする。

ISの絶対防御でもそれを貫通して機体諸共消滅されそうだ。

そんな皆を尻目に金色の竜は翼をはためかせて空を舞うとアリーナの上空に居る教員部隊目掛けて突っ込んできた。

 

『っ!?』

 

教員部隊のメンバーはその反応に遅れた何人かが金色の竜の手によって弾き飛ばされる。

口から出される火球ほどではないが金色の竜がはたくその一撃もかなりの威力があり、はたかれた教員部隊のメンバーはアリーナの床に叩き付けられる。

その姿を見て恐怖の衝動に駆られて逃げ出す教員部隊のメンバー。

彼女らは卵状態の時に武器を全て使い果たしており、今は丸腰の状態なのでとても太刀打ちできる状態ではなかった。

そんな彼女らの後ろから迫って来る金色の竜。

彼女達は背後から迫って来る脅威から逃れようとするが金色の竜の飛行速度はラファール・リヴァイヴの飛行速度以上であっという間に追いつかれる。

金色の竜が羽ばたく度に起きる風圧で姿勢制御が乱れ、そこを金色の竜の爪と尻尾が教員部隊のメンバーに襲い掛かる。

次々とハエのように墜ちていく教員部隊のメンバーを見て百秋は完全に逃げ腰になった。

いくら零落白夜があの金色の竜に有効な攻撃手段と言えど、あんなのに近づいて斬りつけるなんて怖くてできない。

そんな中、

 

「‥‥簪ちゃん。貴女はタッグトーナメント前に言ったわよね?『私だってイヴを守ってみせる』って‥‥それなのに貴女は何をしているのかしら?一回しくじっただけで、凹んで何も出来ないと決めつけて現実から逃避して‥‥」

 

「‥‥」

 

楯無はピットで膝を抱えて項垂れている簪に声をかける。

 

「そんな豆腐メンタルだから、お父様は貴女じゃなくて私を更識家の当主に選んだのよ」

 

「‥‥」

 

「今でもそう‥‥何も出来ずにそうやっていじけているだけ‥‥でも、私は違うわ!!私は絶対にイヴちゃんを取り戻してみせるわ!!」

 

そう言って楯無はミステリアス・レイディを纏ってアリーナへと向かった。

 

「イヴちゃん!!」

 

楯無は蒼流旋を手にイヴを元に戻す為に果敢に金色の竜へと挑んでいく。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

金色の竜は口から火球を連続的に吐きだして楯無を迎撃する。

楯無は最小限の動きで向かって来る火球を避けてイヴの懐へと潜り込む。

 

「ラスティー・ネイル!!」

 

金色の竜の腹部に一撃を加えるが、全身がかなり分厚い装甲なのか蒼流旋の切っ先と竜の装甲がぶつかり合い火花が散る。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

自分にとりついている楯無を振り払う竜。

楯無は危機一髪で回避に成功した。

 

「くっ‥‥やっぱり強いわねイヴちゃん」

 

引き攣った笑みを浮かべる楯無。

 

「でも、手がない訳じゃないわ」

 

楯無は先程の千冬の話を聞いてあの金色の竜もIS。

ならば、生身のイヴよりは対処のしようがある。

楯無は金色の竜の周りを飛び回りナノマシンを周囲に散布する。

竜は自分の周りを飛び回る楯無に火球を吐いたり、虫を払うかのような仕草で彼女を攻撃するが、楯無はギリギリの所で回避して引き続きナノマシンを散布し続ける。

そして、ナノマシンがある程度の量を散布すると、

 

「清き激情(クリア・パッション)!!」

 

楯無は散布したナノマシンを使って水蒸気爆発である清き激情(クリア・パッション)を発動させる。

すると、金色の竜の彼方此方で爆発が起きる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

体の彼方此方から爆発による煙が出てきて多少のダメージは与えられた様だ。

だが、次は通用しないだろう。

清き激情(クリア・パッション)に使うナノマシンもあの強烈な風圧の前にあっという間に吹き飛ばされてしまう。

そこで別の攻略法を考えたが、

 

(ミストルテインの槍とアリーナのバリアーがあれば、ダメージを与えられるかもしれないけど、ミステリアス・レイディ一機じゃちょっと出力が足りないわね‥‥)

 

楯無のミステリアス・レイディ一機では実行は難しかった。

教員部隊は全滅。

シャルルのISはエネルギー切れ。

百秋は逃げ腰で同じく簪も現実逃避をしており、救援にはあまり期待できない。

かといって正攻法で戦って勝てる相手ではない。

何気に楯無もピンチとなっていた。

 

 

「すげぇ‥‥あれが生徒会長の実力‥‥」

 

ピットにて楯無と金色の竜の戦いを見ていた百秋が呟く。

そんな中、シャルルは項垂れて現実逃避している簪に声をかける。

 

「えっと‥‥初めまして更識さん」

 

「‥‥」

 

「僕は一組のシャルル・デュノアです」

 

「‥‥」

 

シャルルが声をかけても簪は一切答えない。

それでもシャルルは簪に声をかけ続ける。

 

「貴方のお姉さん‥すごく強いね‥‥まるで、映画のヒーローみたいだ」

 

シャルルが口にした「ヒーロー」という言葉にピクッと反応した。

 

「‥‥し‥は‥‥」

 

「ん?」

 

すると、簪は口を開いた。

 

「私は‥‥ヒーローにはなれなかった‥‥私は‥‥イヴを救えなかった‥‥」

 

「そうだね‥‥でも、君のお姉さんはアインスさんを救おうと必死に戦っているよ‥‥君にとってアインスさんはどんな存在だったの?」

 

「‥‥イヴは‥‥私にとって友達でもあり‥ヒーローだった‥‥そんなイヴを私は‥‥私は‥‥救えなかった‥‥助けられなかった‥‥」

 

簪の目からは涙が流れ出す。

 

「‥‥それはもう遅いの?」

 

「えっ?」

 

「だって、君のお姉さんは戦っているのに‥‥君には力があるのに戦わないの?君自身がヒーローになろうとは思わないの?」

 

「‥‥」

 

シャルルの言葉に簪はトーナメント前日の夜、姉に対して豪語した『ヒーローがいなければヒーローになればいい!!』という言葉が脳裏に蘇る。

今戦えるのは楯無の他には自分と百秋だけ‥‥

でも、自分は戦えない‥‥

戦場に出てもきっと姉の足手纏いになるだけだと思っていたが、シャルルの言葉は傷ついた簪の心にグサッとくる。

 

「だったら、僕が出る‥‥君のISのエネルギー‥貰えるかな?」

 

シャルルは自分に代わって戦場に出ると言う。

だが、

 

「ダメ!!」

 

簪はピットに響く大声をあげる。

千冬と百秋が何事かと簪に顔を向けるがすぐにアリーナへと視線を戻した。

 

「あっ、ごめん」

 

「ううん、でもやっとやる気になったみたいだね?」

 

「あっ‥‥」

 

シャルルの言葉に今自分はこうして立ち上がれたことに気づいた。

簪はそのままピットの射出口へと向かう。

 

「‥行くんだね?」

 

「うん‥‥私‥イヴを助けに行く」

 

「そう‥いってらっしゃい。頑張ってね」

 

簪はシャルルに対して頷くと打鉄弐式を纏いアリーナへ‥‥戦っている姉の下へと向かった。

 

(いつか、僕の所にもヒーローが来てくれるかな‥‥?)

 

シャルルは戦場となっているアリーナへ飛んでいく簪を見ながら心の中でそう思った。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

「簪ちゃん!?」

 

来る事が無いと思っていた援軍‥しかも簪が来た事に驚く楯無。

呼び名も普段の「姉さん」から昔自分の事を呼んでくれた「お姉ちゃん」に戻っている。

 

「私も戦う!!私だってヒーローになる!!」

 

「‥ええ、一緒にイヴちゃんを助けるわよ!!簪ちゃん!!」

 

「うん!!」

 

更識姉妹がこうしてタッグを組むのは初めての筈なのに、やはり姉妹なのか連携はばっちりで互いにどう動けばいいのかが手に取るようにわかる。

そして何故か心地よい安心感がある。

勿論、イヴとタッグを組んだ時も安心感があったが、イヴの時とは違う安心感があった。

 

(簪ちゃんが来てくれたなら出来る!!)

 

楯無は先程考えた攻略法を今こそ実行する時だと思い簪に指示を出す。

蒼流旋で再び金色の竜の腹部に切っ先を突き立てると

 

「簪ちゃん!!私を後ろから押して!!アリーナのバリアーにコイツをぶつけるのよ!!」

 

「う、うん」

 

簪は打鉄弐式の出力を上げて楯無を後ろから押す。

竜は背後をアリーナのバリアーに押し付けられ、前からは二機のISが押す蒼流旋の切っ先が突き刺さる状態となる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

竜は咆哮し体や手足をバタつかせながらなんとかこの状況から脱しようと暴れる。

 

「うっ‥‥くっ‥‥流石に堅いわね‥‥」

 

一度腹部に切っ先で突いたが、やはり堅い。

でも、今度は‥‥

 

「お姉ちゃん!!」

 

「このまま一気にコイツの装甲に罅を入れるわよ!!」

 

「う、うん」

 

今度は簪が居る。

二人ならいける!!

そんな確信が楯無にはあった。

 

「これでもくらいなさい!!」

 

蒼流旋に装備されているガトリング砲を斉射する。

 

「まだまだ!!お姉さんの奥の手はこれからよ!!」

 

楯無は防御用に装甲表面を覆っているミステリアス・レイディのアクア・ナノマシンを一時解除する。

 

「お姉ちゃん!?装甲が!?」

 

姉のISの装甲が剥がれた事に驚く簪。

 

「簪ちゃん‥‥シールドの出力を上げなさい!!巻き込まれるわよ!!」

 

「で、でも‥このままだとお姉ちゃんが!?」

 

装甲がない状態でこのまま最前線にいるのは危険なのではないかと思う簪。

しかし、此処まで来て離れる訳にはいかない。

それでも楯無の身が危険な事に変わりない。

だが、楯無はそんな危険も顧みず、

 

「大丈夫‥お姉ちゃんは‥‥不死身‥なのよ‥‥ミステリアス・レイディの最大火力!!受けてみなさい!!」

 

「だ、だめ!!お姉ちゃん!!」

 

蒼流旋にアクア・ナノマシンが一点に集中し、螺旋状になりそしてドリルのように回転する。

 

「ミストルテインの槍‥発動!!」

 

楯無は自らも大怪我を負いかねない諸刃の剣であるミストルテインの槍を発動させる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

アリーナの一角で大爆発が起きる。

 

「うっ‥くっ‥‥お姉‥ちゃん‥‥?」

 

簪が起き上がるとアリーナの床には客席の壁の残骸と共に半壊したミステリアス・レイディを纏い倒れている楯無の姿がそこにあった。

 

「お、お姉ちゃん!!」

 

簪が楯無に近づいて彼女を抱き起す。

 

「うっ‥くっ‥‥簪ちゃん?」

 

「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

 

「だ、大丈夫よ‥言ったでしょう‥?お姉ちゃんは不死身だって‥‥」

 

姉が自分に心配かけさせまいと無理に笑っている事は今の姉の状態を見ればすぐに分かる。

彼方此方から出血して痛々しい姿の姉。

それでも姉は自分を心配させまいと痛みを我慢して笑みを浮かべている。

 

(やっぱりお姉ちゃんは強いや‥‥)

 

簪は姉が何故強いのかが分かった気がした。

楯無は天性の才もあるが、決してそれだけに依存して胡坐をかいている訳では無い。

守りたいものを自分の命を懸けてまで守り切ろうとするその気概が物凄いのだ。

その姉に比べると自分の今までプライドや対抗心、姉に言い放った言葉がとてつもなく安っぽく見えてきたが、今はこうして姉と一緒に戦って、姉の強さの原点を垣間見て、いつか必ず姉と同じ境地に辿り着いてみせる。

そう決意した簪であった。

 

「イヴ‥ちゃんは?」

 

「そう言えば‥‥」

 

楯無と簪が爆発のあったアリーナの壁の方を見ると‥‥

 

「う、嘘‥でしょう?」

 

「そ、そんな‥‥」

 

更識姉妹は顔を引き攣らせた。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

金色の竜は倒れる事無くまだ立っていた。

 




※今回VTシステムを吸収した状態のイヴは遊戯王のラーの翼神竜の形状をイメージしてください。


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45話

金色の球体から孵化した金色の竜はアリーナに居た教員部隊をあっという間に片付けてしまった。

そんな中、楯無はイヴを取り戻す為、果敢にも竜に戦いを挑んだ。

教員部隊が全滅した中で今アリーナに居る中で戦えるのは楯無の他に百秋と簪の二人だけだった。

しかし、百秋は金色の竜の強さにビビり完全に逃げ腰。

簪はイヴを助ける事が出来なかった事にショックを受けて現実逃避をしていた。

だが、シャルルの言葉によって戦意を取り戻した簪は姉が戦っているアリーナへと向かった。

そして姉と共に竜を追い詰めた。

だが、その代償もあり、姉のISは半壊し、搭乗者である姉自身も負傷した。

それでも戦果はあると思ったのだが、それは間違いで竜は未だに更識姉妹の前に立っていた。

 

「う、嘘‥でしょう?」

 

「そ、そんな‥‥」

 

絶望感が更識姉妹を襲う。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

だが、竜の方もダメージはあるようで先程ミストルテインの槍をくらった部分には小さな罅が入っていた。

それでもダメージは楯無の方が大きい。

すると、竜の口元には火が見え始める。

あの強力な火球を食らったりしたら負傷してISが半壊している楯無は間違いなく死ぬ。

簪は楯無を守るかのように彼女をギュッと抱きしめる。

しかし、竜は火球を撃とうとはしない。

竜は口から火を吹くがそれは更識姉妹には向けられず自らを包み込む。

激しい炎に包まれる竜。

しかし、自身の炎は熱くないのか熱がる様子はない。

 

「一体何が‥‥」

 

更識姉妹にもピットに居る千冬達にも竜のこの行動は理解できなかった。

だが、それは直ぐに分かり、更なる絶望へと追いやる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

竜を包んでいた炎は形を変え、今度は炎を纏う大きな猛禽類の様な鳥の姿へと変わる。

 

「な、何アレ‥‥」

 

「ふ、不死鳥?」

 

更識姉妹は炎を纏う鳥を見て神話に登場する伝説の鳥を思い浮かべる。

竜の変化は当然ピットに居る千冬達も見ていた。

 

「な、なんだよ?アレ‥‥」

 

百秋は不死鳥の姿に言葉を失う。

それは千冬もシャルルも山田先生も同じで唖然としている。

 

「ま、まさか‥二次移行‥‥?」

 

竜の姿から不死鳥の姿に変えた事からシャルルが姿を変えたその可能性を示唆する。

 

「二次移行だと?VTシステムの状態でか‥‥?」

 

「そうとしか思えませんが‥‥」

 

「くっ‥VTシステムをまさか二次移行させるとは‥‥アイツはまさに本物の化け物だな‥‥」

 

千冬が忌々しそうに呟く。

だが、

 

「何言っているんですか?織斑先生」

 

シャルルがこの状況下にも関わらず冷静に千冬へと指摘する。

 

「なに?」

 

「あの姿‥‥モンスター(化け物)ではない‥‥神だ‥‥」

 

シャルルはジッと不死鳥となったVTシステム‥いや、イヴをジッと見ていた。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

不死鳥は更識姉妹を見て威嚇するかのように鳴く。

どうやら、不死鳥は先程行った攻撃から更識姉妹を敵として認識した様だ。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

「‥‥」

 

更識姉妹は互いに互いを抱き合って震えている。

 

(か、勝てない‥‥あんなの相手にどうやって戦えばいいの?)

 

(たとえ、私の命が燃え尽きても簪ちゃんだけは‥‥)

 

絶望、不安、恐怖などのマイナスな感情が渦巻く中、

 

ナンジ、ミズカラノヘンカクヲノゾムカ?

 

「だ、誰?」

 

簪の脳内に突如男の声が聞こえた。

 

ヨリツヨイチカラヲホッスルカ?

 

簪の答えに対して男は無視するかのように引き続き簪に質問をぶつけてくる。

 

(力‥‥わ、私は‥‥)

 

ドウスル?

 

チカラヲノゾムカ?

 

ソレトモコノママデボンジンノママデイルカ?

 

(ほ、本当に力をくれるの?)

 

モチロンダ

 

(私は‥‥私は力を求める!!)

 

ソウカ‥‥

 

簪が男の声の誘いに乗ると、打鉄弐式の継ぎ目から黒いドロドロしたものがあふれ出てくる。

 

(こ、これはあの時のドロドロ!?)

 

「簪ちゃん!!」

 

(なんでVTシステムが簪ちゃんの機体に!?)

 

楯無が打鉄弐式の変化に気づいて簪に声をかける。

 

「お、お姉ちゃん!!」

 

すると更識姉妹は黒いドロドロに包まれてしまった。

 

 

「こ、此処は‥‥」

 

「何処なの?」

 

更識姉妹が気づいた時、辺りは真っ暗闇で二人はそこに呆然と立っていた。

 

ヨウコソオフタリサン。ココハ、ワレノセカイ‥『欲の間』ダ!!

 

「私達をどうするつもり?」

 

楯無が声の主に自分達をどうするのかを尋ねる。

相手の姿は見えないが、向こうからは自分達の姿がきっちりと見えている様だ。

 

モチロンワレノタメニヤクダッテモラウゾ

 

ドウヤラ、モウヒトリノワレガ、ベツノナニカニトリコマレテシマッタヨウダカラナ、ダッカンノタメ、キサマタチノニクタイ、キオク、ソノスベテヲイタダク

 

「誰が‥‥」

 

「アンタなんかに‥‥」

 

ホホホ、イキガッタトコロデムダナコトダ。コノセカイハワレノセカイ。

 

ユエニココデハワレガホウデアリ、ワレガゼッタイノシハイシャナノダ!!

 

男の声は随分と横暴な言動が目立つ。

 

ソレニケッカハソコノメガネノコムスメガノゾンダコトダ

 

「簪ちゃんが!?」

 

「‥‥」

 

楯無が簪を見ると、彼女は気まずそうな顔をする。

自分のせいでこうなってしまったのだから無理もない。

だが、

 

「‥‥確かに私は力を望んだ‥‥」

 

ソウダ。ユエニワレガサイキョウノチカラヲソナタタチニサズケ、ソノカラダヲワレガツカッテヤロウトイウノダ。

 

カンシャスルノダナ、キサマノヨウナチッポケナニンゲンガ、コノVTシステム・ブリュンヒルデノヤクニタテルノダカラナ、ハハハハハ‥‥

 

『そうわさせない(わ!)!』

 

ムッ?

 

VTシステムとは違う声‥‥女の人の声がすると簪と楯無のそれぞれ隣に女の人が現れた。

楯無の隣には更識姉妹の髪よりも薄い青‥水色の髪にドレスを着た女性が‥‥

簪の隣には着物袴の上に和風の鎧をまとった黒髪の女性が‥‥

 

ムッ?キサマラナニヤツ!?

 

突然の乱入者にVTシステムはびっくりしながらも二人の女性の正体を問う。

 

『ミステリアス・レイディ』

 

水色の髪にドレス姿の女性は楯無の愛機であるミステリアス・レイディと同じ名前を告げる。

そして、

 

『打鉄弐式』

 

黒髪の鎧姿の女性は簪の愛機と同じ名前を告げる。

 

「ミステリアス・レイディ‥打鉄弐式‥‥」

 

「どういう事なの?」

 

ソウカ、キサマラソノコムスメドモノコアジンカクダナ

 

VTシステムが言うにはこの二人の女性は更識姉妹のそれぞれの専用機のコア人格直だと言う。

 

「この人達が‥‥」

 

「私達のISのコア‥‥」

 

更識姉妹はあまりに非現実的な光景に本当なのか信じられなかった。

 

「本当に貴女、ミステリアス・レイディなの?」

 

はい。そうです。楯無お嬢様。

 

「打鉄弐式なの?あの時、私に起動プログラムを教えてくれた‥‥」

 

はい。こうして人の姿としてお見せするのは初めてですが、私は打鉄弐式です。

 

「でも、どうしてコア人格が‥‥」

 

彼女のおかげです。

 

あの人の力で私達はこうしてお嬢様方の前に人として現れる事が出来ました。

 

「彼女?」

 

「あの人?」

 

更識姉妹がコア人格の言葉に首を傾げると、二人の前に蛍の光のような小さな光が出現しやがてそれは幾つも現れて形を形成していく。

そして現れたのは‥‥

 

「「イヴちゃん!?」」

 

表情は無いがそこに現れたのは紛れもなくイヴだった。

 

(ナ、ナゼアノコムスメガココニ‥‥?)

 

VTシステムは何故自分の世界にイヴが居るのか理解できなかったが、自分が簪の中に入り込んだ時のことを思い出した。

 

(マ、マサカアノトキ、コノコムスメノイシキガワレニキセイシテイタトデモイウノカ!?)

 

元々ラウラの体を乗っ取ったVTシステムはイヴのナノマシンによって分離を余儀なくされた。

そしてその分離した一部が簪の打鉄弐式へと入り込んだのだが、その時に入り込んだ一部のVTシステムの中にもイヴのナノマシンが存在していたのだ。

バハムートは二人のISの人格コアを二人の前に呼び出したのだった。

 

簪お嬢様‥お嬢様は何故この者の誘いに乗ったのです?

 

打鉄弐式は簪に何故VTシステムの誘いに乗ったのかを尋ねる。

 

「今の私だけの力ではイヴを取り戻せないから‥‥」

 

だから、最強の力などと言うまやかしの誘いに乗ったのですか?

 

「それは違う」

 

違う?どう違うのですか?

 

「私が求めたのは最強の力なんかじゃない‥‥イヴを助ける事の出来る程度の力‥‥大切なモノを守るための力!!それだけで私は十分よ!!」

 

「簪ちゃん‥‥」

 

フン、マモルテイドノチカラダト?

 

ソンナモノハナンノヤクニモタタヌワ!!

 

コノヨヲウゴカスノハチカラダ!!

 

アットウテキナチカラコソスベテナノダ!!

 

サア、オシャベリハココマデダ!!キサマタチノニクタイヲイタダクゾ!!

 

VTシステムが更識姉妹の体を狙い二人に迫り、ミステリアス・レイディと打鉄弐式が更識姉妹を守るかのように二人の前に立つ。

 

ドケ、ガラクタドモガ!!

 

VTシステムはミステリアス・レイディと打鉄弐式を倒してでも更識姉妹の体を狙ってきたが、更識姉妹、ミステリアス・レイディと打鉄弐式の前にイヴが立つと迫って来るVTシステムの前に手をかざすとVTシステムの動きが止まる。

 

グォッ‥‥ナ、ナンダト‥‥

 

「イヴ!?」

 

「イヴちゃん!?」

 

グッ‥‥ムシケラノブンザイデ‥‥コノワレニタテツクキカ!?

 

『その虫けらの指一本触れなれない貴様は虫けら以下の存在だな‥』

 

此処で初めてイヴが口を開いた。

 

ナンダト!?

 

『劣化コピーが‥‥貴様こそ、二人の強さの糧になれ!!』

 

グォォォォォォ‥‥

 

VTシステムは光の粒子となり、ミステリアス・レイディと打鉄弐式の中へと吸収されて行った。

 

「イヴちゃん?」

 

「イヴ」

 

更識姉妹がイヴに恐る恐る声をかける。

 

『私はイヴであってイヴではありません』

 

「どういう事?」

 

『私はバハムートの中にあるイヴの残留思念です‥‥VTシステムをボーデヴィッヒさんから排除する時、その中に入ったナノマシンの残留思念がこうしてイヴの体を構成しているだけに過ぎません‥‥VTシステムが消えた今、この空間もやがて消滅するでしょう‥‥』

 

「さっきミステリアス・レイディと打鉄弐式にVTシステムが入って行ったみたいだけど大丈夫なの?」

 

『問題ありません。奴にもう人の体を乗っ取る力は残ってはおらず、ミステリアス・レイディと打鉄弐式の二機をパワーアップさせる糧にしました‥‥さあ、元の世界へ戻りなさい‥‥そして、現実世界の私を救ってください‥‥』

 

イヴがそう語ると暗闇に光が差し、この真っ暗な空間が崩壊していく‥‥

 

 

ピットでは、更識姉妹がVTシステムに取り込まれいよいよ手詰まりとなる。

 

「まさか、更識姉妹が‥‥くっ、肝心な時に役に立たん奴等だ」

 

千冬はVTシステムに取り込まれた更識姉妹を役立たずだと罵る。

不死鳥はVTシステムに飲まれた更識姉妹に興味が失せたのかピットに居る千冬達に狙いをつける。

ピットの射出口からピット内に居る千冬達を睨みつける不死鳥。

そして、不死鳥がピット内に居る者達を焼き殺そうとしたその時、VTシステムの黒い球体が割れる。

すると、そこには取り込まれた筈の更識姉妹の姿があった。

しかも纏っていたミステリアス・レイディと打鉄弐式の形がVTシステムに飲み込まれる前と形が異なっていた。

 

「ISの形が変わっている!?」

 

「ま、まさか、アイツらも二次移行したと言うのか?VTシステムに取り込まれていたのに‥‥なぜ‥‥」

 

千冬にしてはVTシステムに取り込まれた更識姉妹が無事な姿でVTシステムを破り、しかも取り込まれている中、纏っていたISが二次移行していたのだから驚愕するに十分な事だった。

二次移行した、ミステリアス・レイディはイヴのIS同様、どことなく竜を意識した様な作りになり、打鉄弐式は装甲の部分が増した甲冑を意識した様な作りとなっていた。

ISは二次移行したが、肝心の不死鳥を倒す手立ては思いつかない。

このままでは折角二次移行しても無駄になってしまう。

その時、簪が不死鳥の向こう側のアリーナの床に雪片が落ちているのを見つけた。

 

(そう言えば、さっき織斑先生が‥‥)

 

簪は不死鳥がまだ卵の時にこの不死鳥も元をただせばISだと言っていた事を思い出す。

そして、ラウラを助ける時、千冬モドキと戦っていた時、イヴが雪片を使っている事も思い出した。

百秋は確かに雪片にロックをかけていたと言うがそのロックがかかっていた筈の雪片をイヴは百秋でないのにも使っていた。

もしかして、イヴは雪片に何か細工をしたのかもしれない。

それか本当に百秋が雪片のロックをかけ忘れていたのかもしれない。

いずれにしても零落白夜が使えればあの不死鳥と言えど倒せるかもしれない。

でも、もしかしたらイヴだからこそ使えたのかもしれない。

イヴも元をただせば織斑家の人間。

あの雪片の最初の所有者はブリュンヒルデこと織斑千冬で、雪片は彼女をモンド・グロッソで優勝に導いた剣。

そして百秋は現在その剣の後継者。

それは彼が織斑千冬の弟だから、後を継いだ。

でも、イヴも織斑の血を半分継いでいる。

雪片はもしかして織斑の血を判別しているのかもしれない。

イヴと違い自分達は更識の家の子‥当然雪片に選ばれている訳ではない。

だが、此処は賭けるしかない。

 

「お姉ちゃん‥‥」

 

「なに?簪ちゃん」

 

「一つ手が‥‥」

 

「なに?」

 

簪は楯無がアリーナに来る前、イヴが雪片を使っていた事を手早く話した。

雪片の能力については楯無も知っているし、先程ピット内での千冬の話も聞いていた。

確かに雪片の零落白夜が使えればあの不死鳥を倒す事も出来るかもしれない。

だが、自分達に雪片が使えるかわからない。

なにより使えるとしてもその肝心な雪片は不死鳥の向こう側に落ちている。

雪片を取りに行くには不死鳥の目を他に移す必要がある。

 

「‥‥簪ちゃん」

 

「なに?」

 

「今回はイヴちゃんを救う役‥貴女に譲ってあげるわ」

 

「えっ?」

 

「私があの鳥の注意を引くから貴女はその隙に雪片を拾いなさい」

 

「で、でもお姉ちゃんの方がダメージが‥‥」

 

「平気よ、ISのダメージは二次移行して回復したみたいだから」

 

「で、でも‥‥」

 

「言ったでしょう?姉ちゃんは不死身だって‥‥それに簪ちゃんもヒーローになるんでしょう?」

 

「‥‥」

 

「いいわね?簪ちゃん」

 

楯無は簪の返答を聞く前に不死鳥へと向かって行く。

そして蒼流旋についているガトリング砲で不死鳥を撃つ。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

不死鳥の注意が自分に向いたと知ると楯無は簪と雪片の方向とは別後方へと飛んでいく。

そしてその後ろを不死鳥は追いかけて行く。

 

(今だ!!)

 

楯無と不死鳥との距離が自分と雪片から離れたのを見計らって雪片を取りに行く。

そして雪片を手にとって瞬間、不死鳥が簪の動きに気づき、彼女に向けて火球を放つ。

 

「簪ちゃん!!」

 

「っ!?」

 

楯無の声に気づいた時、目の前に巨大な火球が自分目掛けて迫って来る。

 

「くっ」

 

簪は反射的に雪片を構える。

 

(雪片‥お願い‥今だけ‥今だけは私に力を貸して!!)

 

祈る様に心の中で雪片に声をかけて。

 

「零落白夜‥‥発動!!」

 

簪が雪片に打鉄弐式のシールドエネルギーの一部を流す。

すると、零落白夜が発動して不死鳥の火球を真っ二つにした。

 

「や、やった」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

火球が防がれたのを見た不死鳥はターゲットを楯無から簪へと移す。

自分に向かってくる不死鳥の姿に簪は逃げ腰になりそうだが、

 

大丈夫です‥簪お嬢様。

 

「打鉄弐式?」

 

ヒーローは必ず勝つのですから、自信を持って下さい。

 

脳内に打鉄弐式の声が聞こえる。

 

「打鉄弐式‥うん‥そうだね!!行くよ!!打鉄弐式!!」

 

打鉄弐式に鼓舞されて簪は雪片を手に握りしめて不死鳥へと向かって行く。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

「はぁぁぁぁー!!」

 

簪と不死鳥が交差する。

ただ交差した途端、不死鳥の風圧で姿勢制御を失う簪。

 

「うっ‥うわぁぁ」

 

「簪ちゃん!!」

 

墜落しそうになった簪を間一髪、楯無が支えてくれた。

 

「ふ、不死鳥は!?」

 

「まだ無事みたい‥残念ながら‥‥」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

「‥‥お姉ちゃん」

 

「何かしら?」

 

「‥‥悔しいけど、私ひとりじゃイヴを救えない‥協力して」

 

簪は楯無の顔をジッと見つめる。

 

「簪ちゃん‥‥ええ、分かったわ!!」

 

楯無は簪の握る雪片に自らの手を置く。

 

「行くわよ‥簪ちゃん」

 

「ええ、絶対にイヴを助け出す!!」

 

「「勝負!!」」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

「「はぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

雪片を握った更識姉妹と不死鳥が互いにその距離をどんどん詰めていく。

アリーナに居る者達はその光景を見ていた‥‥。

勝者は一体どちらになるのか固唾を飲んで‥‥。




※今回VTシステムを吸収した状態のイヴは遊戯王のラーの翼神竜-不死鳥(ゴッドフェニックス)。
楯無のミステリアス・レイディの二次移行の形状は最弱無敗の神装機竜の登場キャラクター クルルシファーのファフニール。
簪の打鉄弐式の二次移行の形状は最弱無敗の神装機竜の登場キャラクター ヘイズのニーズヘッグ。
の形状をイメージしてください。


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46話

VTシステムに取り込まれた更識姉妹はVTシステムの中にあったイヴの残留思念によってVTシステムから完全に取り込まれるのを防ぐことが出来、しかも互いにVTシステムを取り込んで二次移行する事が出来た。

そして不死鳥を倒す事が出来るかもしれない切り札である雪片を使用して不死鳥との勝負に出た。

 

「「勝負!!」」

 

更識姉妹が雪片を一緒に握り不死鳥へと迫る。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

不死鳥も雄叫びをあげて更識姉妹へと迫る。

風圧で吹き飛ばされそうになるが、今は一人じゃなく二人いる。

互いが互いを支え合い不死鳥へと向かって行く。

そして、更識姉妹と不死鳥が交差する。

 

「どっちだ?どっちか勝ったんだ?」

 

「‥‥」

 

ピットの千冬達は勝負の行方を見守る。

不死鳥と更識姉妹はしばしの間静寂を保っていたが、

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

不死鳥は絶叫しながらアリーナの床へと墜落していく。

 

「「やった!!」」

 

墜落していく不死鳥を見て思わず歓喜する更識姉妹。

そして墜落していく不死鳥の中からイヴが出てきた。

 

「イヴ!!」

 

簪が不死鳥と共に落ちていくイヴを空中でキャッチした。

イヴは シュヴァルツェア・レーゲンのコアを抱きしめまま意識を失っていた。

コアもイヴも失った不死鳥はアリーナの床に墜落すると完全に消滅した。

不死鳥を倒した事とイヴを無事に助けた事に安心したのか楯無もアリーナの床に着地するとその場に倒れた。

 

「お姉ちゃん!?お姉ちゃん!!」

 

簪がイヴを抱えたまま楯無に声をかけるが楯無がその場で目を覚ます事はなかった。

VTシステムの騒動が完全に終息し、学園側は残った教員をフル活用して現場では事態の収拾作業が行われた。

アリーナからは多くのストレッチャーが出入りして竜にやられた教員部隊のメンバー、ラウラ、イヴ、楯無が医務室に次々と搬送された。

アリーナはボロボロとなる程の大惨事だったにも関わらず死者が出ていなかったのはまさに奇跡に近かったが、これもISの絶対防御があってのことだった。

 

 

~sideラウラ・ボーデヴィッヒ~

 

なんだ?これは‥‥?

 

これは恐らくこれは夢かなにかだろう。

 

私は葬儀場に居た。

 

これは夢ではなく臨死体験と言うモノなのだろうかと思ったが葬儀形式が軍隊葬ではなくごくごく普通の一般葬だったため、これは私の葬式ではない事を悟った。

 

軍人であり、身寄りのない自分ならば必ず軍隊葬が行われる筈だからである。

 

それに参列者の中に副官のクラリッサを始めとする部隊の部下達が一人もいないのはあまりにも不自然だからだ。

 

では一体誰の葬式なのか?

 

私が祭壇へと近づくと其処には見慣れない男の遺影が飾られていた。

 

立派な祭壇である事から彼がそれなりの地位のある人間だったことが窺える。

 

そして名前の札には『織斑四季』と書かれていた。

 

織斑!?教官と同じ姓ではないか!?

 

では、この方は教官の関係者なのか?

 

教官の関係者と思われる遺体が安置されている棺では一人の少女が棺にしがみついて泣いていた。

 

この娘‥どこかで見覚えが‥‥

 

そう思っていると目の前に景色が一転した。

 

な、なんだ!?なにがあった?

 

すると今度は教官が先程の棺にしがみついて泣いていた少女に罵声を浴びせているシーンに変わった。

 

そして同じ様なシーンを何度も見せられた。

 

私は其処で違和感を覚えた。

 

確かにドイツでの教官は厳しかった。

 

罵倒も何度もされた。

 

でも、ちゃんと努力をして結果を残せば褒めてくれた‥‥飴と鞭の使い分けはちゃんとしていた。

 

しかし、目の前で繰り広げられている光景は鞭ばかりで教官は彼女の努力そして存在さえも否定していた。

 

何なんだ!?この光景は!?

 

自分の知る教官とはまるで別人ではないか!!

 

そして極め付けなのが、私が最も憎む男‥教官の弟である織斑百秋が彼女を強姦している光景だった。

 

しかも奴は行為の最中、彼女の事を『姉さん』と言っていた。

 

まさか、奴は自身の姉に対して関係を迫っていたのか?

 

その悍ましい光景に私は強烈な吐き気を催す。

 

私は両手で力強くグッと口元を押さえる。

 

だが、教官の家にあの弟以外の姉弟が居たのか?

 

そう思った瞬間‥‥

 

私の視界が暗転した。

 

 

「っ!?」

 

目を覚ましたのと同時に薬品臭が鼻を刺激した。

 

「わ、私は‥‥?」

 

私は上半身を起こして辺りを見回す。

そこは白い壁に白いカーテンそして白いベッド‥‥

清潔なシーツに包まれていた自分。

此処は医務室か‥‥

自分の居場所が分かった事で安心したかのように再びベッドに沈む。

そこへ、

 

「気がついたか?」

 

教官の声が聞こえた。

 

「きょ、教官‥‥わ、私は‥‥」

 

「全身に打撲と無理な負荷による筋肉疲労がある。しばらくはまともに動けないだろうから無理はするな」

 

確かに身体の隅々に軋むような痛みが走る。

 

「な、何が起きたのですか?」

 

「‥‥これは機密事項なのだがな。VTシステムは知っているな?」

 

「はい。正式名称は『ヴァルキリー・トレース・システム』‥過去のモンド・グロッソ受賞者の動きをトレースするシステムですが‥‥確かあれは‥‥」

 

「そうだ。アラスカ条約の中に定められている事項で現在、どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。‥‥お前自身に悟られないように巧妙に隠されていたがな‥操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ。そして何より操縦者の意思……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい」

 

「‥‥」

 

「現在、学園はドイツ軍に問い合わせている。近くIS委員会よる強制調査が入るだろう。」

 

教官の話から私はVTシステムに取り込まれたことは分かった。

だが、一体誰が私を開放してくれたのだろうか?

それに先程見たあの夢‥‥

私は気になり教官に尋ねることにした。

 

「あの‥‥私はどうやってシステムの支配から抜け出したのでしょう?」

 

「‥‥それは知らなくてもいいことだ」

 

そう言って教官は私に背を向けて去ろうとしていく。

 

「あ、あの‥教官」

 

「織斑先生だ。なんだ?」

 

「あの‥‥えっと‥‥なんでもないです‥‥」

 

私は教官にあの夢の真相を聞けなかった。

所詮夢は夢、何かの間違いかもしれない。

そう思ったからだ。

 

 

~side更識姉妹~

 

「学園最強がこれじゃあ形無しね‥‥」

 

ベッドの上で包帯とガーゼを張り付けた姿の楯無が自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

「ううん、そんな事はないよ」

 

「簪ちゃん」

 

「お姉ちゃんが居なかったら、私‥イヴを取り戻せなかったから‥‥やっぱり姉ちゃんは強いよ‥‥私の中で無敵の存在‥だよ‥‥」

 

「簪ちゃん‥‥」

 

簪にそう言われて照れる楯無。

 

「ううん、簪ちゃんも立派だったわよ」

 

「でも‥私‥‥」

 

「何言っているの?ちゃんとイヴちゃんを助け出せたじゃない。それに稼働したばかりのISを二次移行までして‥私のISも二次移行したけど、簪ちゃんの方が物凄く早かったじゃない」

 

「‥‥」

 

「強くなったね、簪ちゃん」

 

「お姉ちゃん!!」

 

簪は楯無に抱き着く。

抱き着かれた楯無は傷口にズキッと痛みが走ったが、それを声にも顔にも出すことなく簪を受け入れ彼女の髪を優しくなでた。

 

 

VTシステムについてはIS委員会が調査を行うというが、千冬の脳裏にはどうしてもあの天災の影がちらついた。

そこで前回の無人機の時のように千冬は束に電話を入れた。

 

「もっしー?何か用?」

 

「ああ、今日はお前に聞きたい事がある」

 

「何かな?」

 

「今回のVTシステムの件‥‥お前は一枚噛んでいるのか?」

 

「ああ、アレ?あんな不出来なシステム‥あんなもの私が作る訳ないじゃない」

 

だが、束は無人機の時と同じく今回のVTシステムの件に関して自分はノータッチだと言う。

 

「ついでに言うと、あれを作った研究所は少し前に地上から消えてもらったよ。私のISにあんな出来損ないシステムをくっつけた事を後悔させてやらないとね‥‥」

 

「そうか、ほどほどにな」

 

ただ、ドイツにあるVTシステムを極秘に研究していた研究所は地図から抹消したという。

自分たちで禁止させた紛い物をコソコソと研究し製造したその行為とVTシステムそのものの存在が束の逆鱗に触れたのだ。

しかもその渦中にイヴを巻き込んだこともあり、今回の一件は必ず世界に知れ渡るだろう。

例え、IS委員会が揉み消したとしても既に天災兎の耳に入っているので、隠す事はほぼ不可能だ。

今回学園内で起きたVTシステムの騒動でドイツはIS界において発言権、信用を失いISの研究・技術開発は停滞または衰退する可能性も出てきた。

学園において損傷した機体、アリーナの修繕費もすべてドイツ政府が負担することになるだろう。

束の言うことを全て鵜呑みには出来ないが、噓をついていないとも言い切れないため千冬はこれ以上の追及はしなかった。

 

その頃、箒は寮の屋上から眼前に広がる海の方をじっと見つめていた。

 

(私にもっと力があれば‥‥)

 

今回のこともそうだが、無人機の時も自分に専用機があれば、百秋と一緒に戦えた。

無様に敵前逃亡なんてマネをすることはなかった。

今回のVTシステムの一件、イヴと更識姉妹が解決したが、自分にも専用機があれば、今回の騒動を解決していたのは自分と百秋の二人の筈だった。

 

(セシリアの奴は自分の専用機をもっているから自由に訓練できるが、私は訓練機の貸出申請をしなければISには乗れない。専用機をもたない者同士で分け合っている間に‥‥)

 

箒は訓練機の貸し出し申請書を書く手間や貸し出しにかかる時間を大きなロスだと感じていたが、彼女は束の妹と事で訓練機の貸し出しに関してもかなり優遇されており、本来ならば、優先される三年生や成績優秀者を押しのけて訓練機を借りることが出来ていた。

だが、その事実を箒は知らない。

 

(毎日自由に使えると言う事は毎日百秋と一緒に‥‥)

 

(あの人に頼むのはやはり癪だが、今手っ取り早く専用機を手に入れる方法はあの人を頼るしか手はない)

 

(そうだ、私はあの人の妹なのだ。そして、あの人の我儘のせいで一番苦しんだ被害者でもあるのだ。あの人が私のために専用機を用意するのはむしろ当然のことなんだ)

 

(これ以上セシリアに差をつけられてたまるか!!)

 

箒は自らのスマホに表示されている電話番号と名前を嫌そうに見るが、思い切って『発信』ボタンを押した。

 

先ほど千冬と電話をし終えた束の携帯が再び鳴り出した。

 

「ん?誰かな?また織斑千冬かな?」

 

束は携帯のディスプレイに表示された着信者を見て、一瞬出ようか出ないか迷ったが、此処で無視したら後々何度もかけてきそうなので渋々出る事にした。

 

「もすもすひねもす~はぁーい、みんなのアイドル・篠ノ之束さんだよォ~!」

 

電話口の向こうから聞こえてくるふざけた様な姉の声に箒は額に青筋を浮かべる。

しかし、此処で電話を切っては、今度は何時連絡が取れるか分からなかった為、電話を切りたい衝動を必死に押さえて姉と会話を始める。

 

「姉さん‥‥」

 

それでも不愉快な気分は収まらず、箒の声はぶっきらぼうだ。

 

「やぁやぁ我が妹よ。こんな時間にどうしたのかな?」

 

箒のぶっきらぼうな声を無視して何の用かと尋ねる束。

 

「姉さん、私に専用機を用意してください」

 

箒は要件をストレートで束に伝える。

 

「ん?箒ちゃんはどうして専用機を欲しがるのかな?」

 

「そ、それは‥‥」

 

電話をかける前は強気だった箒であるが、いざ束を前にしてみると委縮してしまう。

此処で姉の機嫌を損なえば専用機を用意して貰えないかもしれない。

そんな思いから箒は下手に出て姉の機嫌を損ねない様にして専用機が欲しい理由を話した。

 

「ほうほう、彼のためにね‥‥」

 

「は、はい」

 

「ふぅ~ん」

 

「‥‥」

 

「なるほど、箒ちゃんも年相応の女子高校生だね~青春しているねぇ~」

 

(あんな奴の何処が良いんだろう?)

 

「なっ!?」

 

束のからかうような声に思わず箒は赤面する。

だが、その反面束は百秋がモテる理由が分からなかった。

こればかりは天災の頭脳でも分からなかった。

 

「か、からかわないでください!!それで用意して貰えますか?」

 

(うーん、どうしよう~)

 

束は箒の頼みを聞くべきか迷った。

箒に専用機を与えれば百秋と共にイヴに何か迷惑をかけるのではないか?

昔と違い今の一夏(イヴ)が百秋と箒にやられるとは思えないが、危険な毒蛇は卵の内に殺してしまわなければならない。

だが、このまま彼女の申し出を拒否しつつければ、しつこく電話してくるかもしれない。

いや、イヴの隙を突いて彼女の専用機を強奪する恐れもある。

そこで、

 

「用意してもいいけど、決して他人に迷惑をかけないって約束できるかな?」

 

(箒ちゃん‥これが君に出来る私からの最初で最後のプレゼントだからね‥‥)

 

「はぁ?」

 

箒は束の言う事が分からなかったが、

 

「わ、わかりました」

 

箒はとりあえず返事をしておいた。

 

「IS学園では確か夏休み前に臨海学校があったでしょう?」

 

「え、ええ‥‥」

 

「それじゃあ、その時までに用意しておくよ」

 

「はい。ありがとうございます。姉さん」

 

束との電話を切ったあと箒はガッツポーズをした。

 

「やった!!やったぞ!!これで私も晴れて専用機持ちだ!!」

 

臨海学校が待ち遠しい箒だった。

一方、

 

「これで本当に良かったのかな?」

 

束は箒に専用機を与える事を今更ながら迷っていた。

確かに自分がISを作ったせいで両親と箒には多大な迷惑をかけた。

でも、箒が自分の作った専用機で更なる迷惑をかけるのではないかと心配になる束。

 

「‥‥しかたない‥専用機を作ると言った以上ちゃんと作るけど、でもその専用機が高性能とは言っていないからね‥箒ちゃん‥‥」

 

束は虚しい表情をしてキーボートを叩き始めた。

 

 

タッグトーナメントにおけるVTシステム騒動の後、ラウラはその日に意識を取り戻し、楯無も怪我はしたが骨折しておらず、打ち身と打撲程度で翌日には授業に出ていた。

だが、イヴだけは目を覚まさなかった。

やはり、長い時間VTシステムに取り込まれていたのが原因なのか医務の先生も詳しい原因は分からないと言う。

念の為、イヴの身柄は集中治療室へと移された。

IS学園はISを扱う為、学園内の医務室もかなり充実しており、

集中治療室にて脳波、心電図を図る機械のコードに繋がれたまま眠るイヴ。

放課後、更識姉妹と鈴、本音が見舞いに来た。

すると、そこには先客がいた。

 

「あれ?」

 

「あの人は‥‥」

 

「フランスの代表候補生の‥‥」

 

「‥‥」

 

集中治療室の中を見渡せる窓の前にはシャルルが眠っているイヴの姿をジッと見ていた。

 

「君、確かデュノア君だっけ?」

 

楯無がシャルルに声をかける。

 

「あっ‥‥」

 

シャルルも見舞いに来た更識姉妹達に気づいた。

 

「貴方もイヴちゃんのお見舞いに来たの?」

 

「は、はい‥」

 

楯無がシャルルに声をかけるとシャルルはよそよそしく答える。

 

「そ、それじゃあ、僕はこれで‥‥」

 

すると、シャルルはその場からまるで逃げるかのように去っていた。

 

「な、なんだったの?彼?」

 

「さあ?」

 

鈴と本音はシャルルが何故イヴの見舞いに来たのか分からなかった。

 

「‥‥」

 

しかし、楯無はただ医務室から出て行くシャルルの後姿をジッと見ていた。

簪はタッグトーナメントの時に、シャルルを見て彼に対して違和感を覚えていたが、楯無も今ここでシャルルと出会い簪同様、シャルルに対して違和感を覚えた。



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47話

VTシステムによる暴走があったタッグトーナメント翌日、学園内はその噂で持ちきりだった。

ラウラに突如起こったあの現象はなんだったのか?

ISの暴走なのか?

それとも彼女のIS、シュヴァルツェア・レーゲンの単一仕様能力なのではないのか?

と噂する者もいる。

確認をしたくても当のラウラ本人が今日は欠席だった。

彼女は全身筋肉痛で動けなかったからだ。

また教室にはイヴの姿も見えなかった。

 

「皆さん、おはようございます。ではHRを始めますよ」

 

朝礼の時間となり山田先生と千冬が教室に入って来る。

 

「先生、ボーデヴィッヒさんとアインスさんはどうしたんですか?」

 

クラスメイトの一人がまだ来ていないイヴとラウラについて尋ねる。

 

「ボーデヴィッヒさんとアインスさんの二人は今日、体調不良の為お休みです」

 

山田先生がラウラとイヴが今日欠席である事を告げる。

すると別のクラスメイトが、

 

「あ、あの‥先生‥昨日のボーデヴィッヒさんのアレは一体何だったんですか?」

 

ラウラに起こったあの現象について尋ねた。

大勢のクラスメイト達もやはり気になる様子だった。

 

「え、えっと‥‥アレはですね‥‥」

 

山田先生が気まずそうな顔をして千冬に助けを求めるかのようにチラッと千冬を見る。

まさか、クラスメイト達にラウラのISに御禁制のシステムであるVTシステムが搭載されてそれが暴走したなんて言えない。

 

「あれは、ボーデヴィッヒのISの機能が暴走した事故だ。あの機体はまだ試作品だったからな。幸いボーデヴィッヒに対したケガはないが念の為、今日は休む事になった」

 

千冬は間違ってはいないが真相をそこまで詳しく説明する訳でもなく生徒を納得する様な説明をする。

ISにはまだまだ未開発の部分が多くあるので一年生では千冬の説明である『ISの暴走』と言う事で皆納得した。

HRが終わると鈴が一組を尋ねて来た。

 

(あれ?イヴは居ないみたいね‥‥)

 

鈴は昨日のタッグトーナメントにてラウラに起こったあの現象についてイヴなら知っているのかと思い一組に来たのだが教室を見渡しても肝心のイヴの姿が見えない。

そこで鈴は、

 

「本音、ちょっといいかしら?」

 

「ん?どうしたの?リンリン」

 

「イヴの姿見えない様だけど何かあったの?それに昨日のアレ‥‥」

 

本音にイヴの行方とラウラに起こったあの現象について尋ねた。

 

「織斑先生はボーデヴィッヒさんのISの暴走って言っていたけど‥‥それにイヴイヴは今日体調不良で休みだって言っていたけど‥‥」

 

「なんか釈然としないわね‥‥」

 

鈴は本音の言う千冬の説明に納得いかない様子だった。

 

「かんちゃんかたっちゃんなら何か知っているかも」

 

「簪が?」

 

「うん」

 

(確かにあの時、イヴのパートナーを務めていた簪なら何か知っているかもね)

 

「‥‥それなら次の休み時間、簪に聞きに行きましょう」

 

鈴はイヴの次に今回の騒動の事情を知っていそうな簪に尋ねてみることにした。

 

「そうだね」

 

本音もやはり鈴同様、今回の騒動における千冬の説明には納得していない様子だった。

 

「「‥‥」」

 

鈴と本音の会話を百秋とシャルルは密かに聞き耳を立てていた。

一時間目の講義が終わり休み時間となると、本音と鈴は簪の居る四組へと出向いた。

そして二人の後を百秋とシャルルはこっそりつけて行った。

 

「簪」

 

「かんちゃん」

 

「本音。それに鈴も‥‥」

 

「ちょっといいかしら?」

 

「う、うん」

 

「此処じゃ、言いにくいかもしれないから場所‥変えましょう」

 

鈴の言葉で簪は鈴と本音が自分に何の用はあって来たのかを直ぐに察した。

四組の教室を出た簪、本音、鈴の三人は人気のない通路へと行き、そこで本音と鈴は簪に昨日のラウラに起きたあの現象はなんだったのか?

そして、イヴは何故休みなのかを尋ねた。

すると簪の話は衝撃的なものだった。

 

「VTシステムですって!?」

 

「う、うん」

 

鈴も伊達に中国の代表候補生を務めてはいない。

彼女自身もVTシステムがどんなシステムなのかくらいは知っていた。

 

「まさか、そんなもモノがアイツのISに搭載されていたなんて‥‥」

 

「でも、なんでイヴイヴはそれで今日は休んだの?」

 

「そ、それが‥‥」

 

簪は昨日、アリーナで起きた事を二人に話した。

他の者には決して話さなかっただろうが、簪は本音と鈴ならば信じられるので話したのだ。

 

「そんな‥イヴイヴが‥‥」

 

「VTシステムに取り込まれるなんて‥‥」

 

「それで、イヴイヴは無事なの?」

 

「‥‥意識不明で今は集中治療室に居るみたい」

 

「そんな‥‥」

 

「イヴイヴ‥‥」

 

イヴが今集中治療室に居る事に意気消沈する本音と鈴。

 

「そ、それなら放課後みんなでイヴのお見舞いに行かない?」

 

鈴が放課後イヴの見舞いに行かないか?と提案する。

 

「そうだね。行こうよ、かんちゃん」

 

「うん」

 

簪、本音、鈴は放課後イヴのお見舞いに行く事にした。

その話を影から百秋とシャルルは聞いていた。

 

(あの人‥今は入院中なのか‥‥)

 

(くっくっくっ‥いい事を聞いたぜ‥これはアイツがあの出来損ないの疫病神なのか確かめるには絶好のチャンスだぜ)

 

シャルルはイヴの身を案じていたが百秋は何やら良からぬことを考えていた。

 

四時間目の授業が終わった後、百秋は千冬に声をかけた。

 

「千冬姉」

 

「織斑先生だ。何か用か?」

 

「あ、ああ‥ちょっと此処じゃ、不味いから別の場所で‥‥」

 

「いいだろう?」

 

百秋と千冬は一緒に教室を出て行った。

 

「‥‥」

 

その様子を本音はジッと見ていた。

 

「それで用とは何だ?」

 

「なぁ、千冬姉。アインスって奴は今、集中治療室に居るんだろう?」

 

「何処から聞いたのかは聞かないでやるが、そうだ。だが、あまり言い触らすなよ」

 

「分かっているよ。それで、アイツがあの疫病神なのか確かめるため、集中治療室に入れる許可をくれないか?」

 

「お前に分かるのか?」

 

「ああ」

 

「どうやって確かめる?」

 

「それはちょっと言えないけど、絶対の自信はある。だから頼む」

 

百秋は千冬に手を合わせて頭を下げる。

 

「まぁ、いいだろう」

 

千冬は百秋に集中治療室に入る許可を出した。

 

「ありがとう千冬姉」

 

「織斑先生だ」

 

そう言って千冬はその場から去っていた。

 

(フフフフ‥‥これで久しぶりにアイツの体を抱けるぜ‥‥この後の運動に備えて精力をちゃんとつけておかないとな‥‥)

 

百秋は密かにイヴの寝込みを襲う計画を立てていた。

 

放課後、シャルルは本音達よりも先にイヴがいる集中治療室にやってきた。

ガラスの向こうのベッドに眠るイヴはまるで眠れる森の美女のように静かに眠っていた。

 

(綺麗‥‥)

 

その光景にシャルルは思わず見入ってしまう。

医療用のコードに繋がれ、ピッ、ピッ、ピッと心電図が奏でる電子音が眠る彼女をより一層儚げに演出している。

 

(白雪姫や眠れる森の美女なら王子様のキスで目が覚めるけど、やっぱり僕じゃ役不足だよね‥‥)

 

シャルルは自嘲めいた笑みを浮かべる。

そこへ、

 

「君、確かデュノア君だっけ?」

 

「あっ‥‥」

 

シャルルはイヴに見とれているあまり楯無たちが来た事に気づかなかった。

 

「貴方もイヴちゃんのお見舞いに来たの?」

 

「は、はい‥」

 

(黄色いネクタイ‥あの人は二年の先輩か‥‥確か一昨日のタッグトーナメント、二年生の部で優勝した人だ)

 

転校してきたシャルルは目の前の蒼い髪の女生徒がこの学園の生徒会長である事を知らない。

同じクラスとは言え、イヴとあまり深いかかわりがない自分がこれ以上此処に居ては不自然なので、

 

「そ、それじゃあ、僕はこれで‥‥」

 

シャルルはその場を後にした。

 

「な、なんだったの?彼?」

 

「さあ?」

 

「‥‥」

 

(今のが、フランス代表候補生にして二人目の男性操縦者のシャルル・デュノア君‥‥)

 

(でもなんか妙ね‥‥)

 

簪はタッグトーナメントの時に、シャルルを見て彼に対して違和感を覚えていたが、楯無も今ここでシャルルと出会い簪同様、シャルルに対して違和感を覚えた。

 

(二人目の男性操縦者と言う割には織斑君の時のように大々的に報道されなかったし、二人目と言うのにフランス代表候補生でしかも専用機持ち‥‥)

 

(簪ちゃんだって代表候補生、そして専用機持ちになるには一年以上の時間を有したのに‥‥まぁ、専用機持ちと言う点では織斑君と同じくデータ採取を目的にしているのかもしれないけど、織斑君より後に出て来て代表候補生だなんて‥‥)

 

(それにあの気配‥なんか不自然と言うか違和感を覚えるわね‥‥)

 

楯無は遠ざかっていくシャルルの背中を見ながら、シャルルの今の地位と雰囲気に疑問を感じていた。

 

シャルルがその場から去った後、楯無たちは医務の先生にイヴの容体を尋ねた。

脳波は今のところ問題なく正常だったのだが、原因は分からないと言う。

 

「ま、まさかこのままずっと目を覚まさないなんて事‥ないわよね‥‥?」

 

「り、鈴。縁起でもないことを言わないで」

 

「ご、ゴメン‥‥」

 

「だ、大丈夫だよ。イヴイヴならきっと戻ってくれるよ。イヴイヴは強いもん」

 

「そ、そうだね」

 

「うん」

 

本音の言葉の根拠はないがイヴは絶対に自分達の下へ帰って来てくれるような気がしていた。

イヴの見舞いを終え集中治療室を出た時、

 

「たっちゃん‥‥」

 

「何かしら?本音」

 

本音が楯無に声をかけた。

 

「実は‥‥」

 

本音は楯無に昼休みに百秋と千冬が何かを話していた事を伝えた。

 

「織斑先生が彼に集中治療室に入る許可を?」

 

「うん‥‥何か嫌な予感がする‥あの時の彼の顔‥何か見ていて生理的に寒気が走った‥‥」

 

「‥‥」

 

本音の言葉を聞き、楯無は顎に手を当てて考える。

 

(彼がイヴちゃんに何の用があるのかしら?)

 

(確かに何か良からぬことを考えているかもしれないわね‥‥)

 

本音が言う『生理的に寒気が走った』の言葉の部分が気になる楯無だった。

 

そして、その日の夜‥‥

伝統は消え心電図と脳波を測定する機械の灯りのみが灯っている集中治療室でイヴは未だに静かに眠っていた。

その集中治療室に訪問者が居た。

訪問者は医師でも看護師でもなくIS学園の制服を着ていた。

 

「フフフフ‥‥久しぶりに可愛がってやるぜ‥疫病神の姉さん」

 

集中治療室に入って来たのは百秋であった。

彼はベッドで眠っているイヴを見てニヤリと笑みを浮かべて舌なめずりをする。

そして、一歩一歩イヴが眠るベッドへと近づいていく。

その最中、彼はズボンのベルトを緩める。

 

「さあ、姉さん‥愛しの弟が着てあげましたよぉ~久しぶりにたっぷりとご奉仕してあげますからねぇ~」

 

百秋はベッドの上のシーツに手をかけた時、

 

「へぇ~一体どんなことをしてくれるのかしら?」

 

「っ!?」

 

「眠れるお姫様を起こすのは王子様のキスだけど、今の貴方‥どう見ても王子様というよりは不審者か変質者よ」

 

集中治療室からはイヴの声でもない百秋の声でもない第三者の声が響いた。

そして、それと同時に電灯も点灯する。

 

「お、お前はっ!?」

 

「こんばんは、織斑君」

 

集中治療室には楯無の姿があった。

 

「あらあら仮にも先輩に対して『お前』は無いんじゃないかしら?」

 

「くっ‥‥な、何故、先輩が此処に?」

 

(この女、確か生徒会長‥‥)

 

「私は生徒会長だもの。重症になった生徒の様子が気になって来ただけよ。それに彼女、私のルームメイトなのよ‥貴方こそ、こんな時間に何の用?」

 

楯無は先程の百秋の言葉を聞いて彼が何の目的で此処に来たのかを敢えて知っているのを承知で彼に此処へ来た目的を問う。

 

「そ、それは‥‥お、俺もアインスの奴が心配で見舞いを‥‥」

 

「なら、どうしてこの中に来ているのかしら?普通の見舞なら外からの見舞いだけど?それにさっきの言葉の意味も聞きたいのだけれど?」

 

「そ、それは‥‥か、彼女にマッサージをしてあげようかと思いまして‥‥」

 

「マッサージ?」

 

「はい。俺のマッサージ、千冬姉からもかなり評判なんですよ『上手い』って‥‥」

 

「意識の無い彼女にマッサージ?結構苦しい言い訳だと思うけど?」

 

「‥‥」

 

「それにベルト‥外れているわよ」

 

「あっ、これは放課後、ISの特訓をしていてその帰りに来たんです。急いで来たので‥‥」

 

そう言って慌ててベルトを締める百秋。

 

「そう‥もう、いいから、今日は帰りなさい」

 

楯無が百秋に帰るように言うと彼は苦虫を噛み潰したように顔を歪めるとスゴスゴと帰って行った。

勿論、彼女は百秋の言い訳に対して全然納得しえいないが、此処で騒いでも仕方がない。

それに問題にしたところで握りつぶされるのは目に見えていた。

故に今日は彼をそのまま帰したのだ。

 

(彼‥イヴちゃんに何かをしようとしたのは明白ね‥‥)

 

ただ、楯無が惜しむのはこの医療区画に監視カメラが設置されていない事だ。

IS学園の設立の目的上、重要拠点はやはりIS関係で格納庫やコンピュータ関係の区画には厳重な監視網があるが医療区画はそこまで重要視されていなかった。

 

(今度の職員会議でこの医療区画の監視カメラの設置を提言しないとね)

 

今回の百秋の集中治療室の侵入を受けて医療区画にも監視カメラをつけてもらおうと決めた楯無だった。

 

「イヴちゃん‥‥早く目を覚ましてね」

 

楯無は未だにベッドの上で眠るイヴの髪を撫でて集中治療室を出て行った。

流石の百秋もこの後集中治療室に戻ってくることはないだろう。

 

翌日、ラウラは全身の筋肉痛も和らぎなんとか復活する事ができた。

それでも教室ではやはりあの騒動のせいで気まずさがあった。

 

「‥‥」

 

しかし、相変わらず孤高を貫いているラウラは全く気にしている様子はなく、むしろ別この事を考えていた。

放課後、生徒会室にて楯無と虚が生徒会の仕事をしている時、

 

「そうですか、織斑百秋が‥‥」

 

「ええ‥彼がイヴちゃんに何かしようとしたのは明白ね‥‥」

 

(昨日の彼の発言‥‥恐らく彼はイヴちゃんを強姦するつもりだったのね‥事態が発覚しても織斑先生のネームバリューと世界初の男性操縦者と言う肩書で何とかできるとでも思っているのかしら?)

 

楯無は織斑姉弟の行動に頭を悩ませた。

その時、生徒会室の扉がノックされる音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

虚が返事をするとドアが開き入って来たのは意外な人物だった。

 

「あら?貴女は‥‥」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさん」

 

生徒会室を訪れたのはなんとラウラだった。

 

「何かご用ですか?」

 

「あの‥‥生徒会長に聞きたい事があるのだが‥‥」

 

「何かしら?」

 

「タッグトーナメントで何が起きたのかは教官から既に聞いている‥‥だが、私が知りたいのはより詳しい詳細だ‥‥貴方ならあのタッグトーナメントで何があったのかを知っている筈だ」

 

「ええ、知っているわ」

 

「ならば教えて欲しい!!私がVTシステムに取り込まれた後、一体何が起きたのかを!!」

 

「‥‥いいでしょう」

 

楯無はラウラにタッグトーナメントで何が起きたのかを話した。

 

「そ、そんな事が‥‥」

 

ラウラは楯無から話を聞き唖然としていた。

 

「そ、それでアインスは‥‥」

 

「まだ、意識不明のままで集中治療室に居るわ」

 

「‥‥」

 

話を聞いたラウラは愕然とする。

 

「何故‥‥」

 

「ん?」

 

「何故、彼女はそこまで強いのでしょう?」

 

ラウラはイヴの強さを楯無に尋ねる。

 

「そうね‥‥あの子は過去の経験も関係しているけど、自身の大切なモノを守ろうとするところが彼女の強さの秘訣なのかもしれないわね‥‥」

 

「‥‥」

 

ラウラは生徒会室から出るとイヴの眠る集中治療室へと向かう。

彼女は集中治療室へと行くとそこにはシャルルの姿があった。

 

「む?お前は‥‥」

 

「あっ、ボーデヴィッヒさん」

 

「確かデュノアとか言ったな」

 

「ボーデヴィッヒさんもアインスさんのお見舞い?」

 

「あ、ああ‥‥生徒会長から聞いたのだが、彼女には色々世話になったみたいだからな‥‥」

 

そう言ってベッドの上で眠るイヴの姿を見る。

 

「‥‥」

 

「‥ボーデヴィッヒさん」

 

「なんだ?」

 

「‥彼女、綺麗だと思わない?」

 

「‥‥」

 

シャルルの言葉を聞き、ラウラはイヴの姿を凝視する。

 

(た、確かにデュノアの言う通りだ‥‥眠っている姿からはあの狂人と同一人物なのかと疑うほどだ‥‥)

 

シャルルと共にイヴの見舞いを終えたラウラは徐に携帯を取り出し国際電話をかけた。

相手はドイツの自分の腹心であるクラリッサだった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長。お久しぶりです。隊長のISに例のVTシステムが発動したと聞いたんですが‥‥」

 

「ああ、すまないお前達に色々迷惑をかけた」

 

現在、ドイツではIS委員会からの強制調査によりラウラの居た部隊は元よりドイツのIS企業・研究所、政府が委員会からの事情聴取や査察を受けていた。

 

「かまいません。この部隊はボーデヴィッヒ隊長と共にありますから‥それで、今日は何の御用でしょうか?」

 

「そ、それなんだが‥‥」

 

ラウラはクラリッサに眠れる美女を起こすにはどんな方法があるのかと尋ねると、

 

「隊長、それはキスです!!それしか方法はありません!!」

 

「キス?」

 

「そうです!!」

 

クラリッサはラウラに言葉の意味とシチュエーションを熱弁した。

 

「な、なるほど‥‥了解した」

 

ラウラはクラリッサとの通話を切ると、

 

「キスか‥‥」

 

自らの唇を手で撫でながら一言そう呟いた。



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48話

此処で時系列は少し過去へと遡る。

百秋がイヴに夜這いを仕掛けに行った後、シャルルは自室のノートパソコンを使って宿題のレポートをやっていると、メールの受信を知らせる文章が表示された。

 

「‥‥」

 

その表示を見てシャルルの顔色に影がさす。

そしてシャルルがメールボックスを開くと其処には、

 

『定時報告』

 

と書かれたメールがあった。

シャルルがそのメールを開くと内容は、『世界初の男性操縦者、織斑百秋のISデータの採取はまだか?』と言う催促の内容が書かれていた。

シャルルは『現在、怪しまれぬように信頼関係を構築中』と書いて返信した。

 

 

イヴへの夜這いが楯無の出現によって邪魔された百秋は寮の部屋へと戻っている最中、

 

(くそっ、なんでバレた?まさか、千冬姉が生徒会長を呼んだのか?いや、そんな訳がない。だったら誰が‥‥)

 

百秋には一体誰が千冬以外の人物が今日、自分がイヴの居る集中治療室へ行く事を知っていたのかが気になった。

だが、彼は知る筈もなかった。

本音が密かに自分と姉の千冬、箒を監視している事を‥‥

 

翌日の放課後。

副官のクラリッサから眠れる美女を起こすにはキスしかないと言われたラウラは自室にて集中治療室で眠っていたイヴについて考えていた。

以前、アリーナで対峙した時イヴは血に飢えた獣のような印象を受けた。

しかし、楯無の話ではそれは彼女の大事な親友を自分が傷つけたからであり、普段は普通の女子高生と変わりないと言う。

それに自分の愛機、シュヴァルツェア・レーゲンのISコアを彼女が守ってくれたことにより短時間でシュヴァルツェア・レーゲンを復活させることが出来た。

そして眠っているイヴの姿をシャルルと共に見たがあの眠る姿はとても美しく儚く見えた。

同性ながらもラウラは思わず手に入れたいと言う衝動にかられた。

それにあの強さ‥かなりの戦力になるのではないだろうか?

そして、彼女を手に入れるにはキスをすればいいと副官は言う。

ちょっと恥ずかしいが彼女を手に入れられるのであれば、同性とのキスの一つや二つどうと言う事はない。

だが問題なのは、自分は彼女の友人を傷つけ、更には彼女自身も傷つけてしまった。

そんな自分を彼女は許してくれるだろうか?

それがラウラの悩みでもあった。

しかし、謝罪するにしてもまずは彼女を起こさなければならない。

それにはやはりキス!!

だが、これまでの人生においてキスなんて経験がないラウラはクラリッサからの言葉だけではヴィジョンが浮かばず、もう一度クラリッサに電話を入れると、キスの練習の為、なにかお薦めの映像は無いかと尋ねた。

すると、クラリッサは自分が好きな日本アニメをラウラに紹介した。

IS学園は半ば閉鎖的な学園でもあるので、そこに在籍する生徒の為にある程度の娯楽もちゃんと用意されており、ラウラはアニメディスクが貸し出されている視聴覚室へと向かった。

そこでラウラは、

 

「むっ?」

 

「あっ‥‥」

 

生徒会長そっくりの女子生徒と出会った。

一瞬生徒会長かと思ったがよく見ると生徒会長である楯無とは若干違う箇所がある。

よく見るとその生徒はタッグトーナメントにてイヴの相方を務めた女子生徒だった。

一方、ラウラと鉢合わせした簪は何故此処にラウラが居るのか不思議に思った。

クラスは異なるが見るからにお堅い軍人にしか見えないラウラが歴史映像や戦争映画の棚ならともかくアニメのディスクがある棚の所に来たのだ。

不思議に思っても不自然ではない。

だが、それ以前に簪はラウラの事をやや敵視していた。

彼女のVTシステムが発動しなければイヴは意識不明にならずに済んだのに‥‥

それに彼女は鈴も傷つけた。

好印象を抱けと言うのには無理がある。

ラウラも簪に対して色々迷惑をかけたのだと自覚はある様で、簪に対して深々と頭を下げて謝罪した。

勿論、謝って済む問題でない事ぐらい分かっている。

でも、何もせずにはいられなかったのだ。

ラウラからの謝罪を一応受けた簪は何故ラウラが此処に居るのかを聞いてみた。

すると、ラウラは一枚の紙を差し出した。

その紙にはアニメのタイトルが書かれていた。

ラウラ曰くドイツに居る部下がある事の参考になると言ってくれたアニメらしい。

簪はその部下の人とは何となくだが仲良くできる様な気がした。

ただラウラの言う「ある事」については気になったが、タイトルを見ると全て恋愛系のアニメで血生臭い戦闘アニメではないので、それがますます不思議に思える。

 

(まさか、この人あの織斑百秋かシャルル・デュノアに恋でもしたのかな?)

 

この学園に居る男と言えば用務員(理事長)の轡木十蔵。

織斑先生の弟であり、世界初の男性操縦者でもある織斑百秋。

そして、最近になって見つかったとされるフランス代表候補生のシャルル・デュノアの三人だ。

まさかラウラが父親か祖父ぐらいに年の離れた用務員(理事長)に恋をしたなんて考えにくい。

しかも彼は既婚者であり、IS学園の生徒と浮気なんて事がバレたら社会的に抹殺される。

そう考えると百秋かシャルルのどちらかに恋愛感情を抱いたと言えば普通に見える。

そしてラウラはこの紙に書かれているアニメを探している最中だと言う。

先程ラウラは自分に謝ってくれたしアニメ好きに悪い奴は居ない筈だ。

そう思った簪はラウラが探していたアニメを探してあげた。

 

「すまない。世話になった」

 

「ううん。別にいいよ‥その‥‥頑張ってね?」

 

「ん?あ、ああ‥ありがとう」

 

ラウラが最初、簪の言う「頑張ってね」の言葉の意味が理解できなかったが、思い返してみて簪はきっと自分がイヴを目覚めさせることが出来るように激励してくれたのだと思い彼女に礼を言った。

視聴覚室からアニメディスクを借りてきたラウラは早速部屋でそれらのアニメを視聴した。

 

「むっ?こ、これは‥‥」

 

今までの軍隊生活において愛だの恋愛だのとは無縁の世界に居り、ラウラ自身もこれまでは愛だの恋愛だのとほざいている輩は軟弱者だと思っていたのだが、こうして恋愛アニメを初めて見てみると、それもなかなか良いモノだと思えてきた。

 

「こ、これは相手の口の中に舌を入れているのか?」

 

ディープキスのシーンをジッと見るラウラ。

 

「やはり、恋愛と言うモノは激しいモノだ‥‥そうするとやはりキスも激しいモノでは無ければならないのか?」

 

うーんと考え込むラウラ。

そして大量の恋愛アニメを一晩で消化したラウラは翌日、目に隈を作り、普段の彼女らしからぬミスを連発した。

まず最初に朝食を食べ損ねた挙句にHRに遅刻して千冬から出席簿アタックを食らい、次に寝不足がたたったのか授業中に居眠りをしてやはり千冬から出席簿アタックを食らった。

クラスメイト達もラウラの行動を見て、

 

「ボーデヴィッヒさんどうしたんだろう?」

 

「まだ体調不良なんじゃない?」

 

という声も上がっていた。

そんな中、ラウラは休み時間に千冬に集中治療室への入室許可を求めた。

 

「なんだ?お前もか?」

 

「『も』?私の他にもいたのですか?」

 

「百秋が昨日、入室許可が欲しいと言ってきた」

 

「教官の弟が!?」

 

(まさか、アイツも彼女の唇を狙っているのか?)

 

(いや、それ以前にあの夢で奴はあんな悍ましい事をしていた‥‥もし、現実に奴も同じことをしていたとしたら‥‥あの人の貞操が危ない!!)

 

ラウラは百秋もイヴの唇‥すなわちキスをして起こそうとしているかと思ったが、彼が画策したのはラウラが思っている事と同じだったが、ラウラは彼の陰謀が楯無の出現で未遂になった事を知らない。

もし、ラウラが百秋の行動を知ったら、八つ裂きにしていただろう。

 

(お、おちつけ‥だが、彼女は未だに眠ったままだ‥とすると、奴はまだ彼女の唇を奪っていない可能性もあるな‥グズグズはしてられん!!)

 

「お願いします教官!!」

 

ラウラは千冬に頭を下げて入室許可を出してくれと頼む。

 

「お前はアインスに何の用がある?」

 

「今回の事は私が引き金とも言えます‥‥たとえ眠ったままでも彼女に直接謝罪をいれたくて‥‥」

 

「ふむ、随分と殊勝な心掛けだな‥よかろう」

 

「ありがとうございます!!」

 

こうしてラウラは集中治療室への入室許可を得た。

そして、放課後‥‥

鈴と本音、簪の三人は再び集中治療室で眠っているイヴの見舞いへと訪れた。

その最中、

 

「あれ?あの人‥‥」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒじゃない」

 

「‥‥」

 

簪達の前をラウラが歩いている姿を見つけた。

すると、ラウラは集中治療室の中へと入って行く。

 

「アイツ、まさか!?」

 

「イヴイヴに何かをする気じゃあ‥‥」

 

「きっとそうよ!!アイツ、以前イヴにボコボコニされた事を根に持っているんだわ!!それで眠って動けないイヴをボコボコにする気なのよ!!そうに違いないわ!!」

 

「イヴイヴが危ない!!」

 

「で、でも医務の先生もいるし、それは無いんじゃないかな?」

 

ラウラがイヴに何か危害を加える気なのだと思っている本音と鈴。

しかし、簪は医務の先生もいるのだからそれは無いだろうと言うが、

 

「医務の先生を気絶させた後やるかもしれないじゃない」

 

「そうだよかんちゃん!!」

 

(いや、流石に医務の先生を襲ってその後イヴを襲ったりしたら退学になるんじゃないかな?)

 

やはり、ラウラに事を信用していない二人は集中治療室へと急ぐ。

簪は少々呆れながらも二人の後を追う。

取り越し苦労で終わるのだから急いでも無駄なエネルギーの消費にしかならない。

 

「こ、コラ!!此処は許可が無いと入れないのよ!!」

 

医務の先生を押しのけて集中治療室の中へと入る本音と鈴。

 

「すみません。あとでちゃんと許可申請をしますので‥‥」

 

「更識さんまで!?」

 

簪はあとの姉に事後処理を押し付けて二人の後を追う。

すると三人が目にしたのはイヴに襲いかかろうとしているラウラの姿ではなく、眠っているイヴにキスをしようとしているラウラの姿だった。

 

「あ、アンタ!!何しているのよ!?」

 

その光景を見て鈴が思わずラウラに叫ぶ。

 

「何ってキスに決まっているだろう?見て分からんのか?」

 

一旦キスの体勢を解いたラウラが鈴たちに平然と自分が何をやろうとしたのかを説明する。

 

「き、キスってアンタ、何考えているのよ!?」

 

ラウラの行動が理解できない鈴は尚も声を上げる。

 

「「うんうん」」

 

簪と本音も鈴同様、ラウラの行動が理解できなかったのか二人して頷く。

ただ、三人共恥ずかしいのかほんのりと顔を赤く染めている。

 

「知らないのか?愚か者め、昔から眠れる美女を起こすにはキスだろ?‥‥と、副官が言っていたぞ」

 

「その副官クビにしなさいよ」

 

鈴がラウラに間違った知識を植え付けた副官(クラリッサ)を更迭しろと言う。

 

((私もその方が良いと思う))

 

口には出さないが本音と簪も鈴と同意見だった。

 

「キスの方法ならば問題ない!!昨日、アニメを借りてそれら全てを見て勉強済みだ!!」

 

「いや、そうじゃなくて‥‥」

 

(ボーデヴィッヒさん、だから昨日あんなに沢山のアニメを‥‥で、でもキス‥イヴにキス‥‥い、いいかも‥‥)

 

ラウラの行動は理解できないが、それでも眠れるイヴにキスをすると言うシチュエーションはアリだなと思う簪。

鈴とラウラの二人が言い合っている隙に簪はイヴに近づき、彼女の唇に自らの唇を近づける。

しかし‥‥

 

「待てぇぇい!!」

 

簪の行動は直ぐに見つかった。

 

「簪、アンタも何やっているのよ!?」

 

「貴様、抜け駆けは許さんぞ!!」

 

「いえ、私は決してそのつもりではなく、状況を鑑みるに何やら硬直状態が長くなりそうなため、一つの打開案としてやや強硬な姿勢をとってみてはどうかな?と思ってみたものの自分の意思を人に押し付ける訳にもいかず、道徳的観点から‥‥」

 

「ながーい!!長いわりに理屈っぽい!!」

 

「かんちゃん‥たっちゃんみたいに見苦しいよ」

 

「ガハッ!!」

 

鈴よりも本音の一撃がグサッと来る簪。

その隙にラウラがイヴへと迫り‥‥

 

「んっ」

 

ラウラが眠っているイヴの唇に自らの唇を重ねる。

 

「「「あああぁぁぁぁ~!!」」」

 

ラウラの行動を見て思わず絶叫をする三人。

三人の絶叫など何処吹く風でラウラはその後も行為をエスカレートしていく。

 

(確か舌を‥‥)

 

「んっ‥‥んっ‥‥」

 

ラウラは唇を重ねるだけでなく、舌でイヴの口をこじ開けて彼女の口中を自らの舌で蹂躙する。

集中治療室にピチャピチャと卑猥な水音が辺りに小さいながらも響く。

 

「「「あわわわわわ‥‥」」」

 

ラウラのディープキスを見て三人は顔をトマトのように真っ赤にして見ている。

 

「何の騒ぎですか?」

 

其処へ、医務の先生が騒ぎを聞きつけて駆け付けた。

 

「なっ!?」

 

そして医務の先生もラウラの行動を見て言葉を失う。

 

「ぼ、ボーデヴィッヒさん!!貴女、何をしているんですか!?」

 

「むっ‥‥ちゅぅ~」

 

医務の先生の出現とやっとラウラもイヴの唇から自分の唇を離した。

 

「ぷはっ‥‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥コレが‥‥キス‥‥」

 

キスを終えたラウラも顔を赤く染めて自らの唇を指で撫でる。

 

「ちょっと、ボーデヴィッヒさん!!」

 

医務の先生がもう一度声をかける。

 

「むっ?」

 

「貴女、アインスさんに何しているのよ!?」

 

「目覚めのキスだ」

 

「は?」

 

医務の先生もラウラの言動に言葉を失う。

意識不明の患者がキスごときで起きるものなら医者なんて必要がなくなる。

 

「兎に角、皆さんここから出て‥‥」

 

医務の先生が皆を此処から出る様に言いかけた時‥‥

 

「うっ‥‥ん?」

 

イヴが反応した。

 

「「「「えっ?」」」」

 

イヴの声に反応してその場にいる皆がイヴを見る。

すると、イヴは身をよじりゆっくり目を開け始めた。

 

「そ、そんなバカな‥‥」

 

医務の先生は信じられなかった。

たかがキスごときで意識不明だった患者が起きるなんて‥‥

それは簪、鈴、本音の三人も同じだった。

 

(そ、そんな‥ボーデヴィッヒさんのキスで‥‥)

 

(それなら私がやりたかった!!)

 

(鈴とボーデヴィッヒさんが邪魔しなければ私が‥‥)

 

簪はこの光景を見て物凄く悔しがった。

 

「うっ‥‥此処は‥‥?」

 

イヴは寝ぼけ眼で此処が何処なのかを尋ねる。

 

「此処はIS学園の集中治療室よ」

 

「集中‥‥治療‥室?」

 

医務の先生がイヴに此処が何処なのかを説明する。

 

「‥‥」

 

しかし、まだ起きたばかりのイヴは状況を理解できていない様子だ。

でも、無事に目が覚めた事によりもう集中治療室からは出ても問題はない様だ。

その日の内にイヴは集中治療室から普通の医務室へ移動となった。

イヴが目を覚ました事によりラウラは改めて彼女に謝罪と感謝をする為、ラウラはストレッチャーに乗せられて医務室へと向かうイヴに連れ添った。

そして医務室のベッドで横になったイヴに

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス」

 

「ん?」

 

「その‥‥すまなかった!!」

 

ラウラは深々と頭を下げてイヴに謝罪した。

 

「織斑百秋を釣る為とは言え、お前の友人を傷つけた事‥そして今回、お前自身に多大な迷惑をかけた‥‥私自身、そしてシュヴァルツェア・レーゲンを助けてくれた事に感謝する。ありがとう」

 

「‥‥」

 

「だが、何故私を助けた?私はお前の友人を傷つけたのに‥‥」

 

「鈴を傷つけた事は確かに許せないけど、あの時の決着をつけるためにどうしても貴女と戦いたかった‥‥ラウラ・ボーデヴィッヒと言う一人の人間と‥‥」

 

「‥‥」

 

「あの時‥黒いドロドロに飲まれるときの貴女もISも恐怖、不安、悲しみを宿していた‥‥だから私はどうしても貴女を助けたかった‥‥私と貴女の決闘をあんなモノに邪魔されたくはなかった」

 

「‥‥」

 

「今度は邪魔者なしで戦おう」

 

「あ、ああ。ただし私は負けるつもりはないぞ」

 

「私もだよ」

 

ラウラは口元を緩め憑き物がとれたような表情で医務室を出て行った。

 

イヴが目を覚ましたと言う知らせは楯無の下にも届いていた。

ただその目覚めた経緯も彼女の耳にも入っていた。

それを聞いた楯無は、

 

「よろしい‥ラウラちゃん‥‥戦争よ!!」

 

その足で楯無はイヴの居る医務室へと向かった。



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49話

 

 

タッグトーナメント後に意識不明だったイヴは数日後に無事意識を取り戻した。

ただその原因が、ラウラがイヴにキスをした事から彼女のキスでイヴが目覚めたのか?

それとも奇跡の様な偶然だったのだろうか?

それはどちらなのか分からない。

ただ事実なのはイヴが無事に意識を取り戻したと言う事だ。

楯無はイヴが意識を取り戻した事とその経緯を本音から聞くと、

 

「よろしい‥ラウラちゃん‥‥戦争よ!!」

 

そう言い残して生徒会室からイヴの居る医務室へと向かった。

 

「えっ?ちょっと!!たっちゃん!!生徒会の仕事は!?またお姉ちゃんに怒られるよ!!」

 

本音が後ろから叫んでいたが楯無の足は止まる事は無かった。

そしてイヴの居る医務室へと到着した楯無は‥‥

 

「はぁ~い、イヴちゃん」

 

「あっ、たっちゃん」

 

「心配したのよ、タッグトーナメントから数日の間も意識が戻らなかったんだから」

 

「医務の先生から聞きました‥その‥‥ご心配をかけてすみません」

 

「ううん、いいのよ。こうしてイヴちゃんが戻って来てくれたんだから‥‥でも‥‥」

 

「でも?」

 

「でも、イヴちゃんが私に心配をかけたと言う罪悪感があるなら、一つ私のお願い聞いてくれるかしら?」

 

「う、うん‥‥いいけど‥‥」

 

「ホント!?それなら、イヴちゃん。ちょっとの間、目を閉じていてくれる?」

 

「えっ?う、うん‥‥」

 

イヴは楯無のお願いを聞くことにして目を閉じる。

 

「‥‥」

 

楯無はイヴが目を閉じたのを確認するとそっとイヴの顔に自らの顔を近づける。

そして、イヴの唇を射程内にとらえると自らも目を閉じて‥‥

 

「「んぅ」」

 

イヴの唇に自らの唇を重ねた。

 

「んっ?」

 

イヴが唇に違和感を覚えて目を開けると眼前には顔を赤く染めながら唇を重ねる楯無の姿があった。

突然の楯無からのキスに驚いたイヴは咄嗟に楯無から離れようとするが、楯無は両手でイヴの体をガッチリとホールドしてイヴを逃がさないようにする。

 

「んっ!?」

 

イヴの体を固定した楯無はそのまま自らの舌をイヴの口の中に侵入させて彼女の口の中を蹂躙する。

 

「んっ!!んんっ‥‥」

 

突然楯無からのディープキスを受けたイヴはまさに混乱の最中に居る。

それから一体どれぐらいの時間が過ぎただろうか?

 

「ぷはっ」

 

楯無がゆっくりと唇を離す。

二人の唇と唇の間には唾液によってできた銀色の橋が出来た。

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

イヴは何故楯無が自分にディープキスをしたのかを尋ねる。

 

「あら?医務の先生から聞いていないの?」

 

「えっ?なにを?」

 

楯無はイヴに彼女が目覚める直前にラウラがイヴにディープキスをしてその直後に意識を取り戻したことを伝える。

 

「えっ‥‥えええええぇぇぇ!!」

 

楯無の言葉を聞いて医務室にイヴの絶叫が響く。

 

「ラウラちゃんだけにイヴちゃんの唇は独占させる訳にはいかないもの」

 

楯無は普段のおちゃらけた表情ではなく、頬を赤くそめた顔でイヴに言う。

それはまさに恋する乙女の様な表情である。

 

「たっちゃん?」

 

「ねぇ‥もう一度‥‥いい?」

 

楯無がイヴにもう一度キスを強請ったその時‥‥

 

「何がもう一度なの?姉さん」

 

「っ!?」

 

其処にイヴではない別の人物の声がした。

しかも「姉さん」と言っている事から医務の先生ではない。

 

「‥‥」

 

楯無が油の切れかけたロボットのように恐る恐る背後を振り向くと其処には単色の目をした簪が立っていた。

 

「か、簪ちゃん‥‥」

 

「ねぇ、お姉ちゃん‥今、イヴに何をしていたのかな?かな?」

 

「あわわわわ‥‥」

 

「ねぇ、お姉ちゃん‥ちょっと向こうで一緒にO・HA・NA・SHI‥‥しようか?」

 

「か、簪ちゃん‥その台詞は貴女には似合わないわ‥その台詞は篠ノ之博士の方が似合うわよ」

 

「何を言っているのかな?‥かな?さぁ、一緒にO・HA・NA・SHIしようよ‥‥」

 

簪は楯無の後ろ襟を掴んで彼女をズルズルと引きずって行く。

真面目モードの楯無ならば簪を簡単に退けるぐらいは出来た筈だが、今はポンコツモードが発動中でしかもイヴとのキスをしたばかりだったので思うように力出ず、また簪の方も普段とは違う嫉妬モードで力が普段の嫉妬モードよりも威力が倍化されていたので、形勢は楯無不利の簪優勢となっていた。

そしてしばらくして‥‥

 

「アッ―――――――!!」

 

楯無の絶叫が木霊した。

彼女の絶叫を聞きイヴはビクッと体を震わせる。

 

「い、一体何が‥‥」

 

イヴが絞り出すように声を出すと、医務室に現れたのは楯無ではなく簪だった。

 

「か、かんちゃん?」

 

「‥‥」

 

医務室に現れた簪にイヴは声をかけるが簪は何も答えずに顔を少し俯かせてイヴの居るベッドに近づいてくる。

そして、イヴのすぐ傍に近づくと、

 

ガシッ

 

両手でイヴの顔をガッチリと固定する。

 

「か、かんちゃん?な、なにを?」

 

「‥‥」

 

戸惑うイヴに簪はやはりないも答えない。

そして、簪は顔をイヴに近づけていく。

 

「か、かんちゃ‥‥んぅ‥‥」

 

簪はそのまま自分の唇をイヴの唇に重ねた。

 

「んっ‥ちゅぅぅぅぅぅぅ~」

 

簪の場合キスの経験がない為、やや乱暴なキスとなったがそれでも簪は満足そうに唇を離した。

 

「きゅぅぅ~」

 

簪からの強引なキスでイヴはそのまま伸びてしまった。

 

「ウフフフ‥‥」

 

簪は舌なめずりをして伸びたイヴを見下ろしていた。

 

イヴが目を覚ますと簪の姿は消えていた。

 

「あ、あれ?‥‥今、ここにかんちゃんが居たような気がしたんだけどな‥‥」

 

辺りを見回しても簪の姿はなかったので夢かと思った。

 

「うぅ~酷い目に遭ったわ‥‥簪ちゃんがまさかあそこまでやるなんて‥‥」

 

ボロボロになった楯無が医務室に帰って来た。

 

「あっ、たっちゃん」

 

「うぅ~イヴちゃぁ~ん~傷ついた私を癒してぇ~」

 

楯無は甘えるようにイヴにすり寄って来る。

 

「あら?」

 

すると、楯無は何かを見つける。

 

「ん?どうしたの?」

 

「イヴちゃん‥その首‥‥」

 

「首?」

 

「え、ええ‥‥虫に刺されたように赤くなっているわよ」

 

「虫?」

 

医務室に虫なんている筈がないのにイヴの首すじは少し赤くなっていた。

楯無に言われて鏡で確認してみると、

 

「あっ、ホントだ‥なんだろう?コレ?」

 

楯無がよく見てみると、

 

(こ、これは!?キスの痕!?まさかっ、簪ちゃん!?‥‥そう、そういう事ね‥‥良いわよ簪ちゃんその勝負受けてあげるわ!!)

 

イヴの首筋に残った赤い痕を見て楯無は悟った。

これは妹からの宣戦布告なのだと。

楯無が簪に対して対抗心を燃やしていると、そこへ

 

「あっ、アインスさん、更識さん、ちょうどよかった」

 

山田先生が医務室に訪れた。

 

「山田先生」

 

「アインスさん、意識が戻った様ですね」

 

「はい。ご心配をおかけしました」

 

「いえいえ、無事に戻って来てくれただけでよかったです」

 

「それで山田先生、何かご用ですか?」

 

「あっ、そうでした。実は‥‥」

 

山田先生曰く寮の部屋を整理するのでイヴと楯無に話があったのだと言う。

 

「うぅ~また仕事が一つ増えました~」

 

今回山田先生が尋ねてきた聞いた後、山田先生は何やらぼやいている。

 

「あれ?でも、部屋割りとかの仕事って普通は寮長の仕事じゃないんですか?」

 

「そうね、確か一年の寮長は‥‥」

 

「織斑先生です」

 

「なんで、山田先生が部屋割りの仕事を?」

 

「織斑先生‥実は結構ずぼらでIS関係の授業以外の仕事はあまり効率が良くないんです」

 

「あ~確かに言われてみれば、ISの授業以外はほとんど山田先生が講義をしていますもんね」

 

これまでの授業風景を思い出してみてIS以外の普通の授業で千冬は教鞭をとっているのを見た事がない。

 

(でも、あの人が普通に学問を教えられるのかと問われると何だか無理っぽいな‥‥)

 

(半ば給料泥棒みたいな感じね‥‥)

 

「ですから結構、副担任の私に仕事の皺寄せが‥‥」

 

意気消沈して山田先生はそう言う。

確かに少しゲッソリしている。

ここ最近は無人機の乱入やVTシステムの騒動やらで書類仕事が結構多いのだろう。

だが、脳筋の千冬は書類仕事をこなせるとは思えない。

まさかと思うが自分の仕事を部下(山田先生)に押し付けているのではないだろうか?

山田先生の言動を見てそう考えてしまうイヴと楯無であった。

そして、肝心の寮の部屋割りの話なのだが、今度シャルルの部屋を変えると言うのだ。

そして現在一人部屋なのがラウラと簪なのでイヴと楯無のどちらかを簪かラウラの部屋にするかラウラと簪を相部屋にすると言うのだ。

此処で楯無は究極とも言える選択を突きつけられた。

簪をラウラへ部屋にブチ込むか?

それとも自分がラウラか簪の部屋に移るか?

だが、自分が部屋を移ればイヴはラウラか簪と同じ部屋になる。

簪の部屋となればイヴが簪とにとられてしまう。

ラウラだって今回、集中治療室での話を聞く限りイヴへの関心がない訳では無い。

だが、イヴがラウラと同じ部屋になれば自分は簪と一緒の部屋となり、これまでの溝を埋めるチャンスでもある。

それに集中治療室への百秋の侵入を考えると防犯上では自分かラウラの方がイヴを守りやすいと言うメリットも存在する。

楯無が悩んでいると、

 

「それじゃあ、私がボーデヴィッヒさんと一緒の部屋になります」

 

イヴがラウラと同時室になると言う。

 

「いいんですか?アインスさん」

 

「はい。楯無さんも妹さんの方が過ごしやすいでしょうから」

 

「‥‥」

 

楯無が悩んでいる間にイヴがラウラと一緒になる事を決めてしまい、山田先生もそれを了承したので、楯無は簪とイヴはラウラと同室となった。

引っ越しの際、楯無はイヴと別れる時まるで今生の別れをするかのようなオーバーリアクションをとりイヴはちょっと引いた。

 

「ボーデヴィッヒさん、今日からボーデヴィッヒさんと同室になるアインスさんです」

 

「よ、よろしく‥ボーデヴィッヒさん」

 

「あ、ああ‥‥よろしく」

 

イヴが同室と言う事で何だが緊張している様子のラウラ。

 

「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

 

山田先生はラウラにイヴを紹介した後、帰って行った。

少々気まずい空気の中、

 

「えっと‥‥そ、それじゃあ‥‥引っ越しと親睦を兼ねてお茶で飲みません?」

 

「あ、ああ」

 

「ボーデヴィッヒさん、紅茶でいい?」

 

「ああ、いいぞ」

 

イヴは寮の部屋に備え付けのキッチンで紅茶を淹れる。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

イヴからカップを受け取り口をつける。

 

「‥‥美味しい」

 

紅茶を一口飲み感想を述べるラウラ。

 

「ありがとう」

 

ラウラからの感想を聞きイヴも紅茶の入ったカップに口をつけた。

多少の気まずさはあったがこの先時間を重ねればこの気まずさもなくなるだろうとイヴはそう思った。

夜の茶会は進んで行く中、

 

「そう言えば、一つ聞きたい事があるのだが‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「イヴはシャルル・デュノアと親しい間柄なのか?」

 

「えっ?どうして?」

 

(いつの間にか名前呼び‥まぁ、いいけど‥‥)

 

ラウラは自分とシャルルが親しい間柄なのかと問うが、イヴ自身シャルルとの接点は精々同じクラスメイトと言う事だけでそんなに親しい間柄ではない。

ついでに言うとラウラがさりげなく自分の事を名前呼びしているけど、気にしないイヴ。

 

「うーん‥同じクラスメイト‥ぐらいの間柄しか思い浮かばないな‥でも、どうして?」

 

「イヴが集中治療室に入院中、シャルルはよく見舞いに来ていたからてっきり親しい間柄なのかと思っていたのだが‥‥」

 

ラウラは何故シャルルがイヴの見舞いに来たのかを疑問に思った。

確かにクラスメイトだからと言う理由で見舞いに来るのは不思議ではないかもしれないが、あの時ベッドで眠るシャルルの視線はクラスメイトの見舞いに来た者の視線には思えなかった。

その頃、生徒会では‥‥

 

「どういう事なの?」

 

楯無は更識家の情報網を駆使して二人目の男性操縦者、シャルル・デュノアについての調査報告を見ていたのだが、その報告を見て思わず声を出した。

報告書には、

 

『デュノア夫人に出産記録は存在せず』

 

『デュノア氏には離婚事実もなし』

 

と書かれていた。

 

「デュノア氏に離婚記録もないから、結婚後はずっとこの夫人と連れ添って居る筈‥‥それなのに夫人には出産記録はない‥‥デュノア君は養子なのかしら?」

 

シャルルの出生に疑問を感じた楯無は引き続きシャルルとデュノア家の調査を命じた。

 

 

翌朝

 

「ん?」

 

朝イヴが目覚めると彼女は違和感を覚えた。

掛け布団を捲ると其処には裸姿のラウラがイヴの体にしがみついていた。

 

「えっ?えっ?なんで?ボーデヴィッヒさんが!?」

 

寝る前には確かに互いのベッドに寝ていた筈なのにラウラはこうしてイヴと同じベッドに‥しかも裸姿で一緒に寝ている。

同じ部屋の住人と言う事でイヴ自身も警戒心が緩んでいた様だ。

 

「ぼ、ボーデヴィッヒさん、ボーデヴィッヒさん、起きて‥朝だよ」

 

「うっ?うーん‥‥」

 

イヴに体を揺すられてラウラが目を覚ます。

 

「おはよう。ボーデヴィッヒさん」

 

「う、うん‥‥」

 

目を擦りながら起き上がるラウラ。

 

「ねぇ、ボーデヴィッヒさん」

 

「ん?なんだ?」

 

「どうして?私のベッドで寝ているの?しかも裸で‥‥」

 

起きたラウラにイヴは何故自分のベッドで‥しかも裸で寝ていたのかを尋ねる。

 

「親しいモノ同士は一緒に寝るのは当然のことなのではないのか?」

 

「‥‥それはちょっと違う気がする」

 

イヴはラウラの間違った知識にツッコんだ。

 

「あとなんで裸なの?」

 

「この方が相手を喜ばせると聞いたのだが‥‥」

 

「それを教えたのは誰なの?」

 

「ドイツに居る副官だ」

 

(その人、絶対にオタクだ‥‥)

 

ラウラの会話からドイツに居る副官はきっとオタクなのだろうと予測したイヴだった。

そこへ‥‥

 

「おはよう、イヴちゃん」

 

「イヴ、おはよう」

 

更識姉妹がイヴとラウラの部屋を訪れた。

そして更識姉妹が見たのは裸姿でイヴと同じベッドにいるラウラの姿‥‥。

 

「ラウラちゃん‥朝っぱらか一体何をしているのかな?」

 

楯無が青筋を立てて引き攣った笑みを浮かべてラウラに問う。

 

「ん?何って?互いに親睦を深めていたのだが?」

 

そんな楯無に恐れる事無く平然と答えるラウラ。

 

「いいわ‥集中治療室の件を含めて貴女とはちょっとお話しないといけないと思っていたのよ‥私のイヴちゃんに手をかける様なイタズラ兎は一羽で十分ですもの」

 

「お姉ちゃん、今の台詞は聞き捨てならない」

 

「ん?」

 

「『私のイヴちゃん』ってどういう事?イヴは私のモノよ」

 

「簪ちゃん、いくら簪ちゃんでもこればかりは譲れないって昨日の夜、話したわよね?」

 

「私もこればかりはお姉ちゃんには負けられない」

 

「おい、待て!!『私のイヴちゃん』とはどういうことだ?」

 

いがみ合う更識姉妹の口論にラウラも参戦し、部屋はまさにカオスとなった。

この事態を収拾するためにイヴは最終兵器、虚を召喚して事態を収拾した。

 

 

朝食を終えて教室へと登校したイヴはクラスメイトから声をかけられた。

また、休んでいる間のノートとかも貸してくれた。

皆、自分のことを心配してくれていたが、千冬と箒は、

 

((あのまま廃人になればよかったものを‥‥))

 

とイヴの復活を忌々しく思い、

百秋は、

 

(ちっ、アイツを抱く絶好の機会を失ったぜ‥‥)

 

とイヴを抱けなかった事を悔しんだ。

昼食の時、イヴは鈴と簪と本音、そして新たにラウラが加わったメンバーで食事を摂った。

夕食後、ラウラは部屋に戻った時イヴの姿は見えなかった。

 

「あれ?イヴ?」

 

そのイヴは寮の屋上に居た。

 

「‥‥」

 

イヴは目を閉じて意識を集中させる。

すると、背中から天使の様な白い翼が生える。

そして、イヴはその翼をはためかせて満月の夜空へと飛び上がる。

 

「たまには自分の翼(?)で飛ばないと勘が鈍るからね‥‥」

 

リンドヴルムではなく自身の翼で悠々と夜空を飛ぶイヴ。

ISではないので一々許可を取らなくても問題はない。

 

「~♪~♪」

 

夜空を飛んでいる中、イヴは思わず『星めぐりの歌』を口ずさむ。

夜間飛行を堪能したイヴは再びIS学園の寮の屋上へと着地すると翼を消す。

すると、

 

「アインスさん?」

 

「えっ!?」

 

誰もいないと思っていた屋上に自分の名を呼ぶ声がしたのでそちらへと視線を移すと其処には屋上に降り立った自分の姿を見て唖然とするシャルルの姿がそこにあった。



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50話

シャルルは前日に山田先生から寮の部屋の引っ越しを告げられて一人部屋へと移った。

元々荷物は少ない方だったが急な引っ越しだったのでその日は荷物だけを持って新しい部屋へと移り、次の日の放課後に荷解きをした。

そして荷解きをした後、ちょっと外の空気を吸いたくなり、屋上へと出た。

空は満天の星空と満月が浮かぶ綺麗な月夜だった。

シャルルは暫く夜空の星座を眺めていた。

すると、

 

スタッ

 

と誰かの気配を感じた。

自分同様夜空を見に来たのかと思い人の気配を感じた方へと行くと、そこには背中から天使の様な白い翼を生やしたイヴが居た。

 

(IS!?でも、あそこまで本物の翼にそっくりなISの翼は見た事がない‥それにアインスさんの専用機のウィングユニットとは全然形状も違うし、一体何なんだ!?あの翼は!?)

 

イヴの翼を見たシャルルは、最初イヴの翼はISなのかと思ったが、形状がイヴの専用機であるリンドヴルムとは形状が違う。

しかも羽根の作りがまるで本物の羽根の様だ。

此処で見ていても仕方がないのでシャルルはイヴに声をかけることにした。

 

「アインスさん?」

 

「えっ!?」

 

夜間の空中散歩から戻って来た自分の姿をシャルルに見られてしまったイヴ。

 

(な、なんで‥‥この時間この場所でデュノア君が‥‥)

 

『ハハハハハ‥‥一夏、お前やっぱり勘が相当鈍っているよ』

 

イヴの姿を見て獣は深層心理の中で笑っていた。

獣の指摘に反論できないイヴ。

確かに獣の言う通り、イヴ自身殺伐とした暗殺者時代と異なり勘が随分と鈍ったのかもしれない。

今回の夜間の空中散歩も勘が鈍らないようにと行ったのだがそれが全くの仇となった。

とりあえず翼をいつまでも生やしているわけにはいかないので急いで引っ込める。

 

「あ、アインスさん‥いまの翼は‥‥一体‥‥」

 

シャルルは震える声でイヴに尋ねる。

 

「‥‥」

 

イヴはシャルルにどう説明すればいいのか分からない。

シャルルを殴り飛ばして記憶を消したい所だが、自分のミスでそんな無粋な真似はしたくはない。

イヴがシャルルへの対応に困っていると、

 

「イヴ!!どこだ?」

 

部屋にイヴが居なかった事で心配したのか自分を探すラウラの声が聞こえてきた。

イヴはシャルルには何も答えずに急いでその場から去っていった。

 

翌日、IS学園にて夕べ夜空に天使が飛んでいたと言う噂が立った。

 

『ハハハハハ‥‥一夏、お前本当にバカだな?噂の天使ってどうみてもお前だろう?』

 

(う、うるさい!!)

 

噂を聞いた獣がイヴをバカにしてイヴはムキになって獣を黙らせる。

しかし、天使なんて本当に実在するわけがないので、夕べの天使は自衛隊か在日米軍のISが夜間哨戒かテスト飛行でもしていたのを見間違えたモノだと決めつけられて次第に沈静化していった。

シャルルも昨夜の天使の正体がイヴである事を話してはいなかった。

ただ、楯無だけはこの噂に関して、天使の正体に心当たりがあったのか、

 

「イヴちゃん‥ちょっと来て」

 

と休み時間にイヴの教室に来て彼女を連れ出した。

 

「な、なんでしょう?」

 

イヴは楯無が呼びに来た理由が何となく分かっていた。

 

「今、学園で噂になっている天使‥イヴちゃんでしょう?」

 

「な、な、何のことでしょうか?」

 

イヴは楯無から視線を逸らす。

しかし、声は震えているし汗を搔いているのでその仕草だけでバレバレだ。

 

「イヴちゃん!!」

 

ガシッとイヴの頬に手をやって強引に自分と目を合わせる。

 

「正直に言いなさい」

 

「ひゃ、ひゃい‥‥」

 

イヴは楯無の勢いに負けて話した。

昨日夜間にISでなく能力を使って空中散歩をした事を

 

「はぁ~まったく‥迂闊な行動は控えてね。一応、噂の天使の正体は自衛隊か在日米軍のISって事になっているけど、もし誰かに見られでもしたら‥‥」

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「その‥‥実は‥‥」

 

此処まで来てはもはや隠し通せないのでイヴは楯無にシャルルに見られたことを話した。

 

「えええっ!?デュノア君にバレた!?」

 

(なんでよりにもよってデュノア君にバレルのよ!!)

 

「それでデュノア君には何て言ったの?」

 

「い、いや‥‥その場はボーデヴィッヒさんが来て凌ぎました」

 

「その後は?」

 

「いえ‥特には‥‥」

 

「‥‥」

 

楯無は出生が謎に包まれていたシャルルにイヴの秘密がバレたことに関して厄介な事になったと思いつつこれはある意味チャンスではないかと思った。

シャルルがイヴに接触してきた時、彼自身の秘密も全て暴けるんではないかと思った。

そして本音にシャルルも監視対象にするように指示を出した。

 

一方、学園最強の生徒会長から目をつけられたとは知る由もないシャルルは昨夜、寮の屋上で見た事を思い返していた。

 

(あれは紛れもなくISの‥‥機械の翼なんかじゃなくて本物の翼だった‥‥アインスさんは一体何者なんだ‥‥)

 

(知りたい‥もっと彼女の事が‥‥)

 

(彼女の全てが‥‥)

 

シャルルは本来の目的を失う程、イヴにご執心となった。

そして、シャルルは勇気を出して実行に移してみた。

昼休みになりシャルルはイヴに声をかけた。

 

「あ、アインスさん」

 

「デュノア君‥‥」

 

「ねぇ、今日のお昼、一緒に食べない?」

 

「えっ‥‥?」

 

シャルルからの突然のお誘いにイヴは戸惑った。

断ればシャルルから何らかの報復があるかもしれない。

でも、過去の経験からどうも男性に対して苦手意識を持っているイヴ。

そこに‥‥

 

『なんだ?一夏、随分とお困りの様じゃないか』

 

獣がイヴに声をかけてきた。

 

『何なら私がコイツの相手をしてやってもいいぜ』

 

(そんなことを言って私の体を乗っ取るつもりなんじゃないの?)

 

『ほぅ、それじゃあお前がこの二人目の男性操縦者の相手をすると言うのだな?』

 

(うっ‥‥)

 

獣の言葉に反論できないイヴ。

だが、獣を全面的に信じるのはあまりにも危険だ。

それでも今は獣の力を頼らざるを得ない。

 

(本当に私の体を乗っ取るつもりはないんだろうな?)

 

『勿論さ。それに私が乗っ取ったところであの天災兎と青髪にはバレてしまうからな』

 

(‥‥)

 

一体どういう風の吹き回しなのか分からないが獣は今回えらくイヴには協力的だ。

 

『ホラ、さっさと決断しちゃえよ。まぁ、もし仮にアイツがあの時の事をネタに脅してくるようならば殺っちまえば済む事だろう?』

 

獣はやはり獣だった。

でも、獣が言う事は一応、的を射ておりこのまま何もしなければ先には進めない。

シャルルが自分に何を要求してくるのかも現時点では不明で確実に自分との肉体関係を求めてくるとは限らない。

シャルルの目的を知るためには、此処はまずシャルルの要求を呑むべきだろう。

だが、過去の経験上、男の人と連れ添うには抵抗がある。

でも、獣はそんなモノには抵抗が全くない。

 

(くっ‥‥わ、分かった)

 

そしてイヴは決断を下した。

イヴは渋々獣と入れ替わり、

 

「いいですよ。デュノア君。ではエスコート、頼めるかしら?」

 

イヴ(獣)はシャルルに手を差し出してシャルルにエスコートを頼む。

 

「えっ?あっ、うん‥‥」

 

シャルルも伊達にヨーロッパ出身者ではない。

こういった作法ぐらいはちゃんと心得ていた。

 

(イヴイヴどうしちゃったの!?)

 

教室でイヴとシャルルの様子を見ていた本音は驚きつつ本来の職務であるシャルル・デュノアの監視と言う事で楯無にメールを送った。

 

『シャルル・デュノアがイヴイヴに接触、イヴイヴはこれを受ける』

 

本音からのメールを受け取った楯無はすぐに一組の教室へと急行する。

 

「イヴ、いいのか?」

 

ラウラが心配そうにイヴに声をかける。

 

「大丈夫、心配してくれありがとう。ちゅっ‥‥」

 

そう言ってイヴはラウラの頬にキスをする。

 

「はぅ!?」

 

イヴからのキスを受けたラウラは顔を真っ赤にして頭から白い煙が出ていた。

 

「さっ、行きましょう?デュノア君」

 

「う、うん」

 

イヴはシャルルの腕に自らの腕を絡める。

 

 

一組へと到着した楯無が見たのは、

イヴとシャルルが腕を組み食堂へと向かう光景だった。

 

「‥‥」

 

その姿を見て楯無は唖然とする。

 

「たっちゃん?お~い、たっちゃん?」

 

まるで魂が抜けたような姿の楯無に本音は彼女の顔の前で手を振るが楯無は反応しない。

 

「ダメだ、返事がない。屍みたいだ」

 

「ちょっと本音!!私はまだ死んでないわよ!!」

 

本音の一言で復活する楯無。

 

「それよりも本音、アレは一体どういうことよ!?」

 

「そ、そんなの私にも分からないよ~」

 

「兎に角、後を追うわよ!!本音」

 

「う、うん」

 

楯無と本音は急いでイヴとシャルルの後を追った。

二人の様子を見たクラスメイトや学園の生徒達はザワつく。

 

「デュノア君とアインスさんなんかすごく絵になるわ」

 

「いいなぁ~」

 

「金髪に銀髪…いいわ~」

 

食堂について互いに向き合う形で座るイヴとシャルルの二人。

そんな二人の様子が気になるのか食堂に居る生徒達はチラチラと様子を伺い、楯無は穴が開くかのようにジッと二人の事を凝視している。

 

「そ、それで‥あの‥‥アインスさん‥‥」

 

「デュノア君、今は食事の最中‥話は食後のティータイムに聞くわ」

 

「う、うん」

 

イヴにそう言われシャルルは食事に戻る。

 

「ちょっと、なによ!?あれアレ~あれじゃあまるでデート中のカップルじゃない」

 

物陰から二人の様子を窺っていた楯無はイヴとシャルルの様子を見てギリギリと悔しがる。

そして食事が終わり、互いに紅茶を前にして向き合う。

イヴが紅茶を一口飲みシャルルに声をかける。

 

「それで話と言うのはやっぱりこの前の屋上の事?」

 

「う、うん‥‥」

 

「そうね‥‥それなら貴方の事も教えてくれるかしら?」

 

「えっ?僕の事?」

 

「ええ」

 

イヴはニヤッと口元を緩める。

 

「な、何のことかな?」

 

シャルルは明らかに動揺しており、イヴから視線を逸らす。

 

「とぼけてもダメよ。デュノア君」

 

イヴはテーブルに両手をついて顔をシャルルに近づける。

 

「あ、アインスさん?」

 

そしてイヴはシャルルの顔に自らの鼻先を近づけて、すぅ、と大きく息を吸い込んだ。

それはまるで犬や狼が仲間なのかを確認し合う仕草の様なものだった。

 

「‥‥やっぱり」

 

「えっ?」

 

「デュノア君からは確かに男の匂いがする‥でも、同時に女の匂いもするよ」

 

「っ!?」

 

イヴの指摘にシャルルはビクッと体を震わせる。

 

(男でもあり女でもある?それどういう事?それって今の私やお前のように二重人格ってこと?)

 

『さあな。だが、事実だ。奴からは男と女‥二つの性別の匂いがした』

 

(流石は獣‥匂いで判別するなんてね‥‥でも、その恥ずかしい行動は何とかならなかったの!?)

 

『そう言うな、これで奴の正体と目的が分かるかもしれないぞ』

 

「もし、此処で言えない様な事なら、放課後‥改めて場所を変えて話しましょう?」

 

「う、うん」

 

「OK、それじゃあ生徒会室なんてどう?」

 

「生徒会室?」

 

「ええ、私、これでも生徒会長と仲が良いの‥知っているかもしれないけど、彼女、一応、学園最強の肩書を持っているのよ。それに生徒会室なら防諜設備も完璧だろうし、生徒を守る生徒会長なら、生徒の秘密を厳守してくれるだろうし、私の秘密を生徒会長は既に知っているのよ」

 

「‥‥」

 

「どうする?私の秘密‥知りたいんでしょう?この話、受ける?受けない?」

 

「わ、分かった」

 

「なら、放課後‥生徒会室で会いましょう」

 

そう言ってイヴは席を立ち食堂を後にした。

尚その際、楯無の前を通り、口パクで何かを伝えた。

 

「っ!?」

 

それを見た楯無は時間を置いて食堂を後にした。

そして、校舎の屋上の踊り場‥昼休みなのだが、此処は昼間も日陰で日当たりが悪いせいか昼休み中でも人気が少ない。

そんな踊り場にイヴは一人立っていた。

そこへ‥‥

 

「はぁ~い、イヴちゃん」

 

「待っていたよ、たっちゃん」

 

踊り場に現れた楯無はイヴに声をかけイヴも返答する。

 

「‥‥貴女、イヴちゃんじゃないわね」

 

だが、イヴの顔を見た瞬間、楯無は目を鋭くしてイヴを睨みつける。

 

「へぇ~流石、表のイヴと仲が良いだけあるな‥この私を一目で見破れるのはお前かあの篠ノ之束ぐらいだよ」

 

一目で今のイヴが表のイヴでない事を見破った楯無に獣はパチパチと拍手しながら賛辞する。

 

「そんな事はどうでもいいわ。どうして貴女が表に出ているの?それにデュノア君と一緒に居た様だけど、何が目的なの?彼には織斑姉弟と何の繋がりもないじゃない」

 

「確かに奴には織斑姉弟と何の繋がりもない。だが奴はこの体の能力を見た目撃者でもある。それについてちょっと話があるみたいだったから付き合っただけさ」

 

「それで何故、貴女表に出てくるのよ」

 

「おいおい、忘れたのか?表にイヴは過去の出来事で男が苦手なんだよ」

 

(そう言えば、タッカーが言っていたわね‥イヴちゃん、誘拐された時、犯人達に犯されたって‥‥)

 

「まぁ、コイツの境遇もそれなりには同情するぜ‥何せ初めて相手が‥‥」

 

(やめろ!!それ以上言うな!!)

 

イヴは自分でも忘れたい屈辱的な過去を楯無に知られたくはないのか大声で獣にそれ以上の事を喋るなと言う。

 

『おいおい、今更綺麗事を言ったところで過去は変わらねぇだろう?』

 

(そ、それでも‥止めて‥‥)

 

『ちっ、分かったよ。お前と私の獲物をコイツに横からかっ攫われるのも癪だしな』

 

楯無がイヴと百秋の関係を知れば何かしらの行動を織斑姉弟にやりそうだ。

だが、織斑姉弟を狩るのは自分の役目だと思っている獣は獲物を横から楯無に狩られるのを嫌がり渋々イヴの提案に乗った。

 

「何なの?」

 

「いや、なんでもない。兎に角、表のイヴは男に対して苦手意識を持っている。そんな奴が二人目の男性操縦者の奴と対等に話が出来ると思うか?」

 

「いいえ」

 

「だろう?そこで私の出番って訳だ。男が苦手な表のイヴに代わって二人目の男性操縦者の目的を探ろうとしたのさ。そして、放課後に生徒会室に奴は来るとさ‥精々奴の正体‥そして目的を聞いてやりな」

 

「正体って‥‥貴女、デュノア君の何を‥‥」

 

「奴の体からは男の匂いと共に女の匂いもした‥‥」

 

「それってどういう事なの?」

 

「表のイヴと同じことを言うな‥二つの性別の匂いがしたが、私にも詳しい事は分からん。放課後に分かる事だろうさ」

 

「そ、そう」

 

「それじゃあ、放課後生徒会室でな」

 

「‥‥」

 

そう言ってイヴは楯無の前から去って行き、教室へと戻った。

そして、放課後イヴとシャルルは別々に生徒会室へと向かった。

二人一緒ではあまりにも目立つ。

生徒会室に来た時もイヴは獣が表に出ており、楯無は警戒する様にイヴを見ていた。

楯無は念の為に虚には席を外す様に言って今、生徒会室に居るのは楯無とイヴだけであった。

二人は備え付けのお茶を飲みながらシャルルが来るのを待った。

そして、生徒会室のドアを控えめにノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

楯無が入室許可を出すと、

 

「し、失礼します」

 

シャルルが恐る恐る生徒会室へと入って来た。

 

「いらっしゃい、デュノア君」

 

「は、はい。初めまして、シャルル・デュノアです」

 

「初めまして、生徒会長の更識楯無よ」

 

「あ、あの‥‥」

 

シャルルが恐る恐るイヴに声をかける。

 

「約束通り、来たのだから、貴方に私の秘密を教えましょう。ですが、決して口外しない事、そして貴方自身の秘密も教える事‥それが前提となっているけどいいかな?」

 

「は、はい」

 

イヴが最終確認をするとシャルルはそれを了承した。

 

「それじゃあ、たっちゃん。説明よろしく」

 

「えっ?私がやるの!?」

 

楯無がイヴの説明なのだから自分でするのかのかと思ったら獣は楯無にそれを押し付けた。

 

「まったく‥‥」

 

楯無は呆れつつもシャルルにイヴの事を説明した。

 

「‥‥生物‥兵器」

 

楯無の説明を聞き、シャルルは絶句した。

 

「それでは嘘ではない事を証明しましょう」

 

説明が終わり、イヴはシャルルに自分が生物兵器である事を証明するために席を立ち、まずは腕を包丁の様な刃物へと変化させる。

 

「‥‥」

 

「おーい、大丈夫か?」

 

刃物に変化した腕でシャルルの頬をペチペチと叩くイヴ。

その腕は金属質で冷たかった。

それは紛れもなく本物の刃物だった。

 

「あっ、う、うん‥‥そ、それじゃああの時の翼は‥‥」

 

「勿論、私の能力の一つさ‥‥」

 

そう言って背中からあの時のように白い大きな翼を生やしてその翼でシャルルの体を包み込み、髪の毛を伸ばすと蜘蛛が獲物を絡めとるかのようにシャルルの体に巻きつける。

本来ならばこんな非現実的なモノを見せつけられて体験したのであれば震え上る筈なのにこの時シャルルは震える事さえも忘れていた。

 



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51話

イヴの迂闊な行動のせいで、自身の秘密が世界で二人目の男性操縦者であるシャルル・デュノアにばれてしまった。

しかし、イヴの中の獣はシャルル自身にも何か違和感を覚え自身の秘密を教える事を条件にシャルルにも秘密を打ち明けるように取引を持ち掛けた。

そしてシャルルとイヴは放課後、生徒会室にて互いの秘密を打ち明けあうことになり、こうして生徒会室にて互いに秘密を打ち明けるために集まった。

まず、イヴがシャルルに自身の秘密を打ち明けた。

ナノマシンによって体全体を生物兵器に改造された打ち明けるイヴに対して半信半疑だったシャルルはイヴの変身を見て信じざるを得なかった。

イヴは白い大きな翼でシャルルの体を包み込み、髪の毛を伸ばすと蜘蛛が獲物を絡めとるかのようにシャルルの体に巻きつける。

そしてキスをする勢いでシャルルの顔に自身の顔を近づけてシャルルに語り掛ける。

 

(ちょっ‥アインスさん‥顔‥顔が近いって‥‥)

 

イヴに迫られ顔を赤くするシャルル。

 

(その体は本来、イヴちゃんの体なのよ!!もう少し大事に扱いなさいよ!!)

 

そんなイヴ(獣)の行動に楯無は文句を言いたかったが今はシャルルの正体を暴くのが先という事でないも言わずに心の中で文句を言った。

 

「さあ、次は貴方の番よ。どうして世界で二番目とはいえ、男性操縦者なのにあまり注目されなかったのか?それにどうして男の貴方から女の匂いがするのか?私、気になります!!」

 

((えるたそっ!?))

 

(ちょっと待て!!お前はまさか、男であるデュノア君の中に女の気配が混じっていたから協力したのか!?)

 

『ん?当然だろう?私でさえ知らない気配をコイツは持っていたんだ。気にするのは当然だろう?』

 

(‥‥)

 

「さあ、早く話して下さいな‥このまま絞め殺されたくはなかったらね」

 

そう言いながらイヴはシャルルの体に巻き付けている髪の毛の力を少し強める。

 

「わ、分かった‥分かったから、食べないでください!」

 

「食べないよ!!‥‥でも、食べないというだけで殺さないとは言っていないよ。さあ、早く」

 

「う、うん‥‥ただ、その前にコレ(髪の毛)ほどいて」

 

シャルルが説明する前に自分の体を拘束しているイヴの髪の毛を解いてくれと言う。

 

「その‥‥まず、僕が世界で二番目の男性操縦者なのに注目されなかったことに関しては‥その‥‥僕の体に事情がありまして‥‥」

 

「ん?どういうことかしら?」

 

「まさか、男ではなく女でしたなんてオチだけは勘弁してね」

 

「い、いえ‥そうではないんです‥‥で、では説明するよりは実際に見てもらったほうが早いと思いますので、その‥‥部屋のカーテンを閉めてもらってもいいですか?」

 

「えっ?ええ、いいわよ」

 

楯無が生徒会室のカーテンを閉める。

すると、シャルルが楯無とイヴに背を向けてジャケットのボタンに手をかけ、次にワイシャツのボタンに手をかけてゆき、上着を全部脱ぐ。

 

「ん?何する気だ?」

 

「私たちに何か見せたいんでしょう」

 

「ストリップかな?」

 

「男のストリップを見てもね‥‥」

 

「‥‥」

 

二人の会話はシャルルに筒抜けとなっており、シャルルは複雑な心境だった。

そして、楯無とイヴの方へと体を向ける。

 

「なっ!?」

 

「‥‥」

 

シャルルの体を見た楯無は目を見開き、イヴはノーリアクション。

 

「そ、それって‥‥」

 

シャルルの胸は男にしては大きく、どうみてもそれは女性の胸以外には見えなかった。

 

「デュノア君‥貴方、本当は‥‥」

 

楯無がシャルルに本当は男ではなく女なのかと尋ねようとした時、

 

「‥い、いえ‥確かに‥その‥‥まだ続きがあるんです‥‥」

 

シャルルは顔を赤くして目を閉じて今度はズボンに手をかける。

そしてズボンの下には男物の下着が姿を見せる。

シャルルは暫く下着に手をかけていたが、やがて決心したかのように下着を下した。

 

「「なっ!?」」

 

下着の下にあったのは紛れもなく男の性器であった。

これには流石のイヴも驚いた。

 

「ど、どういうことなの?」

 

「その‥‥僕は両性具有者なんです」

 

「両性具有‥‥」

 

(なるほど、だから男なのに女の匂いもしたのか‥‥)

 

シャルルの告白で謎が解けたことにより納得した獣。

 

(両性具有ってたしか‥‥男女両性を兼ね備えた存在よね?初めて見たわ)

 

初めて見た両性具有者の体をマジマジと見る楯無。

だが、やはり恥ずかしいのか顔がほんのりと赤い。

 

「あの‥‥一つ確認してもいいかしら?」

 

「えっ?あっ、はい。どうぞ」

 

「君の場合、生まれつき両性具有なのかしから?イヴちゃんの様に人体実験の被害者とかそういうわけじゃないわよね?」

 

楯無は念の為シャルルに何らかの実験によって両性具有となってしまったのかを尋ねると、

 

「い、いえ‥‥僕は生まれた時からこの体でした」

 

どうやらシャルルはイヴと違い最初から両性具有の体だったようだ。

 

「あっ、もういいわ。服を着て頂戴」

 

「は、はい」

 

話の続きをするにしても裸のままでは話しづらいのでシャルルに服を着てもらう。

 

「貴方の身体については分かったけど、まだ分からない事があるんだけど」

 

楯無が服を着たシャルルに抱いていた疑問を語る。

 

「なんでしょう?」

 

「失礼ながら、貴方についてこっちでも色々調査をしていたのよ‥‥」

 

「は、はい」

 

シャルルにとっても楯無の処置は当然だと思い割り切っている。

 

「それで、分かった事があるんだけど、デュノア夫人に出産記録がないの‥‥これはどういうことなのかな?」

 

「‥‥」

 

家族ネタはシャルルには禁句なのかシャルルは俯いてしまう。

 

『おい、一夏』

 

そんな中、獣がイヴに声をかける。

 

(なに?)

 

『お前も見ていただろう?コイツは男でもあり女でもあるそうだ』

 

(そうみたいだね)

 

『これなら男に苦手意識があるお前でもつきあえるんじゃねぇか?』

 

(な、なにを突然!?)

 

『過去にいつまでも縛られていては前には進めないぞ』

 

(余計なお世話だよ!!それに私は結婚なんて考えてなんかいないよ)

 

イヴは獣に結婚は考えていないと言う。

弟やテロリスト連中に汚され、人間ですらなくなった自分を一体誰が愛してくれるだろうか?

それに自分自身が男に対して苦手意識を持っている。

だから、自分は一生結婚できなくても良いとイヴはそう思っていた。

 

『おいおい、そんなに拗ねるなよ』

 

(拗ねてなんかいない)

 

イヴと獣がこのようなやり取りをしている間にも楯無によるシャルルへの尋問を続いていた。

 

「言いたくないのは分かるけど、いずれは分かる事よ。貴方のこれまでの不明な出生に関しては引き続き調査を依頼しているから‥‥」

 

「‥‥」

 

「それとももしかして貴方は養子なの?」

 

「そう‥ですね‥‥」

 

シャルルは諦め様子で楯無に自らの出生を語った。

 

「僕は‥正妻‥デュノア夫人とは血が繋がっていないんです‥父は確かにデュノア社の社長ですけど‥‥母は父の愛人だったんです」

 

(えっ?)

 

シャルルの出生を聞いてイヴは大きく目を見開いて驚く。

まさか、シャルルの出生は自分と同じ愛人と言う事で若干の親近感が沸いた。

楯無もイヴの事をチラッと見る。

 

『おい、聞いたか?コイツお前と同じ愛人の子だとさ』

 

(う、うん)

 

『愛人の子って言う共通点があるんだから、コイツの面倒を見てもいいんじゃねぇか?』

 

(お前やたらと私とデュノア君を絡めようとするな‥何が目的だ?)

 

『えっ?だってよぉ、両性具有なんて珍しいじゃねぇか』

 

(そんな理由で!?)

 

獣がシャルルに興味が抱いた理由があまりにも下らない事にむしろそっちに驚くイヴ。

その間にもシャルルは自らの身の上を楯無に語る。

 

「それでどういった理由でIS学園に?厄介払い?」

 

「多分それも含まれていると思うけど、実家からの命令なんです」

 

「実家?実家って言うと確か‥‥」

 

「フランスのデュノア社です」

 

「デュノア社‥確かフランスでは大手のIS企業‥‥」

 

「はい‥そこの社長‥父からの命令で僕はこの学園に送り込まれました‥‥二年前父の愛人‥つまり僕の母が亡くなった時に父の部下の人が突然訪ねてきました‥そこでIS適性を調べられて、半分は男の体にも関わらず、IS適性が高い事が分かり、デュノア社のテストパイロットをする事になりました」

 

ISを動かせるのは確かに女性のみだが、その女性でも全員が動かせる訳では無い。

女性の中でもIS適性が低い場合はISを動かす事ができない。

それでも世の中の大半の女性達はISと言う尻馬に乗り、好き勝手なこと行っている女性が多い。

そんな中、半分は男の体であるシャルルに高いIS適性があると言う事はまだまだISは未知なる機械なのかもしれない。

 

「父に会ったのは二回くらいで会話は数回‥時間は一時間もなかった‥普段は別邸に居たんだけど、一度本邸に呼ばれた事があるだけど、あの時は酷くて‥本妻の人に『泥棒猫』って言われて殴られて‥‥お母さんも死ぬ前に一言ぐらい言ってほしかったな‥‥」

 

シャルルは自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

『同じ愛人の子でもお前とは180度違うな』

 

(う、うん)

 

イヴ自身も愛人の子であり、千冬や百秋には煙たがられたが父である織斑四季は自分の事を溺愛してくれた。

だが、シャルルの場合は死んだ母親以外味方は居なかった様だ。

 

「それからしばらくしてデュノア社は経営危機に陥りました」

 

「えっ?でもデュノア社は世界シェア第三位のIS企業じゃないの?」

 

世界情勢に関して獣は詳しくはないがそれでも有名企業の名前ぐらいは表のイヴの視界を通して知っていた。

だからこそ、世界第三位のIS企業が経営危機とは信じがたかった。

 

「デュノア社の目玉商品のリヴァイブは確かに名機かもしれないけど、第二世代型なんだよ。それでフランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されたの。だからデュノア社にとって第三世代の開発は急務になったんだよ」

 

欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』において現在は第三世代ISの開発において一番最初に成功したイギリスが一歩リードしている状態で次いで最近になって第三世代の試作品の開発に成功したドイツが二位となっている。

セシリア、ラウラがIS学園に来たのもこの第三世代機の稼働データの収集でより完璧に近い第三世代機の開発の為だった。

しかし、フランスは未だに第三世代の試作品さえ完成していない状況でデュノア社としては焦っていた。

世界シェア第三位のIS企業にも関わらず第三世代機を作れない無能企業と言うレッテルを張られるどころかフランス政府からの支援金とIS開発許可の剥奪もあり、そうなれば会社は倒産するしかない。

シャルルの父であるデュノア社の社長はそれを恐れ、シャルルの厄介払いも兼ねてIS学園へと送り込み、世界初の男性操縦者の愛機、白式を始めとする各国の第三世代機のデータを盗んで来るように言われたのだ。

半分は男の体なので世界二番目の男性操縦者と言うのは嘘ではないが、百秋程に大々的に宣伝されると両性具有と言う事がバレる可能性もあり、彼の様に大規模かつ大々的に宣伝はしなかったのだと言う。

 

「「なるほど」」

 

シャルルの事情を聴き楯無とイヴは納得する。

 

「一ついいか?」

 

イヴ(獣)がシャルルに質問する。

 

「なに?」

 

「これは会社とかフランス政府とか関係なく個人的な質問なんだが、タッグトーナメントで百秋と一緒に居る時、随分と親しそうだったが、お前‥その体の通り両方いけるクチなのか?」

 

「「えっ?」」

 

イヴ(獣)の質問に唖然とするシャルルと楯無。

 

「つまり半分は男の体ってことは、半分は女の体なんだろう?まさかアイツと‥‥」

 

「ち、違うよ!!そんなんじゃないから!!」

 

シャルルは百秋との関係を否定した。

 

「その‥‥彼にも僕の正体がバレて、その‥‥事情を話した時、彼は励ましてくれたんだ‥それが嬉しくて‥‥」

 

(へぇ~アイツがね‥‥一体どういった思惑があるのやら?)

 

『大方、デュノア社の弱みを握ったって事で金でも脅し取る算段を考えたか世間体を考えたんじゃねぇの?アイツそう言うのは敏感だから』

 

確かにシャルルもこの学園ではかなりの人気者であり、そのシャルルを虐めたとなってはいくら百秋と言えど多勢に無勢、あっという間にトップカーストから底辺に転落する。

それを防ぐためにシャルルに優しい言葉をかけたのだろう。

 

「あっ、そう‥だが、あまり奴の言葉を鵜呑みにするのは危険だぞ」

 

「えっ?」

 

「大方、奴は学園の特記事項をお前に伝えて『三年あるから大丈夫』とか言って具体的な解決案は出していない筈だ」

 

「う、うん」

 

シャルルは思い当たる節があるようだ。

 

「モノは考えようだ。『まだ三年ある』『あと三年しかない』の二つだが、三年‥いや、正確にはあと二年と九ヶ月程か?その間に解決案がでなければどうする?まさか、ずっと留年し続けて学園に引きこもるつもりか?それにアイツの性格から考えたら、何もしないだろうし学園を卒業した後、お前がどうなろうと知った事ではないだろうさ」

 

「‥‥」

 

「デュノア君、残念だけど私もそう思うわ」

 

織斑姉弟の言動からイヴ(獣)の言っている事は事実になるだろうと予測する楯無。

 

「それでお前はこれからどうする?」

 

「えっ?」

 

「いくら特記事項があるとはいえ、スパイを堂々と学園に在籍させておくと思うか?理事長が知れば即退学になってフランスへ強制送還‥その後にお前を待っているのはムショ暮らしだ。その時親父は絶対に助けてはくれないぞ」

 

「そうね‥生徒の安全を守るのが生徒会長の役目なのよ」

 

「‥‥」

 

「コイツの実家は暗部に精通している家系‥つまり暗殺者と同じ様な家系だ。突然の病死、何らかの理由での自殺‥‥近々学園で生徒が一人亡くなるかもしれないな」

 

イヴ(獣)がニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

シャルルはイヴ(獣)の笑みと言葉を理解して震える。

 

「シャルル・デュノア」

 

「は、はい」

 

イヴ(獣)に呼ばれビクッと体を震わせるシャルル。

 

「お前は生きたいか?それとも死にたいか?」

 

「えっ?」

 

「死ねば全てが終わるぞ。お前のその半端な体ともおさらばであり、親父や政府からのしがらみからも解放され、もしかしたらあの世で母親と会えるかもしれないよ」

 

「‥‥」

 

「生きるとしてこの場をどうやってくぐり抜ける?例えこの場をくぐり抜けたとして解決案はあるのか?」

 

「‥‥」

 

イヴ(獣)の言葉にシャルルは黙って頷くだけしかできない。

 

「まぁ、生きたいと言うのであれば、幾つか提案だけはしてやる」

 

「えっ?」

 

落して上げるイヴ(獣)の言葉にシャルルが顔を上げる。

 

「ただし、その場合、お前は家族と故郷‥親父の会社で働く大勢の人々とその家族を捨てる事になるがその覚悟はあるか?お前一人の我儘で大勢の人々が不幸になるかもしれないが、それでもお前は自分の自由を勝ち取る覚悟と勇気はあるか?」

 

イヴ(獣)がジッとシャルルの目を見る。

 

「ぼ、僕は‥‥」

 

シャルルは葛藤する。

家族と故郷については正直どうでもいい‥‥

義母は自分の事を泥棒猫呼ばわりしているし、父親も自分の事を都合のいい道具としか見ていない。

それにイヴが言った通り父は自分が投獄されても絶対に助けはしないし、トカゲのしっぽ切りにするつもりなのは父の言動をみれば一目瞭然だ。

でも、会社で働く大勢の人々‥その人々の家族は?

自分一人だけ助かって社員とその家族を犠牲にしてもいいのだろうか?

 

「‥‥」

 

シャルルは頭を抱える。

 

「‥‥優れた技師・研究者なら再雇用できるだろうさ‥それに私の伝手で出来る事はしてやるよ‥‥アンタが生きたいと思うならな」

 

「えっ?」

 

イヴ(獣)の言葉を聞いて再びイヴの事をジッと見るシャルル。

 

(ちょっと!!伝手ってまさか、たばちゃんをこの件に巻き込むつもり!?)

 

『仕方ねぇだろう?それにこういう時に使わないでいつ使うんだよ?今でしょ!?』

 

(そのネタ古いよ!!)

 

『それよりもお前は不憫に思わないのか!?同じ愛人の子供としてコイツを助けてやろうとは思わないのか?お前は一体いつからそんなに冷たい人間になったんだ!?』

 

(そ、それは‥‥って言うよりも随分とデュノア君を擁護するね‥‥もしかしてお前‥デュノア君に惚れたの?)

 

『ばっ、お前何言ってんだよ!?わ、私が‥この殺戮の銀翼がだ、たかが人間如きに惚れる訳‥‥』

 

(あぁ~はい、はい‥分かった、分かった)

 

『なんかお前の言い方ムカつくんだけど‥‥』

 

イヴとしては意外に感じつつも獣が血と殺し以外の感情を持ってくれたことに関して少し嬉しかった。

 



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52話

世界で二番目に確認された男性操縦者のシャルル・デュノアはなんと半分は男、半分は女の体である両性具有者であった。

そしてその出生はイヴ(一夏)同様、愛人との間に生まれた子供であった。

シャルルの正体と出生には驚いたがそれ以上に驚いたのが何とあの獣が‥‥

今まで血と戦いと殺しにしか興味がなかったあの獣がシャルルに惚れていたのだ。

イヴ本人としては獣が恋愛感情と言う新たな感情を抱いてくれたことに関しては嬉しい事だった。

これを機に獣には血や戦いからは遠ざかって欲しいと思いつつも厄介な物件のシャルルに惚れることに対して面倒さを感じる。

 

(でもさ、よりによってなんで?デュノア君なの?)

 

『ん?べ、別にいいじゃないか誰が誰を好きになっても』

 

獣はもはやイヴに隠す事無くシャルルに惚れていることを認める。

 

(でも、デュノア君は結構厄介な物件だと思うよ)

 

『厄介さで言ったら私達以上の奴がいるのか?』

 

(‥‥)

 

獣の言葉に対して反論できないイヴ。

 

(それで?デュノア君の何処が気に入ったの?)

 

イヴは獣がシャルルの何処に惚れたのかを尋ねた。

 

『えっ?だって彼、可愛いじゃん。あの羊みたいな可愛い目‥私に迫られていた時の赤面する顔‥‥思わず食べたくなっちゃう‥‥』

 

獣は恋愛に関してもやはり(肉食)獣だった‥‥。

イヴには獣の表情を確認できなかったがきっと獣は舌なめずりをしている事だろう。

 

(さっき食べないっていったじゃん!!)

 

『あれは獲物を油断させる為の演技だよ。演技』

 

(ふざけるな!私の体で如何わしい事をしようとするな!!)

 

イヴにしてはこれ以上体を汚されるのは御免だと言う。

 

『だったら、お前も彼の事を好きになればいいんじゃないか?』

 

(えっ?)

 

『奴は両性具有‥半分は男だが半分は女だぞ。それに見ただろう?あの胸の大きさ‥‥お前の好きなたっちゃんやたばちゃんにも負けず劣らずの大きさだったじゃないか。それにこのチャンスを逃したらお前が恋愛をする事もないぞ』

 

(‥‥私は別に恋愛なんて‥‥私は皆がいればそれでいいし‥‥)

 

『まぁ、そう言うなって‥お前も彼と一緒に過ごして行けば慣れるだろうさ』

 

(‥‥)

 

獣はイヴとの会話を終えて次にシャルルと会話を始める。

 

「それでシャルル・デュノア」

 

「は、はい」

 

「答えは決まったか?」

 

「ぼ、僕は‥‥僕は‥‥生きたい!!こんな体でも愛人の子でも生きたい!!」

 

それはシャルルの魂からの叫びであった。

 

「いいだろう。お前が生き抜く方法は簡単な事だ。さっきも言った様に故郷を捨てろ‥つまりどこか別の国に亡命するか自由国籍を取得しろ」

 

「えっ?」

 

「ああ、ちなみにコイツは自由国籍を既に取得している。方法が知りたかったからコイツに聞くと良い‥‥たったこれだけのことでお前は自由になれたんだ」

 

イヴ(獣)は楯無を指さしてもし、シャルルが自由国籍を取得したい場合は楯無に聞けと言う。

 

「‥‥」

 

イヴ(獣)の言葉にシャルルは無言。

確かにイヴ(獣)の言うとおり親や会社からの束縛から逃げるには亡命するか自由国籍を手に入れてフランス国籍から逃れる事が出来れば親からも会社からも抜け出すことが出来た筈だ。

それを思いつかなかったのは、自分は自由を諦めていたのか、まだ何処かに親に対する未練があった事なのだろう。

 

「ああ、それともう一つ‥‥こっちはもっと手っ取り早い方法だが‥‥」

 

「な、なに?」

 

「フランス国籍以外の人間と結婚しろ」

 

「えっ!?」

 

「フランス国籍以外の人間と結婚してその国の国籍になれば簡単にフランスの国籍から抜ける事が出来るぞ‥‥何なら私が貰ってあげようか?」

 

「えっ?」

 

イヴ(獣)がズイッとシャルルの顔に自らの顔を近づける。

シャルルは忽ち顔を赤くする。

 

(ちょっ‥アインスさん‥顔‥顔が近いって‥‥)

 

「んっ、んっ、やり過ぎよ。イヴちゃん」

 

楯無はわざと咳払いをしてイヴの行動を嗜める。

 

「はいはい。でも、デュノア君はこれでもうデュノア社のスパイ工作を止めるみたいですし、情状酌量の余地はあると思いますが?」

 

「はぁ~分かったわ‥この件は私の胸の中に留めておきましょう‥デュノア君」

 

「は、はい」

 

「自由国籍‥取得したかったらいらっしゃい。取得の方法を教えるから」

 

「はい‥ありがとうございます」

 

こうしてシャルルはデュノア社と手を切る事を決意した。

自らの自由を勝ち取るために。

シャルルの問題が一段落したので獣はイヴと体を交換しイヴが表に出た。

 

「で、デュノア君」

 

「はい」

 

(あれ?アインスさん何だか態度が‥‥)

 

先程まで獣だったイヴはまさに肉食系女子なのだが、表のイヴは普通というかやや内気な女子高生なので、人格が入れ替わった事によりシャルルはイヴに違和感を覚えた。

 

「その‥私の話で私が生物兵器だと言う事は知っているかもしれないけど、私にはもう一つ秘密があるの」

 

「えっ?」

 

「私の中にもう一人の私が居るの」

 

「えっ?」

 

「その口調‥イヴちゃん?」

 

「はい。今は主人格の私が表に居ます」

 

「主人格?もう一人の私?な、何のこと?」

 

当然シャルルにはイヴの言葉の意味が理解できない。

 

「私は所謂二重人格という奴なの」

 

「に、二重人格!?」

 

イヴが二重人格と言う事実に驚愕するシャルル。

 

「ええ‥さっきまで話していたのはもう一人の私‥‥殺戮の銀翼」

 

「さ、殺戮の銀翼!?」

 

シャルルもIS業界の人間であり、フランス政府から殺戮の銀翼の名前聞いていた。

しかし、シャルルが知っているのは殺戮の銀翼が凄腕の暗殺者と言う事で正体までは知らなかった。

 

「じょ、冗談でしょう?アインスさん」

 

シャルルは目の間に居る同級生があの凄腕の暗殺者なのかという疑問ばかりだ。

 

「いいえ、その子が言っているのは本当よ」

 

楯無がシャルルにイヴの正体が殺戮の銀翼である事を伝える。

 

「‥‥」

 

「私の中にはその殺戮の銀翼である人格‥獣が住み着いている。そしてさっきまで話していたのはその獣‥殺戮の銀翼‥‥今はこの体本来の持ち主である私‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴの説明にシャルルは啞然とする。

 

「まぁ、慣れないとどっちなのか区別がつかないからね‥‥」

 

楯無は素人目またはイヴとの付き合いが短いとイヴなのか獣なのか区別がつかないと言う。

 

「勿論、この事を口外すれば私は姿を隠さなければならないし、その場合まずは貴方の口を封じる必要がある‥‥それだけは肝に銘じて」

 

「う、うん」

 

「それともう一つ」

 

「な、なにかな?」

 

「その殺戮の銀翼は私に言ったわ‥‥貴方を通じて‥『男に慣れろ』って」

 

「えっ?」

 

「その‥‥つまり、貴方と友達になれって事‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴの言葉にシャルルは戸惑っている様子。

 

「分かっている‥身近に暗殺者なんて物騒な人がいるのは怖いって‥‥だから無理にとは言わない‥ただ、私の正体さえ黙っていてくれればそれでいい‥‥」

 

イヴはシャルルの事も考慮して無理して自分と付き合う必要はないと言う。

普通の人間ならば暗殺者と仲良くなるなんて事はしない筈だ。

しかし、シャルルは、

 

「そ、そんなことないよ」

 

「えっ?」

 

「その‥‥アインスさんには色々驚いたけど、アインスさんは色々僕の為にしてくれたから‥その‥‥僕で良ければ僕と友達になって下さい」

 

シャルルがイヴに手を差し出す。

 

「‥‥」

 

シャルルの態度に今度はイヴの方が委縮してしまう。

シャルルの体は半分男なので心配だった。

もし、出てしまったらかなり失礼になる。

自分から友達になりたいと言ってシャルルの手を握った瞬間「イヤ!!」とか言って手を叩いたり、怯えた様子で手を引っ込めないか心配だ。

 

「‥‥」

 

それでも獣が言うように自分も一歩前に進まなければ‥‥

イヴは恐る恐るシャルルに向けて手を伸ばす。

こんな時こそ、獣に出てきて欲しいくらいだ。

だが、獣はイヴの深層心理の中からイヴの行動を見ているだけ‥‥

今回獣はイヴに試練を与えた。

それはイヴに男に慣れろと言う試練を‥‥

 

「こ、こちらこそよろしく‥デュノア君‥‥」

 

イヴとシャルルの手が重なる。

 

(っ!?)

 

シャルルの手が触れた瞬間イヴは思わず手を引っ込めたい衝動に駆られるかと思ったが、意外にもその衝動はなかった。

それはやはりシャルルの体の半分が女だったからだった。

 

その日の夜‥‥

 

「もすもすひねもす~はぁーい、みんなのアイドル・篠ノ之束さんだよォ~!」

 

「あったばちゃん?」

 

「い、いっちゃん!?」

 

イヴは束に電話を入れた。

用件は勿論デュノア社の件についてだ。

まずイヴは束にデュノア社について尋ねた。

すると束は当然何故イヴがデュノア社について興味を示したのかを尋ねる。

 

「実は‥‥」

 

イヴは世界で二番目に発見された男性操縦者のシャルル・デュノアについて束に話した。

 

「へぇ~デュノア社のスパイねぇ~しかも愛人の子なんだ‥‥いっその事、殺しちゃえばいいのに‥‥(いっちゃんに害虫が着くのが防げそうだし‥‥)」

 

「そ、それが‥その‥‥」

 

「えっ?なに?もしかしていっちゃん、ソイツに惚れたの?」

 

どうも歯切れの悪いイヴの口調に束はイヴがシャルル・デュノアに恋をしたのかと思った。

 

「い、いや‥惚れたのは私であって私ではなくて‥‥」

 

確かにシャルル・デュノアには恋をした‥‥イヴではなくイヴの中に居る獣が‥‥

 

「ん?どういう事?」

 

「じ、実は‥‥」

 

イヴは束に自分の中の獣がシャルルに惚れた事を話した。

 

「えええっ!!」

 

イヴの話に束は珍しく大声を上げて驚いた。

 

「そ、そんな‥‥いっちゃんの中のあの獣が‥‥」

 

(ま、マズイ‥非常にまずい‥‥いくら獣とは言え、アイツはもう一人のいっちゃん‥‥このままではいずれ表のいっちゃんもそいつに持っていかれてしまうかもしれない‥‥)

 

束は焦りを感じた。

もし、このまま表のイヴもそのシャルル・デュノアとか言うふたなり野郎に恋心を抱いてしまってはイヴが自分から離れてしまう‥‥そうなれば自分は誰を心のよりどころにすればいいのだろうか?

そんな不安が束の心を支配する。

 

「でも‥たばちゃん」

 

「な、なにかな?いっちゃん」

 

「私は今回の事、驚いている反面‥その‥‥嬉しい‥様な気がする」

 

「えっ?」

 

「私の中の獣はこれまでずっと血と戦いと殺しだけを求めてきた‥‥それが今回、恋愛感情を抱いた‥これは獣にとっては大きな前進だと思うの‥‥」

 

「う、うん」

 

「で、できれば‥デュノア君を介して獣にはもっと人間味を持ってほしいと思えてきた‥‥これまで奴は血と戦い‥そして私の体を乗っ取る事しか考えていなかったけど、獣でも人の心を持っていたんだと思えてきて‥‥」

 

「‥‥」

 

「その‥面倒事にたばちゃんを巻き込んだことに関しては申し訳なく思っているけど‥でも、こんな事たばちゃんにしか頼れなくて‥‥」

 

デュノア社の件に関しては楯無よりも束の方が仕事も早く頼りになる。

 

「それにデュノア君の話を聞く限りそこの会社随分とISを乱暴に扱っている感じがする‥たばちゃんのISをこれ以上そんな風に扱ってもらいたくないし‥‥」

 

「‥‥わかったよ‥いっちゃん」

 

束はイヴの頼みを聞いてくれた。

 

「ありがとう!!たばちゃん!!」

 

しかし、いくら束とはいえ、今日明日で全てを片付けるのは無理なので少し時間をくれと言って電話を切った。

就寝前眠ろうとしたイヴにラウラが今日も一緒に寝たいと言ってきたので今日もイヴはラウラとベッドを共にした。

 

翌朝‥‥

イヴが目を覚ますとラウラの姿は無かった。

 

「あれ?」

 

ラウラは先に起きて一体何処へ行ったのだろうか?

イヴがそんな事を考えていると

 

「あっ?いっちゃん。起きた?」

 

「えっ?」

 

すると此処に居る筈のない人物の声がした。

それは‥‥

 

「たばちゃん!?」

 

何と其処には束が居た。

 

「ど、どうして此処に?」

 

「今日は学園が休みでしょう?だから、いっちゃんの為に朝ご飯を作りに来たんだよ」

 

束はイヴの為に朝食を態々作りに来たのだと言う。

 

(あれ?たばちゃんって料理できたっけ?)

 

しかし、ここでイヴは妙な違和感を覚えた。

これまで束が料理を作った事を見た事が無い。

その束が今、料理をしている。

あまりにも妙だ。

いぶかしむイヴを尻目に束は朝食の準備を整えていく。

そして出来上がった料理はごく普通の料理であったが、それでも自分の知る束が此処までの料理が出来るとは思えない。

 

「どうしたの?いっちゃん?」

 

束はイヴの向かいの席に座り自分の作った朝食を口にする。

どうやら、見かけと共に味は大丈夫の様だ。

しかし、基本束は悪食である。

何しろクロエが作っている黒焦げの料理を毎日平気で食べているぐらいだから‥‥

 

「えっ?いや、なんでもないよ」

 

慌ててイヴも束の作った料理を口にする。

 

(あっ、美味しい‥‥)

 

束の作った料理は普通に美味しかった。

朝食が進んで食事が終わりに近づいていくと

 

「あっ、いっちゃん。これ、束さん特製のミックスジュースだよ」

 

束がコップ入ったミックスジュースを差し出す。

色は何だか毒々しい色をしている。

 

「‥‥これ材料はなに?」

 

イヴはこのミックスジュースの材料を尋ねる。

 

「これはね‥‥」

 

束がミックスジュースの材料をイヴに教えるが材料がどれもこれも精力がつく食材ばかりであった。

 

「‥‥」

 

「さあさあ、一気にこうグーッといっちゃって」

 

(『いっちゃって』って‥本当に飲めるのか?)

 

しかし束がジッと見ているからには飲めないとは言えず、イヴは覚悟を決めて束特製のミックスジュースを飲んだ。

だが、その見た目とは裏腹にこのミックスジュースも美味しかった。

しかし、このミックスジュースを飲んだ途端イヴは強烈な眠気に襲われた。

 

「うっ‥たば‥‥ちゃん‥‥」

 

束が何か薬を持ったのだろうか?

しかし、睡眠薬程度イヴのバハムートで無効化出来るはずなのに‥‥

そんな疑問を思いつつイヴの意識は反転する。

それからどれだけの時間が過ぎただろうか?

イヴが目を薄っすらと開けると其処にはあり得ない光景が広がっていた。

なんと束がイヴの寝間着と下着を降ろして股ぐらに顔を埋めていた。

 

「た、たばちゃん!?」

 

「あっ、起きた?」

 

「起きた?じゃないよ。何をしているの!?」

 

「何って?ナニに決まっているじゃん」

 

「はぁ!?」

 

イヴが起き上がると自分の股にもあり得ないモノがあった。

シャルルと同じ男性の性器がついていた。

 

「な、なにコレ!?」

 

「フフフ‥上手くいったようだね?」

 

「な、なにが!?」

 

「さっきいっちゃんが飲んだミックスジュース‥あのジュースにはある薬が入っていたのだ」

 

「ある薬?」

 

「いっちゃんのバハムートは体内で自らが望む性質を持つナノマシンを製作・操作することが出来るナノマシンで、そのナノマシンの働きを利用していっちゃんの染色体を操作して一時的にいっちゃんの体を女から男に変身(トランス)させたんだよ」

 

束はどういった原理でイヴの体を女から男に変更したのかを説明する。

 

「な、何でこんなことを!?」

 

「何で?決まっているじゃない‥いっちゃんとの間に子供を作るためだよ」

 

「はぁ!?」

 

突然束からの子作り宣言に思わず声が裏返る。

 

「優れた者の遺伝子は後世に残しておかないとそれは人類にとって大損じゃない。大天才の束さんの遺伝子と神の子でもあるいっちゃんの遺伝子‥この二つ遺伝子が交わった子供はまさに人類の宝だよ!!という訳でさあ、Let's KO・DU・KU・RI・DA!!」

 

「ちょっ、たばちゃん!!アッ―――――!!」

 

そう言って束は真っ裸になりイヴに襲い掛かった。

 

それからしばらくして‥‥

 

「いっちゃん‥いっちゃんの子供‥出来ちゃった」

 

束から妊娠の連絡がイヴの元に来た‥‥

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

束のその知らせを聞いた瞬間、イヴの意識が暗転した。

イヴがバッと目を開けるとそこは見慣れたIS学園の寮の部屋‥‥

隣には自分の体にしがみついているラウラの姿‥‥

 

「ゆ、夢‥‥」

 

カレンダーを見てアレが夢だったのだと自覚するイヴ。

 

「よ、よかった‥‥」

 

束に変な薬を飲まされた挙句に彼女を身籠らせるなんてとんでもない夢だった。

あの出来事が夢だったとわかりホッとするイヴだった。

そして食堂にて朝食を共にした楯無、簪、鈴、本音、ラウラ、シャルルにイヴは今日見た夢の話をした。

 

「‥‥って夢を見たんだ」

 

すると、イヴの夢の話を聞いた皆は赤面した。

 

「あ、あんたなんて夢を見ているのよ!?」

 

鈴がイヴの見た夢にツッコミを入れる。

 

「うーん‥欲求不満なのかな?私?」

 

イヴがポロッと言うと、

 

「じゃ、じゃあ私が相手になろうか?」

 

簪がイヴの相手を務めると言う。

 

「あぁ~ずるいよかんちゃん。私も~」

 

本音が簪に噛みつく。

 

「なっ、わ、私もそ、それなりの知識はあるぞ!!」

 

ラウラも何故か参戦する。

 

(ぼ、僕が相手をしたら不味いよね‥‥)

 

流石に下が男の体のシャルルがイヴの相手になると不味いのでシャルルは何も言わなかった。

一方、楯無はイヴの話を聞いて束ならば夢に出てきた薬を作れるのではないかと思った。

 

(今度‥篠ノ之博士に聞いてみようかしら?あっ、でもそれだとイヴちゃんの夢の通りになっちゃうかもしれないし‥‥うーん‥‥)

 

楯無はコレを束に伝えるか伝えざるべきかを悩んだ。



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53話

 

束にデュノア社の事を依頼してから数日後、食堂にあるテレビに映るニュースにてデュノア社の倒産が報道されていた。

デュノア社は突如サイバー攻撃を受け、会社の裏情報がインターネット上に漏洩し、政府やIS委員会からの支援金の横領、脱税、従業員への給料や残業手当の未払い、労働基準を無視した超過勤務、シャルルの父であるデュノア社の社長の女性スキャンダルとありとあらゆる不正や悪事がドバっと噴出しフランス当局が調査に乗り出した結果、ネット上に書かれている事は全て事実と判明し、社長を含め不正や悪事に加担した会社幹部は全員逮捕され、会社は御取り潰し。

デュノア社の目玉商品であったリヴァイヴのライセンスは全て他のIS企業に持っていかれた。

 

「‥‥」

 

シャルルはテレビに映るフランス警察に連行されて行く父の姿をジッと見ていた。

これでシャルルは自由のみかと思われるが、まだ自由国籍を取得していないので、フランス政府はシャルルの証人喚問を要請しているが、今の所学園の特記事項によりそれを退けている。

後は卒業までに自由国籍を取得すればシャルルは完全に自由の身になれる。

しかし、仮に自由国籍を取得しても学園の卒業後は自由と裏腹に無一文なので、この先シャルルが生きていくには大学進学は諦め就職かISの選手になるしかなく、学園卒業後、シャルルの道は棘道なのかもしれないが、それはシャルル自身が望んだ結果でもあり、このまま父の会社の狗になり続けるよりは貧乏でも自由でいたかった。

学園の入学前にデュノア社の社長がシャルルに生活費と学費としてスイス銀行に残された貯蓄がシャルルの全財産となった。

永世中立国のスイス銀行に預けられていた為にフランス政府もシャルルの口座を差押えることが出来なかった。

またシャルルの父であるデュノア社の社長も逮捕されたので口座のお金を操作することは当然できない。

会社の人間も同じだ。

 

逮捕され連行されて行く父を画面越しに見るシャルル。

そんなシャルルの様子が心配なのかイヴはジッとシャルルの事が気になった。

親が犯罪者、逮捕されたとなるとその子供も自然と犯罪者の烙印を押されかねない。

そしてそう言う子は学校ではイジメの恰好の的になる。

それを心配してか楯無はすぐに行動に移し、集会を開いてシャルル本人とデュノア社の倒産、社長の逮捕は無関係である事を強調した。

しかし、それでも今までシャルルの事を夢中で追いかけていた生徒の数は確実に減っていた。

シャルル本人は別に気にしていないがその様子をイヴの深層心理の中から獣は見ていた。

愛した者が謂れのない事で迫害されている姿を見て獣は何とかシャルルを喜ばせたいと思った。

 

「ねぇ、ラウラ‥‥」

 

「む?なんだ?」

 

ある日の夜、表に出てきた獣はベッドで同衾しているラウラに尋ねた。

この日イヴの意識は放課後から獣に代わっていた。

元気のないシャルルを何とか元気づけようと色々方法を探していたのだ。

 

「男の人を喜ばすにはどんな方法が手っ取り早い?」

 

「むっ?変わった質問をするな‥まさかイヴには誰か意中の人がいるのか!?」

 

「あっ、いや‥その‥‥デュノア君、親が逮捕されて参っていると思って‥‥」

 

「ふむ、成程‥‥」

 

ラウラはしばし考えたがいいアイディが思いつかず、

 

「ダメだ‥思いつかん。よし此処は、優秀な副官からアドバイスを貰う事にしよう」

 

そう言って国際電話をかけてドイツに居るクラリッサと連絡を取った。

 

「もしもし、クラリッサか?私だ‥‥ああ、そうだ‥‥それで、男性を喜ばすにはどうすればいい‥‥な、なるほど‥‥うむ、わかった‥助言感謝する。分かったぞ、イヴ」

 

「何々?」

 

「一緒に寝てあげると男性は喜ぶらしいぞ」

 

「えっ?そうなの?」

 

「うむ、ちなみに日本では気に入った相手を『俺の嫁』とか『自分の嫁』とか言う」

 

「ふむふむ」

 

「なおその時は裸で寝ると効果が大幅に上がるらしい」

 

「おお、成程」

 

ラウラ(クラリッサ)からの助言を聞いて納得するイヴ。

 

「その他にも手料理を振舞うのも効果的な様だ」

 

「ほうほう」

 

ラウラから男性を喜ばせる方法を聞いたイヴ(獣)は一応納得した様子。

しかし、

 

(ちょっと!!まさか、デュノア君と裸で一緒に寝るつもりじゃないでしょうね!?)

 

表のイヴが獣に抗議する。

 

『ん?何っている?折角のアドバイスなのだから実行あるのみだろう?』

 

(なっ!?)

 

どうやら獣はラウラからのアドバイスを実行に移す気満々の様だ。

 

(何言ってんのよ!?ダメに決まっているでしょう!!)

 

『ん?何故だ?』

 

何故表のイヴが此処まで否定するのか獣には分かっていない。

 

(コイツ、全然わかっていない‥‥あのねぇ、そんな事をしてデュノア君が獣になったらどうするんだよ!?)

 

『おいおい、獣である私の前であのデュノア君がそれ以上の獣になれると思っているのか?』

 

(コイツ、獣の意味をはき違えている‥‥)

 

(いい、獣って言ってもお前みたいな血に飢えた獣じゃなくて‥‥)

 

『ああ、もうグダグダ五月蝿い!!お前は黙っていろ!!』

 

(ちょっと‥‥)

 

獣はイヴを強引に深層心理の檻の中に閉じ込めた。

 

(おい、コラ!!此処から出せ!!)

 

獣がシャルルに好意を寄せている事でイヴ自身も獣に対して甘くなっていた。

まさか、獣の力が此処まで強力になっていたなんて‥‥

此処はシャルルが紳士である事を祈るしかなかった。

 

その日の夜、皆が寝静まった深夜‥‥

イヴとラウラの部屋でイヴは自分にしがみついているラウラを起こさない様に自分のから引き剥がすと変わり身の術の様に自分の代わりに枕をラウラに抱きかかえさせて部屋を出た。

 

翌朝‥‥

 

「ん?」

 

シャルルが目を覚ました時、布団の中で何か違和感を覚えた。

何か柔らかいモノが自分の体に纏わりついている。

 

「っ!?」

 

シャルルの意識が段々と覚醒し、掛け布団を捲ると其処には裸姿で自分の体を抱きしめて眠っているイヴの姿があった。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

イヴの裸姿を見てシャルルの意識が一気に覚醒する。

 

「うにゅ~‥‥うーん‥‥」

 

シャルルの大声でイヴも目を覚ます。

 

「あ、アインスさん!?なんで此処に!?」

 

「うぅ~もう朝?」

 

ベッドに横たわっていた体を起こすイヴ。

朝日の光がイヴの裸体を照らし神々しい姿となっている。

 

「『もう朝?』じゃないよ!!一体いつの間に入って来たの!?部屋には鍵がかかっていた筈なのに!?」

 

「この学園の鍵など私にとっては全くの無意味だ‥‥それよりも‥‥」

 

イヴはピッキングをしてシャルルの部屋に侵入した事を伝えるとシャルルへとにじり寄って来る。

 

「あ、アインスさん?」

 

裸姿でにじり寄るイヴにシャルルはタジタジ。

そしてシャルルはベッドの淵へと追い込まれた。

シャルルにもうこれ以上逃げ場はない。

追い詰められたシャルルにイヴは尚も接近し、体を密着する。

自分の足には彼女の柔らかい太ももの感触‥そして身体には女性を象徴させるイヴの胸と自分の胸が重なり合う。

キス寸前まで近づく彼女の顔。

 

「ねぇ、デュノア君‥‥元気になった?」

 

イヴはシャルルの耳元で優しく囁く。

しかし、シャルルにとってそれは魅惑の誘惑。

決して口にしてはならない禁断の果実を勧められている様な錯覚に陥る。

イヴの問いにシャルルは男の方の自分を意識してしまう。

朝の生理現象と共に裸姿のイヴに迫られた事で男としての反応が自己主張していた。

 

「う、うん‥元気になった!!元気になったからアインスさん、離れて!!」

 

シャルルは何とか獣になる前に理性で欲求を抑えてイヴを押し退ける。

 

「えぇ~いいじゃん。減るモンじゃないし‥‥」

 

しかし、イヴはシャルルの体から離れる事に不満な様子。

 

「で、でも、こ、困るんだ‥‥それ以上されたら‥‥」

 

シャルルは必死に理性を働かせて己の煩悩を制御する。

そんなシャルルの態度に業を煮やしたのか、

 

「えいっ」

 

イヴはシャルルの後頭部に手を回してシャルルの顔を自分の胸に押し付ける。

 

「むぐっ‥ふぁいんすふぁん(アインスさん)」

 

「フフ、デュノア君はやっぱりかわいいな‥‥このままたべちゃおうかな?」

 

「ふぁ、ふぁべないでくらふぁい(た、食べないでください)」

 

シャルルにとって天国と地獄の両方を体験した。

獣がシャルルを抱いてご満悦になった隙を見て、イヴが深層心理の檻を抜けて、

 

(いいかげんにしろ!!)

 

『グハッ!!い、一夏‥自力で脱出を!?』

 

(いいから引っ込め!!)

 

強引に体を奪還する事に成功した。

 

「‥‥」

 

しかし、奪還に成功したが、この時イヴの体はシャルルの顔を自分の胸に埋めている状況。

この現状にイヴは顔を真っ赤にして対応に困った。

体を奪還する絶好のチャンスであったが、外のタイミングは最悪であった。

 

(ど、どうしよ~と、とりあえず、デュノア君の顔を胸から退けないとね)

 

イヴはゆっくりとシャルルの頭を押さえていた手を退ける。

すると、シャルルの頭はイヴの胸からスルっと落ちてベッドに沈む。

 

「あ、あれ?」

 

「きゅ~ぅ」

 

シャルルは顔を真っ赤にして目を回していた。

顔を胸に押し付けられて窒息死かかったのか?

それとも刺激が強すぎたのか?

いずれにしてもシャルルにはすまない事をした。

そこでイヴはシャルルの為にお詫びを兼ねて朝食を作ることにした。

服を着て、自分の部屋に一度戻るとラウラはまだ夢の中にいた。

彼女を起こさない様に冷蔵庫から具材を持ってシャルルの部屋へと向かい、部屋に備え付けのキッチンにて調理を始める。

シャルルが再び目を覚ましたのは朝食の準備が出来てイヴがシャルルを起こそうとしたその時だった。

 

「あっ?起きた?」

 

「あ、アインスさん!?」

 

シャルルの眼前にはフリルのついた白いエプロン姿のイヴがいた。

先程の事もあり、シャルルはイヴの顔を見て顔を赤面させる。

 

「その‥‥さっきは‥‥ごめん‥‥」

 

そんなシャルルにイヴは自分がした事ではないが、シャルルに謝る。

 

「い、いえ‥そんな‥‥」

 

シャルルの方も対応に困った様子。

 

「あ、あの‥さっきのお詫びも兼ねて、朝ご飯‥作ったの‥‥一緒に食べない?」

 

「えっ?」

 

テーブルの上には美味しそうな匂いと湯気を出しているベーコンエッグにトースト、サラダとスープ、野菜ジュースが置かれていた。

 

「う、うん‥ありがとう」

 

シャルルがベッドから起き上がると、イヴは先にテーブルへと向かう。

その時にシャルルに振り返って、

 

「あっ、この場合裸エプロンの方がよかったかな?」

 

入学したての頃、楯無が自分を迎える時にやっていたあの姿で起こした方がシャルルは喜ぶかと思った。

 

「あ、アインスさん!?」

 

「フフ、冗談よ。冗談」

 

「まったく、心臓に悪いよ‥‥」

 

シャルルはホッとした様子で言うが、少し残念な気もした。

 

「今回の件については本当にごめん。でも、最近シャルル君、元気がない様子だったからもう一人の私もその‥‥心配していて‥‥あの子なりにシャルル君に元気になってもらいたかったみたいで‥‥」

 

獣の仕出かした行為の尻拭いをさせられるイヴであった。

 

「そ、そうなんだ‥‥最初はびっくりしたけど、もう僕は大丈夫だから‥父とはもう縁をきって赤の他人と思っているし‥‥」

 

「そ、そう‥‥」

 

「さあ、早く食べよう。折角の朝食が冷めちゃうし」

 

「え、ええ」

 

シャルルとイヴはこうして共に朝食を摂ることにした。

ただ、野菜ジュースを前にシャルルは戸惑っていた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「い、いや‥‥」

 

「あっもしかして何か嫌いな野菜が混ざっていた?」

 

「そうじゃなくて‥‥」

 

シャルルは先日、イヴが見たとされる夢の事を意識していた。

流石にイヴに束の様に男女を入れ替える薬が作れるとは思えないが、状況がイヴの見た夢とかなり酷似しているのでどうしても意識してしまう。

シャルルはイヴが野菜ジュースを飲んでも何の変化が無い事を見てから自らも野菜ジュースが入ったコップに口をつけた。

当然、体に変化がある訳がなかった。

朝食が進んでいく中、シャルルも先程の事も段々と薄れていき普通に接する事に慣れてきた。

 

「そう言えば」

 

そこでシャルルがイヴに話しかける。

 

「ん?」

 

「もう直ぐ臨海学校だけど、アインスさんは準備って進んでいる?」

 

「えっ?準備?なんの?」

 

イヴはキョトンと臨海学校の準備とはなんだ?とシャルルに質問する。

 

「えっと‥水着とか?」

 

「えっ?水着?必要なの?」

 

臨海学校とは言え学校の行事なのだから向こうに行っても施設でISの実技か講義をするのかと思っていたイヴ。

 

「初日は自由時間があるみたいだから皆海水浴に行くと思うよ。それに昨日配られたしおりにもそう書かれていたと思うけど‥‥?」

 

「あっ」

 

昨日の放課後は獣がイヴの体を占めていたので、臨海学校のしおりの中身を見ていなかった。

しかし、臨海学校で水着が必要だとは知らなかった。

そしてイヴは学校から支給されたスク水以外持ってはいなかった。

 

「学校の水着じゃダメかな?」

 

「えっ?」

 

シャルルはイヴの発言に絶句する。

 

「お金が勿体ないし、臨海学校も学校の行事の一つなんだし、別にスクール水着でも良いと思うんだけどな‥‥」

 

「あっ、でも折角海水浴場に行くんだし、スクール水着じゃなくても‥‥それに皆もスクール水着じゃないと思うよ」

 

「そんなモンかな?」

 

「そうだよ」

 

「そうなのかな‥‥」

 

「ね、ねぇアインスさん」

 

「ん?なに?」

 

「水着が無いならさぁ、一緒に買に行かない?ちょうど学園も今日は休みだし」

 

「えっ?」

 

シャルルは何気なくイヴを買い物に誘ったが、シャルル本人にとってはかなり緊張していた。

 

「デュノア君も水着ないの?」

 

「う、うん‥急に日本に来る事になったから最低限のモノしかなくて‥‥」

 

シャルルも水着は持っておらず、イヴも持っていない。

丁度持っていない者同士だったので、

 

「うん、いいよ」

 

イヴはシャルルと一緒に水着を買いに行くことにした。

 

「ホント!?」

 

「うん」

 

「じゃあ、十時に寮の前で待ち合わせね」

 

「わかった」

 

イヴは食器を洗った後、シャルルと出かける為に寝間着から私服へと着替える。

待ち合わせ時間までもう少しあるので、イヴは臨海学校ではスク水以外の水着を持って行くのかを聞いてみた。

 

「はぁ?水着?当たり前じゃない。折角海に行くのになんで学園指定のスク水なんて持って行くのよ」

 

鈴はやはりスク水以外の水着を持って行く様だ。

 

「イヴはどうなの?」

 

「持っていないからこれからデュノア君と一緒に買に行くの」

 

「えっ?そうなの?それってデートじゃない!?」

 

鈴はシャルルとの買い物はデートだと言う。

 

「えっ?デート!?」

 

「そうよ!!」

 

「嫌だなぁそんな訳がないじゃない」

 

イヴはあくまでデートではないと言う。

 

「何言っているのよ、どう見てもデートじゃない」

 

だが、鈴はあくまでもデートだと言い張る。

 

「デート‥なのかな?」

 

「そうよ!!」

 

「うーん‥‥」

 

シャルルとの買い物をデートだと意識していないイヴ。

 

「それで、イヴ。アンタは折角のデートなのにそんな恰好でいくの?」

 

「えっ?」

 

今のイヴはTシャツにジーパンと結構ラフな服装だ。

だが、鈴が言うには今の服装は野暮ったいらしい。

 

「‥‥マズイかな?」

 

「そうね、デートにはちょっと野暮な服装ね」

 

鈴は今のイヴの服装にダメ出しをする。

 

「うーん、どんな服装がいいかな?」

 

「そうね、なるべくなら女らしい服装にしなさい」

 

「女らしい‥‥」

 

シャルルとの買い物をデートと意識していないが、鈴に女らしい服装と言われたので、一応彼女に見てもらう為、鈴を部屋に来てもらいイヴは着替えた。

部屋に戻った時ラウラは居なかった。

まだ食堂に居るのだろうか?

ラウラの行方は兎も角、イヴはシャルルと一緒に出掛ける為の服を鈴に見てもらった。

すると、

 

「なんで制服なのよ!?」

 

イヴは、制服はどうかと思い着てみると鈴はやはりダメ出しをする。

 

「ええーだって鈴が女らしいって‥‥」

 

「そりゃ確かに女子の制服だから女らしいと言えば女らしいけど、論外よ、論外」

 

「それじゃあどんな服がいいの?」

 

「えっ?うーんと‥‥こんな感じのやつよ」

 

鈴はスマホを弄ってファッション系のサイトの画像をイヴに見せる。

 

「ほうほう、成程‥‥じゃあ、ちょっと待っていて」

 

イヴはクローゼットの中を探り、服を探しそれを纏った。

 

「こ、こんな感じかな?」

 

今度は白いワンピースを纏ったイヴは鈴の前に姿を現す。

 

「そうよ、そんな感じよ!!やればできるじゃない」

 

鈴はワンピース姿のイヴを見て褒める。

 

「に、似合っているかな?」

 

「凄く似合っているわよ!!自信を持ちなさい」

 

「う、うん。ありがとう。鈴」

 

「いいって、いいって、それじゃあ頑張って」

 

「う、うん」

 

何を頑張るのかは分からないが、イヴはその後、つばが広い白のフェルトハットを被り、ハンドバックを持ってシャルルとの待合わせ場所に向かった。



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54話

IS学園にて期末テスト前に行われる一年生にとっての一大イベントの一つ、臨海学校の準備の為、イヴはシャルルと共にショッピングモールへと出掛ける事になった。

イヴ本人にとってはただの買い物だと思っていたのだが、鈴によるとこれは完全にデートだと言う。

その為、少しはお洒落をして行けと言う事で鈴の指導の下、おめかしをしてシャルルが待つ寮のロビーへと向かう。

ただその最中にイヴの中の獣が‥‥

 

『おい、一夏』

 

(なに?)

 

『今すぐ、私と変われ!!』

 

と、人格を変われと言ってきた。

 

(なんで?)

 

『デュノア君とお出かけ何てそんな羨ましい事を!!』

 

(却下だ!!)

 

『なんでさ!!』

 

(昨日の夜、お前が何をしたのか、忘れていないぞ!!しかも朝のアレも!!)

 

『あんなのただのスキンシップじゃねぇか!!』

 

(どこが!?一歩間違えれば二人そろって退学処分を受けてもおかしくはなかったんだぞ!!兎も角、お前が外でデュノア君に変な事をしない様にお前は引っ込んでいろ!!)

 

イヴは獣が出てこない様にピルケースから薬を取り出して飲んだ。

 

その頃、先に待ち合わせていたシャルルはソワソワして落ち着かない様子だった。

あのイヴとこうして二人っきりで出かけられるとは思ってもみなかったからだ。

 

「お、お待たせ‥‥」

 

その時、背後から待ち人であるイヴの声がしてシャルルが振り向くとそこには白いワンピース姿のイヴが居た。

 

「‥‥」

 

シャルルが思わずその姿に見入ってしまう。

 

「ん?あの‥‥デュノア君?」

 

「あっ、いや‥その‥‥アインスさん、そのワンピースとっても似合っているよ」

 

「えっ?あ‥うん‥‥ありがとう」

 

二人のその様子は初々しくまるで交際したばかりのカップルの様であった。

 

「そ、それじゃあ、行こうか?」

 

「う、うん‥‥」

 

二人はモノレール乗り場へと向かった。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

モノレールの車内で二人が互いに向かい合う形で座席に座ったが、二人とも会話が思いつかない。

 

(き、きまずい‥‥)

 

(こ、此処はやっぱり、僕から会話を振った方がいいのかな?でも、なんて言おう‥‥)

 

イヴもシャルルは互いに俯いたり外の景色を見たりと視線を逸らしていた。

でも、いつまでも視線を逸らしている訳にはいかない。

この後、二人で買い物をするのだから‥‥

そう思ったイヴはチラッとシャルルの事を見る。

シャルルはGパンにカッターシャツ、マリンキャップを深々と被り、伊達メガネをかけていた。

帽子とメガネをかけるのはシャルルが世界で二番目に発見した男性操縦者でもあり、先日世界を震撼させたデュノア社の事件においてシャルルは関係者でもあるので、こうして正体が露見しない様にとの為なのだろう。

人の噂も七十五日。

その言葉通り、来年の今頃には人々の記憶にはデュノア社の事など忘れ去られているかもしれない。

 

「そ、その‥‥」

 

「ん?」

 

「でゅ、デュノア君もなかなか似合っているよ‥その服装‥‥」

 

「えっ?そ、そうかな?」

 

イヴに褒められて満更でもない様子のシャルルだった。

やがてモノレールはショッピングモールのある駅に到着して二人は降りた。

 

「デュノア君はこの辺とか詳しいの?」

 

「あっ‥‥実はあんまり‥‥此処に転校してから間がないし、あまり学園の外には出掛けていなかったから‥‥アインスさんは?」

 

「私は鈴やかんちゃん、のほほんさんとたまに遊びにいくからある程度は知っているよ」

 

「へぇ~」

 

「‥‥そ、それじゃあ‥はい」

 

イヴはシャルルに手を差し出す。

 

「ん?」

 

「デュノア君、この辺詳しくないんでしょう?迷子になったら大変だから‥‥」

 

「ま、迷子って‥‥僕はそんな年じゃ‥‥」

 

「いいからいいから」

 

「あっ‥‥」

 

イヴはシャルルの手を掴んで進んでいく。

そんな二人の様子を駅に設置されている自動販売機の影から見ている二人の影があった。

それは‥‥

 

「‥‥ねぇ、本音」

 

「なに?かんちゃん」

 

簪と本音だった。

二人はイヴがお洒落をしているのを見て外へ出かけるのだと判断し後をつけた。

すると、寮のロビーにてなんとシャルルと待合わせをしているではないか!!

そんなイヴとシャルルの姿を見ては後をつけずにはいられない。

そこで、簪と本音はイヴとシャルルに気づかれない様に二人を尾行していた。

その二人の眼前でイヴとシャルルは仲良さそうに手を繋いでいる。

二人の姿を見て簪と本音の目からは光が失われる。

 

「あれって‥手ぇ握っていない?」

 

「うん、握っているね‥‥間違いなく‥‥」

 

「そっかぁ‥‥見間違いでもなく白昼夢でもなく、やっぱりそっかぁ‥‥よし、(デュノア君を)殺そう!!」

 

簪は自らの周囲に青黒いオーラを纏いながら夢現を出現させてシャルルの抹殺を狙った。

 

「ほぉ~楽しそうな事をしているな」

 

その時、簪と本音の背後から声がした。

二人が後ろを振り返ると其処にはラウラの姿があった。

 

「ボーデヴィッヒさん!?」

 

「何でここに?」

 

「決まっているだろう。あの二人に混ざる為だ」

 

どうやらラウラも簪と本音とは別経由でイヴとシャルルの後を追っていた様だ。

簪と本音にそう言ってラウラはイヴとシャルルの後を追おうとする。

 

「ちょっと待って」

 

そこを簪が引き留める。

 

「なんだ?」

 

「み、未知数の敵と戦う為にはまずは情報が必要」

 

「そ、そうだよ。此処はまず、二人の後を追って関係を確認しないと」

 

簪と本音はイヴの中の獣がシャルルに惚れている事を知らない。

当然、ラウラもだ。

 

「成程、一理あるな」

 

簪と本音の説明を聞いて納得したラウラ。

こうしてラウラを含めた追跡隊はイヴとシャルルの後を追った。

 

その頃、某所にある束の研究室では‥‥

 

~♪

 

束の携帯が着信を知らせる音楽を奏でた。

 

「ん?この着信は‥‥」

 

束は流れてくる着メロに対して僅かながら顔をしかめる。

 

「‥‥もしもし。何か用かな?箒ちゃん」

 

嫌々な様子で電話に出る束。

 

「姉さん、もうすぐ臨海学校ですが、ちゃんと用意してあるのでしょうね?私の専用機」

 

「勿論用意してあるよ。白(バカ)に並び立つ紅(アホ)‥その名も『紅椿』」

 

束の言葉から箒は姉が約束通り自分の為の専用機を用意していた事に安堵した。

 

「臨海学校の二日目‥7月7日に持って行くよ」

 

「分かりました」

 

箒は専用機について用意されている事、受領する日が判明するともう用は無いと言わんばかりに電話を切った。

 

「‥‥」

 

箒からの電話が切れた後、束は暫くそのままの状態でいたが、その顔は無表情でまるで能面の様だった。

 

 

場面は変わり、再びショッピングモールへと買い物に来たイヴとシャルルに移る。

 

「そう言えば‥‥」

 

イヴは思い出したかのようにシャルルに声をかける。

 

「デュノア君は小、中学校の時、水泳の授業時はどうしていたの?」

 

シャルルは、上は女性であるので、当然男性には不釣り合いな胸をしている。

そんな女性の胸をしているシャルルが水泳の授業を受ければ周りが大騒ぎするのではないだろうか?

故にイヴは小、中学校の時、どうしていたのかを尋ねた。

まさか、水泳の授業は全部見学したのだろうか?

それとも女物の水着を着ていたのだろうか?

でもそれだと世界で二番目の男性操縦者と言う事実があっという間に崩れる。

デュノア社がシャルルの小、中学校の時教師、生徒に金でも掴ませたのか?

でも、あまりにも不合理すぎる。

殺し屋でも雇って皆殺しにでもしたのか?

イヴが様々な憶測を立てているとシャルルが真相を話す。

 

「その‥‥小学校の時は‥胸はあまり大きくなかったから誤魔化す事が出来たんだよ。中学の時は、学校にプールがなくて水泳の授業自体が無かったから助かったよ」

 

「へぇ~」

 

真相はイヴが予想していたモノとは結構違っていた。

 

「臨海学校の時はどんな水着を着るつもりなの?」

 

今回の目的である臨海学校の水着をシャルルはどうやって乗り切るのだろうか?

 

「下は男物の水着で上はISスーツを着てその上からパーカーを羽織るつもり」

 

「成程」

 

シャルルの説明を聞いて納得するイヴ。シャルルが使用しているISスーツはその特殊な構造から上の胸を完全に隠している。

それをつけて上からパーカーを羽織れば胸を完全に隠せるだろう。

それにパーカーなら水に濡れても平気なモノもあるだろうし‥‥

イヴとシャルルが水着コーナーへと向かっている中、ある兄妹も買い物の為、ショッピングモールへと来ていた。

 

「しっかり持ってよ、おにぃ。落っことしたら承知しないんだから」

 

「いくらなんでも買い込み過ぎじゃねぇ?」

 

二人は赤い髪が特徴的で兄妹と直ぐに分かる容姿をしていた。

そして妹は兄に大量の荷物を持たせている。

女尊男卑の世の中となった今では珍しくもない光景であるが、二人は兄妹なので仲が良いと言えば仲の良い兄妹にも見える。

この兄妹こそ、百秋の知り合いでもある五反田兄妹だった。

 

「中三の夏は特別なのよ!!プール用水着、ビーチ用水着、勝負水着、ウルトラ勝負水着、超ウルトラ勝負水着、各種取り揃えていざって時に供えないと」

 

「あっそう‥それよりもお前、受験は大丈夫なのか?」

 

中三の夏と言う事は高校受験にも本腰を入れている者も多い。

 

「確かお前、IS学園を受けるんだろう?」

 

「‥‥」

 

兄の弾が妹の蘭に受験校を言うと蘭は僅かに顔をしかめる。

 

蘭は通っている中学校で行われるISの適性検査においてAランクをたたき出した。

これは蘭の通う学校では最高ランクであった為、蘭の担任の教師は蘭にIS学園への進学を勧めた。

蘭自身ISには興味があったのでIS学園への進学も良いかな?と思っていたのだが、進学に関して暗雲が漂った。

それは他ならぬ世界で初の男性操縦者の発見だった。

世界で初の男性操縦者、織斑百秋は兄の弾の友人ある事から当然、蘭も彼とは面識があった。

そしてその姉の織斑千冬ともだ。

蘭の学校でも百秋や千冬に憧れる者は多い。

かく言う蘭自身も昔は百秋に対して憧れを抱いていた。

しかし、それはもう過去の事だ。

何故、蘭が百秋に憧れを抱かなくなったのか?

それは第二回モンド・グロッソが行われた後、少したってからの事だった。

ドイツから帰国した後、百秋は五反田家を訪れた。

その時、彼は第二モンド・グロッソの決勝戦の時に誘拐された事を話した。

蘭を含めて皆驚いたが、こうして無事に帰って来た事にホッと安堵した。

そして彼は腹違いの姉である一夏が家出した事を話した。

一夏の名前が出た時、弾を除く皆が顔をしかめた。

近所では一夏の悪評がかなりたっていたので当然と言えば当然の反応だった。

ただ、この時蘭は兄だけが顔をしかめない事を見逃していた。

それから百秋は弾と共に弾の部屋でゲームをしていた。

蘭はこの時、母親からお菓子とジュースを持って行く様に言われて兄の部屋まで持って行く。

そして、この時彼女は百秋と兄の聞いてはならない話を聞いてしまった。

まず、第二回モンド・グロッソで百秋が誘拐されたのは本当だった。

ただ、この時、一夏も誘拐されており、彼女はその後行方不明になっているのだと言う。

そして家出して行方不明になるように百秋に指示を出したのは千冬だった。

千冬は一夏も誘拐されている事を知りながら敢えて彼女を見捨てたのだと言う。

そして、世間体を考えて一夏は家出をして行方不明になったことにしたのだ。

百秋が今日、五反田家に来たのも兄にその事を近所に触れ回る様に協力を求めに来たのだ。

二人の話を聞く限り、近所に流れている一夏の悪評は全て千冬、百秋、弾が流したデマだった。

デマを流しているだけならまだマシだった。

彼らの話は次第に下世話な猥談へと変貌していき、遂には蘭にとっては信じられない内容となった。

その内容を聞く限り、百秋と弾は一夏に対して強姦していたのだった。

蘭は当初信じられなかった。

自分の兄が‥‥そして憧れている先輩が強姦をしていたなんて‥‥

しかも百秋にとって一夏は腹違いとは言え、半分は血がつながった姉を強姦している事になる。

一夏の方から関係を求めてくるのであれば分かる。

彼女の悪評の中で『織斑一夏は援助交際をして金を稼いでいる』と言うモノがあったからだ。

しかし、百秋と弾の話を聞く限り決して一夏の方から百秋と弾へ関係を求めている訳ではなく、百秋と弾が一夏を無理矢理レイプしていたのだった。

蘭の中で千冬や百秋に対する憧れがこの時、崩れ去った。

だが、蘭はこれを家族に知らせる事は出来なかった。

自分が千冬、百秋、弾の三人が流したデマを信じていたように両親も祖父もこのデマを信じて一夏は織斑家の疫病神だと未だにそう思っている。

そんな中で今自分が聞いたことを話しても絶対に信じてもらえない。

それに両親と祖父は千冬と百秋に絶大な信頼をおいているし、弾は五反田家の長男で五反田食堂の大事な跡取りとして家長である祖父が大事に目をかけているので、弾が強姦をしていたなんて言っても信じないだろう。

それどころかそんなことを言えば逆に自分が一夏の様に蔑まれるかもしれない。

いや、蔑まされるだけならまだマシだ。

百秋は腹違いの姉も強姦するぐらいだ。

もしかしたら、自分も一夏の様に兄と百秋に強姦されるかもしれない。

その恐怖があり、蘭は今日まで一夏の事、そして三人の秘密を黙っていた。

そんな中、自分に高いIS適性があったことが判明した。

担任の教師の口からは自分のIS適性が高い事を伝えられ、IS学園への進学を勧められた。

家族はその事を聞いて大喜びだった。

ランクAと言う事は日本代表候補、ゆくゆくは日本代表になれるかもしれない。

それを聞いて両親は蘭にIS学園への進学を強く勧めた。

この時まで蘭自身もIS学園への進学を考えていた。

でも、テレビで百秋がIS学園へ入学した事を知り、更に千冬までもがIS学園で教師をやっている事を知り、蘭はIS学園への進学を悩んでいた。

家族はIS学園への進学を期待している。

でも、IS学園にはあの百秋と千冬が居る。

蘭は進学に関して頭を抱える事となった。

そんな中、本来は一緒に居たくもない兄に荷物持ちをさせてショッピングモールへと来たのだが、そこで五反田兄妹はある再会をした。

 

「「っ!?」」

 

五反田兄妹の前には白いワンピースを着た一夏が白金色の髪の男性と手を繋いで歩いていたのだ。

 

(あ、あれって一夏さん!?でも、髪の毛の色が‥‥)

 

蘭は自分の知る一夏と今、目の前を通り過ぎた一夏の髪の色が全然違うことに関して疑問を持ったが、それでもあの容姿は間違いなく一夏だと思っていた。

それは以前、百秋からIS学園に一夏とそっくりな奴がいると情報を得ていた弾も同様にアレはそっくりさんではなく一夏本人だと思っていた。

 

(もしかしてアイツが以前、百秋が言っていた疫病神のそっくりさんか?確かにアイツにそっくりだ‥‥いや、アイツ本人なんじゃねぇのか?)

 

イヴ(一夏)の姿を見て唖然とする五反田兄妹。

一方、イヴの方は五反田兄妹には気づかず、そのまま前を通り過ぎていった。

久しぶりに一夏の姿を見た弾はなんだかムラムラきてしまう。

 

(やべぇ、久しぶりアイツの姿を見たせいか無性にアイツを抱きたくなっちまった‥‥)

 

(中学の時にも思ったけど、アイツはやっぱりいい顔、いい体してんなぁ‥‥高校になって更に磨きがかかったんじゃねぇ?)

 

イヴの姿を見て昔のことを思い出したせいか弾のズボンの奥の獣が自己主張をし始める。

 

(IS学園は男子禁制の女の園だからな‥‥学園に戻られちゃあアイツを抱けねぇ‥‥此処は少し危険だが何処か人気のない所で‥‥アイツを‥‥)

 

弾は久しぶりにあった一夏(イヴ)を抱きたいと言う衝動がどんどん強くなっていく。

彼の中ではイヴはもう一夏としか見えていなかった。

イヴ=一夏なので良かったものをもし人違いだったらどうするつもりだったのだろうか?

 

IS学園は物凄く閉鎖的な学園であり、しかも男の自分がそう簡単には入れる所ではない。

一夏を抱くチャンスは一夏が学園外に出ている今しかない。

どこか人気のない所か多目的トイレにでも連れ込めば一夏を抱けるのではないかと思う弾。

弾の中の一夏は自分達には逆らえないひ弱な女だった。

自分一人の力でねじ伏せれば抱けると思っていた。

だが、弾は知らなかった。

今の一夏は弾の知る一夏でない事を‥‥

弾の知るひ弱な一夏はもう存在せず、今の一夏は世界最強の生物兵器である事。

また、世間では地上最強の兵器とされるIS‥しかも専用機を持っている事を‥‥

百秋は決して意図をもってイヴ(一夏)が専用機持ちである事を隠していた訳ではない。

ただ弾に言い忘れていただけだった。

それを知らない弾はまさに無謀な挑戦をしようとしていたのだった。

 

 



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55話

 

臨海学校の準備の為ショッピングモールへとやってきたイヴとシャルル。

その二人の後ろからはシャルルの抹殺を企てている簪と本音、興味本位で突いて来たラウラの姿があった。

そして、イヴはまだ気づいていないが、かつて百秋と同じく自分の悪評を近所に垂れ流し百秋と共に自分を強姦した五反田弾も来ていた。

 

「蘭、すまねぇが俺ちょっと用を思い出した。後はお前一人で買い物してくれ」

 

「えっ?ちょっと、おにぃ!?」

 

弾は蘭に抱えていた荷物を手渡すと何処かへと行ってしまった。

 

「全く勝手なんだから」

 

蘭は気に入らないが荷物持ちが消えた事に対して不満なのか頬を膨らませた。

弾が再び一夏(イヴ)に対して性的暴行を目的に狙っているとはこの時の蘭は知る由もなかった。

 

一方、イヴ(一夏)本人も弾に狙われているとは知る由もなくシャルルと共にショッピングモールを歩いている。

そんな中、シャルルがジュエリー店で結婚か婚約の為、指輪を購入しているカップルを見つけてつい足が止まってしまう。

女尊男卑の世の中ながらもそのカップルの女性は女尊男卑に染まっている訳ではなさそうで、彼氏に指輪を選んでもらって喜んでいた。

その様子を見てシャルルは、

 

(結婚か‥‥いいなぁ‥‥)

 

夢見る乙女ではないが、美少女だらけのIS学園に在籍している為かシャルルにも恋愛感情、結婚願望と言うモノが次第に芽生え始めていた。

しかも今朝のイヴとの間にあったあの出来事がますますシャルルにイヴを意識させる。

故にシャルルがこんな妄想をしてしまうのも不思議ではない。

 

 

 

 

高級フランス料理店内に入ってくる自分とイヴ。

自分は洒落たスーツをイヴは小粋な赤いドレスを着ている。

イヴは豪華な店内の様子をうっとりと眺めている。

自分はロビーの受付に立っているホストに軽く手を振る。

そして二人は夜景の見える最高の席に案内される。

ウェイターがイヴの椅子を引いて彼女が座るのを立ったまま待つ自分。

 

「ここ、高そうだけど大丈夫?」

 

「大丈夫だよ」

 

おどけた表情でウィンクをする自分に微笑むイヴ。

次々と運ばれて来る最高級のフランス料理に舌つづみを打つ二人。

デザートが終わり、バイオリン奏者がテーブル側で演奏を始める。

ロマンティックな演奏とレストランの雰囲気に酔いしれるイヴ。

 

「僕がいつもどんなに君を思っているか、わかる?こんなに一緒にいるのに、どう上手く伝えればいいかわからないけど……アインスさん、いや、イヴさん。貴女に伝えたい気持ちがあるんだ」

 

「ん?それはどういう意味?」

 

本当に分からないのか?それとも敢えてシャルルに言わせようとしているのか?首を傾げるイヴ。

 

「僕は君を愛しています」

 

「で、でも‥私は‥‥その‥‥人間じゃないし‥‥」

 

イヴは俯きながら自分は既に人間ではなく既に生物兵器となっている事に対して負い目がある様だ。

そんなイヴに対して自分は彼女の言葉を遮り、

 

「愛があれば、どんなことも乗り越えられるのさ。僕だってその‥‥特殊な身体だし‥‥」

 

自分も普通の人の体ではない事を彼女に伝え、ポケットから指環の入った小箱を取り出してイヴに見せる。

 

「僕達は愛し合わなければいけない運命なんだよ……イヴ」

 

自分は指輪を小箱から取り出しイヴの手を取り、彼女の指に指輪をはめる。

頬を赤く染めるイヴ。

 

「デュノア君‥‥」

 

「シャルルって呼んで」

 

「シャルル‥‥」

 

「イヴ‥‥」

 

二人の唇の距離が次第に縮まり‥‥

 

 

 

 

「‥‥の‥あ‥君‥‥で‥‥あ‥君‥‥デュノア君」

 

「えっ?」

 

イヴはジュエリー店を見て突然ボォッとしてしまったシャルルに声をかけてシャルルを現実に引き戻す。

 

「イヴさ‥‥アインスさん?」

 

「どうしたの?気分でも悪いの?」

 

「い、いや大丈夫‥初めて来た所かだから色々目移りしちゃって‥‥あははは‥‥」

 

まさか、ジュエリー店に居たカップルを見てイヴにプロポーズをしていた妄想をしていたなんて言える訳もなくシャルルは乾いた笑みと共にそれっぽい事を口にした。

 

「そう?でも、気分が悪かったら遠慮しないで言ってね」

 

イヴの方もシャルルがこのショッピングモールに来たのが初めてと言う事でシャルルの言葉を納得した様子。

そして二人は再び歩き始めた。

 

シャルルは帽子と伊達メガネで変装しているが連れのイヴはやはり目立つ容姿をしている為か通行人はイヴの姿をチラチラ見て、男はその連れのシャルルに対して嫉妬深い目線を送っていた。

しかし、イヴもシャルルもそれらの視線を一切気にすることなくショッピングモールの中を進んでいった。

そしてその後ろを青黒いマイナスオーラを纏った簪が追いかけると通行人は簪の姿を見てドン引きしていた。

 

二人はまずシャルルの水着を購入することにした。

女性の買い物は長い為、男物の水着を買うシャルルの方が早く済みそうだったからだ。

 

「へぇ~男物の水着も結構色々あるんだ‥‥」

 

イヴは男物の水着コーナーでその種類の多さに意外性を感じていた。

 

「あっ、見て見てデュノア君、男物にもビキニってあるんだってこれなんてどう?」

 

イヴはシャルルに男物のビキニ水着を勧める。

しかもかなりきわどい。

 

「い、いや‥流石にそれはちょっと‥‥」

 

布の面積が少ないので水の抵抗は少ないかもしれないが、下が男のシャルルも流石に恥ずかしいのかイヴの勧めるきわどいビキニを遠慮する。

 

「うーんと、それじゃあ‥‥」

 

最初のビキニが却下されたのでイヴは次の水着を選ぶ。

その様子を影から見ていた簪は‥‥

 

「ちょっと、なによ!?あれ!!あれじゃあまるでデート中のカップルじゃない!?イヴは私のモノなのに‥‥やっぱりデュノア君は此処で始末するしかないようね」

 

イヴとシャルルの様子を見て青黒い嫉妬の炎をメラメラと燃やす。

 

(かんちゃんもやっぱりたっちゃんの妹だ‥‥たっちゃんと同じ事を言っているよ‥‥いや、デュノア君の抹殺何て言っているあたりはたっちゃんよりも過激かも‥‥)

 

本音は以前、食堂でイヴと食事をしていたシャルルに対して同じ台詞を言っていた事に関してやはり楯無と簪は姉妹なのだと実感した。

 

(ふむ、アレが操を立てるというものなのだろうか?)

 

シャルルの水着を選んでいるイヴを見て日本かぶれの副官が教えてくれた日本の女性を表す言葉の一つなのかと思ったが、ちょっと意味が違った。

そして、簪、本音、ラウラは自分達以外でもイヴを狙っている者が居る事に気づかなかったし、その者も簪達の存在には気づいていなかった。

 

「ちっ、男と呑気に買い物かよ。あの男、もしかしてアイツの彼氏か?」

 

弾は一夏(イヴ)が水着を選んでいるシャルルが一夏(イヴ)の彼氏かと疑う。

 

「あんな売女の彼氏になるなんてどうかしてんじゃねぇか?」

 

今のシャルルは私服を着て変装の為、帽子と伊達メガネをしているので、弾はシャルルが世界で二番目に発見された男性操縦者でIS学園の生徒である事を知らなかった。

まぁ元々、シャルルはデュノア社が意図的に隠す様にIS学園に入学させたので弾がシャルルの事を知らなくても無理はなかった。

 

「まぁ、アイツが中学時代に俺のムスコでヒィヒィ言っていた事を知ったらどうなるかな?」

 

弾は一夏(イヴ)を犯すだけでなく、昔の話を一部誇張と捏造をして一夏(イヴ)とシャルルの仲を引き裂こうと考えた。

一夏(イヴ)を犯してその写真をシャルルに見せて自分と一夏(イヴ)は深い関係だとアピールさせてシャルルを絶望させると同時に彼氏(シャルル)が一夏(イヴ)を振る状況を作って一夏(イヴ)にも絶望を味合わせてやろうと画策したのだった。

弾がそんな外道な事を画策しているとは知る由もないイヴはシャルルに似合いそうな水着をチョイスしている。

 

「うーん‥‥それなら、これはどうかな?」

 

そしてイヴはシャルルに今度は薄水色のハーフパンツ型の水着を差し出す。

 

「うん、いいかもしれない」

 

シャルルはこの水着を気に入った様でそれを買うことにした。

そして次に上に着る為のパーカーを選ぶ。

下の水着が薄水色なのでそれに合う色のパーカーを探す事にして、白色のパーカーを購入した。

そして次にイヴの水着を買う為、女物の水着が売っているコーナーへと向かう。

イヴとシャルルの後ろからは簪達がさりげなく追尾し、更に別のルートからは弾がイヴを追いかける。

しかし、簪達はイヴを追尾する途中、人混みによりイヴとシャルルの姿を見失ってしまった。

イヴの目的地は女物の水着コーナーなのだが、このショッピングモールには複数のレディース物の洋服店があり、水着を売っているコーナーも複数ある。

イヴたちがその水着コーナーに買に行ったのか検討がつかない。

簪達は一つずつしらみつぶしにイヴを探しに行くしかなかった。

一方、弾はイヴの姿を見失うことなく付かず離れずの距離を保ったままイヴを追尾していた。

この執念を別の方向に向ければいいものを‥‥

そしてやってきたレディース水着コーナー。

そこには男物の水着よりもデザイン、種類が多い水着があった。

イヴは元々学校のスクール水着で行こうと思っていたので、適当でいいかと思っていたのだが、

 

「いらっしゃいませ」

 

「あっ、どうも‥‥」

 

「本日は何をお求めでしょうか?」

 

「水着を一着欲しいのだけれど‥‥」

 

「わかりました」

 

適当に買うつもりだったのだが、店の女性店員さんが何故かノリノリでイヴの水着を選び出した。

シャルルとしては自分が選びたかったが、此処は同性の店員さんに任せることにした。

 

「お客様は綺麗な容姿ですし、大人っぽい身体つきなので、ビキニスタイルの水着はどうでしょうか?」

 

「ビキニ‥ですか‥‥?」

 

まさかシャルルに最初に勧めた水着を自分も勧められるとは‥‥

とはいっても男物と女物のビキニでは若干印象も異なる。

 

「はい。ビキニが綺麗に見えるのは大人ならではですから」

 

そう言って店員はイヴをビキニの水着コーナーへ案内する。

そして案内されたビキニの水着コーナーでも様々なデザインのビキニ水着に色も様々である。

 

「色に関しては、淡色で単色だったり、白と合わせただけのツートンですと、爽やかな感じではありますけど、少し幼く見えてしまいます。白系ですと、拡張色なので、お体を細く魅せたいのでしたらなるべくは避けるべきかと・・・お客様のお肌は白く髪も銀色なので、此処はやはり色合いを引き立てる黒がよろしいかと?」

 

店員さんはそう言うとシンプルなデザインの黒いビキニ水着をイヴに勧める。

 

「は、はぁ‥‥ではそれで‥‥」

 

「ご試着なさいますか?」

 

「そうですね」

 

念の為イヴは水着を試着してみることにした。

試着と言う事で店員さんはイヴの下から離れ、シャルルも

 

「アインスさん」

 

「ん?なに?」

 

「ゴメン、ちょっと僕、トイレに行って来る」

 

「うん、わかった」

 

シャルルはトイレへと向かった。

そして一人、試着室へと入るイヴの姿を物陰から窺う赤い影があった。

他ならぬ弾だった。

 

「へぇ~試着室に入ったか‥‥これは丁度いい、服を脱がせる手間が省けるぜ」

 

弾は試着室へと入って行くイヴの姿を見て抱く際に服を脱がす手間を省く為、暫く時間を置いて周りの様子を窺ってタイミングを見計らう。

その頃、まさか試着室の外で自分を狙っている変質者が居るとは知らないイヴは店員さんが勧めた水着を着るために服を脱いでいた。

そして、手早く水着に着替えた時、試着室の外に人の気配を感じた。

店員かシャルルが来たのだろうか?

そう思っていると、その人物は試着室の中に入って来た。

外にはイヴの靴があるので他の客が無人だと思って間違って入って来るとは思えない。

それに店員にしても中に居るイヴに対して一言声かける筈だ。

 

「っ!?」

 

イヴが振り向くと、彼女の口はその侵入者の手によって塞がれた。

 

「むぐっ!?」

 

「よぉ、久しぶりだなァ。ハニー‥随分とまぁ、大人びた身体つきになったじゃねぇか」

 

試着室に入って来た侵入者こと弾はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべてイヴ(一夏)に小声で声をかける。

 

「うっ‥むっ‥‥んっ‥‥」

 

「第二回モンド・グロッソの後、行方不明になったって聞いたから心配したぜ‥でも、こうして会えたんだ‥久しぶりに俺のモノをあげるぜ‥‥嬉しいだろう?ん?」

 

そう言って弾はイヴの口を塞いでいない方の手で器用にベルトを緩めズボンのボタンを開けチャックを下ろし、ズボンを脱ぐ。

そして残った下着も一気に下ろした。

 

「久しぶりにお前に姿を見て思わず興奮しちまったからな‥‥場所が場所だけにお前の声を聞けないが、一緒に気持ちよくなろうぜ」

 

「んっ‥‥むぅ‥‥んっ」

 

弾がイヴへと迫る。

すると、イヴは自分の口を塞いでいる彼の腕を両手でガシっと掴む。

 

「ん?ふん、無駄な抵抗だな」

 

弾はイヴの行動が最後の悪あがきだと思った。

イヴの中に入れてしまえば性の快楽からイヴはだらしなく乱れ、この腕だって離すだろうと思っていた。

しかし‥‥

 

ぎゅぅぅぅぅぅぅ~

 

イヴの力は物凄く強く、腕の骨が折られるかと思うぐらいだ。

 

(っ!?コイツ、何時の間にこんな力を‥‥)

 

声を出したい所であるが、此処下手に声を出せば試着室の異変を他の客や店員に気づかれてしまうと思い弾は声を出せなかった。

それに今、イヴの口から手を離せばイヴが叫ぶかもしれない。

それもアウトだ。

 

(コイツ、放しやがれ)

 

ズボンと下着を下ろしたもう片方の手でイヴの片腕を掴み、放そうとするがイヴの腕はびくともしない。

弾の腕を掴んでいるイヴの腕は次第に力を増していき、弾は悲鳴を上げる寸前である。

 

(くそっ、このクソアマがっ!!)

 

もう弾はイヴを犯すことなど二の次となり、自分の腕から彼女の腕を引き剥がすことに専念し、拳で彼女の腹部を殴った。

腹部を殴られてイヴは痛みで僅かに顔を歪めるがそれでもイヴは弾の腕を離さない。

もう、こうなったらイヴの口元から腕を離してこの場から逃げようかと思ったが、腕はびくともしない。

まるでイヴが自分の腕を押さえつけているかのようだ。

 

(コイツ、放せ!!放しやがれ!!)

 

あまり時間をかけると店員が戻ってくるかもしれない。

弾の中に焦りが募る。

シャルルの場合、弾は敢えて自分がイヴを犯している場面を見せて、「此奴の方から俺を誘ってきた」と言って自分とイヴの過去をシャルルにぶちまけるつもりだった。

しかし、イヴの予想外の抵抗で時間を多く削られた。

そして、弾にとって最も恐れていた事態となった。

 

「お客様?」

 

「っ!?」

 

店員が戻って来てしまったのだ。

今のこの姿を店員に見られたら自分はおしまいだ。

此処はなんとか店員をやり過ごすしかない。

弾はそう思っていたのだが、イヴの力は更にまして腕の骨がミシミシ言っている。

彼はイヴを殴るのを止め、咄嗟に自分で自分の口を塞ぐ。

このままでは悲鳴を上げてしまい店員に気づかれてしまいそうだからだ。

その間にもイヴは力を強めて弾の腕を強く握る。

 

「お客様?大丈夫ですか?御気分でも優れないのですか?」

 

店員さんが試着室の外から心配そうに声をかける。

しかし、試着室の中からはうんともすんとも返答がない。

一応、客が入っているので店員さんも無理には試着室の中には入れない。

そこへ、

 

「どうかしたんですか?」

 

トイレからシャルルが戻って来た。

事態は更に悪化した。

 

「あっ、先程のお客様のお連れ様」

 

「何があったんですか?」

 

「それが、お客様が試着室に入ったきり出て来なくて‥‥お声をかけたのですがそれにも返答がなく‥‥」

 

「えっ?アインスさん?アインスさん!!」

 

店員さんから事情を聞いたシャルルが試着室に声をかけたが、店員さんの時と同様中からの返答はない。

店員さんとシャルルの声を聞いたイヴは口が開けるくらい弾の腕を少し動かして‥‥

 

「た、助けて!!デュノア君!!」

 

悲鳴を上げた。

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

イヴの行動に驚いたのは弾であり、またイヴの悲鳴を聞いて店員とシャルルも驚いた。

試着室の中で何かが起きている。

そう予感したシャルルはイヴにすまないと思いつつも試着室のカーテンを開ける。

そこには‥‥

 

「キャァァァァ!!変態よ!!」

 

試着室の中の様子を見て店員さんが大声を上げる。

試着室の中には下半身を露出した弾が居たからだ。

その姿を見たシャルルの中で何かが切れた。

 

「おい、お前!!アインスさんに何をしている!!」

 

「い、いや、待て!!お、俺は‥‥」

 

「問答無用だ!!」

 

シャルルは弾の後ろ襟を掴んで試着室の中から引きずり出そうとする。

そのタイミング見計らってイヴは弾の腕から手を離す。

突然イヴから手を離されてシャルルから後ろ襟を引っ張られた弾はバランスを崩す。

 

「このっ、変態野郎が!!」

 

バランスを崩した弾にシャルルは渾身のストレートをお見舞いする。

 

「誰か!!警備員と警察を呼んで!!」

 

店員の悲鳴で水着コーナーは一時騒然とした。



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56話

此処で少し時間を巻き戻し、視点を変える。

 

~sideイヴ~

 

デュノア君と共に臨海学校で使う水着を買いにショッピングモールへとやって来た。

デュノア君の買い物は直ぐに終わり、次は私の水着を買いに来た。

店員さんに勧められるままにビキニ水着を勧められた。

私に似合うか分からなかったので試着をする事にして試着室へと入る直前にデュノア君はトイレに向かった。

そして試着室にて水着に着替えていると試着室の外から人の気配を感じた。

しかもその人は試着室前から動こうとしない。

試着室の前には私の靴があるから試着室の中に人が入っている事は分かっている筈。

もしかして、次の人が並んでいるのかな?

でも、試着室は此処以外にもたくさんあったし、この試着室ではないと絶対にダメなんて事はない筈‥‥

店員さんにしても一声かける筈だが、外の人物は声をかけない。

トイレから戻って来たデュノア君にしても中に居る私に声をかける筈だ。

私がそんな疑問を抱いていると外の人物は私のいる試着室の中に入って来た。

 

「っ!?」

 

私が振り向くとその人物は手で私の口を塞ぐ。

 

「むぐっ!?」

 

「よぉ、久しぶりだなァ。ハニー‥随分とまぁ、大人びた身体つきになったじゃねぇか」

 

「うっ‥むっ‥‥んっ‥‥」

 

(コイツは確か五反田弾‥‥)

 

私は試着室の中に入って来たこの赤髪の男に見覚えがある。

五反田弾‥かつて百秋と共に私を強姦した男‥‥

私は過去の事を思い出しこの男を睨みつける。

 

「第二回モンド・グロッソの後、行方不明になったって聞いたから心配したぜ‥でも、こうして会えたんだ‥久しぶりに俺のモノをあげるぜ‥‥嬉しいだろう?ん?」

 

そう言ってこの男はなんとズボンと下着を下ろし始めた。

 

「久しぶりにお前に姿を見て思わず興奮しちまったからな‥‥場所が場所だけにお前の声を聞けないが、一緒に気持ちよくなろうぜ」

 

「んっ‥‥むぅ‥‥んっ」

 

(冗談じゃない。イヴとなった今でもお前の様な奴に犯されてたまるか)

 

私は口を塞いでいるこの男の腕を掴む。

 

「ん?ふん、無駄な抵抗だな」

 

コイツは今の私が中学時代の私だと思っている様だけど、今の私はもうあの頃の私じゃない!!

 

ぎゅぅぅぅぅぅぅ~

 

私は掴んでいる腕に力を入れる。

この男は私の腕を引き剥がそうとするがこの程度の力で引き剥がせると思うなよ。

私が更に力を入れるとコイツは私のお腹に拳を叩き付け始めた。

 

(くっ‥‥コイツ‥‥)

 

コイツはもう私の口をふさぐのを止めようとしているのか、口元から手を離そうとした。

しかしコイツの思い通りになんてさせない。

時間を稼げばいずれデュノア君か店員さんが戻って来る。

そうなればコイツの人生は詰む筈だ。

だから、それまでお前はその姿でこの場に居てもらうぞ。

お腹を殴られつつも私はデュノア君か店員さんが戻って来るのを待った。

そして‥‥

 

「お客様?」

 

店員さんが戻って来た。

 

「お客様?大丈夫ですか?御気分でも優れないのですか?」

 

店員さんは私が声をかけない事に心配そうに声をかける。

店員さんが来たのであればもう口元から手を放してもいいかな?と思っていると、

 

「どうかしたんですか?」

 

デュノア君も戻って来た。

 

「あっ、先程のお客様のお連れ様」

 

「何があったんですか?」

 

「それが、お客様が試着室に入ったきり出て来なくて‥‥お声をかけたのですがそれにも返答がなく‥‥」

 

「えっ?アインスさん?アインスさん!!」

 

デュノア君も来たのであればもうコイツに付き合う必要はない。

私はコイツの腕を動かして、声が出せるぐらいの隙間を作ると、

 

「た、助けて!!デュノア君!!」

 

悲鳴を上げた。

別にコイツの腕をへし折ってもいいが、それだと世間的に私も悪と見なされるかもしれないので、此処はこの状況と女尊男卑の風潮を利用させてもらうことにした。

私の悲鳴を聞いてデュノア君が試着室のカーテンを開ける。

デュノア君と店員さんは試着室の中を見て

 

「キャァァァァ!!変態よ!!」

 

店員さんが大声を上げる。

そりゃそうだ。試着室の中に下半身丸出しの男が居たのだから‥‥

 

「おい、お前!!アインスさんに何をしている!!」

 

下半身丸出しの弾の姿を見てデュノア君は物凄く怒っているみたいだ。

 

「い、いや、待て!!お、俺は‥‥」

 

弾はデュノア君に何か言おうとしたが、

 

「問答無用だ!!」

 

デュノア君は弾を試着室の外に引きずり出そうとしたので、私もタイミングを見計らって弾の腕を掴んでいた手を離す。

すると弾はバランスを崩す。

 

「このっ、変態野郎が!!」

 

デュノア君は渾身のストレートを弾にお見舞いする。

 

「誰か!!警備員と警察を呼んで!!」

 

店員さんが大声を上げて警備員さんと警察を呼ぶように言う。

 

「アインスさん、大丈夫?」

 

「怖かったよぉ~デュノア君」

 

世間の同情を買う為、あざといかもしれないが私は涙目でデュノア君に抱き付く。

 

「もう、大丈夫だからね」

 

抱き合う美女美男子の姿を見て店員さんも警備員さんもホッとした表情をする。

やがて、警備員さんが駆け付けると弾は下半身丸出しで伸びたまま警備員さんに連れていかれた。

周りのお客さんもドン引きしていた。

そして事情を聞きたいので私にも来てくれと言う。

流石に水着のままで行く訳にはいかないので一度着替えてから行くとこにした。

先程の弾の件もあり、試着室の前にはデュノア君と店員さんが立っていた。

着替えが終わり私は、

 

「どうも、ご迷惑をおかけしました」

 

「いえ、お客様にお怪我がなくてよかったです」

 

「その水着、購入させてもらいますので、キープをしてもらえますか?」

 

「承知しました」

 

着替えを終えて水着をキープしてデュノア君と共に警備室へと向かった。

 

 

やがて警察が来るとイヴと弾はそれぞれ別室で事情を聞くことになった。

イヴは警官に対して今度学校のイベントで臨海学校があり、その為の水着をシャルルと共に買いに来て水着を試着していると試着室の中にあの男が入って来たと説明した。

一方、弾は流石に警官の前で下半身丸出しのままで事情を聞くわけにはいかないのでちゃんとズボンを穿いていた。

そして弾は警官に対してあれはイヴが自分を誘ってきた。

自分はイヴにはめられたのだと主張した。

その証拠に自分はイヴに強く腕を掴まれたと事情を説明したのだが、

それじゃあ、その掴まれた証拠を見せてくれと警官が弾に腕を見せてくれと言う。

あれだけ強く掴まれたのだから自分の腕には跡が残っている筈だと思って自信満々の様子で警官に腕を見せる。

 

(これで俺の無実は証明される筈だ)

 

全くのお咎めなしと言う訳ではないだろうが、非はイヴ(一夏)の方にあると思っていた弾。

しかし‥‥

 

「何もないじゃないか」

 

警官がギロッと弾を睨みつける。

 

「そ、そんな筈は‥‥」

 

弾の腕には掴まれた跡が全然なかったのだ。

 

「あ、あれだけ強く掴まれたのに‥‥」

 

腕に跡がなかった事で警官は弾の主張に疑問を感じている様だ。

 

「ほ、本当なんですよ!!本当にあの女に強く掴まれたんです!!」

 

弾が幾ら主張しても腕に跡が残っていないのであれば証明のしようがない。

そして店の近くの防犯カメラの映像が届いた。

流石に試着室の前にはカメラがなかったが、店の前にもありその映像が届いて警官が解析するとイヴと弾が接触する場面はなく、またイヴが携帯を使って弾と連絡を取り合うような場面も見られない事から「イヴ(一夏)の方から誘ってきた」という弾の主張も疑問視された。

 

(ヤバいこのままじゃ‥‥そうだ!!)

 

このままでは自分は警察に逮捕されてしまうと思った弾は、

 

「あ、IS学園の織斑千冬さんを呼んでください!!」

 

すると、弾は千冬を呼んでくれと言う。

 

「織斑千冬?あのブリュンヒルデの?」

 

「そ、そうです!!あの人と俺とは知り合いなんです!!あの人なら俺の人柄をよく知っているから、俺がこんな事をする筈じゃないと信じてくれる筈です!!」

 

警官はやれやれと思いつつIS学園へと連絡を入れた。

そのIS学園では千冬や山田先生達一年生の担当教師は臨海学校のしおりの製作に追われていた。

そんな中、警察から連絡が入った。

内容がIS学園の生徒がショッピングモールで事件に巻き込まれ事件関係者が織斑千冬を呼んでくれと言っているらしい。

だが、千冬は今、臨海学校のしおり製作に追われており今からショッピングモールに行く余裕などない。

そこで千冬は山田先生を自分の名代として送った。

山田先生も臨海学校のしおりの製作に追われているのだが、千冬は山田先生の分も自分がやっておくと言って彼女を送り出した。

今からモノレールに乗ってショッピングモールに行くのが面倒だったからだ。

弾の思惑が外れ山田先生が来る事になり弾の運命は決定されたのかもしれない。

そもそも警官が千冬に事件関係者としか言っていなかった事が弾の不幸だったかもしれない。

千冬も当初、百秋か箒が事件に巻き込まれたのかもしれないと思ったのだが、加害者側が千冬の関係者と言っている事で千冬はこの件に面倒さを感じていた。

この時、もし弟が関係して居たら警察は「お宅の弟さん」と言うはずだし、箒は女の子なので痴漢をされる側であって痴漢をする側ではない。

千冬はこの事件の加害者が自分の関係者と言われてもピンと来なかった。

それどころか自分の名を借りて犯罪から逃げようと思っている卑怯な奴かと思って相手にするだけ時間の無駄だと判断した事も山田先生に押し付けた理由の一つでもある。

だが、自分の関係者と言われて真っ先に思いつくのが百秋と箒であり、それ以外には思いつかないとは千冬の交友関係は案外と狭い。

一方、押し付けられた山田先生自身も千冬から面倒事を押し付けられたと言う自覚はあったが、教師として自分の教え子が事件に巻き込まれたとなれば教師として行かない訳にはいかないのでショッピングモールへと向かった。

やがて山田先生は事件が起きたショッピングモールに到着し事情を聞くことになる。

警官が山田先生に事件の概要を説明した。

するとIS学園の生徒が試着室の中で強姦未遂をされたのだが、犯人は学園の生徒の方が自分を誘ってきたと供述している事を伝えると山田先生はその犯人に対して憤慨した。

取りあえず加害者が千冬と会いたがっていると言う事なので山田先生は自分が千冬の名代としてきたのでその人物に会うことにした。

そして山田先生を見た弾は千冬ではない事に困惑した。

 

「あんた誰だ?千冬さんはどうした?」

 

「織斑先生は現在所用で手が離せないので私が代わりに来ました」

 

(本当は私だって忙しいのに‥‥)

 

山田先生は心の中で千冬に対する愚痴をこぼした。

 

「事件の事は警察の方から聞きました。どう考えても貴方の供述には矛盾があり、非は貴方にあると思うのですが?」

 

山田先生は弾の言っている事が信じられないと言う。

 

「アンタはアイツの事を知らないからそう言えるんだ。アイツは昔からそうだったんだよ!!男と寝て金を荒稼ぎしていたろくでもない売女だったんだ!!」

 

弾は山田先生に自分達が流した一夏の悪評を説明する。

 

「ちなみにその人の名前は?」

 

「織斑一夏だ」

 

「織斑一夏?」

 

「そうだ。千冬さんの妹で百秋の姉の一夏だ」

 

「残念ですが貴方の言う織斑一夏と言う名前の生徒はIS学園には在籍していませんが?」

 

「そんな訳ない!!現に試着室の中に居たじゃないか!!」

 

「すみませんが被害に遭われた生徒とあっても良いですか?」

 

「はい。現在別室にいます」

 

山田先生は一時弾の居る部屋から出て被害にあったと言う生徒がいる部屋へと向かう。

 

「アインスさん!!」

 

其処に居たのは自分のクラスに在籍するイヴだった。

山田先生は何故弾がイヴを織斑一夏なる人物を間違えたのか分からないがイヴからも事情を聞く。

イヴは警官に聞かれた事と同じ事を答える。

イヴの話を聞く限りやはり警官から事情の説明を受けたのと同じく非はイヴにではなく弾にあると感じる山田先生。

山田先生は弾にイヴは一夏ではない事を証明するためにイヴから生徒手帳を借りて弾の下へと向かい、彼にイヴと一夏は別人である事を伝える。

 

「先程、被害にあったウチの生徒と会ってきましたが、その生徒は織斑一夏と言う名前ではなくイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスさんです」

 

「そんなバカな!?アイツは織斑一夏だ!!間違いない!!イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスなんて名前なんかじゃない!!」

 

「はぁ~貴方こそ何を言っているんですか?これが証拠です」

 

山田先生は弾に名前と顔写真が入ったIS学園の生徒手帳を見せても弾はイヴが一夏だと言い張る。

此処で話を続けてもキリがないと判断した警官は、

 

「話は署の方でじっくりと聞こうか?」

 

弾を立たせると警察署へと連行する。

 

「本当なんですってば!!本当に強く掴まれたし、奴の方から俺を誘ってきたんだ!!それにアイツは織斑一夏なんだ!!イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスなんて名前じゃない!!信じてくれ!!」

 

最後まで自分の非を認めずイヴを一夏だと言い張りながら弾は警察署へと連行されて行った。

今更ながらもしも、警察が千冬に加害者が弾であり、被害者がイヴだと知っていたらこの結果はあるいは違っていたのかもしれない‥‥。

 

 

余談であるがこの一件で五反田家は家庭崩壊をする事となった。

その日の内に五反田家に警察から連絡が入り、弾がIS学園の生徒を強姦未遂した事が伝えられた。

両親と祖父は最初その知らせを聞いた時信じられなかったが、蘭は内心いつかはやってしまうのではないかと思っていた。

そして警察署へと赴き事情を聞き弾からイヴ(一夏)の事を聞いて弾の両親も祖父も弾同様、

 

「息子はそいつに嵌められた」

 

「誘ってきたのは相手の方だ」

 

「アイツ(一夏)は昔からそう言うことを平気でする悪ガキだった」

 

と主張した。

しかし、監視カメラなどの証拠映像やIS学園の名前と顔写真入りの生徒手帳がある限り弾や彼の両親、祖父の主張は通らなかった。

弾は警察署に連行された後も千冬を呼んでくれと頼み、彼の両親と祖父もIS学園に連絡を入れて千冬に弾の弁護を頼んだ。

しかし警察署に連行されて、しかも証拠がありほぼ非が弾に確定している中で千冬は弾の弁護を行おうとはしなかった。

そもそも千冬はIS学園の教師であり弁護士ではない。

千冬は警察からの話を聞いて百秋にも弾の事は忘れろと言って弾の事を切り捨てた。

百秋も友人から犯罪者が出たことで世間体を考えて千冬の言う通り弾の事を切り捨てた。

自分の過去の汚名を弾がきてくれるなら丁度いいと思った。

百秋と千冬から切り捨てられたことを知った弾は百秋と千冬も道連れだと思い百秋が中学時代に自分と共に腹違いの姉である一夏を強姦していた事を始めとする悪事を警察に供述したが、弾がこれまで警察にしてきた供述が嘘だらけであったことが災いして警察は彼の供述を信じなかった。

弾はまさにオオカミ少年状態となったのだ。

警察は念の為に百秋と千冬に弾の供述が正しいのかを尋ねたが自分からろくに証拠がないのに犯罪を認めるバカは居らず、百秋と千冬は確かに弾の言っている事が正しいのだが犯罪者の烙印を押されるのは御免だと思い弾の供述を全て否定した。

更に世間の女尊男卑の風潮が拍車をかけて弾の立場をより一層悪化させた。

しかも行った犯罪が女性に対する強姦未遂と言うのが不味かった。

弾はまだ未成年者と言う事でテレビでも『16歳の高校生の少年』という事で実名は出されずに報道されたが、近所では瞬く間に弾が強姦未遂をした事が知れ渡ってしまう。

それはかつて自分達が一夏の悪評を流した時と同じく物凄い早さだった。

彼にしてみればまさに因果応報な結果となった。

弾の事件が近所に知れ渡ると五反田食堂には客が一切入らなくなり、店の前にはゴミが撒かれ、出入口のガラス戸には『強姦魔』 『女の敵』 『去勢しろ!!』 『この町から出て行け!!』 などの誹謗中傷が書かれた貼り紙が貼られ五反田家は近所から村八分状態となった。

蘭自身も兄が犯罪者となり学校では無視されたり嫌がらせを受けるようになる。

この時、蘭は一夏もこんな気持ちだったのかと中学時代に周囲からいじめを受けていた一夏の気持ちが分かった気がした。

度重なる近所からの嫌がらせに耐えられなくなった弾の母親は蘭を連れて実家に戻る事を決意して弾の父親と離婚した。

蘭は五反田の姓から母方の姓になった。

そして進学にしてもIS学園には千冬がおり、その千冬が自分の入学を認める訳がないと蘭は母親を説得しIS学園の進学を諦めさせることに成功して、彼女は母親の実家の近くにある普通の高校に進学することにした。

蘭は姓も五反田からかわり尚且つ世間が女尊男卑の世の中が彼女の味方となり、地理的にも母親の実家がある地方に引っ越した事からあの町で兄が起こした強姦未遂事件を知る者はほとんどおらず平穏な高校生活を送ることが出来た。

一方、あの町に残して来た父親と祖父、そして強姦未遂事件を起こした弾がその後どうなったのかを蘭は知らない‥‥。

 

それから先の未来にてAV男優で赤髪に長髪の男が出ていたと言う‥‥。



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57話

此処でまたもや事件を戻し視点を移す。

 

イヴとシャルルを追いかけてショッピングモールへとやってきた簪、本音、ラウラであるが、人混みの中でイヴとシャルルを見失ってしまいショッピングモール内に数多くあるレディース物の服屋を一つ一つチェックしている中、遠くの方で、

 

「キャァァァァ!!変態よ!!」

 

女性の悲鳴が聞こえた。

 

「ん?何かあったのか?」

 

ラウラがその悲鳴を聞きつけて何か起きたのかと周囲を窺う。

 

(この女尊男卑の世の中で変態行為をするなんて‥‥バカなんじゃない?)

 

簪は女性の悲鳴と変態と言う事で変態行為を行ったのは男性だと判断した。

そして女尊男卑の世の中で変態行為等と言う恐れを知らない行いをしたであろう男に対して同情する事は一切無く、『バカ』の一言で済ませた。

 

(変態‥どんなことをしたんだろう?)

 

一方、本音は変態と呼ばれた者が一体どんなことをしたのかとちょっと気になる様子だった。

その後もイヴとシャルルを探すも二人の姿は一向に見えない。

もしかして、もうショッピングモールを出てしまったのだろうか?

そう思っていると、

 

「本当なんですよ!!本当にあの女に強く掴まれたんです!!それにアイツはイヴ何て名前じゃない!!」

 

赤髪で長髪の男が警官に連行されて行くのが見えた。

こういう場合は裏口から連行していくものだと思うのだが、赤髪の男は市中引き回しの如く正面玄関から連行されて行った。

其処にはパトカーが既に待機していた。

連行しやすいと言う理由から正面玄関から連行されて行った様子。

近くの客はヒソヒソと陰口を叩いていた。

この女尊男卑の世の中で変態行為を行った赤髪の男の将来はお先真っ暗だろうが、簪はそんな事よりもあの赤髪の男から聞き捨てならない名前が出ていた。

今あの男は確かに『イヴ』と言った。

もしかしてあの男はイヴに対して変態行為を行ったのでないだろうか?

簪は今すぐにでもあの男を問い詰めたい衝動に駆られるも早くイヴを見つけたと言う思いもあった。

 

「かんちゃん、そんなにイヴイヴの事が心配なら電話かメールでもすればいいじゃん」

 

本音は簪にイヴと連絡を取れば?と言う。

確かにイヴに電話かメールを送れば彼女の居場所は直ぐに分かる。

しかし‥‥

 

「だ、ダメ。私達は今、お忍びでイヴ達を追いかけているの。もし、イヴに私達が後ろからあの青髪生徒会長みたいにストーカー行為をしていたなんてイヴに思われたらイヴに嫌われちゃうかもしれない」

 

(さりげなく、姉であるたっちゃんをディスっているよ)

 

簪の発言に心の中でツッコム本音。

携帯で連絡を取れば早いのだが、それだと自分達がイヴを尾行している事が彼女にバレるのを恐れた簪はあくまでも連絡は取らず、出会う時は偶然を装って出会いたいと考えていた。

そう思うと一刻も早くイヴを探さなければと思い焦る簪であった。

 

 

その頃、警察の事情聴取を終えたイヴは警察から非は弾にあると言う事でイヴはもう帰っていいと言う事になり解放された。

部屋から出ると部屋の前にはシャルルが待っていた。

 

「あっ、アインスさん。もう終わったの?」

 

「うん。もう帰っていいってさ」

 

「その‥ゴメンね、肝心な時に役に立てなくて‥‥」

 

シャルルはイヴが弾に襲われている肝心な時にトイレに行っていた事に関して謝る。

 

「いいよ。気にしていないし、最後はデュノア君、あそこまで怒ってくれたし‥‥」

 

(私だけでもあの程度の男なら対処できたけどね‥‥あっ、でもデュノア君私の為にあそこまで怒ってくれたんだよね‥‥)

 

これまでイヴの周りの男達と言えば、自分に対して己の性欲を満たす為に自分を犯すような連中か自分を実験動物にした奴ばかりで自分の事であそこまで怒ってくれるのは父、織斑四季だけだった。

そう思うとなんだか嬉しい様に感じた。

 

(あれ?でも、なんでデュノア君はあそこまで私の為に怒ってくれたんだろう?)

 

これがシャルルの事を意識し始めるきっかけとなった。

警察の事情聴取を終えたイヴは先程キープした水着を買いに再びあの水着店へと戻った。

その最中、

 

「あっ、イヴ」

 

「ん?かんちゃん?それにのほほんさんにラウラ」

 

簪と本音、ラウラの三人と出会った。

 

「ね、ねぇイヴ」

 

「ん?どったの?」

 

「さっき、変な男の人がイヴの名前を叫びながら警察の人に連れていかれたけどなんかあったの?」

 

「うーんとね‥‥」

 

イヴは先程更衣室であった出来事を簪達に話した。

 

「何それ!!何処のどいつなの!?ソイツ!?私が直々に制裁を与えてやる!!」

 

簪の周りからは青い炎が出ている‥‥様に見える。

しかも手にはいつの間に出したのか夢現が握られていた。

 

「まぁまぁ、かんちゃん落ち着いて」

 

イヴは簪を宥めると彼女は夢現を引っ込めた。

 

「それで、デュノア君はその時、どこに居たのかな?」

 

簪はイヴが襲われていた時、シャルルはどこに居たのかを尋ねた。

 

「えっと‥‥その時はちょっとトイレに‥‥」

 

「ちっ、つかえねぇ奴だ」

 

シャルルの言葉を聞いて簪は吐き捨てるように言う。

 

(なんかかんちゃんらしくないなぁ‥‥)

 

「うぅ‥‥」

 

簪の言う事は事実であり反論できなかった。

 

「そ、それでかんちゃん達も臨海学校の買い物に来たの?」

 

イヴは簪達も自分達と同じく臨海学校の為の買い物に来たのかと尋ねる。

 

「う、うん。そう」

 

まさか、イヴの後をつけていたなんて言えずにそれに同意する。

 

「それじゃあ、もう水着は買ったの?」

 

「ううん、これから」

 

「それじゃあ、私も今から水着を引き取りに行くからかんちゃんも一緒に行かない?」

 

「えっ!?いいの?」

 

「うん」

 

「行く!!行く!!」

 

まさかのイヴからの誘いに簪は歓喜し一緒に行くと言う。

それに対してシャルルは少し残念そうにした。

 

チラッ

 

そんな時、シャルルと簪が一瞬だけだが目が合った。

 

「…………はっ(笑)」

 

簪はドヤ顔をしていたが、その目はシャルルに言っていた。

 

(私の勝ちだと)

 

「むっ!?」

 

簪のその視線に対してシャルルは腹の内からなにかモヤモヤしたものが出てきて、

 

「アインスさん、行こう」

 

シャルルはイヴの手を引く。

 

「あっ、ズルい」

 

簪は一歩出遅れる形でイヴの手を握る。

 

「更識さん、女性をエスコートするのは男性の役目なんだけど?」

 

「そんな常識はもう古いわ」

 

「むっ」

 

「むむむっ」

 

バチバチバチ‥‥

 

シャルルと簪の目からは互いに火花が散っているように見えた。

 

「布仏、先程から簪の様子が少し変だぞ。一体何があったんだ?」

 

ラウラは簪の様子についていけずに本音に尋ねる。

 

「色々あるんだよ‥色々ね‥‥」

 

(まさか、かんちゃんがここまでイヴイヴにご執心になるなんて完全に予想外だよ‥‥)

 

「?」

 

本音の説明に納得できずに首を傾げるラウラだった。

そしてやってきた水着売り場。

イヴとシャルルに関しては戻って来たと言うべきだろう。

 

「これがすべて水着か‥‥この世にはこんなに様々な水着があったのか‥‥」

 

ショッピングモール内を歩いてイヴを探していた時に思っていたが、ラウラは数が豊富な水着に改めて圧倒されていた。

 

「すみません、さっきキープしてもらった水着を買いに来ました」

 

イヴは店員さんに声をかけてキープしてもらった水着を受け取る。

 

「イヴはどんな水着を買ったの?」

 

やはりイヴに対して興味があるのか、簪はイヴがどんな水着を買ったのかを尋ねる。

 

「うんとね、これだよ」

 

イヴは簪に黒いビキニの水着を見せる。

 

(く、黒!?黒のビキニ!?イヴがこれを着るの!?見たい!!直ぐに見たい!!)

 

ビキニを着たイヴの姿を想像して興奮する簪。

 

「それで簪はどんな水着を買う?」

 

イヴは簪にどんな水着を所望なのかを聞く。

 

「えっ!?うーんと‥‥その‥‥で、できれば‥‥い、イヴと同じ様な水着が‥‥いい」

 

簪は俯きながら頬を赤く染めて自分が欲しい水着をイヴに伝える。

 

「うーんとね‥‥それじゃあ‥‥これなんてどう?」

 

イヴは簪の要望を聞いてフリルのついた黒いビキニ水着を簪に差し出す。

 

「うんいいかも」

 

簪はイヴの選んだ水着を気に入った様子。

 

「い、イヴ」

 

そこへラウラが声をかける。

 

「ん?どうしたの?ラウラ」

 

「その‥‥私のも選んでほしい‥‥その‥‥出来れば私もイヴや簪みたいな水着がいい‥‥」

 

ラウラもイヴに水着を選んでほしいと頼んできたのでイヴはラウラにも水着を選ぶことにしてあげ、彼女にはリボンがあしらわれた黒いビキニ水着を選んであげた。

そしてイヴは水着の他にエメラルドグリーンのパレオも購入した。

 

「のほほんさんは買わないの?」

 

イヴは本音にも水着を買わないか尋ねる。

 

「うーん、私はもう用意してあるよ」

 

本音は既に水着を用意していると言う。

 

(えっ?あれは水着だったの?てっきりアニマルパジャマかと思ってた‥‥)

 

簪は本音の水着をアニマルパジャマかと思っていた。

それほど、本音が用意した水着は水着らしからぬ形状をしているのだろう。

 

「あっ、でも予備に一着買おうかな?」

 

そう言って本音は白いビキニ水着を購入した。

 

 

水着を買った後、イヴ達はフードコートにて昼食を食べに行った。

イヴの隣には簪がちゃっかりキープして向かい側にはシャルルが座った。

やがて、各々の料理が手元に集まる。

イヴはオムハヤシ、シャルルはパエリア、ラウラはハンバーグ、簪はかき揚げうどん、本音はきつねうどんを注文した。

注文した料理が集まると、

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

昼食が始まった。

そして昼食の時間が過ぎていくと、

 

「ね、ねぇイヴ」

 

簪がおずおずとイヴに声をかける。

 

「ん?なに?」

 

「その‥‥い、イヴのオムハヤシ一口貰える?」

 

「ん?いいよ。はい、あーん」

 

イヴはオムハヤシを一口スプーンに掬うと簪に『あーん』をやる。

 

「「っ!?」」

 

それに真っ先に反応したのは『あーん』をされた簪とイヴと向かい側に座るシャルルだった。

 

「あーん」

 

「うっ‥‥あ、あーん」

 

簪は顔を真っ赤にしつつもイヴから『あーん』をしてもらった。

 

(イヴに『あーん』して貰っちゃった‥それにこれってもしかして間接キス!?イヴとキス!?キスしちゃった!!)

 

イヴに『あーん』してもらって思わずイヤンイヤンと悶える簪。

それを見て面白くないのがシャルルである。

 

「あ、アインスさん。そのパエリア一口食べて見ない?」

 

シャルルはイヴにパエリアに食べないかを誘う。

 

「えっ?いいの?」

 

「うん。はい、あーん」

 

シャルルはパエリアをスプーンに掬ってイヴに食べさせる。

 

「あーん‥パクッ」

 

イヴはシャルルのパエリアを何の躊躇なく食べる。

 

(ああー!!イヴったら、デュノア君と間接キスを!!)

 

イヴの行動に少なからずもショックを受ける簪。

そんな簪に対してシャルルは、

 

「‥‥( ̄∇ ̄) ドヤッ!」

 

簪にドヤ顔を決める。

 

「くっ‥‥」

 

悔しがる簪。

更に追い打ちをかけるかのように、

 

「あ、あの‥‥アインスさん」

 

「ん?」

 

「その‥‥僕にも『あーん』をして欲しいな」

 

「うん。いいよ。はい、あーん」

 

(い、イヴ!!)

 

シャルルに平然と『あーん』をするイヴに対して更にショックを受ける簪。

 

(やっぱり性別のアドバンテージなの!?ううん、負けない!!)

 

「い、イヴ」

 

「ん?」

 

「私のかき揚げうどんのかき揚げ、一口食べてみない?」

 

今度は簪がイヴに自分のかき揚げうどんの中に入っているかき揚げをイヴに食べないかと差し出す。

 

「えっ?いいの?」

 

「うん」

 

「じゃあ‥‥」

 

「はい、イヴ。あーん」

 

簪はベチャ漬けしたかき揚げを箸に乗せてイヴに食べさせる。

 

「あーん‥‥パクッ‥モグモグ‥‥」

 

「おいしい?」

 

「うん」

 

簪の問いに満面の笑みで答えるイヴ。

 

「じゃ、じゃあ、イヴ‥も、もう一度、『あーん』してくれない?」

 

「あっ、更識さんズルイ!!」

 

「デュノア君は男なんだし我慢するべき」

 

「どういう理屈!?」

 

そんなこんなで騒がしくも楽しい昼食タイムは過ぎて行った。

周りの席の人々はイヴ、簪、シャルルの様子を見て、『キマシタワー!!』と興奮する者、男であるシャルルに嫉妬の視線を送る者など様々であった。

そして帰りのモノレールの中、色々あったせいかシャルルも簪もすっかり疲れて寝てしまう。

枕は勿論イヴの肩だった。

二人はそれぞれイヴの左右両方に座り、息があったかのようにイヴの肩に自らの頭を乗せて眠っていた。

イヴは両肩に重さを感じながらも二人を起こさない様にジッと座っていた。

一方ラウラと本音は互いに互いの肩を乗せて眠っていた。

 

そして戻って来たIS学園の寮。

買い物に出かけた各自各々の部屋へと戻って行く中、シャルルは突然立ち止まる。

 

「ん?どうしたの?デュノア君」

 

「アインスさん、ごめんね」

 

シャルルが今日の事を謝った。

自分がイヴを誘わなければ彼女がショッピングモールで変態に狙われることもなかったからだ。

 

「ううん、そんな事ないよ。皆で買い物が出来て楽しかったし」

 

(過去の遺物も片付ける事も出来たしね‥‥)

 

イヴとしては弾を社会的に抹殺することが出来た事に関しては今回の出来事は決して無駄ではなかった。

 

「それにデュノア君、とてもかっこよかったし、嬉しかった」

 

イヴはシャルルが自分の為にあそこまで弾に怒ってくれたことも嬉しかった。

 

「これはそのお礼‥だよ‥‥」

 

「えっ?」

 

チュッ‥‥

 

「んっ」

 

「んぅ」

 

イヴは大胆だと思いつつもシャルルにキスをした。

それは僅かに一~ニ秒ほどの短いキスだったがシャルルにしては長く感じた。

 

「あ、アインスさん!?」

 

シャルルは手で自分の唇を抑えつつ裏返った声を出す。

 

「勇者にはそれなりの報酬を‥‥だよ。おやすみ。デュノア君」

 

イヴは微笑みながらシャルルに手を振って自分の部屋へと戻って行った。

 

「‥‥」

 

シャルルは呆然としながらイヴの後姿を見つめていた。

 

『ハハハハハ‥‥デュノア君にキスとはお前も随分と大胆な事をするじゃないか』

 

檻から出てきた獣がイヴに語り掛ける。

 

(うん‥‥そうかもね‥‥)

 

茶化す様に言った獣の言葉に対してイヴは冷静に返す。

 

『ん?おい、らしくないじゃないか』

 

(うん‥‥そうかもね‥‥)

 

『ん?おい、どうした?お前少し変だぞ?』

 

(うん‥‥そうかもね‥‥)

 

イヴは先程から同じ言葉しか発しない。

それに心なしかイヴの目がボォッとしているように見える。

 

『ん?まさか、コイツ‥‥』

 

獣はイヴの様子が気になり

 

『お前‥‥もしかして‥‥デュノア君に惚れたのか?』

 

(えっ?)

 

獣の問いにイヴは思わずその場に立ち止まり今の自分の気持ちを整理する。

だが、そう簡単に答えは出ず、

 

(‥‥そう‥なのかもしれないし‥そうじゃないのかもしれない)

 

『なんだ?その曖昧な解答は?』

 

(自分でもわからない‥‥これまでの人生で好きになった男の人はお父様ただ1人だけだったし‥‥これが恋愛感情なのか私にはわからない‥‥)

 

獣は確かにシャルルに惚れていたが、イヴ自身自分はシャルルに抱いた感情が恋愛なのか友情なのかはまだ答えを出す事が出来なかった。

イヴの中でシャルルに対する感情の答えが出るにはもう少し時間が必要だった。

 

『ったく、デュノア君にキスまでしといて何言ってんだか‥‥』

 

獣は深層心理の中でイヴに呆れていた。

だが、獣としては表のイヴがこのままシャルルとくっついてくれれば獣としてはやりやすい。

しかし、獣の純愛ロードは天災兎や青髪姉妹など障害が多いかもしれない。

 

 

「ふぅ~疲れた~」

 

ドサッ

 

部屋に戻ったイヴはベッドの上に倒れ込む。

そして先程獣に言われた事を改めて考える。

 

(私がデュノア君を好き?)

 

(あ~もう、アイツが余計な事を言ったせいで頭の中がモヤモヤする~!!)

 

獣に言われて尚更にシャルルの事を意識してしまうイヴ。

しかし、昼間ショッピングモールにて弾に襲われてシャルルに抱き付いた時、世間を味方につける為にシャルルに抱きついた時、本当にあれは演技だったのだろうか?

自分は無意識のうちにシャルルに甘えたかったのではないだろうか?

獣がシャルルに一目惚れしたように‥‥

半分同性とは言え、自分の為にあそこまで怒ってくれたシャルルに少なからず自分も惚れ始めているのではないだろうか?

それにさっきシャルルにしたキスも本当にただのお礼の為だったのだろうか?

イヴは顔を枕に埋めて悶えた。

 

「一体どうしたんだ?イヴの奴‥‥」

 

同室のラウラは悶えているイヴの姿を見てどうしたものかと声をかけるにかけられなかった。



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58話

IS学園は確かにISを専門に扱う学校であるが、決してISだけの教科を行っている訳ではなく、ちゃんと授業のカリキュラムの中には高校と同じレベルの一般教養も含まれている。

そんな中、今日の家庭科の授業は調理実習となった。

クラスメイトを五~六人一班として割り振られた班でお題にそった料理を作ると言うモノだ。

一組の授業と言う事で実習室には他のクラスに所属している鈴と簪の姿は当然ない。

百秋とセシリアは同じ班となり箒は別の班となった為か遠目から百秋を睨んでいた。

反対にセシリアを始め、百秋と一緒に慣れたクラスメイト達は喜んでいた。

一方、イヴの班はイヴの他に本音、ラウラ、シャルルと他の班よりも一名足りない。

それは千冬があぶれた者同士で組ませたからだ。

しかし、イヴとしては百秋や箒と組ませられるよりはあぶれ者でも仲の良い人達と組んだ方がマシでこの班の編成に何ら不満はなかった。

そして実習が進んでいく中、

 

「わぁ、織斑君包丁さばき上手」

 

「ほんと織斑君って家庭向きなんだ」

 

百秋の包丁さばきをみて百秋と同じ班のクラスメイト達はきゃあきゃあと騒がしい。

 

「家事は昔からよくやっていたからね、これぐらいは朝飯前さ」

 

爽やかな笑みを浮かべてそう言う百秋であるが、彼の言う『昔から』と言うのは少々語弊がある。

確かに彼は家事が一切ダメダメな千冬に代わって織斑家の家事を切り盛りしていた。

しかし、それは第二回モンド・グロッソの後からの事で彼が家事をする様になったのは精々二~三年前からだ。

それまでは父、織斑四季が生きている間は、家事全般は織斑家のお抱えの使用人がしてくれて、父の死後は第二回モンド・グロッソまで一夏が行っていた。

百秋がクラスメイト達にちやほやされている中、

 

パァンッ!

 

実習室に突如、何かが爆発した音が響く。

 

「きゃあっ!?」

 

「「「っ!?」」」

 

爆発音と共にセシリアの悲鳴が響き渡る。

 

「せ、セシリアどうした?」

 

「も、百秋さん。その‥‥ゆで卵を作ろうと思ったんですけど‥‥」

 

セシリアはゆで卵を作ろうとしたが失敗し、その経緯を百秋に話し始める。

 

「あ、ああ‥‥」

 

「手早く作ろうと思いまして、まずコップに水を入れて‥‥」

 

「「「………」」」

 

ゆで卵を作るにあたってセシリアのゆで卵の作り方がいきなりおかしいことになっている。

鍋に水を入れるのは分かるが何故水を入れるのが鍋でなくコップなんだ?と‥‥

班のメンバーも唖然としている。

 

「そ、それで?」

 

百秋は顔を引き攣らせ、セシリアの話を聞く。

 

「その中に卵を入れまして‥‥」

 

「「「……」」」

 

なんだかオチは見えた様な気がする班のメンバーだったが、そのままセシリアの話を聞く。

 

「それで電子レンジで、温めようと思いましてレンジに入れたら‥‥」

 

「「「卵爆弾っ!?」」」

 

セシリアは料理の失敗の定番である電子レンジに卵と言う卵爆弾行為を行ったのだ。

失敗した事で俯くセシリア。

 

「大丈夫か?セシリア」

 

「百秋さん」

 

「失敗は誰にでもあるさ、気にするな」

 

百秋は優しい言葉をかけてセシリアを慰める。

慰められたセシリアは頬を赤く染める。

それを見た箒は百秋を睨む。

 

(百秋の奴、授業中だと言うのにセシリアなどとイチャつきおって!!)

 

箒が百秋とセシリアを睨んでいる中、

 

(篠ノ之さん、さっきから織斑君の所ばっかり見ていてぜんぜん手を動かしていないんですけど‥‥)

 

(手伝わないなら出てって欲しいわよね)

 

(そうよね、一体何しに来たのかしら?)

 

(織斑先生も山田先生もなんか注意しないし‥‥)

 

(いくら篠ノ之博士の妹だからってちょっと贔屓され過ぎじゃない?)

 

箒は一応、家事能力は平均かそれよりもやや上なのだが、百秋と違う班となり、彼が同じ班のセシリアを始めとするクラスメイト達にちやほやされているのを見て嫉妬の炎を燃やしているだけで、腕を動かさない事に箒と同じ班のメンバーは不満を零していた。

しかも箒が腕を動かさずに百秋ばかり見ているのを千冬も山田先生も見ているのに二人の教師は箒に注意する気配さえない。

やはり、箒が束の妹と言う事で箒に注意等をして束の機嫌を損ねない様にと言う政府からの命令が学園側に伝達でもされているのだろう。

それ故に千冬も山田先生も注意しないのかもしれない。

あるいは千冬がメイン担当であるISの授業以外に関してはただ面倒なだけという可能性もある。

ただ、束がこの事実を知れば、あっさりとその指示は撤回されるだろうが、肝心の束自身がこの指示を知らない。

故に箒は知らぬ間に普段は毛嫌いしている束の庇護を当たり前の様に受けていたのだった。

 

(なにやっているんだか)

 

そんな箒と百秋の様子を呆れながらイヴは手を動かしながらジャガイモの皮を剥いていた。

 

「アッ‥‥うん‥‥おっ‥‥」

 

そして本音も同じくジャガイモの皮を剝いていたのだが、ジャガイモが堅いのかそれとも形が歪なせいか皮だけでなく身の方もざっくりと削れてしまう。

 

「うーん、このジャガイモ切りにくい‥‥ラウッチ、態々こんな切りにくいジャガイモを選ばなくても‥‥」

 

このジャガイモをチョイスしてきたのはラウラであり、本音はラウラにジャガイモの皮が剥きにくい事を言う。

実際に皮だけではなく、ジャガイモの身をざっくりと削れている事から切りにくいのだろう。

 

「そんな事はない。ドイツに居た頃は、ジャガイモ選びに置いて私の右に出る者はいなかったのだぞ」

 

そう言って包丁ではなくコンバットナイフでジャガイモを皮ごと真っ二つにするラウラ。

 

「アインスさん、上手だね」

 

本音が剝きにくいと言ったジャガイモの皮を簡単そうに剝いていたイヴにシャルルが声をかけてきた。

 

「えっ?あ、うん‥‥切る事には慣れているから」

 

「あっ‥‥」

 

イヴの『切る』を『斬る』と思ったシャルルは気まずそうな顔をする。

イヴは、かつて凄腕の暗殺者なのだから、人を斬ることも慣れているのだろうと思っていたシャルル。

 

「‥‥デュノア君が何を想像したかは今のリアクションで分かったけど、多分君が想像しているのとは違うからね。私はちゃんと家事もやっていたから慣れているんだよ」

 

「あっ、そ、そうなんだ‥‥あははは‥‥」

 

変な事を勘ぐってしまった事にシャルルは乾いた笑みを浮かべる。

 

「まったく‥‥」

 

シャルルの変な想像力に呆れながらイヴはジャガイモの皮を剥いていくが、

 

「いっ!?」

 

ほんのちょっとした油断でイヴは包丁で指先を切ってしまった。

切る事に慣れていてもやはりこのジャガイモの皮は切りにくかったみたいだ。

 

「あっ!?大丈夫?アインスさん」

 

「う、うん。こんな傷直ぐに治るから」

 

そう言いながらイヴは包丁で切った指を舐める。

しかし、イヴの指からは赤い血が流れている。

 

「んっ」

 

するとシャルルはまるで花の蜜を求めてやって来た蝶のように血が出ているイヴの指に口をつける。

 

「でゅ、デュノア君!?」

 

流石のイヴもシャルルのこの行為には驚いた。

 

「んっ‥‥んっ‥‥ぷはぁ‥‥うん、もう止まったみたい」

 

シャルルはイヴの指から血が出ていない事を確認して安心した様に言う。

 

「う、うん‥ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

シャルルが微笑みながら返答し思わずイヴの顔が赤面する。

その様子を見ていた周囲の者たちは唖然としていた。

デュノア社の一件でシャルルの人気は転校したての頃に比べると落ちたが、IS学園の生徒全員がシャルルのファンから脱退したわけではない。

今でも根強くシャルルのファンはIS学園に在籍している。

それはこの一組も同じ事が言える。

そんな彼女達がラブコメの一幕の様や展開をその場で見せつけられたのだから、唖然とするのも当然であった。

現に山田先生も顔を赤くしている。

 

「わぁお、デュノッチだいた~ん」

 

本音がシャルルの行為を冷やかすと周りのクラスメイト達もキャアキャアと騒ぎ始める。

しかし、恋愛とは程遠い千冬は、

 

「こら、そこ!!何をしている!?」

 

箒と百秋‥正確にはセシリアの卵爆弾に関しては静観を貫いていた千冬であるが、あぶれ者‥ましてやこれまで何度も自分に苦汁を経験させてきたイヴ相手にはちゃんと注意をする千冬。

 

「アインスさんが包丁で指を切ってしまって」

 

シャルルが千冬に報告するが、

 

「ふん、そんなもの唾でもつけておけば勝手に治る。そんなことで一々騒ぐな」

 

「は、はい」

 

納得できないモノを抱きつつイヴ達は再び手を動かした。

 

(この場にたっちゃんとかんちゃんが居なくてよかった‥‥もし、居たらデュノア君と織斑先生相手にドッタンバッタン大騒ぎな展開になっていたよぉ~このことは二人には言わないでおこう)

 

本音が今日の家庭科室での出来事は変に触れ回らない様にしようと誓った。

 

 

実習が進んでいく中、またセシリアと百秋のいる所では‥‥

 

「「「………」」」

 

百秋を含め、そこに居る一名を除き皆がコンロを見てドン引きしている。

彼らの視線の先では‥‥

 

ブクブクブクブク‥‥

 

グツグツグツグツ‥‥

 

ボコッボコッボコッ‥‥

 

コンロの上にマグマのように赤く煮詰まっている何かと‥‥

 

「まだ赤色が足りませんわね」

 

そう言いながらケチャップとタバスコを鍋に投入するセシリアの姿があった。

もはや彼女が何を作っているのかわからない。

強いて言うならば、マグマを錬成しているのではないだろうか?

使われた調味料の量と鍋の具合から、もはや人の食べ物ではない。

 

「お、織斑君。オルコットさんを止めなくていいの?」

 

班のメンバーの一人がセシリアを止めなければヤバいのではないかと問うが、

 

「いや、なんかもう‥すでに手遅れな様な気が‥‥」

 

百秋の言う通り、既に手遅れだった。

 

「あ、あの‥‥オルコットさん。オルコットさんは貴族らしく何もしていない方がいいんじゃあ‥‥」

 

班のメンバーがセシリアに料理せずにジッと待っていた方がいいのではないかと言う。

調理ではなく洗い物をさせても恐らくセシリアの場合、皿を割ったりしそうなので洗い物にも向いていないだろう。

 

「皆さんが働いているのに私だけ何もしないなんて耐えられませんわ。ご心配なく。私の料理は最後に挽回するのが常ですので」

 

「料理は格闘や勝負じゃないんだけどな‥‥」

 

班のメンバーが説得をしてもセシリアには無駄だった様だ。

百秋達はセシリアの料理が怖いのかなるべくセシリアを視界の中に捉えないように目を逸らしながら料理をしていく。

すると、

 

バァン!!

 

家庭科室で二度目の爆発が起きた。

 

「きゃっ!?」

 

「な、なんだ?」

 

百秋達が爆発音がした方へ視線を向けると其処には、

 

「あら‥‥」

 

ブルーティアーズのBTを一基出したセシリアが居た。

コンロ台は鍋の中のマグマが零れており、大惨事となっている。

しかし、鍋の中身が全部飛び出ているので試食の際、これを食べずに済んである意味、百秋達は助かったのかもしれない。

 

「ど、どうした?セシリア。何があった?」

 

「火を強めようと思いまして、ティアーズで加熱したんですわ」

 

「レーザーで加熱するなんて無茶苦茶だな」

 

「失敗は成功の母ですわ。今度こそ上手くやってみせますわ。セシリア・オルコットのIS料理」

 

「あ、あのさ、セシリア。こっちはもういいからお皿とかを並べてくれるか?」

 

「そ、そうだね。織斑君の言う通りだよ。オルコットさん」

 

「「うんうん」」

 

百秋がセシリアを説得し、班のメンバーもそれに同意するかのように頷く。

 

「何故ですの?どうして皆さんは私に料理をさせないと‥全く理解できませんわ」

 

セシリアは自分が料理下手だとこの惨事を見ても気づかない様子だった。

 

「私、織斑君と同じ班じゃなくて良かった‥‥」

 

「私も‥‥」

 

セシリアが起こした惨事を見てこの時は百秋と同じ班でなくてよかったと呟くクラスメイト達がちらほらいた。

試食の時、セシリアが作った料理を食べさせられるかと思ったら身の毛がよだつ思いだ。

二度目の爆発を起こし、ましてやティアーズを出して鍋を攻撃したにも関わらず千冬と山田先生はセシリアを注意する事はなかった。

明らかに贔屓目であったが、セシリアの料理はその贔屓目をかき消す程の威力を誇っていた。

それは千冬も山田先生もセシリアの行動には顔を引き攣らせていたほどだった。

やがてどの班も料理が出来上がると試食タイムとなる。

出来上がったばかりの料理を食べながら楽しそうに談笑する生徒達であるが、ある班だけはまるでお通夜の様に静かだった。

他のクラスメイト達も彼らには同情する。

本音を言えば、自分の作った料理を是非とも百秋に食べてもらいたかったのだが、今声をかければ自分も巻き込まれると思い声をかけず、視界に入らないようにしていた。

 

「「「………」」」

 

「さあ、百秋さんもみなさんもどうぞ、遠慮なく召し上がってくださいまし」

 

満面の笑みでセシリアは百秋達に自らが作った料理を勧めてくる。

悪気が一切無いその笑みが眩しくもあり、百秋達が断るに断れない空気をセシリアは作り出している。

セシリアが作ったサンドウィッチは見た目が何ら変わらないサンドウィッチなのだが、卵爆弾やマグマを見る限り、警戒しない方がおかしい。

 

「「「………」」」

 

セシリアに勧められても誰一人としてセシリアの作ったサンドウィッチに手を伸ばそうとはしない。

 

「さあさあ、どうぞどうぞ、遠慮なさらずに」

 

そんな百秋達の不安を余所にセシリアは自らが作ったサンドウィッチを勧めてくる。

 

「い、逝くしかねぇ‥‥」

 

百秋は覚悟を決めてセシリアのサンドウィッチに手を伸ばす。

他のメンバー達も震える手でセシリアのサンドウィッチに手を伸ばす。

 

「い、逝くぞ‥あむっ」

 

覚悟を決めてセシリアのサンドウィッチを口へと運ぶ。

他のメンバー達も百秋の後に続いてセシリアのサンドウィッチを口へと運ぶ。

 

「むぐむぐ‥‥」

 

「いかがでしょうか?」

 

咀嚼していると舌が味を検知する。

 

(あ、あれ?思ったよりも普通の味だ‥‥)

 

セシリアのサンドウィッチは意外にも普通のサンドウィッチの味だった。

取り越し苦労かと思っていた矢先、

 

「ぐっ‥‥」

 

突如、百秋の舌にこれまで食べた事のない味覚が突如襲い掛かる。

忽ち彼の顔は青くなり、脂汗が大量に流れる。

それは他のメンバー達も一緒で今にも倒れそうな勢いだ。

 

「どうですか?美味しいですか?」

 

セシリアは輝いた笑みでサンドウィッチの感想を尋ねる。

 

「う、うん‥‥その‥‥」

 

バタッ

 

百秋は感想を言う前に倒れた。

他のメンバー達は百秋よりも先に倒れていた。

 

「百秋さん!?」

 

突然倒れた百秋に叫ぶセシリア。

 

「卒倒する程美味しかったんですね」

 

倒れた百秋や班のメンバー達を見て見当違いな印象を抱くセシリアだった。

その後、セシリアのサンドウィッチを食べた百秋達は臨海学校ギリギリまで腹痛で悩まされたと言う。

イヴとしてはどうせなら臨海学校中も腹痛に悩まされていればいいのにと思った。

 

 

IS学園の臨海学校が間近に迫っている頃、某所では‥‥

 

「へぇ~IS学園はこの期間に臨海学校‥ねぇ~」

 

バスローブを纏った美女が薄暗い部屋でパソコンの画面を見つめていた。

部屋は暗くパソコンのディスプレイの灯りのみが不気味に照らしている。

 

「ん?スコール、何見てんだ?」

 

「これよ、オータム」

 

「なになに?ん?IS学園のホームページ?なんでまたこんなモノを?」

 

「この期間中、一年生は臨海学校で学園を留守にするみたい‥‥ブリュンヒルデも引率として一緒に出るみたい」

 

「じゃあ、その間にまたあそこの訓練機を奪うか?」

 

「流石に学園側もバカではない筈よ。ブリュンヒルデの留守だからこそ、警備も厳しくなっている筈ね」

 

「そんじゃあ、臨海学校なんて行っている平和ボケをしている連中を襲うか?たしか専用機持ちが何人かいたよな?」

 

「ええ、イギリス、中国、ドイツ、日本の代表候補生が確か第三世代型の専用機持ちだった筈よ」

 

「ん?フランスも居なかったか?それにブリュンヒルデの弟も確か専用機持ちの筈だぜ」

 

「フランス代表候補生は『元』がつくわよ。それにフランスの専用機は第二世代型を改良したISみたいだから大した価値は無いわね」

 

「確かに」

 

「ブリュンヒルデの弟のISも気になるけど、私としてはもう一人の方が気になるの」

 

「もう一人?」

 

スコールが気になると言う『もう一人」という人物にオータムは怪訝そうに首を傾げる。

 

「‥‥どの国にも企業にも所属せずに専用機を持っている子がいるらしいの」

 

「ん?誰だ?そいつは?」

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスって言う子よ」

 

「イヴ?聞いた事ねぇな」

 

「そうね、私も名前だけしか知らないわ。だから、今度その子を見に行こうと思っているの」

 

「スコール一人でか!?」

 

「ええ」

 

「それは危険じゃねぇか?ブリュンヒルデもいるんだろう?だったら、アタシも一緒に行くぜ」

 

「ダメよ」

 

「何でさ!?」

 

「貴女は血のっ気が多いから貴女が来ると直ぐにドンパチ大騒ぎになってしまうわ」

 

「でも、どうせ連中の専用機奪うんだろう?それなら学園の外で油断している時がチャンスなんじゃねぇか?」

 

「奪うにしても事前の情報は大切よ」

 

「で、でも‥‥」

 

オータムはまだ納得がいかない様子でスコールに食いつく。

 

「オータム?」

 

スコールがオータムを一睨みすると、

 

「わ、わかったよ‥‥スコール」

 

オータムはあっさりと引き下がった。

だが、全て納得が言った様子ではなく渋々と言った様子だった。

 

「いい子ね、オータム。素直な子は好きよ」

 

スコールは妖艶な笑みと共にオータムの顎を撫でる。

 

「す、スコール‥‥アタシ‥‥もう‥‥」

 

「フフ、しょうがない子ね‥‥いいわ、可愛がってあげる」

 

スコールはオータムをベッドへと誘った。

それからすぐにオータムの喘ぐ声が部屋中に木霊した。



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59話

臨海学校にて何かが起きそうな予感の中、此処でもその予兆となりえそうな要因の一つである束の研究所では、束が妹の箒に与える為の専用機の最終チェックを行っていた。

しかし、束の心境は複雑であった。

確かに自分がISを作った事で世界状況は変貌し、自分の家族は要人保護プログラムでバラバラにされて箒には転校に次ぐ転校で迷惑をかけた。

でも、それと彼女に専用機を与えるのはなんだが別問題のように思えたが、箒本人とっては同一問題なのだろう。

しかし、それだけ専用機を与えてもいいのだろうか?

自分(篠ノ之束)の妹と言うだけで本来専用機と言うモノは適性の高く、命の危険も顧みない企業のテストパイロットか必死に努力して専用機枠に入った代表候補生、国の威信を背負う国家代表などの選ばれた者だけが手にする事の出来る代物の筈である。

それを自分(篠ノ之束)の身内と言う理由で手に入れても大丈夫なのだろうか?

偏見かもしれないが女性の嫌がらせと言うのは陰湿だ。

代表候補生でもなくただ自分(篠ノ之束)の妹と言うだけで専用機を手にして箒が学園で虐められないだろうか?

と一瞬そう考えたが、束はそれをすぐに忘れた。

例え箒が学園で虐めにあってもそれは箒が専用機を望んだことによって起きたことであり、自分はそこまで責任は持てない。

そもそも昔は一夏を虐めていたのだから箒が学園で虐めをうけてもそれは彼女の自業自得、因果応報だろう。

束はそう思って箒の事は忘れてもう一つ‥自分にとって重大な心配事があった。

それは他ならぬイヴの事だった。

以前、世界で二番目に発見された男性操縦者、シャルル・デュノア。

厄介な事にイヴの中に居るもう一人のイヴがソイツに恋をした。

学園の外に出てしかも場所は夏の海‥‥

開放的な環境の中、表のイヴまでもがシャルル・デュノアとか言うふたなり野郎に恋心を抱いてしまうのではないか?

イヴは束にもう一人のイヴはシャルルに恋をした事を嬉しく思っていたが、束本人にとっては複雑かつ深刻な悩みであった。

束は全てを知っている訳ではないが、これまでイヴの近くに居た男連中が父である織斑四季以外ろくでもない奴等ばかりだった事は知っている。

ただし、束は百秋や弾による強姦の事実は知らないが、百秋と弾が一夏を虐めていた事は知っている。

故に束にとってシャルル・デュノアも警戒するに十分な人物であった。

今度の臨海学校の時には嫌でも会うだろうから束はシャルルがイヴにとって相応しい人物なのかを見極めるつもりでいた。

 

「もし、いっちゃんの顔と体だけが目当ての奴なら‥‥そんな奴、生きている価値なんてないよね‥‥」

 

束はチラッと横目であるモノを見る。

彼女の視線の先には、怪しげな虹色に光る一枚のカードの様なモノが真空状態が保たれているケースの中に鎮座していた。

 

(いっちゃんには辛いかもしれないけど、後悔してからじゃ遅いんだ‥‥いっちゃんのためなら、私は喜んで魔女になってやる)

 

カードを見つめる束の目は覚悟を決めた真剣な目をしていた。

そして、カードが入っているケースの隣には壊れた首輪の様なモノがあった‥‥。

 

 

此処で時系列は少し過去へと遡る。

IS学園にて学年別クラス対抗戦。

その最終日、一年生の部にて学園は突如謎のISに襲われる。

表の公式記録ではその鎮圧に織斑千冬の弟、織斑百秋とイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットの活躍により謎のISは撃破されたとされている。

それから数日後、アメリカ国防総省の技術・研究所に差出人不明のメールが届けられた。

メールには添付ファイルがあったのだが、差出人不明と言う事で何らかのウィルスが仕込まれているのではないかと警戒し、サイバー対策課がメールを調べウィルスが無い事を確認した後、メールが開かれる。

メールに一言だけ、

 

『present for you』

 

と書かれており、添付ファイルを開くと研究者たちは驚愕した。

添付ファイルにはISの設計図があり、解析したところそれは無人で稼働する事が出来るISの設計図だった。

未だに無人のISを作り出した国は存在しない事から研究者たち狂喜乱舞した。

それと同時にこの差出人不明のメールは束から送られて来たモノだとすぐに予測がついた。

各国がどんなにISの開発をしても他の国よりもISの技術を一歩先に行けるのはこの地球上で束だけだとすぐに分かる。

しかし、研究者たちはこのメールの存在を表から闇へと葬った。

現在、束が世界中で指名手配を受けている事に考慮したのか?

それとも世界の警察を謳うアメリカが他人から教えてもらった技術で世界一になる事に羞恥を感じたのかは不明だったが、研究者たちはこの設計図を基にISの無人機の製作に乗り出した。

そして、現在開発中だったアメリカの第三世代型のISとこの無人機の設計図を組み合わせた無人IS 開発コード 『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』はようやく完成した。

完成した銀の福音はハワイのオアフ島にある軍基地へと密かに運ばれこの後、稼働テストを行う事になっていた‥‥

しかし、まだまだISが未知の領域多い為、メールに添付されていたこの無人機の設計図にはある細工が仕掛けられていた事に当然研究者たちはこの時知る由もなかった‥‥。

 

 

様々な人の思いが渦巻く中、IS学園の臨海学校は始まろうとしていた‥‥

 

 

IS学園から目的地である臨海学校で利用する旅館観光バスで行く事になっており、楯無が見送りに来ていた。

 

「うぅぅぅ~イヴちゃん、向こうに行っても私の事を忘れないでね」

 

楯無はまるでこれが今生の別れかのように派手なオーバーリアクションを取りながらイヴに抱き付いている。

 

「だ、大丈夫だよ。たっちゃん。数日間留守にするだけだから」

 

「その数日が私にとっては一日千秋の思いなのよぉ~」

 

イヴの感触をもっと味わいたいのか楯無はイヴに頬ずりをする。

そこへ、

 

「姉さん、イヴが迷惑そうだから離して」

 

そこを簪が冷ややかな目をして楯無を引き剥がそうとする。

 

「か、簪ちゃん。何をするの!?」

 

「もう出発時間が迫っている‥姉さんこそ、どうして此処に?二年生は今、授業の時間の筈だけど?」

 

「あら?生徒会長としては後輩を見送るのも仕事の一つよ」

 

「チッ」

 

「ちょ、簪ちゃん今、舌打ちしなかった!?」

 

(なんだか、かんちゃんがどんどんとアグレッシブになっていくなぁ~あの頃のかんちゃんは何処に行ったのかなぁ~)

 

更識姉妹のやり取りを見ていて本音は簪が‥‥あの気の弱かった簪がどんどんとアグレッシブな性格に変貌していく様を見て逞しくなっていく事にこれでいいのか?首を傾げた。

現在学園の寮では更識姉妹は同じ部屋なのだが、部屋でも簪はアグレッシブな性格なのだろうか?

やがて、出発時間となり、

 

「アインスさん、もう出発時間だよ」

 

「あっ、うん」

 

シャルルがイヴの手を取ってバスへと向かう。

ただその際、

 

「更識さんも自分の組のバスに戻った方がいいよ」

 

簪は四組なので一組のイヴとはバスが異なる。

その為、シャルルは簪に忠告するが、その顔には明らかに簪に対して「羨ましいだろう?」という思いが込められていた。

シャルルのその意図を瞬時に理解した簪は、

 

ブワッ

 

「殺してやる‥‥叩き殺してやるっ!!」

 

簪は背中にダークオーラと殺気を纏いブツブツと何か物騒な事を呟きながら四組のバスへと向かった。

四組の皆さんにはご愁傷様としか言えない。

やっぱり簪も更識の家の子だった‥‥。

 

旅館に着いてバスを降りた時、案の定四組の皆は顔色が悪くガタガタと震えている者も居た。

 

「そう言えば、デュノア君は何処の部屋に泊まるの?」

 

普通の生徒は班と部屋が決められているのだが、シャルルと百秋はしおりには泊まる部屋が書かれていない。

 

「僕は山田先生と同じ部屋だよ。織斑‥君は織斑先生と一緒みたい」

 

「へぇー」

 

(あのバカが夜に部屋を抜け出してくるかもしれないけど、他の皆もいるし大丈夫‥だよね‥‥?)

 

イヴは夜の心配をした。

もし、自分が一人部屋だったら、百秋の襲来が予測されたが自分以外のクラスメイトが居るのであれば、百秋も変な事はしないだろうと思うイヴだった。

臨海学校初日は講義や実習は無く、この日は皆で海を楽しむフリータイムとなっていた。

その為、皆は旅館の部屋に荷物を置くと早速海へと向かう。

 

「今、11時でーす!夕方までは自由行動、夕食に遅れないように旅館に戻る事!良いですねー!」

 

旅館の食事の時間が決まっているので、決められた時間内には、旅館へ戻る様に山田先生は生徒達に通達する。

 

『は~い!!!』

 

海を前に水着に着替えた女子達は、はしゃぎ始め、次々と海へ飛び込んでいく。

百秋はセシリアに引っ張られて行き、彼女にサンオイルを塗っている。

日焼け止めクリームを塗っていくと、気持ちいのかセシリアの口からは色っぽい声が出る。

その様子を周りの生徒達はその光景をドキドキしながら見ているが箒だけは睨むように見つめていた。

背中や腕を塗っていくと、セシリアはお尻の部分にも塗ってくれと言う。

彼女の言葉を聞いた箒は我慢の限界がきたのか、百秋からサンオイルを奪うと、

 

「私が塗ってやる!!」

 

と言ってセシリアにサンオイルを塗っていく。

くすぐったいのかセシリアは先程の色っぽい声から一転子供っぽい声を上げている。

そして、箒に抗議しようと起き上がった時、彼女の胸を隠していた水着がポロッと取れ、百秋に乳房をさらけ出す。

 

「キャァァァァー!!」

 

突然のことに動転したセシリアは思わずISのアームの部分を部分展開して百秋を殴り、彼はノックアウトされた。

 

そんな中、ラウラは浜辺にビニールシートを敷いてパラソルの影の下で、海ではしゃぐクラスメイト達を見ていた。

其処へ、

 

「あれ?イヴは?」

 

簪がやって来た。

 

「ん?イヴならまだ来ていないぞ」

 

「そうなんだ‥‥あれ?デュノア君は?」

 

「ん?シャルルはクラスメイトに誘われて向こうで布仏たちと一緒にビーチバレーをしている」

 

「そ、そうなんだ‥‥よかった」

 

てっきり、シャルルが抜け駆けをしてイヴを連れて何処かに行ってしまったのかと思っていたが取り越し苦労の様だった。

簪はラウラの隣に座り、イヴを待つことにした。

 

「海‥‥だね‥‥」

 

「海だな‥‥」

 

イヴを待っている間、パラソルの下の影で簪とラウラは何をするわけでもなく海ではしゃぐクラスメイト達を見ている。

 

「てか、田舎だってのになんで海はこんなに人多いの?」

 

流石に旅館は学園が貸し切り状態であるが、簪は旅館があるこの地方は『ド』がつく様な田舎なのに海にはそれに反比例するかのように人口密度が高い事に愚痴る。

 

「確かに多いな」

 

「こんな田舎の海に来ても何にもないのにねぇ‥‥」

 

「里帰りの者もいるのだろう」

 

「ラウラは泳がないの?」

 

海に入らず、海を眺めているラウラに対して尋ねる簪。

 

「‥まだいい‥イヴが来ていないからな‥‥それにこうやって静かに海眺めるのもなかなかいいものだ」

 

「‥‥とか言いつつ水着を着ると高校生に見られないから嫌なんじゃない?」

 

簪が悪戯半分に言うと、ラウラの身体がプルプルと震え出す。

 

(あ、あれ?もしかして図星!?)

 

ラウラの様子を見て、思わず核心をついてしまった簪。

 

「そうだよ!!せっかくそんなこと忘れて、海満喫しようとしていたのに!!どうせ私は身長も胸を小さい女だよ!!」

 

普段の凛々しい口調が崩壊して子供のように癇癪を起すラウラ。

 

「お、落ち着いてラウラ。まだ若いんだし、成長の余地はあるって‥ちなみにラウラ身長はいくつ?」

 

「‥‥148cmだ」

 

ラウラは拗ねる様に自分の身長を簪に教える。

 

「えっと‥‥確か女子高校生の平均身長は140cm代だったからラウラは小さくないよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

ラウラは期待に満ちた目で簪を見る。

 

「う、うん‥‥ヤバッ、流石にこれは明治時代のデータだとは言えないな‥‥」

 

「明治!?」

 

「あっ、口に出していた?」

 

「私は平成ではなく明治時代の女子高生の平均身長なのか!?」

 

「お、落ち着いてラウラ」

 

明治時代のデータを引き出されて憤慨し簪に掴みかかるラウラ。

そこへ、

 

「ごめんね~水着、着るのに手間取っちゃって~」

 

遅れてやって来たイヴがラウラと簪の下にやって来た。

イヴの姿をいち早く確認した簪は慌ててラウラの目を手で隠した。

普段ならばこんなことはしないのだが、今のラウラにとって水着姿のイヴは目に毒であった。

簪だって本音を言うと今すぐにでもイヴにルパンダイブをかましたい衝動を抑えて、自分のせいでご機嫌斜めとなってしまった哀れな小兎の為を思って彼女の目を隠したのだ。

 

「ん?かんちゃんとラウラ‥何しているの?」 

 

簪が何故ラウラの両眼を手で覆い隠しているのかを尋ねるイヴ。

 

「いや、ちょっとしたゲームと言うか‥‥ハハハハ‥‥いない、いなーい‥‥」

 

そう言いながらゆっくりラウラの目を隠していた手をどける簪。

そして、ラウラの視界に水着姿のイヴが入る。

 

「ヴァァァァァァ~」

 

現実とはとかく無情なもので、イヴの水着姿を見て改めて格差社会を目の当たりにしたラウラは、「ジュース買って来る」と言ってとぼとぼと歩いていった。

 

「ラウラ、どうしたんだろう?」

 

「色々あったんだよ‥‥色々ね‥‥」

 

「そうなんだ‥‥ラウラも大変だね」

 

自分が来るまでにラウラの身に何があったのか分からないが、ラウラの様子を見る限りあまり深く突っ込まない方がいいのだろう。

イヴがヨロヨロトと足元がおぼつかないラウラの後ろ姿を見ていると、

 

「イ~ヴ~」

 

鈴がイヴの背中に抱き付く。

 

「あっ、鈴」

 

「折角海に来たんだから泳ぎましょう!!さぁさぁ」

 

「うん」

 

「あっ‥‥」

 

簪が声をかける暇もなく鈴はイヴを海へと連れて行った。

 

「‥‥」

 

簪は手持ち無沙汰となり再びシートに座り込んだ。

 

 

海の中で鈴やクラスメイト達と遊んでいると、鈴が

 

「イヴ、向こうのブイまで競争ね。負けたらかき氷奢りなさいよ」

 

そう言って鈴は海の中へと潜る。

 

「えっ?あっ、ズルイよ、鈴!!フライングだ!!」

 

イヴも慌てて鈴の後を追う。

すると泳いでいた鈴の足が突然つってしまう。

足がつり、満足に動くことが出来ない鈴は海中へと沈んでいく。

海水を飲み意識が朦朧とする。

そこへ、

 

「鈴!!」

 

イヴに似た人魚が沈んでいく鈴を助け出す。

 

(イヴ?‥‥人魚‥‥?)

 

鈴は確かに空想上の生き物である筈の人魚の姿を見た。

眼を開けるとそこは浜辺で自分はシートの上に横たわっており、心配そうに自分を見つめるイヴと簪の姿があった。

 

「鈴大丈夫?」

 

「イヴ‥‥簪‥‥っ!?人魚は?」

 

「ん?人魚?」

 

「そう。私、イヴに似た人魚に助けられたのよ!!」

 

「えっと‥‥鈴を助けたのはイヴで人魚じゃないよ」

 

「えっ?でも‥‥」

 

鈴がイヴの姿を見るとイヴは人間の姿であり、人魚ではなかった。

 

「海中だったし、足がつった事でパニックによる錯覚を見たんじゃないかな?」

 

「そうだよ。きっと」

 

「えっ?‥‥うん‥そう‥かもしれないわね‥‥」

 

(本当に錯覚だったのかしら?)

 

鈴が何とも煮え切らないモヤモヤしたものを抱えつつも人魚何ている訳がないと思い、アレは錯覚だと自分に言い聞かせた。

 

「そう言えばラウラは?」

 

イヴはまだこの場に戻ってこないラウラの行方を尋ねる。

 

「そう言えば遅いね‥‥」

 

ラウラがジュースを買って来ると言ってここを離れてかなりの時間が経つが、彼女は未だに戻らない。

 

「迷子にでもなったのかな?」

 

「あのラウラに限ってそれはないんじゃない?」

 

「じゃあ、誘拐‥‥とか?」

 

「それこそあり得ないよ」

 

軍人でもあるラウラがそう簡単に誘拐される筈がない。

それでも心配になったイヴと簪はラウラを探しに行った。

鈴はまだ休んでもらい、もしラウラが着たら引き留めてもらう役となった。

 

「ラウラ!!」

 

「何処にいるの?ラウラ」

 

浜辺を探し回ったが、ラウラの姿は一向に見つからない。

 

「どこに行ったんだろう?」

 

「誘拐でなくても海で溺れていたりとかしていないといいけど‥‥」

 

先程の鈴の件もあり、心配になるイヴ。

 

「先生に頼んで捜索人数を増やしてもらおう」

 

「そうだね」

 

二人が先生にラウラが行方不明になった事を言いに行こうとした時、

 

「迷子センターからのお知らせです。ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんと言うお子様を‥‥」

 

迷子センターから聞き慣れた名前が出てきたと思ったら、

 

「私はお子様ではない!!」

 

放送の背後からラウラの大声が聞こえて来た。

 

「ラウラ‥‥」

 

「本当に迷子になっていたんだ‥‥」

 

放送を聞いたイヴと簪は顔を引き攣らせた。

ともかくラウラの居場所は分かったので、イヴと簪はラウラを迎えに行った。



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60話

 

IS学園一年生にとって一学期におけるメインイベントの一つでもある臨海学校。

初日は自由時間と言う事で生徒達は早速海へと繰り出す。

そんな臨海学校で百秋はセシリアのポロリを見てしまうラッキースケベかと思いきや、彼女から強烈な一撃を貰い、鈴は海で泳いでいる最中足がつると言うハプニング。

そしてジュースを買いに行ったラウラがいつまでも戻ってこないので探しに行ってみれば彼女は迷子放送をかけられていた。

とりあえずこの場にはラウラの保護者は居ないのでイヴと簪はラウラを迷子センターまで迎えに行った。

すると、

 

「迷子じゃないのに、迷子センターに連れてかれた!『お母さんドコ』って言われた!なんだ!?これは!!この私を安物の迷子と間違えやがって!!」

 

ラウラは自分が迷子と間違われた事に対して号泣しながら憤慨していた。

あまりにも自分に対する対応に腹が立ったのか口調も乱れているラウラ。

 

「どうもすみません」

 

イヴが迷子センターの職員に謝り、

 

「いえ、こちらこそ間違えて申し訳ありませんでした」

 

センターの職員もイヴにラウラを迷子と勘違いしたことを謝った。

 

そして三人は鈴が待っている所まで戻った。

 

「ラウラも災難だったね」

 

イヴはジュースを片手で持ち、ラウラに迷子に間違えられた災難を慰める。

 

「全くだ。今日はとんだ厄日だ」

 

ラウラは『はぁ~』とイヴ同様ジュースを片手に深いため息をつく。

 

「‥‥」

 

簪はイヴとラウラの後姿を見ると二人とも銀髪の為か姉妹の様に見えた。

それと同時にようやくイヴの水着姿をまじまじと見ることが出来‥‥

 

「イヴの水着‥‥じゅるり‥‥」

 

イヴの水着姿をみて怪しげな笑みを浮かべる。

 

ビクッ

 

イヴは背後から何か邪な雰囲気を感じ取り思わず身を震わせる。

 

「あっ、ラウラ見つかったんだ」

 

鈴の所に戻ってくると無事にラウラが見つかった事に鈴はホッとしている様子。

 

「うん。まさか、迷子センターに居るとは思わなかった。あっ、これ鈴の分ね」

 

そう言ってイヴは鈴の為に買って来たジュースを手渡す。

 

「ね、ねぇ‥折角海に来たわけだし、記念写真撮らない?」

 

簪が海に来た記念に写真を撮ろうと言う。

 

「いいわね」

 

「撮ろう」

 

「うむ、私は構わぬぞ」

 

鈴、イヴ、ラウラの三人は簪の提案にのる。

ただ、この時簪が口元をニヤリと緩めていた事に気づく者は居なかった。

 

(勝った‥‥計画通り‥‥)

 

こうして簪が用意したデジカメで記念写真を撮った。

最初の内は普通の写真撮影だったのが、後半はなぜか簪とイヴのツーショット写真が目立つようになった。

その他にも簪がカメラを構え、

 

「い、イヴその‥‥こんなポーズをとって」

 

「えっ?こう?」

 

「うん、そう。良い感じ‥‥目をもっと潤わせて‥‥いい!!良いわよ!!イヴ!!」

 

イヴにセクシーポーズをとらせてその写真を撮っていた。

簪のテンションに鈴はドン引きしてラウラは、

 

「私もあのようなポーズを取った方がいいのだろうか?」

 

と、鈴に尋ねると、

 

「いや、あんただとビジュアル的に問題がありそうだから止めなさい」

 

と止められた。

 

(フフフ‥‥大量、大量。やっぱり海はサイコーね)

 

デジカメに納められたイヴの水着姿の写真を見て怪しげな笑みが止まらない簪。

簪はデジカメのSDカードをスマホに入れ替えるとその一枚をメールに添付してある人物の下に送った。

 

一年生が臨海学校に来て海を堪能している時、IS学園では二年生と三年生は普通に授業がある。

そして今は昼休みの最中、学園の食堂にて‥‥

 

『you get mail』

 

楯無のスマホがメールの着信を知らせる。

 

「ん?誰かしら?」

 

楯無がメールを開くとフォルダには簪の名前が表示される。

 

「簪ちゃんから?臨海学校で何かあったのかしら?」

 

臨海学校に行っている妹の身に何かあったのかと心配した楯無であったがメールを開くと其処には、

 

『羨ましい?』

 

と言う一言と添付ファイルがあった。

 

「?」

 

楯無は簪の意図が掴めず添付ファイルを開いてみると、

 

「っ!?」

 

そこには水着姿のイヴが写っていた。

楯無が更にスクロールすると、

 

『イヴのセクシー写真もあるけど、それはお姉ちゃんには見せられないよ~』

 

と書かれていた。

確かにこの添付ファイルを見ると強ち簪の言う事が嘘とは思えない。

 

「簪ちゃーん!!貴女もなの~!!」

 

(ブルータス!?)

 

楯無は簪の仕打ちに思わず絶叫し、その台詞に思わず心の中でツッコミを入れる周りの生徒達。

そして楯無の脳裏に思い出されるのは今年の初めに束が自分に送って来たイヴの振り袖姿の写真。

当時、簪との仲が不仲だった為、なんとか仲を修復しようと躍起になっていた事とイヴと簪が受験生だったことが重なってイヴは楯無の下を一時的に離れて束の所に身を寄せていた。

そんな中、束は今年の初詣にイヴに振袖を着せて初詣に繰り出していた。

自分が妹との関係修復にもがき苦しんでいる中、束はイヴと一緒に初詣に出掛けていたのだ。

そして、今回は妹の簪が学園に行事とは言え、イヴと一緒に海に出掛けて彼女の水着姿を堪能しているのだ。

今回の事は楯無にとっては妹からの裏切りに等しい行為だった。

 

「簪ちゃん‥‥よく‥‥‥も‥よくも私を‥‥‥よくも私を裏切ったなァ!!よくもよくも私をォ!!よくも私を裏切ったなァァァァァァ!!裏切ってくれたなァァァァァァ!!」

 

楯無は食堂で絶叫し地団駄を踏んで悔しがっている。

 

「さ、更識さんどうしたんだろう?」

 

「生徒会の仕事でストレスが溜まっているんじゃない?」

 

周りの生徒達からは哀れんだ目で見られた楯無であった。

 

 

それから数時間後‥‥

 

太陽が水平線へと沈みかけ、間もなく、旅館へ戻らなければならないと言う時間に、箒は一人、崖の上から夕陽を見ていた。

 

「こんな所に居たのか?何をしている?」

 

そんな箒に織斑先生が後ろから声をかけて来た。

 

「あっ、千冬‥織斑先生」

 

「心此処に有らずと言う様子だな?何か心配事でもあるのか?」

 

「それは‥‥」

 

「束の事か?」

 

「っ!?」

 

確信をつかれ、ドキッとする箒。

 

「先日、連絡をとってみた…クラス別の無人機の襲来、ラウラのVTシステムの一件に関して奴は無関係だと言っていた」

 

「そうですか‥‥でも、確信はあるんですか?」

 

「私が尋ねるとはぐらかしていた」

 

「‥‥‥」

 

「明日は姿を見せるかもしれんな…アイツ…」

 

「はい…」

 

織斑先生の言葉に頷く箒。

 

彼女の脳裏には、最後に連絡をとった時の姉の言葉が蘇った。

 

(勿論用意してあるよ。白に並び立つ紅‥その名も『紅椿』)

 

(臨海学校の二日目‥7月7日に持って行くよ)

 

「紅椿‥‥これでやっと‥‥やっと私も専用機を持てる‥‥」

 

箒は明日此処へやってくる束よりも自分の専用機が待ち遠しかった。

 

日中、海ではしゃいだ生徒達は旅館に着くとその疲れを癒すかのように温泉にのんびりと浸かる。

ただ、イヴと簪はクラスが違うのでイヴと一緒に温泉に入れない簪は物凄く悔しがり、イヴと同じクラスの本音に対して嫉妬心を剥き出しにして、本音は物凄く簪の扱いに困っていた。

一方、男子である百秋そして一応、男子と言う事になっているシャルルは互いに時間をずらして温泉に入った。

自分が両性具有と知られた時、百秋が理解してくれた事に関しては嬉しかったが、イヴと一緒に居るようになってからシャルルと百秋との関係は冷めていった。

それどころか、シャルルはある日、百秋がボソッと自分に対して恐ろしい事を呟いているのを聞いてしまった。

百秋は、

 

「胸は女なんだし、ア〇ルファックもたまにはいいかもな‥‥それに顔だって女顔だから、フ〇ラもいけるよな‥‥」

 

「っ!?」

 

彼は半同性の自分に性的欲求を抱いており、それを知ってからと言うモノ夜はなかなか寝付けない日々を過ごしていた。

もし、彼と一緒に温泉なんて入って居ようものなら自分の後ろの貞操的なものがアッ――!っとなっていてもおかしくはなかった‥‥かもしれない。

 

その後、広間で夕食となった。

IS学園には様々な国からの留学生も居り、中には正座が苦手という者が居るので、食事の席は畳に座る席とイスとテーブルの席が用意されていた。

百秋や箒、そしてイギリス人のセシリアは畳の方でシャルル、ラウラ、イヴはテーブル席で夕食を摂った。

食事の最中、百秋がセシリアに『あーん』をやったことが切っ掛けで百秋派のクラスメイト達が騒ぎ、千冬が襲来するハプニングもあった。

また、シャルルは刺身の横にあるわさびを素で食べて大変な目に遭ったりもしていた。

夕食後、消灯時間までは自由時間なので、生徒達は思い思いの時間を過ごしていた。

ただ、百秋の部屋は千冬と同じと言う事で彼の部屋に赴こうとする勇者は現れず、百秋派のクラスメイト達は彼とのひと時を過ごせない事に残念がっていた。

そんな中、ロビーではイヴ、シャルル、簪がトランプを興じていた。

シャルルも山田先生と同じ部屋なので訪問しづらいし、逆にシャルルが女子の部屋に赴くのもそれはそれで何かと問題があるので、共有スペースであるロビーでこうして遊んでいたのだ。

 

「あっ、揃った。あがり」

 

ババ抜きで一番初めに上がったのはイヴであった。

 

「アインスさん、物凄いポーカーフェイスだから、全然カードが読めないんだよね」

 

シャルルが乾いた笑みを浮かべながらイヴの表情が読めなかった事を言う。

そして、勝負はシャルルと簪の一騎打ちとなった。

 

「‥‥次こそ‥‥次こそ絶対に勝つ!!」

 

簪はシャルルにババを含む二枚のトランプを差し出す。

これまでの勝負で簪は負け続けていた。

 

「えっと‥‥」

 

シャルルが右のトランプを取ろうとすると、

 

「えっ?」

 

簪はそっちのトランプを選んじゃうの?みたいな顔をして、

 

「‥‥こっち‥かな?」

 

「あ」

 

左のトランプを選ぶとそのトランプを取れと言う表情をする。

 

「‥‥じゃあ、こっちで」

 

シャルルは右のトランプを選ぶ。

 

「わぁ」

 

シャルルの選んだカードはババではなかった。

 

「上がり」

 

「「イェーイ」」

 

イヴとシャルルがハイタッチしていると、

 

「どうして負けるので‥す‥‥」

 

思わずババのカードをぐしゃっと握り潰すほど悔しがる簪。

 

(えっ?かんちゃん、敗因が分からないの?)

 

イヴは何故簪が負け続けているのか分かっていないのかと心の中で突っ込む。

 

(かんちゃんも一応、暗部の家の子なのに‥‥って言うか普段はあまり表情を出さないのになんでババ抜きの時にはこんなに表情が豊かなの!?)

 

肝心な時にポンコツな所が更識家の血筋なのかもしれない。

そんな中、ラウラはぶらりと旅館内を散策していると目の前に箒とセシリア、鈴の三人がある部屋の前で聞き耳を立てていた。

 

「何をしている?お前達」

 

「ラウラさん‥お静かに」

 

セシリアが人差し指で口を押える。

 

「ん?」

 

ラウラが首を傾げていると部屋の中から声がした。

 

「千冬姉、久しぶりだから緊張している?」

 

「そんな訳わるか馬鹿者‥‥あっ‥‥少しは加減をしろ」

 

「はいはい‥じゃあ、此処は?」

 

「あっ‥そこは‥‥」

 

「直ぐに良くなるって、だいぶ溜まっていたみたいだしね」

 

部屋の中の百秋と千冬の会話を聞いて皆は顔を赤くしている。

 

「此処は?」

 

「其処はダメだ」

 

(こ、コイツ等は一体部屋の中で何をしているのだ?)

 

(っ!?ま、まさか‥‥!?)

 

ラウラの脳裏にある光景が浮かぶ。

それはタッグトーナメントの後、医務室で見たあの忌まわしき夢を彷彿とさせる。

百秋は『姉さん』と呼ばれる少女に対して性的暴行を行っていた。

もしかしたら、今襖の向こう側ではそれが行われているのではないだろうか?

他の皆もそれを想像して顔を赤くしていたのだが、ラウラだけは顔を青くしていた。

 

(ま、まさか、姉弟であんな事を‥‥)

 

すると、聞き耳を立てていた皆の重量に耐え切れなくなったのか襖が外れて聞き耳を立てていた者達が織斑姉弟の部屋へとなだれ込む形となる。

当然、その場にいた者達は千冬の説教を正座で受ける羽目となった。

 

「全く、何をしているか、馬鹿者が」

 

「ま、マッサージしていたんですか‥‥」

 

箒が安堵したように言う。

 

(そ、そうだよな‥幾らなんでも姉弟の関係であれは‥‥でも‥‥)

 

ラウラはどうしてもあの時の夢が忘れ慣れずに頭の中で引っかかっていた。

 

「コイツはこう見えてマッサージが上手い。順番にお前達もやってもらえ」

 

「じゃあ、最初はセシリアから」

 

最初に選ばれたセシリアは満面の笑みで喜んで彼のマッサージを受けた。

その最中、千冬に尻を揉まれ下着を覗かれた。

 

「せ、先生、離してください」

 

「やれやれ、教師の前で淫行を期待するなよ。15歳」

 

「い、淫行って‥‥」

 

「冗談だ。おい、百秋ちょっと飲み物を買って来い」

 

「えっ?あっ、うん」

 

千冬は百秋をていよく部屋から出し、ビール片手にガールズトークを始める。

 

「普段こうして話をする機会もないメンツだからな、ここらで少し腹を割って話をしようか?」

 

千冬は、今は勤務時間外なので生徒、教師の関係ではなくお互いに同性として話をしようと言う。

 

「で、だ。単刀直入にお前たちに聞きたい。アイツ(百秋)の何処が良いんだ?」

 

千冬は弟の百秋の長所を箒たちに尋ねる。

 

箒は恥ずかしそうにもじもじしながらもしっかりと言った。

 

「わ、私は百秋の優しくて、頼りになるところです」

 

「わ、私も‥‥」

 

箒とセシリアは顔を赤くしてもじもじしながら答える。

 

「まぁ、篠ノ之の気持ちも分からない訳では無い。アイツは勉強も運動も出来る。顔もイケメンの部類に入るし、マッサージも上手い。付き合える女は得だな。どうだ?欲しいか?」

 

「「くれるんですか?」」

 

箒とセシリアが千冬に尋ねると、

 

「やるか、バカ」

 

千冬は弟をそう簡単にくれてやるかと言い放つ。

 

「「えぇ~」」

 

千冬の返答に箒とセシリアは残念そうに言う。

 

「女ならば、奪うくらいの気概がなくてどうする?自分を磨けよ、ガキども。それで鳳はどうなんだ?お前、昔はよく百秋と一緒に居ただろう?」

 

「‥‥そう‥ですね‥‥今は一同級生としか思えません」

 

「ん?何故だ」

 

「‥‥クラス代表戦の時、イヴと戦ってISってこんなにワクワクするものなんだって思って‥‥初心に戻れた気がしたんです。だから、今はISに集中したいんです‥‥少なくとも国家代表になってモンド・グロッソに出るまで、恋愛は封印しようと思っています」

 

鈴の口からイヴの名前が出てき千冬は一緒ん顔をしかめる。

 

「あらあら鈴さん、折角の高校生活をISのみで終わらせるなんてもったいなくありません?青春は一度っきりしかないのですわよ」

 

セシリアが鈴を挑発する様に言うが、鈴はそれをスルーして、

 

「アンタの国と違ってアタシの国は人口の関係で倍率が高いのよ」

 

「元々私は彼には興味ありません」

 

ラウラは百秋の事を恋愛対象とは最初から思っていないと言う。

そろそろ百秋が戻ってきそうと言う事でガールズトークはお開きとなり、箒、セシリア、鈴が部屋から出ていく。

しかし、ラウラだけが部屋から出て行ことしない。

別に正座をして足がしびれたと言う訳ではない。

ガールズトーク中は足を崩して座っていたからだ。

 

「どうした?部屋に戻らないのか?」

 

「あの‥‥織斑‥先生」

 

ラウラは恐る恐るな感じで千冬に声をかける。

 

「なんだ?」

 

「その‥‥これは、ドイツ軍少佐、ラウラ・ボーデヴィッヒとして決して外部に口外しないと誓います」

 

「どうした?藪から棒に」

 

「どうして聞きたい事があるのですが‥‥」

 

「何が聞きたい?今なら、酒も入っている…ある程度の事は教えてやる」

 

「‥‥織斑先生の家には百秋以外の‥‥妹はいませんでしたか?」

 

ラウラのこの言葉に千冬は酒が入っていたにも関わらず、鋭い目つきでラウラを睨む。

 

「そんな事を聞いてどうする?」

 

「やはり居たんですね?その人は今どこに?」

 

「お前の知る事ではない」

 

「‥‥実は‥以前、変な夢をみたことがあるんです」

 

「夢?」

 

「はい‥‥織斑先生の弟が‥その‥‥織斑先生とは別の少女を強姦している夢でした」

 

「ラウラ、それは所詮夢だ。忘れろ。いいな?それとさっき言ったようにその夢の事は絶対に誰にも喋るな」

 

千冬はラウラを殺さんとばかりに彼女の肩をグッと手に力を入れて言い放つ。

あまりの力の入れ方にラウラは思わず顔をしかめる。

 

(なんで、コイツが百秋の秘密を知っている)

 

やはり、千冬はかつて百秋が行った鬼畜とも言える所業を知っていた。

 

「もういい、部屋に帰れ」

 

「は、はい」

 

千冬はまるで追い出すかのようにラウラを部屋に戻らせた。

 

「くそっ、アイツはどこまで私達を苦しめれば気が済むんだ」

 

元々は百秋の所業にもかかわらず千冬はまるで一夏が悪いかの様に忌々しそうに呟きながらビールの飲み口に口をつけた。



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61話

ラウラが千冬の部屋をまるで追い出されるかのように出てロビーへと出るとそこでは小さな人だかりが出来ていた。

何事かと思って近づいてみると、

 

『ふざけんなよ!クソじじぃ!!坂道下るときは、必ずソリから降りるっていう約束だっただろうがぁ!!こっちはもうソリを引いているというより、追われている感じだったんだよ!アキレス腱にガンガンソリが当たっているんだよ!!血だらけなんだよぉもう!!』  (CV宇〇 秀〇)

 

『そんなもんお前がソリを上回る速さで走ればいい話だろうが!トナカイだろうが!ああん!?お前の親父はそりゃあ凄かったよ。坂道でもぐんぐんソリを引っ張ってさ、そりゃ立派なトナカイだった!!』 (CV緒〇 賢〇)

 

『アンタ、えらい親父を気に入っている様だけどな、親父はあぎれにアンタの悪口ばっか言ってたから言っとくけど』 (CV〇垣 〇成)

 

『嘘つくんじゃねぇ!!』 (CV〇方 〇一)

 

イヴはトナカイのぬいぐるみとサンタクロースのぬいぐるみで腹話術を披露していた。

しかも声まで変えている程の腕前だ。

 

(なぜ、この季節にサンタクロースなのだ?)

 

ラウラを始めとするイヴの腹話術を見ていた者達はもうすぐ夏が近づいているのに腹話術の人形がサンタクロースとトナカイと言う冬のキャラクターだったので、なぜそのキャラクターなのかとそんな疑問を感じていたが、内容が面白かったので突っ込まずに見ていた。

 

「ありがとうございました」

 

やがてイヴの腹話術が終わり、イヴは観客達にペコリと一礼すると拍手が起こる。

イヴの腹話術が終わり解散となる中、

 

「それじゃあ、デュノア君おやすみ」

 

「あっ、うん。おやすみ、アインスさん」

 

シャルルが部屋に戻ろうとした中、

 

クシャ

 

シャルルの手にはいつの間にか小さく折りたたまれた紙が握られていた。

 

「?」

 

シャルルが首をかしげながら紙を開いていくと、

 

「っ!?」

 

其処には、

 

『9時に浜辺で待っています。 アインス』

 

とイヴの筆跡でそう書かれていた。

 

(あ、アインスさんからの呼び出し!?しかも浜辺って‥‥)

 

シャルルは何故イヴがこんな事をしたのか分からないが兎も角、イヴから直々のお誘いなので断ると言う選択肢は無かった。

そして、何故イヴはシャルルにこうしてお忍びの誘いを用意したのか?

それはイヴの中に居る獣のためであった。

シャルルと一緒に買い物に行ったあの日から、イヴの中で獣がしつこくシャルルと二人っきりの時間を作ってくれと頼んできたのだ。

このまま放置しておくと獣が強引な手を使って自分の身体を乗っ取る可能性もあり、昼間にイヴは獣と約束をしたのだ。

ただその時に、

 

(いい、夜にデュノア君との密会はさせるけど、エッチな事は禁止だからね!!やってもキスまでだからね!!)

 

『分かっているよ、しつこいな。そんなに私の事が信用できないか?』

 

(できない!!)

 

『なっ、即答かよ!』

 

(だって、お前デュノア君の前だと発情期の獣になるんだもん)

 

『そりゃあ、獣ですもの大目に見てね』

 

(できるか!!問題を起こせば私だけでなく、デュノア君にも迷惑がかかるんだぞ!!その辺分かっているのか!?大体、こうして密会するだけでも危ない橋なのに‥‥こんな事がアイツらにバレたら確実に潰しにかかって来るぞ)

 

『ああ、あのブリュンヒルデ様とその弟様か?あんな雑魚共に何が出来る?』

 

(ISの腕だけじゃなくて教師と言う権力を使って来るって事だよ!!)

 

『そん時は、あの青髪のストー会長に助けてもらえればいいじゃねぇか。こっちだってもてる人材と権力は使わねぇとな』

 

(いいから、あまり他人には迷惑をかけるな!!それに高校生で妊娠、出産、子持ち何て生まれて来た子供がかわいそうだろうが!!)

 

『今まで男に抱かれてきて今更かまととぶるなよ』

 

(うるさい!!あんな奴等の子供を孕むなんて想像するだけでもおぞましい!!これまでの経験で妊娠してこなかったのが奇跡だと思うよ、本当に‥‥)

 

イヴは過去の経験を思い出し、思わず身震いする。

 

(いい、やってもいいのはキスまでだからね!!わかった!?)

 

『へいへい』

 

イヴは獣に釘をさして入れ替わった。

獣は確かにイヴの言う通り、シャルルの前では発情期の獣っぽくなるが、その反面、血に飢えた獣‥殺戮の銀翼とは違った一面性‥人間に近い感受性を抱いているので出来ればこのまま人間性を高めていきたいと思っていた。

だからこそ、シャルルにはすまないが強制的に協力してもらうつもりだったのだ。

 

月夜の静かな浜辺。

そんな浜辺をシャルルは一人歩いていた。

時間指定はあったが、待ち合わせ場所が浜辺と言う事しか書いていなかったので、シャルルはこうして浜辺を歩きながらイヴを探していた。

すると、シャルルの前に月夜の夜の海をジッと見ているイヴを見つけた。

 

「‥‥」

 

シャルルは暫しその姿に見とれていた。

しかし、いつまでも呆然と見ている訳にはいかない。

こうして二人っきりで会える時間は限られているのだから‥‥

 

「あ‥‥」

 

シャルルが声を掛けようとした時、

 

「待っていたよ、デュノア君」

 

イヴはゆっくりシャルルの方へと振り向く。

流石は暗殺者、人の気配に関しては敏感な様だ。

 

「‥‥こんばんは、アインスさん」

 

「こんばんは、デュノア君」

 

シャルルはイヴの隣へと近づく。

ただ、シャルルはイヴの様子に違和感を覚え、もしかしてと思って、

 

「‥‥君はもしかして、もう一人のアインスさん?」

 

恐る恐る尋ねてみた。

 

「へぇ~デュノア君もなかなか分かって来たみたいじゃないか‥そのとおり、今はこの私、殺戮の銀翼がイヴの身体の表にいる」

 

イヴ(獣)が不敵に笑みを浮かべるとシャルルは思わず半歩下がる。

 

「おいおい、そんなに怯えるな。別にお前を殺しはしないし、食べるつもりはない。イヴ曰く大勢の人に迷惑が掛かるみたいだからな」

 

「そ、そうなんだ」

 

一応表のイヴが獣に忠告してくれたみたいなのでホッとするシャルル。

 

「それよりも見てみろ、綺麗な月だぞ」

 

イヴ(獣)は再びシャルルから空に浮いている月へと視線を戻す。

シャルルもイヴに釣られて月を見る。

 

「綺麗な満月だ‥‥こんな夜は何故か、無性に興奮する‥‥知っているか?『満月の日には犯罪が増える』と言うデータがあるらしいぞ」

 

「えっ!?」

 

突然物騒なトリビアを言われて益々警戒するシャルル。

 

「だから、そんなに怯えるな」

 

「で、でも‥‥」

 

「まぁ、まずは一杯やろう。勿論ジュースだがな」

 

イヴ(獣)は浴衣の袖から二本の缶ジュースを取り出してそのうちの一本をシャルルに渡す。

そして、浜辺に漂着していた丸太の上に腰掛ける。

 

「そんな所に突っ立っていないで座ったらどうだ?」

 

イヴ(獣)自らの隣をポンポンと叩きシャルルに座れと誘う。

シャルルとしては迷ったが、既に退路は無く恐る恐るイヴ(獣)の隣に座る。

 

「それじゃあ、乾杯」

 

「か、乾杯」

 

イヴとシャルルはプルトップを開けると互いに缶ジュースをぶつけ合い飲み口に口をつける。

月と夜の海を肴にイヴとシャルルはジュースを飲んでいると、

 

「‥‥そう言えば」

 

「ん?」

 

ジュースを飲んでいる時、不意にイヴ(獣)が口を開く。

 

「昔、夏目漱石は『 I LOVE YOU 』を『月が綺麗ですね』と訳したらしい」

 

「な、なつ‥ソウセキ‥?」

 

「夏目漱石。この国の昔の文豪‥小説家だ」

 

「へぇー」

 

「おっと、そう言えば私もついさっき、デュノア君に似たような台詞を言ったなぁ‥‥」

 

「あっ!?」

 

「まぁ、私の言葉をデュノア君がどう解釈するかは君の自由だよ」

 

「‥‥」

 

イヴ(獣)の言葉にますますイヴの事を意識してしまうシャルル。

その後は暫く互いに会話をする事もなく二人はジュースを飲みながら月夜の海を眺めている。

シャルルはやはりイヴの事を気になるのか時々チラチラとイヴの姿を見ている。

 

「‥‥ねぇ、デュノア君」

 

「な、なにかな?アインスさん」

 

「IS以外で空‥‥飛んでみたくない?」

 

「えっ?IS以外で?」

 

「うん」

 

「でも、どうやって?」

 

此処にはヘリもセスナ(飛行機)もない。

IS以外でどうやって空を飛ぼうと言うのだろうか?

 

「私が連れていってあげるよ」

 

イヴ(獣)はバザッと背中に白い大きな翼を生やしてシャルルを夜の空中散歩へと誘う。

その姿はまさに天使を彷彿とさせる。

普通ならば断わるところだが、この時シャルルは無意識のままイヴの手を取った。

すると、シャルルの身体はフワリと宙を舞う。

そして二人は月夜空へと舞上がる。

始めはISなしで空を飛んだことでちょっとビクついていたシャルルも段々と慣れてくるとイヴに声を掛ける余裕も出て来た。

 

「ね、ねぇ、アインスさん」

 

「ん?なに?」

 

「その‥‥昼間、人魚が出たって聞いたんだけど‥‥それってもしかして‥‥」

 

イヴの背中の翼を見て、昼間噂になった人魚について尋ねるシャルル。

 

「それは表のイヴだ。鈴が溺れて海に沈んだから咄嗟に変身して鈴を助けた。幸い溺れていたから鈴の意識があいまいだったから噂程度におさまったがな」

 

(アインスさんの人魚姿か‥‥見てみたったなぁ‥‥はっ!?そう言えば僕、アインスさんの水着姿見ていない!?)

 

昼間他のクラスメイト達からのお誘いを受けてイヴの水着姿を見ていなかった事に気づいたシャルルは今更ながら悔しがった。

 

「~♪~♪」

 

するとイヴ(獣)は空を飛びながら歌を歌いだす。

以前表のイヴが歌っていた『星めぐりの歌』だ。

今は獣が表に出ていてもやはり声はイヴなので、綺麗な歌声だった。

シャルルと共に夜の空中散歩を堪能したイヴは再び浜辺へと戻る。

 

「いやぁ~久しぶりに自分の翼で飛んだわぁ~」

 

うーん と背伸びをしながらイヴ(獣)も空中散歩を堪能した様子。

 

「デュノア君はどうだった?」

 

そして、シャルルに感想を尋ねる。

 

「なんだか、新鮮な感じだった‥‥ISとも違う感じだったし‥‥それになにより‥‥」

 

シャルルは其処で言葉を止めた。

空を飛んでいる時はずっとイヴの手を握りしめていたのだ。

その事を敢えて言うと何だか恥ずかしい。

 

「ん?どうした?先を言えよ」

 

「あっ、いや‥‥なんでもない。でも、楽しかったよ」

 

「そうか、それは良かった。さて、そろそろ戻ろうか?」

 

「う、うん‥そうだね」

 

そろそろ就寝前の点呼がある時間だ。

戻らなければ密会がバレてしまう。

イヴ(獣)とシャルルは旅館へと戻りロビーにて、

 

「それじゃあおやすみ、デュノア君」

 

「うん、おやすみアインスさん」

 

すると、別れ際にイヴ(獣)は、シャルルの両頬を両手で掴むと、

 

「んっ‥‥」

 

「んぅ?」

 

不意にシャルルの唇を奪った。

キスはニ~三秒ほどの短いものだったがシャルルを狼狽させるのには十分な威力だった。

 

「なっ、なっ、なっ、アインスさん?」

 

「それじゃあ、お休みデュノア君」

 

イヴ(獣)はシャルルに笑みと共に手をひらひらと振り自分の部屋へと戻っていく。

反対にシャルルは未だにイヴ(獣)にキスをされた事に呆然として山田先生に見つけてもらうまで呆然としていた。

 

(満足したか?)

 

部屋に戻っている最中、イヴは獣にシャルルとのひと時を楽しめたのかを尋ねる。

 

『ああ、満足したぞ。でも、やはり彼を食えなかったのが残念だがな、月夜の浜辺は雰囲気もバッチリだったのに‥‥』

 

(‥‥)

 

獣はやはり獣であったが、ちゃんとイヴの言う事は聞いてくれたことにホッとした。

予め釘を刺していなかったら、シャルルは女性恐怖症になっていたかもしれない。

 

翌朝‥‥

 

「‥‥」

 

箒は旅館の中庭から飛び出ていたモノをジッと見ていた。

 

「ん?おい、箒どうした?」

 

そこへ百秋が来て、箒に声をかける。

しかし、箒はそれにも答えずに中庭から飛び出ていたあるモノをジッと見ている。

箒が何を見ているのかと思い、百秋も箒の視線を追うと、そこには機械で出来たうさぎの耳と『引っ張って下さい』と書かれた看板があった。

箒も百秋もその機械で出来たうさぎの耳には見覚えがあった。

 

「な、なぁ、箒‥これって‥‥」

 

「私は知らない」

 

そう言って『引っ張って下さい』と言う看板の指示を無視してその場から去って行く。

 

「‥‥」

 

百秋もどうするべきか迷ったが、『触らぬ神に祟りなし』の言葉通り、態々藪をつついて蛇を出して面倒に巻き込まれるのはゴメンだと判断したので箒同様、ソレを無視をしてその場から立ち去った。

百秋と箒の二人が機械で出来たうさぎの耳を無視してから少しして、

 

「ん?あれは‥‥」

 

今度はイヴがソレを見つけた。

 

「これって確か、たばちゃんのつけているカチューシャ?」

 

中庭から飛び出ていた機械のうさぎの耳を見て首をかしげるイヴ。

しかもその傍には『引っ張って下さい』と書かれている看板もある。

まさか、この下に束が埋まっていると言う事はないだろうが、気になったイヴはそのうさぎの耳を地面から引っこ抜いた。

引っこ抜いてみると案の定、地面には束は埋まっていなかった。

その直後、キィィィンと何処からジェット戦闘機のような音が聞こえてきたと思ったら空から大きなニンジンが降って来た。

ニンジンは旅館の中庭に突き刺さり轟音と砂煙を上げる。

 

「に、にんじん?」

 

メタリックな光沢を放つ、機械のニンジン。

イヴがそのニンジンに触れようとした時、ニンジンが音を立てて左右に開いた。

そしてその中から現れたのは‥‥

 

「此処は何処だ?」

 

白と青のアリス風のドレスに機械で出来たうさぎの耳のカチューシャをつけた束だった。

 

「地球よ。よく来たわね」

 

「いやぁ~いっちゃん久しぶり会いたかったよ~!」

 

束はイヴに向かってダイブ&ハグをした。

そしてイヴも束を抱き返した。

 

「うん、ホントに久しぶり、年始に会ってからだから大体半年ぐらいかな?元気だった?」

 

「もちろん!私もクーちゃんも元気だよ!まぁ、いっちゃんに会えなくて寂しかったけど、会えて良かったよ~!!」

 

「うん!私もたばちゃんとまた会えて、とっても嬉しいよ。ところで今日はどうして此処に?」

 

イヴは束が此処に来た理由を尋ねる。

世界中から指名手配されている束が態々理由もなく人前に出てくるとは考えにくいからだ。

 

「あっ、うん‥‥ちょっとした野暮用‥‥後でまた会う事になるかもしれないけど、その時は他人のフリをして」

 

「えっ?」

 

「その方がお互いの為だから、特にアイツらに私といっちゃんの関係を知られると色々面倒だしね」

 

「ああ、なるほど。わかった」

 

束の言う『アイツら』が誰を指すのか直ぐに分かったイヴ。

 

「その野暮用が終わったら、少しは時間が取れると思うからその時に色々お話しよう」

 

「わかった」

 

「それじゃあ、また後でね」

 

「うん、後でね」

 

束はイヴに手を振りその場を去って行く。

 

(ゴメンね、いっちゃん‥‥いっちゃんには辛い思いをさせるかもしれないけど、これはいっちゃんのためでもあるんだよ)

 

去り際に束はこの後自らがイヴに対する行為に心の中で謝罪した。

 

束との邂逅後、朝食の席でイヴはシャルルに気づいて小さく手を振る。

すると、シャルルは昨日のことを思い出して顔をほんのりとあからめて俯く。

 

「あれ?イヴイヴ、昨日デュノッチと何かあったの?」

 

本音がイヴとシャルルの態度から昨日何かあったと思いイヴに声をかける。

しかし、

 

「えっ?いや、何もなかったよ」

 

と、とぼける。

 

「ホントに?」

 

「うん。まぁ強いてあげるなら、昨日かんちゃんとデュノア君と一緒にロビーでババ抜きをしたかな?」

 

イヴは、密会を行ったのはあくまでも獣がやった事なので完全に嘘ではないと割り切り本音には何もなかったと言う。

 

「ふ~ん」

 

だが、本音はイヴが何かを隠していると疑っていた。

 

「そう言えばイヴは何故、昨夜ロビーで腹話術などをしていたのだ?」

 

次にラウラがイヴに何故、ロビーで腹話術していたのかを尋ねる。

 

「かんちゃんとデュノア君と一緒にトランプをしていて特技の話なって、私が最近腹話術をやり始めたって言ったら二人が見て見たいって言うから、フロントでお人形を借りてやっていたら、人が集まっちゃって‥‥」

 

「なるほど」

 

イヴはラウラに昨夜のロビーでの出来事を話すとラウラは納得した感じだった。

 

朝食後、生徒は暫しの休憩の後、ISスーツに着替えて浜辺へと集まる。

昨日の自由時間とうってかわって今日は本格的な実習授業が行われる。

 

「それでは各班に振り分けられたISの装備試験を行うように」

 

『はい!!』

 

千冬はこの夏の日差しの中、いつもの黒いレディーススーツを着ている。

まぁ、それを言っちゃあイヴもツナギのようなISスーツなので、似たようなものだ。

 

「専用機持ちは各国から届けられた専用パーツのテストだ。時間は有限だ。全員迅速に行え」

 

『はい!!』

 

「篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

 

「はい」

 

箒は何故自分だけ呼ばれたのか分かっていた。

彼女はポーカーフェイスを心がけようとしていたが、既に口元がニヤついており、嬉しさを隠せない様子だった。

 

「篠ノ之、お前は今日から専用機持ちだ」

 

「はい」

 

「えっ?どういう事だ?それは?」

 

百秋が突然箒に専用機持ちになる事に驚いていた。

 

「ああ、それなんだが‥‥」

 

箒が百秋に説明しようとした時に、

 

「お待ちどうさま。箒ちゃん」

 

浜辺には束がいつの間にか立っていた。



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62話

この作品とは関係ないですが、活動報告にて、はいふりのアンケートを取ってますので、ご協力お願いします。


 

本格的に臨海学校の目的であるISの授業が始まろうとした中、千冬は箒を専用機持ちと言う。

突然、箒が専用機持ちと言われ、当の本人と千冬以外のクラスメイト達は戸惑いを隠せない。

そんな中、いつのまにか箒の姉でもあり、ISの開発者である束が浜辺に立っていた。

 

「お待ちどうさま。箒ちゃん」

 

「姉さん」

 

「こうして実際に会うのは何年ぶりかなぁ?」

 

「さあ?少なくとも姉さんがISを開発して行方をくらますまでかと‥‥」

 

長い間離れ離れになっていた姉妹の久しぶりの再会なのだが、両者の間には感度もへったくれもなく、夏の暑い日差しの筈なのに寒気さえ漂っている。

そんな篠ノ之姉妹が向き合っている時、

 

「あ、あの‥‥此処は現在IS学園が貸切っており、アポイントメントが無い方の立ち入りは困るんですけど‥‥」

 

山田先生が束に恐る恐る声をかけるが、

 

「あれ?変だな?アポイントメントならそこのブリュンヒルデ様にとっておいたはずなのになぁ~?」

 

束はアポイントメントについては千冬にとってあると言う。

 

「もしかして、他の教師には伝えていなかったの?」

 

束は千冬に問い詰める。

 

「むっ‥‥まさか、本当に来るとは思わなかったのでな‥‥」

 

確かに千冬はもしかしたら今日束は姿を見せるかもしれないと言う予測はしていたが、束は神出鬼没であり、本当に来るかどうかわからなかった。

しかし、束は朝、千冬に今日の授業前に浜辺に行くと言ってあった。

だが、千冬はその事を他の教員には伝えず、自分の胸の内に留めていた。

 

「職務怠慢だよ、ソレ」

 

束が千冬を睨みながら、本来千冬が他の教師に言えば態々山田先生に警告を受ける事もなかったと言う。

 

「‥そ、それよりも束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」

 

(コイツ、さらりと話を変えやがった‥‥)

 

束は心の中で話を逸らした件について毒づいたが、此処で千冬と無駄に押し問答をするつもりはないし、さっさと要件を済ませたかったので、此処はおとなしく千冬の指示通り、その場にいる皆に自己紹介をした。

 

「篠ノ之束‥終わり」

 

「はぁ~……もう少しまともにできんのかお前は?」

 

「別にどうでもいいじゃん、そんな事‥ただ名前を名乗るだけで十分だよ」

 

束は普段イヴの前での高テンションではなく、完全にしらけきった態度を取っている。

朝、事前に他人のフリをしておいてと言われているイヴでさえ、こんな束の姿を見るのは初めてで、これが演技なのか素なのか判断がつかない程だ。

 

「あの……それで姉さん。頼んでおいたものは‥‥」

 

「空‥‥」

 

「えっ?」

 

「空を見てみな」

 

おずおずと言う箒に対して束は空を指さす。

そして言われた通り空を見上げるとある一点が光りこの辺り目掛けて何かが落ちてくる。

それは銀色のクリスタル型のケージだった。

クリスタル型のケージは一同の目の前に着陸すると前面が開き赤を基調としたISが姿を現す。

 

「ほら、これが箒ちゃんの専用機こと『紅椿』だよ」

 

束が赤いISについて簡単に説明をする。

 

「これが‥‥私の専用機‥‥」

 

箒は既に束の事など眼中になく自分の専用機こと、紅椿をジッと見ている。

それはまるで親から新しいおもちゃを貰った時の様な子供みたいな表情に近かった。

 

「‥‥」

 

束はそんな箒の事を無言のままジッと見ていた。

 

「とりあえず、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか?」

 

束がリモコンを操作すると、紅椿のコクピットが開く。

 

「さあ、篠ノ之」

 

「は、はい」

 

千冬の言葉で、箒が紅椿の前に歩いてくる。

箒が紅椿を装着すると、束が操作を始める。

その操作のスピードに全員が再び驚く。

イヴはその光景を見つつ椿の花言葉を思い出していた。

 

椿‥‥

確か椿の花は色でその花言葉は違うんだっけ?

椿自体の花言葉は、

 

「控えめな優しさ」

 

「誇り」

 

だっけ?

「誇り」自体は、箒の場合変な「誇り」はあるけど、「控えめな優しさ」とは無縁だな。

そして赤い椿の花言葉は、

 

「控えめな素晴らしさ」

 

「気取らない優美さ」

 

「謙虚な美徳」

 

だったな‥‥。

どれも今の箒には当てはまらないな。

それとも束ちゃんは皮肉を込めて箒の専用機に『紅椿』と言う名を贈ったのかな?

 

「はい。フィッティング終了」

 

イヴが椿の花言葉と箒について考えているとフィッティングが終わった。

すると、クラスメイト達からは箒に対しての不満がとぶ。

 

「あの専用機って篠ノ之さんが貰えるの…?身内ってだけで‥‥」

 

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

「普段から『姉さんは関係ない』みたいな事言っていたのに‥‥」

 

「必要な時だけ家族面するなんてねぇ…」

 

耳に入ったのは単なる嫉妬だが、イヴ自身にとっても耳が痛い内容だ。

自分も国家代表でも代表候補生でも企業のテストパイロットでもないにも関わらず専用機を持っているからだ。

でも、イヴにとってISはただの拘束具に過ぎない為、やむを得ない処置なのだ。

しかし、それを説明できないので、なんとも歯がゆい。

だが、クラスメイト達の不満と嫉妬を許さない人もいた。

 

「おやおや?君達は歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ?」

 

言葉はあくまでもお茶らけているけど、その言葉と口にした束は物凄く不機嫌そうだ。

 

「大体、ISが誕生してから男女格差が生まれた時点ですでに平等は大きく瓦解しているんだよ。そんな瓦解している中で君達は女で生まれたって事で、既に優遇されている‥‥それを理解できずに更に欲を口にするか?」

 

ギロッと束はクラスメイト達を睨む。

 

(そうだ‥平等何てただのまやかしだ‥‥強者が弱者に気づかせない為、弱者が現実を忘れる為のまやかしにすぎない‥‥世界が平等だったら、あの子はあんな風にはならなかった‥‥)

 

束は自ら世界のバランスを崩してしまった事、

そしてその結果、一夏をイヴに‥‥生物兵器にしてしまった事を心の中で悔やんだ。

 

「よさんか、束」

 

若干殺気を含んで睨んでいたのかク睨まれたラスメイト達は怯えている。

 

「生徒達は呑気に見ていないで、各自の作業に戻れ!!」

 

『は、はい』

 

千冬の一喝でクラスメイト達はバラバラと散って作業へと戻る。

相変わらず不機嫌そうな束に声を掛ける者などいないと思っていた中、勇気ある猛者‥‥いや、この場合恐れを知らないチャレンジャーとでも言うべきか、セシリアが束に声をかけた。

 

「あ、あの」

 

「なに?」

 

「博士のご高名はかねがねうかがっております。もしよろしければ、私のISを見ていただけないでしょうか?」

 

「誰?君?生憎と金髪には知り合いは居ないんだけど?」

 

束が不機嫌な様子を隠す事無くセシリアに誰なのかを尋ねる。

 

「あっ、申し訳ございません。自己紹介が遅れましたわ。私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

 

セシリアは不機嫌な束に気づくことなく彼女に自己紹介をする。

 

「あぁ~お前か‥‥答えは『お断り』だよ」

 

「ええーっ!?どうしてですの!?」

 

セシリアは束に訳を尋ねる。

 

「文化としても後進的な国の人間‥いや、極東の猿に見てもらうなんて白人の人間は人間としての尊厳を無くしたのかな?」

 

「っ!?」

 

以前、セシリアがIS学園に来たばかりの事をそのまま言われて彼女は狼狽する。

何故、束があの時の自分の言葉を知っているのか?

箒が束に密告したのか?

兎も角、束はセシリアに対してもあまり好感は抱いていない様子だった。

 

(相変わらず興味のない人間に対してはそっけないなぁ~)

 

百秋は束のセシリアに対する態度は昔のままだと割り切っていた。

そして、箒同様、自分は束から興味対象だと思っていた。

その為、彼は束に声をかけた。

 

「まぁまぁ、束さんセシリアも悪気があって言ったわけじゃないし、それにもうあの事を十分反省しているみたいですから許してあげてくれませんか?」

 

「別に怒っている訳じゃないよ。ただ、『代表候補生なら自分の発言ぐらい責任を持ったら?』って事だよ。政治家だって同じでしょう?君のお父さんは立派な政治家だったよ。それなのにねぇ‥‥」

 

束は千冬と百秋を見てやれやれと言った感じの態度をとる。

それを百秋は、

 

「ああ、わかります。あの疫病神のことですね。あんなのが織斑家に居たのかと思うときっと父も草葉の陰から嘆いていますよ」

 

と、一夏の事を言っているのかと勘違いした。

 

(ダメだ、コイツは‥‥)

 

束はもはや怒るのもバカらしくなり、そのままスルーした。

イヴも自分の正体がバレないようにするために必死にこみ上げてくる怒りを我慢した。

 

「あっ、そうだ、束さんついでに僕の白式も見てくださいよ!」

 

「えっ?なんで?」

 

百秋の頼みに対し、声色にまったく親しみが籠っていない束。むしろ面倒くさそうな感じだ。

 

「いや、だって僕の白式は束さんが作ったんでしょう?だったら箒のISだけじゃなくて僕のISも見てくれてもいいじゃないですか?」

 

百秋は自分のIS,白式は束が作ったモノだとばかり思っていた。

何しろ姉の千冬が使用していたISは束のお手製だったからだ。

そのISが使っていた零落白夜を装備している白式も束のお手製のISだと思うのも当然の事だ。

しかし、束からの返答は、

 

「私は君のISの開発には一切関わっていないよ」

 

と、束は白式の開発に携わっていた事を否定した。

 

「えっ?そんなっ!?」

 

「白式は最初から最後まで倉持技研が作った物だよ。まぁ、ISのコアを提供したって言うなら関係したかもしれないけど、それだけだから…それに君のISには全然興味はないから見る義理もないよ」

 

そう言って白式を見るのを拒否した。

 

「そんじゃ試運転も兼ねて飛んでみて、飛ばす事ぐらいはできるでしょう?」

 

「ええ。それでは試してみます」

 

言葉通り紅椿を飛翔させる箒。

その動きはやはり訓練機である打鉄の比じゃないほど速い。

もしかしたら機動性を誇る白式よりも速いかもしれない。

やはり、機動性を誇ると言っても束お手製と他社が作ったISでは、性能の差と言うモノが出てしまうのだろう。

最もイヴのリンドヴルムも十分速い。

 

束が箒に専用機を渡した時、この浜辺を遠距離から見ていた者が居た。

 

「へぇ~まさか、あの篠ノ之束が来るなんてねぇ~」

 

金髪でグラマー‥そして妖艶さを含んだ微笑みを浮かべて双眼鏡でIS学園の生徒と教師が居る浜辺を見ているのは亡国企業のメンバーの一人、スコール・ミューゼルその人だった。

IS学園にて臨海学校が行われると聞いて、専用機持ち達の実力を見る事が出来ると思い、彼女は単独で見に来た。

特にスコールが注目しているのはどの国にも企業にも所属していないにも関わらず、専用機を有しているイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス。

彼女の実力を見てみたかったのだ。

そんな中、まさか世界中で指名手配されているISの生みの親である篠ノ之束が来るとは嬉しい誤算であった。

しかも彼女は妹の箒に専用機を与えているのが見えた。

 

「へぇ~あの天災も妹には甘いのかしらねぇ~」

 

しかし、スコールは一つ勘違いをしていた。

束は決して箒に甘い訳ではない。

束が箒に専用機を与えたのはあくまでも過去の清算とも言える行為だったからだ。

だが、経過や理由は兎も角、面白そうなモノが見ることが出来る事にスコールは僅かならがら興奮した。

何しろ、目の前では、とても面白い余興が繰り広げられていたからだ。

 

 

「どうだった?」

 

束は箒に紅椿の機動性について尋ねる。

 

「最高です。今まで乗っていた打鉄がオモチャの様に感じます」

 

「‥‥あぁ、そう」

 

通信越しに箒の興奮した声が聞こえる。

 

「じゃあ、次は武装を使ってみてよ。右のが『雨月』(あまつき)で左のが『空裂』(からわれ)ね。武器特性のデータ送るよ」

 

紅椿の武装である『雨月』は単一使用の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出することが出来、『空裂』は斬撃に合わせて帯状の功性エネルギーをぶつけることが出来る。

試験飛行をして武装について一通り目を通した箒は、

 

「姉さん」

 

「なに?」

 

「折角もらった紅椿の性能をより引き出す為、模擬戦をしたいのですが?」

 

箒はいきなり模擬戦をしたいと言い出す。

 

「模擬戦?誰とやるの?この金髪ドリル?それとも箒ちゃんの幼馴染?」

 

束は箒の相手がセシリアか百秋なのかを尋ねる。

すると、箒は、

 

「いえ、私の相手はお前だ!!アインス!!」

 

箒はイヴを模擬戦の相手に指名してきた。

 

「‥‥それは止めた方がいいんじゃない?」

 

束は箒にイヴの相手は止めた方がいいと言う。

 

「何故です?」

 

「箒ちゃんはまだソレに乗ったばかりで慣れていないし‥‥」

 

「大丈夫です」

 

箒はもう止まらず、イヴと戦わなければ止まりそうにない。

 

「アインス、篠ノ之の相手をしてやれ」

 

千冬も箒の性格を理解しているのかイヴに箒の相手をしてやれと言う。

だが、本心ではイヴが大勢のクラスメイト達の前で箒に敗北するのを期待していた。

イヴもこうなった千冬も箒も止められないと割り切ってリンドヴルムを纏うと箒の下へと向かった。

 

「待っていたぞ」

 

「‥‥」

 

「これまで随分と大きな顔をしてきたが、それも今日までだ!!この紅椿でお前を完膚なきまでに叩き潰す!!」

 

箒は完全にやる気満々の様子であるが、イヴの方としてはめんどくさい事に変わりない。

 

一方、イヴと箒のやり取りをこっそり見ていたスコールにとってはまさに願ってもない展開だった。

束が妹の為に作ったIS。

そして、これまで謎に包まれてきた専用機を使うイヴとそのISの実力‥‥

その両方の戦いを見ることが出来るのだから‥‥

 

「さあて、どちらが勝つのかしらねぇ~でも、時間も迫っているからなるべく早めに決着をつけてくれないかしら?」

 

スコールのこの謎めいた言葉は後々に判明する。

 

 

「では、両者、用意はいいか?」

 

イヴと箒、互いに獲物を構え、距離を保ちそれぞれ対峙する。

 

「よし、模擬戦を始めろ」

 

通信越しに千冬の模擬戦開始の号令を合図に模擬戦が始まった。

 

「セイッ!!!」

 

開始直後、箒は空裂を振るいエネルギーの弾幕がイヴへと迫る。

しかし、イヴはそれを敢えて躱す事もなく、リンドヴルムの羽根を折りたたむ様にして防御する。

 

「ふん、その程度か。口ほどにもない」

 

箒が鼻でわらいながら言うが、煙が晴れると其処には無傷のリンドヴルムの姿があった。

 

「なっ…!?何故ダメージを受けてない!!?」

 

「弱いんじゃない?じゃあ、次はこっちの番‥‥いけ、ドラグーン」

 

イヴがそう告げると十基のドラグーンが箒に襲いかかる。

四方八方縦横無尽に変速的に動き回る十基のドラグーンとそこから放たれるレーザー。

 

「ええい、小賢しい!!!」

 

一応白式以上の機動力を持つ紅椿。

ドラグーンのビームはなかなか当たらない。

 

「その程度の攻撃で私が倒せるとおもって‥‥」

 

箒の挑発を遮るように紅椿の背部ブースターが被弾する。

箒や百秋は回避したら立ち止まる癖がある。

模擬戦とはいえ、飛び道具が飛び交う戦場で立ち止まるのは通常『死』を意味する。

動きながら話すことができないから立ち止まっているのか?

それとも一撃を回避した後でもう追撃は来ないと思い込んでいるのか?

本当の命のやり取りをする戦場を経験していないのも大きな理由であるが、兎も角、止まれば隙だらけの的になる。

イヴのそのチャンスを見逃す程甘くはない。

1度被弾すれば立ち直るまでに多少タイムラグが生じる。

箒は被弾しつつも無理矢理にドラグーンのレーザーの包囲網から抜け出した。

 

「貴様!!跳び道具を使うとは何事か!!?」

 

「戦場において、そんな言い訳が通用すると思っているの?それに貴女の剣もある意味では跳び道具じゃない。片方が使って片方が使えない‥それってただの言い訳か負け惜しみね」

 

「黙れぇえええ!!!」

 

箒は雨月と空裂を構えて突っ込んでくる。

イヴはバルニフィカスをグレートソード(ザンバーフォーム)で展開し箒を迎え撃つ。

当然突っ込んで来る箒に対してドラグーンでの攻撃も行う。

箒は被弾しながらも突進する猪のようにイヴへと向かって来る。

ある程度の距離になると飛び道具よりも接近戦の武器が有利になるので、イヴはドラグーンを呼び戻す。

 

「ハアアアアア!!!」

 

箒は雨月と空裂の二本の剣を大きく振りかざしてイヴに斬りかかるが、イヴは箒の二本の剣をバルニフィカス一本で受け止める。

剣道をやっていたとはいえ、二刀流に不慣れな箒の剣筋は単調で読みやすかった。

 

「やりにくいだろう?今、少しはやりやすくしてあげるよ」

 

イヴはバルニフィカスを振り、空裂を弾き飛ばす。

 

「くっ‥‥」

 

箒は弾き飛ばされた空裂に視線と意識を奪われる。

 

「余所見とは随分と余裕だね?」

 

「っ!?」

 

イヴは紅椿の左斜め上からバルニフィカスの一撃を叩きこむ。

箒はバルニフィカスの一撃を受け、海へと落とされながらも雨月の刺突でエネルギー弾を放つ。

せめて一矢報いるつもりだったのだろう。

しかし、それも無駄に終わった。

箒の放ったエネルギー弾はバルニフィカスのアブソルートでリンドヴルムのエネルギーに変換された。

リンドヴルムのエネルギーを減らそうとしたら、逆に増やしてしまうと言う何とも皮肉な結果となった。



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63話

 

IS学園で行われた臨海学校にて、突然世界中で指名手配されている篠ノ之束がやって来た。

彼女の目的は妹である箒に専用機を渡す為だった。

念願の専用機を手に入れた箒は完全に有頂天となり、自らの専用機となった紅椿の性能を確認するためにイヴに模擬戦を挑んだ。

束は『止めた方がいい』と箒に忠告するが、彼女はその忠告を一切受け取らずにイヴとの模擬戦を行う。

箒自身は新たに手に入れた専用機の力があれば、イヴに勝てると絶対の自信で挑んだのだが、結果は箒がイヴに押されている。

 

「あ~あ~だから、言ったのに‥‥」

 

束は当然の結果とも言える様な口ぶりで言った。

 

「まぁ、当然と言えば当然よね」

 

鈴も束と同様の意見みたいだ。

 

「どうしてだよ、鈴」

 

鈴の言葉を聞き逃さなかった百秋が彼女に問いかける。

 

「単純に考えれば実力差よ。それ以外にも理由があるとしたらそれは騎乗時間の差‥‥私も経験があるけど、如何に専用機の癖や特性を知って乗りこなしているかの差ね‥‥箒はまだ専用機に乗りたての素人‥反対にイヴは専用機を乗りこなしている玄人‥勝負する前から結果は分かっていたのよ」

 

「そんな‥‥」

 

(くそっ、あの疫病神の分際で‥‥)

 

百秋は箒に勝ち目がないと知ると心の中で毒づく。

そして、

 

「で、でも、性能差で言えば、紅椿の方が上の筈‥‥」

 

イヴの専用機と箒の専用機では箒の専用機の方が性能上であり、最新鋭の専用機ならば、イヴに勝てる筈だと主張するが、

 

「いや、紅椿は世代で言うと大体第2.5世代ぐらいの性能だよ‥簡単に言えば君の白式と同じぐらいの性能‥ただ、機動性がほんのわずかに白式より上なだけ」

 

束は淡々と紅椿が最新鋭のISではない事を言いきった。

 

「なんでそんな機体を箒にあげたんですか!?」

 

百秋は箒にあげた機体が第三世代ですらない事に思わず声をあげる。

 

「箒ちゃんからのリクエストは『専用機をくれ』だったからね、だから言葉通り、専用機をあげたんだよ」

 

確かに束の言う通り、箒は束に最新鋭の専用機を寄こせとは言っていない。

だから、束は直ぐに用意できる程度の性能しかない紅椿を箒に与えたのだった。

そんな事を知らない箒は一人悔しんでいた。

 

(何故だ…)

 

(何故勝てない…)

 

(私の紅椿は最強の筈だ)

 

(コイツの製作者は私の姉にしてISの生みの親にして天災科学者の篠ノ之束だぞ?)

 

(その最強の機体を使っているのになぜ勝てない!?)

 

(ふざけるな!!私は認めない、認めないぞ!!こんな結果は!)

 

「ハアアアアア!!!」

 

箒はブースターを吹かして海から勢いよく浮上し、雨月を振りかざしてイヴへと迫る。

イヴもバルニフィカスで箒を迎え撃つ。

両者の剣がぶつかり合い、小さいながら火花が飛び散る。

遠距離攻撃だと不利と考えたのか自分の得意な土俵である接近戦に持ち込んだのは正しい選択だ。

だが、箒は忘れている。

バルニフィカスの能力を‥‥

 

「‥‥アブソルート‥発動」

 

急激に紅椿のエネルギーが減り始めた。

 

「なっ!?どういう事だ!?何が起きている!?」

 

箒はクラス代表選抜戦においてイヴと百秋の試合の詳細を知らないのか、バルニフィカスの能力を知らないみたいだ。

でも、タネを明かすとまた「卑怯だ」と五月蝿く騒ぎ立てるのは目に見えているので、イヴは教えなかった。

鍔迫り合いをしていた箒であったが、このままではエネルギーがなくなってしまう。

一度距離を取り、この原因不明のエネルギーの減少が何なのかを確認した。

イヴと距離をとると、エネルギーの減少は収まった。

箒はイヴと距離をとった途端、エネルギーの減少が収まった事から原因はイヴにあると判断した。

 

「貴様、私の紅椿に何をした!?」

 

なかなかの着眼点だが、普段からイヴを目の敵にしている箒ならば当然の行動である。

 

「さあ?知りたかったら、愛しの幼馴染にでも聞いたら」

 

「ふん、どうせ貴様のことだ。何か卑怯な小細工でもしたのだろう。だが、次はもうそんな小細工を仕掛ける隙は与えん!!」

 

言いながら再び接近してくる紅椿。

 

(はぁ~アイツと同じ猪突猛進過ぎ‥篠ノ之流の剣は突進するしか能がないのか?もう少し頭を使ってほしい)

 

「ハアアアアア!!!」

 

再び箒がイヴへと迫る中、突如紅椿に異常が生じた。

 

「なっ…何故動かない!!?」

 

「忘れたのか?私のISにもラウラのISと同じAICが搭載されている事を‥‥」

 

「っ!?」

 

イヴにそう言われて思い出した箒。

 

「き、貴様‥どこまでも卑怯な‥‥」

 

イヴを睨みながら動けない中、必死にAICから逃れようともがく箒。

 

「もう、お前との模擬戦も飽きた‥‥」

 

そう言うイヴの表情はまさにつまらなかったと言う感情が滲み出ていた。

イヴはドラグーン全基とレールガンの照準を動けない箒に合わせる。

 

イヴと箒の模擬戦が佳境に入った頃、スコールもこの戦いを最初から見ていた。

 

「やっぱり、経験の差なのかしらねぇ~」

 

双眼鏡でイヴと箒の模擬戦を見ていたスコールも鈴と同じで例え最新鋭の専用機でも操縦者が騎乗してまだ1時間も満たないのであれば、訓練機と同じ位の性能しか発揮できない。

例えそれが篠ノ之束お手製の専用機でもだ。

百秋がクラス代表選抜戦で白式に初めて搭乗した時も白式自体は百秋の専用機として用意されていた為、彼の身体に馴染みはしたが、ただ馴染んだだけで、実力をフルに発揮したわけではない。

ただ、イヴの場合は専用機に乗る前から、殺戮の銀翼として自らの翼で空を飛んだりなどISと同じような動きをしていた為、専用機にあっという間に馴染むことが出来た。

 

「それにしてもあの子、イギリス代表のセシリア・オルコットやM以上にビット兵器の取り扱いが上手いわねぇ~それにあの篠ノ之箒の動きを止めたアレ‥‥ドイツのAICかしら?でも、ビットを使いながらAICを使うなんてあの子、一体どんな脳みそをしているのかしら?それともあのISのAIの補助機能が物凄く優れているのかしら?」

 

スコールはイヴの十基ものドラグーンを操る能力。

ドラグーンを操作中にAICを同時に発動できる能力。

それらの能力がイヴの演算能力が通常の人間よりもあまりにもかけ離れているのか?

それともイヴの専用機の補助能力は現段階で存在しているISの中でもトップの性能を誇っているのか?

もし、補助機能が物凄くてもあそこまであのISを使いこなすにはMでもオータムでも無理があるかもしれない。

いずれにしてもイヴはスコールにとって興味の尽きない人材である。

 

「さて、そろそろ、私からのプレゼントが届くころね‥‥どう対処するのか見せてもらいましょうか?ブリュンヒルデさん」

 

スコールは双眼鏡から目を離し、チラッと腕時計を見て一言そう呟いた。

 

 

その頃、模擬戦の方では‥‥

AICで身動き一つできない箒に対してイヴはオーバーキルとも言える方法で決着をつけようとしていた。

レールガンの銃口にエネルギー溜まっていき、その光に箒は恐怖を覚える。

 

「くそっ」

 

百秋はその光景を見て、白式を発動させようとした時、

 

ジャキン

 

背後から金属音がしたと思ったら、自分の首筋に刃が当てられた。

 

「どこに行くんだぁ~?」

 

背後からはまるで悪魔の様な囁きが聞こえる。

 

「み、皆で逃げる準備だ‥‥」

 

「一人用の白式でか?」

 

百秋の背後に居るのは夢現を展開している簪だった。

 

「‥‥イヴの邪魔をするなら容赦しないよ」

 

「くっ‥‥」

 

簪は百秋が変な事をしないように背後から見張った。

その間にもレールガンはエネルギーチャージを終えて、遂に発射されそうになったその時、

 

「模擬戦中止!!!至急戻ってこい!!!」

 

千冬は突然、模擬戦の中止を伝えて来た。

箒が負けそうになったので模擬戦を取りやめたのか?

イヴにはそんな考えがチラついた。

このままレールガンを箒に向けてぶっ放してもいいのだが、それだと後々面倒なので止めた。

 

「ふん、今回は引き分けだが、次は絶対に負けん」

 

箒はそう言って浜辺へと戻っていく。

引き分け?

あの勝負はどう見てもイヴの勝ちだった。

後ほんの数秒千冬からの通信が遅ければレールガンとドラグーンの一斉射撃を箒はその身に浴びていた。

そこまで追い詰められてどこが引き分けなのだろうか?

それとも彼女の勝負は過程など関係なく勝ち負けがはっきりしない限り全部引き分けなのだろうか?

兎も角、千冬はどういった意図があり、模擬戦を中止にしたのか?

それを確かめるためにイヴも浜辺へと戻った。

ただ、イヴが浜辺に戻ると束の姿は何処かへと消えていた。

 

模擬戦の中止を受けて戻ってきてみれば学園生徒達が全員ISを片付けて旅館へと戻る準備をしていた。

それらの光景を見る限り、どうやら本当に何か起きた様で。箒が負けそうになったから模擬戦を中止にしたわけではなさそうだ。

そして他の生徒達同様、専用機持ちも旅館へと戻るとなぜか、他の生徒達とは異なり、旅館のとある一室へと集められた。

 

「では、現状を説明する。2時間前、ハワイ沖で試験稼働中にあった軍用ISが制御下を離れて暴走した」

 

(軍用IS?でも、ISの軍事利用は禁止されていなかったっけ?)

 

千冬の言った『軍用IS』に反応するイヴ。

ISの登場によって現行の戦闘兵器はISの前ではただの鉄くずに等しく、それ故に世界の軍事バランスは崩壊した。

開発者が日本人ということもあり日本が、IS技術を独占的に保有していた。そのため、危機感を募らせた諸外国はIS運用協定(通称「アラスカ条約」)によってISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などが定められていた。

しかし、そんなものはあくまでも建前であり、各国の軍ではIS部隊が存在している現状だ。

アラスカ条約から軍事利用についての項目が消えるのも時間の問題なのかもしれない。

イヴがそう思っている中、千冬は現状を説明し続ける。

 

「ISの名は『銀の福音』(シルバリオ・ゴスペル)。アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型だ。以後『福音』と呼ぶ。衛星による追跡の結果、福音はここから2km先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により我々が対処する事となった」

 

(おいおい、自衛隊に在日米軍は何も対処しないのか?特に在日米軍‥お前らの国が作ったISだろうが‥‥)

 

自国のISが暴走したにも関わらず、何の対処もせずIS学園‥まして一般人に丸投げした在日米軍、そして、自国の安全が脅かされるかもしれないのに在日米軍と共同してこの事態に対処しない自衛隊。

この二つの武装組織が何もしない事に今回のこの一件には何か裏があるのではないかと勘繰るイヴ。

そして、千冬はとんでもない事を専用機持ちに言い放つ。

 

「教員は訓練機で空域及び海域の封鎖を行う。よって福音はお前達で止めることになる」

 

(ちょっと、軍用ISの相手に生徒をぶつける気!?この女、正気で言っているのか!?)

 

福音は軍用の第三世代のIS。

対して訓練機は第二世代のIS。

このままでは確かに相手にはならない。

だからと言って同じ第三世代を持っているからと言って学園の生徒を福音にぶつけるなんてあまりにも暴挙だ。

そんな危険な任務を十代の学生に任せるのは余りにも無責任すぎる。

 

「織斑先生。目標ISの詳細な性能(スペック)データを要求します」

 

作戦を容認したのか?それともまずは相手の事を詳しく知ってから判断するのか?

セシリアが福音の詳細を尋ねる。

 

「分かった。但しこれらは二カ国の最重要軍事機密だ。情報が漏洩した場合諸君には査問委員会による裁判と最低でもニ年の監視がつけられる。それを忘れるな」

 

どうやら福音の詳細を聞いたらこの作戦に強制参加の様だ。

 

「では、私は退室します」

 

イヴはこんな作戦にはついていけないと判断し、辞退する。

すると、

 

「私も‥‥」

 

「私もだ」

 

「僕も‥‥」

 

イヴの他に簪、ラウラ、シャルルも続く。

 

「ふん、臆病風に吹かれたか?」

 

箒が挑発めいた言葉と笑みを浮かべる。

 

「何とでも‥ただ、私は軍人ではなく学生なので」

 

イヴは箒の挑発を聞き流す。

 

「ラウラは意外ね‥」

 

鈴がラウラは辞退した事に対して意外そうに言う。

 

「私はドイツの軍人だからな、他国の軍人が軍事介入すれば外交問題にも発展しかねないからな、今回の一件は‥‥」

 

「へっ、偉そうなこと言って結局は其処の腰抜け同様怖いんだろう?」

 

すると今度は百秋がラウラに対して挑発めいた言葉を放つ。

 

「ふん、勝手にそう思っていろ。お前らと違い私には守るべきモノが多いのでな、守るべきモノがないお前達の様なちゃらんぽらんとは訳が違うのだよ」

 

ラウラはドイツ軍の一部隊の長。

そして相手は他国であるアメリカの軍事機密とも言える軍用IS。

もし、今回の福音の作戦でラウラがアメリカの軍事機密の一端を知ってしまった事で外交問題に発展した場合、祖国ドイツの他に部隊の仲間達にも迷惑をかける恐れがある。

ラウラとしては百秋如きに挑発されたのは癇に障るがドイツに居る部隊の仲間達の為を思いグッと我慢したのだった。

 

「なんだと!!」

 

すると、ラウラの言葉に百秋がキレる。

百秋の信念である、『守る』をラウラによって「守るべきモノがない奴」と言われた事が癪にさわったのだろう。

 

「止めんか、お前ら!!」

 

ラウラに掴みかかろうとした百秋を千冬は止める。

 

「ボーデヴィッヒ、更識、デュノアの辞退は認めよう。ただし、アインス、お前はこの作戦には強制参加だ」

 

「なっ!?」

 

『っ!?』

 

千冬の言葉にイヴはもとより、辞退したメンバーも驚く。

 

「理由を聞いても?」

 

イヴは千冬を睨みながら何故、自分は強制参加なのかを尋ねる。

 

「簡単な事だ。此処にいる専用機持ちの中でお前が一番の戦力だからだ。認めたくはないがな‥‥」

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

すると今度は百秋と箒が驚いた。

 

「ちょっと待って下さい!!千冬さん!!」

 

千冬の言葉に箒が千冬に食って掛かる。

 

「織斑先生だ。バカ者」

 

「お、織斑先生、なんでアインスが一番の戦力なんですか!?それなら、私だって最新の専用機をつい先ほど貰ったばかりじゃないですか!!」

 

「確かに新旧で言えば、篠ノ之お前のISが一番新しい」

 

「なら!!」

 

「だが、実力は新旧で比例するのか?」

 

「‥さきほどの模擬戦では引き分けに持ち込みました」

 

「アレの何処が引き分けだ。山田先生から今回の一件が入るのが後ほんの数秒遅れていたらお前は海に沈んでいたぞ」

 

千冬はあの時の模擬戦の結果はちゃんとジャッジしてくれた様子。

だが、それも福音の件があったからこそで、もしなければどうなっていただろうか?

何かしらの理由をつけて同じタイミングで止めていたかもしれない。

 

「アインスさん」

 

シャルルは心配そうにイヴに声を掛ける。

シャルルの場合はまだ国籍等の問題で不安定な状態だ。

そんな中、外交問題が絡みそうな今回の一件に巻き込まれれば自由国籍の取得に支障が出る恐れがある為、辞退せざるを得なかった。

 

「‥‥わかりました」

 

在日米軍、自衛隊が動く気配のない中、退路を塞がれているイヴにはこの命令を受けるしか選択肢は用意されていなかった。

 

「デュノア君達は部屋で待っていて」

 

「でも‥‥」

 

「大丈夫‥鈴も居るし、何とかするから」

 

イヴはシャルルの現状を理解した上でシャルルを見送った。

 

「う、うん‥‥鳳さん、アインスさんをよろしくね」

 

「ええ、分かったわ」

 

シャルル、簪、ラウラは鈴にイヴを託し、部屋へと戻った。

 

「他に退席者はいるか?」

 

千冬はイヴと鈴を除く者に退席者はいるか尋ねると、他には退席者は居なかった。

 

「では、説明に入る‥‥」

 

他に退席者が居ないと判断した千冬は福音の詳細をその場に居る者達に説明をした。

 

「広域殲滅を目的とした特殊攻撃型……オールレンジ攻撃を行えますのね」

 

「攻撃力と機動力の両方に特化した機体か……厄介ね」

 

「いずれにせよこのデータだけでは格闘性能が未知数です。偵察は行えないのですか?」

 

セシリア、鈴、イヴは福音の詳細を聞いて意見を出すが、百秋と箒は話し合いについていけてない様子。

 

(大丈夫か?)

 

そんな二人の様子を見て不安になるイヴ。

 

「偵察は無理だな。福音は超音速飛行を続けている。恐らく一回のアプローチが限界だろう」

 

「となると作戦に必要なのは一撃必殺の攻撃を持つアタッカーとそのアタッカーを運ぶ機動力のある機体‥‥ってことですね」

 

イヴが福音の対処を言うと、皆の視線が百秋に集まる。

 

「えっ?俺?」

 

「状況的に考えてお前の零落白夜で落とすしかない。やれるか?織斑」

 

千冬が百秋をジッと見る。

百秋は千冬が自分に期待している感じ、

 

「やります……俺がやってみせます」

 

力強く百秋は頷く。

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容を考えよう」

 

福音討伐のアタッカーが決まり、福音討伐作戦の会議は続く。



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64話

IS学園で行われていた臨海学校。

通常ならば、今は浜辺でISの実技演習が行われていた筈だったが、それは突如アメリカのISの暴走と言うイレギュラーな事態により中止となった。

この事態に自衛隊、在日米軍は対処する動きを見せず、なんとIS学園側でこの事態の対処に当たる事になった。

しかも教師陣は、ここ周辺の海と空の封鎖で実際に現場に赴くのは専用機持ちの学生。

このあまりにも異常な事態の収拾に一部の専用機持ちは作戦の参加を辞退したが、イヴだけは不可欠の戦力として強制参加させられた。

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容を考えよう」

 

「零落白夜で福音を落とすとして問題は百秋を誰が現場まで運ぶかだ」

 

零落白夜は攻撃力に対しては当たれば絶対的な威力を出すが、燃費が激しい。

白式で福音の所まで行き、そこで零落白夜を発動すると、威力が落ちる可能性もある。

 

「白式のエネルギーをすべて攻撃に回すってことか‥‥」

 

「目標に追いつける速度に超高感度ハイパーセンサーも必用になる」

 

「山田先生、この中で最高速度が出せる機体はどれです?」

 

「アインスさんのリンドヴルムですね。さっきの模擬戦では余り動きませんでしたし、リンドヴルムも福音と同様の高機動戦闘のオールラウンダーを目指した機体ですから」

 

山田先生は百秋の白式を運ぶにはイヴのリンドヴルムが最適だと言うと、百秋と箒は面白くなさそうな顔をし、イヴ本人もなんだか嫌そうな顔をする。

 

「待って下さい!!」

 

百秋とイヴが参加する事に対して不満があるのか箒が声を上げる。

 

「百秋を‥白式を運ぶだけでしたら、私の紅椿も機動力はあるはずです!!」

 

イヴに代わって箒が百秋を運ぶと言う。

最もイヴ自身も百秋を運ぶのであれば、箒に任せても良いと思った。

むしろ、そうして欲しいとさえ思った。

 

「山田先生、どうなのですか?」

 

「確かに先程のアインスさんとの模擬戦で取られたデータでは、確かに紅椿も機動性が高いです」

 

「……紅椿の調整にはどのくらいかかる?」

 

「五分から十分程です」

 

「そうか…ならば…やれるか?篠ノ之」

 

千冬は百秋の運搬役をイヴから箒へとチェンジした。

百秋、そしてイヴが互いに嫌悪している為、千冬本人もイヴよりは箒の方が百秋との相性がいいと思っての配慮だった。

千冬に指名されて先程の百秋同様、室内にいる全員の視線が箒に注がれる。

まぁ、始めて百秋の隣にいられるので、彼女の答えは決まっている。

 

「はい、やります!!」

 

これで作戦実行メンバーは決まった。

それでも不安はある。

その為なのか、

 

「本当に大丈夫なの?アンタ」

 

鈴が箒に尋ねる。

 

「むっ、それはどういう意味だ?」

 

「時間がないのは分かっているけど、アンタじゃまだ騎乗時間も経験も不足している上、腕前もさっきのイヴとの模擬戦を見る限り剣を振り回すくらいだけだし‥‥そんな幼稚な攻撃しかできない状態のアンタを実践に出すのは危険じゃないと思って」

 

「そうですね。此処はやはり、オールマイティーに動けるアインスさんの方が作戦成功率は上がりますね」

 

鈴と山田先生は箒よりもイヴの方が作戦の成功率があがると言う。

しかし、

 

「そんなことはない!!さっきの模擬戦では専用機を貰ったばかりで浮かれていただけだ!!」

 

作戦から降ろされるかもしれないと思った箒は必死になって弁明するが、その内容が内容だけに何だか頼りない。

 

「その浮かれが作戦行動中にでないとは限らないじゃない。これは模擬戦じゃなくて軍用ISを相手にした実戦なのよ。ほんの少し油断や慢心が大きなミスにつながるし、事と次第によっては生死にも関わる事なのよ」

 

鈴の発言に千冬も再び考え始める。

たしかに百秋とイヴの相性は最悪だ。

しかし、戦力とみたら百秋と箒よりは段違いで上‥作戦の成功率は上がる。

 

「過ぎた力を持てば周りもそして自分も傷つける。専用機持ちの基本的な心得よ。それをアンタは専用機を貰った事で浮かれていた。口では大丈夫と言っても心の中ではどうなの?まだ無意識というか潜在的に慢心や浮かれが残っているんじゃない?」

 

「鳳さんの言う通り、やはり今回は篠ノ之さんには降りてもらった方が‥‥」

 

鈴と山田先生は箒ではまだ騎乗時間も経験もなく、専用機を貰ったばかりで浮かれていると言う精神的な問題から作戦から降りてもらおうと言う。

イヴにしてみれば箒の状況が羨ましかった。

やる気はあるが、経験不足のせいで作戦から降りろと言われている。

片ややる気はないにもかかわらず経験があるからと言って強制参加させられている。

イヴが箒の状況を羨んでいると、やはり彼女は納得できないのか、

 

「ふざけるな!!この作戦に必要な条件を紅椿は満たしている!!ならばそこのやる気のない臆病者ではなく私がでるべきだろ!!」

 

大声をあげて椅子から立ち上がる箒。

 

「機体じゃなくて技量の問題なのよ!!」

 

鈴もムキになり箒に食って掛かる。

箒から臆病者と言われたイヴは至って冷静だ。

 

「お二人とも落ち着いてください」

 

セシリアが箒と鈴を宥める。

 

「はぁ~では、こうしましょう」

 

このまま無駄に時間を潰すわけにはいかず、イヴは妥協案とも言える提案を出す。

 

「織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「これ以上時間を無駄につぶすわけにいかないので、作戦実行のメンバーは織斑君と篠ノ之さんでいきましょう」

 

「えっ?イヴ」

 

「ふん、やはり臆病風に吹かれたか?」

 

まさかイヴ自身が経験の浅い箒を押すとは思っても居なかったので鈴も山田先生も驚き、箒と百秋はイヴが臆病風に吹かれたと思いニヤついている。

ただし、イヴの提案はまだ続く。

 

「そして、バックアップとして私も出ます。どうでしょうか?」

 

「ふむ、バックアップか‥‥」

 

「はい。仮に零落白夜の攻撃が失敗した場合などのイレギュラーには私が対応しますので」

 

「なるほど。作戦実行の二人には福音に集中してもらい、お前はあくまで保険であり、それ以外の事に対処すると言う訳だな」

 

「はい。別に作戦はニ人だけという決まりはないはずですから」

 

「いいだろう。作戦実行メンバーは織斑と篠ノ之の二人、アインスはバックアップ要因として二人の補佐だ」

 

千冬が今回の福音に対する作戦を決定した。

箒としては百秋と肩を並べて戦える反面、イヴもそこに来ると言う事で完全に納得した様子はなく渋々と言った様子だった。

千冬の方もイヴのからの提案と言うのが少々癪にさわるが彼女の言う通り、時間を無駄に使う訳にはいかないので、イヴの提案をのんだのだ。

 

「あと、織斑先生。最後に質問があります」

 

「なんだ?」

 

「福音は当然有人機ですよね?」

 

「いや、福音は公式では世界初の無人機だそうだ」

 

千冬は敢えて福音を『公式』と言った。

非公式では既に無人機は存在していたからだ。

 

『無人機!?』

 

千冬の言葉に山田先生とイヴを除く皆が驚いた。

 

「なるほど、無人機だからこその暴走‥と言う訳ですね」

 

「アメリカもやっかいなモノを作ったもんだわ。しかもこの時期に‥‥」

 

作戦の内容、メンバー、そして福音の詳細が判明し、作戦に参加するメンバーのISが調整されることになり、出撃まで僅かであるが休憩・待機となった。

 

「イヴ‥‥」

 

部屋を出た時、イヴは鈴に呼び止められる。

 

「ん?なに?」

 

「ごめんね、簪達にイヴの事を任されていたのに‥‥」

 

鈴は今回の作戦ではセシリアと共に後方待機となった。

 

「ううん、今回の作戦上仕方ないよ」

 

「‥‥イヴ、無事に帰って来てね」

 

「うん」

 

イヴと鈴はハグをして別れた。

しかし、鈴には言い知れぬ不安がどうしても拭い去れなかった。

 

その頃、某所では‥‥

 

「へぇ~なるほど、白式の零落白夜での一撃必殺ねぇ~」

 

スコールはモバイルパソコンを片手に持ち、呟く。

耳にはモバイルパソコンから伸びたイヤホンをつけている。

そして、パソコン画面には二つのウィンドウがあり、片方は福音の現在位置を示しており、もう一つのウィンドウは旅館に仕掛けた盗聴器の音声ソフトを表示していた。

スコールは盗聴器から千冬が福音に対してどんな作戦をとるのかを聞いていた。

そもそも今回の福音の暴走は亡国企業‥スコールが仕組んだ事だった。

彼女は以前、タッカーの研究所で見つけた無人機を亡国企業の技術者に調査させた後、そのデータをアメリカの国防省へと送りつた。

元アメリカの軍人であったスコールにとって昔とった人脈はまだいくつかは生きており、その伝手で無人機のデータをアメリカ国防省へと送ることが出来た。

更に在日米軍が動かない事もスコールが関係していた。

一方、自衛隊の方はIS学園、千冬の方が関係をしていた。

テロリストとIS学園の教師‥相容れない二人が偶然にもこんな形で協力する事となった。

千冬に関しては百秋の為にお膳立てをしてあげたかったのだろう。

未だに世間では百秋の評価はブリュンヒルデの弟だったので、福音を落して世間にブリュンヒルデの弟ではなく、織斑百秋として認めさせる魂胆があった。

 

「箒、でも紅椿の補給や調整はどうするんだ?」

 

そして今回の作戦に参加するメンバーの内、箒は新たに自分の愛機となった紅椿について、この機体が束のお手製と言う事で束以外に調整出来るのかと思った。

 

「うむ、それが問題だな‥姉さんはいつの間にか居なくなっているし‥‥」

 

すると、

 

「ん?箒、その背中の紙はなんだ?」

 

「えっ?」

 

箒が背中に手を回すといつの間にか束からの伝言が書かれたメモが背中に貼ってあるのを百秋が見つけた。

 

「こ、これは‥いつの間に‥‥」

 

それによると紅椿は白式を作った倉技研の機器でも整備が可能な事が書いてあり、箒は百秋と共に倉技研が用意したコンテナへと向かい紅椿の補給を行った。

一方のイヴの方は鈴と分かれた後、彼女のスマホがメールの受信を知らせた。

受信したメールを見てみると、それは束からであり、リンドヴルムの調整をするのでメールに書いた場所まで来てくれとの事だった。

イヴが束に指示された場所に行くと、そこには束が待っていた。

 

「なんだか厄介な事に巻き込まれたね」

 

「うん‥念のために聞くけど、今回の一件、たばちゃんは関わってはいないよね?」

 

「関わる義理がないよ、それに無人機なら私のラボにあるからね、態々アメリカが作った奴を暴走させる意味もないしね」

 

「確かに」

 

「でも、何処かの誰かが私の作った無人機のノウハウをコピーして好き勝手にやってくれちゃっているみたいだけどね‥‥」

 

「ノウハウを奪われる心当たりはない?」

 

「うーん‥‥」

 

束はしばし考えた後、

 

「あっ、もしかしたら‥‥」

 

何か心当たりがある様だ。

 

「なに?」

 

「タッカーの研究所でくーちゃんが使った無人機‥あの残骸、そのままになっていたから、あの残骸を誰かが持って行ったのかも‥‥」

 

「それってもしかして、亡国企業‥‥」

 

「亡国企業?」

 

束は亡国企業の存在は知らなかった。

 

「実は‥‥」

 

イヴは以前、クラス対抗戦の際にIS学園を襲撃して来た無人機が束の研究所で見たあの無人機だった事、

そして無人機の襲撃に皆の目が集中している間に学園の訓練機が奪われた事を話した。

楯無の話ではその下手人が亡国企業の仕業ではないかと言っていた。

 

「成程ね。いっちゃんの話を聞く限り、その亡国なんとかって言うテロリストが私の無人機の残骸を修理して無人機のノウハウを得たとみて間違いないね。そしてその技術をアメリカに売ったのかな?」

 

「それって、アメリカがテロリストと交渉をしたってこと?」

 

「無人機は未だに私以外完成させていない技術だからね。世界の警察を自称するあの国なら強力な力を手に入れるためにテロリストと裏取引をしてもおかしくはないかも‥‥」

 

「今回の福音の暴走‥ただの暴走なのかな?」

 

「さあ~それは実際に福音を見てみないとわからないね」

 

束でも今回の福音の暴走は分からないと言う。

ただの暴走なのか?

それとも例の亡国企業が関わっているのか?

それにはまず福音の暴走を止め、福音を調べる必要があった。

 

「そういえば‥‥」

 

束は何かを思い出したかのようにイヴに尋ねた。

 

「いっちゃんは、例のふたなり野郎とは今、どこまで進んだの?」

 

「ふ、ふたなりって‥もしかしなくてもそれってデュノア君の事?」

 

「名前なんてどうでもいいよ」

 

束はシャルル個人には興味ないが、イヴとの関係には興味がある様だ。

 

「相変わらずもう一人の私はデュノア君にゾッコン」

 

「いっちゃん自身はどうなの?」

 

「私?‥‥うーん‥まだ、わからない‥でも、デュノア君はお父様以外で初めて私に優しくしてくれた男の人?な事は確かだよ」

 

「‥‥」

 

「いつかは私もデュノア君に答えを出さなきゃならないのは分かっているつもりだよ」

 

イヴはシャルルに対していつかは自分の内に秘めた答えを言わなければならない事は自覚していた。

シャルルは四季に次ぐイヴの事を想ってくれている人物だと言うが、束は実際に話してみないとまだ信じられなかった。

 

「あっ、そう言えば‥‥」

 

イヴも何かを思い出したかのように束に話した。

いや、話してしまった。

 

「ん?どうしたの?」

 

「実はこの前、夢の中でたばちゃんが‥‥」

 

イヴは以前見た夢の内容を束に語った。

それは束がイヴを一時的に男にする薬を飲ませ、逆レイプして、自身はイヴとの子供を孕んだあの時の夢の話だった。

 

「ひどいなぁ~いくら何でもそんな薬は作らないし、いっちゃんを襲ったりしないよぉ~」

 

「ホントに?」

 

「ホント、ホント」

 

イヴの話を聞いて束はおちゃらけた様子で否定する。

だが、心の中では、

 

(そ、そうか、その手があったか!!)

 

イヴの夢の話を聞いて何かを閃いた様子。

あの時、イヴの見た夢が夢であって欲しいと願うばかりである。

 

 

 

 

おまけ

 

 

時系列は時間を巻き戻して、昨夜、イヴが簪とシャルルと共にロビーでトランプをしていたころまで遡る。

 

「そう言えば、かんちゃんの髪を見て思い出したことがあるんだけど‥‥」

 

「ん?」

 

「何かしら?」

 

「昔、かんちゃんに似た人と会ったことがあって‥‥」

 

「「えっ?」」

 

イヴの発言に驚く簪とシャルル。

少なくとも簪にはイヴに出会った記憶はなかった。

いや、それは当時まだイヴが一夏だったからこそ、覚えていないのかもしれない。

そして、イヴは簪とシャルルに昔の事を語り始める。

あれはまだ、イヴが一夏だった頃の事‥‥

 

あの日、一夏は束と初めて出会った河川敷に居た。

その日は風が比較的に強い日で、一夏は河川敷で絵本を読んでいた。

しかし、風のせいで上手く読めない。

 

「風が強くて読みにくい‥‥失敗した‥川原で本なんて読むんじゃなかった」

 

あまりにも読みにくい為、一夏は絵本を閉じた。

その時、背後に人の気配を感じ後ろを振り向くと、そこには青い髪に赤い目で自分と同い年くらいの女の子が立っていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

一夏の目とその女の子の目が合う。

しかし、互いに知らない中なので、無言のまま。

一夏はその子から視線を逸らす。

しかし、青髪の子は一夏に語りかけることなく、一夏の傍に腰を下ろす。

 

(き、気まずい!何?何なの?あの子誰!?)

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

(なんで無言なの?この広い川原でわざわざ私の傍に座って‥‥何の用か知らないけど、やっぱり私から声をかけるべきなのかな?いや、でもなんで?とにかく、初対面の人に気の利いたセリフなんて言えないよぉ~!!)

 

束の時は自身が大事にしていた懐中時計を壊されてしまったため、初対面である束に対しても人見知りと言うよりも大事にしていた懐中時計を壊されてしまった悲しみの方が大きかった為、束に話せた。

それに最初に話しかけてきたのは束の方だったし‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

相変わらず両者無言の中、一夏は心の中で必死になにか会話の糸口を探していた。

 

(えっと‥‥『今日はいいお天気ですね?』だ、ダメだ、そんなありきたりなセリフ、この状況に合わない)

 

(そうこの状況、ある晴れたこの日、魔法以上のユカイが 限りなく降りそそぎそうなこの状況‥多分この子、非現実的な何かを期待しているんじゃないかな?)

 

「‥‥‥ん」

 

一夏がチラッと青髪の女の子を見るとその子はなんかソワソワしている。

 

「‥‥」

 

(どうもそんな感じだ)

 

(となると、やっぱりここはインパクトのあるセリフのほうがいいよね‥‥)

 

(大体私はたばちゃんと遊ぶために待ち合わせをしているなんの能力もない普通の人なんだけどなぁ‥‥)

 

「‥‥‥んん」

 

(まぁ、いいや。兎に角、この子の期待を裏切っちゃダメだよね‥い、いくよ、インパクトのある言葉を!!)

 

悩んだ末、一夏は一言呟く。

 

「今日は‥‥‥風が騒いでいる」

 

(あれ?なんだろう?何か物凄く恥ずかしくなってきた‥‥何を言っているんだ?私は‥‥)

 

(これはやっちまったかな‥‥?)

 

これは滑ってしまったかと思いチラッと見てみると、

 

「…んん‥‥んん」

 

(あれ?なんかすごく嬉しそう‥‥)

 

意外にもその子は喜んでいる様子だった。

すると、その子は、立ち上がり、

 

「でも少し、この風‥‥泣いているわ」

 

「‥‥」

 

(この人も何を言っているの!?)

 

(なんか、もう逃げたい‥お家に帰りたい。でも、まだたばちゃんが来ていないし‥‥早く来て!!たばちゃん!!)

 

すると一夏の願いが届いたのか、

 

「いくよ、いっちゃん!!どうやら風が、街によくないモノを運んできてしまったようだ」

 

(ちょっ、たばちゃんまで何を言っているの!?)

 

その場にやって来た束までもが意味不明な事を言い放つ。

 

「あっ‥‥」

 

すると、束はその場にいた青髪の女の子に気づいて顔を真っ赤に染める。

 

(恥ずかしいならそんな事を言わなきゃいいじゃん!!)

 

「ふひひ‥‥‥ひぃ‥‥」

 

束の言葉を聞いてますます嬉しそうな様子の青髪の子。

 

(うわっ、メッチャ嬉しそうだよ!?)

 

(もう嫌だ。こんな変な空間からはさっさと逃げよう)

 

一夏は立ち上がり、この場から逃げようとする。

しかし、この変な空間の空気に当てられたのか、ついつい呟いてしまった。

 

「急ごう、風が止む前に」

 

(何を言っているんだ!?私は!?)

 

(もういいよ、行けるとこまで行ってやるよ!!)

 

自棄になり掛けた一夏。

そこへ、

 

「かんざしちゃん!!」

 

また知らない人が出てきた。

しかし、その人はこの青髪の女の子と同じ色の髪と目の色をしていた。

顔立ちも似ているので恐らく姉妹なのだろう。

 

「かんざしちゃん!!超ヤバイよ!そこのコンビニ、ポテト半額だって!行こうよ!」

 

(空気読めよ、あんた!いや読んでいるけど‥‥)

 

「かんざしちゃん、早く!!はや‥「ふがぁ!!」ウボォっ!」

 

「ふん!‥‥ふん!!!」

 

「か、かんざしちゃん、や、やめ、いた、いた」

 

「があああああああ!!」

 

かんざしちゃんと呼ばれたその子はお姉さんらしき女の子に殴り掛かりボコボコにしていた。

一夏はその隙に束と共にその場から立ち去った。

 

 

 

 

「ってことが昔あったんだ」

 

「へ、へぇ~」

 

簪はイヴから視線を逸らしている。

 

「あ、あの‥その話に出て来た子ってもしかして‥‥‥」

 

シャルルがチラッと簪を見る。

すると、簪は顔を真っ赤にして俯いてプルプル震えている。

 

「その子ってもしかして、さら‥‥」

 

シャルルが『更識さん』と言おうとした時、

 

「うがあああああああ!!!」

 

突如、大声を上げてシャルルに殴り掛かった。

 

「ちょ、な、なんで、い、いたい、や、やめ‥更識さん」

 

その後、簪はシャルルの耳元で何かを呟くとシャルルはものすごい勢いで首を縦に振った。

その様子をイヴは首を傾げて見ていた。



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65話

はいふりのアンケートは終了しました。ご協力ありがとうございましたです。


IS学園の行事の一つである臨海学校の最中、アメリカとイスラエルの共同で作られた公式では世界初となる無人機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が暴走した。

その鎮圧にあたって自衛隊と在日米軍は動くことなく、IS学園‥しかも専用機持ちの生徒が対応する事になった。

常識的に考えてもおかしいこの事態に福音の鎮圧に千冬の弟、百秋を主力として運搬要員に箒、バックアップ要員にイヴが務める事になった。

やがて、整備、調整が終わり作戦開始時間となった。

箒が百秋を抱えて出撃し、その後方にイヴがついていく感じで福音鎮圧のために出撃する。

この作戦、何事もなければいいのだが‥‥

イヴや彼女を慕う者達はこの作戦に関して胸騒ぎ、不安感がどうしても拭えない。

出撃し、現場に向かう際、箒はどう見ても浮かれているようにしか見えない。

初めて専用機を貰ったためか、それとも念願の百秋と共に出撃できたことからか、箒の口元は緩み切っている。

どう見ても浮かれているようにしか見えない。

一方で百秋の方は何か肩に力が入っている感じでガチガチに緊張している様子。

千冬に大見得切ったもののやはり、模擬戦とは違う、本物の戦場に駆り出された事で緊張しているのだろう。

 

「見つけた!!居たぞ、百秋!!」

 

出撃してから数分。標的である福音を見つけた。

 

「あ、ああ‥‥」

 

ISのセンサーで福音の姿を確認できる所まで来る。

あとは百秋の零落白夜を発動させて福音を斬りつければそれでこの作戦は終わり。

言葉では簡単に標記できてもいざ実際に『やれ』と言われるとやはり緊張、不安などの負の感情が出てくる。

 

「十秒後に接触する。構えろ、百秋!!」

 

「よ、よし、零落白夜発動!!」

 

百秋が零落白夜を発動させ、このままの勢いで福音に接近して肉薄にする。

 

「箒!このまま押し切る!!」

 

箒にそう言って雪片を振り上げる。

時間がかかればエネルギーの消費が激しいこちらが不利だ。

早く零落白夜でカタをつけたい所であるが、

 

「くっ…このっ…!!」

 

だが相手は超音速飛行をする軍用IS。

しかも無人と言う事で重力や衝撃波を無視して有人のISとは異なる無茶な動きも可能。

そして攻撃をする百秋は緊張の為か、攻撃が単調的だった‥‥

そのせいで福音に百秋たちは瞬時に距離を離される。

そして福音も自身を攻撃してくる者に対して自衛手段の様に翼から無数のエネルギー弾の雨を放って来た。

百秋は回避に成功するが、専用機をほんの二時間ほど前に貰ったばかりの箒は動きが鈍く被弾する。

 

「うっ…!!

 

「箒!!大丈夫か?」

 

「平気だ!…それより…」

 

「ああ…爆発するエネルギー弾か…」

 

「連射速度が異様に速い…あれは厄介だな」

 

連射速度が速い上に爆発するエネルギー弾か…やはり軍用IS、専用機とは言え、競技用のISとは攻撃性能が違う。

一方、競技用の専用機とは言えISはIS、その防御力は伊達ではない。

 

「私が動きを止める。百秋はその隙を突け」

 

「…分かった」

 

「行くぞ!!」

 

箒が雨月と空裂を構えて福音に迫る。

 

「はあああっ!!!」

 

勢いそのままに斬り込み、福音に隙ができる。

 

「百秋!!今だ!!」

 

「ああ…!!」

 

箒の指示に従い勢いよく斬り込もうとしたその時、白式のセンサーが海上にあるモノを捉えた。

 

「っ!?」

 

「百秋!!」

 

箒が百秋を呼ぶ。

だが、百秋はセンサーに捉えたあるモノに注意がいってしまい、その一瞬を福音は見逃さずに百秋との距離をとった。

彼は絶好の攻撃のチャンスを逃がしてしまったのだ。

その海上のあるモノにはバックアップ要員のイヴが担当した。

イヴは海上のあるモノへと落ちていくエネルギー弾をバルニフィカスで弾く。

 

「百秋、何をしている!?」

 

「船が居たんだ‥‥海上は先生達が封鎖したはずなのに…」

 

「船だと!?」

 

白式のハイパーセンサーが捉えたのは小型の船だった。

この空域と海域はIS学園の教師達の手によって封鎖されたはずなのになぜこの封鎖海域に船が居たのだろうか?

センサーにはこの町の港湾労働者組合に所属する小型船が表示され、船体には『警戒船』と書かれた看板を掲げ、マストには赤い旗が翻っていた。

恐らくIS学園から協力を要請された船で最後までこの周囲の警戒を行っていたのだろう。

 

「警戒船だ」

 

「警戒船だと!?ええい、こんな時に!」

 

絶好のチャンスを潰された事に箒は顔を歪める。

すると、福音は攻撃目標を百秋達から警戒船へと変更し、福音から再びエネルギー弾の雨が降らされる。

イヴはドラグーンを飛ばしビームの網を作り、エネルギー弾を止め、打ち漏らしたエネルギー弾はバルニフィカスで弾く。

福音の攻撃を捌いていると福音は、今度はイヴを攻撃目標にしてきた。

恐らく福音はこの中で一番の脅威をイヴだと判断し、その脅威を取り除こうとしたのだろう。

イヴとしては警戒船からターゲットを変えてくれた事に関しては丁度良かった。

このまま福音を引き付け警戒船から遠ざける。

そしてレールガンで福音の片翼を撃ち抜く。

片翼を失っても福音には両手両足に四つ噴出口が存在し、補助推進用のブースターが取り付けられている為、何とか空中に浮いている。

イヴは今回の福音の暴走を束に解析して貰おうと福音をAICで動きを止めた後、自身のナノマシンで完全に機能停止に持ち込もうとした。

その為まず、イヴは福音へと肉薄する。

福音自身もビームクローを出し、迎え撃ってくる。

両者は超近距離でぶつかり合う。

そしてイヴがAICで福音を止め、髪の毛を福音の装甲の繋ぎ目へと侵入させ、福音の活動を完全に停止させようとしている最中、

 

「くらえ!!」

 

「っ!?」

 

百秋が雪片を福音に突き刺した。

 

ブシュっ!!

 

「がはっ‥‥」

 

当然、福音と密接していたイヴにも雪片の凶刃が襲い掛かる。

福音の装甲のおかげで深く突き刺さる事はないが、イヴは口から血を吐き、彼女のISスーツは血で赤く染まる。

零落白夜が発動していたせいでリンドヴルムの絶対防御も無効化されていた。

 

「やったぞ!!百秋!!」

 

福音そして憎きイヴに一矢報いた事に歓喜の声を出す箒。

 

「ああ、やったぜ!!」

 

百秋も箒に同調する。

イヴはそのまま海へと墜落し機体と共に海中へと沈没していく‥‥

しかし、雪片で突き刺された筈の福音は‥‥

 

『‥‥ピィー‥‥ガー‥‥緊急事態‥‥補助動力作動‥‥』

 

メインエネルギーは零落白夜で失われたが、補助動力は生きていた。

しかも白式のエネルギーはこれまでの戦闘と先程の零落白夜で消耗し、零落白夜を発動させるエネルギーは残ってはない。

だが、福音は補助動力を作動させて動ける。

福音は自分に突き刺さっている雪片をギュッと握りしめる。

 

「ん?雪片が抜けない‥‥」

 

此処で百秋も福音の異変に気付いた。

 

「気をつけろ!!百秋!!そいつ、まだ動いているぞ!!」

 

箒は百秋よりも少し早くに福音の異変に気付く。

しかし、時すでに遅く百秋は必至に福音に突き刺さった雪片を引き抜こうとしているが福音はそれをグッと両手で握りしめる。

 

「くそっ、このっ、放せ‥屑鉄が‥‥」

 

百秋が雪片に注意が向いていると、福音は百秋の至近距離で銀の鐘を発動させ、百秋は高密度に圧縮されたエネルギー弾をもろに喰らう。

白式の絶対防御も作動したが、エネルギーが残り少なかった事と放たれたエネルギーの数が多かった事で白式はあっという間にボロボロになる。

片翼だった事で百秋は何とか死ななかったが、ボロボロになった白式と血塗れの百秋。

 

「百秋!!」

 

箒が叫びながら福音へと迫る。

当然箒にも福音のエネルギー弾は迫るが、彼女はそれを無視して海へと落ちていく百秋を受け止める。

 

「おい、しっかりしろ!!百秋!!」

 

箒が幾ら呼びかけても彼は返事をしない。

その間に福音は傷つき、エネルギー消費した事で近くの小島へと不時着し静粛を保っていた。

箒は百秋を抱えて急いで旅館へと引き返していった。

 

 

福音諸共白式の雪片の凶刃を受けたイヴは腹部に強烈な痛みを覚える。

そしてあまりの激痛に意識を失う。

 

『おい、一夏!!おい!!』

 

獣が声をかけてもイヴ(一夏)は答える事無く、海へと墜落しそのまま沈んでいく。

 

『ちぃっ、このままじゃ魚の餌だぜ‥‥』

 

血を流しているのでモタモタしているとサメが寄ってくるかもしれない。

獣はイヴ(一夏)が意識不明と言う事で表に出る。

 

一方、福音との戦闘に巻き込まれた警戒船では‥‥

 

「何か空の方で、IS同士でドンパチやっていたみたいだが‥‥」

 

「なんでもこの近くでIS学園の生徒さんが来ているんだと‥‥」

 

「それでか?この辺の海と空を封鎖するって言うのは‥‥」

 

警戒船に乗っていた船員達は詳しい情報を聞かされていないままIS学園の教師達からこの辺の空と海を封鎖するので、逃げ遅れていない船が居ないか確認してくれと頼まれてこの周辺海域を警戒していた。

そして、船が居ない事を確認して港に戻る途中で今回の福音との戦闘に巻き込まれたのだった。

だが、警戒船の船員たちはまさかアレが無人の軍用ISとは知らず、しかもその軍用ISが自分達の乗っている船を攻撃してきた時もIS同士の模擬戦でパイロットが下手な奴であり、攻撃のエネルギー弾に関しても大したことないだろうと思っていた。

現に船はイヴが守り何事もなかったかのように戦闘海域から離脱する事が出来た。

船が港に戻っている最中、いきなり船がグラッと揺れた。

 

「うぉっ!?」

 

「なんだ?」

 

最初は横波でも受けたのかと思ったが、海は平穏で船が揺れる程の波はたっていない。

船員達が何だ?何だ?と周囲を見渡していると、

 

ザパッ!!

 

「ひぃっ!?」

 

突然海の中から機械で出来た腕が出てきてそれが船の縁を掴んだ。

やがてそれが海面から出てきた。

甲板に居た船員は思わず尻もちをつく。

海から出てきたのはISを纏った銀髪の少女だった。

 

「くそっ、あの馬鹿め、私の腹を刺しやがって‥‥」

 

その少女はISを解除して腹部を自らの手で抑える。

少女が纏っているツナギの様な飛行服には血が滲んでいた。

 

「すまないが‥‥」

 

「‥‥」

 

少女は尻もちをつき、唖然としている船員達に声を掛ける。

 

「すまないが、港まで乗せてもらえるかな?」

 

少女の問いに船員達は首を縦に振る。

 

「よっこいせ‥‥」

 

少女は手でお腹の傷を抑えたまま甲板に腰を下ろす。

 

「だ、大丈夫か?なんか怪我しているみたいだが‥‥」

 

船員が恐る恐る少女に声をかける。

 

「大丈夫だ‥問題ない‥‥少し寝れば治るから‥‥港に着いたら‥起こして‥くれ‥‥」

 

そう言って少女はそのまま眠ってしまった。

船員達は心配しつつ船を港へと急がせた。

 

 

モバイルパソコンの画面越しで先程、海上で行われた福音との戦いを見ていたスコールは、

 

「酷いわねぇ~味方ごと刺すなんて‥‥しかも逆に返り討ちに合っているなんて大間抜けね。これがあのブリュンヒルデの弟の実力‥‥白式は案外簡単に手に入るかもしれないわね」

 

百秋の実力を見て大したことないと判断するスコール。

近いうちに白式の強奪計画が企画されていたのだが、この程度の実力ならば簡単に手に入るかもしれないと予測する。

そして白式を解析すれば何故、男なのにISを動かす事が出来るのか解明できるかもしれない。

男が動かせるISを作れば今まで女尊男卑となっていた世界は大きく混乱する。

男VS女の世界大戦が起きるかもしれない。

その混沌とした世界にこそ莫大な利益を生み出すビジネスチャンスがある。

戦争は科学と兵器を大いに進歩させる世界を舞台にした一大イベントなのだ。

 

「それにしても‥‥」

 

そしてスコールにはもう一つ気になる事があった。

 

「あの子、福音の動きを止めた時、髪の毛が伸びたように見えたんだけど‥‥気のせいかしらね?」

 

スコールは福音のカメラから送られて来た画像を見た時、イヴの髪の毛が伸びて福音に絡みつくように見えた。

 

「‥‥こんな事ならオータムを連れて来ればよかったわ」

 

海に墜落したイヴを回収するためにオータムを連れて来ればよかったと後悔するスコール。

白式同様、イヴも何かしらの秘密があると睨んだスコール。

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥もし、生きていたらやっぱり欲しい人材ね」

 

スコールは口角を吊り上げる。

イヴのIS、そしてイヴ自身を欲しがるスコールだった。

 

「私達‥そして白式に彼女がどう世界を動かすか‥‥楽しみ。だから、貴女は生きていなさい‥‥イヴちゃん」

 

スコールはイヴがあれくらいで死なないと確信していたかのように海を見ながら呟いた。

 

 

作戦は失敗に終わった。

箒は血塗れの百秋を抱えて旅館に戻りながら千冬に作戦が失敗した事、百秋が重傷を負った事を伝える。

千冬はすぐに医療体制を整えさせる。

そして箒が戻ってくると百秋を急いで部屋に運んだ。

彼は今、意識が戻らず治療器具に繋がれている。

担当の医務の先生に百秋を任せた後、箒に何があったのか事情を尋ねる。

 

「篠ノ之‥何があった?‥それにアインスの奴はどうした?」

 

「アイツは途中で任務を放り投げて逃げました」

 

「なに?」

 

箒は事実を捏造して千冬に虚偽の報告をした。

百秋が福音に止めをさそうとした時、イヴが間に割り込み攻撃するチャンスを不意にし、それが失敗して福音が反撃し、百秋が重傷を負うとイヴはその場から逃げて行ったと言う報告をした‥‥

箒からの報告を聞いた千冬は憤慨した。

 

「アイツ‥戻ってきたらただでは済まさん‥‥」

 

作戦を滅茶苦茶にした挙句、大事な弟に重傷を負わせしかもその場から逃げ去った行為は敵前逃亡にも匹敵する重罪だ。

怒りに震えている千冬を見て箒はニヤリと口元を緩めた。

しかし、百秋が重傷を負っている事実からは目を逸らさずに彼の下へと見舞いに行った。

 

「‥‥」

 

そしてそんな様子の箒を鈴はジッと見ていた。

 

「福音は依然として停止していますね。本部はまだ私達に作戦の継続を?」

 

山田先生が福音鎮圧の作戦はこのまま継続するのかを尋ねてくる。

 

「解除命令が出ていない以上は…継続だ」

 

学園からは未だに何も言われていない為、作戦はこのまま継続する事になった。

しかし、作戦の要である百秋は重傷を負い、雪片は福音に突き刺さったままとなっている。

作戦が浮かばないのも事実で専用機持ちには待機を命じている状況だった。

それならば千冬自身も本当は姉として今すぐにでも弟の下に行きたいところだが学園本部から解除命令が出てない以上、福音討伐作戦は継続している為、作戦室として借りている部屋から出る訳にはいかなった。

 

 

その頃、この港町の港に一隻の船が戻って来た。

 

「おお、お帰り」

 

「ああ」

 

「ん?どうした?浮かない顔して」

 

「あっ、いや‥なんていうか‥‥」

 

桟橋に居る仲間の港湾労働者に対して船の船員がなんだか歯切れが悪い。

 

「どうした?先を言えよ」

 

「それが、途中で妙なモンを拾っちまって‥‥」

 

「妙なモン?」

 

「なんだ?恐竜でもいたのか?」

 

「い、いやそれが‥‥」

 

船員が甲板で寝ている少女を見ると、桟橋に居る港湾労働者も少女を見る。

 

「ん?どうしたんだ?その童は?」

 

「しかも妙な格好しているなぁ~‥なんか昔の戦闘機乗りみたいなツナギ着て‥‥」

 

「ホンマじゃ、オラの死んだ兄ちゃんさ、思い出すような格好だべな」

 

桟橋の港湾労働者達も甲板で寝ている少女を見てその恰好から戸惑ったような声を出す。

 

「そ、それが帰る途中に海から突然出てきたんだ‥ISに乗って」

 

「なんだ?そりゃ?しかもその童、怪我しているでねぇか。急いで病院さ送らねぇと」

 

港湾労働者が少女を病院に連れて行こうとすると、

 

「その必要はないよ」

 

其処に第三者の女性の声がした。

船員と港湾労働者達が、声がした方を見るとそこには不思議の国のアリスのコスプレをした女の人が立っていた。

 

「あ、あんたは?」

 

「その子の‥まぁ、保護者かな?」

 

突然現れた妙な格好の女性に戸惑う船員と港湾労働者。

 

「それよりも寝ているその子に変な事はしなかった?」

 

「粗げな事しねぇよ」

 

「うんだ。なんか近寄りがたい雰囲気だったしな」

 

「賢明な判断だね、寝ているその子に不用意に近づけば痛い目を見ていたからね‥あっ、これはこの子を運んでくれたお礼」

 

女性は船員にお金が入っている茶封筒を手渡す。

 

「えっ?でも‥‥」

 

突然大金を手渡されて戸惑う船員。

 

「いいって、いいって」

 

その女性は眠っている少女をお姫様抱っこして港を去って行った。

 

「な、なんなんだ?ありゃ‥‥」

 

「さ、さあ?分がんねぇ‥‥」

 

船員も港湾労働者も港にそぐわない服装の女性と海から突然上がって来た少女に首を傾げるしかなかった。




※本来福音の武装は銀の鐘と第二次移行した際のエネルギー翼ですが、この世界ではいくつかの武装が施されています。


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66話

IS学園の行事の一つ臨海学校の最中、アメリカとイスラエルが協同制作した軍用無人IS、銀の福音が暴走した。

この鎮圧に向かった百秋、箒、イヴであったが、福音に止めを刺そうとしたまさにその絶好のタイミングで運悪く戦闘海域に入ってしまった警戒船がいた。

イレギュラー対応の為に同行したイヴはその対処にあたった。

その最中、福音は警戒船、そして次にイヴを攻撃目標のターゲットにした。

イヴは今回の事件は単なる無人機による暴走なのかと疑問に感じていた為、福音の機能を完全に停止させた後、束に福音を解析して貰おうと自身のナノマシンで福音の機能を停止させようと福音の継ぎ目から髪の毛を侵入させてナノマシンを注入しようとしていた。

その時、百秋が雪片で福音ごとイヴを貫いた。

不意の攻撃とナノマシンを福音に注入しようとしていた事で福音と密着していた為、防御も回避も間に合わなくイヴの腹部には雪片の切っ先が突き刺さる。(突然も不意も予期せぬ事で意味合いは殆ど同じで繰り返し文になるため、片方削除しました。)

負傷したイヴはそのまま意識を失い、海へと墜ちていく。

しかし、イヴごと雪片で突き刺し福音を止めたかと思った百秋と箒であったが、福音は補助動力を起動させ再び起動した。

至近距離から福音の攻撃を食らった百秋も重傷を負う。

箒は百秋のみを助け、海へと墜落したイヴを見捨てて旅館へと戻った。

海へ墜落したイヴは意識を失った為、表の人格から獣へと変わり、先程助けた警戒船の手によって無事に生還し、港へと着いた。

その港では束が既に待っており傷の回復の為、眠っていたイヴを何処かへと連れて行った‥‥。

 

(やっぱり、いっちゃんをIS学園に‥‥アイツらがいる場所に入れたのは間違いだったかな‥‥)

 

束は自らの腕の中で眠るイヴを見ながら千冬や百秋、箒の居るIS学園にイヴを送った事を後悔していた。

 

(いい機会だし、このままイヴちゃんを連れて何処かに行ってしまおうかな‥‥今ならそれができるし‥‥)

 

束はこのままイヴを連れ去ってしまおうかと考えていた。

これ以上IS学園においておけばイヴは千冬達の手によって一夏からイヴになったにも関わらず再び傷つけられると思ったからだ。

すると、

 

「‥‥い‥‥ん‥‥」

 

「えっ?」

 

イヴがボソボソと眠りながらも何かを呟いている。

 

「ん?」

 

束がイヴの口元に耳を寄せると、

 

「ふく‥‥いん‥‥は‥‥ふくいん‥は‥‥」

 

イヴはこんな状態になっても福音の事が気になっていた。

 

「‥‥いっちゃん」

 

このままイヴを連れ去っても、イヴはきっと自分の元を離れてしまうかもしれないと思った束は、福音の件が片付くまではイヴの好きにさせようと思った。

最も束はイヴを無理矢理言う事を聞かせる手段を今回用意してきたが、それは別の目的の為に使うつもりだったので、今は使用しない事にした。

それと同時にイヴをこんな目にあわせた者達への報復も忘れなかった。

そこへ、

 

「束様」

 

束の後ろにはいつの間にかクロエが歩いていた。

 

「‥くーちゃん‥‥撮影は出来ている?」

 

「勿論です。プロですから」

 

束は今回の福音の件では一抹の不安を抱いており、クロエに頼んで偵察と記録を頼んでいた。

そしてクロエは百秋が福音ごとイヴを突き刺すシーンを録画していた。

束もまさか百秋が福音ごとイヴを突き刺す様な暴挙をするなんて予想外だった。

 

(あのバカも福音の攻撃で重傷を負ったみたいだけど、あのまま死んでくれれば良かったのに‥‥欠陥機でもやはりISはIS‥絶対防御は働いていたか‥‥)

 

それに妹が海に堕ちたイヴを見捨てて百秋のみを助けて戻った事も知った。

紅椿ならば、百秋とイヴの二人を助ける事は十分に出来た筈だった。

それにも関わらず、箒はイヴを見捨てた。

束は機会があれば、白式と紅椿には絶対防御が働かない様にバグを入れてやろうかとさえ思った。

イヴの受けた屈辱と怪我を奴等にも味合わせてやろうかと思ったのだ。

だが、その前にやるべきことは自分の宝物とも言えるイヴを傷物にした愚か者どもへの制裁が先である。

 

「くーちゃん‥その録画した映像をIS委員会経由で学園に送って」

 

「承知しました」

 

束は百秋と箒の愚行をIS委員会のコンピューターをハッキングしてそこからIS学園に送る様に指示した。

正体不明の添付ファイル付きのメールなんて怪しいので開かずにそのまま削除するだろう。

そうされたら奴等の愚行を学園の上層部に知らせることが出来ない。

だが、IS委員会のアドレスからならば開くだろうと踏んで回りくどいがIS委員会のコンピューターをハッキングしてから映像記録を学園に送った。

 

学園でも当然今回の福音の件は伝えられており、学園内にも対策会議室が用意されていた。

その中で学園長の轡木の元に箒が証言した通りの内容が記された報告書が届いた。

内容を見た時、学園長を始めとして集まっていた教師陣は皆、表情が硬かった。

千冬派の教師達は、

 

「だから、彼女の入学は反対だったんです」

 

「彼女が居なければ作戦は終わっていたかもしれないのに」

 

と、イヴに対する不満を零していた。

そして、千冬派の教師達は轡木にイヴの入学を許可した責任をとって学園長の職の辞任を迫った。

元々IS学園のトップを男性が務めていると言う事に不満を持っていた教師は多かった。

今回の福音の件を利用して轡木を学園トップの座から引き摺り下ろそうと画策したのだ。

ただ、教師達がイヴに対する不満や轡木の辞任を求めている中、生徒会長である楯無だけは一人腑に落ちない様子で考え込んでいた。

 

(織斑君と篠ノ之さんが参加する作戦にイヴちゃんが自ら志願するなんて考えにくい‥‥それにいくら暴走している無人機とはいえ、あのイヴちゃんが仕留め損ねるのもなんか不自然ね‥‥)

 

楯無はこの作戦の内容と報告に疑問を感じていた。

そんな中、IS委員会から一通のメールが届いた。

メールには映像データも添付されていた。

轡木が早速開いてみるとそこには驚きの映像が記録されていた。

そこには報告書とは全く異なる映像があり、イヴが作戦の邪魔をしているどころか福音の攻撃から船を守り戦い、密着している時に百秋が雪片でイヴごと福音を突き刺す映像が記録されていた。

映像は更に進み、雪片に突き刺されたイヴは海へと墜ち、停止したと思われる福音は動いており、その攻撃を至近距離から食らった百秋は重傷。

箒は百秋だけを助け、海に堕ちたイヴを見捨てて帰っていく映像がスクリーンに表示されていた。

その映像を見た楯無はギリッと奥歯をかみしめ握り拳を作り、力を入れる。

轡木も険しい表情で映像を見ていた。

反対に千冬からの報告を鵜呑みにしてイヴや轡木に対して不満をぶちまけていた教師達はなんだかバツ悪そうな顔をしていた。

 

「すぐに織斑先生と連絡を取って下さい」

 

「は、はい」

 

轡木は現地の千冬と連絡を取りこの映像と報告書の内容が異なる真意を尋ねることにした。

 

「はい、織斑です」

 

テレビ電話の向こう側には千冬の姿が映し出される。

 

「織斑先生‥現状は?」

 

まず轡木は千冬に現状を尋ね、彼女が先程の映像を入手しているのか、千冬自身の口から聞き出そうとする。

 

「報告書に記載した通り、福音は現在も静粛を保ったままです」

 

「そうですか‥‥それよりも先程の報告書ですが、間違いはないのですか?」

 

「はい、間違いありません。作戦に参加した篠ノ之箒自身から直接聞いたモノであり、同じく作戦に参加したアインスも未だに戻りませんから‥‥」

 

千冬は報告書に間違いないとはっきりと口にした事から、自分達に送られて来た映像を彼女はまだ見ていないのか、それとも故意に隠蔽しているのかそのどちらかだろう。

楯無は千冬の言葉を聞き、モニターに写る千冬を射殺す様に睨みつける。

 

「‥‥そうですか‥実は先程、IS委員会よりこのような映像が送られてきたのですが‥‥」

 

そう言って轡木は先程送られて来た映像を千冬に見せる。

 

「こ、これはっ!?」

 

映像を見て千冬は驚愕の表情をする。

その顔を見てどうやら千冬はこの映像の存在を今知った様だ。

だが、映像と異なる報告書を出したことについてうやむやにするつもりはない。

 

「これはどういうことですかな?」

 

轡木が千冬を睨みつける。

 

「そ、それは‥‥わ、私も現場で見た訳ではなく‥‥篠ノ之の情報のみで‥‥」

 

千冬は箒に責任転嫁させようとしているのか報告書と映像が異なるのは箒が悪い様に言う。

 

「そ、それにこの映像が真実とは限らないではありませんか。精巧に作られた映像かもしれませんし‥‥」

 

「IS委員会がその様な映像を作って何の利があるのですかな?」

 

「それは恐らく女尊男卑の理事が弟を嵌め様としているのではないかと‥‥」

 

「‥‥まぁ、事情はどうあれ、後日詳しい事情を聞かせてもらいますからね」

 

「は、はい‥‥」

 

「それとアインスさんの捜索は当然行っているのでしょうね?」

 

「えっ?」

 

轡木の言葉に対して千冬は「何を言っているんだ?」みたいな顔をする。

 

「『えっ?』ではありません。報告書と映像のどちらが事実にせよ、一人の生徒が行方不明になっているのです。探すのは教師として当然の責務ではありませんか」

 

「い、いや‥しかし、今は福音の対処が先では‥‥」

 

千冬はイヴの捜索よりも先に福音の対処を優先しようとしていた。

 

「まぁいずれにせよ、今回の件で織斑先生にはそれなりの責任はとってもらいます」

 

「なっ、そんなっ!?何故です!?」

 

「今回の福音鎮圧作戦の立案者、そして現場の責任者として責任を取るのは当然ではないですか」

 

「‥‥」

 

轡木の言葉に千冬は反論できなかった。

百秋が重傷を負い、イヴが行方不明になっているので何かしらの責任は取らなければならなかった。

だが、轡木は更に千冬を追撃する。

 

「そして、もし映像の方が事実であり、アインスさんが亡くなるような事があれば、その責任はさらに重くなりますからね」

 

そう言い残して轡木はテレビ電話をきった。

 

「‥‥」

 

「‥織斑先生?」

 

山田先生は心配そうに千冬に声をかける。

 

「‥山田先生」

 

「は、はい」

 

千冬の声は沈んでいた。

 

「直ぐに周辺の空と海を封鎖している教師部隊の半数をアインスの捜索へ差し向けてくれ」

 

「は、はい」

 

この時、千冬は改めて箒の証言が事実であってくれと心から祈った。

もし、あの映像の方が事実であるとすれば、イヴが海に墜落してからかなりの時間が過ぎている。

ISを纏っていたとはいえ、海中では絶対防御なんて役に立たないので海上に浮かび上がらなければ窒息死するし、海流に流されれば発見も難しくなる。

個人的にはこのままイヴが行方不明になってくれればいいのだが、今回に関しては自分の進退問題にも発展しかねない。

 

(福音を足止めするにしても何故あんな密着していた‥‥全く使えない疫病神が‥‥)

 

千冬は自分が強引にイヴを作戦に参加させたにも関わらず、面倒事を起こすイヴに対して完全に八つ当たりの様な思いを抱いた。

 

千冬の進退に危機が迫っている中、その一端を担った箒は意識不明の重体となっている百秋の傍にいた。

百秋は未だに呼吸器に繋がれて意識を取り戻さない。

 

「すまない‥‥百秋‥‥私がもう少し早く気づいていれば‥‥だが、百秋‥お前の怪我は決して無駄ではないぞ‥あの疫病神は死んだろうし、それに社会的にも抹殺したぞ」

 

箒は自分の報告によってイヴの社会的地位も葬ったと報告する。

だが、彼女は知らなかった。

自分の姉が学園と千冬に真相を伝えていた事を‥‥。

 

「これは我々の勝利だぞ、百秋‥‥後は福音を倒せばお前と私の株はあがり完全な勝利となる‥‥お前の仇は私がとってやるからな」

 

箒はこの後の福音の討伐作戦にも当然参加する事も百秋に伝えた。

福音討伐に意気込む箒。

そこへ、

 

「ねぇ‥」

 

「ん?」

 

「ちょっと、話があるんだけど‥‥」

 

鈴が箒に声を掛ける。

二人は旅館の外へと出ると、

 

「それでなんだ?態々外に連れ出して‥私はこの後、百秋の為に福音を討伐しなければならないのだが?」

 

「さっき、アンタが織斑先生に言った事‥アレ本当なの?」

 

鈴は箒に千冬へ報告した事が事実なのかを問う。

あの場で鈴も箒の報告を聞いていたが、鈴はどうしても箒の報告を信じられなかった。

元々イヴはこの作戦に乗る気じゃなかったし、クラス代表戦の時の事を思えば、態々横入りして他人の手柄を奪う様な性格ではない。

まだ知り合ってほんの数カ月であるが鈴はイヴの大まかな性格は理解しているつもりだ。

そのイヴが作戦の足並みを乱し、手柄欲しさに横入りしたなんて考えられない。

だからこそ、あの場に居た箒に真相を問いただそうとしたのだが、

 

「何を言うかと思えば‥‥あの場に私は居たのだぞ。その私がありのまま、見たままを報告したのだ。私が報告した事が事実だ」

 

箒は鈴にあの報告は事実だと告げる。

 

「そう‥‥」

 

鈴はまだ納得した様子はないが、このまま箒に尋ねたところで無駄だと判断し、早々に引き上げた。

 

その頃、肝心のイヴはと言うと‥‥

クロエが偽名を使ってチェックインした別のホテルの一室に束とクロエと共に居た。

 

「くーちゃん、お湯とタオル‥それからいっちゃんの着替えを‥‥」

 

「承知致しました」

 

クロエに着替えに必要なモノを頼み、束は血が付いたイヴのISスーツを脱がしていく。

ISスーツなのでその下には下着は身に着けておらず、ツナギの様な飛行服状のISスーツを脱がすとその下からイヴの白い柔肌が姿を見せる。

ただし、腹部には雪片によってつけられた傷があり、今は出血が止まっているがその姿は痛々しい。

 

「ん?‥‥これはっ!?」

 

束がイヴの傷口をよく目を凝らして見てみるとイヴの傷口はキラキラと小さく輝きを放っていた。

これはイヴのバハムートが傷口の修復を行っており、イヴが深い眠りについているのは、傷口の修復を優先しているので、余計な事に意識を集中しない様にする為の処置だった。

 

「傷口の修復演算の為にいっちゃんは眠っているのか‥‥」

 

海に堕ちた為、全身が海水でずぶ濡れ状態の為、本当はお風呂に入れたい所であったが、傷口の修復の為、それは修復が終わった後‥‥

今できる事は、お湯をつけたタオルでイヴの身体を拭いて、髪は少々塩の匂いが残るが、ドライヤーで乾かす事しか出来なかった。

 

「束様‥イヴ様は‥‥」

 

「今は傷口の修復で深い眠りについているから暫くは起きないよ」

 

「そうですか‥‥」

 

「いっちゃんが起きるまで暫くは私達も待機と言う訳だ‥‥」

 

「はい」

 

束とクロエはベッドの上で眠るイヴをジッと見つめていた。

 

一方、今回の騒動の発端となった福音も小島にて自分の体に突き刺さった雪片の処置に当たっていた。

鈍い機械音を出しながらゆっくり、確実に自分の身体に刺さった雪片を抜いていく。

そして、完全に雪片が抜けると浜辺に雪片を置く。

 

「どうやら、抜けたみたいね‥‥」

 

モバイルパソコンのモニター越しにスコールは雪片が福音の身体から抜けた事を確認する。

 

「折角の置き土産だし、使わなきゃ損よね‥‥」

 

そう言いながらスコールはモバイルパソコンのキーを打ち込むと、福音の腕からは幾つものコードが伸びてくると、やがてそれは浜辺に落ちている雪片に絡みつく。

 

『ユキヒラニガタ‥‥ロックコードカイセキカイシ‥‥』

 

スコールのモバイルパソコンのモニターには新たにウィンドウが開き、其処には解析率と書かれており、その数値は次第に上がっていく。

やがて解析率が100%になると、

 

『ユキヒラニガタ‥‥ロックコードカイセキカンリョウ‥‥アンロックモードセイコウ‥‥ツヅイテ‥ロックプログラムヲアラタニセッテイ‥‥』

 

「うふふ‥‥まさか、ブリュンヒルデ様御愛用の武器が私達、テロリスト側のモノになるなんて皮肉よねぇ~さぁ、次はどうでるのかしら?ブリュンヒルデ様は‥‥」

 

新たに雪片を装備した福音が映し出されているモバイルパソコンのモニターを見てスコールは不敵な笑みを零した。

 

まさか、百秋の残した武器が福音のモノになっている事を知る由もない千冬達。

現在、福音は静粛を保っているので、イヴの捜索に力を入れている。

 

「アインスはまだ見つからんか?」

 

「はい、未だに発見の報告は‥‥」

 

「ちぃっ」

 

イヴがまだ見つからない事に焦る千冬。

百秋も未だに意識も戻らない。

福音の作戦についても未だに変更の連絡もない。

百秋の事、イヴの行方、福音の対処、これらの事で千冬の思考回路は乱れに乱れる。

次第に冷静な判断が失われて行く。

椅子に座っている千冬は貧乏ゆすりをし、指でテーブルを荒々しく叩く。

 

「‥‥」

 

山田先生はそんな千冬に声を掛けづらくも、今の千冬の姿は見てられない。

 

「織斑先生‥先生も少し休まれてはどうでしょうか?」

 

「ん?‥あ、ああ‥すまないがそうさせてもらう。何か進展が有ったら呼んでくれ」

 

そう言って千冬は作戦室として使用している部屋から出て行った。

 



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67話

 

束の手によって救出されたイヴは現在、怪我の治癒の為、クロエがチェックインしたホテルのベッドにて静かに眠り続けていた。

その頃、IS学園の生徒達がいる旅館では‥‥

 

「ねぇ、セシリア」

 

「なんでしょう?鈴さん」

 

鈴が一度、辺りを見回した後セシリアに声をかけた。

 

「箒の報告‥あれ、どう思う?」

 

鈴はセシリアに箒の報告について尋ねた。

 

「篠ノ之さんの報告ですか‥‥そうですね‥‥」

 

セシリアは顎に手を当てて考え込む仕草をとり、

 

「やはり、どこか腑に堕ちませんわね‥‥クラス代表選抜で私、イヴさんと戦った事がありますが、イヴさんの実力はまさに代表候補生でもトップレベル‥‥いえ、国家代表クラスですわ。そんなイヴさんが福音に負けるなんて‥‥それ以前にイヴさんの普段の生活態度を見る限り、やはり篠ノ之さんの報告を完全には鵜吞みにはできませんわね」

 

百秋派のセシリアであったが、彼女は別に百秋や箒、千冬程にイヴを嫌っている訳ではなかった。

その為、鈴同様、セシリアは箒の報告を第三者的目線‥‥普段のイヴの生活態度や彼女の実力から見ても福音に負ける。ましてや手柄を横取りする様な行為をするなんて考えにくく、セシリアも箒の報告には懐疑的だった。

 

「ふぅ~」

 

セシリアと分かれ、鈴が自動販売機で飲み物を買いそれを飲んでいると、

 

「鈴‥‥」

 

そんな時、簪が鈴に声をかける。

やはり、イヴが福音討伐作戦に参加した事からイヴの様子が心配になり鈴に声をかけたのだ。

簪のすぐ傍にはシャルルとラウラの姿もある。

 

「簪‥それにシャルルにラウラも‥」

 

「鳳さん、福音はあれからどうなったの?」

 

「それにイヴは無事なの?もう戻って来ているの?」

 

「我々には一切の情報がなくてな‥‥しかし、先程、篠ノ之が戻って来たのをチラッと見たので、気になってな‥‥」

 

「‥‥」

 

鈴はどうしようかと迷ったが、福音のスペックを伝える訳ではないので、鈴は簪とシャルル、ラウラに箒の報告とイヴが現在行方不明となっている事を伝えた。

箒の報告を聞いた時、簪の身体から瘴気の様なモノが一気にブワッと出てきた。

 

「あのアマぁ~ふざけやがってぇ~何、出鱈目をほざきやがる‥‥私のイヴがそんな事をする訳がないじゃない」

 

「「「‥‥」」」

 

簪がブツブツと何かを呟き、鈴とシャルル、ラウラがドン引きする。

しかし、いつまでもドン引きしている訳にはいかない。

何せイヴが行方不明なのだから‥‥

 

「そ、それよりも福音の討伐は無理でもイヴの捜索ならば、外交問題には触れない筈だ。我々もイヴの捜索に加わるのはどうだろうか?」

 

ラウラがイヴの捜索に志願してはどうかと提案すると、

 

「そ、そうよ‥イヴはきっと私の助けを待っている筈よ。行きましょう!!直ぐに行きましょう!!」

 

簪は瘴気を引っ込めてラウラの提案に乗る。

ただ鈴だけは、

 

「私は福音の討伐組だから次の指示が出るまで此処で待機するわ。それにあのバカ共(百秋と箒)の監視役もあるし‥‥」

 

鈴は一応、箒達の監視役として残ると言う。

 

「わかった」

 

「それじゃあ、お願い」

 

「ええ」

 

簪達はイヴの捜索へと向かうことにした。

それでも一応、教師からの許可は得なければならないので簪達が、千冬が作戦室として使用していた部屋へと行くと、そこに千冬の姿はなく教師は山田先生が居た。

簪達にとっては好都合だった。

千冬相手では、きっとイヴの事を毛嫌いしている千冬の事だ、絶対に自分達にイヴの捜索の許可を与えないだろう。

だが、山田先生相手ならば、方法はある。

それにちゃんと教師からの許可を得て出れば、いくら千冬でも文句は言えない筈だ。

 

「更識さん、デュノア君、ボーデヴィッヒさんまで‥‥部屋で待機の筈じゃあ‥‥」

 

「そんな事よりもイヴが行方不明と聞きました。捜索はされているんですか!?」

 

簪は山田先生に詰め寄りイヴの捜索が行われているのかを問う。

 

「い、今、海上と空を封鎖している他の先生達に連絡してアインスさんの捜索をしてもらっています」

 

「それなら、僕達もアインスさんを探しに行きます」

 

シャルルが山田先生に自分達もイヴの捜索へ志願する。

 

「で、でも‥‥」

 

山田先生はシャルル達の志願に対してやや消極的だ。

それは、シャルル達が福音の討伐に関して辞退したからだ。

 

「山田先生、我々は確かに福音の討伐に関しては辞退しました。しかし、福音の討伐とイヴの捜索は別物の筈です」

 

ラウラが福音とイヴの問題は別問題だと指摘する。

 

「た、確かにそうかもしれませんけど‥‥」

 

ラウラの指摘を受けても未だに煮え切らない山田先生。

そんな山田先生の態度に、

 

「山田先生‥‥」

 

「は、はい」

 

簪が底冷えするかのような声を出し山田先生の肩をガシッと掴む。

 

「今回の一件でこの臨海学校に参加した教師全員は何かしらの責任をとらされるでしょう。ですが‥もしも‥‥もしも、イヴが死んだ場合、その責任はより重いものになるでしょうね‥‥そうしたら、二度と教壇に立てなくなるかもしれませんよ」

 

「そ、そんな‥‥」

 

「それどころか最悪の場合、業務上過失致死傷の罪に問われるかもしれませんよ」

 

「ぎょ、業務上過失致死傷‥‥」

 

簪から罪状を言われ震え上る山田先生。

 

「刑務所での暮らしは結構きついみたいですよ‥刑務官からの懲罰と言う名の暴行や先輩受刑者達からの嫌がらせ‥‥それに出所して再就職できますかね~‥‥女性でも前科持ちではこのご時世じゃ、難しいかもしれませんよ~」

 

「うぅ~」

 

簪の言葉を聞いて涙目状態な山田先生。

 

「それが嫌ならさっさと決断しろ‥‥私達にイヴの捜索の許可を出すか、それとも教職を捨てムショにブチ込まれるか、二つに一つだ」

 

簪は山田先生を半ば脅す様な感じで決断を迫らせる。

 

「わ、わかりました‥‥アインスさんの捜索の許可を出します‥‥で、ですが、あくまでもアインスさんの捜索が目的ですからね。危険な事はダメですからね」

 

「はい、わかりました」

 

イヴの捜索の許可が下りると簪は先程までの表情とはうって変わって大らかな表情となる。

 

「「「‥‥」」」

 

簪と山田先生とのやり取りを見ていた鈴たちは呆然としていた。

 

「さあ、行きましょう」

 

しかし、簪の声でハッと我に返り部屋を出て、それぞれの専用機を展開するとイヴの捜査へと向かった。

 

簪達がイヴの捜索へ向かった頃、束の手によってホテルへと運ばれたイヴはと言うと‥‥

 

「う‥‥うーん‥‥」

 

傷が回復し、うっすらと目を開ける。

 

「あっ、いっちゃん、気が付いた!?」

 

イヴがうっすら目を開けた事に気づき声をかける束。

しかし‥‥

 

「篠ノ之束か‥‥」

 

束を見た時のイヴの口調に違和感を覚える束。

いつものイヴならば自分の事を『たばちゃん』と呼ぶはずなのに今、イヴは自分の事をフルネームで呼んだ。

 

「‥‥お前は誰だ?」

 

イヴの異変に気づいた束は声を低くしてイヴに問う。

 

「お前はいっちゃんじゃないだろう?お前は誰だ?」

 

「イヴから聞いていないのか?私はイヴの中に居るもう一人の存在だ」

 

「お前が‥‥」

 

束はイヴから確かにイヴの中にもう一人の存在が居る事は聞いていた。

こうして実際に会うのは初めてだ。

見た目はイヴと変わらないが、雰囲気はイヴとは異なる。

 

「丁度いいや、お前に聞きたい事がある」

 

「ん?なんだ?」

 

「以前、いっちゃんからきいたんだけど‥‥お前あのふたなり野郎の事が好きなんだってな」

 

束はビシッとイヴ(獣)に指を突きつけ、シャルルの事を好いているのだろうと問う。

 

「あん?イヴから聞いていなかったのか?」

 

イヴ(獣)は意外そうな顔をして束に尋ねる。

 

「表のイヴは分からないが、少なくとも私はデュノア君を友達ではなく、一人の男として見ている」

 

「ふん、あんなふたなり野郎の何処が良いんだ?そもそもアイツは男じゃない、ふたなりなんだよ!!ふたなり!!」

 

「だからなんだ!?」

 

「っ!?」

 

イヴ(獣)に対して束はシャルルの事は諦めろと言うが、イヴ(獣)は大きな声を出して束を怯ませる。

その眼光は鋭く、これ以上シャルルの事をふたなり野郎と言えばその牙と爪が自分に向けられるかもしれない。

クロエもイヴ(獣)の雰囲気に押されて身動きがとれない。

 

「そもそも、私を誕生させるきっかけを作ったのは誰だ?」

 

「‥‥」

 

イヴ(獣)の問いにバツ悪そうな顔をして視線を逸らす束。

 

「ふん、自覚はあるようだな‥‥そう、お前だ!!篠ノ之束!!お前がISなんてガラクタを作らなければこんな腐った世界にはならなかったし、イヴもこんな体にはならなかった!!そして、私も生まれる事はなかった!!」

 

「‥‥」

 

イヴ(獣)の語る内容が事実なだけに束は反論できない。

 

「それで、お前はイヴ(私)の恋愛事情についても口を出すのか!?」

 

「恋愛って‥‥それはお前の事情であって、いっちゃんはアイツとは恋仲になっていないはずじゃないか!!」

 

「そう言いきれるのか?」

 

「えっ?」

 

「表のイヴがデュノア君に恋心を抱いていないと言い切れるのか?」

 

「そ、それは‥‥」

 

確かに表のイヴも少なからずシャルルの事を意識している事を束はこの臨海学校にて彼女の口から聞いている。

 

「くっ‥‥」

 

満足に反論できず束は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 

(やはり、恐れていた事になりつつあるか‥‥)

 

束が恐れる事、それは表と裏の両方のイヴがシャルルに恋心を抱く事。

束はこれまで沢山の人の悪意によって傷ついて来たイヴ(一夏)が他人(シャルル)に恋心を抱いてもまたソイツに裏切られ傷つくのではないかと心配していた。

だからこそ、イヴの周りに人を‥特に異性を近づけたくはなかった。

 

(当初の計画通り、事を進めたいけど、福音もあるしそれに今のいっちゃんは私の知っているいっちゃんじゃないから、アレは使えない‥‥今、下手な動きをしたら私が殺されてしまうから、此処はもう少し様子を見よう‥きっとチャンスはある筈だ)

 

束は元々この臨海学校である計画を練っていたが福音の暴走のせいでその予定が狂ってしまったが、まだ臨海学校が終わった訳ではないので、兼ねての計画を実行するチャンスはまだあると踏んでいた。

 

「‥‥わかった‥個人の恋愛問題について他人の私が口出しをするような問題ではなかったね。ならば君達の好きにするがいいさ」

 

「ほぉ~物分かりがいいじゃないか、流石天災」

 

束の言葉に満足したのかイヴ(獣)はその警戒心の様なピリピリした雰囲気を解いた。

 

「それで、私(イヴ)が落とされてから何があった?」

 

そしてイヴ(獣)は、表のイヴが百秋の手によって撃墜された後の事を束とクロエに尋ねる。

 

「‥‥くーちゃん。説明してあげて」

 

「承知しました」

 

束はクロエに頼んであの後の事を説明する為、イヴ(獣)にあの後の映像を見せた。

 

「ハハハハハ‥‥あのバカ、あっさりと返り討ちにあってやんの!!ハハハハハ‥‥」

 

イヴ(獣)は雪片でイヴを撃墜後、福音の攻撃をもろに喰らった百秋の映像を見て腹を抱えて笑っていた。

 

「「‥‥」」

 

そんなイヴ(獣)の様子に束もクロエも何とも言えないリアクションだった。

 

「なんだ?リアクションが少ないな」

 

「いや‥‥その‥‥」

 

「そこまで笑えるものですか?」

 

「けど、実際笑っちゃうだろう?もしも立場が逆だったらアンタらだって腹抱えて笑いこけているよ」

 

「そうでしょうか?」

 

イヴ(獣)の言葉にちゃんと返答する律儀なクロエ。

 

「それで、このガラクタは今どこにいる?」

 

イヴ(獣)が福音の現状を尋ねる。

 

「この座標にある小島にて静止しています。福音も雪片から受けた傷の修復をしているものかと‥‥」

 

「そうか‥‥なら、ちゃっちゃと行って片付けるとするか」

 

イヴ(獣)がベッドから降りた時、彼女はそこで初めて自分が今、服も下着も纏っていない素っ裸である事に気づく。

 

「おい、どうでもいいが、なんで私は服を着ていない?」

 

束とクロエに自分が服を着ていない事を尋ねると、

 

「傷の具合を確かめるためにやむを得ませんでした」

 

束の代わりにクロエが淡々と答える。

 

「そうか‥でも、私が寝ている事をいいことに変な事をしなかっただろうな?特にそこの天災」

 

「ちょっ、なんで私だけ!?」

 

「「‥‥」」

 

イヴ(獣)とクロエは自覚が無いのか?と思いつつジト目で束を見る。

 

「な、なにさ、その目は!?しかもくーちゃんまで!!」

 

「だって、普段のお前をみるとねぇ‥‥」

 

「ええ‥‥」

 

「ひどいっ!!」

 

束はクロエからも言われて涙目になる。

 

「さて、おふざけはここまでにして‥‥」

 

イヴ(獣)が目を閉じると、彼女の身体が突然発光し始める。

束は思わずその眩さに目を閉じる。

そして、再び目を開けると、イヴ(獣)は紺と銀のドレス甲冑を身に纏っていた。

ナノマシン構成により、彼女は服を構築したのだ。

 

「さて、では行くとするか‥‥」

 

髪を一度かきあげてベランダの窓を開けると、イヴ(獣)は背中に羽根を生やすとそのまま行こうとする。

 

「ISは纏わないのですか?」

 

クロエが福音相手にISを使わないのかと問う。

 

「ああ、ISは全力を出すのに邪魔だからな‥それにあのガラクタ(福音)は無人機‥‥別に破壊しても構わないのだろう?まぁ、表のイヴが今回の福音の暴走に関して何か思惑があるようだからな、コアだけは無傷で手土産に持って来てやるよ‥で、あのガラクタのコアは何処にあるかわかるか?」

 

「少々お待ちを‥‥」

 

クロエがハッキングを駆使して福音の情報を集め、

 

「判明しました‥‥福音のコアは人で言う心臓の辺りに搭載されています」

 

「OK、それじゃあ、また後でな‥‥」

 

イヴ(獣)は背中の羽根を羽ばたかせ、ベランダから飛び立ち福音の下へと向かった。

 

イヴ(獣)が福音の討伐へと向かったその頃、IS学園の生徒達がいる旅館内、百秋が治療を受けている部屋では、

 

「百秋‥すまなかった」

 

千冬にしては珍しく弱々しい声を出して眠っている彼の頭を撫でている。

彼女にとってもはや血の繋がった家族は百秋のみとなっている。

それ故に千冬は百秋には日々辛く当たりながらも強くなって欲しいと言う願いが含まれていた。

しかし、今回の福音討伐で百秋は重傷を負ってしまった。

当初はイヴのせいかと思っていたが、学園からあの映像が送られてきた。

箒の報告とあの映像‥どちらが真実かは今の千冬にとってはどちらでもよかった。

 

(ふっ、私も随分と弱くなったものだな‥‥)

 

思えばあの第二回モンド・グロッソで百秋が誘拐されてから千冬は百秋を強く意識する様になった。

彼がISを初めて動かしたと聞いた時、自身を守るための強力な力が手に入る反面、この女尊男卑の時代に面倒な事になったと複雑な気持ちを抱いた。

千冬が百秋を慈愛に満ちた目で見ていると、

 

「千冬さん!!」

 

そこへ、箒がやって来た。

 

「織斑先生だ馬鹿者」

 

千冬は慌てて織斑百秋の姉、織斑千冬から普段のIS学園教師、織斑千冬となり、箒に呼び方を訂正させる。

 

「そ、それよりも織斑先生。私をもう一度、福音の討伐へ行かせてください!!」

 

箒はもう一度、福音の討伐を志願する。

 

「百秋を此処まで傷つけた福音をこのまま放置できません。幸い奴は百秋の手によって損傷を受け、この近くで停滞しています」

 

「‥‥」

 

「奴が機能を停止している今が奴を討つ絶好のチャンスなんです」

 

「‥篠ノ之」

 

「はい」

 

「‥墜とせるか?福音を‥‥」

 

「むろんです!!今度は邪魔をするアイツが居ません!!例え、百秋が不在でも私と紅椿の力をもってすれば手負いの福音などたやすく討伐できます!!」

 

箒は自信満々で千冬に福音を倒せると言う。

 

「織斑先生、私も行きますわ」

 

そこにセシリアも福音の討伐に参加すると言う。

 

「‥わかった‥許可しよう。鳳を含め、討伐に参加した専用機持ちは全員で福音の討伐に迎え!!」

 

千冬は二度目の福音討伐の指示を出した。

 

「「はい!!」」

 

箒とセシリアは勇んで福音の討伐の為の準備を行った。



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68話

 

IS学園における一年生の行事の一つ、臨海学校の会場となった海辺の町の沖合にある小さな小島‥‥

その小島の浜辺に福音はいた。

ステルスモードを発動し、まるで胎児のような格好で浜辺から少し浮いた状態で制止する福音。

その福音がいる浜辺に突如、隕石が落下した様な衝撃が走り轟音が鳴り響く。

大きな衝撃で浜辺の砂が舞い上がる。

福音のセンサーはその砂煙の中に立つ一人の人影を捉える。

 

「よぉ、ガラクタ‥‥」

 

砂煙の中からは底冷えするような声がした。

やがて、砂煙が晴れると其処にはドレス甲冑を纏い、手にはバルニフィカスを部分展開し、背中には白い翼を生やしたイヴの姿があった。

 

「退屈だっただろう?遊びに来てやったぜ」

 

福音を視認したイヴはニヤリと不敵な笑みを零す。

そして、彼女は福音が手にしている雪片に気づく。

 

「へぇ~随分と面白そうなおもちゃを持っているじゃないか‥‥さあ、殺り合おうぜ‥‥今度は本気の手加減なしだ」

 

バルニフィカスを大剣モードにして福音へと肉薄するイヴ。

当然、福音も雪片で応戦する。

 

ガキーン!!

 

イヴのバルニフィカスと福音の雪片がぶつかり合う。

ガチャ、ガチャと鍔迫り合いが繰り広げられる中、

イヴの髪の毛が伸び、拳の形を形成すると福音の横腹を思いっきり殴る。

横からの突然の攻撃に福音は吹き飛ばされる。

 

「ピィ‥‥ガァ‥‥ガァ‥‥」

 

吹き飛ばされた福音は何が言いたげに機械音を鳴らす。

 

「卑怯だとか抜かすんじゃねぇぞ、ガラクタが‥‥これは殺るか殺られるかの戦いだ」

 

イヴはそう言って髪の毛を物凄い長さまで伸ばし、福音へとけしかける。

彼女の髪の先端はハエトリグサの様な形状となり、福音を掴みかかろうとする。

福音の方も銀の鐘を最大稼働させ、反撃に移る。

無数の光弾が福音の周りに展開され、それが射出される。

しかし、光弾がイヴの髪の毛に当たっても直ぐに再生し福音へと迫る。

回避行動で動きが鈍る福音。

 

「ほらほら、どうした!?足元がお留守だぜ!!」

 

イヴが福音の真下から突撃する。

防御を無視した捨て身の特攻の様に思えるが、福音の光弾がイヴに向かってきても触手の様に伸びた髪の毛がイヴ自身を防御して致命打を与えられない。

 

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

イヴの渾身の斬撃が、福音の片翼を切断した。

しかし、福音もただではやられず、片翼になりながらも体勢を立て直し、イヴに回し蹴りを放つ。

髪の毛でガードしつつも全ての衝撃を吸収できずに吹き飛ばされる。

 

「て、テメェ!!」

 

再びバルニフィカスを振りかざし急加速で福音へと迫るイヴ。

すると福音は左手でバルニフィカスを握りしめた。

 

「くっ」

 

そして右手に持つ雪片でイヴを突き殺そうとするが、雪片にイヴの髪の毛が巻き付く。

 

「残念だったな‥‥アブソルート‥‥発動!!」

 

イヴが相手のエネルギーを奪うアブソルートを発動させ、福音のエネルギーを奪い始める。

福音も自身のエネルギーがイヴに奪われている事に気づき、雪片から手を離し、握っていたバルニフィカスからも手を離す。

イヴと距離を取りつつ、福音は、残っていた片翼を広げ、光弾を放とうとした。

 

「逃がすか!!」

 

イヴはバルニフィカスを持たぬもう片方の手に小さな翼を生やすと、羽根が弾丸の様に飛び、福音の身体に突き刺さる。

そしてイヴがパチンと指を鳴らすと、突き刺さった羽根が一斉に爆発する。

ゼロ距離での爆発により、福音の装甲の彼方此方が剥げる。

やがて福音は、爆炎の中から海上に向けて落下していき、水柱を立てて海中へと沈む。

 

「あっ、ヤバッ、アイツのコアを回収するのを忘れてた‥‥どうしよう‥‥」

 

戦いに夢中になるあまり、イヴは福音からコアを抜き取るのを忘れてしまった。

髪の毛を元の長さに戻しながら、束に頼んで潜水服を用意してもらおうかと思っていると、海中から強烈な光が海を割るかのように聳え立つ。

青白い光の柱は、海面をへこませ、その中心に福音が自らを抱くように蹲っている。

 

「ガラクタの分際で生意気に二次移行したか‥‥」

 

その瞬間、蹲っていた福音が体を起こし、次の瞬間、翼を失ったはずの頭部からエネルギー翼が発生、更に枝分かれし、四対八枚の翼を広げた。

そして、光の珠が弾け飛び、福音はまるでイヴを睨みつけるかのように彼女の方へと頭部を向ける。

すると、エネルギー翼から発生した光の粒子が福音の頭上に集中し、見る見るうちに巨大な光の球となり、次の瞬間、特大の砲撃となってイヴに襲い掛かった。

 

「ちっ」

 

イヴも背中の翼の数を増やし、そのまま自身の身体を翼で包み込み福音の攻撃を防御する。

福音は射撃しつつイヴとの距離を詰め、拳でイヴの翼の繭に拳打を打ちこむ。

 

バサッ

 

繭となっている翼を大きく広げ、福音を強引に吹き飛ばす。

しかし、福音は直ぐに光弾を出し、イヴへと打ちこむ。

 

「舐めるなよ!!ガラクタがぁ!!」

 

一方のイヴは腕と背中の翼の羽根で迎え討つ。

福音の光弾とイヴの翼の羽根が互いに命中し合う度に空に花火の様な爆発と光球が起こる。

そしてその爆発の中、イヴと福音は互いに接近戦を行いイヴは雪片とバルニフィカスの二刀流、福音は拳でやり合う。

 

イヴと福音の戦闘は遠方の方からも確認できた。

旅館にて福音との再戦を決意しその準備をしていた箒は遠くの空の彼方で光る光球と爆発音を聞き、

 

「一体‥何が‥‥」

 

「篠ノ之さん、大変です。福音が再び活動を開始しました」

 

作戦室で福音の動向を窺っていた山田先生が箒の下にやってきて福音に動きがあった事を伝える。

 

「では、あの爆発音は‥‥」

 

「はい、福音がどうやら何かと戦闘をしているみたいなんです」

 

「何か?‥‥何と戦っているんですか?」

 

「そ、それが分かりません‥‥」

 

「哨戒に出ている先生の誰か、自衛隊、在日アメリカ軍とか?」

 

「いえ、その様な連絡は一切此方には入っていません。その‥篠ノ之さん、この状況で出撃するのは危険ではありませんか?もう少し情報は入ってからでも‥‥」

 

山田先生は今福音が何と戦っているのか不明なこの現状で福音との再戦は危険ではないかと指摘する。

しかし箒は、

 

「いえ、危険は承知しています。ですが、今は一刻も早く福音の暴走を止めなければなりません。百秋がやられてしまった今、戦えるのは私だけなのですから」

 

「篠ノ之さん‥‥わかりました。でも、絶対に無茶だけはしないでくださいね。危険と判断したら、直ぐに逃げて下さい」

 

「はい」

 

紅椿の準備が整い、

 

「篠ノ之、紅椿出るぞ!!」

 

箒は紅椿を纏い、空へと舞い上がる。

行き先は福音の居る空‥‥。

その福音が居る空では、イヴと福音の戦いが続いていた。

イヴの瞳孔は完全に開いており、それはイヴがかなり本気となっている事を示していた。

イヴのバルニフィカスと雪片、髪の毛、羽根の攻撃を福音は翼と拳で受け止めつつ、拳と蹴り、光弾でイヴを攻撃する。

互いに攻撃し防御し、攻撃を躱す。

しかし、どちらにも疲労が見え始めてきた。

無人機の福音に疲労などは感じないが、雪片とアブソルートを展開しているバルニフィカスの影響でエネルギーが吸われ、福音自体も段々と余裕がなくなり始めたのだ。

光弾を撃てばバルニフィカスに吸収されエネルギーを回復、雪片へと回す。

だが、それを扱っているイヴの体力も無限と言う訳ではない。

その為、互いに攻撃がエネルギー、体力の消耗を控える為単調になり始めた。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

(くそっ、まさかこの私が‥‥殺戮の銀翼が此処まで苦戦するとは‥‥)

 

「‥‥」

 

「ふぅ~‥‥」

 

一息ついて興奮した気分を落ち着かせる。

伸びた髪の毛、バルニフィカスを引っ込める。

雪片だけは自分の装備品ではないので、引っ込める事ができない。

イヴとしてはアイツの愛用の武器と言う事が気に食わないが、雪片の能力は止めの一撃には十分な一撃となり得る。

福音も拳を構える。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

互いに空中でそれぞれ構えたまま睨み合う。

勝負は恐らく次の一撃で決まる。

イヴがカッと目を見開き福音へと迫る。

福音もイヴへと迫る。

距離がどんどん縮まっていく中、福音は拳の一撃ではなく、特大の砲撃をイヴへ当てようとする。

それは最初にイヴが福音と鍔迫り合いをした時、真横から髪の毛パンチを不意打ちでくらわした様に不意打ちには不意打ちでお返ししてきた。

そんな福音にイヴは雪片を投擲した。

エネルギー無効能力を持つ雪片は放たれた砲撃に突き進む。

福音の砲撃と雪片がぶつかり合い、砲撃のエネルギーが分解され、四散してゆく。

雪片は砲撃を分解しながら勢いを緩めず突き進む。

遂に砲撃を貫き、同時に同じエネルギーで出来ていた福音の翼も分解して消し去った。

いきなり翼を消し去られた福音は動けない。

 

「これで終わりだ!!ガラクタがぁぁぁぁー!!」

 

イヴが福音の懐に飛び込み拳を金属化+ナックル状にして福音の心臓部分を貫く。

 

「‥‥」

 

「ピィ‥‥ガァ‥‥ガァ‥‥ガァ‥‥ガァ‥‥」

 

福音は機械音声を出し、身体の彼方此方から火花を散らす。

イヴが福音の身体から手を引き抜くと、その手には福音のコアが握られていた。

そして、福音の首を掴むとそのまま小島の方へ投げつける。

轟音と砂煙を巻き上げ、福音は砂浜に叩き付けられる。

ゆっくりと浜辺に降り立つイヴ。

 

「‥‥」

 

砂浜に叩き付けられ、沈黙する福音を見下ろすイヴ。

コアを抜かれた為、福音は完全に機能を停止した。

 

「ふぅ~‥‥」

 

目標が完全に機能を停止した事を確認したイヴは一息ついた。

そして、イヴは福音のコアを懐に仕舞った。

福音のコアは手に入ったし、もう此処には用は無い。

さっさと束の下へと行き、コアを手渡そうとした時、

 

「こ、これはっ!?」

 

この場に訪問者を告げる声がする。

咄嗟にイヴは背中の翼を引っ込める。

 

「おや?これはこれは、篠ノ之束の付属品、篠ノ之箒じゃないか」

 

そう、やってきたのは福音を討伐しにやってきた箒だった。

勿論、箒はイヴの変化には気づいていない。

今自分の目の前に居るイヴが普段のイヴではない事に‥‥

 

「っ!?貴様はアインス!!どうして此処に!?」

 

「どうして?はっ、それは愚問だぞ、付属品。私が此処に居るのはコイツに用があったからだ‥このガラクタにな」

 

そう言ってイヴは砂浜に埋まりかけている福音の頭を踏みつけその体に刺さっている雪片を引っこ抜く。

 

「そ、それは、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)!?まさか、お前が倒したのか!?」

 

「此処に私とお前以外の誰が居る?」

 

「何、勝手な事を!!そいつは私の獲物だったのだぞ!!それを‥‥」

 

箒はイヴが福音を倒した事に不満があるらしく、イヴに食って掛かる。

 

「『私の獲物』だと?ふっ‥フフフフ‥‥ハハハハハ‥‥」

 

箒の発言を聞いてイヴは腹を抱えて笑う。

 

「貴様、何がおかしい!?」

 

「私でさえ、コイツには少々骨が折れたのだぞ、それを姉の七光りのおかげで手に入れた中途半端な力で勝つつもりとはな、ハハハハハ‥‥」

 

「き、貴様~疫病神の分際で‥‥!!」

 

「けど、実際笑っちゃうだろう?もしも立場が逆だったらアンタだって腹抱えて笑いこけているよ。ハハハハハ‥‥」

 

尚も笑い続けるイヴの姿を見て、箒は顔を俯かせ、プルプルと身体を震わせる。

そして、キッと怒りに満ちた顔を上げると、両手に空裂と雨月を装備してイヴに斬りかかって来る。

当然イヴは箒の行動も読んでいた。

イヴは箒の剣撃を雪片で受け止めると、箒の腹に思いっきり蹴りを入れる。

 

「がはっ‥‥」

 

(こ、コイツ‥ISの絶対防御の上から蹴りを入れたのに‥‥)

 

箒はイヴが生身の状態でISの絶対防御の上から蹴りを入れて、ISを纏った自分の方を蹴り飛ばしイヴ自身、足には全然ダメージがない様子。

 

「くっ、この‥‥」

 

箒は再びイヴに斬りかかる。

 

(単調な攻撃‥‥)

 

イヴは次にどんな風に遊んでやろうかと思案していると、箒の近くに多数のミサイルが着弾する。

 

「な、なんだ?」

 

箒はミサイルが飛んできた方向を見ると、其処には冷たい目で箒を空から見下ろしている簪の姿があった。

 

「更識、お前!!いきなり何をする!?」

 

箒が声を荒げると、

 

「‥‥篠ノ之さん‥何をしているのかな?‥かな?」

 

口を開いた簪の声は目と同じく冷たい声で箒に何故イヴに斬りかかっているのかを尋ねる。

 

「『何を』だと!?コイツは、私の獲物を横から奪い取ったのだぞ!!」

 

箒が砂浜に埋まりかけている福音を指さして声を荒げる。

簪も箒の指先にある福音をチラッと見て、

 

「貴女の獲物?福音が?ハッ、貴女程度の小物が福音の相手?フッ、笑えないジョークね」

 

簪は鼻で箒を笑う。

 

「お前までも私を愚弄するか‥‥」

 

箒は今度、簪に斬りかかる。

 

「これまでの私だと思って甘く見ていると痛い目に遭うぞ!!丁度いい、タッグトーナメントでの借り、此処で還させてもらうぞ!!」

 

これまでの箒は学園の訓練機である打鉄を纏っていたが、今の自分は束のお手製の専用機を持っている。

束のお手製の専用機が同じ専用機とは言え、そこら辺の企業が製作したIS如きに負けるとは思っていなかった。

 

「はぁぁぁー!!」

 

空裂と雨月で斬りかかる箒を簪は夢現で迎え撃つ。

空中で箒と簪が戦っている中、

 

「「イヴ!!」」

 

「アインスさん」

 

「無事ですか?」

 

鈴、ラウラ、シャルル、セシリア達、イヴの捜索メンバーも駆け付けた。

 

「えっと‥‥」

 

「これは‥‥」

 

「一体どういう状況ですの?」

 

「なんで?箒と簪が戦っているの?」

 

鈴達は何故、福音ではなく箒と簪が戦っているのか理由が分からず、首を傾げている。

 

「それよりも福音はどうなった?」

 

ラウラが福音の行方を尋ねる。

 

「あ?ああ‥あのガラク‥‥福音はあそこで埋まっているよ」

 

福音を思わずガラクタと言いそうになったイヴであったが慌てて訂正し、福音が埋まっている浜辺を指さす。

 

(あっ、このアインスさんもう一人のアインスさんだ‥‥)

 

瞬時にシャルルだけは今のイヴは表のイヴではない事に気づく。

 

「それで、箒さんと更識さんはなんで模擬戦をしていますの?」

 

セシリアが箒と簪が戦っている理由を尋ねる。

 

「うーん‥私にもよく分からないんだよねぇ~箒は最初、私に斬りかかってきて、其処を簪が助けてくれたんだけど、その後でああなっちゃって‥‥」

 

イヴも箒と簪の方へと視線を向ける。

空中では箒と簪が未だにドンパチを繰り広げているが、戦況的に簪が有利だ。

箒の斬撃を夢現でいなしている簪。

やはりISの騎乗時間‥専用機に乗り慣れている点から簪の方が箒よりも勝っている。

やがて、簪が箒の空裂と雨月を弾き飛ばし、夢現を180度反転させ、柄の部分で箒を叩き、浜辺に叩き付ける。

 

「くっ‥‥」

 

箒が起き上がると、簪は夢現を箒に突きつける。

 

「勝負あり‥ね‥‥」

 

「‥‥」

 

「篠ノ之博士のお手製のISも今の貴女には宝の持ち腐れよ」

 

簪の言葉に顔を歪ませる箒。

 

「まだ、やるつもりなら、今度は貴女の御自慢のISをスクラップにするわ」

 

完全に箒の戦意を削ぐ簪。

簪の覇気に当てられ、箒はガクッと項垂れる。

もし、今の姿を16代目当主‥簪の父親が見て入ればもしかしたら、簪が楯無に襲名していたかもしれない。

項垂れる箒からクルッと踵を返しイヴへと向き直ると、

 

「イヴ、良かった!!無事だったんだね!!」

 

箒に剥きだしていた覇気を引っ込めてパァっと花が咲く様な笑みを浮かべる。

その変わり様に箒以外の皆は少しドン引きした。

 

「う、うん‥心配してくれてありがとう」

 

「それより、その恰好は何?」

 

簪はイヴのドレス甲冑について尋ねる。

 

「ああ‥戦闘衣装‥かな?‥えっと‥何処か変かな?」

 

「ううん、良く似合っているよ。イヴ、ワルキューレみたいだよ」

 

簪は頬を赤くしながら言う。

 

「さっ、戻ろう」

 

簪はイヴの手を引いて旅館へ戻ろうと言う。

 

「あっ、ちょっとゴメン。私、寄るところがあるから、皆は先に戻っていて」

 

「イヴ」

 

簪はイヴがまだ戻らない事に関して寂しそうな表情になる。

 

「大丈夫、直ぐに戻るから」

 

チュッ

 

そう言ってイヴは簪の額にキスをする。

 

「い、い、い、い、い、イヴ!?」

 

額とは言え、突然イヴからキスされた事に驚愕し、顔を真っ赤にする簪。

 

「さっきのお礼‥ねっ」

 

イヴは簪にウィンクしてリンドヴァルムを纏い空へと舞い上がって行った。

束に福音のコアを渡す為に‥‥

 

「い、い、イヴが‥‥私に‥‥」

 

先程のイヴからのキスが余程嬉しかったのか頭から煙を出している簪。

顔はまるで酔っぱらったかのように真っ赤だ。

 

(僕がアインスさんとキスした事を知ったら、僕‥殺されるかも‥‥)

 

額ではなく、唇同士でのキスをした事のあるシャルルはイヴとキスをした事が簪にバレた場合、自分は殺されるのではないかと思い、想像しただけで身震いをする。

 

「取り合えず、簪は私が連れて帰るから、セシリアとシャルルは福音をお願い」

 

鈴が簪に肩をかして旅館に戻ると言う。

今の状態の簪の一人飛行は余りにも危険だ。

 

「了解ですわ」

 

「わかった」

 

シャルルとセシリアは機能を停止した福音の手を両方から持って旅館へと戻った。

箒は暫くの間、簪に敗北した事と彼女の言葉で凹んでいた。

 

 




※イヴのドレス甲冑はfateシリーズのセイバーオルタのドレス甲冑をご想像下さい。


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69話

福音を倒したイヴはその福音のコアを束に届ける為に一時、イヴを探しに来た簪達と分かれ、束の居るホテルへと向かった。

その途中で、人目が無くなるとISを解除して自らの翼で束の居るホテルを目指した。

束がクロエと共にホテルの部屋でイヴの帰りを待っていると、

 

スタッ

 

ベランダに誰かが降り立つ音が聞こえた。

それは束とクロエの待ち人であるイヴに他ならなかった。

 

「いっちゃん‥いや、この場合は敬意をこめて、殺戮の銀翼と呼んだ方がいいのかな?」

 

「どちらでも好きな方でいいよ。ほら、コレ‥‥」

 

そう言ってイヴは懐から福音のコアを取り出し束に手渡す。

 

「はい、確かに‥‥ん?ソレより大丈夫?少し顔色が悪そうだけど?」

 

「それが‥‥ちょっと、無理をしたみたいだ‥‥体中が重いし眠い‥‥」

 

そう言うとベッドに倒れるイヴ。

イヴが倒れると同時に纏っていたドレス甲冑も消滅し、彼女は一糸纏ぬ姿となる。

 

「次に目が覚める時は、お前の知っているイヴになっているだろうが、この身体が寝ているからと言ってあまり変な事はするなよ‥‥」

 

「し、しないよ!!」

 

「どうかな?クロエ、見張り役を任せた。そこの兎が私にイタズラしないように見張っていてくれ」

 

「承知しました」

 

「ちょっ!!クーちゃんまで!?そこまで束さん信用がないの!?」

 

「はい」

 

「即答!?」

 

「それとだ‥‥」

 

「ん?まだ、何かあるの?」

 

「ああ‥‥恐らく戻ったら、あのブリュンヒルデ様がいちゃもんをつけてくるだろうから、弁護してくれ‥‥」

 

「あぁ~確かに、あの女ならやりかねないな‥‥」

 

イヴが言ったことが簡単に予想でき、その場面を想像する事も簡単にできる。

それほど、彼女の行動は単純なのだろう。

 

「アイツの玩具には私の血がベッタリと付着していたからな、ルミノール反応とDNA反応が出る筈だ‥‥それを証拠にあのブリュンヒルデ様を黙らせてくれ‥‥」

 

窓際に立てかけてある雪片を指さすイヴ。

福音が間に居たが、雪片の切っ先はイヴの腹を突き刺していたので、間違いなくそこからはイヴの血液反応は出る。

血液と言うモノは一万倍薄めても反応を消す事は出来ないモノだ。

しかし、どんなに血が濃くても血のつながりは比例しない。

織斑姉弟とイヴを見ればそれは一目瞭然である。

 

「わかった」

 

「それじゃあ、頼んだ‥‥ぞ‥‥」

 

イヴはそう言ってゆっくりと瞼を閉じてそのまま寝入った。

 

「お疲れ様‥‥いっちゃん‥‥」

 

束は眠るイヴの頭を撫で、イヴに頼まれた事、そして福音のコアを調べ始めた。

まず、最初に雪片の刃にルミノール液を掛け、部屋の明かりを消すと、雪片の刃は青白く光り血液反応が出る。

ルミノール反応が出で詳しく刃を調べると、イヴの言う通り、ちゃんとイヴのDNA反応が出た。

まぁ、イヴが百秋に突き刺された事を知っていたのだから当然の結果と言えば当然だった。

それよりも束が驚いたのは福音のコアだった。

 

「ん?これはっ!?」

 

「どうなさいましたか?束様」

 

「福音のコアにウィルスが仕込まれていた」

 

「ウィルス‥ですか?」

 

「起動した後、時間差で暴走する様に仕込まれていたんだ‥‥今回の騒動‥アメリカが仕組んだ事じゃなさそうだよ‥‥もちろん、事故でもない‥‥誰かが意図的に福音を暴走させたんだ‥‥」

 

「しかし、一体なんの為に福音を暴走させたのでしょう?」

 

「そこまでは分からない‥‥でも、これを仕組んだ奴は私に宣戦布告をしたも同然だよ‥‥フフフ‥‥この篠ノ之束に喧嘩を売るとはね‥‥身の程知らずが‥‥何処の誰かはわからないけど、見つけたらこの私の手で絞め殺してやる‥‥覚えておけ」

 

不敵な笑みを零す束であるが、その目は憎悪に満ちていた。

 

「うっ‥‥うーん‥‥」

 

やがて、イヴがゆっくりと瞼を開けて目を覚ます。

 

「あっ、いっちゃん。起きた?」

 

「っ!?たばちゃん!!‥‥あっ、福音は!?福音はどうなったの!?」

 

イヴはあの時、百秋に刺された後の事を覚えていないらしく、バッと飛び起きると福音について束に聞いてきた。

 

「いっちゃん、おちついて‥‥福音ならもう一人のいっちゃんが倒したよ‥‥ほら、コレが福音のコア」

 

束が福音のコアをイヴに見せる。

 

「そう‥‥よかった‥‥」

 

福音が倒された事を知り、ドサッとベッドに再び沈むイヴ。

 

「それで、何が原因で福音は暴走したの?」

 

ベッドに横になりながらイヴは束に福音の暴走原因を尋ねる。

 

「それが福音のコアにウィルスが仕込まれていたみたいで‥‥」

 

「ウィルス!?アメリカがそんな事を‥‥」

 

「いや、どう見てもアメリカの仕業じゃないよ。別の誰かの仕業だよ」

 

「誰かって‥‥誰?」

 

「さあ、それはおいおい探して、見つけたらO・HA・NA・SHIをしてやるつもりだよ」

 

「そ、そう‥‥それより‥‥」

 

「ん?どうしたの?」

 

「どうして私‥裸なの?」

 

イヴは此処でようやく自分が裸な事に気づく。

 

「はっ!?ま、まさかアイツ‥このままの恰好で福音を倒しにいったんじゃ‥‥」

 

イヴの脳裏に裸姿で福音と戦う自分の姿が浮かぶ。

そして、彼女の言うアイツは勿論、イヴの中に居るもう一人の自分の事を指していた。

 

「うわぁぁぁん!!もう、お嫁にいけないよぉ~」

 

「いっちゃんはお嫁に行く必要はないよ。私がずっと養ってあげるから‥‥それに子供だって、私が思いついたアレを使えば‥‥」

 

最後に束が何かを言ったがイヴにはそれを行く余裕はなかった。

 

「大丈夫ですよ、イヴ様。イヴ様はちゃんと服を着て福音を倒しました」

 

クロエが頭を抱えてベッドの上を転がっているイヴに福音討伐の際はちゃんと服を着ていた事を伝える。

 

「ほ、ホント?」

 

「はい。いくらなんでも、裸で出る程、あの方もそこまでは野蛮ではないかと‥‥」

 

イヴの中で獣が眠っている事を良い事に好き放題言うクロエ。

 

「そ、そう‥‥よかったたぁ~‥‥でも、クロエさん。最近のアイツは発情期を迎えた獣みたいだから油断ならないんだよ‥‥特にデュノア君の前だと‥‥」

 

イヴがシャルルの名前を言うとピクッと束が反応する。

 

「イヴ様、お着替えは此方で用意してあります。どうぞ‥‥」

 

そう言ってクロエはIS学園の制服と下着をイヴに渡す。

 

「‥‥」

 

制服を受け取ったイヴの表情は何故か冴えない。

 

「どうかしましたか?」

 

「‥‥うん、戻ったらまたあの人に何か言われるのかと思うと気が重くて‥‥」

 

「だったら、私やクーちゃんと一緒に逃げちゃわない?それでずっと一緒に暮らそう。いっちゃん」

 

束はイヴにこのまま戻らず、一緒に暮らさないかと提案する。

 

「‥‥それも嬉しいけど、学園には帰りを待っている人がいるから」

 

「‥‥それって例のデュノア君の事?」

 

束がジト目でイヴに尋ねる。

 

「デュノア君もそうだけど、かんちゃんや鈴、のほほんさん、たっちゃん‥‥皆、帰りをまっているから‥‥」

 

「‥‥そう」

 

束は面白くないと言う表情をする。

 

「ご心配には及びません。イヴ様」

 

「クロエさん‥‥」

 

「もう一人のイヴ様はその点も含めて束様にちゃんと手は打たれていました」

 

「ちょっと、クーちゃん。君は私といっちゃんとどっちの味方なの!?」

 

束としては折角このままイヴを連れ出されると思っていたのにも関わらず、千冬を黙らせる方法をイヴに教えてしまうことに不満なのかクロエに食って掛かる。

 

「それは勿論‥‥」

 

「勿論‥勿論、私だよね!?クーちゃん!!」

 

「イヴ様です」

 

「あれ?」

 

束はクロエの返答を聞いてその場にズッコケる。

 

「うぅ~私には味方が居ないのか~?」

 

「味方を得たいのであれば、普段の生活や人間関係の改善をした方がよろしいかと?」

 

「ふん、人間関係なんて煩わしいだけだよ」

 

クロエに指摘されても束は人間関係を改善するつもりはないらしい。

 

「まぁ、バレちゃ仕方がないね。もう一人のいっちゃんはちゃんとあの女の対処を預けていたよ。だから大丈夫。私も一緒に行ってあげるから」

 

「う、うん。ありがとう‥たばちゃん」

 

取りあえず、千冬から理不尽な事はされないみたいなので、安心して着替えると束と共に旅館へと戻った。

 

 

此処で少し時間を遡る。

 

IS学園が臨海学校の為、貸切っている旅館では、イヴの捜索に向かい、彼女の無事を確認し、機能を停止した福音を回収した簪達が戻ると、入り口前には千冬は仁王立ちしていた。

千冬の後ろにはオロオロした様子で山田先生も居た。

 

「何処に行っていた小娘ども」

 

彼女は不機嫌である事はその声と表情を見れば分かる。

鈴やセシリア、シャルルはその顔を見てちょっと弱腰になる。

しかし、そんな中で簪は恐れる事無く、一歩前に出て千冬に報告する。

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスさんの捜索に出ていました」

 

「そんな指示を出した覚えはないぞ。勝手な行動をしたからにはそれなりの罰は覚悟しているのだろうな?」

 

「勝手ではありません」

 

「なに?」

 

「私達は山田先生の許可を貰って捜索に出ました」

 

「山田先生。それは本当ですか?」

 

「は、はい」

 

「どうして許可を出したんですか?私に相談もせずに」

 

「そ、それは‥‥」

 

千冬に叱咤され、うろたえる山田先生。

 

「織斑先生、山田先生の判断は間違っていないと思いますが?それにあの時、作戦室に織斑先生は不在でした。そうなれば、必然的にあの場での最高指揮官は山田先生でした。その山田先生の許可を得て私達を出撃しました。それにあの時はアインスさんの生命がかかっていました。万が一、アインスが死亡した時、貴女は責任を取れるのですか?ブリュンヒルデだからと言って免罪になると思ったら大間違いですよ」

 

「くっ‥‥」

 

「あ、あの‥更識さん」

 

「なんですか?山田先生」

 

「それでその‥‥アインスさんは見つかったのですか?」

 

「はい。なんでも少々所用があるみたいで、今は別行動をしているみたいですけど‥‥」

 

「そうなんですか。良かった~これで教職を続けられます」

 

イヴが無事だったことにホッと一安心する山田先生。

 

「それと、福音ですが、そちらもアインスが倒したみたいです」

 

「なんだと!?あいつ、また勝手な事を‥‥」

 

イヴが福音を倒したことが気に食わないのか、簪の報告を聞いて顔を歪ませる千冬。

 

「作戦に参加したアインスが福音を倒す事に何ら問題もない筈ですが?」

 

「だが、奴は敵前逃亡を行い、独断行動をしたその罰は受けてもらわねばな」

 

「でしたら、篠ノ之さんもその対象になるのではないのですか?」

 

「何故だ?」

 

「篠ノ之さんは既に福音が倒されたにも関わらず、未だに戻ってきません。アインスさんが独断の行動を取り、処罰されるのであれば、未だに戻らない篠ノ之さんも同様に処罰の対象になるはずです。篠ノ之博士の妹だから処罰の対象にしないと言うのであれば公私混同も甚だしいですね」

 

簪に論破され続けられる千冬。

 

「それにアインスさんの敵前逃亡も私達は腑に落ちていません。いくら、彼女が作戦を辞退したがっていてもあのアインスさんが訳もなく敵前逃亡するとは思えません。アインスさんの強さはあの二人よりも上です。むしろあの作戦では織斑君と篠ノ之さんはアインスさんの足手纏いだったのではないでしょうか?」

 

「な、なんだと!?」

 

「現に福音はアインスさん一人で倒しています。これなら最初からアインスさん一人に任せた方が早かったのではないでしょうか?」

 

まさにド正論を言われ、切れる寸前の千冬。

 

「織斑先生、抑えて下さい」

 

山田先生が千冬を必死に抑える。

 

「後の事は追って指示するので、皆さんはひとまず部屋で待機していてください」

 

山田先生が時間を稼ぎ、簪達は部屋へと戻った。

 

「山田先生、何故こんな事を‥‥ああいう教師に対して舐め腐った態度を取る生徒には厳しい教育的指導をしなければ示しがつかないだろうが!!」

 

「織斑先生‥教師と言いますが、私達は生徒達に教師らしい事をしているでしょうか?」

 

「ん?どういう意味だ?それは」

 

「確かに私達は教鞭に立ち教科を教えていますが、人間性について私達は教師と呼べるのでしょうか?こう言っては何ですが、織斑君に対しても世界初の男性操縦者、織斑千冬の弟と言う事で特別扱いしているように思えて‥‥それに篠ノ之さんも篠ノ之博士の妹と言う事で彼よりも特別扱いをしている気がします。篠ノ之さん自身、お姉さんは関係ないと言っていますが、困った時は篠ノ之博士の妹と言う立場を利用して好き勝手している事が目立ちますし‥‥」

 

「それは‥‥」

 

「篠ノ之さんがまだ訓練機を使用している時も他の上級生たちよりも優先に訓練機を貸す様にという通達で、三年の生徒達には色々と大変な思いをさせましたし‥‥」

 

山田先生から箒と百秋の学園生活の事を振り返ってみると、確かに的を射ていた。

しかし‥‥

それはそれ、これはこれだ。

百秋と箒はIS学園に在学する数多くの学生の中でも選ばれた者なのだ。

選民された者にはそれなりの待遇があって然るべきなのだ。

凡人と選民は違うのだ。

 

「だがな、山田先生。織斑と篠ノ之は選ばれた人間だ。普通の生徒とは違う。現に奴等は国家代表候補生ではなく、フリーの状態で専用機を持っている。その時点で既にほかの生徒とは一歩前に居るだろう」

 

「‥‥」

 

確かに百秋も箒も専用機を貰っていながらどの国にも企業にも所属していない。

百秋は世界初の男性操縦者。

箒は篠ノ之束博士の妹であり、その専用機はISの生みの親である篠ノ之束のお手製の専用機。

企業や国のIS関係者ならば、彼らの存在は喉から手が出るほど欲しい人材だ。

そう言った意味では既に各国家に所属している他の専用機持ちよりもちょっと違うのかもしれない。

千冬の言っている事も分からない訳ではない。

しかし、だからといって特別扱いして良いと言えるのだろうか?

千冬の教育方針に疑問を感じる山田先生だった。

 

それからしばらくして束と共にイヴは戻ってきた。

しかし、箒は未だに帰ってこない。

 

「やっと戻ってきたか‥ん?何故、お前まで来ている束」

 

「ん?それはお前がこの子に何か理不尽な事をするんじゃないかと思って、この子の弁護の為にね」

 

「弁護だと?」

 

「まぁ、玄関先で話す事じゃないから、一先ず中に入ろう」

 

束は話が少し長くなるから場所を変えようと言い、千冬もその点については了承してイヴ、束は千冬と共に旅館へと入る。

そして作戦室として使用していた部屋にて、

 

「では、戻って来るのがこんなにも遅れた理由を話せ、それにお前の敵前逃亡の事もだ」

 

千冬がイヴに今回の福音での報告を訊ねると、イヴの代わりに束が説明する。

 

「まず、お前がどんな事を聞いて知っているのかは知らないが、福音戦における彼女の行動は敵前逃亡ではない。むしろ味方からのフレンドリーファイアが原因だよ」

 

「フレンドリーファイアだと?」

 

「そう、フレンドリーファイア‥‥お前の弟、織斑百秋がこの子を突き刺したんだよ‥福音ごとね‥‥」

 

「そ、そんな証拠は何処にも‥‥」

 

「バレる様な嘘はいけないなぁ織斑千冬‥いや、ブリュンヒルデ」

 

「その名を言うな‥‥束、貴様でも次にその名を軽々しく言えば容赦しないぞ」

 

「へいへい。それで、証拠はIS委員会を通じて学園にも送られている筈だけど?」

 

「まさか、あの映像はお前が‥‥」

 

「ん?何の事かな?私はIS委員会の動きが妙だったから、確認しただけだよ。そしたら、お前の弟がこの子を福音もろとも雪片を突き刺していたじゃないか‥‥たまたま近くを通りかかっていたら、この子が怪我をして海に居たから助けたんだよ。で、福音に突き刺さっていた雪片をついでに拾って調べてみたら、雪片の刃にはこの子の血とDNAが付着していたから間違いないよ。ほら、コレが鑑定書」

 

束は自分が調べた雪片の刃に付着していた血液反応とDNA反応の鑑定書を千冬に見せる。

映像と鑑定書があるからには言い逃れも嘘も出来ない。

 

「今回の福音におけるこの子の行動すべてに目を瞑ればお前の弟がした愚行を見逃しても良いとこの子は言っているが‥‥どうする?織斑千冬」

 

「くっ‥‥」

 

「既にこの映像は学園にも届いているんだろう?理由がどうあれ、殺人未遂で退学処分になって何処かの研究所で実験動物扱いになっても私としては一向にかまわないんだけどね‥‥」

 

「わ、分かった‥‥」

 

千冬は苦虫を嚙み潰したように顔を歪め渋々束の提案をのんだ。

 

「それと‥‥」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「私の愚妹‥アイツは普段、私は関係ないと言っているくせに困った事や自分に不利な事が有ると、私の名前を出しているそうじゃないか‥‥アイツの頼みをきかないとISに何か悪影響が出ると思って‥‥私にとってはそれこそが心外だよ」

 

束は箒の虎の威を借りる狐な態度の方が、箒に何か危害があるよりも胸糞が悪くなると言う。

 

「私は姉であってアイツの母親でも保護者でもない。今回の専用機の譲渡で今までの事は全て清算した。今後、アイツが問題を起こして私の名前を使っても私は一切関与しない。だから、しかるべき罰を与えろ‥‥でないとアイツは何時までもあのふざけた性格は治らないだろうからな‥‥それにアイツは今回、この子が海に堕ちたにも関わらず救助せずに見捨てたんだ‥‥そんな人でなしが妹だと思うと腸が煮えくり返る思いだよ」

 

「だ、だがお前はあれほど篠ノ之の事を‥‥」

 

「私がアイツを妹として可愛がっていたのはアイツが幼稚園の時までだ‥‥それ以降、私はアイツを妹として思った事なんて‥‥一度もないよ‥‥」

 

束は箒に着いてきつい一言を語る。

もし、この場に箒が居れば束に食って掛っていただろう。

 

「それじゃあ、私はやることがあるからこれで失礼するよ。いいか、くれぐれも私が言った事を忘れるな、そして破るな‥‥いいな?織斑千冬」

 

そう言い残して束は部屋を出て行った。

 

「‥‥くっ、今回は命拾いしたな、アインス‥‥お前も部屋に戻れ」

 

「‥‥はい」

 

こうして事後処理を残し、福音騒動は終結した。



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70話

福音の騒動が一応終結し、千冬から部屋に戻る様に言われたイヴは、一応束の下で少し寝たが、まだ身体の彼方此方に疲労が溜まっている様な感覚が残っていたので、部屋に戻ったらさっさと寝てしまおうと思っていた。

部屋に戻る途中、フロントの前を通った時、

 

「あっ、お客様。すみません」

 

「はい?」

 

イヴはフロント係に呼び止められた。

 

「なんでしょう?」

 

「お客様宛にメッセージが届いております」

 

「メッセージ?」

 

「はい」

 

そう言ってフロント係はイヴに一通の封筒を差し出す。

イヴが宛先を見ると、其処にはシャルル・デュノアと書かれていた。

 

「ん?デュノア君から?」

 

イヴが封筒を開けて封筒の中にある手紙を取り出して読んでみると、先日夜に密会した浜辺で深夜会いたいと言う内容が書かれて手紙が入っていた。

 

(デュノア君ったら、全く仕方がないな‥‥)

 

筆跡もシャルルのモノであり、先日も獣がシャルルの相手をした以前の経験もあり、またこうして呼び出したのだろう。

福音の一件で皆には心配をかけたので、イヴはシャルルの呼び出しに応じることにした。

一方、イヴを呼び出したとされるシャルルの部屋では、

 

「お客様、失礼いたします」

 

「はい」

 

シャルルが部屋で待機していると仲居が入ってきた。

 

「なんでしょう?」

 

「お客様宛にメッセージをお預かりしています」

 

「僕宛てにメッセージ?」

 

そう言って仲居はシャルルに一通の封筒を差し出す。

 

「どうも」

 

「では、失礼します」

 

シャルルに封筒を渡した仲居は部屋を後にする。

 

「誰からだろう?」

 

シャルルが封筒の裏側を見ると、そこにはイヴの名前が書かれていた。

 

「あ、アインスさんから!?」

 

イヴの名前を見て思わず声が裏返るシャルル。

シャルルはドキドキしながら封筒を開ける。

そして中にある手紙を読む。

内容は先日のモノと同じで夜、二人っきりで会いたいので来てくれと言うモノだった。

先日も同じ事があったのでシャルルは特に不審を抱かなかった。

筆跡もイヴのモノであったことがシャルルに警戒心を一切抱かせなかった。

そして、待ち合わせの時間、シャルルの姿は先日、イヴと密会した砂浜にあった。

先日の密会の時と同じ、月の出ている綺麗な夜だった。

 

「アインスさん?」

 

辺りを見回してイヴを探すシャルル。

しかし、イヴの姿は見つからない。

少し早すぎたのかと思ったのだが、時間は確かに手紙に指定された時間だった。

 

「遅れているのかな?」

 

イヴが何らかの理由で待ち合わせに遅れているのかと思い、月を眺めながらイヴが来るのを待っていると、

 

「いっちゃんは少し遅れてくるよ」

 

夜の砂浜にイヴとは異なる人物の声がした。

シャルルは声がした方へ視線を向けると、其処に居たのは‥‥

 

「し、篠ノ之博士‥‥どうして‥‥此処に‥‥?」

 

其処に居たのはイヴではなく、束だった。

 

「『どうして?』‥‥それは簡単だよ。お前を呼び出した手紙‥‥あれは私が出した手紙だからだ」

 

「で、でも‥‥筆跡は確かにアインスさんだったのに‥‥」

 

「他人の筆跡を真似る事ぐらい私には造作もないんだよ」

 

「な、なんでこんな事を?」

 

「お前に聞きたい事と確認したい事があるんだよ」

 

「き、聞きたい事?」

 

シャルルはやや弱腰である。

その理由は束がやや殺気立っている為だった。

声も怒っているのか思わず身震いするかのように冷たい。

 

「そうだ‥‥まず、お前はいっちゃん‥‥いや、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの事が好きなのか?勿論、友達ではなく、一人の異性として‥だ‥‥」

 

「っ!?」

 

いきなり核心を突くような質問にシャルルはドキッとする。

 

「どうなんだ?さっさと答えろ‥‥」

 

「‥そ、それは‥‥」

 

シャルルは束に問われ、自分の心の中でイヴに対する想いについて改めて考える。

そして、シャルルは束に自分が抱いているイヴへの想いを束に伝える。

 

「僕は‥‥アインスさんの事が‥‥」

 

「いっちゃんの事が?」

 

「‥‥好きです‥‥一人の女性として‥‥」

 

「そうか‥‥やはり‥‥」

 

シャルルの返答に束は予想通りの回答だと言う様子だ。

 

「それなら、単刀直入に言う‥‥いっちゃんと離れろ‥‥そして、彼女には今後一切関わるな」

 

「なっ!?」

 

束はシャルルにイヴとは今後関わるなと言う。

 

「お前もある程度の事は知っているんだろう?いっちゃんの事を‥‥これ以上、彼女に関わればいっちゃんもお前も不幸になる‥‥そうなる前に離れろ‥‥私としては珍しく、他人に忠告を送ってやっているんだ‥‥素直に私の忠告を受け取っておけ‥‥」

 

「‥‥い、嫌です」

 

シャルルは束の覇気に当てられながらも束の忠告を拒否する。

 

「‥‥よく、聞こえなかったので、もう一度言ってくれるかな?」

 

「嫌です!!僕はアインスが好きです!!だから、離れるなんて事は出来ません!!」

 

シャルルの告白に束はイラっとして顔を歪める。

 

「大体なんで篠ノ之博士がアインスさんの件で関わって来るんですか!?アインスさんが誰と好きになろうとそれはアインスさんの自由の筈、いくら篠ノ之博士でも人を束縛する権利がある程偉いんですか!?ISの生みの親は他人の恋愛について口出しする程偉いんですか!?そもそもアインスさんと貴女は何の関わりもない他人同士じゃないですか!!それを‥‥」

 

一方的にイヴから離れろと言われシャルルはイラっときたのか、相手が束でも思わず声を荒げながら言い放つ。

すると、

 

「黙れ小僧!!」

 

シャルル以上の怒気を含んだ声で束も反論する。

それも内に秘めた覇気を一気に表へ出して‥‥

 

「お前にあの娘の不幸が癒せるのか!?織斑千冬が自らの栄光の為に切り捨てたのが、あの娘だ!!人間にも戻れず、化け物にもなりきれない哀れで醜い、かわいい私の親友‥‥いや、私の妹であり、あの娘は私の娘だ!!お前にあの娘を救えるのか!?」

 

束はイヴの事を妹であり、自らの娘だと言い放つ。

本来、束の妹は箒の筈だが、その箒ではなく、彼女はイヴを妹だと言う。

何故箒ではなくイヴをそこまで固執するのかシャルルにはわからないが、このまま黙って諦める訳にもいかない。

 

「確かに僕は篠ノ之博士の様に科学者でもなければ天才でもない‥‥アインスさんを元の人間に戻すことは出来ない。それでも彼女を愛し、支えることは出来ると自負しているつもりです!!」

 

「ハハハハハ‥‥いっちゃんを愛する?支える?どうやって?男にも女にもなれない中途半端な存在のお前に‥‥それにお前は根無し草も同然の身、そんな奴がどうやっていっちゃんを支える?愛情だけでうまくやっていけるほどこの世は甘くはないんだよ!!そんな奴がどうやっていっちゃんを支えられる!?どうやっていっちゃんを幸せにできる!?」

 

「‥‥」

 

束の言うことは確かに当たっている。

学園を卒業する時までには自由国籍を得なければ自分はフランスへ強制送還され、刑務所送りになる可能性が高い。

だが、自由国籍を得てもその後は自分一人の手で生きていかなければならない。

当然、大学への進学は経済的に厳しいので就職ということになる。

就職する職業にもよるが、高卒の収入で自分ともう一人、養っていけるのだろうか?

束はそれについてもシャルルに指摘してきたのだ。

 

「悪いことは言わない‥諦めろ。お前にとっていっちゃんは運命の人じゃなかったって事だ。此処ですんなり身を引けばお互いに受けるダメージは最小限で済む」

 

束は先ほどまで出していた覇気を引っ込めてシャルルに諭すように言う。

 

「‥‥」

 

シャルルが束の言葉に反論できないままでいると、

 

「デュノア君?それにたばちゃん?」

 

其処に待ち人であるイヴがやってきた。

 

「どうして此処にたばちゃんが?」

 

「ああ、いっちゃん‥実はあの手紙は私が用意した手紙なんだよ」

 

「えっ?たばちゃんが?」

 

「いっちゃん‥‥」

 

「ん?なに?」

 

「やっぱり、学園から出て私と一緒に暮らそう」

 

「えっ?」

 

「今回のことではっきりと分かった。やっぱり、いっちゃんを学園に入学させたのは間違いだった。このままだといっちゃんはあいつ等に益々理不尽な目に遭わせられる。これ以上、いっちゃんがあいつ等に傷つけられるのを私は見ていられない‥‥だから‥‥」

 

「で、でも‥‥」

 

イヴはチラッとシャルルの事を見る。

束も当然その視線に気づく。

 

「彼とはさっきお話をして、分かってもらったよ」

 

「えっ?」

 

「だから‥‥」

 

「篠ノ之博士!!」

 

束がイヴにこのまま学園を去ろうと伝えようとしたとき、シャルルが束の言葉を遮る程の大声を出す。

 

「何かな?今、私はいっちゃんと大事な話をしているんだけど?」

 

束は遮られた事で不機嫌そうな顔と声でシャルルに言う。

 

「篠ノ之博士‥やっぱり僕は、彼女を‥‥アインスさんを諦めません!!」

 

束に自分の将来についてしてきされ、諦めムードが漂うかと思いきや、イヴの姿を見てやはりシャルルはイヴを諦めきれなかった。

 

「アインスさん‥‥僕は‥‥僕は貴女が好きです!!一人の女性として!!」

 

「えっ?」

 

突然のシャルルの告白に驚くイヴ。

 

(あの野郎、どさくさに紛れて‥‥)

 

束は思わずギリッと奥歯を嚙みしめる。

 

「シャルル・デュノア、私は忠告したはずだぞ」

 

「それでも僕はやっぱり、諦められない!!」

 

「そうか‥‥それで?いっちゃんはどうなの?彼の告白受けるの?」

 

「えっ?私?私は‥‥」

 

突然、『好きだと』言われても返答に困る。

イヴが返答に迷っていると、

 

「それなら、シャルル・デュノア‥君の想いが真実なのか偽りなのか試させてもらおうか?」

 

束がイヴの代理であるかのようにシャルルへイヴへの想いが本物なのか偽りなのかを試すと言う。

 

「それはどういう‥‥」

 

束の言葉の意味に対してシャルルが疑問に感じていると、束はイヴの傍に寄り、

 

「いっちゃん‥‥ごめん‥‥」

 

「えっ?」

 

一言、イヴに謝るとポケットから虹色に光る一枚のカードを取り出し、イヴの胸に押し当てる。

 

「たばちゃん、何を‥‥うっ‥‥うわぁぁぁぁぁぁー!!」

 

カードを押し当てられたイヴは苦しそうな声を上げると同時に彼女の体の周りにはバチバチとスパークが走る。

 

「あぁぁぁあぁぁぁぁー!!ぐっ…うっ‥‥うぅ~‥‥あぁぁ‥‥」

 

メキッ‥‥

 

ゴキッ‥‥

 

グチャッ‥‥

 

やがて、イヴの身体に変化が生じ始める。

背中からは大きな白い翼が生え、髪の毛は木の根の様に縦横無尽に伸び、吸血鬼の様に上の左右にある犬歯は伸び、お尻からは蛇のような尻尾が生え、左手は大きなダガーナイフのようになり、右手の爪は鋭く伸び、腕の部分には二対の小さな翼を生やし、足は履いていた旅館の草履の鼻緒を破り、竜のような鍵爪のある足に変化した。

身に纏っていた旅館の浴衣を分解、再構築すると、古代ローマの女性が着ていた様な白いトーガ風の衣装に変化する。

 

「あっ‥‥あっ‥‥」

 

見た目が完全に化け物に成り果てたイヴの姿がシャルルの目の前にいる。

 

「あ、アインス‥さん‥‥」

 

化け物になったイヴはシャルルの問いに答える事無く、シャルルに対してグルルルル‥‥と唸りながら睨みつけている。

 

「し、篠ノ之博士!!アインスさんに一体何を!?」

 

化け物となったイヴから束へと視線をずらし、束を睨む。

 

「かつて、ショウ・タッカーとかいうイカれたマッドサイエンティストが居た‥‥いっちゃんはそいつに売られて、生物兵器となってしまった‥‥その過程で奴はいっちゃんを制御するため、首輪をつけていた‥‥その首輪にはある仕掛けが施されていたんだよ」

 

束はシャルルにかつてのイヴの境遇とタッカーが施していた制御方法をシャルルに語る。

 

「ある仕掛け?」

 

「そう、いっちゃんを化け物の身体に変化させるN.S剤‥‥こいつは、いっちゃんの身体に打つことで、いっちゃんの体内にある無数のナノマシンを活性化させることにより、いっちゃんの脳の活動が停止状態に近い催眠状態となり、理性を失う代わりに戦闘に適した姿になる。私はそのN.S剤をカード状に‥‥N.S増幅振動機に変えて今、いっちゃんにそれを使った‥‥つまり、今のいっちゃんは私の意のままに動く操り人形になったというわけだ‥‥」

 

「あ、貴女は自分の娘と言ったアインスさんに何でそんな酷い事を!!」

 

「自分の娘の様に思っているからこそ、これ以上いっちゃんには不幸になってほしくないんじゃないか!!」

 

束は再び覇気を剥き出しにして大声を上げる。

 

「例え、エゴだ、非人道的行為だと罵られても、娘に近づく悪い虫を駆除するためなら私はどんなことでもする!!」

 

「‥‥」

 

「さあ、シャルル・デュノア。今のいっちゃんの姿を見て、どうだ?恐ろしいか?醜いか?手を引くなら今の内だ‥‥私が一度、命令(オーダー)を出せば、今のいっちゃんはそれを実行し、終わるまで止まることはないぞ‥‥勿論、いっちゃんに声をかけても無駄だ。今の状態のいっちゃんはお前の知るいっちゃんじゃないし、お前の声は絶対にいっちゃんには届かないからな」

 

束の問いを聞いてシャルルの心の中では二つの心が言い合いをしていた。

一つは、あんな化け物相手に敵うわけがない。

イヴを諦めて逃げろ。

死んだら元も子もないだろう!!

束がイヴに命令を下していない今ならまだ十分に引き返せる。

もう一つは、あれだけ啖呵を切ったのに今更此処で逃げるのか?

お前がイヴを想う気持ちはこの程度なのか?

育ての親から企業スパイをするように命令された時の様にお前は諦めて逃げるだけの臆病者なのか!!

 

二つの心の中の自分がシャルルに言い聞かせていると、

 

そうだ‥‥僕はもう昔の僕じゃない!!

アインスさんを諦める?

ここまで来て諦めきれるか!!

あの時、アインスさんは苦しんでいた‥‥今でもきっと苦しんでいる筈だ。

アインスさんを助けられるのは今、この場では僕だけなんだ!!

 

シャルルの心の決意は決まり、自らの愛機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを纏う。

 

「篠ノ之博士、貴女がアインスさんを大事に想っているのは分かりました。でも、貴女のやり方は間違っている!!アインスさんはそんな事はきっと望んではいない筈だ!!」

 

「そうかい‥‥それがお前の答えか‥‥お前がそういう態度をとるのであれば仕方がない‥‥恨むなら、私と‥‥その決断を下しだ自分自身を恨め!!いっちゃん、アイツをやれ!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

束が命令(オーダー)を下すと、彼女はまるで獣の様な声をあげシャルルへと迫った。

 

 

束、イヴ、シャルルが夜の浜辺にて邂逅をしている時、その場面を盗み見ている者が居た。

 

「へぇ~‥‥あの娘がまさかタッカーが作った研究の成功例だったとは驚きねぇ~」

 

三人の邂逅の場面を見ていたのは他ならぬスコールだった。

彼女は集音器を使い束達の会話を聞いていた。

何故、この場にスコールが居るのか?

それは福音戦に関してスコールには一つどうしても解せない事があったからだ。

福音は彼女の予想通り、撃破された。

しかし、撃破したのが織斑千冬の弟の織斑百秋ではなく、篠ノ之束からお手製の専用機を貰った篠ノ之箒でもなく、IS学園に一学生であるイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだった。

彼女の実力は箒との模擬戦の際、チラッと見てほんの少し興味が湧いた程度だった。

しかし、昼間の福音の討伐の際、彼女は百秋の手によってフレンドリーファイアを受け、海へと沈んだ。

どう言った経緯で彼女が救助されたのかはスコール自身は分からないが、イヴは救助されて再び福音の前に戻ってきた。

その時、彼女はISを纏っていなかった。

福音との戦いの中、背中に翼を生やし戦っていた光景が福音のカメラを通じてみる事が出来た。

だが、イヴと福音がバルニフィカスと雪片で鍔迫り合いをしている最中、横からイヴの髪の毛パンチを喰らった際、福音のカメラに異常が発生し、映像も音声も途絶えてしまった。

その後、どう言った経緯で福音が彼女に撃破されたのか不明だが、福音のコアからのシグナルが途絶えた事から福音が出来晴れた事、旅館に仕掛けた盗聴器から福音を撃破したのがイヴであることを知ったスコールは引き続き、旅館に仕掛けた盗聴器からイヴがシャルルと共に今夜浜辺で密会する事を突き止めた。

その密会がまさか束が仕組んだ事とはスコールにとって予想外であったが、それでも十分に得るものがあった。

一年程前、ナノマシン研究者であるショウ・タッカーが作ったとされる生物兵器‥自分達がタッカーの秘密研究所を強襲した時には既にタッカーは死亡しており、ナノマシンのデータは完全に破壊され、彼が製造したとされる生物兵器もいなかった。

オータムは「そんなもの元々なかったんじゃないかと」言っていたが、今、スコールの目の前にタッカーの作ったとされる生物兵器はちゃんと存在している。

しかも束の会話の内容から、あのブリュンヒルデこと、織斑千冬と何らかの関係がありそうだ。

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥少し調べてみる必要がありそうね‥‥でも、今は‥‥あの子の実力と勝負の行方を高みの見物をさせてもらいましょうか?」

 

スコールは微笑みながらイヴとシャルルの戦いの結末を見物することにした。

 

 

 




※束が使用したN.S増幅振動機はアニメ版 black cat にてトルネオとトゥエルブがイヴを操った時に使用したN.S増幅振動機と同じものをご想像下さい。


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71話

 

福音騒動の後、部屋で待機していたシャルルに一通の手紙が届く。

差出人はイヴで、先日密会した浜辺で会いたいと言うモノだった。

だが、実際にシャルルが行ってみると其処で待っていたのはイヴではなく束だった。

束は今回の福音騒動を見て、やはりイヴをIS学園に在籍させておくのは無理だと判断し、このままイヴを連れて行こうとしていた。

そんな中で、イヴの中のもう一人のイヴがシャルルに好意を寄せている事を知り、シャルル自身もイヴの事をどう思っているのかを確認する為にイヴの名を語り、こうしてシャルルを呼び出した。

結果は束の予想通り、シャルルはイヴの事を異性として好意を抱いていた。

束は生物兵器のイヴ、両性具有のシャルル‥‥この二人が交際してもうまくいく筈がないと判断し、シャルルにイヴの事を諦める様に言うが、シャルルはイヴを諦めきれなかった。

そこへ、束がシャルル同様、呼び出したイヴも来た。

そして、束はイヴを諦めきれないシャルルの気持ちを見極める為にイヴにN.S増幅振動機なるものを着ける。

N.S増幅振動機をつけられたイヴの姿はみるみるうちに化け物へと変化する。

こうしてシャルルにとって束からの試練が開始された。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

愛機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを纏うシャルルにイヴが迫る。

イヴはまず、左手のダガーナイフ状の腕でシャルルを突き殺そうとする。

 

「くっ」

 

シャルルは横へ逸れてイヴの突き技を回避するが、その直後、上空へと逃げる。

そして、シャルルがほんの少し前に居た場所には毛先が刃物状に変化したイヴの髪の毛がいくつも突き刺さる。

上空へ逃げたシャルルを一睨みしたイヴは空へと舞い上がり、シャルルへと迫りながら、右腕に生えた小さな二対の翼から羽根を連射する。

シャルルは空を飛びながらその羽根を回避する。

 

(姿は変わってもアレはアインスさんなんだ‥‥攻撃なんて‥‥でも、どうすれば‥‥)

 

イヴを戻すにしても彼女を攻撃しなければならない。

でも、シャルルにとって、イヴを攻撃する事なんて出来ない。

シャルルはイヴの攻撃を回避しつつ葛藤する。

 

空の上へシャルルと化け物となったイヴが戦っているのを束はジッと見ている。

 

(シャルル・デュノア‥‥これはお前にとって私からの試練だ‥‥もし、本当にいっちゃんを愛すると言うのであれば、この程度の試練をクリアしなければ、この先、いっちゃんと一緒に居る事は出来ないぞ‥‥それに今のいっちゃんの攻略法‥‥私は教えていない訳ではない‥‥果たしてお前はそれに気づくかな?)

 

束は最初からシャルルを殺すつもりはない。

シャルルがイヴに対する想い‥‥それが何処までのモノなのかを見極める‥それが今回シャルルを呼び出した目的の一つでもあった。

それに本当にシャルルを殺してしまっては正気に戻ったイヴに自分の身の保証が出来ない。

もし、自分の課した試練にシャルルが耐えきれない様ならば、イヴに命じて戦いを切り上げ、シャルルの目の前からイヴと共に消えるつもりでいた。

 

そのシャルルは未だにイヴの攻略法が分からず、イヴの攻撃から逃げ回っていた。

しかし、イヴは追跡機能のあるミサイルの様に正確にシャルルを捉えて迫って来る。

第二世代とは言え、ISの動きに生身でついてくるイヴの行動力に改めて彼女が生物兵器なのだと認識させられるが、シャルルにとって恐怖よりも一刻も早くイヴを束の呪縛から開放したいと言う思いが強かった。

やがて、イヴの髪の毛がシャルルを完全に捕捉すると、毛先がナイフの様に変形し、シャルルに襲い掛かる。

シャルルは近接ブレードのブレッド・スライサーを出し、応戦するが如何せん数が多い。

20近い装備を持つシャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡでその装備の高速切替(ラピッド・スイッチ)を得意とするシャルルであるが、イヴの髪の毛はその高速切替(ラピッド・スイッチ)を越えるスピードでシャルルに襲い掛かって来る。

 

「くっ‥‥」

 

やがて、シャルルの頬をイヴの髪の毛が掠ると、其処からツゥッと血が一筋流れだす。

 

「はぁ!!」

 

ブレッド・スライサーでイヴの髪の毛を斬ってもすぐに再生して襲い掛かって来る。

髪の毛の相手をしている間にスピードが落ちたせいで、イヴの本体もシャルルに追いついた。

尻尾の蛇が口から液体を吐き出す。

それをシャルルはブレッド・スライサーでガードする。

すると、ブレッド・スライサーが溶けだした。

蛇が吐いたのは強酸性の消化液だった。

 

(どんな身体の構造をしているの!?今のアインスさんは!?)

 

強酸性の消化液を吐き出す蛇の尻尾を生やしたイヴの身体つきに対して心の中で思わずツッコミを入れるシャルル。

刀身が溶けてしまったブレッド・スライサーを捨てるシャルル。

すると、今度は髪の毛の他に蛇の尻尾自体もシャルルを噛もうとして襲い掛かってくる。

 

(強酸性の消化液を吐き出すぐらいの尻尾なら、あの牙には猛毒が仕込まれている筈‥‥噛まれたら即死するかもしれない‥‥)

 

シャルルは髪の毛よりも蛇の尻尾の方が危険と判断した。

そこへ、左手のダガーナイフも襲い掛かる。

 

ガキーン!!

 

六一口径アサルトカノンのガルムの銃身でイヴの左手のダガーナイフをガードする。

そこへ蛇の尻尾が襲い掛かる。

 

「っ!?」

 

シャルルは反射的にその蛇の尻尾に向けてガルムを撃つ。

すると、キシャァー!!と悲鳴のような声を上げて蛇の尻尾が吹っ飛ばされる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

髪の毛よりも尻尾には痛感があるのか尻尾同様、イヴも思わず声を出す。

 

「っ!?」

 

悲鳴を上げたイヴに僅かな隙を見つけ、シャルルはイヴとの距離を取る。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

シャルルが息を切らしながらイヴを見ると、頭を潰された蛇の尻尾は再生し、新しい蛇の頭が生える。

そして、イヴは再生したとはいえ、尻尾を傷つけられたことに関して怒っているのかシャルルをグルルルルと唸りながら睨みつける。

 

(怒った更識さんや織斑先生も怖いけど、今のアインスさんが一番怖いかも‥‥)

 

シャルルの頬を一筋の冷や汗が流れる。

それに再生するとは言え、やはり傷つけられると痛みは感じる様だ。

 

(どうすればいい‥‥どうすれば、アインスさんを元に戻せる‥‥)

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴは右手の小さな翼から羽根をマシンガンの様に撃ちながら再びシャルルに迫る。

 

「くっ‥‥」

 

シャルルはガルムを引っ込めて、両手にマシンガンを出して応戦する。

後退しながら、イヴを元に戻す方法を考えるシャルル。

イヴは左手のダガーナイフを振りかざしてシャルルに斬りかかる。

 

(まだ距離があるのに、左手を?)

 

イヴとシャルルとの距離はまだあるにもかかわらずなぜかイヴはシャルルに左手のダガーナイフを振りかざすその行為が分からなかった。

風圧と共に何かがシャルルに迫り、反射的にシャルルは身を捩る。

すると、シャルルの右手のマシンガンの銃身がスパッと綺麗に切れる。

 

「なっ!?」

 

イヴは左手を振るだけでカマイタチを発生させたのだ。

切られたマシンガンを見て絶句するシャルル。

 

「ちょっ、待って!!そんなの有り!?」

 

左手を振るだけでカマイタチを発生させたイヴに今度は声をあげてツッコミを入れるシャルル。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴはカマイタチを連射しながらシャルルへと迫る。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

慌てて逃げるシャルル。

それを追いかけるイヴ。

第三者の視点から見ればなんとも情けない姿であるが、追いかけられているシャルルにとっては生きた心地がしない。

そんな戦いを束以外で見ていたスコールは、

 

「第二世代のISとは言え、IS相手にあそこまで戦えるなんて‥‥タッカーも意外と凄いモノを作ったじゃない‥‥生きて会えなかったのが残念ねぇ」

 

シャルルとイヴの戦いを見て、スコールはタッカーの研究成果であったナノマシン技術を自分達の組織の戦力強化のために取り入れたかったが、その作った張本人とデータが失われてしまった以上、どうする事も出来ない。

しかし、少なくとも今、自分の目の前にはタッカーの忘れ形見とも言えるモノは存在している。

 

「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥益々興味深い‥‥いいえ、是非とも欲しいわ。あの力、そしてISの操縦技術‥‥そして何よりもあの容姿‥‥絶対に手に入れて見せるわ」

 

スコールは目元と口元を緩め、まるで恋する乙女の様にシャルルを攻撃するイヴを見ていた。

 

カマイタチでシャルルの動きを鈍らせ、回避行動のルートを読みやすくしながらイヴはシャルルを追い詰めて行く。

 

(このままじゃジリ貧だ‥何とかしなければ‥‥何とかアインスさんを元に戻さないと‥‥ん?)

 

シャルルは此処で違和感の様なモノを覚える。

 

(元に戻す?‥‥そもそもアインスさんは何が原因でああなった‥‥?)

 

シャルルがイヴを凝視する。

すると、シャルルの目にはイヴの胸元で不気味な虹色に光る一枚のカードが目に映る。

 

(あのカード!!)

 

名称は忘れたが、束がイヴの胸元にあのカードを押し付けた途端、イヴはあの姿となった。

 

(あのカードを取ればアインスさんを元に戻す事が出来るかもしれない!!)

 

此処に来てシャルルはようやく解答を見つけた。

 

(でも‥‥)

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴを元に戻すにはあのカードをイヴから取り外さなければならない。

それにはイヴの懐に飛び込まなければならない。

中距離、遠距離の攻撃でさえ、今は逃げ回っているのだ。

近距離に飛び込んで無事で済むだろうか?

でも、懐に飛び込まなければイヴを元に戻す事は出来ない。

 

(あ、あそこに飛び込むのか‥‥)

 

シャルルの顔が思わず引き攣る。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

(でも、やるしかない!!)

 

シャルルは意を決してイヴへと迫る。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴは髪の毛でシャルルを迎え撃つ。

 

「くっ‥‥」

 

シャルルは最低限の動きで髪の毛とカマイタチを躱してイヴの懐を目指す。

その過程でシャルルの身体をイヴの髪の毛が掠る。

ISには絶対防御がある筈なのに、それを貫通し、シャルルの身体の彼方此方に切り傷を作っていく。

 

(痛っ‥‥)

 

切り傷からは血が流れ出る。

正直に言って痛いし、化け物の姿となったイヴとの距離が近づくにつれ、攻撃も苛烈して怖い。

でも、此処まで来て引くに引けない。

シャルルのこの行動を見た束は、

 

「ふむ、やっと答えに辿り着いたみたいだな‥‥でも、真の解答を得るには、恐怖と痛みを乗り越えなければならない‥‥」

 

束は瞬きもせず、シャルルの行動をジッと見る。

イヴを元に戻す方法が分かってもそれでは答えにならない。

イヴを元に戻してやっと真の解答となるのだ。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

シャルルは必死に手を伸ばしイヴの胸元に張り付いているカードを引き剥がそうとする。

当然、シャルルが伸ばしたその手にもイヴの攻撃が行われ、手も腕も傷だらけになる。

それでもシャルルは腕を引っ込める事無く、ただ、イヴの胸元のカード目掛けて腕を伸ばす。

すると、イヴは少し浮上して、その竜の様な足でシャルルにかかと落としをする。

 

「がっ!!」

 

イヴからのかかと落としを喰らい、シャルルは折角イヴの懐に飛び込んだのだが、また振り出しに戻された。

かかと落としを喰らったシャルルは砂浜に叩き付けられる。

 

「ぐはっ!!‥‥つぅ~‥‥っ!?」

 

シャルルは砂浜に叩き付けられた身体を起こすが直ぐに何かに気づき、身をよじりながら砂浜を転がる。

すると、シャルルが叩き付けられた場所には先端が鋭くなったイヴの髪の毛の束がシャルルを串刺しにするかのように何本も突き刺さる。

あとほんの少し反応が遅れていたらシャルルは串刺しになっていたかもしれない。

尻尾を切られて相当頭にきたのかもしれないイヴは、マジでシャルルを殺しにきていた。

 

「くっ‥‥」

 

シャルルは砂浜を転がり、バク転をして体勢を立て直し、再び空へと舞い上がる。

 

「もう少しだったのに‥‥くそっ‥‥」

 

折角イヴの懐に飛び込めたのに振り出しに戻された事に顔を歪めるシャルル。

イヴの懐に入るには直線的な動きでは不可能で、絡め手でいかなければ難しいみたいだ。

でも、あまり時間はかけられない。

血が流れ出て頭がクラクラするし、ISのエネルギーも段々と少なくなってきている。

 

(次で決める!!)

 

シャルルは再びブーストを吹かしてイヴへと接近を試みる。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

再び自分に向かってきたシャルルに対してイヴは「馬鹿の一つ覚えか?」と思いつつシャルルを迎撃する。

イヴに近づく中、シャルルはタイミングを見計らって、

 

(今だ!!)

 

シャルルはイグニッション・ブーストでイヴの懐に飛び込む。

 

「っ!?」

 

シャルルのイグニッション・ブーストはイヴにとって予想外の出来事だったのか、化け物状態にも関わらず、驚いている様だ。

シャルル自身、イグニッション・ブーストはこの場面で初めて使用したのだ。

 

(初めてやったけど、上手くいった!!後は‥‥)

 

シャルルの眼前にはイヴを化け物へと変えた元凶であるあのカードがある。

 

(コイツを取り外せば!!)

 

ガシッとシャルルはイヴの胸元のカードを握りしめ、

 

「うわぁぁぁ!!」

 

思いっきり引っ張り、カードをイヴの胸元から引き剥がす。

 

(こんなモノ!!)

 

シャルルはイヴの胸元から引き剥がした虹色のカードを海へと捨てる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴを化け物とたらしめる元凶の虹色のカード‥‥N.S増幅振動機が外された事でイヴの身体に変化が生じ始める。

背中の翼は縮小し、やがて消え、足は竜の様な鍵爪の足が縮み人の足に戻り、犬歯も引っ込む様に元の形に戻り、尻尾は消え、右手の爪も短くなっていき、ダガーナイフ状の左手も人間の手に戻る。

元に戻る際もイヴの身体には何らかの苦痛があるのかイヴは獣の様な大声を上げて咆哮する。

そして、元の人間の姿に戻ったが意識を失っており、そのまま海へと落下していく。

 

「アインスさん!!」

 

シャルルは落下していくイヴを慌てて追いかける。

そして空中でキャッチはしたが、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡもエネルギー切れを起こして強制解除される。

イヴの頭を両手でガードしながら海へと落下するシャルルとイヴ。

その光景を束と離れた場所から見ていたスコールも息を呑んで見る。

やがて、海の中から意識を失ったままのイヴをお姫様抱っこしたシャルルが上がって来る。

血と海水でボロボロの状態であるが、その姿は魔王から囚われの姫を助け出した騎士の様にも見える。

シャルルの目はイヴではなく砂浜に居る束をジッと見ている。

 

「まさか、第二世代のISでいっちゃんを元に戻すなんて思ってもいなかったよ」

 

束はパチパチと拍手をしながらシャルルを賛辞する。

 

「‥‥」

 

束からの賛辞も皮肉にしか聞こえないシャルルはジッと束を睨んだまま‥‥

そして、束と向き合う距離まで来ると、

 

「篠ノ之博士‥‥約束通り、アインスさんとの交際は認めてもらいますよ」

 

「‥ハァ~まぁ、約束は約束だからね‥‥いいよ‥ただし、それはいっちゃんが君の告白を受けたら、だけどね。流石にそこまでは責任を持てないよ‥‥でも、万が一、無理矢理関係を持とうとしたり、ストーカー行為をするなら、その時はどんな手段を使ってもお前を殺す‥いいな?」

 

束の問いにシャルルは黙って頷く。

 

「それと‥‥いっちゃんと付き合えたとして、お前はいっちゃんを守れるか?今の私の様に外道な手段を使ってでもいっちゃんを守れるか?ダークな‥アンチヒーローになってでもいっちゃんを守ると私に誓えるか?」

 

シャルルが勝ったのだから、イヴはこのままIS学園に在学する事になる。

学園なの情報ならばすぐに手に入るが、現場に直ぐに行けるかと言われると時間はかかる。

そんな時、イヴの傍に寄り添って彼女を守れるのかをシャルルに問う束。

 

「‥誓います‥‥汚れ役は‥慣れていますから‥‥」

 

自分がかつて父の命令で企業スパイをやらされていた時点で自分は汚れ役をやっていたのだ。

今更、シャルルにとってそんな事は些細な事だった。

 

「そう‥‥分かった‥‥」

 

シャルルの言葉を聞いて一応、納得した束は踵を返す。

 

「近々また、君と会う事があるかもね‥‥」

 

束はシャルルとまた会う事が有るかもしれないと言う予言めいた言葉を残し去って行った。

 

「‥‥」

 

シャルルは去って行く束の背中を見送り、彼女は夜の闇の中に消えていくのを確認した後、自らもイヴを抱いたまま宿へと戻った。

そして、誰もいなくなった海では‥‥

 

「白式と篠ノ之箒の新作IS‥その実力は見る事は出来なかったけど、思わぬ収穫は沢山あったわね‥‥」

 

スコールの手には虹色に光る不気味なカードが握られていた。



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72話

束からの試練を乗り越えたシャルルは宿へと向かう為、夜の海岸をイヴをお姫様抱っこしながら歩いている。

 

「う‥‥うーん‥‥」

 

その最中、シャルルの腕の中のイヴが目を覚ます。

 

「あっ、アインスさん。気づいた?」

 

シャルルがイヴに声をかけるが、イヴはまだ意識が覚醒していないのか、寝ぼけまなこで、シャルルを見て、

 

「‥‥おとう‥‥さま‥‥」

 

シャルルを父、四季と間違えると再び目を閉じる。

 

「‥また寝ちゃった」

 

シャルルはやれやれと言う仕草をとりつつもこうしてイヴを取り戻せたことを喜んでいた。

しかし‥‥

 

「これはどう言う事なのかな?」

 

旅館の出入口にてシャルルは簪に詰め寄られていた。

イヴを部屋に戻す為にシャルルは簪に協力を求めたのだ。

もし、此処でシャルルが簪ではなく鈴に協力を求めていたら、此処までの事態にはならなかったのだが、シャルルの認識では、イヴの女子の友達№1は簪と言う認識があり、簪を選び、彼女を呼んでしまった。

 

「事と次第によってはシャルル‥地獄に落ちてもらうよ」

 

笑みを浮かべている筈なのに簪の身体の周りからは何だか黒い瘴気の様なモノが見える。

 

「ちょ、お、落ち着いて更識さん」

 

「私はとっても冷静だよ‥デュノア君」

 

「全然冷静じゃないよ。むしろ噴火寸前の火山だよ!!」

 

簪の笑みと瘴気に当てられて思わず後退るシャルル。

 

「それで、何があったの?」

 

「し、篠ノ之博士に嵌められて‥‥」

 

シャルルは詳しい事は言わなかったが何故こんな夜遅くにイヴと共に居るのかを簪に話す。

 

「へぇ~篠ノ之博士に‥‥ねぇ‥‥」

 

「う、うん‥‥」

 

「それで?」

 

「その‥‥アインスさんを部屋に戻すには僕じゃダメだから‥‥」

 

「まぁ、いいわ‥‥青姦‥はした様子が無いから」

 

「していないよ!!」

 

変な疑いをかけられそうだったのでシャルルは必死にそれを否定した。

そして、簪にイヴを託した。

イヴを託された簪はさっきまでの怒りをあっさりと引っ込める。

普通の女子高生では同世代の女子を抱っこなんて出来なさそうであるが、簪は更識家の人間と言う事もあり、イヴを軽々と抱っこしていた。

 

(私の腕の中で眠るイヴ‥‥うふふ‥‥可愛いわ~)

 

簪にとっては部屋に戻るまでの時間は至高の時間だった。

部屋に戻る最中、イヴはようやく目を覚ました。

 

「‥‥あ、あれ‥‥私‥どうして‥‥」

 

(お父様に抱かれていた様な気がしたんだけどな‥‥)

 

「覚えていないの?」

 

「ん?あれ?かんちゃん?‥‥此処は?」

 

「旅館」

 

「確か私は‥‥たばちゃんとデュノア君と浜辺に居た筈じゃ‥‥」

 

「なんかあったみたいだね」

 

「う、うん‥‥でも、よく覚えていないんだ‥‥でも‥‥」

 

「でも?」

 

「でも‥‥デュノア君に何か酷い事をしちゃった様な気が‥‥」

 

「それは多分気のせい‥‥気にする事じゃない」

 

「‥‥」

 

「それよりもイヴ‥」

 

「ん?」

 

「イヴ‥‥海に入ったみたいね」

 

「えっ?」

 

簪に言われ、イヴは自分の浴衣や身体が濡れて、おまけに潮の匂いがしている。

 

「このままだと風邪を引いちゃうし、潮の匂いで外に出ている事がバレちゃう」

 

「う、うん‥‥」

 

「だから‥‥お風呂に入ろう」

 

「そうだね‥‥」

 

簪に風呂を勧められイヴを風呂に入ることにした。

ただ‥‥

 

「えっと‥‥どうしてかんちゃんも?」

 

何故か簪もイヴと一緒にお風呂に入ってきた。

 

「私も濡れたイヴを抱っこしたから濡れちゃって‥‥」

 

「あっ、そっか‥‥なんか‥ゴメン」

 

「ううん、気にしていないから」

 

こうしてイヴと簪は人知れぬ深夜の入浴を行った。

バレたらヤバいが今回は束のせいでもあり、バレなければ分からない。

それに犯罪をしている訳でもないし、人を困らせている訳でもない。

 

「さっ、目を閉じて」

 

「ん」

 

簪はイヴの頭を洗う。

未だにイヴは一人で頭を洗う時はシャンプーハットを必要としている。

しかし、今回はシャンプーハットを用意していなかったし、簪も居る。

それにイヴの髪を洗いたいと申し出てきたのは簪の方からなので、イヴは簪の行為に甘え、彼女に髪を洗ってもらっている。

 

「どこか痒い所はない?」

 

「大丈夫‥かんちゃんは髪の毛を洗うのがうまいね」

 

「む、昔はよく、姉さんや本音にもしてもらったし、やっていたから‥‥」

 

「そう‥‥」

 

一時は関係が悪化した更識姉妹であったが、幼少期の頃は仲の良かった更識姉妹。

簪の言う通り、幼少期は姉妹、従者である本音とよく仲良くお風呂に入っていたのだろう。

反対にイヴの場合は、父以外織斑家に心を許せる者は居なかったし、束とは家が近かったが、箒が居るし篠ノ之家も百秋や千冬、弾が言い触らしたデマのせいで束以外からは敬遠されていた。

織斑家に養子になる前も母はイヴ(一夏)の為に働いていたので、基本的にイヴ(一夏)は一人でお風呂に入っていた。

未だにシャンプーハットを使用しているのはその頃の習慣の成れの果てだった。

簪から髪の毛を洗ってもらい、ついでに背中も洗ってもらったイヴ。

イヴも簪の背中を流した。

湯船の中に入っていると、簪がジッとイヴの胸を見る。

学園に居る時もこうしてイヴとは何度もお風呂に入った事はあるが、やはり同性から見てもイヴの身体は美しい。

 

「ん?どうしたの?」

 

そんな簪の視線にイヴは気づき、声をかける。

 

「あっ、いや‥‥その‥‥なんでもない」

 

簪は顔を赤くして即座にイヴから視線を逸らす。

すると、今度はイヴが簪の事を見る。

 

(うーん‥‥たっちゃん程じゃないけど、かんちゃんもかんちゃんなりに美乳だよね‥‥)

 

姉の楯無よりやや小振りであるが、簪の胸もそれなりにあるし、形も綺麗な胸をしている。

 

「むっ、イヴ‥今何か失礼な事を考えなかった?」

 

「えっ?そんな事ないよ」

 

考えが顔に出ていたのか簪はイヴの事をジト目で見る。

 

「むぅ~‥‥どうせ私はお姉ちゃんやイヴみたいに胸大きくないし‥‥」

 

イヴの胸を見て意気消沈する簪。

 

「そ、そんなことないよ。かんちゃんの胸も綺麗な形だし、それなりにあると思うよ」

 

「‥‥」

 

「だ、第一女性の胸何て、子供に授乳できれば良いってだけの機能だし‥‥」

 

「イヴが言っても全然説得力がないよ」

 

フォローする形が裏目に出てますます簪を落ち込ませてしまう。

そして簪は腹いせのつもりなのかイヴの胸をギュッと掴みそして揉み始める。

 

「か、かんちゃん!?」

 

「‥‥やっぱり、イヴの胸は柔らかい‥‥はむっ」

 

すると、簪は揉むのを止めたと思ったら、今度はイヴの乳房に口をつける。

突然の簪の行動にイヴは驚愕する。

 

「んっ‥‥ちゅっ‥‥」

 

驚いているイヴを尻目に簪は赤子が母親の母乳を飲むかのようにイヴの乳房に吸う。

いつしかイヴの方も簪を受け入れ、簪を抱きしめ、彼女の髪を撫でる。

この時のイヴの顔は母性にあふれており、母親の様な顔をしていた。

簪にとってまさに最高の時間が終わり、お風呂から出て新しい浴衣に着替え、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。

布団の中でイヴは浜辺での出来事を思い出そうとする。

確か‥‥浜辺で‥‥確か‥‥

 

 

「僕は‥‥僕は貴女が好きです!!一人の女性として!!」

 

 

「っ!?」

 

イヴは断片的であるが、浜辺でシャルルが自分に告白した事を思い出した。

 

(そうだ‥‥私は‥‥)

 

「でも‥‥どうしよう‥‥」

 

イヴはシャルルへの返答に悩んだ。

 

その頃、告白をしたシャルルの方も部屋に備え付けのお風呂で身体を洗った後、替えの浴衣に袖を通して布団の中に居た。

 

(うぅ~‥‥折角、告白したのにアインスさんがその事を覚えていない様子だった‥‥、また、改めて告白する勇気が‥‥)

 

あの時は吊り橋効果の様に鬼気迫るような勢いがあったからイヴに告白が出来たシャルル。

あのまま黙っていたら、イヴは今頃束に連れていかれていた。

でも、シャルルの行動で今回はなんとか束はイヴを連れて行くのを思いとどまってくれた。

それに本人の了承があれば、イヴとの交際も認めてくれた。

しかし、その肝心のイヴが自分の告白を忘れている感じだった。

あの時の様な鬼気迫る様な事はもう無いかもしれない。

 

「あぁ~‥‥どうしよう‥‥」

 

シャルルはイヴの事を思い、悶々とした夜を過ごす事になった。

翌日、学園に帰る日となったのだが、未だに百秋の怪我は酷くそのまま救急車で搬送される事になった。

万が一のことを思い、千冬は彼の乗る救急車に乗り、帰りの引率は山田先生が代行した。

本音を言うと箒もセシリアも千冬と同行したかったが、臨海学校は学園の行事であるので、千冬は箒とセシリアの同行を認めなかった。

心配そうに百秋が乗る救急車を見送る箒達‥‥

一方、鈴やイヴ、本音は興味なさげに見ていた。

イヴの『バハムート』を使用すれば回復するのだろが、正直に言ってイヴは例え自分が忌み嫌う力であっても彼の為に使用しようとは思わなかった。

最も止めを刺せと言うのであれば喜んで使用する。

帰りのバスの中でシャルルはチラッとイヴの事を見る。

そのイヴは本音と共にお菓子を食べながら談笑していた。

 

「デュノア君、どうかした?」

 

隣の席のクラスメイトがシャルルに声をかける。

 

「あっ、いや‥なんでもない」

 

シャルルは慌てて体裁を整える。

そして、イヴの方も本音を談笑をしつつ、時々チラッとシャルルの方へ視線を向ける。

 

「ん?イヴイヴ、デュノっちと何かあったの?」

 

流石は暗部の家に使える者、本音はイヴの何気ない仕草から彼の所がシャルルへ視線を向けている事に気づいていた。

 

「えっ?ううん、何でもないよ」

 

「そう?」

 

本音はそう言うが、二人の間に何かあったのだと確信を抱いていた。

 

(あ~あ‥‥これは学園に戻ったら、またイヴイヴを巡って一荒れくるかな?でも、たっちゃんもかんちゃんも折角仲が戻ったんだから、イヴイヴを巡って争わないでほしいな‥‥)

 

(いっそ、私がイヴイヴを貰っちゃえば争いは起こらないかな?)

 

そう思いつつ、本音はお菓子を口に放り込んだ。

 

臨海学校から戻ったシャルルはその日の内に整備室へと向かい愛機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの検査を行った。

化け物と化したイヴとの戦いでかなりのダメージを負ったからだ。

検査をしたところラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはかなりのダメージを負っていた。

 

「‥‥不味いな」

 

期末試験にはISの実技試験もある。

しかし、現状でラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの修理が難しい。

デュノア社が潰れ、ラファール・リヴァイヴの生産権は別の企業へと移ったが、自分はデュノア社とフランス政府を裏切った身‥‥ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの修理用部品をフランス政府に頼んでも恐らく却下されるのがオチだ。

幸い学園の訓練機にはラファール・リヴァイヴが採用されているので修理の部品はあるが完全に直すのは難しい。

 

(最悪、訓練機のラファール・リヴァイヴで実技試験をするしかないか‥‥でも‥‥)

 

問題は期末試験で行われる実技試験ではない。

シャルルが自由国籍を取得したらラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはフランスへ返却しなければならない。

デュノア社は潰れてもラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの所有権はフランス政府にあるのだ。

壊れたまま返却すればフランス政府はシャルル・デュノア個人に何かしらの賠償を求めてくるだろう。

シャルルはまたもや新たな問題を抱える事になってしまった。

 

(はぁ~‥‥僕の人生は呪われているのかな?)

 

現状を嘆くしかないシャルル。

だが、何時までも嘆いている訳にはいかない。

シャルルは出来る限り、学園にあるリヴァイブの部品でラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの修理をするしかなかった。

 

臨海学校から数日後‥‥

今回の福音における騒動の処罰が正式に決まった。

まず、今回の戦闘指揮を執っていた千冬に関して、

減俸と有事における指揮権のはく奪、夏休み期間中の研修だった。

彼女には教師としての在り方をもう一度基礎から叩き込む必要があった。

千冬は納得いかないと憤慨していたが、虚偽の報告及び生徒を生死にかかわる危険な目に遭わせたと言う事で覆る事はなかった。

 

(くそっ、あの疫病神め!!)

 

千冬は自分に虚偽報告した箒よりも自らが強制参加させたイヴが自分の足を引っ張ったとのだと心の中でイヴを逆恨みした。

次にイヴと突き刺した百秋について‥‥

本来ならば退学処分し、司法の手に委ねてしかるべきなのだが、日本政府がそれを頑なに拒んだ。

それは百秋が千冬の弟であり、世界初の男性操縦者の為だったからだ。

更に日本政府は今回の百秋の不祥事の隠ぺいを更識に依頼した。

更識家17代目当主の楯無個人としては当然、こんな依頼は受けたくはなかったが、更識家の主人は日本政府‥‥楯無はこの依頼を受けざるを得なかった。

百秋がイヴを刺した証拠映像はこの世で三つ存在している。

一つは束がもっており、その映像の存在は日本政府も学園側も知られていない。

もう一つは学園のメインコンピューターに保存されている映像‥‥。

この映像は楯無が理事長を説得し、削除した。

最後の映像は教員用のタブレットに保存されていた。

此方も『千冬の為ならば』と教員たちは喜んで削除した。

最初の情報源を見つける事は出来なかったが、あの映像がネットに流出しなかった事で、楯無としては受けたくない依頼であったが、この依頼はあっさりと片付いた。

しかし、百秋に何の処分もしない訳にはいかない。

福音戦で重傷を負ったが、彼には夏休みをすべて返上しての補修及び二学期の休日における奉仕活動が義務付けられた。

イヴを見捨てた箒にも同様の罰が下った。

学園長や楯無としては箒の専用機も没収したい所であったが、国にも企業にも所属していない箒の専用機の所有権はイヴと同じように篠ノ之箒にあり、本人の了承が無ければ専用機を没収する事は出来ない。

千冬同様、箒も当然この処分に関しては激怒したが、束が「自分の妹だからという理由での特別扱いは止めろ」と言う事で、箒の処分は覆らなかった。

ならば、イヴも処罰しろと千冬と箒は喚いたが、イヴに関しては処分する理由がなかった。

すると、千冬と箒は勝手に出撃し福音を倒したことが処罰の対象だと喚くが、元々福音の討伐メンバーであるイヴがその福音を倒す事の何処に問題があるのかと問われると二人はぐぅの音も出なかった。

 

福音騒動における学園の関係者が処罰されている頃、某所では‥‥

 

「只今~」

 

「あっ、おかえりスコール」

 

臨海学校が行われた海辺の町からスコールが帰ってきた。

帰ってきた彼女をオータムが出迎える。

 

「それで、どうだった?」

 

「それなりの収穫はあったわ」

 

「へぇ~それで、例のブリュンヒルデの弟‥白式の実力はどうだった?」

 

オータムは今後のターゲットとなる白式‥‥百秋の実力が気になる様子だった。

 

「ブリュンヒルデの弟と言うからどんな腕なのかと期待してけど、大した事なかったわ‥‥」

 

「でも、福音は撃破されたんだろう?」

 

「ええ‥予定通りね‥‥でも、福音を倒したのは別の人よ」

 

「別って‥‥まさか織斑千冬か?」

 

「いいえ、ブリュンヒルデ様は安全な後方で自分の生徒に福音の討伐を任せていたわ」

 

「うわっ、テロリストの私が言うのもなんだけど、それって教師としてどうなの?」

 

「そうね‥でもそんなブリュンヒルデ様だからこそ、此方につけ入る隙があるのよ。確か秋には学園で文化祭が開かれるわ‥‥普段は一般人の参加が許可されている筈‥‥予定通り、文化祭で白式を奪うわよ、オータム」

 

「おう、腕がなるぜ」

 

「‥‥」

 

スコールとオータムの会話を近くで聞き耳を立てている人物がいた。

 

「それと、篠ノ之箒‥‥彼女もあの篠ノ之束から専用機を貰っていたわ」

 

「へぇ~‥‥あの篠ノ之束から貰った専用機‥‥白式よりもそっちの方も価値がありそうだな」

 

「そうね‥‥M、聞いているのでしょう?」

 

スコールは聞き耳を立てている人物がその場に居る事に気づいていた。

 

「‥‥」

 

「この後、色々忙しくなるわ‥‥貴女の機体‥サイレントゼフィルスも何時でも出せるように整備は怠らないようにね」

 

「‥‥」

 

スコールに声をかけられたMと呼ばれた人物は返答することなく、その場から去って行った。

暫くしてオータムがスコールの前から去ると、スコールは海で拾ったあの虹色のカードを取り出して、

 

(もうすぐ‥‥もうすぐで貴女は私のモノになるのよ‥‥イヴ)

 

それをウットリとした顔で見つめていた。



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73話

様々な事が有ったIS学園の臨海学校が終わり、臨海学校に参加したIS学園の一年生達は普段の学園生活へと戻った。

ただその中で織斑百秋は臨海学校における福音との戦いの怪我の影響で今学期の復帰は不可能となり、夏休み期間中の補習が決まった。

まぁ、百秋は臨海学校での福音の件で既に夏休み期間中は補習が決まっていたのでせめて入院中が彼にとって少し早い夏休みのようなモノになった。

一方、百秋と同じく福音の討伐の際、虚偽の報告をしてイヴを見捨てた箒も夏休みは百秋と同じく補習が決まっていた。

そんな中、イヴは臨海学校の最終日の夜の事がどうしても気になっていた。

 

(ねぇ‥‥)

 

『ん?なんだ?』

 

イヴは自分の中に居る獣に珍しく声をかけた。

 

(実はあの後の事をよく覚えていないんだけど、お前は何があったか覚えているか?)

 

『ん?あの後?』

 

(ほら、デュノア君が私に告白してきただろう?)

 

『ああ、あの時か‥‥』

 

イヴはシャルルから告白された所までは覚えているがそれ以降の事を覚えていない。

シャルルが自分に告白した時、獣が無理矢理表に出てきたのかと思い、獣がシャルルにあの告白の返答をしたのかと尋ねる。

 

『いや、実は私もあの後の事はよく覚えていない』

 

(覚えていない?)

 

なんと獣もあの後の事は覚えていないと言う。

 

(それ、どう言う事!?私はてっきりお前が表に出てきてデュノア君に返事をしたのかと思ったんだけど‥‥)

 

『私だって知らねぇよ。急に眠くなったて気が付いた時にはお前があの青髪と一緒に風呂に入っていたからな』

 

獣も覚えていないと言うのであれば、あの後あそこでは何があったのか?

シャルルならば何か知っているだろうか?

でも、シャルルとはあの告白の一件があり、何となく気まずい。

しかし、獣さえも知らないとなると何かがあったに違いない。

気になったイヴは告白の件はひとまず置いておいて、あの時の事を聞きにシャルルの下へと向かった。

しかし、寮のシャルルの部屋をノックしても中からは応答がない。

 

(留守かな?)

 

「あっ、ねぇ、デュノア君何処にいるか知らない?」

 

イヴは通りがかった同級生にシャルルの居場所を尋ねた。

 

「デュノア君なら、格納庫に居るのを見かけたよ」

 

「そう、ありがとう」

 

シャルルの居場所を聞いて早速、シャルルが居ると聞いたISの格納庫へと向かった。

格納庫ではシャルルが自らの愛機である ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを修理しているシャルルの姿があった。

上着とネクタイを脱ぎ、ワイシャツを腕まくりして工具を手に取るシャルルの手と頬には機械油がついている。

そしてシャルルの愛機のラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは彼方此方が変形したり、凹んでいたりとどう見てもシャルルがラファール・リヴァイヴ・カスタムIIをカスタマイズしているようには見えない。

 

(えっ?なんで、デュノア君の専用機‥あそこまで壊れているの?)

 

福音討伐後はISを使用する機会なんてなかった筈だ。

そもそも福音戦の時、シャルルはイヴを捜索する時にISを使用し戦闘はしていないから壊れる筈はない。

ならば、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは一体いつ壊れたのだろうか?

もしや自分達の記憶が欠落している事に何か関係があるのだろうか?

気になったイヴはシャルルに声をかけた。

 

「デュノア君‥‥」

 

「っ!?あっ、アインスさん」

 

突然背後から声をかけられたシャルルはビクッと身体を震わせるが、イヴだと知るとホッとした顔をする。

 

「ね、ねぇ‥‥その‥‥どうしてデュノア君のリヴァイヴ‥そこまで壊れているの?」

 

「えっ?」

 

「あの‥それに私‥‥デュノア君から告白された後から記憶がないの‥‥もしかして、私がデュノア君のリヴァイヴを‥‥」

 

恐る恐るシャルルに尋ねる。

憶測でもいいから外れて欲しいと思うイヴ。

 

「‥‥」

 

すると、シャルルは気まずそうにイヴから視線を逸らす。

 

「やっぱり‥‥私が‥‥」

 

シャルルのその態度で自分がシャルルのリヴァイヴを壊したのだと悟ったイヴ。

IS学園では間もなく期末テストがある。

当然、一般教養の他にISによる実技試験も期末テストの中に含まれている。

それなのにシャルルの専用機は壊れている。

とてもシャルル一人では期末テストまでの短い期間には直らない。

もし、シャルルの期末テストでのIS実技の試験結果が悪かったらと思うと深い罪悪感に囚われるイヴ。

それにあの機体はシャルルの機体であると同時にフランス国家の所有でもある。

シャルルは自由国籍を取得した暁にはリヴァイヴはフランスへ返還しなければならない。

返還した際、傷物で還すわけにはいかない。

その事実に関してもイヴは罪悪感を与えていた。

 

「ち、違うよ!!アインスさんが悪い訳じゃないから!!こうなったのも僕の腕が未熟だったのが悪いんだし‥‥」

 

シャルルは慌てた様子でイヴが悪い訳ではないと言う。

 

「ねぇ、教えて‥一体あの後何があったの!?私は何をしたの!?お願い!!教えて!!」

 

イヴはシャルルにしがみつき、縋るような目であの後、何が起きたのかを尋ねる。

 

「‥‥でも‥これはあまり、アインスさんにはちょっと辛い事だし‥‥」

 

「それでもいい!!それでも、私には知る権利があるから!!」

 

「わ、分かったよ」

 

イヴの勢いに負けてシャルルはあの告白の後、何があったのかをイヴに話した。

 

「そんなっ!?たばちゃんが‥私に‥‥」

 

「で、でも篠ノ之博士も博士なりにアインスさんの事を心配しての行動だから‥‥」

 

「うん‥分かっている‥でも、そんな事をするならちゃんとアフターケアーだってちゃんとしないと‥‥ちょっと待っていて」

 

イヴはポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

 

~♪~♪~♪

 

「おっ?この着メロは!!」

 

束は自分の携帯にかかってきた着メロを聴くと、彼女の頭についている機械の兎耳がぴょこッと反応する。

 

「はぁ~い、もすもす、皆のアイドル、篠ノ之束だよぉ~」

 

いつものお茶らけた様子で電話に出る束。

すると、通話口の向こうから、

 

「た~ば~ちゃ~ん~」

 

呪詛の様な不気味な声が聞こえてきた。

 

「ひっ、い、いっちゃん?ど、どうしたのかな?」

 

通話口の向こうから聞こえてきたイヴの声に束は思わず身震いする。

 

「『どうしたのかな?』それはたばちゃんがよく知っていると思うけど?」

 

「な、何の事かな?」

 

電話口の向こう方は束の動揺している声が聞こえる。

 

「そう‥まだしらばっくれるの?‥‥私をあんな化け物の姿にしてデュノア君と戦わせたのに‥‥」

 

動揺している束とは反対にイヴは物凄く冷静‥と言うか何となく殺気の様な冷たい声であの時の事を束に問いただす。

 

「っ!?そ、それは‥‥」

 

「たばちゃんが私の為にしたのは分かるけど、でも、酷いよ!!」

 

「そ、それは‥ごめん‥‥でも‥‥」

 

イヴは先程の冷たい声から一転し、問い詰める様な大声をあげる。

その声を聞いて束は益々委縮している事がその声から窺える。

 

「デモもストもないよ!!」

 

「‥‥」

 

通話口の向こうから聞こえる涙声のイヴの声に束は思わず俯いてしまう。

 

「もう、たばちゃんなんて知らない!!友達でもなんでもない!!」

 

「そ、そんなっ!?待って!!いっちゃん!!」

 

「‥‥たばちゃん」

 

「な、何かな?いっちゃん」

 

「夜、歩く時は背後に気を付けてね‥‥死はその素早き翼をもって飛びかかるよ」

 

イヴは束に殺害予告の様な言葉を言い放つ。

 

「そ、そんな!?待って!!いっちゃん!!今回の事は本当に悪かったと思っているから!!だから、チャンスを!!挽回のチャンスを!!」

 

電話の通話口の向こうからは束の必死な声がする。

そんな束の必死な嘆願を聞いているイヴの方は‥‥

声では涙声を出していたが、表情はニヤリとあくどい顔をしていた。

 

(勝った‥‥計画通り‥‥)

 

(あ、アインスさん何だか物凄く悪そうな顔をしている‥‥)

 

そんなイヴの姿を見てシャルルはドン引きしていた。

 

「じゃあ、デュノア君のIS‥急いで修理して」

 

「えっ?あのふたなり‥‥」

 

「ん?」

 

「あっ、いや、あの子のISを?」

 

「そう!!」

 

「あっ、いや‥でも‥‥」

 

「そう‥たばちゃんがそんな態度をとるならもうたばちゃんとの関係もこれまでだよ」

 

「わ、分かった!!分かったから!!」

 

束が自棄になったように叫ぶ。

こうしてシャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは期末テストまでには何とか無事に使えるみたいになった。

翌日、イヴとシャルルが格納庫に行ってみると、そこには新品同様に修理されたラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの姿があった。

一晩で、しかもIS学園のセキュリティに引っ掛かる事無くシャルルのISを直した束はやはり流石としか言えなかった。

 

ISについての心配事は解決したので、後は一般教養の座学である。

期末テストが近づいている中、ある日の放課後、

 

「ねぇ、イヴイヴ」

 

「ん?どうしたの?のほほんさん」

 

「その‥今度の期末に向けて一緒に試験勉強しない?」

 

本音がイヴにテスト勉強を一緒にやらないかを持ち掛ける。

 

「うん。いいよ」

 

本音の頼みをイヴはあっさりと了承する。

 

(ヤッタ!!)

 

イヴの返答を聞いて本音は心の中でガッツポーズをとる。

 

「それなら、私も混ぜてもらえないか?」

 

そこへ、ラウラも一緒にやりたいと言う。

 

「ボーデヴィッヒさんも?」

 

「うむ‥ISに関してはいいのだがその‥現代文が自信ないのだ‥‥」

 

外国人であるラウラにとってこの国の言葉は難しい様だ。

 

「うん。いいよ」

 

「えっ?なになに?試験勉強をやるの?」

 

そこへ、鈴も会話に加わる。

 

「うん」

 

「じゃあ、私も一緒にやる!!ついでに夜食も作ってあげるわ!!」

 

「ありがとう鈴」

 

(あら~なんだか人が‥‥)

 

本音としてはイヴとワンツーマンでやりたかったのだが、声をかける場所を間違えた感があった。

なんだかイヴと試験勉強をする面子がドンドン増えていく。

 

「のほほんさん、かんちゃんはどうなの?」

 

「えっ?かんちゃん?」

 

「うん。やっぱり、四組の人とやるのかな?」

 

「うーん‥どうだろう?かんちゃん、最初の内は専用機の一件で高校生デビューに出遅れた感じがするし‥‥」

 

「じゃあ、声をかけてあげよう」

 

「えっ?あっ、うん‥‥」

 

簪にも声をかけると決まった時、

 

『おい、一夏!!当然、デュノア君も誘うだろう!?いや、誘え!!』

 

イヴの中の獣がシャルルも誘えと言う。

 

(わ、わかった、わかった)

 

このまま獣を放置しておくと勝手に表に出て好き勝手にしそうなので、イヴはシャルルにも声をかけることにした。

シャルルからの告白の一件がまだ片付いていないが、学生の本分としては青春と思春期における恋愛も大事だが、今は目の前に迫っている期末テストに集中しなければならない。

そこはシャルルだって理解している筈だ。

 

「で、デュノア君」

 

「ん?何かな?アインスさん」

 

「その‥今日の夜、一緒に試験勉強をしない?」

 

「えっ?アインスさんと?」

 

「う、うん‥ダメ‥かな?他の人とやる約束とか、一人の方が集中出来たりする?」

 

「ううん、大丈夫だよ。やろう、試験勉強」

 

「そう?よかった。じゃあ、8時に私の部屋に来てね」

 

「うん。必ず行くよ」

 

シャルルに声をかけたイヴは次に四組へと向かう。

 

「かんちゃん」

 

「イヴ」

 

「ねぇ、今夜一緒に試験勉強をしない?」

 

「イヴと一緒に?」

 

「うん」

 

「する!!絶対にする!!」

 

「分かった。それじゃあ、夜の8時に私の部屋に来てね」

 

「うん。絶対に行くから」

 

「それじゃあ、夜ね」

 

そこで簪に今日の夜、一緒に試験勉強をやらないかと誘うと彼女は即座に了承した。

そしてイヴは簪に時間を伝え、寮に戻った。

 

 

それから試験勉強をする夜8時‥‥

 

「「むっ?」」

 

イヴの部屋の前で筆記用具と教科書、参考書を持ったシャルルと簪が鉢合わせをする。

 

「どうして更識さんが?」

 

「そう言うデュノア君こそ‥‥」

 

「僕はアインスさんと一緒にテスト勉強をしに来たんだよ」

 

「私だってイヴと一緒にテスト勉強をしに‥‥デュノア君は男同士‥織斑君とやればいいじゃない。腐った女子だってきっとそれを望んでいる」

 

「更識さんこそ、布仏さんや同じクラスの人とやればいいじゃないか」

 

「むっ!?」

 

「むむっ‥‥」

 

シャルルと簪の目からは互いにバチバチと火花が散る。

そんな中、イヴの部屋の中からは、

 

「ねぇ、イヴイヴ、これどうやってやるの?」

 

「あっ、これはね‥‥」

 

「ちょっとラウラ。アンタ、此処の漢字間違っているわよ」

 

「むっ?そうなのか?」

 

部屋の主であるイヴの他に本音、鈴、ラウラの声が聞こえた。

シャルルと簪もいつまでも部屋の前でいがみ合っている場合ではない様なので、部屋をノックした。

 

「はーい」

 

ノックの音を聞いてイヴが応対に出る。

 

「あっ、二人とも待っていたよ」

 

笑顔でシャルルと簪を出迎えるイヴ。

シャルルと簪を部屋に招き入れたイヴは早速二人の為に紅茶を淹れる。

そして、皆はテスト勉強をするのだが‥‥

 

「ねぇ、イヴイヴ、この問題は?」

 

「ここはねぇ‥‥」

 

「「‥‥」」

 

イヴは本音につきっきりで勉強をしている。

そんな様子をシャルルと簪は面白くないと言う顔で見ている。

しかも座っている席がイヴは片方が壁際でもう片方は本音が座っている。

その為、シャルルと簪はイヴの隣に座る事も出来ない状況となっている。

シャルルも簪もイヴにほぼワンツーマン状態で勉強を教わっている本音を羨ましそうに見ている。

 

「デュノア君とかんちゃんは大丈夫?どこか分からないところはない?」

 

イヴは勉強が進んでいない二人に声をかける。

 

「「えっ?」」

 

そこで二人はチャンスだと思い、

 

「あっ、此処が分からないんだけど‥‥」

 

「僕は此処が‥‥」

 

二人は参考書を差し出して分からない所を尋ねる。

 

「ん?どれどれ」

 

イヴは立ち上がって場所を変わり、シャルルと簪の間に座り、参考書を見る。

 

「あっ、ここはねぇ‥‥」

 

そして、イヴは二人に問題の解き方を教える。

 

(むぅ~)

 

そんな様子を今度は本音が面白くなさそうな顔で見ていた。

 

「なぁ、鈴‥‥」

 

「何?ラウラ」

 

「なんか、あの辺りから見えない攻防戦が行われている様な気がしてならないんだが‥‥」

 

「奇遇ね、私もそれを感じるわ」

 

若干蚊帳の外に置かれている鈴とラウラはこの部屋で見えない戦闘の気配を感じていた。

その後、鈴が作った夜食を食べ、この日は解散となった。

期末テストの日までイヴ達は夜、部屋に集まり、試験勉強をしながら夜食を作り合い、一緒に食べると言う時間を過ごした。

ただ、どの時間の時もイヴの隣を狙う見えない攻防戦があったのは言うまでもなかった。

 

 

そして、迎えた期末テストでは、

 

(えっと‥‥この問題は‥‥)

 

(あっ、此処イヴイヴに教わった所だ)

 

(此処の問題は確か‥‥)

 

(この問題はイヴが教えてくれたところだ)

 

と、中々の手応えを感じた者も居れば、

 

(くそっ、あの疫病神のせいで折角の夏休みが‥‥)

 

と、夏休みが無しと決まっていた事ですっかり勉強する意欲を無くした者も居た。

ISの実技でも専用機持ちはそれなりの実績残した。

しかし、臨海学校のほんのわずかな時間しか乗っていない箒は未だに専用機に振り回されている様な乗り方だった為、折角の専用機も宝の持ち腐れと言う結果に終わった。



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74話

学生にとって一学期の最大の難関、期末テストが無事に終わり、成績表と言う今期の自分の評価もそっちのけで夏休みを手に入れた学生達は浮きだっていた。

夏休みに親しい者達同士で旅行を計画する者。

外国からの留学生組は久しぶりの帰国に胸を躍らせる者。

折角の夏休みだが、ISの訓練や部活動に集中する者。

そんな中で受験生達は夏休みが追い込み時期となる。

 

「皆は、夏休みどうするの?」

 

イヴは終業式の前、食堂で食事を摂りながら鈴達にこの後やってくる夏休みの予定を尋ねる。

 

「私は向こう(中国)で開かれる代表候補生や国家代表の強化合宿に参加するつもりよ」

 

鈴は、夏休み期間中は母国である中国に帰国し、国が主催するISの強化合宿に参加すると言う。

 

「私もドイツに帰国し、部隊の強化訓練に参加するつもりだ」

 

ラウラも鈴同様、夏休み期間中は母国に帰国し、部下達と共にISの訓練をすると言う。

 

「私は実家の用事とISの強化訓練に参加する‥‥」

 

「私はかんちゃんのお供~」

 

簪も実家での行事と鈴やラウラと同じくISの強化訓練に参加すると言う。

 

「うーん、僕は‥‥学園に居残りかな?とりあえず、アルバイトでもしようかと思っている」

 

シャルルは帰国せずにIS学園に残り、夏休み期間中はアルバイトをすると言う。

イヴも帰る国も家もないので、彼女もIS学園に残ることにした。

そして、お盆の期間中には織斑家‥父、四季の墓参りだけはこっそりとあの二人に見つからないようにするつもりだった。

そして、終業式を終え、成績表が配られると、解散となり、IS学園の人口比率はガクッとさがり、校舎と寮の中はガラーンと静かになる。

そんな中、シャルルは自由国籍の取得に成功した。

こにより、シャルルはもうフランスとは縁が完全に切れたので、万が一フランス政府がシャルルにデュノア社の件について事情を聞きたくともそれは任意であり、シャルルが拒否をすれば、フランス政府の召喚を拒否出来る。

だが、それはシャルルに一つの別れをもたらす事にも繋がった。

その日、シャルルは事務室にて、ある書類にペンを走らせている。

 

「では、これで‥‥」

 

「はい、確かに」

 

書類の内容を確認した事務員は誤字が無い事を確認した後、

 

「では、お預かりします」

 

「‥‥はい」

 

シャルルは名残惜しそうに待機状態となっているラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを特殊トランクに入れる。

シャルル自身は自由国籍となったが、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの所有権はフランスにある為、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIはフランスに返却しなければならなかった。

ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIはこの後、IS学園からフランス大使館へと運ばれ、空路でフランス本国へと運ばれる。

その後、ISコアだけを抜いて新たな機体に埋め込まれるのか?

それとも別のフランスの代表候補生に引き渡されるのか?

シャルルには分からないが、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIとお別れする事には変わりない。

特殊トランクの蓋が閉じられ、事務員の手によって運ばれて行くラファール・リヴァイヴ・カスタムII。

 

(さようなら‥‥そして、今までありがとう‥‥リヴァイヴ‥‥)

 

長い時間を共にした相棒とのお別れにちょっと涙腺が緩むシャルルだった。

 

「デュノア君‥‥」

 

そんなシャルルの後姿をイヴはジッと見ていた。

夕食時にシャルルの様子見ると、やはり長い時間を共にした愛機を失った喪失感から、哀愁が漂っていた。

 

翌日‥‥

 

「うーん‥‥」

 

シャルルが目を覚ました時、手に何か柔らかいモノが当たる。

 

「ん?‥‥っ!?」

 

シャルルがバッと起き上がり、掛け布団をめくると其処にはイヴがまるで猫の様に丸まって眠っていた。

とは言え、今回は前の時と異なり全裸ではなくちゃんと寝間着を着ている。

 

「あ、アインスさん!?」

 

それでもシャルルがびっくりする事には変わりなかった。

 

「うみゅ~?」

 

シャルルの声でイヴが目を覚ます。

 

「あっ、おはよう、デュノア君」

 

自分のベッドにもぐりこんできた事からシャルルはてっきり、今のイヴが殺戮の銀翼かと思ったのだが、寝間着を着て潜り込んだ事から表のイヴであると判断したシャルル。

 

「あ、アインスさん、どうして此処に?」

 

「昨日のデュノア君、ちょっと寂しそうだったから‥‥」

 

 

「えっ?」

 

「専用機をフランスに返還して、デュノア君‥寂しそうだった‥‥だから、少しでも慰めになればと思って‥‥」

 

イヴは恥ずかしそうに視線を逸らしながらシャルルのベッドに潜り込んだ理由を話す。

そんなイヴの仕草にキュンとするシャルルだった。

朝食は食堂ではなく、イヴがシャルルの部屋で作り、シャルルと一緒に食べた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

朝食の席でもシャルルはどこか上の空な感じがした。

 

「ねぇ、デュノア君」

 

「ん?なんだい?」

 

「今日、何処かに出掛けない?」

 

「えっ?」

 

「リヴァイヴの事を忘れろ‥とは言わないけど、少しでも気分転換をしよう。ねっ?」

 

「う、うん」

 

リヴァイヴの件はシャルルにとって悲しい事だが、こうしてイヴと一緒にお出かけできることは嬉しい事だ。

しかも夏休み期間中は普段、自分の邪魔?をしてくる簪は居ない。

おもいっきり二人で出かける事が出来る。

シャルルはジーンズに白いカッターシャツ、ハンチング帽を被り、寮のロビーでイヴを待った。

そしてしばらくすると、

 

「おまたせ」

 

待ち人であるイヴがやって来た。

イヴはデニム生地のスカートにランダムのドット柄、肩のフリル、パフスリーブ、胸元のリボンがあしらわれたマリンテイストのブラウスを身に纏い、肩にはショルダーバッグを下げていた。

 

「に、似合うかな?」

 

イヴはぎこちなさそうに今自分が来ている服が似合うかシャルルに尋ねる。

簪が見れば物凄いテンションになりそうである。

 

「とっても似合っているよ」

 

「ありがとう、デュノア君も良く似合っているよ」

 

「うん、ありがとう」

 

待ち人も来たので、早速出かけようとした時、これから部活なのか数人の生徒達が通り過ぎた。

 

「ねぇ、今日は部活の終わりが早いから、部活が終わったら、クレープを食べに行かない?ほら、あの臨海公園の屋台のクレープ」

 

「いいね、行こう、行こう」

 

会話の内容も普通の女子高生らしくスイーツの話をしている。

 

「あっ、そういえばそこのクレープ屋さんの噂知っている?」

 

「知っている、知っている。好きな人とミックスベリー味を食べると、恋が叶うってやつでしょう?」

 

「そうそう、でもいつも売り切れなんだって」

 

「やっぱり、開店と同時に行かないと買えないのかな?」

 

そんな会話をしながらこれから部活へと向かう女子生徒達はシャルルとイヴの前を通り過ぎて行った。

 

((恋が叶うミックスベリー‥‥))

 

IS学園にきてもう三カ月以上の歳月が経過して居たにも関わらず、そう言った噂には疎い二人だった。

でも、噂の内容は気になる内容だった。

 

(今日、行ってみたいかな)

 

やはり、気になる異性がすぐ傍に居り、その異性と出かけるのであれば、是非ともその噂のクレープ屋さんには行ってみたいと思うシャルルであった。

一方、イヴも

 

『なぁ、一夏、さっきの話聞いただろう?』

 

(あっ、うん)

 

『デュノア君と出かけるなら、絶対にそこに行け!!』

 

(えっ?でも、さっきの話聞いていたでしょう?『いつも売り切れだ』って)

 

『そんなの行ってみないと分からないじゃないか。今日はうっているかもしれないだろう』

 

(分かった、分かった。考えておくから)

 

獣もシャルル同様、さっきのクレープ屋の噂をちゃんと聞いており、そのクレープ屋に行けと催促する。

でも、今日のお出かけの主役はあくまでも自分ではなく、シャルルなのだ。

シャルルが行くのであれば、行こうと思ったイヴであった。

 

二人はそれからモノレールにてショッピングモールへ向かった。

ショッピングモール内のテナントを散策する二人であったが、イヴもやはり年頃の女の子、ファッションとかには興味があり、ついついモール内にあるブティックとかに目がいってしまう。

何しろ、父である四季が死んでからこうしてファッションとかと無縁の生活を送って来たのだ。

今は、昔と比べ比較的に自由を手に入れたので、こうしたファッションとかに興味を抱くことが出来るのだ。

 

「アインスさん、このお店、みてみたいの?」

 

シャルルはそんなイヴの様子に気づいてイヴに声をかける。

 

「えっ?あっ、いや‥‥だ、大丈夫‥それに今日の主役はデュノア君だから、私の事は気にしないで、デュノア君が行きたいお店に行こう」

 

「うーん、でも、僕はアインスさんがどんな服を選ぶのか気になるし、変身したアインスさんも見てみたいから、行こう。ねっ?」

 

「う、うん‥‥」

 

シャルルの行為にイヴはありがたい様な、すまない様な気持ちでモール内のブティック店へと入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

接客対応した定員と店内に居た客はシャルルとイヴの姿を見て、頬を赤らめ呆然とする。

 

「金髪と銀髪…素敵…」

 

「いらっしゃいませ、お客様。よろしければ新作の試着などいかがでしょうか?」

 

店員は早速イヴに夏物の新作を薦める。

 

「へぇ~薄手でインナーが透けて見えるんですね‥‥アインスさん、折角だから、試着してみたらどう?」

 

「えっ?あっ、うん。お願いします」

 

イヴは店員さんとシャルルから夏物の新作服を手に試着室へと入る。

前回の弾の事もあり、今回シャルルは試着室の前でイヴを待っている。

 

「どう‥かな?」

 

やがて、試着が終わり試着室から出てきたイヴ。

その姿はまるで本職のモデルさんと何ら変わりなく、とても似合っていた。

イヴの姿にシャルルもイヴに服を薦めた店員も思わずイヴの姿に見とれてしまった。

 

「うん、凄く似合っているよ!!」

 

「はい、とってもお似合いですよ!!」

 

「ありがとう」

 

「お客様。次は、此方はどうでしょう?」

 

次に店員さんはイヴに黒いサマーワンピースを薦める。

 

「いいかも‥きっとアインスさんに似合うと思うよ」

 

「そ、そうかな?」

 

店員さんとシャルルの薦めで次に黒いサマーワンピースを試着するイヴ。

 

「はい、アインスさん」

 

「靴も用意したの?」

 

「折角だし」

 

シャルルはイヴに似合うハイヒールを用意した。

イヴは試しにハイヒールを履いてみたが、ハイヒール経験はこれが初めてのイヴは二、三歩あるくと、躓きそうになり、そこをシャルルがすかさず支える。

その姿はまさにカップルの様に見えた。

 

「あっ、ご、ごめん」

 

「どういたしまして」

 

笑みを浮かべるシャルル。

その笑みを見ていてイヴは思わず、頬を赤く染める。

二人の様子を見て、店内に居たお客は思わず携帯のカメラやデジカメでイヴとシャルルの姿を写真に収める。

店員さんは仕事中とあって二人の姿を写真に撮れずに悔しそうだった。

 

「あ、あははは…」

 

「どうしよう‥この空気‥‥」

 

シャルルは少し引き攣りながらも笑みは絶やさず、イヴはこの空気をどうしたものかと悩んだ。

その後、イヴは最初に試着した夏物新作とこの黒のサマーワンピース、ヒール一式を購入した。

本音を言えばシャルルは自分がイヴにプレゼントをしてあげたかったのだが、これでも服と言うのは、結構値が張るモノなのだ。

今後の事を考え、シャルルになるべく出費はさせたくはなかったイヴは自腹で購入した。

イヴは束からちゃんとお小遣いをもらっているので、お金に関しては心配なかったのだ。

その後、イヴとシャルルはモール内のテナントを巡りショッピングを楽しんだ後、ショッピングモールを後にし、海辺にあるレストランへと入りそこで昼食を摂った。

レストランには行った時もシャルルの金髪とイヴの銀髪はやはり、目立つのか、お店のお客や店員さんはチラチラと二人の事を見ていた。

食事が終わり、デザートとドリンクで談笑し、そろそろお店を出ようかと思っていた時、

 

「ねぇ、貴女達…」

 

「「ん?」」

 

シャルルとイヴに声をかける人物が居た。

 

「バイトしない?」

 

「「えっ?」」

 

その人物の胸には名札が付いており、そこの名前の他に役職名が書かれており、其処には店長と書かれていた。

それから‥‥

 

「おおおーっ、デュノア君、カッコイイ」

 

「そ、そうかな?」

 

シャルルは燕尾服に白手袋をつけた執事服を身に纏っていた。

 

「アインスさんもその格好よく似合っているよ」

 

シャルルが執事なのに対してイヴはメイド服を纏っていた。

 

「えへへ、ありがとう」

 

イヴのメイド服姿に思わずドキッとしてしまうシャルル。

簪がこの場に居たらきっと狂喜乱舞していただろう。

 

突然のアルバイトであったが、シャルル自身今後アルバイトはしないといけないのでこれも丁度いい経験だと思いこの喫茶店の店長さんの誘いに乗り、イヴもシャルルがやるというならとシャルルに付き合ったのだ。

 

「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」

 

シャルルは注文の品をテーブルへと運ぶ。

 

「は、はい。私です」

 

執事姿のシャルルの姿を見て、顔を赤らめてときめく女性客。

そしてシャルルは、手慣れた手つきで紅茶の入ったポットからカップへ紅茶を注ぎ、お客へと差し出す。

 

「それでは、何かありましたら、なんなりとお申し付け下さい。お嬢様」

 

「は、はい」

 

スマイルを浮かべ、一礼し、再び厨房へと戻って行く。

シャルルは女性客に人気があり、反対にイヴは男性客からの人気があった。

ただ、イヴはやや男性恐怖症の為か、男性客に対してさりげなく毒を吐いていたが、何故かイヴに毒を吐かれて興奮する男性客は大勢居た。

シャルルとイヴの効果なのかいつもより客入りが良くなった。

そんなやり取りを約数時間した頃、突然店のドアが勢いよく開いたと思ったら、覆面を被った三人組の男達が入って来た。

三人組の内、一人が天井に向かって銃を一発撃つと、店内は瞬く間にパニックになった。

男達が肩から掛けているカバンからは札束がチラッと見える。

どうやら男達は近くの銀行か金融機関を襲ってかねを奪ったが、逃亡に失敗して咄嗟にこの店に逃げ込み、籠城し、逃走車両を警察に要求しようとでも考えているのだろう。

 

「全員そこから動くな!!」

 

「騒ぐんじゃねぇ!!」

 

強盗達は銃と大声で瞬く間に店を恐怖で支配した。

普段、男は女には勝てないと息巻いている筈の女性達も身をかがませガタガタと震えている。

そう言った姿を見るとやはり、女尊男卑主義の女はISと言う機械の尻馬に乗っている虎の威を借りる狐なのだろう。

警察は店の前で包囲体制をとり、スピーカーで強盗犯達に投降を呼びかける。

 

「君達は完全に包囲された!!無駄な抵抗は止めて、大人しく人質を解放して投降しなさい!!」

 

すると、強盗の一人がテーブルで店の窓ガラスを割り、

 

「うるせぇ!!人質を無事に返して欲しければ、車を用意しろ!!勿論、発信機何てつけるんじゃねぇぞ!!」

 

そう言って、外の警官隊に向けて、マシンガンを放つ。

 

銃声がするたびに店内の客達が悲鳴を上げる。

 

(コイツ等、このまま八つ裂きにしても良いけど、目撃者が多すぎるしどうしよう‥‥)

 

イヴはこの事態をどうやって鎮圧しようかと思いつつジッと状況を窺っていると、

 

「おい、其処のお前」

 

「ん?」

 

強盗犯の一人は突然、イヴに声をかける。

そのイヴ本人は怯える様子も無く平然とした様子で佇んでいる。

 

「喉が渇いた。メニューを持って来い!!」

 

銀行から此処まで走って来た強盗達の身体は、どうやら水分を欲している様だ。

もしかして、此処に逃げ込んだのは客や店員を人質にとるのと同時に喫茶店ならば、食べ物があるので籠城に適していると考えたのかもしれない。

強盗に言われて、イヴは厨房へと行く、その際、イヴはチラッとシャルルを見る。

 

(っ!?)

 

シャルルはイヴのその視線に勿論気づいた。

厨房から戻ってきたイヴはお盆の上に氷だけが入ったグラスを三つ持って来た。

そして、それを強盗犯達に見せつける様に見せた。

 

「はぁ?」

 

「なんだ?コレは?」

 

水分を欲しているのに氷だけとは?

困惑しながら氷だけが入ったグラスを見る強盗犯達。

 

「水だ」

 

イヴは淡々と持って来たものが何なのか強盗犯達に説明する。

 

「はぁ?」

 

「黙って飲め…飲めるものならな!!」

 

そう言ってイヴはお盆を宙へと放る。

すると、グラスの中の氷も宙を舞い、イヴはジャンプすると、宙を舞う氷を指弾で強盗犯達にぶつける。

 

一人は銃を持った手の甲に、

 

一人は目に、

 

もう一人は喉仏に氷がぶつけられた。

 

強盗犯達が突然の氷攻撃に怯んでいると、

 

「はぁぁぁ!!」

 

イヴは近くの強盗犯に回し蹴りをする。

 

「おぐっ」

 

蹴りは男の急所にあたり、蹴りを喰らった強盗犯は悶絶し、その場に倒れる。

 

「ふざけやってこのガキ!!」

 

もう一人がイヴに向けて拳銃を発砲するが、イヴは俊敏な動きで銃弾を躱す。

そこへ、

 

「一人じゃないんだよね!!残念ながら!!」

 

物陰から様子を窺っていたシャルルが飛び出し、イヴに発砲する強盗犯に接近して回し蹴りを頭に喰らわせる。

 

「ぐあぁっ」

 

「ターゲット2、沈黙‥アインスさん、そっちは?」

 

「問題ない。ターゲット3、沈黙」

 

イヴは急所を蹴り飛ばした強盗の頭を足で踏んでいる。

M男ならば、喜びそうなシュチュエーションである。

 

「うっ…くっ…くそっ」

 

すると、倒れていた最後の一人が近くに落ちていた拳銃に手を伸ばして銃を手に起き上がると、

 

「ふざけるな!!こんなガキどもに!!」

 

大声を上げてイヴとシャルルに向け発砲する。

シャルルは近くに落ちていた拳銃をイヴに向けて蹴ると、イヴはその拳銃を手にし、強盗の顔面に突きつける。

 

「遅い…死ね…」

 

と言ってグリップで強盗の顔を殴る。

 

「がはっ!!」

 

イヴに殴られた強盗は床に倒れる。

 

「全、ターゲット沈黙‥鎮圧完了」

 

強盗犯達全員を倒した事により脅威は去った。

人質となったお客や店員達も安堵の表情を浮かべ、シャルルとイヴに礼を言っている。

 

「アインスさん、僕達がIS学園の生徒だって分かると色々面倒だから、この辺で…」

 

「そうだね、ここらで失礼するとしようか」

 

この後の警察の事情聴取で根掘り葉掘り聞かれれば必ず自分達の身元がバレる。

そうなったら、あのブリュンヒルデ様がいちゃもんをつけてきて下手をしたら退学に追い込まれるかもしれない。

幸い、バイト代は最初にもらっているので、後は素早く着替えれば良い。

二人がそう思っていると、

 

「捕まって…ムショに入るくらいなら…いっそ全部吹き飛ばしてやる!!」

 

沈黙したと思った強盗犯の一人が起き上がり、上着を脱ぐと其処には自爆用の爆弾が括り付けられていた。

強盗犯の爆弾を見て、店内は再びパニックになる。

イヴが床に落ちていた犯人の拳銃を今度はシャルルに向かって蹴ると、シャルルはそれを掴み、イヴと同時に拳銃を構える。

そして、強盗犯が爆弾のスイッチを入れようとした時、起爆装置に弾丸を撃ち込み、爆発できない様にした。

 

「ああっ!!」

 

そして、強盗の頭に拳銃を突きつけ、

 

「「チェックメイト」」

 

「まだやる?」

 

「次はその腕を吹き飛ばすぞ」

 

切り札の爆弾が使用不能となり、頭に拳銃を突きつけられてはもう、抵抗のしようが無く、強盗犯は降参した。

 

その後、警察の事情聴取前に二人の事情を察した店長が二人をこっそり店の裏口から出してくれて、二人は何とか警察の事情聴取を受けずに済んだ。

指紋に関しても二人は手袋をしていたので、大丈夫だろう。

 

強盗と言うハプニングがあったが、何とか無事に切り抜けたイヴとシャルル。

その二人の姿は臨海公園のクレープ屋さんの前にあった。

シャルルとしてはモ学園の寮での話が気になり此処へ来たのだ。

もし、本当に恋が叶うミックスベリーのクレープがあるのであれば、イヴを誘いたい‥‥そんな思いがあった。

 

「すみません。クレープを下さい。味はミックスベリーで…」

 

シャルルはミックスベリー味を注文したが、

 

「すみません。今日はもうミックスベリーは終わっちゃったんで…」

 

「あぁ~そうなんですか…」

 

注文したミックスベリー味が既に売り切れと言う事に残念そうなシャルル。

やはり、そう簡単には味わえない様だ。

しかし、店内をジッと見ていたイヴは何かに気づいた。

 

「アインスさんはどの味にする?」

 

「えっ?ああ、それじゃあ、イチゴとブルーベリーをくださいな。デュノア君もそれでいい?」

 

「えっ?あっ、うん」

 

と、イチゴ味とブルーベリー味を注文した。

店員もイヴの意図を感じ取ったのか、一瞬唖然としたが、直ぐに笑みを浮かべて、

 

「はい、ありがとうございます」

 

注文されたイチゴ味とブルーベリー味のクレープを作り二人に渡した。

 

公園のベンチでシャルルはイチゴ味のクレープを食べ、イヴはブルーベリー味のクレープを食べた。

 

「はむ、うーん‥コレ美味しいね」

 

「うん。生地はふんわりとしているし、クリームも良い牛乳を使っている」

 

(今度、アインスさんと来た時にはミックスベリーがあったら嬉しいな)

 

お目当てのミックスベリー味は無かったが、クレープが美味しかったので、また来ようと思いつつ、その時にはミックスベリー味があれば良いなぁと思っているシャルル。

 

「‥‥デュノア君」

 

「ん?なに?」

 

すると、イヴがシャルルに近づく。

そして、イヴはシャルに顔を寄せて来た。

 

「あ、アインスさん!?」

 

イヴの顔が近づくたびに鼓動が激しくなるシャルル。

すると、

 

ペロッ

 

イヴはシャルルの頬を舌で舐めた。

 

「な、何を!?」

 

「ソースが付いていた」

 

テンパるシャルルにイヴは冷静に答える。

 

「あっ、ああ‥そうだったんだ‥‥」

 

「両手が塞がっていたから仕方がなかった‥‥そうだ、私のクレープを一口あげる」

 

そう言ってイヴは自分のブルーベリー味のクレープをシャルルに差し出す。

 

「い、いただきます」

 

折角のイヴからの好意なので、シャルルはそれにしたがってイヴのブルーベリー味のクレープを一口食べる。

 

「ああ、そう言えばあのクレープ屋さん‥‥ミックスベリー味は最初から存在しないよ」

 

イヴはあのクレープ屋にミックスベリー味が無い事を告げる。

 

「えっ?」

 

「そもそも、メニューになかったし、厨房にもそれらしい色のソースは無かった」

 

「そ、そうなの?よく見ているね」

 

「でも、ミックスベリーは食べられた筈だよ」

 

「えっ?‥‥ああ、ああ、ストロベリーとブルーベリー!!」

 

「ご名答」

 

「そっか、いつも売り切れのミックスベリーはそういうおまじないだったんだ…」

 

いつも売り切れで食べれば恋が叶うミックスベリーの正体に納得がいったシャルルだった。



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75話

 

 

学園が夏休みとなり、シャルルは自由国籍を無事に取得したが、それはシャルルにとってフランス代表候補生の資格と専用機の所有権の剥奪を意味していた。

シャルルは愛機をかつての故郷に返還したが、これまで苦楽を共にした愛機を手放した事に少なからず、シャルルは意気消沈した。

そんな中、イヴはシャルルを買い物へと誘う。

買い物をして、昼食に入った喫茶店の店長さんに誘われてその店の臨時バイトをしたシャルルとイヴ。

イケメンな執事のシャルルと美少女のメイドなイヴのおかげでこの日の喫茶店はそれなりに人が入った。

ただ、そんな中で喫茶店に招かれざる客‥逃走に失敗した強盗犯達が逃げ込んできた。

普段は男を下に見ている女尊男卑主義な女性客も拳銃を手に持っている強盗犯達を前、身体をブルブルと震わせていた。

しかし、強盗犯達にとっての不幸は逃走に失敗しただけでなく、逃げ込んだ店にシャルルとイヴが居た事だった。

シャルルとイヴの息の合ったコンビネーションで強盗犯達はあっという間に御用となった。

ただ、自分らがIS学園の生徒であると言う事がバレると色々と面倒なので、シャルルとイヴは警察の介入前にその店を出た。

そして、帰り際に二人は屋台のクレープ屋でクレープを食べた。

その屋台のクレープは女子高生の間で恋が叶うと言う噂があった。

当初はお目当ての恋が叶うミックスベリー味のクレープが店になかった事にちょっと残念そうなシャルルであったが、イヴはミックスベリー味のクレープがなんなのかを見抜き、ベンチでクレープを食べながらその正体をシャルルに教えた。

 

それからシャルルは、夏休み期間中はバイトをしようと決め、早速ネットで探した。

夏休みと言う事でイベントがあちこちであり、運営スタッフの募集があった。

イベントスタッフはバイトの期間が短いが、バイト代は結構高額なモノが多い。

シャルルは早速、登録してイベントスタッフのバイトをしていた。

勿論、そのバイトにはイヴも参加していた。

ただ、バイトの最中、同じバイトの大学生がイヴにモーションをかけるのを見て、嫉妬心を露わにした。

勿論イヴは付き合うつもりはないので断り続けた。

そんなバイト続きな夏休みを送っていると、イヴのスマホに束からメールが届いた。

 

「ん?束ちゃんからメール?」

 

開いてみるとシャルルと一緒に自分の下に来て欲しいと書いてあった。

 

「メール、篠ノ之博士から?」

 

「うん。なんか、デュノア君も一緒に来てほしいみたい」

 

「‥‥篠ノ之博士が僕に一体何の用だろう?」

 

「さあ?」

 

シャルルは自分が束からあまり好印象を受けていない事を知っていた。

それは束自身が興味の無い人には関心が無い事とシャルルが自分の一番のお気に入りであるイヴに恋心を抱いている事が気に食わない部分が影響している。

 

(あっ、でも臨海学校で篠ノ之博士はまた会う事があるだろうって言ってたっけ‥‥?)

 

シャルルは臨海学校の終わりに束が自分に会うかもしれないと言っていた事を思い出した。

 

「‥‥まさか、僕の身体を使って人体実験‥なんてことはないよね?」

 

束が一体自分に何の用があるのか不明だが、一応自分は世界で二番目の男性操縦者となっている。

束が自分を人体実験のモルモットにする可能性は十分ある。

 

「うーん‥‥そんなことは無いと思うけど‥‥」

 

イヴは否定するが、あの束だからなぁ~と言う事で完全に否定する事は出来なかった。

でも、イヴ自身も一緒に行く訳だし、そこまで酷い事はしない筈だと思った。

束の下に行くため、イヴがISを纏い、シャルルをお姫様抱っこする形で束の下へと向かった。

シャルルとしては恥ずかしい体勢であったが、専用機を返還してしまった身としては仕方がなかった。

 

「たばちゃん!!」

 

「やあ、いっちゃん。待っていたよ‥‥ついでに君もね」

 

束はイヴとシャルルを出迎えた。

 

「それで、私とデュノア君を呼んだ用って何?」

 

イヴは束に今日態々、自分とシャルルを呼んだ訳を訊ねる。

 

「うん、そこの‥でゅ、デュノア君‥が、自由国籍を手に入れて専用機無しになった情報を得てね」

 

束はシャルルの名前を呼ぶとき、少し顔を引き攣らせていた。

シャルルの名前を無理に呼んだことが目に見えて分かった。

 

「一応、デュノア君にはいっちゃんのナイト役を不本意ながら任せたんだからね、そのナイトが腑抜けでは困るから、君に新たに専用機を用意したんだよ」

 

束はシャルルに自らのラボへ呼んだ理由を話した。

 

「「新しい専用機!?」」

 

束の言うシャルルの為に用意した新しい専用機と言う単語に反応するイヴとシャルル。

 

「そう、早速見せるからついてきて」

 

そう言って束はシャルルの新たな専用機がある格納庫へと二人を案内する。

 

「さっ、これが君に新しい専用機‥ベディヴィアだよ」

 

そこにあったのは中世の鎧をベースに背中には折りたたまれた翼、レールガン、大きな剣を背負ったISだった。

しかもラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの様なワイヤーブレードを左右にそれぞれ三基、計六基装備しているのも見える。

 

「鎧型‥全身装甲型のIS‥‥」

 

「‥重そう」

 

「じゃあ、早速、この機体のスペックを説明しよう」

 

束はシャルルにベディヴィアの説明をする。

 

「見ての通り、ベディヴィアは全身装甲型のIS‥防御力が通常のISより高い、掌にはいっちゃんのリンドヴァルムと同じ衝撃砲を装備、背部のウイングユニットは高推力スラスターを搭載し、あの青髪のIS同様、ナノマシンによって巨大な光の翼を形成しその見た目からは予想外の超加速を発揮する。でも、それはパイロットの実力次第だけどね」

 

束はどんなに性能が高いISも乗る者の技量が釣り合わなければ宝の持ち腐れだと言う。

 

「そして、飛行時にはナノマシンを広域散布することで、超高機動と同時に周囲の空間上に自機の光学残像を形成し、視覚的・電子的にも敵からの補足を不可能としている。まぁ、簡単に言えば残像を作って相手をかく乱するってことが出来るってこと」

 

束の説明からベディヴィアはスピードもかなり出る機体の様なので、そう言ったスピードから生じる衝撃波からパイロットを保護するため全身装甲型のISなのかもしれない。

 

「そして、ベディヴィアの最大の特徴は単一仕様能力が二つ存在している事」

 

「単一仕様能力が二つ!?」

 

これまでのISで単一仕様能力が二つ搭載されたISなんて確認されていない。

その事実にシャルルは驚愕するしかない。

 

「‥‥それって単一仕様能力って言えるのかな?」

 

一方、イヴは単一仕様能力が二つあると言う事でそれは単一仕様能力と呼べるものなのか、ちょっと疑問に思う。

 

「まぁ、二つと言っても既に存在している単一仕様能力を搭載しただけのものだけどね」

 

「いや、それでも凄いと思いますよ‥‥」

 

「まず一つ目はウイングユニットに装備されているその長剣、ガラティーン‥ビームサーベルとしても実体刃の剣としても使用が可能で、刺突攻撃の際にレーザーを放出し、斬撃そのものをエネルギー刃として放出することが出来る。そしてあの織斑百秋の専用機‥白式の単一仕様能力と同じ性能を有している」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

自分らが嫌う男と同じ単一仕様能力と言う事でシャルルもイヴもやや表情をこわばらせる。

 

「でも、確か零落白夜は対象のエネルギーのすべてを消滅させる一方、自らのシールドエネルギーをかなり消費する筈‥‥」

 

「そう、零落白夜はまさに文字通り、諸刃の剣だけど、私から言わせればそんなのただの欠陥品の何物でもないね。だからこそ、その補助としてのもう一つの単一仕様能力‥絢爛舞踏を装備させてあるんだよ」

 

「けんらんぶとう?」

 

「これは零落白夜と対になる能力‥簡単に言えばエネルギーを増幅‥つまり、エネルギーを回復させる能力だよ」

 

「エネルギーを回復!?」

 

「そう‥くしくも私の愚妹にあげた紅椿にも同じ能力が備わっている‥‥でも紅椿はあくまでもベディヴィアの試作としての作品‥だから、エネルギーを回復するって言っても完全にではなく、半分か三分の一ぐらいの回復量しかない。もっともあの愚妹が紅椿の単一仕様能力を開花できればの話だけどね。でも、このベディヴィアは全エネルギーを回復させる力を持っている」

 

「それってかなりのチートなんじゃ‥‥」

 

イヴが束の説明を聞いてベディヴィアの能力は攻撃、防御共に難攻不落とも言える機体なのではないかと言う。

シャルルもイヴの意見には同意するかのように首を縦に振る。

 

「いっちゃんのナイト役にはこれぐらいの機体じゃないとね。でも、片方の単一仕様能力が発動中はもう片方の単一仕様能力は使えないし、完全に使いこなすにはそれなりの訓練が必要だから」

 

結論から言うとベディヴィアは百秋の白式と箒の紅椿の性能を合わせ持った機体であるが、その性能は両機を大きく凌いでいる事は一目瞭然である。

ただこの性能はもはやモンドグロッソなどの競技向けではなく、兵器としての性能だ。

束は敢えてベディヴィアを競技向けのISではなく、大切な人を守る為武力行為も辞さないと言う心構えをシャルルに持って貰う為、兵器としてのISを用意した。

それはあの臨海学校にてシャルルが束に対してどんな外道な手段をとっても、アンチヒーローになってでもイヴの事を守ると誓うと言ったからだ。

人を守ると言うのはそう簡単な事ではない。

百秋はそれをさも簡単にできるように言っている。

そんな彼の行為と言動はイヴと束に胸糞悪い思いをさせている。

世間ではアラスカ条約なんてモノがあるが、臨海学校での銀の福音を見る限り、すでにそんな条約なんて合って無いものとなっている。

それに束は世界から指名手配されている身で、シャルルはどの国にも属さない自由国籍の身‥よって二人にはアラスカ条約なんて元々関係なかったかもしれない。

 

「まぁ、この他にも武器スペースの容量には余裕があるから装備したいものがあれば、後は君なりのアレンジをして‥それじゃあ、早速フォーマットをしようか?」

 

束は本来ならば、イギリスのIS技術、BTシステムも搭載しようかと思ったが、束は自分が興味を持った人物以外、道端の雑草か小石程度にしか思っていない束にとってシャルルはまだそこまで興味を抱く対象ではなかった。

故にシャルルにBTシステムを扱えるか不明であり、BTシステムは万人が扱えるシステムではなく個人の能力差が表に出る機能なので、ベディヴィアからは外された。

しかしその代わりに武器の容量に若干の余裕もあり、シャルルが搭載したい通常の武器を搭載する余裕がある。

それにベディヴィアにはラウラのシュヴァルツェア・レーゲン、イヴのリンドヴァルムに搭載されているAICも搭載されている。

 

そんなベディヴィアに束はシャルルに早速乗れと言う。

束に促されシャルルはベディヴィアへと搭乗する。

 

(お、重い‥‥リヴァイブとは大違いだ‥‥)

 

ベディヴィアは今までのISとは大きく違い、重く感じた。

 

「それじゃあまずは歩いてみて」

 

「は、はい」

 

ISの基本動作をしてみるシャルル。

しかし、元が着くとは言え、フランスの代表候補生だったシャルルの腕をもってしてもベディヴィアは扱いづらい機体だった。

 

(くっ、思うように動かない‥‥同じISの筈なのに‥‥)

 

シャルルの動きはぎこちなく、その形からまるで機械仕掛けのロボットの玩具の様だ。

 

「まぁ、動かせればいいか‥‥それじゃあ、次は飛行訓練と武器の稼働訓練をするよ」

 

「は、はい」

 

「それじゃあ、いっちゃん」

 

「ん?」

 

「此処は危ないから私と一緒に向こうに行こうか?」

 

「えっ?」

 

束はイヴの背中をグイグイ押しながら、防護ガラスとシールドが張られた管制室へと行く。

それを見たシャルルはなにか嫌な予感がした。

 

「あ、あの‥‥」

 

「それじゃあ、今から模擬戦をしてもらうよ」

 

「えっ!?模擬戦!?」

 

突然束から模擬戦をしろと言われて驚愕するシャルル。

 

「で、ですが、篠ノ之博士、僕はまだこの機体に乗りたてですよ!?そんな中で、いきなり模擬戦だなんて‥‥」

 

「敵はいつ、どこからくるか分からない。それに『兵は戦場で一人前になる』って言った軍人もいるくらいだからね。実戦に勝る経験はないよ」

 

「で、でも‥‥」

 

「いいからつべこべ言わずにやれ!!」

 

「っ!?」

 

「大丈夫だよ。ISには絶対防御があるし、例え壊れても私が直ぐに直してあげるから」

 

束がパチンと指を鳴らすと三基のゴーレムが現れ、シャルルに襲い掛かって来た。

 

「うわっ!!い、いきなり三体も!?」

 

「敵が常に一体で来るとは限らないでしょう」

 

「そ、それはそうですけど‥‥うわっ!?」

 

ゴーレムの攻撃を躱しながら束に意見するシャルル。

しかし当然と言うか、当たり前の結果で、今さっき乗ったばかりの機体でゴーレム三基の相手はきつく、撃破する前にベディヴィアのエネルギーが尽きた。

エネルギーを回復させる筈の単一仕様能力も発動させる事は出来なかった。

 

「うぅ~‥‥」

 

「大丈夫?デュノア君?」

 

イヴがシャルルを介抱するが、

 

「うぅ~‥‥ダメ‥‥気持ち悪い~」

 

解除されたベディヴィアから出てきたシャルルは顔色が物凄く悪く、ISに酔ったみたいだった。

 

「まぁ、稼働初日にしては動かせただけでもマシかな?」

 

酔ってグロッキー状態のシャルルには目もくれず、束はタブレットに目をやり、ベディヴィアの稼働データを整理している。

 

「これから夏休みの間は、ベディヴィアの稼働を兼ねてこうした模擬戦をしてもらうよ」

 

「えっ!?で、でも、僕、バイトが‥‥」

 

「どうせ、日雇いだろう?不本意だけど、そのくらいのお小遣いぐらいは出してやるよ。今はベディヴィアに一日でも早く慣れてもらわないとね。コイツは作った私が言うのもなんだけど、とんでもないじゃじゃ馬だからね」

 

「た、確かに‥‥」

 

「コイツの能力を一朝一夕で引き出せると思ったら大間違いだからな」

 

百秋や箒の様に専用機を貰ったその日から専用機を使いこなせるかと思ったら大間違いだぞと忠告する束。

その意見についてはシャルルだって元代表候補生だから分かっている。

だが、初日でこのベディヴィアを動かしてみてもコイツは確かにとんだじゃじゃ馬でしかも気難しい機体だった。

 

「それでも、いっちゃんのナイト役を務めると言うのであれば、二学期が始まるまでにコイツをそれなりに乗りこなしてもらうからな」

 

「は、はい‥‥」

 

厳しい言葉であるが、束の言う事も最もであり、一応、此処で過ごす間、衣食住はあるし、入る筈だったバイトの収入は束がお小遣いとしてくれると言うので、シャルルはこの新たな機体に慣れる為、イヴと共に此処に逗留することになった。

 

それからシャルルは時間が許す限り、朝から晩までベディヴィアの稼働を兼ねた模擬戦を行った。

最初はゴーレム三基相手にボロ負けし続けてきたシャルルであるが、そこは元フランスの代表候補生、次第にゴーレム三基相手に優勢となり、勝つことが出来た。

ゴーレムは三基から五基、七基、十基と増えて行き、イヴもリンドヴァルムでゴーレムと共にシャルルの模擬戦の相手をした。

そしてもうすぐ夏休みが終わろうとしているある日の晩、イヴはバルコニーに一人佇み、夜空を眺めていた。

 

『おい、一夏』

 

イヴの中の獣が語り掛ける。

 

(なに?)

 

『お前、まだあの返事を迷っているんだろう?』」

 

(‥‥)

 

獣の言う返事とは臨海学校でシャルルが自分に対して好きだと言う返事だ。

シャルルは自分からの返事を待っている。

連日自分やゴーレム相手にボロボロになりながらも、シャルルは必死に自分のナイトになる為、日々頑張っている。

そんなシャルルの努力にはそれなりに報いなければならない。

でも、それは本当の愛なのだろうか?

自分のこれまでの人生の中で好きになった異性なんていない。

むしろ異性は恐怖の対象でしかなかった。

イヴ自身も戸惑っているのだ。

この気持ちが本当の愛なのか?

それともただの同情なのか?

自分も獣みたいに正直になることができればこうした迷いや戸惑いを感じる事は無かったのかもしれない。

ここ最近はシャルルの相手をして自分の気持ちを誤魔化して、見て見ぬふりをして来た‥‥

でも、いつまでも迷い、うやむやにしているわけにはいかない。

 

(返事‥しないとなぁ‥‥少なくともこの夏休み中には‥‥)

 

イヴはバルコニーの柵にもたれながら夜空を見上げながらシャルルへの返事をどうするべきかを悩んだ。





※シャルルの新たな機体、ベディヴィアはFate/Zeroのバーサーカー、ランスロットをベースにガンダムSEED DESTINYのディスティニーガンダムのウイングユニットを取り付けた感じをイメージしてください。


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76話

夏休み直前に自由国籍を手に入れたシャルルはこれまでの愛機を元故郷のフランスへと返却した。

二学期からは専用機無しとなるかと思いきや、突然イヴと共に束からの呼び出しを受けたシャルル。

そして束の下へ行ってみると、束はイヴのナイト役として渋々であるが、シャルルを認め、シャルルの為に専用機を用意していた。

ただ性能を聞く限りでは、これまで各国が国家代表や国家代表候補生の為に開発した専用機よりも性能は上だ。

しかし、その性能を引き出す為には厳しい訓練が必要だった。

こうしてシャルルは束の下で新たな専用機の訓練を行う事になった。

だが、束の下での訓練はシャルルがかつてフランスで受けてきた訓練よりも厳しいモノであった。

朝から晩までほぼ実戦形式の模擬戦の連続であり、しかも一対一ではなく、常に一対複数の戦いだ。

ISの絶対防御がある為、大怪我や死に至るような事はないがそれでも地面に叩きつけられたり、攻撃をうけて衝撃を受けたりして常にグロッキー状態であることは変わりない。

でも、夏休み終盤になり、シャルルも大分新たな専用機、『ベディヴィア』の取り扱いにも慣れてきた。

こうした才能も元フランス代表候補生たるシャルルの才能であると言える。

シャルルは最近ではゴーレム相手には複数でも勝率をあげてきた。

最もイヴ相手にはやはりシャルルでも勝てていない。

そんなイヴもあの臨海学校でのシャルルへの返答にもどうするべきかと困惑していた。

これまでの人生でイヴは男性には酷い目に遭ってきた。

でも、シャルルはその特殊な体の生まれの関係で、完全な男性とは言えない。

それ故かイヴはシャルルに対しては父である織斑四季同様、嫌悪感は抱いていない。

イヴの中に住み着いている獣もシャルルに対してはイヴ以上に好意をもっており、人を殺す事しか考えていなかった筈の獣に人間味を持たせていった。

そう考えてみると、シャルルは凄い人物なのかもしれない。

イヴがシャルルへの返答に困っている中、夏休みの日も残りわずかになっていくある日、この日もシャルルはいつものようにベディヴィアの訓練の為、訓練場に行くとそこにはいつも自分の訓練相手をしているゴーレムの姿はなく、イヴ一人だった。

 

「あれ?今日はアインスさん一人なの?」

 

「‥‥」

 

シャルルが今日の相手はイヴ一人なのかと問うとイヴは黙ったまま俯いている。

 

「ん?どうかしたの?アインスさん」

 

黙って俯いているイヴに違和感を覚えるシャルル。

すると、

 

メキッ‥‥

 

ゴキッ‥‥

 

グチャッ‥‥

 

イヴの姿が変化した。

その姿はあの臨海学校の夜、あの浜辺でみた化け物へと姿を変えた。

 

「し、篠ノ之博士!!貴女はまたアインスさんを!!」

 

シャルルはあの時のように束がイヴに何かしたのかと思い声をあげる。

だが、

 

「いや、違うよ。デュノア君」

 

あの化け物姿のイヴが人語を話した。

 

「この姿は私の意志でこうなったんだよ」

 

これまでイヴが化け物の姿になったのはイヴの意志ではなく、第三者の思惑で無理矢理化け物の姿にされたので理性と言うモノはなかった。

だが、今回はイヴ自身の意志でこの姿になったので、理性があり、こうしてちゃんと言葉をしゃべる事が出来るのだ。

 

「で、でもなんで、その姿で?」

 

シャルルは何故、態々その姿で自分の相手をするのかを訊ねる。

 

「デュノア君の相手はもうゴーレムじゃ務まらない‥‥流石、フランスの代表候補生」

 

「元がつくけどね」

 

「だからこそ、私の本気の姿で相手にならないとデュノア君の相手が務まらないからね」

 

「で、でも僕はまだISを纏ったアインスさんに勝ってない様な‥‥」

 

シャルルはまたリンドヴァルムを纏ったイヴにも勝っていないのにその上を行く化け物の姿のイヴにはステップを飛ばしていないかと問う。

 

「私を守るのであれば、今の私以上の力をつけないとね‥‥夏休みももうすぐで終わるんだから、段取り順でのんびりとは出来ないからね‥‥じゃあ‥いくよ‥‥」

 

そう言うや否やイヴは高速でシャルルと距離を詰める。

 

「くっ‥‥」

 

シャルルは咄嗟にガラティーンを振う。

 

ガキーン!!

 

シャルルのガラティーンとイヴの金属化した腕の刃がぶつかり合う。

ガチャ、ガチャと鍔迫り合いをしていると、

 

ヒュン

 

イヴの蛇状の尻尾がシャルルへと襲い掛かり、

 

バチン!!

 

「ぐぁっ!!」

 

シャルルを弾き飛ばす。

流石に蛇の尻尾の消化液は出さない。

それでもISを纏ったシャルルを吹き飛ばす威力があるのだから、かなりの力だ。

 

(尻尾なのにこれだけの威力‥‥やっぱりあの姿のアインスさんは強すぎる!!しかも今回はあの時と違い、元も戻す方法はアインスさんを気絶させるぐらいしかない‥‥)

 

あの浜辺の時は、束がイヴに対してN.S増幅振動機なる機械をつかって無理矢理イヴをあの姿にした為、N.S増幅振動機を取り外したら元の姿に戻ったのだが、今回はイヴの意志であの姿になっているので、あの姿を解除するにはイヴが自分の意志で元の姿に戻るか、イヴを気絶させて解除させるかの二通りしかない。

 

「こうなったら‥‥」

 

シャルルは覚えたての単一仕様能力の一つ‥‥

百秋の白式と同じ能力‥『零落白夜』を発動させ、イヴへと斬りかかる。

再びシャルルのガラティーンとイヴの金属化した腕の刃がぶつかり合うが、

 

「デュノア君、君は大きな間違いを犯しているよ」

 

「えっ?」

 

「零落白夜は確かに使い方次第では強力な単一仕様能力だけど、それは相手がISの時だ」

 

「っ!?」

 

「残念だけど、私はISじゃないよ」

 

そう言うとイヴは腕に小さな二対の翼を生み出し、ほぼゼロ距離で羽根の弾丸を何枚も撃ち込む。

このままでは不味いと思ったシャルルは零落白夜を解除して、イヴと距離を取り、もう一つの単一仕様能力、『絢爛舞踏』 を発動させてエネルギーの回復を図る。

しかし、イヴは相手のエネルギーを回復させる余裕を与えない。

シャルルのISの能力を把握しているからこそ、追撃の手を緩めない。

腕の刃物と時折繰り出してくる蹴り、距離を取れば、羽根による銃撃で動きを止め、其処へ距離を詰めてくる。

肩の部分にかかと落としを喰らい、そのまま地面に叩きつけられるシャルル。

 

「いっ‥つぅ~‥っ!?」

 

地面に叩きつけられ、起き上がった瞬間、シャルルは直ぐにその場から転がる。

その直後、イヴの鍵爪の足が襲い掛かる。

もし、あのままあの場で倒れていたら、イヴの鍵爪の餌食となり、更にイヴに押し潰されていた所だった。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」

 

模擬戦の筈なのに命の危険を感じる。

モンド・グロッソの本場でもこんな緊張感は味わえない。

本物の戦場に立って居る様な錯覚さえ覚える。

無意識の内にガラティーンを持っている手がカタカタと震えている。

自分の中にある生存本能がイヴを恐れているんだ。

 

「どうしたの?デュノア君‥‥やっぱり、私が怖い?」

 

「っ!?」

 

イヴの言葉に模擬戦に熱くなり、そしてイヴに恐怖を抱いたシャルルの頭に冷や水をぶっかけられたような感覚になった。

 

「そ、そんなことは‥‥」

 

「強がらなくていいよ。私自身、こんな力を使っているけど、私は私が怖いもん‥‥ましてやそんな化け物と対峙しているんだから、デュノア君の恐怖は当たり前だよ」

 

「‥‥」

 

「でも、私を守ると言うのは常にその恐怖と戦わなければならないって事‥‥」

 

「‥‥」

 

「この恐怖を克服しろ、慣れろ‥とは言わない。でも、決してこの恐怖に呑まれないように最低限でも強い心と精神を持ってもらう‥それがこの模擬戦の本当の目的‥‥」

 

「‥‥」

 

「だから、私はある程度力は抜くけど、心は鬼にしてデュノア君に徹底的に恐怖を体験させて恐怖を植え付ける!!」

 

それからイヴは徹底的にシャルルをボコった。

だが、シャルルもイヴの事を理解し、絢爛舞踏を何度も使い、倒れても起き上がり、イヴへと果敢に挑んだ。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」

 

ISを解除して訓練場で大の字に倒れているシャルル。

 

「今日は此処まで‥‥明日もやるからね」

 

「う、うん。お願い‥‥」

 

「じゃあ、私は先に上がるから」

 

倒れているシャルルを尻目にイヴは先に戻る。

 

『おい、一夏』

 

(なに?)

 

『さっきの模擬戦でお前はデュノア君にああいったが、なんだがデュノア君を試しているようにも見えるが、同時にお前はデュノア君を自然な形で拒絶させようとしているようにも見えるんだが?』

 

(‥‥)

 

獣の指摘にイヴは思わず黙る。

二学期になればシャルルが一学期と違う専用機を所有している事は嫌でもバレる。

しかもあの百秋と同じ単一仕様能力を持つISだ。

あの織斑姉弟がいちゃもんをつけてこない筈が無い。

それに関しては楯無を通じて自由国籍を盾に守るつもりだ。

でも、それ以外‥自分と関わりを深めると余計な嫌がらせの飛び火をシャルルに浴びせてしまうかもしれないと言う不安があった。

 

『お前、デュノア君がアイツらに酷い目に遭わされると思っているんじゃないのか?』

 

(‥‥)

 

『‥沈黙は肯定と見なすぞ』

 

(‥そう思ってもらっても構わないよ)

 

『つまり、そう思っているって事はお前自身、デュノア君に対してそう言う感情が存在するって事か?』

 

(‥‥)

 

『まぁ、今はデュノア君を二学期が始まるまでに少しでもあの機体に慣れさせることと強くすることを優先させよう。でも、お前自身もデュノア君に対する気持ちも整理しておけよ』

 

(‥‥)

 

まさか、獣から恋愛関係の忠告を受けるとは思ってもみなかったイヴだった。

それから夏休み最後の週までイヴはあの化け物の姿でシャルルの相手を務めた。

勿論、模擬戦の相手以外に時間の合間を見つけて夏休みの課題もちゃんとやったし、模擬戦後のアフターフォローもちゃんとやった。

そして、夏休みも残すところあと三日となった頃、結局シャルルは化け物の姿のイヴに勝つことは出来なかったが、残り日数とこれまでの模擬戦の結果から少なくとも同学年では上位に当たる実力はついた。

学園最強の楯無相手にどれくらい食いつくかは分からないが、少なくとも良い所まで行ける筈である。

 

「それじゃあ、たばちゃん。またね」

 

「うん、元気でね」

 

「篠ノ之博士、専用機から訓練までありがとうございました」

 

「まぁ、この先は君自身の努力次第だからね。才能に自惚れていると必ず痛い目を見るからね。私が言うのもなんだけど、『努力に勝る天才なし』だよ」

 

「はい」

 

束にしては珍しくシャルル(他人)に対してアドバイスをして見送った。

確かにこの束の下での修行中、シャルルのISの腕は上がった。

だが、その一方、イヴの方はシャルルに対する思いに明確な答えを出す事が出来なかった。

 

束の下からIS学園の寮へと戻り、互いに疲れたのでこの日は部屋へと戻る。

 

「はぁ~‥‥どうしよう~‥‥」

 

イヴはベッドに倒れ込み、天井をボォっと見る。

自分自身、きっと獣が言う通り、シャルルの事を意識していると言う事はイヴ自身、シャルルに対して恋愛感情を抱いているのだろう。

でも、シャルルは両性具有とは言え、れっきとした人間‥‥

しかし、自分は人の姿をした化け物‥‥

それ以外にも自分はあの織斑姉弟に目の敵にされている。

自分と関係を深めればきっとそれはシャルルへと飛び火してしまう。

シャルルに対して恋愛感情を抱いているのであれば、そう言った迷惑から遠ざけたい。

 

『まぁ、そこまで難しく悩まなくていいんじゃないか?』

 

(‥‥)

 

『‥‥ひとまず、デュノア君はあのマッドの所で修業を頑張ったんだからよ、デュノア君を誘って何処かに出かけたらどうだ?』

 

(‥‥)

 

イヴはシャルルへの答えはでなくとも、獣の提案はいい案だと思い、部屋から出て寮のロビーへと向かう。

ロビーにはアルバイトの広告やテーマパークのチラシとかが置いてある。

何か参考になるかもしれないと思って来てみたのだ。

夏休みも事実上、残り二日なので、旅行へは無理。

よって日帰りで行ける様な所だ。

すると、一枚のチラシが目に入る。

そのチラシにはつい最近になってオープンしたテーマパークのモノだった。

 

「‥‥とりあえず、此処に行こうかな?」

 

夏のテーマパークらしく、様々なプールの他に縁日スペースでは浴衣のレンタルもあり、施設内を浴衣で回る事も出来るらしい。

イヴはチラシを一枚持ってシャルルの下へと向かう。

 

その頃、シャルルも寮の自分の部屋のベッドの上に居た。

 

「はぁ~‥‥」

 

半月の間、束やクロエも居たけど、事実上イヴと生活を共にしていた事になるが、進展は特になかった。

まぁ、束の所での目的は新しく貰った専用機を使いこなす為だったのだが、折角の高校の夏休み‥少しくらいは想い人と一緒に楽しみたかった。

修業中は確かにイヴのあの姿相手での模擬戦はホント命の危機を感じるし、発狂する程怖かった。

でも、模擬戦が終わればいつものイヴに戻り、優しくしてくれた。

そんなイヴの事をシャルルはより一層愛おしく思う。

シャルルがイヴの事を思っていると、

 

コンコン‥‥

 

部屋のドアをノックする音がした。

 

「デュノア君、起きている?」

 

「あ、アインスさん!?」

 

訪ねてきたのは今、自分が思っていたイヴだった。

シャルルは慌ててベッドから飛び降り、ドアへと向かう。

 

「お、おまたせ、アインスさん」

 

「そんなに待っていないけど‥‥ごめんね、疲れているのに」

 

「そんな事ないよ。それで、何か用?」

 

「うん、明日もし、暇なら此処に行かない?」

 

「えっ?」

 

イヴは先程、ロビーで手に入れたテーマパークのチラシをシャルルに見せる。

 

「あっ、此処って最近オープンしたテーマパークだよね?」

 

「うん、デュノア君、たばちゃんの所で頑張っていたし、夏休みももうすぐで終わりだから、夏休みの思い出にでも‥と思って‥‥」

 

イヴはやはり、シャルルを誘うのがちょっと恥ずかしいのか、ほんのりと頬を赤く染め、チラチラと視線を逸らしながらシャルルを誘い、返答を待つ。

そんなイヴの姿にシャルルのハートに矢が突き刺さり、

 

「うん!!行こう!!」

 

シャルルにイヴからの誘いを断ると言う選択肢は存在しなかった。

 

「分かった。それじゃあ、明日9時半に寮の玄関で待合わせをしよう」

 

「うん、分かった」

 

「それじゃあ、また明日ね」

 

「うん、また明日ね、おやすみ、アインスさん」

 

「おやすみ、デュノア君」

 

こうして明日、イヴはシャルルと共にテーマパークへお出かけする事となった。

その頃、某所にある亡国企業のアジトでは‥‥

 

「‥‥」

 

亡国企業のメンバーの一人、スコールは一心不乱にパソコンのキーボードを叩いていた。

そして、最後にEnterキーを叩くと、パソコンのモニターにはある項目が表示される。

そこには、

 

『第二回モンド・グロッソ、織斑姉弟誘拐計画』

 

と書かれていた。

第二回モンド・グロッソにおける織斑一夏、織斑百秋の二人の誘拐計画書だった。

依頼人はなんと開催国であるドイツ政府だった。

ドイツ政府の思惑は二つあった。

織斑千冬は元々第一回モンド・グロッソでの優勝経験がある為、第二回モンド・グロッソでも優勝候補だった。

その優勝候補を潰す為、織斑千冬の妹と弟を誘拐させ大会を辞退させる事、

もう一つは、織斑千冬に貸しを作る事、

誘拐事件解決の為、ドイツ政府は軍と武装警察をいつでも出動できるようにしていた。

そして、その思惑は大会の参加を辞退させる事は出来なかったが、織斑千冬に貸しを作る事が出来、軍のIS部隊の教官職につける事に成功した。

その誘拐計画の中で依頼人はドイツ政府であったが、織斑姉弟の誘拐実行犯はスコール達の組織、亡国企業だった。

だが、この計画にスコールやオータムは参加しておらず、世界初の男性操縦者である織斑百秋の顔は兎も角、第二回モンド・グロッソ後に行方不明になった織斑一夏の事が気になり調べていた。

スコールは織斑一夏誘拐の実行部隊から、誘拐後、織斑千冬は織斑一夏の救助に来なかったので、その後一夏をタッカーの研究所に売り飛ばした事を知ったのだ。

その後、タッカーの下でどうなったのかは知らないと言うが、あのタッカーが関係していると言う事で、もしかして‥と言う思いがあった。

 

「これはっ!?」

 

そしてスコールはあの時の誘拐ターゲットである織斑一夏の当時の顔写真を見て思わず驚愕の声御をあげた。

彼女の思惑は当たっていた。

 

「へぇ~まさか、あの子がねぇ~‥‥」

 

パソコンのモニターに映る織斑一夏の顔写真を見てスコールは妖艶な笑みを浮かべていた。

スコールはパソコンのモニターに映る織斑一夏の顔写真を見てある確信を得たのだった。



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77話

8月30日、束の下での修業を終えたシャルルは夏休みの最後の思い出作り?の為、イヴと共に水のテーマパーク、ウォーターワールドへとやって来た。

ウォーターワールドには様々なプールがあった。

流れるプール、波の出るプールに大きなウォータースライダー、バナナボートに乗船できるプール。

その他にも温泉や縁日スペースもあり、浴衣のレンタルも行っている。

夏休み終了二日前とは言え、まだ暑い日が続いている為、ウォーターワールドは家族連れ、友達同士にカップルなど、沢山の人で賑わっていた。

シャルルの場合、両有性具なので、上半身は女性の胸と変わりないので、通常の男性同様、胸をさらけ出してはシャルルが痴女と思われてしまう為、臨海学校の時と同じように上はISスーツ仕様のダイバースーツを着て、下は男性用水着を着用していた。

着替える際もシャルルはカーテンの敷居がある所で手早く着替えていた。

まぁ、上半身の着替えに関してはもう慣れたモノである。

そして予め待ち合わせ場所である更衣室を出てすぐのオブジェの前でシャルルはイヴを待っている。

イヴを待って居る時、シャルルは周りに居る男達をチラッと見る。

メタボな腹の男、ガリガリな男もいるが、中には筋肉モリモリマッチョマンな男も居た。

 

(はぁ~‥‥我ながら難儀な身体で生まれてしまったなぁ~)

 

シャルルは自分の特殊な生まれについて思わずため息を漏らす。

 

(アインスさんもこんな身体よりも男らしい筋肉質な身体の男の方がいいのかな?)

 

と、上半身は女性と変わらないこの身体よりも男らしい筋肉モリモリな身体つきの方がいいのではないか?と思ってしまう。

しかし、シャルルはまだ知らない‥‥イヴが胸フェチであると言う事を‥‥

そう言う点ではシャルルは男ながら上半身は女性の身体と言う事で、意外とイヴの理想な身体を持っていたのかもしれない。

シャルルがイヴを待ちつつ、自分の身体つきに悩んでいると、

 

「お待たせ」

 

着替えを終えたイヴがやって来た。

イヴの声に反応し、シャルルは自分の身体つきについての悩みを頭の片隅に置く。

水着姿のイヴを見てシャルルの顔は赤くなる。

思えば、臨海学校ではクラスメイトからビーチバレーに誘われ、イヴと戯れる事が出来なかった。

でも、今回はこうしてイヴと二人っきりでプールを楽しめる。

 

「それじゃあ、行こうか?」

 

「う、うん‥そうだね」

 

イヴがシャルルの手を取り、二人はプールに向け歩いていく。

 

「そ、そういえば、その水着‥‥」

 

プールサイドを歩いている時、シャルルはイヴの水着が臨海学校前、一緒にショッピングへ出かけた時と違う水着である事に気づく。

 

「その…新しい水着‥なんだけど…似合うかな?」

 

「う、うん。とても似合っているよ」

 

「フフ、ありがとう」

 

イヴの笑みを見て、顔全体が赤くなるシャルル。

いや、シャルルだけでなく、イヴとシャルルの近くに居た男達も思わず顔を赤くしていた。

流れるプールで浮き輪をレンタルしてイヴを浮き輪に乗せ、シャルルがバタ足で浮き輪を押していると、シャルルは何か直感めいたモノを感じた。

 

「アインスさん」

 

「ん?」

 

「ゴメン」

 

「えっ?」

 

シャルルはイヴを突然、水中へと押し倒した。

その直後、隣のプールにバナナボートに乗った本音たちが通り過ぎて行った。

 

(あれ?おかしいな、イヴイヴの気配を感じたんだけどなぁ‥‥)

 

バナナボートの上から周囲を見渡す本音。

彼女はイヴの気配を感じ取ったのだが、その肝心のイヴの姿は見当たらない。

 

(私の思い違い?いや、そんな筈はないんだけどなぁ‥‥)

 

「本音、どうしたの?」

 

辺りを見渡す本音の様子が気になったのか、本音の後ろに乗っていたクラスメイトが声をかける。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

本音の乗るバナナボートはプールの底に沈んでいるシャルルとイヴに気づかづに流れて行った。

 

「ぷはっ!!」

 

「はぁ~」

 

本音の乗るバナナボートが完全に通り過ぎると、プールからシャルルとイヴが浮かび上がってくる。

 

「どうしたの?デュノア君、急に」

 

「いや、お邪魔虫の気配を感じて‥‥」

 

「?」

 

シャルルの言う事がちょっと理解出来なかったイヴは首を傾げた。

 

(僕達、同様IS学園の生徒も当然来ている可能性を考慮し忘れていた‥‥)

 

元々このウォーターワールドのパンフレットはIS学園の寮のロビーに合ったモノだかし、もうすぐ夏休みが終わり高と言ってもまだ夏休み期間中‥‥

故に当然ウォーターワールドにIS学園の生徒が来ていても不思議では無かった。

 

(更識さんも来ているのかな?)

 

この場に簪が来ていれば確実にイヴと接触して来る。

そうなれば折角イヴとの時間を邪魔される。

簪もそうだが、シャルルは自分でも此処まで独占欲が強かった事に意外性を感じた。

でも、それでもシャルルはイヴとの二人っきりの時間を誰にも邪魔されたくはなかった。

シャルルがそう思っていると、ビィービィーと警報音が突然鳴り響く。

警報と共にATTRACTION TIMEと書かれた看板が点滅しだした。

すると、ダムの放水の様にゲートが開くと、そこから大量の水がシャルルとイヴの方へ押し寄せて来た。

 

「おお、凄い!!」

 

「そんな事を言っている場合じゃないよ!!」

 

イヴは自分達に迫る大量の水に対して特に驚く様子もなく、むしろ興奮している。

しかし、シャルルの方は災害に出も巻き込まれた気分で慌てている。

やがて、大量の水は二人を飲み込み、イヴとシャルルはきりもみされながらもプールサイドに流れついた。

 

「面白かったね、デュノア君」

 

「あっ‥うん‥‥」

 

大量の水にきりもみされながらもイヴは楽しんでいたみたいだった。

続いて二人がやって来たのは、ウォーターワールドでも一際目を引く大きなウォータースライダーで、今回シャルルとイヴが並んだのはウォーターワールドの中に数あるウォータースライダーの中にあるペア滑りコースと言うモノであった。

形状は、曲線蛇行型のウォータースライダーであるが、このペア滑りは男女が二人で一緒に滑るモノらしく、主にカップルが一緒に滑るモノの様だ。

 

「それでは、ペア滑りのご説明をさせて頂きます」

 

滑り口では、ウォーターワールドの従業員からの滑り方のレクチャーを受けた。

 

「まず、男性の方が此処に座って…」

 

「あっ、はい」

 

シャルルは従業員の指示に従って指定された場所へと座る。

 

「そして、女性の方は男性の足の間に座って下さい」

 

「はい」

 

続いてイヴも従業員の指示通りの位置へと座る。

 

「えっと‥こうですか?」

 

「はい。それで、男性の方は女性の方を後ろからギュッと抱きしめてあげて下さい」

 

「は、はい‥‥そ、それじゃあ‥アインスさん‥‥い、いいかな?」

 

「う、うん‥いつでも‥いいよ…」

 

シャルルがイヴの身体に手を回すと、

 

「ひゃっ…!?」

 

イヴが小さな声を上げた。

こうした密着状態で今は変にシャルルの事を意識しているイヴ。

 

その為、思わずイヴに触れられて声をだしてしまったのだ。

 

(スーツ越しだけど、デュノア君の柔らかい胸が‥‥)

 

一方のシャルルの方も、

 

(や、やっぱり、アインスさんの身体‥柔らかい‥‥)

 

身体を密着させた事で互いに互いを変に意識してしまう。

 

『おい、一夏。そんなに気まずいなら変わってやろうか?』

 

イヴの中の獣が人格を変わってやろうかと訊ねる。

 

(よ、余計な事はするな!!こ、これは私の為に頑張ってくれたデュノア君のお礼なんだから、わ、私がやらないと意味がないの!!)

 

『ほぉ~そうかい。まぁ、せいぜい頑張ってくれよ。こっちはお前の中から高みの見物をさせてもらおうか?』

 

獣はきっとニヤニヤした顔をしているに違いない。

でも、イヴは獣の力を借りずに今回のシャルルとのお出かけは自分でやると言う。

それにシャルルへの告白の返答も獣ではなく、自分がやらなければならなかった。

 

「危ないので、しっかりと抱き付いて下さいね」

 

従業員の手助けによって、シャルルとイヴは更に密着状態となる。

 

「それでは、いってらっしゃい」

 

最後に従業員がシャルルの背中を押すと、シャルルとイヴはウォータースライダーを滑り落ちていく。

勢いよくウォータースライダーを滑走し、激しく水飛沫を上げながら曲線蛇行する。

ISとはで下降するのとは別の迫力がある。

その為、 加速する勢いが凄まじいのか、思わず声をあげるイヴ。

ただその最中、シャルルの手は図らずもイヴの胸に触れた。

最後のコーナーを曲がり、更に急になったスライダーを滑り落ちる様に流されていくと、激しく水飛沫が飛び散り、滑り終えたシャルルとイヴはびしょ濡れ状態だった。

 

「ぷはっ‥‥す、凄かったね、アインスさん」

 

「う、うん‥‥でも、デュノア君、今私の胸を掴んだでしょう?」

 

「あっ‥‥いや、その‥‥あれは不可抗力で‥‥」

 

イヴはシャルルにギュッと抱きしめられた感触と胸を触れられた感触を思い出して顔を再び赤くした。

シャルルもイヴの胸を触った事で顔を赤くした。

 

午前中、プールを目一杯楽しんだイヴとシャルルはウォーターワールド内に有るレストランに来ていた。

流石に店内まで殆ど肌を晒した水着で入るのは躊躇するため、上にパーカーを羽織って店内へと入る。

イヴはカルボナーラを注文し、シャルルはハンバーグのセットを注文する。

やがて、注文の品が来て食事を始める。

イヴは上品にフォークでカルボナーラのパスタの麺を絡め、上品に食べる。

でも美味しいのか満面の笑みでイヴはカルボナーラを食べる。

そんな様子をシャルルはぎこちない様子でフォークとナイフを使いハンバーグを食べていた。

 

「ねぇ、折角だから、またあれやろう」

 

すると、イヴが食事の手を一時止めてシャルルに声をかける。

 

「あ、あれ?」

 

「うん。この前、皆でショッピングモールに行った時、食べさせあいしたでしょう?」

 

「あっ、うん。そうだね」

 

シャルルが頷くとイヴはフォークでカルボナーラのパスタの麺を絡めると、

 

「はい、あーん」

 

イヴはそれをシャルルに差し出す。

前回のショッピングモールの時はシャルルの他に簪たちも居たので、その場の雰囲気があったのだが、今回はシャルルと二人っきり‥‥

今回はイヴなりの気遣いがあった。

 

「あ、あーん」

 

シャルルは意を決してイヴのカルボナーラを食べさせてもらう。

周囲の彼女無しの男には辛い光景である。

実際、シャルルとイヴの周りの男性客はシャルルの事を羨ましそうに見ていた。

 

食後もウォーターワールドのプールを堪能した後、夕方には縁日エリアへと向かった。

シャルルとイヴも浴衣をレンタルし、浴衣姿で縁日エリアを回る。

縁日エリアでは沢山の露店があった。

縁日の露店の定番の出し物である金魚すくい、射的、水風船釣り、型抜き、輪投げ、くじ引き、お面屋、スーパーボールすくい。

食べ物でも綿あめ、焼きそば、タコ焼き、イカ焼き、カキ氷、チョコバナナ、アメリカンドッグにフランクフルト、焼き鳥、あんず飴、りんご飴、たい焼き、クレープ、焼きとうもろこし、じゃがバター。

 

施設の敷地内であるが、そこはまさに本格的なお祭りの様なエリアとなっている。

 

「‥‥」

 

シャルルはチラッととなりを歩くイヴの姿を見る。

イヴは黒の下地に朝顔が描かれた浴衣に赤い帯、髪はピンでまとめ上げられており、大きなリボンをつけている。

髪の色が黒ではなく、銀となっているが、もし黒髪ならば大和撫子の様な風体だ。

シャルルの方は黒い縦縞が描かれた灰色の浴衣に白い帯をしている。

イヴは沢山ある縁日エリアの露店に目移りしている様子だった。

 

「ん?金魚すくい?」

 

シャルルは日本の縁日は初めて見たいで、縁日では定番の出し物である金魚すくいがどんなモノなのか分からず首を傾げた。

 

「デュノア君、金魚すくいは初めて?」

 

「う、うん‥‥これ、どうやってやるの?」

 

「これはね‥‥」

 

イヴはお店の人から網とお椀を受け取ると、まずはジッとプールの中で泳いでいる金魚を見る。

すると、目も止まらぬ速さで金魚を網で掬い、お椀へと入れる。

 

「こうして網で金魚を取るんだよ」

 

「「‥‥」」

 

イヴの速さにシャルルとお店の店員も唖然としていた。

 

「あっ、この網が破れるとゲーム終了だからね」

 

「う、うん」

 

シャルルもチャレンジしたが、初めての事なので、金魚は取れなかった。

続いて射撃では流石に元フランスの代表候補生‥‥使用していたのが玩具だったにもかかわらず、コルクの弾、一発で一個の景品を取った。

 

「僕、これ得意かも‥‥」

 

「おお、流石だね」

 

シャルルは満足そうだったが、射撃のお店の店員は渋い顔をしていた。

続いてやって来た食べ物の屋台では、

 

「あ~む‥‥はふ、はふ‥はふ‥はふ‥‥」

 

イヴは焼きたてのたこ焼きを頬張っていた。

 

「ゴクン‥‥うん、美味しい。デュノア君もどう?」

 

イヴはシャルルにたこ焼きを勧めるが、

 

「い、いや、デビルフィッシュはちょっと‥‥」

 

フランス人のシャルルにはたこを食べる事にはちょっと抵抗があった。

 

「はむ‥‥甘い‥それにふわふわしていて美味しい‥‥アインスさんも一口どお?」

 

たこ焼きには抵抗があったシャルルでも綿あめはすんなり受け入れることが出来た。

 

「じゃ、じゃあ‥一口‥‥はむっ‥‥うん‥甘い‥‥」

 

縁日エリアを見て回っていると、太陽は西の彼方に沈み、打ち上げ花火が打ちあがる。

シャルルとイヴは打ち上げ花火を見ていたが、

 

(へ、返事を‥しないと‥いけない‥よね‥‥)

 

イヴは打ち上げ花火を見ながらシャルルへの返事を今ここでしようと決心した。

 

「ふぅ‥‥はぁ‥‥」

 

深呼吸をした後、

 

「でゅ、デュノア君‥‥」

 

「ん?なに、アインスさん」

 

「その‥‥この前の‥返事なんだけどさ‥‥」

 

「えっ?」

 

「その‥臨海学校の‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

シャルルは臨海学校での返事と言われ、身体をこわばらせる。

あの時、自分はイヴに異性として好きだと告白したが、肝心のイヴからの返答は未だになかった。

告白したらかといって絶対に実るとは限らない。

ましてや自分は女と男の両方の身体‥‥

人として中途半端な存在‥‥

そんな自分をイヴが受け入れてくれるだろうか?

イヴからの返答が怖く、心臓の鼓動が自然と早くなる。

 

「‥‥」

 

「その‥‥こんな私で、よければ‥‥」

 

「‥‥」

 

イヴの返答に最初は理解出来なかったが、

 

「ほ、本当に‥いいの?僕なんかで‥‥その‥こんな中途半端な身体なのに‥‥」

 

「中途半端じゃないよ‥‥デュノア君は立派な人間だよ‥‥私なんかと違って‥‥」

 

「そんな事ないよ!!アインスさん‥‥アインスさんの方が‥‥」

 

「いや、デュノア君の方が‥‥」

 

「いや、アインスさんの方が‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

互いに互いを弁護する様にしていると、思わず笑みがこぼれる。

 

「ふっ‥フフフフ‥‥」

 

「ハハハハハ‥‥」

 

不思議と笑いが込み上げてくる。

二人は笑い飛ばした後、自然と二人の顔の距離が縮まって行き‥‥

 

「「んっ‥‥」」

 

シャルルとイヴの唇は重なり合った。

 

「これからよろしくね、デュノア君‥‥」

 

「こちらこそ、アインスさん」

 

「「んっ‥‥」」

 

二人の唇は再び重なり合い、打ち上げ花火はまるで二人を祝福するかのように夜の空を照らしていた。

 

 

 

 

此処で時系列は少し過去へと遡る。

 

某所にある亡国企業のアジトでスコールが第二回モンド・グロッソ、織斑姉弟誘拐計画を調べている時、スコールが操作しているパソコンのモニターに織斑一夏、織斑百秋の顔写真が表示されている時、スコールの部屋のドアの隙間から、彼女の部屋を覗き込んでいる者が居た。

 

(織斑一夏‥‥織斑百秋‥‥そして、織斑千冬‥‥)

 

スコールの部屋を覗き込んでいる者は首からぶら下げているロケットをギュっと力強く握りしめる。

それは物凄い怒りを抑え込むかのようだった。

 

「‥‥」

 

そして、スコールは織斑一夏の顔写真と先日、IS学園が行った臨海学校にて盗撮したイヴの顔写真を比較して、確信を得た

 

「へぇ~まさか、あの子がねぇ~‥‥あの子があのブリュンヒルデ様の妹だったとはねぇ~」

 

妖艶な笑みを浮かべながら一夏とイヴの顔写真を比較しながら呟く。

そしてスコールはそのままの姿勢で、

 

「覗き見なんて良い趣味じゃないわね、M」

 

「‥‥」

 

スコールは自分の部屋を覗き見していた人物の存在に気づいていた。

 

「織斑千冬と織斑百秋は好きにしていいけど、この子だけには手を出しちゃダメよ」

 

「‥‥」

 

「まぁ、例え貴女でもこの子には勝てないわ」

 

「っ!?」

 

自分の部屋を覗き見していたMに対して、千冬と百秋は好きにしていいと言うが、一夏‥イヴに対しては手出し無用と警告するが、Mは何も答えない。

さらにスコールはMの実力ではイヴには勝てないと言うと、Mがその言葉に反応した。

 

「いいこと、もう一度言うわ‥命が惜しければ、絶対にこの子には手を出しちゃダメよ」

 

「‥‥」

 

スコールの言葉を理解したのか、していないのかは分からないが、Mはその場から去って行った。



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