アルケミスト・メモリー (鈴木龍)
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錬金鍛治師《アルケミア・スミス》

初めましての方は初めまして。そうでない方は、またお前かとでも思ってください。



魔法。

それは、箒に乗って空を飛ぶ不思議な力であったり、人々を病気にさせる悪い魔法使いが使う(おぞ)ましい力であったり。

だが、この両者に共通することは、どちらも人間の理解が及ばないような異質な力であるということだ。

当時幼かった少年は、大人が聞かせてくれた正義の魔法使いのおとぎ話に出てくる、魔法というものに憧れた。

しかし、この不可思議な力は想像の産物であり、実在するわけではない。

この事実は、少年の幼心(おさなごころ)に重くのしかかった。

しかし、だけどね、と、大人が続けた言葉に、少年の目は輝いた。

「魔法はなくても、魔術はあるんだよ。」

 

世界には、魔術というものがあった。

魔術とは、おとぎ話で語られるような魔法と似てはいるが、人々が使うことのできる”技術”であり、”学問”だ。

(ゆえ)に、人々は魔術を学び、その力を身につけた。

しかし、魔術とは万人(ばんにん)が使えるものではない。

動物の体内に宿る”魔力”と呼ばれる物質の量や質に優れた者のみが、魔術を振るうことを許されるのだ。

そして、魔術を振るう者を人々は畏怖(いふ)の念を込めて”魔術師”と呼んだ。

 

「はぁ…やっと一段落ついた…」

ある日の昼下がり、顔に疲労を色濃く浮かばせて、机に突っ伏す一人の青年の姿があった。

その青年は、年の頃二十くらいだろうか、しかし整えられずに様々な方向に跳ねている黒髪や、疲れからか眠たげに細められている瞳から、それよりも若干幼いような印象を受ける。

そして、何かの作業でもしていたのだろうか、青年の突っ伏している机の上には、(あお)色の輝く線が(はし)る細身で刀身の長い剣や、(あか)く輝く線が奔る横幅の太い大剣(たいけん)などで散らかっていた。

「お疲れ、アレン。昼でも食べてきたら?」

コト、っと、何かが机に置かれる音と共に、アレンと呼ばれた青年に女性の声がかかる。

その声に反応してアレンが声のした方へと顔を向けると、彼の見知った人物が、彼の瞳に映る。

その人物は、よく手入れされた銀色に輝く鎧に身を包み、背中からは盾と重なり合った二本の剣の紋章が入ったマントを羽織っている。その上に、腰まで届くかという長い色素の抜けた白く透き通った髪を垂らし、しかしアレンとは対照的によく()かされたその髪は、まるで新雪(しんせつ)を思わせる。また、動きやすさを重視したのか、紺色のスカートは太ももほどまでしか丈がなく、露出した足を隠すように、膝上まである丈長の黒い靴下を履いていた。

「そうだな。ちょっと飯食ってくる。」

そう言ってアレンは立ち上がり、机の上に散らかっていた剣をそれぞれの鞘に収め、大きめの麻袋の中に入れて、工房を出て行こうとする。

「アレン、納品は私がやっておくから、その袋は置いてっていいわよ。」

しかし、女性は、工房を出て行こうとするアレンを止める。

「そうか?ありがとうな、セレシア。」

アレンはセレシアと呼ばれた女性に向き直り、麻袋を置いて、部屋を出て行った。

 

 

「さて、仕事始めますか。」

アレンは、食事を終えて工房に戻ってくると、両手で頬を叩いて、机に向き直る。

声を一つあげて気合いを入れると、机の横に置いてあった麻袋から、鉄の延べ棒を一つ取り出し、金床の上に置いた。

そして、羽織っていたコートのポケットから一枚のメモを取り出し、注文を確認する。

「…炎の精の力を宿した歩兵用の両手長剣か…」

アレンの普段の仕事とは、アレンが籍を置くメイサリー王国の騎士団の武器や防具などを作ることである。

だが、アレンは他の鍛治師とは違い、錬金術を用いて武器を鍛造する、錬金鍛治師(アルケミア・スミス)と呼ばれる存在である。

錬金鍛治師はメイサリー王国広しと言えど、アレンを含め十数名しかおらず、そのせいでアレンの工房へは連日鍛造の依頼が相次ぐ。

「それじゃあ、こんな感じかな…」

呟いて、机の上に置いてあった瓶に入っていた水色の粉末を金床の上に落としていく。

しかし、その粉末は不思議なことに空中に留まり、細長い剣のような形を(かたど)っていく。

そして、粉末が空中に固定されたのを確認すると、アレンはおもむろに籠手を両手にはめて両手で握り(こぶし)を作り、その二つを空中で合わせる。

森羅万象(しんらばんしょう)よ、()(こと)を聞け。』

両拳を合わせたまま目を閉じ、ゆっくりと、言葉を紡いでいく。

()(おの)が姿を思い出せ。』

言葉が紡がれていくたびに、鉄の延べ棒は姿を変え、より薄く、長くなっていく。

(しか)れば其は()(のぞ)みし姿になりぬ。』

やがて、鉄の延べ棒が、金床いっぱいまで広がると、空中へと浮かび上がり、その姿を変えていく。

空中に固定された水色の粉末に(まと)わりつくようにしてゆっくりとその形を変え、一振りの細長い剣が完成する。

その剣は、刀身が人の腕よりさらに長いほどあり、細かく波打つような小さいアーチ状の曲線を(いく)つも描いている、美しい剣であった。

『誇り高き炎の精よ、我が(もと)に集え。』

さらに、出来上がった一振りの剣に、炎のように赤い粉末で、一筋の線を引く。

引かれた赤い線は、アレンの言葉に呼応するかのように(あか)く輝き、何本もの枝を作るようにして線が広がっていく。

線が剣の刀身に広がると、輝きはその強さを一層増し、持っているだけで刀身から熱気を感じるほどの強い力が宿る。

『森羅万象よ、猛き炎の精を(しず)める(おり)()せ。」

続いた言葉に、呼応するかのように、余っていた鉄の延べ棒が剣の刀身を覆い隠すように形を変え、その表面に紅い線が奔る。

そして、先ほどまで感じていた熱気が収まり、カチャン、と音を立てて、鉄の鞘に入った剣が金床の上に落ちる。

アレンが、鞘に入った剣を鞘から抜くと、その場には再び熱気が吹き荒れた。

しかし、鞘に納めると、その熱気が嘘であったかのように、部屋に静寂が訪れる。

「…これで、ひとまず完成かな。」

剣を手にして、アレンが(ひと)独り()つ。

そして、工房の隅に立てかけてあった革製の鞘のうちから、この鞘に合うものを見繕(みつくろ)い、革製の鞘の中に鉄の鞘を納める。

そして、完成したものを机の上に置き、また次の剣を作り始めた…




第一話、いかがでしたでしょうか。
今後、セレシアはどう話に関わってくるのか、またアレン君はどのような人なのか、お楽しみにしてて下さい。


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