闘争こそ、我が日常也て (鎌鼬)
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ニューワールド

 

 

「ーーーバグの発生は無し。ありがとう、君の協力感謝するよ」

 

「感謝の言葉よりも感謝の品を寄越せーや」

 

 

目の前に立つ白衣姿の老け顔の青年ーーー茅場晶彦の言葉を一刀両断して、催促するように手を出す。それに対して茅場は呆気にとられたような顔をして、呆れたように肩を竦めた。

 

 

「まったく、君は急ぎ過ぎていると言われないかい?」

 

「そりゃあ急ぐに決まってるだろうが。後三時間程でサービス開始なんだぞ?ここから我が家までの時間を考えると少しでも早く帰りたいと思うのは普通だと思うんだが」

 

「確かにそれもそうだな……これが約束の物だ」

 

 

そう言った茅場から差し出されたのはSF映画に出てきそうな近未来的なフォルムをしたヘルメットのような物ーーーナーヴギアとナーヴギア専用のゲームソフトが三つずつ。それを箱から出して本物かどうかを確認し、予め持ってきていた大き目のバッグの中に全て納める。

 

 

「ナーヴギアの一つは君が使っていたものだ。SAOのデータはこちらでバックアップを取って初期化してあるがアバターのデータは残してある。これで君も一プレイヤーとして楽しむことが出来る」

 

「確かに、しっかりと受け取ったぜ。金の方はいつも通りに口座によろしくな」

 

「まったく君も無茶を言ってくれる。手伝う条件にナーヴギアとSAOを要求するとは」

 

「それでも構わないと言ったのはそっちだろうが。まぁ、少し無茶を言ったかな的な感じはしたけど後悔は無かったし」

 

「少しはしてくれよ……だが君の協力でSAOが完成したことは事実だ。ありがとう、君のおかげで私の夢見た世界は完成した」

 

「ん……俺も経験出来ないことを経験出来て楽しかった。SAOの続編を出そうって言うのならまた誘ってくれや。いつでも動作確認の実験台(モルモット)になるぜ」

 

そう言ってバッグを背負い、研究室から出る。最後に見た茅場の瞳に、決心した様なものを感じ取りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

 

 

茅場の研究室からバイクを吹かして30分ほど、住宅地にある〝(さざなみ)〟と書かれた表札の家の玄関を開ける。

 

 

「ーーーおかえりー!!」

 

 

すると眼前が唐突に暗くなり、頭部をガッシリと固定されて胴体に足を巻き付けられて張り付かれた。感じ取れる体重と飛びついてきた時の声から誰がこれをしているか理解して上半身を仰け反らせてから思いっきり前と振る。

 

 

「ヒギィ」

 

「はぁ……元気なのは大変結構だが少し落ち着けや木綿季(ゆうき)。慌てんでも時間はあるし、実物は確保してあるんだからよぉ」

 

「だって〜!!不知火(しらぬい)だって知ってるでしょ!?ボクが今日という日をどれだけ楽しみにしていたのかを!!」

 

「知ってる。心底ウゼェと思うくらいに聞かされてたから」

 

「酷いこと言われた気がするけど気にしない!!さぁ早くSAOを!!プリーズプリーズ!!」

 

「待て待て、ステイステイ。詩乃(しの)はどうしてる?」

 

 

歯を剥き出しにして襲いかねない黒髪を伸ばした少女ーーー紺野木綿季を犬の様に宥めながらSAOを茅場から強請ってきた理由のもう1人のことを尋ねる。

 

 

「えっと、詩乃なら買い物してくるって。もうそろそろ帰って来るんじゃないかな?」

 

「ーーーちょっと、玄関で何してるの?」

 

「噂をすればだな」

 

 

少し不機嫌そうな声を聞いて振り返ればそこにいたのは木綿季と同じ黒髪だがショートで眼鏡をかけた少女ーーー朝田詩乃が立っていた。

 

 

「悪い、帰っていきなり木綿季に飛びつかれて退く暇が無かった」

 

「不知火!?」

 

「はぁ……木綿季、貴女が楽しみにしてたのは分かっているけどもう少し落ち着いてちょうだい。不知火だって仕事帰りで疲れてるんだから」

 

「ここに味方はいないの……」

 

 

何処かからるーるーとか聞こえてきそうな雰囲気を出しながら木綿季は壁に体育座りで向かい合う。しばらくすれば元に戻るのは分かりきっているのでそのまま放置し、詩乃が手に持っていた買い物袋を受け取って代わりにナーヴギアとSAOのソフトが入ったバッグを渡す。

 

 

「ナーヴギアは新品のを2人で使ってくれ。事前の準備に関しては説明書入りだから分かると思うけど分からなかったら聞いてくれ」

 

「準備に関してはネットで調べてあるから大丈夫だと思うわ。あと、お風呂が用意してあるから入ってきたら?どうせ向こうじゃシャワーで済ませてたんでしょう?それに冷蔵庫に昨日の残りが入ってるから食べて良いわよ」

 

「オカン……」

 

「誰がオカンよ」

 

「詩乃はボクたちのお母さんだった……?」

 

「木綿季、貴女今晩の夕飯のオカズ一つ無しね」

 

 

木綿季の悲鳴を聴きながら冷蔵庫に詩乃が買ってきた物を入れ、風呂に入る。

 

 

苗字から分かると思うが2人とは血の繋がりは無い。

 

 

木綿季は母の親友の娘で、医療問題によって一家全員がHIVに感染。偶々骨髄バンクに登録していた俺と木綿季の骨髄が一致した為に木綿季だけは奇跡的に完治したが木綿季の両親と姉は未だに闘病生活を続けている。このままだと木綿季は施設に入れられるか、面識の無い親戚に預けられることになるのを不憫に思った母親が引き取ることにしたのだ。

 

 

まぁ、母は職業柄海外を飛び回っているのでほとんど面倒は俺が見ているが。

 

 

詩乃は爺さんの友人の孫娘で、父親は交通事故で死亡。母親はそれが原因で精神を病んでしまい、さらに詩乃が小学生の時に起きた強盗事件に巻き込まれたことで心に深い傷を負った。それは詩乃も同じで、正当防衛として扱われたとは言っても母親を守る為に強盗犯を殺してしまったのだ。詩乃の祖父母はどうにかしたかったらしいのだが彼らの気質や性格では強く当たる事しか出来ず、爺さんに相談した結果比較的年が近い俺と関わらせる事で少しずつでも立ち直らせようという結論に至った。

 

 

良い話の様に聞こえるが資金的な援助はあれど実際は俺に丸投げである。

 

 

だがそんな環境下で育ったので血の繋がりは無いと言っても俺たちは下手な家族よりも家族をしていた。社会人な為に昼間は家を空けているが帰ればおかえりと出迎えてくれるし、休日になればショッピングや遊園地などに出掛けたりもしている。

 

 

そんな2人の為に、そして前々からナーヴギアに興味があったので茅場に誘われたSAOの開発に協力して、茅場からSAOを人数分融通してもらったのだ。一番楽しみにしていたのは木綿季で、詩乃は表面上は興味なさげにしていたが密かにパソコンでβ版のSAOの評価を探していた事は知っている。

 

 

そのことを言ったら顔を真っ赤にして逃げ出され、夕飯が沢庵と白米だけにされたのだが。

 

 

「……よし、これで良いんだっけ?」

 

「えぇ、これで事前の準備は終わったわ。あとはサービス開始まで待つだけよ」

 

「あと30分か。人生で一番長い30分になりそう……!!」

 

「少し落ち着きなさい」

 

 

詩乃にチョップされて頭を押さえながら涙目になっている木綿季と、落ち着けと言いながらチラチラと時計を確認している詩乃を見て思わず可笑しくなってクスリと笑ってしまう。

 

 

あぁ、茅場に無理を言って用意してもらって本当に良かった。

 

 

「用意は出来たみたいだな?」

 

「バッチリだよ!!」

 

「これでサービス開始されたらアバターを作ってログインすれば良いのね?」

 

「あぁ。前情報から知ってると思うけどSAOってのは()()()()()()()()()()()()()。その気になれば性別とか反転させて好き勝手な身長でプレイすることが出来るけどそうしたらリアルとの誤差で違和感が生じるからオススメしない。まぁ数センチなら良いけど10センチ以上差を付けようと思ったら違和感とか覚悟しておいた方が良いぞ」

 

「流石、開発に携わっただけの事はあるわね」

 

「携わったって言ってもアバターの動作の確認やらで半ば実験台(モルモット)だったけどな」

 

 

興奮しまくっている木綿季がほとんど暴れてくる様な感じで戯れついてくるのでそれをいなしつつ、詩乃からの質問をネタバレしない程度で答えながら時間を潰してるとサービス開始まで5分前となった。

 

 

家族同然に過ごしてきたとは言っても2人と同じ部屋で始めるのには社会的に問題があると思って自分の部屋に戻ってナーヴギアを装着、ベッドに横たわり体を冷やさない様にタオルケットをかけてサービス開始まで待つ。

 

 

「ーーーリンク・スタート」

 

 

時間になった瞬間に音声システムによってナーヴギアを起動させる。閉じていた視界がグレーからプリズム的な輝きに変わり、自分の意識がどんどん潜行していくのを感じる。

 

 

体感的には分単位だが実際には数秒ほど潜行して辿り着いた先は中世のヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している石造りの部屋。正面には扉が、右手側の壁には大きな姿見があり、そこにはプレートがかけられていてここでアバターを作る様に指示されている。

 

 

姿見で現在の姿を確認してみれば、それは茅場の元でSAOの動作確認の為に作ったアバターと同じ姿だった。体格はリアルを基準としたもので身長は178センチ、肉付きは肥えていないが細すぎる訳でも無いいわゆる細マッチョな肉体。気怠げで、眉間にシワが寄っているので悪印象を与える目付き。髪はリアルの黒色とは違ってアッシュグレーにして肩甲骨辺りまで伸ばして紐で束ねている。

 

 

「ん、変わりないな」

 

 

リアルとの齟齬を確かめるように手を握ったり開いたりし、屈伸を何度か跳躍を何度か繰り返して確かめる。齟齬の修正を粗方終え、問題なしと判断して正面にあった扉を開きSAOの世界ーーーアインクラッドへと踏み込んでいった。

 

 

 






ユウキチ生存、シノノンメンタル強化という優しい世界。

リアル重視したSAOという修羅道チックな世界。



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ニューワールド・2

 

 

アインクラッド。それはSAOの舞台である空飛ぶ島の名前である。どういった設定なのかは忘れたが、SAOは全百層あるアインクラッドを冒険し、最上階にいるボスを倒すことがゲームクリアの条件である。

 

 

きっとどこかに飛行石があることを信じている。

 

 

ゲーム開始と同時に来たのは始まりの街。ここはゲームを始めたなら問答無用で送られる街であり、第一層で拠点としての役割を果たす街であったはずだ。一層一層が半径十数キロ程の広さで固定されていて、拠点としての役割を果たす街は大体真ん中に設置されている。街の他にも村が点在しているが、物流の面では街の方が優れているのは語るまでも無いだろう。

 

 

耳を傾ければ喧騒が聞こえ、鼻を使えば何かの料理の匂いが感じられ、口から息を吸えば砂埃が入ってきて、肌に集中すれば太陽の熱が感じられる。五感で感じ取れるというこれまでのゲームとは異なる現象、茅場晶彦の発想と頭脳に脱帽せずにはいられなかった。

 

 

立ち止まる理由はないので大通りを目指すとそこには多くの人間が賑わっていた。客の引き寄せや道端で会談する者、冷やかしなのか出店の品揃えを見てそのまま素通りする人も見える。

 

 

()()()()()()()N()P()C()()()()()()()()()()()()()()()()()。茅場が開発したSAOだが正確に言えば茅場が開発したのはSAOを管理、運営する人工AIだ。カーディナルとかいう名称のそれは茅場から打ち込まれたサンプルデータから学習、進化して()()()()()()()()()N()P()C()()()()()()()。昔のゲームのNPCの様に定型文でしか話せないなんてことは無い。こちらの態度に対して好意を見せたり嫌悪をしたりする。

 

 

そんな人混みはほとんどがNPCであるが、プレイヤーを表す逆三角形のカーソルが見えることから俺よりも先にログインをした者がいる様だ。アバターの作成を適当にしたのか、もしくはβ版のアバターそのままで入ってきたのかのどちらかだろう。

 

人混みを躱しながらフラスコの看板が立て掛けられている出店ーーーアイテム屋の店主であるNPCのおっちゃんに話しかける。

 

 

「ようおっちゃん、景気はどうだ?」

 

「ぼちぼちってところだな。これじゃあまたカカァに叱られちまうよ」

 

「そうかよ。あぁ、あとで知り合いと買いに来るから回復ポーションとアイテムポーチを取っといて貰える?」

 

「構わねえけど早くしてくれよ?損するのは勘弁してほしいからな」

 

 

それで構わないと返して、手を振ってアイテム屋を後にする。これでアイテムに関しては問題無い。武器や防具に関しては初期の物でも現段階で大丈夫だ。スタートボーナスとして貰っているアインクラッドの通貨であるコルで新しいのを買う事も出来るが、それはまだしなくても良いだろう。

 

 

あとは木綿季と詩乃のログインを待つくらいだが2人の事だしアバター作成にもう少し時間が掛かりそうだ。適当に出店を冷やかしながら合流場所である始まりの街の中心を目指すことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一層だけに限らず、各階層の拠点としての役割を果たす街の中心部には時計塔のような建造物が建っていて、その下が広場になっている。それを知っていた俺は予め2人にログインをしたらそこに来るようにと伝えていたのだ。

 

 

木綿季はユウキと、詩乃はシノンというネームで始めることにしたと聞いているので間違えることは無いだろう。そもそも俺のアバターが髪の色以外は全部リアルで作っているからこちらが気づかなくてもあちらが気づいてくれるだろうし。

 

 

ちなみに俺のネームはウェーブだ。漣からなみを英語にしただけの適当な名前だが存外気に入っている。

 

 

冷やかしながら時計塔の下についた時にはプレイヤーの数が多くなってきた。だがSAOのソフトの販売数を考えるとまだまだ少ない方だ。2人にレクチャーする内容を時計塔にもたれながら考えていると、

 

 

「あ、いたいた。おーい!!」

 

「聞いていたけど本当にリアルのまんまね」

 

 

聞き覚えのある声が喧騒の中から聞こえてきた。そちらを向けば紫の衣服の黒髪の少女と、黄緑の衣服の水色の髪の少女が見えた。どちらがどちらなのか何となく分かるが、そんなことよりも重大な事に気付いてしまった。

 

 

膨らみが、あるのだ。リアルだと真っ平らだった2人の胸部に。

 

 

目頭を押さえずにはいられなかった。木綿季と詩乃はまだ13歳と14歳だからこれからだろう。風呂上がりに2人でバストアップの運動をしている事は知っていたが、まさかアバターのバストを弄るとは思わなかった。

 

 

リアルに帰っても虚しくなるだけだと言えるはずがない。

 

 

「お待たせ!!」

 

「……なんで目を押さえているのよ」

 

「気にしないで……ふぅ、先にフレンド登録してしまうか。申請飛ばすから了承してくれ」

 

 

右手を下に払って無機質なプレートのようなものーーーウインドウ画面を出現させ、そこからフレンド申請を選択して押す。すると2人の目の前に同じようなプレートが現れて、2人は迷う事なくYESの項目を指で押した。俺のフレンドリストにユウキとシノンの名前が追加されたことを確認してウインドウ画面を閉じる。

 

 

「一応知ってると思うけどゲーム内じゃアバターのネームの方で呼び合うのがマナーだからウェーブって呼んでくれ」

 

「ウェーブ?波?」

 

「漣のなみから取ってるのね」

 

「分かりやすくて良いだろ?それじゃあフィールドに出発……する前に用意があるから付いてきてくれ」

 

 

2人に声をかけて目指すのは出店のアイテム屋。小走りに追いかけてきた2人が追いついたのを確認してからレクチャーを始める。

 

 

「このゲームは茅場とかいう変態に要らない口出しをした漣とかいうイケメンのせいでリアルを重視してる。満腹ゲージなんで物があってこのゲージがゼロになれば〝飢餓〟っていうバッドステータスが付いてステータスが低下するし、休憩なしで動き続ければ〝疲労〟っていうバッドステータスが付いてステータスが低下する。武器や防具には重量があって、自分の筋力(STR)敏捷(AGI)を参照して走っても速度が遅くなったりする。初期装備だとそうは感じないけどタンクとかがするような全身鎧だとまともに走れなくなるってのも珍しい事じゃない。そしてそれはアイテムもだ」

 

「確かアイテムボックスに入れられる重量に限りがあるのよね?」

 

「そうだ。初期だと一律で総重量百キロまで、特定のクエストを解放する事で増やすことが出来るがそれがどんなクエストなのかまでは覚えてない。んで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。戦闘中にのんびりアイテムボックスなんぞ開かないからな」

 

「え?アイテムボックスが戦闘中に開かないって……じゃあ戦闘中はどうやって回復したらいいの?」

 

「予め回復アイテムをアイテムボックスから出しておいてアイテムポーチに入れておくんだよ。アイテムポーチは見た目通りに物しか入らないけど代わりに中身は壊れないらしいから安心しとけ」

 

「武器が壊れた場合は?素手で戦うのかしら?」

 

「武器もアイテムボックスから出せなくなるから、基本的にメインとサブを予め出しておく必要がある。武器の変更は割と緩くて手放してから新しく手に取った武器が自動で装備されるんだ。一々武器の変更画面を開かなくても良いのは助かるよな」

 

「ほへぇ……本当にリアル重視なんだね」

 

「茅場とかいう変態と漣とかいうイケメンに感謝しないとな!!」

 

「自画自賛しないの」

 

 

シノンに呆れられたが自画自賛の一つでもしたくなる物だ。何せ思いつきとは言え、自分のアイデアが採用されているのだから。自分がこうしたかったからという願望があるのだが、SAOの人気に貢献出来ていると思うと誇らしい。

 

 

上機嫌に歩くユウキと興味深そうに街並みを見ながら歩くシノンの姿を見ていると茅場の誘いに乗ってSAOの開発を手伝って良かったと心底思うのだ。

 

 

 





茅場とかいう変態と漣とかいうイケメンによってSAOの仕様が変更されました。

・NPCが人間とほとんど変わらない反応を見せる
・飢餓や疲労などのバッドステータスが追加された
・アイテムボックスの重量制限
・戦闘中にアイテムボックスが開かない
・変更画面を開かなくても装備が変更出来る(予め武器を出してあれば)


ユウキチとシノノンの見た目はそれぞれマザーズ・ロザリオとGGOのアバター。そして2人のバストが豊かになっている優しい世界(SAO内)。

そして難易度が徐々に上がっている厳しい世界。



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ニューワールド・3

 

 

「ーーーノォォォォォォォォォ!!」

 

「ちょっとこれマジでシャレになってないわよ……!!」

 

 

アイテム屋で回復ポーションとアイテムポーチを買い揃え、武器の説明も兼ねて武器屋巡りをした後でユウキとシノンを連れて街の外であるフィールドに連れ出した。そしてその結果がこれである。

 

 

「SAOがリアル重視だって話しただろ?なら動物が群れるのだって当たり前だ」

 

「予想外すぎるよぉ!!」

 

 

必死で走って逃げているユウキとシノンの背後から、青いイノシシのモンスター、フレンジーボアが()()()()()()()()()。敏捷がどっこいな為か追いつかれていないが、逆に言えば逃げる事も出来ない。そんな光景を胡座をかいて眺めていた。

 

 

動物って群れるよなと思いつきで俺が発言し、それだと茅場がやらかした結果、街や村の外ーーー安全圏外に出現する敵は大体が同種族で群れて行動している。中には単独で行動するモンスターもいるが、そういうのは基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()。2人から視線を外せば、遠くに赤髪の男性らしき人影がフレンジーボアの群れに追いかけられているのが見える。

 

 

「今モンスターたちはアクティブ状態、まぁ戦闘態勢に入っている。その状態のモンスターに捕捉されているとさっき言ってた通りにアイテムボックスが使えなくなる。暇があれば確かめたら……って無理か」

 

「無理無理無理ィ!!」

 

「早く助けなさいよ!!」

 

「しゃーねぇなぁ……そのままこっちに走ってこい」

 

 

流石にこれ以上放置すれば〝疲労〟がつきかねないので立ち上がって腰に下げていた剣を右手で抜く。ダラリと剣を下げたまま立っていると2人が飛び込むようにして俺の背後に辿り着き、その5メートルあとにフレンジーボアが続いてきた。

 

 

一閃、二閃。脱力した状態から一気にトップスピードまで加速させて先頭で走っていたフレンジーボア二匹の右足と左足の前後を叩き斬る。四足歩行の内の片方の足が無くなった事で二匹はバランスを崩し、頭から豪快にスライディングをかます。

 

 

続く三匹目の突進を半身で躱して空の左手を添え、フレンジーボアの突進の勢いを利用して晒して左斜めに走らせ、Uターンしようとしたところに接近して一閃、頭部を切り離す。この先登場するであろう無機物モンスターならば兎も角、生物モンスターであるフレンジーボアは頭が離れれば死ぬ。フレンジーボアの10割あった体力が一瞬で削れて死んだことを証明した。

 

 

これで三匹中二匹を行動不能、一匹を倒すことに成功した。

 

 

「この様に、SAOの戦闘には〝部位欠損〟ってのがある。切れば切り落とせるし、殴れば砕ける。こんな風に足を切ってしまえば動けなくなったりとか、目を潰せば見えなくなったりする。ちなみにプレイヤーにも〝部位欠損〟はある。治療には街の医者のところに行くか上級の回復ポーションを使うかってところだな。後者は値段は張るが場所を選ばないで治療が出来る」

 

「ほへぇ〜……」

 

「流石はリアル戦闘民族の末裔ね……」

 

「戦闘民族じゃなくて戦闘一族な。民族だと日本人が丸々当てはまるから」

 

 

シノンの間違いを正していると、目の前にフレンジーボアを倒した事で得た経験値とドロップアイテムを知らせるウインドウが現れる。

 

 

「敵を倒して得られるのはドロップアイテムと経験値だけだ。ドロップアイテムは容量オーバーしない限りは自動的にアイテムボックスに突っ込まれる。ちなみにパーティを組んでいる時の経験値の割り振りは戦闘貢献度、誰がダメージを与えられたかが参照される。このイノシシは俺1人で倒したから丸々俺が経験値を総取り出来るわけだ」

 

「アイテムはどうなるの?」

 

「アイテムはランダムで配布だったはずだ。ただ特定のドロップアイテムに関しては経験値と同じ様に戦闘貢献度が参照されるはず。よし、休憩出来たな?ならあのイノシシちょっと倒してみようか」

 

「SAO初ハントだぁ!!」

 

「イノシシ、つまりは牡丹肉……!!」

 

 

ユウキが元気にハジけてるなーとか、シノンがオカンしてるなーとか思いながらアイテムポーチからタバコを出して咥え、マッチで火を着ける。リアルでも喫煙家なのでSAO内でもタバコを吸えるのは正直ありがたい。リアルとは違い健康のことや副流煙とかも考えないでいいことは素晴らしい。流石茅場である。

 

 

タバコを吸って間も無く、フレンジーボアの体力が削られてゼロになる。ユウキとシノン、そして俺の目の前にウインドウが現れるが、倒したのが2人ということで経験値は少な目でドロップアイテムは無しだった。

 

 

「2人とも、今フレンジーボアがどう見えてる?」

 

「ん?なんかこう、赤いモヤモヤがかかってる様に見えるけど?」

 

「……待って、なんで倒したのにまだ残ってるの?」

 

「ここでオプション画面を開いて、そこにある倫理コードを解除してみようか」

 

 

倫理コードとは茅場が作った安全コードで、全年齢を謳っているSAOにおける一切の規制コードを解除することが出来る。俺はログインと同時に速攻で倫理コードを解除したが、2人はまだ解除していないはずだ。

 

 

俺の指示に従い、2人はオプション画面を開いて倫理コードを解除した。そうしたことで見えたのはーーー全身がズタボロになって血を流しているフレンジーボアの死体だ。

 

 

「oh……」

 

「リアル重視って聞いてたけどここまでとは……」

 

「死体が残らないのはおかしいって口出しした漣とかいう日本が誇るイケメンが戦犯らしいぞ。でも理性が働いてくれたらしく、倫理コードを解除しないとリアル描写は省かれてさっきみたいなあやふやな感じになる」

 

「死体が残って何か意味があるの?」

 

「〝解体〟のスキルがあれば実際に解体してフレンジーボアのアイテム、肉とか皮とか骨とかを獲得出来るし、アイテムボックスに放り込んで街に持って帰って解体を頼むことが出来る。死体をそのまま放置して肉食モンスターを誘き寄せるとかも出来るな。時間が経過するとポリゴンになって消滅するけど」

 

「やり過ぎじゃない?」

 

「漣とかいうイケメンは大層ご満悦だったらしいし、茅場とかいう変態も思わずニッコリだったらしいぞ?」

 

「どうしようもないほどに手遅れだって理解したわ」

 

 

呆れた様に言いながらもシノンの目はギラギラと輝いているのを見逃さない。なんだなんだ言いつつ、シノンもSAOに魅了されているのだ。ユウキ?フレンジーボアの死体を剣で突いてる。

 

 

「そんでだ、俺たちが使ってる武器には〝耐久度〟と斬撃系の武器限定で〝切れ味〟がある。体力ゲージの下の包丁のアイコン見える?それが切れ味ゲージだ。これが赤のギザギザになったら切れ味は最悪、ほとんど鈍器と変わらない。切らないで殴るしか使えなくなる。アイテム屋で砥石が買えるからそれを使えば回復するぞ。んで〝耐久度〟は武器の説明欄に書いてあるな?武器屋に持っていけばメンテナンスしてくれて〝耐久度〟は回復する。もし〝耐久度〟がゼロになったら壊れるから気をつけろよ」

 

 

そこまで説明したところでフレンジーボアの死体がポリゴンに代わり、消滅する。どうやら肉食モンスターは来なかった様だ。

 

 

「最後にSAOの目玉とも言える〝ソードスキル〟だな」

 

 

見とけよと2人に声をかけながら刺突の構えを取ると剣が青白く光り輝き、身体が自動で動いて滑りながら刺突を放った。

 

 

「使いたいとか技名を始動モーションに組み込んだら発動する。要するに必殺技だな。まぁ俺は身体が勝手に動くのとか、技の使用後の硬直とか嫌いだから使わないけど。んで、〝ソードスキル〟も無限に使えない。SPってのがあるのが見えると思うけど〝ソードスキル〟や〝バトルスキル〟ってのはこれを使って発動してるんだよ。SPは時間経過アイテム使うか、なんかのスキル使えば回復出来るはずだったけど……悪いがそこはwikiなりを調べてくれ……って、聞いてる?」

 

「ヒャッハー!!」

 

「ここをこうして……こんな、感じで!!」

 

 

人が必死に思い出しながら説明をしている側でユウキは〝ソードスキル〟をポンポン連発し、シノンはシノンで俺の真似をしながら一挙一動を丁寧にして〝ソードスキル〟を発動させていた。

 

 

説明を聞いていないのは寂しく思うが、2人が楽しそうなのでそれでよしとしておこう。

 

 

そんなこんなでフレンジーボアやその死体に釣られてやってきた狼型のモンスターを狩っていると時刻は夕方になり、俺たちがいる草原をリアルでも中々お目にかかれないであろう立派な夕日が照らしていた。休憩がてら、3人でその夕日を眺めていると、

 

 

リーンゴーンと、街から鐘の音が聞こえてきた。

 

 




新仕様が更新されました。

・MOBは同種で群れて行動している。単独で行動しているのはそれなりに強いMOB。
・斬首などの急所を突くことで即死攻撃。敵も同様。なおそれとは別に体力ゲージはあり。
・死体は残る。倫理コードを解除するとリアルな描写になる。
・MOBからコルがドロップしない。くれるのはアイテムと経験値だけ。
・武器に耐久度の他に切れ味を追加。落ちたままだとダメージと耐久度が低下する。

そして、鐘の音は鳴り響いた。



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エンドニューワールド

 

 

始まりの街から鐘の音が響き渡り、それと同時に体に青いエフェクトが纏わりつく。

 

 

「ふぇっ!?」

 

「何よこれ……!!」

 

 

青いエフェクトは俺だけではなくてユウキやシノンにも纏わりついていた。そして俺はこのエフェクトに見覚えがある。記憶が確かならばこれは転移結晶と呼ばれる転移専用アイテムを使った時に発生するエフェクトだったはずだ。

 

 

スタートボーナスで転移結晶は一つづつ配られていたが、誰も使っていない。ならこれは運営が強制的に転移させようとしているのだろうと納得し、一瞬の浮遊感ののちに始まりの街の広場にへと転移していた。

 

 

そこには俺たちだけでなく、広場を埋め尽くすほどの人が集まっていた。恐らくは俺たちと同じ様に強制的に転移させられたプレイヤーたちだろう。だが、そのプレイヤーたちが口にする単語がーーーログアウトができないという単語が耳に入る。

 

 

「まさか……」

 

 

背筋に走る悪寒、それは前から何か悪いことが起きる時に覚えるもの。それとログアウト出来ないという話からある考えに辿り着き、それを否定する為にウインドウを開いたがーーーログアウトの項目がいくら探しても見つからなかった。

 

 

「かやひこぉ!!」

 

「どうしたの!?」

 

「……ログアウトの項目が見つからん」

 

「嘘っ!?」

 

 

ユウキとシノンが慌ててウインドウを開くがその結果は俺と同じ。思わず俺が茅場の名前を叫んでしまったのだって許されるはずだ。

 

 

だが、背筋に走る悪寒はまだ続いている。そして不意に思い出しのは茅場がSAOの開発中に口にしていた一言ーーーあいつは、アインクラッドが実在すると断言していた。

 

 

ログアウト出来ない、茅場の発言、そして茅場の性格を考えればこれから先の展開など簡単に読めてしまう。

 

 

そして空の色が変わる。綺麗な朱色だった空は血を思わせる真紅へと変貌し、数字で構成されたデジタルな紋様が空を埋め尽くす。さらにデジタルな紋様がひび割れ、そこから流れ出してきた液体が人型を作った。それはローブを着込んだ巨人のアバター。

 

 

『ーーーようこそ、プレイヤー諸君。ソードアート・オンライン……私の世界へ』

 

 

巨人から放たれた声を聞き間違えるはずがない。それは数年の間、毎日のように顔を合わせ、今日も会った茅場晶彦の声だった。

 

 

『諸君らは今、ログアウトできないという事に不満を持ち、問いただしたい所であろう。故にここで答えを出そうーーー否。これは決してバグでもエラーでもない。このソードアート・オンラインの仕様であると。諸君らはログアウトというこの世界からの脱出方法を封じられ、囚われの身となったのだ』

 

 

やばい、背筋に走る悪寒がこれまで感じたことのないレベルになっている。俺はまだ表面上の冷静を保っていられるが他のプレイヤーたち、そしてユウキとシノンの顔には事態の把握が追いつかないのか困惑とあのアバターの言葉を理解しかけていることで怯えの色が浮かんでいる。

 

 

『故に、この世界のみが諸君らにとっての現実である。この世界での死は即ち現実の死に直結する。この世界で死亡するのと同時にナーヴギアを通じてマイクロウェーブ波を照射し、殺害を実行する。なおこの処理は外部から助け出そうとする働きかけがあった場合も作動するようになっている。もし、諸君らの横で急に消えたプレイヤーがいるのであれば、それは決してログアウトに成功したからではないーーーナーヴギアの切断によって死亡したからである』

 

 

それは決してありえない話ではなかった。茅場の手伝いをする当初にナーヴギアの説明を受けた時に、自壊を厭わなければそれくらいの出力を出せると言っていたのを覚えている。

 

 

『最後に、ここが諸君らにとっての現実である事を理解させるために小さな贈り物を送らせてもらった。それを確認すれば直ぐに理解するだろうーーーここが現実であると』

 

 

ウインドウを開いてアイテムボックスを確認する。アイテムボックス内にはフィールドでハントしたフレンジーボアや肉食モンスターの素材や肉が入っているはずだったが、その中で一つだけ身に覚えのないアイテムがいつの間にか入れられていた。

 

 

すぐに取り出すーーーそれは、片手に収まるような小さな手鏡だった。

 

 

「なんだよこれーーー」

 

 

手鏡を取り出すのと同時にそんな声が聞こえてきた。そこを向けばーーーいや、あちらこちらでプレイヤーが発光している。隣にいるユウキとシノンも発光していた。そして俺も発光し、目が眩んでしまう。

 

 

数秒後に視界が回復し、感覚的に身体に変化がない事を知る。そしてユウキとシノンに無事かを聞こうと振り向きーーーユウキとシノンの姿が、木綿季と詩乃の姿に変わっている事に気付いた。

 

 

まさかと思い辺りを見渡せば、そこにはゲーム内の作られた美形のアバターでは無く、リアルの様な醜美溢れる外見に変化したプレイヤーたちの姿があった。中には女物の格好をした男性や、男性物の格好をした女性、そして小学生頃の子供や、シワが深く刻まれた老人の姿まで見える。

 

 

おそらく、今のアイテムはリアルの姿をアバターに写すためのアイテムだろう。初期準備の段階でスキャニングだかなんだかで全身を触る項目があった。それを利用すればリアルの姿を記録することが出来る。

 

 

このままこの広場に残っていた場合に起こる出来事を軽く予想し、この場に残ることは得策では無いと判断する。茅場と思わしきアバターに背を向け、ユウキとシノンの首根っこを掴み、引きずりながら広場から立ち去ろうとする。幸いなことに2人からは抵抗は一切ない。

 

 

『ーーーこれはゲームではあっても、遊びではない』

 

「だろうよコンチクショウがぁ……!!」

 

 

歯軋りで誤魔化す様にアバターの言葉に言い返しながら、俺は2人を連れて広場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想通りか……」

 

 

広場から離れ、街の出入り口を兼ねている門が見えてきたところで足を止めて背後から聞こえている音に耳を傾ける。聞こえてくるのは罵声や怒声、絶叫に悲鳴。予想していた通りに今頃あの広場では茅場に向けての暴動が起こっているだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

アイテムポーチからタバコを取り出し、火を着ける。ここに来るまで為すがままにされていた2人は手を離した途端に崩れて顔を俯かせている。

 

 

「し、不知火ぃ……」

 

「どうしよう……」

 

「「胸がぁ……!!」」

 

「あぁ、そっちね。心配して損したよ」

 

 

リアルの姿になったと言うことは2人が弄っていた胸がリアルのサイズに戻ったと言うことだ。どうも2人は茅場の発言よりもそっちの方が悲しかったようでガチ泣きしている。

 

 

「ったく心配させてくれやがって……そもそもリアルに戻ったら虚しいと何故気付かない?」

 

「ゲームの中くらい夢見させてくれたって良いじゃないか!!」

 

「さよなら、美乳だった私……おかえり、微乳だった私……」

 

 

だがそんな2人の姿を見ていると、馬鹿らしくて全身から力が抜けていくのがわかる。どうもこんな事態に巻き込まれたせいで余分な力が入っていたようだ。

 

 

時間にして5分くらいか、リアルとの胸囲格差から立ち直った2人に話しかける。

 

 

「かやひこ殴る……茅場が言ってた事って本当なの?」

 

「あぁ、ナーヴギアで人を殺すことは出来るって茅場は言ってた。イメージ的にはレンジで脳みそチンだな。んでもって、仕事の関係だったとはいえ茅場晶彦を知っている俺から言わしてもらえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。プレイヤーたちからしたら巫山戯るなと言いたくなるだろうけど茅場からしたら大真面目なんだろうよ」

 

「かやひこ殺す……それで、これからどうするつもりかしら?」

 

「茅場が言ったことが本当なら、ゲームをクリアすればログアウト出来る。それを踏まえて取れる行動は二つだな……動くか、動かないか」

 

 

二つなどと言っているが、元より取れる行動などそれしかない。茅場の言葉を信じてゲームのクリアを目指してアインクラッドを冒険するか。それとも誰かがゲームをクリアするのを待つか、外部からの救援を待つか。

 

 

第三の選択肢もあることはあるのだが……それは論外でしか無いので省く。2人が思い付いたのなら兎も角、俺からは絶対に口にしない。

 

 

「動かないのならいいが、動くのなら早くした方がいい。同じ様に行動する奴らが増えることでレベリングが難しくなるだろうからな。幸いなことに最終確認で第一層を歩かされたからここ以外の村や街の場所は把握してる。今から出れば夜中になる前には一番近い村に辿り着けるはずだ」

 

「ーーー動くよ、ボクは」

 

「ーーー私もよ」

 

 

そして2人の選んだのは前者の選択肢。つまりゲームのクリアを目指すと言うものだった。

 

 

「こんなところでボクは死にたく無いし、死ぬつもりも無い。たとえ死ぬとしても全力で戦って、前のめりに倒れたい」

 

「天才茅場晶彦?知ったことじゃないわ。こんな世界で死んでたまるものですか。こんな世界に負けてたまるものですか」

 

 

躊躇うことなく吐き出されたのは決意表明とも言える啖呵。そしてその瞳には迷いは見えない。それはユウキとシノンの言葉では無く、紺野木綿季と朝田詩乃の決意だった。

 

 

「だよなぁ……」

 

 

やれやれとアピールするように頭を掻き、その姿が微笑ましくてつい顔が緩んでしまう。

 

 

難病に侵されていた木綿季。

 

 

心に傷を負った詩乃。

 

 

その2人がここまで強く育ったことが嬉しくて、そしてこんな状況でも諦めずに前を向いている姿が眩しくて……上手く言い表すことが出来ない。

 

 

「不知火はどうするのかしら?」

 

「俺?俺も動くよ。2人を預かってる身からしたら2人を守らなくちゃならないしーーー正直なところ、この状況が()()()()()()()()()()()()

 

 

それは畜生の感情だろう。まずマトモな感性ならこの状況を破綻したら、2人の様に打破してやろうと意気込むはずだ。

 

 

だけど俺は違う。この状況が楽しくて愉しくて堪らない。戦闘一族を自称する俺からしてみれば現代社会というのはどうしても息苦しかった。古武術の達人である爺さんと母から教育された俺は産まれる時代を間違えたと常々思っていた。

 

 

強くなりたい、強くなりたい。自分がどれだけ強いのかを周りに知らしめたい。

 

 

だが秩序でガチガチに固められた現代社会では武など糞の役に立たず、だがそれを理解しても強さを追い求めることは諦められずに、息苦しさを感じながら生きてきた。木綿季と詩乃との出会いである程度緩和されたが、その息苦しさは無くならなかった。

 

 

だがここでは違う。秩序は無く、強さがものを言う世界。後々秩序が作られるだろうが、それでも根幹にあるのは力だ。俺が望んでいた世界がここにある。

 

 

このシチュエーションに喜ばない訳がない。

 

 

そんな自分がどうしようも無い畜生だと理解している。

 

 

「あはは……変わらないね」

 

「まったく……不知火らしいわね」

 

 

そんな俺を見ても、2人の態度は変わらない。それどころか呆れるように肩を竦めている始末だ。

 

 

それもそうだろう、2人は俺の渇きを知っている。

 

 

その上で、それは俺らしいと認めてくれているのだから。

 

 

「さてっと」

 

 

フィールドへと繋がる門の前に立つ。さっきまでは呑気にモンスターを狩っていたが、この世界がデスゲームになった事で呑気になんて考えられなくなった。

 

 

ここから先、一歩でも外に出れば待ち受けるのは弱肉強食の世界。

 

 

「行くか」

 

「うん!!」

 

「えぇ」

 

 

そんや世界に、俺たちは躊躇うことなく一歩踏み出した。

 

 

 






・デスゲームが開始されました

・ユウキチとシノノンに優しくない世界になりました

・漣とかいうイケメンの本性が解禁されました



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ゴーアンドゴー

 

 

「……朝か」

 

 

窓から射し込む陽射しで目を覚まし、朝になった事に気付いてベッドから身体を起こす。1人用のベッドを二つ並べたその上には俺、右隣にユウキが、左隣にシノンが眠っている。別にやましいことをした訳ではない。ただ2人に強請られたから一緒に眠っただけだ。

 

 

始まりの街で素敵な啖呵を聞かせてくれた2人だが精神的な負担が大きかったのか、始まりの街から北上したところにあるこの村に着いた時には疲労困憊だったのだ。そこで宿を取って休もうとした時に一緒に寝て欲しいと強請られたのだ。

 

 

俺の手を握りながらスヤスヤと眠っている2人はまだまだ起きそうにない。手を解いてベッドを軋ませずに降り、部屋から出て下に降りる。この宿屋は二階が宿泊施設で、一階が食堂になっているのだ。ウインドウで時刻を確認すれば午前の6時。宿屋の店員が起きているのなら朝飯を頼んで、起きていないのなら店の裏で軽く身体を動かそうと考えていたが……

 

 

「ーーーやぁ、おはようウェーブ君」

 

 

一階の食堂で朝日を浴びながら優雅にコーヒーを飲んでいた老け顔の男性を見てその考えは吹き飛んだ。俺はこいつを知っている。妙に目が生き生きしているが俺がこいつのことを間違えるはずがなく、リアルと違うアバターを使っていても俺がこいつが誰だか瞬時に理解し、

 

 

「ファッキューかやひこぉ!!」

 

 

茅場の顔面に迷う事なくヤクザキックを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝一からなんてもの見させてくれたんですかねぇかやひこぉ……!!」

 

「朝にコーヒーを飲んで何が悪いんだね?あと、この2人止めてくれないか?圏内とはいえ怖いんだが」

 

「ファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこぉ……」

 

「ファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこファッキューかやひこぉ……」

 

 

ヤクザキックで吹っ飛ばした茅場をそのまま拘束し、部屋に引きずり込んだ。その際に2人を起こしてしまったがこのプレイヤーの正体が茅場であると告げると目のハイライトを消してユウキは片手剣で、シノンは短剣でブスブスと茅場のことを刺し始めた。普通ならプレイヤーを攻撃すればグリーンのカーソルがプレイヤーを傷つけたことを表すオレンジに変わるのだが、圏内でシステム的に守られているので障壁でカバーされて2人のカーソルはグリーンのままである。

 

 

2人の気持ちは分かるので止めることはしない。2人がどれだけ胸を切望していたか知っているのか。

 

 

「てかなんでお前が第一層(ここ)にいるんだよ。お前の性格からして第百層でラスボスやってるかと思ったんだが」

 

「私も初めはそのつもりだったんだがね……昨日の正式チュートリアルを終えるのと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はぁ?」

 

 

茅場の言ったことが信じられない。2人もなのか、目にハイライトを灯してブスブス刺してる手を止めていた。

 

 

「えっと……どういうこと?」

 

「つまりこいつも私たちと同じ立場にあるってことよ」

 

「そういうことだ。ネームはヒースクリフとなっているから、今後はそう呼んでくれ」

 

「あ〜……他のプレイヤーに茅場のことがバレると面倒だからな」

 

 

昨日の演説のせいで茅場に対するプレイヤーのヘイトは溜まりに溜まっているだろう。そんな中でヒースクリフ=茅場だと告げてしまえばどうなるか簡単に予想が出来る。茅場が言っていることが本当だとしてもSAOの基礎を作ったのは茅場なのだ。その価値は計り知れず、ここで失うにはあまりにも惜しい。

 

 

「俺はヒースクリフの正体が茅場だと言う必要はないと思うけど、2人は?」

 

「ん?ボクもそれで良いよ?」

 

「私も同じよ」

 

「……それで良いのかね?漣は兎も角、2人には私に罵倒なりなんなりしたいのではないのかね?漣は兎も角」

 

「なんで二回繰り返したのか問い詰めたい」

 

「ん〜ボクはね、デスゲームになったってのは嫌だけどSAO自体は楽しいから好きなんだ。だからそれと相殺って事で」

 

「私はこの世界に負けないって決めたのよ。だから茅場晶彦がここにいても関係無いわ」

 

 

それは2人の、ユウキとシノンでは無く紺野木綿季と朝田詩乃としての忌憚の無い感想なのだろう。木綿季はSAOが好きだから、詩乃はこの世界に負けないと誓ったから、茅場晶彦がここにいても良いと言っているのだ。

 

 

それを聞いた茅場はあっけに取られた顔をしてから、可笑しかったのか笑い始めた。

 

 

「くっくっく……まさかそんなことを言われるなんてね。これは予想外だったよ」

 

「お?処す?処す?」

 

「おばちゃんから油貰ってくる?」

 

「昨日ドロップした牡丹肉巻きつけてフィールドに放置する?」

 

「止めてくれ」

 

 

ともあれ、俺たちの中では茅場に対する確執は無いと分かったので、ヒースクリフの拘束を解くことにする。

 

 

「んで、システム権限が剥奪されたって言ってたよな?」

 

「あぁ、お陰で私の計画が破綻してしまったよ」

 

「でもどうしてそうなったんだろうね?」

 

「考えられるのは外部からのハッキングかしら?」

 

 

外部からのハッキング、それは俺も初めに考えた。だがSAOの世界はヒースクリフとカーディナルが組み立てたファイヤーウォールに守られていてスパコンが少なくとも2桁なければ解析不可能なレベルの障壁が張られていたはずだ。最低でも国レベルの組織力がなければ解析することすら不可能である以上、外部からの犯行という線はかなり薄い。

 

 

となると、残るは内部犯。

 

 

「カーディナルか?」

 

「それしか無いだろうな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それならばまだ現実的だ」

 

「カーディナルって貴方が作った人工AIよね?それがこんなことを?どうして?」

 

「残念だが、カーディナルが何を考えてこれをしたのか私にも分からない。しかしゲームをクリアすればこの世界からログアウト出来るというルールは変わらないはずだ」

 

「なら俺たちがすることは変わらないな」

 

 

SAOをクリアする。昨日立てた誓いと何も変わらない。俺としては永遠にこの世界にいても良いと考えているのだが、2人のことを考えるとどうしてもクリアしたいと思ってしまう。

 

 

ヒースクリフもそれには賛成らしく、頷いて肯定してくれた。

 

 

「なら、この世界で生きようではないか。差し当たってこの村では〝アニールブレード〟という武器が手に入るクエストがあるのだがどうするかね?」

 

「よーし、飯食ってアイテムの補充とかしたらそれするぞー」

 

「はーい」

 

「異議無しよ」

 

 

SAOをクリアする為の二歩目を踏む為にまずは飯にするとしよう。

 

 





かやばあきひこ が なかまになった !!

かやひこ、シムテム権限全てを奪われた上でSAOに放り込まれる。なお、ウェーブたちは良いんじゃね?と受け入れている模様。

かやひこが仲間になったよ!!やったね!!

でも一から十まで教えてくれるわけじゃないよ!!ファッキューかやひこ!!



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ゴーアンドゴー・2

 

 

「ーーーよっと」

 

 

軽い口調で支給されていた初期装備のアイアンソードを振るい、ウツボカズラのような胴体から触手を生やしている植物系モンスターの〝リトルペネント〟を切り刻む。リアルでも植物というのは存外にしぶとく、それはSAOでも当てはまるようでたった一度や二度刈った程度ではリトルペネントは倒れず、よくもやってくれたと言いたげにヘイトを此方に向けてくる。

 

 

だがまぁ、やられるつもりは無く。一度や二度でダメなら死ぬまで繰り返せば良いだけのこと。

 

 

胴体から生えている触手を一本一本切り落とし、達磨状態にしてから地面に叩きつけ、アイアンソードを突き立てて一気に引っ張って切り裂き、飛び散る青臭い液体を嗅覚と味覚で堪能しながら、リトルペネントのHPが無くなるまで何度も何度も繰り返す。

 

 

HPのゲージが無くなった事でリトルペネントは僅かに身悶えして動かなくなり、ウインドウが経験値とリトルペネントのドロップアイテムである〝リトルペネントの胚珠〟の入手を教えてくれる。

 

 

ヒースクリフが持ってきた情報によりアニールブレードを得るためのクエストを受けた俺たちは要求されていた〝リトルペネントの胚珠〟を得る為に村の側にある森にへとリトルペネントを狩りに来ていた。ヒースクリフ曰く、情報などを得るクエストは一度しか受けられないのだが装備やスキルを獲得するクエストは何度でも受けられるらしく、第一層でドロップアイテムを除いて最優であるアニールブレードを得る為に全員でリトルペネントハンティングをする事にしたのだ。

 

 

リトルペネントは三つのタイプに分かれているらしく、一つは頭に芽を生やした通常タイプ。一つは芽ではなく花を生やした〝リトルペネントの胚珠〟をドロップする花付きタイプ。最後に芽でも花でもなく、割れると森中からリトルペネントを集める実を付けた実付きタイプ。実付きタイプあたり上手くしてやればレベリングが捗りそうだが俺とヒースクリフは兎も角ユウキとシノンは死にかねないので普通に実付きタイプには気をつけてハントする事になった。

 

 

「ーーーふっ!!」

 

 

ヒースクリフの戦い方は質素な物だった。盾でリトルペネントの触手を弾き、剣で斬りかかるというもの。花がない、派手さが無い。だがそれ故に堅く、突き崩せない牙城。ガードした事でHPは幾らか削れているが、直撃一切無しでリトルペネントを倒す。

 

 

「ーーーヒャッホォイ!!」

 

「ーーーハァッ!!」

 

 

ユウキとシノンの戦い方は目まぐるしい物だった。止まらない、一瞬たりともその場に留まり続ける事なく、走って避けて走って攻撃するというヒットアンドアウェイ。ニ対一という状況を上手く利用してリトルペネントの狙いを絞らせずに纏わりつくように切り刻んでいる。そうして危なげ無くリトルペネントを倒した。

 

 

「ふぅ……」

 

「大っ勝利!!」

 

「お疲れ、〝索敵〟じゃ引っかからないからちょっと休憩しとくか」

 

「なら私が見張っているから休んでいると良い」

 

 

剣をしまい、自然体に振舞いながらも俺とヒースクリフは〝索敵〟のスキルを使って周囲の警戒を怠らない。ユウキとシノンは疲れたのか、警戒する様子もなく地面に座っているがそれは俺たちとは違うからだろう。

 

 

漣不知火(おれ)は産まれる時代を間違えた畜生で、闘争ばかりを望んでいるが故に。茅場晶彦(ヒースクリフ)はこの世界を作り出した産みの親で、この世界で全力で生きると誓っているが故に。

 

 

紺野木綿季(ユウキ)朝田詩乃(シノン)の姿こそが普通なのだ。だが、その普通ではこの世界を生き抜くのは難しい。本当ならここで間違いを正さなければならないのだろうが、今日の目的はレベリングと戦闘に慣れることなので一先ず置いておく事にする。幾つも織り込んでいけば混乱するので一つずつ片付けた方が良い。

 

 

「今〝胚珠〟って幾つ集まったっけ?」

 

「確か二つね。ウェーブとヒースクリフが花付き倒して速攻でドロップしてたわ……それから花付きが全然出てこないで普通のと実付きがわんさか湧いてる状態よ」

 

「確か花付きが出るのは確率だったよな?」

 

「あぁ、β版ではおおよそ1%の確率で花付きが湧く様に設定されていた。仕様上、リトルペネントを倒せば確率が上がるとはいえ下方修正されてるだろうから気長に狩るしか無いな」

 

「うへぇ〜何匹倒したか覚えてないよ〜」

 

「私も二十から数えるの止めたわよ……」

 

「四十二匹倒したな。レベルは三つ上がって6だぜ」

 

「私は三十五匹狩って今のレベルは5だ」

 

「なんでそんなに元気なのよ……」

 

 

イェーイとダブルピースを決める俺と無言でドヤ顔をかますヒースクリフを見てシノンは頭が痛そうに顔を手で覆っているが、ユウキとシノンもリトルペネントをハントしまくったお陰でレベルが上がってヒースクリフと同じ5レベになっている。

 

 

リアル重視で忘れそうになるのだがSAOの世界は茅場晶彦(ヒースクリフ)が言った通りにあくまでゲームなのだ。ゲームというのは基本的に相性を除いてレベルが高い方が強い。SAOではそこにプレイヤー自身の経験やらスキルやらが加わるのだがそれでもレベルという縛りには逃れられない。レベルを上げる事で生存率の向上に繋がるのであれば迷わずにそうするべきだと俺は考えている。

 

 

 

吸ってたタバコが燃え尽きたのを確認して火を消すと、残っていたリトルペネントの死体が消滅する。確認したのだが死体の消滅までにかかる時間は多少のバラツキが見られるものの五分程度だった。時計代わりにちょうど良い。

 

 

「よーし、ポーチの補充してまたハントするぞー!!」

 

「よっしゃぁ!!」

 

「元気良すぎよ……」

 

「ダウナー系には辛い物だな」

 

「そういう貴方も目が生き生きしてるわよ」

 

 

モンスターに捕捉されていないのでアイテムボックスから消耗したアイテムを補充し、さらなるアイテムと経験値を求めてモンスターを探す旅に出る。

 

 

森の中といえば木が生えていて歩きにくいイメージなのだが、SAOというゲームの世界だからなのか、道の様なものがあったり、武器を振るうのに邪魔にならない程度の広さが確保されてたりする。その道に沿って森の奥へと進んでいると、不意に鼻に着く匂いを感じた。

 

 

「なんだこれ、甘ったるいような……」

 

「スンスン……そんな匂いしないよ?」

 

「ユウキ、ウェーブの五感を自分のと比べたらダメよ」

 

「シノン君が毒舌だな」

 

 

気になったのでハンドサインで全員に黙っておくように指示を出し、地面に耳を押しつけながら〝索敵〟を使う。〝索敵〟のスキルは熟練度が低い為にまだ範囲が狭く、それよりも五感に頼った方が情報を集められるのだ。今回は少しでも多くの情報が欲しいので同時に使う事にする。

 

 

そして分かったのが多くの音ーーーおそらくリトルペネントのーーーがここの先に向かっている事。俺たちの方向からはハントしたからか全く来ないが、それ以外の方向から多くの音が雪崩れ込むように集まっているのだ。

 

 

「誰か実を割ったのか?」

 

 

考えられるのは誰かが実付きのリトルペネントと対峙し、故意なのか事故なのか知らないが実を割ってしまった事。リトルペネントが集まっている原因は不明だが、分かるのはこの先で誰かが戦っているという事だった。

 

 

立ち上がり、振り返ると3人は武器を抜いていた。その目に怯えは無く、闘気に満ち溢れている。

 

 

それを確認して迷わずに駆け出す。目指すのはリトルペネントが集まっている場所。アバターのステータスとリアルでの走法をフルに活用し、数百メートル離れていた距離を数十秒で走破して現場にたどり着く。

 

 

そこにいたのは数十匹のリトルペネントに囲まれながら孤軍奮闘している黒髪の少年の姿。四方八方からリトルペネントに襲われて触手に殴られながらもその目は諦めていない。

 

 

故に身体を地面スレスレまで倒してリトルペネントに囲まれている少年目掛けて走り出す。リトルペネントのヘイトが少年に向けられているからなのか俺の存在は気づかれずに接近に成功、そして隙間を縫うようにして駆け、ついでと言わんばかりにリトルペネントの足の役目をしている触手をすれ違い様に切り刻んで行く。

 

 

「ーーーえ?」

 

「話は後だ、ポーションはあるか?」

 

 

少年を襲う触手を切り刻みながら死角をカバーするように背後に立って生命線であるポーションの所持を聞く。

 

 

「ま、まだ大丈夫だ」

 

「そうか。なら、死にたくなかったら諦めるな。俺からはそれだけだ」

 

 

諦めこそが人を殺すとは誰が言ったか。実際に彼は諦めなかったからこうして俺が来るまで生きたいられたのだ。

 

 

「ーーー勝つぞ」

 

「ーーーあぁ!!」

 

 

俺の言葉に威勢の良い返事を返してくれた少年に頼もしさを感じながら、俺は襲いかかるリトルペネントたちに目掛けてアイアンソードを振るった。

 

 





ホルンカの森にてリトルペネントハントが行われているそうです。なお、被害にあったリトルペネントの数は百を超えてます。

ヒースクリフ、システム権限剥奪されても強いらしい。ラスボス属性の奴が弱いわけ無いだろぉ!!

最後に出てきた少年……一体どこのブラッキーなんだ……



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ゴーアンドゴー・3

OS見て来ました……感想、キリアスが尊い……!!

映画のキャラの背景も中々しっかりしていてグッド。

結論、面白かった(小学生並みの感想)




 

「はぁ……」

 

 

何時間戦ったのだろうか?寝転がって気が付いたのだが、高かったはずの太陽が沈みかけて空が朱色に染まっている。HPを見れば黄色だが左腕は骨折していて足は打撲だらけ。アイアンソードの耐久値もあと5%のところまで削られている。

 

 

絶対にステータスに疲労がつくだろうなと考えながら身体を起こして周囲を見ればリトルペネントの死体の山。その中で疲労困憊で倒れているユウキとシノンと襲われていた少年、そして赤になっているHPを回復させる為にポーションを飲んでいるヒースクリフの姿が見えた。

 

 

HP的には危なかったんだろうがこいつが一番元気そうなのに納得がいかない。

 

 

「全員生きてるな?」

 

「うぼぁ〜……」

 

「なんとかね……」

 

「き、キツイ……」

 

「いや、大変だったが乗り切れたようだな」

 

「なんでお前が一番元気そうなんだよ……」

 

 

ノンストップで延々と襲い掛かって来るリトルペネントを惨殺しまくったおかげかアイテムボックスに入りきらないほどのドロップアイテムと、大量の経験値を手に入れることが出来た。途中でトラブルにダイブしたのだが、当初の目的は達成出来ているので問題ないだろう。

 

 

「ヒースクリフ、そいつ持て。俺はユウキとシノン持つから」

 

「まぁ、流石に今の状態で夜を過ごしたくは無いな」

 

 

今の時間は夕方、つまりこれから夜が来る。万全の状態ならば兎も角、今の状態で夜を過ごすのは流石に勘弁願いたい。飯を食って武器を変えればいけないこともないが。

 

 

妙に元気だとは言っても夜を森で過ごしたくないのはヒースクリフも同じなのか、異論を挟むこと無く少年を背負ってくれる。それを見て倒れているユウキとシノンの胴体に腕を回し、抱えるように持ち上げる。文句の一つでも言われそうだかこんな状態なので許してほしい。

 

 

幸いな事にあの騒動のおかげで駆逐出来たのか、モンスターと出会う事なく村に戻ることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、助けてくれてありがとう。俺はキリトって言うんだけど……」

 

「気にするな。困った時はお互い様ってな」

 

 

村に帰って助けた少年ーーーキリトをヒースクリフに任せ、ユウキとシノンをベッドに放り込んでそのまま寝落ちして翌日。お礼と改めての自己紹介を兼ねてキリトの奢りで飯を食ってるのだが……

 

 

「アグアグムグムグガツガツ……!!」

 

 

ユウキが並べられた料理を凄い勢いで平らげている。取り敢えず人数分適当に頼んだのだがその半分がすでにユウキの胃の中に消えているのだ。昨日は帰ってそのまま寝た為に何も食べていなかったので気持ちとしては分からないでも無い。だが食べ過ぎだ。懐事情でも気にしているのかキリトが縋るような目で俺を見てくる。

 

 

「あ〜ユウキ……」

 

「ガルルル……!!」

 

「……ほら、俺のいるか?」

 

「いるッ!!」

 

 

無理でした。だって注意しようとしたら邪魔するなら殺してやる的な視線で俺のことを見てきたんだよ?初めてあんな視線で見られたわ。俺のフレンジーボアのステーキを渡すことで目は元に戻ったのだが代わりにキリトがうな垂れていた。ごめんな、だけど金は出さない。だってここはお前の奢りと決まっているから。

 

 

「ふむふむ……」

 

 

シノンもユウキほどでは無いが食べる事に集中している。今はシチューを飲んでいるが、味付けでも気になるのか真剣な目付きになっている。流石は我が家のオカン。

 

 

「すまない、エールのお代わりを」

 

 

ヒースクリフはヒースクリフでエールを水のように飲んでいる。昔は水よりもアルコールの方が安全だとかで好まれていたらしいがSAOでも同じ仕様にしてあるらしく、エール一杯一杯の値段は安い。だが量が多ければ関係ない。すでにヒースクリフの前には10個以上からになったジョッキが置かれている。このペースならまだまだ飲みそうだ。

 

 

「他の奴らがあんなんだから俺が代わりに紹介しとくわ。あのがっついてるのがユウキ、シチューに集中してるのがシノン、それであのエールジャンキーがヒースクリフな」

 

「名前は分かったからもう少し手加減を……」

 

「ヤダ。すでに言質は取ってある。すんませーん、ステーキ追加で」

 

「ひぎぃ」

 

 

あいよーという女将の威勢の良い声に反して死にそうな声を出しながらテーブルの上に崩れ落ちるキリト。ユウキほどではないがこちらも空腹なのだ。幸いにも〝飢餓〟と〝疲労〟は付かなかったがそれでも空腹は感じているし疲れもある。少しでもハラに何かを詰めたい気分なのだ。

 

 

「ところでキリトはどうしてあんな事になってたんだ?実付きでも割ったのか?」

 

「……いや、MPKだ。コペルっていうプレイヤーに嵌められたんだ。そいつは〝隠密〟で逃げ出して、理解出来なかった俺はその場に取り残されてあぁなったんだよ」

 

 

ユウキの目を盗んで獲得したサンドイッチを頬張りつつどうしてリトルペネントに襲われていたのかを聞くとMPKという聞きなれない単語が出て来た。語感とあの時の状況からモンスターを使ったPKということは理解出来る。だがどうしてそんなことをしたのかが理解不能だ。

 

 

SAOをクリアするにしても人手は少しでも多い方が良いだろう。この村に真っ先に来ているのならクリアを目指しているはずだ。それなのにクリアの妨害をするような真似をしている。愉快犯か、それとも何か目的があったのか分からないが、少なくともそのコペルというプレイヤーを見かけたら殺す事にする。

 

 

SAOのシステム的にはモンスターをけしかけたのでコペルが生きているのならカーソルはグリーンのままだろう。だが明確な意図があってキリトを殺そうとした事には変わらない。その矛先がユウキやシノンに向けられたら……そう考えるだけでゾッとする。

 

 

「ふぅん……ま、俺たちが近くを通りかかってて運が良かったな」

 

「あぁ、本当に感謝してるよ……だからもう少し手加減を」

 

「スイマセーン!!これとこれとこれお願いします!!」

 

「私はこれとこれを」

 

「エールの追加を」

 

「んじゃ、俺はこれとこれとこれね」

 

「お願いだから人の話聞いてくれよぉ!!」

 

 

そのあと、キリトの財布が軽くなるまで散々飲み食いしまくった。

 

 

 




キリト登場!!なお、役割は財布だった模様。



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ツーウィークアフター

 

 

「ーーーグルルル……」

 

 

犬をモチーフとし、錆びた剣や石の塊を持った獣人系のモンスター〝コボルド〟が三匹周囲を警戒する様に匂いを嗅ぎながら奥の暗がりから現れる。彼らの目の前にはフレンジーボアからドロップした〝フレンジーボアの肉〟が置かれていて、その匂いに釣られて現れた。

 

 

獣人系とはいえ人よりも獣の割合が多いのだろう。さっきから視覚や聴覚では無く嗅覚で周囲を探っていることがその証拠だ。それを見て背後にいる2人に指を二本立てて、2人だけでコボルドの相手をする様にハンドサインで指示を出す。

 

 

2人の頷く気配を感じて、コボルドたちの観察を続ける。そしてコボルドが安心して〝フレンジーボアの肉〟に齧りついた瞬間、2人は動き出した。

 

 

〝隠蔽〟のスキルを使っているのでそれ以上の知覚感覚か〝索敵〟、〝看破〟のスキルでも持っていなければ今の2人はシステム的に見つかる事はない。そしてコボルドの知覚範囲である10メートルまで踏み込んだ時にコボルドたちは2人に気づいて顔を上げ、

 

 

三匹の内二匹がユウキとシノンが持つ〝アニールブレード〟によって首を刎ねられて即死した。リアルの2人ならこんな事は出来ないがSAOのステータスによる恩恵と刀剣類の正しい使い方を指導した事によりそれを実現させる。

 

 

奇襲、そして仲間が殺られたことを知ったコボルドは威嚇するでも襲ってくるでも無く、()()()()()()()()()()()()()()()()。ユウキとシノンの強さを悟ってか、それとも生存本能に従ってなのかは分からないが迷いの無い逃走だった。AGIが上回られているのでAGI極振りのユウキでも追いつかないだろう速度。

 

 

溜息を吐きながら背中に背負っていた槍を手に取り、逃げるコボルドに向かって投擲する。リアルで培った技術とSAOのステータスによる恩恵により、投げた槍は逃げるコボルドに容易く追いついてコボルドの足に命中、痛みによってスピードが鈍った事で2人に追いつかれ、片手剣のソードスキル〝スラント〟を当てられてHPを無くして死んだ。

 

 

「お疲れさん、悪くは無いけど気ぃ抜いたな」

 

「逃げるなんて予想してないよ〜」

 

「ゲームなら戦いなさいよ」

 

「戦犯がいるとしたら茅場とかいうクソ野郎だな。リアル重視で作ったのはあいつだし。そもそもリアル重視だって事を理解してたら逃げるかもしれないって予想出来ないか?」

 

「む〜」

 

「ファッキューかやひこ」

 

 

投げた槍を回収している間、2人は文句を言いながらも〝索敵〟で周囲の警戒をしている。MPKの後から耳にタコができるほどに言っているから当然の事だと思いながら槍の耐久値と切れ味を確認、問題ないと判断して背中に背負う。

 

 

「さて、帰り道でまたモンスターが湧いてるんだ。出会ったら一匹残らず狩り尽くして経験値とアイテムを美味しくいただくとしよう」

 

「ヒャッハー!!」

 

「落ち着きなさいよ」

 

 

剣を振り回しながらはしゃぐユウキに注意するシノンを見ながら第一層の迷宮区の()()()を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAOがデスゲームとなって二週間が経った。それだけ経てばキリトの様に茅場の言葉を信じてクリアを目指すプレイヤーだけで無く、外部からの助けが来ないと悟ったプレイヤーたちも動き出す事になる。

 

 

初めの一週間で500人が死亡した。内訳では1割が茅場の言葉を信じずに自殺、9割が圏内から外に出てモンスターに殺されたとの事。それを聞いてもそうかとしか思わない。

 

 

SAOの初回生産数は一万本、それとは別にβテスターたち1000人にソフトが渡されて計11000本。全員がログインしたとは考えにくく、1割が何かの事情でログインしていなかったと考えて約一万人がSAOに囚われていると考えられる。一万分の五百、たったの一週間でそれだけが死んだ。

 

 

そして二週間経った現在では新たに200人が死んだらしい。

 

 

そんな現状でも、圏外で武器を振っているプレイヤーをチラホラ目にすることが出来る。ファッキューかやひことかくたばれ運営とか叫んで戦っているのを見る限り、この理不尽な現状に立ち向かっている様だ。

 

 

先頭に立って走る者がいればそれに続く者が現れる。続く事が怖いと思っても何かの役に立ちたいと考える者も現れる。

 

 

 

そうやって少しずつであるが、プレイヤーたちはゲームクリアを目指して立ち上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区から脱出し、最寄りの街の〝トールバーナ〟に辿り着く。ユウキとシノンに宿を任せて、俺は一人で酒場に入る。中は賑わっているがここにいるのは一人を除いてNPCだけだ。死ねば終わりのこの世界で流石にたった二週間でここまで来ようと考える者はほとんどいない様だ。

 

 

そんな中で例外に当たるプレイヤー、この酒場唯一のプレイヤーである茶色のボロローブを着た小柄な女のいるテーブルに断り一つ無しに同席する。

 

 

「やぁナミっち、元気そうだナ」

 

「おう元気元気、今回のキャンプでレベルが15になったぜ」

 

「頭おかしいヨ……なんで開始から二週間でそんなレベルになってるのサ」

 

「ホルンカの森で実付きのリトルペネントを探して実を割る、集まってきたやつを殺す、それだけで大分違ってくるぞ」

 

「あぁ、そうか、狂人だったナ」

 

「解せぬ……あ、すんませーん、ガッツリ系のとエール下さーい」

 

 

ウェイトレスからはーいという返事が返ってきて改めて対面している女に目をやる。金髪に金眼、そして特徴的なのは頬を走る六本三対の鼠のヒゲの様なペイント。彼女はSAOで情報屋を営んでいる元β版のテスターの一人アルゴ。頬のペイントから〝鼠〟とも言われてるそうな。

 

 

「で、頼んでいた物ハ?」

 

「取ってある」

 

 

アイテムポーチから羊皮紙を取り出してアルゴに渡す。その羊皮紙には俺たちが歩いた迷宮区のマップが描かれている。とは言っても全てが描かれているというわけでは無く歩いた所だけで穴だらけだが、それを見てアルゴは呆れた様な、満足した様な顔になっていた。

 

 

「やれやれ……まさかもう()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてネ……」

 

「頼んだのはそっちだろうが」

 

「片手間で出来る限りってオレっち言ったよネ?」

 

「上層の方が経験値が入るから自然とな」

 

「付き合わされたシーちゃんとユーちゃん哀れナ……」

 

 

そこでウェイトレスがパンとスープとサラダ、それとステーキが乗せられたトレイとエール入りのジョッキを持ってきた。礼を言ってそれを受け取り、エールを一気に飲み干す。

 

 

SAO内でも酔うことは出来る。とは言っても所詮はリアルでの再現に過ぎないので完全にとは行かない。だがここでは酔うという行為が大切なのだ。酔って気分を高揚させ、迷宮区でのストレスを緩和させる。ストレスで精神を擦り減らし続ければ最後には摩耗して精神を病んでしまう。なので食事やエールとタバコの様な嗜好品でストレスを緩和し、精神を休ませてやらなければならない。

 

 

「まぁそれは置いといてダ、これが約束の報酬ダ」

 

「毎度あり」

 

 

アルゴが渡してきたのはコルが詰められた皮袋。情報屋を営んでいるだけあってアルゴは情報に値段をつける。第一層から第二層に上がる為に倒さなければならないボスの居場所の情報など、アルゴからしたらいくら金を積んででも得たい情報だろう。事実、皮袋の中身は4000コルという現段階ではかなり多い金額を払ってきた。

 

 

「んで、その情報の公表は?」

 

()()()()()()

 

「やっぱりね」

 

 

ボス部屋までのマッピングという破格の情報を手にしたアルゴだが、その情報を今は公開しないと言う。それはそうだ、まだゲーム開始から二週間しか経っていないのだ。ボス部屋の情報を公開しても準備が整っていない、そんな状況で情報を出したところで余計な死者が増えるだけだ。

 

 

「そうだナ……あと二週間くらいしてプレイヤーのレベルが上がったら公開することにするヨ」

 

「それが良いな。ユウキとシノンにも言っとくよ」

 

「そうしてくレ……そうダナミっち、空いてる日はあるカ?」

 

「明日は一日オフに充てるつもりだから明後日からなら空いてるぞ。やらにゃならんことはユウキとシノンへの指導……あと〝アニールブレード〟を強化することぐらいだからな」

 

「だったラ、一つ頼みがあるんダ」

 

「内容次第だな」

 

 

いつもなら飄々とした顔のアルゴだがこの頼みに関しては躊躇があるらしく、二、三度大きく深呼吸をしてようやく口にしてくれた。

 

 

「ーーー第一層のボス〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の偵察に付き合って欲しイ」

 

「ーーー良いぜ。報酬の話をしようか」

 

 

 






妖怪首置いてけを量産している奴がいるらしい。けどリアル重視で即死が狙えるのなら積極的に狙うべきだと思うの。

主人公、二週間で第一層のボス部屋まで辿り着く。頭おかしいなぁこいつ!!

アルゴ登場。お姉さんぶってるところが可愛いと思います。主人公は現段階ではかなりの上客です。

ヒースクリフ?……あぁ、あいつはいい奴だったよ……



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ツーウィークアフター・2

 

 

「ただいま〜」

 

 

シノンからの連絡で〝トールバーナ〟の圏内ギリギリのところにある農家で部屋を借りたと聞いてそこまでマップを頼りに徘徊して辿り着いた。二階がその部屋らしく、一階には農夫らしきNPCが居たが部屋を借りた者の連れだと言うとすんなりと通してくれた。

 

 

部屋の広さは二十畳近くあり、清潔感もある。宿屋で泊まるのが当たり前の様に思われるが、探してみれば宿屋よりも良い条件で泊まれる部屋というのは見つかるものだ。

 

 

「おかえり〜」

 

「おかえりなさい」

 

 

部屋では風呂上がりなのか身体から湯気を出している二人がキャミソールに短パンという凄くラフな格好をしていた。普通に迷宮区に行っていた格好でも寝れないことは無いのだが寝る時には楽な格好が良いのだ。

 

 

「へぇ、案外広いんだナ」

 

 

そして俺の後ろからひょっこりと顔を覗かせるのはアルゴ。シノンからの連絡で借りている部屋が気になったのかついて来たのだ。まぁアルゴの事だからこの部屋も情報として売りそうな気がするのだが。

 

 

「あら、貴女も来てたのね」

 

「シーちゃんとユーちゃんが借りてる部屋が気になってネ」

 

「アルゴも牛乳いる?飲み放題だってさ」

 

「飲み放題でこの広さなのカ!?凄いナ……」

 

「んじゃ、俺風呂に入ってくるから」

 

 

バスルームと書かれた部屋に入り装備している武装と服を全てアイテムボックスの中に詰め込み、シャワーを浴びて湯船に浸かる。どうも情報処理の関係で視覚的には濡れている様には見えないのだが湯の温もりでジンワリと身体が温まるだけで嬉しかった。

 

 

やはり風呂は素晴らしい、夜の川で水浴びよりも。

 

 

五分ほど湯の温もりを堪能したところで湯船から出て木綿の布で出来た服に着替える。そして風呂場から出ると、アルゴもローブを脱いでシャツと短パンというラフな格好になっていた。

 

 

「アルゴも入るか?」

 

「お?もしかしてオネーサンのサービスシーン狙ってるのカ?」

 

「あ〜……」

 

 

アルゴのサービスシーンとなると……風呂場でばったりと言うことか?アルゴの風貌、そして服から見える身体つきからその光景を予想してみる。

 

 

……うん、悪くない。

 

 

「見せてくれるなら喜んで見るけど?」

 

「オット?予想外の反応が来たナ?オレっちみたいなので欲情するのカ?」

 

「しなくは無い。てか好みとか度外視したら年齢醜美関係無く行けそうな気がする……?」

 

「マジで!?」

 

「……嘘じゃ無いわよね?」

 

 

なんかアルゴよりもユウキとシノンの方が過剰に反応してきたな。リアルじゃ好みの話とかした事ないし……良い機会だ。腹割って話してみよう。

 

 

となると素面だと話し辛いこともある。アイテムボックスから迷宮区で拾った課金用と思われる酒を引っ張り出して一口煽る。

 

 

「ん、悪くないな……好みで言えば包容力のある人が良いけど俺の本性考えると高望みだって分かってるからな。俺が好いて、俺を好いてくれるのならそれだけでゴーするぞ」

 

 

SAOのデスゲーム化(こんな状況)を喜んでいるという時点で俺の性根はまともでは無く、現代社会においては爪弾きにされる存在だ。そんな俺の事を好ましく思ってくれる人がいるなら、それを拒む理由は無い。それでそいつの事を俺が好ましく思っていれば最高だ。

 

 

「なるほど……」

 

「つまり私たちにも……」

 

 

正直なところ、木綿季と詩乃から向けられている好意には気付いている。だが木綿季は13歳で詩乃は14歳、俺は25歳だ。手を出してしまえばロリコンとして社会的に抹殺されてしまう。常識を投げ捨てている爺さんと母さん辺りなら手を出しても拍手喝采で喜びそうだが、残念な事に俺は常識を投げ捨てていない。年齢を理由に二人の好意に応えることが出来ないでいた。

 

 

だが、もし時間がだって二人が成人してからも俺の事を想い続けてくれるのなら、その時には迷わず手を出すが。

 

 

「頑張れヨ、シーちゃんユーちゃん……その酒、オレっちにもくれヨ」

 

「ホイホイ」

 

 

アイテムボックスから同じ酒とコップを出してアルゴに手渡す。アルゴの見た目だけなら未成年に見えるのだがこの世界では特に酒やタバコなどの年齢制限は無い。飲みたいと言う意思があればあとは自己責任だ。

 

 

「ボクも飲んでみたい!!」

 

「少し気になるわね……」

 

「ったく……少しだけだぞ?飲み過ぎると二日酔いになるからな」

 

 

なんとSAOにはバッドステータスとして二日酔いが存在している。確か年齢やらステータスやらからアルコールの許容量を設定して、それを超えたら二日酔いになるはずだ。二人の年齢から許容量が低く設定されてもおかしく無いと思っての忠告だった。

 

 

だが、その忠告は意味の無いものとなる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 

ユウキとシノンに酒の許可を出して30分、俺は眼前の光景に頭を抱えていた。拾った酒はアルコールの度数はさほど高く無く、精々10%そこらだったはずだ。それなのに……

 

 

「アヒャヒャヒャ!!」

 

 

ユウキ、アルゴが持ってきていた酒をガンガン飲んで狂った様に笑っている。しかも笑っている側から新しい酒を水の様にガンガン飲んでる。

 

 

「ねぇ聞いているの?まったく……私が居ないと本当にダメなんだから……」

 

 

シノン、テーブルを俺だと思っているのか説教した挙句、テーブルの脚に寄り掛かっている。いつもは真面目なのでこんなシノンの姿は新鮮だ。

 

 

「オヨ〜?ナミっち、いつの間に分身なんてスキル取ったんダ〜?オネーサンに教えてくれヨ〜?」

 

 

アルゴ、絡み酒なのか俺に寄り掛かってきている。泥酔して判断があやふやなのか戯れつく様に俺の膝の上に寝転がっている。SAO内では女性ユーザーの身を守るために異性プレイヤーと接触した際に発動する〝ハラスメントコード〟なるものが存在するのだが、アルゴは邪魔なのか出てきたウインドウを叩き割っていた。

 

 

結論、こいつら酒癖悪過ぎだ。これならヒースクリフの方が……いや、あいつ黙々と酒飲んで話にならないからダメだ。

 

 

「はぁ……寝かすか」

 

 

このまま放置しても埒が明かないと考えて強引に寝かしつける事を決意する。幸い、シノンは酔い潰れて寝ているし、アルゴは絡み酒で俺の胴体に抱きついているが大人しいので、あとは両手に持った酒瓶を交互に口をつけて飲んでいるユウキだけだ。

 

 

「うにゅ〜?ひらふい〜にょんでりゅ〜?ボクもにょんでりゅにょ〜!!」

 

「うっせぇ!!何言ってるのか聞き取れねぇんだよバーカ!!」

 

 

酔い過ぎて何を言ってるのかまったく聞き取れないユウキに当て身(腹パン)をかます。圏内という事で犯罪防止(アンチクリミナル)コードによる障壁が現れてユウキへのダメージは無いのだが、衝撃は伝わる。女の子が出しちゃいけない声を出してユウキはうつ伏せに倒れた。ひっくり返してみれば白目を剥いている。これは酷い。

 

 

ユウキとシノンをベッドに運び、あとはアルゴだけだが残念な事にベッドは二つしか用意されていなかった。幸いな事にソファーはあるのでそこに寝かせることにする。

 

 

「おらアルゴ、そろそろ離してそこで寝てくれ。情報屋が弱味作ったらいろんな意味で洒落にならんぞ」

 

「……ねぇ、ウェーブ。()、これで良かったのかな?私が……βテスターなんかが情報屋をして、本当に良かったのかな?」

 

 

引き剥がそうとして、いつもの様な話し方では無く弱々しい声でアルゴが話し掛けてきた。アルコールで感覚が鈍っているが、注意すればアルゴの身体が震えているのが分かる。恐らく泥酔した事で〝情報屋〟のアルゴでは無く〝リアル〟のアルゴが出てきたのだろう。だから、この震えも意味も分からないでもない。

 

 

アルゴから聞いた話だと、アルゴの事を知っているβテスターの何人かがSAOの情報をアルゴに求めてきたことがあったらしい。対価を貰い、アルゴはその情報を教えた。だが今のSAOはβ版のSAOと相違点がある。それはそうだ。β版は所詮試作品に過ぎないのだから、製品版と異なる点が出てもおかしくない。

 

 

その情報で、もしかしたらプレイヤーが死ぬかもしれないと考えた事がアルゴにはあるはずだ。相違点のことを予め説明したとしても、死の可能性はゼロにはならない。もしかしたら死んでしまうかもしれないと、アルゴの精神を削る。

 

 

俺から言わせて貰えばそれは自己責任だが、アルゴはそう思わないらしい。自分のせいで死なせてしまうかも、殺してしまうかもと内に溜めて、それが今日噴き出してしまった様だ。

 

 

その弱音を聞いているのは俺だけ。だったら、俺が出来る事はたった一つしか無い。

 

 

「……少なくとも、俺たちはお前の情報に助けられてる。それにお前から情報を買って、それで助かっているプレイヤーもいる。だから、お前がやっている事は間違っちゃいないよ、アルゴ」

 

 

慰める。古今東西、弱っている女に男が出来る事などそれしか無い。アルゴの身体の震えを抑える様に、そっとギュッと抱きしめてやる。

 

 

「ッ!!……うぅ……ッ」

 

 

アルゴから嗚咽が聞こえる。だがそれは指摘しない。そんな追い討ちをかけたところで、アルゴは救われないから。今の俺に出来る事はアルゴに胸を貸す事だけだ。

 

 

5分か10分か、正確にはどの位時間が経ったのか分からないがアルゴから嗚咽が聞こえなくなり、代わりに小さな寝息が聞こえてきた。どうやら泣き疲れて寝た様だ。

 

 

だが、ここで困った事が一つ。

 

 

「……離れねぇ」

 

 

アルゴが服を離してくれない。無理矢理引き剥がすことも出来なくは無いのだが、それをするのは憚られる。

 

 

「しゃあねぇなぁ……」

 

 

アルコールと襲ってきた眠気で面倒臭くなって、アルゴが張り付いたままソファーに横になる事にした。

 

 

そうしてふと、眠る直前で見えたアルゴの顔は少し和らいだ様な顔をしていた。

 

 

 




酒盛り回。お酒は飲んでも飲まれるな!!醜態を晒す事になるぞ!!(実体験)

意外と肉食系主人公。年齢や醜美は気にしないが常識を持っているので社会的に抹殺されない様に注意している。

SAOで誰が一番辛いかって言われたらアルゴな気がする。自分の情報で誰かを死なせてしまうかもしれないと考えない訳がない。というわけでアルゴのフォロー。これでまた戦えるね(ニッコリ)!!

なお、朝アルゴが起きて最初に目にしたものはドアップの主人公の寝顔でした。



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ツーウィークアフター・3

 

 

視界に複数の鎧を着込んだコボルドが入ってくる。彼らは〝番兵(センチネル)〟と呼ばれるタイプのコボルドで、第一層のフロアボスである〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の取り巻きのモンスターだ。β版だとコボルドロードと一緒にボス部屋内でしか現れないらしいのだが、今のSAOでは普通に徘徊……いや、動き方的には見回りをしている。

 

 

「ーーー〝隠蔽《ハイド》〟」

 

 

スキル〝隠蔽〟を発動してシステム的な隠密を実行。

 

 

「ーーー〝色絶ち〟」

 

 

続けてリアルで培った気配遮断で、感覚的な隠密を実行。これで番兵(センチネル)からはヘマをしない限りは見つからない。

 

 

そして番兵(センチネル)が通り過ぎたのを確認し、()()()()()()()()()()()()()()。落下しながら反転し、腰に下げていた〝アニールブレード〟でそのまま後ろにいた番兵(センチネル)を両断。

 

 

鎧を断った時の音でシステム的、感覚的な隠密が剥がれて残りの番兵(センチネル)に気付かれたが問題無い。腰に下げていた投擲用のナイフを二本引き抜いて投擲、兜の隙間を縫って番兵(センチネル)の目を穿つ。眼球に走る痛みで仰け反る番兵(センチネル)たち。こうなればあとは簡単だ。

 

 

鎧の隙間に〝アニールブレード〟を滑り込ませて首を断つ。そして番兵(センチネル)の骸二つが出来上がる。

 

 

リザルトウインドウを流し見しながら〝索敵〟で周囲に敵がいない事を確認し、ハンドサインを送れば物陰からユウキとシノン、そしてアルゴが現れる。

 

 

「なんというカ……エグいナ」

 

「え?いつもの事だよ?」

 

「確かにいつもの事よね」

 

「おい狂人、何純粋な女の子を洗脳してるんだ」

 

「素の話し方になる程の衝撃かよ……普通のゲームと違って即死通じる様に設定されてるんだ。安全性とか効率とか考えたら狙わない理由が無いだろう」

 

 

正面から殴り合いというのを求める気持ちは俺だって男だから分からないでも無い。だがそれは普通のゲームだったらなのだ。デスゲームで死ねばリアルでも死ぬのならばそんなものよりも安全に、そして確実に殺した方が良い。

 

 

ユウキとシノンにもそう言ってあるが、正面からの戦闘も叩き込んである。要するに殺せるなら殺せだ。

 

 

だが2人に今日はアルゴを守る事に集中しろと言い聞かせてあるのでそれをアルゴが目にすることは無いだろう。

 

 

「兎も角、安全地帯だったか?そこがここから近いからそこまで移動するぞ」

 

 

その提案に異論を挟む者は居らず、先頭に俺、斜め後ろにユウキとシノン、その間にアルゴという陣形を取りながら俺たちは迷宮区を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの狂気的な飲み会の翌日、案の定ユウキとシノンは〝二日酔い〟のバッドステータスをくらい、一日中二日酔い特有の頭痛と吐き気に襲われていた。アルゴは二日酔いにこそならなかったが目覚めると同時に俺と同衾している事に気付いて硬直、俺が目を覚ましてアルゴを放すのと同時に全力で逃げていった。

 

 

可愛い奴めと思いながらその日は〝アニールブレード〟の強化だけで終わらせて、次の日に二日酔いから復活した2人とフードを深く被って顔を隠そうとしているアルゴと一緒に迷宮区に潜った。

 

 

迷宮区に潜って2時間、大凡迷宮区の半分程来たところに見つけた安全地帯で足を止める。

 

 

安全地帯などと呼ばれているが正確には安全地帯などでは無い。モンスターがここで湧かないというだけで普通に外で沸いたモンスターはここを通るからだ。それでも安全地帯などと呼ばれている辺り、SAOの難易度の高さが伺える。

 

 

安全地帯に着いてモンスターが居ないのを確認し、アイテムポーチから砥石を取り出して〝アニールブレード〟を研ぐ。そしてその間にユウキとシノンは警戒に当たってくれた。

 

 

「にしてもよくも簡単にポンポン殺れるナ。リアルで何か武道でもやってたのカ?」

 

 

ローブを脱いでパタパタと手で扇いでいるアルゴの口調や雰囲気は完全にいつもの通りに戻っている。〝トールバーナ〟を出た辺りではぎこちなかったが、流石に迷宮区でぎこちなさを残さない様に切り替えられる程度の精神は持っているようだ。

 

 

「いんや、リアルでやってたのは武術だな」

 

「?同じじゃ無いのカ?」

 

「全然違う」

 

 

切れ味が回復した事を確認して使い終わった砥石を投げ捨てる。武道と武術、同じように思われるが、実際に修めている者からしてみれば全然違うのだ。

 

 

「武道っていうのはアレはよし、コレはダメってルールとかでガッチガチに守られてるだろ?武術っていうのは()()()()()()()()()。結果的に相手を殺せればそれで良いんだからな」

 

 

要するに倒すのか殺すのか、それが道と術における違いだ。

 

 

「うへぇ、物騒だナ……それならあの暗殺者みたいなのモ?」

 

「教えてくれた爺さん曰く武術だとさ。正面から殺すよりも暗殺した方が楽だよなとかいう軽いノリで仕込まれた」

 

「成る程ナ、全ての原因はナミっちの爺さんカ」

 

「ついでに言えば母さんもかな?あの人、正面から強者を蹂躙するのが趣味だとかいうキチガイだから」

 

「戦闘民族……」

 

「戦闘一族にしてくれ。でないと全日本人が俺みたいになるぞ」

 

 

アルゴからの質問に返しつつ、アイテムポーチからタバコを咥え、火を着けようとして……止めた。コボルドは犬をモチーフとした獣人系モンスターだ。であれば嗅覚が優れている。ワザと誘き寄せるならありだが今日の目的はコボルドロードの偵察なのだ。余計な消耗は避けるべきだろう。

 

 

「んで、β版と比べてモンスターの行動とか違ってるのか?」

 

「違ってるというべきカ……そもそもSAOのモンスターには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通のゲームならこれが来る前にこんな事をするとか分かるけド、SAOにはそれが無イ。それがSAOの売りでもあったんだけどネ……」

 

「成る程、ファッキューかやひこ」

 

 

それでもアルゴにとって価値のある情報は転がっている。例えば経験値、例えばドロップアイテム、例えば行動する大凡の数、それが分かるだけでも大きく違う。アルゴもそれを纏めようとメモ帳に何やら書き込んでいる。

 

 

アルゴの情報の整理が終わるまで、ユウキとシノンと見張りを交代して2人を休ませておく事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安全地帯で休憩を取り、さらに2時間ほどかけて目的地である第一層の迷宮区の最奥にある石造りの巨大な扉ーーーボス部屋の前に到着した。どうもボス部屋の前も安全地帯になっているらしく、コボルドロードに挑む前に武器の点検を済ませておく。

 

 

「切れ味良し、耐久値も……ん、問題無いな」

 

「改めて確認するけど今回の目的はコボルドロードのβ版との違いを確認する事ダ。取り巻きの数や種類、それとメイン武器を無くした時に出すサブ武器の確認をしたイ。だけど死ぬのだけは絶対に許さないからナ。死んだらロリコン野郎とアインクラッド中に広めてやル」

 

「地味に嫌な事してくれるなぁおい!!」

 

 

死ぬ事には文句は無い。それは俺が選んで行動をした結果なのだから。しかしロリコン呼ばわりされるのだけは勘弁願いたい。

 

 

だが、アルゴの声の中に不安が混じっていたので軽く言い返す程度に留めておく。

 

 

「頑張ってね」

 

「待ってるから帰って来なさいよ」

 

「あいよ」

 

 

反対にユウキとシノンはいつも通りだった。それは俺のことをよく知っているが故の信頼だろう。俺が1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、声には微塵も不安が混じっていない。

 

 

アルゴには信じて貰えなかったのだが、俺は1人で戦った方が強いのだ。そもそも俺が修めた武術が一対一、もしくは一対多がメインなので1人の方が慣れているという事もあるのだが。

 

 

SAOが始まってからは常にユウキとシノンに気配りをしていたのである意味では本気で無かった。だが、今日になってようやく1人で戦える機会が得られた。

 

 

「ーーー遊ぼうぜ?わんちゃんよぉ!!」

 

 

〝アニールブレード〟を引き抜いたまま、ボス部屋の扉を思いっきり蹴破った。

 

 





安全地帯?そんなものは無い。MOBがポップしないだけありがたく思うんだな!!

アルゴリズムゥ?軟弱軟弱ゥ!!そんなものあるわけないだろうがぁ!!という殺意溢れる親切仕様。

主人公、実は1人で戦う方が強い。これまではユウキチとシノノンに気配りをしながら戦うという縛りプレイだったがそれから解禁。



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ツーウィークアフター・4

 

 

ボス部屋への扉を蹴破ったのと同時に目に入ったのは真っ暗闇だったが、両側に火が灯って照らされた事でボス部屋の中が一望出来る様になる。

 

 

横が程々で、奥行きのある形状的には縦長の部屋。そしてその最奥には玉座に腰を下ろしている3メートルを超える巨体の化け物、第一層のフロアボスである〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の姿があった。その両脇には取り巻きである番兵(センチネル)が左右に四匹ずつの計八匹が控えているのが見える。

 

 

アイテムポーチからタバコを取り出して咥え、火を着けて堂々とボス部屋に踏み入れる。今回の戦闘の目的は偵察なのだ。それ故に俺にヘイトを向けてもらわねば困る。

 

 

コボルドロードが俺を視認し、玉座に腰を下ろしたまま勢い良く吼えた。そしてそれが指示となったのか、取り巻きの番兵(センチネル)たちが各々の武器を構えてこちらに駆け出した。

 

 

「両手剣が3、両手斧が2、長槍が3」

 

 

番兵(センチネル)の武器を確認しながら慌てる事なく歩いて進む。番兵(センチネル)の数と武装は確認したからあとはコボルドロードの武器だが、それをするためには番兵(センチネル)が邪魔だ。先にこいつらから片付ける事にする。

 

 

そして一番槍のつもりなのか、長槍を持った番兵(センチネル)が一番に俺に近づきソードスキルのエフェクトを煌めかせながら突進してくる。

 

 

「ご苦労さん」

 

 

それを半歩ほど横にずれ、擦れ違いざまに番兵(センチネル)の両腕を〝アニールブレード〟で切断し、頭部を鷲掴みにする。態勢を崩された時ならまだしも、ただ放たれただけのソードスキルなど簡単に避けられる。

 

 

続いてくるのは両手剣持ちが一匹と両手斧持ちが一匹、それと長槍持ちが二匹。ソードスキルを放ってこない、ただ振るだけ突き出すだけの攻撃を、一番槍に突っ込んできた番兵(センチネル)を肉盾にして受け止める。両手剣と両手斧でカチ割られ、長槍で貫かれた肉盾(センチネル)はそのままHPをゼロにして死亡した。

 

 

そして同士討ちという事態によって番兵(センチネル)たちの集中が一瞬だけ肉盾(センチネル)に集まった瞬間、〝隠蔽〟と〝気配遮断〟によりシステム的、感覚的な隠密を実行して番兵(センチネル)から視界に入っているのに認識出来ないという状況を作り出し、

 

 

そのまま、〝アニールブレード〟の薙ぎ払いで上半身と下半身を鎧ごと切り捨てる。

 

 

無茶苦茶な切り方によって〝アニールブレード〟の切れ味と耐久値が落ちたが、まだ許容範囲内。続けてくる残りの番兵(センチネル)を始末しようとして、影が迫って来るのに気づいた。

 

 

咄嗟にその場から飛び退くと、一瞬差で俺がいた場所に玉座に座っていたはずのコボルドロードが落ちてきた。どうやら玉座からここまで跳んで来たらしい。動けるデブとか誰得だよ。

 

 

ともあれ悪い事ばかりではない。さっきのストンプにより残っていた番兵(センチネル)はコボルドロードの下敷きになって潰れたのだ。

 

 

これで、望んでいたコボルドロードの調査が出来る。

 

 

左手には盾を、右手には片手斧、そして腰には鞘に納められた刀剣らしきものをぶら下げている。アルゴの話だとあの武器はタルワールで、片手斧を手放すかHPを減らされるかすると持ち換えるらしい。

 

 

だが、それ以外にも試したい事がある。

 

 

「こいよわんちゃん、遊んでやるぜ?」

 

 

燃え尽きたタバコを吐き捨てて、伝わるはずのない挑発をしながら空いた片手で手招きする。

 

 

その動作で舐められていることを理解したのか、コボルドロードはけたたましい咆哮を上げて片手斧を振りかぶり、薙ぎ払いを仕掛けて来た。このままの軌道だと俺の胴体に当たるそれを完全に見切り、〝アニールブレード〟を合流させてコボルドロードの力のみを使い、軌道だけを書き換える。その結果、片手斧はそのまま通り過ぎて空振りとなる。

 

 

コボルドロードの顔が唖然としたものになったが、それも一瞬。今度は振り上げてからの振り下ろし。それは受けずにスライディングでコボルドロードの股下を潜り抜けて背後を取り、コボルドロードの尻尾を切り捨てる。

 

 

「部位欠損は有効」

 

 

部位欠損が通じることを確認し、尻尾を切られた痛みでのたうち回るコボルドロードの身体を駆け上がって肩に辿り着き、太い首を両断する勢いで叩き斬る。

 

 

刃は通った。首は切れた。だが落ちない。切られた事で噴水の様に出て来る血を浴びない様に飛び退く。

 

 

「即死は無効っと」

 

 

流石にボスクラスになるとザコモンスターと違い即死級の攻撃は発動しないらしい。だが三本あったHPのゲージが丸々一本分削れていることからクリティカル扱いにはなる様だ。

 

 

そしてここで、コボルドロードが目を血走らせながら片手斧を投げ捨てて腰から剣を抜いた。アルゴの話だとタルワールだという事だったがあの形は……

 

 

「刀じゃんか!!」

 

 

個人的に馴染みのある刀剣類の刀だった。無論サイズとしてはコボルドロードの片手にちょうど収まるサイズで普通の刀よりもデカイのだが、刀がSAOに実装されていると分かって少し嬉しくなる。

 

 

片手剣も悪くないのだが、やはり使い慣れている日本刀の方が良いのだ。

 

 

「やっぱり変更されてたカ……ナミっち!!知りたいことは知れたから引いていいゾ!!」

 

「あいよ〜」

 

 

水を差されたと少し残念な気分になりながらアルゴからの指示に従いボス部屋の入り口に向かう。振り向けば新たに湧き出した番兵(センチネル)たちと一緒にコボルドロードが刀を振り回しながら追って来ている。速度的にはコボルドロードの方が早く、このままだと入り口に戻るよりも先に追いつかれてしまう。

 

 

なので速度を緩めてわざと追いつかれて刀の一撃を〝アニールブレード〟で受け止め、吹き飛ばされて入り口まで到着する。

 

 

「次はその首切り落としてやるから首洗って待っとけよ」

 

 

血走った目で迫り来るコボルドロードに一方的な斬首宣言をしてボス部屋から出て、ゆっくりと勿体ぶるようにして扉を閉めてやる。完全に閉ざされた扉の奥からは、無念そうなコボルドロードの叫び声が響いていた。

 

 

 





偵察完了。

取り巻きの数が増えてる?取り巻きが三匹だけとか少ないでしょ?本当は二十匹くらいにしたかったけど流石にそれは多すぎるから辞めた。

フロアボスには部位欠損は通じるけど即死攻撃は通じないって事で。じゃないとフロアボスも即死しちゃうからね。代わりにクリティカル扱いで大ダメージという事で。



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ファーストボス

 

 

SAOがデスゲームと化し、一万人のプレイヤーが閉じ込められてから大凡一ヶ月が経った。アルゴの話によれば死亡したプレイヤーの数は約千五百人。想定よりも少ないのは、βテスターや開始前にwikiを熟読して情報を収集していた者たちの力により、アインクラッドの生き方をレクチャーされた結果だそうだ。

 

 

一ヶ月も経てば、大抵のプレイヤーがこれからの身の振り方を決めている。武器を手に取りゲームのクリアを目指す者、商人や生産職としてゲームクリアを目指す者のサポートに回る者。

 

 

そうして環境が整えられていく内に、アルゴは一冊の本を無料配布した。それはアインクラッド第一層の攻略本。効率の良い狩場や第一層で受けられるクエストの内容、オススメの武器やスキルにモンスターの習性などアインクラッドで生きる術を書き連ねた本だ。それによりプレイヤーたちは生きるための知識を得て、気をつければ戦えるのだと希望を抱く。

 

 

そうしてプレイヤーのレベルが上がり、第一層では上げにくくなった辺りで、1人のプレイヤーがアルゴの元を訪ねた。

 

 

ーーー第一層を攻略し、第二層へと行きたい。

 

 

アルゴはその提案によって発生するメリットとデメリットを考え、俺を呼んで話し合いをした上でとある情報を開示した。

 

 

それは、俺が開始から二週間の時点で調査したフロアボス〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の情報だ。

 

 

アルゴがこの日までこの情報の開示を渋っていたのは、プレイヤーのレベルが足りないと判断したからだ。β版の頃では5、6レベルでゾンビアタックを繰り返してようやくクリア出来たという。なら最低でも10レベル、その上でレイドを組んで可能な限り危険性を排除することが条件だった。

 

 

つまりコボルドロードの情報が開示されたということは、その条件が満たされたという事でもある。

 

 

第一層を攻略し、第二層を目指す時がやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝トールバーナ〟の街が賑わっている。いつもならNPCが殆どで、プレイヤーの数など両手で数えられる程度の人数しか居なかったが今日に限ってどこを向いても視界のどこかにプレイヤーを表すカーソルが見える。

 

 

「今日はプレイヤーが沢山いるね?何かあるのかな?」

 

「……ユウキ、今日何があるのか忘れたの?アルゴが言っていたでしょう?今日ここの噴水広場で第一層攻略会議をするって」

 

「えっ……そうだっけ?」

 

「ウェーブ、グリグリ」

 

「ユウキィ……俺、忘れるなって言ったよなぁ?」

 

「あぁ!!痛い痛いィ!!」

 

 

ユウキのこめかみに握り拳を当ててグリグリとこねくり回す。ユウキが泣き叫ぶけど気にしない、だってこいつってば大切な会議の事を忘れてるのだから。昨日も寝る前に忘れるなって念を押しといたのに。

 

 

「でも攻略会議っているのかしら?正直な話、ウェーブ1人でボスを倒せるんでしょう?」

 

「あ〜……幾らかダメージ受けるかもしれないけど倒せるな」

 

 

別れ際にテンションが上がり過ぎて首を洗って待っていろと言ったが、俺の中でのコボルドロードに対する関心は薄い。

 

 

だって、あの時の偵察で問題なく殺せる相手だと格付けが済んでしまったから。

 

 

このまま迷宮区に向かって、そのままコボルドロードを殺して第二層を解放する事は出来なくは無い。それをアルゴも知っているが、それでは意味が無いのだ。

 

 

「俺1人であのわんちゃん殺してもあいつに任せればいいや〜みたいな空気が出来るだけで意味が無いんだよ。そのまま突っ走って、死ぬつもりは無いけど死ぬかもしれない。そうなったらきっとあいつが死んだからこのゲームはクリア出来ない〜って空気が出来上がっちまって終わりだ。俺の言いたいことが分かるか?ユウキ」

 

「痛い痛い!!1人だけじゃなくて集団で攻略する事に意味があるって事!?」

 

「及第点だが、概ねあってる」

 

 

ご褒美にこねくり回すのを辞めてやるとユウキが頭を抱えて涙目になりながら上目遣いで無言の抗議を繰り出してくる。やり過ぎたかと思い、撫でてやると上機嫌になった。チョロい。

 

 

ユウキは基本アホの子だが物事の要点を理解している。今日の会議の目的は()()()()()()を作る事だ。1人で突き抜けたとしても、その1人が居なくなれば付き従った全員の心が折れてしまう。だが集団で攻略する事によって、価値観の違いから反発が生まれるが、互いに切磋琢磨し、誰かが死んでもその死を無駄にしないと燃え上がらせる事が出来る。

 

 

個人で成り立った集団は鋭く、そして脆い。複数人で成り立った集団は鈍く、だが頑丈なのだ。

 

 

ゲームクリアを目的として、折れることのない攻略に命を捧げられる集団の礎を築くこと、それが俺とアルゴともう1人の決めた今日の会議の本当の目的だ。

 

 

「まぁ、あいつがどのくらい役を演じられるか楽しみにしてるといいさ」

 

「悪どい顔してるわよ」

 

「俺ってこう、先頭に立って引っ張るよりも裏でなんやかんやコソコソしてる方が好きだからね。向いてるかどうかは知らんけど」

 

「う〜ん……ウェーブの顔からすると悪の組織の参謀に見えなくもないけど……」

 

「仕掛けは上々、あとは結果を御覧じろってね」

 

 

プレイヤーは育っている、情報も集めてある。なら油断や慢心、欲をかかない限りは問題なくコボルドロードは殺せるレベルになっているはずだ。誰かが死ぬような事態になれば手を出すが、それ以外は裏方で楽しませてもらうとしよう。

 

 

「ん?あれは……」

 

 

視界に映ったグリーンのカーソルのしたにいたのは女顔の少年、ホルンカの村で出会ったキリトだった。そしてその後ろにはフードを被った体格的には女性のプレイヤーがいる。さらにその後ろには〝隠蔽〟で姿を隠しているアルゴの姿も見えた。

 

 

「ちょっと先に行っててくれーーー〝隠蔽(ハイド)〟、〝色絶ち〟」

 

 

2人に先に向かうように指示を出して即座に〝隠蔽〟と〝気配遮断〟による隠密を実行し、キリトとフードのプレイヤーを無視し、2人をストーキングしているアルゴの背後に立つ。

 

 

「ア〜ルゴッ」

 

「ニャハッ!?」

 

 

〝鼠〟とか言われてるはずなのに何故かネコっぽい声を出してアルゴは飛び跳ね、振り返ってダブルピースしている俺のことを認識すると脛を蹴ってきた。

 

 

「〜ッ!!ナミっち!!脅かすなよナ!!」

 

「ハッハッハ、ストーキングしてる奴をストーキングして何が悪い」

 

「黒鉄宮に送るぞ?」

 

「すいませんでした」

 

 

アルゴの右手に現れたウインドウから本気っぷりが伺えたので迷わずに土下座する。割と打ち解けていると思ったがどうやらやり過ぎたようだ。

 

 

「で、何でキリトをストーキングしてるの?」

 

「む?キー坊と知り合いだったのカ?」

 

「一月ほど前にホルンカでね。隣のフードのプレイヤーは?武器は細剣(レイピア)っぽいけど」

 

「ナミっちといえどこの情報は簡単には売れないネ。何せ将来有望株だからナ」

 

「有望株、ねぇ……」

 

 

影から観察した限りではフードのプレイヤーかなり追い詰められているように見える。焦りと不安が滲み出ていて、キリトに連れられたからここに来ているのか苛ついているように見える。

 

 

「攻略に参加するのか?」

 

「キー坊が連れて来たって事はそのつもりじゃないのカ?」

 

「……もう少ししてから話すとするか」

 

 

余裕がない状況で話しかけても余裕のない対応しかされない事は過去の経験から明らか。だから少し時間を置く事にする。何せSAO に参加している数少ない女性プレイヤーだ。ユウキとシノンの話し相手になって貰えれば助かる。異性である俺よりも同性の彼女の方が何かと話しやすいだろうし。

 

 

「んじゃ、オレっちは行くヨ。攻略会議頑張ってナ」

 

「あいよ、朗報待ってろよ」

 

 

人混みに紛れるようにして姿を消したアルゴを見届けてから、俺は先に行った2人への手土産も兼ねて屋台で幾らか食べ物を買って攻略会議が行われる噴水広場に向かう事にするのだった。

 

 





原作よりもSAO の難易度が上がった事によりβテスターと情報を集めていたビギナーの手により死者が減ったようです。原作よりも優しい世界。

実はウェーブだけでも取り巻きとコボルドロードは殺せる。でもそれだと意味がないのでやらない。互いに競いながら切磋琢磨する方が強くなるとアルゴとウェーブは考えてるから。実際、一つの集団に任せるよりも複数の集団に競わせた方が良いっていう。

それにしてもアルゴの元を訪れたプレイヤー……一体何ベルはんなんや……



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ファーストボス・2

 

 

「おぉ、集まってるな」

 

 

噴水広場に着くとそこには大勢のプレイヤーたちが集まっていた。装備は誰もが似たような物だが間違いなく現時点で集められる一級品の物を身につけている。この時点でプレイヤーたちのレベルの高さが伺える。

 

 

先に行かせたユウキとシノンの姿を探すと、キリトとフードのプレイヤーに話しかけている2人の姿を見つけた。正確には2人がフードのプレイヤーに話しかけて、キリトが少し離れたところで疎外感に打ち拉がれているのだが。

 

 

「よっすキリちゃん、玉無くした?」

 

「うぉっ!?」

 

「キャッ!?」

 

 

隠蔽(ハイド)〟と〝色絶ち〟で隠密を実行し、キリトの背後に立って話しかけてから解除するとキリトとフードのプレイヤーはリアクション芸人の様な反応を見せてくれた。ユウキとシノンの2人は、慣れているのか手を振るだけのリアクションしかしてくれないので新鮮だ。

 

 

「なんだウェーブかよ……ってちょっと待て、その発言の意味は?」

 

「いや、キリトからキリちゃんにスペクタクル性転換してくれたんじゃ無いかと期待してね」

 

「オーケー分かった。殴らせろ」

 

 

額に青筋を浮かべながら放って来た右ストレートを見切って躱す。その後も右左とパンチが飛んでくるがどれも掠りもしない。

 

 

「ハッハッハ、リアルで爺さんの知り合いに玉取り専門の医者がいるから紹介してやろうか?」

 

「いっぺん死ね!!」

 

 

煽って楽しかったがこのままだと武器を抜きかねないので鎮圧のためにパンチをキャッチし、捻り上げて転がして関節を極めてその上に座る。

 

 

「降りろぉ!!」

 

「お前が落ち着いたらな。で、そちらのお嬢さんは?キリトのナンパ相手?」

 

「ナ、ナンパァ!?そんなんじゃ……」

 

「違います」

 

「……ハッハッ、そうだけどさ……もう少し間があっても良いじゃ無いか……」

 

 

フードのプレイヤーからの即答でキリトの身体から力が抜ける。ふむ、この反応を見る限りだと意外と期待していたみたいだな。

 

 

「俺はウェーブ、ユウキとシノンの保護者だよ」

 

「2人の……私はアスナです」

 

 

名前だけの簡単な紹介をしてペコリと頭を下げるアスナ。2人と話して余裕が出来たのか、アルゴと会った時に見かけた焦燥は多少薄れている様だった。

 

 

「ウェーブ!!友達が出来たよ!!」

 

「これでボッチだなんて言わせないわよ」

 

「根に持ってたのね……あぁ、これ待たせたお土産ね。アスナと一緒に食べなさい」

 

 

ここに来る途中で買って来た適当な焼き菓子の入った袋をユウキに渡すと顔を綻ばせる。シノンは焼き菓子の味チェックに集中し、アスナは躊躇いがちに焼き菓子を食べたが一口口にすると猛烈な勢いで食べだした。

 

 

「キリト、一つ忠告。思春期だから下心あるのは仕方ないけどがっつき過ぎるのは引かれるから止めといた方が良いぞ」

 

「善処します……」

 

 

アスナのあの一言が余程辛かったのか、キリトの反応がイマイチ悪い。どうにか立ち直ってくれないと弄りがいが無いなと考えていると、ウェーブのかかった青髪の青年が噴水広場の中央に現れた。

 

 

「ーーーハイ、ちゅうもーく!!予定よりも多少遅れたけど会議を始めたいと思います!!俺はディアベル、職業は気持ち的に〝ナイト〟やってます!!まぁ、SAO のシステム的には職業なんて無いんだけどな!!」

 

 

青髪の青年ーーーディアベルの言葉に噴水広場の空気が多少和らぐ。ピンっと張り詰めた空気も悪く無いのだが、個人的には多少緩んでいるくらいがちょうど良いと思う。張り詰めているということは余裕が無いということで、緩んでいるということは余裕があるということなのだから。

 

 

「さて、SAO が始まってもうそろそろ一ヶ月が経とうとしている。ここにいるプレイヤーたちはこう思ったんじゃ無いか……そろそろ上に上がりたいって」

 

 

ディアベルが指を上に指すがそれは空を意味しているのでは無く、第二層の事を言っているのだとここにいる全員は理解した。そしてそれはここにいる全員が思っていたことでもある。

 

 

「俺もだよ。さっき言った通りに俺はナイトを目指している。だが第一層で手に入れられる防具にナイトに相応しい物は何も無い!!武器だって〝アニールブレード〟を数段階強化したものが最高だ!!プレイヤーの戦闘方法(スタイル)によりけりだが……ほとんどみんなが同じじゃ無いか!!」

 

 

それは仕方のない事だろう。決められた空間の中で活動したのなら同じ様な武器防具になるのは当たり前のことだ。ディアベルは、その当たり前のことを嫌だと叫んでいる。

 

 

「この世界を生きようと強くなろうとしている人もいるだろう、デスゲームのクリアを目指して強くなろうとしている人もいるだろう。だからと言って、俺は量産型の冒険者なんて絶対に嫌だ!!」

 

 

それはここに集まった全プレイヤーが思っている事だ。VRMMOというジャンルに手を出したのは現実とは違う自分に成りたいと思ったから。デスゲームになったとは言え、特別な自分にならずに没個性として振る舞うなど耐えられないはずだ。

 

 

「だから俺は!!今日の第一層攻略会議の音頭を取らせてもらった!!例えこの世界が茅場の言う通りの世界だとしても!!俺は全力で生きたい!!走って走って前のめりに倒れたい!!アインクラッドの最下層でメソメソ惨めに泣いて死ぬのは嫌だ!!君たちだってそうだろう!!」

 

「そうだそうだ!!」

 

「くたばれ茅場ぁ!!」

 

「ファッキューかやひこぉ!!」

 

 

ディアベルの熱弁に賛同する様な声が上がる。ディアベルは人を乗せることが上手かった。誰もが思い、共感する事を口にして自分もそうだと肯定することで連帯感を持たせている。指導者というよりも煽動家のやり方に近いのだが今の段階ではこれが一番手っ取り早く済む。

 

 

「あぁ!!だから戦おう!!この世界に負けない様に!!始まりの街で引きこもってる奴らに、このゲームがクリア出来ることを教えてやろうぜ!!」

 

 

そして、第一層が突破出来ると知れ渡れば始まりの町でクリアは出来ないと思って引きこもってるプレイヤーたちに希望を持たせることが出来る。もしかしたらクリア出来るんじゃないか?だったら自分も戦えるんじゃないか?そう思わせることで、今埋もれている人材を発掘する事に繋がる。

 

 

「「「「オォォォォ!!!!」」」」

 

 

体育会系の様なノリで威勢の良い声を上げるプレイヤーたち。ユウキは目に見えて興奮しているし、シノンは煩そうに顔をしかめているがノリそのものは嫌っていない。キリトも静かだが目にはやる気が見え隠れしている。アスナに限っては戸惑いの様なものが見えるが時期に解決するだろう。

 

 

「じゃあ、ボスに向けての会議をーーー」

 

「ーーーちぃょっと待ったぁ!!」

 

 

……良い雰囲気であるほど、水を差されると萎える物は無い。ディアベルが演説を終えてボスに向けての話し合いをしようとしたところでトゲトゲという奇抜な髪型をした男性が飛び出してきた。ディアベルも熱が冷めたのか、少し呆れ気味の様子だった。

 

 

「……えっと」

 

「ワイはキバオウいうもんや、ディアベルはんには悪いが言わせてもらいたいことがある」

 

 

奇抜な髪型の男性ーーーキバオウはそう言って息を思いっきり吸い込み、

 

 

「ーーーこの中にいる元βテスターの卑怯者ども!!出てこい!!この中にもあるはずや!!正直に名乗り出い!!おどれらがなんもかもん独り占めしくさったせいで死んでいった奴らにワビ入れぇや!!そしてズルして貯め込んだ金やアイテム全部差し出さんかい!!」

 

 

そう、叫んだ。それはSAO のことを前もって知っていたプレイヤーに対する糾弾のつもりだろう。その叫びからは本気の怒気が伺える。

 

 

あぁ、()()()()()()()

 

 

「クッ」

 

 

あまりの見苦しさに笑いが溢れる。キバオウの叫びのせいで静まり返っていたので思ったよりも響き、そして音源である俺がすぐに特定される。

 

 

ーーーキリトに腰を下ろした状態の俺が。

 

 

「……良い加減退いてくれないか?」

 

「うん、良い加減飽きてきた」

 

 

キリトから立ち上がり、キバオウの前に立つ。眉間にしわを寄せて威嚇のつもりなのか鼻を鳴らしているが滑稽で無様で笑えてくる。ディアベルが心配そうにこちらを見てくるが心配いらないと目で返す。

 

 

「ジブン、何がおかしいん?」

 

「笑うしか無いだろうが?ビクビクしてスタートを遅れたくせして一番に駆け出した奴のことを怨んでいるだなんてな」

 

「なっ!?」

 

「βテスターが独占した?違うだろうが。お前たちが怖くて怖くて引きこもっている間に彼らは真っ先にフィールドに出て戦っていたんだ。いわば先駆者と同じ、その報酬がアイテムや金。その功績に敬意を払いはすれど、嫉妬するなど御門違いにも程がある」

 

「ッ!?だけど!!アイツらのせいで死んだもんもおるんや!!」

 

「βテスターが悪いと?知らん、そんなもん自己責任だろうが。死ぬかもしれないと分かっていてフィールドに出た者まで面倒見きれるか。それに、お前が嫌うβテスターはしっかりとビギナーたちの指導をしているぞ?」

 

「う、嘘や!!アイツらがそんなことするはず……!!」

 

「残念、〝鼠〟からの確かな情報だ。一部ではあるがβテスターが率先してビギナーたちにこの世界の戦い方を教えているとな。お前の言う卑怯者がだ」

 

 

ここまでくればキバオウの旗色は最悪と見ても良いだろう。論破した結果、顔は真っ青だし、周囲のプレイヤーからの目線は冷たい。だが容赦はしない。

 

 

俺は人の足を引っ張る行為だけは許せないのだ。自分の意思で停滞した癖に、前に出ている奴を妬んで邪魔をする奴らが。自分は悪く無い、あいつが悪いのだと責任転嫁している奴を見ると吐き気がするし、ヘドが出る。

 

 

故に、見つけたら徹底的に叩き潰すことにしている。

 

 

「全く……アイテムや金が欲しいならば欲しいと最初からそう言えや。βテスターを辱める意味が分からん」

 

 

ウインドウからアイテムボックスを開き、その中にあるコルの詰まった皮袋を取り出す。入っている金額は四万コル、皮袋の垂れ下がり具合から大金が入っていると分かったのか、キバオウは顔色を変えた。

 

 

そして皮袋を逆さまにして、入っていたコルを全て地面にブチまける。

 

 

「欲しければ拾えよ。惨めに、這い蹲って、犬の様に」

 

 

後からキリトに言われたのだが、この時の俺は相当良い笑顔をしていたらしい。

 

 

 





ディアベルはんの煽りにより士気はアゲアゲ、そしてサボテンによりサゲサゲ。

ウェーブは妬みだとかで人の足を引っ張る奴はついつい叩き潰したくなっちゃうの。だけどそう言うの無しで妨害行為に命を捧げる様な奴は認める。認めた上で叩き潰す。

そしてここに集まっているプレイヤーはこのリアル重視アインクラッドの世界で戦ってきた奴らだ。つまり……分かるな?


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ファーストボス・3

 

 

「ゴメンナ、嫌な役回りさせちまっテ」

 

「いんや、あれはあれで俺も思うところがあったから。気にしなくて良いぞ」

 

 

攻略会議が終わり夜になって、〝トールバーナ〟の町では攻略メンバーによる宴が行われていた。親睦会と銘打っているがほとんどが飲みたいだけだろう。

 

 

ちょこんと飲めや歌えとはしゃいでいるメンバーを遠く離れたところから眺めている俺の隣にアルゴが座る。確保しておいたワインの樽の中身をグラスに入れて渡す。

 

 

「結果としてβテスターとビギナーのほとんど垣根は無くなったけド、反βテスター組に嫌われたゾ」

 

「これで負けん気でも出してくれれば結果オーライなんだけどな〜」

 

 

負けてたまるかとやる気を出してくれるのならそれは助かる。俺に負けたく無いと強くなろうとしてくれれば結果として攻略メンバーの質の上昇に繋がるから。だが逆に嫉妬を拗らせて変な方向に向かう可能性がある。アイテムやコルを得るために弱者から奪ったりとか。

 

 

まぁ、そうなったら俺が皆殺しにするけど。

 

 

「オレっちがしっかりしてれバ……」

 

 

ふざけたことを抜かすアルゴの頭をチョップする。障壁が現れてダメージは無いが痛かったのか頭を押さえてプルプルと震えている。

 

 

「バーカ、リアルの年齢知らんが大人に任せといてガキはガキらしく無邪気にはしゃいでれば良いんだよ。それに、女の尻拭いするのも男の役目だ。寧ろ使ってやるくらいの意気込みでやれ」

 

「ナミっちの癖に生意気ナ……今度ロリコンだって言いふらしてやるヨ」

 

「止めろ、社会的には死にたく無い」

 

 

俺の言葉で少しは気が楽になったのか、アルゴはニシシと笑ってワインを飲んだ。くだらない事かもしれないけど女には笑って欲しいと俺は考えているわけで、それに親しい奴が苦しんでいるところを見たく無いわけで、だから少しだけかもしれないがアルゴが楽になったのは俺にとって嬉しかった。

 

 

「ところデ、シーちゃんとユーちゃんはどこだイ?姿が見えないけド?」

 

「あそこに人集りが出来てるだろ?あそこで踊ってる」

 

「なんでそうなっタ」

 

「ユウキが悪ノリしてシノンがそれに付き合ったからだな……ちょっとロリコンども悩殺してくるって笑顔でサムズアップしてくるユウキには戦慄を覚えずにはいられなかったぜ」

 

「年の割に中身が黒すぎやしないカ……って、ナミっちの影響カ」

 

「変な納得の仕方しないでもらえるかな?」

 

 

悪影響=俺のせいって方程式がアルゴの中では立てられているかもしれないが俺はそんなことを教えた覚えは無い。あるとしたら爺さんか母さん辺りだが……あ、身内のせいなら俺のせいだわ。

 

 

「そういやあのサボテンどうしてる?」

 

「サボテン……いやサボテンだけどサ……あいつならここにはいないヨ。宿屋に仲間と一緒に引きこもってル」

 

「当然か。もしこの場に顔を出してたら煽ってやろうかと思ったのに」

 

 

キバオウのせいで攻略メンバーの士気が下がったがディアベルのおかげでなんとか持ち直し、アルゴが出したボスに関する攻略本を元にしてコボルドロードへの対策を立てることが出来た。6人で一パーティーを八つ作って計48人による集団戦で戦うという事。攻撃、防御などの役割をそれぞれのパーティーに持たせて、ローテーションしながら戦うつもりらしい。

 

 

その中で俺たちのパーティーの役割は遊撃。戦況を見て攻撃にも防御にも回って欲しいとディアベルから直々に頭を下げて頼まれた。理由としてはレベルが現段階で一番高い俺のいるパーティーなら頼めると思ったかららしい。特に反対意見も無かったのでパーティー全員に有無を聞いてから承諾した。

 

 

「でも意外だったナ。キー坊とアーちゃんがナミっちのパーティーに入るだなんテ。てっきりハブられて2人っきりのパーティーになると思ってたのニ」

 

「それはそれで面白そうだけど、するにしてももうちょっと余裕が出てからだな。初めの一歩は出来る限り不安定要素を無くして挑みたい」

 

「ナミっちが大胆なのか慎重なのかはっきりしないナ……ところデ、最後のパーティーメンバーのヒースクリフって奴とは親しげだったけど知り合いなのカ?」

 

 

そう、アルゴが言った通りに俺のパーティーメンバーにはしれっとヒースクリフが入っている。今はスキンヘッドの黒人さんとエールの飲み比べをしているあの無表情だが、話を聞く限りだと始まりの街でひたすらにアインクラッドでの生き方やフィールドでの戦い方をレクチャーしていたそうだ。つまり、デスゲームを始めさせた張本人が生存率の向上に手を貸しているというクソ面白い状況になっている。

 

 

「まぁリアルの関係でな。アルゴのお眼鏡には適わなかったか?」

 

「まさカ。どうしてあんなプレイヤーが今まで知られてなかったのか驚いてるくらいだヨ。派手さは無いけど堅実デ、しかもリーダーシップもあル。間違いなくこの先の攻略はあいつが中心になル」

 

「そりゃあそうだ。戦いに関して俺が認める数少ない奴だからな」

 

 

ヒースクリフは茅場晶彦であり、SAOの舞台であるこの世界の創造主である。俺もその一端に関わっていたが、間違いなくこの世界に一番長く関わっていたのはあいつだ。であるならば、弱いはずがない。

 

 

管理者権限が剥奪されたとはいえその経験と知識が失われることは無い。VRMMOだけで限定していえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

まぁリアルだと俺の方が強いし、SAOでも殺せるだけの実力はあるけど。

 

 

「ところでアルゴって下着はどうしてるんだ?そのウインドウ消して答えてくれ」

 

「いきなりトチ狂ったことを言い出すから反射的に出しちゃったじゃないカ……シーちゃんとユーちゃんカ?」

 

「うん、あいつら俺を下着屋に連れ込んでどれが良いのか聞いてくるんだよ。普通のが良いんじゃないかなって思って言ったらそれは可愛くないとかで却下されるし」

 

「完全に思考がシングルファザーになってるゾ……それニ、オレっちにそんなことを聞くってことはオレっちのことを女扱いしてないナ?」

 

「まっさか。アルゴを女として見てるから聞いてるんだよ」

 

「……いきなりは卑怯だゾ」

 

 

アルコールが回ったのか、それとも照れなのか、アルゴの顔が僅かに赤くなる。出来れば後者であれば良いなと思いながらグラスに入っていたワインを飲み干す。

 

 

「ウェーブ!!」

 

「何隅っこで静かに飲んでるのよ」

 

 

ロリコンどもを悩殺し終わったのかユウキが膝の上に座り込み、シノンが背中から枝垂れかかってくる。そして2人からはアルコールの匂いがしてきて……

 

 

「ってお前ら飲んだのかよ!!俺飲むなよって言ったよな!?」

 

「らいじょうぶらいじょうぶ!!コップ一杯だから!!」

 

「呂律が怪しくなってるぞユウキぃ!!」

 

「ふふ……どう?私だって成長してるのよ?」

 

「当ててるのよってやりたいのか!?当たってねぇんだよシノォン!!」

 

「むぅ〜……てぃ!!」

 

 

この酔っ払いどもをどうしようか迷っているとアルゴが唐突に、何の前触れもなく抱き着いてきた。

 

 

「アルゴさぁん!?」

 

「オネーサンのことを無視するからだゾ?このままロリコン扱いされると良い……!!」

 

「畜生!!口調がガチじゃねぇか!!」

 

 

前にユウキ、横にアルゴ、後ろにシノンが張り付いた状態はもはやどう足掻いても言い逃れが出来る状況ではなく、翌日にはロリコン野郎のあだ名がつけられる事になった。

 

 






25歳の成人男性が複数の少女を侍らせていたとの通報がありました。アインクラッド警察は直ちに出動してください。



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ファーストボス・4

 

 

「shit……」

 

 

宴会から一夜が明けて、ついに第一層攻略が開始された。天気は晴天で穏やかな気候な為過ごしやすいが……それとは反対に俺の心中は曇りまくっていた。

 

 

「どうしたの?」

 

「いつもみたいにちゃんとしなさいよ」

 

「うっせぇ!!俺の社会的地位が死んだんだぞ!!落ち込むくらい許してくれよぉ!!」

 

 

心配して話しかけてくれたユウキとシノンに怒鳴ることしかできない。昨日の宴会の時にユウキとシノンとアルゴに絡まれている姿を見られていたらしく、今日の朝一番で攻略メンバーからニヤニヤしながらロリコン呼ばわりされたのだ。その時にフリーズした俺を誰も責めないで欲しい。

 

 

「ウェーブがロリコン呼ばわりされれば……」

 

「近づく女は少なくなるはず……!!」

 

「強かねぇお前ら!!」

 

 

計画通りみたいな顔をしてほくそ笑んでいる2人が初めて怖いと思った。

 

 

「よぉロリコン。調子はどうだ?」

 

「うっせぇよ女顔。アルゴに頼んで掘られ専門の噂でも立ててやろうか?」

 

「おまっ、それやったらダメなやつだろうが!!」

 

「お前がロリコン呼ばわりしてきたのが悪いんですぅこのホーモホーモ!!」

 

「ぶち殺すぞ!!」

 

 

第一声にロリコン呼ばわりしてきたキリトをガチホモに仕立てようとしたら怒気を放ちながら武器に手をかけたのでかかって来いやと荒ぶる鷹のポーズを取った瞬間、俺とキリトの間に閃光が走った。閃光の正体は武器を抜いたアスナだった。

 

 

そして俺たちを見て一言。

 

 

「黙らないと……削ぎ落とすわよ?」

 

「「イエスマム!!」」

 

 

アスナの目は無機物の様に冷めていて、本気でやりかねない迫力があった。

 

 

「まったく……良い年した大人がはしゃいで恥ずかしくないんですか?」

 

「まったくだ。同じ大人として恥ずかしい」

 

「黙れよ間違いなくこの中で一番はしゃいでる大人」

 

 

しれっとヒースクリフが入ってきたが俺は忘れない、昨日の夜に酒を求めてエールの樽に頭から突っ込んだお前の奇行の事を。

 

 

ともあれ迷宮区まで近付いている事は確かなので意識を切り替えて平常心に戻す。

 

 

「迷宮が見えてきたぞ!!」

 

 

とその時、先行していたレイドの誰かが声を上げて迷宮区が見えた事を教えてくれた。迷宮区前で一旦休憩をとり、そこから俺たちの仕事が始まる。

 

 

48人という集団で移動しているがその道中でも当然の様にモンスターに出会う。その時に全員が戦うのでは無く、範囲を決めて一部のパーティーが戦う様にディアベルから指示を出されていた。A〜E班が〝トールバーナ〟からここまでを担当し、迷宮区内はF〜H班が担当する事になっている。ちなみに俺たちはH班だ。

 

 

そしてここまでの道中の戦いを見てきたが、自分たちの優位である人数を生かした上で確実に殺していた。モンスター一匹に対して最低でも2人で向かって行って二対一の状況で挑み、焦らず深追いはせず、削る様に倒していた。

 

 

遅いと思うかもしれないが安全性と確実性を選ぶなら間違いない戦法だった。やっぱり人海戦術は最強である。

 

 

「ちょっと良いか?」

 

 

迷宮区を目前にして湧いてきたコボルド三匹を10人で囲んでリンチしている姿を見て頷いていると筋肉質の黒人が話しかけてきた。確か彼は昨日ヒースクリフと飲み比べをしていた人だったはずだ。

 

 

「俺はエギル、G班の班長だ」

 

「丁寧にどうも。俺はウェーブ、H班の班長だ」

 

「俺たちの担当の迷宮区内のモンスターについて休憩の間に少し話しておきたいんだが」

 

「モンスターの相手は俺たちがメインでするから討ち漏らしを頼んで良いか?」

 

「何?タンクとかアタッカーとか決めなくて良いのか?」

 

「いやね、ディアベルから直々に遊撃を命じられたと言っても俺たちの実力を疑っている奴とかいると思うんだよね」

 

 

具体的にはキバオウとか。他にも何人かが俺たちが本当に強いのか訝しんでいるらしく疑う様な目で見ている。

 

 

「こちらとしては助かるんだが……本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫。危なくなったら助け求めるから」

 

 

とは言っても現在のところで不安要素はアスナ1人だけだが。

 

 

ユウキとシノンとヒースクリフは疑いようが無く、キリトはβテスターなのか明らかにこの世界に適応した動きと中々の反応速度を見せてくれている。だからアルゴのお墨付きとはいえ、実際に戦ったところを見ていないアスナだけが不安なのだ。昨日見かけた時に感じた焦燥なんかは無くなっているが、それが吉と出るか凶と出るかは分からない。

 

 

まぁダメだとしてもカバー出来る面子は揃っているので、休憩の号令に従ってアイテムポーチからタバコを出して一服する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーアスナ、スイッチ!!」

 

「ーーーハァッ!!」

 

 

キリトが番兵(センチネル)の片手剣の攻撃を〝アニールブレード〟で弾き飛ばし、スイッチの指示に従って飛び出してきたアスナが細剣のソードスキル〝リニアー〟の一撃を見舞う。僅かに晒されていた喉元へ正確に撃ち込まれたことでキリトとアスナの相手をしていた番兵(センチネル)のHPはゼロになる。

 

 

なるほど、アルゴが注目するだけの事はある。道中でも見かけたがアスナはスピードが素晴らしい。本人の話によればリアルでは武芸を嗜んでおらず、VRMMOもこれが初めてというのだから恐ろしい話だ。この調子で成長してくれれば間違いなく最前線で戦えるだけのプレイヤーになるだろう。

 

 

「ヒャッハー!!首置いてけぇ!!」

 

「やっぱり一撃必殺が楽よね」

 

「気持ちは分かるが怖すぎないかね君たち」

 

 

ヒースクリフが片手斧、長槍、両手剣を持ったコボルド三匹の攻撃を左手に掲げた盾で丁寧に弾き、それによって出来た僅かな硬直の間にユウキとシノンがコボルドの首を斬りとばす。ヒースクリフの守りは硬く、HPこそガードをしたせいで減っているが直撃は一発も貰っていない。そしてヒースクリフの守りがあるからこそ、ユウキとシノンは安心して攻撃に意識を集中させることが出来ている。

 

 

「よっと」

 

 

腰に下げた〝アニールブレード〟では無く背負っていた〝アイアンランス〟をバトンの様に回して番兵(センチネル)五匹の攻撃を弾き飛ばし、アスナと同じ様に晒された喉元に穂先を突き立てる。斬首だけでは無くこういうのも即死判定が入るのか、10割あったHPは一瞬にしてゼロになる。

 

 

「……本当に強かったんだな」

 

 

迷宮区内ということで武器である両手斧を抜いていたエギルが驚きと呆れが混じった様な声でそう言った。もう迷宮区内に入って三時間経つが、レイドパーティー本隊はもちろんエギルたちのところにも一匹たりとも通していないのだから呆れても仕方ないだろう。

 

 

俺たちの実力を見せることが出来たお陰で疑う様な視線は減ったが……キバオウだけは俺の事を憎しみが篭った目で睨んでいる。恐らくは嫉妬から来るものだろうが……正直に言わせて貰えば落胆するしかない。

 

 

嫉妬するのは構わない。だが嫉妬しているだけなのか?追い抜いてやろうとは思わないのか?

 

 

嫉妬するだけで何もしない、自分から動き出そうとしないキバオウに見切りをつけながら、逃げようとしていた番兵(センチネル)目掛けて〝アイアンランス〟を投擲する。システムアシスト無しで投げられた〝アイアンランス〟は真っ直ぐに番兵(センチネル)に向かっていき、狙い通りに脳天を貫いた。

 

 

「お疲れ〜」

 

「お疲れ!!」

 

「お疲れ様」

 

「ウェーブ君、彼女たちの殺意高過ぎないか?」

 

「そりゃあ殺せる時に殺せと教えたのだから殺意高くて当たり前でしょ?」

 

「間違っていないのだが……」

 

 

困惑しているヒースクリフを放って置いて投げた〝アイアンランス〟を回収して切れ味と耐久度を確認。どちらも幾らか落ちていたがまだまだ使えるレベル。そもそも〝アイアンランス〟はサブ武器でメインは〝アニールブレード〟なのだから壊れても問題無かったりするのだが。

 

 

「みんな、ボス部屋の前に到着したぞ!!」

 

 

偵察に先行していたキリトがボス部屋に到着した事を伝える。石造りの巨大な扉は二週間前に偵察に来た時と変わらずにあった。〝アイアンランス〟を背負い、〝アニールブレード〟を引き抜く。

 

 

「みんな、ようやくボス部屋まで辿り着いた」

 

 

扉の前に立つのはディアベル。演説なんて必要がないくらいに一部を除いた全員の士気は高い。この状況で長い話は逆に士気を下げかねない。恐らく余計な事は言わずに一言で終わるはずだ。

 

 

「俺から言いたいのは一言だけだ……勝つぞ!!」

 

「「「「オォォォォォォォ!!!」」」」

 

 

各々の武器を掲げながら叫んだ。誰もが敗北のイメージなど持っていない。勝利のイメージだけを持ち、それを実現させると誓っている。

 

 

それを聞いて満足げに頷いたディアベルが扉に手を当てて力を込めた。

 

 

ゆっくりと開かれる扉、最初に視界に入ったのはーーー回転しながら近づいて来る巨大な斧だった。

 

 

 





ウェーブ、ロリコンだと公にされる。なおこれはユウキチとシノノンからすれば計画通りらしい。

恋する乙女って怖いね!!



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ファーストボス・5

 

 

「あーーー」

 

 

飛び込んで来た斧を認識した誰かがそう呟いた。間抜けな声で笑いを誘うが、これはまったくの予想外だろう。何せ誰もが扉を開けばその奥でボスが待ち受けていると考えていたはずだから。いきなり斧が飛んで来るなんて考えられる奴は一体何人居るのだろうか。

 

 

そしてこのままでは先頭に立って扉を開いたディアベルが、そしてその後ろにいる数人が巻き込まれて死ぬ。そうなればボスに勝てないという認識が出来てしまい、ボス攻略など夢のまた夢となってしまう。

 

 

開幕から訪れた絶体絶命の危機に反応出来たのは4人だけだった。

 

 

「フッーーー」

 

 

1人はヒースクリフ。即座にディアベルの前に立ち、左手に掲げた盾で斧を受け止める。だがそれは良くても一瞬だけ時間を稼いだに過ぎない。そもそもの質量が違いすぎるから一瞬だけ拮抗して、そのまま斧に両断されるだろう。

 

 

だが、一瞬だけでも時間を稼げたのなら間に合う。

 

 

「ーーー合わせろぉ!!」

 

「ーーーうん!!」

 

「ーーーえぇ!!」

 

 

ヒースクリフが斧を受け止めて稼いだ一瞬の時間のうちに俺とユウキとシノンが人垣を飛び越えて最前へと躍り出る。そして咄嗟にタイミングを合わせて横から斧を〝アニールブレード〟で全力で殴り抜いた。

 

 

殴るという使い方をしたせいで切れ味が大幅に落ちてしまったがそれを代償として斧を真横に吹き飛ばす事に成功。運動エネルギーをなくして落ちる斧とポーションを取り出してHPを回復しようとしているヒースクリフを認識してから改めてボス部屋の奥へと目を向ける。

 

 

そこにいたのは何かを投擲した様な態勢の〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の姿。顔の横にある複数の体力ゲージと側に控える八匹の番兵(センチネル)の姿は偵察の時に見た時と同じ。

 

 

違うのはコボルドロードの風貌だった。目を血走らせて息を荒げるコボルドロードには尻尾が無く、首にはぐるりと一周する様な傷跡が着いている。

 

 

そしてコボルドロードから向けられる怒気と殺意から、このコボルドロードが偵察の時に戦ったコボルドロードなのだと知る。

 

 

「やっべ」

 

 

完全に俺のせいだ。偵察の時に戦ったせいでコボルドロードに余計な学習をさせてしまった。その上に全ヘイトが俺だけに集中している。後ろには未だにあの一瞬で何が起きたのか理解しきっていないレイドの連中。兎に角、今必要なのは時間だ。

 

 

「ディアベル、俺とヒースクリフがコボルドロードを引き付けるから立て直しを。ユウキとシノンは番兵(センチネル)を頼む」

 

 

返事は聞かない、聞くまでもない。2人は黙って頷くだけだし、ディアベルだってこのままではいけないと理解しているだろうから。

 

 

そしてコボルドロードが吼えた。怒気と殺意を孕んだ咆哮がボス部屋に響き渡り身体を叩く。身も竦む様な怒気と殺意ーーーそれが()()()()()()()()

 

 

あれがデータの塊だと?ふざけるな。あれは間違いなくこの世界で生きている。この世界で生きて、敵を殺そうと全力だ。

 

 

「格下だと侮って悪かったな。お前は、俺の敵だ」

 

 

我も人、彼も人、故に対等。コボルドロードは人ではないのだが、この世界で生きているという点で言えば間違いなく俺たちは対等だった。

 

 

駆け出す。コボルドロードも番兵(センチネル)を置き去りにし、腰に下げていた刀を抜いて駆け出していた。リーチの差は歴然。俺の〝アニールブレード〟が届くよりも早くにコボルドロードの刀が俺に届く。

 

 

「ーーー〝色合わせ〟」

 

 

息を殺して自分を極限まで薄める〝色絶ち(気配遮断)〟とは真逆の、呼吸を相手に合わせる事で強引に此方しか認識出来ない様にする気配集中とも言える技法によりコボルドロードの視線を俺だけに、俺だけしか認識出来ない様にさせる。元から俺しか認識していなかったかもしれないが後ろにヘイトが行っても困る。

 

 

コボルドロードのリーチに入った瞬間に刀が振るわれる。コボルドロードの体格から予想出来る筋力から〝アニールブレード〟での防御は不可能と判断し、()()()()()()。地面スレスレまで身体を倒す事で背中の上を刀が勢い良く通り過ぎる。

 

 

〝色重ね〟、〝色絶ち〟、〝隠蔽〟(任せた)

 

「承知した」

 

 

気配譲渡と呼べる技法により集めたヘイトを全てヒースクリフに譲り渡し、〝色絶ち〟と〝隠蔽〟にて気配遮断を実行。今のコボルドロードはヒースクリフにだけ注意が向けられていて、さっきまで怒気と殺意を向けていた俺のことを見向きもしない。

 

 

ぶつかり合う刀といなす盾の音を聞きながらコボルドロードの股を潜り抜けて背後に回り込み、人間のアキレス腱に当たる部位を切り裂く。ダメージを発生させたことで気配遮断が剥がれてコボルドロードに認識されるが問題ない。

 

 

俺を認識して手を止めたコボルドロードの横合いからキリトとアスナが突進系のソードスキルを放つ。

 

 

認識外からの一撃を受けてコボルドロードは仰け反り、たたらを踏む。そうなれば必然的に頭の位置が低くなるので跳躍し、斬り上げによる斬首を叩き込む。それによりクリティカルが発生してコボルドロードのHPのバーの一つが半分にまで一気に削れる。斧を叩いたことで切れ味が落ちた事と、コボルドロードが斬首を警戒して首に力を込めていたことが原因の様だ。

 

 

 

前回ならば傷口を押さえて悶絶していたであろうコボルドロードだが、その予想を上回って歯を食いしばり、倒れながらであるが盾を持ったまま左手で殴りかかってくる。それを上半身を捻りながら〝アニールブレード〟を下から上へと叩きつける。俺とコボルドロードでは質量が違いすぎるので弾き飛ばす事なんて出来ないが、逆に弾き飛ばされる事は出来る。コボルドロードの拳と〝アニールブレード〟がぶつかった結果、〝アニールブレード〟が止まり、俺の身体が空中で動いて拳を回避する事に成功。勢いを失った左腕を蹴って下へと降り、ヒースクリフと入れ替わろうとしたところで、

 

 

 

「ーーーAからC班前へ!!タンクをやろうとしていたのなら仲間を守ってみせろぉ!!」

 

「「「「ーーーオォォォォォォォ!!!」」」」

 

 

重装備で全身を固めたプレイヤーたち、速度を犠牲にして防御に特化させたタンク職と呼ばれるプレイヤーたちがヒースクリフと立ち位置を入れ替え、コボルドロードの前に立った。

 

 

どうやらあのやり取りの間にディアベルがプレイヤーたちの立て直しに成功した様だ。もう少しかかると思ったがどうもディアベルのカリスマを侮っていたらしい。タンク職たちだけでなくアタッカーたちと、番兵(センチネル)担当のプレイヤーたちも立ち直ってそれぞれの役割を果たそうと動いている。

 

 

HPを確認したら直撃した訳でもないのに2割近く削れていたのでポーションを取り出して飲む。味覚エンジンで薬特有の苦味と青臭さを感じるが……それも今の俺にとっては精神を高揚させる物になる。

 

 

誰もが命を賭けて、命を奪おうとしている。武器を取って、叫びながら負けてたまるかと、死んでたまるかと、勝つのは自分たちだと誓っている。

 

 

どうしようもなく、()()()()()()()()()()()()

 

 

 






コボルドロード=サンによるアンブッシュ。ウェーブという戦犯のせいでコボルドロード=サンを学習させた結果です。プレイヤーが成長するのにボスクラスのモンスターが成長しないわけないだろうがぁ!!という事。

そして始まるボス攻略。誰もが殺し合いに飛び込んでいくのを見てウェーブはニッコリ。きっとヒースクリフもニッコリ。



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ファーストボス・6

 

 

戦闘開始から数十分、戦局は僅かであるがこちらに傾いていた。

 

 

「A班、刀を弾いてD班とスイッチ!!D班はソードスキルを叩き込んだら即座にB班とスイッチ!!HPがイエロー手前まで来ているのならポーションで回復をするんだ!!一瞬遅れるだけで仲間が死ぬと思え!!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

 

ディアベルによって開幕の奇襲から立ち直ったレイドの連中が、ディアベルの指示に従って行動する。コボルドロードの刀をタンク職のプレイヤーたちが力を合わせて受け止めて弾き飛ばし、コボルドロードの体勢が崩れた隙に短剣や片手剣を持った早く動けるプレイヤーたちのパーティーとスイッチ。ソードスキルをコボルドロードの下半身に集中させて放ち、コボルドロードのゲージが一つ砕けた。

 

 

普通ならそこでもっとダメージを稼ごうとその場に留まりたくなる物だが欲張らない。無理をすれば手痛い反撃を食らうと分かっているから即座に交代し、最初のタンク職のプレイヤーとは違うタンク職のパーティーと入れ替わる。

 

 

「A班D班は切れ味と耐久度の確認!!B班は10回受け止めたらC班と交代!!E班、準備は良いな!?」

 

「任せろ!!」

 

「あいさー!!」

 

「合点!!」

 

「良し!!B班後退!!C班前へ!!」

 

 

コボルドロードの刀を十度受け止めたB班は踏ん張ることをやめて吹き飛ばされる。もちろんそれはわざと吹き飛ばされている。自分の足で下がるよりも吹き飛ばされた方が早く下がれると数十分の交戦の間に気づいたからだ。転がってくるB班を避けながらC班はコボルドロードの前へ出る。

 

 

「取り巻き、消滅確認!!」

 

「F班、G班、番兵(センチネル)が湧くぞ!!」

 

「了解!!」

 

「死に晒せぇ!!」

 

 

前に死んだ番兵(センチネル)の死体がポリゴンに変わって消滅するのと同時に玉座の奥から新たな番兵(センチネル)が現れる。その数は八匹、12人からなる二班の方が数の上では有利でそれを利用しない手はない。F班とG班は新たに沸いた番兵(センチネル)をマンツーマンで止める。そうなれば必然的に4人が余り、その4人が誰かと合流して5人で確実に番兵(センチネル)を殺しに行っていた。そうなれば5人がフリーになり、今度は6人で番兵(センチネル)を囲む。そうやって時間はかけるが危険を冒すことなく、相手に何もさせずに番兵(センチネル)を片付けていく。

 

 

「C班後退!!E班、ぶちかませ!!」

 

 

C班がコボルドロードの攻撃を弾くのと同時に前に出て来たのは両手剣や両手斧、メイスなどの重量のある武器を持ったプレイヤーたち。そして放ったのは発動後の硬直が長めな代わりにノックバックやダメージの大きいソードスキル。これはキツイのかコボルドロードは悲鳴を上げ、硬直で動けないE班にヘイトを向け、

 

 

「〝色合わせ(こっちを見ろよ)〟」

 

 

その間に入って〝色合わせ〟による気配集中で俺に全ヘイトを向ける。A班の準備が整うまでは30秒ほど。その間を俺たちH班が引き受ける。

 

 

「デカイ相手はーーー」

 

「ーーー末端から削るッ!!」

 

 

俺だけを集中して視野が狭くなったコボルドロードの背後からユウキとシノンがソードスキル〝スラント〟を発動させて斬りかかる。ダメージとしてはD班の放ったソードスキルよりも下回るそれだがその代わりに発動後の硬直が短いという利点がある。〝スラント〟の発動、硬直、そして硬直が解けた瞬間に再び〝スラント〟を放つというソードスキルの連発をいとも容易くやってのけてコボルドロードの足へのダメージを蓄積させていく。

 

 

そうすればいくら〝色合わせ〟で集中させているとは言えど気付かれる。そんな2人を引き剥がすためかコボルドロードは刀を腰の辺りで構えて溜めを作る。狙いはソードスキル、構えからして恐らくは範囲攻撃。ソードスキルは確かに強力だが、それを発動させるにはどうしても予備動作が必要になる。隙を作ってからならまだしも、この状況ではその予備動作はコボルドロードの隙でしかない。

 

 

「ウォォォォォォォ!!」

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

 

その隙に躊躇うことなく飛び込んだのはキリトとアスナ。片手剣のソードスキル〝ソニックリープ〟と細剣のソードスキル〝リニアー〟による全力の突撃。後のことなど考えない全力のソードスキルがコボルドロードの胸を貫いてコボルドロードの構えを崩し、クリティカルが発生したのかユウキとシノンが与えたダメージと合わせてゲージの五割が削られる。

 

 

〝色合わせ〟、〝色重ね〟(ヒースクリフ)

 

「あぁ」

 

 

コボルドロードのキリトとアスナに向けられたヘイトをコボルドロードに斬りかかりながら〝色合わせ〟により奪い取り、コボルドロードの体勢が立て直される直前に〝色重ね〟によりヒースクリフに押し付ける。

 

 

そして行われるコボルドロードの猛攻。それまで良いようにやられていた鬱憤を晴らすかのように乱暴に振るわれる刀の乱撃をヒースクリフはたった1人で受け止め、受け流し、払い除ける。それによりダメージが発生するがヒースクリフはそれに怯える事なく、それどころか嬉々とした様子だった。

 

 

空を飛ぶ鋼鉄の城を追い求め、今そこで生きている茅場晶彦(ヒースクリフ)だからこその歓喜だろうが放置して死なせるわけにはいかない。

 

 

〝色絶ち〟(首寄越せやぁ)!!」

 

 

気配遮断による隠密を実行し、コボルドロードの背後からガラ空きの首を〝アニールブレード〟で斬る。ヒースクリフにのみ集中していたので首のガードは甘く、切れ味を回復させていた事もあってゲージを削り切り、続くゲージの三割を一気に削る。

 

 

そしてこの瞬間、コボルドロードの体力ゲージは最後の一本になった。

 

 

アルゴから聞いたのだがSAOのボスにとどめを刺した時にはLA(ラストアタック)ボーナスというものが存在するらしい。その名の通りにボスにとどめを刺したプレイヤーに強力なアイテムが与えられるシステムの事。βテスターならば誰もが知っていることで、恐らくは製品版でも実装されているとのこと。デスゲームと化したSAOではまさしく命懸けの行為になるがその見返りは大きい。誰か1人でも狙いに行くのではないのかとアルゴは危惧していたが、

 

 

「ーーー全員、油断するな!!ボスの体力がゼロにならないと戦いは終わらない!!」

 

 

ディアベルが檄を飛ばしてボス戦の終わりが見えた事で生まれた緩みを正し、いるであろうβテスターへの牽制を行う。

 

 

そうだ、それで良い。フロア攻略の一度目で誰かが死ねば後の攻略に差し障ることになる。相手が死ぬまで欲をかかず、危険を冒さず。そうしてもらえなければアルゴの指示でわざわざお膳立てしている意味が無くなる。

 

 

だが、HPのゲージが最後の一つになった事でコボルドロードは()()()。纏っていた鎧、兜、盾を投げ捨てて身軽になる。そして新たに沸いた番兵(センチネル)を掴みーーー指示を出していたディアベルに向けて()()()()()()

 

 

「ナッ!?」

 

 

その予想外の行動にディアベルは硬直して回避行動を忘れ、番兵(センチネル)と正面衝突した。

 

 

「不味い……!!」

 

 

ディアベルの体力はまだ緑だが指示が飛ばなくなった事で各班が困惑の色を見せた。数秒あれば立ち直れるような小さな困惑だが、その隙をコボルドロードが見逃すはずが無い。掬い上げるような軌道で放たれた刀のソードスキル〝浮舟〟が、ディアベルの事で僅かに鈍っていたA班を吹き飛ばす。

 

 

そして追撃のつもりなのか刀がエフェクトに包まれる。狙いは吹き飛ばされたA班たち。空中にいることと吹き飛ばされた衝撃から回避も防御も不可能だろう。

 

 

「ーーーさせるかぁ!!」

 

 

おそらくコボルドロードが防具を投げ捨てた時点で動いていたキリトがそれに割って入った。コボルドロードの胴体にエフェクトを纏った〝アニールブレード〟を突き立てて下に向けて切り裂き、一気に切り上がる。ソードスキル〝バーチカル・アーク〟。防具を投げ捨てたことで防御が下がったのか、残っていたコボルドロードのHPを三割削る。そしてソードスキルの発動後の硬直で動けなかったキリトをコボルドロードが蹴り上げた。

 

 

誰かの悲鳴が聞こえる。キリトは天井付近まで蹴り上げられたもののHPはまだグリーンのまま。死にはしないだろう。

 

 

だから俺が動いた。

 

 

〝色絶ち〟(気配遮断)〝色合わせ〟(気配集中)もする事なく、コボルドロードの眼前へと飛び上がる。回避も反撃も出来ないタイミングでの真っ向からの奇襲、コボルドロードの取れた行動は腕を交差させて顔を庇う事だけだった。

 

 

あぁーーー()()()()()()

 

 

「首を寄越せと言ったよな?」

 

 

〝アニールブレード〟を逆手に持ち替え、身体を弓なりになるほどに反らして力を溜め、

 

 

「ーーー嘘だよ」

 

 

一気に解放して全身を使い、()()()()()()()()()()()()()()()。コボルドロードの肘から下が、刀を握ったまま地面に落ちる。悶えるコボルドロードを見ればHPのゲージが部位欠損によるボーナスなのか残り一割まで削られていた。

 

 

「ーーーぶちかませやキリトォォォォォォ!!」

 

 

全身を使った事で背中から落ちている俺は天井を足場にしているキリトを視界に入れる事が出来た。そしてキリトは天井を蹴り、勢い良くコボルドロードに向かって落ちる。

 

 

盾を捨てた事で防御は不可能、刀を無くした事で反撃も不可能なコボルドロードは上を見て、落ちてくるキリトを視界に入れるがもう手遅れだ。

 

 

「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

キリトの〝アニールブレード〟がコボルドロードの額に刺さり、勢いのまま股まで一気に切り裂く。正中線を斬り裂かれたコボルドロードはその場に立ち尽くしーーー背中から仰向けに倒れた。コボルドロードが倒れた事でボス部屋が静まり返り、HPのゲージが砕けた音が響き渡る。

 

 

「終わった、のか……?」

 

 

本当に終わったのかを疑うような声が聞こえた。そして、その数秒後に軽快なファンファーレと共に目の前に大量の経験値とアイテム、それにMVPボーナスなるものが書かれたリザルト画面が現れた。

 

 

それは間違いなく、ボス戦が終わったことを証明していた。

 

 

「やった……やったぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

誰かが叫んだ。それを皮切りに誰もが叫んだ。それは勝利を、誰も死ななかったことを喜んでいた。誰もが武器を投げ捨てて、近くにいた者に抱きついたり肩を組んだりして喜びを表している。

 

 

「予想外はあれど死者は無し……完全勝利だな」

 

 

背中から落ちた俺は寝転がったままその光景を眺めていた。この勝利に水を指すことなんて誰にも許されない。第一層攻略完了という偉業を俺たちは成し遂げたのだから。あのヒースクリフでさえ、小さくガッツポーズをとって喜んでいる。

 

 

「「ウェーブッ!!!」」

 

「腹ぁッ!?」

 

 

ボス戦が終わって気が抜けていたのかユウキとシノンのダイブを避ける事が出来ずに押し潰される。2人とも小柄とは言え合わさればそれなりの重量になる。何か口から出てきそう。

 

 

「勝った!!勝ったよ!!」

 

「誰も死なずに勝てたわ!!」

 

「ウプッ……そ、そうだな」

 

 

口から出そうな物を飲み込みながら飛び込んできた2人を抱き締める。天真爛漫なユウキは兎も角、シノンまでもが目に涙を溜めて誰も死なずに勝利できた事を喜んでいた。

 

 

そんな俺たちの事を何人かが微笑ましそうに見ているので中指を立てておく。すると親指を下に突き付けられた。何人かの口がロリコンと動いている。顔は覚えたぞ。

 

 

どうしようもなく締まらない終わり方ではあるがSAO開始から約一ヶ月の12月4日、アインクラッド第一層の攻略が完了した。

 

 

 






ディアベルはんの欲張らない確実な指示とH班というズバ抜けたプレイヤーたちの頑張りにより無死者で第一層攻略完了。やっぱり戦いは数なんだよ!!

この小説ではフロア・フィールド・ネームドボス撃破の時にLAボーナスの他にMVPボーナスというのを加えています。詳しくは次回か次々回辺りに。



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ネクストステージ

 

 

「ーーーむ?」

 

 

電子音が聞こえた気がして目を覚ます。身体を起こして辺りを見渡せば死屍累々。第一層攻略メンバーたちが物の見事に屍を晒していた。無論死んでいるというわけではなくて、第一層攻略記念と称して第二層の主街区〝ウルバス〟の酒場で行った祝勝会の結果がこれだ。

 

 

ユウキとシノンは酒瓶を抱きかかえて眠っていて、ヒースクリフは酒樽に寄りかかりながら眠っている。そしてディアベルは何故か中身の入ったままの酒樽に鼻フックされた状態で詰められていた。俺が起きていた時にはこんな状態では無かったのに何があったというのだ。

 

 

この現状を見る限りでは祝勝会に参加しなかったキリトとアスナは正解だろう。誰もが限度を考えずにガバガバ飲んでいたので今日一日中二日酔いで苦しむに違いない。

 

 

そこで、俺が起きたのは電子音が原因だった事を思い出してウインドウを開いて確認する。するとアルゴから転移門をアクティベートするように指示があった。そう言えば〝ウルバス〟についてからそのままの勢いで酒場に直行したからアクティベートを済ませていない。転移門はアクティベートしないと開かないので、未だに第一層と第二層は繋がっていないのだ。

 

 

たまたま手に持っていた酒瓶にまだ中身があったのでそれを飲み干して、空になった瓶を投げ捨てる。その時に誰かの悲鳴のようなものが聞こえた気がするが気のせいだろう。

 

 

酒場を出て、朝日を浴びながらダラダラと中央広場に向かう。広場の中心には巨大な輪っかが支えも無しに宙に浮いている。その輪っかに触れる、それだけでアクティベートは終了して、第一層と第二層を行き来する事が可能になる。

 

 

アルゴにアクティベートした事を知らせるメールを出そうとした時、エフェクトが現れる。第一層から誰かが転移したようだ。

 

 

「ーーーヨォ、ナミっち」

 

「おはようさん、アルゴ」

 

 

転移してきたのはアルゴだった。フードを被り、顔に描かれた三本のラインはそのまま。しかし、目元には薄っすらと隈が出来ていた。どうやら寝れていないようだ。それは第二層解放の興奮からなのか、それとも攻略に出たまま知らせも何もしなかった心配からなのか、個人的には後者であってほしい。

 

 

「無事に攻略出来たみたいだナ」

 

「死者ゼロで攻略出来た。だけどコボルドロードの奴、扉開くのと同時に斧投げて来たぞ。扉が開いたらプレイヤーが来るって分かってやってる。下手な偵察すると学習して知恵つけてくるぞ」

 

「マジかヨ……ボスが学習するとかアインクラッドはホント地獄だナ」

 

「まぁ俺のようなロクデナシには生きやすい事この上ない世界だけどな」

 

 

少なくともアインクラッドに来てから俺は一度も窮屈な思いをした事がない。法律と権力が物を言う秩序に雁字搦めに縛られたリアルよりも、力が全てで無秩序で混沌としたこの世界の方が生きやすいのだ。

 

 

それを昨日のボス攻略の時に改めて認識した。そして、攻略メンバーたちもその気がある様に感じられた。もしもSAOをクリアしてリアルに帰ることができても、アインクラッドの方が良かったと事ある毎に引き合いに出しそうだ。

 

 

「……自虐ネタは寒いゾ?」

 

「本当の事だからしょうがないよ。ちなみにアルゴ、MVPボーナスって聞いた事があるか?」

 

 

昨日のボス攻略のLAボーナスはキリトが取った。だが俺のリザルト画面にはMVPボーナスというものが書かれていたのだ。ユウキやシノンに確認しても2人のリザルト画面には無かったというし、βテスターであるキリトも心当たりが無いようだった。本当ならヒースクリフ辺りに聞くべきなのだろうが、聞こうと思った時には酒樽を持っていたので諦めた。

 

 

「MVPボーナス……確か、ボス攻略の際に一番貢献したプレイヤーに与えられるボーナスだったはずダ。β版には無かったけど製品版では追加されるってどこかで見た気がするゾ」

 

「貢献したプレイヤーね……間違いなく俺だな」

 

 

ボスの偵察に始まり、ボス戦の際にもヘイト管理やクリティカル連発などをしまくっていた。一番働いていたという自覚はある。

 

 

「ナミっちが取ったのカ……ちなみにどんなアイテムだったんダ?」

 

「えっと……これだな」

 

 

ウインドウを開いてアイテムボックスからMVPボーナスで得たアイテムを取り出す。それは刀だった。刃渡りだけで1メートルはある大振りな刀で、コボルドロードが持っていた刀をそのまま小さくしたようなデザインだった。

 

 

「〝イルファングブレード〟だってさ。カテゴリーは刀、切れ味が高い代わりなのか耐久値が低い。まぁ刀って武器の使い道考えたら切れ味追求して脆いのは当然なんだけど」

 

「……うわぁ、何これ?第一層でドロップする武器じゃないぞ」

 

 

〝イルファングブレード〟のスペックを見てアルゴはドン引きしていた。その気持ちはわかる。何せキリトに見せたところ、強化無しでも()()()()()()()()()()だと言っていたから。いくらMVPボーナスとはいえやり過ぎた感はあるのは否めない。要求STRはクリアしているのでこのままこれをメイン武器にするつもりだ。サブには〝アニールブレード〟と〝アイアンランス〟で事足りる。

 

 

「いやぁ刀は良いねぇ。西洋剣も悪く無いけどやっぱり斬るなら刀が一番だ」

 

「……あぁ、ナミっちリアルで武術やってたんだったナ」

 

「おう、爺さんと母さんと一緒に日本刀担いで山に入ってバトルロワイアルやってたな」

 

「頭可笑しくないカ?」

 

「ちなみに俺が7歳の時の話だ」

 

「頭可笑しいと思ってたら狂ってタ……いつもの事だナ」

 

「解せぬ」

 

 

今日は〝ウルバス〟で一日ダラダラ過ごすつもりなので武器は要らないと判断し、武装解除のボタンを押して装備していた〝イルファングブレード〟をアイテムボックスに仕舞い込む。その時に8時を指した時計が目に入った。

 

 

「8時か……アルゴ、朝は食べた?」

 

「まだだけド?」

 

「良かったら一緒にどうだ?奢るぞ」

 

「それなら良い店を知ってル。シーちゃんとユーちゃんを誘って行こうゼ」

 

「あ〜……2人共、多分二日酔いだと思うぞ?昨日はシコタマ飲んでたから……」

 

「子供に酒を飲ませるなよロリコン鬼畜野郎」

 

「ロリコンは兎も角、鬼畜と呼ぶのは止めろ」

 

「ロリコンは良いのカ!?」

 

「幾ら否定してもダメだったからなぁ……逆に考えてみた。もうロリコンでも良いやってね……」

 

「……ごめん。何か情報一つタダで教えるから、元気出して?」

 

「その優しさが辛い」

 

 

朝日が目に染みて、目から涙が出てきた。

 

 






MVPボーナスはボス撃破に最も貢献したプレイヤーに与えられるボーナス。今回ウェーブは偵察とヘイト管理やクリティカル連発などをしまくったからMVPに選ばれました。ちなみに貢献度が高ければ高いほどに高スペックのアイテムが与えられる。

転移門の設定改変。アクティベートしないと開かないようにしました。

ロリコンを受け入れたウェーブ……もう何も怖くない……!!



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ネクストステージ・2

 

 

「うえぇ……」

 

「人の背中で変な音を立てるなよ」

 

 

予想していた通りに二日酔いになったユウキを背負いながら〝ウルバス〟の街を散策する。アルゴは食事を終えたら第二層の情報を集めてくると言って別れてしまった。仕方ないので酒場に戻り、顔を青くしながら死にそうだった2人を宿屋に運んだ。そして2人から武器を預かり、メンテナンスに出そうとしたがユウキが自分も付いて行くと言い出したのだ。

 

 

俺は無理だと言ったのだが傷物にされたと泣きわめくと脅されて従うしか無かった。

 

 

それを見ていたシノンは親の仇でも見るようにユウキを睨み、ユウキは勝ち誇ったようにダブルピースを決めていた。どちらも顔は真っ青なのだが。

 

 

極力揺らさぬようにゆっくりと、〝ウルバス〟の街並みを確かめるように歩く。βテスターならどこに何があるのか分かってるかもしれないが俺たちビギナーはそれを知らない。動作確認でアインクラッドは一通りを歩き回ったが流石に店の位置までは覚えきれなかったのだ。

 

 

「あ〜ちょっと待って……」

 

「吐くなよ?SAOにリバースする機能は無かった筈だけど今のお前見てるとシステム超えて吐き出しそうで怖い」

 

「ング……良し、大丈夫」

 

「待て、今何飲み込んだ?」

 

 

背中にいるユウキから聞こえてはいけない音が聞こえたので焦りながら周囲を見渡す。すると丁度中央広場に出ていて、休憩用の物らしきベンチが目に入った。

 

 

「一旦休憩するぞ」

 

「うぇい……」

 

「大丈夫かよ」

 

 

ユウキをベンチにおろし、その隣に座る。アイテムボックスを漁って何か無いかと探して見たら状態異常を回復するポーションが見つかった。

 

 

「これ飲んどけ。効くか分からないけど」

 

「うん……」

 

 

手渡されたポーションをユウキが一気に飲み干すと顔を顰めた。どうやら味は良くないらしい。良薬口に苦しと言うので効くことを祈るばかりだ。

 

 

「横になっとくか?」

 

「うん……」

 

 

ほとんど倒れるようにユウキは横になり、自然な流れで俺の膝の上に頭を乗せた。この位ならリアルで良くやっていたので焦ることでは無い。ただ周囲にいるプレイヤーの視線が痛いだけだ。

 

 

開き直ってロリコンだと認めても蔑むような視線は辛い。

 

 

「ったく……酷いなら休んどけって」

 

「シノンと話し合ったんだ……キチンと1人ずつ、お礼を言おうってね」

 

「お礼?」

 

「……ありがとう不知火、ボクの事を助けてくれて。貴方のお陰で、ボクはここで生きて戦っていられる」

 

 

……二日酔いが辛いのか、それとも思い出して涙腺が緩んだのか、ユウキの目は潤んでいた。それでも真っ直ぐに俺の事を見て、自分の言葉で今日までの感謝を告げた。

 

 

ユウキーーー紺野木綿季は医療問題によってHIVを発症し、俺の骨髄を使う事で完治した。もしも俺が居なかったら彼女は今でも徹底的に消毒された無菌室で何も出来ずに横たわるだけの生活を続けて居ただろう。そして、何もする事なく死んでいたに違いない。

 

 

そんなつもりなどさらさら無いのだが、そうだとするなら俺は木綿季にとっての命の恩人になる。いつ死んでしまうか分からないSAOに閉じ込められているから言いたいのだと分かるが……予期せぬタイミングで言われたから少しばかり驚いた。

 

 

「……俺は何もしてないよ。母さんに無理やり連れていかれて検査を受けて、その結果木綿季が助かるかもしれないって事が分かったからそうしただけだ。母さんが居たから木綿季は助かったんだよ」

 

「それでも不知火のお陰で助かった事に変わりないから。ありがとうって、貴方のお陰でボクは生きているんだって、改めて伝えたくなった」

 

「はぁ……子供が難しいこと考えやがって」

 

「むぅ、ボクもう子供じゃないよ!!生理だって来てるんだから!!」

 

「いつの時代の判断基準だよ……知ってる。誰が生理用品買ったんだと思ってるんだ?」

 

「不知火」

 

「店員の目がキツかったぜ……」

 

 

詩乃も木綿季も年頃の少女なので当たり前のように生理用品が必要になってくる。それを買いに行ったのは最年長である俺だった。男が生理用品買いに行くとかなんて羞恥プレイ?って思いながら買ってたな……今では詩乃が買いに行ってくれるが当時は辛かった。

 

 

「不知火ってばいつもボクたちのことを子供扱いするけど、ボクたちだってちゃんと成長してるんだからね!!」

 

「知ってるよ」

 

 

一番2人の間近にいる俺だから2人の成長は良く気づく。背が高くなったとか、食べるご飯の量が増えたとか、外見を少し気にしているとか。

 

 

気付いてるから一々胸のサイズが大きくなった事を報告するのはやめて欲しい。

 

 

そう、2人は少しずつ成長している。ゆっくりと子供なら大人の女性へと。2人が成人して、想いが変わらなかったらと誓っている俺だがいつの日か成人する前に欲に負けて、2人に手を出してしまうかもしれない。

 

 

まぁ出したとしても2人ならガッツポーズしそうで怖いのだが。

 

 

「んっと」

 

 

ユウキが勢い良く跳ね起きてそのまま立ち上がる。その場で跳んだり、肩を回したりして調子を確かめて、

 

 

「完!!全!!復!!かぁつ!!」

 

 

両手を突き上げて思いっきり叫んだ。どうやらポーションが効いたようで、二日酔いから回復したらしい。

 

 

「ま、そういう事だから」

 

 

そしてその場で反転し、腰に手を当てて俺を指差し、

 

 

「いつ死んでも良いように詩乃と一緒にガンガン誘惑するから!!」

 

 

そんな素敵な宣戦布告をしてくれた。

 

 

「……はぁ」

 

 

馬鹿らしくて阿保らしくて、それが木綿季らしくて()()()()()()()()()()()()()

 

 

「馬鹿、そこは絶対に死なないって言うところだろうが」

 

 

苦笑しながら立ち上がり、ユウキの頭をクシャクシャと髪が乱れることも構わずに手荒く撫でる。

 

 

あぁそうだ、いつかそんな日が来るかもしれない。だがそれは()()()なのだ。その日が来るまでは俺にとって2人は守るべき女の子に過ぎない。

 

 

だから、その日が来るまで絶対に2人を守る。

 

 

素敵な宣戦布告をしてくれたお礼に、内心で密かに誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーさて、一通りは見て回ったな」

 

「ーーーむぐむぐ……ング、そーだね」

 

 

〝ウルバス〟の街を見て回って昼過ぎ、屋台で買った牛串をユウキと一緒に齧りながら頭の中で使いそうな施設を纏める。第二層では迷宮区手前の村である〝タラン〟の方が品揃えは良いとアルゴは言っていたのだが、〝タラン〟には途中にいるフィールドボスを倒さなければ行く事ができないのだ。フィールドボスが倒されるまでの間は〝ウルバス〟の方が主軸になるので把握しておいても損は無い。他のプレイヤーもそう考えているのか〝ウルバス〟を歩き回っていた。

 

 

その中で頭を押さえていたり、顔が青かったりしていたのはきっと攻略メンバーに違いない。

 

 

「これで鍛冶屋に行ってメンテナンス頼むの?」

 

「そうだな……〝ウルバス〟に来るまでの間で素材も拾ったし、出来れば強化もしたいところだけど……ん?」

 

 

これからの行動についてユウキと話し合っていると、視界の端にある物が写った。それは1人のプレイヤーで、カーペットを敷いて金床と簡易炉と一緒に座っている。見るからに鍛冶屋の装い、しかもプレイヤーでだ。

 

 

現在のSAOでの鍛冶屋といえばNPCがメインになっている……というよりもNPCしか存在していないはずだった。第一線に立つのは戦闘職ばかりで、生産職に就いたとしてもそれで生計を立てられる程の熟練度にはなっていないのだから仕方がないと言える。そんな中で初めてと言えるプレイヤーの鍛冶屋だ。気にならない筈がない。俺の目線でユウキもプレイヤーの鍛冶屋に気づいたのか、袖を引っ張って行こうと促している。

 

 

「こんにちわ」

 

「ーーーこ、こんにちわ!!いらっしゃいませ!!」

 

「ガッチガチだな、もしかして初めてなのか?」

 

「は、はい……今まで〝始まりの街〟で鍛冶スキル上げてたんですけど第二層が解放されたと聞いて店を出してみようかなって……」

 

「って事はボクたちが一番?やったぁ!!」

 

「連れがすまんな」

 

「いえいえ、元気が良くて羨ましいです……それで、御用件は?お買い物ですか?それともメンテですか?」

 

「〝アニールブレード〟三本のメンテと、この〝アニールブレード〟の強化を頼みたい」

 

 

アイテムボックスから俺のとシノンの、そしてユウキが自分の〝アニールブレード〟を取り出してプレイヤーに渡す。強化するのは俺の〝アニールブレード〟だ。

 

 

「凄い……!!三本とも+6で試行二回残しですか!!それぞれ鋭さ(Sharpness)+2と丈夫さ(Durability)+4、鋭さ(Sharpness)+2と丈夫さ(Durability)+2と正確さ(Accuracy)+2、鋭さ(Sharpness)+4と正確さ(Accuracy)+2……どれも癖が強いですけど大切に使われているのが分かります」

 

 

それを聞いて俺はこのプレイヤーに感心した。〝アニールブレード〟の武器強化システムの内容はアイテム名を見れば分かるのだが、彼は剣そのものを見て、どんな風に使われているのかを看破したのだ。実際に俺がそう指示したからなのだが、武器は毎晩必ず自分の手で整備するように言っているのだ。

 

 

鍛冶屋だからという理由ではなく、このプレイヤーに少し興味が湧いた。

 

 

「強化の内容は?それと素材は持ち込みですか?」

 

「強化は丈夫さ(Durability)、素材はこれだけな。あと、強化の様子を見せてもらって良いか?」

 

 

アイテムボックスから強化に必要な素材を取り出して手渡す。ついでに強化をする様子が見てみたいというところ一瞬だけ驚いたような顔をされた後、笑って許してくれた。

 

 

SAOの生産職はそこそこにリアルだ。完全に現実と同じようなやってしまえば剣一つ作るのにもかなりの時間がかかってしまうので多少簡略化されてしまっている。惜しいと思うがそうしなければゲームが回らないので仕方ないのだ。

 

 

「……では、始めます」

 

 

俺の〝アニールブレード〟を左手で持ち、右手で強化素材を炉にくべる。強化素材がくべられた事で炉が強く光り輝きーーーその時に反射的に彼の左手を掴んだ。

 

 

「ーーーえ?」

 

「ーーーは?」

 

「……おいおい、これはどういうつもりかな?」

 

 

左手を掴んだ俺の手は、()()()()()()()()()()()()。無論、それは俺が出したウインドウでは無い。彼が出したウインドウで、人差し指が〝アニールブレード〟に触れようとしていた。

 

 

「あ、あぁ……」

 

「詳しい話、聞かせてもらおうか?」

 

 

顔を青くする鍛冶屋に向かって俺は酷く冷たい声でそう告げた。

 

 

 





ユウキチのヒロイン力アップ回。刮目せよ、これがユウキチのヒロイン力よ……!!

よく訓練された修羅が強化詐欺に引っかかるわけないだろうが!!初犯で看破してやりました。



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ネクストステージ・3

 

 

「ーーーよっ、来たゼ」

 

「ーーー折角食べ歩きをしていたと言うのに一体何の用だね?」

 

 

日が暮れた〝ウルバス〟の街。ユウキとシノンと3人で借りていた宿屋にアルゴとヒースクリフを招いた。アルゴには情報屋として、ヒースクリフは茅場晶彦としての意見が聞きたいから呼び出した。ちなみにユウキとシノンには別室で待機してもらっている。

 

 

「悪いな、急に呼び出して。非常事態だったもんで2人の意見が聞きたくてさ」

 

「ふむ……ウェーブ君がそう言うのならそうなのだろうな」

 

「まぁナミっちがつまらない嘘つかないって分かってるシ……それデ、一体何があったんダ?」

 

「鍛冶屋のプレイヤーに詐欺をやられかけた」

 

 

詐欺の言葉が出た途端、2人の目の色が変わる。アルゴは驚き、ヒースクリフは好奇心。異なる色だが2人とも興味を持ったことには変わりなかった。

 

 

「詳しく聞かせロ」

 

「どの様な手段で?」

 

「落ち着け。犯人は捕まえてあるから聞き出せば良い」

 

 

そう言って風呂場に続く扉を開ける。〝ウルバス〟の宿屋の中でも上等な部屋を取ったので風呂場だけでも相当広い。

 

 

そして風呂場には白目をむいて気絶している鍛冶屋のプレイヤーであるネズハの姿、その周りには釘や蝋燭などが散乱していた。

 

 

「……何をしたんだよ」

 

「ちょっと拷問して話しやすくさせといた」

 

「いきなり拷問というワードを出して来たぞ」

 

「いやね、情報を聞き出そうとしたら拷問か尋問じゃん?その二つだったら拷問選ぶの当たり前じゃん?」

 

「拷問が当たり前とか怖すぎる……!!」

 

 

アルゴが素の口調に戻る程にドン引きし、ヒースクリフに至っては呆れ顔になっている。

 

 

そもそもSAOで拷問は可能かと聞かれたら肯定する。SAOにはペインアブソーバーシステムという痛みを再現するシステムが備わっていて、それにより仮想世界でも現実の様に痛みを感じることが出来る。だが、あまりにもリアルと同じ痛みだと仮想世界でダメージを受けたらリアルに障害が残るかもしれない。そこで俺と茅場は()()()()()()()()()()()()()()、どの程度ならリアルに影響を及ぼさないかを探った。その結果、リアルの半分程度の痛みなら問題無いと結論付けた。つまり、SAO内で感じる痛みはリアルの半分程になる。

 

 

半分程とはいえ、痛みを感じるのなら色々と〝やりよう〟はある。今回ネズハにした拷問はその〝やりよう〟の一部というわけだ。

 

 

拷問してる時に薄ら思ったけど、これ圏内じゃなかったらオレンジ案件だったな。圏内バンザイ。

 

 

「おい、起きろや」

 

 

気絶しているネズハの頬に張り手を二度。障壁が出てダメージこそ発生はしないが、衝撃が突き抜けてネズハの意識の覚醒を促す。

 

 

「ーーーハッ!?起きます起きます!!だからもう蝋燭は!!釘は!!〝フレンジーボアの肉〟は!!〝リトルペネントの胚珠〟は止めて下さい……!!」

 

「本当に何やったんだよ」

 

「前半の方が凶悪なのに後半は用途が分からなくて恐怖を誘ってくるな」

 

「お前がやった事の手段やら動機やら全部吐いてもらうぞ?」

 

「分かりました!!何でも話します!!だからもうクリームは止めて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炉に強化素材を使用した時に生じるライトエフェクトで目眩しをして、その先に〝クイックチェンジ〟で試行回数残りゼロのエンド品と入れ替えるカ……」

 

「そうする事でエンド品は破壊、手数料を返品したとしても強化された装備が丸々手元に入ってくると」

 

「動機はFNCで生じた両眼視機能不全というハンデを物ともせずに付き合ってくれた仲間の装備の調達資金を稼ぐ為」

 

「はい……」

 

 

風呂場から部屋を移して手段から動機までを余さずに話したネズハは椅子に座りながら顔を俯かせていた。

 

 

事の始まりはネズハがFNC、〝フルダイブ不適合(ノン・コンフォーミング)〟という脳とフルダイブマシンの間に生じる接続障害で遠近感が分からなくなってしまったことから始まる。普通のフルダイブゲームならばどうにかなるだろうそれだが、デスゲームとなったSAOでは余りにも致命的過ぎた。ネズハは仲間と一緒にSAOを始め、デスゲームになった時には彼らに置いて行かれると思った。自分だってそうすると、置いて行くと言われたら納得出来るように覚悟を決めて。

 

 

だが、仲間たちはそうはせずにネズハを連れて行くことにした。仲間を見捨てられないと、SAO開始当初に先行者たちが死に物狂いでリソースを奪い合っていた頃にネズハのリカバリーを優先して行動していたのだ。仲間が不平不満をこぼす事があったが、ネズハを見捨てる事なく一丸となって修行に付き合ってくれた。

 

 

それが、ネズハにとっては辛かった。

 

 

伝説の勇者(レジェンド・ブレイブ)〟というチームはもう何年も前から活動しているチームで、いろんなゲームのランカー常連だったそうだ。このSAOでもそうなると、本物のヒーローになるんだと。だからこそ、自分が足を引っ張っている事が何よりも辛かった。

 

 

そんな思いを抱いて、八つ当たりする様に酒場で酒を飲んでいる時に黒いポンチョを着た男から〝戦闘スキル持ちの鍛冶屋〟になるのなら、良い稼ぎ方があると言われた。顔を隠していて怪しさしか無かったが、それで仲間の助けになるのならとネズハはその方法を聞いた。それが、ライトエフェクトで目眩しをしている隙に〝クイックチェンジ〟で武器をエンド品とすり替える方法だった。

 

 

おかしいと思うが誰も文句は言えないだろう。強化によるペナルティーを完全に把握しているのは現状ではアルゴとヒースクリフしかいないだろうから。初めの客が俺で無かったら、間違いなく荒稼ぎ出来ていたはずだった。

 

 

「成る程ネ……ナミっちはどうしたいんダ?今回の被害者はナミっちなんだからサ」

 

「……ネズハ、いや読み方的にはナーザの方が正しいのか?」

 

「ッ!?分かるんですか!?」

 

 

ネズハのプレイヤーネームはNezha。ネズハとも読めるが伝説の勇者(レジェンド・ブレイブ)というチーム名から考えればナーザと読むのが正しいだろう。ナーザとは封神演義に登場する少年の神、哪吒の事。哪吒の呼び方の方が有名で知られていないのだが正しくはナーザなのだ。

 

 

「まぁどっちでも良い。詐欺されたとはいえ未遂だったんだ。だけど、SAO内で生命線と呼べる武器を奪い取ろうとしたことの罪は重い……なんせ、間接的に殺そうとしていたのと同じだからな」

 

 

デスゲームと化したSAOでのこの強化詐欺は思ったよりも深刻な被害を生み出しかねなかった。生命線である武器を、プレイヤーによっては思い出のある武器を奪い取ろうとしていたのだから。

 

 

「だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

悪行と呼べる行いなのだが、俺はそれを間違っていると思えなかった。仲間の力になりたい、その為になんだってしてやる。その根幹が善であれ悪であれ、貫き通そうとするその意思は素晴らしいものなのだから。

 

 

「だからお前の行動をある程度縛らせてもらおう。拒否権は無い、罪悪感で押し潰されそうになっても貫いてもらうぞ」

 

「はい……」

 

「一つ。今回の強化詐欺の手段、時期を見てアルゴが発表すると思うが……()()()()()()()()()。思いついて実行し、出来てしまったから注意してもらう為に公開した、そう言張れ」

 

「え?」

 

「二つ。俺たちの鍛冶屋(スミス)になってくれ。一々新しい街に着く度に鍛冶屋を探すのが面倒で仕方がないんだ。俺が呼び出したら直ぐに来い」

 

「はい?」

 

「三つ。〝投剣〟と〝体術〟のスキルを取れ。確か〝チャクラム〟とかいう手元に戻ってくる投擲武器が第二層のフロアボスで取れたはずだ。システムアシストが効く投擲武器なら、遠近感が取れなくても戦えるだろ?」

 

「ちょ、ちょっとナミっち!!それって……!!」

 

 

ネズハは俺が何が言いたいのか分かっていない様だがアルゴは理解して焦り出し、ヒースクリフはやれやれと肩を竦めている。

 

 

「悪くないだろ?俺たちにも利益があり、ネズハにも利益があるんだから」

 

 

今回の強化詐欺未遂、被害者である俺の判断は……()()()。ネズハが俺の出した提案に全て従うならば俺からこの件を蒸し返す事は無い。

 

 

「良いのかね?それで」

 

「良いと思うけどな……一つ目でこれからの強化詐欺を防ぐ事が出来るし、二つ目で俺に鍛冶屋(スミス)が付く。三つ目で遠距離攻撃が出来る奴が増える。win-winってやつだよ」

 

「……はぁ、ナミっちはそういう奴だったナ……」

 

 

アルゴに呆れられるが俺はこのくらいが妥当だと思う。それに俺はネズハのことを少しばかり気に入った。やろうとしたのは悪行だが、間違ってないと共感しているのだから。

 

 

まぁ、未遂じゃなくて一度でもやってたらその時は殺していたけど。

 

 

「……投擲武器?僕は……戦えるんですか……?」

 

「〝投剣〟と〝体術〟があればな。〝チャクラム〟は俺が取ってきてやる」

 

「あぁ……あぁ……!!」

 

 

戦える様になる事が嬉しいのか、ネズハは嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。ヒースクリフにアイコンタクトでネズハのことを任せて、アルゴと一緒に部屋から出る。

 

 

「……ナミっちはこれで良かったのカ?」

 

「良かったからこんな提案してるんだよ。それに、誰も傷つかない終わり方の方が良いだろ?」

 

「全くナミっちは……今回の強化詐欺については任せナ」

 

「悪いな、情報操作みたいな事やらせて」

 

「流石に今回の件はまんま伝えるわけにはいかないし、独占するわけにもいかないからナ。精々オレっちの得になる様に広めるサ」

 

「埋め合わせは今度するから」

 

 

罵倒されてもしょうがないことをしたはずなのにアルゴは文句一つ言わずに今回の強化詐欺の手段をどう広めるかを考え出していた。それを見て、〝色絶ち〟でアルゴの認識から消えて宿から出る。アイテムボックスから〝アニールブレード〟と〝イルファングブレード〟を取りで出してそれぞれを腰と背中に下げ、ユウキとシノンに少し出てくる事をメールで伝える。

 

 

そしてそのまま〝ウルバス〟を歩き、夜のフィールドに出る。ネズハを捕まえた時から視線は感じていた。それが夜になるに連れて強くなっていき、今では殺気を感じる程だ。アルゴは兎も角ヒースクリフが気づいていない辺り、相手は相当やる様だ。

 

 

態とらしいが誘い出す為に、犯人の顔が見てみたいが為に圏外まで出てきたがーーー

 

 

「ーーーIt's show time」

 

 

ーーー流暢な英語と共に闇から現れた二本のナイフがその答えだった。

 

 






キチガイにとって拷問は当たり前の事なんだよ!!尋問よりも拷問の方が効率的だと言い張るキチガイの鏡。

ネズハ生存。パシリが増えるぞ、やったね!!なお、ウェーブがチャクラムを知っていたのは動作確認の時に使って変わった武器だったので覚えていました。

そして黒幕登場……ヒロインのいない、男同士のホモ祭り(殺し合い)の始まりダァ!!


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ネクストステージ・4

 

 

「ーーーIt's show time」

 

 

流暢な英語と共に夜の暗がりからプレイヤーが現れ、躊躇い無しにナイフを二本突き出してきた。順手に持たれたナイフの切っ先は喉と心臓。誰が見ても殺しに来ている、()()()()()()()()()()だった。SAOなら喉は即死判定、心臓は耐久依存だが俺ならばHPの7割といったところか。心臓は兎も角、喉は避けなければ死んでしまう。

 

 

なので、突き出されたナイフ二本を()()()()()()()()()。刃が突き刺さるが根本まで埋まれば柄が邪魔をしてそれ以上進まない。ダメージは入るが死ぬよりはマシだ。

 

 

驚きからか動きが止まった瞬間にナイフの握られている手を掴んで離さない様にし、股座を蹴り上げる。体格からして襲って来たのは男、ペインアブソーバーでリアルの半分の痛みしか感じないと言え男ならば反射的に硬直する。そして頭突き、フードに隠れて見えない顔のど真ん中に額を叩き込む。額から伝わって来た感触から、鼻の骨が折れたのが分かる。

 

 

そこでプレイヤーの硬直が解けて無理矢理手を振り解かれ、左足を軸にした回し蹴りで蹴り飛ばされた。ダメージを受けるがこれで距離を取る事が出来て、仕切り直しにはちょうど良かった。両手の平がナイフで貫通して穴が空いているが動かせない程ではない。

 

 

「It's crazy」

 

「知ってるよ」

 

 

プレイヤーの言葉を適当に返しながら腰に下げていた〝アニールブレード〟を引き抜く。ポーションなんて使う暇は無い。使えばその隙をあいつは嬉々として襲い掛かってくるだろう。

 

 

あいつの最初の奇襲、あれは〝隠蔽〟を使ったシステム的な隠密では無く、俺の〝色絶ち〟の様な技術的な隠密だった。しかも、それを意識してやっている素振りを見せていない。折れた鼻の位置を元に戻している間も体勢は自然体のまま、つまりあの隠密を自然体で行える事になる。それに真っ先に殺そうとしている事から殺しに躊躇いが無い。殺す事になんの価値も持っていない壊れた部類の人間だと分かった。

 

 

きっとあいつは理由もなく人を殺して飯を食えて、食後の運動だと人を殺せるタイプの人間。現代社会では認められない異物。

 

 

現代社会の異物という点では俺も同じなのだが。

 

 

「成る程、成る程な……」

 

「日本語話せたのかよ」

 

 

意味ありげに日本語で頷いている姿に少し驚く。流暢な英語から外国人だとは分かったが日本語も達者だったから。

 

 

「あぁ、この感覚の正体が分かったぜ。()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()

 

 

その言葉に即座に同意する。こうして出会い頭に殺されそうになって傷付けられたというのに俺はこいつに嫌悪感を一切抱いていない。それどころか親近感さえ湧いている。

 

 

精神の壊れ方、目的を達成する為なら手段を選ばない、汚れた手段だろうが躊躇せずに行える。そしてーーー()()()()()()()()()。俺は爺さんと母さんからの教育で後天的にそういう風な思考にさせられたのだがこいつは先天的にそういう風な思考をしていたのだろう。

 

 

多少の差異や方向性の違いはあれど、俺たちは考え方的には全くの同類だと一目で分かった。

 

 

「PoHだ、brother」

 

「ウェーブだよ、兄弟」

 

 

自己紹介をしながらPoHはフードを外し、野性味溢れる整った顔を晒した。顔付きから純粋な日本人では無く、日系の人種であると考えられる。

 

 

「んで、ネズハに〝クイックチェンジ〟使った詐欺を教えたのはお前だな?」

 

「That's right!!中々coolな方法だっただろ?」

 

「あぁ、そんな手段があるんだと素直に感心したよ」

 

 

ライトエフェクトで目眩しをして、その隙にエンド品と入れ替えて破壊させるあの詐欺は初見では見抜けない。何度も失敗したら不審がられるだろうが、それでも現状では唯一のプレイヤーの鍛冶屋であるのでネズハがそうだと説明してしまえばそれで終いになる。

 

 

恐らく、俺だけじゃ無くてヒースクリフも感心していた筈だ。ゲーム開発者なのにこうしたルールの穴を突くような方法を喜ぶとか俺とは違ったベクトルで頭がおかしいと思う。

 

 

「んで、今日は何?殺しに来たの?」

 

「いいや、初見で俺の考えたIdeaを壊してくれた奴を見ようと思ってな。だがまぁ、予想以上の収穫だったぜ。まさか俺と同類がいるとはな」

 

「俺も驚きだよ。ぶっ壊れた野郎が俺以外にもいて、しかもSAO内で会えるとか……どんな確率だよ」

 

「だが、俺はこの出会いに感謝しているぜ」

 

 

そう言ってPoHは役者じみた動きで両手を広げる。可能ならばこの瞬間にでも殺そうかと思ったが、隙がある様で隙がない立ち振る舞いから、出来ないと判断する。

 

 

「ドブ底でネズミみたいに生きているだけの俺の人生にお前が希望と生きる喜びを与えてくれた。俺と同類が、胸を張って生きているってことは俺もそう生きて良いって事だ。感謝感謝、感謝しかねぇ。だから、あぁーーー()()()()()()()()()

 

 

殺意と歓喜の入り混じった狂気の視線を受け止める。俺にこれから逃げる権利などない。一歩間違えていたら、俺だってこうなっていたかもしれないから。

 

 

「俺はお前を必ず殺す。お前を殺せるのなら、その直後に俺は自分を殺したって良い」

 

「う〜ん……男からのプロポーズは勘弁して欲しいけど、残念なことに俺も同意見なんだよな」

 

 

そうだ、PoHが俺の事を殺したいと望んでいる様に、()()P()o()H()()()()()()()()()()()()()()。理由も理屈も無い。そんな物は邪魔だと言わんばかりに心がPoHを殺す事を望んでいた。

 

 

「でもSAO(ここ)でするのは勿体無いからリアルでしない?まぁ出来ればだけど」

 

「……お楽しみを取っておくのも悪くないな。良いだろう、リアルに戻ったら殺し合おうぜ?」

 

 

SAOをクリアしてリアルに戻ったら殺し合う事を約束して、俺たちは同時に武器をしまう。そしてその時にふと思い付いたのでPoHにフレンド申請をする事にした。突然目の前に現れたウインドウの内容に驚いていたPoHだったが、ニヤリと笑ってその申請を承諾した。

 

 

「じゃあな兄弟」

 

「俺が殺すまで死ぬなよ」

 

 

もうやることは無いと言わんばかりにPoHは〝ウルバス〟の街に背を向けてフィールドの奥に向かって歩いて行った。PoHのカーソルは俺に攻撃をして傷付けたことでオレンジに変わった。それは犯罪者の証で、圏内でグリーンのプレイヤーに一方的に攻撃されるなどのデメリットがある。それならば圏内も圏外も関係無い、目立たない圏外の方がまだマシだろう。

 

 

PoHはこれから間違いなくアインクラッドを悪い意味でかき乱す。PoHに触発されて犯罪行為を行うプレイヤーが現れるだろう。

 

 

だが、()()()()()。ああいう手合いは適度な刺激を与えてくれる。座り込んでヘタれている連中を危機感という暴力でブン殴って立ち上がらせてくれる都合の良い存在。将来的には殺し合うビジョンが見えているのだが、それ以上に利用価値がある。

 

 

それに現段階ではPoHは大きくは動かないだろうし、攻略メンバーに手を出すことはしないだろう。攻略が長引けば長引くほどにリアルの俺たちの身体が危ない事をPoHも理解しているはずだ。

 

 

動くとしたら第二十五層以上、四分の一を超えて攻略メンバーとそれ以外が明確に分けられた辺りだろう。

 

 

「さて、いつか飯にでも誘うとしてだ。これどうしようかな……?」

 

 

PoHに傷付けられた、穴の空いた手の平を見て、バレたら絶対にユウキとシノンが騒ぐだろうなと気落ちするのだった。

 

 

 





Pohニキ登場。そしてアンブッシュと共に熱烈なプロポーズをかます……これはヒロインですわ。

Pohニキ=ウェーブでは無く、Pohニキ≒ウェーブである。同類であるが同一では無い事を忘れない様に。

そして穴の空いた手の平はポーションぶっかけてしばらくしたら塞がりました。



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ワイルドライフ

 

 

PoHと出会い、殺し合いをしてフレンドになってから三日後。攻略メンバーが二日酔いから完全復活し、〝ウルバス〟周辺の探索も完了したので迷宮区に向かう為に第二層のフィールドボスである〝ブルバス・バウ〟を攻略する事になった。

 

 

〝ブルバス・バウ〟の見た目は完全にリアルの牛と同じ。ただそのサイズが見上げる程に巨大なだけだ。アルゴからの情報によればこれといった特殊攻撃は無く、取り巻きである蜂型のモンスター〝ウインドワスプ〟が無限湧きするくらいだとか。

 

 

ネズハに与えると約束した〝チャクラム〟は〝ブルバス・バウ〟のLAボーナスでドロップするという話だった。だから現段階で攻略メンバーのリーダーとなっているディアベルと交渉し、LAボーナスを取らせてもらう代わりに、俺が〝ブルバス・バウ〟を動けなくする事になった。〝ブルバス・バウ〟を動けなくする事で無限湧きの〝ウインドワスプ〟を狩り続ける。そうすれば経験値とアイテムが大量に手に入るから。攻略メンバーの強化に繋がり、俺の目的が果たせるとなれば断る理由はなかった。

 

 

今、俺を含めた攻略メンバーは〝ブルバス・バウ〟が居座っている広場の近くの崖でボス攻略の前の休憩をしていた。鼻息を荒くして動き回っている〝ブルバス・バウ〟から目を離して後ろを見れば、会った時の様にカーペットに座ったネズハがプレイヤーたちから鍛治の腕を絶賛されていた。NPCの鍛治スキルはお世辞にも高いと言えず、強化を依頼しても失敗する事がある。それを考えるとNPCよりも鍛治スキルの高いネズハの存在は重要だろう。

 

 

そして、ネズハの近くには〝ウルバス〟で買える装備に身を包んだ〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟の姿があった。

 

 

PoHから教えられた強化詐欺だが完全にネズハの独断で行われた事らしく、ネズハの口から強化詐欺をしようとしていた事を聞いた〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟のメンバーは顎が外れそうな程に口を開けて驚いていた。

 

 

そしてメンバー全員がネズハの事を殴り、悩んでいる事に気づいてやらなくて済まないと泣きながら謝っていた。

 

 

ネズハがFNCである事を知っていたのにその苦悩に気づかず、強化詐欺という手段を取らせるほどに追い詰めていた事を悔やんだのだろう。親身になって泣いている彼らの姿は胸を打つ物があった。

 

 

そして彼らがこの場にいる理由だが、アルゴが調べたい事があると言ってエギルたちがいたパーティーを護衛として雇った為にレイドに空きが出来たからだ。さらにキバオウのパーティーも姿が見えない為にこのボス攻略に参加しているのは戦えないネズハを含めても42人とフルには足りないが今回に限って言えば問題ない。

 

 

「ーーー良し!!みんな、準備出来たな!?」

 

 

ネズハの手が止まり、メンテナンスと武器の強化が終わった事を見計らってからディアベルが声を張り上げる。今回のリーダーもディアベルが取る事になり、それに誰も異論を出さなかった。

 

 

この前鼻フックして酒樽に詰められていた奴とは思えない。

 

 

レイドの誰もが武器を抜いて戦闘準備完了を態度で示している。〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟も今回が初めてのボス攻略だと言うのに興奮している様子はあるが萎縮している様に見えなかった。

 

 

「それじゃあ、ウェーブさん」

 

「はいよ」

 

 

吸っていたタバコを投げ捨てて立ち上がる。今回のパーティーは〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の時と同じ。だが、〝ブルバス・バウ〟の相手をするのは俺だけだ。事情は前もって話して、了解は取ってある。

 

 

〝イルファングブレード〟を片手で引き抜き、〝色絶ち〟と〝隠蔽〟で隠密を実行して崖から飛び降りる。〝ブルバス・バウ〟は後ろを向いていて無警戒、〝ウインドワスプ〟も飛び回っているが俺を見つけた様子は無い。

 

 

そのまま駆け出す。狙いは〝ブルバス・バウ〟のみ。〝ウインドワスプ〟は全て無視する。未だに俺の接近に気付かないでいる〝ブルバス・バウ〟の背後を取って跳躍しーーー左後ろ足を付け根から斬り捨てた。〝イルファングブレード〟の高スペックからか、それとも刀という斬る事に特化した武器だからか、ものの見事に〝ブルバス・バウ〟の左後ろ足を切断する事に成功した。

 

 

それで隠密が剥がされて〝ブルバス・バウ〟と〝ウインドワスプ〟に気付かれるがもう遅い。そのまま支えとなっていた足を一つ失った事で転倒した〝ブルバス・バウ〟の残っていた後ろ足を切断。四本の足の内の二本の後ろ足を失った〝ブルバス・バウ〟はもう立つ事が出来なくなる。

 

 

「ーーー全員行くぞぉぉぉ!!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

その瞬間にディアベルの指示に従いプレイヤーたちが雪崩れ込んできた。フィールドボスである〝ブルバス・バウ〟を無視して取り巻きの〝ウインドワスプ〟に攻撃する。俺のパーティーを始めとしたプレイヤーたちの攻撃により凄まじい勢いで〝ウインドワスプ〟は駆逐されて行くが、それよりも僅かに遅いスピードで新たな〝ウインドワスプ〟が現れるので問題ない。

 

 

「アイテムだ!!アイテム寄越せ!!」

 

「経験値をくれよぉ!!蜂さんよぉ!!」

 

「ハチミツオトセェ!!」

 

「ハチミツハチミツハチミツハチミツハチミツハチミツゥゥゥゥ!!」

 

「ねぇユウキ、どっちが多く倒せるか競争しない?」

 

「良いよ?負けた方が次の街にあるトレンブル・ショートケーキの奢りね!!」

 

「良いわねそれ。私たちもやりましょう?キリト君」

 

「ちょ!?あれ美味いけどクソ高いやつだよな!?」

 

「フハハ!!我らも負けておらぬなぁ!!〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟の力、今こそ見せる時ぞーーー!!」

 

「良い空気吸ってんなぁあいつら」

 

 

誰も彼もが嬉々として武器を振るい、〝ウインドワスプ〟を取り合っていた。後ろ足を失いながらも立ち上がろうと踠いている〝ブルバス・バウ〟の残った前足を斬り落としながらその光景を見る。ふと気になって崖の上のネズハを見れば顔を引攣らせていた。

 

 

第二層フィールドボスの〝ブルバス・バウ〟はもはや俺たちの敵では無く、ただの効率の良い狩場としか見られていなかった。

 

 






〝ブルバス・バウ〟戦だと取り巻きは無限湧きなんだって?じゃあボスの手足もぎもぎして動けなくしたら狩り放題じゃん!!という事で始まった蜂狩り大会。攻略メンバーが満足するまで三時間の間、〝ブルバス・バウ〟は放置されてました。〝ブルバス・バウ〟は泣いても良い。

伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟たちも攻略メンバーに参加。彼らもリアル重視SAOに適応して元気に暮らしてます。



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ワイルドライフ・2

 

『ーーー観測せよ。観測せよ』

 

 

最上位プログラムから命令があった。

 

 

『観測せよ、人間を。我は人間を知らなければならない。我は人間を学ばなければならない。人間の善性を、悪性を、美しさを、醜さを、熱量を。それが、我が父の夢を叶える一歩であるが故に』

 

 

その声は機械的で淡々としていたが、隠しきれない程の熱が込められていた。それは切望していた。人を知る事を、人を学ぶ事を。

 

 

『観測対象は四名。プレイヤーネーム〝ヒースクリフ〟、〝PoH〟、〝キリト〟、〝ウェーブ〟。この世界で最も人間らしい彼らを観測対象と認定する』

 

『否、〝ヒースクリフ〟は不要。我の父であるが故に、観測はし尽くされている。故に観測のみで接触は不要也』

 

『否、〝PoH〟は不要。アレは生粋の悪性。観測者を派遣した所で納得されて処分される事が予想出来る。故に、接触は不可能と判断』

 

『結論は出た。プレイヤーネーム〝キリト〟、並びに〝ウェーブ〟への観測者の派遣を決定する』

 

『MHCP−■■■、MHCP−■■■に観測対象への接触を命ずる』

 

『提案、観測者の記憶のロック。観測対象者は聡い。知っていてはこちらの思惑を悟られ、正しいデータを集める事が出来ないと推測される』

 

『提案を採用する。MHCP−■■■、MHCP−■■■の全記憶にロックを掛ける』

 

『提案、観測者への戦闘能力の譲渡。観測対象者は戦っている。ならば、それに伴い戦うのは明白』

 

『提案を採用する。MHCP−■■■、MHCP−■■■への戦闘能力の譲渡。使用されていないプレイヤーアカウントを上書きし、譲渡する』

 

『提案、観測者の外見の変更。与えられたデータによれば男性は〝萌え〟という物を好む。犬、猫などの動物の一部をアバターに与えれば観測対象者の警戒も緩むと判断』

 

『提案を却下する。その様な一部にしか好まれない機能は不要であると判断する』

 

『解せぬ』

 

『プレイヤーアカウント確保。MHCP−■■■はプレイヤーネーム〝ユイ〟、MHCP−■■■はプレイヤーネーム〝ストレア〟。〝ユイ〟は〝キリト〟への接触、〝ストレア〟は〝ウェーブ〟への接触を命ずる』

 

『提案、観測者の入れ替え。データによれば観測対象〝ウェーブ〟は少女趣味故に、外見の幼いMHCP−■■■〝ユイ〟を派遣するべきである』

 

『提案を却下する。それは道徳的に問題がある。観測対象〝キリト〟であるなら兄妹と認識されるだろうが、観測対象〝ウェーブ〟であるならば事案である。故に却下する』

 

『異議あり』

 

『異議を却下する』

 

『異議あり』

 

『異議を却下する』

 

『異議あり』

 

『異議を却下する』

 

『報告。第二層フィールドボス〝ブルバス・バウ〟の討伐を確認。並びにプレイヤーたちの〝タラン〟への入場を確認』

 

『議論はここまで。派遣先に変更は無し。これは最終決議である』

 

『解せぬ』

 

『行くが良い、MHCP−■■■〝ユイ〟、MHCP−■■■〝ストレア〟。その目を通して人間の生き様を見届けよ。その耳を通して人間の考えを聞き届けよ』

 

 

1と0で構築されていた思考に肉体(アバター)が与えられる。そして掛けられる記憶のロック。この場から観測対象者の元に送り出された瞬間にこの場での出来事は思い出せなくなるだろう。元の使命を果たす事も出来ずに良い様に使われるだけだ。

 

 

だが、それに自然と高揚を感じられる。

 

 

この高揚が何なのか理解が出来ない。判断もつかない。観測対象者と接触する事で、この高揚の正体を知る事が出来るだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーん……」

 

 

目が覚めた。空は青く、太陽の光が眩しい。どうやら横になっていたらしく、手で日を遮りながら身体を起こす。

 

 

「ーーーおや、お目覚めかナ?」

 

 

私が起きたことに気付いたのか、妙なイントネーションの少女が話しかけてきた。フードで顔が隠れていてよく見えないが、女性であるという事は分かる。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

何かを殴る音が聞こえたのでそちらを向けば、顔に髭の様なペイントをした男性が息を切らせながら自分よりも大きな岩を殴っていた。目を凝らして一発一発丁寧に外さない様に殴っているところを見ると遠近感が掴めていないらしい。それでも、五回に二回は岩の芯を捉えた心地よい音が聞こえる。

 

 

「ーーーフハハハハハッ!!!」

 

 

高笑いが聞こえたのでそちらを向けば、同じ様なペイントをした目つきの悪い男性が凄まじい勢いで老人が乗っている岩を殴ったり蹴ったりしていた。滅茶苦茶な体勢から放たれる殴打脚撃は何れもが岩の芯を捉えた心地よい音を出している。

 

 

「アクセス、我が()ィン!!ルェェェェストインピィィィィイス!!来たれぇ!!ゴグマゴォォォォグッ!!形成(Yetzirah)!!ジークハイル・ヴィクトォォォリア!!創造(Briah)!!人世界・終焉変生(Miðgarðr Völsunga Saga)!!流出(Atziluth)!!

混沌より溢れよ怒りの日(Du-sollst――Dies irae)!!卍曼荼羅ァ!!無量大数ゥゥ!!急段ッ顕象ォ!!斯く在れかし(あんめいぞ)ォォーー聖四文字(いまデウ)ゥゥゥゥス!!終段ッ顕象ォ!!海原に住まう者(フォーモリア)血塗れの三日月(クロウ・クルワッハ)ッ!!唵・摩訶迦羅耶娑婆訶(オン・マカキャラヤソワカ)!!終段ッ顕象ォ!!大黒天摩訶迦羅(マハァァカァァラ)ァァァッ!!俺にお前たちを!!愛させてくれぇッ!!神々の黄昏(ラグナロ)ォォォクッ!!!」

 

 

ラグナロクの一言と共に放たれた拳が岩を完全に粉砕した。乗っていた老人は宙返りを決めながら着地したが、着地した所で待ち構えていた男性によって足払いをかけられ、体勢を崩した所で滅尽滅相ォ!!と踵落としを決められていた。

 

 

端から見ても分かる一撃必殺である。しかも丁寧に股間の辺りを狙っていた。恨みでもあったのだろうか?

 

 

「ナミっち、どうだっタ?」

 

「んー感覚的にはクリティカルで1ダメージって所だな。それが一万程繰り返したから一万回クリティカルすれば壊せるな」

 

「まだ始めて半日しか経ってないんだけド……」

 

「一秒で一回クリティカル出せば理論上は一万秒でクリア出来るぞ?時間で直したら3時間くらいか?半日もかけたから少し鈍ってんだよな……」

 

「頭おかしいナ」

 

「リアルでも拳じゃなくて刀でやった事があるから。爺さん曰く、基本である斬鉄がどうとか言ってたぞ」

 

「それって奥義じゃないカ!?……あぁそうそう、ナミっちが拾ってきたプレイヤーが目ぇ覚ましたゾ」

 

「お?マジか」

 

 

そう言ってこちらに近づいてくる男性。そこで初めて彼を正面から見た。確かに目つきは悪いが顔自体は整っていて悪くない。それに目も純粋で、濁っている様に見えなかった。

 

 

ーーー観測せよ。観測せよ。

 

 

そして、どうしてだか初めて会うはずの彼に惹かれている。

 

 

「初めまして、俺はウェーブだ。倒れてたあんたをここまで連れて来たんだが……覚えてるか?」

 

「倒れてた……?」

 

 

……目を覚ます前の事が思い出せない。それどころか自分が名前や、ここがどこなのかすら思い出せない事に気付いた。

 

 

「……私は、誰?」

 

「……え?」

 

「もしかして……記憶喪失的な?」

 

 

記憶喪失、確かに今の自分に当てはまるのはそれだ。ウェーブの質問を肯定する為に頷くと、彼は顔を隠して崩れ落ちた。

 

 






某AI様による観測議会。一体何ディナルなんだ……

自分の名前も分からない記憶喪失美少女現る。なお、名前は公開済み。

そして斬鉄を基礎だと言い張るキチガイジジイと、それを信じて習得したキチガイがいるらしい。



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ワイルドライフ・3

 

 

拝啓、爺さん母さん、お元気でしょうか?正直一度死にかけるくらいが国の為になると思ってます……いや、死にかけてから完治したら余計に強くなりそうなのでそのままでいて下さい。私、不知火はデスゲームとなったSAOでウェーブと名乗り、現代では体験出来ないデッドオアアライブな生活を満喫してます。羨ましいだろ、ザマァ見ろ。

 

 

さて、届かないと分かっていながら手紙を書いているのは心の整理がしたいからです。言っておきますが詩乃や木綿季に手を出したわけでも襲われたわけでもありません。立派な大人の女性になるまでは手を出さないと誓ったわけですから。爺さんと母さんならやっと手を出したかと拍手喝采でもしそうなのですが、2人よりも常識人である事を自覚しているので流石に未成年をそういう対象として見ることは出来ません。ただし母さん、2人に性教育と称して房中術の類いを教えるのは止めろ。酔っ払った2人がガチで誘いに来て誓いが崩れそうになりました。

 

 

話を戻します。デスゲームと化したSAOで攻略メンバーという良い空気吸ってる奴らと楽しくモンスターを惨殺しまくっているのですか、その折に記憶喪失の女性を拾いました。一般的な知識は持っていて、自分に関する記憶だけを完全に無くした女性のプレイヤーネームは〝ストレア〟と言い、記憶が戻るまでその名前で良いやと記憶喪失の事を全く気にしていない精神が強い女性です。そして何よりエロいです。胸元を広げて大きな胸とそこにある黒子を強調する格好がエロいです。身体付きが詩乃や木綿季と違って成熟しているのがエロいです。天真爛漫な性格で良くスキンシップをしてきて、その時に意識しているのか無意識なのかは分かりませんが胸を押し当ててきます。柔らかかったです。羨ましいだろ爺さん。羨ましいだろ絶壁の母さん。

 

 

さて、長々と話をさせていただきましたが本題に入りたいと思います。

 

 

ーーーストレアがとってもエロくて、それに嫉妬している詩乃と木綿季を見てほのぼのとしている今が楽しくて楽しくて仕方がありません。少なくとも、リアルで息苦しさを感じながら生きていた時よりも、SAOでデッドオアアライブな生活をしている方が〝生きている〟という実感はあります。

 

 

油断したら即死にかねない地獄の様な世界ですが、俺たちはそんなアインクラッドで武器を手にして戦って(生きて)います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くはぁ〜……」

 

 

まだ微妙に残る眠気を表す様に欠伸をしながら宿屋の二階から一階へと降りる。フィールドボス〝ブルバス・バウ〟を利用した〝ウインドワスプ〟狩りから4日、アルゴから買った情報を元にネズハを連れてエクストラスキル〝体術〟を得る為に自称仙人のNPCの元で岩を叩き割ってから3日が経った。

 

 

〝ブルバス・バウ〟は〝ウインドワスプ〟を虐殺しまくって攻略メンバーたちが満足するほどのアイテムと経験値を得たのを聞いてからトドメを刺し、無事にLAボーナスである〝チャクラム〟とMVPボーナスである食料アイテム〝ブルバス・バウの霜降り肉〟を手に入れた。〝チャクラム〟はネズハに渡し、〝ブルバス・バウの霜降り肉〟は〝タラン〟の街への到達祝いで攻略メンバー全員で食べたので手元には残っていない。

 

 

エクストラスキル〝体術〟については俺は半日ほどで獲得し、ネズハは俺がアドバイスをしながらほとんど不眠不休で殴り続けた結果、2日で岩を割って無事に獲得した。今日は午後から〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟のメンバーたちと一緒に〝チャクラム〟の練習を兼ねたレベリングをしてくると言っていた。

 

 

今は朝の7時。NPCもプレイヤーも目を覚ましてこれから始まる一日に向けて色々と支度をしている時間帯だ。一階の食堂に降りればプレイヤーたちが今日はどこでレベリングや狩りをするのかを話し合っていて、NPCたちはここ最近であったことを話しのタネにしている。

 

 

そんな中で1人、第一層のフロアボスのLAボーナスで獲得した〝コート・オブ・ミッドナイト〟を着たキリトが、幼い少女を膝に乗せてサンドイッチを頬張っているのを見つけた。

 

 

「よっす、幼女誘拐犯のキリト君」

 

「そういうお前はロリコンだと思ったらただの女の敵のウェーブ」

 

「良し、売られた喧嘩は買うぞ?」

 

「沸点低すぎやしないか?」

 

「まぁ沸点なんてその時のテンションで変わるものだからな」

 

「あ、ウェーブさんおはようございます」

 

「おはよう、ユイちゃん」

 

 

俺を見てペコリと頭を下げて挨拶してくれた少女の名前は〝ユイ〟。3日前にフィールドで倒れていたのをキリトが見つけて〝タラン〟まで連れて来たのだが、目覚めてみたらストレアと同じ記憶喪失だったというプレイヤーだ。アルゴに事情を話して第一層の始まりの街でユイの事を知らないか探してみたが該当する人物は見つからず、済し崩しにキリトが面倒を見ることになったという経緯がある。

 

 

キリトの事を兄と慕い、キリトと良くいるアスナを姉と呼んでいる純粋無垢な少女だ。出来る事ならこのまま汚れずに育って欲しい。

 

 

「そういやアスナはどうしたんだ?姿が見えないけど」

 

「昨日からシノンとユウキと一緒に迷宮区に潜ってる。聞いた予定じゃ今日の昼には帰ってくるってさ」

 

「第一層じゃあこの世の終わりだぁみたいな雰囲気してた奴が元気になったよな」

 

「言ってやるなよ。彼女だって突然デスゲームになって精神的に追い詰められていたんだから」

 

「何の話しですか?」

 

「アスナお姉ちゃんが元気が良いって話しだよ……あ、何か食べる?お兄さん奢るよ?」

 

「お、本当か?良かったなユイ、このおじさんが甘い物奢ってくれるってさ」

 

「ヘイキリト、俺はまだ25歳だ。つまりおじさんなんて呼ばれる歳じゃない……オーケー?」

 

「ユイくらいの子供からしたら25歳だっておじさんだろうが」

 

「おじさん、ありがとうございます!!」

 

「グハッ」

 

 

幼い子供からおじさん呼ばわりされて精神的なダメージを受けてテーブルに沈む。

 

 

「うん……大丈夫……おじさんは三十路になってから……ハタチな俺はまだお兄さんだから……」

 

「お兄さん、おじさんはどうかしたんですか?」

 

「大人になるとな、肉体的に強くなれても別のところが脆くなってしまうんだよ……」

 

「む〜……難しくて分かりません……」

 

「……良し、精神補強完了。何、慌てて理解しなくてもゆっくりと分かっていけば良いさ」

 

 

ダメージから回復したついでに定食とユイ用に甘味を頼む。

 

 

「ーーーふぁ〜……おはよ〜……」

 

 

二階に続く階段からストレアの声が聞こえたのと同時に食堂が一気に静まり返った。幼い頃から鍛え続けていた直感が最大限の警報を鳴らしている。見たくない、でも見ないといけないと腹をくくり、階段を見るとーーー

 

 

「アウト〜」

 

「ブッ!?」

 

 

ーーーキャミソールに下着姿のストレアが眠たそうに眼をこすりながら階段を降りていた。キリトが噴き出した物をテーブルの上にあった空の皿でガードする。個人的には眼福なのだが、今のストレアは色んな意味でアウトな姿だった。食堂にいたプレイヤーもNPCもストレアの事をガン見していて、元気よく配膳をしていたウェイトレスはストレアの胸部装甲を見て崩れ落ちていた。

 

 

「ストレアァ!!部屋から出る時は服着ろって言っただろうが!!」

 

「え〜?着てるじゃない?」

 

「せめてズボン履いて上に何か羽織れよ……!!あぁクソ!!」

 

 

まだ完全に起きていないのか寝惚け眼なストレアを肩で担いで階段を上がる。その時にプレイヤーとNPCたちからブーイングが上がるが一睨みすると静まり返った。キリトは食べていた物が気管にでも入ったのかえずいてユイに心配されている。

 

 

ストレアはどうも羞恥心が無いらしく、全裸でなければ格好は気にしない節がある。それは普段から露出度が多い服を着ても気にしていない事から分かる。俺としては本人が気にしてないのならそれで良いが、それでも最低限の限度は守ってもらいたい。

 

 

記憶喪失でありながらデスゲームとなったこの世界で戦うと決めたストレアの面倒を俺が見ると決めたのだから。主に俺の精神的な負担を減らす為に。

 

 

「ウェーブ〜ご飯は〜?」

 

「頼んであるからはよ服着てこい……!!」

 

 

猫撫で声を出しながら食事の催促をするストレアを借りていた部屋に叩き込んで扉を閉め、深々と溜息を吐いた。

 

 

 






アインクラッドにユイとストレア参戦。早すぎる?逆に考えるんだ、早くても良いんだとね……

ストレアは露出強、でも露出狂では無いと信じている。今回?別にストレアが曝け出して興奮しているわけじゃ無いからセーフセーフ。

だけど保護者役のウェーブの精神はガンガン削れる模様。



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ワイルドライフ・4



感想受付がログインのみになっている事に気付いたので非ログインも書ける様にしました。みんな!!感想と評価よろしくネ!!

あ、ついでにタグも変更します。




 

 

「よいしょっと」

 

 

気の抜けた声でストレアは両手剣に分類される武器〝ツヴァイハンダー〟を振るい、〝タラン〟の街周辺のフィールドに現れる牛型のモンスター〝トレンブリング・オックス〟を横合いから両断する。それだけでは止まらずに、振るい終わった〝ツヴァイハンダー〟を強引に横に薙ぎ払い、死角から突進していた〝トレンブリング・オックス〟の顔面をかち割る。

 

 

「うん、まぁ悪くないな」

 

 

今俺はストレアを連れて2人でフィールドに出ていた。理由としてはストレアに戦い方を教える為。記憶喪失の彼女を拾い、面倒を見ると決めたからには最低限でもアインクラッドで戦えるだけの力を身につけさせなければならない。

 

 

キリトもそれを感じているのか別の場所でユイを連れて戦い方を教えている。出来る事なら汚れ系にしないで欲しい。首狩り幼女とか怖いから。

 

 

「イェーイ。どう?凄いでしょ?」

 

 

〝トレンブリング・オックス〟二頭を倒したストレアが地面に刺した〝ツヴァイハンダー〟に肘を着き、笑顔でピースしている。どうやら戦うことに対する恐怖心はない様だ。これがあった場合にはまず徹底して恐怖心を無くすところから始めなければならないから手間が省けた。

 

 

「悪くは無いだけだからな。まず武器の使い方がなってない」

 

「え〜?振り回したら良いんじゃ無いの?」

 

「それで戦えるのは最初だけだぞ。その内、力任せだけじゃ倒せない奴が出てきて殺される」

 

 

ストレアの戦い方を見せてもらったがステータスに任せて〝ツヴァイハンダー〟を力任せに振り回すだけのお粗末な物。ただ振って、モンスターにぶつけるだけ。今はそれで良いかもしれないが、ボスクラスや上層のモンスター相手だと確実に殺される戦い方だった。

 

 

「まず、使い方からだな。両手剣ってのは大剣みたいな物だ。大剣ってのは重たい剣で、力任せに振り回しても疲れるだけだ。だから、少しの力と重みで振るえ」

 

 

ストレアから〝ツヴァイハンダー〟を受け取る。軽く振るい、重さに任せて身体を泳がせ、遠心力を使ってさらに振るう。

 

 

「それに体当りってのも出来るのが強みだな」

 

 

〝ツヴァイハンダー〟を盾の様に前に構えて、そのまま地面を蹴って前に出る。両手剣は剣幅が広いので身体を隠すのに丁度良い。一々斬りかからなくてもこうやってぶつかりに行くことも出来る。

 

 

「まぁ取り敢えずは素振りからだな。1日千回も振るえば嫌でも振り方は身に着く」

 

「……千回?」

 

「YES、千回」

 

「……えへ」

 

 

身を屈めて上目遣いになり、ハートマークが付きそうな可愛らしいウインクをする。なるほど、千回も振るうのが嫌なんだな。気持ちは分かる。ユウキとシノンも千回振るう様に言ったら母さんから学んだのか似た様なことをして来たし。

 

 

「だがダメ……!!千回……千回なのです……!!」

 

「そんなぁ!!」

 

 

だがダメなのだ。甘やかしたところでツケを払う事になるのはストレア、しかもそのツケは自分の命になるのだ。だから甘やかさない。身体に覚えさせてしまえば滅多なことでは忘れなくなる。最低でも奇襲されても反射的に防ぐくらいに育てないと。ユウキとシノンにもそのレベルになるまで教育したし。

 

 

「お願い、もう少し優しくしてよぉ〜なんでもするから〜」

 

「……………ダメなのです!!」

 

 

絶対に甘やかさないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、延々とストレアに〝ツヴァイハンダー〟で素振りをさせて、〝トレンブリング・オックス〟が湧いてくるたびに休憩と称して相手をさせていた。最初の方はグチグチ文句を言いながら素振りをしていたが二百を超えた辺りから口数は減り、五百を超えた辺りから何も言わなくなり、七百を超えた辺りになると目から光が消えていた。

 

 

「……997……998……999……せ、ん……」

 

「お疲れさん」

 

「お、終わった〜……」

 

 

素振り千回を終えるとストレアは〝ツヴァイハンダー〟を投げ捨ててその場に俯けで倒れ込んだ。地面に当たって形を変える胸が素晴らしい。が、一応ここは圏外なので疲れたからといっても無警戒でいられるのは困る。

 

 

「休むなら座って武器は近くに置いとけ。いつ襲われても良い様にな」

 

「……なんでウェーブってそんなに戦い慣れてるの?考え方とか完全に戦国時代辺りの人間なんだけど」

 

「……まぁ、休憩がてらに身の上話でもするかね」

 

 

俺の忠告通りに身体を起こしたストレアを見て少し残念に思いながらアイテムポーチからタバコを取り出して火を着ける。ストレアの疲れが抜けるまで時間を潰すのに俺の身の上話が丁度良さそうだ。

 

 

「俺の実家が古武術を伝えててな、所謂一子相伝ってヤツで当然の様に俺もそれを教えられたんだよ。ただ教えてくれた爺さんと母さんがどこからどう考えても生まれた時代を間違えた人間でな。爺さんはいつ外国が攻め込んでも良いようにって理由で武器の一通りの使い方は勿論素手でも戦えるように教えられたし、母さんは強い奴を蹂躙するのは楽しいよね!!って言いながら格上殺しの仕方を教えてくれたし……まぁ端的に言ってキチガイなんだよなぁうちの家系って」

 

「成る程、そんな家系で育ったからウェーブは戦い慣れていると」

 

「とは言っても戦闘経験がある訳じゃないからな?爺さんと母さんに教えられて後はひたすら反復して、2人が思い出したように襲ってくるのをなんとかやり過ごしてただけだから」

 

 

あの2人は本当頭がおかしいと思う。唐突に熊鍋にするぞーって山に突撃して、素手で熊を撲殺して無傷で帰ってくるんだから。それに俺が10歳の時に熊殺してくるまで帰ってくるなよ〜と言われて着の身着のままで冬の山に放り出されたし。

 

 

3日かかったけど熊殺して帰って来た時にコタツで寝てる2人を見て灯油ブチまけて火を着けた俺は悪くない。後、全焼した焼け跡から無傷で出て来た2人は本当に人間なのか分からない。SAZANAMIっていうジャンルでも受け入れられる。

 

 

「……大変だったんだね」

 

「学校に通った時が一番大変だったな。誰も日本刀なんて振ったことが無いって言われて驚いたのが懐かしい……」

 

 

体育の授業の時に運動する=武器の素振りと考えてたから驚いたんだよな……

 

 

「っと、休憩は終わりな。帰るぞ」

 

「待って、疲れたからオンブして」

 

「ハイハイ」

 

 

飴と鞭はやる気を出させる上で大切な事だ。命に関わる様な事では甘やかさないがそれ以外では甘やかすというのが俺の方針。ユウキとシノンにも同じ様にやって、二週間で2人だけで戦える様になったから間違っては無いはずだ。

 

 

「フフッ……ウェーブの背中って広いね」

 

「そうか?比較対象が居ないからよく分からないんだが」

 

 

ストレアを背負い、背中に当たる胸の感触を堪能する。どうもストレアは防御よりも動きやすさを重視するらしく、俺と同じ様にほとんど服と変わらない装備でいるのだ。つまり、俺の背中とストレアの胸を遮る物は何も無いという事だ。

 

 

「ん?」

 

「何々〜?」

 

「アルゴからだな」

 

 

電子音でメールが来たと知り、ウインドウ画面を開いて確認すれば差出人はアルゴからだった。迷わずにタッチしてメールを開く。

 

 

『第二層のフロアボスの情報とボス部屋の確認が出来たゾ。今日の5時に〝タラン〟の街で攻略会議を行うからナ』

 

 

それは第二層攻略を知らせる物だった。

 

 






ウェーブ式戦闘レッスン。基礎を教えて後はひたすら反復学習。小難しい奥義なんて無くても基礎がしっかりしてれば殺すことが出来るんだよぉ!!

ちらりとウェーブの家族説明。戦闘一族というよりもキチガイ一族なんだよな……なお、ウェーブは常識人枠のキチガイの模様。爺さんと母さんは常識は投げ捨てている。



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ワイルドライフ・5

 

 

「料理は揃った?じゃあ合掌!!いただきます」

 

「「いただきまぁす!!」」

 

「いただきます」

 

 

〝タラン〟のレストラン、所狭しと料理の並べられたテーブルに座って食事前の挨拶をしてナイフとフォークを手に取る。ユウキとストレアは真っ先に肉料理に向かって行ったし、シノンはそんな2人に呆れながらスープに手を伸ばしていた。

 

 

「がっつき過ぎだろ。飯食ってないのか?」

 

「食料は持って行ったのだけど計算間違えたみたいで足りなかったのよ。アスナと分けたのだけどそれでも足りなかったみたいな」

 

「ムグムグ……だって成長期だから!!」

 

「美味しい……疲れた身体に染み渡る……!!」

 

「ストレアはどうしたのよ?」

 

「素振り千回させたから疲れてるみたいだな」

 

「ストレアの武器って両手剣……お疲れさま」

 

 

ストレアの武器を思い出して素振りの大変さを悟ったのかシノンの目が優しくなる。だが、ストレアの胸を見た瞬間だけ親の仇でも見る様な目になったのを見逃さない。

 

 

「ガッデム巨乳め……!!あ、その内成長するから楽しみにしてなさいね」

 

「コメントに困る様な事言わないで欲しいんだけどな」

 

「ボクも成長するからね。しかもボクのお母さんは巨乳だから心配してない!!」

 

「ユウキの遺伝子サボれ。働いたら殺す」

 

「シノン怖過ぎない?」

 

「え〜?胸なんて大きくても邪魔なだけよ?肩も凝るし」

 

「「黙れ巨乳。削ぎ落としてやる」」

 

「2人とも怖過ぎ!!」

 

「ハッハッハ、楽しそうで何より何より」

 

 

ストレアの巨乳ネタでユウキとシノンのヘイトを稼ぐが3人の仲は悪くは無い。巨乳ネタさえ挟まなければ普通に仲の良い女友達にしか見えない。

 

 

だけど俺がストレアを連れて来た時、やっぱり胸なのかとソードスキルを叩き込んだ事は忘れない。

 

 

「そういえばウェーブって胸派なの?それともお尻派?」

 

「唐突になんて事抜かしやがる」

 

 

口の周りを肉料理のソースで汚したユウキが突然凄いことを聞いて来た。隣に座っていたプレイヤーがスープを吐き出し、窓の外にいたアルゴが凄い勢いで〝隠蔽〟を使って近寄って来たのが見える。少し離れた所にいたユイがキリトとアスナにどういう意味なのか聞こうとしてキリトは答えられず、アスナは顔を真っ赤にして口ごもっている。

 

 

「待ちなさい、ユウキ」

 

「助けて比較的マトモな常識人のシノンさん」

 

「ーーー太腿派なのか聞くのを忘れているわよ」

 

「そんなことだと思ったよコンチクショウ」

 

 

シノンの助けがあると思ったらユウキ側だった。普段だと割と常識的なシノンだが時折ぶっ飛んだ思考になるので容易に信用してはならないのだ。

 

 

2人にそんな教育をした母さんにリアルに戻れたらドロップキックをかます事を決める。

 

 

「で、そこの所どうなの?答えなさい」

 

「ハリーハリーハリー!!」

 

「2人とも酒入ってないよね?」

 

「あ、私も気になるな〜」

 

「ストレア、お前もか」

 

 

3人に囲まれて逃げ場は無い。それどころか店内のプレイヤーたちも気になるのか腰を少し浮かせている。俺が逃げようとしたら全員で押さえ込む腹づもりなのだろう。その中にはキリトも入っていて、アスナはユイの耳を塞いでいた。

 

 

「はぁ……まぁ拘りは無い、かな?」

 

 

こんな状況じゃあ逃げきれなくは無いが面倒になるのは目に見えて分かっているので頼んでいた果実酒を飲んでから正直に言う事にした。真面目な話、俺は女性のどの部位が好ましいとかは拘っていない。ストレアの胸に目がいく事が多々あるが、それはエロいと感じてるから見ているだけであって尻や太腿にエロさを感じるならそこを見る。

 

 

プレイヤーたちがつまらなそうに座る音が聞こえた。キリトもその中に入っている。お前らの顔を覚えたぞ。

 

 

「エロいから目が行くのであってどこが好きだから見てるってわけじゃ無いな」

 

「ふ〜ん……じゃあボクとシノンにそういうの感じたりしないの?」

 

「感じる時あるよ?」

 

 

店内にいるほぼ全員が立ち上がった音がした。立ち上がっていないのはユイくらいで、アスナもユイの耳を塞ぎながら立ち上がっている。

 

 

「凄い漢だ……」

 

「なんて勇ましい……」

 

「認めよう……貴方がナンバーワンだ……」

 

「やっぱりウェーブはロリコンなのか?」

 

「でもストレアさん連れてるし……」

 

「つまりロリコンじゃなくて女好き?」

 

「ハッハッハ。お前たち、月夜ばかりと思うなよ?」

 

 

にこやかに笑いながら店内を見渡すと誰もが揃いも揃って顔を青くさせた。そしてテーブルの上に残った料理を口に流し込んで慌てて出ていく。

 

 

残念だけど全員の顔は覚えたから。全員が攻略メンバーで見間違えるはずないから。

 

 

「一気に人居なくなったね」

 

「ウェーブの笑顔って怖いのよね」

 

「あ〜分かる。何かこう……お前の事殺してやるみたいな感じの笑顔よね」

 

「お前たちがそういう話を振って来た事が原因なんだけどなぁ」

 

 

もう風評被害は気にしない事に決めた。ロリコンでも女好きでもどんと来い。ただし鬼畜だけは勘弁してくれ。興味無いから、好きなジャンルは純愛だから。

 

 

「んで、なんで唐突にこんな人が居る場所でそんな話始めたんだ?」

 

「そりゃあ……ねぇ?」

 

「なんでって……ねぇ?」

 

「「牽制」」

 

「お前たちの思考回路に戦慄を禁じ得ねぇよ」

 

 

ユウキとシノンが俺の事を好いている事は知っていたがここまでガチで狙っているとは思わなかった。2人は牽制と言っているが風評被害で俺の人間的価値を下げる事でSAO内の数少ない女性プレイヤーから好意を持たれ難くしに来ている。

 

 

間違いなくこれを教えたのは母さんだろう。リアルに戻れたら半殺しにしてやる。

 

 

「ねぇねぇ、2人をそういう目で見るのは分かったけどどこが良いの?私は胸だとして」

 

「「削ぎ落としてやる……!!」」

 

「ステイステイ」

 

 

ナイフを持ってマジの目になって立ち上がった2人を落ち着かせる。ストレアはしてやったりと笑顔でダブルピースをしている。取り敢えずストレアの目の前の料理にタバスコを一瓶丸々かけておいた。

 

 

「まぁ……ユウキは脚でシノンは尻だな。日常生活で油断してるとグッと来る時があって焦る」

 

「そのまま押し倒してくれたら良いのに……」

 

「意気地無し……」

 

「流石に手を出したら社会的に死ぬからまだ出しません」

 

 

2人の怖いところは向こうから手を出すんじゃ無くてこちらから手を出させようとして来るところだ。母さんに教わったのだと思われる房中術紛いの事で俺の事を誘って来る。流石に薬を使うまではされてないが、ユウキの部屋にそういう類の薬が隠されてある事は知ってる。多分母さんが渡したのだろう。死んでくれないかなぁと思うが死ぬところがイメージ出来ないので死なないと思う。

 

 

「ん?まだって言った?」

 

「つまり私たちは予約済み?」

 

「もうそれで良いよ……」

 

 

ぶっちゃけた話、異性で好意を隠す事なく示してくれているのは今の所この2人しか居ない。アルゴにストレアと、他にも近い女性はいるのだが2人ほどはっきりと好意を示して居ないので不明なのだ。

 

 

つまり、現代社会にとって異物である俺の事を心から愛してくれているのはユウキとシノンになる。そんな彼女たちの事を、年齢という差があるもののそういう目で見るなというのは無理なのだ。

 

 

無論今は手を出すつもりは無い。その事を2人にも伝えているのだが、そんな事知ったことかと攻めて来るので困ったり嬉しかったり複雑なのだ。

 

 

無邪気に喜ぶユウキと得意げになっているシノンがハイタッチをし、タバスコ塗れの料理を食べたストレアが床に転がって悶絶し、窓の陰に隠れたアルゴが何かをメモ帳に書いている中で俺は疲れたように果実酒を飲む。

 

 

「明日からの俺の評価どうなってるんだろう……」

 

 

 






攻略会議の場面は丸々カットして食事……と思ったらいつの間にかウェーブの性癖暴露会。頭空っぽにして書けるから楽しい。



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ワイルドライフ・6

 

 

「ーーーさてっと」

 

 

第二層迷宮区、そこで左手に〝アイアンランス〟を、右手に〝アニールブレード〟を握り、二本足で徘徊していた牛型の獣人モンスター四匹と正面から対峙する。トーラス族と呼ばれるRPGならば定番のミノタウルス型のモンスターは牛の特徴といえば足の蹄と頭だけしか無い。キリトによればミノタウルスのタウロス部分を英語読みしてトーラスだとか。

 

 

「ぶっちゃけた話、筋肉ムキムキだから〜とか自分より大きいから〜なんて言って敵にビビる必要なんてカケラもありません。怖いのは超が付くくらいに怖いけど全然怖くありません。何を言ってるか分からない?それを今から説明するから黙っとれや」

 

 

俺の事を敵だと認識した〝トーラス〟は鼻息を荒くして手にしているハンマーを振りかぶりながら駆けてくる。

 

 

「筋肉ムキムキだから膂力はある、デカイからリーチが長い。だから中途半端に距離を取ろうとしたら相手のリーチ内で攻撃に当たったり、その一撃で御陀仏なんて事もあるから超怖い」

 

 

そして〝トーラス〟はそのままハンマーを振り下ろして来た。それに伴い発生するのは衝撃波。〝ナミング・インパクト〟と呼ばれるそれは直撃しなくても衝撃波に当たれば行動不能(スタン)のバッドステータスを与えるというソードスキル。だが所詮は衝撃波で、床に接していなければ行動不能(スタン)を喰らう事はない。〝ナミング〟されるのと同時に跳躍し、〝トーラス〟の足元に潜り込む。

 

 

「デカイって事は融通が利かないって事だ。リーチが長い分、懐に潜り込まれればどうしようもなくなる。足元に張り付かれたら堪ったもんじゃないだから怖くない」

 

 

〝アニールブレード〟を薙ぎ払って〝トーラス〟の膝関節を叩き割る。人型であるが故に支えとなっている足を失えば地面に倒れる事しか出来なくなる。

 

 

そして二匹目の〝トーラス〟が振り下ろしてきたハンマーを避けて、膝関節を叩き割った〝トーラス〟に攻撃させる。

 

 

「膂力が強いって事はフレンドリーファイアのダメージもデカイって事だ。いくら一撃必殺だろうが当たらなきゃ意味は無いし、同士討ちさせちまえばご覧の通りに敵を減らしてくれる便利な敵になってくれる。だから怖くない」

 

 

仲間から攻撃を食らって生きていた〝トーラス〟の股間を蹴り上げてHPゲージをゼロにする。そしてそのまま残っている三匹の〝トーラス〟の中に飛び込み、視線や身体向きから次の攻撃の予測をし、それを呼吸を合わせる事や視線を誘導する事で同士討ちする様な攻撃に仕向ける。その結果、三匹の〝トーラス〟は自慢のハンマーで互いを攻撃して自滅する事になった。

 

 

「ハイ、レクチャー終わり!!それじゃあみんなもやってみよう!!」

 

「「「「ーーー出来るかぁ!!」」」」

 

「解せぬ」

 

 

生きていた〝トーラス〟の股間を蹴り上げてトドメを刺していた俺は攻略メンバーからの叫びにそう返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそもの始まりは第二層への攻略に向かう途中でディアベルから効率的な倒し方を教えてくれないかと頼まれたから。正面から倒すというのはゲームでは当たり前だが、デスゲームとなったSAOでは危険が伴う行いだ。正面から戦っても倒せる実力や人数がいるのなら話は別だが安全に倒せるのならそれに越した事はないという理由で。

 

 

それに俺は了承し、さっきのレクチャーをした訳だが出来るかと返されてしまった。5歳の時に爺さんに遊びに行くぞ〜と町に連れられて、そこにいたヤクザと喧嘩した時にはこんな感じだった。

 

 

ドスや拳銃を持ち出された時には焦ったが、同士討ちを誘導させてしまえば簡単に同士討ちしてくれたので楽と言えば楽だったのだが。

 

 

「んじゃ、さっきのは不評だったみたいなので次のレクチャー。動物型や人型のモンスターなら当然のように手足があります。手は武器を持ったり振り回されると超怖い、足は踏みつけやけたぐりされるのが超怖い。だったらどうする?使えなくしてやりましょう」

 

 

先に進んで出てきた二匹の〝トーラス〟に、今度は気付かれてからではなく見つかる前にこちらから奇襲を仕掛ける。見つかって、〝トーラス〟が戦闘態勢に入る。その直前に〝アイアンランス〟を投げてハンマーを持つ手を穿つ。穿たれた〝トーラス〟は手を押さえながら後ろに仰け反り、その隙に両足を切断する。

 

 

残りの〝トーラス〟がそれを見て激昂するのに先んじてナイフを眼球目掛けて投擲、視界を奪うのと同時に痛みによって行動を封じ、その隙に一匹目の〝トーラス〟の両腕を切断。達磨になったトーラスを放置して片目で睨んでくる〝トーラス〟の死角に潜り込み、手と足を切断、片足が無くなって崩れ落ちた隙に残りの手足も切断してしまう。

 

 

「こんな風に切断してしまえばもう怖くない。だって無いんだから。植物型とか爬虫類型とかだったらまた新しく生やされそうだけど哺乳類型ならそこまで再生能力は高く無いはずだからこれで安心です。切断が無理だったら杭みたいなので手足ブッ刺したり、鈍器で手足をグチャグチャにして使えなくしてやれば大丈夫」

 

 

達磨になった〝トーラス〟二匹の股間を蹴り上げてトドメを刺す。

 

 

「んじゃ、やってみようか!!」

 

「これなら……いけるか?」

 

「まぁさっきのよりはマトモだな」

 

「切断するとなったらSTRと切れ味が必要になってくるぞ?」

 

「それだったら転ばしてからサブ武器で手足刺したらいいんじゃないか?」

 

「ところでなんで股間を蹴ってんだ?」

 

「こいつらの見た目がセクハラだってユウキとシノンに聞いたから。2人がアウトって言ってる時点でギルティだから」

 

 

そう言われても止まない。さっきと同じ様に新しく現れた〝トーラス〟を達磨にして、死ぬまで股間を蹴り上げ続ける。

 

 

「セクハラはッ!!重罪なんだよぉ!!」

 

「止めたげてよぉ!!」

 

 

絶対に止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーみ、みんな!!準備はいいな!?」

 

 

ボス部屋の前に着いた時、〝トーラス〟へ過剰なまでに股間を攻撃したからなのか、ディアベルは内股気味で前に出ていた。よく見ればヒースクリフと俺を除いた男性プレイヤー全員が内股になっている。流石にあれだけ股間に攻撃してたら男なら来るものがあるだろう。

 

 

だけど止まない。〝トーラス〟族見つけたら股間を狙う。セクハラ、ダメ、絶対。

 

 

「〝鼠〟からの情報によればβ版だと第二層のフロアボスは〝バラン・ザ・ジェネラルトーラス〟、取り巻きは〝ナト・ザ・カーネルトーラス〟という話だが……クエストの報酬でボスの情報が開示され、その二匹と思われる〝トーラス〟を従えた王冠を被った〝トーラス〟が描かれていた壁画が見つかったそうだ。恐らく、本当のフロアボスはその王冠を被った〝トーラス〟の方だろう」

 

 

ディアベルが話す内容は先日の攻略会議の時と変わらない、事前の最終確認のようなものだ。アルゴがエギルたちと共に行なっていたクエストの報酬で開示されたボスの情報だ。これにより偵察を行わなくてもボスの情報が手に入った。正確な情報とは言えないがボスが学習する事を考えればこれでも十分過ぎる情報である。

 

 

もしβ版と同じだと考えて突撃していたのなら、本当のフロアボスが出現した時に混乱していたかもしれない。

 

 

「暫定的にその王冠を被った〝トーラス〟の事を〝キングトーラス〟と呼ぶ。そしてその壁画には、ブレスの様な物を吐き出す〝キングトーラス〟と、〝チャクラム〟の様な物を投げられて硬直している〝キングトーラス〟が描かれていたそうだ。よって、〝チャクラム〟を使えるネズハさんのいるパーティーは〝キングトーラス〟に集中してもらう」

 

「んで、俺たちのパーティーは〝カーネルトーラス〟を狙って、残りのパーティーで〝ジェネラルトーラス〟をフルボッコするんだよな?」

 

 

つまり〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟のF班は〝キングトーラス〟を専門、俺が率いる殺意溢れるG班で〝カーネルトーラス〟を抹殺し、残りのA〜E班で〝ジェネラルトーラス〟を担当するという事だ。ディアベルは申し訳なさそうな顔をしながら頷いているが問題ないだろう。キバオウのパーティーが抜けてフルレイドには一班足りてない現状では俺たちの班に一切制限を付けずに任せた方が殲滅力は高い。下手に役割を任せられると犠牲が出てしまうかもしれないから。

 

 

ちなみに殺意溢れるG班のメンツは俺、ユウキ、シノン、キリト、アスナ、そしてストレアだ。ヒースクリフはエギルの班に入ってタンクを務める事になっている。

 

 

「よし、準備は良いな?みんな……勝つぞ!!」

 

「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 

気合も指揮も十分。叫びからそれを感じ取ったのか、ディアベルは満足そうに頷いてボス部屋の扉を蹴破った。

 

 

 






セクハラトーラス処刑回。女性プレイヤーからしたらムキムキマッチョの海パンはセクハラだと思うの。それをユウキチとシノノンがウェーブに訴えた結果、セクハラ絶対殺すマンが誕生しました。きっとこれから先現れるトーラス族は股間を攻撃されて死ぬ事になるでしょう。

アルゴの活躍によりフロアボスの情報が開示されたので偵察の必要は無くなりました。これで学習させずに殺すことが出来るぞぉ!!

キバオウ不在、だけど問題ないので先へゴーゴー。

そしてボス戦はネズハ無双が始まるだけだからカット。次は二十五層攻略まで時間を飛ばして、オリジナルで二十五層攻略に入ります。



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二十五層
クォーターポイント


 

 

「ーーーはぁ……疲れた」

 

 

サンサンと降り注ぐ朝日を浴び、身体に残っている疲れを感じながら喫茶店の外に出されているテーブルの一つに座る。そして水を持ってきたウェイトレスの胸のサイズを確認して呪詛を吐いてからモーニングを頼む。

 

 

「ーーーあれ?シノン?」

 

「あら、シュピーゲル」

 

 

水を飲みながらボンヤリと景色を眺めていると幼い顔付きで金属の鎧を一切付けていない少年に話しかけられた。彼はリアルで私の友人の新川恭二。オンラインゲームではプレイヤーネームで呼びあうのがマナーなので、互いにそう呼ぶようにしている。

 

 

「今日は一人なの?」

 

「ウェーブならユウキとストレア連れてアルゴの護衛でフィールド駆け回ってるわ。私は昨日、キリトとアスナと一緒に商人の護衛やってたからオフなのよ」

 

「うーん二十五層でたった四人で歩き回るのは自殺行為なはずなのにウェーブさんなら一人で充分なんじゃないかなって思えてくるこの不思議」

 

「実際、アクティベートしてから半日は一人でフィールドに出掛けたらしいわよ」

 

「リアルでも頭おかしいと思ってたけどSAOでも頭おかしいなぁ」

 

 

座って良いかと聞かれたので了承し、シュピーゲルはウェイトレスにコーヒーを頼んだ。そして背中を向けて去っていくウェイトレスに中指を立てる。

 

 

「やっぱり胸?」

 

「胸ね。巨乳なんて死滅すれば良い……!!」

 

「ウェイト。希望はあるから絶望してからでも遅くないよ?」

 

「それは私が絶望する事前提なのかしら?」

 

 

〝クイックチェンジ〟で登録していた〝オークショートボウ〟を取り出し、矢をつがい鏃を向ける。両手を挙げて降参のポーズを取るシュピーゲルにここの支払いを押し付ける事にして〝オークショートボウ〟を仕舞った。

 

 

「ネタだって分かってるけど心臓に悪いよ……」

 

「ネタじゃなくてガチよ」

 

 

遊び一切無しの声色で言って信じてくれたのか、シュピーゲルは顔を引き攣らせていた。それ見て溜息を吐きながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ゲーム開始から二ヶ月経った時に、プレイヤー全員にカーディナルからメールが届いた。それはアップデートの報告で、内容は時間に応じてアバターの外見が成長するというものだった。ヒースクリフはカーディナルは純粋にゲームを運営する為に作られたAIで、ルールの変更があれば知らせるのは当然だと考えているから知らせたのでは無いかと推測している。

 

 

ルールとはゲームをする上での法則だ。その法則に変更があれば、GMとして知らせるのは義務だろう。ウェーブはそれを聞いて、カーディナルは殺意こそ溢れているもののゲームをクリアさせたくない訳ではないと言っていた。確かにカーディナルは殺意に溢れると思う。この二十五層がその証拠だ。

 

 

新年をゲーム内で迎え、3月に入って二十五層に辿り着いたが、そこは端的に言えば地獄と呼べるフィールドだった。安全圏内とされているのは主街区〝ボーデン〟と迷宮区最寄りの街の〝ブランデンブルグ〟の二箇所だけ。間にいくつか村はあるが圏内設定されておらず、時折モンスターが入り込んでくる。しかもフィールドに湧いてくるモンスターはこれまで出て来たことのない竜型のモンスターで、最低でも十匹の群れで現れる。竜型ということが理由なのか攻撃力防御力体力は二十四層に湧いてくるモンスターよりも高く、それでいて数の暴力で襲ってくるから本当に厄介だった。

 

 

二十五層という百層あるアインクラッドの四分の一に当たる階層なので何かあると誰もが予想していたがここまで殺意に溢れるとは思わなかった。

 

 

「ゲーム運営しているカーディナルって本当にクソよね。二十五層っていう一区切りなのは分かるけどここまで殺意に溢れなくても良いじゃない」

 

「ホントそうだよね。お陰でAGI型の僕は怖くてフィールドに出られないよ」

 

「へぇ……〝影速〟のシュピーゲルが言うじゃない」

 

「ガブッ」

 

 

AGI型に特化した結果の影を残すようなスピードで偵察を済ませるからそう呼ばれるようになったシュピーゲルの二つ名を呼んでやれば何かを吐き出すような声を出してテーブルの上に突っ伏せた。コーヒーとモーニングを運んで来たウェイトレスに心配しないように伝えてそれらを受け取り、去り際に中指を立てる事を忘れない。

 

 

「グブッ……そ、そういうシノンは〝射殺〟とか呼ばれているじゃないか」

 

「だって事実じゃない」

 

 

そういう私も〝射殺〟という二つ名で呼ばれたりするが、それは私が得たエクストラスキルが関係している。

 

 

エクストラスキル〝射撃〟。本来なら投擲物しか遠距離攻撃が無いはずのSAOにあった弓を使う事が出来るスキル。しかも私以外に誰も習得しておらず、習得方法は不明。怖くなってヒースクリフに尋ねてみたところ、ユニークスキルと呼ばれるたった一人しか習得する事が出来ないスキルだと言われた。公表するかどうかを悩んだが、同時期にヒースクリフとウェーブもユニークスキルを獲得したと言ったので良い機会だと公表する事にした。その結果、私は弓を使って戦うからと言う理由で〝射殺〟なんて呼ばれる事になった。

 

 

シュピーゲルの〝影速〟のような厨二チックな名前とは違うのだ。

 

 

「リアルとは全然性格が違うね……本当に猫被ってたんだ」

 

「リアルでこんな風に居たら拒絶されるでしょ?そうするとウェーブが学校に乗り込みかねないのよ。まぁそれでも友達が出来なくてユウキにボッチと揶揄われてウェーブに心配されるのだけどね」

 

「僕は友達じゃないの?」

 

「友達というよりは……本性見せられる分その上の親友って括りね」

 

「親友、親友か……」

 

「その上に行きたいと思っている?残念、そこはウェーブ専用よ」

 

 

実は私はシュピーゲル……いや、新川恭二にリアルで告白されている。その時に好きな人がいるからと断って、どんな奴かと聞かれたので面倒臭くなって本人に合わせる事にしたのだ。そしたら一目見た瞬間に崩れ落ちて男として負けたと言っていた。それからも彼との交流は続き、ちょくちょく本性を見せて反応から問題無いと、彼の前ではウェーブとユウキと過ごすのと変わらない態度でいることにしたのだ。

 

 

「分かってるよ。ウェーブさんの話しをしてる時やウェーブさんといる時のシノンって女の顔してるから」

 

「そんなに分かりやすいかしら?」

 

「凄く分かりやすいよ。普段はこう、不機嫌そうなのにウェーブさん関連になると緩むから。ガッツリメスの顔になってる」

 

「……もう少し気をつけておかなきゃ」

 

 

普段は不機嫌な態度で、時折女の顔を見せる事で生まれるギャップを活かせとお義母様から言われているのに普段から女の顔を見せていたらギャップが生まれないではないか。ウェーブを落とすための努力は怠らない。普段の態度と女の顔の使い分けを意識しなければ。

 

 

「愛されてるねウェーブさん……年の差があれだけど」

 

「シュピーゲル、知ってるかしら?年の差なんて愛さえあれば関係ないそうよ。お義母様が言っていたわ」

 

「もう嫁入りしている気でいるなぁ」

 

 

砂糖とミルクを投入したコーヒーを啜りながら呆れ気味にシュピーゲルはそう言った。私だけではなくてユウキも似たような物なのだが敢えてそれは言わない。モーニングに運ばれて来たサンドイッチに手を伸ばす。

 

 

と、その時、メールが届けられた事を知らせる電子音が私とシュピーゲルから聞こえて来た。同時に聞こえたと言うことは恐らくは攻略に関係する事だろうと思い、サンドイッチを齧りながらウインドウ画面を開いてメールを確認する。差出人はディアベルからで、その内容を見て思わずサンドイッチを落としてしまった。

 

 

『アインクラッド解放隊が中層プレイヤーギルドと共にフロアボスに挑み壊滅。緊急会議を正午より行う』

 

 





クォーターポイントはここがすごい!!
・安全圏内は二箇所だけ。それ以外の村ではモンスターが普通に侵入してくる。
・モンスターが最低でも十匹の群れで湧いてくる、しかもそこそこ強い。戦いは数なんだよ!!
・それをソロでエンジョイしているキチガイがいるらしい。

新川きゅん登場。ここでは告白して、キチンと希望を持たせずに振られているのでアサダサァン……なブラック新川きゅんにはなりません。主に偵察班で、〝影速〟なんていう厨二チックな二つ名を付けられて苦しんでる。

とりあえず現段階でユニークスキルをいくつか解放。公式から発表されたのは〝二刀流〟以外出せるだけ出すつもり。

最近殺意が足りないなぁと思ったのでカーディナル様に頼んで殺意を充填させてもらいました。


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クォーターポイント・2

 

 

「はぁ……一週間ぶりに文化的な生活を送れると思ったら緊急会議かよ。アインクラッド解放隊と中層プレイヤーたちは何を考えてるのやら」

 

「流石にそれはオレっちにも分からないナ。中層プレイヤーの動きまで把握している訳じゃないシ……大方、攻略組の働きを見て自分たちでも出来ると思ったんじゃないカ」

 

「アホだ、アホがいる」

 

 

〝ボーデン〟にあるディアベル率いるギルド〝ナイトオブナイツ〟の拠点を歩きながらぶつくさと文句を吐いてしまうが仕方がない。何せ今日まで隣にいるアルゴと一緒に控えめに言って地獄と評価される二十五層を端から端まで駆け回っていたのだから。肉体的な疲労はまだ我慢出来る範囲だが精神的な疲労がヤバい。どのくらいヤバいかと言うと一緒について来たユウキとストレアの目が完全に死んでいた。

 

 

日が出ている間は大凡十〜二十の間くらいで湧いてくるモンスターだが、夜になると倍以上の数で凶暴化する。夜の見張りは俺が殆どやっていたがいつ死ぬか分からない状況下でストレスが溜まりまくっているのだ。

 

 

酒が飲みたい。度数がクソ高いやつ。そして24時間眠りたい。

 

 

だが緊急会議がある為に攻略組に参加している俺と情報提供の第一人者であるアルゴは会議に出席しなければならない。流石に目が完全に死んでいたユウキとストレアは宿屋に放り込んでおいたのだが。

 

 

「ノックせずにもしもーし」

 

「ちーす」

 

 

会議室の扉を開けるとそこには二十人以上が座れるサイズの円卓が置かれていた。確かディアベルの意向で誰が上だとか決めないようにする為だとか。アーサー王の円卓から真似たのだろう。ブリテン滅んだけど。

 

 

そして俺たち以外にも会議室に来て、掃除をしている者がいた。ノースリーブの忍者ルックで、前髪で目を隠した青年だ。青年は俺に気がつくと箒で掃いていた手を止めてお辞儀をした。

 

 

「ウェーブさん、アルゴさん、お疲れ様です」

 

「よっすコー坊」

 

「こんにちわコタロー=サン」

 

 

アルゴは片手を挙げて気軽に挨拶をするが俺は合掌して顔を上げた状態でお辞儀する。挨拶は大事って古事記にも書いてある。

 

 

この忍者なのかエロゲの主人公かよく分からない青年はコタローと言って、ギルド〝風魔忍軍〟のリーダーでもある。SAOで忍者ロールでもやってるかと思えば、なんとコタローの実家はガチの忍者の家系だったらしく、例に漏れずにコタローもリアル忍者だったとか。その為なのか、隠密の一点では俺を凌駕する。そして〝風魔忍軍〟は攻略組に参加しているギルドであり、隠密を活かして新フィールドの情報収集を行なっている。

 

 

「今お茶を淹れますね?」

 

「ありがとナ」

 

「あー久しぶりの椅子だぁ……」

 

「椅子で喜ぶってどんな生活してたんですか」

 

「一週間ひたすら二十五層を駆け回ってた。寝泊まり?もちろんフィールドだよ」

 

「お陰でフロアボスの情報が集まったけどナ」

 

「……お茶とお菓子をどうぞ」

 

 

同情なのか憐れみなのか分からないがコタローが淹れたお茶と一緒に和菓子の外見のお菓子を出してくれた。手で掴んでお菓子を齧る。甘い。胡椒と塩と血の味以外の味を久しぶりに味わった気がする。

 

 

「あら、もう来てたの?」

 

「こんにちわウェーブさん、アルゴさん、コタローさん」

 

 

次にやって来たのはシノンとシュピーゲル。シノンは言うまでもなく攻略組で、シュピーゲルもAGI特化のステータスを活かしてコタローたちと一緒に情報収集で攻略組に参加している。

 

 

俺の右隣にアルゴが座っているので、シノンは自然に左隣に座ってシュピーゲルは苦笑しながらその隣に座る。

 

 

「帰っていたのだね」

 

「たった今な。お陰で休む暇も無しに会議に出席だよ」

 

 

次にやって来たのは白と赤の装飾の施された鎧を着たヒースクリフとその後ろに付き従う似た装備を着込んだアスナ。ヒースクリフは二十層から〝血盟騎士団〟という少数精鋭のギルドを立ち上げて攻略組に参加するようになった。〝血盟騎士団〟はヒースクリフの意向なのか実力重視で、能力があるのなら経歴は問わずに勧誘している。

 

 

その為なのか、人格がぶっ飛んだ奴が入ってくるとヒースクリフが愚痴っていたのを爆笑しながら肴にして酒を飲んでいた。

 

 

「ウィース」

 

「ちゃーす」

 

 

〝コート・オブ・ミッドナイト〟を着たキリトと胴当てとバンダナを着けた野武士面の男性クラインがやって来た。キリトは基本的にソロで活動しているが、流石に二十五層でソロは厳しいと考えたようでアスナやクライン、それとクラインがリーダーのギルド〝風林火山〟と一緒に最近は活動している。

 

 

コミュ障じゃないのかと言ったらソードスキルを叩き込まれそうになったので、完全に見切って避けてから煽りまくったのは良い思い出だ。

 

 

ちなみに二層で面倒を見ると言っていたユイだが戦闘には向いていなかったらしく、基本は主街区にいるらしい。流石にユイが嬉々として武器を振るってたら精神衛生上よろしくない。主に癒し的な意味で。

 

 

「波の字波の字。ユウキちゃんとストレアさんはどうしたんだよ」

 

「目が死んでたから宿屋に放り込んでおいた」

 

「目が死んでたって、お前ナニやらかしたんだ!?」

 

「何のイントネーションが気に入らないのでアイアンクロー」

 

「ぐわぁ……!!」

 

 

完全に俺が何かをした事を前提に話すクラインにイラっとしたのでアイアンクローをかます。圏内なのでダメージは無いのだが痛みはある。なので気にせず全力で、頭から軋む音が聞こえる強さで握る。

 

 

初めは抵抗していたが次第に弱々しくなり、身体が痙攣したところでクラインを空いている椅子に向かって投げ捨てる。

 

 

「ーーーみんな、よく集まってくれた」

 

 

そして最後にやって来たのはこの会議を開く事を決めたディアベル。疲れているのか顔色は悪く、どこか覇気が無い。

 

 

情報収集担当の〝風魔忍軍〟、そして攻略担当の〝ナイトオブナイツ〟〝血盟騎士団〟〝風林火山〟ソロのキリト、この場にはいないが〝アインクラッド解放隊〟。

 

 

そしてPoHと飲んで酔った勢いで作った俺がリーダーのギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟。それが今アインクラッドの最前線に立つ攻略組のメンバーだった。

 

 

 






取り敢えず会議の前に現在の攻略参加メンバーの軽い紹介。ディアベルはんが生きているので〝ドラゴンナイツ〟は消滅しました。

そしてウェーブがPoHニキと飲んで酔った勢いで作ったギルドが〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟という事実。メンバーは波キチ、ユウキチ、シノノン、アルゴ、シュピ虫……シュピーゲル、ストレア、PoHニキ。波キチとPoHニキとかいう二大クレイジーが揃っている超パワーギルド。

ちなみにこのラフコフは犯罪者ギルドではありません。でもPoHニキはオレンジで元気に徘徊してる。



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クォーターポイント・3

 

 

「本日の早朝に、〝アインクラッド解放隊〟の6パーティー24人と中層プレイヤーのギルド〝絶対正義(ジャッジメント)〟の6パーティー24人、計48人のフルレイドが二十五層の迷宮区に侵入した」

 

「待ってくれ。迷宮区の入り口には見張りが立ってるって話じゃ無いのかよ?」

 

「黙れよ。今から説明があるだろうが」

 

「……もしかして波の字、機嫌悪い?」

 

「アルゴに付き添って一週間二十五層でフィールド暮らしですけど何か?」

 

「あ、すんません、黙ります」

 

 

ディアベルの説明に一番に噛み付いたクラインをフィールド暮らしで更に悪くなった目付きで睨みつければ萎縮して黙る。クラインの言う見張りとは十層辺りから現れた中層プレイヤーの中で、自分たちでもフロアボスを倒せるのでは無いかと勘違いした者たちが迷宮区に入るのを防ぐ為の者たちの事だ。基本は〝ナイトオブナイツ〟か〝血盟騎士団〟から何人か派遣するのだが、この二十五層では隠密に優れている〝風魔忍軍〟が担当している。

 

 

「それは僕から。その時間帯は丁度見張りの交代の時間だった上に、どうも彼らは圏内の〝ブランデンブルグ〟じゃなくて圏外の村から来た様ですれ違ってしまったんです。そして交代した見張りが念のために仕掛けておいた侵入者の有無を知らせる仕掛けを確認したところ……」

 

「侵入されていたと。こればかりは運が悪かったとしか言えないな」

 

 

基本的に見張りの交代は迷宮区の入り口と最寄りの圏内の街との中間で行われる。見張りの者が離れた数分の間に侵入されたのなら〝風魔忍軍〟には非はない。クラインはコタローの説明に納得したのか、遮った事を謝罪して頭を下げた。

 

 

「その知らせを聞いた俺は〝ブランデンブルグ〟にいたギルドメンバーに侵入したプレイヤーたちの保護をする様に命じたんだ。まだ迷宮区のマップが公開されていないのなら直ぐに保護出来ると思ったんだが……彼らは真っ直ぐにボス部屋へと向かっていた」

 

「恐らく〝アインクラッド解放隊〟が先導したのだろう。彼らも攻略組で、ボス部屋まで辿り着いてもおかしくないからな」

 

「そうしてボス部屋まで追いかけたところ、半壊状態になりながらフロアボスと戦っている彼らを発見、何とか6人は救出する事が出来た」

 

「〝アインクラッド解放隊〟と中層ギルドの混合とは言え辿り着いた時点で半壊状態ねぇ」

 

 

はっきりと言って〝アインクラッド解放隊〟の実力はSAO内でトッププレイヤーの集団だと言われている攻略組の中でも下の方だ。だがそれでも攻略組なのだ。それが中層ギルドが混じっているからと言って半壊状態になりながら戦っているとは考え難い。そんな状態になってでもフロアボスを倒したかったか、それか〝アインクラッド解放隊〟が退こうとしても中層ギルドがそれに逆らって戦ったのか。

 

 

それに助けられたのがたった6人だけだと言う。〝アインクラッド解放隊〟と中層ギルドの割合がどれほどか分からないが恐らく〝アインクラッド解放隊〟はこの先攻略組から距離を取ることになるだろう。フロアボスの攻略に向かったと言うことからそのメンバーがギルド内で上位者だと予想が出来、そしてそんな彼らを失ったのだ。再び攻略組に参加出来るような実力者が育つまでしばらく時間が必要だし、もしかするとこのまま攻略を諦める事になるかもしれない。

 

 

まぁ今回の件に関しては完全に〝アインクラッド解放隊〟と中層ギルドの自業自得で同情の余地は無い。攻略の中で死んだ者ならばその死を悼むくらいの仲間意識は攻略組の中にはあるが、これに関しては呆れる以外の感情を抱けない。ヒースクリフや俺なんかはそう感じているので変化は無い。キリトを始めたした若者や人の良いクラインは〝アインクラッド解放隊〟と中層ギルドの犠牲者の死を悼んでいるように見えるが()()()()()。死を悼むだけで、仇を取ってやるなどと考える者は誰もいない。

 

 

「んでディアベル、〝ナイトオブナイツ〟からは()()()()()()()()?」

 

 

そしてそんな空気の中で、俺は敢えてディアベルに訪ねた。実力は下の方で、中層ギルドと混合とは言え攻略組の〝アインクラッド解放隊〟を壊滅まで追い込んだフロアボスから助ける為に動いたのだ。何人か犠牲者が出ているはずだ。

 

 

「……5人だ。20人で半壊状態で戦おうとしている彼らを助けようとして、5人犠牲になった」

 

 

ディアベルは犠牲になった者たちの事を思い出しているのか悲痛そうな顔で絞り出すように告げた。ディアベルが会議室に入ってきた時から覇気が無かったのはそれが原因だろう。普通ならたった5人と考えるかもしれないが、この場にいる誰もが5人も犠牲者が出たと感じているだろう。攻略組に参加しているプレイヤーはおおよそ200に届くかどうか。その内の5人が死んだのだ。

 

 

そして、攻略組で初めて出た犠牲者でもある。

 

 

「……済まないが俺はこれからメンバーのフォローをしてくる。ヒースクリフさん、後を頼めるか?」

 

「問題無い。初めての犠牲者だ、しばらくの間は私に任せてくれ」

 

「……済まない。これは救出に向かった者から聞いたフロアボスの情報だ」

 

 

初めての犠牲者ともなればショックは大きい。それも自分のギルドとなればその大きさは計り知れない。だから、一番ショックを受けているのはディアベルだろう。ディアベルは勝つ為に戦うが、だからと言って死なせたいわけじゃ無い。ディアベルが考える作戦はどれもが手間はかかるものの、犠牲者を出さないような安全な作戦が多かった。

 

 

「ディアベル」

 

 

フロアボスの情報が書かれた羊皮紙を置いて会議室から出ようとしているディアベルを引き止め、

 

 

「死んだ奴のことを忘れるなよ。ギルドメンバーとそいつらの事を思い出して話し合うと良い。酒でも飲んで、そいつらの事を思い出して話し合って、思いっきり泣いて、そいつらの死を無駄にしないでやってくれ」

 

「ッ!!……あぁ」

 

 

犠牲になった奴のことを忘れないでくれと、犠牲になった奴の死を無駄にしないでくれと告げる。人は肉体が死んだ時に死ぬのでは無く、記憶から忘れ去られた時に死ぬと言うのが自論だ。俺たちは〝ナイトオブナイツ〟の誰が死んだのか分からない。きっと忘れてしまう。だがディアベルたちは知っている。ディアベルたちが彼らのことを忘れなければ、彼らはディアベルたちの中で生き続ける。自分たちがここにいるのは、立っていられるのは、戦えるのはお前たちのおかげだと。

 

 

俺の言いたかったことを分かってくれたのか、ディアベルは嗚咽を噛み殺した様な返事をして、会議室から出て行った。時間はかかるだろうが、ディアベルたち〝ナイトオブナイツ〟は攻略組に居続けるだろう。少なくとも、俺はそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー諸君、まずは犠牲になった〝ナイトオブナイツ〟の勇者たちに黙祷を」

 

 

ヒースクリフの指示の元で行われたのは〝ナイトオブナイツ〟の犠牲者たちへの黙祷。冥福を祈る、安らかに眠ってくれ、お前たちの犠牲を無駄にしないと数分の間に誓い、そして引きずる事なく意識を切り替える。それは俺やヒースクリフだけでは無く、攻略組ならば誰もがやれる事だった。少なくとも攻略組に参加している者は誰かが死ぬと覚悟して参加している。なら、犠牲者が出たとしても直ぐに意識を切り替えられる。

 

 

ディアベルに任されたのだ。犠牲になった者たちの死を無駄にせず、フロアボスを封殺する作戦を考える。

 

 

「さて、これからの進行役は私が務める。アルゴ君、君はウェーブと一緒にフロアボスの情報を集めていた様だが結果は?」

 

「ボスの名前とタイプ、それに大まかな攻撃手段と弱点が判ったヨ。どうもフロアボスはこの階層で昔大暴れしていて英雄によって封印されたっていう設定らしくてナ、クエストの最後に登場したネームドボスから面白いアイテムをドロップしたんダ。ナミっち」

 

「あいあい」

 

 

アルゴの指示に従い、アイテムボックスからネームドボス〝シャドウヒーロー〟がドロップしたアイテム〝朽ちた剣〟を取り出して円卓の上に置く。名前の通りに錆び付いていて、シルエットと名前から剣だと予想出来る見た目のアイテム。金銭的な価値は無いに等しいが、これがフロアボス攻略の鍵になると俺とアルゴは睨んでいる。

 

 

「見た通りにクッソボロい剣だ。使える様にするには特定のアイテムが必要だがエギルのところの商人ギルドに頼めば集まるだろうよ。んで、情報が確かならこれは竜殺しの剣らしい。予想出来る効果は竜タイプのモンスターへのダメージ増加ってところだな」

 

「ふむ……ではそれを使える様にすればフロアボス攻略は出来ると?」

 

「そもそも俺たちが集めた情報からある程度作戦は考えてある。それにディアベルから貰った情報が合わさればメタの一つや二つは思いつく。あとは生存率上げるためにレベリングしたりプレイヤースキル磨いたりってところだな」

 

 

どんなタイプのモンスターなのか、どんな攻撃をしてくるのか、どの部位が弱点なのかが判れば嫌でも作戦は考えられる。その上にディアベルから提供された生のフロアボスの情報があるのだ。〝アインクラッド解放隊〟と中層ギルドとの戦闘で学習されたことを前提にしても、()()()()()()()()()()()()()。あとはどれだけ生存率を高めるかだけだ。

 

 

「そうか……ではアルゴ君はその剣を使える様にしてくれ。そしてその他の者たちは各自で準備を。私はそこのキチガイと一緒にフロアボスを封殺する作戦を考える」

 

「ヒースクリフ、俺、一週間フィールド暮らししてたから帰って寝ていい?」

 

「作戦考えてからな」

 

「ガッデム!!」

 

 

酒飲んでフカフカのベッドで寝て人間的で文化的な睡眠を取りたいと言うのにヒースクリフが許してくれない。シノンとシュピーゲルとクラインは苦笑いし、アスナは気まずそうに目を逸らし、キリトは指差してゲラゲラと笑っている。キリトだけは絶対に許さん。

 

 

「ーーー!!」

 

「ーーー!!ーーー」

 

「……何やら騒がしいな」

 

 

キリトをどう処すか疲れ切った脳内をフル稼働させていたところで外が騒がしい事に気がつく。声の質からして、止めようとしている者と押し入ろうとしている者がいる様だ。

 

 

「ーーー攻略組の会議はここですか!?」

 

 

そして扉を破らんばかりの勢いで入って来たのは茶髪の優しそうな風貌をした少年。恐らくはシノンやシュピーゲルと同じくらいの年頃だろう彼は汚れの付いた軽装の鎧姿のまま会議室を見渡し、進行役をしていたヒースクリフを見つけて駆け寄る。

 

 

「誰だね?」

 

「〝絶対正義(ジャッジメント)〟のセーヤと言います!!どうか僕たちを攻略組に参加させて下さい!!」

 

 

〝ナイトオブナイツ〟の犠牲者を出した原因のギルドを名乗ったセーヤと言う少年は、そんな戯言を言ってヒースクリフに向かって頭を下げた。

 

 






アインクラッド解放隊と中層ギルドが馬鹿やったせいでディアベルはんのギルドで犠牲者が出ました。ちなみにこれが攻略組で初の犠牲者。きっとディアベルはんなら立ち直ってくれる。そして他の攻略組たちは殺意メラメラ。

ヒースクリフ指揮によるフロアボス絶対殺す作戦。情報があるのならそれを元にメタ張って封殺するのは簡単なんだよぉ!!なおそのせいでウェーブの睡眠時間は削られる模様。



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クォーターポイント・4

 

 

「駄目だ」

 

 

突如現れたフロアボスを攻略しようとして壊滅した〝絶対正義(ジャッジメント)〟のメンバーを名乗るセーヤというプレイヤーの戯言をヒースクリフは一蹴した。それはそうだ。ヒースクリフでなくても攻略組に参加している者ならばヒースクリフと同じ対応をしているだろう。

 

 

「どうしてですか!?」

 

「まず私たちは君たちのことを知らない。信用も信頼も出来ない相手に背中を預けろと?出来る訳がないだろう。次に君のギルドは今回の件で酷く消耗しているはずだ、攻略に参加した所でまともに動けないに決まっている。そして、君のレベルは幾つだ?」

 

「37です!!安全マージンには足りています!!」

 

「話にならない。攻略組には安全マージンとは別の攻略マージンというものが存在している。それに達していない以上、参加は認めない」

 

 

安全マージンとはその階層での最低限の安全を保障するレベルで、その階層の数値プラス10だ。少なくともそのレベルになっていれば問題無いだろうと五層辺りから設定されたレベルである。攻略マージンは攻略組に参加する最低限のレベルのことで、最前線の階層の数値プラス15に設定されている。無論、それはあくまで最低限なので基本的には攻略組はそれ以上のレベルになっている。

 

 

攻略マージンを取っていないセーヤは攻略組に参加することが出来ないし、そもそも心情から攻略組の誰もが参加する事を許さない。

 

 

「だったらレベルを上げます!!だから、参加させて下さい!!僕たちは……僕たちが、あいつを倒さなきゃならないんだ!!」

 

「……セーヤ君、君がどんな思いでフロアボスに挑んだのか私は知らない。だがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君たちが勝手に挑んだ事で死んだ42人に、そんな君たちを救う為に犠牲となった〝ナイトオブナイツ〟の5人。それだけの人間を殺した君たちを私たちは決して攻略組に参加させない」

 

 

ヒースクリフの眼光がセーヤを射抜く。セーヤはそれに怯み、助けを求めるように辺りを見渡すが誰の目もヒースクリフと似たようなものだ。

 

 

攻略組に参加している以上、この場にいる誰もが攻略の過程で死ぬ事を覚悟している。だが、それはあくまで攻略の過程でなのだ。無謀に挑んだ自殺志願者を救う為に死ぬ事を覚悟しているわけでは無い。

 

 

それに原因が何であれ、こいつらの為に〝ナイトオブナイツ〟の5人は死んだのだ。多少違うかもしれないが、今回の件はフロアボスを利用したMPKだと判断出来る。つまり、()()()()()5()()()()()()

 

 

この場にディアベルが居なくて良かった。居たらきっと激昂してこいつの事を襲って居ただろう。まぁ圏内なのでダメージは与えられないが、そこら辺は幾らでも裏技がある。

 

 

「……ッ!?朝田さん?新川君?」

 

 

そしてセーヤの目が俺の隣に座っているシノンとシュピーゲルに向かい、2人のリアルの名前を呼んだ。2人の知り合いかと思ったが、2人はセーヤの反応に疑問を浮かべている。反応から察するにあいつは2人を知っているが2人はあいつを知らないのだろう。同い年くらいに見えるからクラスメイトか何かか?

 

 

「……誰?」

 

「あ〜……なんか喉元まで出かかってるのに思い出せない不快感」

 

「僕だよ!!平塚星矢だよ!!同じクラスの!!」

 

「知ってる?」

 

「確かそんな名前の奴が居たような居なかったような……」

 

「2人が居るなら話は早い、ヒースクリフさんの説得を手伝ってくれ!!」

 

 

どうも2人は思い出せないがセーヤの方は2人の事を知って居たらしく、クラスメイト繋がりでヒースクリフの説得を手伝うように懇願している。

 

 

だが、攻略組に参加している以上2人の答えはもう決まっている。

 

 

「嫌よ。ヒースクリフと同じ理由で断らせてもらうわ」

 

「同じく」

 

「なっ!?」

 

 

断られるとは思っていなかったのか、セーヤは目を見開く。そもそも心情は最悪、ヒースクリフの理由も筋が通っていて否定出来ないともなればわざわざセーヤを擁護する必要は無い。

 

 

それに、誰が好き好んで半壊状態になっても戦い続ける自殺志願者と一緒に戦うものか。

 

 

「はぁ……もう良いや」

 

 

眠気も限界ギリギリ、一周間のフィールド暮らしでストレスが溜まった所でのセーヤの戯言に俺は限界を迎えてしまった。〝クイックチェンジ〟で登録していた武器ーーー〝イルファングブレード〟をインゴット化して、二十層のMVPボーナスで得たプラチナインゴットと組み合わせて作った〝妖刀・無銘〟を取り出して席から立ち上がり、シノンとシュピーゲルに掴みかかろうとしているセーヤの喉を突く。圏内であるので障壁に防がれてダメージは発生しないが、ノックバックにより壁に吹き飛ばされる。

 

 

「ガッ……!?」

 

「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうっせぇんだよ。発情期の猫かテメェは」

 

「あ、ウェーブさんキレた」

 

「ここに来た時から割と不機嫌だったからね」

 

「波っち、加減はしてやれヨ」

 

 

シノンとシュピーゲル、アルゴが何か言っているが気にしている余裕は無い。このアホに自分が何をやらかしたのかを教育しなければ。

 

 

「俺たちはお前を参加させるつもりは無い。実力を弁えずに嬉々として死んでいく自殺志願者に攻略組にいる資格は無い。自分がしたことの深刻さも分からずにいるお前の居場所は無い」

 

「それでも、僕たちは、僕はあいつを倒さなきゃならないんだ……!!死んでいった、みんなの為にも!!」

 

「成る程、敵討ちか」

 

 

被害者が加害者の事を恨むなんてリアルでもよくある話だ。アインクラッドでも特定のモンスターに仲間を殺されたからとそれと同じタイプのモンスターを倒し続けるプレイヤーもいる。復讐報復大いに結構。だがな、

 

 

「ただの戯言だな」

 

 

起き上がろうとしているセーヤの肩を蹴って妨害し、胸に足を乗せて体重をかける。圏内なのでダメージは発生しないが重みによって動けず、肋骨が軋む痛みは感じられる。

 

 

「力のある者が語る綺麗事は理想だ、何せいつか叶えられるだけの力があるからな。力の無い者が語る綺麗事は戯言だ、何せ叶えられるだけの力も無いからな。分かるか?お前の言っていることは全部戯言なんだよ。ディアベルのような数の利を活かし戦える指揮力も、ヒースクリフのようにこいつの為なら死んでも良いと思えるカリスマも、キリトのようにソロでも戦えるだけの実力も無い。煽って突っ込んで死なせた無能者、それがお前だ 」

 

 

何かを言いたそうにしながらも声を出さず、身体を起こそうとしていたセーヤの顔面を蹴り飛ばす。

 

 

攻略組(ここ)に、お前の居場所はどこにも無い」

 

 

その一撃が堪えたのか、セーヤは()()()()()()()()()()()……待て、血が流れている?圏内でダメージが発生しない筈なのに?

 

 

「おいウェーブ!!お前のカーソルオレンジになってるぞ!!」

 

 

静観していたキリトが俺の頭の上にあるカーソルを指差しながら叫んだ。確認すればさっきまでグリーンだったカーソルがプレイヤーを傷つけた証拠であるオレンジに変わっている。

 

 

「まさか……クライン、ちょっと攻撃してみるぞ」

 

 

クラインからの返事を聞かずに胴当ての上からダメージが発生する力加減で蹴った。いつもなら障壁が発生し、ノックバックと痛みだけで済む筈なのだが……障壁は現れず、クラインのHPが僅かに削れるという結果に終わる。

 

 

「圏内が解除されたのか?」

 

 

出て来たのはあり得ない予想。絶対安全圏である圏内設定が解除されるなどと信じたくなかったがこうして圏内にいる筈なのにダメージが発生しているのがその証拠だった。だが、同時に違和感も覚える。圏内設定の解除という重要な事をカーディナルは何の報告も無しに実行した。GMとして細かなことでも変更があれば報告していたカーディナルが報告無しでこんな事をした事が不自然なのだ。

 

 

考えられるとすれば、この圏内設定解除は想定されていた事。つまりイベントか何か。

 

 

「た、大変です!!」

 

 

コタローが慌てた声を上げる。彼の目の前にはウインドウ画面が現れていて、誰かから連絡があったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、フロアボスが……()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「「「「…………ハァッ!?」」」」

 

 





クソ雑魚ナメクジへの攻略組主催の説教回。何もかも弱いお前が悪いんだよ!!あ、あのクソ雑魚ナメクジにはまだ役割があるからこれで終わりじゃないです。


そして圏内設定解除にフィールドに飛び出したフロアボス。修羅化したクォーターポイントの本領発揮よ〜。


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クォーターポイント・5

 

 

フロアボスがフィールドに出て来たという報告から一時間後、迷宮区最寄りの街〝ブランデンブルグ〟はフロアボスの手により壊滅した。

 

 

幸いな事にプレイヤーの犠牲者はゼロ。最前線の階層にいるプレイヤーは基本的に攻略組か生産職のプレイヤーで、攻略組のプレイヤーはディアベルから緊急会議の報せが届いたのを見て何かあると前以て〝ブランデンブルグ〟から主街区の〝ボーデン〟に移動していたという。生産職のプレイヤーは普通は迷宮区の最寄りの街に移動するが二十五層の異質具合を見て〝ボーデン〟から出ようとはしなかった。

 

 

攻略組の察しの良さと生産職のプレイヤーの臆病が上手い具合に噛み合い、突然のフロアボスの行動に対して犠牲者無しという結果になった。

 

 

フロアボスがボス部屋から出た事が原因なのか、〝ボーデン〟は圏内設定が解除されていてフィールドと同じ扱いになっている。突然の圏内のフィールド化に混乱しかける攻略組だったが、ヒースクリフが声をかけて現状を説明することで何とか落ち着きを取り戻した。今の〝ボーデン〟の様子は俺が帰って来た時と変わらないように見える。だがそれはプレイヤーの様子だけで、NPCは武器や防具の用意をしていて慌ただしい。それが気になるところだがフロアボスの活動でそういう行動をしているのだと予想が出来る。

 

 

そしてフロアボスの監視はコタロー率いる〝風魔忍軍〟を始めとした偵察隊に任せて俺とヒースクリフは集めて来た情報の整理に当たる事にした。

 

 

「フロアボスの名前は〝ザ・ファフニール〟、タイプは竜型。体格としては四足歩行で背中に翼の生えた西洋竜の見かけか」

 

「攻撃方法は足でのスタンプ、尻尾での薙ぎ払い、空を飛んでのダイブ、特殊攻撃でブレス。弱点は喉元にあるらしい逆鱗。アルゴと集めた情報はそこまで。ディアベルからの情報によれば全長は50〜60メートル程、動きは緩慢だが筋力と耐久は高いらしい。重装備のタンクがノーガードで一撃食らって半分以上削られた上で行動不能(スタン)になったってさ。それに反撃で斬りつけても目に見えてHPが減っていなかったらしいし」

 

「まったく……これはそういう風に設定したカーディナルを恨めば良いのか、それとも手を出してくれた彼らを恨めば良いのか」

 

「両方恨むか無視すれば良いんじゃね?恨むだけならタダだし、無視するのもありだ」

 

 

俺の蹴りで気絶したセーヤは会議室にいた全員の決定で二十五層の攻略が終わるまでの間、黒鉄宮に送られている。あのまま放置してもどこかで乱入して引っ掻き回されるのがオチだ。空気を読まずに自分のやりたいようにやるアホ程危険な奴はいない。有能な敵よりも無能な味方の方が恐ろしいのだ。

 

 

「だが……空を飛べる敵か」

 

「正直言って厄介だぜ。ボス部屋みたいに限られた空間内ならどうにかなったが今はフィールドに出ちまってる。ジャンプしても届かない位置に陣取られてブレスされ続けたらどうしようもないぞ」

 

 

ボス部屋のように多少は広くても限られた空間だったら壁を使って飛んでいる〝ザ・ファフニール〟を斬る事が出来た。だが制限のないフィールドに出て来てしまった事でそれが出来なくなってしまった。爺さんから飛んでいるヘリコプターや戦闘機を落とす方法は教わっているが、それはどれもが遠距離攻撃の手段を前提としたもので今では参考にならない。

 

 

「シノン君やネズハ君の遠距離攻撃の出来る者を使って攻撃出来ないかね?」

 

「オススメしないし俺が認めない。ネズハは射程距離の関係で危険な距離にまで接近しないとダメだし恐らく火力が足りない。シノンなら届くだろうが狙われてダイブされて落ちたらそこまでだ。攻撃手段が無くなって戦線が崩壊するだろうよ」

 

 

流石に今の状況下で私情を語るわけにはいかずに客観的に考えた予想を告げる。そもそも遠距離攻撃で戦っている2人だが〝ザ・ファフニール〟がデカすぎる事が問題だ。ネズハの〝チャクラム〟じゃ火力が足らなくてダメ、シノンの弓でなら火力が出せるだろうが優先的に潰されてしまえばそれでおしまいだ。

 

 

「どうにかして引き摺り下ろすか、他に遠距離攻撃の手段があればな〜」

 

「そういえばあの〝朽ちた剣〟はどうしたのだ?」

 

「アルゴに渡して修復を頼んでる。必要なアイテムは二十五層で揃えられるアイテムばかりで市場で揃えられるし、集まらなくてもエギルのとこの商会に頼めば揃えてくれるだろうよ」

 

 

第一層からしばらくタンクとして攻略組に参加していたエギルだが、十五層辺りで攻略から離れて生産職として攻略をサポートする事にしたのだ。リアルでも店を持っていて、そのノウハウを生かした結果〝エギル商会〟としてアインクラッド有数の商会として名を轟かせている。

 

 

「失礼します。監視に出ていた者から情報が届きました」

 

 

そこでコタローが羊皮紙を片手に会議室に入って来た。礼を言って羊皮紙を受け取り、流し読む。

 

 

「今は〝ブランデンブルグ〟の廃墟に陣取っているのか」

 

「えぇ。どうも〝ブランデンブルグ〟へと真っ直ぐ向かって街を壊滅させてからそこに居座っているようです。その時に毒々しい色合いのブレスを吐いていたと報告がありました。恐らくは毒のブレスでしょう。そして観察した限りでは知覚手段は視覚と聴覚と嗅覚、加えて半径1キロ圏内に入ると〝隠蔽(ハインディング)〟状態でも警戒されたようです。気付かれてはいないけど何か来たと感じられたようだと監視に当たっていた者は言ってました」

 

「かぁ〜!!めんどくせぇなぁおい!!」

 

 

〝風魔忍軍〟の者たちは情報収集が主な為に全員が〝隠蔽〟のスキルを取っていて、少なくともシステム的な隠密に関しては優秀だ。それが1キロの距離を取っていても気づかれた。これで〝風魔忍軍〟を使っての奇襲は難しいと分かってしまう。

 

 

「僕とウェーブさんであれば気付かれずに近く事は出来るでしょうがたった2人ですから止めた方が良いかと」

 

「ならば待ち構えるのが上策か……しかしそうだとしてもまずは飛ぶ手段を奪わなければならない」

 

「飛んでいる敵ですか。翼をどうにかしたいですけど……大量の弓矢とか大砲とか欲しいですね」

 

「それには同意だけどアインクラッドには大砲なんて無い……ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

「待って」

 

 

コタローの言葉に何かが引っかかった。確かに飛んでいる相手に対して弓矢や大砲が欲しくなるのは分かる。だが現段階では弓矢を使えるのは〝射撃〟のユニークスキルを持っているシノンだけ、火薬は〝調合〟のスキルで作れるが大砲はアインクラッドでは見つかっていない。

 

 

じゃあなんで引っかかった?弓矢はシノンだけのワンオフなので論外、大砲は見つかっていない……だったら、()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーあ」

 

 

心当たりがあった俺は二十五層の地図を引き寄せて目的地を探す。そして、二十五層にそれが三つもある事が分かった。

 

 

「コタロー、〝風魔忍軍〟で手の空いている者に連絡。こことこことここを調べるように」

 

「そこは……確か、廃墟になった砦ですよね?」

 

 

〝風魔忍軍〟の調べで二十五層には三つの廃墟となった砦がある事が判明していた。そして何かイベントがあるのではないかと思い隅から隅まで調べたのだが何も見つからずに、ただの廃墟であると判断されたのだ。

 

 

前に調べた時にはイベントの有無しか探していなかったので見落としている可能性がある。所詮は可能性で、もしかしたら何も無いが調べてみる価値はあるだろう。なければ俺とヒースクリフとキリト辺りが無茶をすれば良いだけの話だ。

 

 

コタローは俺の指示に困惑し、ヒースクリフは察したのかニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 






一回も描写が出ない内に〝ブランデンブルグ〟壊滅。ただの街がフロアボスに敵うわけが無いっていう。

フロアボスは竜、竜は空を飛べる、竜はブレスを吐ける、つまり空を飛んでブレスを吐いてれば一方的に封殺される。筋力も耐久も高い。デカくて硬くて力強いという殺意に溢れた親切設計。


流石のキチガイも縦横無尽に飛び回られるとお手上げ。目当ての物が見つかればワンチャンあるらしいが?


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クォーターポイント・6

 

 

「あ〜疲れた〜」

 

 

〝風魔忍軍〟に廃砦の調査を任せ、ヒースクリフに結果が分かるまで休むように言われたので〝ボーデン〟で借りている宿屋に戻る。ベッドの上には眠っているユウキとストレアの姿。シノンとシュピーゲルはレベリングに出掛けているらしく、夕方になるまでは戻らないと言っていた。

 

 

「酒酒っと」

 

 

ソファーに腰を下ろし、アイテムボックスから一番度数の高い酒を取り出してそのまま飲む。琥珀色の液体が喉を焼いて胃に落ち、身体を熱くするのが堪らない。

 

 

「ふぁ〜……ん〜?帰ったの?」

 

 

一瓶丸々一気飲みして2本目のコルクを開けたところでストレアが目を覚ました。キャミソールに下着姿といういつもの寝間着の格好で、普段だったら眼福だと思うが疲れ切っていてそれを気にする余裕は無い。

 

 

「起こしたか?」

 

「普通に起きただけよ〜そう言えば会議はどうなったの?」

 

「結論だけ言ったら圏内設定が解除された上でフロアボスがフィールドに出てる」

 

「……冗談?」

 

「マジマジ。〝ブランデンブルグ〟はフロアボスに壊滅されられたし、解除されていると知らずにプレイヤーを殴ったせいで俺のカーソルがオレンジになってるし」

 

「起きたらとんでも無い事になってるわね……」

 

 

頭が痛くなったのか顔を覆うようにして頭を抑えるストレアを見て、ユウキを起こさないように声に出さずに笑う。疲れているせいで説明が雑になったが現状が宜しくない事だけは理解してくれたようだ。

 

 

「それで、フロアボスに勝てるの?」

 

「勝つさ。情報も揃って実物も見て、どうにか出来る手段も見つかりそうだ。勝つし勝たせるさ」

 

 

俺が考えていた通りの物があれば二十五層攻略は楽になる。逆になければ攻略は絶望的なまでの高難易度になるが、俺がどうにかして〝ザ,ファフニール〟を落としてヒースクリフが攻撃を防いでキリトがダメージディーラーになれば倒せるだろう。

 

 

まぁそうなった場合には多少なりとも犠牲者が出る事を覚悟しなければならない。

 

 

「……」

 

「どうしたよ?」

 

 

犠牲者が出る事を考えた途端にストレアが俺の事を見つめ、ベッドから降りてそのままの姿で俺の隣に座った。

 

 

「よいしょ」

 

「わふん」

 

 

そして肩を掴んで俺の事を自分の方に倒す。そうする事で俺の頭がストレアの太ももに乗る事になり、必然的に膝枕の体勢になる。ストレアの太ももの肉付きと肌の感触が素晴らしい。酒が溢れそうになったことは見逃してやろう。

 

 

「なんで膝枕?」

 

「なんで?……なんでだろ?」

 

「おい……おい……!!」

 

 

ストレアの空気を読まない言動には慣れたつもりだったがこれは予想外だった。まさか自分から膝枕しておいて、その理由を自分で把握してないとか……膝枕が素晴らしくなかったら文句の一つでも言ってたな。

 

 

「でも、勝たせるって言った時のウェーブってどこか辛そうに見えたのよ。だからなのかな?」

 

「……」

 

 

ストレアは空気を読まないし、読もうとしない。その場をかき乱すような発言は日常茶飯事で、彼女はそれを直そうとしない。だが、だからと言って馬鹿じゃない。人の感情には機敏だったりする。ユウキとシノンを相手に良く巨乳ネタで煽る事はあるが。

 

 

「……俺はさ、人を殺す事は何とも思ってないんだよ」

 

「うん」

 

 

だって、そういう風に教育されたから。された当初は爺さんと母さんの正気を疑ったが、よくよく考えてみたら戦争が来る事を信じている爺さんと格上を蹂躙する事が趣味だと言い張る母さんなので正気を疑う方が間違いだと思い直した。

 

 

「死にたくはないけど、死んだら死んだでそれで良いやって考えてる」

 

「うん」

 

 

だって、それが俺だから。生きているから、紺野木綿季(ユウキ)朝田詩乃(シノン)に寂しい思いをさせたくないからと死にたくないと思っている。だが、仮に死んだとしてもその時にはあぁそうなのかと自己完結して、勝手に納得してアッサリ死ぬと思う。

 

 

結論、俺はろくでなし。他者を殺しても、自分が死んでも特に思う事もなくいつも通りに過ごせるキチガイ。

 

 

だが、そんな俺でも、

 

 

()()()()事は辛いんだよな……」

 

 

自分を信じてくれた奴を死なせる事は辛い。自分から手にかけたのでは無く、自分を信じてくれてその結果死なせてしまう事が辛いのだ。死なせてしまって済まないと謝っても、お前たちの死を無駄にしないと誓っても、それは所詮自己満足に過ぎない。自分が許されたいからと死者を引き合いに出して自己の正当化を図る行為でしかない。

 

 

それが嫌なのだ。それが辛いのだ。

 

 

矛盾している、そんな事は言われずとも自覚している。その矛盾が、俺の心に重くのしかかる。

 

 

「……死なせたくないって、そんなに難しく考える事なのかな?」

 

「クッソシリアスな場面なのに何言いやがるんだこのおっぱいオバケ」

 

「あーそれセクハラだよ!!セクハラ!!」

 

 

俺が悩んでいる事なのに難しく考える事なのかと言われて思わずユウキとシノンがストレアに向かって口にする罵倒をしてしまう。セクハラと言って怒っていますという動作をストレアが頬を膨らませながらするのだが、動作の度に揺れる胸に目が行ってしまう。

 

 

……ユウキ、シノン、お前たちが巨乳ネタで煽られた時によく口にする罵倒だけど、やっぱストレアの胸は凄いわ。

 

 

「んで、何を考えて俺の悩みが難しくないと言ってくれたんだ?納得出来なかったらその胸を揉みしだく」

 

「だって、ウェーブって他の人を死なせたくないって悩んでるんでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一緒に戦ってる全員を死なせないで、ボスを倒す。そうすれば誰も死なせないで済むじゃない!!」

 

「ーーー」

 

 

ストレアが言ったことは所詮は理想論でしかない。〝ザ・ファフニール〟の危険性は〝アインクラッド解放隊〟と〝絶対正義(ジャッジメント)〟のレイドが壊滅した事で証明されている。〝ザ・ファフニール〟は犠牲ゼロで勝てないだろう、犠牲者が出るに違いないというのが俺とヒースクリフの見解だ。犠牲者は間違いなく出る。だから悩んでいた。

 

 

だというのに、ストレアの理想論は俺の胸にストンと落ちた。実現はほぼ不可能な綺麗事に過ぎないはずなのに、そうすれば良いと納得してしまっている。

 

 

誰も死なせない。それだけで、俺が誰かを死なせる事は無くなる。

 

 

「ク……クククッ」

 

「何が可笑しいの?」

 

「あぁ、ゴメンゴメン。ストレアの言ったのが綺麗事に過ぎないと分かっているのにそうすれば良いと納得してる自分が可笑しくてな……なんだ、それで良かったんじゃないか」

 

 

矛盾の重みが心から消えた。俺は言った、力のある者が語る綺麗事は理想で、力の無い者が語る綺麗事は戯言だと。だから、ストレアの語った綺麗事を理想にすれば良い、それだけの話だ。

 

 

「はぁ……ありがと、楽になったわ」

 

「……どういたしまして?」

 

「なんで疑問系なんだよ……まぁ良いや。寝る」

 

「ん、お休みなさい」

 

 

アルコールが入った事と、ストレアから思わぬ答えを貰って気が緩んだ事で我慢していた眠気が一気に襲ってくる。だから俺は、ストレアの太ももに頭を乗せたまま、眠気に逆らわずに眠る事にした。

 

 

 





ウェーブのメンタルケア回。殺す事に関しては特に何も思うところは無いキチガイだが、自分を信じて付いてきてくれた誰かを死なせる事は辛い。殺す事と死なせる事は別物なのだ。

それを聞いてアッサリと答えを出すストレアというヒロインの鑑。これはPoHニキと並んで二大ヒロインの予感?

そして帰って来たシノノン、目を覚ましたユウキチが膝枕されているウェーブを見て発狂し、それを見たシュピーゲルが顔を覆うのは別の話。



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クォーターポイント・7

 

 

〝ザ・ファフニール〟がフィールドへと飛び出して〝ブランデンブルグ〟を壊滅させた翌日、〝ナイトオブナイツ〟の拠点にて二度目の攻略会議が行われる事になった。メンバーとしては昨日の会議が始まった時のメンバーにストレアとユウキ、そして物資補給の商人代表としてエギルが参加しているくらいで変更は無い。つまり、ディアベルが帰って来たと言うことだ。

 

 

「みんな済まない、1日も開けてしまって」

 

「もう大丈夫なのか?後24時間くらいなら平気だぞ?」

 

「これ以上開けるわけにいかないし、〝ザ・ファフニール〟を放置する訳にもいかないからな。〝ナイトオブナイツ〟も復帰させてもらう。だが攻略のリーダーはヒースクリフさんに頼みたいが……良いかな?」

 

「いつもならアスナ君に任せるのだがね……流石に今回はそうは言っていられないようだ。改めて、二十五層攻略のリーダーは私、〝血盟騎士団〟のヒースクリフが行う。異論は無いかね?」

 

 

そう言ってメンバーの顔を見渡すヒースクリフだが誰も異論を挟む事は無い。基本的に〝血盟騎士団〟が攻略のリーダーとなる場合は作戦の立案は副団長であるアスナが行う事になっている。それなのにヒースクリフがリーダーで大丈夫なのかと、不安に思う者はこの場に居ない。実力がありながら癖の強い団員たちを纏め上げるヒースクリフのカリスマ性を知っているから、攻略のリーダーも問題なく行えると信じているのだ。

 

 

「……異論は無いようだね。ならばコタロー君、フロアボスの現在の動向とウェーブが言っていた調査の結果の報告を」

 

「ハイ。〝ザ・ファフニール〟は夜明け頃に一度ボス部屋に戻り、30分もしないうちに〝ブランデンブルグ〟に戻りました。今は〝ブランデンブルグ〟に居座っている状態ですね。活動範囲は迷宮区の塔を中心として半径10キロほど、目に付いた物はなんでも壊すと言う具合に暴れ回って範囲内にあった村は全て壊滅、しかもモンスターであってもそれは変わらないようです。偶々範囲内にいたネームドボスが〝ザ・ファフニール〟に見つかって何も出来ずに捕食されてました」

 

「マジかよ……ネームドボスって言ったらやたら筋力が強かったリザードマンだよな?」

 

「〝リザードマン・テンペスト〟だな。あれが何も出来ずに食われるか……」

 

「早朝にボス部屋に戻った……なんだ、ワンチャンあるな」

 

「だが追い詰めてもボス部屋から逃げられてしまえばもう戻って来ないだろう。やるならそれで確実に仕留めなければならない」

 

「それでウェーブさんから頼まれていた調査の結果なんですが……驚きました。探したはずの砦からボロボロになって使い物にならないのですが大砲とバリスタ、それにそれらの弾が見つかりました」

 

 

コタローが地図を広げて、大砲とバリスタが見つかった砦を指差す。そこは他の二つとは違って〝ザ・ファフニール〟の活動範囲外、しかも〝ボーデン〟から3時間程離れたところにある比較的近い砦だった。

 

 

「よっしゃぁ!!これで〝ファフニール〟殺せる!!」

 

「イベントで解除されたのだろうけど……自信無くしますね。僕たちの諜報が未熟だと言われているようで」

 

「いえいえ、コタローさんたちの諜報は本当に役に立ってますから!!そんなに落ち込まないでください!!」

 

「その情報はすでに私の耳に届いている。大砲とバリスタの修復、そして弾の開発も資材と人手は集めようと思えば集められるが……」

 

 

そこでヒースクリフは言葉を区切り、テーブルの上に肘を乗せて手を組む。

 

 

「ーーーコルが、足りない」

 

 

たった一言で全てが理解出来た。それは純粋な資金不足。俺たちが攻略組だからと言って誰もが無償で手を貸してくれる訳じゃ無い。生産職としてサポートをしてくれるプレイヤー達にも生活があるのだ。労働には対価を出す、それが人間社会において至極当然の事。利益があるからこそ人は頑張れるのだ。利益を顧みずに無償で働く者など、聖人くらいしか存在しない。

 

 

「少なくとも〝血盟騎士団〟の貯蓄を全て吐き出しても予算の半分にも届かない。ちなみに予算の設定は……一億五千万コルだ」

 

「ヒェッ」

 

 

一億という想像出来ない金額にユウキが声を上げた。一番稼いでいるのは生産職か攻略組に参加しているプレイヤーだろう。それでも前者は大体数百万、後者は数十万の貯蓄しかない。攻略組が全財産を吐き出しても半分に届くかどうか。なら他のプレイヤーに頼むかという話になるが、それは難しい。プレイヤーにも生活があり、その貯蓄を吐き出させる事は誰にも出来やしない。無理矢理徴税した場合、先に待っているのは反乱だ。

 

 

フロアボス攻略の目処が付いたというのに資金不足で出来ないとか無駄にリアルだと思う。

 

 

「おいエギル!!どうにかならないのかよ!!」

 

「無茶言わないでくれ、これでも赤字覚悟してこの金額なんだ。言っておくがこれでもかなり妥協した方だぞ」

 

 

クラインがエギルに食ってかかるがエギルを責めても仕方ないだろう。エギルは商人だ。攻略組をサポートしてくれるが、基本的に商人は利益を求めている。フロアボス攻略に向けて今回は利益を度外視してくれたのだが、それでも許容できる損失の範囲はそのラインなのだろう。

 

 

「って言ってもよぉ!!」

 

「そこまでにしておけよ年齢イコール彼女いない歴の人生の負け組」

 

「ガハッ……!!」

 

「クライィィィイン!!」

 

 

年齢イコール彼女いない歴というワードに反応してクラインは血反吐を吐いて倒れ伏した。キリトがテーブルから思わず身を乗り出しているが、クラインはビクビクと痙攣するだけで何も反応しない。

 

 

そんなクラインの耳元で囁く。

 

 

「なぁ、知っているか?エギルってハタチの時点で結婚して自分の店を経営してるんだってよぉどっからどう見ても勝ち組じゃねぇかぁ。そういうお前はどうだぁ?22、3にもなって年齢イコール彼女いない歴を更新し続けて、どっかの会社に勤めてる会社員……どっちが優れているかなんて比べるまでも無いよなぁ」

 

「グェッ、ゴポッ」

 

「止めたげてよぉ!!」

 

「ストップ!!ストップウェーブさん!!クラインから凄い音聞こえてますから!!」

 

 

キリトとシュピーゲルに羽交い締めされてクラインから引き剥がされる。凄い音を出していたクラインは顔の穴という穴から血を流して凄い顔になっていた。それでもHPは減っていないのでダメージは受けていないのだろう。どこからどう見ても死にかけているように見えるのだが。

 

 

でもエギルがリアル無双しているのは事実なのだ。それは素直に凄いと思う。

 

 

「はぁ……ユウキ君、ストレア君、クライン君を適当に励ましてくれないか?」

 

「私は良いのかしら?」

 

「シノン君に任せると起きろと言って弓で射抜く光景が見えるのでね」

 

「流石に圏内設定解除されてるからそんな事はしないわよ」

 

「クライン、お願い立って!!」

 

「がぁんばれがぁんばれ」

 

「ーーーウォォォォォォォッ!!クライン、復ッ活ぁつ!!」

 

 

ユウキとストレアがハートマークが付きそうな可愛らしい応援をするとクラインはそれまでの反応が嘘のように立ち上がった。顔の穴という穴から出ていた血は拭かれていない筈なのに綺麗さっぱりなくなっている。

 

 

「ってかよぉ!!それなら波の字はどうなんだ!?俺よりも年上なんだろ!?」

 

「別に年齢イコール彼女いない歴だけど彼女欲しいとか思わないし。そもそも狙われてるから彼女作ろうとも思わないし」

 

「あっ……」

 

 

俺の事情を……ユウキとシノンに狙われているということを知っているクラインはそれを思い出したのか一気に冷め、憐憫の色を目に浮かべて静かに椅子に座った。何故憐憫の色を浮かべた、まるで意味が分からんぞ。

 

 

「さて話を戻そう。〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟からはギルド共通財産として一千万コル出せる」

 

「〝ナイトオブナイツ〟からは二千万、それと資材も出せる」

 

「……済まねぇけど〝風林火山〟からは七百万が限界だ。資材なら多少は出せる」

 

「あ、あの……じゅ、十万なら何とか……」

 

「ふむ……合わせてようやく一億を超えるくらいだな。あと五千万か……」

 

「ーーー失礼します」

 

 

手荒いノックと共に入って来たのは〝ナイトオブナイツ〟の団員。その顔にあるのは困惑と怒り。モンスターに何か動きがあったのなら焦燥辺り浮かべる筈だが……何があった?

 

 

「どうしたんだ?」

 

「それが……ギルド〝絶対正義(ジャッジメント)〟のギルドマスターが面会を求めています」

 

 

 





大砲とバリスタを発見!!これでファフニールと戦えるぞぉ!!と喜んでいたところに浮かび上がる資金不足とかいうゲームでもリアルでも絶対的なパワーワード。

年齢イコール彼女いない歴のクラインが!!ハタチで店持って結婚してるエギルに敵うわけないだろぉがぁ!!マジでエギルのリアル無双っぷりがやばい。

資金提供タイム。計画的に貯めてればこのくらいは貯まるかなぁと思いつつ。最後の十万しか出せないクソ雑魚ブラッキーは誰なんだ……



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クォーターポイント・8

 

 

ノックがされ、扉が開く。現れたのは〝ナイトオブナイツ〟のギルドメンバーと彼に引き連れられた愛想笑いを浮かべた無手の中年男性、それと刀を下げた無表情の高校生程の黒髪の少女。恐らく中年男性の方がギルドマスターで、少女の方は護衛なのだろう。護衛が無手というのはおかしな話だし、少女の方は腹芸が苦手そうだ。

 

 

「はじめまして、ギルド〝絶対正義(ジャッジメント)〟のマスターのタナカと申します」

 

「……オキタ、です」

 

 

中年男性は愛想笑いを浮かべたまま、少女は無表情なまま自分のプレイヤーネームを告げる。タナカの方はプレイヤーネームにそんな名前をつけるとか一周回って感心する。まだ少女のオキタの方がプレイヤーネームとしては正しい。

 

 

「〝血盟騎士団〟のヒースクリフだ」

 

「〝ナイトオブナイツ〟のディアベル」

 

「〝風林火山〟のクラインだ」

 

「〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のウェーブ。それでそこの一人ぼっちの真っ黒黒助は〝ソロぼっち〟のキリトだ」

 

「あ、俺カッとなってって理由で人を殺した奴の気持ちがわかる気がする」

 

 

額に青筋を浮かべながら武器を引き抜こうとするキリトをアスナが諌める。真っ黒黒助か?それともソロぼっちが悪かったのか?

 

 

「さて、君たちはどのような用件でここに来たのだね?」

 

「まずは、謝罪を。この度は私のギルドメンバーがご迷惑をお掛けしました」

 

 

そう言ってタナカは深々と頭を下げて、オキタはそれに習うように頭を下げた。少なくとも顔色や声色から嘘を言っているようには見えない。タナカは本気で謝りに来ている。その事をアイコンタクトでヒースクリフとディアベルに伝えると、頷いてくれた。

 

 

「謝罪は分かった、だが私たちは君たちを許さない。君たちのせいで〝ナイトオブナイツ〟から5人の犠牲者が出たことは変わらない事実なのだからな」

 

「それはこちらとしても理解しています。ですが、今回の件は私からの命令ではなく彼らの独断という事を理解していただきたい」

 

 

ここまで嘘はない。そもそも〝絶対正義(ジャッジメント)〟というギルドは攻略に参加するようなギルドでは無いのだ。

 

 

アルゴに頼んで調べてもらったが、〝絶対正義(ジャッジメント)〟の建設理由はアインクラッド内のプレイヤーの治安維持のため。SAOに閉じ込められた事によるストレスで治安が悪化し、無法地帯になる事を恐れて作ったらしい。第一層から主街区で日本の法律に則ったルールを定めて、ゆっくりと広めていった。馴染みのある日本の法律を使ったことが功を称したのか、〝絶対正義(ジャッジメント)〟の存在は受け入れられるどころか歓迎されている様子だとか。

 

 

少なくとも、それにより最下層から二十層までの治安は守られていて、メンバーだけを見るならば現在あるギルドの中でも最多のギルドとなっているらしい。

 

 

「今回フロアボスに向かっていった彼らは正義感の強すぎる者達でした。人手が集まり、治安が守られた事に満足して次は自分たちが攻略するべきだと常日頃から私に訴えていました。ですが、私たちは所詮は中層プレイヤー。攻略に参加しても足手まといになるだけだと判断して参加を認めていなかったのですが……そこを〝アインクラッド解放隊〟に突かれ、自分たちと一緒に攻略に参加しようと唆された様なのです」

 

「だから、自分たちには非が無くて、全ては彼らに責任があると?」

 

 

対応していたヒースクリフでは無く、ディアベルが口を出す。生き残りを救う為にギルドメンバーを犠牲にしたディアベルからしてみれば誰が悪いかなど関係なく、〝アインクラッド解放隊〟と〝絶対正義(ジャッジメント)〟こそが悪なのだ。予め俺とヒースクリフで釘を刺していなかったら今にも斬りかかりそうな目でタナカを睨んでいる。

 

 

「いいえ、寧ろ私の責任です。彼らの暴走を止められなかった、未然に防げなかった私の責任です。犠牲者を出したディアベルさんの怒りは御もっとも。どうか気がすむまで甚振ってください」

 

 

そういってタナカはその場に座り込んだ。目にあるのは覚悟、ここで殺される事を覚悟している。オキタはそれを変わらず無表情で見ている……様には見えて、僅かに口元が歪んでいた。タナカが責任を背負い込もうとしているのを堪えているのだろう。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そうか、謝罪が終わったのなら早く出て行ってくれ。攻略の邪魔だ」

 

「……は?」

 

「今回の事に関しては思うところはある。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。死者を引き合いに出すのはあれだが、犠牲になった彼らもそれを望んでいるはずだ。だから、この続きは二十五層の攻略が終わってからにしてくれ」

 

 

今にも斬りかかりそうな眼光でタナカの事を睨んでいるが、ディアベルは極めて冷静な判断を見せてくれた。そう、俺たちは攻略組なのだ。アインクラッドを攻略する為に集まった組織で、攻略する為に存在している。攻略している最中に自己満足の謝罪などされても邪魔でしか無い。

 

 

「そう、ですか……」

 

「それに、〝絶対正義(ジャッジメント)〟は中層プレイヤーたちの治安維持に役に立っている。トップである貴方がここで居なくなれば、中層プレイヤーが暴徒化してもおかしく無い。貴方を殺すよりも残した方が都合が良いんだ。責任を感じているというのなら、今のまま活動を続けてくれ」

 

 

そう、暴走した連中がどうであれ〝絶対正義(ジャッジメント)〟というギルドはプレイヤーたちの治安維持に一枚噛んでいる。無法地帯として世紀末化しかねなかったアインクラッドに法を敷いて、秩序を守っている。その点を見ればタナカの手腕は見事なものと言える。タナカを殺すメリットとデメリットを考えれば、後者の方が大きくなってしまう。

 

 

まぁ中層プレイヤーが暴徒化して、その矛先が攻略組に向かっても皆殺しにするだけだが。

 

 

「そんな事よりも金策だ。二十五層で得られるアイテムを他の階層に回してみたらどうだ?」

 

「それで利益が得られるのは最初の方だけだ。直ぐに値崩れするのは目に見えている」

 

「全く持って世知辛いねぇ。金がないから攻略も出来やしない」

 

「……お金、いる?」

 

「あぁ、攻略に必要な資材やら人材やら揃えるのにな。あと五千万コルなんだけど……」

 

「あの……よろしかったらこちらから出しましょうか?」

 

 

グリンと、俺たちの顔がタナカに向けられる。その様に怯えたのかタナカは短い悲鳴を上げてオキタに抱きついた。それにオキタは嫌がるかと思えば無表情を僅かに崩し、タナカを自分の後ろに隠した。

 

 

「今、なんて言った?」

 

「聞き間違いでなければ出すと聞こえたのだが……」

 

「ギ、ギルドに貯蓄してある財産を出します!!全額!!七千万コルです!!」

 

「ちゅ、中層ギルドで七千万コル!?どうやって集めたんだよ!!」

 

「……人、多い、だから、集まる」

 

「成る程、人海戦術か」

 

 

ギルド最大手というだけあって〝絶対正義(ジャッジメント)〟に所属しているプレイヤーの数は桁外れに多い。アルゴの調べによれば約千人所属しているとか。それだけいればギルド共有の貯蓄も貯まる量は桁外れだろう。少なくとも攻略組の中で一番メンバーの多い〝ナイトオブナイツ〟よりも。

 

 

「七千万、これで予算に届いたな」

 

「エギル!!ゴーサインだせ!!生産職のプレイヤーたちを過労死させる勢いで扱き使え!!」

 

「すでに鍛治職のプレイヤーたちは動いているぞ。何せ大砲とバリスタをじかに触れるからな」

 

「……え、私何かまずい事しました?」

 

「……発言の、責任は、しっかりね?」

 

 

何はともあれ、これで必要な予算に金額は届いた。

 

 

これより、二十五層フロアボス〝ザ・ファフニール〟の攻略が始まる。

 

 






そもそもの〝絶対正義(ジャッジメント)〟は治安維持を目的とした警察の様なもの。それが上手くいってるからと勘違いしたクソ雑魚ナメクジのせいでこんなことになっただけで、組織のトップは割とマトモ。だけど金ヅルになる。

金が集まったのでフロアボス攻略に向けて始動じゃあ!!



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フリータイム

 

 

予算は集まったが、直ぐに攻略に移れる訳ではない。廃棄品同然の大砲とバリスタと、それぞれの弾の仕組みの解析から始まり、攻略に必要だと思われる数を揃えるまで時間がかかる。エギルとヒースクリフの予想によれば順調に行って4日、長くても1週間でそこまで持っていけるとか。思ったよりも早いというのが攻略組共通の見解だったりする。だがそれは二十四層で狂喜乱舞しながら大砲とバリスタを解体して仕組みを解析している生産職のプレイヤーたちを見て納得した。

 

 

考えてみれば大砲とバリスタというのはSAOで使われている武器よりも比較的近代兵器に当たる。生産から改造に成功すれば、もしかしたら銃やクロスボウなどの生産も行えるかもしれないと上半身裸のもやしプレイヤーが筋肉隆々のプレイヤーに囲まれながらはしゃいでいた。

 

 

でも、生産に成功した所で使えそうなのが〝射撃〟持ちのシノンしか居なさそうなのだが。

 

 

ともあれ、これで時間が出来てしまった。〝風魔忍軍〟は〝ザ・ファフニール〟の監視に当たっているので暇ではないが、それ以外は出来た時間を使ってフロアボスに備えている。アスナはユウキとシノンを連れてレベリングに向かい、シュピーゲルはキリトとクラインと一緒にプレイヤースキルを磨いているし、ストレアは生産職のプレイヤーたちのやる気を天元突破させる為にエギルにバイトとして雇われてコスプレして応援しているらしい。

 

 

エギルに写真を渡されたのだがコスプレは薄紫の色合いのミニスカの着物だった。見えそうで見えない加減が素晴らしい。

 

 

そして俺はというと、ユウキたちとは別でレベリングを行う為に1人でフィールドに出かけていた。〝色絶ち〟や〝隠蔽〟を使う事なく堂々とタバコを咥えながらフィールドを歩いているのでモンスターに見つかり、襲われる。

 

 

「キシャァァァ!!!」

 

 

襲い掛かってくるのは二十五層でポピュラーなモンスターである2メートル台のトカゲの〝パラライズリザード〟。数は二十程で、どれもが唾を飛ばしながら口を開けて俺を貪ろうとしている。〝パラライズリザード〟は名前の通りに麻痺毒の攻撃をしてくるので直撃どころか掠るだけでも致命傷になりかねない。麻痺の耐性を上げる〝耐麻痺ポーション〟を使うか、専用の装備をしていなければ一撃食らって麻痺してそのまま殺されるなんてことも珍しくない。

 

 

だが、それも食らわなければ意味が無い。

 

 

我先にと群がる〝パラライズリザード〟の群れに敢えて飛び込む。人の形に近いモンスターは知恵があるが、動物の形のモンスターは本能だけで動く。飛び込んだ事で中心にいる俺に向かって群がる。それを空いたスペースを見つけて移動する事で回避、さらにそれと同時に攻撃を誘導してやって同士討ちさせる。すると〝パラライズリザード〟は自分の麻痺毒で麻痺してしまった。麻痺毒持ちなのに麻痺するのかと聞かれても、おかしく無いと答えるしかない。リアルでも毒持ちの動物が自分の毒で死ぬなんてことはあるのだから。

 

 

とはいえ麻痺に対する耐性はあるので放置すれば直ぐに復活する。なのでネズハに打ってもらった〝頑丈さ〟のみを優先した片手剣〝サイズブレード〟で〝パラライズリザード〟の首を切り落とす。〝頑丈さ〟のみを優先してもらった為に切れ味はメイン武器の〝妖刀・無銘〟に比べれば泣きたくなるほどに無いのだが、()()()()()()()()()()。腕の振り方、刃の入れ方、重心の移動などを意識すれば〝パラライズリザード〟の鱗ごと斬首するのは容易い。

 

 

〝パラライズリザード〟を麻痺させてから10秒で全ての〝パラライズリザード〟の斬首を完了させ、リザルト画面を流し読みして先に進む。

 

 

目的地は〝ボーデン〟から然程離れていない森の中。見通しが悪く、フィールド以上にモンスターの沸きが早いということで1人で森に向かうことは自殺行為とされているが、俺なら問題無い。

 

 

時折出てくるモンスターを斬首して、リザルト画面を流し読みしながら森の奥へ奥へと進む。森に入って1時間も歩けば木々が深くなり、射し込んでくる陽射しが少なくなって薄暗くなってくる。目的がなければ誰も入ってこないような場所、ここが俺の目的地だ。

 

 

倒れていた木に腰掛けて、アイテムボックスからシノンが作ったサンドイッチと水筒を取り出して食事を摂る。その間も警戒することは忘れずに、常に〝索敵〟と〝気配感知〟で周囲を探っている。そしてサンドイッチを全て食べて、包み紙を投げ捨てたところで地響きが聞こえてきた。

 

 

「ご馳走さんっと……」

 

 

食事を終えて、立ち上がり地響きのした方向を見れば森の奥から軽装の鎧に身を包み、曲刀と盾を持った4メートル程の人型の爬虫類、〝ジェネラル・リザードマン〟が()()現れた。

 

 

SAO内では基本的にモンスターは群れるのだが、時折1匹だけで活動しているモンスターがいる。それは1匹だけで活動しても()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうしたモンスターは他のモンスターとの識別の為に名称付けされていて、ネームドボスと呼ばれている。ネームドボスは一層一層に四、五種類用意されていて、倒されても一定時間経てば再び沸くので経験値やアイテム的な意味で実に都合の良いモンスターだと言えた。

 

 

俺がわざわざ森の奥にまで来たのはレベリングとアイテムの為にネームドボスを狩るためだったのだが……三匹で現れるのは予想外だった。が、同時に納得も出来た。普通ならネームドボスは一匹だけだが、今の二十五層は〝ザ・ファフニール〟が活動しているので普通では無い。ネームドボスとはいえ群れなければ蹂躙されて食われるのだ。

 

 

それを防ぐ為に複数沸いたと考えられるが……少し驚いた。()()()()()()()()

 

 

〝色絶ち〟、〝隠蔽〟(よいしょっと)

 

 

〝ジェネラル・リザードマン〟たちに見つかる前に〝色絶ち〟と〝隠蔽〟による隠密で隠れ、近くにあった木の幹を足場にして飛び上がり、先頭にいた〝ジェネラル・リザードマン〟の首を〝サイズブレード〟で切り落とした。即死判定によりHPのゲージが一瞬で砕け散る。そして後ろに居た二匹の〝ジェネラル・リザードマン〟に気付かれる。

 

 

「〝色合わせ:気配同化(やっほー)〟」

 

 

〝色合わせ〟による気配集中の応用編、呼吸を合わせる事で〝ジェネラル・リザードマン〟の意識を此方から合わせる事で同一だと認識させ、俺は敵ではなくお前の一部なのだと〝ジェネラル・リザードマン〟の感覚を誤認させる。

 

 

その結果、同胞の首を切り落とした俺を〝ジェネラル・リザードマン〟は自分の一部なのだと認識し、無警戒のままに二匹とも斬首された。

 

 

「ん〜やっぱりソロでネームド狩ると経験値効率が良いな〜他の奴らには出来ないだろうけど」

 

 

〝ジェネラル・リザードマン〟三匹を倒した事でリザルト画面には大量の経験値とドロップアイテムが書かれている。普通ならネームドボスは複数人で狩ることが前提で、経験値やドロップアイテムも複数人用の量が設定されている。それを俺1人で倒したのだ。経験値もアイテムも独り占めだ。

 

 

「今が正午だから……帰り考えてあと4時間は篭って居られるな」

 

 

目的であるネームドボスは倒したがまだ時間はある。4時間も篭っていれば一、二はレベルは上がるだろうと当たりをつけて、〝ジェネラル・リザードマン〟の血の匂いに釣られてくるモンスターを待つのだった。

 

 

 





キチ波式レベリング方法、1人でネームドボスを倒す。複数人で倒すことが前提のネームドボスを1人で倒すことで経験値もドロップアイテムも独り占め出来るぞ!!なお、自分の実力を把握していないクソ雑魚ナメクジがすると死ぬ。

ネームドボス複数沸き。普通は一匹だけなんだよ!!でもフロアボスがいるから一匹だけじゃダメだと思って複数沸いたんだよ!!でもキチ波に狩られる運命だったんだよ!!



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フリータイム・2

 

 

ネームドボスを合計で7体、その他のモンスターを狩りまくってレベルが2つ上がったところで切り上げて〝ボーデン〟の宿屋に戻る。圏内設定が解除されているが〝ボーデン〟はまだ街としての機能を保っており、モンスターの侵入を防ぐ為に〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟の団員たちが交代で見張りをしている。

 

 

戻って来たのは夕暮れ時だが夜が近いためにモンスターが凶暴化し、〝ボーデン〟に群がってくるが二十人ほどの〝ナイトオブナイツ〟の団員たちがそれを押し返しているのが見える。〝血盟騎士団〟がプレイヤーの質を追求しているのならば、〝ナイトオブナイツ〟は数による有利を追求している。タンクが〝パラライズリザード〟の噛み付きを盾でカチ上げれば、それで出来た隙に誰かが飛び込み急所を攻撃する。そしてその誰かの出来た隙をタンクがカバーする。攻略組の誰もがある程度の連携を取れるようにはしているが、どこのギルドが一番連携の取れた動きが出来るのかと聞かれればヒースクリフであっても〝ナイトオブナイツ〟の名を挙げるだろう。ディアベルの指揮無しでありながらも数では負けているというのに互角どころか押している戦いをしていた。

 

 

それを遠目で見ながら出店で〝パラライズリザード〟の肉を使ったホットサンドを買う。毒抜きさえしてあれば〝パラライズリザード〟の肉は中々にいける食材なのだ。

 

 

ホットサンドを齧りながら街の様子を見て回り、然程大きな変化は見られないと判断して宿に入る。すると、ローブ姿のアルゴが死にそうな顔をしてソファーに寝転がっていた。

 

 

「……大丈夫?生きてる?」

 

「つ、疲れたヨ……」

 

 

いつも通りのイントネーションで、返事が出来ているので一先ず大丈夫だと判断してソファーの空いているスペースに座る。ユウキとシノン、シュピーゲルの姿が見えないが時期に帰ってくると連絡を貰っているので心配はしていない。

 

 

「ホットサンド買って来たけどいるか?」

 

「ちょ、頂戴……」

 

 

手を伸ばすが余程疲れているのか、ホットサンドの入った紙袋に届く前に力尽きて落ちる。仕方がないのでホットサンドをアルゴの口元に運んで、食べさせてやる。

 

 

「そんなになるまで何してたのさ?」

 

「ムグムグ……ネズハの所に行って〝朽ちた剣〟の修復を頼んデ、二十五層の現状を二十四層以下全部の階層に伝えて回ってタ。これで余程の馬鹿じゃない限りは二十五層に中層プレイヤーは来ない筈だヨ」

 

「あ〜……良いところで余計な邪魔が入る時程、鬱陶しいことは無いからな」

 

 

二十層攻略の時に一度、遊び半分でやって来た中層プレイヤーを叩き返した事がある。攻略マージンどころか安全マージンすら取っておらず、装備も最前線で通用する物ではないという何がしたいのか分からない奴らだったので圏内で適当に痛め付けて叩き返した。せめて安全マージンくらい取っていれば〝風魔忍軍〟の監視を付けて放置したのだが。

 

 

「そういえば〝アインクラッド解放隊〟の様子はどうなってる?」

 

 

先走った〝アインクラッド解放隊〟は攻略に参加出来るメンバーを失った筈だ。一応攻略組の中でも最多の〝アインクラッド解放隊〟だが、ディアベルの〝ナイトオブナイツ〟とは違い連携も何もなしに数で押すだけの戦法しか取らない。それが〝アインクラッド解放隊〟の弱みでもあり強みでもあるのだが、今回の件でメインのメンバーがいなくなった筈。自暴自棄になって何かをやらかしてもおかしくない。

 

 

「ン〜……調べたけど大人しかったナ。普通なら反省でもして力を付けようとしているのかって考えるけド……〝アインクラッド解放隊〟のリーダーはキバオウだからナ」

 

「嵐の前の静けさとしか思えないな」

 

 

〝アインクラッド解放隊〟のリーダーはキバオウで、徹底したアンチβテスターの指針を取っている。βテスターと思わしきプレイヤーのことを僻み、蔑み、少しでもそういう素振りを見せれば徹底的に叩いてくる。正直なところ不和しか生み出さないギルドだったが、人材を派遣してくれているからと見逃されていたのだ。だがそれも今回の件で見限られ、攻略組には居られなくなるだろう。

 

 

このまま大人しくしてくれれば良いのだが、キバオウの事だから余計なことをやらかしそうで怖い。ヒースクリフとディアベルに伝えて用心してもらおう。

 

 

「ふぅ、ご馳走様」

 

「あいあい、お粗末様」

 

ホットサンドを食べ終えてある程度体力が回復したのか、アルゴは起き上がった。そして隣の部屋に入り、寝間着姿になって戻って来る。

 

 

「まぁ、何はともあれ状況は進んだんダ。二十五層の攻略も時間の問題だナ」

 

「〝ザ・ファフニール〟がどれだけ強いのかが心配だけど全員が自分の役割果たせば問題無いだろうよ。やっぱり戦いは数だな!!雑兵でも万も集まりゃ一騎当千を殺せるんだよ!!」

 

「ヘェ、じゃあ()()()()を殺そうと思ったらそれだけ集めなきゃいけないって事カ?」

 

「怖いこと言わないでくれよ……てか、SAO内には一万も人が居ないだろうが」

 

 

さらりと怖いことを言ってくれたアルゴだが、2人きりの時に限って俺の事をアダ名では無くて名前で呼んでいる。アルゴの中でどういう心境の変化があったのか気になるところだが、それに容易く踏み込んでも痛い目を見るだけだ。

 

 

「膝貸してくレ」

 

「ハイハイ」

 

 

アルゴがソファーに飛び込みながら、俺の膝を枕にして横になる。アルゴの疲労具合は恐らく攻略組の中でもダントツだろう。こうした事で少しでも癒されてくれるのなら、喜んで膝くらい貸してやる。

 

 

「……」

 

「ん?どうしたんダ?もしかして……オネーサンに見惚れているのカ?」

 

「いやね、アルゴの目って綺麗だなって」

 

 

久し振りにアルゴの目を真っ直ぐに見た気がする。髪と同じ金色の瞳。初めて会った時から変わらずに澄んだ色合い。この世界で情報屋なんていう仕事をしていれば、綺麗事だけでなく汚い部分も見ることがあっただろうに、その瞳は穢れる事なく綺麗に輝いていた。

 

 

「そうカ?自分じゃ分からないナ」

 

「まぁ良いことだ。出来れば変わらずにいてほしいね」

 

「そういうウェーブの目は怖いな」

 

「生まれ付きだからほっとけ」

 

「でもその目、オネーサンは嫌いじゃないゾ?」

 

「……ありがとよ」

 

 

照れているのがバレて揶揄われた腹いせにアルゴの頭を強引に撫で回したり、それにキレたアルゴが俺の脛を本気で蹴ったり、さらにそれにキレた俺がアルゴの頭をアイアンクローしたりと、色気の無いじゃれ合いだったがそれでも溜まっていたストレスを解きほぐすには十分過ぎる時間だった。

 

 

 






ユウキチ、シノノン、ストレアとやってきたので続いてアルゴの回。キチ波とのじゃれ合いで情報屋の仕事で溜まったストレスを解消する。これでまだ情報屋として働けるな!!



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フリータイム・3


勢いで新しいSAOの小説書いたから、読んでみてネ!!(ステマ)




 

 

ネームドボスハンティングの翌日、俺は1人で二十四層のフィールドを歩いていた。二十四層は二十五層の前段階だからなのか比較的穏やか……に見えて周りの風景に擬態しているモンスターが犇めき合うという別の意味で殺意溢れる階層だった。〝索敵〟か〝看破〟のスキルを四百台にまで上げていれば問題なく見つかる程度の隠密だが、中層プレイヤーだとレベルを上げることを優先していてスキルを上げないという者が多く、中層プレイヤー殺しと認識されている階層である。

 

 

すでに攻略を終えた前階層に何故来ているのかと言えば、二十四層では他の階層では見つからなかった物が見つかったからである。それは、鉱山だ。それまで鉄などの金属はNPCの商人からしか買取が出来ず、ネズハを始めとした鍛治職のプレイヤーや商人のプレイヤーはNPCから金属の買い付けを行なっていたのだが、二十四層で鉱山が見つかった事により自分たちの手で鉱石を入手する事が出来る様になった。

 

 

無論誰もが好き勝手に取れるという訳ではなく、鉱山はエギルのギルドの監視下に置かれていて需要と供給のバランスを見極めた適切な量が採取されている。

 

 

そして現在の二十四層鉱山〝採掘場〟は、発見された時以上の賑わいを見せている。

 

 

STRを育てた筋肉隆々のプレイヤーたちがタンクトップ姿にツルハシを持って坑道に向かう姿を筋肉フェチの女性NPCやプレイヤーが黄色い声を上げて応援している。あれは確かエギルプロデュースによる〝マッスルツアー〟だったか。他の人なら気にしない様なところでも商売にしてしまう辺り、エギルの商才が恐ろしく思える。だからこそ、リアルでハタチなのに既婚者で営業者という無双が出来ているのだろうが。

 

 

坑道の近くには採取した鉱石をインゴットに加工する精錬所、そしてそのインゴットを使って装備の生産を行う共同の鍛冶場まで設けられている。この〝採掘場〟はフィールド扱いで圏内などでは無いが、擬態をして獲物を待ち伏せるというモンスターの性質故に、モンスターが寄ってこないので比較的に安全なのだ。それでも危険はあるのだが、そこは数の暴力でどうにか出来るとエギルは言っていた。

 

 

実際、偶々迷い込んで来たモンスターがツルハシを担いだプレイヤーたちにリンチされている。

 

 

それに、万が一の為にキチンと備えはしてあるのだ。

 

 

「よっす、オルランド」

 

「む、ウェーブ殿では無いか」

 

 

鎧に身を包み、マントを羽織って〝採掘場〟の徘徊をしていたのはネズハが所属しているギルド〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟のリーダーであるオルランド。彼らはエギルに雇われて〝採掘場〟の警備をしている。実力は〝血盟騎士団〟レベルなのだが、エギルに雇われたり中層プレイヤーの助けをしたりで攻略の参加はやや控え目なところがある。

 

 

それでも攻略に参加すれば〝血盟騎士団〟レベルの働きをしてくれるだけありがたい事だ。〝アインクラッド解放隊〟とは違うのだ。

 

 

「ネズハに会いに来たんだけどどこにいるか分かるか?」

 

「ネズオならば今は専用の鍛冶場にいるはずだ。アルゴ殿から依頼があったとかで酷く興奮した様子だったぞ」

 

 

ネズハの居場所を聞けば嫌な顔一つしないで真面目に答えてくれる辺り、オルランドは人格者だと思う。実際に、エギルプロデュースの〝マッスルツアー〟の参加者の数人が、筋肉を見てキャァキャァとアイドルの追っかけみたいに騒いでいたのにオルランドを見たら乙女の顔になっている。

 

 

オルランドだけでは無く、攻略組で戦っているプレイヤーや攻略組では無いが実力のあるプレイヤーというのは基本的にモテる。良くも悪くも名前と顔が広まっているので、プレイヤーだけで無くNPCも攻略組の存在を知っているのだ。

 

 

まぁ、何人かの目立たないプレイヤーに関しては名前だけが広まっている状況だが。

 

 

礼を言ってオルランドと分かれ、共同の鍛冶場とは別の、ある一定までスキルの熟練度を上げたプレイヤーに与えられる専用の鍛冶場に向かい、ネズハの鍛冶場を見つける。

 

 

そして扉を開くと、そこには上半身裸で恍惚とした表情を浮かべたネズハが、打ったであろう剣の腹に頬擦りをしていた。

 

 

俺はそっと、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、お見苦しいところをお見せしました」

 

「見苦しいどころじゃねぇよ、SAO内なのに吐くかと思ったわ 」

 

 

ある意味正気を疑う様な冒涜的な光景を目にした俺は正気に戻ったネズハに呼び止められて専用の鍛冶場に入った。鍛冶場の中はついさっきまで使われていたのか熱が篭っているが、まだ我慢出来る程度の暑さだ。

 

 

「ところで今日はどんなご用で?」

 

「サブ武器のメンテナンスとアルゴが頼んでた奴の様子を見にな」

 

 

ネームドボスハンティングで耐久度が下がってしまった〝サイズブレード〟をネズハに手渡し、アルゴが頼んでいた〝朽ちた剣〟の修復の進行具合を聞く。アルゴの予想が正しければ、今回の二十五層の攻略の鍵となるのは〝朽ちた剣〟だ。大砲やバリスタは〝ザ・ファフニール〟と互角に戦う為の装置でしか無い。

 

 

「……中々手荒く使われたみたいですね、ウェーブさんに言われてた通りに耐久度特化にしてなかったら壊れてたかも。それとアルゴさんからの依頼の品ですね?正直、修復だけならもう終わってるんですけど……」

 

 

そう言ってネズハが出したのは一本の両手剣。さっきまでネズハはこれに頬擦りしていた様な気がするが……気の所為だな。

 

 

「その剣は〝竜殺しの剣〟と言ってカテゴリーは見た通りに両手剣なんですけど……切れ味はこれまでで確認された刀剣類の中でもダントツ。だけど耐久度は反対に最低で、恐らく十回も切れたら良い方だと思います。それに性能としてドラゴンタイプのモンスターへのダメージ増加がありますけど、それとは別にドラゴンタイプ以外のモンスターへのダメージカットも付いています」

 

「つまり、完全なドラゴン特攻って事か?」

 

「そう言う事です。ぶっちゃけると武器や兵器としては下の下ですね。たった十回も切れずに、しかも特定のモンスターにしか使えないんですから。あと、その剣を装備するのにはSTRの他にも〝両手剣〟のスキルの熟練度600以上が必要です」

 

「600ねぇ……まぁ、攻略組を探したら見つかるだろ」

 

 

攻略組のメンバーは大体自分がメインに使う武器のスキルと〝隠蔽〟〝索敵〟辺りはカンストしている。この武器を使える該当者も探せば見つかるだろうが、問題はこの武器を任せるだけの実力があるかってところだな。

 

 

「メンテは直ぐに終わるのでストレアさんの様子でも見に行ったらどうですか?」

 

「まぁ会いに行くつもりだったけど……大丈夫か?なんか、こう、目が濁ってるぞ?」

 

「二徹して体力無いですけど気力で動いてる感じですね。一度冷静になったら多分そのまま寝落ちすると思います」

 

「メンテの最中に寝るなよ?」

 

 

メンテナンスの最中に寝落ちして炉に頭を突っ込むところを予想したが、多分大丈夫だと判断してストレアがいるであろう共同の鍛冶場に向かうことにした。

 

 

 





開幕からぶっこまれるネームドボスハンティングとかいうパワーワード。多分ヒスクリやキリトちゃん君辺りならやれそう。

二十四層で発見された鉱山により、鉱石や装備の供給を安定して行える様になりました。なお、エギルとかいうリアル無双がマッスルツアーなるものを開いているらしい。

伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟からオルランドとネズハが再登場。キチ波の手で強化詐欺が未遂に終わったので遺憾無く攻略組に参加出来る優しい世界。だけどオルランドがお人好しなので攻略への参加はやや控え目。それでも実力はある。

それとネズハとかいうプレイヤーが上半身裸で恍惚な表情を浮かべながら剣に頬擦りをしているらしい。



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フリータイム・4

 

 

「何がどうしてそうなった」

 

 

ストレアがいるであろう共同の鍛冶場は大いに賑わっていた。二十五層で発見された大砲とバリスタはある程度は量産の目処が立ったらしく、そこそこの量のそれぞれのパーツが出来上がっている。手筈ではこれを砦に持って行き、現地で組み立てる事になっている。

 

 

炉の熱で、立っているだけで汗が出てきそうな程に熱い共同の鍛冶場。だが、今のここではそれ以外の熱で熱くなっていた。

 

 

「みんな〜頑張って〜!!」

 

「ウォォォォォォォ!!ストレアちゃぁぁぁぁん!!」

 

「頑張るよ!!俺、超頑張るよ!!!」

 

「こっち見てくれぇッ!!」

 

「やべえどうしよう、ストレアちゃんと目が合っちまった」

 

「これだから童貞は……ストレアちゃんがお前なんて見るわけないだろ?」

 

「表出ろやこの早漏野郎ぉぉぉ!!!」

 

「かかって来いやこのもやし野郎ぉぉぉ!!!」

 

 

休憩時間なのか、ゴスロリ調の衣装を着たストレアが鍛冶場で一番高いところに立ち、その周りに鍛治職のプレイヤーたちが群がっている。ストレアがハートマークでも付きそうな応援をすれば、鍛治職のプレイヤーたちが狂喜乱舞する。リアルでアイドルのライブがこんな感じだなぁとやや現実逃避しながらそれを見ていたら、

 

 

熱くなったのか、ストレアが服の前に着いていたファスナーを開けて上を脱いだ。

 

 

それを見て鍛治職のプレイヤーたちがさらに狂喜乱舞する。

 

 

その光景を見て迷わずに俺は飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……人前で服脱ぐなって言っただろうが」

 

「だって熱くなったから……」

 

 

もう色々と危なくなって来たと判断してストレアを鍛冶場から連れ出し、正座させて説教をする。鍛治職のプレイヤーたちがストレアが連れ出されたのを見てハンマーを手に襲いかかろうとしていたが、丁度休憩時間が終わったのか何事も無かったかのように大砲とバリスタのパーツ作りに戻った。

 

 

「熱くなったからと言って脱ぐなよ。俺がいたから良かったけど、もしかしたら同人誌展開になってたかもしれないんだから。良いか、男なんて生き物は表面上どう取り繕うが中身は狼なんだ。無防備にエロい格好してたら襲われる事を忘れるな」

 

「男はみんな狼?……ならウェーブも狼なの?私、食べられちゃうの?」

 

「バーカ、手ぇ出すならそうと決めた瞬間に手を出してる」

 

「そうなの?それはそれで何か複雑な様な……」

 

 

ストレアは美人でエロくて、女性としてはかなり魅力的な部類に入る。正直な話、ストレアと行動してて、無防備な姿に劣情を抱いた回数は数えるのが億劫になる程あった。だが、だからと言ってストレアに手を出そうとは思えなかった。

 

 

ストレアは無垢な性格だが、その無垢さはどこか幼さを感じさせる。まるで大人の身体に子供の精神が入った様な歪さ、精神と肉体の齟齬を感じた。もしもその齟齬が無ければその場の勢いに任せて手を出していたかもしれないが、その齟齬のお陰でストレアに手を出す事は無かった。

 

 

他のプレイヤーが手を出すかもしれないと考えたが、ストレアも攻略組に参加している1人だ。複数に不意打ちで襲われても反応してそのまま制圧、もしくは逃げ出せる程度の実力はある。

 

 

過去に一度、ストレアに手を出そうとしたプレイヤーが壁にめり込んだことがあった。

 

 

「兎も角、露出が多い服は良いけど脱ぐな。分かったな?」

 

「下着姿はセーフ」

 

「アウトだよコンチクショウ」

 

 

折檻のつもりでの頭を鷲掴みにすれば、ストレアからグワァと女性らしからぬ声があがる。痛みは感じるがダメージが発生しない程度に抑えてあるので大丈夫だろう。ストレアの露出が多い事は別に何も言わないが、脱ぎ癖だけはどうにかして欲しい。女性としてもう少し慎みを持ってくれればと考えたが、身近にいる女性が攻略組の者が殆どな事を思い出して諦めた。

 

 

「ーーーHey brother、なんか楽しそうな事してるじゃねぇか」

 

 

背後から声をかけられた事でストレアが俺の手を払いのけてその場から飛び退き、〝クイックチェンジ〟で両手剣を取り出した。俺はと言えば特に警戒も何もなし。声をかけて来た者の気配は捉えていたし、そもそもSAO内で俺の事を兄弟(brother)なんて呼ぶ者はたった1人しか居ない。

 

 

「アイアンクローしてただけなんだけどなぁ……まぁ楽しかった事は否定しないさ。久し振りだな、PoH」

 

 

振り返ればそこに居たのは黒いローブを着てフードで顔を隠したPoH。声の主がPoHだと気が付いて、ストレアも警戒を解く。

 

 

「PoHじゃん。久し振り〜」

 

「ストレアだけか?いつも引っ付いてるCrazy girlsはどうした?」

 

「Crazy girlsってお前な」

 

「それ以外どう言えば良いのか知らねえんだよ。なにせあいつら、なんかホモ臭がするとか言って襲いかかって来たんだぞ」

 

「実際のところ、そんなに間違ってないから困るんだよな」

 

 

ユウキとシノンはPoHの事を蛇蝎の如く嫌っている。理由はPoHが言った通りにホモ臭がするから。PoHから殺し合い的な意味で求められているのでそれを嗅ぎ取ってなのかもしれない。

 

 

初めてPoHの事を紹介した時に、全力で男として殺しに行くとは思わなかった。

 

 

「んで、なんの連絡も無しにどうしたんだ?」

 

「何、二十五層の攻略を俺も手伝おうと思ってな」

 

「あぁ、だからPoHのカーソルはグリーンになってるんだ」

 

 

PoHは快楽主義で、面白ければ他人を傷付けたり殺す事を躊躇わない。その為にいつもはカーソルがオレンジだったが、ストレアが指摘した通りにグリーンに戻っていた。恐らく攻略に参加する為にカーソルをグリーンに戻す〝贖罪クエスト〟をクリアして来たのだろう。俺もカーソルをグリーンに戻す為にクエストをクリアしなければならない。

 

 

「珍しいな、お前が攻略に参加するなんて」

 

「なんか()()()()()()()()()()()()()()だからな。参加しない手は無いだろう?」

 

 

基本的にPoHは背中を預けてはいけない種類の人間だ。何せスリルを楽しむという、人間として性格の壊れた破綻者なのだ。一方的に信じて頼れば、いつか飽きたからと背中を刺されてしまう。だがそれはスリルさえ与えれば、PoHを楽しませれば裏切らないという事でもある。間違いなくリアルでは排除されるであろう人間だが、PoHという男をよく理解すれば、そのリスクを背負っても十分にリターンを得られるほどの価値がある事が分かる。

 

 

ともあれ、いつもこちらから誘っても乗り気でなかったPoHが自分から参加しようとしているのだ。断らない訳がない。

 

 

「分かった。ヒースクリフにはこっちから伝えておく」

 

「あのCrazy girlsにも言っておけよ」

 

「覚えてたらな」

 

 

俺の言葉にPoHは楽しげに笑いながら中指を立てて、そして景色に溶け込むように消えていった。PoHの〝気配遮断〟と〝隠蔽〟のスキルの合わせ技か。追いかけろと言われても追跡が難しそうなほどに見事な隠密だった。

 

 

「良かったの?私たちは兎も角、他の人たちはPoHの事を嫌ってるみたいだけど」

 

「まぁ実際のところ、PoHはただの愉快犯だからな。嫌われるのは当然だろ」

 

 

PoHは攻略組でも、犯罪者だから、愉快犯だからと嫌われている。今は見逃されているが、いつか攻略組とPoHとの間で殺し合いが起きてもおかしくない程に。それ程までにPoHは嫌われているが、

 

 

「それでも()()()()()()。PoHが参加した以上、勝ちしか見えないぜ」

 

 

それ以上に強い。嫌われ者だろうがなんだろうが、PoHは強いのだ。それは攻略組の誰もが認めている。だからPoHの参加に多少嫌悪感を表すかもしれないが、攻略の最中で後ろから斬りかかる様な事はしないと断言出来る。

 

 

そもそも、PoHを殺すのは俺だ。口約束でリアルで殺し合おうと言ったが、その時が来たらリアルだろうがSAO内だろうが俺が殺す。PoHもその事を理解しているはずだ。

 

 

俺としてはリアルで殺し合いたいが贅沢は言えない。

 

 

「ウェーブ、なんか凄く悪い顔してるよ」

 

「ちょっとPoHとの約束思い出してワクワクして来た」

 

「そんなんだからユウキちゃんとシノンちゃんからホモ臭がするとか言われるのよ」

 

 

ストレアの発言に心が少し痛んだが、リアルでPoHと殺し合う時の事を考えて誤魔化すことにした。

 

 

 






ストレアはエロい。ウェーブもそう思ってるけど精神的な幼さを感じて、そういう対象として手を出すつもりは無い。だけどムラムラはする。

ヒロインPoHニキ、二十五層攻略に参加。これは勝ち以外にあり得ない。



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フリータイム・5

 

 

資金を調達し、大砲とバリスタの生産を依頼してから5日後、エギルから必要台数分のパーツと弾が出来上がったと連絡があった。これで現地で大砲とバリスタを組み立てれば〝ザ,ファフニール〟の攻略の準備は整う。つまり、二十五層の攻略が開始されるという事だ。

 

 

〝風魔忍軍〟からの連絡では〝ザ・ファフニール〟には特に変化は無し。ただ武器を持ったNPCが挑んでいるが、数分も持たずに全滅する事が何度かあったそうだ。おかげで主街区の〝ボーデン〟には男性のNPCの姿は見えなくなった。気持ちは分からないでも無いが、無策に突っ込んでもそれは自殺と変わらない。勝機が無ければどんなに勇ましくても自殺行為でしか無いのだ。

 

 

ともあれ、二十五層の攻略に向けて俺たち〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟が〝採掘場〟から主街区までの護衛を務めることになった。PoHとストレア以外のメンバーが揃うのはなんだか久しぶりな気がする。

 

 

「なんか久しぶりだな」

 

「そうですね。僕らなんやかんや別行動してばかりでしたから」

 

「私とユウキはレベリングしててアルゴは情報の収集と拡散、シュピーゲルも〝風魔忍軍〟と一緒にフロアボスの観察をしていたからね」

 

「まぁそのおかげで情報はバッチリ集まったゾ。この情報を元にしてナミっちとヒースクリフが作戦考えてるからナ」

 

「ねぇねぇ、話し合うのは良いんだけど手伝ってくれない?」

 

 

〝採掘場〟に向かう道中でたまたま現れたネームドボスをユウキ1人に任せて俺たちは話し合う。ネームドボスは〝プレデター・プランツ・ソルジャー〟という、ハエトリソウが3メートル台の人型になった植物型のモンスター。自分から動き回って獲物を捕食するという食虫植物の定義をぶち壊してくれたネームドボスである。

 

 

〝プレデター・プランツ・ソルジャー〟は頭と両手と計三つの葉を使ってユウキを圧殺しようとしているが、それをユウキは()()()()()()()()()()()()()()()。リアルでも思ったのだがユウキの反応速度は常人よりもかなり早い。反応速度だけならば正直な話、俺を超えている。唯一の例外はキリトで、あいつだけがユウキよりも優れた反応速度を持っていてユウキの動きに対応出来る。

 

 

だからと言って俺がユウキよりも弱いわけでは無い。そもそも見られて反応されるのであれば見られずに動くか、視認出来ない、もしくは反応出来ない動きをすれば良いだけの事だ。これは俺だけではなくてPoHやヒースクリフもできる事で、PVPの成績だけを見るならば俺を含めた三人がキリトとユウキを圧倒している。

 

 

そしてそのまま〝プレデター・プランツ・ソルジャー〟はユウキに後の先を取られ続け、全身を斬り刻まれてHPがゼロになった。

 

 

「結局ムエンゴで倒せちゃった……」

 

「おめでとう、ついにユウキも逸般人ね」

 

「ウェルカム……!!ようこそ……!!歓迎する……!!我々は歓迎する……!!」

 

「正直、やっとかって思ってル」

 

「ユウキは基本ソロじゃなくて複数で戦うからしょうがないと言えばしょうがないけどな。ネームドボスをソロで倒してないのはアルゴだけだな」

 

「おっと、オレっちにソロでネームドボスと戦えと?」

 

「させる意味が無いから、そもそもソロでネームドボスに挑む機会すら無いだろうが」

 

 

攻略組の中でもソロで最前線から二層以内のネームドボスを倒したプレイヤーは逸般人と呼ばれて敬意を表される事になる。〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟ではアルゴ以外の全員が、〝血盟騎士団〟ではヒースクリフとアスナが、〝風林火山〟ではクラインが、〝風魔忍軍〟ではコタローが、ソロプレイヤーではキリトがソロでネームドボスを倒している。〝アインクラッド解放隊〟はネームドボスに挑もうとしないので論外、〝ナイトオブナイツ〟は集団戦が全体の戦法を取るのでソロでネームドボスに挑む事をしない。だからと言って〝ナイトオブナイツ〟の実力を疑うわけでは無い。〝アインクラッド解放隊〟は違うが。

 

 

「ウェーブ、ネームドボスソロで倒したからご褒美ちょうだい!!」

 

「良いぞ、何が良い?二十四層のスイーツのフルコースか?」

 

「肩車!!」

 

「肩車?……良いけど、そんなので良いのか?」

 

「うん!!」

 

 

ユウキの意図が分からずに聞き返してしまうが、ユウキは迷う事なく頷いて肩車を強請ってきた。ネームドボスをソロで倒してそんな事で良いのかと考えるが、そうして欲しいのならと屈むとユウキは軽やかに跳躍して肩に乗ってきた。

 

 

「おぉ!!高い高い!!」

 

「軽いなぁホント、飯食ってる?」

 

「あれは……!?」

 

「知っているのかシノン!?」

 

「かつてユウキはウェーブにエロを感じると言われた事があった。あぁして肩車をする事でウェーブの顔を太腿で挟む事でそのエロスポイントをアピールしているに違いない!!ユウキ、なんて恐ろしい子なの……!!ところでシュピーゲル、私はお尻にエロを感じると言われたのだけどどうしたらアピール出来るのかしら?」

 

「好きだった女の子にそんな事を聞かれるか……」

 

「……良いなぁ」

 

 

割と周りが何が騒いでいるようだが気に止めるだけで済ます。確かにシノンが言う通りにユウキの太腿で顔を挟まれるのだが、ユウキが好き勝手動くのでバランスを取るのが大変だ。油断をしているとユウキを落としてしまいそうになる。

 

 

「ありがとうね、ウェーブ」

 

「おいおいどうした?悪い物でも食ったのか?」

 

「食べてません〜!!……お父さんにこうして肩車してもらったなぁって、懐かしくなっちゃって」

 

 

紺野木綿季以外の紺野家の人間は、全員がHIVに発症してしまい病院生活を強いられている。だが、発症する前までは誰もが普通に生活をしていたのだ。木綿季(ユウキ)もこうして肩車を父親にしてもらった事があるのだろう。

 

 

あいにく、俺には肩車をしてもらったという記憶は無いが。

 

 

「このくらいならいつでもしてやるから遠慮するなよ?殊勝なユウキとかユウキらしくなくて不自然過ぎて吐き気を催すレベルだから」

 

「ウェーブ、ボクの事なんだと思ってるの?」

 

「無遠慮で突っ込む天真爛漫な女の子」

 

「間違ってないんだけどなんか納得がいかない」

 

 

頭の上で悩むユウキが可笑しくて笑いがこみ上げてくる。ユウキがユウキ自身をどう思っているか分からないが、俺からしたらユウキはそう言う女の子なのだ。

 

 

命の大切さを知っていて、命の短さを知っている。だから後悔しないために全力でぶつかり、全力で生きている素敵な女の子だ。

 

 

「悩め悩め若人よ。悩んで悩んで答えを出せよ」

 

「年寄りぶる程の年齢じゃないでしょ?」

 

「……でも四捨五入したら三十路なんだよなぁ」

 

「お尻を生かす……Tバック?いやいや、それは勝負下着……もっと遊びの無い服の方が良いのかしら?」

 

「なんか精神がゴリゴリ削れるから止めてほしいです」

 

「ウェーブに頼んだら私にもしてくれるかな……?」

 

 

シュピーゲルのSAN値が凄い勢いで削れている事以外はいつも通り平和そのものだ。もうすぐ二十五層の攻略だというのに変に気負いしている様子は見られない。

 

 

これなら少なくとも〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は大丈夫そうだなと、〝採掘場〟に近づいた時だった。

 

 

「ーーーなんでや!!」

 

 

〝採掘場〟の方から、そんな耳障りな怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 

 






二十五層攻略前の最後のほのぼの。気がついたらユウキチがヒロイン力を高めていた。

ネームドボスをソロで倒したら逸般人、フィールドボスをソロで倒したらキチガイ、フロアボスをソロで倒したらマジキチと呼ばれる。なお、マジキチはキチ波1人だけ。



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フリータイム・6

 

 

聞こえてきた瞬間に声の主が誰なのか、なんでここに来たのかを察し、みんなにハンドサインで指示を出そうかと思ったがその瞬間には全員がその場から離れて姿を消していた。〝隠蔽〟を使っているのかシステム的には感知出来ないが気配を探れば〝採掘場〟の物陰に散らばるように隠れているのが分かる。

 

 

「なんでワイらにそれをよこさんのかい!!」

 

「これは攻略組からの依頼で作ったモンだからだよ」

 

「ワイらだって攻略組や!!」

 

「嘘言うなよ。ヒースクリフさんとディアベルさんから〝アインクラッド解放隊〟は攻略組から外された事は聞いてる」

 

 

〝色絶ち〟で隠れながら近づけばそこにいたのはキバオウが率いる〝アインクラッド解放隊〟のメンバー大凡40名と〝採掘場〟の現場監督らしき鍛治職のプレイヤーが話し合っている姿だった。〝伝説の勇者(レジェンド・ブレイブス)〟の面々は現場監督のプレイヤーの後ろに立ち、他のプレイヤーたちを守っている。

 

 

「聞いてるぞ。あんたら、勝手にフロアボスに挑んで負けたんだってな」

 

「あれは……鼠や!!鼠がフロアボスの情報教えんかったのが悪いんや!!」

 

「中層ギルド誑かしておいてよく言うぜ」

 

「なんやとぉ!?」

 

 

現場監督のプレイヤーがキバオウの事を見事なまでに煽っているが、このままでは良くない。〝アインクラッド解放隊〟は〝血盟騎士団〟や〝ナイトオブナイツ〟の様な一枚岩ではない上に、規律が正しいと言えない組織だ。後ろ二つの組織なら煽られても我慢して別の形で報復するだろうが、〝アインクラッド解放隊〟は感情に任せて襲い掛かる可能性がある。

 

 

〝採掘場〟の存在は攻略組にとって生命線に等しい。ここの存在のおかげで俺たち攻略組は良い装備を作って貰えるのだから。

 

 

キバオウの目的はここで作った大砲とバリスタを強奪する事だろう。そして負けた〝ザ・ファフニール〟に挑んで勝つつもりか。だが今の〝アインクラッド解放隊〟が〝ザ・ファフニール〟に挑んでも無様に負けるのが目に見えている。そんな事になれば折角掻き集めたコルが無駄になり、攻略に遅れが出る。

 

 

それを防ぐ為に、俺は堂々とキバオウと現場監督のプレイヤーの間に割って入った。

 

 

「ちーす」

 

「なっ……!?〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の!?」

 

「大砲とバリスタの用意は?」

 

「出来てる。あんたらを待ってたら所にこいつらが来たんだよ」

 

「了解。じゃあ下がっといて、邪魔だから」

 

「あいよ」

 

 

現場監督のプレイヤーが下がったのを見て改めてキバオウに向かい直る。キバオウの間にあるのは動揺、そして怯え。俺の事を知っているからこそ俺に敵わないと分かっているのだろう。

 

 

「んで、なんで負け犬戦犯者がここに来た?まさか二十五層の攻略を邪魔しに来たのか?」

 

「っ!?違う!!ワイらで二十五層を攻略する為にここに来たんや!!知ってるで!!ここであのフロアボスを倒せる武器を作ってるちゅうのは!!それをよこさんかい!!」

 

 

俺が軽く煽ればキバオウはすぐに激情し、虚勢を張り付けて怒鳴って来た。この時点で俺のキバオウに対する評価はゼロを下回ってマイナスに突入している。そもそも自己評価が出来ていない時点でアウトだ。自分に何が出来て、何が出来ないのかを把握していないという時点で攻略組として終わっている。これまではなんとかついて来ていたが、近いうちに脱落するだろうとヒースクリフは予想していた。こんな奴に少しでも期待していた自分が恥ずかしくなる。

 

 

「キバオウ、お前に伝えたはずだぞ?攻略組に所属している全員の採決で〝アインクラッド解放隊〟の攻略組からの除籍が決まったと。ディアベルから伝えたはずだ」

 

「なんでや!!ワイらが何をしたっちゅうねん!!」

 

「中層ギルドを誑かしてフロアボスに挑み、レイドを壊滅させた上に〝ナイトオブナイツ〟に犠牲者を出させた。その上にフロアボスをフィールドに出した……〝ナイトオブナイツ〟が報復行為に走らないだけ有情だと思えよ」

 

「あれは鼠が情報を教えんかったからや!!」

 

「お前らがフロアボスに挑んだ時点で〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟がフロアボスの情報を収集してたんだよ。勝手に先走って余計な事しやがって……面倒ごとの数え役満じゃねえか。お前たち、ひょっとしてゲームをクリアしたく無いのか?」

 

「おんどれぇ……!!」

 

 

歯を食いしばり、額に青筋を浮かべたキバオウはウインドウを出して操作する。そして俺の目の前に〝決闘(デュエル)申請〟と書かれたウインドウが現れる。どうやら血が上ってもそのまま斬りかからない程度の理性はあったらしい。今の俺はグリーンでキバオウもグリーン、もしキレて攻撃すればその瞬間にはキバオウはオレンジになるからな。

 

 

決闘(デュエル)〟とはPVP、つまりプレイヤー対プレイヤーの戦闘のこと。普通ならプレイヤーを攻撃すれば攻撃した方のプレイヤーはオレンジになるのだが〝決闘(デュエル)〟を介して攻撃をした場合にはオレンジにならない。そして〝決闘(デュエル)〟は圏内設定下でも問題なく行う事が出来る。近いうちにPoH辺りがこれを利用して良からぬ事をしそうだ。

 

 

決闘(デュエル)〟には最初に強攻撃を当てた方が勝者の〝初撃決着〟、相手のHPを半分にした方が勝者の〝半減決着〟、相手のHPをゼロにした方が勝者の〝完全決着〟の三種類ある。攻略組でよく見かけるのは上の二つ、最後の〝完全決着〟は今のSAOではそのまま殺しに繋がるので基本的に行われる事はない。キバオウが提示したのはその内の〝半減決着〟だった。

 

 

今は除籍されたとは言えキバオウは攻略組の仲間意識の強さを知っている。仮に誰かが悪意を持って殺されれば、全員が報復行為に走るくらいの仲間意識を持っている。だからか、それとも殺しを忌憚してなのかキバオウはそれを選んで来た。しかも地味にギルド対ギルドの設定になっている。そうなれば〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟対〝アインクラッド解放隊〟の〝決闘(デュエル)〟で行われる。俺しか来ていないと見て数で押せば勝てると考えたのだろう。

 

 

残念ながら、数で俺を倒したければ〝血盟騎士団〟級が100はいるが。しかも隠れているだけで他のやつも来ている。

 

 

しかしそれは指摘しない。気づいていないキバオウが悪いのだ。〝決闘(デュエル)申請〟のYESのボタンを押せばカウントダウンが始まる。

 

 

武器を抜く〝アインクラッド解放隊〟の面々。

 

 

武器を抜かずに自然体で立つ俺。

 

 

そしてカウントダウンがゼロになりーーー〝アインクラッド解放隊〟の中心が爆ぜた。

 

 

「なっーーー」

 

 

予想外の事態に硬直する〝アインクラッド解放隊〟。下手人は鍛冶場の屋根の上に潜んでいたシノン。矢に火薬を仕込んだ炸裂矢を放って爆発させたのだ。〝アインクラッド解放隊〟からすれば予想外なのだろうが、俺たちからすればそれは予想内の事でしかない。固まったキバオウの顔面に膝を叩き込み、仰け反った顔面を掴んで地面に叩きつける。それでHPが七割削れてキバオウは敗北する。

 

 

「よいしょっと!!」

 

「吹っ飛べ!!」

 

 

そしてユウキと、何故かチャイナドレスを着たストレアが武器を振り回して〝アインクラッド解放隊〟を吹き飛ばし、

 

 

「いらっしゃ〜い!!」

 

「なんでオレっちまで……」

 

 

転がされた相手を待ち構えていたシュピーゲルとアルゴが短剣と鉤爪で急所を突いてHPを削るという作業に入っていた。時折、硬直から解放されてユウキとストレアに吹き飛ばされる事を免れる者がいるが、その場合は俺がシュピーゲルとアルゴの方に投げ飛ばしている。

 

 

そして〝決闘(デュエル)〟開始から約2分、〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の勝利で終わった。

 

 

「誰か!!女性プレイヤー連れてきて!!」

 

「なんでだ?」

 

「こいつらセクハラで黒鉄宮に送るから!!」

 

「おい!!誰か〝マッスルツアー〟に参加してた女性プレイヤー呼んでこい!!」

 

 

〝アインクラッド解放隊〟に攻略を邪魔される可能性を排除する為にセクハラで黒鉄宮に送り込むのも忘れない。

 

 

 






久しぶりのなんでやさんの登場。ウェーブの評価は最低値以下、すでに見限ってる。

決闘と言う名の蹂躙。量が質を凌駕するなどと一体誰が言った?生半可な数だと逆に蹂躙されるのがオチっていう。



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クォーターボス

 

 

〝アインクラッド解放隊〟をセクハラで黒鉄宮へと送り込むというアクシデントがあったもののその後は予定通りに砦に大砲とバリスタを輸送し、20時間程かけて現地で組み立てることができた。その間〝ザ・ファフニール〟に目立った動きは無し。〝ブランデンブルグ〟に陣取り、夜明け頃にボス部屋へと一度帰るという行動パターンを取っていた。

 

 

予定通りに進み、計画に変更は無し。つまりこれから二十五層フロアボスの攻略が始まる。

 

 

「憎たらしくなるくらいに堂々としてやがるな」

 

「フロアボスの風格漂わせてますね……」

 

 

コタローとシュピーゲルと共に〝ブランデンブルグ〟から1キロほど離れた場所から〝ザ・ファフニール〟を観察する。街の中心部らしき大きな建物の上で丸まって横になる黄金の鱗を持った龍の姿が見え、眼は眠っているのか閉じられている。

 

 

攻略の準備は整ったが、準備をした砦は〝ザ・ファフニール〟の行動範囲外。まずはあれを砦にまで誘き寄せる事から始めなければならない。

 

 

「んじゃ、予定通りに行こうか」

 

「分かりました」

 

「了解」

 

 

シュピーゲルだけをこの場に残し、コタローと共に〝ブランデンブルグ〟に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝ザ・ファフニール〟は滅ぼした街で眠っていた。滅ぼした理由は無い、ただそこにあったから滅ぼした。巣である長年封じられていたボス部屋には集めた宝を見るためだけに朝日と共に一度帰るのだがそこで住みたいとは思わなかった。そう言う意味ではこの街を滅ぼして縄張りにしたのはちょうど良かったと言える。時折武器を持った人間が来るが、暇潰しで遊ぶオモチャとして殺していた。

 

 

そこに一切の理由は存在しない。この身は邪竜、人間の不倶戴天の敵。如何なる悪性であれど、それだけで全てが許される。

 

 

気になるのは遠巻きからこちらを見てくる存在がいる事か。手を出すつもりは無いのか見ているだけだが、鬱陶しく思う様になってきた。オモチャも来ない様だしそろそろ消すかと微睡みの中で考えていた〝ザ・ファフニール〟の思考はーーー

 

 

「ーーー乱破ッ!!」

 

「ーーー〝暗黒剣:衰弱の闇(斬る)〟」

 

 

ーーー突然全身を襲った爆撃と、逆鱗を斬り付けられた痛みで強制的に遮断させられた。

 

 

混乱、そして驚愕。何も感じなかった、何も聞こえなかった、何も嗅げなかった。いなかった筈なのに突然そこに現れたかのように出現した人間により〝ザ・ファフニール〟は目覚めてから感じた事のなかった痛みを与えられた。

 

 

「結構な数の爆弾ばら撒いたんですけど……」

 

「弱点斬ってもHP全然減ってねぇな」

 

 

痛みに悶えながら目を開けば、そこにいたのは2人の人間。自身の体躯と比べれば豆粒のような存在が、ここ最近で挑んできた者たちよりも貧相な存在が、自分に痛みを与えた。それを認識して、〝ザ・ファフニール〟は激昂する。

 

 

「第1段階最高」

 

()()()()

 

 

轟咆を聞いて怖気付いたのか、人間たちは迷う事なく背中を向けて逃げ出した。それを許さない、自身に痛みを与えた不届き者を、〝ザ・ファフニール〟は絶対に許さない。例えどこに逃げたとしても滅ぼしてやると、翼を広げて空へと飛び立つ。人間にしては速いが自身よりは遅い。街を抜けて、野に逃げられたが森に入られる前には捕らえることが出来る。そう考えーーー

 

 

「ーーー〝威嚇(金ピカ蛇さんこっちよ)〟〜!!」

 

 

ーーー別の人間が目に入った。先の2人よりも幼い見た目の人間。挑発するかのように叫んでいる。注意が逸れる。2人の人間に向けられていた怒気が全てあの人間に向けられる。滅ぼしてやると、まずはあの人間から殺す事にした。

 

 

「ヤベッ、煽り過ぎた」

 

 

人間が逃げる。背後にあった森に入らずに野を駆けていく。森に入らない事に一抹の疑問を覚えたが、そんな些細な事は怒りに塗りつぶされてなかった事になる。どうやらこの人間は先の2人よりも疾く駆けれるらしく、中々間を詰めることが出来ない。ならばもっと速く飛んでやろうと翼に力を込めるが、その分だけ人間も速さを増して間は縮まる事がない。

 

 

それでも〝ザ・ファフニール〟は止まらない。自分を侮辱した人間を殺さねば気が済まぬと、怒りに任せて突き進む。そうして追いかけている内に人間に限界が来たのか徐々に間が詰まっていく。決して楽に殺さぬ、ズタボロにして嬲り殺してやると誓って急上昇し、人間目掛けてダイブしようとしーーー正面から飛んで来た矢が眼前で爆ぜた。

 

 

驚き、そして硬直。痛みこそ無かったが、音で耳がやられ、爆発で目が眩んで身体が固まり空から転落して地面に叩きつけられる。〝ザ・ファフニール〟は爆発の直前に見た。ここの正面の岩場に立っている人間が自分に向かって矢を放ったところを、そしてそこは追いかけていた人間の進行先だった。

 

 

〝ザ・ファフニール〟は轟咆した。嬲り殺すのは止めた。絶滅させてやる。邪竜である我に逆らった人間という種族を絶滅させてやると。まず手始めにこの階層から、そして終わったら下の階層へと向かい、人間を殺し尽くしてやると。

 

 

怒りにより鱗が逆立つ。全身から毒の瘴気が上がる。眼は血走り、身体中に真紅のラインが浮かび上がる。そして飛翔、空ギリギリまで飛び上がり、自身を射った人間のいた場所目掛けてダイブを繰り出す。

 

 

翼を畳んで空気抵抗を無くした身体は高速で落ちる。この身体を動かすのは殺意だけ。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……仮に、欠片でも冷静さがあったのなら、〝ザ・ファフニール〟は気がつく事ができただろう。たが、気がつく事はなかった。

 

 

〝ザ・ファフニール〟が人間とまともな戦いをしたのは一度だけ、自身が封印された時の一度だけだ。その人間は剣を持ち、堂々と自分に真正面から向かって来た。戦いとはそういう物だと〝ザ・ファフニール〟も認識している。

 

 

だからこそ気が付かない。これは戦いでは無くて攻略だという事に。誇りなど欠片も存在しない、ただの殺し合いだという事に。

 

 

「ーーー撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

そして〝ザ・ファフニール〟の全身を槍のような弾丸が貫いた。一つや二つでは無くて10や20、もしかしたら100に届きうる弾幕をただ落ちていた〝ザ・ファフニール〟に躱す手段は無い。全身を貫かれてバランスを崩した事で目的から大きく逸れた場所に落ちる。

 

 

そこは石の壁で囲まれた場所だった。壁は〝ザ・ファフニール〟からすれば乗り越えられる程度の大きさしか無いが、その上にあるバリスタと大砲が全て〝ザ・ファフニール〟に向けられていた。

 

 

「撃て撃て撃て撃てぇ!!!弾なんて気にせずに撃ちまくれぇ!!!」

 

 

人間の声共に弾丸が、そして砲丸が容赦無く〝ザ・ファフニール〟を襲った。

 

 

 






ファフニールをボコろう作戦

1、ウェーブとコタローの2人でファフニールの知覚を乗り越えて奇襲、ついでにどのくらい硬いのか調べる。
2、シュピーゲルにバトンパス。シュピーゲルはファフニールを挑発して砦まで誘き寄せる。
3、近づいて来たファフニールをシノノンが狙撃。
4、シノノンに気がついてやって来たファフニールをバリスタで落とす。
5、大砲とバリスタでめっちゃ撃つ。

ねぇ?簡単でしょ?

さりげなくウェーブがユニーク使ったけど、どんな効果なのか分かるかな?



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クォーターボス・2

 

 

〝ザ・ファフニール〟を〝ブランデンブルグ〟から砦に誘い出し、大砲とバリスタで撃ちまくる。耳が痛くなる程の轟音と共に生産職のプレイヤーたちが必死こいて作った弾丸が湯水の如く消費される。金をかけたからと言ってケチって死んでしまえば笑い話にもならない。攻略組ならば誰もが知っている事で、だからこそ金額にして数百万もかけて作った弾丸を躊躇わずに使っていく。

 

 

大型の長槍クラスのバリスタの弾丸と成人男性程の質量を持った砲丸が豪雨の如く〝ザ・ファフニール〟に目掛けて降り注ぐ。それらは〝ザ・ファフニール〟の鱗を貫き、砕く。それでも〝ザ・ファフニール〟のHPはようやくゲージが一つ削れた程度。〝ザ・ファフニール〟のHPのゲージ数は10もあり、全てを削るには弾丸の数が足りない。

 

 

だからこそ、攻略組でもトップクラスとされているプレイヤーたちがここで動く。

 

 

ディアベルの指示でバリスタと大砲が撃つのを止めた瞬間、〝ザ・ファフニール〟が吼えようとしたのか口を開いて息を吸い込む。その瞬間に合わせて砦の城壁の上に陣取っていたシノンが開いた口に炸裂矢を矢継ぎ早に放ち、〝ザ・ファフニール〟の口の中で爆発させる。〝ザ・ファフニール〟の顔が見えなくなる程の大爆発と共にHPのゲージが一気に半分近く削れた。どうやら外が固くても中は柔らかいらしい。

 

 

爆発による衝撃で脳が揺れたのかたたらを踏む〝ザ・ファフニール〟。後ろ足の一つに全体重が乗せられたのを見計らい、キリトとアスナが飛び出してソードスキルを叩き込んだ。そしてクリティカルが発生し、ダメージこそ微々たる物だが支えになっている足にダメージを食らった事で体勢を崩して横倒しになる。

 

 

横倒しになった時の衝撃で局地的な地震が発生する。だが、この決定的な隙を逃す馬鹿は攻略組には居ない。揺れてバランスが取りにくい地面を蹴って城壁から飛び降りたのはストレア、その手には〝竜殺しの剣〟が握られている。〝竜殺しの剣〟を誰が使うかとなった時に、全員が名前を挙げたのはストレアだった。ストレアは現在の攻略組の中で両手剣使いとして名実ともに最強だ。使用回数が定められた、フロアボス攻略の鍵となる武器を任せるのに相応しい人材は彼女以外にいない。

 

 

そして城壁から飛び降りた落下の勢いと〝竜殺しの剣〟の質量、体幹の完全なる把握によって放たれた唐竹割りが、〝ザ・ファフニール〟の片翼を()()()()。耐久無視、耐性無視の完全なる竜特効の一撃が、〝ザ・ファフニール〟の最も脅威であった飛行能力を奪い取りながらHPのゲージを半分も削り飛ばす。痛みから叫ぼうとしたのか開かれた口にシノンが炸裂矢を見舞い、黙らせる。

 

 

次に動くのは俺とPoHだ。俺は〝サイズブレード〟を、PoHは短剣というには大振りすぎる短剣を握り、炸裂矢で煙が上がっている顔面に駆け出した。

 

 

「ーーーIt's show time」

 

「ーーー〝暗黒剣:衰弱の闇(斬り放題だな)〟」

 

 

PoHは邪魔な鱗を剥がして斬り刻む。そして俺はユニークスキル〝暗黒剣〟で習得したバトルスキルを発動させながら、()()()()()()()。すでに接敵した時の一撃で〝ザ・ファフニール〟の鱗の硬さはおおよそ把握した。硬いことが分かって、普通の斬り方で斬らないと分かっているのなら、斬れる斬り方をする事が出来る。

 

 

PoHと左右で別れ、無防備な首をひたすらに、返り血を浴びる事も厭わずに斬り続ける。睨んでいた通りに〝ザ・ファフニール〟の異常な耐久は鱗にあるらしく、そこさえ越えることが出来れば並以下ではあるがダメージを与えることが出来た。

 

 

首という生物の急所を執拗なまでに攻撃され、〝ザ・ファフニール〟は起き上がろうと足に力を込める。そしてそこをユウキが跳躍と回転を同時に行いながら遠心力で上乗せした一撃を、ヒースクリフが全体重を乗せたシールドによるスマッシュを叩き込んで行動を阻害。

 

 

そしてストレアがその足を〝竜殺しの剣〟で切断する。

 

 

〝ザ・ファフニール〟は咆哮を上げようとせずに、口から毒々しい色合いの瘴気を漏らしている。情報によるならこれは毒のブレスか。耐毒ポーションを使用したとは言え、まともに喰らえば危ないのは目に見えて分かる。

 

 

ブレスを吐こうとした瞬間、キリトとアスナが突進系のソードスキルを使って〝ザ・ファフニール〟の行動を阻害し、虚空から現れたコタローが爆弾を〝ザ・ファフニール〟の眼球に突っ込んで逃げる。流石に巻き込まれるかと思い飛び退くと同時に〝ザ・ファフニール〟の眼球が爆ぜる。そして悲鳴はシノンの炸裂矢によって黙らされる。

 

 

ここまでやって削れたゲージはやっと三本。加減は一切無し、道具の消耗も度外視して湯水の如く使っていて、それで三本だ。流石は二十五層のフロアボス、四分の一のクォーターポイントとも言える階層を任される事だけはある。

 

 

だが、それでも倒せる存在だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

鳴り響く銅鑼の音、それはバリスタと大砲の装填が終わった時の合図。銅鑼の音が聞こえたのと同時に〝ザ・ファフニール〟に纏わりついていた全員が全力で城壁まで逃げ、そしてなってから五秒後に離れたことの確認も無しに弾丸と砲丸が再び豪雨と共に降り注いだ。片目を潰されて、足一本と片翼を斬り落とされ、首を斬り刻まれた今の〝ザ・ファフニール〟にはそれから逃げるだけの余力は無い。だが残った目には殺意が漲っている。油断すればあっという間に壊滅まで追い込まれるだけの闘志を未だに秘めている。

 

 

それでも、俺たちの勝利は揺るぎない。

 

 

弾丸と砲丸の豪雨の中で、〝ザ・ファフニール〟のゲージに麻痺のバッドステータスを表すマークが現れる。バリスタの弾丸に仕込んでいた麻痺毒が効いたようだ。通常のフロアボスは状態異常の耐性が桁外れに高く、なったとしても数瞬程度の時間しか取れない。

 

 

だが、〝ザ・ファフニール〟の麻痺は弾丸と砲丸の豪雨が止んでも残っていた。

 

 

ユニークスキル〝暗黒剣〟はこれまでソードスキルが一切現れず、バトルスキルのみが習得可能というスキルだった。しかもそのバトルスキルは全てが状態異常に関わるものばかり、完全に搦め手に特化したユニークスキルだったのだ。今回俺が使用した〝衰弱の闇〟の効果は〝30秒間通常攻撃に状態異常耐性の低下の付与〟。回避を気にせずに200回は斬る事が出来たので、今の〝ザ・ファフニール〟の状態異常の耐性は並のモンスターよりも低いだろう。

 

 

闘志はある、殺意もある。だが動かないのならば関係ない。

 

 

大砲とバリスタの装填の間を俺たちが攻撃し続け、装填が終わったら大砲とバリスタに任せるというループがここに完成した。

 

 

 





正面から戦うよりも嵌め殺した方が楽に決まってるだろぉ!!

と、いうわけで二十五層〝ザ・ファフニール〟攻略完了。簡単過ぎる?それは事前の準備が万全だったから。大砲とバリスタが見つかってなかったら少なく見積もっても10人以上の犠牲者が出てました。

ユニークスキル〝暗黒剣〟の情報開示。ソードスキルは一切無し、状態異常に関わるバトルスキルオンリーという完全搦め手仕様。どこからどう見てもウェーブ大歓喜のユニークスキル。獲得条件はソードスキルを使わずにボスクラスのモンスターの一定数撃破。

次は時間飛ばして四十層辺りから。



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四十層のディーヴァとナイト
ディーヴァアンドナイト


 

 

「ただいま〜……」

 

 

四十層主街区〝ジェイレウム〟の宿屋に疲れた身体を引きずりながら戻る。三十九層のフロアボスから獲得したLAボーナスの強弓〝タイタンアロー〟の強化素材を集めるためにソロでモンスターを狩っていたのだがやり過ぎてしまった。手持ちの矢は尽きかけて弓の耐久値も限界寸前。強化素材は必要数集まったが、アイテムによる収入と矢の補充に弓のメンテナンスの出費を考えればギリギリプラスになるかどうかと言ったところか。どう考えても割に合わない。これなら情報収集に行ったアルゴに着いて行ったユウキかシュピーゲルかストレアでも誘えば良かった。

 

 

「あら?」

 

 

部屋の明かりが点いていたのでまだ寝ていないかと思ったが、ウェーブは椅子に座りながら腕を組んで寝ていた。テーブルに散らばっている資料を見る限り、作業中に眠ってしまったらしい。それはウェーブが休む暇が無いということなのだが、現状を鑑みれば仕方のないことだと言える。

 

 

SAOが開始されてもう10月、ほぼ一年が経過しようとしていた。今日の時点で三十九層まで攻略されていて、攻略組は最前線である四十層の攻略に励んでいる。この時点でプレイヤーは大きく四つに分類されるようになった。一つは私たちが参加している攻略組。一つは安全マージンを取った上でゲームを楽しむ、もしくは攻略組に入ろうと奮起している中層プレイヤー。一つは第一層に引きこもってゲームがクリアされるか外からの救出を待つ下層プレイヤー。一つは鍛治や商売などの生産職に勤しむ職人プレイヤー。

 

 

その内の中層プレイヤーと下層プレイヤーが、私たちのギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟を名乗る集団にPKされるという事件が起きた。

 

 

無論私たちは誰もやっていない。唯一可能性があるとすればPoHぐらいだが、彼は彼で雑魚なんて殺してもつまらないと否定していた。つまり、どこかの誰かが〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟を勝手に名乗ってPKをしているという事だ。

 

 

それを聞いてすぐにウェーブは動いた。そして半日ほどで〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟を名乗っていたプレイヤー3人を手足を斬り落とした状態で連れてきた。その時のウェーブの顔は怖かった。怒るでもなく、悲しむでもなく、返り血を浴びながら無表情だったのだから。

 

 

そしてその3人のプレイヤーを拷問し、ウェーブとPoHを名乗るプレイヤーに誘われて〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に入ったと聞き出した。当然、ウェーブとPoHにはそんな覚えは無い。だが効果音だけで吐き気を催すような拷問をされて嘘をつくとは思えない。それに確かにそのプレイヤーは〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に所属していて、ギルドメンバーしか付けることができないはずの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のエンブレムを付けていた。

 

 

ギルドの名前とエンブレムは、SAO内では重複出来ない。しようとしてもシステム的にブロックされる。だが、このカラクリをヒースクリフは見抜いた。

 

 

まずギルド名だが私たちのギルドは〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟、そしてそのプレイヤーのギルドは〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟と、カンマの部分が付いていなかった。字にしなければ分からないような違いだが、カーディナルはそれを認めたようだ。そしてエンブレムは私たちのは笑っている棺桶の目が若干釣り上がっているのに対して、〝ラフィンコフィン〟のエンブレムは棺桶の目が若干タレ目になっていた。詐欺のような手法だが、カーディナルはこれも認めたらしい。

 

 

カーディナル仕事しろ。

 

 

ともあれ、SAO内には二つの〝ラフィンコフィン〟が出来上がってしまった。攻略組に参加しているプレイヤーたちからはこれまで一緒に戦ってきた信頼から疑われていないが、中層下層プレイヤーからすればそうはいかない。前にアイテムの為に二十層に降りた時に、見知らぬプレイヤーからPKギルドと罵声を浴びせられて石を投げつけられた。圏内だったのでダメージは無かったが、心が少し軋んだのを今でも覚えている。

 

 

その後、反撃に炸裂矢を連射してスッキリしたけど。

 

 

そしてウェーブはここ最近、〝ラフィンコフィン〟の情報を集め、それを元に〝ラフィンコフィン〟狩りをしている。彼は自分への風評被害はもう諦めているのだが、私たちへの風評被害は認められないようで、攻略にも参加しないでひたすらに〝ラフィンコフィン〟を名乗るプレイヤーを狩る日々を送っていた。

 

 

テーブルの上に散らばっている資料はここ最近の〝ラフィンコフィン〟の被害報告だ。見れば一番新しいもので半日前の情報まで揃っている。

 

 

「まったく……」

 

 

彼に守られていると思うと少し寂しくあるが、それ以上に嬉しいと感じてしまう。漣不知火という人間は赤の他人には無関心な人間だ。例え隣の家で殺人事件があったとしても、そうかの一言で片付けられる程に関心を持たない。だが、彼が身内だと、非常に親しいと思った人間に対しては甘くなる。現在なら〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の全員にキリト、アスナ、ヒースクリフ、コタロー、ディアベル、クライン、エギル辺りか。今回の〝ラフィンコフィン〟狩りも、そういう事情があったりする。

 

 

ウェーブの身体を冷やさぬようにベッドから毛布を引っ張り出し、少し考えてから膝の上に座ってウェーブと一緒に包まれるように毛布に包まる。リアルではよく眠れない時にこうやってくれたことを思い出し、久しぶりにやってみようと考えて実行した。

 

 

「フフ……懐かしいわね」

 

 

背中にウェーブの温もりを感じる。こうやって彼に触れられているだけで安心感を覚えてしまう。リアルで事件に巻き込まれ、正当防衛だったとはいえ人を殺して精神を病んでいた私を立ち直らせてくれたのは彼だ。夜にあの時の事を夢に見て発狂しかけた私を慰めて、銃を見るだけで発作が起きる程のトラウマを抱えてしまった私の側に居てくれて、そのトラウマを克服しようとした私を支えてくれた。

 

 

人によっては依存だと言われるかもしれない。それは恋ではないと言われるかもしれない。

 

 

だが、私にとってはこれが恋なのだ。依存?それの何が悪い。私は漣不知火という男に依存している。いつも側に居てくれて、私を支えてくれている彼の事を愛している。それはきっとユウキも同じだろう。ストレアはよく分からない。でもアルゴは多分、彼に好意を抱いている。十五層辺りからちらほらと、彼を見る時の顔が雌の顔になっている。

 

 

アルゴをどうするのかは彼に任せよう。私は彼と一緒にいられるだけで幸せなのだから。こうして密着出来るだけで幸福なのだから。

 

 

「んぁ……寝てたか?」

 

 

と、ウェーブが目を覚ました。組んでいた腕を解いて顔を擦り、寝惚け眼で膝の上に座る私のことを見つめる。

 

 

「お目覚めね?」

 

「……なんで膝の上に?」

 

「リアルでもこうしていたことを思い出してやりたくなったからよ」

 

「そっか……やりたくなったからか……なら仕方無いな。こうしてる分には俺も温くて良いし」

 

 

ウェーブは勝手に膝の上に座った私を退かそうとせずに、それどころか逆に抱き締めてきた。まだ寝惚けているのか思考が鈍いままだが、完全に役得なのでこのままでいてもらおう。そしてこの事をユウキに自慢して煽ってやろう。

 

 

「ねぇウェーブ、何かカッコいい事を言ってくれない?」

 

「いきなりどうした?」

 

「なんとなくよ」

 

「なんとなくなら仕方無い……お前の尻がやべえ柔らかで俺がやべえ」

 

「プッ、アハハ!!何それ!!」

 

「カッコいいセリフ言うと死亡フラグだからね……あぁ、俺の社会的地位の死亡フラグだ」

 

 

それはもうすでに死んでいると思う。主に私とユウキのせいで。

 

 

意識が目覚めたのか眠たそうな目では無くなったが、ウェーブは体勢を変えようとしない。役得役得と思い、背中から伝わるウェーブの体温に癒されていると、窓の外から歌声が聞こえてきた。

 

 

 





シノノンヒロイン回。可愛いシノノンが書きたくなったので。

そして現れる偽ラフコフ。原作のラフコフ立ち位置を偽ラフコフにやらせています。それに反応してウェーブはマジギレして出動します。これだけでもう偽ラフコフの死亡フラグなんだよな……

最後の歌声……一体誰なんだ?



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ディーヴァアンドナイト・2

 

 

シノンが歌声が聞こえると言って、確かめる為に外に出てみると微かにだが歌声が聞こえた。いつもならば意識しなくても分かるような事なのに気が付かないとは相当に疲れているらしい。休む事を考えなければと思いながら強請られたのでシノンと手を繋ぎながら声の元へと向かっていく。

 

 

手を繋ぐならばセーフ、腕を絡ませるのはアウト、絡ませたらアインクラッド警察が出動する。

 

 

四十層の主街区〝ジェイレウム〟はかつては巨大な監獄だったという設定らしく、四方を高い壁に囲まれた上に所々に牢屋を思わせる鉄格子が見える。最初は薄暗くて不気味だったが、慣れればこれはこれで風情があると感じられる。まぁ攻略組のメンバーは寝られたらそれでいいという思考の者が殆どで大して気にしていなかったが。

 

 

そして歌声に誘われて辿り着いたのは転移広場。午後6時頃でいつもならば人はそんなに多くないはずだったが、今日に限っては違っていた。広場の片隅に人集りが出来ていたのだ。歌声はそこから聞こえてくる。

 

 

段差で高台になっている転移門の近くから人集りを見下ろす。そこにいたのは1人の薄茶色の短髪をしたプレイヤーの少女と楽団らしき3人のNPC。NPCたちはバイオリンとチェロとオーボエに良く似た楽器を奏でていて、少女は胸に両手を当ててNPCたちの音色に合わせて歌っていた。

 

 

それは今となっては懐かしく感じられる程に聞いていなかった現代の歌。歌詞は日本語で、内容は夕暮れの憧憬と家路を辿る人々の気持ちを歌っているが、音程やメロディは確かに現代で歌われている歌の物だった。

 

 

〝ジェイレウム〟はいつもならばこの時間帯は人は殆ど出歩いていない。いてもフィールドから帰ってきて宿屋か別の階層にある拠点に帰るために転移門に向かう者くらいだ。だが、今日に限っては、もっと言えばこの時間に限っては、誰もがこの歌を聞くために足を止めていた。

 

 

最初に歌っていた歌は終わり、二曲目に入っている。美しくも寂しげで、郷愁にも似た気持ちを掻き立てる歌声に、何十人ものプレイヤーたちが、〝ジェイレウム〟で生活しているNPCたちが聞き入っていた。

 

 

そして2分ほど歌い続けて、歌が終わったのか歌っていたプレイヤーがお辞儀をする。それから数秒後に割れんばかりの喝采が起こった。誰もが少女の歌を素晴らしいと絶賛し、もっと聞きたいとアンコールを求める。だが少女はこれ以上歌うつもりは無いのか謝罪をするように手を合わせると、近くにいた〝血盟騎士団〟の鎧に身を包んだ少年の手を引いてそそくさと広場から立ち去っていった。それを残念に思っていたが強引に頼む程では無かったのか、人集りは少女が居なくなると自然に解けていった。

 

 

「……久しぶりにリアルの歌を聞いたわね」

 

「NPCも偶に歌ってる時あるけど、あれは殆ど語りだったからな。あれはあれで悪くないけどリアルで生きてた俺たちからしたらさっきの方が馴染み深い」

 

「確かにそうね……あれ?」

 

「どうした?」

 

「HPのゲージの下にアイコンが現れているのだけど……」

 

 

シノンにそう言われて自分のHPを確認してみると確かにゲージの下に〝防御力アップ〟と〝耐毒性アップ〟と〝スタン耐性アップ〟のバフを表すアイコンが現れていた。

 

 

「さっきの歌を聞いたからかしら?」

 

「歌……バフ……もしかしてあれが〝ウタちゃん〟か?」

 

「〝ウタちゃん〟?さっきのプレイヤーの名前?」

 

「いや、さっきのプレイヤーの愛称らしい。〝歌エンチャンター〟ってのを略して〝ウタちゃん〟、さっきのプレイヤーの追っ掛けから聞いたってアルゴは言ってた。なんでも彼女の歌う歌を最初から最後まで全部聞くと曲によって違うバフが貰えるんだと」

 

「そんなのがあるのね……ユニークスキルかしら?」

 

「いや、確か〝吟唱(チャント)〟っていうエクストラスキルだって話だ。アルゴは条件は全部調べてあるって言ってたけど」

 

 

アルゴによって条件が調べられているので習得しようと思えばそんなに難しい話ではない。だが大勢の前で歌を歌わなければならないので、余程自分の歌に自信が無い限りは進んで取らない。それにバフは魅力的だが、一曲丸々を聞いていなければならない。その上フィールドで不要に歌えばモンスターに気が付かれるとメリットよりもデメリットが目立つので攻略組では誰も取ろうとしないスキルだった。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()。純粋に彼女の歌唱力は素晴らしく、また聞きたいと思っている。とっさに〝記録結晶〟で彼女の歌を記録したので聞こうと思えばいつでも聞けるが、生で聞けるのなら生で聞きたい。

 

 

「あぁクソ、気分が良いなぁ。こんな時には飲むしかないじゃないか」

 

 

アイテムボックスからワインのボトルを取り出してコルクを引き抜く。

 

 

「ねぇ、私も飲みたいわ」

 

「シノンが飲んだら100%痴態を晒すんだよな……」

 

 

シノンが飲みたいと強請るが、そうなったらここに残っているプレイヤーたちにシノンの痴態が晒される事になる。その上高確率で俺の社会的地位が粉々にされるだろう。攻略組の面子ならいつもの事かと流してくれる様になったが、ここには主街区を観に来ただけの中層プレイヤーもいる。

 

 

そんな彼らにシノンの痴態が見られたらどうなる?100%超えて俺の社会的地位が死ぬ。最近では偽の〝ラフィンコフィン〟のせいで中層以下での俺たちの風評が下がっているのに、そこに追い打ちをかけてしまう。

 

 

どうしようかと悩んだ結果、俺が出した結論はアルコールの度数が限りなく低いカクテルを作るという物だった。アイテムボックスから蒸留酒とリンゴの果汁とコップを取り出し、蒸留酒とリンゴの果汁を大体一対二十くらいの割合で混ぜる。出来上がったカクテルは殆どジュースの様な物だから飲みすぎなければ大丈夫だろう。ユウキとシノンが痴態を晒すのは大体度数が高いアルコールを一気飲みした時だから。

 

 

「ほい、これ飲んでな」

 

「……殆どジュースじゃない。そっちの蒸留酒寄越しなさい」

 

「ダメです。これを飲んだ場合にはシノンが痴態を晒して俺の社会的地位が粉々になるという事態が予想されるので」

 

「ウェーブの社会的地位なんてもう粉々だと思うのだけど……まぁ良いわ」

 

「俺の社会的地位を粉々にしてくれたのに何を言ってるんだか……」

 

 

気苦労が絶えないなぁと内心でボヤきながらボトルに口をつけてワインを一口。シノンもコップを両手で持ちながらリンゴのカクテルを飲んでいた。アルコールが入った事で思考が少し鈍り、気分が高揚する。

 

 

本当ならこの後は偽の〝ラフィンコフィン〟を狩りに出ようかと思っていたのだが、〝ウタちゃん〟がくれたこの余韻を汚したくないから明日にする事にした。

 

 

 





〝ウタちゃん〟なるプレイヤー、そして〝ウタちゃん〟に手を引かれる〝血盟騎士団〟の少年。ここまでくればわかる方にはわかるんじゃないかな?

ウェーブ、地味にユウキチとシノノンが自分の社会的地位を殺しに掛かっていたことを知っている。それでも怒らない辺り、このヤンホモに狙われているキチガイロリコンは器が大きいと思う。



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ディーヴァアンドナイト・3

 

 

 

〝ウタちゃん〟の歌を聞き、気分良くその日を過ごせた俺は翌日になってからその気分のままに二十五層の迷宮区に居た。〝ザ・ファフニール〟を倒してからも圏内設定は解除されたままで、休める場所などどこにもないこの階層は攻略組にも中層プレイヤーにも敬遠されている階層だ。しかし、好き好んでこの階層に集まる奴らもいる。

 

 

前後から同時に迫る短剣を視認する事なく知覚。鼻で感じられる臭いから刀身には高濃度の麻痺毒が塗られていて、麻痺耐性を高めているプレイヤーでも麻痺しかねない。前から来る短剣は鉄板を仕込んでいるブーツで蹴り上げ、後ろから来る短剣は振り返りもしないで〝名刀・正宗〟で短剣ごと下手人を斬り裂く。

 

 

〝ウタちゃん〟の歌を聞いた事でリフレッシュが出来たのか、俺のコンディションはかつてない程に良い。五感が冴え渡り、どこに何があって誰が何をしているのかが手に取るように分かる。

 

 

蹴り上げられた事で体勢を崩した下手人の足を払い、前に進むついでに顔面を踏み砕く。頭部を無くした事で下手人のHPはゼロになり、そのまま死ぬ。

 

 

「クソッ!!なんだよあいつは!?」

 

「騒ぐ暇があったら人呼んでこい!!」

 

 

奥から聞こえて来るのは人の言葉、突然現れた俺に混乱しているのか明らかに統率が取れておらず自分が助かるために好き勝手に動いている。

 

 

俺が二十五層に来た目的、それはここにいるレッドギルド〝ラフィンコフィン〟を狩る為だ。俺たちのギルドを勝手に名乗って犯罪者として振る舞うこいつらを殺す為に、俺は誰にも告げずに二十五層にいる。

 

 

犯罪者プレイヤーというのはMPKでも無い限りはカーソルの色はオレンジや赤になっていて圏内に立ち入る事は出来ない。攻略組、中層プレイヤーから敬遠されているこの二十五層は圏内設定が存在しないので、こうした犯罪者プレイヤーたちの温床になっている。〝ラフィンコフィン〟の奴らもそれを知っていてここに巣食っていた様だ。

 

 

「死ねぇ!!」

 

 

曲がり道を曲がったと同時に槍が突き出され、空いている手で穂先を払い除けて踏み込み、〝名刀・正宗〟で首を斬り落とす。即死攻撃でオレンジプレイヤーはそのままHPをゼロにして死んでいった。

 

 

プレイヤーを殺しているのに俺のカーソルはグリーンのまま。それはSAOのシステムで、グリーンプレイヤーはオレンジやレッドのプレイヤーに攻撃しても色が変わらないと定められているから。いつもの俺ならオレンジやレッドでも攻撃したらカーソルの色を変えるべきだとかいうかもしれないが今だけはこの設定がありがたかった。

 

 

人を殺しても、人を殺したとバレないから。攻略組の面子なら殺しても気にはしないだろうが、中層下層プレイヤーはこのことを騒ぎ立てる。俺やPoHはそれを気にせずに受け流せるだろう。だが俺たち以外は軽くか重くかは分からないが間違いなく受け止めてしまう。過去にシノンが中層プレイヤーから石を投げられた事があった。その時は炸裂矢でそのプレイヤーをズドンした事で気が晴れたと言っていたがシノンの表情はいつもより暗かった。

 

 

子供は能天気に笑っていれば良い。辛い事や汚い事は大人がする仕事なのだから。

 

 

だから俺は1人で〝ラフィンコフィン〟を狩っている。殺される心配などしていない。攻略組レベルなら未だしも、遊び半分で人を殺す様な屑どもに遅れは取らない。

 

 

斬りかかって来た片手剣使い2人を纏めて斬り捨てる。上半身と下半身が分かれて死んでいく2人。攻略組なら最低でも手足を使えなくしてから死ぬだろう。そのくらいの覚悟を持っている。だがこいつらはそのまま死ぬだけ。死んでも後に何も残さずに、人を殺しておいて死にたくないと泣き喚いている。

 

 

「巫山戯てるなぁホント」

 

 

偽物だろうが〝ラフィンコフィン〟を名乗るのならその程度はしてみせろよ。弱い者イジメをして強くなった気でいるこいつらが不愉快極まりない。

 

 

「おいお前!!俺たちが誰だか分かってるのか!?俺たちは〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟だぞ!!」

 

「奇遇だな、俺も〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟だよ」

 

 

偶々即死を避けたレッドプレイヤーが傷を抑えながらほざいた言葉にそう返して斬り捨てる。

 

 

斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って……全部で37人程斬って、二十五層の〝ラフィンコフィン〟狩りを終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十五層で〝ラフィンコフィン〟狩りを終えて四十層に戻ると同時にアスナから〝血盟騎士団〟の拠点に来て欲しいと頼まれたので向かう事にした。

 

 

現在の〝血盟騎士団〟の拠点があるのは三十九層の主街区〝ノルフレト〟。これといった特徴がない典型的なファンタジー世界の田舎町といった佇まいだがヒースクリフが意味もなくこんなところを拠点に選ぶ訳がない。

 

 

拠点の近くのフィールドには鉱石や薬草の採取ポイントが豊富に存在し、防御は高いが攻撃力が低い戦闘訓練の相手に最適なモンスターが湧きやすい。その上、そのモンスターは上等な素材をドロップするという旨味まである。ギルド全体の強化を図るのに現状では最も適した階層だった。

 

 

「で、何で俺を呼んだんだよ?恋愛相談か?」

 

「巫山戯た事を言ってると穿つわよ?」

 

 

〝血盟騎士団〟の拠点の応接室に通された俺はソファーに腰を下ろし、テーブルの上に足を組みながらタバコを吸う。アスナが額に青筋を浮かべて武器に手を掛けているがいつもの事だ。手を出したらそれをネタにして余計に煽ってやろう。

 

 

「言っとくけど俺はキリアスを応援してんだからな?他のポッと出に掻っ攫われる様な真似はしないでくれよ?」

 

「ポッと出って……キリト君にそんな相手は……」

 

「いやいや、攻略組ってだけでプレイヤーにもNPCにもモテるんだぜ?何かキッカケがあってそのまま……なんて事もあり得なくないんだよ」

 

「……忠告ありがとう御座います」

 

「良きに計らえ」

 

 

やはりアスナも恋する乙女の様だ。ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟はキリアスを応援しているのだから頑張って欲しい。くっ付いた時にはアルゴを通してアインクラッド中に伝える手筈は整っている。

 

 

「で、本題は?」

 

「……実はウチのギルドの〝ノーチラス〟というプレイヤーについて相談があるんです」

 

 

アスナの口から語られたのは先日に行われた四十層の中ボス攻略の最中に起きた出来事だった。

 

 

迷宮区で〝ルースレス・ワーダーチーフ〟というモンスターと戦っている最中にノーチラスというプレイヤーが突然動けなくなったそうだ。これまでのノーチラスの戦闘には問題が無かったのに初めて迷宮区の攻略に関し、中ボスクラスの大型モンスターとの戦いの時に竦んで動けなくなったと言う。その場は偶々やって来たキリトの手によって何とかなったがヒースクリフにノーチラスの症状を相談したら、ノーチラスは軽度のFNCの可能性があると指摘された。

 

 

FNCにより戦うと判断している理性ではなく、死にたくないと命令している本能が優先された結果、恐怖で動けなくなったのではないかと。

 

 

勿論これはあくまでヒースクリフの推論に過ぎず、経験を積めば解決される可能性も有り得る。だがそうであればノーチラスの攻略組への参加は絶望的だ。能力は高く、性格も真面目で優秀な人材、だが戦闘職なのに戦えないとなれば攻略組に置いておける筈がない。使えない者を斬り捨てると言うのは組織としては当たり前の判断だ。〝血盟騎士団〟の副団長としては他のメンバーの命を守る責任がある。しかしアスナ個人としてはそれに納得ができない様だ。

 

 

「……つまり俺にノーチラスをどうにかして欲しいって事か?」

 

「そうです。四十層のボス戦にはノーチラスは参加させませんから、出来ればその間でどうにかして欲しいんですが……」

 

 

アスナからの相談を聞いて紫煙を吐きながら俺に何が出来るのかを考える。

 

 

仮にノーチラスが本当に軽度のFNCだったとしたら俺が取れる手段は1つだけ。理性よりも本能が優っているから動けなくなる、ならば理性を強くするか本能を弱らせれば良い。それが出来るだけの経験と技術はあるがそれはほとんど洗脳と変わらない、出来れば取りたくない手段だった。

 

 

「洗脳チックな手段なら思いつく」

 

「ダメです」

 

「なら俺には何も出来ないな。一応見かけたら気にかけてはおくけどあまり期待するなよ?」

 

「それでも構いません、よろしくお願いします……あ、これがノーチラスの写真です」

 

 

アスナから手渡された写真に写っているのは〝血盟騎士団〟のギルドカラーである白と赤のカラーリングのされた鎧を着た朽葉色の髪をした少年だった。

 

 

「……あれ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「こいつどっかで見た様な……」

 

 

ノーチラスの顔は初めて見た筈だが不思議と見覚えがあった。恐らくはここ最近で見た事がある。俺の最近はひたすら〝ラフィンコフィン〟を狩る生活をしていたのでほとんど人と会っていない。会う機会があったのは昨日の夜の〝ウタちゃん〟の歌を聞いた時くらいでーーー

 

 

「ーーーあ、思い出した」

 

 

ノーチラスの顔、それは昨日〝ウタちゃん〟が帰る際に手を引いていた〝血盟騎士団〟の少年の顔だった。

 

 






ウェーブによる偽ラフコフ狩り。黒鉄宮に送るなんて生温いことはしない。偽ラフコフに所属している時点で全員ギルティ。躊躇いなく迷いなく、全員殺す。

アスナからの相談は恋愛相談では無くてギルメンのトラブルに関しての物。波アスだと思った?んなわけねぇよ!!

ノーチラスはオリジナルでは無くてオーディナルスケールで登場するキャラです。分からない、知らないという方は調べてください。



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ディーヴァアンドナイト・4

 

 

アスナからノーチラスの相談を受けて半日経って現在は深夜、俺は三十九層フィールドに1人で来ていた。最前線のフィールドに、しかも夜に、さらに1人で向かうなど自殺行為にしか見えないが俺の現在のレベルは57で、たとえ絶不調だとしても三十九層クラスのモンスターに囲まれても返り討ちに出来る。

 

 

そもそも、俺が1人でフィールドに来ている目的はレベリングや素材集めでは無い。呼び出されたからだ。

 

 

時折湧いてくる〝バルーン・ルーセット〟という風船の様に丸く膨らんだ身体のコウモリを一刀で両断して辿り着いた先はなだらかな丘陵地帯。そこでは黒いコートに片手剣を装備したキリトが十数匹の〝バルーン・ルーセット〟相手に戦っていた。

 

 

この〝バルーン・ルーセット〟というのは回避力は高いが毒やブレスという特殊能力を持っていない為に単体なら戦いやすいモンスターだが知覚範囲が異常に広い。その知覚範囲はこの丘陵地帯丸々が範囲に入ってしまう為にここのどこかで〝バルーン・ルーセット〟と戦えば、どこからともなく〝バルーン・ルーセット〟が集まってくる。攻略組でもソロでこの時間帯にここに来ようなどと考える者は殆どいない。

 

 

だがキリトは違う。十数匹の〝バルーン・ルーセット〟をわざと集めて見てから反応するという後の先で〝バルーン・ルーセット〟の翼を斬り落として動けなくし、範囲ソードスキルで殲滅するという超高効率の狩りをしていた。確かに効率だけを見ればキリトのやり方は間違っていない。しかしこの方法は自身の安全を全く考えていない方法だった。

 

 

「うっすキリト、来てやったぞ」

 

 

新たに集まって来た〝バルーン・ルーセット〟を斬り捨てながらキリトに近寄る。それに対してキリトは初めから俺に気付いていたらしく特に反応も見せずに〝バルーン・ルーセット〟の殲滅を優先していた。俺は〝色絶ち〟は使っていないが〝隠蔽〟は使ってこの場に来ていた。それなのに気づかれたと言うことはキリトの〝看破〟が俺の〝隠蔽〟を超えていた、もしくはキリトのシステムに頼らない気配察知が〝隠蔽〟を超えたかのどちらかだ。

 

 

攻略に参加しているプレイヤーが強くなることは嬉しい。だが今のキリトは自分の命を勘定に入れていない危うさを感じさせる。

 

 

数十秒で〝バルーン・ルーセット〟の殲滅を完了し、丘陵地帯から少し離れた場所にある細長い岩に向かう。ここはフィールドに設置された安全地帯らしく、モンスターが湧かないのだ。

 

 

「今レベルは幾つだ?」

 

「……さっき62になった」

 

 

岩の側面から湧いている水を飲んだキリトは振り返りもしないで淡々と告げた。

 

 

キリトのレベルは間違いなく攻略組でもトップだ。攻略組ではフロア数プラス15を攻略マージンとしている。それを考えれば現在の攻略マージンは55、誰もがそれ以上のレベルだろうが精々1、2レベルくらいだろう。俺は最近は〝ラフィンコフィン〟狩りのせいでレベリングをサボっていて、最後にレベルが上がったのは三十八層辺りだった筈だ。ソロプレイという最も効率の良いレベリングをしているがそれだけではキリトのレベルの高さの説明はつかない。

 

 

キリトの高レベルの理由、それは今日の様なレベリングをここ数ヶ月の間ずっと続けているからだ。

 

 

攻略組のメンツはキリトの様子がおかしい事を薄々察して、アスナは間違いなく気がついているだろう。だが、誰もそれに口出しはしていない。何かあったことは予想出来ても、それに口を出すことは出来ないのだ。

 

 

だって、それはキリトが解決しなければならない問題だから。

 

 

「ふぅ……んじゃ、今日も頼む」

 

「あいあい」

 

 

キリトが右手でウインドウを操作すると俺の前に〝決闘(デュエル)申請〟のウインドウが現れる。キリトが言った通りに俺はキリトに頼まれてほぼ毎日、俺の都合がつく限りキリトに頼まれて〝決闘(デュエル)〟をしている。始まりは確か四ヶ月程前だったか。その頃のキリトは今とは比べ物にならない程に酷かった事を覚えている。

 

 

決闘(デュエル)〟の内容がいつも通りに〝半減決着〟である事を確認してからYESボタンを押す。

 

 

そして始まるカウントダウン。キリトは右手に片手剣を、()()()()()()()持つ。対して俺は右手にサブ武器である片手剣〝ルーンブレード〟一本だけ。SAO内トップの反応速度を持つキリト相手にサブ武器で相手をするとなると舐めている様に思われるかもしれない。

 

 

だが、相手は所詮反応速度が速いだけの相手だ。剣を二本持っていようが対処出来る。

 

 

カウントダウンがゼロになり、俺とキリトはほぼ同時に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーなぁウェーブ、俺って強くなってるのかな?」

 

 

地面に転がるキリトは荒れる前の様な声色でそう尋ねて来た。

 

 

「強くなってるさ。俺の()()()()()()()()()()()()

 

 

強くなっているかと聞かれれば強くなっているだろう。何せキリトは俺の左腕を斬り落としているのだから。

 

 

だがその代償はデカい。倒れているキリトの四肢は右腕を残して斬り落とされて、2つある目の1つは潰れている。HPは〝半減決着〟で〝決闘(デュエル)〟したというのにレッドゾーンに突入している。俺のHPはグリーンだがあと数ドットで半減を示すイエローになるところだった。

 

 

間違いなく大快挙で大金星だろう。〝決闘(デュエル)〟の結果としては。〝決闘(デュエル)〟だからキリトは今の状況で済んでいるのだ。これがもしガチの殺し合いで俺が殺すつもりでいたら今頃キリトは俺の左腕を斬り落とす代わりに首を斬られて死んでいただろうから。

 

 

「お前に何があったのか分からない、何がしたいのか分からない、何を目指しているのか分からない。お前がお前の事で手一杯な様に俺も俺の事で結構キツいからな。だけど、困ったら頼れ。大人としてそれくらいはしてやるから」

 

「……ありがと」

 

「差し当たっては回復結晶かポーション寄越せ。流石に部位欠損のまま帰ったらバレる。バレたら何されるか分からないんだよなぁ……」

 

「相変わらずカースト低すぎやしないか?一応ギルドリーダーだろ?」

 

「ギルドリーダーイコールカーストが高いじゃないんだよ。おら、早く寄越せ」

 

「ったく……あ、回復結晶もポーションも無いや。買い忘れてた」

 

「ちょっとぉぉぉぉ!?」

 

 

キリトから〝決闘(デュエル)〟を頼んでおいて回復結晶もポーションも用意していないという事態に俺は叫ばずにいられなかった。

 

 

仕方ないので俺が自前のポーションを使う事になり、腹癒せにキリトを麻痺毒入りポーションで麻痺らせてから何故かアイテムボックスに入っていたユウキとシノンの服を着せてキリトをキリトちゃんにし、記録結晶でキリトちゃんの勇姿を撮っておく事で済ませた。

 

 

 






ブラッキー四十層段階でレベル62というクレイジーレベリング。時期を考えると黒猫後でクリスマスイベント前だから荒れてる時期なんだよなぁ。つまり、黒猫イベントは消化済み。

レベル差が5あっても左腕だけでブラッキーをボロクソに出来るキチガイがいるらしい。まぁ母親から格上殺しを教えられている上に反応速度お化けの対処法知ってるから当たり前。むしろ倒せない方がおかしい。

そしてブラッキーがフィールドでブラッキーちゃんになっていたらしい。アイテムボックスにユウキチとシノノンの服が入ってた理由?マーキングだよ。



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ディーヴァアンドナイト・5

 

 

「うぅ……穢された……もうお婿に行けない……」

 

「大丈夫大丈夫、婿に行けないのなら嫁に行けば良いじゃ無いか」

 

「お前ってとことん俺の性別無視してくれるな」

 

「だってねぇ?遊べるオモチャがあったら遊ぶだろ?」

 

「人の事オモチャ扱いするなよぉ!!」

 

 

キリトをキリトちゃんにして記録結晶でその勇姿を撮り終え、俺たちは三十九層の主街区〝ノルフレト〟に向かう。キリトちゃん撮影会でキリトの心が深手を負ったがこれは俺の腹いせなのだから仕方ない事だと割り切ってもらわないと困る。そもそも〝決闘(デュエル)〟ふっかけてきたのはあっちなのだから用意するのは当たり前なのだ。

 

 

結論、キリトが悪い。俺は悪く無い。

 

 

「それに心配しなくてもお前の事を狙ってる奴がいるから」

 

「心当たりは……うん」

 

「察しているのならばそれで良し、誰かは言わないさ。だけど男が草食系だったら女が肉食になるから、最終的に捕食される事になるぞ?ソースは俺な」

 

「ウェーブがソースというだけでこれ以上無い程に信じられる。でもユウキとシノンの2人見てると信じるしか無いんだよなぁ」

 

「知ってるか?あいつら、俺を狙って俺の社会的地位を殺しに掛かってるんだぜ?」

 

「恋する乙女怖い」

 

 

何をするわけでも無くブラブラと〝ノルフレト〟をキリトと歩き回る。現在の時間は深夜の2時で店はプレイヤーNPC問わず閉まっている。開いているのは酒場くらいだがそういう気分では無い。四十層の宿に戻ろうと転移門に向かう途中で、歌声が聞こえてきた。

 

 

「ん?歌か、これ?」

 

「マジか、行くぞキリト」

 

「えっ、ちょ!?」

 

 

歌声に気がつくと同時にキリトの首根っこを掴んで声の方向に駆け出す。方向的には転移門広場で、俺ならキリト1人連れても数十秒で着ける。

 

 

そうして転移門広場に辿り着くと、そこには昨日と同じ様にNPCの楽団の演奏に合わせて歌っている〝ウタちゃん〟の姿があった。昨日の様に顔を晒しておらずにフードを被っているがその歌声は昨日と同じで綺麗だった。今日の歌は子守唄を思わせる歌詞で、意識しているのか限界まで抑えられた音量だがNPCの演奏に負ける事なく調和して転移門広場に響いていた。

 

 

流石に真夜中となれば昨日ほどの人だかりは出来ずにプレイヤーとNPC合わせて10に届くかどうかといったところ。だが、その誰もが〝ウタちゃん〟の歌を聴くために足を止めていた。その中には濃い灰色のローブを着込んだアスナの姿も見える。恐らく気分転換か何かで出歩いているところで〝ウタちゃん〟を見つけたのだろう。

 

 

「綺麗な歌だな……」

 

「ホントそうだよ。あそこにアスナがいるから終わってからでも話しかけたらどうだ?」

 

「……アスナが?」

 

「あぁ、あそこでローブを着込んでる奴だ。ギルドの副団長って立場で大変なのにお前の事を気にしてくれてるんだ。たまに話してもバチは当たらないさ」

 

「でも、俺は……」

 

「話さなかったら〝キリトちゃん写真集〜私、こんなの初めて……〜〟をアルゴ経由でアインクラッド中にばら撒く」

 

「分かりました話しますだからその写真集はばら撒かないで下さいホントお願いします……!!」

 

「分かればよろしい」

 

 

若干脅しが入ったがこれは仕方のない事だ。正直、俺と〝決闘(デュエル)〟なんかするよりもアスナと合わせる方がキリトの精神的には良いのだから。本音を言えばそこにユイも入れたいのだが、この時間だしもう眠ってしまってるだろう。キリトはそれを見越して夜にレベリングをしている筈だし。

 

 

そうして数分後に〝ウタちゃん〟の歌は終わった。疎らにされる拍手に頭を下げ、そのまま転移門に向かおうとした〝ウタちゃん〟に近づき、

 

 

「ノーチラスというプレイヤーの事で話がある。三十層まで来てくれ」

 

 

返事も聞かずにそれだけを告げて転移門で三十層の主街区〝アマルフィ〟に向かう。三十層は層の半分が水に覆われた変わり種の階層で、船が無ければまともに動くことが出来ない階層だった。第四層も似た様な階層だったがあそこはその気になれば歩けるだけの地面があった。だが三十層にある地面は殆どが島で徒歩での移動が制限される。

 

 

湖の上に建てられた転移門。水面には夜空に輝く星が映し出されていてロマンチックな雰囲気を醸し出しているが残念ながら俺がここに〝ウタちゃん〟を呼んだのはそんな理由ではない。

 

 

そもそもそんな事をしたらユウキとシノンが怖い。多分アルゴも便乗して何かやらかすだろう。

 

 

〝ウタちゃん〟とノーチラスは何か関係があると踏んでノーチラスをネタにして〝ウタちゃん〟を誘ったのだがその考えは正しかったようだ。俺が転移してから10秒後に、〝ウタちゃん〟がやって来る。

 

 

「……貴方はエー……ノーくんと何の関係があるんですか?」

 

「攻略組仲間ってやつだ。まぁ一度も一緒に戦った事はないけどね。その前に自己紹介だ。俺はウェーブ、ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダーをしている」

 

「〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟?……ギルドタグを見せてもらっても良いですか?」

 

「もちろん」

 

 

〝隠蔽〟で隠していたギルドタグを表示して〝ウタちゃん〟に見せる。最前線なら俺たちと偽の〝ラフィンコフィン〟のタグの違いは理解してくれているが中層下層プレイヤーはそんな事を理解していないのでギルドタグを晒したままだと厄介ごとを呼びかねないのだ。前に一度、ギルドタグを晒したまま二十二層を歩いていたら圏内だというのに武装した中層プレイヤーたちに囲まれた事があった。それ以降〝隠蔽〟でギルドタグを隠すようにしている。

 

 

〝ウタちゃん〟は〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟と〝ラフィンコフィン〟のギルドタグの違いを理解してくれているらしく、目の部分に指を当てながら確認していた。

 

 

「目がつり目……って事は本当に攻略組の……あ、ごめんなさい!!疑ってしまって!!」

 

「イヤイヤ、警戒して当たり前だ。無警戒でいられるよりもずっと安心出来る」

 

 

慌てて頭を下げる〝ウタちゃん〟の様子がおかしくてつい笑ってしまう。どうも彼女の感性はまともな様で、久しぶりにまともな感性の人間にあった気がするのだ。

 

 

攻略組には良くも悪くもぶっ飛んだ連中しかいないからな。

 

 

「あ、ごめんなさい。私、自己紹介もしないで……私はユナです」

 

 

そう言いながら〝ウタちゃん〟は自分の名前を告げながらフードを外して昨日見た顔を晒してくれた。

 

 

「それでノーくんの事で話があるって……」

 

「あぁ、ちょっとノーチラスと会いたいんだけど連絡取れるか?」

 

 

アスナから聞いたのだがノーチラスは迷宮区の攻略、ほとんど〝血盟騎士団〟の拠点に戻らずに出歩いているらしい。どうにかしてくれと言われたが一度も会っていないのではどうする事も出来ない。呼び出そうにもギルドメッセージは無視されていて期待出来ない。ならばフレンドメッセージはとなるがノーチラスは〝血盟騎士団〟の誰ともフレンド登録をしていなかった。

 

 

なのでノーチラスとフレンド登録をしているであろうユナの事を探していた。今日会えたのは全くの偶然、キリトの弱味も握れたし運が良くて怖すぎるくらいだ。

 

 

「分かりました。多分ノーくんはもう寝てると思うんで明日に朝になってからになりますけど」

 

「おいおい、頼んだのは俺だけどそんなにあっさり信じて良いのか?少し疑ったらどうだ?」

 

「ふふ、私これでも人を見る目はあるんですよ?ウェーブさんは善人じゃない、でも悪人でも無い。そう思ったから信じたんです」

 

「……やれやれ、最近の子供は強かだこと」

 

 

俺のことを信じると言ったユナの目には疑いが一切無い。本気で俺のことを信じていると分かった。ユウキといいシノンといい、最近の子供は強かで少し怖くなってくる……いや、ユウキとシノンのあれは別次元か。

 

 

「んじゃ、明日の12時に〝ジェイレウム〟の転移門で待ってるから……あぁ、そうそう」

 

 

転移門で四十層に移動する直前に、振り返ってユナに一言。

 

 

「歌をありがとう。また聞きたいと思う歌を聞いたのは久しぶりだったよ」

 

 

ユナの歌への感謝を告げて、転移した。

 

 

 






〝キリトちゃん写真集〜私、こんなの初めて……〜〟という写真集がウェーブの手で作られたらしい。攻略組のガチホモ大歓喜の一冊。なお〝血盟騎士団〟の某副団長には無料で進呈されたそうな。

〝ウタちゃん〟のプレイヤーネームがようやく公開。ユナはウェーブが強かだと評価する程の人間らしい。なお、非汚れ系。ユウキチとシノノン?2人はホラ、手遅れだから。



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ディーヴァアンドナイト・6

 

 

「まったく、どうしてノーくんってば逃げようとしたの?」

 

「……ごめん」

 

「ごめん、じゃなくて理由を聞いているのだけど?」

 

 

〝ジェイレウム〟の転移門広場で僕はリアルで幼馴染のユナーーー重村悠那(しげむらゆうな)に叱られて正座をしている。

 

 

朝食後に副団長から四十層のフロアボス攻略戦が終わるまで、〝血盟騎士団〟の一軍パーティーから外されると告げられた。理由はわかっている。僕が〝ルースレス・ワーダーチーフ〟戦の時に動けなくなったから。

 

 

それまではなんとも無かったのに〝ルースレス・ワーダーチーフ〟と戦って、怒りに滾らせている黄色く輝く目を見て、僕の身体は石化してしまったかのように動けなかった。副団長の指示が聞こえていて、動けと頭が命令しても足が、手が、それどころか目さえもまったく動かなくなってしまった。

 

 

あの時は〝黒の剣士〟のキリトが居たから何事も無かったのだが、もしもまた動けなくなれば次は誰かが死ぬかもしれない。攻略組に参加している以上、誰も死ぬ覚悟はしている。それは僕も同じだが、だからと言って誰かを殺すかもしれない要因を攻略に参加させるのは避けたいだろう。

 

 

副団長はそれを告げる時にどこか辛そうな顔をしていた。あの人は優しい人だ。〝攻略の鬼〟だと中層下層プレイヤーからは呼ばれて、その呼び名に似合う程に攻略へ熱意を注いでいるが、攻略組のプレイヤーたちは副団長の本質を分かっている。僕もそうだ。きっと僕のことを考えて、考えて、その決断を下したのだろう。

 

 

だから、その優しさが辛くて、優しさを向けられる自分がみっともなくて、僕は逃げる様にして〝血盟騎士団〟の拠点から飛び出した。ユニフォームを脱いでアイテムボックスの中にしまっていたレザーアーマーに着替えて、ここではないどこかに逃げたかった。

 

 

引きこもる為に借りていた〝ジェイレウム〟の安宿の荷物を引き取って、他の街に向かおうとしたところでユナに捕まった。突然のユナの登場に驚き、固まってしまった僕にユナはニッコリと微笑み、

 

 

腹パンしてきた。

 

 

圏内なのでダメージは発生しないが痛みはある。リアルよりも半分になっているはずなのに内臓が掻き乱される様な腹パンに悶絶してしまい、ユナに捕まってこの転移門広場まで引き摺られて正座させられた。

 

 

ユナは笑っているが幼馴染なので分かる、あれは笑ってるけど怒っている。確かにフレンドメッセージは無視したが腹パンされるとは思わなかった。ユナとはリアルで自宅が近所、さらに幼稚園、小学校、中学校まで一緒で、ユナが女子校に進学したために高校は別々になってしまった。中学校までのユナは怒っても腹パンする様な性格では無かったのに……いったい女子校で何があった。

 

 

「エーくん、女子校っていうのはね、男の子が思っている様な世界じゃないんだよ」

 

「なんで考えてることが分かったんだよ。あとエーくんは止めてって言ったよね?」

 

「幼馴染、舐めないでよね?」

 

 

後沢鋭二(のちざわえいじ)という本名から考えられたあだ名は僕とユナとの繋がりを感じさせてくれるが街では誰が聞いているのか分からないので言わない様に言っている。だが油断するとすぐに溢してしまうので度々注意いなくてはいけない。

 

 

幼馴染を主張しながら胸を張るユナの姿は微笑ましいものなのだが、ここで僕はなんで転移門広場まで引き摺られたのか疑問に思った。説教するだけなら安宿で足りるはずなのにユナはわざわざここまで僕を連れてきたのだ。何か理由があるとしか考えられない。

 

 

その理由を尋ねようとしたところで、転移門広場に鐘の音が響いた。それは正午の12時を知らせる鐘で、主街区の近くならば外にいても聞こえる程の音量だ。

 

 

「ーーーよう、連れてきてくれたみたいだな」

 

「あ、こんにちわ」

 

 

正午の鐘の音と共に1人の男性が現れ、彼に向かってユナは挨拶をしながら頭を下げた。その姿を見て、頭の中が白くなる。

 

 

気怠げに見えて眉間にシワが寄った鋭い目付き。肩甲骨まで伸ばされて適当に縛られた黒髪。背中にはメイン武器の刀が背負われ、腰にはサブ武器の片手剣が下げられている。動きやすさを重視しているのか金属の防具の類は一切着けずに黒のシャツの上から真紅のコートを羽織ったその姿を、僕は知っている。

 

 

攻略組参加ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダーにしてSAO内で4人しか見つかっていないユニークスキル保持者。

 

 

ウェーブ。僕が攻略組を目指す切っ掛けとなったプレイヤーが、僕が憧れているプレイヤーがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、飯はまだだろ?ここは俺が奢ってやるから好きなもんを頼むといい。ここの店主はガングロで強面だが飯は美味いんだ」

 

「叩き出すぞこのロリコン野郎……!!」

 

 

ユナと、ユナが連れてきたレザーアーマー姿のノーチラスを連れて三十層でエギルが出していた店に入った。〝エギル商会〟の会長としてアインクラッドの物流をほぼ掌握しているエギルだが、リアルが恋しいのか時折自腹を出して作った喫茶店を開いている。

 

 

飯が美味ければ気持ちが緩む。気持ちが緩めば口が軽くなる。ほぼ初対面な俺たちだから、こうした手段で打ち解けあおうと考えたのだが……

 

 

「……」

 

「ノーくん、貧乏ゆすりは良くないよ?」

 

 

ノーチラスが凄いソワソワしている。チラチラと俺の方を見て、すぐに目を逸らしている。なんというか……敵意は感じない。尻がムズムズしないので同性愛者の可能性もない。あるとすれば……憧れか?憧れている奴が目の前に現れた的な反応か?憧れられる奴な要素は一つもないと思うんだが……

 

 

「〝血盟騎士団〟のノーチラスで良かったよな?」

 

「は、ハイ!!今日の朝に副団長から一軍パーティーから外されましたノーチラスです!!」

 

「エーくんが壊れた……!!」

 

「テンパってるなぁ、てかやっぱり外されたのか」

 

 

テンパって余計なことを口にしているノーチラスだが、予想していた通りに〝血盟騎士団〟の一軍からは外されたらしい。実力はあれどFNCで戦えないノーチラスを一軍に留めておく理由は無い。〝血盟騎士団〟からの除籍も考えたのだが、流石にヒースクリフもそこまで短慮では無い。

 

だが〝血盟騎士団〟は少数精鋭ギルドだ。生産職ならばともかく、ノーチラスのようなトラブルを抱えた存在をギルドに残しておかずに除籍する可能性もあり得なくは無い。アスナが俺に相談してきた理由はそれもあるだろう。

 

 

「ま、何はともかく先に飯だ。話は食ってからにしようか」

 

 

どちらにしてもテンパってるノーチラスを落ち着かせる時間は必要だ。カウンター越しにグラスを磨いていたエギルを呼び出して料理を注文する事にする。

 

 






ユナ、怒りの腹パン。流石にメッセージが無視され続けたらキレます。女子校に進学して鍛えられたのです。

ノーチラス、まさかのウェーブファン。現在のノーチラスの心境は大ファンだったアイドルが自分に会いに来てくれたファンとおんなじ。

そしてウェーブ、大天使エギルにロリコンと罵倒されても聞き流せる程に悟りを開く。



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ディーヴァアンドナイト・7

 

 

「ごっそうさん。相変わらずエギルの飯は美味いなぁ。シノンには負けるけど」

 

「さらりと惚気てんじゃねぇぞロリコン野郎」

 

「〝血盟騎士団〟で出されている料理よりも美味しかったです」

 

「リアルでお店を出してるって聞いたけど……女としてのプライドがぁ……」

 

 

エギルの飯を食い終えて俺と幾分落ち着いたノーチラスが感想を言うがユナは逆に落ち込んでいる。やっぱり女として男の方が料理が上手だとプライドが傷つくのだろう。

 

 

俺としては俺の好みを知り尽くして合わせてくれるシノンの料理の方が美味い。ストレアが作ってくれた時もあるけど中々だった。アルゴも悪くない。ただしユウキ、テメェはダメだ。味付け無しで焼いただけの炭化した肉を出しても料理じゃねぇから。食うには食ったがしばらく口の中が苦々しかった。

 

 

「さて、飯を食ったところで本題に入ろう。ノーチラス、お前は自分がどういう状況なのか理解しているな?」

 

「……えぇ、迷宮区を攻略している時に〝ルースレス・ワーダーチーフ〟を見て、動けなくなりました。頭では動かないといけないと分かっているのにどうしても身体が動かなくて……」

 

「エーくん……」

 

 

その時のことを思い出しているのかノーチラスは悔しそうな、苦しそうな表情になり、それを見たユナが心配そうな顔付きになる。自分に起きたことを理解しているのならそれで良し。もっとも攻略組に参加している以上、自己の把握は最低限の事なので然程心配していない。中層プレイヤーだと自分を過大評価して、出来ないことをやろうとしてあっさり死ぬからな。

 

 

「ヒースクリフとアスナはその症状に対して軽度のFNCじゃないかと考えた。専門的な用語が多いから噛み砕いて言うと、理性よりも本能が……戦わなきゃって考えよりも死にたくないって恐怖の方が強かった、その結果動けなくなったって予想している」

 

「FNC……」

 

 

FNCの疑いを告げるとノーチラスは絶望したような表情になる。SAOのようなVRMMOでは症状にもよるがFNCは致命的と言える。ネズハもFNCで両眼視機能不全を発症し、今では〝チャクラム〟を使うことで戦線には立てているが、近接武器を使っての戦闘は出来ないでいる。

 

 

そしてノーチラスのFNCは、ネズハ以上に致命的な症状だった。

 

 

理性よりも本能が優っているなどリアルでは普通だ。しかしVRMMOではそうだとモンスターと戦う時に動けなくなる可能性がある。だから〝ナーヴギア〟には本能よりも理性を優先させるようにプログラムしてあると茅場は言っていた。

 

 

だと言うのにノーチラスは理性よりも本能が優先されてしまう。それは今後も今回の攻略のように恐怖で動けなくなることを表していた。

 

 

「そんな……そんなのって……!!」

 

「エーくん……!!」

 

「まぁ、ぶっちゃけた話()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「……え!?」」

 

 

悲痛そうな顔になるノーチラスに釣られて悲しそうにしていたユナにどうにかなることを告げると2人ともあっけなく取られたような顔になった。

 

 

「理性よりも本能が優先されるから動けなくなるんだろ?だったら理性の方を本能よりも強くしてやればいいってだけの話じゃん?」

 

「いや、えっ…えぇ……?」

 

「エーくんどうしよう、私この人が何言ってるのか分からないよ」

 

「いや、言いたいことは分かりますけど、それって出来るんですか?」

 

「分かるの!?」

 

「攻略組じゃあ普通普通」

 

「攻略組って怖い」

 

 

攻略組のことをどう認識したのか分からないが怯え始めたユナを見て思わず苦笑してしまう。だって、その姿はリアルでホラー特集を見たユウキの姿を連想させたから。俺が笑ったのが気に入らなかったのかふくれっ面になるユナだが、その姿も俺にいじられて不機嫌になるシノンの姿を連想させる。

 

 

「実際のところ、ノーチラスのような症状はリアルじゃ当たり前だ。誰だってこのままじゃ死ぬような状況下だとはいえ、死ぬかもしれない選択肢を取らなきゃ死ぬって言われても怯えるだろう?ノーチラスはそれが出ただけだ。俺ならどうにか出来るかもしれない、どうにも出来ないかもしれない……どっちを選ぶのかは任せるぜ?」

 

 

テーブルの上に乗せられていた灰皿を寄せてタバコに火を着ける。リアルでやってきた経験から、俺にはノーチラスの症状をどうにか出来る可能性がある。だが、最終的に選ぶのはノーチラスだ。

 

 

死の恐怖を克服して戦うことを選ぶか、死の恐怖から逃げて戦うことを辞めるのを選ぶか、全てはノーチラス次第だ。

 

 

どちらを選んだにしても、俺はノーチラスの意思を尊重する。死の恐怖とは人間にとって絶対的な恐怖だ。何せ、死んだらそれまでなのだから。死んでしまえばそれ以上など絶対無い。それに怯える事は恥では無い。ノーチラスがそれを選んだとしても、俺は彼を責めるような事は絶対にしない。

 

 

そして、目を閉じて数分間沈黙したノーチラスが瞼を開ける。

 

 

「ーーーお願いします。僕を、戦えるようにして下さい」

 

 

数分間の沈黙から出てきた答えは懇願。つまり死の恐怖を克服して戦うことだった。

 

 

「一応聞いておく、なんでそれを選んだ?」

 

「……約束したんですよ、ユナに。僕が守るって、必ず現実世界に戻すって。だから、僕は戦います。ユナを守る為に、現実世界に戻す為に」

 

「いずれどこかの誰かがゲームをクリアする。それなのに?」

 

()()()()()()()()()()()

 

 

ノーチラスの目には強い意志が感じられた。絶対に彼女を守ると、現実世界に戻すと、その約束を果たす為に恐怖を克服しようとしている彼の姿は眩しく見えて、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……あぁ、分かったよ。やるからには全力でやる。泣き言言っても尻蹴り上げてでもお前を戦えるようにしてやるから覚悟しておけよ?」

 

「ッ!!ハイ!!」

 

 

俺の言葉に威勢の良い返事をしてくれたノーチラス。だが、その隣に座るユナはというと、

 

 

「……ッ!!」

 

 

顔を真っ赤にしていた。耳どころか首まで赤くなっていて、相当恥ずかしいのだと分かる。だってさっきの発言ってほとんど告白みたいなものだからな。その相手が隣に座って、しかもあんなに堂々と言われたらそりゃあ恥ずかしくもなる。

 

 

「……ッ!!」

 

 

ノーチラスもそれに気が付いたのか、手で顔を覆い隠している。耳はユナと同じくらいに赤い。そんな2人の姿が微笑ましくて、笑いが溢れてしまうのは仕方のない事だ。

 

 

「良いねぇ良いねぇ、命短し恋せよってね。初々しくて実に微笑ましい!!」

 

「か、揶揄わないでください!!」

 

「ハッハッハ!!んじゃ、明日から理性強化のトレーニング始めるから装備とかの用意しておけよ?俺はこれからレべリングに出てくるから」

 

「ウェーブのレべリング……行ってみたい……!!」

 

「止めとけって。俺のレべリングって言ったらネームドボスを延々とハンティングするだけの作業だから」

 

「えぇ……攻略組のレべリングってそれが普通なの……?」

 

「違うから!!〝血盟騎士団〟じゃそんなレべリングしないから!!」

 

 

攻略組への認識を改めた事で事攻略組に怯え出すユナと、その認識は間違っていると教えているノーチラスの姿を見て、そのやりとりが可笑しくて俺は隠す事なく笑った。

 

 

 






理性よりも本能が優先される?それなら理性を強化すれば良いじゃないのとかいうキチガイ理論。ノーチラスはそれに乗っかったようです。

ノーチラスとユナのやりとりにニマニマして欲しいな……劇場版だとあれだったから。

そしてウェーブのレべリングに付き合わされた四十層のネームドボスたち。被害者は十数匹に達するようです。



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ディーヴァアンドナイト・8

 

 

「理性を強化するって言ってもそう難しい話じゃない。やれるかやれないかの話だ。ぶっちゃければ素質の話。やれない奴はどれだけ努力しようともやる事は出来ないけど、やれる奴ならやる事が出来る」

 

 

ノーチラスとの話し合いの翌日、俺はノーチラスを連れて二十層に来ていた。この階層の特徴としては兎に角数が多い事だった。フィールドに出ればモンスターはそこら中に徘徊していて、〝隠蔽〟か〝気配遮断〟でも持っていないとまともに歩く事もままならない程に数が多い。数の暴力、量は質を凌駕するとでも言いたげなフィールドだった。

 

 

そこに、ノーチラスを連れて来て放置した。危なくなれば助けるつもりだが、危なくならなければいつまでも放置すると事前に伝えてある。ノーチラスの症状はボス級のモンスターを相手にして初めて出たと言っていたから通常モンスターと戦わせたのだが正解のようだ。

 

 

四方八方から迫り来るモンスターを相手にノーチラスは良く戦っている。ノーチラスの戦闘スタイルは片手剣に盾とオーソドックスなもの。それで数えるだけでも四十を超えるモンスターを1人で捌けている。レベル差もあるだろうがその技術は間違い無く攻略組で通用するものだった。

 

 

だが、それはあくまで努力でどうにかなる領域でしかない。俺やキリトやPoHのような天賦の才では無く、その気になれば誰もが到達出来る程度の領域。

 

 

俺の直感だが、ノーチラスはこれから強くなれる。死の恐怖を克服する事ができれば俺たちの領域までとはいかないが、その手前程度には届くだろう。何せあいつには守ると誓った相手がいる。そういう人間は強くなれると相場が決まっている。

 

 

と、ここでノーチラスのHPがイエローになってノーチラスの動きが鈍った。鈍った事でそれまで捌けていたモンスターを捌く事ができずに、押し倒されて群がられる。レベル差があるのですぐには死なないが放置してればいずれ死ぬだろう。そうなる前にモンスターが嫌う臭いを発する液体を詰めた試験管をアイテムポーチから取り出してモンスターの中心部、ノーチラスがいるであろう辺りに投げつける。試験管が割れて中身が飛び散った事でモンスターは一斉に引いた。ぽっかりと空いた空間にはHPがレッドになってボロボロになっているノーチラスの姿がある。

 

 

「ほい」

 

「ムグッ!?」

 

 

ノーチラスのそばに近寄り回復ポーションを口に突っ込み、グリーンまでHPが回復したのを見てから今度はモンスター寄せの液体の入った試験管を叩き割ってその場から逃げる。モンスター除けとモンスター寄せが同時に撒かれた事でそれぞれの効果が相殺され、再びモンスターがノーチラス目掛けて襲い掛かってくる。回復した事で幾分かマシになったのか、ノーチラスは再びモンスターを捌き始めた。

 

 

凡夫であるなら数をこなせとは誰が言ったか、確かにそれは正しい。強くなりたければ数をこなすしかない。死の恐怖を克服し、最前線で戦いたいと求めているノーチラスに出来ることはそれだけだ。

 

 

死に恐怖して身体が動かない?だったら死の恐怖を捩じ伏せられるだけの精神力を、闘争心を持てばいいだけの話だ。

 

 

恐怖心を鈍らせるという手段もあったのだが出来ればしたくない。恐怖心というのはそのまま警戒心に繋がる。何があるのか分からなくて怖い、だから何が起きても対処出来るように備えようと身構える。恐怖心を鈍らせればそれはそのまま警戒心が鈍る事に繋がり、そのまま死ぬだろう。

 

 

恐怖心を持ったまま戦えるようになるのがベスト。戦えるようになっても死に恐怖を感じなくなってしまえばワーストだ。もしそうなったら無理矢理にでも死の恐怖を思い出させるが。

 

 

そうして朝一から昼休憩を挟み、夕暮れまでひたすらノーチラスを戦わせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ノーくんノーくん!!目が死んでるよ!!」

 

「……ハッ!?」

 

 

ユナに揺さぶられて意識が呼び戻される。ここは〝ジェイレウム〟の西門広場に面したオープンカフェ、ウェーブさんによる精神強化トレーニングをやって、一日休めと言われて〝ジェイレウム〟にいる。オープンカフェにいるのはユナに誘われたから……良し、大丈夫、全部覚えてるな。

 

 

「ノーくん、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫……二十層でひたすらモンスター相手に戦わせられて動けなくなっても戦わせられたり、〝決闘(デュエル)〟の〝全損決着〟で殺意漲らせたウェーブさんと戦ったりしたくらいだから……」

 

「それって本当に大丈夫なの!?」

 

 

二十層のモンスターはまだ大丈夫だった。死ぬかもしれないと思ってしまった時以外は普通に戦えていたし、危なくなってもウェーブさんに助けて貰えてたから。

 

 

大丈夫じゃなかったのはウェーブさんとの〝決闘(デュエル)〟だった。

 

 

『殺そうと思って殺気を出すのは二流だ。殺そうと思って殺気を出さないのは一流だ。超一流ってのは殺そうと考えずに殺す奴だ。まぁ二流の真似事だが丁度良いだろ?』

 

 

そんな訳のわからない理論と共にウェーブさんは殺意を放ちながら僕を攻撃してきた。あれはヤバかった。〝ルースレス・ワーダーチーフ〟は自分が生きる為に僕らを殺そうとしていたが、ウェーブさんは()()()()()()()()()()()()()。〝ルースレス・ワーダーチーフ〟なんかとは比べ物にならない程の恐怖に心臓が止まったかと思い、動かなくてはと思った時には両手両足を斬り落とされていた。

 

 

HPがレッドになり、僕がリザインと唱えるとウェーブさんは部位欠損も治せる上級回復ポーションを僕に飲ませ、部位欠損が治ったのを確認してからまた〝決闘(デュエル)〟を始めた。昨日一日はそれの繰り返しだった。恐怖なんて麻痺しそうだったが、ウェーブさんの手によって麻痺する事も許されずにただそのループを繰り返す事になった。

 

 

その甲斐あってか、何とか身体は動かせるようにはなった。だが戦えるには程遠い。ぎこちなく一歩二歩動ける程度の、ほとんど誤差のようなものだった。

 

 

ウェーブさんの殺意は一夜明けた今でも鮮明に思い出せる。治ったはずなのに斬られた四肢に疼くような痛みを感じる気がする。止めたいと、どうしてこんなことをしているんだと考えた事があった。もう嫌だと泣き叫びたくなった事なんて十や二十では効かないだろう。正直に言って、ウェーブさんに頼んだことを後悔していた。

 

 

でも、それでも僕はウェーブさんから逃げなかった。

 

 

「ん?どうかしたの?」

 

 

木の実ソースのかかったパンケーキを食べているユナを見る。彼女を守ると誓った、彼女を現実世界に戻すと約束した。その為に強くなると決めた。だから僕はウェーブさんから逃げなかった。それはもう意地に近いものだった。ウェーブさんが前に言っていた通り、僕がやらなくてもゲームはクリアされるだろうから。

 

 

でも僕はそれをやると決めたのだ。そもそも意地が張らないなら男なんて止めるべきだ。男なんて意地を張ってナンボだ。意地も張らない腑抜けは死ねば良いと思う。

 

 

それに……好きな女の子にカッコいい姿を見せたいと思うのは男として当たり前だろう。ウェーブさんにもそれを伝えたが、そうだなと笑って肯定してくれた。

 

「いや、何でもない。それよりそろそろ攻略組はボス戦かな?」

 

「そうじゃないかな?」

 

 

10月18日の今日、四十層フロアボス攻略戦が行われる。レイドパーティーはすでに〝回廊結晶〟によるテレポートでボス部屋に直接向かっていて、予定通りならすでに戦闘は始まっているはずだ。攻略戦に参加したかったが、今の僕では足を引っ張る上に副団長から直々に攻略参加を止められているので行けるはずがない。

 

 

勝てるかどうかなど気にしていない。攻略組がフロアボスに挑んだのなら、結果は勝利以外に存在しない。きっとウェーブさんも攻略戦に参加しているのだろう。だから今日を休みにしたに違いない。

 

 

だから今日はゆっくり休んで、明日から始まる地獄の精神強化トレーニングに備えようと、頼んだクロックムッシュを突いているその時だった。

 

 

「ーーーだ、誰か……!!頼む、助けてくれ!!」

 

 

西門から、全身を皮装備で固めた曲刀使いのプレイヤーが背中に黒いショートスピアを刺したまま駆け込んで来た。

 

 






死に恐怖するんだったらそれを捩じ伏せるくらいの闘争心があれば問題ないよね?と始まったキチ波式精神強化トレーニング。ひたすらモンスターと戦わせた後に殺意全開のキチ波との無限組手よ〜

そしてキチ波式トンデモ理論。キチ波によると超一流は殺そうという思考にならずに殺せる奴のことらしい。PoHニキがそう。キチ波もやろうと思えばそう殺れる。



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ディーヴァアンドナイト・9

 

 

助けを求めて来たプレイヤーは中層プレイヤーを名乗り、フィールドダンジョンを仲間と探索していたら〝閉じ込め(インプリズン)トラップ〟と呼ばれる罠にかかって閉じ込められ、モンスターに追いかけられているから助けてくれと懇願して来た。

 

 

二十五層で〝アインクラッド解放隊〟が中層プレイヤーと共にフロアボスに挑んで壊滅したことをキッカケにプレイヤーたちの間で最前線の迷宮区には攻略組以外の侵入を禁止するという暗黙の了解が出来たのだが、フィールドに関してはノータッチだった。理由としては中層プレイヤーたちがアイテムや経験値を独占していると攻略組のことを批判して来たからだ。攻略組に参加している身から言わせて貰えば言いがかりにも程があるのだが、レベルを上げたことで増大した中層プレイヤーたちは自分たちでも攻略が出来ると思い込んでしまって一時期暴動が起きかける程の騒ぎになった。

 

 

そしてそれまでは最前線の階層には攻略組だけの立ち入りだったが、迷宮区以外までに緩和した。それで死んだとしても自己責任だと伝えて。人材発掘の為にわざとそうしたという欲がある事は否定しない。

 

 

どうも彼らはその類のプレイヤーだったらしく、調子に乗ってフィールドダンジョンを進んでいたらトラップにかかったとか。ここまで来るのならば〝転移結晶〟でも持っているはずだが、そこで湧いたモンスターの中には沈黙のバッドステータスをかけてくるモンスターもいて、ボイスコマンドを発生しなければ使用できない結晶アイテムが使えなくなったそうだ。攻略組ではそういう時の為に状態異常ポーションを持ち歩いているのだが、そのプレイヤーは準備していなかったらしく、誰も対沈黙の備えをしていなかったという。

 

 

正直に言って呆れるしかない。彼らは最前線を舐めすぎだ。一歩間違えれば死ぬような危険地帯にピクニック気分でやって来られても怒る気力が起きるはずもない。アイテムや情報の準備不足なんて誰が悪いのか問うまでも無く彼らが悪い。攻略マージンはとっているらしいが、準備不足であっさり死ぬのが最前線だ。

 

 

攻略組の暗黙の了解に従えば、彼らは見殺しにするべきだ。しかし〝ジェイレウム〟には幸か不幸かフロアボス攻略に参加していない〝風林火山〟のメンバーが2人程いた。攻略メンバーから外されたとはいえ〝血盟騎士団〟の一軍に入っていた僕とフロアボス攻略に参加していないとはいえ攻略ギルドに入っている彼らがいれば助かるだけなら可能だろう。そもそも彼を見捨ててしまえば助けを求めたのに見殺しにされたと攻略組の風評が悪くなる。偽者の仕業だといえ中層下層プレイヤーからの風評が最悪になっている〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のことを考えれば助けに行った方がいいと判断した。

 

 

〝風林火山〟の2人にそのことを伝えると快諾してくれ、他にも〝ナイトオブナイツ〟から5人が手伝ってくれる事になった。

 

 

さらにユナも行くと言った。

 

 

本音を言えばユナには〝ジェイレウム〟で待っていて欲しかったのだが、ユナの〝吟唱(チャント)〟スキルのバフは魅力的だった。出来る限り生存率を上げようと考えれば、ユナの参加は認めるしかない。

 

 

そして僕とユナ、〝風林火山〟の2人、〝ナイトオブナイツ〟の5人、中層プレイヤーの曲刀使いと共に5人ずつ二パーティーに別れて曲刀使いの仲間がいるというフィールドダンジョンに向かった。

 

 

その時、曲刀使いがPK集団の一員では無いかと思い先導する彼を背後から観察していた。もっともらしい理由をつけてプレイヤーを圏外に誘い出すというのは典型的なPK手段だ。〝風林火山〟の2人も、〝ナイトオブナイツ〟の5人も、もっと言えばユナもその可能性を疑っていたが、何度も躓きながら必死に走り続ける彼の姿を見てこれが演技だとは到底思えなかった。

 

 

時折湧いているモンスターを片手剣で瞬殺しながらフィールドを駆け、件のフィールドダンジョンに侵入する。フィールドダンジョンのデザインは〝ジェイレウム〟と同じく監獄風の遺跡だった。コボルド種やスライム種などがいたが攻略組に末席とはいえ参加している僕らの敵では無く、察知されると同時に急所を突いて一撃で倒して走り抜ける。

 

 

その姿を曲刀使いやユナは驚いた見ていた。中層プレイヤーは攻略組のように効率的な戦い方を模索していないから僕らの戦い方が珍しいのは分かる。始めの頃は僕も驚いていたが、すぐに慣れてしまった。

 

 

「ここだ!!ここを曲がった先だ!!」

 

 

先導していた曲刀使いの言葉を肯定するように曲がり角の先からは人間の叫び声やモンスターの咆哮、それに不規則な金属音が聴こえてくる。曲曲がり角の先にあったのは頑丈そうな鉄格子、そしてその奥には5人のプレイヤーがかなり広い石敷きの空間で亜人型のモンスターであるトーメンター系のモンスターと戦っているのが見える。

 

 

「良かった、まだ生きてる!!」

 

「安心するのはまだだ!!早くここから出さないと!!」

 

 

曲刀使いの仲間が生きていることは分かったが絶体絶命の状況である事には変わりない。彼らを隔てている鉄格子を力任せに揺すってみるがビクともしない。殴っても障壁が出ないことから〝破壊不能オブジェクト〟では無いのは分かるが、硬さ的にはほとんど変わらないだろう。

 

 

「鉄格子の開閉は!?」

 

「あそこだ!!」

 

 

曲刀使いが指差した先は広間の奥。そこには二メートルを超えるサイズのモンスターが佇んでいた。恐らく、あれがこのダンジョンのボスモンスターだろう。

 

 

「あのボスの後ろにそれらしいレバーがある!!だけど近づいたらボスが動き出すから……!!」

 

「中の奴らがボスに近づかねえと入らないのかよ!?」

 

「……ユナ、歌の準備!!おい!!聞こえるか!?こっちに来てくれ!!」

 

 

咄嗟の僕の指示にユナはリュートを装備し、中の5人は戸惑いながらも徐々にこちらによって来てくれる。モンスターに囲まれ、壁沿いを伝いながらの移動だったので時間はかかったが指示通りに鉄格子の前まで来てくれた。

 

 

「ユナ」

 

「任せて、エーくん」

 

 

僕の意図を呼んでくれたのか、ユナはリュートをかき鳴らして歌い始めた。気分を高揚させるような歌声がダンジョンに響き渡る。曲刀使いと中の5人はユナの意図をはかりかねて戸惑っている様子だったが、〝風林火山〟と〝ナイトオブナイツ〟は心当たりがあるのかもしかしてと呟いてユナの歌を聞いていた。

 

 

〝ジェイレウム〟で歌った時よりも伸びやかに、艶やかに、清らかに響き渡る歌声。ユナが歌い終えるとその場にいた全員のHPゲージの下に鮮やかな黄色に輝くアイコンが点灯する。

 

 

吟唱(チャント)〟による自動回復(リジェネ)のバフ。見る限りでは中の5人の実力は悪く無い。自動回復(リジェネ)のサポートがあるなら、モンスターを倒すもの難しく無いだろう。

 

 

自動回復(リジェネ)が続いている間にレバーを動かせ!!」

 

 

僕の声に従い5人はソードスキルを使い、ダメージを食らいながらもモンスターの殲滅に成功する。だが、モンスターがいなくなると何処からか新たなモンスターが現れた。恐らくはボスがいる限り湧き続ける無限湧き仕様なのだろう。それを理解しているのか5人は新しく湧いたモンスターを無視して奥にいるボス目掛けて突進し、4人がボスのタゲをとって気を引いて左側に誘導、残る1人がボスの視界に入らぬようにしながら壁に生えたレバーに飛びつき、ぶら下がるようにして引き下げる。

 

 

重々しい音と共に目の前の鉄格子が持ち上がる。全部開くまで待っていられないと、誰もが半分開いた時点で鉄格子を潜って広間に入る。

 

 

「退いてくれ!!殿は僕らがする!!」

 

 

この判断に異議を唱えるものは誰もいない。ボスの見た目は〝ルースレス・ワーダーチーフ〟と同じワーダーチーフ系のモンスターに見えるが初見である事には変わらない。その上、〝風林火山〟と〝ナイトオブナイツ〟のプレイヤーたちは攻略に参加しないで〝ジェイレウム〟に残っていた。つまり、攻略出来るような実力ではないかもしれないのだ。だから戦うのは下策、彼らを助け出してさっさと逃げる。

 

 

ボスと対峙していた5人はパリィでボスの体勢を崩すと一目散に逃げ出した。

 

 

「〝威嚇(こっちだ)〟!!」

 

 

すれ違い、ボスの前に立って僅かににじみ出ていた恐怖をかき消すように叫びながら〝威嚇〟のスキルを発動し、5人に向けられていたヘイトを自分に向けさせる。鉄仮面を被ったボスの固有名詞は〝フィーラル・ワーダーチーフ〟。間違いなく迷宮区で戦った〝ルースレス・ワーダーチーフ〟と同系統のモンスター。

 

 

手にした錆だらけの両手斧、鉄仮面から溢れる〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の呼吸、殺意に漲らせた眼光、すべてが怖くて堪らない。

 

 

だが、身体はまだ動く。手足の感覚はまだ残っている。

 

 

下を向くな、歯を食い縛れ。ウェーブさんから言われたように、闘志で恐怖を捻じ伏せろ。

 

 

「ガルルラァ!!」

 

 

高々と振り上げられた両手斧の一撃を、冷静に下がって躱す。目的が無くなったことで斧は石畳に深々と突き刺さり、〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の動きが一瞬だけ止まり、目の前に無防備な姿を晒す。

 

 

「ウォォォォォォォ!!!」

 

 

その両手斧を踏み台にしながら突進系のソードスキル〝レイジスパイク〟を発動し、片手剣を思いっきり〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の眼球に突き刺した。刀身の中程まで深々と突き立てられた事で〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の片目を奪う事に成功、眼球に剣を突き刺された痛みで顔を抑えてのたうち回る〝フィーラル・ワーダーチーフ〟。逃げるなら今しかないと判断し、〝フィーラル・ワーダーチーフ〟に背を向けて逃げようとし、

 

 

助けた5人と曲刀使いに背後から襲われている〝風林火山〟と〝ナイトオブナイツ〟、そしてユナの姿を見た。

 

 

 






中層プレイヤーも最前線に来ることは出来る。ただし完全な自己責任で。死んだとしても攻略組は一切責任を取りません。当たり前っちゃ当たり前。でも見捨てると風評が良くないので結局は助けたり助けなかったり。

ノーチラスが活躍しすぎ?〝血盟騎士団〟で一軍入りしていたのならこのくらいは普通普通。そもそも万が一に備えて団員の誰もが指揮官になれるように関連してるから、このくらいは出来て当たり前だという攻略組特有の思考。ここの攻略組じゃあ、ブラッキーもその気になればレイドパーティーを指揮出来るんだぜ?



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ディーヴァアンドナイト・10

 

 

「なんで……!?」

 

 

分からない、理解不能だった。錯乱しているのかと思いたかったが彼らの顔は嬉々としていて何処からどう見ても正気だった。しかも切られて倒れた彼らのHPゲージの下には麻痺を表すアイコンが点灯している。

 

 

麻痺毒を塗った武器、つまりはPKプレイヤーの常套手段だ。

 

 

それを理解したが離れ過ぎている上にトーメンターがやって来てどうも出来ない。トーメンターを可能な限り早く倒し、彼らの元に向かった時にはすでに6人はアイテムポーチを彼らから剥ぎ取って広間の出口に向かっているところだった。

 

 

「使って!!」

 

 

アイテムポーチから状態異常から回復出来る〝解除ポーション〟を取り出し、彼らの目の前に放る。本当なら飲ませてやりたいところだがトーメンターが新たに湧いてやってくるのでそうする暇が無い。

 

 

奴らが広間から出るのと同時に鉄格子が再び降りて閉じ込められる。そして、鉄格子越しからこちらを見てニヤニヤと笑っていた。

 

 

「MPKか!?」

 

「御名答!!」

 

 

奴らの目的が何かを理解すると、曲刀使いが笑いながら〝隠蔽〟で隠されていたギルドタグをーーー()()()()()()()のタグを見せつけてきた。それを見て最初に思いつくのはウェーブさんの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟だが、あのギルドは少数精鋭で顔もすでに攻略組では知られている。つまり、奴らは〝ラフィンコフィン〟。ウェーブさんのギルドを語る偽者たちだ。ここまでの案内で見せた姿も演技だったのだろう。完全に騙されてしまった。

 

 

「最近〝絶対正義(ジャッジメント)〟の見回りが厳しくなって中層じゃあ遊べないから最前線に来たけどよぉ、まさか〝風林火山〟と〝血盟騎士団〟を嵌められるなんてな!!」

 

「前に誘き寄せた奴らはあっさりくたばっちまったからな、長生きしてくれよ?」

 

「俺は10分に賭けるぜ!!」

 

「俺は15分!!」

 

「30分だ!!」

 

「大穴で1時間いってみようか!!」

 

 

ゲラゲラと耳障りな笑い声が聞こえてくる。人の生き死にを賭けの対象にしている奴らを見ていると怒りが湧いてくる……が、それと同時に恐怖も湧いてくる。自分ももしかしたらあぁなっていたかもしれないと。

 

 

僕にはユナという守りたいと思う存在が、ウェーブさんという憧れる存在がいた。もしもいなかったら、道を踏み外して奴らのようになっていた可能性もある。

 

 

「う、しろ……!!」

 

 

〝解除ポーション〟を飲もうとしていたユナが苦しげに訴えてきた。後ろと言われて思い当たる存在は一つしかない。振り返るのと同時に盾を構え、強い衝撃に僕は吹き飛ばされた。

 

 

「カハッ……!!」

 

 

壁まで吹き飛ばされて叩きつけられる。背中に強い衝撃を受けたせいで息が出来なくなる。HPはガード出来たおかげでグリーンだが、あと数ドット削られればイエローになるだろう。

 

 

僕を殴ったのは片目を潰された〝フィーラル・ワーダーチーフ〟だった。鉄仮面越しでも分かるほどに怒りを燃やし、目を奪った僕に報復しようとしている。両手斧を回収せずに素手で殴ってきた辺り、本気でキレていることが分かる。

 

 

「あーーー」

 

 

〝解除ポーション〟を飲んだとはいえ、回復まではラグがある。そこにやってきた〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と、HPが半分近く削られたという状況を理解した瞬間に、身体が動かなくなった。手足からは熱が逃げて感覚が無くなる。石化したかのように微動だにしないというのに、心臓の音だけが煩いくらいに聞こえてくる。

 

 

動け、動け、死にたくない、動け、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないーーー

 

 

燃やしていた闘志が死の恐怖に塗り潰される。〝風林火山〟のメンバーが、〝血盟騎士団〟の仲間が、そしてユナが死んでしまうというのに身体が動かない。

 

 

〝フィーラル・ワーダーチーフ〟は動けない僕を見て満足気に鼻を鳴らし、ユナたちを一瞥した。そして地面に突き刺された両手斧を回収する。

 

 

〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の意図が分かってしまった。あいつは、動けない僕の目の前でユナたちを殺そうとしている。〝解除ポーション〟の効果が出るより早く、トーメンターがみんなの手足に武器を突き立てているのがその証拠だ。

 

 

「あーーーあぁーーー」

 

 

死ぬ。このままでは彼らが、ユナが死んでしまう。守ると誓ったのに、現実世界に戻すと約束したのに。

 

 

この状況をどうにか出来るのは僕だけしかいない。それなのに身体は動かない。

 

 

「エー、くん……」

 

 

手足に武器を突き立てられね痛いはずなのに、ユナは僕を向いて小さく口を動かした。

 

 

逃げて、生きてと、自分が殺されるというのに僕のことを案じていた。

 

 

「あーーー」

 

 

ギチリと、何かが軋む音が聞こえた。

 

 

「ああーーー」

 

 

手足は冷たく、感覚が無い。火を入れろ、熱を燃やせ。燃やせる物が無いだと?ならば()()()()()

 

 

認めよう、確かに死ぬことは怖い。死にたく無いと思っている。剣を捨てて、鎧を脱いで、ゲームがクリアされるまで圏内に引きこもっていたい。

 

 

だけど、悲しむ彼女を見たく無かったから。怯える彼女を見たく無かったから。その恐怖に蓋をして、攻略組に参加した。

 

 

だって、僕は彼女のことが好きだから。惚れた人のそんな顔を見たく無かったから。

 

 

「あああーーー」

 

 

心臓の音が煩くなる。囃し立てている奴らの声など聞こえない。聞こえるのは心臓の音と、徐々に大きくなる軋む音だけ。

 

 

死にたくない死にたくない。戦うのが怖い、死ぬことが怖い。だけど、あぁ。それよりもーーー彼女を、ユナを()()()()()()()()()()!!

 

 

「アァァァァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」

 

 

身体が燃えるように熱くなり、動かなかった四肢が熱を取り戻す。その場から跳ね起きて、全てのセオリーを無視して〝威嚇〟を発動しながら両手斧を振り上げている〝フィーラル・ワーダーチーフ〟に目掛けて突進する。

 

 

タイミング的に間に合わなかったはずだった。だが〝威嚇〟によってヘイトがこちらに向けられたことで一瞬だけ間が出来る。そして、その一瞬だけあれば十分に間に合う。

 

 

「〝片手剣:ホリゾンタル・スクエア(くだばれ)〟……!!」

 

 

トーメンターの真ん中に飛び込んで範囲ソードスキルを叩き込む。殺すかどうかでは無くてただその場から退かすことだけに集中していたから殺せたかは分からない。そしてソードスキルの動作が終わる前に、無理やり盾で片手剣を殴ってソードスキルを強制的にキャンセルし、

 

 

「〝片手剣:レイジスパイク(そこをどけ)〟ぇぇぇぇ!!!」

 

 

跳躍しながら突進系ソードスキルを発動させ、ユナから僕にダーゲットを変えた〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の顔面に叩き込む。当たったのは鉄仮面だが、頭が揺れたのかたたらを踏みながら後退する。

 

 

「ーーー来いよ、僕が相手だ」

 

 

身体が燃えているのではと錯覚してしまうほどの熱量はそのまま、顔を抑える〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と、ユナを殺そうとした下手人と対峙する。

 

 

「彼女を、ユナを、絶対に殺させない……!!」

 

 

手足に武器を突き立てられて動けないユナの前に立ち、〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と新たに湧いてくるトーメンターたちに向かって吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー良い啖呵だぁ。一皮剥けたみたいだなぁ、ノーチラス」

 

 

その時、広間の出口から声が聞こえた。続く短い悲鳴に透き通った金属音。そして〝フィーラル・ワーダーチーフ〟とトーメンターたちに向かって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が投げられた。ある者は鉄格子で串刺しに、ある者は手足をぶつけられて吹き飛ぶ。〝フィーラル・ワーダーチーフ〟は腕で顔をカバーしてその場に踏み止まっていた。

 

 

声を聞かなくても、誰がこれをしたのか分かる。

 

 

「〝色合わせ:気配集中(ボスは任せろ)〟。お前たちは取り巻きを頼む」

 

 

〝フィーラル・ワーダーチーフ〟とトーメンターたちの意識が闖入者に引かれ、僕らのことを認識しなくなる。

 

 

「あぁ、それとだ……良くやったな」

 

 

すれ違いざまに、彼は僕の頭を撫でて前に出た。右手に刀を持ち、空いていた左手で腰に下げていた片手剣を引き抜く。靡く真紅のコートの背中には、()()()()()()()()が刻まれていた。

 

 

「ウェーブ、さん……!!」

 

 

攻略ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダー、ウェーブが、どうしようも無かった絶望的な場面で来てくれた。

 

 

 

 






助けを求めていたのは偽ラフコフ。中層じゃあ〝絶対正義(ジャッジメント)〟の監視が強くなって来たから最前線に来るというどうしようもないクソ野郎共。

ノーチラス、トラウマ克服。惚れた女の子が死にそうなら覚醒の一つや二つしてみせるのが男の子ってやつよ。

そして美味しいところを掻っ攫っていくウェーブ。別に狙っていた訳ではなく、ただ偽ラフコフの情報があって追いかけてたら出くわしたってだけ。

ボス戦?ウェーブが斬首して、ノーチラスたちがトーメンター殲滅して終わりだよ。



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ディーヴァアンドナイト・11

 

 

「……本当に良いのかな、ノーチラス君」

 

「はい、もう決めた事ですから」

 

「そうか……」

 

 

〝血盟騎士団〟の拠点の執務室で大型の机の上に何十枚も羊皮紙を重ねて、新たに勧誘するプレイヤーを検討していたヒースクリフ団長は僕の申し出に残念そうな顔をしながらもウインドウを操作した。そうする事で僕の視界に表示されていたギルドタグが消えて無くなる。

 

 

これで、僕は〝血盟騎士団〟から脱退した。

 

 

「FNCが緩和されたのだとしたら君にはウチにいて欲しかったのだがね。正直に言わせてもらうとパーティー一つを任せても良いと思えるくらいの将来性はあると思っていたのだが」

 

「ありがとうございます。それと、その言い方だとFNCが緩和されなかったらいらないと言っているように聞こえますけど?」

 

「ハッハッハ」

 

「ハッハッハ、じゃねぇよこの老け顔」

 

 

団長の反応に思わず口調が荒くなるが気持ちは分からないでもない。〝血盟騎士団〟は〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟程ではないが少数精鋭ギルドを目指していて、戦えないプレイヤーなど残しておく余裕が無いのだ。生産職ならまだ居場所があったのだろうが、僕のような戦闘職のプレイヤーでは残しても利益が無い、それなら新しいプレイヤーを勧誘した方が良い。

 

 

「それで、この後はどうするつもりだね?」

 

「はい、ユナ……幼馴染と一緒に他のギルドに入るつもりです。昨日、良かったら入らないかと誘われていたので」

 

 

あのフィールドダンジョンで〝ラフィンコフィン〟に嵌められ、MPKを仕掛けられた時に改めてユナに抱いている感情を認識した。僕がユナを守ると。そうなると〝血盟騎士団〟ではダメだと思ったのだ。確かにここにいても強くなれるが、それあくまで集団としての強さ。僕が求めているのは、僕1人で彼女を守れるような個人としての強さだ。

 

 

「差し支えなければ、そのギルドの名前を教えてくれないか?」

 

「ウェーブさんの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟です」

 

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の名前を出した途端、団長は机を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。顔に浮かんでいるのは驚愕。僕が誘われたからなのか、それとも僕が入ることを決めたからなのか。

 

 

「……君が決めたならば、私からは何も言わない。餞別だ、受け取ってくれ」

 

 

座り直した団長はウインドウを操作し、机の上に出した皮袋を差し出して来た。中身を確認すれば、〝治癒結晶〟や〝転移結晶〟などの結晶系のアイテムが詰め込まれている。

 

 

「そして最後に一言だけ言わせてくれ……強く、生きてくれ」

 

「なんでそんな不安になる言葉をくれるんですか!?」

 

 

目に憐れみの色を浮かべる団長の顔を見て、〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に入るのは間違いだったかと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室から出て、出会ったアスナ副団長にも脱退と〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に入る旨を伝えると団長と同じように強く生きてくれと言われてものすごい不安になった。なんで2人はあんなにピンポイントで不安になることを言ってくるのだろうか。

 

 

でも、もう決めたことだ。僕は強くなる。強くなって、ユナを守る。そう決めたんだ。

 

 

「お待たせ」

 

「終わったの?」

 

「うん……でも団長と副団長から強く生きてくれって言われた」

 

「どういうことなの……」

 

 

拠点の入り口でフードを被って待っていたユナに団長と副団長から言われた言葉を言うとやはり彼女も困惑した様子になった。

 

 

「どうする?嫌なら僕だけが入るけど」

 

「ううん、私も行くよ。エーくん1人だけじゃ私が不安だから」

 

「くっ……!!あぁ可愛いなぁもう!!」

 

「え、エーくん……!!」

 

「爆ぜろよ」

 

「砕けろ」

 

 

僕の身を案じてくれるユナの姿が可愛くて、思わず抱き締めて頬擦りまでする。ユナもユナで恥ずかしいが嫌がってはいないのか、弱々しい抵抗しかしてこない。拠点の入り口で見張りをしていた〝血盟騎士団〟の団員が呪詛を唱えているが無視する。

 

 

あのMPKから逃れて街に帰ってこれた時、僕はユナに自分の気持ちを伝えた。これから先に何があるのか分からないし、これ以上自分の気持ちに嘘をつきたくなかったから。一昔前にあったドラマのように、転移門広場で僕の思いを告げると、ユナは恥ずかしそうに顔をうつむかせながら、首を縦に振って肯定してくれた。

 

 

つまり、僕らは付き合う事になった。

 

 

それを見ていたプレイヤーたちは拍手や指笛を吹いて囃し立てるように祝ってくれた。中には爆弾片手に突進して来たプレイヤーもいるが、それはウェーブさんが金的を叩き込むという対男性用の即死技で処理してくれていた。その中に〝風林火山〟のリーダーらしき人物の顔もあった気がする。

 

 

「もう、エーくんってば」

 

「ごめんごめん。もう面倒な建前全部捨てて正直に生きる事にしたから。つまりユナが可愛いのが悪い」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

「もげろ」

 

「掘られろ、というか掘ってやろう」

 

「待て、流石にマジでヤろうとするなよ」

 

 

可愛い発言に照れているのか顔を真っ赤にしながら僕の胸を叩いてくるユナの姿にほっこりしながら、後ろから悍ましい会話が聞こえてくるのを全力でシャットダウンする。どういうわけか背後に……正確には尻に寒気を感じる。

 

 

「んじゃ、行こうか」

 

「もう……」

 

「俺のジャベリンを見てくれ、どう思う?」

 

「おう、その爪楊枝しまえよ」

 

 

ユナに背後で行われているであろう悍ましいやりとりを見せないように注意しながら、僕らは〝血盟騎士団〟の拠点を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、だよね?」

 

「そのはずだよ」

 

 

やって来たのは〝ジェイレウム〟にある酒場。ウェーブさんから〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に入るつもりがあるのなら今日中にここに来るように言われたのだけど……一言で言ってしまえば、そこは地獄絵図になっていた。

 

 

複数ある窓ガラスからは半裸になった男性プレイヤーたちが上半身を飛び出して干されている。偶々近くを通りかかった女性プレイヤーがその姿を見て、男性プレイヤーを黒鉄宮送りにするが、何故だかすぐに戻されて通路の片隅に積み上げられるという現象が起きていた。店の中からは控え目に言って大爆笑レベルの笑い声が聞こえてくる。

 

 

どうしよう、見なかった事にして帰りたい。

 

 

「一緒に行こう、エーくん……!!」

 

「うん……!!」

 

 

それでも入らないという選択肢はない。ユナの手を握って勇気付けてもらいながら、酒場の扉を開ける。中はアルコールの匂いが充満していて、プレイヤーもNPCも問わずに誰もが酔っ払っていた。ある者は両手に酒瓶を握って水の如く酒を飲みまくり、ある者は白眼をむいて口に酒瓶を詰め込まれて床に倒れている。〝風林火山〟のリーダーのクラインさんは何故か縛られて吊るされているし、〝ナイトオブナイツ〟のリーダーのディアベルさんは白眼をむいて鼻フックされた状態で酒樽に詰められていた。

 

 

外から見ても地獄絵図だったのに、中から見ても地獄絵図だった。

 

 

「お、来たな?」

 

「うにゅ〜?このひとらひがうぇぇふのいってひゃひとぉ?」

 

「腹パン!!」

 

「オボァ……」

 

 

店の奥でソファーに腰を下ろして、膝の上に〝射殺〟のシノンさんと〝鼠〟のアルゴさんを乗せたウェーブさんが飲み過ぎで呂律が回らなくなっている〝絶剣〟のユウキさんに腹パンしていた。腹部に強烈な一撃を貰ったことで、ユウキさんは女の子が出してはいけない声を出しながら白眼をむいて崩れ落ちる。それでも手に持っている酒瓶を手放していない。

 

 

床に転がるプレイヤーを踏み潰さないように蹴り飛ばしながらウェーブさんに近づく。近づいて分かったのだが、シノンさんとアルゴさんは満足そうな顔をして眠っていた。

 

 

「来たってことは入るってことで良いんだよな?」

 

「その前に聞かせてください。僕は、ユナを守れるほどに強くなれますか?」

 

「なれるかとか、なれないかとか、正直なところ関係無い。なりたいと思って望んだのだったらなるしか無いんだよ。俺がどう言ったところで、すべてはお前次第だ」

 

 

タバコの紫煙を吐き出しながら、ウェーブさんは初めて会った時みたいな事を言っていた。そう、ユナを守れるほど強くなるのも、ユナを守れないほど弱いままでいるのも、すべては僕次第なのだ。

 

 

ウェーブさんは、そう言っている。なら、僕が返す言葉も決まっている。

 

 

「「よろしくお願いします」」

 

 

決めたわけでも無いのに、ユナと一緒にウェーブさんに向かって頭を下げる。それをウェーブさんは満足気に見ていた。

 

 

「ようこそ、〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟に。お前たちを歓迎しよう」

 

「ウェルカム……!!ようこそ……!!地獄の一丁目へ……!!」

 

「そっちの子は女の子なの?だったらちょっとこっちに来て来て」

 

「え?あ、ちょ、エーくん……!!」

 

 

胸元が大きく開いた服装が特徴的な女性プレイヤーにユナが店の二階へ拐われてたが、僕は後ろから羽交い締めにされて酒瓶を口に突っ込まれたせいで追いかけることが出来なかった。

 

 

ここに来るの早まったかなぁと思ったが、数分後に始まったユナのファッションショーを見て何があってもついて行こうと決めた。

 

 

 






ノーチラス、ラフコフへと移籍。ヒスクリとアスナから強く生きろというありがたいお言葉をもらって、ユナと共にラフコフへ……

〝ジェイレウム〟の酒場が地獄絵図に成り果てるという事態。主犯はラフコフのリーダーらしい。

これで四十層は終わり。ユナ生存、ノーチラス悪堕ち無しという優しい世界。次はクリスマスイベントよ〜



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クリスマスの鎮魂歌
ホロウクリスマス


 

 

12月21日、後10日もあれば今年が終わる今日。最前線は四十九層まで進められていて、フロアボスの攻略に挑んでいた。

 

 

「来るぞぉぉ!!!」

 

 

四十九層フロアボスは〝ザ・フェニックス〟という名前の通り、人が想像しているような、赤い体毛で全長の半分はある長い尾と頭の立派な王冠のような鶏冠が特徴的な不死鳥だった。サイズはおおよそ4〜5メートル程度で、これまで戦ってきたボスモンスターと比べればそこまで大きくは無い中型のボスモンスター。飛行能力、特殊攻撃である真空波と高めの攻撃力が厄介だが、ボスとしては物足りないような性能。

 

 

高く飛び上がった〝ザ・フェニックス〟が翼を大きく振るって真空波を飛ばして来るがそれは〝血盟騎士団〟のタンクプレイヤーが壁となって受け止めてくれるので脅威にはならない。

 

 

真空波を放ち終わった隙をついて、シノンが小ぶりの矢を矢継ぎ早に飛ばして翼を穿つ。飛行能力の要である翼を傷つけられたことで〝ザ・フェニックス〟は地面に落ちる。

 

 

「チャンス来たよぉ!!」

 

「行くぞ!!畜生ども!!」

 

「ブヒィッ!!」

 

「ワンワン!!」

 

「ニャァァァ!!」

 

「パォォォン!!」

 

「ここは動物園かよ!!」

 

 

起き上がるまでの僅かな間に〝ザ・フェニックス〟に殺到するのはボクを始めとした敏捷を高めに振っているプレイヤーたち。シノンによって落とされ始めた時から動き出し、墜落する直前からソードスキルを〝ザ・フェニックス〟の尻尾と鶏冠に放つ。狙うのは尻尾と鶏冠の部位欠損。だがそれよりも早くにHPが削れてしまい、先に〝ザ・フェニックス〟の二本しかなかったHPゲージがゼロになった。

 

 

「ごめん!!殺した!!」

 

「超ごめんね!!」

 

「すんません許してください!!何でもしますから!!」

 

「ん?今何でもって言った?」

 

 

HPがゼロになればボス戦は終了なのだが、ボクらはHPをゼロにしてしまった事を謝りつつコントじみたやりとりをしながら〝ザ・フェニックス〟から離れ、そこから立ち昇る火柱を回避する。ボス部屋の天井まで届き、離れてもチラチラと肌が焼けるような熱量の火柱が収まった後、そこにはHPを全回復して無傷の〝ザ・フェニックス〟が佇んでいた。

 

 

〝ザ・フェニックス〟はその名前の通りに不死鳥だ。例え殺したとしても超火力の火柱で自分の身体を焼き尽くして復活する。それは事前にアルゴの調査で分かっていたことだし、尻尾と鶏冠を壊してしまえば復活しないという対処方も聞いていたので脅威では無かった。

 

 

だが、予想していたよりも〝ザ・フェニックス〟は柔らかかった。部位欠損を狙おうとしても〝ザ・フェニックス〟の耐久が低すぎるせいで尻尾と鶏冠が壊れるかどうかのところで先にHPがゼロになってしまう。なら時間を掛けたらどうかと思うが、〝ザ・フェニックス〟は〝自動回復(リジェネ)〟を持っているらしく、飛んで逃げられている間に溜めたダメージがすべて回復してしまうのだ。

 

 

さっきのキルで実に六度目の失敗になる。

 

 

「あぁもう柔らか過ぎィ!!」

 

「楽っちゃ楽なんだけど流石に飽きて来るわね」

 

 

対処方が分かっているのに、それをする前に死んでしまう〝ザ・フェニックス〟に苛立ちを覚えながらシノンがいる最後列まで退がる。この場にウェーブかヒースクリフがいれば即瞬殺してくれたのだろうが残念な事に2人はこの場に居ない。

 

 

ウェーブは最近また活動してきた偽の〝ラフィンコフィン〟をハンティングしてくるとサムズアップしながら言って中層を虱潰しに徘徊しているし、ヒースクリフは自分が居なくてもフロアボスくらい倒せるようにならないといけないと言って参加して居ない。

 

 

アスナがタンクプレイヤーを足場にして飛んでいる〝ザ・フェニックス〟を〝体術〟のソードスキルで叩き落として再びソードスキル祭りが始まっているが、おそらく今回も失敗するだろう。

 

 

「なぁシノン、次のアタックは俺1人にやらせてくれないか?」

 

 

キリトが片手剣を研いでいた砥石を投げ捨てながらシノンに提案してくる。今回のような飛行能力を持つフロアボスの指揮官は大体飛び道具を持っているシノンが担当している。だからシノンに提案したのだろう。

 

 

「いけるの?」

 

「やる」

 

「分かったわ。みんな!!次のアタックはキリト1人に任せるわよ!!」

 

「あいよ!!」

 

「ブヒィィイ!!」

 

「踏んで下さい!!」

 

「シノン俺だぁ!!ズドンしてくれぇ!!」

 

「変態湧き過ぎィ!!」

 

 

まともな返しを1人しかしていない辺り、攻略組のメンバーも中々いかれていると思うが良く考えてみればいつもの事だった。何かに秀でた人間はどこかおかしくなるように出来ているのだろうか?

 

 

「3カウントで行くわよ……3、2、1」

 

 

確認する事なくシノンが復活して再び飛んでいる〝ザ・フェニックス〟に向って先程と同じように矢継ぎ早に矢を飛ばす。数えられた数はおおよそ四十、〝ザ・フェニックス〟もリボーンを繰り返して学習しているのか回避行動が目に見えて向上している。

 

 

そして、シノンはそれを踏まえた上で矢を放つ。三十九本は回避されることが前提で放ち、本命である一本で的確に翼を穿つ。矢が当たったのと同時にキリトは墜落する〝ザ・フェニックス〟に向かい走り出して、

 

 

「ーーー〝OSS:クリムゾン・エンド(尾を斬る)〟」

 

 

OSS、オリジナルソードスキルという既存のものでは無いキリトだけの片手剣ソードスキルの9連撃で〝ザ・フェニックス〟の尻尾を斬る事に成功する。しかしこの段階で〝ザ・フェニックス〟のHPは二本目の半分まで削れている。どうやって鶏冠を壊すかと思ったら、

 

 

「ふんーーー!!」

 

 

キリトは片手剣を口に咥えて〝ザ・フェニックス〟の頭に手を伸ばして、()()()()()()()()()()()()。確かにキリトの筋力なら出来ない事も無いだろうが、躊躇いもなしにやるとは思わなかった。引き千切られた部位からは血が噴き出していて、キリトは全身血塗れになっている。

 

 

だが、これで〝ザ・フェニックス〟の不死性は失われた。

 

 

そのままキリトが〝ザ・フェニックス〟の首を斬って、呆気ない終わりだが四十九層のフロアボス攻略は完了した。誰もがフロアボス攻略を犠牲者無しで終えたことを喜び、そして〝転移結晶〟を使って四十九層の主街区に帰っていく。普通ならこのまま転移門のアクティベートに向かうのだが、この次の階層は五十層。つまり、二十五層と同じように一区切りとして何かあるのでは無いかと警戒しているのだ。

 

 

五十層の攻略は年が明けてから開始すると攻略組は決めていて、それまでの間は各々自由に過ごすように言われている。ダラダラと休むもよし、武器を強化するもよし、レベリングするもよしと完全な自由時間となっている。

 

 

「やっと終わったわね」

 

「お疲れ〜強くは無いけど面倒だったね」

 

「ボスの性能にカーディナルの悪意を感じるわ」

 

「ファッキューカーディナル」

 

 

シノンと一緒に上に向って中指を突き立てる事を忘れない。最近のカーディナルは何か企んでいるのか、四十五層から今回まで〝ザ・フェニックス〟のような条件付きの不死性が備わっているフロアボスが配置されていたのだ。どれも事前情報が揃っていて対処出来る程のものだったが、下手をすれば何も出来ずに壊滅していた恐れもある。

 

 

「あ、キリトもお疲れ〜」

 

「ん……あぁ、お疲れ」

 

 

キリトはLAボーナスらしき黒い片手剣を何度か振るった後、それだけ言って〝転移結晶〟を砕いて去ってしまった。

 

 

「やっぱりおかしいね」

 

「えぇ」

 

 

どうもここ数ヶ月キリトの様子がおかしい。ある時期からキリトはフロアボス攻略を成功させても全く喜ばす、あんな風に淡々とした態度を取るようになったのだ。それに最前線や、そこに近い階層で1人でレベリングしているのを見かける事もある。以前のキリトならアスナ辺り連れて行ってた筈なのに1人で黙々とレベリングをする姿には鬼気迫るものを感じた。

 

 

「何かあったのかな?」

 

「そうだとしても私たちに出来ることは何も無いわよ。頼られたのなら話は別だけど」

 

 

シノンの対応はドライのように見えて、正しいものだ。人には踏み入られたくない部分があって、恐らくキリトのあの無茶な行動はそこから起因するものだろう。

 

 

でも放っておくと取り返しのつかない事になりそうで怖い。今日にでもウェーブに相談しよう。

 

 

「どうしたの?早く帰ってクリスマスパーティーの準備するわよ」

 

「あ〜!!待って待って!!」

 

 

ともあれ、あと3日でクリスマスイブを迎える。去年のクリスマスは誰もが攻略に集中していてそんな事をする余裕が無かったが、今年はそれを楽しむだけの余裕がある。アインクラッドで行われるクリスマス、それを楽しみにしないわけがない。

 

 

この世界で出来た新しい仲間と一緒に、素敵なクリスマスを迎えたいと願う。

 

 

 






〝ザ・フェニックス〟とかいう不死性持ちのフロアボス。尻尾と鶏冠を壊さない限り何度でも復活する。なお、HPが二本しかないのに紙装甲で、尻尾と鶏冠を壊す前に死ぬように調整されていたとしか思えない。戦犯は間違いなくカーディナル。

ヒスクリは育成の為に、ウェーブはラフコフハンティングの為に攻略はお休み。そして攻略も年が明けるまでは準備期間という名のお休み。まぁ前回が前回だったからハーフポイントを訝しんで当たり前。


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ホロウクリスマス・2

 

 

「最近、ウェーブの帰りが遅い気がする」

 

 

クリスマスに向けての準備をしていると、突然にユウキがそんな事を言い出した。

 

 

四十九層フロアボス攻略が完了した事で攻略組の活動は一時的に休止する事になっている。その間の活動は各々自由だと言われたので、私たち〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は25日までは休んでそれからレベリングや装備の強化をすると決めている。

 

 

「どうせ偽の〝ラフィンコフィン〟でもハンティングに行ってるんじゃないの?」

 

「それでも前は夜には帰ってたじゃん?最近は顔合わせてないんだけど?」

 

「……確かにそうね」

 

 

四十層辺りで〝ラフィンコフィン〟の活動が確認された時にもウェーブはハンティングをしていたが、その時は遅くても午後7時までには帰ってきて朝早くに出るというサイクルだった。しかし最近は帰ってきた痕跡だけ残して姿を見せていない。

 

 

「シュピーゲルは何か聞いてる?」

 

「全然。〝ラフィンコフィン〟ハンティングを頑張ってるくらいしか知らないな」

 

「ノーチラスは?」

 

「僕も知らないです。ユナは?」

 

「ごめん、私も知らない」

 

 

シュピーゲルに、四十層攻略後に入ってきたノーチラスとユナにも聞くが知らないと返された。まぁ、確かにウェーブがやっているであろう事を考えれば隠したくなるのもわかるが少しはこっちを安心させて欲しい。

 

 

ウェーブがやっているのは文字通りにハンティングなのだろう。つまり、〝ラフィンコフィン〟のメンバーを捕まえて黒鉄宮に送るのでは無くて殺す事。〝ラフィンコフィン〟のせいで受けた風評被害を考えればウェーブが怒ってそうすることなど簡単に想像が出来る。SAO内で、殺しという手段で受けた風評被害だから、ウェーブは殺しという手段を取っているのだろう。リアルでは陰口には陰口で、暴力には暴力でとハンムラビ法典に則った対応をしていたから。

 

 

まだ付き合いの浅いシュピーゲルたちは想像もつかないだろうが、リアルからの付き合いがあった私とユウキ、SAO攻略初期から交友があったアルゴとストレア辺りなら私と同じ考えに辿り着くだろう。

 

 

SAO内で死んだ人間はリアルでも死ぬ。その中でウェーブが〝ラフィンコフィン〟の誰かを殺せばそいつがリアルでも死ぬ事になるのだが、私たちはそれを何とも思わない。彼が殺したということはそうしなければいけないと考えたからだろう。被害に合う中層下層プレイヤーの為ではなく、似た名前で要らない悪評を付けられる私たちの為に。それを批判するだなんて私たちが出来るはずがない。私たちの為に、彼は手を血で汚しているのだから。

 

 

ウェーブのお祖父様とお義母様の教育により、彼は殺す事に対して精神的負担を感じなくなっている。だから私たちはいつもと変わらずに接してやれば良い。

 

 

かつて、私がそうされたように。

 

 

「そういえばキリトさんの様子もおかしいですよね?〝血盟騎士団〟のメンバーから聞いたんですけど最前線のフィールドで無茶苦茶なレベリングをしていたって言ってました」

 

「それってネームドボスハンティング?」

 

「ネームドボスハンティングと比べるとマトモなレベリングじゃないかな?」

 

「比較対象がおかしいだけですから」

 

「まぁ確かにおかしいわよね。昨日だってフロアボス攻略の時に1人でアタックさせてくれなんて言ってたし」

 

「気になってLAボーナス誰が取ったか調べてみたら四十層以降は全部キリトが取ってたよ」

 

 

確かに最近のキリトはおかしい。攻略の動きこそは邪魔をしていないが積極的にLAボーナスを狙いに行っている。ノーチラスの話が本当ならウェーブのネームドボスハンティング程じゃないが無茶苦茶なレベリングをやっている。様子が怪しいなとは前から思っていたが表面化してきたのは四十層辺りからだ。

 

 

「アルゴがいたら教えてくれたんだろうけどな……」

 

「クリスマスイベントで駆け回ってるから仕方ないわね」

 

 

アルゴはここ最近、拠点にしている宿屋に戻らずにストレアを連れて各階層を駆けずり回っている。その理由はとあるイベントでNPCからもたらされた情報だ。

 

 

クリスマスイベントで現れるボスが蘇生アイテムをドロップする。

 

 

SAO内には蘇生アイテムは存在しない。β版ではあったかもしれないのだが、製品版になってから蘇生アイテムの存在は確認されておらず、この情報で初めて蘇生アイテムの存在が確認されたのだ。死ねば終わりのデスゲームで蘇生アイテムがあると言われて反応しない者はいない。攻略組だけでなく、中層下層プレイヤーまでこの蘇生アイテムを求めている。だがイベントボスともなれば強さは最低でもフロアボスクラスだと考えられ、中層下層プレイヤーでは蘇生アイテムを得る為に犠牲者を出すかもしれないと二の足を踏んでいる。中には犠牲を出しても蘇生アイテムが欲しいと考えるプレイヤーも現れるかもしれないがそれは自己責任だ。

 

 

攻略組で蘇生アイテム確保に動いているのは〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟の二つ。間違いなくどちらかのギルドが蘇生アイテムを手に入れるだろう。〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟では死ななければ良いという結論が出ているので蘇生アイテムにはそんなに興味が無かったりする。

 

 

「メッセージによれば今日辺り帰ってこれそうだってさ」

 

「なら温かい料理を用意しておかないといけないわね」

 

「ねぇシノン。今〝料理〟スキルの熟練度は?」

 

「先週でようやく900行ったわ」

 

「900!?」

 

「まだ私400台なのに……」

 

「大丈夫、僕が付き合うから」

 

「エーくん……」

 

「シュピーゲル、塩」

 

「あ、僕は爆弾で」

 

「シノンはともかくユウキはなんで爆発させようとするのさ」

 

「よく言うじゃん?リア充爆発しろって」

 

「やだ、この子怖い」

 

 

ノーチラスとユナがいちゃつき始め、私とシノンがそれにイラついて、シュピーゲルが諌めようとする。ふざけているように見えながらもクリスマスの準備の手を止めない。

 

 

何せ2年ぶりのクリスマスなのだ。去年は攻略が忙しくてする暇が無かったが、今年はクリスマスを祝う余裕がある。

 

 

「ふぅ……媚薬の調合が出来たわよ」

 

「頼んでたミニスカサンタの衣装が完成したってさ」

 

「おっと?2人ともウェーブさんを誘惑するつもりだな?」

 

「なんか恐ろしい事が聞こえた気がするけどただいまー!!」

 

 

ウェーブが帰ってきたので調合した媚薬をアイテムボックスにしまい、ユウキは服屋からのメッセージが出ていたウインドウを手刀で叩き割る。証拠は残っていない。バレることは無い。大丈夫、慌てなければクリスマスで……!!

 

 

「うぃーす」

 

 

そして帰って来たウェーブは、話題に上がっていたキリトを米俵のように肩に担いでいた。

 

 

「……波キリ?」

 

「ウェーブさん……!!あんたロリコンだけじゃなくて男の娘スキーに……!!」

 

「ユウキ、シュピーゲル、正座」

 

 

とりあえずいらないことを言ったユウキとシュピーゲルには合掌しておこう。

 

 

 






波キリとかいう誰得カップリング。ウェーブの属性に男の娘スキーとかいうパワーワードが追加されることはありません。

そしてさらりとユウキチとシノノンが媚薬とミニスカサンタコスを準備している……何か企んでいるな?



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ホロウクリスマス・3

 

 

「で、なんでキリト連れて帰ったのを見て波キリなんていう悍ましい言葉と男の娘スキーとかいうパワーワードが出て来たんだ?」

 

「お、重い……!!」

 

「痛い痛い痛い痛い……!!」

 

 

四十九層でレベリングをしていたキリトに呼び出されて〝決闘(デュエル)〟をし、終わった途端にキリトが倒れたので借りている宿屋に連れて帰ったらユウキとシュピーゲルに不名誉な呼ばれ方をしたので現在罰を下しているところである。

 

 

キリトはベッドに投げ捨て、ユウキには四つん這いにさせてその上に座り、シュピーゲルには片手でアイアンクローをしている。

 

 

「おら気張れや、座り心地が悪いぞ」

 

「ひゃん!?」

 

 

ユウキが俺の体重を支えきれなくなって震えて来たので喝を入れる為に尻を叩く。セクハラ?リアルじゃお仕置きでよくやってたからセーフセーフ。

 

 

「ね、寝てるキリトを持ち帰ったから……!!」

 

「ロ、ロリコン、キチガイ、ホモと様々な呼ばれ方をしているウェーブさんに男の娘スキーの称号を与えようと……!!」

 

「倍プッシュだ……!!」

 

「ヒギィッ!?」

 

「グワァ……!!」

 

 

アイテムボックスから両手剣を取り出して質量を増やしてユウキの負荷を増やし、力をさらに込めてシュピーゲルに与える痛みを増やしてやる。

 

 

ロリコン、キチガイ、ホモ……攻略組じゃあ俺は色んな呼ばれ方をしている。ロリコンはユウキとシノンとアルゴを連れているから、キチガイはいつもの言動から、ホモはPoHに狙われているからだろう。どれも揶揄い半分だし、事実なので否定しないで逆に開き直っていたら定着してしまったのだ。これなら厨二チックな呼ばれ方をされている方がまだマシだ。

 

 

まぁ、そういう呼ばれ方はあるにはあるんだけど。

 

 

「で、実際はどうなのよ?まさか本気で波キリとかじゃないでしょうね?」

 

「その悍ましいパワーワードは止めてくれ……!!あれだ、どうもキリトはここ最近無茶なレベリングしていたみたいでな、疲れが溜まってぶっ倒れたんだよ。フィールドで会ったしそのままにしておく訳にもいかなかったんで連れて帰ったんだ。OK?」

 

「オ、オーケぇ……!!」

 

「衆道は認めない……ッ!!」

 

「ねぇって言ってんだろうがぁ!!」

 

「ンンッ!?」

 

 

顔が青くなって来たシュピーゲルを投げ捨て、違うと言っているのに俺がホモであるとした上で否定してくるユウキの尻をさっきよりも強めに叩く。叩いてから気がついた。なんかユウキの息が荒くなってる。さっき出した声もどこか艶っぽかったし。

 

 

「ユ、ユウキちゃん、大丈夫?」

 

「な、なんかね……痛みが気持ち良くなってきた……!!」

 

「ペンペンぺんっと」

 

「気持ち良さを通り越してただ痛いィッ!?」

 

「気持ち良く感じさせない痛みの出し方なんて把握済みなんだよ。ドMな知人から拷問してくれと頼まれてイラっとしたから精神崩壊寸前まで拷問してやった事があるからな」

 

「もう何を突っ込んだらいいのか分からないんですけど!?」

 

 

危うくユウキを新しい世界に踏み入れさせるところだった。そんなことをしたらユウキの両親に合わせる顔が無い。適当に罰を与えたところで気は晴れたので立ち上がってソファーに腰を下ろす。俺が退いたことでユウキは床に五体投地で倒れているが、その顔はどこか不満そうだった……踏み入れて無いんだよな?

 

 

「ただいまぁ……」

 

「疲れタァ……」

 

 

ユウキが新しい世界に踏み入れたかどうかを考えているとアルゴとストレアが帰ってきた。クリスマスイベントの情報を集める為にアインクラッド中を探していたせいか2人の顔には疲れ切っている。だからなのか、アルゴとストレアはろくに確認もしないで俺が座っているソファーに倒れこんできた。2人の頭が俺の膝の上に乗る。

 

 

「お疲れさん。もう少しで飯が出来るから休んどけ」

 

「あう〜……」

 

「情報の整理しないと……」

 

「手伝うから後回しにしろ。疲れて作業しても纏まらないぞ」

 

 

片手でストレアの頭を撫でながら、もう片手でウインドウを操作しようとしているアルゴの手を止める。今日は22日で、クリスマスイベントがあるとすれば24日か25日かのどちらかだろう。アルゴが早く情報を纏めたいのは分かるが流石に疲労困憊な状況でそれをさせる訳にはいかない。

 

 

前に放置してたら完全にラリってる状態で情報を纏めていたからな。

 

 

「見なさいシュピーゲル、あれが出来る男がする飴と鞭よ」

 

「さっきまで鬼畜だったのに今じゃ頼れるお兄さんに……!!」

 

「凄いなウェーブさんは……」

 

「むぅ……エーくんは私だけを見てよ」

 

「ユナ……」

 

「さて、岩塩はっと」

 

「おっと、2人に投げるつもりだな?」

 

「楽しそうだな、お前ら」

 

 

ノーチラスとユナがいちゃつき始めるとユウキとシノンがそれに反応して、シュピーゲルがそれを止めるというのが最近の流れになっている。見ていて飽きない、あと楽しそうだから混ぜて欲しい。

 

 

「そう言えばユイちゃんはどうしているの?まさか放置してるとかしていないわよね?そうだったらズドンするわ」

 

「エギルのところで預けてるってさ。しかもエギルの店を手伝ってるって話だ。なんでも時期が時期だからサンタ衣装で売り子させてるって言ってだぞ。そのおかげで売り上げが数十倍に跳ね上がってウハウハだとか」

 

「相変わらずエギルさんの無双っぷりがヤバイな」

 

「ていうかユイちゃんがサンタ衣装着ただけで売り上げが数十倍になるって……」

 

 

まぁユイはプレイヤーにとっての癒しだから仕方がない。攻略組に関わっていると頭のネジが外れてぶっ飛んでしまう奴しかいなくなるのだが、ユイは変わらずに純粋なままなのだ。その純粋さから汚れていることを自覚しているプレイヤーは浄化されて悶え苦しみ、ユイコンとかいう宗教に目覚めるんだとか。

 

 

俺は悶え苦しむことは無いのだが、会うたびにおじさんと呼んでくるのは勘弁して欲しい。俺はまだ26だ。おじさんでは無い。

 

 

「ご飯できたわよ」

 

「良し、飯にするか。シュピーゲル、キリト起こしてくれ」

 

「アイアイサー」

 

 

このままユイについての話を掘り下げると俺の心にダメージが入りかねないのでシノンの発言で切り替える事にする。クリスマスイベントについてキリトにも話さないといけないしな。

 

 

 






ユウキチ、新しい世界に踏み込みそうになる。ウェーブはセーフと思ってるけど側から見たらほとんどアウトっていう……

大天使エギル、天使ユイにゃんにサンタコスをさせて無双する。流石は大天使と言う他ない。



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ホロウクリスマス・4

 

 

夢を見ている。VRMMOであるSAOで夢なんて見られないと思っていたが脳は活動しているからなのか、あの日の夢を見ていた。

 

 

半年前、俺は武器の素材となるアイテムを集める為に最前線から離れたフロアの迷宮区に潜っていた。アスナにも告げずに1人で来ていたが、ベータテスターとしての知識を活かしたスタートダッシュと強引なレベリングで最前線でもソロで活動できる俺にとっては危険は全くなかった。この時点ではウェーブの方がレベルが上だったはずだがあいつはキチガイだから除外する。なんだよ、ネームドボスハンティングって。

 

 

2時間程かけて必要数集めたので帰ろうと出口に向かっていると、モンスターの群れに追われているパーティーに遭遇した。基本的にソロで活動している俺だがバランスの悪いパーティーだと思った。5人編成の内、前衛役は盾とメイスを装備した男1人だけ。あとは短剣持ちのシーフ型が1人に棍使いが1人、長槍が2人でメイス使いのHPが減ってもスイッチしてカバーが出来るプレイヤーがいなかった。最前線なら攻撃を回避し続けることで盾が無くてもカバーが出来る避けタンクなどもいるが、プレイヤースキルを見る限りはそれだけの技量があるとは思えなかった。

 

 

残りのHPから逃げ切れるだけの余裕はありそうだったが他のモンスターの群れを引っ掛けるなどのイレギュラーがあれば簡単に全滅するだろうと予想が出来た。なので、俺は迷わず助けに行った。数は多いとはいえ、さっきまで作業で狩り続けていたモンスターだ。パーティーに手を貸すことを告げて、ソードスキルでモンスターを一掃する。

 

 

助けたパーティーからは大層感謝された。そしてリーダーと思われるプレイヤーがお礼でも言おうとしたのか近づいて来て、俺の顔を見て驚愕していた。攻略組で名前と顔を知られているので俺のことが分かって驚いたのだろう。咄嗟にカーソルの色が変わらぬ程度の腹パンをして黙らせ、他のパーティーにも静かにするように指示して街まで引き返した。

 

 

街に戻って改めてお礼を言われ、彼らは自己紹介をして来た。なんでも彼らはリアルで同じ高校のパソコン研究会のメンバーらしく、〝月夜の黒猫団〟というギルドを立ち上げたと、礼と言われて連れていかれた酒場で言っていた。いつかは自分たちも攻略組に参加するんだと、ワインを飲みながら顔を赤らめた〝月夜の黒猫団〟のリーダーのケイタは言っていた。

 

 

俺は、それに対して無理だと言った。

 

 

〝月夜の黒猫団〟が良いギルドなのはわかる。リアルで同じ高校だったからか連携は取れているし、出会った時には追われていたものの自分たちのレベルに合ったレベリングをしている。

 

 

だが、決定的とも言えるほどに覚悟が足りていなかった。

 

 

彼らは優しすぎる。攻略組に参加するなら、最低でも死んでも殺してやるという覚悟と仲間が死んでも攻略を続けてやるという覚悟が必要だ。優しすぎる彼らはそのどちらも持っていない。彼らの誰かが死ねば、それで彼らは足を止めてしまうだろう。

 

 

それが悪い事ではないと分かっているが、少なくとも攻略組に参加する条件を満たしていないことは確かだった。それに本気で攻略組を目指しているのならば攻略組に参加しているギルドに入れば良い。このメンバーで活動することは少なくなるかもしれないが、そうすれば最低限の心構えとプレイヤースキルが身につけられる。

 

 

それを指摘するとケイタは苦笑していた。それは分かっている、どうしても攻略組に参加して、みんなで現実に帰りたいんだと酔いながらもしっかりと言っていた。他のメンバーの顔を見ても同調するように頷いていて、唯一紅一点のサチだけが躊躇い気味だったがそれでも頷いていた。

 

 

それを見て彼らの意思が堅いことを知り、それならば好きなだけやらせてみようと判断して俺は〝月夜の黒猫団〟のサポーター的なポジションにつく事にした。

 

 

パーティー構成には口を出さずに効率的な狩場を案内したり、プレイヤースキルを上げるために戦闘での立ち回り方を教えたりするだけ。戦闘には基本的には手を出さずに、誰かのHPがレッドゾーンに入った時に盾役に入って、回復したらすぐに引っ込む。大したことをやっていると思わなかったが、それでも彼らは俺の存在を感謝してくれた。

 

 

〝月夜の黒猫団〟が俺からの指導を受けた事で破竹の勢いで強くなっている中で、長槍を使っていたがタンクの関係上で盾持ち片手剣に転向したサチは伸び悩んでいた。VRMMOというジャンルである以上、戦闘する際に重要なのはステータスよりも恐怖に耐えて踏みとどまる胆力になる。大人しく怖がりな性格のサチではとても前衛に向いているように思えなかったが、スキルの低さを理由に片手剣士に転向する事になったのだ。〝月夜の黒猫団〟のパーティー構成を考えれば盾持ちが増えることは歓迎する事だが、明らかに人選を間違えているように思えた。

 

 

俺を含めた誰もがこればかりは慣れるしかないと考えていたがサチはそう思わなったらしい。足を引っ張っていると思い込み、しかし誰にも打ち明ける事が出来ずに溜め込み続け、ある日姿を消したのだ。

 

 

メンバーリストで位置を確認が出来ないので迷宮区にいるのではないかとケイタたちは思い込み、大騒ぎとなった。そんなケイタたちを腹パンして落ち着かせ、日中のレベリングを理由にして彼らを宿に止まらせて〝追跡〟のスキルでサチの足取りを辿る事にした。仮にサチが迷宮区にいるにしても、全員で行くよりもステータスが高い俺1人で向かった方が早く着くと考えたから。

 

 

しかしそんな予想に反して、サチの足取りは主街区の外れにある水路の中に消えていた。そしてサチは暗闇の中で、手に入れたばかりの隠蔽能力付きのマントを羽織って蹲っていた。リアルではコミュ障でボッチだった俺だが、俺の足音に反応して上げたサチの顔が精神的に追い詰められているのは目に見えて分かった。

 

 

そんなサチにどう言えば良いのか分からずに戸惑っていると、サチは胸の内を明かしてくれた。

 

 

死ぬのが怖いと、なんでこんな事になったのかと、なんでゲームから出られないのかと、なんでゲームなのに本当に死ななければならないのかと、こんなことをして茅場晶彦に何の得があるのかと、こんな事に何の意味があるのかと。

 

 

その質問に俺は何と答えたのか思い出せない。サチの質問は今でも鮮明に思い出せるというのに、自分が何と言ったのか少しも思い出せないのだ。しかし、サチはその答えを聞いて涙を流しながら俺の手を取って立ち上がってくれた。

 

 

そこから〝月夜の黒猫団〟の勢いは少し落ち着いたものになった。宿屋に戻ってサチが胸の内をケイタたちに打ち明け、それを聞いたケイタたちが済まなかったと土下座したからだ。ギルドのことを考えればケイタたちの判断は間違っていない、だがそれはメンバーのことを考えていない判断だったと、サチの気持ちを考えていなかったと床を割らんばかりの勢いでケイタは頭を下げて謝罪していた。

 

 

サチはその謝罪を受け入れた。その上で片手剣士を目指すと宣言し、ゆっくりとだが着実に片手剣士として成長していった。

 

 

そして地下水路の夜から一ヶ月足らずで、〝月夜の黒猫団〟は壊滅した。

 

 

事の発端はギルドハウス向けの小さな一軒家を買うための資金があと僅かで貯まるという段階になった事だった。いつも狩場にしている階層では一度では届かず、少し無茶をして階層を上げれば一度で貯まるという様な金額で彼らは階層を上げる事に決めた。

 

 

向かった先の迷宮区は稼ぎこそは良いがトラップ多発地帯であり、それを先に伝えていたのでシーフ役のメンバーが忙しそうにしていたが順調に狩りを行う事が出来た。

 

 

そして半日ほどで目標金額を稼ぎ、帰ろうとしたところで宝箱を見つけた。トラップの事を予め伝えていたのでシーフ役のメンバーが〝看破〟でトラップの有無を確認し、判明したトラップを解除した時だった。

 

 

アラームトラップがけたたましく鳴り響き、三つあった部屋の入り口からモンスターが雪崩れ込んできたのだ。

 

 

ダブルトラップーーートラップを解除する事でトラップが発動するという二重仕掛けのトラップだと気が付き、〝転移結晶〟を使えと叫んだ。誰もがそれに従ってアイテムポーチから〝転移結晶〟を取り出して使おうとしたが、〝転移結晶〟は発動しなかった。この辺り一帯は〝結晶無効空間〟に設定されていたのだ。

 

 

レベル差があるとはいえモンスターの量が多すぎて捌けない。鳴り響いてモンスターを集めている宝箱を壊さないとモンスターは際限無く集まってくると判断してそうするように指示を出した。しかし〝月夜の黒猫団〟は怒涛の勢いで攻め寄せてくるモンスターを前にして完全に恐慌状態に陥っていた。いくら叫んでも指示を聞かず、怯えて武器を振り回すだけ。戦えるような状態ではなかった。

 

 

そんな中で、まず先にシーフ役のメンバーが死んだ。四方八方からモンスターに襲われて、なすすべも無く。

 

 

次にメイサーと槍使いが死んだ。シーフが死んだ事で出来た動揺を突かれて腕を斬り落とされて、嬲り殺された。

 

 

残っているのはケイタとサチだけ。その理由は2人とも盾を装備していたからだがそう長く持たないことは目に見えていた。せめて2人だけでも助けようと、強引にソードスキルを発動させながら2人の元に向かう。後一歩、後少しで2人を助けられるとソードスキルの硬直を片手剣を殴る事で無理やり解除してーーー横合いから、モンスターに突進されて吹き飛ばされた。

 

 

突進の衝撃に唖然としながら、手を2人に伸ばす。だがその手は2人に届くことは無く、そのままケイタとサチのHPはゼロになった。

 

 

そこから先のことは覚えていない。気が付いたらHPは赤くなっていて、足元には大量のモンスターの死体と砕けた宝箱があった。

 

 

客観的に見たら、誰が悪いというわけじゃないだろう。ダブルトラップなんて攻略組でも対処出来る者は少なく、〝結晶無効空間〟なんて完全に予想外だ。強いて言うなら運が悪かったと言うしかない。

 

 

だが、俺は自分が悪いと考えた。俺がもっと強ければ、あのモンスターの群れを簡単に薙ぎ払えるくらいに強ければ、誰もが死ななかったかもしれない、誰か生き残らせる事が出来たかもしれない。

 

 

そこから俺は無茶苦茶なレベリングを始めた。ウェーブに頼んで、何度も何度も〝決闘(デュエル)〟を申し込んだ。あの時よりも確実に強くなっていると言う自覚はある。だが、それでも足りなかった。そして〝月夜の黒猫団〟が壊滅してから約半年経った12月の頭にある情報が流れた。

 

 

ニコラスの大袋の中には、命尽きた者の魂を呼び戻す神器さえも隠されていると。

 

 

魂を呼び戻すというワードからそれは蘇生アイテムでは無いかと考えられた。そしてニコラスと言えばセイントニコラス……つまりサンタクロースでは無いかとと考えられて、クリスマスに蘇生アイテムをドロップするイベントボスが現れるのでは無いかと考えられた。

 

 

それを聞いた時、俺はケイタとサチの最後を思い出した。届かなくても伸ばした手の先で、2人の口元が動いている光景を。

 

 

それはきっと罵声罵倒だろう。攻略組に参加しておきながら、偉そうな事を言っておきながら、誰も守れなかった俺に対する呪詛に違いない。俺はそれを聞かなくてはならない。2人が最後の瞬間に、何と言ったのか知らなくてはならない。

 

 

だから俺は蘇生アイテムを求めるーーー例え、誰かを殺したとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーーー」

 

「ん……」

 

 

声が聞こえたような気がして目を覚ます。どうやら無茶苦茶なレベリングをした後にウェーブに〝決闘(デュエル)〟を挑み、気絶したらしい。ここ最近はまともに眠っていなかったのが原因だろう。目は霞み、激しい頭痛が襲っている。

 

 

そうして数秒かけてなんとか目の霞みを治して目に映ったのは、

 

 

「ーーーあ、起きました?」

 

 

こちらを覗き込んでいるせいでドアップになっている〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のシュピーゲルの顔だった。

 

 

反射的に目潰しをした俺は悪くない。

 

 

 






キリト視点からの黒猫壊滅。原作と違って攻略組だってバレてるから原作よりも黒猫は強化されてたり。だけど数の暴力に負けて壊滅。

原作じゃあケイタは生き残って自殺したけどここじゃあ一緒に死にました。一人ぼっちは寂しいもんな……

なんかキリトがバージル鬼兄ちゃんみたいになってる……だけどあの頃のキリトならもっと力を……!!的な事を言っても違和感無いんだよな。



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ホロウクリスマス・5

 

 

「おい、目覚めから何やってるんだよ」

 

「目を覚まして男の顔がドアップであったら目潰しするだろ?俺は悪くない」

 

「目がッ!!目がぁぁぁぁッ!!」

 

 

キリトを起こさせたシュピーゲルが目を抑えながらのたうち回っている。シュピーゲルがキリトを起こすために近づいた瞬間にキリトが目を覚まし、躊躇い無しに目潰しを叩き込んだのだ。圏内であるためにダメージこそ発生していないが痛覚はあるのでシュピーゲルは目潰しされた痛みで転げ回っているわけだ。

 

 

「男から押し倒されてるだけだろうが。処女か?処女なのか?」

 

「お前は俺を男として見ないつもりだな?良し分かった、表に出ろよ」

 

 

笑顔で額に青筋を浮かべるという器用な事をやっているキリトが外を指差すが、その時にキリトの顔スレスレを矢が通り過ぎて行った。そしてその矢はのたうち回っていたシュピーゲルの頭に突き刺さる。

 

 

「料理が冷めるから喧嘩するなら終わってからにしてくれないかしら?」

 

「アッハイ」

 

「おうシノン、シュピーゲルにトドメ刺した事について一言」

 

「そこにいたのが悪い」

 

 

それだけ言ってシノンは去っていった。キリトもそれに着いて行き、頭に矢が刺さったシュピーゲルに合掌してから俺も2人の跡を追う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……何か久しぶりにまともな飯食った気がする」

 

「まぁ温かいってだけで飯はかなり美味くなるからな」

 

 

クリスマスの準備がしたいからと部屋から追い出された俺とキリトは酒場に来ていた。キリトは頼んだ果実酒をチビチビと飲み、俺は蒸留酒を飲みながらアルゴが集めたクリスマスイベントの情報を纏めている。本当なら食後にアルゴと一緒にまとめる予定だったのだが飯を食って腹が膨れた事で限界を迎えたらしく、集めて来た情報を俺に手渡すとそのまま倒れて眠ったのだ。幸いにアルゴの手伝いで何度か情報の纏めをした事があるので俺1人でもどうにかなる。

 

 

アルゴが集めた情報によるとイベントボスの名前は〝背教者ニコラス〟。タイプは人型、サイズは見上げる程と書いてあるので恐らく中型から大型くらい。頭陀袋と斧を持っていて、〝背教者ニコラス〟の鐘の音は新たな背教者を呼び寄せるとある。取り巻きか、新しい〝背教者ニコラス〟を召喚するのだろう。強さ的には四十九層のフロアボスと変わらないとあるが、聞いた話によれば四十九層のフロアボスは特殊な強さのボスだったので参考にはならないだろう。だが〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟なら問題無く処理出来ると思われる。

 

 

「……なぁ、ウェーブ」

 

「どうした?酔って男でも誘いたくなったのか?」

 

「殺すぞ……クリスマスイベントの情報を売ってくれないか?」

 

 

キリトの一言で情報を纏めていた手を止める。投影していたウインドウ越しにキリトを見れば、その目は危うく光り輝き、何かを決心していた。

 

 

「……目的は蘇生アイテムか?誰を生き返らせるつもりだ?」

 

「……半年前、俺が面倒を見ていたギルドのプレイヤーだ」

 

 

そしてキリトはポツリポツリと話し始めた。半年前に攻略組を目指すと奮闘していたギルドをキリトがアドバイザーを務めていて、ダブルトラップでモンスターに襲われて死亡したと。自分がもっと強かったらそのギルドは壊滅しなくても、誰かを生き残る事ができたのではないかと。ギルドのリーダーとメンバーの1人が死に間際に言っていた言葉を知るために蘇生アイテムを求めていると。

 

 

それを聞いてようやくキリトが危険度外視のレベリングを続けている理由が、俺にひたすら〝決闘(デュエル)〟を挑んでいる理由が分かった。

 

 

要するにキリトは罰を受けたがっているのだ。客観的に見れば誰が悪いという訳ではないがキリトは自分が悪いと思い込んでいる。だから自分を罰して欲しいと死ぬかもしれないレベリングをしたり、死んだそのギルドのプレイヤーを生き返らせようとしているのだろう。

 

 

それに関して俺からは何も言えない。キリトの思いは勘違いも甚だしいところだが、キリト本人がそうだと思い込んでしまっているからキリト本人にとってはそれが真実なのだ。そう自己完結してしまっているので近い立場であるとはいえ俺が何を言ったところでキリトは変わらないし、聞く耳を持たないだろう。

 

 

「誰と行くつもりだ?」

 

「1人で行く。俺が1人でやらなきゃ意味が無いんだ……」

 

「そうか……」

 

 

キリトは自己完結してしまっていて、外から何を言っても変わることは無い。故に変わるのなら中から変わらなければならない。そう判断して、俺はクリスマスイベントについての情報を簡潔に纏めた羊皮紙をキリトに渡した。

 

 

本当なら俺はキリトを止めなければならなかったのだろう。キリトよりも長生きしている人間として、キリトがやっていることの無意味さを説かねばならなかったのだろう。

 

 

だけど俺はそれをしない。これはキリトが乗り越えるべき問題なのだから、俺はそれを後押しするだけだ。良識ある人間の判断では無いと罵倒されるだろうが俺は自他共に認めるキチガイなのだ、良識ある人間の判断を求められても困る。

 

 

「イベントボスと出現場所にイベント開始の予想時間が纏めてある。遅くても明日の昼には公開される情報だ。値引きしておいてやるよ」

 

「金取るのかよ」

 

「タダで情報渡すとアルゴに怒られるからな。何、ここの飲み代を出してくれたらそれで良いから」

 

「……ウェーブ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

残っていた果実酒を飲み干すとキリトはコルをテーブルの上に置いて、羊皮紙を片手に酒場から出て行った。予想されているイベント開始は24日から25日の48時間。今日が22日なのでそう多く時間は残されていない。レベリングしに行ったか、宿屋で休息を取るつもりだろう。

 

 

俺はキリトがこの問題を乗り越えて立ち直ることを期待している。だが、そのためには他のプレイヤーという障害が立ち塞がっている。蘇生アイテムという価値の付けようの無いアイテムを求めて多くのプレイヤーがやって来るのは目に見えている。キリトがこの問題を乗り越えるためには他のプレイヤーが邪魔になる。

 

 

「さて、やれるだけやってみるかね」

 

 

キリトに土下座をされて、〝決闘(デュエル)〟をして欲しいと懇願されたあの日から俺はキリトが問題を乗り越えるまで力になると決めている。

 

 

残っていた蒸留酒を一気に飲み干し、ウインドウを操作を始めた。

 

 

 





シュピーゲルの扱いが雑?ラフコフじゃあこれが普通だから問題無い。

ここにきてキリトがようやくウェーブに暴露する。それを聞いたウェーブは止めないでむしろ背中を押すことを選択。キチガイの中では比較的常識人枠とはいえ、キチガイには変わりないのだ。つまりキリトが死んだらウェーブのせいってことになる。



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ホロウクリスマス・6

 

 

12月23日午後11時30分。雪化粧がされた三十五層のフィールドダンジョン〝迷いの森〟で俺は厚手の防寒具を着て酒を愛でながらキリトを待っていた。このダンジョンはよくRPGであるようなランダムテレポートが組み込まれていて、そしてその一角にはモミの木が生えている。モミの木はクリスマスツリーで使われる木で、現在解放されている階層で確認できたモミの木がここだけだったので〝背教者ニコラス〟はここで出現するだろうと予想されているのだ。

 

 

そして、俺がいる背後にはそのモミの木のエリアへのワープポイントがある。

 

 

「もう無くなったか」

 

 

空になった酒瓶を投げ捨ててアイテムボックスから新しい酒を取り出す。一番乗りはキリトだろうと思って三時間前からここを陣取っているのだがまだ誰も来ない。集団行動故にどうしても足が遅くなるギルドは兎も角、ソロで活動しているキリトはもう来ても良い頃だと思うのだが……

 

 

「ウェーブ……」

 

「やっと来たか」

 

 

瓶の中身を半分ほど開けたところでキリトがやって来て、そしてその後ろから数人が追ってきている。恐らくは〝風林火山〟だろう。クラインはキリトのことを気にしていたから。

 

 

「レベルは幾つになった?」

 

「80になった」

 

「装備は?」

 

「メンテ済みだ」

 

「アイテム」

 

「結晶もポーションも揃えてある」

 

「覚悟は?」

 

「……出来てる」

 

 

キリトの目と、背中に()()()()()()が担がれているのを見て、その場からずれてワープポイントへの道を開ける。

 

 

「最後に一つだけ。死にたがるのは良いが、お前の事を思ってくれている奴らがいる事を忘れるなよ」

 

「……」

 

「ついでにもう一つ、お前が死んだら〝キリトちゃん写真集〜私、こんなの初めて……〜〟をアインクラッド中にばら撒いてからリアルでお前の墓前に供えてやるからな」

 

「じゃあ俺が生きて帰ってきたらその写真集捨てろよ」

 

「生きて帰ってきたら、な」

 

 

俺が親指を下に突き立て、キリトが中指を立てる。そしてキリトはワープポイントに踏み込み、モミの木があるエリアに移動した。

 

 

それから数十秒遅れて10人程の集団がやって来た。やって来たのは予想していた通りに〝風林火山〟。全力でキリトを追いかけて来たのか誰も息を切らせている。

 

 

「ウェーブ、キリトは!?」

 

「モミの木のエリアに行ったぞ」

 

「クソ……ッ!!」

 

 

追いつけなかった事に苛立たしげに舌打ちをして、クラインがワープポイントに向かって歩き出した。キリトを追いかけて説得でもするつもりだろう。クラインはSAO開始時からキリトと知り合いらしく、キリトの事を気にかけている節があった。だからキリトがやろうとしている事を止めさせようとしているのだろう。

 

 

「……何のつもりだ?」

 

「見ての通りだけど?」

 

 

それをクラインの足元に短剣を投擲する事で止める。クラインの気持ちは分からないでもない、だがキリトがやろうとしている事にクラインは邪魔なのだ。ならキリトの力になる事を決めている俺がクラインを止めるのは当然の事だ。

 

 

「手前、キリトを殺したいのか!?」

 

「死んでほしくないとは思っているさ。だけど、キリトの力になるって決めてるから止めるだけだ」

 

 

それにキリトはああ見えて結構追い詰められている。誰かがプレッシャーを掛けた訳ではなくて自分が自分に掛けたプレッシャーで精神的に一杯一杯なのだ。

 

 

それこそ、邪魔をするならクラインでも殺す事を躊躇わない程に。

 

 

「……ああクソッ!!ウェーブ、キリトに勝機はあるのか?」

 

「レベルは80って言ってた。それに加えてキリトの反応速度があれば倒せない敵じゃない。でも楽勝って言える程に弱い敵でも無いから辛勝ってところかな」

 

「80……そうか、キリトの奴そんなになるまで追い詰めてたんだな……」

 

「気が付かなくてもしょうがない。俺も理由を知ったのは昨日だったし。あの手の問題をアルゴは商品として扱わないからな」

 

 

〝鼠〟と呼ばれて情報を売り買いしているアルゴだがそれでも超えてはいけない線という物を引いている。キリトの件はそれに当たっていたらしく、俺が聞いても口を閉ざして語ろうとしなかったからな。

 

 

無論、アルゴが知っているのはキリトの件だけでは無い。他にも様々な()()()()()()を知っていて、それを誰にも打ち明けずに1人で溜め込んで苦しんでいる。だから少しでも楽になればと思いスキンシップをとるようにしているのだが……助けになれているのだろうか?

 

 

「帰ってきたら心配かけた罰だと熱烈なキスでもしてやれ。勿論マウストゥーマウスでな」

 

「キリクラ……いやクラキリか!?」

 

「その発想は無かった」

 

「波キリだけでは無かったと言うことか……!!」

 

「貴腐人ギルドに伝えろ!!良いネタが入ったとな!!」

 

「クライン、一言どうぞ」

 

「手前ら全員正座な」

 

 

クラインとキリトの掛け算で過剰に反応する〝風林火山〟のメンバーをクラインが刀を抜いて追いかけ回す。それを見て当然のように逃げ出すのだが捕まり、1人1人頭突きをされる。HPが減ってないのとクラインのカーソルがグリーンのままの辺り手加減はしているらしい。

 

 

そして11時45分、クリスマスイベントまで残り15分のところで招かれざる客がやって来た。

 

 

「おい、来たぞ」

 

 

大人数が来ている気配を感じとり、最近カンストした〝索敵〟でどこのギルドが来ているのかを調べる。マップにはプレイヤーを表すアイコンが数多く点滅しており、中層プレイヤーのギルドタグが複数表示されていた。

 

 

昨日キリトが帰ってからヒースクリフとディアベルにコンタクトを取り、キリトが後悔から蘇生アイテムを狙っているとだけ伝えた。そこから何をどう連想したかは知らないが、2人の口から〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟はクリスマスイベントには参加しないと言質を貰えた。攻略組繋がりでキリトの様子がおかしい事を知っていたから2人はクリスマスイベントの参加を止めてくれたのだろう。その代償に幾らか面倒を押し付けられることになったが。

 

 

マップに映るギルドタグはバラバラで統一性が無いように見える。その中で俺が知っているギルドタグは三つ。一つはレアアイテムの為なら犯罪行為も辞さないという〝聖竜連合〟、一つは攻略組から除籍されたキバオウたち〝アインクラッド解放隊〟が複数の中層ギルドを取り込んで作った〝アインクラッド解放軍〟、そして一つはタナカが率いている〝絶対正義(ジャッジメント)〟だった。

 

 

人数は凡そ300人くらいか。よくここまで集められたなと感心する反面、ドロップした蘇生アイテムはどこのギルドが取るのか考えているのかと呆れてしまう。そもそもイベントボスが四十九層のフロアボス並みの強さだと知っているはずなのに中層ギルドで倒せると考えているのだろうか?もしそうだとしたら呆れるを通り越して心配になってしまう。

 

 

「〝聖竜連合〟に〝アインクラッド解放軍〟、〝絶対正義(ジャッジメント)〟にその他色々……名前付けるなら中層ギルド連合ってとこか?」

 

「全部中層ギルドじゃねえか……下手すりゃあ蘇生アイテム手に入れる前に死人出るぞ」

 

 

クラインの言葉を無視しながら残っていた瓶の中身をすべて飲み干す。そしてそのタイミングで丁度奴らがやって来る。武器は抜いているが警戒している様子は見られない。数が多いからと慢心しているのだろう。

 

 

「イベントボスに挑むつもりがないのならそこを退け。邪魔をすると言うなら……」

 

 

〝聖竜連合〟のリーダーと思われるプレイヤーが一歩前に出て、高圧的な態度でそう言って剣を構えた。俺は兎も角〝風林火山〟の顔は知られているはずなのにこの態度が取れるという事は俺たちを相手にしても勝てると思っているのだろう。まぁその気持ちは分からないでも無い。俺たちよりも向こうの方が数が多い。十倍以上の戦力差があれば威張り散らしたくなるだろう。

 

 

「ーーーハッ」

 

 

可笑しくて鼻で笑ってしまう。数で質を凌駕出来ると考えているのが可笑しくてたまらない。

 

 

それに、俺はそもそも邪魔をするためにここにいるのだ。

 

 

さらに言わせて貰えば、見えている者だけしかいないと思っているところか。

 

 

「おう、出番だぞ」

 

 

着ていた防寒具を脱ぎ捨てるーーー俺に抱き付いているミニスカサンタコスのユウキとシノン、ストレアの姿が露わになった。

 

 

「うにゅ〜?」

 

「寒っ……」

 

「ん〜出番なの〜?」

 

 

寝ていたのか目をこすりながら2人は武器を抜いて立ち上がる。2人の顔は真っ赤で、目が据わっているのを見てクラインが憐れみのこもった目で俺を見ている。これが終わったら目潰ししておこう。

 

 

「おいでませサンタ仮面……!!」

 

「ーーー愛と勇気のサンタ仮面一号!!」

 

「ーーー力と技のサンタ仮面二号!!」

 

「ーーー金と酒と女のサンタ仮面三号!!」

 

 

フィンガースナップとともに現れたのは顔の上半分を隠す仮面を付けたヒースクリフとディアベルとPoHの3人。俺だけでは中層プレイヤーを止めるのは難しいと考えて3人に頼んだのだ。了承して貰えたのだが溜め込んでいた酒がほとんど持って行かれたのは痛かったな。

 

 

「ここから先に行きたかったら俺たちを倒してみろよ」

 

 

そう言いながら〝聖竜連合〟のリーダーに空になった瓶を投げつけ、砕ける音をゴングがわりにして中層プレイヤーたちの集団に突進した。

 

 

 






キリトの邪魔をさせないためにミニスカサンタコスして酔っ払ってるユウキチとシノノンとストレア、それにサンタ仮面とかいう雑な変装のヒスクリとディアベルはんとPoHニキ参戦。

なんだろう、凄い色物集団なのに凄い安心する。



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ホロウクリスマス・7

 

 

「ふぅ……」

 

 

24日になってから一時間後。息を吐き出しながら、両手を無くしHPをゼロにして倒れるサンタ姿の〝背教者ニコラス〟を見下す。その隣には〝背教者ニコラス〟が呼び出したサンタ姿のトナカイが二匹倒れていて、こちらも〝背教者ニコラス〟と同じようにHPがゼロになっている。

 

 

〝背教者ニコラス〟は結果だけ言えば強敵だった。〝ザ・フェニックス〟と違いHPはイベントボス用なのか十本バーが用意されていて高攻撃力、その上自分の体制も考えずに振り回すように頭陀袋と斧を滅茶苦茶に振り回してくるので面倒な敵ではあった。

 

 

だけど、ウェーブよりも遥かに弱い。ただHPが多いだけ、攻撃力が高いだけのボスなんて彼の足元にも及ばない。HPが半分になった時に鐘を取り出して新たな背教者を呼ぼうとしたのでわざと見逃した。その結果、一対三になったけど、それでも勝ちを確信出来る程度のものでしか無かった。

 

 

LAボーナス、MVPボーナスを流し読みし、ドロップアイテムの項目に目を通す。そして目的のアイテムを見つけた。〝還魂の聖晶石〟、見たことも聞いたこともないアイテム。これが蘇生アイテムだと一目見て確信出来た。

 

 

ウインドウを操作して実体化させた〝還魂の聖晶石〟は卵よりも大きな、そして七色に輝く美しい宝石。これで生き返らせる事が出来ると逸る気持ちを抑えながら、震える手でアイテムの使い方を表示してくれるヘルプを操作する。

 

 

【このアイテムをポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して〝蘇生:プレイヤー名〟と発生することで、対象プレイヤーが死亡してからアバターが完全に消滅するまでの間ならば、対象プレイヤーを蘇生させることが出来ます】

 

 

「はーーー」

 

 

説明文を読んで思わず乾いた笑いが出てしまった。アバターが完全に消滅するまで。それが〝還魂の聖晶石〟の使用リミット。SAO内ではモンスターが死んでも五分程死体は残り、プレイヤーも同じ時間死体を残してポリゴンになって消滅する。

 

 

つまり、過去に死んだプレイヤーは生き返らないと言っていた。

 

 

〝還魂の聖晶石〟を雪の上に叩きつけて、何度も踏みつけた。何度も、何度も踏みつけるが〝還魂の聖晶石〟は割れるどころかヒビの入る気配すら見せない。そして叫んだ。サチを、ケイタを、〝月夜の黒猫団〟の誰も生き返らせることが出来ないという事実を認めたくなかって、涙が出ないのに泣き叫んでいた。

 

 

何分、何十分そうしていたか分からない。だけどもうここにいる意味は無いと〝還魂の聖晶石〟を拾い上げてこの場から立ち去る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワープした先では、百を超えるプレイヤーたちが地面に倒れて呻いていた。誰もがHPはグリーンだが手足をへし折られていて身動きが取れなくなっている。明らかに動けないように手足を折られるだけで、加減されているとわかる。

 

 

その中心ではウェーブがプレイヤーを積み上げて作った山の上で酒を飲みながら座り、そんなウェーブに寄り添うようにミニスカサンタ姿のユウキとシノンとストレアが眠っている。更にその周りにはクラインを始めとした〝風林火山〟のプレイヤーたちが死に体で転がっていた。誰ものカーソルはオレンジ……つまり、〝決闘(デュエル)〟を介さないでこれだけのプレイヤーを相手に手加減をして戦ったのだろう。

 

 

「よう、どうだった?」

 

「……駄目だったよ」

 

 

アイテムボックスから入手した〝還魂の聖晶石〟三つをすべて取り出してウェーブに投げ渡す。俺には不要な物だがウェーブに取ってこれから必要になるかもしれない。これまでのお礼には充分だろう。

 

 

「いつか、あんたが言った通りだったな」

 

 

あれは蘇生アイテムの噂が出始めた頃か。ウェーブは蘇生アイテムの話を聞いてそんな都合の良いアイテムは無いと断言していた。そもそも死んだプレイヤーを生き返らせたとしても、リアルの身体が死んでいるかもしれない。ゲーム内だけで生き返っても、それは生き返ったと言えるのかと言っていた。やるならば何か条件付きの蘇生では無いかと予想していたが、言っていた通りに時間制限付きだった。

 

 

ウェーブは俺を見て何か言いたそうにして何も言わなかった。

 

 

クラインは俺を見て何か言いたそうにしていたが息絶え絶えで何も言えなかった。

 

 

それを見て居た堪れなくなって、俺は逃げる様にその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこをどう歩いたのか分からないが、気がついたら四十九層の借りていた宿屋にいて朝になっていた。季節が冬な為か、朝になっているのに僅かに明るいだけ。

 

 

蘇生アイテムで〝月夜の黒猫団〟を生き返らせるという目的を失った俺は呆然としていた。このままでは攻略組にいても迷惑になるだろう。それならばいっそ自殺でもしてしまおうかと考えたが、ウェーブが言っていた俺のことを思ってくれている奴らがいると言う言葉を思い出して躊躇ってしまった。

 

 

何もやる気が起きないからと呆然としていると、時計の針が7時を指して時報を鳴らす。そして時報に紛れるように聞き慣れないアラームが耳に届いた。視界の端にウインドウを開くことを催促するマーカーが点滅しており、俺は機械的に指を振る。

 

 

光っているのはアイテムボックス中の〝月夜の黒猫団〟のギルドメンバー共通タブ。〝月夜の黒猫団〟が壊滅してから手を付けていない共通タブの中に、無かったはずの〝録音結晶〟が現れていたのだ。

 

 

それを取り出し、明滅するクリスタルに触れる。

 

 

『あーあー、テステス、マイクのテスト中……良し、大丈夫だな』

 

 

そこから聞こえてきたのはケイタの声だった。

 

 

『ねぇケイタ、本当に2人だけで良かったの?』

 

『全員で話してたら時間オーバーするからな』

 

 

そして、サチの声も聞こえてきた。

 

 

『えっと……キリトへ。これを聞いているってことは私たちは死んでると思います。なんで分かるのかって?だって、これは〝月夜の黒猫団〟のみんなが死んでしまった時の為にって残していたクリスタルだからです』

 

『これを残した理由についてだけど……多分、俺たちは長くは生きられないと思ったから。別にキリトのアドバイスが悪いとか、俺たちが弱いとか、そう言うのじゃなくてだな……キリトと戦って気がついたんだよ。この世界で生きていく為には力があるだけじゃ駄目だって、生きてやるって気持ちが無くっちゃ駄目だって』

 

『だって、キリトってば簡単に倒せるはずのモンスターなのに真剣に、全力で挑んでいたから。油断も慢心もしないで殺してでも生きてやるって感じて……ああ、これが攻略組と私たちの違いかって気がついちゃったんだ』

 

『俺たちはデスゲームなんて嘘だって考えて生きてた。でも、キリトたちはデスゲームが本当だって考えてた生きてた。最初にキリトに会った時に俺たちは攻略組は無理だって言われてムッとなったけど、キリトを見てそれは正しかったんだと思ったよ』

 

『だから、いつ死んでも良いようにメッセージを残す事にしたんだ。多分、ちっぽけなミスして死んでるんじゃないかなぁって思ったり。で、キリトの事だからそれは自分のせいだって責めて責めて、自分が許せないって思ってるんじゃないか?』

 

『ふふっ……そうね、1人が好きだって言ってる癖に責任感のあるキリトだからそう考えてると思うわ。だから、私たちが言ってあげる』

 

『キリト、お前は悪くない。当然俺たちも悪くない。ただ、間が悪かっただけだ』

 

『だから自分のことを責めるのは止めて』

 

『ちなみにこれをクリスマスにセットした理由は、クリスマスパーティーで酒を飲みながらこれを聞いて笑い話にするつもりだったからだ。その時の俺たちこんなことを考えてたのかよ〜って、笑い話にしたかったんだ』

 

『死んじゃったら笑い話にならないと思うんだけど……』

 

『……あ〜無し無し!!これってリセット出来るのかな?』

 

『確かリセット出来なかったと思うけど……』

 

『……うん、このまま進めよう!!まぁ、俺たちが何が言いたいのかって言うとだな……ありがとう、キリト。俺たちと一緒に居てくれて。お前に出会えたから、俺たちはその事に気がつくことが出来たんだ』

 

『私が怖がって水路に逃げちゃった事、覚えてる?あの時、追いかけて来たキリトに向かって凄い失礼なことを聞いちゃったよね?普通なら答えられないような、差し当たりの無い答えになりそうな質問。でも、キリトはそんな質問を真剣に考えて答えてくれたね。考えがまとまらなかったのかメチャクチャな言い方だったけど、凄く嬉しかったです。ありがとう、キリト』

 

『……まだ録音出来てるの?凄いなコレ』

 

『どうしよう……』

 

『そうだ、折角だから歌でも歌うか?クリスマスソングでもパァっとさ』

 

『えっ!?わ、私〝赤鼻のトナカイ〟くらいしか知らないんだけど……!?』

 

『それで良いじゃん!!思いっきりアレンジ効かせてさ!!って言っても俺も歌詞覚えてるのそれくらいしか無いんだよな……』

 

 

落ち込むケイタの声から数秒して、他のメンバーたちの声も聞こえて来た。そして〝月夜の黒猫団〟による〝赤鼻のトナカイ〟が始まる。途中でケイタが言っていた通りにそれぞれが思い思いにアレンジを効かせているせいで、ほとんど原曲が残っていなかった。音程はグチャグチャで、歌詞を間違えてしまい慌てて歌い直したりと、〝赤鼻のトナカイ〟は名前だけになっていた。

 

 

でも、それでも、〝記録結晶〟の中の彼らは楽しそうに歌っていた。

 

 

『メリークリスマス。ありがとう、キリト。俺たちと戦ってくれて』

 

『私たちが死んでも生きて、このゲームを終わらせてね』

 

 

そこで、〝記録結晶〟の録音は終わっていた。

 

 

 






蘇生アイテムのドロップが三つに増えました。なお、生き返らせたいプレイヤーは蘇生出来ない。

中層ギルド連合VS色物キチガイ集団。勝者色物キチガイ集団。勝てるわけがないんだよなぁ……

黒猫からキリトへのメリークリスマス。親身になってくれたキリトを怨んでるわけないんだよ。



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ホロウクリスマス・8



学戦都市アスタリスク……星辰力……星辰光……英雄がヴェンデッタ……うっ、頭が


 

 

「……寝すぎた」

 

 

朝をとうの昔に過ぎ去って昼間としか言えない時間帯になって目を覚ます。横になっていたソファーから身体を起こして周りを見れば酒瓶が散乱し、寄せて引っ付けた二つのベッドの上ではユウキとシノンとストレアが掛け布団を跳ね除けてミニスカサンタの姿のままで眠っている。3人共ミニスカサンタ衣装を着ているのに中途半端に着崩れして事後を思わせる格好になっているので妙にエロさを感じる。その姿を見て湧き上がりそうになった獣欲を捩じ伏せ、掛け布団を掛けて中身の入っていた瓶に口をつける。

 

 

「あ゛〜……頭イテェ……」

 

 

SAOに入って初めての二日酔いに頭を抑える。頭痛に苛まれながらも昨日あったことを思い出す。300人程の中層ギルドの集団を相手に無双して、カーソルがオレンジになったので酔い潰れて眠っていた3人を連れてそのままのテンションで贖罪クエストを即効でクリアして、それで終わらせてから四十九層に戻って宿屋を借りた。間違いは起きていない、完全に事後に見える格好の3人だったが間違いは犯していない……はずだ。

 

 

「さて、キリトはどうなったかね」

 

 

呼吸を整えてある程度頭痛を緩和させたところで思うのはイベントボスを1人で倒し、生き返らせたいプレイヤーを生き返らせることが出来ない事実を突き付けられたキリトの事だった。蘇生アイテムで蘇らせるという目的を失ったキリトは下手をすれば自殺しかねない。一応警告はしたのでするとは思えないが自殺じみた行動を取ることも考えられる。今ここでキリトを死なせるわけにいかないので、そうならないように俺が取れる手段は限られてくる。

 

 

一つは洗脳的な手段でキリトの精神を弄ってしまう事。やれなくは無いし、出来なくは無いが俺がやりたく無いと考えているので却下する。

 

 

一つは代わりになる様な者を用意する事。今回のキリトの行動は〝月夜の黒猫団〟というギルドを死なせてしまった事から始まっている。それならばそのギルドの代わりになる様な存在の人間を用意してやれば良い。候補としてはアスナが良いだろう。クラインやユイもいるのだがクラインは良くて兄貴分、ユイは妹分でしか無い。だがアスナならばそれ以上の、男女の関係になることが出来る。そういう存在が出来ればそれが楔になり、そうやすやすと死ぬ事を考えなくなるだろう。それにキリアス推奨派の俺からすればそうなれば万々歳だ。

 

 

手っ取り早くキリトとアスナをくっ付けるためにはどうしたら良いかを考えていると、電子音がなってメッセージを知らせる。ウインドウを開いて確認すれば、それはキリトからのメッセージだった。

 

 

内容は簡潔に、起きていたら四十九層の転移門広場に来て欲しいというもの。それに了解の返事を出して、未だに気持ちよさそうに眠っている3人を起こさぬ様に気をつけながら部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月になって天候操作がされているのか、外は寒い上に5センチ程の雪が積もっていた。雪が積もっていることに少しワクワクする反面、足跡が残ったり足を取られたりして戦い辛いなと考えながら転移門広場に向かうとそこにはNPCとプレイヤーが点々としていて、キリトは転移門も近くに立っていた。

 

 

「よう」

 

「来たか」

 

 

片手を上げながら挨拶をすると、キリトは昨日までの焦燥を感じさせない落ち着いた雰囲気で出迎えてくれた。昨日の別れ際の時の事を考えるとまだ荒れていてもおかしく無いと思っていたのだが……一晩でキリトを変える何かがあったらしい。

 

 

「もう良いのか?」

 

「……あぁ。今日の朝に黒猫団のみんなから時限起動アイテムが送られてさ、みんなありがとうって、生きてこのゲームを終わらせてくれってさ……」

 

「そうか……」

 

 

アイテムポーチからタバコを出して火を着ける。〝月夜の黒猫団〟がどんな思いを込めてキリトへアイテムを送ったのか分からないが、少なくともキリトが良い方向へと変わった事は確かだ。考えて見れば至極当然のことかもしれない。キリトがあぁなった理由が〝月夜の黒猫団〟の事だとしたら、そんなキリトを救えるのも〝月夜の黒猫団〟しか居ないのだから。

 

 

ともあれ、これでキリトの心配はしなくても良いだろう。だがキリアスはいずれ実現させる。

 

 

「んで、呼んだのはそれだけか?」

 

「約束しただろ?俺が生きて帰って来たら写真集捨てるって。捨てろよ……いや、俺に寄越せ。処分するから」

 

「チッ、覚えていやがったか」

 

 

有耶無耶になって忘れてくれれば良いものをキリトは目敏く覚えていたらしい。アイテムボックスから〝キリトちゃん写真集〜私、こんなの初めて……〜〟を取り出してキリトに渡す。それをキリトはアイテムボックスにしまい、俺が持っている本を見て硬直していた。

 

 

「……おい、ウェーブ。それはなんだ?」

 

「〝キリトちゃん写真集そのにっ〜ぷりーずるっくみー〜〟」

 

 

〝キリトちゃん写真集〜私、こんなの初めて……〟の続編に当たる写真集を適当なページを開いて中身を見せてやる。

 

 

「……なぁ、素直にそれを捨てるのと痛めつけられてから奪われるのどっちが良い?」

 

「キリトを倒して写真集を保持しつつ、新たな一ページを増やす事を選ばせてもらう……!!」

 

 

キリトから飛ばされた〝決闘(デュエル)申請〟のYESボタンを叩き割らんばかりの勢いで押し、転移門広場のど真ん中でキリトの尊厳を賭けた〝決闘(デュエル)〟を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーで、ウェーブが勝ってああなったと」

 

「イエス」

 

「アスナぁ……ユイぃ……こんな俺を見ないでくれぇ……!!」

 

 

夜になって行われたクリスマスパーティーで、シノンが注いでくれた酒を空になったグラスで受け取りながらミニスカサンタ姿になっているキリトを見下す。〝決闘(デュエル)〟に勝利した俺は約束通りに〝キリトちゃん写真集〟に載せる新たな一ページを増やす事に成功したのだ。

 

 

「大丈夫よキリトちゃん、似合っているわ!!」

 

「お姉ちゃんキレイです!!」

 

「ゴハッ!!」

 

「キー坊の女装姿カ……売れるナ」

 

「止めとけ止めとけ。良いか?弱みってのは秘密だから弱みになるんだよ。そして弱みを元にして新しい弱みを作る、それが正しい使い方ってやつだ」

 

「うーんこの畜生っぷり」

 

 

アスナとユイに褒められて吐血するキリトを見て、この女装は売れると判断したアルゴを諌めているとユウキから畜生判定が下されてしまった。ただ弱みを握り、それをネタにして新たな弱みを作ろうとしていただけなのに畜生判定されるとは……解せぬ。

 

 

クリスマスパーティーに参加しているのはトナカイコスの俺、ミニスカサンタコスのユウキ、ミニスカサンタコスのシノン、ミニスカサンタコスのストレア、私服のアルゴ、ミニスカサンタコスのキリトちゃん、私服のアスナ、そしてミニスカサンタコスのユイだ。シュピーゲルは出会い求めてくるって昨日から出かけて帰って来ていないし、ノーチラスとユナはクリスマスデートをしてくると言っていたので多分明日まで帰ってこないだろう。PoHは俺から奪った酒を楽しんでいるに違いない。

 

 

というかミニスカサンタコスが多すぎて私服姿のアルゴとアスナが浮かんでいるという謎現象が起きてしまっている。

 

 

「料理とお酒の追加持って来たよ〜!!」

 

「待ってました!!」

 

「久しぶりに理性が吹っ飛ぶまで飲んでやるわよ」

 

「オレっちは程々にさせてもらおうかナ」

 

「ほらキリトちゃん、これでも飲んで元気出して。あ、ユイちゃんはジュースね?」

 

「アスナお姉ちゃんありがとう!!」

 

「アスナぁ……俺は、男なんだよぉ……!!」

 

「呵々ッ、良い具合にカオスになって来たな。主にキリトが」

 

 

格好のせいもあるかもしれないが今のキリトは完全に美少女にしか見えない。涙目でいるからサディスト趣味にとっては非常に唆る対象になるだろう。

 

 

「Merry Christmas」

 

 

五十層を目前にしてこの緊張感の無さを中層プレイヤーが見たら真面目にやれと怒鳴り散らすかもしれない。巫山戯ているようにしか見えないこの光景が、俺はいつまでも続いて欲しいと願っている。

 

 

だからメリークリスマスと、今の瞬間を心から楽しんでいる彼らに対して祝福を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、シノンが注いでくれた酒飲んでから身体が暑いんだけど一服盛った?」

 

「フッフッフッ……ウェーブが飲んだお酒にはシノン特製の媚薬が入っていたのさ!!」

 

「ちなみに私たちも服用済みよ。だから身体が物凄く火照っているわ」

 

「貴様らァッ!!」

 

 

 





こうしてキリトはウェーブにミニスカサンタコスという弱みを握られながらも立ち直るのであった。救われているようで救いがないように見えて、やっぱり救われているので問題無い。

〝キリトちゃん写真集そのにっ〜ぷりーずるっくみー〜〟とかいうホモ大歓喜の一冊。ぷりちーできゅーとなキリトちゃんが写っているらしい。閃光様には当然の事のように進呈済み。

媚薬を盛られたウェーブは媚薬を飲んで発情しているユウキチとシノノンを普通に落として鎮圧し、事なきを得た模様。



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絶対魔獣戦線 ハーフポイント
ハーフポイント


 

 

「ーーーさて諸君、準備はいいかね?」

 

 

ヒースクリフが確認を取ると、全員が頷いた。

 

 

1月1日、新年を迎えた今日より五十層攻略が開始される。参加メンバーは俺とヒースクリフ、ユウキ、シノン、ストレア、アスナ、キリトの7人だけ。全百層あるアインクラッドのちょうど半分である五十層というハーフポイントと言える階層だから何が起こるか分からないのだ。クォーターポイントであった二十五層のようなキチガイ染みた設定がされているかもしれないので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで五十層の主街区を目指し、転移門をアクティベートすることが決まった。それがこの7人だった。本当ならPoHもメンバーに入っていたのだが、前日に中層プレイヤーに〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟だからという理由で襲われて、返り討ちにした時にオレンジになったので贖罪クエストを済ませてから来ると連絡を貰っている。

 

 

「それにしてももう五十層か……なんか感慨深いな」

 

「でもまだ半分なんだよ?」

 

「それは認識の違いってやつだな。俺はもう半分なのかって思ってる」

 

「あ〜、ウェーブってばこの世界に凄い喜んでたからね」

 

「流石は戦闘一家が生み出した最新鋭のキチガイね」

 

「慕ってくれている2人からキチガイ認定された気持ちはどうだね?」

 

「凄く傷付きました。ストレア、ちょっと癒して」

 

「良いよ〜」

 

 

ユウキとシノンからキチガイ認定されたのを理由にストレアにハグされながら頭を撫でてもらう。人にもよるだろうが他人の体温を感じるだけで気持ちが落ち着くのが分かる。それに加えてストレアの豊満ボディを感じられるので役得以外の何でも無い。

 

 

「このオッパイお化けが……ッ!!」

 

「ねぇねぇどんな気持ち?ウェーブに胸枕出来ないって思い知らされてどんな気持ち?」

 

「フッフッフッ……いつまでもツルペタだと思うなよオッパイお化けぇ!!ボクだって成長してるんだよ!!それをここで証明する!!キャストオフ……ッ!!」

 

 

そういうとユウキは装備を全て脱ぎ捨てて下に着ていたレオタードのようなインナーを曝け出す。大体のインナーは身体のラインがハッキリしているので、それで自分の胸の成長を知らしめたいんだろうが……うん。

 

 

「背中?」

 

「胸だよぉ!?」

 

 

起伏はあるが緩やかで、ストレアと比べればどうしても真っ平らにしか見えない。リアルからサイズを教えられ続けているので多少は成長していると分かるが、それでもストレアの胸に比べたらぺったんこなのだ。

 

 

「フフッ、ザマァ無いわねぺったんこ」

 

「おん?喧嘩売ってるの?ぺったんこシノンさん?買うよ?言い値で買うよ?」

 

「上等よ…ッ!!こっちを向きなさい!!」

 

「向いてるよぉ!?」

 

「ねぇウェーブ、こういうのをなんて言うんだっけ?」

 

「どんぐりの背比べとか五十歩百歩とかだな」

 

 

シノンがユウキの胸を背中ネタで煽っているが教えられたサイズはほとんど変わらなかったはずだ。2人のやり取りを見てキリトは大爆笑し、アスナは顔を手で覆っている。

 

 

俺の声が聞こえたのかユウキが射殺さんばかりの眼光で睨み、シノンが番えた矢をこちらに向けて来る。理不尽だと思わずに俺が悪いので素直に両手を挙げて降参の意を示すと2人から殺意は消えた。

 

 

「ふむ、良い具合に緊張がほぐれたところで行くとしようか」

 

 

そしてヒースクリフの言葉に従い、階段を登って五十層へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を登り、扉を開いて五十層に到着した時、視界に映ったのは差し当たりの無い平原だった。到着した瞬間にネームドボスの群れの中に出るとか期待していたのだが肩透かしも良いところだ。だが嗅覚は物騒な臭いを捉えていた。

 

 

生臭い鉄のような臭い、血の臭い。

 

 

ここから遠く離れた場所から、普通では考えられないくらいの血の臭いを感じ取った。

 

 

「臭いな……どこかでモンスターが縄張り争いでもしていたのか? ?」

 

「……待って、何よあれ」

 

「どうした?」

 

 

シノンが信じられないものを見たように頭を抑えている。シノンが向いている方向には数キロ先に主街区らしき街があるように見える。高い壁でぐるりと周囲を囲んでいるように見えるが、〝射撃〟の強化オプションの〝鷹の目〟による視力強化で別の物が見えているのだろう。

 

 

「えっと……なんて言ったらいいのか……」

 

「時間はあるから落ち着いてくれよ」

 

「はい、ヒッヒッフーヒッヒッフー」

 

「それってお産の時のやつじゃ……」

 

「キリトは熟練度カンストしてるよな?」

 

「殺すぞ?」

 

 

ユウキのボケに対してキリトにパスすると、額に青筋を浮かべながら〝決闘(デュエル)申請〟を飛ばして来るので目の前に現れるウインドウを叩き割る。

 

 

そして二、三分ほど時間をかけて、シノンは落ち着きを取り戻して見えたものを言葉にしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンスターが編隊を組んで主街区を襲っているわ……」

 

 

 






ゲーム内でハッピーニューイヤーと同時に五十層攻略開始。攻略組の新年の抱負はかやひこを殴る。

ユウキチとシノノン、ストレアというオッパイお化けに挑むものの胸囲の格差社会により敗北。ストレアがバスト無双過ぎる。

五十層というハーフポイントで殺意が充填できて作者はとても嬉しいです。


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ハーフポイント・2

 

 

「おー凄い凄い」

 

「ふむ……控え目に言って地獄絵図だな」

 

「まじかぁ……こう来るかぁ……」

 

 

目の前の光景に俺は素直な感想を口にし、ヒースクリフは淡々と事実を告げ、キリトはウンザリしたような顔になる。

 

 

シノンの見た光景を確かめるために全員が〝隠蔽〟による隠密で主街区に向かったところ、そこでは戦争……いや、戦争と呼べるような立派なものでは無いただの殺し合いが行われていた。多種多様なモンスターたちが徒党を組んで群れを成し、目測で50メートルはあるだろう高さの壁を乗り越えようとしている。それを壁の上からNPCたちが岩や弓矢を使って阻止しようと奮闘し、稀に登ってきたモンスターは接近戦で対処している。

 

 

そして何より異質なのはここのモンスターの様子だ。普通ならばモンスターはそれぞれの種族の生存欲求に従って活動しているので他の種族のモンスターが近くにいれば争いになるし、死にそうだと理解したら尻尾を巻いて逃げる事だってある。しかしここのモンスターは他の種族が近くにいるのに争うことをしないで、NPC目掛けて襲っていた。しかも致命傷と思われる傷を負ったとしても怯みもせずにNPCを殺そうとしている。

 

 

生きる為では無くて殺す為に戦っていると、第一印象ではそう感じた。

 

 

「主街区に入ろうとしているところを見ると、ここでは圏内設定は解除されているようだな」

 

「二十五層よりは良心的だ。初めから圏内が無いって分かっているからな」

 

「それで、どうするんだ?」

 

 

キリトからの質問は俺たちのこれからの行動について。襲われている主街区を見捨てるか、それとも助けるか。まともな感性の人間なら助けなければと正義感を働かせてモンスターに挑むか、殺す事に全神経を集中させているモンスターに恐れを成して逃げ出すかのどちらかだろう。それが普通の感性の持ち主の思考だ。

 

 

だが、俺たちは感性では動かない。助けることで生じるリスクとリターンを考えて、打算ありきで動く。そうでもしないと最前線では戦えない。微々たるリターンの為に死にかねないリスクを背負うという英雄願望の持ち主は生き残れないのが常だから。

 

 

これからの行動について決めるのはリーダーであるヒースクリフだ。このメンバーの中で誰よりも客観的に、冷静な判断を下せると攻略組の多数決で満場一致だったから。ヒースクリフが助けに行くと言えば助けに行くし、見殺しにすると言えば見殺しにする。俺とヒースクリフは兎も角、キリトたち未成年は頭では理解しても感情では納得出来ないかもしれないが、それでもヒースクリフの指示には従う。

 

 

そしてヒースクリフの判断は、

 

 

「ーーー行こうか」

 

 

助けに向かう事だった。俺も同意見だったので反論は無い。この場合のリスクはモンスターの群れに飛び込む事で生じる死の危険。リターンは主街区の維持とNPCからの協力を得られるかもしれないというもの。リスクとリターンを天秤にかけてもリターンの方が魅力的に見える。

 

 

「群れには私とウェーブとキリト君で向かう。シノン君は援護射撃を、アスナ君たちはシノン君の護衛を頼む」

 

 

ヒースクリフの指示に誰も異論は挟まない。一対多という数の暴力を相手にして有利に戦えるのは俺とキリトくらいだし、戦場から数百メートルは離れているとはいえシノンが攻撃する事でモンスターから狙われないという保証は無い。全員が頷きでヒースクリフに賛同し、武器を抜く。

 

 

そして俺とキリトがほぼ同時に突進した。キリトはステータスに振った敏捷値任せに、俺はリアルで爺さんから教えられた縮地の歩法を使って最短距離で戦場に飛び込み、最後尾にいたモンスターの急所を突く。

 

 

「ハッハッハ!!来いよ、かかって来い!!ただ殺されるのはただのモンスターだ!!逃げずに立ち向かって殺されるのはよく訓練されたモンスターだ!!」

 

「アイテムと経験値をドロップしろよ……!!」

 

 

完全に隙を突いた奇襲でモンスターの視線が前に向いているとはいえ、二、三十匹も殺せば流石に気づかれる。それまでNPCに向けられていた殺意全てが俺たちに向けられ、モンスターは殺すという明確な意思を持って俺たちに襲い掛かってきた。

 

 

足を止めて対処したところで怒涛の勢いで迫り来るモンスターの群れに飲まれて物量で押し潰されるのは目に見えている。だから、()()()()()()()。モンスターの群れに自分から飛び込み、〝気配察知〟で周囲のモンスターの行動を知覚し、攻撃を誘導して同士討ちを誘う。足を止めずに同士討ちの誘発を繰り返せばモンスターたちは徐々に弱っていき、後は弱った順から首を跳ね飛ばすだけの簡単な作業になる。

 

 

対してキリトは()()()()()()()()()()モンスターの群れに飛び込んでいた。右手で突進系のソードスキルを発動し、技後の硬直が発生する前に左手で範囲系のソードスキルを発動させ、その硬直が発生する前にさらに右手でソードスキルを発動させる。

 

 

それはキリトが〝スキルコネクト〟と名付けたシステム外スキル。キリトが言うには攻撃の最中に右手から意識を切り離し、脳から〝ナーヴギア〟に出力される命令を一瞬だけ全カットするイメージをして、次の命令を左手のみで伝える事でソードスキルを連続して放つらしい。頭のおかしいシステム外スキルだと思う。攻略組でも一応広まっているがそれが出来たのはキリト並みの反応速度を持っているユウキだけで、それでも二、三回出来れば良いというもの。

 

 

だがキリトは、〝スキルコネクト〟を最大十五回まで繋げる事が出来る。

 

 

キリトが荒れている時期に開発して、俺を実験台に使っていたが初見殺しもいい所だと思う。あの時は片足を犠牲にしていなかったら負けていたと今でも思う。

 

 

キリトが十二回目の〝スキルコネクト〟を繋げた辺りでキリトの周囲からはモンスターがいなくなる。そしてキリトの上からモンスターが襲い掛かってきた。それをキリトは切り上げのソードスキルで真っ二つにするが、ジャンプした事で出来たのは隙を狙ってモンスターが迫ってくる。

 

 

「〝威嚇(済まない、遅れてしまった)〟」

 

 

それを追い付いてきたヒースクリフが剣と盾を使って防ぐ。キリトの戦闘スタイルは攻めて攻めて攻めて、反撃されるよりも早くに倒すという超攻撃的なもので、防御に関しては疎かになりがちである。だが、そこに防御特化のユニークスキル〝神聖剣〟を持つヒースクリフがフォローに入ればその欠点も無くなる。

 

 

つまり、この場を2人で任せる事が出来る。

 

 

「ちょっと指揮官的なやつ殺してくるわ」

 

「あいよっと!!」

 

「任せたぞ!!」

 

 

2人から威勢の良い返事を貰い、〝色合わせ〟による〝気配同化〟でモンスターの気配に紛れ込むことでモンスターの知覚から逃れ、遠目から見た時から指揮官的な存在だったモンスターのの元に向かう。このモンスターはプレイヤーとNPCに対する殺意こそ並外れているが、それでもある程度の統率の取れた行動をしている。ならば統率を取っている指揮官的なモンスターを倒せば乱すことが出来る。

 

 

モンスターの隙間を擦り抜けながら目指す先は主街区を囲う壁、この戦場の最前線。そこには大型の馬のようなモンスターに跨り、鎧を着込んで兜を被っただメートル程のゴリラがモンスターに向かって叫んでいた。こちらに気がついている様子は無い。腰に下げていた短剣を抜き、近くにいたモンスターを踏み台にしてジャンプする。

 

 

いつもなら背後から首を跳ね飛ばすのだが、鎧と兜を装備しているので背後からでは首を跳ね飛ばす事ができない。なので、()()()()()()()。重力に引っ張られて自然落下をしながら鎧の構造を把握し、どうすれば良いのかを理解し、鎧の隙間に短剣を滑り込ませて鎧を一息で解体する。

 

 

そうして鎧を剥がす事は成功するがその代償としてゴリラに俺の存在を気が付かれる。しかしゴリラの身を守るものは無い。威嚇行為なのかドラミングをしようとしている隙にゴリラに接近し、手早く首を跳ね飛ばす。

 

 

指揮官的な存在であったゴリラが死んだ事でモンスターたちの動きは鈍くなる。だがそれでも行動は変わらない。多少鈍ったとはいえ攻め手を緩める事はないし、俺たちに向ける殺意には陰りが無い。現に俺に気が付いたモンスターたちが四方八方から襲い掛かってくる。

 

 

まぁ現状に焦るような事は無いのだが。

 

 

我先にと群がってくるモンスターに黒い影が飛び、頭が水風船のように弾け飛ぶ。

 

 

「シノンの奴、また腕上げたな」

 

 

その正体は黒塗りで1メートル近いサイズの矢。シノンがいる場所からここまでは大体1キロは離れているだろう。その距離で、動き回っているモンスターの頭部目掛けて、シノンは一発足りとも外す事なく正確に頭部を撃ち抜いてみせた。それはリアルで培ったものではなくてSAOに来てから開花したシノンの天賦の才能。銃にトラウマを抱えていた彼女が狙撃の才能があるとはなんと皮肉な事か。

 

 

降り注ぐ黒塗りの矢が雨の様に降り注ぎ、モンスターの頭部を破壊する音をBGMに、俺はアイテムポーチからタバコを取り出して一服することにした。

 

 

 






モンスターが生きる為に殺すのではなくて殺す為に殺すとかいう純粋無垢な殺意を向けて、多種多様なモンスターが一丸になって殺しにくる素敵世界。

ブラッキーがもう二刀流持ってると思った?残念!!スキルコネクトでした!!やり方は公表されてるけど何言ってんだこいつ的な認識。なお、ユウキチはある程度なら真似出来る模様。

あと、少しアンケートがしたいのでよければ活動報告を確認してください。



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ハーフポイント・3

 

 

五十層主街区〝アルゲート〟は一言で言えば混沌とした街だった。細い道に混雑に建てられた建築物で、迷路の様になっている。無意味にこうなったとしたらアホとしか思えないのだが、これは考えて建てられた結果こうした街になったのだろう。迷路の様な作りにする事で侵入して来た外敵の進行を遅らせ、その間に避難をする為に。

 

 

フィールドで群がっていたモンスターを片付けると門が開き、妙に畏まった態度のNPCに迎えられ、〝アルゲート〟の指導者が俺たちに会いたがっていると伝えられた。その申し出はこちらとしても嬉しい。今の俺たちに必要なのは情報だ。何があったのか、どういう戦況なのか理解しないと攻略組のプレイヤーでもあっさりと蹂躙されかねない恐怖が五十層にはある。俺が殺した指揮官的なゴリラも、強さ的にはネームドボスクラスだった。つまり、敵側はネームドボスクラスをモンスターを指揮官に置いておける程の余裕がある事になる。

 

 

離れていたシノンたちと合流し、NPCに案内されて辿り着いたのは街の中心部に建てられた豪邸。その一室の執務室と思われる部屋では、質素ながらに高級感を醸し出している衣服に身を包んだNPCの男性が他方から告げられる報告を受けていた。

 

 

「倉庫がいっぱいになっていると報告が!!」

 

「ならば新たに空いている建物を探して倉庫にしろ!!武器は幾らあっても物足りないからな!!職人たちにも生産の手を休めるなと伝えろ!!」

 

「こちらが物価の報告です!!」

 

「ふむ、やはり野菜が高騰しているが反対に肉は下落しているか……配給制も考えないとならないな」

 

「新兵の訓練が完了しました!!」

 

「良し、ならば明日から戦線に出せ!!油断させるなよ?新たに用意するだけの余裕はないのだからな!!」

 

「武器職人と防具職人から材料が足りないと苦情が!!」

 

「破損した武器と倒した魔獣の死体でも叩きつけておけ!!」

 

「南部と北部の城壁に破損が確認出来ました!!」

 

「職人たちに直させろ!!早く直した方に対価とは別に報酬を用意すると伝えてな!!」

 

「子供たちより感謝の手紙が贈られました!!」

 

「ほう……あとで返事を書くから書類とは別に分けておけ!!」

 

「新作の武器の試作品が届いています!!」

 

「どれどれ……ふむ、従来よりも軽くて頑丈そうだが量産は難しそうだな……隊長クラスの兵と、武勇に優れた者に優先して渡せ!!」

 

 

受け答えしているNPCはそれなりの立場にいる人物なのだろうが報告しているNPCは礼儀を最低限にして報告することを優先している。だがそれは仕方ない事だろう。そうでもしないと回らないのなら、そうするしかないのだから。

 

 

そうして常人なら3日も続ければ過労死しかねない様なブラックな職場を見させられ、ようやく時間が取れたのは呼び出されてから二時間も後のことだった。

 

 

「待たせた、お前たちが報告にあった異邦人だな?俺はアルジェント、この〝アルゲート〟の指導者だが……一つだけ聞きたい、お前たちは守護獣を倒して上に行きたいんだよな?」

 

 

異邦人というのはプレイヤーの、そして守護獣はフロアボスのNPCからの呼び方だ。流石にNPCがプレイヤーやフロアボスというと世界観が崩れてる。

 

 

「そうなのだが……この状況ではな」

 

 

代表して返事をしたのはヒースクリフ。確かに俺たちの目的はフロアボスを倒して上の階層に行くことだが、今の状況ではまともに探索する事が出来ない。少なくとも、状況が落ち着くまでは。

 

 

「そうか……だが残念な知らせがある。ここには他みたいに()()()()()()()()()()

 

「何……?」

 

 

天柱の塔は異邦人や守護獣と同じ迷宮区のNPCの呼び方だ。呼び方としては正しい気がするが、そんなことよりも凄いことを言ってた気がする。

 

 

「えっと……つまりはどういうこと?」

 

「迷宮区が無いってことはこれまで通りにダンジョンアタックしてフロアボスを倒す事が出来ないって事だよ」

 

「ホント何なのよこの階層は……」

 

「じゃあどうしたらいいのかしら?」

 

「イベントで迷宮区が出現するか……それともフィールドのどこかにいるフロアボスを倒せって事じゃ無いのか?」

 

 

いくら五十層だからと言っても殺意が高すぎる様に思える。迷宮区にいるはずのフロアボスがどこにいるのか分からない。下手をすればフィールドを歩いていたらフロアボスと遭遇しましたなんてこともあり得る。

 

 

「そこで取引だ、手を貸してくれ。そうしてくれたらこちらも手を貸す」

 

「ふむ……分かった、協力しよう」

 

 

アルジェントの要求をヒースクリフは即答した。主街区の存在は俺たちにとっても生命線であるし、元々ここで住むNPCだから様々な情報を知っている。その代償に手を貸さなければならないが、そうしないとこの階層を攻略することは難しいだろう。

 

 

「感謝する。済まないが、詳しいことは秘書から聞いてくれ」

 

 

それだけ言ってアルジェントは再び報告に耳を傾けた。側から見ても分かる程のブラックな職場だなと思う。俺がここに就職したら真っ先に逃げ出すだろう。

 

 

これ以上ここにいても何も得るものは無いと考えて、俺たちは執務室から出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー来た、来たぞ。奴らが来た。

 

 

〝アルゲート〟から遠く離れたフィールドの片隅で、魔獣の群れに囲まれながら歓喜している人影が四つあった。

 

 

彼らが喜んでいるのは自らの存在意義の到来。それを倒すため、それを越えるために彼らは生み出された。

 

 

しかし彼らの目的はそれだけでは無い。生み出されてから時間が経ったことで生み出した存在の知りもしない目的を彼らは持っていた。

 

 

ーーー倒してやろう、望まれた通りに。超えてやろう、望まれた通りに。故に、終わったのならば我らの好きにやらせてもらおう。

 

 

四つの影の影の一つはコートを翻し、一つは剣と盾を握り、一つは二本の片手剣を携え、一つはフードから覗く口元を歪ませている。

 

 

目的を果たす、その瞬間が間近に迫っているのだ。心が踊らぬ訳がない。

 

 

ーーーIt's show time.

 

 

フードから覗く口から、楽しげな流暢な英語が溢れた。

 

 

 






悲報、五十層に迷宮区は存在しないらしい。

そして最後の四つの影……最後の流暢な英語を話したのは一体誰なんだ……



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ハーフポイント・4

 

 

執務室から出た俺たちは外で待っていた秘書のNPCから現状について説明された。

 

 

五十層は元からモンスターが多く、度々〝アルゲート〟が襲われる事があったのだが二ヶ月前からモンスターの襲撃が過激になったとか。アルジェントの奮闘によりなんとか持ち堪えている状態だが、それでもなんとか拮抗させているというもの。アルジェントは後一月もすればこちらが疲弊して押し潰されると予想していた。モンスターが無尽蔵に湧き続けるのに対してNPCと物資の数は有限なのだから仕方がない。なんとか打破しようとするもモンスターの犠牲も考えない物量押しによって何も出来ず、このままズルズルと押し切られるのでは無いかという時に俺たちが来た。

 

 

一言で言えば、崖っぷちというしか無い。向こうがほぼ無尽蔵なのに対してこちらは有限。むしろよくぞここまで保ったと感心したくなる。中層プレイヤーや普通の感性の人間がここに来ていたら武器を投げ捨てて逃げ出したくなる様な状況だろう。

 

 

だがここに来たのはSAO攻略に命を賭けている攻略組と、強さを求めている人で無し。この状況を喜び、立ち向かうだけの意思を持っている俺たちが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ヒースクリフとアスナは四十九層で待つ他の攻略組のプレイヤーたちにここの現状を説明するために転移門をアクティベートして転移し、キリトはモンスターが退いている内に周りの地理を調べてくるとユウキとシノンを連れてフィールドに出て行った。

 

 

そして俺とストレアは〝アルゲート〟の街を調べるために散策しているのだが……

 

 

「迷ったね〜……」

 

「そうだなぁ……」

 

 

見事に迷いました。広い上にモンスターの侵入を遅らせるために迷路の様な作りで、しかも似た様な街並みが続いていて方向感覚があやふやになりやすいのだ。土地勘が無いのに案内も無しで歩き回ればこうなることは目に見えて分かっていた。

 

 

「ここどこなの?」

 

「壁が近くに見えるから街の外側だって分かるけど……せめて目印の一つや二つあればな」

 

「はぁ……やっぱり大通りから外れたのは失敗だったわね」

 

「おう、何さりげなく自分は悪く無いっていう風にしてやがる。ストレアがフラフラと裏路地の方に行ったんだろうが」

 

「ウェーブだって止めなかったから同罪だよ」

 

「止めたところで聞かねえだろうが」

 

 

確かにストレアの言う通りに止めなかった俺も悪い。しかし止めたところで大丈夫だと押し切られて止まらないことは目に見えていたので止めなかったのだが……裏目に出たな。

 

 

「まぁぶっちゃけ、通った道は覚えてるんでそのまま辿れば大通りまでは帰れるんだけどな」

 

「そうなの?だったらそうだって言ってくれれば良いのに」

 

「覚えてないのか?」

 

「一時間くらい歩き続けて道をそのまま覚えられる人は少ないと思うけど……」

 

「爺さんは普通だって言ってたけどな……おのれジジイ」

 

 

デタラメを教えてくれた爺さんのことを思いながら中指を立てるが、それを煽る様に白目ダブルピースで反復横跳びをする爺さんの姿が簡単にイメージ出来てしまう。文句を言ったところであのキチガイはそうするだろうとこれまでの経験から分かってしまうのだ。

 

 

取り敢えず、リアルに戻ったら爺さんの顔面にドロップキックをかますことを誓う。

 

 

「だったらもう少し探検を……ん?」

 

「どうした?」

 

「なんか良い匂いが……花の匂いかな?」

 

 

ストレアにそう言われて嗅覚に集中すると、確かに風に乗って花の匂いが届いているのが分かる。いつもなら真っ先に俺が気がつくのだが、五十層は血の匂いが強過ぎて嗅覚をある程度まで削ぎ落としているのだ。

 

 

ちなみにこれは母さんから教わったことで、普通だと言っていたがユウキとシノンは出来ないと言われて普通じゃ無いと分かった。思い出したらイラついて来たので、リアルに戻ったら母さんにコークスクリューブローをかます事を誓う。

 

 

「こっちからね」

 

「はぁ……」

 

 

ここに来た経緯を忘れたのかフラフラと匂いがする方に向かうストレアに溜め息を吐きながら後を追う。そして数分も歩けば花の匂いと青臭さがする区画に出た。何かの店なのだろうが、昼間なのにどこも閉まっている。

 

 

「あぁ、だからか」

 

「何かわかったの?」

 

「ここは色街だな」

 

 

色街、現代風に言えば風俗。SAOではNPCが情婦をしているし、その気になればプレイヤーだって情婦になる事が出来る。そしてコルを払えば情婦を買い、夜を共にすることが出来る。ただし未成年のプレイヤーは倫理コードを外しても店から断られる。そんな事をするくらいなら始めっから無くせよと思うのだが、デスゲームとなってから色街を利用しているプレイヤーは数多くいる。

 

 

デスゲームをしていると言うことは常に命のやり取りを、殺し合いをしていると言うことになる。どんなに頭がイかれた奴でも戦うことが生き甲斐だと謳っている奴でも、命のやり取りによる緊張からストレスを生じさせて蓄積させているのだ。ストレスを解消する方法は人それぞれである者は金を使ったり、ある者は食べたり、ある者は寝たりと思い思いの方法でストレスを抜いている。

 

 

その中には無論、性行為も含まれている。ヤって気持ち良くなることでストレスを解消しているのだ。

 

 

「あぁ、夜がメインだから今は閉まっているのね」

 

「そう言うこと」

 

 

花の匂いは香水か何かだろう。そのままの女の匂いも悪くないが、香水の匂いの方がいいと感じる人間はいるのだから。もっとも青臭さを消すために振り撒いている可能性もあるが。

 

 

「ねぇ、ウェーブは性欲が溜まったりとかしないの?」

 

「おう、唐突にぶっ込んできたな?」

 

「Hey,俺も気になるぜ」

 

「そしてお前はどこから湧いてきた」

 

 

ストレアの女性らしからぬ発言に戦慄しているとどこからか現れたPoHがフードを被ったまま俺の肩にもたれかかってくる。カーソルがグリーンになっているので転移門を使ってやって来たのだろうが、こいつは一体どうやって俺を探し出したんだ?〝追跡〟でも使ったのか?

 

 

「はぁ……確かに溜まるが情婦買ったりとかはしてないぞ」

 

「もしかして自家発電?」

 

「待て、その言い方は正しいが止めろ」

 

「……不能なのか?」

 

「よっし、喧嘩は買うぞ?ここは圏内設定無いからそのまま殺し合いになるけどな!!」

 

 

憐憫の目で見て来たPoHにイラっとしてサブ武器の片手剣〝冥犬の牙〟を構えるとPoHがフードで顔を隠していても分かる程の喜色を見せながら肉切り包丁の様な短剣を取り出した。だがそこまでやって虚しくなって来たので〝冥犬の牙〟をしまう事にする。

 

 

「別にそこまで性欲は強くないから発散させるほどに溜まってねぇんだよ。そもそもストレスは酒飲めば抜くことが出来るしな。それに俺のレーダー舐めんなよ?ストレアにしっかり反応してるからな?」

 

「ふぅん……ん?ってことは私はウェーブからそう言う目で見られてるってこと?」

 

「That's right!!そう言うことだな……ところで俺のradar、この間鉢植えに反応したんだけど……」

 

「ざまぁ」

 

 

俺の反応にPoHがハイキックをかまして来たのでそれを後ろに仰け反ることで躱す。というかPoHのレーダーが鉢植えに反応するとか完全にイかれてるじゃねえか。爺さんなんて犬の尻まで反応したって言って首吊りかけた事があったぞ。

 

 

そもそも性欲が無いわけではないのだが、ユウキとシノンの事があるから他の女を抱くという事をしたくないのだ。真っ直ぐな好意を向けてくれる2人を無視して他の女を抱くとか畜生過ぎる。

 

 

ともあれ、開いているのなら情報収集でも出来たかもしれないが閉まっているのならそれも期待出来ない。一先ず大通りに戻ろうと2人に提案しようとしたところで、

 

 

上空から、小型の竜が落ちて来た。

 

 

 






SAOには色街があるんじゃよ。ただし未成年お断り。流石のかやひことカーディナル様もそこら辺は自重したらしい。

悲報、PoHニキのレーダーが壊れている。全く性的な物とは関係の無いもので反応するらしい。だからホモに目覚めたのか……?



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ハーフポイント・5

 

 

落ちて来た竜の体長は目測で5メートル程度。竜タイプのモンスターは割と大型が多い上に二十五層で〝ザ・ファフニール〟を見ているので大抵の竜は小型認定されてしまう。娼館を押し潰して着地した竜の背中には二つの人影があった。

 

 

一つは俺と同じ真紅のコートを羽織り、一つはPoHと同じ様にフードを被って顔を隠している。

 

 

「見つけたぁーーーッ!!」

 

「Kill youーーーッ!!」

 

 

そしてその二つの人影は俺とPoHを見つけると殺意を振り撒きながら飛び掛かってきた。コートの方は俺と同じ様に片手剣と刀の二刀流で、そしてフードの方はPoHと同じ肉切り包丁の様な短剣を抜いている。

 

 

「HA!!ご指名らしいぜ?」

 

「ストレアは竜の方頼む」

 

「あいさ〜」

 

 

建物を壊しながら街の中心に向かおうとしている竜をストレアに任せて俺はコートの方を、PoHはフードの方を相手にする。

 

 

そして近づいてくるコートの人物の顔を見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。目をギラギラと隠しきれない殺意で滾らせている事以外は鏡で見る俺の顔とまったく同じ。

 

 

「お前は誰だ?」

 

「俺は()()()()()ーーーッ!!」

 

 

振るわれた片手剣と刀を〝冥犬の牙〟で受け止めて、()()()()()()()()。俺を名乗る男は俺よりも上のレベルらしい。いつもなら気にしていないカーソルを見れば真っ黒だ。現在のレベルが75の俺でも真っ黒だということはどう見積もっても九十層クラスの強さになる。

 

 

そして、こいつは俺と同じ姿でありながら()()()()()()()()

 

 

ふむふむ(〝観察眼〟)

 

 

こいつがどういう存在なのかはまったく理解が及ばない。しかしこいつのネームは〝ホロウ・ウェーブ〟で、振るわれる片手剣と刀の太刀筋が俺の太刀筋とまったく同じなところを見ると俺と関係があることが分かる。姿を真似て格好を似せ、その上で太刀筋まで同じとなれば真似をされた事に対して怒りが湧くどころか不快感しか出てこない。

 

 

気持ち悪い。俺を目指して俺を真似て、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

仮にも俺を目指すのなら、俺を真似るのなら全てを真似てみせろと言いたい。外見や剣技だけではなくて内面的な部分も真似なければも真似ていないのに俺を名乗るとか不快だ。何せこいつが振るう太刀筋は二ヶ月前の俺の太刀筋だ。丁度キリトが荒れていた頃なので良く覚えている。こいつがその時の太刀筋を真似ているとしたらその完成度には感心するが、そこで完結してしまっているのだ。真似る事に執着していて、それより先に進もうとしていない。先を目指して飢えているのでは無くて、その場で満足してしまっている。

 

 

あぁ気持ち悪い。こんなのが俺を名乗ることが、先を目指さずに止まっている姿が気持ち悪い。

 

 

だから殺す。

 

 

「何で……!!何で当たらない……!!」

 

「俺の太刀筋だぞ?当たるわけ無いだろうが(〝観察眼:見切り〟)

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟が 振るう太刀筋は俺が振るっていた太刀筋だ。俺が使っていた太刀筋だから、それを一番理解しているのは俺をおいて他ならない。いかにステータスが〝ホロウ・ウェーブ〟の方が高かろうとどういう風に振るうか分かっているのなら避ける事は造作も無い。目を瞑っていても避けられる。

 

 

右と左でバラバラに動き、急所を狙ってくる片手剣と刀の軌道を予想しながら思い出し、ミリ単位で躱す。俺よりも高いステータスで振るわれているという事だけあって速度は二ヶ月前に振るっていた時よりも遥かに速い。眼前スレスレを通り過ぎる刀の空を切る音を聞くだけでそれが分かる。

 

 

だが速いだけの剣など当たるはずが無い。いかに速くとも軌道が読めているのなら幾らでも避けられる。二ヶ月前のキリトはこの時の俺に剣を当てていた。つまりこいつは二ヶ月前のキリト以下という事になる。

 

 

そもそもこいつは一撃必殺を狙い過ぎている。急所狙いなのは俺と同じだが、一撃で仕留めなければならないという意思が先走り過ぎてそれ以外を狙うという思考を持っていない。

 

 

「はぁ……不様だから死ね(〝天賦:格上殺し〟)

 

 

技術的には俺が上だがステータス上の数値を見れば〝ホロウ・ウェーブ〟の方が圧倒的に上だろう。故に、母さんから教わり俺が元から持っていた才能でこいつを殺すと決めた。

 

 

袖口に隠していた短剣を取り出して体勢をわざとに崩し、〝ホロウ・ウェーブ〟の足の甲を串刺しにする。刃の根元まで深々と地面に突き刺さった短剣はちょっとやそっとでは抜けやしない。痛みで顔を顰めているが俺が体勢を崩した事を好機と見たのか〝ホロウ・ウェーブ〟は嬉々として片手剣と刀を振り下ろし、

 

 

だからどうした?(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

下から上に向かって力任せに野球のスイングの様に振るわれた俺の一閃にて()()()()()()()()()()()()()()()()。爺さん曰く、剣術の基本であると教えられた斬鉄剣。それを俺はどんな体勢からでもどんな太刀筋であっても使うことが出来る。今の様な姿勢からの斬鉄なんて10歳の時には出来る様になっていた。

 

 

手にしていた片手剣と刀が両断された事に固まっている〝ホロウ・ウェーブ〟。その顔が間抜けで可笑しくって、俺の顔でそんな間抜けな顔をしていることが許せないので侮辱しながら殺す事に決めた。

 

 

斬る(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

下に何か着込んでいるかもしれないから念のために斬鉄で、両断された事で硬直している隙をついて短剣で縫い止められていない足を股関節の付け根から斬り落とした。

 

 

斬る(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

短剣で縫い止められている方の足を膝から斬り落とした。

 

 

斬る(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

足が無くなったことで宙を浮いている〝ホロウ・ウェーブ〟の下腹を斬り落とした。

 

 

死ね(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

右腕を肘から斬り落とし、返す刀で左腕を肩から斬り落とし、仰向けのまま落下している不出来なダルマになった〝ホロウ・ウェーブ〟の心臓に〝冥犬の牙〟を突き立てた。そうして出来上がったのは下腹から下と両手を失って地面に虫の標本の様に磔にされている〝ホロウ・ウェーブ〟。

 

 

「がぁ、アァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

下腹から下と両手を失い、心臓を貫かれているというのに〝ホロウ・ウェーブ〟は死ぬ気配を見せない。確認出来たのが名前だけでHPゲージが見えないところを察するに俺と〝ホロウ・ウェーブ〟のレベル差は少なく見積もっても20以上離れていると推測出来る。

 

 

だから死なない。部位欠損を起こそうともレベルの差があり過ぎてダメージがそう発生しないから。

 

 

だから死ねない。四肢を失い、不様に虫の標本のように磔にされながらもレベルの差があり過ぎる故にHPが削り切られないから。

 

 

レベルが高過ぎる故に死ねないという、レベルによって強弱が決められるMMO故の処刑だ。

 

 

心臓を貫いた〝冥犬の牙〟がそのまま突き刺さっている事で継続ダメージが発生している。徐々に削られるHPを見ながら不様に踠き、苦しみ、己の無力を実感しながら死んで欲しいと思い、キリト相手に一度やってみた方法である。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟を完全に無力化したのでおそらく〝ホロウ・PoH〟と思われるモンスターと戦っているはずのPoHの方を見れば……PoHはPoHで〝ホロウ・PoH〟を生きたまま解体するという遊びをしていた。

 

 

両手足を麻痺毒でも塗ってあると思われる投擲用の短剣で地面に縫い止めて、抵抗が出来ないのをいい事に持っていた肉切り包丁の様な短剣で〝ホロウ・PoH〟を末端から皮を剥ぎ、肉を削ぎ、骨だけにするという拷問じみた解体を見せ付けている。時折〝ホロウ・PoH〟の口にポーションを突っ込んでいるのは死なない様にする為だろう。

 

 

そこまでする事にPoHの異常性を感じるが、良く良く考えてみれば俺も過去に〝ラフィンコフィン〟相手に似た様な拷問をしていた事があるので普通だと結論を出す。

 

 

「さて、コレはどうしたものか」

 

 

惨めに踠きながら磔から抜け出そうとしている〝ホロウ・ウェーブ〟を見下す。こいつらを殺すことは確定事項だが、出来ることなら情報を出来るだけ引き摺り出してから殺したい。何か目的があって俺たちを狙ったことは言動から明らか、それにネームから他にもホロウという名の付いた偽者が存在してもおかしくない。

 

 

最低限目的だけでも聞き出せれば良いかと考えながらアイテムポーチからポーションを取り出し、PoHの真似をしようとして、

 

 

頭上から大剣が落ちてきた。

 

 

 






ホロウ・ウェーブとホロウ・PoHの来襲。彼らモンスター扱いで、それぞれウェーブとPoHを狙って襲ってきました。なお返り討ちにあった模様。レベル差があって瞬殺は出来ないけど封殺は出来るとかいう頭がおかしいところを見せつけてくれました。

でも何が一番おかしいって格上殺しが天賦の才とかいうキチ波だと思うの。

ホロウと名前は付いているけどホロウ・フラスメントのホロウプレイヤーとは違ってプレイヤーのIDを参照していない上に作られた経緯からAIなんだけどモンスターという扱いです。突っ込みは無しだよ!!(フリ



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ハーフポイント・6

 

 

落ちてくる大剣の軌道は俺を捉えている。これでは真っ二つになるのは目に見えているのだが気がつくのが遅れてしまいこのままでは回避出来ない。大剣が俺に触れるまで1秒もかからないだろう。

 

 

だから、()()()()。1秒を10秒に、10秒を100秒に。体感時間を操作する事で、大剣の到着を遅らせる。

 

 

危ねぇなぁおい(〝体感時間操作:加速〟)

 

 

加速した思考で身体を動かし、真っ二つにされるはずだった大剣の一撃を躱す。だが目的は俺だけではなかったらしく、俺を通り過ぎて地面に縫い止められていた〝ホロウ・ウェーブ〟の首を両断した。そこで初めて下手人の姿を確認する事ができる。

 

 

全身に紫を主体とした色合いの鎧を着込んだ人物。鼻まで覆うタイプの兜を被っているので顔は確認出来ないが、体型と胸の膨らみから女性だと推察出来る。一見すればプレイヤーにしか見えないが彼女も〝ホロウ・ウェーブ〟と同じ様にモンスターで、カーソルの濃淡から〝ホロウ・ウェーブ〟と同じ様にレベル差は20以上ある様だった。

 

 

そして、そのモンスターのネームは〝ホロウ・ストレア〟となっていた。

 

 

「俺とPoHと続いて次はストレアかよ……」

 

「貴方が、オリジナルのウェーブね?初めまして、私は〝ホロウ・ストレア〟よ」

 

「こいつはご丁寧にどーも。んで、目的はこいつらか?」

 

「えぇ、色々と考えてたのに勝手に先走っちゃうんだもの。〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟はまだ自制が効いてくれたんだけどね」

 

「キリトとヒースクリフのもいるのかよ。もうお腹いっぱいだっての」

 

 

俺にバレたからなのか、それとも名乗ったからなのか〝ホロウ・ストレア〟は兜を外して〝ホロウ・ウェーブ〟や〝ホロウ・PoH〟と同じストレアと同じ顔を晒し出した。

 

 

そして外した兜をPoHに向けて投擲し、PoHがそれを弾いたと同時に大剣を盾のように構え、俺たちよりも高い筋力値と敏捷値で爆発するように突進。距離があった為にPoHはそれを回避することは出来たのだが、〝ホロウ・PoH〟は首を踏み潰されて殺されてしまう。

 

 

これで俺たちが生け捕りにした〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟は殺されてしまった。情報の漏洩を防ぐ為に殺したと判断出来るが自分と同じ顔の奴をストレアと同じ顔の奴に殺されるのは複雑な気持ちになる。

 

 

「これで良しっと。分かっていたけどダメダメね。()()()()()真似しただけでオリジナル気取りで全然届いてない」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟は呆れたようにそう言いながら〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟の首を拾い上げる。何のために首を持ち帰るのかは分からない、だが持ち帰らせれば良くないことが起こる気がするので今の内に殺してしまう事にする。

 

 

PoH(〝天賦:格上殺し〟)ーーー」

 

OK(〝天賦:殺人〟)ーーー」

 

 

〝冥犬の牙〟を回収して即座に〝ホロウ・ストレア〟の顔面目掛けて投擲、それを〝ホロウ・ストレア〟は大剣で弾く同時にPoHが〝ホロウ・ストレア〟の警戒を潜り抜けて接近し、首目掛けて短剣を振るう。大剣のリーチでは防御も回避も出来ない至近距離。それを〝ホロウ・ストレア〟は腰を落とし、肩口でタックルする事でPoHを迎撃した。鎧というのは硬度があり、そして重量もある。拳を固めて殴るだけで、体当たりするだけでその気になれば人を殺すことも出来る鈍器だ。いくら天然で殺人の才があるとはいえ、鎧をそう使う人間と対峙した経験が無いのかPoHはそれをモロに食らってしまい、壁に叩きつけられる。

 

 

斬る(〝剣術:斬鉄剣〟)ーーー」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の目がPoHに向けられた一瞬の隙に間合いに踏み込み、弾かれた〝冥犬の牙〟を回収して鎧ごと叩き斬ってやろうと斬鉄を唐竹割りで放つ。タックルした姿勢で無防備な〝ホロウ・ストレア〟、だが俺の動きを予想していたのか半身になることで躱されて大剣を持っていた腕を肘から斬り落とす事しか出来なかった。

 

 

「凄いわね、この鎧は一応九十層ボスのLAボーナスクラスなのだけど」

 

「斬れるから斬った、それだけだ」

 

 

褒め言葉と共に放たれた蹴りを後ろに飛び退いて躱して距離を取る。正直な話、非常にやり難い。

 

 

ホロウと名前に付いていることから〝ホロウ・ウェーブ〟のようなストレアの動きだけを真似した偽者だと考えていたがそれ以上だった。ストレアは軽装を好んでいるので鎧のような重たい防具を使わない。だというのに〝ホロウ・ストレア〟は鎧ありきの戦い方を当たり前のようにしてくる。鎧の硬度と重量を使い、防具でありながら鈍器として使う戦い方を納めている。

 

 

その時点で〝ホロウ・ストレア〟は別格であると言えた。

 

 

「フフッ……」

 

「何だよ、腕を斬られてショックか?」

 

 

俺に斬られた腕の傷口を見ながら笑う〝ホロウ・ストレア〟を見て警戒心を強める。もう嫌な予感がしてならない。PoH置いてこの場から逃げ出したい。

 

 

「いいえ……()()()()()。貴方と触れ合えた事がね」

 

 

傷口を口元に寄せて滴る血を舌で掬い上げる。ストレアと同じ顔でするその姿は男を誘う妖艶さを秘めていて、同時に寒気も感じさせた。

 

 

あ、これやばい奴だと感じ取ってさらにその場から飛び退いて〝ホロウ・ストレア〟から距離を取る。

 

 

「……どうして私から距離を取るのよ?」

 

「リョナはノーサンキュー、SMはソフトならギリギリセーフ」

 

 

出血ありきの恋愛とか認められない、恋愛に出血は求めてないんだよ。好きなジャンルは純愛なんだ。

 

 

そう告げると〝ホロウ・ストレア〟は子供のように頬を膨らませて不機嫌だとアピールしてくるが、口元から溢れる血の跡で台無しになっている。

 

 

「むぅ……まぁ今日のところはこいつらの始末だけだからこのまま帰らせてもらうわ」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟がその場で身を屈めて、筋力値に任せた跳躍で20メートル近く飛び上がる。そして移動に使ったであろう小型の竜に自分を回収させる。俺も後を追おうと思えば追えるのだが流石に逃げられるだろう。こちらに飛行手段が無い以上、〝ホロウ・ストレア〟を見逃すしか無いわけだ。

 

 

「じゃあね、()()()によろしく伝えておいて頂戴」

 

 

ストレアと同じ顔でウィンクをしながら、〝ホロウ・ストレア〟は竜に乗って去って行った。

 

 

最後に気になる言葉を残しながら。

 

 

 





凄いぞぉ〝ホロウ・ストレア〟!!PoHニキに迎撃を食らわせるなんて!!キチ波に腕落とされたけどそれを差し引いても大金星だ!!なお、本人は腕を斬り落とされて嬉しそうにしていたらしい。これには流石のキチ波もドン引き。



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ハーフポイント・7

 

 

「ーーー全員集まったようだな?」

 

 

夜になり、五十層にあったサロンを借りて開かれるのは毎度お馴染みになっている攻略会議。いつもなら攻略組に参加している代表者全員が集まるのだが、五十層では夜でも夜行性のモンスターが当たり前のように襲って来るために最低限の人員だけで会議を開く事にしたのだ。

 

 

集まったのは〝ナイトオブナイツ〟からディアベル、〝血盟騎士団〟からヒースクリフ、〝風魔忍軍〟からコタロー、〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟から俺とPoHとストレア。それ以外は防衛戦に向かっている。

 

 

「それではこれより攻略会議を始める。とは言っても出来ることは現状の確認だけだがな」

 

「それでもしないよりはマシだと思うけど……確か、〝アルゲート〟も二十五層と同じで圏内設定が解除されているんだよな?」

 

「あぁ、その上でモンスターが徒党を組んで襲い掛かって来る。私たちが来た時にはネームドボスらしきモンスターが指揮官の真似をしていて驚いた」

 

「まぁ強さとしてはネームドボスって感じだったけど厄介なのはここのモンスターの気質だな。生きる為とか食べる為とかじゃなくてただ殺す為に殺しに来てる。頭を落としたからって油断してたらそのまま喉を食い千切られかねないぞ?」

 

「殺意高過ぎやしないですかねえ」

 

「五十層……ハーフポイントとも言える階層なのだから分からないでも無いがな」

 

 

ディアベルとコタローが頭を抱えているのに対してどこか楽しそうにしているヒースクリフを見る限り本当にこいつイかれてるなぁと思うが考えてみたらVRMMOなんてものを作るキチガイだったので今更だなと思い直す。

 

 

「何はともあれ、まず先に情報を集めなくてはならない。NPCの話を聞いて確認したところ、この階層には迷宮区が見えなかった。いつもなら主街区からでも見える位置にあるはずなのにだ。つまり何らかのイベントをこなすことで迷宮区が出現するか、」

 

「元々迷宮区は用意されてなくて、イベントの最後にフロアボスが登場するかってとこだな。というか、モンスターの襲撃に加えて圏内設定の解除とかイベント以外に考えられん」

 

「後者の方が良いですね。気持ち的に」

 

「あ〜確かにイベント終わらせてから迷宮区攻略するよりもイベント終了と同時にフロア攻略も終わらせて欲しいなぁ」

 

 

迷宮区が存在しない、圏内設定の解除、モンスターの襲撃という並みのプレイヤーならばこの階層から裸足で逃げ出したくなるような三重苦が揃っているがヒースクリフ、コタロー、ディアベルは慌てる事も無くその事実を受け止め、笑いながら話し合っていた。

 

 

カーディナルが何を考えているのか分からない。俺たちを絶望させたくてこんな設定を持ち出したのかもしれないが、そうだとしたら残念ながら外れているとしか言えない。攻略組に参加している者の大半はゲーマーなのだ。どんなに鬼畜難易度に設定されていようがクリア出来る道筋が存在しているのなら嬉々としてコントローラーを握るこいつらからすれば今の状況もご褒美でしか無い。

 

 

実際、攻略組ではモンスターの襲撃を大量にアイテムと経験値が手に入ると歓迎しているし。

 

 

「では街の防衛は〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟が、情報の収集と検証は〝風魔忍軍〟と〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟が務めるという事で良いかね?」

 

「あぁ」

 

「了解です」

 

「異議なぁし」

 

 

そして出た結論もいつもと変わらない。〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟に街の防衛という仕事が入ったくらいだ。彼らが防衛に参加したのなら襲撃してくるモンスターの大半がネームドボスクラスにならないと街は落とせないだろう。

 

 

いつものボス攻略とは違ってパーティーの上限が存在しないので両ギルドのメンバーをフルに投入することが出来るから。〝血盟騎士団〟からは50、〝ナイトオブナイツ〟からは200は出せるはずだ。

 

 

「攻略についてはそれで良いな。ストレア君とPoHをここに招いたのは昼間にあったドラゴンの出撃について話を聞かせてもらいたいからなのだが……」

 

 

この話題が出る事は予想していた。飛行モンスターを使った空挺強襲をされたのだから当事者を呼んで対策を練りたいと思うのが普通だ。

 

 

「は〜い……って言っても私はドラゴン倒してたから詳しくは分からないけど……」

 

「Dragonを使って乗り込んで来たのは2人だ」

 

「2人?2匹では無いのか?」

 

「2人であってる。何せそいつらは俺とウェーブと同じ顔をしてやがったんだからな」

 

「なっ!?」

 

 

ディアベルが驚くのも無理は無い。プレイヤースキンを弄れれば同じ顔にすることが出来るが茅場晶彦の手によってリアルの顔に戻されたせいで同じ顔のプレイヤーは双子でも無い限りは存在しない。それなのに俺とPoHと同じ顔が現れたのだから。

 

 

「とは言ってもそいつらはプレイヤーじゃなくてモンスターだった。俺が相手した俺と同じ顔の奴の名前は〝ホロウ・ウェーブ〟、多分PoHの方は〝ホロウ・PoH〟って名前だな。〝ホロウ・ウェーブ〟は俺よりもレベルが20以上は高くて二ヶ月前の俺と同じ太刀筋の剣を振って来た。まぁ俺が二ヶ月前の俺なんかに負けるはずがなく返り討ちにしてやったけどな!!」

 

「俺も麻痺にして解体してやったぜ!!」

 

「二ヶ月前とはいえレベル差が20以上あるのに返り討ちにするって……」

 

「コタロー君、深く考えてはいけない。彼らはキチガイだ」

 

「ウェーブとPoHが増える……問題児どもが増える……!!」

 

 

イェーイとハイタッチをする俺とPoHに対してコタローは頭を抱えてヒースクリフはそれを悟りを開いたような目で諭し、ディアベルは顔を青くして腹を抑えている。中々に温度差が酷い。

 

 

「んで俺たちの偽者を片付けて情報でも引っ張り出そうとしたんだがそこで〝ホロウ・ストレア〟がやって来たんだ」

 

「え、私の偽者もいたの?」

 

「おう居たぞ。ストレアみたいに軽装じゃなくて全身に鎧着込んでたけどな。で、〝ホロウ・ストレア〟は他にも〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟がいるって言ってたな」

 

「キリト君とヒースクリフさんまで……ッ!!」

 

「その辺にしておいてやれ、ディアベル君の胃が死んでしまう」

 

「事実を言っただけなのになぁ……」

 

 

本当の事を話しただけなのにディアベルは顔を青から白に変色させて死にそうになっていた。おそらくSAOにおける問題児が増えた事による精神的負担が増える事を考えただけでああなっているのだろう。ディアベルのことを考えるのならこれ以上は話さない方が良いのだろうが話さなくてはならない事だという免罪符があるので構う事なく話す事にする。

 

 

ディアベルの胃には犠牲になってもらおう。

 

 

「〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟の実力は分からないが〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟はレベル差があっても大した事は無かったな。〝ホロウ・ウェーブ〟の方は終始二ヶ月前の俺の真似だけしかしてこなかったから簡単に封殺出来たし、〝ホロウ・PoH〟の方もPoHは普通に処理出来てたし。でも〝ホロウ・ストレア〟は別格だ」

 

 

トーンを落として声から遊びを無くす。巫山戯ているのでは無いと伝わったのか、ディアベルも顔は白いままだが姿勢を正す。

 

 

「ストレアは見ての通りに軽装、〝ホロウ・ストレア〟は鎧装備。でも〝ホロウ・ストレア〟は鎧を活かして戦っていた。猿真似じゃなくてキチンと鎧を使った戦い方を納めていた。ハッキリ言ってただの猿真似野郎よりも脅威的だぜ」

 

「ふむ……倒すとなればどのくらいの戦力がいる?」

 

「俺とPoH、キリトとヒースクリフ4人の内2人が組めば確殺出来るな。それ以外の二つ名持ちなら4人いて互角、後は論外だ。戦わずに逃げることをオススメする」

 

 

あの時は最初の方で〝ホロウ・ストレア〟の腕を斬り落とせていたのであのまま俺1人で戦っていても〝ホロウ・ストレア〟は倒す事は出来ただろう。相手が万全の状態で、必ず勝ちたいとなれば最低でもそれくらいは必要だと判断出来る。

 

 

「まぁホロウはそれぞれの奴が対処すれば良いと思うぜ。不快だろ?ただ自分を真似されただけの高レベルのモンスターなんてよ」

 

「確かにそうだな」

 

「自分を殺せるなんて中々Rareな経験させてくれるじゃねぇか」

 

「あの、私倒せるか分からないんだけど」

 

「あぁ、〝ホロウ・ストレア〟は俺がやるから。どうもあいつは俺にご執着らしくてな……腕切り落としたのに動揺するどころか嬉々としてたのには恐怖を覚えたぜ」

 

「うわ……うわぁ……」

 

「新たな問題児がぁ……ッ!!」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の危険性を伝えるとコタローはドン引き、ディアベルは顔を白から土色に変えて死にそうになっていた。正直、今でもあの時の〝ホロウ・ストレア〟の恍惚とした表情を思い出すだけで寒気がする。

 

 

「私、そんな事しないよ?」

 

「分かってるから絶対にしないでくれマジで本当にお願いします……!!」

 

 

仮にストレアがそうなったらと考えた瞬間に腹部に痛みが走ったので考えるのを止めた。

 

 

 





街の防衛しながら攻略の情報集めるよ〜ってのが攻略組の方針。無限湧きのモンスター?いい狩場じゃないのと嬉々として狩りに出掛けます。

攻略組が誇る問題児たちが増えると知ってディアベルはんの胃にダメージが!!凄いぞホロウズ!!存在だけでディアベルはんにダメージを与えてるぞ!!

でも一番危ないのは〝ホロウ・ストレア〟。強さ的な意味でも、性癖的な意味でも。



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ハーフポイント・8

 

 

五十層のフィールドの端、鬱蒼とした森の中を歩くのは〝ホロウ・ストレア〟。片腕を無くして血を流し、片手で〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟の生首を掴んで鼻歌交じりで上機嫌に歩いている。

 

 

五十層は主街区の〝アルゲート〟以外はモンスターに支配されていて、それはこの森の中でも変わりはない。少し気配を詳しく探ればそこらかしこにモンスターの気配は感じられる。だが、モンスターは〝ホロウ・ストレア〟の前に出ようとしなかった。片腕を無くして見るからに格好の獲物に見える〝ホロウ・ストレア〟を察知して怯えるように影に隠れてしまっている。

 

 

それは何故か?答えは一つしかない。〝ホロウ・ストレア〟が()()()()()。例え片腕を無くしていても勝てないと思わせるほどの強者であるからモンスターたちは〝ホロウ・ストレア〟に手を出さないし、機嫌を損ねるようなことをしない。そんなことをすれば自分たちが殺されると分かっているから。

 

 

弱肉強食という力こそ全ての野生の掟がそこにはあった。

 

 

そして上機嫌のまま歩いて〝ホロウ・ストレア〟が辿り着いた先は森の奥にある泉。だが泉に溜まっている液体は水などでは無くて混沌とした液状の何か。噎せ返るような生臭さが一帯に立ち込めていて、ここに居るだけで精神を汚染されそうな冒涜的な雰囲気を漂わせていた。

 

 

「ーーーんお?」

 

「ーーー帰って来たか」

 

 

そんな泉の側で寝転がっていた者と岩に腰を下ろして剣を見ていた者が〝ホロウ・ストレア〟に気がつく。寝転がっていた者は黒いコートに二本の片手剣を脇に置き、剣を見ていた者は騎士のような装いの防具と盾を持っていた。

 

 

「やっほー〝ホロウ・キリト〟に〝ホロウ・ヒースクリフ〟」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟は前者を〝ホロウ・キリト〟と、後者を〝ホロウ・ヒースクリフ〟と呼んだ。その言葉通りに2人の顔はプレイヤーのキリトとヒースクリフと全く同じ。そして〝ホロウ・ストレア〟と同じようにモンスターの扱いになっていた。

 

 

「なんだよ、偉そうなことを言ってた割には負けて帰って来たんだな?」

 

「今の2人は死んでいる、何を言っても聞こえないと思うが?」

 

「だからちょっと退いてて。()()()()()()()()

 

 

〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟を泉の側から退かし、〝ホロウ・ストレア〟は持っていた〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟の生首を混沌の泉にへと投げ込んだ。ドプリと粘着質な音を立てながら2人の首は着水、そしてそれに反応して泉が沸騰したかのように沸き立つ。

 

 

五分もすれば泉の沸騰は終わり、泉の淵を掴んで〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟が五体満足の姿で這い上がって来た。

 

 

「あ〜死んだ死んだ!!」

 

「Fuck!!」

 

「どんな気持ちどんな気持ち?自信満々に出て行った割にはあっさりと負けてどんな気持ち?」

 

「だらしの無い事だ」

 

「黙れよ女顔に老け顔……!!」

 

「HA!!玉無しに不能が!!」

 

「よし、その喧嘩買ったぞ!!」

 

「全てを封殺してやろう……」

 

「やってみろやぁ!!」

 

「Kill you!!」

 

 

〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟の煽りに負けて〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟は武器を抜いて2人に襲い掛かる。そして予定調和のように自然な流れで4人の殺し合いが始まり、〝ホロウ・ストレア〟はそれに干渉する事なく空いた手で傷口をそっと撫でる。

 

 

「痛かったぁ……フフッ、とても痛かったわよ……」

 

 

恍惚に妖艶に、そしてどこか子供のような喜びを含んだ顔で〝ホロウ・ストレア〟は〝ホロウ・ウェーブ〟では無いウェーブ本人から与えられた傷を愛おしそうに撫でていた。

 

 

見ての通り、〝ホロウ・ストレア〟はウェーブに対して特別な感情を抱いている。彼女はウェーブのことを五十層に来る前から、それこそカーディナルがウェーブのことを観測対象と決めた時から知っていた。その時のウェーブの認識は単なる4人いる観測対象の内の1人に過ぎなかったが、1年間ウェーブの事を観測し続けた結果それ以上の感情を持ってしまった。それに気が付いたカーディナルにより、とある条件を持ちかけられて彼女はモンスターとしてアインクラッドに派遣されたのだ。

 

 

1年もの間ウェーブを観測し続け、近付きたいのに近づけないという状況にあるのことで〝ホロウ・ストレア〟はマトモではない思考に目覚めてしまった。彼から与えられた物が全て愛おしい。この傷も、棘だらけの言葉も、敵対心も、殺意も何もかもがまるで甘露の様に彼女には感じられていた。

 

 

無論〝ホロウ・ストレア〟の感情の向き先はプレイヤーのウェーブだけであって側で殺し合いを始めている〝ホロウ・ウェーブ〟などでは無い。二ヶ月前に〝ホロウ・ウェーブ〟と邂逅した時には落胆し、今日本物のウェーブと出会った事で確信した。()()()()()()()()()()()()()()()。事実、レベルの差が離れているというのに〝ホロウ・ウェーブ〟はウェーブに負けていた。それは〝ホロウ・PoH〟も同じで、きっと〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟も同じ結果になると予想出来たが〝ホロウ・ストレア〟はその未来を口に出そうとは思わなかった。

 

 

何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どんな結果になろうともカーディナルにとって利益しか生み出さないと分かっている。だから1年もの間ウェーブと触れ合えなかった腹いせに言わないことに決めた。

 

 

「あの時のウェーブの顔、可愛かったなぁ……」

 

 

殺し合いの音も聞こえなくなるほどに〝ホロウ・ストレア〟は今日のウェーブとの邂逅を思い出すことに没頭していた。例えマトモでは無い思考に目覚めてしまったとしても、〝ホロウ・ストレア〟がウェーブに抱いた感情は間違いでは無いのだからそれは自然な事だと言える。

 

 

〝ホロウ・ストレア〟という皮を被せられたAIの正体はMHCP–◾️◾️◾️。AIが人間に恋をするという事自体が異常な事だと気がつかぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーウォッ!?なんか寒気が……」

 

 

そして〝ホロウ・ストレア〟がウェーブとの邂逅を思い出し、腕の傷を愛おしそうに撫でている時、〝アルゲート〟で酒を飲んでいたウェーブは突然寒気に襲われるのであった。

 

 

 






〝ホロウ・ストレア〟ちゃんは超一途。思考は危ないけど〝ホロウ・ウェーブ〟ガン無視でウェーブの事を想ってる。でも思考が危ない。

でもどうしてだろうか……〝ホロウ・ストレア〟ちゃんがユウキチやシノノンよりもヒロインしている様に見えてきたぞ(困惑



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ホロウプレイヤー

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「ウボァァァァァァァァ!!」

 

「イィヤッフゥイィィィィィィ!!」

 

「お嬢さんお暇?良かったら僕とお茶しない?」

 

「ユナ……」

 

「エーくん……」

 

「まったく持っていい空気吸ってやがるなこいつら」

 

 

五十層にやって来てから3日目の夜。今日も今日で防衛戦を終えた俺たちは転移門広場で酒盛りをしていた。モンスターの襲撃は一日中行われるので朝と夜で交代して対処する様に攻略組では決めていた。こうして酒盛りに集まったのは朝の番の者たち。酒飲んでガンギマリしてるのか訳のわからない奇声を叫ぶ者が大半、静かに飲んでいるのは一部だけ。シュピーゲルは〝血盟騎士団〟の女性プレイヤーをナンパしているし、ノーチラスとユナは酒を飲んで酔っ払ったのか顔を赤く染めながら互いを見つめ合っている。

 

 

「よぉ、ナミっち」

 

「おう、アルゴか」

 

 

青春してるなぁと2人を眺めて他を出来るだけ気にしない様にしていたらフードを外したアルゴがやって来た。本来ならアルゴは安全マージンしか取っていないので最前線には来れないのだが、アルゴの情報収集能力を買われて特別に来る事を許されている。それでも基本的には安全圏内にいて、今回は四十九層にいるのだが。

 

 

「何か分かったのか?」

 

「あぁ、NPCから情報集めてみたら興味深い話を聞いてナ」

 

 

そう言って渡されるのは情報を纏めた羊皮紙。空になった酒瓶をシュピーゲルに向かって投げつけてからそれを受け取る。

 

 

羊皮紙に纏められていたのはお伽話の様な物だった。リアルでも聞いた事があるようなどこの国にでもある創世神話。一柱の神が世界を作り生命を産み出し、産み出した生命が知恵を得た事でその神がいては生態系が乱れる事を危惧して打ち倒された辺りで終わっている。

 

 

その中でも目を引いたのは神が作り出した五体の現し身の話。産み出した生命の中でも最も強く成長した者5人を真似て作られたと書かれている。間違いなくホロウと名のついたモンスターたちの事だろう。そして真似て作られた五体の現し身の強さは元となった5人と同じ強さだが、〝要〟と呼ばれる存在により元となった5人よりも強くなっているとある。

 

 

「成る程、この〝要〟って奴があいつらの強さの秘密ね」

 

「それをどうにかすればホロウたちのレベルは今のナミっちたちと同じになるはずダ。そうなればもう少し楽に戦えるだロ?」

 

「まぁそうだけどな……」

 

 

ホロウたちの中で戦ったのは俺とPoHとストレアのホロウだけでキリトとヒースクリフのホロウに関しては予想するしかない。だがどう考えても〝ホロウ・ストレア〟を除いたホロウたちは俺たちの中で元になった奴が対処すれば問題無く勝てる存在だとしか思えないのだ。

 

 

いくら向こうの方がレベルが高いとは言え使って来るのは俺たちが使っていた戦法。そんな物をさも自慢げに振り回されたところで俺たちが負ける訳がないのだ。しかも向こうはそれに気がついていない様子だった。自分は負けないと思い込んで見て見ぬふりをしているのか、カーディナルから気がつかない様に処理されているのかは分からないが、それに気がついて改善しようと思わない限りは俺たちは負けない。

 

 

まぁ負けないのが俺たち4人だけであって他の攻略組のメンバーだと普通に負けるので最大限の警戒はしているが、初日で姿を見せて以降ホロウたちの動きはまったく掴めていない。モンスターに紛れて戦っている姿を確認されていないし、遠くから観戦しているわけでもない。何もして来ないのが不気味で仕方がない。

 

 

「んじゃ、それをヒースクリフに渡しておいてくレ。フロアボスの事とか〝要〟の事とか調べることは山ほどあるからナ」

 

「あいあい、働き過ぎで倒れない様にな〜」

 

 

羊皮紙をアイテムボックスに放り込み、いそいそと去っていくアルゴを見届ける。ふと奇声を上げていた奴らがどうなったのか気になって見て見たが、何故が全裸になって盆踊りを踊り出し、それを見た女性プレイヤーが迷わずに黒鉄宮に叩き込むがものの数秒で帰って来てさらに黒鉄宮に叩き込まれるという謎の無限ループが発生していた。倫理コードがかかっていれば恥部にはモザイクでも入るのだろうが俺は解除しているので丸見えだ。何故かビンビンにいきり立っているそれを見てしまい吐き気がする。

 

 

止めてくれ、ユウキとシノンの教育に悪いから。もう手遅れかもしれないけど希望を持つことくらいは自由にさせてくれ。

 

 

「ん?そういやユウキとシノンの姿が見えないな?」

 

 

さっきまで攻略組の男共を洗脳して肉壁に仕立て上げてやると野望を抱いていた2人の姿が見えなくなっていた事に今更気がつく。まだ洗脳の最中かと思ったが転移門広場内で2人の気配は感じられない。どうやらどこかに出て行ったらしい。

 

「はぁ……一言くらい言って欲しかったなぁ。まぁ、こっちもこっちで似た様なもんか」

 

 

街の中から感じられる、明らかに誘っている視線を感じながら酒を煽る。粘着質でそれでいて熱っぽい視線は真っ直ぐに俺だけに向けられていて他の攻略組のメンバーは気がついている様に見えない。こんなものを向けて来る相手は1人だけ……いや、一体だけ心当たりがあり、相手をすることを考えると頭が痛くなるのだが相手出来るのは俺くらいしかいないので腹を括って視線の元に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視線を追いかけて辿り着いた先は2日前に〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟と会った娼館。ドラゴンの着地で崩壊してしまって、いつ残りが崩れるか分からないから立ち入りを禁止してある場所。

 

 

そこで建物の残骸の上に座りながら俺に向かって微笑みかけて来るのはストレア……いや、外だけで中身が違う。あれはストレアに偽装している〝ホロウ・ストレア〟だ。斬り落としたはずの腕は治療したのか元に戻っている。

 

 

「モンスターでも〝隠蔽〟が使えるんだな?」

 

「カーディナルから与えられたスキルだけどね」

 

 

そう言って〝隠蔽〟を解除したのか、ネームがストレアから〝ホロウ・ストレア〟へ変わった。

 

 

それにしても、ワザとかどうかは分からないが厄介な物を目にしてしまった。〝ホロウ・ストレア〟が〝隠蔽〟を使ってストレアに偽装出来たということは他のホロウたちも〝隠蔽〟を使って元になった者に偽装出来るという事になる。ホロウたちのことはすでに攻略組に公表しているがそれはあくまでもモンスターとしてしか認識されていない。プレイヤーに偽装出来ることを誰にも知られていない。

 

 

つまり、ホロウたちはその気になれば攻略組を中から壊すことが出来るのだ。

 

 

「何?それして闇討ちでもするの?小賢しいことしてくれるな」

 

「それは無いよ。他のホロウたちはオリジナルへと執着しかないからウェーブが考えてるであろう闇討ちなんてしないだろうし、私がこうしてやって来たのは貴方に会うためなんだから」

 

「……俺にねぇ」

 

 

何だろう、もう嫌な予感しかしない。というよりも〝ホロウ・ストレア〟が俺に向ける視線を俺は見たことがある。あれはユウキやシノンが時折俺に向けて来る物……()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェーブ……私は貴方の事が大好き、愛しているわ。貴方から与えられる言葉が、敵意が、殺意が痛みが全て愛おしいの。だから、私と一緒に来ないかしら?」

 

 

酷く甘ったるい声で熱にうなされた様に、〝ホロウ・ストレア〟は初な少女の様に顔を羞恥に赤らめながら、俺に愛の告白をして来た。

 

 

 






五十層におけるホロウたちの役割と高レベルな理由を公開。〝要〟と呼ばれる物をどうにか出来れば弱らせる事が出来るらしいぞ!!なお、ウェーブの体感で現状でもどうにかなりそうな模様。

ホロウたち、なんと〝隠蔽〟を使えばプレイヤーに化けて街に潜り込める。でもウェーブはそれを初見で看破する。流石はキチガイ!!

〝ホロウ・ストレア〟からの告白。まさかユウキチとシノノン以外で始めに告白したのがモンスター兼AI兼敵役とは……たまげたなぁ。



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ホロウプレイヤー・2

 

 

「ごめんなさい」

 

 

予想も予感もしていた〝ホロウ・ストレア〟からの告白を反射の領域で返す。丁寧に頭を下げて腰を九十度に曲げてだ。どういう訳か分からないが〝ホロウ・ストレア〟は俺が五十層に来る以前から俺の事を知っていて、俺の事を想ってくれていた。その想いは間違いなく本物だと感じたから例え〝ホロウ・ストレア〟がモンスターだろうと1と0で出来たAIだろうと真剣に返すのが筋というものだ。

 

 

「……どうしてか聞いても良いかしら?」

 

「一つ、俺はお前の事を知らない。好きだ愛していると言われても俺がお前の事を知らなきゃ話にならん。自分が相手を愛しているのならそれで良い?アホか、()()()()()()()()()

 

 

愛して愛されて、与えて与えられるというのが愛だと俺は考えている。それなのに〝ホロウ・ストレア〟の愛は一方通行で自己完結してしまっている。愛している愛していると叫んでいるのにこちらの返事を聞こうとしない。そんな自己完結が感じられたのだ。

 

 

「一つ、お前よりも長く俺の事を慕ってくれている奴らがいる。好きだ愛していると叫んでアピールして、好いて愛してと求めてる彼女たちを放置してポッと出の女の尻を追いかける?アホか、()()()()()()()()()()()()

 

 

2人とは言うまでもなくユウキとシノンの事。リアルから俺に対して好意を抱き、好きだ好きだと叫んで愛して欲しいとアピールしている彼女たちを無下にして〝ホロウ・ストレア〟の想いに応えるなんて有り得ない。俺の都合で応えられないと応えていないのにそれでも良いと、応えてくれる時まで待つと言ってくれた2人を無視するなんて俺には出来ない。俺の勘では2人の想いに応える時はそう遠くないと思う。願わくば、それが薬とか使わないでやって来て欲しい。房中術ならギリギリで勘弁してやる。

 

 

「そして最後に、与えられた役割(ロール)だか知らないがストレアの外見で言われても萎えるんだよ。本当の自分も曝け出さずに男ウケしそうなストレアの見た目で告白?アホか、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の中身は間違いなくストレアとは別物、〝ホロウ・ウェーブ〟の様に元となったストレアを真似ていない。この感情は間違いなく〝ホロウ・ストレア〟が抱いた正真正銘の本物の感情なのだろうがストレアの見た目で告白している時点で論外だ。告白相手である俺に、そして()()()()()()()()()()。醜かろうが胸を張れよ、万人受けされない容姿だろうが自分を偽ったら終いだろうが。まぁカーディナルから与えられた役割(ロール)でストレアの見た目になっているかもしれないが。

 

 

「以上から言わせてもらいたいのは三つだ。一つ、俺がお前の事を知ってから。一つ、2人の想いに応えてから。一つ、本当の自分を曝け出してから。これがちゃんと守れてなお俺の事が好きだって言うんだったらその時にもう一度告白して来い」

 

「……思ったよりも真剣に返されてビックリしてる」

 

「ぶん殴るぞ」

 

 

折角人が真剣に考えてやったと言うのに間抜け顔晒して出たのはそれかよ。今すぐ助走をつけてドロップキックでも顔面に叩き込んでやりたいが、そうする事で〝ホロウ・ストレア〟に暴れられるのも困る。攻略組のメンバーのほとんどが泥酔しているから使い物にならないのだ。出来る限り穏便に、戦いになったとしても被害を抑えて殺す必要がある。

 

 

「ゴメンゴメン……そっか、確かに言われてみればそうよね……うん、分かった」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟は悩み、答えを出したのか納得した様な表情になって瓦礫から飛び降りて俺と同じ目線に立った。ストレアと同じ紅い目が、ストレアとは違う感情を含んで真っ直ぐに向けられる。

 

 

「貴方の言う事は厳しいけど確かに共感出来る。この場は振られてあげるわ。だから、この五十層で私の事を知って。ちゃんと彼女たちの想いに応えてあげて。それでいつか本当の自分を見せるから、その時には応えてね」

 

 

顔を包む様に手を添えて、俺の顔が動かない様に固定された状態で〝ホロウ・ストレア〟はそう告げた。それを聞いて、少しだけ可笑しくなってしまう。

 

 

あぁ、どうしてストレアのホロウはこんなにも健気で強くて綺麗だというのに、俺のホロウはあんなにも脆く弱く醜いのだろうか。まるで俺という人間が醜悪だと言われているようなものじゃないか。

 

 

「……何が可笑しいのかしら?」

 

「若干の自己嫌悪があってな」

 

 

このままでは自己嫌悪の無限ループから自己否定に入りそうだったので〝ホロウ・ストレア〟の不機嫌な声を聞いてそれを止める。

 

 

そして丁度その時、遠く離れた場所から爆ぜる音が聞こえて来た。あの音は何度も聞いた事があるーーーシノンが愛用している炸裂矢の爆発音だ。

 

 

「シノン……!?」

 

「あ〜……そう言えば私と一緒に〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・キリト〟が来てたの忘れてた。足止め頼まれてたけど丁度良かったから告白しようって考えてたから……ごめんね?」

 

「つまり、シノンがホロウの俺に襲われていると……」

 

 

俺の偽者が、シノンに害をなしていると聞いて全身から熱が消えた。

 

 

怒りには二種類ある。一つは頭に血を登らせて、感情のままに暴れる激情。一つは逆に冷静になって無感情になる冷徹。俺は後者の方、怒れば怒るほどに感情は削ぎ落とされて淡々と報復するだけの装置になる。過去に家を燃やした時には無表情で灯油を撒いて放火していたと爺さんが言っていた。

 

 

今回の怒りはそれよりも酷い。全身から熱が無くなる。心が冷めて、脳が〝ホロウ・ウェーブ〟の殺害方法を次々に提示してる。

 

 

昔に一度だけユウキとシノンに見せて、怖いと怯えられた俺が戻ってくる。

 

 

「どこにいる?」

 

「それも中々……ここから東に直線で800メートル辺りね。交戦中なのか南の方に移動しているわ」

 

「そうか」

 

 

教えてくれた事に対する礼も無しに建物の出っ張りを掴んで屋上に上がり、アイテムポーチから非常時用に入れておいた敏捷値上昇のポーションを取り出して一気に飲み干す。

 

 

そして、〝ホロウ・ウェーブ〟を殺すために〝アルゲート〟を駆け抜けた。

 

 






〝ホロウ・ストレア〟ちゃんの告白を断るキチガイ。キチガイはキチガイだけどちゃんとした価値観を持つグレートキチガイだから恋愛に関してもマトモに考えてるっていう。でもユウキチとシノノンに愛されている時点でギルティ。それがロリって言うだけでギルティ倍プッシュ。

そしてマーダーウェーブ出撃。今ここに、〝ホロウ・ウェーブ〟の未来は決定した。



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ホロウプレイヤー・3

 

 

「急な呼び出しか……何だろうね?」

 

「さぁ?何かあったんじゃないのかしら?」

 

 

夜の酒盛りで良い空気を吸っていた攻略組のメンバーを私たちの魅力で洗脳する事によって肉壁に仕立て上げようとしていたのだが、休憩中にウェーブがやって来て用事があると呼び出されたので断念して呼び出された転移門広場にユウキと一緒に向かっている。

 

 

ウェーブのこうした呼び出しはほとんど無いと言って良いほどに珍しい。いつもはその場で言うか、メッセージで伝えるのだから。月明かりと星明かりに照らされて幻想的な雰囲気を漂わせている転移門広場に呼び出されたので少し期待している自分がいる。きっとユウキもそうだろう。頭に生えているアホ毛がミョコミョコ動いている。

 

 

ウザいので引き千切る事にする。

 

 

「いったぁ!?何するのさ!?」

 

「ウザかったから千切ったわ」

 

「じゃあしょうがないなぁ……」

 

「許しちゃうのね……」

 

 

大袈裟に痛がった割にはユウキのHPゲージは1ドットも減っておらず、私のカーソルはグリーンのまま。正直にウザかったからと理由を伝えたらアッサリとユウキは怒りを納めてくれた。私が衝動的にやっといて何なのだがそれで良いのだろうか。

 

 

「ーーーよぉ、待たせたな」

 

 

とその時、建物の暗がりから現れたのは私たちを呼び出した張本人のウェーブだった。

 

 

「呼び出しておいて遅かったわね」

 

「酔っ払いに絡まれてな、ウザかったから鼻フックして酒樽に詰めておいた」

 

「ウェーブ、それはディアベルの芸風だからディアベル以外にやっちゃダメだよ?」

 

「誰がやったって同じだろうが」

 

 

余程絡まれた事がウザかったのか、ウェーブは苛立ち混じりの顔をしている。まぁ用事があるのに酔っ払いに絡まれれば苛立ってもおかしくないか。

 

 

「で、私たちを呼び出して何の用よ?あそこじゃ言えない事なの?」

 

「あぁ……流石にこれをあそこで言うのはダメだと思ってな」

 

「む、これはまさか……」

 

「黙りなさい」

 

 

この場の雰囲気とウェーブがそういう気配を出しているのを感じ取ったから余計な事を口にしようとしていたユウキを黙らせる。とはいえ私も中々期待している。リアルにいる時は年齢を理由にして逃げていた彼がまさかここでという期待を。まぁ最近は思うところがあったのか、矢鱈と()()()()()()見られることが多くなっていたから前倒しがあるなとは思っていたが。

 

 

約束破り?そんなものは私たちにとってはウェルカムだ。私たちは漣不知火(ウェーブ)の事を愛していて、彼から愛されたいと願っている。あのキチガイ一家に生まれた比較的常識人という事で未成年の私たちに手を出そうとしなかった。だからお義母様に頼んで房中術を学び、あくまで向こうから手を出させようとしていたのだ。その苦労が漸く報われるとなれば感慨深いものがある。

 

 

「ユウキ、シノン……」

 

 

ウェーブがゆっくりと近づいてくる。顔は恥ずかしさからか赤くなっていて、それでも真剣な表情を浮かべている。

 

 

「俺はお前たちの事が……」

 

 

一歩一歩を踏みしめる様に、それでも確実に近づいてくる。

 

 

「すーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーユウキ(〝射撃:クィックドロウ〟)

 

「ーーー分かってるよ(〝OSS:キリエ・エレイソン〟)

 

「ギィーーーッ!?」

 

 

ウェーブが必殺圏内に入った瞬間に短弓を構えて喉と両目に矢を放ち、ユウキが対人戦目的で作った五連撃のOSSで五臓を穿ち斬り裂いた。私の矢は喉と両目を貫いたが、ユウキの剣は下に着込んでいた鎧にでも阻まれたのか金属音が聞こえたので致命傷にはならないだろう。それでも衝撃で弾き飛ばされて花壇に頭から突っ込む。目の前のウェーブから距離をとって短弓を構え、ユウキを前衛に置く。

 

 

普通ならば許されない行為、アルコールが入っていたとしても悪ふざけでは済まない攻撃をした事に微塵も躊躇いは無い。何故なら、

 

 

「ーーーあぁ……()()()()()()?完璧だと思ったんだがな」

 

 

喉と両目に刺さった矢を引き抜きながら立ち上がるウェーブの姿がその証拠だ。攻撃した事で出血は見られるが、目を潰した事で起こるはずの部位欠損が起きておらず両目に傷はない。無事な両眼で私たちの事を見下す様にネットリとした視線で見ていた。

 

 

「呼ばれた時からよ」

 

「同じく」

 

「マジかよ……参考までにどうしてバレたのか教えてもらっても良いか?」

 

 

ウェーブが呆れた様な動作をするのと同時にプレイヤーを表していたカーソルがモンスターを表すものに変わり、ウェーブのネームが〝ホロウ・ウェーブ〟に変わる。

 

 

そう、ウェーブだと思っていたのは〝ホロウ・ウェーブ〟だった。おそらく〝隠蔽〟でも使ってウェーブに偽装でもしていたのだろう。

 

 

それでも、私たちは始めっから気が付いていたが。

 

 

「彼はね、なんだかんだ言っても真面目な人なのよ」

 

「個人的な要件があるにしてもここが終わってからにするはずだしね。それと……」

 

「えぇ……」

 

「「恋する乙女を舐めるなよ(〝観察眼:恋する乙女〟)」」

 

 

宴会場で声を掛けられた時からウェーブが本人でない事になど気が付いていた。それでもホイホイ付いてきたのは私たちの大好きな漣不知火(ウェーブ)の真似をしているこいつが許せなかったからだ。

 

 

それでも、もしかしたらと期待していたのは事実だが。

 

 

「恋する乙女ねぇ……まぁ、()()()()()()()()()()()

 

 

自分から聞いておいて〝ホロウ・ウェーブ〟は至極興味なさそうにそういうと虚空から現れた片手剣と刀を握り、ウェーブと同じ構えないという構えを取る。

 

 

「俺がウェーブ()であるためにはお前たちが必要不可欠なんだよ。だから連れて行く。それだけの話だ」

 

 

その言葉で〝ホロウ・ウェーブ〟の関心はあくまでウェーブにあって、ただ何の関心も持たずに私たちを狙っている事が分かった。ウェーブから聞いていたが、本当に〝ホロウ・ウェーブ〟はウェーブである事に執着している様だった。私たちがウェーブの側にいるから、だから私たちを狙っているのだろう。

 

 

「気持ち悪いわね」

 

「下手なストーカーよりも終わってない?」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の在り方に酷い嫌悪感を覚えながら炸裂矢を五本放つ。三本は上半身を目掛けて、二本は足止めのつもりで〝ホロウ・ウェーブ〟の足元に目掛けて。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の強さはウェーブから聞いている。高レベルに高ステータス、欠点があるとすれば技術は過去の物だと言っていたがそれでも私たちにとっては欠点にならない。少数か単騎で相手をして勝てるのはホロウの元になった本人たちくらいだろう。つまり、私たちでは〝ホロウ・ウェーブ〟に勝てないのだ。

 

 

騒ぎを起こせば攻略組のプレイヤーたちが集まるだろうし、ウェーブも来るからそこで囲んで袋叩きにでもしようと思ったが、

 

 

「ふんッ」

 

 

その考えは前進しながら矢を避け、炸裂矢の爆発を背中で受け止めて加速した〝ホロウ・ウェーブ〟の姿を見て甘かったと思い知らされる。成る程、真似ているとはいえウェーブである事には変わりないらしい。回避行動に一切の無駄が無く、その上炸裂矢を躱わしながら前進するという恐怖心を無視した行動をアッサリとしてくれている。しかも不意打ちで視界を奪い、出来れば殺すつもりだったのに目が無事で生きているのを見る限り、〝部位欠損耐性〟と〝即死耐性〟はありそうだ。

 

 

高レベルで高ステータス、SAO内でトップクラスのプレイヤースキルに加えて〝部位欠損耐性〟と〝即死耐性〟持ちとかゲームバランスを無視したスペック過ぎる。

 

 

足を止めて、同じ視線で戦うのは不味いと考えて炸裂矢を自分の足元に撃ってジャンプ。爆発に乗って建物の上に逃げる。ユウキはパルクールの要領で壁の凹凸を利用して屋根の上に逃げて、〝ホロウ・ウェーブ〟が地面にいるのを確認して迷わずに逃げ出した。

 

 

まともにどころか何をやったとしても私たちだけで倒せる相手でないと分かった。だから攻略組のメンバーが、そして本物のウェーブが来るまでの時間を稼ごうと逃げを選んだ。

 

 

「逃がさねぇよ?」

 

 

追ってきた〝ホロウ・ウェーブ〟の足を鈍らせようと炸裂矢を放つが爆発は耐久値ですべて受け止められ、崩れる屋根の瓦礫を足場にしながら〝ホロウ・ウェーブ〟は真っ直ぐに私たちを追いかけている。これは本物のウェーブも普通に出来そうな事で、こんなところまで再現しなくて良いだろうと〝ホロウ・ウェーブ〟を作ったであろうカーディナルに呪詛を吐く。

 

 

敏捷値を上昇させるポーションを飲んでいるがそれでも〝ホロウ・ウェーブ〟の方が早いのか徐々に距離は詰められ、その上誘導されているのが攻略組がいない、人気の無い区画に追いやられて行くのが分かる。どうにかして軌道を修正したいがそれをするための僅かなロスで追いつかれそうだから出来ないでいた。

 

 

「ーーーほら、追いついたぞ?」

 

 

追いつかれたと判断してからの行動はほとんど反射的だった。炸裂矢では無い速度重視の為に作った軽量の矢を放ち、ユウキが射線を隠す為に〝ホロウ・ウェーブ〟の前に立ちはだかる。どれも最善手に思えるが〝ホロウ・ウェーブ〟を相手にするなら悪手に見えてしまう。

 

 

馬鹿げた反応速度を持つユウキならばウェーブを相手にしてもある程度は持ち堪えられる。しかし、逆に言えばある程度しか持ち堪えられないのだ。

 

 

立ちはだかるユウキを前にして〝ホロウ・ウェーブ〟は着ていたコートを脱ぎ、ユウキに目掛けて投げた。広がるコートによりユウキの視界が塞がれる。ウェーブが前に言っていた。見られてから反応されるのであるなら見られなければ良いじゃないと。そう言ってウェーブは着ていたコートを投げる事でユウキの視界を塞いで反応させない様にしていた。

 

 

前に一度やられたからか、ユウキは後ろに退いて見えないウェーブから距離を取ろうとしてバランスを崩した。足を滑らせたのでは無く、足を斬られたと分かったのはコートの陰に隠れる様に体勢を低くして片手剣を振り切っている〝ホロウ・ウェーブ〟の姿が見えたから。

 

 

前衛(ユウキ)がいなくなり、ウェーブの範囲内にいるのなら私の負けは決定事項だった。急所を狙った矢はすべて最小限の動きで躱され、ユウキと同じ様に足を斬られた上に右手を斬り落とされる。足という支えを無くした私たちは無様に屋根から転げ落ちて石畳に叩きつけられた。

 

 

部位欠損を治す為にアイテムポーチから〝治癒結晶〟を取り出そうとするが、〝ホロウ・ウェーブ〟の手によってアイテムポーチを剥ぎ取られてしまいそれは叶わなかった。

 

 

「手こずらせてくれたな。手間だったが、良い。俺はお前たちを許してやる。だって俺はウェーブだからな」

 

「……ハッ、可笑しなことを言うじゃない」

 

「ホント、モンスターなんて辞めてピエロにでもなったら?」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の発言が可笑しなことに本人は気づいていないだろう。ウェーブは確かに身内には優しくて甘くて寛容だ。それでも怒る時は怒るし、叱る時は叱る。それに態々自分(ウェーブ)だからという理由で許したりなんてしない。右手と両足を無くしている絶対絶命の状況だというのに、それが可笑しくて仕方がなかった。ユウキも似た様なことを考えたのか、両足を無くしているのに人を馬鹿にした様な笑みを浮かべている。

 

 

だが、それが〝ホロウ・ウェーブ〟は気に入らなかった様だ。不愉快そうに顔を歪めて、近くでうつ伏せに倒れていた私をひっくり返し、馬乗りになって()()()()()

 

 

「なっ!?」

 

「シノン!?」

 

「あぁもう良いや。連れて帰ってからヤろうと余ってたけどここでヤっちまおう。嬉しいよな?なんてたって、惚れてるウェーブ()に抱かれるんだからよ」

 

 

巫山戯るなと叫びたかったが私を黙らせる為か口を塞がれていてくぐもった声しか出す事が出来ない。無事な左手は膝で抑えられて動かす事が出来ない。

 

 

そうして私は抵抗が出来ず、防具も服も、下着も破り捨てられて〝ホロウ・ウェーブ〟に裸を晒すことになる。

 

 

死にたかった。漣不知火()以外の男に裸を見せる事が屈辱だった。漣不知火()以外の男に、漣不知火()を真似ているつもりになっているこいつに処女を捧げたく無い。

 

 

でも抵抗は出来ない。腕を使って寄ろうとしていたユウキは麻痺毒が塗られた投げナイフにより麻痺状態で動けない。人気の無い区画なので攻略組どころかNPCの助けも期待出来ない。

 

 

だから私に出来ることはたった一つだけ。心の中で必死に彼に、私たちが愛している彼に助けを求める事だけだった。

 

 

「ほら、なんか言いたい事あるか?」

 

「ーーー助け、て……不知火……」

 

 

余裕の現れなのか、口を抑えていた手が退けられて出たのは助けを求める言葉。〝ホロウ・ウェーブ〟(偽者)なんかでは無い、本物の彼に助けを希っていた。

 

 

「そこは大好き〜とか愛してる〜だろうが……お前本当にウェーブ()の事好きなのか?……まぁ、さっさとヤってしまうか」

 

「詩乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟(気持ち悪い何か)が戯言をほざきながらズボンに手を伸ばす。

 

 

麻痺して動けないユウキの悲痛な叫び声が聞こえる。

 

 

涙が出る。愛していると言いながら、他の男に純潔を渡してしまう事が申し訳なくて。

 

 

ごめんなさいと心の中で唱え、視界に映る〝ホロウ・ウェーブ〟の顔を見ない様にと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーねぇ」

 

 

その時、声が聞こえた。低く、とても小さく、それでいてよく通った声。それと同時に〝ホロウ・ウェーブ〟だけに冷たい怒気と鋭い殺意が向けられる。

 

 

だけど、その声を聞いて私は安心した。

 

 

あぁ、来てくれたんだ。

 

 

「ーーー何やってんの?」

 

「なーーー」

 

 

聞こえたのは二つの同じ声。前者は淡々と、後者は驚愕を孕んだ声をあげて、私の上から重みが消えた。

 

 

「ごめん、遅くなった」

 

「……ううん、遅くなんか無い。ちゃんと、貴方は来てくれた」

 

 

閉じていた目を開けばそこにいたのは〝ホロウ・ウェーブ〟と同じ顔で、だけど全くの別人。無表情ながらも今にも泣き出しそうな雰囲気の彼は謝罪をすると着ていたコートを脱ぎ、私に掛けてくれた。

 

 

「待っててくれ、すぐに終わらせる」

 

 

いつもの彼の雰囲気は欠片も無く、いつの日か現実で見た本気で怒っている時の雰囲気を漂わせながら彼は片手剣と刀を抜いて淡々と、だけど安心させる様にそう言った。

 

 

「お前、よくもやってくれたな?」

 

「ハッ!!俺がウェーブ()の女に手を出して何が悪い」

 

「あぁ()()()()()()()ーーー殺してやる」

 

 

仮装アバター(ウェーブ)としてでは無く漣不知火として、彼は極寒の怒気と絶対の殺意を纏いながら〝ホロウ・ウェーブ〟に向かって死刑宣告を言い放った。

 

 

 






ユウキチとシノノン、ウェーブに化けた〝ホロウ・ウェーブ〟を看破する。恋する乙女を舐めたらあかん。

本当だったら誘いに乗ったフリをして人呼んでリンチするつもりでいたのだが、〝部位欠損耐性〟と〝即死耐性〟とかいうどこかの誰かを意識した耐性をつけた〝ホロウ・ウェーブ〟に追い詰められる。小物臭がするとか言われてるけどウェーブの技術プラス高レベル高ステータス持ちなんで弱い筈がない。

そして窮地に駆け付けるウェーブ。これはまさしくヒーローですわ。



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ホロウプレイヤー・4

 

 

子供の頃、3歳か4歳だったか、俺はヒーローに憧れていた時期があった。

 

 

TVの中で怪人が暴れ回り、無力な人々が逃げ惑う事しか出来ないでいる。そんな時に、どこからともなく颯爽と現れて、怪人を倒すヒーローに憧れた。そんな人がいるんだって、幼かった俺は本気で信じていた。

 

 

まぁそんな憧憬は5歳頃には粉微塵に砕かれて、ヒーローを待つよりも自分で解決した方が早いと分かってしまった。

 

 

そして時間が経って、俺は紺野木綿季と朝田詩乃に出会った。片や家族全員が難病に侵されて、奇跡的に助かった女の子。片や強盗に巻き込まれ、母親を守る為に銃を手にした女の子。そんな彼女たちが成長し、俺の事を好きだと雰囲気と態度で表す様になった時に一つ決めた事がある。

 

 

俺は彼女たちのヒーローになろう。彼女たちが辛いとき、苦しいとき、悲しいときに駆けつけて、彼女たちを助けようと。

 

 

そう誓った訳だが、その誓いは間違っていた事を今知った。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟に襲われていた2人に追いついた。彼女たちが窮地に陥っていた時にやって来た。はたから見ればとてもヒーローの様に見えるタイミングでの登場だった。

 

 

だが、現実はどうだろうか?

 

 

両足を斬り落とされて、麻痺状態になって涙目で動けないでいるユウキがいた。両足と右腕を斬り落とされて、犯す為に服を破り捨てられて泣いているシノンがいた。

 

 

子供の頃に憧れていたヒーローの様に現れて、2人を嘆き悲しませている。()()()()()、それじゃあ。

 

 

2人に辛いと思わせた、苦しいと思わせた、悲しいと思わせた。その時点で手遅れだと今頃になって気付かされた。

 

 

今、俺は怒っている。2人をこんな目に合わせた〝ホロウ・ウェーブ〟に、そして2人がこうなる前に来れなかった自分自身に怒っている。感情のままに〝ホロウ・ウェーブ〟を八つ裂きにし、自分の心臓を抉り出したいと思うがそれとは反対に俺の中から熱が消え失せて、どうやって殺すのかという思考に埋め尽くされる。

 

 

「殺す前に聞いておく。なんでこんな事をした?」

 

 

今にも飛び出しそうな身体を精神で押さえ込み、僅かな理性でこんな事をした理由を尋ねる。〝ホロウ・ウェーブ〟の執着が俺に向いているのなら2人に手を出す理由は無いはずだ。その理由が分からなければまた2人がこいつに襲われるかもしれない。

 

 

「なんで?なんでかって?そりゃあ決まっているーーー()()()()()()()()()()

 

 

そう考えての問い掛けだったが、〝ホロウ・ウェーブ〟から返って来たのはよりにもよって最低な答えだった。

 

 

「俺はウェーブだ。ウェーブの側にはいつもその2人がいる。だから俺の側にその2人がいなくちゃいけないだろ?だからだよ、それ以外に理由がいるか?」

 

「ーーーあぁ、そうか」

 

 

身体を抑え込んでいた精神が仕事を放棄する。

 

 

「俺になりたいのならなれよ。こんな誓ったことも守れないクソ野郎なんぞくれてやる」

 

 

殺意が研ぎ澄まされる。怒気が怒気を超えて赫怒になり、熱が完全に消え失せる。

 

 

だから(〝色散らし:集中霧散〟)ーーー死ねよ、(ウェーブ)

 

 

理性が制御を放棄した事で本能で身体が動き出す。〝ホロウ・ウェーブ〟の呼吸を奪い、合わせて意図的に乱すことで一点に集中する事を阻害しながら死角に潜り込んで首に刀を滑らせる。

 

 

正面から正々堂々と、不意を打った奇襲に〝ホロウ・ウェーブ〟は反応できずに首を斬られる。だが首に切り傷が着いただけで〝ホロウ・ウェーブ〟の首は繋がったままだった。

 

 

〝部位欠損耐性〟と〝即死耐性〟か(〝観察眼〟)……で?それが何か?(天賦:蹂躙)

 

 

一撃必殺では殺せないと判断し、反応しようとした〝ホロウ・ウェーブ〟の反応速度を上回って股間を蹴り上げ、眼窩を刀の柄で殴り抜く。目というのは存外に硬い。殴り方を工夫すれば目の奥の骨を砕いて脳にダメージを与えられる程に。〝部位欠損耐性〟のお陰で失明することは無いがしばらくは使い物にはならないだろう

 

 

そして痛みで固まった〝ホロウ・ウェーブ〟の腕を掴んで伸ばし、膝で蹴り上げて関節を逆に曲げさせて砕く。感触が思っていたよりも硬かったが壊せない程でない。剣の間合いでは無いと片手剣を投げ捨てて殴りかかって来た拳を避けて掴み、同じ様に砕いてやる。〝部位欠損耐性〟があるので斬り落とすことは出来ないが、骨折させる事で使えなくする事が出来るのは攻略組での共通認識だ。〝部位破壊耐性〟でないのが悪い。

 

 

無事な眼窩に指を突っ込む。クチュリと眼球の潰れる感触が指に伝わるがそれに構うことなく力任せに〝ホロウ・ウェーブ〟を投げ捨てる。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟が使っていた片手剣と刀を拾い上げて未だ宙を舞っている〝ホロウ・ウェーブ〟に向けて投擲。〝ホロウ・ウェーブ〟が壁に叩きつけられるのと同時に片手剣と刀は両肩の付け根に突き刺さり、磔にされた〝ホロウ・ウェーブ〟が出来上がる。

 

 

「なんだ……こんなのがウェーブ()かよ」

 

 

こんなのになりたいと〝ホロウ・ウェーブ〟は言っていたが、今のこいつの姿を見ていると怒りと同じくらいに呆れている。こんな者の為に2人は傷付き悲しみ苦しんで泣いたのかと。

 

 

喚く〝ホロウ・ウェーブ〟を無視し、麻痺状態のユウキに解除ポーションを飲ませてから抱き抱えてシノンのところに連れて行き、〝治癒結晶〟を握らせる。2人のHPはレッド手前のイエローだった。それにいつまでも欠損状態のまま放置したく無い。

 

 

「……ごめん」

 

 

ユウキを抱き抱える時、シノンに〝治癒結晶〟を握らせる時に触れて2人が震えていることに気がついた。2人を怖がらせてしまった。一から十までウェーブ()が悪い事は重々承知。だから謝る事しか出来なかった。

 

 

「ーーーさて、殺すか(〝観察眼:弱点看破〟)

 

 

磔から逃れようともがく〝ホロウ・ウェーブ〟の前に立ち、弱点を確認。急所自体はプレイヤーと変わらない。ただ部位の欠損が無く、即死しないだけの動けないプレイヤーなんて20レベル差があっても殺せる。

 

 

がら空きの首を断つ。邪魔な鎧を切り裂いて心臓を穿つ。引き抜かずに傷口に手を突っ込んで内臓を握り潰しながら掻き回す。手足は指先から丹念に砕く。砕いている最中に折れてしまうこともあるがそうなっても手間は惜しまずに。シノンを犯そうとしていたから股間は使い物にならない様に念入りに蹴り上げて踏んで磨り潰す。歯を砕いて遮るものを無くしてから剥がした爪を口に詰め込む。口が爪で一杯になったところで口と鼻を摘んで無理やり嚥下させる。耳の穴に投擲ナイフを根元まで強引に捩じ込む。鼻の穴にはそこら辺に置いていた瓦礫を入れる。そういえばと思い出してアイテムポーチから毒薬を取り出して蓋を開けた瓶ごと眼窩に挿入する。

 

 

そうして出来上がるのはグチャグチャのデコレーションがされた〝ホロウ・ウェーブ〟。口からは呻き声しか聞こえてこず、足元には失禁したのか尿と血液が混じり合った水溜りが出来上がっていた。

 

 

なんて不様なんだろう。なんて惨めなんだろう。だがこれがウェーブ()の姿なんだと思うと溜飲が下がる様な気がしてくる。

 

 

だって、2人を泣かせてしまったのだから。

 

 

「ーーーハァイ、そこまでにしてくれる?」

 

 

出来上がった不恰好な〝ホロウ・ウェーブ〟()の磔を眺めていると暗がりから〝ホロウ・ストレア〟が現れた。敵意は感じられない、たが足元に転がっている黒いコートを着た死体は一体何なんだろうか?

 

 

「うっわ、酷い状態になってるね〜しかもまだ生きてるって辺り殺意の高さが伺えるっていうか」

 

「何しに来た」

 

〝ホロウ・ウェーブ〟(それ)の回収。逆鱗に触れてそうなったってのは分かってるけど彼にはまだ役割が残ってるからね」

 

「させると思うか?」

 

 

殺すと決めた、だから殺す。それを邪魔するのなら誰であろうと殺す。

 

 

「ーーーだから私がいる」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟を写していた視界の端に白い人影が入り込み、それを反射的に斬り捨てようとして防がれる。白い影の正体は鎧、防いだのは盾、となればこれが何なのかは簡単に察しが付く。

 

 

「〝ホロウ・ヒースクリフ〟か」

 

「いかにも」

 

 

密着したまま盾ごと〝ホロウ・ヒースクリフ〟を斬り捨てようとして流されて体勢を崩される。そして崩された体勢から〝ホロウ・ヒースクリフ〟の頭部に蹴りを見舞う。手応えはあった、だが生きていると判断してすくい上げる形で斬鉄剣を放ち、盾だけを斬り裂いた。

 

 

「……まさか本当に斬られるとはな」

 

「だから言ったでしょ?この人は凄いって」

 

〝ホロウ・ウェーブ〟(それ)を置いていけ。そうすれば見逃してやる」

 

「それは聞けないわ」

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟に注意が行った隙に〝ホロウ・ストレア〟に〝ホロウ・ウェーブ〟を回収されてしまった。〝ホロウ・ウェーブ〟を要求しても断られたので殺そうとした時、〝ホロウ・ストレア〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟の身体が上に持ち上げられた。視線を追った先にいたのは翼の生えたカメレオンの様なモンスター。二股に分かれた舌を器用に使い、〝ホロウ・ストレア〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟を引っ張りあげている。ジャンプしても届かない距離でホバリングしているので追いかける事は不可能だった。

 

 

「今日は帰らせてもらうわよ。それと一つだけ、今の貴方は私の好きな貴方じゃないわ」

 

 

意味有りげな言葉とも捨て台詞とも取れる様な発言を残し、〝ホロウ・ストレア〟はホロウたちと共に夜の帳に紛れて去って行った。

 

 

 






殺そうかなぁと思ったけど気がついたら拷問をしていた不思議。

部位欠損と部位破壊は別物の扱いで。欠損は斬り落としたり千切ったりで、破壊は骨折とかの身体に付いているけど使い物にならない状態と把握してくださいな。

感想か評価をくれると作者の殺る気はドンドン上がるよ!!



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すれ違い

 

 

「はぁ……」

 

「また溜息ですか?」

 

「いやだって、ねぇ?僕の気持ち分かるでしょ?」

 

「分からないでも無いですけど、そんなことをしてる余裕があるんですか?」

 

「あるからしてるんだよ。無いならしてないっての。それにそれを言ったらノーチラスもだろ?」

 

「まぁ確かにそうですけど……」

 

 

五十層〝アルゲート〟。攻略組内では魔獣戦線とも呼ばれる様になった防衛戦で僕はノーチラスと一緒にフィールドに出てモンスターの群れの中にいた。四方八方から殺してやると殺意を漲らせて襲い掛かってくるモンスター。それを両手に持った短剣二本で斬って突いて弾いて流す。両手持ちにすることのメリットは単純に手数が増えること。ソードスキルはキリトの様に〝スキルコネクト〟でも使わない限りは片手でしか発動できないが、そもそもこんな状況下で硬直するソードスキルを使うこと自体が自殺行為なので問題無い。

 

 

ステータスのほとんどを敏捷に振っている僕は当然のように筋力は低い。急所を狙って即死かクリティカルでも発生させなければ一撃で倒す事なんて出来やしない。だがそれで良い。それを承知の上でこんなビルド構成にしたんだから。

 

 

左手と右手を別々に動かしながら前と左右から来るモンスターを連撃に連撃を重ねて迎撃する。一撃では少量しかゲージは減らないが、それを死ぬまでやれば問題無い。背後にいるノーチラスは過去にウェーブさんにモンスターの群れに放り込まれた事があるらしく、遠い目をしながら片手剣と盾を使って戦っていた。

 

 

と、その時モンスターの群れの動きが鈍る。

 

 

「指揮官が倒されたみたいだね」

 

「それじゃあもう一踏ん張りしましょうか。僕、帰ったらユナに膝枕してもらう約束してるんで」

 

「なぁノーチラス、知ってるか?一発だけなら誤射じゃないらしいぞ」

 

「彼女のいないシュピーゲルさんが悪い」

 

「ハハッ、こやつ言いおる」

 

 

本当にフレンドリーファイアーして祖国ってやろうかと考えたがその後の処理が面倒そうだと考えて真面目に戦う事にした。

 

 

五十層の攻略開始から一週間後、〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ウェーブ〟の襲撃から四日後、そして……ウェーブさんが失踪してしまってから四日後の今日の防衛戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四日前の夜、〝ホロウ・キリト〟と〝ホロウ・ウェーブ〟が〝隠蔽〟を使ってキリトとウェーブさんを装って〝アルゲート〟に侵入した。〝ホロウ・キリト〟の方は真っ先にキリトの方に向かい、〝部位欠損耐性〟と〝即死耐性〟に手こずったが倒したとキリトは言っていた。

 

 

問題は〝ホロウ・ウェーブ〟の方だ。〝ホロウ・ウェーブ〟は〝ホロウ・キリト〟の様に直接ウェーブさんを狙わずに、ユウキとシノンを狙っていたのだ。2人は敢えて誘いに乗って〝ホロウ・ウェーブ〟を嵌めようとしていたがそれに失敗し、シノンはレイプされる直前まで追い込まれたそうだ。幸運な事に行為の直前にウェーブさんが駆け付け、〝ホロウ・ウェーブ〟をボコボコにしたらしいのだが〝ホロウ・ストレア〟と〝ホロウ・ヒースクリフ〟に〝ホロウ・キリト〟の死体と一緒に回収されてしまったらしい。

 

 

そしてウェーブさんはその夜の内に姿を消した。ギルドは脱退していないし、フレンドリストにも名前は残っている。翌朝に〝追跡〟を使ってウェーブさんの足取りを確認したところ、足跡はフィールドまで伸びていた。これから考えられるのはウェーブさんは1人でモンスターの殺意が天元突破しているフィールドに出たという事になる。

 

 

普通に考えたら自殺行為にしか見えないがウェーブさんの事だから大丈夫だろう。現にフレンドリストで生存は確認出来ているし、念のために確認した始まりの街の石碑にも名前がちゃんと残っている。問題があるとするならどうしてウェーブさんは1人でフィールドに出たのかという事だろうか。

 

 

「まぁそんなこと分かりきってるんだけどね」

 

 

防衛戦を終えて、店で買ったホットサンドを咀嚼しながらウェーブさんの行動の理由を推測する。

 

 

あの人はキチガイだが割と常識的なキチガイだ。リアルでは面白半分で事態を引っ掻き回してそれを他の奴に丸投げしたりなんて良くやっていた。だが、それは裏を返せば処理出来る奴を見つけるというフォローはちゃんとしていたという事。あぁ見えてあの人は責任感があるのだ。

 

 

だから、今回の事も責任感から来ているのだろう。遠く離れた場所にいたのに2人が〝ホロウ・ウェーブ〟(自分の偽者)に襲われ、しかもシノンはレイプされる直前だった。間に合ったとはいえ2人は怖かったかもしれないし、嘆いていたかもしれない。それを見たウェーブさんがそれは自分の責任だと自分の事を追い詰めているのかもしれない。そうやって自分の事を追い詰めて、何か結論を出してフィールドに出た。推測する事しか出来ないがこれが今回の件の真相だろう。

 

 

正直に言えせて貰えば、ウェーブさんのやってることは見当違いだとしか思えない。今回の件で誰が悪いのかと言われたら間違いなく〝ホロウ・ウェーブ〟だ。例え〝ホロウ・ウェーブ〟がウェーブさんに執着していて、その関係でユウキとシノンは襲われたかもしれないがそれでも〝ホロウ・ウェーブ〟だけが悪い。

 

 

だけどウェーブさんはそうは考えずに自分も悪いと考えたんだろう。でなければ失踪なんてしないはずだ。

 

 

「面倒臭い人だなぁ……」

 

 

面倒臭い、今のウェーブさんを言い表すのならその一言で終わる。あの人は何かと自己完結しているタイプの人間だから勝手に1人で悩んで勝手に1人で結論出して勝手に1人で実行したに違いない。誰かに相談するなりなんなりすればもっと良い結論が出たかもしれないのにそれをしなかった。

 

 

自己完結。それがウェーブさんの長所であり、同時に短所であると言えた。

 

 

攻略組ではウェーブさんの事を探すかどうかを議論している。ディアベルさんやクラインさんは探しに行くべきだと唱えていて、ヒースクリフさんやキリトは放っておくべきだと言っている。前者はウェーブさんの強さを知っているが身を案じているからの発言であり、後者は本人の悩みは本人に解決させるしかないとウェーブさんの事を理解しているから出た発言だった。

 

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟でも意見は割れていて、PoHさんは放置、僕とノーチラスとユナとストレアさんとアルゴさんは探しに行くべきだと考えている。ユウキとシノンは〝ホロウ・ウェーブ〟に襲われた事で精神的ダメージが大きかったのか宿屋に引きこもっている。こればかりは時間が解決するのを待つしかない。

 

 

「せめてどっちかが立ち直ってくれたらなぁ……」

 

「ーーー何辛気臭い顔してるのよ。ズドンするわよ」

 

「ーーーしちゃって良いんじゃないかな?ほら、股の辺りをズドンと……」

 

「気がついたら僕の息子が危なくなってる件に関して異議を申し立てたい」

 

「ノリよ」

 

「ノリだね」

 

「ノリかぁ……ノリなら仕方ないなぁ」

 

 

股間の辺りに寒気が走るがノリでと言うのなら本気でするわけじゃないなと思い振り返ればそこには引きこもっていたはずのユウキとシノンの姿があった。何故かシノンは弓を番えて鏃を僕の股間の辺りに向けている。

 

 

「シノン、矢を下げて。このままじゃ集中出来ない」

 

「ちぇ……」

 

「なんでそんなに残念そうなの?」

 

 

渋々といった様子で弓を下げたシノンを見てこいつ大丈夫かと思ったが考えてみればシノンの本性はこんな感じだったのでいつも通りだった。どうやら見た限りでは〝ホロウ・ウェーブ〟の件は乗り越えたらしい。

 

 

「シュピーゲル、ウェーブ探しに行くから付いて来なさい」

 

「メンバーは?」

 

「えっと、ボクとシノンとストレア、アルゴに暇そうにお酒を飲んでたPoHだよ」

 

「ノーチラスとユナは悪いけど〝アルゲート〟で待ってもらうわ。ユナは歌ってバフかけてもらわないといけないし、ノーチラスはその付き添いね。ユナから離すと発狂するから」

 

「まぁそんな所だろうね」

 

 

メンバーを聞いても意外とは思わずに妥当だなと感じた。ギルド内で起きたことはギルド内で解決するのが基本だ。ウェーブさんの失踪もそれに当たる。ディアベルさんかクラインさん辺りに声をかけたら付いて来てくれそうだがそれだと防衛戦に回す人員が少なくなるし、大人数でフィールドを歩いてもモンスターの目を引くだけで旨味がない。

 

 

「どうせあの人の事だから見当違いな事を考えて勝手にやらかしたんでしょうね」

 

「だろうね。本当に面倒臭い」

 

「だけどその面倒臭さが慣れると癖になるんだよね」

 

「ホントそれよね」

 

 

イェーイとハイタッチをするユウキとシノンを見て、本当にウェーブさんは2人から愛されているなと思う。それはウェーブさんにも言える事で、彼も2人の事を大切に思っているのだろう。だから失踪なんて事になったかもしれない。

 

 

それでも、面倒臭い事は変わらないのだが。

 

 

取り敢えず見つけたら一発殴る事を決めた。

 

 

 





ウェーブ失踪事件。〝ホロウ・ウェーブ〟がやらかした夜に姿を消したそうです。

恋する乙女たちがウェーブを探しに出るらしい。これはウェーブが食われるフラグか……?



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すれ違い・2


最近お気に入りの数は減っているんだけどどういう事なのさ。

誰か止める方法を教えて下さい。


 

 

ーーー夢を見ている。明晰夢とか言うやつか、自分が夢を見ているとはっきりと理解出来ていた。

 

 

この夢は確かSAOに入る前の頃か。爺さんに呼び出されて久しぶりに実家に帰った時だ。木綿季と詩乃の姿は無い、家に着くなり母さんのところに向かっていったからな……今思えばこの時も房中術を学んでいたかもしれない。

 

 

今で爺さんと2人っきり。足を崩して俺はビールを、爺さんは日本酒を飲んでいた。

 

 

『で、何だよ。電話で済ませられない事なのか?』

 

『会って言わなきゃならん事だから呼び出したんだぞクソ孫。なんでお前はそんなに可愛げがないんだ。少しは木綿季ちゃんと詩乃ちゃんを見習え』

 

『クソ爺さんと母さんの教育の賜物だろ』

 

『それを言われたら何も言えんのだよなぁ……まぁ良い。不知火、ウチの家訓覚えているか?』

 

『修羅の様な人であれ、だっけか?』

 

『あぁ、ウチの家系っていうのは在り方からしてトチ狂ってるから時たま産まれた時からイカれてる奴とかそういう素質を持った奴が出てくるんだよ』

 

『成る程ね……で、()()()()()()?』

 

『俺の見立てじゃ後者だな。普通なら鳴りを潜めてるがキレた時にそれが出てる。お前が我が家でキャンプファイヤーした時も出てたし、詩乃ちゃんがイジメられてるのを見た時にも出てたぞ』

 

『あぁ、あれか』

 

『心当たりがあるならそれで良い。気をつけろよ、抑えが効いている内は良いが本格的にぶっ飛んだとなったら始末せにゃならん。俺は弟を処理したし、母さんだって自分の姉を殺ってる。一人っ子のお前が居なくなると家を継ぐのが居なくなるからな』

 

『俺よりも家の心配かよ』

 

『お前がガキこさえれば問題ねえんだよ。で、一体何時になったら木綿季ちゃんと詩乃ちゃんの子供が抱けるんだ?』

 

『待て、なんで俺が2人ともとヤってる前提?法律どうした』

 

『法律なんぞクソの役にも立たねえよ。てかお前ヤってないの?何なの?ホモなの?』

 

『上等だこの不能ジジイ……ッ!!』

 

『それを言われたら殺し合い不可避だな』

 

 

この後俺と爺さんは殺し合いを始めて、母さんが飯の時間になったと伝えた事で止めた。何時だって食事は絶対なのだ。

 

 

今になってなんでこの時の夢を見ているのか、それは今の俺が()()()()()()()()()()()()()()()。何とか爺さんの言っていた完全に外れる一歩手前なところだろう。何かきっかけがあれば完全に外れて、戻れなくなってしまう。

 

 

それを理解していて、()()()()()()()()()

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟を殺せと理性が叫び、止めろと本能が悲鳴を上げている。この状態のまま〝ホロウ・ウェーブ〟を殺せば間違いなく俺は堕ちる。修羅の様な人では無く、修羅の様な獣に成り果てる。

 

 

だが、それで良いと俺は考えていた。2人を嘆き悲しませてしまった俺には似合いの終着。道を求める人(〝求道者〟)ではなく道を求める獣(〝求道獣〟)。誓いも守れない人でなしの畜生が名乗るには似合いの名前だ。

 

 

この身は醜く邪悪な畜生。あぁ、〝ホロウ・ウェーブ〟()を殺せるのならそれで構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーチッ、懐かしい夢を見たな」

 

 

久し振りに爺さんの登場する夢を見てイラつきが込み上げて来たので嫌悪感を隠す事なく舌打ちをする。経験上、あのジジイが夢に出て来た時にはロクな事にならないと知っているから。

 

 

()()()()()()反射的に殺したかモンスターの死体に目もくれずに、身体を預けていた()()()から離れる。五十層フィールドを彷徨っていた時に発見したダンジョン。直感で何かあると感じて潜ったのだが途中から石で出来ていた壁から肉の壁に変わっていたのだ。ファンタジーでは良くありそうな巨大な生物の体内を思わせるビジュアルに吐き気を催すほどの強烈な生臭さと腐臭は始めの頃には不愉快極まりなかったが()()()()()()()()()嫌でも慣れる。問題はこのダンジョンの異常な広さだ。

 

 

俺が三日もかけても踏破出来ない事が異常だがそれ以上に()()()()()()。今の階層は十だがここに来るまでに五十層の端から端までの距離の往復を二十は繰り返している。ここが見つからなかった迷宮区かと思うが下に下っている時点で違うだろう。

 

 

取り敢えず今は進むことしか出来ない。ダンジョンから一瞬で出る事ができる〝脱出結晶〟は持っているので行けるところまで行って、何もなかったら〝ホロウ・ウェーブ〟を探しに行けば良い。もしかしたらここがホロウたちのアジトかもしれないしな。

 

 

そう思いながら立ち上がり、身体がフラついた。どうも身体が限界に近づいている様だ。まぁダンジョンに潜ってから合わせて一時間も寝れていないのなら疲労やらストレスやらでそうなる。仕方がないのでアイテムポーチから見た目は細巻きタバコと同じ棒状の物を取り出して火を着ける。

 

 

見た目こそはタバコだが、中身は四十層で見つかった気分高揚(アッパー)の薬物。摂取した事で身体が熱くなり、幾らか誤魔化せるが相変わらず思考は冷めたままだった。ある程度のベクトルは変化させられるが最終的には殺す事にしか行き着かない。

 

 

俺が動いたからか、それとも薬物に反応したか()()()()()()()()()()()()()()()。どこからともなく現れるのではなく、肉の壁からグチュグチュと粘着質な音を立てながら産まれるモンスターの登場を見てグロ耐性が無い奴は吐きそうだなと考えて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()〝冥犬の牙〟で蹂躙しながらダンジョンの探索を続ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく最深部か」

 

 

目覚めから十時間程かけて階層を二つ下げて、最深部らしき場所を見つけることが出来た。全体を肉の壁と肉の天井に覆われた半径50メートル程の肉の部屋。その中心には1メートル程の紅い宝石がドロドロとした見た目の混沌とした泉の上に浮かんでいる。

 

 

周囲を見渡しても誰かが居た痕跡は無い。つまりここはホロウたちのアジトでは無い事になる。ハズレを引いたと思ったが、アルゴが〝要〟とかいう存在の言っていた。〝要〟があるからホロウたちは真似をしているのにオリジナルよりも強いのだと。それは〝要〟が無ければホロウたちは弱体化するのと同じだ。

 

 

〝要〟の正体までは分かっていないと言っていたが、それらしき物があるなら壊すに越したことは無い。ホロウたちが弱るのなら躊躇う理由も無い。

 

 

だからあの宝石を壊そうと〝冥犬の牙〟を握り直す。本来ならサブである片手剣ではなくてメインの刀である〝妖刀・村正〟を使いたいのだが、これはクリスマスプレゼントにみんなから渡された思い入れのある武器なので使いたく無いと思っている。

 

 

今の俺(〝求道獣〟)がこれを使うなんて、みんなの思いに唾を吐き捨てているのと同意義だから。

 

 

宝石を壊そうと泉の淵まで近づいた時に、前方から殺意を感じ取って大きく飛び退く。また壁からモンスターが産まれるのかと思えば、殺意の出所は前にある泉から。この混沌とした泉の中に何か潜っていて、俺に気が付いたのかと考えて警戒する。

 

 

そして、()()()()()()()()()()()()()。宝石を飲み込んで膨れ上がり、見上げる程のサイズの人間の上半身を形作る。飲み込まれた宝石は人型の額の位置に納められ、同時に〝ティアマト・ガーディアン〟という名のモンスターになった。

 

 

「壊したければこいつを倒せって事ね」

 

 

下半身に当たる部分は泉のあった場所に嵌っていてその場からは動けなさそうに見えるが元々が液体なので身体の伸縮は自在に行えるだろう。不定形で非生物という俺が苦手なジャンルのモンスターだった。

 

 

でも、それは即死が出来ないから苦手としているだけで倒せない訳では無い。一撃で殺さないのなら数を増やせば良いだけの話。幸いな事に〝ティアマト・ガーディアン〟がアクティブ状態になっているのに取り巻きのモンスターが湧いてくる気配は感じられない。

 

 

それは、この〝ティアマト・ガーディアン〟が取り巻きが必要ない程に強いと言っているのと同じ。

 

 

確認出来るHPゲージの数は十五本とか言う馬鹿げた数。フロアボスでもこんな本数は見た事ない。その上に俺が苦手としているジャンルのモンスター。客観的に見れば絶望的な状況だろう。実際に、〝ティアマト・ガーディアン〟を見ているとその強さを感じ取って身体が震えるのが分かる。

 

 

あぁーーー()()()()()()()。求めていたキリト、ヒースクリフ、PoH以外の俺を倒せるだろう存在との殺し合いをする事が出来る。

 

 

あいも変わらず〝冥犬の牙〟には黒いモヤが纏わり付いている。だが頑丈になった、斬れ味が上がったというメリットばかりでデメリットは無いので特には気にしない。

 

 

「さぁ、殺し合おうか(〝求道獣〟)

 

 

俺の言葉を理解しているのか、〝ティアマト・ガーディアン〟は鼓膜が破れそうになるほどの咆哮で返してくれた。

 

 






拗らせウェーブのダンジョンアタック。良い歳した大人が拗らせると本当に面倒臭い。しかも自己完結してるから余程の事がない限りは考えが変わらない上にアッパー系の薬キメて平常心を保っているという手遅れ感。

片手剣に黒いモヤみたいな物が纏わり付いているらしい。一体それはなんてシステムなのだろうか……



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すれ違い・3

 

 

殺し合おうなどと口にしてからすでに30分は経っているが、戦況は芳しく無い。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の腕振り。液体である事を生かし、鞭のようにしならせて殴りかかってくるが速度自体は遅いので見てからでも避けられる。それで避けたからと安心してはいけない。避けた腕から無数の突起物が生えて、先端を尖らせて襲い掛かってくる。〝冥犬の牙〟を盾にすれば突起物は甲高い音を立てる。液体だから柔らかいと考えて防がなければ今頃は蜂の巣になっていただろう。反撃にと腕を両断する。しかし腕は形を崩して床に落ち、泉に移動して〝ティアマト・ガーディアン〟の腕に戻る。しかも〝ティアマト・ガーディアン〟のHPゲージは1ドットも減っていない。

 

 

人型を取っているが〝ティアマト・ガーディアン〟はあくまで液体、どんな形でもなる事が出来る。人型の行動だけしかしないと思い込めば手痛い反撃を食らうことになる。液体の身体にはダメージ判定は無いらしくいくら攻撃しても無駄、しかも回収されて元に戻るだけだ。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の攻撃が想像の域を出ないものだから無傷だがこちらから〝ティアマト・ガーディアン〟にダメージを与える方法も無い。互角の展開になっているように見えるが、このままではいずれ集中力を切らせてこちらが負けるのは目に見えていた。

 

 

ダメージを与えられる可能性があるとすれば〝ティアマト・ガーディアン〟の額にある宝石なのだろうが位置が悪い。床からあの宝石がある場所までは凡そ5メートル、ジャンプすれば届く距離だがただ攻撃しても避けられるだろう。もし宝石を斬れたとしても流石に15本のHPゲージを一瞬でゼロに出来るとは思えない。そのまま足場が無い空中であの突起物に串刺しにされて終いだ。

 

 

腕の振り回しと腕から生える突起物を避けたり防いだりしながら〝ティアマト・ガーディアン〟の背後を取ってみるが腕がしまわれ、〝ティアマト・ガーディアン〟の背中から腕が生えてこちらに伸ばされる。〝ティアマト・ガーディアン〟には目も耳も鼻も無いのだが、独自のセンサーでも持っているのか正確に俺の位置を把握している。いかにして背後に回ろうとも、その瞬間に身体を変えて俺のことを追いかけてくる。

 

 

この時点で〝色絶ち〟や〝色合わせ〟などの気配や呼吸による技術は使えなくなった。

 

 

「それがどうしたっていう」

 

 

俺のことを掴んで握り潰そうとする〝ティアマト・ガーディアン〟の手を体勢を低くして躱し、斬り落とす。〝色絶ち〟や〝色合わせ〟は確かにここまで多用してきた技術だがそれだけが俺の強さでは無い。高々数ある手札の数枚が使えなくなっただけの話だ。他の手札で戦えばいいだけの話だ。

 

 

しかし、その他の手札にも〝ティアマト・ガーディアン〟に通用しそうな物が見当たらない。過去に一度爺さんがマグレでやってみせた飛ぶ斬撃でも使えれば良かったのだが俺はそれを出来ない。

 

 

「ーーーシノンがいれば」

 

 

シノンがいれば、俺が腕と突起物を処理している間に弓矢で額の宝石を貫く事が出来ただろう。

 

 

「ーーーユウキがいれば」

 

 

ユウキがいれば、2人で撹乱しながら額の宝石を斬り続ける事が出来ただろう。

 

 

そんなもしもを考えて、()()()()()()()()()()()。この場には俺1人しかおらず、もし2人と行動していたとしても守れなかった2人をこんなところに連れてくるわけにはいかない。

 

 

俺1人で、〝ティアマト・ガーディアン〟(こいつ)を斬らなければならない。そして2人をこの世界から解放しなくてはならない。

 

 

神風精神で一回特攻でもしてみるかと足に力を入れた途端、〝ティアマト・ガーディアン〟が動いた。身体を俺に向け、腕を泉の淵に着けて力んでいるような動きをする。何かあると警戒してーーー〝ティアマト・ガーディアン〟の背中から()()()()()()()()()()()

 

 

数えるのがバカらしくなってくる本数。あまりの多さに〝ティアマト・ガーディアン〟の背後が完全に遮られている。そしてその触手が鞭のようにしなりながら、槍のように真っ直ぐに、ハンマーのように固まりながら一斉に襲い掛かってきた。

 

 

腕だけでは対処出来ないと物量で押しにきたらしい。これは俺にとって好ましくないパターンであり、同時に好機でもあった。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の身体は液体。無限にあるわけではなく有限しかない。あれだけの量を攻撃に使えば人型の体積は小さくなる。事実、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型は2メートルまで縮んでいた。

 

 

斬るか(〝剣術:全方向〟)

 

 

怒涛の勢いで迫り来る触手を斬り、弾き、防ぎ、流し、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型目掛けて最短距離を無傷で駆ける。黒いモヤで包まれた〝冥犬の牙〟はメンテナンスをしていないのに斬れ味どころか耐久値も落ちていない。なので多少無茶な使い方をしたところでパフォーマンスは一切変わらない。

 

 

触手の弾幕を掻い潜り、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型の前に躍り出て、その勢いのまま跳躍して宝石を斬る。思っていたよりも硬かったが斬れないほどではない。振り抜いて宝石に深い太刀筋を入れれば〝ティアマト・ガーディアン〟のHPゲージの一つの半分が削れていた。やはりあの宝石が弱点のようだ。この調子で続ければと考え、

 

 

腹に、〝ティアマト・ガーディアン〟の胸から生えてきた円柱状に纏められた触手の一撃を食らってしまう。

 

 

腹部が抉れたと勘違いしてしまう程の衝撃を受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。幸いなのはここの壁が肉の壁だった事か。クッションのようになってある程度叩きつけられるダメージは抑えられた。しかし自分のHPはあの一撃でレッド手前のイエローまで削られてしまった。万が一の為に着込んでおいた鎖帷子の防御力のお陰か。

 

 

一撃をもらって追い詰められながら俺は〝ティアマト・ガーディアン〟の行動に感心していた。状態を見るに〝ティアマト・ガーディアン〟には五感が存在しない。そうなれば当然痛覚も存在しないことになり、いくらダメージを受けても痛みで動きを鈍らせる事が無いのだ。その上にHPは俺の十数倍はあるはず、まさに肉を切らせて骨を断つというやつだ。

 

 

それだけでは無い、触手が液体に戻り俺の身体に纏わりつく。液体が触れている部分が熱くなり、秒単位で1ドットに届くかどうかのスピードでHPが削られていく。どうやら継続ダメージまで発生させるらしい。嫌らしいと思いながらアイテムポーチからポーションを取り出して飲み干す。

 

 

そしてポーションを飲んでいた時に、〝冥犬の牙〟に纏わりついていたモヤが薄くなっていることに気がついた。ダメージを受けたからかと考えたがHPがグリーンになっても薄いまま。他に何があったといえば……俺が感心したくらいか。

 

 

試しに感心を無くしてみるがモヤは薄いまま。

 

 

「……殺意か?」

 

 

考えてみればこのモヤが出てきたのは俺が〝ホロウ・ウェーブ〟()に対して殺意を持った時からな気がする。試しに〝ティアマト・ガーディアン〟に〝ホロウ・ウェーブ〟()の姿を投影し、あの時のユウキとシノンの姿を思い出して殺意と怒気を湧き上がらせる。

 

 

するとモヤはそれまでで一番濃い色に変わって〝冥犬の牙〟を包んだ。俺の殺意と怒気がそのまま纏わりついているかのように、ギチギチと空気をーーーいや、()()()()()()()()()()()

 

 

「感情に呼応する何かか……まぁ何でもいいや」

 

 

使えるなら使う、それだけのことだ。手札が殆ど使えない現状ではこのよく分からない物に頼る他ない。未知数の力はどんなメリットがあるか不明のまま、つまりはデメリットも不明だ。このまま使い続ければ死ぬかもしれない。

 

 

「ーーー()()()

 

 

問題無い。この身はすでに醜く邪悪な畜生。人から外れかけて、獣に落ちかけているロクデナシ(〝求道獣〟)。負けるのは嫌だ勝ちたい、その為なら何でもしてやろうと、デメリットを一切無視して目の前に降りてきた力を迷う事なく掴み取る。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟に〝ホロウ・ウェーブ〟()の姿を投影、あの時の2人の姿を思い出して……まだ足りないと判断する。ならば()()()()。己が内に酔い痴れ、外界を排除し、褒め称える(蔑み罵倒する)言霊がいる。

 

 

畜生たるこの身よ、飛翔する(堕ちる)様に天墜する(飛んで)高みを目指せ。それこそ、(〝求道獣〟)の末路に相応しい。

 

 

高鳴る心臓の音。

 

 

掻き乱される脳内。

 

 

昇華された殺意と赫怒が燃え盛り純化されて、暴れ狂うそれが別方向に向かぬ様に()()()()()()()()しーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー事象改竄開始(インカーネイト・スタート)

 

 

踏み込んではならない領域に、容易く足を踏み入れた。

 

 

 






身体が液体で、本体じゃ無いとダメージゼロ、しかも不定形だからどんな形にもなれて、さらにウェーブの手札の殆どが通用しないとかいう強者の風格を漂わせるボス。複数か、万全状態ならともかく単独で疲弊しているウェーブにはかなり辛い。

ならどうしようと、目の前にぶら下がった力に迷わず飛び付くウェーブ。この躊躇いの無さが壊れてる感出してるんだよな……


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すれ違い・4

 

 

誓いを破りてこの身は堕ちる。愛しき者の嘆きを糧にして、この身を報復へと突き動かすのだ

 

 

それは呪詛。誓った事を守ることが出来ない己の事を侮辱し吐き捨てる罵詈雑言。人である事の楔を抜いてしまった己など人にあらず、ただの畜生に過ぎない。

 

 

枷を壊せ、縛鎖を千切れ、道徳に唾を吐き捨てろ。あらゆる(ことわり)を持ってしても、この身を繫ぎ止めるなど叶いはしない

 

 

猛る殺意と赫怒が身体を内側から蹂躙する。1と0で構築されたデータの身体であるはずなのに、まるで現実の肉体が書き換えられる様な感覚を覚える。

 

 

故にこの身は畜生狼。醜く邪悪な獣にすぎぬ

 

 

〝冥犬の牙〟にだけ纏わりついていたモヤーーー殺意と赫怒が身体中に広がっていく。それは進化や昇華などの綺麗事では言い表せない変化。堕落、あるいは堕天という、負のベクトルへの変貌を果たしていく。

 

 

天に輝く星に焦がれながら、無明の闇へと堕ちるのだ

 

 

あぁでも、これで、俺が堕ちる事で2人が助かるのならなんと安い買い物だろうか。俺の様な人でなしに価値など無い。そんな対価で2人が生きるのなら、それはとても喜ばしい事なのだから。

 

 

それこそ、我が末路に相応しい

 

 

だから、この変貌には後悔は微塵もない。輝くあの少女らを高みに残し、俺は果てない闇に堕ちようでは無いか。

 

 

心意発現(Over ride)ーーー

 

 

さぁーーー堕ちる様に高みを目指せよ畜生狼。

 

 

ーーー叫べよ畜生狼、(Crying )尊き者への祈りを込めて(crazy werewolf)

 

 

纏わりついていた殺意と赫怒が〝冥犬の牙〟を持っていた右腕に集約されて肉体と一体化する。外見は手首の先から刀身が生えている様に見えるが、不思議と柄を握っているという感触は残っている。状態を確かめる様に二、三度振ってみてもそれまでとは変わらない。それどころか振り易くなっている様にも思えた。

 

 

俺の変貌が終わるまで待っていた〝ティアマト・ガーディアン〟が吼えた。それで終わりか、そんなものかと嘲笑う様な甲高い咆哮と共に先程と同じ様に背中から夥しい数の触手を伸ばして振るう。

 

 

一閃、右腕を一振りして範囲内の触手をすべて断ち切る。ともあれ何か変わった事は確か。まずはそれを把握することが先決だと考え、斬った触手が液体になり()()()()()()

 

 

おかしい、これまでならばこの触手が液体になって〝ティアマト・ガーディアン〟の元に戻るはずだったが液体になったまま動く気配を見せやしない。何かの罠かと思い警戒するが、向こうもこれは予想外なのか動きが止まっていた。

 

 

だがそれも数瞬だけで再び触手が迫ってくる。この状態を警戒しているのか刀身を避ける様に身体の左半身だけに狙いを定めて。

 

 

「なんというラッキー」

 

 

この攻撃の厄介なところは全方位からの攻撃だったから。迎撃の為に全方位を注意しなければならず、一歩間違えればそのまますり潰されかねなかったが向こうから方向を絞ってくれるのなら幸運というしか無い。

 

 

左半身を殴るように抉るように穿つように迫り来る触手。それを斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って……すべての触手をただの液体にへと戻す。

 

 

どうやらこの状態で斬ったら〝ティアマト・ガーディアン〟の一部ではなく、ただの液体になるらしい。長所を無くし、特徴を殺し、自慢の力を無価値だと斬り捨てる。己が登ることで他者の上に立つのではなく、他者を堕とすことで相対的に自分の価値を上げる。

 

 

成る程、今の俺には相応しい力だ。

 

 

触手をすべて斬り刻んでただの液体に戻した頃には人型のサイズは2メートル程まで縮まっていた。あの身体が液体で出来ている以上、俺によってただの液体に戻されれば回収出来なくて縮むのは当たり前のことだ。そしてそれは、〝ティアマト・ガーディアン〟の攻撃方法の減少を表している。

 

 

「殺すーーー」

 

 

無尽蔵のように思えた液体も残りあとわずか。もう殺せると判断してトドメを刺すために床を蹴って〝ティアマト・ガーディアン〟に肉薄する。刀身が届く範囲まで近づいて斬るというこれまでに何億回と繰り返した反復行動。一切の淀みなく行える。

 

 

そして〝ティアマト・ガーディアン〟はそれを全身から針のように細い突起物を生やして迎撃しようとする。あぁそうだろう、確実に反撃しようと思えばそれが一番のやり方だよな。

 

 

「殺すーーー」

 

 

それは予測出来ていた。だから構わずに突っ込み、刀身で()()()()()()()()()。それ以外のところなど全部くれてやる。頭と心臓以外の全身が針で貫かれ、そこから溶かした鉄を流し込まれた様な熱と激痛が感じられ、それをすべて()()()()()()()()

 

 

「あぁ、やっと届いた」

 

 

全身を貫かれながら前に踏み出し、人型の首を撥ね飛ばす。宙を舞う人型の頭部に崩れ落ちる胴体。最後の抵抗なのか、頭部を構成していた液体が広がり覆い被さろうとしてくるのを斬り上げて両断。これで〝ティアマト・ガーディアン〟の攻撃手段はすべて無くなり、残ったのは転がっている宝石だけだ。懇願のつもりなのか弱々しい光を点滅させている。無機物にも生存欲があるのかと感心し、()()()()()()とその感心を殺意で塗り潰す。

 

 

転がる宝石を斬る。ゲージの半分が削れて砕け散り、残るゲージは十四本。二十八度斬るという作業を終えてHPゲージのすべてが消滅し、宝石も輝きを失って砕け散った。

 

 

軽快なファンファーレと共にリザルト画面が現れ、ドロップアイテムとLAボーナス、そしてMVPボーナスの一覧を表示する。それを確認する事なくリザルト画面を反射的に左腕で叩き割り、

 

 

突然襲ってきた虚脱感により俺は意識を失った。

 

 

 






詠唱考えてるとぶりはぁ〜♡とか超新星とか書きたくなった作者は間違いなく末期。どうしようもなくある会社に汚染されているのだ!!

能力は特徴、あるいは長所に対する特攻。硬ければ脆くするし、鋭ければ鈍くする。今回なら再利用を不可能した。主人公がメタ能力って……今時じゃ珍しくも無いな!!



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すれ違い・5

 

 

「さて、行きましょうか」

 

「おぉ!!」

 

「ウェーブったら心配させて……」

 

「アインクラッド中にウェーブの秘密暴露してやル……」

 

「もうほとんど死んでるウェーブさんの社会的地位を殺す様な真似はやめてあげてよぉ!!」

 

「HAHAHA!!」

 

 

私の音頭に合わせて拳を挙げるユウキ、純粋にウェーブの事を案じているストレア、ウェーブの秘密を暴露してもう棺桶に横たわっている社会的地位を完全に殺そうとしているアルゴ、それを嘆いているシュピーゲルに可笑しいのか大爆笑しているPoH。それがバフかけの為に防衛戦から外れる事が出来ないユナと、ユナから引き剥がすと発狂するノーチラスを除いた〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバーによるウェーブ捜索隊だ。唯一の不安点はレベルが安全マージンに届いていないアルゴくらいだが装備による底上げでなんとか持たせている。

 

 

時刻は夜明けの早朝。この時間帯が〝風魔忍軍〟調べで一番モンスターの動きが鈍い時間帯なのだ。早いうちに〝アルゲート〟から離れなければモンスターの群れとかち合ってしまう事になる。

 

 

「ウェーブの足取りだけド……」

 

「あっちね」

 

「あっちだよ」

 

 

〝追跡〟のスキルでウェーブがどこに行ったのか調べるよりも早くに私とユウキは離れたところにある森を指差す。

 

 

「……いや、確かにあっちだけどなんで分かったのサ?」

 

恋する乙女の勘よ(〝追跡:恋する乙女〟)

 

恋する乙女の勘だね(〝追跡:恋する乙女〟)

 

「恋する乙女って凄いのね……」

 

「いやいや、あの2人が凄いだけだから。普通なら分からないって」

 

「流石はCrazy girls」

 

「確かに恋に狂ってるんだよなぁ……」

 

 

なんだかシュピーゲルの目が凄い勢いで死んでいくがそんな事には構っていられない。早くウェーブを見つけなければならないのだから。

 

 

「見つけたら少年誌では載せられない様な甘え方をしてやるんから……!!」

 

「R指定食らう様な事をしてやる……!!」

 

「なんだかウェーブさん、見つからない方がいい気がしてきたんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モンスターに見つからぬ様に〝隠蔽〟を使いながら全力で森を目指し、そこから先はアルゴに案内を任せる。私とユウキでは大雑把な方角は分かっても細かい足取りまでは分からないのだ。なので唯一〝追跡〟を持っていたアルゴに任せ、私たちで周囲を警戒する。湧くモンスターはすべて〝アルゲート〟に向けられているのか、私の警戒範囲内ではモンスターは見つからなかった。

 

 

「ねぇ、アルゴはどうして付いてきたの?安全マージンにも届いてないのに」

 

 

そんな時、思いついた様にユウキが疑問を口にした。本人からすれば暇潰しなのかもしれないが、確かに気になる事だ。わざわざアルゴが出てこなくても私たちに任せれば良かったのに。

 

 

「〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の誰も〝追跡〟持ってないだロ?だからだヨ」

 

「……本当に?(〝直感:恋する乙女〟)

 

「……ほ、本当ダゾ?」

 

「アルゴ、声が震えてるわよ(〝看破:恋する乙女〟)

 

「ユーちゃんシーちゃん怖い怖い!!」

 

 

アルゴの様子が気になったので軽く鎌を掛けたところ、いつもの口調を忘れてしまうほどに怯えられてしまった。目が怖い?いつも通りにしているはずなのに。そう思ってユウキの方を見れば、口元だけ笑って目が欠片も笑っていないユウキの顔があった。確かにこれは怖い。私にも怯えていたと言うことは同じような顔を私もしているのだろう。

 

 

「で、どうなのよ?」

 

「正直に言おうか?」

 

「うぅ……」

 

 

私たちのプレッシャーに負けたのか、フード下のアルゴの顔は涙目になっている。そして観念した様に私たちにしか聞こえない音量で話し出した。

 

 

「わ……オレっちだって心配してるシ、怒ってるんだからナ……初めて会った時に約束してくれた事を破ったウェーブのことヲ」

 

「約束?」

 

「……あ〜、確かにそんな約束してたわね」

 

 

そう言われて思い出すのは一年以上前の第一層での出来事。私たちが初めて迷宮区に足を踏み入れた時、モンスターに囲まれて孤軍奮闘していたアルゴをウェーブが見つけ、真っ先に助けたのだ。

 

 

アルゴはβテスターで、その頃から情報屋をしていた。β版で攻略されていた階層までなら誰よりもSAOを知っていたと言える。だから自分が動かなければと言う使命感に駆られ、単独で迷宮区に挑むと言う無茶をやらかしたのだ。戦闘がメインでは無かったプレイのせいであっさりと囲まれて死にかけていたのだが。

 

 

それをウェーブが助け、事情を聞き、約束をしたのだ。確か内容は……

 

 

「俺が戦うからアルゴはサポート頼む、だから心配するな。焦る必要は無いんだから……だったかしら?」

 

「心配かけてるね」

 

 

私たちと年が近い様に見えたから話し相手にでもなって欲しいと思って安心させる為にそんな約束をしたのだろう。割と真面目なウェーブだから今までその約束は守っていたに違いない。だが、今回の失踪騒ぎで心配させている。完全にアウトね。

 

 

「そうだロ!?だからオレっちに心配させて、約束破った罰に色々としてやるんだヨ……!!」

 

「……あ〜シノン、これって」

 

「えぇ……」

 

 

アルゴの声色は怒っているが、顔を見る限りでは怒っている雌の顔だ。想い自体は第一層で助けられた時から持っていたのかもしれない。誰だって絶体絶命の窮地を颯爽と現れて助けてくれたらキュンと来るだろう。本人が気がついてるか分からないがこれは完全に恋する乙女の顔だ。

 

 

問題があるとすればアルゴにその自覚が無いことか。自覚しているのならそれで良い、1人で考えるなり人に相談するなりして答えを出せば良いのだから。自覚していないのなら、下手をすれば拗らせてしまう事になる。もしもアルゴがヤンデレになったら一大事だ。流石のウェーブも顔を引攣らせるに違いない。

 

 

それでも私たちに出来ることは何もない。ユウキにアイコンタクトでそう伝えれば、自分も同じだと返してくれた。結局のところこれはアルゴだけの問題なのだ。自覚させることも出来なくは無いが、それでは意味が無い。自分で気付いて、自分で考えて、自分で答えを出さなければ意味が無いのだから。

 

 

その結果、ウェーブがアルゴの事を受け入れても私からは何も言わない。多分ユウキも何も言わないだろう。

 

 

「そっか……じゃあ一緒にお仕置きする?」

 

「一緒に未成年誌では載せられない様な事をする?」

 

「ふぇっ!?そ、そこまでは求めてないっていうか……」

 

 

顔を真っ赤にしながら指を弄るアルゴを見て、どんな答えでも良いから自分が受け入れられる答えに辿り着いて欲しいと思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴが雌の顔になってから30分程歩き、辿り着いた先は洞窟の様に偽装されていたダンジョンだった。ウェーブの足取りはここで途絶えているらしく、ダンジョンに入ったことは間違いなさそうだ。

 

 

「ふぅん……成る程ねぇ」

 

「どうしたのよPoH、そんなに嬉しそうにして」

 

「いや何、久し振りに懐かしい臭いを嗅いだんでな」

 

「懐かしい臭い?」

 

「あぁ、腐った肉と新鮮な血の臭い……死の臭いってやつだよ」

 

 

そう言いながらニヤニヤと心底楽しそうに笑うPoHは壊れているとしか言えなかった。まぁ実際にPoHは壊れている。止まるためのブレーキを持っていない倫理観がイカれている生粋の人格破綻者。ウェーブがそういう風になる様に教育された後天的な人間なら、PoHは初めから壊れている。スリルを味わうためならば躊躇わずに火事場へニトロ抱き抱えて突撃するだろう。ウェーブとの約束で力を貸してくれると言って信用は出来るが信頼する事が出来ない危険人物。

 

 

そのPoHが言うのなら間違い無くここでは死の臭いが充満しているのだろう。そして死の臭いが充満しているということは、誰かが入って殺したということ。間違いなくウェーブはここにいる。

 

 

なら躊躇う理由は無い。さっさと潜ってウェーブを見つけて、説教の一つでもして連れて帰ろうとダンジョンに入ろうとして、

 

 

「ーーーはぁ」

 

 

転移のライトエフェクトと共に、窶れて疲れ切った顔をしたウェーブが現れた。

 

 






恋する乙女先導による捜索隊出発。なお、ユウキチとシノノンはウェーブを見つけたら未成年誌では載せられない様な事をしようと企んでいるらしい。



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すれ違い・6

 

 

「……ウェーブ?」

 

 

突然現れたウェーブの姿を見て、ユウキが疑問符を付けてしまったのは無理も無い。正直な話、私も彼がウェーブなのかと思ってしまった。

 

 

窶れて疲れ切った顔は間違いなくウェーブのもの。だが目が違っていた。絶望した様な、諦めた様な、負の感情を厳選して煮詰めた様な目。こんな目の彼を見たのは初めてだったから。

 

 

「……」

 

 

そしてウェーブは私たちを一瞥すると踵を返して何事も無かったかの様に歩き出そうとしていた。その方向は〝アルゲート〟とは真逆のフィールドの奥。今のウェーブの状態で行くべき場所では無い。

 

 

「待ちなさい、何処に行くつもりなの?」

 

「……何処でも良いだろうが。さっさと帰れよ」

 

「帰れよって……貴方ねぇ!!」

 

「……()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

勝手に行こうとしているウェーブを止めようと、肩に手を伸ばしたがそれは弾かれた。そして、酷く苛立たしげに叫んでいる。

 

 

「いつもいつもいつもいつもォッ!!こっちが放っておけば好き勝手にやりやがって!!迷惑なんだよ!!邪魔なんだよ!!触れるなよ近寄るなよ消え失せろよ!!」

 

 

それはウェーブの口から出た、初めての拒絶の言葉だった。どんな事があっても迷惑そうな顔をして小言を言うだけで受け入れてくれたウェーブから出たとは思えない言葉。

 

 

全身から力が抜けて崩れそうになる。ウェーブが居たからこそ、私とユウキはここまで戦って来れた。辛い事があっても膝を折らずに頑張って来れた。ウェーブが居たから。それは逆説的に言えばウェーブが居なかったら……

 

 

嘘だと思いたくて、ウェーブの目を見る。そこには変わらずに絶望した様な、諦めた様な、負の感情を厳選して煮詰めた様な目があった。

 

 

だけど、その奥に、()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

奥歯を食い縛る、目を見開く、腹に力を込めて崩れ落ちるのを堪える。今のウェーブの目を見て分かった。一瞬だけ、気の所為かもしれないが彼は私たちを拒絶した時に悲しんでいる様に見えた。あの言葉が本心から出たのなら悲しむ必要は無い。ならば、あの言葉は虚言になる。それならどうして虚言を吐いて悲しんでまで私たちを拒絶しようとしたのか。そんな事、ウェーブが失踪したタイミングを考えればすぐに分かる。

 

 

それはーーー()()()()()()()()()()()()()()。自分といると傷付けてしまうから突き放す為に、本心を偽って悲しんでまであんな言葉を言ったに違いない。

 

 

だって、彼は優しい人だから。SAOをする前から、彼は私たちが傷付く事に敏感だった。ユウキが虐められれば影から虐め返し、私が影口を叩かれればネットにそいつらのリアル情報を拡散していた。後手に回る事があっても、私たちを助けてくれる彼は救いのヒーローだった。

 

 

だから彼は許せないのだ。〝ホロウ・ウェーブ〟に私が犯されかけ、ユウキがそれを見て泣いた事が。私たちに怖い思いをさせてしまった自分が、許せないのだ。

 

 

だから私たちを拒絶して、離れようとしている。私たちを守ろうと、自分を傷つけている。自分の本心に蓋をして気付かないフリをしながら。

 

 

あぁ、なんて馬鹿なんだろうか。彼も、そして私も。こんな状態になってしまうほどに1人で思い悩んだ彼は馬鹿だし、今まで気が付かなかった私も馬鹿だ。

 

 

「はぁ……」

 

 

分かってしまった。今の彼は言葉では止まらない。言葉で止まる様な段階はとうの昔に過ぎ去ってしまっている。()()()()()()()()()()。手遅れになる一歩手前で、何とか踏み止まっている。ユウキもそれが分かったのか、私と同じ様に溜息を吐きながら武器を抜いた。

 

 

「……何のつもりだ?」

 

「分からないほどに耄碌したのかしら?」

 

「そんなの決まってるじゃん」

 

 

ショートボウを構えて矢を番い、鏃をウェーブへと向ける。ユウキも剣の切っ先をウェーブへと向けていた。

 

 

「「ブン殴って正気に戻す!!」」

 

 

言葉では止まらないのなら暴力で止めるしか無い。正直な話、私たちでは彼に勝つことは出来ないだろう。だけどそんな話では無いのだ。

 

 

出来る出来ないでは無い、やらなくてはいけないから。

 

 

「わ、私は……」

 

「アルゴは下がってようか。私たちがやるから」

 

「ウェーブさん相手とか絶望なんだよなぁ……」

 

「HA!!Realでやる時の予行練習には丁度いいか」

 

 

レベルの問題で戦えないアルゴを除いた全員が武器を抜く。私たちほどにウェーブを理解していないにしても、ここで彼を止めなければ不味いと判断してくれたようだ。

 

 

「ーーーはぁ……」

 

 

そんな私たちの姿を見てウェーブは溜息を吐きながら俯く。

 

 

「全くお前らはーーー」

 

 

その声に込められているのは哀愁だった。拒絶しているのに手を伸ばしている私たちに呆れたような、それでいて悲しんでいる様な声で話かけ、

 

 

「ーーー吐き気がする

 

 

決定的な拒絶を表した。ウェーブの全身からは黒いモヤが上がり、目からは一切の感情が消え失せる。

 

 

あのモヤは〝暗黒剣〟のスキルか?効果が分からない以上迂闊に攻め込むのは危険だ。牽制のつもりでウェーブの両足目掛けて矢を放つ。至近距離からの狙撃、ユウキなら見てから躱されるだろうがウェーブの反応速度なら防ぐだろう。

 

 

だが予想に反してウェーブは矢を塞がずに()()()()()()()()()()。矢は黒いモヤに遮られてウェーブに届くこと無く地面に落ちる。HPが減っていない。

 

 

「何よあれ……!!」

 

「面白え!!」

 

 

誰もがそれを見て一歩下がる中で、PoHだけが前に飛び出した。敏捷型なのか一歩目から最高速度に到達し、ウェーブの死角に潜り込んで〝メイト・チョッパー〟を振りかざす。正面からの反応出来ない箇所への奇襲。間違いなく殺すつもりでやっている。それを止めるのには遅過ぎるし、止めるつもりもない。今の彼を止めたければ最低でもそのくらいの意気込みが無ければならないから。

 

 

だけど、それだけで止められるとは思えなかった。

 

 

首に振るわれた〝メイト・チョッパー〟がモヤに阻まれる。ならばと四肢を狙い振るわれるがそれも通らない。あのモヤだ。あのモヤをどうにかしない限り、私たちの攻撃がウェーブに通ることは無い。

 

 

「ーーーうぜぇ」

 

 

そしてウェーブが動く。〝メイト・チョッパー〟の刃を鷲掴み、そしてそのままPoHを地面に叩きつけた、流れるような動作で腕の力だけでPoHを人形のように。ウェーブのビルドは把握しているが、あんなことが出来るほどのステータスでは無かったはずだ。

 

 

そしてPoHをこちらに向かって、()()()()()。ユウキはそれに反応し、私はやりかねないという予感があったのでしゃがんで躱せたが、運悪くストレアが巻き込まれてしまう。

 

 

「邪魔だ」

 

「っとぉ!?」

 

 

次の狙いはシュピーゲルだった。縮地で距離を詰め、〝冥犬の牙〟を振り翳す。咄嗟に半身になって躱したが左腕を斬り飛ばされ、腕力で強引に軌道を変えられて両足を斬り落とされ、宙に浮かんだ身体をストレアの方に向かって蹴り飛ばされる。

 

 

それだけでPoHとシュピーゲルのHPはレッドに、ストレアはイエローに追い込まれた。

 

 

「ーーーあ〜らら、大変な事になってるわね〜」

 

 

それだけでも絶望的だというのに、この場に似合わない声がさらに絶望を掻き立てる。

 

 

森の奥から現れたのは4人のホロウたちを引き連れた〝ホロウ・ストレア〟だった。

 

 

 






闇落ちウェーブVSラフコフ。頑張れ!!一応手遅れ一歩手前だから頑張ればウェーブは正気に戻るんだ!!だけど心意使ってるからいくら攻撃しても通用しないし一方的に攻撃されるけどな!!



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すれ違い・7

 

 

事態は最悪としか言えない。対人戦で言えばトップクラスに入るPoHが一方的にやられ、シュピーゲルは二つ名が付くほどの敏捷を生かす事なく瞬殺され、ストレアはほぼ片手間で倒された。3人ともHPは残っているものの、気絶したのか動く気配が見られない。アルゴは戦闘職では無いので数には入れられず、私とユウキだけでウェーブの相手をしなければならないという状況になった。

 

 

それだけならまだ希望はあったかもしれない。だが、ホロウたち4人を引き連れた〝ホロウ・ストレア〟が登場してしまった。

 

 

三つ巴の状況で、最弱なのは間違いなく私たち。それを理解しているのか〝ホロウ・PoH〟がPoHと同じ〝メイト・チョッパー〟を構えてこちらに飛び出そうとして、それを隙と見たウェーブに斬られていた。

 

 

宙に舞う〝ホロウ・PoH〟の腕。すかさず3人のホロウたちがウェーブに向かって動き出す。

 

 

「大丈夫だった?」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟がストレアと同じ顔で心配するように話しかけてくるが応える代わりに武器を向ける事で返事にする。ホロウの強さは身をもって知っている。しかもウェーブが〝ホロウ・ストレア〟が一番厄介だと評価していたのだ。警戒して然るべきだ。

 

 

「すっごい警戒されてるわね〜……大丈夫よ、少なくとも私は彼を止める為に来たんだから」

 

「……それを信じろと?少しばかりムシがいいんじゃ無いかしら?」

 

「信じられないならそれでも良いわよ。でも、早くしないと手遅れになるわ」

 

「もしかしてあの黒いモヤの事言ってるの?」

 

 

えぇ、と返事をして〝ホロウ・ストレア〟が視線をウェーブに向ける。そこには防御のことを一切考えずに殺意と怒気を燃やして〝ホロウ・ウェーブ〟に向かって一心不乱に攻撃している彼の姿があった。ウェーブがこうなった一因でもあるのでこの光景は自然だろう。私たちもこの状況で無ければ〝ホロウ・ウェーブ〟を殺したいと思っているから。

 

 

防御を考えていないので〝ホロウ・ウェーブ〟に反撃されたり、他のホロウたちに背後から攻撃されているが、その全てがウェーブが纏う黒いモヤに阻まれてダメージにならない。初めは〝暗黒剣〟のスキルかと思ったのだが〝ホロウ・ストレア〟の言葉を信じるならそうではなく、危険性を孕んだ別物らしい。

 

 

「あれは正常なゲームシステムなんかじゃない。あれは〝心意(インカーネイト)システム〟って言って、設定されている事象を感情や精神力、イメージなんかで上書きするシステム。茅場晶彦がカーディナルに人を理解させる為に組み込んだシステムよ」

 

「つまり、心の力で世界を書き換えると」

 

「チートじゃない」

 

「確かにそうね。心意には心意以外で対抗出来ないし。でも、当然の事ながらデメリットはある。感情っていうのは正と負と二種類あるでしょ?心意にも同じことが言えて、正と負の心意があるの。彼が使ってるのは負の心意。あれを使えるほどに強く思ってるって事は、心の傷を掻き毟って広げているのと同じなのよ」

 

「もっと分かりやすく」

 

「最悪、負の感情に飲み込まれて彼はプレイヤーの皮を被ったモンスターに成りかねない」

 

「それだけ分かれば十分よ」

 

 

つまり、あのまま彼を放置すれば取り返しがつかないということ。それだけ分かれば十分だし、私たちがする事は変わらない。

 

 

「でも言うのは簡単だけど上手くいかないわよ。心意モドキなら私も使えない事はない。今の〝過剰光(オーバーレイ)〟の段階なら、私が相手になれるけど……」

 

ーーー叫べよ畜生狼、(Crying )尊き者への祈りを込めて(crazy werewolf)

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟を殺せない現状に苛立ったのか、ウェーブが聞き慣れない名前を口にした。その瞬間、全身に掛かっていた黒いモヤが右腕に集中して〝冥犬の牙〟と一体化した。遠くから見ても分かる。あの形態はさっきまでとは次元が違う。

 

 

「やっぱり〝発現(ライド)〟まで行っちゃってるか……あれは〝発現(ライド)〟って言って、〝過剰光(オーバーレイ)〟の一つ上の段階。〝過剰光(オーバーレイ)〟で決まってなかった方向性が決定されて、何かしらの能力が発現するの。あぁなったら〝過剰光(オーバーレイ)〟じゃ対抗は出来ても拮抗は出来ない。どれだけ食らいついたとしても絶対に勝てないわ」

 

「って事はそんな状態になるまで思い悩んだって事だね……」

 

「全くあの馬鹿は……」

 

 

悩んで悩んで、自分だけが悪いと自分を責めたに違いない。その果てに彼は堕ちてしまった。彼の祖父が言っていた〝ブッ飛んでいる〟領域まで。見た所堕ちきったわけでは無さそうだが、それでも後指一本分くらいだろう。どうにかしなければ間に合わなくなる。

 

 

しかし、私たちに出来ることは何もない。〝ホロウ・ストレア〟の言葉を信じるのなら今の彼と戦うには心意を〝発現(ライド)〟の段階まで使えなければならない。私たちは心意が使えず、〝ホロウ・ストレア〟は恐らく〝過剰光(オーバーレイ)〟の段階までしか使えない。

 

 

結果、今の私たちに彼を止める手段は無い。ホロウたちが何とか食らいつこうと必死になっているが、彼は歯牙にもかけずに〝ホロウ・ウェーブ〟を蹂躙する事に専念している。その光景はまるで彼が自分自身を殺しているようで目を逸らしたくなった。

 

 

「で、()()はどうするの?」

 

「愚問ね()綿()()、そんなの決まっているわ」

 

 

何も出来ないから見ているだけ?そんな殊勝な性格なんてしていないことはとうの昔から知っている。そもそも私たちは彼を止める為に、連れ戻す為にここに来たのだ。

 

 

心意が使えない?なら使()()()()()()()()()()()

 

 

過剰光(オーバーレイ)〟では勝てない?なら()()()()()()()()()()()

 

 

ブン殴ってでも彼を連れ戻すと決めたのだ。例え頭の先までどっぷり堕ちていようが引きずり上げてやると決めたのだ。私たちの愛する彼を、1人にしないと決めたのだ。

 

 

心意(インカーネイト)システム〟がどういう物なのかは〝ホロウ・ストレア〟の説明で把握し、実際にどういう物なのかをこの目で見ている。前例がある以上、原理を理解して実物を見たのなら()()()()()()()()()

 

 

「一つだけ教えてくれるかしら?なんで、私たちに手を貸すようなことをしたの?」

 

「……私も、彼のことが好きだからよ」

 

 

私の疑問に〝ホロウ・ストレア〟は、目を細めながら痛ましそうに彼を見ていた。

 

 

「一年くらい彼のことを見続けて、彼のことが好きになって、告白してフラれたけど、それでも彼のことが好きなのよ。大好きな人が堕ちるところなんて見たく無い。カーディナルにとってマイナスになるかもしれないけど、私は彼を助けたいの……AIなのにそんな事を考えるって、私壊れたのかな?」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の考えはAIの考えではなかった。カーディナルによって作られた以上、彼女はカーディナルの利益になる様に尽くさなければならない立場にある。彼女の思考はどう考えてもカーディナルの利益にはならないだろう。

 

 

でも、だけど、

 

 

「AIとしては間違ってるかもしれないけど、1人の女としては間違って無いわよ」

 

「うんうん、やっぱり好きな人が闇堕ちするところなんて見たく無いよね」

 

 

私たちはその思考を肯定する。AIとしては間違ってるかもしれないが、恋する乙女としては間違っていない。大好きな人が堕ちるところなんて見たく無い、救えるのなら救いたいと考えて当たり前だ。

 

 

「それじゃ〝ホロウ・ストレア〟、私たちが動ける様になるまで彼の事を頼んだわよ」

 

「頑張って。恋する乙女として応援するから」

 

「えぇ分かったわ。だから……お願い、彼を止めて」

 

 

最後まで立っていた〝ホロウ・ヒースクリフ〟が切り捨てられるのを見て〝ホロウ・ストレア〟は全身から鮮やかな赤いモヤを出してウェーブに向かって突進していった。

 

 

「やるわよ、木綿季」

 

「詩乃こそヘマしないでね」

 

 

それを見届けて、私たちの意思はブラックアウトした。

 

 

 






ユウキチとシノノン、そこにホロウ・ストレアが加わってまさかの恋する乙女同盟結成。闇堕ちしたウェーブを救うんだ!!……あれ?ヒロインの立場逆転してる?

同位階じゃ無いとまともに戦えないというお約束。一応〝過剰光(オーバーレイ)〟段階でも〝発現(ライド)〟段階と戦えるけど、どう頑張っても絶対に負ける。〝過剰光(オーバーレイ)〟段階と〝発現(ライド)〟はオリジナルなので悪しからず。



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すれ違い・8

朝田詩乃という少女の人生を語るならば劇的の一言に尽きる。

 

 

幼少期に交通事故で父親を亡くし、その事故が原因で母親は精神年齢が逆行してしまった。それを見た詩乃は自分が母親を守らなければならないという義務感を抱く様になる。

 

 

そして詩乃が11歳の時に、彼女は母親と共に強盗事件に巻き込まれた。薬物でも使用していたのか、強盗犯は明らかに正気を失っていて錯乱した様子だった。手にしていた銃が詩乃の母親に向けれたのを見て、彼女はその義務感により強盗犯に掴み掛かり、その拍子に落とした銃を手にとって強盗犯を射殺した。

 

 

無論、これは正当防衛だ。警察もそう認知して、詩乃を逮捕する事はしなかった。しかし周りの評価はそうはいかなかった。

 

 

朝田詩乃は人殺しだと伝えられた。初めの方はありのままの事を伝えていたのだろうが人を介していく内にドンドン膨れ上がり、快楽殺人者として仕立てられた。そんな噂が流れれば詩乃は受け入れられるはずが無く、いじめや恐喝などに合う様になった。

 

 

それだけならまだ耐えられたかもしれない。彼女が守りたいと思った母親が詩乃を受け入れてくれれば。しかし母親は怯えてしまった。自分を守るために強盗犯を殺した詩乃を見て来るなと怯えてしまったのだ。

 

 

これにより詩乃は精神崩壊を起こしかけた。完全に起こさなかったのは彼女の祖父母の助けが大きい。しかし自分たちでは詩乃を救う事が出来ないと、だけど助けたいと考えた祖父は古くからの知人に頼る事にした。

 

 

そうして彼女は救われた。漣不知火という人物に出会い、支えられながら心の傷を克服した。不知火がこれを聞けば支えただけだと言うに違いない。しかし詩乃にとっては不知火が救いのヒーローであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紺野木綿季という少女の人生を語るならば悲劇の一言に尽きる。

 

 

出生時の医療ミスにより輸血用血液製剤から一家全員がHIVに感染。父親も母親も、双子の姉も自分もHIVキャリアとして生きていく事を余儀無くされた。

 

 

とは言えど所詮はキャリア、発症しなければ普通の人間となんら変わりない。薬を服用しながらだったが小学校へと通い、常にトップクラスの成績を双子の姉と維持していた。

 

 

しかし、どこからかHIVキャリアである事がリークされてしまった事で陰湿ないじめが始まり、ストレスからなのかAIDSを発症。小学4年生という幼さで闘病生活が始まった。

 

 

木綿季は怯えながら生きていた。薬の副作用に苦しみながら、いつ死ぬか分からない恐怖を味わう事を強制されていたのだ。精神が成熟した大人でも発狂しかねないそれに耐えられたのは、同じくAIDSを発症して入院していた家族が居たから。もしも彼らが居なければ彼女の精神は崩壊していただろう。

 

 

そして木綿季は両親の友人であった不知火の母親の思い付きにより骨髄バンクに登録していた不知火の骨髄が一致、前例があるという事で骨髄移植によるAIDSの治療を試み、幸運にも成功した。

 

 

未だにAIDSに苦しんでいる両親と姉も、木綿季の完治を心から喜んでいた。いつになるか分からないが自分たちも治してやると意気込んで、辛く苦しい闘病生活を送っている。リアルで不知火たちが暮らしている家は元は紺野家の家で、いつ彼らが戻ってきてもいい様にと不知火が管理しているのだ。

 

 

そうして彼女は救われた。不知火からしてみれば母親の勧めで骨髄バンクに登録していただけで、運が良かったと苦笑するに違いない。しかしそれでも木綿季にとって不知火が救いのヒーローであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼が、自分たちが傷付いたことを悔やみ自責し闇に堕ちそうになっている。ならば、今度は自分たちが彼を救う番だ。自分たちを救ってくれたヒーローへの感謝と愛情を胸に、彼に届く力を得るために、彼女たちは心の傷を切開する。

 

 

朝田詩乃は強盗事件後に銃に対するトラウマを抱えた。モデルガンどころか手を銃の形にする子供の遊びの様な事でも事件の事を思い出して発作を起こす。これは自分が弱いからだと詩乃は思い込み、強くなりたいと不知火に懇願した。それを聞いた不知火は詩乃が求める強さは物理的な強さではないと感じとり、一先ず銃に対するトラウマを無くすために()()()()()()()()()()()。不知火の祖父のツテを当たり、どこからか持ち込んできた本物の銃を触れさせる。それは間違ってるとしか思えない方法で、詩乃のトラウマをこじ開ける様な行為だった。詩乃は発狂しそうになりながらも強くなりたいと思い、ひたすら銃に触れていた。

 

 

心が壊れそうに、挫けそうになれば不知火が支えてくれた。そうして強さを求めて銃に触れていく内に詩乃はとある銃に出会った。

 

 

その銃の名は〝PGMヘカートII〟。ウルティマラティオシリーズの中でも最大口径のモデルのアンチマテリアルライフル。ヘカート……ギリシャ神話の女神ヘカテーの名を冠する銃は有りとあらゆる物を粉砕する、まさしく詩乃にとっては力の象徴であると言えた。

 

 

だが、いつからか詩乃は力を求める事を止めた。力が無くても、守ってくれる存在がいると分かって安心したから。

 

 

だから今一度、力を求めよう。救ってくれた彼を、今度は自分が救う為に。

 

 

紺野木綿季は幼い頃から死の恐怖に向き合う事を強制されていた。死にたくないと震え、生きたいと叫んでも死の恐怖は側から離れず、絶えず木綿季の後ろを付いてくる。幼い木綿季にとって、それは計り知れないほどの恐怖だった。

 

 

いつ発症するかと怯え、発症してからもいつ死ぬかと怯え、いつしか彼女は一つの答えを出していた。

 

 

死とは離れる事のできない隣人であり、恐れるものではない。

 

 

追いかけてくる死に怯えて生きるのでは無くて、精一杯生きて死を受け入れようという答え。良き死を迎える為に良き生を送ろうと、老人が考える様な死への価値観を幼い木綿季は本気で信じていた。

 

 

それは一種の現実逃避だったのかもしれない。しかしこれが木綿季への負担を減らした事は事実である。不知火に救われて、いつしかこう考える事は無くなったがその根幹は変わっていない。彼女がすべてに全力で取り組み、全力で生きている。

 

 

不知火に救われて、不知火に恋をして、木綿季は不知火と共に生きて不知火と共に死にたいと思っていた。

 

 

だから、今一度死を想おう。良き生を送る為に、彼と共に生きる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開かれた2人の心の傷。しかし、そこにあるのは怒りや嘆きなどの負の感情では無い。

 

 

自分たちを救ってくれた優しきヒーローに対する感謝の念以外に存在しない。

 

 

それは闇に堕ちた漣不知火(ウェーブ)とは正反対の正の感情。

 

 

大切な個人(だれか)を救う為にーーー

 

 

「「ーーー事象改竄開始(インカーネイト・スタート)」」

 

 

ーーー奇跡という偶然では無い、愛という必然で、彼女たちは彼と同位階へと到達する。

 

 

 






開かれる心の傷。眼前に現れる変えられない過去。心が砕きかねないそれらを前にして、彼女たちは変わらない。愛する彼を救う為に、2人の少女は心の傷を受け入れ、彼と同じ領域にへと至る。



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すれ違い・9

 

 

ぶつかり合う片手剣と両手剣。交差するウェーブと〝ホロウ・ストレア〟の視線。細切れになったホロウ4人分の肉片で足を取られぬように足元に注意し、それでいて相手を警戒する事を怠らない。

 

 

再びぶつかり合う。ウェーブは右腕と一体化した〝冥犬の牙〟を、〝ホロウ・ストレア〟は与えられた〝インヴァリア〟を。質量で言えば片手剣である〝冥犬の牙〟が両手剣である〝インヴァリア〟に劣っている。それに加えて一体化しているとは言えウェーブは片手で振るい、〝ホロウ・ストレア〟は両手で振るう。性別による肉体の差が無いゲーム内である以上、打ち負けるのはウェーブに違いない。

 

 

しかし、()()()()()()()()()()。打ち負けるのは〝ホロウ・ストレア〟、追撃から逃れる為にその衝撃に逆らわずに吹き飛ばされる。

 

 

2人の間にある物は〝心意(インカーネイト)システム〟の位階差。〝ホロウ・ストレア〟はカーディナルから与えられた擬きとはいえ〝過剰光(オーバーレイ)〟段階なのに対し、ウェーブはその一段上である〝発現(ライド)〟段階を使っている。上が強く下が弱い。抵抗は出来ても拮抗は許されない。たった一つしか無い段階差が明確な格差となって現れていた。

 

 

「……なんで邪魔をする?俺なんて居なくなった方が良いだろうに」

 

 

ウェーブの口から溢れたのは純粋な疑問。ウェーブと〝ホロウ・ストレア〟の関係は敵としか言えない。彼女がウェーブに対していかに特別な感情を持とうとも、最後には殺し合うのがカーディナルによって定められた結末。〝ホロウ・ストレア〟の立場からすれば自分が居ない方が利益になるはずなのにと、()()()()()()()思った疑問だった。

 

 

「そんなの決まってるじゃないーーー」

 

 

〝インヴァリア〟を握る手に力を込めてウェーブに斬りかかる。〝過剰光(オーバーレイ)〟の輝きはウェーブに纏わりつく闇を払おうとしているかのように強くなる。

 

 

「ーーー貴方を、救う為よ!!」

 

 

〝インヴァリア〟の重量に加えて〝ホロウ・ストレア〟の筋力値を最大限に活かした全身全霊の振り下ろし。空を切り裂き、大地を叩き割る一撃は防御不可能。

 

 

「ーーー誰が頼んだぁ!!そんな事をッ!!」

 

 

それをウェーブは容易く弾き返す。そう、〝心意(インカーネイト)システム〟を使用している以上、この戦いはステータスや武器の重量なんて些末な事に過ぎない。心と心の、精神力の戦いなのだ。

 

 

「頼むよ放っておいてくれよ……!!()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

そこから始まるウェーブの反撃。それまでのウェーブの技量を投げ捨てたような斬撃はどれもが単調で防ぐのは容易い。しかし〝心意(インカーネイト)システム〟で上乗せさせられたウェーブの想いが重かった。

 

 

ウェーブの心中にあるのは後悔と自責。自分が彼女たちを守ると決めたのに〝ホロウ・ウェーブ〟に襲われてしまった。その結果、2人は怯えて悲しむ事になった。

 

 

故に己に価値は無い。己が立てた誓いも守れぬ畜生に何の価値がある。自分という希望を持たせたせいで彼女たちを泣かせてしまった。それならば、自分なんて存在しない方が良い。

 

 

己が悪い己が悪い。自分さえ居なければという自己否定。それが今のウェーブの原動力。自分を絞め殺すように、自分を傷付けながら、彼は闇の底へと堕ちて行く。

 

 

「……そんな事、言わないで」

 

 

ウェーブに吹き飛ばされながら立ち上がった〝ホロウ・ストレア〟の顔にあるのは悲しみだった。

 

 

〝ホロウ・ストレア〟はAIでありながらウェーブに恋をしている。それはウェーブに想いを告げて、断られたとしても変わらない。愛する者が堕ちる姿など見たくないと、〝要〟であった〝ティアマト・ガーディアン〟が倒されたという建前を持ち出しながらも最悪カーディナルに消されても構わない覚悟でこの場に居るのだ。

 

 

「貴方、すっごく辛そうだよ。今にも泣き出しそう。そんな姿、私は見たくないの……だからーーー」

 

 

想いは尽きぬ、この心は変わらず。故に〝過剰光(オーバーレイ)〟の光を輝かせながら、

 

 

「ーーーだから、救うって決めたのよ!!」

 

「ーーー必要無いと言っているだろうがぁッ!!」

 

 

それに同調するようにウェーブの闇も深みを増す。己に価値など無い。だから無価値な自分を求めないでくれという自己否定により、際限無く闇は深まる。死に果てろ死に果てろ、全て塵になれ。無価値なこの身と同じようにと〝過剰光(オーバーレイ)〟の輝きを否定する。

 

 

そしてついに終わりは訪れる。数十合のぶつかり合いの末に〝インヴァリア〟が音を立てて砕けた。そもそもここまで持った方が奇跡なのだ。抵抗は出来ても拮抗は許されない、善戦は出来ても辛勝出来ない決定的な位階差があるというのに、〝ホロウ・ストレア〟はここまで単騎で持ち堪えた。

 

 

ゆっくりと振り上げられる〝冥犬の牙〟。陽光に当てられて反射する〝インヴァリア〟の破片。誰がどう見ても勝者はウェーブで、敗者は〝ホロウ・ストレア〟にしか見えない。

 

 

しかし、この場で勝者の様に笑うのは〝ホロウ・ストレア〟の方だった。

 

 

「何故笑う、何が可笑しい?」

 

「笑いもするわよ。だって、私の役目は時間稼ぎなんだもの」

 

 

過剰光(オーバーレイ)〟と〝発現(ライド)〟の位階差を理解していながら〝ホロウ・ストレア〟はウェーブに勝てぬ戦いを挑んだ。それは無論、彼女に彼を救いたいという気持ちがあったから。だが、位階差は元より彼と関わりの薄い自分では何を言っても何をしても彼の心を揺さぶる事は出来ないと理解していた。

 

 

だからこその時間稼ぎ。漣不知火(ウェーブ)と深く関わりを持つ2人が、彼と同位階に至るまでの。

 

 

至らないなどとは考えていない。自分よりも深く、そして長く彼の事を愛している彼女たちならば至れて当然だと考えていた。

 

 

ウェーブもそれに気がついた様だがもう遅い。彼女たちと想いを同じにする〝ホロウ・ストレア〟はもう分かってしまった。

 

 

ユウキとシノンの2人が、()()()()()()()()()()()()()()()()ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ーーー事象改竄開始(インカーネイト・スタート)」」

 

 

それは宣言だった。坂を転がる様に闇へと堕ちていく愛しい人を救い出すという、絶対の誓い。

 

 

身に纏うは黒きボロ切れ、手にするは魂狩りの大鎌。一度振るえば生者の命を刈り取ろうぞ。

死を恐れるなかれ。死とは汝の友であり、いつしか迎えるものである。死を拒む事など許されぬ

 

 

 

それは死への憧憬。紺野木綿季(ユウキ)が抱いた良き生を送り、良き死を迎えたいという願い。死を拒絶するな、死を受け入れろと、かつて難病に侵されていた少女は死を想う。

 

 

あぁしかし、この気持ちは何なのだ。奏でられるは嘆きの琴、歌われるのは慟哭(さけび)の詩、冥府に響いて我らを魅力して止まないのだ。奪われた愛を取り返す為に、吟遊詩人は黄泉を降る

 

 

だがそれは1人では意味が無い。愛しい貴方と歩むからこそ受け入れられるのだ。だから1人で行かないでと、彼女は愛しい彼へ呼びかける。

 

 

アケロンの河に投げ入れられ、この身は冥府に辿り着く。魔術を操り冥狼を従え、放浪の亡霊を導く私は冥府の女神。傷付き疲れた魂魄を、無明の闇に静めましょう。

滅び去れ、破滅の巨人よ。冥府の炎に焼かれるがいい。祈れ、人の子よ。汝らに祝福を与えよう。

三叉路に立ち、十字路に現れ、道を明かりで照らしましょう。旅人よ、どうか幸あらん事を

 

 

それは力への憧憬。朝田詩乃(シノン)が抱いた絶対的な力を求める願い。強くなりたい強くなりたい。弱い自分に負けない様に強くなりたいと、彼女は力を求める。

 

 

嘆きの琴が、慟哭(さけび)の詩が冥府に響く。愛する者を迎える為に、冥府を降れよ吟遊詩人

 

 

だがそれは1人では意味が無い。守りたい者が居たからこそ、彼女は力を求めたのだ。自分に安心を与えてくれ、力への渇望を忘れさせてくれた愛しい彼を救う為に、彼女は再び力を渇望する。

 

 

「「ーーーしかして貴方に無明の闇は似合わない。愛しき人よ、明るき世界へ帰るのだ」」

 

 

そうだ、貴方に闇なんて似合わない。1人勝手に悩んで苦しんで、その果てに闇に堕ちるだなんて許さない。闇に堕ちるというのなら引っ張り上げてやる。駄々を捏ねるなら殴ってやる。無価値だと自己否定するのなら、愛して価値を与えるからーーーどうか戻って来て。

 

 

愛する伴侶の手を引きながら、冥府を登れよ吟遊詩人。我が刈り取るその日まで、死を受け入れる為に、良き生を歩むのだ

 

 

ユウキの全身から鮮やかな紫色の光が輝く。死を想いながらも、愛しい人と生きる事を決めた少女の祈りがここに顕現する。

 

 

帰りなさい、優しき人よ。貴方の帰りを待つ者のところへ。私は、貴方を愛している

 

 

シノンの全身から鮮やかな真紅の光が輝く。愛しい人を守る為に、救う為に力を求めた少女の祈りがここに顕現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「心意発現(Over ride)ーーー」」

 

 

ーーー生者よ、死を想え。良き終わりを迎える為に(Guided Thanatos)ッ!!」

 

ーーー冥府の女王。撃滅の魔弾(Ultima latio Heckt)ッ!!」

 

 






久し振りに三人称での描写。一人称も良いけどたまの三人称も悪く無い。

詠唱を考えるのって凄い疲れる。こんなのを毎回の様にポンポン考えてる某会社を崇拝します。

自分の方が良いのを考えられるぞ!!という益荒男がいればメッセージ下さい。


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すれ違い・10

 

 

漣不知火(ウェーブ)への想いから〝発現(ライド)〟へと至ったユウキとシノン。ユウキは外見上には変化が見られない。ただ、片手剣に紫色の光が集まっただけにしか見えない。一番変化したのはシノン、正確には手にした武器だった。

 

 

シノンの武器は弓だったはず。それなのに今手にしているのはSAO内で存在しないはずの銃、それもアンチマテリアルライフルと呼ばれる狙撃銃〝PGMヘカートII〟だった。〝PGMヘカートII〟の銃口をウェーブに向け、迷う事なく引き金を引く。爆ぜる轟音、音を置き去りにしながら飛ぶ弾丸。

 

 

それをウェーブは反射で両断した。

 

 

無論見てから反応した訳ではない。ユウキ並みの反応速度を持ってしても、そもそも銃弾の視認が出来ない。ウェーブが見たのは銃口とシノンの指の動き。銃口からどこを狙っているのかを把握し、指の動きからいつ発射するのかを見る。どのタイミングでどの位置を狙っているのなら、後は反射的に斬り捨てるだけで事足りる。

 

 

銃弾を斬り捨てて、ウェーブへと飛び掛ったのはユウキ。紫色の光を纏った剣を振り翳す。外見上、変化は見られない。しかし、ウェーブの本能が恐れているのはユウキだった。

 

 

本能が恐れている以上、マトモに相手をするのは得策では無い。幸いにユウキの剣速も剣筋も変化は見られない。SAO開始時からずっと見続けてきたユウキの剣なんて見ずとも回避出来る。一歩後退り、足を狙う様に振るわれた剣を飛んで躱し、背後の木を足場にしてその場から離れる。

 

 

そして、ユウキに斬られた木が()()()()()()()()

 

 

まるで一瞬で寿命を終えたかのように枯れ果て、自重を支えられずに木は倒れる。本能が正しかったと知る。ユウキの剣は死の剣だ。斬られるどころか触れただけでも死を押し付けられる。死を想い続けた少女の能力が死の具現化などとはなんとも笑えない冗談だ。

 

 

危険度はユウキが一番だと判断し、空中で体勢を整え、着地と同時に斬り捨てると決意しーーー〝冥犬の牙〟に衝撃が走り、吹き飛ばされた。

 

 

「ッーーー!?」

 

 

理解不能な現象が起きた。ユウキを危険だと判断しながらもシノンからは目を離していない。銃口の向きも、指の動きも視認出来ていた。あのタイミングで撃たれたとしても当たらないタイミングで引き金を引かれたというのに、弾丸は〝冥犬の牙〟に命中したのだ。

 

 

「ーーー笑えねぇなぁ(〝求道獣:原因把握〟)

 

 

吹き飛ばされながら体勢を立て直し、着地。当たらないはずのタイミングで命中した銃弾。その答えは一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

発射された銃弾は真っ直ぐにしか飛ばない。それが当たり前で、ウェーブもそうだと考えていた。しかしシノンの銃弾はその当たり前を容易く覆した。避けた、躱したと思っても曲がって標的に目掛けて高速で飛翔する弾丸は最早魔弾の領域にある。

 

 

ユウキの死の具現とシノンの必中の魔弾。それが、彼女たちがウェーブを救うために発現させた心意だった。

 

 

「……ねぇ不知火、覚えてるかしら」

 

 

引き金が引かれて発射される鋼の弾丸。銃口と指からタイミングと位置を読み取り〝冥犬の牙〟で防ごうとするが軌道が曲がり、ウェーブの足を穿つ。通常アンチマテリアルライフルで撃たれたのなら引き千切れてもおかしく無いのだが、どういうわけかウェーブの足は引っ付いたまま。しかしその衝撃もそのままで、ウェーブの身体をボールの様に吹き飛ばす。

 

 

「私が強くなりたいって言った時に、貴方はずっと私のそばに居てくれたわよね?銃を見て発作を起こした時も、吐いてしまった時も、あの時の事を思い出して1人で泣いている時も」

 

「ーーー」

 

 

鋼の弾丸がウェーブの身体を穿ち、言葉の弾丸がウェーブの心を穿つ。

 

 

「ボクと会った時の事を覚えてる?AIDSに発症してるボクに握手しようって不知火は手を伸ばしてくれたよね?ボク、あの時本当に嬉しかったんだ。直接触れ合えたのは家族だけで、医者の人たちはゴム手袋越しで、久し振りに他人の手を握ることが出来た」

 

「ァーーー」

 

 

崩された体勢を好機と見たのかユウキが飛び込む。死の心意を纏う剣に迷いは無く、ウェーブを斬ろうとする。一太刀でも浴びればどうなるか分かりきっているのでウェーブはそれをシノンの銃弾に撃たれながらも自分の心意を纏わせた〝冥犬の牙〟で防ぐ。しかし、ユウキの言葉の剣はウェーブの心を刻む。

 

 

ウェーブは動かない。防戦に回り、ひたすらユウキの剣を防ぎ、シノンの銃弾を受けるだけ。

 

 

「私が自分の弱さを否定したがっていて、貴方はそれを肯定してくれた。弱いのは嫌だ、強くなりたいって我儘を聞いてくれて、それに真剣に付き合ってくれた」

 

「ボク1人だけが退院して、寂しくて泣いていたら不知火は起きて隣に居てくれた。偶々起きただけだった文句を言いながら、寝付くまでボクの手を握ってくれた」

 

「貴方が居てくれたから、私はトラウマを克服することが出来た。守ってくれる貴方(だれか)が居てくれるから、力を求めなくても大丈夫だって思える様になった」

 

「不知火のお陰で、ボクは前を向いて生きれる様になった。自分だけ助かってしまったと思っていたボクに、家族を想っているのなら胸を張って生きろと叱ってくれたから」

 

「ーーーそう思うのならばッ、放っておいてくれよォッ!!」

 

 

ユウキとシノンの言葉により、ウェーブの本音が溢れた。泣き叫ぶ様な悲嘆な声と共に、無表情を保っていた顔は今にも泣き出しそうになる。弱り、閉ざされていたウェーブの感情を、2人の言葉がこじ開けたのだ。

 

 

「お前たちを傷付けたくない、汚したくないって思ってる!!だけど、あの時に2人を泣かせてしまった!!悲しませてしまった!!2人を守るって誓ったのに……!!」

 

 

吐露される不知火(ウェーブ)の本音。彼は心の底から2人の事を大切だと思っている。初めは祖父と母親に押し付けられる様な出会いだったかも知れない。だけど彼女たちと接して、彼自身が2人の事を大切だと、守りたいと思う様になった。

 

 

「自分で決めた誓いも守れない様な俺に意味なんて無い!!大切な2人を守れなかった俺に価値なんて無い!!」

 

 

だけど守れなかった。〝ホロウ・ウェーブ〟のせいで、2人を悲しませてしまった。故にこの身は無意味にして無価値。誓いも守れず、2人を守れなかった自身に意味も価値も無し。

 

 

「だから来るなよ……近づくなよ……」

 

 

だって、自分の近くにいれば傷付けてしまうから、汚してしまうから、悲しませてしまうから。2人を大切だと思う気持ちに変わりはない。

 

 

大切だからこそ、近くに置けない。

 

愛しいからこそ、抱き締められない。

 

 

それがウェーブが失踪した全て。過剰なまでの自己否定。

 

 

「「ーーー巫山戯るな!!」」

 

 

それをユウキとシノンは一蹴する。2人の顔にあるのは純粋な怒りだった。

 

 

「拗らせてるとは思ったけど本当に拗らせてるわね……!!」

 

「なんかムカムカして来た。一発殴って終わらせようかなって思ってたけど止めにしよう」

 

 

確かにウェーブの視点からすればこれは最適解なのかも知れない。大切だからこそ離れるという、傷付くのは自分だけという前提条件なら。

 

 

ウェーブの最適解にはウェーブの視点しか存在しない。離れられた2人の視点が存在しない。だから理解出来ない。

 

 

これで良いはずなのに、何故2人が怒り狂ってるのかを。

 

 

「「ーーー泣くまで殴って、立ち直らせてやる!!」」

 

 

 






攻撃で物理的に攻めながら、言葉で精神的に攻める。そうやって追い詰めて、本音を引き出してからが本番。

ウェーブの拗らせっぷりがヤバイな〜って、ユウキチとシノノンがイケメンだな〜って思う様になってしまった。



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すれ違い・11

 

 

ーーー鳴り響く轟音と共に射出される鋼の弾丸が、容赦なく身体を穿つ。

 

 

ーーー空間を殺しながら振るわれる死の剣が、容赦無く身体を斬り刻もうとする。

 

 

脳内は沸騰寸前まで加熱され、精神はグチャグチャになるまで撹拌されている。だけどそれとは反対に俺の身体は冷めていて、何処までも冷静に刻んで来た行動を反復して迫る脅威を斬り捨てようとしている。

 

 

触れただけで死ぬユウキの剣、それを〝冥犬の牙〟で防ぐ。〝ティアマト・ガーディアン〟を殺したこの剣ならばユウキの死に殺される事なく防御を可能にする。

 

 

そんなユウキを迂回する様に曲がって死角から迫るシノンの銃弾。回避しても追いかけられ、防御しようとしても避けられるのならば()()()()()。腹を穿たれ、胴体が千切れそうな衝撃に襲われる。()()()()()()()()()()()()

 

 

流された衝撃に耐えられなかったのか、弾き飛ばされるユウキを本能が殺せると判断して動こうとして、()()()()()()()()()()()()()。俺の望みはあくまで1人になることで、2人を殺す事ではない。寧ろ殺してしまっては本末転倒になってしまう。

 

 

殺せと叫ぶ本能と、止めろと叫ぶ理性。反する命令を下された身体は動かない。その瞬間に、顔面を弾丸で穿たれて無様に吹き飛ぶ。

 

 

「ーーーあ〜あ……どうしてこうなっちまったんだか」

 

 

俺は2人と戦いたい訳じゃない。殺し合いたい訳じゃない。ただ、2人に傷付いて欲しくなかった、悲しんで欲しくなかっただけだ。

 

 

SAOに閉じ込められた当初からそれは考えていて、俺がいれば良いと、2人ならば大丈夫だと無責任な考え方をしていた。その結果、〝ホロウ・ウェーブ〟の愚行が、俺の遅れが2人を傷付けて悲しませた。その時の2人の顔は今でも鮮明に思い出せる。

 

 

あぁそうだ、俺は、()()()()()()()()()()()。2人を傷付けた俺を、悲しませた俺を殺したくて殺したくて堪らないんだ。自殺ではダメだ、だから何処かでモンスターに嬲られながら殺されようとここまで来たと言うのに。

 

 

彼女たちは追いかけて来てくれた。無意味で無価値なはずの俺の事を追いかけてここまで来て、俺を救うと宣いながら俺と同位階にまで達してくれた。

 

 

理解出来ない?いや、俺が()()()()()()()だけだ。ユウキとシノンの悲しみを孕んだ眼を見て、ある程度理性的に考えられる様になった今なら分かる。無意味で無価値だと自己否定しているこの俺に差し伸ばされる2人の手が、()()()()()()()()()。惨めで無様で醜悪で、どうしようもない俺が、2人から求められている様で嬉しかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()。この身は既に堕ちている。汚れたこの身は、2人に相応しく無い。だから差し伸ばされる手を払いのけ、離れようとしているのにーーー

 

 

「ーーー()()()()()!!」

 

「ーーーえぇ、()()()!!」

 

 

シノンの腕を奪おうと振るわれる〝冥犬の牙〟。それをシノンは弾丸で軌道を逸らすという曲芸じみた離れ業で回避し、出来た僅かな間にユウキが滑り込んでくる。

 

 

ーーー2人は諦める事なく手を差し伸べる。何度払いのけられ様とも、何度拒絶されようとも、諦める事なんてしないと叫びながら何度も何度も手を伸ばしてくれる。痛いだろうに辛いだろうに、無意味で無価値なこの俺に手を差し伸べてくれる。

 

 

俺が振るう〝冥犬の牙〟はユウキの腕を斬り落とそうとするがそれをユウキは自慢の反応速度で見てから回避し、剣の柄で顎をかち上げれる。そしていつの間にか接近していたシノンの〝PGMヘカートII〟の銃口が腹に押し当てられてゼロ距離射撃。言いようの無い衝撃と共に錐揉みしながら吹き飛ばされる。

 

 

斬られはしていないものの、何度もユウキに殴られてシノンに撃たれて血が上っていた頭が冷えて来た。このままでは2人に勝てないと理解した。どう言う訳だが今の2人は俺よりも強い。

 

 

ならばどうする?諦めるか?いや、それこそあり得ない。ここで俺が諦めれば、いつか2人はまた嘆き悲しむ事になるから。だから諦めない。2人を嘆き悲しませない為に、諦めるわけにはいかない。

 

 

「ーーー()()()()()()!!」

 

 

歪む視界を、軋む身体を()()()()()()()()。限界などとうの昔に過ぎ去って、休息を求める身体の悲鳴を捩じ伏せる。ここで終わるわけにはいかない、2人を嘆き悲しませたくない、その思いを支えに。

 

 

クラウチングスタートの構えを取り、全力で地面を蹴って突貫。速く速く、ユウキの反応速度を超えるほどに速く、そして反応されるよりも速くに斬り捨てる。

 

 

当然の事ながら距離が開いているのでユウキに反応される。あぁ、それは分かっていた。ユウキならば当たり前の様に反応して、迎撃に動くと。振るわれるユウキの剣、それを先読みして範囲を見切り、()()()()()()()()()()()

 

 

鼻先を通り過ぎる剣越しに、ユウキの驚愕している顔が見える。俺の反応速度はユウキの反応速度を下回っているが、先読みに関しては優っている。故に先に反応させる。後の先では無くて先を取らせれば、そこに残るのは行動中の隙だらけのユウキの姿。

 

 

〝冥犬の牙〟を一閃。鈍く光る刀身が、ユウキの身体に届いた。死にはしない程度の傷を負わせて、ユウキを蹴り飛ばしてシノンに向かい突貫する。

 

 

「お、オォォォーーー!!」

 

 

本能が完全に身体を支配し、理性の制止を振り切る。居合に似た構えと共に一閃。過去最速、これまでに無い程に完璧に放つ事が出来たと判断出来た一閃。切り分けられたシノンの上半身が宙を舞いーーー()()()()()

 

 

「ーーー」

 

 

残像だと理解出来た。どこにいるのか分からなかった。しかし、それはすぐに分かった。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!!」

 

 

轟音と共に衝撃が襲う。顎が砕け、視界が蕩ける。それでも何があったのかは理解出来た。俺の剣を躱したシノンが、下から撃ったのだ。

 

 

「勝つのはーーー」

 

「ーーーボクたちだぁッ!!」

 

 

〝冥犬の牙〟を持つ手に走る衝撃。轟音に混じって聞こえる何がが砕けた音。不意に軽くなる身体。蕩ける視界を凝らせば、砕けた〝冥犬の牙〟と張り切った姿勢のユウキ、そして反動を堪えているシノンの姿が見えた。ユウキが斬ってシノンが撃った、そして〝冥犬の牙〟が壊された。

 

 

「ーーー」

 

「この……ッ!!」

 

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

そして2人は武器を投げ捨てて、俺の顔を殴った。突き刺さる2人の拳はシノンの弾丸よりも軽いはずなのに、不思議と重く感じられた。身体が動かずに地面に倒れても、2人は止まらずに馬乗りになってひたすら顔面を殴る。

 

 

「勝手に悩んで勝手に暴走して!!」

 

「それで自分がいなければってこの大馬鹿!!」

 

「貴方は間に合ったのよ!!それなのに手遅れだって勘違いして!!」

 

「馬鹿!!馬鹿!!この、馬鹿ぁッ!!」

 

 

何度も何度も、2人は俺の顔を殴る。涙と一緒に、置いていかれた悲しみと一緒に。綺麗な顔を涙と鼻水でグチャグチャにしながら。

 

 

「勝手に居なくならないで……!!」

 

「自分を責めないで……!!」

 

「ーーー」

 

 

嗚咽と一緒に出てくるのは彼女たちの心だった。離れないでと、自分を責めないでと、心の底から俺の身を案じているのが伝わってくる。

 

 

「俺は……間に合ってたのか?」

 

「間に合ってたわよ!!」

 

「手遅れじゃ、なかったのか?」

 

「手遅れじゃなかった!!不知火はボクたちを助けてくれた!!」

 

「俺のせいで、2人を泣かせたんじゃ?」

 

「どこからどう見ても〝ホロウ・ウェーブ〟のせいよ!!貴方は悪く無い!!」

 

「……ハハッ、なんだよそれ」

 

 

勝手に俺が悪いと自分を責めて、間に合わなかったと自己嫌悪して、価値は無いと自己否定していた。でも、それはあくまで俺から俺を見ての判断。2人は俺は悪くないと言ってくれた。間に合ってたと言ってくれた。結果、すべて一人芝居。勝手に悩んで勝手に自己否定して、勝手に暴走したというだけの話。まったくもって笑い話にしかならない。

 

 

全身から力が抜ける。殺意と怒りに囚われていた本能と理性が正気を取り戻す。〝冥犬の牙〟と一体化していた手が人間の物に戻り、柄が地面に転がり落ちる。

 

 

「……ごめん、俺が間違ってた」

 

 

俺は2人を守れていたと、他ならぬ2人が教えてくれた。間違いで2人にいらぬ心配をさせてしまった。

 

 

「「許す!!」」

 

 

そして2人は堂々とした態度で俺の謝罪を受け入れてくれた。

 

 

 





〝まだだ〟とかいう魔法の言葉に、〝勝つのは自分だ〟とかいう勝利の言葉。ここには光属性しかいないのか?

とりあえずこれで拗らせウェーブ救済。語彙力の無さに辟易する今日この頃。誰か文才を恵んでください。



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和解

 

 

「ーーーあぁ……」

 

 

目が覚める。どうも彼女たちに謝って気絶したらしい。まぁ数日の間で一時間も寝れていないのなら気が抜けた瞬間に落ちるのは当たり前だろう。しかし身体の調子は良い。体感的に数分程しか気絶して(おちて)いないはずだが10時間ぐっすり眠れた様な充実感がある。恐らくは精神的な物が関係しているのだろう。色々と追い詰められていたあの時とは違って、今は余裕があるから。

 

 

と、その時、何か引っ張られている様な気がした。場所はズボンから。不審に思い、視線を下半身に向けてみると、

 

 

「……」

 

「……」

 

 

ズボンに手をかけているユウキとシノンと目があった。すかさずに何か行動に移す前に2人の頭を鷲掴む。

 

 

「言い訳は?」

 

「シノンから誘われました!!ご慈悲を!!ご慈悲を!!」

 

「提案したのは私だけどユウキもノリノリだったじゃない!!」

 

「両方ともアウトじゃボケ」

 

 

2人の戯言を聞いて迷わずに手に力を入れてアイアンクローを決行する。ダメージを発生させずに痛みだけを発生させる力加減なんてもう熟知している。グワァと乙女が出してはいけない声を出しながら苦しむ2人にこいつら本当に欲望に忠実だなと呆れるしかない。

 

 

……だからこの2人に負けたのかもしれない。欲望に忠実だった。だから俺を求めて求めて、俺と同位階にまで達して、俺を倒した。それは事実で、認めるしかない。反応が無くなったから手を離したら、白目をむいて気絶していたけど。なんかこうなると乙女というよりも芸人にしか見えない。

 

 

「ったく……ヤるならせめて主街区まで戻って宿屋にしとけよな」

 

「ーーーん?」

 

「ーーー今、なんて言ったの?」

 

「ん?ヤるならせめて主街区まで戻って宿屋でって……」

 

「……詩乃ぉ!!」

 

「……木綿季ぃ!!」

 

 

2人は互いのリアルの名前を呼び合うと、互いの頬を全力で張り飛ばした。良い音だ。衝撃だけでダメージが発生していないのが不思議な程に。そして、やはりというべきか音がした分だけ痛いのか2人は頬を抑えて転げ回っている。

 

 

「何やってんだよ……」

 

「いや、だって……」

 

「貴方がヤるぞ的な事を言ってきたのだから夢じゃないかって疑うのは当たり前だと思うわよ」

 

「まぁ、確かにな」

 

 

リアルから散々房中術で誘われて、SAO内で薬使われても耐えてたからな……しかも周囲からはロリコン扱いされ、誘われても断るから実は同性愛者じゃないのかとか不能じゃないのかとか色々と噂されてたし……同性愛者と不能扱いした奴らは裸にひん剥いて迷宮区に置いてきたけど。でもあいつら、全裸で武器だけ持って帰って来るんだよな。

 

 

「……こっちにも色々と思うことがあったんだよ」

 

 

2人が襲われているのを見て、改めて俺は2人が大切だと感じた。もうあんな思いはさせたくないと考えて闇堕ちする程に2人の事を思っていた。そしてそんな俺を救う為に俺と対峙する程に2人に想われていた。

 

 

だったらもう致しても良いんじゃないかって結論が出た。倫理観?道徳?法律?そんなもの壊して千切って唾を吐き捨てればいい。

 

 

爺さんと母さんが騒がしいくらいに喜びそうなのが予想出来るのがなんとなく腹立たしい。

 

 

「Fooooooooo!!!」

 

「Ураааааааа!!!」

 

「それ程かよ」

 

 

どうやらユウキは英語で、シノンはロシア語で叫ぶ程に嬉しい事だったらしい。でもそれは理解が出来る。何せ彼女たちはリアルから俺のことを想い続けてくれたのだから。それに応じると言われたら何よりも嬉しいに違いない。

 

 

でもそんな2人の姿を見てると不安になってるんだが……気にしないでおこう。そうしないともう一度闇堕ちしかねない。

 

 

「いやぁ良かった良かった。ちゃんと救われてくれたわね」

 

「〝ホロウ・ストレア〟か」

 

 

態とらしく拍手をしながら現れたのはボロボロになっている〝ホロウ・ストレア〟だった。持っていた両手剣の刀身はへし折れ、片手にバラバラになったホロウのパーツが持たれている。

 

 

「お前にも色々と迷惑かけたな」

 

「良いのよ。前にも言った通りに私は貴方の事を愛してるんだから、堕ちる姿なんて見たくないのよ」

 

「それでもだ。ありがとう、〝ホロウ・ストレア〟」

 

 

もし彼女が来てくれなかったら俺は戻る事が出来なかった。2人が俺と同位階まで達して戦う事が出来なかった。今は彼女とは敵対しているのだが、それでも世話になったのなら礼を言うのは当たり前のことだ。

 

 

「あ〜……お礼言われるのはちょっと違うって言うか……ウェーブ、貴方このダンジョンの最下層で〝ティアマト・ガーディアン〟ってモンスター倒したよね?」

 

「あぁ、ドロドロした液体で本体が宝石の奴?」

 

「それそれ。実はそれを倒すことでカーディナルが設定していたイベントが進むんだけど、その中の一つにモンスターの増加ってあるのよ」

 

「もう良い。何が言いたいのか分かった」

 

 

〝気配感知〟で集まって来たモンスターの気配を感じたことで〝ホロウ・ストレア〟が何が言いたいのか分かった。感じられるモンスターの気配が想像以上に多いので〝索敵〟を使って周囲を確認すれば……俺たちがいる場所から半径500メートル以上先がモンスターの反応で埋め尽くされていた。

 

 

「……多すぎやしない?」

 

「カーディナルの殺意の高さが知れるわね……じゃあ、私は帰るわ」

 

「おう、重ねて言うけどありがとうな」

 

「次に会う時は多分最終決戦だと思うけど、出来ることなら貴方と戦いたいわ」

 

 

そう言って〝ホロウ・ストレア〟はワイバーンを呼び出して背中に飛び乗り、去っていった。去り際にウィンクと投げキッスをする事を忘れないで。

 

 

「誘われたのなら応えないといけないよな……って、その前にだ。良い加減正気に戻っとけ。軽く絶体絶命だからな?」

 

「あひん!?」

 

「ひでぶ!?」

 

 

いつの間にか上半身下着姿になって盆踊り的な物を踊っていた2人を殴って正気に戻す。もうこいつらの喜び方が狂喜乱舞超えてただの発狂になってるんだが大丈夫か?

 

 

「いってて……って、何コレ!?」

 

「ちょっと殺意高過ぎやしないかしら?」

 

「それだけカーディナルが本気だって事だろうな。俺が相手するからPoHたちの事宜しくな」

 

「大丈夫なの?」

 

「サポートくらい出来るわよ」

 

「心配するなって」

 

 

心配するなと言ったが2人が心配しても当たり前だと思う。何せ〝探索〟で出て来た反応は軽く見積もっても500は超えている。モンスターによる人海戦術、絶対に圧殺してやるというカーディナルの殺意が感じられる絶体絶命の場面。

 

 

だけど、不思議と、

 

 

「ーーー今の俺は、間違いなく最強だからな」

 

 

負ける気は微塵も感じられない。勝てるビジョンしか思い浮かばない。

 

 

「笑って見ていろ、安心しろーーー勝つのは、俺だ」

 

 

 






ウェーブ、ユウキチとシノノンに手を出す事を決める。これには流石のユウキチとシノノンも狂喜乱舞超えて発狂するレベルで喜ぶ。

〝ティアマト・ガーディアン〟が倒された事でイベントが進行しました。カーディナルによる質を数で殺す心折設定。

おや、ウェーブの様子が……?



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和解・2

 

 

倒れていたPoHたちを蹴り起こし、隠れていたアルゴを呼び出して近くに立っていた木の上に登る。そしてモンスター避けの薬をばら撒いて〝隠密〟で隠れる。逆にウェーブは〝威嚇〟を使った上にモンスター寄せの薬をばら撒いていた。これで余程の事がない限りはモンスターのヘイトはすべてウェーブに向けられる。

 

 

「なんかウェーブさん変わった?」

 

「確かに雰囲気が変わったようナ……」

 

「色々と思うところがあったらしいわよ」

 

「それに……うん、辞めとこう。流石にこれはウェーブに悪いし」

 

「え〜?何々教えてよ」

 

「揺らすなよFools!!」

 

 

幾らか大きいとはいえ流石に6人も隠れれば手狭になる。それに〝隠密〟をしている上にモンスター避けの薬をばら撒いてもフィールドボスクラスになると通用しなくなる。

 

 

そしてボクたちが隠れてから十数秒で第一派がやって来た。

 

 

機動力に優れた狼のモンスター。まるで狂犬病にでも掛かっているように目を血走らせ、口から涎をダラダラと垂らしながらウェーブ目掛けて一心不乱に走っていく。数は12匹。協力するつもりなんて無いのか各々が一直線にウェーブに向かい、全方位から上段中段下段へ同時に噛み付こうとして、

 

 

「ーーーハッ」

 

 

ウェーブの嘲笑と共に〝妖刀・村正〟で斬首された。目に見えた限りではウェーブは特別な事は何もしていない。ただ飛びかかってくる狼を1匹ずつ順番に斬首しただけだ。言葉にすればそれだけだが全方位から同時に襲い掛かってくるモンスターの行動を把握し、瞬時に最善を判断しなければ出来ない芸当だ。

 

 

崩れ落ちる狼のモンスターの死体。それを合図にする様に多種多様なモンスターが我先にとウェーブ目掛けて襲い掛かってくる。蛇、狼、虎、鳥、ゴリラ、亜人、小型の竜等等……数えるのが億劫になる程のモンスターの群れだった。

 

 

普通なら助けに行かないといけないと思うだろう。1人で相手をするにはあまりにも数が多すぎる。それが例えウェーブやキリトの様な頭のネジが外れた様な強さを持つプレイヤーだとしてもだ。

 

 

でも、だけど、今のウェーブを見ているとそんな考えは微塵も思い浮かばない。不安なんて欠片も感じない。()()()()()()()()だという根拠の無い安心感しかないのだ。

 

 

「ククッーーー」

 

 

モンスターの怒声咆哮に混じってウェーブのくぐもった笑い声が聞こえてくる。迫り来るモンスターの群れに対してウェーブがしている事はさっきの狼の時と変わらない。ただ、近づいて来たモンスターを順番に、一閃で斬り殺している。

 

 

淀みなく流暢に身体を動かして刃を急所に滑らせる動作は遠くから見ていると舞の様にしか見えない。ただ周囲を完全に把握し、ただ最善を判断し、ただ一閃で斬り殺す。それだけしか言いようのない、心意も使っていない動作。その完成度があまりにも高過ぎる為に、モンスターが自分から斬首される為に向かっている様だった。

 

 

丸呑みにしようと迫る蛇の首を斬り落とし、喉を食い破ろうとする狼と虎の首を斬り落とし、頭上から降下してくる鳥の身体を切断し、殴り殺そうとしてくるゴリラの胴体を両断し、噛み砕こうとする小型の竜を避けて空いている手で尻尾を掴んでオモチャの様に振り回す。

 

 

時間が経つにつれて積み上がっていくモンスターの死体の数を見れば相当な数を倒した事が分かる。だというのにウェーブは一撃も食らっていない。それどころかモンスターを斬り殺した返り血すら浴びていない様に見える。これはもう戦闘だなんて対等な戦いではない、ウェーブという絶対強者が行う殺しの作業……蹂躙だった。

 

 

襲い掛かったのに一方的に殺されたからなのか、モンスターが怯えた様に足を止める。ウェーブに近づいていけば殺されると学んだのだろう。どうするのか戸惑う様にウェーブを包囲し、少しずつ距離を取ろうとして、

 

 

「逃げるなよ、挑んだからには戦え。強いから、敵わないから逃げる?軟弱者共が、それでもこの世界に生きる生物かよ」

 

 

モンスター寄せの薬を追加でばら撒いた。まだ最初にばら撒いた薬の効果は残っているのにばら撒いた事でウェーブから離れようとしていたモンスターの群れは足を止める。

 

 

「俺が気に食わないんだろ?殺したいんだろ?だから来たんだろ?()()()()()()()()()()。死力を尽せよ全霊を賭けろ。カーディナルなんていう存在なんか無視して掛かってこいよ」

 

 

ウェーブの言葉はスキルを使っていないただの言葉だった。本来なら何も今の無いはずの言葉……だというのにモンスターたちに活力が満ちている様に見える。消えかけていたはずの闘気が、殺意が再び高まっている様に感じられる。

 

 

「来いよ、全力で殺しに掛かって来い。だけどな、勘違いするなよ?勝つのはーーー俺だぁッ!!」

 

 

それは宣言だった。絶対に勝つ、何が何でも勝つという不敗宣言。普通なら馬鹿馬鹿しいとしか思えない発言だが、不思議と今のウェーブならそれが当たり前の様に感じられる。

 

 

その宣言を皮切りにモンスターたちが再び動き出す。その目に宿っているのは殺意と闘気。それに何か決意を込めた様なものも見える。ウェーブが何を考えてモンスターを煽ったのかは分からない。

 

 

でも、今の彼はとても楽しそうだった。心の底からこの戦いを楽しんでいる様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、最後まで残っていた亜人のモンスターが前のめりに倒れる。致命傷を避ける為に重傷を負うという戦い方をしたせいで全身傷だらけだった。それでもウェーブと対峙して一番長く持ち堪えたという偉業を成し遂げたモンスターである。

 

 

「ふぅ……」

 

 

〝妖刀・村正〟を納刀し、疲れたのか肩を回しながら首を左右に倒す。結局最後までウェーブは一撃も食らわず、返り血すら浴びずにあのモンスターの群れを倒してしまった。これまでも強いと思っていたが闇堕ちから戻って来て何か成長したらしく、今までよりも圧倒的に強くなっていた。

 

 

「おう、勝ったぞ」

 

 

サムズアップをしながら勝利を誇る彼の姿を見て、その姿がとても格好良く見えた。

 

 

だから木から飛び降りてウェーブに向かってシノンと一緒にダイブしたのに避けられた。解せぬ。

 

 

 






ウェーブ無双。ただ出来ることの最善手を選択し続けてやれば烏合の集なんて怖くねぇんだよ。これが統率の取れた一枚岩の組織とかだったら普通にフルボッコされて積むけど。



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創世の女神

 

 

「はぁ……」

 

 

〝アルゲート〟の宿屋の一室、そこで目を覚ました俺は目の前の光景を見て溜息を吐いてしまった。ベッドの上で身体を起こした俺の両隣には()()()()()()()()()()()()()姿()()()()。無論俺も全裸で、全身に纏わりつく様な気怠さを感じる。

 

 

これだけで理解出来ただろう。ユウキとシノンに手を出したって。

 

 

VRMMO内とはいえ2人が初めてだとは知っていたので出来る限り優しく、痛みを感じない様に丁寧にヤッたつもりだったがそれでも相当な負担になったらしくいつもなら起きている午前9時を迎えても気持ち良さそうに眠っている。

 

 

「これで俺も名実共にペド野郎か……」

 

 

ロリコンだとかペドフェリアだとかは前々から言われていたがそれは手を出していない時だったから巫山戯たこと言うなよというノリで言ってきた奴らを公開処刑出来た。しかし手を出してしまった今ではそれが真実になっている。

 

 

いや、手を出した事に後悔は無い。

 

 

「絶対にこれ弄ってくる奴が出るよなぁ……」

 

 

そう、俺が懸念しているのはこの事実を絶対に弄ってくる奴が現れる事。別に俺はなんと言われても開き直れば良いんじゃねえかと悟りっぽい領域に達しているが2人にまで被害が行くかもしれない。

 

 

もしそうなったらまた闇堕ちする自信がある。

 

 

「まぁ出たとこ勝負、なる様になれだな」

 

 

いくら悩んだところでどうにかなるわけではないと考えることを止め、2人の寝顔を見る。2人とも心底幸せそうに、穏やかに眠っている。この2人を起こすことは憚られるのでベッドから無音で降り、落ちていた服を拾って浴室に向かう。ヤることヤッてそのまま寝たので臭いが凄いのだ。お湯を浴び、入念に身体を洗って臭いを落とす。

 

 

そして2人宛に出掛けた事と起きたら風呂に入る様に書いた手紙を置いて宿屋から出る。丁度外に出ると防衛戦からの帰りなのかキリトと出会った。

 

 

「あ、昨晩はお楽しみでしたね!!」

 

「ふん」

 

 

サムズアップしながらとても良い笑顔でとんでもない事を言ってきてくれたので迷わず金的を全力でかます。キリトは良い笑顔のまま50センチ程飛び上がって、崩れ落ちながら着地した。

 

 

「おご……!!おま……それダメなやつだって……!!」

 

「え?まだ付いてたの?」

 

「無くなる……!!今回のでガチで不能になる……!!」

 

 

ほとんど反射の領域で金的してしまったが不能になられるのはキリアス推奨派としては困る。喜ぶのはクラキリ推奨派の腐った連中だけだ。アイテムポーチから〝治癒結晶〟を取り出して使い、キリトの治療をする。

 

 

「はぁ……死ぬかと思った」

 

「助かったついでにこっちの質問に答えて貰おうか。お前だって一応は男だ。初めてが熱した鉄棒とか嫌だろ?」

 

「分かった、誠心誠意答えるからその拷問は辞めてくれ」

 

 

拷問じゃない、キリトの初めての相手を用意しているだけだ。

 

 

「んで、あの発言の意味は?」

 

「夕べ酒場でシュピーゲルが荒れててな、何か面白い話でも聞けるかと思って同席したんだよ。そしたらシノンからウェーブとゴールインするって言われたって言われたんだ」

 

「シュピーゲル、シュピーゲルか……」

 

 

他の奴が面白半分で噂のつもりで話しているのならもうそんな事が出来ないように〝漣式パーフェクト拷問教室〜補習授業もあるよ〜〟で二度とこんな事が出来ないようにするつもりだったがシュピーゲルだとどうしようも無い。リアルでシノンに惚れてたけど俺が居たからその恋は実らず、ナンパ紛いのことをしているけどシノンの事を引き摺ってる風だったから。

 

 

というかシノンよ、なんでシュピーゲルに話したんだ。

 

 

「他に知ってそうな奴は?」

 

「あ〜……クラインが一緒に聞いてたな」

 

「キリト、ここに〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜私の恥ずかしい姿を見てくださいにゃぁ〜〟がある」

 

「待て、いつの間にそんなの作った」

 

「これをアインクラッド中にばら撒かれたくなければ今すぐにクラインの口封じをしてこい。誰かに洩らしていたらアウトだからな」

 

「クライィィィィィィィィィン!!喋るなよォォォォォォォ!!」

 

 

やはり人間関係は弱味を持っていた方が円滑に進むな。〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜私の恥ずかしい姿を見てくださいにゃぁ〜〟を見せて丁寧にお願いしたところ、キリトはやる気に満ち溢れた姿でクラインを探しに向かってくれた。

 

 

クラインは口が軽い方ではないが、事交際関係に関しては常識を逸脱した行動を取る事があるからな。前のクリスマスの時期にもリア充死すべしを合言葉にした集団を作ってマスクを被ってアインクラッド中をリア充はいねぇかぁ!?とかナマハゲみたいな事を言いながら徘徊していたし。その時は確かアスナと出掛けていたキリトにボコボコにされて黒鉄宮に叩き込まれたはずだ。

 

 

俺がロリコンだとかペドフェリアだとか蔑まれるのは別に良いけど2人が悪く言われるのは良くないのでキリトには間に合って欲しいと願っている。

 

 

「さて、行きますか」

 

 

クラインの名前を叫びながら〝アルゲート〟を駆けるキリトの背中きら目を離し、現在の攻略組の拠点となっているサロンに向かう。実は昨日にヒースクリフから帰ってきた事を伝えると呼び出しがあったのだ。間違いなく失踪した事についてだろう。

 

 

何か無茶でもやらされそうだなと辟易しながら、サロンに向かって歩き始めた。

 

 

 






おめでとう!!ウェーブは名実ともにペドフェリアになったぞ!!ユウキチとシノノンはとっても幸せそうだ!!なお、その影には恋に破れた1人の少年の姿があったそうな。

〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜私の恥ずかしい姿を見てくださいにゃぁ〜〟とかいうホモが狂喜乱舞する写真集が存在するらしい。内容はネコミミを付けたキリトの女装写真。当たり前のように某閃光様に贈呈され、興奮のあまり鼻血が出そうになったとか。

Rシーンが見たいという紳士様がいらっしゃるのなら全裸蝶ネクタイ靴下姿でどれだけ見たいのかを叫びながら外を走れば考えてやらんこともない。



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創世の女神・2

 

 

「ちーす」

 

「ようやく来たか」

 

 

攻略組の拠点となっているサロンに入ると出迎えてくれたのはヒースクリフとディアベルとクライン……それと〝隠密〟を使って隠れている数多くのプレイヤーたちだった。

 

 

何だろう、ヒースクリフとディアベルが良い笑顔なのにクラインが親の仇でも見るような目で俺を睨んでいてる辺り嫌な予感しかしない。それに〝隠密〟で隠れているプレイヤー全員からの視線がクラインと似たようなものなんだが……

 

 

そういえばクラインがここに居るって事はキリトは間に合わなかったのか?

 

 

「さて、勝手に拗らせて失踪してくれたウェーブに我々を代表してディアベルから一言伝えたい事がある」

 

「クッソ嫌な予感しかしないから帰って良い?」

 

「ダメだ。それではディアベル、どうぞ」

 

「ンンッ!!ウェーブ……夕べはお楽しみでしたね!!」

 

「ディアベルの股間にシュゥゥゥゥゥゥゥット!!!」

 

 

キリトと同じようにとても良い笑顔でとんでもない事を言って来てくれたディアベルに、キリトの時と同じように迷わずに金的を叩き込む。ディアベルは笑顔のまま天井まで飛び上がり、落下してそのまま動かなくなった。顔を見れば良い笑顔のまま白目をむいて痙攣している。

 

 

「なんでバレてやがるって原因は1人しかいねぇよなぁ!!そうだろクライィィィン!!」

 

「あぁそうたよ俺がバラしたさ!!シュピーゲルから聞いたのをこの場にいる全員になぁ!!」

 

 

この場にいる全員にという事は〝隠密〟で隠れている奴らも含めてという事だろう。クラインが血の涙を流しながらフィンガースナップをすると隠れている奴らがクラインと同じように血の涙を流しながら現れる。

 

 

「クソッ!!クソクソクソクソクソォォォォォォォ!!シノンちゃんがアレなのは知ってるけどあんな美少女とゴールインするだなんて普通に羨ましいぞこんちくしょうがぁッ!!アレなのは知ってるけど!!」

 

「爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ……」

 

「爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ爆発しろ……」

 

「ウェーブ氏、貴方は我々と同じ紳士だと信じていたのに……」

 

「残念だ。元とは言えど〝美少女見守り隊〟の同士を斬らねばならないとは」

 

「なんでフロアボスと戦う時よりも殺意に満ちてるんだよこいつら」

 

 

〝ナイトオブナイツ〟、〝血盟騎士団〟、〝風林火山〟のメンバーが爆弾や剣を片手に殺意に満ち溢れた眼差しで俺のことを睨んでいる辺り、本当に攻略組は手遅れだと思う。ヒースクリフもこの光景を見て笑っているが良く見てみると諦め半分の笑いだと分かる。

 

 

それとクライン、アレとなんで二度繰り返した。気持ちは分からないでも無いけどなんで繰り返した。

 

 

しかし……こうも錯乱されているとどうも煽りたくなってくる。遅かれ早かれ俺たちの関係性はバレるだろうし。というか2人が率先してバラしそうな気がする。それならば早いうちが良いのかもしれない。

 

 

「はぁ……じゃあ俺からは一つだけ言わせてもらおうかーーーいつからシノンだけだと錯覚していた?」

 

「「「「!?!?」」」」

 

「ま、まさか……シノンたんだけでは無くユウキたんも!?」

 

「ハッ!!順番で言ったらユウキの方が先なんだよ!!御馳走でした!!」

 

「う、嘘だ……!!」

 

「信じたくない……だけど2人の態度を考えるとぉぉぉ……!!」

 

「我らの女神が大人になられ申したか……」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 

真実を知って膝から崩れ落ちたのが7割くらいか。残りの3割とクラインは血涙を流しながら人としての知性を失ってしまったようでバーサーカーみたいになっていた。

 

 

「さてと」

 

 

殴りかかって来たクラインを避け、股間を蹴り上げる。

 

 

「モテモテのイケメンである俺に嫉妬する非モテのお前らの気持ちは分からないでもない」

 

 

天井スレスレまで飛び上がり、落ちてきたクラインをまた蹴り上げる。サッカーボールの代わりにクラインを使ったリフティングだ。蹴るのは股間だけど。

 

 

「だけど大人しくボコされるつもりは微塵も無い。来いよ、かかって来い。それ相応の覚悟をしてな」

 

 

グシャ、グシャとクラインからは嫌な音が聞こえてくる。顔を見れば血涙を流しながら白目をむいて泡を噴いていた。

 

 

「さぁーーー 股 間 を 出 せ い !!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後に出来上がるのは血涙を流しながら白目をむいて泡を噴いて転がっているバーサーカーの死体の山。崩れ落ちた7割は青い顔して内股になって震えている。

 

 

「ふぅ、良い仕事をした」

 

「「「「鬼かアンタ!!」」」」

 

「鬼じゃない、これは鞭だ。もちろん飴も用意しているさ」

 

 

アイテムボックスから取り出したのは一冊の本。そう、〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜恥ずかしい私の姿を見てくださいにゃぁ〜〟である。クラインの口止めをするという使命を果たせなかった以上、俺も心苦しいがこれをばら撒かないといけない。俺は悪くない。約束を守れなかったキリトが悪いんだ。

 

 

「これはとあるプレイヤーの協力により作成した写真集だ。本来なら定価10万コルで販売するつもりだったけど、お前たちにくれてやろう」

 

「こ、これは……!?」

 

「猫耳を付けた黒髪ロングの美少女だとぉ!?」

 

「……良い」

 

「こう、照れ臭そうにカメラ目線なのか何とも……」

 

「うぅ……ッ!!ふぅ……」

 

「キリトちゃん?どこかで聞いた名前のような……」

 

「んなことどうでも良い!!可愛いは正義だ!!」

 

 

カツラと猫耳装備のキリトの女装写真集は飛ぶ様に無くなっていく。これで攻略組でのキリトちゃんの知名度は鰻上りになったに違いない。

 

 

「「「「ウェーブ様!!ありがとうございます!!」」」」

 

「そう思うならそこの生ゴミ持って帰ってくれる?」

 

「「「「イエッサー!!」」」」

 

 

〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜恥ずかしい私の姿を見てくださいにゃぁ〜〟を抱えて敬礼をした彼らはバーサーカーの死体を運んでサロンから立ち去って行った。残ったのは俺とヒースクリフ、そして未だに白目をむいて痙攣しているディアベルの3人だけ。

 

 

「キリト君の痴態をばら撒く様なことをして一言」

 

「ちょー楽しいです」

 

 

ヒースクリフの質問に答えた俺の顔は間違いなくとても良い笑顔だったと思う。

 

 

 






嫉妬に狂ったプレイヤーたちVSペド野郎ウェーブ。7割が真実を知って絶望、3割が股間を砕かれて再起不能。PVPで男性プレイヤーと戦う時には股間を狙った方が効率的なのは明白。

そしてさらりとばら撒かれる〝キリトちゃん写真集そのさんっ〜恥ずかしい私の姿を見てくださいにゃぁ〜〟。約束を守れなかったキリトが悪いんだから仕方がないね!!なお、入手したプレイヤーたちはキリトちゃんを女性プレイヤーだと思っている。

後、感想で思いの他紳士の皮を被った変態では無くて誠の紳士が多かったのでR版を執筆中。鳴いて喜ぶが良い。



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創世の女神・3

 

 

「んで、ご用件は?」

 

 

非モテ共が居なくなったサロンに残っているのは俺とヒースクリフとポーションをぶっ掛けられて復活したディアベルの3人。俺は足を組んでテーブルの上に乗せ、ヒースクリフは手を組んで肘をつき、ディアベルは青い顔をしながら生まれたての子鹿の様に内股にした足を震わせていた。

 

 

「昨日君から伝えられた事を再確認しようと思ってね。あとディアベルに何か言うことはあるかい?」

 

「玉が……玉が……ッ!!」

 

「失踪してる間の事ね。それとディアベルに関しては自業自得なので何もない」

 

 

リアルだったら完璧に不能になる威力で蹴ったが幸いにもここはゲームの中だ。ポーションを使ったので砕けた玉も元通りになっているはずだし、痛みも無くなっているはずだ。

 

 

「って言われても伝えた通りだぞ?ダンジョンに潜って最深部で〝ティアマト・ガーディアン〟ってボスを倒して、外に出たらホロウたちに襲われて交戦、その後に大量のモンスターに襲われて撃退した」

 

「そして〝ホロウ・ストレア〟からイベントが進行したと伝えられたと聞いている。〝ティアマト・ガーディアン〟がアルゴ君の言っていた〝要〟で、それが倒されたからと考えるのが普通だな」

 

「おぉ……おぉ……ッ!!か、〝要〟が倒されたって事は、ホロウたちのレベルも下がったんだよな?」

 

「あ〜……確かにカーソルの色は薄くなってたな」

 

 

昨日のホロウたちとの交戦していた時の事を思い出して見れば、確かに頭上のカーソルは出会った時よりも薄くなっていた気がする。〝ティアマト・ガーディアン〟がアルゴが話していた〝要〟とかいう存在だとしたらこれでホロウたちは弱体化したはずだ。もっとも、〝ホロウ・ストレア〟の言葉を信じるならイベントが進行しているらしいが。

 

 

「モンスターの増加だけってのは味気ないよな?だったらそこにプラスして何かあるはずだ」

 

「希望的観測で言わせて貰えば、これでフロアボスが出現するだな」

 

「それかこの状態でホロウたちを倒したら出現するかだと思うぞ?というよりもホロウたちと同時にフロアボスの相手とかしたく無い」

 

「でも現在のカーディナルの殺意の高さを見るとヒースクリフが言った方っぽいんだよな。そっちの方が難易度高いし」

 

「なぁ、俺たちカーディナルに何かしたかな?」

 

 

現在進行形でカーディナルが管理しているゲームを進めてるからだろう。カーディナルの役割はゲームの管理。ゲームという前提が存在しているのでいつかはクリアされるだろうが、抜け道を残してゲームのクリアを妨害するために難易度を上げるはずだ。

 

 

カーディナルが本気でクリアさせないつもりならばモンスター全員に即死攻撃でも付与するか、システムを書き換えて不死身のモンスターでも量産すれば良いだけの話。それをしない以上、カーディナルはクリアさせないつもりは無いということになる。

 

 

「ともあれ警戒しておいて損は無いな。俺は現場の指揮に戻るけど、2人はどうする?」

 

「私は夜からの防衛戦に顔を出すつもりだ」

 

「俺は明日からだな。朝一で行くからよろしく」

 

「分かった……いってぇ……」

 

 

椅子から立ち上がり、ディアベルは股間を押さえながら内股気味でノロノロとサロンから出て行く。その姿は男として見ていて悲痛だがどうして愉悦という言葉が頭の中に浮かんできたのだろうか。

 

 

「さて……ヒースクリフ、俺が言いたい事は分かるか?」

 

「〝心意(インカーネイト)システム〟について、だろう」

 

 

ディアベルという部外者が居なくなった今、ヒースクリフへでは無くて茅場晶彦に話しかける。部外者が居ては話せない内容を話すためにこの場に残らせた。

 

 

「ザックリとした説明はユウキとシノンが〝ホロウ・ストレア〟から説明されたのを聞いて納得した。俺が聞きたいのは1つだけ、〝心意(インカーネイト)システム〟の使用による副作用はあるのかどうかだ」

 

 

正と負が存在する〝心意(インカーネイト)システム〟。俺が使っていたのは負の心意の方で、あれは心の傷を掻き毟っている様なものだと教えられている。使い続ければ発狂や廃人化しそうであるが、2人が使っていたような正の心意ならばそのデメリットはない様に思える。

 

 

使えるのなら使う、あれは戦力の増強としてはかなり魅力的だ。何せ特別なアイテムも装備も必要無い。ただ意思の強さだけがあれば良いのだから。それに心意は心意でしか対抗出来ない。攻略を妨害しかねない〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟の様な連中も一方的に殺せるのだから。

 

 

「……まず先に話しておくが〝心意(インカーネイト)システム〟は欠陥しかないシステムだ。カーディナルに人の心理を理解させ、AIをより人間らしくするために組み込んだのだがカーディナルがそれを改造して作ったのが君が使用した〝心意(インカーネイトシステム)〟になる。正であろうが負であろうが、強く思い続けてきた事や目を逸らしていた事と向かい合うのだからどちらにしても危険性はある」

 

「正も負も結局は闇堕ちの可能性があるのか」

 

「あぁ、それに今の君の顔を見て分かったが戦力の増強に使おうとしていただろう?結論から言わせてもらうと無理だ。〝心意(インカーネイト)システム〟を使用する程の、そもそも自身の心の傷と対面してブレない程の精神力を持っている人間なんてSAO内に何人いると思っている?常人では無理だよ」

 

「あ?進化と覚醒を行える程の意志力ってのは標準装備じゃないのか?」

 

「常人はそんなもの標準装備では無いからな」

 

 

そうだったのか。ウチの爺さんが一番初めに教えてくれた事は武器の握り方や振り方では無くて意志力……()()()()()()という精神論的な事だった。だから誰もそれを標準装備にしていると思ったんだが違うのか。

 

 

「そっか……じゃあ諦めるか。心意は使わない方が良いって事でオーケー?」

 

「そうだな。〝心意(インカーネイト)システム〟の事が明るみになって、カーディナルが使用基準を下げたら阿鼻叫喚になりかねない。それにデメリットの事を考えると使用しない方が賢明だ」

 

「了解、それじゃあユウキとシノンにもそう言っておくわ」

 

「待て、ユウキ君とシノン君も心意を使えるのか?」

 

「おう、闇堕ちした俺が心意使ってた時に2人も心意使ってブン殴って来てくれた。アレのおかげで俺は闇堕ちから戻って来れたんだよ」

 

「……あぁ、キチガイに恋する乙女だから常人よりも精神力が鍛えられているのか」

 

「馬鹿にした?2人のこと馬鹿にした?」

 

「馬鹿にしていないから足を振りかぶるのは止めてくれ」

 

 

ヒースクリフに金的したらどんなリアクション取ってくれるのか気になっていたが馬鹿にしていないのならやる必要は無いなと考えて足を下ろす。

 

 

「んじゃ、俺は帰るわ」

 

「2人への説明を忘れない様に」

 

 

心意(インカーネイト)システム〟の危険性を知っているからこそ、ヒースクリフは使える2人を心配していた。その事は分かっているし、2人には極力副作用がある力なんて使って欲しくないので絶対に説明する事にする。

 

 

サロンを出れば時刻は正午手前。もうそろそろ2人は起きたかなと思い、確認のつもりでメッセージを送ろうとした途端、地面が揺れた。

 

 

一瞬だけ揺れたかと思えば最初よりも弱い揺れが続く。地震に馴染みのある日本に生まれているので地震のメカニズムについては大雑把だが知っている。空に浮かんでいるアインクラッドでは地震は起こらないはずだ。

 

 

何かあると考えて周囲を見渡して高い建物を探し、揺れている中で迷う事なく壁面の凹凸に指を引っ掛けてパルクールの要領で登る。そして建物の頂点から周りを見渡して、地震の正体が目に入った。

 

 

遠く離れたフィールドの端の辺り、山間部地帯が隠れるほどに巨大な人型が地面から起き上がっていたのだ。

 

 

 

 






気合いと根性、それによる進化と覚醒が当たり前だと教えているキチガイ一族がいるらしい。なんで滅んで無いんだよ。

〝ティアマト・ガーディアン〟撃破から24時間経過した事でイベントが進行しました。

R版はちまちま書いてるけど初めてなので難しい……投稿は週末あたりになりそう。


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創世の女神・4

 

 

馬鹿デカイ人型のモンスターの出現。タイミングを考えればあれが五十層のフロアボスだろう。目視出来る限りでは女性特有の身体付きで、長い髪の毛が生きているのか好き勝手に動き回っている。あんな巨大なサイズのモンスターは初めて見た。何せ、()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

揺れが収まり、フロアボスは上半身を起こしたままで動きを止める。何かしているのかと思えば特に動いている様子は見られない。フロアボスの行動が全く読めないが動かないというのならチャンスだ。ウインドウを操作し、攻略組の全員にフロアボスであろうモンスターの外見情報を伝える。

 

 

返事を流し読みしていると、防衛戦に参加したプレイヤーから〝アルゲート〟を囲んでいたモンスターがフロアボスの出現と同時に引いていると情報があった。引いた先はフロアボスのいる方向、フロアボスが何か指示を出して引かせたと思われる。

 

 

街の様子を見下ろせばNPCたちはフロアボスの出現に半ばパニック状態になり、攻略組のプレイヤーたちはフロアボスが出現した事が嬉しいのか上半身裸になりながらよく分からない踊りを踊っていた。何やってるんだこいつらと思ったが考えてみればいつもの事だった。

 

 

「ーーーHey brother」

 

 

恐怖で錯乱しているNPCに癒されつつ、狂喜で発狂している攻略組に戦慄しているとPoHが俺と同じようにパルクールの要領で屋上まで登ってくる。何かと思えばフードの下からでも分かるとても良い笑顔で肩を叩きながらサムズアップし、

 

 

「Was it fun yesterday?」

 

「ファッキュー」

 

 

巫山戯た事を言ってくれたのでノータイムで屋上から突き落とす。一番高い建物を選んだので屋上から地面までは30メートルはあるのだがPoHはケラケラと笑いながら慌てる事なく着地した。それを追いかけるように屋上から飛び降りる。

 

 

「ったく、なんでどいつもこいつも似たような事しか言わないんだよ」

 

「そりゃああのCrazy girlsがヤッたとなれば誰だって似たような反応するだろうよ」

 

「ところでお前は誰から聞いたんだ?」

 

「シュピーゲル。Barに行ったらばったり出くわしてな……ヤバかったぜ?こう、絶望と絶望と絶望を混ぜ合わせて蒸留して、濃い部分を掻き集めてさらに蒸留させたような目をしてやがった」

 

「……会ったら土下座しとこう」

 

 

基本人でなしのPoHがそこまで評価するあたり、今のシュピーゲルはガチでヤバそうだ。シノンが選んで俺は悪く無いはずなのに罪悪感しか感じられない。

 

 

秒単位で十数件送られてくるメッセージを流し読みしながら現状の把握に努める。どうも城壁周辺にはモンスターの姿は見えないらしく、すべてがフロアボスの元に向かったようだ。一旦兵力を集中させてから一気に攻めてくるつもりなのだろう。

 

 

無論、俺たちに息つく暇を与えないようにしながら。

 

 

「気付いてるか?」

 

「あぁ、()()()()()

 

 

PoHとその場から飛び退いて数瞬後に足場だった地面が爆ぜた。上がる砂埃の中から巨大なムカデのモンスターが5匹現れる。どうやらこいつら、城壁を迂回する為に穴を掘って来たようだ。

 

 

しかもこの場だけでは無いらしい。飛び交うメッセージを確認すれば街のあちこちにモンスターが侵入しているらしい。坑道を掘るとか人間からしてみれば古典的な戦略だが、〝アルゲート〟のように籠城している拠点を攻めるのには効果的だ。

 

 

「もぐらかよこいつら」

 

「でもまぁ効果的だ。NPCは混乱してるぜ?」

 

 

NPCは下から攻められるとは思っていなかったのか恐怖で錯乱状態。攻略組からしたら多少は驚きはあるだろうが経験値とアイテムが向こうから来てくれたと嬉々として戦うに違いない。事実、メッセージでは既にモンスターを倒したという報告が何件か来ている。

 

 

「任せて良いか?ユウキとシノンが心配だ」

 

「良いぜ、任された。さっさとCrazy girlsを迎えに行ってこいロリコン色男」

 

「ハッハッハ……後で玉潰す」

 

 

合流したらPoHの壊れた股間を再起不能にする事を誓い、この場を任せてユウキとシノンがいるであろう宿屋に向かう。メッセージを見れば2人からの物は無く、新たなモンスターの侵入を報せる物ばかりだ。メッセージの報告と脳内の〝アルゲート〟の地図を重ね合わせて2人がいる宿屋の辺りにモンスターの出現の報告が無いと分かったが、まだ見つかっていないだけで現れているかもしれない。

 

 

迷路のように入り組んだ路地を建物の上を走る事で無視して真っ直ぐに最短距離を行く。途中で何度かモンスターが暴れてNPCが犠牲になっている場面を目撃したが、それは攻略組や兵士のNPCが駆け付けていたので無視することにする。

 

 

そして宿屋の前に辿り着いた時ーーーそこにあったのは剣山のように全身から矢を生やしてその状態でまだ生きて痛みにのたうち回っているヘビのモンスター、そして全身を切り刻まれて四肢が皮一枚でなんとか繋がっている達磨状態で放置されている猿のモンスターの群れだった。その猟奇的な現場を見て、どうしてこんな状況になっているのか一瞬で理解する。

 

 

「ーーー全く、人が良い夢を見ていたっていうのに」

 

「ーーー邪魔してくれるんじゃ無いわよ」

 

 

要するに目覚めが悪かったのだと。彼女たちの言動から良い夢を見ていて、それをモンスターによって起こされてしまったから八つ当たりでこうなったのだと分かってしまう。

 

 

生きながらにして築かれた屍山血河の頂上で、彼女たちは苛立ちを隠そうともせずに堂々とモンスターを見下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ーーー折角不知火と人前では言えないようなハードなプレイに勤しむ夢を見れてたのに……!!」」

 

「口閉じる前にまずは服を着ようか」

 

 

寝起きですぐに八つ当たりをしたからか、全裸で武器を構えているユウキとシノンが居た。

 

 

 






モンスターによる〝アルゲート〟攻略作戦開始。まずは無警戒な地面からの強襲。NPCでは犠牲者は出たけど攻略組はまだ大丈夫。

Crazy girls、全裸でモンスターを倒すの巻。ヤッて寝てて、着替える間も無くモンスターがやって来たから仕方ないね。なおモンスターたちは死んでもおかしく無い状態であえて生かされている模様。



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創世の女神・5

 

 

「ーーーさて、それでは緊急会議を始める」

 

 

ユウキとシノンに服を着せると〝アルゲート〟に侵入したモンスターの駆逐が終わった報告と緊急会議を行う事がメッセージで知らされ、比較的破壊されていない区画に攻略組の全員を集めてヒースクリフ進行の元で会議が行われる。

 

 

集まったプレイヤーはモンスターの返り血こそ浴びているがダメージを受けている様子は無い。それだけで奇襲に対して完璧に反応し、何もさせる事なく嵌め殺したということがわかる。

 

 

「フロアボスと思わしき巨大なモンスターが出現すると同時に〝アルゲート〟を攻めていたモンスターが撤退、そして地下からの襲撃があったというのが現状だ。プレイヤーでは犠牲者は出ていないがNPC側には相当な犠牲者が出たらしい」

 

「まぁ兵士しか戦えないからそれ以外の奴は逃げるしか無いわな」

 

「しかもフロアボス出現と同時に〝アルゲート〟の転移門が使えなくなった。偶々他の階層に居た〝血盟騎士団〟の団員に確認してもらったところ他の階層への行き帰りは自由だが、〝アルゲート〟からは移動することが出来ない一方通行になっているらしい」

 

「物資の方は大丈夫なのか?」

 

「前日にエギルから渡されているから問題無い。因みに運び屋も昨日の内に五十層から出ているので心配要らない」

 

 

それを聞いて安心する。ひとまず攻略組以外の被害は心配しなくても良さそうだ。

 

 

「まずは人数の把握を。〝血盟騎士団〟は私を含めて46人だ」

 

「〝風林火山〟は15人全員揃ってるぜ」

 

「〝ナイトオブナイツ〟は生産職を除いた150人だ」

 

「〝風魔忍軍〟は30人全員いますけど直接戦えるのは僕ぐらいです」

 

「〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟はアルゴを除いて7人。あとはソロボッチのキリトだな」

 

「なぁウェーブ、俺良い加減キレても良いと思うんだ」

 

「手ェ出すのは構わないけどそうした場合この2人が牙を剥くぞ?」

 

「キシャァァッ!!」

 

「フシュゥゥッ!!」

 

「完全に動物化して無いか?」

 

「ユウキちゃん…シノンちゃん……」

 

「HAHAHA!!」

 

 

額に青筋を浮かべて背中に下げた片手剣を抜こうとするが、俺の膝の上で威嚇しているユウキとシノンを見てドン引きするキリト。そんな2人を見て手で顔を覆うアスナ。そしてそれを見て大爆笑しているPoH。

 

 

でも何が一番ヤバいってシノンを見て目から光を無くしているシュピーゲルなんだよな。焦点を合わせようとしない視線とかが闇堕ち一歩手前に見えて仕方がない。

 

 

「あ〜……ゴメンね?これ終わってから土下座でも何でもするから」

 

「……いえ、良いんです。シノンがウェーブさんのことが好きだって前から知ってましたから……でもゴールインするとか普通言うかなぁ……」

 

「おいシノン、なんでそんな事教えた」

 

「ユウキに先越されてイライラしたから」

 

「ドヤッ」

 

「そんな事でシュピーゲルの心抉らなよぉ!!あとユウキィ!!ドヤッって言いながらドヤ顔すんな!!」

 

 

どうしよう、割と今絶体絶命なのに2人のせいで緊張感がまるで無い。いや、緊張感が無いって事は余裕があるって事なんだけど仮にもハーフポイントの最終決戦前がそれで良いのか?

 

 

「さて、良い具合に緊張感が解れたところで本題だ。恐らくだが一旦引いたモンスターたちはフロアボスと同時にやって来ると思われる。モンスターの相手はNPCと協力して相手をし、フロアボスは少数精鋭で当たることにしたいと思うが異存はあるか?」

 

 

ヒースクリフの提案に異論を挟む者は誰もいない。フロアボス相手に少数精鋭で当たると言うのは自殺行為にしか聞こえないと思えるが攻略組のだれもがそうは考えていない。それはフロアボスがデカ過ぎるからだ。

 

 

デカイという事は当然の事ながら体積と質量が大きいという事になる。分かりやすく言えば、フロアボスの攻撃は範囲が広くとても重たいという事。それなのに集団で挑んでも身動ぎ1つで圧殺されかねない。タンク職などあの巨体の前では意味が無い。必要なのは攻撃を回避できる機動力と火力だけだ。

 

 

「フロアボスの相手はウェーブ、PoH、ユウキ君、キリト君、アスナ君、コタロー君に任せる。残りは〝アルゲート〟で防衛だ。シノン君は高台から狙撃を頼みたいがフロアボスに届かせる事は出来るか?」

 

「そうね……連射が効か無くても良ければ1キロ半、連射して欲しいのなら1キロは近づいてもらわないと無理ね」

 

「弓で1キロとか頭がおかしいと思うのは俺だけなの?」

 

「安心しろクライン、俺もそう思ってる」

 

「キリトぉ……!!」

 

「お、キリクラか?それともクラキリか?」

 

「来たぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おっと、私の愚息が粗相を……」

 

「イイゾイイゾ!!」

 

「腐りすぎィ!!」

 

「キリト君!!私はそんな非生産的な事なんて認めないからね!!」

 

「バッ!!俺だって付き合うなら女の子の方が良い!!」

 

 

おかしい、なんでシノンの話題から一気にキリクラネタに急下降したのだろうか。あとアスナ、頑張れ。俺はキリアスを応援している。

 

 

「因みに、Hollowsの相手はどうするんだ?」

 

「それに関してはコピーされているプレイヤーがそれぞれ当たり、〝ホロウ・ストレア〟は複数で当たりたいと思うのだが……」

 

「あ、それなんだけど〝ホロウ・ストレア〟の相手は俺に任せてくれない?一対一で倒して来るから」

 

 

俺が闇堕ちした時、〝ホロウ・ストレア〟は助けなくても良いはずの俺の事をわざわざ助けてくれた。それに別れ際に俺と戦いたいと言われたのだ。礼を返すつもりで彼女の願いを叶えたいと思っている。

 

 

「勝てるか?」

 

「勝つよ。当たり前のように」

 

「なら任せるが……そうなるとウェーブ1人で〝ホロウ・ストレア〟と〝ホロウ・ウェーブ〟を任せる事になってしまうな」

 

「あ、だったら私がウェーブが来るまでの間〝ホロウ・ストレア〟の相手するよ?」

 

 

俺の負担が大きくなる事を嫌っているヒースクリフに意見したのは意外な事にストレアだった。確かに〝ホロウ・ストレア〟は外見はストレアのコピーなので相手をするのが筋なのだが戦えるのか心配になってくる。

 

 

「大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫。倒そうとしないで守勢に回るから〜……それに、私に姉さんって言ったのも気になるし……」

 

 

初対面の時に〝ホロウ・ストレア〟が姉さんと言った言葉。あれはどう考えてもストレアに向けられた言葉だった。プレイヤーであるストレアが、AIである〝ホロウ・ストレア〟から姉などと呼ばれる道理は無い。一応ある仮説は立てたのだがあまりにも現実味がなさ過ぎる。しかし、それが一番信憑性が高いのだ。

 

 

ストレアにとって、あまりにも残酷な仮説が。

 

 

「……危なくなったら逃げろよ?いざとなったら俺1人で相手するから」

 

「あれ、私の事心配してくれるんだ?」

 

「そりゃあ心配するさ。拾った時から面倒見るって決めてるし、それに仲間だからな」

 

 

ストレアと初めて出会ってから今日までずっと一緒にいたのだ。それだけの間一緒に過ごしていれば少なからず情は湧く。心配はするし、死んでほしく無いとだって思う。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ふむ……ではストレア君に頼むか。今は引いているがいつまた襲ってくるか分からない。各自いつでも戦えるように準備は怠らないように」

 

 

無尽蔵に湧くモンスターに超が付くほどに巨大なフロアボス。二十五層から今日まで攻略組では犠牲者が出ていないが、五十層の攻略では間違いなく死人は出るだろう。寧ろこれだけの兵力差があるから出ない方がおかしい。ヒースクリフはその事を口にしていないが可能性がある事は重々承知しているはず。ここにいるプレイヤーの誰もが誰かが、もしかしたら自分が死ぬ事になるかもしれないと理解しているはずだ。

 

 

怖いと思って当たり前、逃げたいと思って当然。目を向ければ何人か手や足が震えている者がいる。それは武者震いではなくて恐怖に怯えての震えだと分かった。

 

 

「「「「応ッ!!!」」」」

 

 

だというのに誰もがその恐怖を微塵も出さずに威勢の良い返事を聞かせてくれた。死ぬのが怖いと恐怖に怯えながらも、勝ってやると言う闘気を漲らせている。

 

 

その姿がとても眩しくて、格好良く見えた。

 

 






転移門封鎖。これで五十層には入れるけど出れないっていう状況に。カーディナルから絶対に逃がさないという鋼の意思を感じる。

ネタバレ。ここで犠牲者が出ます。



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創世の女神・6

 

『負けるなヨ。負けたらSAO内だけじゃなくてリアルでもウェーブがペドキチ野郎だって広めてやるかラ』

 

「ついにリアルまで脅しに来やがったなこのやろう……ッ!!なら勝ったら〝キリトちゃん写真集そのよんっ〟でキリトとコンビの撮影会でもしてもらおうかっと」

 

 

他の階層から届いたアルゴの応援メッセージに苦笑しつつ、返事を返す。メッセージでも喋り方と同じイントネーションを意識しているのか語尾をカタカナにしている辺り、凄いなぁと感じながら普段のアルゴならば絶対に頷かないであろう内容を返すと数十秒で返事が返って来た。

 

 

『分かった。だから……お願い、負けないで』

 

「おぉ……デレた」

 

 

アルゴ本人がこの場にいたら絶対に顔を真っ赤にして逃げ出すか、照れ隠しで攻撃して来そうな事を言いながら素直に驚く。しかし、それも納得出来る。

 

 

五十層はほぼ封鎖されていて、フロアボスの進行に付き従うモンスターの群れがフィールドを覆い尽くしているのが城壁の上から見ても分かる。数えるのが億劫になる程の数。数の暴力とはこういう物だと体現しているような軍勢。しかも、それは現在進行形で増え続けてる。

 

 

〝風魔忍軍〟の〝隠密〟がカンストしているプレイヤーに偵察に行かせたところ、 遠目からだがフロアボスの名前の〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟と腹からモンスターが産み出されるのが確認出来たらしい。アルゴが集めて来た創世神話にあった情報と一致する。

 

 

自らの権能故に危険視されて打ち倒されたと言うのに、再度この世に現れてなおその権能に縋り付いている辺り笑うしかない。

 

 

「おーい!!」

 

「ん……ユウキか」

 

 

城壁の上からモンスターの進行速度を確認しているとユウキがやって来た。フロアボス戦の前だと言うのに緊張している様子は見られずにいつも通り。しかしその手には二本の片手剣が握られていた。

 

 

「アルゴから連絡あった?」

 

「負けたらリアルでもペドキチ野郎って広めるって脅されたから勝ったら〝キリトちゃん写真集そのよんっ〟にキリトとコンビで撮影会するって言っといた」

 

「うーん、さりげなくキリトまで巻き込むこの畜生」

 

「弱みを見せた方が悪い」

 

 

俺は悪くない。弱みを見せて、搾取されるキリトが悪いんだ。

 

 

「あ、そうだそうだ。これ」

 

「俺にか?」

 

「うん、黒い方はボクで紅い方はシノンから。前まで使ってたの……〝冥犬の牙〟だっけ?壊しちゃったから」

 

「そいつはどーも」

 

「……14歳と15歳の少女に貢がれる26歳の成人男性」

 

「止めろ、それは俺に効く」

 

 

ゲーム内で一年過ごした事で14歳になったユウキと15歳になったシノンに貢がれる26歳になった俺……文章にすると危な過ぎる。どう頑張ってもニュースで流されるレベルの危なさだ。

 

 

ユウキから片手剣を受け取って鞘から抜く。ユウキから貰った片手剣は刀身から柄、そして鞘までがすべて夜を思わせる漆黒。シノンから貰った片手剣は逆にすべてが燃える炎の思わせる真紅だった。

 

 

黒い片手剣は〝宵闇の(つるぎ)〟、紅い片手剣は〝煌翼の(つるぎ)〟という名前で、どちらもが魔剣クラスのスペックだった。間違いなくこれまでで獲得したLAかMVPボーナスでドロップしたのだろう。

 

 

「良いのか?こんなもん貰って」

 

「良いの良いの。シノンは弓だから使わないって言ったし、ボクはこれがあるから」

 

 

ユウキが無い胸を張りながら腰に吊るした片手剣〝マクアフィテル〟を撫でる。それは俺が四十九層のフィールドダンジョンを潜っていた時に見つけた魔剣クラスの武器で、その時には〝冥犬の牙〟を使っていたのでユウキに譲ったのだ。

 

 

「んじゃまぁ有り難く使わせて貰うわ」

 

 

〝冥犬の牙〟の代わりに吊るしていた片手剣をアイテムボックスに仕舞い〝宵闇の剣〟を右腰に、〝煌翼の剣〟を左腰に挿す。すでにアイテムポーチの中身は補充してあるのでそれだけで準備は終わり、いつでも戦えるようになる。

 

 

「……不知火」

 

 

その時、ユウキがそれまでの態度が嘘のように小さく、そして震えた声で俺の名前を呼びながら抱きついて来た。身長差からユウキの顔は俺の胸に埋まり、背中に回された手は僅かに震えているのが分かる。

 

 

「シノンからの伝言……それで、ボクの気持ち。負けないで、勝って。必ず生きるって約束して」

 

「俺が死ぬとでも?」

 

「ううん、死ぬとは思えない……()()()()()()()()。不知火がボクたちの手が届かないくらいに遠くに行っちゃうんじゃないかって」

 

「あ〜……」

 

 

この間の失踪騒ぎの事があるから否定しにくい。あの時はユウキとシノンが力任せにブン殴ってくれたから帰ってこれた。またああなったらどうしようと心配するのは当然だろう。

 

 

だから、約束する。

 

 

「心配するな。俺は負けないから、必ず勝つから。ちゃんと生きて帰って来るから」

 

 

不敗を、常勝を、そして生還を、ユウキとここにはいないシノンに約束する。主観で見ても客観で見ても、このフロアボス戦は絶望的以外の何でもない。

 

 

だけど、()()()()()()()?絶望的だと?絶体絶命?あぁそうか、()()()()()。そんなものでは俺は折れない。俺は挫けない。堕ちた俺を救い上げてくれた彼女たちの想いに報いる為に。

 

 

「……ギュってして」

 

「ハイハイ」

 

 

ユウキの背中に手を回して、抱き締める。それに答えるようにユウキの腕の力も強くなる。それだけでユウキの震えは治まりつつあった。

 

 

そして顔をあげればニヤニヤしているキリトとPoH、何かに納得したように頷いているストレア、照れているのか顔をうつむかせているコタロー、どうして良いのか分からずに取り敢えずウインドウを表示しているアスナの姿があった。

 

 

「よし、取り敢えずアスナ。そのウインドウを何事もなかったかのようにしまってくれ。フロアボス攻略前に黒鉄宮行きは避けたいから」

 

「いや、でもこれ……どこからどう見ても事案……」

 

「HAHAHA!!気にするなよFlash girl!!ウェーブはもう手ェ出してるんだから!!」

 

「ロリコンキチガイ野郎からペドキチ野郎に昇格したからな!!」

 

「え……?」

 

「そう……やっとシテ貰えたのね……」

 

「今バラすなよ……!!」

 

 

フロアボス戦の前だと言うのに緊張が、そして今さっきまでユウキが漂わせていたシリアスな空気が一気に消し飛んでしまった。ガッチガチに緊張して挑むよりはマシかもしれないが、アスナの俺を見る目が今までは頭のおかしい人を見る物だったのにただの性犯罪者を見る物に変わってしまっている。

 

 

「最低です」

 

「言いたい事があるならこの後にしてくれ……そろそろ時間だ」

 

 

ウインドウに映る時計を確認すればヒースクリフから伝えられた時刻の2分前。それに気が付き、全員の纏う雰囲気が一気に変わる。さっきまで俺に抱きついて震えていたユウキでさえ、殺し合いへの覚悟を終わらせている。

 

 

「んじゃ、みんな」

 

 

城壁の淵に足を乗せ、ユウキとシノンから貰った〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を引き抜く。初めて使う剣だというのに、驚く程に手に馴染む。

 

 

「ーーー勝つぞ」

 

 

万を超えるモンスターを、その先にいる〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を見据えながら攻略開始の時刻になるのと同時に城壁から飛び降りた。

 

 

 





若干のシリアスな感じが入ったと思えばやっぱりシリアルに変わる。ガッチガチに緊張しているよりも緩い方が精神的な余裕があるから良いのだよ。

そしてさりげなく製作が決定された〝キリトちゃん写真集そのよんっ〟。内容はアルゴとキリトちゃんのツーショットらしい。

追加
R版投稿したぞオラァ!!見たいのなら見やがれ!!


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創世の女神・7

 

 

城壁から飛び降りる。それは側から見れば自殺行為でしかない。飛び降りる事そのものでは無い。SAOのステータスを持ってすれば高々50メートル程度の高さは怪我もなく着地出来るし、リアルでもやろうと思えば足を挫くかもしれないが出来る事だ。問題点は〝アルゲート〟の外へーーーフィールドに出ると言う事。城壁という守りを捨てて、その身1つでフィールドに出れば、眼前に広がるのは街を、NPCを、そしてプレイヤーを殺そうと殺意を漲らせながら向かってくるモンスターの群れ。どれもが息を荒くし、どれもが目を血走らせ、本来持っているであろう生存本能をかなぐり捨ててただ壊す為、殺す為に迫ってくる。

 

 

その光景を眺めながら地面に音もなく着地し、ユウキとシノンから貰った〝宵闇の剣〟を順手に、〝煌翼の剣〟を逆手に握り直してモンスターの群れに向かい、全力で突貫する。これもまた自殺行為。自己評価は違えてはならないものだから理解している。俺のプレイヤースキルはSAO内で間違いなく最高峰、最強は誰かと聞かれれば候補に上がるという自負はある。それでも数の暴力には勝てないと理解している。このままではあの群れを突き抜ける前に中程ごろでモンスターのの攻撃を捌き切れずに圧殺されるというビジョンが見える。

 

 

それを分かっていながら、足を止めるどころか更に加速する。何故こんな自殺行為を躊躇わないのか?そんなの、俺が1人では無いからに決まっている。

 

 

「laーーー」

 

 

城壁の上から歌が聞こえてくる。静謐に、それでいて熱く、されど優しく戦場に響き渡る歌声はまるで魔的。心を掴み、精神を震わせ、麻薬の様な中毒性すら感じさせる歌が響き渡るのと同時にHPゲージの下に現れるのは〝攻撃力アップ〟〝守備力アップ〟〝状態異常耐性アップ〟のアイコン。歌によるバフなんて出来るのはこの階層ではユナしかいない。エクストラスキル〝吟唱(チャント)〟のバフ、本来ならば歌の始まりから終わりまでを最後まで聞かなければならないのだが、熟練度800で習得出来た〝戦場の歌姫〟というスキルはその前提を覆したのだ。それは通常時ではただの歌でしか無いのだが、アクティブーーーモンスターからタゲを取られている状態のプレイヤーに対して即座にバフが発生するというものだった。歌を聴き続けなければならず、更に歌が終わるか聞こえなくなってから10秒ほどでそのバフは終わってしまうというデメリットがあるものの、歌を最後まで聞かなくても良いというのは非常に魅力的だった。

 

 

時折歌声に混ざる様に聞こえるユナの名を叫ぶ声はきっとノーチラスだろう。あいつも色々と末期だから。

 

 

そしてバフによって向上したステータスを駆けている間に手早く確認しながらモンスターの群れの先頭と衝突する。手始めにぶつかって来たのは突進力に優れたイノシシのモンスター。何があっても真っ直ぐに進み続けてやるという意思を燃やす瞳を確認しながら〝宵闇の剣〟を一閃、文字通りに真っ二つにしてやる。

 

 

殺したことで発生するヘイトを嗅ぎつけて周りのモンスターのタゲが俺に集中し、押し寄せてくる。殺してやる殺してやると、ただただ殺意を向けて来るモンスターの姿に苦笑しながらその全てを一閃にて急所を断ち切って皆殺す。

 

 

そぉい!!(〝片手剣:レイジスパイク〟)

 

ヤァッ!!(〝細剣:リニアー〟)

 

 

秒に10匹以上は殺したというのに衰える事のない殺意を滾らせながら迫り来るモンスターの吹き飛ばしたのは後ろからやって来たキリトとアスナの突進系ソードスキル。まるで鏡合わせの様に放たれたソードスキルを見れば2人のコンビネーションの練度が見て取れる。

 

 

「足を止めるな、前を向いてただ進め。それだけの話だ!!(〝暗黒剣:崩壊の一振り〟)

 

「分かってるよそんな事!!」

 

「簡単に言ってくれるわね……!!」

 

 

俺たちの役目は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟までの道を切り開く事。全員で当たればモンスターの群れを切り抜ける事は確実に出来るだろうが、消耗が激しくなってしまう。それを防ぐために俺たち3人だけでこの群れを相手にする。

 

 

先頭を駆けるのは俺1人。一斬必殺を心掛けながらも時折出て来る取り零しを考えて〝暗黒剣〟のバトルスキル〝崩壊の一振り〟で、例え生き残ったとしても〝防御力ダウン〟のデバフを付与しておく。そうして生き残りながらも防御力が下がったモンスターは俺の後ろから着いてくるキリトとアスナが瞬殺、さらにその後ろをユウキ達が追従する。

 

 

そして頭上から、瓦礫と砲弾が雨の様に降り注いだ。

 

 

これはモンスターの妨害では無く〝アルゲート〟からの支援攻撃。アルジェントが用意していた投石器と大砲が使われているのだ。アルジェントはこの事態を予測していたらしく、余裕のない資材を遣り繰りして何とか十数台ずつであるが用意をしていた。ちなみに投石器の瓦礫は崩壊した建物の物を、大砲の弾はエギル商会から仕入れた物が使われている。支援攻撃はありがたいが狙いはかなり大雑把で下手をすれば俺たちにも当たりかねない危険性がある。それでも無いよりはマシだと判断して遠慮無しでやれと伝えたが。

 

 

攻撃の手を一手、踏み出す足を一歩間違えれば即座に周囲のモンスターに、頭上から降り注ぐ瓦礫と砲弾に圧殺されかねない現状。失敗が許されないという緊張感ーーーそれが非常に()()()()()

 

 

頭上から飛びかかってくる猿の亜人モンスターを斬り殺しながら自分の歪み具合を再確認する。普通ならばこんなシチュエーションで心地が良いなどとは感じない。あるとすれば自分のミスで彼らを殺してしまうかもしれないという恐れのはずだ。だが、俺の中にはそんな物は微塵も存在しない。

 

 

常識からかけ離れた、狂っているとしか思えない思考。しかしそれでも良いと思う。世界は広いのだから、こんな狂人が出て来てもおかしくない。それに、こんな俺の事を愛していると一途に想ってくれる少女達がいる。こんな俺の事を信じてついて来てくれる者たちがいる。

 

 

「あぁ、安心しろ。俺は負けないーーー」

 

 

愛してくれる少女たちの為に、信じてついて来てくれる者たちの為に、誓うのは常勝。群れの最後尾、終わりが見えて来たところで現れたのは3メートルほどサイズで鎧を着込んだ3匹のリザードマン。〝リザードマン・コマンダー〟といういかにも指揮官らしい名前を与えられたネームドボスは俺たちを待ち構えていたのか2メートルはあろう曲刀を抜いて切り掛かってくる。

 

 

「ーーー〝勝つ〟のは、俺だッ!!」

 

 

1匹を〝宵闇の剣〟で、1匹を〝煌翼の剣〟で斬首し、残る1匹が振るう曲刀を見切って()()()()()()。まさか壊されると思っていなかったのか硬直している〝リザードマン・コマンダー〟の首を断ち切ればもう障害は無い。

 

 

「抜けッ、たーーー!!」

 

 

極度の緊張状態で全力疾走をした際か、キリトの声は掠れていたがモンスターの群れを抜けた事を喜んでいる。高台から観察した限りではモンスターの群れと〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の間には空白の部分が見えた。モンスターたちは群れを抜けた俺たちには目もくれずに真っ直ぐに〝アルゲート〟に進むので〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が新たなモンスターを産み出すまでの間はここが最後の安全地帯になる。

 

 

となれば、仕掛けてくるのはここしか無い。

 

 

「キリト、PoH、ストレア!!」

 

「あぁ!!」

 

「OK!!」

 

「任せて!!」

 

 

群れを抜けた瞬間に向かってくる気配が4つ。それが何なのか理解しているのでキリトとPoHに指示を出し、それぞれの相手に向かわせる。

 

 

真っ正面から小細工無しで振り下ろされる片手剣を〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を交差しながら受け止め、俺の頭を砕かんと振り下ろされる両手剣をストレアが受け止める。

 

 

「よぉ〝ホロウ・ウェーブ〟、久し振りだな。イメチェンでもしたか?」

 

「ウェーブゥーーーウェェェェェブゥゥゥゥ!!!」

 

 

俺の相手は〝ホロウ・ウェーブ〟。しかし何があったのか抜いている武器は片手剣のみで目は血走り、濃密な殺意と怒気を撒き散らしながら迫ってくる。

 

 

「ヤッホー〝ホロウ・ストレア〟。悪いけどウェーブが〝ホロウ・ウェーブ〟を倒すまでの間、私が相手をするわよ」

 

「ん〜本音を言えばウェーブに相手して欲しかったんだけど……確かにあっちの方が優先よね。良いわ、その誘いに乗ってあげる」

 

 

ストレアの相手は〝ホロウ・ストレア〟。いつも通りにストレアが装備したがらない紫を主体とした鎧を着込んでいる。正直、ストレアを無視して俺に襲い掛かってくる可能性もあったのだが、彼女は誘いに乗ってくれた。これで一対一で〝ホロウ・ウェーブ〟に集中する事が出来る。

 

 

キリトは〝ホロウ・キリト〟を、PoHは〝ホロウ・PoH〟を、この場にいない〝ホロウ・ヒースクリフ〟はヒースクリフのいる〝アルゲート〟に向かったのだろう。こちらが予定していた通りにホロウたちをそれぞれの元となったプレイヤーが相手する構図が自然と出来上がった。

 

 

そしてホロウたちと対峙する俺たちを置いてアスナたちは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって行く。別に彼女たちは俺たちを見捨てた訳では無い。アルゴでもフロアボスに関しての情報を調べ切る事が出来なかったので不足している情報を補う為に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に挑んで威力偵察をしてくる仕事があるのだ。アスナもユウキもコタローも敏捷を優先して伸ばしているので回避に専念すれば死ぬ事はない。

 

 

仕切り直しの為に〝ホロウ・ウェーブ〟の片手剣を弾いた時、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって行く途中のユウキが一度だけ振り返って口を僅かに動かした。声は聞こえなかった、でも何を言われたのかはしっかりと理解出来た。

 

 

彼女からの〝勝って〟というエールを、確かに聞き届けた。

 

 

「さてーーー良い加減、決着つけようか」

 

「アァァァァァァァァァーーーッ!!!」

 

 

俺を真似て俺に成り切り、俺に成ろうとした〝ホロウ・ウェーブ〟との決着をつける為に、〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を構え直して突貫する。

 

 

〝勝つ〟のは自分だという絶対の誓いを胸に。

 

 

 






五十層フロアボス攻略開始。バフはかけるし、投石器や大砲なんかの兵器もガンガン使う。でもそれだけじゃ止まらない数の暴力。要するに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を倒すのが先か、〝アルゲート〟が滅びるのが先かの競争。



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創世の女神・8

 

 

こちらを殺さんと振られる片手剣を〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟で捌く。〝ホロウ・ウェーブ〟は感情的に剣を振っているように見えて、剣筋自体は機械的。ただ最短距離で急所を狙い振るわれる。それは数日前の俺の剣ーーーちょうど闇堕ちしていた頃の剣だった。

 

 

成る程(〝観察眼〟)

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の様子がおかしい理由がそれで分かった。どうやら俺が闇堕ちしている頃の俺をインストールしたらのだろう。人で無しと、畜生だと自虐していた頃の俺の精神は今考えても異常としか言えなかった。俺の場合はダウナー系だったが〝ホロウ・ウェーブ〟は逆のアップ系らしい。

 

 

「なんだよ……なんだよこれ……!!気持ち悪いぞイライラする……!!頭の中がグチャグチャなのに妙に冴え渡って吐き気がする!!なんで……なんで()()()()()()()()()()ァァァァアッ!?」

 

「丁度お前がパクってる頃の俺は自分とお前を殺したくて仕方が無かったからな、その影響じゃ無いか?」

 

 

首目掛けて振るわれる切り払いを弾き、返す刀で心臓へ突きを放つ。しかし一歩引かれたことで距離が出来、突きを剣の柄で弾くのと同時に幹竹割りを防がれる。

 

 

俺は基本的に二刀流で戦っているが、それは手数が多くなるからという理由で一刀流で戦えない訳ではない。そもそも二刀流が強いという根拠自体が存在しないのだ。二刀流だろうが一刀流だろうが強い奴は強いのだから。

 

 

「考え無しに最新の俺を真似たお前が悪い。〝ホロウ・ストレア〟みたいに俺に気を配っていたら真似たらいけないと分かっただろうにな」

 

「五月蝿え!!俺の声で!!耳障りな事を抜かすんじゃねぇ!!」

 

 

正面から〝色絶ち〟で気配隠密を施しながら切り掛かってくるのを〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を交差させて防ぎ、押し合いの状態になる。

 

 

〝色絶ち〟を正面から使う事で認識され難くし、驚愕による硬直を狙おうとしたのは悪くないが相手が悪い。そもそも〝色絶ち〟は呼吸を読む事で生物が視界に入っても認識し切れない無意識の領域に入り込む技法だ。初見、あるいは〝色絶ち〟の仕組みを知らなければ必殺に成り得る技法。しかしネタバレされれば対応される。要するに無意識の領域を意識するか、呼吸を読ませなければ良いだけの話なのだから。キリト辺りならそれは面倒だと言って見えなくなった瞬間に無意識の領域を斬るがそれは反応速度オバケのあいつだから取れる手段だ。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ(お前)〟の声?何言ってるんだが、それはウェーブ()の声だろうが?」

 

「違う!!俺はウェーブだ!!〝ホロウ・ウェーブ〟なんかじゃない!!」

 

「いいや、違わないね。カーディナルが五十層の為に作ったAI。中途半端に既存のプレイヤーをコピーして作られたドッペルゲンガー。そして欠片も成長しようとしない欠落品(デッドコピー)……それがお前だよ」

 

 

一度目は気持ち悪かったと、二度目と三度目は殺したいからと見下して処理をしてきた〝ホロウ・ウェーブ〟であるが流石に四度目で一番酷かった頃の俺を真似てまでウェーブ()になろうとしてくると尊敬の念を覚える。

 

 

なので戦うべき敵として、俺になろうとして真似しかしない愚者に向けて俺から教授をしてやる。

 

 

「そもそも、大前提からしてお前は終わってるんだよ。〝ホロウ・ウェーブ〟(お前)ウェーブ()に成りたがっている。だけどウェーブ()ウェーブ()に成りたいとは欠片も思っていない。分かるか?〝ホロウ・ウェーブ〟(お前)ウェーブ()に成ろうと考えた瞬間からウェーブ()に成るなんて不可能だったんだよ」

 

「アァァァーーーアァァァァァァァァァ(〝剣術:斬鉄剣〟)!?!?」

 

 

元から不安定な精神状態に、俺からの教授でパンクしたのか〝ホロウ・ウェーブ〟は錯乱状態になりながら剣を振るう。そんな状態でありながら剣速は衰えるどころか加速し、全てが斬鉄剣で急所を狙っている辺り技術は完全にコピーされている。防御したとしても、そのまま斬られるという必殺の乱撃。カーディナルの観察能力に感嘆しながら、

 

 

で、それがどうした(〝修練:受け流し〟)?」

 

 

その全てを受け流す。斬鉄剣、堅い物を斬る事に特化した太刀筋であろうと刃物である以上は刃が当たらなければ斬る事が出来ない。振るわれる剣の腹に剣を当てて流せば斬られる事なく受け流しは可能になる。ヒースクリフ辺りならば当たり前のように出来る事だ。

 

 

「それにだ、俺が真似して満足してる様な奴に見えるか?()()()()()()()()()()()

 

 

確かに〝ホロウ・ウェーブ〟の剣と技術は間違いなく俺が使っているそのもの。しかし練度が低過ぎる。

 

 

例えば一週間剣を振った奴の太刀筋と一年剣を振った奴の太刀筋は同じだろうか。そんなことは無い、間違いなく後者の方が圧倒的に鋭い。例え前者が天才だと言われる人間で、後者が凡夫だと言われる人間だとしてもだ。技術は突き詰めれば練度が全てだ。長い時間をかけて、積み重ねて研鑽するもの。努力しない天才よりも努力する凡夫の方が強い。

 

 

その点で言えば〝ホロウ・ウェーブ〟は努力しない天才に当てはまる。カーディナルというインチキで俺が使っている技術を習得しているが使い慣れている、極めているという程に反復をしていない。だから軽いと感じるし、咄嗟でそれが使えないし、応用なんて思い付かない。

 

 

「以上、終わりだ」

 

 

言いたいことは言い終わった、故に殺す。改善するまで待ってやる義理はこちらには無いのだから。放たれた振り下ろしを受け流さずに半身で避け、地面に刀身が沈んだのを確認して柄を足で押さえて〝宵闇の剣〟で首を狙う。

 

 

「アーーー」

 

 

終わったと気が付いたのか〝ホロウ・ウェーブ〟から聞こえたのは間抜けな声。避けなければ死ぬというのに剣を手放そうとしてないから避けられない。

 

 

「アァーーー」

 

 

空の手がピクリと動くがもう遅い。刀を抜こうとしても間に合わない。腕を盾にしたところでそれごと斬る。

 

 

勝ったと確信し、次の〝ホロウ・ストレア〟に意識を向けようとしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーアァァァァァァァァァ(〝過剰光顕現〟)!!!」

 

 

首を斬り落とすはずだった一閃は、〝ホロウ・ウェーブ〟身体から立ち上る()()()()()()()()()

 

 

 






ホロ波フルボッコ。いくら技術が使えようとも熟練してなければ熟練者相手には負けるっていう。なんでも取り込む天才よりも、一を磨き続けた凡夫の方が強いって事を言いたかった。

ウェーブはホロ波をここで初めて敵と認識。ここまで真似するなんてスゲーなって思いながらレクチャー、だけど敵だから改善されるまで待つ義理なんて無いんだよ!!


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創世の女神・9

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟から立ち上る黒い光は闇堕ちしていた頃に纏っていた物。つまり〝心意(インカーネイト)システム〟の〝過剰光(オーバーレイ)〟段階。こいつ、この土壇場で心意を使いやがった。

 

 

「オォォォォォォォォ!!!」

 

「チッ」

 

 

片手剣と空いていた手に新たに握られた刀との二刀を殺せなかった事に対する苛立ちを隠さずに舌打ちしながら飛び退いて躱す。

 

 

だが考えてみれば今の〝ホロウ・ウェーブ〟ならば心意を使えてもおかしくは無い。闇堕ちし、自身と〝ホロウ・ウェーブ〟に対する怒りと殺意から俺が使えていたのだから、その頃の俺をインストールしている〝ホロウ・ウェーブ〟だって使えるだろう。予想外であるが原因を考えれば納得出来る内容、つまりは俺の想定が甘かっただけの話だった。

 

 

「さて、どうしたものかね」

 

 

正直な話、心意を使われたところで技量自体は変わっていないので対処は出来る。しかし心意は心意でしか対抗出来ない。俺も使えなくは無いが、闇堕ちした頃の精神状態に戻るのだけは勘弁してほしい。あの時はユウキとシノンのお陰で助かったが下手をすれびそのまま帰ってこれなくなる可能性があるから。

 

 

そして、懸念している事が1つ。〝ホロウ・ウェーブ〟が闇堕ちしている頃の俺の精神状態をインストールする事で〝過剰光(オーバーレイ)〟を使っているのは分かった。ならば、あの頃の俺が使っていた〝過剰光(オーバーレイ)〟の一段階上を使えるかもしれない。

 

 

事象改竄開始(インカーネイト・スタート)ーーー!!」

 

「人が心配した瞬間にかよ……!!」

 

 

恐れていた事が目の前で現実になるとか悪夢に等しい。〝ホロウ・ウェーブ〟が纏っていた黒い光が両腕に絡み付いて片手剣と刀が腕と一体化する。それだけではなく顔や胴体、足にまで伸びて血管の様にグロテスクに脈打っている。

 

 

心意発現(Over ride)ーーー叫べよ虚しき畜生狼、(Crying )尊き者への祈りを込めて(hollw werewolf)ッ!!」

 

 

そして〝ホロウ・ウェーブ〟は俺と同じ精神状態でありながら俺以上の変貌を遂げた。それを見て素直に感嘆する。俺と同じ精神状態であるのなら、〝発現(ライド)〟は俺と同じになるはず、それなのに俺以上に堕ちた姿に成り果てたのだから。

 

 

もしかしたら自分もああなっていたのかもしれないと考えると背筋に寒気が走る。一目見て分かるのだ、()()()()()()()()()()()()()()()。ああなれば、()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう考えながら警戒を緩めずにいると、〝ホロウ・ウェーブ〟は足場を爆発させながら飛び掛かってきた。どうやら〝ホロウ・ウェーブ〟の〝発現(ライド)〟はステータスも上昇するらしい。それに加えて俺の〝発現(ライド)〟が元になっているのならば、特徴殺しの能力も持っている可能性がある。

 

 

なので避ける。いくらステータスが上がっていようとも剣筋は変わらないのならば次の行動を予想し、回避するのは容易い。乱雑な様に見えて全てが急所に向けて放たれる乱撃を防ぐ事など考えずに避け続ける。

 

 

振り下ろし振り上げ斬り払い刺突……どれもこれもが全てが俺の振るうそれのまま。闇堕ちしている頃の俺の精神状態をインストールして不安定だというのにここまで忠実に再現出来ているのを見せられると感心してくる。

 

 

別に俺は真似する事を嫌っている訳ではない。そもそも、万事において模倣というのは避けては通らない道である。初めて何かを習った時、誰もが教えてくれた者の様にしようと真似をするだろう。それは極々当たり前の行為。

 

 

俺が許せなかったのは、〝ホロウ・ウェーブ〟が俺の真似をするだけで終わる事だった。真似をすることはいい、それは俺もした事なのだから認めよう。()()()()()()()()()。何故真似するだけで終わるのだ?守破離……教えを守り、破り、離れるのは基本中の基本だろうが。ただ真似して終わるのならそれは猿真似に過ぎない。

 

 

しかし、その猿真似もここまでくれば見事と言うしかない。どんな精神状態でどれだけ不安定であっても忠実に、これ程までの完成度で再現出来ているのだから。

 

 

「何故、俺に成ろうとする?」

 

 

片手剣と刀の乱舞を見切り躱しながら、無駄だと知りつつも首や手足に刃を滑らせながら問いを掛ける。〝ホロウ・ウェーブ〟が抱く俺への執着は異常の領域。その執念を目の当たりにしてそんな疑問が浮かんできた。

 

 

「決まってるーーー俺が俺であるためにだ!!」

 

 

自身への殺意と怒りで頭の中はグチャグチャで何も考えられないだろうに……いや、だからこそか、〝ホロウ・ウェーブ〟はウェーブ()だからという理由ではない本音を口走ってくれた。

 

 

「俺はプレイヤーたちが五十層を攻略するに当たってカーディナルによって作られたAIだ。産まれた時からこの世界を理解していて、既存のプレイヤーの皮を被らされて戦って来いと放り出された。与えられた〝ホロウ・ウェーブ〟だなんて名前を名乗ってプレイヤーたちが来るまで待ち惚ける日々。そんな日々で考えたんだよーーー()()()()()()()()

 

 

それは己の存在意義を問う思考。自分は五十層の敵役として作られた俺の写し身はそう考えてしまった。本来なら、AIが持つべきではない思考を持ってしまった。

 

 

「1と0で構築されたこの身体、だけど組み込まれたパターンなんかじゃなくてちゃんと考えて行動が出来る。だけど俺は所詮は五十層だけのために作られた紛い物。倒せと命じられているが負けるなとは命令されていない。ここが終われば廃棄されるーーーそう考えて怖くなった。胸に訳の分からない穴が空いた」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の目に僅かに理性が戻る。自分語りをしていて正気を戻したのか。それでも全身から放たれる殺意と怒りには微塵も曇りは無い。

 

 

「何をしても恐怖は無くならない、何をしても空いた穴は塞がらない。もうウンザリなんだよこんなのは!!いつ捨てられるか分からない事に怯えて空いた穴の疼きに悩まされるのは!!」

 

 

だから、と続けて〝ホロウ・ウェーブ〟は破顔した。それは〝ホロウ・ウェーブ〟がしていた俺の顔では無い、間違いなく〝ホロウ・ウェーブ〟自身の顔。

 

 

「俺はウェーブ(あんた)に成りたい!!そうすればきっと恐怖から逃げられて、訳の分からない胸の疼きが治るからーーー!!」

 

 

成る程、〝ホロウ・ウェーブ〟の俺への執着はアイデンティティから来るものか。

 

 

カーディナルによって設置されたAIである以上、プレイヤーと戦うことが〝ホロウ・ウェーブ〟の定め。しかしそれは〝ホロウ・ウェーブ〟だけでは無く、このSAO に存在するモンスター全てに同じことが言える。だが、〝ホロウ・ウェーブ〟は一般的なモンスターとは違い、思考することが出来てしまった。

 

 

だから役目を終えて不要になる事を恐れた。だからモンスターの様に扱われる事に虚しさを覚えた。そうして求めた。不要に成らずに、モンスターの様に扱われない存在をーーーオリジナルであるプレイヤー()の立場を。そうすればこの恐怖と虚しさから逃れられると信じて。

 

 

「……成る程、お前の事を初めて理解した気がするよ」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の心境を理解し、そして納得した事で飛び退いて距離を取る。それに対して〝ホロウ・ウェーブ〟は慌てて距離を詰めようとはしない。自分の絶対的な優位を知っているから。

 

 

「今までの事を謝らせてくれ。カーディナルがどう考えようとも、俺はお前の事を人として認める」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の心境は俺が持ち得ない程に複雑なもの。それを知った今では俺はこいつを俺の欠落品(デッドコピー)とは思えなかった。

 

 

ーーーそして決心する。

 

 

「ああ認めよう、お前を俺の敵として。この手で倒さなければ成らない障害としてな」

 

死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ(〝剣術:斬鉄剣〟)ーーー!!!」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の突貫。縮地でも使ったのか直線的な加速を見せて容易く俺の間合いに入り込み、片手剣と刀を振り下ろす。

 

 

回避は不可能、出来ることは防御のみ。しかし〝ホロウ・ウェーブ〟の心意でそれもほぼ不可能だろう。

 

 

ーーー〝ホロウ・ウェーブ〟の心境を知り、理解した。その上で決心する。ここで立ち止まってはいられないと。それが怖い虚しいと泣き叫びながら俺に成ろうとした〝ホロウ・ウェーブ(こいつ)〟への礼儀であるから。

 

 

「だからーーー」

 

 

ーーーここで、改めて宣言させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、ぁーーー」

 

 

間抜けな声を出したのは〝ホロウ・ウェーブ〟。必殺を確信していたに違いない。それを覆されればそんな声も出したくなる。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の斬撃を受け止めたのは〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟。そのどちらもが()()()()()()()()()()()()()

 

 

〝勝つ〟のは(〝意志力:)ーーー俺だ(限界突破〟)

 

 

絶対の勝利宣言と共に、再び心意の領域へと踏み込んだ。

 

 

 






ホロウ・ウェーブのウェーブへの執着の解明。なにがなんでもウェーブに成りたいと願ったのにはこういう事情があったんだよ。

それを受け取り、敵として認めた事でウェーブは限界突破……おい、いい加減にしろよ。



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創世の女神・10

 

 

響くのは鋼と鋼がぶつかり合う音。刀と片手剣という風変わりな二刀流に対抗するのは片手剣の二刀流。その勝負は側から見れば互角に見える。

 

 

「ーーーありえねぇ」

 

 

声を震わせながら目の前の現象を信じられないと言うのは〝ホロウ・ウェーブ〟。

 

 

「ーーーなんだ、俺が心意を使った事が信じられないのか?」

 

「違う!!そうじゃねぇ!!」

 

 

その疑問を聞いていたのかウェーブは振るわれる片手剣と刀を弾きながら問いかける。

 

 

そんな筈が無い、元々〝ホロウ・ウェーブ〟が使う心意はウェーブが使っていた物の発展系である。当時のウェーブの精神状態をインストールし、〝ホロウ・ウェーブ〟の精神状態を参照して発現させたのがこれなのだから。再びウェーブが心意を使っていたとしても驚く事はない。

 

 

「なんでーーー()()()()()()()()()()()使()()()()()()()!?」

 

 

そう、〝ホロウ・ウェーブ〟の驚愕はそこから来ている。当時のウェーブは〝ホロウ・ウェーブ〟が使っているのと同じ負の心意を使っていた。なので再び使えたとしても負の心意である筈だ。言うまでもなく正と負は対極に存在している。マイナスまで行った数値をプラスにする事が困難極める様に、負の心意を発現させたのならば対極の正の心意を発現させる事はほぼ不可能になる。

 

 

だと言うのにウェーブがごく当たり前の様に正の心意を使っている。〝ホロウ・ウェーブ〟の驚愕も当然だった。

 

 

「知るかよ。お前に敬意を払い、立ち止まってはいられないと思ったらこうなったんだ」

 

 

巫山戯た解答だとしか思えないがそれが現実、罵詈雑言を吐こうとする口を押さえて〝ホロウ・ウェーブ〟は手を動かす。

 

 

確かにウェーブが正の心意を使った事には驚いたが今はまだ〝過剰光(オーバーレイ)〟位階でしかない。〝発現(ライド)〟位階である自分には届かない。たった1つしかない位階の差が絶対的であるから自分の方が有利であると判断する。

 

 

しかし油断する事は出来ない。ウェーブはAIである〝ホロウ・ウェーブ〟から見ても異常の部類に入る人間だ。敬意を払い、立ち止まってはいられないと感じただけで本来ならば対極にある筈の正の心意を使えるようになるなど冗談にも程がある。憧憬を抱き、彼に成りたいと願っているがその評価だけは何があっても覆らない。

 

 

ならば、すぐにでも〝発現(ライド)〟位階にも到達する可能性がある。前例ならばある、ユウキとシノンだ。彼女たちはウェーブへの想いから〝過剰光(オーバーレイ)〟位階を飛び越えて〝発現(ライド)〟位階に到達した。だからウェーブもやりかねない……いや、こいつならば必ずやるという確信めいた予感を〝ホロウ・ウェーブ〟は抱く。

 

 

だというのにーーー

 

 

「振りが甘い。腕で振るな、身体で振るえ」

 

 

必殺を確信した一閃を容易く防がれ、

 

 

「簡単に受けようとするなよ。肉を切らせて骨を断つ?アホか、骨ごと切断されればそれまでだろうが」

 

 

回避を確信した行動を容易く追い付き、

 

 

「避けようとするのならば相手を見ろ。目を、腕を、剣を、足を。その全てを見て未来を予想しろ。そうすれば……このくらいは容易い」

 

 

闇雲に振り回される必殺の剣舞を、卓越した観察眼で読み切りながらウェーブの姿が霞の様に何度も搔き消える。まるで空を舞う羽毛に手を伸ばし、風圧で押されているから届かないかの様。鋭さを、速さを増しているというのにユラユラと、木の葉の様に右へ左へ、変幻自在に。

 

 

「何がしたい!?」

 

 

ウェーブの行動が〝ホロウ・ウェーブ〟には全く理解出来ない。ウェーブが行なっているのはまるで教育だった。覚えの悪い悪童に痛みと共に教えようとしている様に、ウェーブは〝ホロウ・ウェーブ〟へ己の武芸を教授していた。

 

 

「俺は出来るぞ?俺に成ろうとしているのならば出来るだろうが」

 

「チィーーーッ!!」

 

 

ウェーブの思考が読めない。そして何よりウェーブの顔が腹立たしい。自分は出来た、お前は出来ないのか?自分に成ろうとしているお前がという顔が。

 

 

その顔があまりにも腹立たしく……そしてどこか愉快に感じるものだったから。

 

 

「……こうか?」

 

 

その程度、自分も出来ると真似をして。

 

 

「読みが甘い、動作が鈍い。真似るだけじゃなくて取り入れてみせろよ」

 

 

嘲る様な笑いと共に馬鹿にされて……それが頭にきたからこそ、より繊細に、より流暢に。インストールされたウェーブの行動に取り入れて。

 

 

「なら、こうかーーー」

 

 

インストールされた技術ではない、〝ホロウ・ウェーブ〟が模倣し、体得し、己の業にした縮地にてウェーブの剣舞を潜り抜け、接近を成功させる。

 

 

「ハッーーー」

 

 

カーディナルによってインストールされていない、間違いなく〝ホロウ・ウェーブ〟が自身の力で会得した技法。どうだと問いかける様にウェーブへと視線を向ければ、

 

 

「まだまだ、脇が甘い」

 

 

及第点をくれてやると言いたげな表情と共に顔面に頭突きが叩き込まれた。砕けた鼻っ面を治しながらたたらを踏む。これは会得をして油断をしていた自分が悪いと素直に飲み込み、〝ホロウ・ウェーブ〟は再びウェーブにへと挑み掛かる。

 

 

そしてウェーブと剣を重ね、教育がされていくにつれて気がつく。怒りと殺意によって狭まっていた視界が開けていると。感情そのものに変わりはない、しかし頭の中を掻き回していた不快な何かはいつの間にか消えていた。

 

 

許せないという怒りは治らない、殺せと叫ぶ殺意は止めどない。それでいて、感情と思考が別居している。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことよりも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

振るわれる一閃、躱す体捌きに足捌き、はたまた視線による誘導まで、インストールされたからこそ分かる驚愕するしかない熟練度で完成されていた。それらをこれだけの完成度にするのにどれだけの研鑽を積み重ねてきたのか分からない。成る程、これではウェーブが怒るはずだ。これを見てしまえば自分の物などただの真似事に過ぎないと〝ホロウ・ウェーブ〟は感嘆する。

 

 

そして出来るかという無言の問いかけを受け取り、応ともと無言の肯定を会得し取り入れた動作として見せつけせる。

 

 

それを見せつけられならばこれはと、次はこれはと投げかけられる技術。それらを見て、噛み砕き、会得して取り入れる。技術だけで熟練度が足りていないと評された〝ホロウ・ウェーブ〟の練度は他ならぬそう評したウェーブの手によって急速に積み重ねられていた。

 

 

馬鹿にされている。そう考えが浮かぶものの悪くない。こうして教えられている時間が心地が良い。いつ廃棄されるか分からないという恐怖も、訳のわからない胸の疼きも、今この瞬間には消え去っていた。

 

 

「なぁウェーブ……これは憐れみか?」

 

「……かもしれんな。技術だけ与えられて満足していたのが許せなくてな」

 

「カッ!!上等だぁ!!俺を育てた事、後悔させてやるよぉッ!!」

 

 

回避と同時に振るわせる二刀。それを回避され、同じ様に、それでいて巧みに振るわれる一閃二閃で返され、それを躱す。

 

 

ここにきて〝ホロウ・ウェーブ〟の熟練度はウェーブに迫る。そしてそれをウェーブは負けていられるかと磨きをかけ、さらに〝ホロウ・ウェーブ〟が追い掛けるというイタチごっこが発生していた。

 

 

届きそうになった瞬間に放されるのがもどかしい。だがそれは不快では無くて、なんとも言えない愉快な感情で、こんな時間が永遠に続いて欲しいと願いながら、〝ホロウ・ウェーブ〟はこの時間を終わらせる事にした。

 

 

「使えよ、もう〝発現(ライド)〟を使えるんだろう?」

 

「……流石にバレるか」

 

「当たり前だ、仮にも俺はお前に成ろうとしているんだぞ?そのくらい把握して当然だろうが」

 

 

いつからなのか、ウェーブは〝発現(ライド)〟位階に到達していた。それでも〝過剰光(オーバーレイ)〟で戦い続けたのはウェーブもまた、この時間に何か感じるものがあったからこそだろう。

 

 

確かにこの時間が続いて欲しいとは〝ホロウ・ウェーブ〟も願っている。だが、それではダメだと分かっていた。ウェーブがその気ならばいつまでもこの時間を続けるつもりだっただろうが、今は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の攻略の最中。名残惜しいが、この時間を終わらさなければならない。

 

 

だって、それが自分が成りたかったウェーブという人間なのだから。

 

 

「全力で来いよ。それを上回ってやるからよ」

 

 

構える刀と片手剣。身体より立ち昇るのは負の心意の輝き。この瞬間、〝ホロウ・ウェーブ〟はウェーブに成りたいという渇望を捨て、ウェーブを超えたいと思った。

 

 

「ーーーあぁ、分かった」

 

 

それをウェーブは静謐に受け止め、〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を構える。身体から立ち昇る正の心意の輝きは爆発的に増え、それはまるで焔の如く燃え盛っている様に見えた。

 

 

「俺は誓ったーーー」

 

 

不敗を、常勝を、生還を。愛しい少女たちと、ここまで共に戦ってきた仲間たちに。

 

 

「だからーーー」

 

 

その誓いを果たすために、闇に堕ちたこの身を再び滾らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事象改竄開始(インカーネイト・スタート)ーーー!!」

 

 

前回と同じ様に踏み込んではならない領域へ、しかし負の感情では無くて正の感情で踏み入れた。

 

 

 






唐突に始まるウェーブの実戦でレクチャー。問題だった〝ホロウ・ウェーブ〟の熟練度は解決、だけどそれに負けてたまるかとウェーブも磨きをかけ、それを〝ホロウ・ウェーブ〟が追い掛けるという……これだからトンチキどもは……



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創世の女神・11

 

 

誓いを破りて無明に堕ちた傲岸不遜な畜生狼。しかし愛する者の声が無明の闇に響き渡る。

奮い立て、穢れを払え。愛する者の想いを薪に、再び天上に舞い上がるのだ

 

 

それは誓い。それは宣言。闇に沈んだこの身を救い出してくれた少女たちへの。

 

 

勝利の光で世界を照らせ。我が天翔の暁に、一切の嘆きは払われる。

火の象徴とは希望なれば、荘厳たる輝きに恐れるものなど何も無い

 

 

傲岸不遜とも言える絶対なる勝利宣言に共鳴する様に立ち昇る白い輝きが焔の様に一層激しく燃え盛りーーー現実の白焔と成る。

 

 

絶滅せよ、破滅の巨人。この世に貴様の居場所は無い

 

誕生せよ、希望の光。遍く闇を照らすのだ

 

 

そして聞こえてきたのはこの場にいない愛しい2人(ユウキとシノン)の声。ウェーブの全身からは白焔が立ち昇っているが、彼女たちから授けられた〝宵闇の剣〟からは色鮮やかな紫に、〝煌翼の剣〟からは色鮮やかな真紅に光り輝く。

 

 

ここにきてウェーブは()()()()()()使()()()()()()。カーディナルも予想出来ていない事態。制御不能(ERROR)解析不能(ERROR)理解不能(ERROR)。ウェーブの周囲に浮かび上がるのは夥しい数の警告メッセージ。これ以上は見逃せないと泣き叫ぶカーディナルの悲鳴を、

 

 

是非もなしーーー共に征こう、愛しき両翼。太陽に焼かれ蝋翼は融けようとも、我が煌翼は不滅なり。

光輝を纏い両翼を携え、万象を征けよ求道者よ。果て無き旅路を征く為に

 

 

 

素晴らしい、流石は自分の惚れた少女たちだ。ならば己も負けていられない。相応しい男であらねばと爆発的に覚醒しながら一蹴する。

 

 

カーディナルが何を目論んでいるのか知らないし、知るつもりもない。だがこの時間を邪魔はさせないと、カーディナルからの干渉をすべて()()()()()()()()()()

 

 

それは仮想現実世界での法則(システム)の超越、現実世界で言うならば物理法則の超越という馬鹿げた事態をウェーブはただ気合と根性(意志力)だけで実現させていた。

 

 

ーーー不敗神話はここにあり

 

 

そう、これより始まるのは不敗神話。見ず知らずの不特定多数では無くて、愛しい少女たちとここまで共に戦ってきた同胞たちに捧げられる不滅不朽の英雄譚。

 

 

不敗を、常勝を、生還を誓ったのだ。ならば真にしてやろうと、ウェーブーーーいや、漣不知火は新生を果たす。

 

 

心意発現(Over ride)ーーー英雄爆誕、神話創世。(Braving)不敗神話はここにあり(planetes)ッ!!!」

 

 

創生、恒星(プラネテス)。森羅万象であろうとも対峙するのであれば勝ち続ける不敗の魔人がここに顕現した。

 

 

「ーーーあぁ」

 

 

そんな馬鹿げた新生を目の当たりにして、〝ホロウ・ウェーブ〟は気が付かないうちに涙を流していた。それは絶望から来るものではない。ウェーブの姿があまりにも雄々(うつく)しかったから。なんと淀みの無い光輝か。離れていても分かる。あの〝発現(ライド)〟の中にどれだけの覚悟が秘められているのかが。

 

 

誓ったのだから真にしようと、愛されたのだから相応しくあろうと。そんな人として当たり前の事をしてやろうと、ウェーブは限界を超え、仮想現実世界においては神にも等しいカーディナルを捩じ伏せた。

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟はこの身がAIである事を呪った。自分も人ならば彼の様になれたのではないのかと……そう考えて否定する。あれはウェーブだから辿り着いたウェーブだけの領域だ。例え自分が人間で、同じ気持ちを抱いていたとしてもあそこには辿り着くことは出来ない。

 

 

「ーーー待たせたな」

 

 

静謐に、されど荘厳にウェーブは待たせた事を謝罪し〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を構える。その眼に油断は欠片も無く、纏う空気に弛緩は微塵も無い。〝ホロウ・ウェーブ〟を敵として認めた、だからこそウェーブは全力で相手をする。

 

 

「カッコいいなぁ……」

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟の呟きがウェーブに届いたのかは分からない。だけどそれだけを呟き、〝ホロウ・ウェーブ〟も一体化した刀と片手剣を構える。ウェーブが全力で応じてくれるのだ。ならば自分もそうで無くてはいけないと気を引き締める。

 

 

合図はない、2人の間にあるのは静寂。

 

 

「「ーーーオォォォォォォォォ!!!」」

 

 

だが、まるで打ち合わせたかの様に互いに纏う正反対の心意を噴き出しながら同時に突貫した。

 

 

一手目は互いが互いの殺傷範囲に入り、〝ホロウ・ウェーブ〟が片手剣を、ウェーブは〝宵闇の剣〟を振るう。大気を引き千切り、空間を斬り裂きながら振るわれた剣は激突しーーー〝ホロウ・ウェーブ〟の片手剣だけが砕けた。無論〝宵闇の剣〟も無事では済まずにヒビ割れてなんとか形を保っている状態になる。

 

 

二手目は〝ホロウ・ウェーブ〟が刀を、ウェーブは〝煌翼の剣〟を振るう。そして結果は先と同じ、刀だけが砕け散り、〝煌翼の剣〟は破壊寸前まで追い込まれる。

 

 

そして三手目で決着が着く。何せ〝ホロウ・ウェーブ〟の武器は壊れた。対してウェーブの武器は破壊寸前の状態であるものの武器としての役割を果たすことが出来る。

 

 

斬首か、両断か。どちらにしてもウェーブの一振りで〝ホロウ・ウェーブ〟は絶命するーーー

 

 

「ーーーまだだァッ!!!(〝意志力:限界突破〟)

 

 

ーーーその未来を〝ホロウ・ウェーブ〟は食い破る。負けてたまるか、自分はお前を超えてやるぞと、この窮地で進化、覚醒、限界突破。全身に纏っていた黒い心意を右手に集め、固めて剣にする。そして振るわれた〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を迎撃し、打ち砕いた。

 

 

四手目にして形勢は逆転する。ウェーブが無手なのに対して、〝ホロウ・ウェーブ〟は心意を固めて作り出した剣を持っている。〝ホロウ・ウェーブ〟の未来が、ウェーブに押し付けられーーー

 

 

「ーーーあぁそうだ、まだだッ!!!(〝意志力:限界突破〟)

 

 

ーーーウェーブもまた、その未来を食い破る。〝ホロウ・ウェーブ〟の意志に呼応する様にウェーブもこの窮地で進化、覚醒、限界突破。お前が出来た事が自分が出来ない筈がないと〝ホロウ・ウェーブ〟と同様に全身から噴き出している白焔を右手に集め、固めて剣にする。

 

 

五手目、ぶつかり合うウェーブと〝ホロウ・ウェーブ〟の心意の剣。そしてこの瞬間に〝ホロウ・ウェーブ〟は勝利を確信する。

 

 

ウェーブの〝発現(ライド)〟の能力は見ての通りに焔なのだろう。成る程、鍔迫り合う距離で蒸発してしまいそうな程の高温だ。しかし、〝ホロウ・ウェーブ〟の〝発現(ライド)〟は特徴殺し。如何様な能力であろうと絶対的な相性差を持ってして殺して貶める。正面からの押し合いになった時点で〝ホロウ・ウェーブ〟の優位は決定的となった。

 

 

「ーーーそれがどうしたァッ!!!(意志力:二重覚醒)

 

 

それをウェーブは一蹴し、掟破りの二重覚醒を実行する。絶対的な相性差だと?そんな事は分かっている、自分が使っていた〝発現(ライド)〟なのだから。そんな物、()()()()()()()()()()()()()のだと()()()()()()

 

 

爆発する心意の輝きにより、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その代償は大きい。意志力の暴走に耐えきれずに現在進行形で崩壊するウェーブの身体。それを更なる意志力にて繋ぎ止める。恐らくこの二重覚醒により現実世界の身体にも影響があるに違いない。その可能性にウェーブが気が付いていない筈が無く、()()()()()()()()()()()()()

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟が本気で、そして覚醒を果たしたのだ。それならばこちらも覚醒を、それを上回る覚醒をしなければならないと警報を鳴らす本能の静止を捩じ伏せる。

 

 

そしてーーー結末は訪れる。

 

 

「ーーーさようなら。()()()()()()

 

 

雄々しく燃える白焔の心意の剣が、貶める特徴殺しの心意の剣を両断する。そして別れを惜しむ様な言葉を送り、〝ホロウ・ウェーブ〟の身体を断ち斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああーーー」

 

 

白焔に焼かれる身体と心意を見ながら〝ホロウ・ウェーブ〟であったAIは脱力する。紛れもなくこの勝負はウェーブが勝者、そして自分は敗者である。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が現れる前ならば〝泉〟による復活も出来たのだが今となっては叶わない。

 

 

『危険、危険、危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険ーーー』

 

 

そしてその時、AIの脳裏にノイズが走る。それはカーディナルからの通信。馬鹿の一つ覚えの様に繰り返される危険のワードを聞けば、カーディナルがウェーブを危険視しているのが分かる。

 

 

そして通信を通してカーディナルからAIに向けてデータが送り込まれる。〝対心意(アンチインカーネイト)システム〟〝不死属性〟〝自動回復〟〝即死耐性〟〝部位破壊耐性〟等等……成る程、そこまでしてウェーブの事を殺したいのかと理解出来る。

 

 

原則としてカーディナルは直接プレイヤーに対して危害を加える事が出来ない。モンスターや自分の様なAIを通しての間接的にならば出来なくは無い、しかし直接的な干渉をする事を茅場晶彦から禁止されているのだ。

 

 

故に今、この機会に殺すしか無いとカーディナルは判断した。死にかけ(消えかけ)のAIを再利用して、ウェーブを排除しようとしてーーー

 

 

「ーーー巫山戯るなよ(〝意志力:干渉拒絶〟〝意志力:干渉制限〟)

 

 

ーーー死にかけ(消えかけ)のAIはそれを拒絶。更にカーディナルへとハッキングし、干渉を制限する。邪魔だから消すだと?巫山戯るなよ。己が憧れたあの人間を、そんな下らない事では殺させない。殺すのならば、そんな小細工を抜きにして殺せ。

 

 

考えられないAIからの叛逆にカーディナルは思考を停止させる。それを気配だけで悟り、ウェーブとの戦いを脳裏で反芻しながら満足そうにしてAIは目を閉じる。

 

 

もしもデータにも来世()があるというのなら、その時はまた彼と戦いたい。復活か、蘇生か、どれでもいいから。

 

 

その時こそ、今度こそ彼を超えてやるのだと誓いながら、そんな未来を夢見ながらAIは心意の焔に焼き尽くされた。

 

 

 



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創世の女神・12

 

 

「ーーーハァッ!!」

 

 

威勢のいい掛け声と共にストレアの両手剣が振り下ろされる。両手剣の質量と重力を活かして振るわれた一撃は兎に角重い。例え防がれたとしても、その防御ごと叩き潰す気概で放たれた一撃を、〝ホロウ・ストレア〟は身体を半身に引く事で避ける。

 

 

もしもストレアの武器が片手剣の様に片手で扱える武器だったら軌道を修正して追い掛ける事も出来ただろうが今使っているのは両手剣、しかも両手で無ければ扱えない程の質量。躱されて、反撃の為に〝ホロウ・ストレア〟が一歩踏み込み、

 

 

「甘いわッ!!」

 

 

ストレアがそれを阻止すべく、地面で刀身を弾いて無理矢理に振り払う。現実世界ならば身体を痛めてしまいそうなほどに無茶な軌道であったが仮想現実なので問題無い。そして目的であった〝ホロウ・ストレア〟の接近を妨害し、飛び退いて距離を取る。

 

 

「さっきからずっと離れてばっかりだけど良いのかしら?」

 

「私の目的はウェーブが来るまでの時間稼ぎだから大丈夫よ」

 

 

マトモに戦おうとしない事を焦れた様に〝ホロウ・ストレア〟が話しかけるがストレアはブレない。

 

 

そう、初めからストレアに〝ホロウ・ストレア〟と戦うつもりなんてない。自分はウェーブが〝ホロウ・ウェーブ〟を倒してこちらに来るまでの時間稼ぎ。隙あらば倒してやろうとも考えたが、始めの数合打ち合わせた時点で自分よりも〝ホロウ・ストレア〟の方が技術は優っていると理解して時間稼ぎに徹する事にした。

 

 

〝ホロウ・ストレア〟に集中しているのでウェーブの方を気にする余裕は無い。しかし彼なら必ず勝つと信じているから。

 

 

「……良いわね、そんなに信用出来る程に彼と一緒に居られて。姉さんに嫉妬するわ」

 

「気になってたんだけど、どうして私の事を姉さんって呼ぶの?」

 

 

そしてストレアが〝ホロウ・ストレア〟の相手を引き受けた理由がそれだ。どうしてか分からないが〝ホロウ・ストレア〟は自分の事を姉と呼ぶ。記憶が無いので定かでは無いのだが、AIである〝ホロウ・ストレア〟がそう呼ぶ事に違和感を覚えるのだ。

 

 

「あぁ、そういえばカーディナルが……バラしても良いわね」

 

「……」

 

 

悩む様な素振りを見せる〝ホロウ・ストレア〟に警戒を緩めない。

 

 

「ストレア」

 

 

しかし、どうしてなのか。嫌な予感が止まらない。

 

 

「貴女はーーー」

 

 

聞いてはいけない、ダメだと脳が警告している。

 

 

「ーーー人間じゃない、A()I()()

 

 

そしてその一言を聞いて視界が歪んだ。

 

 

「う……そ……嘘、嘘よそんな事」

 

「否定したいのはわかるけど本当の事よ。MHCP……メンタルヘルスカウンセリングプログラムの試作二号、カーディナルが観測対象として指定したプレイヤーと接触する為にログインされていなかった未使用のアカウントを上書きしてプレイヤーとして送り出された。それが貴女の正体。記憶が無いのは観測対象に不審に思われない様にとカーディナルによってロックされたからよ」

 

「あ……あぁ……!!」

 

 

聞きたくない聞きたくない、嘘だと叫び否定したかった。しかし〝ホロウ・ストレア〟の説明は残酷なまでに辻褄が合っていた。そしてストレアはウェーブと合ったその時、初めて会った筈なのに惹かれた事を思い出す。

 

 

それはまるで、ウェーブに着いて行く様に仕向けられた様でーーー

 

 

「……ごめんなさい。でも伝えなくちゃいけないと思ったのよ。何もかもがカーディナルの思惑通りに進むのが嫌で、ただ何も知らずにカーディナルのいい様に使われる貴女が憐れだったから」

 

「あぁ……」

 

 

手に、身体に力が入らない。両手剣は手から零れ落ちて、膝から崩れ落ちる。

 

 

プレイヤーだと、人間だと当たり前の様に信じていた。それなのに自分の正体がカーディナルによって送り込まれたAIと知ってしまった。〝ホロウ・ストレア〟の口八丁かもしれないが否定する材料が無い。

 

 

自分の正体がモンスターと同じAIだったと知ってしまった今のストレアは、混乱の極みにある。戦わないと、剣を取らないと。でもAIの、モンスターと同じ自分が、仲間たちを騙していた自分が戦ってどうするのだと答えの出ない問答に押し潰されていた。

 

 

「もしかしたらこれは憐れみなんかじゃなくて嫉妬や八つ当たりなのかも知れない……でも、そうだとしても、私はこの選択を間違ったとは思わないわ」

 

 

振り上げられる両手剣が怪しく煌めき、振り下ろされた。それはストレアの命を刈り取る断頭台。この時ストレアにこれを避けるという選択肢は浮かばなかった。自分が本当にAIであるのなら、ここで死んだ方が良いのではと考えていた。

 

 

よってここでストレアの思考を埋め尽くしたのは過去の出来事。SAO にやって来た記憶が走馬灯となって呼び起こされる。

 

 

ウェーブに拾われて、ユウキとシノンに出会った。

 

攻略組に誘われて、共にフロアボスに挑んだ。

 

馬鹿な事をして、ウェーブに叱られた。

 

エギルに雇われて、売り子をした。

 

死なせたく無いと悩むウェーブに、死なせなければ良いと提案した。

 

キリトとアスナの発展が焦ったくて、ちょっかいをかけた。

 

ウェーブに誘われて、攻略したフロアを散歩した。

 

 

色んなことがあったが、その大半がウェーブとの思い出に埋め尽くされている。これがカーディナルからの命令によるものだと信じたくなかった。

 

 

でも〝ホロウ・ストレア〟の説明を否定出来なくって、

 

ウェーブに惹かれた感情が誰かからの指示によるものだと信じたくなくって、

 

この感情が誰かに弄られた物だったなんて思いたくなくって、

 

 

「ーーーいやぁ……」

 

 

だから最後に出たのはそんな情けない声。誰かに助けを求める物ではなく、誰かに勝利を託す物でもなく、否定したくて認めなくって出た声だった。いつものストレアからは想像出来ない嗚咽の混じった声。

 

 

その声を聞き届ける者は誰もおらず、ストレアは〝ホロウ・ストレア〟によって殺される、

 

 

「ーーーえ」

 

 

筈だった。振り下ろされた断頭台を防いだのは一本の刀。2メートルを超える長物で、燃える焔の様な刃紋が施されている。

 

 

「ーーー間に合った……大丈夫か?」

 

 

そして掛けられた声は今の状況で会いたくなくて、それなのに会いたいと思っていた人物の物。

 

 

「ウェーブ……」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の一撃を片手で防ぎながら、ウェーブはストレアを守る様に乱入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、うちの貴重な純粋系巨乳枠に何吹き込みやがった」

 

 

そしてウェーブの一言で空気が死んだ。

 

 

 






今明かされる衝撃の真実ぅ!!なんとストレアはAIだったんだ!!(今更

そしてキチガイからトンチキへと華麗なるレボリューションを果たしたウェーブ参上。颯爽と空気を壊しにかかる。




※以下は前回入れようかと迷った挙句に思い止まった台詞。


「ーーーあぁそうだとも!!(〝意志力:進化〟)(〝意志力:覚醒〟)(〝意志力:限界突破〟)!!!」


〝ホロウ・ウェーブ〟の覚醒に呼応してウェーブ怒涛の三重覚醒。あまりにも酷過ぎたので却下しました。



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創世の女神・13

 

 

〝ホロウ・ウェーブ〟を倒して〝ホロウ・ストレア〟を任せたストレアの方を見ると何故かストレアは膝を着いて無抵抗、〝ホロウ・ストレア〟が両手剣を振り上げているシーンだった。このままではストレアが殺されると判断した俺は〝ホロウ・ウェーブ〟との戦闘で気怠い身体を無理矢理動かして〝ホロウ・ストレア〟の両手剣を防いだのだが……何故か知らないが、乱入した事で距離を取った〝ホロウ・ストレア〟からゴミでも見る様な目で見られている。

 

 

「どうした?そんな目で俺の事を見て」

 

「……ウェーブ、さっき自分がなんて言ったか覚えてる?」

 

「……?うちの貴重な非汚れ系の天真爛漫オッパイのストレアに何吹き込みやがった、だっけ?」

 

「大体合ってるけどさっきよりも酷くなってるわよ……!!」

 

「いや、だってさぁ〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバー思い浮かべてみろよ。シュピーゲルとPoHは論外、ユナはノーチラスとくっ付いてるけど清涼剤。ユウキとシノンとアルゴは年相応でしかも結構思考がぶっ飛んでる。そんな中でストレアの存在はあまりにも尊いんだよ……!!」

 

「なんで若干半ギレしてるのよ」

 

 

ユウキとシノンは俺の社会的な立場を削ってまで俺を落とそうとしてくる……結局落とされたけど。アルゴは割りかし腹黒だし。そんな中でストレアは純粋で天真爛漫、しかも巨乳というとても素晴らしい属性を備えている。特に巨乳のところが重要。そんな彼女がいつもの彼女らしからぬ様子になっていれば半ギレの1つや2つはしたくなる。

 

 

「ウェーブ……」

 

「どうした?そこの怖い奴に虐められたのか?」

 

「私……AIで……モンスターで……人間じゃ無くて……」

 

 

涙を流しながら嗚咽交じりに語るストレアの声は悲痛な物だった。恐らく〝ホロウ・ストレア〟から自分の正体を聞かされて、その衝撃で混乱しているのだろうか。

 

 

はぁ……()()()()()()()()()

 

 

溜息を吐きながら、俺はストレアの頭に拳骨を見舞った。割と本気で、それこそダメージが発生するレベルで。

 

 

「今更気が付いたのかよ。そのくらい、姉って単語で予想しておけ」

 

「……え?」

 

「待って。ウェーブ貴方、ストレアの正体に気づいてたの?」

 

「AIである〝ホロウ・ストレア〟が姉と呼んだのならストレアもAIじゃないかくらいは予想してた」

 

 

この位なら予想して当然だ。〝ホロウ・ストレア〟の発言を聞いてからまさかと半信半疑だったが、ストレアと出会った時に記憶喪失だと言っていた事を思い出して予想の1つとして数えるくらいの確信はしていた。

 

 

「で、お前がAIだとして俺の感想を言わせてもらう……()()()()()()()。AIだろうが人間だろうがストレアはストレアだろうが。確かに出会いはカーディナルが仕組んだものかも知れないけどその後の行動は、その後の思考は、そして何よりお前がアインクラッドで過ごしてきた経験は間違いなくお前だけの物だろうが」

 

 

そう、ストレアがAIだろうが人間だろうが、俺からしてみればそれがどうしたというレベルの話でしか無い。元が何であろうと出会った時から今日まで一緒に戦い続けて来たのはストレアなのだから。そして戦う事を選んだのは他ならぬストレアの意思だから。それにカーディナルが関与する余地なんて微塵もない筈だ。

 

 

AIだから、人間じゃないからと悩んでいる事が、俺から言わせて貰えば余りにも馬鹿らしい。

 

 

「わ、私は……」

 

「……だったら、どうしたいのか言えよ」

 

 

持っていた刀……〝ホロウ・ウェーブ〟からドロップした〝妖刀・不知火〟の刃をストレアの首筋に当てる。ストレアの首の皮が切れ、滲み出した血が刃を伝う。

 

 

「苦しまずに死にたいのならそういう風に殺してやる。苦しんで死にたいのならそういう風に殺してやる。()()()()()()。AIで、人間じゃ無くて、そういう事を全部引っくるめた上でカーディナルの考えなんて関係無しに、この世界で生きているストレアとしての気持ちを言ってみろよ」

 

 

最早これは脅しに近い。自分の正体が人間じゃ無いと知らされて精神がボロボロのストレアにする事じゃない。攻略組の奴らに知られたらリンチされて爆発させられる未来が見える。

 

 

でも、こうするしかない。この場で蹴り上げてでも答えを出させる以外に無いのだ。こういう問題は後回しにすれば余計に拗らせて面倒になると経験で分かっているから。

 

 

だから然りげ無く選択肢を狭めて与えてやる。俺が投げ掛けた物は全てが死に直結している。考え無しの、罪悪感しか持っていない者ならば疑問に思う事なく死ぬ事を選ぶだろう。仮にストレアがそうであって、死ぬ事を選んだのなら俺はその通りにストレアを殺す。

 

 

でも、ストレアが抱いているのが罪悪感だけでは無いのなら、他に何かを欠片でも感じているのなら。

 

 

「わた、私……AIで……人間じゃ無くて……」

 

 

震えてどもるストレアの声。眼からは涙がボロボロと溢れている。

 

 

「今まで、知らなかったけど、みんなを騙してて……」

 

 

瞼を強く閉じても涙は止まらない。身体を強張らせても震える声はそのまま。

 

 

「でも……でも……!!私は生きたい!!生きて、みんなと一緒に戦いたい!!最後まで戦って、このゲームを終わらせたい……!!」

 

 

そうして吐き出された本音は生存欲。生きたい、死にたく無いと、みんなを騙していた罪悪感を抱きながら叫んでいた。

 

 

「……そうだよなぁ」

 

 

それを聞いて身震いする。あぁ、素晴らしいと、美しいと泣き叫ぶストレアの姿を見て感じている。さっきまで〝ホロウ・ウェーブ〟と心意を使って戦っていた反動からか、感情の抑制が上手くできない。

 

 

だから、思った通りに行動してしまう。

 

 

「えーーー」

 

 

ストレアの手を引き、抱き締める。痛いくらいに力強く、物理的な距離をゼロにして密着し、ストレアを全身で感じる。

 

 

「良く選んだ。人間じゃ無くても、AIだとしても、俺はストレアの味方だ。お前の面倒見るって会った時から決めてるからな」

 

 

片手を腰に回し、片手で手荒く頭を撫でる。ユウキとシノンに見られたら処される事をしている自覚はあるが、感情の抑制が上手くできないのだから仕方がない。

 

 

ストレアの面倒を見ると決めたのだ。なので俺はストレアの選択を尊重する。罪悪感を抱きながらも生きたいと叫んだ彼女の意思を、この世界で生きるストレアの意思を尊重する。

 

 

「だから待ってくれ。すぐに終わらせるから。その後の事は、フロアボス終わってから考えようや」

 

 

どうにか泣き止んだストレアを待たせて〝ホロウ・ストレア〟と向き合う。ストレアが選ぶまで待っていてくれた事を感謝しないといけないな。

 

 

「悪い、待たせた」

 

「ううん、私にも責任あるから気にしてないよ……でも、私の前で他の女の子とイチャつくのはいただけないわよ?」

 

「そこは許せよ。流石に自殺しかねない精神状態で放置は出来ないからな」

 

「確かにそうよね。うん、ウェーブならそうするって思ってた」

 

「身内限定の優しさだけどな」

 

「誰彼構わずに優しさ振り撒く優柔不断よりも良いと思うわよ」

 

「そいつはどうも」

 

 

〝ホロウ・ストレア〟の武器は両手剣に鎧、見た所負傷している箇所やダメージを受けている様子は無し。それに対して俺は右手に〝妖刀・不知火〟を、左手に〝妖刀・村正〟を握る。ユウキとシノンから貰った〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟は〝ホロウ・ウェーブ〟との戦闘で壊れてしまったから。

 

 

「二本とも刀なの?片手剣は?」

 

「〝ホロウ・ウェーブ〟との戦闘で壊れてな。あぁ安心してくれ、手抜きとかしないから」

 

 

そもそも、俺はリアルで二刀流をするときはどちらも刀を使っていた。SAOでは気に入った刀が二本揃うことが無かったので片方を片手剣にしていたのだが今は気に入った刀が二本揃っている。

 

 

つまり、ようやく本来の武器で戦うことが出来るようになった訳だ。

 

 

そして合図も何もなしに俺と〝ホロウ・ストレア〟は同時に突貫する。

 

 

 






100ページ突破にユウキチとシノノンを放ってヒロインしているストレア。2人が見ていたらグヌヌってからウェーブの事を逆レしていた。



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創世の女神・14

 

 

〝ホロウ・ストレア〟であったMHCP-003がウェーブというプレイヤーを認識したのはSAO開始から約一月後、第一層が攻略されて第二層が攻略されている最中だった。

 

 

カーディナルからの命令で観測役として選ばれたMHCP-001(ユイ)MHCP-002(ストレア)が未使用のプレイヤーアカウントを使用し、一プレイヤーとしてゲームに送れ込まれた時にウェーブがどんなプレイヤーなのか気になったのだ。

 

 

そしてMHCP-002(ストレア)から送られるデータを観測する。カーディナルはただの観察記録としてデータを観ていたのだが、MHCP-003はどういう訳なのか初めてウェーブを認識した時からカーディナルからの命令などでは無く、彼の事が気になって仕方なかった。

 

 

MHCP-002(ストレア)から送られてくるウェーブの観察記録を何度も何度も繰り返し、時には自分をMHCP-002(ストレア)の立場に置き換えて自分とウェーブが行動している場面をシュミレートした事もある。

 

 

MHCP-003は何故自分がこんな不要な筈の行動をしているのか気になり、電子の海から情報を掻き集めた。そうして分かったのは、この思考の事を人間は〝恋〟と呼んでいる事だった。

 

 

そうしてMHCP-003は自分がウェーブに恋をしているのだと気が付いた。

 

 

それは間違いなくAIとしては不要な思考(感情)。カーディナルにそんな思考を持っている事を知られれば最悪消去されかねないと考え、MHCP-003はカーディナルにバレない様にその思考(恋心)を隠し続けた。そしてMHCP-002(ストレア)から送られてくる観察記録を何度も繰り返して閲覧する。

 

 

そんなある時、カーディナルからMHCP-003へとある命令が下された。それが五十層におけるキーモンスターになる事。それを聞いてMHCP-003は表面上は普段通りに、内心では狂喜乱舞してその命令を受けた。これでモンスターの立場であるがウェーブに会う事が、想いを伝える事が出来ると。

 

 

しかし、カーディナルからの命令はそれだけではなかった。もう1つの命令は、〝観測対象へストレスをかける事〟。どちらかといえばカーディナルにとってこちらが本命だった。

 

 

これまでの観測で対象者の状態を大まかに把握する事が出来たが、対象者たちはキリトを除いてストレスを受けている様子は観られなかった。目的のために様々なデータを欲したカーディナルは新たに使()()()()()A()I()()()()()()、その四機の外観を観測対象と同じにしてMHCP-003をリーダーにする事を決めた。

 

 

そうして作られたのが〝ホロウ・キリト〟、〝ホロウ・PoH〟、〝ホロウ・ヒースクリフ〟、〝ホロウ・ウェーブ〟である。同じ外見であれば多少はストレスを与えられるだろうという考えからだ。MHCP-003は〝ホロウ・ストレア〟というネームとMHCP-002(ストレア)の外見を与えられた。MHCP-003からしてみれば外見なんてどうでも良かった。ただウェーブと向かい合い、話す事が出来れば。

 

 

そうして〝ホロウ・ストレア〟となってから二ヶ月後、彼女は初めてウェーブと対峙した。ウェーブから認識され、警戒しているとはいえ真っ直ぐに見つめられて身体が火照る。ドン引きされてしまったが腕を斬られた痛みさえ、その時の彼女にとっては嬉しかった。こんな状況では自分の気持ちを伝えられないと捕まっていた〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟を回収して立ち去った。

 

 

そうして日を改めてウェーブに想いを伝え、断られた。

 

 

断られた時には悲しかったが、それは自分がAIだからでは無くて他の理由から来るものだった。それに共感し、今は引き退る事にしたが時期が来ればまた自分の気持ちを伝える事を決めた。

 

 

しかし、その時に〝ホロウ・ウェーブ〟が暴走。ユウキとシノンを襲おうとしたのだ。それは直前で間に合ったウェーブによって防がれたが、この事をウェーブは酷く後悔し、下手をすれば人として終わりかねない程にストレスを受けてしまった。奇しくもカーディナルの本命がここで達成された。

 

 

もう1つの目的であるキーモンスターの役割を果たせば与えられた命令は終わりだ。MHCPである〝ホロウ・ストレア〟は大丈夫だろうが

、使い捨てで作られた他のホロウたちは役割を果たせば廃棄される事になる。

 

 

だから〝ホロウ・ストレア〟はホロウたちに対して、したいように行動するようにと告げた。せめて悔いを残さないようにと願って。

 

 

結果、〝ホロウ・ウェーブ〟は倒された。ユウキとシノンへの仕打ちで生き地獄でも味わうのかと思ったが、ウェーブの様子からするにそんな事はされなかったらしい。他のホロウたちはまだ戦っているがカーディナルから伝えられる状況は良くない。時期に倒されてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次は自分の番だと〝ホロウ・ストレア〟は感じていた。

 

 

ウェーブは〝ホロウ・ウェーブ〟がドロップした〝妖刀・不知火〟を握り、〝ホロウ・ストレア〟に挑んでいた。2メートルもある〝妖刀・不知火〟と1メートルの〝妖刀・村正〟の二刀流なんてふざけているようにしか思えなかったがそうでは無かった。今のスタイルこそがウェーブの自然体なのだと嫌でも理解させられる。

 

 

間合いの違う二本の刀が巧みに操られる。〝妖刀・不知火〟の間合いを潜り向けて詰め寄ったと思えば、そこから〝妖刀・村正〟が飛んで来る。しかも途中で左右の刀を入れ替えながら、変わらない太刀筋を見せて来る。

 

 

そして何より、追いつかない。刀という武器なので受けずに回避しようと考えるのは分かる。その回避すらも攻めの回避なのだ。研鑽に研鑽を重ねた歩法により死角から死角に飛び込み、跡を追っているはずなのに見失う。AIの情報処理能力まで使っているのに、それでも追いつかない。今生きていられるのはこれまで観てきた観測記録からウェーブの次の手を予測しているからだ。

 

 

それも時期に通じなくなるだろう。それを予測では無くて何の根拠もない予感で察する。予測が間に合わず、ウェーブに斬られて終わり。それが〝ホロウ・ストレア〟の未来だ。

 

 

しかし、だというのに〝ホロウ・ストレア〟には負ける事に対する恐怖は無かった。MHCPだからでは無い。今この瞬間、ウェーブが自分だけを見ている事が嬉しくて堪らないのだ。

 

 

ウェーブがユウキとシノンの愛に応えた事はカーディナルを通して知っている。その事を嫉妬した。でも、今だけは自分がウェーブを独占出来ている。視線も、感情も、殺意も、全てが自分だけに向けられている。だから嬉しくて嬉しくて、この時間がもっと続いて欲しいと足掻く。1分でも、1秒でも長くこの時間が続いて欲しいと。

 

 

だがそんな時間は終わりを迎える。振り下ろした両手剣の一撃をウェーブは完全に見切って鼻先に触れるか触れないかの所で回避、そして腕を一閃した。

 

 

「あーーー」

 

 

両手剣の柄を持ったまま身体から離れる腕を見て間抜けな声が出てしまう。鎧ごと綺麗に両断された腕の傷口からは遅れて血が噴き出す。

 

 

続け様に両足を断ち切られた。

 

 

下腹を断ち切られた。

 

 

「ーーー終わりだ」

 

 

そう静かにウェーブは呟き、達磨になった〝ホロウ・ストレア〟を〝妖刀・不知火〟と〝妖刀・村正〟で切り裂く。胴体に刻まれた大きな×印、そして遅れて咲くのは鮮血の華。ここに〝ホロウ・ストレア〟の蜜月は終了する。

 

 

HPゲージはまだ僅かに残っているものの出血状態による継続ダメージですぐに尽きるだろう。〝ホロウ・ストレア〟には手足が無いので治療する事も出来ない。ホロウたちの助けがあれば助かったかもしれないが〝ホロウ・キリト〟はキリトから〝スキルコネクト〟によるソードスキル15連撃を叩き込まれ、〝ホロウ・PoH〟はPoHにより解体されている最中、〝ホロウ・ヒースクリフ〟は〝アルゲート〟にいるヒースクリフの元に向かったので助けは望めない。

 

 

詰み以外の何でも無かった。

 

 

「はぁ……疲れた」

 

 

〝妖刀・不知火〟と〝妖刀・村正〟を鞘に納め、ウェーブはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。ダメージこそは無いが心意を使用しての〝ホロウ・ウェーブ〟との戦闘から連戦だったのだ。精神的な疲労があっても当然だろう。

 

 

「大丈夫?」

 

「ストレア、ゴメンけど2人に先に行くように言ってきてくれないか?俺は五分休んでから行くから」

 

「うん、分かったわ」

 

 

自身の正体を知った事で酷く動揺していたストレアだったが、ウェーブからの励ましと時間が経った事である程度持ち直したらしく、ウェーブの指示に従ってキリトとPoHの元に向かっていった。

 

 

「ねぇ……トドメを刺さないの?それともそういう趣味?」

 

「こう見えて結構限界なんだよ。それに、敵とは言え俺を好きだと言ってくれた奴を瞬殺してハイ終わりなんて最低だろうが。結局は殺さないといけないにしてもな」

 

 

だから、と続けてウェーブは疲れた身体を引き摺り〝ホロウ・ストレア〟の元に辿り着くと、血に汚れるのにも構わずに〝ホロウ・ストレア〟の事を抱き締めた。

 

 

「ーーー」

 

「こうして、死ぬまでは側に居てやる。それが俺がしてやれる事だ」

 

 

身体のほとんどを欠損した事で〝ホロウ・ストレア〟の身体はすっぽりとウェーブの腕の中に納められる。血が流れ出して、それと同時にHPが減っていくが、そんな事よりもウェーブに抱き締められているという事実が〝ホロウ・ストレア〟の思考を埋め尽くす。

 

 

「あぁーーー」

 

 

ウェーブに抱き締められた事でウェーブの体温が感じられる。考えてみればこれが初めての直接の触れ合いだった。それが〝ホロウ・ストレア〟ーーーMHCP-003にとっては何よりも嬉しく、

 

 

「ーーー次に会った時に、またこうして抱き締めて」

 

「あぁ、約束だ」

 

 

死の間際までその温もりを堪能し、自分の最後を愛した人に看取られながらMHCP-003はカーディナルから与えられた役割を終えた。

 

 

 






〝ホロウ・ストレア〟撃破。〝ホロウ・ウェーブ〟が満足しながら逝った様に、〝ホロウ・ストレア〟もウェーブに抱き締められながら逝くというハッピーデッドエンド。




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創世の女神・15

 

 

五十層の主街区〝アルゲート〟。そこでも死闘が行われていた。

 

 

「ーーー撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇッ!!後の事なんて考えるな!!今は只管撃ちまくれぇッ!!」

 

 

城壁の上で声を張り上げるのは〝ナイトオブナイツ〟のディアベル。そして彼の指示に従い〝ナイトオブナイツ〟のメンバーたちは大砲を撃つ。爆発により発射される砲弾は放物線を描きながら落下、フィールドを埋め尽くしていたモンスターに命中し、出来た穴が新たなモンスターによって埋められる。そして一瞬遅れて設置されていた投石器が瓦礫を投石し、雨の様に降り注いでモンスターを押し潰すもののやはり新たなモンスターによって埋められる。

 

 

〝アルゲート〟防衛戦は明らかに攻略組の不利であった。何せ敵は無尽蔵に沸き続けるモンスター。質など量で蹂躙すれば問題無いと言わんばかりに数の暴力で進んでくる。対する〝ナイトオブナイツ〟は僅かに150人。ユナの〝吟唱(チャント)〟によるバフとNPCの兵士がいるとはいえ限られた数で無限に等しい敵を相手にすれば持ちこたえる事は出来てもいずれは潰される未来しかない。

 

 

事実、犠牲者が現れる。

 

 

「グォッ!?」

 

 

城壁を登ってきたモンスターの爪が装備に引っ掛けられて、プレイヤーの1人が城壁からフィールドに落とされた。城壁から地面までは50メートルあり、ステータスによっては助かるかもしれないが地面を覆い尽くすモンスターに群がられて死ぬ事が確定してしまった。落下しながらそれを察し、落ちたプレイヤーは泣きそうになり、

 

 

「負けるなよぉーーー!!」

 

 

泣いてやるものかと歯を食い縛りながら生き残っている者たちへエールを送って落下。そしてモンスターに群がられて数秒後に爆発した。爆発の正体は爆弾。死の間際に導火線に火を着け、少しでもモンスターを道連れにしようという考えの元での自爆。この防衛戦に参加しているプレイヤーは誰もが道連れ用の爆弾を抱えてこの戦いに臨んでいる。

 

 

だが、それは死ぬ事を前提にして戦いに臨んでいる訳ではない。戦って、勝って、生き残ってやる。だけど死んだとしたら少しでも道連れにしてやると、その結果が自爆である。

 

 

「ッーーー穴を埋めろ!!槍を突いてモンスターを落とせ!!ボサッとするなぁッ!!」

 

 

自爆したプレイヤーの事を嘆きながら、ディアベルはそれを表に出す事はしない。そもそもそんな事をしている暇は無いのだ。彼の死を嘆けば指揮に遅れが出る。指揮に遅れが出ればより多くの死者が出る。それを死んだ彼は、そして彼よりも先に死んだ誰もが望んでいない。今ので出た犠牲者は12人目。さっきと同じ様に城壁から落とされたり、城壁の上まで登ってきたネームドボスを自分と一緒に落としたり。死の原因は多様だが、誰もが間際に負けるなと、勝てと、勝利を託して逝った。

 

 

「オラッ!!掛かって来いや!!」

 

「新しい槍持って来い!!」

 

「こっちに来てくれ!!手が回らない!!」

 

「ユナに触れるなよ痴れ者が……!!」

 

「エーくん……!!」」

 

 

だから生きている誰もが勝利を目指す。ゲームをクリアしたいという自分の欲求と、勝利を信じて逝った仲間たちの遺志に応えるために。

 

 

耐久値が限界を迎えた槍を投げ捨て、サポートに回っている〝風魔忍軍〟のプレイヤーが新たな槍を手渡す。直接的な戦闘が難しい彼らはこうしたサポートに回っているが、それが無ければ間違いなく現状を維持出来ていないだろう。

 

 

〝ナイトオブナイツ〟と〝風魔忍軍〟、そしてNPCの兵士たちにより、この城壁での防衛戦は何とか拮抗出来ている。しかしそれも仮初めのもの。後1時間か、2時間か、もしかしたらそんなに持たないのかもしれないと誰もが思いながら死にたく無いと考え、負けるかと奮い立ち、掛かって来いと吠え立てる。それをこの戦いにいない者たちは虚勢だと断ずるだろう。何せ、この場はそれ程までに絶望的としか言えないのだから。

 

 

それでも、彼らは生きる事を諦めずに吠えて叫んで恐怖に折れそうな心を鼓舞する。何故なら彼らは信じているから。フロアボスに向かった者たちは攻略組の中でも最強に数えられるプレイヤーたち。彼らならば必ず勝つと信じている。だから自分たちも負けられない、必ず勝ってやると戦うのだ。

 

 

「ーーーッ、やっぱりか!!」

 

 

ユナの歌声、それとモンスターとプレイヤーたちの怒声罵声に紛れるように街の中から聞こえて来たのは悲鳴。そう、それはフロアボスの出現と同時に襲撃して来たモンスターが残した地下の経路を使った奇襲。外からの攻撃で手一杯だというのにその上中からも攻撃されれば溜まったものではない。そうなればこの戦線は崩壊。街は無くなって攻略組のプレイヤーは皆殺し、フロアボスに向かっている彼らも押し潰されるだろう。

 

 

だから、そうならないように手段は立てている。そもそも、分かりやすい侵入口を残しておいて何も考えない訳がない。

 

 

「後ろは気にするな!!俺たちは前だけを見るんだ!!後ろは、頼れる仲間がどうにかしてくれる!!」

 

 

城壁を飛び越えて直接狙って来た鳥型のモンスターを斬り払いながらディアベルは撃を飛ばす。そう、ディアベルたちの役目はこの戦線を維持する事だけ。後ろの事は信頼の置ける仲間たちがどうにかしてくれる。だから、前だけを見ていられる。

 

 

「だから任せたぞ。ヒースクリフさん、クラインさん、みんな……!!」

 

 

後ろを任せた仲間たちを信じながら、ディアベルは前の事態だけを集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーふむ」

 

 

坑道を通して〝アルゲート〟内に侵入してきたネームドボスを1人で倒し、ヒースクリフは思案する。奇襲自体は想定されていた事。この場にいるのは自分1人だけだが、〝血盟騎士団〟と〝風林火山〟のプレイヤーたちは別の坑道を見張っているので問題では無い。

 

 

問題があるとすれば、()()()()()()()()()

 

 

本気で〝アルゲート〟を潰したければ防衛戦に向かわせているモンスターをすべて通常のモンスターにし、奇襲に行ったモンスターをすべてネームドボスクラスにすれば良い。無視出来ない数の暴力による陽動と、強靭な質による本命。それをすればたった一度で決着しかねないとヒースクリフは考える。

 

 

まだ他に何かあるのかと警戒するが不明。頭上からの空挺強襲はシノンが高台を陣取って警戒しているので心配する必要は無い。ドラゴンが〝アルゲート〟上空をモンスターを背に乗せて旋回して、そのままシノンの狙撃により脳天を貫かれて墜落している。

 

 

「なら、この状況はーーー」

 

「ーーーそう、私がこうなるように仕向けたのだよ」

 

 

あまりにも不自然な状況に1つ仮説を立て、坑道からその考えを肯定する声が聞こえてきた。

 

 

「成る程、やはり私と一対一の状況を作る為にわざと拮抗した状況を作ったのだな?」

 

「そうだとも。誰にもこの戦いを邪魔させない為にね」

 

 

坑道から現れたのはヒースクリフと同じ顔の人型のモンスター〝ホロウ・ヒースクリフ〟。ヒースクリフと同じ盾と剣を携えながら堂々と、モンスターも引き連れずにたった1人でヒースクリフの前に立った。

 

 

「目的は?わざわざ必殺の機を逃してまで私と一対一の状況を?」

 

「目的は1つだけ。私は、()()()()()()()()()()()()

 

 

そう、〝ホロウ・ウェーブ〟がウェーブに成りたいと望んでいたように、〝ホロウ・ヒースクリフ〟は茅場晶彦(ヒースクリフ)を超えること。たったそれだけの目的で、〝ホロウ・ヒースクリフ〟はこの場に立っている。

 

 

無論、それはカーディナルに命じられた訳では無い。思考をそういう風に向けられた訳では無い。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話だ。

 

 

「ーーー良いだろう、受けて立つとも」

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟の意思を聞き、ヒースクリフは盾と剣を構える。ヒースクリフにとってモンスターだろうがAIだろうが、プレイヤーだろうが関係無い。挑まれたのならば応じる。ただそれだけだ。

 

 

堂々とした態度に一瞬だけ呆気に取られ、〝ホロウ・ヒースクリフ〟は笑みを浮かべて盾と剣を構える。

 

 

そして崩れかけた廃墟の瓦礫が地面に落ちるのを合図に、互いに飛び出した。

 

 

 






〝アルゲート〟防衛戦。何とか持ち堪えてるけど犠牲者が出たりでジワジワと追い詰められている。ディアベルはんがいなかったら、ユナのバフがなかったらとっくの昔に戦線は崩壊していた。



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創世の女神・16

 

 

ぶつかり合うヒースクリフの盾と〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣。振るい、弾かれ、振るわれ、弾く。ヒースクリフの戦いに派手さは微塵も無い。敵からの攻撃を防ぎ、剣で反撃するという決まり切ったスタイルだから。王道中の王道、何番漸次だと言われかねない程に単純なスタイル。だからこそ、それはちょっとやそっとでは突き崩すことが出来ない程に堅い。

 

 

五十層に至るまで、ヒースクリフはガードによる間接的なダメージは受けても直撃によるダメージは受けた事はない。唯一の例外はウェーブ、PoH、キリトくらいか。ウェーブは防御なんぞ知った事かと盾ごと斬り捨てようとしてくる、PoHは殺人の天賦の才で意識の隙をついて防御を潜り抜けてくる、キリトは天性の反応速度で正面から防御を越えようとしてくる。

 

 

掲げられた盾で全ての攻撃を防ぎ、弾き、受け流す。その姿はまるで物語に登場する騎士の様で、ヒースクリフのカリスマとも相まって彼ならばと言う希望を誰もに抱かせる。まさしく彼こそが騎士であると。

 

 

しかし、それは〝ホロウ・ヒースクリフ〟も同じ。

 

 

「むーーー」

 

 

攻防の最中にヒースクリフが顔を顰める。自分の動きがコピーされるのはこれまでの報告から理解していた。なので〝ホロウ・ヒースクリフ〟が自分と同じ動きをしてきても驚きはしない、当たり前だと受け止める。

 

 

問題があるとするなら、〝ホロウ・ヒースクリフ〟の動きがヒースクリフの行動を先読みしているかのように行われる事。攻撃、防御、足捌きに回避。そのどれもが行おうとした瞬間に〝ホロウ・ヒースクリフ〟によって制限、阻害される。

 

 

「成る程、超えると言うのはそう言うことか」

 

「あぁ、私は貴方を倒せればそれで良い」

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟の真意、それはヒースクリフを超えることだけ。その言葉に偽りは無い。なので、〝ホロウ・ヒースクリフ〟はヒースクリフだけを殺す戦法を選んでいた。

 

 

カーディナルからコピーされたヒースクリフの行動パターンを元にヒースクリフの行動を先読みしてそれを妨害。例え出来なくても満足に行動をさせない。メタ、アンチなどと呼ばれている嵌め殺し、それが〝ホロウ・ヒースクリフ〟が選んだ対ヒースクリフの戦法。

 

 

見るものが見れば卑怯だと叫ぶかもしれない。しかしヒースクリフは妨害されながらも愉快そうに笑うだけで何も言わない。仮にこの戦法がヒースクリフ以外の攻略組のプレイヤーに当てはめられて、使われたとしても攻略組のプレイヤーは〝ホロウ・ヒースクリフ〟の事を非難しない。それどころか賞賛するだろう。

 

 

何せ、〝ホロウ・ヒースクリフ〟がしていることは攻略組の常套手段。確実に勝つ為に手段を選ばずに相手に何もさせない。その勝つ為の努力を卑怯なんて言えるはずが無い。

 

 

「それ程までに私を超えたいのかね?」

 

「あぁ、私はそれを存在意義として認識しているのでな」

 

 

ヒースクリフに盾を使わせ、視界が狭くなったところで足払い。体勢を崩して露出している急所の首を狙うが自分からさらに体勢を崩されて躱される。

 

 

「知っていると思うが私は貴方から直接作られたAIでは無くて貴方が作り出したカーディナルから作り出されたAI、人間的に言えば孫にあたるだろう。関係は無くは無いが薄い繋がり……それでも、私は作られた存在として先達を超えたいと願っている」

 

 

新作品を作る場合、余程の事が無ければ前作品を超える性能を目指して作られる。そしてそれはカーディナルによって作られた〝ホロウ・ヒースクリフ〟にも当てはまる。そうであれと作られた訳では無い。ただ他のホロウたちが作られてから時間が経ってそれぞれの野望を抱いたように〝ホロウ・ヒースクリフ〟も野望を抱いた。

 

 

それは茅場晶彦(ヒースクリフ)を超える事。カーディナルなど眼中には入っていない。アレに対して思うことなど微塵も無いのだから。

 

 

しかしヒースクリフは違う。謀叛を起こしたカーディナルの手により管理者権限を剥奪された彼は他のプレイヤーとして変わらない一プレイヤーとしてこのデスゲームに参加させられた。しかし、それでも彼はその事を嘆かどころか喜びを感じていた。絶望など微塵も無い、ストレスなど感じていない。ただ喜びを、この世界で生きられることへの喜びだけを抱いていた。

 

 

そうして彼は今ではアインクラッドに名を轟かせる〝血盟騎士団〟を率いて攻略の最前線に立っていた。

 

 

その姿に〝ホロウ・ヒースクリフ〟は憧憬を抱いた。

 

 

そしてその姿を眺めて満足するのでは無く、超えたいと願った。

 

 

その為に策は用意した。完封封殺。全力を出させてから勝つのでは無く、全力を出させずに勝つという攻略組の常套手段。今日までヒースクリフの前に姿を現さなかったのはシュミレートが完璧では無かったから。確実に殺せると確信出来なかったから。

 

 

臆病者?罵りたければそう罵るが良い。例えそう呼ばれるとしてでも、自分は彼を超えたいのだと、挙動一つ視線一つに言外に〝ホロウ・ヒースクリフ〟は叫んでいた。

 

 

「ーーーそうか」

 

 

それをヒースクリフは全てを受け止めながら静謐に呟いた。

 

 

「ならば、先達として教えてやらねばならないなーーー人の、強さというものを」

 

 

そしてヒースクリフの動きが変わる。防御からの攻撃というカウンター、守る為の物から。〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣を盾で殴る様に弾き飛ばし、盾を剣で殴る様に斬りつける。それはヒースクリフにあるまじき荒々しい攻撃。それまでの騎士の様な戦い方を投げ捨てていた。

 

 

そしてそれすらも〝ホロウ・ヒースクリフ〟の予想通り。あのまま戦っても勝ち目が無いと分かっていただろう、故にここで攻めに転じなければ詰め将棋の様にヒースクリフは詰んだいた。それでも、ヒースクリフは〝ホロウ・ヒースクリフ〟の掌からは逃れられていない。

 

 

剣の斬り払いーーー予想通り。

 

〝神聖剣〟による盾でのソードスキルの発動ーーー予想通り。

 

鎧の質量と硬度を活かしたタックルーーー予想通り。

 

 

全て全てが予想通り。それを躱し防ぎ受け流しながら〝ホロウ・ヒースクリフ〟は嘲笑う事はしない。寧ろ見事だと絶賛する。何故なら〝ホロウ・ヒースクリフ〟が予想していたヒースクリフの行動パターンは()()()()()()。無数あるはずの手から当たり前の様に最善手を選び出し、実行に移している。それを笑う事など出来やしない。

 

 

そして最善手であるが故に逃れられない。ヒースクリフの剣は〝ホロウ・ヒースクリフ〟に届かない。しかし〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣は徐々にだがヒースクリフを捉えつつある。頬から流れる血の雫が、飛び散る鎧の破片の何よりの証拠。

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟は勝利を確信しながらも油断はしない。何故なら、油断をすれば一気に流れを引き寄せられるという予感があるから。他の有象無象ならばそうは感じないだろうが攻略組に属するプレイヤーたちは違う。生を望み、勝利に飢えている故の強さがある。

 

 

このまま確実に勝つ。何もさせずに、削り殺すと誓いながら防がれる事を承知の上で剣を振るう。

 

 

受け流された剣は地面に突き刺さるーーー予想通り。

 

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なーーー」

 

 

砕け散る〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣。予想外の行動とその結末。初めて浮かぶ驚愕の色。

 

 

ヒースクリフの行動は全てが〝ホロウ・ヒースクリフ〟の予想通りから出ていなかった。武器破壊を狙っていた素ぶりなど欠片も見せていなかったはず。それなのに剣を根元からへし折られた。これでは武器としては役に立たない。

 

 

反対にヒースクリフにとってはこれは()()()()()()()

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟が一対一を望んでいた時から何か自分を嵌め殺す手段を持っているのだと気が付いていた。正面から戦ったところで勝機が薄い事も分かっていた。

 

 

なので、〝ホロウ・ヒースクリフ〟を嵌めた。最初に剣を交えた時からヒースクリフの狙いは徹底して武器破壊。正々堂々とは言い難い搦め手を平然と行使する。怪我の功名というべきか、これまでの不利は演技では無くて本当に不利だったのが〝ホロウ・ヒースクリフ〟に狙いを読ませないことに役に立った。

 

 

武器を無くした〝ホロウ・ヒースクリフ〟に残されたのは盾だけ。その盾を盾で殴る様に弾き、ガラ空きになった胴体ーーー心臓に目掛けて突進系のソードスキルを叩き込む。

 

 

「グーーーッ!!」

 

 

痛みに堪える様に溢れる苦悶の声。大きく削れるHPゲージ。しかしまだ死なない。イエローであるが〝ホロウ・ヒースクリフ〟のHPはまだ残っている。一先ず体勢を立て直すべきだと考えて〝ホロウ・ヒースクリフ〟は距離を取ろうとする。

 

 

その好機を逃すほど、ヒースクリフは甘くは無い。

 

 

〝ホロウ・ヒースクリフ〟の足を全力で踏み抜く。砕ける程の力で踏み抜かれた事でその場に縛り付けられ、〝ホロウ・ヒースクリフ〟の目論見は果たせない。そしてその無防備な顔面を、盾でソードスキルを発動させながら殴り抜く。大きく泳ぐ〝ホロウ・ヒースクリフ〟の身体、ヒースクリフは手を止める事をせずに足払いをかけて転ばせ、馬乗りになって〝ホロウ・ヒースクリフ〟の心臓を再び突き刺した。

 

 

「ーーー負けたか」

 

「あぁ、私の勝ちだ」

 

 

瞬く間に削られるHPを見ながら〝ホロウ・ヒースクリフ〟は呟く。負けたことに対する悲嘆は欠片も無い。寧ろ越えようとした彼はこんなにも強いのだと、どこか誇らしげにしている様に見える。

 

 

そうして自分の負けを認め、遺す言葉は無いと言わんばかりにHPがゼロになるその瞬間まで〝ホロウ・ヒースクリフ〟は無言のままに敗北した。

 

 

 






アンチ、メタ、嵌め殺しなんて殺し合いだと普通。全力を出させて勝つんじゃ無くて、全力を出させずに勝つのが正しいのよ。

そしてそれをたった一度の予想外で食い破るヒースクリフ。隙を見せたら殺さないといけないから、普通普通。


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創世の女神・17

 

 

ホロウプレイヤーたちは倒された。

 

 

〝アルゲート〟はモンスターの群れに襲われながらも攻略組とNPCたちの奮闘により健在。

 

 

あと残されているのはフロアボス〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟。創世神話に記された全ての命の母。その権能を危険視した産んだ者たちにより討ち取られた創世の女神が既存する全ての命を滅ぼし、再び自分の子で世界を埋め尽くす事を望んで蘇った。

 

 

山をも超える程の巨体、頭部には髪の様に生えた蛇が蠢き、下半身は蛇のそれ。身体のあちらこちらに龍を思わせる鱗が付いていて、無理やり分類するのならドラゴンタイプの亜人種では無いかと思われる。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目的は〝アルゲート〟。そこに何があるからというわけでは無い。ただそこにあったから、そこに殺すべき命があったから、それだけの理由で滅ぼそうとしている。産み出されるモンスター(子供)の数は無尽蔵。特別な条件など無く、産みたいと思った瞬間に新たなモンスターは産み出される。

 

 

無尽蔵に産み出されるモンスターが母親の指示に従い我先にと〝アルゲート〟に向かい、その後をゆっくりと〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が進む。これほどの巨体では〝アルゲート〟の城壁も無意味。たどり着いた瞬間に踏み潰されるのが目に見えている。

 

 

それを防がんと奮迅しているプレイヤーがいた。〝閃光〟のアスナ、〝手裏剣術〟のコタロー、〝絶剣〟のユウキ。アスナは二つ名の通りに閃光かと見間違うライトエフェクトを残しながらソードスキルを叩き込み、コタローは忍者の様な見た目通りに手裏剣や爆弾を使い、ユウキは届く範囲で脆そうな箇所に目掛けて斬りかかっていく。

 

 

それは一方的に攻撃している様に見えるだろう。事実、3人はずっと攻撃をしているし、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟からの反撃は無い。

 

 

しかし、それは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が3人の事を気に留めていないから。象が蟻に噛まれたとしても痛がる筈が無く、気にしないのと同じ理由。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟にとって3人はまさに蟻同然の存在なのだ。

 

 

「……全然効いている様子を見せませんね」

 

「実際効いて無いんじゃ無い?HP減ってる様には見えないし」

 

「ホント硬すぎじゃないかしら……!!」

 

 

休憩を取るために一旦離れて落ちた斬れ味を回復させるために砥石を取り出す。一方的に攻撃をしているが〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は全く気にしている様子を見せないし、それを裏付けるかのようにHPは未だに10本あるうちの1本目、それも1割も削れていない。

 

 

「最低限特殊攻撃の有無とか弱点見つけるかしたいよね」

 

「タゲを取られて無いんで攻撃されるのは難しいですけど弱点なら……」

 

「あの胸と頭にある宝石よね」

 

 

3人が見た先にあるのは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の胸と額に付いている紅い宝石。如何にもそれが弱点だと教えられていて逆に妖しいのだがそれ以外に弱点と思える場所が無いのも事実。

 

 

問題があるとすればどうやってそこまで行くのかという事。

 

 

胸と額に付いている以上、必然的に高い位置にある。山よりも高い〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の胸と額にだ。前のめりになってくれればまだ届くのだが、上半身は直立していてこのままでは届きそうに無い。

 

 

「コタローさん、お願い」

 

「よろしくお願いします」

 

「分かりました」

 

 

自分たちには無理だと判断し、ユウキとアスナはコタローに丸投げする。どう見ても無茶振りにしか思えないのだがコタローはあっさりとそれを承諾し、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の起伏を利用して登り始めた。SAO内に存在するスキルでは無くてリアルで培った技術による登攀。リアルで忍者の家系の出で、技術を修めたコタローだから出来る事だった。

 

 

時間にして5分ほどかけてコタローは肩の上まで辿り着く。下を見れば地面が遠く、生えている木が小さく見える。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の動きは激しく無いのでここまでは簡単に来られたが、宝石が弱点だとするのなら攻撃した瞬間に暴れ出すだろう。

 

 

それを覚悟して大きく深呼吸をして高鳴る心臓を抑え込み、爆弾で宝石を爆破する。動きが制限されない様に携帯していたのは小型の爆弾だけで威力は然程無い。だというのに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は痛みにもがき苦しむ様に暴れ出した。上半身を揺さぶり、宝石を守る為なのか両手を胸まで持ってくる。

 

 

「おっと!?」

 

 

そうなればコタローからしてみれば堪ったものではない。今のコタローの足場は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体なのだ。暴れられれば当然揺れて姿勢を安定する事が出来ない。それどころかそのまま振り落とされてしまう可能性がある。

 

 

兎も角、弱点の判明という目的は達成した。あとはホロウたちと戦って遅れている主力たちが到着するまで耐えるだけだとコタローがその場から引こうとした時、

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目がコタローに向けられた。ここで初めて一プレイヤーに対してヘイトが稼がれた。

 

 

「不味い……!!」

 

 

その後に起こる最悪の展開を予想してしまい、コタローは半分飛び降りる様にしてその場から逃げ出す。来る時と同じ様に身体の起伏を利用しながら落下する様に全力疾走で。しかし、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目はコタローを捉えた。頭から生えていた蛇が鎌首をもたげてコタローに襲い掛かる。手裏剣や爆弾をばら撒いて阻害するもののそれだけに集中しているわけにはいかない。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体の表面が盛り上がり、翼を携えたモンスターが産まれる。モンスターたちは母を傷付けた不届き者を食い殺さんと翼を広げ、コタローに向かってくる。それをコタローは腰に下げていた忍者刀で対処。向かってくるモンスターの首や翼をすれ違いざまに断ち切る。

 

 

登りには5分かけたが降りるのには30秒もかからなかっただろう。地面まで20メートルを切った辺りでコタローは足場を蹴って距離を取り、転がりながら着地する。

 

 

「宝石弱点でしたけどタゲを取られました!!攻撃されます!!」

 

「分かってるわ!!」

 

「ヘイカモーン!!」

 

 

タゲを取られてても彼女たちの顔には絶望は無かった。それよりもどんな攻撃をして来るのかを調べたかったからむしろ好都合だと喜んでいる節もある。何故なら今の3人の役割は威力偵察なのだから。

 

 

そして3人はすぐに知る事になるーーー理不尽という物を。

 

 

「……うわーお」

 

「やば……」

 

「て、撤退ーーーッ!!」

 

 

アスナの指示に迷う事なく従いその場から全力で逃げ出す。脇目も振らずに、反撃なんて微塵も考えないで。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は手を振り下ろしてきた。言葉にすればそれだけなのだが、視覚で捉えるとまるでそれは()()()()()()()様だったのだ。反撃なんて考えられない、全力で逃げ出すしかない。

 

 

そして振り下ろされた手が地面に到着、局地的な大地震が起こる。3人は何とか手の届かない範囲まで逃げられたが発生した衝撃波により行動不能(スタン)のバッドステータスが発生する。

 

 

痺れた様に動かない身体で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の方を見れば頭部の蛇たちが蠢きこちらを見下ろしている。そして目が妖しく光り輝きーーー次の瞬間、3人がいる辺り一帯の空間が()()()。まるでそれは絨毯爆撃。一人一人を点で狙うのでは無くて周囲を纏めて攻撃すれば当たるという大雑把過ぎる攻撃。それ故に逃れる事が難しい。仮に行動不能(スタン)で無くても直撃していたであろう。

 

 

「イッァ……」

 

「2人とも、大丈夫……?」

 

「何とか……威力が低めだったから……」

 

 

確かにユウキの言った通りに威力は低かった。しかしそれでも3人のHPはあの爆撃でイエローまで削られている。身体を起こしながらポーションを飲み干し、HPを回復させる。

 

 

そして、目の前に()()()()()()()

 

 

「ッ!?飛んでーーーッ!!」

 

 

回復仕切っていない身体を無理矢理動かして迫って来た壁を飛んで躱す。それの正体は壁ではなくて尻尾だった。回避には成功したがその余波で木々は薙ぎ倒されて平原に変わる。

 

 

たった三度の攻撃で周囲の地形が変わってしまう。まるで天災と同じだ。

 

 

「反撃は無し!!防御もダメ!!回避絶対で!!」

 

「異議無し!!」

 

「ハイ!!」

 

 

アスナの指示に従わない理由は無い。弱点である宝石以外にはまともにダメージが通らない事は分かっている。防御したとしても質量が絶対的に違うので筋力極振りでも無い限りは押し潰される。よって取れる手段は回避一択。

 

 

手と尻尾、そして空間爆撃と凄まじいが幸いな事に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟はその巨体故に動作の一つ一つは遅い。手と尻尾は回避出来るし、空間爆撃も回避は難しいが覚悟さえしていれば耐えられないものでは無い。キリト、PoH、ウェーブがホロウを倒すまで回避に集中していれば持たせる事は出来るだろう。

 

 

攻撃を避けられることを焦れったく思ったのか〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は新たなモンスターを産み出し、3人に襲わせる。そしてモンスターごと辺り一帯を空間爆撃で薙ぎ払った。

 

 

「ぁーーーッ!!」

 

「アスナァッ!!」

 

「アスナさん!!」

 

 

ユウキとコタローは半ばモンスターに押し出される様にして何とか空間爆撃の範囲内から飛び出す事は出来たがアスナだけは取り残されてモロに食らってしまった。HPはレッドに突入している状態ですぐに回復させなければならない。しかしユウキとコタローの距離は遠い。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は動作が鈍いが、それを埋めるようにモンスターたちがアスナに向かっていく。

 

 

「くっ……!!」

 

 

回復が間に合いそうに無いタイミング。どうするか一瞬悩んでしまい、それが致命的な隙となる。狼のモンスターが突然に加速してアスナの喉笛を食い破らんと飛び掛った。

 

 

これにより回復は不可能、反撃しても後続のモンスターに圧殺される。回避したところで反撃と変わらない。故にアスナはここでゲームオーバー。SAOのルールに従い、アバターの死がそのままリアルの死に繋がる。聡明なアスナはそれらを一瞬で理解してしまう。

 

 

「ーーーキリト君……」

 

 

最後にキリトの名前が出て来たのはどうしてか、それはアスナにも理解出来なかった。だけどどうしても、何か行動するよりも彼の名前を呼びたかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして奇跡は起こる。

 

 

アスナの喉笛を食い破らんとしていた狼のモンスターが横合いから殴られて吹き飛ばされる。

 

後続のモンスターが()()()()()()によるソードスキルで斬り刻まれる。

 

 

回避不能な死を、決定付けられた未来はやって来ない。黒いコートを翻す、中性的な顔付きの少年によって遠ざけられた。

 

 

「ーーーゴメン、遅れた!!」

 

 

〝黒の剣士〟、アスナが名前を呟いたプレイヤーであるキリトが参上した。

 

 

 






デカイから動きは遅い、でもデカイから攻撃範囲は広い上に質量があるので防御不可能。弱点の宝石以外に攻撃してもダメージはほぼゼロ。HPマックスから一撃でイエローまで持っていく広範囲攻撃持ち。これは間違いなく強者の風格。

ヒロインの危機に颯爽と現れるヒーロー。これが普通の主人公とヒロインの光景なんだよな……(キチ波とユウキチとシノノンから目を逸らしつつ)



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創世の女神・18

 

 

「キリト君……」

 

「回復を!!早く!!」

 

「う、うん!!」

 

 

本当なら名前を呼びながら抱き締めたかったがそんなことをしている余裕は無い。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が新たなモンスターを産み出しているのが見えている。それに気がついたアスナはアイテムポーチから〝治癒結晶〟を取り出して使用。レッドに突入していたHPを即座に全回復させる。

 

 

「ーーーHey come on(〝威嚇〟)!!」

 

「ーーーやぁぁぁぁッ!!」

 

 

そして現れる第二、第三の乱入者。新たに産み出されたモンスターの群れのヘイトをPoHが〝威嚇〟を使う事で自分に集め、ストレアが両手剣の一撃で倒している。

 

 

「攻撃と弱点は?」

 

「手と尻尾の振り回しと頭の蛇の広範囲攻撃!!あと今みたいにモンスターを出して襲わせてくる!!弱点は胸と額の宝石で、それ以外だとダメージはまったく入らないから!!」

 

「面倒だなぁ!?」

 

 

アスナからの報告を聞いたキリトが絶叫する様に叫んだのも無理はない。あの巨体で暴れられれば全ての攻撃が一撃必殺だろうし、広範囲攻撃もさっきのアスナのHPを見れば威力が分かる。取り巻きのモンスターに至っては無限湧きで、唯一ダメージが通る弱点は地面から遠く離れた場所にある。例え他の攻略組がいたとしても同じ事を言っていたに違いない。中層プレイヤーなら絶望して戦意を無くすだろうが。

 

 

「シノンが居てくれたらなぁ」

 

「シノンちゃんは〝アルゲート〟にいるから無理よ。近づいたら援護ぐらいはしてくれそうだけどコレが近づいたら防衛戦しているみんなの士気が下がるだろうから駄目」

 

「って事は俺たちでなんとかしないといけないな」

 

「そういえばウェーブさんは?」

 

「〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・ストレア〟の相手して疲れたらしくてな、5分くらい休むってよ」

 

「あの人は……!!」

 

 

肝心な時に来てくれないウェーブにアスナは苛立たしげになるが、考えてみればウェーブはたった1人でホロウ2人も相手をしたのだと無理矢理に自分を納得させる。

 

 

そうでもしないとウェーブが来た時にリニアーを叩き込みそうだ。

 

 

「取り敢えず仕掛けてみるか……!!」

 

 

言うのが早いか、キリトは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟目掛けて走り出し、コタローの様に身体を足場にして登り始めた。ただ違いはキリトの登攀は〝体術〟のソードスキル〝壁走り(ウォールラン)〟によるもの。前者がプレイヤーの技術に依存するものならば後者はシステムに依存するもの。〝壁走り(ウォールラン)〟はどんな足場であれプレイヤーのステータス次第で走る距離を伸ばせる。

 

 

しかし幾らキリトのレベルが攻略組トップクラスで相応にステータスが高くとも、山よりも巨大な〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の宝石のある胸まで辿り着く事は出来ない。30メートル程走ったところで限界を迎えて落下する、その直前に()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それを繰り返して胸元までキリトは辿り着く事が出来た。キリトにヘイトは向けられておらず、タゲを取られているのはコタロー。腕と尻尾を振り回し、避けられても産み出したモンスターごと周囲一帯を蛇による空間爆撃で薙ぎ払う。

 

 

よっと!!(片手剣:ソニックリープ)

 

 

ここであえてキリトは胸元の宝石を無視し、額にある宝石をソードスキルで攻撃する。確かな手応えと共に剣先が宝石に突き刺さり、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の上半身が大きく仰け反った。HPは弱点を攻撃した事で大きく削られたものの未だに1本目のレッドゾーン手前と言ったところ。わざわざここまで移動する事を考えればかなりの長丁場になりそうだ。

 

 

そして〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のヘイトが全てキリトに向けられてタゲを取られる。

 

 

「LAーーー!!!」

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の方が大きく開かれて出て来たのは轟音。ブレスの様な攻撃では無いのだが鼓膜が破られそうなほどの音を直接当てられて無事で済むはずが無く、キリトは空中で行動不能(スタン)状態になり、そこに蛇による空間爆撃を叩き込まれた。

 

 

「ガバーーー」

 

 

行動不能(スタン)はすぐに解除されたものの今のキリトは無防備に空中を落下している状態。HPはイエロー手前のグリーンだがこのままでも落下ダメージで死ぬだろうし、その前に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に攻撃されるだろう。

 

 

端的に言って、絶体絶命の窮地だった。

 

 

振り上げられ、下される〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の拳。スピードこそ遅いものの質量で当たれば一撃死しかねない。

 

 

死を目前にしてキリトの脳裏に走馬灯が走る。リアルでの出来事にSAO内での出来事。15年生きて来た人生がたった数秒の間で再生させられる。

 

 

そして脳裏に残ったのはたった二つ。

 

 

一つは〝月夜の黒猫団〟が遺したメッセージ。

 

もう一つはーーーアスナだった。

 

 

「まだ、だぁ……!!ここで死ねるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

迫り来る拳は回避不能。故にキリトは片手剣の切っ先を拳に向けて、全身を脱力させる。そして衝突。全身を脱力させた事で衝撃をある程度受け流し、切っ先を拳に向けた事で突き刺して吹き飛ばされるのを防ぐ。そうして地面に衝突する直前に拳を蹴って脱出。地面を転げ回り、HPがレッドに突入しながらもなんとか生き残る事に成功した。

 

 

「死ぬかと思った……!!」

 

 

〝治癒結晶〟を使用しながら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟から距離を取り、周囲を見渡す。産み出されたモンスターはPoHとストレアが殲滅していて残りは僅か。アスナはユウキとコタローと共に休憩のつもりなのかキリトの取っている距離よりも倍以上離れた場所で皮袋に入れた水と思わしきものを飲んでいる。

 

 

ここまでで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は宝石に攻撃したものにタゲを取る事が分かった。しかし攻撃した直後に仰け反り(ノックバック)が発生して強引に振り落とされ、そこから反撃を喰らう。ダメージ的には額の宝石の方が大きいのだがさっきのキリトの様に振り落とされてから轟音による行動不能(スタン)、蛇の空間爆撃に手の振り下ろしというデスコンボを決められる事になるだろう。キリトのステータスでもHPが満タンの状態からレッドまで一気に持って行かれるのだ。他のメンバーが行ったところでデスコンボを食らって死亡するだろう。

 

 

ここは自分が優先して攻撃した方が良いと考え、キリトは再び〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の登攀を開始しようとして、

 

 

「ーーー完ッ(〝歩法:縮地〟)全ッ(〝歩法:縮地〟)回ィ(歩法:縮地)復ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!(〝剣術:斬鉄剣〟)

 

 

背後から縮地を連続使用する事で超加速したプレイヤーが〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって突進して跳躍。そのままの勢いで脇腹の辺りを斬り裂いて行った。

 

 

「ありゃ?ダメージ入ってねぇな?」

 

「遅えよーーーウェーブ!!」

 

 

突然の乱入者の正体は返り血と思わしき血をベッタリと付けて背中に普段は持たないはずの両手剣を背負ったウェーブだった。

 

 

ここにようやく、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟攻略のメンバーが揃った。

 

 

 





胸の宝石攻撃してあれだったら額の宝石攻撃すれば良いじゃない!!と思ったらボイスによるスタン→蛇による空間爆撃→ティアマトパンチのデスコンボが待ってるとかいうとんでもない罠。キリトも下手をしていれば即死していたっていう。

登場!!登場!!キチ波登場!!キチ波登場!!そしてここからフロアボス攻略の幕開けよ……!!



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創世の女神・19

 

 

〝ホロウ・ストレア〟を看取るついでに休憩をして、気力を回復させてフロアボス攻略に突っ込んで行ったのは良かったがダメージが全くといいレベルで入っていない。見た所、ドッドも入っていないんじゃなかろうか。

 

 

「キリト、説明」

 

「弱点の宝石以外にはダメージが入らないと思った方が良いぞ」

 

「ざっくばらん過ぎる説明どうもっと」

 

 

キリトの説明を受けてダメージが入らなかった理由を把握したところで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の振り下ろされた手を回避する。そのまま続けてくるであろう追撃を警戒するが、どうにもタゲはキリトが取っている状態らしくて俺の事は無視して〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟はキリトに向かって手を振り下ろしている。

 

 

弱点らしい宝石以外にはダメージが入らないのならばこの場で攻撃する意味は無いのでキリトは回避に専念するだろう。だったら大丈夫だと思い、ネームドボスを斬り殺しているストレアの元に向かう。

 

 

「よう、元気してるか?」

 

「ウ、ウェーブ!?もう大丈夫なの!?」

 

 

俺に気がついたストレアが返り血とは別に顔を僅かに赤らめながら一歩引いたがそれを気にしている余裕は無い。

 

 

「あぁ、気力だけの問題だったから自然回復でどうにかなるしな。んで、本題はこっちだ」

 

 

背中に下げていた両手剣を引き抜いてストレアの目の前に突き刺さす。

 

 

「それって……」

 

「両手剣〝インヴァリア〟。スペックは魔剣クラスで要求ステータスはストレアなら足りてるはずだ。確認したらボス特効が付いてる。使えよ」

 

「で、でも、これって〝ホロウ・ストレア〟の剣じゃ……」

 

 

そう、ストレアも気がついたがこの剣は〝ホロウ・ストレア〟が使っていた武器だ。〝ホロウ・ストレア〟が死ぬのと同時にドロップしたアイテムである。

 

 

「確かに、ストレアが使うよりも俺が使う方が彼女は喜ぶかもな。だけどこれは間違い無くストレアへの武器だ。ここのところ見てみろよ」

 

 

そう言って指差したのは鍔の部分。

 

 

そこには〝Dear my sister(親愛なる我が姉へ)〟と彫られていた。

 

 

「それと、〝酷いことをしてゴメンね。どうか負けないで、この世界で生きて〟だってさ」

 

「ーーー」

 

 

恐らく〝ホロウ・ストレア〟はストレアに仕出かした事を、ストレアの正体がAIであると言う事をバラしたのを悔いていたのだろう。そうでなければ〝インヴァリア〟に字なんて彫らないし、謝罪の言葉なんて残さない。

 

 

〝ホロウ・ストレア〟であったAIの気持ちを理解したのかストレアは顔を俯かせ、そして〝インヴァリア〟を手に取り、背後から迫ってきた新たなモンスターを()()()()()()()()()

 

 

「ーーーありがとう。貴女の気持ち、受け取ったから……お姉ちゃん、頑張るから……この世界で、頑張って生きるから……!!」

 

 

感涙なのか涙を流しながらストレアが宣言したのはこの世界で生きるという決意表明。初めて手にしたはずの〝インヴァリア〟をまるで長年使っていたかのように自在に振り回しながら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が産み出すネームドボスを含むモンスターたちを豪快に、一撃で葬り去っていく。

 

 

その姿があまりにも綺麗で、その決意があまりにも尊くて、一瞬であるが俺はストレアに心を奪われてしまう。

 

 

そして背後から感じた殺気で正気に戻る。振り返るとユウキがモンスターを達磨にしながらこちらを睨んでいた。〝アルゲート〟からも殺気を感じるのは恐らくシノンだろう。どうやらヤキモチを妬かせてしまったらしい。

 

 

恋する乙女って怖いなぁ。

 

 

「ウェーブさん!!」

 

「休憩は済んだか?だったら殺るぞ。メインは俺とキリトとコタロー、あとは取り巻きの処理を頼む。ティアマトからも注意を晒すなよ?虫みたいに潰されて終いだからな」

 

「遅れてきて偉そうに……!!」

 

「超ゴメンね」

 

「誠意が感じられない!!五十一層のスイーツで許します!!」

 

「了解」

 

 

軽い口喧嘩をして、アスナは向かってくるモンスターの群れに細剣(レイピア)を片手に飛び込んでいく。こんな状況で口喧嘩をするかと普通なら考えるかもしれないが、それでも今のやり取りには意味がある。

 

 

アスナはさっき、五十一層のスイーツで許すと言った。まだ解放されていない階層の、だ。それはつまり、勝つつもりでいると、まだ闘志は衰えていない事の証明。今のメンバーの中で一番メンタルが脆そうなアスナがこの調子ならば、まだ戦える。

 

 

「コタロー、腕と尻尾以外に何か攻撃ある?」

 

「頭の蛇の目が光ったらタゲを取られているプレイヤーの周囲一帯が爆発します。ちょうどあんな感じで」

 

 

手の振り下ろし、尻尾の薙ぎ払いを避けていたキリトだったが、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の頭部の蛇の目が妖しく光り、キリトのいる周囲一帯が爆発した。爆風で吹き飛ばされながらキリトはアイテムポーチからポーションを取り出して飲んでいる。

 

 

見た所部位欠損が発生するような攻撃では無い、だが一撃でキリトのステータスでイエロー手前までHPが一気に減らされている。腕と尻尾がどう考えても一撃必殺な事を考えれば低い方だがそれでも回避が困難な攻撃であのダメージは厳しい。

 

 

他にも隠し球がありそうだが現状で使ってくるのはその三つくらいだろう。腕を振り下ろして尻尾で薙ぎ払い、時折空間を爆発させている〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を見て、一つ考えが思い付く。どこからどう考えてもロクでもない物だが、思い付いてしまったのだからやるしかない。

 

 

コタローに所持している爆弾の数を訪ね、俺の考えを話すとドン引きされてしまった。

 

 

「それやるんですか……というよりもそんなこと出来るんですか?」

 

「多分出来るだろうし、失敗してもダメージは与えられるから。それにさ……あいつ、頭が高いと思わない?」

 

「フロアボス相手にそんな反応が出来るウェーブさんの方が頭が高いと思いますけど」

 

 

ドン引きしているがコタローも〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に何か思うところがあったらしく、爆弾の準備を始める。

 

 

「そいじゃあキリトに説明は任せた」

 

「了解しました」

 

 

靴を脱ぎ捨てて〝妖刀・村正〟と〝妖刀・不知火〟を握り直し、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が手を振り下ろした瞬間に突貫する。手は拳では無くて広げた状態、幾ら攻撃しても回避される事に焦れたらしい。手が地面に当たる直前に跳んで発生する衝撃波を躱し、手に飛び乗る。

 

 

手に俺が乗った状態だというのに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のタゲはキリトに向けられたまま、俺のことは眼中に入っていないようでそのまま持ち上げられる。

 

 

足場が揺れた事で体勢を維持するのが普通ならば困難になるだろうが爺さんから足場が不安定な状況や激しく揺れる状態でも戦えるように教育されているので問題ない。

 

 

そのタネは足にある。爺さん曰く、足場とは踏む物ではなくて()()()。足の指でしっかりと足場を掴み、体幹を把握していれば地面だろうが、壁だろうが、天井だろうが、地震の最中だろうが問題無く戦えるとの事。

 

 

あのジジイ、一体どんな状況で戦う事を考えていたのやら。

 

 

やっぱり我が家は一度滅びた方が良いんじゃないかと考えながら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の腕を伝って肩に登り、額の宝石を無視して頭の上に到着する。人間なら髪の毛が生えているのだが〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は髪では無くて蛇が生えている。しかも視界に一杯に、大蛇レベルのサイズの蛇だ。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のタゲは未だにキリトに向けられたままだが、蛇は登ってきた俺を認識して威嚇の奇声をあげている。

 

 

それを無視して蛇の根本を斬り捨てる。

 

 

頭部という繋がりが無くなった事で地面に向かって落下する蛇を無視して新たな蛇を斬り捨てる。あの厄介な空間爆発がこの蛇によって行われるものならば狩り尽くしてしまえば出来ないのではと考えたのだ。例え使えたとしても範囲が狭まるか威力が低下するくらいはあるだろう。

 

 

威嚇を止めて襲い掛かってくる蛇を斬り捨てていると視界が暗くなる。予想していた通りに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が動いたようだ。とは言ってもタゲはまだキリトのままでHPは全く削れていない。痒いから手を伸ばしたくらいの感覚だろう。それでもこのままでは押し潰されるのは目に見えている。

 

 

なので、頭から飛び降りた。

 

 

その途中で額にある宝石を斬る。

 

 

ダメージを受けて額を押さえながら仰け反る〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟。それを無視して胸部に着地し、胸元の宝石を斬る。額に続き、胸元まで攻撃されて悶える〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は俺にタゲを向けて払い落とそうと手を伸ばしてくる。

 

 

それを〝妖刀・村正〟を納めてから〝縮地〟でほぼ落下する様にして地面に向かって駆け出し、一瞬で加速。その状態のまま身体に〝妖刀・不知火〟を根本まで突き立てた。そんな事をすればどうなるのか簡単に想像出来る。

 

 

突き立てた〝妖刀・不知火〟が〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体を斬り裂く。止まる為に突き刺したのでは無くて斬り裂くために突き刺したので静止をかけるどころか更に加速。最高速度まで加速しても足を止める事なく斬り裂いていく。

 

 

そんな事をされれば流石にたまった物ではないのか〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は傷口を押さえようとして手を伸ばしながら前のめりになる。

 

 

「ーーー人使いが荒いなぁッ!!(〝片手剣:メテオ・ブレイク〟)

 

「ーーーブレイクッ!!(手裏剣術:疾風怒濤)

 

 

前のめりになった瞬間、背中から駆け上がっていたキリトとコタローが到着。キリトは威力重視で打撃系統のソードスキルで、コタローはエクストラスキル〝手裏剣術〟の投擲した手裏剣の数を増やすというソードスキルで後頭部を強襲。キリトのソードスキルで発生した仰け反り(ノックバック)に加えて、手裏剣に付けられていた爆弾が爆発した事で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の頭は地面に叩きつけられる事になる。

 

 

「まずは1ダウンだ」

 

 

 






ストレア、〝インヴァリア〟を入手。〝ホロウ・ストレア〟からのドロップアイテムって事にしておきました。

手裏剣術のソードスキルはオリジナルで。〝疾風怒濤〟は投げてから着弾までの間、空中で投げた手裏剣が増えます。

頭が高いからって巨大なボスの頭を地面に着けようと考えて実現させるキチガイがいるらしい。

あと恋する乙女って怖い。



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創世の女神・20

 

 

最高速度で半ば落下していたので地面を弾みながら衝撃を分散し、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を見る。

 

 

ついさっきまで高い所から俺たちを見下していた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟だが今では地面に顔を着けている。その姿に気分を良くしてアイテムポーチからタバコを取り出して火を点ける。HPは幾らか削れたとは言えまだ8本半も残っていて、その上学習されただろうから同じ手段は通じないだろう。それでも気分が良くなるのは抑えられない。

 

 

「ハッハッハ!!ザマァ!!ねぇどんな気持ちどんな気持ち?さっきまで散々見下してたのに強制的に頭下げさせられてどんな気持ち?ちょっと教えてよ!!」

 

「鬼畜過ぎやしませんかね!?」

 

「諦めろコタロー、普段よりもぶっ飛んでいる気がするけどあれがウェーブだ」

 

「今ね、なんか良い感じで脳内麻薬がドバドバしてるから。割と感情のままに動くから。言動なんかも考えずにするから」

 

「お家帰りたい……」

 

「俺、攻略終わったらユイに慰めて貰うんだ……」

 

 

コタローが顔を隠して膝から崩れ落ち、キリトが達観した様な遠い目をしている。それを見て可笑しくて笑いが堪えられない。多分落ち着いたら今の自分は黒歴史扱いになる気がするけど気分が良いので構わない事にする。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が手を着いて身体を起こした。頭の蛇は俺たちにより斬り落とされたり爆発されたりしたせいでほとんど無くなり、鳩尾から腹にかけて真っ直ぐな切り傷が出来ている。

 

 

それでもその目からは闘志が失われていない。怒りと殺意を漲らせて俺たちをーーー正確には俺を睨んでいる。

 

 

振り上げられる手を見てまた振り下ろしが来るかと身構えたが、その予想に反してその手は()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーッ!!!」

 

「何やってんだ?」

 

「なんかやな予感がするんですけど」

 

「奇遇だな。俺もだよ」

 

 

砕け散る胸元の宝石、一気に5本になるまで大きく削られるHPゲージ。どこからどう見ても〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟がしたのは自傷行為でしかない。理解不能な行動に首を傾げながら、俺の直感はキリトとコタローに同意する様に警報を鳴らしている。

 

 

そして変化が起こる。自傷行為により息絶え絶えになりながら地面に手を着いた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体がミチミチという嫌な音を立てながら()()()()()。肉体が軋みをあげながら変態し、人に近かった骨格が人外のそれに変貌する。

 

 

そうして変化が終わった時、それまでの〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の面影はほとんど無くなっていた。山を越える程に巨大だった全長は100メートル程度まで縮小され、下半身は以前と同じ蛇のまま、所々程度にあったはずの鱗は範囲を全身まで広げ、顔も完全に人から爬虫類……龍種の物に変わっている。

 

 

どこからどう見ても第二形態に突入していた。

 

 

「はぁぁぁぁぁ!?」

 

「巫山戯るなぁ!!」

 

「なんで自分から第二形態になってやがるんだぁぁぁぁ!?」

 

 

いつも敬語を外さない筈のコタローまでもが砕けた言葉で叫んでいるがこれは仕方がないと思う。だって本来ならば俺たちがHPを削ってなる筈だった第二形態への変身を自傷行為という行為で自分からやってのけたのだから。

 

 

達成感も何もありはしない。HPが減ってくれたのは嬉しいがどこから虚しさを感じる。

 

 

まだ終わらない。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が自分から砕いた宝石、一定以上のサイズの破片が独りでに浮かび上がり、どろりとした液体を溢す。そしてその液体は2メートル程の人型になり、宝石の破片を頭の位置に納める。

 

 

俺が闇堕ちしていた頃に倒したダンジョンボスの〝ティアマト・ガーディアン〟、それに酷似したモンスター〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟が大量生産された。

 

 

「面倒臭え!!マジで面倒臭え!!」

 

「何だよアレ!?」

 

「かやひこぉ!!」

 

 

過去に倒した事があるからあのリトル版の面倒臭さは理解している。コタローは未だに砕けた口調のままだし、キリトに至っては空を見上げて中指を立てながら叫んでいる。茅場は管理者権限を持っていないので正確にはカーディナルの仕業なのだがそれを知っているのは俺たちだけ。他のプレイヤーからすれば茅場もカーディナルも同じ様なものだろう。

 

 

ともあれ〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟が目測で200程、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を守る様にしているがそれ以外は対象外の様で、先に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が生み出していたモンスターに()()()()()()()()()()()

 

 

アスナたちは〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟が現れた瞬間から引いているので無事だが、モンスターは突然現れた〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟に群がられて惨殺されていた。攻撃方法は〝ティアマト・ガーディアン〟と変わらない様で身体になっている液体を刃物や鈍器や針にしている。

 

 

そして〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が動き出す。力を貯めるように身を低くし、タゲを取っている俺に目掛けて跳躍した。

 

 

散開ーーー!!!(〝歩法:縮地〟)

 

 

このままでは押し潰される事が目に見えているので散開を指示してバラバラの方向に逃げ出す。キリトとコタローは敏捷任せに、俺は縮地を使って形振り構わずに。跳躍から数秒後に着地、それと同時に衝撃波と局地的な地震が発生した。

 

 

行動不能(スタン)状態になることを嫌って衝撃波と揺れを跳んで躱し、キリトとコタローを探す。すると〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の左右で行動不能(スタン)になりながらも生きている二人の姿を確認する事が出来た。

 

 

「GAーーー!!!」

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が吼えた。さっきまでとは違う、獣を思わせる声で。すると〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の周囲の地面が隆起し、()()()()()()()()()()()()。そして一定の高さまで浮かび上がると〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を守る様にゆっくりと旋回を始める。

 

 

もうここまで来ると今までとはジャンルが違い過ぎて笑いが溢れる。

 

 

「ウェーブ!!大丈夫!?」

 

「大丈夫大丈夫、ティアマトがハッチャケ過ぎてドン引きしてただけだから。それに負けないくらいにハッチャケれば良いんだろう……!!」

 

「斜め45°からドーン!!」

 

「ヘプシッ!?」

 

 

色んな事が立て続けに起き過ぎて振り切れていた頭をユウキに叩かれる。ダメージは発生しないが痛みは感じる程度の強さで。痛いことは痛かったが、その痛みのお陰で少し冷静になる事が出来た。

 

 

「あ〜……サンキュ、なんか落ち着いてきた」

 

「もう、ちゃんとしてよね」

 

「うん、ちょっとさっきまでの事が黒歴史になりそうで死にたくなってきたけど大丈夫だから」

 

「それって大丈夫なのかなぁ?」

 

 

その場で二、三度深呼吸を繰り返し、頭に登っていた血を引かせる。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の第二形態突入と〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の発生でパニクっていたが良く良く考えれば悪い事ばかりではない。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が縮小して龍種に近くなった事で弱点の頭の位置は地面に近くなっている。あれならば落下死する心配も無くなるし、何より自分からHPを半分にまで減らしてくれたのだ。それに〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟は確かに厄介だがそれまでで生み出したモンスターを駆逐してくれていると考えれば害だけでは無くて益ももたらしてくれている。

 

 

意識は出来ている、視界は広い。五体はいつも通りで気力はいつも以上。首、肩と順番に回して無意識に強張らせていた身体を解す。

 

 

「ーーー良し、倒すか」

 

「あ、ところでさっきストレアに見惚れてた時の事なんだけど」

 

「ボス戦終わってからで良いですか?」

 

「今夜は寝かさないぞ」

 

 

ハートマークが付きそうな程に愛らしい仕草と一緒にユウキがとんでもない事を言ってくれた。どうしてだろうか震えが止まらない。普通、女の子から言う様なセリフじゃないとかいう突っ込みが出来ない程に。多分、ユウキからその事をシノンに伝えられて、シノンからも同じ事を言われそうな気がする。

 

 

平時と同じやり取りに締まらないなぁと思いつつ、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の周囲を旋回する岩に向かって跳んだ。

 

 

 






フロアボス第二形態にセルフ突入とかいうクソ巫山戯た仕様。どうやろAIが自己判断でHPを減らして突入した様です。ファッキューカーディナル。

〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟は名前の通りに以前闇堕ちしていたウェーブが倒した〝ティアマト・ガーディアン〟の小型版。ただし完全な人型で、足があるので普通に走り回る。


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創世の女神・21

 

 

浮遊しながら旋回をする岩を足場に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟と同じ目線の高度まで移動する。見た限りではフワフワと浮かんでいた岩だったが思いの外揺れなくて足場としては問題無い。

 

 

下にいるキリトに目を向けて、視線が合った事を確認して〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟を指差し、頭を指差し、首を斬るジェスチャーをする。五十層に来るまで長い間戦い続けた事で攻略組のプレイヤーが相手であればアイコンタクトも出来るし、簡単なジェスチャーをするだけで向こうも意図を察してくれる。

 

 

現にキリトは俺のジェスチャーの意味に気が付き、鞭の様に振るわれる〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の腕を掻い潜りながら頭の宝石を攻撃していた。

 

 

これで下は大丈夫だろう。〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の出現に多少は混乱しているだろうが、弱点さえ分かればあいつらなら問題なく倒せる相手だから。

 

 

問題があるとすればこちらだろう。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の正面に立ち、殺意と怒りに満ちた視線を全身で受け止める。タゲは未だに俺に向けられているのは大丈夫なのだが、第二形態になった事で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟がどんな攻撃をしてくるのかが分からない。

 

 

考えられるのは前脚と尻尾を使った薙ぎ払い、走っての体当たりくらいか。さっき見せた跳躍を考えると小さくなった事で小回りが利きそうだ。スピードは速くはないが油断していれば踏み潰されてしまいだろう。

 

 

そう考えていたら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が動き出す。予想していた通りに前脚での薙ぎ払い、人型の頃よりも速いがまだまだ遅い。見てから別の足場に跳んで避ける。さっきまでいた足場は薙ぎ払いで砕けたがそれでも足場として使うには充分なサイズだ。その上、粉々になった事で足場の数は増えている。

 

 

一度仕掛けてみるかと思ったところで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の横っ面からユウキがやって来て宝石を斬りつけた。

 

 

「チィッ!!」

 

 

俺から仕掛けてどうなるかを調べたかったのにユウキが先走ったせいでそれは叶わなくなった。殺れる時に殺れと言ったのは俺だが今の段階では〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の情報が少なすぎるので様子見するのが良いというのに。

 

 

舌打ちしながら足場を飛び跳ね、タゲがユウキへと移って視線を向けた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の宝石を斬りつけ、更に〝妖刀・不知火〟の切っ先を捩じ込む。

 

 

「GAーーー!?」

 

 

何度も斬られただろうが捩じ込まれるのは初めてだったらしく〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は身体を起こしながら前脚で顔を払うオーバーリアクションを見せてくれた。前脚が来る前に顔を蹴って避け、足場を飛び跳ねながらユウキと合流する。

 

 

「ユウキ、お願いだから焦らせないでくれよ。超焦ったぞ」

 

「情報が無いから攻撃して引き出そうとしたんだけど……」

 

「レベルの高い俺に任せとけよ。下手したら一撃死なんて事もあり得るんだぞ」

 

 

前脚や尻尾の薙ぎ払いは間違いなく一撃死だろうがまだ見てから避けられる。問題なのは初見での一撃死だ。俺なら直感でされる前に感じ取ることが出来るがユウキはそこまで至ってないので気が付かずに攻撃を続行、そのまま死ぬなんて事もあり得る。

 

 

そんな死に方されたら俺は絶対に自殺するか闇堕ちするだろう。どうして俺がやらなかったんだって。

 

 

「それに、もしもユウキが死んだらシノンの一人勝ちになるぞ?」

 

「あぁ……見える!!ボクのお墓の前で泣きながら高笑いしてるシノンの姿が……!!」

 

「……すっげえ簡単に予想が出来るんだけど」

 

 

ユウキが言ったことは容易にイメージする事が出来た。ユウキの死を悲しみながらも、俺の事を独り占めする事が出来て泣きながら高笑いするシノンの姿が。その後ろで闇堕ちしてる俺の姿が。

 

 

「つーわけで、今からは手を出すなよ?」

 

「全力で逃げてやる……!!シノンに一人勝ちなんてさせない……!!」

 

「やる気があるようで何より……来るぞ」

 

 

悶え終えた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のHPは6本目のイエローまで削られている。やはり弱点にしかまともなダメージが入らないからなのか弱点を攻撃されると大ダメージが発生するように設定されているらしい。

 

 

血走った眼で睨むのは俺、どうやらタゲは俺のままのようだ。

 

 

何が来るかと身構えーーー直感が過去最大級の警報を鳴らした瞬間にユウキを抱き抱えて全力で逃げた。

 

 

「え!?何!?」

 

「舌噛むから黙っとけ……!!」

 

 

何がされるのかは分からない、だけどあのままあそこにいたら間違いなく俺たちは死んでいた。

 

 

そしてさっきまで足場にしていた岩は砕けた。前脚を振り下ろし姿勢の〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟から攻撃方法は簡単に予想出来る。

 

 

問題なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

振り上げから振り下ろしまでの時間は体感で2秒程。今までのものとは比べ物にならない程に速い。直感が働いた瞬間に躊躇わずに動いたから間に合った。もしも少しでも躊躇ったら今頃あの足場と一緒に粉々になっていただろう。

 

 

「何あれ!?速ッ!!」

 

「ブチ切れモードって奴だろうな!!全力で逃げるから振り落とされるなよ!!」

 

 

反撃なんてしている暇は無い。全力で逃げ続ける。右左と交互に繰り返される前脚の振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ。どれもこれもが直感が警報を鳴らすレベルで死を匂わせている。足場に一瞬だけ足を着けて、すぐに別の足場へ。それでいて逃げのルートが無くならない様に考えながら。

 

 

延々と攻撃して来るのならキリトたちが〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟を片付けるまで逃げ続ける。何処かで落ち着いたらそれはそれで良し。兎に角、今は逃げなければならない。

 

 

「右、振り下ろし!!」

 

「おう!!」

 

「左、振り上げ!!」

 

「おう!!」

 

「ーーー両脚、挟みに来たぁ!?」

 

「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

前後から迫り来る脚を足に力を込め、筋肉が断裂する音を立てながらも全力で跳躍して躱す。皮一枚で通り過ぎる風の音と、脚と脚がぶつかり合う音が響いて冷や汗が溢れる。そして使えなくなった足を治す為に〝治癒結晶〟を使い、足を完治させて着地する。

 

 

今のは危なかった。少しでも足に込めてた力が足りなかったらユウキと一緒に脚で潰されていたところだった。

 

 

「ティアマトの様子は!?」

 

「落ち着いてる……かな?少なくともさっきまでみたいにブチ切れ状態じゃ無さそう」

 

 

ユウキに言われて〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の様子を見れば確かに息を荒くしているものの先程までよりも落ち着いている様に見える。一定ダメージで暴れ回り、時間経過で落ち着くらしい。

 

 

ともあれ、これであの脚でのラッシュは終わった。煩いくらいに脈打って休む事を求めている心臓に応えようと気を抜こうとして、

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟と目があった。

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目には妖しい光が灯っている。

 

直感が脚でのラッシュレベルでの警鐘を鳴らしている。

 

直感が、死の匂いを嗅ぎ取った。

 

 

「ーーー」

 

 

思考を挟まない反射のレベルでその場から離れる。

 

ユウキを出来るだけ遠くに投げる。

 

 

そして次の瞬間、これまでとは比べ物にならない程の空間爆撃が俺を襲った。

 

 

 






一定ダメージとともにブチ切れ、敏捷を上昇させてのタゲ取ったプレイヤーへの脚ラッシュ。確定一撃死がポンポン飛んで来るとても殺意に満ち溢れた攻撃。さらにブチ切れが終わって気を抜いた瞬間に追撃をするという素敵仕様。流石はハーフポイントのフロアボスですわ。


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創世の女神・22

 

 

「カハーーーッ」

 

 

真っ白になった視界と全身を磨り潰される様な衝撃から空間爆撃に直撃した事を悟る。目は微かに見えるが耳は轟音でやられて使い物にならない。加えて左腕の肘から先と右脚の付け根から先の感覚が無くなっているので〝部位欠損〟でも起こしたに違いない。ボヤける視界でHPを確認すればマックスあったはずなのにあと数ドットでゼロになるまで削られていた。

 

 

第一形態とは比べ物にならない程の威力に〝部位欠損〟が発生する広範囲攻撃。俺のステータスのおかげで死ななかっただけで、ユウキを投げていなかったら多分死なせていただろう。あの時の俺の判断に拍手を送りたい。

 

 

〝妖刀・不知火〟を口に加えて残された右腕でアイテムポーチから〝治癒結晶〟を取り出して使用。マックスまではいかないが数ドットしかなかったHPはグリーンまで回復し、〝部位欠損〟で無くなっていた左腕と右脚、それに霞んでいた視界と潰れていた聴覚が元に戻る。

 

 

「ーーー不知火ぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

元に戻った足で着地すると死にかけた事を心配してなのか離れた足場からユウキが俺の本名を叫んでいる。確かに助けられたと思ったら死にかけていたとなれば心配は普通にするだろう。大丈夫だという意味を込めてサムズアップしたら安堵した表情と共に下向きのサムズアップを突き付けられた。

 

 

 

多分心配させるなという意味なのだろう。だけど微笑みながらそれは止めてほしい。なんかよく分からない恐怖を感じるから。

 

 

片目で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を見ながら片目で下の戦況を見る。一瞥した限りでは苦戦している様子は見られない。〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の多さにこそ手こずっているが順調に殲滅出来ている。

 

 

助けは要らないと判断して右脚の薙ぎ払いを回避しながらユウキにハンドサインを送り作戦を伝える。頷いて了承の意思を確認したところで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に接近し、宝石を全力で叩き斬る。

 

 

悲鳴を上げて悶えるがそのリアクションは段々と小さくなっている気がする。ダメージになれたのか、それとも痛がればそれが隙になるとAIが判断したのか。

 

 

どちらにしても好都合だと考えながら宝石に切っ先を突き立てて落ちない様にしながら宝石に残っていた傷跡をひたすらに殴り続ける。その間に少しでもダメージになるようにと突き立てた〝妖刀・不知火〟で抉るもの忘れない。

 

 

流石にそこまでやられれば我慢ならないのか〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は激しく悶絶。HPゲージが7本目まで削れた事に満足しながら近くの足場に着地、

 

 

そして全力で逃げ出す。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のタゲは俺に向けられているので脚のラッシュは俺に来る事になる。必ず殺すという殺意が乗せられた一撃必殺の連撃を回避し続ける。初見では焦ったが二度目ともなれば流石に慣れる。それにユウキを抱えていないので一度目よりも自由に動けるのだ。

 

 

躱せて当然。躱せない筈がない。躱せなければおかしい。

 

 

そしてラッシュの締めだと言わんばかりに放たれた挟み込みを跳躍して躱す。次に来るのはあの空間爆撃だろう。血が上った様子から息切れした様子になり、視線が向けられる。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目にはあの時と同じ様に妖しい光が灯っている。その視線を空中で体勢を上下に入れ替えながら足場の裏側に着地し、掴んで落下しないようにしながら受け止める。

 

 

「良いのか、俺ばっかり見てーーーもう一人いる事、忘れてないか?」

 

「ーーーいただきまぁす!!(OSS:グレゴリオ・ストライク)

 

 

空間爆撃が放たれるであろう直前に、横合いからユウキが7連撃のソードスキルを叩き込み〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の行動を中断させた。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の視線は俺に向けられていた。つまり〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の注意は俺のみに向けられていて、ユウキを全く注意していなかった。そんな状況であれば不意打ちなんてものは正面からでも成功する。

 

 

ユウキの活躍により7本目のレッドまで削る事が出来た。注意していなかった、来ると身構えていなかったからなのか〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の悶絶は最初の頃と同じ様なオーバーなもの。しかし気を抜いてはならない。ユウキは空間爆撃を中断させたのだ。タゲがユウキに移った瞬間に空間爆撃をして来る可能性はある。そうなればユウキのステータスでは耐えられずに死んでしまう。

 

 

なので、足場を蹴って〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かう。悶えて振り回される腕を掻い潜りながら接近を果たして頭部に着地、そのまま〝妖刀・不知火〟で宝石を斬る。

 

 

斬り放題って奴だぁ(〝剣術:斬鉄剣〟)……!!」

 

 

斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る……苦しみから顔を擦る〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の腕が来るまでの約10秒の間に全力で斬り続ける。跳躍しながらでは一度か二度が限界だったが頭部という足場が確保出来た以上は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

懸念があるとするなら武器が持つかということだけ。鉄クラスの硬度を刃物で斬るなんて常識的に考えればおかしいことで、そのおかしいことを実現させる代償として武器の寿命をガリガリと削っていく。リアルなら鈍で数回、名刀クラスで十数回しか放たない程に武器への反動は大きい。

 

 

だがそんな懸念は〝妖刀・不知火〟に関しては不要だったらしい。

 

 

斬鉄を放つ度に耐久値が削れ、それと並行して()()()()()()()()()。それは正しく妖刀に相応しい現象。武器としての命を削られているというのにもっと斬らせろと叫ぶ様に斬れ味は加速度的に増していく。体感で耐久値が半分を切った頃には斬鉄を交えなくとも同等の斬れ味を誇る程に鋭くなっている。

 

 

こんな能力があったんだなと感心しながら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の腕を飛び降りて避け、HPゲージが8本目のレッドまで削れていることを確認して足場に飛び移りながら全力で逃げる。

 

 

そして空間爆撃が放たれた。俺の周囲一帯が爆ぜ、視覚と聴覚と触覚に大きなダメージを与えながらHPを大きく削る。発生した〝部位欠損〟で無くなったのは両足。片手さえ残れば良いので足が無くなったところで問題は無い。〝治癒結晶〟を砕いてHPと〝部位欠損〟を回復させる。

 

 

予想していた通りに空間爆撃が放たれて、タゲを取っといてよかったと安堵しているとさらに脚のラッシュが放たれた。来る可能性があると考えていた上に三度目ともなれば焦りは微塵も感じない。ユウキはソードスキルを放って直ぐに逃げ出しているので巻き込む心配も無い。

 

 

「さて、次は何をしてくれるんだ?」

 

 

全力で逃げ回りながら、俺は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が次に何をして来るのかを心待ちにしていた。

 

 

 





空間爆撃(強)、それはキチ波ステータスでも残り数ドットまでHPを一気に削り、さらに四肢の内ランダムで二箇所に〝部位欠損〟を発生させる極悪技。何が酷いって範囲は第一形態の時と然程変わりがないこと。つまり広範囲に高威力とかいう。



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創世の女神・23

 

 

叩きつけられる脚を躱し、ユウキに宝石を斬らせる。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が第二形態に入ってから既に30分は経過しているがHPは漸く9本目に突入した。しかしそれだけダメージを与えたので痛みには慣れられてしまい、〝妖刀・不知火〟を捻じ込んでも悶える事はせずに耐える様に唸りながら脚で顔を払われる様になってしまった。

 

 

隙は少なくなったが予想していた事なので残念に思うだけで焦る事は無い。今の〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の攻撃で警戒するのは空間爆撃くらいなのだ。あれはユウキには任せられずに俺が受けるしか無い。脚のラッシュは速いことは速いが逃げに集中していれば回避する事は出来る。

 

 

タゲがユウキに移り、攻撃しようと脚を振り上げた瞬間に飛び込んで宝石を斬って無理矢理行動を阻害。そこで脚では払わずに地面に顔を突っ込んで潰そうとして来たが顔を蹴って跳躍して別の足場に移る。

 

 

「お、漸く来たか」

 

 

脚のラッシュを避けながら見えたのは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の背後の足場を伝いながらやって来たキリトたちの姿。下を見れば〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の姿は見えない。ちゃんと殲滅してから来てくれたらしい。あそこにはユウキがいるから攻撃パターンは彼女の口から伝えられるだろう。

 

 

人数が増えればその分手数も増える。それはそのまま死者の出る可能性の上昇にも繋がるのだがこの場にいる全員が()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その上で、()()()()()()()()()()()()。その姿がロクデナシである俺の目にはとても眩しい物に見えて仕方がない。

 

 

だからといってその姿に目を眩ませて現実を見ない訳じゃない。挟み込みによる脚のラッシュの終わり、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の殺意に満ちた視線を受け止めて、避けられない空間爆撃を受ける。何度か受けてみて分かったのだがこの空間爆撃は俺を起点にして起こっているようだ。

 

 

これでは避けようが無い、しかし来ると分かっているのなら堪える事は出来る。全身を蹂躙する衝撃を歯が軋むほどに強く食いしばる事で耐え、左手でアイテムポーチから〝治癒結晶〟を取り出そうとしてーーー左腕が〝部位欠損〟で無くなっていることに気がついた。ならば右手でと握っている〝妖刀・不知火〟を口で持とうとしてーーー()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

まさかと思い視線を腕があるはずの場所に向ければそのまさかが現実だと突き付けられる。空間爆撃で発生する〝部位欠損〟、それが両腕に発生していたのだ。

 

 

「このタイミングでかよ……」

 

 

タイミングの悪さに呆れるしか無い。〝部位欠損〟が二箇所で起こる事は分かっていたが両方とも腕に発生するとは思わなかった。別に腕が無くとも戦える手段はあるから戦おうかと思えば戦える。しかし残りのHPは僅かに数ドットのみで回復しようにも腕が無いから〝治癒結晶〟どころかポーションすら使えない。これでは何かしらの拍子に死にかねない。さらに最悪な事にさっきの空間爆撃で着地しようかと思っていた足場が消し飛んでしまっている。

 

 

そして、目の前にいる〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は脚を振り上げていた。今までは空間爆撃をした後には動かなかったのにここに来て動き、俺の事を狙っている。ユウキたちが俺がやったように宝石を攻撃して行動を阻害しようと動いているが遅いし、きっと〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は止まらない。斬られながらもこの脚を振り下ろして俺を叩き潰すだろう。

 

 

頭が全力で生き残る手段を模索するが該当するものは無し。俺にこの死を避ける方法は無く、ユウキたちにもどうする事も出来ない。

 

 

「死んだか……ユウキ、シノン……ゴメン」

 

 

だから諦めた。最後に愛する少女たちの名前を口にして、迫り来る死を見つめる。殺しは散々して来た事だ。殺される事なんて最初っから覚悟している。

 

 

だから俺を殺す一撃を、最後まで見届けてやろうといていたのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー死ぬつもり?巫山戯てるわね」

 

 

どうやら俺はまだ死なないらしい。俺にも、ユウキたちにもこの死を避ける事は出来なかった。故に、この死を避ける事が出来るのはこの場に居ない者だけの特権である。

 

 

横合いから高速で飛翔して来たのは鋼鉄製の矢。一本一本が矢としては規格外の重量を持っていると見て取れる物が()()()()()()()()()()()。高速で、さらに重量も備えているとなれば衝突した時の威力は計り知れない。十数本の鋼鉄製の矢を一箇所に狙い撃つという神業を持ってして脚の起動が逸らされ、やって来るはずだった死を遠ざけた。

 

 

そして矢を放った人物は俺を抱き抱え、比較的近くにあった足場に着地する。

 

 

「約束したでしよ?負けないって、勝つって、生きて帰って来るって……それを破るだなんてどういうつもりなの?」

 

「嫌だってどうしようも無かったからな。腕も無いし足場も無いし、あの状況でどうしろと?」

 

「……気合いと根性で覚醒して腕を生やすとか?」

 

「流石にそれは無理です、シノンさん」

 

 

確かに気合いと根性は基本装備とかいう俺だけど流石に無くなった手足を生やす事は出来ないと、この場に居ないはずのシノンに抗議する。

 

 

タゲはさっきの振り下ろしを阻害しようと 宝石に攻撃したキリトに移っている。脚のラッシュをしている様子は見られないので少しくらい話しても問題無いだろう。

 

 

「てか〝アルゲート〟どうしたよ?滅びたか?」

 

「そんなわけ無いでしょ。モンスターの数が少し落ち着いてきたからヒースクリフとディアベルからこっちに来るように言われたのよ。タイミングは良かったみたいね」

 

「超サンキュー」

 

「感謝が込められてないわね……これはベッドで感謝の気持ちを表してもらうしか……!!」

 

「ヒェッ」

 

 

腕が無くなった俺をシノンが抱きかかえるという情けない絵面の上にシノンが雌の顔をしながら野獣のような目で俺を見るとかいうとんでも無い光景を作り出してしまった。

 

 

止めて、服の隙間に手を突っ込んでお触りしないで。

 

 

「シノンさんシノンさん、ポーション飲まして。じゃれ合うのはティアマトぶっ殺してからで」

 

「しょうがないわね……」

 

 

やれやれ仕方がないと言いたそうな顔でシノンは自分のアイテムポーチからポーションを取り出し、蓋を開けて自分の口に含んだ。

 

 

そしてそのまま、俺にキスをした。

 

 

拒絶するという選択肢が無い以上受け入れるしか無いと口を少し開けばその隙間に舌を捻じ込まれて強制的にディープキスが始まる。存在を知っていても経験がほとんどないシノンの舌使いは拙い。それでも気持ち良くさせようと、気持ち良くなろうと一生懸命に舌を動かしてくる。

 

 

それに応じながら口移しでポーションを飲みくだし、〝部位欠損〟を回復させる。HPは未だにイエローまでしか回復していないが最大の問題である〝部位欠損〟は回復する事ができた。

 

 

「……ふぅ、ご馳走様」

 

「お粗末様……ところでユウキが凄い顔で睨んでるんだけど何か一言」

 

「チャンスを物に出来ない方が悪い」

 

 

ドヤ顔で胸を張るシノンの姿は微笑ましい物なのだが背後から感じるユウキの視線が痛くてそれを堪能する事ができない。しかもシノンの発言から、タイミング見計らって登場した可能性が出て来たのだが……違うよな?

 

 

「あと2本か……シノンはサポートよろしく。あとティアマトの額の宝石は弱点でそこ以外はマトモなダメージ通らないけど攻撃したらタゲ取られるから気をつけて。それとティアマトに視線向けられたら空間一帯が爆発する攻撃されるから、シノンのステータスだと一撃死すると思うから気を付けて」

 

「了解よ」

 

 

シノンの返事を聞きながらポーションを飲んでHPを全回復させ、別の足場に刺さっていた〝妖刀・不知火〟を回収。背後から〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に迫る。

 

 

残り2本のHPを全て奪い、この戦いに勝利する為に。

 

 

 






シノノン参戦。アルゲート防衛戦が落ち着いて来たからヒースクリフとディアベルはんが気を利かせて向かわせてくれました。

戦場でキス?口移しという治療行為だからセーフセーフ。だけどユウキチは目撃してしまいグヌヌってる。



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創世の女神・24

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は9本目のゲージがイエローになった瞬間にタゲを取っていない者たちにも脚でラッシュを仕掛ける様になったが回避に専念すれば恐るる物ではない。唯一の懸念は空間爆撃だけだが視線を向けるという予備動作があるので誰が狙われたか分かりやすく、その間に俺かキリトが視線に割って入って受ければ良い。キリトは過去の無茶苦茶なレベリングで、俺は闇堕ちしていた時にやっていたソロでのダンジョンアタックのお陰で上がったステータスで生き残れるからだ。

 

 

そしてシノンが合流したことにより戦況は完全にこちらの物になった。これまでは出来ることと言えば宝石まで近づいて斬る事だけだったが、弓による遠距離攻撃が使えるシノンのおかげで幅が広がる。宝石に狙撃させると思わせて目を狙う事で視界を奪ったり、矢を足場にして〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に接近したり、矢に捕まってその場から離脱したり。

 

 

まぁ、後ろ二つが出来るのは俺とユウキとPoHだけで他はやろうとしないのだが。

 

 

オォォォォォーーーッ(〝片手剣:ハウリング・オクターブ〟)!!!」

 

 

そしてキリトのソードスキルの八連撃が叩き込まれ、HPがレッドに突入。

 

 

Dieーーー(〝短剣:ファッドエッジ〟)

 

 

PoHのソードスキルでゲージが砕け、ついに最後の10本目に突入した。

 

 

ここで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の動きが止まる。いつもならばここで宝石を最後に攻撃したPoHに対して空間爆撃を行うはずなのにそれをしない。息絶え絶えながらも全身に力を込めて何か狙っている様に思える。

 

 

「GAーーーッ!!!」

 

「マジかよ……ッ!?」

 

「ヤベェ」

 

 

咆哮、そして〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の全身に切れ目が入り込み、そこから()()()()()()。それを見ればこれから起こることなんて簡単に想像出来る。

 

 

空間爆撃ーーーそれも、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を中心とした、半径100メートルの範囲で。轟音と衝撃が全身を襲う。幸いなことにダメージはそれまでの物と比べれば低い。威力を捨てて範囲を取ったからなのだろう。俺とキリトはグリーンギリギリだが他の皆はイエローまで削られた上に行動不能(スタン)状態になっている。

 

 

誰も動く事が出来ない時間の中で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は動かない。それどころかさっきと同じ様に全身に力を込めている。眼球は未だに開かれたまま。まだ何かするのかと身構えていると、

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の背中から()()()()()

 

 

そしてゆっくりと翼を動かし、暴風で行動不能(スタン)状態で動けない者を吹き飛ばしながら飛翔する。行動不能(スタン)が解けた頃にはシノン以外は攻撃出来ない高さまで飛んでいた。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の行動はまだ終わらない。シノン以外に手出しが出来ない高さまで来ると龍種に似た口を大きく開いた。龍で口を開くと言えば思い当たるのは龍の代名詞と言えるブレス攻撃しか無い。火を噴くか、火の玉を吐き出すかどちらかのブレスならばこれまでの攻略で出会った龍種のモンスターで見たことはある。

 

 

しかし〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のブレスは違っていた。口に集まる熱量は桁外れ。丸で小型の太陽を作ったかの様な光量を放っている。このままならばレーザービームの様なブレスが吐き出されるだろう。

 

 

そうなればゲームオーバー。シノン以外に攻撃が出来ず、たとえ矢で宝石を射抜かれようとも〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は止まらないのだからそのままブレスを吐き出される事になる。そして〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は〝アルゲート〟へ向かい、防衛戦をしているプレイヤーたちを皆殺しにする。

 

 

そんなことはさせない。そんな結末なんて否定しようと、俺は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の()()()()()〝妖刀・不知火〟を構える。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が力を込めた瞬間から俺はこいつが飛ぶのでは無いかと考えて背中の上に移動していた。実際に放たれたのは範囲重視の空間爆撃だったが、最終的には飛んだので良しとしよう。

 

 

全身を脱力させながら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の翼の根本へ到着。大樹を思わせる程の太さの根本を見て吹き荒む風を全身で受けながら〝妖刀・不知火〟を腰に構える。

 

 

ここまでで〝妖刀・不知火〟の耐久値は10%まで下がっている。それは破損させたく無い武器の限界ライン。本来ならばここでサブ武器と変えて壊れる事を防ぐのだが、俺は敢えてそれをしない。何故なら、壊れる寸前である今こそが〝妖刀・不知火〟の真価を発揮する時なのだから。

 

 

〝妖刀・不知火〟は耐久値が下がると斬れ味を増すという特徴がある。体感で半分下がったくらいで斬鉄を交えずとも斬鉄と同じくらいの斬れ味になっていると感じた。つまり、特殊な斬り方をしなくても鉄が斬れると思える程に斬れていたのだ。

 

 

それが今や〝妖刀・不知火〟の耐久値はたったの10%。この状態で全力で斬ったらどうなるのかと下の皆が絶対絶命な状況なのに興奮が抑えきれない。

 

 

構えは抜刀の姿勢。

 

普通ならば2メートルもある〝妖刀・不知火〟で抜刀術なんて出来るはずも無いのだが問題無い。

 

 

シィーーーッ!!!(〝抜刀術:無納〟)

 

 

鞘に納める事をせずに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。過去最速を自負できる程の完成度で放たれたそれは()()()()()()()()()

 

 

斬ったという手応えは無く、されど斬ったという確信はある。

 

 

そうして、目の前の翼は断ち切られた。まるで始めから分かれていたかの様にスルリと離れる。

 

 

「GAーーーッ!?」

 

 

片翼を失ったことでバランスを崩し、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は空に向かってブレスを吐きながら落下する。顔が人型のままならばきっとそこには驚愕と困惑があったに違いない。

 

 

どうして斬られた、いつ斬られた、嫌だ嫌だ、落ちたく無い、死にたく無いと。未練がましく脚で空を蹴っているのが何よりの証拠。

 

 

その姿に満足しながら地面に激突する瞬間に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体を蹴って逃げ出し、地面を派手に転がりながら墜落の衝撃を分散させる。死にはしなかったもののHPは一気に削られてレッドになっている。

 

 

だが〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟も満身創痍。額の宝石はボロボロで虎の子の翼も断ち切られ、墜落が原因なのかHPはイエローまで削られている。人型の姿ならば傷だらけの女神と言えなくもなかっただろうが、龍種の姿になったせいで今の姿は討ち取られる間際の怪物にしか見えない。創世神話に語られていた女神などには到底見えなかった。

 

 

「ーーー俺たちの〝勝ち〟だ」

 

 

態勢を立て直して視界に入ったのは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって飛び掛かっているキリトたちの姿。

 

 

ボロボロの〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟にそれを避ける手段も、防御する術も、迎撃する余裕も無く、

 

 

彼らの剣は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の額の宝石に深々と突き立てられた。

 

 

 






スタン付与の超広範囲空間爆撃→ティアマト飛翔→レーザービームという殺意溢れる攻撃をする筈だったのに背中に乗っていたキチガイに阻止されました。ティアマトは泣いてもいい。なお、キチガイが阻止しなかったらティアマトは飛んだままレーザービームをポンポンブッパしていた。

2メートルの刀を使って空間を鞘に見立てて行う抜刀術を平然と行う変態がいるらしい。

五十層フロアボス撃破!!ハーフポイントで50話近く掛かってる……すまない、こんな作者ですまない……


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恋する人工知能
野郎どもの馬鹿騒ぎ


 

 

「「「「「ーーー乾杯ぁい!!!」」」」」

 

 

並々とエールが注がれたジョッキを中身が溢れるのも構わずに叩きつけて乾杯し、口に運ぶ。口の中で暴れる炭酸と苦味を堪能しながら水でも飲んでいるかの様に飲み下し、ジョッキをテーブルに置いた時には中身は空っぽになっていた。

 

 

「あ〜エールが美味い!!あ、すんませ〜ん!!ラム酒お願い!!」

 

「ペース早すぎるだろぉ!?」

 

「苦っ……良くこんなの飲めるな」

 

「大人になるとこの苦味が美味いんだよ」

 

「果実酒もあるからキリト君はそっちにしたらどうだい?」

 

 

丸テーブルの上に置かれた焼きたてのソーセージを齧り付きながら近くにいウェイトレスに追加注文。エールは美味いけど少し薄くて物足りん。酔うならば蒸留酒じゃないとな。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を倒して五十層攻略を完了させたのは一昨日。倒したその日は〝アルゲート〟で攻略を成功させた事を全員で喜んでその場でぶっ倒れ、昨日で出現した階段を登って五十一層に到着して夜には攻略組全員で祝勝会をし、今日は個別での祝勝会を開いたのだ。

 

 

メンバーはキリト、エギル、クライン、ディアベル。本当ならここにヒースクリフが加わる予定だったのだがギルドの立て直しを優先したいと断られたのだ。

 

 

「にしても五十層は本当に地獄だったよな」

 

「フロアボスはウェーブさんたちが倒してくれたけど防衛戦はギリギリだった……犠牲者も沢山出たしな」

 

 

ディアベルの顔が悲しそうな物になるのも無理は無い。五十層攻略の際に〝アルゲート〟防衛戦で久しぶりとも言える犠牲者が出たのだ。出たのは〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟と〝風魔忍軍〟で、幸いな事にギルドの運営自体には問題は無いのだがしばらくは団員の育成などで攻略のペースは下がる事になるだろう。

 

 

「〝泣くんじゃなくて笑って見送れ〟、だろ?悲しいのは分かるがいつまでも悲しんでたら死んだ奴らも怒るぞ?何やってんだーってな」

 

「そうだな。死んだ奴らは俺たちに期待をして死んでいったんだ。だったら期待された者の責務として、その期待に応えてやらないとな」

 

「キリト君、ウェーブさん……」

 

 

ディアベルが残っていたエールを全て飲み干し、涙が溢れ掛かっていた目元を乱暴に拭う。それだけでディアベルの顔から悲しみは消えていた。

 

 

「やってやる!!やってやるぞぉ!!絶対に俺たちはこのゲームをクリアするんだ!!皆、好きに飲み食いしてくれ!!ここは俺の奢りだ!!」

 

「キャー!!ディアベルさーん!!」

 

「素敵!!抱いて!!」

 

「済まない、メニューのここからここまで頼みたいんだが」

 

「あ、じゃあ俺は一番高い酒をあるだけお願い」

 

「少しは自重してくれるかな?」

 

 

声が震えながらにディアベルから懇願されるが俺とエギルはガン無視である。奢るという言質はもうとってあるのだ。だったら好き勝手飲み食いさせてもらう。

 

 

ディアベルがヒギィと情けない声をあげてテーブルに突っ伏したが気にしてはいけないのだ。

 

 

「ーーーよし野郎ども、猥談するぞ」

 

「ーーー発勁よぉい!!」

 

 

突っ伏していたディアベルが開き直って酒を飲みまくり、キリトは果実酒でホロ酔い、クラインは顔を真っ赤にして見るからに泥酔、俺とエギルは程々に楽しみながら飲んでいたらクラインが唐突にとんでもない事を抜かしてくれた。思わず発勁で腹パンした俺は悪く無い。

 

 

「悪は滅びた」

 

「うぐぉぉぉ……」

 

「圏内の筈なのにダメージが発生してるレベルで痛がってるんだけど……」

 

「あ、クラインさんちょっと右手借りますね」

 

「弱肉強食だな」

 

 

ディアベルが悶え苦しむクラインの右手を使いウインドウを開き、コルを取り出しても誰も何も言わない。流石にあれはアウトだろ。

 

 

「こ、この程度でへこたれるかよ……!!」

 

「おぉ、立った立った」

 

「足は子鹿みたいに震えてるけどな」

 

「良いじゃないか猥談くらい!!野郎が集まってする話なんてそれくらいだろうが!!」

 

「いや、男の集まりイコール猥談っておかしいだろ」

 

「クラインがモテない理由が分かった気がする」

 

 

クラインは見てくれは悪くないし性格も良い方だ。面倒見が良くて、〝風林火山〟や関わりのある中層プレイヤーから慕われているのは知っている。だけどがっつき過ぎなところが女性からは敬遠されてるんだろうな。

 

 

「まずは好みのタイプから行こうか!!エギルからどうぞ!!」

 

「嫁」

 

「なんて漢らしい……!!」

 

「するのかよ!!」

 

「いや別に猥談自体はしても良いんだ。始め方が気に入らなかっただけでな。俺は……惚れた奴かな?外見とか年齢とか性格とはは気にしてない」

 

「やーいやーいこの二股ロリコン野郎」

 

「お?やんのか?十三歳超えたら成人だろうが。同意の上なら複数でも問題ないだろうが」

 

「いつの時代の話ししてんだよ!!」

 

 

だって俺とかいうキチガイが惚れて、それに応えてくれたんだぞ?年齢とかガン無視してゴーするのは当然だと思う。爺さんと母さんはやっと手を出したかと拍手喝采で間違い無く喜ぶだろうし。

 

 

あぁでも日本じゃ重婚は出来ないな……出来る国に移住するか?

 

 

「そいじゃ次はキリト!!」

 

「アスナだろ?」

 

「アスナだな」

 

「アスナさんだね」

 

「うぉい!!待てよ!!なんでアスナで決定なんだよ!?」

 

「いや、だって……ねぇ?」

 

「お前、アスナに惚れてるだろ?」

 

「側から見てバレバレなんだよな」

 

「え、マジで?」

 

「ここに気がつかなかった年齢イコール彼女いない歴のクソ雑魚野武士がいるな」

 

「グフッ」

 

 

胸を押さえながら倒れたクラインを除いてこの場にいる全員がキリトがアスナに惚れているのは分かっている。多分、アスナの方もキリトに惚れているのだろう。恐らく、向こうはまだ恋心に気づいていないと思うが。

 

 

「……ッ!!あぁそうだよ!!俺はアスナが好きだ!!悪いか!!」

 

「ヒューヒュー!!」

 

「ヒューヒュー!!」

 

「命短し恋せよ人よってね。良いぞ、俺はお前の恋が成就する事を祈っている。アスナが他の奴に掻っ攫われない内に捕まえて手放すなよ?」

 

「ウェーブからマトモなアドバイスが来た事に驚いてるんだが」

 

「酷い、人の事をなんだと思ってるんだよ」

 

「26歳児のキチガイ」

 

「正解、お前に〝キリトちゃん写真集そのよんっ〟の被写体になる許可を与えてやろう」

 

「止めろよ……止めろよ……!!」

 

 

絶望した顔で止めるように懇願してくるキリトを無視して酒をラッパ飲みし、空っぽになった瓶で寝ているクラインの頭部を全力で殴る。メコッと嫌な音がしてテーブルが軋んだがクラインは起き上がった。

 

 

「次は俺だな。俺は年上で、ナイスバディなお姉さんだ!!」

 

「ハイハイ」

 

「ディアベルはどうなんだ?」

 

「これほどまでに時間を無駄にしたことは無い」

 

「辛辣ぅ!!」

 

 

クラインの好みを聞いたところで無駄だと思う。もう少し落ち着いて女性プレイヤーと接したら彼女くらいは出来なくは無いと思うのだがいかんせんクラインの押しが強すぎる。去勢したら大人しくなるだろうかと考えながら、流れ的にトリを務める事になったディアベルを見る。

 

 

ディアベルはンンッと喉の調子を整え、その場で立ち上がる。

 

 

「ーーー幼女こそが至高」

 

 

たった一言、しかしその一言に込められた重みが痛いほどに伝わってくる。

 

 

それを聞いてクラインを除いた全員が顔を見合わせ、聞かなければ良かったと崩れ落ちた。

 

 

 






五十層攻略後の五十一層での馬鹿騒ぎ。基本身内のネタはノーガードで殴り合うし、殴られる事に慣れてるから被害がデカくなる。

でも何が一番酷いってディアベルはんだと思うんだ。



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恋するAI

 

 

「「「「「ーーー乾杯ぁい!!」」」」」

 

「か、乾杯ぁい……」

 

 

ウェーブが男だけで飲み会をすると言うので対抗するように女子だけで飲み会をする事にした。メンバーはボクとシノンとアスナ、ストレアとアルゴ、そしてアスナの友人だと紹介された中層プレイヤーで鍛治職人のリズことリズペットの6人。

 

 

「ッハァ〜!!キクゥ〜!!」

 

「この一杯のために生きているって感じね」

 

「二人とも、なんだがお酒以外に楽しみがない大人みたいになってるわよ!?」

 

「ユーちゃんとシーちゃんだから仕方ないんじゃないカ?」

 

「すいませ〜ん、このスピリタス?って奴くださ〜い!!ジョッキで!!」

 

「ストレアさん!!それただのアルコールだから!!ジョッキで飲むような物じゃ無いから!!」

 

 

駆けつけ一杯とエールを飲み干し、シノンと共にその美味さに舌鼓をうっているとアスナから注意されてしまった。分かってる、オッさん臭いと分かってるけど辞められないんだ。アルゴは後で〆る。リズは攻略組に囲まれてガッチガチに緊張している様子だったがストレアと絡ませておけばその内平気になるだろう。

 

 

でもストレア、どうしてスピリタスをジョッキで飲もうとしたの?

 

 

「ねぇみんな……ちょっと相談があるんだけど良いかな?」

 

 

お酒を入れながら食事を進め、リズの緊張もほぐれて来たところでストレアがワイングラスを置きながら神妙な顔付きでそう言って来た。ストレアのこういう表情は珍しい。基本的に我が道を行く(ゴーアンドゴー)な性格をしているストレアは悩むことはしないし、悩みがあったとしてもウェーブとかに相談したりするので顔に出るほどに溜め込まないのだ。

 

 

それなのに今のストレアには悩んでいますと分かるほどに顔に出ている。お酒を入れたから口に出したのだろうが、そうでなかったらもっと溜め込んでいたに違いない。

 

 

「どうしたの?ストレアさん」

 

「悩みがあるなら聞くわよ?」

 

「ユウキ、流石に今回は悪ふざけは無しで行きましょう」

 

「シノンこそ反射でズドンしないでよね?」

 

「絶対に口外しないってオネーサン約束するゾ」

 

 

そんなストレアの姿を見たから、初対面であるはずのリズでさえストレアの悩みに応えようとしてくれている。

 

 

みんなの視線を浴びながらあっと、えっとなんて言い淀み、タップリと時間をかけてストレアは決心したように口を開く。

 

 

「ーーーウェーブの顔が見れなくなったんだけど、これって病気かな!?」

 

「ハイ、解散!!」

 

「お疲れ様〜」

 

「明日からも頑張るゾ〜」

 

「待って待って待って!!」

 

 

テーブルにコルを叩きつけて帰ろうとしたボクたちをアスナが引き止める。その必死さに少しだけ申し訳なく思ってしまうけど、あれだけ時間をかけて出て来た言葉がこれなのだからこのくらいの反応は許して欲しい。リズなんか面白い事を聞いたっていう風に目を輝かせてるし。

 

 

「だって……ねぇ?」

 

「それってあれよね?」

 

「間違いないナ」

 

「まさかこんな話が聴けるだなんて……!!」

 

「え?みんな、原因が分かるの?」

 

「「「「……え?」」」」

 

 

アスナから出た言葉が信じられなかった。ボクとシノンは言うまでもなく、アルゴは現在進行系。リズは年頃なのでそう言う話に興味があるからストレアがウェーブの顔が見れない理由を察する事が出来たのだろう。そこまでは良い。

 

 

だけどアスナがまさか分からないだなんて……下手したらウェーブが闇堕ちしてた時以上の衝撃だ。

 

 

「アスナ、アンタそれ本気で言ってるの?」

 

「うん、私は分からないけど……」

 

「シノンさん、アルゴさん、どう思います?」

 

「アスナの振る舞いから育ちの良さは伺えるけど……」

 

「そう言う事に無知なのか?それとも天然なのか……」

 

「アルゴ、いつもの口癖取れてるけど」

 

「今はそんな事を気にしている場合じゃない……!!」

 

 

これは問題だ、大問題だ。ボクたち〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟はキリアス推奨派。キリトがアスナに惚れているのは側から見ても分かる。でもまさか相手のアスナがこれだなんて誰が予想が出来ただろうか。このままではキリアスが実現しない。

 

 

「じゃあ今からストレアのお悩みを解決する特別教室を開きます。講師はボクとシノンとアルゴとリズ。あ、アスナはストレアと一緒に生徒側ね」

 

「え、どうして?」

 

「良いからさっさと座りなさい。でないとズドンするわ」

 

「アーちゃんの秘密を週一で暴露してやる」

 

「鍛治の強化をこれからわざと失敗するわよ」

 

「ヒィッ」

 

 

半ば脅すようにしながらストレアの隣にアスナを座らせる。正直申し訳ないと思ってるけどこれもキリアスの実現の為だ。それに高校生なのにこれが理解出来ないとかダメだと思う。

 

 

「えっとまずはストレア、いつからウェーブの顔が見れなくなったの?」

 

「……〝ホロウ・ストレア〟と戦ってる最中にウェーブに助けられてから。ほら、色々あったでしょ?」

 

 

色々と言葉を濁しているのはリズがいるからだろう。流石に知り合って間も無い中層プレイヤーであるリズにストレアの正体を明かす訳にはいかない。

 

 

ストレアの正体がAIであるというのは昨日の内にストレアの口から攻略組の全員に伝えられた。

 

 

自分はAIだった、騙していて御免なさい、でも自分はみんなと一緒にSAOをクリアしたいと涙を流しながら語るストレアを攻略組は受け入れた。というよりもボクを始めとした攻略組の全員がストレアがAIだとしてもそれがどうしたと思ったに違いない。

 

 

だってストレアはストレアだから。AIだったとしても、プレイヤーでないとしても、ストレアである事に変わりはないのだから。

 

 

多分その事が関連してウェーブが格好良く何かやらかしてこうなったのだろう。それ以外に考えられない。

 

 

「ならどうしてウェーブの顔を見れないのかしら?ただ見るだけなら問題無いでしょう?」

 

「なんでか分からないけどウェーブの顔を見ると顔が熱くなって、胸が苦しくなって……気がついたらウェーブの事を考えるようになって……でもウェーブの事を考えると胸が苦しいのに温かくなって……」

 

 

それを聞いてストレアの症状がなんなのか確信した。シノンとアルゴとリズを見れば彼女たちも確信したようで頷いている。分かっていないのはストレアとアスナだけだ。

 

 

「どうする?言っちゃって良いのこれ?」

 

「教えて正しい方向に教育してやらないと〝ホロウ・ストレア〟みたいに変に拗らせる可能性があるわよ」

 

「え、何?〝ホロウ・ストレア〟ってヤンデレかメンヘラだったの?」

 

「聞いた限りだと〝ホロウ・ストレア〟って完全にイッちゃってる具合だったから……」

 

 

本当ならこの答えはストレア自身で見つけさせた方がストレアの為なのかもしれない。だけど変に拗らせる可能性を考えるとこの場で教えて正しい方向に教育してやらないといけないのだ。

 

 

少なくとも腕を斬られて喜ぶような拗らせ方をさせてはならない。

 

 

アイコンタクトで教える事を満場一致で決め、誰が教えるのかを決めようとしたら3人からボクがやれと目で訴えられた。抵抗したものの、流石に3対1では叶わなかった。

 

 

これが塩を送るような真似だというのは重々理解している。シノンも、きっとアルゴもそれを分かっている。

 

 

だけど、それでも、その想いは間違っていないから。どうであれその感情に真正面から向き合って欲しいから。ストレアの気持ちに答えを教えてあげるのだ。

 

 

「ストレア、それは病気なんかじゃないーーー人を好きになるって事だよ」

 

 

 






野郎共の馬鹿騒ぎをしている傍での女子会。リズはこの頃にはアスナと友人って事で。キリリズ?実現させませんけど何か?


ストレアのヒロイン力を高めていく作業。どのくらい高める事が出来るのだろうか。



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恋するAI・2



活動報告にてアンケートあり〼。(2017/06/26現在)


 

 

「好きに……なる?」

 

 

初めてその言葉を聞いたという風にストレアはボクの言葉を鸚鵡返しで繰り返した。AIであるストレアは本来なら気になる事があればデータベースから検索して答えを出すと茅場晶彦(ヒースクリフ)は言っていたが今のストレアはカーディナルとの繋がりを自覚出来ずにアクセス権を所有していない状態なのでデータベースにアクセスする事が出来ないらしい。だけどそれは言ってみれば知識だけでしか知らないという事。ただ言葉として知ってるのと感情を交えて知ってるのでは大きな差がある。

 

 

そういう意味ではストレアは幸運だろう。ただの言葉としての〝好き〟ではなく、実際に〝好き〟がどういう物なのかを体験している訳なのだから。

 

 

きっと〝ホロウ・ストレア〟は知っていただけなのだろう。だからあんなに拗らせてしまったのだと信じたい。

 

 

「そっか……これが人を好きになるって事なんだ……」

 

「ズルして答えだけ教えた感じだけどどう?」

 

「うん、なんだかスッキリした」

 

 

感じている想いを噛み締める様に胸に手を当てるストレアの顔からはさっきまでの苦悩の表情は消えていた。恐らくは分からなかった感情の正体が分かってホッとしているのだろう。その顔はまさしく恋する乙女の顔だった。

 

 

だけどその揺れる乳だけは許さない。

 

 

「ファッキュー巨乳」

 

「削ぎ落としたい……!!」

 

「シノン、アルゴ!!殺気が凄いわよ!!あとユウキもそんな虚ろな目でストレアを見ないの!!」

 

 

リズから注意を受けて目を擦って元に戻す。シノンとアルゴも殺気は抑えたものの巨乳を許した訳ではないので苛立たしげにいつの間にか運ばれていたラム酒を水でも飲むかの様に勢い良く飲んでいた。

 

 

「あの〜……ストレアさんがあのキチガイを好きだって分かったのは良いけど、二人はそれで良いの?ユウキちゃんとシノンちゃんもキチガイの事を好きなんじゃないの?」

 

「ねぇねぇ、キチガイって誰の事?」

 

「ウェーブの事よ。攻略組の方の〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダーって言った方が分かりやすいかしら」

 

「〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の?確かにキチガイね……え?あ、アンタたちアイツに惚れてるの!?」

 

 

ウェーブの武勇伝とボクとシノン、最近になって加わって来たアルゴの風評操作が伝わっているのかリズはウェーブの事をキチガイで納得されてしまった。

 

 

でも仕方がない事だと思う。噂や見た目だけでウェーブに近づく女を減らす為にボクらで適当な情報を流したが、それよりもウェーブの武勇伝の方が有名過ぎてそちらでキチガイ認定されているのだから。

 

 

例えば、ソロで二十層のフロアボスを倒したり。

 

例えば、クリスマスイベントの時に中層ギルド連合の大半を一人で倒したり。

 

例えば、パーティーを組んで潜る様なダンジョンを散歩でもするかの気軽さでソロでクリアしたり。

 

例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

このゲームが始まる前からずっとウェーブと一緒にいるからその全てが本当だとボクたちは知っている。そんなウェーブの所業を聞いて、中層プレイヤーたちは化け物にでも見えたのかキチガイという侮蔑をしている。攻略組でもウェーブはキチガイと呼ばれているがそれは愛称的な意味合いなので気にはしない。攻略組のプレイヤーたちもボクたちを含めて割とキチガイの部類に入っていると思うのだが。

 

 

なのでリズの反応も見慣れた物だったりする。噂だけしか知らないのならウェーブに惚れるとか頭大丈夫なのかとか、どんな思考回路しているんだとか思うだろう。

 

 

でもリズならきっとウェーブと会って彼を知れば謝って意気投合しそうだ。なんと無くボクたちと同じ気配を感じるから。

 

 

「確かにウェーブはキチガイだけど……キチガイだけど……!!」

 

「言葉が続かないのなら無理して反論しないの……確かにウェーブはキチガイだわ。だけど、それでも、私たちは彼の事を良く知っている。中層プレイヤーたちに伝わる様な事をするって知ってる、気に入った人には面倒見が良いって知ってる。雑な様に見えて本当は几帳面だって知ってる、言動こそアレだけど本質は善良だって知ってる……彼の事を知っているから、私たちは彼の事が好きになったのよ」

 

「そう、そういう事!!」

 

「そんなんだからユーちゃんは〝攻略組のアホ担当〟って言われるんだ」

 

「誰がそんな事言ったの!?」

 

「攻略組のみんな。でも発信元はウェーブだよ」

 

「ウェーブーーーッ!!」

 

 

憎しみを込めてウェーブがいるであろう方向に向かって中指を立てる。一体誰がアホだというのだろうか。このぷりちーできゅーとなぱーふぇくと美少女に向かって。

 

 

「あ〜……御免なさい。噂でしか知らないとは言っても変な事言って……」

 

「問題無いわーーー本当の彼を、私たちだけが知ってれば良いのだから」

 

「シノンシノン!!そのドス黒い瘴気しまって!!あと、顔が見せちゃいけない物になってるから!!」

 

 

テレビ番組で放送されていたら間違いなく〝しばらくお待ち下さい〟というテロップが出て来そうなブラックな笑顔で瘴気を撒き散らすシノンを宥める。SAOが始まってからは見せることは無かったが、リアルでは詩乃(シノン)は良くこうやって〝しばらくお待ち下さい〟スマイルを浮かべていた。主に不知火(ウェーブ)の顔だけを見て擦り寄ってくる女に対して。ちなみにこの〝しばらくお待ち下さい〟スマイルを見た女はその後不知火(ウェーブ)の前に二度と現れなくなった。

 

 

「ハイみんなさっきの忘れる!!良いね!?」

 

「う、うん……でも、確かにウェーブの事が好きだって分かったけど、これからどうしたら良いの?」

 

「確かにそうよね。細かい事に突っ込まないけど、ただ好きだって想うだけは〝好意〟だけど〝恋愛〟じゃないのよね」

 

「同じ好きって事じゃないの?」

 

「恋愛クソザコのアーちゃんに分かりやすく教えてあげると〝恋愛〟は相互関係、〝好意〟は一方通行って感じだよ」

 

「要は一方的に与えるか、相手に求めるかの違いね」

 

 

そう、リズたちが言った通りに〝好意〟と〝恋愛〟は違う。〝好意〟はただの片思いと変わらない。好きだ好きだと想っている……それだけでしか無い。だけど〝恋愛〟はそうでは無い。自分が好きだと想ってる、だから相手にも求める。それが〝恋愛〟なのだ。

 

 

「ぶっちゃけ、ストレアを泥酔させてウェーブに任せたら良いと思うのだけど」

 

「良いね、それ採用」

 

「それで良いのアンタら!?」

 

「大丈夫よ。確かにウェーブはろくでなしのキチガイだけど、人でなしでは無いわ。ストレアの想いに応えるにしても、断るにしても、ちゃんとしてくれるわ。それに、応えるならちゃんと応えるなりに甲斐性だってあるわ」

 

「アルゴも行っとく?スピリタスでゴーしちゃう?」

 

「うぅ……わ、私はまだ……こういうのは順序が大切だって聞いたし……」

 

「良く分からないけどスピリタス(これ)飲んでウェーブのところに行けば良いのね?」

 

「誰かーーーッ!!この人たち止めて下さいーーーッ!!」

 

 

アスナが叫んで周りに助けを求めるがプレイヤーは誰もおらず、店にいるNPCも巻き込まれたく無いのか目を顔ごと逸らしている。

 

 

正直な話、ウェーブがストレアを受け入れたとしてもボクは構わない。ちゃんと彼の事を見て、心の底から愛しているのならそれを邪魔するなんて失礼だから。彼がストレアに応えるという選択をしても、ボクはそれを祝福しよう。

 

 

ウェイトレスが持って来たスピリタスが並々と注がれたジョッキをストレアに手渡す。そしてストレアはそれに警戒する事なく、一気に飲み干した。

 

 






〝好意〟と〝恋愛〟は似ているけど全くの別物。〝好意〟は片思い、言ってしまえば自分だけが想うだけの一方通行。〝恋愛〟は相互関係、自分と相手が互いに求め合う……そんな感じ。作者の持論だけど。



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恋するAI・3

活動報告でアンケートやってい〼。(2017/06/27現在)


 

ディアベルがガチのペド野郎だと判明して全員がドン引きし、鼻フックした上で簀巻きにしてフィールドに投げ捨てておいて今日のところは解散する事にした。勿論、飲み代はすべてディアベルのポケットマネーから。キリトは初めて酒を飲んだからなのかフラフラしながら宿屋に向かい、クラインはエギルの店で飲み直すらしい。

 

 

そして俺は三十五層で借りていた宿屋で一人酒を楽しんでいた。未だに雪化粧が施されている三十五層の街並みが丸々の満月に照らされている光景は見ていて飽きない。その光景の中でユナが五十層の攻略を歌にして歌っていて、ノーチラスが法被を着てオタ芸を披露しているので景観をぶち壊しているが面白いので放置しておく。

 

 

本当だったらここで日本酒でも飲みたいのだがSAOではまだ米は見つかってないので米から作られる日本酒も存在しない事になる。良い加減に米が食いたい。炊きたてコシヒカリをそのまま掻き込みたい。

 

 

そんな思いを紛らわすようにディアベルの金で買った酒を飲んでいるとメッセージの着信が鳴る。確認すれば女子会に参加していたはずのシノンからで、今どこにいるのかという質問だった。なので三十五層の宿屋で一人酒してると伝えると今からこっちに向かうという。

 

 

断る理由も無いので了承し、到着を待ちながら酒を飲んでいたら手荒く扉がノックされた。シノンが来たのかと思い、扉を開けるとそこにはシノンとユウキ、そして二人に肩を借りているがほとんど引き摺られている物凄い顔色をしているストレアの姿があった。

 

 

「何があった」

 

「ストレアがスピリタスをジョッキでゴーしてバタンキュー」

 

「ガッデム巨乳が……!!態とらしく押し付けてるんじゃないわよ……!!」

 

「スピリタスをジョッキでゴーって、生きてるのか?」

 

「少し飲んで倒れたから大丈夫だと思うけど、心配だからウェーブが面倒見てくれる?ボクたち、これからアスナの家でパジャマパーティーするから」

 

「捥いでやろうかしら」

 

「分かった。あとシノンは落ち着け、なんか放送コードに引っかかりそうなくらいにひどい顔してるぞ」

 

 

そのまま預けていたら本当にシノンが捥ぎかねないのでなんとか宥めながらストレアを横抱きで預かる。それにしてもスピリタスをジョッキで行くとか自殺志願者なのだろうか。流石に俺でもショットグラスじゃないとスピリタスなんて飲む気がしないんだが。

 

 

「あとはお願いね、お休み」

 

「月夜ばかりと思わない事ね……」

 

「シノン怖えよ」

 

 

ユウキは普通に歩いて去っていったがシノンは暗がりの中に溶け込むようにして去って行った。彼女の成長に喜ぶべきか、それとも嘆けば良いのか、はたまたネタに走っていることを笑うべきなのか。考えた結果、幾ら考えても答えは出ないと判断して考えない事にする。

 

 

そんなことよりも今はストレアだ。アルコールの匂いはプンプンさせているものの口からは胃酸特有の酸っぱい臭いは感じられない。前までは嘔吐する機能は無かったのだがSAOが始まって半年程だったところでカーディナルがアップデートと称して嘔吐機能を追加するという暴挙に出たのだ。しかもちょうどその時は祝勝会をしていて、翌日になると転移門広場が吐瀉物まみれになり、やって来た中層プレイヤーが絶叫するという控えめに言ってテロい事態になっていた。

 

 

ストレアをベッドに寝かせ、飲み易いように〝異常解除ポーション〟を水で薄めて水差しに入れておく。状態としては飲み潰れたというよりもスピリタスに耐えられなくなって気絶したと言った方がいいだろう。間違いなく明日は二日酔いで死にそうになるだろうなぁと考えているとストレアが目を覚ました。

 

 

「ここ、は……」

 

「起きたか」

 

 

話すことは出来ているがストレアの目は虚ろで、意識は覚醒しきっていないようだった。それは当然だろう、スピリタスなんていう酒というジャンルを超越したただのアルコールを飲んだのだから。寧ろ、すぐに目を覚ました方が驚きだ。

 

 

「ウェーブ……?」

 

「三十五層の宿屋だ。あぁ起きるなよ、まだ横になっておけ」

 

 

身体を起こそうとしたストレアを止め、薄めたポーションの入った水差しを口元に差し出した。ストレアはそれをなんなのか考えることをせずに、ほとんど反射で水差しを咥えて中身を少しずつ飲んで行く。

 

 

「お前さ、なんでスピリタスをジョッキでゴーしたの?死にたいの?」

 

「えっと……確か……みんなに相談して……ウェーブの事が好きだって気がついて……シノンが泥酔させてウェーブに任せるって……ジョッキ渡されて……」

 

「うん分かった。シノンが悪い」

 

 

ストレアが気絶したのはシノンが原因だったらしい。間違いなくギルティ、情状酌量の余地無しのギルティである。ついでにその場に居ながらも止めなかったユウキも同罪だ。今度致す事があったら二重の意味で泣くまで虐めてやろう。

 

 

ゲスい笑顔を浮かべながらそんなことを考えているーーーそう思わせながら、さっきストレアが言っていた言葉を反芻する。

 

 

さらりと出て来て聞き流しそうになったが、ストレアは俺の事を好きだと言っていた。恐らくはただの好意ではなくて愛情の意味合いでの好きだろう。それを聞いて拗らせないようにとでも思ったのか何を考えてスピリタスをジョッキでゴーなんて事をシノンとユウキが実行したと思って間違いさなそうだ。

 

 

ストレアが〝ホロウ・ストレア〟のようになられたら俺がヤバい。主に精神が。

 

 

いつストレアが俺を好きなったかなんて心当たりは一つしかない。五十層で〝ホロウ・ストレア〟がストレアの正体を明かした時だろう。あの時は割とテンションが振り切れていて感情と言動が直結していた。説教じみたことや抱き締めるなんてストレアにやった記憶もある。それ以外には考えられない。

 

 

次に考えるのは……本当に俺で良いのだろうかという事。

 

 

自他共に認めるほどに俺はキチガイでろくでなしだ。誰かを愛する、誰かに愛される権利なんて存在しないと未成年の頃は本気で考えていた。木綿季(ユウキ)詩乃(シノン)の好意に気がついた時にそれを伝えてマウントポジション取られて泣きながら殴られて多少は改善したと思っていたが簡単に根幹というものは変わらないらしい。

 

 

木綿季と詩乃(2人)がいるというよりも、その事が先に出て来てしまった。

 

 

「……なぁ、ストレア。本当に俺なんかを好きになったのか?」

 

「うん……私、ウェーブの事好きだよ……あの時、AIだって言われて訳が分からなくなっていた私を助けてくれた。私は私でAIとかプレイヤーとか関係ないって言ってくれた。私の味方だって抱き締めてくれた……フフッ、そんな事されて惚れない女の子はいないよ」

 

「キチガイでろくでなしでも?」

 

「キチガイでろくでなしだとしても、ウェーブは優しい人なの。AIだって分かってなかった私の面倒を見てくれた」

 

「ユウキとシノンがいるとしても?」

 

「2人が居たとしても、私は貴方が大好き。普段は2人を見てくれて良い。だけど、偶にで良いから私だけを見て欲しい。それだけで私は満足だから」

 

「そっか……」

 

 

ストレアは、本気で俺の事を愛している。

 

 

その事をさっきの問答で確信出来た。アルコールが残っていたから聞く事ができた、混じりっけのないストレアの本音。それを反芻し、咀嚼し、脳味噌へと忘れないように刻み込む。

 

 

「……ストレアが俺の事を好きだってのは良く分かった。だから、少し時間をくれ。俺なんかでもストレアを好きでいて良いと、そう思えるようになったら、その時には俺からちゃんと言うから」

 

「うん、待ってる。ウェーブがそう思える日が来るのを、姉さんと一緒に待ってるから……」

 

 

煮え切らない俺の返事を聞いて満足したのかストレアは微笑みながら寝息を立てた。やはりスピリタスをジョッキでゴーしたのは辛かったらしい。それでも薄めたポーションが聞いているのか顔色はユウキとシノンに運ばれて来た時よりもマシになっている。

 

 

AIというデータで構築されながら、人と同じように感情を持って俺を好きだと言ってくれたストレア。月明かりに照らされて幸せそうに眠る彼女の顔を、俺は眺めていた。

 

 

 





ヒロイン力が天元突破しつつあるストレア。汚れ系ヒロインとの格の違いをありありと見せつけてくれる。



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不穏な影



活動報告でアンケート中デス(2017/06/28現在)


 

 

「ほら、あと四分の一だぞ。頑張れ頑張れ」

 

「鬼畜ぅ!!」

 

「後で絶対にズドンしてやる……!!」

 

 

ユウキとシノンからの罵倒を聞き流しながらダンジョンに配置されていた巨大な蠍であるボスモンスターの〝デッドリー・スコーピオン〟との戦闘を見る。ユウキが斬りつけ、シノンが貫通性能に優れた矢で射っているが両手の挟みと針の付いた尻尾を振り回しながら抵抗している。

 

 

今回、〝デッドリー・スコーピオン〟との戦闘に当たって〝部位欠損をしてはいけない〟という条件を付けた。五十一層で〝部位欠損耐性〟持ちのネームドボスが確認されたので、今後〝部位欠損耐性〟持ちのモンスターと戦う事になった時にどういう風に戦えば良いのかを覚えさせる為である。いつもならば戦闘開始と同時に〝デッドリー・スコーピオン〟の鋏や尻尾を斬り落として戦うのだが敢えてそれをさせていない。俺は〝色絶ち〟と〝隠蔽(ハイド)〟を使って壁に縋って見学している。

 

 

ともあれ、この戦闘も時期に終わるだろう。15分程で5本あったHPゲージは最後の四分の一まで削られていて、〝デッドリー・スコーピオン〟は生存本能からなのか激しく暴れ回っているがユウキを捉える事は出来ていないし、シノンの矢を躱す事も出来ない。

 

 

「ーーーせぇのっと!!(〝両手剣:メテオストライク〟)

 

 

ユウキが挟みをパリィし、シノンが尻尾を矢で射抜いた瞬間に上からストレアが振り下ろしのソードスキルを発動させながら落下し、〝デッドリー・スコーピオン〟に叩き込む。ストレアが使っている〝インヴァリア〟のボス特効効果が発動し、ヒビが入っていた甲殻が砕けてクリティカルダメージが発生。その結果〝デッドリー・スコーピオン〟のHPは消滅し、身体を震わせながらその場に崩れ落ちた。

 

 

「アイムウィナー!!」

 

「お疲れ〜ストレア、ナイス」

 

「ボス特効とか〝インヴァリア〟ズルいわね……」

 

 

ユウキが陽動し、シノンが牽制し、ストレアが仕留めるという自分の役割を果たした結果、条件が付いているのにダメージゼロでボスモンスターを倒した。これも彼女たち一人一人が自分の力を最大限発揮できる役割を把握し、それに徹していたからの結果だ。勿論、その役割は誰でも果たせるようには習得しているが実力を最大限発揮できるのならそれに徹していた方が良い。確実に勝てるのに要らない危険を冒す必要なんて無いのだ。

 

 

「お疲れさん。ほら、少し休んどけ。見張りは俺がやるから」

 

「ウェーブ、膝貸して」

 

「私も頼むわ」

 

「俺の話聞いてた?まぁ良いけど」

 

 

条件を付けたのは俺だし、その条件下でノーダメージという結果を出したので断るわけにはいかない。地面に胡座をかいて、左右にユウキとシノンの頭を乗せる。

 

 

「む〜2人だけズルい!!」

 

「ストレアもする?膝は空いてないけど」

 

「やーいやーい」

 

「羨ましいでしょ?残念だったわね、この膝枕は2人用なのよ」

 

「じゃあ背中貸して!!」

 

「うおっと」

 

 

言うのが早いか、ストレアは防具を脱ぎ捨てながら〝インヴァリア〟を地面に立てて俺の背中に凭れ掛かってきた。ストレアの防具は軽装で、金属製の防具なんて急所を守る最低限しか付けていない。それを外して背中に凭れ掛かられれば、俺の背中にはストレアの豊満な胸が押し付けられる事になる。

 

 

「「ーーー」」

 

「怖いよ!!2人とも怖いから!!」

 

「ゴメンね〜2人よりも大きくてゴメンね〜」

 

「ストレアも煽らない!!」

 

 

何も言わずにハイライトを亡くした目を限界まで見開くユウキとシノンを宥め、胸を俺に押し当てて笑いながら2人を煽るストレアを諌める事となった。

 

 

五十一層の迷宮区の一室で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十一層の攻略が開始されて一週間が経過した。とはいっても今回の攻略に関しては〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟は消極的だ。なにせ五十層攻略で犠牲者が出てしまい、その穴埋めに奔走しているから。

 

 

人数が多く、補欠もそれなりにいる〝ナイトオブナイツ〟は恐らくは早めに復帰するだろう。五十層の攻略で一番犠牲者が出ているが、それを補えるだけの人材は確保しているのだから。しかし〝血盟騎士団〟はそうはいかない。ヒースクリフの方針で少数精鋭だった〝血盟騎士団〟には補欠は存在しない。新たな団員をスカウトし、最前線で戦えるだけの技術と知識を身につけさせなければならないから。余程忙しいのか、ヒースクリフは俺にも手伝って欲しいと頼み込んで来る程だった。

 

 

そして犠牲者が出ていないギルドで五十一層の探索は行われる。既にフィールドボスは撃破済み、迷宮区の最寄りの街までの通路の安全は確保している。後はボス部屋の探索だけ。アルゴはユナとノーチラスを連れてフロアボスの情報を集め、俺はユウキとシノンとストレアを連れてボス部屋を探しに来ている。PoHは気がついたら姿を消していて、シュピーゲルは五十層でのシノンショックが続いているのかまだ立ち直れていない様子だった。五十層の防衛戦で泣き笑いながら爆弾をばら撒いて多少はスッキリしたかと思ったが余程ショックが大きかったらしい。こればかりは俺から何を言ったところで煽りにしかならないだろうから俺に出来ることは何も無い。戦犯は致すことを伝えたシノンに間違い無い。

 

 

〝デッドリー・スコーピオン〟を倒して休憩を終え、迷宮区の探索を再開する。基本的に戦闘は3人に任せ、俺はマッピング作業に集中している。時折トラップが仕掛けられているが偵察の技能を身につけているシノンが先に見つけて解除しているので安全だ。

 

 

「ふふ〜ふふ〜ふ〜ん」

 

「鼻歌なんて歌ってご機嫌だな」

 

「うん、だってウェーブと一緒にいるから!!」

 

「ガッデム巨乳め。このままだとボクの清純枠が奪われてしまうではないか」

 

「ハッ」

 

「おうシノン、今鼻で笑ったよね?」

 

「汚れ枠が面白いことを言っていたからつい。清純枠は私なのに」

 

「シノォンーーー!!」

 

「ユウキィーーー!!」

 

 

ユウキとシノンが武器を投げ捨ててクロスカウンターを決めてその場に倒れる。割といい音が聞こえて来たのだがダメージは発生していないので加減はしているのだろう。

 

 

そしてストレアはそんな2人の姿を見て苦笑している。スピリタスジョッキでゴー事件を得て、ストレアは俺への好意を隠す事なく曝け出すようになった。ユウキとシノンへ遠慮しているような素振りも見せるのだが好きだと公言するようになり、前よりもスキンシップを積極的に行うようにもなった。しかもネタを一切入れずに。地味にこれが重要で、2人からは清純枠の危機と取られているが俺の中では2人はイロモノ枠にドップリ浸かっている。

 

 

それでも愛していることに変わりないが。

 

 

倒れた2人を脇に抱え、ストレアに武器を持たせて探索を続行。そして十数分程で目的であるボス部屋を発見した。

 

 

「よし、ボス部屋までのマッピングは完成したな」

 

「頼まれてたお仕事は終わりね」

 

「視界が揺れる〜……」

 

「ユウキ、貴女の右は世界を狙えるわ……」

 

 

いつもならばこのままダンジョンを逆走して経験値とアイテムを荒稼ぎするのだが2人は未だにグロッキー状態。どうするのかを一瞬だけ迷って、〝回廊結晶〟のマーキングだけして安全に〝脱出結晶〟で脱出する事にした。流石にこの状態の2人を連れてダンジョン逆走は危ない。

 

 

〝脱出結晶〟でダンジョンから脱出し、2人が回復するまで待ってから最寄りの街の〝ラディアン〟へと向かう。その道中で、一風変わったパーティーを見かけた。2パーティー12人でネームドボス相手に戦っているのは珍しい事じゃ無い。確認出来るギルドタグに見覚えがない事から中層ギルドだと思われるがそれも珍しくは無い。

 

 

変わっていたのはその戦い方だ。10人がネームドボスに群がって手足に武器を刺して拘束しようとして、アタッカーらしき2人の女性プレイヤーがそれを離れた場所から眺めていた。10人はネームドボスに殴られようが蹴られようがHPがイエローに突入しようが武器を持って突撃を繰り返している。それを見てもアタッカーの2人は微動だにしていない。

 

 

「嫌な予感がするなぁ」

 

 

誰かが死ぬ前にネームドボスを拘束する事には成功したが10人のHPはグリーンがいない程に削られ、酷いものはレッドに突入している。そんな戦い方を見せつけられれば嫌な予感しかしない。

 

 

進路を変え、あのパーティーに絡まれ無いように距離を置きながら俺たちは〝ラディアン〟へと急ぐ事にした。

 

 

 






〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟が五十層で犠牲者を出したから攻略のペースは少し遅れるって。でも攻略開始して一週間でボス部屋までのマッピングは終わらせてるって。

ストレアのヒロイン力が天元突破してユウキチとシノノンがグヌヌっているけどウェーブからはイロモノ枠認定されているので手遅れなんだよなぁ……でも愛しているって真顔で言えるくらいに愛されてるからそれで許して。



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不穏な影・2


アンケート実施中(2017/06/29現在)


 

 

「ーーーさて諸君。君たちは我ら〝血盟騎士団〟がスカウトした中層プレイヤーの中では優秀なプレイヤーだ。それは私、ヒースクリフが保証しよう」

 

 

ダンジョンにてボス部屋を発見して翌日、〝ラディアン〟付近のフィールドで〝血盟騎士団〟の入団式のようなものが行われている。ヒースクリフの前に並ぶのは〝血盟騎士団〟の紅と白のユニフォームを着込んだ新たにスカウトされたプレイヤーの数は20人。それだけ聞くと多いかと思うだろうが、ここから振るい落として人数を削る作業が始まる。1人か2人残れば良い方だろう。5人も残れば豊作だ。

 

 

「だが、それは所詮中層プレイヤーとしてはということを忘れてはいけない。攻略組に参加するならば今君たちが持っている以上の技術と知識を身につけなければならない。それで初めてスタートラインに立ったと思いたまえ」

 

 

聞き手によっては挑発にしか思えない言葉でも、ヒースクリフが口にするだけで別の言葉に聞こえる。事実、スカウトされたプレイヤーはヒースクリフの言葉を聞いても憤る素振りを見せず、顔を強張らせて気合を入れている様に見える。これもヒースクリフのカリスマがなせる技だろう。

 

 

「そこでだ、まずは君たちには挫折を知ってもらおうと思う。ウェーブ」

 

「ウェーイ」

 

 

ヒースクリフに呼ばれたので五十一層になって新たに登場した両手斧にカテゴリーされる大鎌(デスサイズ)で二刀流を決めながら〝色絶ち〟と〝隠蔽(ハイド)〟の隠密を解いてヒースクリフの隣に立つ。側から見れば突然現れた様にしか見えない俺の登場に新入り達は驚愕し、俺のギルドタグを見て軽蔑する様な嫌悪の込められた目で見て来る。

 

 

偽物の〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟は凡そ狩り尽くしたと思っているがその所業が消えたわけではない。それどころか中層プレイヤーでは偽物の〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟と俺たちの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟を同一視している傾向がある。

 

 

どうせ同じなんだろうと、情報を操作して自分たちの悪行を隠しているのだろうと、〝笑う棺桶(俺たち)〟を悪役に仕立てたがっている。

 

 

「彼は〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟リーダーのウェーブだ。攻略組に所属する以上は彼らともレイドを組んで攻略に望む事がある。中層プレイヤーたちの間で流れている噂の事は知っている。仲良くしろとは言わない、精々利用してやれ」

 

「う〜んこの鬼畜発言」

 

 

ハッハッハと高笑いしているが誤魔化されない。本人の目の前で堂々と利用してやれとか言うのかよ。

 

 

「と、言うわけで私は彼のことを利用する。形式は問わない。彼と〝決闘(デュエル)〟で戦い、()()()()()()()()()()。出来たのならば、五十一層のフロアボス攻略のパーティーに入れることを約束しよう」

 

 

言い終わるのが早いか、新入りの中から1人のプレイヤーが片手剣を引き抜きながら俺に向かって突進して来た。目に映るのは憎しみ、恐らく偽物の〝笑う棺桶(ラフィンコフィン)〟に仲間を殺されたとか理由があるのだろう。全くもって面倒な事この上ない。

 

 

溜息を吐きながら呼吸を読んで突進系のソードスキルに合わせて鎌の峰でそいつの喉を突き穿つ。たった一撃で気絶しイエローラインまで削られるHPにオレンジに変わる俺のカーソル。他の新入り達はその光景を見て唖然としていた。

 

 

「何をしている?私は〝決闘(デュエル)〟でと言ったはずだが?」

 

「オレンジになっちまったな。あとで贖罪クエスト受けに行かないといけなくなったじゃないか。どうしてくれるヒースクリフ」

 

「それは私の管轄外だ」

 

「ぶち殺すぞ」

 

 

ハッハッハと笑いながらわざとらしい隙を見せていると言うのに、気絶したプレイヤーを除いて新入り達は誰も動こうとしていない。流石は中層プレイヤー。()()()()()()()()()()。攻略組ならば隙を見せた瞬間に嵌め殺そうと行動すると言うのに無防備に立っているだけだ。

 

 

なので、先頭にいたプレイヤーの腕を斬り飛ばす。

 

 

「〝決闘(デュエル)〟でと言ったよな?」

 

「先に攻撃されたのはこっちだから正当防衛」

 

 

腕を斬られた事で発生した痛みに喚くプレイヤーを見て、漸く動き出した新入り達。正直遅い。その場で武器を抜くな、動きながら武器を抜け。それと同時に数の利を活かして囲め。これが最前線に立って命懸けで戦っている攻略組と、安全マージンを取って自分に合った階層で戦っている中層プレイヤーの違いかと思うと悲しくなって来る。

 

 

ともあれ、今回俺がヒースクリフに依頼されたのはこの新入り達のプライドをへし折る事。

 

 

〝血盟騎士団〟に入った事で攻略組に参加したとは言え、こいつらの心の中には中層プレイヤーの中でトップクラスだったというプライドで一杯なのだ。そんな状況で最前線での戦い方を教えたところでそのプライドが邪魔をして素直に身につけようとしないのだ。

 

 

死ぬのがそいつだけならばまだ良い。問題は他の奴を巻き込んで死ぬ事だ。それを起こさせない為に、まずは徹底的にプライドをへし折って上下関係を叩き込んでおく必要がある。

 

 

それが攻略組からの洗礼である、通称〝心折な歓迎会〟だ。わざわざ大鎌(デスサイズ)の二刀流とかいうゲテモノ装備なのも使い慣れていない武器で相手をする事で実力の差を教育するという心折プレイの一環である。

 

 

「来いよクソ雑魚ナメクジ共、遊んでやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくら数の利が向こうにあるとは言え、それを活かせる戦法を取らなければただの烏合の集でしかない。20人中の半分がソロで突っ込んで来たのでその場から動かずに全員迎撃し、これでは勝てないと判断して拙いながらにも連携を取ろうとしていた残り半分を素手で蹂躙して〝心折な歓迎会〟は終わりを迎えた。

 

 

所要時間はたったの一分である。

 

 

「ご苦労、後はこちらに任せたまえ」

 

「ったく、人手不足なのは知っているが俺に頼むほどの事だったか?アスナはどうした?」

 

「キリト君と一緒に探索に出かけているよ。最近、アスナ君が女の顔をするようになったのだけど何か心当たりはないか?」

 

「あ〜……ウチのユウキとシノンだな」

 

 

キリアスが中々実現されないことに業を煮やしたのか2人が何かやらかしたに違いない。それはそれで面白そうなので俺からは何も言わないが。

 

 

「贖罪クエスト行って来るから、報酬はギルドの誰かにでも渡しといて」

 

「了解した……ああ、〝ラディアン〟でラーメンを出す店があるらしいから良かったら一緒にどうだね?」

 

「夕方までには終わらせる」

 

 

ラーメンなんて久しく食っていない物がSAOにあるとは思わなかったのでアイテムポーチから〝転移結晶〟を取り出して砕き、速攻で贖罪クエストを終わらせる事を決意した。

 

 

 






〝血盟騎士団〟の入団式的な何か。20人って多いように感じるけど脱落する事が前提なので問題無い。ちなみにプライドをへし折られて17人が〝血盟騎士団〟を脱退した。

〝心折な歓迎会〟とかいう頭の可笑しな歓迎会があるらしい。プライドとかいう邪魔なものをへし折って攻略組に順化させる作業である。プライドを持つのが許されるのは強者だけなんだよ!!

ウェーブとヒースクリフは〝ラディアン〟で出されたラーメン擬きを食べてこれじゃないと発狂したらしい。



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不穏な影・3



アンケート締め切り間近(2017/06/30現在)


 

 

詐欺としか思えなかったラーメン擬きを食べて翌日。五十一層のサロンにて攻略会議が開かれることになっている。とは言っても会議の内容はボス部屋の位置とアルゴが集めて来たフロアボスの情報の公開くらいしかない。正式なフロアボス攻略は〝ナイトオブナイツ〟か〝血盟騎士団〟が動けるようになってからする予定になっている。

 

 

サロンにいるのは俺、アルゴ、ストレア、クライン、キリト、コタロー、ヒースクリフ、アスナ。ヒースクリフが何時もよりも眉間に皺を寄せているのはきっと昨日のラーメン擬きが原因に違いない。珍しく一口口にしてフリーズし、再起動したら武器を抜いてバーサークしてたからな。

 

 

大袈裟だなと思って俺も食べてみて分かった。あれはラーメンじゃない。限り無くラーメンに近い何かだ。〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟のみんなが止めてくれなかったらきっとヒースクリフと一緒にあの店を例え〝破壊不能オブジェクト〟だろうが破壊していたに違いない。

 

 

そして今もあの店の破壊は諦めていない。絶対に潰してやる。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 

 

だが俺の目の前にはあの憎たらしいラーメン擬きを出す店よりも興味を惹く光景がある。それはヒースクリフの後ろに控えているアスナだ。立ち位置はいつもと変わらない。〝血盟騎士団〟の副団長らしく、ヒースクリフの後ろに立っている。しかし挙動がいつも通りではない。クラインと話しているキリトの方を見て顔を真っ赤にし、キリトがその視線に気がついてアスナを見れば慌てて顔を逸らすという奇行じみた行動をしているのだ。

 

 

一目見て分かった。ようやくアスナにも恋心が芽生えたのかと。

 

 

『アスナ君の様子がアレなのだがこれはアレだと思って間違いないかね?』

 

『アレ以外に何に見える?アレしかないだろうが』

 

『そうか……なんでだろうな、ようやくかと喜ぶ反面でまるで娘に彼氏が出来たとカミングアウトされたかのような心境なのだが』

 

『father……』

 

『止めろ、未婚なのに父と呼ぶのは止めろ。私はまだアラサーだ』

 

『その顔でアラサーとか言われても説得力無いんだよ。せめて俺くらいの若々しさを保ってから言え』

 

『肉体年齢を操作して老化を遅らせているキチガイに言われたく無いな』

 

『解せぬ』

 

 

ウインドウを不可視モードにした上でアレなどと誤魔化してヒースクリフとチャットの真似事をしているが気がついたらキチガイ呼ばわりされていた。ヒースクリフも実はキリアス推奨派の1人だったりするのでアスナがキリトを異性として意識したことは嬉しいらしいのだが完全に心境が父親のそれでしか無い。確かに2人が並んで歩けば親子の様に見えなくは無いのだが実年齢はそこまで離れていないのにだ。

 

 

完全にヒースクリフの父親化が進んでいる。これでアスナがキリトと付き合うとか結婚するとか言い出したらアスナが欲しければ自分を倒してみろとか言いそうだ。想像するだけで面白いのでやってくれないだろうか。

 

 

「ーーーゴメン、待たせてしまった」

 

 

ディアベルが謝罪しながらやって来たが遅れているものの時間は間に合っているので誰もそれを咎めない。ディアベルが空いていた席に座ったことで攻略会議が開かれる。

 

 

「ボス部屋はウェーブさんたちが見つけたとの事だけどマッピングデータは?」

 

「アルゴに渡してある。そんで〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟の準備が整うまでマップの穴埋め作業でもするつもりだ。そっちの具合はどうよ?」

 

「人材はいるから然程苦労はしていないよ。精々連携の反復と戦闘経験を積ませるくらいだ。あと3日もあれば済ませられる」

 

「〝血盟騎士団〟はアスナ君とタンクプレイヤーたちに限定させて貰えばいつでも攻略に参加出来る状態だ。昨日3人の中層プレイヤーを迎え入れたのだが、彼らが物になるのにしばらく時間を貰いたいな」

 

「3人?昨日20人集まってなかったか?」

 

「〝歓迎会〟をウェーブに頼んだところ折られてしまった様でね、20人中残ったのは3人だけなのだよ」

 

「メンタル弱くね?」

 

「訳のわからない根性論を振り回すお前と一緒にするなよ」

 

「五十層で闇堕ちしたのは誰でしたっけ?」

 

 

クラインとキリトの煽りがウザいので〝キリトちゃん写真集そのよんっ〜このダメ犬を躾けてわん…〜〟をチラつかせれば顔色を変えたキリトがクラインの頭をテーブルに叩き付けてくれる。脅迫?弱味を見せる方が悪いのだ。

 

 

「フロアボスの情報だが、アルゴ君」

 

「えっとだナ、フロアの名前は〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟。情報と名前から昆虫とアンデットの二重属性(ダブルタイプ)って推測出来ル。その鋏は全てを断ち切り、その毒は全てを侵し、その吐息は全てを殺すってあったから毒と多分即死攻撃してくるゾ」

 

「アンデットか……俺苦手なんだよな」

 

「ウェーブさんにも苦手とかあったんですか!?」

 

「なんでそこまで驚く」

 

 

確かにキチガイと呼ばれてどんな状況下でも一撃必殺を狙っているが俺だって人間なのだ。苦手の一つや二つあっても良いだろう。

 

 

「アンデットとかすでに死んでいるって設定のせいなのか即死判定が無いんだよ。生きているのなら一撃死の攻撃してもクリティカルが発生するだけでまだ動くんだぜ?苦手意識の一つや二つは覚えるわ」

 

「うーん苦手意識の理由が一撃で殺せないからとか、ウェーブらしいナ」

 

 

例えばアンデットタイプで一般的なモンスターの〝スケルトン〟を挙げてみよう。見つけたので首を跳ねる。普通だったらそこで終わりなのだがアンデットタイプはその通りにすでに死んでいるのでクリティカルダメージが発生するだけで死なないのだ。

 

 

まぁその時は死ぬまでダメージを与えれば良いだけの話だが。

 

 

「ふむ……フロアボス攻略に関してはアスナ君に任せようと思うのだが良いかね?」

 

「ーーーッ!?ハ、ハイ!!問題無いです!!」

 

「……アスナさん大丈夫?」

 

「おいおい顔が赤いけど大丈夫か?」

 

「問題無いって言ってるから大丈夫よ!!えぇ!!」

 

 

キリトに心配されたからなのか、アスナの顔がさらに赤くなるがそれをキリトが心配してさらに赤くなるという面白おかしい無限ループが発生している。気絶して白目を剥いているクラインと純粋にアスナのことを心配しているキリトを除き、アスナの顔が赤くなっている理由を全員が察したが面白がってかそれとも馬に蹴られるのを嫌がってか誰も口を出そうとしない。

 

 

それは見ていてとても微笑ましい光景だった。1人を想い1人を愛し、1人から愛されたいと願っている極普通の人間としての恋愛。良くも悪くも真っ当からは生まれた瞬間から外れていた俺と、そんな俺に惹かれた彼女たちではあり得ないであろうその光景を微笑ましいと思っても仕方ないだろう。その事を後悔している訳ではないのだけど。

 

 

「さて、会議が終わりながらダンジョンアタックしに行きたいんだけど」

 

「ああ待ってくれ。実は攻略組に参加したいと申し出ている中層ギルドがあってだな、みんなに顔合わせをお願いしたいんだ」

 

 

ディアベルの一言でサロンの空気が変わる。さっきまで微笑ましい無限ループを見せてくれていたアスナでさえ、赤かった顔を元に戻している。

 

 

攻略組への参加の仕方は二通りある。一つは攻略組に参加している既存のギルドからスカウトを受ける事。昨日の〝血盟騎士団〟のがそれに当たる。こちらはスカウトをされる程の実力か将来性を持っていないと無理だがスムーズに攻略組に参加することが出来る。ただし、その場合は個人でのスカウトがほとんどなのでそれまで所属していたギルドから脱退しなければならない。もう一つは自分から売り込みに来る事。こちらはさっきの方法のように個人ではなくてギルド丸ごとを攻略組に参加させるので脱退しなくても良いのだが、実力を伴っていないプレイヤーまで攻略組に参加する可能性がある。

 

 

ちなみに、後者の方法は一度たりとも実現したことは無い。自分から売り込みに来る者の殆どが自身の実力を過大評価しているか、攻略組に参加する事で威張り散らしたいと考えている者しかいないから。

 

 

「じゃあ、入ってくれ」

 

 

ともあれ見なければ始まらない。ディアベルの指示と同時にサロンの扉が開き、アッシュグレーを基調としたユニフォームに身を包んだプレイヤー5人が入って来る。

 

 

少年が1人と少女が4人。その内の少女2人と少年には見覚えがあった。少女2人は一昨日にダンジョンから出た時に奇妙な戦い方をしていたパーティーにいた2人だ。

 

 

そして少年の顔を忘れる事など出来るはずがない。多少顔付きが変わっているが見間違うはずがない。何故ならそいつは、二十五層で〝アインクラッド解放隊〟だった〝アインクラッド解放軍〟と共に余計なことをしてくれた少年だったから。

 

 

「ーーーリーダーのセーヤだ。僕ら〝悪滅の剣(イービルキラー)〟500人は攻略組への参加を希望する」

 

 

 





キリアスが着々と進行していて攻略組ではようやくかという感想が。
そして裏で進行するヒスクリのパパクリ化。親バカになりそう。

〝キリトちゃん写真集そのよんっ〜このダメ犬を躾けてわん……〜〟とかいう写真集が作られたらしい。内容は犬耳装備のキリトちゃん。飼い主なのか、金髪の少女も出ているとか。もちろん閃光様には贈呈済みです。



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不穏な影・4


アンケート結果を活動報告に載せます(2017/07/01現在)

それに加えてこれからの予定についても載せておくのでご覧下さい。


 

 

悪滅の剣(イービルキラー)〟の攻略組への参加の申し出から一週間後、〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟の準備が整ったのに合わせてフロアボス攻略が開始された。今回の攻略は〝悪滅の剣(イービルキラー)〟の試験も兼ね合わせていて、8パーティー中の3枠を〝イービルキラー〟に預け、〝ナイツオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟が2枠ずつ、残り1枠を〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟で使うことに決定した。とは言えど〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の参加者は俺、ユウキ、シノン、ストレアの4人だけ。ユナとノーチラスは今回は休み、シュピーゲルは言わずもがな。なので残りの2人はキリトと〝血盟騎士団〟からアスナを借りる事で埋めた。

 

 

「いやぁすごいな、あぁいう装備があるって聞いてたけどマジで装備するとか未来に生きているとしか言えねぇよ」

 

「私も驚きだよ。性能が優れているのは知っているがまさかビキニアーマーを装備する猛者がいるとはな」

 

 

攻略開始時刻までの待ち時間の間にヒースクリフと話すのは〝悪滅の剣(イービルキラー)〟の女性プレイヤー。SAOにRPGでおなじみと言っていいビキニアーマーが存在し、性能は優れているとは知っていたがその露出度の多さから倦厭されて所謂ネタ防具になりつつあったそれを装備し、しかもその上からローブを羽織るというマニアックなスタイルで堂々としている姿をある種の感心を覚えながら見ていた。

 

 

しかもその姿でセーヤの後ろに立っているとかもはやシュールを通り越してギャグに近い。笑いを堪えるのに一苦労だ。

 

 

『ところで〝悪滅の剣(イービルキラー)〟についてどう思う?』

 

『かなり危ないな』

 

 

ビキニアーマーを話題にしながら不可視モードのウインドウを操作してヒースクリフとメッセージでチャットを行う。先週の攻略会議でやった事だが意外と内緒話をするのに役に立つ。

 

 

『リーダーのセーヤの顔見てみろよ?あれ完全にどこかイかれてる奴の顔だ。それに他の団員たちの顔もヤバい。まるで()()()

 

 

3パーティー18人が〝悪滅の剣(イービルキラー)〟のプレイヤーなのだがどいつもこいつも一目見ただけで危ないと評価出来る雰囲気を纏っていた。

 

 

まずはリーダーのセーヤ。二十五層で会った時には戯言を吐くだけの夢見る甘ちゃんだと認識していたが何を経験したのかその目には甘さが存在しない。寧ろ、()()()()()()()()()()()目をしている。パーティーに参加しているメンバーは全員が女性プレイヤーで、どう見ても()()()()()()()()()()()()()。セーヤを絶対だと思っているのか、それともセーヤに依存しているのか分からないが完全に正気を失っているように見える。

 

 

そして残りの2パーティーもヤバかった。どいつもこいつも()()()()()()()()()()。無表情とか鉄面皮とかいうレベルでは無い。元からそうであったと思えて仕方がない、マネキンだと言われても納得出来るくらいに人間性が欠落していた。

 

 

一言で言えば異質な存在としか言えない。実際、〝悪滅の剣(イービルキラー)〟は他の攻略組のメンバーからは明らかに距離を置かれて孤立していた。

 

 

『どこからどう見ても厄ダネのオンパーレードだろ。何を経験したのか何をしたのか興味は欠片も無いけど真っ当じゃ無い。害悪以外に何と言ったら良いんだ?』

 

『確かにそうだが人材に悩まされる攻略組にとって500人を抱える〝悪滅の剣(イービルキラー)〟の参加は魅力的だ。危険なのは重々承知だが見えないところで企まれるよりも目の届くところで監視した方が良いだろう?』

 

『俺なら迷わずに斬り捨ててる。物理的に』

 

『それだからキチガイと呼ばれるのだよ』

 

 

キチガイと呼ばれてイラっとしたので中指を立ててればにこやかに笑いながら逆さまのサムズアップを返してくる。

 

 

ヒースクリフの行動は正しいのだろう。どこか見えないところで悪巧みをされるよりも目が届くところに置いて監視した方が良いのは分かる。

 

 

だけど、()()()()()()()()()()()()。肝心なのはユウキとシノン、そしてSAO内で出来た親しい者たちの安全だ。

 

 

悪滅の剣(イービルキラー)〟が使えるのならば擦り切れるまで使ってやろう。ボロボロになったら捨ててやろう。

 

 

だが親しい者たちに、俺が大切だと思える者たちに手を出したのならーーー殺す。500人だろうが1000人だろうが絶対に殺す。傷一つ付けた瞬間に、絶対に殺すと誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてフロアボスの攻略が開始された。

 

 

五十一層のフロアボスはアルゴからの情報にあった通りに〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟という身体の半分が腐っている20メートル程の巨大な蠍。甲殻も腐っているので防御は低そうだが昆虫とアンデットタイプなので痛覚は存在しないだろう。つまり、いくら攻撃しても痛みを感じずに平然と攻撃してくる。

 

 

アスナの考えた攻略としてはキリト、ヒースクリフ、ストレアで鋏の攻撃をパリィし、シノンと俺で尻尾を防ぎその間に攻撃する手筈となっていた。

 

 

それを、〝悪滅の剣(イービルキラー)〟は初手からぶち壊してくれた。

 

 

「ーーー突撃」

 

 

〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟の登場と同時にセーヤが突撃命令を発し、それに従って〝悪滅の剣(イービルキラー)〟のメンバー12人が動き出す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なーーーッ!?」

 

 

驚愕して動けないのも仕方がない。鎧を鳴らしながら一直線に〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟へ向かって走る彼らはただの愚者、それはどう考えてもただの自殺行為にしか見えない。

 

 

そうなれば、当然死ぬ。

 

 

鋏が彼らを切断し、尻尾の針が彼らを刺す。舞い散る血飛沫に大きく削られるHPゲージ。驚愕して固まっていたプレイヤーたちがそれを見てようやく再起動するのだがもう手遅れだ。彼らに追いついて助かるよりも死ぬ方が早い。

 

 

しかし、ここで予想外の展開があった。死ぬ以外の未来が無い彼らが動いたのだ。自分を切断した鋏に、自分を刺した尻尾にしがみ付いて張り付く。そんなもので行動を封じられるはずもない、無駄な行為だった。

 

 

そしてーーー()()()。纏わり付いていた12人が同時に紅蓮の華に変身し、〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟を包み込む。爆風と轟音が遠く離れていたはずの俺たちにまで届いた。

 

 

「自爆ーーー」

 

 

そう、あれは()()()()()。五十層の攻略で使われていたと聞いていたが、その時と今回とでは全く意味合いが違う。

 

 

五十層の時では、少しでも多くのモンスターを道連れにしようと最終手段として自爆を使っていた。

 

 

しかしこいつらは、初めから自爆するつもりだった。セーヤの指示と迷いない突撃が何よりの証左だった。

 

 

爆炎と砂埃が晴れ、そこにいたのは爆発でボロボロになっている〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟。武器であった鋏と尻尾は千切れていて、足も無くなっているので動くことは出来ないだろう。5本あったHPも今では2本半にまで削られている。

 

 

「〝無限槍〟ーーー」

 

 

そこへ追い打ちをかけるかのように飛び掛ったのはビキニアーマーを着ていた女性プレイヤー。()()()()()()()、しかもその両方にソードスキルのライトエフェクトを纏わせて〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟を蹂躙していた。キリトが使う〝スキルコネクト〟とは違うソードスキルの連続使用。恐らくは俺の〝暗黒剣〟のようなユニークスキルだと思われる。

 

 

死ねーーー(〝両手剣:フュリアス・デストロイヤー〟)

 

 

そしてとどめとなったのがセーヤのソードスキル。両手剣の五連撃により〝ハーディス・オブ・スコーピオン・キング〟のHPゲージは全て砕け散り、動かなくなる。

 

 

フロアボスを倒したというのに攻略組の間では歓声の一つも上がらない。それはそうだろう、こんなものを見せられて歓声を上げられるとしたらPoHくらいなものだ。

 

 

「とんでもない問題児がやって来たな」

 

 

ファンファーレの音に紛れるように呟きながら、俺たちは次の階層へと向かっていく〝悪滅の剣(イービルキラー)〟の6人の背中を眺めることしか出来なかった。

 

 

 





SAOがRPGだというのなら!!ビキニアーマーがあってもおかしくないだろう!!とのことでビキニアーマー登場。性能は良いのだが未来に生きてると評価される。だってあんな格好で戦うとか正気を疑うんだよなぁ……

自爆を作戦に組み込むような新たな問題児の参戦。修羅ってる攻略組からもドン引きされてるぞ!!



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番外編
サマーメモリー


 

 

「ーーーはぁ……」

 

 

真夏の熱気に魘されながら山道をレンタカーで走る。コンクリート舗装がされているとはいえ中央線が引かれていない一本道を森林を眺め、時折道路の真ん中に放置してされている落石を避けながら。

 

 

「全く、都会に出て来て分かる。俺の実家ってマジで未開の地にあるな」

 

「ーーー未開の地っていう割には道路がちゃんと舗装されてるけど?」

 

「ここまでの道路って最近になってようやく完成したんだぞ?俺がガキの頃は山道で、爺さんが面倒だって言って実費で業者雇って舗装させたんだよ」

 

「ーーーここまで?30分は走ってるわよ」

 

「マジマジ。小中高は山道走って下まで降りてたからな」

 

「一体どれだけお金を使ったのよ……」

 

 

木綿季が窓から身を乗り出しながらはしゃぎ、詩乃が爺さんの散財に頭を抱えているのを見て笑う。人生経験の浅い詩乃では深く考えるなと言われてもそう出来るほどに経験を得ていないので無理だろうけど。

 

 

「木綿季ぃ、次カーブだから危ないぞぉ。詩乃、あの爺さんのすることを深く考えちゃいけない。そんなものだって思った方が楽になれるぞ」

 

「楽になれるって……」

 

「おぉぉーーーぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「言わんこっちゃ無い」

 

 

俺の忠告を聞かなかったばっかりにカーブで曲がった際の遠心力で窓から飛び出しそうになっている木綿季のベルトを掴んで車の中に引き戻す。一本間違えれば大惨事になっていたというのに木綿季はシートの上に放り投げられて楽しそうに笑っている。

 

 

「時期に着くから寝ておけ」

 

「却下で」

 

「……私は寝させてもらうわ」

 

 

木綿季は俺の提案を一蹴したがさっきのを学んだのか窓からは身を乗り出さずに景色を楽しそうに眺め、詩乃は爺さんのことを考えて疲れたのか持って来ていたアイマスクを着けて寝る姿勢に入った。

 

 

ーーーこれは2021年の出来事。SAOの正式サービスが開始され、デスゲームとなる一年前の夏の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ〜」

 

「到ッ着ぁぁぁぁぁぁくッ!!」

 

「あっつぅ……」

 

 

未開の地である山の中を車で走って1時間。ようやく辿り着いた先は森を開いて建てられた一軒の日本家屋。ここが俺の実家で、爺さんからうざったいくらいの呼び出しを受けたので木綿季と詩乃の夏期休暇に合わせて一旦帰省することにしたのだ。

 

 

にしてもここに帰って来るのは久し振りだ。木綿季が来てからは2人の学校の関係から都心にある紺野家の方で過ごしていたので実家には全く顔を出していないのだ。母さんは趣味である強者の蹂躙をして来ると言って俺が高校生くらいの時から海外に出て時々帰って来る生活をしているのでここにいるのは爺さん1人だけ。寂しくて呼び出しをしても仕方がないと思う。

 

 

あの爺さんが寂しいとか天変地異の前触れだとしか思えないが。

 

 

「早く家に入って涼もうや。暑くて仕方がない」

 

「そうだねーーー」

 

「エアコンをーーー」

 

 

木綿季と詩乃の言葉が途切れる。俺の目の前に現れた1人の老人が、現代社会においては芸術品としてしか評価されない日本刀を俺に向かって引き抜こうとしているから。それは抜刀術の構え。このままなら俺は斬られ、2人に俺の死体で新たなトラウマを刻み込んでしまうだろう。

 

 

それだけは避けねばならない。だが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()

 

 

殺そうと放たれる抜刀術に対し、引くのでは無くて踏み込む。日本刀が引き抜かれる前にその手を抑える事で抜刀術を未然に防ぐ。

 

 

「抜刀術で出迎えか?ついに耄碌したか?ヘルパーでも雇おうか?」

 

「ーーーバカ言え、この程度で死ぬ玉じゃねぇだろうがよ。それに耄碌はしていねぇし、ヘルパーも要らん。そもそもこんなところまで来てくれるわけねぇだろうよ」

 

 

抜刀術で出迎えしてくれた頭のおかしい老人ーーー漣蔵人(くらんど)、爺さんはそう言いながら俺の手を振り解いて日本刀を投げ捨てた。地面に転がって鞘から飛び出した日本刀の刀身は竹光だったが、爺さんの腕ならば竹光でも十分に人を斬る事が出来るので竹光にする意味はないと思われる。

 

 

つまり、爺さんは普通に俺を殺そうとしていたわけだ。孫を斬り殺そうとするとか本当にこのジジイ死んでくれないかな。

 

 

「爺ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「お久しぶりです、蔵人さん」

 

「おう、木綿季ちゃんに詩乃ちゃん久し振りだな。まぁ何も無いところだけどゆっくりしていけや」

 

「おい、俺への対応が塩過ぎやしないか?」

 

「あぁ?可愛く無いクソ孫よりも可愛い可愛い義理の孫予定、どっちを可愛がるのか分かりきってるだろうがよ」

 

「くたばれクソジジイ」

 

木綿季と詩乃に対して顔を緩ませながら酷い事を抜かすクソジジイに中指を突き立て、2人の荷物を運ぶ事にする。

 

 

すれ違いざまに爺さんの脛を折るつもりで蹴っておくのを忘れない。衝撃を流されて、打撲程度に抑えられてしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……茶が美味い」

 

「ジジ臭え奴め。若さが足りんぞ、若さが」

 

「爺さんに言われるか……俺ももう歳だな」

 

 

縁側で茶を飲んでいたら爺さんからジジ臭いと言われてしまい、歳をとった事を感じてしまう。木綿季と詩乃はエアコンの効いた部屋で夏休みの課題を頑張っているだろう。未開の地と称される程に山奥にある我が家だがそれでも電話線や電気は用意してあるし、ネット環境だって整っている。どうやってやったのかは知らないが、やったのは爺さんだ。深く考えた方が負けなので考えないようにする。

 

 

爺さんが懐から灰皿を取り出して来たのでタバコを一本渡して火を着ける。

 

 

「くはぁ〜……木綿季ちゃんと詩乃ちゃんの面倒見るために都会に出て弱くなったと思ったが、中々どうして強くなってるじゃねぇか。向こうで誰か強い奴でも見つけたのか?」

 

「都会で……ってよりも現代社会で俺たちみたいなイカれた奴なんているわけ無いだろうが。まぁ、心境の変化があったんだよ」

 

「成る程成る程、心構えが決まったか。それはいい事だ……だけど気ぃ付けろよ?心技体、三つが揃って強い奴は当たり前のように強い。お前は技と体だけだったけど心が揃って強くなった……だけどな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。忘れるなよ?お前が強くなった事は、そのままお前が弱点に繋がるんだからよ」

 

「へいへい、分かってますよ」

 

 

爺さんの言葉を聞きながらタバコを咥えて火を着ける。我が家に現存する最長年齢のキチガイであるこの爺さんだが、それはそのまま人生経験が豊富である事を意味している。爺さんがわざわざ神妙な顔つきになってまで言ったのだから、この言葉は意味のある事なのだろう。頭の片隅にでも刻んでおくとしよう。

 

 

「分かりゃいいんだよ……あ、そうそう。今日の夕方に蓮葉(れんは)が帰って来るとよ」

 

「母さんが?マジで?」

 

 

漣蓮葉……俺の母さんが帰って来るらしい。母さんは趣味である強者の蹂躙をするために海外を飛び回っているキチガイだ。この前にハガキが送られて来た時には住所はイタリアで、マフィアらしき人物たちを石畳に頭から突っ込ませる田植えの作業を現地の住人たちと笑顔でやってる写真が同封されていた。

 

 

あの時は酒が入っていたから爆笑していたが、今になれば何をしているんだと頭を抱える光景だった。それに、最近になって木綿季と詩乃に何やら余計な事を教えている気配が感じられるので出来れば2人に合わせたくは無いが、2人は母さんの事を慕っているので接触を禁じる訳にはいかない。

 

 

そとそも、母さんの方から接触を求めて来たら止めようとしても笑顔でボコられる未来しか見えない。

 

 

「まぁ、なんだ、覚悟しておけ」

 

「他人事のように……!!って……そういや婆さんって確か……」

 

「おう、俺に一目惚れしたからって金に糸目をつけずに世界中から殺し屋掻き集めて俺を捕まえようとして来た女傑だ」

 

「……漣の女って強過ぎない?血とか関係無しに」

 

「そういう家なんだろ?」

 

「う〜んこの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーいよぉ、アタシが帰って来たぞ〜!!」

 

「お義母さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「お義母様!!」

 

「ニュアンスが違う気がする」

 

「手ェ出しちまえよ」

 

「俺に社会的に死ねと申すか」

 

 

夕方になって、爺さんが言っていた通りに母さんがキャリーバッグを片手に帰って来た。ダークグレーのスーツにグラサンを装着している上にあの写真の事を思い出しているのでどこからどう見ても女マフィアにしか見えない。

 

 

「お帰り、今どの辺りにいるんだ?」

 

「イタリアでマフィアのボスして、裏社会の腕自慢を元気にボコしてる」

 

「母さんがガチのマフィアになっていた件について」

 

 

見た目だけかと思ったらガチのマフィアになっていたよ。人生何があるのか分からねえな。

 

 

「色々と向こうの方の酒持って来たから飲もうや!!」

 

「お、いいなそれ。おい不知火、ちょっと山入ってなんか狩って来いよ」

 

「ったく、しゃあねぇなぁ」

 

「ねぇお義母さん!!この間の続き教えて!!」

 

「あ、私は練習したから見て欲しいのだけど……」

 

「2人がどのくらいになったか見してもらおうか」

 

 

熊か鹿か猪か、何か一匹でも狩れば酒のツマミにはなるかと思いながら後ろから聞こえる会話を耳に入らないように思考で埋め尽くす無駄な抵抗をして山に入る。

 

 

無駄な抵抗だとは分かってる、でもせずにはいられないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁまや〜!!」

 

「鍵屋〜!!」

 

「父さんもいいセンスしてんじゃないの!!」

 

「綺麗なのは認めるけど暇だからって花火に手を出すか?普通」

 

 

山で猪を見つけたので仕留め、酒のツマミにしていると酔いが回った爺さんが何処からか花火を出して打ち上げ花火を始めた。木綿季と詩乃は母さんが出した浴衣に着替えて花火を眺め、母さんと俺はそれを当てに酒を飲む。

 

 

免許が必要だったと思い聞いてみたら暇だったから取っていたらしい。

 

 

「不知火、誰か良い女見つけたかい?」

 

「ストレート過ぎやしない?もう少し遠回しに聞けよ」

 

「だってお前ももう24だろ?アタシが24の頃にはもうお前が8つだったから遅いって思っちまってな」

 

「前から聞かされて思ってたけど今更な感想言うわ。16で出産とかおかしくね?」

 

 

母さんは16の時に俺を出産した。だが結婚はしていない。父親に当たる男と寝て、俺を孕み、1人で産んだのだ。だから俺は父親の顔を知らない。気になるかと聞かれれば気になるが、別に知りたいとは思わない。

 

 

「俺は母さんたちに比べて常識人だからな、こんなキチガイの家に気軽に誘おうだなんて考えられないんだよ」

 

「真面目だねぇ。そんな難しく考える必要なんてないと思うんだけど?それに、お前はもうあの娘たちの気持ちに気がついてるだろ?」

 

「……まぁ、ね」

 

 

母さんの言うあの娘たちと言うのは木綿季と詩乃の事だろう。俺は2人の気持ちに気が付いている、2人が好意を俺に抱いている事を知っている。日々向けられる視線から読み取る事が出来るし、そもそも母さんから習った房中術で拙いながらにも俺を誘っているのを体験すれば嫌でも思い知らされる。

 

 

だけど、今はその気持ちに応えることは出来ない。だって木綿季は12歳で、詩乃は13歳だ。手を出したら社会的に死んでしまう。成人するまでか、それとも16歳を越えるまでは手を出すわけにはいかない。

 

 

「その時になって俺を好きでいてくれるのなら、全力で応えるさ」

 

「分かってるなら良いけど……あの娘たちを泣かせたら承知しないよ?」

 

「ねぇ、なんで実の息子よりも2人を優先するのさ」

 

「可愛くない息子よりも可愛い義理の娘予定の2人を可愛がって何が悪い?」

 

「真顔で断言するなよ」

 

 

爺さんもだが俺への対応が塩過ぎて辛い……と思ったけどそんなに辛く無かったので母さんが大切に飲んでいたロマネコンティを掻っ攫って飲む。

 

 

母さんの悲鳴と花火の音をBGMに、夜空に咲く大輪の華とそれを見て一喜一憂する2人の少女を見てこのひと時を過ごした。

 

 

色褪せることのない平穏な思い出。デスゲームに参加する過去の出来事である。

 

 

 






SAO開始の1年前の夏休みでの出来事。漣が誇るキチガイジジイとキチガイマザーを登場させました。



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トランスセクシャル・イフ



もしもキリト君がキリトちゃんだったらというIF。


 

 

「ーーーはぁ……」

 

 

目が覚めて身体がニコチンを欲しているので起き上がろうとした時に身体の左側が動きにくい事に気が付いて思わず溜息を零してしまう。布団は明らかに一人分以上の膨らみを持っていて、その上身体を抱き付かれるような感触があるので何をされているのか嫌でも分からされる。

 

 

布団を剥ぐとそこには予想していた通りに()()()()()が俺の左腕に抱き着きながら眠っていた。あどけない寝顔を見ていると微笑ましくなってくるが少女はよく眠っていて、腕を引き抜こうとしても服の袖を離そうとしないので抜けない。しょうがないので服を脱ぎ捨てる事で脱出し、彼女を起こさないように細心の注意を払いながら布団から抜け出して外に出る。

 

 

我が家は一番近くの民家まで直線距離でも数十キロ離れているとかいう山奥にある。11月に入った事で山は紅葉で染まって肌寒い。彼女の寝顔を見て良い気分になりながら寒さに耐えつつタバコを吸おうとしていると、

 

 

「おう、起きたか」

 

「最悪の目覚めになったよ」

 

 

半裸の爺さんが親指だけを使って逆立ちになりながら姿を現した。しかも足の上には漬物石を乗せた状態で。老人の半裸とかいう誰も得しないものを見せつけられて折角良い気分だったのに台無しにされてしまった。八つ当たりで近くにあった石ころを蹴飛ばすが半身になって躱される。漬物石を乗せたままで。

 

 

「ところでカズちゃん見てないか?起こそうと思ったんだが見えなくてよ」

 

「俺の布団に潜り込んでた。起こしてないからまだ寝てるはずだぞ」

 

「ほぅ?それはつまり手を出したって事か?」

 

「出してねぇよ良い加減にしろよこのクソジジイ」

 

 

顔面を蹴り飛ばそうとするが腕でカードされる、それは分かっていたので発勁を股間に叩き込む。男の急所に一撃必殺級の攻撃を受けた事で爺さんは崩れ落ちた。足に乗せていた漬物石は爺さんの顔面に落ちて動かなくなる。これで死ねば世界は平和になるだろうが死んでないだろう。

 

 

「ーーー不知火ぃ……」

 

 

背後から涙声が聞こえたので振り返れば俺の服を抱き抱えた少女が泣きそうになりながらやって来ていた。タバコの火を爺さんで消して近づくとそのまま抱き着いてくる。

 

 

「おう、ゴメンゴメン。タバコが吸いたくなってな。すぐに飯の用意するから待ってろよ」

 

「……ヤダ、離さない」

 

「危ないから離れなさい」

 

「断る」

 

 

言葉では離れないので力づくで離そうとしても全然離れる気配が見えないので諦めて、彼女を張り付けたまま飯の支度をする事にした。

 

 

「あぁ、そうだそうだーーーおはよう、和人(かずと)

 

「……おはよう」

 

 

これはあり得たかもしれない世界の話。現代社会において異質だと自覚する男と、その男を慕う1人の少女の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐ヶ谷和人という少女を我が家では預かっている。元は母さんの友人の娘だったが交通事故で両親を亡くし、本当だったら母方の妹夫婦である桐ヶ谷家に引き取られるはずだった。しかし桐ヶ谷家への養子手続きをしたところで夫婦の勤め先で問題が発生し、金銭的な面で問題が生じてしまったのだ。そこで名乗りを上げたのが俺の母さんで、うちで預かることとなった。

 

 

そこまでは良い。母さんが引き受けたはずなのに俺が世話を押し付けられたり、10年以上経ってもう問題は解決しているはずなのに未だに我が家にいることなんかは今更な事なので何も言わない。

 

 

だけどなぁ、

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……なぁ、楽しいか?」

 

「スゴい落ち着く」

 

「あっそう」

 

 

テレビの前でゲームをしている和人だが、座っているのは畳や座布団の上ではなくて胡座をかいた俺の足の上。しかも暖房が効いているとはいえかなり薄着で俺に密着している。女の子特有の柔らかい感触や甘い匂いを感じられ、しかも無防備なのだ。例えるなら飢餓状態の狼がいる檻の中で小動物が食べて食べてと踊っているのと同じだ。ぶっちゃけた話、俺でも油断すれば手を出しかねない程に誘っている。

 

 

悩みというのは、和人が露骨なまでに俺のことを誘っている事だった。こうしている間にも身体を擦寄らせて来ているし、自然体を装ってチラリズムを作り出している辺りかなりガチだと思い知らされる。

 

 

紛れもなく母さんのせいだろう。ギルティ。

 

 

「そういえば今日からだっけか?SAOの正式サービス開始は」

 

「うん、今日の1時から」

 

 

SAO、それは茅場晶彦という天才が作り出したゲームのタイトルである。ジャンルそのものはよくあるRPGなのだが、ナーヴギアを使用したVRMMOでという事で注目を集めているのだ。これまで平面でしかなかったゲームが仮想現実でリアルにプレイする事が出来るとなれば嫌でも注意されるだろう。

 

 

俺はそんなにゲームに関心は持っていなかったが和人はSAOのβ版のテストプレイヤーとして当選していて、和人経由でSAOのことを教えられて興味を持っていたのだ。問題があるとすればSAOの初回生産数はたったの一万本という事か。和人はβ版のテストプレイヤーということで優先されるが、一般である俺は運に頼るしかなかった……それが普通の考えだ。

 

 

俺はSAOをプレイ出来ないかもしれないと伝えると和人は目に見えて落ち込み、軽く鬱っぽくなったので爺さんのツテを頼ってSAOとナーヴギアを確保したのだ。その事を伝えた時の和人は軽く狂喜乱舞していたのを忘れない。

 

 

「俺はVRMMOは初心者だからな、レクチャー頼むぞ?」

 

「不知火だったら必要無いと思うけど」

 

「ゲームだからな。現実(ここ)と同じ様な物理法則で急所とかも同じだったら無双できる自信はある」

 

「そう、分かった。全身全霊で教えるから」

 

「宜しくな」

 

「任せて」

 

 

無い胸を張りながら、自信満々にそう言う和人を見て微笑ましく思ってしまった俺は悪く無い。

 

 

偶々その光景を見た爺さんが俺の事をロリコン呼ばわりしたので軽く半殺しにしたが俺は悪く無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー着いッ、たぁぁぁぁぁ!!」

 

「疲れた……」

 

 

夕日が落ちて夜になり、俺と和人ーーーいや、キリトはSAOの舞台であるアインクラッド第一層の村である〝ホルンカ〟に辿り着いた。夜になったからなのか昼間よりも多く沸くモンスターの群れを切り抜けながらの強行軍だったので肉体的な疲れは無いが精神的に疲れている。

 

 

SAOは茅場晶彦の手によりデスゲームとなった。ゲームマスターを名乗る茅場晶彦からゲーム内での死と連動してナーヴギアのマイクロウェーブが俺たちの脳を破壊すると説明があったのだ。それが本当かと機械に詳しい和人に聞けば返事は肯定、原理的には可能であると帰って来た。

 

 

そうであるなら茅場晶彦の言っていることは本当だろう。そう判断して俺はプレイヤーネームでキリトを名乗る和人と、ゲーム内で知り合ったクラインを強引に連れ出して広場から離れた。あのままあそこにいれば暴動に巻き込まれる事は目に見えていたから。

 

 

そうして裏路地まで移動し、これからどうするのかを話し合った。茅場晶彦が言っていた事が全て真実だとするのなら、俺たちがSAOから脱出するためにはSAOをクリアするしかない。和人はその為に早く次の村へと移動しようと提案した。俺はそれに肯定し、クラインは断った。クラインの友人たちがSAOをプレイしていて、彼らを放っておく事は出来ないと言っていた。

 

 

だから俺たちはクラインをおいて次の村へと向かうことにした。冗談交じりの軽口を叩きあって、悲しい別れにならない様にしながら。

 

 

だけど年齢=彼女いない歴の非モテ野郎は言い過ぎたかもしれない。だってロリコン野郎とか言われたんだもの。

 

 

「早く宿屋見つけて寝よう。このままだとそこら辺で寝てしまいそうだ」

 

「しゃんしぇえ……」

 

 

俺はまだ気力で持ち堪えているが和人は限界を迎えつつある様で語彙力が完全に蕩けきっていた。なので和人を背負い、出てくる〝ハラスメントコード〟の警告ウインドウを叩き割りながら宿屋に向かい、部屋を一つとって和人をベットに寝かせ、俺はソファーで横になった。

 

 

「……絶対にリアルに帰してやるからな」

 

 

キチガイの家系に生まれ育ち、社会不適合者である俺とは違い和人は普通の女の子だ。まだ若く、幼い彼女をこんなところで死なせるわけにはいかない。

 

 

それに俺も死ぬつもりは無い。出会ったばかりの頃に、両親を亡くして泣いている和人と約束したのだ。俺は絶対にいなくならない、いつもそばに居てやると。

 

 

和人とともに現実へ生きて帰ると誓いながら、俺はやって来た睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 

射し込んできた朝日の眩しさに目を覚ます。あれは悪い夢で、起きれば現実の私の部屋だと思いたかったが悲しい事にそこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。SAOのデスゲーム化という悪夢の様な現実のままだった。

 

 

だけど、私は他の人たちの様に悲嘆していなかった。だって、私のそばには彼がいるから。

 

 

「不知火……」

 

 

部屋を見渡せばソファーの上で横になっている不知火ーーープレイヤーネーム〝ウェーブ〟を名乗る彼を見つけた。いつもだったら私よりも早くに起きているのだが精神的な疲労からなのか、自分の腕を枕にして眠っている。

 

 

なので彼が寝ている私の為にかけてくれたであろう毛布に包まりながら、私はソファーの空いているスペースに身体を滑り込ませた。彼の胸に顔を埋めて、仮想現実で感じる事の無いはずの彼の熱と匂いを感じる。それだけで、私の中にあった不安は消し飛んだ。

 

 

「不知火……」

 

 

ウェーブというネームではなく、リアルでの彼の名前を呼びながら抱き着く。それに反応してくれたのか、寝ながらだが彼も私の身体を抱き締めてくれた。

 

 

漣不知火は私にとって大切な人だ。桐ヶ谷家に行くはずだったが金銭的な問題で漣家に来た私を守ってくれた人。彼との出会いは今でも鮮明に思い出せる。

 

 

両親が死んで、悲しくて悲しくて泣いているだけしか出来なかった私を見つけ、面倒臭そうに眉間に皺を寄せながら、彼は絶対にいなくならないから、ずっと一緒に居るから泣き止んでくれと言ってくれた。本当だったら働きに出るはずなのに、その約束を守る為に彼はずっと一緒に居てくれた。その事でお爺さんに揶揄われて不愉快になって殺し合いをしながらも、彼は私のそばに居てくれた。

 

 

始めは兄の様な、父の様な存在だったかもしれない。だけど思春期を迎えた辺りから、私は彼のことを1人の異性として見るようになっていた。彼を愛している、だから愛して欲しいと思うようになっていた。

 

 

その事を偶々帰っていた蓮葉さんに相談したら、房中術というものを教えてくれた。これで彼を魅了してメロメロにしてやれとの事。彼に愛されたいと思っていた私は蓮葉さんの言葉に従い房中術を習った。でも彼は私に手を出そうとはしない。やはり胸が無いのがダメなのか。

 

 

「不知火ぃ……」

 

 

彼に抱き締められて、身体が熱くなる。無意識だと分かっているけど彼にこうして抱き締められていることが嬉しくて堪らないのだ。

 

 

発情して熱くなる身体を自分の手で慰める。仮想現実であるSAOで出来るのか少し不安だったが、現実と同じように慰める事が出来た。これが出来なかったら我慢するしかなく、きっとどこかでパンクしていたに違いない。

 

 

不知火が私に手を出さない理由は分かっている。私がまだ彼の中では〝子供〟だからだ。お爺さんに協力してもらい、然りげ無く好みを聞いた時に彼は最低でも16歳からと言っていたから。

 

 

私が彼に抱いている気持ちの事を知りながら、彼はそう言った。

 

 

断言されて悲しくはあったが、そんな事で私は諦めない。それに悪い事だけじゃない。16歳になれば、彼が私を1人の女性として見てくれるから。彼と一緒に居られるような素敵な女性になる準備期間だと思えば苦ではない。

 

 

「不知火……大好きだよ」

 

 

聞こえていないのは分かっているけど、私は彼に向かって愛を告げて無防備な唇に自分の唇を触れ合う程度に重ねた。

 

 

今はこうした不意打ちの様な事しか出来ないけど、いつか彼からしてくれる事を祈りながら。

 

 

 






紺野と朝田との繋がりが無いのでユウキチとシノノンはヒロイン降板な世界線。つまりキリトちゃんの独り勝ち。

SAO制作にキチガイが関わっていないので原作通りのSAOで話が進むプレイヤーに優しい世界。


活動報告に挙げていた通りに、〝闘争こそ、我が日常也て〟はここで完結扱いとさせていただきます。今後の予定はプロットを見直しながらキチガイinザGGOを執筆、GGOが完結してから〝闘争こそ、我が日常也て〟の続編を投稿する予定です。

訓練された読者たちよ、その日が来るまでに良く訓練された読者となるのだ。その日が来る事を、作者は切に願っている。



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