インフィニット・レスリング (D-ケンタ)
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プロローグ

(……どうしてこうなった)

 

今日は高校の入学式。新しく一年生になった学生がこれからの青春に胸を躍らせる、そんな日だ。

しかし俺はそんな気分には到底なれない。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

副担である山田真耶先生が呼び掛けるが、教室内は変な緊張感に包まれており、誰からも反応がない。

 

「で、では皆さん自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

この緊張感のせいで、俺は高校生活を謳歌するどころではなくなっている。

何故か。

それはこのクラス、いや、この学校に男子は俺を含めても二人しかいないからだ。

 

(一人よりはましだが……それでもかなり、キツイ……)

 

そりゃ女の園に男が紛れ込んだら嫌でも注目を浴びるに決まっている。しかも俺の席は最前列。もう一人の奴は二列目だから幾分楽だろうな。

チラっと窓際の方に視線をやると、久しぶりに再会した幼馴染である篠々之箒はプイッとそっぽを向いた。どうやら助けるつもりはないらしい。何て薄情な奴だ!

 

「……くん。織斑一夏くん!」

「は、はいっ!?」

 

いきなり大声で名前を呼ばれたせいで声が裏返って変になってしまった。そこら中から笑い声が漏れてきて、ますます落ち着かない。

 

「ご、ゴメンね!あ、あのね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」

 

山田先生はそう言いながら何故かペコペコと頭を下げていた。

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、本当ですか?やくそく、約束ですからね!」

 

今の今まで下げてた頭を上げ、俺の手を取って詰め寄る山田先生。……またすごい注目を浴びているんですが。

こうなった以上、ヘタな自己紹介はできない。始めに溝を作ると今以上に大変になるだろうし。

しっかりと立って、後ろを向く。

 

(うっ……)

 

後ろを向いたお陰でさっきまで背中に刺さっていた視線をもろに受ける。や、やりづらい。

ちらっともう一人の方を見ると、我関せずと言った感じで腕を組んで俯いていた。恐らく寝てるのだろう。お前も後でやるんだぞ?

 

「え、えーっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

そう言って頭を下げ、上げる。いやいや、そんな『もっと何か喋れよ』的な視線を向けられても。

他に喋ることなんて何もないぞ?

 

「以上です」

 

ズコー

まるでよしもと新喜劇のような見事なずっこけだ。

 

「あ、あれ?ダメでした?」

 

パアンッ!いきなり頭に衝撃が走った。

 

「いっーーー!?」

 

こ、この覚えのあるダメージは……。

恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは。

 

「げぇっ、ヘラクレス!?」

 

パアンッ!また叩かれた。

 

「誰がバーサーカーか、バカ者」

 

な、何でここに千冬姉がいるんだ?月に数えるほどしか帰ってこない俺の実姉は。

 

「あ、織斑先生、もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

先程までの涙声から一転、若干熱がこもった声と視線で応えている。

 

「諸君。私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物にするのが仕事だ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

この物言い、間違いなく俺の姉だ。

この言い方じゃ流石にドン引き

 

「キャ―――――!本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

意外や意外、飛んできたのは黄色い声援だった。

当の本人は迷惑そうにため息をついているが。

 

「静かにしろ、まだ自己紹介の途中だろうが……山田先生、続けてくれ」

「は、ハイっ!では次の……」

 

千冬姉の登場で忘れられてたが、そういえばまだ途中だったな。

これから自己紹介するのにこんな空気にしてしまって申し訳ないが、許してくれよ。

 

――

―――

 

「……です!よろしくお願いします!」

「ありがとうございました!次は、え~と……」

 

次は……アイツか。先程の件で俺以上に注目の視線が刺さっているかもしれない。俺のせいではあるが、頑張れとしか言えない。

 

「齊藤君、お願いします!」

 

その「お願いします」に、先程の挽回も含めたもろもろを期待する気持ちが込められてるように感じたのは、気のせいではないだろう。

 

「はい」

 

一言返事して立ち上がったソイツを、女子達は注視してるが、俺はこんな状況にしてしまった罪悪感からか視線を向けることができない。

俺にできることといえば、せめて失敗しないように祈るくらいしか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山形出身、齊藤龍輝!好きなものはレスリング。好きな技はスープレックス、サブミッション(関節技)。将来の夢はプロレスラー!よろしくお願いします!!」

 

 

シーーン

 

この重圧をものともせず、ソイツは声高らかに自己紹介をした。しかしこの場所(IS学園)に合わない内容のせいか、辺りはシーンと静まり返っていた。

俺は恐る恐る振り返ってソイツの方を見る。……驚いた。さっきまでは俯いてたせいでよく分からなかったが、凄い体つきをしている。

身長はそれほどではないものの、制服の袖は腕の太さでパンパンになり、襟元も首が太すぎて閉まっていない。耳は潰れており、他の部位も制服の上からでも分かるほどデカい。

呆気にとられてると、ふとソイツが俺の方を見た。睨まれるかと思ったがそんなことはなく、そいつは只、ニッと笑った。

 

これが俺と彼、齊藤龍輝との出会いだった。



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原作1巻 俺はレスラー志望だ!
第一話 突き刺さる視線


「……」

 

俺の名は齊藤龍輝。プロレスラー志望の高校一年生だ。中学に上がってから地元のレスリングジムに通い、自慢ではないがそこそこの成績も残してきた。本来であればレスリング部のある高校に通うつもりだったのだが、何故かIS学園という場違いなところに進学してしまった。

 

「……」「……」「……」

 

にしてもこの静けさはなんだ?自己紹介で何か変なことでも言ったか?俺?

 

「あ、ありがとうございました~!では次の……」

 

あまりの沈黙に見かねてか山田という巨乳教師が次の生徒に進める。

ハァ……なんで俺はこんな学校に来ちまったんだ。

 

――

―――

 

数か月前―

 

「ったく、日曜だっつうのに何で学校に来なけりゃいけないんだ」

 

受験も終わって自由の身となり、あとは練習に打ち込むだけだというのに、俺は学校の体育館にいた。

いや、俺だけではない。他の『男子』生徒も集められている。

友達に聞いてみたところ、何でも男のIS操縦者が出たらしく、それで急きょうちの学校も検査することになったらしい。

ISなんぞ俺は、女性にしか動かせないこと以外欠片も知らんから、正直どうだっていい。それより早く練習に行きたい。

 

「……では次」

 

っと俺の番か。どうせダメなんだからさっさと終わらせて帰ろう。そう思いながら俺は目の前に鎮座してるISに触れた。

 

(―――?!)

 

触れた途端、頭の中が焼けつくような感覚に襲われ、気が付いたら俺はISを纏っていた。

 

「……は?」

「…―――!?緊急連絡!男性適合者を発見した!!繰り返す―――」

 

もう何が何だかわからない。が、たぶん面倒なことになるんだろう。

俺の直感は当たる。特に、悪い直感は……。

 

―――

――

 

見事直感は命中し、こうして面倒なことになってる訳だが。

 

(まあ、だからといって俺のやることに変わりはないわけだが)

 

そう思い俺は残りの自己紹介の時間を、今日の練習メニューを考えるために費やした―――。

 

 

――――――

 

 

 

「……全員終わったか」

 

ん?いつの間にか終わってたか。メニューはまだ中途半端だが、授業中に考えればいいだろう。

そんな事を考えてると、チャイムが鳴った。

 

「SHRは終わりだ。諸君らには半月でISの基礎知識を覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉にはイエスで返せ」

 

なんだこの教師、前時代的な事言ってやがる。まあ、俺のレスリングの先生も昔そんな感じで鍛えられたらしいし、結構ある話なのか?

 

 

「さて……」

 

一時間目が終わって休み時間。メニューも考え終わり、どうやって暇を潰そうか。

しかしこの異様な雰囲気はなんだ?いくらもともとは女子だけの学校とはいえ、そんな珍獣を見るような視線を向けなくてもいいだろう。

 

「よお」

「ん?」

 

ふと声をかけられた。コイツは確か、オリムラとか言ったか?俺と同じく"何故か"この学校に入学した不幸な奴だ。

 

「二人だけの男同士だ、これから仲良くしようぜ!」

「ああ、そうだな。よろしく頼む」

 

自己紹介のときの印象はアレだったが、話してみるとなかなかいい奴だな。

 

「しっかし齊藤、お前凄い体してんな」

「まあ、鍛えてるからな。それと龍輝でいいぞ、織斑」

「じゃあ俺も一夏でいいぜ」

 

何という爽やかイケメン。こういうのがモテるんだろうな……。

 

「ところで龍輝、何でプロレスラーになりたいんだ?」

「ああそれは」

「……ちょっといいか」

 

質問に答えようとした時、横から声をかけられた。声の方を見ると、後ろ髪を括ってポニーテールにした女子が立っていた。

 

「あれ箒?どうした?」

 

どうやら知り合いのようだな。こんなかわいい娘と知り合いだとは、少し羨ましいな。

 

「話しているところスマンが、一夏を借りていくぞ」

「別に構わんが」

「え?え?」

「廊下で話そう、早くしろ」

「お、おう?」

 

戸惑ってる状態のままポニテ女子について教室を出ていく一夏。彼女の様子からして甘酸っぱい感じにはならんだろうけど、少し心配だな。

しかし……

 

ザワ ザワ

 

一夏達が出て行ってから教室内の空気が変わった。例えるなら決壊寸前のダムの様な。恐らくさっきまで牽制しあって絶妙なバランスだったのが、あのポニテ女子の出現で変わったのだろう。

まあ別に取って食われることはないだろうから、気にせんでもええか。

そう思ってカバンから本を取り出して読み始めた時、

 

「何読んでるの~?」

「ぅおわっ!?」

 

吃驚した!まったく気配を感じなかった。

いつの間にか俺の目の前には、何というか、のほほんとした雰囲気の娘が立っていた。

 

「のほほんさん、いつの間に?!」「また先手取られた」「まだよ、まだチャンスはあるはずよ!」

 

視線がさらに突き刺さる。まるで獲物の隙を狙う肉食動物の様な……。

 

「ねーねー、無視しないでよ~?」

「お、おおスマン」

 

周りの凄みですっかり忘れていた。

 

「で、何の本、それ?」

「これは俺の尊敬するプロレスラーの自伝だ」

「え~と、小橋建太?聞いたことないな~?」

 

むぅ、まさか小橋建太を知らんとは……。まあ仕方ないか

 

「俺の親父が子供の頃のレスラーだし、俺も師匠から聞くまで知らんかったからな」

「師匠って?」

「レスリングの師匠だ。親父の友人で、元プロレスラーなんだ。何を隠そう俺がプロレスラーを目指すきっかけが、その人なんだ」

 

今思い返してみても師匠の試合は凄かった。それまでの俺は、プロレスはエンターテイメントで真剣な格闘技ではないと思っていたが、その試合を見て考えが180度変わった。それほどまでに衝撃的だった。

 

「へぇ~、そ~なんだ。でもプロレスって今は」

 

キーンコーンカーンコーン

 

タイミング悪くチャイムが鳴った。それを聞いて周りの女子が急いで席に着く。

 

「お前も早く席に着いた方がいいぞ…えーと……」

「私は布仏本音だよ~。覚えてね~」

「OK布仏、また後でな」

「うん、じゃあね~たっつん~」

 

そう言ってポテポテと自分の席に戻る布仏。……たっつんて俺の事か?喋ってる間周りの視線とかプレッシャーがきつかったが……。

ちなみにチャイムが鳴って少しして戻ってきた一夏達は、担任様から愛の鞭をもらっていた。合掌。

 

 

 

「……むぅ」

 

やばいな。まったくわからん。師匠からの教えもあり、授業はちゃんと受けようと思っていたが、正直全くわからん。

大体俺は中学三年間レスリングと友達との遊びに費やし、勉強なぞテストで平均点前後取れればいいやというタイプの人間だったからな。

 

「―であるからして、ISの基本的な運用は―」

 

副担任の山田先生が解説していくが全然だ。教科書もまるで何を書いてあるのかわからんし、俺だけか?

チラと一夏の方を見るとアイツもまるで意味不明といった顔をしていた。少し安心。

しかし、それ以外(女子全員)はごく当たり前のようにノートを取っていた。俺と一夏(たぶん)は特別枠だったけど、元々はかなりの倍率らしいから、みんな頭いいんだな。

 

「えっと、今の時点でわからないところはありますか?」

 

ちょうどいい、聞くは一時に恥じ、聞かぬは一生の恥。このままでは平均点どころか赤点だ。赤点取ったら師匠に怒られちまう。

 

「「あの」」

 

声が被った。一夏も同じタイミングで聞こうとしたみたいだ。

 

「では、織斑君からどうぞ」

「ほとんど全部わかりません!」

 

やはりか。まあ俺も同じだが。

 

「えっ?!えっと、齊藤君は…どこが」

「同じく全部です」

 

若干食い気味に返答する。一夏も同志がいたことに安堵してるようだ。

 

「え、えっとぉ……織斑君と斎藤君以外で、今の段階でわからないっていう人はいますか?」

 

挙手を促す山田先生。

 

シーン……。

 

他の誰も手を挙げない。……え、マジで俺等だけ?

 

「二人共、入学前の参考書は読んだか?」

 

教室の端で授業の経過を見守っていた織斑先生が訊いてきた。参考書?ああ、あれか。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

「ダンベル代わりに使ってました」

 

パアンッ!パアンッ!

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者共が」

 

正直に答えたら出席簿で叩かれた。まあこれは俺達が悪いな。

 

「後で再発行してやるから一週間以内で覚えろ。いいな」

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

「流石に無理が……」

「やれと言っている」

「「……はい」」

 

何だあの眼光は。怒った師匠より怖いぞ。

 

「ISは機動性や攻撃力など、あらゆる面で既存の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうモノだ」

 

全く持って正論だ。

だが俺は望んでここにいるわけじゃねえ。

偏差値がそこまで高くないとはいえレスリング部のある高校に進学が決まり、プロレスラーへの道を進むつもりだったのに……。たかがISとかいうヘンなのを動かしただけでこんなところに無理くり入学させられた。友人は羨ましがっていたが……。

 

「貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな」

 

サードアイでも持ってんのかあの教師。

 

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

きっついこと言うな。人の意見を無視して勝手に決めたくせに何が……。

といかんいかん、こういう悪態はつくべきじゃない。師匠もそう言っていた。それに、やろうと思えばレスリングの練習なぞどこでもできるとも……。

 

「え、えっと、織斑君齊藤君、わからないことがあったら授業が終わってから放課後教えてあげますから、頑張ってくださいね? ね? ねっ?」

 

山田先生の気遣いが染みる。早く馴染めるようにしよう……。

 

 



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第二話 高飛車ヘナ子

「ちょっとよろしくて?」

「へ?」

「あ?」

 

二時間目後の休み時間、一夏と談笑してると急に声をかけられた。

話しかけて来たのはいかにもお嬢様といった感じの金髪外人の女子だった。クラスの約半数が外人の為か、特に珍しさは感じない。というかこの学園に限れば俺ら二人の方が珍しい。つーかその髪型、今時縦ロールって……ブフ。

 

「訊いています?お返事は?」

「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」

 

一夏が答えると、目の前の女子はわざとらしく声を上げた。他の女子達(一部除く)と違い気後れというか、そういったのがないな。この女。

 

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

「「…………」」

 

二人して閉口する。……なんだこの女。いくらISとかいうののせいで女尊男卑の風潮になったとはいえ、ここまでわかりやすいのいるか?少なくとも俺の地元にはいなかったぞオイ。

 

「悪いな、俺達はお前がどこの誰かは知らん」

 

一夏も頷いている。実際知らんしな。自己紹介のときは俺の番が終わったら練習メニューを考えてたから他のは聞いてなかったしな。

ん?何か目の前のチョココロネ(仮)の目が吊り上がったな。まあ知らんと言われて気分よくする人間がいるわけないか。

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?」

 

チョココロネの名前はセシリアっていうのか、よし覚えた。てかそんなことより。

 

「ほう。アンタイギリス出身なのか」

「そうですが…何か?」

「いや、俺の師匠の大先生がイギリス出身でな。それに、イギリスと言えばCACCのメッカだろ?」

 

師匠のレスリングジムに入門してから耳にタコができるほど聞かされた話だ。師匠自身も直接ではなく、その御弟子さんにその大先生の凄さや当時のレスラーのこと等を聞いたらしい。その御弟子さんというのが師匠の師匠、俺の大先生だ。

 

「?CACCてなんだ龍輝?」

「CACC、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンはレスリングのスタイルの一つで、今のプロレスやアマレスの原型になったスタイルだ」

 

今の人間はCACCの事を知らんか。俺も師匠に教わるまで知らんかったしな。

 

「イギリスは、詳しくはイギリスのランカシャー地方というところがCACCが栄えた地方なんだよ」

「へー、凄い国なんだな」

「生憎、わたくしはそんな事に興味なんてありませんの」

 

……あ?

 

「おいテメe」

「ところで一つ質問いいか」

 

このチョココロネに突っかかろうとしたら、タイミングいいのか悪いのか一夏が質問を吹っ掛けた。

 

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「さっき言ってた代表候補生って、何?」

 

ズコーーー!

 

ズッコケた音でようやく冷静になれた。確かにそれは俺も気になっていた。

 

「あ、あ、あ……」

「「『あ』?」」

「あなた方っ、本気でおっしゃってますの!?」

 

訊いたのは一夏なのに俺まで一括りにされた。まあ、俺も知らんけど。

 

「おう。知らん」

 

一夏がどこか誇らしげに言う。セシリアは頭が痛そうにこめかみを指で押さえている。

 

「代表というからには、オリンピック選手みたいなものか?」

「……まあ、あながち間違いではありませんわね。国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートの事ですわ」

「へー。そーなのか」

 

成程。そんなのがあるのか。

 

「そう!エリートなのですわ!」

 

あ、復活した。流石は代表候補生。立ち直りが早い。

 

「本来ならわたくしの様な選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのですよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか」

「それはラッキーだ」

「……馬鹿にしてますの?」

 

そんなつもりは毛頭ないが。

 

「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを動かせると聞いていましたから、少しくらい知性を感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

「悪いな、格闘技しか能がねーんだ」

「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方の様な人間にも優しくしてあげますわよ」

 

何だコイツ。優しさをはき違えてんな。

 

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから」

 

唯一を強調して言いやがった。

 

「入試って、あれか?ISを動かして戦うやつ?」

 

それ以外にないだろ。

 

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

「は……?」

 

ほう、こんなとぼけた感じしてなかなかやるな。昔剣道やっていたというがそれのおかげか?

 

「倒したというか、勝手に壁に突っ込んで自爆したんだがな。龍輝は?」

「成程ね。生憎俺は倒してねぇよ」

 

倒されてもねぇがな。というかセシリアの反応がないな。そんなに驚きだったのか?

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

「女子だけってオチじゃないか?」

 

ピシッ。と嫌な音が聞こえた気がした。

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」

「まあ俺等は特別枠みたいなもんだからノーカンかもしんないけどな」

「あなた!あなた方も教官を倒したっていうの!?」

「うん、まあ。たぶん」

「俺はちげーよ」

「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」

「聞けや」

 

ヒートアップしてるせいか全く話を聞かない。俺にまで矛先を向けんなや。

 

「お、落ち着けよ。な?」

「こ、これが落ち着いていられ―――」

 

キーンコーンカーンコーン

 

チャイムに助けられた。

 

「っ……!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」

 

よくねーよもう来んな。

 

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

一、二時間目と違い、この授業は織斑先生が教壇に立つようだ。よっぽど重要な内容なのか、山田先生もノートを取っている。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな」

 

ふと、思い出したように織斑先生が言う。クラス対抗戦?そんなのがあるのか。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。……まあ、クラス長だな。一度決まると一年間は変更できないからそのつもりで」

 

ざわざわと教室内が色めき立つ。面倒だな。練習時間が削られそうだし、俺は絶対ならんぞ。

 

「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

「はいっ。織斑君を推薦します!」

「私もそれがいいと思います」

 

一夏の奴災難だな。まあがんばれ。

 

「私は齊藤君を推薦します!」

 

と思っていたら俺の方に矛先が来た。

 

「さんせーい!齊藤君、凄い筋肉だし、対抗戦も優勝できるよ!」

 

そんな理由で推薦すんな!

 

「お、おい待て!俺はそんなのやらないぞ!」

「俺もだ!」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権はない」

「だが―――」

 

どうにかして断ろうとしてる俺達を、突如甲高い声が遮った。

 

「納得がいきませんわ!」

 

そう言って立ち上がったのは、あのセシリア……クロコップ?だ。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

……第一印象からわかっていたが、ほんと典型的な女尊男卑思考だな。

 

「実力から言えばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しさや筋肉がどーのとかいう理由で極東の猿にされては困ります。大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないということ自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で…」

 

増々ヒートアップするセシリア。正直そろそろ止めようと思ったが、別に気になんないし、キャッチレスリングもイギリスが本場だしなあ。

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

そう思っていると、いい加減限界に達したのか一夏が反論した。イギリス料理も美味いのはあるぞ?

 

「あっ、あっ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

まあ少しスッとしたし、面倒だし放っとくか。

 

「決闘ですわ!」

 

決闘とはまた前時代的な。え?格闘技界ではよくあるだろって?少なくとも俺が通ってたジムはみんな仲良かったぞ。

 

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。なあ、龍輝?」

 

……は!?俺に振るなバカ!

 

「言っておきますけど、負けた場合二人ともわたくしの小間使い―――いえ、奴隷になっていただきますわ」

 

なんで俺まで。喧嘩吹っ掛けたのは一夏だけだろ。

 

「ちょっと待て。俺はやらんぞ」

「何でだよ!あんなこと言われてるんだぞ!?」

 

確かにそうだが、俺は別に腹立ってないし、それに何より俺には戦えん理由がある。

 

「俺は女には手を上げん。女子に手を上げるなんて、そんなこと出来るか」

 

俺の発言に教室内がシーンとなる。なにも変なこと言ってないだろ?

 

「い、いや龍輝。そんなこと言ってる場合じゃ」

「俺はレスラーだ、何があっても女に手を上げることはせん」

 

食い下がる一夏に一言言って席に座る。俺の師匠も絶対に、何があっても女性に手を上げない人だったからな。そのせいなのか、夫婦喧嘩はいつも負けてたけど。

 

「……ふん。そんなこと言って、自信がないからやらないつもりなのでしょう」

 

セシリアが挑発してくるが、全く効かねーよ。

 

「何とでも言え」

「それはそうですわよね。プロレスなんて只のショー、そんなのをしているんじゃ自信なんてありませんわよねえ?」

 

……ハ?イ マ ナ ン テ イ ッ タ ?

 

「そもそもプロレスなんて野蛮なモノ、とうの昔に無くなったと思っていましたわ」

 

……

 

「大体あなた、確かに体付きは多少はいいですが、そのような低い身長では無理ではありませんの?」

 

ブチン

 

「テメエ……言ってはならねえことを言いやがったな!?」

 

ビクッ。と教室中が震え上がるような感覚がした。がそんなの知らねえ!

 

「プロレスがショーだ?ヤラセだ?インチキだあ!?ふざけんじゃねえ!!プロレスは真剣な格闘技だ!確かに最近のプロレスはショー化してきてはいる。だがそんなのは本当のプロレスじゃねえ!!本当のプロレスはなあ、あんなもんじゃねえ。……かつてUWFという団体があった。その真剣そのものの試合内容は当時としても異色でな……残念なことに時代の流れに乗れず、フロントと選手陣の対立もありUWFは解散し、団体としては残っていない。だが!その技術、精神は今でも受け継がれている。それがU系レスラーと呼ばれる人達だ!俺の師匠も、そのまた師匠も、Uの血が流れている。その人達は本当のプロレス、何にも染まっていない、純粋なレスリングを残そうとしているんだよ!!誇りを持ってプロレスをやってんだよ!!今お前が言ったのは、その人達に対する侮辱だ!!プロレスを馬鹿にすんじゃねえ!!」

「ひっ……」ビクッ

「お、落ち着けよ龍輝!」

 

ハァー、ハァー。

一夏の声で少し冷静になれた。

 

「……すまん、熱くなり過ぎた」

「お、おう。何か人が違うみたいだったぞ」

「……気にするな」

 

そう言って席に着こうとしたが肝心なことを言い忘れていた。

 

「これだけは言っておく、身長のことは言うな!気にしてんだから」

「え?え?」

 

今度こそ席に座る。熱くなると周りが見えなくなる、俺の悪い癖だ。

 

「話は終わったようだな。齊藤、好きなものを侮辱されて怒るのも分かるが、やりすぎだ。少しは押さえろ」

「すみません……」

「そしてオルコット。他人やその好きなものを貶めたりするな。お前の行動は、代表候補生云々の前に人としてやってはならんことだ」

「申し訳ございません……」

「織斑もだ。分かったな」

「わかったよちふy……織斑先生」

「ならいい。それで、クラス代表の事だが」

 

激昂してたせいですっかり忘れてたが、そういえばクラス代表を決めるんだったな。

 

「オルコットがいい案を出してくれたのでそれで決める。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。三人とも用意をしておくように」

 

……は?

 

「では授gy」

「ちょっと待ってくれ!さっきも言ったが、俺は女に手は」

「上げないというのだろう?安心しろ。お前が殴った程度じゃ、ISは傷ひとつつかん」

 

いや、そう言う事じゃなくてだな。

 

「反論は受け付けん。……それでは授業を始める」

 

ぐう。無理やり終わらせられてしまった。傷とかそういったことが心配なんじゃないっつーのに……。

 

 

「はあ……。どうしたもんか」

 

放課後、俺は自分の席で頭を抱えていた。別に授業が分からなかったとかそんなことじゃない。二時間目が終わった後も何とか降りさせてもらえないかと織斑先生に抗議したが、結局聞き入れてもらえなかった。

ストレスで胃が痛い。昼休みに一夏に誘われて一緒に学食に行ったが、いつもの6割しか食えなかった。

 

「ああ、織斑君齊藤君。まだ教室にいたんですね。ちょうどよかったです」

「「はい?」」

 

呼ばれたので顔を上げると、山田先生が書類を持って立っていた。どうでもいいがこの先生、凄い巨乳だよなあ。今時のグラビアアイドルでもこんなのいないぞ。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをよこす山田先生。

 

「俺等の部屋、決まってなかったんじゃなかったですか?確か暫くは自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

俺としちゃ助かったけどな。こいつは家が近いかもしれんが、俺の実家は山形だからな。ホテルに泊まってちゃ金がかかるし。まあ学校だか国だかが出してくれそうだが、卒業してから返せとか言われたらたまらん。

 

「事情が事情なので、部屋割りを無理矢理変更したんです。……二人ともそのあたりの話って政府から聞いてます?」

 

最後だけやけにちっちゃい声で言って来た。

政府の指示ならこんな早く部屋が決まったのも納得がいくな。何せ今まで前例がないらしいからな、『男のIS操縦者』とかいうのは。

そのせいで酷い迷惑をかけられたがな。ったくマスコミやらわけのわからん科学者みたいな連中共、家はともかくジムにまで押しかけやがって。まあ「練習の邪魔だ!!帰れ!!」と師匠が一喝したら、クモの子を散らすように帰って行ったがな。

あの時の師匠、かっこよかったなあ……。あれ?

 

「あの先生、俺と一夏の部屋番号が違うみたいなんですが」

「あ、ほんとだ」

 

何かのミスか?まあこの先生抜けてるみたいだしな。

 

「それなんですが、とにかく寮に入れることを最優先にした結果、二人の部屋がバラバラになってしまって。一ヶ月もすれば調整できますから」

 

と言う事は女子がルームメイトになるのか。まあ変なことしなけりゃいいだろうし、する気もない。俺は鋼の理性と評判だからな。

 

「それで、部屋は分かりましたけど、荷物の準備したいので、今日は家に帰っていいですか?」

 

俺はすでに学校宛てに実家から送られてるから、楽でいい。

 

「あ、いえ、荷物なら―――」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

いつの間にか織斑先生までいた。この人、気配遮断A+でも持ってんのか。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

「着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

大雑把だな。俺はかなり選んだけど。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もありますが……えっと、その、お二人は今のところ使用できません」

 

まあ仕方ないな。

 

「え、何でですか?」

 

コイツ馬鹿か。

 

「まさかお前、女子と一緒に入りたいのか?」

「あー……」

 

まあしばらくはシャワーで我慢だな。

 

「えっと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。お二人とも、道草食わずにちゃんと寮に帰るんですよ」

 

校舎から寮まで目と鼻の先なのにどこで道草食えというんだ。まあトレーニングルームとかあるんなら行ってみたいがな。

まあでも、今日は早く休みたいし、何より女子のこの視線から解放されたい。

 

「……寮に行くか」

「……そうだな」

 

一人よりはましと二人で寮に向かったが、途中女子生徒のヘンな会話が聞こえた。……聞かなかったことにしよう。

寮に入って暫く歩いていると、不意に一夏が立ち止まった。

 

「1025……あ、俺の部屋ここだ」

「じゃあここでお別れだな。また明日」

「ああ、また明日」

 

挨拶を交わし一夏と別れる。何か怒号が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 

「……っと、ここか」

 

そんな事を考えてると、俺の番号の書かれた部屋に着いた。

 

「荷物は運びこんでるらしいし、飯食いに行く前に整理しとくか」

 

キーを使って鍵を開け、部屋に入る。……どうやらルームメイトはまだ来てないようだ。いやに豪華な家具が並んでいるが、どんな奴だろうな。



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第三話 ルームメイト?

「……」

「な……!?」

 

俺は寮の自室(二人部屋)で荷物の整理をしていた筈なのに……何で。

 

「何であなたが、この部屋にいますの!?」

 

何で俺の目の前に、あの高飛車お嬢がいるんだ?

 

「何でって、ここは俺の部屋だからな」

「ここはわたくしの部屋ですわ!ってまさか!?」

 

……ああ、そう言う事か。

 

「わたくしのルームメイトって……あなたですの!?」

「そうみたいだな」

 

正直面倒くさい。……が、文句を言っても仕方がない。とりあえず荷物の整理を続けよう。

 

「さ、最悪ですわ。急に二人部屋に変更になったことは我慢できるとしても、よりにもよって……」

「心配せんでも何もしやしねーよ。それに一ヶ月すれば部屋移っから」

 

そう、たった一ヶ月の我慢だ。

 

「そうですの?……まあ一ヶ月くらいなら……」

 

意外だな。一ヶ月でも我慢できんとでも言うかと思ったぞ。

 

「ところで、俺の衣類はどこにしまえばいい?」

「そんなの、その辺の床にでも置いておけばいいのでは?」

 

窓側のベッドに腰かけながらセシリアが言った。どうやら窓側(そっち)がアイツのスペースらしい。まあ、元から手前側にするつもりだったしな。

しかし床に置けとは……。そういう訳にはいかんよ、しわくちゃになるし。

 

「俺の分のクローゼットはないのか?」

「お生憎様、この部屋のクローゼットは全て、わたくしの衣服でいっぱいですの」

 

まあ女子は服が多いとか聞くし、さっきの言い方じゃ元々はコイツの一人部屋だったみたいだしな。

 

「わかった。俺の分はベッドの下にでもしまうとするよ」

「あら?随分と物分かりがいいんですのね」

 

こういうのは反抗すると余計に面倒くさくなる。早めに切り上げるのが一番だ。

衣服をベッドの下にしまい、残りの荷物の整理を進める。といっても、残りのはトレーニング器具だから、気を付けないとな。

 

「他の決まりも決めておいた方がいいですわね。まずシャワーですが―――」

 

段ボールの包装を解き、中に入っていた荷物を取り出す。複数のパーツに分けられてる為、組み立てないといけない。必要な工具は同梱されてたのですぐ取り掛かることができる。

構造自体は簡単なため、組み立てはすぐ終わった。

 

「……ふう」

「―――に決め……聞いてますの?」

 

一息ついてるとセシリアが訊いてきた。

 

「ああすまん。聞いてなかった」

「あ、あなた!またしてもわたくしを馬鹿にしてますの!?」

 

してねーよ。とセシリアに返答しつつバーベルシャフトとダンベルシャフトの包装を解き、床に置く。取り付けるプレートは小分けにされており、開けるのに一苦労だ。プレートラックを先にベッドの頭の横に設置し、開けた端からプレートを掛けておく。ベンチをベッドの横に移動すれば、終了だ。

整理を始めて一時間ちょっと。……ようやく終わった。段ボールは纏めて端っこに置いておいたので、明日にでも捨てておこう。

 

「随分と時間が掛かりましたわね」

「荷物が荷物だからな」

 

どうやら終わるまで待っててくれたらしい。律儀な奴だ。

 

「で、何の話?」

「この部屋の決まりですわ!シャワーはわたくしが使いますから、貴方はそこの水道で体を洗いなさい。それから雑用は全てあなたがすること。それから―――」

 

何と滅茶苦茶な。っと、もうこんな時間か。あと少しで晩飯に行かなきゃいけないが、その前に軽く汗を流すとしよう。

シャフトをベンチにセットし、プレートを通していく。とりあえず90スタートでいいか。

ダンベルは後ででいいか。

後はトレーニング着に着替えてっと。

 

「あ、あなた!何故いきなり服を脱いでますの!?」

 

あ。素で忘れてた。まあ着替えなんてすぐ終わるし気にせんでええか。

 

「やっぱりわたくしを襲うつもりでしたのね!このケダモノ!あなたなんかにわたくしが―――」

 

すっかり自分の世界に入っている。とっくに着替えは終わっているのに……。埒が明かないし、無視して始めよう。

まずはウォームアップだ。ヒンズースクワット、プッシュアップと基本のメニューをこなす。

終わったらすぐベンチに横になり、ベンチプレスを開始。ちなみにセシリアはそっぽを向いてぶつぶつと何やらつぶやいてるせいか、俺のやってることに気付いてない。

90を10回上げたら、すぐ重さを変える。今度は100だ。

インターバルを置き、1セット目を開始する。今度は5回上げてシャフトを戻す。これを後2セット。晩飯前だし、時間もないからこれくらいで十分だ。

 

「―――何をやってますの?」

 

不意に声をかけられた。どうやらセシリアが正気に戻ったらしい。インターバル中だからよかったものの。セット中だったらびっくりして落としてたかもな。

 

「見りゃわかんだろ。食前のトレーニングだ」

「トレーニングって……わたくしの部屋で暑苦しいことしないでくださいまし!」

「一ヶ月だけとはいえ、ここは俺の部屋でもある。わかったら話しかけるな。トレーニングの邪魔だ」

「―――っ!?」

 

見るからに怒っている。面倒くさいなあ。だがあと2セットだけ、すぐ終わる。それまで耐えててもらおう。

 

――――――

 

「…ふっ!…ふっ!」

「……」

「ふっ……ぬん!」ガシャン

 

最後のセットが終わり、トレーニングは無事終了した。セシリアが大人しいくらい静かだったのが気になるが、まあいいだろう。

時間はちょうど午後六時を少し過ぎた頃だ。さっさと片付けて飯に行こう。

 

「終わりました?」

「ああ」

 

どうやら俺が終わるのを待ってたらしい。正直、さっさと飯に行きたい。着替えるのめんどいし、このままでいいか。

 

「少しお話が」

「わりい。飯食いに行くから後にしてくれ」

 

セシリアの口を遮って部屋を飛び出す。すまんが腹減ってるんだ。

 

「え?ちょっと!」

「オマエも早く食いに行った方がいいぞー」

 

一応の忠告をして走り去る。つい、あばよとっつぁ~ん。と言いたくなってしまった。まあ一緒に飯行ってもよかったんだが、正直気まずいしな。

 

「あ、龍輝君だ!」「本当だ!」「アレ部屋着?」「いい体してるね~♪」

 

……やべえ。他の女子の事がすっかり抜け落ちてた。どうしよう。

そうだ、一夏を誘おう。そうすれば少しは気が楽になるかも。

そう思い一夏の部屋の近くに来たが、なにやら様子がおかしい。野次馬が発生しており、これ以上近づくことができない。

俺には気づいてないみたいだし、仕方ない。一人で食いに行こう。

 

 

「ふん!…ふん!」

 

晩飯を終え部屋に戻った俺は今、ダンベルを上げている。

正直気の休まらない晩飯だった。トレーニング着のままで行ったせいか、視線が酷く突き刺さった。何故か一夏は来ないし……。

仕方ないので飯をかっ込んでさっさとすまし、部屋に戻ってトレーニングをしてるという訳だ。

 

「お……らァ!」ガタン

 

上げ終えたダンベルを床に置く。重量は25kg。今の俺ではまだまだキツイ。

 

「ハァ…ハァ…次は…」

 

間髪置かず次の準備をする。幸運なことに、今セシリアは部屋にいない。大方大浴場にでも言ってるのだろう。ああいうのは風呂好きと相場が決まってるからな。

戻ってくる前にシャワーを浴びたいが、次の種目が終わるまでは浴びれん。

集中して、さっさと終わそう。

 

「しゃあッ!」

 

次の種目はダンベルフライ。気を抜くと肩を痛めるから注意せねば。

 

「ふん!…ふ…ん!……ッらァ!」

 

順調に進み、最後のセットも終わった。すっかり汗だくだ。

 

「ハァ…ハァ……」

 

片づけてシャワーに向かおうとしたが、肝心なことを忘れていた。

 

「プロテイン…飲まないと……」

 

あらかじめ作っておいてよかった。ちょうどいい感じに混ざって飲みやすくなってる。

俺はプロテインを一息に飲み干し、軽くすすいで流し台に置き、そのままシャワーに向かった。

 

「ああ~気持ちいい~」

 

熱いシャワーが疲れた体に染み渡る。おっと、あんまりゆっくりしてセシリアが戻ってきたら面倒だ、もう出るとしよう。

 

「ふぃ~」ガチャ

「やっぱりお風呂は……え?」ガチャ

 

……いや大丈夫だ。シャワー室の中でパンツだけは履いたから見えてない筈。え?そういう問題じゃない?

 

「い、い……!」

 

ヤバい。俺の直感がヤバいと告げている。しかし防ぐと反射的に反撃しそうだから、我慢して受けないと。

 

「イヤアアアアアアアアアアアアア!!?」バシーン

 

……いひゃい。

 

 



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第四話 たんと食う

「……腹減った」

 

最悪の目覚めだ。ホントならあの後夜食を食べてから寝るはずが、シャワー上がりにセシリアに遭遇してしまったためほぼ空腹のまま寝てしまった。まあ俺が悪いんだろうが……。

部屋を見渡すが、セシリアの姿はもうない。恐らく食堂だかにでも行ったのだろう。

 

「……飯食い行くか」

 

寝起きの目をこすりながらベッドから起き上がり、顔を洗ってから部屋を出て食堂に向かう。昨日もあんま食えなかったし、今日は一杯食わないと。

 

「よう龍輝!お前も今から朝飯か?」

 

食堂に行く途中でこの学校でもう一人の男子、織斑一夏が声をかけてきた。朝から元気だなコイツ。よく見ると昨日のポニテ女子も一緒だ。やはり知り合いみたいだな、この二人。

 

「ああそうだ。正直腹が減って仕方がない」

「よければ一緒に食おうぜ。なあ箒、いいだろ?」

「……勝手にしろ」

 

なんか不機嫌だな。一夏が何かしたのか?まあ部屋の前に野次馬ができてたくらいだし、何かはあったのだろう。

てか。

 

「……箒?」

「ああ。篠ノ之箒。コイツの名前だよ」

「……」

 

……変わった名前だな。何で掃除用具?と思ったが、そう言う事だったのか。

 

グウゥ~

 

「……すまん、急ぐぞ。もう腹が限界だ」

「わ、わかった。ほら箒、行くぞ!」

「て、手を引っ張るな!バカ!」///

 

俺の空腹が深刻なため、俺達三人はダッシュで食堂に向かった。

 

――――――

 

「もっきゅもっきゅ」

「」

「」

 

食堂に着くや否や、俺は急いで食券を購入して食堂のおばちゃんに渡し(ご飯は特盛)、出来上がった料理を受け取り急いで、且つこぼさないように席に着き腹に飯をかっ込んだ。自分でも驚きなほど腹が減ってたみたいだ。少し遅れて俺の向かい側の席に着いた一夏と篠ノ之の二人は、どうやら俺の勢いに驚いているようだ。

 

「あ、あのさ龍輝。そんなに急いでかっ込むと―――」

「ムグムグゴクン…なんだ?」

「い、いや、何でもない」

 

?なんだ一体。しかし昨日も思ったが、ここの料理は上手いな。いくらでも食えそうだ。

 

「ねえねえ、あの二人が噂の男子だって~」

「何でも一人は千冬様の弟らしいわよ」

「もう一人は……てなにあの量!?」

 

腹に入れて少し落ち着いたおかげか、周りの声がよく聞こえる。昨日もそうだったが、ここの生徒は暇なのか?そんなことを考えながら飯を食ってると、目の前の茶碗と皿が空になった。全然足りん。

 

「わりい、おかわりをもらってくる。席見張っといてくれ」

「まだ食うのか!?」

「昨日より食ってないか?」

「……腹減ってるもんでな」

 

二人に応えつつ席を立ち、先程の食器を片付けたあと食券の販売機に向かう。あんまり待たせちゃいかんし、急ぐか。

二食目の料理を受け取り小走りで席に向かうと、なぜか人数が増えていた。一夏達の方に一人、俺が座ってた席の両サイドに二人。

 

「あ、おかえり龍輝」

「おう……なんだこの状況は?」

 

事情を聴くと、俺がいない間にこの三人の女子が来て、一緒にいいかと訊いてきたらしい。で、席も空いてたから、断るのも悪いと思いOKしたのだそうだ。

 

「別にいいよな?」

「まあいいけど」

 

冷める前に早く食っちまいたいしな。さっきまで座っていた席に座る。

 

「ねえ齊藤君。今みんなどれくらい食べるか話してたんだけど、齊藤君は……え?」

「え?」

「わー」

 

何だ?急に表情がこわばったな。

 

「さ、齊藤君。それ、全部食べるの?」

「当たり前だろ?」

 

ちなみに今度の俺のメニューはミックスグリル定食。単品でチキンカツや生姜焼きなどを付け、もちろんご飯は特盛だ。

 

「さ、流石男の子だねっ」

「いやいやこれは多すぎだって!」

 

そんなに多いか?確か周りを見るとみんな量は少ないが、それは女子だからだろ?ていうかさっきから聞き覚えのある声がすんな。

 

「ん?おお布仏か。おはよう」

「たっつんおはー」

 

昨日結局あれから話してないからか、久しぶりに感じるな。

 

「たっつん大食漢だねー」

「まあ、これくらい食わないと体重増えないしな」

 

俺は身長が低いから、肉で体重増やさんといかんからな。かなり大変だ。

 

「増やすって……。何キロまで増やすの?」

「とりま80キロだな。最低ラインがそれくらいだからな」

「今何キロなの?」

「75キロ。食っても増えん体質だから、あと5キロがつらい」

 

そう言ったとたん、周りが凍り付いたような気がした。中学時代からこの話をするとこうなるが、何故だ?

 

「……織斑、齊藤、私は先に行くぞ」

「ん?ああ。また後でな」

「まふぁふぁ(またな)」モゴモゴ

 

つい口にモノが入ったまま喋ってしまった。師匠に見られたら怒られちまうな。

 

「織斑君って、篠々之さんと仲いいの?」

「ああ、まあ、幼馴染だし」

 

そうだったのか。どおりで。

 

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よくとれ!遅刻したらグラウンド十週させるぞ!」

 

織斑先生の声が食堂に響く。そういえば寮長だっけか?トレーニングになるから歓迎だが、授業が遅れるのはよくない。急いで食おう。

 

 

「織斑、齊藤、お前らのISだが準備まで時間が掛かる」

「「へ?」」

 

二時間目が始まるや否や、織斑先生がそんなことを言って来た。

 

「予備機がない。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「「???」」

 

何言ってるかよく分からんが、とにかくまたメンドイことになるのだろう。その証拠に俺ら二人を除いた教室内がざわめいている。

 

「せ、専用機!?一年のこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出るってことで……」

「いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

そんな声が出てるってことは、専用機持ちとはかなり特別な存在らしい。

 

「専用機ってそんなに凄いのか?」

「知らん」

 

俺に聞くな。シャアザクみたいなもんだろうか?

 

「教科書六ページ。織斑、音読しろ」

「え、えーと……」

 

未だ意味を理解できないでいる俺ら二人を見かねてか、織斑先生が一夏に言った。

内容を要約すると、『ISのコアは開発者以外には作れないのに数が少ないから、みんなで仲良く使ってね♪』と言う事だ。

 

「本来なら専用機は、国家あるいは企業に所属する人間にしか与えられない。が、お前たちの場合は状況が状況なので、データ収集を目的として用意されることになった。理解できたか?」

「な、なんとなく……」

 

傍迷惑だなあ。要は実験台になれって事だろ。気分悪いわ。

 

「あの、先生。篠々之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

女子の一人が恐る恐ると言った感じで質問した。篠ノ之博士って、確か教科書に載ってたな。正直どうだっていいが。

 

「そうだ。篠々之はアイツの妹だ」

 

個人情報バラしていいのか?まあだからどうと言う事もないか。そんなことよりおなかすいた。

 

「ええええーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内がふたりもいる!」

「篠ノ之博士ってどんな人!?」

「篠々之さんも天才だったりする!?」

 

やかましいな。すきっ腹に響くからやめてほしい。それに、そんな利き方じゃ気分悪いだろう?

 

「あの人は関係ない!」

 

周りが鎮まるほどの大声。当然の反応だな。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

二世レスラーと同じか。身内と比べられちゃたまんねえよな。まあ、俺はアイツの事よく知らんし、俺の両親も一般人だけどな。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はいっ!」

 

そこからは普通に授業が始まり、女子達は未だ篠ノ之が気になる様子ではあるが、授業はちゃんと受けているようだった。

昼休みまであと三時間か、長いな。

 

 

「安心しましたわ。わたくしとあなた方では勝負は見えてますけど、流石に専用機と訓練機ではフェアではありませんものね」

 

休み時間が始まってすぐ、俺等の前に来たセシリアは開口一番にそう言った。はよ飯行きたいんだが。

 

「お前も専用機を持ってるのか?」

「ご存じないの?仕方ないですわね。庶民のあなた方に教えて差し上げましょう」

 

いや別に知らんでもええから飯行かせてくれ。

 

「このわたくし、セシリア・オルコットは代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

「そりゃすごい」

「……馬鹿にしていますの?」

 

そんなつもりは毛頭ないが、生憎俺はガンダムはガンダムでも陸戦型の方が好きなんだ。

 

「……こほん。先程授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか……」

「そうですわ」

 

一夏の反応に満足そうなセシリア。別にそんな驚くことでもないと思うぞ。

 

「人類って今六十億超えてたのか……」

 

そこかい。だいぶ前から超えてたぞ。

 

「重要なのはそこではないでしょう!?」

 

こればっかりはセシリアに同意だ。

 

「そうだぞ一夏。こんなことでいちいち驚くな」

「ていうか、お前は驚かないのかよ?」

「俺の親父の頃には超えてたらしいしな」

 

授業はちゃんと受けた方がいいぞ。俺が言うのもなんだが。

 

「とにかく!クラス代表の座にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであると言う事をお忘れなく!」

 

ぷんすか怒りながら立ち去って行った。短気は損気だぞ?

 

「何だったんだ?」

「さあな。それより、飯行こうぜ」

 

もう腹がペコペコだ。

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。箒も誘っていいか?」

「構わねえけど、何でだ?」

「ほら、さっきの一件でなんか浮いてるしさ、クラスメイトとして見過ごせねえだろ?」

 

言われてみれば確かにな。コイツ結構気が利くな。

 

「なら先行って席取ってるわ」

「おう、頼むぜ」

 

この場は一夏に任せて先に食堂に向かうとするか。うまくやるといいんだが。

 

 

「おーい、こっちだ」

 

昼飯を食ってる最中、遅れてきた一夏と篠ノ之を見つけたので、声をかける。

 

「席取りサンキュ。ほら箒、座ろうぜ」

「ああ……」

 

なんか機嫌悪そうだな。まああんなことがあったんだしな。しゃーないか。

 

「なあ箒、俺等にISの事教えてくれないか?このままじゃ来週の試合で何もできずに負けちまう」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

「そこをなんとか、頼むっ。龍輝も、教えてほしいよな」

「悪いが俺は遠慮させてもらうよ。そもそもやる気もねーしな」

 

お前はやる気満々かもしれんが、こちとらやるなんて一言も言ってねーぞ。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。それに、あの千冬姉が意見を聞くと思うか?」

「そりゃそうだが……」

 

確かに何度言っても「ダメだ」と一蹴されてるしな。

 

「だろ?だったらもう覚悟決めようぜ」

 

と言ってもなあ。女子に手を上げるのはどうも……。

 

「ねえ。君達って噂の子でしょ?」

 

いきなり話しかけられた。見ると赤のリボンを付けた女子が立っていた。確か赤は三年だったか?

 

「はあ、たぶん」

 

と一夏が返答した。俺は咀嚼中であったため返事はできない。

 

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、ほんと?」

「はい、そうですけど」

「モキュモキュ…ゴクン不本意っすけど」

 

噂が広がるのは早いな。女子は噂話が好きと聞くが、ほんとだな。

 

「でも君達、素人だよね?私がISについて教えてあげようか?」

 

ちょうどいいじゃないか一夏。俺は結構だけどな。

 

「はい、ぜ」

「結構です。私が教えることになってますので」

 

一夏の声が篠ノ之の強めの口調の声に遮られた。お前さっき自業自得だみたいなこと言ってただろ。

 

「あなたも一年でしょ?私の方が上手く教えられると思うなぁ」

「……私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

カードを切ったか。めっちゃ嫌そうだけどな。

 

「篠ノ之って―――ええ!?」

 

めっちゃ吃驚してんな。

 

「そ、そう。それなら仕方ないわね……」

 

若干引いた感じで退散していく先輩。いい人だったのに……まあどうでもええか。

 

「……教えてくれるのか」

「そう言ってる」

「よかったな一夏。頑張れよ」

 

しかし篠ノ之とかいうの、初めからそう言ってればもっと簡単に終わってたんじゃ?と思ったが、野暮ってもんか。

 

「頑張れって、お前はどうすんだよ?」

「さっきも言ったが遠慮させてもらう。もしやるとしたら、俺とオマエは敵同士になるんだからな」

「そっか。そういえばそうだよな」

 

気付いてなかったのかコイツは。結構抜けてんな。

 

「そういう事だ。じゃあ食い終わったし、先に戻るわ」

「おう。……てかあの量をもう食い終わったのかよ」

 

?量って、一日合計1万キロカロリーになる程度だが?

 



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第五話 赤コーナーから

月曜。ついにこの日が来てしまった。クラス代表決定戦。正直帰りたい。

 

「―――!」

「―――!?」

 

俺と同じく代表候補戦に出ることになってる織斑一夏は、アイツの幼馴染とかいう篠ノ之箒と何やら口論しており、相談はできそうにない。

確かに入試で女性の先生と戦ったよ?でも時間切れまで耐えただけだからなぁ。

 

「お、織斑君齊藤君っ!」

 

第三アリーナのAピットに慌てて駆け込んで来たのは、童顔爆乳眼鏡女教師の我らが副担任、山田真耶先生だ。走ってるおかげでグラビア顔負けの胸部がブルンブルン揺れてる。あんなのアニメでしか見たことないぞ。

 

「山田先生落ち着いて。ハイ、深呼吸」

「す~~は~~、す~~は~~」

 

深呼吸するだけでも揺れるとか、どんな乳やねん。

 

「で、何ですか?」

「そ、それでですねっ!お二人のISが届きました!」

 

やっとかい。届かんでもよかったけどな。

 

「織斑、初戦はお前だ。すぐに準備しろ。ぶっつけ本番でモノにしろ。齊藤はコイツがやってる間に何とかしとけ」

「え?え?……」

 

ごうんっ、と重い音を立ててピットの扉が開き、扉の向こう側がさらけ出された。そこには、二機のISが鎮座していた。

片方は白、もう片方は黒のカラーリングだ。

 

「これが……」

「……」

「はい!織斑君の専用IS『白式』と、齊藤君の『フロスト』です!」

 

フロスト……そう呼ばれた黒のISは、待機してる状態でもシュッとしてて、カラーリングも相まってまるで主人公のライバル機のような印象だ。正直好みじゃない。俺はもっとこう、スマートより武骨なのが好みなのにな。

 

「不満そうだな」

 

そんな事を考えていたら織斑先生が声をかけてきた。やっぱどっかにサードアイでもあんじゃねーの?

 

「いえ別に」

「ならさっさと準備しろ。ニ戦目といってもすぐだからな」

 

そう言って立ち去る織斑先生。やるしかねーのかな。

一夏の試合はすぐだし、応援くらいはしとくか。

 

「一夏」

「?」

「頑張れよ」

「―――ああ!」

 

そう言ってアリーナに飛び出していく一夏。この後はすぐ俺だけど、帰っちゃダメ…だろうな。ハァ。

 

「ちょっとトイレに行ってきます」

「逃げるなよ」

 

逃げれねーよ。

 

 

「ハァ……どうしよ……」

 

トイレを口実に抜けてきたけど、だからと言って何か変わるわけでもないしなぁ。

 

「つーか此処どこだ?」

 

当てもなく歩いてたせいか、見たこともない場所に出た。迷ったかも。まあ来た道戻りゃどっか知ってるとこに出るだろ。

 

「ん?」

 

今何か奥の方から音がしたような。行ってみるか、人がいるかもしんないし。

 

「この部屋か」

 

音がしたと思われる部屋の扉を少し開け中をのぞく。部屋の中には整備中?のISが複数と、その内の一機の前で女子が一人なにやら端末に向かってブツブツ独り言を言っていた。

 

「違う……これじゃまだ……」

 

よく聞こえないが、なにやら取り込み中のようだな。だけどこのままじゃ戻れないし、迷惑だとは思うが道を教えてもらおう。

 

「すみません。ちょっといいですか?」

「ッ!?誰!?」ビクッ

 

いや確かにいきなり声かけたけど、そないビビらんでも。襟元のリボンの色を見ると、どうやら同じ一年のようだな。

 

「……てあなた、もしかして一組のプロレスラー?」

「まだプロじゃないけどな。でも、何で知ってんだ?」

 

一組では見たことない顔だし、他のクラスの娘だよな?

 

「本音から聞いたの。それに、あなた結構有名よ?」

 

どう有名なのかは……聞きたくないな。

 

「布仏の知り合いなのか。俺は齊藤龍輝。お前は?」

「……簪」

 

簪か、変わった名前だな。言い方が何かおかしかった気がしたが。

 

「ところで、ちょっと頼みがあるんだが」

「見て分からない?私忙しいんだけど」

 

なんか棘のある娘だなぁ。

 

「ここから第三アリーナまでの道を聞きたいんだ。情けない話、迷っちまってな」

「それならそこの道を右にまっすぐ行って―――」

 

結構入り組んでたんだな。よくここまでたどり着いたものだ。

 

「―――で上の階に上がれば後は分かりやすいから」

「ありがとう。なんか面倒くさい造りしてんな」

「文句ならこの学園に言ってもらえる」

 

それもそうだな。

 

「ところで、こんなところで一人で何やってるんだ?」

「……聞いてどうするの」

 

おっと、聞いちゃいけないことだったか?

 

「どうもしねえよ。只気になっただけ」

「……」

 

なんか訳ありのようだな。イジメにでもあってんのか?

 

「悩みは溜め込むと体に悪いぞ。話すだけ話してみろ。そこの整備中?のISと関係あるのか」

「……これは、私の専用機。未完成だけど」

 

ほう。専用機と言う事は、簪はあのお嬢様と同じエリートと言う事か。にしては様子がおかしいな。それに未完成ってどういうことだ。

 

「専用機は企業から渡されんだろ。何故未完成なんだ?」

「……あなたたちのせい……」

 

……?え?俺?あなたたちってことは、あと誰だ?

 

「あなたたち、男性の適合者が見つかったせいで、私の専用機の開発は後回しにされた。だから私が残りを完成させてるの」

 

成程な~。ん?なんかおかしいぞ。

 

「完成させるって、お前ひとりでか?」

「ええ、そう……」

「よくは知らんが、ISの組み立てって専門家とかが束になってようやく出来んじゃないのか?何で一人でやろうとしてんだよ」

 

余程の天才とか機械に詳しいならともかく、苦戦してるみたいだしな。

 

「……これは、私が一人でやらなきゃいけないの。そうしなきゃ、いつまでたっても……」

 

……訳アリだとは思っていたが、かなり深いわけがあるみたいだな。これ以上踏み込むのはやめといた方がいいのかもしれん。だけど、昔の俺を見てるみたいで何か放っておけない。

 

「―――"失敗や苦労は、必ず今の自分に役立っている"」

 

俺には手伝ってやることができん。だから言葉を送らせてもらおう。

 

「?」

「小橋建太というプロレスラーの言葉だ。俺は辛くなったら、この人の言葉を思い出すようにしている」

 

師匠から小橋さんの話を聞いた時、俺は自分が情けなくなった。当時の俺の悩みなんぞ、小橋さんが経験したことに比べたら、全然大したことない。

 

「―――プロレスなんて、もう何年も前に廃れたじゃない。それにプロレスってショーでしょ?そんなものを盲信することないと思うけど」

「……そう思うか」

 

確かに、女尊男卑の世の中になってからプロレスは急速に衰退していったし、本当のプロレスも知られてはいない。……だったら。

 

「ところで、そこら辺にある機体は使えるのか?」

「訓練機のこと?使えないことはないと思うけど」

「一機借りてくぞ」

 

適当な機体を待機状態にしてポケットに突っ込む。

 

「え?ちょっと!」

「この後の試合、絶対見に来いよ」

 

正直やる気はなかったし、適当にやり過ごそうと思っていたが、コイツを見て気が変わった。思い返せば、あのエリート様もプロレスを馬鹿にしてたし、今回の試合でコイツら……いや、この学園に

 

「プロレスの力を見せてやる」

 

 

「織斑先生!」

「遅いぞ!たかだかトイレに行くだけにどれだけ時間をかけている!」

 

開口一番叱られてしまった。いや、色々あったんですよ。色々と。

 

「すいません。あの、一夏の試合は……?」

「先程終了した。結果は散々だったがな」

 

後から聞いた話だが、確かに結果は織斑先生の言う通り一夏の敗北で終わった。そりゃそうだろう、相手はISのエリートで、片やこっちは素人なんだから。だが詳しく聞くと、途中で一次移行(ファースト・シフト)とかいうのを一夏のISがやってからは流れが変わって、惜しいところまで攻めたものの、直前でエネルギー切れを起こして判定負け食らったんだとか。まあ何というか、運がないよな。

ちなみに当の一夏だが、ピットに姿が見えないので訊いてみたら、控室(更衣室)にいるらしい。

 

「オルコットのチェックが終わり次第貴様の番だ。それとも、この期に及んでまだ駄々をこねるつもりか?」

「まさか。やることが決まった以上、全力でやりますよ」

 

目標さえ決まれば、迷いはない。

 

「ほう。師の教えとやらはもういいのか?」

「いえ、セシリアに手は出しませんよ。まあ見ててください」

 

女性に手を出さないというのはもう、教えというよりも誓い(ゲッシュ)だからな。破るわけにはいかない。手を出さなくても、やりようはあるさ。

 

「言うようになったな。なら、貴様の満足するようにやってこい!」

「言われんでも・・・・・・っと、すいません先生。ちょっと頼みがあるんですけど」

「何だ?怖気づいたのか?」

 

違いますよと言いながらポケットから音楽プレイヤーを取り出し、ある曲をセットして織斑先生に渡す。

 

「僕が出る前にこの曲を流してほしいんです」

「……フッ、成程。いいだろう。特別に流してやる」

「ありがとうございます!」

 

「礼は言い、さっさと準備しろ」と言ってピットを後にする織斑先生。恐らく本部席か実況席みたいなところに行くのだろう。何かあの人には全部見透かされてる気がする。

さて、そんなこと言うてる間に準備するか。

 

 

『これより、セシリア・オルコット対齊藤龍輝の試合を行います』

 

試合開始を告げるアナウンスがピットに響く。モニターにはアリーナの様子が映されていて、準備を終えたらしいセシリアが先にアリーナに姿を現していた。龍輝はまだやる気がないみたいなこと言ってたけど、大丈夫かな?

 

「てゆーか、龍輝はどこに行ってんだ?トイレか?」

 

俺等がいるピットに龍輝の姿はない。もうすぐ始まっちまうっていうのに、何してんだ?ISも置きっぱなしだし。

 

『えっ?これを言うんですか……はい、分かりました』

 

少し小さい音量で誰かと話してる声がアリーナのスピーカーから流れてきた。放送席で何かあったのか?

 

『えーっと……赤コーナーより、齊藤龍輝選手の入場です!』

 

……え?

突然の放送についぽかんとしてしまった。俺だけじゃなく、箒と山田先生も何かわからないような顔をしている。

 

~♪~♪

 

アナウンスが流れた直後、アリーナに音楽が流れてきた。

 

♪Try to be best ‘Cause you’re only a man And a man’s gotta learn to take it

 

しかも洋楽。増々訳が分からない。こんな時に千冬姉はいないし、山田先生が凄い慌ててますよ。

 

♪You’re the best! Around! Nothing’s gonna ever keep you down

 

曲がサビに差し掛かった時、俺達がいるピットともセシリアが出てきたピットとも違うピットの出口に人影が現れた。山田先生が急いでカメラを切り替えて確認すると、そこには龍輝が立っていた。ISも身に着けずに。

 

「た、龍輝!?」

「あ、アイツ、何て格好をしてるんだ!?」

 

箒がそう言うのも無理はない。龍輝は何故か上半身裸で、下はショートタイツとシューズを穿いただけという、アイツの肉体を存分に見せつける格好だったからだ。観客席からは悲鳴が上がってるが、それが恥ずかしさからの悲鳴なのか、アイツの鍛え抜かれた肉体に対する歓声なのかは知らないけど。

姿を現してから少しして、突然龍輝が走りだし、何を思ったかそのままピットの滑走路の端から飛び降りた。……って!

 

「「「ええええええええええええええええええええ!?」」」

 

何やってるんだアイツ!?いやまるでスカイダイビングみたいに凄いキレイなフォームで落ちてるけど!?パラシュート付けてないだろ!?

 

ドオォーーーーーーーン!!

 

……龍輝が地面に衝突した。ISも着けずに。あの高さじゃ、受け身を取ってたとしても無事じゃあ済まないだろうし。

山田先生が急いで龍輝が落ちたと思われる地点をモニターに映す。

 

「龍輝は無事なのか!?」

 

俺等の心配をよそに、アイツは平然とした様子でアリーナの地面に仁王立ちしていた。ISを身にまとった姿で。

成程なぁ。地面に衝突する直前にISを展開してそのまま着地したのか。うまいことやったな。

 

「え?え?齊藤くんのISはここにありますよね?」

「そういえば確かに」

 

え?じゃあアイツは何を着けてるんだ?

 

「アレは……打鉄!?どうして齊藤くんが!?」

 

打鉄って確か、訓練用の量産機の事だっけ?格納庫に厳重に保管されてるとかって話だけど。確かに何で龍輝がそれを?

 

「さ、齊藤くん!?どうして打鉄を展開してるんですか!?」

 

訓練機を装備してることについて、山田先生が龍輝に通信を繋いで問い詰めてる。当の龍輝は突然の通信にびっくりしながらも、

 

『生憎OOよりもEz-8、サザビーよりザクⅡの方が好きなんで』

 

と、とんでもない答えを返してきた。俺ガンダムそんな詳しくないんだよな。

 

『これより第二試合を開始します。青コーナー。イギリス代表候補生、セェシリアァ・オォルコッッットオォーーー!!』

 

さっきは渋々と言った感じのアナウンスもすっかりノリノリだ。

 

『赤コーナー。168cm、75kg。プロレスラー、齊藤うぅ……龍ううううううう輝いいいいいいいいいいい!!』

 

ワアアァァーーーーーーーー!!

 

凄い歓声。何かセシリアがかわいそうだ。

 

『ファイッ!』

 

凄い違和感の中、その一言で闘いの火ぶたが切って落とされた。



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第六話 試合開始

ワーワー キャー

 

(……ああ)

 

この感じ、久しぶりだ。以前MMAユースの試合に出た時と同じだ。

 

「あなた!ふざけてますの!?」

 

感傷に浸ってたらいきなりセシリアが叫んできた。もう少し浸らせろよ。

 

「ふざけてねーよ」

「嘘おっしゃい!!なんですのその恰好?それに、どうして専用機ではなく、訓練機の打鉄を展開してますの!?」

 

分かり切ったこと聞くなあ。さっき山田先生にも説明したのにもう一度せなあかんのか。

 

「こっちのが好みだからだよ。それにレスラーが上半身出して何がわr」

「何ですのその理由?わたくしを馬鹿にしてるとしか思えませんわ!?」

 

最後まで言わせろよ。

 

「もういいですわ。あなたのそのふざけた態度、わたくしが正して差し上げます!」

 

態度って、少なくともお前よりマシだと思うぞ。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「御託は言い。来い!」

 

 

開始早々、セシリアはビットを展開し龍輝の回りを取り囲んだ。俺もそうだったけど、ああされると厄介だ。

そんな状況だというのに、当の龍輝は地面に仁王立ちで立ったまま、動こうとしない。

 

「あいつ、なんで飛ばないんだ?」

 

まだ慣れてないとか?いや、稼働時間は俺とほとんど変わらないはず。

 

『ああーっと齊藤選手、開始早々、セシリア選手自慢のBT兵器「ブルー・ティアーズ」に取り囲まれたーっ!!』

 

実況がどんどんノリノリになってるし。

 

『しかし全く動じていない!ビットに目もくれず、セシリア選手を見据えているー!』

 

ホントにどうするつもりなんだ?迂闊に接近しようとすれば蜂の巣にされるし、見た感じ遠距離武器を装備してるようには見えないし。

 

『おっと、痺れを切らしたか先に動いたのはセシリア選手!四基のビットから放たれた光線が、齊藤選手に降り注ぐーっ!!』

 

俺の時よりも攻撃が苛烈になってる気がする。巻き上がった土煙のせいでモニターからでは、龍輝がどうなったか確認はとれない。

あれだけ激しかったら逆に避けやすかったりするのかな?

 

「煙が晴れてきたな」

 

箒の言葉通り、モニターの向こうがだんだん鮮明になってきた。

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「ええ!?」

『何ぃーっ!?』

 

煙の晴れた先には、さっきまでと変わらぬ位置で、変わらず仁王立ちをしている龍輝の姿があった。

 

「もしかして、当たってなかったのか?」

「いや、あの弾幕の中でそれは考えにくい」

 

そうだよな。ビットの銃口が龍輝に向いてるのは確実だったし、ある程度外れたとしても何発かは当たるだろうし……分からん。

 

『な、なんと齊藤選手、あの弾幕がなんともなかったかのように平然と立っているー!!』

 

実況の人も驚きを隠せてないようだ。それはそうだよな、いくらシールドや装甲があるからと言っても、衝撃はすさまじいからな。実際凄かったし。

 

「いったい、何をしたんだ?」

 

 

「あ、あなた、一体何をしましたの?」

「何も」

 

セシリアの問いに正直に答える。

 

「嘘おっしゃい!ブルー・ティアーズの一斉射を受けて、平然としているなんてありえませんわ!」

 

嘘って言われても、本当に何もしてないんだから仕方ない。

 

「はいはい。それで、もう終わりか?」

「はい?」

「終わりなら、今度はこっちから行くぞ!」

 

そう言い終わるや否や、目標に向かって歩を進める。捕らえるにしても、ある程度近づかないとな。

 

「ち、近づかないで!ブルー・ティアーズ!!」

 

再度ビットが俺に向かって光線を撃ってきた。俺はその光線を真正面から受ける。

視界の端でゲージみたいなのが減っていくが、気にせず歩を進める。

 

『なんと齊藤選手、ビットによる攻撃を避けようともせず、真正面から受け止めたあーー!!』

「ま、また……。何故避けませんの!?」

 

何故って言われてもなあ。

 

「……これ邪魔だな」

 

バキンバキン ポイ

 

ふう、すっきりした。

 

『これはどういうことだ?齊藤選手、打鉄の両肩部のシールドと腰部のアーマーをもぎ取って無造作に投げ捨てたー!!何を考えてるんだあーー!?』

 

正直盾とかに頼るのは嫌なんだよな。ホントならIS(こんなもの)だってつけたくない。

 

「よ……っと!」ダァン

 

ある程度近づいたため、地面を思いっきり蹴って跳躍して目標に接近する。セシリアは唖然としてるのか混乱しているのか、動いてない。

 

『これ!?齊藤選手、セシリア選手ではなく、4基のビットの内の1基に向かって跳躍ッ!!』

「まず一つ」

 

捕らえたビットを脇で挟み、骨を立てるようにして締め上げる。数秒と経たず、ビットは圧し折れて爆発した。ちょっと痛い。

 

『齊藤選手、先程の織斑選手とは違い、ビットを切るのではなく圧し折ることで破壊したあー!!』

『かけ方からみて、アレはヘッドロックだな。基本的なプロレス技の一つだ』

『成程……って織斑先生!?何故解説席に!?』

 

何やってんだあの人。まあいい。

これが俺の闘い方だ。女に手は上げない。だから武装を狙った。武装を破壊して、戦闘能力を奪うようにすれば、女に手を上げることなく闘える。

 

「残り3……いや4か?」

 

ビットの残りが3つとライフル1丁だから、合ってるな。

 

「よし、次!」

「くっ!?この!」

 

再度ビットの弾幕が張られる。が、そんなものなんの障害にもならない。

ゲージはガンガン減っていってるけど。

 

『攻撃を避けるどころか、その中を駆け抜けるその姿、まるでブレーキの壊れたダンプカーのようです!』

 

実況も大分ノってきてるな。あとそれはスタン・ハンセンの代名詞だ。

 

「二つ目っと!」

 

2基目を捕らえて膝に叩きつける。さっきもそうだったが、ISを装着してるせいで、前腕部が長くなってるからやりづらい。

 

『バックブリーカーだな。元々は腰にダメージを与える技だ』

 

……。

 

「こ、これ以上やらせませんわ!?」ジャキン

「ぬ?」

 

アイツ、ライフルを構えやがったか。だが、その程度で止められるとは思うなよ。

 

「喰らいなさい!」

 

ライフルの銃口から放たれたレーザーが一直線に向かってくる。ビットよりも強力そうだが、やることは変わらん。真正面から受けるだけだ。

 

ドゴォ

 

「ぐぅっ!?」ズザザ

 

おいおいなんて威力だ、衝撃で体が後ろに圧されたぞ。

腰を落として構えてたのに、以外に重い一撃してやがる。

 

『ライフルの一撃に思わず後ずさった齊藤選手。流石にこれは耐えれなかったか!?』

 

ゲージがガクンと減りやがった。ISはダメージを受ける度にバリアー?のエネルギーを消費していって、なくなったら負けとかいうふざけた構造してやがるから、これ以上受けるのは危険だろうな。

 

「流石に堪えたようですわね。どうですの?今謝れば醜態を晒ずに済みますわよ?」

 

……だがな。

 

「フン」

「っ!?」

 

プロレスっていうのは……。

 

「そんな水鉄砲、いくら喰らおうがへでもねーぜ!」

 

ピンチから本番なんだよ!!

 

「っ!?生意気ですわ!!」ジャコン

「!」

 

ズガァーン

 

また撃ってきやがった!衝撃で一部の装甲が弾け飛んだ。

何か鉄の味がする。口の中が切れたか。

 

「ペッ効かねーつってんだろォ!!」ダッ

 

血を吐き出しセシリアに向かってダッシュ。一気に距離を縮めないとこのままじゃ勝ち目はない。

 

「ち、近づかないでいただけませんこと!?」ビシュウ

「ガアっ!?」

 

しまった……もろ顔面に受けちまった。体が投げ出され、妙な浮遊感の後、地面に叩きつけられた。

 

 

『一気に距離を詰める作戦に出た齊藤選手でしたが、セシリア選手のレーザーライフルをもろに貰いダウン!脳震盪でも起こしたのか、全く動きません!?』

「……」

 

見に来いっていうから一応見に来たけど、滅茶苦茶ね。あの人。

闘い方が全く理論的じゃない。ただでさえISの稼働時間や操作技術で差があるのに、専用機よりもスペックは遥かに劣る訓練機で、しかも全く回避をしないなんて、自殺願望でもあるのかとしか思えない。おまけに飛行はせず、歩行と跳躍だけで移動、接近している。……まあ、それでBT兵器を二基も破壊したのだから、よくやった方か……。

でももう終わり。見ただけでわかる、あのレーザーライフルの威力は馬鹿にならないと言う事は。それを防御もせず、真正面から直撃を喰らったのだから。

 

「……時間の無駄だった……」

 

プロレスの力を魅せるとかいうからどんなものかと思ったけど、ただ馬鹿をやっただけじゃない。

そう思いながら私はアリーナに背を向け、体を出口に向けた。

 

ワアァァァ

 

「?」

 

さっきまで静かだったアリーナに、また歓声が起こった。試合終了のアナウンスは鳴ってない筈……。

 

「まさか……!」

 

振り向きアリーナの中央を見た時、私は驚愕した。

 

 

彼が、立ち上がろうとしていた。

 

 

「何で……!」

 

もう機体はボロボロ。彼自身ももう限界のはずだ。確かにISには絶対防御がある。とはいえ、あれほどのダメージをすべてシャットアウトはできない。

それなのに、彼はまだ戦意を失ってはいない。

辺りからは「もういい」「十分頑張った」等の声が聞こえるが、そんなものは届いてないだろう。

何が彼をそこまで駆り立てるの?

 



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第七話 プロレスの意地

……どれくらい寝てた?一分?一時間?それとももっとか?

 

(……チッまだ頭がガンガンしやがる)

 

足に来てんのか、うまく力が入らない。膝に手をつきながらでようやく立ち上がる。

どうやらまだ試合は終わってないようだな。

 

「ど、どうして……」

「あん?」

「どうして立ち上がれるんですの?これ以上は、流石に……」

 

わざわざ地面に降りてまで、何を訊くのかと思ったら、そんなことか。

 

「下らねーこと聞くな」

「……へ?」

 

確かに体のあちこちが痛いし、足も震えている。機体もなんか『CAUTION』って出てるし。正直倒れて楽になりたい。

だけどよ……。

 

「プロレスラーっつうのは、心が折れたらそこで終いなんだよ」

 

生憎、この程度じゃ諦めてらんねえ。

 

「何が……一体何があなたをそこまで駆り立てるんですの!?」

「……」

 

そんなの、決まってる。

 

「約束しちまったんだよ、アイツに」

 

プロレスの本当の力を見せてやる……と

 

「だから」ガチャン

 

一歩……。

 

「俺がここで……」ガシャン

 

一歩……。

 

「倒れる訳には」ガシャン

 

一歩……。

 

「っ!!」

「いかねえんだよ!」ダンッ

 

痛む体とボロボロの機体にムチ打ってダッシュし、セシリアに一気に迫る。

 

「ッ!ブルー・ティアーズ!!」

 

まあ……当然、迎撃してくるわな。残りのビット二基が俺の進行方向に展開され、放たれたレーザーが機体を焦がす。

 

「ガアっ!」

 

もうこの程度も受け止めきれなくなってんのか……たかがビットの攻撃に膝をついてしまった。

もう機体が持たなくなってるってぇのかよ……ふざけんじゃねえぞ。

 

(……おい打鉄ぇ)

 

(生身の俺が立ち上がろうとしてるっていうのに、超兵器だとか言われているお前は、

 

「何寝ようとしてやがんだア!少しは根性見せやがれええええええええええ!!!」

 

 

ヤバい。龍輝の奴、気づいていないのか。

あの攻撃でエネルギーが無くなってなかったのは驚いたけど、モニターで見る限り、もうほとんど残っていない。このまま同じように戦ったら、

 

「終わりだな」

 

隣にいた箒が冷静な声でそう言った。反論したかったけど、このままじゃ結果なんて誰の目からみても明らかだ。何か所々火花が散ってるし。

 

「龍輝避けろ!プロレスに拘ってる場合じゃ……!!」

 

その瞬間、龍輝がビットの攻撃を受け膝をついた。打鉄の装甲はボロボロ、当の龍輝自身も、素人目でも分かる程ダメージが溜まっている。これ以上は危険だ。

 

「……これは!?」

 

ふとモニターとにらめっこしていた山田先生が驚いた声をあげた。何かあったのか?

 

「先生、どうしたんですか?」

「龍輝くんのISの出力が急上昇しています!」

 

な、何だってー!?

 

「それはつまり、暴走しているということですか?」

「いえ、そこまで異常な数値ではありません。ですが、こんなことが起こるなんて……」

 

何だかよく分からないけど、アイツはまだ諦めるつもりはないってことだよな。

 

 

熱い……アドレナリンが出てるんのかなんか知らねえが、体が熱い。あと目の前に《DANGER》って出てるけど、自爆とかしないよな?

 

「い、一体何が……!?」

 

攻撃が止んだ?やるなら今しかねえ!

 

「ドぉらあああああああ!!」ダッ

「!?しまっ……!!」

 

今更反応しても遅い。ビットを一斉射しようがライフルを当てようがこの勢いは止まらない。

その勢いのままビットに向かって跳び、そのビットを踏み台にしてさらにジャンプ。必死で跳んだ先に……

 

「……っ!?」

「よお……」

 

ようやくセシリアを俺の範囲(レンジ)に捕らえた。当の本人は驚愕なのか憤りなのか、そんな表情を浮かべていた。

 

「この⁉」

「おっと」パシ

 

迎撃のためか、ライフルを向けてきたが、銃身を掴んで阻止する。

 

「この範囲まで来たらお前に勝ち目はねえよ」

「……それはこちらのセリフですわ」

 

あん?

 

「この距離ならさすがに無事では済まないでしょう?」ジャコン

 

腰にもまだあったのか。……だが。

 

「食らいなさい!」

「ホアタァッ!!」ガン

 

セシリアが腰の砲台を撃とうとした瞬間、砲身を蹴りあげた。発射されたミサイルだかロケットだかは見事に明後日の方向に飛んでいき、空中で爆散した。

 

「そんな……!」

 

接近戦なら拳や蹴りの方が早い。

 

「で、ですがまだわたくしは負けては」

「すまん、セシリア」

 

ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔をされた。まあ当然か。

 

「お前は代表候補生として本気で俺を潰しに来た。なのに俺は信条を言い訳にして、嘗めた戦いをした」

 

さっきダウンしたとき、そしてその後の猛攻を受けて思い出した。師匠のあの言葉、それの続き。確かに師匠は、女子に手を上げるのはやってはいけないと言った。だがリングの上で本気で来る相手には本気で相手をする。それが格闘技の礼儀だ。……と師匠が言っていた。

リングに上がれば男も女も老いも若いも関係ない。そんな基本的なことを忘れるなんてな。

 

「だから、俺も全力の技で応える」ガシ

 

ライフルを掴んでた手を外し、セシリアの胴を正面からクラッチする。

 

「キャッ!い、いきなり抱きつくなんて」

「投げられるのは一回だけ、この投げに、俺の魂を込める!!」

 

深く息を吸い込み、踏み込んで思いっきり跳ね上げる。

 

「ッダアッ!!!」ダン

 

 

龍輝に組み付かれたセシリアは、ある種の恐怖を感じていた。元々女尊男卑思考の彼女にとって男に抱きつかれるということ事態おぞましいことではあるが、この恐怖はそういうものではない。もっと本能的なものだ。

 

(とにかく、脱出しないと!)

 

しかし、時すでに遅し。龍輝は既に投げの体制に入っていた。

 

「ッダアッ!!!」ダン

 

掛け声と同時に跳ね上げられたセシリアは、そこでようやく恐怖の正体を知った。それは、どう足掻いても回避不能な攻撃が来るのを予感してのものだった。

組まれたら終わり。組まれたら投げられる。それに気付かず接近を許したセシリアの落ち度。しかも相手は嘗めを捨てたレスラー。この瞬間、セシリアの運命は決まったと言えよう。

龍輝はセシリアを跳ね上げると、そのまま体を後ろに反りながら横に捻りを加える。

地面に叩きつけられる瞬間セシリアの目には、青い空だけが写っていた。

 

 

ドゴォーーン

 

叩きつけた音が響く。俺がセシリアを投げた音が。

 

『き、決まったーーーーー!!龍輝選手、起死回生の投げでセシリア選手に一矢報いました!!』

 

実況が声を張り上げる。そういえば、暫く影が薄かったけど。トラブルでもあったのか?

 

『フロントスープレックスか。いい技を使うな』

 

フロントスープレックス。

俺の師匠から教えてもらった。師匠はスープレックスの名手と呼ばれてたから。身に付けるのに妥協は許されなかった。お陰でこうして仕掛けられたんだけどな。

 

「う、うう」ガシャ

 

セシリアが立ち上がってきた。何か辛そうだな。後頭部はぶつけないようにしたんだが、いかんせんISのパワーで投げたもんだからな。

 

「まさか、ISで投げをするなんて」

「これしか能がないんでな」

 

打撃も関節もできるが、やはり一番得意なのは投げだな。うん。

 

「……本当に、プロレスがお好きなのですね」

「まあな」

 

俺にはこれしかないからな。

 

「だけど投げた反動で、俺の方は限界が来ちまった」

 

ほんとよく耐えてくれたよ。こんなに火花撒き散らして、装甲ボロボロになりながらさ。

 

「お前の勝ちだ。ナイスファイトだ……った…ぜ」ドサッ

 

言い終わるやいなや、その場に倒れ込んでしまった。どろどろになった頭が最後に記憶したのは、試合終了のアナウンスと、心配そうな目をしたセシリアだった。



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第八話 笑って生きよう

気が付くと白い部屋にいた。

 

「……知らない天井だ」

 

とりあえず言っておいたが、大体この部屋の予想はつく。たぶん医務室かなんかだろう。

 

「目が覚めたか」

「織斑先生」

 

声をかけられた方を見ると、俺のクラスの担任で世界最強の織斑千冬が立っていた。

 

「まさか本当にISでプロレスをやるとはな」

「それしか取り柄ないっスから」

 

てゆーかあんた、結構ノリノリで解説してなかったか?

 

「お前が使ってた打鉄だが、整備士が泣いてたぞ。修理よりもパーツを総取っ替えした方が早いと言っていたな」

 

あちゃー。それは悪いことしたな。

 

「すみません」

「なに、謝らなくてもいい。久々にいい試合を見せてもらったからな」

 

やっぱこの人、プロレス好きなのか?

 

「だが、その状態では次の織斑との試合はやらせられん」

「そうですよね……」

 

骨折こそしてないものの、体へのダメージは酷い。そりゃあんだけの攻撃を受け続けたんだ。当然か。

 

「残念だが、お前は棄権ということになる」

「分かりました」

「あまり気を落とすなよ」

「大丈夫っス。そこまでやわじゃないんで」

 

プロレスラーに怪我は付き物。いちいち落ち込んでなどいられない。

 

「いらん心配だったか。私はもう行くが、しっかり体を休めとけよ」

「分かってますよ」

「じゃあな」

 

そう言って織斑先生は退室していった。

しかし退屈だ。次の試合、一夏が相手だから遠慮せずガンガンやれると思ったのに。

 

コンコン

 

不意にドアがノックされた。誰だ?

 

「どうぞー」

 

とりあえず入室を促す。一夏かな?

 

「し、失礼いたしますわ」

 

予想を裏切って入ってきたのは、さっきまで俺と試合していたセシリア・オルコットだ。別に文句言う訳じゃないけど、お前かい。

 

「何だ、敗者を笑いにでも来たのか?」

「違いますわ!わたくしはその……あなたに謝罪したくて……」

 

謝罪?謝られることあったか?

 

「先日は、あなたの大切なものを侮辱してしまい、申し訳ありませんでした」

 

そう言うとセシリアは深々と頭を下げた。

侮辱?ああ、あの件か。

 

「その事だったらもう気にしてねーから、そんな頭下げんでえーよ」

「それではわたくしの気が収まりません!」

 

つっても、本当に気にしてないんだがな。

 

「……あの時」

「?」

「あなたに投げられた時、その投げひとつで、あなたのプロレスへの想いが伝わってきました」

 

あー……まあ、あのスープレックスは俺の全身全霊をかけたからな。師匠もスープレックスにこだわりを持っていたし、その影響だな。

 

「あなたがどれだけの努力をしてきたか、それを知らずに、わたくしはプロレスを侮辱して―――」

「だからいーって、んな大袈裟にすんな。お前の気持ちは十分伝わってきたからよ」

 

「ですが……」と食い下がるセシリア。ほんとにもういいんだけどな。

 

「それに、努力してるってんならお前も同じだろ?」

「……え?」

 

すっとんきょうな声が出たな。録音機器がないのが残念でしゃーない。

 

「前にも言ったが、代表候補ってのはオリンピック選手みたいなもんなんだろ?だったらそれに選ばれんのがどんだけ大変かなんざ容易に想像がつく。何せ国の代表なんだからな。イギリスだったら、えーっと……確か6300万だっけ?その中から選ばれんだ。生半可な努力じゃ選ばれねーだろうしさ」

 

俺は別にオリンピックにはまったくといっていいほど興味を持ってないが、その大変さはわかるつもりだ。選手に選ばれるためにガキん頃から頑張って、それでようやくスタートラインに立てる。それくらい敷居が高いっつーか、ハードルが高いっつーか……うまく言えんが、まあとにかく大変なんだ。

 

「お前のいかにもエリートです、って態度や女尊男卑的な発言だって、その背景があんなら頷けっしな。他はどう思うか知らんが、俺は別に嫌悪感とかはねーしよ」

 

まああんな態度とるのは、あまり誉められたものでもないかもしれんけど。少なくとも師匠なら、礼儀がなってない、つって怒りそうだがな。

 

「だからな、あんまし気にすんな」ニッ

「……はい、ありがとうございます」

「それとな、そんな暗い顔すんな。そんな顔してっと余計に辛くなっぞ」

 

懐かしいなー。昔よく、暗い顔すんなって怒られたっけ。

 

「で、では、どんな顔をすれば」

「とりあえず笑っとけ、そーすりゃ元気出っから。ほら、にーっ」

 

諺じゃねーけど、実際笑っておけば気分前向きになれるし、元気も出る。よく言うだろ?元気があれば何でも出来るって。

 

「こ、こうですの?」ニー

「……」

「だ、ダメでしたか?」

 

いやいや驚いた。いつもしかめっ面やらしてたから気付かんかったが、

 

「お前、結構かわいい面してんのな」

「ふえっ?!」///

 

そう言った途端、セシリアの顔が真っ赤に染まった。なんかまずいこと言ったか?俺。

 

「もうっ!からかわないでくださいまし!」

「別にからかってないぞ。実際そう思ったし」

 

誉めたのに何で怒ってるんだ?確かにちょっとナンパくさかったかもしれんが……それがダメだったのかな?

 

「~~~っ!!」///ポカポカ

「いてっ!お、おい叩くいてっ!俺怪我人いたたっ!わ、分かった、俺が悪かった!」

 

何故か叩いてきた。普段ならまったくダメージはないのだが、怪我と疲労でこの程度でも痛く感じる。怪我人ということを言ってもやめてくれないので、取りあえず謝ったらようやくやめてくれた。

 

「まったく、ああいったことはあまり言わない方がよろしいですわよ」

「怪我人をポカポカ殴るのもしない方がよろしいと思いますわよ?」

「口調を真似しないでくださいまし!」

 

……フ

 

「ハハハッ」

「うふふっ」

 

静か目な笑い声が医務室に反響する。うん、いい笑顔だ。

 

「これからもよろしく頼むぜ、セシリア」スッ

「こちらこそよろしくお願いしますわ、龍輝さん」ギュッ

 

そう言って差し出した右手を、セシリアは握り返してきた。わだかまりが無くなったなら、前みたいな関係はやだしな。向こうも同じ気持ちだったんだろう。

ところで

 

「いきなり名前呼びなんだな」

「あら?それはあなたもではなくて?」

「むぅ、確かに。こりゃ一本取られたな、アッハハハハ!」

 

してやられたな。こんな軽口叩くんなら、もう心配いらんよな。

いや、もとから心配要らんかったんかもな。確かに最初の印象はあれだったが、蓋を開けてみればいい性格してたし、ちゃんと会話してればあんないさかいなんて起こらなかったのかもな。

ま、これから仲良くできんなら、気にしたってしゃーないか。

 

――――――

 

セシリアと和解した後、一夏やその幼馴染みとか言う女子(何だっけ?モップだっけ?)も見舞いに来てくれた。まあ幼馴染みの娘はどちらかというと一夏に付いてきたって感じで、俺への見舞いがメインじゃなかったぽいけど、お互いそこまでよく知らんし、当然といっちゃ当然か。

基本的にはワイワイ話してたけど、一夏からは無茶しやがってと言われたけど、別にこれくらいの怪我なんともないし、この程度で騒いでたらレスラーは名乗れん。まあ、休めとけって言ったときの織斑先生の目がなんか鋭かったから、大人しく寝とくけど、明日の授業にはちゃんと出るからな。

そんなこんなで時間も結構経ち、明日の授業で使う物の準備を頼んだところで解散という流れになり、三人は退出していった。

やることないし、いつもより少しどころじゃなく早いが眠りにつくとするか。

 

コンコン

 

……今まさに寝ようとした瞬間、ドアがノックされた。誰か忘れ物でもしたか?

 

「どうぞー」

 

ガチャ

 

ドアが開けられた音に反射的にそっちを向くが、正直驚いた。

何故なら入ってきたのはセシリアでも一夏でも幼馴染みの娘のどれでもなく、試合が始まる前、迷い込んだ格納庫らしき所で会った水色の髪をした女子、確か簪だっけ?その娘だったんだからな。

 

「なんだ、見舞いにでも来たのか?」

「……まあ、そんなとこ」

 

なんか間があったけど。まあでも、見舞いに来てくれたのは素直に嬉しいな。

 

……

 

暫く二人ともだんまりしたまま、なんか気まずい雰囲気が流れる。こういうの苦手だなあ。

 

「……試合見たわ」

 

おお、見てくれたのか。返事聞いてなかったから、来てくれるかどうか気になってたんだ。そうかそうか見に来てくれてたか。

 

「それで、あなたに訊きたいことがあるの」

「?何だ」

「……何で、あんなにボロボロになってまで、プロレスにこだわるの?もっと効率のいい戦い方があるのに」

 

あー……なるほど確かにな。その疑問ももっともだがな。

 

「試合見て、どう思った?」

「え?」

 

そう訊くと簪は、少し間をおいてから答えた。

 

「……凄かった。うまく言えないけど、体の奥が、熱くなるような……」

「そうか。さっきの質問だけどな、それが答えだよ」

 

そう言ってやったらきょとんとされた。うーん言葉足らずだったか。

 

「……どういうこと?」

「プロレスってのはな、只勝つだけじゃ駄目なんだ。観客の心に響くような戦いをしなきゃ行けねえ。相手の攻撃を受けてどんなにボロボロになろうとも、何度打ちのめされようとも、何度でも立ち上がり、相手に向かっていく。諦めず、何度でもな。その姿を見せて、観客に勇気と元気を与える、それがプロレスラーだ」

 

簪は、俺が語っている間黙って聞いていた。

確かに、今の世間になってからプロレスの火は消えかけているが、プロレスが持つ力は変わらない。

 

「……本当にプロレスが好きなのね」

「ったりめーだ。レスラーがプロレスを好きでなくてどーすんだ」

 

確かに、と言って彼女はクスッと笑った。

 

「……私にも、出来るかな……?」

「?」

「私には、乗り越えなきゃいけない壁がある。とてつもなく大きな壁だけど……越えれるかな……?」

 

……ああ

 

「出来るさ」

「!」

「だからもう暗い顔すんな。どんなに辛くても、笑っときゃなんとかなっから」

 

「何それ」と言いながらも彼女は口元に手をやり、笑った。うん。

 

「いい顔すんじゃねーか。最初会ったときより今の方が断然いいぜ」

「そ、そうかな……?」///

「そうだとも。笑顔になるだけで美少女度120%増しになったしな」

 

そこで俺の意識は途切れた。かろうじて覚えてるのは真っ赤に染まった簪の顔と、顔面左側から襲って来た衝撃の二つだけだった。

 

(……あれ?なんかデジャブが……)ガクッ

 



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第九話 天丼

今回は短めです。


あの代表決定戦の翌日のSHR(ショートホームルーム)にて、俺こと齊藤龍輝は空腹で倒れそうな状態にあった。理由は決まっている。前日の試合のダメージが原因で保健室に一泊したせいで、大した食事をとれなかったからだ。おまけにトレーニングもできなかったから、ストレスもたまっている。

そんな俺の不安をよそに担任の織斑千冬先生、そして巨乳眼鏡の山田真耶先生によってSHRは進められる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一つながりで縁起いいですね!」

 

山田先生の発言に、クラスの女子達が盛り上がる。すきっ腹に響くからやめてくれ。

 

「先生質問です」

「はい、織斑くん」

 

黄色い声援に包まれる中、先程名前が挙がったばかりの一夏が挙手をした。……腹減ったなぁ。

 

「俺は昨日の試合に負けたんですが、何でクラス代表になってるんでしょう?」

 

ふむ、確かに。昨日の戦績で言えば、俺ら二人に勝ってるアイツがなるべきだろう。ちなみに俺は二戦二敗(一夏戦は不戦敗)のため、ハナから話題には上がんないらしい。

 

「それは---」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

山田先生が説明しようとしたが、その声は横から割り込んで来た高い声にかき消された。その声の主は、先の話題のクラス代表決定戦にて、俺ら二人に勝利したイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだ。昨日までとは打って変わって、朝からいい笑顔をしている。

 

「確かに試合自体はわたくしの勝ちでしたが、正直胸を張って誇れる勝利ではありませんでしたし……。特に龍輝さんとの試合は」

 

いやいやそれは気にし過ぎだと思うぞ。セシリアは自分のスタイルで(プロレス)を迎え撃っただけでそこに別段恥じることはないんだが。

 

「それで今一度自分を見つめなおすという意味で、クラス代表を辞退いたしましたの」

 

成程。クラス代表になる一夏にとっては不幸だが、そういう理由なら仕方ない。

 

「いやあ、セシリアわかってるね!」

「そうだよねー。せっかく男子がいるんだから、持ち上げないとねー」

 

女子達がああ言ってるが、正直俺には関係ないな。おなかすいた。

 

「そ、それでですわね」

 

なんか視線を感じるけど、気のせいだろ。

 

「龍輝さんさえよければその、一緒に訓練いたしませんか?……もちろん二人っきりで」ボソ

 

?最後らへん聞こえなかったな。でも俺と訓練してもスタイルが違うんだから勉強にならんと思うけど。

まあ断る理由もないし、たまにはスパーもやんないとな。

 

「別にいーけど」

「本当ですか⁉で、では今日の放課後早速」

「その話はあとにしろ。今はSHR中だ」

 

流石にこれ以上時間がとれないのか、織斑先生が注意した。そういえばSHRの途中だっけな。ちなみにセシリアは不満そうな顔をしながら席に着いた。

腹へったぜ。

 

――――――

 

「あ~腹へった~」

 

SHRが終わり、先生達が退出するやいなや、俺は空腹のあまり机に突っ伏した。

もう何もやる気がしない。このままチーズ蒸しパンになりたい。

 

「龍輝さん、さっきの話ですけど……大丈夫ですの?」

 

首だけを動かし声をかけられた方を向くと、チョココロネ、あいや違った。セシリアが立っていた。いかんいかん。空腹のあまり幻覚が見えてしまっている。

 

「腹減ってるだけだ、心配するな」グゥゥゥ

「そうでしたか……で、でしたら!」タタタ

 

そう言うとセシリアは、足早に自分の席に戻り、何かを取りだして俺の席の前まで戻ってきた。手に持っているものをよく見ると、どうやらバスケットのようだ。

 

「実はたまたまいつもより早く目が覚めまして……作ったのはよろしいのですが少々作りすぎてしまって」

 

中を覗いてみると、綺麗に整えられたサンドイッチがこれまた綺麗に並んでいた。個数を数えてみると、確かに女子の昼飯にしては量が少々多いか。

 

「それで、龍輝さんに召し上がっていただこうかと」

 

マジか!い、いやがっつくのは良くない。まずはもう一度確認してから。

 

「もらっていいのか?」

「もちろんですわ!」

 

天の助けとはこの事だな。これで昼までは持ちそうだ。

 

「ありがとう、頂くよ」

「お礼なんてそんな……!」

 

周りの目線が気になるが気にせず食すとしよう。端の方のサンドイッチを手に取り口に運ぶ。するとどうだろう、口にいれた瞬間、見た目通りの味が……味が……。

 

「!!?!?」

 

何だこれは⁉凄く不味い!なんとか精神力と他の筋肉を総動員して平静を保っているが、少しでも気を抜いたら戻しそうだ!

ちらと視線のみを動かし、セシリアの方を見ると、

 

「ど、どうですか?お口に合いますでしょうか……?」

 

と、不安そうに聞いてくる様子を見ると、わざとではないのだろう。決死の思いで飲み込み、無理矢理笑顔を作る。

 

「う、うまかったよ」

「本当ですか!よかったぁ……」

 

あんな顔されて不味いって言えるか!!しかし、飲み込んでしまえばあとは礼を言って席に戻ってもr

 

「まだまだたくさんありますから、いっぱい食べてくださいまし!」

 

直後、追加のバスケットが俺の机の上に積まれた。もちろん中にはあの殺人的なサンドイッチが入っている。というかいつの間に持ってきた。いくら何でも作りすぎって量じゃねえだろ!!

 

「ねえねえたっつん、流石にこの量はやばいんじゃないのー?」ボソ

 

いつの間にか俺の後ろにやってきたのほほんこと布仏本音が忠告してきた。お前ホント神出鬼没だな。

 

「気遣いはありがたい。だがなのほほん」ボソ

 

遠慮してるふりして断れば命は助かるだろう。けどそれはできない、何故なら。

 

「女子が作ったものを残すような野暮な真似はできんよ」ボソ

「……本当は?」ボソ

「逃げれるもんなら逃げてえよ!」ボソ

 

でもそんな事してみろ。中学時代の友人に殺される、嫉妬やら何やらで。

 

「どうなさいましたの?」

「い、いやなんでもない」

 

セシリアが訝しんで来た。そろそろ限界だな。

 

「骨は拾うよー」ボソ

「……頼んだ」ボソ

 

さて、いっちょ男見せますか!!

 

―――

――

 

「それでは授業を始めまーす!あれ?齊藤くんは?」

「せんせー、齊藤くんは膝の古傷が痛むとかで医務室に行きました」

(たっつん、かっこよかったよ)グッ

(龍輝さん、大丈夫かしら?後でお見舞いに行かないと!)

 

 



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第十話 ある日の風景

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

四月も下旬に差し掛かり、あと少しでゴールデンウィークというある日の訓練。今日も今日とて俺達は織斑先生の授業を受けていた。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開に一秒とかからないぞ」

 

織斑先生にせかされて一夏とセシリアの二人がISを展開する。大変だな、あの二人。

ちなみに何故俺が呼ばれなかったかというと、届いた専用機を好みじゃないからと返却したためだ。訓練機実習はまだのため、試合で使った打鉄は使えない。専用機は改修してまた届くらしいので、武骨にしてくれと注文を付けておいた。具体的にはヴァンツァーとかATとかダイ・ガードとか。スーパーロボット混じってるぞだって?いいんだよ好きなんだから。

 

「よし、飛べ」

 

織斑先生の号令で二人が飛行を開始する。セシリアは流石と言ったところか、ぐんぐん上昇していくが、対して一夏はノロノロといった感じだ。

気持ちは分からんでもない。正直、今まで地面に足をつけて生きてきたのに、IS(あんなもの)を着けてるとはいえ空を飛ぶ感覚などわかんねーよな。ルチャとかは跳んだり跳ねたりするけど、それと全く違うし。せめてジェットスクランダーとか、何かわかりやすいものが付いていればよかったのに、イメージだけで何とかしろと言われても……。

 

「織斑、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から十センチだ」

 

そんなこんなを考えてると織斑先生が二人に新たな指令を出した。真っ先にセシリアが下りてきて、指令通りキレーに止まった。少し遅れて一夏も降りて……いや降ってきた。当然止まれるわけもなく、加速したまま地面に激突したため、地面にはでっかいクレーターができた。やっちゃたな、アイツ。

 

「馬鹿者。誰が地面に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「……すみません」

 

謝りつつも姿勢制御して起き上がる一夏。クレーターの規模に反して平気そうだな、バリアのおかげか。

 

「何か考えことですか?」

 

む。セシリアお前、いつの間に近くに来たんだ?

 

「大したことじゃない。気にすんな」

「そう言わずに教えてくださいな」

 

やけに食い下がるな。本当に大したことないんだけど。

 

「いやなに、ISって頑丈だなって思っただけだ」

「それはそうですわ。元々宇宙開発用に造られたんですもの」

 

そういえば、授業でそんなこと言ってた気がする。確かに宇宙で活動すんなら頑丈じゃないといけないよな。デブリでシャトルやステーションが穴だらけになった、なんて話聞くし。

 

「いつまで話している。次は武装の展開だ、さっさと準備をしろ」

「は、はい!では龍輝さん、また後で」

「頑張れよー」

 

ハートマn……織斑先生に呼ばれて戻っていくセシリアに軽いエールを送る。なんか浮かれてるっぽいけど、大丈夫か?

次は武装の展開か。生憎俺は武装(凶器)を使わないから、見ても意味がないか。

最初に一夏、次にセシリアの順でやってたが、案の定二人ともダメ出しをされていた。特にセシリアは先日の試合の事もあり、念入りにダメだしされていた。合掌。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

一夏の奴、ほんと災難だな。俺まで巻き込まれたらメンドイし、さっさと教室に戻るか。

 

 

「というわけでっ!織斑くんクラス代表おめでとう!」

「おめでと~!」

 

ぱん、ぱんぱーん。クラッカーが乱射され、中心にいた一夏の頭に紙テープが降り注いだ。

なぜこんな状況になっているか。誰かが夕食後の自由時間にクラス代表就任パーティーをやろうと言いだしたからだ。

一組の他のメンバーは楽しいだろうが、祝われてる本人はちっとも楽しくないという顔をしている。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

「ほんとほんと」

 

ちなみに参加メンバーの中には他の組の女子も混じっている。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生にインタビューをしに来ました~!」

 

来訪者にオーと盛り上がる一同。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

簡単な挨拶と共に、薫子と名乗った新聞部の女子は名刺を一夏に渡した。一夏は未だ軽く困惑しているが。

 

「ではではズバリ織斑くん!クラス代表になった感想をどうぞ!」

「えーと……なんというか、がんばります」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

 

戸惑いつつも捻り出した一夏のコメントにダメ出しする薫子。

 

「まあ、適当にねつ造しておくわ。ああそうだ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

今度はセシリアに振る薫子。急に振られたセシリアは「仕方ないですわね」と不満げなことを口にしながらも、満更ではない顔をしていた。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと―――」

「あやっぱ長そうだからいいや」

 

新聞部の勘か、長いうえに面倒そうだなと感じたのかセシリアのコメントは序盤で切り上げられた。切り上げられたセシリアは怒り心頭といった様子。

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

「いーよ別に織斑くんに惚れたってことにしとくから」

「は?」

 

薫子のマスゴミ的な発言に思わずセシリアの顔に青筋が浮かぶ。巻き込まれた形の一夏が「それはセシリアに失礼だろ」とフォローに入ると、

 

「ほんと、検討違いも甚だしいですわ」

 

と真顔で肯定した。その声は普段のセシリアからは想像できないほど低く、威圧感を覚えるくらいだ。

 

「わ、分かったわよ……。ところで斎藤くんは?齊藤くんにもコメントもらいたいんだけど」

「龍輝ですか?アイツなら……」

 

一夏が指さした方向を見ると、

 

「あっちでずっと飯食ってますよ」

 

我関せずとばかりに黙々と食事をしている龍輝の姿が。

 

 

「あん?ひゅはい(取材)?」モゴモゴ

「あ、はい、そうです。織斑くんのクラス代表就任について一言お願いします」

 

人が気持ちよく食ってる時に無粋な奴だ。でも師匠から取材を受けたら断るなって言われてるしな。

 

「ムグムグ……ゴクン。頑張れ、以上。……モキュモキュ」

「いやあの、もう少し何か……」

「たっつんのおいしそー。一口ちょーだい」アーン

 

飯の匂いを嗅ぎつけてのほほんがやってきた。ついネコかなんかみたいに言ってしまったが、実際そんなイメージだしな。

ちなみに今俺が食ってるのは照り焼きチキンだ。

 

「いいぞー、ほれ」ヒョイ

「モキュモキュ……んー♪おいしー♪」

 

それは僥倖。ここの照り焼きチキンは本当に美味いからな。

 

「あ、あーん……だと……!?」

「あんな自然に……のほほんさん、恐ろしい子……!?」

「わたくしだってまだですのに……!」

「しまった!?シャッターチャンスだったのに!」

 

他のおすすめとしてはエビフライとかさばの味噌煮とかだな。

 

「お返しにこれあげるー。はい、あーん」

「サンキュ」パ「パシャ」ク

 

お返しにポッキー的な菓子をもらった。飯の最中に食う菓子も乙なものだな。

 

「なん……だと……!?」

「そのままの流れでお返しあーん……!?」

「おっしゃ!今度は撮れた!」

 

?何をみんな騒いでんだ。おっと、早く食わないと冷めちまうな。

 

「龍輝さん!」

 

ビックリした。いや、いつの間にかセシリアが隣に来ていたのもそうだが、この近距離であんな大きな声出されれば誰だってビックリする。

 

「こちらの料理もおいしいですわよ。はい、あーんですわ」

 

と言いながらフォークに刺した料理を差し出してきた。圧力が凄い、コワイ。

 

「あ、あーん……モキュモキュ……確かに美味いな」

 

と答えると、何やら小さい声で呟きながらガッツポーズの様なものをしていた。いやお前が作ったわけではないだろう。

 

「ほらお返し」

「ふぇっ!?」

 

さっきのほほんに食わせた時にはお返しされたんだから、俺も食わせてもらったらお返ししないとな。

 

「よ、よろしいのですか?」

「いいぞ。ほら、け」

 

早く食わないと汁垂れんぞ。つい方言で言っちゃったけど、伝わってるかな?

 

「で、では頂きますわ……!」

 

よかった、伝わってたか。つーか妙に気合入ってんな。

 

「ハム……モキュモキュ……!」

 

こうしてみると、ほんとキレイな顔してんよな。飯食ってても絵になるような……何考えてんだ、俺。

 

「美味いか?」

「ゴクン……はい!とっても美味しいですわ!」

「そうか、よかった」ニッ

 

自分の好物を美味しいと言ってもらえるのはやっぱ嬉しいな。……セシリアの顔が赤いような気がするが、気のせいか。

 

「セシリアだいた~ん」

「のほほんさんに触発されたか」

「またいい絵が撮れたよー」

「龍輝の奴、隅に置けないな」ウンウン

 

また周囲がざわめきだしたな。おっと、もう食い終わってしまった。さっきレンジに放り込んでおいたカレーがもうすぐ温まるから、ちょうどいいっちゃちょうどいいか。

 

「すみません、さっきの写真は当然いただけますわよね?」

「も、もちろん。だからそんな怖い顔しないで……」

 

向こうではセシリアが新聞部の先輩と何やら交渉してるが、特段気にする必要ないか。「チーン」お、温まった。

 

「じゃあ次は三人で並んでくれる?スリーショット撮るから」

 

モグモグ……前師匠の家で食ったカレーは牛筋だっけな。また食いてぇなあ。

 

「注目の専用機持ちと話題のプロレスラーだからねー。ほら齊藤くんもこっち来て……ってカレー食べてる!?」

 

……え?俺も?

 

「今食ってるんすけど」

「いいから来て!これ撮ったらあとは食べてていいから!」グイグイ

 

新聞部の先輩は俺の腕を強引に引っ張り無理矢理一夏の横に並ばせる。カレー持ったままなんだけど。

 

「モグモグ……?なんだ?」

「べ、別に、何でもありませんわ」

 

こっち見てくるからカレーでも食いたいのかと思ったが、違ったか。ちなみに立ち位置としては一夏をはさんで正面から右に俺、左にセシリアとなっている。

 

「はい撮るよー。27の2乗の2乗は?齊藤くん少しの辛抱だからカレー食べる手止めて」

「え?えっと……え?」

 

一夏がものすごい戸惑ってる。一夏じゃなくても分かるかんなもん。……カレー美味い。

 

「正解は531,441でしたー」

「のわ!?」

 

何だ!?いきなり背中に何か!?

 

「何で全員入ってるんだ?」

 

シャッターが切られた後、首だけを動かし後ろを見ると、のほほんがくっついていた。さっきの背中への衝撃はのほほんが飛びついたせいか。おまけに周りを見ると他の女子達が周りに集まっていた。どうやらシャッターが切られた瞬間入ってきたらしい。すげえ行動力だな。

 

「まーまーまー」

「クラスの思い出になっていいじゃん」

「ねー」

 

口々に丸め込むようなことを言う女子達。

そんな事より……。

 

「いきなり飛びつくなよ。こぼしたらどうする」

「ごめーん」テヘ

 

なんかほんとにでっかい猫に見えてきた。

 

 

「フン……!フン……!」

 

ガシャン

 

「フゥ……」

 

バーベルをフックにかけ、上体を起こして汗を拭く。やっぱベンチはきついな。

 

「さて……と」

 

小休止の後、再度ベンチに横になり、バーベルを上げる。

あの後、カレーを食い終わった俺は周りの女子達の様子を見て、このままだと遅くまで続くなと思い、それまでに食べた皿を全部片し、一人先に部屋に戻ってトレーニングを開始した。

正直騒がしいのは好きじゃないし、この方が落ち着く。

 

「オ……ラァ……!!」ガシャン

 

セットを重ねるごとにきつくなってくるな。胸筋が張ってるぜ。

 

ガチャ

 

横になったまま息をついていると部屋のドアが開いた。

 

「やっぱり先に戻ってましたのね」

「……ああ」

 

入り口に立っていたのはこの部屋のもう一人の住人のセシリアだ。セシリアは部屋の中を通り、自分のベッドに腰かけた。

 

「もうパーティーは終わったのか?」

「いえ、先に抜けてきたのですわ」

 

何でだ?別に抜けてくる理由もないだろうに。

 

「まあいいか。俺はもう少しトレーニングするから少しうるさいと思うけど、勘弁してくれ」

 

そう告げてトレーニングを再開する。ベンチプレスをしてる俺を、セシリアはじっと見ていた。何かやりずらいな。

 

「何か用か?」

 

セットが終わったと同時に尋ねる。こう見られては集中できん。

 

「い、いえその……」

「?」

 

何故か言いよどんで顔をそらした。言いにくい事なのか?

暫くして少し言いづらそうにしながらも、セシリアは答えた。

 

「わたくしも、一緒にトレーニングしてもよろしいでしょうか……?」

「……」

 

……いや、正直びっくりした。まさかそんな言葉が出てくるとは。当の本人はお肉がどーとか体力がどーとか言ってるけど、なんか言い訳っぽい。

 

「えっと、ダメ……ですか……?」

 

いやちょっと待ってそんな顔で見ないで申し訳なさげな顔で上目遣いは反則だろおい。

 

「い、いや別に構わないけど……キツイぞ?」

「覚悟の上ですわ!」

 

まいったな、これで断ったら俺が悪いみたいじゃねえか。

 

「……分かった。じゃあ俺外出てるから動きやすい服に着替えな」

「はい!ありがとうございますわ!」

 

「礼はいいよー」と答えつつ部屋を出て着替え終わるのを待つ。まあ俺もトレーニングパートナー欲しかったけど、まさかセシリアがねえ。

 

「着替えましたわー」

 

どうやら終わったらしい。ちゃんと聞き終えてから部屋に入る、スケベハプニングはごめんだからな。…………おお。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

いやいや言葉を失った。セシリアが来ていたのは何時も授業で着るようなISスーツではなく、陸上選手が着てるみたいなトレーニング着だったのだから。

 

「龍輝さん?」

「――――――あ、ああ。よく似合ってる、と思う」

 

不安そうな目で見てきたから咄嗟に答えたが、胸を撫で下ろしていたので問題ないだろう。

正直目を奪われた。でもしょうがないだろう。スポブラの様なトレーニングシャツは、セシリアの主張の激しい山を強調し、トレーニングパンツからはスラッとした脚が太ももの付け根から露にされていた。見慣れたISスーツではこうはいかなかっただろう。下手したらISスーツより露出が多いかもしれない。

 

(まさかここまで破壊力が高いとは……!恐るべし……!)

 

何が恐ろしいのかは言わないでおこう。

頭を軽く振って煩悩を振り払い、頭を切り替える。

 

「じゃ、じゃあまずはコンディショントレーニングから始めよう」

「はい!」

 

まさかこんな展開になるとはな。まあでも……。

 

「よろしくお願いしますわ、龍輝さん♪」

「……おう!」

 

悪い気はしないかな?



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第十一話 乱入者!その名は……

一睡もできなかった。

状況がよく分からないだろうから説明しよう。実は昨日の夜、同室のセシリアとトレーニングしたのだが(俺はほぼ終わりだったので実質セシリアへの指導だけ)、その光景がやばかった。

想像してみてくれ、スタイルのいいパツキン美少女がトレーニングしてる姿を。揺れる胸、漏れる吐息、玉の肌を汗が伝い、顔は熱気をもち上気している姿を。

よろけて抱きついてきたときは終わったと思ったが、幸いバレずにすんだ。しかし同室ということで処理することもできず、セシリアの姿が目に焼き付いたせいで一睡もできず朝を迎えることになった。

 

「ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

そんなひどい状態の俺をよそに、クラス内では女子達がトークに花を咲かせている。何で女子ってこんな元気なんだろうな。

 

「転校生?今の時期に?」

 

と疑問を口にしたのは織斑一夏。お前も女子と相部屋なのに何でそんな元気なんだよ……。

でも確かに時期が変だよな。ま、どうでもいいか。それより眠い。

 

「何でも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 

へー。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」

 

イギリス代表候補生且つ俺のルームメイトで、寝不足の原因でもあるセシリアが開口一番、いつものポーズをしながらそんなことを言って来た。なんかポーズがぎこちないけど、筋肉痛だろうか?そこまできつい内容じゃなかったはずだが。

 

「龍輝さんはどう思われますか?」

 

こっちに振らないでくれ。眠いんだから。

 

「何が……?」

「中国の代表候補生についてですわ」

「ああ……どうでもいいわ……」

 

そんな事より今は一秒でも寝ていたい。

 

「どうでもいいって……気になりませんの?」

「ん~……代表候補ってことは、そいつも専用機とか持ってんの?」

 

とりあえず適当な疑問を上げて、さっさと会話を切り上げよう。このままじゃ授業中に寝てしまう。

 

「当然持っていますわ。どのような機体かはわかりませんが」

 

へーそうなのかー。じゃあこの話は終わり、ハイ寝よう。

 

「そういえば、二組の代表がその転校生になったって話だよー」

 

まさかの増援、のほほんこと布仏本音。いやほんと勘弁して、お願いだからそういった話はそこの一夏君と周りの女子達とやって百円あげるから!

 

「みんなは専用機持ちは一組と四組だけだから楽勝って言ってるけど、わからなくなったねー」

 

確かに周りの話し声に耳を傾けてると、みんなのほほんが言ってた通り楽観的な会話してんな。

 

「―――その情報、古いよ」

 

教室の入り口からなんかカッコつけてるような声が聞こえた。そっちの方をちらと見るとツインテのちっさい女子が立っていた。もうこれ以上面倒ごとは勘弁してくれ。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

その女子の言葉により、さっきののほほんの予想が肯定された。やはりそう簡単にはいかないよな。

 

「鈴……?お前、鈴か?」

 

え、何知り合い?

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

あっそ。もう用は終わっただろ、早く自分のクラスに帰ってくれ。そして俺を寝かせてくれ。

 

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

頼むからもうこれ以上話を掘り下げないでくれあんパン奢るから!

 

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ!

 

……ああ。俺の安息の時間が全く安息することなく終わった。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません」

 

ダメだ、瞼を開けられない。このままじゃ出席簿の餌食に。

 

「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏」

 

捨て台詞を吐いて自分の教室、二組に戻っていくツインテ。それを見計らって女子達が一夏に群がるが、ことごとくが出席簿の餌食となった。無論俺も……。

 

(不幸だ……)

 

 

時は流れて昼休み。ついにこの時間がやって来た。正直授業中眠くてしょうがなかったが、この時間になれば寝ようが何しようが自由だ。

 

「たっつんお昼ごはん行こー」

 

……まあ、飯は食わんとな。入学してから1kgしか増えてないし。

 

「わたくしもご一緒しますわ!」

 

……賑やかなのは嫌いじゃないけどな。

 

―――

――

 

「ご飯特盛で」

「あいよっ!」

 

いつもの事ながら活気があっていいなIS学園(ここ)の学食は。腹が減ってくるな。さっき注文を受け取ったおばちゃんも気風のいい人で、俺が注文をすると少し多めに盛ってくれる、いい人だ。

なんでも利用する生徒がほぼほぼ女子生徒なこともあって、俺みたいに大量に食べてくれるのは嬉しいんだとか。

 

「はい、照り焼きチキン定食ご飯特盛お待ちっ!」

「ありがとうございます」

 

今回の昼食一発目はこれだ。う~んいい匂いだ、冷めないうちに食うとしよう。先に席を確保しといたから、楽でいいや。

 

「たっつんそれ好きだよねー」

「まあ、鶏肉は筋肉になりやすいからな」

 

のほほんが俺のお盆を覗き込んできた。つーかのほほん、お前のそれ昼飯か?量が少なすぎる気がするが、おやつと間違えてないか?

 

「たっつん基準で考えられても困るよー」

 

心を読むな。

 

「お待たせしましたわ」パタパタ

 

お、来たか。なんかいつもより決めるのに時間かかってたけど。

 

「ん。セシリアいつもより多めじゃないか?」

 

心なしか、のほほんのに比べて多いような。比べる基準がおかしいか。

 

「今日は何故かいつもよりおなかが空いてしまって、はしたないとは思ったのですが」

「そうか?俺は好きだけどな。いっぱい食べるのはいい事だし」

 

昨日のトレーニングが効いてんだろうな。それに朝もいつもと同じ量しか食ってなかったんだし、腹減んのは当然だからはしたないもくそもないだろう。

 

「す、好きだなんてそんな……!」

「たっつんもう少し考えて発言しようよー」

 

?何故だ。変なこと言ったわけでもないのに。

 

「おーい龍輝ー!」

 

呼ばれた方を見ると、一夏がポニテとツインテを連れた状態でこっちに歩み寄ってきた。気付いてるかお前。後ろの二人、凄い顔してるぞ。

 

「どうした?」

「悪いんだけどさ、席一緒させてもらってもいいか?空いてたらでいいんだけど」

 

ふうむ、確かにテーブル席だから何人分か空いてるが、後ろの二人が怖い。

まあ友人の頼みだ、聞いてやらねば男が廃る。金銭関係は除くがな。

 

「いいぞ。二人もいいよな?」

「龍輝さんがよろしいなら、わたくしは構いませんわ」

「わたしもいいよー。賑やかな方が楽しいしー」

 

じゃあ決まりだな。あと後ろ二人、あんまり睨むな。怖いから。

 

「向こうのテーブルをとってあるから、冷めないうちにいこうぜ」

「悪いな」

「いいってことよ」

 

ゾロゾロ

 

……何か他の女子たちもついてきてるけど、流石に座りきれないからな。

 

 

―――

――

 

「へー、幼馴染みだったのか」モキュモキュ

「そ。小四の終わりに箒が引っ越して、それと入れ違いで鈴が転校してきたんだ」

 

なるへそ。だからあんな仲良かったのか。幼馴染みか……嫌な思い出しかないな。

 

「んで中二の終わりに国へ帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

なら積もる話もあるだろうに、俺達と相席してていいのか?

 

「ねえ一夏、もしかしてコイツが……?」

 

まだ挨拶してないが、向こうは知ってるみたいだな。まあ学園に二人しかいない男子、知らない方がおかしいか。モキュモキュ。一応こちらから挨拶しとこ。

 

「ゴクン……俺は齊藤龍輝。まあ、見ての通りの人間だ」

「あたしは凰鈴音。噂は聞いてるわよ、一組にプロレスラーがいるって」

「まだプロじゃないけどな」

 

この訂正何回目だ?めんどくさくて数えてねーや。

 

「たっつん人気者ー」

 

茶化すなのほほん。お前はいつの間にかとってきたパフェでも食べてなさい。

 

「すでに転校生の耳に届いてるなんて、流石龍輝さんですわ!」

「……あんた誰?」

 

……うわぁ。

 

「なっ!!わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないの?」

「うん。あたし他の国とか興味ないし」

 

……セシリア、お前何と言うか、色々残念だな。今度何か奢ってやるかな。

なんかめんどくさくなりそうだから先に定食のおかわりを取ってこよう。

喧騒を背景にお盆を片して、券売機の前まで行く。さて次は何にしようか。さっきは鳥だったから、うん、生姜焼きにしよう。

 

「ご飯特盛で」

「あいよっ!少し待っててね」

 

しかし凰とかいう奴、何か気の強そうな感じだったな。ああいうタイプは嫌いじゃないが、少々騒がしいかな。

 

「はいお待ちっ!生姜焼き定食ご飯特盛」

「ありがとうございます」

 

さて席に戻ろう。……まだ喧嘩してるよ。相手はセシリアじゃなくてポニテだけど。

 

「ただいま」

「おかえり龍輝」

 

よっしゃ食うぞー。……のほほんお前パフェ食ってるだろ?だからあんまし覗き込むな食いづらい。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

やっぱ生姜焼きはご飯進むなー。……分かったのほほん一口やるから裾引っ張らんでくれ食いづらい。

 

「ほら、口開けろ」ヒョイ

「あーん♪」パク

 

パフェ食ってる時に食って味とか大丈夫なのか?

 

「あの、龍輝さん。わたくしにも一口頂けないでしょうか?」

「おういいぞ。ほい」ヒョイ

「あ、あーん」パク///

 

二人とも美味そうに食うなー。モキュモキュ……おかわり取ってくるか。

 

「じゃあ次の取ってくるわ」

「おう。分かった」

 

流石に三食目となると食券機の周りもすいてきてるな。さて、次は何にしようか。とんかつ定食もいいが、ここは唐揚げ定食にしよう。

 

「お願いしまーす」

「はい、唐揚げ定食特盛一丁!」

 

威勢のいい掛け声をBGMにしばし待つ。こういう掛け声は聞いてて気持ちいいよな。

 

「唐揚げ定食特盛お待ちっ!サービスしといたよ」

「ありがとうございます!」

 

ホントいい人だ。今度お礼しないとな。

少しルンルン気分で席に戻ったはいいが、まだキャンキャン騒いでるよあの二人。いい加減落ち着け。

 

「ただいま」

「おかえりなさい龍輝さん。あの、少々よろしいでしょうか?」

「んぅ、何だ?」

「今日の放課後なのですが、よければ一緒にISの訓練をしませんか?」

 

ん~。放課後は技術の復習をやりたかったが……まあ、折角の誘いを断るのもあれだな。でも問題がなあ……。

 

「俺打鉄の使用許可取ってないぞ」モキュモキュ

「それなら大丈夫ですわ。今朝のうちにわたくしが取っておきましたから」

 

そんな簡単に許可っておりるもんなの?まあ気にしたら負けか。

 

「じゃあいいぞ。よろしくな」モキュモキュ

「はい!こちらこそよろしくお願いしますわ!」

 

まあこの先授業やらなんやらで必要となるし、一人で技術練習してもできるのなんてたかが知れてるしな。ちょうどいいっちゃちょうどいいのかな。

 

「てかあんた!どんだけ食うのよ!なんでみんなスルーなの?!」

「「「「もう慣れ(た)(ましたわ)(たよー)」」」」

 

モグモグ……いやー、ご飯が美味いって幸せだなー。



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第十二話 訓練開始

今回は内容少し薄目です。


「コンディション終わったし、始めるか」

 

放課後の第三アリーナ。普段ならウエイトをやってるが、セシリアとの約束があるため予定を急遽変更してアリーナにやってきた。

 

「随分入念にしていましたわね」

 

とはセシリアの言。それくらいやってないと、怪我したら嫌だし。

 

「少しやり過ぎではないですか?」

「俺がいたジムじゃ、これでも軽い方だぞ」

 

と聞いたセシリアは開いた口が塞がらない様子。だって練習前にヒンズースクワット500~1000は普通にやってたし。

 

「とりあえず、ISを展開するか」

「そ、そうですわね」

 

意識を集中して、ISを展開する。うーん、やっぱりなれないな。トレーニングのときになりたい姿をイメージしたりするけど、それとこれとはわけが違うし。織斑先生は熟練者は一秒もかからないって言ってたけど、よくできるよなぁ。

ちなみに俺がかかった時間は約20秒くらい。セシリアはとっくの昔に展開し終えてる。流石代表候補だな。

 

「では、いきますわ!」

「おっしゃ来い!」

 

セシリアの攻めに備え、基本通りの構えを―――

 

「待て」

 

……この地獄の獄卒も逃げ出す威圧感は……

 

「お、織斑先生……」

 

そう、我らが担任。和製ハートマン、もしくは現代のスカサハこと織斑先生だ。

 

「斎藤、今すぐピットに来い」

「使用許可はもらったはずっすけど」

 

俺の言葉にセシリアがうんうんと頷く。連絡ミスかな?

 

「先程お前の専用機が届いた。よってお前が訓練機を使う必要はない」

「……はい?」

 

専用機ってあれか。あのくそダサいから返却した奴か。あの後何度か改良されて届いたけど、全然好みに合わないから返却し続けたがな。

どうも俺の好みをはき違えてるみたいだし、気が進まねーな。

 

「いいから来い。あまり時間を取らせるな」

 

だから心を読むな。

 

―――

――

 

「こいつだ」

 

ピットに戻ってすぐ、織斑先生の隣に鎮座しているISが目に入った。あれが新しく届いた専用機か。

 

「名前は『フロストTypeD・G』……だったか。お前が提示した資料を参考に造ったと言っていたな」

 

ふむ。装甲が展開されてて詳しくは分からないけど、確かに前までとは意匠が違うな。

 

「さっさと装着しろ。文句があるならそれからだ」

「へいへい」

 

まあ見た感じは前までのような「いかにも専用機です」みたいな感じではないしな。

背中を預けるように展開された部分に座ると、装甲が俺の身体に合わせて閉じ、あたかも体の一部になったかのような妙な感覚が身体に行き渡る。やっぱ慣れねーなこの感覚。

 

「ふむ……」

 

装着し、装甲が戻ったことで大体ではあるが全体のデザインがつかめてきた。

見た感じは下半身がリアル系、上半身がスーパー系か。成程勉強して来てるな。

 

「感想はどうだ?」

「デザインは好みっすね。あとは動きやすいかどうか」

 

デザインは正直ドストライクだ。ちょっとツギハギ感がしてるがそれがまたいい。おまけに俺の指定通り武装の類は積んでいないようだ。

 

「ならアリーナに戻って動かしてこい。ちょうど相手もいることだしな。初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)はやってるうちに終わる」

「まだ使うとは言って」

「もう返品は受け付けんぞ」

「う、うっす」

 

まあ今度のは好みだし、いっか。という訳でさっさとセシリアが待つアリーナへ戻ろう。さて、どんなもんかな。

 

―――

――

 

「待たせたな」

 

なんとなく大塚ボイスっぽく言ってみる。え?似てないって?分かっとるわ。

 

「それが新しい専用機ですか?」

「そ。確か名前は……『フロストTypeD・G』とか言ってたな」

「D・G……何の略でしょうか?」

 

確かに何だろうな。D・G……うーん分からん。

 

「考えるのはあとにしよう。コイツの慣らしが先だ」

「そうですわね……何からいたしましょうか」

 

うーん。今回はスパーだけのつもりだったから、何も考えてねーな。まいっか。

 

「メンドイから予定通りスパーでいいや」

「よろしいのですか?」

「俺実践派だから」

 

意味が違うって言いたそうな顔だな。いんだよこういうのはノリなんだから。

 

「では、いきますわ!」

「おっしゃ来い!」

 

開始の掛け声をかけるや否や、セシリアは俺から距離を取り、ライフルを構える。俺もそれに対応し、基本通りレスリングの構えを取る。

直後、銃口からレーザーが発射され――――――って!?

 

「ぐおおおおおおっ!?」

 

いきなりか……こふっ!?

ヤベえ油断した。おもっきし直撃した。

 

「よーし、今度はこっちから行くぞ!」

 

とりあえず近づかんことには話にならん。ドシンドシンと重厚な足音がするが、そこまで動きづらい感じはしないな。

 

「させませんわっ!ブルー・ティアーズ!」

 

来やがったなファンネルもどき!その程度で止められると――――――ごふっ!

 

「き、効かねえな!」

 

気のせいか、打鉄んときよりダメージ多い気がする。まだ初期化終わってないからか?よく分からん。

 

「どぉらあ!」ガシッ

 

おっしゃ掴んだ!後はこれを。

 

「オラっしゃあ!」ブンッ

 

セシリアに向かってぶん投げる!

 

「きゃあっ!?」サッ

 

案の定避けたか、予想通りだ。今のうちに跳躍。

 

「あ、危ないですわね……?!」

 

気付いたか。だが遅い!

 

「くっ!」

 

ライフルで迎撃するより俺が組み付く方が早……あれ?

何か、接近するスピードが遅くなってるような?って!

 

「おわああああぁぁぁぁ⁉」ヒューン

「た、龍輝さん!?」

 

嘘お!?ちょ、落下してる?!え、えっとこんな時はとりあえず落ち着いて素数を数えて1、3、5、7、11……て数えてる場合じゃねえ!ブースター吹かすのどうすんだっけ?あ、もう時間が

 

「ぐふっ!?」クンッ

 

お、おうふ。何かいきなり後ろに引っ張られたような。

 

「大丈夫ですか?!龍輝さん!」

「サンキュー、セシリア」

 

まさかセシリアに助けられるとは、なんか恥ずかしいな。

セシリアは俺を支えたままゆっくりと降下し、地面に着いたところで俺を放した。

 

「本日はこれまでにしましょうか」

「……そうだな」

 

結局、最適化すらも終わらぬまま、俺は今日の訓練を終えた。勘ではあるが、コイツはかなりピーキーな機体みたいだな。正直そういった機体の方が好みではあるが。

もう返却は効かんし、コイツに慣らしてくしかないか。

 

 

「ふい~、食った食った」

 

やっぱ動いた後の飯はいいな。ついバクバク食っちまう。それはいつもだろって?気にすんな。

 

「ああ、またつい食べ過ぎてしまいましたわ。でも、龍輝さんに喜んでいただけるなら……」

 

俺につられてかセシリアもいつもより食っていたな。女子はよく体重がーとか脂肪がーとか言ってるけど、そんなの減量中のレスラーの前で言えんの、って話だよ。

 

「体重が心配なら安心しろ。どうせこの後のトレーニングで消費するから」

「こ、これからですか?!」

「少し休んでからだけどな」

 

何をそんなに驚いてんだか。毎日やらんと効果ないだろ。……もしかして。

 

「昨日のが効いてるのか?」

「……お恥ずかしながら」

 

ああー……。

 

「昨日のは基礎体力がどんなもんか見ただけだ。今日はそれを参考にメニューを考えたから、安心しろ」

「わ、わたくしの為にですか?」

「そうだけど」

「龍輝さんが、わたくしの為に……うふふ♪」///

 

?

 

―――

――

 

「―――さーん、よーん」

「ふっ……くっ……!」

 

……昨日のが効いてるっていうからどうなるかと思ったけど、結構やれてるな。ちなみに今やってるのはレッグリフト。所謂足上げ腹筋だ。

 

「ほらラスト1。頑張れ」

「は、はい!ん……くぅ……!」

 

ちょっとフォームが乱れたが、無事上げきったな。

 

「よしOK。少し休憩して」

「ハァ……ハァ……」

 

うーん、目のやり場に困る。でも今回はしっかり覚悟決めてたから昨日よりは反応していない。

 

「疲れたか?」

「い、いえ、大丈夫ですわ」ハァ、ハァ

 

その気概はいいけど、そうして体壊されちゃ夢見が悪い。レスラーだったらそれでいい。だけどセシリアはレスラーじゃないからな。

 

「無理だけはするなよ。体壊したら元も子もないんだから」

「はい……龍輝さんは、本当にお優しいですわね」

「まあ、女性には優しくしろって教育されてたからな」

 

つい師匠を思い出した。師匠は愛妻家ではあったが、基本的に女性に優しいから、しょっちゅう嫉妬した奥さんに怒られてたっけ。

 

「……あの、龍輝さん」

「どした?」

「龍輝さんは、どのような女性がタイプなのですか?」

 

……?

 

「どうしたいきなり?」

「あ、いえ。単純な興味と言いますか……答えにくいのでしたら……」

 

ふーむ、女性のタイプか。特に思いつかないな。今まで周りの女性にあんまり気を惹かれたことなかったし。まあでも、強いて言うなら。

 

「……試合に勝った姿を見せたい女性(ヒト)、かな」

「……?えっと、つまり」

「あーもう気にするな!それより次の種目始めるぞ!」

 

あーくそ、ガラでもねえ。

俺に彼女とか、想像つかねーよ。



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第十三話 クラス代表戦

五月。ゴールデンウィークも過ぎ、夏の足音が聞こえそうな今日この頃。俺は第二アリーナのピットに来ていた。

そう、今日はあのクラス対抗戦の試合当日。級友である織斑一夏の晴れ舞台である。初の男性操縦者が出場するとあってアリーナは全席満室、リアルタイムで放送もされてるらしい。

 

「一回戦からあの中国娘と試合とはなぁ」

 

運がいいのか悪いのか。聞いた話じゃ、喧嘩していたみたいだし。

中国娘こと凰鈴音の駆るISは見た感じ近接型みたいだ。名前は『甲龍(シェンロン)』。ガンダムからとったのかな?

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスに促されて空中に浮かんだままにらみ合う二人。何か会話してるみたいだけど、ここからじゃわからんな。

 

『試合を開始してください』

 

ブザーが鳴り響き、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

「始まったな」

「龍輝さんはこの試合どう見ますか?」

 

と訊いてきたのはいつの間にか俺の隣に立っているセシリアだ。すっかりこの立ち位置がデフォになってるような気がする。

 

「経験で言ったら向こうだろうな。でも一夏も特訓していたみたいだし、案外いい試合すんじゃないか」

 

実際アリーナでは二人の剣戟がぶつかり合っている。見てる感じとしてはいいんじゃないかと思うが。

二人はしばらく打ち合っていたが、一夏が距離を取ろうとした瞬間甲龍の方アーマーがパカッと開き、光ったと思うと一夏が吹っ飛ばされていた。

 

「何だ?何が起こった」

「『衝撃砲』……空間に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃自体を撃ち出す―――ブルーティアーズと同じ、第三世代型兵器ですわ」

 

成程。要するに、

 

「ドラえもんの空気砲と同じか」

「あれはもっと危険ですわ。砲身斜角はほぼ無制限なうえ、砲弾どころか砲身すら見えないんですもの」

 

そりゃやばいな。あ、また吹っ飛ばされた。見えないんじゃ対処のしようがないし、うまく動いて照準を絞らせないようにするしかないんじゃ。

 

「いや、まだ奥の手が残っている」

 

俺の様子を見てか、少し離れて試合を見ていた一夏の幼馴染の篠ノ之が呟くように言った。

 

「奥の手?」

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で接近さえできれば、あとは――――――」

 

と言ってる間に一夏が凰に向かって加速、接近しようと体勢を――――――

 

 

ズドオオオオンッ!!!

 

 

「な、何ですの?!」

 

地震か?!この揺れだと震度5くらいか?

 

「そんな訳あるか!モニターを見ろ!」

 

篠ノ之に怒られた……。お前も心読めるのか。

言われた通りモニターを見ると、映っているISが一機増えてる。どっちかが影分身でもした?

 

「ふざけてるのか?あのISが乱入してきたんだっ!!」

 

ごめんなさい……。

よし、今から真面目モードだ。

 

「乱入してくるとは、とんでもない奴だ」

 

まあでも二対一だし、二人がAAのあのレイヴン達みたいに協力すれば何とかなるだろう。AAではやられてたけどな。

 

「織斑くん!凰さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちがISで制圧しに行きます!」

 

何やら山田先生が慌てた様子でアリーナの二人に呼び掛けてるけど。

 

「なにを慌ててんだ?」

「馬鹿かお前は!?この状況が分かってないのか!?」

「でも二対一だぞ?」

「あのISは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

ああそっか。アリーナの遮断シールドは結構強固に作られてるらしいから、それを破ってきたってことはかなり危険って事かそうかそうか……。

 

「……ってそれヤベえだろ!?」

「今更かっ!!」

 

今更だ。

ええいクソ、こうしちゃいられねえ!

 

「どこへ行く?」

「決まってますよ、助けに行くんスよッ!」

 

行こうと思った瞬間に織斑先生が声をかけるもんだから少しずっこけちゃったじゃないか。

 

「その気合は買うが、―――これを見ろ」

 

と言って叩かれた端末からなんかの情報が表示されるけど、なんなのかさっぱりわからん。

 

「これは……!あのISの仕業ですの!?」

「遮断シールドがレベル4に設定……?つまり、どういうことだ?」

「救援に向かえんということだ」

 

マジかよ。

 

「だ、だったら!緊急事態として政府に助成を―――」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐに部隊を突入させる」

 

篠ノ之が出した案も、遮断シールドを何とかしない事には期待できそうにないか。

 

「見てるしかできないのかよ……!」

「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、何でっすか!?」

「お前のIS、最適化(フィッティング)すら終わってないだろ」

「ぅぐっ?!」

「それに武装の類が一切なく、出来ることと言えばプロレスの真似事のみ。これでは話にもならんぞ」

 

クソ、反論できねぇ。遮断シールドさえなけりゃあ無視していけんのによぉ……。どうにかしてアリーナに入るには――――――

 

「ええいクソ!考えたってしゃーない!」ダッ

「龍輝さん!?」

 

ダッシュしてピットの出口に向かう。制止する声が聞こえるが、んなもん知らん。

―――到着はしたが、成程。織斑先生の言った通りシールドが張ってあるな。

 

「来い!フロスト!」

 

意識を集中してISを展開。訓練のおかげか、今では八秒で呼べるようになった。

 

『齊藤。貴様何をする気だ』

「いやいや、ちょっとお手伝いをね」

 

織斑先生が呼び掛けてくるが、生憎俺は頭が悪くてな。これ以外考えつかん。

拳を思いっきり振りかぶって―――

 

「どっっっせえええええいっ!!」

 

ズゴン

 

シールドを思いっきりぶん殴る!!

 

「チッ!やはり一発じゃ開かんか。なら何度でもぶん殴るまでだ!」

 

ガゴン ドゴン バゴン

 

全然開かねえな。だったらもっと殴れば―――

 

『無駄だ齊藤。貴様のISで遮断シールドは破れん』

 

……確かに、織斑先生の言う通りかもしれん。殴るたびに拳がぼろくなってる気がするし。

 

「……誰が決めたんすか」

『何?』

 

それでも、殴る手は止めねえ。止めてやらねえ。

 

「あのISに出来て、俺に出来ないって誰が決めたんすか!?」

『……』

 

ここで引いたら、ここで諦めたら、俺の路が無くなっちまう。友達も助けらんねえで、何がプロレスラーだ!

 

「覚えといてください織斑先生、プロレスラーは―――」

 

ボロボロになってきた右の拳に一層力を込め、弓を引くように引き絞って――――――

 

 

 

 

 

 

 

「強いんだよっっっ!!!」

 

バゴオオォォン!!

 

振り抜いた先には、でっかい穴が開いていた。

 

『『嘘……』』

『ほお……』

 

へ、へへへ。

 

「見たか!プロレスラーに不可能は無え!!」

 

代わりに拳がぶっ壊れたけどな。

何はともあれ障害は消えた。一夏、凰、今行くぜ!!

 

 

「一夏、大丈夫?」

「何とかな……」

 

決め手を与えられえないまま結構な時間が経った。当たると思った斬撃もするりと躱され、鈴の衝撃砲も効果が薄い。

やばいな。シールドエネルギーの残量が60を切っている。バリア―無効化攻撃を出せるのはあと一回ってとこか。

 

「……鈴、あとエネルギーはどれくらい残ってる?」

「180ってところね」

 

だいぶ削られてはいるが、俺よりはマシだ。というか、俺の《雪片弐型》の仕様がやはりきつすぎる。

 

「―――で、どうすんの?現在の火力でアイツのシールドを突破して機能停止(ダウン)させるのは厳しいわよ」

「逃げたけりゃ逃げてもいいぜ」

「なっ!?馬鹿にしないでくれる!?あたしはこれでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」

 

変にプライド高いよなあ。

 

「そうか。じゃあ、お前の背中くらいは守って見せる」

「え?あ。う、うん……。ありが「うおおおおおおおお!!」―――え?」

「ん?」

 

今何か、聞き覚えのある声がしたような―――

 

「よくも俺のダチをやりやがったなキィィィィック!」ズガン

 

……ええ!?い、今あのISにミサイルキックをぶちかましたのはもしかして……いや、もしかしなくともアイツは、

 

「た、龍輝?!」

「待たせたな!二人とも」

「あんた何で!?遮断シールドはどうしたのよ!?」

「ぶん殴ったら壊れた」

 

ぶん殴ったって……は、ははは。やっぱスゲーな、アイツ。

龍輝は蹴った反動でそのまま飛び、ちょうど俺達の下あたりに着地した

 

「あ、アンタねえ―――」

「鈴、話すのはあとだ」

「チッ、やっぱアレだけじゃ倒れんか」

 

あのIS、龍輝に蹴っ飛ばされたのにもう復活してる。

ん?なんかおかしいな。

 

「なあ鈴、龍輝。あいつの動き機械染みてないか?」

「ISは機械よ」

「何言ってんだ、お前」

 

急に二人の目線が凄い冷ややかになった。いや違うんだよ。

 

「そう言うんじゃなくてだな。えーと……あれって本当に人が乗ってるのか?」

「は?人が乗らなきゃISは動かな―――」

 

とそこまで言って鈴の言葉が止まる。龍輝も俺の言いたいことを理解したのか、ジッとあのISを見据えている。

 

「……無人機ってことか」

「そんなのはあり得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」

 

龍輝が言った答えを、鈴がすぐさま否定する。確かにそれは俺も教科書で読んだけど、今の最先端技術で出来ないかどうかまでは分からない筈だ。

 

「仮に、仮にだ。無人機だとしたらどうだ?」

「なに?無人機なら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗っていないなら容赦なく「思いっきりぶん投げる」全力で……え?」

 

気付いた時には、龍輝はあいつに向かって走り出していた。

 

「AIだか何だか知らねえが、倒れるまでぶん殴ってぶん投げりゃいいんだろ!!」

 

……えぇ……。

 

「あいつ、アホね」

 

ちょっと同意してしまった。



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第十四話 やらせるか!

「うぐぅっ!?」

 

やべえ、思いっきりカウンターをもらっちまった。

 

「大丈夫か?」

「ふん!こんなの屁でもねえ!」

 

一夏が心配してきたが、そんなのは無用だ。レスラーがあの程度でやられるか。

 

「今度はこっちの番だオラァ!!」

 

とりあえず、接近しなけりゃ話にならん。

再度突っ込んで袈裟斬りチョップを放つが、これは相手に当たることなく空を切る。だが―――

 

「織り込み済みだ馬鹿野郎っ!!」ガッ

 

手応えあり!

チョップを振り抜いた勢いそのままに胴廻し回転蹴りだ!さすがにこれは躱せなかったみたいだな。

まあ、大して効いてねえみたいだけどな。あのタイミングで喰らったら普通はダウンするのに。この無人機野郎、ダウンどころか反撃しようとしてやがる。

 

「おもしれえ!オラ来い!!」

 

このタイミングだ!

 

「オラァ!!」パン ドゴオ

 

左のパンチを打ってきたのを捌き、そのままカウンターでサイドキックを叩き込む。もちろん衝撃がそのまま相手に伝わるように、捌いた時に腕をつかんでいる。

 

「どっせえええええい!!!」ドゴオ

 

そのままの流れで右腕をがら空きの左脇に差してアンダーフックの体勢を取り、思いっきり膝をぶちかます。

 

「オラ!オラ!オラ!」ゴッ ゴッ ゴッ

 

二発、三発、四発と次々に膝を突き刺す。右手が壊れてるため首相撲はできないが、アンダーフックでも相手を拘束するには十分。実際師匠はMMAの試合でこの戦法をよく使ってたし、俺もユースの試合で使わせてもらってた。

 

「フン!」ガシッ

 

膝蹴りで下がった相手の頭を振り右脇で抱える。

 

「おっしゃ行くぞっ!!」

 

左手を上げアピールするが、歓声は聞こえない。状況が状況だから当然だが、さみしい。

右腕を掴み上げ、自分の頭を空いた脇に嵌め、左手で腰を掴み―――

 

「ドリャア!!」ドォン

 

踏み込んだ勢いで跳ね上げそのまま後ろにぶん投げる!

フッ、決まったぜ。

 

 

「ブ、ブレーンバスター……」

「ホントにプロレスやってる……」

 

鈴が唖然としてる。無理もないか、一度見てる俺でさえ吃驚してるんだから。

いやだってまさかブレーンバスターをやるなんて思わないだろ。

 

「ねえ一夏」

「何だ、鈴?」

「あいつって、何者?」

 

何者って、見たまんまだぞ?

 

「プロレスラーだよ。強いぞ、アイツは」

「で、でもさっきから結構攻撃受けてるし「いや、あれはわざとだ」……えぇ……」

 

もう開いた口がふさがらんと言った様子だ。まあシールドエネルギーが無くなったら終わりのISでわざと攻撃を受けるなんて、少しでもISを知ってる人間から見たら正気とは思えないだろうし。

 

「でも、ダメージが無いわけじゃないからな。いつでも助けに行けるようにしておかないと―――あっ!?」

「ちょっと!あれやばいんじゃない?!―――」

 

ああ、鈴の言う通りだ。龍輝の戦闘スタイルはプロレス、接近してこそその真価を発揮する。

だが、それは逆を言えば――――――

 

「離されちゃったわよアイツ!!」

 

――――――接近しなければ、手も足も出ないと言う事だ

 

 

クソ!距離を取られちまった。只の人形と思ってたが、学習能力はあるみたいだな。

 

「―――!?ぐうおおおお!?」

 

なんて威力だあのビーム!一発でゲージがガクンと減っちまった。こりゃ連続して喰らうと厄介だな。

 

「チィッ!」

 

二発目のビームを躱しつつ再度接近を試みるが、接近した分距離を取られる。と思えば向こうから殴りにきたり、まるでボクサーと戦ってる気分だ。

おまけに一発が重い!さっきみたいに捌こうとしてもタイミングが合わんし、踏ん張ろうとしても吹っ飛ばされる。

 

「―――!?やばっ!」

 

あの野郎、着地に合わせてビームを!?クソッ!硬直が抜けねえ!

 

(チクショウ!―――)

 

 

 

 

 

 

「―――ぅぉぉおおおお!!」

「ぐふっ!?」

 

聞きなれた声と共に横から衝撃が?!

 

「間に合った……大丈夫か龍輝?」

「な、なんとかな。助かったぜ一夏」

 

できればもう少し優しく助けてほしかったな。オエ……

 

「あんた無茶し過ぎよ!ISでプロレスするなんて非効率にもほどがあるでしょ!」

「これしか能がねーんだ。しゃーねーだろ」

 

一夏から地面に降ろされた時、凰がそんなことを言ってきた。

他の戦い方知らねーし。武器使うなんざ主義じゃねーし。

 

「だからって一人で戦うことはないだろ?」

「ぅ?」

「そうよ。こっちは三人なんだから」

 

……ああ、そうだったな。

 

「悪い、つい熱くなっちまって」

「気にすんな。それより、アイツをどうするかだけど……」

 

あのISか。動きが変わってから一方的にやられてるし、何か策を考えないと。

 

「俺に一つ、策がある」

 

マジかよ。俺が戦ってる間に考えたのかな。

 

「龍輝、鈴。乗ってくれるか?」

「OKだ」

「正直不安だけど、いいわ。乗ってあげる」

 

アイツに一泡吹かせるんだったらなんでもいい。正直藁をも掴みたい思いだ。

 

「それで、何をすればいいの?」

「ああ。――――――」ゴニョゴニョ

「「―――!?」」

 

……成程。

 

「面白れぇ!」

「本気?……と言いたいところだけど、現状ではそれが最善ね」

「アハハ……」

 

凰の手厳しい言葉に一夏が乾いた笑いを上げてるが、俺はいい案だと思うぞ。

 

「おっし!じゃあ早速―――」

 

気合を入れようと拳を打ち合わせようとした時、アリーナに大声が響いた

 

『一夏ぁっ!』

『龍輝さん!』

 

片方はよく聞きなれたセシリアの声。もう片方は聞きなれてない篠ノ之の声だ。

 

「あ、アイツら……」

「な、なにしてるんだ……」

 

どうやらいつの間にか放送席の方に移動したらしい。ホント吃驚したぞ。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

『龍輝さんの力ならぜっっったい勝てますわ!』

 

おお、エールとは気が利いてるな。やる気がモリモリ沸いてくるわ。

 

「―――まずい!二人とも、逃げ―――」

 

!?あのIS、セシリア達を狙って……クソ!?

今から向かって間に合うか?飛ぶこともできないのに?そもそも耐えられるのか?ゲージ残量は?装甲は?

考えてる間にアイツは腕の方向をセシリア達に向け、射撃体勢をとっている。迷ってる時間は無え。

 

「どおりゃあああああ!!!」ダンッ

「龍輝?!」

 

間に合え……!間に合え!間に合えええええええ!!!

 

 

バシュウ ドオン!

 

 

……ゴフッ

 

『た、龍輝…さん……?』

『齊藤、お前……』

「よかった……間に合ったか……」

 

振り向くと、二人の無事な姿が目に入った。よかった……本当によかった……。

ホッとして力が抜けてしまったか、重力に逆らわず真っ逆さまに落下していく。

 

「た、龍輝いいいいいいっ!!?」

 

ああ、やべえな。このまま地面に衝突したら痛いんだろうな。機体は装甲がボロボロで各所からスパークが散ってうまく作動しないし、正直俺自身受け身を取る力もないわ。

 

(ここまでかよ……)

 

 

ドオォーーーン

 

 

 

「龍輝さああーーーんっ!?」

「さ、齊藤……くっ!?」

 

落ちた龍輝を見て、二人は後悔の念に駆られた。自分たちがここ(中継室)に来なければ、龍輝が自分たちを庇い、やられることはなかっただろう……と。

龍輝のISは敵ISの攻撃によりボロボロになり、そのままアリーナの地面目掛けて落ちていった。落下した先は土煙が上がり視認はできないが、その姿は容易に想像できる。

 

「ごめんなさい、龍輝さん……ごめんなさい……」グスッグスッ

「すまない齊藤……私たちのせいで……」ウゥ

 

時間とともに土煙が晴れ、落下地点が明らかになる。まだ多少の煙は残っているものの、障害となるほどではない。

龍輝の安否を確認するため覗き込んだ二人は、その光景に思わず声を上げた。

 

「「―――え?」」

 

しかしその声は悲鳴というよりも、驚きの声だった。

落下した地点には、先程までとは違った姿の龍輝が、自身の足でしっかりとアリーナに立っていたのだから。

 

 

地面に衝突する少し前、頭の中に直接メッセージみたいなのが送られてきた。

 

 

 

―――初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が終了しました。非常事態の為、一次移行(ファースト・シフト)を開始します。

 

 

 

……なんか変なのが頭の中に浮かんでくるけど、これが走馬灯?あ、地面が目の前に――――――

 

 

ドオォーーーン

 

 

……あれ?そこまで痛くない?でも何か感覚が変だな。

 

「これは……?」

 

自分の身体を見回すと、俺の身体を包んでいたISの姿が変わっていた。なんでだ?

 

(もしかしてさっきのメッセージって……)

 

ああ、つまりそういう事か。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

機体を見てみると、最初は何がモチーフだかよく分からなかったが、今ならすぐ分かる。

脚部はリアル系のデザインだったが、これはAT、それもスコープドッグを基にしている。違う点と言えばターンピックがなく、腰部に良く分からないものが付いてることぐらいか。

そして上半身だが、正直驚いたぜ。スーパーロボットは数あれど、まさかコイツを基にするとはな。赤と黒の胸部装甲。太く力強い前腕。いかにもスーパーロボットってデザインのコイツの名は――――――

 

「ダイ・ガードか!いいセンスだ」

 

他にも参考になるロボットアニメを提示したのに、マジンガーとかじゃなくコイツを選ぶとは……選んだ奴グッジョブ。

 

「龍輝、無事か!?」

 

スペックを確認しようとした時に、一夏が俺の安否を確認する為か急いだ様子で飛んできた。

 

「悪い、心配かけたな」

「ホントか!?よかった……」

 

俺がそう返すと心底ほっとした様子で胸を撫で下ろした。

 

「龍輝、その機体は……」

「さっき一次移行(ファースト・シフト)が終わってな。それよりアイツは?」

「今鈴が抑えてるけど、あんまり長くは……」

 

マジか。女子に任せっきりにはできん、急いで戻らないと。

 

「作戦は変わってないな?」

「ああ。鈴と合流次第仕掛ける」

「OK。……行くぞ、一夏」

「ああ!」

 

ガチンと拳を打ち合わせ、全速力で走り出す。

 

「お楽しみは、これからだ!」



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第十五話 即席タッグ、結成!

「遅い!いつまであたし一人に相手させる気よ!?」

「悪い、待たせた!」

 

合流しての開口一番、凰が厳しい言葉を浴びせてきた。まあ、消耗した状態であんなのを一人で相手にしてたんだから、仕方ないっちゃ仕方ないか。

 

「すまん。心配かけた」

「アンタ無事なの?!直撃だったのに!?」

一次移行(ファースト・シフト)が間に合ってな」

「今!?てことは初期状態でアイツに向かってったの!?」

 

何か「信じらんない」と言った様子で捲し立ててくるが、今はそんな状況ではないと思う。

 

「落ち着け鈴。とりあえず龍輝が無事だったんだ、このままさっきの打ち合わせ通り行くぞ!」

「むぅ~、何か釈然としない……」

 

世の中理不尽なことばかりだぞ凰。敵さんだって、そんな待ってくれないんだから迅速に行動した方がいいだろ?

 

「分かったわよ……もう、仕方ないわね」

「じゃあ予定通り、先に突っ込ませてもらうぜ」

「頼んだぞ、龍輝」

 

ちょっと損な役割だけど、別に構わんさ。凰はさっきまで一人で押さえてて疲れてるだろうし、一夏はエネルギーギリギリだし。その点俺の機体はダメージが直ってピッカピカの状態だからエネルギーにも装甲にも余裕ある。うん、合理的だ。

 

「凰はもう少し休んでな。じゃあ、行ってくるぜ!」

 

言い終わると同時にダッシュ。やっぱあんまり速度出ないな。ある程度近づいたら立ち止まり、相手の様子を見る。お、どうやらアイツも俺を認識したらしい。

 

「悪いな、待たせちまって」

 

当然返事はない。人形なんだから当然と言っちゃ当然か。

接近を再開。一歩、一歩とゆっくり近づく。向こうは様子をうかがってるのか、身動き一つしない。

そして数歩進むと、お互いの射程圏内に入った。

 

「フンッ!!」ガシィ

 

奴が不用意に出してきた手を腕四つで掴む。おっし。

 

「このまま力比べと行こうかあッ!!」ググッ

 

こっちが力を入れたら、向こうも全力で握りつぶそうとしてきた。やっぱ力あんなお前。

だけどよ……

 

「全然足んねえんだよ!」ググ

 

均衡を破って俺の手がめり込み、そのまま敵ISは膝をついた。

 

「んな見せかけだけの腕で俺に勝てるわけねえだろうが!」

 

正直フィンガーロックで組んだ力は俺の師匠や他のジムメンバーの方が上だ。

手を掴んだまま、大きく頭を振りかぶり。

 

「オラァ!!」ゴッ

 

思いっきり相手の頭目掛けて振り下ろす!いい音したなぁ。

間髪入れずにフロントキックで――――――

 

「あ?」

 

何か掌が熱いような。って!?

 

「やば―――」パッ

 

バシュウ

 

あっぶな!?この野郎掴んだまま撃ちやがった!

 

「この野郎!」ガン

 

撃った直後にフロントキックを叩き込む。蹴った勢いで相手が吹っ飛び距離が開いたが、これでいい。

 

「凰!」

「ハァッ!」

 

ドゴォ

 

距離が開くと同時に俺の後ろから飛び出した凰が衝撃砲を放つ。おっし!タイミングばっちしだ!

 

「まだまだ行くぜえ!」ガッ

 

衝撃砲のダメージから立ち直ろうとしたタイミングでシャイニングウィザード。そのまま横に抜けると、今度は凰が青龍刀っぽいので切りつけた。

 

「今よ!」

「おっしゃあ!」ガシィ

 

凰の合図で隙だらけの敵ISの腰にクロスボディで組み付く。

これが作戦の第一段階。俺がアイツの視界を塞ぎ、タイミングを見計らって凰がデカい一撃を叩き込む。そうしてできた隙に組み付く。自分でも少し疑問に思うが、即興としてはいい連携だよな。

 

「オラァ!」グイッ

 

地面に足がめり込むほど踏ん張り、敵ISを肩に担ぐ。

カナディアンバックブリーカー。背骨折りの一種で、力自慢のレスラーがよく使う技だ。もちろんこれで決まるなんて思っていない。だが、これでいい。

 

「一夏!!」

「うおおおお!!」

 

これで作戦は完了だ。俺と凰が翻弄し、隙をついてコイツを拘束する。動けなくなったコイツを一夏が斬る。実にいい作戦だ。

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

「何!?」

「一夏!避けて!!」

 

 

この野郎、担がれながら一夏に向かってビームを撃とうとしてやがる!

 

「チィ!」

 

間に合うか分かんねえが、やるしかない!ビームを撃つ前にコイツを前方に叩き付けて射線をずらす!

 

「オラァ!」ブン

 

ドォン バシュウ

 

……ふぅ、どうやら間に合ったようだ。

 

「助かったぜ、龍輝」

「気にすんな。さっき助けられたからな、お互い様だ」

 

叩き付けた敵ISからある程度距離を取ったところで一夏達と合流した。

サンダーファイヤーパワーボム。間に合ってほんとよかった。

 

「一夏!大丈夫なの!?」

「ああ、平気だ。それより龍輝、もう一回行けそうか?」

 

一夏が作戦が続行可能か訊いてきた。残念だが無理だな。

 

「悪いけど、腕を何とかしなきゃまたビームを撃ってくるぞ」

「そうか……じゃあ腕を抑えれば」

「そんな担ぎ方はない」

 

俺がアイツを拘束するのにカナディアンを選択したのには理由がある。一夏が作戦を話した時に、なるべくあのISだけを斬れるように拘束して欲しいと言われたからだ。確かにカナディアンは斬りやすいが、相手の腕が自由になる。他の担ぎ方も同じだ。

 

「作戦は失敗か……クソ」

 

まあ、そう悪態をつくな。

 

「まだ方法はあるさ」

「方法って、どうすんのよ?巻き込まれないように担ぐのは無理なんでしょ?」

 

ああ、確かに無理だ。

 

「まあ見てなって!」ダッ

「お、おい龍輝」

 

起き上がった敵ISに向かってダッシュ。カウンターで拳を振るってきたが、狙い通りだ。

ダックアンダーで腕をくぐり、そのままバックに回る。

 

「フンッ!」ガシィ

 

そしてフルネルソンで捕らえ、肩と頸椎を締め上げる。これで動きは止まった。

 

「一夏!今だ、斬れ!」

「ア、アンタ……」

「ダメだ龍輝!このまま斬ったらお前まで……」

 

心配してくれるのはありがたいが、気にしなくていいぞ。確かに斬ったらもろ巻き込まれるが、んなこと気にして何がレスラーだバカヤロー!

 

「俺を嘗めるな!伊達に体鍛えてねえ!剣如き通さねえよ!!」

「だ、だけど……」

「うお!?動くな、この!」

 

くっ、暴れやがって!このままじゃ抑えきれんぞ!?

 

「いいからやれええーーー!!!一夏ああーーー!!!」

「う……うおおおおおーーーーー!!!」ダッ

 

やっと決心したか。まったく。

雄叫びを上げながら踏み込んだ一夏が敵ISを()()()袈裟懸けに斬り付けた。

 

「ぐううぉぉおお!!?」バチバチ

 

ゲージがグングン減ってく。すげえ痛いし、正直このまま倒れたい。だが、まだやることがある!

 

「ぅおらあああああああああ!!!!!!」ダン

 

稼働限界を迎える前に終わらせる!

踏み込んで腰を落とし、思いっきり跳ね上げて後方に―――

 

「せいやああああああああ!!!!!!」

 

ぶん投げる!!

 

ドゴォン

 

 

 

 

―――

――

 

 

「はっ!」バッ

 

起きてすぐ周りを見ると、目の前には何度か見た天井と壁、頭から落ちたと思しき濡れタオル、そしてベッドに寄りかかりながら寝息を立てているセシリアがいた。

 

「……倒れすぎだろ、俺」

 

この学校来てからどんだけ保健室に運ばれてんだろう……。

外を見ると日が落ちかけており、青色だった空は夕焼けに染まっていた。

 

「しっかし、よく寝てんな」

 

ふと視線をセシリアに戻し、なんとなく寝顔を観察してみる。よく見ると涙の跡があり、安らかとは言いづらい寝顔をしていた。

おそらく必死で看護してくれたのだろう。あたりを見れば、タオル以外にもそれっぽいのがあるし。その疲れが出て、つい眠ってしまったというところか。

 

「ありがとな……」ナデナデ

 

労いの意を込めて、頭をなでる。ついキャラじゃないことをしてしまったが、見てる奴いないからいいだろ。

 

「んぅ……」モゾ

「ッ!?」サッ

「?今、何か……?」

 

ヤベ、撫で過ぎたか。

 

「悪い、起こしちまったか」

「た、龍輝さん!?目が覚めたのですね……よかったぁ」

 

セシリアは起きてすぐ俺の姿を確認すると、心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。俺の想像以上に心配かけてたみたいだ。

 

「少しお待ちください、今他の皆さんも呼んできますわ!」タッタッタッ

 

と言うと足早に退出してった。なんとなく、さっきセシリアの頭を撫でてた手のひらに視線を移す。手のひらには未だ撫でてた感触が残っていた。……めっちゃサラサラだった……。

んなことを考えてると、廊下の方から足音が聞こえてきた。

 

「龍輝!!」ガラッ

「おーなんだー」

 

扉を開けていの一番に一夏が駆け込んできた。一つながりだな。その後からセシリア、凰、篠ノ之の順に入ってきた。

 

「体は大丈夫なのか?」

「全然平気」

「バリアー無効化攻撃をまともに受けたのよ!平気なはずないでしょ!?」

「ほら、この通り」グルングルン

 

腕を回してアピールする。それを見ても一夏達は心配そうな顔のままだ。

 

「心配したんだぜ?お前ブリッジで固めたまま動かなかったから」

 

ふむ、どうやらダメ押しのドラゴンスープレックスでぶん投げて、そのまま気を失ったのか。

 

「言ったろ?伊達に鍛えてないって」

「そんなのが通用すると―――まあ、アンタならあり得るわね」

 

まあ、鍛えてなかったら危なかったけどな。

 

「さ、齊藤……その……」

「あ、あの、龍輝さん……」

 

今度はセシリアと篠ノ之の二人がちょっと前に出てきた。何だろ?

 

「……すまなかった。私達の軽率な行動のせいで……」

「本当に、なんとお詫びしたら……」

 

何が?……ああ、もしかして俺が庇ったあれか?あんなん気にすねくていいずよ。

 

「いーよぉ別に。結果無事だったんだし」

「し、しかし!それでは私の気が……!」

 

んー、このままじゃ引き下がりそうにないな。

 

「じゃあ笑え。それでチャラだ」

「……馬鹿にしてるのか」

 

してねーよ。いたって大まじめだ。

 

「師匠の教えでな、笑えば暗い気持ちも悩みも全部吹き飛んじまう。今回のは善意でやったことだし、俺も自分がやりたいようにやっただけだ。だから笑い飛ばしてチャラにしよう。いいな?」

「……お前がそれでいいのなら」

「フフ、龍輝さんらしいですわね」

 

どうやら納得してもらえたようだな。謝られても困るだけだし、変な感じになる。

 

「折角だ、一夏と凰も一緒に笑おうぜ」

「あたしも?!何でそーなr」

「おう、いいぜ!」

「しょーがないわね!付き合ってあげるわよ」

 

なんか間があった気がするが、まあいいや。

 

「じゃあ行くぞ!せーの―――」

 

グゥ~

 

……そういや腹減ったな。

 

「……ぷっ!アッハッハッハ!」

「あ、あんた、このタイミングで鳴らす?!アハハハ!」

「くっ、ふふふ……!」

「た、龍輝さんったら……ふふっ」

 

ま、結果オーライってことで!



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原作2巻 プロレスの力
第十六話 転校生?ラノベかよ


今回ちょっと長めです。


「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え?そう?私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ」

 

クラス対抗戦から暫くしての月曜日。ここ、一年一組の教室では女子達がどのISスーツがいいかについて意見交換をしている。

 

「着れれば何でもいいんじゃねえの?」

「よくないよー。たっつんには分からないだろうけどさー」

「そうですわね。デザイン性はもとより、やはり自分に合ったものでないと」

 

すっかり俺の机の周りをたまり場にしているセシリアと、のほほんこと布仏本音が俺のつぶやきに反論してきた。

そういうもんか。そういえば、アイツも服選ぶのにめっちゃ時間かかってたな。

 

「そういえば、たっつんのISスーツってかなり特殊だよねー」

「他のISスーツとはデザインも機能性も違うみたいですし、企業の試作品とかですか?」

「うんにゃ。いつも練習で使ってるアンダーシャツとハーフパンツだけど?」

 

ちなみに試合用のショートタイツとかもある。

何でそこで唖然とする二人とも。

 

「……ねえたっつん、もしかして今までずっとそれでやってたの?」

「おう。わざわざ新しく買わなくても練習着は足りてるからな。あと慣れてる方がいいし」

 

ため息をつかれた。何故だ。

そもそも何であんなぴっちりした水着みたいなの着るんだ?どう考えてもアンダーシャツとかの方がいいのに。

 

「いいですか?ISを扱う者にとってISスーツの着用は基本中の基本ですのよ。ISスーツが検知した肌表面の微弱な電位を各部に伝えることで、よりスムーズな操縦が可能となるのですわ」

「へー」

「あと耐久性も凄くてねー、拳銃の弾くらいなら通さないんだよー」

「へー」

 

あんなペラペラな布が?信じられんな。いつの間にかやってきた山田先生が同じことを一夏に説明してるから、間違いではないんだろうけど。

 

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

あ、マオ軍そ……もとい織斑先生がやってきた。さっきまで騒々しかった教室の空気ががらりと変わり、セシリアとのほほんも自分の席へと戻って行った。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

あ、やっぱ何でもいいんだ。着るもの。じゃあいつも通りの練習着でも問題ないじゃん。

 

「なんなら、齊藤みたいにほぼ裸でやってもいいぞ」

 

失敬な。確かに試合では上半身裸だがちゃんと下は履いてるし、今までの授業ではちゃんと上も着てるぞ。おい一夏、笑ってんじゃねえ。

 

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

 

連絡事項を言い終えた織斑先生が、変な空気をそのままにしたまま山田先生にバトンタッチ。ちょっとかわいそうだ。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

「へー」

「「「えええええっ!?」」」

 

随分いきなりだな。まだ一年の一学期だというのに、二組の凰も合わせて三人も転校生が来るとはな。

 

「失礼します」

「…………」

 

転校生が入ってきた途端ピタッと静かになった。他のみんながどう思ってるかは知らんが、俺が見た第一印象はだな。

 

(ちっさ。ひょっろ)

 

片方はちっさい銀髪。もう片方はひょっろい優男。え?男?

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

「お、男……?」

 

マジかよ、三人目か。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方たちがいると聞いて本国より転校を―――」

 

声たけーな。声変わりしてないのか。おっといかん。耳を塞がないと。

 

「きゃ……」

「はい?」

「きゃあああああああ――――――っ!」

 

耳栓持ってくればよかった。めっちゃキーンってなる。

 

「男子!三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれてよかった〜〜〜!」

 

何で女子ってこんな元気なの?それはともかく、シャルルだっけ?ひょっろいな〜。身長が低いのは仕方ないが、もう少し鍛えた方がいいんじゃないか?足なんてローキック一発で折れそうだ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

めっちゃ面倒くさそうっすね織斑先生。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜!」

 

そういえばもう一人がまだだな。周りの喧騒が凄くてうっかり忘れかけたぜ。

ふ~む。銀髪ロングに低身長に眼帯……ちょっと遅れた中二病かな?俺の友達が好きそうな見た目だな。

 

「……………」

 

……全然喋らんな。日本語が分からないんじゃないだろうな。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

え?お知り合いっすか。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

なんか、中学時代の俺と師匠を思い出すな。親父の友人という事もあって、普段は親せきのおじさんみたいな人だったけど、ひとたび指導モードに入ればすげえ厳しかったなー。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

……え?終わり?

 

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

山田先生の問いに表情一つ変えずに答えるラウラ。今聞いたばっかなので流石に今回は名前間違えないぞ。

しかし今の自己紹介、入学初日の一夏を思い出すな。どこ出身なんだろうな?まあ今はなんか聞ける空気ちゃうし、あとで聞いてみるか。こういう時は積極的に転校生と関わった方がいいってマンガで言ってた。

あとはもう考えるの終わり。今日の昼めしどうしようかな。肉?魚?

 

バシンッ!

 

昨日魚だったから、やっぱ肉かな?いやでも、海鮮定食食ってないし……ここの美味いんだよなあ。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

よし決めた!とりあえず海鮮定食とメンチカツ定食を食って、あとはその後に決めよう。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん……」

 

?何かあったのか。ラウラがすたすたと歩いてって空いてる席に座ったが、そこがお前の席だって先生言ってたっけ?まあいいか。気にしたら負けだ。

 

「あー……ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

ぱんぱんと手を叩いて織斑先生が行動を促す。やれやれ、転校生とコミュニケーションとるのは後にするか。

さて、じゃあさっさと更衣室に行くか。前教室で着替えようとしたら怒られたし。

 

「おい織斑、齊藤。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

「はい」

「うっす」

 

まあ、そうなるな。

 

「君達が織斑くんと斎藤君?初めまして。僕は―――」

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

 

着替えが入ったバッグを肩に担いでる間に一夏がシャルルに軽い説明をして、そのまま俺達三人は教室を出た。

 

「男子は空いてるアリーナの更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん……」

「めんどくせーよなー」

 

ホントメンドクサイ。何で教室で着替えるのがダメなんだろう。すぐ終わるのに。別に見られても気にしないのに。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「俺は齊藤龍輝。将来プロレスラーになる男だ。呼ぶときは龍輝でいい」

「うん。よろしく一夏、龍輝。僕のこともシャルルでいいよ」

 

簡単に自己紹介しつつ歩を進める。案外すぐ馴染めそうだな。

 

「ねえ龍輝、今言ってたプロレスラーって―――」

「ああっ!転校生発見!」

「しかも齊藤くんと織斑くんと一緒!」

「相変わらずいい体してるわね~うぇへっへっへ」ジュルリ

 

あ、他のクラスの女子に見つかった。そうかHR終わってんだっけな。

 

「いたっ!こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 

ここは日光江戸村か。ところで日光といえばいろは坂だな。

 

「黒髪もいいけど金髪もいいわね」

「しかも瞳はアメジスト!」

「並んでると齊藤君の筋肉が際立つわね」

「筋肉男子と王子系男子、夏コミのネタはこれで決まりね!」

 

誰だか知らんが不穏なこと考えんじゃない。俺はノーマルだ。

 

「な、なに?何でみんな騒いでるの?」

「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」

「……?」

 

いい加減慣れたかと思ったんだけどな。ミーハーだよねみんな。

 

「とにかく急ぐぞ。龍輝!」

「あいよ」ヒョイ

「え?!ちょっと……!?」

 

一夏の呼びかけでシャルルを肩に担ぎ上げる。重さを全く感じないが、ちゃんと飯食ってんのかな?昼んとき食わせるか。

 

「行くぞ!」ダッ

「OK!」ダッ

「うわあああぁぁぁ!!」

 

担いだままダッシュ。叫び声が聞こえるが、無視無視。あんまり暴れると頭から落ちるぞ。

 

「か、担いだまま走るなんて!」

「流石人間ブルドーザーの異名を持つ齊藤君!」

「このままじゃ下手に手を出せない」

 

そんな異名を着けてもらった覚えはない。担ぐんだったらフォークリフトじゃないのか。

色々突っ込みたいが、授業まで時間がない。このまま更衣室までGOだ。

 

「おろしてえええぇぇぇ!!」

 

知らん知らん。

 

―――

――

 

「よーし、到着!」

 

あれから走ること数分、何とか無事更衣室に到着した。

 

「うぅ……気持ち悪い……」

 

いや、一名無事じゃないな。走ったせいで結構揺れたからな、酔ったんだろう。

 

「大丈夫か?」サスサス

「何とか……というか担いで運ばなければこうならなかったんじゃ……」

「こうでもしないと、お前だけ捕まってたかもしれんからな」

「そうかなぁ?」

 

そうだよ。

 

「うわ!時間ヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」

「だな」

 

返事しつつバッグを開けて着替えを取り出し、ベンチの上に置いてから制服を脱ぐ。

 

「わあっ!?」

「?」

「?」

 

どうした?

 

「荷物でも忘れたのか?」

「い、いやそのぉ……筋肉にびっくりして……」

 

ほう。じゃあリクエストに応じてポージングでもしてやろう。

 

「触ってみ?」

「う、うん……うわっ!カッチカチだ!」サワサワ

 

シャルルが俺の上腕を触りながらそう言った。当然だ。

 

「すごいなぁ……」

「鍛えてるからな。お前も少しは鍛えた方がいいぞ」ペタペタ

「わひゃぁっ!?」ビクッ

 

胸筋触っただけでそんな驚かなくても。

 

「わ、悪い。そんな吃驚するとは」

「う、ううん。僕の方こそ大きな声出してごめん……」

 

なんかすごい罪悪感が。

でも、触った感じ結構柔らかかったな。今度トレーニングに誘うか。強制的に。

 

「二人とも早く着替えようぜ。時間ないし」

「それもそうだな。お前も早く着替えろよ」ガサガサ

「う、うんっ。着替えるよ?でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

?華奢だから見られるの恥ずかしいのか。

 

「まあいいけど、さっさとしろよ」

 

と言いつつアンダーシャツの袖に腕を通す。今回持ってきたのは紺色の半そでタイプ。何気にお気に入りの一品である。

 

「…………」

 

視線感じるな。俺の背筋に何かついてるのか?

 

「シャルル?」

「な、何かな!?」

 

振り向くとシャルルは慌てた様子で明後日の方を向いてジッパーを上げた。

 

「うわっ、着替えるの超早いな。何かコツでもあるのか?」

「い、いや、別に……って一夏まだ着替えてないの?」

「言い出しっぺが一番遅いってどういうことだよ」

 

ちなみに俺はハーフパンツも穿き終わって、靴をランニングシューズに履き替えているところだ。

 

「これ着づらいんだよ。何か引っかかって」

「ひ、引っかかって?」

「パンツかスパッツ穿けよ」

「裸じゃないとうまく伝わんないんだってさ。お前は普通のアンダーシャツとハーフパンツだから関係ないだろうけどさ」

「え!?」

 

そういうもんか。シャルルが吃驚してるが、そんなに変かな?

 

「よっ、と。―――よし、行こうぜ」

「おう」

「う、うん」

 

ようやく一夏が着替え終わって、俺等は更衣室を出た。

 

「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつ?」

「デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」

「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」

「うん?道理でって?」

「なんつうか気品っていうか、いいところの育ち!って感じするじゃん。納得したわ」

 

ほー、社長の息子だったのか。何か温室っぽいとは思ってたけど。筋肉とか。

 

「いいところ……ね」

「?」

「それより一夏の方がすごいよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」

「ハハハ、こやつめ!」

「?」

 

何か二人とも様子が変だな。まるで地雷でも踏んだみたいな。

 

「ところで龍輝。さっきも聞こうとしたんだけど、何でプロレスラーになりたいの?」

「そういえば、俺もちゃんと聞いたことなかったな。なんでなりたいんだ?」

 

シャルルが質問したら一夏まで乗ってきた。理由か、色々あるけどな。

 

「そうさなぁ……勇気をもらったから、かな」

「勇気?」

「どういうこと?」

「さあてね。それより、急がねえと出席簿くらうぞ」ダッ

 

そう言ってアリーナに向かって走り始める。少し遅れて二人もついてきた。

こういうのは、あんまり詮索するもんじゃないぜ。

 

―――

――

 

「遅い!」

 

バシーンバシーン

 

結局間に合わず、鬼軍曹からのご指導を受けた。何故か俺と一夏だけ。

 

(不幸だ……)



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第十七話 放て!これが驚異の新機能!

まだ頭ジンジンする。織斑先生は一度、自分の身体能力を把握すべきだと思う。

 

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

「一夏が手間取ってな」

 

何でこう悉くセシリアが隣にいるんだろう。もしかして俺のこと好きなのか?そんな訳ないか!

 

「やっぱりたっつんはそのカッコなんだねー」

 

のほほんまで寄ってきた。まあ、動くときはこの格好にするのが当たり前になってるしな。

ちなみに一夏とシャルルはスキューバダイビングみたいな格好だ。

 

「やっぱこの格好じゃないと気合はいんないしなー」

「確かに、下手なISスーツなんかよりも龍輝さんに合っていますものね」

「そうだねー。たっつんが着たら、スーツがはち切れちゃうよー」

 

おいおい、銃弾も通さない硬度なんじゃなかったのか。アハハ。

 

バシーン!

 

向こうで凰と篠ノ之の二人が制裁の出席簿を受けてるが、何かしたんだろうか?

 

「まあ何か馬鹿なことでも言ったんだろう」

「まったく、授業が始まるというのに何をしているのかしら」

「お前等も何無駄話をしている」

 

バシーンバシーン

 

本日二発目。何故か叩かれてたのは俺とセシリアだけで、のほほんはいつの間にかどっかに逃げた。アイツ、後でグリグリしてやる。

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

いつもより人数が多いから、返事のボリュームがデカいな。

実戦訓練っつっても、何をやるんだ?

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの連中がいることだしな。―――凰!オルコット!ついでに齊藤!」

「な、なぜわたくしと龍輝さんまで!?」

「俺ついでかよ」

 

ひでえ。とばっちりじゃないか。

 

「専用機持ちはすぐにはじめられるからだ。いいから前に出ろ」

「だからってどうしてわたくしと龍輝さんが……」

「一夏のせいなのになんであたしが……」

 

お前達はまだいいよ。俺なんてついでだぞ。

 

「お前ら少しはやる気を出せ。―――アイツらにいいところを見せれるぞ?」

 

?最後の方良く聞こえなかったな。二人になんて言ったんだろう。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね!専用機持ちの!」

 

なぜかすげえやる気出てる。なんて言ってたのかすごい気になる。

 

「斎藤、お前の場合は機体テストの意味もある。只動いてるだけで構わん」

「そっすか」

 

何か気に障るな。じゃあ期待を裏切って、相手を速攻で倒してやろう。

 

「それで、相手はどちらに?」

「まさかバトルロイヤル?」

「あたしは別に二対一でも構わないけどね」

「慌てるなバカども。対戦相手は―――」

 

キィィィン……。

 

なんだこの音?すげえ嫌な予感がする。

 

「ああああーっ!ど、どいてください~っ!」

 

あれ?何かが迫って―――うわっ!?

 

「フンぬらばっ!!」ガシィ

 

ズザザザ

 

あ、危ねえ。間一髪フロストの展開が間に合った。セシリアと訓練しといてほんとよかったぜ。

 

「あ、あのう、齊藤くん……大丈夫ですか?」

 

降ってきた物体が喋った。聞いたことある声だな。

 

「大丈夫っすよ山田先生。伊達に鍛えてないっすから」

「そういう問題じゃないと思いますが……」

 

まあ生身だったらヤバかったろうけどさ、流石に。そんなことを考えながらそっと山田先生を地面に降ろす。

 

「なんにせよ、怪我が無くてよかったすね」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

 

なんか顔が赤いけど、どっか打ったのか?

 

「さて。もう理解してると思うが、貴様らの相手は山田先生が務める。ああ見えて元代表候補生だからな」

「え?あの、三対一で……?」

「いや、さすがにそれは……」

「気が引けるような……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

カッチーン。温厚な俺でも流石に怒ったぞ。本気は出せないが、いっちょやってやるぜ!

止めは二人に任せればいいしネ。

 

「手加減はしませんわ!」

「やってやろうじゃない!」

「い、行きます!」

 

開始早々空中に飛び立っていった三人。……すんません、飛ばれると手も足も出ないんですけど。

 

「どうした斎藤。何故飛ばない?」

「この機体、パワー全振りの代わりに飛べないみたいなんすよ」

「……そうか」

 

その微妙な顔ヤメテー!他のみんなもそんな目で見るなー!

 

「なら跳躍すればいいだろう」

「分かってます……よっと!」ダン

 

簡単に言ってくれるよなあ。まあ、それしかないけどさ。

空中で戦ってる三人目掛け、思いっきり跳躍。よし、狙い通り!……って。

 

「おわっ!?」

「きゃあ!?」

「あいたっ!?」

 

くうぅ、目測を見誤ったか。まさか山田先生に到達する前にセシリアと凰にぶつかるとは、運が悪い。そのままセシリアに掴まったから、地面に落ちることはないだろうけど。

 

「すまん!大丈夫か?」

「龍輝さん?!わ、わたくしは大丈夫ですわ」///

「あたしも平気よ……アンタ何赤くなってんの?」

 

ふう、よかった。ISの安全性は高いと授業では聞いてるが、それでも心配してしまうな。

 

「ん?」

 

あれ?山田先生が構えてるのって……グレラン?

 

「っ!?やば―――!?」

 

気付いた時にはすでに遅し。銃口からグレネードが射出されており、回避はもう間に合わない。

 

ドオォーン

 

「ぬうおわあああああーーー!?」

「「きゃあああ―――!?」」

 

あ、二人の叫び声がハモってる。なんて考えてる間に地面が迫って―――

 

 

グレネードを受けた三人が、地面に落下した。うまい具合に三人纏めてグレネードを当てたけど、龍輝が来ることも予想していたのか?山田先生は。普段の様子からじゃ想像つかないな。

 

「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」

「あ、アンタらねえ、何面白いように誘導されてんのよ……」

 

二人がいがみ合ってるせいで、なんか専用機持ちと代表候補生の株価が暴落してる気がする。他の女子の間でひそかに笑いが起きてるから、そろそろやめた方がいいと思うぞ。

 

「さて、これで諸君にもIS学園の教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接するように」

 

ぱんぱんと手を叩いて千冬姉がみんなの意識を切り替える。あれ?何か忘れてるような。

 

「ま……っだまだあっ!!」ガバァ

「おわぁっ!?」ビクゥ

 

吃驚した。そういえば、龍輝のこと忘れてた。

 

「勝手に終わらさんでくださいよ。こちとらまだ動けるんですから」

「た、龍輝、大丈夫なのか?」

「あんなの、師匠の蹴りに比べりゃどうってことねえわ!」

 

コイツの師匠ってのはいったい何者なんだ。

 

「でも龍輝、どうすんだ?向こうに飛ばれてる以上、攻撃手段はないんだろ。跳躍しても読まれるし」

「心配すんな。手はある……こいつを使ってみるか」

 

龍輝は俺にそう返すと、体を山田先生の方に向けて、少し腰を下ろした。いったい何をするつもりなんだ?

 

「クラッチアンカー!!いっけええええ!!」

「……は?」

 

ロボットアニメのパイロット張りに龍輝が叫んだ途端、龍輝のIS『フロストTypeD・G』の腰部分から鎖が飛んでった。

みんなポカーンとしてる。山田先生もポカーンとしてたが、そこは元代表候補生。すぐに気を戻すと鎖の軌道上から逃れた。

 

「逃がすかあっ!」

 

と思ったら、鎖の先端が軌道変更して山田先生に向かって行く。ホーミング機能でもついてんの?あ、追いつかれた。

 

「捕らえたっ!フンっ!!」グイ

 

鎖が山田先生にぐるぐる巻き、間髪入れずに龍輝が引き寄せようとする。当然山田先生も抵抗するが、パワーの差がありすぎるのか、ジリジリグイグイと引き寄せられてく。しかしこのままでは危ないと感じたのか、山田先生はライフルを取り出すと龍輝に向かって撃ち始めた。が―――

 

「んな豆鉄砲効くかあ!!」カンカンカン

 

そんなものものともしない龍輝であった。山田先生の驚いてる顔が遠目でも分かる。さらに周りは千冬姉を除き、皆唖然としているし。

 

「オ……ラアッ!!」

「きゃあっ!?」グン

 

一気に引っ張られて山田先生が体勢を崩し、そのまま龍輝の射程圏内に飛び込んだ。

 

「つ~かま~えた」ガシィ

「さ、齊藤くん!?こういうのはそのお、もっとお互いをよく知ってから―――」

 

山田先生が何か言ってるっぽいけど、ああなったらいかに山田先生と言えども終わりだよな。前遊びで組み付かれたことあるけど、ぜんっぜん離せなかった。

 

「フンッ!!」ブン

「え―――?」

 

龍輝は組み手を若干変えると、そのまま後ろに捻り自身の体を浴びせながら山田先生を地面に叩きつけた。すっごい音がしたぞ。

 

「レフェリー!カウントッ!」

「え?え?」

 

抑え込まれてるというのに山田先生はこの状況がよく分かってない様子。

 

「ワン、ツー、スリー。勝者、齊藤龍輝」

 

千冬姉が淡々とカウントを入れ、龍輝の勝ち名乗りを上げた。そんなノリよかったっけ?

 

「おっしゃあ!」

「え?ええ~!?」

 

ガッツポーズを上げる龍輝とは裏腹にあまりにもな決着に驚愕の声を上げる山田先生。正直俺もあんまりだとは思うが。

 

「見事なパワースラムだ」

「ありがとうございます!」

 

千冬姉、何でそんな詳しいの?プロレス好きだったっけ?

 

「教官!何をしておられるのですか!?」

 

ん?この声は―――

 

 

「この男の悪ふざけに付き合うなど、何を考えてるのですか!?」

 

抗議の声を上げてきたのは転校生の一人、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

人が勝ち名乗りを上げてる時に無粋なことをするものだ。

 

「こいつはふざけてなどいない。それと、ここでは織斑先生と呼べと言ったはずだ」

「投げつけ抑え込むのが実戦だというのですか?」

「ああ実戦だ。プロレスという名のな」

 

そうそう。俺がやってるのはプロレス。それ以上でも以下でもない。

 

「プロレス?プロレスとは、あのプロレスですか」

「そうだ」

「プロレスなどとっくの昔に廃れた、ただのショーではございませんか!」

 

……おい、今のは流石に聞き捨てならねえぞ。

 

「おいおま―――!」

 

一言物申そうとした時、織斑先生が手で俺を制した。

 

「……ラウラ、貴様はプロレスが遊びだと思うか?プロレスラーが弱いと思うか?」

「教、官……?」

 

す、すごい迫力だ。一歩も動けない。

 

「そう思っているなら、今すぐ認識を改めろ。プロレスはお前が思っているほど甘いものではない」

「―――っ!?」

「分かったならさっさと戻れ」

 

流石に堪えたのか、すごすごと戻っていくラウラ。

……なんか、言いたいことを先に言われてしまった。もう俺の怒りは収まったよ。

 

「……齊藤、龍輝……貴様は……!」ギリッ

 

すげえ睨まれてるな。でも、先にプロレスを馬鹿にしたそっちが悪いだろ。

 

「では授業を進める。各専用機持ちをリーダーにして八人グループに分かれ、実習を行う。いいな?では、分かれろ」

 

織斑先生の掛け声で、二クラス分の女子達が俺と一夏、シャルルに一気に詰め寄ってきた。

そんな状況ではあったが、俺の頭の中はさっきのことが残っていた。

 

(恨まれたよな。やっぱ)

 

波乱の予感を感じたが、そんなのは関係ないとばかりに授業は進んでいく。

 

(はてさて。どうなることやら)



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第十八話 昼飯って、地獄の一種だっけ?

「……どういうことだ」

「ん?」

「あん?」

 

授業が終わって昼休み、俺達は一夏の誘いで屋上で昼飯にすることにした。食堂で食った方がおかわり的な意味で楽だが、たまにはいいだろう。セシリアもどうやら今日は弁当作ってたみたいだし。ガクガクブルブル

 

「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」

「そうではなくてだな……!」

 

篠ノ之の奴、何をブツブツ言ってんだ?こっちは腹が減ってるんだが。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校してきたばっかりで右も左もわからないだろうし」

「そ、それはそうだが……」

 

ちなみにこの屋上には俺、一夏、セシリア、篠ノ之、凰にシャルルの6人とそこそこの人数が集まっている。ちなみにもれなく全員が弁当持参だ。

 

「終わったか?ならはよ食おーぜ。昼休み終わっちまうぞ?」

「わるいわるい」

「ぐぬぬ……」

 

やれやれやっと食えるか。当の篠ノ之は何か納得いかないって表情だが、見なかったことにしよう。

 

「いっただっきまーす!」

 

パカ。と食堂で作ってもらった弁当を広げ、箸をのばす。うーん相変わらず美味い。視界の端で凰が一夏にタッパーを投げてるけど、食べ物で遊ばん方がいいぞ。罰が当たる。

 

「ね、ねえ龍輝」

「どした?」

「それって、全部龍輝の?」

 

食ってたらシャルルが声をかけてきた。何を当たり前のことを聞くんだろう?

 

「いぐざくとりー」

「そ、そうなんだ……ていうか何で英語?」

 

今ちょっと引いただろ。

 

「やはり訊いたか」

「そりゃあ、あれ見たらな」

「賭けにもならないわね」

 

おいそこの三人。聞こえてるぞ。

 

「龍輝さん、よろしければわたくしのサンドイッチもいかがですか」

 

……来たか。ある種の無間地獄が。

 

「あ、ありがとう。頂くよ」

「遠慮せずたくさん食べてくださいね。今回もいっぱい作ってきましたから」

 

ぐぅ、その眼差しは反則だ。こりゃ後ろに控えてるバスケットの中身全部食わないといかんだろうな。ハハ、腹いっぱいになりそうだ。

……グハッ!

 

「ええと、今更だけど本当に僕が同席してよかったのかな?」

 

俺が天国と地獄を同時に味わってる時にシャルルがそんなことを言ってきた。コイツほんと遠慮深いな。

 

「いやいや、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、協力してやっていこう。分からないことがあったら何でも聞いてくれ。―――IS以外で」

「一夏の言う通りだ。困ったときはお互いさま、俺に出来ることがあったら言ってくれ。―――IS以外で」

「アンタらはもうちょっと勉強しなさいよ」

「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが」

「俺はそもそも肉体派だ」コフッ

 

だからって勉強しない理由にはならんからな。ちなみに俺はたまにセシリアやのほほんに見てもらってる。のほほん曰く「いざとなったらたっつんにはプロレスがあるからー」。これは諦められてるんだろうか?

 

「ありがとう。二人とも優しいんだね」

 

うーん、シャルルに女装させたら違和感なさそうだな。ついそう思ってしまう笑顔だ。ややひきつってたが。

 

「いや、まあ、これからどっちかがルームメイトになるだろうし」

「どっちが一緒になるんだろうなー」モグモグゴハッ

 

い、いかん……弁当と交互に食べて誤魔化そうとしたのが逆効果だったとは……!?

 

「どうした?腹でも痛いのか?」

「何でもない……気にするな……」

 

他の奴らを巻き込むわけにはいかん。俺が耐えれば済むことだ。

 

「そうか。ところで箒、そろそろ俺の分の弁当をくれるとありがたいんだが―――」

「…………」

 

一夏が篠ノ之から弁当をもらってるみたいだが、そんなこと気にしてる余裕はない。ようやくバスケット四つ目か。あとひーふーみーよー……やめよう、数えるの。

 

「じゃあ、早速……おお!」

 

一夏の感嘆の声が上がり、ついそっちの方に視線を向ける。……おお。

 

「これはすごいな!どれも手が込んでそうだ」

「つ、ついでだついで。あくまで私が食べるために時間をかけただけだ」

 

う、うまそう。セシリアのと違って中身もうまそうだ。おっと、こんなこと考えてたら罰が当たる。主に地元の友達の。

 

「そうだとしても嬉しいぜ。箒、ありがとう」

「ふ、ふん……」

 

知ってるか?こいつらこれで付き合ってないんだぜ。

 

「あれ?箒、何でそっちにから揚げがないんだ?」

「!こ、これは、だな。ええと……」

 

なんかゴニョゴニョ言ってるな。はあ、いいなあ。そっちの弁当。

 

「わ、私はダイエット中なのだ!だから、一品減らしたのだ。文句があるか?」

「文句はないが……別に太ってないだろ」

 

確かに。何で女子ってそんな体重気にすんだろう。

 

「あー、男ってなんでダイエット=太ってるの構図なのかしらね」

「まったくですわ。デリカシーに欠けますわね」

 

女子陣の厳しいお言葉が一夏に突き刺さる。何でだろうな。……バスケット九つ目。

 

「ダイエットねえ……俺には理解できんな。体重増えるならそれに越したことはないだろ?」

「いや、アンタの価値観で語られても―――」

「俺は食っても増えづらい体質だからさ、正直女子が羨ましいよ」

 

ピシッ

 

……なんか亀裂が入る音がしたような。気のせい……ではないよな。

 

「……齊藤、貴様」ゴゴゴ

「龍輝さん、今の発言は……」ゴゴゴ

「全世界の女子を敵に回したわよ」ゴゴゴ

 

……コワイ。こんな率直な感想しか出てこないなんて。

あまりの迫力に一夏はビビってるし、シャルルは震えてるし。

 

「え、えーと……」

「「「……」」」ゴゴゴ

 

やばい。このままでは確実に〇される。何かIS展開してるし。……こうなったら!

 

「逃げるんだよォ!」ダッ

「「「あっ!?」」」

 

三十六計逃げるに如かず!こうなったら逃げるしかない!

……後ろから怒号が聞こえるが、捕まったら……想像したくない。

 

 

結局あの後、授業開始まで逃げ回って、授業終わっても逃げて、放課後も逃げて。逃げて逃げて逃げて逃げて…………。

 

「し、死ぬかと思った―――」ハァハァ

 

どうにか巻いて部屋に逃げ込んだわけだが、正直しばらく動きたくない。まあでも、流石にここまでは来ないだろう。

日課のトレーニングもやらなきゃいけないし、少し休んだら始めよう。走り込みやった様なものだから、軽くでいいか。

 

「まったく。龍輝さんったらどこまで逃げたのかしら―――」ガチャ

 

……Oh my GOD.そういえば一緒の部屋だったZE☆

 

「……龍輝さん」

「よ、よおセシリア。How are you?」

「英語で誤魔化そうとしても無駄ですわ!やっと追い詰めましたわよ―――覚悟はよろしくて?」

 

や、やべえ……滅茶苦茶キレたままだ。入り口側に立ってるから逃げることもできないし、窓から飛び出るのは現実的じゃない。逃げるのは不可能。――――――とりあえず謝ろう。聞き入れてくれるかわからんけど。

 

「ひ、昼の発言については本当にすまなかった。正直、今思うと自分でも無神経過ぎたと思う」ガバッ

「……分かりました。今回は許しますわ。ただし、またあのような発言をしたら……」

「しませんしません!絶対しません!」ペコペコ

 

よかった、許してもらえた。まあ、セシリアに許してもらえたってだけで、他の二人はまだ怒ってるだろうけど。あとで謝っとかないとな。

 

「まったく、龍輝さんのせいで大分汗をかいてしまいましたわ。シャワーを浴びませんと」

「おう、じゃあ先食堂行ってるわ」

「ええ。ではまた後ほど」

 

と言って着替えの準備を始めるセシリア。汗をかいたせいか、制服姿なのに色気がいつもより5割増しに感じる。汗かいた姿ならいつも一緒にトレーニングしてる時に見てるが、それとこれとは話が別。

そういえば、何で一緒にトレーニングしてるんだっけ?確かダイエットがどうのって話だったと思うけど―――

 

「ダイエットなんかしなくても、十分綺麗だろうに」ボソ

「―――」ピク

 

さて、セシリアが浴び始める前にさっさと行くとする「ガシッ」……肩に、何か、プレッシャーが。

 

「セ、セシリア?」ギギギ

「―――今」

 

居間?

 

「今何とおっしゃいましたの?」

「え?」

「今!何と!おっしゃいましたの!」

 

な、なんすかそのすごみ。俺変なこと言ったっけ?えと、さっき言ったのって―――

 

「食堂行ってる……」

「その後のですわ!」

「ダイエットしなくても、十分綺麗だろ……」

 

パアア、と言った擬音が聞こえそうなほど表情がさっきまでとは違って明るくなってきた。

 

「そうですか、綺麗ですか。うふふ」///

 

後ろを向いて何だかくねくねし始めた。何だか知らんが、腹減ったし、飯行こう。

 

「じゃあ、先行ってるな」

「綺麗……龍輝さんがわたくしを……こ、これはチャンスでは!?」///

 

聞いてないっぽいけど、まいっか。飯行こ飯。

 



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第十九話 遺恨発生!あと……

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握してないからだよ」

「そ、そうなのか?一応わかっているつもりだったんだが……」

 

シャルル達が転校してから数日、この学校では土曜日も授業があるが午後は自由時間になっており、折角だからといつものメンバー+シャルルでISの特訓をしようとアリーナに集まっていた。ちなみに俺は普段はウェイトや走り込みをやってる。

んでさっき一夏がシャルルと手合わせをして惨敗し、ああしてレクチャーを受けてるという訳だ。

 

「うーん、知識として知ってるって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」

「うっ……、確かに。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……」

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと勝てないよ」

 

こうして聞いてると、結構的確なレクチャーだな。まあ、あの二人に比べたらな……。

 

「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ」

「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」

 

この二人は所謂感覚派らしく、一夏から聞いただけでも耳が痛くなるようなものばかりだ。まあ、俺もどっちかというと感覚派だから、あまり大きなことは言えんが。

 

「そういえば、龍輝も近接型だったよね?いつもどう戦ってるのか、参考までに聞かせてもらえないかな?」

「俺か?俺は―――」

「ダメよデュノア、コイツのは参考にならないから」

 

答えようとした瞬間に凰が横やりを入れてきた。

 

「凰の言う通りだ。相手の攻撃は避けない防御(まも)らない、接近するのに瞬時加速(イグニッション・ブースト)も使わず、飛行できないからあのアンカーを打ち込むか走ってジャンプするかぐらいしか手段がない。極めつけは射撃武器どころか武装の類いは無し。これが参考になると思うか?」

「……どこからツッコめばいいの?」

 

ぐぬぬ、確かに一般的な戦い方ではないと自覚はしてるが……篠ノ之の奴め、そこまで言わなくても。

あとシャルルが信じられないものを見るような目で見てるけど、俺は本当にこれしかできんからなあ。

 

「あはは……でも、俺は龍輝の戦い方はスゴいと思うぜ」

「そうですわ。生半可な覚悟と度胸では、ISでプロレスなんてできませんもの」

 

二人のフォローが身に染みるぜ。一夏とセシリアの二人には晩飯を奢ってやろう。

 

「そうだ!龍輝とも手合わせしてみろよ」

「えええ⁉」

「俺は別に構わねーぜ。久々に色々試したいからな」

 

ここ最近、テクニックの練習が出来てないからな。ここらで復習と実践をしておきたい。

 

「早くやろーぜ。体が冷えちまう」

「わ、わかったよ……」

 

返事を返してすぐ展開を終える辺り、さすが代表候補生といったところか。俺なんて最近ようやくパッと呼び出せるようになったってのに。

 

「シャルルー、頑張れよー!」

「龍輝さーん!ファイトー、ですわ!」

 

声援があるとやる気が出るな。それに比べて……。

 

「ねえ、どっちが勝つか賭けない?」

「いいだろう。今回は負けんぞ」

 

お前ら、最初とキャラ変わってないか?つーか賭けるな。あとその感じ、今回が初めてじゃねーな。

 

「それじゃあ、行くよ!」

「おっしゃ、来い!」

 

ファイティングポーズをとって、いざ尋常に―――

 

「齊藤龍輝!」

 

勝負しようとした瞬間、アリーナに大きめの声が響いた。そのせいでつんのめって転びそうになったじゃないか。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代機だ」

「まだトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

急にアリーナ内もざわめきだした。俺は邪魔した不届きものを確認しようと声の主に視線を移す。

 

「…………」

 

そこにいたのはあのプロレスをバカにしたドイツのちっこい奴、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。名前間違ってないよね?

 

「齊藤、私と戦え」

 

いきなりだなあ。

 

「悪いが先約がある。あとにしろ」

「貴様の都合など知らん。今すぐ私と戦え」

 

こういうタイプ一番困るわー。ジムでスパーやるときだって先約を優先するのに、礼儀がなってないな。

 

「貴様のせいで、教官は変わってしまった。だから、私は貴様を―――貴様を許さん!」

 

めんどくせええええ!てかそれ、俺のせいじゃないだろ!織斑先生がプロレスを擁護するなんて、逆にこっちがビックリしたわ!

 

「言い分は分かった。だがさっきも言った通り先約がある。また次の機会にしてくれ」

「ふん。ならば―――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

と言った次の瞬間、肩に搭載されたバカでっかい砲台が火を噴いた。

 

「!」

 

ドゴオ!

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「てめえ……痛ってえじゃねえか!」

 

危ねえ。力入れるのが遅れてたらヤバかったぜ。結構な衝撃だったからな、十メートルくらい後退させられちまった。

 

「馬鹿な……リボルバーカノンの直撃を受けて立っているだと!?」

 

ラウラの奴、なんか動揺してるみたいだな。余程自信があったのか。まあ確かに、ジムの先輩の膝蹴り位には痛かったけど。

 

「鍛えてるからな」

 

この学園に来てからもトレーニングは毎日欠かさずやっている。じゃなきゃレスラーは勤まらん。

 

「いや、あれもう鍛えてるとかの域越えてるよね?」

「だって、龍輝だし」

「この程度じゃもう驚かないわよ」

「安心しろデュノア、すぐ慣れる」

「流石龍輝さんですわ!」

 

何かシャルルも驚いて、一夏たちがなだめてるみたいだけど、まあいいか。

 

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 

突然スピーカーから声が響く。まあ騒ぎを聞いて駆けつけた教員だろう。

 

「チッ……ふん。今日は引いてやる」

 

流石に教員に逆らうのはまずいと思ったのか、ラウラはあっさりと去っていった。いや、あの性格で教員の言うことに従うか?まあないだろうな。

 

「龍輝、本当に大丈夫なの?」

「ハッ!あんなの屁でもないわ」

 

とはいうものの、結構痛かったけどな。つかあの砲台、リボルバーカノンだとぉ、男心をくすぐる名前しやがって……正直羨ましいぞ!

 

「なんか手合わせする気分じゃなくなったな。今日はもう上がろうぜ」

「う、うん。そうだね、何だか変に疲れたよ……」

 

無理もないか。まだ転校して来て数日だし。しかし困ったな、この後トレーニングに誘うつもりだったんだが、疲れてるのでは無理強いもできん。ほど良く関係が築けて、且つ時間がある今日が最適だと思ったのだが。まあ後で様子見て、ダメだったらまた今度にするか。

 

「えっと……じゃあ、先に行って着替えて部屋に戻ってて」

「OK。んじゃ一夏、行くぞ」

「ああ。じゃあシャルル、またあとでな」

 

しかし腹が減った。今日は何を食おうかな。

 

―――

――

 

「「大浴場?」」

「はい。今月下旬から使えるようになります。時間帯別ですと色々問題が起きそうなので、週に二回の使用日を設けることにしました」

 

ちょうど着替えが終わったころ山田先生が更衣室まできて大浴場が使えるようになったと教えてくれた。何でもようやくタイムテーブルだか何だかの組み直しが終わったとか。時間かかりすぎじゃね?

 

「まあでも、風呂に入れるってのはいいなあ」

 

そう俺が呟いた横で、一夏が山田先生の手を握り感謝を述べていた。この学校来てからシャワーしか浴びてなかったから、久しぶりにゆったりと浸かりて~な~。

 

「……一夏?龍輝?何してるの」

「お、シャルルか」

 

そうこうしてるうちにシャルルがやってきた。……なんか怒ってるような。気のせいか?

 

「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」

「そう」

 

うーん、反応が冷たいな。何かしたっけ?

 

「ああ、そういえば織斑くんにはもう一件用事があるんです。書いてほしい書類があるので職員室まで来てもらえますか?」

 

大変だな。俺には特に用事ないみたいだし、シャルルもなんか怒ってるし、早々に退散するとしますか。

 

「じゃあ俺先部屋戻るわ」

「おう。じゃあまた食堂でな」

 

さて、部屋に戻って食前のトレーニングでもしますか。

 

 

「いやー、ついやりすぎちゃったなー」ホカホカ

 

食前だから軽く済ますつもりだったのに。今月末からとはいえ風呂が使える喜びで浮かれてたせいかな?まだ体が火照ってるぜ。

 

「一夏ー、シャルルー。飯いこーぜー」コンコン

 

そんなわけで腹が減った俺は、晩飯に誘うために一夏達の部屋の前までやってきたのだった。ちなみにセシリアはあとで合流するってさ。

 

「ん?開いてる」ガチャリ

 

ドアを開けて中に入ったが、誰もいない……鍵を閉めないとは、不用心だな。

 

「あれ?龍輝」

「よお。今戻ったのか」

 

先に行こうか考えてるうちに一夏が戻ってきた。どうやら先生の用事で今までかかってたようだ。

 

「シャルルは?」

「シャワーじゃないか?というかお前、凄い汗だな」

 

言われてみれば、確かにシャワーの水音がするな。俺もシャワー浴びてくればよかったか。

 

「そういえば、昨日ボディーソープが切れてるって言ってたな。龍輝、ちょっと取ってくれないか?クローゼットに入ってるから」

「おう。えーっと―――」ゴソゴソ

 

よく考えてみれば、人のクローゼット漁るのってあんまりよくないんじゃ……まあいいか。お、あった。

 

「ほいよ」ポイ

「サンキュ」ガチャリ

 

一夏は俺が投げた替えのボディーソープを受け取ると、洗面所のドアを開け中に入って行った。うーん、シャルルのシャワーが終わるまで待つかな。いやでも体冷えるしな、風邪ひいちまう。……先行っていいか訊いてみるか。

 

「一夏ー、先に飯行って、いい、か……」

 

洗面所のドアを開け中を覗き込ん―――

 

「た、たつ……き……?」

「え、えーと……」

「……どういう状況?」

 

―――覗き込むと、一夏とどこか見覚えのある容姿の女子が立ち尽くしていた……どちらさま?

 



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第二十話 お前は一体どうしたい?

「きゃあああっ!?」

 

我に返ったのか慌ててシャワー室に戻りドアを閉める女子。

 

「えーと……ボディーソープ、ここに置いとくから……」

「う、うん」

 

一夏がボディーソープのボトルを置いたと同時に脱衣所を出る俺達。何がどうなってるんだろう?シャワーを使ってるのはシャルルのはず―――確かに思い返せば、シャルルの顔立ちと似ていたな。……意外とでかかったな。

 

「なあ、さっきのって―――」

「あ、上がったよ……」ガチャ

 

この声、やっぱりシャルルのだよな。

 

「お、おう」

「早かったな」

 

改めて見ても、やっぱ女子にしか見えんよなあ。ていう事は待てよ……もしかして俺、今まで結構やばいことしてた?

 

「あー、その……お茶でも飲むか?」

「う、うん。もらおうかな……」

「俺ウーロン茶」

「わりい、切らしてる」

「じゃあ同じのでいいや」

 

一夏が気をきかせてくれたが、まだやっぱ気まずい雰囲気のままだ。きっついな。

 

「もう大丈夫だろ。ほい」

「あ、ありがとう」

「サンキュー」

 

ズズッと渡された茶をすする。はぁ~あったまる。

 

「じゃあ、まあ、改めて、何で男のフリなんかしていたんだ?」

「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」

「実家って、確か親がどっかの会社の社長なんだっけ?」

「うん。僕の父がデュノア社って会社の社長で、その人からの命令なんだ」

 

へー。そういえば前そんなこと言ってたような気が……すっかり忘れてたわ。

 

「命令って……親だろう?」

「なんでそんなことを―――」

「僕はね、愛人の子なんだよ」

 

愛人―――てことは、コイツの親父は浮気していたって事か。俺の師匠が聞いたらブチギレるだろうな。なんたって俺の師匠は周りが引くほどの愛妻家だし。

 

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね――――――」

 

それからシャルルは、辛いだろうに自分の身の上話をしてくれた。引き取られてからIS適応が高いことが分かって、テストパイロットをしてたこと、父親の本妻から殴られたこと(個人的にはこれが一番許せん)、会社が経営危機になった時に俺等のニュースがあり、それに乗る形で広告塔として男装させられ、さらに俺等に接触してデータを盗んで来いと命令されたこと。

―――そして、恐らく本国に呼び戻されることになるだろう、と。

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までうそをついていてゴメン」

 

話し終わると、シャルルは俺等に向かって深々と頭を下げた。その姿に、俺はなんだか―――

 

「シャルル、面あげろ」

「?」

 

―――無性に腹が立った。

 

「歯ぁ食いしばれえ!!」

 

バシン!

 

顔を上げたシャルルの頬を、張り手でぶっ叩いた。手には少しジンとした感触がある。

 

「た、龍輝……?」

「シャルル、お前何諦めてんだ」

 

シャルルは驚きと脅えが混じったような表情をしているが、んなこたあ関係ねえ。

 

「テメエの人生はテメエのもんだろうが!親が社長だか何だか知らねえが、誰かに何か言われたぐらいで諦めようとしてんじゃねえ!!」

「龍輝の言う通りだ。確かに親がいなけりゃ子供は生まれない。だからって、親が子供に何をしてもいいだなんて、そんな馬鹿なことがあるか!」

 

俺に続いて、一夏も声を荒げながらシャルルに言葉を浴びせた。何か熱が入っているが、まあいいか。

 

「僕だって―――僕だってこんなことやりたくはなかった!でも仕方ないじゃないか……!」

 

シャルルは俺達の言葉を聞き終わると、うつむきながら震えた声でそう言った。

 

「したくもねぇことならやらなきゃいいだけだろう!」

「龍輝には、分からないよ……」

 

……ああ、そうだな。確かに俺にはさっぱり分からねえ。

 

「シャルル……」

「……」

 

だが、それで納得できるほど俺は頭良くはねえ。

 

「なあシャルル、お前は一体どうしたい?」

「え……?」

「親とか会社とか国とかは関係なく、お前は今どうしたいんだ?」

 

シャルルは困惑した様子だったが、暫し考え込むように俯いた後弱弱しく口を開いた。

 

「そうだね……許されるなら、この学園でみんなと過ごしたい、かな」

 

へっ、ようやっと本音を言ったか。

 

「でも、無理だろうけどね……」

「バカヤロウ!無理を通して、道理を蹴っ飛ばすんだよ!」

 

ちょっと面を喰らった様子のシャルルに、俺はさらに言葉を紡いだ。

 

「いいかシャルル、親がどうとか、愛人がどうとか、そんなものに縛られんな!お前がやりたいこと、お前が自分で選んだことが、只の操り人形じゃねえ、お前という一人の人間の証明だ」

「龍輝……」

「そうだぜシャルル。それにさ―――」ゴソゴソ

 

そう言って一夏は一冊の手帳を取り出し、あるページを開いて見せてきた。

 

「『特記事項第二二、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』―――つまり、少なくとも三年間は大丈夫って事だ!」

 

そんなのあったのか、知らんかったな。この学校もちゃんとしてたんだな。

 

「こんなんよく覚えてたな」

「特記事項って五十五個もあるのに」

「……勤勉なんだよ、俺は」

 

嘘つけ。成績俺とそう変わらんだろ。

 

「ふふっ。……二人とも、ありがとう」

 

……ついドキッとしてしまった。まあでも、やっと笑ってくれたか。

 

「いい笑顔するじゃねーか。お前にはこっちの方が似合うぜ」

「そ、そうかな?」///

「おう!……シャルル、これから先お前になんか言ってくる奴がいたら―――それがどうした!―――って言いながら、笑い飛ばしてやれ」ニッ

「―――!」

 

昔師匠が言ってたな。人の悪口も笑い飛ばせる人間になれって。今のシャルルに必要なのは、その度量だ。

 

「それでも懲りない奴がいたら、俺が駆けつけてラリアットぶちかましてやる!」

「い、いやそれは……」

「おいおい、お前のラリアットなんて喰らったら死んじまうぞ」

 

それもそうだな。と答えたところで全員が吹き出し、部屋の中が笑い声に包まれた。

あれ?そういえば何か忘れてるような……。

 

 

「……龍輝さん、いらっしゃいませんわね。まだ来てないのかしら……?」

 

 

「……ありがとう。なんだか勇気が出てきたよ」

 

そう言ったシャルルの眼に、もう諦めの色はなかった。

 

「それならよかった。な、龍輝」

「ああ。俺の筋肉も喜んでるぜ」ピクピク

「ふふっ、なにそれ。……ところで龍輝、一つ気になってたんだけど―――」

 

?何だろ。俺の筋肉に何か変なところでもあったかな?

 

「―――なんで上半身裸なの?」

 

……あ!

 

「しまった、トレーニングの後熱かったから脱いだままだった」

「ああ、全然気が付かなかったぜ」

 

しまったなー。道理で冷えると思った。

 

「いや、気付かないはずないよね」

「だって龍輝だし」

「どうしよう。一瞬納得しかけたよ」

 

うーん、どうしよう。部屋に上着取りに行こうにも、頭使ったから凄い腹減ってるし。何よりメンドイし。

 

コンコン

 

「「「!?」」」

「龍輝さん?こちらにいらっしゃいますか?」

 

この声はセシリア?食堂にいる筈じゃ。まずい、今シャルルが女だと広まるのはたぶんまずい。

 

「お、おうセシリア!今開ける!……やべえぞおい」

「ど、どうしよう?」

「と、とりあえず隠れろ」

 

小声でやり取りし、慌てて動く俺ら三人。シャルルがベッドに入ったのを見計らって、ドアを開ける。

 

「よ、ようセシリア!どうした?」

「龍輝さん!い、いえ、食堂に龍輝さんの姿がなかったので、気になってしまって……」///

「そっか。悪かったな、心配かけて。シャルルが体調悪いみたいで、看病してたんだ」

 

どこかもじもじとした様子で話すセシリアに、謝罪の言葉を返す。ついでに言い訳も。

 

「そ、そういう事でしたら仕方ないですわ」

「さっきようやく落ち着いたから、後は一夏に任せて先に飯行こうとしてたんだ。よかったら一緒に行かねえか?まだなんだろ?」

「は、はい!喜んでご一緒しますわ!」

 

よかった。これでバレる心配はなさそうだ。

 

「じゃあな一夏、先飯行くわ」

「あ、ああ。またあとでな」

「ごほごほっ。またね、龍輝」

「お、おう」

「デュノアさん、お大事に。さあ龍輝さん、参りましょう!」

 

するっと俺の腕に自分の腕を絡ませ、そのまま体も寄せてきた。セシリアのなんか柔らかい部分が当たって、正直ヤベえ。とりあえず、このまま行くしかない。

さっきとは別のものと闘いながら、俺はセシリアと食堂に向かった。

 

 

「……ねえ」

「ん?」

 

龍輝がセシリアを連れて食堂に向かって少ししたとき。シャルルが布団をかぶりながら俺に訊いてきた。

 

「何であの格好について何にも言わないの?」

 

確かに。龍輝は上半身裸のままだったのに、セシリアは何も言わなかったな。たぶんだけどやっぱり。

 

「……龍輝だから、じゃないかな?」

「……もうそれでいいや」

 

そんなことで引っ掛かってたらきりがないぞ、シャルルよ。




シャルルの問題解決はまだ少し続きがあります。
次回を待っててください。


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第二十一話 美味いお米が、どーん、どーん!

追記
最新話の更新、話の流れに伴って、一部ストーリーを変更しました。


「「た、ただいま……」」

「あ、二人ともおかえり。―――どうしたの?行く前より疲れてるように見えるけど」

「何故か筋肉鑑賞会が始まってな」

「お前が筋肉自慢始めたあたりからだよな」

 

上裸というのを忘れてた俺も悪いが、あそこまでがっつかれるか?写真どころかムービーまで撮られてた気がする。

 

「まあいいや。腹減ってるだろ?飯持ってきたから」

「うん、ありが―――」

 

にっこり笑ってトレーを受け取ったシャルルだったが、その瞬間表情が固まった。

 

「?どうした?」

「嫌いなモノでも入ってたか?」

「い、いや……これ頼んだの龍輝?」

「そうだけど、よく分かったな」

 

トレーの上を見るや否や、シャルルがそんなことを訊いてきた。何でだ?

 

「……なんか山があるんだけど」

「ああ、ご飯やや多めって頼んだからな」

「いやこれやや多めってレベルじゃないよね!?ジャパニメーションで見るレベルだよ!」

 

確かに日本昔話みたいな盛り方だけどな。しかしコイツ、アニメとかそういったの好きなのか?趣味が合いそうだ。

 

「落ち込んだ時は飯をたらふく食うに限る」

「だってさ」

「だってさ、じゃないよ!にしても多すぎだよ!よく見たらサラダも同じくらいの量だし、そしてこのハンバーグも大きすぎるよ!一瞬パンケーキかと思ったよ!」

「米だけじゃなく肉、野菜もバランスよくとらないと」

「正論だけどこの量じゃバランス云々の問題じゃないよ!?」

 

何をそんなに興奮してるんだろう。でも元気みたいでよかった。こりゃ取り越し苦労だったな。

 

「お、落ち着けシャルル。確かに龍輝盛りにしたのはあれだったけど、お前のためを思っての事なんだしさ」

「ハァハァ……そ、そうだよね。ごめん、取り乱して。ありがとう龍輝」

「気にすんな」

 

まあ正直ツッコまれるとは思ってたからな。つーか龍輝盛りって、そんな名称ついてたのか。

 

「でもせっかく持ってきてくれて悪いんだけど、流石にこの量は僕には食べきれないかな」

「安心しろ。残ったら龍輝が処理するから」

「任せろ」

「え?いやでも、食べてきたばっかりなんじゃ?」

 

まあ、当然の反応だな。だけどそれは無用な心配だ。

 

「レスラー舐めんな」

「だとさ。だから安心して食えよ」

「理由になってないけど……ありがとう、いただ―――あっ」

 

何だ?まだ何かあるのか?

 

「ごめん―――実は僕、お箸苦手で……練習はしてるんだけど」

 

あー……。まあ仕方ないな、うん。日本人でもちゃんと箸使える人って案外少なかったりするし。俺は師匠がそういうのに厳しかったから覚えたけど。

 

「しゃーねえな。ほら」ヒョイ

「えっ?―――!い、いいよ龍輝!自分で食べれるから!」

 

食べさせようとしたらすごい勢いで遠慮された。わざわざ食堂まで替えのスプーンとか取りに行くのめんどいだけだから、気にせんでもいいのに。

 

「いいから、ほっとくと冷めっぞ?ほら」

「う、うん……」パク///

 

なんか顔真っ赤だけど、大丈夫か?というか、こうして食べさせてるとのほほんとかを思い出すな。アイツ、いつの間にか俺の飯とかデザート食ってたりするから、油断ならん。

 

「龍輝って箸使い綺麗だよな。見た目と違って」

「見た目と違っては余計だ」

 

失礼な奴だ。いやまあ、言わんとしてることは解らいでもないが。そんなやり取りをしてるうちにシャルルが咀嚼し終えたようだ。

 

「んめか?」

「う、うん。美味しいよ」

「ならよかった。ほれ、次は野菜だ。口開けろ」

「あ、あーん」///

 

こうして俺が食わせていったのだが。案の定食べきれず、残りは俺が処理することになった。

 

 

「そういえばさ」

「ん?」

「なんだ?」

 

食後の一服中、突然龍輝がそう言った。ちなみにシャルルは四分の一くらいまでは食べたのだが、そこでギブアップ。残りは龍輝の胃袋に収まった。ほんとブラックホールだな。

 

「いや、デュノアって名前どっかで聞いたことあるなー、って思ってたんだけど、今思い出したわ」

「?有名なISの企業だから、ニュースかなにかで聞いたんじゃないのか」

「いや違う違う」

 

と俺の言葉を即座に否定して、龍輝は話を続けた。

 

「実はさ、俺が地元で通ってたレスリングのジムにたまーに来てた外人の名前が、確かデュノアだったんだよ」

「へー、凄い偶然だね」

「だろ。その人すごい親バカでさ、練習が終わるといつも娘の自慢してくるんだ」

 

そんな事もあるもんなんだな。まあ、その人とシャルルは全く関係ないだろうけどな。

 

「確か写真があったはずだけど、えーと……」

 

そう言うと龍輝はケータイを取り出して写真のフォルダを漁り始めた。龍輝が地元にいた頃って言うと、少なくても数か月前か。

 

「あ、あった!この写真だ」

「「どれどれ」」

 

差し出されたケータイの画面をそろって覗き込む俺とシャルル。へえー、これが龍輝が通ってたジムか。

 

「ゴツイ人ばっかだな」

「この時は夜練の後だったから……じゃなくて!これ、この人がさっき言った『デュノア』って人」

 

龍輝が指した先を見ると、確かに日本人ではない人物が列に並んで写真に写っていた。

 

「へー。この人が」

「そ、デュノアさん。たまーにしか来ないんだけど、師匠とは十数年来の付き合いらしい」

「へー」

「……」

 

ん?なんだかさっきからシャルルが静かだな。

 

「どうした?シャルル?」

「……この人」

「「?」」

 

何だろう?もしかして親せきとか?いや、無いか。じゃあ何だろうな?

 

「……僕の父だ」

「「……」」

 

……発見だ。驚きも過ぎると声が出ないんだな。

 

 

「―――はい。はい。それで―――」

 

俺が今電話で話してるのは、俺の師匠その人だ。シャルルから衝撃の情報が出た後、その裏付けのために電話してるという訳だ。

 

「―――はい。はい。ありがとうございます、失礼します」ピッ

「どうだった?」

「……マジだった」

 

正直びっくりだ。あのたまにしか来ないけどレスリング強くて、酔うと娘自慢しかしないあの人がまさか、シャルルの父親だったなんてな。

 

「それで、何て言ってたの?」

「えーと、要約して言うと、シャルルがここ(IS学園)に送られたのは、俺の師匠が原因、らしい」

「「え?」」

 

話を纏めると、どうやらシャルルの親父さんは、俺らが思っていたような人物ではなかったらしい。いろいろ事情があったそうだ。

親父さんは当時付き合ってた女性がいたが、家の都合で別れなくてはならなかったらしい。その付き合ってた女性っていうのがシャルルの母親で、別れた時にはすでに妊娠していたそうだ。それに気づかず今の奥さんと結婚した親父さんは直接は会えずとも、シャルル達への経済的な支援を続けていたらしい。

ある日、シャルルの母親が亡くなって、シャルルにISの適性があると分かると、引き取る理由ができた!ということで速攻決断したとか。んで奥さんも俺等が思っていたほど悪い人ではなく、ただやはり血の繋がっていない子供ということで内心複雑で、ついつらく当たってしまったんだとか。そんなときに会社もいろいろごたついて、このままじゃシャルルの教育やらなんやらにも悪いっていうことで、師匠に相談したんだと。そしたら「IS学園に通わせればいいんじゃね?龍輝も通うから安心だろ」と言われてすぐ決断。んで政府への体裁として、情報収集の為の接近手段として男装させて送り込んだ。

以上がシャルルがIS学園に来るまでの経緯……だってさ。

 

「……」

「よ、よかったなシャルル!親御さんはシャルルの事を大事に思ってくれてたんだな!」

 

俺の話を聞いた後、シャルルは茫然としたままだ。見かねて一夏が声をかけても反応しない。

 

「……ヒック」

「!?」

「ど、どうした!?腹でも痛いのか?」

 

突然シャルルが泣き出した。さっきとは別の驚きで、軽くパニクってしまった。

 

「グス……父さんと、母さんがヒック……僕の、事を……」

「……」

「……」

 

……泣いているシャルルの頭に、そっと手を置いて軽くなでる。こういう時、下手な言葉はいらない。

 

「よかったな、シャルル」

「うん……うん……!」

 

暫くしてシャルルが泣き止むと、シャルルは俺等に向かって礼を言った。何もしてないのに礼を言われるのがなんかこそばゆくって、軽く返事を返すと後を一夏に任せて俺は自分の部屋に戻った。

なんか、色々ありすぎて疲れたな。今日はもう寝よう。

 

 

夜も深まったころ、シャルルはベットの中であることを考えていた。

 

(結局、ずっと上半身裸だったな、龍輝)

 

 



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第二十二話 それぞれの思惑。あれ?俺出番少なくね?

「そ、それは本当ですの!?」

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

月曜はなぜこんな憂鬱なんだ。といったことを考えながら教室に向かうと、聞きなれた声が廊下まで響いてきた。

 

「何騒いでんだ?」

「さあ?」

「俺が知るか」

 

ちなみに、一緒にいるのは一夏とシャルルだ。

 

「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末学年別トーナメントで優勝したら織斑くんか齊藤くんと―――」

「俺らがなんだって?」

「「「きゃああっ!?」」」

「たっつんおはー」

 

普通に声をかけただけなのに、すげえ驚かれた。ちょっとショック。のほほんはいつも通りだな。

 

「おはようのほほん」

「何の話だったんだ?俺と龍輝の名前が出てたみたいだけど」

「え?そ、そうだっけ?」

「さ、さあ、どうだったかしら」

 

凰とセシリアはそう言うが、お前らすげえ棒読みだぞ。聞かれたらまずい事だったのか?余計気になるな。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

「そ、そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと」

 

そそくさと言った感じでその場を離れる二人。まあ、俺も織斑先生の制裁を喰らうのは嫌だしな。

 

「……なんなんだ?」

「さあ……」

「……ねむ」

 

ふぁ~……何で月曜はこんな眠いんだろう?

しかし学年別トーナメントか。興味はあるが、俺には関係ないな。たぶん強制参加だろうけどな。

 

 

「「あ」」

 

二人そろって間抜けな声を上げてしまう。放課後のここ、第三アリーナに姿を現したのは鈴とセシリアだった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ」

 

二人の間で火花が散る。最終的な目的は違えど、優勝を狙ってるという点に関しては共通していた。

 

「ちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

「あら?珍しく意見が一致しましたわ。どちらがより強く優雅であるか、この場ではっきりとさせようではありませんか」

 

言い終わるや否や、二人は己の得物を呼び出し、相手に向かって構えた。

 

「では―――」

「尋常に―――」

 

勝負―――と言おうとしたのを遮って砲弾が飛んできた。

 

「「!?」」

 

緊急回避してすぐ、二人は砲弾が飛んできた方に視線を向ける。そこには漆黒のカラーリングの機体が立っていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

その機体を駆るのは、龍輝や一夏と因縁があるドイツの代表候補生。佇まいから強者であると感じたのか、セシリアの表情がこわばる。

 

「……どういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

連結した専用の刀、《双天牙月》を肩に担ぎ、戦闘態勢を整える鈴。その眼は鋭く、一挙手一投足を見逃すまいとしている。

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

 

ラウラの発言にアリーナの空気がさらに緊張する。

 

「何?やるの?わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

「ISの性能は操縦者の性能。カタログスペックだけで判断するなんて、三流のやることですわ」

 

鈴は挑発し返し、セシリアは冷静に反論するが、当のラウラはどこ吹く風。眉一つ動かさない。

 

「はっ……。二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国は」

「ああっ!?」

 

挑発に乗せられてヒートアップした鈴がラウラに食って掛かる。

 

「ああ、ああ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みなわけね。いいじゃない。―――叩き潰してやるわ」

「お待ちください鈴さん。そう熱くなっては相手の思う壺ですわ。ここはわたくしが―――」

「はっ!二人がかりで来たらどうだ?一足す一は所詮二にしかならん。下らん種馬に媚びを売るメス犬共に、この私が負けるものか」

「―――今なんて―――」

「―――今なんとおっしゃいましたの?」

 

あからさまな挑発であったが、その発言によって先程まで冷静だったセシリアの何かが切れた。

 

「確かにわたくしはまだ未熟。故にわたくしへの侮辱なら甘んじて受けましょう。ですが―――」

 

ジャキッ、と手にしているライフルをラウラに向けながら、セシリアは言葉を紡ぐ。その言葉の一つ一つには、普段からは想像がつかない怒気が込められていた。

 

「夢に向かい、一日も怠ることなく努力している龍輝さんに向かって『下らない』なんて言葉、例え神が赦しても、わたくしが赦しはしません!」

 

ラウラの発言により燃え上がった怒りの炎が、セシリアの眼に宿る。自然とライフルを握る手に力が入り、今すぐにでも撃ち抜く、そんな雰囲気が漂った。

 

「あんた……。ええ、そうね。徹底的に痛めつけて、あいつらの前で土下座させてやるわ!」

 

セシリアの様子を見て冷静さを取り戻した鈴が、再度武器を握りなおす。

 

「御託はいい。とっととかかって来い」

「上等!」

「覚悟なさい!」

 

 

「さっきからなに握ってんだ?」

「新聞紙のボール」

「新聞紙?」

「それもトレーニングなの?」

 

時間は放課後、俺、一夏、篠ノ之、シャルルの四人は、空いてるという情報の第三アリーナに向かって歩いていた。

 

「んだ。手軽に握力が鍛えられて、しかも金もかからん」

「へー。色々あるんだね」

 

ちょっと工夫すれば、身近な物でもトレーニングできるからな。みんなもやってみよう!

 

「あれ?」

「なんだ?」

 

なんだか、アリーナに近づくにつれて人が多くなってる気がするな。

 

ドゴォンッ!

 

「「「「⁉」」」」

 

突然の轟音に驚き、状況を確認するため慌てて観客席の方に向かう。その方がピットに行くより近い。

 

「鈴!」

「セシリア!」

 

アリーナではセシリアと凰が誰かと戦ってるみたいだ。あの爆煙の中にいるのが相手か?

 

「あいつは……!」

 

煙の中から出てきたのは、漆黒のISとそれを駆るラウラの姿だった。

 

「何をしているんだ?お、おい!」

 

一夏の声掛けも聞こえないようで、二人は再びラウラに向かていく。二対一故に有利に思えるが、この間の事があるしなあ……。

 

「無茶だけはすんなよ……」ボソ

 

ついそう呟いた。

 

 

「くらえっ!!」

 

掛け声と同時に鈴の両肩の装甲が開き、そこから衝撃砲《龍砲》が最大出力で発射される。当たれば一撃、そう思える砲撃だった。しかし―――

 

「無駄だ。シュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

―――その砲撃が届くことはなかった。

 

「くっ!まさかここまで相性が悪いだなんて……!」

 

バリアーの様なものなのか、ラウラは右手をかざし停止結界と呼称したそれを発動し衝撃砲を無効化、すぐさま攻撃へと転じる。肩部からワイヤーと一体化した刃が飛翔し、鈴の脚部を捕らえた。

 

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

セシリアがライフルとビットによる射撃で援護するが、悉く躱されてしまう。

 

「ふん……。理論値最大稼働のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型とは笑わせる」

 

先程と同じようにラウラが手をかざすと、何かに掴まれるようにビットが動きを停止した。

 

「動きが止まりましたわね!」

「貴様もな」

 

セシリアの狙いすました狙撃は、ラウラのリボルバーカノンによって相殺され、続けて第二射を行おうとするも、ワイヤーに掴まってた鈴をぶつけられ阻害される。

 

「「きゃああっ!」」

 

ぶつけられ体勢を崩した二人に、ラウラは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』によって急接近し、近接戦を仕掛ける。鈴はその手に持つ青龍刀《双天牙月》を構え、ラウラも両手首からプラズマの刃を展開して襲い掛かる。

 

 

「やばいな……」

「ボーデヴィッヒさんの方が戦闘慣れしてるし、正直このままじゃ……」

 

確かに、ラウラの奴は遠近共に隙がなく、一手も二手も先を読んでいる。昔千冬姉の指導を受けてたというから、強いというのは分かってたけど、ここまでとは。

 

「なあ龍k―――あれ?」

 

ふと隣に目を向けると、そこにいた筈の龍輝の姿がない。こんな時にどこ行ったんだ?

 

 

「このっ……!」

 

暫く二人の剣戟は続いていたが、再び鈴にラウラのワイヤーブレードが襲い掛かってきた。たまらず衝撃砲を展開し、エネルギーを集中させる。

 

「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧縮兵器を使うなど」

 

その言葉通り、衝撃砲は射出する前にラウラの射撃によって破壊される。

 

「もらった」

「!」

 

衝撃砲を吹き飛ばされ体勢を崩した鈴に、ラウラがプラズマ刃を両手に展開し襲い掛かる。

 

「させませんわ!」

 

間一髪のところでセシリアが割って入り、ライフルを盾にして攻撃をそらし、同時に腰部のビットからミサイルを発射する。

半ば自殺行為ですらある接近してのミサイル攻撃。二人も爆発に巻き込まれ地面に叩き付けられる。

 

「無茶するわね、アンタ……」

「苦情はあとで。けれど、これなら確実にダメージが―――」

 

そこまで言って、セシリアの言葉は止まる。煙が晴れた先には、何事もなかったかのようにラウラが佇んでいた。

 

「終わりか?ならば―――私の番だ」

 

言い終わるや否や、ラウラは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で二人の傍に移動、鈴を蹴り飛ばし、セシリアを近距離の砲撃で吹き飛ばす。更に追撃のワイヤーブレードが放たれ、飛ばされた二人に迫る。

 

「しまっ―――!」

(龍輝さん―――!)

 

迫り来る驚異に対し、反射的に二人は眼を瞑ってしまう。

 

ガシイィンッッ

 

強烈な音がアリーナに響く。…………が。

 

「……?」

「何が……?」

 

いつまでたっても衝撃は来ない。一体どうしたことかと、二人は瞑った眼を開く。

 

「「―――え!?」」

 

 

―――観客席。

 

「「「あ!」」」

 

 

「な―――!?」

 

ラウラは目の前の光景に目を見開く。彼女が放ったワイヤーブレードは確かに敵を捕らえていた。避けられないタイミングで放ったため当然だ。しかし、結果として彼女の狙いは外れていた。

 

()()()()()()()()()()!?」

 

 

「あ、あああアンタ!」

「――――――!」

 

二人は視線の先、自分たちの前に立っている人物を確認したとき、鈴は驚きのあまり声が若干震え、逆にセシリアは状況が信じられないのか声が出なかった。

 

「ぐぅ……二人とも、無事か―――!」

 

立っている人物は二人を心配し声をかける。それに応えるかのように、徐々にセシリアの口から声が出始めた。

 

「た、た―――」

 

二人の身代わりとなり、ラウラのワイヤーブレードにとらわれた人物は―――

 

「―――龍輝さんっ!?」

 

プロレスラー、齊藤龍輝その人だった。

 

「そう!俺だ!」



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第二十三話 レスラー故の……

あけましておめでとうございます。
新年初投稿です。
ご愛読してくださる皆さま、今年もよろしくお願いいたします!


拝啓、ジムの皆様。

梅雨が終わり、夏の足音が聞こえる時期となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私はというと―――

 

「ぐぬぬ……!」グググ

「くっ……!」グググ

 

ロリっ娘ドイツ人にワイヤーで拘束されています。

なぜこんなことになったか端的に説明しますと、知り合いの喧嘩に割って入った結果です。

……手紙口調はここまでにしとこう。正直ない頭絞って考えてるからもうネタ切れです。

 

「二人とも、動けるか―――?」

「え、ええ……」

「なんとかね……」

 

よかった。正直間に合うか不安だったがな、早めにピットに向かって正解だった。

 

「今のうちに退け、ここは任せろ!」

「で、ですがそれでは―――!」

 

セシリアが心配そうに聞き返してくるが、今はそんな時間も惜しい。いつアイツが照準を再度二人に合わせるか分からん。

 

「いいから行け!」

「―――っ!行くわよ、セシリア!」

「―――御武運を!」

 

ふう、行ったか。正直、二人を守りながら闘える気がしねえ。

 

「わざわざ出てくるとはな。姫を守る騎士(ナイト)気取りか?笑わせる」

「俺は只のレスラーだ。んな大層なもんじゃねえ」

 

ちゃちな挑発だ。こういうのは俺には効かんぞ。

 

「丁度いい。前は邪魔が入ったが、今度こそ貴様を叩き潰してくれる!」

「やれるもんならやってみろ!」

 

言い終わるのを合図に、互いが飛び出し一気に距離を詰める。

 

「シッ!」ブン

 

接近すると同時にラウラはさっきも使ってたエネルギー刃で斬り付けようとしてくる。俺はそれを避けずに胸板で受ける。

 

「ふんっ!」ガン

「何っ!?」

 

受けた後も何回か斬り付けてくるが、こんなの師匠の逆水平に比べりゃタオルで撫でたぐらいのもんだ!

斬ってくる隙をついて両足で跳躍。打点はバッチシ。

 

「お返しだ!」ヒュン

 

思いっきりドロップキックを放つ。

 

「馬鹿が。そんなのが当たるか」ヒョイ

 

が、思いっきり空を切る。受け身をとってすぐ立ち上がるが、その瞬間巻き付いたままのワイヤーを引っ張られてつい体勢を崩す。

 

「シッ!」シュッ

「がっ!?」ガン

 

そのまま膝蹴りを喰らってしまった。もろ顔面に。流石に効くな。だが。

 

ガシッ

 

そんなの日常茶飯事だこの野郎!

 

「なっ!」

「おぅらっ!」ブン

 

撃ち込まれた膝を抱え、そのまま原型ドラゴンスクリューで捻り倒す。

 

「チィッ!」ガンガン

「くっ!」パッ

 

絶好のチャンスだったが、ラウラが空いている足で蹴ってきたためつい放してしまった。惜しい!

 

「シャッ!」タンッ

 

空いた距離をステップで詰める。

 

バキ

 

―――嫌な音がした。

 

「くうぅっ!?」

 

数瞬後、尋常じゃない痛みが襲い、つい左膝を抑える。

ラウラの奴、俺のステップインに合わせて前蹴りを打ってきやがった。

それ自体はなんてことのない、MMAの試合でも見るストッピング目的の蹴りで、本来ならそこまでの威力はない。だが当たりどころが悪かった。

 

「ほう」ニヤリ

 

ラウラの方を見ると、なんかすげえ嫌な笑顔を浮かべていた。……変な汗が出てきた。

 

「そこがお前の―――」

「⁉―――うっ!」ズキ

 

直感が避けろといっている。が、膝のダメージのせいでうまく動けない。

 

バキィ!!

 

「弱点か!」

「ガアアッ⁉」

 

さっきとは比べ物にならない激痛が走り、つい膝を着く。

あのくされへなこ膝関節にローキックを叩き込んできやがって!

 

「どれ、もういっぱ―――」

「うおおおおおおおお!!」

 

ラウラが三度蹴りを放とうとしたとき、怒号が観客席の方から響いてきた。

 

「一夏!?」

「やめろおおーー!!」

 

声の方を見ると、一夏が『白式』を纏った状態で突っ込んできた。そしてラウラに向かってその手に持った刀を振り下ろそうとした。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」

 

しかし、その刃はラウラに届く直前でぴたりと止まった。セシリア達の時にもそうだったが、どういう理屈で止めてるんだ?

 

「く、くそっ、体が……!」

「やはり私の敵ではないな。先にコイツを片付けるつもりだったが、お望みなら貴様からやってやろう。」

「っ!や、やめろ!お前の相手は―――ぐっ!?」ビキッ

 

クソ!膝に力が入らねえ。このままじゃ一夏が……!

 

「貴様はそこでコイツがやられるのを黙って見てるんだな」ジャコン

 

ラウラがリボルバーカノンの砲身を一夏に向ける。何か、何かないか。

 

「消えろ」

「―――っ!?」

 

―――!これがあった!

 

「アンカー!シュートッ!」バシュウ

 

放ったアンカーが砲身に巻き付く。自分でやったことながらよく命中したな。

 

「何っ!?チィッ!」

 

ドオオン!

 

リボルバーカノンから砲弾が発射されたが、直前にアンカーを巻き取って砲身をずらしたおかげで一夏に命中することはなかった。

 

「ふう、間一髪」

 

間に合ってよかった。一瞬だけ呆気に取られてくれたおかげだ。

 

「助かったぜ龍―――がっ!?」

「!?一夏」

 

ホッとしたのも束の間、ラウラはリボルバーカノンの代わりに一夏に蹴りを放った。

未だ動きを止められてる為、一夏は避けることも防御もできずまともに受けてしまい、その体は思いっきり吹っ飛んだ。

 

「貴様ぁッ!」ジャコン

「やべ」

 

いつの間にか砲身がこっち向いてる。流石に今の状態で喰らうのはまずいな。もうアンカーでずらすのはできんし……ヤバくね?

 

「やはり貴様から消してやるっ!!」

 

南無三!

 

ガギン

 

―――ラウラが今まさに撃とうとした瞬間、砲撃音の代わりに金属音が響き、俺等の間に誰かが割って入っていた。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

「織斑先生!?」

「千冬姉!?」

 

一夏もびっくりしているらしい。まあ、織斑先生が乱入してくることも想定外だけど、何より吃驚なのは、織斑先生が普段のスーツ姿でバカでっかい刀を持っていることだろう。

いやでも、師匠や先輩はアレよりおっきな丸太担いで山道走ったりしてたから、そこまででもないか?……でも織斑先生は女性だし、やっぱりすげーことだな。

 

「模擬戦をやるのは構わん。―――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「……教官がそう仰るなら」

 

若干渋々という感じだったが、ラウラは頷いた後ISの装着状態を解除した。

 

「織斑、齊藤、お前たちもそれでいいな?」

「あ、ああ……」

「うっす……」

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者共」

「「は、はい!」」

 

俺等の返事を聞いて、織斑先生は視線をアリーナ全体に向ける。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

アリーナ内の生徒全員に向けてそういうと、織斑先生はパンッ!と強く手を鳴らした。

 

 

「痛っつつつ!」

 

アリーナの一件の後、俺は保健室で膝の手当を受けていた。手当と言っても、テーピングを巻いてもらってるだけなんだがな。

 

「君は本当に保健室が好きね。―――はい終わり」

「ありがとうございます」

「お大事にね」

 

保険医の先生にお礼を言って、保健室を後にする。別に好きで通ってる訳じゃないんだけどな。

 

「よお、龍輝」

「一夏。みんなも」

 

廊下に出ると、一夏やセシリア、鈴、シャルルが待っていた。

 

「龍輝さん、お怪我の方は大丈夫ですか?!」

「お、おう、平気だ」

 

いきなりセシリアの奴がズイッときたもんだから驚いて噛みそうになってしまった。てゆーか近い。そんな近いと柔らかいものが当たって色々。服を掴まれて距離が取れんし。おまけにそんな心配そうな顔で下から見上げないで。ドキッとしちゃうから。

 

「本当に大丈夫ですか?もしや、わたくしに気を使って―――」

「違う違う。……心配してくれてありがとな」

 

セシリアが言い終わる前に否定する。手当のおかげで痛み引けてきたから大丈夫なんだよな。でも、心配してくれるのはありがたいな。

 

「セシリアの方こそ大丈夫か?」

「わたくしは大丈夫です。……龍輝さんが、護ってくださいましたから……」ボソ

 

?最後の方小さくて聞こえなかったな。まあでも、大事無くてよかった。相変わらず服掴んだままだけど。何か胸に顔埋めてきたんだけどおおお!?

 

「な、ならよかった。凰も大丈夫か?」

「アタシも平気よ。まあ、その……ありがとね」

 

ちょっと照れ臭そうにしながらも凰が礼を言ってきた。いやー二人とも無事でよかった。

 

「でも吃驚したよ。龍輝が蹴られただけでダウンするなんて」

「確かにな。蹴った方がダウンしそうなもんなのに」

 

シャルルの疑問はいい。だけど一夏、お前俺を何だと思ってるんだ。

 

「丁度古傷が疼いてな」

「古傷?」

「ああ。膝の痛みはレスラーとは切っても離せないもんだ」

 

他には腰とか首とか。

 

「意外ね。アンタにそんな弱点があったなんて」

「俺なんか全然。師匠は酷い時には膝腰肩その他いろいろな箇所を故障しながら試合してたんだぞ」

 

随分前の話だけどな。ちなみに今は完治してるらしい。やっぱ師匠はすげーや。

 

「だからアンタの師匠は何者なのよ」

「それ俺も気になってた」

「僕も」

 

そういえば話してなかったな。でも、どこから話せばいいんだろう?つーかセシリア、いい加減離れてくんない。マジでやばいから。色々なものが。

 

「ん?」

 

ドドドドドドドッ……!

 

地鳴りのような音が廊下の向こう側から聞こえる。他の面子も、セシリアでさえも顔を起こして廊下の向こうを見ている。……いやな予感がする。

時間が過ぎると同時にだんだんと音の正体の全貌が見えてくる―――っ!?

 

「「「「「!?」」」」」

 

地鳴りの正体は、大勢の女子生徒が走っている音だった。そして心なしか、こっちに向かっているようにも見える。……うん、確実に向かってきてるね。

 

「織斑君!」

「デュノア君!」

「齊藤君!」

 

あっという間に俺達は大量の女子生徒に飲み込まれた。比喩とかでなくマジで。

 

「な、な、なんだなんだ!?」

「あ、危なっ!?」

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「「これ!」」」」

 

女子達が一斉に何かの紙を見せてくる。すげー圧力。なになに……。

 

「『学年別タッグトーナメント応募用紙』?」

 

突き出された紙には、そう書いてあった。

 

 



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第二十四話 1+1は200だ!10倍だぞ10倍!

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする』」

 

トーナメントの申込用紙に書かれている事項を読んでいくと、そんなもっともらしい事が書いてあった。まあ実戦で一対一なんて状況、そんなないだろうしな。試合とかならともかく、路上じゃ一対多なんてのもあり得る。

ちなみにジムの先輩は昔、喧嘩売ってきたヤンキー7人を全員秒殺したらしい。師匠?あの人はそもそも売ってくる人間がいない。

 

「『なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』―――」

「ああ、そこまででいいから!とにかくっ!」

 

再度人垣から手が伸びてくる。バイオでこんなシーンあったよね。

 

「「「「私と組んでください!お願いします!!」」」」

 

やったーモテモテだぜ。て言えるやつ、代わってみるか?存外恐怖しか出てこないぞ。

 

「え、えっと……」

 

何かシャルルが狼狽えてる。あ、そっか。シャルルは本当は女子なんだから、女子と組むのはまずいのか。何処でバレるか分からんし。

どうにかしてやろうにも人垣の向こうじゃ……。

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

どうしようかと考えてる時に一夏が大きな声でそう言った。成程、その手があったか。

 

「まあ、そういうことなら……」

「他の女子と組まれるよりはいいか……」

 

効果てきめんのようだ。一夏、グッジョブ。

 

「なら……」

「ん?」

 

……あ、そうか。

 

「「「「齊藤君!!」」」」

 

一夏とシャルルが組んだと言う事は、

 

「齊藤君、わたしと組もう!」

「いや!私と組んで!!」

「私と組んでくれるよね!?」

 

必然的に、空いた俺に集中すると言う事に……。

 

(どうすっべ……)

 

うーむタッグか。こういうのは適当に決めるとあれだよなあ。一夏と組んだ方が楽っちゃ楽だったんだけどなぁ、まあこの状況じゃ仕方ないか。

誰と組もうか。師匠曰く、「タッグを組むなら一番信頼できる奴と組め!」。今一番信頼できる奴と言えば……。

 

「悪い、俺セシリアと組むから」

 

…………

 

なんか、いやな予感がする。こういう沈黙の後は大体―――

 

「「「「えええええええええ!?」」」」

 

―――キーンって、耳鳴りが、凄い。

 

「何で何で!?」

「ちょっと何言ってるかわからない!?」

「理由は、理由は何なの!?」

 

なになになに怖い怖い怖い。何でそんな迫ってくんの怖えーんだけど。

理由つってもなあ。

 

「一緒にトレーニングとかしてるし、一番息が合いそうだから」

「うっ、意外とまともな理由……」

「確かにタッグ組むならそういう人の方がいいだろうし……」

「タッグマッチはプロレスの花だもんね。仕方ないか」

 

そう言いつつ一人、また一人ともと来た道を戻っていく。

よかった、なんとか納得してもらえたか。渋々と言った感じが大多数なのがあれだが。

 

「ふう、なんだかどっと疲れたな」

 

女子ってたまにすごい行動力あるけど、どこにあんな力あるんだろう。

あとなんか凰が一夏に食って掛かってるけど、メンドクサイし放っておこう。一夏ガンバ。

 

「事後承諾で悪いけど、俺と組んでくれるか?勢いで言ったとはいえ、さっきのは俺の本音だしさ」

 

セシリアに向かって改めてタッグの申し込みをする。女子にこういうこと言うのは初めてな為、照れ臭くて視線は合わせてない。台詞も何かキザっぽいしな。

あと一瞬あの妖怪お菓子食いが浮かんだけど、アイツも出るのかな?

 

「……」

「セシリア?」

 

返事がないな。もしかして気乗りしないとか?

 

「ああ、ソイツ気絶してるわよ」

「え?」

 

ふと、一夏と話してた凰がそう言った。言われて確認してみると、確かにセシリアは真っ赤になってダウンしていた。

 

「なな何で!?いったい何が!?」

「何でって―――」

 

凰は俺等の方を指さしながら言葉を続けた。

 

「アンタが抱きしめてたからでしょ」

「What?」

「何で無駄に発音いいのよ」

 

俺が?セシリアを?……ああ、そういえば人ごみに飲まれる直前に咄嗟に抱き寄せた、ような記憶がおぼろげにあるな。

つまり今の状況は、俺がセシリアを抱きしめて……。

 

「っ!?」ボン///

「龍輝が爆発した!?」

「アイツにも恥ずかしいって感情あったのか」

「てゆーか気付いてなかったの?一夏とは別方向で鈍感ね」

 

は、恥ずかしいいいいいいいいい!!ヤベえ状況認識したらすげー意識してきたんですけど!主に柔らかさとか、感触とか、柔らかさとか!!

 

「へ、部屋に戻って寝かせてくる!」///

 

セシリアを背中に背負って逃げるように走りだす。膝?ビキビキいってるけど気にする余裕はない。

 

「手ぇ出しちゃだめよー」

「龍輝に限ってないと思うけど」

「いや分かんねーぞ。ああいうのに限って実は―――」

「一夏テメエ!変なこと言うな!」

 

あの野郎、後でコブラツイストかけてやる!

 

 

「よっと」

 

部屋に戻ってすぐ、ベッドにセシリアを寝かせる。ここまで来るまで長かった……。廊下やら中庭やら、数々の視線をかいくぐりながらだったから、変に疲れた。ついでに膝もやばい。痛い。

 

「痛っつつ」

 

よっこらせっとベッドに腰かける。立っているよりは幾分楽だが、それでも膝は痛い。今日はスクワット出来そうにないな。

 

「上半身だけにするか」

 

いつもより軽いものになるが、仕方ない。

ベッドから立ち上がってトレーニングスペースの方に行き、ラックのプレートをシャフトに取り付けていく。歩くたびにズキズキ痛むが、これくらいなら耐えれんこともない。

 

「ううん……ここは……?」モゾ

 

どうやら気が付いたようだ。プレートを付ける音がうるさかったかな?

 

「起きたか」

「龍輝さん?あの、いつの間に部屋に……?」

「人ごみに潰されて気絶したから運んできた」

 

若干偽造したが、あんなの恥ずくて言えるか。

 

「運んでって……龍輝さんが、わたくしを?」

「そうだけど」

「……」

 

そう答えるとセシリアは考えるように沈黙した。

 

「っ!?」///ボン

「っ!?」

 

真っ赤になって爆発した!?なんかデジャブ。

 

「ど、どうした?もしかしてどこか打ってたのか?」

「だ、大丈夫ですわ!」///

 

顔を抑えて俯きつつ答えるセシリア。何かボソボソと言ってるみたいだけど、よく聞こえん。

 

「そうか。無理はすんなよ」

「お、お気遣い感謝します。あ、あの……重くなかったですか?」

「心配すんな。前に担いだ丸太に比べりゃ綿みたいなもんだから」

「それと比べられましても……」

 

あの時はきつかったな。確か約120kgくらいだっけ?ちなみに師匠と先輩たちは最低でも200kgだったはず。

 

「セシリア。話あんだけど、いいか?」

「は、話ですか?」

「ああ」

 

なんかまた顔が赤くなったような。まあ気にせんとこ。

 

「月末に学年別トーナメントがあるだろ?それがタッグ戦になってな」

「タッグ……と言う事は……!」

「俺と組んでくれないか?セシリア」

 

そう言うとセシリアは数瞬の沈黙の後、後ろを向いて何やら震えていた。ガッツポーズしてるのがちらっと見えたから、嫌がってる訳じゃなさそうだ。

 

「スゥー、ハァー……一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんだ?」

 

深呼吸をしてから俺の方に向き直ってそう言った。

 

「何故わたくしなのでしょうか?遠距離特化のわたくしでは、龍輝さんのスタイルには合わないと思いますが……」

 

ふむ、確かに一理あるな。俺が組み付いたりしてる時はセシリアは(しないとは思うが)誤射の可能性があるため撃てず、セシリアが撃ってる時は俺が組み付いたりできない。

まあでも、そんなのはどうでもいい。タッグを組む際に一番重要なのは、スタイルとかではなく。

 

「一番信頼してるから、じゃ不足か?」

「―――!?///い、いえ!十分、十分ですわ!」

 

妙に返事に力が入ってるが、納得してくれたようでよかった。

 

「……龍輝さんが、わたくしを……わたくしが、龍輝さんの一番……ウフフ」///

 

なんかまたボソボソ言ってるけど、よく聞き取れないな。まあともかく、これで一安心だ。さーて、トレーニングしよーっと。

 

「龍輝さん!」

「お、おう。何だ?」

 

急に話しかけられたから吃驚した。ダンベル持つ前でよかった。

 

「一つお願いがあるのですが」

「お願い?」

 

何か嫌な予感がするけど、セシリアならそんな無茶なお願いとかはしてこないだろうし、何よりタッグを組んでもらったんだから、お願いの一つや二つ訊いてやらないと罰が当たる。

そういえば、ラウラの奴は誰と組むんだろうか?



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第二十五話 選手入場!

六月の最終週、ここIS学園はこれから行われる学年別タッグトーナメント一色に染まっていた。全校生徒が雑務や来賓の対応に追われ、解放された者から更衣室へ向かい、ISスーツへの着替えを行っていた。俺こと織斑一夏もスーツに着替え、今は同室のシャルルと一緒に更衣室のモニターを見ている。

ちなみに男子組は更衣室の一つを三人で使い、そのしわ寄せが反対側の更衣室にいっている。恐らく今頃大変なことになっているだろう。

 

「しかし、すごいなこりゃ……」

 

更衣室のモニターには、各国の政府関係者や研究所職員、企業エージェントなどの顔ぶれが映し出されていた。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位に入ればチェックが入ると思うよ」

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

あんまり興味がなかった、というよりはそれよりも気になることがあるので話もそこそこに聞いていたのだが、シャルルには俺の考えてることは筒抜けらしい。というより、シャルルも同じことが気になってるらしい。ちらちらと視線をある方向に向けている。つられて俺も同じ方向に視線を向ける。

 

「シッ!シッ!シッ!」タンッタンッタンッ

 

視線を向けた先、更衣室の一角では、俺等の同級生でありレスラーの齊藤龍輝がジャンピングスクワットをやっていた。数えてないが、恐らく200や300はやってるだろう。

 

「ね、ねえ一夏。龍輝って試合前はいつもああなの?」

「い、いや、俺もよく分からん」

 

そういえば、試合前の龍輝の様子を見るのは今回が初めてだな。何というか、すげえ鬼気迫るものを感じる。

 

「フンッ!フンッ!フンッ!」バッバッバッ

 

今度はプッシュアップを始めた。熱気がここまで伝わってくる。やはりレスラーはあれくらいやんないと体温まらないのかな?

 

「フンッ!フンッ!……フゥ」

 

どうやら終わったらしく、プッシュアップを止めて立ち上がって深呼吸を始めた。ただでさえ太い腕がパンプしてより太く見える。

 

「試合順は?」

「いや、まだ決まってないけど」

「そうか」

 

龍輝は一言そう言うと、今度はその場に腰を下ろし空気椅子の体勢をとった。

 

「ね、ねえ龍輝。僕はそんなに詳しくはないけど、オーバーワークじゃないの?」

 

シャルルが心配して声をかけるが、龍輝は何でもないって顔で答えた。

 

「全然。これでも少ないくらいだ」

「そ、そうなんだ……」

 

あれで少ないって、普段はいったいどんなのやってるんだ?

 

「お、対戦票が決まったみたいだぞ」

 

そうこうしてるうちにモニターに対戦カードが表示され始めた。

 

「どれどれ」

 

流石に気になるのか、龍輝が空気椅子を止めてモニターの前まで来た。

 

「「―――え?」」

「ほう」

 

出てきた文字を見て、俺とシャルルは唖然とし、龍輝は只モニターを見つめていた。モニターにはこう表示されていた。

 

―――一回戦第一試合

  齊藤龍輝×セシリア・オルコット

VS

ラウラ・ボーデヴィッヒ×篠ノ之箒―――

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けた」

 

アリーナの中央付近でラウラはそう呟いた。近くにはタッグパートナーである篠ノ之箒がいるが、まるで興味がないとばかりにそちらには一度も視線を向けてはいない。彼女の視線は、自分が出てきたピットの反対側、標的である齊藤龍輝がいるピットに向けられていた。しかし、開始時刻が迫っても龍輝は未だ姿を現さない。

 

「―――フン、怖気づいたか」

 

ラウラはそう言って鼻を鳴らしたが、その直後アリーナのスピーカーから音が出始めた。

 

『あーあーテステス。OK。……ゴホン』

 

スピーカーの向こう、放送席にいる人物は一つ咳払いして、アナウンスを続けた。

 

『青コーナーより、齊藤龍輝、セシリア・オルコット組の入場です!』

 

ワアアアアアアア!!

 

その瞬間、場内が割れんばかりの歓声に包まれた。

 

「な、なんだ!?」

 

この状況にラウラは思わず面食らうが、それと反比例するように会場のボルテージが上がっていく。そしてスピーカーからはアナウンスの代わりに音楽が流れ始めた。

 

♪You’re the best! Around! Nothing’s gonna ever keep you down

 

曲もサビに入ったころ、ピットの出口に人影が現れ、それを確認するなり、観客席からさらに歓声が起こった。

最初に入場してきたのはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。いつものISスーツに身を包んでいる彼女は、入場してすぐに自身の専用機『ブルー・ティアーズ』を展開し、アリーナに降り立った。

続いて入場してきたのはお馴染みプロレスラー志望、齊藤龍輝。以前と同じ黒のショートタイツとレスリングシューズといった出で立ちの龍輝は、両手を広げてたっぷりと観客にアピールすると、滑走路から後ろ向きに飛び降りた。見た目飛び降り自殺の様にも見える状況だが、アリーナ内では慌てる様子はない。せいぜい来賓の方々が驚愕してるぐらいだ。

観客たちに見守られる中、落下中の龍輝の身体が光に包まれ、収まった時には彼の専用機『フロストTypeD・G』が展開され、そのゴツイ両足でアリーナに着地した。そして駆け足で開始位置まで移動し、再度周囲を見回すとアリーナにいる全員にアピールするように両腕を上げた。

 

ワアアアアアアアアアア!!!

 

観客の歓声を背に受けつつ、龍輝は目前の敵、ラウラを見据える。

 

「逃げずに来たことは褒めてやろう。観衆の目の前で潰さなくては意味がないからな」

「そうかい。だが生憎、簡単に潰れるような鍛え方はしてねーよ」

「そのほうが遣り甲斐があるってものだ。ところで―――」チラ

 

ラウラは龍輝の足を一瞥してから言葉を続ける。

 

「膝はもう大丈夫なのか?壊れる寸前だったはずだが?」

「おかげさまで絶好調だよ」

「それはよかった。これで遠慮せず戦えるという訳だ」

 

「遠慮とか露ほども思ってないだろうに」と龍輝が言おうとした瞬間、スピーカーからアナウンスが流れ始めた。

 

『これより、学年別タッグトーナメント、一回戦、第一試合を行います!』

 

ワアアアアアア!!

 

『赤コーナー。一年一組所属、『中学剣道全国チャンピオン』篠ノ之ぉぉ…ほうぅぅきいいぃぃ!!』

 

熱の入ったコールに、思わず箒は軽く赤面してしまう。慣れてないため恥ずかしいのだろう。おまけに観客からの少なく無い声援も原因の一つだろう。

 

『一年一組所属、『ドイツ代表候補生』ラウラァァ・ボーデヴィッッヒイイィィ!!』

 

此方は箒とは違い、目の前の排除対象(齊藤龍輝)に集中してる為か落ち着き払っている。ちなみに観客からの反応は悪い。

 

『青コーナー。一年一組所属『イギリス代表候補生』セシリアァァ・オルコッットオオォォ!!』

 

ブーブー

 

セシリアのコールが起こった途端、観客席からブーイングが起こる。理由は単純、嫉妬だ。

この反応にセシリアはつい顔をしかめるが、すぐに平静を取り戻し、目の前に敵に集中する。

 

『一年一組所属、新世代のプロレスラー。168cm、77kg。齊藤うぅ…龍うう輝いいいいいい!!』

 

ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

コールによって上がった会場のボルテージが爆発し、今日一番の歓声がアリーナを埋め尽くす。例年とは違う様子に来賓達は非常に困惑した表情を浮かべていた。

 

「よくもまあ、ここまで沸かせられるものだ。たかがプロレス如きが」

「プロレスに限らず、格闘技全般は観客を沸かせてなんぼだからな」

「所詮アマチュアの考えだ。実戦では何の意味もない」

「だったら、試してみるか?」

 

龍輝はラウラを睨み付け、レスリングの構えをとる。対するラウラは構えず、腕を組んで仁王立ちしている。

 

プロレス対マーシャルアーツ。レスラー対軍人。決して相容れることのない両者。異種格闘技戦の火ぶたが、今切って落とされる!

 



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第二十六話 基本は大事

『いよいよ始まります。学年別タッグトーナメント、一回戦第一試合。リングでは選手たちが開始のゴングを今か今かと待ち構えております』

 

この学園の人間は、こんな奴らばかりなのか?ふざけてるにも程があるな。やはりこの場所は教官にふさわしくない。

 

『実況は私、新聞部二年、黛 薫子がお送りします。そして解説はこの方』

『織斑千冬だ。今回は主審も務める、よろしく頼む』

「きょ、教官っ!?」

 

な、何故教官があんなことをしているのだ!?これもあ奴のせいなのか……!

 

「くっ!齊藤、貴様だけは絶対に許さん!」

「俺のせいかよ!」

 

カァーーーン!

 

「行くぞっ!」

「叩き潰してやるっ!」

 

ゴングと同時にまっすぐ向かってくる。馬鹿め、何も学んでいないのか。

 

『さあ開始のゴングが鳴りました。同時に齊藤選手がボーデヴィッヒ選手に、オルコット選手が篠ノ之選手に向かって行った!』

『どうやら互いに分かれて戦うつもりらしいな』

 

ある程度まで近づいたら肘を振りかぶってきた。あんなもの、避けるまでもない。

 

「ふん……」

 

手をかざしAICを発動する。あとは嬲り殺しにするだけ―――

 

バキィ!

 

―――な?

 

『おおっと!ボーデヴィッヒ選手ダウン!』

 

一体、何が起こった?奴は確かにAICで動きを封じられていた筈。なのに、何故。

 

『エルボーがいい角度で入ったな。アレは下手なパンチよりも効くぞ』

 

何故奴は肘を打てた!?

 

「き、貴様、何をした!?」

「エルボースマッシュ」

 

立ち上がり奴に問いかけるが、奴は何でもないといった様子でそう答えた。

 

「とぼけるな!AICが発動してる中、何故動ける!?」

「ああそれか。なーに簡単なことだ。AICっていうのはPICに作用すんだろ?ならそれを使わなければいい」

 

……は?こいつは何を言っている。

 

「馬鹿な。そんなことをすれば、ISは碌な機動が出来なく―――」

「空中戦はな。だが生憎俺の機体は陸戦専用だ。そんなのあっても邪魔なだけだ」

 

くっ!?確かに閲覧した映像では、コイツは一度たりとも飛んでいない。だが、ISで陸戦専用なんてありえるのか?

 

「どうした?殴り返してこないのか?それともエルボー一発でグロッキーか?軍人(ルーキー)

「っ!貴様っ!!」

 

コイツ!簡単には終わらせん!ボロ雑巾になるまで叩き潰してやる!!

 

 

龍輝とラウラが相対している一方、アリーナ内ではもう一組の戦いも始まっていた。

 

『さて織斑先生、こちらの二人の戦いの方はどう見ますか?』

『一見では、射撃特化のオルコットの方が有利だろう。単純な実力にしても、代表候補生と一般生徒では大きな差がある』

 

箒が展開してるISは『打鉄』。射撃武器もあるにはあるが、箒が装備しているのは近接ブレード一本だった。これでは実力差を埋めるどころか、余計に開くだけ。

 

『しかし、紛いなりにも奴は剣道全国チャンピオンだ。この状況の対策も織り込み済みだろう』

『成程。確かに接近すればオルコット選手に成す術はありませんし、駆け引きが重要になってきますね』

 

千冬が言った通り、箒も今日までただ遊んでいたわけではない。自身が苦手とする状況への対策、射撃武器への対策は十数通り以上立てている。あとはこの策を行使するための隙を見つけるだけだが、対するセシリアは飛行こそしていないが、ライフルの銃口を箒に向け、確実に打ち抜ける隙を窺っている。

ジリジリと互いの距離が狭まり、互いの射程距離が重なっていく。

 

「フゥー……」

 

箒は深く息を吐き出して脱力すると、セシリアをその双眸で見据え―――

 

「ハァッ!!」ダンッ

 

一気に踏み込んだ。

 

『先に動いたのは篠々之選手!大胆な行動だああッ!!』

 

真っ直ぐ、直線的な軌道ではあるものの、元々剣道の全国大会で優勝する程の実力にISのパワーアシストが加わり、その速度は常人であれば目で追うのも厳しい程だ。踏み込みにより両者の距離が急激に縮まっていき、箒はその手に持つ刀を振り上げた。

 

(もらった―――っ!?)

 

勝利、とまではいかなくとも自分に有利な状況になると確信していた箒の視界に、予想外の物体が飛び込んできた。

 

『ああっとオルコット選手!ライフルを投擲するというまさかの行動に出たああっ!!』

「くっ!?」

 

自身のスピードも加わり、あっという間に箒の視界が奪われ、彼女は反射的にライフルを刀で弾く。が―――

 

「え?」

 

―――その視界が晴れることはなかった。

 

「タァッ!」ガツン

「がっ!?」

 

新たに視界を埋め尽くしたものを理解する時間もなく箒の顔面に、その正体であるセシリアの機体『ブルー・ティアーズ』の足底が突き刺さった。

次の瞬間、箒の身体は吹っ飛び、持っていた刀は手から離れ、自身とは逆の方に飛んでいった。セシリアは蹴った反動を利用しそのまま後方に一回転し、前受け身で着地した。

 

『なななんとおおオルコット選手!まさかのドロップキックウウゥゥ―――!!?』

『打点の高い、いい縦回転式ドロップキックだ。ダグ・ファーナスを思い出すな』

 

ドロップキック。プロレスの基本的な蹴り技の一つであり、最も有名な技の一つである。その威力は意外に高く、この一発で決まる試合もある。

 

「な、何が……うぅ」フラ

 

何とか立ち上がった箒であったが、まともに受けてしまい軽い脳震盪を起こしているのか、その足取りはおぼつかない。逆に言えばその程度で済んでいるのは、ISの搭乗者保護機能のおかげというべきか。

 

「ふぅ……龍輝さんの言う通り、『こんなもの』は邪魔ですわね」ガシャン

 

ゴトゴトン

 

『おっとこれはどうしたことか?オルコット選手、自身の専用機の強みでもあるBT兵器をパージ!』

『今のオルコットには、あんなものは自身の動きを阻害する『重り』でしかないのだろう。いい判断だ』

 

オオォォ

 

突然とったセシリアの行動に、場内から感嘆の声が上がる。

 

「さぁて、まだまだ行きますわよ!」バッ

「っ!」

 

先程とは逆にセシリアが踏み込んで距離を縮める。箒は退避しようとするが、うまく足が動かずたたらを踏む。

 

「しまっ―――!」

「もらいましたわ!」ガシ

 

セシリアは組み付くと、箒の首を引いて寝かせ、そのまま脇に抱え締め上げる。

 

『距離を詰めてそのままヘッドロックだ!』

『ただ絞め上げるのではなく、骨をめり込ませるように絞めてるな。アレは効くぞ』

 

作者は以前、藤原喜明組長のヘッドロックを喰らったことがあるが、まるでまな板の上に固定されて鉈で圧されてるような痛みだった。

 

「フンッ!」ギリギリ

「ぐああっ!?」ミシミシ

 

更にグイっと絞め上げるセシリア。頭蓋骨の軋む音が観客席にまで聞こえるようであり、実際観客席からは少なくない悲鳴が上がっている。

 

「篠々之さん、ギブアップしますか?」

「ふ、ふざけるな!こんなもので、私が―――!」

「なら、これはどうですか!」グイ

「っ!」ダン

 

箒にギブアップの意思がないことを確認すると、セシリアはヘッドロックの体勢のまま体を横に捻って両膝をつき、箒を投げるとそのまま抑え込んだ。

 

「ぐうぅっ!?」ギリギリ

 

頸椎への締め付けによるダメージに加え、今度はセシリアと『ブルー・ティアーズ』の重量が箒の肺を圧迫する。

 

『ヘッドロックスロウからの袈裟固め、プロレスの基本的な流れですね』

『基本に忠実なオルコットらしい攻めだ。あの連携は基本を疎かにしてできるほど甘いものではないからな』

 

予想とは違う試合の展開に、当初のブーイングはどこへやら、観客はセシリアに歓声を上げていた。ちなみに来賓の方々は全員放心状態で現実逃避をしていた。

 

「くっ……!近接戦は苦手だったはず―――いつの間にこんな技術を!?」

「わたくしを嘗めないでください!今日までの数週間、寝る間を惜しんで龍輝さんに特訓して頂いたのですわ!」グイ

「ぐうぅ―――!?」ミシミシ

 

箒の質問に答えると、セシリアはより一層締め付けを強くする。

 

「さあ!逃げれるものなら逃げてみてくださいませ!!」

 

 

「シッ!シャァッ!」

「フン!」

 

何なのだコイツは!さっきから私の打撃を避けようともせずまともに受けている。おまけに全く効いてる様子がないなんて。

 

『齊藤選手、仁王立ちのままボーデヴィッヒ選手の打撃を受け止めているー!』

 

くっ!なら顎を揺らしてやれば―――!

 

「シッ!」シュッ

 

私の放った拳は寸分違わず奴の顎に当たった。打ち抜いた。その筈、なのに。

 

「いーい打撃だ。だがな」

 

なんだ?この感触は?まるで()()()()()()()()()()()―――。

 

「師匠や先輩達に比べりゃ、全然甘いわあっ!!」ブン

「ガアッ!?」ドザァ

 

しまった!?呆気に取られてなければ、あんなオーバーアクションの肘など喰らわなかったのに!?

 

『ロオオォォーーーリングエルボオオォォーーー!的確に打ち抜いたあああ!!ボーデヴィッヒ選手ダアアウン!!』

『インパクトの瞬間に首を回して衝撃を消し、その勢いのまま放ったか』

 

くっ!だが、この程度のダメージなら何ともない。すぐ立ち上がって、奴を見据えると、奴はのんきに頭を掻いていた。

 

「アレを喰らって立つか。ISが凄いのか、俺が未熟なのか」

 

気に食わん。コイツの飄々とした顔も、戦闘スタイルも何もかも!

 

「シッ!」

 

踏み込んで奴の顔面にストレートを放つ。予想通り奴は避けるそぶりを見せず、まともに命中した。が、効いてはいない。

 

「なら―――」ザッ

「っ!」

 

放った拳を戻さず、そのまま当てて奴の視界を奪う。

 

「これならどうだっ!!」ジャッ

 

腕を引くと同時にハイキックを放つ。ギリギリまで視界を奪っての一撃、流石の奴も只では済まん筈だ。

 

バキイ!

 

―――決まった。そう思った瞬間、私の蹴り足が下から抱えられた。

 

「流石に効いたぜ」

 

奴はそういうと私の足を抱えながら首に手を回してきた。

次の瞬間、私の身体は奴に逆さまに抱えあげられていた。

 

『なんと齊藤選手、蹴ってきた足を抱えそのまま抱えあげたーー!そしてそこから―――』

「こいつはお返しだ、釣りはいらねえぜ!」ヒュン

「ガハッ!?」バキイ

 

身体が落下したと思うと、背中から衝撃が突き抜け、私は思わず悶絶してしまった。

 

『地面に叩きつけたああああ!!』

『ボディスラムか。受け身も取らずに叩きつけられるとは、今頃肺が押しつぶされてるだろうな』

 

呼吸がうまくできない。なぜあんな投げがここまでの威力を?

 

「分かったか?これがプロレスだ」

「っ!?」

 

その声に反射的に立ち上がる。ISの保護機能のおかげか、呼吸は幾分楽になってきた

 

「肘一つ、投げ一つが殺人級。それを受けても平然と立ち上がる。それがプロレスラーだ。今一度お前に言う―――」

 

そう言うと奴は一度深く息を吸い込んでから、再び口を開いた。

 

 

「プロレスを嘗めるな!!」

 

 



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第二十七話 新機能パート2!無理ありすぎじゃない?

「おらぁ!せいっだぁ!」

「ぐッ―――うっ!?」

 

左右のエルボーの連打がラウラを襲う。ガードこそしているものの、龍輝が放つエルボーは重く、インパクトの衝撃はガードを貫通してラウラにダメージを与える。

 

『嵐の様なエルボーの連打に、ボーデヴィッヒ選手成す術がない!!』

 

成す術がない―――その表現は半分当たっているが、半分違う。この状況を脱するだけなら、スラスター全開で龍輝が攻撃不能な空中に退避すればいい。そこから一方的に攻撃すればたやすく勝つことができるだろう。だがラウラの頭の中にその選択肢はなかった。完膚なきまで叩き潰すと決めた以上、そのような方法をとるわけにもいかなかったし、何より通用するとも思えなかった。

 

(クソッ!クソクソクソッ!!何なのだコイツは!?)

 

どうすれば倒せるのか。困惑するラウラの腕がはじかれ、彼女の身体がのけぞった。

 

「しま―――っ!?」

『ボーデヴィッヒ選手ピーーンチ!エルボーの連撃によってガードをこじ開けられたーーー!』

 

ラウラが体勢を立て直そうとする間もなく、龍輝はラウラに組み付き、片手を首に、もう片手を腰に回し両足と腰のバネを使ってラウラを持ち上げた。

 

「―――っ!?」

「おゥらあ!!」

 

ズドンッ!!

 

そして自身も倒れ込むように、地面にラウラの背面を叩きつけた。

 

『決まったあああああ!!本日二度目の投げえええええ!!』

『あのロックボトムの入り、どこかで……』

 

先程と同じように悶絶すると思われたラウラだが、今回は受け身をとったため先のボディスラム程のダメージはなく、すぐに立ち上がろうとする。

 

「逃がすか!」グイ

 

しかし龍輝はそれを許さず、ラウラの片足を抱えて片エビ固めで抑え込んだ。

 

『ワーン……ツー……』

「き……さまあ!!」バン

「おっと!」

 

カウントが2まで進んだところでラウラがキックアウトし、あわや3カウントという事態は免れた。

 

「おっしーなー。まあ、こんな序盤で決まっちゃ、観客も不満だろうしな」

「ふざけるな!こんな決着が許されるわけ―――」

『ここで改めてルールを説明いたします』

 

ラウラの不満を遮るようにアナウンスが流れる。

 

『決着は3カウント、ギブアップ、KOのみ。場外、及び反則カウントはありません。なお、シールドエネルギーがなくなった場合はKOとなります』

 

この説明を聞いた来賓組は完全に意識をアリーナから外し、現実逃避をしていた。合掌。

 

「な?」

「―――っ!?」

 

この時、ラウラはようやく気付いた。先程のカウントは誰の声で数えられてたかを。

 

「さあ来い。試合はまだ始まったばかりだぜ」

 

 

「フンッ!」グイ

「グゥゥ!」ギリギリ

 

龍輝とラウラが戦ってる一方、セシリアは箒を袈裟固めで押さえ、今まさに極めんと首への圧力を強めていった。

 

「な、めるなよ…オルコット……」ギギギ

「何ですって?」

「確かにこの抑え込みは強い……だが、私も武道を修めてる身……」

 

ここでセシリアは異変に気付く。基本通り胸に乗るように抑えてるのに、何故喋れる余裕があるのか。

その正体に気付く頃には、耐えてるだけに思われていた箒の状況が変わっていた。

 

「袈裟固めくらい……返せぬと思ったか―――!」グイ

「っ!?」

 

箒は体を丸めて足を上げ、その足でセシリアの頭を挟みそのまま返すと同時に上体を起こす。

 

『おおっと油断したかオルコット選手!袈裟固めを返されてしまった!』

『図らずもプロレスのムーブとなったか』

 

そのまま箒は両足で首を絞め上げようとするが、力を込める前にセシリアはポップで体をはね上げて脱出し、距離を取って相対した。

 

パチパチパチ

 

その光景に観客席から拍手が起こるが、何故起こったかを理解できる人間はこの場には数えられるくらいしかいない。

 

「なかなかやりますわね」

「そちらこそな。あのまま押さえられていたらやばかったぞ」

 

箒は立ち上がると、構えをとった。無手ではあるが、戦い方がないわけではない。そう言ってるかのようだ。

 

「今度はこっちの番だ!」

「返り討ちにして差し上げますわ!」

 

ガアァッ!?

 

「龍輝さん!?」

 

突然の悲鳴に声がした方向を向き、その光景を見た途端、セシリアは走り出していた。

 

 

「そうだ……私は教官を……」

 

先程までの激昂はどこへやら、今のラウラは熱が急激に冷めたような印象を放っていた。

 

「何ぶつくさ言ってんだ?来ないなら、こっちから行くぞ!」

 

ラウラに向かって龍輝は走りだし、そのままエルボーを放つ。が―――

 

「―――っ!?おわっとっと」

 

ラウラはスウェー気味にそれを避け。龍輝は勢いを殺しきれずたたらを踏む。

 

「へッ、まだまだ行くぞ!」

「……示さねば……」

 

更にエルボーやチョップを放つ龍輝であったが、ラウラはそれを避け続ける。

 

「やるな!これならどうだ!」ブン

 

龍輝は右腕を伸ばしラウラの喉元に向かって放つが、ラウラはダッキングで躱す。

 

『右のラリアット!躱した!』

「まだだ!」

 

ラウラが体勢を戻すタイミングで、腰の反動を使い左腕のラリアットを放つ。

 

『もう一発!おおっと―――!?』

「何!?」

『ほう……』

 

気付いた時には、龍輝の左腕にはラウラの右腕が巻かれ、両足には右足がかけられていた。

 

「おわっ!」グン

 

そのままラウラは下に潜り込むように回転し、龍輝はそれに巻き込まれて地面に倒された。瞬間、龍輝の脳裏を鋭く、ひんやりした何かが貫通した。

やばい!そう思ったときには遅く、左腕を拘束していたラウラの右腕は、彼女の左腕と共に自身の左足の足首付近に巻き付いていた。

 

「しま―――っ!?」

「フンッ!」グイ

 

バキイ

 

「――――――っ!!??」

 

音が聞こえた。聞いてはならない音、聞きたくはない音。その音を聞いた瞬間、龍輝は声にならない悲鳴を上げた。

 

『い、今何が起こったんですか?織斑先生』

『齊藤が放ったラリアットに対し、ボーデヴィッヒがカウンターのビクトル膝十字を極めた。それも痛めている左膝にな』

『怪我してるところをやられたってことですか!これは齊藤選手、ピンチです!』

 

ラウラの膝を極める力は強まっていくが、龍輝は体を捻ってポイントをずらし、そのままロックを外して脱出した。しかし、その痛みからか立つことはできず。膝を抑えてうずくまる。

 

「ぐうぅっ!?」

 

その痛みは、周りの人間には想像できない、経験した者にしかわからない痛みだ。

 

「―――形勢逆転、だな?」

「ッ!?」

「フン!」バキィ

「ガッ!?」

 

うずくまる龍輝に近づき、見下ろすように立っていたラウラは次の瞬間、顔面にサッカーボールキックを放った。

 

『強烈なサッカーボールキックが炸裂ううう!!このままKOか!?』

 

そのえげつなさからか、観客席から悲鳴が聞こえるなか、ラウラは仰向けに倒れた龍輝の左膝を思いっきり踏みつけた。

 

「ぐああああっ!?」

「さっきまでの勢いはどうした?ん?」

 

グリグリ、グリグリ。まるで虫でもすり潰すかのように膝を痛め付ける。見た目では大したことはないだろうが、古傷が開いてる今の龍輝にとっては拷問にも等しい。

 

「そういえば、インディアンにはこのような拷問方があるらしい」ガキィ

「っ!?―――ガアァッ!?」

 

ラウラが龍輝の足を複雑に絡めた途端、とてつもない痛みが龍輝を襲う。

 

『あれは、インディアンデスロックか』

『知っているのですか?織斑先生?』

『インディアンに伝わる拷問技が元のサブミッションだ。見掛けはあんなだが、そのダメージは下手をすれば一発で膝が壊れる』

 

そうしているうちにもラウラは後ろに体重をかけ、同時に更に膝が極まっていく。

 

「こ……んの、へな子があっ!」

「ハハハ!いい様だな、プロレスラー(ド素人)

 

苦悶の表情の龍輝とは真逆に、ラウラは高笑いをあげながら彼を見下ろす。

このまま膝が壊されるのも時間の問題。そう思われた。だが―――

 

「タアッ!」

「な―――っ!?ガハッ!?」

 

突然の背後からの衝撃によりラウラの体は吹っ飛び、そのまま足のロックが外れ、漸く拷問から解放された。

 

『ここでセシリア選手がカットに入る!』

『ドロップキックでカットとは、魅せに来たな』

 

膝を押さえながら龍輝は立ち上がろうとするが、ダメージのせいでよろけてしまい、セシリアの手を借りながら漸く立ち上がる。

 

「悪い、助かった」

「いえ、お礼なんて……龍輝さんはしばらく休んでいてください」

「そういう訳には、いかんさ」

 

龍輝はそう言って一歩前に踏み出すと再びラウラと相対する。更に先程までセシリアと対峙していた箒が追いつき、試合開始時と同じ構図となった。

 

「その膝でまだ私とやるつもりか?せっかく助かったのだから、もう少し大事にしたらどうだ?」

「馬鹿言え。この程度で棄権したら師匠にぶん殴られるわ。せっかく会場が温まってきたところなのによ」

 

ISの機能のおかげで多少は痛みが和らいでいるものの、それでも立っているのがやっとという状況だ。しかし、レスラーはこの程度では沈まない。

 

「それに、プロレスっていうのは、ピンチからが本番だぜ」スッ

「何を―――?」

 

手を上げ、天を指すようなポーズをとった龍輝に、周囲の人間は異様な雰囲気を感じとった。

 

「とくと見ろ!これがコイツの奥の奥の手―――」

「チッ!させるかあっ!」

 

ラウラが飛び出すが、時すでに遅し。

 

「―――来い!『ジャングル・オブ・スクエア』!!」

 

そう龍輝が叫んだ途端、『フロストTypeD・G』の拡張領域(バススロット)からユニットが飛び出し、四人を囲むように――――――

 

 

 

 

――――――アリーナにリングが出現した。

 

「な」

「な」

『な』

 

何いいいぃぃーーーーー!?

 

アリーナ内に、観客や選手、実況の驚愕の声が響き渡った。

 

『これはどうしたことかああああ!?何とアリーナの中央に、プロレスのリングが出現したああああ!?』

『見た感じ8メートル四方だな。プロレスのリングが6メートル四方だから、若干大き目だな』

 

アリーナ中央、リングの上では四人の選手が対峙していた。龍輝はロープを掴み、調子を確かめるようにロープを使いストレッチをする。

 

「貴様、なんだこれは?」

「リングだ。戦うにはふさわしい舞台だろ?」

「ふざけおって……!」

 

ストレッチを終えた龍輝はセシリアを青コーナーに下がらせ、ラウラを見据える。赤コーナーでは箒が下がり、ラウラが残っている。

 

「さあ仕切り直しだ。決着はリングでつけようぜ!」

 



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第二十八話 認めよう。

『ここで織斑先生よりルールの変更をお知らせします』

『ここからは凶器使用以外の反則カウント、及び場外カウントを行う』

 

普通のIS戦ならあり得ないようなルールであるが、今現在は龍輝の仕業によりリングが出現したため、無問題である。

 

「フン……リングの上だろうと、私の勝ちは揺るがん」

「ようやく本調子で行けるぜ―――!」

 

ステップで互いに距離を詰め、がっぷり腕四つで組み付く。

 

「フン―――ッ!!」

「くうぅ―――!?」ガクン

 

が、途端に腕を曲げられ、ラウラの膝がマットにつく。

 

『やはりここはパワーの差が出るか、腕を押し込んでいくのは齊藤選手』

 

何とかして立ち上がるものの、その瞬間龍輝はラウラの片腕を捻じり上げた。

 

『ここでハンマーロック!きつい角度で捻っていく!』

「こ、この程度―――!」

 

ラウラはその場で跳躍するとそのまま前宙で着地。そしてその勢いでお返しと言わんばかりに龍輝の腕を捻る。

 

『腕をとり返した!これまたきつい角度だ―――!』

「やるな!だが―――」

 

パシッ

 

「ロープが近かったな」

「そんなもの関係あるか!」

 

龍輝が近くのロープを掴むが、お構いなしとばかりにさらに締め上げる

 

「痛たた!?審判、ブレイク!」

『ブレイク!ボーデヴィッヒ、ブレイクだ!ワン、ツー……』

「チッ!」パッ

 

カウント―――というよりも千冬の声を聞いてようやく手を放す。この行動で、観客席からブーイングが起こるが、当のラウラはどこ吹く風といった様子。

 

『ここでブレイクです。しかしボーデヴィッヒ選手、これはいけませんね』

『まったくだ。こんな序盤で反則負けなど、危うく会場がしらけるところだったぞ』

『いえ、そういう意味でなく……』

 

捻られた腕の肩を抑えながら、龍輝は再びラウラと相対する。

 

「おー痛え。ブレイクっつってんだろ」

「知ったことか!」

 

ラウラはその両手にエネルギー刃を展開すると、龍輝に向かい手刀を放つ。

 

『強烈なチョップの嵐!しかしまるで効いてないと言わんばかりに齊藤選手微動だにしない!!』

 

袈裟、一文字、突き。ありとあらゆる角度と方向から放つが、どれも決定打にならず、打ち疲れたのかついにラウラの手が止まる。

 

「なってねえな。チョップて言うのはな―――」グッ

「ッ!?」サッ

 

龍輝が腕を振りかぶったと同時に、ラウラはバックステップをするが、龍輝の踏み込みにより、その距離は一瞬で縮まった。

 

「こう打つんだよ!」ブン

 

バチィン!!

 

右手がラウラの胸元に叩きこまれ、ラウラの身体は赤コーナーまで吹っ飛ばされた。

 

「かは―――っ!?」ガクン

 

危うく膝をつきそうになるが、ロープを掴んで耐える。

 

『強おおお烈な逆水平ええええ!!観客席まで音が響く―――!!』

『直前にバックステップしたため多少は軽減されただろうが、あの威力では関係ないか』

 

打たれた胸を抑え、荒くなった息を整えてるラウラの背中にポンっと何かが触れた。

 

「交代だ。少し休んでろ」

「余計な真似をするな!この程度、なんともn」

「いいから下がってろ。それに、私の方が奴について知っている」

 

そう言ってリングに入ってきた箒と入れ替り、ラウラが渋々といった様子でコーナーに下がる。

 

『ここでタッチです』

『篠ノ之も武道を修めてるからな。どうなるか分からんぞ』

 

千冬の解説によりアリーナ内の期待が高まる中、先に動いたのは龍輝だった。

 

「行くぞオラァ!」

「来い!」

 

組みに行く龍輝に対し、箒は体を半身に構えてその場から動かず、待ち構えていた。

そして龍輝が組もうとした瞬間、体を沈め、足のバネを使い龍輝の顎目掛けて掌底を繰り出した。

 

「フン!」

「か―――っ!?」

『カウンターの掌底アッパー!綺麗に入ったー!』

 

箒の攻勢は終わらず、続けて連撃を叩き込む。

 

「せいっ!やぁ!」

「ぐっ!?」

 

肘、手刀、膝。そのすべてが急所という急所に叩きこまれ、さしもの龍輝も頭に血が上り始めた。

 

「この―――!」

 

反撃に逆水平チョップを放つが、箒はそれを受け止めると体を反転させ―――

 

「せいやあああ!!」

「おわあっ!?」

 

ダァン!

 

龍輝の身体を投げ飛ばした。

 

『これはなんという事だああああ!あの齊藤選手が投げ飛ばされたああああ!!』

『逆一本背負いか。あの逆水平に対してカウンターで決めるとは、やるな』

 

そのまま抑え込むが、カウントが始まる前にキックアウトで返される。ならばと今度は腕をとり、関節を極めた。

 

『流れるような腕十字!齊藤選手これは危ないか!?』

「もらったぞ!」

「舐めんなよ……この程度!」

 

完全に極まったかに思われたが、龍輝は何ともないと言った様子で体を起こした。

 

『なんと齊藤選手立ち上がった!すごいパワーだああ!』

『いや、あれは力ではなく、元々うまくポイントを外していたからだ。でなければいくら力に差があっても起き上がれん』

「くっ!?なら!」

 

体制を変え、今度は下からの三角締めに切り替える。

 

(いくら頑丈でも、頸動脈を絞めれば―――!)

 

その考えは間違っていない。事実、ガッチリと箒の足が首にはまり、脱出は不可能に見える。

 

『あれは……マズいな』

「!?な―――」

「ディイイイヤッ!!」

 

だが相手はレスラー、齊藤龍輝。簡単に終わるはずがない。

 

『なんと齊藤選手!三角締めを極められたまま持ち上げたああああ!』

「しま―――!?」

 

ドォン!

 

龍輝は箒の身体を高々と持ち上げると、そのまま勢いをつけてマットに叩きつけた。

 

「かはッ!?」

 

受け身はとったものの、その威力は到底消し去れるものではなく、さらに叩きつけられた衝撃で足のロックが外れてしまった。

 

「流石にきつかったぞ」

 

そう言うと龍輝は箒の腕をつかんで立ち上がらせ、首を抱えるとそのまま青コーナーまで引っ張る。そしてセシリアが龍輝の背中に触れリング内に入り、龍輝は箒をセシリアに預け、入れ替わりでコーナーに下がる。

 

『ここで齊藤組も交代です』

 

龍輝と交代したセシリアは箒の背中に肘を落とし、そのままバックにつく。

 

「せいっ!」

 

そしてそのまま後方に落とし、グランドに移行する。

 

『バックラテラルとは、なかなか味のある技を使うな』

 

そのまま背中に乗ると、顎を掴んで箒の身体を無理矢理反らさせる。

 

「ぐああああ!?」

『キャメルクラッチが極まった!これは厳しい!』

 

グイグイと体を反らされ、苦痛に顔を歪める箒。しかしその目は死んでおらず、ジリジリ、ジリジリとロープに向かい体を寄せていく。

 

「あと……少し……!」

「逃がしませんわ!」

「ああああ!?」

 

逃がすまいと強引に体を反らさせるセシリア。更なる激痛が襲う中、少しずつ体を動かし懸命にロープに向かって手を伸ばすと、遂に指先がロープに掛かった。

 

『ブレイク!』

 

アナウンスとほぼ同時にセシリアは手を離して立ち上がり、距離を取った。

 

『篠ノ之選手なんとか逃げ切った!しかしダメージは大きい!』

 

ロープを掴みながら立ち上がるが、待ってましたとばかりにセシリアが接近、そのままエルボーを放つ。

 

「タアッ!」

「がっ!?」

『エルボーアッパー炸裂!』

『この場合はヨーロピアン・アッパーカットの呼称が正しいな』

「まだまだですわ!」

 

よろけた箒の腕を掴み、その身体を一度ロープに押し付けると、その反動を使って反対のロープに振る。

 

『ロープに振った!そしてそこから―――』

「ヤアッ!」

「がっ!?」

 

ロープに跳ね返って来たタイミングに合わせて跳躍。両足底が箒に突き刺さり、セシリアの身体が宙を舞った。

 

『決まったダグ・ファーナスドロップキック!打点が高い!』

 

間髪いれずに倒れた箒の足を抱え、反対の腕を上げて観客にアピールする。

 

「行きますわー!」

 

オオォォオオ!!

 

上げた腕でもう片方の足も抱えて引っくり返し、深く腰を下ろして箒の身体を反らさせる。

 

「あ―――が―――っ!?」

『これも基本技、逆海老固め!』

『徹底して腰を狙っているな。定石通りのいい攻めだ』

 

再度の腰攻めにより声すらも上がらないほど悶絶するが、それでも箒の身体はまたジリジリとロープの方へ向かっていった。

先のキャメルクラッチのときよりは近かったため、さほど時間がかからず到達するが、その手がロープに掛かることはなかった。

 

「二度も逃がすと思って!」グイ

「っ―――あああああ!?」

『あと一歩のところで中央に戻された!これは精神的にもきつい!!』

 

腰へのダメージ、肺が圧迫される苦しさ、更に引き戻された精神的ダメージも相まり、箒は動くことができない。

 

「さぁ、ギブアップなさい!」

「ま…だ、まだ―――!」

「なら―――これならどうですか!」

「がああああ!?」

 

ギブアップの意思を見せないと見ると、片足を外してもう片方の足を両手で抱える。

 

『逆片海老にチェンジ!これは厳しい!』

『まるで先輩レスラーから新人レスラーへの洗礼だな』

 

観客が息を飲んで見守るなか、ジワジワと背中の反りが深まっていく。

 

(もう……だめ……)

 

今まで意地で耐えていたものの、それも限界に達し、タップするために腕を上げた。あとはマットを叩けばこの地獄から解放される。

 

「きゃあっ!?」

「っ!?」

 

しかし彼女がマットを叩く前にセシリアの体が背中から離れ、図らずも極めから解放された。

 

「な、何が……?」

 

上体を起こして周囲を見回すと、さっきまで自分の上に乗っていたセシリアが、首にワイヤーが絡まった状態で引き倒されていた。

 

『ここでボーデヴィッヒ選手がカットに入った!いいタイミングですね織斑先生』

『危うくタップアウト寸前だったからな。うまく機体の特徴を活かしたな』

 

突然のことに頭が回らず、呆然とする箒にラウラが手を伸ばした状態で声を張り上げた。

 

「何をしている!さっさと交代しろ!」

「―――あ、ああ……」

 

悲鳴を上げる体を起こし、自身のコーナーへ向かう。しかし、彼がそれを黙って見てるはずがない。

 

「させるかよ!」

 

リングに入った龍輝が一直線に箒に向かう。が

 

「―――っ!?ぐぉっ!?」

 

ドォン!

 

ラウラが放ったリボルバーカノンにより青コーナー付近まで押し戻され、そのおかげで箒は赤コーナーに到達することができ、よろけながらラウラの手に触れた。

 

「すまん、助かった」

「勘違いするな。貴様がどうなろうが知ったことではないが、このルールではどちらかが倒されれば終わりだからな。不本意な敗北はごめんだ」

 

そういいながらリングインし、拘束してたセシリアを龍輝の方へ投げ捨てた。

 

「私のターゲットは貴様だけだ、さっさと代われ」

「……オーケー。セシリア、タッチだ」

「分かりましたわ。……お気をつけて」

 

セシリアと入れ替わり、龍輝がラウラと相対する。

 

「成る程ワイヤーか……」

「妨害はありなのだろう?まさか、反則とは言うまいな」

「いや、いいカットだった。お陰でいい感じに会場があったまった」

 

事実先程のラウラの行動で会場内の熱気は上がり、観客の声援も強くなっていた。中にはラウラへの声援も聞こえる。

 

「名残惜しいが、もうすぐクライマックスだ。……決めさせてもらうぜ」

「それはこちらの台詞だ。ドイツ軍(教官)仕込みの格闘術(マーシャルアーツ)、その身に味わうがいい!」

 

両者同タイミングでステップイン。射程圏内に入って先に仕掛けたのは龍輝。右腕を振りかぶり、逆水平を放つ。

 

「それはもう食らわん!」

「チィッ!」

 

屈んで逆水平を躱すとそのまま龍輝の脚を払う。

 

「おわっ!?」ドタン

『まるで独楽のように回転して脚を払った!織斑先生これは?』

『水面蹴りだな。元々は中国拳法でよく見られる蹴りだが、かの橋本真也が使用したことでプロレス界にも広がっていった』

『丁寧な解説ありがとうございます!』

 

ラウラは屈んだ体勢から立ち上がるとその場で飛び上がり、倒れている龍輝に向かって膝を落とした。

 

「アブねっ!!」サッ

『ボーデヴィッヒ選手のニードロップ!しかしこれは躱された!』

 

龍輝が逃げたことで自爆したが、それでも何ともないといった様子で立ち上がり、そのまま起き上がる最中の龍輝の首をとらえた。

 

「もらったぞ!」

「くっ!?」

『フロントネックロックだーーー!がっちりと齊藤選手の太い首に入っている!!』

 

腕が食い込むほど強く絞め上げてはいるものの、龍輝の首の力は強く極めきるまではいかない。

 

「生憎、この程度じゃ極まるかよ……!」

「なら……これならどうだ!」

「!?」

 

次の瞬間ラウラは自ら後ろへ倒れ、その勢いで龍輝を頭からマットに突き刺した。

 

「かっ―――!?」

『フロントネックロックからDDT!鮮やかに決まった!!』

『当然だ。あれは私が教えたからな』

『え?あ、そういえば織斑先生もかつてモント・グロッソにてあの連携を使ってましたね』

 

そのままの流れで頭から落ちてダウンした龍輝をラウラが押さえ、スピーカーからカウントが流れる。

 

『ワーン、ツー……』

「オラァ!」ガバ

「チッ!」

 

寸でのところで跳ね返し、互いに距離を取って立ち上がる。

 

「おー痛え。一瞬トンだぞ」

「フンッ。しぶとい奴め」

「今度はこっちの番だ!」

 

そう言うと龍輝は目の前にいるラウラに向かって駆け出し―――

 

「セイッ!」

「うぐ!?」

「何!?」

『なんと齊藤選手、コーナーの篠ノ之選手に向かってエルボー!!』

 

その横をすり抜けコーナーに立っている箒をエルボーでエプロンから叩き落した。

 

「セシリア!」

「了解ですわ!」ヒュン

「ぐぁッ!?」

 

龍輝の掛け声でいつの間にかコーナーに上ったセシリアがラウラ目掛けて飛び、その身体を吹っ飛ばした。

 

『ここでオルコット選手のミサイルキックが炸裂!!ボーデヴィッヒ選手ダウンだーーー!!』

 

龍輝はラウラの頭を掴んで引き起こすと、胴体を両腕でがっちりと抱え、真っ逆さまに抱え上げた。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

龍輝が合図を送るとセシリアは再びコーナーに登り、抱えられたラウラ目掛けて跳び、両足を空中で掴んだのと同タイミングで龍輝が尻餅をついた。

 

「食らえやあーーー!!」

 

ガンッ

 

「ガッ―――!?」

 

セシリアと龍輝。二人分の体重を乗せた勢いで、今度はラウラの頭部がマットに突き刺さった。

 

『合体式のパイルドライバーが炸裂うううう!!』

『正確にはハイジャックパイルドライバーだ。最近ではあまり使われないが、昔のタッグではポピュラーなツープラトンの一つだ』

 

そのまま龍輝がラウラの上に乗り、片海老で押さえる。

 

『ワーン、ツー……』

「させるか!」

「のわ!?」

 

しかし復活した箒によりカットされる。

 

「龍輝さん!?よくも―――っ!?」

 

視線を龍輝から箒に向けた瞬間掌底が顎を撃ち抜き、そのまま手首を捻られセシリアの身体がマットに倒された。

 

「キャアッ!?」

『これは鮮やかな投げ!』

『合気の小手返しの応用だな。あそこまで綺麗に決まるのも珍しいが』

 

そのまま腕を極めようとするが、復活した龍輝により妨害される。

 

「させねーよ!」

「くっ!?この!」

 

龍輝は振り返りつつ放たれた箒の拳を受け止め、そのまま軽々と担ぎ上げる。

 

「後ろががら空きだ!」

「おわあっ!?」

 

しかし、復活したラウラがカットに入った為、投げることは出来ず、箒の脱出を許してしまった。

 

『目まぐるしい攻防が続いておりますが、ここで最初の構図に戻りました!』

 

互いのパートナーはリング外に落ち、残っているのは試合権のある二人。

 

「中々やるな、お前」

「そっちこそな。ここまで昂ったのは初めてだ」

 

言葉を交わした二人の口元は、自然と笑みを作っていた。

 

「認めよう。プロレスは、貴様は強い」

「漸くか……ありがとよ」

「礼はいらん。……名残惜しいが―――」

「ああ。楽しい時間も、もう終わりだ」

 

双方自分の構えを取り、次の衝突に備える。

 

「いざ―――」

「尋常に―――」

 

プロレスとマーシャールアーツ。二つの長き闘いの終わりが近づいていた。

 

「勝―――!?」

 

―――しかし、運命の神は残酷だった。

 

『どうしたことかボーデヴィッヒ選手?突如倒れ込んでしまった!』

『あれは、もしや……』

「お、おい!どうした!?」

「うゥうウああアァぁーー!」

 

龍輝や実況席、観客が見守る中、突如ラウラの周囲に黒いナニかが出現し、彼女の身体を包みこむと何かを形作っていく。

 

「な、なんだよこいつは……」

 

気付けば目の前には、おぞましさすら感じさせる人型の存在が立っていた。

 



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第二十九話 まだ試合は終わってねえ!!

今回も長いです。


「……名残惜しいが―――」

「ああ。楽しい時間も、もう終わりだ」

 

ああ、本当に名残惜しい。だが、同時に嬉しくもある。ここまで熱くなれたことが今まであっただろうか?先程までの怒りによる熱さではなく、身体の芯から燃えるような、それでいて心地いい熱さだ。

 

「いざ―――」

「尋常に―――」

 

プロレス、か。確かに、教官が言うだけあ―――

 

《――――――ヤツハ……》

 

「!?」ゾワッ

「勝―――!?」

 

何だ、今の声は……!?

 

《――――――キョウカンヲ……》

 

また!?頭が、割れそうだ―――!

 

『どうしたことかボーデヴィッヒ選手?突如倒れ込んでしまった!』

『あれは、もしや……』

「お、おい!どうした!?」

 

《――――――ツブス……》

 

駄目だ……意識が……もう―――。

 

「うゥうウああアァぁーー!」

 

―――きょう、かん―――

 

 

「な、なんだよこいつは……」

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。突然ラウラが頭を抱えて倒れたと思ったら黒い泥みたいなのに取り込まれた。しかもその泥はラウラを完全に取り込んだ後、巨大な人型に姿を変えやがった。アンドレ・ザ・ジャイアントよりもでけえんじゃないか?

 

『齊藤、オルコットと篠ノ之を連れて離脱しろ』

 

突然のことに放心していたが、織斑先生からの通信でハッと気を戻す。

 

「先生!あれは何なんすか!?」

『私の記憶が正しければ、アレは危険な代物だ。説明している暇はない、早く離脱しろ』

 

とは言われてもよぉ、あの中にはラウラがいんだろ?だったらアイツをほっといて逃げるわけにゃ―――

 

「いかねえだろうが!」

 

雄叫び一番、泥人形野郎に向かってダッシュ。距離が縮まって手を伸ばそうとした瞬間、強い衝撃で弾かれ吹き飛ばされた。

 

「ガァッ!?」

 

コーナーポストに衝突し、その衝撃で肺の中の空気を全部吐き出してしまった。酸欠でむせる。

 

「ゲホッ!ゴホッ!……チックショォ、何なんだアレは?」

 

コーナーポストにもたれ掛かりながら奴を睨みつけてると、再び織斑先生から通信が入った。

 

『アレはVTシステム。過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムだ』

「再現?カービィみてえなものか」

 

おいおい、そんなのチートじゃねえか。

 

『形状から察するに、使われてるデータはおそらく私のモノだ。今のお前では、勝ち目はない』

「……悔しいっすけどね」

 

だが、逃げようとした瞬間襲ってくるかもしれん。セシリアと篠ノ之はリング下にいるから狙われてないだけだろうから、下手に二人の傍に行く訳にもいかん。

 

「……織斑先生、すんません」

『……』

「俺はここでコイツを抑えます。三人で逃げてる途中でやられる可能性もありますし。それに―――」

 

それに、これは俺の個人的な理由だ。

 

「VTシステムだかなんだか知らねーが、俺とラウラの試合を邪魔されて、只で済ますわけにはいかねえんだよ!!」

 

さっきからずっとムカついていた。アイツは、ラウラは試合を通して俺の闘いを、プロレスを認めてくれた。アイツとの楽しい時間を邪魔されて、勝てないと言われたから、はいそうですか、って逃げれるかよ!!

 

『……フゥー。まあ、お前ならそう言うだろうとは思ったがな』

 

織斑先生は呆れたようにそう言ったが、まだ試合も終わってないのにリングを降りれるかよ。

 

「奴は俺が―――」

「うおおおおおお!!」

 

聞き覚えのある声が後方から聞こえた。首を回して視線を向けて確認すると、一夏が凄い勢いで飛んできていた。

そして一夏が俺の傍に来た瞬間―――

 

「ガフっ!?」

 

―――ラリアットで場外に叩き落した。

 

「ゴフッ!ゴホッ!―――何をするんだ龍輝!?」

「何をするんだ、だぁ?それはこっちのセリフだ!!」

 

間髪入れずに場外の一夏に向かって続けて言う。

 

「テメエこそ何乱入しようとしてやがんだ!!言い訳があるなら言ってみろ!?」

「……あいつは、アレは千冬姉のデータだ。それは千冬姉の、千冬姉だけのモノなんだ。アイツはそれを……」

 

身内を侮辱されて激情したって事か。気持ちは分からいでもない。が。

 

「言いてえことはそれだけか」

「何?」

「理由はよーく分かった。お前の性格を考えれば仕方ないだろう。だけどよ―――」

 

一拍おいて息を吸い込んでから言い放つ。

 

「これは俺の試合だ!素人が出しゃばってんじゃねえ!!」

「ッ!?だ、だけど俺は―――」

 

一夏がまたなんか言おうとしたところでスピーカーからアナウンスが流れ始めた。

 

『非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定。鎮圧のため、教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに非難すること!繰り返す―――』

 

すると観客席から悲鳴が上がり、防護用のシャッターだかが下り始めた。

……ふざけてんじゃねえぞ、おい。

 

「た、龍輝?」

「……織斑先生」

『どうした?』

「会場のスピーカーと繋げられますか?」

『もう準備はできている。思いっきりやれ』

「恩に着ます」

 

接続を確認し、大きく息を吸い込んでから口を開く。

 

『おい観客共!何勝手に帰ろうとしてやがんだ!?まだ試合は終わってないだろうが!!』

 

そう叫ぶと、悲鳴が上がりざわめき立っていた会場が一瞬で静かになった。

 

『確かに突然の乱入者のせいで、試合が滅茶苦茶になったことは詫びる。だがここから試合内容が変更になるだけで、試合自体は終わってねえんだぞ!!』

 

遠くてもわかる。今観客席の視線は全て俺に向いている。

 

『ここからはこの俺齊藤龍輝と、乱入者謎のISXこと、『魔界48号』とのシングルマッチに変更だ!このカードが見たくねえ奴だけ帰りやがれ!!』

 

…………

 

言いたいことは言った。あとは観客たちがどういった反応をするか……。

 

――――――ワアアアアアァァァァァ!!!

 

少しの沈黙の後、割れんばかりの歓声が会場内に響き渡り、俺の身体やリングを揺らした。

 

「セシリア、篠ノ之、無事か?」

「は、はい!」

「……まだ少し痛むがな」

 

二人に通信を繋ぎ、安否を確認する。よかった、なら問題ないな。

 

「二人ともセコンドついてくれ」

「ま、まさか本当に一人でやるつもりか!?」

「危険ですわ!いくら龍輝さんでも……」

 

二人の心配はもっともだが、これはプロレスで、俺の試合だ。

 

「いいからつけ。その方が逆に安心だ」

「……分かりましたわ」

「……まあ、心配するだけ無駄なのだろうな。お前は」

「ありがとな。二人とも」

 

決まったところで再びスピーカーに繋ぐ。

 

『おっしゃ決まりだ!!おいアナウンス、何ぼさっとしてんだ!?さっさとコールしやがれ!!』

『―――これよりッッ!!スペシャルシングルマッチを開始致しますッッッ!!!』

 

うおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!

 

『赤ッコオオオナアアア!!身長、体重不明。『戦慄の殺人魔神』魔界ッッよぉぉんじゅうううううッはちいいいごおおおおぉぉぉッッ!!!』

 

ワアアアアアアァァァァァァァ!!!!

 

乱入してきた悪役にこの大歓声、観客も分かってきているな。

 

『青ッコオオオナアアア!!168cm、77kg。『燃えるバーサーカーソウル』さぁいとおおおおおおおたつうううきいいいいいいいッッッ!!!』

 

ウオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!

 

観客からの歓声に右手を上げて応える。というかアナウンスの声がどう聞いても織斑先生なんだが。

 

『レフェリー、織斑千冬』

 

あの人もしかして全部兼任するつもりか?まあそんなことはいい。目の前の敵に集中しないとな。

 

 

誰しも子供の頃、テレビの向こうの存在に憧れたことがあるだろう。そして、何の根拠もなく、自分も将来そうなりたいと思うものだ。

しかし、多くは途中で挫折し、諦めてしまう。現実とはそういうものだ。

 

「すげぇ……」

 

目の前に映っている龍輝の姿は、その当時テレビで見た存在のように、俺を魅了していた。

そういえば昔、弾がネットに上がっていたプロレスの動画を見せてきたっけ。弾は熱くなってたけど、俺は「痛そうだな」くらいしか思わなかったな。

だけど、今ならあの時の弾の気持ちが分かる。上手く言えないけど、かっこいい。

 

「一夏」

「な、なんだ?」

 

急に声をかけられてつい声が上ずっちまった。

 

「特等席で試合を見せてやる。二人と一緒に俺のセコンド付け」

「え?!」

 

突然の要請に吃驚して体が跳ね上がる。

 

「い、いいのか?」

「嫌なのか?」

「そ、そうじゃないけど……」

 

けどさっきの事があるし、俺がついていいのか?

 

「さっきの事なら気にすんな。早くしないと、試合始まるぞ」

「……ありがとな」

 

何と言うか、只でさえでかい龍輝の背中が更にでかく見える。これが、プロレスラーか。

 

「ほんと、すげえや」

 

ポツリとそう呟いて、俺は青コーナー側に向かった。

 

 

『ファイッ!』

 

開始と同時に龍輝が距離を詰めるが、先に仕掛けたのはは魔界48号。その巨体から放たれた凶器攻撃(斬撃)により龍輝の身体が吹っ飛ばされロープに飛ぶ。

 

「ぐぅおっ!?―――まだまだ!」

 

しかしそのままロープの反動で跳ね返って、その勢いのまま向かって行き―――

 

「オラァ!」ガツン

 

肩からぶつかり、その衝撃で魔界48号の身体がマットに沈む。

 

『跳ね返ってショルダータックル!48号ダウウウウンッッ!!パワータイプの底力を見せた齊藤!!』

 

龍輝は今度は自分からロープに走り、反動で戻ってくるとその場で跳び肘を落とすが、魔界48号が素早く起き上がったことで逆に自分がダメージを負う。

 

『ランニングエルボードロップ!いや48号躱した!』

 

肘を抑える龍輝の正面を魔界48号の蹴りが襲う。

 

「ぐあっ!?」

『サッカーボールキック炸裂!(スーパー)ヘビー級の蹴りが突き刺さるうううう!!』

 

重い蹴りを受けダウンした龍輝だったが、よろよろとしながらも何とか立ち上がる。しかしそれを狙ったかのように魔界48号の凶刃が襲い掛かる。

 

『これは危険すぎる凶器攻撃だ!齊藤は気付いてない!』

 

魔界48号が刀を振りかぶった瞬間、龍輝の口元がニヤリと歪み、逆に懐に潜り込み顎をかち上げた。

 

「おうらぁっ!」

『カウンターのエルボースマッシュだ!これを狙っていたのか齊藤!』

 

不意の反撃に魔界48号の動きが止まり、龍輝はこの好機を逃さんとばかりにコーナーに押し込む。

 

『コーナーに押し込んだ齊藤。そのままロープに上り―――』

「いくぞおっ!!」

 

龍輝はセカンドロープに上り観客にアピールすると、その拳を魔界48号の頭に落とし始めた。

 

『連続ナックルパート!その姿はまるでキングコング!』

 

拳を打ちこむたびに観客席から「オイ!オイ!」と掛け声が上がる。それに気を良くしたのか打ち終わると両手を上げてアピールする。

 

「お?」

 

しかし次の瞬間龍輝の体が宙に浮き、数秒の浮遊の後マットに叩きつけられた。

 

「ガハッ!?」

『逆襲の超高層パワーボム!!身体がバウンドするほどの勢いで叩きつけられた!!そのままフォーーール!!』

「ぅラアッ!」

 

だが龍輝はカウントが入る前にキックアウトして脱出し、そのまま一旦距離を取って相対する。

 

「がッグっ!?」

『休む暇を与えない48号の猛攻!その巨体に似合わず軽快に攻め立てる!』

「舐めんな!!」

 

攻められながらも隙を突き放ったチョップが刀の柄頭を打ったことにより、48号の手から刀が離れ場外に落ちる。

すると今度は肘を使って攻撃を返す。

 

「か――――――ッ!?」

『今度はエルボー!体重の乗った一撃が振り下ろされるーーー!』

 

強力な一撃にさしもの龍輝もふらつく。

 

『おおっと齊藤踏みとどまった!ダウンはしない!』

 

何とか耐えたものの、周りの目から見ればあと一撃でももらえば倒れそうなほど消耗してるように見えた。

 

『48号再び振りかぶって……エルボー!!』

 

無慈悲な一撃が叩き込まれ、今度こそ龍輝の身体が崩れる。……だが――――――

 

『―――耐えたっ、耐えたああああ!!今度こそ終わりと思われた齊藤―――しかしまだその両足で、しっかりとマットを踏みしめて立っているううううう!!!』

 

だがプロレスラーは倒れない。間一髪のところで踏みとどまり、目の前の巨大な敵を睨みつける。

 

「あああああああっっっーーー!!!!!」

 

支えてるのは意地か信念か、雄叫びを上げながらチョップを放つ。バチイィーンと澄んだ音が会場内に木霊する。

 

「ぐぅっ!?」

 

魔界48号がエルボーを返すが、龍輝は少しよろけただけですぐにまた正面に向き直り、チョップを放つ。

 

『これは激しい!チョップとエルボーの打ち合いだああああ!!』

「うぅおおおおおおおおっっっっーーーーー!!!!!!」

 

龍輝がチョップを打てば魔界48号がエルボーを返し、またチョップを打ち、またエルボーが返り、チョップ、エルボー、チョップ、エルボー、永遠に続くかと思われた打ち合いも、終わりが訪れた。

 

『―――長く続いた打ち合いの末、先に膝をついたのは48号!!あの巨体に真正面から打ち勝ったあああああ!!場内大歓せえええええええ!!!』

 

理屈じゃない。己の意地と信念をかけ、魂でぶつかった龍輝が打ち勝った。ただそれだけの事。

龍輝は追撃の為ロープに走り、反動で跳ね返りその勢いを載せてぶつかろうとする。だが――――――

 

「こふっ――――――!?」

『カウンターラリアットオオオオオ!!48号まだ沈まない!!』

 

喉元を刈られ、空中で一回転してから龍輝の身体がマットに沈む。そのあまりの衝撃にリングが揺れた。

 

『齊藤ここにきてダウーーーン!!起き上がることができない!!』

 

ダウンカウント、ワン、ツー、スリー……

 

無機質な合成音声によるカウントが進むも、意識がないのか龍輝はピクリともしない。

 

 

「もう、もう限界だ!」

 

そう言ってリングに上がろうとするが、セシリアに肩を掴まれ行く手を阻まれる。

 

「落ち着きなさい。まだ試合は終わっていませんわ」

「だけど!」

「一夏の言う通りだ!たった一人でここまで……もう充分だろう!?」

 

箒の言う通り、龍輝はもう限界のはずだ。千冬姉のデータとたった一人で戦って、真正面から攻撃を受け続けて……もう、もう見てらんねえ!

 

「大丈夫ですわ」

 

そう言うとセシリアは俺の肩から手を放し、視線をリングに戻した。

 

「龍輝さんは絶対に立ち上がります。だってまだ―――」

 

セシリアは一瞬目を閉じると、再び俺等の方を向き言葉を続ける。

 

「まだ心が折れていませんもの」

 

心……

 

「何故そんなのが分かる?」

「龍輝さんには信念があります。『プロレス』という絶対的な信念が。しかし相手の方にはそれがない。只コピーしているだけの相手が龍輝さんの心を折れる筈がありません。それに……聞こえませんか?」

 

そう言われ耳を澄ますと、確かに聞こえた。ああ……これを聞いちまったら、最後まで信じてやんねえとな。

 

 

あれ?何だ此処?一面真っ白じゃねえか。

何でこんなところにいるんだ?俺は確か試合中で……。まさか落ちた!?こうしちゃいられねえ!すぐに戻らねえと……どっちに行けばいいんだ?

とりあえず適当に走ってはいるが、一向に戻れる気配がねえ。クソ!早く戻らねえと試合が終わっちまう!でもどっちに――――――

 

―――ぉ―――ぃ―――

 

ん?

 

―――さ―――い――――――お―――

 

なんか声がするな。こっちに行ったらいいのか?

近づくごとに声がはっきりと聞き取れるようになってくる。……こりゃ、早く戻らんとな。

 

 

今、場内には一つ、たった一種類の言葉が響き渡っていた。一人や二人だけならともかく、全観客が同じ言葉を発していた。

 

「「「「「「さーーーいーーーとお!さーーーいーーーとお!」」」」」

『場内、大齊藤コオオオオオル!!今、会場が一体となったああああ!!』

 

場内一斉のコールによりアリーナの空気がビリビリと震え、その衝撃はリングにも伝わった。そして――――――

 

「おおおおおおおおおお!!!!」

 

コールの中、龍輝が雄叫びと共に立ち上がり、観客もそれに応えるように絶叫した。

 

『立ち上がった齊藤!!カウントは9.9!!ギリギリで蘇ったあああああ!!!』

 

場内の割れんばかりの歓声を浴びて復活した龍輝。だがその足取りは重く、やはりダメージは抜け切れていない。魔界48号はそれを逃すまいとしてか、一気に距離を詰め攻め込んでくる。

 

『48号が行った――――――』

 

そして接近してエルボーを放つ。……だが。

 

ガシイ

 

聞こえたのは打撃がヒットした音ではなく、何かを掴んだ音だった。その音の正体は――――――

 

『アイアンクローだあああああ!!!』

 

龍輝の左手が、魔界48号の顔面を鷲掴んだ音だった。

 

「さっきのは効いたぜ……こいつはお返しだ―――」

 

そう言うと龍輝は顔面を掴んだまま脇を潜り、空いてる手で腰を掴むと全身のバネを使い持ち上げ――――――

 

「釣りはいらねえぜっ!!」

 

ダアンッ!!

 

マットに思いっきり叩きつけた。

 

『決まったアイアンクロースラムウウウウウ!!手はまだ離さない!!』

 

そのまま上体を起こし、アイアンクローを極めたままマウントを取る。

 

「パージ!」

 

そして何を思ったか、顔面を掴んだままのISの左腕パーツをパージし、自身の左腕を引き抜く。

 

「仕上げだ……フンっ!」

『なんと齊藤!パージした左腕をそのままに生身の腕でストマッククロ―!ずぶりとめり込んだ!』

 

暫く弄るように腕を動かした後、何かを見つけたのか左腕を引き抜く。

 

「おいしょおっ!!」

 

その引き抜いた手には、何かが握られていた。よく見るとそれは人の頭部らしい。

 

「ったくこのじゃじゃ馬が。手間かけさせやがって」

『魔界48号の身体からボーデヴィッヒを引き抜いたああああ!!確かに生身の腕、しかも掴むという行為ならシールドバリアーも絶対防御も発動しない!見かけによらずクレバーだ齊藤!!』

 

龍輝は引き抜いたラウラを抱きかかえなおすと一旦魔界48号から離れ、青コーナーに向かう。

 

「こいつを頼む」

「承りましたわ」

 

セコンドのセシリア達にラウラを任せると、再び魔界48号に向かう。ラウラを引き抜いたせいか、魔界48号の身体はドロドロに崩壊し始めていた。

 

「おっと、3カウント入る前に消えんじゃねえよ」

 

龍輝は魔界48号を掴んで引き起こすと脇で頭を抱え、片腕をハンマーロックの形に極める。

 

「こいつで……終わりだ!!」

 

軽く飛ぶようにして踏み込み、全身のバネを使って跳ね上げ、体を反っていく。

 

「おおおおおおうらあああああああああっっっっ!!!!!」

 

ドオォォン!!!

 

魔界48号がマットに叩きつけられた瞬間、会場内が大歓声に包まれ、そんな中カウントが数えられる。

 

「「「ワンッ!」」」

 

セコンドの三人が声を張り上げ―――

 

「「「「「ツーッ!」」」」」

 

全観客が声を揃えてカウントを数え、そして―――

 

「「「「「「「「『スリーッッ!!』」」」」」」」」

 

―――長い様で、短い死闘が、今幕を閉じた。

 

『決まったあああああ!!試合を制したのは齊藤龍輝!!14分38秒、魔神風車固めにより、魔界からの使者を打倒したあああああ!!』

 

大歓声の中、龍輝はブリッジの状態を解いて横たわってから動けずにいた。それほどまでに辛く、体力を消耗する戦いだということを物語るかのように。

 

「へ、へへ……やっと一勝……か。長かったな――――――」

 

視界の端にリングに上って駆け寄ってくる見知った顔を確認したところで、龍輝の意識は再び沈んでいった。



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第三十話 最近話長くね?

「うっ、ぁ……」

 

ぼやッとした光に照らされ、ラウラは目を覚ました。

 

「気が付いたか」

 

聞き覚えがある声がした方向に視線を向けると、そこには己が敬愛してやまない織斑千冬の姿があった。

 

「私……は……?」

「全身に無理な負荷がかかったことによる筋肉痛と打撲がある。しばらくは体を休めておけ」

「……何が……起きたのですか?」

 

その質問に千冬は少し天井を仰いでから言葉を紡ぐ。

 

「ふう……。簡潔に言うぞ。お前は――――――」

 

ごくりと生唾を飲んで身構えるが、次に続いた言葉は予想の斜め上を行くものだった。

 

「黒のマスクを被ったことで洗脳され、魔界48号となっていた」

「はい?」

 

あまりの衝撃にラウラの目が点になる。

 

「そして齊藤とシングルで対決し、魔神風車固めによりピンフォール負けした。久々にいい試合を見せてもらったよ」

「あ、あの教官……」

「―――ここまでが表向きの話だ」

 

唐突に千冬の雰囲気が変わる。同時に言い知れぬ緊張がラウラの身体を巡った。

 

「VTシステムは知ってるな?」

「は、はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの部門優勝者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで……まさか」

「そうだ。先程言った黒のマスクがVTシステムだ。条約で使用を禁止されていたものがお前のISに搭載されていた」

「…………」

「本来ならもっと大きな問題になる筈だが、少なくとも学園内では只の演出と言う事で落ち着いている」

 

その言葉を聞き、ラウラは驚きのあまり顔を上げる。

 

「まったく、齊藤に感謝しろよ。あ奴のマイクが無ければこうはならなかったのだからな」

「どういう事ですか?」

「先程も言った通り、公式な記録ではお前と斎藤の試合中に突如魔界48号に変貌し、急遽シングルマッチに変更して齊藤と対決、14分38秒ピンフォール負けとしか記録されていない。これも齊藤がマイクで()()()()()()()()()()()と周りに思わせたからだぞ」

 

あまりにもな内容にラウラは戸惑いを隠せず、視線が宙を泳ぐ。

 

「おかげで何の追及もお咎めもなしになったんだ。感謝するんだな」

「……奴は」

 

一通り千冬が言ったところで、ポツリとラウラが口を開いた。

 

「何故、そんなことをしたのでしょうか?」

「……さあな」

 

ラウラの問いにそう答えると、千冬はラウラのベッドと窓側のベッドを隔てるカーテンに歩み寄ると、そのカーテンの端を掴む。

 

「それは本人に訊け」シャー

「あ……っ」

 

千冬がカーテンを開けると、そこにはもう一つのベッドに横たわり寝息を掻いている龍輝の姿があった。

 

「な、何で……?」

「試合が終わったらぶっ倒れてな、お前と同じようにここへ運ばれた。まあ、筋肉のおかげかダメージはそれほどでもないみたいだがな」

 

見れば身体に包帯は巻かれているものの、寝てる姿はとても安らかで先の激戦の後というのを感じさせない。いや、激戦の後だからこそぐっすりと眠っているのだろうか。

 

「私はこれで失礼する。あとはソイツとじっくり話し合うんだな。面会謝絶と言ってあるから邪魔は入らん」

「え、あの教官…………」

「ああ、それから」

 

千冬はドアに手をかけたところで再度、ラウラに向かい言葉を投げかける。

 

「お前は私にはなれない。お前がなれるのは、お前だけだ」

 

千冬はそう言うとドアを開け、部屋から退出した。部屋には試合の当事者二人が残され、内一人はのんきに寝息を立てている。

 

「話し合え、と言われても―――」

 

何を話せば……そう呟こうとした時、隣のベッドからさっきまでの寝息とは違う声が聞こえた。

 

「むー……?ここは……保健室か?」

「っ!?お、起きたか……」

「ん……ああ、ラウラか」

 

つい反射的に声をかけるがその後に言葉が続かず、振り向いた龍輝と目線があったまま沈黙してしまう。何を話すか、そう悩んでるうちに龍輝が先に話しかけた。

 

「怪我の具合はどうだ?」

「え、あ……大したことは無い。むしろお前の方が酷いのではないのか?」

 

そう訊くと龍輝はフッと笑ってから答える。

 

「この程度、ジムに通ってた頃はしょっちゅうだ。むしろ軽いくらいだぞ」

「そう、か……」

 

本当に龍輝が通ってたジムとはどんなところなのだろうか。

 

「……色々聞きたいことはあるが、ひとまず礼を言っておく」

「礼?何のだ?」

 

?マークを浮かべる龍輝に、ラウラはさらに続ける。

 

「……先程、教官から聞いた。VTシステムの件、お前のおかげで大きな問題にはならなかったと」

「問題って、ありゃ只の演出だ。そんなんでいちいち大騒ぎしてらんねーだろ」

 

その返答にぽかんと口が開くラウラだが、すぐにハッと気を戻すと強く問いかける。

 

「演出って……一歩間違えば死ぬかもしれなかったんだぞ!?」

「あの試合はプロレスだったんだぜ。間違ってもあり得ねーよ」

「何故……そう言い切れる?」

 

その問いを聞くと龍輝はベッドから上体を起こし、身体ごとラウラの方を向いてから答える。

 

「そうさなあ……何でプロレスは反則は5カウント以内OKで、即刻失格にならないと思う?」

「……お前と闘う前の私なら、ショーだからと答えていただろうな」

 

その言葉を聞いて龍輝の頬が緩む。

 

「これは昔師匠から聞いた話なんだが、プロレスっていうのは平和の象徴なんだと」

「平和の象徴?アレがか?」

 

さっきとは逆にラウラが?マークを浮かべ、その反応を見て龍輝はさらに言葉を続ける。

 

「そ。相手を倒したいんなら何もリングの上でやる必要はない。極端な話、暗がりからナイフで刺したり遠くから銃で撃っちまえばいい。だけどどんなに恨みがあろうと俺達はリングの上で闘う。確かに他の格闘技に比べりゃ危険なルールだが、プロレスラーはそれを承知でリングに上がっている。例えパイプ椅子で殴られようが一斗缶で叩かれようが、真正面からぶつかり合えば悪感情なんかすぐに吹っ飛ぶ。どんなに敵対していてもリングを降りたらノーサイド、だからプロレスは平和の象徴なんだ―――って言ってたな」

「……成程、な」

 

そう呟くとラウラは思い返すように天井を仰ぎ、再び口を開く。

 

「確かに、始めは殺したいほど憎んでいた筈だったが、いつの間にかその感情は消えていてただお前との闘いを、試合を楽しんでいた」

「な、プロレスってすげえだろ?」ニッ

「フフッ、確かにな」

 

龍輝に釣られてか、学園にきてから初めてラウラが笑顔を見せた。そして一度目を伏せると意を決したように龍輝の目を見据え、最後の問いを投げかける。

 

「……なあ」

「ん?」

「お前にとって、強さとはなんだ?」

 

真剣な様子で問うラウラに、龍輝は少しだけ間を置いてから答え始める。

 

「……魂の強さ、だな」

「魂……」

「プロレスには不思議な力がある。自分の魂を燃やして、その熱い気持ちを、プロレスに対する情熱を互いにぶつけ合って全力で真正面から闘うことで、ファンの人に勇気と元気を与えられる。非科学的って思われるかもしれないけど、俺達はその力を信じている。だから俺達はリングに上がり、どんな相手にもぶつかっていける。その為には魂が強くないといけない。魂が強い人間は、どんな困難があろうともそれを乗り越えていける。だからプロレスラーは強いんだ」

 

龍輝が話し終わった時、ラウラはその表情を曇らせており、龍輝はそれに気づくと慌てて場を和ませようと口を開いた。

 

「つっても、これも師匠からの受け売りなんだけどな。あはは……」

 

しかしそれでもラウラは俯いたままで、なんとなく気まずくなった龍輝は視線を外す。しばらく沈黙が続き、どうしたものかと考え込む。

 

「……私は、欠陥品だった」

「おいおい、どうした突然?」

「只の昔話だ……」

 

その沈黙はラウラの口から放たれた発言により破られる。その発言の内容に龍輝は少し茶化す感じで返すが、とてもふざけてる雰囲気ではないため、真剣に話に耳を傾ける。

 

「ある事故のせいで、私は軍から『出来損ない』の烙印を押され、部隊員からも欠陥品と呼ばれた。酷いもんだったよ、まるで深い沼に嵌っていくような……。そんな中あの人が、教官が現れて、私を救ってくれた」

 

ラウラが指す人物が誰なのか、龍輝は聞かなくても分かった。自分たちの担任であり鬼教官、織斑千冬その人だと。

 

「教官の指導を受けている内に私は、深く、強く、あの人に憧れていった。その強さに。凛々しさに。自分を信じる姿に、焦がれた。いつしか私は、あの人の様になりたい。……そう思うようになった」

 

龍輝は話を聞いている内に妙な親近感を覚え、彼女に自分を重ねていった。

 

「だが、どこまで行っても私は私、あの人になれる筈もない。それに、先程教官から言われたよ。『お前は私にはなれない』―――とな。なあ、齊藤。私が今までやってきたことは、あの人になりたくてしてきたことは、全部……無駄だったのだろうか?」

 

自嘲気味に問いかけるラウラに対し、龍輝は表情を変えず、間髪入れずに返答する。

 

「いや、無駄じゃねえだろ。そのやってきたことがあって今のお前が存在してんだから」

 

予想だにしなかった返しに、ラウラは目を見開き閉口する。それでもお構いなしとばかりに龍輝は続けて言い放つ。

 

「俺だって師匠みたいなレスラーになりたくて鍛えてるわけだし、俺に限らず誰だって初めは誰かの模倣から始まるもんだ。そこから自分に合うもの、合わないものを見極めて自分の闘い方(スタイル)を確立させていけばいい。たぶん織斑先生も、そういうことを言いたかったんじゃないか?」

「あ……」

 

自分のスタイル、そんなことを今まで考えたことがあっただろうか。いや、憧れに目が眩み、そんな簡単なことも見えていなかったというべきか。

そのことにラウラはショックを受け、それと同時にただ憧れていただけの自分とは違う龍輝の存在が急に眩しく思えた。

 

「私は……『私』になれるだろうか……。あの人の、模倣をすることしかできなかった私が……」

「今までやってこなかったんなら、これからやっていけばいいさ。恐れず行動していけば、必ず変わっていける」

 

龍輝のその言葉を聞いた瞬間、ラウラは目頭が熱くなり、自身の頬を何かが伝っていくのを感じた。

 

「だからそんなくよくよすんな。それに、もしどうすればいいか分からなくなったら―――」

 

涙で濡れたラウラの目をしっかり見つめ、龍輝は言い放つ。

 

「―――そんときゃ俺が面倒見てやるさ。まだまだ未熟者だが、道標くらいにはなってやるぜ」

 

そう言った龍輝の顔は、きっと笑っていたのだろう。目が霞んでよく見えなかったものの、ラウラにはそれがはっきりと分かった。

 

「……話してたらなんか疲れてきたな。もっかい寝るわ、おやすみ」

「え、あ……」

 

そう言うと龍輝は再びベッドに横になると十秒と経たずに寝息を立て始めた。その様子にラウラは何故かおかしくなり、小さく笑いが込み上げた。

 

「ふふっ……本当に強いのだな、お前は」

 

敗けたな。そう思ったラウラの心中は穏やかで、心地よさすら感じている。

ふと気づけば心臓が早鐘の様に音を鳴らし、ラウラの心にある思いが生まれていた。

 

(ああそうか……私はこの男に、齊藤龍輝に――――――)

 

夕暮れの太陽が照らす保健室に、龍輝の寝息がこだまする。

 

 

トーナメントの翌日、『先に行ってて』と言ったシャルロットと食堂で別れて俺は教室に向かっている。

昨日はあの後もいろいろあったな。龍輝がぶっ倒れて面会謝絶になったり、買い物に付き合うと言ったら箒に叩かれたり、シャルロットと何故か一緒に風呂に入ってそこで『シャルロット』という本名を教えてもらったり。

そんな事を考えてると教室が見えてきた。だけど何か様子がおかしい。何故かは分からんが凄い人でごった返している。

 

「いったい何があったんだ?」

 

教室の中を覗いてみると、中までぎゅうぎゅう詰めってことはなく、列になって並んでるようだった。

 

「ちょっと失礼」

 

一言声をかけて人ごみの中を通り教室の中に入ると、その原因はすぐ分かった。

 

「よー一夏。遅かったな」

「何やってんだ龍輝?」

 

そう、この列は龍輝の机の前に並んでいた。そして当の龍輝は手に持ったペンで渡されたノートとか色紙に何かを書いている。

 

「サイン頼まれてな」

「いや、それは見ればわかるけど」

「皆昨日の試合でたっつんのファンになったんだってー」

 

突然出てきたのほほんさんが補足してくれた。成程、合点がいった。

 

「んでこの状況に嬉しいながらも嫉妬心を感じて葛藤しているセッシーがあちらに」

 

指差された方を見ると、確かにセシリアが自分の机で頭を抱えて何やらブツブツ言っているようだった。まあ、自分の好きな男子が人気者になったらそりゃ複雑だよな。でもあれはファンとしてだから心配する必要ないと思うぞ。

 

「貴様ら、いつまでたむろしているつもりだ。さっさと教室に戻れ」

 

やけにドスの利いた声が教室に響き、並んでいた女生徒達がクモの子を散らすように自分の教室に戻っていく。いつの間にかチャイムが鳴っていたらしい、入り口には鬼教官千冬姉の姿が―――

 

バシン

 

「貴様も何を突っ立っている。さっさと座れ」

「はい……」

 

相変わらず痛い。

 

「山田君、HRを」

「は、はい!えーと、今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します」

 

転校生?もうすでに二人も転校生が来てるのに?

 

「じゃあ、入ってください」

「失礼します」

 

あれ?この声って―――

 

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

山田先生に呼ばれて入ってきたのは、以前とは違いスカート姿のシャルルだった。あれ、シャルロット?どゆ事?

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです」

 

成程、隠し通すよりもカミングアウトする道を選んだか。詳しくはあとで訊こう。だって―――

 

「え?デュノア君って女……?」

「美少年じゃなくて美少女だったわけね!」

 

教室内がめっちゃざわついてるし。シャルル―――いや、シャルロットと一夏には昼飯でも食いながら説明してもらえば――――――

 

「ちょっと待って!昨日って確か、男子が大浴場使ってたわよね!?」

 

―――前言撤回。一夏、お前には今から尋問をする。

 

「一夏」

「た、龍きゅぶっ!?」

 

速攻で一夏の頭をヘッドロックで捕らえる。

 

「お前コノヤロウ!俺がぶっ倒れてる間に何一人だけいい思いしてんだアアン!?」ミシミシ

「こ、これには訳がアアアアアっっ!?」

「言い訳かいい度胸だ。ならこいつだ!」

 

ヘッドロックを外してバックに回り、左足を絡めて右脇を潜り首を抱え込むようにクラッチして上半身を捻り上げる。

 

「こ、コブラはやば痛ってえええええ!!?」

 

はっはっは!いい気味だ!このままストレッチボムで叩きつけて―――

 

「一夏ぁっ!!!」

 

―――やろうとした時、教室の扉が凄い勢いで開かれ、憤怒の表情の凰が登場した。

そしてISを展開すると両肩の衝撃砲を……って!?

 

「死ね!!!!」

「ちょっ待っ!?」

 

俺ごとかよ!?このままじゃコイツの巻き添えで死――――――

 

ズドドドドオンッ!

 

…………あれ?何ともない?一夏が床に転がってるのは反射的にコブラのロックを外したからで、当たってたら悶えるぐらいじゃ済まんだろうしな。

 

「…………」

 

意外や意外。俺達と凰の間に入ってきたのは朝から姿が見えないラウラだった。その姿はISを纏っており、そのおかげで無事だったのか。

 

「わりい、助かっ―――むぐっ」

 

礼を言おうとした瞬間、グイッと引き寄せられ、唇に何か柔らかいものが……?

 

「…………?」

「お、お前を私の嫁にする!これは決定事項だ!」///

「……Why?」

 

え?いやちょっと待って?嫁?誰が?俺が?

 

「俺男だぞ?」

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

それごく一部の人達の習わしだから。

 

「それに……」

 

というかさっきのって……俺初めてだったんですけどお!?

 

「面倒を見てくれるのだろう?」

 

いや言ったけど、そういう意味じゃないよ!?

 

「―――龍輝さん?どういうことか説明してくださるかしら」

 

ギギギ、と首を声のした方に向けると、ものすごい威圧感を放っているセシリアがISを展開して近づいてきていた。殺意の波動って、ゲームの中だけじゃなかったんだな。

 

「い、いや、俺にも何が何だか」

「説明も何も、昨日嫁に言われたのだ。『お前の面倒を見てやる』とな」

 

だからそういう意味じゃないって

 

「何を戯言を……。龍輝さんはわたくしに『一番信頼している』と言ってくださいましたわ!」

「何だと!?」

 

なんかすごい拗れてる。

 

「なんか、アンタ見てたら怒り収まってきたわ」

「アハハ、龍輝って人気者だねえ」

「たっつんファイト」

「いや助けてくんない!?」

 

アイツらは完全に傍観者になってるし、一夏は未だ床に転がってるし、織斑先生は笑ってるし……詰んでね?

 

 

~♪~♪

 

二人の口論が激しくなる中、不意に軽快な曲が流れだし、それを疑問に思ったのか二人の口論も止まる。

よく聞くとその曲の音源は龍輝のケータイだと分かり、教室中の視線が龍輝に集中する。

 

「あ、電話か」

「今回は見逃すが、次からは電源を切っておけよ」

「すいません」

 

注意してきた千冬に謝罪しつつケータイを取り出す。どうやら誰かが電話をかけてきたらしい。

こんな時に誰だろう?そう思った龍輝が画面を確認すると、そこには―――

 

「―――っっっ!!??」

 

―――龍輝の師匠の名前が表示されていた。

 

「ちょ、ちょっとすいません!」

「龍輝さん?」

「どうしたのだ嫁よ?」

 

困惑する二人をよそに、龍輝は通話ボタンを押して電話に出る。その慌てっぷりは普段から想像つかない程だ。

 

「お疲れ様でございます!龍輝でございます!―――はい」

 

龍輝は電話の主に答えながら廊下に移動し、通話を続ける。

残された者たちは特に会話をするでもなく、ただ龍輝が出て行った扉を見つめ、声に耳を傾けていた。

 

「―――はい―――本当ですか!?ありがとうございます!」

 

聞こえづらくなったこともあり、どんな話をしているのかさらに想像がつかない。

 

「―――はい。よろしくお願いします!失礼いたします」

 

ようやく通話を終え、龍輝が教室に戻ってきた。何故か疲れ切った様子だったが。

 

「あの、龍輝さん、今のお電話は……?」

「…………」

 

セシリアの問いに、龍輝はすぐには返答せず、軽く天井を仰いでからようやく答える。

 

「試合が、決まった……」

 

後に、生徒達は言う。あれがこの日で一番の驚きだったと。

 

 



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龍輝試合編 Wave the NEW GENERATIONS
第三十一話 帰省inYAMAGATA


新章突入です。


《間もなく、米沢―――》

「あと1時間か……」

 

もう山形に入ったか。今俺、齊藤龍輝は地元に向かう新幹線に乗っている。

何故こうしているか、話は昨日に遡る――――――。

 

――

―――

 

「し、試合!?もしかしてプロレスの!?」

「ホントなの齊藤君!?」

「とうとうプロデビュー!?」

 

試合が決まったのを伝えたらクラスの女子たちがすごい迫ってくる。恐い。

 

「貴様ら落ち着け……齊藤」

「は、はい!」

 

織斑先生の一声で静かになった、と思ったら矛先がこっちに。なんか怒ってる?

 

「まずはおめでとう、よかったな」

「あ、ありがとうございます」

 

いや正直吃驚した。

 

「それで、試合はいつだ?」

「7月4日に、山形の総合スポーツセンターで。詳しい時間とかはまだっす」

 

そう答えた途端、周りの女子達がどよめきだした。

 

「や、山形かあ……」

「ちょっと遠いね」

「お小遣い足りるかなあ……」

 

まあそうなるよな。新幹線でも3~4時間かかるし。

 

「4日か……臨海学校の2日前だが、まあ大丈夫か」

「そうっすね。そういう訳で練習のため明日から帰省しますけど」

「本来であれば認められないが、試合なら仕方ない。頑張れよ」

 

意外とあっさり許してくれたな。まあいいや、授業終わったらさっさと荷物纏めないとな。

 

「龍輝さん!」

「嫁っ!」

 

キレーにハモったな。そういえば二人のこと忘れてた。

 

「龍輝さんが帰省されるのでしたら、わたくしも付いて行きますわ!」

「嫁と私は一心同体、まさか置いていくとは言うまいな!?」

 

強い口調で迫ってくるセシリアとラウラだったが、そのせいで気付いていない。後ろから迫ってくる鉄拳に……。

 

ゴッ!

 

「いっ!?」

「がっ!?」

「貴様ら、堂々とさぼり宣言とはいい度胸だ」

「さ、さぼりだなん―――」

「私は只、嫁と一緒に―――」

 

そこから先を二人は発することが出来なかった。対象でない筈の俺でさえ織斑先生の圧で肌がピリピリしている。

 

「まあ、行くのがダメって訳じゃないんだから、試合の日に来ればいいじゃん。歓迎するぜ?」

「「……」」

 

一応フォローはしといたものの、二人は目に見えて落ち込んだままだ。大丈夫だろうか?

 

―――

――

 

結局あの日は一日中落ち込んでたな。朝も見送りはしてくれたけど、あの調子じゃ織斑先生の鉄拳喰らってるだろうな。そんなに俺の地元に来たかったのだろうか?

 

《間もなく―――》

 

回想してる間にもう着くな。正直一時間も経ってるようには感じないけど、気にしちゃいかんな。

棚から荷物を下ろして肩に担ぎ、出口の方に向かう。切符は、ちゃんとあるな。

 

《―――に到着です。お忘れ物のないようにお願いします》

 

プシュー

 

新幹線から降りると、変わらぬ光景が俺の視界一杯に入ってきた。

 

「よっと。久しぶり……って感じはあんましないな」

 

とはいえ約三か月弱ぶりの地元だ。空気を吸い込むと懐かしい匂いと味がした。

このままぼーっとしているわけにもいかないので、改札に行き駅員に切符を渡して駅の外に出る。

 

「えっと、確かもう来てる筈なんだけど……」

「龍輝」

 

聞きなれた声に反射的に振り向くと、そこには出迎えに来てくれたガタイのいい人物が立っていた。

 

「翔さん!お久しぶりです」

「おう、しばらく見ない間に少しは体でかくなったみたいだな」

 

俺を出迎えに来てくれたのは、ジムに通ってた頃世話になっていたキッククラスの先生だった。

 

「女子高でデレデレして鈍ってるんじゃないかとみんな心配してるぞ?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと毎日たらふく食って鍛えてますし」

「ならいい!はっはっは―――ところで」

 

話に花を咲かせてると、視線はそのままに不意に俺の後ろを顎で差してこう言った。

 

「後ろの嬢ちゃん達はお前の知り合いか?」

「後ろ?」

 

何か嫌な予感がしながらも刺された方向を振り向くと――――――

 

「……何でいんの?」

 

今朝見送ってくれたはずの金髪お嬢様と銀髪ロリッ娘が立っていた。

 

「初めまして。わたくし、龍輝さんの”パートナー”を務めております、セシリア・オルコットと申します」

「お会いできて光栄です。私はラウラ・ボーデヴィッヒ、彼とは将来を約束した仲です」

 

表面上は穏やかな二人だが、俺には見える。二人の笑顔の間に飛び散ってる火花が。

 

「あっはっは!なかなか面白い娘達だな!おっと、自己紹介がまだだったな。俺は川戸(かわと)(しょう)。キッククラスのコーチをしている。よろしく頼むぜ、嬢ちゃん達!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

「よろしくお願いします」

 

いや、普通に挨拶してる場合じゃ……はあ、まあいいか。理由はあとで訊くことにしよう。何かもう、メンドイ。

 

「まあ積もる話もあるが、それはおいおい……三人とも車に乗ってくれ、早速ジムに行くぞ」

 

そう言って翔さんが駐車場の方に歩きだしたので、俺達もそれに続く。どうやら近くの方に停めてたみたいで、ちょっと歩くとすぐに車が見えてきた。

余談だが、翔さんの愛車はGT-R(BNR32)という車なのだが、中古で300万したとかで、購入後奥さんにこってり絞られたらしい。

 

「嬢ちゃん達は後部座席だ。龍輝、シート避けてやれ」

「はい。―――よっと、二人とも乗ってくれ」

「ボーデヴィッヒさん、お先にどうぞ」

「いや、貴様から先に乗れ」

「どっちでもいいから早く乗れ」

 

結局セシリア、ラウラの順に乗ることになった。ラウラの奴、何か上機嫌だな。

 

「よーし全員乗ったな。シートベルトは着けたか?じゃあ行くぞ―――!」

 

駅からジムまで大体15分くらいか。ちょっと予定外の事が起こったけど、試合まで時間がないから、しっかり練習しないとな。

 

 

龍輝が帰省してから、セシリアとラウラがいなくなったことで(多分龍輝に付いて行った)多少の騒動はあったものの、その後は概ね普通の日々が過ぎていった。

そして数日後のある日のHR。何か千冬姉の様子が昨日と違う。うまく言えないけど、なんかそわそわしてるような……。

 

「あー、諸君……早速だが重要なお知らせがある」

 

お知らせ?いったい何だろうか。

 

「7月4日に齊藤が地元山形で試合をすることは憶えているな?この中で、齊藤の試合を観に行きたいと思っている者はどれくらいいる?」

 

その言葉に教室中の生徒全てが挙手をして応えた。箒も小さくだが手を上げている。

 

「全員か……丁度いいな」

「?」

「実は昨日、齊藤が通ってたジムから私宛に郵便が来てな。中を確認したところ、私と山田先生を合わせたクラス全員の分のチケットが入っていた。無論、新幹線のチケットと旅館の案内も一緒にな」

 

……え、マジで?

 

「……ということは」

 

誰が言ったのか分からないその言葉の返答を、クラス全員が待ち望んでいる……そんな錯覚すら感じる。

 

「喜べ貴様ら、全員観戦に行けるぞ」

 

ワアアアアアアアアア!!!!

 

「やった!やったよお母さん!」

「普段の行いがいいから神様がご褒美をくれたのよ!」

「山形の美味いもの一杯堪能するわ!」

 

なんか目的が違うのがいたけど、まあそんなことはどうでもいいか!

龍輝の地元か、楽しみだなあ。一体どんなところなんだろうな?




新章記念に龍輝のプロフィールを簡単にまとめました。

名前―齊藤龍輝(さいとう たつき)
年齢―15
誕生日―8月26日
身長―168cm
体重―78kg(増量中)
得意技―スープレックス、バックブリーカー

気が向けば追加します。


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第三十二話 え?知り合い?

前話からかなり時間が空いてしまいました。話もあまり進んでないですが、読んでくれたらうれしいです。



「ついにやってきたぜ!龍輝の地元、山形に!」

「叫んでないでさっさと改札へ行け」

 

千冬姉に怒られちまったぜ。え?テンション高いって?みんなこんな感じだぞ。

 

「切符拝見します」

「あ、はい」

 

駅員さんに切符を渡して改札を出る。今時自動改札じゃないって、珍しいな。

 

「遅いぞ一夏!」

「わるいわるい」

 

改札を抜けて外に出ると先に出ていた箒がぷりぷりと怒った様子で立っていた。

 

「しっかし何もないわね。アイツの地元っていうからどんな所かと思ったら、只の田舎じゃない」

 

おいおい鈴、そんなこと言ったら失礼だぞ。

 

「まさか貴様まで招待されていたとはな。クラスが違うだろうに」

「龍輝が気を使ったんじゃないか?」

「にしても一組全員だけじゃなくてアタシまで招待するなんて、アイツの師匠って何者なのよ」

 

それは皆共通の疑問だな。前々から訊こうとは思っていたけど、なぜだかタイミング合わないんだよな。

 

「三人とも、バス来たみたいだよー!」

 

シャルの声に反応して整列場所の方を見ると、ロータリーにデカ目のバスが停まっていて、その前にクラスの生徒達が続々と並んでいく。

 

「行くぞ、一夏」

「遅れて千冬さんに叩かれても知らないわよ!」

 

二人に続き、俺も整列場所まで駆け足で向かう。山形まで来て千冬姉の制裁なんて受けたくないからな。

ちなみにシャルは既に整列していた。ちゃっかりしてるな。

 

 

バスに揺られること三十分、宿泊先の旅館のある温泉街に到着したが、なんというか、圧巻の一言だ。

 

「なんか、古い感じね」

「まだこのような町並みが残っていたとはな」

 

箒の言うとおり、この温泉街は大正ロマン溢れるような古い町並みで、どこかほっとするような雰囲気がある。

 

「へえ~、あの鉱山って見学できるんだ。あとで観に行こうかな」

 

シャルなんてもうこの後の予定たててるし。確かチェックインの後自由時間だっけ?俺もどこか観てこようかな。

 

「全員いるな。これより旅館へチェックインしたのち、各自自由時間だが、羽目を外し過ぎて迷惑をかけないようにな」

 

「はーい!」と全員返事はしたものの、やはりどこか浮かれてる感じがする。そういう俺もだけどな。

 

「山田先生、後は頼む」

「はい。生徒たちの事は任せてください」

 

そんな会話が聞こえた後、山田先生は生徒たちの方に向かい、千冬姉は時刻を確認しつつ駐車場の方に視線を向けていた。

 

「あれ?千冬姉どっか行くの?」

 

ガツンッ

 

痛い……。

 

「織斑先生だと何度言ったら分かるんだ、馬鹿者」

「すみません……」

 

いい加減俺の脳細胞死滅しかけてるんじゃなかろうか。

 

「まったく。今回の礼も兼ねて挨拶に向かうだけだ」

「挨拶って、龍輝のジムに?」

「そうだ。しかもアポを取った際に、場所がわからないだろうからと迎えを寄越すと言ってくれてな。まったく、頭が下がるよ」

 

マジか。もの凄くいい人だな。増々気になってきた。

 

「予定ではもうすぐなんだが……」

 

と千冬姉が呟いた時、一台の車が駐車場に入り、空いてるところに停車すると、二人の人間が車から降りた。そのうちの一人が俺達の方に駆け足で近づいて……

 

「龍輝?」

「よー一夏、久しぶり」

 

うん久しぶり。と言っても数日だけどな。

 

「織斑先生、お久しぶりです。今回は自分のわがままを聞いていただき、ありがとうございます」

「いや、気にしなくていい。ところで―――」

「おい龍輝、自分だけ先に行くなよ」

 

気付くと車の駐車を終えたらしき運転してたと思われる人が近くまで来ていた。

 

「すみません翔さん」

「まあ気持ちは分かるがな。初めまして、キッククラスのコーチをしている川戸翔といいます。いつも龍輝がお世話になってます」

 

デカい。丁寧な口調で名乗っていたけど、こういっちゃあれだが見た目に全然合わない。身長は180超えてるくらいで、服を着ていてもそのゴツさが全然隠れていない。足とかパンパンだし。

 

「これはご丁寧に。私は彼のクラスの担任の、織斑千冬です。迎えが来るとは聞いていましたが、まさかWMF(=世界ムエタイ連盟)ヘビー級チャンピオンが来られるとは」

「元、が付きますがね。こちらこそ、こんな美人の先生が来られるなんて思いませんでしたよ」

 

美人、ねえ。確かに千冬姉は弟の俺から見ても綺麗だとは思うけど、中身がなあ……。

しかし、この人が龍輝のジムの先生か。思ってたのより優しそうだな。

 

「織斑、お前も挨拶しろ」

「は、初めまして、龍輝のクラスメイトの織斑一夏です!」

 

変に緊張したせいで声が上ずっちまった。恥ずかしい。

 

「ああ、君が。龍輝から話は聞いてるよ。よろしく頼むぜ」

「よ、よろしくお願いします!えっと……川戸さん?」

 

差し出された右手を握り返すと、ゴツゴツした感触が手に伝わった。どんなトレーニングしたらこんな手になるんだ?

 

「翔でいい。どうも名字で呼ばれるのは苦手でな」

「わ、分かりました―――翔さん」

 

何だか思っていたよりもフレンドリーで、先生というよりアニキ、といった感じの人だな。

 

「そうだ、一夏もジムに来いよ」

「え?いいのか?」

「いいに決まってるだろ。ですよね?翔さん」

 

そう言って龍輝が伺いを立てると、翔さんは笑顔でサムズアップをした。どうやらOKのサインらしい。

 

「よろしいのですか?」

「いいんですよ、客は多い方が賑やかでいい。うちのオーナーもそう言うと思いますし」

 

いいのか。ジムの人たちみんなこの人みたいなのかな?何はともあれ、とうとうジムが見れるのか、楽しみだなあ。

 

「「ちょっと待ってください(待ちなさい)!!」」

 

……この声は。

 

「何一人だけどっか行こうとしてんのよ!?」

「一夏が行くなら私も行きます!」

「ごめん、止められなかった……あと僕もちょっと気になってたし」

 

声のした方に振り向くと、箒と鈴がデーンという効果音が聞こえそうな感じで立っていて、その後ろには申し訳なさそうな様子のシャルが頭を下げていた。苦労人ポジが板についてきたな。

 

「却下だ。こんな大人数で行っては流石に―――」

「まあまあ先生―――嬢ちゃん方、正直言ってキミらみたいなかわいい娘達はうちのジムは大歓迎だが、生憎俺の車は定員いっぱいでね……また迎えに来てもいいが、俺もクラスがあるからあんまし長いこと空けられないんだ」

 

千冬姉を抑えた翔さんの説明を聞いた二人は目に見えて落ち込んでるように見える。あとシャルも心なしか落ち込んでないか?

 

「だからまた明日、この時間にここに迎えに来る。どうしても今日がいいなら、飛ばして迎えに来るが」

「……いえ、明日で大丈夫です」

「流石にこれ以上迷惑はかけられないわね」

「無理くり押し掛ける時点で大分迷惑だけどね」

 

シャルのツッコミが光ったところで、二人とも納得したようだ。

 

「おしっ!じゃあまた明日な。今日一日は先生のいうこと聞いて、温泉を楽しんでくれ」

「はい。明日はよろしくお願いします」

「あーあ、一夏と一緒に行きたかったな」

「仕方ないよ。今日一日はここを堪能しようよ」

 

話しつつ旅館の方に戻っていく三人。山田先生の胃に穴が開かないだろうか心配になるな。

 

「すみません、うちの生徒がご迷惑をおかけしてしまって」

「はっはっは!いいんですよ先生、あれくらい元気な方が我々も歓迎のし甲斐があるってもんです」

 

と快活に笑って応える翔さん。アイツら、明日失礼なことしないといいけど。特に鈴。

 

「じゃあそろそろ行きますか。車はあっちに止めてありますんで、付いて来てください」

 

そう言われて車の前まで翔さんの後ろを歩いて付いていく。駐車場が広いからか、話してる間に他の車が近くに停めたということはなく、分かりやすかった。

 

「先生は助手席に乗ってください。龍輝、お前は坊主と一緒に後ろだ」

「あ、いえ、私は後ろでも」

「いえいえ!美人が隣にいた方が運転のし甲斐がありますから!」

 

……この人、もしかして千冬姉を口説いてんのか?なんて物好きな。

 

「安心しろ一夏。翔さん奥さんいるから」

「結婚してんのにあれなのか」

「まあ、正直者だからな」

 

それはそれであれだが。

 

「おら龍輝!早く乗らないと、先生が座れねえだろ」

「すいません!ほら一夏、乗るぞ」

「お、お邪魔します」

 

龍輝の後ろに続いて後部座席のシートに座る。これがスポーツカーのシートか……意外と柔らかいな。

 

「シートベルトしろよ、最近うるさいからな。お待たせしました、どうぞ先生、お乗りください」

「では、失礼します」

 

千冬姉が助手席に乗り、それに続いて翔さんが運転席に乗って車のエンジンをかけると、スポーツカーらしい重低音が響いた。やっぱカッコいいよな、こういうの。

 

「全員シートベルトは締めたな?出発するぞ!」

 

ジムか、一体どんな所なんだろう。楽しみだな。

 

 

「着いたぞ」

 

車に揺られること約20分、どうやら目的地に着いたみたいだ。ちなみに意外と安全運転だった。

 

「へえーここが龍輝のジムか……普通の家じゃないのか?」

 

車を降りてすぐ目に入ったのは、よく見る田舎の一軒家で、とてもジムには見えなかった。

 

「いや、これは先生の自宅でな。ジムはこの奥の庭にあるんだ」

「へえ、そうなのか」

 

庭に建てるって、いったい敷地何坪あるんだ?

 

「今午後のクラスの時間なんで、先に自宅の方に行きましょう」

 

促されて翔さんの後ろをついて行き、龍輝の師匠の家の玄関まで行くと、おもむろに翔さんが玄関の戸を開けた。余談だが、引き戸だった。

 

「こんにちは!あやねさんいる?」

 

そう翔さんが大きめの声で言うと、奥の方から「はーい」という女性の返事と共にパタパタという足音が近づいてきた。

そして姿を現したのは、エプロンをした華奢な女性だった。

 

「あら川戸さん、もう戻ってきたのね」

「飛ばしてきたからな。あやねさん、こちらが話してた龍輝の先生で、それと急遽一緒に来た龍輝のクラスメイトだ」

 

翔さんに促されて千冬姉が一歩前に出て、先に女性に挨拶する。

 

「初めまして。龍輝くんの担任の織斑千冬と申します。こちらは彼の同級生の……」

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

今回はスムーズに言えたな。地味だって?シンプルにしないと絶対噛むからな。

 

「今回は急な訪問で、御迷惑をおかけします」

「いえいえ、こちらこそ龍輝くんがお世話になってます。私はあやねといいます。生憎主人はただいま出ておりまして……」

「大丈夫、話してあるから。俺がアイツを呼んでくるから、あやねさんよろしく頼むよ。ほら龍輝行くぞ」

「はい。すいません、すぐ来ますんで待っててください」

 

そう言うと翔さんと龍輝は足早に玄関を出ていった。呼んでくるということは、ジムに向かったのだろう。

 

「主人から話は聞いてますので、どうぞ上がってお待ちください」

「すみません、お邪魔します」

「お、お邪魔します」

 

玄関に上がると、あやねさんに奥の部屋に案内された。床の間という奴だろうか、不思議な匂いと雰囲気でつい姿勢を正してしまう。

あやねさんは俺達を案内してお茶を持ってきてくれた後、やることが残ってたらしく、しばらくお待ちくださいと言って部屋を出て行った。千冬姉と二人きりだが、特に会話もなく、部屋は静寂に包まれている。

そうしてしばらく待っていると、玄関の戸が開いた音がし、そして足音が俺達のいる部屋に近づいてきた。

 

「いやあ、お待たせしました。わざわざ来ていただいたのにすみません」

 

ふすまを開けて入ってきた男性は開口一番そう言うと頭を下げた。もしかしてこの人が龍輝のレスリングの先生かなのか?

 

「いえ此方こそ、お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!」

 

千冬姉も立ち上がって挨拶し、俺も続いて立ち上がって挨拶する。

 

「私は龍輝くんの担任の――――――!?」

「……あれ?」

 

どうしたのだろうか、急に千冬姉が固まった。チラと顔を見ると、その顔色は驚愕の色に染まっていた。

 

「もしかして千冬ちゃんか?久しぶりだねえ!」

「は、はい!お、お久しぶりです!」

 

……え、何?知り合い?というか、こんな千冬姉見たことないんだけど。

 

「最後に会ったのが中学の時だったっけ?」

「あ、いえ。高校生の時に後楽園ホールで一度」

「そうだそうだ!いやー懐かしいなぁ!随分と美人になって」

「あ、ありがとうございます!」

 

なんか凄い話弾んでる……誰なんだろう、この人。

 

「あ、あの千冬姉?この人はいったい?」

「あれ?千冬ちゃん、もしかして彼が?」

「は、はい!弟の一夏です!ほら一夏、挨拶しろ!」

 

何だろう、この感じ。千冬姉完全に教師モードじゃなくなってるし。

 

「お、織斑一夏です!よろしくお願いします!」

「いやーあの赤ん坊がおっきくなったねえ!」

 

え?もしかして昔うちの近くに住んでたのかな?

 

「こうして話すのは初めてだから、改めて自己紹介しよう」

 

そう言うと男性は自分の方をサムズアップした親指で指し―――

 

 

「俺は風間(かざま)龍輔(りゅうすけ)。ジム『ドラゴンピット』のオーナーで、レスリングコーチをしている。よろしく頼むよ、一夏君!」

 




キャラプロフィール

名前―川戸翔(かわと しょう)
年齢―38
誕生日―12月1日
身長―183cm
体重―104kg(平常時)95kg(試合時)
得意技―膝蹴り、左ハイキック
獲得タイトル-WMF世界ヘビー級王座、JMF日本ヘビー級王者


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第三十三話 そこもっと掘り下げた方良くない?

気付いたら三か月以上も空いてしまった……長くお待たせしてしまい、謝罪の言葉も見つからないです。


デカい。俺がこの人に抱いた第一印象はその一言につきる。

 

「しっかし千冬ちゃんがまさか龍輝の担任だったとはな。世の中狭いねぇ」

 

風間龍輔。そう名乗った目の前の男性は、身長は俺と同じかちょっと高いくらいだが、体のデカさは桁違いだ。

パンパンに張ってTシャツがはち切れそうな上半身、ジャージを履いてはいるものの、隠しきれず浮き彫りになっている下半身。

こう言ってはあれだけど、俺や龍輝とは比べ物にならない。というより、根本的に違うと思ってしまう体だ。

 

「私も驚きました。ジムを開いたとは噂で耳にはしましたが、まさか風間さんが―――」

「おいおい、『風間さん』なんて他人行儀だなぁ。昔みたいに『龍にいちゃん』って呼んでくれないのかい?」

「い、いえ。私もいい大人ですし、流石に……」

 

あの千冬姉がこんな風に接するなんて、余程すごい人なんだな。てか、そんな呼び方してたのか。想像つかねえ。

 

「俺にとっちゃ、今でもかわいい嬢ちゃんのままなんだがなあ……千冬ちゃんも成長したってことか。なんだか寂しいねえ」

 

と言って風間さんは少し悲しい顔をして、それを見た千冬姉がオロオロしている。ここに山田先生含むうちのクラスのメンバーがいなくてよかったかもしれない。いたら絶対変な意味で阿鼻叫喚になるだろうから。

 

「そうだ。せっかく来たんだから挨拶だけとは言わずに練習でも見ていきな」

「はい、是非!あ、いや、その―――ゴホン」

 

風間さんの提案に一瞬でテンションが上がった千冬姉だが、すぐに気を戻してまるで仕切り直すように咳払いをした。

 

「あっはっは!じゃあ早速行こうか。付いてきてくれ」

「はい!ほら一夏、行くぞ!」

「あ、うん」

 

踵を返して玄関に向かった風間さんに続き、俺と千冬姉も移動する。ジムに行くといっても、龍輝が言うには庭にあるらしく、その言葉通り庭の方に入ってすぐ結構立派な一階建ての建築物が目に入ってきた。中からは威勢のいい、というより怒号みたいな声が聞こえる。ちょっと怖くなってきた。

 

「ここが入り口だ。さあ入ってくれ」

 

ギイィ、と音を立てて開けられたドアを、先に風間さんが通り、続いて俺達も通っていく。

中に入ってすぐ、あまりの熱気につい顔を背けてしまう。

 

「ここが―――」

 

千冬姉の呟きがやけにはっきりと聞こえる。ジムの中は変わらず威勢のいい声が響いているのに、だ。

熱気にも少し慣れてきたため、視線をジムの中に戻す。

正直、絶句した。でもそれも仕方ないと思う。だって―――

 

「……すげえ」

 

―――ジムの人達は綺麗に整列をして、正面に立ってる人の号令に合わせてひたすらスクワットをしていたのだから。

 

「今コンディショントレーニングの最中でな、すまんが紹介は後にさせてくれ」

「あ、だ、大丈夫です」

 

暫くするとスクワットが終わったのか今度は腕立てを始め、それが終わってようやくジムの人達は各々マットの上でストレッチなどをし始めた。スクワットや腕立ては龍輝が部屋とかでやってるの見たことあるけど、あれ回数がえげつない量だったような。

 

「さて……二人は適当に邪魔にならないところで見ていてくれ。と言っても、今の時間は一般会員しかいないから、そこまで激しくはやらないけどな」

「一般……?」

 

あの人たちが一般?どう見てもプロの人達にしか見えないが。

 

「ああ。うちのジムは9時~12時と15時~18時は一般向けのクラスでな、学生とかも来るぞ」

 

学生って、マジか。いやでも、龍輝は中一から通ってたっていうから、そこまで驚くことでもないのかな?

 

「あれ?そういえば龍輝は?」

 

気になってジム内を見渡したが、龍輝の姿はマットやトレーニングスペースにも、リングの方にもない。トイレかな?

 

「ああ、アイツなら今は外に出てるぞ。新入り二人がロードワークから帰って来ないから、その迎えにな」

 

成程。試合近いってのに、アイツも大変だな。

 

「新入り、ですか?」

「ああ。若い女子二人なんだが、これがなかなか根性ある奴らでな。将来が楽しみだ!」

 

そう言ってワッハッハッハッ、と豪快に笑う風間さん。女子二人……なんだか嫌な予感がする。千冬姉もなんか感づいてるみたいだし。

 

「たぶんそろそろ―――」

「ただいま戻りました!」

 

風間さんが言い終わる前に、入口の方から大きな声が聞こえ、振り向くと龍輝がジムの扉を開けて、中に入ってきている所だった。

 

「ずいぶん遅かったな!」

「すいません!案の定二人ともフラフラでして……」

「んで、あの娘らはどうした?」

「もうすぐ来ます。――――――ほら二人とも急げ」

 

問われた龍輝は短く返事をするとジムの外に顔を出して誰かに声をかけた。外からは弱々しい声で返事してるのが

かすかに聞こえたが、誰の声かまでは分からない。

 

「「ゼェ、ゼェ―――も、戻りました~……」」

 

息も絶え絶えな姿で戻ってきたのは、前かがみになっていたのと前髪が垂れて分かりづらいが、よーく見ると俺と千冬姉の見知った顔だった。

 

「も、もしかして――――――」

「――――――オルコットにボーデヴィッヒ、か?」

 

そう、今にも倒れそうなほど疲れ切った姿を見せている二人は、俺のクラスメートであり、龍輝が帰省したのと同時にどっかに行った、セシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒの二人だ。

あの千冬姉も疑問符をつけるほど、今の二人の姿はすごいことになっている。

 

「ん?ああ、この二人も千冬ちゃんの生徒だったっけ。なかなか面白い娘達だな。龍輝に付いて一緒にやって来て、『自分も龍輝と一緒に練習したい』って言ってきたんだ」

「それは……ご迷惑をお掛けしました」

 

やっぱ二人とも付いていってたのか。でもこの様子じゃ、付いてきたのを後悔してるんじゃ。

 

「いや迷惑じゃないよ。むしろ感心させられたね」

 

予想外の言葉に千冬姉の目が点になっている。ちなみに二人はふらふらしながらもロッカールームに入っていった。休憩だろうか。龍輝もロッカールームに入ってったが、少ししたら出てきてバーベルスペースの方に向かっていった。

 

「最初はいつ逃げ出すかと思ったが、いやなかなか根性がある娘達だ。泣き言ひとつ言わずにちゃんと毎回練習に参加してるんだからな」

 

意外や意外。風間さんの口から出てきたのは二人を褒める言葉だった。

 

「これも、千冬ちゃんの教育がいいからだろうな。いやー流石だなぁ」

「い、いやぁそのぉ……恐縮です……」///

 

そして流れるように千冬姉も褒める。これには千冬姉もつい顔がにやける。

 

「おっと、時間だ。俺はクラスの方を始めなきゃならんから行くけど、二人とも自由に見ててくれて構わないからな」

「あ、あの風間さん!」

 

急に千冬姉がジムの方に行こうとした風間さんを呼び止めた。……何か嫌な予感がする。

ちなみにチラと見ると、二人がロッカールームから出てきてマットの方に向かって行った。Tシャツがさっきと違ったけど、着替えたのだろうか?まあ確かに、汗だくどころか滝に打たれたのか、と思うほど濡れてたけど。

 

「やっぱり練習に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」

「おう、いいぞ」

 

あっさりと決まった。あまりにあっさり過ぎて頭が回らない

 

「じゃあロッカールームで着替えてこい。着替えは―――コイツをやろう」

 

風間さんはカウンターの内側をあさると、二組の練習着(ジムのTシャツとトレーニングパンツ)とシューズを俺達の方に差しだした。全て新品らs……二組?

 

「遅くなったが、世界一になったお祝いだ。と言っても、あんま大したもんじゃないがな」

「い、いえ!凄く嬉しいです!ありがとうございます!!」

 

こんなテンションの高い千冬姉初めて見た。てか、なし崩し的に受け取っちまったけど、これ俺も練習する流れ?

 

「ならよかった。右が男子更衣室で、左が女子更衣室だ。早く着替えろよ」

「はい!ほら一夏、さっさと着替えるぞ」

「え、あ、うん……」

 

……マジか。

 

――――――

――――

――

 

着替え終わった俺達を見て風間さんはうんうんと頷いた後俺等をジム生の人達の前に連れて行った。

 

「えー、本日は龍輝の担任である織斑千冬先生とその弟で龍輝の学友の一夏君がクラスに参加することになった」

「織斑千冬です。本日はよろしくお願いします!」

「お、織斑一夏、です……よろしくお願いします」

 

千冬姉、ハツラツとしすぎだろ。というか、今ようやっと認識したのか、セシリアとラウラの二人が「何でここに」という顔をしている。

 

「ちなみにこの千冬先生は、昔の俺の教え子でな」

 

……え?

 

「油断してるとやられるからな、気入れろよ」

「「「「「はい!!」」」」」

 

え?いや、ちょっと待って。色々混乱してる。

 

「え?千冬姉レスリングやってたの?」

「……風間さんが引っ越すまでは、直接教えてもらっていた。今でも基本の練習は欠かしてない」

 

知らなかった、そんなの。そういえば時々夕方や夜に出かけてたけど……その時に?

 

「じゃあ挨拶も済んだことだし、ぼちぼち始めますか」

 

そう言うと風間さんはスゥ、と息を吸い込んで――――――

 

「これからクラスを始めます!よろしくお願いします!!」

「「「「「よろしくお願いします!!!!!」」」」」

 

……俺、ついていけるかな?




キャラプロフィール

名前―風間龍輔(かざま りゅうすけ)
年齢―39
誕生日―6月21日
身長―175cm
体重―96kg
得意技―スープレックス、パワーボム
獲得タイトル-IWFヘビー級王座、IWFタッグ王座、PWGPジュニアヘビー王座、


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第三十四話 これで一般かよ……

初めに謝っておきます。ごめんなさい。
今回、ある人物のキャラ崩壊が凄いです。あと独自設定。
それでもいいという方のみ、読んでください。


――

――――

――――――

 

あれ……?俺、何してたんだっけ……?

何で、天井を見てるんだっけ?

なんで……こんなことになったんだっけ―――?

 

 

【練習開始から暫く経った頃】

 

正直、吃驚している。

 

「よーし5分休憩だ。各自しっかり水分とっとけ」

 

いや、確かに練習内容に吃驚してるんだが、そういう意味じゃない。

 

「フゥ……。やはり風間さんの指導は的確だな」

 

そう。このジムの練習は、プロレスのイメージ通りの練習ではなく、構えに始まり基礎のテクニックからみっちりと、懇切丁寧に教えてくれる、結構ちゃんとしたクラス練習だったのだ。

 

「おっす。お疲れ一夏」

「よう。お前も休憩か?」

 

マットスペースの外で水を飲んでいると、龍輝が汗をタオルで拭きながらやってきた。

 

「ああ。ウェイトがひと段落着いたんでな。これから合流させてもらうわ」

 

見てる余裕なかったからわからなかったが、ずっとウェイトやってたのか。通りでパンプアップしてるわけだ。

 

「そういえば、これから何やるんだ?スパーリングとか?」

「いや、一般クラスではスパーリングは基本、希望者だけでやるんだ。無理してやって、怪我でもしたら大変だからな」

「へー。そういうもんなのか」

 

ちょっと安心した。流石に今日教わったばかりでスパーリングなんてできないしな。

 

「まあ、この後のアレをやったら、スパーやらなくてもバテるかもな」

「アレ?」

「そろそろ再開するぞ!」

 

龍輝に訊き返そうとした時、風間さんの呼びかける声が聞こえ、龍輝はさっさとマットの方へ行ってしまった。

 

「またあとでな、一夏。ぶっ倒れんじゃねえぞ」

「え、ちょっ」

 

困惑しながらもマットの方に戻る。龍輝の奴、どういう意味だ?

 

「次は受け身の練習だ。各自、二人組を作ってバラけてくれ」

 

受け身?それって柔道とかの準備運動でやるあれか?何で今なのかはわからないけど、とりあえず誰かと組まないと。

 

「一夏くん、よければまた組まないか?」

「藤井さん!こちらこそよろしくお願いします」

 

今俺に声をかけてくれたのは藤井(ふじい)雅信(まさのぶ)さん。さっきまでのテクニックの練習でも一緒に組んでくれた(ちなみに千冬姉は女性の会員さんと組んでいた)、このジムの会員さんだ。何でも風間さんとは友達で、プロではないらしいが、かなりガタイがいい。

初めてのことばかりで戸惑っていた俺だが、藤井さんが丁寧にコツとかを教えてくれたお陰で、なんとか形にはなっていた。

ちなみに千冬姉は女性の会員さんと組んでいた。

 

「しっかし初心者にも受け身をやらせるとは、昔の教え子が来て舞い上がってるな、アイツ」

「受け身って、普通準備運動とかでやるんじゃ?」

「ああいや、普通の受け身はやってるよ。だけどこれからやるのは―――」

「全員組んだな。初心者もいるから、まずは手本を見せる。龍輝、来い!」

 

藤井さんが説明してくれようとしたが、タイミング悪く風間さんの掛け声で止められた。

全員が注視してるなか、呼ばれた龍輝が風間さんに駆け寄る。

 

「まずは首投げ、所謂フライングメイヤーからだ。これの受け身は前回り受け身と同様だ。今から龍輝がやるから、よく見てろよ」

 

そう言うと風間さんは龍輝の首を両腕で捕らえると、体を反転させ前方に投げつけた

 

「セイッッ!!」ブン

 

バァンッ!!

 

……うわぁお。

 

「おらもう一丁いくぞっ!!」

「はいっっ!!」

 

倒れた龍輝の頭を風間さんが掴んで無理矢理立たせ、更に投げつけた。

 

バァンッ! バァンッ! バァンッ!

 

合計四発ほど投げたあたりで、ようやく龍輝の頭から手を離し、俺たちの方に向き直った。

 

「とりあえず、一人10回ずつやってみようか」

 

……マジすか。

 

「最初は俺が投げるから、一夏くんは受け身を取ってくれ」

「いやいやいや!無理ですって!?」

 

フライングメイヤーなら動画とかで見たから俺でも知ってるけど、あんな勢いじゃなかったぞ!?受け身取り損なったら呼吸ができなくなるってレベルじゃねえだろ、アレ!?

周りではすでに始めているけど、なんでみんな普通にやれてるの!?

 

「大丈夫だって。意外と何とかなるもんだから」

「そういう問題じゃないですって!?」

「いいからいいから。ほら、いくぞぉ」

 

ガシッ

 

そうこうしてるうちに藤井さんに頭を捕らえられた。

 

(あ……終わった……)

 

がっしりした腕から逃れられる気もせず、俺はもう、諦めて覚悟を決めるしかなかった。

 

「よっセイッ!」グイ

 

頭を引かれた次の瞬間、身体が妙な浮遊感に包まれているのを感じた。あ、これヤベえわ。

 

(とにかく受け身を―――!)

 

そう思ってマットに接触すると感じた瞬間に、腕を背中の方に思いっきり振った。

 

バアンッ!

 

――――――ッッッ!!??

 

「――――――ゴブハァッッッ!!?」

「ほら次いくぞ。―――おいしょぉっ!」グイ

 

ちょ……呼吸が……待っ……

 

ダアンッ!

 

「――――――カッ……!?」

「ほら受け身取んないともっときついぞ?ほいもう一発!」

 

薄れていく意識の中、俺はようやく、さっき龍輝が言ったことの意味を理解した。

そしてマットに衝突する瞬間、俺の目の前は真っ白になった――――――

 

 

――――――

――――

――

 

「―――ハッ!」

 

そうだ、俺は受け身の途中で気絶して……。

 

「お、起きたか」

 

声のした方を見ると、龍輝がスポーツドリンクのボトルを持って立っていた。

 

「お疲れ、コイツでも飲んでも少し休みな」

「サンキュ」

 

差し出されたボトルを受け取り、中身を一気に煽る。普段はあんま冷たいのは飲まないけど、今だけは冷たいスポーツドリンクが身体に染み渡る。

 

「―――ぷはぁっ!……あれ?他の人達は?」

「会員の人はもう帰ったよ。翔さんも家に帰ったけど、夜の練習の時には戻ってくる」

「そうか。……お前いつもあんな練習してたのか」

「まあな」

 

そりゃあこんな体にもなるよな。あんなキツイのを毎日やってたら。

 

「でも夜の練習の方がもっとキツイからな。あれと比べたら全然楽だよ」

 

嘘だろ。アレよりもきつい練習とかあんのかよ。いや、確か夜は主にプロの人達が練習してんだっけか。そりゃキツイわ。

 

「午後のクラスは終わりだから、それ飲んだらシャワー浴びて着替えな」

「ああ。ありがとな」

 

気にすんなと言いながら龍輝は先に更衣室に入っていった。俺は残ったスポーツドリンクを飲み干し、龍輝に続いて更衣室に入った。

更衣室では龍輝がタオル片手に待っていて、シャワーの使い方とかを教えてくれて、そのまま一緒にシャワーを浴びた(もちろんスペースごとに区切られている)。

 

「そういえばさ」

 

シャワーからあがって着替えているとき、龍輝がシャツを着ながら訊いてきた。

 

「夜の練習までの間に風間さんが飯をご馳走してくれんだけど、食うよな?」

 

飯か……確かに疲れてるからか、さっきから妙に腹が空いてるんだよな。

 

「そこまで世話になっていいのか?」

「気にすんなって。風間さんからも、お前が目を覚ましたら連れて来いって言われてるし」

「じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走になろうかな」

 

そう答えると、龍輝はニカッと笑った。

 

「そうと決まれば早く行こうぜ。腹が減ってしょうがねえ」

「だな。俺も空きすぎて倒れそうだ」

 

さっきまでの疲労はどこへ行ったのか、練習後でくたくたになっているはずなのに龍輝に続いてジムを出た俺の足は何故か軽かった。気絶したとはいえ、少し寝てたからか?

ジムの外に出ると、辺りは少し暗くなってきていた。ジムを出る前にちらっと時計を見た時は18時を過ぎていたから、当然と言えば当然か。

 

「お邪魔しまーす」

「お、お邪魔します」

 

龍輝が勢いよく風間さんの家の玄関を開けて中に入っていき、それに続いて俺も入っていく。

 

「あら、龍輝くんに一夏くんいらっしゃい」

 

奥の方からエプロン姿のあやねさんが出迎えてくれた。その手にはなぜかでっかい炊飯器をぶら下げていたが。

 

「お、来たな!もうすぐできるから、茶の間で待っててくれ!」

 

奥の方から風間さんの声が響いてきた。その声に返事をしてから、忙しそうなあやねさんの代わりに龍輝に案内してもらい茶の間(というか居間?)に入る。と言っても、玄関から入ってすぐ横だったのだが。

中に入ると、すでに千冬姉やセシリア、ラウラがテーブルを囲んで座っていた。食器などの配置はもう済んでおり、後は料理を運ぶだけのようだ。

 

「遅いぞ貴様ら」

「まったく、あの程度で倒れるなんて、鍛え方が足りん」

「受け身は基本中の基本ですのよ?」

 

いや、二人と比べられても困るんだが。ラウラは軍人だし、セシリアはいつの間にか龍輝と一緒に練習してたし。

 

「いつまで立っている。さっさと座れ」

「あ、うん」

 

敷かれた座布団に腰を下ろし、一息つく。何だろう、この落ち着く感じ。

 

「龍輝さん!是非わたくしの隣にお座りになってください!」

「いいや嫁よ、私の隣の方が座り心地いいぞ!」

 

この二人は相変わらずだなあ。そしてそれを気にもせずに一番近いところに座る龍輝も相変わらずだな。

二人は龍輝が座ったのを見て、席を移動して龍輝の横に座った。こうなると思ってあらかじめちょっと空けて座っててよかった。

 

「よーし出来たぞ!待たせたな皆!」

 

暫くすると風間さんが鍋をもって台所の方からのっしのっしと歩いてきた。その後ろから茶碗の載ったお盆を持ったあやねさんが続いて入ってきて、炊飯器からご飯を盛って、手際良く配膳していく。

 

「ほいよ!俺特製キムチ鍋だ!遠慮せずたんとけえよ!」

 

そう言ってテーブルの真ん中に置かれた鍋は、まるで炊き出しで使われる鍋の様にデカかった。一体何人分あるんだろう?

 

「あの、風間さん。本当に私たちまでご馳走になってよろしいのでしょうか?」

 

ちょっと遠慮しがちな感じで千冬姉が尋ねたが、風間さんは豪快に笑いながら。

 

「いいっていいって。飯はみんなで食った方が美味いしそれに久しぶりにやって疲れただろ?弟子にたんと食わせてやるのも俺の役目だからな。だから遠慮せず、一杯食えよ!」ガシガシ

「あ、ありがとうございます!」グス

 

泣いてるよ。あの千冬姉が。頭撫でられて。ラウラとセシリアが信じられないものを見る目で見てるけど、当の本人たちは気にしてない様子。

 

「はいはい二人とも、積もる話は後にして、冷めちゃう前に食べましょ?」

 

このままでは長くなると判断したのかあやねさんがそう言った。

 

「おおっとそうだな。じゃあみんな、手を合わせて……いただきます!」

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 

風間さんの合図で一斉にいただきますを言い、順番に鍋の中から手元のお椀によそっていく。

手元のよそったお椀からは、キムチの食欲を刺激する匂いがぷぅんと漂っている。まずは一口……!

 

「美味しい!」

「懐かしい……昔を思い出すなぁ」

「はっはっは!どんどん食えよ、たっぷりあるからな!」

 

これは飯が進む!初めはこの量じゃどうなるかと思ったが、どうやらあっという間になくなりそうだ。セシリアとラウラも、結構な勢いで食ってるし。

 

「「おかわり」」

「はいはい」

 

龍輝と風間さんに至っては、もうご飯のおかわりをあやねさんに要求している。

 

「すみません、私もおかわりをお願いします」

 

とか言ってるうちに千冬姉もおかわりしてる。こりゃすぐになくなるかもな。

 

―――

――

 

「ごちそうさまでした!」

「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」

 

ふぅ~食った食った。俺もなんだかんだで4回もおかわりしちまったな。セシリアとラウラもがっつり食ってたからか、あれだけあった鍋も、あっという間になくなったし、恐るべしレスラー飯。

まあ大半は龍輝と風間さんと千冬姉、そしてあやねさんが食ったんだけどな。あの細身でどこに入るんだろう。

 

「どうだ千冬ちゃん、満足したかい?」

「はい!もうお腹いっぱいです」

「そうかそうか!」

 

またも豪快に笑い、千冬姉の頭を撫でまわす風間さん。千冬姉の顔が真っ赤になってるが、そんなのはお構いなしに撫でる。まるで父親と子供だ。

 

「そうだ。20時から夜の練習をやるんだが、そっちも参加するかい?」

 

……え?夜の練習って、さっきのクラスよりもきついっていう、あの?

 

「はい!是非お願いします!」

 

即答する千冬姉。

 

「おおそうか!プロの選手も来るから、きっと千冬ちゃんにとっていい経験になるぞ!」

 

風間さんはすごい喜んでいるけど、流石に俺は勘弁だ。さっきのでもぶっ倒れたのに、それよりもキツイ夜練なんて、今度こそ死ぬ。

 

「安心しろ一夏。風間さん強制しないから。特に夜練は」

「そ、そうなのか?」

 

龍輝にそう言われて少し安心した。

 

「まあ、セシリアとラウラは参加してるけど」

 

……マジかよ。

 

「やっぱり俺、参加しないといけないような」

「いやそんなことないって。無理してぶっ倒れたらそれこそことだからさ。二人だって、休み休みだし」

 

龍輝はそう言うけど、鍛えてるとはいえ女子も参加する練習に参加しないのはなんか男として情けない気がするよな。ちなみに二人はあやねさんの手伝いで台所に行っている。

 

「もうこんな時間か。そろそろ来る頃かな?」

「ああ、そういえばそうですね」

「誰か来客でも来られるのですか?」

 

風間さんと龍輝の会話が気になったのか、千冬姉が風間さんに尋ねた。来客が来るならさすがにずっと居座るのは悪いしな。

 

「いや、昼前にうちの練習生を山に行かせてな。たぶんそろそろ戻ってくる頃だと」

「こんばんはー!」

 

まるでタイミングを見計らったかのように、玄関から元気に挨拶する声が聞こえた。というか山って、いったいどこの山に行かせたんだ?

 

「?この声は……いや、まさか……」

「おー来たな」

 

声を聞いて何か考えてる千冬姉とは対照的に、顔に笑みを浮かべながら立ち上がり、その練習生を迎えるために玄関に向かう風間さん。何やら談笑している声が聞こえる。というかどっかで聞いた声の様な気がする。

 

「この声、やはり!」

 

考えがまとまったのか、千冬姉が急に立ち上がり玄関に向かう。俺もどんな人か気になったため、千冬姉の後に続いて玄関に向かう。

玄関に続く廊下に出てその人物を見た時、俺は驚愕のあまり固まった。千冬姉も同様に固まってた。

 

「お、おま、お前……何でここに!?」

 

その人物は俺達の知り合いで、俺の幼馴染の姉で、そして――――――

 

「おっ丁度いいところに。二人に紹介しよう。コイツはうちの練習生の―――」

 

今現在、世界中から逃亡中……のはずの人物――――――

 

 

 

 

 

「はろはろー、世紀の大天才にしてドラゴンピット所属レスラーの束さんだよー。ちーちゃんにいっくん、久しぶり~」

 

篠ノ之束、その人だったのだから。…………てか所属レスラーって!

 

「おいおい、デビューもしてないのに大層な口上だな」

「むー、風間さんの意地悪ー」

 

箒……明日来るって言ってたけど、お前だけは来ない方がいいぞ。




キャラプロフィール

名前―藤井雅信(ふじい まさのぶ)
年齢―38
誕生日―5月15日
身長―175cm
体重―85kg
得意技―コブラツイスト、アキレス腱固め
獲得タイトル―全日本コンバットレスリング84kg級優勝


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第三十五話 束さんの回想

今回は回想なので、ちょっと長めになっちゃいました。
あとキャラ崩壊ひどいので、ご了承ください。


篠ノ之束。ISの開発者にして、天災(誤字にあらず)と称される科学者。教科書にも乗っているほどの有名人で、いろんな国から狙われている人物……の、筈なのだが。

 

「ところで風間さん、練習の前に一回シャワー浴びたいんだけどー」

「おういいぞ。折角だから家のを使いな、着替えは後であやねに持ってかせるから」

「やったー!」

 

何故かトレーニングウェアを身に纏った姿で、今俺達の目の前で風間さんとシャワーがどうとか話している。というか、なんか違和感が。

 

「た、束!お前、いなくなったと思ったら、何で―――」

「まあまあちーちゃん。後で話すから先に汗流させてー」

 

千冬姉をたしなめて足早にシャワーを浴びに行った束さんを、俺達は只呆然と眺めてることしかできなかった。

 

「あ、あの風間さん、何故束がここに……?」

「今言ってたろ。アイツはうちの練習生だ」

「いや、それが信じられないんですが」

 

聞き間違いと思いたかったさっきの言葉を端的に肯定され、思わず否定の言葉が出る

 

「一夏の言う通り、私も信じられません。アイツは、束は―――」

 

俺の知ってる束さんは、極一部を除いて他人に興味を持たず、いい意味でも悪い意味でも人格破綻者と称されるような人間で、他人と関わる、ましてやプロレスの練習生になるなんて――――――

 

「束は見る専だったはずなのに、何で入門してるんですかっ!?」

「そっち!?てか束さんもプロレス見てたの!?」

 

ここに来て驚愕の事実に、つい声を張り上げてしまった。え、どういうこと?

 

「いやー数年前にフラッとやってきて、そのままうちで面倒を見てるんだ。詳しくは本人から聞いてくれ」

「むうぅ……」

 

そう言われてはこれ以上風間さんに訊くわけにはいかず、押し黙ってしまう。千冬姉は納得いかない様子で唇をとんがらせてる。なんかもう、慣れた。

 

「俺はジムの準備をしてくるから。夜練までにはまだ時間があるから積もる話でもしてきな」

 

そう言うと風間さんはあやねさんに束さんの着替えを頼むと、さっさとジムの方に行ってしまった。

残された俺達は突っ立ってるのもあれなので、茶の間に戻って束さんがシャワーから上がるのを待つことにした。

ちなみに龍輝は食後の運動とか言って走りに行った。セシリアとラウラも付いて行った。よく動けるな、アイツら。

 

――

―――

 

「ふぅ~さっぱりした~」

 

数分後、シャワーを終えた束さんがジムのTシャツとジャージという格好で茶の間に現れた。

 

「ヘイ!ちーちゃんにいっくん、お待たせ~」

「束、色々聞きたいことがあるが……まずは何故お前が風間さんの元に入門したかを訊かせてもらおう」

「いいよ~。といっても、あんまし面白い話じゃないけどね」ヨッコイセ

 

千冬姉に返答しながら座った束さんは、先程あやねさんが淹れていったお茶を一煽りしてから、事情を話し始めた。

 

「あれは5年くらい前だったかな―――」

 

 

あの日、私はいつもどおり、いろんなところにハッキングして暇を潰していたんだ。

 

「なんか面白いことないかな~っと―――ん?」

 

そんなある日、偶然覗いた地方のニュースサイトでプロレス興行の情報が載ってるのを見つけてね、気になって覗いてみたんだ。

 

「こんなご時世にまだやってるなんてね~。あれ?この人……」

 

んで、出場選手の一覧を見た時、ある人の名前を見つけたの。誰だと思う?

 

「この人って、確かちーちゃんが大ファンの……」

 

そう!私やたっくんの師匠、風間さんの名前だよ!

風間さんの名前を見た時に、気紛れで覗いただけなのにすごく興味が湧いて来てね、いっそいでチケットを取ったんだよ!しかもリングサイド最前列!10000円だったけど、私にとっちゃ大した出費じゃないしね。

そして試合当日、あの日の緊張と興奮は、今でも忘れられないよ。前日なんて、楽しみで全然寝られなかったんだから。

……ああちーちゃん、言いたいことは解るよ。確かに学生時代にちーちゃんと一緒に何度か観に行ったけど、今度は一人で、しかも久しぶりの観戦なんだから、仕方ないでしょ。

そんで朝一で会場に行って、開場と同時に一番に売店に行って、Tシャツとか色々を買って着替えてから席に着いて試合開始を今か今かと待っていたんだけど……ん?入り待ちしなかったのかって?いやーサイン色紙持ってくるの忘れちゃったし、それに……風間さんが私のこと憶えてるか分からなかったしね。

そんなこんなしてるうちに、試合が始まったんだけど、やっぱりリングサイドって選手の生の音が一番響いてくるから、すごい迫力だったよ!バチーン!ドシーン!ってね。第一試合から凄くてさ、若手からベテランまで必死に、命がけで闘っているのが伝わってきたよ。

―――でもやっぱり一番すごかったのは、風間さんの試合だね。

あの時はセミファイナルでシングルでの試合だったな。風間さんが入場してきたときに、会場がそれまでの比じゃないくらいにワッ!と湧いたんだ。

そしていよいよ試合開始。対戦相手は日本人だけど190cm近い巨体で、体重も風間さんより20kg以上重かったかな。最初こそ勢いで風間さんが押されたけど、途中カウンターで投げてからは完全に風間さんのペース。打ち、投げ、極める、まるで流れるような技の連続。相手選手の反撃も、風間さんは全て受け止めて、その上を行く技で返していく。ちーちゃんと見てた時と変わらない、風間さんの熱い全力のファイトに、胸の奥が熱くなるのを感じたよ。

結果はもちろん風間さんの勝ち。最後はジャーマンスープレックスでピンフォール、あのブリッジの美しさは言葉にはできないね。

全試合終了後に、売店で風間さんがサイン会をやっていてね、試合の熱で興奮してた私は迷うことなくサインをもらいに行った。色紙は無かったけど、Tシャツに書いてもらえばいいしね。

そして、ついに私の番が来た。

 

「よろしくお願いします!」

「おう!……あれ?」

 

風間さんは私の顔をじっと見た後にこう言ったんだ。

 

「もしかして、千冬ちゃんとよく一緒に観に来てくれてた、確か……束ちゃんだっけ?久しぶりだねえ!」

「―――え?」

 

―――その言葉を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。たった数回ほどしか観に行ってなかったのに、私のことを憶えててくれてたんだから。

 

「こんな地方まで観に来てくれたんだ。ありがとな!今日は一人かい?」

「あ、その……」

 

普段の私からは想像できないだろうけど、あの時ばかりは上手く喋れなかったよ。だって私のことを覚えているのなら、私がしたことを知っているかもしれなかったからね。そのせいで恨まれてるんじゃないかって、その時は思ったんだよ。間接的とはいえ、今のプロレスブームが下火になっているのは私が原因なんだからね。私がそんな気持ちでいろいろ考えていた時、風間さんはなにかを紙に書いていた―――

 

「時間が出来たらうちのジムに遊びに来な、歓迎するぜ。これが住所な」

 

そう言って風間さんはメモ用紙にここの住所を書いて渡してくれた。

正直、嬉しさ半分、恐怖半分だったよ。軽蔑されるんじゃないか、ってね。結局その日は、Tシャツにサインをもらって、後日伺うと約束をして私は会場を後にした。

そして、ジムが午前だけという日曜日に、私は風間さんを訪ねた……

 

「よく来たな!まあ上がってくれ」

「お、お邪魔します」

 

風間さんは変わらず笑顔で迎えてくれたけど、私は内心ビビりまくってたよ。何でかって?

さっきも言ったけど、プロレスをはじめ、格闘技が廃れるようになった間接的な原因が私なんだから。いくら私でも、レスラー相手じゃ分が悪いってレベルじゃないしね。

そんな私の心を見透かしたのか、それまで思い出話をしていた風間さんは私の顔を覗きこんでこう言った。

 

「浮かない顔をしてるが、なにか悩みでもあるのか?俺でよければ聞くぞ」

 

正直、どうしようか迷ったよ。隠すべきか、あるいは話すべきか、ってね。

とりあえず私は、風間さんにISについてどう思ってるか訊き、その反応で判断することにした。

 

「IS?それって最近話題のあれか。うーん……」

 

私の問いに風間さんは少しだけ天井を仰いでから、再び私の目を見て口を開き始めた。

風間さんは、どう思ってるんだろう

 

「夢があっていいと思うぞ、俺は」

 

……え?、っとつい間の抜けた声が出た。

 

「俺は詳しくは知らんが、あれって宇宙に行くためのやつなんだろ?あれがあれば、宇宙でもプロレスができるじゃないか、夢が膨らむね。俺もいろんな国で試合したが、流石に宇宙には行ってないからな」

 

開いた口が塞がらなかった。夢がある、そんなことを言ってくれた人間なんて今までいなかったから。

 

「ま、女性にしか使えないってのは残念だがな。羨ましくてしかたねえや。アッハッハ!」

 

そう言って豪快に笑う風間さんを見て、なんか胸の奥がすぅ、っと軽くなったような感じがしたよ。それで私は意を決して、風間さんに話すことにした。

 

「―――風間さん、実は……」

 

私は風間さんにすべてを話した。ISの開発者が私だということやそしてそのISの開発した経緯、私が今置かれてる状況も全部……

 

「まさか束ちゃんが開発者だったとは……そういえば確かに昔そんなこと言ってたな」

 

私の話を聞いた風間さんの反応は、普通だった。多少の驚きはあったみたいだけど、私が昔話したことも思い出したみたいですぐ納得したみたいだった。

 

「束ちゃん」

「は、はい!」

 

そのとき、風間さんが言ってくれた言葉は、今も胸に残っている。

 

「夢を叶えたんだな。おめでとう!」

「―――っ!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、まるでダムが決壊したかのように、涙が溢れだした。

 

「うぅ、あ、ありがとう、ござい、ます……グス」

「うんうん。よー頑張ったな」

 

号泣してる私を、風間さんは笑顔で見守っていた。それがとても暖かくて、嬉しかった。

 

「よっし!今日はお祝いだ!あやね、赤飯炊いてくれ!束ちゃん、何か食べたいものあるかい?」

「えっ!?いやその……いいんですか?」

「遠慮すんな!たんと食ってけ!」

 

確かに最近ろくなの食べてなかったな、とお言葉に甘えてご馳走になったんだけどね。二人も知ってると思うけど、ここのご飯がもー美味しくって!それまでは食に全く興味がない束さんでも箸が止まらなかったよ。

んで食事中に、あやねさんが私に訊いてきたんだ。

 

「ねえ束ちゃん。束ちゃんって今放浪中なのよね、いろいろ大変じゃない?」

「んー、確かに大変ですけど、もう慣れましたね」

「そう……ねえ、束ちゃんさえよければ、家に住まない?」

「おー!そりゃいいな!幸いうちには腕の立つのが多いことだしな」

 

いやもうビックリしたよ。私の状況を聞いて、その上で家に住まないか?って言われたんだから。これが他の人なら、いろいろ罠とか疑うところだけど、風間さんたちに限ってそれはないからね。

 

「……いいんですか?」

「もちろんよ。ただし、家事はちゃんと手伝ってね。生活費はうちの旦那の小遣いから引いとくから」

「マジかよ!?こりゃ仕事頑張んねえとな。ガッハッハ!」

 

 

「こうして私は風間さんのところにお世話になってるって訳」

「成る程……そういう事だったのか」

 

……とりあえずツッコむ所が多すぎてどこからツッコんだらいいか分からないけど、これだけは言わせてくれ。

 

(風間さんって何者なんだよ!!!?)

 

あの束さんの知り合いというのだけでも驚きなのに、束さんが敬語を使って、しかも頼りにしてる人間って、いろんなところから狙われかねないのになんで平然としてんの!?あとなんで平然と受け入れてんの!?

 

「いや待て。今の回想では何故お前がレスラーを目指したかの説明が出てないぞ」

「ああ、それね。切っ掛けは私がここ(風間家)に厄介になってから少ししたくらいに、練習に参加させてもらったときにね―――」

 

 

「えー、今日から束ちゃんが練習に参加する。皆、いろいろ教えてやってくれ」

「篠ノ之束です!よろしくお願いします!」

 

私が挨拶すると、ジムのメンバーの人たちは「よろしく!」「女だからって手は抜かんからな!」と快く迎えくれた。皆風間さんに教わっているだけあって、私の事はあんまり気にしてないみたいだった。

練習では風間さんやメンバーの人たちが基本から丁寧に教えてくれた。子供の頃はちーちゃんがやってるのを見てただけだったけど、実際にやってみると観戦してるのとはまた違う楽しさが出てくるね。気づけば夢中になって、少し気になった所とか出てきたら次々質問してたよ。

 

「束ちゃんは筋がいいな。コンディションもあるし、才能あるよ」

「え!?そ、そりゃ束さんは細胞レベルでオーバースペックだからね」フフン

 

ジムのメンバーに誉められてちょっとテンションが上がってたのもあったから、この後の風間さんの言葉に乗っちゃったんだよな……。

 

「自信満々だな。スパーリングやってみるか?」

「いいの!?やりますやります!」

 

今思うと、ほんと迂闊だったよ……。何であんな自信満々で乗っちゃったんだろ。昔の自分を殴りたい。

 

「璃々、相手してやれ」

「はい!」

 

このとき、私の相手をしてくれたのは黄坂(おうさか)璃々(りり)ちゃんっていう、年齢は私と同じくらいだけど、ジム来て2年位の娘でね、お姉さんが女子プロレスラーで、その影響でジムに入ったんだって。

見た目の印象では私よりも背が低いし、何よりちーちゃん以外の人間に私が敗けるはずないって、驕ったこと考えてたよ。

そしてスパーリング、5分1Rで始めたんだけど、結果は……多分ちーちゃんが想像したのと同じだよ。

一瞬でマットにテイクダウンされて、逃げようとしても重心を変えられ、潰され、押さえ込まれて……全く動けなかった。

初めの1分はずっと抑え込まれて、スタンドから仕切り直してもすぐ倒されて、残りの時間は大体1分毎に関節(サブミッション)とピンを極められて終わったよ。

タイマーのブザーが鳴った時、私はもう息絶え絶えで、さっきまであった自信がぽっきりと根元から折れたのを感じたよ。

 

「どうだ?初めてのスパーリングは」

 

風間さんの問いかけに返す気力も無く、私はマットに横たわったまま動けなかった。

 

「才能だけじゃレスリングはできない、必要なのはフィーリングだ。どこが危険か、どうしたら相手を動かせるか、こう反応してきたらどうするか……それらを感じ取れなきゃならん。その為に練習を積み、勉強する。俺だって分からないものだらけで、いまだ勉強の真っ最中だからな」

 

その風間さんの言葉を聞いた時―――ああ、なんて奥が深いんだ、もっと知りたい、もっとやってみたい―――ぐったりしながらそう思ったよ。

 

「束ちゃん頭いいから、練習すれば絶対強くなる。頑張れよ!」

 

 

「―――以上が、私がプロレスラーになりたいって思った切っ掛けだよ」

 

ダメだ、もうついていけない。というか束さんを完封するなんて、何者なんだよここの人達は!?

 

「ちなみに璃々ちゃんはその翌年無事にデビューしたよ。私は事情が事情だから、なかなかデビューできないけどね」

「当たり前だ。お前がプロレスデビューなぞ、世間が大騒ぎどころではないぞ」

 

これは千冬姉の言う通りだ。ただでさえ狙われてるのに、プロレスデビューなんていろんな国が黙っちゃいないだろう。

なんてことを考えてると、束さんが不敵に笑いだした。

 

「どうした?」

「ふっふっふ、実はね……」

 

と言ったところで束さんはバーンと立ち上がり―――

 

「今度の興行で、とうとうデビューが決まったのだよ!マスクマンとしてだけどね!」

 

…………ホワッツ?

 

「な、な、な―――!?」

「驚いて声も出ないみたいだね、ちーちゃん?」

 

これは千冬姉じゃなくても声が出ないだろう。というか風間さん、何考えてんだ。

 

「ちくしょおおおおおお!?束に先越されたああああああああ!!?」

「フハハハ!どんだけちーちゃんが頑張っても、レスラーとしては私の方が先輩だからね!」

 

いやだから何を張り合ってんだこの人たち。

 

「ま、ギリギリの合格だったけどね。今でも私の実力なんて夜練のメンバーの中では下から数えた方が早いけど」

 

なにそれ。ここってドラ〇ンボールの世界だったの?インフレ激しくない?

 

「……成程分かった。そこまで言うなら―――」

 

そう言って今度は千冬姉も立ち上がって―――

 

「風間さんの一番弟子として、お前を叩きのめしてやる!」

「上等だよ!今の私ならちーちゃんにも負けないからね!」

 

そう言って二人は家を飛び出してジムの方に向かって行った。……正直ついていけねえ。

 

「あらあら、二人とも元気ねえ」

 

あやねさんはそう言ってたが、アレを元気で済ましていいのだろうか。呆気にとられつつも、あやねさんに挨拶してから俺もジムに向かった。

あの二人の対決、一体どうなっちまうんだ?




キャラプロフィール

名前―風間あやね(かざま あやね)
年齢―38
誕生日―8月5日
身長―157cm
体重―××kg
スリーサイズ-B:93/W:54/H:84

概要:風間龍輔の妻。優しく包容力があり、逃亡中の篠ノ之束を受け入れる懐の深さを持つ。実は嫉妬深く、旦那が知らない女性と話しているだけで体術で徹底的にお仕置きする。その光景はもはやジムや近所の名物になっている。最強は風間さんでも川戸さんでもなく、この人かもしれない……。


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第三十六話 対決!最強対天災

「何?試合形式でやりたい?」

「「はい!」」

 

俺がジムに到着したときに、ちょうど二人が風間さんに直訴しているところだった。

 

「いいだろう。二人ともリングに上がんな」

 

それをあっさりと承認する風間さん。ちなみにちらほらと夜練のメンバーらしき人たちがジムに集まってきているため、結構な注目を浴びている。

 

「なんだ、試合か?」

「束ちゃんがやるのか。相手は誰だ?」

「なんでも龍輝の担任で、風間さんの弟子らしいぞ」

 

リングの近くに人が集まってきた。あとで龍輝から聞いたんだが、夜練のメンバーにはプロ選手が多く参加しているらしい。確かにサイズ差はあれど、ほとんどが午後練のメンバーよりガタイがよく、オーラが違う。

 

「なんの騒ぎだ、これ?」

「あ、龍輝おかえり」

 

いつの間にか龍輝がランニングから帰ってきてた。食後に走りに行ってから、大体一時間近くか、いやそんなかかってないかな?どっちにしても結構走ってたな。

 

「あれ、セシリアとラウラは?」

「多分もうすぐ来るだろ。で、どんな状況、これ?」

「かくかくしかじかで、何故か千冬姉と束さんが道場マッチすることになった」

 

自分で言っててよく分からん状況だと思う、マジで。

 

「ほー。でも束姉さん(たばねーさん)強いからな。いくら先生でも無理じゃないか?」

「いやーどうなんだろ……てか何その呼び名」

「「戻りました(わ)~……」」

 

龍輝に説明していたら二人がくたくたになりながら戻ってきた。んで二人にも同じ説明をしたんだが……

 

「いくら束姉さんでも、教官が相手では難しいのではないか?」

「いえ、束姉さんの技術なら、織斑先生にも通用する筈ですわ」

 

その呼び方流行ってんの?というか二人とも束さんを見て驚かないのか、と思ったけど、よくよく考えたら俺達より早くこっちに来て龍輝と一緒にここで練習してんだから、色々知ってて当然か。

 

「ルールは5分一本勝負。道場マッチのため、凶器攻撃やリング外に行くのは禁止だ」

「はい」

「りょーかい」

 

5分か、結構短いな。ルールも普通の試合よりも安全重視っぽいし。

 

「よし、二人ともコーナーに戻って」

 

風間さんによるルール説明とボディーチェックが終わり、二人がコーナーに戻っていく。千冬姉が赤コーナーで、束さんが青コーナーだ。

いよいよ始まるとあって、周囲の人達もざわめきだしてる。中にはどっちが勝つか賭けてる人もいたくらいだ。

 

「でも実際、どっちが勝つんだろうな?」

「さあな。やってみなきゃわからんさ」

 

そして風間さんが振り上げた手を下ろし、試合開始を告げた。

 

「ファイッ!」

 

 

「ファイッ!」

 

試合開始と同時に、二人は互いに接近しがっぷりと組み合う。が、瞬時に束がヘッドロックで千冬を捕らえ、そのまま締め上げる。

 

「フン……っ!」

「ぐぅっ!?この……!」

 

しかし千冬は束の背中を押して頭を引き抜き、そのままロープへ振る。反動で帰ってきた束にエルボーを放つが躱され、そのままもう一度ロープの反動で戻ってきた束のドロップキックをもろに喰らい、マットへダウンした。

 

「ガハァッ!?」

「ふっふーん!どう、ちーちゃん?」

 

フォールへはいかず、千冬を挑発する束。

 

「くっ……このッ!!」

「なっ!?」

 

千冬は立ち上がるとそのまま一気に組み付き、そのまま持ち上げてマットに叩き付ける。

 

「かはっ!?」

 

そのまま覆いかぶさり、フォールの体勢をとる。

 

「ワン―――」

「っせい!?」

「くっ―――!?」

 

しかしカウントワンで跳ね返し、そのまま二人とも立ち上がって距離を取る。

 

「オオー!」

「いいぞー二人共ー!」

「起き上がってすぐスパインバスターとは、やるな先生!」

 

まだ始まって一分も経ってないが、二人の動きに歓声が上がる。

歓声を受けた二人は再び組み合うが、今度はすぐ離れ、千冬が束にエルボーを入れるとすぐさまフライングメイヤーで投げ、スリーパーで締め上げる。

 

「フンッ!」

「くっ―――か―――っ!?」

 

指を入れて防いではいるものの、ジリジリと確実に腕が首に食い込んでいく。

 

「な……んのッ!」

「ッ!?」

 

しかし束は体を回して千冬の腕を潜り、首を抜くと同時に腕をハンマーロックで決める。が、千冬は前転して脱出し、そのまま立ち上がると今度はスタンドで束の腕を捻り上げる。すると束は前転、ネックスプリング、側転からのヘッドスプリングの連携(所謂丸藤ムーブ)で抜け出し、逆に千冬の腕を捻り上げる。

 

「ぐッ―――まだまだぁっ!?」

 

しかし千冬も負けてはいない。前転してから身体を捻り、ヘッドスプリングで脱出すると(所謂タイガームーブ)間髪入れずにアームサルトで投げ捨てる。

 

「ぐっ!?この!」

 

投げられた直後、束は両足で千冬の頭を挟み、ヘッドシザースで締め上げる。

だが千冬は足の方に歩いて腰を上げると、左右に飛んでからヘッドスプリングで抜け出した。直後にエルボードロップを落とすも躱され、今一度距離を取る。

 

「やるね、ちーちゃん……」

「お前もな、束……」

 

今度は二人とも組もうとはせずに、互いにエルボーを打ち合う。ゴツ、ゴツと鈍い音が連続して響いていく。

 

「セイッ!だぁりゃあ!!」

「フンッ!おぉりゃあ!!」

 

意地と意地の張り合い、だが束が突如放ったバックハンドエルボーによりその均衡が崩れ、続けざまに放った前蹴りにより、千冬が前かがみに体勢を崩す。

 

「これで、終わらすよ!!」ガシッ

「く……っ!?」

「ふんぬううぅぅっ!!」

 

束は前かがみになった千冬の身体をサイドからガッチリと捕らえ、千冬を抱えたままその場で回転を始めた。

 

「―――っ!?」

「ちーちゃんは頑張ったよ……でも、勝つのは私だ!!」

 

遠心力により千冬の身体が持ち上がっていき、マットと並行以上になった時、束が回転を止め、足と腰の力を使い一気に頭上まで持ち上げる。

 

「これが、私が風間さんから教わった唯一の必殺技――――――」

 

一瞬の溜めを作った後、自身の前方に千冬の身体を勢いよく振り下ろし――――――

 

「スピニングボムだあああああああ―――――――!!!!!」

 

強かにリングに叩きつけた。

 

「―――かっ―――はっ―――!?」

 

背中から強烈にリングに叩きつけられた千冬は肺を押しつぶされたような感覚に陥り、呼吸が困難になっていた。束はその隙を逃さず、そのまま体をかぶせ、フォールの体勢をとる。

 

「ワン、ツー……」

(勝った……!)

 

カウントが進み、束は勝利を確信し、誰もがこれで終わりかと思った。だが―――

 

「スr……」

「おおぉりゃあああッ!!」

「なあっ―――!?」

 

千冬の眼は死んではいなかった。カウント2.9でフォールを返し、フラフラではあったが、しっかりと立ち上がった。

 

「あ、あれを喰らって、立つなんて―――?」

「ハァー、ハァー……なかなか効いたぞ……今度は―――」

 

千冬は一気に踏み込むと、束の顎にエルボースマッシュを叩き込む。

 

「こっちの番だ!!」

「がふっ―――!?」

 

エルボーでかち上げられたことにより、束の体勢が一瞬崩れ、その隙に千冬はバックに回る。

 

「スープレックス!?させるか!」

 

束は腰を下ろしてこらえようとするが、千冬はニヤリと不敵に笑い―――

 

「残念、外れだ……」

「え?」

「フンッ!?」

 

突然の言葉に呆ける束の脇に頭を突っ込むと、顎と足を抱え、肩の上に担ぎ上げる。

 

「アルゼンチンバックブリーカー!?だけど、これでギブアップすると思ったら―――」

「思ってないさ……だから、こうするんだよ!!」

 

そう言うと千冬は束を担いだまま旋回を始めた。

 

「風間さんから必殺技を教えてもらったのが自分だけだと思ったか!?」

「なっ!?まさかちーちゃん!?」

「食らえ!風間さん直伝――――――」

 

旋回した勢いをそのままに束を足の方向に回し、肩口に腰が乗ったところで胴体をクラッチすると、勢いそのままに後方に反り―――

 

スノオオオドロッッップウウウ(大雪山落とし)―――!!!!!」

 

束の体をリングに叩きつけた。しかし、そこで精魂尽き果てたのか、フォールには行けず、束も想定外の一撃で体力を削られ、二人ともリングに大の字になっていた。

 

「ハァー、ハァー……くっうう―――!」

「う、ああああ―――!」

 

気力を振り絞り立とうとするが、力が入らずなかなか立ち上がることができない。ロープやコーナーにもたれ掛かりながら、なんとか立ち上がり、ふらふらと今にも倒れそうな足取りで互いに相手に向かっていく。

 

「こ……ん、の―――」

「い、いかげ……んに―――」

 

振り上げた拳を同時に振り下ろす。……だが、その拳は相手に届くことはなかった。

 

「そこまで。時間だ」

 

間に入った風間が二人の拳を掴み、試合時間の終了を告げる。

その言葉を聞いて力が抜けた二人は倒れそうになるが、風間に支えられて、再度マットに沈むのは避けられた。

 

「この勝負はドローだ。皆、二人に大きな拍手をやってくれ!」

 

オオオオオオオ―――ッッッ!!!!!

 

言うや否や、周囲からは歓声や拍手が沸き上がり、健闘した二人を讃える。

 

「二人とも、ナイスファイトだ」

「「あ、ありがとう、ござい……ます―――」」

 

尊敬する師からの労いの言葉を受けた二人の顔は自然とほころんだが、親友(ライバル)に勝てなかった故にどこかぎこちない笑顔だった。

 

 

ワーワー

 

「……」

 

正直、見入ってた。たった五分だったけど、二人の真剣な試合に、言葉を失っていた。

 

(千冬姉……)

 

あれほど真剣な千冬姉を、俺は見たことがなかった。束さんだって、別人じゃないかと思ってしまうくらいには俺の記憶とは違い過ぎる。

でも……今の二人の方が、生き生きしているように見える。ただ、一つだけ――――――

 

(箒、お前やっぱり来ない方がいいかも……)

 

絶対容量オーバーで気絶するから。

 

「よーし、それじゃあ夜の合同練習始めるぞ!全員準備しろ!!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

風間さんの一言で、空気がビシッと切り替わり、全員がマットに集合する。その中には龍輝やセシリアにラウラ、先程試合したばかりの千冬姉と束さんの姿もある。あんな激しいのやったのに……どんな体力してんだろう。

 

「あれ?一夏やらんのか?」

「ああいや、俺は見学してるよ。付いて行けそうにないし」

「そうか。ゆっくりしてな」

 

しかし、夜の練習ってどんなんだろう?あの午後練よりすごいっていうけど、どんなだか想像つかない。

 

――――――その後、始まった夜練の風景を見て、参加しなくてよかったと、俺はしみじみとそう思った。




技解説

『スピニングボム』
・サイドスープレックスの要領で抱え、旋回することで相手の身体を持ち上げ、パワーボムで叩き付ける。遠心力を利用することで、自分よりも体格の大きい相手にもたやすく仕掛けることが可能で、ジュニアヘビーの選手に使い手が多い。
元ネタはスティーブ・ウィリアムスの『ドクターボム』とジム・スティールの『ターボドロップⅡ』

『スノードロップ』
・アルゼンチンバックブリーカーで担ぎ上げた相手を足の方向に旋回させ、勢いを乗せてバックドロップで叩き付ける。相手によって担いだ状態で回転しながら相手を振り回し、平衡感覚を狂わせることで受け身を取りづらくしてから投げるパターンも存在する。
元ネタは『バックドロップ』と『アングルスラム』


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第三十七話 どこツッコめばいいの!?

なんとか年内に投稿できました。
次は年明けになるかもです。


こんにちは。シャルロット・デュノアです。龍輝の師匠さんの招待で、龍輝の地元である山形に一組の生徒全員(+α)でやってきたのですが……

 

「やっと着いたわ!ここに一夏がいるのね」

「自宅の敷地内にあるとはな」

 

現在僕は、鈴と箒と一緒に龍輝が通ってたジムの前に来ています。

先日の約束通り川戸翔さんが迎えに来てくれたので、迷惑だとは思ったのですが父がレスリングをしていたジムということもあり、ご厚意に甘えさせていただくことにしました。

 

「想像以上に立派なジムだね」

「外からでも中の活気が分かるな」

「まあ、声聞こえてるしね」

 

二人の言う通り、ジムの中からは怒声というかなんというか、気合の入った声が聞こえてくる。近所迷惑にならないのかな、と思ったけど、周りには建物少ないし、隣家とは距離が開いてるから大丈夫なのだろう。たぶん。

 

「話はしてあるから、遠慮せず入ってくれ」

 

そう言って川戸さんがドアを開ける。

 

「さあ、入るわよ」

「ああ」

「緊張するなぁ」

 

鈴を先頭にしてジムの中に入っていく。ドアを開けたことで直接聞こえるようになった掛け声……というか怒号が体を打つ。……何か恐くなってきた。

 

「たのもー!」

「ちょっ!?鈴!?」

 

鈴の性格から大人しく行くとは思ってなかったけど、にしてもあれはないよ!まるで道場破りじゃないか!

……うわすっごい見られてる。けどジムの人達はすぐ何事もなかったかのように練習を再開する……何かホッとした。

 

「これはこれは。随分とかわいらしい道場破りだな」

 

と言って一人の男性が僕らの近くまで歩み寄ってきた。体が凄く大きく、流石の鈴も少し引いてるみたい。

 

「連れが失礼しました。私達は、先日こちらを訪問した織斑先生の生徒で―――」

「ああ、君達が!なるほど、確かに翔の言ってた通り、おもしろい娘達だ」

 

箒が丁寧に改めて挨拶してると、目の前の男性はうんうんと頷きながらそう言った。一体どんな風に伝わっているんだろう。

 

「連れて来てよかっただろ?」

「あ、翔さん」

「おかえり。随分と早かったが、また飛ばしてきたな?」

「仕方ないさ。あんまりクラスを空けるのはまずいからな」

 

確かに、飛ばしてたおかげで早く着いたけど、運転は丁寧だったなぁ。

 

「後は俺が対応してるから、クラスに行ってきな」

「ああ、頼んだぞ龍輔」

 

そう言って足早に翔さんは去って行った。恐らく向こうのサンドバックのあるスペースでやっているのが打撃のクラスなんだろう。

 

「自己紹介が遅れたな。俺は風間龍輔、このジムのオーナーで、レスリングコーチをしている」

 

ということは、この人が龍輝の師匠で、父さんの友人の……。

 

「篠ノ之箒です」

「凰鈴音よ」

「あ、僕はシャルロット・デュノアです」

 

一通り自己紹介を澄ますと、風間さんは何故か僕の顔を覗き込んだ。な、何だろう。

 

「君がアルの娘か……確かにアイツが自慢するだけはあるな」

「あ、ありがとうございます」

「色々話したいことはあるが、まあ後にしよう。三人とも、見学でよかったかな?」

 

確か、僕がIS学園に通う原因となったのがこの人なんだよね。後で話せたら、お礼言わないと。

 

「あの、ここに織斑一夏という生徒が来てる筈なのですが」

「ああ来てるぞ。おーい一夏!」

 

風間さんが呼ぶと、練習していた人たちの中から、一夏が駆け足で飛び出してきた。

 

「お前のガールフレンドが来てるぞ」

「ガールフレンド?……って箒!?それに鈴とシャルも!?」

 

凄い驚かれた。僕からしてみたら、一夏があの集団の中から出てきたことの方が驚きなんだけど。しかも練習着姿で。

 

「なによその反応は、来ちゃ悪い?」

「い、いや、そうじゃないんだ……だけど……」チラ

 

歯切れ悪くそう言った後、一夏は視線を箒に向けた。

 

「な、何だ?私の顔に何かついてるか?」

「……まあ、来ちゃったもんは仕方ないか……」

「どういう意味だ!?」

 

そう呟いた一夏の眼は、なんか遠い目をしていた。一体昨日、何があったんだろう?

 

「と、ところで龍輝は?練習中かな?」

「ああ、龍輝なら―――」

 

グイッとさされた方向を見ると、リングの上にいる龍輝を見つけた。

 

「アイツらなら、リングで最終調整中だ」

「調整?」

「試合明日だからな」

 

そっか……もう明日なんだ、龍輝のデビュー戦。なんだかあっという間だったなあ。

 

「しっかし、試合前なのにあんな激しくやって大丈夫なの?」

「一人はエキシビジョンとはいえ、三人同時のデビュー戦だから、余計に気合いが入ってんだろう」

 

龍輝だけじゃなかったんだ。確かにここから見てても十分に気合いが伝わって……あれ?何か見覚えのある人が……。

 

「ねえ、もしかしてあそこにいるのって……」

「い、いや……見間違いではないか?」

 

そ、そうだよね……まさかあそこにいる訳ないよね。

 

「そういえば千冬さんは?一緒に来たんでしょ?」

 

鈴ヤメテ、その話題には触れないで!

 

「千冬姉なら、リングで龍輝と一緒に調整中だけど」

「は?何で?」

「ええっと、話せば長くなるんだが……」

 

また一夏の目が遠くなった……というか見間違いじゃなかったんだ。

 

「昨日の晩のことなんだけど――――――」

 

 

夜練が終わり、風間さん宅で晩飯をご馳走になっていた時のことだ。

 

「千冬ちゃん、デビューしない?エキシビジョンだけど」

「いいんですか!?」

「うちの興業だし、問題ないよ」

「ありがとうございます!よろしくお願いします!!」

 

 

「―――という訳で、千冬姉もデビューすることになったんだ」

「「「どういう訳(だ)(よ)(なの)ッッッ!!??」」」

 

それだけ!?何でそう言う流れになったとか、そういうの無いの!?そして織斑先生も何ほぼ二つ返事で決めてるの!?あと風間さんと織斑先生ってどういう関係なの!?

 

「お、落ち着けって。気持ちは分かるけど……」

「何でアンタはそんな落ち着いてんのよ!?」

「いやだって、千冬姉昔風間さんの弟子だったらしいし、仕方ないかなって」

 

何その衝撃の事実。

 

「そんな馬鹿な……」

「そうだとしてもそんな急な話で、しかもプロレスデビューなんて学園が許可するわけないでしょ!」

 

そうだ、織斑先生だって一応教員なんだから、副職とかそういったのはダメなはず……だよね。

 

「ああ、それも問題ないって」

「何でよ?」

「話決まった直後に風間さんが許可とってたから」

 

……え?

 

「許可って、誰に?」

「学園長。なんでも昔後援会やってたとかで、二言三言ですぐ決まったよ」

 

だから!何その人脈!ホント風間さんって何者なの!?

 

「だが、いくら学園が許可したからといって……っ!?」ブルッ

 

?どうしたんだろう、反論しようとした箒が急に固まった。視線はリングを向いてるけど、何かあったのかな?

 

「どうしたのよ?」

「い、いや……気のせい、そう、気のせいだ。あの人の気配がしたが、そんなことあるはずが……」

 

今度は目をそらして何か呟いてる。ホントにどうしたんだろう?

 

「オーイ、そろそろ休憩にしよう。リングの三人も水分補給しとけ」

 

風間さんの一声の後、練習してた人たちはそれぞれ汗の始末をしたり水分補給をし始め、一部の人たちは何やら話し合ったりしている。

そしてリングで練習していた龍輝達も休憩のためにリングから降りた。

 

「龍輝、千冬ちゃん、お前達に客が来てるぞ」

「「ハイッ!」」

 

風間さんが呼んだ瞬間、龍輝と織斑先生が僕達の所に走ってきた。

 

「オー、お前ら、やっぱり来たのか」

「何よその言い方。って、今アンタはどうでもいいわ。千冬さん!」

 

龍輝には悪いけど、僕も今は龍輝よりも織斑先生に話を聞きたいんだよね。

 

「なんだ?」

「プロレスデビューするって本当なんですか!?」

「本当だぞ」

 

あっさり肯定された。

 

「元々私はレスラー志望だ。モンド・グロッソに出たのも、箔を付けるためだったしな」

 

ここに来て明かされる衝撃の事実。驚きすぎて開いた口が塞がらない。

 

「まあ優勝したはいいものの、当時すでにプロレスブームは下火になってて試合数自体が減っていたから、新人が入れる余裕はなくてな。食うために教員を始めたわけだが……まさか今になって夢が叶うとは、年甲斐もなく感激してるよ」

 

これさ、僕達だけだからいいけど、他の生徒達や教員の人が聞いたら卒倒するレベルのぶっちゃけ話だよね。

というかこのジムの人達は何も思わないの!?

 

「い、いやでも―――」

「龍輝さーん!」

「嫁ー!」

 

この聞き慣れた声は……。

 

「おー、セシリアにラウラ。お疲れ」

「お疲れ様です!よければ汗をお拭きしますわ!」

「嫁よ、喉乾いてないか?このドリンクを飲むといい!」

 

やっぱりあの二人だ。いなくなったと思ったら龍輝と一緒にこっちに来てたんだ。というか、

 

「ん?あら皆さん、お揃いで」

「お揃いで、じゃないわよ。アンタ達、その格好は何?」

「見ての通り、練習着だが?」

 

聞きたいのはそういうことじゃないと思うんだけど……。

 

「えっと。二人とも、もしかしてここの練習に参加してるの?」

「何を当たり前の事を」

「当然ですわ」

 

あー……まあセシリアは元々龍輝と一緒に練習してたし、ラウラも軍人だから……まあ、確かに当然なのかな?

 

「いやいや、いくらなんでもここまでする?」

「まあでも、二人の気持ちもわからなくはない、かな?」

 

ドドドドドド

 

そんなことを話していると、急に地響きみたいな音が響いた。何だろう、この音?

 

「あ、ああ……この感じは……まさか」ガクブル

 

なぜか箒が震えてるけど一体何が―――

 

「箒ちゃ――――――んっ!!!」ガシィッ

「ギャ――――――ッ!!??」

 

あ……ありのまま今起こったことを話すね。箒がいきなりマスクを被った女性?に抱き着かれた。な……何を言っているのか分からないと思うけど、僕にも何が何だか分からない……。

 

「ひっさしぶりだねー!まさか箒ちゃんの方から来てくれるなんて!」

「こ、この感覚……それにこの声はまさか―――ッ!」

「こらこら、お客さんに迷惑をかけるんじゃない」

 

滅茶苦茶慌ててる箒に対して凄い冷静な風間さん。あと一夏があちゃー、といった顔をしてるけど、正体知ってるの?

 

「久しぶりの再会で興奮するのは分かるが、その恰好じゃ分からんだろう」

「あっそうだね。よいしょっと―――」ゴソゴソ

 

そう言ってその女性はマスクに手をかけ、紐をほどくとそのマスクを外した。その下から出てきた顔は―――

 

「はろはろー。世紀の大天才にしてドラゴンピット所属覆面レスラー『アリス・ザ・ラビット』こと、篠ノ之束さんだよー」

 

……いやいやちょっと待って。まさかと思ったけど違うよね?同姓同名の別の人だよね?じゃなきゃあの篠ノ之博士が覆面レスラーなんて……

 

「シャル……」

「一夏?」

「受け入れろ、現実だ」

 

受け入れられるかーっ!?ちょっと待って、篠ノ之博士って今世界中から追われてる身だよね!?そんな人がプロレスデビューしていいの!?

 

「姉さん……」

「箒ちゃん久しぶりだね!元気だった?」

「元気だった?じゃない!姉さんのせいで、私は―――」

 

何か凄い険悪な雰囲気だよ……。

 

「二人とも、積もる話もあるだろうが、今は練習中だ。そろそろ再開するぞ」

「はーい!それじゃあ箒ちゃん、またあとでね」

「あっ!?姉さん!?」

 

篠ノ之博士はそれだけ言うと他のメンバーと一緒に練習に戻っていった。

こうして、僕達とジムの人達とのファーストコンタクトは、衝撃の結果で終わったのだった。

 

 



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第三十八話 もういっぱいいっぱい

年末に投稿してから今回のを投稿するまで、まさか年号をまたぐことになろうとは……駄文なのに時間が掛かりすぎて申し訳ないです。
とりあえず、試合辺は何とか描き切れるように頑張ります。
令和もよろしくお願いします!


「なんというか……」

「すごかった、ね」

 

風間さん達の好意で、僕たち三人は練習を見学してたんだけど、正直に言って吃驚している。

今の時間は一般向けの練習らしいんだけど、僕の知ってる一般向けと違うような気がする。というか絶対違う。

 

「……」

 

箒だけ雰囲気が違うけど。まあ、お姉さんが気になって練習を見学するどころじゃないよね。

ちなみに龍輝や織斑先生を含む練習していた人達は、使ったマットやサンドバッグ、リング等を掃除している。なんでも『道具は大事に』、というのがここの信条で、なるべく自分達で後始末するようにしているんだって。

 

「にしても広いわね、ここ」

「そうだね。それに設備も充実してるし……こんな立派なジムを建てるなんて、風間さんって凄い人なんだね」

 

父さんの知り合いというだけでも驚きなのに、ジムを経営して指導までしているなんてね。

後で知ったんだけど、風間さん昔は某団体にフリーランスで参戦して、その団体のチャンピオンベルトを一年以上保持していたほどの実力者らしい。いまいちピンと来ないけど。

 

「悪い待たせた」

「全然大丈夫だよ。いつもあんな練習を?」

「まあな。夜はもっとやるけどな」

「あれはもっとってレベルじゃねえだろ」

 

掃除から戻ってきた龍輝に訊くと、さも当然みたいに答えてきた。それに一夏が補足したけど、あれよりって……一体どんなことやってるの……。

 

「齊藤、姉さんはどこだ?」

「束姉さんなら、明日の試合の打ち合わせで風間さんや織斑先生と話してるからな……まあでも、もうすぐだと思うぞ」

「そうか……」

 

というか、篠ノ之博士と再会してからの箒の雰囲気が凄い怖いんだけど。

 

「おう嬢ちゃん達、お疲れさん」

「あ、風間さん。今日はありがとうございました」

 

龍輝の言う通り、本当にすぐ来たね。その後ろには篠ノ之博士と織斑先生が続いている……横の箒の殺気が凄い怖い。

 

「飯まだだろ?よかったら食ってかないか?」

「え!?いいの!?」

 

風間さんの提案に鈴が凄い勢いで食いついた。確かに僕もお腹空いてきたけど……。

 

「ちょっと鈴、さすがに厚かましいんじゃ」

「若いのが遠慮すんな、大勢で食った方が飯は上手いからな!今から用意するから、できるまで少し待っててくれ」

「ほら、こう言ってることだしご馳走になりましょうよ!」

「もう、分かったよ。すみません、御馳走になります」

 

そう答えると風間さんは豪快に笑って、僕たちの頭をガシガシと撫でた。鈴は「髪が乱れる!」と言ってるけど、なんだかあったかく感じる。

 

「じゃあ出来たら呼びに来るから、しばらくジム(ここ)で待っててくれ。龍輝、一夏、お前らは嬢ちゃん達の相手してな」

「「はい!」」

「束ちゃんと千冬ちゃんは準備を手伝ってくれ」

「はーい!」

「はいっ!」

 

そう言って風間さんたちはジムを後にしていった。

一体どんな料理が出てくるんだろう。何にしても、凄い量なんだろうなぁ。龍輝の食事量もあれだけど、確実にそれよりも食べるよね、風間さんたちって。

 

「ちょ、ちょっと姉さん!?」

 

風間さんに続いてジムを後にしようとした篠ノ之博士を箒が呼び止めた。

 

「ごめんね箒ちゃん、お姉ちゃんお手伝いしないといけないから、お話はご飯食べ終わったらね!じゃあ、また後で!」

「あ、ちょ――――――」

 

若干の申し訳なさそうにそういうと、篠ノ之博士はピュー、という効果音と共に足早に走り去っていった。後には呆然とする箒と何だかいたたまれない空気だけが残って、なんだかすごい気まずいよ。

 

「…………」

「ま、まあ、なんだ」

「あんま気落とすなよ」

 

一夏と龍輝がフォローしたけど、あんまし効果はないみたいだ。そりゃそうだよね、何年も行方不明で、久しぶりに再会したっていうのに、あんな感じなんだもんね。

 

「……齊藤」

「お、おう」

 

……嫌な予感しかしない。

 

「サンドバッグを使ってもいいか?」

「あ、うん。たぶん大丈夫だと思うけど」

「少し借りるぞ」

 

そう言うと箒はスタスタと足早に、サンドバッグのあるスペースまで歩いて行く。ちょっと遅れて慌てて龍輝が後を追い、僕たちもその後に続いて行く。

並んでいるサンドバッグのうちの一つの前に立つと、箒は深く呼吸をして……

 

「スゥ―――……セィイヤアッ!!」

 

シュッッバアァ―――ン!!

 

そのまま全力でサンドバッグを蹴っ飛ばした。すっごい音がした。

 

「姉さんはっ!いつもっ!いつもっ!!!」

 

スパーンッ!スパーンッ!スパーーンッ!!

 

そのまま連続で蹴り込んでいく。よっぽど鬱憤溜まってたんだなぁ。

 

「いやあ、いい蹴りだな」

「お前から見てもそう思うか?」

「ああ。フォームが綺麗だし、何より軸がまっすぐだ。道理で痛いわけだぜ」

 

そういえば、龍輝はこの間のタッグリーグの時に箒の打撃を受けてるんだよね。

 

「へえ、やるじゃない。あたしも借りるわよ」

 

箒に触発されてか、鈴も別のサンドバッグへと蹴り込もうと構えた。

 

「あ、そのサンドバッグは」

「っせい!!」

 

ゴッ

 

……あれ?何か鈍い音がしたような。

 

「……―――〜〜〜っっっ!!!???」

 

直後に鈴が足を押さえて床をゴロゴロと転げ回った。一体何が?

 

「あーやっちゃったか」

「なあ龍輝、あのサンドバッグって確か」

「ああ。風間さんや翔さんはじめ、プロ専用の特製のやつだ」

 

特製?……絶対ろくな意味じゃないだろうな。

 

「なん……なのよ……これ………っ!?」

「大丈夫か?」

「大丈夫か?、じゃないわよっ!硬すぎでしょこれっ!!」

「そりゃそうだ。中身砂鉄だからな」

「はあっ……!?」

 

砂鉄!?なんでそんなものサンドバッグに入れてるの!?

 

「んでそれを鉄板で囲って、その上にゴムを巻いてから皮袋に入れてあるからな。骨折しなかっただけでもラッキーだと思っとけ」

「頭おかしいんじゃないのっ!?」

「それは俺も思った」

 

僕もおかしいと思う。

 

「そうか?あのブルース・リーだって、鉄板入りのサンドバッグ使ってたらしいけど」

「それとこれとは話が違うと思うよ」

「いやシャル、お前の親父さんもこれ使ってたぞ」

「ウソでしょっ!?」

 

何やってたの父さん!?化け物の領域に片足ツッコんでない!?

 

「マジマジ。こう、エルボーとかでズドーンと」

「ええ……」

「まあ、夜練のメンバーって、全員ほぼ人間やめてるような人達ばっかりだったからな」

「いやいや、そんなことないと思うぞ」

 

多分一夏が言ってることに間違いはないと思う。こんなサンドバッグ常用している人たちが常人であってたまるか。

 

「なあ齊藤。もしかして姉さんもこれを?」

「いや、束姉さんはあっちの砂鉄だけのやつだ。こいつはトップレベルの人達しか使わないからな」

「いや砂鉄だけでも十分だと思うけど」

 

なんか、この場所にいると常識が狂いそうだ。

 

「―――何してますの、皆さん?」

 

ビクッ!?

 

「「「「うわぁっ!?」」」」

「おーセシリア、お疲れさん」

「お疲れ様です、龍輝さん」

 

び、ビックリした。あのサンドバッグの方に意識いってたから全然気づかなかった。

 

「な、何しに来たのよあんた!」

「何しに来た、とは心外ですわね。お食事の用意が出来ましたから呼びに来ましたのに。その様子では、鈴さんはいらないようですわね」

「あ、アンタねえ……!」

 

この二人、顔合わせれば喧嘩ばっかりしてるような気がする。

 

「まあまあ、喧嘩すんな。それよか、もう腹が減って仕方ないぜ」

「正直、俺もそろそろ限界だから、ちょうどよかった」

 

そういえば姿が見えなかったけど、準備を手伝ってたのかな。……実は僕もそろそろだったり。

 

「そうと決まれば、さっさと行こうぜ。今日のメニューは何だろうな」

「きっと驚きますわ。風間さん張り切ってましたから」

 

そのままジムの出入り口に向かう龍輝の腕にセシリアがするりと、それはもう自然な動作で腕を組んで一緒に歩いてった。……あの二人って。

 

「凄いだろ。アイツらあれで付き合ってないんだぜ」

「何で進展しないんだろうね」

「逆に尊敬するわよね」

「私も見習うべきだろうか……」

 

ホント何なんだろう。もう疲れてきたよ。

 

 

「はふっ!がつっ!んぐ!」

「むぐっ!はむっ!ぬぐっ!」

「ふぬっ!まくっ!なごっ!」

 

何だろう、この光景。

 

「いーい食いっぷりだな、三人とも!まだまだいっぱいあるから、じゃんじゃん食え!」

「「「はいっ!!」」」

 

目の前で龍輝と織斑先生と篠ノ之博士がものすごい勢いで鍋とご飯を食べている。いや龍輝は分かるよ、いつもあんな感じだもん。でも後の二人はキャラが違うでしょ!

 

「やべーぞシャル!俺等も食わないと、みんな食い尽くされちまうぞ!」

「あ、うん。そうだね」

 

正直ここに来てから驚きの連続で食欲湧かないよ。

 

「どうだ嬢ちゃん達?俺特製芋煮鍋の味は?」

「とても美味しいです」

「初めて食べたけど、結構いけるわね!」

「そりゃよかった!はっはっは!」

 

確かに美味しい。ソイソースベースのスープと具材のうまみが上手く調和してて、なんだろう、あったかい味がする。

 

「おかわりもいっぱいあるから、じゃんじゃん食えよ!」

「いや、あの三人と一緒にしないで」

 

鈴、口ではそう言ってるけど、その手はすでにおかわりしようと鍋に手がのびているよ。

 

「ほいよシャル、このくらいでいいか?」

「うん。ありがとう一夏」

 

と言いつつ僕もおかわりしちゃってたり……だって美味しいんだもん!

 

「そういえば風間さん、確か今日でしたよね?あいつが合宿から帰ってくるの」

「ああ。もうすぐ着く頃だとは思うんだが、遅いな」

 

「大方寄り道でもしてるんだろ」と言いつつまた鍋に手を伸ばす風間さん。あいつって誰の事を言ってるんだろう?

 

「龍輝が私の帰りを気にするなんて……もしかして寂しかったの?」

「冗談言わんでください。誰があんなじゃじゃ馬―――」

 

……どうしたんだろう?急に龍輝が食べる手を止めて凍り付いた。というか今の声、誰の?

 

「へえ、じゃじゃ馬ねえ……アンタも言うようになったわね」

「え、あ、お――――――」

 

ギギギ、とまるでさびた歯車のような音が聞こえるような感じで龍輝が恐る恐る振り向き、僕たちもそれに続いて声の主に視線を向ける。

キリっと整った顔立ち、服の上からでも分かる抜群なプロポーション、菖蒲色の髪の毛をサイドテールでまとめた女の子がそこに立っていた。

 

((((((……え、誰))))))

「おーおかえり」

「合宿お疲れ様」

「ただいまパパ、ママ」

 

パパ、ママってことはもしかして……風間さん達の娘ってこと?

 

「お、お前、いつの間に帰って」

「今しがたよ。まったく、数ヵ月ぶりに会う幼馴染みに対して、何か言うことはないの?」

 

幼馴染み?そういえば前に龍輝がそんなこと言っていたような……

 

「んなもんねーよ!大体、数ヵ月って言っても3ヶ月しか経ってないだろうが!」

「あっそ。まああんたに気の利いたことを言えってのが無理な話だったわね」

 

あの龍輝があんなに動揺するなんて、初めて見たかもしれない。

 

「ところで、この人達は?」

「ああ、龍輝の担任の先生とクラスメイト達だ。ほら、挨拶しなさい」

「はじめまして、風間(かざま) 澄香(すみか)です。いつもこのバカがお世話になってます」

「一言余計だ!」

 

これは、なんというか……同じ幼馴染でも箒や鈴とはまた違った感じの人だなぁ。

 

「織斑千冬だ。こいつらの担任をやっている」

「ああ!もしかしてパパが酔うといっつも話してた『自慢の一番弟子』の!」

「ふえっ!?」///

 

わー、織斑先生顔真っ赤ー。

 

「そうだぞー、千冬ちゃんはすごいぞー。なんたって世界一になったんだからな」

「か、かか風間さん!?」

「へー」

 

こんな狼狽えてる織斑先生も初めて見たけど、それより澄香、さん?だっけ、反応薄くない?というか織斑先生のこと知らなかったのかな?

あと篠ノ之博士が凄いむくれてるけど。

 

「むー!私だって風間さんの弟子なのにー!」

「そうむんつけるな!束ちゃんも、俺の大事な弟子だからさ」

「っ!」パアァ

 

あ、笑顔になった。こんなこと言っちゃあれだろうけど、ちょろーい。

 

「んんっ!わたくしはセシリア・オルコット。龍輝さんの『人生のパートナー』を務めております」

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。言っておくが、龍輝(そいつ)は私の嫁だからな」

 

また火花散らしてるよこの二人。

 

「ふーん。まあ安心しなさい、私はコイツの事なんも思ってないから」

「はんっ!お前に好かれてるなんて想像するだけで吐き気するわ」

 

と龍輝が言ってすぐ彼女の拳骨が飛んできた。その一撃で龍輝は沈黙してしまい、テーブルに突っ伏した。

まあ、今のは自業自得、かな。

 

「僕はシャルロット・デュノア。ええっと、澄香さん、だっけ?」

「澄香でいいわ、同い年だろうし。デュノアってことはあんたがデュノアさんの娘?」

 

あ、もう伝わってるんだ。

 

「う、うん(未だにちょっと信じられないけどね、父さんがここに通ってたって)……」

「『肘撃の金獅子(ライオンハート・エルボー)』の娘っていうから、どんないかついのかと思ったら、結構かわいい娘じゃない」

「何その二つ名!?父さん何やってるの!?」

 

もう父さんのことが分からなくなってきたよ。僕が知ってる父さんってなんかこう、もっと冷めた感じだったのに。

 

「まあそんなことはいいわ。同じレスラーの娘同士、仲良くしましょうシャルロット」

「あ、うん、よろしくね。僕のこともシャルでいいよ、澄香」

「よろしく、シャル!」

 

なんか気になる一言があったけど、もう気にしてたら僕の頭と胃がもたないから、スルーしよう。

 

「あたしは凰鈴音よ」

「篠ノ之箒だ」

「鈴音と箒ね、よろしく」

「ちなみに箒ちゃんは私の妹なんだよ!スミちゃん!」

「へえー、そうなんだ」

「……」

 

今度は無難に済んでよかった。

これ以上僕の胃が痛くなりそうになくて、少し安心かな

 

「俺で最後か。俺は織斑一夏、龍輝の友達だ。よろしくな」

「フーム……」

 

澄香が今度は一夏の顔をじっと覗き込むように見ている。……嫌な予感がする。

 

「な、何?」

「15点」

「え?」

「顔はまあまあだけど、変に余計な気を使って怒らせそう。あと単純に好みじゃない」

 

おぅっふ。やっぱり予感的中しちゃったよ。しかもちょっと当たってるし。

 

「あ、アンタねえ!」

「いきなり何を言ってるのだ!」

 

まあ当然と言っちゃ当然だけど、一夏があんまりなことを言われたので鈴と箒が食って掛かった。

 

「いや、だって本当のことだし。何か男らしくないっつうか、そういうのはちょっとね」

「「はあっ!?」」

「二人とも落ち着けって。俺は何とも思ってないから」

 

一夏がそういうけど、もうこれは止まらないだろう。ここまで火ついちゃったら、ね。

 

「じゃああんたはどんなのが良いって言うのよ!?」

「私?私はやっぱり―――」

 

そういって澄香は鈴の質問に対して、

 

「パパみたいな男の人がタイプ!というかパパが世界でいちばんカッコいいし!」

「「……は?」」

 

風間さんに抱き着きながら答えた。あ、そうか。だから一夏に反応しなかったんだ、確かニュースになっていた筈なのにね。

 

「はっはっは!そう言ってくれると親冥利に尽きるよ」

「私、結婚するならパパとがいいな~」

 

あ~成程。つまり澄香は……ファザコンって事か。

 

「……澄香?」

 

その一言で、さっきまで騒がしかったこの空間が一気に凍り付いたような気がした。その原因の一言を発したのは、風間さんの奥さんのあやねさんだ。周囲にはさっきまでの優しい雰囲気はなく、とてつもなく冷たい殺気を纏っている。

 

「なぁにママ?」

「いつも言ってるでしょ?パパはママの物だから澄香とは結婚できないって」

「ふーんだ!そんなのどうとだってしてやるもん!パパだって、若い娘の方がいいよね?」

「あっはっは、参ったなこりゃ!」

 

いや笑ってる場合じゃないでしょ!どうすんのこの空気!

 

「どうやら『オシオキ』が必要の様ね……!」

「年増のヒステリーは醜いだけだよ?」

 

そう言って二人はものすごい殺気を纏いながら表に出ていった。

そのあとは、聞こえてきた凄まじい音と屋内まで届いてくる殺気に、もう食事どころじゃなかった。ただ、そんな中でも食事の手を緩めない風間さんと篠々之博士、あと復活した龍輝を見て、これがここの日常なのか、と思った。

 




キャラプロフィール

名前―風間澄香(かざま すみか)
年齢―16
誕生日―5月5日
身長―159cm
体重―××kg
スリーサイズ-B:90/W:56/H:85

風間龍輔と風間あやねの娘。歯に衣着せぬ性格で、思ったことはズバッと言う。ISに興味がなく、父親と離れたくないという理由から地元の高校に進学。学校では、竹を割ったような性格と母親譲りの容姿とプロポーション、運動能力のおかげで人気者である。
レスリングに関しては天性の才能を持ち、父親仕込みのテクニックも相まって、その実力はトップクラス。本人にプロレスラーとしてデビューする気はなく、夢はお嫁さん。
ちなみにファザコンなため、しょっちゅう母親と喧嘩しているが父親がらみでなければその仲は良好。
龍輝のことは単なる幼馴染としか思っておらず、逆にセシリアとラウラを応援している。


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第三十九話 決意の前日譚

好き勝手に書いているので、感想などは期待していないのですが、こんな作品にたくさんの感想、ご愛読をしていただき、本当にありがとうございます。
これからも好きなように書いていきますので、どうかよろしくお願いいたします!


「異種格闘技戦?」

「そ。相手は柔術をやってる選手らしい」

 

食後の一服の時間に、俺は龍輝に明日の試合の事について訊いた。プロレスの試合かと思っていたので、正直驚いている。

 

「何か以外だな。龍輝のデビュー戦がプロレスじゃないって」

「まあでも、基本ルールはプロレスと同じだから」

「ルール?」

「ああ。まず試合時間は15分一本勝負、決まり手はKO、ギブアップ、ピンフォール、反則についてはプロレスルールと同じ。違う点といえば、足が絡んでたり、下が極めていたら押さえ込みにならず続行される。それくらいだな」

 

へえ、異種格闘技戦と言ってもそんな感じなのか。何か複雑なルールになると思ったけど、このルールなら龍輝の方が有利っぽいな。慣れてるだろうし。

 

「まあどんな試合だろうが、誰が相手だろうが、全力で出し切るだけさ」

「ハハハ、かっこいいなお前」

「うっせ」

 

この調子なら、明日の試合大丈夫そうだな。デビュー戦だから緊張してるかと思ったけど、龍輝に限ってはそんなことはないらしい。

 

「本当はプロレスの試合で組んでやりたかったが、今のご時世どこも新人不足でな。苦肉の策ってやつさ」

 

龍輝と話してるのを聞いたのか、片づけを終えたらしき風間さんが来て今回のマッチメイクの事情を説明してくれた。

 

「すみません、俺等だけゆっくりさせていただいて」

「気にすんな!龍輝は明日デビュー戦だし、一夏君も昨日から練習参加して疲れてるだろ?弟子を休ませるのも師匠の役目さ」

 

いつの間にか俺も新弟子認定されてるみたいだ。まあ、いやな感じはしないけど。

 

「しっかし、あの龍輝がデビューねぇ。未だに信じられないわ」

「俺だって成長してるんだよっ」

「どうだか。つい数か月前まで私にボロボロに負けてたくせに」

「そ、それは……」

 

今度はあやねさんの手伝いをしていた澄香が話に加わる。音だけしか聞いてないけど、あんな激しい親子喧嘩してたのに普通に手伝うとは、実は仲がいいのかな。

しかしマジかよ、あの龍輝が。こう言っちゃあれだけど女子に負けてたなんて。いや、学園でやった試合ではISを着けてたから生身じゃなかったし。

 

「こら、そこまでにしときな。龍輝の実力は、十分プロでも通用するぞ」

「はーい。という訳で龍輝、パパにここまで言わせたんだから明日の試合で恥晒すんじゃないわよ」

「うるっせ分かってるよ!」

 

学園ではいつもマイペースな龍輝も、澄香には尻に敷かれてるみたいだ。

でも言い換えればそれくらい気の置けない仲って事だよな。

 

「ちょっとあんたたち、何騒いでんのよ?」

「布団、敷き終わったよ」

「龍輝さん、どうかなさいましたの?」

「嫁よ、今日こそは一緒に寝ないか?」

 

そう言って鈴とシャル、セシリアにラウラが茶の間に戻ってきた。

実を言うと食事が終わった時に、風間さんとあやねさんの提案で箒、鈴、シャルの三人もこっちに泊めてもらえることになったのだが、風間さんがみんなの分の布団を敷きに行こうとした時、澄香が「いくら客人とはいえ、乙女が止まる部屋に入っちゃ悪いよ。布団は私達で敷いとくから」と言ったため、鈴たちは布団を自分で敷くことになったのだ。ちなみに俺は龍輝の家に泊めてもらっている。

 

「おう。すまんな、本来は俺がやるべきなんだが」

「いいのよパパ。こういったのは自分たちでやらないと」

 

まあ、澄香の言ってることは間違ってないな。やっぱり厚意で世話になるんだから、自分で出来ることは自分でやらないとな。

あれ?そういえば……

 

「なあ鈴、箒はどうした?」

「ああ、何か用があるとか言って篠ノ之博士と一緒に外に行ったわよ」

「外に?」

 

そう言えば箒の奴、来てからずっと束さんと話したそうにしてたからな。何事もなければいいが。

 

 

そよ風が吹き渡り、初夏の暑さを感じさせぬ涼しげな気温の中、月明かりが照らす下で二人の人影が向かい合っていた。

 

「い~い風だねぇ。練習で疲れた体に染み渡るよー」

「……」

 

二人の人影、篠ノ之束と篠ノ之箒は姉妹である。一時期姉の束が失踪したため、久方ぶりの再会となる。しかし、この二人の間には、世間一般の兄弟姉妹のような和やかさなどはない。

 

「姉さん、あなたは一体何を考えているんだ」

「んぅ?」

「ISを造り、世間を乱すだけ乱して失踪。そのせいで私達家族は常に政府に監視され、安全のためと各地を転々とさせられた……散々私達に迷惑をかけて、それなのに今度はプロレス?姉さんは一体、何を考えているんだ!?」

 

最初こそ静かだったものの、内側に溜め込んでた感情が溢れ、口調を荒げ息を乱しながら箒は姉に問う。

 

「ハァ……ハァ……」

「……箒ちゃん」

 

実の妹の心情を聞き、束は纏う空気を一変させ、その表情も真剣なものに変えて問いかけに応える。

 

「箒ちゃんは、プロレスについて、どう思う?」

「な、何だ急に?」

「私はね、プロレスには無限の力があると思うんだ」

 

夜空を見上げ、星を仰ぎながら束は続ける。

 

「プロレスの力ってね、凄いんだよ。観ているだけで選手の気合いが、魂の熱さがこっちにも伝わって、不思議と元気が出てくるんだよ。観客と選手が一体になって、一つのことに熱中する……そこには年齢も性別も身分も、人種も国境もない。プロレスの前では、そんな些細なことは吹っ飛んでしまう。本当の意味で人間を平等にする、それがプロレスの力の一つだと、私はそう思っている」

 

途方もなく荒唐無稽な話ではあるが、不思議と束の話し方……そして纏っている空気がその話に信憑性を持たせていた。その証拠に、箒は「馬鹿馬鹿しい」と切り捨てもせず、ただ黙って束の話を聞いていた。

 

「それに、私は軽々しい気持ちでプロレスラーになりたいわけじゃないよ」

「……っ!?」

 

そう言って再び箒の方を向いた束の目は、さっきまでの真剣でありながらも柔和なモノではなく、鋭く、刺すようなものに変わっていた。

その視線に貫かれたような感覚を覚えた箒は息をのみ、全身の血が凍り付いたような錯覚すらも感じていた。

 

「……これで、私の話は()()終わりだよ。さ、虫に刺される前に戻ろー」

「ま、待ってくれ!」

 

話を締めて風間宅に戻ろうとする束を箒はつい引き留めようとする。その声に束は歩を止めると顔だけを箒に向けた。その表情は元の柔和なものに戻っていた。

 

「続きは、明日の試合で話すよ」

 

 

「ゴッゴッゴッ……プハー!」

「凄い飲みっぷりですね。お注ぎしますよ」

「おっすまんな!」

 

飲み干して空になったグラスに、千冬がビールを注ぐ。

時刻は夜の10時を過ぎた頃、龍輝が一夏と共に実家に戻り、風間宅に残った生徒組も床に就いた後、風間が縁側で晩酌を呑み、千冬がそのお酌をしていた。元々は一人で呑んでたところに千冬が偶然通りかかり、その際風間は一緒に飲まないかと誘ったのだが、千冬は「明日の試合に響くかもしれないから」と珍しく断り、お酌だけをすることになった。

 

「しかし急に決めてスマンな。千冬ちゃんも、エキシビジョンじゃなくて本戦でデビューしたかっただろ?」

「いえ、私は試合に……それも自主興行という舞台に出していただけるだけで、十分です」

「そうか。ング……なあ千冬ちゃん」

 

グラスを一口煽ると、声のトーンを若干落として千冬に語り掛ける。

 

「本気でうちに所属しないか?」

「私が、ですか?」

「ああ。正直に言って、今のプロレス界は……いや、プロレス界だけじゃない、格闘技界全体が昔に比べて落ち込んでいる。メジャーを除いた多くの団体が崩壊し、残った団体も年間興行数は目に見えて減少した。更には深刻な新人不足……正直厳しい状況だ。……だがな」

 

そこで一区切りしてグラスを煽る。千冬は息を飲んで、自身が敬愛する師の言葉を待つ。

 

「逆に言えばそれは、有象無象が無くなったことでもある」

「確かに、以前私が観戦した試合は全て、どこか洗練された美しさや力強さがありました」

「しかしそれ故に団体を新規に立ち上げることが難しく、さらには若者にとって高いハードルとなってしまった」

 

そこまで言うと今度はグラスの中を一気に飲み干し、大きく息を吐く。

 

「だがな、そんな状況だからこそ千冬ちゃんに……いや、千冬ちゃんだけじゃない。束ちゃんや龍輝といった若い選手たちに、不純物の混ざっていない、純粋なレスリングを継承し、次代のプロレス界を引っ張っていって欲しいんだ」

「……私は」

 

しかし、返答しようとした千冬を風間は片手で制し、その先を言わせようとしなかった。

 

「今すぐ答えなくていい。学校のこと、千冬ちゃんが指導している生徒たちの事もある。そんなんじゃ、どっちを選んだとしても心残りが残るだろう」

「……いえ。私の心は決まっていますよ、風間さん」

 

それを聞いて風間は顔を千冬の方に向ける。千冬は師の目を真っ直ぐに見つめながら、言葉を続ける。

 

「今すぐは確かに無理です。3年後……今担当している生徒全員が卒業した後、ここに来ます」

「……呵呵呵!そうか!」

 

千冬の実質的な入団宣言。その言葉を聞き、風間は笑いながら大きく頷いた。そして、空のグラスにビールを注ぎ、それを千冬に渡す。

 

「なら、明日はしょっぱい試合はできないな」

「ええ、もちろんです」

 

グラスを受け取り、中身を飲み干す。入団の前祝いと、明日の試合への激励の一杯は、不思議と澄んだ味がした。

 

「明日は歴史が動く一日になるなこりゃ。あっはっはっは!!」

「ふふふっ。ええ、そうしてみせますよ……龍兄ちゃん

 

夜の縁側に風間の大きな笑い声が響き、千冬が呟いたかつての憧れの人への呼び名は、本人の耳に届いたのか、それとも届かなかったのか。それは彼のみぞ知る。

 

 

―――

――

 

数時間前。某所の道場にて、一人の男が中央に鎮座していた。

 

「……」

「おい、そろそろ出るぞ」

 

男性が声をかけるが、男の反応はない。

 

「緊張するのは分かるが、今行かないと新幹線に乗り遅れるぞ」

「いえ、緊張はしてないです」

「じゃあ座禅なんか組んで何してたんだ?」

「決まっています」

 

男性の問いに答えつつ、男は立ち上がり男性の方を向く。

 

「どうやってプロレスラーを絞め落とすか、そのシミュレートをしていました」

「ほう、自信満々だな」

「柔術とプロレス、その因縁は深い。だが、今回でそれも終わりです」

 

話しながらも男は男性の元へ歩いて行く。そして、男性の前まで来ると、目を見ながら続きを語る。

 

「プロレスラーは柔術に勝てない。その決定的瞬間を披露するのですから」

「フッ、そうか」

 

そう言って男性は男の肩を叩き、先に道場の出入り口に向かう。男もそれに続く

 

「頑張れよ、水穂」

「はい、先生」

 

男の名は呉石(くれいし) 水穂(みずほ)。龍輝の試合の対戦相手である。

 

 

願い、証明、そして決意。それぞれの想いが交錯し、闘士達はリングへと導かれる。

その運命は神の悪戯か。それとも必然か。それは、誰にもわからない。

彼らは只、目の前の闘いに全力を尽くすのみ。

熱き魂の闘いの幕が、ついに上がる。

 




疲れた……もう二度とシリアスはやらねえ


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第四十話 開・幕!!

やっと書き終わった……でもこっから先、また大変だからなぁ。……がんばろ。

追記
はじめて活動報告を書きました。よかったら見てください!


7月4日、この日の天気はまるでここ、山形市総合スポーツセンターに集った人々の熱気に呼応するように快晴であった。

炎天下に晒され、うっすらと陽炎すらも見えてきたスポーツセンターの第一アリーナ。この場所は現在、大勢の人が集まり、これから始まる事への期待を胸に、今か今かと待ち焦がれていた。

そんなアリーナの一角。この場所において、もっとも異質な空間が構築されていた。

 

「本音はオレンジジュースだっけ、はいこれ」

「ありがと~きよたん」

「かなはお茶だったよね。はい綾○」

「なぜ伏せたのかはわからないけど、ありがとう」

 

アリーナの二階席、この区画には周りから浮いた格好……IS学園の制服姿の女生徒達がキャッキャウフフと談笑しながら、雰囲気こそ違えど周囲の人達と同じように試合が始まるのを待っていた。

 

「しっかしすごい人だね。飲み物買うだけでも10分ぐらいかかっちゃったよ」

「超満員で、立ち見の人までいるしね。齊藤くん、こんな大舞台でデビュー戦するんだよね」

「たっつん緊張でガチガチだったりしてー」

 

リングサイドは即時完売、二階席などもあっという間に売り切れ、満員御礼どころか急遽立ち見席まで用意しなければならないほどの観客動員数で、このような場は初めてなIS学園の女生徒たちの中には軽く引いてしまってる者もいる。

 

「それにしても、まさか織斑くん達が齊藤くんのジムに行ってたなんてね」

「専用機持ち全員、更に千冬様まで行ったまま戻ってこなくて、今日合流したら千冬様だけいないし……」

「たっつんの試合、楽しみだなー♪」

 

そう話していると、会場の電気がゆっくりと消えて暗転していくのと同時に、会場内が静かになっていく。

そして完全に静寂が支配した頃、花道の真上に設置されている大型モニターに映像が写しだされた。

 

『―――また、ひとつの歴史が刻まれる』

 

それは、静かな語りから始まった。

 

『プロレスラー、風間龍輔が立ち上げた、次代のプロレスラー養成所『ドラゴンピット』。そこから芽吹き、一人前となったレスラーは数多い……』

 

『伝統を守り、プロレスの火を灯し続けてきた龍の穴結成から10年……その集大成が今、解 き 放 た れ る ! ! 』

 

ドオォーーーン!!!

 

直後、派手な爆発音が鳴り響き、会場内が爆音とモニターの光に包まれる。

 

『ジム・ドラゴンピット10周年記念興行、Wave the NEW GENERATIONS!!開・戦!!』

 

そして、ここに決戦の舞台の開幕が告げられた。

 

『第一試合!!トリプルデビュー戦No.1!!異種格闘技戦、呉石水穂VS齊藤龍輝!!』

「来たー!!」

「齊藤くーん!!」

「たっつんキメてるねー」

 

派手な演出と煽り映像に、生で観戦するのがほぼ初めてなIS学園の生徒達をはじめ、観客のボルテージがグングン上がっていく。

 

『今大会最年少、ドラゴンピットのヤングドラゴン、齊藤が念願のデビュー!先達と共に鍛え上げた肉体と実力は確かなモノ。対するは、柔術界の若き絞殺王子、呉石水穂!全日本ブラジリアン柔術選手権ミドル級3年連続優勝、さらにU-18日本代表にも選出された、その実力に疑う余地はない。プロレス界と柔術界の若武者が、四角いジャングルで激突する!!』

 

ワアアァァぁーーー!!!!

 

若き実力者同志の対決に、観客席からは大きな歓声が沸き起こる

 

『第二試合!!トリプルデビュー戦No.2!!Beauty & Mysterious、白木真奈VSアリス・ザ・ラビット!!』

 

画面が切り替わり、第二試合の映像が映し出される。

 

『神秘のマスクで素顔を隠した、ドラゴンピットの秘蔵っ子が満を持してのデビュー!身長、体重、実力のすべてが正体不明。一体どのような戦いを魅せてくれるのか!対するは、昨年女子プロ団体ワルキュリアでデビューしたばかりの新人、白木真奈!グラビアアイドルとしても活躍する、その美貌とは裏腹に、その戦い方はヒート&ストレート!新人同士の勢いのある対決に、期待が高まる!!』

 

打って変わって華のある女子プロ対決に、先程とは違った意味での期待が観客たちの胸を高鳴らせる。

 

『第三試合―――』

 

―――

――

 

「男性だけかと思ったら、女子プロの試合もやるんだね」

「さっきのアリスって人、マスクでデビューってことは、別の団体で素顔でやっていたのかな?」

「うーん、どうなんだろう。秘蔵っ子らしいし、事情があるんだとは思うけど」

 

対戦カードが発表される中、慣れたためか少し余裕が出てきた清香とかなりんは先程紹介されたアリス・ザ・ラビット(正体は束)について話し合っていた。

その間もカードの発表は続き、第四試合の紹介と煽りが終わり、次のカードが発表される。

 

『エキシビジョンマッチ!!トリプルデビュー戦No.3!!Most STRONG LADY、萩原莉緒VS―――』

 

実はこのカード、パンフレットには載っていない。いや、エキシビジョンマッチ自体は第四試合と第五試合の間に載っているのだが、誰が出場するかは当日まで伏せられていた。

それ故に、彼女たちは一際驚くことになる。何故ならこの試合に

 

『織斑千冬っ!!』

「「えっ?」」

「わー」

 

自分たちの担任であり、憧れの存在が出場するのだから。

 

「な、何で千冬様が!?」

「実はプロレス好きなんじゃないかなー、っては思っていたけど、試合に出るなんて……!?」

 

そんな彼女たちの動揺をよそに、煽りVTRは続く。

 

『アマレス全日本王者の肩書を引っ提げ、今年デビューしたばかりの萩原と、ISの祭典「モンド・グロッソ」初代チャンピオンにして、実は風間の一番弟子という織斑の同門対決!!エキシビジョンとはいえ、その見ごたえはメイン級……片時も、目を離すな!!』

 

目を離すなと言うが、離そうとしても離れないだろう。それほどまでに、このカードは衝撃的で、観客の興味を誘うものだった。

もっとも、IS学園の彼女たちにとっては、別の意味で目が離せないが。

 

「「――――――」」

 

現に清香とかなりんの二人は驚きのあまり表情が固まり、声も出せない状態だ。

 

「すごいねえー。こんなカードなかなか見れないよー」

 

一方本音はマイペースに感想を言っている。どれだけ肝がすわっているのだろうか。

その後も、カード発表は続くのだが、少女たちの耳には入っていかないのであった。

 

 

「いよいよか……」

 

もうすぐ第一試合……俺のデビュー戦が始まる。

クソッ!あれだけ練習してきたのに、念願のデビューだっつうのに、体の震えが止まらねえ!

 

「大丈夫か?」

「翔さん……正直、きついっす」

 

翔さんも試合があるのに俺のセコンドにもついてくれてる、だというのに余計な心配をかけてしまった。

 

「そう緊張するな!龍輔も言っていただろ、今まで練習してきたことを出せれば勝ち負けは二の次だって」

「そうは言いますけど、翔さんだって知ってますよね。自分の今までの戦績」

 

そう、俺は確かにアマレスの大会では全中総体出場の成績を残しているが、アマチュアMMAの戦績は5戦して1勝3敗1分。お世辞にもいい戦績とは言えない。

そもそもアマレスだって、一回勝てば全中だった上に優勝もしてないんだから、自慢できるようなことでもない。

 

「確かに、お世辞にも好成績とは言えないかもしれないな。だがよ、それが何だ。どれだけ敗けて悔しい思いをしても、諦めずに立ち上がってきたんだろ?念願のデビューだってのに、震えて何もできないまま、終わらせたいのか?それによ―――そんな情けない姿を、IS学園(向こう)の仲間たちに見せんのか?」

「っ!?」

 

その言葉の衝撃は、俺の目を覚まさせるのに十分だった。

 

「……いいえ、そんなの真っ平ごめんっすよ!」

 

そうだ。中学の三年間、そしてIS学園に入ってからもずっと、只管練習していたのは何のためだ……プロレスラーとしてデビューするためだろ!?

 

「この日の為に、必死で練習して、鍛えて、体もでかくしてきたんだ!しょっぱい試合なんかできるかよ!!」

「よし!なら、お前のプロレスを、全部見せつけてこい!!」

「はい!!」

 

やってやるぜ……あいつらが観てるんだ、プロレスの強さってやつを、改めて見せ付けてやる!!

 

『赤コーナーより―――齊藤龍輝入場!!』

 

 

少し前、観客席の一角。IS学園の専用機持ちが固まって座っているスペースにて。

 

「ねえ二人とも、よかったの?龍輝に会いに行かなくて」

「ええ」

「ああ」

 

シャルの言葉通り、セシリアとラウラの二人は会場に着いてから、選手控え室に行くこともなく観客席で大人しくしている。しかも、龍輝は直接会場に向かったため、昨夜別れてから一度も顔を合わせてないことになる。

 

「珍しいわね。あんた達なら控え室にまで押し掛けて、応援の言葉のひとつでもかけてくるのかと思っていたのに。雨でも降るんじゃない?」

「……行ったところで、龍輝さんの邪魔にしかなりませんもの」

 

鈴の若干の皮肉を含んだ言葉に対して、セシリアは少し低いトーンで答えた。

 

「セシリアの言うとおりだ。私達が嫁のために出来ることといったら、ここで試合を応援することだけだ」

「ふーん。あんた達にしては殊勝じゃない。どういう心変わり?」

 

その問いに答えたのは、この中で一番龍輝と関係が深いであろうセシリアだ。

 

「試合前の龍輝さんが、どういう状態なのか、知っていますか?」

「いや分からないけど、あいつのことだから自信満々なんじゃないの?」

「違いますわ。むしろその逆……」

「逆?」

 

一呼吸をおいて、さらにセシリアは続ける。

 

「ええ。恐らく今も龍輝さんは、不安に押し潰されそうになっている筈です」

「あいつが?!嘘でしょ!」

 

鈴がそう思うのも無理がない。普段の龍輝と言えば、プロレスに絶対的な信頼と自信を持ち、常日頃からトレーニングと練習を欠かさない、そういう男なのだから。そんな彼が、不安に押し潰されそうと言われても、信じられないだろう。

 

「信じられないでしょうが、事実です」

 

そう言ったセシリアの脳裏に浮かんだのは、先日行われたタッグリーグの前日。深夜に龍輝が部屋を出ていったのが気になり、隠れて後をつけたところ、彼女は見てしまったのだ。試合の前日にも関わらず、龍輝が只ひたすら中庭の木にチョップをぶつけていたのを。

その後、つけていたのがバレると、龍輝は苦笑しながらも、理由を話した。それが先程セシリアが言ったことの、本人しか知らない何よりの証拠であった。

 

「今日に向けた練習の中、奴の眼には闘志の他に、どこか追い詰められた者のような……焦りと恐怖の色も見えていた。それが見間違いでなければ、セシリアの言うとおり、いっそのこと逃げ出したいとすら思っているかもしれない」

「だったらむしろ、行って激励してあげるべきなんじゃないの!?」

「鈴の言う通りだよ!そんな状態じゃ試合どころじゃないよ……二人は龍輝が心配じゃないの!?」

 

二人の話を聞いた鈴とシャルが声を荒げて問うが、それでもセシリアとラウラは激情することもなく冷静だった。

 

「もちろん心配です……ですが、先程も言いました通り、わたくしたちが行ったところで余計なプレッシャーをかけるだけ……」

「で、でも……」

「今嫁の周りにいるのは、私達よりもよっぽど頼りになる人達だ。悔しいが、私達が行かなくても何も問題はない」

 

たった一日とはいえ、ジムの人達と接したことで、鈴とシャルの二人は意外にすんなりとその言葉を受け入れた

 

「それに、信じていますから」

 

それを聞いた鈴にシャル、話を聞いていた箒と一夏も、息を飲んで続きを待つ。

 

「龍輝さんなら、その不安や恐怖を克服して――――――いつも通りの熱く、魂が燃えるようなレスリングをしてくれると」

「ああ、その通りだ。奴は私が惚れた男だ、この程度の障害など、難なく乗り越えてくれるだろうさ」

 

短期間とはいえ、ジムで共に過ごしていく中で、より龍輝への理解を深め、思いを昇華させた二人の言葉は、どこか彼女たちを引き込ませるような力があった。

 

『これより、第一試合を行います』

 

そんな中、リング上ではリングアナウンサーが、運命の一線の開始を告げる。

 

「さあ、試合が始まりますわよ!」

「嫁の雄姿を、しっかりと目に焼き付けなくてはな!」

 

 

『青コーナーより―――呉石水穂入場!』

 

(入場曲:『Speed』ATR)

 

ロック調の入場曲に合わせ、場内をライトが照らし、レーザーが飛び交う。

 

『プロレスファンであれば、だれもが記憶しているであろう、あの時代。1990年代半ば、グレイシー柔術の参戦により、プロレスの神話が崩壊しました。しかし時を経て、プロレスが柔術を打倒することもありました。その後長く続く因縁が、このカードを産んだのでしょうか!?』

 

そして、スポットライトが花道を照らした時、その姿を現した。

 

『さあ入場してまいりました!日本柔術界の未来を背負う、『絞殺王子』呉石水穂!!象徴ともいうべき白い道着に身を包み、その腰には茶色の帯が巻かれています!19歳という若さと甘いマスクからは想像できないほど高い技量を持ち、世界柔術選手権U-18にも選出されております!以外にも他流試合の経験がない彼が、今大会のオファーを受けたのは、やはりプロレスと柔術という深い因縁故か!?呉石水穂!軽やかにリングへ飛び込んだ

 

歓声を受けながら、トップロープを飛び越えリングに入る呉石。日本だけでなく、世界でも戦ってきた男の眼に、迷いはない。

 

『赤コーナーより―――齊藤龍輝入場!!』

 

(入場曲:『路地裏の宇宙少年』ザ・コブラツイスターズ)

 

アップテンポな歌が会場内を包み、会場内から歓声が飛ぶ。

 

『昔、あるプロレスラーが言いました……「プロレスには、他の格闘技にはない力がある」と。その不思議な力に魅せられ、一人の少年が龍の穴へ飛び込みました。過酷な環境に自ら身を置いた少年は、先達のように自分もデビューする日を夢見て、只只管に歩みを止めなかった。そして今日、少年は―――念願の舞台へと羽ばたきます!!』

 

ライトが一際激しく輝き照らすと、花道に一人の(レスラー)が現れた。

 

『どれだけ血反吐を吐いても、どれだけ打ちのめされても、その度立ち上がり……前だけを見据えて駆け抜けてきました!生半可な覚悟ではない……プロレスを信じ、師を信じ、そして何より……自分を信じたからこそ今の自分がある!!師である風間から受け継いだ伝統あるC.A.C.C.(レスリング)―――そしてその胸に宿した熱き魂の炎は、今もなお、メラメラと燃え盛っています!齊藤龍輝!夢の舞台へ、今、リ ン グ イ ン!!』

 

花道を悠然と歩き、リングへと歩を進めた龍輝の格好は、黒のショートタイツとレスリングシューズのみという出で立ちで、対戦相手の呉石とは対照的な格好だった。

そして入場が終わり、リングアナウンサーが再びマイクを取る。

 

『これより、異種格闘技戦、15分一本勝負を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

大歓声が響く中、両選手のコールが行われる

 

『青コーナァー。175cm、79kg。森柔術道場所属、『絞殺の貴公子』―――呉石いぃ…水ぅ穂おおーー!!』

 

歓声に答えながらも、冷静に相手を見据える呉石。その姿からは、どのような修羅場をくぐってきたのかが容易に想像できる。

 

『赤コーナァー。168cm、82kg。ドラゴンピット所属、『継承バーニングソウル』―――齊藤うぅ…龍うぅ輝いいーー!!』

「シャアッ!!!」

 

試合を前に、声を上げて気合を入れる龍輝。滾る魂の熱で身体を燃やし、闘いに備える。

 

『レフェリー和田史郎』

 

コールされたレフェリーが選手二人のチェックを行い、両コーナーに下がらせる。

さあ準備は整った。憧れ続けたプロレスの舞台、そこに立つことを夢見て、只管に駆け抜けてきた男と、唯一つの道を進み、若くしてその道で名を馳せた男。二人の戦士の戦いの幕が、今開かれる!!

 

「ファイッ!」

 

カアァーーーン!!



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第四十一話 第一試合!

カアァーーーン!!

 

ゴングが鳴り、試合が始まると龍輝と呉石の両名はリングの中をゆっくりと周りながら、互いに少しずつ距離を詰める。

 

『静かな始まりとなりました第一試合。実況は私、野上真司がお送りします。解説席にはこの方、今大会の主催者でもあります、ドラゴンピット代表の風間龍輔さんにお越しいただいております。風間さん、よろしくお願いします』

『お願いします』

 

最初に仕掛けたのは呉石。龍輝の足を取りにいくが、素早く躱し再び距離をとる。

 

『いきなりのレッグダイブ!しかし距離があるせいかなんなく避けられました!』

『恐らく様子見と牽制だろうな。龍輝の奴、何先手許してんだ』

 

距離が開いて様子見が続くのかと思われたが、掛け声と共に流れが動いた。

 

「イィヤッ!」

「ぐっ!?」

 

今度は龍輝が組みにいき、がっぷりと四つで組み合う。そのままロープまで押し込むと、レフェリーがブレイクをかける。

指示に従い、ゆっくりと離れた龍輝。だが次の瞬間!

 

「オラアッ!!」

 

バシーン!!

 

「うぐっ!?」

 

離れ際に呉石の胸に逆水平チョップを放つ。道着の上からでもダメージがあったのか、打たれた部位を押さえる呉石。

 

『おっと離れ際に打っていきました!道着の上からでもいい音が響く!』

『これで流れを掴めるほどやわな相手じゃないが、意識はさせただろうな』

 

そのまま呉石の腕を掴むと、反対側のロープに振り、跳ね返ったところに追走した龍輝がショルダータックルでぶつかる。

体重差は僅かであるが、そのパワーと勢いで弾き飛ばされ、呉石の体がマットに沈む。

 

「おっしゃあ―――っ!?」

「フッ!!」

 

しかし龍輝が雄叫びをあげようとした瞬間、下から呉石が足に絡み付き、そのまま龍輝をマットに倒し、膝の関節を極める。

その鮮やかな技の入りに、場内から感嘆の声が上がる。

 

『寝技に持ち込んだ!これは極っているか!?』

『いやー上手いね。流石森先生のとこの子だ、鮮やかに持っていったよ』

 

一気に極めて勝負を付けようと呉石が力を入れる前に、龍輝がロープを掴みブレイクが入る。

 

「フゥッ……」

(あっぶねえな、あの野郎壊す気だったぞ)

 

短く息を吐いて立ち上がった呉石を睨みながら、龍輝は顔にこそ出してないが、内心冷や汗をかいでいた。

それもそのはず。今しがた呉石が極めていたのは龍輝の左膝……そう、爆弾を抱えている左膝だったのだ。あと一歩ブレイクが遅ければ危なかっただろう。

 

(だが……そっちがその気でもな、俺は只―――自分のプロレスをするだけだ!)

 

左膝を軽く抑えながら立ち上がった龍輝に対し、スタンドで組みに行く呉石。しかし組もうとした瞬間に龍輝のエルボースマッシュが炸裂し、よろけた呉石に追い打ちの逆水平を叩き込む。

 

『エルボーからの逆水平!かけられた膝十字のお返しだー!』

 

バチィーン!!と肉を打つ音が再び会場内に響くと、直後に龍輝が組み付き呉石の身体を軽々と持ち上げる。

 

(嘘だろ!?俺だって79kgあんだぞ!体重差はそんなにないのに、それをこんな―――!?)

「オラァッ!!」

 

そしてそのままマットに背中から叩き付ける。こういった投げに慣れていない呉石は、受け身を取るも完全にダメージを逃がしきることはできず、肺の中の空気を無理矢理押し出される。

 

『ボディスラム!軽々と投げ捨てた!』

『練習通りのいい投げっぷりだ』

 

軽いとはいえ呼吸困難に陥った状態を逃す龍輝ではなく、ロープに走りその反動で戻ってくると同時にジャンプし、右足を呉石の喉元に叩き落す。

 

「カハッ!?」

「フンッ!」ガバ

『ギロチンドロップからそのままピンの体勢!』

 

そのまま抑え込み、体固めでピンフォールの体勢に持っていく。

 

「ワン、ツー―――」

「うおっ!?」

 

しかし、カウントツーで跳ね返す。流石にそこまで消耗してはない。

 

『カウントはツー。齊藤選手いい動きですね』

『アイツも今日の為に仕上げてきたからな。只こっからどうなるか、だ』

 

頭を掴んで無理矢理起こそうとしが、その途中で呉石が低空のレッグダイブでテイクダウンを奪う。龍輝も背中からは倒れず、身体を捻って正面から倒れたが、マットに着いた瞬間呉石がバックにつき、両の足を胴に巻こうとする。が、龍輝も抵抗しエスケープを図るがしつこく食い下がり、とうとう片足が入り、フックして首を狙う。

 

「チィッ!」

(好き勝手やってくれたな。ガードしても無駄だ、俺は指が入れば絞めまで持っていけるんだよ!)

『バックを取った!これは危険な体勢、絞殺王子の本領発揮か!?』

『今は肩でガードしてるけど、これは不味いね』

 

ガードした肩の隙間から指を差し込みスリーパーを狙う。分厚い僧帽筋と三角筋で阻まれた硬いガードではあったが、とうとう呉石の指が差し込まれる。この瞬間、呉石は油断してしまった。普段であれば決して油断はしないであろう彼だが、今回の舞台はいつもの柔術の舞台ではない。異種格闘技戦とはいえ、プロレスのリングだということを失念していたのだ。

 

「いっ―――!?」

『おっとどうした!?絞めの一歩手前で突如動きが止まってしまったぞ!』

 

柔術の舞台は、選手を怪我から守るため厳密なルールが定められている。それはプロレスも同じだが、プロレスのルールは最低限のものでしかなく、あってないようなものだ。ルールに守られていた者(アマチュア)が、ルールの希薄な(プロレスの)リングに上がるとどうなるのか。彼はそれを、今この瞬間に思い知ったであろう。

 

「おりゃ」

「があああああっ!?」

『ありゃ指とってるな。三本だからレフェリー反則とらないぞ』

 

指を極める。この柔術どころか他の格闘技でも見られない技と、その想像以上の激痛から逃れるためもがくなかで、折角の足のロックを自ら外してしまう。その隙に龍輝は指を極めたまま立ち上がり、持ち手を変えて今度は腕を捻ってうつ伏せに倒し、呉石の肩と手首を極めにかかる。しかし今度は呉石が足をロープにかけブレイク。

再度離れて仕切り直しとなる。

 

(あ、あの野郎指を……!)

(アマチュアじゃ禁止だが、プロレスじゃ立派なテクニックだ。まさか卑怯とは言うまいな!)ドン

「ぐぅっ……!?」

 

指を抑えた状態で立ち上がろうとした呉石の背中をストンピングで踏みつぶし、そのまま連続で踏みつける。ぐったりとした呉石の首を掴み無理やり立たせると、首を抱えて手首を掴み、腕を開けさせて頭を脇に突っ込んで道着を掴むと、踏み込みの力を使い一気に頭上まで抱え上げる。

 

『一気に上げたー!ブレーンバスターの体勢!まだ落とさない……長時間の滞空、呉石の頭に血が上る!』

 

そしてたっぷりと十数秒滞空した後、満を持して真っ逆さまにマットに叩き付ける。

 

バアァーーーン

 

『落としたああああ!!この衝撃は計り知れない!!』

 

叩きつけられた後、ダメージが大きいのか呉石は仰向けのまま動かない。龍輝は体を翻して呉石の身体を抑え込む。

 

「ワン」

 

その瞬間、呉石が動いた。

 

「ふっ!」ガッ

「何!?」

 

抑え込んでいる龍輝の手首を取り、肩口から腕を通して自分の手首を掴んで捻り上げる。

 

「ぐぅああっ!?」

『下から極めにかかった!!ダブルリストロックがガッチリと極まっているー!!』

 

なおも捻り上げる呉石。龍輝も力で堪え、その隙に逃げようとするが、呉石の足が絡んで脱出できない。

 

『今は力で耐えてるけど、これじゃ時間の問題だな』

『通常であれば角度を変えて逃げるところですが、足が絡んでそれも難しい!』

 

エスケープは難しいと察すると、龍輝は極められた手で道着を掴み、片腕を背中の方に回すと、片足を立てて極められたまま持ち上げ、そのまま立ち上がる。

 

『なんと!あの体勢のまま立ち上がったー!?何という筋力だああああ!!』

『まずああなる前に逃げなきゃダメだろう。まだまだ甘いなあ』

 

完全に立ち上がり、ロープに近づいていくが、呉石は素早くダブルリストロックからフロントネックロックにチェンジした。

 

『ここで首を取りに行った!ガッチリとはまっている!!』

 

先程とは違い、呉石の腕が龍輝の首にぴっちりと巻き付き絞め付ける。

 

「う……ぐ……!」

(このまま落としてやる!)

 

頸動脈を絞められ、龍輝の動きが止まる。このまま落ちるかと思われたが、龍輝は体の向きを変えると、一気に走りだす。

 

「何っ!?」

「おるあああ!!」

『5分経過、5 minutes have passed.』

 

そして走った勢いそのまま、コーナーポストに呉石を背中から叩きつける。

 

「ぐふっ!?」

『コーナーポストに叩きつけた!これは予期しない反撃だ!』

『これはいい手だな』

 

その衝撃に絞め付けが緩み、その隙を突いて首を抜き脱出。そのままコーナーに呉石の身体を押し付け、エルボーを叩き込む。

 

(やってくれたなこの野郎……ただじゃおかねえ!!)

「ぐっ!」

 

ガードの上からでも衝撃が響き、着実にダメージが溜まっていく。

 

「調子に、乗んな!!」ドガ

「うぐっ!?」

 

振りかぶった一瞬の隙をついて前蹴りで蹴り飛ばす。リング中央まで後退する程の威力ではあったが、コーナーに寄り掛かってた為か、龍輝の鍛え上げられた腹筋を貫くことはできなかった。

 

『強烈な前蹴り、呉石選手組技だけでなく打撃も冴えています!!』

「セィヤアッ!」ドゴォ

「ぐぅっ!」

 

更に距離を詰めてミドルキック。そして龍輝の下に潜り足を取り、また足関節を狙う。

しかし察知した龍輝が足を抜いて正対すると、呉石はそのままマットに背中を付けて、いわゆる猪木・アリ状態となる。

 

『マットに転がった!これは誘ってますね』

『ここからが本領発揮といったところかな。だけど、そう上手くはいかんだろうなあ』

『それはどういう事でしょうか?』

『見てりゃわかるよ』

 

リングに寝た状態の呉石の周囲を周って様子を見ていた龍輝だったが、ついに接近して足首を掴む。すると―――

 

「レフェリー!アレ!」

「?」チラ

「ほいっと」ガッ

 

レフェリーの背後を指差して注意をそらし、その隙に膝を股間に落とす。

 

『おっとこれはダーティーな戦術!もろに喰らってしまった!』

『あんなのどこで覚えたんだ、俺教えてねえぞ』

「〜〜〜っ!!?」

(こういうのもあるんだよ。思い知ったかエリート(アマチュア)野郎!)

 

実際には膝ではなく脛なのだが、自身も注意をそらしてしまったせいでもろに受けてしまったため、ファウルカップ越しでもそのダメージは大きい。

 

「おっしゃいくぞーっ!!」

 

そして片足を持ち、スタンディングでアキレス腱を極め、痛みで腰が上がった呉石の身体をそのままひっくり返し、腰の上に乗っかる。

 

『逆片エビ固め!ガッチリとはまっているぞ!』

『最初からこういうのやれってんだ』

 

膝まで抱えてさらに反っていく。龍輝の強力(ごうりき)で極められてるのだ、その激痛は想像に難くない。

 

「(このまま極めてやるぜ!)うおおお!!」

「ぐうぅう!?」

 

反り上げられることで肺が圧迫され、呼吸も難しくなってくる。このまま決まってしまうのだろうか。

 

 

「あんな戦い方もできるんだな、龍輝の奴」

「しかし、アレは流石に卑怯ではないか?」

 

試合の経過を見ていた一夏と箒がそう話していた。

 

「あれもテクニックの一つですわよ」

「いや、だからと言ってな」

「観客は盛り上がっているけどね」

 

セシリアがフォローし、シャルがなんとも言えない表情で周りの状況を説明する。実際に新人とは思えない試合運びに、観客たちは歓声を上げていた。

 

「アマチュアならばともかく、これはプロの舞台だ。レフェリーが見ていなければ、反則にはならん」

「……釈然としない」

「まあまあ。でも危ない場面もあったけど、もう決まりじゃないか?」

 

以前から何度か龍輝の逆エビを実験台になっている一夏の言は妙に説得力がある。

 

「それはどうかしらね」

「鈴?」

 

しかしそれに鈴が異を唱える。そして意外な人物もそれに同意した。

 

「その通りだ。あやつめ、狙っているぞ」

「流れが変わるとしたら、そろそろですわ」

 

ラウラとセシリアだ。この三人は只応援するのではなく、冷静に試合を観察していた。

 

「それはどういう―――なっ!?」

「あんな返し方が!?」

 

彼女たちの言葉通り、再びリングに視線を戻した時には、また流れが変わっていた。

 

 

「オラァア!」

 

グイグイと、さらに背骨を反らしていく。このまま背骨が折れるのではないか、そう思えてしまうほどだ。

 

「くっおおおお!」

『おおっとプッシュアップで立ち上がった!このままロープへ逃げるか!?』

(させるかよ!)

 

逃がすまいと思った龍輝が腰を据えなおそうとした瞬間、呉石が動いた。

 

「フッ!!」

「なっ!?」

 

呉石はプッシュアップで出来た隙間に体を肩口から入れ、そのまま龍輝の足を取ると、自身の足を股関節部分にひっかけて龍輝をマットに倒した。

そして、その勢いのまま体を起こすと、龍輝の上に馬乗りの体勢になる。

 

『これはどういうことか!?あっという間に形勢逆転、呉石選手がマウントを取った!』

『うーんいいテクニックだ。あれやれる人あんましいないよ』

 

マウントを取った呉石はニヤリと笑うと、顔面目掛けて拳を振り下ろした。

 

「オラァッ!」

「ガッ!?」

『そのままパウンドだー!体重を乗せた拳が降り注ぐー!』

 

もちろん、拳での殴打はプロレスでは反則だ。しかし、5カウント以内なら反則としてはとられない。そのため断続して放たれるパウンドは、反則であって反則でないのだ。

ガードはしているものの、グローブのない拳を完全に防ぐことは難しく、被弾する割合の方が多い。

危険を感じた龍輝はブリッジでは跳ね上げると、そのまま体を捻って脱出を図るが、呉石は待ってましたとばかりにバックマウントを取り、一気にバックチョークで捕らえる。

 

『は、速い!?あっという間に両足を絡め、首を絞めにかかるーっ!!今度はガッチリと入っているぞーっ!!』

 

隙間なくピッチリと絞められ、酸素がいかなくなった龍輝の顔の色がみるみる青くなっていく。

 

(や……べ……)

(終わりだ。ここまで入ったなら、逃げられはせん!)

 

若干薄れつつあるが、龍輝の目はまだしっかりと開いていた。

そして両目を動かして辺りを見回すと、以外にもロープが自分の足に近いことに気づいた。

ジリジリとゆっくりと動き、何とか足をサードロープの下に通す。

 

「ブレイク!呉石、ブレイクだ!」

「何だと!?足はかかってないだろ!」

「リングサイドに体が出てもブレイクになるんだ!早く離れろ、ワン、ツー」

「分かった、分かったよ!クソッ!」パッ

 

反則カウントが入ってようやく離れるが、その寸前まで絞められていた龍輝はたまったものじゃない。かなりの体力を消耗し、呉石が離れた後も暫く横たわっていた。

 

「齊藤、立てるか?」

「ハア、ハア……大丈、夫っすよ、和田さん……立てます……」

 

ゆっくりと、ロープを掴みながらも立ち上がる龍輝。この段階で、試合時間はまだ半分ほどしか経っていない。

 

『いやー九死に一生を得ましたね。しかし何故ロープに近いことに気づかなかったのでしょうか?』

『柔術ルールに慣れすぎたせいだろうな。柔術は極められた状態で故意に場外に出ることを禁止している。加えてここはプロのリングだ。場馴れしてないことも原因だろう』

「うぅ……」

 

立ち上がったはいいものの、足元がおぼつかずロープにもたれ掛かる。

グロッキー状態から回復する暇もなく、呉石が首相撲で組付き、膝蹴りを叩き込んでいく。

 

「オラ、オラァッ!」

「うっ!ぐぶっ!?」

『間髪入れずに膝ーっ!!休む暇もないーっ!!』

 

膝、膝、膝。連続して襲いかかる膝蹴りに、龍輝の身体がどんどんくの字に曲がっていく。

いくら鉄壁の腹筋を誇ろうとも、こうも立て続けに喰らってはたまったものではない。

しかし、このままやられっぱなしではない。

 

「なめ……んじゃねえ!!」ドンッ!

 

身体中の筋肉を爆発させ、曲がった身体を一気に起こして胴体に組付きそのまま持ち上げる。

 

『ここで齊藤選手の逆襲!そのまま投げ捨てるのか!?』

 

実況の言う通り、龍輝はそのままフロントスープレックスで投げようとしていた。スープレックスは龍輝の得意技、決まれば試合を終わらせる自信はあった。

 

(甘いっ!)ヒュン

「ガッ……ッ!?」

 

しかし、簡単にそうはさせないのが柔術家、呉石水穂。

持ち上げられた瞬間腕を首に巻き、胴体を両足で挟んで身体を反る。それにより龍輝の首が絞め付けられ、徐々に身体が折れていく。

 

『またもやフロントネックロック!今の状態で、これは厳しい!!』

『こりゃ読まれた、と言うよりも対応されたと言った方がいいか』

 

先程も似た場面はあった。しかし、その時はまだ龍輝も余力があったが、今は先のスリーパーと膝蹴りで体力が削られ、起死回生の投げを防がれたことで意識的にも消耗してしまっている。

ロープに向かおうにも、スープレックスで投げるために自分からロープから離れてしまったため、それも難しい。

 

(うっ……あ……)

(あれほどまでに俺の絞めを逃げたのは誉めてやる。だがいい加減辟易してんだ、これで落ちやがれ!)

 

ついに呉石の背中がマットにつくほど龍輝の身体が折れ、意識もどんどん遠ざかっていく。

 

―――

――

 

 

「お、おい、アレヤバイんじゃ?」

「完全に入っている……アレは不味い」

 

一夏が戸惑い、箒も冷静に分析しながらも、その表情はまるで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「普段の龍輝なら、絞められてても持ち上げて投げれる……でも流石に消耗し過ぎたんだ」

「それ程までに、相手の実力が高いって訳ね……」

 

シャルもジムで練習していた姿を見たため、信じられないと言った表情をしつつも龍輝の状態をしっかりと見ていた。

最初は無人機戦、そして二つ目はタッグリーグと、二度龍輝の戦いを見ていた鈴も、その龍輝を追い詰めている呉石の技量、技術の高さに舌を巻く。

彼女達でさえそうなのだ。生の、本当の試合の凄みに慣れていない学園の生徒達には、他の観客達のようにコールを送るというのは無理なことであった。

多くのクラスメイトが目を反らし絶望的だと悲観する中、コールを送る観客達と同じように、未だ龍輝の勝利を信じ、祈る者がいた。

 

(龍輝……お前の力は、そんなものじゃない筈だ!あのとき、私を魅了したお前の姿は……プロレスへのお前の想いは、この程度で潰れはしない!)

(龍輝さん、あなたの努力を、夢に向かって歩み続ける姿を、わたくしは知っています……信じていますわ、どんな逆境も乗り越え、その脚で立ち上がると!)

 

ラウラは知っている……龍輝の想いの力を。

セシリアは知っている……龍輝の不屈の心を。

 

(だから、負けるな!!)

(だから、負けないで!!)

 

祈りは、届く。

 

 

……

………ああ。

なんかもう、疲れたな……。身体に力入らないし、もう逆転は無理だろ。

何で俺、こんな意地になってるんだっけ?

苦しいというよりも気持ちいいし……このまま寝ちゃおうかな。

何かさっきから名前呼ばれてる気がするけど。まあ、いいよな。

ああでも、アイツらには、悪いかな。でも、許してくれるよな――――――

 

―――

――

 

――――――おい。

なんでだ。なんでアイツらの顔が、あんな遠いはずなのに、はっきり見えんだ?

なんで、アイツらが、()()()()()()()()()()()()?()

……

………俺のせいか。

アイツらは俺の勝利を信じてくれてんのに、俺が勝手に諦めようとしてるからか。

 

――

―――

――――――ざっけんな。

アイツらが俺を信じてくれてんのに、何で俺は、自分で自分の終わりを決めようとしてんだ!?

俺はまだ、何も出し切っちゃいねえ!!俺はまだ、まだアイツらに、()()()()()()()()()!()!()!()

魅せてやるよ。プロレスラーの……底力を!!

 

「っうううおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 

 

『た』

『おお』

 

その時、会場にいる観客は全て、リングの上の一人の男に惹き込まれた。

 

『立ち上がったあああああ!!!!??齊藤龍輝、あの完全に落ちたと思われる状況から、起死回生の復活うううう!!!』

『これだよこれ、これが見たかったんだよ』

 

雄叫びを上げながら立ち上がった龍輝の首は完全に起き上がり、もはや呉石の絞めは意味を成さない。

 

(こいつ、どこにこんな力が―――や、やばい!?急いで離れないと―――ッ!?)

「に~がさねぇよ」ガッ

 

ロックを解いて離れようとした呉石の身体を、今度は龍輝がガッチリとクラッチを組んで逃げられないように捕獲する。

 

(お前にゃたっぷりと借りがあるからな)

 

そしてそのまま数歩後ろに下がり、角度を微調整し――――――

 

(コイツはお返しだ―――)

(お、おい……まさか!?)

 

両足をがっしりと踏ん張り、腰を若干落とすと――――――

 

「釣りは―――」

 

背後のコーナーポスト目掛け――――――

 

「―――いらねえぜ!!」

 

――――――スープレックスで投げつけた。

瞬間、会場内の時が止まったような錯覚すら感じた。

 

(……あ……)

 

予想はできたものの普通ではまずありえない投げに、碌に受け身も取れず、呉石は顔面からコーナーポストに突っ込んでしまった。

 

『ターンバックルスープレックスっ!!顔面から突っ込んだーっ!!』

 

投げつけられた呉石も、投げた龍輝も、お互いダメージが大きく、そのままリング上に横たわる。

しかし、プロレスラーは何度でも立ち上がる。

 

「おおおお!!」

『雄叫びを上げながら、ゆっくりと齊藤が立ち上がる!呉石は未だ動けない!』

 

立ち上がった龍輝は、呉石の頭を掴み無理やり起き上がらせる。

 

「立てやオラァ……!フンぬ!」

 

そして背後から脇に頭を突っ込み、顎と足を抱えてそのまま担ぎ上げる。

 

『アルゼンチンバックブリーカー!このまま極めるのか!?』

『アイツ、あれをやる気か』

 

呉石を担いだまま、リング中央に移動する。

 

「……ハッ!」

(気付きやがったか。だがもう遅い!)

 

先の衝撃からようやく気を戻した呉石は、状況を把握すると打破するために体をバタつかせる。

が、完全に決まったこの体勢からは逃れられない。

 

(この技は伝説の、ミスタープロレスの技だ……テメエにゃもったいねえくらいだぜ!!)

 

龍輝は一度ガッチリと極めた後、担いだ呉石の足を跳ね上げて首を傾け――――――

 

「うおおおりゃあああああっっ!!!」

 

自分の身体ごと倒れ、頭頂部から叩き落した。

 

「――――――あがっ」

『で、出たああああ!!バァーニングハンマァー!!危険な角度で、叩き落したあああ!!』

 

叩き落した後、龍輝はフォールにはいかずに立ち上がり、観客にアピールする。

そして、叩きつけられたダメージでリングに横たわる呉石の頭を掴み、とどめを刺すために再び立たせる。

 

「――――――っらぁ!!」バシン

「っ!?」

 

しかし、龍輝の腕を振り払い、横っ面目掛けて張り手をかます。

 

『張っていく!まだ反撃する力が残っていたのか!?』

『ありゃもう意地だろうね。いやあ凄いね』

 

とてつもない衝撃とダメージに、呉石の身体は限界を迎えていた。しかしそれでも立ち上がり、張り手をかましたのは、ひとえに彼の柔術家としての矜持と、男としての意地が、彼を支えていたからだ。

右手、左手、また右手と、往復で龍輝の顔を張っていく。

 

「フンッ!」ゴッ

「がっ!?」

 

だが振り終わった瞬間、龍輝の頭突きをモロにもらい、身体がふらつく。

龍輝は呉石の腕を取ると、そのままバックに回る。

 

(アレを喰らって反撃するなんて、すげえよお前)

『バックに回った!』

 

ガッチリと呉石の胴をクラッチで捕らえ、万力のように絞め付ける。

 

(だから、お前に敬意を表して、俺のフェイバリットで決めてやる!!)

『これは、行くのか!?行くのか!?』

 

両足を一気に踏み込み、全身の力を使って跳ね上げる。

 

(コイツはプロレスを象徴する、最大最高の投げ技だ!とくと味わいやがれ!!)

『行ったあああ!!』

 

そしてブリッジで後方に反っていき――――――

 

「ディイイイイヤアアアアアアアア!!!!!」

『ジャーマンスープレックスッホールドオオオオ!!!』

 

――――――急角度で、リングに叩きつけた。

観客は、全員息を飲んだ。

投げつけた後、ブリッジで相手を固めたその姿を一言で表すなら――――――「芸術品」。

龍輝の投げは、それほどまでに美しかった。そして、観客に伝えたのだ。自分の、プロレスへの思いを……。

 

「ワン!」

 

レフェリーがカウントを進める。観客は只、それを見ていた。

 

「ツー!」

 

あと一秒。たったの一秒ではあるが、永遠にも感じる一秒。

 

「―――スリー!」

 

その瞬間、龍輝の身体から力が抜け、ブリッジを解いてリングに横たわった。

 

カンカンカンカーン!

 

――――――試合の幕を閉じる、ゴングが鳴らされた。

 

『9分33秒、ジャーマンスープレックスホールド、齊藤龍輝選手の勝利です!!』

ワアアアアアア!!!

 

少しの間をおいてアナウンスが流れ、観客から大歓声が飛ぶ。今、観客たちの心は、デビューしたばかりの新人に魅了されていた。

 

『勝った!勝ちました!圧倒的に格上の柔術家に対し、プロのリングで、齊藤龍輝が、デビュー戦を勝利で飾りました!!』

『あんのやろう魅せやがって。後の選手が大変だろうが』

 

そう言いながらも、風間の顔は綻んでいた。

当の龍輝は、全力を出し切り、リングに横になったまま動けずにいた。

 

 

敗北した呉石は、駆け付けたセコンドの肩を借り、長居は無用と黙ってリングを去る。

その際、観客から呉石に対しても、歓声と拍手が起こった。

 

(参ったな……これがプロレスか)

「どうした?痛むのか?」

「いえ……ただ」

 

問いかけたセコンドに、呉石は答える。

 

「惹き込まれたな、と」

「……そうか」

 

それ以上、何も語らなかった。ただ、彼の胸のうちには、小さくはあるが、炎が灯る。

 

(次は、俺が魅せてやるさ)

 

 

場面は戻り、リング上。

ようやく回復した龍輝は立ち上がると、観客にアピールしながら、あることを考えてた。

 

(あの時、アイツに絞められて落ちかけた時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

そう。あの時、龍輝の頭は完全にリングに触れるくらい落ちていた。その状態で、しかも絞められていながら、二階の観客席を見ることなど不可能だ。

であればなぜ彼女らの顔が見えたのか。

 

(ま、考えても仕方ねえ。走馬灯か幽体離脱的な何かだろう)

 

ありえんと思いつつもそう思うことで無理やり納得する。

アピールし終わると、リングから降りて、花道を戻っていく。その途中、IS学園の人間が座っている、二階席の一角が目に入り、腕を上げてアピールする。

そして、幕の奥に歩いて行った。

 

 

「……すげえ」

 

単純に言って、一夏達は魅了されていた。彼らの試合で、自身の魂までも熱くなっていくのを感じていた。

 

「私とやラウラとやった時とは、比べ物にならんくらい……熱い」

「なんか、身体が熱いよ……」

 

箒はその迫力に圧倒され、シャルは彼らの熱さに感化され、自身も体の芯から熱くなっていた。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、勝ってよかったわね……てアレ?」

 

そして鈴がそう言って横を見た時、席が二つ空いていた。

 

「ねえ」

「「「?」」」

 

ある疑問が起こり、他の三人に問いかける。

 

「セシリアとラウラの二人、どこ行ったの?」

 

 

「お疲れさん」

「翔さん、ありがとうございました」

 

控室に戻る通路を歩きながら、川戸が龍輝を労う。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、まあ勝てたし観客も魅せたからな。アイツも文句はないだろう」

「アハハ、そうっすかね」

 

そのまま歩いていると、何か足音が近づいてくるのを聞き、その方向を振り向いた瞬間。

 

「龍輝さーん!」

「嫁ー!」

「おわぁ!?」

 

走ってきたセシリアとラウラが龍輝に飛びつき、その勢いで通路に倒れ込んだ。

 

「お、お前ら、観客席にいたんじゃ」

「嫁が勝った瞬間、いてもたってもいられず」

「観客席から駆け付けましたわ!」

 

ギュウウウッと抱き着いて、離れる様子はない二人。ちなみに川戸は「邪魔しちゃ悪い」と先に控室に戻っていった。

 

「……」

 

二人の顔を見て、龍輝はなにやら考え込む。

あの時、危うく落ちかけた時に見えた顔、それこそがこの二人の顔なのだ。それが何を指すのか……うっすらと気付き初めてはいるものの、まだ自覚はしていない。

 

「龍輝さん?」

「……なあ二人とも」

 

しかし、それでも龍輝には彼女たちに伝えたいことがあった。

二人を軽く抱きしめ返しながらセシリアとラウラに、自分の気持ちを伝える。

 

「ありがとう……おかげで立ち上がれた。本当に、本当にありがとう」

 

それを聞いた二人は、微笑みながら応えるのだった。

 

 

―――第一試合 異種格闘技戦

○齊藤龍輝 9分33秒 ジャーマンスープレックスホールド 呉石水穂●

 



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第四十二話 天才登場!

最新話の更新、話の流れに従い、第二十一話の内容を一部変更しました。


選手控室の一室にて、試合会場の様子を映したモニターを見ながら、心に炎を灯し闘志を滾らせている人物がいた。

 

「流石たっくん、風間さん譲りの熱い戦いだね~」

 

第二試合に出場する、アリス・ザ・ラビットこと篠ノ之束である。そしてもう一人……。

 

「そんなのんきにしてていいのか?デビュー戦だというのにあの盛り上がり様、喰われるかもしれんぞ?」

 

エキシビジョンとはいえ、同じくプロデビュー戦を行う織斑千冬が尋ねる。ここでいう喰われるとは、今回の興行での話題、観客の熱といったものを持っていかれるということである。同じ日にデビューとはいえ、自分より後に弟子入りした、いわば後輩にそんなことをされれば、先輩としての立場がない。

 

「あはは、ちーちゃん面白いこと言うね」

「フッ、確かにつまらないことを言ってしまったな」

 

しかし、束は笑って一蹴し、千冬も驚くことなくそれを認める。

 

ワアアアァァァ!!

 

「そろそろ終わるな」

「だね。さて、と」ギュッ

 

手に持っていたマスクを被ってから座っていた椅子から立ち上がり、控室の扉を開ける。

 

「行ってくるよ、ちーちゃん」

「ああ……魅せて来いよ」

 

その言葉に、束は親指をぐっと上げて応え、控室を後にした。

 

 

ザワザワ

 

第一試合が終わり、興奮した熱が冷め止まない観客たちは、次の試合を今か今かと待ち望んでいた。

 

「はあぁ~……龍輝くんすごかったぁ~」

「本当、あそこから逆転するなんて、かっこよすぎるよ……」

「いや~魅せてくれるね、たっつん~」

 

この三人も、先の試合の熱にやられてしまった口で、本音を除いた二人は半分惚けている。

 

「次の試合は、たっつんの先輩のデビュー戦か~、どんな試合をするんだろう~?」

 

第二試合は他団体の新人レスラーと、龍輝の先輩であるアリス・ザ・ラビットの試合。パンフレットにはレスラーのプロフィールや経歴が簡単にであるが載っている。例えば対戦相手である白木(しらき)真奈(まな)については身長、体重、得意技まで乗っているが、アリスの欄には何も載っていない。全てが不明と書かれているのだ。覆面レスラーでのデビューというだけで特別なのに、更にこのような扱いとくれば観客の興味は必然と彼女に向く。

 

『これより、第ニ試合を行います』

 

さあ始まるぞ!待ち焦がれた舞台で、彼女は一体どのように魅せてくれるのだろうか!

 

 

(姉さん……)

 

篠ノ之箒、彼女の心中は昨夜に比べて落ち着いてはいたが、それでも未だ自身の姉である、篠ノ之束への疑問は尽きていなかった。

 

(あなたは一体、何に魅せられてプロレスへの道を志したのか、今日の試合で答えると言っていた)

 

束は言葉では語ろうとはしなかった。天災の頭脳をもってしても、言葉での説明は難しかったのか、あるいは……。

 

(私にはあなたの考えは解らない。なぜあんなことをして、何故今プロレスなのか……その答えが、この試合にあるというのなら、私は―――)

『これより、第ニ試合を行います』

 

試合の開始が告げられる。時は、来た。

 

 

『青コーナーより―――アリス・ザ・ラビット入場!』

 

(入場曲:『スターダストクルセイダース』菅野祐吾)

 

会場の緊張を煽るようなBGMと、それに合わせてレーザーが飛び交い、入場を演出する。

 

『マスクを被り、正体を隠してのデビュー……何も珍しいことではありません。しかし!これから姿を表す彼女は、身長、体重、実力の一切が不明、全てがヴェールに包まれています!不思議の国に迷い込んだ少女の冒険譚は、夢物語という結末でしたが、此度の物語は、決して夢ではありません!』

 

そしてライトが一際大きく輝き花道を照らした時、飛び交うレーザーをその身に受けて、秘匿されていた存在がその身を露わにする。

 

『神秘のヴェールに包まれし、不思議の国からの使者は、そのマスクの下で何を思うのか!?周囲には目もくれず、その視線の先にあるのはリングのみ!今日この日、その神秘の一端を我々に魅せつけるのか!?おっと駆け出した!その勢いのまま、跳びこんでリングイーィン!!白ウサギは今、四角いジャングルに降り立ったーぁっ!!』

 

まるで本物のウサギのような身軽さで、花道を駆け抜けて一跳びでトップロープを超えリングに飛び込む。その一連の動きだけで観客の関心はさらに彼女へと集まる。

 

『赤コーナーより―――白木真奈入場』

 

(入場曲:『信じる仲間とともに』佐藤直紀)

 

低く、静かな輝きと、スモークが立ち込める。

 

『昨年末、あるニュースが世間を飛び交いました。グラビアアイドル、白木真奈のプロレス参戦……芸能界はもとより、プロレス界にも激震が走り、多くの関係者が彼女に問いました。何故プロレスなのか、何故今なのか!IS―――インフィニット・ストラトスが開発されてからというもの、プロレス界の火は下火に差し掛かっているのに何故!?それは、彼女は知っていたからだ!プロレスは、その程度で挫かれたりはしないと!!』

 

レーザーがスモークを切り裂き、ライトが瞬くと花道にその姿はあった。

 

『想像を絶する厳しさがありました。しかし彼女は、そのすべてを跳ね除け、自らの信じた道を進み続けてきた!華麗な芸能界時代と比べ、泥臭く闘う姿を批判する者もいます!だからこそ私はこう思います!今の彼女の、この泥臭い姿こそ、真の美しき姿であると!自分の歩んだ道は正しかったと、間違いではなかったと、このリングの上で、証明してみせろっ!!』

 

リングの中へと踏み込むその迷いなき姿は、新人とは言え一端のプロレスラーであると認識させた。

一度リングに上がれば、それまでの経歴や実績など関係ない。今この時間、この場におけることがすべて。

 

『これより、第二試合、20分一本勝負を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

第一試合に負けず劣らずの歓声が会場を揺らす。

 

『青コーナァー。身長、体重不明。ドラゴンピット所属、アリス・ザ……ラビィットオオーー!!』

 

四角いジャングルに飛び込んだ白ウサギは、人の首刈る獰猛な牙を持つのか。

 

『赤コーナァー。157cm、65kg。ワルキュリア所属、白木……真ぁ奈ああーー!!』

 

美しき戦乙女は、この舞台で輝きを魅せるのか。

 

『レフェリー、和田史郎』

 

レフェリーがボディチェックを終え、二人をコーナーに下がらせる。一触即発のピリピリとした空気がリング上に充満し、開始のゴングを、今か今かと待ち望む。

 

「ファイッ!」

 

カアァーーーン!!

 

それは、ゴングと同時に爆発した。

 

「せぃやあああっ!」

「ッ!?」

 

ゴングと同時に白木が奇襲し、まともにエルボーをもらってしまう。

 

『おっと白木の奇襲で始まりました。最初からペースを握りたいといったところですかね』

『だろうな。相手の正体が不明だから、何してくるかわからんからな』

 

実況席で冷静に解説をしている時、白木は連続エルボーから次のムーブに移る。

 

「ふん!」

 

アリスの体をロープに押し付けてから反対のロープに振り、自身も追走していく。ロープに持たれた瞬間にぶち当たり、場外に叩き落とすのが狙いだ。

 

「ほいっと」

「なっ!?」

 

しかしその目論みは、 アリスのとんでもない行動により破られる事となる。

何とアリスは、ロープに降られた勢いそのままにトップロープに跳び乗り後方に反りながら飛んだのだ。それを見た白木は状況が読み込めず、追走の勢いを止められずにロープに突っ込んだ。

 

『これは凄い!トップロープからバク宙で白木選手の後方に着地した!』

『アイツは宇宙人か』

「タァッ!」

 

そして白木の振り向きざまに、頭部へ跳び付き後方へ勢いよく反り、頭からマットに叩きつけてそのまま抑え込む。

 

「ワン、ツー」

「うぁあ!」バッ

 

しかしそこは返す。意表を突かれたとはいえ、そこまですぐ決まってしまうほどやわではない。

 

『まさかの跳び付きウラカン・ラナ!何というバネだ!』

『これで流れ持っていったな。いや流石だね』

 

風間の言う通り、今の一連の動きで会場の空気、試合の流れは全てアリスが掻っ攫っていった。

 

「こ、コイツ……!」

「ふっふーん」

 

膝に手をつきながら立ち上がる白木から距離を取り、華麗なステップを踏みながらアリスは待ち構える。

 

(さあ、ここからがショウタイムだよ!)

 

まだ彼女の舞台(試合)は始まったばかりだ。



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第四十三話 姉妹の雪解け

いやほんと疲れた。
ああいうの好きだけど、自分で書くのは苦手、これで限界……。
そこんとこよろしくお願いします!


「イィヤッ!」

「ぐっ!?」

 

エルボーと逆水平チョップを交互に叩き込んでいくアリス。確実に白木へダメージを与えていく。

 

(なんて肘、一瞬でも気を抜いたら持っていかれるっ!)

「ふんっ!」

 

腕を掴んでニュートラルコーナーへと振る。そして追走してリングの中央程で回転して着地、コーナーにもたれ掛かっている白木へ勢いそのままに背面エルボーを叩き込む。

 

「うっ!?」

『コーナーに振って……スペースローリングエルボー!アリス選手完全に流れを掴んでいます!』

『いやぁ試合の組み立てが上手いね』

 

更に首を捕らえて白木をリングに倒すと、ロープに走り反動で戻ってきたところで独特のフォームでエルボーを落とす。

 

「ぐふっ!?」

『フラッシングエルボー!そのままフォール!』

「ワン、ツー」

(こ……んのお!!)

 

流れるように片足を抱えて抑え込むが、白木は体をはねて逃れる。

 

『カウントツー。しかしこの試合は完全にアリス選手が制しています』

『どこかでペース変えたいね』

(ふーん、意外とタフだね)

 

倒れている白木の頭を掴み無理やり起こす。

 

「このっ!」

「うっ!?」

 

しかしその手を払うと張り手を見舞う。

 

(これ以上やらせるか!私にだって、意地があるんだ!)

 

数発ほど叩き込んだ後に腕を捻り上げる。

 

「セイッ!」

 

そして腕を取ったままミドルキックを胸板に叩き込む。その姿には鬼気迫るものがある。

 

『切れのあるミドル!弾ける音が木霊する!』

 

ダメージによりアリスの身体がふらつき、再びロープに振ると追走し、跳ね返ったタイミングで今度こそ追撃の膝を叩き込む。

 

「ガハッ!?」

『キチンシンクが突き刺さる!』

『綺麗に一回転したな。タイミングバッチシだ』

 

倒れたアリスは膝を突き刺された腹を抑えたまま、未だ横になって悶えている。

 

(くぅ……何て膝、まだ呼吸が苦しい……!)

 

白木はアリスの頭を掴み、上体だけを起こさせると反対側のロープに走り、反動を使って勢いを増して跳ね戻り、胸板目掛けて蹴りを繰り出す。

 

(させないよ!)

「チィッ!」

 

しかしアリスは自ら上体を倒し、それにより白木の蹴りは空を切る。

 

「セイッ!」

「ッ!?」

 

そしてそのままリングの表面を滑る様に回転し、足を払って白木をリングに倒す。

 

『サッカーボールキックを躱して水面蹴り、鮮やかです!』

『なかなか流れを掴ませないな、アイツ。いやぁやるねぇ』

 

更にアリスは一気に立ち上がって近くのロープに足をかけ、その反動を使って高く跳び上がり、白木の腹部目掛け勢いを乗せて落下して両足で踏み抜く。

 

「がふぉっ!?」

『その場跳びのフットスタンプ!何という跳躍力だ!』

 

そのままフォールにいくが、ロープに近かったため足をかけられ、カウントはされない。

 

『ロープに助けられました白木選手。しかし、このダメージはかなりのモノでしょう』

『いや、どうかな?新人とはいえ、鍛えられた腹筋を貫くのは容易い事じゃないさ』

 

白木から距離を取り、立ち上がるのを待つ。そして、ロープを掴みながらようやく立ち上がった白木に向かい駆け出し、追撃を喰らわそうとした……その瞬間。

 

「こぉのお!!」グオ

「おわっ!?」

 

向かってくるアリスの勢いをそのままに、肩で担ぐようにして後方に放り投げる。

 

『カウンターのショルダースルー!場外に真っ逆さまだー!』

(悪く思わないでね。とりあえず、これで少し休める……)

 

放り投げられた先はロープの外。このままでは場外に落下してしまう。……普通なら。

 

「おっと」スト

 

何とアリスは放られた瞬間、トップロープを掴んで勢いを軽減し、場外ではなくリングサイドに軽やかに着地した。

 

『これは凄い!場外に落下すると思いきや、軽やかな身のこなしでリングサイドに着地したー!』

 

驚愕する実況や観客をよそに、アリスはまたもや一跳びでトップロープに乗ると、白木の肩に飛び乗り、前方に勢いをつけて転がりつつ足を掴んでそのまま抑え込む。

 

「え―――?」

「ワン、ツー―――」

 

すかさずレフェリーがカウントを入れる。

 

「スr」

「おわぁ!?」

 

カウントスリーの直前、気を戻した白木が体を跳ねて危うくスリーカウントを逃れる。

 

『おっと惜しい、カウントは2.9!』

『メキシカン・ローリング・クラッチ・ホールドか、渋いねえ』

 

反撃を警戒してか、跳ね返された後すかさず距離を取るアリス。その彼女の姿を白木はロープにもたれながら驚愕の目で見つめていた。

 

(い、一体何が起こったの?いつの間にか丸め込まれていた――――――)

(くぅ、これでもとらせてくれないか。流石に場慣れしているね)

 

ゆっくりと立ち上がる白木。独特のステップを踏みながらその様子をうかがうアリス。

この時、空気の色が変わったことに、観客達は気付く由もなかった。

 

 

(アレが、姉さん……なのか?)

 

箒は、目の前の光景に驚愕していた。リングの上で闘っているアリス・ザ・ラビット、その正体である自身の姉、篠ノ之束の姿に。

彼女が知っている姉の姿は、こんな人の目の前で闘う姿を見せ、しかもあそこまで観客を魅せる事にも気を配るような、そんな事とは無縁の存在だと、そう思っていたのだから。

しかも、この会場にいる観客は、姉のその姿に魅了されつつあった。

 

「あのアリスって娘、中々やるなあ」

「ああ。マスクでのデビューってんでどうかと思ったが、流石風間さんの弟子ってとこだな」

「いいぞーウサギの嬢ちゃん!」

 

現に近くの席にいる観客は、束扮するアリスのことを評価し、声援を送っている。

 

(姉さん……私は……)

 

しかし、過去の確執もあり、箒は未だ気付けずにいた。束が伝えたい、本当のことに。

 

 

濃密な試合内容だが、経過時間は未だわずか2分強。しかし、二人の周りの空気はピリピリと、まるでいつ爆発するかわからない時限爆弾のような空気が漂っていた。

 

「……」

(……目が、変わった?)

 

ジリジリと、観客にも伝わるほどの緊張感を醸し出しながらゆっくりと、距離を詰めながらリングを回る。

 

「―――シッ!」

「ッ!?」

 

先に動いたのは白木。その脚力を以ってマットを蹴り、一気にステップインするとアリスの足目掛けて蹴りを繰り出す。

しかしそこはすかさず脛を上げてカットする。

 

ゴッ!!

 

「ッつぅ!?」

 

しかし、重い蹴りの一撃は、カットの上からでもアリスの足にダメージを与える。

 

『強烈なロー!肉が弾けた様な音が響き渡る!』

『あの蹴り、空手の蹴りだな。カットしたから中までは効いてないだろうが、動きを止めるには十分だ』

 

その言葉の通り、ローキックの一撃でアリスは体勢を崩し、そこを逃さず白木が回転し腹部に足底を突き刺す。

 

「かはっ―――!?」

『素早いソバット!もろに入ったぞ!』

『あちゃー、ありゃキツイな。呼吸できっかな』

 

倒れはしないものの、腹部を押さえるアリスを尻目にロープに走り、反動の勢いを乗せて前蹴りを繰り出しアリスをリングに倒す。

 

『ランニングフロントハイキックが顔面に突き刺さった!アリス選手ダーウン!!』

「ふんっ!」

(っ!?しま―――)

 

すかさずアリスの脚を抱えると、そのまま自分の脚をかけて関節技に移行。ガッチリと腕の骨が嵌り、脚の腱を絞め上げる。

 

『素早くアキレス腱固め、これはアリス選手の足を潰しに来てますね』

『だな。さっきのローといい、機動力を削いで一気に決める気だな』

 

ガードはしているものの外れている訳ではない為、じっくりと、燻す様な痛みがアリスの足を襲う。

 

「〜〜〜っ!!?」

 

悲鳴を噛み殺しつつもゆっくりとではあるが、ポイントをずらし極めから逃れようとする。しかし、白木はその先を読んでいた。

 

(逃がさないわよ……これで!)

「あぐっ!?」

 

脚を抱えていた腕を自ら外し、爪先を掴んで足首を抱き抱えるようにクラッチを組み、身体を回転させてうつ伏せに返しながら足首を極める。

 

「がああああっ!!?」

『アンクルホールドにチェンジ、徹底して脚を壊しにかかっています!』

『一点を攻めて弱点(ウィークポイント)を作る、定石(セオリー)通りの良い攻めだ。極めがまだ甘いがな』

 

足を攻められ続け、ダメージの蓄積も大きい。

しかし、このまま黙って脚を破壊される程、アリスも柔ではない。

 

(ま、だまだあっ!!)グワ

(何っ!?)

 

足首を極められながらプッシュアップで身体を起こし、白木の身体を引きずりながら腕の力でロープに向かう。

白木も逃がすまいと極めを強めようとするが、引きずられる際にポイントがずらされてしまい、うまく極める事が出来ない。

 

「たあっ!」ガシッ

「ブレイク!白木ブレイクだ!」

「チィッ!」

 

レフェリーの指示を受けて離れる白木。積み重ねられたダメージのせいか、アリスは足を押さえてなかなか立ち上がれない。

 

『脚の一点集中が効いてるな』

『これでアリス選手は持ち味を封じられたということでしょうか?』

『そりゃどうだろうね』

 

アリスが立ち上がるのを待たず、白木は追撃を加えようと距離を詰め無理矢理起こすと先程まで攻めていた側の脚を捕り、リング中央まで引っ張る。

 

『脚を取った、また脚攻めか!?』

『徹底して狙っているね』

 

白木はそのまま足首を固定すると、素早く内側にきりもみ状態で倒れ込みながら、アリスの脚を巻き込みながら投げ飛ばす。

 

『ドラゴンスクリュー!!攻められ続けた脚にこれは―――!?』

『おお、流石天才だな』

 

仕掛ける前、今は自分の流れであると白木は確信していた。徹底した脚攻めによってアリスの機動力を奪っていき、このドラゴンスクリューを決め手に一気にフィニッシュに持っていくつもりだった。だからこそ驚愕した。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『な、何ということだっ!?いつの間にかアリス選手が腕十字で白木選手を極めている―!!』

『だから言ったろ?あの娘の武器は機動力だけじゃないってことさ』

 

アリスがやったことは紐解けば単純なことだ。白木がドラゴンスクリューを仕掛けた瞬間、その回転方向に合わせて自身も跳躍し回転。更に空中で体を捻って態勢を整え、マットに着地した瞬間には逆に白木の腕を極めていたのだ。

 

『確かにあのバネも武器の一つだが、一番は天才的ともいえる感性だ』

『感性、ですか?』

『ああ。所謂ひらめきっていうのかな、触れた感覚、場の空気、流れ、その全てを感じ取り、次にすべき事を理解する。これは努力で補うには限界があるもんでな、あの娘のそれは天性のもの、天賦の才と言ったほうがいいかな』

 

風間の言う通り、この試合中でのアリスの動きはまるで新人とは思えないものであり、それはまるでかつてのJr.黄金時代の選手のような動きであった。

 

(な、なんて奴なの!?あんな返し、普通じゃ考えられない!)

(私だって、5年間の積み重ねがあるんだ!デビューしてたった1年足らずの相手程度に、負けてられないんだよ!!)ギリリ

「ああああっ!?」

 

さらに力を込めて腕を極める。白木も抵抗して上体を起こそうとしたりしてエスケープを図るものの、ガッチリと極まっており抜け出すことができない。

 

(けど、私にだって意地があるんだ、ギブアップなんてしない!)

『白木選手何とか耐えていますが、腕は完全に伸ばされています!』

 

ギブアップする気配を見せない白木に対し、アリスは極め方を変えてさらに腕を攻める。

 

「あぁあああっ!?」

『キーロックにチェンジしたか。相手が脚攻めなら、自分は腕攻めって事か』

『これは白木選手ピンチです!』

 

またもやガッチリと極まった関節技(サブミッション)に、白木の血流が悪くなり、みるみる腕の感覚が失われていく。

 

(うっ!)

 

しかし、アリスもそれ以上、極めを強くすることはできなかった。腕十字と違い、キーロックは脚で決める技。先程までの脚攻めにより、脚に力が入りづらくなっているのだ。

そこを白木は逃さなかった。

 

(っ!しめた!今なら―――)

「ッ!?」

「おおおお!!」

 

何と白木は腕を極められたまま、アリスの身体を持ち上げた。

 

『ああっとアリス選手、極めた体勢のまま高々と持ち上げられた!!』

『おお、やるねえ』

 

そしてそのまま、重力に従ってアリスの身体を自分ごと倒れるようにしてマットに叩き付ける。

 

「かはっ!?」

『叩きつけたあー!アリス選手大ダメージ!』

 

キーロックを仕掛ける体勢は、自分の腕を固定する。その為受け身が取れず、想定外の大ダメージを受けてしまった。

 

「くうぅっ!?」

『ああっとしかし、白木選手も腕を押さえている!?』

 

極められた体勢だったため、叩きつけた瞬間その衝撃が極められた肘へと伝わり、自身もダメージを負ってしまった。

叩きつけたことによってロックが外れ、脱出できた。しかしその代償として、自分の身をも痛めつけてしまう、まさに諸刃の一撃であったのだ。

 

「こ……のぉ!」

 

先に立ち上がったのは白木。ダメージを受けたのが肘だけであったため、脚部及び背面にダメージを負ったアリスよりも体勢を整えるのが早かった。

 

(アリス・ザ・ラビット……確かにあんたは天才だ。それは対戦した私がよく分かる―――)

 

頭を掴んで無理矢理アリスを立たせ、頭を抱えると自身の身体ごと反転させて背中合わせの体勢になると、自ら倒れ込みその勢いを以って後頭部をマットに叩き付ける。

 

『スインギング・ネックブリーカー!!今のアリス選手には、厳しい攻めだあー!』

 

そのままアリスの身体に覆いかぶさり、ピンフォールの体勢に持っていく。

 

「ワン、ツー」

「あああ!」ガバ

 

しかしまだ体力が残っていたのか、カウントはツー。

返された後白木はすかさずまた立ち上がり、右の拳を上げて観客にアピールする。

 

『再び立たせた!フィニッシュに行くのか!?』

(―――だけど、私にも負けられない意地がある!)

 

再びアリスの頭を掴み立たせると、片足に自分の脚を絡ませ、固定。

 

『こ、この体勢は!?』

(喰らえ!!これが私の―――)

 

更に背後から固定した脚と反対の腕と頭を脇に抱え込むと―――

 

「全身全霊だああああ!!」

 

気合いの絶叫をあげながら、自分の身体ごと捻りつつアリスの上半身を絞り上げる。

 

『き、極まったああああ!!スタンディング式の、ストレッチプラムだあー!!』

『アレを使う選手がまだいるとはね』

 

ミシミシと、アリスの身体が軋む音が聞こえそうになるほど、きつく絞り上げている。

 

(はいった!ここまで極まったら、もう抜け出せない!)

(ま、まだこんな力があるなんて……くぅぅ)

『5分経過、5 minutes have passed.』

 

先程のダメージのせいか、うまく力が入らず、ろくな抵抗ができないでいる。

 

(箒、ちゃん……)

 

 

「姉さんっ!?」

 

箒はさっきまでとは違う意味で動揺していた。

自分の知っている姉は、天才だが自分勝手で、自分本意で、何を考えているか理解できない人間だった。

その姉が今、マスクを被っているとはいえ、衆人観衆の目の前であんな姿をさらすなんて、箒にはまったくもって理解できなかった。

 

「お、おい箒!束さんがピンチだぞ!?応援しなくていいのかよ!?」

「うるさいっ!!」

 

一夏に対して声を荒げてしまうほど、今の彼女の頭の中はいっぱいいっぱいであった。

 

(何なんだ、この気持ちは……私は姉さんを恨んでいる、そのはずなのに……)

 

姉を恨む気持ちと自覚はしてないが心配する気持ち、そのギャップに箒が悩んでる間にも、リング上では白木がアリスからギブアップを奪おうと極めを強くしていく。

 

「ああっ!?」

 

締め上げられ、苦悶の表情で声にならない悲鳴をあげる姉を見てつい声をあげてしまった。

何故かは分からない。無意識であったのだが、恨んでいるはずの姉が痛めつけられてる姿を見て、何故反射的に声を上げたのか、それが分からなかった。

しかしその瞬間、箒の脳裏に過去のとある記憶が思い起こされた。

 

(そういえば、いつだったか姉さんが……)

 

――

―――

 

 

何年前だろうか、詳しくは覚えてはいないが、確か私が小学生で姉さんが高校生だった時の話だ。

その日の姉さんは何故かいつもより機嫌がよかった。朝から千冬さんに連れ出されていたけど、それと関係あるんだろうか?

気になった私は、姉さんに聞いてみることにした。

なんでも今日、久しぶりに千冬さんの師匠に会ったらしい。師匠と言ってもうちの剣道場のではなく、千冬さんが小学生の頃に面倒を見てくれた人で、その時にいろいろ教わっていて、姉さんも千冬さんに連れられて知り合ったらしい。後で知ったのだが、うちに来たのもその師匠に言われて、見聞を広める為だったとのことだ。

その千冬さんの師匠に会ったとはいえ、それだけでこんな上機嫌になるとは思えない。

 

「実はね、ちーちゃんの師匠さんに話したんだ。今やってる研究の事」

 

姉さんがしてる研究、それはISのことだ。しかし、恐らく門外漢であるその人に話したとして、何か意味があったのだろうか。

 

「師匠さんにとっては専門外だったけど、とても真剣に聴いてくれてたんだ。それで話し終わった後、何て言ったと思う?」

 

恐らくそれが、姉さんが上機嫌になった理由なのだろう。

 

「『夢があっていいな』『頑張れよ、応援してるぞ!』……って言ってくれたんだよ!」

 

それだけ?と、当時の私はそう思ってしまった。しかし、今思えばそれは間違いだった。

小学生だった私には分からなかったのだが、姉さんの研究は、今でこそ世間一般の常識ともいえるほどだが、当時は学生ということもあって世間からは認められずにいた。

そんな時に単純な言葉ではあるが、認められたのだ。姉さんにとって、これがどれ程嬉しかったのか。

一つ気になった。その人はどんな人なんだろう、と。

 

「プロレスラーだよ」

 

驚いた。というか千冬さん、プロレスラーの人に鍛えられてたのか。そりゃ強いわけだ。

 

「今日も試合観てきたんだけどね、いやー凄かったよ!まずね―――」

 

それからは延々とプロレスの試合について語っていた。プロレスを観たことがなかった私にはよく理解できなかったが、興奮した様子で話す姉さんの姿はとても生き生きしていた。

 

「それでね、私思ったんだ。プロレスの凄さってね……」

 

姉さんが語るその凄さとは……。

 

「すべてを受け入れる"懐の大きさ"なんじゃないかってね」

 

何故、そう思うのか?私は疑問に思って訊ねた。

 

「さっきも言ったけど、私の研究のことを話した時に、ちーちゃんの師匠さんは笑顔で応援してくれた。それで訊いてみたんだ、『なんで馬鹿にしないの?』って」

 

姉さんの問いに、そのプロレスラーの人は何て答えたのだろうか。

 

「そしたらね――――――

 

『俺達レスラーは観客に夢を与えるんだ。プロレスラーが人の夢を笑ったらお終いだよ。立派な夢じゃあないか……応援こそすれ、馬鹿になんかしないさ』

 

――――――正直、涙が出たよ。それで決めたんだ。私も人に夢を与えれる人間になろうって」

 

その言葉に、私は素直に感銘を受けた。

 

「……よーし!早速研究頑張らないと!応援してくれた師匠さんの期待に、応えるためにもね」

 

 

―――

――

 

(そうだ、すっかり忘れていた。姉さんは、今のような世界にしたくてISを造っていたわけではなかった)

 

子供の頃の、在りし日の記憶。それにより、自分の姉が本当は何を望んでいたのかを思い出した箒。忘れていたのも無理はない、当時彼女はまだ幼かったことに加え、妹であるというだけで政府の監視下に置かれていたのだ。子供ながらに姉を怨み、記憶からいつの間にか消えてしまっていた。

 

(でも、思い出したからって、今更私が姉さんの応援をするのは……っ!?)

 

ふとリングに視線を向けると、そこには極めを強められ叫び声を上げる姉の姿があった。

初めはロープに向かい必死に伸ばしていた手も、徐々に力を失っていく。このままでは、レフェリーストップもやむなしであろう。

――――――その瞬間、彼女は動いた。

 

「……頑張れ」

「?箒、何か言っ」

 

箒は席から立ち上がると、喉が裂けんほどの声で叫んだ。

 

「頑張れー!!姉さーんっ!!」

 

会場内は、数多くの観客の声援で満たされている。いくら箒が大声を出したところで、リングの上まで届くかはわからない。

だが、その想いは、確実に彼女に伝わっている。

 

 

「アリス、ギブアップか!?これ以上は試合を止めるぞ!」

 

レフェリーが選手の意思を確認する。すでにアリスの腕の力は抜けつつあり、これ以上は危険である。

 

(確かに新人にしては凄かったわ。でも、これで私の勝ち―――!?)

 

白木が勝利を確信した瞬間、何かしらの違和感に気付いた。するとどうだろう、さっきまで生気が薄れていたアリスの腕に、力が入っているではないか。

 

「な、何―――!?」

 

そしてそのまま徐々に抱え込まれた腕を引き戻し、更に頭部を抱えている腕をも剥がしはじめた。

 

『なんと絶体絶命かに見えたアリス選手、白木選手のストレッチプラムを返しはじめた!』

『こりゃどうなるか分からんねえ』

 

白木も外されまいと抵抗するが、どうしたわけかアリスの力の方が強く、おまけに先程の肘のダメージもありゆっくりと確実に外されていく。

 

「こ、このぉ!」

「―――ぅう」

 

そして、ついに頭部を極めていた腕のロックが完全に外れ、同時に絡め捕られていた足も外れる。

そのままアリスは逆に白木の腕を取り、リングに向けて背負い投げの要領で投げつけた。

 

「ううおおおおおおおおっっっ!!!」

「がふっ!?」

 

その時、抑え込まれていたウサギが、再びリングに解き放たれた。

 

『脱出!アリス選手、白木選手のフェイバリットから脱出しました!』

「うぅ……この!?」

 

技を外された精神的ダメージか、叩きつけられたことによる肉体的ダメージから来る焦りか、白木は一旦距離を取ってから立ち上がろうとする。しかし、その時を彼女は逃さなかった。

 

「うおおっ!」

「なっ―――がふぉっ!?」

 

立ち上がろうとする白木に向かって駆け出し、一気に接近すると立ててある片膝を踏み台にして白木の顔面に膝を見舞う。

 

『なんとここでシャイニングウィザード!閃光魔術が炸裂したーあ!!』

『はっきりと言える、アイツは天才だ』

 

その一瞬の出来事で、観客たちのボルテージは一気に上がり、場内には「レッツゴー、ラビット!」コールが響く。

 

「う、うぅ……」

「さーて、行くよ!」

 

今度はアリスが観客に向かってアピール。

白木の体を起こし、胴体をガッチリとクラッチし、そのまま旋回を始める。

 

『あ、あの体勢は、風間さんの得意技のスピニングボムの体勢ですか!?』

『ふっふっふ、さてどうかな?』

 

旋回を続けていく内に、遠心力により白木の身体が高く持ち上がっていく。

 

(鋭い蹴りと強烈なサブミッション、なかなかにやるね、でも!)

 

そして頭上高くまで白木の身体を持ち上げると、肩口に乗せるようにして担ぐ。

 

『い、いやこれは、スピニングボムではないぞ!?』

(いくよ!風間さんから受け継いだスピニングボム、それを元にした私のフェイバリット!その名も―――)

 

そのまま担いだ側へ体重を乗せながら倒れ込んでいき――――――

 

「ううぅぅうりゃああああああああっっっ!!!!」

 

――――――強かにマットに、白木の身体を叩きつけた。

 

(……その名も、"ドライブ・ボム"!!)

『な、なんとおお!!肩に担いだ体勢から、まるでエメラルドフロウジョンの様に叩きつけたー!!』

 

叩きつけた体勢からクラッチを放さず、身体を捻って抑え込む。

 

「ワン、ツー……」

 

レフェリーがマットを叩いてカウントを数える。押さえられてる白木は、ピクリとも動く様子はない。

 

「スリー!」

 

アリスはその言葉を聞いた時、抑え込みを解いて天井を仰いだ。

 

カンカンカンカーン!

 

試合終了を告げるゴングが、会場内に鳴り響いた。

 

『6分21秒、変形スピニングボム、アリス・ザ・ラビット選手の勝利です!!』

ワアアアアアー!!

 

歓声が沸き起こり、アリスの健闘と勝利を讃える。

 

『試合序盤から新人離れした動きを見せたアリス選手が、新技で白木選手を沈め、勝利を勝ち取りましたー!!その姿はまさにジーニアス、まさにミステリアスラビット!!』

『持ち味を生かせた試合だったな。両者とも、いい動きだった』

 

リング上では、歓声に応えてアリスが四方の観客へとアピールしている。

敗れた白木は、セコンドに肩を借りながら控室へと去って行った。

 

 

「やったな箒!束さん勝ったぞ!」

「あ、ああ。そうだな」

 

勝利し、歓声を受ける姉の姿を見て、箒は先程は応援したものの昨夜のことや今までのことで何やら気が引けてしまい、素直に喜べずにいた。

 

「……行って来いよ」

「え?」

 

突如一夏が箒に対しそう言った。

 

「控室。色々話したいことあるんだろ」

「し、しかし……」

 

話したいことはある。言いたいこと、伝えたいことがある。

だが箒は、散々拒否してきたのにいまさら行ってもいいものかと思い、ついしり込みしてしまう。

 

「……分かった、行ってくる」

「ああ、それがいいって」

 

暫し目を閉じて考え込んだ後、意を決して姉の元へ行くことを決めた。

箒は観客席を立つと、控室に向かって駆け出した。

 

(姉さん……!)

 

 

「あー勝ててよかった!」

 

アリスは試合の疲れをほぐすように、グーッと伸びをしながら控室への道を歩いていた。

 

(……結構根性あったなー、あの白木っての)

 

歩きながら先程の試合について思い返す。風間に師事し、ジムでのしごきを耐え抜いた彼女は、負ける筈はないと思っていたが、まさかあそこまで攻められるなどとは想定してなかったのだ。

 

「ま、それでも私の方が上だったけどねー」

「ま、待ってくれ!」

 

鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで控室に戻る彼女を何者かの声が引き留めた。

アリスは声の方向に振り向くと、そこには彼女にとって意外な人物がいた。

 

「ハァハァ……姉さん……」

「ほ、箒ちゃん……」

 

そこにいたのは彼女の妹、箒だった。急いで走ってきたのであろう、息は切れ、肩で呼吸している。

妹の姿を確認すると、アリスは紐をほどいてマスクを脱ぎその素顔、篠ノ之束の顔を見せた。

 

「そ、その……えっと……」

「箒ちゃん」

 

急いできたはいいものの、何から話したらいいか分からずに口ごもる箒に束は彼女の名を呼び、先に話し始めた。

 

「ありがとね」

「ッ!?」

「聞こえたよ、箒ちゃんの応援。おかげで勝てたよ、ありがとう」

 

その言葉を聞いて、箒はなにやら胸のうちが晴れるような感覚がした。

そして先程とは違い、何を言うべきかがはっきりと分かった。

 

「……姉さん、私はあなたのことを誤解していた」

「箒ちゃん……」

「あなたは、今も昔も人々に夢を与えようとしていた。それなのに私は―――」

 

その時、箒の身体を束が抱きしめた。

 

「いいよ、箒ちゃん。私も、無責任でごめんね」

「あ、ね、姉、さん……」

 

目頭が熱くなった。そう気付いた時には、瞳から涙が流れだした。

 

「うぅん……姉さん、私も、ごめん」

「箒ちゃん……」

「これからは、私も応援するから……だから」

「うん……みんなに夢を与えれるように、お姉ちゃん、頑張るね!」

 

暫しの間、二人は抱きしめ合っていた。それまでの長いすれ違いの時を、取り戻すかのように……。

 

―――第ニ試合 Beauty & Mysterious

●白木真奈 6分21秒 変形スピニングボム(ドライブ・ボム) アリス・ザ・ラビット○



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第四十四話 積み重ねた想い

入場曲めっちゃ迷った。

あと、ゼロの使い魔とモンハンのクロスを思いついたので、書こうと思ったのですが、資料で使おうと原作を買いに行ったらどこにも置いて無くて軽く絶望しています。
これは一本に集中しろということなのか。

追記
アニメ「旗揚!けものみち」面白いので是非見てください!


―――試合は進み、現在はリングの調整や清掃等のため、10分間の休息時間がとられていた。

この時間では試合が終わった選手によるサイン会が行われており、売店は人の波でごった返していた。

その中にはIS学園の生徒の姿もあったが、それはまた別の話。

そして、休息時間も終わった頃、実況席でも動きがあった。

 

『……えー、ドラゴンピット10周年記念興行Wave the NEW GENERATIONS、早いもので試合数も残り約半数となりました。ここからは私、倉本康夫が御送りします。解説席には風間龍輔選手に代わりまして、ドラゴンピット設立からのメンバーであり、風間選手の友人でもあります藤井雅信選手にお越しいただいております』

『よろしくお願いします。しかし、プロではない自分がここに座るなんて、何か恥ずかしいですね』

『そう謙遜しないでください。聞いた話では、藤井さんは並みのプロ以上の実力だとか』

『ははっ、只人より長くやってるだけなんで……まあ、まだ若い連中には、負ける気はしませんがね』

 

実況席でそのようなやり取りをしているうちに、観客達が段々と席に戻ってきていた。

 

『さて、まもなく後半戦が始まりますが、その前に前半四試合を振り返ってみましょう』

 

―――第一試合は齊藤龍輝VS呉石水穂の異種格闘技戦。お互いプロデビュー戦同士となったこの試合、序盤はプロレスルールを活かした攻めで齊藤が優勢に進めてましたが、中盤呉石が逆襲、打撃と鮮やかな絞め技の連続で攻め立て、このまま絞め落とすかと思われました。

しかし齊藤が奇跡の反撃、カウンターのスープレックスを皮切りに大技を叩き込み、最後はジャーマンスープレックスホールドでピンフォール。見事デビュー戦を勝利で飾りました―――

 

―――第二試合はまたもや新人のデビュー戦。神秘のマスクに素顔を隠したアリス・ザ・ラビットと元グラドルレスラー白木真奈の試合ですが、開始早々まさかの展開。天才的としか呼べない動きでアリスが終始ペースを握り続けます。

後半に差し掛かった辺りで白木が逆襲。強烈な打撃とサブミッションで攻め立て、ストレッチプラムで決めようとしますが、白木のフィニッシュからもアリスは脱出しカウンターで投げ飛ばします。そして起き上がりざまにシャイニングウィザードを叩き込み、最後は変形スピニングボムでフィニッシュ。まさにこれからが楽しみになる試合内容でした―――

 

―――続いての第三試合、関東女子プロレスで今最も勢いのある二人、鈴三谷千春と神山クレア。対するは、ドラゴンピットの若き職人姉妹、黄坂瑠璃・璃々。黄坂姉妹がドラゴンピット仕込みの高いレスリングテクニックで攻めますが、途中場外に落ちてから流れが代わり、鈴三谷・神山組がお返しとばかりに攻め立てます。

しかし功を焦ったのか、神山は得意技のパワーボムを仕掛けるが返され、流れは再び黄坂姉妹に。

息の合ったコンビネーションで攻め続け、最後は姉の瑠璃が鈴三谷にクロスフィックスホールド、妹の璃々が神山にチキンウィングフェイスロックを極め、ダブルタップという結果で試合を終わらせました。基本に忠実なその試合展開は、まさにドラゴンピットの人間といったところでしょう―――

 

―――うって変わって第四試合は迫力のある試合となりました。プロレスリング・ビザールの東条丈士・七村億斗組と、イギリスのジョセフ・ジョンソンとイタリアのシーザー・ゼルビーニの友情タッグの対決。序盤からヘビー級同士らしい激しいぶつかり合いが展開されましたが、途中シーザーが捕まり、東条・七村組のコンビネーションにさらされます。

しかし、トレイン攻撃をシーザーがゼロ戦キックで迎撃するとそのままタッチ、交代してジョセフが出てくると一気に二人を蹴散らし、流れを奪うと試合権のある七村にラッシュ。魔術師の異名は伊達じゃないと言いたいのか、195cm、115kgの巨体からは想像もつかない軽やかな動きで翻弄し、コーナートップに上ると高く跳んでのムーンサルトプレスを敢行、そのままフォールにいくがそこは東条がカット。両軍入り乱れての乱戦が続きますが、最後は体格と経験で勝るジョセフ・シーザー組が七村に得意のツープラトン、ウェイブサンドを決めフィニッシュ。来月行われるタッグタイトルマッチへ向けて勢いをつけたというところでしょう―――

 

『……いやーこうして見ると、前半戦だけでもかなり濃い内容になってますね』

『そうですね。特に第一試合と第二試合はドラゴンピットの新人のデビュー戦ということもあり、注目度が高く感じられました』

『タイプが違う二人だから、余計にな。あいつらは来た頃から知ってますが、まさかデビューしちまうとはね。なんか感慨深いですよ』

 

うんうんと頷きながらそう語る藤井の表情はどこか誇らしげであるが、奥には強者の余裕というものが感じ取れるようであった。

 

『ジム最古参の藤井さんは特にそうですよね。さて、いよいよ後半戦が始まります。後半戦一発目はエキシビジョンマッチ、ドラゴンピットのアイドル・萩原莉緒対、風間龍輔の一番弟子・織斑千冬。一体どのような試合になるのか』

『こりゃ楽しみですねえ』

 

 

前半戦の振り返りをしている頃、控室では一人の人物が緊張感を放ちつつ試合の準備をしていた。

 

「ふぅー……」

 

彼女、織斑千冬はこの後行われるエキシビジョンマッチで、自身の夢でもあるプロレスデビューを果たす。その為試合前に精神を落ち着かせているのだが、その姿が妙な圧を放っているのだ。

 

「ちーちゃん、緊張しすぎだよ」

「仕方ないだろう……子供のころからの夢だったんだ。こうして、プロの舞台に上がるのが」

 

小学生の頃から、まだ師である風間が若手であったころから教えを受け、一時はやむにやまれぬ事情により十年近く離れてしまったが、数日前に奇跡的に再会し、こうして興行に出場させてもらえるのだ。自身の夢が、最高の形で叶えられたのだ。緊張しない者などいない。たとえそれが、世界最強(ブリュンヒルデ)の名を手にした彼女であっても、例外ではない。

 

「そっか……そうだよね」

「8歳の時に弟子入りして12で別れるまでの4年間、その間に教わったのは体力作りと基本中の基本だけ……」

 

「だが」と一旦間をおいてから、彼女はさらに続けて言う。

 

「別れの時、風間さんはこうも言った―――レスリングに特別なテクニックはなく、すべては基本の組み合わせだとな」

「……うん、私も教わったよ。だからこそ基本は大事なんだ、ってね」

「私は、風間さんと別れてから今日までの12年、一日たりとも基本の練習は怠ってはいない。自惚れてはいないが、自負はある……一番弟子としてのな」

 

シューズの紐を固く結び、深く深呼吸をすると千冬はその場から立ち上がり、控え室の扉へ向かう。

 

「直に教わった4年間、一人で只管鍛えた12年、合わせて16年……今日まで、本当に長かった」

 

ガチャリと扉を開け、千冬は束の方に振り返ることなく、真っ直ぐリングへと歩を進める。

 

(風間さん、その集大成を今日、お魅せします)

 

師の想いに報いるため、自身の夢のため、その背中に確固たる覚悟を背負い、かつての少女は舞台へと向かう。

 

 

「いよいよ千冬さんの試合だな」

「ああ」

 

恐らく、IS学園の生徒達にとってはこの試合が一番気になるところであろう。何故なら自分達の担任の教師が試合をするのだ、気にならない筈がない。

 

「でも未だに信じられないわよね。あの千冬さんがプロレスをするなんて」

「アハハ、確かにね」

 

だが、未だにこの状況を信じられないのもまた事実。まあ、それも仕方ないだろう。彼女らにとって、織斑千冬という存在はIS乗りとしてはビッグネームすぎるのだ。

 

『これより、エキシビジョンマッチを行います』

 

リングアナウンサーが試合の始まりを告げる。この瞬間、あれだけざわついていたIS学園の生徒達はぴたりと静かになり、花道へと注意を向ける。

 

 

『青コーナーより―――織斑千冬入場!』

 

(入場曲:『止まらないHa~Ha』矢沢永吉)

 

エキシビジョンのため派手な演出こそないが、入場曲だけでも観客の期待値は上がっていく。

そして、入場ゲートから出てきて花道を歩く姿に、大きな歓声が起こる。

 

『かつて行われたISの世界大会、モンド・グロッソ。その第一回大会で優勝し、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号を獲得したのが彼女、織斑千冬です。しかしここはプロレスの舞台、その称号は何の価値もありません。だが、彼女にはあった!風間龍輔の一番弟子という、最も信頼を置けるバックボーン!それが胸にあるからこそ、彼女の歩む姿はこうも大きく見えるのでしょう!一番弟子というプレッシャー、それすらも跳ね除け、ISの頂点をとったものは、このリングで何を魅せるのか!威風堂々の、リングイーィン!!』

 

静かにリングへと入った千冬はそのまま四方へ礼をすると、青コーナーへと下がって相手の入場を待つ。

 

『赤コーナーより―――萩原莉緒入場!』

 

(入場曲:『ビューティフル・ドリーマー』鳴海杏子)

 

疾走感のある入場曲を背に、入場ゲートから姿を見せたのは、まだ若き女戦士。しかしその眼はしっかりと、リング上の相手を見据えている。

 

『ファイティングプリンセス、端麗な容姿と基本に忠実な戦い方から付いた彼女の異名がそれです。黄坂姉妹に憧れ、ドラゴンピットの門を叩いた女学生は、特別な才はなくとも、根性と負けん気で地獄の練習に必死に食らいつき、昨年にはアマレスの全日本王者にも輝きました。そして今年の春、念願のデビューを果たし、プロのリングへと上がった彼女が、エキシビジョンの舞台で、師である風間の一番弟子という強敵と相対します。姉弟子に対し胸を借りるのか、プロの先輩としての意地を魅せるのか!!気合の雄叫びを上げ、リングに飛び込んだあーあ!!』

 

リングサイドからトップロープを飛び越えリングへと降り立ち、観客へと応える姿は一端のプロレスラーだ。

 

『これより、エキシビジョンマッチ、5分一本勝負を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

エキシビジョンというのにこの歓声、それほどまでに期待値が高いのだろう。

 

『青コーナァー。166cm、68kg。IS学園所属、織斑あぁ…千冬ううーー!!』

 

着ていたジムのTシャツを脱ぎ、露わになったその肉体は引き締まっており、観ているものを感嘆させる。

 

『赤コーナァー。158cm、56kg。ドラゴンピット所属、萩原あぁ…莉ぃ緒おおーー!!』

 

小柄な肉体ではあるものの、放つオーラはそれを感じさせない。その視線は、対戦相手をしっかりと見据えている。

 

『特別レフェリー、風間龍輔』

 

オオっ!

 

「ッ!?」

「えっ!?」

 

紹介を受け、レフェリースーツ姿の風間がリングへ上がる。

 

『この試合は、風間さんがレフェリングされるみたいですね』

『一番弟子が試合しますからね。贔屓はしないと思いますが、過保護というかなんというか』

 

風間は二人のボディーチェックをすると、ルールの確認をする。

 

「―――以上だ。二人とも普段の練習の成果を出すように」

「「ハイッ!」」

「よし。コーナーに下がって!」

 

二人をコーナーに下がらせ、周囲をチェックする。

この状況に、両選手は一層緊張感を持ち始めた。

 

(風間さんがレフェリングするとは……束との道場マッチとは違う、ここはプロのリングだ)

 

千冬は一度深呼吸を入れ、身体の緊張を和らげる。

 

(しょっぱい試合はできん!)

 

萩原は一瞬困惑したものの、すぐに頭を切り替えると再び意識を千冬へと向ける。

 

(風間さんの一番弟子、ね。確かに今までで一番の強敵……だけど!)

 

フゥッと呼吸を強く吐き出し、精神を落ち着かせる。

 

(私は私のできることをするだけだ!)

 

リング周囲のチェックを終えた風間が、選手を一瞥してから両腕を上げ、勢いよく振り下ろす。

 

「ファイッ!!」

 

カアァーーーン!!

 

ゴングが鳴り、闘いの火ぶたが斬り落とされると同時に、二人のレスラーはコーナーから勢いよく飛び出した。

 

「フンッ!!」

「ヤアッ!!」

 

そして互いにガッチリと組み合う。

師が見守る中、彼女達はどのような舞台(プロレス)を繰り広げるのだろうか。



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第四十五話 決意のフェイバリット

やっとできましたー!!
試合時間自体は短いですが、それなりに内容濃いと思います。
なお、キャラ崩壊みたいなのがあるかもしれないので、ご了承ください。


「せいっ!」

「くっ!?」

 

組み合ってからすぐ、千冬は萩原の脇をくぐりバックを取る。

 

『先手は織斑、バックに回りました』

『ダックアンダー、いいタイミングで入ったな』

「このっ!」

 

しかし萩原も取られたままではおらず、すぐに切り返す。

 

『スイッチでバックを取り返します』

『基本が丁寧にできてるな』

 

だが千冬はクラッチを組まれる前に萩原の手を掴み、腰を外に出して抜けながら腕を捻り上げる。

 

「フンッ!」

「うぅっ!?」

『おっと更に切り返す!』

 

そのまま更に捻り、腕を極めながらバックに回る。

 

「このっ!」

「ッ!?」

 

極められた萩原は同じように腰を外に出して抜け、逆に千冬の腕を極める。しかし、ここで千冬は更に切り返す。

 

「はっ!」

「うっ!?」

 

頭を内側に入れるように体を回転させ、今度は正面から両手を使って腕を極め、そのまま倒そうとする。

 

「く、うぅ……この!?」

「なっ!?」

 

だが萩原は極めている千冬の腕をそのままに体を捻り、千冬の身体を投げ飛ばすと流れそのままに腕を脇に抱えて絞め上げる。

 

「ぐっ!?」

『序盤から目まぐるしい攻防です!』

『こりゃあいいね。なかなかに玄人好みの展開だ』

 

極められながらも体を動かし、回るようにしてポイントを外すと千冬はそのまま立ち上がり、四つ組みの体勢から腕を引き落としてバックに回る。

 

『アームドラッグ、バックに回った!』

「せぃやあっ!!」

「ぐぅっ!?」

 

踏み込んだ勢いで持ち上げると、萩原を正面からマットに叩きつける。

 

『ポップリフト、高々と跳ね上げた!』

『巧く全身の力を使ってるね』

 

そのままバックからコントロールしようとするが、そうはさせまいと萩原は動きを止めずにエスケープする。

 

『これはうまい!エスケープで距離をとった!』

『まだ粗削りだけど、悪くないな』

 

スタンドに立ち戻り、リングを回りながら少しずつ距離を詰める。そして再び組み合おうとした瞬間、千冬の腕を跳ね除けて萩原が張り手を放つ。

 

『おっと張っていった!』

「やぁっ!」

「ッ!?」

 

続けて二発、三発と千冬の顔を張っていくが、もらいっぱなしで終わらないのが織斑千冬という女性。張り手を止めると反撃のエルボーを放つ。

 

「フンッ!」

「ガッ!?」

 

一撃で萩原の身体がぐらつき、その光景に観客は驚きの声を上げている。

 

『強烈な反撃!一発で持ち返しました!』

『体重差、筋量差がありますからね。こりゃ効いたかもなぁ』

「くぉっ……のおっ!!」

 

しかしそこは経験が浅いながらもプロ、よろけた体勢から体を捻り、回転の勢いを乗せた蹴りを千冬の側頭部目掛け放った。

 

「がっ!?」

『お返しとばかりのスピンキック!!身軽さを活かした鋭い蹴りが突き刺さるー!!』

 

ぐらつく千冬に対し、更に追い討ちをかけるように、萩原はその場で跳躍すると両足底で蹴り飛ばす。

 

「とりゃあっ!」

「うおぅっ!?」

『ドロップキック、これも打点が高い!』

 

10kg近い体重差はあるものの、スピンキックにより体勢を崩した状態で受けたことで簡単に倒れてしまった。

 

『織斑ダウン!モロに食らってしまったか!?』

『いや、あれはそこまでダメージはないだろう。体勢を崩していたことが幸いしたな』

 

その言葉の通り、倒れた千冬に萩原が追撃しようとしたが、すぐにロープに逃げられてしまう。

 

「ブレイク!」

「くっ!」

 

この試合の特別レフェリーを勤めている風間がブレイクをかけると、萩原は惜しみながらも指示に従って離れる。

 

(あまり時間もない。織斑さんがロープから離れたら、一気に攻める!)

「……」

 

千冬がロープから離れると再び両者はリングを回りながら距離を詰める。

 

「やあっ!」

『シングルレッグダイブ!萩原仕掛けた!』

 

先に動いたのは萩原。組み際に持ち前の身体能力を活かした高速のレッグダイブで千冬の脚をとる。

 

(とった!このままテイクダウンして―――)

「フッ!」

 

その瞬間、千冬が動いた。

 

「なっ!?」

『こ、これはっ!?』

「せやあっ!!」

 

なんと千冬は脚をとられた瞬間、肩口から肘を落とし、そのまま手を差し込んで内腿をつかむと、軽く踏み込んで腰を落としながら萩原を後方に投げ落とす。

 

『カ、カウンターです!シングルレッグダイブを仕掛けた萩原に対し、鮮やかなカウンター!!』

『ナイスなタイミングだ。躊躇いが一切なかったのがよかった』

 

千冬はそのままの流れで自身の脚を萩原の腕に絡め、同時に首を捕らえるとそのまま肩の関節を極める。

 

「ぐぅああ―――っ!?」

『ガッチリと極まった!抜け出すことができるか!?』

 

なんとか脱出しようするが、下手に動くと逆に極まってしまうため、ロープに向かって少しずつずれていくしか方法がない。

 

(させるか!)

 

しかしここで千冬は自らロックを外すとポジションを変え、萩原の脚を取る。

 

『アキレス腱固めにチェンジか!?』

『あーあれか』

 

片膝を立てるとその上に萩原の脚を乗せ、爪先を掴むと自分の腿を支点にして捻る。

 

「いっ―――!?」

『トゥホールド!手際がいい!』

 

萩原も体を捻ってエスケープをはかるが、更に千冬はそれに合わせて技を変える。

 

『逆片海老固め!新人殺しの技を逆に仕掛けた!』

『腰を深く落としてるから、あれはきついですね』

 

グイグイと萩原の背骨を反らしていく。背骨の痛みと圧迫されることで呼吸も苦しくなってくるが、なんとかプッシュアップの要領で体を上げ、そのまま一気にロープへと逃げる。

 

「ブレイク!織斑、ロープだ!」

「はい」

 

あそこまで攻めていたにも関わらず、千冬はあっさりとブレイクに応じる。

 

『ここはクリーンブレイク。いやしかし、織斑の技の切れがスゴいですね』

『ふむ。これはうちのメンバーの中でも上位にはいるかもな』

『そこまでですか!?』

『さすが一番弟子だな』

 

称賛しつつも、藤井のその目はまるで何かを見極めるように鋭く、千冬の動きを捉えていた。

 

(こないだのは本気じゃなかった……いや、()()()()()()()()())

 

数日前の道場マッチでは束と同等程度の実力に見えたが、それは長い間離れていたブランクのせいでもあったのだろう。今リングの上で見せているのが、彼女本来の実力……レスラー・織斑千冬の姿なのだ。

 

「せいっ!」

「ぐぁっ!?」

 

萩原の頭を掴み立たせると、強烈なエルボーを叩き込む。そしてロープに走り、その反動で勢いをつけた肘を叩き込む。

 

「だあっ!!」

「かっ―――!?」

『ランニングエルボー!なぎ倒したあーあっ!!そのままピンの体勢!!』

「ワンッ、ツーッ……」

 

そのまま千冬が抑え込み、カウントが開始される。

 

「うああっ!!?」

『しかし返した!萩原もまだ終わらない!』

 

萩原が肩を上げたことで、カウントはツーでストップ。しかしダメージは大きく、すぐに立ち上がることができない。

その隙を逃さず、千冬は再び立たせると、更にエルボーの連打で攻める。

 

『ヨーロピアンアッパーカットの連打!萩原たまらずロープにもたれ掛かる!』

『今の状態には厳しいねえ』

「フン!」

 

ロープに持たれる萩原の腕を掴むと、反対のロープに振って自身も追走する。

そして跳ね返ってきたタイミングでエルボーを振る。だが!

 

「くぅっ!?」

『おっと萩原転がって躱した!』

 

そう、萩原は跳ね返った勢いを逆に利用し、千冬が放ったエルボーをマットを転がって躱したのだ。

そしてすぐさま立ち上がると、振り返った千冬の顔面目掛け蹴りを放った。

 

「か―――っ!?」

『反撃のトラースキック!まともに食らってしまった!』

 

受けた衝撃で千冬の身体がぐらつき、萩原はそのまま組み付くと、千冬の身体を担ぎ上げる。

 

『ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げた!』

『練習してたアレを出すのか』

 

萩原は千冬を担いだまま片方のニュートラルコーナーまで歩くと、反対側のコーナーを目指し駆け出した。

 

『おおと走りだした!これはまさか!?』

(……確かに私は体重(ウェイト)が軽い。だから打撃もKOできる威力は出せないし、投げにも限界がある。だけど!)

 

十分助走をつけた後、萩原は軽く跳躍すると、前方に重心を傾ける。

 

(この技なら、相手の体重が重ければ重い程威力を増し、更に私の体重もプラスされることで与えるダメージは大きくなる!喰らえ!私の新技――――――)

『こ、これはあぁ――――――』

 

そして空中で体を回転させ、千冬の身体をマット側に向けるとそのまま自身の体重も乗せて、マットに叩きつけた!

 

「だらっしゃあああああ――――――!!!」

 

みしり、とマットが軋む。

 

「がふ……っ!?」

『カ、カナディアン・ロッキー・バスターッ!!これが彼女の新技かーあっ!!』

『本来はカミカゼ・クラッシュという名だがな。うん、いい仕上がりだ』

 

叩きつけた体勢をそのままに、千冬の身体の上に乗り抑え込む。

 

「ワンッ、ツー……」

 

リングの上では、風間のカウントを数える声だけが響いている。

 

 

「ち、千冬姉っ!?」

 

目の前の光景に、一夏はつい声を上げた。自分の姉が、世界最強(ブリュンヒルデ)がピンチに陥ってる姿を見たのだ。動揺するなという方が無理というものだ。

 

「ま、まさか千冬さんが……」

「このまま決まっちゃうんじゃないでしょうね……」

 

彼だけではない、周りの生徒たち全員が動揺していた。自分たちの担任であり、憧れの存在が倒れて、抑え込まれている。龍輝のおかげでプロレスに多少は触れたとはいえ、この状況は堪えるものだった。

 

「あんな隠し玉を持っていたとはな」

「萩原さんもやりますわね」

 

しかし、この状況でも落ち着いてたのはこの二人、ラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットだ。

だが、彼女たちもこの状況を受け入れてはいない。だからといって、周囲のように動揺はせず、冷静にリングを見ていた。

 

「随分冷静だな」

「当然だ。教官の実力であれば、あの程度では沈まん」

「確かに、萩原さんもかなりの実力者です。デビューして日が浅いとはいえ、プロなのですから。わたくしも何度抑え込まれたことか……」

 

「ですが」と一拍おいてから、セシリアはさらに続ける。

 

「織斑先生の実力が劣っているなんてことはあり得ませんわ。何せ、風間さんの一番弟子なんですもの」

 

龍輝についてジムにやってきた二人は、ジムの練習に参加し先輩たちと手合わせをしていた。もちろんその中には萩原もいたため、その実力を知っていたのだ。

故に、だからこそ確信していた。この試合、ここでは終わらないと。

 

「……そうだよな」

「一夏?」

「弟の俺が、千冬姉を信じなくてどうすんだ!」

 

二人の言葉を聞き、一夏は動揺していた心を切り捨てるようにそう言い放つと、再びリングに目を向ける。

 

「立ってくれ千冬姉!これが千冬姉の夢だってんなら、憧れの舞台だってんなら、俺はもう、全力で応援する!だから、勝って帰ってきてくれ!!」

 

リングの上にいる自分の姉に向かい、声を上げて声援を送る。その声が届いたのか、あるいはほかの観客の声援に紛れてしまったのか、それは分からない。しかしその想いは、確実に届いているだろう。

 

 

(……ああ、そうだな)

 

カウントが進む中、千冬の意識ははっきりとしていた。あれだけ強烈に叩きつけられたのにもかかわらず。

事実、叩きつけられた瞬間はその衝撃により一瞬意識を刈り取られた。だが、直後に飛んできた声援により、強制的に覚醒したのだ。

 

(せっかく舞台に上がれたんだ。こんなところで……)

「スr―――」

 

風間が三つ目のカウントを数え、マットを叩こうとした。その瞬間、千冬の身体は動いた!

 

(終われるか!)

 

未だ力はうまく入らない。しかし、それにもかかわらず、千冬の身体に力が宿り、萩原の体を跳ねのけた!

 

「やぁあッ!!」

「なっ―――!?」

「エスケープ!カウント2.9だ!」

『か、返したあーあ!!織斑、ギリギリで返しましたあっ!!』

 

本当にギリギリだった。一瞬でも遅れれば決まっていただろう。だが千冬は返した!

膝をつきながらゆっくりと立ち上がるが、そこには先に立ち上がった萩原が待ち構えていた。

 

「くっ!?この―――」

 

千冬が立ち上がった瞬間、萩原はエルボーを放つ。相手はフラフラの状態、一発でもあてれば倒れてしまいそうである。しかし、次の瞬間!萩原はおろか、観客たち全員が驚愕した。何故なら!

 

「フンッ!」

「が……あ……!?」

『あ――――――』

 

エルボーが当たる瞬間、千冬の手が萩原の顔面を捕らえたのだ。

 

『アイアンクローッ!ミシミシと軋む音が、こっちまで聞こえてくるようです!!』

『うわー、あれは痛いな。まだあんな力あったのか』

 

そして、顔面を鷲掴んだまま萩原の脇をくぐると、そのまま全身のバネを使って持ち上げ、マットに叩きつけた。

 

「せぃやあっ!」

「ガハッ!?」

『アイアンクロースラムッ!強かにマットに叩きつけた!』

 

そのままフォールに行くかと思いきや、顔面を掴んだ手を放さず、そのまま起き上がらせる。

 

『フォールにはいかない、何をする気だ?』

『いや、ちょっと予想付かないですね』

 

萩原を立ち上がらせると、アイアンクローを極めたまま再び萩原の脇をくぐる。

 

『もう一発アイアンクロースラムか!?』

『いや、あれは違うな』

 

そして背中側に腰を入れ、空いてる手で萩原の脚を抱えると、自身の背中に萩原の身体を乗せる。

 

(風間さん、あなたから授かったばかりの技、使わせてもらいます)

 

千冬の脳裏には、試合前日の夜の出来事が思い浮かんでいた。

 

――

―――

 

「そうだ千冬ちゃん」

「何でしょうか?」

 

ビール瓶の中身が少なくなった頃、不意に風間が立ち上がった。

 

「千冬ちゃんは、何かフェイバリットは持ってるかい?」

「フェイバリットですか?でしたらスノードロップがそうですが」

「違う違う。俺から教えられた技ではなく、自分で考え、辿り着いた技のことだ」

「オリジナルってことですか?」

「完全なオリジナルじゃなくていい。既存の技の改良でも、自分なりの完成形を作れればな」

 

そう言われて、千冬はそういう意味ではフェイバリットを持ってないことに気づいた。もちろん、テクニックに関しては試行錯誤してはいたが、フェイバリットとなると教えられた唯一の技であるスノードロップを使い続け、その発展をさせていなかったのだ。

その技は、師である風間からの贈り物であったため、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「……よし!じゃあ千冬ちゃんのデビュー祝いに、一つヒントをやろう」

「ヒント、ですか?」

「ああ。じゃあ、ジムに行こうか」

 

風間に促されて千冬も一緒にジムに向かう。

そしてジムに入ると、風間はスパーリングドールをリングの上にあげ、自身もリングに入る。

 

「まずは、これを見てくれ」

「はい」

 

そう言うと風間はドールの首を取りながら背後に回り、脚部分を脇に抱えながら背中にドールを乗せる。

 

「これは……」

「メキシカンバックブリーカー。アルフォンソ・ダンテスやルイス・ヘルナンデスが得意とした技だ」

 

技を見せた後、一度ドールを下ろしてから千冬の方に向き直る。

 

「これだけでも十分強力だが、俺はこれに改良を加えたのを考えた」

「改良、ですか?」

「それがこいつだ。よっと!」

 

今度は先程のとは違う掛け方で、ドールに技をかけていく。

 

「こ、これは……確かに原型のメキシカンバックブリーカーよりも、上体が起きてる分、安定感がある」

「ヒントはここまでだ。……この技は千冬ちゃんにやる、あとは自分で考えるんだ」

「えっ!?」

 

突然のことに千冬は驚きのあまり、声を上げてしまった。何かの冗談かとも思ったが、風間の目が真剣であることが、これは冗談でないということを物語っていた。

それを理解した瞬間、千冬の心は決まった。

 

「分かりました。この技を、私の物にしてみせます」

「ああ、期待してるぞ」

 

それは、レスリング以外は不器用な男から、一番弟子へのプレゼントであり、信頼であることに千冬は気づいていた。だからこそ、この難題とも言えるものを受け取ったのだ。

それに応えようとしている千冬の姿を、風間は優しい眼で見つめていた。

 

―――

――

 

(風間さんから授かったこの技、これが完成かどうかなんて分からない。だけど私の十数年の積み重ねが!こう掛けろと叫んでいる!)

『4分経過、ラスト1分!』

 

萩原の脚を肩口で固定し、顔面を掴んだまま、背中合わせで担ぎ上げる。

 

『こ、これは!なんという技だーあ!?』

『これは……メキシカンバックブリーカーとリバースゴリースペシャルの複合か?いや、顔面はアイアンクローで捕らえたままか……形としてはリバースのリビルド・カナディアンバックブリーカーのが近いな』

 

千冬は捕らえた脚と頭部を引き、萩原の体を反らせる。

 

「か……っ!?」

『これはえげつない角度だー!』

『アイアンクローによる顔面、更にそれを引くことにより首、そしてバックブリーカーの効果で背骨と、三点同時攻めか』

 

そしてもう一人、間近でこの技を見ている者がいた。この技が生まれるヒントを千冬に与えた、風間龍輔だ。

 

(ふむ、腕を首に巻くのでなく、アイアンクローで掴むことでより鋭角に反らせ、ダメージの少なさを解消したか。だが―――)

『―――あれでは不十分だな』

 

解説席の藤井もまた、風間と同じ感想を抱いていた。

 

『確かにダメージは大きいだろうが、頭のロックが握力だよりだ。これではすぐに外される』

『成る程確かに。萩原にもまだチャンスはありますね』

 

事実、かけられてる萩原はこの状況から脱しようともがき、その中で千冬の腕に触れている。このままでは外されるのも時間の問題だろう。

 

(……だが、これで終わりじゃないんだろう?千冬ちゃん)

 

しかし、風間は違った。レフェリーという立場ではあったが、千冬のフェイバリットが、完成形がこれではないと確信しているのだ。

事実、千冬は更に次の行動に移ろうとしていた。

 

(確かに、このままでは不完全。どうしても腕で押さえるのには限界がある。だから―――こうする!)

 

次の瞬間、会場にいる人々は目を見開いた。普通、担ぐタイプのバックブリーカーと言えば、揺さぶってダメージを与えるものがほとんどだ。

 

(風間さん、見ていてください……これが、私の―――)

 

しかしこの技は違った。千冬が辿り着いた技は、ここから始まるのだ。

 

(フェイバリットだあああ―――あああっっっ!!!)

 

何と千冬は、萩原を捕らえたまま片膝をマットにつき、立ててる方の膝に萩原の喉元を打ち付けたのだ!

 

「がっ―――!?」

『こ、これは強烈!織斑、自身の脚に萩原の喉元を打ち付けたー!?』

『しかも、そのまま顎を自分の脚にひっかけ固定している!これならガッチリとロックでき、更に体重を乗せることでよりダメージを与えられる!』

 

片膝をつくことで体が安定したことにより、より強力に萩原の身体を反らしていく。

 

(……風間さん、これが、私が辿り着いた《答え》です。素敵な贈り物を、ありがとうございます)

 

瞬間、千冬の脳裏に浮かんだのは、かつての記憶。幼き頃、公園で偶然に出会い、そのまま様々な教えを受けた、懐かしく、美しい思い出。

 

(ああ、見せてもらったよ。僅か一日で辿り着くとは……今この瞬間から、その技は千冬ちゃん、完全に君のモノになった。俺の真似でも何でもない、君が見つけた技だ)

 

風間は自分の胸が、温かくなっていくのを感じた。かつて偶然出会った少女に、気紛れでレスリングを教えてから、どれくらいの月日がたったのか。今やその少女は、一番弟子として恥じぬ姿を風間の前で魅せている。この試合は二人の空白を埋めるのに十分な、濃厚すぎる時間であった。

そして―――試合の終わりを告げる、乾いた音がリングに響く。

 

パンパンッ

 

「ストップ織斑!タップアウトだ!」

 

カンカンカンカーン!

 

風間のサインを確認した瞬間、本部席のゴングが鳴り響いた。

 

『4分31秒、変形バックブリーカー、織斑千冬選手の勝利です』

ワアアアアアア!!!

 

思いもよらぬ好試合に、観客からの大歓声が会場を揺らす。

 

『織斑選手、一番弟子に恥じぬ、素晴らしい試合を魅せてくれました!』

『いやあ、ありゃ龍輔の奴が自慢するのも分かるなあ』

 

リング上では、二人の選手が互いの健闘を讃え合い、握手を交わしていた。

 

「ありがとうございました。流石、風間さんの一番弟子ですね」

「やめてください萩原さん。私は只、あの人の期待に、応えたかっただけですから」

「ふふっ、次リングの上で会う時は、負けませんから」

 

そう言って萩原はリングを降り、一足先に控室へ向かった。

リングに残った千冬は、今一度四方の観客に礼をしてから、リングを降りたのだった。

 

 

「千冬ちゃん、おめでとう。お疲れさん」

「風間さん!ありがとうございます」

 

控室に戻る道中、風間が千冬に労いの言葉をかける。

 

「アレが千冬ちゃんのフェイバリットか。一晩でよく辿り着いたな」

「いえ、風間さんのおかげです。昨夜のヒントが無ければ、私は只、風間さんの模倣をしているだけでしたから」

「……これでようやく、千冬ちゃんも一人前のレスラーになった、ということだ」

 

その言葉は、千冬の胸に強く響いた。憧れの人から一人前と認められるのがどれだけ光栄で、幸せなことか。ましてや幼き頃からの夢であったのなら、尚更だ。

 

「今でも鮮明に覚えています。あの日、初めてお会いしてからのことは」

「ちっさかった嬢ちゃんが、今や立派なレスラーに成長した。時の流れってのは、案外早いねえ」

 

しみじみと、思い出を振り返る。これは二人だけのかけがえのない財産であり、誇りであった。

 

「そういえば、あの技の名前は何て言うんだ?」

「名前、ですか?いえ、実はまだ……」

「そうなのか。じゃあ俺が決めてやろう」

「えっ!?」

 

いきなりのことに吃驚してしまう。しかし当の風間はすでに何やらブツブツと呟きながら、技の名前を考えこんでいる。

 

「よし決まった!こんなのはどうだ?」

「ゴクリ……」

「名付けて"グリップオーバー・バックブリーカー"!分かりやすくていいだろ?」

「グリップオーバー……確かに分かりやすいですが」

「よし決まりだ!いやーよかったなあ、はっはっはっは!!」

「……ふふ、そうですね」

 

豪快に笑う風間に釣られ、千冬もつい笑ってしまう。

 

(あなたにレスリングを教わってから、私の人生は変わった。灰色だった世界に色を付けてくれた……今の私があるのは、あなたのおかげです。返しきれないほど恩がありますが、いつかきっと、倍にして返しますから……待っててくださいね―――龍兄ちゃん……)

 

改めて決意を胸に抱き、かつての少女は恩師へと誓う。当の恩師は気付いているのかいないのか、只々笑っていた。

 

―――エキシビジョンマッチ Most STRONG LADY

●萩原莉緒 4分31秒 変形バックブリーカー(グリップオーバー・バックブリーカー) 織斑千冬○



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第四十六話 Who is KING of STRIKER

今更かもしれませんが、これ、ISの必要なくない?
まあ、好き勝手に書いてこその二次創作だし、いいですよね!

あ、あとツイッターやってます。あまりつぶやきませんが、よければフォローなど、お願いします!

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急遽決まったエキシビジョンマッチ。しかし、その内容は互いに新人とは思えないような高度な内容であり、目の肥えた観客も感嘆の吐息を漏らした程だ。

そのお陰か、この後に行われた試合も、予想外の盛り上がりを見せた新人達に負けじと選手達が燃えに燃えたため、観客達を大いに熱中させた。

 

―――第五試合、木本達巳(上川ジム・日本4位)と佐藤孝治(波木ジム・日本5位)のライト級キックボクシングルール3分3R。互いにヒット&アウェイを得意とする理論派だが、今日この試合においては違った。第1Rから互いに真っ向から打撃の応酬、予想だにしないインファイト合戦に、観客も興奮を隠せない。2R半ばで木本がボディ連打から、得意のスウイングブローを決めるが、佐藤はカウント8で立ち上がる。続く第3Rでは佐藤が主導権を握り、左肘からのショートアッパー、右ミドルでダウンを奪う。その後は互いに一進一退の攻防が続き、3R終了。結果は1-1で引き分けとなった。

 

―――第六試合では、忍関・ランサー・愛羽(勇義ジム・日本3位)VS吾孫江蓮(ドラゴンピット・日本5位)の女子バンタム級キック3分3R。序盤から仕掛ける忍関だが、吾孫はパリング等を駆使して捌き、所々でカウンターを入れていく。それが効いたのか、2Rから忍関の動きが悪くなり、ここぞとばかりに吾孫が攻める。しかし2R終了間際、忍関のリングネームにもなった槍のように鋭い膝が吾孫のボディを貫く。蹲ってダウンするも、忍関も消耗していたため威力がでなかったのか、カウント9で立ち上がり、そのままゴング。3R開始直後、一気に決めようとしたのか忍関がラッシュを仕掛ける。そして再び膝を打ち込むも、吾孫は狙ったかのようにそれを捌き、横に回ると忍関の振り向きざまにアッパー、ハイキックの連携。レフェリーがダウンした忍関を確認すると、カウントをとらずにそのままゴング。ランキングでは上の選手との対戦だったが、最後は吾孫が川戸仕込みの鋭いハイで勝利を掴んだ。

 

―――第七試合はまさに圧巻の一言。ドラゴンピットとメジャー団体大和プロレスとの対抗戦。ドラゴンピット三羽烏の星宮丈&中村翔琉&佐渡悠哉VSドーベルマスク(フリー)&甲伊和磨(大和プロレス)&赤石駿治(大和プロレス)の6人タッグマッチ。来月行われる、タッグ王者である甲伊&赤石と挑戦者組の星宮&中村との前哨戦とも言えるこの対抗戦。しかし先発は佐渡とドーベルマスク、互いにJr.の最前線で活躍する二人のスピーディーな攻防で幕を開ける。そして佐渡が星宮と交代するとドーベルマスクも赤石にタッチ、接触直後から激しいエルボー合戦を繰り広げるが、それは星宮が打ち勝つ。しかし赤石は直後のランニングエルボーを躱すとドロップキックで星宮を場外に落とし、そこから両軍入り乱れての場外乱闘に発展し、そこで流れは一気に大和プロレスチームに。リングに戻ってからも星宮が攻められる状況が続くが、赤石が放ったラリアットを躱してそのまま甲伊にエルボー、ドーベルマスクにトラースキックを叩き込み、自コーナーに戻ろうとするがそこは赤石がカット。しかしカウンターで延髄切りを放ち、赤石がふらついた隙に中村にタッチ。交代で入った中村は復活した甲伊、ドーベルマスクを場外に落とし、赤石を攻める。持ち前の身体能力を生かし、高角度のスープレックスやその場跳びムーンサルトで攻めるも、そこはチャンピオンの意地か悉く返す。そして大技を狙ってコーナーに上るが、復活した赤石が逆に雪崩式ブレーンバスターで逆襲し、そのままタッチ。交代した甲伊が中村を攻め続け、最後は自身のフィニッシャーのかち上げ式ラリアットを決めるが、ドラゴンピットサイドがカットに入り、そのままの流れで両軍入り乱れる。大和プロレスサイドが優勢になると、甲伊が赤石とのツープラトンを中村に決めカバーに入るが佐渡がカット。赤石が佐渡を場外に落とし、リング上には甲伊と中村が残る。だがしかし、甲伊が再びかち上げ式ラリアットを仕掛けた瞬間、中村はバク転で回避。そのまま組み付きロックボトムで逆襲。星宮とタッチすると、甲伊もドーベルマスクと交代する。しかしその直度、星宮がコーナーに走り、チャンピオン組の二人を場外に落とすと、三人でドーベルマスクを攻める。佐渡がシュバイン、中村がスターダストプレスを決め、そのまま場外の甲伊、赤石の妨害に移り、その隙に消耗したドーベルマスクを星宮が高角度フィッシャーマンバスターでマットに沈めた。試合終了後、チャンピオン組と挑戦者組の間に一触即発の空気が漂うが、先にチャンピオンサイドが引き上げ、残ったドラゴンピットの三人はそれぞれ風間とジムへの祝辞を述べてからリングを降りた。

 

現在のキック、プロレスの最前線で闘う者達が繰り広げた試合に、観客達は興奮を抑えきれず、場内はその熱気で充満していた。そして、その観客達の熱気をさらに煽るように、リングアナウンサーが次の試合を告げる。

 

『これより、セミファイナル、"Who is KING of STRIKER"を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

その言葉を聞いた瞬間、観客達の大歓声が場内を満たす。

 

『青コーナーより―――三矢田和歩入場!』

 

(入場曲:『Inner Light』 Shocking Lemon)

 

その曲が流れた時、会場の観客達は一同に声を上げた。

 

『WBA(World Boxing Alliance:世界ボクシング連合)が定める、認定王者。規模が縮小したとはいえ、その権威はいまだ健在。その座を求めて、世界中のボクサーがリングの上で闘っています。そのWBA認定世界ヘビー級王者の座に就いたのが、日本の小さな巨人、"英雄"三矢田和穂!体格で劣りながら、その優れたテクニックと、国内でKOの山を築いた剛腕で見事世界王者を勝ち取り、防衛記録を伸ばしてきました。しかし昨年、三矢田は王座を返上すると、まさかのキックに転向を宣言。自分のボクシングを試したいとのことでしたが、その宣言に国内だけでなく、世界中から非難の声が上がりました。しかし!転向後の初試合にて、対戦相手を蹴りを使わずパンチだけでKO。その姿に人々は、ボクサー・三矢田和歩の挑戦を素直に祝福しました。キックの舞台でもその拳でKOを築いた三矢田が、今宵挑むのはあまりにも大きい、伝説という壁。しかし彼は、自分のボクシングを信じている限り、進むことを、挑むことを辞めることはない!!さあ三矢田が今、リングイン!!英雄は、伝説を超えられるのか!!?』

 

日本の誇り、男たちの夢。その拳だけで歩んできた男は、今リングの上で何を思うのか。その視線は、対角線上のコーナーに向けられている。

 

『赤コーナーより―――川戸翔入場!』

 

(入場曲:『仮面ライダーBLACK RX』宮内タカユキ)

 

そして、これから入場してくる男もまた、己の四肢だけで全てを築いた男である。

 

『かつて日本人でありながら、世界各国の強豪達を相手にWMF世界ヘビー級のベルトを守り続け、ついには無敗のまま返上した男がいました。強烈で鋭い蹴り、流麗な打撃の数々は、観ている者を魅了し、対戦相手の悉くをリングに沈めてきました。これから入場してくるその男こそ、日本キック界の"生きる伝説"!一時は家庭の事情と後進育成のためリングを離れましたが、今宵、記念すべきこの舞台で、現役の選手として再びリングに上がります。対戦相手はその拳だけで世界を掴み、並みいるキックの強敵達をも沈めてきた、日本の"英雄"。復帰戦として、これほど相応しい相手もないでしょう。しかし、川戸の表情に気負いは一切見えません!まるで家の廊下を歩いているようなリラックスした表情で花道を歩いています!彼にとってこの試合は、普段の日常と何ら変わりないと言うことなのか!?しかし、それが川戸!それが伝説!!本日我々は、伝説の伝説足る所以を眼にすることになるのか!!川戸翔、リングインッ!!』

 

笑顔すら浮かべているが、その眼差しは真剣そのもの。視線が交差した瞬間、周囲の人間は二人の間にバチィッと火花が散ったような感覚を覚えた。

 

『これより、セミファイナル、ムエタイルール3分5Rを行います!!』

 

歓声が響き渡る中、リング上だけが静寂に包まれている。

 

『青コーナァー。176cm、93.7kg。上川ジム所属、"キングオブナックル"三矢田あぁ…和ぅ歩おおーー!!』

 

ただ只管己の道を歩み続け、英雄とまで呼ばれた男、三矢田。伝説を超え、頂へ上ることができるか。

 

『赤コーナァー。183cm、95kg。ドラゴンピット所属、"絶対王者"川戸おぉ…翔ぅおおーー!!』

 

まだ格闘技界が旺盛であった頃、不動のチャンピオンとして名を馳せ、ついには誰にも勝たせぬまま一度はリングを去った男、川戸。伝説の、伝説たる所以を、現代の英雄に魅せつけるのか。

 

「二人とも、コーナーに戻って」

 

レフェリーによるボディチェックとルール確認が終わり、二人は互いのコーナーへ戻る。

コーナーへ戻った二人の行動は対照的で、三矢田はボクシングの時からそうであったように、両腕を顔の前で揃えて重心を落とし、すぐにでも飛び出せる構えを取っているのに対し、川戸はトンットンッと軽く跳ね、身体の力を抜いてリラックスしている。しかし三矢田はその姿に、異様なプレッシャーを感じ取っていた。まだ試合は始まっていないのに、頬を一筋の汗が伝う。

レフェリーは両選手を確認すると、本部席の方にアイコンタクトを送り、両腕を上げて勢いよく振り下ろした。

 

「ファイッ!」

 

ストライカーの頂点に相応しいのはどちらか。その決戦のゴングが今、鳴り響く。

 

カアァーーーン!!

 



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第四十七話 伝説VS英雄

前回の前書きについて、大変ありがたいコメントをいただきました。
本当に、頭の下がる思いです。

これからも突っ走っていきますので、付いてこれる人だけ、付いてこいやあああああ!!
よければ感想、評価、推薦など、よろしくお願いします!!

ちなみに、試合に出た選手全員に名前のモデルがいます。よければあててみてください!!


三矢田和歩は、天才ではなかった。

身長176cm、通常体重94kg。体重(ウェイト)こそヘビー級だが、身長は低い。なのに何故世界王者にまで上り詰めたのか。端的に言えば、並々ならない努力と、目指す先があったからだ。

三矢田和歩は、初めから強いわけじゃなかった。

彼は元々引っ込み思案な性格で、体重も今より重く、学校ではいじめの対象となっていた。しかしそんな彼に転機が訪れる。

高校入学した頃、偶然テレビでボクシングの試合を見た彼は、瞬く間に引き込まれ、食い入るようにその試合を見ていた。そして、一念発起した彼は、近所の上川ジムに入門を決意。そのジムではボクシングの他にキックも教えていたが、彼は迷わずボクシングを選び、その日から毎日練習に励んだ。そのおかげか、それまで110kgあった体重はみるみる減っていき、85kgまでの減量に成功する。脂肪の代わりに筋肉が付き、肥満体だった体は学校の不良たちも目を置く筋肉質な体へと変貌した。

そして入門から半年後、ライセンステストに見事合格し、更にはデビュー戦を勝利で飾る。それからも勝ったり、負けたりを繰り返しながらも順調なボクシング生活を送る。そんな彼に、二度目の転機が訪れる。

高校卒業してからのある日、彼は衝撃的なものを目撃した。ジムの仲間に連れられて観戦に行った、あるTV局主催の興行。その興行はボクシングだけの興行ではなく、キック、プロレス、柔術、MMAなど、多種多様な格闘技が入り乱れる、異種格闘技戦の興行だった。その試合で、彼は衝撃を受けることになる。

その興行の試合の一つに、現役の世界ランカーのボクサーと、プロレスラーの試合があった。そのボクサーは有名な選手であり、三矢田はボクサーの勝利を確信していた。しかし結果は違った。5分3R中の第1R、組み付いたプロレスラーになす術なく投げられ、そのままKOを奪われてしまった。三矢田は驚愕のあまり、放心状態に陥った。しかしその後の試合で彼はまたもや驚愕することになる。

その試合は、キックボクサーと柔術家の対決。先程の試合の事もあり、組み付かれておしまいと思っていたのだが、そのキックボクサーはいい意味で彼の予想を裏切った。柔術家を一切寄せ付けず、組み付かれても逆に投げ倒し、最後は相手の組際に合わせたショートアッパーでKO。その鮮やかさに、三矢田は目を奪われた。

そのキックボクサーこそ、キック界の伝説と呼ばれる前の川戸翔、その人であり、先のレスラーは風間龍輔であった。

興行終了後、帰路に着いてる途中で、彼は決意した。

 

―――絶対に、ボクシングで他の格闘技を倒してやる。そして、いずれはあの人に挑んでやる―――

 

そう決意してからの三矢田は凄かった。我武者羅に走り、只管にサンドバッグを叩き、それまで以上に努力を重ね、更に川戸と闘うために、精力的に筋トレに励んで今までライトヘビーだった階級をヘビー級まで増やした。その努力の甲斐あって、数年後、彼は世界の舞台で、当時の世界王者に挑んでいた。試合は熾烈を極めたが、最終ラウンドでかつて目に焼き付けた試合のように、ショートアッパーでKOを奪い、見事世界王者になったのだ。

そして数度の防衛線を行い、ベルトを返上。キック界に殴り込みをかけた。蹴りは一切使わず、ボクシングの技術だけで勝ち進んだ。全てはボクシングの強さを示す為。そして、あのキックボクサーと闘うため。

それから一年、今宵、彼はあるリングに上り、ゴングを待っていた。かつての目的を果たす、その機会がやってきた。視線の先には、かつて自分の目指す先を示してくれた、今では伝説と呼ばれる漢が佇んでいる。

ボクシングの強さを示すため、自分の積み重ねたモノを、目の前の伝説に全てぶつける。

彼は、伝説に打ち勝つことができるのか。

 

 

「まさか三矢田の試合が見れるなんて、来てよかったぜ!」

 

目の前の光景に一夏は興奮していた。三矢田と言えば、たびたびスポーツニュースに取り上げられる、日本の英雄。興奮するなというのは無理な話だ。

 

「あの選手は有名なのか?」

「ああ。中学の時は、男子の間じゃあ知らない奴はいないくらいだったからな!なんせ日本の英雄だぜ!」

 

興奮した様子そのままで箒に説明する。その興奮っぷりに周りは若干引いているくらいだ。

 

「相変わらずねぇ。んで、あっちの方はどうなの?」

「川戸さんですか?」

「伝説って言ってたけど、川戸さんってそんなに凄いの?」

 

一夏に呆れつつ、鈴とシャルは川戸についてセシリア、ラウラに尋ねる。

 

「わたくしも実際に観た訳ではありませんが、織斑先生が言うには、今でも世界を取れるほどの強さらしいですわ」

「そうなの?」

「教官曰く、歳こそ取ってはいるが、その実力はまったく衰えていないどころか、更に洗練されているらしい」

 

その言葉を聞き、鈴にシャル、箒、一夏は驚く。そして鈴は思い出した。ジムにあったあの常識外のサンドバッグ、アレを常に扱っているのが誰なのかを。

 

カアァーーーン!!

 

「ゴングが鳴ったぞ」

「いったいどっちが勝つんだ!?」

 

 

両腕を顔の前で合わせたピーカブースタイルのまま、ジリジリと距離を詰める三矢田。対する川戸はアップライトに構え、軽くリズムを取りながらゆっくりと三矢田の周囲を回る。

 

『静かな立ち上がりとなりました。伝説対英雄、日本屈指のストライカー同士の対決。解説席には、現日本女子フェザー級キック王者であり、第六試合で見事勝利を収めた吾孫江蓮の姉でもあります、吾孫雪華選手にお越しいただいております』

『よろしくお願いします。江蓮見てるー?さっきの試合でランキング上がっただろうから、アンタも早くチャンピオンになりなさいねー』

『麗しい姉妹愛ですね。さて、吾孫選手、どう見ますか?』

 

リングの上では、二人の選手は未だ接触せずに、お互いの様子を見ている。

 

『そうですね。三矢田選手は今のボクサーの中で最も勢いのある選手。対して川戸さんは一度リングを降りましたが、一度もリングに沈むことはなかったですから、身内贔屓を抜きにしても予想付かないですね』

『成程。もしかしたら我々は、歴史的な瞬間を目撃することになるかもしれませんね』

 

その時、リング上で動きがあった。

 

「シッ!」

 

三矢田が一気に距離を詰め、目にも止まらぬジャブを放つ。

 

『高速のジャブ連打!空気を切り裂く音がここまで聞こえてくる!』

『まるで機関砲ね、ジャブとは思えないわ。でも……』

 

ジャブとはいえ、喰らってしまえば只では済まないと思えるほどの強打である。

 

「ッ!?」

 

しかし、その悉くを川戸は躱し、捌き、受けても衝撃を流していた。

 

『おおっとこれはっ!?川戸選手、三矢田選手の強打の嵐を前に、見事なテクニックで対応している!』

「チィッ!」

 

この状況に三矢田も動きを変え、ストレートやフックを織り交ぜたコンビネーションで攻める。

しかし川戸はそれをも捌くと、三矢田の足に蹴りを打ち込む。

 

「フッ!」

「くぁっ!?」

『強烈なロー!!まるで鞭で打たれたかのような音がここまで響いてきます!』

『アレ痛ったいのよねえ』

 

しかし、三矢田は動きを止めず、なおも前に出続け強打を繰り出す。

 

『なんと三矢田選手!川戸のローをもらっても全身を止めない!』

『まともにもらったわけじゃないからね。川戸さんも様子見だったろうし』

 

川戸はまたもやうまく捌くと、フットワークを使って三矢田の横に回る。

そして、お返しとばかりに鋭いジャブを突き刺す。

 

「くっ!?」

「シッ!」

 

そのままワンツー、ミドルと繋げる。三矢田もガードはするも、川戸の蹴りはそのガードした腕にダメージを残した。

 

『バックステップで距離を取った。一度仕切り直しか?』

『腕のダメージが心配ね。川戸さんの蹴りにとって、ガードはガードにならないからね』

 

今度は川戸が距離を詰め、ジャブ、フックからローキックを繰り出す。パンチはガードするが、今度はまともにローをもらってしまった。

しかし三矢田は、その蹴り終わりにステップインで距離を詰めると、左フック、右アッパーを繰り出す。フックは軽くもらってしまうが、アッパーはしっかりガードする。

 

『ローをまともにもらってすぐ攻めれるなんて、流石は世界チャンピオンね』

「シィッ!」

「ッ!」

 

更に三矢田は距離を詰め、強烈な左ボディを叩き込む。しかし、川戸はヒットの瞬間肘を下げてブロックし、続く右フックも左手で二の腕を押さえてストップさせると、左足を上げ三矢田のボディに正面から蹴りを突き刺す。

 

「かっ!?」

『前蹴りが炸裂!たまらず吹き飛ばされた!』

『綺麗に刺さったわね。呼吸出来てるかしら?』

「シャッ!」

 

川戸は空いた距離を詰め、三矢田に組み付くと両手で首を抑え、膝をボディに突き刺していく。

 

『おおっと捕まってしまった!これは危険な体勢です!』

『下手にガードすると腕折れるからね。これは苦しいわよ』

 

必死でもがき、何とか首相撲から逃れるも、待っていたのは想定外の一撃。

 

「かっ!?」

『離れ際に肘ーぃっ!これは強烈だあっ!』

『クリーンヒットはしなかったけど、効いたでしょうね』

 

そのままラッシュを仕掛ける川戸。しかし、三矢田は逆に肩からぶつかり、ラッシュをストップさせると、身体を捻ってショートレンジのアッパーを繰り出す。

 

「ぐっ!?」

 

ガードはしたものの、その強打に押されて下がってしまう。

 

『アッパー炸裂!あまりの衝撃に川戸選手後退したーっ!』

『流石世界を取った剛腕ね。ショートでも威力は十分か』

 

再び両者の距離が開く。両者とも構えを取り直し、三矢田はピーカブー、川戸はアップライトの構えをとり、相手の出方を見る。

 

『ここでいったん仕切り直し。吾孫選手、これからどうなりそうですか?』

『そうですね。恐らくこの試合……』

 

仕掛けたのは三矢田。その脅威のダッシュ力を以って、一気に距離を詰める。

 

『1Rで終わるわね』

『え?』

 

接近した途端、左のジャブから右のフックに繋ぐ。川戸もそれをガードしながら合わせて打撃を返す。しかし相手は世界屈指のハードパンチャーとなった日本の英雄。乱打戦では分が悪く、徐々にだが押され始め、ついにはコーナーの近くまで押されてしまった。

 

『追い詰めた三矢田!このまま滅多打ちかあ!?』

 

しかし川戸もこのままやられない。右のショートフックから左ひざを繰り出すと、そのまま脛を当てて三矢田のこれ以上の接近を阻止。

 

「チィッ!」

 

更に、放たれた左ジャブに合わせて組み付くと、そのまま足を払って三矢田をリングに倒す。

 

「ぐぁっ!」

『おおっと投げ倒した!川戸選手、見事ピンチから脱しました!』

『ボクシングじゃ反則だけど、ムエタイじゃ投げは立派な技術だからね。これは三矢田選手も面食らったでしょう』

 

三矢田が倒れている隙に距離を取る川戸。すぐさま立ち上がるも、すでに両者の距離は空いている。

再び距離を詰めようとするも、足に痛みが走り、動きを止めてしまう。

 

「くぅっ!?」

『三矢田選手の動きが止まった?!』

『あれだけローを受けたんだから、当然よ』

 

しかしその眼にはいまだに闘志の炎が燃え盛り、構えをとったまま川戸を見据えている。

 

 

「さ、流石三矢田だぜ。ボクシングのテクニックだけであそこまで闘うなんて!」

 

試合を見て、一夏も更にヒートアップし、興奮した様子で観戦している。

 

「確かにすごいけど、ちょっと受けすぎじゃない?」

「そうだな。ミドルはともかく、ローキックのカットすらしていない。あれでは足にキているだろう」

 

三矢田の闘い方に、鈴とラウラは冷静に苦言を呈し、それに周りの女子達も頷いている。

しかし一夏は彼女らの方に振り向くと、熱く語り始めた。

 

「お前らは何も分かっちゃいない!ボクシングには蹴りはないし、ましてやその防御の仕方もボクシングのテクニックにはない。三矢田はボクサーとして、ボクシングのテクニックだけで闘っているんだ。だから不利になると分かっていて、敢えてキックの防御をしないんだ!!」

 

三矢田はこれまでも、ボクシングの技術だけで強豪クラスのキックボクサーをリングに沈めてきた。全てはボクシングの強さの証明のため。その誇りのため。

 

「いいぞお三矢田あぁー!頑張れえー!!」

 

その誇り高き姿に、少年達は魅せられた。一夏もその一人だ。

誇りを胸に抱いた男の偉大な背中に向かって、精一杯の声援を送る。それが、今の彼にできる唯一のことだった。

 

 

(足が、鈍い……)

 

キックへの挑戦の中で、当然三矢田は数々の蹴りを受けてきた。ローキックなぞ数え切れないほどだ。しかし三矢田は、そのボクシングへの誇りから、カットは一切使わず、代わりにいくら打たれても耐えられるよう、徹底的に脚を鍛え、鋼の如き堅牢さを手に入れた。そのお陰か、今まではいくらもらってもこれといったダメージも少なく、その機動力を奪われることはなかった。

しかし今回の相手は今までの相手とは格が違った。伝説と呼ばれた男の脚は、鋼をも蹴り砕く。

 

(だけど、それが何だ!!)

 

しかし、三矢田は前進を止めない。痛む脚に力を込め、その驚異のダッシュ力をもって距離を積める。

 

『なんと!?ダメージを負ったかに見えた脚で、なんという踏み込みだあぁー!?』

(脚が鈍くても、近づけば殴れる!)

 

その三矢田に対し、川戸は前蹴りを繰り出して迎撃。しかしヒットの瞬間三矢田は体を捻り、川戸の蹴りは表面を滑っただけに終わった。

そして捻った体を戻すと同時に右のフック。何とかガードするも、その豪腕はいとも容易く突き破り、襲撃によって川戸のバランスが崩れる。

 

『強烈な右ぃー!ガードの上から叩きつけたあー!』

 

更に振り抜いた体を切り返し、左のボディを打ち込む。

川戸は肘を下ろしてガードするも、三矢田の拳はミシリとその上からめり込み、ダメージを与える。

 

「くっ!?」

 

まるで鉄球が打ち込まれたかのような痛みに思わず顔をしかめるが、すぐに体勢を直し左を返す。しかし、そこに三矢田の姿はない。

 

『上体を沈めて躱したぁー!川戸の左が空を切るー!』

(もらった!)

 

かがんだ三矢田はそのまま足のバネを使い、上方向に拳を繰り出す。

その拳は、吸い込まれるように川戸の顎へと向かい、その勢いのあまり、川戸の身体が宙に浮く。

 

『強烈なアッパー!!川戸の巨体が宙に浮いたー!?』

 

打ち上げられた川戸の身体は、宙に浮いたまま後方に反っていき、数瞬の滞空の後、リングへと横たわる様に落ちた。

 

『そしてそのままダーウンッ!まさかのまさか、伝説が倒れたあぁー!!』

『流石の剛腕ね。あんなの喰らったらひとたまりもないわ』

 

レフェリーにより三矢田はニュートラルコーナーへと下がり、ダウンカウントが始まった。

 

(頼むから立たないでくれ……)

 

そしてカウントが9を数えた時、川戸は何もなかったかのように軽やかに立ち上がった。

 

『立った、立ちました!ダメージはどうなのか?!』

『多分そんなないでしょうね。カウント9まで休んでいたというところでしょう』

 

レフェリーは川戸の様子をチェックすると、続行可能と判断し、試合再開の合図を出した。

 

『第1ラウンド残り1分!』

(そうだよな。アンタはそんな簡単に沈まないよな……なら!)

 

再開直後、その脅威のダッシュ力で再び接近した三矢田は、川戸の迎撃を受けながらも懐へ潜り込み、左ボディを放つ。川戸はそれを、今度は膝と肘の両方を使って防御する。

 

『またもやボディー!しかし今度はガッチリとガードしたぁー!』

 

打った左を戻し、今度は左フックを打ち、それがガードされると今度は右のアッパーを繰り出す。それをスウェーで躱すと、川戸はその流れで膝を繰り出し、三矢田の鳩尾に突き刺す。

 

「カフッ……ぐっ!」

『止まらない!膝をまともにもらっても、三矢田の前身は止まらないー!!』

 

三矢田はそのまま肩で押し込むようにぶつかり、川戸のバランスを崩しつつ若干のスペースを空けると、前傾姿勢を取ったまま上半身を左右に揺らす。

 

『こ、これは!三矢田の十八番の……!』

(伝説の男……この人を相手にして、出し惜しみはしない!!)

 

段々とペースが上がっていき、更に三矢田は、その勢いを利用して高速のフックを放つ。

 

「ぐっ!?」

 

ガードするも受けた腕がビリビリと痺れるような錯覚がするほどの威力に、川戸は眉をしかめる。

 

(行……っくぞオオォォ―――!!)

 

振り抜いた身体が戻る反動でまたフックを放ち、その反動でまた、更にその反動で……いつしかリング上では、三矢田による高速フックの嵐が吹き荒れていた。

 

『デンプシイィー・ロオォールウゥ――――!!!』

 

無限()に続く拳の連打が、川戸の身体を打つ。

 

『かつて日本を制し、世界のベルトを守ってきた三矢田の必殺技!その姿はまるで暴風雨!!』

『前傾姿勢で体重を乗せてパンチを打つ……近代ボクシングじゃ当たり前だけど、あそこまで昇華させたとなると、ジャック・デンプシーも喜んでいるでしょうね』

 

ただ回転が速いだけでなく、一発一発が芯に来る重さのフックの連打。それにより川戸の身体は徐々に下がっていき、ついにはロープを背に背負うまでになった。

 

『ロープを背負った!これは危険だ!!』

(……いける!)

 

三矢田は確信していた。このままいけば、あの伝説の男を仕留めきれると。三矢田はこの技、デンプシー・ロールに絶対的な自信を持っていた。ある日、昔のボクシングのビデオで見て以来魅了された、ある日本人ボクサーが使っていた技、デンプシー・ロール。そのボクサーはフェザー級の選手であったが、その威力は目を見張るものであった。

それ以降、三矢田は時代に逆行するように、デンプシーを使いこなすために鍛え始めた。そのおかげか、三矢田は当代最高のインファイターとして名を馳せ、そしてデンプシー・ロールを放つ姿は、吹き荒れる暴風雨のようだと、世界中のボクサーから畏怖されることとなった。

 

(このデンプシーで、俺は……伝説を超える!!)

『さらに回転が上がった!三矢田、これで仕留めることができるか!?』

 

事実三矢田の左右のウェービング速度は上がり、それに比例するように拳速も上がっていく。

このまま川戸のガードを突き破り、伝説超えを果たすのも時間の問題に思える。

 

「――――――っ」

『ど、どうしたことかあー!?三矢田の動きが止まって―――っ!?』

『うわぁ、川戸さんエッグいことするわねー』

 

……そう、思えたのだ。しかし伝説は、そう簡単には超えさせてくれない。

 

『ひ、肘だっ!!川戸の肘が、三矢田の拳にめり込んでいるうー!!?』

『あの速度にカウンターで縦肘合わせるとか、まだ眼は衰えてないってとこね。下手したら折れるってのにね』

 

肘という、人体でも最も硬い箇所。しかも川戸の肘は、想像を絶する鍛錬により驚異的な硬さを誇り、そこに三矢田は自身のスピードを乗せて拳を叩き込んだのだ。三矢田も生半可な鍛え方はしていないので、グローブの厚さもあり拳は砕けなかったものの、その痛みは地獄の如き激痛だろう。

しかし―――。

 

(だから……何だってんだっ!!)

 

三矢田の闘志は、未だ消えず。片方が使えぬなら、もう片方でぶん殴るだけ。身体を返し、更に連打を続けようとした。その時!

 

「シュッ!」

「ぐほっ―――!?」

 

川戸は三矢田の首を抑え、そのどてっ腹に左膝を突き刺す。

 

『首相撲からの膝ーっ!三矢田の身体がくの字に曲がる―!!』

 

そしてそのまま左のショートレンジアッパー、右のショートフックと繋げ、その振り戻しで左ボディを突き刺す。

 

『離れ際に連打!お株を奪うかのような強打の連続!!』

 

左拳を引き、下がった頭に左のスマッシュを叩き込み、それにより三矢田の頭が打ち上げられる。

その直後、川戸の左足が消え、三矢田の頭に衝撃が走る。

 

『き、決まったあぁー!!世界を獲った、川戸の左ハイキックうぅー!!』

『やばいわね、結構まともにもらったわよ』

 

鋭く、的確に三矢田の頭を打った蹴りは、確実に三矢田の意識を奪いつつあった。

世界のベルトを獲り、誰にも敗北しないまま、絶対王者として君臨した男。その片鱗を今、三矢田は己の身体で体感した。衝撃により揺らいだ身体は、重力に抵抗することもなく、マットに吸い込まれていった。

 

(――――――それが)

 

ダァンッ!!

 

しかし、三矢田の意思は、想いは沈まない。

 

(どうしたああああっっっっ!!!!)

 

その脚で、強く……強くマットを踏みしめ、身体を支える。今ここでマットに沈むことは、ボクサーとしてのプライドが、矜持が、かつての決意が許さなかった。

 

『倒れない!未だ三矢田、日本の英雄は、沈みはしない!!』

『凄いタフネスね。いや、これはもっと別の何かか』

 

しっかりと両足に力を入れ、マットを踏みしめ折れた身体を起こして拳を構える。そして、その双眸で、越えるべき目の前の相手を見据える。

―――しかしその視界は、すぐに奪われた。

 

メギョッ!

 

(―――あ……)

 

三矢田が顔を起こした瞬間、その顔面にそれは突き刺さった。

 

『じゃ、ジャンピングニイイィィ―――ッ!!三矢田の顔面に、深々と突き刺さるううぅぅ―――!!』

『容赦ない一撃……でも、それが川戸翔という男なのよね』

 

川戸の跳び膝蹴り。その衝撃により、三矢田の身体は後方に反れていき、そして……リングへと仰向けに倒れ込んだ。

 

『ダウゥゥ―――ン!!強靭なタフネスを誇った三矢田が、リングへと崩れ落ちたああっ!!』

 

レフェリーが川戸と三矢田の間に割って入り、川戸がニュートラルコーナーに下がったのを確認すると、三矢田の様子を確認する。

そして……両腕を頭上で交差させると、ほどなくしてゴングが打ち鳴らされた。

 

カンカンカンカーン!

 

試合の終了を宣告するゴングの音が、会場内に響き渡った。

 

『1R2分32秒、KOにより、川戸翔選手の勝利です』

オオオォォォオオ!!

 

たった、それだけの時間であったものの、とてつもなく濃厚であり、何より会場にいる全ての人間は、伝説の、伝説たる所以を目の当たりにした、そんな時間であった。

 

『凄まじい……これが絶対王者、これが伝説!!川戸翔、ここに、完・全・復・活!!』

『引退してないから復活はちょっと違うけど……おめでとうございます、川戸さん』

 

会場内は伝説の復活に湧き立ち、盛大な拍手に包まれていた。その向く先は、勝者の川戸だけではなく、敗れはしたが、ボクサーとして勇敢に闘った、三矢田にも向けられている。

試合後、気絶したまま担架で運び出された三矢田に、その拍手と声援が届いていたかは、定かではない。

そしてリング上では、川戸がマイクを持っていた。

 

「えー皆さん。長いことリングを空けていましたが、俺は戻ってきたぞおぉー!!」

 

その言葉に、会場内から拍手が飛ぶ。

 

「ありがとう。今日の試合は、俺の復帰戦として、かなりいい試合だったと思う。対戦相手の三矢田は、流石ボクシングで世界を獲っただけあって、結構手強かった」

 

「だが」と一つ置いて、川戸はさらに続ける。

 

「勝ったのは俺だ!いいか三矢田、ボクシングの強さを証明したいんなら、もっと荒波に呑まれろ!呑まれて、打たれて、己を磨け!そして強くなったら、また俺に挑戦して来い!!」

 

三矢田への激励に、更に会場の観客達は歓声と声援を送る。

 

「俺もそれなりの地位になっとくからよ。さしあたり、また世界のベルトでも獲っておくとするか!それを奪うつもりで頑張りな!!会場の皆さん!!次がドラゴンピット10周年記念興行最後の試合だ!!一瞬たりとも見逃すんじゃねえぞ!!それじゃあ、また会おう!!」

 

そう言い放ってからリングを降りる川戸に向かい、会場内から盛大な拍手と歓声が沸き起こる。

かつて世界を舞台に、絶対王者として君臨し、伝説となった男の背中は、とてつもなく大きく、観客達はその背中に期待を寄せて見送った。

 

 

「川戸さんって、あんな強かったんだ」

「あんな凄い人に僕たち、送迎してもらってたんだね」

 

壮絶な試合内容に、鈴とシャルは驚いたようで、特にジムへ送迎してもらったときなどとはまるで別人のような川戸の姿に、なにやら複雑な気持ちになっていた。

 

「ま、マジか……あの三矢田が……」

「い、一夏……」

 

一夏は驚愕していた。日本の英雄、男子の憧れの存在が、1RでKOされたのだ。無理もあるまい。

心配した箒が、どう声をかけるか迷っていると―――。

 

「うおおおおっ!!やっぱ三矢田はカッコいいぜ!!」

 

その心配は杞憂であった。一夏は先程の様子が嘘のように、高らかに声を上げた。

 

「何度もクリーンヒットしたのに倒れない不屈の闘志!そして最後まで貫き通したプライドのボクシング!!くぅ~っ痺れるぜ!!」

 

その様子に、周りもさすがに呆れたのか、だれも止めようとはしなかった。只箒だけが、静かに微笑んで見守っていた。

 

「三矢田あーっ!あんたはやっぱし俺等の憧れだあーっ!これからも応援するから、頑張ってくれえーっ!!」

 

―――セミファイナル Who is KING of STRIKER

 

○川戸翔 1R2分32秒 ジャンピングニー 三矢田和歩●

 



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第四十八話 メインイベント

時は来た。それだけだ。


―――何故、このジムを起てたのか……

 

『俺が先生から教わった、本当のプロレス、原初のレスリングを残すためですね。見せかけではない、本当のテクニック、そのための精神などを、若い人達に受け継いでもらいたい』

 

―――本当のレスリングとは……

 

『レスリングの歴史は古く、うん千年以上……少なくとも古代エジプト時代には既にあったと言われています。その長い歴史の中で磨き上げられた、真に理にかなっている技術を用いる……要するに競技化される前のレスリングです』

 

―――現代のレスリングとの違い……

 

『昔よりはマシですがね。ソクラテスの言葉を借りるなら、理論だって説明できるのが技術であり、そうでないのは迎合だと。競技化して、観客や一部の選手に迎合してからレスリングは変わってしまった。身体能力や勝敗にこだわりすぎて、理論がない。理論がない、ということは基本がないと言うことでもある。だから我々は基本を大事にしている、基本を身につければ、そこから様々な状況で応用が効きますから』

 

―――それは、今や多くのレスラーが忘れてしまったもの……

 

『だからこそ今、若いレスラー達にはこの基本を身に付けてほしい。そして、これからも受け継いでいってくれる、それが、先生の代から続く、俺達の願いです』

 

―――ジム設立以前からの彼の信念。それは確かに、ジムのメンバーに伝わっている……

 

 

『今の時代、格闘技って色々な種類がありますけど、それでもここを選んだのは、やっぱり風間さんの存在が大きいです』

 

―――そう語ったのは、ドラゴンピットの若き職人、黄坂瑠璃。ドラゴンピットでデビューした彼女は、デビュー当時から風間の教えを感じさせる、基本に忠実な試合を展開していた。

 

『私も始めるまでは気づかなかったんですけど、レスリングって、力や技、スピードじゃないんですよ。風間さんと初めて組んだとき、正直驚きましたね。全く力が入ってないんですから……。だからといって手を抜いてる訳じゃないんです。風間さんが言うに、余計な力が入るとフィーリングが狂うと……ハッとしましたね。そのとき漸く気づきましたよ、レスリングで一番大事なのは、フィーリングだって。だからこそ惹かれるんだと思います』

 

―――力で勝てばいい、スピードで勝ればいい。そんな風潮を否定し、フィーリングを重視するその考えは、例え理解できなくてもその試合を観た者の心に深く残る。

 

 

―――そして、その考えに共鳴し、多くのレスラーが彼の元に集まった。この男もその一人……。

 

『You are Boring!もっと楽しませな!』

 

―――佐渡悠哉。アマレスでは無冠であったこの男は、自分を変えたいと、ジムの門を叩いた。

 

『今までやってたことを捨て、新しい自分にならなければ、あの現状は変えられなかった。もちろんすごく悩みましたよ。だけど、変わろうとしなけりゃ何も変化しない。勇気を出して一歩踏み出したからこそ、今の俺がある』

 

 

『皆見た目に囚われてるんですよ。だからその本質に気づけない。視覚で見るんじゃなくて、フィーリングで感じなければね。筋肉やスピードは年を取れば衰えるけど、フィーリングは死ぬまで鍛えることができる。だからこそレスリングは面白いんですよ』

 

―――今、ドラゴンピットでは、一般プロ問わず多くの人間が集い、稽古に励んでいる。学生から年配者まで、風間の元で同じように練習し、汗を流す。

 

『今いる若い選手の中から、次代のプロレス界を背負う選手が生まれてくれれば、これ以上に嬉しいことはないですね』

 

―――今回、ドラゴンピットから若手を中心に多くの選手が出場した。この大会を機に、彼らが更に成長してくれることを期待して……

 

『だからメインには、あいつらの指標になってくれるような選手を選びました。彼らなら、きっといい試合をしてくれるでしょう』

 

―――今大会もいよいよ大詰め。さあ刮目せよ!現代に甦った、真のプロレスの姿を!!

 

―――メインイベント、"This is Pro-WRESTLING!!"60分一本勝負!!アルフ・C・ディケージ&矢杉一成VSカール・レオ&ドラゴン・マシン!!

 

 

セミファイナルまでとは違い、会場内は、厳かな雰囲気に包まれている。

 

『青コーナーより、アルフ・C・ディケージ、矢杉一成―――"ジ・ハングズマン"の入場です!』

 

(入場曲:『雷撃走る』牧野忠義)

 

今大会のトリを務める戦士達、その第一陣の入場が始まる。

 

『今現在、この二人程、日本マット界を書き乱したタッグチームはないでしょう。大和プロレスでのタッグ王座奪取に始まり、プロレスリングビザーレでは外敵として、東條丈士やジョセフと抗争を繰り広げた二人組、それが"ジ・ハングズマン"、ディケージと矢杉なのです!ルール無用のラフ殺法も去ることながら、この二人の本当に恐ろしいところは、正統派としても通じる、確かなレスリング技術!あるときは悪魔のように、またあるときは冷徹な機械のように正確に、只のヒールではここまでできない。プロレスに、ヒールに誇りを持っている、これこそが彼らの強さの秘訣なのかもしれません……さあ入場して参りました!"イタリアの知将"ディケージ、"アンデッドガイ"矢杉!ディケージは不適な笑みを浮かべ、矢杉はハードコアマッチの繰り返しでできた顔の傷を疼かせながら、リングへと向かいます。腰には先月獲得したビザーレのヘビー級タッグのベルトを巻いております。さあそして、今代最強ヒールタッグが、荒々しい祝福を届けに今、リングイーーーンッ!!』

 

記念すべきこの興行、彼らは普通の祝福に来たわけではない。何が起こるのか。それは試合が始まるまでわからない。

 

『赤コーナより……"肘擊の金獅子"―――カール・レオ選手の入場です!!』

 

(入場曲:『とべ! グレンダイザー』ささきいさお)

 

この日の為に呼ばれた、風間が認めた男が、これより入場してくる。

 

『かつて、たった数度の来日で、我々の心を虜にしたこの男。その強烈なエルボーで、数々の強敵をマットに沈めてきたマスクマン、カール・レオ。全く無名の選手でありましたが、基本に忠実、堅実なレスリングと、その紳士的な性格によって、一躍トップレスラーの一人にまで上り詰めました。その後、長らくマットを離れていた彼が、盟友風間の呼び掛けに応え、祝福するために、遠いフランスの地から数年ぶりに来日。我々は再び、金獅子の闘いを目撃することが出来るのです!!ああっと!"金獅子"カール・レオがその姿を表した!!ブランクがあるとは思えない分厚い肉体!そして獅子の意匠を凝らしたマスク!あのときと変わらぬ姿で、フランスの獅子王が我々の前に姿を表したーっ!!貫禄のある足取りで、ゆっくりとリングへと向かっていきます。その視線は鋭く、対戦相手を見据えています。さあリングサイドから、コーナーへ登った!!カール・レオ!今、リングへと降り立ったーあっ!!』

 

煌めく鬣を靡かせて、フランスの金獅子が今、四角いジャングルへと馳せ参じた。

 

『赤コーナーより―――ドラゴン・マシン選手の入場です!!』

 

(入場曲:『HEATS』影山ヒロノブ)

 

燃え滾るような入場曲をバックに、入場のトリを務める男が姿を見せる。

 

『この男、経歴、実力の一切が不明。確かなことは只一つ、それは風間が、今大会の大トリに相応しいと、直直に指名したということだけ。額にDの文字を刻んだマシンマスクで素顔を隠したこの男は、風間曰く、ドラゴンなマシーンだと。言葉の意味はよく分かりませんが、とにかく凄い選手だと言うのは伝わります。しかし!それだけでは私達は納得することはできません!彼が真に実力のある者なのか、風間が推薦するに相応しい者なのか、それはこれから行われる試合で明らかになるでしょう。さあ入場して参りましたドラゴンマシン!黒のショートタイツとマシンマスクで身を包み、一歩一歩花道を踏みしめながら入場してくるこの男の肉体は、分厚い筋肉に覆われています!その威圧感だけで、彼が真の実力者であると言うのが伝わってきます!彼は一体、私達にどんなレスリングを魅せてくれるのでしょう!?ドラゴン・マシン、リングイィーンッ!!』

 

熱き戦闘機械、全てが謎に包まれた闘士の佇まいに、観客達は息を飲む。

静寂……メインイベントにも関わらず、会場内は静寂に包まれている。

 

『これより、メインイベント、スペシャルタッグマッチ60分一本勝負を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

その瞬間、今大会最大級の歓声が沸き起こり、会場の空気をビリビリと震わせる。

 

『青コーナァー。191cm、106kg。"イタリアの知将"アルフ・C・ディケェージイィーッ!!』

 

不適な笑みを浮かべるはこの男。腹の底を見せぬ異様さは、リング上で浮いているように見えるが、それすらも計算の内か。

 

『182cm、98kg。"アンデッド・ガイ"矢杉ぃぃ……一っ成いぃーっ!!』

 

身体に刻まれた傷は、幾つもの死線をくぐってきた証。数々のハードコアファイターと渡り合ってきた男、矢杉。その覚悟は、生半可なものではない。

 

『赤コーナァー。188cm、105kg。"肘擊の金獅子"カール・レエェーオォーッ!!』

 

黄金の肘を引っ提げて、フランスの金獅子は再び日本の地に舞い戻った。その眼光は鋭く対角線上の獲物を射抜く。

 

『175cm、100kg。"燃え滾る戦闘機械"ドラゴン・マシィーンンーッ!!』

 

謎のマスクマン、その風貌もスタイルも不明であるが、只一つ言えることがある。この男は、間違いなく強い。

 

『レフェリー、柴田京二』

 

レフェリーが選手達をチェックし、コーナーへと下がらせる。先発は矢杉とマシン。ゴキゴキと拳を握る矢杉に対し、マシンは無駄な力を入れず、リラックスした構えをとっている。

……静寂。観客達が、まるで心臓の鼓動が大きくなったかのように錯覚するほど、リングの上は静かであった。

そして―――

 

「ファイッッッ!!!」

 

さあ刮目せよ!最高峰の男達による、最高峰の闘いを!!

 



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第四十九話 回天

半年以上も間を開けてしまった……。
色々浮気もして、読んでくださる読者の皆様に申し訳ないです。

ともかくとして、試合開始です!!
ISのアの字もメインキャラも出てきませんが……


「どおりゃあっ!」

「ぐぅっ!?」

 

高々と抱え上げられたマシンの体が、激しい音をたててリングに叩きつけられた。

 

「ヘイッ、アルフ!」

「オーケー!」

 

合図に合わせて、コーナーに上ったアルフがその巨体をマシンの上に降らせた。191cm、106kgの巨体が、マシンの体を打つ。

 

「ガハァッ!?」

『アルフのサンセットフリップが炸裂!!』

『アイツあれで結構身軽なんだよな』

「よし、行くぜっ!」

 

マシンの頭を掴んで無理矢理起こし、二人がかりで技の体勢に入る。

 

「させるかっ!」

「うおっ!?」

 

しかしレオがアルフへとエルボーを喰らわせて阻止する。

 

『レオがカットに入った!ツープラトンには行かせない!』

「アルフ!?この!」

 

矢杉が背後からフルネルソンに捕らえるが、レオはクラッチを切るとそのまま背後に向けてエルボーを打つ。

しかしそこにアルフが襲撃。お返しとばかりに矢杉と二人掛かりで攻めようとする。しかし!

 

「ドラァッ!」

「うおっ?!」

「セイッ!」

「ガッ!?」

 

復活したマシンがアルフに背後から袈裟斬りチョップを叩き込み、その隙にレオも矢杉にヨーロピアンアッパーカット。

 

『復活のマシン!レオも反撃、ハングズマンの二人を場外に落とす!!』

 

リング上にはマシンとレオ。レオがマシンに近付くとそのままなんと!マシンのマスクに手をかけた!

 

『あーッとこれは!?どういう事だ?!レオがマシンのマスクを、脱がしているーっ!?』

『あー……ここでいくのか』

 

そして完全に紐をほどき、マシンは自らそのマスクを脱ぎさった。そのマスクの下の素顔とは……。

 

『こ、この男はーっ!!??』

 

 

『とうとう始まりましたメインイベント。実況は引き続き、野宮慎介がお送りします。解説席には、先程見事なKOを見せてくださいました、ドラゴンピットキックコーチの川戸翔さんにお越しいただいております』

『よろしくお願いします。しかしなかなかに面白いカードですね』

『そうですね。昨年ベストタッグ賞を受賞したヒールタッグのハングズマンと、復活したフランスの金獅子、更には風間さん推薦の謎のマシンとのタッグマッチですからね』

 

リング上では、四人の益荒男達が睨み合い、観客達は開始のゴングを、今か今かと心待ちにしている。

 

『ハングズマンの先発は"アンデッドガイ"矢杉。対して赤コーナーは……おっと、レオを制してマシンが出るようです』

 

アルフとレオがコーナーに下がり、リングには二人が残る。ギロリと鋭い視線を向ける矢杉に対し、マシンは静かに、肩の力を抜いて立っている。

 

「ファイッッッ!!!」

カアァーーーンッ!!

 

レフェリーの掛け声と共にゴングがうちならされ、決戦の火蓋が切られた。

両者ともまずはゆっくりとリングを回り、相手の出方を見る。

 

『さあ開始のゴングが打ち鳴らされた。両者とも静かな立ち上がりです』

 

次第に距離が縮まり、互いに両手を上げてロックアップの姿勢を作る。

 

「オラァッ!」

「うっ!?」

『おっと矢杉が仕掛けた!』

 

しかし組際、矢杉が放った前蹴りがマシンのボディを打つ。一瞬動きを止めたマシンの隙を逃さず、そのまま左腕を捻り上げる。

 

「でりゃあっ!」

『腕を取った。この辺りは相変わらずヒールと思えない正統派な動きです』

「オラ、どうしたオラ!」

「ふんっ」

 

だがマシンは腕を捻られたまま側転、着地するとマットに背中をつけるようにして回転し起き上がると逆に矢杉の腕を捻り返す。

 

「うぐおっ!?てめえ……っ」

『マシンが取り返す!意外に身軽な動きだ!気のせいかもしれませんが、どこかで見たことある動きです!』

『アイツ正体隠す気あんのかな』

 

マシンは更に矢杉の腕を捻り上げ、後ろ手に極める。

 

「調子に、乗んじゃ……ねえ!」

 

矢杉が後ろのマシン目掛けバックエルボーを放つが、それがマシンの顔を捉えた感覚はなく、虚しく宙を切る。

 

「ふんっ」

「おわっ!?」

 

次の瞬間、矢杉の膝裏に圧力がかかり、マットにうつ伏せに倒された。

 

『なんと!?矢杉がテイクダウンを取られた!?』

『流石鮮やかだな』

 

流れはこうだ。マシンは矢杉のエルボーを膝を落として躱すと、そのまま足首を押さえ、肩で膝を押して同時に足首を引いた。その結果後方に足を掬われた矢杉は前のめりに倒れてしまったのだ。

マシンはそのまま流れるように、矢杉の右足首を矢杉自身の左膝裏で挟むように畳むと、爪先を掴んで引き絞る。

 

「ぐああっ!?」

『レッグロックに移行、滑らかな動きです』

『肘で背中押さえてるから、逃げづらいぞあれ』

 

ギリギリと膝へのダメージが蓄積されていく。矢杉は腕を伸ばし、マシンの顔をフェイスロックで捕らえようとする。矢杉の腕がかかり、無理矢理引き剥がされそうになるが。

 

『おっとこれは!』

 

だがマシンは顔を取られた状態でブリッジを作り、クルリとその場で回転。フェイスロックから脱出しつつ、更に膝を極める。

 

「がああっ!?」

『鮮やかな動きで更に矢杉の膝を極める!』

 

膝を極められながらもマットを這いずり、何とかロープを掴む。

 

「ブレイク!」

 

レフェリーの声がかかると、マシンはすぐに矢杉の足を放し、立ち上がって距離を取る。

 

『ここはクリーンブレイク。場内からマシンに向かって歓声が飛んでいます』

「こ、んの……」

 

ロープに捕まりつつ立ち上がる矢杉。マシンは再び矢杉に接近すると、顎をエルボーでかち上げる。

 

『ヨーロピアンアッパーカット炸裂!そのままチョップの連打だ』

「せいっ!やあっ!」

「ぐうっ!?」

 

胸板に連続して逆水平を叩き込んだマシンは、続いて矢杉の首を捕らえるとそのまま自コーナーまで連れていく。

 

『ここでタッチ、金獅子カール・レオが出てきます』

『久しぶりのリングだが、どう動くかな?』

 

交代でリングインしたレオは、矢杉の背中にエルボーを落とし、そのまま反対のロープへ振る。

 

「シィイヤッ!!」

「がはっ!?」

 

反動で戻ってきた矢杉に合わせてエルボー。その衝撃で矢杉はマットに倒れてしまう。

 

『ロープに降ってエルボー!矢杉をマットに薙ぎ倒したっ!!』

『ブランクがあるとは思えない動きだな』

 

キレのある動きを見せるレオ。そのままロープに走り、反動を利用し勢いを乗せた肘を落とす。

 

『ランニングエルボードロップ!鋭く突き刺さる!』

 

そのままピンにはいかず、矢杉の頭を掴んで起き上がらせる。

 

「調子のってんじゃねえバカヤロウ!」

「グァッ!?」

 

しかし矢杉はレオの手を振り払うと顔面をかきむしって脱出した。

するとそのままレオの頭を肩口に捕らえる。

 

「くらえコノヤロウ!」

「ガッ!?」

『すぐさまスタナーで逆襲!これには金獅子も悶絶ー!!』

 

ダウンしたレオをよそに、矢杉は素早くコーナーに下がり、待機していたアルフとタッチ。

 

『ここでアルフと交代。イタリアキック界の知将と金獅子のファーストコンタクトは、一体どうなるのでしょう!』

「フフフ……」

 

落ち着いた様子でリングインしたアルフはレオの頭を掴み、無理矢理立ち上がらせる。

 

「シィッ!」

「ウグッ!?」

『鋭いミドルが炸裂!』

『流石だな。軸が全くぶれていない』

 

そのまま追撃と言わんばかりに、連続の掌底にキックのコンビネーションで攻める。

ダメージでレオの頭が下がった瞬間、首を捕らえると投げ捨てた。

 

『フライングメイヤーで倒して……』

 

そのまま止まることなくロープに走ると、反動の勢いを乗せてレオの胸板に蹴りを叩き込む。

 

「シィヤッ!」

「ガァッ!?」

『強烈なサッカーボールキックが炸裂した!!これは厳しい!!っおおっと!?』

 

レオを蹴り飛ばしたアルフは勢いそのままに赤コーナーまで走り、待機していたマシンをフロントハイキックで場外に落とす。それと同時に矢杉がリングイン。

 

『ここでマシンを分断したハングズマン!金獅子レオを集中して攻めにかかるー!!』

「立てやオラァ!」

 

二人がかりでレオを起き上がらせる。

 

「オラァッ!」

「グッ!?」

「シァッ!」

「ウガッ!?」

 

矢杉がナックルパート、アルフがミドルキックを交互に繰り出し、レオを追い詰めていく。

 

『これは厳しい!』

『矢杉の拳はハードコア戦をこなしたお陰で屈指の頑強さを誇る。そしてアルフはかつてイタリアキック界を騒がせた程の実力者だ。加えてレオは長い間リングを去っていた、この状況は想像以上にきついはずだ』

「おおぅらっ!!」

「グウォアッ!?」

 

繰り出された矢杉の拳がレオの顔面をとらえ、その衝撃にレオはニュートラルコーナーまで下がってしまう。

更に二人は、レオの腕を掴むと反対のコーナーへ振る。

 

「行っっけえ!」

『矢杉がアルフをアシストして―――』

 

矢杉のアシストを受けたアルフは、レオがもたれ掛かるコーナーのロープを駆け上がりながら、勢いを乗せた膝を顔面に叩き込む。

 

『タイナー!強烈な膝が突き刺さる!』

「ほぅら次だぜ」

「グッ……」

 

アルフは続けてレオの腕を掴むと、反対側の矢杉に向けて再び振る。

 

「させ……るか!」

「何!?」

 

しかしレオは振られた直後に体制を入れ換え、逆にアルフを矢杉に向けて振り返した!

 

『振り返した!連携には行かせない!』

「おわっと危ねえ!」

 

既に走り始めていた矢杉は慌ててブレーキを掛けるが時既に遅し。振り返されてきたアルフと正面から衝突する。

 

『5分経過、5 minutes have passed.』

「シイヤッ!」

「「うおわっ!?」」

『背後からレオがドロップキック!二人同時に蹴っ飛ばした!!』

『相変わらず綺麗なフォームだな』

 

蹴られた勢いでアルフはダウンし、矢杉はそのまま場外に落ちていく。

そのそのままレオはダウンしたアルフを無理矢理起き上がらせると、先程のお返しと言わんばかりにエルボーの連打を浴びせる。

 

『エルボー!ワンットゥエルボー!ロォォリング、エルボー!!』

『ムエタイの肘とは違うが、あれは受けたくないねぇ』

 

エルボーの嵐により、若干グロッキーになるアルフに、追撃と言わんばかりに抱え上げる。

 

『ボディスラムで抱え上げた。溜めに溜めて……落としたー!!』

 

たっぷり時間をおいてからのボディスラム。レオは休まず、悶絶するアルフに向かって跳ぶ。

 

「グハァッ!?」

『その場跳びのニードロップ!そのままピンの体勢』

「ワン、ツー」

「ウォッ!」

 

させじと跳ね返すが、直後レオは次の行動に移っていた。

 

「フンッ!」

「ガァッ!?」

『返した腕を捕らえてストレートアームバー!エルボーだけではない、この辺りの上手さも金獅子カール・レオの持ち味といったところ』

『タイミング絶妙なんだよな』

 

ギリギリと引き絞るが、完全には延びきらない。しかし、腕の力だけで耐えているため、このままでは時間の問題だ。クラッチも組んでいないため、起き上がることも難しい。

ズリズリとマットを移動してロープに向かうアルフ。させじと更に絞るレオ。

 

「ブレイク!」

『何とかロープに届きました』

『タイミングはよかったんだけどな』

 

完全に延びきらせる前に、アルフの長い足がロープにかかる。レフェリーに促されてレオはアルフの腕を放してブレイクする。

 

「ドラッ!」

「グッ!?」

 

離れたレオはストンピングを一発いれてから、アルフの髪の毛を掴み起き上がらせる。

 

「セヤッ!」

『再びエルボー!鈍い音が、会場内に木霊するーっ!』

 

レオは更に追撃の肘を放とうとするが、アルフはそれをブロックすると、お返しと言わんばかりに鋭い肘を返す。

 

「シッ!!」

「グァッ!?」

『肘を返したアルフっ!キック仕込みの鋭い肘が、金獅子の顎をとらえた!!』

『レオの肘がハンマーなら、アイツの肘はナイフだな。アレは中に浸透するぞ』

 

鋭く顎をとらえた肘により一瞬よろけたものの、レオはすぐに体勢を建て直すと更に肘を叩き込む!

 

「グッ!?デャア!」

「ガッ!?フンッ!」

『これは激しい!金獅子と知将のエルボー合戦だーっ!!』

『音が痛いねえ』

 

ゴツッゴツッ、と肉を打つ音が激しく響く。お互いに退くことはない、意地と意地のぶつかり合い。それを目撃する観客のボルテージはぐんぐんと上がっていく。

 

「ドォラッ!」

「ウグッ!?」

 

途中でアルフが返した鋭い膝によりレオは動きを止めてしまう。

アルフはロープに走り、反動を利用して勢いを増してレオ目掛け駆ける。

 

「イィヤッ!」

「ガハァッ!?」

 

だが!ここはレオが一手上をいった!

 

『カウンターのロックボトム!強かに叩きつけた!!』

 

投げたレオはそのままマウントを取ると、アルフの顔面に肘を落としていく。

 

『強烈なエルボーの嵐!これは堪らない!!』

「アルフッ!?」

 

この状況に先程場外に落とされた矢杉が慌ててカットに入ろうとする。

 

「行かせるかよ!」

「なっ!?テメエ!!」

 

しかし、同じく場外にいたマシンがそれを妨害。リングに上がろうとした矢杉を引きずり下ろすと袈裟斬り一閃!チョップを叩き込んだ。

 

「グッ!?」

「オラ行くぞ!」

 

更にそのまま矢杉の頭を掴むと、近くにあった鉄柱に叩きつける。

 

「ガッ!?やりやがったなテメエ!!」

「うぉっ!?」

 

しかしそこはハードコアマッチの申し子、矢杉。すぐさまマシンの頭を掴み返すと、逆に鉄柱に叩きつけた!

 

『うわっ!?放送席まで聞こえましたよ!』

『遠慮なしだな。ま、それがいいんだろうがな』

 

続けて矢杉はマシンの腕を掴むと、思いっきり観客保護用のフェンスに振った!

 

「グォアッ!?」

『鉄柵に振っていった!』

「ウォラ!」

「なっ!?」

 

更にリング上では、アルフがレオのマウントを跳ね返して脱出、二人の間に距離ができる。先に立ち上がったアルフが一気に詰め寄ると、いまだ膝立ちのレオに膝を叩き込む。

その膝はガードしたものの、アルフは更に首を抱えて無理矢理立ち上がらせると、首相撲からの膝連打を叩き込む。

 

「レオッ!っうぐ!?」

「テメエの相手はこっちだ!」

 

リング内に気をとられたマシンにブローを突き刺し、首を捕らえた矢杉。

それと同時にリング上でもアルフが首相撲からレオの首を脇に抱える。

 

「「セリャアッ!!」」

「「ガハァッ!?」」

 

息ぴったりのタイミングでマシンとレオの頭をマットに串刺しにする!

 

『リング上と場外で同時にDDT!まっ逆さまに突き刺さったーっ!!』

『ここからが奴等の本領発揮だな。術中に嵌まるとキツいぞ』

 

逆襲のハングズマン。序盤とは打って変わり、マシン・レオ組が劣勢となるが、果たして二人はハングズマンの苛烈な攻めに耐えきることができるのか?

試合はまだ、始まったばかり―――。



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第五十話 仮面の下は……

やっとできました。

取り合えず、読んでください!!お願いします!!


ついに始まったメインイベント。今回観戦に来たIS学園の生徒達の殆どは彼らのことを知らない。だがそれでも、目の前の試合に熱中していた。

雰囲気も、緊張感も、これまでの試合以上。

 

「す、すげえ……」

 

一夏は言葉がでなかった。プロレスに関しては少し、ほんの少ししか触れていない者にもそう感じさせる、そのような凄みがあった。

 

「動きだけでいったら、他の試合の方が躍動感はある。だがこの試合は……」

「惹き込まれる……何でか分からないけど」

 

箒と鈴の二人も同じだった。目の前の試合に、視線が釘付けにされていた。

 

「ハングズマンの二人のヒールっぷりもさることながら、あのマシンとレオの覆面タッグ、レベルが違う」

「ええ。基本の技術を、あそこまで高い完成度で扱える選手はそうそういません」

 

ジムにて実際に技術を体感したラウラとセシリアの目には、選手達の動きを他のメンバーとは違った見方で捉えていた。

全員が全員、試合に惹かれ、視線を向けるなか、シャルはまた違った思いで試合を見ていた。

 

(……あのライオンっぽいマスクの人の異名、どこかで聞いたことあるような気が……というか、どこかで会ったような……)

 

試合はまだまだ続く。

 

 

「オラァッ!」

「グォッ!?」

 

強烈なDDTを受けダウンした"金獅子"カール・レオを、"イタリアの知将"アルフ・C・ディケージの苛烈なストンピングが襲う。

 

「まだくたばるんじゃねぇぜ」

「うぅ……」

 

レオの頭を掴み状態を起き上がらせると、背後から顎を捕らえ捻り上げる。

 

『チンロックで極めていきます』

『徹底して首を攻めるつもりか』

 

ミシミシと頚を捻り上げると、今度は肘を振り上げ、勢いよく落とす。

 

「グァアッ!?」

『痛烈な一撃!これは効いたか!?』

 

捻られダメージが蓄積していたことで、食らった肘のダメージは予想以上に大きく、レオは悶絶しダウンする。

 

「フフフ……まだくたばるんじゃねえぜ」

「クッ……!」

 

ダウンしたレオの頭を掴んで無理矢理立たせると、またもやその胸板に強烈なミドルキックを叩き込んでいく。

 

「ウッグゥッ!?」

「そらそらぁ!どうした金獅子!」

『鋭く刺さるキックの嵐!さしものレオも動きが止まってしまう!』

「いいぞアルフ!」

 

その光景に、いまだ場外でマシンをいたぶる矢杉が声を上げる。フェンスにマシンをもたれ掛からせ、首根っこを踏みつけているが、やられっぱなしのマシンではない。

 

「フンッ……オラアッ!!」

「うおっ!?ガアッ!?」

 

マシンは踏みつけている矢杉の足、その爪先と踵を掴んで捻り、その痛みで矢杉が足を離したところで更に捻りを加えうつ伏せに倒す。

 

「フンッ!」

「がああっ!?」

 

倒したところですかさず矢杉の足を極める。その手際は鮮やかである。

 

『脱出したマシン、場外で矢杉にお返しの裏アキレス腱固めを極めた!』

「レオッ!!」

 

リング上ではアルフがレオの腕を取ってロープへ振ったところ。跳ね返ってきたレオに長身を活かしたビッグブートを放つ。

 

「何っ!?」

 

だがレオはそれを読んでいたのか、躱して横を通り過ぎる。更にロープの反動を利用して跳躍!アルフの頭を両足で挟み遠心力で投げ飛ばした!

 

「グァアッ!?」

『フライングヘッドシザースホイップだ!まるでジュニアのような身のこなし!』

 

ダウンするアルフを横目に、レオはマットを転がるように自コーナーに戻り、伸ばしてきたマシンの手に触れる。

 

「ズァッ!」

 

気合の声を上げ、トップロープからリングインしたマシンは立ち上がったアルフに組み付くと、肘で顎をカチ上げた。

 

『ヨーロピアンアッパーカット!知将の頭が跳ね上がる!』

『首を引き下げることで身長差をなくし、同時にカウンターの原理でダメージを増量させている。これは効いたぞ』

 

マシンはそのままアルフをニュートラルコーナーに振り、追走式の串刺しラリアット。

下がった頭を脇に抱えるとそのまま走り、リング中央でジャンプ。着地の衝撃でアルフの顔面を叩きつける。

 

『ブルドッギングヘッドロックが炸裂!そのまま返して押さえた!』

「ワン!ツー!」

「ウォアッ!」

 

カウントツーで跳ね返したアルフ。

 

「ふんっ!」

「ガアッ!?」

 

しかしそれを読んでいたのか、返すために伸ばした腕をマシンが捕らえ、肩と肘の関節を極めながらうつ伏せに返した。

 

『こ、これは!?返したと思ったアルフの腕が、サブミッションで捕らえられている!?』

『迂闊だったなアルフの奴。ついさっき十字をとられたから、警戒して海老で逃げたのはよかったが、それが裏目に出たな』

『しかしあの、リバースアームバーですか?ガッチリと嵌まってますね』

『アイツ得意なんだよ、あの入り』

 

本来であれば、アルフのような長い腕は極めにくいが、そこはマシンの上手さか、テコの原理を使われているためなかなか逃げられない。

力任せにアルフが立ち上がると、それを待っていたかのように片足を絡め、スタンディングのアームバーを極める。

 

『まるで蛇のように絡み付くマシンのサブミッションに、知将の顔が歪んでおります!』

『ああも集中して攻められたらもう感覚ないだろう』

 

空いている手をロープに向かって伸ばすが、リングの中央で極められているため、いかんせん距離が遠い。

ならばと抵抗して上半身を起こそうとすれば、マシンはあっさりとロックをはずし、いままで極めていた腕を肩越しに抱えて投げ飛ばす。

 

「グホォ!?」

『流れるように逆一本!キレがあります』

 

投げた後、すぐさま立ち上がったマシンはロープに走る。

反動を利用し、勢いをのせて跳躍と同時に水平に足を突き出し、アルフの喉元めがけて落下した。

 

「カハッ!?」

『怒濤の連撃、ギロチンドロップが炸裂!』

 

カバーには行かず、アルフの頭を掴み立ち上がらせようとするマシン。

だが!突如マシンを襲った背後からの衝撃により、掴んでいた手を離してしまった!

 

『ここで矢杉がカットに入った!ハンマーブローの連打が叩き込まれる!』

『いいタイミングで入ったな。これには流石のアイツも面食らったろう』

 

更に矢杉は鉄槌の振り下ろしからヘッドバットで攻め立て、ニュートラルコーナーへ振る。

 

「どらぁっ!!」

「ぐぉあ!?」

『串刺しランニングエルボー!マシンの顎を打ち抜いた!』

 

ふらつくマシンをコーナーから剥がし、回復したアルフを呼び、二人同時に組み付く。

 

『ツープラトンの体勢に入った!』

「「せーのっ……イリャアアッッ!!」」

 

二人同時のブレーンバスター。軽々と持ち上げられたマシンの身体が、強かにマットへと叩き付けられた。

 

「ぐほぁっ!?」

『ダブルのブレーンバスター!この連携がハングズマンの強み!』

『10分経過、10 minutes have passed.』

 

今度はアルフが倒れたマシンの上体を起こし、矢杉とアイコンタクトを交わすと、二人同時にロープへと走る!

 

「「セイヤアッ!!」」

「がああっ!?」

『サンドイッチシュートが決まった!!これはいくらタフなマシンといえども効いたでしょう!!』

 

イタリアトップレベルのストライカーの蹴りと、ハードコアファイターの激しく叩きつける蹴りの挟撃。まるで金床と鎚のように、マシンの身体に強烈なダメージを与える。

悶絶するマシンに、ハングズマンは更に連携で攻める。

レオがカットに入ろうとするが、そこはハングズマンが一枚上手。アピールを受けたレフェリーが止めているせいでカットに入れない。

だが、ただではやられないのがマシン。矢杉に無理矢理立ち上がらせられると、その手を振り払って袈裟斬りチョップで反撃した!

 

「ディヤッ!おらッ!」

「ぐぅっ!?抵抗すんじゃねえバカヤロウ!」

「ぐあっ!?」

 

しかし、矢杉の鉄拳により動きを止められ、その隙にボディスラムで抱え上げられてしまった!

 

「どおりゃあっ!」

「ぐぅっ!?」

 

高々と抱え上げられたマシンの体が、激しい音をたててリングに叩きつけられた。

 

「ヘイッ、アルフ!」

「オーケー!」

 

合図に合わせて、コーナーに上ったアルフがその巨体をマシンの上に降らせた。191cm、106kgの巨体が、マシンの体を打つ。

 

「ガハァッ!?」

『アルフのサンセットフリップが炸裂!!』

『アイツあれで結構身軽なんだよな』

「よし、行くぜっ!」

 

マシンの頭を掴んで無理矢理起こし、二人がかりで技の体勢に入る。

 

「させるかっ!」

「うおっ!?」 

 

しかしレオがアルフへとエルボーを喰らわせて阻止する。

 

『レオがカットに入った!ツープラトンには行かせない!』

「アルフ!?この!」

 

矢杉が背後からフルネルソンに捕らえるが、レオはクラッチを切るとそのまま背後に向けてエルボーを打つ。

しかしそこにアルフが襲撃。お返しとばかりに矢杉と二人掛かりで攻めようとする。しかし!

 

「ドラァッ!」

「うおっ?!」

「セイッ!」

「ガッ!?」

 

復活したマシンがアルフに背後から袈裟斬りチョップを叩き込み、その隙にレオも矢杉にヨーロピアンアッパーカット。

 

『復活のマシン!レオも反撃、ハングズマンの二人を場外に落とす!!』

 

リング上にはマシンとレオ。レオがマシンに近付くとそのままなんと!マシンのマスクに手をかけた!

 

『あーッとこれは!?どういう事だ?!レオがマシンのマスクを、脱がしているーっ!?』

『あー……ここでいくのか』

 

そして完全に紐をほどき、マシンは自らそのマスクを脱ぎさった。

 

『マスクを脱いだーっ!?マシンの正体はっ!?まさかのこの男!!?』

 

会場内は歓声とどよめきが入り交じった叫び声が埋め尽くしている。

 

「チッ。やはりテメエか」

「ほほう、面白い」

 

全員がその男に見覚えがあった。鍛え抜かれた肉体、それでいてしなやかさが伝わる筋肉。ボディビルダーのような、カットの入った見映えのする肉体ではないが、強者のオーラが滲み出ている。

 

『この男はっ!"ミスター・スープレックス"ッ!!』

 

リングの、会場の中心で、視線は場外の相手に向けたまま、クライマックスを宣言する。

 

『"投撃王"風魔龍輔だああッッ!!!!』

「さあ、お楽しみは―――」

 

観客諸君!ここから先は、まばたき一瞬たりとも見逃すな!!

 

「これからだッッッ!!!!」

 




次回でメインイベントもいよいよ大詰め!


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第五十一話 伊仏決着!

また、かなりの期間が空いてしまいました、謹んでお詫び申し上げます。

あと今回ではまだ決着が付きません。一体何ヶ月かかってるんだって話ですよね……。

でも!納得できる出来だったからこれでよし!


会場内は熱狂の渦に取り込まれていた。それもそのはず、今大会のメインイベントで登場した謎のマシン、その正体がまさかのあの男、かつての日本プロレス界においてその名を轟かせた一人、風間龍輔その人だったのだから。

 

「悪ふざけが過ぎんぞテメエ」

 

場外からリング内へと戻った矢杉が風間へと憎らしげに口元を歪ませながらそう言った。

 

「すまんな、からかうつもりは無かったんだ。だがこのほうが盛り上がるだろ?」

「チッ!出てくんなら最初から素顔で来いやこの野郎!」

 

舌打ちをして、憎らしげな視線を向ける矢杉に対し、風間は笑みを崩さず佇んでいる。

今にも飛びかかりそうな雰囲気であるが、そんな矢杉をアルフが制す。

 

「まあ落ち着けヤスギ。願ってもない状況じゃないか」

「願ってもないだぁ?」

「ああ。大衆の眼前で、あのカザマを血の海に沈めれば、オレ達は名は更に売れ渡るぜ?」

 

アルフの言葉になる程、と頷いた矢杉は大人しく引き下がる。

 

「血の海に沈める、か。人気者は辛いね」

「あぁっ?!ほざいてんじゃねえぞ!」

 

と思ったら、再度沸騰した矢杉が突っかかろうとするが、今度はレフェリーに止められる。

 

「コーナーに戻れ矢杉!それとレオも、今試合権があるのは風魔とアルフだ!」

「チッ!おいアルフ!あの澄ました顔をボコボコにしてやれ!」

 

レフェリーに注意され、睨みを効かせながら下がる矢杉。

 

「分かっているさ。だが、それよりオレは……」

 

そう言ったアルフの視線は、目の前の風間ではなく、コーナーに下がったレオに向けられていた。

 

「あのフランス野郎を蹴り壊したくて、たまんねえのよ!」

「っ!?」

 

言うが早いか、アルフは風間を無視し、コーナーのレオ目指し駆け出そうとした。だが!

 

「っ!?」

 

まるで金縛りにあったかのように、踏み出そうとした足はマットから離れず、ブワッと汗がアルフの全身から吹き出した。

 

「おいおい。無視なんて、つれないことすんなよ」

 

おどけた様子で風間はそう言ったが、発せられているプレッシャーは、重くアルフへと伸し掛かっている。

 

(これが1年以上リングを離れていたレスラーのプレッシャーかよ……冗談にもほどがあるぜ)

 

胸の内で毒突き、アップライトに構える。眉根をひそませながらも笑みを浮かべるが、その表情は重い。

 

「ほう、イイ面になったじゃないか」

「へっ、ぬかせ」

 

ピリピリとした空気がリング上、会場全体を包み込み、それを感じてか観客達は固唾を呑んで二人の動向を見守る。

 

「……」

「……シィッ!!」

 

張り詰めた空気の中、先に動いたのはアルフ。一気にステップインで近づくと、鋭いインサイドローキックを放つ。

狙いは脹脛。命中すれば機動力を削げ、躱されたとしても流れを掴む事が出来る。

 

「ぅおっ」

(なっ!?)

 

意外にもローキックは命中した。だが、その感触にアルフは眉根を歪める。

 

(何だ今のは……だが、ここで畳み掛けねばやられる!)

 

そのままの勢いでアルフは更に追撃のナックルパートを放つ。

風間は腕を上げて防ぐが、本命がまだ控えていた。

 

「シイィヤッ!!」

 

素早くスイッチして放たれたハイキックが、風間の顎目掛けて発射された。

至近距離から、ほぼ垂直に近い角度で放たれたその蹴りは視界の外から飛んでくる。

 

(もらった!)

 

ガキィッ!!

 

激しい衝突音がリング上に響く。手応えあり、そうアルフが感じ取った瞬間!

 

「おいっしょお!」

「なあっ!?」

 

アルフの視界が一転した!

風間はアルフの蹴り足を受け止めると、そのまま組み付いて高々と抱え上げ、勢いよくボディスラムでマットに叩き付けた!

 

「ガアッ!?」

 

更に風間は間髪入れずに近くのロープに足をかけ、それを踏み台にして跳躍。アルフの喉元へとギロチンドロップを落とす!

 

「グハッ!」

「ほいっと。レフェリー、カウント!」

 

足を抱えてピンの体勢。レフェリーがカウントを数えるが、アルフはツーで返す。

 

「ほら立ちな」

「ぐぅ……」

 

風間はアルフの頭を掴んで立ち上がらせると、自分のコーナーに引っ張っていきもたれ掛からせる。

 

「交代だ。カッコいいとこ見せてきな」

「ああ」

 

そして待機していたレオとタッチ。コーナーに下がった風間に代わり、レオがリングへと入る。

 

「フンッ!」

「グァッ!?」

 

リングインしたレオは、コーナーに据え付けられたアルフにエルボーを叩き込む。

そのまま首を取り、ハーフハッチで捕らえるとリング中央へと投げ捨てる。

 

「ウグッ!?」

 

しかしそこで追撃に行かず、仁王立ちのままアルフが立ち上がるのを待つ。

 

「クッソ……いちいち癪に障る野郎だぜ」

「……ふん」

 

アルフは立ち上がると再びアップライトに構え、それに対応するようにレオもゴキリと指を鳴らし、レスリングの構えを取る。

試合はまだまだこれから。

 

 

マシンがマスクを脱ぎ捨て、その正体が明らかとなった瞬間、会場内はざわめきと歓声に包まれた。

 

「あ、やっぱり風間さんだったんだ」

「まあ、何となくそう思っていたけどね」

「雰囲気で丸わかりだな」

「お約束といえばお約束だけどな」

 

IS学園の面々も、やっぱりといった感想を抱いていたようで、特に騒ぎもせず、苦笑いを浮かべていた。……が。

 

「ま、まさかマシンの正体が風間さんだったとは……!」

「全然気が付きませんでしたわっ!」

 

ラウラとセシリアの2名は本気で驚いているようで、目を見開きながら固まっていた。

 

「アンタたちねぇ……」

「あはは……」

 

それを見た鈴は呆れ顔を浮かべ、シャルは苦笑いしたが、リング上でマシン―――風間と交代してレオが入ってくると、再びリングへと視線を向ける。

 

「お、ここで交代か」

「あのレオというマスクマン、見た目の派手さに反して、隙のない堅実な動きをしている……一体何者なんだ?」

 

箒の言う通り、ここまでのレオの動きに派手なところはなく、ほとんどエルボーやサブミッションのみで試合を組み立てている。

しかし、そこに塩気はなく、逆にだからこその試合巧者ぶりが見て取れる。

シャルもレオの正体に疑問を持っていたが、それ以上に気になることがあった。

 

(確かにあのレオって人、相当巧いレスラーなんだろうけど……うん、やっぱり知ってる感じがする。フランス出身って言ってたし、もしかして僕、会っているのかな?)

 

一体カール・レオとは何者なのか。まるで既知のような雰囲気を持つ彼に、シャルは不思議な感覚を覚えながら、彼の試合を見守る。

 

(……違う。会ったことがある、なんてものじゃない。もっと近い……まさか)

 

何か確信めいたものを感じ取ったが、それとは関係なく試合は進む。

 

 

互いに構えて対峙するレオとアルフ。ジリジリとリングを回りながら、隙を伺う。

 

(チクショウ、隙がねえ……下手に打ち込めば捕らえられる。ここはカウンターを狙うか?)

 

先の事もあり、慎重に動くアルフ。だが、知将故の思考の深さが今この瞬間では仇となった!

 

「フッ!」

『先に動いたのはレオだ!アルフ目掛けて突っ込んでくる!』

 

レオの瞬発力は凄まじく、ヘビー級とは思えないスピードでアルフへと組みにかかる。

しかし、そんなことはアルフも織り込み済み。

 

(へっ、しびれを切らしたか。覚悟すればカウンター打たれても大丈夫だと思ってるんだろうが、生憎とそういう相手は慣れてんだよ!)

 

アルフは突っ込んでくるレオ目掛け、左の膝を突き出す。タイミングはバッチリ。アルフの脳裏には、膝が顔面に突き刺さりダウンするレオの姿が浮かび上がった程。

 

『甘いな』

 

しかし!予想していた感触はいつまで立っても伝わってこず、代わりにゾワリとした悪寒がアルフを襲った!

 

「な、んだとぉっ!?」

 

真っ直ぐ向かってきていたはずのレオは、気付けばいつの間にかアルフの右サイドへと回りこんでいた!これにはさしものアルフも度肝を抜かれた。

 

『い、いつの間にか組み付かれているーっ!?』

『アイツ、膝が命中する直前に右へのアウトサイドシングルへと切り替えやがった。あんな芸当ができんのはそうそういねえぜ』

 

気付いたときにはもう遅し。レオは右腕をアルフの右脚へ深く絡め、左腕で腰を抱えると、ぶっこ抜いて後方へ反り投げた!

 

「ディオラッ!!」

「ガアッ!?」

 

更にレオは途中で捻りを加えつつ、アルフを強かにマットへと叩きつけた!

 

『決まった!シングル・レッグ・スープレックスッ!往年の妙技が炸裂した!』

『ピンフォール、サブミッションと、投げた後如何様にも展開出来る。まさに妙技だな』

 

ゲスト解説の川戸の言う通り、レオはそのままピンに行くかと思いきや、アルフの脚を離さずサブミッションを仕掛ける。

 

「グウゥアッ!?」

『アキレス腱固めが極まった!』

 

まるで筋繊維の絞め付けられる音が観客達にも聞こえるかのような極まり具合。

これにはさしものアルフも苦悶の表情を浮かべる。

 

『あれはヤバいな。俺も喰らったことあるが、ホント痛いんだよアレ』

『川戸さんがそこまで言うとは……いかに智将といえども、あそこから抜け出すのは不可能なのか!?』

 

実際その通り、何とか抜け出そうとするが、レオの剛力で締め付けられ、下手に動けば逆に極まってしまう。

ならばとロープに行こうとしても、激痛のせいで力がうまく入らず、まさに八方塞がり!

 

「おらあっ!!」

「グッ!?」

『ここで矢杉がカットに入った!』

 

しかしここで素早く矢杉がカットに入り、レオへとストンピングを落とす。

レオが極めを外してガードした隙に、アルフはリング外へとエスケープ。回復している間は、矢杉がレオを攻め立てる。

 

「オラ立てコラッ!」

 

レオの頭を掴んで無理矢理立ち上がらせ、ナックルパートを打ち込んでいく。

 

「クッ!?ウラァッ!!」

「ぐおっ!?」

『お返しのエルボー!』

 

なんとか隙をついて肘を返すが、その程度で動きを止める矢杉ではなかった!

 

「舐めんなバカヤロウ!!」

「ゴッ!?」

『ヘッドバットオォーっ!!鈍い音がここまで聞こえてきたぁー!!』

 

その一撃で脳が揺れたのか、よろけて膝をつき、頭を押さえるレオ。

そこに、場外にいたアルフから矢杉へと凶器が投げ渡された!

 

 

「これを使え!」

「サンキュー!」

『アルフがリング内へとパイプ椅子を投入!これは危ない!!』

 

矢杉は受け取ったパイプ椅子を大きく振りかぶると、未だ膝をついているレオの背中に向かい、勢いよく振り落とした!

 

ガアァーz_ン!!

 

金属と人体が衝突する鈍く、甲高い音が会場内に木霊する!

 

『ああぁーっ!?あまりの衝撃に、金獅子がダウンしたぁーっ!!』

『クッションないとこでぶっ叩いたぞアイツ』

 

脳が揺れてるところへの凶器攻撃に、さしものレオも耐えれなかったのか、マットにうつ伏せにダウンした。してしまった!

 

「レオっ!?」

 

堪らず風間が飛び込むが、矢杉は風間にもパイプ椅子を突き刺すようにぶつけると、またも思いっきり振り被り、風間の頭部目掛け振り下ろした!!

 

バガアァーz_ン!!

 

『またもや矢杉の凶器攻撃が、今度は風魔へと襲いかかったぁーっ!!』

 

パイプ椅子の座が抜け飛ぶほどの衝撃に、観客席から悲鳴が上がる。

風間はダウンこそしなかったものの、ダメージにより脚が少しふらついている。

矢杉は壊れたパイプ椅子を場外に投げ捨てると、風間の頭を掴み、片脚を大きく振り上げた!

 

「ふんぬっ!」

「がっ!?」

『一本足ヘッドバットが炸裂!パイプ椅子に負けず劣らずの!エゲツない音がしたぞ!!』

 

まるで頭蓋骨が勝ち割れたかのように錯覚した程の衝撃に、悶絶する風間。矢杉はそのまま風間の頭を掴み、場外へと放る。

リング上は再び矢杉とレオに。更に回復したアルフがリングへと戻ってきて、2対1となる。

 

『ここでアルフが復活!レオ、絶体絶命か!?』

「ぅおらっ!」

「セャッ!」

「グォアッ!?」

 

ナックルパートとミドルキックを交互に打ち込まれ、グロッキー状態になったレオを、矢杉が捕らえた。

 

「いくぞっ!アルフッ!」

「OKヤスギッ!」

『これはっ!?今度こそアレが出るのか!?』

「喰らいやがれフランス野郎っ!!」

 

次の瞬間、矢杉がレオをファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げた。

そしてアルフへと合図を送ると、アルフはロープへと走り、反動で戻ってくるとその勢いを使ってレオの首へと飛びつく。

そうなれば当然、アルフの体重により重心がレオの頭の方に寄り、それに合わせて矢杉が倒れ込んだ!

 

「「カタコンベ・バスター!!」」

 

必然!二人分の体重、約200kgの重さと加速を乗せて、レオの頭がマットへと突き刺さった!!

 

『決まったぁーっ!?ハングズマンの必殺ツープラトン、カタコンベ・バスター!!』

『デスバレーボムとDDTの合せ技、相変わらずエグいな』

 

ズシン、とレオの巨体がマットに沈む。そのまま試合権のあるアルフがカバーに入り、レフェリーがカウントを数える。

 

「レオッ!」

 

しかしそこは復活した風間がカットに入ったことで事なきを得た。

 

「テメェッ!邪魔すんじゃねえ!」

「ぐっ!?」

『再び矢杉が風間を場外に落とした!レオは依然グロッキー状態、これはピンチだ!!』

 

安来が風間を場外へと連れ出し、リング上ではアルフがレオの頭を掴み、無理矢理に立たせる。

 

「オラッ!オラァッ!」

「グウゥッ!?」

『鋭い膝の連打!これは厳しいっ!!』

 

膝を打ち込まれ、レオの体力は更に削られていく。

そして、ダメージにより下がってきた首をアルフが捕らえた!

 

「息の根を止めてやるぜ」

『ブレーンバスターの体勢、ここで決めるのか!?』

 

アルフはレオを高々と持ち上げる。このまま落とすのかと思いきや、まさかの意外な行動を取った!

 

「そりゃっ!」

「ッ!?」

 

なんと!後方ではなく、逆に前方へと放り投げた!そんなことをすれば当然、レオはマットへと着地し、相対した状態になる。しかしそれこそがアルフの狙い!

 

「ッしまっ!?」

「今更気付いても遅えっ!」

 

閃光一閃。智将が放つ死神の鎌が、金獅子の眼前まで迫っていた!

 

「シィリャアッ!!」

「カッ―――!?」

 

スパンッ!と空気を切り裂くような音が聞こえた次の瞬間、レオはマットへと倒れ伏していた。

 

『き、決まった―――!アルフの必殺、フィアマ・ミステリオッソオォーッ!!』

『ブレーンバスターフェイントからのハイキック。ありゃヤバいな、軌道が見えづらいからガードしにくいぞ』

 

事実、レオはアルフのハイキックをまともに受けてしまい、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。

これはマズイ、とレフェリーが動こうとしたが、それより前にアルフがレオの身体を蹴って引っ繰り返し、踏み付けて押さえる。

 

「ほらレフェリー、ピンの体勢だぜ」

「―――っワ、ワンッ!」

 

言われて慌てて、レフェリーがカウントを数える。

屈辱的な体勢であっても、レオは動かない。動けない。アルフのハイキックを受け、刈り取られた意識はまだ戻らない。

しかし!そんなレオに、まるで暗闇に差し込む一筋の光のように、ある声が聞こえてきた!

それは―――

 

 

アルフのフィアマ・ミステリオッソが決まる少し前、観客席にて試合を観ていたシャルは、あることを考えていた。

 

(思い出した!澄香が言っていた、父さんの二つ名は『肘撃の金獅子(ライオンハート・エルボー)』。そして、あのレオって人も確か……ということは、本当にあの人が……ああっ!?)

 

しかしその瞬間、レオがアルフの狂蹴によりリングへと倒れ伏した!

 

「あ、あの倒れ方はヤバいっ!?」

「マトモに顎に受けてしまった、アレではもう……」

 

周囲が悲観的な雰囲気になる中、彼女もまた悲惨な光景から目を背けようとした。だが!

 

「―――っ!」

「シャル?」

 

視線を再びリングに向けたシャルロットは、意を決したかのように席から立ち上がった!

 

「頑張れぇーっ!!レオォーーッ!!」

 

そして、あらん限りの声援を、レオへと向けて叫んだのだ!!

その声は、想いは、未だ意識の戻らない金獅子の心を、魂を!再び奮い起こすには十分だった!

 

 

「ツゥーッ!」

 

レフェリーが2つ目のカウントを数え、マットを叩いたとき、アルフは自身の勝利を確信していた。

 

(決まったな。あれを受けて、立ち上がれた奴はいねえ。俺達の勝ちだ!)

 

しかし、確信してたが故に、足元の違和感に気付けなかった!

 

「ス―――」

「フンッ!」

「なっ!?」

 

気づいた時にはもう遅い!

復活したレオが踏まれた体勢のまま、自分の両足を絡めてアルフをマットへと引きずり倒し、そのまま関節を極めにかかった!

 

『な、なんとぉーっ!?終わったかに見えた金獅子カール・レオ、ここで起死回生のアンクルホールドだぁぁあっ!!』

『完全に落ちてた筈だったんだけどな、いや凄いな、彼は』

 

ガッチリと足を絡め、渾身の力を込めて足首を捻っていく。

 

「グウオォッ!?」

「アルフ、ギブアップか!?」

「冗、談じゃ……ねえっ!!」

 

アルフは腕の力を使って一気にロープへと近づき、サードロープを掴む。

 

「ブレイクッ!」

「フン」

「こ、この野郎……!」

 

レフェリーの指示に従い、レオは技を解いて立ち上がる。そしてアルフの頭を掴み、立ち上がらせようとしたが、その瞬間アルフがレオの下腹部へとパンチを叩き込んだ!

 

「グッ!?」

「死にぞこないが……とっととくたばりやがれぇっ!!」

 

そのままレオの腕を掴み、ロープへと振り、反動で戻ってきたレオに向けて蹴りを放つ。

 

「フンッ!」

「なあっ!?」

 

しかしレオは既のところで蹴りを躱すと、そのままアルフのバックへと回り、両腕をダブルチキンウイングで固める。

 

『ガッチリハマっている!タイガースープレックスに行くのか!?』

 

だがアルフも腰を落として投げられまいと耐えている。この状態でスープレックスに行くのは難しいだろう。

 

「セイッ!」

「うおっ!?」

 

しかしレオはブリッジで投げず、真下にシットダウンし後方へと倒れ込みながらアルフをマットへと落とした!

 

『オースイ・スープレックスだっ!またもや妙技が炸裂!』

 

そのままブリッジで固めるのかと思いきや、なんとレオはマットを蹴り、ブリッジを返しながら両足をアルフの足へとフックさせ、再びブリッジで固めた!

 

『こ、これはっ!?フランス式回転足折固め、フランサイス・レッグロール・クラッチホールド!!』

『これはキツイな。なにせかつてのフィニッシュの一つだからな』

 

久方ぶりに披露した名技に、かつてのレオの活躍を知る、会場に来ていた往年のプロレスファン達は驚喜の歓声を上げた。

 

「ワンッ!ツゥーッ!」

 

レフェリーがマットを叩き、カウントを進める。ガッチリと抑えられている為、エスケープは困難に見える。

 

「アルフっ!?」

「おっと、行かせねえよ」

 

パートナーの矢杉も、風間に阻まれ助けに迎えない。

 

「スリ―――」

「ウオオオッ!!」

 

しかしそこは意地か、カウントスリー直前で、アルフはレオを跳ね返した。

 

『返した!そう簡単には決めさせはしない!!』

「やりやがったなテメェっ!?」

 

しかし、アルフが立ち上がろうとした瞬間、レオの肘が超低空から突き上げるように襲い掛かってきた!

 

「フンッ!」

「ガハッ!?」

『ガゼルエルボー炸裂っ!!』

 

体制を崩していた為、まともに受けてしまったアルフの頭はかち上げられた。

更にレオは、そのままの流れでアルフの身体を反らせるようにして首を抱える。

 

『リバースDDTか!?』

『いや、これは……』

 

そして、アルフのタイツを掴むと、踏み込んだ勢いでアルフの身体を高々と持ち上げた。

 

「喰らえっ!」

 

レオは途中で首のロックを外すと、自身の体を反転させ、逆の腕の肘をアルフの首元に当て、そのままマットへと落下した!

 

「トリオンフェ・ドロップッ!!」

 

ドゴォオーーンッッ!!!

 

驚愕!アルフがマットに落下したと同時、まるで処刑道具の断頭台のように添えられたレオの重く鋭い肘が、アルフの首を圧し潰した。

 

「ガッ……アッ……!?」

『き、決まったぁーーーっ!!カール・レオのフィニッシュホールド、トリオンフェ・ドロップーーーっ!!』

『別名、凱旋門落とし。恐らく、頭の中も気道もぐちゃぐちゃだろう』

 

アルフをマットに沈めたレオは、そのまま自分の身体を被せて押さえ込む。

 

「ワンッ、ツゥーッ!」

 

レフェリーがカウントを開始しても、アルフはピクリとも動かない。このまま決まるかに思われた。

 

「ス……」

「おおおらあっ!!」

「がっ!?」

 

だが!そこで風間の妨害を振り切った矢杉がカットに入り、レオをアルフの上から退かした。

 

『矢杉のカットが間に合った!!』

「大丈夫かアルフっ!?」

「ガ、ゴフッ!スマン……助かった……」

 

矢杉が声を掛けると、アルフは弱々しい声でそう応えた。

 

「あとは任せろ。お前は少し休んでいな」

「あ、ああ……」

 

そして、自軍コーナーに引っ張っていくとタッチロープを掴んでアルフの身体を触り、試合権を交代するとアルフと入れ替わりで、再びリングへと入る。

 

「悪い、レオ。抑えきれなかった」

「気にするな、カザマ」

 

そしてレオも自軍のコーナーへ戻り、コーナーサイドに戻った風間とタッチをする。

 

「すまないが、俺もそろそろ限界みたいだ……あとは、任せた……」

「ああ、任せろ。それとな……」

 

交代でリングに戻った風間は、レオへと振り返らずに続けて言った。

 

「お前の勇姿、あの娘もしっかりと見ていたと思うぜ」

「……そうか」

 

それを聞くと、レオは一言だけそう言って、リングの下へと降り、膝を付いた。

そのマスクの下で、口元を緩ませていたのに気付いたのは、極僅かの人数だけだった。

そして、再びリングの上では、アルフの代わりに入った矢杉と、レオと交代した風間が相対していた。

 

『さあ、リング上では限界を迎えた二人に代わり、アンデッドガイ・矢杉と、ミスター・スープレックス・風魔が、静かに向き合っております』

『間には思いっきり火花散ってるけどな』

 

リング上の二人は、ゆっくりとリングを回りながら、お互いの出方を伺う。

 

「……俺はテメエが嫌いだ」

「……」

「リングを一時的とはいえ降りた後も、プロレスファンが望んでいるのはテメエのような正統派ばかり。特にこのご時世になって、団体の数が減ってからはな。そのせいで、俺みてえなデスマッチレスラーの肩身は狭くなっちまった」

 

ゴキリ、と矢杉は指を鳴らす。

 

「だがな、俺はその程度で折れはしない。途中で出会ったアルフと共に生き残った団体に乗り込み、正統派の連中相手に暴れまわった」

 

「だがな」と一拍置き、矢杉は更に続けた。

 

「どれだけ倒そうと、どれだけタイトルを獲ろうと、満たされることはなかった。何故なら!どれだけ闘っても、血を流しても、観客の眼には、常にテメエが写っていたんだからな!!」

 

そこまで言うと、矢杉はフッと笑った。

 

「だがな、そんな惨めな日々も終わりだ。今日、このリングで、俺はお前を沈めて、名実共にトップに立つ!!」

「……ほう」

「さあ始めようぜ!テメエと俺の、最高の舞台をな!!」

「いいぜ矢杉。いい闘志だ……」

 

今度は風間が静かに笑い、矢杉へと向かって言い放った!

 

「勝てるもんなら勝ってみろ!俺の首を獲れるもんなら、獲ってみやがれ!」

「ほざきやがれ!!」

 

正統派として上に君臨した男と、邪道の道を歩み、成り上がった男の、最後の舞台が、今始まる!

さあ、観客共、ここから先、瞬き一つ分も見逃すな!




次回でフィニッシュ!!
文字数は今回より少なくなる予定です。

あと、感想は随時募集しています!
ついでにファンアートも募集してますので、描いて頂けましたら、↓にお願い致します。

@Suplexlove

次回を執筆する原動力になりますので、ドシドシ送ってください!
お願いします!何でもはしませんから!

それではまた次回!!


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第五十二話 フィニッシュホールド

二年もかかってしまい、申し訳ありません。
とりあえず読んでください。


「フンッ!」

「ドリャアッ!」

「ディヤァッ!」

「オオラッ!」

 

試合も終盤。リングの上では、二人の男がお互いの体を激しく打ち合っていた。

 

『激しいエルボーとチョップの応酬!!両者一歩も譲りません!!』

「うぉらっ!」

「グゥッ!?」

 

ここで矢杉が流れを変えるためか、首を掴んで膝蹴りを腹部へと突き刺す。

風間の動きが止まった隙に、矢杉はロープへと走り、勢いをつけて戻ってくるとそのまま風間の顔面を蹴り抜いた!

 

『ランニングのフロントハイーーっ!!』

「やりやがったな……お返しだっ!」

 

蹴り飛ばされた風間はそのままロープへと体重をかけ、反動を利用し勢いを乗せたエルボーを矢杉へと叩き込む!

 

「ぐっ!?舐めんじゃねえ!!」

 

然し、度重なるハードコアマッチで鍛え上げられた矢杉の身体は揺るがず、すかさず風間の腹筋に前蹴りを突き刺す。

更に下がった首を抱えると、反対の腕を振った勢いで横方向にスピン!当然風間の首にも回転の力が加えられる!

 

「うおっ!?」

『首へのドラゴンスクリュー!?これは危険だーっ!?』

 

それだけでは終わらない。矢杉は素早く立ち上がるとダウンしたままの風間の首にニードロップで追撃を仕掛ける。

 

「ぐはっ!?」

「ふん!レフェリー!」

 

そしてそのまま抑え込んでレフェリーを呼ぶが、カウントが始まる前に風間のブリッジによって跳ね飛ばされる。

 

「ちぃっ!?なら!」

 

矢杉は立ち上がる最中の風間を捕まえると、首をひねり上げてから自分の体重の勢いも乗せてマットに叩きつける。

 

「まだまだあっ!」

 

矢杉は止まらず、倒れた風間の上体を起こすと彼の首をその太い腕で絞め上げる。

 

『今度はスリーパー!徹底的に首を狙っているぞ!』

 

数多のタフガイ達を絞め落としてきた魔のスリーパーが風間を襲う。ギリギリと食い込む音が観客達にも聞こえてくるかのようにガッチリと嵌っている。

然し……!

 

「おいおいマジかよ……!?」

 

有利な状況にもかかわらず、矢杉の表情には焦りが見える。そしてその直後、驚くべきことが起こった!

 

『ま、まさか!?あの状態から立ち上がったー!?』

 

首を絞められながら、なんと風間は何でもないかのように立ち上がったのだ!更にそのまま首に巻かれている矢杉の腕を掴むと前方へと投げ捨てた。

 

「があっ!?」

『なんと!一本背負いで反撃だー!首へのダメージはないのか!?』

 

矢杉を投げ捨て、仁王立ちで首をゴキリと鳴らす風間。その様子を立ち上がりながら眺める矢杉は、まるで信じられないものでも見るような目をしていた。

 

「生憎、俺の首はワイヤーでの絞首刑にも耐えれるんだ。とはいえ、気を抜いたら危なかったけどな」

「化け物かよ、巫山戯ろ」

 

風間が話す衝撃の情報を聞き、矢杉は不敵な笑みを浮かべながらも額に嫌な汗が流れるのを感じていた。

然し、その程度で腰が引ける矢杉ではない。何故なら矢杉が今まで戦ってきた相手も、常人では想像もつかない化け物揃いだったからだ。

ある時はグリズリーの首をへし折ったアラスカの山男を投げ倒した。ある時はその身一つで水深200mに潜る元漁師を絞め落とした。アメリカでやった、現役死刑囚の殺人鬼とのチェーンデスマッチでは逆にそいつを血の海に沈めた。

その戦いの中で鍛え上げられた矢杉の心が、魂が、身体が叫んでいた。眼の前の相手を叩き潰せと。

その声に応えるように、矢杉は一気に風間どの距離を詰めると、喉元目掛けて強力なエルボーを叩き込む。

ジャストミートしたはずだが、風間は身じろぎもせずに受け止めると、逆にエルボーで顎をかち上げる。

 

「がっ!?」

 

顎を撃ち抜かれたことで矢杉の膝から力がガクッと抜ける。

そして完全にマットに沈む前に、風間は矢杉の身体を担ぎ上げると、軽くジャンプしてその場にシットダウン!自身の肩に矢杉の腹を強かに打ち付ける。

 

「ぐぼぁっ!?」

「まだまだこれから!」

 

腹部を抑える矢杉を無理やり立たせてバックを取る。

 

(スープレックスか!?今の状態では堪えられん。受け身に専念してダメージを減らす!)

 

そう思考を巡らす矢杉の身体を、風間が高々と跳ね上げる。然し、大方の予想を裏切ってスープレックスには行かず、空中で矢杉の身体を横に捻る。そしてまたしても矢杉の腹を、今度は立てた片膝へと打ち付けた!

 

「があっ!?」

『ストマックブロック炸裂!』

『意表を突かれるからな。見た目以上に効いてるはずだ』

 

悶絶する矢杉を仰向けにし、片足を取って抑え込む。

 

「ワンッ!ツーッ!」

 

レフェリーのカウントが進む。だが矢杉は意地で跳ね返す。

ならばと風間は矢杉の頭を掴み立ち上がらせ、ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げると、自分は仰向けに倒れながら両膝を立てて矢杉の腹部を打ち付ける。

 

「ごっ……!?」

 

度重なる腹攻めに流石の矢杉も堪らず腹を抱えて蹲る。

 

『プリンスズ・スロウン!珍しい技が出ました!』

 

風間はそこで止まらず、ニュートラルコーナートップに登ると、観客達に向けて手を叩いてアピールする。

 

「よっしゃいくぞー!!」

 

ワアアアーーッ!!

 

沸き起こる歓声を受け、風間は未だ仰向けに倒れたままの矢杉目掛けて飛び上がった!

 

「おいっしょーっ!!」

「ぐぶあっ!?」

 

自身の体重と落下の勢いを乗せたエルボードロップが矢杉の腹筋を貫く。

まるで胃が破裂したかのような痛みに悶える矢杉を再び抑え込む。

 

「ワンッ!ツーッ!」

 

度重なる腹部への攻撃により、身体に力が入らなくなった矢杉は意識ははっきりしているものの、奥歯を砕けんばかりに噛み締めて返そうとするものの、身体は言うことを聞かない。

そしてレフェリーが3つ目のカウントを数えようとしたところで、飛び込んできた何者かがそれを妨害した。

 

「アルフっ!?」

「させるかよ……!」

 

先のダメージから回復したアルフがカットに入ったのだ!

しかし、完全には回復しきっていないようで、脂汗を流しながら肩で息をしている様子からもそれは見て取れる。

それでもアルフは不敵な笑みを浮かべ、風間を立ち上がらせると首相撲の体勢から膝蹴りを連続で叩き込む。

 

「オラァッ!!」

『鋭い膝が風魔を襲う!』

 

身長差もあり、アルフの膝は風間のボディへと吸い込まれるように突き刺さっていく。

間違いなくクリーンヒットしている感触はある。然しアルフは全身にえも言えぬ悪寒が走っているのを感じた。

 

「っ!?」ガッ

 

そしてその予感を証明するかのように、それまで順調に突き刺さっていたアルフの膝は、いとも簡単に風間に捉えられた。

 

「ば、馬鹿な……!」

「おいっしょおっ!!」

 

そしてなんと!アルフはそのまま後方に反り投げられた!

 

「何、だとおおっ!?」

『全くダメージは無いのか風魔!?』

 

周囲を驚愕させながらアルフを投げ飛ばした風間は、コーナーに叩きつけられダウンしたアルフに追撃するためゆっくりと歩を進める。その姿には、圧倒的な強者のオーラが溢れ出していた。

 

 

すっかりこのSS内では影の薄いIS学園組。その面々の空気は周囲の観客達に比べて静かなものだ。

 

「……ねえ、何あれ?」

 

鈴が誰にと言わずに問い掛けた。

 

「……まあ、風間さんだしな……?」

「いやあんだけ首攻められてて平然としてるのおかしいでしょ!?ていうか絞首刑に耐えられるって何?!どこぞの死刑囚じゃないのよ!?」

 

投げやり気味の一夏の答えに、鈴は更にヒートアップしていき捲し立てる。しかしそれを咎めようとする者はいない。何故なら全員同じ気持ちであるからだ。

 

「まあ確かに……。というかあの膝を受けてもいとも簡単に反撃できるとか……」

「私が見た限りではガードしていた様子はない。あの人の身体は鋼でできているのか……どうなのだ?セシリア、ラウラ」

 

シャルと箒も同じ気持ちらしい。数日とはいえ風間の近くで彼を見ていた二人に尋ねると、二人は視線をリングから離さないまま答えた。

 

「……正直な話、わたくし達も風間さんのことはよく分かっていないのです」

「だが、風間さんのトレーニングを断片的だが見たことはある」

「っ!?そ、それは一体どんな……?」

 

全員が固唾を飲んで二人の言葉を待つ。

 

「先程の展開を見たとおり、風間さんの首は常人離れした強度を誇っています。それこそ縄やワイヤーで絞められても平気なほどに」

「前に私のシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードで絞めてくれと頼まれたことがある。嫁達が大丈夫と言っていた為、50%ほどで絞めたのだが……」

 

一拍おいて、ラウラが続きを話すと、一夏達は驚愕のあまり目を見開くことになった。

 

「あの人は仁王立ちで平然としながら、もっときつくしろと言ったのだ。言われるがまま私は出力を上げ、遂には100%で絞めたのだが……風間さんには全く効かなかったようで、鼻歌を歌いながらワイヤーを引き千切られたよ」

「それだけではありませんわ。風間さんのブリッジはヘビー級のヒップドロップも軽々と受け止められます。その衝撃は少なく見積もっても200kg以上……」

 

一夏達は絶句した。もし本当にそんなことができるとするならば、それはもうファンタジーの域だ。

 

「嘘だろ!?それもはや人間じゃねえだろ!?」

「気持ちは分かりますが、事実ですわ」

「それに風間さん曰く、世界にはこれくらい遊び代わりにやっているレスラーもいるらしい……世界は広いな」

 

この瞬間、一夏達の気持ちは一つになった。

 

((((レスラーって化け物しかいないのか!?))))

 

彼らの思いをよそに、試合は進んでいく。

 

 

アルフを投げ飛ばした風間は、そのままアルフを場外に落とし、再び矢杉へと近づいていく。

 

「舐め、んじゃねえっ!!」

「っ!?」

 

だがこの僅かな時間でダメージを回復させた矢杉は勢いよく立ち上がると同時に風間の顎めがけて頭突きをブチかました!

 

「ドォラァッ!!」

「ぐおっ!?」

 

更に追撃で左の掌底フックを叩き込むと、今度は右手で風間の頭を掴み、片足を振り上げて勢いを乗せた頭突きを叩き込む!

 

『一本足ヘッドバットが炸裂!鈍い音がここまで届いてくるー!』

「まだまだ!」

 

矢杉の勢いは止まらず、そのまま風間の頭を引き落とし胴体をクラッチすると全身のバネで勢いよく頭上へと持ち上げた!

 

「シィィヤッ!!」

「ごぉっ!?」

『渾身のパワーボムが決まったー!』

 

マットに強かに叩きつけられ、流石の風間も苦悶の表情を浮かべる。しかし、矢杉が抑え込みレフェリーがカウントを数え始めようとすると、そこは許さず跳ね返す!

 

「まだまだぁっ!」

 

だが矢杉は風間の髪を掴み立ち上がらせると、背中にエルボーを一撃落としてからコーナーまで連れていき、担ぎ上げてコーナートップに座らせる。

そして自分もコーナーに上ると、風間の首を捉えてトップロープを足場に立ち上がる。

 

「テメエら見とけこの野郎!!」

 

観客にアピールし、矢杉はトップロープを蹴って跳び、自分の体重を乗せて脇に抱えた風間の頭部をマットへと叩きつけた!

 

「ガっ!?」

『何ということだーっ!?これは危険すぎるーっ!?』

『アイツだから大丈夫だけど、あれ下手すりゃ死ぬぜ』

 

雪崩式のDDTでマットに垂直に突き刺された風間はそのまま重力に従いマットへと倒れ込む。

 

『徹底した首攻め!しかし風魔の首の強靭さは知っている筈、何故こうまで首を狙うのか!?』

『そりゃアイツがハードコアレスラーだからだろうな。奴らは対戦相手が自信を持っている部位を集中して狙う』

『成る程!では今矢杉は自分のプライドにかけて風魔の首を文字通り刈り取りにいっているというわけですか!』

 

確かに風間の首は常軌を逸した鍛錬により常識離れした強靭さを誇る。しかし先程から徹底した矢杉の首攻めには流石に堪えたのだろう。

この好機を、この男が逃すはずがない。

 

「お寝んねにゃまだ早えぞ」

 

ゆらりと立ち上がり、矢杉はゆっくりと風間に近づくと再び立ち上がらせる。

 

「手間取らせてくれたな……コイツで仕舞えだ!!」

 

矢杉は立ち上がせた風間の腕を捻り、後ろ手に極めると片腕で抑えながら反対の脇の下からもう片方の腕を通して風間の顔面を鷲掴む。

 

『これは!?矢杉の必殺技(フィニッシュホールド)の体勢!!』

「とくと喰らいやがれっ!!」

 

右足を振り上げ、完全に拘束された状態の風間の脚を刈りながら自身も倒れ込んだ!!

 

「レイジ・オブ―――カムイ!!」

 

悲鳴の入り混じった歓声が沸き起こる。まるで鉄球がぶつかるような音がしたとさえ錯覚する。

リングのど真ん中、片腕を極められ受け身のとりようがない体勢で後頭部から叩きつけられたのだ。そのダメージは想像に難くない。

 

『い、決まった!!数多のレスラーを屠ってきた必殺技、レイジ・オブ・カムイ!!』

『生では初めて見たが、ありゃエグいな。後頭部から真っ逆さまだぞ』

 

更には徹底した首攻めにより多少なりともダメージが蓄積していたこともあり、風間はうめき声も挙げずにリングに横たわった。

叩きつけた側の矢杉はそのまま覆いかぶさるように抑え込み、呆然としていたレフェリーもそれを見てカウントを開始する。

 

「わ、ワンッ!」

 

ピクリとも返そうとしない風間の様子に、矢杉は内心笑みを浮かべていた。

 

「ツーッ!」

 

後一秒。たった一秒経てば終わる。

しかしそう思った、思ってしまった瞬間、矢杉の背中に衝撃が奔り、抑えを解いてしまった!

 

『ここはやらせない!レオがカットに入りました!』

「て、テメエっ!?」

 

邪魔をされ、頭に血が上った矢杉は下からレオを蹴り飛ばしてから立ち上がると、レオの頭部にナックルパートを叩き込む!

 

「グッ!?フンッ!」

「がァっ!?」

 

だが矢杉も消耗していたためか、反撃のエルボーを受け膝をついてしまい、主導権をレオに握られてしまう。

レオはさらに矢杉へと攻撃を加えていくが、今度はアルフがリングへと戻り、矢杉を救出する。

 

「オラァッ!」

「ウグッ!?」

「ヤスギ、大丈夫か?」

「すまねえ、助かった……」

 

アルフの肩を借りて立ち上がった矢杉は片手でレオの首を抑えながら、もう片腕で強烈なアッパーを繰り出す。

 

「ガハッ!?」

「オマケだっ!」

 

更にアルフが前蹴りを突き刺し、レオは腹部を押さえながらそれでも反撃のヘッドバットを繰り出す。

 

「グォッ!?」

「ハァ、ハァ……カザマ!!」

 

突如、レオが彼の名前を叫ぶ。その様子を見て矢杉は鼻を鳴らした。

己の必殺技をまともに食らったのだ。まだ起きる筈がないと。

 

「―――ったく、もう少し寝かせろ」

 

その声に矢杉が振り向いた瞬間、顔面を衝撃が襲い、そのまま場外へと投げ飛ばされた。

 

「ヤスギ!?」

 

驚くアルフの隙を逃さず、やられていたお返しとばかりにレオがエルボーを叩き込む。

 

「グッ!?」

「行くぞレオ!」

「D'accord!」

 

風間の掛け声に合わせ、二人はアルフを両サイドから捕らえると、反対側のロープへと勢いよく振る。

 

「「セィヤッ!!」」

「ガハッ!?」

 

そして反動で戻ってきたアルフ目掛け、二人同時のトラースキックを叩き込んだ!

 

『息の合った反撃!コンビネーションに陰りなしという姿を見せてくれます!』

「カザマ!!」

「オーケー!」

 

今度は風間がレオの掛け声に合わせて動く。

倒れたアルフの頭を掴んで起き上がらせると、胴体をクラッチして勢いよく頭上へと抱え上げた。

 

「来い!」

「いくぞ!」

『こ、この体勢はーっ!?』

 

コーナへと上ったレオに向けて合図すると、レオはコーナートップから跳び、抱え上げられたアルフ向けて飛んでいく。

そしてレオが腕をアルフに巻きつけると同時に、風間がアルフをリングへと叩きつけた!

 

「「モンブラン・アヴァランチャーッ!!」」

 

アルフの肉体が激しくバウンドする。パワーボムとネックブリーカードロップの合体技、その威力は想像に固くない。

 

『で、出たーっ!!ヨーロッパ最高峰、モンブランの大雪崩ーっ!!』

『往年のファンには堪らんだろうな』

「アルフっ!?」

 

矢杉飛び込むようにしてリングに戻ってくるが、時既に遅し。レオがアルフを場外へ落とし、自身もリング外へと出る。

リング上は再び風間と矢杉が対峙する光景となっていた。

 

「テメエっ!」

 

矢杉が腕を振るう。風間はその腕を捉えるとカウンターで投げ飛ばした。

 

「がぁっ!?」

『フロントスープレックス炸裂!鮮やかです!』

 

投げた直後、素早く立ち上がると矢杉の頭を掴んで立ち上がらせ、両手首を掴むと脇をくぐり、そのまま反り投げてブリッジで固めた!

 

『ダブルリストロック・スープレックス!!カウントが入るーっ!』

「ワンッ!ツーッ!」

「―――ぜぇりゃぁっ!?」

 

しかしカウントツーで矢杉が跳ね返す。まだ決めさせないと、意地で跳ね返す。

再び風間が矢杉を立たせる。だが矢杉はその手を振り払った!

 

「うらぁっ!!」

「ぐっ!?」

 

フォームも滅茶苦茶ながら左右のフック、更にはバックハンドブローを叩き込む。

流石の風間もグラつくが、逆にそのまま回転し、お返しのローリングエルボーを食らわせた!

 

「がぁっ―――!?」

 

顎を撃ち抜かれ、矢杉の意識が一瞬途切れた隙を逃さず、風間はフィニッシュへの体勢を整える。

 

「ふんっ!」

『この体勢は―――っ!!』

 

矢杉の頭を抱えた後、両腕をくの字になるように自身の腕を背中側に通してクラッチを組む。

この構えに入った瞬間、観客席がざわつき始めた。

 

「ヤスギッ!?」

「行かせるかっ!」

 

場外では相棒の危機に駆けつけようとするアルフを、レオが抑えていた。これで邪魔は入らない。

風間は踏み込みながら腰を落とすと、全身のバネを使い一気に矢杉の身体を跳ね上げ、そのまま後方へ反っていく。

その光景はまさしく、人間風車と呼ぶに相応しい。

 

「デイィィィィイヤっ!!」

 

美しく弧を描きながら矢杉をマットへ叩きつけ、ブリッジの姿勢を崩さずに固める。

 

「―――ワンッ!」

 

レフェリーがマットを叩きながらカウントを数え始める。

 

「「「「「ツーッ!」」」」」

 

場内の観客全員が声を揃える。

後、一秒。

 

「……スリーッ!!」

 

3つ目のカウントが終わった瞬間、甲高いゴングの音と観客達の歓声が会場全体に響き渡った。

 

『決まったぁぁーーっ!!長き死闘を制し、風魔龍輔が復帰戦を勝利で飾りましたぁーっ!!最後は必殺、ダブルアーム・スープレックスでの見事なスリーカウント!!技のキレに衰えなしっ!!』

 

テクニックの攻防、熾烈な技の応酬、そして激しい意地と意地のぶつかり合いを制した男は、ブリッジを解いて立ち上がり、右の拳を突き上げて観客達に応えた。

その瞬間、より大きな歓声が沸き起こったことは、言うまでもないだろう。

 

―――メインイベント This is Pro-WRESTLING!!

 

●アルフ・C・ディケージ&矢杉一成 45分38秒 ダブルアーム・スープレックス・ホールド 風魔龍輔&カール・レオ○




次回、フィナーレ


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