とある原石の自由選択《Freedom Selects》 (エヴァリスト・ガロア)
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本章
001-Ds 現実味のある幽霊とは


 

 

 

学園都市———

 

東京都の西部に位置するその街は、東京都の3分の2の面積を占め、その人口は約230万人、その約8割が学生という学生の街。その内部は23の学区に分かれていて、学区ごとに各々の特徴を持っている。またその科学技術は、学園都市外部と比べ20年から30年ほど進んでいると言われている最先端都市である。

 

そこで行われているのは、「記憶術」や「暗記術」という名目での学生達での超能力研究。そしてその過程で特殊な能力を得た学生は、七つの段階でその力の程度を区切られている。

 

 無能力者(レベル0) 測定不能や効果の薄い能力

 低能力者(レベル1) スプーンを曲げる程度の日常では役に立たない能力

 異能力者(レベル2) レベル1とほとんど変わらない程度の能力

 強能力者(レベル3) 日常生活において活用可能で、便利と感じられる能力

 大能力者(レベル4) 軍隊において戦術的価値を得られる程の能力

 超能力者(レベル5) 単独で軍隊と戦える程の能力

 

そして学園都市の最終目的とされ、未だ誰一人として到達した者のいない領域である

 

 絶対能力者(レベル6) 神の領域の能力

 

学生達はそのレベルに見合う環境を提供され、その力をより向上させるべく日々努力しているのである。

 

故に、学園都市が彼らを評価する基準はその能力のレベルに因るところが大きく、レベルが低ければ他にどんな特技を持っていたとしても、その評価が上がることは稀にしかない。

 

そしてその中にはそのことを不快に思う輩もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少年は、とある裏路地を歩いていた。

 

 

ここは第十九学区。再開発に失敗し、急速に寂れてしまった学区である。廃ビルや廃屋が多くそびえ立ち、スキルアウトと呼ばれる大部分が無能力者で構成された不良達の巣窟となっている。よって、あまり治安がいいとは言えない。

 

 

そんな学区の裏路地をその少年は歩いていた。

 

 

当然、そんな場所を歩いていれば不良に囲まれてしまうし、彼の体付きからして返り討ちにしてしまうなんてことができるとは到底思えない。

 

そして案の定、

 

「ねえ、キミキミ。こんな所一人で歩いてちゃダメでしょ?」

 

「そうだよ。ここらにはね、僕らみたいな恐〜い人達が沢山いるんだから、用心しとかなきゃ。と言うわけで、君には少しばかり痛い思いをしてもらうんだけど準備は出来てるかな?」

 

とまあ、こんな感じにとても危なそうなお兄さん達が話しかけてくる訳だが、肝心の少年の方はというと、そんな言葉は気にも留めず真っ直ぐ道の真ん中を歩いていく。

 

「おい、何か言ったらどうなんだ?」

 

しかし少年は何も答えず、目的の方向へと進んでいく。

 

「こりゃあ、少しばかりじゃ済みそうにねぇなぁ!!」

 

そう言うと、不良の一人が少年に殴りかかった。それに対し、少年は身構えるどころか不良を視界にすら入れようともしない。

 

そして不良の拳が少年に触れた時、思わぬことが起こった。

 

不良の拳が、腕が、体が、少年の体をすり抜けたのである。その不可解な出来事に、不良は一瞬だけ呆然として、叫ぶ。

 

「てめぇ、能力者だったのか。くそっ、一体何だこりゃあ。幻影か!?」

 

そこでようやくその少年は口を開いた。

 

「違ぇよ。幻影なんかじゃない、俺は確かにここにいる。だがお前は俺に触れられない」

 

至って冷静な少年は続ける。

 

「待ち合わせをしているんだ。邪魔しないでくれるか?邪魔するならここで全員殴り倒すが、それでもいいか?」

 

「威勢のいい餓鬼だな。お前にそんなことできんのかよ?」

 

少年はうんざりしたような顔をし、はぁという大きなため息をついた。

 

「(やっぱりお前ら、俺の事知らないのか。情報開示してないだけに知名度は全然高くないか……)」

 

残念そうに神命は呟く。

 

「ごちゃごちゃ、言ってんじゃねぇぞ」

 

再び不良達が襲い掛かると少年は、

 

「って言うか、お前等みたいなすスキルアウトが付けた『万物透過(ビジブルステルス)』って呼び名はどうしたんだ?まぁどうでもいいか。とりあえず、お前達にはここで御退場願おうか?」

 

そう言って、その少年は不良の群れの中に突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 



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002-Ds 自分を客観視するとは

大幅改稿


 

 

学園都市に七人しかいないレベル5の第六位―――自由選択(フリーダムセレクト)守殊 選(かみこと すぐる)は、第十九学区の裏路地に立っていた。

 

もう少し正確に言うならば、彼は第十九学区の裏路地に倒れている不良達の中心に立っていた。

 

「おいおいどうした。もう終わりか?」

 

彼はまだ微かに意識のある不良の一人に話しかける。

 

「つまんねえな。十人がかりでこの程度かよ」

 

「……お前があの『万物透過(ビジブルステルス)』だったのか……た、助けてくれ。もうこんなことしねえ。だ、だから……」

 

彼が怯えているのも無理はない。

 

彼らの攻撃は一発も当たらなかったのだ。いや、当たらなかったと言うよりは、すり抜けたと言う方が正しい。まるで幽霊が壁を無視して進むように。そしてそこからは一方的な暴力が場を支配し、現在に至っている。

 

「何だ。俺のこと知ってんじゃねぇか。まぁ、それが俺の能力名って訳じゃないんだが。正直に言ってみろ。見掛けで判断したろ?見掛けで?」

 

「あ、あぁ……」

 

それを聞いて、守殊はがっくりと肩を落とした。溢れる不快感を必死に抑えるようとするその表情に、不良の顔は一気に引きつっていく。

 

「どうせそんなことだろうと思ってたんだよ……今回は気絶させただけだが、本当だったら殺してるぞ?俺にはこの街の人間を見掛けで判断する奴の思考が理解出来ない。結局最後には、そんな事をするお前等みたいな連中が見掛け倒しに終わるって言うのにな。こんな風に」

 

隣に転がる気絶した不良を左足で軽く蹴りながら、守殊は呆れたように続ける。

 

「本当だったら消しても良かったんだが、これから会う奴がいるんだ。そんな時に血の付いた体でお前は会いに行くか?行かねえだろ?まあ、血飛沫なんて一滴たりとも付着するはずがねえんだが」

 

怯える不良に笑えない冗談を吐き捨てる神命は、急に表情を柔らかなものに変えて、

 

「ってことで聞くが、この辺で高校二年くらいの女子高生を見なかったか?霧が丘女子学園の制服を着てると思うんだが、どうも方向感覚がない奴でさ。待ち合わせ場所にはあまり期待できないんだよ。このくらいの身長なんだが知らないか?」

 

質問しながら、守殊は右腕を水平にして首の辺りに置いた。

 

「み、見てない。そもそもここらは俺等みたいな連中を溜まり場だ。一般人なんて殆どうろつかない。ま、ましてそんなお嬢様学園の生徒なんかこの辺で見たことなんてない……」

 

「……こんな学区を待ち合わせ場所にするんじゃなかったな。この辺で見なかったら完全にいねえよ……だから俺は直接迎えに行くと主張したんだ。こんな入り組んだ路地にあいつが敵う訳がないだろうが」

 

自分のような輩に襲われる事よりも、道に迷う事の方を心配するこいつはどういう思考をしているんだと心で思った不良だが、口に出来る筈もない。その女子高生も、どうせ見かけで判断してはいけないのだろう。そんなことはつい先程、身をもって知ったばかりだ。

 

「済まんな迷惑かけて。幾らか時間を無駄にせずに済んだよ。どうせ高嶺の事だ。途中で諦めて俺の寮にでも戻っているんだろうさ。方向音痴の割に帰巣本能だけはしっかりしてんだよなあいつ……」

 

ブツブツと独り言を続けながら立ち去る守殊を、不良はただ苦笑いのままで見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(何なんだよ高嶺の奴。携帯も通じねえ。待ち合わせなんて忘れてんじゃねえのか?)」

 

守殊 選は、第十八学区の大通りから少し外れた路地に立っていた。

 

もう少し正確に言うならば、目の前には不良というには生温い武装無能力者集団、スキルアウトが13人に前後から挟み撃ちにされるように守殊は立っていた。

 

「……お前ら駒場 利徳(こまば りとく)の下の人間じゃねえな。どうせ徒党を組んで調子に乗っただけの連中だろ?飽きてんだよ。もう一杯一杯なんだよ屑共」

 

「何だとこの野郎?そんな地味な風貌しやがって口だけは達者だな。お前等!こいつの身包み剥いじまえ!」

 

守殊 選は苛々している。本日、二度目の襲撃であるからだ。

 

不良に絡まれるのは生涯で通じて何度目だろうか?

 

彼の悩みの9割はこれであると言っても過言ではない。

 

元々レベル5として目立った事はして来なかったし、するつもりもなかった。彼の目的の為には隠密性は必要であった事もあるが、何より意図的な隠蔽の影が見え隠れする時がある。彼は暗部の人間を消すことはあるが、暗部に属している訳ではない。何処の誰に利用されているという実感を噛み締め、その理由を知ることのないまま生きるのは非常に不愉快だ。そしてその皺寄せが日常的にかつ顕著な形で現れてくる。

 

もう一度言おう。守殊 選は苛々している。

 

「お前等!こいつの身包み剥いじまえ!」

 

そんな威勢のいい掛け声で鈍器を握るスキルアウト達は、前後から一斉に神命に襲い掛かった。

 

「全くうぜえよ。サンドバックにしてやる。それとも人柱がいいか?何にせよ、お前等全員無事で帰れると思うなよ?人間と鈍器を拒絶」

 

彼は唱える。それだけでスキルアウト達は勢いよく振り回した武器は守殊の体を何も無いかのように通過し、仲間の脇腹へと直撃する。

 

「ぐはっ!?」

 

この時点で既に三人ほどが地面に倒れこんだ。そしてその一人を足で踏みつけると神命は、

 

「コンクリートを拒絶、効果を対象に付与」

 

彼は唱える。それだけで踏みつけていたスキルアウトの体は舗装された地面の中に沈み込み始めて。

 

「う、うゎあああああああああああああああ」

 

完全に姿が見えなくなるまでの数秒間、その悲鳴が空間を満たし、他のスキルアウトの一切の攻撃を封じた。時間が止まったかのように感じる者もいた。

 

「……やばい……こいつは」

 

そう呟いた棒立ちの男の胸倉を守殊は掴み上げてから言った。

 

「死神にでも見えたか?」

 

「ひいぃ!!」

 

直後、肉と肉がぶつかり何か硬いものの折れる音がした。

 

「汚ねえな。血を飛ばさない努力でもしたらどうだ?最低限の礼節を守れよ。ガキじゃあるまいし。他人の血液を拒絶」

 

服に付着した血液の染みも、まるでシールでも剥がれ落ちるかのように綺麗に消え、地面に再び赤い斑点を描く。

 

「くそっ!銃だ。蜂の巣にしちまえ!」

 

リーダー格の男が命令する。しかし、銃声はあがらない。

 

「何で撃たねえ!?何してんだ!さっさあいつを、じゃねえと死ぬのはお前等だぞ!」

 

そこでようやく自分の置かれている状況を理解したスキルアウトは銃を構え、引き金を引く。だが、その苦労も空しく消えていくことになる。

 

「残念だったな。銃弾は常に効かないんだ」

 

その瞬間、場は絶望で埋もれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通報があったのはこの辺ですわね。初春、詳細な場所のデータを」

 

とある少女が通報のあった現場へと急いで走っていた。常盤台中学の制服に身を包み、腕には緑色の腕章が付いている。

 

風紀委員(ジャッジメント)だ。

 

風紀委員とは学生によって構成され、学園都市の治安維持にあたる組織の一つだ。風紀委員になるには「九枚の契約書にサイン」し「十三種の適正試験」と「4ヶ月に及ぶ研修」を突破しなければならない。入隊にレベルは問われないが、それなりの肉体と精神を要求される。

 

少女の名は白井 黒子(しらい くろこ)。少年が十数人のスキルアウトに囲まれているという通報を受け、その現場に駆け付ける最中だ。

 

「分かりました。白井さんが走っているその通りを直進、二つ目の角を右に曲って直ぐです」

 

イヤホンマイクの形をした近未来的な通信機器で白井が話している相手は、初春 飾利(ういはる かざり)。実は凄腕のハッカーであり、一部では守護神(ゴールキーパー)とも呼ばれている。

 

「了解しましたの」

 

報告を受け、角を曲がった白井は立ち止まると、腕章を胸の前に突き出して言う。

 

「風紀委員ですの。集団暴行の現行犯で全員拘束し……って、え?」

 

そこに転がっていたのは、本来であれば襲っている側であろうスキルアウトの男達。そしてその脇で何食わぬ顔をして立っているのは、本来であれば襲われているであろう少年の姿だった。

 

「通報されてたのか?ならさっさと頼むよ。こいつらいきなり襲い掛かって来てさ。大変だったんだよ」

 

「あ、貴方は?」

 

想像とはあまりにかけ離れた情景に、少し動揺する白井をよそに守殊は答える。

 

「あ、何?資料か何か作るのか?名前は……空閑、空閑 一最(くが かずも)だ」

 

瞬時に偽名を答えた。ここで本名を使って面倒なことになられても困るからだ。今はあくまでも被害者を演じ、適当な理由をつけてこの場を立ち去るのが望ましい。

 

「あ、いえそうではなくて、本当にその……襲われていたのかと。それに通報よりも人数が若干少ないような」

 

「通報があったんだろ?つまり客観的見ればそう見えたってことだ。それに数え間違いくらい誰にでもある」

 

「しかしこれはどう見ても過剰防衛ですの。とりあえず支部まで来て頂かないと」

 

そこで守殊はうんざりするように大きな溜め息をついた。

 

「分かった、分かったよ。話せばいいんだろ?こいつらが襲ってきたところまでは本当。それからはこっちが一方的に殴り倒しました。でもここにいる奴らは気を失っているだけだ。こういう奴らは言葉が通じないから、嫌でもこういう手段を使うしかない訳。これでいいだろ?」

 

開き直ったように話す守殊。

 

「ではまず場所を変えて……」

 

「それはパスだ」

 

白井の対応に対し、彼は即答した。

 

「そういうのは面倒臭えからな。それに長い。もう俺は帰るよ」

 

詰まらない問答を繰り返す気はない。ここで立ち去って、書庫(バンク)を漁られても空閑 一最なんて人間は存在しない。スキルアウトをこの場に残していくのは気がかりだが、どうせ証言してもその証拠が見つかることはない。彼の後を辿る痕跡は今この場に存在しないのだ。ここで立ち去るのが最も合理的だろう。

 

白井の制止を振り切って、守殊は路地を抜けた。

 

が、そこには白井が立っていた。

 

「……お前、空間移動能力者(テレポーター)か?自分を移動できるのを見るとレベル4といったところだな」

 

「御名答。ようやく私についてきて下さる気分になりましたの?」

 

「いや」

 

守殊は相手が空間移動系だと知って、面白くないものを感じていた。

 

「尚更消えたくなった。生憎、逃走と捕縛は得意なんでね」

 

守殊の超能力は、指定した対象物を無視して進むことができる。しかし、空間移動とは明らかにその上位互換。その存在は守殊の能力の利用価値、つまりレベル5の順位に直接関係してくるのだ。

 

空間移動能力者は彼にとっては目障りこの上ない。そしてそれが単なる言いがかりでしかないことも自覚している。それ故に面白くない。

 

「お前は自分の能力を客観的に見ることができるか?」

 

「?」

 

唐突な問いに白井は頭を傾げた。

 

「空間移動ってのは11次元方向の移動を演算し、瞬時に三次元的移動を行う能力だ。だが、当の本人達はその移動経路を正確に見ることが出来るか?11次元的移動、言ってしまえばそれは暗闇の中で演算というロープだけを頼りに進んでいくことにすぎない」

 

「だったらどうなるんですの?」

 

「もし、そのロープを俯瞰的視点から見て、そのどこかを掴んでいたらどうなる?」

 

守殊はニヤリと笑って、

 

「高次元へ拡張を確認、能力を媒介に11次元への視覚を獲得」

 

直後、守殊は白井に向かって拳を思い切り振りかざした。

 

「!?」

 

突然の攻撃に驚きながらも、白井は瞬時にその後方3メートルに空間移動する。

 

「いきなり何するんですの!これ以上は風紀委員の公務妨害と見なして、過剰防衛の被疑者から正式な捕縛対象へと移行しますわよ」

 

「出来るものならやってみろ。今の移動で既に演算内容、つまり移動ルートの割り出しは完了した。もう俺の手には確りとロープが握られている」

 

「確かに、それが本当ならヤバイですわね」

 

「まだ余裕ぶってるようだが、立場を分かってないなら教えてやるよ」

 

そう言うと、どこから取り出したのか、守殊が背中に手を回すと手品のように拳銃が出現した。そしてその銃口を白井に向ける。

 

「そんなものまで所持していたんですの?」

 

白井は白井で自分の太腿に手をかざし、装備している金属矢に触れる。

 

「それ以上動くとこの金属塊を直接体内に転移させますわよ?」

 

「その程度の脅しが効くと思ってるのか?それとこの拳銃はそこに落ちてたものでスキルアウトの所持品だ。俺のじゃない。たった今拾っただろう?見えなかったか?」

 

「知りませんわよそんなこと。重要なのは今貴方がそれを私に向けているということですの。所有権なんて関係ありませんわ」

 

「そうかい」

 

守殊は引き金に手をかけると、先に白井が動いた。白井の太腿から金属矢が4本消え、一瞬の間をおいて守殊の腹部に突き刺さる。

 

筈だった。

 

「なっ!?」

 

突き刺さるどころか、4本の金属矢は守殊が拳銃を握っている手と反対の手の指の間に綺麗に握られていた。

 

「演算への直接干渉……こんなことありえないことですの!」

 

「さて、これからどうする?俺はもう行くつもりだが、まだやるのか?無理する必要はない。スキルアウトを逮捕して終了。それで解決だろ。無暗に一般人を消したくはないんだよ。後これも返すよ」

 

金属音とともに白井の足元に金属矢が転がる。

 

「そ、そんなことが許されるはずないですの!」

 

ちっ、と守殊は白井に聞こえる程の舌打ちをした。それとともに、声色と表情が冷たくなる。

 

「風紀委員てのは一々堅すぎんだよ」

 

その瞬間、守殊が消えた。

 

「な!一体どこへ!?」

 

目を離していた訳ではない。

 

「もしや、あの殿方も空間移動能力者?」

 

「そんな単純な能力じゃねえよ」

 

背後で聞こえた声と後頭部に一瞬の激痛の後、白井は意識が薄れるのを感じた。

 

「手間取らせやがって……」

 

守殊は倒れそうになる白井をギリギリで何とか支え、路地の壁に座らせる。その後、倒れているスキルアウトの全員とその血痕を跡形もなく消し、銃に関しては回収することにした。

 

「さて、こいつはどうするかな。スキルアウトに襲われても後味が悪いし、どこか人目の付く場所まで運ぶか。ったく面倒臭え」

 

髪の毛を掻きながらどこに運ぼうかと思考した時、彼の背後から声が響く。

 

「黒子!!」

 

それは、とあるレベル5の少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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003-Ds 階級社会を制す為には

 

 

 

 

 

 

 

「黒子!!」

 

守殊 選(かみこと すぐる)の背後から声が響いた。

 

「アンタ、私の後輩に何してくれてんのよ!」

 

その声の持ち主の方向に目を向けると、見たことのある顔がそこにあった。

 

学園都市のレベル5の第三位、超電磁砲(レールガン)御坂 美琴(みさか みこと)だ。

 

直接会うのは初めてだが、表と裏の双方で著名な人間である。

 

「…………第三位か」

 

現在の状況は、路地裏で倒れている少女の前に銃を持った少年が立っている状態。その光景だけを客観的に見れば、それは犯罪者と被害者が事件現場に存在しているという単純明快な構図だ。

 

皮肉にも守殊は、気絶しているそこの風紀委員(ジャッジメント)に客観性の重要さを説いたばかりである。

 

「この風紀委員、お前の知り合いか?それなら丁度いい。闘志剥き出しの所悪いけど、さっさとこいつを連れて行ってくれ、温室育ちのお嬢さんよ」

 

「アンタが何処の誰かは知らないけど、私の友達を傷つけた。提案には賛成だけど、銃も持ってるような奴の言葉をすんなり受け入れられる訳がないでしょ!」

 

「誤解があるようだから言っておくけどよ、俺はこいつを気絶させるための最低限の力しか奮ってない。そもそも、この銃に弾は最初から入ってなかったんだ。なんならここでロシアンルーレットでもやって見せようか?」

 

当然だが守殊が右手に持っている銃はリボルバー式ではない。引き金を引けば弾が入っているかは一瞬でわかる。

 

守殊は銃口を自分の米神に当て、引き金に手をかける。

 

「ちょっと、何してんのよ!」

 

「どうせ入ってねえんだからつまんねえ心配するなよ」

 

直後、引き金が引かれた。そして銃声とともに守殊の米神と水平な位置のビルの壁に穴が開く。

 

「あ、やべ。弾残ってた……」

 

焦りと驚きの混じった声で呟く守殊だが、この場で最も驚いているのは美琴だ。彼女は守殊が引き金を引き、銃弾が頭蓋に向かって発射されているのを目撃しているのだ。そして現在も、両腕で目を覆うようにして固まったままである。

 

「……ん、あれ?生きてる?」

 

「何で俺が第三位の前で自殺しなきゃなんねえんだよ」

 

もう弾が残ってはいないか確認するため、神命は引き金を何度も引き続けるがもう銃声は発せられない。

 

「アンタ、一体何したのよ?」

 

「ただ避けただけだが」

 

「直撃してる様に見えたんだけど」

 

「そう見えるだけだ。天下の第三位様に比べれば大したことのない力だよ」

 

自嘲気味に語る守殊に、美琴は質問する。

 

「アンタ、一体何者?私がレベル5だって知ってるのに少しも驚かないのね」

 

「第三位ごときが出てきただけで何で俺が驚くんだ?」

 

その言葉を発した瞬間、

 

「第三位ご、と、き、ですって!?」

 

守殊の左を電撃が走り抜けた。

 

「おいおい、あぶねえな。今は電流が効いちまうんだよ。電流を拒絶」

 

「どうしたの?まさか怖気づいた?」

 

「いや、もうお前は俺にとっての脅威じゃなくなった。攻撃したいなら好きにすればいい。たかが第三位の超電磁砲に勝っても利益はないけどさ」

 

「ムカつくわね」

 

「殺す気で来いよ。生半可な攻撃を負けた言い訳にされたくないからな」

 

「じゃあ遠慮なくいかせてもらうわよ!」

 

直後、美琴の体が帯電したかと思うと、守殊に向かって今度は命中するようにそれは放たれる。

 

「もう電撃は効かねえよ」

 

しかし、電撃は彼を擦り抜け、脇に設置されていた室外機に直撃する。

 

(何なのあいつの能力、電撃や銃弾が擦り抜けるのを見ると偏光能力(トリックアート)かしら。或は、電撃が触れた瞬間に自分の後ろに転移させたのだとしたら黒子と同等かそれ以上の空間移動能力者(テレポーター)か。様子を見てじっくりと見極めてやる)

 

御坂は今度は彼に雷撃を浴びせようとするが、それを遮る様に選がまた呟く。

 

「コンクリートを選択、光を拒絶」

 

すると今度は彼の体の色が次第に薄れ完全に見えなくなってしまった。まるで気体が霧散するように。

 

(消えた!?見えなくなったってことはやっぱり偏光能力みたいな視覚か光学操作系能力者の可能性が高いわね。これならさっきの現象も説明がつく!)

 

「逃げ回ってちゃ勝負にならないでしょ。正々堂々と勝負したらどうなの。それともそうして逃げ回ることが、さっきのあんたの余裕の源だったの?」

 

すると美琴の頭上から声が聞こえてくる。

 

「別に逃げ回ってた訳じゃないんだが。少しは攻撃に転じて欲しいのか?」

 

美琴が上を見上げると、ビルの壁面に垂直に立っている守殊がいた。

 

「アンタの能力は相手の五感を狂わせて幻覚・幻聴を起こさせ自分の位置を誤認識させる能力。これでさっきあんたの体がぶれた様に見えたのも、霧散するよう消えたのも、今あんたが私の頭上に浮いているのも説明がつくわ!それなら攻撃手段も検討がつくし、見えなくなることへの対応策もある」

 

自信満々で説明する美琴だが、

 

「残念ながらそうじゃないんだ。まぁそう考えるのが普通だけど。因みにその対策って一体どんな奴なんだ?」

 

「知っての通り私は発電能力者(エレクトロマスター)のレベル5。10億ボルトの出力を誇る電撃をはじめ強力な電磁波によるジャミングや電波傍受、磁力操作によって砂鉄を操ることが出来る。だから電磁波を使ってレーダーのようにして死角からの攻撃にも対応できるのよ」

 

「確かにそういう使い方もあったな。流石に発電能力者は応用性が高い」

 

そう言い終わると、守殊はまた霧散し消えていく。

 

「無駄よ。どこに逃げても電磁波を飛ばしてアンタの位置情報は簡単に割り出せるんだから。そこね!!」

 

美琴は何もないように見える背後の空間に向かって腕を伸ばし雷撃を放った。その方向に5メートル程の地点、その空間からにじみ出るようにして守殊が姿を現す。

 

「正解正解。攻撃は効かないがその探知能力は見事なものだな。まあ結局、無意味な結果に落ち着くんだが。電磁波を拒絶」

 

その直後、彼女の視界からではなく電磁波で感知していた割り出していた感覚から守殊の姿は消えてしまった。

 

(消えた!?視認はできるのにレーダーでは感知できないなんて。一瞬でレーダーの範囲から移動できるような能力じゃなさそうだし、一体何なのよあいつ……)

 

「どうした?怖気づいたのか?」

 

「うるさいわね!」

 

美琴は叫ぶと、どこからか一枚のコインを取り出し、構えてから言う。

 

「そこまで言うなら見せてあげるわ。私の超電磁砲(レールガン)をね!」

 

「当たったら痛そうだよなそれ。ほら、今なら隙だらけだ。一矢報いるチャンスかもしれないぞ」

 

「どこまでも馬鹿にしてくれるわね」

 

美琴の体から電流が溢れ始める。先程の電撃とは明らかに違う。バチバチと火花が音を立て、時折閃光が走る。

 

「そんなに撃ってほしいなら、撃ってあげるわよ!!」

 

瞬間、衝撃が路地を一掃する。明確な物理的威力を持った攻撃が、轟音を伴って守殊を貫いた。その場を満たしていた空気が周囲の砂埃を巻き上げ、暫く静寂が場を支配する。

 

「…………」

 

美琴は黙り込んでいた。視界が遮られ、戦況がどうなったのかが掴めないからだ。

 

「威力は評価できるな。俺にはここまでの破壊力は生み出せない」

 

煙の中から聞こえてきた声に、やっぱりか、美琴はそう思った。

 

「しかし、当たっていたらどうしていたんだ?それこそお前の連れに手錠をかけられる事態だったが、まあいい。当たらないことなんて最初から分かってたことだからな」

 

砂埃が晴れきって守殊の全身が美琴の視界に映る。傷は無く、服が汚れている様子もない。

 

「何で攻撃が当たらないのか、聞きたそうな顔してるから同僚の好で少し教えてやる。簡単な話だ」

 

守殊は得意気に語り始める。ほんの少し同情を含んだ表情で。

 

「今俺とお前の間には5メートル程の間隔が存在する。俺がここから動かずに、素手でお前を殴ろうとしたら当たると思うか?」

 

「当たるわけないでしょ」

 

「そうだ。なら何が足りない?答えは距離だ。じゃあ最初に俺の横を通り過ぎたお前の電撃は何故当たらなかった?俺はその数分前にそこに立っていたぞ。なら何が足りなかった?」

 

数秒の間をおいて美琴が答を口にする。

 

「……時間?」

 

「分かるじゃないか。お前の言う通り、足りないのは時間だ。それなら何故超電磁砲は俺に当たらなかった?距離も時間も足りていた。何が足りない?」

 

攻撃を敵に命中させるためには距離と時間が必要になる。どれだけ拳を振り上げても距離が足らなければ攻撃は当たらず、相手が移動する時間を考慮しなければ攻撃は外れる。

 

「一体何よ?」

 

逆に、攻撃を回避するためには何が必要か?距離や時間以外に何が足らなければ攻撃を回避できるのか?

 

「知らねえよ」

 

「……は?」

 

一瞬、場が凍った。

 

「知らないってどういうことよ?」

 

「俺も知らねえってことだよ。距離でも時間でもない何かってことしか分かってないんだ。いや、俺の説明の全てが正しいかなんて誰も知らない。ただ触れたいものに触れ、避けたいものを避ける。それだけ分かっていればいい」

 

「アンタ、それで本当に能力者なの?」

 

「原石に自分の能力の原理を説明なんかさせんなよ。俺達はそれでこれまでやってきたんだから」

 

「原石?何なのよそれ?それにさっき言った同僚ってどういう事よ?」

 

原石とは、学園都市の行う『開発』のような人工的な手段を用いることなく能力を発現させた者たちのことを言う。しかし、一般には噂程度にしか認知されておらず、その存在を知っているのは暗部の人間くらいだ。

 

「原石は知らないならそれでいい。同僚ってのは俺も、お前と同じレベル5、第六位の自由選択(フリーダムセレクト)だってことだ」

 

「第六位……聞いたことはないわね」

 

「……で、まだ勝敗は決してないんだけど」

 

言いながら守殊は持っている銃の銃口を美琴に向ける。

 

「破壊と殺害って言う意味では俺よりお前の方が上だが、こうなっちまえば最早無能力者(レベル0)以下だよな。利益はないと言ったが、殺せば順位が繰り上がるのはある意味利益といえるのか」

 

引き金に手をかけ、ニヤつく守殊。彼と数メートル離れて立つ美琴は何も口に出来ずに固まっていた。

 

(逃げる?いや無理。どうせ追いつかれる……)

 

「人一人殺して余りある超電磁砲を撃たれたんだ。打ち返す権利くらい俺にも発生するよな?」

 

守殊は躊躇うことなく引き金を引いた。しかし、

 

「……ちっ、忘れてた。弾はもうないんだ。気まぐれであんなことするんじゃなかったな……」

 

ロシアンルーレット紛いの賭けで残っていた唯一の弾を使い切ってしまったことを思い出し、守殊は落胆する。

 

「距離と時間が足りてんのに、よりにもよって銃弾が足りないなんてな。笑い話にもなんねえよ」

 

一気に戦意と殺気が失せていく。

 

「おい、第三位」

 

「な、何よ?」

 

「とりあえず俺は帰るから、そこの風紀委員はちゃんと連れて帰れよ」

 

そういって、守殊はその場から逃げ出すように離れようとした。

 

「待ちなさいよ!」

 

美琴は守殊を引き留めた。

 

負けたことへの悔しさもあった。自分をレベル5と知りながら何の気なしに対峙し、戦いが終わればどうでもよさそうにその場を去ろうとする。

 

それによく考えてみれば、相手は何もこちらに攻撃をしてないではないか。それなのにいとも容易く勝敗が決してしまった。相手の気まぐれで助かり、情けをかけられたようなものだ。

 

要するに、気に食わなかった。

 

だが、彼女が勝利できる可能性は希薄であり、今は何をすればいいのか分からなかった。

 

「アンタ、名前はなんていうのよ?」

 

だからこそ名前だけでも聞いておきたかった。それだけしか出来なかった。

 

守殊は振り返ることも立ち止まることもせずに簡潔に答だけ述べた。

 

「守殊、守殊 選だ」

 

名前を告げた瞬間、消えてしまった。後を追うことも叶わなくなった。

 

「かみこと、すぐる……」

 

残された御坂 美琴は呟き、気絶している後輩のもとへと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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004-Ds 彼の視線のその先には

少し短め


 

 

 

 

 

 

 

 

七年前、此処は学園都市のとある研究所のある一室。

 

薄暗くじめじめとしたその部屋には多くの子供達がいた。彼らの顔からは生気というものがほとんどと言ってもいい程感じられない。彼らはある実験の被験者だった。しかし彼らは望んで実験に参加している訳ではない。

 

彼らは『置き去り(チャイルドエラー)』だった。

 

『置き去り』———入学した生徒が都市内に住居を持つ事となる学園都市の制度を利用し、入学費のみ払って子供を寮に入れその後に行方を眩ます行為、またはその子供の事を指す。

 

ここではよくあることだった。

 

定期的に呼び出される彼らが次にこの部屋に戻ってくる時、その人数は明らかに変化している。しかし、それでもこの部屋から子供が居なくなることはない。

 

この部屋には防音機能が施されているのか外部の音が入ってくることも、内部の音が漏れることもない。そんな中でも何か悲鳴のような声が聞こえるような気がする、聞こえるはずがないのに。

 

 

此処には死が溢れている。呼び出され部屋を出て通路を歩いている時、大きな袋を……そう丁度此処にいる子供達くらいの人間が入りそうなくらいの大きな袋が運ばれているのをよく見かける。その袋にはよく見ると赤いシミが付着していたり、生臭いような臭いがする。中を確認する必要はない。どうせ死が詰まっているだけだ。

 

そんな場所で生きている彼らの瞳の中には希望の文字はなかった。

 

「私達……此処で死んで行くの?」

 

いつも物静かな茶色の長い髪の少女が、隣に座る少年に言った。やはりその少女の瞳にも輝きはなく、ただ濡れていた。

 

それに対し少年の瞳は濡れてはいなかった。何処となく野望に満ち、少なくとも絶望に埋め尽くされている様には見えない。

 

そんな瞳で彼は彼女を見返す。

 

「もう二度と外に出られないのかな?」

 

外に出ることは叶わない。誰もが理解していた唯一の事実を、それでも問わずにはいられなかった。

 

少年は答えた。

 

「そうだろうな。このままだとここにいる全員が殺される」

 

少女は彼の瞳を見つめながらもう一度少年に呟いた。

 

「……怖くないの?」

 

「…………」

 

少年は少し考え込むように間を空けてから言った。

 

「怖くないね。どうせ俺は死なないんだ。いや死ねないと言った方が正しいのかもしれない。これまでに何十もの研究所に回されてきた。腕が千切れたこともあった。腹に大穴が開いたこともあった。でも、絶対に死なない。目覚めたときには腕は腕は繋がって、腹の穴は跡形もなく塞がれてる」

 

そのことを証明するために彼は袖を捲り上げ、傷のあったはずの所を指でなぞった。

 

「で、ここでも俺だけ生き残って、俺以外の人間はどうせ全員死ぬ。それがこれまでのサイクルだ。お前は知る由もないがな」

 

「死にたいの?」

 

「どうして?」

 

「死ねないって言ったとき、これまでで一番悲しそうな目だったから」

 

「……どっちなんだろうな。死にたくはないけど、死んだ方がましだと思うときは沢山ある。でも、何も出来ずに死んでいくだけの人生ってのはつまらなそうだろ?」

 

「死ななくても済む方法があるの?」

 

少女は呟く。

 

「分からない。だがこんな所で死にたくはない、死んでたまるか。俺はここを脱出する。脱出して……それから奴らを、この町を出し抜く」

 

少年は自分の手を見つめてそう言った。

 

その言葉に少女は驚き、頬を垂れていた透明な液体を拭うと、ほんの少し希望を取り戻したかのようにその瞳を見開き少年に問う。

 

「もし……もしそんな時が来たら、私も……連れて行ってくれる?」

 

そんな少女の問いに少年は「勿論だ」と、そう答えた。

 

「だから泣くな。後、これからは『もう死ぬ』とかそういうことを言うのは無しだ。言っただろ?死ぬつもりはないって。だからお前も生きる努力をしろ。生きていさえすればいい。そうすればここから出してやる、絶対にだ」

 

「うん、分かった」

 

少女は到底元気などとは言えないが、それでも希望に満ちた声で返事を返した。

 

 

 

七年前、ある少年と少女が交わした遠い昔の約束。

 

 

 

そんな約束を交わしたわずか数日後、この研究所は突如としてその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市第六位の超能力者である守殊 選(かみこと すぐる)は、第十八学区にある彼の学生寮に帰ってきた。

 

彼も一応は学園都市から学生という扱いを受けており、書類上だけだがこの第十八学区存在する長点上機学園という学校に在籍していることになっている。

 

長点上機学園とは能力開発において学園都市ナンバーワンを誇る高校であり、学園都市の『五本指』の一つに数えられる超エリート校だ。またこの学校の学生寮は、学生寮とは思えないほどの広さと高級感を兼ね備え、セキュリティー等も万全である。

 

守殊はそんな学生寮の3階に位置する自室の前にやって来た。オートロック式の部屋であり、当然、鍵を用いなければ開けることはできない。

 

だが、彼はその能力故に物理的に施錠する用途しか持たない鍵を持ち歩くことはない。正直このドアもコンクリートで塗り固めてしまった方が安全なんじゃないか、そもそもドアなんて必要ないんじゃないかとさえ考えることもあるほどだ。よって彼はこの部屋の鍵をある少女に渡している。(強引に奪われたと言っても過言ではないが)

 

しかし、部屋の中に誰かがいることに気がついた。そして彼は鍵を取り出すこともなく自身の能力を使い部屋に入る。

 

そして案の定、彼の予想は的中する。

 

「選、遅かったじゃない」

 

部屋の奥から少女の声が聞こえてきた。

 

彼女の名前は月極 高嶺(つきぎめ たかね)だ。長点上機学園と同じく五本指に数えられる霧ヶ丘女学院に通っている。

 

「何処へ行ってたのよ?探したのよ」

 

守殊のベッドの上で寝転がり、足をバタつかせながら月極は質問した。

 

「それはこっちの台詞だ。ここにいるなら連絡の一つでも入れるだろ普通」

 

「だって携帯に繋がらなかったんだもん」

 

「つうかいくら鍵を渡しているからって俺の部屋にいる頻度が高すぎないか?お前は霧ヶ丘女学院の生徒だろ。いくら俺が許可してるからって少しは遠慮したらどうなんだ?」

 

「いいじゃない別に。此処の方が広くて過ごしやすいだから」

 

彼女とは七年ほど前からの付き合いだ。以前とある研究所で出会い五年ほど離別していたが二年前に再開したのだ。彼女に鍵を預けっぱなしであるためこの部屋には入り放題で半自宅状態である。また彼女が在籍する霧ヶ丘女学院は長点上機学園と同じく第十八学区に所在しているため、ここからでも余裕で通学できたりする。

 

しかし当然ながら、彼女は彼女で霧ケ丘女学園寮に自室を構えている。ほぼ全ての生活用品はその自室に詰め込まれている筈であるから、守殊が帰宅したときの殆どのタイミングで彼の部屋にいるというのは謎だ。

 

「いいけどよ、俺は疲れてるからもう寝る。帰るんだったら帰るで戸締りはきちんとしていけよ」

 

そう言って強引に月極をベッドの上から追い出し、代わりに守殊が倒れこむ。

 

「ちょっと、女の子が部屋にいるのにそのそっけない態度は何?何かこう、もっと気を使いなさいよ」

 

しかしそんな言葉は気にせず夢の世界に旅立つ守殊。

 

「本当にもう、デリカシーがないんだから」

 

頬を膨らましながらも仕方なく彼女は彼の布団を綺麗に掛け直し、ぶつぶつと呟きながらベッドに腰掛けそのまま一緒に横になってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 



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005-Ds 金剛石同士の激突では

 

 

 

 

 

 

 

守殊 選(かみこと すぐる)が時計を見たとき、既に針は八時を回っていた。

 

ここは長点上機学園の学生寮。昨日、彼は学園都市中を歩き回り、二度も不良に絡まれてそれを返り討ちにした挙句、何故か襲ってきた風紀委員(ジャッジメント)の空間移動能力者と学園都市第三位の少女二人を相手取って、またもこれを返り討ちにして(精神的に)かなり疲労した後ようやくこの学生寮にたどり着いたのだ。

 

何故かその時誰かがいたような気がするが、帰ってからすぐに寝てしまったためよく覚えていない。いたとしても今は八時二十分、普通ならば学校はそろそろホームルームを始める頃であるから既に彼女はこの部屋にはいないだろう。

 

しかし今、彼はこんな事を気にかけている暇はない。

 

現在、彼はある目的の為に学園都市暗部に関する様々な情報を収集している。

 

学園都市には書庫(バンク)と呼ばれる総合データベースが存在し、その内容にはこの都市の学生ほぼ全ての個人情報や暗部組織などに関する様々な情報が記録されてある。しかし、守殊にはその情報を見る権限や、ハッキングすることが出来る能力はない。ならば何処から情報を入手するか。学園都市には、表向きは全うに運営されている様に見えて、裏では公にすることの出来ないような非人道的な実験を行う施設が数多く存在する。そしてそこには書庫にすら存在しない裏の情報が保管されている。

 

つまりどうやって情報を入手するかと言うと、そういった研究所に片っ端から侵入しそこにある情報を頂くのだ。また彼の能力は隠密行動に特化しており、その計画を実行に移すには十分すぎると言っても過言ではない。

 

そんな訳で守殊は、外出する準備を始める。服は昨日着替えずに寝てしまい、今もそれを着たままだ。やろうと思えば能力で身体や服についた汚れを拒絶できそれでお仕舞いだが、気分的にそれはよくない為、シャワーを浴び着替えを始める。

 

準備も済ませた守殊は、早速寮を出て町へ繰り出す。途中でコンビニに立ち寄り朝食兼昼食を手に入れると、それを食べる為の場所を探す。

 

数分後、いい場所が見つからずに歩き回っていると路地裏から悲鳴が聞こえてきた。恐らく不良が一般人相手にカツアゲでもしているのだろう。

 

(チッ、鬱陶しいな。朝っぱらから元気な奴らだ)

 

そんな守殊の心の声も知らず5、6人の不良のものと思われる声が聞こえてくる。どうも裏路地という場所には妙な縁があるらしい。

 

(仕方ない、助けに行くか……)

 

そう思って彼は面倒くさそうに路地へ足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、財布も手に入れたし何かお財布ケータイなんかも手に入っちゃったよ。最近の携帯って便利だよなぁ。番号さえ聞き出しちゃえば限度額なんか知ったこっちゃねぇしな」

 

そう言われながら路地に座り込んでいる学生はそこらの建物の外に設置されているパイプに手を縛り付けられている。そこへまぁタイミングよく守殊が現われる訳だ。

 

「おいおい6人で一人を襲うとか近頃の不良はめっきり臆病になったもんだよなあ」

 

「あ?何だてめぇ、文句あんのか?お前一人で俺らに敵うってのグルボァ!?」

 

「はいはい、そんな台詞はこれまでにもう何百回と聞いてんだよ。飽きてんだよ」

 

いきなり拳を不良の頬にめり込ませる守殊。彼は基本、一般人以外には容赦しない。正義という大義名分の名のもとにストレス解消をすることが殆どだが。

 

数分後6人全員を倒しきり、まぁこんなもんかと思って不良が奪っていた財布や携帯などを縛られていた学生に返す。そして学生がお礼を言って帰り、自分も立ち去ろうとしたその時だった。

 

「ふっ。やはり雑魚どもではこの程度が限界か」

 

暗闇の中から登場する巨大な影。ザリッザリッという靴音。もう見るからにお前外国人用兵部隊として3ヶ国以上渡り歩いてきただろと突っ込みたくなるような巨漢むきむき人間兵器が、その姿を露にする。

 

「俺は内臓潰しの横須賀。あいつらを可愛がってくれたようだな」

 

そんな大層な二つ名を語るならカツアゲなんてしないで大事の一つや二つやってのけなさいよと守殊は思う。

 

「だがしかし、まずい所へ首を突っ込んでしまったようだな。ここは後悔の通じない場所。対能力者のエキスパート、この内臓潰しの横須賀サマの前に立っちまった以上、貴様はここで」

 

「すいません。この辺りで落ち着いて朝食を食べられる公園みたいな所ってありますか?」

 

「おい、ちょっと待て。人の話は最後まで聞けって。落ち着いて朝食って、俺サマの名前は内臓潰しの横須賀だって言ってるじゃん。何普通に朝をエンジョイしようとしてるの!?だから、あの、何だ。どこまで話したっけ?そうそう、こほん。内臓潰しの横須賀サマの前に立っちまった以上、貴様はここでブギュルワ!?」

 

突然守殊の周辺か発生した空気の塊が横須賀さんの身体に直撃し壁に叩きつけられる。

 

「……ちょ、げぶっ。何でいきなり?人の話は最後まで聞けって言ってるじゃん。なのに何でそう途中で邪魔をしてビブルチ!?」

 

横須賀さんが何か言ってるけどそんなことは気にせず、守殊は馬乗りにって追撃を入れていく。それはもう、がすがすと。

 

「ちょ、待って、グボォ……ちょっとだけでも良いから話を聞いて、ひでぶっ……あ、謝るから、ぶべらっ……」

 

「よく聞こえないんだけど?」

 

そう彼が言ったときには横須賀さんはぴくぴくと小刻みに震えているだけだった。

 

よしっ、と一言だけ言って満足した彼が立ち去ろうとした瞬間、唐突に後ろから大きな衝撃が走った。

 

「根性ってモンが足りてねえな、兄ちゃん。そんなんじゃ誰も満足しねえぞ」

 

細い通路を異様な風が吹き抜ける。

 

風上の方向に振り返ると、路地の出入り口辺りに仁王立ちする一つの影。

 

その影を見るなり守殊はどこに隠していたのか、拳銃をおもむろに取り出し躊躇うことなくその引き金を引く。

 

その銃声は正確に相手の心臓を捉えそしてそれに命中した。ばったり倒れる謎の影。

 

何故躊躇いもなく彼が引き金を引いたのか、それは彼がその影の正体を知っているからだ。

 

「ふるわァァああああああああああああああああああああああ」

 

むくりと起き上がる影。此処までの所要時間、わずか三秒。

 

「何の前触れもなく一発くれるとは、やっぱ根性が足りてねえな。あるいは我慢か?我慢が足りねえのか?総合的に判断するに、さてはお前、近頃のキレやすい子供のような類だろう!!マスコミから好き勝手言われるような立場になって哀しいと思ったことはねえのか!?」

 

しかしそんな言葉なんかお構いなしに三発ほどの銃声がこだまする。が、もはや人影はビクンビクンと震えるだけで倒れはしない。

 

「やっぱ死なないんだな」

 

「根性だよ、根性」

 

「いや別に聞いてないんだけど」

 

「強いて挙げれば学園都市の超能力者の一人、七人の内の七番目、ナンバーセブンの削板 軍覇(そぎいた ぐんは)という事もある訳だが、そんなのは些細な事だ。今ここで論じるべきは、このオレいの中には怒涛の如く煮えたぎる根性が満ち溢れているという事だーっ!!」

 

両手を大きく広げ、背中を弓のように反らし、吠えるように宣言する削板。どういう理論か知らないが、彼の背後がバーンと爆発してカラフルな煙がもくもくと出てくる。

 

Tシャツに旭日旗を抱え、白いズボンに白い上着を肩にかけている。何だこいつは!?、と初めて彼を目にした者は思わず口に出したくなるその風貌の男は意気揚々と自己紹介。

 

守殊にはどうしても、昭和の典型的な番長を何か間違えて身にまとっているようにしか見えなかった。

 

呆然として眺めている守殊だったが、我に返って首を振る。

 

「あのさ、そこまで大々的に宣言したのはいいだが、何で今更出てきた?」

 

「オレはお前のような奴がこんな路地裏で弱い者いじめをしているのを見過ごすことが出来ないからだ!!」

 

その言葉を聴いて後ろで倒れていたはずの横須賀さんがいつの間にか目を覚ましていた。

 

「あれ?何で俺弱い者扱いされてんの?」

 

知らない内に起き上がっていた横須賀さんだが削板の言葉で相当傷付いていたのだが当の本人はそのことを全く自覚していない。

 

「お前、よくもやってグボエ!?」

 

言い切る前にまたも守殊は手をあげる。全く、最初に出てきたあの都市型モンスター横須賀さんは一体何処へいってしまったのだろうか。

 

「おいお前、この削板軍覇の前でまたも暴力を続けるのなら容赦はせんぞ」

 

「いや明らかにこいつの方が悪人面だよね。どう見てもこっちが暴力振るいそうだよね」

 

「しかし実際、殴っているのはお前の方じゃねえか」

 

「まぁそうなんだが、一々説明するのも面倒だし。もう行っていいか?俺より下位のレベル5と戦っても俺には何の利益もないんだけど」

 

「何?お前、レベル5か」

 

「まあな。第六位、守殊 選」

 

「第六位か、こんな根性の無さそうな男がオレより上とはな。よしオレがお前の根性を叩き直してやろう」

 

「根性が無いは余計だ。掛かって来るなら早くしてくれ。こっちは文字通り朝飯前なんだ」

 

「なら早速始めるとするか!!」

 

うおォォおおおおおおおおおおおおおおとまたもすごく五月蠅い叫びを上げる削板。そしてこれまた彼の背後がドバーン!!と爆発し煙を上げる。

 

「では行くぞ、すごいパーンチ!」

 

そう叫んだ直後彼らの間には15メートル程も距離が空いていたはずなのだが、謎の衝撃波か念動力のようなものが飛んできて守殊は数メートル吹き飛ばされる。

 

「痛えな」

 

「んっふーん。これぞ学園都市第七位の真骨頂。あえて不安定な念動力の壁を作り、それを自らの拳で刺激を与えることで壊すことによって、遠距離まで衝撃を飛ばす必殺技。念動砲弾(アタッククラッシュ)とはこのことだァァあああああああああああああああああああああああ!!」

 

正体不明の念力波と共に、理論的に難有りな解説が飛んでくる。

 

「面倒な相手だな。回避できるかどうか知らないが、削板 軍覇及び削板 軍覇の発する念動波を拒絶」

 

直後、守殊は削板に向かって接近を試みる。

 

これまでの言動から考えるに、削板 軍覇は単純な人間だ。根性という単語を連呼しているあたり、プライドの高い人間であることは間違いないだろう。一度戦いを挑んだ人間の前から消えるような男ではない。況して、

 

「接近戦を挑まれて、まさか逃げ出すんじゃねえよな?」

 

こんな単純な挑発ですら無視できるような人間ではない。

 

「のぞむ所だ!!」

 

正直な所、銃撃も効かず、能力を使っても回避が可能かも分からない攻撃を相手が放ってくる状況は守殊にとって芳しくない。故に、差し当たって守殊がすべきことは削板の能力と攻撃方法にある程度の算段をつけることだ

 

「ほらよ!」

 

守殊が右足で削板の顔面を蹴り上げようと試みる。拒絶をしているので攻撃は当たらない。これは単なる様子見だ。相手の反応速度と出方を見るためのブラフ。

 

だが、

 

「その程度の速度の攻撃ではこのオレには当たらんぞ!!」

 

不意に守殊の視界から削板が消える。

 

(高速移動か!?)

 

まるで空間移動(テレポート)かのように守殊の死角に現れ、拳を振るう。

 

「すごいパーンチ!」

 

「くそがっ!!」

 

咄嗟に体を捻り拳を避ける守殊だが、やはり何かしらの念動力を纏っているのか、直接拳に当たらずとも体ごと路地の壁面に叩きつけられる。

 

守殊は積極的に体を鍛えてはいないが、それでも一般人のそれと比べれば身体能力は高い。並の人間では対処しきれない攻撃のはずだったが、どうやら相手の身体能力は自身の能力次第で常識とはかけ離れたものになるらしい。

 

(思っていたより面倒だな。そもそも拒絶している時点で相手に蹴りが当たる筈がないのに避けられるとはな。それに、多少は軽減できたとはいえ、あの念動波を完全に避けきるのは無理か。様子見でこの様じゃ釣り合わないな)

 

服の汚れを払いながら、守殊は立ち上がり、頭上に手を伸ばす。

 

「能力の攻撃が自己完結してないってのは辛いものだな」

 

自嘲気味に語る守殊の伸ばした手の中にナイフが出現した。服のどこかに隠し持っていたのではなく、手品のように忽然と現れたのだ。

 

「お前すげえな。手品かなんかか?」

 

「ああ、種も仕掛けもある簡単な手品だよ。ナイフを選択」

 

答ながら守殊は走り出す、真っ直ぐに。

 

「高速移動でも何でもしてみろよ。とりあえずもう一発殴られてやるからさ」

 

「何度も正面からくるあたり、少しは根性があるみたいだな!!」

 

単調な動きのまま、守殊は削板との距離を詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




5000字はやっぱり超えたくないね。


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