俺と馬鹿と召喚獣 (友狩)
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プロローグ

3度目の書き直しです。


 高校1年生の終業式の少し後、ここ文月学園では「振り分け試験」が行われる。振り分けとつくようにこの試験の結果によってクラス分けがされるのだ。

 このクラス分けは通常の学校のようにただ特進クラスやら進学クラスやらと名前だけが違うという事ではない。試験結果によって教室の設備そのものが変わってくるのだ。Aクラスともなると高級ホテル並みの設備だと言われている。

 すなわち、高校2年生の間を過ごすことになる教室が決まる大事な試験なのである。

 その時俺、青山和也は――

「やばい……体が重い……」

 ベッドの中にいた。現在時刻は七時半。起きて支度をし始めないといけない時間にもかかわらず、だ。

「頭も……痛いし、風邪か……?」

 両腕で体を支えつつ上半身を持ち上げる。

 何とか起き上がれたが、頭がくらくらする。そして再びベッドに倒れ込む。これは結構重症みたいだ。

 どうするかをぼーっとした頭で考えているとこんこんと控えめなノックが聞こえた。この家にいる俺以外の唯一の人が起きてこない俺を心配して様子を見に来たみたいだ。

「兄さん、どうかしたのですか。そろそろ朝ご飯食べないと遅刻しますよ?」

 声がするけど、それに応答できるほど俺には余裕がなかった。

「入りますよ?」

 全く反応がないのを疑問に思ったのだろう、声の主はそう言って俺の部屋のドアをそっと開けた。

「兄さん、起きているなら返事してください」

「……悪い」

 呆れたように言う彼女に俺は弱弱しく小さい声でしか反応することが出来なかった。

 俺のそんな反応で察したらしい。声の主である俺の妹、青山優衣は背中の中ほどまである黒髪をなびかせながらベッドに早足で近づいてきた。

「少し失礼しますね」

 そう言うが早いか、彼女は何の躊躇いもなく自分の額を俺の額にくっつけてきた。この子は時々こういった大胆なことを躊躇いなくしてくる。

 言っておくが優衣は美少女だ。才色兼備で家事も万能と非の打ちどころのない完璧な少女だ。

 いくら妹だとはいえもう少しでキスできてしまうような距離にその整った顔があるのは、頭痛でほとんど機能してない俺の頭にも衝撃を与えることが出来る。おかげで少し思考がクリアになった。

「熱があるみたいですね。体温計を取ってきます」

 そう言って部屋を出ていった。

「……嫌な予感がする」

 さっきの様子から優衣のこの後の行動に予測がついてしまった。

 完璧少女とは言ったが、あくまで能力的な意味で優衣にだって欠点はある。

 1つは表情が少ないという点。これは欠点とは言えば欠点なのだが別に気にすることはない。

 もう1つは超が付くほどのブラコンなのである。その対象の俺が言うのも変な話ではあるのだが。

 さっきのような行動は他人の目がある場所でも時折躊躇いなくやってくる。そのせいか兄妹で付き合っているという俺からしてみれば身に覚えのない噂が流れたりしていた。今でもそう言われることがあるがそれを優衣は全く否定してくれない。それどころか俺がいるからという理由で告白を断っている。全く困った妹なのだ。

 再び控えめなノックがして優衣が体温計を片手に戻ってきた。俺はそれを受け取って脇に挟んで測り始める。

 そして測定終了の電子音が響いた。

 38度7分。思った以上の高熱だった。

 この体温計を優衣に見せるわけにはいかない。優衣のことだ、絶対俺の看病をするって言い出すに決まっている。

 そう思った俺は即体温計をリセットした。

「何度でしたか?」

「……37度6分」

 優衣の問いに俺がそう答えると、優衣は俺をとがめるような顔で見てきた。

「私に嘘をついても意味ないですよ」

 そう言われてから気が付いた。優衣は体温計を持ってくる前に俺の額に自分の額を当てて大体の温度はわかっているのだ。

 いつもならこんなこと直に気が付くのに、今の俺はかなり重症らしい。

 でも、嘘だと見抜かれたからと言って本当の事を言うわけにもいかない。

「優衣、今日は振り分け試験だろ……俺のことはいいから学校……行けって」

 だから俺は上半身を起こしながら、本当の事の代わりにそう言った。

 この振り分け試験、受けないと全教科が0点扱いになり強制的に最低設備であるFクラスにされてしまう。これが理解できないなんてことはないはずだ。優衣は去年1年間ずっと学年次席だったのだ。受けさえすればよほどのことがない限りAクラスなのは確実。わざわざFクラスになる必要はないのだ。

 でも、優衣ならこれを言ってもおそらく意味がないだろう。

 その証拠に俺の言葉を聞いてすぐに優衣は顔を横に振った。

「兄さんが受けられないのなら、私も受けません。受けに行っても碌に集中できませんし」

 確かに優衣の言葉には俺も同意する。逆の立場なら俺もおそらくそうなってしまうだろうし。

 でも、俺は優衣にはちゃんとした設備でレベルの高い人と勉強してほしいのだ。俺みたいな変わり者(・・・・)なんかに時間を使わずに……。

「今日はずっと看病しますから。お粥作ってきますね」

 俺が言葉を発する前に優衣はそう言って部屋を出て行った。

「はぁ……」

 優衣が部屋を出たのを確認して俺はため息をついた。

 最近、体調があまり良くなかったのに試験前夜に遅くまで勉強するんじゃなかった。いつもならちゃんと調整できることのはずなのにAクラスに入るということしか頭になかった。俺がこうなれば優衣がああ言うのはわかりきっているというのに。それに勉強したのだって全部水の泡だ。

「何やってるんだ……俺は……」

 

 

 

 

 

 

 この時すでに運命の歯車が動き出していたことに俺はこの時気が付かなかった。

 



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1学期試召戦争編
第1話






 今日は始業式。

 俺の風邪は優衣の看病のおかげですぐに完治した。

「はぁ……」

 風邪が治ったとはいえ優衣には悪いことをしてしまった。

 周りから見たら優衣が決めたことだからとか言われるだろうが、俺が体調管理をしっかりしていればそもそもそんなことにならなかったわけだ。俺のせいなのに変わりはない。

「兄さん、どうかしたのですか?」

 俺の溜息を聞いたのか心配そうな顔で隣を歩く優衣が俺の顔を覗き込んできた。

「いや、俺のせいでお前までFクラスに……」

 俺がそう答えると優衣は少しむっとした顔をして俺を小突いた。

「まだそんなことを気にしていたのですか?」

「そんなことって、お前なぁ……。Fクラスになったことをそんなことで片付けられるわけないだろ。Aクラス確実だったお前を―――」

「兄さん」

 優衣は少し強めの声で俺の言葉を遮った。その声には少し怒気が混ざっていた。そしてそのまま少し前に行ってしまう。

「何度も言いますが、あれは私が決めたことです。それに兄さんだけが悪いわけではありません。兄さんの体調が少し悪いのに気付いていながら何も言わなかったのですから私も同罪です」

「なっ!」

 優衣の言葉に俺は驚いた。

「私が気付いていないとでも思ったのですか?」

「いや、気付いていたならどうして……」

 言ってくれなかったんだ、とは言えなかった。言われたとしても俺はやめなかったと思ったからだ。

 そんな俺の様子を見て優衣は小さくため息をこぼした。

「兄さんの事ですから大方私が成績を落として同じクラスになるのが嫌で勉強していたのですよね?」

 ギクッとした。

 それは優衣が言ったことが図星だったからだ。

 俺が、普通の人(・・・・)から見たらそうでもないかもしれないが、少し無茶な勉強をしていた理由。それは優衣が少し前に小さくこぼした言葉だ。

『来年は兄さんと同じクラスに』

 確かに俺はこれを叶えてあげるために勉強した。でも、ただ同じクラスになるだけなら俺がそこまで勉強する必要はない。優衣が俺に合わせればいいからだ。

 でも俺はそれが嫌だった。

 だから俺はAクラスを目指した。優衣が俺に合わせるのではなく俺が合わせれば俺の願いと優衣の願いを同時に叶えられると考えたからだ。そのために頑張った。でも、俺の可笑しな体質が俺の体を少しずつ蝕んでいた。

 そしてその結果がこれだ。結局、俺が勝手に頑張って勝手に自爆しただけなのだ。

「兄さんは難しく考えすぎなのです。今年1年くらいいいじゃないですか。それともなんですか。兄さんは私にずっと勉強していろとでも言いたいのですか?」

 再び隣に来ていた優衣が拗ねたように文句を言ってきた。

「いや、そうは言わないけど……」

 俺はただお前にレベルの高い人たちに揉まれてほしいと思って。

 …………あれ、よく考えてみるとAクラスの次にレベルが高い人がいるのってFクラスなんじゃ? 人数はいないだろうけど少しならいる可能性がある。ということは結果的に良かったのか。

 なんだ、いろいろ理由をつけてAクラスにこだわっていたのはただ単に俺が入りたかっただけだったのか。

「はは……」

 そう思った途端、体が軽くなった。

 突然笑い声を出した俺を優衣は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「おはよう、青山兄妹」

 突然上から声がした。顔を上げるとそこには西村先生がいた。いつの間にか学校に着いていたらしい。

『おはようございます、西村先生』

 2人同時に挨拶をする。

 これは別に合わせようとしているわけではない。自然とそうなってしまうのだ。もしかしたら優衣が俺に合わせているのかもしれないけど。

「ほら、これがお前たちのクラスだ」

 所属クラスの書かれている、という封筒を渡された。

 中身を見るまでもない。試験を休んだからFクラスなのはわかっている。あのままこれを受け取っていたらかなりブルーになっていたかもしれない。

「お前がまさか風邪で休むとはな」

 どうして理由を知っているのかと思ったが、優衣が学校に連絡を入れておいてくれたらしい。ホントによくできた妹だ。

「それは俺の健康管理がまずかっただけですよ。それはいいとして、なぜこんな面倒なやり方を?」

 掲示板にでも張り出せばもっと楽だろうと思う。わざわざ1人1人に配らなくて済むし、紙も無駄にならない。

「それはウチの学校が世界的に注目されている、最先端システムを導入した試験校だからだ」

「これもその一環ということですか?」

「そういうことだ。それに2年からは試召戦争があるからな」

 なるほど、そういう意味でもあるのか。

『試験召喚戦争』

 西村先生が言う最先端システム、試験召喚システムを使った戦争のことだ。この戦争はクラス単位で行われる。

 クラス分けは成績ごとになっているから、去年の成績が大体そのまま反映されるため予測できたりする。

 だからこそ、俺や優衣みたいに休んだりしたイレギュラーな人は他のクラスに対しての切り札になったりする。

 とは言っても新学期早々でなければ知れ渡って意味がなくなるのだが。

「そういえばそうでしたね」

 この方法をとるのは、すでに戦争は始まっていると言いたいからだろうか?

「うわー、遅刻だー」

 西村先生と話していると後ろからそんな声が聞こえた。

「お兄ちゃんまだ大丈夫だよ、って和也君に優衣ちゃん!?」

「なんだ、明久と愛莉か。おはよう」

「おはようございます、明久君、愛莉」

 後ろから走ってきたのは小学校のころからの幼馴染の明久達だった。

 でも西村先生も何も言わないから遅刻になるような時間じゃないはずだ。

 一応時計を確認すると8時20分。確かにギリギリだけど、まだ少し時間はある。

「おはよう、吉井兄妹」

「おはようございます、西村先生」

「おはようございます、鉄じ――西村先生」

 鉄人と言おうとしてすんでのところで言い直す明久。

 確かに趣味がトライアスロンだから鉄人で間違っていないけど、教師をあだ名で呼ぶなよ……。

「吉井兄、お前今鉄人と言わなかったか?」

「き、気のせいですよ」

「そうか。お前たちもこれを受け取れ」

 そう言って西村先生は明久達にも封筒を渡した。

『ありがとうございます』

「確認したら早く教室に行け。そろそろ始業の鐘が鳴る。新学期初日から遅刻するなよ」

『わかりました』

「行こう、和也、優衣ちゃん」

 明久がそう言って校舎のほうに歩き始めた。それにすぐ愛莉が続く。

「そうだな」

「はい」

 遅刻するわけにはいかないから、明久達に続いて教室に向かう。

「そういえば封筒、開けないのか?」

 開けていない俺が言うのもおかしな話だが、受け取ったはいいけどそのままの2人にそう問いかけた。

「開けなくてもわかってるから」

「私も」

 開けなくてわかるということはおそらく―――

「Fクラス、ということですか?」

 優衣も同じことを考えたらしい。そしてそれに2人とも頷いた。

 明久はともかく愛莉までFクラスなのか? 愛莉の成績ならBクラス辺りだと思ったんだけど。

「何かあったのか?」

「いやぁ、ちょっといろいろあってね」

 俺がそう訊くと明久は苦笑いをしていて愛莉は下向いてしまった。

 この様子だと愛莉の方に何かあったのだろうか?

「試験中に愛莉が体調崩して僕も一緒に途中退席したから」

 やっぱりそうなのか。それにしても一緒に途中退席か。明久もお人好しというかシスコンというか。

 ふと下を向いていた愛莉が何かに気が付いたのか、顔を上げて俺達の方を向いた。正確には俺の手にある封筒を見た。

「和也君も封筒開けてないみたいだけど、もしかして……」

「ああ、俺も優衣もFクラスだよ」

 この後教室に行けばわかることではあるが、瞳を少しきらめかせて聞いてきた愛莉に俺はそう答えた。

「ホントに? ホントにFクラスなの?」

「欠席したからな」

 ここで嘘つくメリットがどこにあるのかわからないが、何故か疑ってくる明久に封筒から紙を取り出して見せた。その紙には中央に『Fクラス』と書かれていた。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 俺たちは今2年F組と書かれたプレートのかかる教室の前にいる。いや、これを教室と言っていいのかわからない。

「ここが教室ですか」

「いや、教室というより廃虚と言われた方が納得できる」

「これは流石に酷いね」

 俺も優衣も愛莉も目の前の教室(?)を見て唖然とした。

 なぜならここが教育機関と言っていいのか疑うような状態だったからだ。プレートは真ん中から折れていてぶら下がっているのがやっとなくらいで、ドアはガタガタ。

 ある程度は覚悟していたが、ここまでとは……。

「と、とにかく入るよ」

 そう言って明久は扉に手をかけた。

「すみません、遅れちゃいました♪」

 好印象を与えるためか、愛嬌たっぷりに教室に入っていった。

 意味があるかはわからないが明久なりに考えたのだろう。

「ようやく来たか、明久」

 聞き覚えのある声。本来このクラスにいるはずがない声だ。

 声のした方、教卓に顔を向けるとそいつはそこに立っていた。

「雄二、なんでお前がここにいるんだ?」

 こいつは去年、明久絡みで仲良くなった友人の坂本雄二。成績的にはCかDクラスのはずだ。

 雄二も俺が、いや俺とその隣にいる優衣がここにいるのを不思議に思ったらしい。不審そうな顔で俺を見ていた。

「それはこっちのセリフだ。愛莉は見ていたから知っているがお前ら2人がどうしてここにいる?」

「俺も優衣も振り分け試験を休んで受けられなかったからだ」

「なるほどな」

「おはようございます、坂本君」

「雄二君、おはよ♪」

「ああ、おはよう2人とも」

「改めて聞くがなんでお前までここに――」

「少しどいてもらえるかしら?」

 愛莉たちが挨拶し終わったところでもう1回聞こうとしたら、今度は後ろから声がかかり、失敗。

 でも、この声って……。

「あ、おはよう秀吉、木下さん」

「おはようじゃ、明久」

「おはよう、吉井君」

 明久の言葉で確信する。秀吉の姉の木下優子さんだ。横に秀吉もいるようだ。

 道を開けるために体を反転させながら少し脇による。

 去年の成績上位10位以内にいた彼女が普通に受ければFクラスなんてことはあり得ないし、風邪でも流行っていたのだろうか?

 まぁ、何はともあれこれでレベルの高い人が2人。ゼロじゃなくて良かった。

「皆さんそろそろ、席についてください」

 そこに担任の先生が来たようだ。

「先生、私たちの席ってどこですか?」

 優衣がそう聞くのは無理もない。黒板や掲示板に座席表が存在しないからだ。

 でも見たところ適当に座っているような気がするし、自由なのだろうか?

「好きなところに座ってください」

 やっぱりそうなるのか。

「わかりました」

 こうして最低クラスでの学園生活が始まった。

 



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第2話

第2話です。


 朝のHRが始まった。

「えー、おはようございます。私がこの2年F組の担任の福原です」

 先生は黒板に名前を書こうとしたがやめた。チョークがないらしい。いったいどうやって授業するんだ? 先生が各自持ってくるのか? 去年はちゃんと置いてあったしどういうことなんだ……。

「皆さん卓袱台と座布団は支給されていますか? 不備があったら申し出てください」

 この卓袱台ガタガタしてるし、座布団に座っているという感触がないくらい綿が入っていないだけどこれはどうすればいいんだ?

「先生、俺の座布団ほとんど綿が入っていないのですが」

 と、クラスメイトの誰かが不備を申し出る。他のも似たような状態のようだ。

「我慢してください」

「せんせー、卓袱台の脚が折れているのですが」

「あとで木工用ボンドを渡すので、自分で直してください」

 なるほどこれは不備ではないらしい。

 これは何言っても我慢しろ、自分で調達しろ、なんだろうな。仕方がない、明日からは自分の物を持って来よう。

「先生、窓が割れてて風が寒いのですが」

「ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきます。必要なものは極力自分たちで用意してください」

 ここは本当に教室といえるのか。窓が割れているとか危ないだろ。それにカーテンもないし。

 それとこの畳、古いけど腐ってない、よな?

「それでは窓側の席の人から自己紹介をしてもらいます」

 なんでもないかのように次に進める先生は何と言うか……。

 …………あ、最初は俺か。

「青山和也だ。妹がいるから苗字以外ならどう呼んでもらっても構わない。よろしく」

 他に言っておかないといけないこともないしこんなところだろう。

「次の人、お願いします」

「青山優衣です。趣味は料理と読書です。よろしくお願いします」

「吉井愛莉です。演劇部に所属しています。よろしくお願いします♪」

 さっきここ1列が空いていたから知り合いが連続する。普通ならば真っ先に埋まりそうな窓側が1列空いていたのはカーテンがないせいだろう。これから暑くなるだろうし勝手に設置してしまおうか。必要なものは自分たちで用意しろ、と言っていたし問題ないだろう。

「吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいね♪」

『ダァァーーリィーーン!!』

 そんなことを考えていると野太い声の大合唱が聞こえた。何を言わせてるんだよ、明久。

 あいつの事だから軽いジョークのつもりだったんだろうけど、Fクラス、ましてや男子ばかりのクラスなんだからもう少し考えろよな。

「失礼、忘れてください……」

 作り笑いをしながら席に着く明久。

 自分でやっておいて吐き気を催したようだ。

 自己紹介は順当に進んでいき木下さんの番になった。

「木下優子よ。よろしく」

「はーい。質問」

「何かしら?」

「なんでここにいるんですか?」

 一見とてつもなく失礼な質問が飛び出した。もう少しほかの言い方はなかったのか?

 でもまあその疑問はわかる。わかるんだが、なんで優衣には聞かなかったんだ? 優衣は去年学年次席にいたというのに。

 まさか俺がこのクラスにいるからいてもおかしくないとか思われたのか?

「熱を出して振り分け試験を欠席したからよ」

 俺と似たような事情か。やっぱり風邪が流行っていたのだろう。

「そういえば俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに」

「化学のあれか? 確かに難しかったよな」

「俺は弟が事故にあったって聞いて本気出せなかったんだよな」

「黙れ、1人っ子」

「前日に彼女が寝か――」

「異端者を発見した! 総員奴を捕らえるんだ!」

 さすがFクラスだな、想像以上の馬鹿ばかりだ。というか彼女がとか言ったやつ大丈夫か、黒ずくめの集団に取り押さえられて縄で巻かれてるが。

「はいはい、静かにしてください」

 福原先生が静かにさせようと軽く教卓を叩いた。

 

 バラバラ……

 

「替えを用意してくるので静かに待っていてください」

 軽く叩いただけで教卓が崩れ落ちるのはいくらなんでも脆すぎるんじゃないか。あれだと重いものを置いただけでも崩れるだろ。

 想像以上に酷い設備だ。この環境は流石にまずい。

 確か試召戦争で他のクラスに勝つと教室の設備を交換できる、でも……。

「雄二、和也ちょっといい?」

 担任が出て行ったところで明久が声をかけてきた。

「なんだ、明久?」

「俺もか?」

「ここじゃなんだし、廊下で話すよ」

 どうしたんだ、明久のやつ。廊下で、ってことは他に聞かれたくないってことか?

 3人で廊下に出て問いかける。

「で、話って?」

「単刀直入に言うよ。Aクラスに『試召戦争』を仕掛けてみない?」

「何が目的だ?」

 雄二がすぐに本音を聞こうとする。この聞き方だと雄二も仕掛けようと思っているのか?

「いや、あまりに酷い設備だから」

「明久、嘘をつくな」

「嘘なんかじゃないよ!?」

「嘘じゃないにしてもそれだけじゃないだろ?」

「うっ……」

 俺の問いかけに言葉がつまる明久。

 詰まった、ということは別の理由もあるのだろう。あると分かれば聞かなくても大体わかる。誰かの、おそらく愛莉辺りのためだろう。

 こいつはそういうやつだ。本人は否定しているがシスコンだしな。

「深くは聞かないでおく。まあ、俺もAクラスとは言わないが仕掛けたいと思ってたしな」

 俺はもちろん優衣のためだ。さっきのあれもそうだがいくらなんでもこの環境は体に悪すぎる。

「そうなの?」

「ああ。雄二、お前もじゃないのか?」

「相変わらず鋭いな、和也。そうだ、俺も仕掛けようと思っていたところだ」

「え? どうして? 雄二、勉強なんて全然してないよね?」

「世の中学力がすべてじゃないことを証明したくてな。そのために点数を調整してまでFクラスの代表になったんだ」

 そういうことだったのか。

 これでさっきの疑問も解決した。というか雄二が代表だったのか。

「でも雄二、本当にそれだけか?」

 雄二がそれだけのことで、わざわざ点数調整までしてAクラスに試召戦争を仕掛けようとするはずがない。何かほかの理由があってそう言っているはずだ。

「なんだ、それだけって?」

 そのまま聞きたかったのだが、視界の端に担任の姿が映った。

「いや……なんでもない。先生戻ってきたし、2人とも教室に戻ろう」

「そうだな」

 2人にはそう言ったが、俺はそのまま廊下を歩いて行った。

「和也、どこ行くの?」

「手伝い」

 短く応えて、少し走り出した。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 自己紹介が再開し、1人を除いて終了した。

「坂本君、君が最後ですよ」

「了解」

 雄二が席を立って、教卓のところまで行く。

「Fクラス代表の坂本雄二だ。代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 自信に満ちた顔でそういう雄二。

 でも、Fクラス代表って自信満々に言えることじゃないよな。学力最低クラスの代表ってだけだし、微妙な肩書だろう。むしろ無い方がましなんじゃないか。

「それでみんなに1つ相談があるんだが」

 雄二が教室の各所に視線を移す。さっき話していたのをもう実行するのか?

「Aクラスは冷暖房完備の上に、椅子はリクライニングシートらしいが」

 一呼吸置いて、静かに告げる。

「――――不満はないか?」

『大ありじゃぁっ!!!』

 その雄二の言葉にFクラスの男子の魂の叫びが続いた。

「そうだろう? 俺だって不満だ。で、提案なんだが、俺たちFクラスはAクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」

 そう言って雄二は戦争への引き金を引いた。

 

 



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第3話

「俺たちFクラスはAクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」

 雄二はそう言ったが――

「勝てるわけがない」

「これ以上設備が下がるのは嫌だ」

「優衣さんさえいれば何でもいい」

 やっぱりFクラスなだけはある、全くやる気がない。

 てか、最後のどさくさに紛れて何言っているんだ。優衣の方をみるが、全く反応していない。完全に無反応。普通の人なら何らかの反応をするはずなんだが、これは聞こえてすらいないということだろうか? かわいそうに……。

 でもまあ、最後の奴以外の言うことはわかる。

 ここ文月学園の試験には上限というものがない。そう、満点というものがないのだ。

 1時間という制限時間の中で無制限の問題を解けるだけ解くことが出来る。能力次第でいくらでも点数を伸ばすことが出来る。

 そしてこの『試召戦争』で一番重要になるのがこのテストの点数なのだが、AクラスとFクラスでは文字通り桁が違う。

「いや、勝てる。絶対に勝たせてみせる」

 その圧倒的戦力差がありながら雄二はそう宣言した。

「なにを馬鹿なことを」

「無理に決まってるだろ」

「何を根拠にそんなこと言ってんだ」

 否定的な意見が教室に響き渡る。

 確かに普通に考えたら無理だと思う。でもこのクラスにはイレギュラーな要素が結構あるのだ。要するに普通じゃない。

「根拠ならある。今からそれを説明してやる」

 そう言って雄二は愛莉の前で不審行動をしているやつに声をかけた。

 ある意味この状況でそんなことをするのは尊敬できる。俺は絶対にやらないが。

「おい、康太。愛莉のスカートを覗いてないで前に来い」

「…………!!!(ぶんぶん)」

「きゃっ」

 愛莉がスカートの裾を押さえて後ずさる。

 愛莉、いくらあいつの気配が薄いからと言ってその前に気付くだろ……。それによりによって愛莉相手にやるとはあとでシスコン兄にボコられても知らないぞ。

「土屋康太。こいつがあの有名な、寡黙なる性識者、ムッツリーニだ」

「…………!!!(ぶんぶん)」

 そのことは置いておいて、この土屋康太という名前はあまり皆に知られていない。だが、渾名であるムッツリーニというのはとてつもなく有名だ、悪い意味で。

「ムッツリーニだと……?」

「こいつがそうだというのか」

「見ろ、あそこまでしていたというのにいまだに認めようとしていないぞ」

「ああ。確かにムッツリの名に恥じない姿だ……」

 このようにほとんどが知っている。とは言ってもどうしてこのタイミングで紹介したのかはわからないんだけど。

「青山優衣と木下優子に関しては説明するまでもないだろう」

 この2人は常に学年トップ10に入っているからな。最後の学年末の成績が次席と確か7位だったか。この2人に勝てるのは、科目にもよるだろうけど5人だけということになる。

「私たちですか?」

「そうだ。うちの主戦力だ。期待している」

 はっきり言って他がほとんど相手にならないくらいの戦力だ。1番のイレギュラーだろう。優衣に至ってはほとんどチートだろうし。

「そうだ。俺たちにはこの2人がいる」

「確かに、この2人はAクラスに引けを取らない」

「この2人がいれば何もいらない」

 お前ら優衣にはさっき気づいてなかっただろ……。

 それと最後の奴は何を言ってるんだ。さっきの完全無反応に気づかなかったのか?

「更に2人には及ばないが吉井愛莉もいる。愛莉は英語だけではあるがAクラス上位並みだ」

『おお~』

 愛莉は全体的にみるとBクラスレベルだが、英語と英語Wの2教科は300点を超えている。その分他が少し低いがこのクラスの平均よりは高いはずだ。

「当然、俺も全力を尽くす」

「そういえば坂本って、小学生の頃は神童って呼ばれてなかったか?」

「そうなのか?」

「それじゃあ、Aクラスレベルの奴が3人もいるってことだよな」

 いけるんじゃないか、そんな雰囲気が教室内に満ちていた。

 確かに雄二は昔神童と言われていたらしいが、今はほとんど勉強してないせいでAクラスレベルではないぞ。言ったらせっかく上がってきた士気が下がるから言わないでおくけど。

「それに、吉井明久だっている」

 

……シン――

 

 明久の名前が出た瞬間教室が静まり返った。

 俺がわざわざ気を遣ったというのに無駄なことを言いやがった。

 雄二は何考えてるんだ。ここで明久の名前を出す理由はないだろ。

「ちょっと雄二! なんで僕の名前を出すのさ! 全くそんな必要はないよね!」

 明久もそう思ったらしい。わざわざ立ち上がって抗議している。

「吉井明久って誰だ?」

「聞いたことないぞ」

 おいおい、さっき自己紹介したばかりだし、それに全員で叫んでただろ、『ダーリーン』って。あれはその場のノリだったのか?

 それとは別にあいつは有名なはずなんだけど、このクラスの人は知らないのか。

「そうか。知らないなら教えてやる。こいつの肩書きは『観察処分者』だ」

 あ、わざわざ言うのか。

 観察処分者とは学園生活で問題のある生徒に与えられる処分の名称だ。

 この称号、一応開校当初からあるらしいのだが、明久が初めてらしい。

「それってバカの代名詞じゃなかったか?」

「ち、違うよっ! ちょっとお茶目な――」

「その通りだ」

「肯定するな、雄二! 和也も頷くな!」

 いつのまにか頷いていたらしい、明久が半眼で俺をにらんでいた。

「だがな、こいつの召喚獣の操作は学年1だ」

「そうなのか?」

「それなら、点数なんてあまり関係ないんじゃないか」

「そうだよな」

 雄二のフォローで教室内が関心ムードになる。

 操作に慣れているというのは、教師の雑用を手伝うために他の生徒とは比べようがないほど召喚獣を使っているためだ。その手伝いのために物に触れるたりすることができるのだが、召喚獣がダメージを受けるとその何割かが召喚者にもフィードバックする。疲労も同様だ。

 要するに攻撃を受けると受けた場所に痛みが走るし、動き回れば他の人より疲れるということだ。

 メリットがあるとすれば他の人より扱えるようになることだけど、そのためだけになりたいとは思わない。デメリットの方が多いから……。

「とりあえず、俺たちの力の証明として、Dクラスを落とそうと思う」

『おうっ』

「ならば全員ペンをとれ! 出陣の準備だ!」

『おおーー!!』

 さすが雄二、あれだけやる気のなかったクラスをここまで盛り上げるとは。

 ここで俺が出てこないのは普通レベルで紹介するほどではないからだと思う。雄二達には言ってないが数学、物理、化学あたりなら『普通』に受けてもそれなりに取れるはずだ。

「まず、明久! Dクラスへの宣戦布告の使者になってもらう」

「下位勢力の使者ってたいてい酷い目に遭うよね?」

 雄二の言葉に明久は嫌そうな顔をしながら文句言う。

 明久に言うことにはちゃんと理由がある。試召戦争のルールに上位のクラスは、下位のクラスに宣戦布告されたら拒否することができないというのがある。だから自分たちには全くメリットがないから掴み掛ってきてもおかしくはない。

「大丈夫だ。愛莉と一緒に行けば問題ないだろ?」

 女子が隣にいて掴み掛ってくるやつはいないだろう、たぶん。

「そうだね。女子がいれば大丈夫だよね。愛莉、行こう」

「うん」

「頼んだぞ、2人とも」

 明久も同じ結論になったらしい。愛莉を連れて扉に向かって歩き出した。

 そういえば開戦時間がいつか決めてなくないか?

「ちょっと待った」

 教室の扉に手をかけた明久達に待ったをかけた。

「なんだ、和也?」

「開戦時刻はいつにするんだ?」

「今日の午後の予定だが?」

「そうか」

 それなら少しは勉強できそうだな――って2人はいつその話をしたんだ? その話をしているのを見た覚えがないぞ。

「どうしたの、和也?」

「いや、俺たち今点数がないからな。今すぐじゃなくてよかった」

「確かにそうだね。それじゃ、行ってくるよ」

 

             ☆  ☆  ☆

 

「ただいま♪」

 待つこと10分程度。何故か愛莉だけが帰ってきた。

 まさかDクラスの奴、愛莉だけ先に帰らせて明久に掴み掛ってるんじゃ……。

「明久君はどうしたのですか?」

「お兄ちゃんならお手洗いに行くって」

 あいつはなんてタイミングでトイレに行きやがるんだ。俺の心配を返せ……。

「今からミーティング始めるぞ」

 そんな中雄二がそう言った。

「どこでやるんだ?」

「屋上だ。さっき話したメンバーと秀吉、和也、それと島田は来てくれ」

『了解』

 まあこのメンバーが妥当だな。去年からの知り合いプラスで木下さん。おそらくうちの主戦力だろう。

 教室を出て、途中で明久と合流して屋上に向かう。

 そして合流するなり明久がムッツリーニと話し始めた。ちらっとしか見なかったけど、どう考えてもさっきのムッツリーニの行動を尋問しているようにしか見えない。肩組んでるし……。見様によってはBでLな感じに見られるかもしれない。

 明久が首を絞め始めたら止めようと思いながら校内を歩いていると、先頭の雄二が屋上に通じる扉を開けて外に出た。

 それに続いて俺達も外に出る。

「明久。宣戦布告はしてきたな?」

 雄二がフェンスの前にある段差に腰を下ろす。それを合図に各々腰を下ろした。

「さっき話した通りに今日の午後に開戦予定と告げてきたよ」

「それじゃ、先にお昼ご飯ってことね?」

 島田さんのその一言に明久と愛莉がぴくっと肩を揺らした。

「2人ともどうかしたのか?」

「な、なんでもないよ?」

 そういえば今朝は遅刻ギリギリだったな。

 愛莉の寝坊なわけがないし、明久が寝坊したのだろう。そして愛莉は料理ができない。

 この2つから導き出されるのは―――

「弁当、作れなかったんだな」

「………はい」

 俺の言葉に小さく頷く明久。

「でも、別にお昼抜きでも大丈夫だよ」

「これから戦争なのよ。いつもなら大丈夫かもしれないけど今日はダメよ」

「2人とも戦争が始まれば試験を受けることになるのです。空腹では集中できませんよ?」

「うっ……そう言われると……」

「えっと確か、The mill stands that wants water.だっけ?」

「どうして英語の方が出てくるのじゃ……」

 明久は木下さんと優衣に叱られてしょげて、愛莉はまあ、うん。意味はあっているけど日本人なんだから『腹が減っては戦ができぬ』を出すべきじゃないか?

「とりあえず明久と愛莉は昼休みになったら購買で何か買って食べてくれ」

 雄二がそういうと2人とも頷いた。

「さて、話を試召戦争に戻そう」

「雄二よ。1つ気になっておったのじゃが、どうしてDクラスなのじゃ?」

「それ、僕も思った」

「確かにそうね。段階を踏むならEクラスだし、勝負に出るならAクラスよね」

 他の人たちも疑問に思っていたらしい。

 確かに木下さんの言う通りEクラスから順番に攻めるかいきなりAクラスに挑むかの2つだ。

「色々と理由はあるんだが、とりあえずEクラスを攻めない理由は簡単だ。戦うまでもない相手だからな」

「え? でも、僕らよりクラスは上だよ?」

「ま、振り分け試験の時点では確かに向こうの方が強いかもしれないな。けど、実際のところは違う。ここにいる面子を見ろ」

「えーっと……」

 雄二に言われるがままこの場にいるメンバーを見回し始める明久。

「美少女が4人、馬鹿と妹と和也、それにムッツリがいるね」

「ちょっと待て、明久! なんで俺だけ名前なんだ!」

『えっ、そこ!?』

「兄さん、突っ込むところはそこじゃないですよ」

 思わず言ってしまっただけなのに、まさかの総突っ込み。

 というか後半の3人はわかるとして、雄二が馬鹿で秀吉が美少女ってことなのか?

「ま、要するにだ」

 咳払いをして雄二が説明を再開する。馬鹿呼びされたのはスルー? 本人が気にしてないならいいんだけど。

「木下姉と優衣に問題がない今、正面からやりあってもEクラスには簡単に勝てる」

 確かに下手したら2人だけで勝利できるかもしれない。2人にはそれくらいの戦闘力があると思う。

「それでしたら、Dクラスには正面からぶつかると勝てないのですか?」

「ああ。確実に勝てるとは言えないな」

 五分五分と言ったところだ、と雄二。

「それなら、いきなりAクラスじゃだめなの?」

 確かに愛莉の言う通りAクラスにいきなり挑むのはありだとは思う。でも今の状況だと確実に勝つことは出来ない。

 そこは元神童の雄二のことだ、何か考えているはずだ。

「初陣だからな」

「士気を上げるためってところか?」

「そういうことだ。それに、打倒Aクラスの作戦に必要なプロセスだしな」

「ちなみにそれはどんな作戦?」

「それはその時になったら説明する。それじゃ、Dクラス戦の作戦を説明しよう」

 春風が吹く中、俺達は勝利のための作戦に耳を傾けた。

 

 



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第4話

「全員聞いてくれ。これから作戦を説明する」

 俺はそういって、全員の意識を自分に向けさせた。

「まず、明久と愛莉、和也、優衣、木下姉は回復試験を受けてくれ。その他の奴は、5人のために時間稼ぎをしてほしい」

 俺はまずそう指示を出した。振り分け試験を受けていないため、この5人は点数がないからだ。

「科目はどうするんだ?」

「先鋒は島田で行く予定だからな、数学だ」

 和也の質問に俺はそう答えた。

 数学を選んだ理由は簡単で残っている奴の中では島田の数学が1番高いからだ。したがって数学が時間を稼ぐには最善の手だ。次点で秀吉の古典があるがのだがクラスの平均点を見る限り数学の方がいいと判断した。ムッツリーニの保健体育はこのクラスの秘密兵器なのでこんなところで使うわけにはいかないというのも理由の1つだ。

「そうか、数学か」

 そう言って和也は少し考えこむ。

「それはいいけど、そんなに持たないわよ?」

 島田が少し不安げな声を出す。

 最善と言っても相手はDクラスだ。島田の数学がBクラスレベルでも長い間の足止めは厳しい。

 厳しくなったらそこで策を考えるつもりだ。最悪の場合は古典に切り替えればどうにかなるだろう。

「どのくらいなら持つんだ?」

 下を向いていた和也が顔を上げ、今度は稼げる時間を聞いてきた。

 時間を聞いたところで試験時間は1時間。さすがにそこまでの時間は稼げないだろう。

「20~30分くらいよ」

「それなら問題ないな」

 問題ない? まさか半分で切り上げるつもりなのか?

 試験を切り上げることは確かに可能だが、そこまでの点数が取れるはずがない。

「兄さん……」

「25分位だけだから大丈夫だよ」

 心配そうに和也の事を見る優衣をなだめる和也。

 こっちとしては何が心配で、何が大丈夫なのか全くわからないんだが。

「どういうことだ?」

「まあ見てのお楽しみだ」

 和也が数学の点数が高いことは聞いたことがないが、とりあえず任せてみるか。

 1年近く付き合いがあるのに知らないのは、いつもこいつは全科目同じ点数しかとらないからだ。そのせいで得意科目も苦手科目もわからないのだ。全教科120点という普通に解くより難しいことをやっているからそれなりに成績はいいはずなのだが。

 まあ、何かあるのならそれにかけてみるのも悪くはないか。

「よし、行くぞ」

『おお――!!』

 鐘が鳴り、初の試召戦争が始まった。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 開戦してからそろそろ30分経つと言ったところで廊下から伝令が駆け込んできた。

「代表、そろそろまずいぞ」

「そうか」

 点数的には向こうの方が上だからな、それに大体島田が言っていたくらいの時間だな。となると――

「雄二」

 策を考えようとしたところで和也が現れた。本当に回復試験を途中で切り上げてきたらしい。

「和也、もういいのか?」

「ああ、問題ない。前線の戦況はどうなってる?」

 試験を受けている教室からここまでくる時間を引くと25分位か。それで問題ないなのか? Aクラスの生徒で数学が得意なやつでもせいぜい150点に届くかどうかくらいだろう。ということは70~80点くらいか。

 相手は100点前後だろうし、明久レベルの操作技術がないと厳しくないか?

「戦況の方はかなり厳しくなっているらしい」

「わかった。それじゃ、行ってくる」

「ああ。たのんだぞ」

 あいつの得意科目は数学だったのか?

 あとで優衣辺りに聞いてみるか。

 

 

「島田、大丈夫か?」

 前線についた俺は指揮をとっている島田に声をかけた。

「青山、やっと来たのね。そろそろウチもまずいわ」

 言っていた通りくらいの時間だしな。全体的に疲弊しているようだ。そうなると出すべき指示は、1つだな。

「そうか。それなら点数が厳しい人は回復試験を受けに行ってくれ。その他は俺の援護に回って欲しい」

『えっ?』

 この場にいるFクラス全員が唖然とする。

「それじゃ、試獣召喚(サモン)」

 俺は召喚ワードを口にした。

 

 

 青山の召喚獣は右手に拳銃、左手に短剣、防具は防弾チョッキという他の召喚獣にはない飛び道具を持っていた。

『はぁあ!?』

 さっきはウチたちFクラス先鋒のメンバーだけが驚いていたが、今度はDクラスの生徒も目が点になる。この驚きは装備ではなく点数の方だ。

 

『Fクラス 青山和也

  数学  428点』

 

「あ、青山。その点数って?」

 おそらくこの場にいる生徒のほとんどが思っていることを聞いてみる。

「俺の本気だが?」

 事も無げに答える青山。

 いくら本気だからって、青山がここに来た時間から逆算すると大体試験時間は25分くらい。この計算で行くと1時間受けたら900点くらいになる。

 さすがに何かの間違いだと思いたい……。

「ここは問題ないから、島田は戻って回復試験でも受けに行って大丈夫だ」

 確かに青山の言う通りこの点数なら全然問題はなさそうだ。

 ここまでの戦いで相当点数を削られたから一応受けてきた方がいいのだろうけど、でもウチが試験受ける意味はたぶんないと思う。

「Fクラスになんでこんな点数をとれる奴がいるんだよ」

 Dクラスの生徒の1人が呟いた。

 それはたぶんAクラスにもいないと思う。

「ウチは、試験受けに行くわね」

「了解」

 そう言って前線を離れた。

 

 

 前衛部隊は15人、点数は大体平均95点ぐらいか。どうにかなるだろう。 

「それじゃ、行くぞ」

 Fクラスの前線にいた半数位が下がったところで俺は召喚獣を前に送り出した。

「いくら点数が高いからって1人でだと!」

「なめるな!」

 敵がまず4人で突っ込んでくる。

 まとまってくれると俺としても助かる。

「まずは『放電』」

 腕輪が使いやすいから。

 1教科の点数が400点を超えると使える腕輪。総合科目では4400点を超えれば使える。

 俺の腕輪の力は『電撃』。ただし使い方がいくつかある。

「召喚獣が動かない」

「どうなってるんだ」

「点数も減ってるよ」

「腕輪なの?」

 俺の電撃を受けた4人は成績的に腕輪と縁がないらしく俺の腕輪にただただ驚いているだけ。

 この『放電』には召喚獣を中心とした全方位攻撃で麻痺効果が付けられている。その分威力自体は低い。そして全方位攻撃のため場所によっては味方にも被害が出てしまう。全員を引かせたうえで前に突っ込んだのはこのためだ。

 腕輪は基本的に即死級の攻撃らしいのだが、俺の腕輪はバリエーションがあるためか全体的に威力が低い。

「まず4人と」

 短剣で四体の召喚獣の頭をはねる。

 銃で撃った方が早いが7発という弾数制限がある上、弾倉を入れ替えるのに10点消費し、その間無防備になってしまうという欠点があるため極力使わない。

 さらには、召喚獣本体の点数に関係なくダメージが固定。例えば足に当たった場合40点といった感じで結構使いにくい。点数が低いときは重宝するが、点数が低いと撃った反動で弾道が安定しないという欠点がある。まあ、見た目がM1911、通称コルト・ガバメントで気に入っているから何も問題ないけどな。

「戦死者は補習」

 どこからともなく現れた西村先生が4人を補習室に連れて行く。

 どうやったら高校生を4人も抱えられるんだ。どこかの傭兵さんでも1人しか運べないんじゃ。

 それは置いておいて、Dクラスの残っている生徒は4人が一瞬でやられたのと腕輪で怖気づいたらしい、突っ込んでこなくなった。

「かかってきなよ。時間かけてたらこっちが有利になるだけだよ?」

『くっ』

 雄二の指示では時間稼ぎをするように言われているが、そんなに悠長にやってもいられない状況ではないのだ。『副作用』の頭痛がさっきから少しずつ酷くなってきている。長期戦は不可能みたいだ。

 ぶっ倒れて優衣に心配をかけるわけにもいかないからこの1発にすべてをかける。

「来ないなら終わらせるよ」

 召喚獣の持っている拳銃に電力を集中する。これは出来れば使いたくなかったが。

『レールガン』

 俺の召喚獣が使える最強の技。色々と無理があるせいかこれを使うと3分くらい何もできずに逃げ回るしかなくなる。短剣で攻撃しようにも腕が動かなくなるのだ。

 まあDクラス位ならどうにかなるはずだ。

『なっ!?』

 一直線にDクラスの召喚獣の間を弾が一瞬で通り過ぎた。

「か、勝てるわけねぇ」

「全滅はさせられなかったか……」

 弾から他のより離れていたせいか少しだけ体力が残っているのがいた。

 この攻撃も弾丸からの距離によってダメージ値が変動する。

 でもこれくらいなら俺がいなくても大丈夫だろう。

 思った通り隙をついて須川達が残っていた召喚獣にとどめを刺した。

「戦死者は補習」

 またどこから現れた西村先生が残っていた11人を連れて行った。

 これでここにいるのはFクラスの生徒だけになった。

「このまま突っ込むか?」

「いや、このままでいい。俺たちの目的はあくまで時間稼ぎだ。ここを防衛していればいい。Dクラスの本隊が来るなら別だが」

 須川の意見に俺はそう答えた。

 本音を言うと俺がこれ以上戦えそうにない。眩暈と頭痛が酷くなっているし、これは倒れる寸前だぞ。

「顔色が悪いが、大丈夫か?」

「いや……相当まずいが……まだ大丈夫だ」

 本隊が来るまではここにいないといけない。時間的にはあと10分くらいだろう。

「それならいいが……」

 須川もそれ以上何も言えなかったらしい、そのまま引き下がった。

 それからしばらくして。

「よくやった、和也。というかDクラスがいないな」

「来たか……雄二」

 回復試験が終わったらしくFクラスの本隊が来た。

「これなら俺は下がってても大丈夫だよ……な?」

 そろそろ真面目にまずい。できるだけ平然を保とうとしているがこれ以上は無理だ。

「問題ない。下がって休んでいてくれ。あとは俺たちで何とかする」

「それじゃ、後は頼んだ」

 とりあえず教室に戻って寝るか……。

 



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第5話

 Dクラス前線部隊を全滅ですか、やっぱり兄さんはすごいです。

 でもさっきふらふらしていたので心配です。雄二君は騙せたみたいですが私は誤魔化されません。無理に平静を装っているのが丸わかりです。

「Dクラスに乗り込むぞ」

「了解」

 前戦に残っていた生徒も合流してDクラスの方へ向かいう。

「明久、愛莉、優衣、木下姉がメインで攻撃、他は4人の援護だ」

『了解』

 私も攻撃担当ですか。兄さんに負けないくらい活躍して見せます。

「もうここまで来ただと」

 Dクラス代表が驚きの声を上げる。

 そう言いたくなるのはわかります。まだ開戦から1時間ちょっとしか経っていませんからね。

「3人とも行くよ」

『試獣召喚《サモン》』

 

『Fクラス 吉井明久 & Fクラス 吉井愛莉 

  数学   97点 & 115点     』

 

『Fクラス 青山優衣 & Fクラス 木下優子 

  数学  301点 & 293点     』

 

 今回は出来がイマイチでした。もっと頑張らないといけないですね。

 明久君の召喚獣の装備は、木刀に改造制服という不良生徒といった感じ。

 愛莉の方は、片手剣2本にこれまた制服。

 木下さんは、西洋鎧にランス。前2人が戦闘する装備に見えなかったのに対し、完全に戦闘するという装備。

 私は、防具は巫女服で武器は弓ともう1つ。弓は、矢をいくら放っても点数が減らないのですが、命中させるのが難しい武器です。

『またAクラスレベルの人がいる』

「またってどういうことよ?」

「たぶん兄さんです」

 というより兄さん以外に考えられません。さっきふらついていたのはおそらく『あれ』の反動ですね。だから最初に言ったのに、後でお説教が必要ですね。

「和也君ってそんなに点数高かったの?」

 愛莉が疑問に思うのは当然です。今までの試験結果からは想像できませんから。

 兄さん本人は全く自覚していませんが、頭はいいのです。試験を真面目に受けずに、全教科同じ点数にするという意味不明なことをしていますが。

 昔兄さんが呟いていたのを聞いてからは『あれ』が原因だとは思っているのですが、確証がないのです。

「あとで兄さんに聞いてください。今は目の前の敵に集中です」

「そうだね」

 明久君は私の言葉に同意すると先陣を切って突撃していきました。

 その後彼を見たものは……とか言えそうな感じですが、そうはなりませんよ。

「負けてたまるか!」

 Dクラスの2人組が突っ込んでくる明久君の召喚獣を迎撃しました。

 でもその攻撃をすべてよけて攻撃する明久君。流石としか言いようがないです。

「なんで当たらないの!」

「どうなってんだ!」

 一撃も受けることなく、少しずつダメージを重ねていき―――

「これで止めだっ!!」

 そういって2人の召喚獣にとどめを刺す。

「戦死者は補習」

 Dクラスの近衛部隊は全部で10人。今明久君が2人倒したので残りは8人ですね。

「今度はアタシたちね」

「行くよ」

「私は後方から援護します」

 私は弓なので後方支援に向いていますからその場から動きません。

 木下さんの方は大丈夫だと思いますが、人数も多いですし愛莉の方が危なそうですね。明久君ほどの操作技術があれば問題なさそうですが、私達と同じレベルですから。

「うっ……」

 そう考えているところで、いきなり愛莉の召喚獣が体勢を崩された。

 ここは援護した方がいいですね。

「もらった」

「えいっ」

 私は矢で攻撃を仕掛けていた相手の召喚獣の頭を射抜いた。

 何とか今回は当たりましたが、コントロールが難しいですね。

「なんだとっ!」

 驚いた敵の隙を見て愛莉がもう1体の召喚獣にとどめを刺したみたいです。

 これで2人戦死です。近衛部隊もあと6人になりました。

 少し離れたところで戦っている木下さんの方を見ると、かなり点数を削られていましたが味方の援護もあるみたいなので大丈夫そうです。私は愛莉の方を優先でいいみたいですね。

「弓が厄介ね」

「近接になれば勝てるはずだ」

「ここは私が受け持つから大翔と七菜はあっちに」

 牽制で何本か矢を放っていると鬱陶しく思ったのか、相手は愛莉から私に目標を変えたみたいです。

 確かに弓では近距離では厳しいです。が、私の召喚獣は武器を2種類持っているのです。

「くらえっ」

 相手が私の所に着く前に武器を弓から短剣に。そうもう1つとは短剣です。

「やっ」

 相手の攻撃に合わせて短剣を突き出す。

 リーチが短いので相手の攻撃をかわしきれませんし、あまりダメージが与えられません。

 でも、意表をつくくらいのことはできます。

「うそっ!」

「2種類の武器を持ってるのか!」

 短剣を持っていたことに動揺したのか、相手の剣筋がぶれてこちらの肩をかすめるだけになり、私の短剣が相手の顔をかすめた。

 出来れば一撃で倒せてしまえていればよかったのですが、顔にあたったとはいえ半分くらいしか削れていませんね。とはいえ私の方は肩だったのと点数差のせいか10点ちょっとしかダメージをもらいませんでしたが。

「行きます」

 もう1人の点数が高い方を倒してしまった方がいいですね。

「七菜、挟み込むぞ」

「うん」

 私が突撃させたことを見て相手は挟撃する動きをする。

 挟み込まれたら大変ですが、少し考えが足りません。

「私の武器は変えたからと言って使えなくなるわけではありませんよ」

 短剣を片手に矢を取り出す。

「両方使えるのかっ!」

 

 キンッ!

 

 どっちもリーチが短いので相打ちになってしまいました。

 それに点数がかなり減ってしまいましたが、2人を戦死させることができたようです。

 木下さんも愛莉も勝ったようなのであとは代表の平賀君だけみたいですね。

「あとはあなただけよ、Dクラス代表」

「くっ」

「私たち2人が相手です」

 愛莉は点数の消費が酷いので今回は外れてもらいました。

 そして短剣をしまい再び弓に持ち替える。

 

『Fクラス 木下優子 & 青山優衣 VS Dクラス 平賀源二

  数学  155点 & 126点 VS 134点     』

 

 2人とも相当点数が減っていますが問題ありませんね。

「これで終わりよ」

「終わりです」

 木下さんのランスを弾いたところに私が矢を放った。

 

 Dクラス代表平賀源二戦死。

 

 矢は召喚獣の頭に刺さり1撃で勝負がついた。当てにくいといいながら当て続けていますが偶然ですよ?

 

             ☆  ☆  ☆

 

「これで決着だな、Dクラス代表」

「そうだな。まさかAクラスレベルの人が3人もいるとはな。ルール通り教室は明け渡そう。今日はこんな時間だし、作業は明日でいいか?」

「もちろん明日でいいよね、雄二?」

「時間も遅いですし、それが妥当ですね」

 これで少しはまともな設備になりましたね。私の場合は自業自得でFクラスになったのですが。

「いや、その必要はない」

 でもその提案を雄二君はきっぱりと否定しました。

「え? なんで?」

「Dクラスを奪うつもりはないからな」

「どういうことですか?」

「俺たちの目標はあくまでAクラスだからだ」

 Aクラス以外のクラスとは設備を交換しないということでしょうか?

 確かにこの設備に満足して次の戦争に反対する人が出てくるかもしれませんし、それを防ぐためといったところでしょうか。

「それは俺たちにとってはありがたいんだが……それでいいのか?」

「もちろん、条件はある」

 でもやっぱりタダで交換なしとは言わないみたいです。

「で、その条件というのは?」

「それはだな」

 雄二君がそういった直後、ガラッという音ともに扉が開いた。

「終わっているみたいだな」

 条件を言うという絶妙なタイミングで兄さんが来たみたいです。

 



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第6話

「終わったのか?」

 遠くから聞こえていた喧騒が聞こえなくなった。教室には俺以外いないし、とりあえずDクラスの様子を見てくるか。

「おとっと」

 立ち上がると少しふらついた。ほんの少ししか眠れなかったからそこまでは回復していないがさっきよりはだいぶ良くなった。これなら大丈夫そうだな。

 ゆっくりとした足取りで新校舎の端にあるDクラスに向かう。

「薬持ってくれば良かったな」

 持ってきていればもう少しはまともな状態になれただろうし。でも一時的のものでしかないが。

 そんなことを考えている間にDクラスに着いた。雄二の声もするしここで間違いないようだ。

「終わっているみたいだな」

 俺が扉を開けて声を出すと全員の視線が俺に向けられている。

 その視線もなぜか冷たい。俺がなんかしたのか?

「あれ? なんかタイミング悪かったか?」

「和也……空気読んでよ」

 明久の言葉に全員が頷く。

「あ、悪い……」

 とりあえず引っ込んでおくしかなさそうだ。

「えーと、それで条件だが」

 仕切り直して雄二が話を戻した。

「俺が指示を出したらあれを動かなくしてもらいたい」

 そういって雄二は窓の外に設置された室外機を指した。

 この室外機はDクラスの物ではない。あれはスペースの関係でここを間借りしている隣のBクラスのものだ。

「Bクラスの室外機か」

「設備を壊すんだから、当然教師にある程度睨まれると思うが、そう悪い取引でもないだろ?」

 話がいまいちわからないがおそらく次の戦争で必要なことなのだろう。いくらなんでも設備は壊すという作戦立てるのはどうかと思うが。

「それはこちらとしては願ってもいない提案だが、なぜそんなことを?」

「次のBクラス戦の作戦で必要なんでな」

「そうか。ありがたくその提案を呑ませてもらう」

「詳しいことは後日話す。今日はもう行っていいぞ」

「ああ。Aクラスに勝てるように願ってるよ」

「ははっ、無理すんなよ。どうせ勝ってこないと思ってるだろ」

「いや、そうでもない」

「根拠は?」

「……ない。ただそんな気がしただけだ」

 ちらっと俺のことを見たような気がするが、気のせいか?

「そうか。それじゃ、教室に戻るぞ」

 こうして、FクラスVSDクラスはFクラスの勝利に終わった。

 来た意味なかったな。それに中途半端過ぎて話が全くわからないし、条件ってなんのだ?

 Dクラス戦の戦後対談が終わって教室に戻った。

 

             ☆  ☆  ☆

 

「今日はこれで解散だが、ミーティングをしたメンバーは残ってくれ。それ以外は、帰ってゆっくり休んでくれ。解散っ」

 雄二がクラス全員に連絡事項を伝え解散になった。

 でも、なんで俺たちは残るんだ?

「雄二、なんで僕らは残るのさ?」

 明久が雄二に詰め寄る。俺はもともと残って雄二からさっきの話を聞こうと思っていたから問題ないけど。

「和也についてのことだ」

 何故か明久の言葉に返ってきたのは俺についてだった。

「俺か?」

「そうだ。詳しく話してもらおうと思ってな」

 俺の方を向いてそう雄二は言った。

 詳しく話してもらうって、俺が何かしたのか。全く覚えがないけど、もしかしてさっきの邪魔した事か?

「何のことだ?」

「さっき、島田から聞いた。数学の点数のことだ」

「あれはウチもびっくりしたわ」

「ああ、あれね……」

 なるほど、数学の点数のことか。説明し辛いんだよな……。

「さっき優衣ちゃんが言ってた」

「Aクラスレベルのって話ね」

 愛莉と優子さんも何かあるらしい。一体優衣は何を言ったんだ?

 これは普通に説明すればいいのか。それとも『あれ』の事を説明しないとだめなのか?

「えーと……」

「何を隠しておるのじゃ?」

「…………あの強さは異常」

「数学が得意なだけなんだが……」

 秀吉の言葉に少し迷ったが、やっぱりこう言うしかなかった。嘘は言ってないから問題ないとはいえ追求されるのは間違いないだろう。それにこれだけじゃあの点数は説明しきれない。

「試験時間25分で428点なんてありえないだろ」

『えっ』

 雄二の言葉にあの場にいなかった3人――明久、愛莉、優子さん――が驚きの声を上げる。

 まあ、俺もあそこまで出来るとは思ってなかったし。

「それって本当なの」

「本当よ。この目で見たんだから」

「さすが兄さんです」

「優衣ちゃんは知ってたの?」

「得意科目であることは知っていましたが、でもここまで高いとは思っていませんでした」

「知っているのは妹さんだけだったのね」

 優衣は俺の得意科目から苦手科目まで大体は把握しているからな。

「じゃが、いくら得意でもこの点数は無理じゃろ」

 こう言われるのは予想していた。秀吉が言うように普通じゃ無理だと思う。実際今の俺には無理だ。

 これは信じてもらえるかわからないが話すしかないか……。

「『リミッター』を外しただけだ」

『リミッター?』

 全員が口をそろえてそう言った。

 まあ、いきなりそんなことを言われてもわかるわけがないよな。

「脳の稼働速度を速めるんだ。使い過ぎると体壊すからって優衣に止められているけどな」

 ただしこの『リミッター』は外すと通常より状況把握、計算速度など高速になるが副作用も大きい。1時間以上この状態で頭を使い続けると意識を失い2日は起きなくなる。今回は25分程度だったから頭痛で済んだわけだ。それでも相当酷いものだけど。

 しかも本気を出したと判断されると外れてしまうのだ。この判断基準がわからないためいつも適当に受けているのだ。今回はそれを使って外した。

 もう言わなくてもわかると思うけど、これが俺の可笑しな体質の正体だ。

「…………だから決着を急いだのか」

「そういうことだ。ついでに言うと、さっきまで寝てた」

 雄二達が来るのがもう少し遅かったら倒れていたかもしれない。

「休むって言っていたのはそういうことだったか。召喚獣扱って疲れたからだと思っていたが」

「そもそも疲れるほど召喚獣を動かしてないからな」

「数学が得意なのはわかったが、他の教科はどうなんだ?」

 雄二がさらに聞いてくる。これは一応信じてもらえたととっても良さそうだな。

「言わなきゃだめか?」

 まるで俺が隠しているように聞こえるかもしれないが別に隠しているつもりはない。今まで真面目に受けてないせいで自分でもわからないというのが本音なのだ。数学はもちろん物理と化学あたりならそれなりに取れるだろうが、他の科目が全くわからない。

「言わないなら優衣から聞くだけだが?」

 優衣に聞いても各科目の具体的な点数が出てこないと思う。

「わかったよ。でもどうせ明日のテストの結果でわかるだろ」

「そうだな。それじゃ、帰るか」

 自分で把握するためにもギリギリのところでやってみよう。

 でもそれが俺の実力と言えるかはわからない。この『リミッター』は自動で外れる場合、段階的に外れるのだ。だから完全に外れずに受けることは不可能なのだ。

「そうだね」

「そういえば、今朝聞きそびれたのだけど」

 優子さんは、そういって俺と優衣の方に向く。

「どうしたのですか、木下さん」

「秀吉と紛らわしいから優子でいいわ。ほかの人もそう呼んで。2人はどうしてFクラスに?」

 そのことか。明久達には言ったけど、他の人には言ってなかったからな。

「俺は風邪をひいたから」

「アタシと同じ理由だったのね。それで妹さんは?」

「私も優衣でいいですよ。私は兄さんの看病をしていたからです。うちは両親が仕事で家にいないので、心配で兄さんを1人にできなかったのです」

 優衣の言うことは建前に近いような気がするが、事実だから仕方ないか。俺としては受けてほしかったんだけど。

「そういうことだったのね」

「話は済んだか?」

「ええ」

「そうだ。私もお兄ちゃんがいるし、みんな名前で呼び合わない?」

「そうだね」

「それは名案じゃな」

「それはいいが、そろそろ帰らないとまずいんじゃないか? そろそろ下校時刻だし」

 全員して時計を見る。

「確かにそうね」

「それじゃ、帰ろうか」

 あっ……雄二にDクラスでの話、聞けなかった……。

 

 



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第7話

 Dクラス戦の翌日、いつも通り優衣と2人で登校していた。

「今日は1日中テストか」

「今回はちゃんと受けてくださいよ、兄さん」

「わかってるよ」

 雄二達と約束したし、自分の今の成績を把握するためでもあるからな。

「あ、おはよう、和也君、優衣ちゃん♪」

「おはようございます」

 反対側の道から明久と愛莉が歩いてきた。

「今日は早いな2人とも」

「今日はテストだから学校行って勉強しようと思って」

 明久にしては珍しい台詞だ。

「そっか。じゃあ急がないとな」

 教室に入ると既にほとんどクラスメイトが来ていた。昨日はギリギリだったし、みんな早いんだな。

「おはよう、雄二」

「おう明久、今日は早いな」

 雄二も俺と同じことを聞いてるよ。やっぱり珍しいからか?

「テスト前に勉強しようと思って」

「そうか」

「そういえば、Dクラスの設備のことみんなに説明したの?」

「ああ。みんなにはちゃんと説明したからな。問題ない」

 明久と雄二がそんなことを話している――ってもう説明し終わったのか! また聞けなかった……。

「それはいいとして明久、勉強するんじゃなかったのか?」

「へ? ってもうこんな時間!」

 明久が急いで勉強を始める。折角感心していたのに、素で忘れていたな。

「和也、そういうお前は勉強しなくていいのか?」

「大丈夫だ。昨日の夜やっておいたからな」

 あくまで毎日の日課でやっている。テスト前だからという理由で勉強してうっかり『リミッター』が外れたら大変だからな。

「そういえば雄二、次はBクラスなんだよな?」

 暇だからテストが終わったら始まる次の召戦争について聞いてみる。

「そうだが、何か問題でもあるのか?」

「いや、なんとなくBクラスの代表って誰かと思っただけだ」

「そのことはすでにムッツリーニに調べるように頼んである」

「そっか」

 そこはクラス代表、ちゃんと動いているらしい。噂では面倒な相手らしいけど、どうなのだろか。

「おはようじゃ」

「おはよう、2人とも」

 優子さんと秀吉が教室に入ってきた。

『おはよう』

「2人で何話していたの?」

「次の試召戦争についてだ」

 雄二がそう答える。

「そう。2人ともテストの方は大丈夫なの?」

「大丈夫だ」

「そろそろ始業のようじゃぞ」

「それじゃ、席に着きますか」

「それでは席についてください」

 俺が言ったのと同時に福原先生が入ってきた。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 午前中の4科目が終了して昼休みになった。

「うあー……疲れたー」

 そういって明久は卓袱台に突っ伏す。

「うむ。疲れたのう」

「…………(こくこく)」

 クラスの大半が机に突っ伏している。普通にしているのが4,5人しかいない。

「そうか?」

「えっ? 疲れないの?」

 俺の言葉に愛莉が驚いたような声を出した。

「ああ」

 確かにいつもより真面目に受けた分疲れてはいるがそこまでじゃない。むしろ家にいる時の優衣の行動の方が疲れる。昨日も――ってこの話はやめておこう。思い出すだけでも恥ずかしくなってくる。

「私もあまり疲れてないですよ」

 その優衣もそう言っている。優子さんもそこまで疲れているようには見えない。

「よし、今日も昼食を含めて屋上でミーティングだ」

「明久、今日はちゃんと作ってきてるよな?」

 昨日のことがあるから一応確認する。

「当たり前だよ。愛莉の分だってあるんだから」

「そうか」

 明久でも2日連続で同じミスはしないか。

 昨日と同じくみんなで屋上に行き、弁当を広げる。

「和也よ、今日の弁当はいつもと違うようじゃが」

 俺の弁当箱を覗きこんで秀吉が指摘してくる。

 よく気が付くな。形が不揃いだったりするからか?

「これか? 今日は俺が作ったからな」

「今日は私のも兄さんが作ってくれたお弁当です。私が寝坊してしまったので」

 今日は優衣が時間になっても起きてこないから部屋を覗いたらまだ寝ていた。どうやら年に数回ある寝坊の日だったらしい。

 そこでいつも作ってもらっているお礼を兼ねて起こさずに俺が弁当を作ったのだ。久しぶりに作ったから少し手間取ったけど。

 作り終えてから部屋に見にいったらまだ寝ていて、起こそうとしたら布団に引きずり込まれそうになったというのは言わないでおこう。言ったら危険そうだし。それにしても俺が抵抗するだけで精一杯のあのパワーは一体どこから出てるのだろうか?

「和也って料理できたのね」

「まぁ、人並みには」

 人並みにできるとは言うがいつもは優衣が全部やっている。手伝い位はいつもしているが。

「ちょっと味見してもいい?」

「別にいいけど」

「じゃあアタシも」

 俺の弁当からおかずを1つとって食べる美波と優子さん。そして口にした途端崩れ落ちた。

 味見をしたときは問題なかったはずだけど何か変な味付けしていたか?

「ど、どうしたんだ2人とも。まさか味付け間違えてたとか?」

 そう言いながら俺も1つ口にする。普通の卵焼きだな、問題ない。

 もしかして俺の味覚がおかしいのか?

「……そういうことじゃないわよ。とてもおいしいもの」

「……だからこそ落ち込むというか」

「えっ?」

 俺は素で驚いてしまった。そしてそれと同時に安堵した。別に俺の味覚がおかしいわけではなかったらしい。

 でも俺としては普通の、むしろ前より少し腕が落ちた気がするくらいなんだけど。

「和也、お前は自分の料理の腕を過小評価しすぎなんだ」

 そんな俺を見て雄二がやれやれと言ってきた。

「そうなのか?」

 過小評価も何も優衣や明久のものに比べたら全然だと思うけど。

「気づいてなかったのじゃな」

「兄さんは十分料理が上手ですよ」

「そうなのか?」

 優衣にまで言われてしまった。

「和也君、もしかして優衣ちゃんかお兄ちゃんと比べてたの?」

 俺は愛莉の言葉に頷いた。

「…………それは比べる相手が悪い」

 ムッツリーニがそう言うけど、比べる相手がそれくらいしか周りにいないし。

「優衣ちゃんの料理はすごくおいしいからね」

「……そういうことだったのね」

 溜め息をついて優子さんがポツリと言った。

 

             ☆  ☆  ☆

 

「そういえば雄二、次の相手ってBクラスなんだよね?」

 食事が終わり、Bクラス戦の話に移った。

「ああ。そうだ」

「なぜBクラスなのじゃ?」

「目標はAクラスなんでしょ?」

「正直に言おう。優衣と優子がいても、うちのクラスの戦力じゃ勝てない。和也がどの程度かわからないが、たとえ2人と同レベルでも、な」

 俺の話は置いておいて、Aクラスは他のクラスとはレベルが違う。五十人のAクラス生徒のうち、四十人はまだいい。Bクラスの生徒より多少高い程度の普通の生徒だ。それに比べ上位十人は圧倒的だ。まあ、そのうちの2人はここにいるわけなんだが。

「それじゃ、僕らの目標はBクラスに変更ってこと?」

 明久の言葉はたぶんありえない。雄二が一度言ったことを変えるはずがないからだ。

「いいや、そんなことはない。Aクラスをやる」

 俺が思った通り雄二は明久の言葉を否定した。

「言っておることが矛盾しておるぞ」

 確かに矛盾している。Aクラスと戦わずにAクラスを倒すと言っているのだから。

「クラス単位では勝てないだろうから、一騎討ちに持ち込むつもりだ」

「一騎討ちに? どうやって持ち込むの?」

 愛莉が全員を代表して訊く。

「Bクラスを使う」

「なるほど、そういうことか」

「兄さん分かったのですか?」

 優衣の言葉に俺は頷いた。

「ああ。試召戦争のシステムを利用するってことだろ、雄二」

「そういうことだ」

 やっぱりそういうことか。

「全くわかんないんだけど」

「はぁ……。明久、試召戦争で下位のクラスが負けた場合設備はどうなる?」

 いきなり雄二が試召戦争に負けた場合の話を始める。これがわからない明久のための説明になるらしい。

「設備のランクが1つ落とされるわ」

「じゃあ、上位のクラスが負けた場合は?」

「相手のクラスと設備が交換になるのじゃな」

 雄二の問いに優子さんと秀吉が答える。ここは明久が答えるところじゃないのか? いや、頭の上に?を並べているあいつが答えられるわけないか。

「そうだ。今回はこのシステムを利用して交渉する」

「交渉?」

「まずBクラスを倒したら、設備の交換の代わりにAクラスに攻め込むように交渉する。設備を入れ替えたらFクラスだが、Aクラスに負けてもCクラス設備で済むからな。Fクラスの教室にはなりたくないだろうし、Bクラスはまず拒否しないだろう」

「それで?」

「それをネタにAクラスと交渉する。『Bクラスとの勝負直後に攻め込むぞ』といった感じにな。いくらAクラスでも1つ下のクラスに挑まれてすぐ他のクラスと戦うのは嫌なはずだ」

「なるほどね」

「でも、そううまくいくでしょうか?」

 大体納得したところに優衣が唐突に口を挟んだ。

「どういうことだ?」

「Aクラスにとっては一騎討ちより試召戦争の方が確実ですから。それに」

「それに?」

「それに一騎討ちで勝てるでしょうか? こちらに私たちがいるのは知られているのですよ?」

 確かに優衣の言っていることは間違っていない。すでにDクラス戦のことは全クラスに知られている。俺の方はどうかわからないが優衣と優子さんについては確実だ。

「その辺に関しては考えがある。大丈夫だ」

「そうですか」

「とにかくBクラスを落とす。細かい作戦はそのあと教える」

『了解』

 確かにBクラスに勝たないとその作戦は役に立たないからな。

「それで、明久」

「なに?」

「今日のテストが終わったら、愛莉と一緒にBクラスに宣戦布告してきてくれ。開戦時刻は明後日の午後だ」

「わかった」

 ここでとりあえずの説明は終了したみたいだ。

「そろそろ戻るか」

「そうね」

 午後のテストも無事終了し、明久達の宣戦布告も何事もなく終了し帰路についた。

 

 



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第8話

「全教科のテストご苦労だった」

 今日も午前中にテストがあり、さっき全教科のテストが終わり昼食をとり終わったところだ。

「これからBクラスとの試召戦争に入るわけだが、殺る気は充分か?」

『おおーっ!!』

「相変わらず、すごいわね」

「そうだな」

「そうですね」

 このクラスは士気の高さは他クラスとは比べ物にならないからな。でも今の雄二の『やる気』というところ別の言葉に聞こえた気がするんだが気のせいか?

「今回は敵を――――――」

 雄二の話はあとで優衣に聞くとして、俺はムッツリーニに話しかけた。

「ムッツリーニ、1つ聞きたいことがあるんだが」

「…………なんだ?」

「Bクラスの代表が誰か分かったか?」

 明久達が宣戦布告に行ったとき代表は不在だったらしい。

「…………あの根本だ」

「あのということは根本恭二か。だとするとムッツリーニ、1つ頼みがある」

 まさか噂通りだったとは。ここで俺はあることを耳打ちした。使う事にはならないでほしいけどな。

「…………わかった。やっておく」

「頼んだ」

「―――前線部隊23名は、愛莉と優子に指揮してもらう。後方支援部隊9名は、優衣の指示に従え。明久と和也は状況に応じて両部隊の支援を頼む。ムッツリーニは指示を出すまで待機。残りの者は近衛部隊だ」

『了解』

 ムッツリーニに指示を出し終えて雄二の方に向き直した。

 布陣の話までいったようだ。俺は明久と2人で遊撃隊らしい。

 そして鐘が鳴った。

「開戦だ。さっきの指示通りにな」

「俺も行きますか」

 今回もこっちの主武器は数学。

 Bクラスは比較的文系が多いのと、何故か長谷川先生の召喚可能範囲が広いというのが理由だ。他にも英語Wと物理の教師もいる。俺としては文系の科目が良かったんだが。

「いたぞ、Bクラスだ」

「高橋先生を連れてるぞ」

 学年主任の高橋洋子先生がいるということは総合科目で勝負ということか。敵は総合力の差で一気に終わらせるつもりみたいだ。人数は十人程みたいだが、戦力値は拮抗しているだろう。

「生かして帰すなっ」

 Bクラスの物騒な台詞を皮切りに、Bクラス戦が始まった。

 

『Fクラス 近藤吉宗 VS Bクラス 野中長男

 総合科目 796点 VS 1943点    』

 

『Fクラス 武藤啓太 VS Bクラス 金田一祐子

  数学  69点  VS 159点      』

 

『Fクラス 君島博  VS Bクラス 里井真由子

  物理  77点  VS 152点      』

 

 …………圧倒的な戦力差に前線部隊第一陣がなすすべもなくことごとくやられてしまう。

「なあ、明久。俺、しばらく何もしなくていいか?」

「どうしてっ!?」

 明久が素っ頓狂な声を上げる。

 圧倒されているこの状況でそんなこと言うなら普通そういう反応になるよな。

「優衣に任せてみようと思ってさ」

 テストの結果があれだったから召喚獣を出したくないだけだけど。数学は前回召喚しているからまだいいが物理で召喚なんてしたら色々まずい。だからそれっぽいことを言ってお茶を濁す。

「すみません。遅れました」

 ちょうどそこに優衣が到着する。

「来たぞ、青山優衣だ」

 優衣がFクラスなのはやはり知られていたか。

「長谷川先生、Bクラス岩下律子、Fクラスの青山優衣に数学勝負を申し込みます」

「律子、私も手伝う」

「わかりました。試獣召喚」

「試獣召喚」

 優衣はBクラスからすれば危険人物だ。2人がかりで倒しておきたいのだろう。まあ、2人で倒せればいいが、おそらく無理だろう。

「あれ? 優衣の召喚獣、アクセサリーしているわね」

「はい。今回はいつもより解けましたから」

 召喚獣がアクセサリー、つまり腕輪をつけている。

 要するに400点を超えているということだ。数学は300点前半くらいと言っていたが、これでもかなりの点数だが、まさか400点を超えてくるとは我が妹ながら恐ろしい。

「そ、それって!?」

「私達で勝てるわけないじゃない!」

 相手の2人がそれを見て顔の色を変える。

「いきます」

 そういって優衣は弓に風を纏わせて。

「ちょっと待って!?」

「と、とにかく避けないと!」

 矢を放った。

「きゃああああ」

 片方の召喚獣に矢が命中し、そこを中心に竜巻が発生した。もう片方はその竜巻で吹き飛んだ。

 優衣の腕輪の能力は『風』だ。

 

『Bクラス 岩下律子 & 菊入真由美 VS Fクラス 青山優衣

  数学  189点 & 151点  VS 401点     』

 

「400点越え!?」

「これも勝負ですので」

 優衣は吹っ飛んでいた召喚獣にとどめを刺した。

「い、岩下と菊入が戦死したぞ」

「そんな馬鹿な!?」

「1人につき3人以上で相手にするのよ」

 優子さんが相手の混乱に乗じて指示を出す。1対3なら点数が低くてもどうにかなるはずだ。流石優子さんといったところか。

「青山以外にも木下優子もいるぞ」

「これはまずいな。中堅部隊と入れ替わりながら後退! 戦死だけはするな!」

 Bクラス側からそんな指示が聞こえてきた。この様子なら予定通り相手をBクラスに釘付けにできそうだ。

 この2人がいればしばらく大丈夫そうだな。

「明久、ここはみんなに任せて教室に戻るぞ」

「え? どうして?」

 今は戦争中だし、相手はBクラスだ。これは当然の疑問だ。

「Bクラス代表があの根本だからだ」

「確かに戻った方がいいかもね」

 根本という名前を出しただけで明久も納得したらしい。

「優子さん」

 俺たちが遊撃隊だと言っても一応部隊長には言っておかないと。

「何かしら?」

「俺と明久はちょっと教室に戻るから」

「わかったわ」

 部隊長の了承を得て、俺と明久は教室に戻った。

 後ろから追いかけてきた秀吉と一緒に教室に入った。

「これは……」

「まさかこうくるとはのう」

 扉を開けて俺たちの目に映ったのは、穴だらけの卓袱台と壊された筆記用具だった。

「これじゃ補給がままならないよ」

「うむ。地味じゃが、点数に影響が出る嫌がらせじゃな」

 2つに折れたシャーペンを弄りながら言った。

 何かしてくるかとは思っていたが、ほんとにこんなことをやってくるなんて。でもこれは2人の言うとおり戦略的にはありではある。補給が出来なければ戦力が下がるからだ。

 でもそれにも限度がある。これはやり過ぎだ。

「やっぱりこうなったか……」

「やっぱり、ってどういうこと?」

「ムッツリーニにあっちの代表が根本と聞いたときにな、予感がしていたんだ」

「対策でも打っておったのか?」

「そこまでのことは出来なかったが―――」

「……これは酷いな」

 俺がムッツリーニに頼んでおいたことを言おうとしたタイミングで雄二達が戻ってきた。

「続けるけどムッツリーニ。開戦前に言ったやつ、今出せるか?」

 雄二と一緒に戻ってきたムッツリーニに言ったものを出してもらう。

「…………わかった。少し待ってくれ」

「わかった」

「何を頼んだのじゃ?」

「ただ監視カメラを仕掛けておいてくれって言っただけだ」

 Bクラスがこれをやったという証拠にするために。

「えっ? どういうこと?」

「さっき言っただろ。こうなる予感がしていたって」

「なるほどな。そのカメラを使ってこれをやったっていう証拠にするためか」

 全くもって雄二の言うとおりだ。

「そんなところだ」

「…………出た」

 そういってムッツリーニはモニターをこっちに向けた。そこにはBクラスの生徒と思われる5人が映っていた。顔がばっちり写っているため、確認できれば一発だ。

「これで確定じゃな」

「そうだな」

「それはそうと、どうして雄二は教室にいなかったの? 雄二達がいれば防げたよね?」

 明久が当然の疑問を雄二にぶつける。これは雄二達が教室にいれば防げたはずだからだ。

「協定を結びたいという申し出があったからな。調印のために教室を空にしていた」

「協定じゃと?」

「ああ。4時までに決着がつかなかったら戦況をそのままで明日の午前9時まで持ち越し。その間は試召戦争に関わるすべての行為を禁止する。ってな」

 なるほど、そう言って教室を空にして襲ったのか。

 それにこの提案はうちにとっても好都合で断るはずがない。

「それ、承諾したの?」

「そうだ」

「じゃが、体力勝負に持ち込んだ方が有利になると思うのじゃが?」

「女子以外は、な」

 雄二の言うとおりだ。うちの戦力の大半はあの3人によるものだからな。

「そうだね」

「明久に和也よ。そろそろワシらは前線に戻るぞい」

 確かにそろそろ戻った方が良さそうだ。

「了解。雄二、あとはよろしく」

「おう。筆記用具の手配はしておこう」

「頼んだ」

 そして俺達3人は教室を出る。

「まだ、なんか色々やってきそうだね」

「そうじゃな。気を引き締めた方がよさそうじゃ」

 3人で気を引き締め、最前線に戻った。

「吉井、木下、青山! 戻ってきたか!」

 戦線に戻ると須川がかなり慌てたようにこっちに来た。というか自己紹介の時苗字以外で呼んでくれと言ったはずなんだが、今普通に青山って呼んできたな。まぁいいけど。

「待たせたね!」

「戦況は?」

 慌てているところを見ると何かあったようだ。

「かなり不味いことになっている」

「何があったのじゃ?」

「島田が人質にとられて、攻めあぐんでいるんだ」

 破壊工作の次は人質か。Bクラスはやることが小さいな。普通に正面から戦っても勝てるだろうに。

「どうする、和也?」

「それなら、俺が遠距離狙撃する」

「ワシらは何をすればいいのじゃ?」

「敵が俺に気が付かないようにうまくやってくれ」

「わかった」

「僕らは前に行こう」

 丸投げ気味だが意図は伝わったらしい。そういって明久達は道をあけながら前に進む。

「美波!」

「ア、アキ!」

 なんかドラマのワンシーンみたいなことになってるな。

「そこで止まれ! これ以上近づくなら、召喚獣にとどめを刺して、この女を補習室送りにするぞ!」

 BクラスはFクラスの数少ない女子を補習室送りにして士気を下げようとしているのだろう。

「そろそろ、試獣召喚」

 俺は召喚獣を出して武器を構えさせる。この後ろの方なら点数を見られる心配はない。

 美波の召喚獣がBクラスの召喚獣2体に押さえつけられている。となると誤射しないためにも頭を狙った方がよさそうだな。狙撃銃なら簡単そうなんだが…。

「なんで美波は捕まったの?」

「こいつ、お前が怪我をしたっていう偽情報を流したら―――」

 話の途中で悪いが戦死してもらうよ。

 召喚獣に集中して狙いを定める。そして銃声が2回して、

 

『Fクラス 青山和也 VS Bクラス 鈴木次郎 & 吉田卓夫

  英語W 269点 VS 0点(戦死) & 0点(戦死)    』

 

 銃弾が2体の召喚獣の頭を撃ち抜いた。拳銃でも案外できるものだな。

『なっ!?』

 美波を人質にしていた2人が、突然召喚獣が消えたので驚いている。

「遠距離狙撃だと!?」

「吉井達は俺たちの気を逸らすのが目的だったのか!」

「さすがだね、和也」

「すごい腕じゃな」

「戦死者は補習だ」

 西村先生が現れ2人を連行していく。前回も思ったんだけど、どこから現れるんだ?

「ぎゃあああー……」

「助けてくれぇー……」

「お前らは自業自得だ」

 西村先生の言うとおりだ。

 俺はすぐにフィールドから外に出た。ずっと召喚していて点数を見られるといろいろと面倒だからだ。

「あ、ありがとう、2人とも」

「ワシらは何もしておらんぞ」

「そうだね。感謝するなら和也だよ」

 明久に言われてか俺の方に向き直る美波。一応点数の方は見られてないみたいだな。

「ありがとう、和也」

「味方は助けるもんだろ」

 感謝されるようなことをしたつもりはないからな。

 それに俺1人ではない。あの2人が陽動してくれたおかげで俺の召喚獣が見つからなかったんだ。だから2人のおかげでもある。

「それにしてもなんで捕まったりしたんだ?」

 明久も訊いていたことを本人に聞いてみる。

「か、和也には関係ないことよっ!」

 そう言って前方に戻って行ってしまった。やっぱり話の途中で撃つんじゃなかったな。

「まあ、これで障害もなくなったし、一気にBクラスをたたくぞ」

『おお―!!』

 言ったはいいけど俺、支援だしな。とりあえず後ろで待機するか。

「さすがね、和也君」

 後ろに行こうとしたところに優子さんが話しかけてきた。

「いきなりどうした?」

「さっきの戦闘よ。美波の召喚獣に当てないようにきれいに敵の召喚獣を撃ち抜いたじゃない」

「あの位どうってことないぞ? それに明久達のおかげでもあるしな」

 もし俺の存在に気付かれていたら美波は確実に補習室送りにされていただろうし。

「でも召喚獣を仕留めたのはあなたでしょ?」

「仕留めたというより相手が最初から瀕死だっただけだ」

 相手の点数が30点くらいしかなかった。あれなら頭じゃなくても当たれば倒せていた。

「だから、過程より結果の方が重要でしょ」

「兄さんと優子さん。今は口論よりこっちの方が優先です」

『ごめん』

 言い合いになっていたところを優衣に怒られてしまった。

 

             ☆  ☆  ☆

 

「そろそろ時間だぞ」

 俺は腕時計を見て言った。時間は4時少し前。

「時間って?」

「ああ。4時までに決着がつかなければ明日まで休戦ってことになってるんだ。あと、非常に言いにくいんだが……」

 途中まで言ったが話すのをやめた。教室のことはやっぱり自分の目で確認してもらうか……。

「どうしたんですか?」

「……教室に行けばわかる」

「えっ?」

「4時になったな。全員、教室に戻るぞ」

『了解』

 俺は言ったと同時に戻り始めた。

「なにがあったのよ!」

「だから、教室に戻ればわかるって」

「待ちなさいっ!」

 優子さんに追われながら教室に戻った。

「だから……教室に戻れば……わかるって……言っただろ……」

 息も絶え絶えになりながらなんとか言葉を発した。まさか本気で追われることになるとは思わなかった。そこまでして聞き出したかったのか?

「確かにこれは、酷いわね……」

「こういうことだったのですか……」

 教室に戻ったみんなが似たようなことを言った。

 俺たちが最初に戻ってきた時はマシになっている。教室に残っていた人たちが片付けてくれたのだろう。

「これでも大分ましにはなったんだぞ」

「そうだね。僕らが戻ってきた時はもっと酷かったもんね」

「そうじゃな」

「和也、戦況の方はどうだ?」

 そこに雄二が話しかけてくる。なぜ俺に聞くんだ? 俺に訊くより部隊長の優衣か優子さんに訊くべきだろ。訊かれたから答えるけど。

「一応、作戦通りBクラスを教室に押し込んだぞ」

「それならいい」

「…………(トントン)」

 さっきまでどこかに行っていたムッツリーニがいつの間にか戻ってきた。

「ムッツリーニか。何か変わったことでもあったのか?」

「…………Cクラスが試召戦争の準備をしている」

 Cクラスが?

 まさかこの戦争で疲弊したところを狙うつもりか?

「まさか、漁夫の利を狙うつもりか」

 雄二も同じようなことを思ったらしい。

「どうするの、雄二?」

「そうだな……」

 雄二は1度時計を見る。

「Cクラスと協定でも結ぶか?」

「それはまずいと思うぞ」

 俺は即座に止めた。

「どういうことだ?」

「どういうことだ、もなにもCクラスとBクラスは目と鼻の先だ。協定で試召戦争に関するすべてのことを禁止されている今Bクラスに見つかったらどうなる?」

「戦闘になりますね」

「確かにそうなるが」

「Cクラスは放置できない、と?」

 でもどうしてこのタイミングで? むしろこれはBクラスの――根本の罠か?

「ああ。直後に攻め込まれたらまずいからな」

 となるとやっぱり協定は必要になるか。

 仮に根本の罠だとして、どうして根本がCクラスを動かせるんだ?

 CクラスとBクラスの関係を探らないと何とも言えないよな…。

「えっ? どういうこと?」

「今ので理解できなかったの、お兄ちゃん?」

「ワシらはBクラスと協定を結んだじゃろ?」

「結んだね」

「その中に『試召戦争に関するすべてのことを禁止する』というのがあったじゃろ」

「試召戦争に関するすべてのこと――ってCクラスとの協定もその中に入るってこと?」

 明久も秀吉の説明でようやく理解できたらしい。

「そういうことだ。もし入っていなかったとしても根本は何かしら言ってくるはずだ。それでムッツリーニ、Cクラスの代表って誰か分かるか?」

「…………今調べる」

「急にどうしたんだ?」

「今から交渉するのに相手がわからないとどうしようもないだろ?」

 クラスを動かすということは代表以外ありえない。とりあえずクラス代表が誰か分かればいいんだけど。

「さっきと言っていることが矛盾してるぞ」

「矛盾しているのは俺もわかってる。俺の仮説が正しければどうにかなるかもしれない」

「仮説だと?」

「…………Cクラスの代表は小山友香」

 小山さんか。これでほぼ確定だな。

「そうか。これでこのCクラスの試召戦争の準備に根本が関わっている可能性が高い」

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

「根本と小山さんが付き合っているからだけど、知らなかったのか?」

『初耳だよ』

 全員が口をそろえてそう言った。

「そうなのか?」

 結構噂になっていたりするんだけどな。

「なんでそんなこと知っているの?」

「新野さんがこの間言っていたからだけど?」

 Cクラス所属で放送部の新野すみれさん。この情報は去年彼女から聞いたものだ。

『……………』

「あれ?」

 全員黙ってしまった。俺、変なこと言ったか。

「は、話がずれたな。和也、Cクラスと交渉するというのはどういうことだ?」

「相手の代表が小山さんなら俺の予想だと根本がCクラスにいる可能性が高い。こっちに諜報力の高いムッツリーニがいるのだから、この情報を流せば俺たちがCクラスと協定を結ぼうとするということが推測できる」

 この仮説が間違っていていない可能性もあるが、いないならいないでそのまま交渉すればいい話だ。

「待ち伏せしようというのか。それで?」

「だからそれを逆手に取る」

「罠に逆に嵌めてやろうってことか」

「そういうことだ」

 雄二は理解が早くて助かる。

「そうと決まれば、急がんと小山が帰ってしまうぞ」

「帰らないとは思うがそうだな」

「それじゃ、いつものメンバーで行くか」

 全員で行くのは人数が多いと思うし、感付かれる可能性がある。

「全員じゃなくて秀吉と愛莉と美波、後ムッツリーニは残ってくれ」

「どうして?」

「全員で行ったら目立つだろ?」

「それもそうじゃのう」

「それなら、僕と和也、雄二、優子さんに優衣ちゃんで行くってこと?」

「そうなるな」

「それじゃあ改めてCクラスに行くぞ」

 こうして俺たちはCクラスに向かった。

 



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第9話

 Cクラス教室を覗くとまだかなりの生徒が残っていた。

 これは俺の仮説が正しいことを裏付けている。人数を多くすることでカモフラージュをしようとしたのだろうが、その中に紛れて根本がいるのが確認できる。確証はないがおそらくその周りにいるのはBクラスの生徒だろう。

 さらに数学の長谷川先生もつれている。数学なら好都合だ。

 そして丁度いいことに新野さんの姿も見える。

「ここからは俺1人で行かせてくれ」

「理由は?」

「新野さんとは顔見知りだからな、警戒されないだろ? それで、合図をしたら入ってきてくれ。ただしそこで出てくるのは雄二と明久だけだ。ついでにここで決着をつけるつもりだ」

 ここで決着をつければDクラスが設備を壊さなくて済む。無駄なことは出来るだけ省きたい。

「了解だ」

「アタシたちは?」

「根本が逃げるかもしれないからな。そのために残っていてくれ。優衣は竹内先生を呼んできてくれ」

「了解です、兄さん」

「それじゃあ、行ってくる」

 そう言って俺はCクラスに入った。

「新野さんいる?」

 俺は教室に入るなりそう聞いた。

「青山君? わざわざ私の所に来るなんて珍しいね。どうかした?」

「いや、Cクラスの代表って誰かと思って……」

 知っているけど一応確認する。

「唐突だね。代表は小山さんだけど。それがどうかしたの?」

「ちょっと用事があってな」

「ふーん」

 疑問に思いながらも新野さんは代表の小山さんのことを呼びに行ってくれた。

「私に何の用かしら?」

「いや、1つ聞きたいことがあるだけさ」

 少し間をあけて、

「どうしてBクラス代表の根本がこの教室にいるんだ?」

 率直に訊いた。

「……っ!?」

 奥の方でかすかに反応したのが見える。

「……何を急に?」

「今、FクラスとBクラスって戦争中なのは当然知ってるだろ? そこで1つ協定を結んだんだけど、その中で『試召戦争に関するすべてのことを禁止する』っていうのがあるんだ。それで聞いたんだけど、別に何もないならいいんだ」

 そしてさっき反応があった方に向かって、声をかけた。

「出てきなよ、根本」

「なんだよ」

「酷いな、根本。そっちから持ちかけてきた協定なのに破るなんてさ」

「や、破ってなんかいないぞ。俺は友香に会いに来ただけだからな」

 その言い訳は想定済み。先生がいる時点で白を切っても無駄なのに。

 それじゃ、1つカマをかけてみますか。

「そっか、じゃあBクラスの人がいるのはどういうこと?」

「こ、こいつらCクラスに用があった奴らだぞ」

「あ、本当にBクラスの人がいたんだ」

「!?」

 俺の言葉に根本が固まる。

「それで、長谷川先生」

 固まっているので質問する相手を根本から長谷川先生に変える。

「なんでしょう?」

「どうしてこの教室にいるのですか?」

「私は根本君にこの教室にいればFクラスが協定違反をしているのがわかると言われたので、でも先に破ったのはBクラスのようですね」

「そうですか、ありがとうございます」

 質問に答えてくれた長谷川先生に礼を言ってから根本に向き直る。

「根本、何か言い訳は?」

「くっ。だが相手がお前1人ならやれるな」

 タネが割れたからか、いきなり戦闘に入ろうとしてきた。もう少し頭が回るのかと思っていたが違ったようだ。俺が1人で来たと思っているらしいが、敵の前に1人で来るわけがないだろ。

「いつ俺が1人で来たって言った?」

 そういって俺は外に合図を出す。

「なにっ!」

 大袈裟に反応しすぎだよ。このくらい予測できなくてどうするのさ。

「さすがだな、和也」

「全部和也の予想通りだったね」

 指示を出した通り、雄二と明久が姿を現す。

「Fクラス代表と観察処分者の2人かよ。ビビらせやがって。まあいい、ここで決着をつけるか?」

「代表、それは―――」

「最初からそのつもりだ。長谷川先生、召喚許可を」

 後ろにいるBクラスの生徒が何か言おうとしていたのを遮り、俺は長谷川先生に召喚許可を求めた。

「承認します」

『試獣召喚』

 さっき声を発した彼はおそらくDクラス戦での俺の点数を聞いていたのだろう。召喚許可をもらった今、何を言ってももう遅い。それに言い出したのは根本の方だ。俺はそれに応じただけ。もう待ったはない。

 それがわかっているのか彼は少し悔しそうな顔をしながら他のBクラス生徒とともに召喚する。

 大体平均155点ところか。Bクラスの中でも数学が得意な人を連れてきていたのか。

「さすが、Bクラスってだけはあるな。試獣召喚」

「そうだね。試獣召喚」

「明久は雄二の護衛な。戦闘は俺一人でやる。試獣召喚」

 雄二はクラス代表だ。一応護衛はつけておかないと。

 長谷川先生で数学だから出番はないだろう。自分もびっくりの点数だったしな。

 

『Fクラス 青山和也 & 吉井明久 & 坂本雄二

  数学  594点 &  51点 & 97点 』

 

『500点越え!?』

 Cクラス教室にいる生徒全員が驚いていた。

「まあ、和也ならこれくらいじゃないか」

「そうだね。前回は半分以下の時間で400点越えだったし」

 雄二達は驚いてはいないようだけどな。

 そして俺は雄二の点数に驚いていた。97点ってなんだよ…。

 まあいい、そのことは置いておこう。

「全員まとめてかかってこい」

「初めて見たぞ、こんな点数」

 相手は点数差のためか動きを見せない。

「来ないなら撃つよ?」

 俺の武器をちゃんと見ていなかったらしい。呆然としているからとりあえず1人。

「えっ? しまった!」

 先ほどの彼の召喚獣に狙いを定めて引き金を引いた。

 

『Fクラス 青山和也 VS Bクラス 葛城竜司

  数学  594点 VS 0点(戦死)     』

 

 頭を撃ち抜いて戦死。

「全員で一気に取り囲めば倒せるはずだ」

 敵は5体の召喚獣で俺の召喚獣を囲い始める。なんか見たことある光景だな。

「全員で囲んだら全滅するだけなのに。『放電』」

『なにっ!?』

 全員が驚きの声を出す。400点越えているんだから腕輪は警戒しないとだめじゃないか。

 麻痺しているせいで相手の召喚獣は身動きが取れないからその場から動かない。さらに残っている点数が40点前後しかない。点数が高いせいかDクラスの時より威力が上がっている。もしくは割合ダメージなのだろうか。

「根本、あと一撃で全滅するがお前はどうするんだ?」

「くそっ」

 根本はそう言い捨ててドアの方へ走り出す。

 全く俺の考えを読めてない。さっきのやり取りから一切学んでない。逃げた方が強い相手がいるのに。

「俺が逃げられるようにしていると思う?」

 俺の言葉と同時に。

「通しません、竹内先生」

「Bクラス根本恭二に試召戦争を申し込みます」

『試獣召喚』

 うちの最高戦力の2人、優衣と優子さんが根本の前に召喚する。

「なん……だと……」

 

『Fクラス 木下優子 & 青山優衣 

  現国  287点 & 499点 』

 

「ウソだろ……」

 Aクラス上位クラスの2人だからな。生きて外に出ることなんてできるはずがない。

「アタシ達を抜けられると思ってるの?」

「何にしても早く召喚しないと敵前逃亡とみなされて戦死扱いになってしまいますよ?」

 そう、勝てないとわかっていても召喚しないと戦死扱いになってしまう。根本は苦虫を噛み潰したような顔をしながら召喚し、一瞬のうちに優衣に消し飛ばされた。

 こうしてBクラス戦は終結した。

 

 

 優衣が根本の召喚獣を塵にいたことで俺たちFクラスの勝利になった。

「それじゃ、戦後対談といくか。根本」

「……」

「本来なら設備を明け渡してもらい、お前たちには素敵な卓袱台をプレゼントするところだが、条件を呑めば特別に免除してやってもいい」

 Dクラスのときもそうだったからもしやとは思っていたが、やっぱり設備の交換はしないんだな。

「……条件はなんだ」

「条件? それは、根本。お前がAクラスに行って試召戦争の準備ができていると宣言してこい。ただし、宣戦布告はするな。あくまで戦争の意思と準備があるとだけ伝えるんだ」

「……それだけでいいのか?」

 俺から1つあるし、ちょっと口を挟ませてもらおうかな。

「ああ、他に特にな――」

「もう1つ条件、俺に決めさせてくれないか?」

 雄二の言葉を遮って俺は話を持ちかけた。

「ああ。ここで決着がついたのもお前のおかげだしな。問題ないぞ」

「サンキュー。それで条件……の前に一言。根本、あれはやり過ぎだよ。確かに戦術として補給を断つのは効果的だが、これはあくまで学生の戦争、限度があるよ。器物破損として訴えられてもおかしくない。これからは気を付けた方がいい」

「……ああ」

「それで条件だけど君たちが壊した教室を修理してくれ」

「……わかった」

「遺恨は残したくないからな。明日からでいいから修理してくれれば今回の件は水に流す。いいよな、みんな?」

「兄さんがそういうのであれば問題ないです」

 優衣の言葉に他のメンバーも頷く。

「試召戦争の方は終わりだな。Bクラスの連中はもう戻っていいぞ」

 雄二がそういうとBクラスの生徒は自分の教室の方へ戻っていった。

「それでCクラス代表に聞きたいことがあるのだが」

 雄二が小山さんに尋ねた。

「何かしら?」

「俺たちに試召戦争を仕掛ける気はまだあるのか?」

 俺たちがここに来た理由はこれだからな。訊いておかないとまずいだろう。

「無いわよ。もともとこれは恭二の作戦だったからね」

「そうか。それなら提案がある」

「提案?」

「俺たちと3か月間の不可侵条約を結んでほしい」

 さすが雄二、妥当な判断だな。不可侵条約さえ結んでしまえば攻め込まれる心配がなくなるからな。

「不可侵条約?」

「そうだ。というより同盟と言った方がいいか?」

 ピンとこなかったみたいだから俺が補足する。

「……そうね。その提案受けるわ」

 少し考えた後俺たちの提案にのってくれた。

「ありがとう」

「口頭だけだと忘れる可能性があるし、文書に調印しましょう。先生も2人いることだし」

「そうだな」

 2人は文書に調印する。

 これで正式にFクラスとCクラスは3か月間の同盟関係になった。

「これで調印が済んだし今日は帰るか」

「そうだね」

 そういって俺たちはCクラスを後にした。

 



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第10話

 Bクラス戦後の補給試験が終わってから2日後の朝、Aクラス戦の作戦の説明を聞いていた。

 あの後、雄二が実行しようとしていた作戦が必要なくなったので、昨日Dクラスへ行き条件を変更、こちらとも3か月の同盟を結んだ。

「まずはみんなに礼を言いたい。周りからは不可能だと言われていたのにも関わらずここまで来られたのは、他ならぬ皆の協力があってのことだ。感謝している」

 雄二が珍しく素直に礼を言った。これは真面目に雪か霰が降るかもしれない。

「ゆ、雄二、らしくないよ?」

「どうしたのじゃ?」

「ああ。俺もそう思う。だが、これは偽らざる俺の気持ちだ」

 本当に珍しい。雄二が素直に認めるなんて。

「ここまで来た以上、絶対にAクラスにも勝ちたい。勝って、生き残るには勉強すればいいってことじゃないという現実を、教師どもに突きつけるんだ!」

『おおーっ!!』

「そうだーっ!!」

「勉強だけじゃねぇんだ!!」

 いや、お前らはもう少し勉強した方がいい。

 そんな中優子さんが小声で話しかけてきた。

「勉強も立派な武器の1つよね」

「それはそうだが、みんなには言うなよ?」

「わかってるわよ」

 わかっているからこそ小声で話しかけてきたんだろうけど。

「皆ありがとう。そして残るAクラス戦だが、これは一騎討ちで決着をつけようと考えている」

 屋上で聞いた話がようやくか。

 雄二の言葉にクラス全体が騒然とする。事前に聞いていた俺達とは違い、いきなり一騎討ちと言われたら驚くのは当然だ。

「どういうことだ?」

「誰と誰が一騎討ちするんだ?」

「それで本当に勝てるのか?」

「落ち着いてくれ。今からその説明をする」

 雄二が教卓を叩いて皆を静かにさせる。

 今回は壊れなかったな。何がって? もちろん教卓のことだ。

「戦うのは当然、俺と翔子だ」

 代表同士の一騎討ちだから、Aクラス代表の霧島翔子とFクラス代表の雄二が戦うのはわかる。

 でも雄二がどうやって勝とうとしているのかがわからない。相手は学年主席。よほどのことがない限り勝てるはずがない。それに霧島さんのことを翔子って? まさか知り合い?

「馬鹿な雄二が勝てるわけなぁぁっ!?」

 思ったことを言ってしまったらしい明久の頬を雄二が投げたカッターがかすめる。

 明久の自業自得ではあるけどカッターは危ないだろ。

「カッターなんて投げるなよ、雄二」

「悪い、つい。まあ、明久の言うとおり確かに翔子は強い。まともにやりあえば勝ち目はないだろう。だが、Dクラス戦やBクラス戦も同じだっただろう」

 確かにそうだったかもしれないな。それにしてもやっぱり翔子か。

「今回だって同じことだ。俺は翔子に勝つ。俺を信じて任せてくれ。過去に神童と言われた力を、今皆に見せてやる」

『おおーーっ!!』

 このクラス、相変わらず士気だけは高いな。

「さて、具体的なやり方だが……一騎打ちではフィールドを限定するつもりだ」

「フィールド?」

「何の教科でやるつもりじゃ?」

「日本史だ」

 日本史? 雄二が得意だとか、霧島さんが苦手だとか聞いたことがない。

「ただし、内容を限定する。レベルは小学生程度、方式は100点満点の上限あり、召喚獣勝負ではなく純粋な点数勝負にするつもりだ」

 試召戦争は別に召喚獣同士で戦うことだけではない。要は試験の点数が関わっていればなんでもいいのだ。例えば早解きとか。

「それだとどちらも100点で延長戦になるよ?」

「延長戦になったらテストのレベルも上げられちゃうだろうから、ブランクのある雄二には厳しくない?」

「確かに明久達の言う通りじゃ」

「おいおい、俺を舐めるなよ? 俺がそこまで運に頼り切ったやり方を作戦などというものか」

「それなら、霧島さんの集中力を乱す方法を知ってるとか?」

「アイツなら集中なんてしてなくても、小学生レベルのテスト程度なら問題ないだろ」

 今度はアイツ呼び。仲がいいのか?

「雄二。あまりもったいぶるでない。そろそろタネを明かしても良いじゃろう?」

「ああ。それで俺がこのやり方を選んだ理由は、ある問題が出れば、アイツは確実に間違えると知っているからだ」

 なんで雄二がそんなことを知っているんだ? 知り合い、いや幼馴染?

「ある問題って?」

「その問題は――『大化の改新』だ」

「大化の改新?」

「誰が何をしたのか説明しろ、とか?」

「いや明久、そんな掘り下げた問題じゃない。もっと単純な問いだ」

「いつ起きたのか、ですか?」

「それだ。優衣が言ったとおり、その年号を問う問題が出たら、俺たちの勝ちだ」

「大化の改新が起きたのは645年だよね。こんなの本当に霧島さんは間違えるの?」

「ああ、翔子は確実に間違える。そうすれば俺たちの勝ち。晴れてこの教室とおさらばってわけだ」

 どういうことだ、明久ですらわかるというのに学年主席なのにもかかわらず霧島さんが間違えると雄二は断定している。

「雄二」

 俺は話の途中ではあるが聞いてみることにした。

「なんだ、和也?」

「さっきから気になっていたんだが、霧島さんとは仲がいいのか?」

「ああ。アイツとは幼馴染だ」

 やっぱりそうか。これで雄二がAクラスとの試召戦争にこだわっている意味が少しわかった気がする。おおよそ霧島さん絡みだろう。

「総員、狙えぇっ!」

 俺が雄二の返答に納得していたら、突然明久の号令とともに男子ほぼ全員が上履きを構えた。

「なっ!? なぜ明久の号令でみんなが急に上履きを構える!?」

 何してるんだ明久、それに他も……。

「黙れ、男の敵! Aクラスの前に貴様を殺す」

「俺が一体何をしたと?」

「遺言はそれだけか? ……待つんだ須川君。靴下はまだ早い。それは押さえつけてから口に押し込むものだ」

「了解です、吉井隊長」

 了解するな、須川。

 これは止めるしかない。今雄二に死なれると戦争に勝てなくなるからな。

「やめろ、明久。あと他も」

「ど、どうして止めるんだ、和也!」

「あいつが憎くないのか?」

「明久、お前にもいるだろ、幼馴染」

 そういって俺は優衣を指す。

「そ、そうだね」

「それに雄二に今死なれると困るだろ」

「和也、それどういう意味だ?」

「別に、そのままの意味だが?」

 別に今でなければ構わないという意味だ。

「と、とにかく、俺と翔子は幼馴染で、小さい頃に間違えて嘘を教えたんだ。それにアイツは一度覚えたことは忘れない。だから今、学年トップにいる」

 一度覚えたことは忘れないほど頭が良いって凄すぎるな。

 ズキン!

 唐突に頭が痛んだ。なんだ、この痛み?

「俺はそれを利用してアイツに勝つ。そうしたら俺たちの机は――」

『システムデスクだ!』

 俺が頭痛の原因を考えているうちに雄二の演説が終わっていた。本当になんだったんだあの痛み……。そういえば雄二と最初に会った時も……。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 クラスでの説明が終了し、俺たちは宣戦布告のためにAクラスに来た。

 今回の宣戦布告には代表の雄二と明久と俺が来ている。この3人がいればいいだろうと雄二が言っていたからだ。確かにこれ以上人がいても意味ないな。

「Fクラス代表の坂本雄二だ。Aクラス代表はいるか?」

「今、代表はいないわよ」

 雄二の問いかけに近くにいた女生徒が顔を上げずに答えた。

「そうか。それなら誰かAクラスの代表代理として出てきてくれないか?」

「それなら私が受けるわ」

 さっき答えてくれた女生徒が顔を上げてこっちを見た。

「萩原さん?」

「あら、吉井君じゃない」

 知り合いなのか? というか明久を見た一瞬顔が赤くなった気がするが気のせいか?

「知り合いか?」

「萩原文乃さん。中学の時の同級生だよ」

 明久と同じってことは俺とも同じ中学出身ってことだよな。萩原文乃……ああ、明久の隣の席に座っていた人か。いつも本を読んでいるか勉強していたから顔に見覚えがないのはそのせいか。

「立ち話もなんだし座らない?」

「ああ、そうだな」

 彼女の提案でロビーにて話し合うことになった。

「一騎討ち?」

「ああ。Fクラスは試召戦争として、Aクラス代表に一騎打ちを申し込む」

「何が狙いなの?」

「もちろん俺達の勝利が狙いだ」

 雄二の言葉に萩原さんは眉をひそめた。

 萩原さんが訝しむのも無理はない。最下位に位置する俺たちが、一騎討ちで学年主席の霧島さんに挑むこと自体が不自然なのだから。裏があると考えるのは当然だろう。

「面倒な試召戦争を手軽に終わらせられるのはありがたいけど、わざわざリスクを冒す必要はないわね」

 確かにそうだな。いくら優衣と優子さんがいるとはいえ、AクラスとFクラスじゃ戦力差は明らかだ。

「賢明だな。ところでBクラスとやりあう気はあるか?」

「Bクラス? BクラスはFクラスに負けたはずよね? だから3か月間は宣戦布告できないはずよ」

「知っているだろ? 実情はどうであれ、対外的には『和平にて終結』になっている。規約には何の問題もない」

 これは設備を入れ替えなかったからこそできることだ。でもこれじゃあ脅迫に近いよな……。

「……それって脅迫?」

「人聞きが悪い。ただのお願いだよ」

 萩原さんもそう思ったらしい。これだと雄二が悪役に見えるよな。いや、見えるではなく悪役そのものか。

「うーん……わかったわ。何を企んでるかわからないけど、代表が負けるなんてありえないからね。その提案受けるわ」

「え? 本当?」

「でも、こっちからも提案。代表同士の一騎討ちじゃなくて、お互い7人ずつ選んで、一騎討ちを7回で4回勝った方が勝ち。これでいいなら受けてもいいわ」

 そこはAクラス。ただで提案を受けてはくれないか。

「なるほど。こっちから優衣が出てくる可能性を警戒しているんだな?」

「ええ。彼女は去年常に学年2位にいたからね。万が一があるし」

 これなら普通の試召戦争よりは勝ち目がありそうだな。それにこれを拒否すると普通の試召戦争をする羽目になりそうだし。

「その条件で受けるよ」

「おい、和也。何を勝手に」

 とりあえず雄二を無視して話を進める。

「でも、勝負する科目はこっちで決めさせて貰うよ。そのくらいのハンデはあってもいいはずだから」

 一応こっちの意見を付け加える。

 言っといてなんだけど、挑む側からハンデをくれとか意味わからない気がするんだが。でもこれなら雄二も文句は言わないはずだ。

「え? うーん……」

「……受けてもいい」

 突然後ろから声が聞こえた。

「ぅわっ!」

「いったい……どこから?」

 驚いて後ろを向くとそこには、Aクラス代表の霧島さんが立っていた。

 声がするまで気配すら感じなかった。いつからそこにいたんだ?

「……雄二たちの提案受けてもいい」

「代表、いいの?」

「……その代わり、条件がある」

「条件?」

「……負けた方は何でもひとつ言うことを聞く」

「それと、勝負の科目の7つの内4つそっちで決めさせてあげる。3つはこっちで決める。これでどう?」

 妥当なところだろう。これに反対すると1からやり直しになりそうだ。

「それでいいと思うけど、雄二?」

「まあ、そうだな。交渉成立だな。それと和也、俺を無視して進めるな」

「悪い」

「……勝負はいつ?」

「午後からでいいか?」

「……わかった」

「よし、いったん教室に戻るぞ」

「そうだね。皆にも報告しなくちゃいけないからね」

 交渉は終了し、Aクラスを後にした。

 それはそうとどうして霧島さんはこんな条件を出してきたんだろう。絶対に勝つという自信があるからだろうか? それとも……。

 

 



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第11話

「では、両名共準備はいいですか?」

 今日はここ数日の戦争でお世話になっている、Aクラス担任であり学年主任の高橋先生が立会人を務める。

「ああ」

「……問題ない」

 一騎討ちの会場はAクラス教室。こっちの方が広いから当然だろう。Fクラスには2クラスもの生徒が入ることすらできないし、入れたとしても密集しすぎて一騎討ちどころの話じゃないだろう。

「それでは1人目の方、どうぞ」

「私から行くわ」

 Aクラスからは萩原文乃さんが出てきた。

 この一騎討ちのFクラスの出場選手は俺、明久、雄二、ムッツリーニ、優衣、優子さん、愛莉の7人だ。

「愛莉、頼んだ」

「私でいいの?」

「ああ。でも科目は選択するな」

「わかった♪ いってくるね」

「頑張って、愛莉」

 Fクラスからは愛莉が出る。

 でもなんで愛莉に科目選択をさせないんだ? 愛莉は英語系の2教科以外だとAクラスの相手はきついと思うけど……。

「萩原文乃よ。よろしく」

「吉井愛莉です。よろしく♪」

「吉井って吉井明久君の……」

 萩原さんは明久に双子の妹がいるのは知らなかったらしい。

 確かに中学からの付き合いなら知らない可能性はある。愛莉から明久に会いに行くことは一度もなかったからだ。

「はい。妹です♪」

「道理で似ているわけね」

「教科は何にしますか?」

 高橋先生が科目選択を聞いてくる。

「萩原さんが選んでいいよ♪」

「わかったわ。先生、英語でお願いします。試獣召喚」

「試獣召喚」

 英語? ということは、雄二はわかっていて科目選択をさせなかったのか? いつ調べたんだ……。

 

『Fクラス 吉井愛莉 VS Aクラス 萩原文乃

  英語  314点 VS 432点     』

 

「Fクラスなのに相当高いな」

「俺より点数高いよ」

 愛莉の点数にAクラスの生徒は少なからず驚いているようだ。

「結構点数高いのね」

「私も得意科目だから。さすがにAクラスの人にはかなわないけど」

「それじゃ、行くわよ」

「私もっ!」

 愛莉の召喚獣は二刀流。それに対しては萩原さんの召喚獣はハンマー。

 最初の方は対等にぶつかり合っていたが、操作技術で上に立つ愛莉の二刀流による斬撃により徐々に萩原さんが押されてきた。

「こうなったら! 自分もダメージを受けるけど」

 萩原さんの召喚獣の腕輪が光りだし、

「『爆破』」

「えっ?」

 

『Fクラス 吉井愛莉 VS Aクラス 萩原文乃

  英語  0点   VS 184点     』

 

 愛莉の召喚獣が消し飛んだ。

「勝者Aクラス萩原文乃」

「すみません。負けちゃいました」

 トボトボと愛莉が戻ってきた。

「ナイスファイトでしたよ」

 優衣が愛莉を励ます。

「では次の方どうぞ」

 そしてすぐに招集がかかる。

「私が出ます」

 Aクラスからは確か……佐藤美穂さん、が出てきた。

「明久、ここは頼んだ。科目も選択していい」

 明久が出るのはわかるが、どうして科目選択を?

「え!? ここで僕!?」

「大丈夫だ。俺はお前を信じている」

 雄二、本当か?

「ふぅ……。やれやれ、それは僕に本気を出せってこと?」

「ああ。もう隠さなくていいだろ。ここにいる全員にお前の本気を見せてやれ」

 なるほど、相手をだますための芝居か。

「吉井って実はすごいやつなのか?」

「そんな話聞いたことないよ」

 Aクラスの人達、大丈夫だ。俺も聞いたことがない。最近はちゃんと勉強はしているみたいだけど、Aクラスの人より上なんてことはあり得ない。

「頑張って、お兄ちゃん」

「頑張れ、明久」

 だから俺は普通に応援する。

「吉井君、でしたか? あなた、まさか……」

 佐藤さんまでさっきの芝居を気にしているのか……。

「あれ、気付いた? 今までの僕は本気なんて出しちゃいない」

「それじゃ……」

「高橋先生、日本史でお願いします」

 最近勉強していたのは日本史だったのか。あれは確か世界史だったような気がするが…。

 

『Fクラス 吉井明久 VS Aクラス 佐藤美穂

  日本史 141点 VS 294点     』

 

「何っ!? 明久が3桁だと!?」

「…………ビックリ」

 ……お前ら、さっきと言ってることが違うぞ。

「雄二。お前さっき信じているとか言ってたよな」

「あの明久だぞ!?」

「あのって……アイツだって妹に見習って勉強してるんだぞ」

 妹にわからないところを聞けないとか言って俺に泣きついてくるから俺も時々教えている。まあ、全部愛莉には知られているけど。

「前よりかなり点数上がりましたね」

「90点位だったもんな」

 そう考えると雄二達の言い分もわからなくもない。前回から50点も上がっているのだから驚いても変ではないだろう。代表なんだからちゃんと把握しておいてほしいところではあるけど。

「それじゃ、佐藤さん。いくよっ!」

 佐藤さんの召喚獣の武器は鎖刀。リーチや武器強度では明久が不利だ。

 リーチで不利だと分かっているのか明久は召喚獣を突撃させる。

「させません」

 佐藤さんも接近を阻止しようと鎖刀を振るが、明久が横飛びやしゃがむ、木刀で逸らすなどをして全く当たらない。

 明久は避けている間に隙を見て少しずつ点数を削っていた。

「さすが学年一の操作技術」

「回避能力はメタルスライム並みだな」

「雄二。それって褒めているのか?」

「一応な」

「一応なのか」

 と言っている間に明久の召喚獣が右肩に攻撃を受けた。

「痛っ」

 フィードバックに顔をしかめる明久。かすめた程度とはいえやはり刃物で切られる痛みはかなりの物のようだ。

 攻撃を受けたためか仕切り直しのためか、明久は少し距離をとった。

 

『Fクラス 吉井明久 VS Aクラス 佐藤美穂

  日本史  62点 VS  83点     』

 

 150点以上あった点差がほとんどなくなっている。

「点数差がほとんどなくなったな」

「操作だけでダブルスコアの相手にここまでやれるとはな」

 操作だけ、まあ確かにそうだな。武器が金属製ですらないからダメージも素手よりある程度だし。

「もしかしたら勝てるかもね」

「そうですね」

「ここっ!」

 そんなことを話していたら明久が生んでしまったちょっとした隙を突かれ鎖で召喚獣の動きを封じられてしまった。

「しまった!」

 そして―――

 

 



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第12話

『Fクラス 吉井明久 VS Aクラス 佐藤美穂

  日本史   0点 VS   0点     』

 

「両者戦死によりこの勝負は引き分け」

 佐藤さんの召喚獣の鎖刀が明久の召喚獣の頭を撥ね飛ばし、明久の召喚獣の木刀が佐藤さんの召喚獣の首に突き刺していた。

「まさかあの状態でカウンターを仕掛けてくるとはさすがです」

「とっさの行動でうまくいってよかったよ」

 明久は佐藤さんと握手をしてから戻ってきた。

「痛っ……。ごめん、勝てなかったよ」

 切られた首が痛むのか首をさすっている。

「いや、気にするな。俺は正直負けると思っていたからな」

 こいつ、ホントはどう思っていたんだ?

 言っていることがコロコロ変わって全く本音がわからない。

「その割に科目選択はさせたよな?」

「それは愛莉にさせなかった分だ」

「私が選んでも結果は同じだったもんね」

 それは確かにそうだったんだが、そもそもどうしてそのことを雄二が知っていたのかが問題だ。

「雄二よ。なぜ愛莉に科目を選択させなかったのじゃ?」

「明久から萩原の得意教科を聞いていたからな」

 明久はいつ聞いたんだ? 中学の時か?

「なんでアキがそんなこと知ってるのよ?」

「明久の中学の同級生だと」

 同級生だからって言っても普通は知らないけどな。それだけ親しかったのか? まさか今朝の萩原さんの反応って……。

「和也君たちは知っていたの?」

「知らないよ?」

「私も知らないですよ」

「俺も」

 俺も優衣も愛莉も明久と一度も同じクラスになっていない。ちなみに愛莉とは3年間同じクラスだった。

「そ、その話は後にして次の戦い始まるよ」

 強引に終わらせたな。これはこっちもかなり怪しい。

「では、三人目の方どうぞ」

 逃げた明久を捕まえて話をもう少し聞こうかと思ったところに高橋先生の呼びかけがあった。仕方ない、あとで聞くか。

「ムッツリーニ」

「…………わかった」

 こっちからはムッツリーニが出る。

 ムッツリーニは総合科目の実に80%の点数を保健体育で獲得しているらしい。単科勝負ならAクラスにすら負けはしないだろう。ちなみに俺がこのことを知ったのはこの戦いが始まる前、出場メンバーを決める時だ。

「じゃ、ボクが行こうかな」

 Aクラスからはえっと誰だったっけ? 大体の人はわかるんだけど見覚えがないな。

「1年の終わりに転校してきた工藤愛子です。よろしくね」

 転校生か。道理で見覚えがないわけだ。

「教科は何にしますか?」

「…………保健体育」

 ムッツリーニの唯一にして最強の武器が選択される。

「土屋君だっけ? 随分と保健体育が得意みたいだね?」

 工藤さんがムッツリーニに話しかける。随分と余裕そうだが、俺同様ムッツリーニの実力を知らないのか? それとも彼女の得意科目が保健体育なのだろうか。

「でも、ボクだってかなり得意なんだよ? ……君と違って、実技で、ね♪」

「…………じ……実技……(ボタボタボタ)」

 って、工藤さん。いきなり何てことを言い出すんだ……。

 そんなこと言ったらムッツリーニが鼻血を――もう出てるな……。

 そして工藤さんは標的を康太からなぜか明久に変えた。

「そっちのキミ、吉井君だっけ? 勉強苦手そうだし、保健体育でよかったらボクが教えてあげようか? もちろん実技……で……」

「フッ。望むとこ―――」

「何を言い出すんだ、工藤さん!」

 とりあえず明久の言葉を遮って工藤さんを止める。

 これ以上はムッツリーニが危険だ。それにAクラス側や後ろのたぶん美波から殺気が出ているからだ。背筋が凍ったぞ……。

 工藤さんは言っている途中で気づいたみたいだけど、明久本人は全く気付いていないみたいだ。いくらなんでも鈍感すぎる。教室内の室温が数度下がったように感じるというのになんで気づかないんだ……。

「そろそろ召喚を開始してください」

 そんな空気を読んだのか、一切気にしていないのか高橋先生が試合開始を促した。

 高橋先生ありがとうございます。というかよくこの殺気に満ちている状況で冷静でいられますね……。

「はーい。試獣召喚っと」

「…………試獣召喚」

 ムッツリーニは小太刀の二刀流。工藤さんは巨大な斧。

「実践派と理論派、どっちが強いか見せてあげるよ」

 腕輪を発動させながら工藤さんは召喚獣を突撃させる。

「…………『加速』」

 ムッツリーニの腕輪が輝き、召喚獣の姿がブレた。

「えっ……?」

「…………加速終了」

 そうムッツリーニがつぶやいた直後、工藤さんの召喚獣が倒れた。

 

『Fクラス 土屋康太 VS Aクラス 工藤愛子

 保健体育 572点 VS 446点     』

 

 保健体育でこの点数か。――ってちょっと待て。この点数が全体の80%だったか。ということは総合だと715点……。残り13教科の平均点が11点。いくらなんでもここまで低いなんてことはないはずだからおそらく誇張されているのだろう。もしこれが本当なら後で勉強会を開催しないといけないかもしれない。

「そ、そんな……」

 工藤さんが床に膝をつく。得意科目で負けたのが相当ショックだったらしい。

 そこにムッツリーニが近づいて行って何か話しているが遠すぎて聞こえなかった。

「次は誰が行くの?」

「今、1勝1敗1分だよね」

「残っておるのは姉上と和也、優衣の3人じゃな」

 雄二も残っているが代表の相手だから今回は数えていないのだろう。

「アタシが行くわ」

「いいのか?」

「アタシが負けても2人が勝ってくれるでしょ?」

「もちろんです」

「負けるつもりは端からない」

「それじゃ、行ってくるわ」

 こっちからは優子さんが出ることになった。

「俺が出るかな」

 Aクラスからは男子生徒が出てきた。

「俺は川越勇人。よろしく」

 勇人か。中学の頃に知り合った仲のいい俺の友人だ。確か歴史系が得意だったはずだ。

 となると科目選択権がAクラスにある以上この勝負は分が悪い。

「木下優子よ。よろしく」

「教科はどうしますか?」

「あなたが決めていいわよ」

「いいのか? じゃあ世界史で」

『試獣召喚』

 

『Fクラス 木下優子 VS Aクラス 川越勇人

  世界史 295点 VS 472点     』

 

「さすがAクラスね」

「まあ、俺の得意教科だから。負けないよ」

 勇人の召喚獣の武器はハルバード。

 リーチでは優子さんのランスといい勝負だがこっちには今まで戦ってきた経験がある。でも相手は400点を超えているから腕輪がある。これがどんなものかによるが経験の差は一切関係なくなってしまう。

「アタシもタダで負けるわけにはいかないわ」

 優子さんが召喚獣を相手の方に走らせる。

「いきなりで悪いけど、腕輪使わせてもらうよ」

 川越君が腕輪を発動した途端、

「えっ? 動きが鈍く……」

 優子さんの召喚獣がゆっくりに、いや止まっているようにも見える。

「これも勝負だから」

 そういって勇人は優子さんの召喚獣にとどめを刺そうと上段から切りかかった。

 

『Fクラス 木下優子 VS Aクラス 川越勇人

  世界史   0点 VS 417点     』

 

「切りかかった瞬間にランスを出してくるとは」

「ただじゃ負けないって言ったでしょ。掠っただけだけど」

 思ったより点数が減っていたのは優子さんがギリギリのところでランスを掠らせたらしい。

 優子さんが戻ってきた。

「……負けたわ」

「お疲れ様」

「お疲れ様じゃ、姉上」

「あとは私たちに任せてください」

「頼んだわ」

「頼まれた」

 

 



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第13話

 俺たちは1勝2敗1分と絶対に負けられない状態になってしまった。

「次はどっちが行く?」

「私が行きます」

「そうか。科目選択はどっちがする?」

「兄さんでいいですよ」

「わかった。頑張れ」

 選択するのは俺か。まあ、どの教科でも優衣ならまず負けないだろう。

「それなら僕が相手をしよう」

 Aクラスからは久保利光が出てきた。

 彼がいくら男子のトップだからとはいえ、Aクラス側からだと優衣との相性は最悪のはずだ。優衣は元学年次席。彼よりが順位は2つ上だ。そして得意科目も同じなのだ。

「ここで久保か、姫路が来ると思ったんだが」

 俺もそう思った。

「でもまあ普通に考えたら次だろ」

 優衣に当てて勝てる確率と他の人に当てて勝つ確率を考えたら確実に後者だろう。ということは俺の相手は姫路さんか。

 それより気になるのは萩原さんの後ろに隠れている彼女の方だ。宣戦布告しに来た時はいなかったから休みだと思っていたが、ちゃんといたのか詩織。彼女の方がまだ優衣との相性はいいはずだけど、どうして彼女じゃないんだろう。

 それに俺の知る限り科目を選択できるなら出すべき水瀬も見当たらない。こっちは休みなのか?

 ……そういえば、昨夜は満天の星空。なるほど、いつものあれか。

「教科は何にしますか?」

「総合科目でお願いします」

 久保君が総合科目を選択して、Aクラスの科目選択権がなくなった。優衣相手に総合科目は自殺行為なんだけど。

「それでは、試合開始です」

『試獣召喚』

 

『Fクラス  青山優衣 VS Aクラス 久保利光

 総合科目 4700点 VS 3994点    』

 

「マ、マジか!?」

「代表に匹敵する点数よ!?」

 驚くのも無理はない。成績上位者は貼り出されるけど、点数は書かれていないからな。とはいっても去年よりかなり上がっているんだよな。一体どこまで点数が上がるんだか。

「また点数上がったな」

「学年次席にいたとはいえこれはすごいな」

「点差700点以上なんて」

 勝負は一瞬で決着した。

「これで2勝2敗1分です」

 優衣が戻ってきたところで俺はみんなに提案することにした。

「これで五分五分に戻ったな。それでみんなに1つ提案がある」

「どうしたの?」

「どの教科がいい?」

『えっ?』

 俺の言葉に全員が驚いた。意味が分からなかったのか?

「だからどの教科で戦ってほしい?」

「何を言い出すんだ!?」

「和也君の得意科目じゃないの?」

 得意科目と言われると数学だ。でも、試召戦争は今までずっと数学だったのだ。だからほかの科目がいい。

「数学でいいのか? それだとつまらなくて」

「つまらないという問題じゃないじゃろ!」

「まぁ、みんながそういうならそれで―――」

「……総合科目」

 行くかと言おうとしたが、優子さんが俺の言葉を遮ってそういった。

「総合科目?」

「和也君、成績まだ言ってないわよね?」

「そういえば」

「まだ」

「聞いておらんかったのう」

 そういえばあまりにもあれだったから言わなかったんだっけ。というか、なんでリレーして話しているんだ。

「わかった。総合科目な」

「それでは6戦目。代表者は前へ」

 そこで高橋先生から呼び掛けがあった。 

「了解です」

 Fクラスはもちろん俺だ。

「あ、は、はいっ。私ですっ」

 Aクラスからは、予想通り姫路さんが出てきた。

「久しぶりだな、姫路さん」

「お久しぶりです。中学校以来ですね」

「同じ学校にいるのに、な」

「そうですね」

「対戦教科は何にしますか?」

 それ優子さんの要望通りに。

「総合科目で」

 

 

 優子さんが要望した通りに和也は総合科目を選択したけど、和也が負けたらFクラスの勝ちはなくなる。相手は学年次席の姫路さんなのに!!

「雄二。なんで止めなかったんだ!!」

「止める前に行っちまったんだから仕方ないだろ」

「2人は和也を信じておらんのか?」

「信じてるけど、相手は学年次席の姫路さんだよ!?」

 正確には3位だけど。

 いくら数学が良くても総合科目じゃ勝ち目なんて。

「大丈夫ですよ」

 さっきまで黙っていた優衣ちゃんが口を開いた。

 大丈夫って何が大丈夫なの?

「今回、兄さんに負けましたから」

『えっ?』

 一瞬、彼女が何を言ったのかわからなかった。

 兄さんに負けた……和也に負けた?

「それってどういうこと?」

 優子さんが僕らの代わりに聞いてくれた。

「見ていればわかります」

 見ていればわかるって……まさかっ!

「それでは試合開始です」

「試獣召喚」

「今回は真面目にやったからな。試獣召喚」

 先生の合図で2人が召喚獣を召喚する。

 

『Fクラス  青山和也 VS Aクラス 姫路瑞希

 総合科目 5484点 VS 4406点    』

 

「……全く兄さんは限度というのを知らないのですか」

 5500点弱!?

「代表より点数が高い」

「学年次席に1000点以上の差を」

「あの兄妹どうなってるんだ」

 Aクラスの人たちも驚いているけどぼくたちの方がその数倍は驚いていると思う。

 今までの和也の点数は全教科120点ジャストだった。でもこの間のBクラス戦の時数学で600点弱の点数を出したりしてたけど、総合科目まで。

「こんなに点数高かったの?」

「明久、お前幼馴染なのに知らなかったのか?」

「中学の時は全教科で平均点より少し上って感じなだけだったよ」

 それに幼馴染だからって何でも知っているわけじゃない。僕にだって知らないことはたくさんあるんだ。小5の春に僕達のいる睦月小に転校してきたあの時だって。

 

 

「とりあえず、1発」

 俺は召喚獣を操作して銃弾を1発姫路さんの召喚獣に向けて撃った。

「あまいです」

 が、簡単にガードされてしまう。やはり高点数なだけはある、武器側面でガードして傷1つはいらないとは……。

「やっぱり一対一だと銃は使いにくいな」

 そういって俺は武器の構えを変える。

「こっちからも行きます」

 姫路さんが召喚獣を突撃させてきた。でも、

「えっ? 青山君の召喚獣がいない?」

「悪いがゲームセットだ」

 

『Fクラス  青山和也 VS Aクラス 姫路瑞希

 総合科目 5439点 VS 0点       』

 

 俺の召喚獣はすでに姫路さんの召喚獣の後ろにいた。

「勝者Fクラス、青山和也」

「えっ? 何が?」

「ちょっと腕輪を使っただけだ」

「そういうこと、ですか。油断しちゃいました」

「時間かけると武器とか装備の差で負けそうだったからな」

 拳銃と短剣で真面目に戦ってもいいが出来るだけ点数を消費したくないというのが本音だ。それに拳銃だと頭か胸にでも当てない限り時間がかかり過ぎてしまう。たとえ当たったとしてもあの鎧を貫いてダメージになるかも怪しい。短剣だけではあの大剣に力負けっしてしまうし、この手しかなかったというのもある。

「それじゃ」

「はい」

 俺がFクラスのところに戻ると、

「お疲れ様です、兄さん」

「まさかあそこまで点数が高いとはな」

「学年主席以上なんて驚いたわ」

「そ、そうか」

 予想外の賛辞が待っていた。なんか少し照れくさい。

「でも、なんで隠していたのさ?」

「俺は隠していたつもりはない。今まで真面目に受けたことがなかったからわからなかっただけだ」

 これを言ったらたぶん、確実に――

「真面目に受けてないってどういうことなの?」

 やっぱりこの質問が来たか。どう応えようか?

「私の予想だとあれが原因ですよね?」

「あれってこの間言っていた『リミッター』のことかしら?」

 俺が迷っていると優衣が先に答えを言ってくれた。

 やっぱり優衣はわかっていたのか。優子さんもそれであってる。

「その通りだ」

 否定する理由もないから全面肯定した。

「あと補足しておくけど、今回の点数はまぐれだぞ?」

 今回は山が当たって暗記科目が異常にできたからな。暗記はそこまで得意じゃないのに400点越えるとかありえないし。

「そうなのか?」

「たぶん最低でも800~1000点は下がると思う」

「それでもさっきの姫路さんより高いよね?」

「あくまで最低だって言ってるだろ」

 成績については定期試験でもう一回か。

 何にしてもこれでFクラスがリードをとれたわけだ。

「最後の人、前へ」

「……はい」

 相手は学年主席の霧島さん。

「俺の出番だな」

 こっちからはもちろん、雄二。

「教科はどうしますか?」

「教科は日本史、内容は小学生レベルで方式は100点満点の上限ありのテスト対決」

 

  ざわ……ざわ……

 

 雄二の言葉で、Aクラスにざわめきが生まれる。Fクラスは今朝雄二が説明していたので静かなままだ。

「テスト対決?」

「さらに上限ありだって」

「しかも小学生レベルだから満点確実だぞ」

「注意力と集中力の勝負になるよ」

「ただでさえFクラスにリーチがかかっているのに」

 俺が姫路さんに勝った時点でAクラスの勝ちはなくなっている。そのためかAクラス側の動揺も大きいみたいだ。

「わかりました。そうなると問題を用意しなくてはいけませんね。少しこのまま待っていてください」

 一度ノートパソコンを閉じ、教室から出ていく。

 高橋先生のことだ、小学生レベルのテストも資料として持っていたりするのだろう。

「雄二、後は任せたよ」

 明久が雄二の手を握る。

「ああ。任された」

「…………後は頼んだ」

 ムッツリーニが歩み寄り、ピースサインを雄二に向ける。

「頑張ってね、雄二君」

「ここまで来たのだから頑張りなさいよ」

「頑張ってください」

「頑張るのじゃぞ、雄二」

「お前らの力には随分助けられた。感謝している」

 雄二がみんなの励ましにこたえる。俺は何て言おうか……まあ普通に簡単な感じでいいか。

「雄二、しくじるなよ」

「わかってるさ」

 

「では、最後の勝負、日本史を行います。霧島さんと坂本君は視聴覚室に向かって下さい」

 戻ってきた高橋先生がクラス代表の2人に話しかける。日本史のテスト対決は視聴覚室で行うらしい。

「……はい」

「じゃ、行ってくるか」

 2人が教室を出ていく。試験の様子は、Aクラスの巨大ディスプレイで見ることができる。

『では、始めてください』

 画面の向こうで担当の先生が開始の合図をした。

 

 

「いよいよだね、お兄ちゃん」

「そうだね」

「これで、あの問題が出ていなかったら……」

「十中八九、雄二が負けるだろ」

 和也の言うとおり出ていなかったらブランクがある雄二が負けると思う。

「出ておれば」

「うん」

 もし出ていたら、僕らの勝ちだ。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、ディスプレイに問題が映し出される。その問題が出ているのかな?

 

《次の( )に正しい年号を記入しなさい》

(  )年 平城京遷都

(  )年 平安京遷都

 

 流石は小学生レベルの問題。僕でも満点がとれそうだ。

 

(  )年 鎌倉幕府設立

(  )年 大化の改新

 

『あ……!!』

 思わず口から声が出てしまった。

「お兄ちゃんっ」

「うん」

「これでウチら……!」

「うん。これで僕らの卓袱台が」

『システムデスクに!!』

「勝ったね、和也」

 さっきまで隣にいた和也に話しかけた。

「あれ、和也?」

 でも返事はなく、横を見るとそこには誰もいなかった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「さっきまでここにいたんだけど」

「和也なら向こうで優衣と話しておるぞ」

 秀吉が指差した方向を見ると真剣な顔をした2人がいた。何の話をしているんだろう?

「そっか。それはともかくこれで僕らの勝ちだ!!」

『うぉぉぉぉっ!』

 教室を揺るがすようなFクラスの歓喜の声。

 この試験の結果は2人が戻ってきてから公開するらしい。

 

 そして2人が戻ってきて結果が出る。

 その結果は―――

 

 

 



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第14話

《日本史勝負 限定テスト 100点満点》

 

  《Aクラス 霧島翔子  97点》

         VS

  《Fクラス 坂本雄二  83点》

 

 

「三勝三敗一分になりました」

 皆で雄二のもとになだれ込む。

「……殺せ」

「良い覚悟だ、殺してやる! 歯を食い縛れ!」

「お兄ちゃん、落ち着いて」

 明久が雄二に掴み掛ろうとしたところを愛莉が後ろから抱きつき止めた。これなら明久もとまるだろう。妹を振りほどいてまでやるはずがない。

「だいたい83点ってなんだよ! 満点じゃないと意味ないのに、この点数だと―――」

「いかにも俺の全力だ」

「この阿呆がぁーっ!」

「明久、とりあえず落ち着け。今のお前でも確実に100点は取れないだろ」

「それについては否定しない!」

 そんなに力強く否定するのもどうなんだ?

「否定しないなら、雄二を責めることは出来ないだろ。それに今死なれると困る」

「くっ! なぜ止めるんだ和也! この馬鹿には喉笛を引き裂くという体罰が必要なのに!」

「それは体罰ではなく処刑だと思いますが……」

「この勝負は引き分けということで、この後どうするかは、双方の代表同士で決めてください」

 高橋先生の声がしたので雄二の処刑は中断された。

 俺は雄二に近づき声をかける。

「雄二、1ついいか?」

「なんだ?」

「この後の会談、俺が全部進める」

「なっ!」

「文句は受け付けない。自信満々で挑んだのに負けた雄二が悪い。雄二が勝っていればこの会談もなかったわけだしな。でもまあ、代表がいないと困るからいてもらうが」

「ぐっ……!」

 何も言い返せずに言葉に詰まる、雄二。

「そんなこと言ってみたが、俺がやっても雄二がやっても変わりはないはずだ。違いがあるなら1つくらいだろうな。そんなわけでとりあえずついてきてくれ」

 いつものメンバーを連れて会談場所に向かう。

 会談場所には霧島さんと萩原さんがいた。

「待たせたかな?」

「大丈夫よ。それで青山君が代表でいいのかしら?」

「ああ」

「そう。それでこれからどうするのかしら? 延長戦?」

 Aクラス側は随分と好戦的なようだ。延長戦をやってもいいがやるとなると普通の試召戦争になるだろう。わざわざそこまでして勝敗を決めてもお互いに消耗するだけで得られるものがない。だから、

「俺たちFクラスはAクラスに和平交渉を申し込む。それと2つ提案がある」

 和平交渉、引き分けで終わらせることを提案した。

「どういうことかしら?」

「このまま続けてもお互いにデメリットしかない。正直どっちが勝ってもおかしくはないからな」

「私たちAクラスが負けるなんてことあるわけないじゃない!」

 Aクラスのほとんどの生徒が萩原さんの言葉に頷く。

 状況はよく考えた方がいいと思うぞ。1から説明はするけど。

「ちゃんとわかってないみたいだから説明するよ」

「なっ!?  どういうことよ!」

「ふ、文乃。お、落ち着いて」

 萩原さんが俺の言葉に反応して少し感情的になったところを後ろにいた女子が抑えてくれた。

 この一騎討ちの間ずっと萩原さんの後ろに隠れていたけど、ようやく前に出てきてくれたみたいだな、神崎詩織。

「続けていいかな?」

「う、うん……」

 答えると同時にまた萩原さんの後ろに隠れてしまった。なぜだ? というかこの様子じゃ一騎討ちに出てこられるわけないか。この感じやっぱりどこかで見たことがあるような……。

 おっと話を戻そう。

「それじゃ続けるけど、まず、吉井愛莉、佐藤美穂、吉井明久、工藤愛子、木下優子、久保利光、姫路瑞希。この7人は戦死。戦争終了まで補習室だ」

「それはそうね」

「そしてAクラスの萩原文乃、川越勇人は点数を消費している」

「それは試験を受ければ回復できるわよ」

「対してFクラスは、俺とムッツリーニは腕輪で点数を消費しているが、優衣は全くの無傷だ」

「…………」

 ここまでは今回の戦いをおさらいしただけだ。

 本題はここからだ。

「更に致命的なのがAクラス代表の霧島翔子」

「代表が?」

 俺と雄二、ほか数名を除いて全員が首をかしげる。

 やっぱりわかっていなかったみたいだな。

「霧島さんの日本史の点数が今何点あるかわかるか?」

「大体350点くらいあるはずよ」

「……文乃。今の私はそんな点数はない」

「だ、代表。何を言って……」

 まだ気づかないみたいだな。

「日本史のテスト、最後に受けたのはいつだかわかるか?」

「さ、さっきです……」

「あっ……」

 詩織の言葉を聞いてそれに気が付き青ざめるAクラスの面々。

 そう、Aクラス代表、霧島翔子の日本史の点数は97点。下手をすればFクラスの生徒、誰もが倒すことができる点数だ。これは雄二にも言えることだが、あの感じ、それにあの数学の点数からいつもとほとんど変わらない気がするから言わないでおく。

 ちなみに補充試験を受ければどうにでもなると思うかもしれないが代表は試召戦争中に補充試験を受けることを禁止されている。これは補充試験中で代表不在という事態が起きないようにするためだ。

「さっきの話をまとめると、去年の成績上位10名の中で優衣と優子さんはFクラス。残り8名のうち4名が戦死、3名が点数を消費している。よって無傷なのがここにいる神崎詩織1人だけ」

「でも、他の人だっているわ」

「で、でも文乃。和也君達の点数忘れたの?」

「……そうだったわね」

 そう言って少しこっちを見る。

 俺と優衣の点数というのもあるけど、操作技術ならこっちが圧倒的に有利だ。

 というか代表2人を放置して話し進めているがいいのかこれ? 雄二は別にいいとして霧島さんの方は萩原さんが全権代理だと思っていいのか、ずっと2人で話してるけど。

「雄二。今更なんだがこのまま俺が続けていいのか?」

「本当に今更だな。まあホントに俺が考えていたこととほぼ同じだったからな、あとはすべてお前に任せる」

 クラス代表がそんなこと言っていいのか……。『すべてお前に任せる』その言葉、後悔するなよ?

「了解。それじゃ提案の方に行ってもいいかな?」

 Aクラス側に確認する。

「そうね。続けても私たちにメリットはないし。いいですよね、代表?」

「……話、続けて」

 Aクラスの代表も続けていいと言っているし次に行くか。

「1つは、今度の清涼祭Fクラスと合同にしてくれないか? まあこれは教師に許可貰わないといけないから、出来るかどうかわからないけど。Aクラスとしてはどうなのか聞いておきたいんだ」

 これはあくまで俺の提案。Fクラスの人にも話してない。

 雄二がすべて俺に任せると言ったから文句は出ないだろうし、他の人たちもAクラスと一緒ならむしろ進んでやってくれるはずだ。

「それはどういうことなのかしら?」

「Fクラスの教室を見てみればわかると思うけど、あの場所で出し物をするには色々と衛生的に問題がありそうなんだ。だからこの際Aクラスと合同にできないかと思ったんだ」

「そこまで酷いのね……」

 俺の言葉に苦笑いをする萩原さん。新校舎と旧校舎だと知らないのか。

「ど、どうするの?」

「ここで話し合っている私達だけで決めるわけにはいかないわよね。代表はどう思いますか?」

「……私は構わない」

「ちょっと、和也」

 Aクラス側が話し合っているからか後ろから声をかけられた。

「なんだ?」

「なんだ……じゃないよ!? さっきの話、初耳だよ!」

「それはそうだろ、さっき初めて話したんだから」

「じゃが、予め話しておいてもよかったじゃろ?」

「いや、勝っても負けてもこの話はないから言わなかったんだよ」

 このひと言で優子さん辺りはわかったみたいだけど、わからない連中もいたみたいだ。

「どういうこと?」

「勝てば設備を交換するから必要ないですし、負ければ交渉も何もないということですよ」

 さっき優衣には話しておいたから代わりに説明してくれた。

「そういうことだ」

「なるほど、引き分けるなんてほとんどありえないからね。たとえそうだったとしても、僕らに何も相談なしで進めるのはどうなの?」

 雄二がテスト受けている間に思いついたんだよな。だから優衣には話せたんだけど。

「確かにそれは悪かったとは思ってる。でも反対はしないだろ?」

「しないというより出来ないかな?」

 その他のメンバーも頷く。

「これでFクラスはOKだな」

 Aクラスの方に向き直る。あっちはまだ話し合っているみたいだった。

「長くなりそうならこの件は今度でいいけど?」

「その方がよさそうね。欠席している人もいるから」

 やはり水瀬は休みみたいだ。

「了解。それで2つ目は、戦争前に決めた約束のことだけど」

「何でもひとつ言うことを聞くだったわね。それがどうかしたのかしら?」

「引き分けたから、代表戦で勝った霧島さんに使ってもらおうかと思ったんだ」

 そう言いながら逃げ出そうとしていた雄二の襟をつかむ。

「ぐっ……和也、どうして俺の襟をつかむ!」

「クラス代表がこの場にいなくてどうするんだ」

「何してるのよ……」

 俺と雄二のやり取りに周りの人たちが呆れている。そもそもこの提案は雄二のためでもあるんだけどな。

 雄二がこの試召戦争を始めた理由を俺なりに推測したところ霧島さんと何かあるのではないかという結論に至ったわけだ。この反応からして合っていたみたいだな。

「それじゃあ霧島さん、なんでもどうぞ」

「……わかった」

 そう言って雄二の方を向く。

「……雄二、私と付き合って」

「お前、まだ諦めてなかったのか。その話は何度も断っただろ」

「……私は諦めない。ずっと雄二のことが好き」

 俺が仕掛けておいてなんだけど代表2人は置いておいて。

「とりあえずこれで終わりかな?」

「話が急すぎてついていけないのだけど…」

「その辺は気にしないで。Aクラスからは何かある?」

「特にないわよね?」

 と萩原さんは後ろの皆に確認をとる。

「ないみたい」

「それじゃ、これで終わりだな」

 代表が2人はまだ何か言っているが、こっちは終わった。

 俺が後ろに戻るとそこに西村先生が現れた。

「どうしたんですか、西村先生」

「我がFクラスに伝えることがあってな」

 我がってどういうことだろう?

 そんなことを考えていると、西村先生は少し溜めて言い放った。

「戦争に勝てなかったお前らの担任を今日から俺に変わることになった」

『なにぃっ!!』

 Fクラスの男子生徒、いつもながら俺と秀吉を除く、が悲鳴を上げる。俺にとってはみんなが静かになってくれるから好都合で割とうれしいことだ。

 そんなこんなでAクラス戦は終了した。

 




その後のちょっとした会話。

「ところで萩原さん」
「どうかしたの?」
「水瀬って今日休み?」
「芹菜? ええ、休みよ。そうでなければ出てもらってるわよ」
「そうだよな。あいつは地学なら誰にも負けないレベルだし」
「理由はいつもの迷子よ。今朝早くに電話が来て『ここ、どこ?』って言ってたから星空を眺めながら歩いて遠出したんだと思うわ。全く、地図も読めないし集中すると周りも見えなくなるから困ったものよ」
「やっぱり、それか」
「やっぱりって?」
「いや、昨晩は春には珍しいくらい星空がきれいだったから。そういう日の翌日は大体休むんだよ。中学の頃はよく探しに行ったからな」
「ということはそのタイミングで仕掛けてきたのかしら?」
「いやいや偶然だって。その辺りは雄二が決めることだから」


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ラブレター騒動?
第15話


 Aクラス戦から数日後……。

 優衣と一緒に学校に向かっていると、校門の前で雄二に会った。

「おはよう雄二」

「おはようございます」

「おう、おはよう2人とも」

 そういえば気になっていたけど今まで聞けなかったことを訊いてみるか。幸い周りにはFFF団の連中はいないみたいだしな。

「なあ、雄二」

「なんだ?」

「あの後、霧島さんとはどうなったんだ?」

「ぶっ!? いきなりなんてことを言いやがる!」

 俺の言葉に雄二は驚くと同時にきょろきょろと見まわし始めた。

 俺が確認してからこの話題を出したというのに警戒しすぎじゃないか?

 Aクラス戦の後雄二は霧島さんと付き合うことになった。あの時、雄二側に何かあるのかと思っていたのだがまさか霧島さんが雄二のことが好きだったとは思わなかった。その直後にFFF団が襲ってきたのは言うまでもないな……。

 おかげでクラスでは奴らが襲ってくるからこの話題は出せない。だからここで追及してみるのもありか。

「その反応からすると何かあったのか?」

 と、そのタイミングで俺の携帯にメールが来た。

「か、和也。携帯鳴ってるぞ」

 雄二がこれ以上聞かれないようにするためか、すぐに指摘してきた。

 何というタイミング、天は雄二の味方なのか?

 仕方がない。このことはあとで霧島さんの方に聞くとして携帯を出して確認する。

 詩織からだ。珍しいな、向こうからメールしてくるなんて。

『今日一緒に帰りませんか?』

 メールにはこの12文字が書かれていただけだった。詩織のことだ、このメールを送るのに相当時間をかけたんじゃないか。

 それにしてもこれ、どういう意味だ? 今日はなんかあったか?

「誰からだ?」

「誰からですか?」

 雄二と優衣、2人が同時に聞いてくる。

 別に隠す必要もないし、どうせ優衣には後で話さなきゃならないから、ここは言っておいた方が面倒なことにならないだろう。

「詩織からだよ」

「詩織ってAクラスの神崎のことか?」

「そうだよ」

「(いつの間に名前で呼び合うようになっていたのですか)」

「優衣?」

 優衣が小声で何かつぶやいているが全く聞こえなかった。少し黒いオーラが見えた気がするが気のせいだろう。

「Aクラス戦の時も思ったが、どうして神崎と知り合いなんだ? 去年もクラスも違ったし特に接点なかっただろ」

 確かに雄二の言うとおり学校での接点はない。俺が詩織と会ったのは学校の外なのだから。

「話すと長いから簡潔に言うと俺が事故から彼女を助けたってところか」

 俺が詩織と出会ったのはえっと……ちょうど1年前か。俺の家の近くの交差点で信号待ちをしている彼女にスリップした思われる乗用車が突っ込んできたところを間一髪で助けた。彼女が車に気が付かなかったのは引っ越してきたばかりで迷ってしまいパニックに陥ってしまっていたかららしい。

 1年前……なるほどそういうことか。いや、でも、だからって、あれ?

「それはどういう意味だ?」

「どういう意味も何もそのままの意味だぞ」

「そういえば去年、腕骨折していたな」

「詩織抱えて飛んで着地に失敗したせいでな。相手がトラックじゃなくてよかったよ」

 その時は優衣にしこたま怒られた。だからこのことがあってからは自重している。これ以上優衣に心配させたくないし、迷惑もかけたくないからだ。

「そういう問題じゃないだろ」

「何が?」

「トラックだろうが乗用車だろうが下手したら死んでるだろ」

「仕方ないだろ。体が動いたんだから」

 そう、ただ勝手に体が動いただけ。その直前に見えたものが俺を動かしたのは間違いないけど。

『なっ、なんじゃこりゃぁぁ!!』

 唐突に校舎の方から叫び声がした。

「今のは?」

「たぶん明久君ですよね?」

「とりあえず行ってみるか」

 

             ☆  ☆  ☆

 

 3人で下駄箱に向かうと、さっきの声の主の明久が何かを持って固まっていた。

「どうした、明久?」

「さっきの叫び声はどうしたんだ?」

「おわぁぁ!!」

 声をかけた途端明久は大声を上げて1mほど飛び退いた。後ろから声をかけたからとはいえ、いくらなんでも驚き過ぎな気がする。

 そして手に持っていた何かを鞄にしまった。しまったというより隠したと言った方がいいか。

「あ、ああ。なんだ、雄二達か。おはよう」

「おう」

「おはよう」

「おはようございます」

 おはようの三段活用?みたいな感じになってる。

「き、今日はいい天気だね! すごくいいことがありそうだよね!!」

 突然わけのわからないことを言い出す明久。

「何を動揺している?」

「べべべ別に動揺ななななんてししししてにゃいよ!?」

「思いっきり動揺しているだろ」

 この吃り具合と噛んでいるというのに、動揺してないとか嘘にもほどがあるだろ……。

「さっき、手紙のようなものを隠していましたが……」

「っ!?」

 明久が手紙という単語に少し反応する。

 手紙・下駄箱・さっきの叫び声……なるほど、ラブレターか。

 ……いや、待て。どうしてラブレターを貰って叫ぶ必要があるんだ? 叫んだら普通に注目される。しかもあいつらがいるこの学校でそれは完全に死亡フラグだ。明久は死にたいのか?

「た、ただのプリントだよ! それよりもそろそろHRが始まるから急ごう!」

 そう言って明久は足元にあったサッカーゴールのネットを担いで走り出した。

 今頃になって気が付いたが観察処分者の仕事をしていたらしい。だから横に愛莉がいなかったのか。

「もうそんな時間になっていたのか」

「校内にいるのに遅刻にされるのも癪だしな」

「はい。私たちも急ぎましょう」

 明久の叫び声のせいで話がうやむやになって良かったのか悪かったのか。

 そういえばメールの返信どうしよう。さすがにもう電源切ってるよな……。

 

 



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第16話

「何があった……?」

 教室がやたらと静かになったので顔を上げると教室には俺を含めて5人しかいなかった。

 朝のHRが終わって1時限の授業が始まるというのに誰も戻ってくる様子がない。俺が今朝のメールの返事をどう伝えるかを出席とってから考えている間に何が……。

「あの騒ぎの中寝てたの?」

「いや、少し考え事を……」

 隣の席の優子さんは俺が寝ていたのかと思っていたらしい。明久や雄二はいつもの事だが俺は1度も授業中とかに寝たことないんだけど……。

 話しかけられたついでに何があったか聞いてみることにした。

「どれだけ考え込んでいたのよ……」

 優子さんが言うには出席をとっているときに起きたらしい。

 

 

 Aクラス戦で勝てなかったアタシたちの担任は西村先生に変わった。

 何事もなくスムーズに進んでいく出欠確認。そのまま進むかと思ったら雄二君のところで事件が起きた。

「坂本」

「………………明久がラブレターをもらったようだ」

『殺せぇぇっ!!』

 隣のアタシでもぎりぎり聞こえるくらいの小声だったのにクラス全員――かと思ったけど和也君が机に突っ伏したまま動かない――が聞き逃していないとはこのクラス何かがおかしいと思う……。

「ゆ、雄二! いきなり何を言い出すのさ!」

「どういうことだ!? 吉井にラブレターだと!」

「それなら俺達だって貰っていてもおかしくないはずだ! 自分の席の周りを良く探してみろ!」

「ダメだ! 食いかけのパンと潰れたパックしか出てこない!」

「もっとよく探せ!」

「……出てきた! 未開封のパンだ!」

「そんなもの今はどうでもいい! 何を探してるんだお前は!?」

 戸惑いの声を上げる明久君の後ろで騒ぎ始めるクラスメイト達。

 明久君が貰っているからって貴方達が貰っているはずないでしょ……。というか、ホントにどうなってるのよ、このクラス。

「お前らっ! 静かにしろっ!」

 西村先生の一喝で教室が静まり返る。

「それでは続けるぞ」

「手塚」「吉井コロス」

「藤堂」「吉井コロス」

「みんな落ち着いて。返事が『吉井コロス』になってるよ!」

「そうだ。『吉井コロス』じゃなくて『明久コロス』にしろ」

『そうだなっ!』

 吉井だと愛莉も含まれるからってこと?

 雄二君も火種撒いておきながら――って寝てる!? 今さっきまで起きてたのにそんなにすぐ寝れるものなの?

「そういう意味じゃないよ!」

「吉井、静かにしろ」

「注意するべきなのは僕じゃないでしょう!?」

 ここでいつもなら止める和也君は動かないし、というよりこっちも寝ているみたい。和也君の場合凄く珍しい気もするけど……。

 だからと言ってここでアタシが何か言うとまた新たな火種になるかもしれないと思うと黙っているしかなかった。

「新田」「明久マジコロス」

「根岸」「明久ブチコロス」

 さらに酷くなっているわね……。

「欠席者はいないな。今日も一日真面目に勉学に励むように」

 そう言って西村先生は教室を出て行った。

 

 

「なるほど、西村先生が居なくなってからFFF団が明久を血祭りにしようとしたところで明久が逃走。捜索中というわけか」

「それで大体あっているわ」

 となると様子を見に行くべきか静観するか……。雄二もこうなることはわかってるはずなのに口に出すとか、何やってるんだか。

 でも騒ぎのもとのラブレターは確か鞄の中だった気が。そしてその鞄はそこにあるし。

 ……………まぁいいか。

「でも、兄さん。良かったですね」

「ん? 何がだ?」

「今朝のメールです。内容が内容ですし、気付かれたらどうなっていたかわからないですよ」

「確かに……」

 女子からのメールってだけで明久と同じように追われていたはずだし。しかもその相手が神崎詩織だ。前に聞いたところ詩織は結構男子に人気があるらしい。ムッツリーニ調べでは守ってあげたい女子ランキング不動のトップだそうだ。うちのクラスにもファンがいることだろう。それでもってあの内容じゃあ…………うん、命が危ない。

 そこまで考えてふと1つ引っかかりを覚えた。

 どうして優衣は内容まで知ってるんだ?

「優衣、なんで内容知っているんだ?」

「あの時、誰からとしか聞かれなかったのにわからないのですか?」

 俺の顔の近くにあったというのに見えたとかいうのか?

「……まさか見えたとかいう?」

「雄二君は見てなかったみたいですが、私にはばっちり見えました」

 優衣、そこは見えました、ではなく見ました、だと思うぞ。どう考えても故意に見ない限り見えないんだから。

「メール?」

「今朝、神崎さんからメールをもらったのです」

「女子からのメールね。それだけでも狙われそうね」

 雄二に見られなかっただけ良かったのか……。見られていたら今頃は明久と同じように追われていただろうし。でも詩織からメールを貰ったことは知ってるはずなのにどうして明久だけ? まさかただ単に口が滑っただけとかいうのか。もしくは今朝の死亡フラグが原因か。

 本人がいないしこのことは置いておいて優衣はどうやって見たんだ? 俺より身長の高い雄二が見えるならわかるけど優衣は無理だろ。俺と優衣の身長差15㎝は最低でもあるんだし。どういうことだ……。

「優衣……」

「なんですか?」

「どうやって携帯の画面見たんだ?」

「教えません」

「そ、そうか」

 なんで教えないんだ?

 気になるけど仕方ないか。

 ふと時計を見る。現在時刻8時51分。1時限の授業開始時間を過ぎている。

「で、先生はいつまで来ないんだ?」

「そういえば来ておらんのう」

「私達しかいないけど、変だね」

 前の席で話していた2人もこっちの会話に参加してくる。

「呼びに行った方がいいか?」

「私が呼びに行ってきましょうか?」

「いや俺が行くよ。何の授業だっけ?」

「化学よ」

「化学な、わかった。授業は出来なくても出席だけでもとってもらわないと」

 俺はそう言って教室を出ようとしたが、ちょうどそこに担当の教師が来た。立ちあがって損した。

「遅れてしまって申し訳ありません。授業を――」

 と言ったところで固まってしまった。

 教室には5人しかいないうえ、俺が教室から出ようとしているのだから無理もない。

「呼びに行く必要なくなったね」

 確かに愛莉の言うとおりだけど、どうやってこの状況を説明すればいいんだ?

「他の人達は?」

 その疑問はもっともだと思う。

「えーと……」

「色々ありまして……」

「たぶん校舎のどこかで……」

「暴れ回っています」

「大体こんな感じじゃ」

『ぎゃぁぁ!!』

 リレー式に説明したら、それに合わせるかのように悲鳴が聞こえてきた。それにこの声は明久ではなさそうだな。追ってる側のか。

『……………』

「さ、さて授業を始めます」

 それはそうと俺達だけで授業進めていいのか? 今残っている人はクラス内の成績では上から数えた方が早い人しかいないんだけど……。

 

 



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番外編1

突然の番外編です。本編とは全く関係ありません。
「もし明久が雄二に言い返していたら」というIFです。
ギャルゲでいうと選択肢で言い返すを選択した場合といったところです。
本編の方は何も言わないを選択。

それでは番外編、スタート!



 Aクラス戦で勝てなかったアタシたちの担任は西村先生に変わった。

 何事もなくスムーズに進んでいく出欠確認。そのまま進むかと思ったら雄二君のところで事件が起きた。

「坂本」

「………………明久がラブレターをもらったようだ」

『殺せぇぇっ!!』

 隣のアタシでもぎりぎり聞こえるくらいの小声だったのにクラス全員――かと思ったけど和也君が机に突っ伏したまま動かない――が聞き逃していないとはこのクラス何かがおかしいと思う…。

「ゆ、雄二! いきなり何を言い出すのさ!」

「どういうことだ!? 吉井にラブレターだと!」

「それなら俺達だって貰っていてもおかしくないはずだ!」

 いきなり騒がしくなったわね。明久君が貰っているからって貴方達が貰っているはずないでしょ……。

「お前らっ! 静かにしろっ!」

 西村先生の一言で教室が静まり返る。

「それでは続けるぞ」

「手塚」「吉井コロス」

「藤堂」「吉井コロス」

「みんな落ち着いて。返事が『吉井コロス』になってるよ!」

「そうだ。『吉井コロス』じゃなくて『明久コロス』にしろ」

『そうだなっ!』

 吉井だと愛莉も含まれるからってこと? 雄二君も火種撒いておきながら――って寝てる!? 今さっきまで起きてたのにそんなにすぐ寝れるものなの?

「そういう意味じゃないよ!」

「吉井、静かにしろ」

「注意するべきなのは僕じゃないでしょう!?」

 ここでいつもなら止める和也君は動かないし、というよりこっちも寝ているみたい。和也君の場合凄く珍しい気もするけど…。

 だからと言ってここでアタシが何か言うとまた新たな火種になるかもしれないと思うと黙っているしかなかった。

「新田」「明久マジコロス」

「根岸」「明久ブチコロス」

 さらに酷くなっているわね……。あれ明久君が笑ったような……。

「吉井兄」

「……思い出したけど、雄二がこの間女子大生とデートに行った後ラブホテルに入っていったのを見たよ。かなりの美人だった」

 明久君のその言葉を聞いたとたん雄二君が跳ね起きた。

「明久ー!! お前、何を言い―――「吉井より坂本じゃーーーーー!!」「……雄二、許さない!!」」

 あ、FFF団の標的が雄二君に変わった。しかも予定外の人もいる気が……。Aクラスも今はHR中よね?

「お前らっ、一旦静かにしろ。よし、遅刻欠席者はいないな。今日も一日勉学に励むように」

 そう言って西村先生は出て行った。どうしてこの状況を放置するのだろう……。

「……雄二」

「待ってくれ翔子! 俺は断じてそんなようなところには行ってない。信じてくれ」

「…………………わかった。信じる」

「えらくあっさりと引いたな」

 あっさりというには随分と間があった気がするけど。

「……好きな人のことはちゃんと信じあげないとだめだ、って青山が言っていたから」

「そ、そうか」

 へぇ、和也君がそんなことを……。

「……それに雄二の目は嘘を吐いている目じゃなかった」

 なるほど、それで間があったのね。

 それはいいとして、このピンク色の空間に彼らもそろそろ限界なんじゃないかしら。

『坂本ーーーー!!』

「よくも俺たちの目の前でいちゃいちゃしてくれたな!!」

「さっき吉井が言っていたことが事実だろうとなかろうとここで殺るしかねぇー!!」

 あーやっぱりね……。

「くそ、こいつらがいたんだった!」

「坂本、おとなしく投降しろ。そうすれば悪いようにはしない」

 すぐ横に霧島さんがいるからか飛び込んでくるような真似をせずにじりじりと包囲を狭めてくる。

 ここにいるとアタシも危ないかも……。

 避難を考えていると雄二君は少し下を向いて口を開いた。

「……そういえば和也がさっき神崎詩織からメール貰っていたな。デートにでも誘われたんじゃないか?」

 ちょっと、雄二君!? さっき自分を救ってくれた人にその仕打ちってどうなの!

「なん……だと……」

「あの俺達の天使様からデートに誘われた……」

 確かに小動物的可愛さはあるけど、天使様って……。

『………………』

 場が静寂に包まれる。嵐の前の静けさと言った方がいいのだろうか。

『こうなったら3人まとめて捕えろーー!!』

「3人ってまさか僕も入ってるの!?」

「よし、これで敵が分散できる」

 雄二君、分散のためだけに和也君も巻き込んだの?

 それにしてもこんなに騒いでるのに和也君は全く反応していない。標的にもされているのに、どれだけ熟睡しているのよ……。

「(……和也君)」

 さすがに何も知らずに捕まるのはかわいそうだから、小声で話しかけながら横腹を突っついた。

「ん? どうかしたか、優子さん」

 2回ほど突っついただけで和也君は頭を上げた。

 ……寝てたと思ったけど違ったのかしら? でも、この騒ぎは全くわかっていないみたいね。

「…………」

 その証拠に少し周りを見渡した後、アタシに向かって目で『マジで何があった?』って訴えてきてるし。

「青山! 俺達の天使様からメールでデートに誘われたらしいじゃないか」

「いや、俺は誰からもデートになんて誘われてないぞ。メールは…………ってまさか雄二!」

 そこで自分が標的になった原因が雄二君だということに気が付いたらしい。メールで気が付いたということは神崎さんから貰ったのは本当の事みたいね。

「おい、雄二。まさかお前、俺が貰ったメールの内容を歪曲してアイツらに言ったのか?」

「内容知らないから歪曲じゃなくて捏造だ」

「なお、悪いわ!」

「ん? 歪曲ってことはあながち間違ってないってことか?」

「……っ!」

 しまった、という顔をする和也君。もしかしてデートに近いことに誘われたのかしら? 例えば一緒に帰りたい……とか。

「青山! 天使様からメールを貰ったのは事実のようだな。うらやまけしからん!」

 今一瞬本音が漏れた気がするのだけど……。

「た、確かにメールはもらったが、デートには誘われてないぞ」

「でもそれ近いことには誘われたんじゃないのか?」

「雄二! お前はどっちの味方なんだ! こっち側じゃないのか!?」

「ちょっと二人とも! 今はあっちをどうにかすることを考えないと」

「こうなったら最優先目標は青山―――」

 その時突然教室の室温が急激に下がった。これは殺気? それと同時に全員の動きが止まった。

 その隙を見て和也君が2人に何かを耳打ちした。

「それはわかったけど、和也はどこから?」

「俺か? 俺はもちろん―――」

 何故か和也君は窓に手をかけ、

「窓から逃げる!」

 そのまま外に飛び出した。

「って、和也君!? ここ3階よ!?」

 和也君の行動に思わずアタシは叫んでしまった。

 




いかがでしたか?
こんな感じでよかったのでしょうか?
感想などよろしくお願いします。
続きが読みたいなどありましたらそちらは活動報告の方にお願いします。

次回は本編の方を投稿します。それでは。


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第17話

「あぅ……」

 1時限目が終了したと同時に私は机に突っ伏した。

 今朝和也君にメールを出したのは良かったけど、返信が来ない……。送る勇気が出なくて遅くなったから、もう学校にいて見てないからかもしれないけど……。

「うぅ……」

「どうかしたの、詩織?」

 いきなり隣で突っ伏した私に驚いたのか文乃が話しかけてきた。

「ふぇっ!? ふ、文乃……」

「授業中もぶつぶつ何か言ってたし、何かあったの?」

「―――っ!?」

 にゃーっ!?

 考えてること口にしていたみたい…。恥ずかしさのあまり死んじゃいそう……。

「あぅ……」

 たぶん真っ赤になっている顔を隠そうともう1度机に突っ伏す。

 もう、私のバカバカ。なんで口に出しちゃってるの……。

「ち、ちなみにどんなこと……つぶやいてた?」

「具体的には聞こえなかったわよ」

 それならよかった……。いくら文乃でもあまり聞かれ―――

「でも、さっきの反応から見て大体わかったけど」

 ―――えっ?

「ど、どういうこと?」

「簡単なことよ。私には……というより他の人に聞かれたくない内容で、あんな反応するのは1つしかないからよ」

 そこで一度言葉を切って私の方に顔を寄せて、

「青山君のことでしょ?」

 小声でそういった。

「――――っ!?」

「やっぱりそうね」

「あぅ……」

 私ってやっぱりすぐに顔に出ちゃうみたい……。

 それにしても頭がくらくらする……。顔もすごく熱い……。

「やっぱりわかりやすいわね――って詩織?」

 文乃の声が聞こえたけどそのまま意識を手放した。

 

 

 休み時間になり今朝のメールのことを聞こうとAクラスに向かった。

 ここまでは良かった。

 教室に着いて詩織を探していたら、何故か頭から湯気を出して机に突っ伏していて横にいる萩原さんが慌てていた。

「青山君、ちょうどよかった!」

 萩原さんが俺がいることに気づき話しかけてきた。何がちょうどよかったのかは謎だけど。

「どういう状況?」

 なんでこの1時間くらいの間に3回もわけがわからない状況に遭遇するんだ……。いや1回はまだわかる状況か。

「詳しいことは歩きながら話すから、とりあえず手伝って」

「手伝えって一体何を?」

「この子を保健室に連れて行くのを、よ」

 詩織を保健室に……。

「俺が……運ぶのか?」

 なんで俺が? というか体調悪かったのか?

「私が連れて行っても良かったけど、さすがに大変だから」

「了解」

 とは言ったけどどう運べばいいんだ?

 ………………………。

 仕方がない、アニメとかでよくあるお姫様抱っこをやるしかないか。

「……やっぱりそう運ぶんだ」

 萩原さん、やっぱりってなんですか?

「し、仕方ないだろ時間ないし……」

「それもそうね。早く連れて行きましょう」

 とりあえず詩織を抱えて廊下に出る。

 休み時間がもうすぐ終わるためか廊下には人がいなかった。この状態で通るには好都合だ。

「それじゃあ、説明してくれ」

「そうね」

 ………………。

 萩原さんの説明で大体の事はわかった。なんで俺の名前が出たのかは気になるが、話からするとしばらくすれば起きそうだな。体調不良とかではなくて良かった。詩織と話すのはそれからでいいか。

 しかしよく考えたらこの状況、

 1、詩織をお姫様抱っこしている。

 2、さらに萩原さんと話している。

 これは相当まずい。 かなりまずい。あいつらに見つかれば襲われるんじゃないか?

 しかも今は教室にいないしどこにいるかもわからない。今この瞬間にも遭遇しかねないのだ。

 やめやめ、考えるだけでも恐ろしい。

「それはそうと、清涼祭の事どうなった?」

 恐怖の塊を頭の隅に追いやり、今まで聞いていなかった対談の時の提案のことを聞くことにした。

「教師の方はAクラスが良ければ問題ないみたいだけど。Fクラスの方は言うまでもなく全員賛成で可決されたけど」

 西村先生に聞いたところAクラスがOKすればいいとのことだった。あの状態の教室で出し物をやるのは西村先生もまずいと思ったのだろう。

「こっちも大丈夫よ。人数増えた方がいろいろ楽になって当日も休みが増えるって言ったら、反対意見もなく終わったわ」

 やはりAクラスとは言っても高校生。文化祭は楽しみたいみたいだ。

「それならよかった」

「出し物とかの話し合いはどうするのかしら?」

「そっちで決めてもらった方がいいかな。丸投げして悪いけど、こっちが考えてもまともなものが出ない可能性があるし」

「わかったわ」

 と言ったところで鐘が鳴った。

「授業始まったけど大丈夫なの?」

「たぶん大丈夫だ。クラスに4人しかいないし」

 他の連中が戻っていなければの話だけど。

「それはそれでどうなのよ……」

 俺の言葉には困惑した声を出す萩原さん。

「まあうちのクラスだし……。そういう萩原さんは大丈夫なのか?」

「一応遅れるとは言ってきたから大丈夫よ」

「そっか」

 ここで戻られると保健室のドアが開けられなくて困るんだけどな。

「それに私が戻ったら困るでしょ?」

「まぁ……はい」

 そうこうしている間に保健室に着いた。

「失礼します」

 萩原さんがドアを開けて中に入った。続いて中に入る。

「あれ、先生がいない?」

「そうみたいね」

 保健室内はもぬけの殻だった。人一人いない。丁度出ているタイミングだったのか。

 先生がいないとなると詩織はとりあえずベッドに寝かせておこう。制服のままだと皺になってしまいそうだけど仕方ない。

「それで、どうする?」

「どうするって?」

「教室に戻るかって話だ。俺は今の時間はもう自習済みの範囲だから目が覚めるまでここにいようと思ってるけど」

 さっき聞いた話から今朝のメールの返事、昼休みまでとか先延ばしにするとまたこうなりそうだし、タイミング的にはちょうどいい気がする。

「それはどうして?」

「いや、目が覚めたら保健室に寝かされていて、誰もいないとなるとパニック起こすんじゃないか?」

「この子ならあり得そうね……」

 その光景を想像したのか少し苦笑いをする萩原さん。言った自分が言うのもなんだがやっぱり想像つくんだ。

「それなら私も残るわ」

 ……予想外の回答。これじゃあメールの話ができな――――いや、問題ないか。

「だってあなたと保健室で2人きりなんてことになったらもっと混乱しそうだもの」

 た、確かにそうかもしれない。

 だったら彼女に伝言を頼んで俺は戻ればいいか。

「それにあなたに少し聞いてみたいことがあったのよ。長月中元生徒会長さんに」

 そう言って萩原さんはベッドに腰かけた。

 俺に話ってことは戻れないな。

 でも、どうしてわざわざその呼び方をするんだろう。今では水瀬が会長と呼ぶくらいなのに。

 もしかして中学のときの話か? それなら面識がなかった俺じゃなくてほぼ一緒に行動していた水瀬に訊けばいいはずなのにどうして。

「俺に?」

「そうよ。まずは……」

 まずは、ということはいくつかあるらしい。

「この娘のこと好きなの?」

「……えっ?」

 今この人なんて言った?

「詩織のこと好きなの?」

「――――――」

 あまりにも突拍子の無い質問に頭がついていかない。中学の頃の話かと思っていたから完全に意表を突かれた。

 と、とりあえず頭の中で整理しよう。

 まず質問が、『俺が詩織のことが好きか?』だ。

 もちろん嫌いではないけど好きかと言われるととてつもなく答えにくいわけで、どうすればいいんだ!?

「え、えーと、どうしてそんな質問を?」

「さっきこの娘の事お姫様抱っこしていたから?」

「だからあれは!」

「冗談よ」

 えっ、冗談?

 真面目な顔していたから騙された。

「私なりにあなたがこの娘を事故から助けた理由を推測してみたのよ。その結論として好きなのかと思ったの」

 ――って、なんでいきなりあの事故の話になるんだ?

 この事故というのが俺と詩織が出会うきかっけになったものだろう。

 というより、あの事故のことも知ってるのか。詩織から聞いたのか?

 あの時のことは当時の新聞に小さく載っていたけど、名前は書いていなかったはずだし。

「それ以外に考え付かなかったわ。わざわざ危険を冒してまで他人を助けようとする理由が、ね」

 そこでようやく最初の質問が理解できた。

 別に恋愛の話ではなくて、俺が助けた理由が知りたかったのか。

「……別に好きだから助けたってわけではないよ。そもそもあの時点では詩織のこと知らなかったし」

「それなら――」

「目の前で危険な目に遭っている人を助けるのに理由なんてない。それもこの学校の制服を着ている人だったから見過ごせなかっただけだ。それに……」

「それに?」

「似ていたんだよ……って、あっ……」

「似ていたって誰に?」

「えっ、あ、いやなんでもない」

 まずい、思わず口に出してしまった。このことは誰にも言ってなかったのに。

「なんでもないわけないでしょ? それで誰に似ていたの?」

「言わなきゃダメ、かな?」

「ダメとは言わないけど気になるわね」

「えーと……」

「…………」

 無言でじーっと俺を見つめてくる萩原さん。なんとなく怖いです。

「それはその……昔の……知り合いに……」

「昔の知り合い?」

「そう、昔の知り合い」

 これ以上は答えないという意味も含めて俺は繰り返した。

 正確には誰に似ていたのかというのはいまだにわかっていないから答えられないだけなのだ。ただあの時、詩織の姿と重なっただけで、そもそも知り合いなのかも怪しいくらいだ。空想の人の可能性だってある。

 優衣にでも聞けば分かるかもしれないけど、出来れば人に聞かずに見つけ出したいんだよな……あの人のことは。

「ふーん、昔の知り合い、ねぇ……」

「な、何か引っかかることでも?」

「その人って青山君の好きな人?」

「――――――」

 思考が再び停止した。

「ごめん、再起動するからちょっと待ってくれ」

「えっ、再起動?」

 目を瞑り、深呼吸をする。

 ……………………。

 ……………。

 ……。

「ふぅ。再起動完了。それで何の話してたんだったか?」

「記憶を抹消した!?」

「なんのことだ?」

 もちろん記憶を抹消しているわけではない。ただ俺はとぼけているだけだ。そうでもしないと問いかけに答えなければいけなくなるからな。

「それじゃあ、俺そろそろ戻るよ」

 そう言いながらドアの方に歩き出す。

「ちょっと、まだ話が終わってないわよ」

「その話はまた今度にしよう。それと1つ頼みごとが」

「何かしら?」

「詩織に伝言を。『放課後、校門で待ち合わせ』と」

「……了解よ、起きたら伝えるわ」

「それじゃ、よろしく」

 俺はそのまま保健室を出た。

 あいつらを止める前にまず彼女に頼まれたことやっておかないとな。

「好きな人……か……」

 あの時無意識に体が動いたってことはあの人は―――

 



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清涼祭
第18話


 あれから何も変わることなく数日が過ぎた。

 清涼祭の準備が始まり、各クラスがそれぞれの出し物の準備に追われている。そういう俺もさっきまでAクラスで打ち合わせをしていた。

 それが終わりFクラスに戻ってきたんだが――

「妙に静かだ……」

 教室内からは声はするものの騒がしくない。

 嫌な予感しかしないが、ゆっくりと扉を開けた。

「…………」

 その予感は的中し、教室には5人しかいなかった。

 つい最近、これと同じような光景を見たような気がする……。

「あ、兄さんおかえりなさい」

 扉を開けたまま固まっていると、本を閉じた優衣がこっちを向いた。

「ただ……いま……」

「どうかしたのですか?」

 いつまでも動かない俺を見て不思議に思ったらしい。

 優衣は小首をかしげて、そして理由を察したらしく窓の外を指さした。

「窓の外?」

 俺は教室に入り窓枠に近づいた。

 そして外を見てみると、

「…………」

 校庭で野球をしている集団がいた。

 その顔触れは俺が知っている、そうFクラスのメンバーである。

「あいつら……」

 俺がAクラスとの合同の出し物について頑張っている最中に野球とかありえないだろ。

 言い出したのが俺だからとはいえ、少しくらい手伝ってくれ……。

 ここで見ていても仕方がないし、とにかくあいつらを連れ戻さないと。

「貴様ら、準備をさぼって何をしているか!」

 校庭の方から怒鳴り声が聞こえた。この声は西村先生だな。

 この様子なら数分すれば全員戻ってくるか。

 俺は西村先生から逃げ回り始めた明久達から目を離し、さっきAクラスで決まったことをまとめ始めた。

 

             ☆  ☆  ☆

 

 校庭で野球をしていた全員が戻ってきて、ようやくHRが始まった。

 説教をしたいのは山々だがAクラスとの兼ね合いもあるため省略した。

 このHRも本来であれば代表の雄二が進行するはずなんだが、本人のやる気が全くなく言い出したお前がやれということで俺を文化祭実行委員に任命し、本人は全力でサボっている。というか寝ている。

 Aクラスとの打ち合わせだって俺と雄二が参加予定だったのに、1人で十分とか言ってこないし……。

 まあいいか、とりあえず決まったことの説明だ。

「とりあえず、Aクラスとの合同の出し物は執事&メイド喫茶に決まった」

『きたぁー!!』

 メイドという言葉に反応したのか、クラスの士気が急激に上がった。

 全く単純過ぎて困る……。

「それで喫茶店というわけで、男子の中で料理できる人は挙手してくれ」

 ざっと数えて俺も含めて10人くらいか。

「それじゃあ、今手を挙げている人は厨房班、その他の人はホールで」

 女子の方はすでに待ち時間で希望を聞いてあるから省略。

「それで雄二と明久は、俺と一緒で両方兼任だからな」

 それと優衣もだが。

『なっ!?』

 今の言葉に反応したってことは雄二の奴狸寝入りしてたのか。

「ちなみに拒否権はない、というよりAクラスでの話し合いで既に決まっている」

 とある方々の要望で2人はホールにして、と言われてしまったからな。2人の執事姿が見たいからだと思うけど。

 本来なら2人の希望を聞くところだが、さぼって野球をしていたからやめた。

「Aクラスって、翔子か!」

 大正解。

「なんで僕まで!?」

 明久はわからないか。彼女たちも大変だな。

「さぼっていた罰、も兼ねているが2人とも料理できるし面倒事の処理をするためにホールにいた方がいいっていうのもある」

 頼まれたからというのだけじゃなくて一応真っ当な理由がある。

 俺が両方兼任するのは、まあ言い出した張本人としての責任だな。

「それじゃあ、Aクラスに移動して準備してくれ。厨房班は優衣を中心にして、ホール班は萩原さんが中心だから指示に従ってくれ。俺と雄二はこれから学園長室だから」

 俺がそう指示を出すと皆移動し始めた。

「あれ、なんで学園長室?」

「教室の件を聞きに行く。前から言っているのに何の返事もないからな。明久も来るか?」

「え、いいの?」

「おそらく問題ない。かかって30分くらいだと思う」

 余計なことが無ければだが。

 それから3人で移動し学園長室の前に着いた。中から話し声が聞こえるし、学園長がいるのは間違いない。

 問題は話している相手なんだけど。

「中に学園長いるみたいだね」

「そうみたいだな」

「無駄足にならなくてよかったな」

「それじゃあ――」

「ちょっと待て」

 明久がドアノブに手をかけたのを慌てて止める。ノックなしではいるつもりだったのか?

「なにするのさ?」

「いや、ノックして相手の返事を待ってから入るだろ。無断で入ろうとするな」

 こっちは交渉に来てるんだから、出来るだけマイナスになりそうなことは避けたい。

 俺の意図が伝わったのか、明久は扉をノックした。

「入りな」

 中から返事があったので3人そろって部屋に入った。

『失礼します』

 中に入る遠くに学園長、手前に教頭の竹原先生がいた。

 この教頭、なんか裏がありそうで好きになれない、というか嫌いだ。確か設備関連って教頭が管理しているんだっけ?

 ……これはちょっと本気(・・)でやりますか。

 



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第19話

「やれやれ、取り込み中だというのにとんだ来客ですね。学園長、貴女の差し金ですか?」

 僕らが中に入るなり竹原先生がそんなことを言い出した。

「いえ。むしろ教頭先生、貴方が原因だと思いますよ」

 竹原先生が学園長に言った質問に何故か和也が答えた。なんかさっきと和也の雰囲気が違う様な……?

「何の話だ?」

「もしかして伝わっていなかったのですか? まさかもみ消した、なんてことはしていないでしょうし。まあ、今は目の前に学園長がいますから直接言うことにしますよ」

「……それなら私はこれで失礼させていただきます」

 部屋の隅の方、おそらく鉢植え、に一瞬だけ視線を送り、竹原先生は学園長室を出ていった。

 何かを確認したといったところだろうか。あそこに何か隠してあるのかな?

「…………」

 扉が閉まるのを確認した和也はさっき先生が視線を送ったところに向かって歩き出した。

 そして鉢植えを弄りだした。

「和也?」

「何してるんだ?」

「どうかしたのかね?」

 雄二や学園長も理解できなかったらしい。

 鉢植えの所をごそごそしていたけど突然手が止まった。

「いえ、ちょっとこの鉢植えに『ゴミ』が付いているのが気になりまして」

 そう言いながら和也は鉢植えにあった何かを手で握りしめた。

「そうかい。それで、あんたたちは何しに来たのさね」

 和也の奇行を特に気にすることもなく学園長は僕たちに話を振ってきた。

 和也が雄二に目配せして話をするように促す。

「俺は、2年F組代表の坂本雄二、こっちが同じく青山和也。でその向こうが」

 雄二はなぜかそこで一度切った。

「2年を代表する馬鹿です」

「ちょっ、雄二!」

「ほぅ……。あんたたちがFクラスの坂本、吉井、それにき……青山かい」

「学園長!? 僕まだ名前言ってませんよね!?」

 あれで僕の名前が出るくらい有名なの!?

 なんか目から汗が……。

「それで何の用さね」

「先ほど教頭に話していたことです」

「それならそのまま教頭に話せばいいじゃないか」

「いえ、今までに4回ほど西村先生を通してお話をしたはずなのですが全く返事がなかったのでこうして直談判しに来ました」

 教室のこと4回も話してたんだ。いつの間に……。

「それでその内容は?」

 和也は話す前に一枚の写真を机に置いた。

「これはどこさね?」

 その写真を見て学園長はそう言った。

 僕の位置からだとよく見えないけど、その写真ってFクラスの教室だったりするのかな。

「今からその写真についても含めて説明します。まず要件の方ですが、Fクラス教室の修理、改修です。その写真は1週間ほど前に撮ったFクラス教室の様子で、畳の大半は腐っており、窓は一部割れていて非常に危険、さらに壁はぼろぼろでキノコが生えているといった状態です」

 和也はまるで用意してきた言葉のようにすらすらと今の教室の状況を説明した。

「そのような報告は受けてないさね。それに設備については――」

 そこまでいって、何かに気が付いたのか目を閉じた。

 僕にはさっぱりなんだけど……。

「雄二、ちょっと」

「なんだ?」

 和也が何かを耳打ちした。それに頷いた雄二はそのまま学園長室を出て行った。

 なんで僕には何もないんだろう……。

 というか代表がどっちなのかわからなくなってるんだけど。これじゃあ和也の方がそれっぽいし。

 それからしばらく全員が沈黙する。言葉を発しちゃいけないような空気が流れていて何も話せない。それは雄二が戻ってくるまで続いた。

 そして雄二が何か道具を持って戻ってきて、それを使って和也と一緒に壁やら棚を調べている。

 それの様子を学園長は何も言わずに見ているだけ。

 もしかしてわかっていないのって僕だけ?

「とりあえず他には無いみたいですね」

 調べ終わったらしく和也は道具を雄二に渡し、口を開いた。でも、何が無かったんだろう……。

「さっきの行動はそう言うことだったのかい」

「はい。何かあると思って探ってみたのですが」

 そう言ってポケットの中から小さな機械を取り出した。

 あれって、まさか盗聴器!? 

 さっき言っていたゴミっていうのは盗聴器の事だったのか。

「盗聴器。おそらく仕掛けたのは……」

「教頭だろう」

 学園長の言葉に頷く和也。

 あれ、完全に置いてかれている気がする。

「(安心しろ、俺も良くわかってない)」

「(それのどこに僕は安心すればいいのっ!?)」

 小声で雄二が耳打ちしてくる。

 あの雄二がわかってないというと和也は一体……。

「(これはあくまで俺の推測だが、早く終わらせないとまずいかもしれない)」

「(えっ? どういうこと?)」

 その時は雄二の言っていることがわからなかった。

 



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第20話

 まさか予感が当たるとは思わなかった。

 今俺達3人は、いや優衣を含めて4人は保健室にいる。あともう少ししたら救急車が来るらしい。学園長が呼んだみたいだ。

 なぜそんなことになっているのかというと、目の前のベッドで眠っている和也、それが理由だ。

 それは30分ほど前の学園長室で起こった。

 最初は普通に教室環境の改善について交渉するはずだった。

 それが突然、

「(盗聴器を見つけた。他にないか調べるために康太から機材を借りてきてくれ)」

 と耳打ちされた。植木鉢を探っていたし、その時見つけたのだろう。だからすぐにムッツリーニの所に向かった。

 それが終わり、俺たちが先ほどいた場所に戻ると学園長が口を開いた。

 

            ☆  ☆  ☆

 

「では、話を戻そうかね。あんたたちの要求はわかった」

「では、学園長――」

「ただし、1つ条件があるさね」

「条件、ですか」

「そうさね。その条件を無事完遂できれば教室の改修は保証しよう」

「その条件とはどのようなことでしょうか?」

「清涼祭に『召喚大会』があることは知っているだろう」

 召喚大会。一応説明しておくと召喚獣を使ったトーナメント制のタッグマッチだ。全く興味がなかったからこのぐらいしか俺は事前情報を持っていない。

「ええ、知っています」

「それなら話が早いさね。そこの決勝であんたたちに戦ってもらいたいのさ」

「決勝で……どうしてですか?」

「優勝賞品があるのは知っているだろう。正賞には賞状とトロフィー、『白金の腕輪』、副賞には如月ハイランド プレオープンプレミアムペアチケットが用意してある」

 ペアチケット、だと! もしかしなくてもあいつが出てくるじゃないか!

 あのときやたらと念を押してきたのはこの大会で優勝すれば確実に手に入ることを知っていたからか。

「そうみたいですね」

「この副賞のペアチケットなんだが、ちょっと良からぬ噂を聞いてね。出来れば回収したいのさ」

 しかもいわくつきだと! これはヤバいな。そんなもので一緒に行くことになれば何が起きるかわからない。何があっても翔子が優勝することだけは阻止しなければ!

 いや1回落ち着こう。この程度のことで冷静さを欠いてはダメだ。

「回収ですか。それなら賞品として出さないというのは…………なるほど、そういうことですか」

「ちょっ、和也。今の一瞬で何を察したの!?」

「あんたは察しが悪いね。教頭が勝手に進めたとはいえ、文月学園として如月グループと行った正式な契約さ。今更覆すわけにはいかないんだよ」

 そういえば噂で、『学園長は召喚システムの開発で手一杯で、経営に関しては教頭に一任している』なんてことを聞いたが、本当のようだな。

「契約する前に気付いてくださいよ。学園長なんだから」

「教頭が勝手にそんなことを決めるとは思っていなかったのさ。学園としての契約はアタシの所に持ってくるように言っておいたんだけどね」

 なるほど、完全に一任していたわけではないのか。

「それに白金の腕輪と深紅の腕輪の開発で手一杯だったんだよ」

 深紅の腕輪? 優勝賞品は白金の腕輪だと言っていたがどういうことだ?

「それで気が付くのが遅れてしまったと?」

「そういうことさね」

「それでその良からぬ噂っていうのはなんですか?」

「つまらない話さね。如月グループは如月ハイランドに1つのジンクスを作ろうとしているのさ。『ここを訪れたカップルは幸せになれる』っていうジンクスをね」

「それのどこが悪い噂なんです? 良い話じゃないですか」

「そのジンクスを作るために、プレミアムチケットを使ってやってきたカップルを結婚までコーディネートするつもりらしい。多少強引な手段を用いてもね」

「なんだと!」

 思わず大声を上げた。

 やばいやばいやばいやばい。非常にまずい状況だ。行ったら結婚。行かなくても約束を破ったから結婚。どちらに転んでも人生の墓場まっしぐらじゃないか。

「ど、どうしたのさ、雄二。そんなに慌てて」

「慌てるに決まってるだろ、明久! 今学園長が言ったのは『プレオープンプレミアムペアチケットでやってきたカップルを如月グループの力で強引に結婚させる』ってことだぞ!?」

「う、うん。言い直さなくてもわかってるけど」

「そのカップルを出す候補が、我が文月学園ってわけさ」

「くそっ。うちの学校はなぜか美人揃いだし、試験召喚システムという話題性もたっぷりだからな。学生から結婚までいけばジンクスとしては申し分もないし、如月グループが目をつけるのも当然ってことか!」

「雄二……」

 俺がそう捲し立てると何かに気がついたのか、和也が半眼で俺を見てきた。

「大方、霧島さんにチケットが手に入ったら一緒に行くといったんだろう? そして約束を破ったら結婚か? なるほどどちらに転んでも同じだ。慌てるのもわかる」

「なぜそこまで完璧にわかるんだ?」

 和也に完璧に言い当てられ、一気に冷静になることができた。

 もしかしてこれがこいつの言う『リミッター』を外した状態なのか。隠し事など不可能じゃないか?

「ま、そんなわけで、本人の意思を無視してうちの可愛い生徒の将来を決定しようって計画が気に入らないのさ」

 本当に可愛いと思っているのかは疑問だが。

「つまり交換条件というのは?」

「『召喚大会の賞品』と交換さ」

 学園長の言葉に俺は引っかかりを覚えた。どうしてチケットとの交換とは言わないのか、と。これではもう片方にも―――

「わかりました。この話、その条件で受けます」

 俺の考えをよそに、和也はあっさりと了承しやがった。

 ぶっ飛ばしてやろうと思ったが、和也の目を見てやめた。こいつには学園長がどうしてこんなことを言ってくるのかがすでにわかっているようだった。

「引き受けるにあったって1つ提案があります」

「なんだい?」

「対戦表が決まりましたら、戦う教科を決めさせてもらえませんか?」

「そのくらいならいいさね」

 和也の提案にあっさり頷く学園長。確かに科目指定さえできれば俺や明久でも勝ち抜けるはずだ。そしてこれに頷いたということは、俺たち以外の人にはこのことを頼んでいないことになる。

「ありがとうございます。もう1つ聞いておきたいのですが、大会では総合科目に含まれていない科目を使用しても問題ありませんか?」

「問題ないさね」

「そうですか、それなら大丈夫ですね……」

 そう言うのと同時に和也は糸が切れたように倒れた。

「兄さんっ!!」

 それとほぼ同時に優衣が学園長室に入ってきた。まるで和也が倒れることが予知できたかのような登場だった。さすがは兄がいれば何でもいいという妹だ。どこかにセンサーでもついているのだろうか?

 

            ☆  ☆  ☆

 

 そしてそのまま和也は保健室に運び込まれ、今に至る。

 学園長室に入った時、和也の雰囲気が変わったからもしかしたら、和也が言う『リミッター』とやらを外したのではと思い、優衣に聞くと。

「兄さんが気を失っているのでおそらく」

 曖昧ではあるが肯定した。

「その『リミッター』っていうのはどうすると外れるのかわかるか?」

「兄さんが言うには、『ある程度』以上本気になると自動で外れるらしいです」

 ある程度、か。Aクラス戦の時に言っていたな、これがあるから適当に受けていると。

 和也本人もどの程度までが外れないのかわかっていないのだろう。ということは全力を出し切れていないということになるのか。それであの点数、全力ならどうなるんだ?

「優衣ちゃん。これ聞いていいのかわからないけど、どうして和也はそんな体質になったの?」

 今度は明久が優衣に質問した。

 確かに明久の言う通りこの体質は普通じゃない。さっき話から推測すると後天的なものだ。

「兄さんがこうなったのは、小学4年の夏休みです」

 小学4年、前に聞いたことがあった。それは確か『彼女』があの時言っていた―――

 




なぜか話数が減ってしまい第20話なのですがようやく新規の話が投稿できました。
これからも不定期ではありますが更新していきます。
それでは。


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第21話

 気が付くと俺は車に乗っていた。

 さっきまで学園長室にいたはずなんだが、どうしてこんなところに座っているんだ? それにどうして車に乗っているのに音がないのだろう。夢にしてはやけにリアルだし。

 そういえばこんなことは昔から何度かあった。それは決まってリミッターを外してそのまま気を失った時だ。ということは今回もまたやってしまったらしい。

 ただ、いつもは誰か知らない5人の少年少女が遊んでいるのを眺めるだけなのに、今回は俺自身が行動している。

 いつもと違うことに戸惑いながら顔を上げるとそこには30代くらいの男女が運転席と助手席に座っていた。2人とも楽しそうに笑っている。

 俺はその2人の横顔に見覚えが無かった。でもどこか懐かしい感じがするのはなぜだろう。

 そもそもこれは本当に夢なのか、どうして俺は思考することが出来ているんだ?

 そんな疑問が頭の中を渦巻いた。

 そこまで考えてバックミラーに映った自分を見て体が縮んでいることに気が付いた。見間違えるはずもないこの少年は俺だ。大体小学校中学年くらいだろうか。今の俺から逆算すると大体7,8年くらい前の俺だろう。

 まさかと思い時計に目を向けると、7月24日、13時7分。

 時期が合った。完全に一致した。

 でもおかしい。どうして俺はここにいるんだ?

 確かに俺が7年前の7月24日に事故に遭ったのは聞いている。でもそれは俺が車に撥ねられたというものだ。それならどうして俺はその日に車に乗っている? この車から降りたところで俺は轢かれたのか? それなら彼らは一体どこの誰なんだ?

 そう考えた途端、目の前が真っ暗になった。

 

 

 そこで目が覚めた。

 最初に目に入ってきたのは真っ白な天井。そして消毒液のようなにおいがする。

 ここはどこだ? 自分の部屋ではないのは確かだが。

「目が覚めましたか。思ったより早くてよかったです。あと丸一日は目を覚まさないかと思いました」

 誰もいないのかと思ったが、優衣の声がし、その顔が俺の顔を覗き込んだ。

「ここは?」

「文月病院ですよ」

 そうか。そういえば学園長室で倒れたんだった。それで俺はここに運び込まれたのか。

 ……ん?

「文月病院……」

 俺はそう繰り返してから、窓の外を見る。雲ひとつない快晴、見たところ昼間だ。

 それを確認するために脇の時計を確認する。午前10時28分。

「俺がぶっ倒れてから何日たった?」

「1日ですよ」

 となると今日は平日のはずだ。にもかかわらず優衣は私服姿でここにいる。制服なら遅れてでも行くのかと思うがこれではどう考えても……。

「……学校はどうした?」

「休みましたよ?」

 平然とそう答えてきやがった。

 厨房班のトップだというのにこいつは……。

「さすがに今日は学校に行こうと思いましたよ? でも明久君が今日は兄さんの所にいるべきだ、こっちは僕達がやるからって」

 俺のため息が聞こえたのかそんなことを言ってきた。

 なるほど、明久ならそう言うのもあり得るな。こういうことに気が回るなら日頃からもっとちゃんとしてほしい。

「……そういうことか」

「そういうことです。それで、兄さん」

「なんだ?」

「召喚大会に出るそうですね。でも、1人足りないとか」

 ……どこで情報が漏れたんだ? 明久達か?

「……それがどうかしたのか?」

「このままではだれか1人が大会に出られませんよね?」

 確かに優衣の言うとおり1人では大会に出られない。俺達の誰かが出られないとなるとその時点で教室の改修がなかったことになるだろう。俺は学園長が隠していることが何か大体わかっているからそれで脅すという手もあるが、出来れば使いたくない。

 そしてなぜかさっきから俺のことをちらちらと見ている優衣。

 この話をしてきた時に薄々気がついてはいたが……。

「……俺とペアで出たいのか?」

 俺がそう言った瞬間、優衣の頭の上にハートマークが出た――様な気がした。ついに幻覚まで見せるようになったのかこいつは……。

 こう反応するのはわかっていたが、少し困った。優衣だと強すぎる。

「ペアになるのはいいが、俺は優勝しないぞ?」

「どういうことですか?」

 俺の答えに優衣は当然の疑問をぶつけてくる。

 さて、どう説明するか。

 学園長との取引は、俺達が決勝に出場することだ。そして学園長は言っていなかったが、明久雄二ペアが優勝し、俺とそのペアが準優勝というシナリオなはずだ。

 なにせ……ってこれは秘密だった。しかしこれを言わずにどう説明するか……。

 …………だめだ、どうでっち上げてもこいつに疑われない説明ができる気がしない。

「……絶対に誰にも言うなよ?」

「大丈夫です」

 仕方なく、昨日の学園長室での話の一部を除いてすべてを話した。

「―――というわけで、俺は優勝しないんだ」

「……なるほど」

「優衣がそれでもいいのなら、よろしく頼むよ」

「はい、兄さん。私がお手伝いします」

 

 

 

 目を開けると、真っ白な部屋にいた。俺はベッドに寝ていて、すぐ目の前に女の子の泣き顔があった。その奥には大人の人と一緒にたぶん女の子がいる。奥の方は視界がぼやけて顔がよく見えなかった。

「……ぁ…………?」

 俺から発せられたと思われる声が聞こえたのか、目の前の女の子は俺に抱きついた。

「よかった…………までいなくなったらわたし……」

 病室。これが俺のおぼろげに覚えている最古の記憶。まさか続けてこの時期の夢を見るとは思わなかった

 確か俺は1か月くらい眼を覚まさなかったとか言っていた。良く考えてみればおかしな話だ。どうして当時の俺は全く疑問に思わなかったのか、1か月も何の理由もなしで眠り続けるわけがないじゃないか。いや、理解すらしてなかったのかもしれない。あの頃の俺には何も、本当に何もなかった。

 なぜか鮮明に覚えている今朝の夢。そしてこの夢。間違いなくつながる。つながるが、やはりあの二人が誰なのかがわからない。

 この夢が俺の記憶通りなら奥にいるのは優衣、その横にいるのは両親。そして、目の前にいるのが、確か……あれ、誰だっけ? 確かに知っているはずなのに名前すら出てこない。

 俺はいったいどこまで忘れ、いや、覚えているのだろうか?

 



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第22話

 清涼祭当日、僕は困っていた。

「ねえ、雄二。本当にこれ着てやるの?」

「着ないという選択肢はないだろ」

 僕と同じく執事服に着替えながら雄二はそう返してきた。

 雄二の言う通りではある。あるのだけど、身内以外の人に見られるのは恥ずかしいというか……。それに僕らの服は他の人とは少し異なる特別なものだ。間違いなく注目されるだろう。

「それはそうだけどさ……」

「なんなら明久」

 少し渋るように僕が返事をすると、着替えている手を止め、ロッカーの中に手を伸ばした。

 なぜだろう、とてつもなく嫌な予感がする……。

「去年も着ていたしメイド服の方にするか?」

 嫌な予感的中である。

 雄二は言葉と同時にロッカーの中からメイド服を取り出した。

「冗談じゃないよ、誰が女装なんてするか! 大体、去年のあれは罰ゲームだし。というかなんで雄二のロッカーにメイド服が入ってるのさ!」

「こんなこともあろうかと」

「どういう状況を想定してたの⁉ ないから僕がそれを着る状況なんてないから!」

「冗談だ」

 さすがに冗談だったみたいで雄二はメイド服をロッカーに戻した。

 ……というかなぜ戻すの?

「お前らまだ着替えてなかったのか?」

 更衣室の扉が開いて和也が中に入ってきた。

「あ、和也。おかえり」

「ああ、ただいま」

 和也はそれだけ答えて、すぐに着替え始めた。

「あれ、どうなった?」

 雄二が和也に問いかける。

 あれ? あれって何のことだろう?

「ここでは言えない。後で参加者には配られるから自分で確認してくれ」

 ああ、科目指定の事か。それは確かにここでいうと色々まずいね。

「それじゃ、早く着替えてこいよ」

 そう言って更衣室から出ていった。

 ……いくらなんでも着替えるの早すぎるでしょ。

 そう思って周りを見てみるけど、残っているのは僕と雄二だけだった。さっきまでいたはずのほかのメンバーがいなくなっている。

「さっさと着替えろ、明久」

 すでに着替え終わっているのに更衣室から出ないでそう言ってきた。

 なんで外に出ないんだろう?

「和也が2人は最後に出てこい、だとよ」

 どうやら和也に僕と一緒に出てくるように言われたらしい。

 僕達の服だけ特別製だからなのかな?

 着替え終えて扉に耳をつけて外の声を確認してみる。特に何もおかしなことはないみたいだ。

 その時、突然扉が開いた。

「……何やってるんだ?」

 扉を開けた和也がとても残念な人を見るような目で僕を見ていた。

「悪い、和也。こいつが残念で」

 って、雄二まで何言ってるの!?

「……まあ、いい。これ召喚大会のトーナメント表だ」

 プリントを僕達に渡してきた。

 そのプリントに目を通す。これが対戦表か、その中から勝ち上がってきそうなペアを探していく。

 ふむ…………厳しすぎない、この対戦相手。

「明久達を連れてきた」

 そう言えば和也のペアの人、誰だか聞いてなかったっけ。

 対戦表から和也を探し出す。僕らとは完全に逆ブロックにその名前があった。決勝で戦わなければいけないんだから当然のことだけど。そしてペアの人は――青山優衣。

「どれだけ着替えるのに時間かかってるのよ」

 ―――って、ちょっと待って! 優衣ちゃんってこれ勝てないでしょ!? しかも決勝だけ対戦科目がなんなのか書いてないし。

「悪い。こいつがなかなか着替えなくてな」

 いきなり肩を叩かれた。

「何するのさ、雄二……」

 そこで僕は絶句してしまった。

 何に絶句したのかって? それはもちろん目の前にいるメイドさんたちに決まっているじゃないか。

「どうした、明久? もしかして萩原さんに見惚れてるのか?」

「なっ!?」

「図星か明久?」

 いつもはこんなことを言ってこないから完全に不意を突かれた。そして和也のからかいに変な反応をしてしまったのがいけなかったらしい、雄二まで乗ってきてしまった。

「そそそ、そんなわけないでしょ」

 ちらっと萩原さんの方を盗み見る。少し顔を赤らめてこっちをちらちらと見てくる。

 はっきり言おう、凄くかわいい。

「で、本音は?」

「凄くかわいいからあとでム――はっ!!」

 嵌められた。ぐぬぬ、和也め。

 

 

 

 とりあえず明久弄りとかしてみたが、結構面白いな。そのせいで萩原さんは真っ赤だけど。

「和也君。さっきからずっと思ってたんだけど……」

 愛莉が俺の顔ではなく着ているものを見ながら聞いてきた。

「どうした?」

「どうしてその服なの?」

 その質問をされても困る。なぜなら俺もわかっていないからだ。

 昨日渡された時は明久達と同じものだったのに、さっき来て見たら別のものに変わっていた。これしかなかったから着ているが。

「どう見ても某借金執事の執事服だよね?」

 そうそう。ハ○テの執事服。

「…………和也は今回のネタ要因」

 ムッツリーニがそんなことを言ってきた。

「どうして俺なんだ! 明久でいいじゃないか!」

「そこでどうして僕に振るの!?」

 ……そもそもこれ考えた奴、誰なんだ?

 周りを見渡すと、愛莉と同じように首を傾げている人とそれ以外の人がいる。

「はぁ……」

 わからん。

 Fクラスの誰かということしかわからないな、これは。

「それはとりあえず置いておいて」

 いや美波。そこは置いとくなよ。俺にとっては結構な問題だぞ。お前も仕掛け人側ということか?

「そのプリント持ってるってことは、アキたちも召喚大会に出るの?」

「あ、うん。出るよ。対戦表に載ってるんだから聞かなくてもわかるはずなんだけど」

 明久に言われ気が付いたらしい。対戦表とにらめっこを始めた。

 確か美波は何故か姫路さんと組んでいて順当に勝てば明久の4回戦の相手のはずだ。

「ウチらと同じブロックなんだ」

「確かそのはずだよ」

「賞品が目的、なのよね……?」

「一応そうなる、かな?」

「誰と行くつもりなの?」

「へっ?」

 美波の質問に明久の目が点になった。

 誰と、ということは副賞のペアチケットの事だろう。学園長との約束ではそれの回収ということになっているから使えないはず。仮に使えたとしても雄二に渡せばすべて丸く収まる。

「私も気になります。誰と一緒に行こうと思っていたんですか?」

 姫路さんまでこの話題に食いついた。視界の隅では萩原さんがそわそわしているし、明久はモテモテだな。

 2人に詰め寄られて返答に困ったのか目で俺にヘルプを飛ばしてきた。仕方がない、助けてやるか。

「2人とも落ち着け。まだこいつは誰と行くのか決めてない。それに明久の目的は腕輪の方だからな。そうでもなきゃ、雄二と組まないだろ。そうだろ、明久?」

 俺がそう言うと明久はすぐに目でありがとうと言ってきた。

「和也の言うとおり僕は腕輪の方しか見てなくて、副賞のことさっきまで知らなかったんだよね」

「そうなんですか」

「それなら仕方ないわね」

 何が仕方ないのかわからないが2人とも落ち着いたようだ。

 そのあと何とか服を元に戻そうと優衣とかに頼んでみたが、全員が似合っているからそのままでいい、と言って元の服に戻ることはかなわなかった。

 



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