魔法戦記ガンダム ~鉄血のウィッチーズ~ (青の細道)
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プロローグ:悪魔との契約

鉄血のオルフェンズ×ストライクウィッチーズという頭おかしいと思われることを承知で、つい浮かんだこの作品を投稿していきたいと思います。


強さという概念からして、確かな自信があった。

それこそ誰にも負けない、負けるつもりもないと自負するほどに。

誰よりも強く、気高くあることに誇りを持ち、先頭に立って戦う。

そうあるべきであると何度も自分に言い聞かせてきた。

 

そうだ——『私』は強くあらねばならないんだ。

部下(なかま)を、戦友(とも)、家族(みんな)を……守るべき者のために私は強くあるべきなのだ。

どんな困難に苛まれようと決して歩みを止めてはいけないのだ。

 

私が私であるために。

 

 

 

「ぐっ……うゥっ……づッ!!」

白銀の世界に、小さく広がる紅い斑点の中心に片膝を立たせ、自分を奮い立たせるように全身に力を込める。

折れた右足の代わりに左足で、鮮血に塗れ痛みの感覚すら薄れゆく左腕を右腕で抑え込み、私は目前に迫る『ソレ』を闘志の限り睨みつける。

 

全身を黒い装甲で多い、一部が赤く、怪しく光る四本足の異形。生き物でもなく、機械的でもない。まさしく化け物ともいうべき存在であり『私達』の敵である存在。

 

 

 

ネウロイ——。

街を焼き、人を薙ぎ払い、世界を恐怖に染めうる存在。

倒すべき敵。そして私が倒すべき存在だ。

 

例え手足をもがれようとも止まるわけにはいかない。私の後ろには、大切なものがある。

 

譲れないものがある。

 

だから私は止まらない。止まれない……止まるわけにはいかない。

 

「—————っ!!」

遠くから私を呼ぶ声がする。一人や二人ではない。私を知り、私を慕ってくれる者たちが皆私を呼んでいる。

ああ、私はこんなにも満たされているのだ。

血のつながりなど関係ない。私にとってここにいる皆は家族であり大切なものだ。

 

だから私は立ち上がるのだ。何度だって。

 

見せてやる。『モロッコの恐怖』と呼ばれた私の意地を——。

 

「ぐゥっ」

奮い立つ闘志とは裏腹に悲鳴を上げる体。もはや立っている事すら叶わないほどに全身の力が抜けていくのが分かる。

ダメだ、駄目だ倒れては。倒れるわけには……。

 

しかし無情にも私の左足はカクリと力なく崩れ、膝を赤く染まった水たまりへと浸してしまう。

 

駄目なのか……私では。

 

守れないのか。

 

例え力をもってしても、やはり私は人間。所詮は一人の人間だったというわけか。

 

自分の不甲斐なさに小さく笑みがこぼれる。

せめてあと一体。刺し違えてでもとと思ったんだがな……。

 

息を吐き、目前に迫る怪異の怪しい光が、その光度を増していく。

 

ここまでなのか、私は。

 

走馬灯のように大切な、家族たち一人一人の顔が頭をよぎっていく。

 

 

エイッカ――。

 

 

エルマ――。

 

 

ラプラ――。

 

 

ハッセ――。

 

 

ニパ――。

 

 

 

 

 

イッル——。

 

 

『ねーちゃん!』

 

 

「っ!」

脱力し、閉じていた瞼を開く。それこそ死力を尽くして最期のもがきを魅せてやる。

 

「誰でも良いぃ!! 死神だろうが悪魔だろうが、私の魂ならくれてやる!」

その代わり——。

 

悲しみでも無ければ怒りでもない。どんな感情を抱いているのか自分にすらわからずあふれ出る涙をぬぐい叫ぶ。

 

「ネウロイを倒せぇええええええええええええええ!!!」

 

私の——『アウロラ・E・ユーティライネン』の咆哮が白銀の世界に響き渡る。

 

 

迫りくる赤い閃光。死力を尽くし、最期の時を迎える私の耳には、鬱陶しいほどのノイズがインカムから流れ、そして——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うおォあああああああああああああああ!!!』

山を震わせんばかりの雄たけびと共に、文字通り地面が揺れ大地が割れる。

撒きあがる土煙と雪。響き渡る破砕音。

 

何が起きたのか理解できなかった。

 

夢を見ているのではないか。まるで先ほど叫んだ戯言が夢となって死んだ私に見せているだけなのだとすら思えた。

 

 

 

 

巨人だ。

 

 

 

 

私の目前には黒い怪異を。左腕に纏ったドラゴンの頭を模した巨大な鉄塊で叩き割り、その背を向けたままゆっくりと姿勢を正す鋼鉄の巨人がいた。

全長は半端なネウロイなどとは比べ物にならないほど巨大だ。まるでこの白銀の世界に住んでいると思わせるほどの真っ白な外殻と、その隙間や背部に見える金属色で機械仕掛けなモジュールの数々。

熱を吐き出すであろう空洞からは水蒸気が吹き荒れ、ギシギシと軋し擦れる金属同士の摩擦音。

 

かつて聞いた、試作段階と噂されたジェットエンジンにも似た駆動音。

 

耳元で鳴り続けるノイズなどもはや気にも留めない、留められないほどの光景が広がっていた。

 

一体何が起きた。巨人がネウロイを倒したという説明では笑い話で終わってしまう。

だが現実はまさしくその通りだった。

 

神話に登場するような霜の巨人、山の巨人が出現したとこの光景を見て思い描いたのはきっと私だけではないはずだ。

幻想的というには機械的で、だが現実味が帯びているなどとは到底思えない。

 

破壊的、そう。今この瞬間を言葉にするのであれば破壊的なまでの激動。

 

何かが私の中で震えあがるのが分かった。

助かったという安心感などではない、援軍が来たという頼もしさなどでもない。

 

これはまるで……。

 

 

 

 

 

 

 

悪魔の降臨だった。

 

「はははっ」

まさかあんな願いが叶うなど思いもよらなかった。

思わず笑みが零れる。薄れゆく意識の中、私はとても満ち足りた心のままに小さく呟いた。

 

持っていけ、私の魂——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うおォおおおお!!』

握りしめる操縦桿を、力の限り前へと押し込み、雄たけびを上げる。

 

鳴り響く警告音。同じようになり続ける通信の受信音。

ガタガタと震えるコクピットの中、俺は目前で踊る『天使』を睨んでいた。

 

『トーマ! 離脱しろ!』

緊急通信で無理矢理コクピットのサブディスプレイに一人の男性が焦りを見せる表情で大声を上げる。

 

「……それはできません」

間を置き、小さくその命令を却下する。

今の俺に逃げるという選択肢はない。そうだ、逃げるわけにはいかない。

 

『離脱するんだトーマ! 例えガンダムフレームの耐久性をもってしても、大気圏でまともな装備もなく降下したら死んでしまう!』

ガタガタと揺れ、体を押しつぶさん勢いの重力で全身が悲鳴を上げる。

母なる大地に引き込まれるように俺と、俺が駆るガンダムフレーム——『ASW-G-72 ガンダムアンドロマリウス』は、目前の強大な化け物と鎬を削る戦いを繰り広げている。

 

「『こいつ』を地上に降ろすわけにはいきません!」

モビルアーマー。その存在の呼称であり、俺が、俺たち人類が倒すべき敵だ。

何としてでもこいつはここで倒すんだ。

例え命に代えても!

 

「そうだろう! アンドロマリウス!」

俺の問いに、感情など持たないはずの機械。ガンダムはうねりを上げるエイハブリアクターの出力を大幅に上げる。まるでそれが返事であるように。

 

ああそうだ。俺は止まらない。

 

俺は守るんだ! この星を、あの『人』が教えてくれた、俺に魅せてくれた夢を!

 

「だから引けないっ……退くわけにはいかねぇんだァアアア!」

スラスターを最大出力で吹かせ、力任せにモビルアーマーの巨腕を押しのける。

飛び散る火花と削れるナノラミネート塗料。接近する俺を焼き払わんとモビルアーマーの頭部が四方に開き、内部にある砲口から大出力のビームが放たれる。

 

ガンダムフレーム、モビルスーツの装甲に使われるナノラミネート装甲は瞬間的な衝撃やビーム兵器に対して絶大な防御力をほこり、たとえ大出力といえど大したダメージにはならない。

だが直撃すれば多少なりとも駆動系に一瞬だけでも隙が生まれる。だからこそ俺は直撃を回避するべく右手の操縦桿とフットペダルを押し込む。

機体が横に傾き、機体左脚部と右肩部の姿勢制御用スラスターを爆発的に噴射させ全身を回転される。

 

「ぐゥぬぅっ!!」

地球の重力に加え、その重力下での無理な機動に体が軋む。内臓が押しつぶされ胃液が逆流してきそうだ。

だがこんなもので根を上げるほど軟ではない。そうでなければこの機体になど乗ってはいないのだから。

 

ガンダムフレーム——。

行き過ぎた機械文明が生み出したモビルアーマーと呼ばれる無人兵器の暴走から始まった惑星間での大規模戦争。かの者はこれを『厄祭戦』と呼称した。戦いが始まってすぐ、暴走したモビルアーマーを駆逐するべく投入された人類側の戦術兵器モビルスーツ。だが生半可な機体ではモビルアーマーを止めることはおろか倒すことは不可能だった。そこで生み出されたのが72機のモビルスーツだった。

 

ガンダムフレームと呼ばれる72機の機体は特別なシステムと、特別な作りから『悪魔の名』を冠し、その適性があるパイロットを見出すことにした。

選ばれたパイロットは、その悪魔的な力をもってモビルアーマーの掃討に尽力する。

そして俺もその一人だった。

同じくしてガンダムのパイロットに選ばれた者はほとんどが名のある家門出身者で、その中で俺は孤児院育ちのはぐれモノだった。

 

俺が選ばれた理由は単純なもので『ただの数合わせ』だった。

72人のパイロットなどすぐ見つかる物だろうが、問題は機体に組み込まれていたシステム——『阿頼耶識』の存在だった。

阿頼耶識システムは『ピアス』と呼ばれるインプラント機器を人体の脊髄に埋め込み、機体コクピットに設置された接続端子に繋げることでモビルスーツの性能を極限まで引き上げる軍事技術の一つだ。

人体に機会を埋め込む、決して人道的ではないとされるこの技術も、行き過ぎた機械技術の産物ではあったが、モビルアーマーを倒すにはこれしかなかった。

 

そして、阿頼耶識は成人前の未発達な少年少女にしか定着しないという問題もあった。

これが意味することはすなわち『年端も行かない子供に人体改造を施し戦場に送り込むというものだった』

時代はまさに世も末というものだ。だが手段を選んでいられるほど、モビルアーマーという怪物は甘くはない。放っておけば大地を焼き、人を、街を滅ぼす。

誰かがやらねばならんのだ。

そう言った男がいた。

 

その男は自らもガンダムフレームに乗り、人々の先頭に立って勇猛果敢に戦う人物だった。歳もそこまで変わらないはずの彼に、俺は確かな希望を感じだ。

彼が語った理想も、夢も、自分の抱くもののように思えた。

 

だから俺は決意したんだ。彼の元で、彼と共に、彼のために、彼の隣で、彼と同じ夢を見たいと——。

 

 

 

 

 

放たれた桃色の光線が宇宙(そら)を駆け抜ける。射線上に放流されていたデブリが焼き払われ、散らばるモビルスーツや艦艇の残骸をも薙ぎ払っていく。

 

こんなものを地球に、俺の故郷に行かせるわけにはいかない。

単体での大気圏突入が可能であるモビルアーマーと違い、モビルスーツには専用の装備が必要である。機体が無事でも加熱された機体の中は電子レンジそのもの、パイロットもただでは済まない。

 

だがすでに着陸態勢に入るもの化け物を置いて離脱するわけにはいかない。

 

ここで仕留めるんだ。

 

「くらえぇええええ!!」

操縦桿を引き、阿頼耶識を介して全身に力を籠める。

システムの恩恵もあり、ガンダムはまさしく自分の体のように動く。右腕に装備された固有武装。機体の大きさとさほど変わらない大型ブレードと大盾の混合兵器『ドラゴンハング』が付き出される右腕と共に真正面からモビルアーマーの装甲に突き立てられる。

対モビルアーマー用の武装として装備されたそれは、大きな粉砕音と金属が擦れる摩擦音と共に敵機の胴体部装甲を貫き、フレームの隙間を押し上げ暴力的なまでにその形を歪めさせる。例え頑丈と言えど物は物。叩けば砕け、曲げれば折れる。

モビルスーツやモビルアーマーを効率よく破壊する方法は簡単に言えば物理的な大質量をもって叩き潰すことだ。

頑強な宝石は、刃物や瞬間的な衝撃では壊れない。しかし圧力や質量による破砕は容易にできる。

 

簡単に言えば梃子の原理だ。ナノラミネートアーマーの下。モビルスーツやモビルアーマーには超高硬度の金属が使用されており、通常兵器での破壊は困難を有する。

故にフレームの接続部や可動機構を狙い、小さな隙間から押し上げるように質量兵器をもってして形状を歪める。そうすることにより無力化する手段としてもっとも簡単で確実な方法だ。

だがやはりそれで終わるだけなら苦労はしない。これで止まるようであればモビルアーマーが脅威足りえることはない。

 

「ぐっ!?」

ダメージを与えられたことに怒りを覚えたのか、奴は今までにないほどの鳴き声に似た咆哮を上げ、その二本の巨腕を大きく振り上げた。

ドラゴンハングを引き抜こうと操縦桿を戻すが動かない。拉げたフレームに刀身が挟まり抜けない。

 

「しまっ——」

た。と言葉を終えるよりも先に衝撃が全身を叩き潰す。

地球上に生息した霊長目に似た姿と、その巨腕に備え付けられた加速用のスラスターで勢いを乗せた一撃は機体だけでなく中身の俺に対しても深刻なダメージを与えるには十分だった。

吹き飛ばされた勢いで右腕の外殻はドラゴンハングもろとも捥がれフレームがむき出しになり、胸部の装甲が大きくゆがみ正面ディスプレイにヒビが入る。ノイズと火花が飛び散り意識が朦朧とする。

 

「ヴッっウエぇ」

胃液と共に血が吐き出される。鉄と嫌な酸味が口に広がり鼻先を汚物の臭いが充満する。

 

「ま"っづゥぁ」

 

胃の内容物と血液をまき散らし、歪む視界の中。薄れる意識を保つために歯を食いしばる。

ここで倒れれば確実に死に、更にこいつを地上に降ろしてしまうだろう。

それだけは絶対にさせない。

例え命に代えても。

 

「まだだぁアアアアアアアアアアアアア!!!」

操縦桿を限界まで押し込ませ、背面の大型可動式推進機や脚部、肩部、腰部。全身のスラスターを点火させ出し切れる限りの出力をもって突貫する。

玉砕覚悟などでは決してなかった。

だが負けられない。負けるくらいなら道連れだ。俺が倒れてもこの星にはあの人がいる。

きっと彼なら世界を救い、この血塗られた戦争に終止符を打ってくれる。

そう信じている……そう願っている。

 

他の誰でもない、この俺『トーマ・イヅル』が。

 

「ぬぅああああああああああああ!!!」

放たれる牽制射撃も構うことはない。とにかく奴に貼り付け。

死んでも止まるな。俺の死は無駄にはさせない。

お前はここで潰れろ。

 

俺と、俺のガンダム。『正義を司る悪魔(アンドロマリウス)』がお前の最期を飾ってやる!

デタラメな操作と、我武者羅な勢いを乗せ、左腕に残ったもう一つのドラゴンハングでモビルアーマーの動力源であるエイハブリアクターの中心を貫く。

悲鳴を上げる奴の頭部から放たれたビームがアンドロマリウスのメインカメラを頭部ごと埋め尽くす。

あまりの光度に視界が真っ白になる。だが見えずとももう俺の『勝ち』だ。

 

「これで……」

ドラゴンハングとフレームのみになった右腕で無理矢理装甲とフレームをこじ開け、半ば手探りでエイハブリアクターをつかみ取る。

エイハブリアクターは唯一物理的に破壊できない絶対的な物質であり、奴の『心臓』だ。そしてその心臓を俺のアンドロマリウスは手中に収めている。

 

ならばやることは一つだ。

 

「終わりだァアアアアアアアアアアア!!!」

バチバチと火花を上げ、フレームや接続ケーブルを引きちぎりながらモビルアーマーのエイハブリアクターを文字通り引きちってみせる。

こと切れるように、天使の名を冠した殺戮兵器は唸りを止め、その駆動を停止させる。

 

勝った。

 

勝利の余韻に浸る暇もなく、全身から力が抜け意識が沈んでいく。

終わるのか。俺の戦いが……。ああ、どうせなら最後まで……。

 

あの人と一緒に……。

 

「ア…ニカ……さ………ん」

尊敬し、憧れた男の背中を走馬灯のように眺めながら何もない空へと手を伸ばす。

届くことはない願いと夢。でもきっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に厄祭戦と呼ばれ、歴史に名を残すことになったその戦争は多くの血が流れ人々に忌むべき教訓と悲しみを刻み込んだ。人々の犯した過ちは必ず粛清される。

その中で散っていった若き命の中に一人。

後世に伝説と名をはせ歴史を知る物に『英雄』と呼ばれる存在となった少年がMIA – Missing in action - 行方不明となり、その後戦死という形で生涯に幕を閉じたと思われた。

 

だが神の悪戯か、悪魔の戯れか。

 

地球上でその日観測された一筋の流れ星は世界を超え、新たな世界の戦いへと彼の者を大地へと舞い降りさせる。

 

世界のために悪魔へ命と魂を捧げた少年兵がたどり着く世界は、希望か。絶望か。

 

魔法戦記ガンダム ~鉄血のウィッチーズ~

 

悪魔が立つ世界に、戦いの火蓋が切られる。




補足説明というかメタ設定というか。
まずストライクウィッチーズの世界観はアニメ『ブレイブウィッチーズ』が始まる前の1942年(ストライクウィッチーズ本編の約二年前)スオムスが中心。

次に鉄血のオルフェンズ世界観は、アニメ劇中の300年前に終わった厄祭戦当時に戦っていた少年兵が主人公という立ち位置になります。
設定の中で72機のガンダムフレームの内27機(既存26機+アニメ二期で発掘されるフラウロス)以外の45機中、元ネタのソロモン72柱最後の悪魔『アンドロマリウス』を今作の主人公機として採用。
理由としては主人公の設定+今一番頭の中で出来上がってる機体だからとしか。

見切り発車感満載で続けていけるか不安ですが、一応出来上がってる部分の話だけでも投稿していこうかなと思ってます。
その後はまぁその時次第ということで(汗

投稿も不定期になっていくと思いますが、一人でも読んで続きが気になるなと思っていただけるようにがんばります。
できるだけ両方の原作イメージ(キャラ崩壊etc...)崩さないよう努力していきます。


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主人公紹介とガンダムフレーム設定+α

本当はプロローグのあとがきに記載しようと思ったのですが、念のために個別に投稿することにしました。
設定等に関しては物語内で描写するつもりですがぶっちゃけた部分も含めてできるだけわかりやすく表現できる形として個別に記載する形にしました。
くどい設定は面倒くさいと思われますがお付き合いください。


登場人物

 

名前:トーマ・イヅル

 

※以下厄祭戦当時のプロフィール

 

年齢:17歳

身長:175cm

体重:65kg

体格:中肉中背ではあるが軍属であるため一定の訓練で最低限以上の筋肉はある。

髪型:黒のボサボサ頭で適当な長さに不揃い。こだわりなどはなく邪魔にならない程度で適当に自分で切っていたためところどころ不揃い。

 

顔立ち:切れ長の目にアジア圏内特有の童顔。右眉毛に小さな傷がある。(イメージとしてはオルフェンズ本編に登場したアストン・アルトランドを歳相応にしたような顔)

 

性格:正義感に溢れ『守る』ということに人並み以上に執着と拘りを持つ。誰にでも気さくに接することができるが戦闘の事になると敵を倒すことに集中し、やや人格が崩れる節がある。

 

経歴:他の同じガンダムフレームのパイロット達とは違い、名門貴族などの出身ではなくアジア圏に設立されていた孤児院の出身であり、ガンダムフレーム72機の『数合わせ』という形で空席になっていた72番目のパイロットとして半ば強引に軍に所属することになる。

阿頼耶識システムの移植手術時、不安を隠せない周囲を他所に居の一番に移植を受けた『アグニカ・カイエル』の雄姿と勇気に感銘を受け、ただの数合わせだったにも拘らず二番目に移植を受ける決意をし、アグニカに気に入られる。イヅルという家名はアグニカによって付けられ、それから名乗るようになった。

 

その後はアグニカと、彼の語る夢に憧れを抱き、友として、兄弟として戦うことを誓い厄祭戦終結直前まで戦い抜くも、地球圏に侵入した力天使の名を冠するモビルアーマ―『ヴァ―チューズ』との激しい交戦を繰り広げ、大気圏内で消息を絶つ。行方不明とも戦死とも報告され、彼の消失はアグニカを始め、多くの人々に深い悲しみと傷を残したが。『数合わせ』と呼ばれた彼はいつしか『英雄』と呼ばれるようになった。が、その事を本人が知る由もなかった。

 

そしてモビルアーマーと激戦を繰り広げ息を引き取るように意識を解き放ったのだが、気が付いたときに彼は自分が生きていることに驚く。そして何より自分が降り立った地球が降下した地球とは別の世界であることに困惑し、途方に暮れるもネウロイとの戦いに苦しむ人々や、その最前線に立つ少女たちの姿を目の当たりにした彼は「世界は変われど、誓った言葉に変わりはない」と同じ夢を語った戦友(とも)との約束を胸に、再びガンダムフレームでネウロイとの戦いへと挑む。

 

 

 

 

 

 

搭乗機設定

 

機体名:ガンダム・アンドロマリウス

 

機体データ

形式番号:ASW-G-72

全高:20m

本体重量:32.4t

動力源:エイハブリアクター2基

仕様フレーム:ガンダムフレーム

 

武装

 

1:腕部フレキシブルマルチウェポン『ドラゴンハング』×1(ヴァ―チューズとの戦闘により右腕のドラゴンハングは損失)

2大型ブレード(ドラゴンハング全長の半分を占めるレアアロイ製の大型刀身。切るというよりも突き刺す、叩き潰すという使い方が主目的)

3:120mm機関砲(ドラゴンハングの刀身の左右に一門ずつ計2門)

4:腕部クロ―(マニプレーターの第二関節から先を覆うように装備された近接格闘兵器。レアアロイ製の爪)

5:脚部ネイルクロ―(爪先に装備された近接格闘兵器。腕部クロ―同様レアアロイ製)

6:シールド(刀身を含めドラゴンハング本体そのものが大型の盾として機能する)

7:フレキシブルアーム(ドラゴンハングと腕部を繋ぐ多関節のユニット。ある程度の可動範囲と攻撃範囲を持ち、ドラゴンハングに装備された加速用のスラスターを用いて広範囲に対しての格闘戦が可能。ただし重力下では使い勝手が悪い)

 

概要

製造された72機のガンダムフレーム最後の一機にあたる。

始まりのバエル(ASW-G-01)と終わりのアンドロマリウスという形で製造され、当時開発者達からは『寄せ集めの出来損ない』と呼ばれ、トーマの出身も含め一部では「欠陥品」と烙印を押されていた。

だがトーマは友アグニカ・カイエルに「私(バエル=始まり)があってこそお前(アンドロマリウス=終わり)が必要なのだ。私達でこの厄祭戦を終わらせよう」という誓いを胸に、誇りを持ってアンドロマリウスを愛機とする。

 

性能面に関しては他ガンダムフレームに劣る部分などはなく、むしろ寄せ集めで作られ取り付けられた試作兵器であるドラゴンハングと大型の推進機内蔵型可動式のスタビライザー(バエルのレプリカ)により研究者たちも予期せぬ性能を見せる。機体特性をフルに活用できたトーマのパイロットとしての能力もさる事ながら、その戦闘力はまさしく『対モビルアーマー戦特化』と再評価されるほどであった。無重力下でのアンドロマリウスは全身の推進機とドラゴンハングにより機動はまさに宇宙(そら)を泳ぐ蛇のようであり、その一撃は猛毒であるとすら言わしめた。

 

特徴としては背中のスタビライザーとドラゴンハングの他に、他ガンダムフレームよりも大型に延長された脚部と腕部(後のガンダムバルバトスルプスやルプスレクスに施された改修に類似)

頭頂部には他フレームの外装にない悪魔らしい二本角と牙の形を模倣したフェイスガード。見る者に一目で「悪魔だ」と言わしめる外見をしている。

機体装甲は白いナノラミネート塗料が施され、一部に紅のワンポイントが設けられている。

 

モビルアーマー「ヴァ―チューズ」の戦闘の末、右腕部の外装とドラゴンハングを失い、胸部も大きく潰され、コクピットハッチが稼働しなくなるなど万全な状態で無くなり、修復作業も困難を極めるためほとんど改修されることはなくそのままmネウロイとの戦闘に駆り出される。

だがネウロイに対してナノラミネート装甲とガンダムフレームはその世界のあらゆる兵器よりも頑丈であり、何よりビームを弾く特性は生きたままで多くの人物を驚愕させることとなる。

エイハブリアクターから放出されるエイハブウェーブによって一定距離に対して妨害電波に類似した磁場を形成してしまうため、周囲の無線機器を妨害してしまう要素があり。場合によっては厄介なことになりかねない一面がある。が、一部の兵士や、後々「突然、無線機にノイズが走った時。悪魔が現れる」という噂が流れ評判になったりならなかったり……。

 

 

 

イメージモデル

ガンダムバルバトスにガンダムW EW版のアルトロンガンダムのドラゴンハングや、龍の外見を模倣した装飾を追加。ただしドラゴンハング先端は通常のクロ―アームではなくジャマダハルに似た一本の大型剣。

※ソロモン72柱のアンドロマリウスは「蛇の腕を持つ男の悪魔」という部分と「正義を司る悪魔」ということもあり、アルトロンのドラゴンハングを蛇とし、パイロットの五飛がよく口にする「正義」という台詞からピッタリのイメージだったので採用。

 




鉄血本編で一番好きだったアストン。故にこういう形で「生まれ変わり」ということで……。名前は流石にそのままとはいきませんのでご容赦ください。

とりあえずシナリオとしては

ガンダムフレームがストウィの世界で大暴れ!って軽い気持ちで最初は作ろうとしたんですが、ナノラミ装甲やエイハブウェーブの影響でストウィの世界観がぶっ壊れないか不安になったり。
ただどんなに強力な兵器を使っても、結局一機しかないし急いだところで瞬間移動できないし無限に戦えるわけでも無い。という事を自分にも言い聞かせながらできる範囲で活躍したりできなかったりな展開を何個か考えていこうかなって思ってます。

プロローグの形式的にアウロラ姉さんがヒロイン感を持たせようとして「あれ? なんかこれアグニカおじさん(未成年)の代わりになるんじゃね?」と思って、アンドロマリウス(トーマ)の新しい契約者(バルバトス=三日月にとってのオルガ・イツカな立ち位置)になりそうと書いてる途中で思って選択肢がどんどんあやふやになっていく。

というかぶっちゃけるとアウロラ姉さんのキャラが分からない(
搭乗する作品一個も持ってない←ストウィ一期二期、劇場版、OVA、ブレウィは見たけど書籍関係はストウィ零しか買ってない(オーロラの魔女すら持ってない
こんなザマで何でスオムスメインで行こうと思ったのか本人にもわかりません。
アフリカでもよかったんじゃね?とも思いましたが……。

ともかくこんなガバガバで少ない引き出しとショボい創作意欲で作り始めたこの二次創作ですが、どうか生暖かい眼差しで読んでいただければ幸いです。
久々の創作活動という事もあってハーメルンの仕様をすっかり忘れてしまっています。


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第一話:白銀の世界

この作品では主人公の目的が元世界(鉄血世界)への帰還ではなくアグニカの理想を自分なりに叶えさせるためストウィ世界でのネウロイとの戦争を終わらせる事にシフトしていくので二つの世界観がなぜ繋がったのかという原因追及はそんなに深くまで探らない(考えてない)です。
ただ一応ちょっとしたものとして、鉄血世界で最後にトーマと戦闘したモビルアーマ―「ヴァ―チューズ」は由来する力天使と呼ばれる天使位階の第五位でありヴァーチャー、デュミナスとも呼ばれる神の力と恩恵を人々に授けて地上に奇跡を起こす天使とされる。
難局にある善人に勇気を与え、鼓舞し、その力を引き出す存在と言われてます。

まぁモビルアーマーなのでそんな神様補正なんて無いんですが洒落の一環としてということで。描写としてさも一瞬で決着をつけたように思えるヴァ―チューズとの戦闘ですが、実際にはトーマの部下含め艦艇やモビルスーツなどを壊滅までされた状態での一騎打ちにしました。その代わりモビルアーマーの子機であるプルーマも全滅させた状態。

(自分で読み返している内に「アウロラ姉さんって怪我するイメージないから、違和感持たれるんだろうな~」という不安が出たのはここだけの話)


その日、地球上の北欧で上空を通過する未確認の飛翔物体が観測された。

飛翔物体はスオムスとバルトランドの両国間に位置する最大の山『ハルティ』へ墜落したと伝令が入ったが、何故か数時間もの間『不可思議な妨害電波』によって無線通信が使えず。報告が遅れていた。

 

スオムスを始め、その周辺に建設された基地施設は騒然とした様子で多くの兵士たちが跋扈している。

 

「急げ! 第一第二小隊は私と共に先行し第三第四小隊は後方に待機しろ!」

その中で誰よりも大きく突き抜ける声を上げる女性がいた。銀色に輝く長髪に凛とした美しい顔立ち。だがその表情は正しく軍人の顔であり、彼女の部下たちは足早にその命令を敬礼と共に執行する。

 

「観測班は何をやっていたんだ……ネウロイが内陸に進行してから報告があっては遅いというのに」

苦虫を嚙み潰すように小さく愚痴を零す。

 

本来ヨーロッパ大陸戦域に建設された数多くの基地を通じ、ネウロイの出現と進路予測などの報告はいち早く通達されるようになっている。

だが今回に至っては出現時も、進路予測の報告も無く突如内陸の山に墜落されて数時間後にやっと伝令が流れてきたのだ。

 

遅すぎる。もしもその未確認飛翔物体が彼女たち、そして世界の脅威である『ネウロイ』であった場合、すでに内陸進行が始まり付近の村などが襲われている可能性が高い。

そして何より彼女『アウロラ・E・ユーティライネン』がもっとも腑に落ちないのが観測班の報告に合った『不可思議なノイズ』だった。

 

まさかネウロイがジャミング攻撃を……?

 

破壊の限りを尽くすだけの存在であるネウロイが『戦術』を繰り出してきた。そんな事例はない。一刻も早く発見しネウロイであれば速やかに撃破する。ただそれだけだ。

 

「中尉! 全機出撃準備完了しました!」

一人の兵士が敬礼と共に報告をすると、アウロラは「よし」と頷き基地内に響き渡る声で出撃の合図を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何もない? 間違いないのか?」

ハルティ山に到着して小一時間。アウロラは信じられないといった表情でもう一度周辺地域包囲100kmまで捜索班による索敵を行ったが、通信機から各捜索班の状況報告を伝えに来た兵士もまた、アウロラ同様に困惑した面持ちで「はい、間違いありません」と返答する。

 

「陸路だけではなく空からも捜索し何の痕跡もなし……。各地の基地からネウロイの観測、襲撃、何でもいい。些細な事でも報告はないか」

 

何かがおかしいとアウロラは考える。ネウロイが出現して既に何時間と経過したのならば襲撃報告の一つでもあっておかしくはない状況。

だが未だに村への被害一つ報告が無い。ただ一度「空から謎の飛行物体が山に落ちた」とだけだった。

 

何かの見間違いか? いやそれはありえない。

 

アウロラは空を見上げる。太陽は沈み満点の星空を無数の航空ウィッチが駆け抜けていく。その中には彼女が所属している基地以外や、近隣諸国のウィッチまでもが捜索に加わっていた。

未確認機の存在は自分たちだけが報告を受けたわけではない。つまり幻などではないということだ。

 

幻でも無ければネウロイでもない。なら一体『何』がこの山に落ちたというんだ?

アウロラは吹き上げる風に靡く銀色の髪を撫でながら目前に聳え立つ強大な山を見上げた。不気味なほどまでに静寂の訪れる麓。降り続ける雪はやがて吹雪となる兆しがあった——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の捜索はやがて打ち切られ、後日。小規模ながら継続したハルティ山周辺区域の探査活動。その中心にアウロラは居た。

二日目の午前。一つの可能性がアウロラを含め、捜索班のウィッチ達の頭をよぎる。

自分たちはその未確認の飛行物体をネウロイである前提で探していた。つまり既に『動いている』という先入観での捜索。

 

地上と空だけ……。

 

もし、その飛行物体が墜落した時点で動いていなかったとすれば……。

 

何十時間という時間をかけて降り注いだ雪の高さは地上の地形を変え、あるべきだった痕跡すらその白いベールで覆い隠してしまっている事だろう。

出来る限りの範囲を絞って、その物体を探す除雪作業が始まった。

陸戦ウィッチは一般の兵士はもちろん。上空で捜索をしていた航空ウィッチ達も含め大掛かりな作業になる事は間違いなかった。

 

砂漠の中でオアシスを探すようなものだ、と除雪作業が開始され3日が経過した頃に誰かがそう言った。

 

熱い砂の砂漠と冷たい雪の草原。言いえて妙だが近い何かを感じると同館の声を漏らす者が多くいた。

 

「うあああああ、来る日も来る日も雪かき雪かき。いい加減疲れてきたよぉ」

そしてまた一人、大きなため息と共に掴んでいたスコップを地面に刺し、背中から倒れ込む少女がいた。淡い金色のショートヘアーに水色のセーターに真っ白なズボン。倒れた雪の上でワサワサと腕を振り駄々をこねる子供のような仕草をする。

 

「泣き言言う暇あったら少しは掘ったらどーダァ。『ニパ』」

そんな彼女に呆れた様子で除雪を黙々と、それでいて気怠そうに続けるアウロラに似た銀色の髪に、金髪の少女と同じ制服に身を包んだ少女が声をかける。

 

ニパと呼ばれた少女。『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』は小さく「そんなこと言ったってさぁ~」と口を尖らせる。

 

「あるかもわからない、そもそもどこにあるかもわかんない物探してこのひっろ~い雪原を手当たり次第に掘り返してたんじゃ何年経っても見つかんないじゃんか~」

上半身を起き上がらせ、両手を大きく広げ周囲一面に広がる雪の大地を恨めしそうに眺めながらもう一度溜息を吐く。

 

「お前はまだ気楽ダロ~、ストライカーユニット壊してこっ酷く怒られるよりマシなんだかンナ~」

スコップの柄に手と顎を付き憂鬱さをより一層際立たせる銀髪の少女。『エイラ・E・ユーティライネン』が目を細めながらそう言うと慌てた様子でニッカは異議を唱える。

 

「だから『壊してる』んじゃなくて『壊れる』んだってば! 私のせいじゃないんだって!」

頬を赤くし必死の形相で訴えるニッカに対してエイラは「はいはい」と受け流していく。

 

「大体、その飛行物体だってネウロイじゃない可能性もあるのに、何で探したりするのかな~……」

その疑問を「私に聞かれてもナ~」と二人揃って溜息を吐くニッカとエイラ。そんな二人に怒号が飛び交う。

 

 

 

「おい二人とも、サボってる暇があったら哨戒任務の方に移動するか?」

「うげっ」と体を震わせ二人が声の主を見ると、大きく息を吐いた。項垂れる二人の前には眉を吊り上げ腕を組むポニーテール頭の少女と、ニッカと瓜二つと言わんばかりに顔立ちの似た少女が優し気な笑みを浮かべる少女の二人が立っていた。

 

「なァんだヨー『ラプラ』と『ハッセ』か~。……ねーちゃんかと思ったダロ脅かすなよナ~」

安堵の溜息を漏らすエイラに、ラプラと呼ばれた少女『ラウラ・ニッシネン』はほほう、と口角を吊り上げる。

 

「いい度胸だなイッル。アウロラさんに言いつけ——」

ラウラの言葉が終わるよりも先にエイラの「ごめんなさい勘弁してください!」という謝罪と青白くなった表情でスコップの手を再度動かし始める様に溜息を漏らす。

 

「まぁまぁラプラ。二人が愚痴るのも仕方ないよ。もう三日目連続で雪かきなんだし」

怒るラウラをなだめる様に二人の間を取り持つニッカと瓜二つの外見をしたハッセという愛称の『ハンナ・ウィンド』が肩を軽く叩きなだめる様に言葉をかける。

 

「基地周辺だけなら毎日やってるけど、こう当てずっぽうに近いものを探せって言われてもモチベーション上がんないよ~」

 

「そもそも観測班の報告に合った飛翔体って、ホントに存在したのカー?」

よいしょと立ち上がるニッカと、いつの間にか会話の輪に戻ってきたエイラ。

 

「私達だけじゃなく他の基地でも観測されたんだ。見間違いってことはないだろうとアウロラさんも言ってただろう」

 

「そーだけどさー」

だらける二人に再度、溜息を吐きながらラウラは踵を翻す。

 

「あれ、ラプラどこいくの?」

 

「これから私は『ルーッカネン』隊長と哨戒任務だ。じゃあな三人とも。しっかり働くんだぞ」

 

「「「は~い」」」

立ち去るラウラに手を振って見送ると、またしてもニッカはため息を漏らした。

 

「いつになったら終わるのかな~」

見上げた空には青空と雲。そして燦々と煌めく太陽に手を翳す。北緯69度、東経21度に位置する極寒の雪国で販促された『ソレ』がなんなのか。

 

ニッカを含め、その場に居た全員が知る由もなかった……。もはや自分たちの常識を超越した者が自分たちのすぐ近く、その地中に埋まっていることを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ……ぅ、っは!?」

全身を突き抜けた激痛に意識を無理矢理呼び起こされる。

瞼を開き首を持ち上げると同時に痛みが全身を駆け巡る。体の節々が尋常ではないほど痛い。腹部、背中、右腕etc...

とにかく全身が痛い。

 

「くっそ……いってェ」

生きていたという軌跡に涙を流したいところだが、今頬を伝う涙は間違いなく痛みによるものに違いない。微かに動かせる左腕で暗いコクピットシートの下部を弄り、緊急用の救急キットを探し当てる。

中には応急処置用の治療セットや飲用の薬を始め、注射器などの器具も備わっている。その中から注射器と鎮痛剤の入った瓶を取り出し、未だはっきりしない意識の中でゆっくりと薬を吸い上げる。

 

薬品で満たされた注射器の針を首筋に押し当て、一気に中の鎮痛剤を流し込んでいく。

本当なら少量が義務付けられているが構うことはない。少しでもこの痛みを忘れられるならば。

 

「はぁ……はぁ……。…………うん?」

呼吸を整え、ゆっくりと息を吐くとそれが白い事に気が付く。

そして痛みが引くと今度は急激な寒さに悶えることになった。

 

さっ……寒っ。なんだっ北極圏にでも落ちたのか!?

パイロットスーツによってある程度の温度や衝撃に耐久性があるとはいえ物には限度がある。しかも『ヤツ』との戦闘で損傷したコクピットブロックのところどころから外気が入り込んでいるようで微かな隙間風が感じられた。

 

俺は一体どこに……いや、そんなことより戦闘は。俺はどのくらい気を失って——。

すぐにアンドロマリウスのダウンした機能を再度立ち上げさせるために操縦桿の間に設置されたパネルの起動キーを押す。

 

………。

 

……?

 

反応がない。

 

「くそっこんな時に!」

ガンと八つ当たりで操作パネルへと握り拳を振るう。だが起動しないものは仕方ない。モビルアーマーとの戦闘に加え正式な装備も無しに大気圏に突入。機体フレームは無事でもパイロットや感性制御システムなどに異常があって当然だ。むしろ俺が生きている事自体が奇跡に近い。

 

仕方ない。

 

「ぐっぬぅ」

痛みは引いたものの、やはり万全の状態ではないため身動き一つに体力を大きく消費する。

救急キット同様。緊急時のためにコクピットに格納されている野戦用サバイバル装備一式と護身用の拳銃などをかき集める。宇宙空間ではあまり意味をなさないが備えよ常に、が俺の信条だ。

 

とにかくここが北極圏だとするなら前線基地か通信基地の一つでもあるだろう。偵察隊が出ていることを願って救難信号を出そうにもアンドロマリウスは機能停止。個人端末のGPSも壊れているのか現在地が衛星から受信できない。もしか戦闘ですべて破壊されたのか?

 

一刻も早く本隊と合流しなければ。戦争はまだ終わっていないはずだ、こんなところでくばるわけにはいかない。死に物狂いで勝ち取った勝利と生還だ。

 

 

 

耐熱防水加工の施された外套を深くかぶり、コクピットハッチを手動でこじ開ける。戦闘で潰されたせいもあってかなりの労力を有した。

 

「うおっ!?」

やっとの思いでコクピットを開き外へ出ようとした俺の体がグンと引っ張られる。ああ、忘れていた。阿頼耶識と繋がれたケーブル端子の存在があった。

だがこれはモビルスーツの起動中にしか取り外しができない。一応緊急時の時に強制排除できないこともないがこれがまたかなり苦痛を伴う。

 

「ええい、ままよ!」

意を決し強制的に阿頼耶識を解除する、と同時に鎮痛剤の効果をかき消さんばかりの激痛が背中のピアスを通して骨身に突き抜ける。

 

「ァあっづ、痛ってぇええ!!」

背中にドロリとしか湿気を感じる。強制的にシステムとの接続を解除すると移植したインプラントと肉体の定着箇所に亀裂が入り流血するのが当然の結果だ。

運が悪ければ脊髄ごと引きずり出される……なんて噂もある。

痛みに悶えながらもう一度鎮痛剤を注入し、ふらつく足に気合を入れて立ち上がる。

 

幸いにも外は明るく日中のようで、雲行きも吹雪く気配はない一面白銀の世界が広がっていた。

 

こんな危機的状況にもかかわらず、無意識の内に「綺麗だ」と声が漏れた。

死にそうになっているのに何を悠長なことを言っているんだろ自分で自分に苦笑してしまう。

 

「待ってろよ相棒。必ず迎えに来るからな」

振り返り、仰向けの形で地面に埋もれた生涯の相棒へ僅かばかりの別れを告げ、俺は一歩一歩ゆっくりと歩を進め途方もない旅の始まりを歩み出したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだよここ!!」

歩き始めて数時間。俺は思わず声を荒げた。あるけどあるけど雪原雪原森林雪原。建造物どころか人のいた痕跡すら何もない。いくら極寒の北極圏であっても少なからずの施設は立っていたはずだぞ。

以前来たときは数百kmおきに中継基地を中心にちょっとした街が数ヶ所もあったのを覚えているから間違いない。

ならここは一体どこだというのだ。

 

保存用のレーションやエナジーバーの残り数も多くはない。もって4.5日が限界。野生動物のいる環境ならまだしもこの北極圏の中で食料調達は困難だろう。

 

とにかく優先すべきは寒さと風を凌げる場所を探すしかないか。

あと少しで日も落ちてしまう。明かりも無しにこの雪原を歩くのは自殺行為だ。

更に運が悪いことに少し前までは正常だった雲行きが怪しくなってきている。夜にでも吹雪いてきそうだ。時間は一刻を争う。

 

今日はもう塒探しに変えた方が良さそうだ。

 

少し進んだところで岩壁を発見し、それを辿ると人一人なら十分横になれそうな洞穴を発見した。中にまで入り込んでいた雪をかき出し近場で乾燥した枝などを集める。

固形燃料と枝を使い焚き火を起こし暖を取る。スーツのおかげである程度は耐えれるが、やはりあるのと無いのとでは段違いだ。

この暖かさが妙に安心感を抱かせる。

 

エナジーバーを一本消費し、雪を溶かした白湯で体内を温め喉を潤す。

 

こういった極限状態になると軍での食事がどれだけありがたいかを痛感する。

皆は無事だろうか。あの戦闘のさなか、率いていた艦艇とモビルスーツ部隊はほぼ全滅だが生き残った部下たちには別部隊への退去を命じたが。……そういえば最後まで俺に撤退しろと言っていた副官、もといアグニカさんを除いて唯一「友」と呼べた彼は無事だろうか……。俺のように阿頼耶識手術を受けてはいないが貴族出身でありながら最初から普通に接してくれていたっけ……。

二人がいたから俺は前向きに生きていけた。おかげで部下も出来、一艦艇を任されるほどまでに上り詰め、俺を『数合わせ』だと見下してくる者も減っていった。

二人には本当に感謝している。

 

本当に……。

 

だから必ず……。

 

もう一度……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅあっ!?」

いつの間にか睡魔に捕らわれていたらしく、気が付けば外は暗くなり吹雪になっていた。弱りかけていた焚き火に薪を足す。少し仮眠と休息のおかげか体の痛みは大分治まってきた。だが傷が癒えたわけではないため治療が施されなければ衰弱死は免れない。

腰を上げ外の様子を伺ってみる。やはり人為的な明かりなどはなく暗闇だけが続いているだけの雪原。

悪い夢なんじゃないかと今でも思ってしまう。

吹雪がいつ止むかも分からない。今は少しでも体力を回復させるため朝になるまで就寝することにした。

 

 

 

 

幼い頃の夢を見た——。

親の顔も知らず物心つく前から施設で暮らしていた俺の前に現れた軍の衛兵。暗くなりながらも黙って俺に別れを告げる孤児院の人々。

 

訳も分からず連れていかれ、年の近い貴族出身の少年たちに睨まれながら体を診察され、阿頼耶識の適性があると判断された俺は『数合わせ』としてガンダムフレーム72機の末席に加えられた。誰もが俺を見下し蔑む。ずっと泣いていたのを思い出す。ここに俺の居場所なんてない。誰も受け入れてくれない、誰も求めてはくれない。

帰りたい。例え血のつながりなど無くとも、少なからずかつての俺にとってあの孤児院が帰るべき『家』だった。

研究施設での生活が始まって数ヵ月。最低限の文学と訓練を教え込まれ、虐めに近い日々が続いていた。

 

そして阿頼耶識の移植手術の当日。俺を含め今まで威張り散らしていた他少年たちにも畏怖の感情が伺えた。

阿頼耶識の手術は決して高くない成功率とそれに伴う苦痛があると事前に教え込まれていた。「適性があっても恐怖に負けるような者は不要である」と研究所の一人が告げた。

無理矢理移植をすることはなく自己申告で手術を受けさせるという形を取った研究者たちの眼差しはプレッシャーそのものだった。

逃げ出せるものなら逃げ出したい。だが確実に逃げ出せたとしても捕まるだろう。そして最悪『処分』される。

そう思っていた俺は恐怖に打ち震え体を震わせていると、一人の少年がズカズカと他の少年たちを押しのけていった。

 

「ボクが最初に受ける」

その少年に恐怖という感情などはなく、歳も変わらないというのにその背中はどんな大人よりも大きく見えた。

それが『彼』との出会いだった。

 

アグニカ・カイエル——。

後にそう名乗った少年は誰よりも勇敢で誇りに満ちた人だった。

彼が一番に移植手術を受けた時、悲鳴の一つも上げることなく、むしろその顔は決意と闘志に満ちていたと今では思い出すことができる。

それを見ていた俺は、何故か胸の内から湧き上がる強い感情があった。

 

どうやったらあの人みたいに強くなれるのだろうか。

知りたい、その強さの理由を、そしてその強さの先にあるモノを……。

 

だから俺は——。

 

「次は誰だ」

何事もなく手術を終えた研究員の男の声に、俺は一目散に声を荒げた。

 

「オレがっ!」

声を上げた俺を驚愕の表情で見る他の少年。その表情はアグニカさんの時とはまた別のようなものに思えた。「ほう」と口角を上げる研究員は早速俺を手術用のベッドに固定させ、阿頼耶識を脊髄の中へと注入していく。

麻酔などは使用せず今までに感じた事のないほどの激痛で頭が破裂しそうだった。

彼のように悲鳴を上げないようにと思っていたが流石に無理があり、喉が潰れる勢いの絶叫を響かせた。

 

こんな痛みに耐えたのかと彼の忍耐に感銘を受けたが、すぐさま痛みで意識が飛びそうになり頭の中が真っ白になる。

 

ほんの5分程度の手術だったにも関わらず、俺には何時間の拷問に感じた。

 

手術台から降りる頃には顔面を体液で汚し朦朧とする意識の中、部屋を出ようとした俺の肩を誰かが叩き、振り向いた視線の先には彼の顔があった。

 

「君は勇気がある」

その言葉を聞いて意識が途絶えた——。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

今度は激痛にたたき起こされるわけでも、半端な仮眠からの覚醒でもない。列記とした起床だった。体感で8時間ほどだろうか。

外の様子でも見に行くかと腰を上げた俺は思わず驚愕する。

入口の穴が雪で埋まっていた。そんな馬鹿なと雪をかき分けるも掘れども掘れども雪、雪、雪……。

まさかこの数時間でここまで積もるモノなのか?

これが自然の驚異というものかと思い知らされる。この様子では外の景色も変わってしまっている事だろう。アンドロマリウスも雪に埋もれてしまった可能性が高い。

 

まずはこの洞穴から脱出しよう。生き埋めなんて御免だからな。

エナジーバーとレーションで粗末な朝食を終えた後、脱出を試みる。

道具が無いので手で掘り進んでいくしかないがパイロットスーツのおかげで素手

じゃないことが不幸中の幸いだろうか。凍傷にならずに済む。

 

数mは掘り進んだだろうか、重力で上の雪が崩れ危うく押しつぶされそうになるが、差し込んできた太陽の光を目にしようやく外に出られるのだと安堵する。

だが本当の地獄はこれからだった。

 

洞穴から脱出したはいいが積雪が高すぎてまともに進むことができない。何とか進んでは見た物の腰よりも上に積み重なった純白の壁はあまりにも険しいものだった。

だが進むしかない。

 

道中で長めの枝を使い、杖代わりに何としてもどこかしらの中継基地を見つける必要がある。

 

のたれ死ぬわけにはいかない。

ただのれだけを考えて無心で歩き続けた。

 

1時間、2時間、どのくらいの時間が経過しただろうか。

相変わらず雪原からは抜け出せない。まるで永遠に続いているのではとすら感じてくる。

昨日の夜ほどでは無いにしろ、再び雪が降り始めた。

 

このままではまずい。

いよいよをもって焦りが出てくる。

 

「はぁ……はぁ……っ」

次の瞬間、ガクンと視界が揺れ体が重力に引っ張られるように落ちていく。

地面が抜けた。いや、そもそも地面なんでない。

 

「しまっ……!?」

『雪庇』と呼ばれる現象だ。風の影響によって雪がひさし状に伸びたものを指し示す。

気づかぬうちに崖際に足を踏み入れたようだった。

 

「うあぁああああ!?」

ボロボロと崩れ落ちる積雪の塊と一緒に自由落下していく。下もまた積雪ではあるが深さが分からない。もしかしたら浅くした積もっておらず堅い地面がすぐあるのかもしれない。

 

やばい死ぬ!

目を瞑り衝撃に備え体を受け身の姿勢にする。一か八か賭けるしかない——!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構吹雪いてきたナ~」

時間が経つにつれ強くなる風と雪の量が増していく。エイラは空を眺めながら髪に掛かった雪を払いのける。彼女だけではなく、付近でも除雪に精を出していた兵士やウィッチ達が手を止めて空の様子を伺っていた。

 

「また昨日の夜みたいにいっぱい積もられたらまた一からやり直しだよ~」

うへ~と気怠さと共に息を吐く。あれから結局何も見つかる事はなく。現場指揮にあたっていたウィッチから撤退指示が出された。

 

あと数時間もしないうちに再び寒波がくるとのこと。

 

「明日もまた雪かきやんなきゃいけないのか~」

 

「お~いニパ~、置いてくゾ~」

既に接収支度を整え纏まっていたエイラや他の隊員たちが憂鬱に呆けてたニッカを呼ぶ。今行く~と返事を返しスコップを担いだニッカは何気なく、少し離れた崖壁を眺めていると、あるモノが目に映った。

 

「ん?」

目を凝らし、その微かに動くソレがやがて人だという事が分かったニッカは慌てて「あぶない!」声を上げる。人影は崖に気づかない様子で徐々に足場のない雪庇の重なった部分へ歩んでいき——。

 

転落した。

 

「お、おいニパ! どうしたんだヨ!」

離れたところに居たエイラを含め、他の者たちにはその一部始終が見えていなかったらしくざわざわと走り出したニッカを不思議そうに眺めている。

 

「人が崖から落ちたんだよ!」

誰よりも一早く状況に対処したニッカが先行して走っていく。

数百mもの距離を目視で確認できるウィッチゆえの能力もあり、やがて落下した雪の積もった小さな山へと到着する。雪の大部分をスコップでどかし、残りを手探りで掘り起こしていくと堅い感触に指が触れる。

 

やっぱり人だ!

ニッカは掘り起こす速度をあげ埋まっていた人物を救出する。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

肩や胸部、大腿部に膝から下全体をゴツゴツとしたプロテクターに包み、体のラインに沿ったボディースーツ。見たこともない服装への驚愕は、体に纏わりついた血痕と、生気のない顔色に上書きされた。

 

「ぅ……」

微かにその人物……ニッカと差ほど変わりない歳であろう少年の口から声が漏れる。

生きてる。血色の悪い頬に触れるが異様に冷たい。このままでは命の危険がある。

 

「お~いニパ~いきなり走り出してどう……っどうしたんダそいつ!」

遅れて追ってきたエイラと数人のウィッチ達がニッカとその腕の中で倒れる少年に急いで駆け寄る。

 

「わかんない、でも怪我してるし体も冷たいんだ」

 

「とにかく基地まで運ぼう」

ラウラの提案に頷き、ニッカはハンナと共に少年の両脇を担ぎ上げ、慎重にトレーラーへと運んでいく。

 

「か……」

かき消えるような小さな声。少年を担いでいた二人には確かにその言葉が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

「かな……ず……いき……て……」




駆け足気味ですが第一話でした。
本当は雪原での遭難状態をもう少し引き延ばそうとも思ってたんですが書いてるうちに自分がダレるの図。描写に拘って()長ったらしいくどい分になってるんじゃないかと思う今日この頃。
これでは読む側はもっとダレるだろうと思い少し短くしました。
エイラ達の口調は完全に見様見真似ですのでおかしな部分があるかもしれません。

誤字脱字や頭痛が痛いなどの間違った日本語等のご指摘があればご忠告いただけると幸いです。
何度か見返しては修正しても、何故か無くならないのは何故なんでしょう……。


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第二話:魔女と鋼と

新しく始めたバイトに体が慣れるまで週一ペースの投稿になりそう(白目


少年がスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯地部隊によって保護されてから数日。

吹き荒れる吹雪をガラス越しに眺めていた少女・ニッカは小さくため息を吐いていた。

 

「な~に黄昏てんだニッ……パ!」

背後から迫りくる魔の手によって豊満な胸部を鷲掴みにされた彼女はビクリと体を跳ねあがらせこそばゆさに顔を顰める。

 

「ちょっ……イッルやめてよっ放してってば!」

静止を聞かず、結局彼女の腰が抜けるまで続き呆れて止めに入ったラウラとハンナによって魔の手の持ち主であるエイラはワキワキと両手をいやらしく動かしながらもニッカへのセクハラ行為を止めた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っもぉ! イッルもイッルだけど何で二人ともすぐ止めてくんないのさ!」

地べたに座り込み両腕で自分の胸部を隠すように抱く彼女の訴えに、二人は「何でと言われても」「ねぇ?」と顔を見合わせるだけだった。

日常としてのやり取りとなっていた一連の流れにうんざりするイッルがまた大きくため息を吐き立ち上がる。そんなニッカにエイラは満足げに腕を組み「で?」と言葉を投げかける。

 

「なにが?」

 

「どうして黄昏てたんダヨ」

 

「珍しいよね、ニパがあんなに思い詰めた表情するの」

エイラの疑問に便乗し、ハンナはニコニコと笑みを浮かべる。

 

「え、そんな顔してた?」

自分の顔に触れながら素っ頓狂な声を漏らす。「気づいてなかったのか?」と近くの機材に座りながら懐に入れてあった小さな箱を取り出し、中から菱形の黒い粒を取り出すと、それを口に含んだラウラは箱をそれぞれ三人にも回していき、全員が同じように黒色の粒『サルミアッキ』を頬張る。

 

「数日前からずっとその調子でため息ばかりついてたじゃないか」

「何かあった?」と友人の悩みを優し気に問いかけるが、その疑問に答えを見出したのはエイラだった。あ、と何かを思い出した等に声を漏らすとその表情はまたしても悪戯を思いついた子供のように変貌する。

 

「もしかしてあの変な男カ?」

エイラの指摘に、ニッカは露骨に体をビクッとさせる。

 

「え、何々『そういう』話?」

何故か尋常ではない食いつきを見せるハッセと「くだらん」と言わんばかりに顔を顰めるラウラ。そんな三人に慌てて両手を振るいながら「そんなんじゃないってば!」と否定する。

 

「なんか気になってさ……」

俯き両手の指をを交互に絡ませる彼女を、二人はにやにやと見守り、一人は興味なさげに目を瞑るが微かに片眼でチラチラとニッカを見ている。

 

「あんな大怪我して、たぶんずっと一人であの山道をずっと歩いてたんじゃないかなって」

それに、と言葉を途切らせる。三人は救助した、自分たちとはまったく異なった装備に身を包み満身創痍のまま気を失っていた少年の姿を思い出す。

 

「医療班が検査してるんダロ? ねーちゃんに聞きにいってみよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼する」

扉を開き、白に統一された清潔に保たれた部屋。医療室の一角にある寝室へやってきたアウロラと、一人の医師と助手であろう看護婦が敬礼をしようと立ち上がるがそれを静止し「楽にしてくれていい」と座らせる。

 

「『彼』の容体は?」

視線を二人からすぐ傍に設置されたシングルベッドに何故か『横向き』で寝かされていた一人の少年へ移す。アウロラの問いに治療を担当した医師はうねり声を上げ、何とも言えない表情のまま一枚の写真と、更に一枚のレントゲン写真を手渡す。

 

その二枚の写真に目を通した彼女の表情は一気に強張り、驚愕の一言に染まっていた。

 

「これは……」

その写真は少年の背中を映したものと、その『内部』を撮影したものだった。

彼の背中、正確には脊髄に当たる部位には明らかに通常の人間にはないものがあった。

 

突起。脊髄から皮膚を突き抜ける様に露出した金属光沢を放つそれはまさに異物だった。更にレントゲン写真には事細かくその異物が体内に侵蝕しているサマが映し出されていた。

 

嫌悪感にも似た感情に思わず口元を隠し、アウロラは医師へ視線を向けるが、彼は首を横に振る。

 

「これが何なのか、はっきり言って解りません。こんなものは私も始めてみました」

ですが、と言葉を続けスオムス語で『診断書』と書かれた書類を少し眺め、それもまたアウロラへと手渡す。

 

「内臓への深刻なダメージ、全身にわたる打撲にも似た症状。軽度の火傷、そして長時間にも及ぶ低体温症による衰弱。処置がもう少し遅れていたら助かる見込みは……いえ、正直助かったこと自体が奇跡に近いでしょう」

 

アウロラは書類と写真を医師へ返すともう一度少年を見る。適切な処置を施され、ベッドで深い眠りにつく彼への不信感は募るばかりだった。

彼が回収された際に押収されたその所有物の中には、彼が何者であるかを証明できるものが何一つなかったのだ。

どこの国で作られたかも分からない拳銃や、どの医学にも属さないような応急キット。そして不明様な金属プレート。

認識票のようなものは一つたりともなく、どの国のどの部隊に所属していたのか。そもそも軍人ですらあるのかも怪しい少年。外見からしてアウロラやその部下であるウィッチ達とそう変わりない年齢と思しき顔立ち……。

 

 

そして背中の異物。

 

 

お前は一体何者なんだ……?

アウロラは誰に言うまでもなく、ただ視線だけを眠る少年に向けていた。

 

「はぁ……。では彼が目を覚ました場合、すぐに指令室への報告を。それから彼の『体』についてはあまり外部へは漏洩しないよう」

それだけ言い残すと彼女は寝室を後にした。外では未だ吹雪が収まる様子はない。

 

「あっ! おーいねーちゃ~ん!」

部屋を後にした彼女の後ろからエイラ達四人のウィッチが後を追いかけてきた。

 

「どうしたんだ。揃いも揃って」

小首を傾げるアウロラに、エイラはニヤニヤと笑みを浮かべながら隣にいるニッカを小突く。「わかってるってば」と微かに頬を染めるニッカ。

 

「あの、アウロラさん……『あの人』は……」

名前ではなく固有名詞ではなく普通名詞で訪ねてきたニッカの差す人物が、例の少年であるとすぐに察した彼女はため息交じりに首を横に振る。

 

「命は取り留めたがが意識が戻る保証はない。それに……」

無意識の内に言葉を続けようとしてしまった自分の口を途中で閉ざし「いや」と咳をしながら誤魔化す。彼女たちに彼の体についてはあまりにも刺激が強すぎるだろう。

 

「そんなことより、なんだニパ。気になるのか?」

流石姉妹といったところか。アウロラはエイラと同様にニヤリと笑みを浮かべるとニッカを抱きしめる。

 

「男に現を抜かすなんて10年早い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのか?」

声がした。ぼうっと『ソレ』を眺めていた俺に彼は普段接するような声色で訪ねてくる。

 

「いえ……なんか実感がわかなくて」

命を預ける鎧となるソレの、未だ外装すら取り付けられてない姿を見上げていた。黒い光沢を放つフレーム姿。顔に当たる部分には蒼い双眼。ガンダムフレームと呼ばれたその末席たるアンドロマリウスの前で黄昏ていた俺は自分が命を懸けた戦いをするという実感が今一沸いていなかった。

ほんの少し前までは施設でただ一日一日を平凡に生きていた自分が。その時代の最先端に立つことになるなどとは思いもよらなかったからだ。

 

「不安か?」

彼——アグニカさんの問いに「そういう訳じゃ」と苦笑する。

 

「ただ……オレなんかでいいのだろうかと、思いまして」

会う者達のほとんどに「数合わせ」と罵られ、居場所など無い自分がこんなところに居ること自体が間違いなんじゃないかと再認識し始めている自分がそこにはいる。

 

「オレも……『こいつ』も、周りからは疎まれた存在なんです。合わせて『欠陥品』……だそうで」

ハハハと自虐的に笑い頬を掻く。72機あるガンダムフレームの内、シングルナンバーはもちろん数が若い順にそれぞれコンセプトを立て調整されていく他フレームと違い俺の機体は最後の番号ということもあって、完成は当分先延ばしにされ、しかも装甲や武装などは他の機体に採用されなかった有り合わせのものばかりだった。

 

「気に病むことはない」

隣へ歩み寄り、同じくアンドロマリウスを見上げる彼は微かに笑っていた。その表情はどこか穏やかに見えた。

 

「私のバエルが始まりであるように、お前のアンドロマリウスは終わりである」

始めて会った頃とは違う口調。一人称も変え、更に勇ましさを増した彼は誇らしそうに言葉をつづけた。

 

「この戦争もやがて終わりを迎えるだろう。そして勝つのは我々『人類』だ」

それまで浮かべていた笑みは掻き消え、真剣な眼差しで俺を見る、そして右手を差し出す彼。俺はそんな彼に笑みで返し、その手を強く握りしめる。

 

「はい、必ず」

 

「ああ、私達でこの戦いを終わらせよう」

 

それは誓いであり、友とのたった一つの約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ん……」

瞼を開くと視界には白いシーツがあった。あたりを見渡すとどうやらどこかの寝室……。いや、微かに鼻につく薬品の臭いからして医療施設だろうか。

俺の知る医療施設とは似ても似つかないほど質素な設備。起き上がろうと腕に力を籠めるが体が思うように動かない。

被せられていたダウンを引きはがすとノーマルスーツを着ていた体は病衣に包まれ、腕や腹部には包帯が巻かれていた。

どこかの軍によって回収されたのだろう。ガラスサッシから外の様子を伺うとどうやら日は落ちているようで夜になっていた。だが前日のように吹雪はなく。静寂が訪れていた。空に輝く星々を眺めながら一息吐く。

 

「ぐっ……ぅんぬ」

やはり力の入らない体に活を入れ、両腕で上半身を持ち上げつつゆっくりと立ち上がる。半ば引き摺るように出口へと向かうが足元がふらつく。

久々の地上という事もあるのか、どうにも地球の重力が重く感じる。こう見えても体は鍛えていた分民間人よりは頑丈だと自負していたつもりだが、これでは笑われてしまうな。

 

しかし……。

 

ガラガラと音を立てながら横に手動でスライドさせなければ開かない扉と言い、この施設はあまりにも時代遅れというべきか……。

どうにも俺の知るものとかけ離れた部分が多すぎる。民間の医療施設でももう少しマシな作りなはずだったが……。

 

壁伝いに周囲を散策するも人の気配がない。いや、微かにするにはするがほとんどが俺同様にベッドで眠る負傷兵たちだ。

 

徴兵の姿は……。少し離れに建設された施設側の方に複数見つけた。……が。

 

「なんだあの装備」

まるで歴史書籍に記載されていたようなプロテクターなどの防弾加工の一つもされていない布のみの戦闘服。持っている火器もどこか古ぼけて見えた。

まさか反戦組織の一つにでも捕まってしまったのか?

と微かに思えてきた。だとするなら何故俺を拘束しておかなかったのかという疑問も浮かんでくる。

どうにもここは怪しい。できるだけ見つかる事は避けた方が良さそうだ。

 

おそらく押収されてしまったであろうノーマルスーツなどの装備を回収することを最優先事項とし、次にここがどこなのか聞き出せそうな人物を確保することにしよう。流石に丸腰では勝ち目は薄い。

 

さて、と行動を起こそうとした俺の背後から声がかかる。

 

「誰かそこにいるの?」

反射的に行動してしまった。

声の主へ振り替えると同時に相手が構えを取るよりも先にワンステップで距離を詰め、他の徴兵を呼ばれないためにもその人物の口元を抑え、更に暴れられないように両腕をもう片方の手で抑え込む。

 

「誰だっ」

抵抗しようものなら顎を砕くつもりだったが、すぐに自分の失態に気づき己の未熟さを恥じる。

 

 

 

少女だった。

 

 

 

まるで雪のように白い肌。短く切りそろえた淡い金色の髪に幼さが残る愛らしい顔立ち。水色と白の二色を基調とした服装。若干生地の薄さがのこ環境下と不釣り合いなような気もしないでもないが、そんな些細なことは置いておくとしてすぐさま抑え込んでいた腕と口を開放し謝罪の言葉を述べる。

 

「す、すまない! 危害を加えるつもりはなかったんだ!」

バッと両手を上げ降伏するような姿勢で敵意が無い事を伝える。息苦しさからか数回咳き込んだ彼女は「大丈夫」と答える。

背後から声を掛けられ、警戒していたとはいえ年端も行かない少女に掴みかかるような男を咎めようともしないのかと実行した身で言えた義理ではないが思わずにいられなかった。

 

「それよりこんなところで何してたの?」

息苦しさから溢れた涙を拭いながら少女が問いかけてくる。

 

「それはこちらの台詞だ、何故君みたいな子供がこんなところに……」

そう返すと微かに頬を膨らましジロりと不機嫌そうな表情で睨んでくる。何か気に障ってしまったのか?

 

「子供って……私は15でそんなに歳も変わらないと思うんだけど」

十分に子供じゃないか、とこれ以上余計なことを言えば印象を悪くするだろうから自重する。

 

「俺……あー私はこう見えて17だ」

初対面の人間に素で答えるのも馴れ馴れしいだろう。普段軍で他の将校たちなどと同じ接し方で会話を続ける。まぁたしかに一般将校や阿頼耶識の手術を受けた者以外からすれば確かに俺も子供と言えば子供なのは間違いないだろうが。

 

「え、嘘2つも上だった……ンデスネ」

ぎこちない様子と小さく丁寧語で言い直す少女。しかし見れば見るほどその存在が違和感を増していく。おそらく軍事基地であるこの場所にいる彼女。衛生兵でもなければ看護婦というわけでもなく、それどころか軍所属の女性にある『軍人らしさ』をまったく感じない。むしろ歳相応の女の子としか……。

 

「まぁとにかく、年齢の事は置いておくとして。結局君はなぜこんなところに? それともし迷惑でなければここがどこだか教えてほしいのだが」

 

「ここはスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯の医療キャンプ……です」

スオムス空軍?

 

「すまない。スオムスというのはどこの連合に属する国家だ? 東南アジアか?」

 

「え、スオムスはスオムスですけど……地理的に言えばヨーロッパです」

ヨーロッパにスオムスなどという国があった記憶はない。だが彼女の様子からして嘘を言っている風にも思えない。もしやその国独自の固有名所か何かかもしれない。

 

「……ここはそのスオムス……という国の駐屯基地であることは間違いないんだな? では地球連合本部か東アジア防衛……月面基地への衛星通信。とにかくどこでもいい。連絡をさせてはくれないか?」

 

「えっなん……ちきゅーれんごぅ? げつめんきち?」

首を傾げ、何を言っているのか理解できていない様子の少女。先ほどから感じる違和感……何かがズレているような気がしてならない。

 

「と、とにかく何処かに連絡をしたいんですよね? 目を覚ましたことをアウロラさ……あー、上官に報告しなきゃいけないんで、一緒についてきてくれますか?」

言われるがまま頷き、俺は彼女に連れられ指令室があるという別の区画へ向かった。

……ん? 上官?

 

「失礼、君は軍人……なのか?」

 

「え、あっ。遅くなりました、スオムス空軍 第24戦闘機隊 第3中隊所属『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』曹長です!」

ピシリと背筋を伸ばし敬礼をする彼女の姿は今までの少女らしさから僅かにではあるが精練された軍人のソレを彷彿とさせた。まさかこんな少女が軍人……それも下士官の最高位とは……。

だが相手の容姿がどうあれ軍人であるなら俺もまた軍人として立ち振る舞わなければならない。

 

「地球連合軍 第72連隊 月軌道艦隊司令 『トーマ・イズル』大佐だ」

大佐、という肩書を聞いた瞬間。彼女の表情がサッと蒼くなったような気がしたが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤバいよヤバいよ……どうしようどうしよう!

 

少女。ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは人生の中で一番といって良いほど焦っていた。額や頬からは滝のように冷や汗が溢れ、視線は常に下を向き焦点が合わず足取りもフラフラであり危なげである。

カツカツと歩く廊下が無限に感じほど長く思えた。ニッカの焦る理由の元凶たる後ろの人物。トーマ・イズルと名乗った少年は無言のまま彼女の後ろを付いてきている。

付いてこいと自分から言っておきながら今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

所属は聞いたこともない部隊であるが階級が大佐……自分よりも遥か上の地位にいる人物。上層部のお偉いおじ様達と同じくらい偉い人物に対して知らなかったとはいえ、上官に対してタメ口や睨むといった失礼極まりない行動の数々。厳重な処罰は免れないだろう。

 

どうしてこんな事に……ツイてないなぁ……。

ニッカは己の運の悪さを今日ほど呪ったことはない。

 

『ツイてないカタヤイネン』

事あるごとに不運に見舞われる彼女にいつの間にか定着してしまった異名である。

空を飛べばストライカーユニットに異常があったり雷に打たれたり、銃を撃てば弾詰まりを起こしたり……とにかくツイていないのである。

 

そんなニッカは先日、『偶然』雪山で遭難していたであろう少年を救出し『偶然』医療棟の周辺警備を交代し『偶然』見かけた人影に声を掛けた人物が件の少年であり、そんな人物が自分よりも遥かに高い階級とはついぞ知らずに失礼を働いた。

 

ほんと……ツイてないなぁ……。

 

やがて到着した指令室前の扉。ニッカにはその扉が救いのように思えた。

ようやくこの気まずい空間から解放される……!

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた時期が彼女にもあった。

 

「…………」

 

「…………」

 

ひえぇ~。

 

ニッカは心の中で悲鳴を上げていた。彼女の前には机を挟み、睨み合う二人の悪魔が居た。

 

「もう一度言うが『地球連合軍 第72連隊』などという部隊は聞いたこともない」

片や銀色の髪に凛とした美しい顔立ち。しかしてその背後には殺気を放つ熊殺しの異名を持つ悪魔のような幻影が見えるのは彼女の錯覚であるとニッカは信じている。

 

「では何度でも言わせていただくが、私はスオムス、カールスラント、ブリタニア、ガリア、オラーシャ、ロマーニャ、リベリオン、フソウ。その他挙げられた国家の存在など知らない。そしてネウロイなどという異形の存在と、それと戦う魔女(ウィッチ)と呼ばれる君たちの存在も知らない。ましては魔法などと御伽噺が過ぎるのではないか?」

そしてもう片方は、階級という概念を差し引いても彼女が恐れる『モロッコの恐怖』に臆することが無いどころか同等以上の殺気を放つ病衣姿の少年。

 

二人の会話はニッカにとってまるでチンプンカンプンな内容だった。

最初は意識を取り戻した少年——トーマの回復を祝していたアウロラであったが、所属部隊や階級の照らし合わせに始まり、出身や国家の歴史などを互いに並べてはあまりにも食い違いが多すぎる。それどころかもはや『別世界の話』だった。

まずは互いが居た世界の紀年法。ニッカやアウロラの世界では無論『西暦』1942年。だが彼の記憶していた紀年法は西暦などではなく聞いたこともない名前であった。

地図を元に国の照らし合わせでも。

 

スオムスは『フィンランド』

カールスラントを『ドイツ』

ブリタニアを『イギリス』

ガリアを『フランス』

オラーシャを『ロシア』

ロマーニャを『イタリア』

リベリオンを『アメリカ』

扶桑を『二ホン』

 

とそれぞれ答えた。

アウロラはため息を吐きながら事細かに今この世界で起きている事について一から説明していく。この世界には『ネウロイ』と呼ばれる異形の敵と戦い、そして自分たちのような魔法力を持つ少女『ウィッチ』が最前線で戦っているのだと。

過去の新聞や資料なども提示し、言葉が通じる様に文字などには統合性がある様子で、その一枚一枚を真剣に読み取っていくトーマの表情は困惑、疑問、不安、いろいろな感情が見て取れた。ボソボソと小さく「技術力がここまで低い」や「モビルスーツの開発すら」など何のことを言っているのか分からない単語が節々に聞こえてくる。

 

やがて読み終えた資料などをまとめ、小さく「ありがとう」と感謝の言葉と共にそれを返すと、大きくため息を吐き、右手で目元を抑え項垂れた。

 

「こんな考えは正直馬鹿らしく思えて仕方がないが、どうやら私は……俺は君たちと違う世界からこの世界に来てしまったのだろう」

えっ、と思わず声が漏れた。違う世界の住人。世界が違う、時代の時間軸が違うタイムトラベルなどのあまり流行りではないSF文学があったような事をニッカが思い出した。

彼が魔法力の事を「御伽噺だ」と一蹴したのと同様に別世界からやってきたなどと言われても反応に困るとその時は思った。

 

しかし。

 

「これは貴官から押収したものだ」

指令室の保管庫から取り出されたのは救助された際に彼が身に纏っていた戦闘服のようなパイロットスーツや拳銃。そして銀色の板や救急キットなどの小物。

それらを机へ並べると「間違いない、俺のものだ」とその内の銀色の板。押収した際に何かの機械であるのは間違いないと技術班からは報告されたが操作の仕方などが分からなかったらしくそのままの状態で保管されていたそれを、トーマが手に取り黒い一面の部分に触れた途端に微かな機動音と「セキュリティロック解除」のブリタニア語に近い文字列。

ニッカとアウロラは思わずその画面をのぞき込んでマジマジと見つめていた。

 

「少し待て」と指先で操作するその光景はまさに見たこともない技術の産物。コントロールに必要なボタンもレバーもなく、指先一つで操作できてしまう機械。

 

「この中に見覚えのあるものはあるか?」

一定の操作を終えたのか、その画面には複数枚の写真にも似た静止画が映し出されている。

一枚目は巨大な軍事施設にも似た建造物。二枚目は真っ暗な空に浮かぶ戦艦にも似た鉄の塊。何かと尋ねたら宇宙艦艇の一つと答えた。宇宙というものは昔学術の一環で聞いたことがあった。普段自分たちが飛んでいる青い空。その空の更に外側、大気圏と呼ばれた空間の外は空気が無く、重力もないという。

未だ宇宙へ行けたなどという話も、技術があるなどとニッカはもちろんアウロラですら聞いたことが無かった。

 

そんな宇宙空間を航行しているという鉄の塊。それが彼の世界には無数に存在しているらしい。

 

そして、三枚目の写真が表示される。

 

「これは……人か?」

それはまさに機械でできた人型のナニかだった。

 

「これはモビルスーツだ」

トーマは一言そう答えた。彼が言うにはこのモビルスーツと呼ばれる兵器こそ人類が脅威に立ち向かうための武器であると語った。

ニッカはどことなく自分が普段戦いに使うストライカーユニットに似ていると思っていた。数えきれないほどの20mほどはあるであろう巨大な機械人形が一枚目の軍事施設に並び立てられ、何かの祭りのようなものを開いてる写真も何枚か見受けられた。

 

「貴官らの脅威……とは?」

そんなアウロラの疑問に対し、彼は微かに間をあけると四枚目の写真を提示する。

 

「これは……鳥?」

映し出されたソレは先ほどのモビルスーツよりも更に大型で、機械的でありながらどこか生物的な機動兵器。

 

「モビルアーマー……行き過ぎた人類の技術が生んだ厄災の権化だ」

そしてトーマが語りだしたその世界の歴史。その内容はあまりにも常識とかけ離れた規模であり、ニッカとアウロラの両名は開いた口を閉ざす事すら忘れてしまった。

 

宇宙空間へ進出し、他の惑星へと開拓の手が伸び始めた頃。あらゆる分野の技術力はけたたましく成長していき、まさに未来への進化を促していった。

増大した人口問題や環境。人類が生み出してきた様々な問題はその技術力によって解消され、種の繁栄はさらなる高みへと昇り始めるかに思えた。

 

だが現実は非情であった。

例え技術が進歩し、多くの問題を解消しても人類は『争い』を辞める事はなかった。戦争をするための技術はそれまで以上に進化し、人為的に動かすモビルスーツよりも無人であり、かつ自主的に補給や修理などの独立機構を備えた破壊兵器。モビルアーマーの搭乗は厄災の始まりだった。

システム管理されていたモビルアーマーの暴走。それにより地球を始め、各惑星へ甚大な被害を出した破壊兵器を生み出してしまった人類はその数を大きく減らし、世界は正しく地獄絵図と化していた。

その光景を二人は保存されていた戦闘記録映像として見ていた。

焼き払われる大地。踏み砕かれる人類の遺産。そして築き上げられた屍の山。

 

「っ……」

ニッカは思わず目を背けた。

何故、という疑問が彼女の脳内を駆け巡る。ネウロイという脅威に立ち向かう自分たちに取って、自らが最悪を招く異形を生み出してまでその世界の人間は争い続けることができるのかと。

 

「……俺の知る『世界』はこういう事だ」

俯くニッカを一瞥し、小さく息を吐くと銀色の板——携帯端末の電源を切った彼は姿勢を正した。

 

 

 

彼の言う通り、本当に別政界の住人である。……という確証を、アウロラは持てなかった。

本当にこの男は『まったく別の世界』の人間なのだろうか?

言葉や文字は互いに理解できる。地球という惑星に住み、細かい部分ではあるが国家や世界の形に大きな違いがない。ただモビルスーツやモビルアーマー、尋常ではない技術力を持つ世界と、魔法力を持つウィッチやネウロイ、彼の世界よりも遥かに劣る技術力の自分たちが住む世界。

大きな違いなようで、どこか似ている。

 

…………もしかしたら。

一つの『可能性』が頭を過ったが、その可能性はあまりにも認めたくはないものだった。

 

もしかしたら、彼の世界は私たちの世界の遥か未来の出来事なのではないか?

数年先などではなく、それこそ数百、数千年という時を重ねれば地球の地形などいくらでも変わるだろう。

もしもネウロイを殲滅できた人類がやがてたどり着いた先が……。

 

首を横に振り、アウロラは思考を止めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

無言のまま、アウロラとニッカはそれぞれ目を閉じ、下を向いていた。

そんな二人を見かねてか、今までの声色とは違いどこか明るげにトーマが言葉を発した。

 

「湿っぽい話はここまでだ。すまないが少し食料を恵んでくれないか?」

その発言があってか、キョトンとしていたニッカの腹部から空腹の信号音が発せられる。そういえばと夕飯の時間がすっかり過ぎていたことに気づいたニッカは頬を微かに紅く染め、たははと笑う。

 

 

 

 

 

静寂な空には、煌びやかに輝く満月が大地を照らしている——。

 

 

 

 

 




できるだけ一話一話の平均文字数は8000~10000程度に収めようと思ってますが
どのくらいが一番バランスがいいのか……

現状キャラのポジション

三日月=トーマ
オルガ=アウロラ
アトラ=ニパ
クーデリア=???

鉄血でいう誰々ポジにストウィの誰々を当てはめるような構成にしようとしている件(死ぬとかそういうのは無しで


ネウロイとの戦闘描写や濡れ場はまだまだ全然先になりそう(第10話以内には何とかプロローグ冒頭のシーンに繋げたい

追記:ニパの年齢を何をはき違えたのか1942年の時点で13歳になってたので15歳に直しました<(_ _)>


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第三話:スオムス

まったく関係ないですが、軌跡の輪舞曲でバルクホルンのSSRを手に入れ、現在シャーリーとペリーヌ、バルクホルンの501で好きなトップ3全員分確保
早くルチアナとかアメリ―実装してくれよ~頼むよ~(切実


「…………」

小さな一室。カチカチと壁に取り付けられた時計の秒針が音を立てる中、俺は静かに新聞を眺めていた。傍らには他にも数多くの新聞や歴史資料などといった『この世界』についての情報の数々が積み重ねられている。やがて読み終えた新聞を閉じ机の上に置き小さく息を吐いて額に手を当て唸り声を漏らす。

 

どうやら本当に俺は別世界に来てしまったようだ。

 

昨日のユーティライネン大尉との会見の後。一時的に身柄を『保護』という名目で、ここスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯地に身を置くことになった俺は文字通り暇を持て余していた。保護という名目上、ぞんざいな扱いをされないとはいえ、一定以上の自由があるというわけでも無い。外出許可や行動一つ一つにも何かしらの許可が居るようだ。

結局、ここが俺の住んでいた世界とは別の世界、つまりパラレルワールドというものだというのであれば地球連合軍や月面基地への通信は不可能。携帯端末が座標地点の更新が出来なかったのは、そもそも宇宙(そら)に衛星が存在しなければデータの更新が出来なくて当然と言える。唯一の救いとしてはこの世界の地形があちらの世界の地形とあまり変わりないため現時点での位置座標だけは計測できることだろう。

 

あまり変わりない。と言っても一部だけは明確に違うと言える。

この世界の地図を端末にある世界地図と照らし合わせてみるとアメリカの形状が明らかにおかしい、どう見ても星形に見えてしまう。

 

「…………」

記憶を遡る。

地球圏の最終防衛ラインでの戦い……。押し寄せるモビルアーマー数機とその子機であるプルーマの大群。他の艦隊や部隊を率いるガンダムフレームを駆る者達と結託し迎撃に向かった。

 

戦闘が始まり、自分の対面に捉えたのは固有名称『ヴァ―チューズ』の名を冠したモビルアーマ―の一機。戦闘は熾烈を極めた。

押し寄せる大量のプルーマ、一機一機の戦闘力は決して高くはない。だがその恐ろしさは物量にある。モビルアーマーには資源さえあればプルーマを独自に製造する自己生産機構を有しており、修理や補給なども独断で行える。故に完全な破壊をしない限りモビルアーマーを止めるすべはない。

 

だがモビルアーマーはプルーマによって護られる形で囲まれ、まずはその突破を余儀なくされる。しかし数が数なだけあって突破は容易ではなかった。

主力艦隊の支援砲撃を受けながらモビルスーツ部隊での突破も失敗し数時間にも及ぶ戦闘の末、部隊の半数以上が壊滅された。

しかし敵は撃破された子機や味方の残骸を利用し修理や生産を続ける。こちらの一方的な消耗戦だった。

 

 

 

 

 

俺は一つの賭けに出た。

単騎でヴァ―チューズを相手取り、プルーマを部下に任せるというものだ。

安直な作戦かつ、無謀とも言える作戦とすらいえない戦法。

異議を唱える部下たちを説得し、行動に出る。

味方に援護されながらプルーマの軍勢を押しのけモビルアーマーへ突撃する。

激しい攻防の末、ヴァ―チューズの撃破には成功した。

 

俺の命と引き換えに……。

 

 

 

 

 

そう思っていたが。

 

「何がどうして『ソレ』が『コレ』に繋がるんだ?」

脱力し、頭をソファーの背もたれに乗せ天井を仰ぐ。

激戦の後に大気圏で死を覚悟し意識を手放した後。何かの現象でこの世界に堕ちたとしても、その現象の『原因』が皆目見当もつかない。

摩訶不思議、としか言いようがなかった。科学的に証明できない物事は奇跡とも災厄とも呼ばれるものばかりだ。

 

ふと、アジア圏にある日本と呼ばれた国には『神隠し』という言葉があるという事を思い出した。オカルトにやたら興味を示していた部下の一人がそんな言葉を言っていた気がする。

 

神隠し。

 

神の使いである天使(ヴァ―チューズ)を屠った悪魔への天罰……か。

 

「……ははは」

馬鹿らしいと自分に呆れて自虐的に笑う。

傍らに置かれていたマグカップを持ち、中も満たしていた黒い液体……コーヒーを口に流し込む。濃い苦みと深い味わい。鼻を突き抜ける香りが心地いい。

 

「……濃い、な」

思えば『本物』のコーヒーを飲んだのは何時振りだろうか。

軍では過酷な生活と補給の面でも、食品や娯楽といったものは限りなく少ない。代用品と言われた人工的なものも数多くあったが、こういった本当の豆を使ったコーヒーなどは実に貴重なものだった。

俺を含め、戦争の最前線に立つ者の立場ならいくらでも融通は利いただろうが。俺にとって戦いこそが自分の存在意義、生きる理由であり、それを終わらせることが夢だった。

 

そう、夢だった……。

 

今となってはもはや蚊帳の外にいるであろう自分にとって、元の世界がどうなったかが気になって仕方がない。だが確認のしようがない。

 

途方もない喪失感に苛まれる。

 

「アグニカさん……俺はどうしたらいい……?」

答える者はいない。安否も確かめられない友の背中、肩を並べて歩く事が誇らしかった男。その存在が自分にとってどれだけ大きかったかなどもはや言葉などでは表せない。

だがそんな彼は『ここ』にはいない……。

 

俺にはもう、何もない。

 

虚無感に押しつぶされそうな俺の耳に、コンコンと扉をノックする音が響く。

 

「入るぞ」

ノックして返事を待たず扉を開けたのは銀色の髪をした女性。昨日あった『アウロラ』と名乗った少女だった。

 

「何か」

そう尋ねると彼女は一式の衣類を乱暴に投げ渡してくる。それは以前見た一般兵たちが身に着けていた水色の軍服に似たものだった。「着替えろ」と一言だけ告げると彼女は部屋を出て待機している。曰く、今のこの基地には保護しているとはいえ人一人に贅沢な暮らしをさせるほど資源に余裕はないらしく。一人でも多く人手がほしいらしい。

元の世界では大佐という肩書の自分が、一兵士と同等程度の扱いを受ける事にはこれと言って不満はなかった。むしろ懐かしさすらあった。

 

つまるところ「働かざる者、食うべからず」という事のようだ。なおこの言葉もアジア圏の日本、こっちでは『扶桑』と呼ばれている国にあるコトワザ……らしい。

 

そんなこんなで現在。シャベルを手に衛兵ともども基地周辺の除雪作業に汗を流す真っ最中だ。一応基地内で俺は「保護された身元不明の遭難者」との事らしいが、この扱いは如何なものなのだろうと個人的ではなく客観的に疑問を抱いたが、ただ黙ってシャベルを手渡してきた彼女の笑顔に、何か謂れのない強迫観念があり逆らうことはできなかった。

 

少しだけ、ほんの少しだけだが「なんだこの女」と毒づきたくなったがその感情は喉元で押し殺すことにしたのは言うまでもない。

 

「よう兄ちゃん。若いだけあってよくがんばるねぇ!」

バンと突然腰を叩かれる。振り返ると背の低い初老の男性が笑みを浮かべている。名前は知らないが基地の整備兵や衛兵達からは「おやっさん」と呼ばれ親しまれているらしい。

初老とはいったものの、肩までまくり上げた袖から覗く腕は筋骨隆々。低い身長に似つかわしくない見事なまでの上腕二頭筋。童話に出てくる小人の『ドワーフ』という存在が真っ先に思い浮かぶであろう人物。

 

「最近じゃネウロイの出現も不規則的になってきちまってるせェもあって、ワシらももっぱら雪かきが仕事なんじゃねェかって思えてくるわい!」

カッカッカと楽しそうに笑う彼は、微かに赤くした頬を気にするでもなく手に持っていたスキットルを勢いよく呷る。ぷはぁと息を吐くその飲みっぷりは実に爽快なものだ。

酒というものを飲んだことは無いが、そんなに美味いのだろうか。

 

「んぉ? お前さんも飲むか?」

こちらの思考を察してか、差し出されたスキットル。丁重にお断りすると面白くなさそうに眉を顰め「若ェモンが遠慮しよって」と再び酒を呷る。

彼だけではない。あたりを見渡せば誰もかれもが、どこか楽しそうに談笑しながらこの極寒の中で除雪作業に勤しんでいた。

ネウロイと呼ばれる敵との戦争を余儀なくされている世界とは思えないほど平和な光景だった。

 

 

 

 

……いや、これでいいのかもしれない。脅威となる敵との戦いがいつ始まってもおかしくはない状況で、常に気を張り巡らせていては精神が持たないだろう。

向こうではさも当然だったせいか、多少のズレで非常に違和感がある。

 

やがて作業がひと段落したところで休憩を挟むことになった。兵達はそれぞれ談笑をつづけながら近場でくつろぎ始め、必然的に一人となった俺は特にすることもなく、フラフラと遠すぎない位置で散歩をしていた。

 

 

 

 

 

「ん?」

除雪していたガレージの正面ハッチまで来たところで一人の人影を見つける。両手で抱える大きな箱を二つ積み上げ、フラフラと危なげな足取りでどこかへ向かおうとする少女。この世界に来て最初に名前を教わった『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』曹長の姿だった。ガチャガチャと鳴る箱の中身からして金属系の部品でも入っているのだろうか。あの様子ではいつか転んでしまうのではないか?

 

そう思い、俺は彼女へ歩み寄り横から奪うように箱を抱える。「あっ」と声を漏らす彼女が俺を見上げると再び小さく声を漏らした。

 

「どこに運べばいいかな」

そう尋ねると慌てて奪われた箱に手を掛けてくる。

 

「い、いいですよ大丈夫です! 自分で運びますから!」

ワタワタと大げさに焦るカタヤイネン曹長。遠慮するなと言うと少し悩んだ末ようやく手を放した。道を案内される形で随伴し荷物を運ぶ。男である俺からしても結構な重さのある箱だ。それをこんな華奢な少女が抱えられている時点で凄まじい。これも魔法力とやらの恩恵なのだろうか?

 

「すいません、上官であるはずの大佐さんにこんな……」

ボソボソと硬い表情のまま呟く、たしかに下士官が佐官である人物に荷物を持たせるというのはあまりにも気分のいいものではないだろう。本来であればむしろ逆なのだから。

 

「構わないさ、大佐とはいえ所詮俺の階級は別の世界での話だ。……それとも、むしろ敬意を表して言葉遣いを改めるべきは自分かもしれませんね、カタヤイネン曹長殿」

茶化すように口角を吊り上げそんなことを言うと、カタヤイネン曹長はまたしても慌てて両手を振る。なんとも見ていて面白いリアクションをする娘だと感じる。

人を弄る趣味はないが、これはこれで楽しいと呼べるのかもしれない。……彼女には申し訳ないが。

 

「あっ、そこの道を右にいって——」

 

「おーい、ニパー!!」

指で右折を促す彼女の言葉は、唐突に背後からの呼び声に妨げられる。ビクリと肩を震わせた彼女の表情は、何故か「まずい」といったものに変わっていた。

振り返ると手を大きく振る一人の少女を先頭に、他に二人の少女が並ぶ三人組がこちらに向かってきていた。身に纏う服装からしてカタヤイネン曹長と同じ『ウィッチ』というやつだろう。

 

「んん? 誰ダ、お前。見ない顔ダナ」

先頭に居た少女。銀色の長い髪を含め、どこかユーティライネン大尉に似た雰囲気を持ちながら幼さのある少女が目を細めながら不信感を抱いた眼差しを向けてくる。

 

「……あれ、ひょっとしてあの時の人じゃないかな?」

続いて声を上げたのは、一見カタヤイネン曹長と見間違えてしまうほど用紙のそっくりな少女。そっくりとはいえ完全な瓜二つとまではいかない。多少なりとも違いが取れる少女。……主に体つきで、とは口が裂けても言えない。女性に対しては失礼な部分だろう。

 

「あーっと……この人は——」

 

「なんだ、思っていたより元気そうじゃないか」

髪を後頭部で一纏めにし、四人の中で一際しっかりものな立ち振る舞いの少女が呟く。どうやらこの三人はカタヤイネン曹長に発見された際に居合わせていたようだ。

 

「ふ~ん……」

マジマジと顔を眺める長い銀髪の少女。顔からつま先までをじっくり眺めた後。「微妙ダナ!」と何故か満足げに言い放つ。いったい何が微妙なのだろうか。

 

「ちょっ、イッル! ダメだよ上官にそんな失礼な!」

イッルとカタヤイネン曹長が呼んだ少女に慌てて詰め寄る。そんな彼女に「上官?」と三人が眉を顰める。

 

「えっと、この人はトーマ・イズル大佐で、少しの間この基地で保護されることになったんだよ」

そう説明した彼女の言葉……というよりも『大佐』という単語を聞いた途端に三人の顔色が変化する。

 

「うぇっ!? た、大佐!? 嘘ダロ、私達とそんなに歳変わんないダロ!?」

銀髪の少女は見るからに狼狽し、カタヤイネン曹長と瓜二つの少女は「へぇ~」とどこか微笑ましそうにしている。そして髪を一纏めにしている少女は「ほほう」と怪しく笑い、目を微かに光らせた。三者三様のリアクション。四人の接し方からして友人関係なのだろう。とすれば彼女たちも俺よりも歳は僅かに下。その上でカタヤイネン曹長同様に少年兵とは無縁の下士官かそれ以上の階級を持っていると推測できる。

 

「カタヤイネン曹長、さっきも言ったが俺の肩書は『ここ』では飾りにもならない無価値なものだ。君たちも気にしないでくれ」

 

「え~……でも……」

 

「なんかよくわかんないケド、とにかくよろしくナンダナ。私は『エイラ・イルマタル・ユーティライネン』階級は曹長ダ」

銀髪の少女、やはりあのアウロラと名乗った女性の身内だったか。

 

「私は『ハンナ・ヘルッタ・ウィンド』。同じく曹長です、気軽にハンナって呼んでください」

カタヤイネン曹長と瓜二つの少女、むしろこっちは身内ではないらしい。他人の空似、というものか、初めて見たな。

 

「同じく曹長『ラウラ・ヴィルヘルミナ・ニッシネン』だ」

髪を纏めた少女は名乗ると共に「今度カードで賭けでもしよう」と言われたが、俺には賭けるものは持ち合わせてないと答えると「つまらん」とそっぽを向かれてしまった。子供か。……いや、子供だったな。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、お前は何であんなところに居たんダ?」

 

「イッル……流石に上官に『お前』呼ばわりはまずいって!」

 

「え~、別にいいダロ本人がそう言ってるんだから、なぁ?」

ユーティライネン曹長の言葉に「ああ、構わない」と答える。実際、この世界での自分の立場上、むしろ俺の方が畏まるべきなのだろうが。何故か「お前の敬語はなんか違和感あある」と却下された。……何故だ。

 

「で、実際なんであんなところに居たんダヨ」

彼女の疑問に、俺は果たして本当のことを言うべきか悩んでいた。というよりも言ったところで信じてはもらえないだろう。携帯端末も着替える時に部屋に置いてきたしまったことだしな。どうしようかと目線をカタヤイネン曹長に向けると「う~ん……」と難しそうな顔をする。当然だ、いくら友人とはいえいきなり「この人異世界人です」なんて正気を疑われる。

 

「すまないな、その事についてはユーティライネン大尉……君の姉の許可なしには言えない機密でな。気になるのであれば直接本人に訪ねてくれ」

我ながらナイスな言いくるめだと言える。

 

「なんだ、ねーちゃんの事知ってるのか」

 

「ああ、直接君のことを聞いたわけではないが。ミドルネームやファミリーネームが同じだったからな」

 

「そういえば、名前からして扶桑の人っぽいけど、出身は扶桑なの?」

ウィンド曹長の問いに、微かな間をあけてから「いや」と答える。俺の名『トーマ・イズル』はその語感が日本、こっちでいう扶桑の名前に近いものらしい。

たしかに血液検査ではアジア圏、特に日本のものが濃く診断されたがそもそも俺は親というものの存在を知らない。物心がつく前から孤児院に居た。施設の人にも何度か聞いてみたが誰も答えてはくれなかった。トーマという名前も孤児院の院長が名づけ、イズルという家名もファーストネームしか持たない俺を労ったアグニカさんによって貰った名前だ。

生物学的に言えば確かに俺は日本——扶桑の人間と言っても間違いではないだろう。

 

「……俺に故郷と呼べる場所はない」

嘘は言っていない。実質故郷と呼べる場所は無くはないが、現状帰る事は不可能であるという事は無いという事と一緒だろう。俺にとって故郷とは生まれた場所ではなく、在るべき場所なのだから。

 

……俺の在るべき、か。

 

「あっ……その、ごめんなさい」

何かを察したのか、ウィンド曹長の表情が影を落とす。……ああ、きっと彼女は勘違いをしたのだろう。帰るべき場所が無い=ネウロイに滅ぼされたと思ったのだろうか。とんだ勘違いではあるが都合がいいので弁明はしないことにする。

 

「気にしないでくれ、故郷が無くても俺は今『ここ』にいる」

愛想笑いなど、気を使ってくれた彼女たちに失礼かもしれないが。俺は自分の言葉をまるで自分に言い聞かせるように言った事を覆い隠すように表情を偽る。

 

この世界において俺の居る場所、居るべき場所など元よりないのだから……。

 

「……さて、休憩は終わりだ。俺は雪かきの続きでもしてくるさ」

傍らに置いておいたスコップを肩に担ぎ、ヒラヒラと手を振りながら彼女たちと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ごめん」

トーマが出て行った後、しばし沈黙していた三人に、ハンナは小さく謝罪した。ラウラは「本人はああ言っていたんだ。お前が気にすることはない」と宥める。

 

「故郷が無いって……それってさ」

ニッカの言葉にエイラが「そういうことダロ」と続ける。

トーマの思惑通り、ニッカを除いた三人はすっかり『勘違い』をしていた。彼の生まれ育ったであろう故郷は存在しない。つまりネウロイによって占領されたということだろうと思い込んでいた。実際、この世界では数多くの人間がネウロイによって故郷を追われ、難民として別の国に移住することを余儀なくされることは日常茶飯事である。だが故郷を失う辛さというのはスオムス出身である彼女たちには想像できないほどの苦痛であるだろうと考えていた。

 

ネウロイと戦うものだからこそ知っているネウロイの恐ろしさ。

自分たちの持つ特別な力と違って魔法力を待たない人間はただ逃げる事しかできない非力な存在。軍人として戦うことは無論できないことはないが、一般の兵士にとってネウロイはあまりにも凶悪な存在だった。通常火器などでは容易に貫通しえない強固な装甲。ウィッチのような魔法力のシールドを持たぬが故防ぎようのない灼熱のビーム攻撃。当たれば一溜りもない。一度や二度どころではない、彼女たちは人の死を何度か目の当たりにしてきた。

半身を焼かれた者。祈りを捧げながら押しつぶされた者。亡骸となった戦友の隣で呆然とする者。

苦悩も苦痛も絶望も、彼女たちは知っている。それでも戦い続けているのは単に『ウィッチ』であるからという面もある。

もちろん「故郷を守りたい」という気持ちも強い。

そして自分たちはネウロイと同等以上に戦う『力』を持っている。それがどれだけ恵まれた事かは『持たざる者』しか分からない事だった。

 

「……」

ニッカはただ黙っていた。この中で唯一真実を知る彼女ならば単純に「別の世界の住人だからこの世界には故郷が無い」という解釈もできるだろう。

だが彼女にはそれができなかった。できるわけがなかった。

 

彼の持つ端末で見せられた向こう側の世界の惨劇。

ネウロイのように圧倒的な力で無残に人々を焼き払うモビルアーマーと呼ばれた殺戮兵器。そしてそれと戦うトーマのようなモビルスーツパイロット達の戦い。

決して楽なものなんかじゃないだろうとニッカは考えた。

 

あまりにも似ているのだ。

ネウロイと戦う自分たち(ウィッチ)とモビルアーマーと戦うトーマ達(パイロット)の姿が。

戦う力を持つ者は戦い、力ないものは怯える世界。力ないものを背負い戦う者の苦悩も守られるだけの存在でしかなかったものの無念も、まるで違う世界なのに似ている世界。

 

彼は二つの世界の中心にいる不安定な存在だった。

向こうの世界では最前線で戦う兵士であり守る側の人間だった、守るべきものが確かにあったはずだった。だがある日突然彼はこちら側に迷い込み、右も左も分からぬままこの場所へ流れつき。戦う力もなく、守る側から守られる側になってしまった。

 

それがどういう事か。どれだけ悔しい事かニッカには想像もできなかった。

 

もしもある日突然自分から魔法力が無くなってしまったら……。

 

「っ……」

そう考えただけで体に悪寒が走る。ウィッチは年齢が20を超えると自然に魔法力が衰えると言われている。現在15の彼女はあと5年の猶予があった。

5年も猶予があり自覚があれば少なからず諦めは付くだろう。

 

だが彼は違う。文字通り「ある日突然力を失った」のだから。

彼はもう戦う事は出来ない、守る事が出来ない。きっと無力感に押しつぶされてしまうのではないかとすら思えた。

 

しかしトーマは笑っていた。どこかぎこちない、無理をしたとわかるほどに歪んだ笑み。力を無くしても彼は強い人間なんだと、最後に言った言葉を思い出した。

 

 

 

 

—気にしないでくれ、故郷が無くても俺は今『ここ』にいる—

 

 

 

 

どういう意味でその言葉を言ったかはニッカにも分からなかった。だが彼女はその言葉の意味を間違った解釈だと知らずとも、どこか暖かく勇気が湧くような気持になった。

 

彼は今『ここ』に居るんだ。

つまりそれは『ここ』を彼の帰るべき場所にすればいいのだと……。

 

少女—。『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』の胸に小さな願いが生まれた。

 

どうかあの人が、ここ(私の故郷)を好きになってくれますように……。

 

トクンと心臓の鼓動が一際大きく脈打つ。

故郷を守りたいと思う少女にまた一つ『守りたいもの』が増えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルツィレ基地から遠く離れた山、ハルティの麓は数日の大雪によって大きく姿を変えていた。舗装された山道は雪山の一部となり、数mはあった針葉樹はその半分以上を雪で覆い隠されていた。

 

そんな雪の平原の地下深くに、それは『あるべき主』を待ち続けている。

積もり積もった雪の溶けだした一滴の雫が光の失われた宝石のようなカメラアイを流れる。そして一度小さくゴウンと思い音と同時にその眼光が取り戻された。

響き渡るエイハブリアクターの駆動音。その音に驚き逃げ惑う雪山の動物たち。鳥が羽ばたちリスが木の幹に空いた穴の中へ避難し、鹿は全速力で山を駆け下りていく。

 

悪魔は目覚める。その『時』が来るのを待ち続ける。

 

正義を司る化身は主の帰りを待つのだった——。

 

 

 

 

 

やがて訪れる戦いの時まで……。




(まだフラグじゃ)ないです。
ニパはチョロそうでそうでもないという勝手な妄想。

モチベーション向上のためにいろいろ妄想を膨らませてがんばります。

なんかこう、この世界観に合ったオープニングとエンディングのイメージ曲なんかも探してたり。


トーマのキャラクターイメージソングはONE OK ROCKの「The Beginning」

いろんな曲聞いて歌詞に合わせてイメージに合うシナリオを考えてたりするのって意外と楽しい。逆にシナリオに合った曲を見つけるのが大変っていう。

今週も何とか更新できました。
ほぼ一発書きですから誤字脱字があるかもしれません、ご指摘ご報告いただけると幸いです。


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第四話:夢の欠片

毎秒投稿しろ。
とは言わないけどもう少し余裕をもって更新できるようになりたい(願望


それは彼、トーマ・イズルが魔女の存在する不思議な世界に迷い込んで一週間が経過したある日の事だった。

 

「…………」

少年は両手で顔を覆い隠し、小さくボソリと言葉を呟く。

 

「もうやだこの世界……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、俺が担っていた基地における書類等の整理がやや遅れ気味になった日の事。本来であればユーティライネン大尉の仕事である書類整理であるが、やたらと面倒くさがる上に世界は違えど自分以上に階級が高いはずの俺を顎で使う事に面白みを覚えたのか。

ちょっとした雑務を初め、彼女はあらゆる面倒事を人に押し付けた当の本人は朝から酒を呷りに出かけていた。

 

事実上部外者である自分が、軍の内部情報を掌握するような立場に居ていいのだろうかという疑問を抱きながらも、一応命を救われたという恩もあり彼はしぶしぶと雑務をこなしている。哨戒任務の報告書をまとめ上げ模擬戦によるウィッチ達の成長過程や長所、短所などのプロフィール作成、老朽化により破損した機材などのチェックと廃棄処分手続き、更には低い予算内でその穴埋めをする政策。

ユーティライネン名義であれば少なからず上層部は通してくれるだろうなどと彼女は言っていたが。いつの間にかそんなことを平気で許可してくれるほど信頼されていたのかと疑問符を浮かべた。

 

「ふぅ……」

纏めた書類を机の上で縦向きにコンコンと整え、大きな封筒にそれを包装し封蝋を捺す。長時間の書類整理をした疲れからか、グッと目と目の間を指で抑え込む。

長い事デスクワークなんてやっていなかったせいか、普段から一兵卒達などに混じって歩兵の訓練で体を動かす以上に疲れたような気がした。

 

椅子の背もたれに重心を移し体を伸ばす。完全に冷め切ったコーヒーを一口飲み、再び小さく息を吐いた。

 

たった一週間とはいえ、少しずつ慣れてきている。

 

戦争という一線から身を引いたからだろうか、どことなく心に余裕が生まれていた。

パラレルワールドに迷い込んだなどという一言でいえば笑い話になってしまうような現象に遭遇した当初こそは困惑したが、今ではすっかりこうしてデスクワークの間にコーヒーを楽しむほどになっていた。

 

だが決してこの世界があの世界に比べて平和であるとは言えない。この世界にはこの世界で深刻な問題が確かにあった。

ネウロイという存在。現状、未だその実物を見たことはないが参考資料として見た写真などから主兵装と呼べるものは無限とも言えるビーム兵器の嵐。そしてその強大な質量を持つサイズ。出生や正体についてはその一切が謎に包まれる『怪異』と呼ばれるもの。

そしてそんな存在に真っ向から戦って有効打を与えられるのが年端も行かない少女達だけだという。

実際に遭遇し、言葉を交わした彼女たちウィッチは、確かに特別な存在なのだろう。魔法力という常人には持つこともできない力を持ち、その中でも選りすぐりな者たちは皆エースと呼ばれ称えられている。

 

向こうの世界では女性は少なくとも前線で戦うような存在ではなかった。俺たちモビルスーツパイロットのように阿頼耶識の手術など受けるわけでもなく、もっぱら医療系の施設で働いていたりというものばかりだった。

部下の中には結婚し、子を育んでいる者も多くいた。誰もかれもが戦いの中で守るべき者の話を語る時はいつも幸せそうだったと記憶している。

 

……そういった経験が無いからか、これといって実感が湧かないが。彼らの「守るために戦う」という意志は彼女たちの「守るための戦い」と同じものなのだろう。

 

自分はどうだっただろう。

確かに俺はモビルアーマーと戦う兵士の一人だった。だが戦う理由について深く考えたことはなかった。言うなれば戦う以外の生き方を知らなかった、と言うべきか。

だがそれも『彼』との出会いで変わった。

 

彼——アグニカ・カイエルの語った理想の世界を実現することに賛同し、その道を歩むことに確かなものを感じていたはずだった。

だがしかし今改めて見れば、それはあくまで彼の後を追うだけだったのかもしれない。

決めたのは自分であるが何かが違うような気がした。

 

この世界で過ごしてからというもの、心のどこかで満たされるものがありながら、ポッカリと穴が空いた感覚があった。

 

平和のために戦っていたのは確かだが、どちらかと言えば戦う理由を後から付け足していたような気がした。

そして今俺は俺自身が戦う理由を失っている……。

 

彼女たちを見ていると自分が小さく見えてしまう。世が世なら彼女たちも歳相応の少女として振る舞い、いずれ家庭を持ち子を育み、幸せというものを手に入れられるだろう。

それでも彼女たちは戦う事を選んだ。その身に似合わぬ銃火器を抱え、死んでしまうかもしれないという恐怖も拭い去り、そしてそれでも笑っている。

 

この世界の女性は強いのだ。

チカラだけではない、心もだ。

 

……そんな彼女たちだからだろうか。その姿を間近で見てしまっていたからだろうか。

力になりたいと思ってしまうのは。

 

 

 

物思いにふけていると、部屋の扉をノックする音が静かな室内に響き渡る。叩く強さからしてこの部屋本来の主である彼女ではないだろう。そもそも彼女はこちらの返事を待たずにズカズカと入ってくるはずだ。……まぁ元々ここは彼女の持ち場のはずなのだが。

 

「どうぞ」

短く聞こえる様に返事を返すと、ゆっくりと扉を開けて様子を伺うように顔を半分だけ覗かせ、こちらの様子を伺うように姿を現したのか淡い金色の髪を短く切りそろえた少女だった。

 

「カタヤイネン曹長、どうかしたのか?」

 

「うっ……」

俺の問いに、何故か影を落とす表情。やたら目が泳いでいる。というよりも何故か部屋に入って来ようとせず扉から顔の半分だけを覗かせたままで留まっていた。

 

一体どうしたというのか?

 

「…………」

 

「……入ってきたらどうだ?」

このまま黙っていたら彼女はずっとそこに居続けるんじゃないかと思い、部屋に入るように促す。座りやすいように客間の椅子を一つ引き、新しくコーヒーを二つ用意する。

 

「失礼します……」

おずおずと部屋に入ってきた彼女の姿を見て、思わず目を細めた。

 

手や衣服を汚す煤の黒色、ところどころ破けた衣類。まとわりついている小枝や葉……そして一番目を引いたのは破れた衣服の綻びに染みついた紅……。

 

「何があった」

落としそうになったポッドを慌てて置き直し彼女へ駆け寄る。

 

「あっいや何でもないんです」

 

「何でもないわけないだろう! 怪我をしたのか!?」

肩を掴み、慌てて傷を確認するが、怪我をした様子も後もなかった。じゃあこの血は一体?

 

「あの……私には『固有魔法』があって……」

 

「固有魔法……?」

そう言えばウィッチについて知識程度に知っておこうと色々と書物を漁っている中にそんな項目があったのを思い出した。一般的なウィッチの中には『固有魔法』と呼ばれる大きく分けて三種の特別な才能を持つウィッチが少なからず存在するらしい。

全員が持っているわけではなく、ごく稀に開花させる能力らしく貴重な存在であるとか。

たしか『念動系』『攻撃系』『感知系』の三つだったか?

 

「うん……じゃなくって、はい。それで、私の固有魔法は治癒魔法の一種で、傷の再生速度が普通の人よりも優れてるというか……とにかく私『は』大丈夫なんです!」

自身が大丈夫というのなら大丈夫なのだろうが。その割にはやたら焦っているというか……何かを伝えようとしているが言い出せないといった様子で……。

 

…………。

 

…………ん?

 

 

 

 

 

私『は』?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた盛大に壊したな」

 

「うぅ~……」

場所は変わってガレージ。慌ただしく走り回る整備兵たちを他所に、俺とカタヤイネン曹長は目の前に置かれた一個のガラクタを眺めながらため息を吐いた。ボロボロになったその二本のガラクタはそれはもう高価なものだった。もちろん過去形である。

もはや修理できる状態じゃない。

整備班の責任者である初老の男性、おやっさんは呆れた様子でそう言った。

 

ストライカーユニットは貴重である。

 

「わ、私が壊したんじゃないんだよ!? 訓練中に突然壊れたんだもん!」

彼女の通称『ツイてないカタヤイネン』という異名を俺は侮っていたのかもしれない……。

 

不服そうな彼女を横目で見ながら、俺は頭を抱えた。

また仕事が増えた……。

 

ストライカーユニットの損失届と新しいユニットの支給届を含め、面倒な書類とにらめっこしている内に外はすっかり暗くなっていた。

ユーティライネン大尉が面倒くさがるのがよく理解できた一日だった。

 

「ア゛-」

約半日以上を椅子の上で過ごしたのは流石に始めてだった。

ただでさえ補給の滞りが悪いこのスオムスでストライカーユニットを一機新しく仕入れる余裕も無ければ予算もない。かといってウィッチ一人の戦力はその予算を上回る以上に痛手である。申請書を出して返事が来るのに数日、更に承認されたとしてユニットが届くのもさらに先の事……。

 

「もうこんな時間か」

時計を確認すると既に時針は11時を指し示していた。書類整理の集中力を途切れさせないために濃いコーヒーを止めどなく飲み続けたせいか軽い不眠症のような症状が出ているのか、睡眠欲がまったく出てこない。

 

「ん? あれは……」

ふと窓から外の雪景色を眺めていると、四つの影がこそこそと何処かへ向かうのが見えた。外灯が無くとも微かに見えたそれに見覚えがあった俺は、なんとなく気になったため借り物の外套を手にその影を追う事にした。

今日も外は冷える事だろう。少し用意もしておいた方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年は無事見れそうだね」

四人の少女は忍ぶように雪の中をかき分けていく。吐く息は白く、白い世界で歩を進める四人の少女はどこか楽し気な面持ちだった。

 

「去年は曇ってた上にねーちゃんに見つかってこっ酷かったからナ~」

 

「あの時は色々あってアウロラさんも機嫌悪かったし災難だったね~」

 

「バルバロッサ作戦……か」

四人はかつて起きた大きな戦いの記憶を蘇らせた。ネウロイが出現する『巣』と呼称された巨大な積乱雲にもにた黒い雲の塊。ネウロイはそこから現れると言われていた。

当時ネウロイとの戦いで激戦区になっていたペテルブルクへの進行作戦。彼女たち四人を含め、スオムスはほぼすべての戦力を投入してこの作戦に尽力した。

 

しかし作戦は失敗。中止となり前線は後退し、スオムスを初め近隣諸国の舞台にも多くの損害を齎す戦いは敗北に終わってしまった。

 

「いつか絶対、ネウロイを倒して平和な世界にしたいね」

その言葉は本心からの願いだった。ニッカだけではない。エイラも、ハンナも、ラウラも、そしてスオムスだけではない世界中の人間がそう願っている。

夢では終わらせない、いつか絶対に実現してみせる。

 

その願いを叶えるために彼女たちは戦ってきた。これまでも、そしてこれからも。

 

夜空を眺める四人が、決意を新たにしていると少し離れたところから声がする。一瞬エイラは姉であるアウロラに消灯時間外に外出したのがバレたのかと肩を大きく震わせるが、その声が姉ではなく男性の声であると判断しその方角へ視線を向ける。

 

「なんだトーマか……脅かすなよナ~」

安堵し息を吐くエイラに「何の話だ?」と疑問符を浮かべる少年、トーマは雪国であるスオムス軍特有の真っ白な厚手の外套に身を包んでいた。制服のままの四人に対し厚着しているトーマの方が一見寒がりに思えるが、それはスオムス人でありウィッチである彼女たちの体質と違うだけで氷点下の中で平然としている彼女たちがおかしいのだ。

そんな四人を見てトーマは「どうして寒がらないんだコイツら」という疑問の眼差しを向けている。

 

一週間という短い期間であるが、トーマはベルツィレ基地に慣れ親しんでいた。彼の将校としての有能さを利用……もとい重宝したアウロラを中心に、優れた人材を良く思わない人物などおらず、階級を意識せず気さくな性格で誰にでも平等に接する彼は一般の兵士や整備班、そしてウィッチ達からも親しみやすいともっぱら話題だった。

それはエイラ達四人にも同様である、下士官である彼女たちに取って将校は立場上の関係からどうしても改まってしまう部分がある。

堅苦しく居心地の悪い、頭の固いと噂の上級将校たちと違って、彼は自身の階級を「ただの飾りだ」と一蹴していた。

彼の生い立ちは未だ公表されていないとはいえ、素の性格で対等に接するのはトーマ自身楽であると感じているため何も言う事はなく、むしろ好ましいとすら思っている。

 

「どうしたんですかこんな夜更けに」

ハンナの問いに小さく「それはこっちの台詞だ」と一笑する彼は頬を掻きながら、窓から四人を見つけて気になって追いかけてきたと正直に答えた。

 

「消灯時間はとっくに過ぎているぞ、ユーティライネン大尉にでもバレたら怒られるんじゃないか?」

既に経験済みである四人は彼の問いに苦笑するだけだった。誤魔化すように話題を逸らそうとしたニッカは都合よく、トーマが引っ提げた大きめの水筒に目を止め。それが何なのかと聞くと、彼は懐から四つのコップをそれぞれ四人に渡し。水筒の中身を注ぎ込んだ。

持っていたコップからじんわりと熱が伝わり、少女たちの手を温める熱が広がっていく。

小豆色と泡状になった微かに白い模様が浮かんでいた。

 

「おお! ホット・チョコレート! 気が利くナ、トーマ」

暖かく甘い飲み物に、四人は歳相応の幼い少女らしさのある笑顔を見せコップに口をつける。

 

「で、結局お前たちは夜中に何してるんだ?」

暖かい飲み物で少女たちのご機嫌取りをするトーマ。特に隠すほどの理由でもないが、顔を見合わせ悪戯っぽく笑みを浮かべるエイラ達。

 

「ん、そろそろだぞ」

持っていた懐中時計で時間を確認していたラウラの言葉に、他の三人が今か今かと空を見上げていた。

 

「何がそろそろなん……」

釣られて空を見上げたトーマは言葉を失った。

雲一つない夜空。満天の星空は美しさの一言だが、そこに更なる光景が加わる。

 

「すげぇ……」

無意識の内に彼の口から言葉が漏れた。

大気の発光現象と呼ばれるそれはさしずめ自然界のカーテンのように空を漂い、緑と紫の二色に輝くそれは『オーロラ』と呼ばれる自然現象。

 

太陽から発せられる太陽風と呼ばれるプラズマの流れが地球に吹きつけ、これにより地球の磁気圏が太陽とは反対方向、つまり地球の夜側へと吹き流されている。太陽から放出されたプラズマは地球磁場と相互作用し、複雑な過程を経て磁気圏内に入り、地球磁気圏の夜側に広がる「プラズマシート」と呼ばれる領域を中心として溜まる。

このプラズマシート中のプラズマが何らかのきっかけで磁力線にそって加速し、地球大気へ高速で降下することがある。大気中の粒子と衝突すると、大気粒子が一旦励起状態になり、それが元の状態に戻るときに発光する。

科学的に表してしまえば何とも浪漫のない話ではあるが。

 

しかしそんな学術的理論を忘れさせるほどの美しさに、トーマは息を吞んだ。オーロラを見るのは初めてではなかった。小規模ではあるが元の世界でも少しは目にした記憶があるが、戦う事ばかりを考えていた彼が風景を楽しむというのはこの世界に来てようやく覚えた楽しみの一つでもあった。

 

ゆらゆらと揺れるオーロラは神秘的で幻想的な美しさを魅せる。

 

「毎年この季節になると見れるんだよ」

スオムス生まれで十年以上この地で生きてきた彼女たちに取ってオーロラは見慣れた景色ではあったが、この大規模なオーロラ現象には特別な思い入れがあった。年に一度と言われた絶景。これを目にする度に彼女たちは、その景色をまた皆で見るためにがんばろうという気持ちになる。

いつか、本当に平和を勝ち取った時、笑ってこの景色を眺めるために。

 

「…………」

 

「っおいどうしたんダヨ!?」

不意にエイラがトーマの顔を見て驚きの声を上げる。空を見上げていたニッカ、ハンナ、ラウラの三人も彼女の言葉に釣られ、彼の顔を見ると驚いていた。

 

「……あれ?」

無意識だったのか。トーマ自身も頬を伝う涙に驚いたのか、慌てて袖で拭い去る。

 

「なんだこれ、別に悲しいわけじゃないんだが」

恥ずかし気に微笑を浮かべる彼を心配してか、四人が不安そうな顔で彼を見ている。

 

「そんな顔するな、せっかくの綺麗な景色が勿体ないだろう」

もう一度その美しい空を見上げ、トーマは何かを思うように言葉を続けた。

 

「この空を……君たちは守り続けてきたんだな」

「なぁ」と四人に声を掛け、全員の視線が集まる。彼は神妙な面持ちでそれぞれの顔を見やる。

 

「お前たちはどうして戦うんだ?」

その問いかけに、四人は疑問符を浮かべた。なぜ戦うのか、そう質問されたのは何とも初めての経験だったからだ。ウィッチとして戦い始めた当初は確かに戦う理由というものについて考えたが、考える以前から既に答えはあった。

 

それは私がウィッチだから、四人はそう答える。

ウィッチであるから戦うのは必然ではない。場合によっては戦いの中に身を投じずにいる方法もあるだろう。だが彼女たちは戦う事を選んだ。

 

何故かと少年は問う。

 

故郷を守りたいからだと少女たちは答える。

他にも給金で贅沢をするため、両親を喜ばせるため、強くなって有名になりたいなど。理由を探せばいくらでも答えが出てきた。

 

少女達には夢があった。ネウロイを倒して平和な世界を取り戻したいという夢の——。

 

 

 

 

その『先』の夢——。

 

 

 

 

世界中の美味しいものを食べたい、いろんな国のいろんな景色、いろんな人に出会って旅をしたい。楽しい事や嬉しい事を多くの仲間たちと分かち合いたい。幸せな一生を迎えたい。

 

夢の先の願いも無限大。彼女たちは希望という名の可能性をその細腕に抱えきれないほど抱いていた。

 

少年は思う。

自分に無いものを、彼女たちはたくさん持っている。

羨ましいという気持ちが湧き上がるが、それ以上にその夢や願いを語る彼女たちの表情に胸が高鳴っていた。こんなに愛らしく尊い存在である彼女たち。

 

そんな彼女たちが生きるこの世界を、いつしか好きになっていた。

 

この世界に自分の居場所など無いと分かっている。それでも、今ここに居る彼は願いを乗せて夜空に広がるオーロラを眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁああああああああ!??」

絶叫が響き渡る。暖かい談話室の入り口、両手を広げ、普段の冷静沈着な表情は驚愕の色に塗りつぶされていた。

彼の眼には先ほどまでの美しいオーロラとは別の意味で、凄まじい光景が広がっていた。

 

「夜中にデカい声出すなヨー」

片目を瞑り、顔を顰めるエイラとはにかむニッカ。ハンナとラウラは彼が何に対して驚いているのか理解できず小首を傾げていた。

 

談話室の大きな机。四人はカードでゲームを楽しんでいた。

改めて飲み物を用意して戻ってきたトーマが驚愕していたのはもちろんカードゲームというわけではない。正確にはカードゲームに勤しむ15歳のうら若き乙女たちのその姿だった。

 

「何で『下着姿』でブラック・ジャックしてんだよ!」

 

そう、四人の少女は今。普段身に纏っているスオムス軍の制服を脱ぎ肌着姿のままでガードゲームをしていた。

15歳という若い少女がだらしのない格好でいる光景に、17歳の少年は顔を赤くし視線を逸らしていた。

 

戦争の中で生きてきたトーマ・イズルにも最低限、羞恥心というものはある。性欲というものはあまり意識した覚えがないとはいえ女性の肌に興奮しないというわけでもなかったらしい。

 

しかし彼の常識と、彼女たちの常識はまたしてもズレがあった。

 

「下着……? 何言ってんだァ~? オマエー」

心底呆れた様子でため息を吐くエイラ。

 

「いいから服を着ろ服を、お前たちには慎みというものがないのか!?」

飲み物の入ったポッドを近場に置いた彼は足早に部屋を出ていく。彼の常識では、彼女たちの姿はあまりにも刺激が強かったようだが、その他の四人は、何故彼が焦っているのか分からず顔を見合わせていた。

 

「服って……着てるじゃん」

ラウラは自身の胸元を包む薄い生地のインナーをピンと引っ張る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。ウィッチ達の隠された(?)一面を目の当たりにしたトーマは、アウロラへどういう事か説明を要求したが、アウロラもまたウィッチの一人であり彼の常識の外に居る人物の一人でもあった。

 

 

 

 

 

この世界に『パンツ』という概念が存在しない。

 

 

 

 

 

「何を言っているんだ? これはズボンだ」

そう言いながら自身の履く白い逆三角形のソレを、彼の前で露出させる。

 

この世界に来て一番の非常識に、彼は思わず両手で顔を覆い、泣き出しそうな声で小さく言葉を漏らした。

 

 

「もうやだこの世界……」




どんどん駆け足気味で文面が雑になってきている気がしてならない。
というかそろそろ本筋を進めないといかんでしょ

スト魔女世界での戦闘描写、未だに0。
そろそろ話を進展させないと、いかんでしょ


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第五話:青い空の向こう

総合UA6000を超え、お気に入り登録も70人以上の方にしていただき感謝の極み


寒波が過ぎ去り、スオムスの空に清らかさが取り戻された。

太陽から発せられる光が空気中に散乱し、光の中で波長の長い赤色と違い波長の短い青色はより広く散乱することにより見える空が青色であるという認識現象。名を『レイニー散乱』という。

 

そんな青い空に、二本の飛行機雲が縦横無尽に駆け巡っていた。

前方の影を追うように、その後ろを離れまいとするもう一つの影。

 

「へっへ~ん! 当てられるもんなら当ててミロ~!」

余裕の表情を見せ、追跡するニッカに対し片目を閉じ舌を見せ挑発的な態度を取る銀髪の少女エイラ。

 

二人は今ストライカーユニットを履き、航空機動による格闘戦を繰り広げていた。

繰り広げていたといってもエイラはただ逃げるだけで反撃などはせず、ニッカの持つペイント弾が装填されたスオミM1931短機関銃から放たれる弾を軽やかに躱している。

 

「くっそー!」

顔を顰め、何としてでも当ててやると意気込むニッカであるが弾は掠りもせず。まったく隙を見せない彼女の機動についていくのもやっとだった。

傍から見れば後ろを取っているニッカが優勢に見えるが、二人の様子はまるで逆。

 

「何度見てもすごいものだな」

構えていた双眼鏡を下げ、トーマは小さく呟く。二人の模擬戦を観察する彼にとって、ウィッチの戦い方というものは見慣れない物珍しさがあった。

 

彼の世界で重力下での航空戦というものは戦闘機が主だ。固定されたジェットエンジンにより前方へ加速し、主翼や尾翼にある昇降舵によって上下に、機体そのものを傾けることによって左右に機動を取る三次元機動。だが機体はもちろん搭乗者の負担などの問題点もあり、激しすぎる機動変換は重大な損害を生みかねない。

 

しかしウィッチ達の戦い方はまるで違う。足に履いたストライカーユニットを動力とし、両手と足の動かし方ひとつでありとあらゆる方面へ自由に駆け巡っている。

翼を持つ動物である鳥よりも変幻自在に飛び回るその様を初めて見た時、トーマは「まるで天使みたいだな」と感想を述べた。

現にエイラは両手両足を色々角度へ伸ばし、腰を捻り重心を逸らして機動を変則的にする。

 

彼女たちの動きを、宇宙空間でモビルスーツを扱う自分たちモビルスーツパイロットの姿に重ねる。あくまで無重力下であるという条件でならばウィッチのような動きは阿頼耶識システムの恩恵もある似たような動きを、ぞれ以上の速度と反応で再現は出来る。

 

ただし重力下であるならばそうはいかない。爆発的な推力を生み出す推進機を用いたとしても数十tを超える重量を持つモビルスーツを航空機のように飛ばすこと自体。専用の装備が無くては不可能である。

それに加えてあれほどの激しい機動戦をしようものならば確実にエイハブリアクターの生み出すエイハブ粒子が齎す耐G効果を振り切る勢いのGが掛かり文字通り『中身が出る』だろう。

 

これが魔法力を持つ彼女たちの戦い方なのかと、再度認識する。

 

「…………」

 

「なぜそんな顔をする」

思考していたトーマの隣にいつの間にか立っていた女性。エイラの姉であるアウロラが彼の思い詰めた表情を見てその意味を問う。

 

「いや、たしかにあの力を使う事でネウロイという存在に対抗できるならば、それを使う事は至極当然の事なんだろう……だが——」

トーマは目を細め眉間に皺を寄せる。握っていた双眼鏡に加わっていた握力がより一層強まり、ミシリと鈍い音が漏れる。

地上を走る戦車、海を渡る軍艦、空を翔る航空機。この世界に存在する人類の兵器たちはどれも彼から見れば骨董品の、あまりにも粗悪なものばかりであり、それを用いてビームを雨のように注ぎ、強大な質量を持つネウロイを殲滅できるはずもない。

その中で唯一対等に渡り合えるストライカーユニットと、それを扱うウィッチ達の『魔法』はまさに希望であり掛け替えのない戦力なのだろう。だがそれではあまりにも……。

 

「……何度も言っているが——」

溜め息を吐き、言葉を返そうとしたアウロラを「わかってるさ」とやや怒りを混じらせた声色で遮る。

 

「彼女たちは自分の意志で戦っている。決して強制されてのことじゃない。……だがそれでも……俺は……」

 

「…………」

 

トーマ・イヅルにとって戦いとは、生きる術であり、目的であり、唯一といっていい『存在意義』であった。

生まれた時から親を知らず、幸せなどという物も理解できず、気が付けば戦いに身を投じる事になり戦う事で自分の存在を自覚しその中で見つけた確かな『もの』。そしてそれを見つけさせてくれた存在のために彼が出来た唯一の恩返しもまた『戦う事』だけだった。

 

戦いのこと以外あまり何も知らなかった彼にとって、自分がただ守られるだけの存在であることが遣る瀬無かった。

 

「ウィッチの力を見て、無力感に打ちひしがれそうになっているのはお前だけではないさ」

魔法力を持たないものは少なからず誰でも同じような悩みを持っていた。軍属の男性兵士など。自分よりも遥かに幼い少女に頼りっぱなしであるという事実に悔やんでも悔やみきれない気持ちを持つ。

 

「それでも我々人類はネウロイを倒し、平和のために戦っている。武器を持つことだけが『戦う事』ではないさ」

アウロラの言葉に、トーマは小さく「そうだな」と答える。だがその瞳は遥か遠くを見ていた。空を翔る二人の少女を超え、漂う雲を抜き、果てしないまでの宇宙(そら)を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三日後、基地を離れていた指令が戻る。長い間御座なりになっていたお前の処遇が正式に決まるだろう」

司令室にて、机を挟んでアウロラは書類の一つを眺めながらトーマへ伝える。彼女の隣にはスオムスでは珍しい漆黒の髪。眼鏡を掛けアウロラ同様に凛とした顔立ちの女性『エイニ・アンティア・ルーッカネン』少佐は基地の臨時指令として基地全体の指揮を担う職務についていた。

椅子に座るエイニとその傍らに立つアウロラのスオムス軍でも一際存在感のある二人と対面して顔色一つ変えない少年。トーマは書類に記載された『報告書』と書かれたページを流し読みしている。

トーマ個人の事をほとんど知らない者からすれば二人と対等に会話する彼の存在はあまりにも異質で、一部では「実はとんでもない奴」もしくは「どちらかと恋仲なのでは?」という噂なども立っていた。後者はともかくとして前者についてはある意味で合っていると言える。

スオムス軍属であるエイニは少佐、アウロラは大尉と兵の中でも上位に立つ階級を持っている。一兵卒や下士官のウィッチからも慕われ絶対的な立場を持つ二人とは別に、トーマはこの世界において『身元不明の遭難者』という肩書が表向きの立場である。

 

しかし彼の持つ階級は『大佐』であり、かの二人よりも上に居る存在であった。その事実を知るのはこの場にいる三人と、そして下士官の中で唯一ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長だけが認知している。

 

エイニとの初対面時、彼が別世界の住人であるというアウロラの報告を「酒で酔っているのか?」と真に受けていなかったが二人に見せた時のようにトーマの持つ端末映像を見せ、彼の語ったその世界での歴史を説明し納得させるも、そのような人物の処遇を上層部にどう説明したものかと悩ませる羽目になった。

 

三人が出した答えは、とりあえず別世界の住人であるという事は隠し『記憶喪失の遭難者』という形で一報を出すことにした。それに加え、彼の持つ優秀な人材としての価値も報告書に記載する。

物資はもちろん、人手の足りないスオムスにおいて優秀な人物は一人でも多く居てくれることに越したことはない。

 

エイニとアウロラの上層部への進言は『トーマ・イヅルのスオムス軍の義勇兵として所属させる』というものだった。

 

一言でいえば現状維持に過ぎない事でもあるが、正式に決定すれば彼の限られた規制にある程度自由が与えられる。

元々この世界で身寄りのない彼をどこかへ追いやるほど無情ではない。

衣食住を条件に、トーマはベルツィレ基地の所属となり貢献することにも同意している。

 

スオムス軍総司令官であるマンネルハイム元帥は何故か彼をいたく気に入ったようで手紙にも是非我が軍の、ひいては世界のために力を貸してほしいという言葉が掛かれていた。

 

「俺にできる事なら、協力させてほしい」

トーマの言葉に、アウロラとエイニは笑みを浮かべる。

 

「そうか、ならば早速——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局『こう』なるのか」

司令室で独り、積み重なった書類の山を眺めながらトーマはポツリと呟く。

正式ではないにしろ、このベルツィレ基地に所属することはほぼ確定であるのだろう。そして協力できる事なら何でもやると言ったのは自分であるが、まさかまた書類整理地獄に放り込まれることになるとは……と少し前に言った発言に軽く後悔している。

 

以前片づけたはずの書類の山と同等かそれ以上はあろう始末書やら進言書、報告書、契約書の数々……。

 

自身の自己PRに特異な事は書類整理という項目を加えようかとすら思えるほどにこの数日だけでどれだけの数をこなして来たか考えたくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた~」

全身から脱力し、机にだらしなく上半身を突っ伏すニッカ。

模擬戦を終え、いつものメンバーであるラウラとハンナの二人と合流し四人は食堂に集まっていた。

 

「今日も残念だったね~ニパ」

普段通りのにこやかな笑顔を浮かべながら彼女の肩を軽く叩くハンナに対し「今日もは余計だよぉ」と力なく答える。

 

「まぁイッルに戦闘機動で勝てる奴はいないだろう」

ホットミルクを飲みながら一息つくラウラ。彼女のいう通り、四人はそれぞれエースと呼ばれるほどの実力を持ちながら、その中でも群を抜くエイラの強さ。

 

その一旦である彼女の固有魔法『未来予知』と呼ばれる感知系魔法の一つであり、現状の行動がもたらすあらゆる可能性の中から最も確率の高い結果をイメージとして感じとれるというだ。

未来が分かるという能力が、いかに有利であれるか、それは力を持つエイラを初め彼女と何度も模擬戦を重ねる他のウィッチ達が一番よく分かっている。

 

「ふっふ~ん『ダイヤのエース』は伊達じゃないんダナ~」

誇らしげに鼻を鳴らし、腕を組み勝ち誇った顔をするエイラ。

 

『ダイヤのエース』

とは彼女の通称であり、戦闘能力の高さもさることながら未来予知による敵弾の圧倒的な回避能力。『無傷の撃墜王』とも呼ばれ、その名の通り被弾するという事が今まで一度もない、ウィッチならば誰もが憧れる能力を有している。

 

そんな彼女に負けじと、日々精進するニッカであるが本日も軍配はエイラに渡ったのであった。

 

それぞれが一息つき、昼食を持って再び席に戻る頃。食堂に彼女たちの見知った人影が現れる。

すっかり馴染んでいたスオムス軍の軍服にボサボサの黒髪、切れ長の目に扶桑人と似た顔立ちの少年。ここ数日間だけで大分濃くなった目の下の隈と疲れた表情からは悲壮感すら漂わせていた。

 

「お~いトーマ~」

手を上げ、その少年に声を掛けたのはエイラだった。食堂には数多くの兵達も同様に談笑しながら食事を行っていたため場合によっては彼女の声がかき消され兼ねなかったが、そんなことはなくトーマはエイラの声に気付き、軽く手を振るい昼食であるスオムス料理のカーリカーリュレートとマッシュポテトの乗ったトレイを持って、四人の座る席に歩み寄った。

 

「お疲れさん。同席いいかな」

彼の申し出に四人は「もちろん」と了承する。長方形の机、その長い方の幅の席にニッカとハンナ。対面にエイラとラウラ。そしてニッカとエイラ二人の間にある席へと腰かけるトーマは17という若さを保つ少年ながら「よっこいしょ」と声を漏らす。

 

「オヤジ臭いゾ」

苦笑するエイラに「やかましい」と溜め息交じりに返す。

 

席に座って食後、模擬戦を終えたニッカのように大きく息を吐き疲れた様子で肩を脱力させコキコキと首を鳴らしては重苦しい声を吐く。

 

「随分疲れてるみたいですね……」

四人の中で、何故か唯一トーマに対して敬語で接するニッカ。階級を意識する事は無くなったが、どうにも慣れないようでエイラ達と接するような態度での会話はまだできない様子である。

 

「まぁな、ここ2.3日ずっと書類とにらめっこだ。流石に飽きるさ」

世話になっている以上、与えられた仕事はやるけどなと付け加えマッシュポテトを頬張る。

 

「アウロラさんやルーッカネン隊長が上機嫌な代わりに犠牲になってるとはご苦労な事だな」

口角を上げ、厭味ったらしく言うラウラ。

 

「そう思うなら交代してくれよ」

彼の救いを求める声にそっぽを向き湯気の立つホットミルクを飲んで何も聞こえていないフリを決め込んだ。

 

「あはは、でも無理だけはしないでね?」

 

「流石にもう徹夜漬けはしないさ」

え、前はしてたの? と内心思うハンナであったが、そこはあえて聞かないことにする。彼女は空気を読めるウィッチである。

 

「そういえば」

何かを思い出したように、口へ運ぼうとしたスプーンを止めるトーマ。

 

「新しいユニットの調子はどうだ?」

 

「え、ああ……はい。バッファローよりも性能は申し分ないんですけど、やっぱり使い慣れてない機体だから少し扱い辛い感じ……です」

前回の破損したリベリオン製のストライカーユニットである『ビヤスター F2Aバッファロー』に代わって、カールスラントからのお下がりとして回してもらったカールスラント製の『メッサーシャルフ Bf109G-2』が配備され、先行して使用していたニッカにその使い心地などの感想を尋ねる。

「ふむふむ」と彼女の感想などをメモ帳に書き記していくトーマにエイラとラウラは溜め息を吐き、ニッカとハンナは苦笑する。

 

そんなに仕事熱心だからいいように使われるんじゃないかな。

 

四人は同じような事を考えた。

ストライカーユニットには製造した国柄や戦術に合わせてスペックに大きな差が出る。一撃離脱を好むウィッチに持久戦や格闘戦を目的に作られたユニットを渡しても性能を活かせなかったり、そういった組み合わせを含め今後導入予定であるカールスラントのユニットを誰にどのようにどれだけの数を配備するかを視野に入れていたトーマは先行試験で運用するニッカの意見を真剣に聞いていく。

 

「ふむ……やはりカールスラントでは一撃離脱戦法が主流になっているだけあって機体の調整もそれに合わせているようだな……。戦力や物資の少ないスオムスでもできるだけ損害や消耗は抑えるべきなら同じように一撃離脱を主流にするべきだろうか……」

ぶつぶつと食事の手を止め、思考を掻き巡らせる彼の姿は仕事人間のそれだった。

 

「ていっ」

唐突にエイラの手刀がトーマの額に突き刺さる。

 

「飯の時くらいそういうのは一旦忘れろ、こっちまで疲れるダロ―」

彼女なりの気配りなのだろうか、それとも本当に鬱陶しいだけなのかはわからないが、そう言ってカーリカーリュレートを一口齧った。

 

「……それもそうだな」

メモ帳を懐にしまい。スプーンに乗ったまま放置されていたマッシュドポテトを口に入れる。

その後は談笑を楽しみながら食事を勧め。五人は楽し気な昼食を終える。食器を片付けそれぞれが自分たちの持ち場へと戻るため分かれ道で一言挨拶を交わす。

 

「じゃあな、午後の訓練もがんばれよ」

 

「そっちも書類に押しつぶされんなヨ~」

 

「またな」

 

「がんばってください」

 

「…………っ」

エイラ、ラウラ、ハンナの三人とは別にニッカはどこか思い詰めた表情で手を振るだけで彼の背中を見送っていた。

やがてトーマの姿が見えなくなると共に小さく息を漏らすニッカ。揶揄うネタを見つけたとばかりにエイラが彼女の脇を小突く。

 

「溜め息の理由、当ててやろうカ?」

 

「な、なんの話かな?」

 

「恍けんなって~見りゃわかんダヨ」

 

「ニパ、ず~っとトーマさんの顔見てたもんね~」

 

「まるで恋愛小説のヒロインみたいだったぞ」

三人の指摘に、ボッとニッカの顔が赤くなる。

 

「ニパもついに恋するオトシゴロになったカー」

エイラは頭の後ろで手を組み、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「こ、恋!? ちがっ……そんなんじゃないってば!」

 

「誤魔化さなくたってみんな分かってるぞ」

呆れた様子のラウラに「だから違うんだってば!」と声を荒げる。

 

「じゃあ何が違うんだい?」

まるで母親のような眼差しで頬を染めるニッカを見るハンナの表情は、どこか楽しそうだった。

 

「だから……好きとか、そういうのじゃなくて……」

徐々に声の音量が下がっていく。傍から見れば完全に恋に悩む乙女な彼女を可愛いと思う三人であった。

 

「トーマさんとの接し方が……今一よくわかんないだけで」

ニッカの自白に三人は疑問符を浮かべる。

 

「接し方?」

 

「別に変じゃないダロ」

今一分からないと言った様子の二人を他所に、少し考えて「あ~そういえば」とハンナは続ける。

 

「ニパってトーマさんに対してずっと敬語のままだよね」

普段から一定以上の相手には敬語が標準のハンナとは別に、不仲というわけでもなくむしろ仲がいいとも言える彼に対して三人は友達という感覚で接する中、何故かニッカだけが一定の間隔をあけた接し方を続けていた。

 

トーマ自身は「気楽に接してくれていい」と言っているためエイラなどは完全にニッカ達同期と同じような口調で接するどころか、最近ではアウロラに顎で使われている事を揶揄ってはちょっとした言い合いまでするほどの関係だった。

 

ハンナもニッカと同じように敬語を使ってはいるが、彼女に関しては珍しい事でもなく。むしろ自分たち含め、ウィッチや一兵卒、誰とでも平等に接する彼に随分懐いているように見受けられる。

 

ラウラはカードゲームなどといったものを通じ、珍しくエイラ以外に自分と対等以上に渡り合えるギャンブラーとしての知能を持つ相手を見つけ思考の読み合いが楽しい奴という認識を持っている。

 

無論、彼女たちだけではなく新人のウィッチや若い一兵卒の男性兵士たちからの評価も高く一部では『兄貴(イソヴェリ)』などと呼ばれているほどである。

彼は自分の事はあまり話さない人物であり、よく言葉の節々に「戦い以外あまり知らない」とは言うが、彼には得意まれない観察眼を持ち合わせているようで人の感情や思考を読み取る能力に長けているようで、色々な相談をされている光景を最近では多く目撃される。

 

彼がこの基地に来てたった一週間と少ししか経っていないにもかかわらずだ。

 

彼には人を惹きつける『何か』があるのだろう。アウロラやエイニも優秀な部下を持ったような——実際には彼の方が階級は上なのだが。とにかく異性の中でも対等な立場になって意見を言い合える存在は貴重らしく重宝している。

 

その中でどうにも、ニッカだけは彼との接し方に四苦八苦していた。

どう接せばいいのか分からない、なんて話せばいいのかわからない。

 

アウロラと自分以外、彼の本来持ち得る一面を知るが故なのだろうか、彼女は面と向かって彼に本心で話すことに微かな躊躇いがあった。

 

エイラ達三人をにトーマを紹介した日、彼女はトーマにとってスオムスが彼の居場所になれればと考えていた。

だが日にちが過ぎ、時間が経過し、彼と接していけば接していくほど彼の心境を深く考えてしまう。元いた世界で、彼には大切なものがあっただろう、友達が居て戦友が居て……もしかしたら恋人だっていたのかもしれない。

 

元の世界に帰りたいのではないか。

そう思うと微かに胸が苦しくなるようになったのはいつ頃からだろうか。トーマを身近に感じ、共に過ごしていくほどに一つの可能性として、訪れるかもしれない『別れ』の瞬間を想像してしまう。

 

そしてもし、元の世界に帰るのであれば二度と会う事はできず、また彼が戦いに身を投じて……死んでしまうとしたら……。

 

わからない。

自分がどうしたいのかわからない。

 

嫌いになりたいわけじゃない。

 

しかしそれ以上に怖いという感覚があった。

 

「私は……」

 

「……あんまり思い詰めなくてもいいんじゃないか?」

ラウラの言葉に、俯いていた顔を上げる。

 

「お前が今何を考えてるか正直分からないが、今あいつは『ここ』に居て、この基地の『仲間』なんだから」

 

——『仲間』——

 

「…………そっ……か」

ほろりとニッカに笑みが浮かぶ。

 

「そうだよね……『仲間』なんだよね」

世界は違えど、彼は自分たちと同じ『平和を望んで戦っている』のならば、それは正しく仲間なのだろう。

仲間とは共に過ごし、共に信頼し合い、共に歩むものだ。

彼の歩幅はきっと自分よりも大きい、だったら彼に合わせて『私』は少し足早に歩いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局トーマの事好きなのカ?」

 

「っもう! イッル!」

気が付けば、ニッカの表情はいつも通り、明るく活発な15歳の少女に戻っていた。

 

「ちなみに私は結構好きだよ、トーマさん」

思いがけないハンナの告白に全員が「え?」と首を急速に向ける。

何かおかしい事でも言った? とでも言いたげに小首を傾げるハンナ。

 

「むしろイッルやラプラはどうなの?」

まさかの伏兵、普段慈愛に満ちた表情で2.3歩後ろに控えている事が常で自ら前に出て目立つようなことはしないといったイメージのあった彼女の言葉が突き刺さる。

 

「え……いや……うん?」

どうか、と尋ねられたエイラは小首を傾げ、しかし「別に好きじゃない」というわけでもなく。それでも「異性として好きだ」というわけでもない。どちらかと言えば彼が『イソヴェリ』と呼ばれるように彼女の姉であるアウロラとよく会話しているのを見たり、自分のイタズラに色々なリアクションを見せるのが面白いという感想が出てくる。

 

「まぁ、悪い奴じゃないよナ」

それがエイラの答えだった。

 

「た、たしかに……し、しかし……んぅ」

そして更にまさかの反応。普段仏頂面で新人ウィッチからクールなイメージを持たれているラウラが赤面し、顔を俯かせていた。思いがけない反応に「うわかわいい」と思ってしまう三人。まるでさっきまでのニッカが味わった気分を今は彼女が痛感している。

 

好き。という単語からどこまでを連想したのかはあえて聞かない事にした三人は当分。新しい弄りネタとして収穫を喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんな平和は突如として鳴り響く警報によって塗りつぶされた——。

 

「近隣の観測班からの入電! ネウロイが出現! 繰り返す、ネウロイが出現! 戦闘員は速やかに出撃準備に掛かれ!」

 

 

 




次かその次くらいにはようやくぅ……ですかねぇ(曖昧
タグに『ハーレム』って入れた方がいいのだろうか……。
現状話的に明確なヒロインになりそうなニパだけなんだけど。
念のために言っておきますが、まだ誰にも『完全なフラグ』は建って、ないです。

ニパ=別の世界で戦い続け、この世界で独りになった主人公を助けてあげたいという感情が優先になっている。好きではあるが異性として意識してるのか自分でも分かっていない

エイラ=ねーちゃん含めて一緒にいると面白い、ニパ同様揶揄うと面白い反応をするため標的感覚。嫌いではない

ラウラ=カードゲームで良いライバル、男友達感覚だが恋人に成ったとしたらどうしようと妄想する事はある

ハッセ=(仲間として、友達として)好き。自分の発言を勘違いして受け取った周りの反応が思った以上に面白かったので今はそういうことにしている小悪魔感覚

アウロラ=使い勝手のいい奴(辛辣

全体的に「男を好きになる」っていう感覚がよく理解できていない、というのがストライクウィッチーズ世界におけるウィッチの認識なんじゃないかという勝手な解釈。(
男性との接触は魔法力うんぬん関わるからカールスラントや501みたいに規制受けてるだろうし。





そして話は変わりますが誠に申し訳ないのですが一身上の都合により、来週からの更新が不定期になるかもしれません……。
ちょいと家系がバタバタしてて支払いが遅れネットが止まる可能性がありますのん……。

とりあえず失踪だけはしないとだけ断言させてください!



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第六話:戦う力

何とか支払い済ませました(白目


「急げ! 第一第二デッキから準備できた部隊を随時発進させろ!」

 

「地上部隊は後だ! 航空隊から優先してくれ!」

 

「退け退けぇ! ウィッチが出撃(で)るぞ!」

飛び交う激昂。数十人規模の整備兵が慌ただしく駆け巡り、ガレージ内は騒然としていた。

誰も彼も表情は焦りと緊張に染まり絶望の色すら窺える。

 

 

 

大型3、中型4、多数の小型ネウロイ軍が接近。

 

 

 

観測班からの通達に誰もが耳を疑った。

ネウロイの出現は周期的に観測されるものだが、どれも小規模で大型が出現したとしても一機。多くても小型を連れての進行がほとんどであり人類側が大掛かりな作戦でネウロイ領土を進行しようとしない限り大規模な出現記録は限りなく少ない。

戦力に限りがあるスオムスに措いて、これほどまでの大規模襲撃に耐えうる力は無いに等しかった。

だからといって出撃しないわけにはいかない。ノヴゴルド南方に存在するネウロイの巣から今回現れた敵はどれも陸戦型のため、進行速度は航空型よりも遥かに下回る。

しかし脅威であることに変わりはない。一刻も早く撃滅しなければ大地が汚染され、多数の被害が出るやもしれない。

 

「第一小隊は私に続け! 第二、第三小隊は準備完了次第発進しろ! 各小隊長はニッシネン曹長とユーティライネン曹長。お前たちが務めろ!」

 

「了解っ!」

 

「了解!」

エイニ・アンティア・ルーッカネンの指示に従い、エイラとラウラの二人はそれぞれの部隊を率いて作戦概要を確認する。

 

「エイッカ!」

この基地で唯一、彼女を愛称で呼ぶ存在。アウロラ・E・ユーティライネンがその足に鉄の塊『Ⅲ号突撃装甲脚G型』を装備し、背中や腰のベルトには数多くの手榴弾などといった武装があった。

 

「先行してネウロイの足を止める」

 

「ああ、頼む。だが無茶はするなよ」

わかっているさ、と軽く笑みを返しエイニは用意された自身のストライカーユニットへ足を通す。淡い空色の光が溢れ、彼女の頭部と臀部に使い魔であるカレリアン・ベア・ドッグの耳と尻尾が出現する。

 

使い魔とはウィッチが魔法力を使うにしたがってそのコントロールのサポートを担う存在であり、猫や犬、鳥類など様々な姿をしている。魔法力の発言時、その副作用としてウィッチには使い魔として使役している動物の特徴——耳や尻尾、翼といったものが出現するとされている。

 

「エイニ・アンティア・ルーッカネン、出撃する!」

DP28軽機関銃を担ぎ、補助発進機の留め具が外れ滑走路に従い高速で飛び立っていく。彼女の出撃に合わせ三名のウィッチが追従して出撃する。

 

「…………」

飛び立った彼女たちを見送り、一つ息を吐くと大きく空気を吸い込み彼女の代わりに激昂する。

 

「よし! 続いて第二第三小隊も出撃しろ! 陸上部隊は最後だ! 全員ありったけの武装を持て!」

 

「アウロラさん!」

指示を出すアウロラに一人の少女が走り寄る。その表情は暗く、焦りと不安の中に微々たる疑問の色。ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは出撃準備を急ぐ他の航空ウィッチとは打って変わり、何の装備も身に着けずにいた。

 

「どうして私だけ基地待機なんですか!?」

彼女の問いにアウロラは溜め息を吐く。ベルツィレ基地の主戦力がほぼ全部投入されている中で少なくともエースの一角を担っていたはずの自分だけが基地での待機命令を言い渡された事に納得がいかなかったのだ。

 

「お前は新しいストライカーに慣れていないだろう。まともに戦える状態じゃない者を前線に出すわけにはいかない」

その判断は正しく合理的であり疑問の余地なく当然の判断であった。

前回のユニット破損から新しいユニットであるBf109G-2が配備されてから実戦経験はおろか訓令飛行もままならなかった彼女の出撃はあまりにも無謀と言えるものだった。

 

「そんな……!」

 

「ラウラ・ヴィルヘルミナ・ニッシネン。出るぞ! 第二小隊、私に続け!」

エイニに続いて、同じく三人のウィッチを率いてラウラが出撃する。

 

「私だって戦えます! お願いしますアウロラさん!」

懇願するニッカの言葉を、アウロラは黙って首を横に振る。

 

「駄目だ」

 

「っお願いします! 私も——」

 

「いい加減にしろ!」

どうしても諦めきれないニッカへ、ついに怒号が飛ぶ。ビクリと肩を震わせる彼女と、一瞬で静まり返るガレージにはストライカーユニットのエンジン音だけが鳴り響いていた。

整備兵や残存していたウィッチ達の視線が僅かに二人へ集中するもそれもほんの数秒。すぐに慌ただしさが戻る。

 

「お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ」

仲間のために、国のために戦いたいと願う彼女に、アウロラは無情にも戦力外通告を言い渡す。

 

「そんな……わたっ……私は……」

小刻みに体を震わせ、目尻に涙を浮かべる。そんな彼女の肩を優しく叩く者が居た。

 

「心配すんなって、お前の分まで私たちががんばってやっからサ」

ニヒリと少年のような笑みを浮かべる少女。エイラは宥める様にニッカの肩を数度叩くと、ストライカーユニットが用意された発進機へと飛び乗る。

 

「エイラ・イルマタル・ユーティライネン! 出るぞ!」

ハンナを含めた第三小隊が出撃する。

 

「大尉、航空部隊全機出撃しました。陸上部隊の出撃準備ももう間もなくです」

一人の兵士が敬礼と共にアウロラへ現状報告を済ませるる。わかった、と短く返す彼女は踵を返しニッカへ背を向ける。

 

待って!——

 

ニッカは声を上げようと手を伸ばし、アウロラへ一歩歩み寄るが声は出ず。その足も固まったように動かなくなる。

 

 

——お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ——

 

 

アウロラから言い渡された言葉が深く胸を苦しめる。実際、訓練もままならなかった彼女が前線で戦ったとしても戦果が出せるかも怪しい、それどころか慣れないストライカーの操縦に手間取って部隊の陣形を乱すかもしれない。

戦力どころか皆の足を引っ張ってしまう可能性の方が高かった。

 

それゆえに基地待機を命じられた。

 

ニッカはそれをよく理解(わか)っていた。

しかしそれでもと彼女は拳を強く握りしめる。

 

私はウィッチだ、皆を守らなきゃいけない時に自分だけ待ってるなんて嫌だ!

 

「陸上部隊! 全機出撃!」

アウロラ同様に、航空ウィッチとは別に戦車の装甲と履帯を模した脚甲。陸戦用ストライカーユニットを履いたウィッチ達を引き連れアウロラが出撃する。

 

ニッカを除いた全てのウィッチがいなくなり、先ほどまで慌ただしかった基地に静寂が訪れる。整備兵たちはガレージの設備を整え、出撃していった彼女たちの無事を祈りながら帰還のための準備と、連絡のための通信作業へと移っていく。

ニッカの後ろや横を通りかかる何人かが、横目で顔を俯かせる13歳の少女を見やるが、全員が苦悶な表情を浮かべ声を掛ける事もなくその場を通り過ぎていく。

 

この状況で彼女に声を掛けるのは気が進まなかった。彼女の生真面目さや、その一生懸命さを良く知るが故に、傷ついていたニッカに掛ける言葉が思いつかなかったのだ。

 

「カタヤイネン曹長」

 

ただ一人を除いて——。

 

「トーマ……さん」

振り返るとすぐそこに、少年の姿がある。ニッカよりも20cmほど差のある身長。不揃いな黒髪、17歳という若さでありながら歴戦の勇士を思わせる佇まい。

この世界において、ただ唯一のイレギュラーな存在である彼は。優しく微笑みかけるでもなく、ただ真剣な面持ちで彼女へと歩み寄る。

 

「悔しいかい?」

少女は頷く。

 

「辛いかい?」

再び頷く。

 

「そうか……でも君は今戦う力がない」

 

「っ」

そんな事はない。と声を荒げたかった気持ちが押し殺される。

 

「今はユーティライネン曹長たちの無事を祈ろう」

エイラとは違い、肩を優しく包む彼の手の温もりが今は果てしないほど切ない気持ちを解きほぐしていく。溢れる涙を拭いながら、二人は通信室へと向かう。

 

この時、顔を伏せていたニッカからは見えていなかった。

すぐ隣にいる男の表情が、憤怒と苦しみに潰れそうなほど歪んでいたことに——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も行かせてください!」

 

「駄目だ」

月軌道に浮かぶ一隻の強襲用艦のブリッジに一人の少年が声を荒げた。着崩された軍服から露出した右腕や首、頬や額。あらゆる所に巻かれた白い包帯を僅かに滲んだ血が赤色の斑点模様を浮かび上がらせていた。

 

「先の戦闘でアンドロマリウスは中破。貴様もその有様だ、火星での戦闘はフラウロスを駆るこの私の部隊が引き受ける」

左目にモノクルを掛け、短く切りそろえた栗色の髪、知性の溢れる印象を与える一人の男が通信回線を挟んで少年、トーマ・イヅルと会話していた。

 

男の名は『ジョセフ・ベルンシュタイン』ガンダムフレームの一機『ガンダム・フラウロス』を駆る序列第64席に属するドイツの名門貴族出身である男性。トーマよりも5つ年上であり、この時は既に成人も迎え人一倍大人びた面持ちをしていた。

 

「修理はもう間もなく終わります! 体だって薬を使えば——」

 

「ならん!」

 

「っ!」

 

「……今、貴様はただ焦っているだけだ。この戦いであまりに人は多く死にすぎた。その中で戦いを早期に終わらせたいという貴様の気持ちも最もだ」

だが、とジョセフは言葉を続ける。

 

「カイエル殿の推薦があったとはいえ、貴様はその地球圏の最終防衛ラインを任された者だ。それがどういう意味を成すか、それは貴様が一番よく分かっているはずだ」

淡々と述べる彼に、トーマはただ顔を俯かせる。

 

「先の戦いでアズナブール卿が戦死され、救援に受かった貴様とその部隊にも被害が及んでしまった。火星がモビルアーマーによって蹂躙された今、地球を守る要である貴様がその様ではいざという時、誰が地球を守るというのだ」

 

「それは……しかし!」

戦いの中で散っていった一人の戦士。火星の守護者であった男がモビルアーマーとの戦闘に参加していたトーマの脳裏に彼の最期がフラッシュバックする。

 

 

 

——火星を……地球を……頼………む——

 

 

 

彼は今際の際も、星を……そして世界を想って果てた。彼の願いを引き継ぐのは自分であると強く心に決めていたのだ。

 

「でも……俺はっ……!」

俯いていた首を持ち上げ、言葉を伝えるよりも先に気づく、目の前のスクリーンに映し出された男の表情が苦痛に満ちたものに変容していたことに。

 

「勘違いするなよイヅル卿。奴を……『友』を失って腹を立てているのが自分だけだと思うな」

 

「……っ」

 

「……とにかく、貴様は一刻も早く体を治せ。そしてカイエル殿の言葉を裏切るような真似だけは決してするなよ?」

拳を握りしめ、あらん限りの力で彼の言葉に敬礼を返す。

 

普段笑みなど浮かべない男が、その時見せた不器用な苦笑いが、彼が見せた最期の表情だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたっ! 11時方向。距離6000! 報告通り大型が三機と中型四機。多数の小型機を確認した。久しぶりの大物だ、一機も逃がすな!」

双眼鏡を構え、ネウロイの姿を確認したエイニの言葉に、彼女の小隊とその後方から編隊を組んでいた第二、第三小隊のメンバー全員が「了解!」と声を合わせる。

 

「各小隊散開!」

前衛を行くエイニの第一小隊が降下しネウロイへと突貫する。それを左右から援護する形でラウラの指揮する第二小隊が右翼を、エイラとハンナの第三小隊が左翼へ陣を広げていく。

 

「攻撃開始っ!」

中隊長を務めるエイニの号令と共に前衛がDP28軽機関銃をネウロイへ向け斉射していく。魔法力の籠った銃弾はネウロイの装甲を容易に剝がしていくが全てが有効打になるわけではなく、この一回目の突撃で小型機が数機堕ちただけに終わり。すぐさま反撃のビームが彼女たちを抑える。

 

「援護しろ!」

 

「っ!」

右翼へ展開していたラウラ達は高度を下げビームの雨を搔い潜っていく、各隊員の手には集束手榴弾カサパノスと呼ばれるM24型柄付手榴弾の弾頭部分を数多く巻き付けた簡易爆弾が握られている。

他国では陸戦型ネウロイに対しての爆撃には正式な対地爆弾を運用するが、物資の少ないスオムスでは未だ古典的な武装までもが重宝されている。

 

「そら、こっちだこっち!」

 

「っ!」

エイラは魔法力のシールドに頼ることなく固有魔法である未来予知にてビームの弾道を先読みし全て躱していく。一見不可能にも見えるビームの網をスイスイと縫うように回避していく様は何度見ても流石であるとエイニは笑みを浮かべる。

 

そしてネウロイの注意を惹きつけるエイラによって生じる『隙』をハンナと、彼女が担ぐ全長2240mm、重量約50kgはある巨大な火器『L-39対装甲ライフル』の20mm弾が貫く。

回避のエイラ、射撃のハンナと呼ばれる二人のエースはその異名にそぐわぬ連携を見せラウラ達を援護していく。

 

「よしっ! 投下!」

限界まで接敵した第二小隊各員から手榴弾が投げられ、7つの弾頭が巻きつけられた即席爆弾は数秒間弧を描き、地上を蹂躙する大型ネウロイの装甲にぶつかると同時——。

 

その全身を爆炎が包み込む。

 

「……どうだ!」

ビームを回避し、一時離脱するラウラは上空から爆撃したネウロイの様子を伺う。

たとえ数十mはある巨体に対し、多弾頭とはいえ即席の爆弾を8つ直撃させた。これだけの火力があればいかに大型と言えど……。

 

「っ!?」

そう思考していたラウラの脳は反射的に展開したシールドと、それによって弾かれるビームによりかき消される。

 

爆撃を受けた大型機は、二本の足を捥がれ体積の4割ほどを抉られておきながらも活動を止めることなくビームを散布していた。

 

「届かなかったか!」

苦虫を噛み潰すように顔を顰め、小隊に一旦距離を開ける様に支持し再度爆撃を慣行するよう命じる。背負っていたバックパックから手榴弾を取り出し爆撃体制へ移行するラウラ小隊。

 

「くっ! コアの破壊は出来なかったか!」

第二小隊の強襲が不発に終わった様子を横目で見ていたエイニは顔を顰める。やはり生半可な火力では大型の撃墜は難しいかと今更ながらスオムスの貧乏を呪う。

 

ネウロイには大きさの別に、個体によって『コア』と呼ばれる生物でいう心臓のような物体を持つ個体が居る。大型ネウロイはほぼ確実にこのコアを有しており、それを破壊しない限り撃破することは不可能であり、そして破損した部位は止めどなく再生していく。

 

現に第二小隊によって吹き飛ばされた足の一本は既に立ち上がるほどまで再生し、体積の8割までが再生を完了していた。

コアを持たない小型ネウロイや一部の中型は一定以上の火力を集中させれば撃破は容易であるが、コア持ちに同じ戦法が通用するはずがなかった。

 

「地上部隊の到着を待つしかない……か」

空になったDP28軽機関銃の弾倉を交換し、初弾装填のコッキングレバーを素早く引きながら宙を翻る。

例えウィッチといえど無期限に戦えるわけではない、魔法力にも限界があり個人差もある。長時間の持久戦は避けるのが鉄則であるが決定打に掛ける現状。火力の高い陸戦部隊が到着するまでの時間稼ぎが関の山であるとエイニは早々に号令を出す。

 

「大型は後回しだ! 小型と中型を優先して撃破する。ついてこい!」

ゆっくりと上昇し、正面から向かってくる小型ネウロイ三機を寸でのところで回避し背後を取る。ウィッチほど旋回性能に優れない小型ネウロイは回避もままならず7.62mm弾によってハチの巣となる。

 

「陸戦部隊の到着を待つ! それまで持たせるぞ!」

彼女の言葉に、中隊全員がはっきりとした声で答える。

 

戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーッカネン中隊がネウロイと交戦を開始、数は観測班の報告通りとのこと。既に小型機を多数撃破している模様」

通信班の兵士が戦況報告を連絡すると、ベルツィレ基地に待機している兵士たちから歓喜の声が上がる。

 

「流石少佐殿の部隊だ!」

誰も彼もが彼女たちウィッチの勝利を確信している中、一人の少女は仲間の無事を祈り、一人の少年は微かに目を細めている。

 

「…………」

 

「トーマさん?」

神妙な顔をする少年に、不安を煽られたニッカが声を掛ける。

 

「……嫌な予感がする」

ボソリと小さく、誰に言うでもなく呟いた彼の言葉に、ニッカは目を見開く。

戦闘が始まってまだ間もない。ウィッチ隊にも負傷者は無し。それに対して小型とはいえネウロイは既に何機も撃破している。状況は一見人類側の優勢に見えている中で彼はそう告げる。

 

「報告から通してネウロイの進行ルートを見てみろ」

机の上に広げられたヨーロッパ大陸の拡大図を指さしながら、定規を用いてトーマが戦況を細かく分析する。

 

「奴らは巣から現れて、大きく北方に向かって『曲線を描きながら』進行してきている」

最初に観測されたノヴゴルド南方のネウロイの巣、中継して観測が続けられ定時連絡されていった進行ルートを画鋲で印をしていき線で結ぶ。

 

ネウロイは人類を脅かしそれを滅ぼさんとする脅威である。ならば進行するのであれば大陸へ向かって一直線に進行してくるのが道理である。

だが今回出現した大規模なネウロイ軍はあえて人の少ない北方へ展開し、反時計回りでスオムスへと進行していっている。。そしてもしこのまままっすぐ進行するのであればその先には白海に突き当たる。

 

なぜわざわざそのようなルートを通るのか。

その疑問がトーマの脳裏に浮かんでいた。

 

もしも。

 

もしも仮に……。

 

ネウロイが『戦術』を繰り出しているのならば。

じわりと額に汗が滲む。生物でも無ければ人間のように思考能力を有していると思えないネウロイが戦術を繰り出す知能を持っているとするならば、それはあまりにも危険な事だ。

 

そして——。

 

「っ!? 観測班から、新たなネウロイの出現を確認!?」

トーマの予感は的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

通信機を通して、アウロラは驚愕の声を上げる。

エイニ達航空隊の支援へ向かっていた地上部隊は、目的地まで数十kmというところで通信が入り新たに出現したネウロイの情報を受信する。

 

数は小規模ながら大型も含むネウロイ軍。北方側から進行していた第一波とは別に一直線にペテルブルク方面へ向かってきているとのことだった。

 

「馬鹿なっ」

通信機の受話器を八つ当たり気味に叩きつけ、アウロラは困惑する。

 

第一波は『囮』だとでもいうのか?

 

あえて目立つ大規模部隊を先行させ、そちらに戦力が集中したところで小規模部隊を展開し本土へ攻撃を仕掛ける。

馬鹿げている、これではまるで——。

 

思考を途切らせ、アウロラは首を振る。

ネウロイが戦術を繰り出してきたことは確かに脅威である。だが問題はそこではない。

ネウロイが現れた以上それを止めるのが自分たちウィッチの使命である。

 

ならばもちろん第二波への迎撃も当然の行動である。が、戦局からして第一波を食い止める航空隊への救援も止めるわけにはいかない。味方を見捨てるような行動は絶対にあってはならないのだ。

 

「第三から第五小隊は現状を維持、ルーッカネン中隊への救援に迎え! 第一第二小隊、戦車部隊は私と共に新たなネウロイ軍の迎撃へ向かう!」

アウロラの決断に異議を唱える者はなく、全員が敬礼と了承の声を上げる。

 

「よし、続け!」

旋回し、新たに現れたネウロイのいる南東へと引き返すアウロラを含めた第一第二小隊の陸戦ウィッチたち。

小規模な敵に対して戦力を割く余裕はなく、同じく小規模での迎撃が必然であった。

 

「……くっ」

アウロラの表情に、微かな焦りが出ていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新たに出現したネウロイは南東よりまっすぐペテルブルク方面へ直進! ユーティライネン大尉と数名のウィッチと戦車隊が迎撃に向かうとのこと!」

 

「っ戦力が足らなすぎる!」

通信兵の一人が悲鳴にも似た声を漏らす。

小規模とはいえ、陸戦ウィッチ数名と戦車のみでネウロイと真っ向から立ち向かうにはあまりにも戦力が足らなすぎるのだ。

 

「……っ私が出撃します!」

意を決し、発進を進言するニッカ。一人と言えど航空ウィッチの有無はそれだけで戦局を有利にさせるだろう。

 

だが……。

 

「っ……ダメですカタヤイネン曹長。貴官には待機命令があるはずです」

こんなことは言いたくはないが、という表情で一人の男性が彼女の申し出を却下する。

 

「そんなっ! 戦力が足りてないんでしょ!? だったら私が——」

言葉が途切れる。ハッとした彼女の脳裏に、再度アウロラから言われた言葉が過ぎる。

 

 

 

——お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ——

 

 

そんな事はない。私だってウィッチだ、私だって……私だって!

 

「私は!!」

 

「カタヤイネン曹長」

肩に手を置かれ、大きく身を震わせる。顔を上げれば目を細め、小さく首を横に振る黒髪の少年、トーマの顔があった。

 

「焦るんじゃない」

彼の言葉に、思わずニッカは頭に血が上る。

 

「焦ってなんかない! 私は私にできる事を——」

 

私にできる事。自分で言った言葉に、再び言葉を詰まらせた。

いま彼女にできることは果たして何だろう。そう考えると、頭の中が真っ白になった。闇雲に出撃したとして、アウロラ達の救援に向かったところでまともに新しいユニットでの戦闘訓練も積んでいない自分に『何が』できると言うのか。

 

分かってはいた。理解はしている。

 

それでもやはり、彼女には『待っている』だけというのはあまりにも耐えがたい事だった。

自分はウィッチであり戦う事の出来る存在の一人で、国を……故郷を……仲間を守りたいという気持ちは誰にも劣らないと言えるほどだ。

そんな自分が戦う事が出来ない状況が、あまりにも辛く苦しいものだった。

 

「……っ分からない」

 

「カタヤイネン曹ちょ——」

 

 

「トーマさんには分からないよ!!」

ついに感情を爆発させ、涙を溢れさせたニッカは通信室から出て行ってしまった。自暴自棄になって出撃することはしないだろう。ただその場に居たくなくなった、ただそれだけのことだ。

 

「…………」

ニッカが出て行った扉を見たまま、動きを止めていたトーマとそれを気まずそうに眺めている兵達。通信室は静まり返る。

その中で、小さく、それでも静まっていた通信室内には確かに聞こえるほどの音量で彼は呟いた。

 

「……分かるさ、俺にも」

力の限り握りしめていた彼の手から、一滴の血が重力に引かれ、コンクリートの地面に一点の紅が堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……うっ……」

声を押し殺し、誰もいないガレージの一角で、少女は一人泣いていた。

様々な理由が混同し止めどなく溢れる涙。

 

無力な自分が嫌だ、仲間が危険な目に合っているのが嫌だ、戦えないのが嫌だ、守れないのが嫌だ。

 

しかし一番彼女の心にあったのは後悔だった。

 

 

最低だ、私……。

 

 

膝を抱え、先ほど少年へ叫んだ言葉に悔やんでいた。

感情に任せた己の発言で、彼は傷ついたはずだ。彼もまた自分と同じ気持ちだったはずだ。それなのに自分は、彼に対して自分の気持ちなど理解できないと叫んでしまった。

 

ただの八つ当たりだった。

 

「私は……」

 

「ここに居たのか」

ビクンと肩が震える。今日だけで何度目だろうか、視線を上げれば三度。そこに少年は居た。真剣な表情でもなく、怒っている表情でもなく、悲しんでいる表情でもなく。

 

ただ、微笑んでいた……。

 

「……どう、して——」

あんな言葉を投げかけた自分を追ってきたのだろう。ニッカはただただ困惑する。

 

「どうしてもなにもないさ」

微かに屈み、その大きく、ややゴツゴツとした手を差し出してくる少年の姿。

ジワリと止まりかけていた涙が溢れてくる。

 

「わた……し、酷いこと……言った……のに」

 

「そんな事はない、むしろ俺の方こそ軽率だった……君の気持に気付いて上げれていなかった。……いや『分かったつもり』でいた」

言葉以上の意味を持つその発言と表情。彼が今までどんな経験をしてきていたのか、全てをニッカやアウロラも知らない。だが少なくとも簡単に言える事ではないのだろうと察していた。

仲間を失う恐怖も、戦えず無力感に打ちひしがれる苦悩も、少年は知っている。

 

戻ろう。そう差し伸べられた手を、ニッカは恐る恐る取る。グイと力強く引っ張られ座っていた体が一気に引き上げられる。

 

「必ず、君を必要としてくれる時が来る」

 

「……うん」

トーマの言葉に、ニッカは力強く頷く。その顔は決意と勇気に溢れた、戦士の顔だった。

 

「っちょ血が付いてるよ!?」

トーマの手を握り、少しして微かな滑り気に疑問を抱いて視線を移すと、僅かに滲んだ血が彼女のきめ細かい肌にも移っていた。

 

「ああ!? す、すまないすっかり忘れていた!」

慌てて手を放し、ズボンや上着のポケットを弄るが拭くものが見当たらずどうしようかと慌てふためく彼の顔を見て、思わずニッカは噴き出す。

 

「もう、しょーがないな」

今までとは打って変わり、笑みから零れた涙を指で拭い。ニッカは腰のポーチから一枚のハンカチを取り出す。少女が持つのにふさわしい、かわいらしい花のワンポイントがあしらわれた白い生地のもの。

それを慣れた手つきでトーマの手に結び付ける。

 

「す、すまない」

すぐに洗って返すと言う彼に、ニッカは首を横に振る。それはあげると笑みを浮かべハンカチの撒かれた手を、今度は彼女が引く。

 

 

 

 

「行こう、トーマ!」

 

 

 

 




総UA9000超え、お気に入り登録者数。100名様

あ‶あ‶、あ‶り‶がどう‶ござい‶ま‶ぁず!(男泣き
これからも頑張ります!

誤字脱字などがありましたら、ご報告のほどよろしくお願いしますm(__)m


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第七話:反撃の狼煙

更新が遅れて誠に申し訳ございません(土下座
PCが天に召され、スマホでせこせこ五時間費やした最初のデータをちょっとしたミスで全削除してしまい涙で枕を濡らしてました。


エイニ率いる航空ウィッチの部隊がネウロイと戦闘を開始して一時間が経過しようとしていた。

状況は芳しくなく苦戦を強いられている。

制空権を独占し、地を這うネウロイを一方的に倒せるほど、敵であるネウロイは甘くはない。航空ウィッチが基本的に戦うネウロイは自身と同じく上空を翔る航空型のネウロイ。空を飛ぶ構造なのか、どういう概念かは不明であるが航空型は陸戦型と比べて火力と防御力に差がある。その代わりになのか再生能力と機動力に関しては航空型に軍配が上がる。

 

ウィッチの武装には限界がある。通常の航空機同様に積載量と言えるだろう。過剰な武装を持つ場合は機動力の著しい低下。最悪は飛行すら困難になる。

故に彼女たちは機銃。軽機関銃や対装甲ライフルなどといった武装を好む。だが陸戦ウィッチは空を飛ぶことはないため重武装である大口径の大砲などを装備できる。

 

結論から言って決定打に欠けるのだ。

 

地上を走るネウロイは確かに航空ウィッチたちからすれば格好の的であるが自分たちの攻撃が通用しないのであれば意味がない。コアを持たない小型のネウロイならば一定のダメージを与えれば撃破は容易ではある。

だがコアを持つ大型ネウロイになれば話は別。コアを破壊しなければ撃破の出来ない場合、純粋な火力が求められ再生速度を上回るダメージを与え露出するコアを狙い撃つ。

言葉にすれば簡単ではあるが現実はそうはいかない。

まず第一に火力の不足。エイニたち第一部隊は機関銃による敵機の牽制

ラウラ率いる第二部隊は簡易爆弾の爆撃によるネウロイへの攻撃。エイラ率いる第三部隊は第一第二部隊の援護。

そして攻撃の要であったラウラ隊によって行われた爆撃で大型ネウロイを撃破することは叶わなかった。

 

 

結果、持久戦という名の消耗戦を彼女たちは強いられる。

今、この場で最も火力を持つのはハンナの持つ20mm口径の対装甲ライフル。だがこれは弾数が少なく連射速度に欠けている。

 

そして何より一番の問題。それはコアの位置……。ネウロイの持つコアが存在する箇所には一定の法則や決まった配置などはなく完全にラン

ダムなものだった。航空機や自動車、人類の持つ機械で言うならばエンジン。人体で言うのであれば心臓。ネウロイにとってコアとはそういうものであるが機械や生物の類いと逸脱した怪異――ネウロイにその常識が通用しない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

地上より放たれる紅い閃光を旋回し、回避するエイニは苦虫を噛むように表情を顰める。第二部隊の攻撃が失敗に終わり、敵戦力の中枢である大型ネウロイは大陸を駆けずり回り、近づかせまいと無数のビームでウィッチ達を牽制する。

各ウィッチたちはビームを回避するか魔法力のシールドで防ぐかで手詰まりとなり反撃の余地はなかった。

とにかく今、彼女できることは一秒でも敵の進行を食い止め陸戦部隊の到着まで持ちこたえさせることだった。

 

しかし――。

 

まだなのか!?

 

エイニの表情に焦りの色が滲んでいた。微かに視線だけを周囲にいるウィッチたちへ向ければ誰も彼もが息を荒げ、肩を上下させている。額に汗を滲ませそれを袖で拭うもの、大丈夫かと疲労の激しい仲間に声をかけるもの、陸戦部隊の到着はまだなのかと声を荒げるもの。

 

皆がみな、余裕などというものはどこにもなかった……。スオムスきってのエースであるエイラですら魔法力の消耗で疲弊し、回避行動のキレに綻びを見せ始めている。

 

このままでは、マズイ……か。

残り二つとなったDP28軽機関銃の弾倉の内一つを装填し、エイニは小さく呼吸を繰り返し息を整える。ネウロイの位置を見極め、一度高度を上げる。迫る紅の閃光を避け一定の高さまで

上がったところで急降下。ストライカーの出し得る最高速度と重力を合わせ急速に地上のネウロイへ迫る。真上からの軽機関銃が繰り出す7.62mmの雨。バリバリと硝子が割れるような音を響かせながら十数発ほど被弾した小型のネウロイは、やがて光を失い崩れ落ちるように霧散する。

小型の撃破はやはり容易ではあるが、敵を撃破してなおエイニの表情から焦りが消えることはなかった。

 

それもそのはず、彼女の視線の先……敵の中枢にいる三体の大型ネウロイのうち一体は小型のネウロイを産み出す母艦級だったらしく小型機を倒せど倒せど新たに産み出され切りがない。母艦級を倒そうにも

残り二体の大型機がまるで『守るように』攻撃の手を激しくし接近を許さない。そしてそんな大型ネウロイを倒す火力も彼女たちには残されていなかった……。

 

撤退という選択肢もある、が。今この場で逃げてしまえば地上部隊を置き去りにする形になってしまう。

そもそも敵を前に逃げ出すなどあってはならない。

 

頼む、早く来てくれ。

懇願し、やがて撃ち終え空になった弾倉を放り捨て、最後の一つを装填する。

 

「きゃあ!」

不意に一人のウィッチが悲鳴を上げた。

進路上にビームが横切り、驚き機動を止めたところで更に第二射――。シールドで何とか防いだが……代わりに『完全に機動が止まった』――。

 

「っ動きを止めるなァ!!」

ゾワリと悪寒が走り、有らん限りの声で叫ぶ。動きを止めてしまったウィッチ……まだ新人だったその少女は一瞬困惑した表情でエイニへ視線を向けた。――向けてしまった。

 

目下のネウロイ、大型を含め数多くの砲身が機動を鈍らせ格好の的となってしまった自分に狙いを定めているとも知らず。

 

「避け――!!」

言葉よりも速く、無数の紅い閃光が放たれる。大出力のビームがシールドを押し上げ、新人ウィッチの悲鳴が全員の耳にインカムを通して響き渡る。

 

バリン、とシールドが砕けると共に身を投げ出されたウィッチが地面へと落ちていく。履いていたストライカーユニットは片方が完全に欠損し、残った一方も火花を散らせ黒煙を上げている。

 

「っ――!!」

抱えていた軽機関銃を投げ捨て救助へと翔る。迫るビームもシールドで防ぎ、速度を緩めず一直線……。落下するウィッチの手をギリギリの所で掴み、高度を上げながら容態を確認する。致命的な外傷はなく、微かな裂傷と火傷……恐怖と痛みからか気を失ってしまっている。

しかし生きている。その事実が絶望に染まり変えていたエイニの表情をに、僅かな光をもたらす。

 

「隊長――!!」

安心したのもつかの間、部下の声に顔を上げ迫っていたネウロイの追撃を寸でのところで防ぐ。武器を捨て、人一人を抱えた彼女に…… 今度は敵の攻撃が集中力しようとしていた。

 

くそっ――!!

 

声も上げず、顔を顰め回避行動を取る。だが両手が塞がれ軽機関銃よりも重く不安定な荷物を抱えた今の彼女には満足な機動が取れるはずがなかった。

 

やむ終えずシールドを展開し防御する。部下である他のウィッチたちも直ぐ様援護に駆けつける。

 

「くっそぉ!!」

 

「このままじゃ……!!」

ウィッチたちが節々に苦痛の声を漏らす。

 

どうすればいい。

 

どうしたらいい。

 

何をしたらいい。

 

答えを導き出せる者はいなかった。否――。

 

答えは最初から一つしかなかった。

 

「っ……諦めるな!!」

エイニの声に全員が肩を震わせる。

 

「救援が来るまで持ちこたえるんだ!!」

諦めるなと、戦えと彼女は叫ぶ。

戦うことで未来を掴めと……諦めず前に進めと。

 

ウィッチたちの表情が変わっていく。困惑と畏怖、絶望と焦り……そこから一転し皆、強い決意を秘めた表情。言葉もなく、ただただ互いに顔を見合わせ頷き合う。

 

手負いの少女を同じく新人であるウィッチの一人に預け、代わりに彼女が使っていた武器を受け取る。エイニの判断を察してか、一瞬だけ表情を曇らせるもすぐに「了解」と強く頷き戦線を離脱していく。

戦力的に一人でもウィッチが欠けるのは痛手ではあった、だが負傷した仲間を基地まで運ぶ必要がある。エイニの判断は冷静であり妥当な決断だった。

 

「さぁ、もう一仕事いくぞ!」

 

「「「「了解っ!!」」」」

 

戦いは、まだ続く――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウィッチ一名負傷!! 戦闘継続不能に付き離脱させた模様!!」

通信室が慌ただしくなる。ウィッチの負傷、その伝令に誰もが顔を大きく歪ませる。理由は様々ではあった。

 

だが一環した感情。それは10歳弱の子供が傷ついたことへのやるせなさだった。

 

「みんな……っ!!」

手を組み、祈るように目を閉じるニッカ。そんな彼女を支えるように傍らに立ち、その小さな肩へ優しく手を乗せる少年――トーマが「大丈夫だ」と励ます。

しかしトーマは僅かに視線を傾け、卓上に置かれた地図を見る。ネウロイの進行ルートとウィッチ部隊の展開、状況が通信を通して人為的に更新されていく様子に眉間を強ばらせる。

 

状況は悪くなっていく。

航空ウィッチにより足止めされ進行速度を僅かながら送らせているとはいえ、それでも彼女は劣勢でありジリジリと押されている。地上部隊との合流までに要する時間……合流したとしてもそこからネウロイを撃破できるまでの時間……そもそも確実に勝てると決まっているわけではない。それが戦争である。トーマはそれを『よく知って』いた。

 

必要なのだ。何か……この状況を打開できる決定的な『何か』が……。もしこの場にアンドロマリウスがあったならば直ぐ様出撃しえいた事だろう。だがこの場に、彼の半身である悪魔はいない。

回収作業もされず二週間近くも雪山で放置され、今頃は雪原の一部になってしまっているだろう。

 

トーマはベルツィレ基地に来て――否、この世界の情勢を知ってアンドロマリウスの事を誰にも話さなかった。アウロラやエイニはもちろん、ニッカにすらも……。

僅かな疑念と微かな可能性を危険視していた。

 

雪原を彷徨って、ベルツィレ基地に保護されたことによりアンドロマリウスの現在位置が分からなくなってしまったという部分もある。だがそれ以上に彼が恐れていた点は二つと。

 

一つはアンドロマリウス――モビルスーツの動力源であるエイハブ・リアクターが稼働中に生成するエイハブ・ウェーブによる通信妨害が引き起こすであろう混乱。エイハブ・ウェーブとはエイハブ・リアクター真空素子が相転移し、生み出すエイハブ粒子という重粒子が崩壊いたことにより生成される素粒子が拡散することによって発生する磁気嵐のようなものである。

これは通常の無線などを妨害していまう作用があり、この世界においてエイハブ・ウェーブの影響を受けないものは地下を通る有線通信と観測用レーダーのみである可能性があり、ウィッチ達や基地施設の無線機に干渉する恐れがあった。

 

そして、一番の危険視しているもの……それはアンドロマリウスの存在そのものである。

この世界においてモビルスーツがどのような存在であり、その存在がどれほどまでに不釣り合いでイレギュラーであるかは容易に想像がつく。

技術力の差はあれど、可能性はゼロではないモビルスーツという『兵器』の技術漏洩。トーマ・イヅルは人類を守護する立場であると同時に、人類が刻んできた歴史を知っていた。

大地や空気、水を汚した環境破壊。生きとし生ける生命を数多く滅ぼした生態系のバランス崩壊。そして同種族であるはずの人類同士による人種や宗教、利益や利害から生まれた戦争……人類は何年も、何十年も、何百年もその歴史を繰り返してきた。

 

そしてトーマ自身が戦った驚異――モビルアーマーもまた人類が生み出した災悪の一つであった。始まりがどうあれ、モビルアーマーは人類を滅ぼす厄災となり人類へと襲いかかった。

 

トーマは畏怖する。

もしもアンドロマリウスをこの世界で起動させてしまった時……自分がどのような立場になるかを、モビルアーマーは……ガンダム・フレームは阿頼耶識なしでは動かせない。今この世界で阿頼耶識を持つ存在はトーマだけである――。

もしも自分と、その半身とも言えるモビルスーツの存在がこの世界を歪めさせ災いを齎してしまうのであれば隠し通す必要がある。……だが、モビルスーツの戦闘力を持ってすれば少なからずネウロイに対して大きな決定打になり得る事だろう。

 

 

 

俺は……どうしたらいい。

 

 

 

トーマの葛藤に、かつて友だった男との『誓い』が頭を過る。

二人には夢があった。人類の驚異であるモビルアーマーを倒し世界に平和を齎そうと。

 

その夢に嘘はなかった。

 

その誓いに偽りはなかった。

 

もし……。

 

もしも戦う力が俺に有ったのなら、戦うことが出来るのであれば……俺は迷わず戦おう。

 

トーマの答えは未来を見ることだった。

例えその未来がどんな形であってもトーマは決意した、決意していた。元々戦うことしかできなかった自分に迷っている暇などないのだと……迷っている間に誰かが傷付き、苦しみ、涙を流してしまうのであれば戦おう。世界を救う、その言葉にどれだけの重みがあったとしても……語り合った友との夢を果たそう。

 

例え世界が違えとも……。

 

「トーマ……?」

不意に、傍らにいた少女から声を掛けられた。不思議そうに視線を上げこちらの様子を伺うように首を傾けていた。

 

「カタヤイネン曹長……俺は――」

 

「おいどうなっているんだ!?」

トーマの言葉が通信機を操作していた兵によって遮られた。視線を戻すと周波数を合わせるためのダイヤルを何度も調整してはエイニたち航空ウィッチ隊にへ呼び掛けている。

ザーと通信機を介して部屋全体へ状況が分かるように設置されていた大型スピーカーからはノイズだけが鳴り響いていた。

 

「どういた!」

兵たちが集まり、ヘッドマイクを着ける兵士へ訪ねる。通信が繋がらないと答えた彼の言葉に全員の顔が青ざめていく。

 

通信が繋がらない。それがどういう意味を指し示すのか……最悪の状況が予測される。考えたくはない、だがその可能性が高い。

 

航空ウィッチ隊の全滅――。

 

「ぁ……ぅあ」

ガクガクと震える足取りで前に歩こうと力を振り絞るニッカ。しかい彼女の思惑とは裏腹に、その足は数歩『後ろ』へと下がっていた。

 

「カタヤイネン曹長っ!」

膝から崩れ落ちそうになった少女の華奢で弱々しい体をトーマが受け止める。顔は青ざめ、足だけではなく全身が小刻みに震えていた。

 

「通信を……」

震える少女を腕に抱き、トーマが呟く。

 

「通信を繋げるんだ!! まだ彼女たちがやられたという確証はないだろう!」

若干17歳の少年に気圧され、兵たちは「はい!」と通信機を操作する手を急がせる。

 

腕の中では今にも消え入りそうな声で「ルーッカネン隊長……ニパ……ハッセ……ラプラ……皆っ……」と仲間の安否を祈るようにその名を呟くニッカのいたたまれない姿。

 

ギリ――。

トーマは歯を食い縛る。13という幼い少女が友を、仲間を失う恐怖に押し潰されていく様を見ていることができなかった。

 

かつての不甲斐なかった自分の姿に、あまりにも似ていた彼女の絶望に染まった姿が……。

 

違う……この娘は俺なんかとは違うんだ。

 

ゴン、と右手の甲で額を殴る。

 

 

 

ザーー。

 

 

 

考えろ……彼女たちが生きているという確証が得られる可能性を……『さっき』までは確かに通信は届いていたはずだ。

 

通信機が故障……?

 

 

 

ザーー。

 

 

 

否――。そんな都合よく全員の通信機が故障するなどありえない。

 

 

 

ザーー。

 

 

 

ネウロイによる通信妨害……?

 

 

 

ザーー。

 

 

 

その可能性も高い。もしもネウロイに戦術を繰り出すだけの知能があるのだとしたら。……しかしこれも違うだろう、もし通信を妨害できる能力を有しているなら今さらそんな回りくどいことなどするだろうか?

 

 

 

ザーー。

 

 

 

考えろ……!

 

 

 

ザーー。

 

 

 

…………。

 

 

 

ザーー。

 

 

 

「……まさか」

トーマの頭に過った一つの可能性。

 

だがそれはあまりにも馬鹿げたものだ。その可能性は全員の通信機が故障した可能性よりも『低く』。

 

ネウロイの通信妨害にもっとも『近く』。

 

ウィッチたちが全滅したという可能性と同様に『認めたくはない』。

 

だがそれで居て、今一番……この状況をどうにかしたいという彼の願いに最も『都合がいい』可能性。

 

「カタヤイネン曹長を頼む」

兵の一人にカタヤイネン曹長を預け、どうかしたのかと訪ねてくる周囲を無視するように彼は全力で走り出した。まだ完璧に完治していない体に走る痛みも省みず走る。

 

 

 

走る。

 

 

 

走る。

 

 

 

そして、その手に希望の光を持つ可能性を……確信させるものを掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

現れた第二軍のネウロイを迎撃に向かい出たアウロラの部隊に激昂が響く。目を見開き、告げられた報告を認められないとでも言わんばかりの表情。

アウロラは顔を顰め、中継用の小型通信機を担いでいたウィッチの一人へ「たしかなのか?」と問いかける。受け取った報告の内容原因なのあ、それとも『モロッコの恐怖』と呼ばれた彼女の怒りが混じった声色に怯えてか、微かに涙を浮かべながら何度も頷く。

 

ルーッカネン中隊との通信途絶。

 

その報告は無論アウロラたちにも届いた。やはり彼女たちも考えたくはなかったが真っ先に『全滅』という単語が思い浮かんだ。

 

そんなはずはない。

アウロラは頭を振る。思い込みや逃避行などではない。

 

理屈を抜きにしてアウロラは彼女たちが生きていうという可能性を確信している。理由などはなく根拠もない。

 

思い込みだと終われても仕方がない。

 

それでも彼女は、友の……家族の存命を確信している。

 

あいつらが簡単にはくたばるはずがない。

 

アウロラは高らかに叫ぶ。我々には我々の成すべきことがあると。

彼女の足が、鋼鉄の三号突撃装甲脚がうねりを上げた。震え上がる鼓動がアウロラの――強く気高い少女の……僅かに潜む不安を掻き消すように――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルツィレ基地、応答を!! 聞こえますかベルツィレ基地……!!」

暗雲立ち込める中、一人のウィッチが叫んでいた。真っ直ぐ直進し何度も耳元のインカムの具合を見ながら必死に叫んでいる。

背には負傷した、ようやく取り戻した意識を朦朧とさせる仲間を背負いながら。

 

「どうして……!?」

通信が繋がらないことに怒りすら抱き焦りを加速させる。基地が攻め込まれたなどという情報は一度もなかった。30分ほど前まで何の変哲もなく繋がっていたはずの通信がここに来て繋がらなくなるなど、あまりにも唐突過ぎる。

 

一体何が起きているというのか。

 

「ぅ……ん……」

疑問に困惑しているウィッチが、背に抱えた同期の少女の苦しそうな声に意識を引き戻される。

 

「待ってて……! もうすぐ基地だからね!」

意識をしっかり保てるよう声をかけ励ます。戦う戦友や上官の安否を祈りながらストライカーユニットへ送る魔法力に意識を集中させる。

 

すると視界の先にキラリと光るものがこちらに向かってくるのが見えた。

 

なんだあれは。と目を凝らすウィッチ。少しして、その姿をとらえ理解した彼女は「え……?」と眉を潜めた。

 

飛んできているのはウィッチだった。一人航空ウィッチ……少なくとも彼女が知る中で戦闘が繰り広げられている白海方面に展開したウィッチたち以外の航空ウィッチといえば基地待機を命じられたニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長くらいしかいないはずであり、実際そのウィッチは予想通りの人物であった。だが彼女が疑問に声を漏らしたのは基地待機を命じられたニッカの存在などではなく。

 

その細腕に抱えた不可思議な格好をした少年であろう人物の姿だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡りベルツィレ駐屯基地。

北方へ展開していた航空ウィッチ隊との通信が途絶して数分。未だに誰もが諦めず通信を繰り返し、一刻も早く彼女たちと連絡が取れることを願い祈るように何度も、何度も呼び掛ける。

 

しかしやはり、返ってくるのはノイズばかり……。

 

諦めよう――。

 

誰かがそう言おうと口を開いた時、大きく音を立て部屋の入り口が開かれた。全員の視線が入り口へ注がれる。荒い息遣いの声色で誰が入ってきたのか何となく理解し遅れて俯いていたニッカが顔を上げた。

 

そこにはやはり一人の少年が息を荒げながら立っていた。微かに脇腹を抑え、苦痛に耐えるように顔を顰めている。だがどこか、その表情には微かに光明が垣間見えたのは気のせいだろうかとニッカは疑問を浮かべる。

 

少年は何故かスオムス軍で普及している男性用の軍服ではなく、初めて遭遇した――。あの日、あの場所で彼を保護した際に身に付けていた用途不明の服装をしていた。肩を含む胸部、腕部、腰部や脚部を守るように取り付けられた金属光沢のあるプロテクター。白を基調とし赤のラインが所々に装飾され、胸部のプロテクターには何かの紋章が描かれていた。国旗というわけでもなく、部隊章というわけでもなく部隊名の一つも書かれていない。

 

荒くなっていた息を落ち着かせるよう呼吸を整え、少年――トーマはゆっくりと床に座り込んでしまっていた少女へと歩み寄っていく。

片膝を付き、これで何度目になるだろうか……ニッカの小さな肩へ手を置く。全身を包むボディスーツとニッカが身に纏う衣服の布地を通してジンワリと伝わってくる温もり。

 

「カタヤイネン曹長」

少年の、トーマ・イヅルの声が耳に届く。強く、優しく、はっきりとした声。ニッカは黙って彼の言葉を聞いていた。

 

「俺を連れて飛んでほしい」

その発言が反撃の狼煙となった事を誰もまだ知らない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことなのさトーマ!?」

場所は代わりガレージ前、歩幅が広く歩く速度が早いトーマを追いかけるニッカはやや駆け足気味になりながら彼へと問いかける。

 

「ああ、それは――」

 

「おぉうい小僧ー!!」

ガレージから響く、年齢を感じさせない男性の野太い声が駆け抜ける。見ればニッカの新しいストライカーユニットであるメッサーシャルフBF109G‐2が出撃用のカタパルトに固定され整備長である初老の小柄な男性――おやっさんの姿があった。

 

「こっちは準備完了じゃぁ!! いつでも行けんぜぇ!!」

そういってにかっと笑みを浮かべるおやっさん。その表情は楽しげで、冒険譚を読み目を輝かせる少年のようだった。

 

一体何をしようというのだろうか?

 

ニッカは先程のトーマが言った言葉を思い浮かべる。

 

――俺を連れて飛んでほしい――

 

言葉の意味は分かるが意図がはっきりしない。

 

「おやっさん、待たせてすまない」

申し訳ないといったトーマに対し、彼はガッハッハとさぞ愉快といった様子でバンバンと彼の腰をバシバシと叩いていた。「痛い痛い」と苦笑いを浮かべるトーマ。穏和なムードに少し剥れ、ニッカはむ眉間に皺を寄せる。

 

「ねぇってば!」

 

「ああ、すまないカタヤイネン曹長」

持ってきていた個人端末の電源を入れ、彼はスオムス――向こうの世界ではフィンランドと呼ばれる国の地形が立体的に映し出されていた。

その光景に整備士やおやっさんが驚いた声を上げる。ホログラム映像――と以前聞かされていたニッカは特に驚く事はなかったが、やはり何度見ても不思議なカラクリのそれを見るたびに、彼が元いた世界の優れた技術力を思い知らされる。

 

「どーゆぅ仕組みなんじゃァこりゃぁ……」

そう言って彼の肩を引っ張り自身の低い目線に合わせ訝しげに眺めるおやっさんをグイグイと押し退けるトーマ。

 

「作戦……ってほどじゃないが、これから君にはこの座標へ俺を運んでほしい」

地図の一点。ボンヤリと光が点滅する箇所……その地域には見覚えがあった。

 

ハルティ山――。

 

そこは彼を遭難から救出した場所だった。

北方に進出しようとしているネウロイ軍と航空ウィッチ隊の戦線よりも僅かに離れてはいるが、そこに何かあるのだろうかと小首を傾げる。

 

「ここに何かあるの?」

彼女の疑問に、トーマは微かに笑みを浮かべた。

 

「ああ、いい加減『迎えに行って』やらないとな」

その瞳の置くには、闘争に見いられた悪魔の申し子が潜む事をニッカはこの時……知るよしもなかった。




というわけで二週間ぶりの更新になりました。
活動報告の方で現状報告などもした方がいいのかとも考えましたが、使い慣れてないスマホ版に四苦八苦し、仕事でヒイヒイし、PCがないせいで軌跡の輪舞曲もできず(一応スマホの方でPC画面設定にするとログインとかはできますが重すぎて戦闘ができない……その代わり暇だったので想いの結晶4000でガチャ回したらSSRが二枚とS+が一枚出ました)

そんなわけでこれからはスマホによる更新が続くと思いますが、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m


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第八話:アンドロマリウス

戦闘描写が難しすぎて冷えピタ張りながら投稿しました。


ベルツィレ駐屯基地ガレージにて。

淡い蒼穹の光が満ちる。カタパルトに固定された一対のストライカーユニット『メッサーシャルフBf109G-2』を中心に展開される魔方陣。動力源である魔導エンジンはうねりを上げ、ユニットの先端……円錐形のハブからは魔方陣と同じ光を放つプロペラ羽がそれぞれ三枚ずつ発現しており、それが高速で回転することにより推力を生み出す。

 

風圧で巻き上がる埃を気にも止めることなく、周囲の整備兵たちが魔導エンジンにも負けんとばかりに声を上げ、出撃の準備を最終段階まで進め滑走路までカタパルトを誘導していく。

 

「再度確認するが、今から君にはハルティ山麓にあるこの座標に俺を運んで貰うわけだが。付近ではルーッカネン少佐の部隊が未だ戦闘を継続している。安全を期すならば距離を取るべきだろうが一刻を争う、潜伏したネウロイが存在する可能性があるが、できるだけ戦闘は避けてほしい」

 

まぁそもそも俺という荷物で満足に動けないかもしれないが……と自虐的に苦笑する少年――トーマ・イヅルの作戦概要を無言で聞きながら、少女――ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは小さく頷く。

 

「もしもネウロイと遭遇し危険と判断した場合、即刻縄を切る。カタヤイネン曹長は離脱し安全を確保してくれ」

二人を文字通り繋ぐ一本の荒縄を持ち上げ、腰に差していたナイフを手に取りながら緊急時の処置も確認するが、僅かにニッカの表情が影を落とす。

 

彼の物言いでは、ネウロイと遭遇した場合トーマを見捨てでも逃げろというようなものだった。

 

出来るわけがないよ。

 

そう言いたくなる気持ちを押し殺し、代わりに決意の籠った瞳で彼を真っ直ぐ見つめる。

 

「大丈夫、トーマは絶対に私が『守る』からっ」

守る――という言葉にピタリと動きが止まり、少し驚いたという感情を見せた彼は小さく微笑む。笑みを浮かべるトーマに「何が可笑しいのか」と訴えるように目を細めると、その眼差しに気づき「ああ、すまない」と笑みを残しつつ謝罪する。

 

「別に君を馬鹿にしていたわけじゃないんだ。ただ、自分で経てた作戦が現状君頼りという事があまりにも情けなくてな」

 

そう言うともう一度「すまないな」と謝罪する。

 

「さぁ行こうか、カタヤイネン曹長」

 

「……ニパ」

踵を返し、背を向けた彼の右手を掴む。着替えてなおその右手には先程ニッカが渡したハンカチが巻かれていた。洗って返すと言うトーマに対し、ハンカチは上げると特に深い意味もなく答えたニッカ。やや間を空けて「なら有り難く御守りとして受けとるよ」年齢に相応しい少年らしさのある笑顔を見せたトーマ。

ニッカは何故かその笑顔が脳裏に焼き付いていた。今まで何度も彼が笑みを浮かべた場面はあったが、そのどれもが何かを誤魔化すような……遠くを見ているような目をしながら浮かべる笑みが儚げに思えていたからだろうか。その時見せた本心からの笑顔、高鳴る胸の鼓動がどういう感情から出たものなのか、13歳の少女にはまだはっきりとした理由が分からなかった。

 

ただ少なからず――。

 

「私の愛称……ニパって呼んで」

いつまでも姓名と階級を着けた呼び方に不服が生まれる程度には彼を慕っているという感情は確かだった。

 

「……あ、ああ……分かった。『ニパ』」

 

「っ……!」

高鳴る胸が更に跳ね上がり顔が火照るのが触らずとも分かった。父親以外の男性に愛称で呼ばれたのが初めてだからだろうか。

そんな風に考えている彼女とトーマの様子を見ていた小柄で初老の男性が小さく呟く。

 

「……イチャイチャしてねェで早ぅ行かんかい」

 

「滑走路安全確認よし! 発進、どうぞ!!」

進路を確保していた一人の徴兵が声を上げる。ニッカはしっかりと縄が解けないか確認し、背を向けているトーマの腰へ腕を回し抱き締めるような姿勢になる。男性を抱く経験などあるはずもなかったニッカは脈打つ鼓動を誤魔化すように「大丈夫?」とトーマへ声を掛ける。首だけを回し横目にニッカへ視線を向け「大丈夫だ、行ってくれ」と顎と後頭部を覆っていたプロテクターに手を回すとカシャリと音を立て硝子状のようなカバーが降り露出していた顔を覆い隠す。

 

「ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン、出撃します!」

カタパルトの固定器具が解除され、トーマを抱えた少女は空へと飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「押されているぞ! 気を抜くな!!」

大声を張り上げる。戦闘が始まり二時間が経過しようとしていた。長時間の戦闘によりエイニを含む全員の魔法力は枯渇し、もはや限界はすぐそこまで来ていた。

 

通信妨害により無線機での通信が出来なくなると連携も十分に取れず、ただでさえ危機的な状況に追い討ちを掛けてきた。

 

「っくそ……!」

エイニは苦虫を噛む。周囲のウィッチ達へ視界を向ければ皆がみな、息も荒く額には汗が滲んでいた。武器弾薬も残り僅か……戦闘継続も不可能になるのは時間の問題だった。

 

撤退するしかないのか……?

 

撤退という言葉がエイニの脳裏を再び過る。このまま戦えば必ず魔法力が尽き、犠牲者を無駄に出してしまう。

だがしかし通信もできない現時点で自分たちが撤退してしまった場合、誰がネウロイを止めるというのか……救援に向かってきているという地上部隊の到着時間も分からず戦い続けるしかないのだろうか。

 

「隊長っ……これ以上は、もう……!」

部下のウィッチが彼女へと近づき苦悶の表情をしていた。諦めまいと戦う他のウィッチたちの魔法力も限界寸前。スオムスきってのエースであり未来予知を持つエイラですら魔法力の枯渇と疲労により動きが鈍ってしまっていた。

 

もはやここまでか……。

グッと目を瞑り拳を握り絞める。

 

不甲斐ない……。

 

自身の無力さに打ち拉がれる。これまで幾度の戦場を戦い抜き、多くの仲間を慕え上に立つ者として気高くあろうと努力し、尽力してきた。

そんな自分が今、たった一つの判断に悩み苦難している。情けない話だと自分で自分を嘲笑いたくなる。

 

しかしそんな余裕すらない。

 

今が決断の時だ。

 

「撤退だ! 全機撤退しろ!!」

苦渋の決断を下した。引き裂けそうなほど声を張り上げ、全員が顔を顰め彼女の撤退指示を繰り返し伝言していく。

 

今この場で自分たちが撤退するということはネウロイの進行を許すということ。白海側へと向かうネウロイが何を考えてそのような進路を進んできたのかなど理解出来るはずもない。しかし少なからずネウロイという存在は人の大勢いる大陸の都市部へと向かう習性があると推測されており、今回の進出もその性質に準ずるものはずである。

 

あと一度。それが残されたチャンス――。

今すぐ基地へ帰還し早急に補給を終わらせ、進行するネウロイを再度攻撃する。進行速度から推測して本土到着まで二時間と言ったところだろう。

そして撤退し補給を終わらせ往復するまでに一時間弱……補給したとしても体力的に脱落する隊員も出ることだろう。

 

戦力は更に限られる……。

 

状況はまさに最悪だった。

再出撃したところで勝算があるわけではない。地上部隊とも合流できたとしても航空戦力である自分たちは既に疲弊した状態。正直全うな戦力として機能する保障はどこにもなかった。

 

撤退指示が出され、迎撃しながらもウィッチは徐々にネウロイから距離をとっていく。本音を言うのであれば、この場から逃げることを望む者は誰一人として居なかった。祖国を守るために戦い、戦うために培ってきた努力は数知れず。逃げてしまうのならばいっそ玉砕覚悟で突貫すら考えるウィッチすら居た。だがそれは許されない、あってはならない判断だ。命を捨ててまで戦うなど愚の骨頂。エイニの出した最初の命令は「諦めるな」という言葉だった。

 

退くしかない。今はただ屈辱に耐えながらも『生きるため』に退くことしか出来ない。そんな虚しさが全員の心を抉るように傷つける。

 

ネウロイが出現し、多くの大陸が占領され国を追われた他国のウィッチや国民は多く居た。カールスラントやオラーシャ、ガリア……きっと彼らも同じ苦しみを味わい噛み締めていたのだろう。

 

スオムスが占領される――。

 

その可能性が過ったのか、数名の新人ウィッチが涙を流し始める。口ぶちに「嫌だよ……」と嗚咽混じりに呟き始める。

 

肉体的にも、精神的にも……彼女たちは追い込まれていた。

 

「ベルツィレ基地応答せよ! ベルツィレ基地……!」

やはり駄目か、とエイニは舌打ちする。僅かな望みを掛けて通信を試みるがやはり繋がることはなく、耳に掛けたインカムからはノイズだけが聞こえてきていた。

 

「隊長! 攻撃、来ます!」

一人が叫ぶとほぼ同時に、全員へ向けて閃光が襲い来る。未だネウロイの射程圏内だという現実に引き戻され、緊張が走る。

 

その時だった――。

 

雪原に響き渡る轟音。ネウロイがいる方角からやや南東……大地を震わせ撃鉄を鳴らし放たれた一発の砲弾がエイッカたちを追う一匹のネウロイへ直撃し、その体積を大きく抉り取った。

弾丸の衝撃で大きく姿勢を崩し転倒したネウロイへ追い討ちを掛けるように数発の追撃――。蓄積されたダメージに耐えかねたネウロイは意図も容易く崩壊し霧散する。

 

全員が砲撃のあった方角へ視線を向けると、そこには大口径の専用装備である戦車砲にも似た火器を構える数名の陸戦ウィッチの姿が確かに捉えられた。

 

ワッと沸き上がる歓声。夢でも幻でもない――。

 

「遅くなって申し訳ありませんでした!! 地上部隊第三から第五小隊、只今到着しました!」

 

戦場の歯車が加速する――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トーマー! 大丈夫ー!?」

風を切り、時速600km弱――。高度20000フィートを飛ぶ少女、ニッカは腕に抱く少年の安否を確かめる。

彼女はウィッチであり、魔法力によって外気などの環境を気にすること無く飛んでいられる。――が、今彼女が抱えている少年は違う。

魔法力に守られることもなく極寒のスオムスの、その上空を航空機の速度で飛ぶことにより生じる体感温度は地獄のような寒さであるだろう。

 

「だっ……大丈夫だ。こっこれくらい」

大丈夫ではなさそうだとニッカは察した。降りたバイザーにより表情は伺えないが、発している言葉は途切れ途切れでカチカチと歯がぶつかり合う音が微かに聞こえていた。

 

一応防寒のために持ってきた毛布で全身を包んではいるが気休めにもなっていないのは明白である。

 

このままでは目的地に到着するよりも先にトーマが凍え死んでしまうのではないかと高度と速度を下げるべきだと言うニッカに、sれは駄目だと首を横に振るトーマ。このやり取りは既に五回目にあっていた。

どうあっても急ごうとするトーマに、ニッカは未だ聞かされていない謎を問いかける。

 

「あの座標に何があるっていうの?」

トーマを抱き抱え、彼が手に持つ端末機械。スオムス――ハルティ山を拡大した地図の一角に点滅する光。それが何を意味するのかニッカには分からなかった。

 

「……俺が、君たちの住む世界とは別の世界から来たっていうのは最初に話しただろう」

少し間を空け、独り言のように呟き始めた。ニッカは当然一番最初に聞いた彼の話から「えっ、そこから?」と声を漏らしそうになるが何とか喉元で押し込み、小さく頷く。

 

「俺が……恐らくこの世界に来る直前まで戦争をしていたんだ」

モビルアーマーと呼ばれた虐殺兵器との戦争。10年以上その中で戦い続けていた少年の背を抱く腕に、力が籠る。

 

10年の戦争、ただただ戦い続けた10年間。1日の大半をコクピットで過ごし、寝る間も惜しみ戦闘と訓練に明け暮れ娯楽も安寧もなく、ただただ戦い続ける毎日。そうしなければならない、そうあらねば生きていけない。一分一秒でも気を緩めればモビルアーマーはその間に力なき人々を襲う。人類を守護する彼の戦いがどれほど辛く苦しいものだったか……ニッカは計り知れないでいた。

 

友人と遊ぶ時間も、食事を楽しむ一時も、何もかもを戦場のために費やした少年。

 

「『ヤツ』との戦闘の末、俺は大気圏に飲まれ燃え尽きるはずだった」

そこまで勉学に励んでいたわけではないニッカでも大気圏という言葉くらいは知っている。

 

大気圏――正式にはその中でも一番外側の『熱圏』は太陽から発せられる電磁波や磁気圏で加速した電子エネルギーを

吸収し最高で2000℃にも及ぶ超高温へ達する。

 

衝撃やビーム兵器などに対して無類の強度を発揮するが、熱量が限界を超えれば装甲表面に蒸着させたモビルスーツのナノラミネート塗料は溶解し効力を失う。フレームだけであるならば理論上耐え抜くだけの強度は十分であるが熱量に置いてはパイロットが耐えきることが出来ず、文字通り蒸発する。

 

戦闘に勝利したものの体力を失い地球の重力へ引き込まれて、熱圏で燃え尽きる確信と共に意識を手放したトーマだった。

 

だが彼は生きたまま地上に不時着した。――世界という境界線を越えて。

 

「俺は、ずっと隠そうと思っていた」

どこか申し訳無さそうに呟き、視線を遥か下方の山々へ向ける。

 

「この世界に、俺は居てはいけない存在だ。君たちの世界に踏み込んではいけない異物のようなものだ」

トーマは自らの背中……プロテクターに覆われた醜い阿頼耶識システムの象徴であるインプラント端子を思い浮かべる。

モビルスーツを司る者に人為的に移植されたナノマシン。かの世界で行われた非人道的な所業は誰にも教えてはいけない負の遺産。

 

「俺が今からやろうとすることは、いずれ大きな波紋を生むだろう。その中で……無益な血が流れ争いを生むのだとしたら……俺は自分を許すことができない」

 

それでも、と少年は言葉を続ける。

 

「俺は君を……君たちと出会って、何かが変わったような気がしたんだ。今の今まで戦うことしか出来ず、何もかも与えられてきただけだった俺に、初めて自分の……俺の中で生まれた感情が」

ニッカの手に自らの右手を重ねる。寒さを和らがせるほどの熱はなくとも、確かな温もりを通してニッカへと伝わる少年の気持ち。

 

「俺は結局……戦う事しか選べなかった。でも戦う理由は俺が決める」

 

 

『誰か』に強要されたからじゃない……。

 

『誰か』に言われたからじゃない……。

 

『彼』の背を追いかける為じゃない……。

 

「『俺』は……皆を守りたいんだ」

 

『誰か』のために戦う決意――。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで下ろしてくれ」

端末を操作していたトーマの言葉を聞き、飛行を止めゆっくりと降下していく。ハルティ山麓の林が生い茂る雪原。……だが目に見えて何かあるわけでもなく、ただただ見慣れた雪景色にニッカは眉を潜める。

 

「何もないよ?」

彼女の言葉に「まぁ二週間も時間が経てば地形も変わるか」と足元をたしか得るように踏みしめ、フラフラと歩き回り地面へ頭部側面を押し当てるトーマ。

 

何してるんだろうこの人……。

まるで不審者を見るニッカの視線に気を止めることもなく、目を閉じ耳を済ませていた彼が「聞こえる……やはりか」と呟きながら一直線に進んでいく。

 

彼には何が聞こえていたのだろうと気になったニッカは真似をするように地面へ耳を当てる。直接触れる雪の冷たさに意識を取られないように集中する。

魔法力により五感が常人よりも研ぎ澄まされたウィッチの聴覚……たしかに聞こえる。

 

自然が発するようなものではない。

 

例を挙げるのであれば航空機や運搬、戦闘車両のエンジン音に近い音。腹の内側にまで響くような音にニッカは目を見開く。

 

もしかして。

 

そこでようやくニッカの中で、バラバラになっていたパズルのピースが形を為成していく。

 

今まで彼が語ってきた言葉。そして彼の境遇……世界を渡った瞬間……彼と遭遇したときの光景――。

 

彼は『一人』でこの世界に来た訳じゃなかった。

 

 

――いい加減『迎えに行って』やらないとな――

 

「『迎えに来たぞ』……相棒」

崩れた雪山から悪魔の形相をした鋼鉄の巨人が顔を見せていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった二週間……されど二週間という短いようで長かった期間――。俺は懐かしさすら感じる空間の中で小さく息を吐いた。開けたまま放置したせいで雪に埋もれていたアンドロマリウスのコクピットブロックを手探りで掘り起こし、やや湿り気のある座席へ腰をおろしている。

 

ああ、指令室の椅子もよかったが……やはり俺にはここが一番居心地が良いようだ。

 

目を閉じ、慣れ親しんだ世界の記憶を呼び起こす。忘れはしない……忘れるわけがない。

 

俺は……コイツに乗っていてこそなんだ。

 

「…………いや」

不意に、普段と違った感触のある右手へ視線を向ける。血が滲み、汚してしまった男の者とは違う華やかさのあるハンカチ。それが一体誰のものであるか……俺の記憶には強く刻まれていた。

 

その名前を――。

 

その愛らしい表情の数々を――。

 

彼女だけじゃない。あの場所で、この世界で出会った人々全員の顔。皆がいる場所を守る。それが今の俺に出来ることだ。

 

俺は戦う。戦うことしかできなくても、戦うことで誰かを救えることが出来るのならば。

 

 

 

座席から突出した阿頼耶識との接続を行う端子へ壊れていない事を祈りながら背中を押し付ける。

 

その瞬間、懐かしい激痛が背中を通して全身に駆け抜けていく。

 

「ぐぅっ!? ぐっ……がぁァ!!」

視界が歪み、胃液が逆流しそうになる。熱した鉄棒を押し当てられるような感覚が背中に広がる。粘液質のものが背中と鼻からドロリと溢れる。

 

「ぅう……ぐぁ……」

あまりの激痛に意識を刈り取られそうになる。だがそんなことしている場合ではない。

 

「放ったらかしにした当て付けか……?」

口角をつり上げ、冗談混じりに呟く。無論そう問い掛けた相手からは返事があるはずがない。

 

「悪かったな相棒、色々あったんだ」

色々な。と操縦桿を握る右手を眺め、今度は大きく呼吸する。

 

「目を覚ませアンドロマリウス! お前の力が必要なんだ!」

初期起動で待機していたアンドロマリウスの操作パネルへ手を翳す。

 

 

 

GUNDAM FRAME Type

 

ASW-G-72

 

ANDROMALIUS

 

SYSTEM ALL GREEN

 

 

 

「システムチェック……クリア、慣性制御……クリア……火器慣性……クリア」

 

操縦桿を軽く引き上げ、フットペダルを踏む。フレームや機器に大きな損傷は見受けられない。ナノラミネートアーマー正常に機能している。残ったら片腕のドラゴンハングに装備された機関砲も残弾数は少なくとも暴発の危険性は無さそうだ。……唯一問題があるとすればメインスラスターのガス残量か。全開で行けばペテルブルグ方面へ片道くらいは余裕があるが……。まぁ何とかなるだろう。

 

「網膜投影開始」

阿頼耶識を通して脳に直接電気信号が流れ、俺の視界がアンドロマリウスのメインカメラとリンクする。

 

全身に積もった雪の塊がボロボロと剥がれ落ちていく。うねりを上げるエイハブ・リアクターの駆動音。視界の隅で小動物たちが慌てふためく姿に申し訳無さを感じる。

 

二週間ぶりの感覚だ……以前だったら1日たりとも欠かさずにいた半身との繋がり……。

 

 

「いくぞアンドロマリウス……暴れさせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが……『ガンダム・フレーム』……」

目前に立つ巨大な鉄の悪魔を、ニッカは頬に冷や汗を浮かべながら見ていた。

 

頭部には悪魔という概念を象徴するくねりを持つ一対の角。青く輝く双眼は怪しげに光り、目に焼き付いたように残光を残す。

ほぼ全身の正面を白い装甲に覆い、左腕には盾のような鉄塊……それに相反する右腕は僅かに残った剥がれかけの外装。露出した黒い光沢の骨組みは彼女から見て少し頼りなく思える。背には鳥の翼――。その骨格を思わせる一対のパーツ。何かを確かめているのか各所がグネグネと動いている。

 

20mはあろうその巨体。圧巻の一言に尽きた。

今まで見てきたあらゆる機械……兵器……そしてそれを模倣するネウロイ――。

どれをとっても今目の前に立つそれを超える存在をニッカは知らない。悪魔のような形相から恐怖すら感じさせる風貌。だが、そのどこか美しいと思えた。

 

 

 

「ニパ、少し離れていろ」

響くような声が悪魔から放たれる。聞き覚えのある声……聞き間違えるはずがない声が確かに聞こえた。

 

「と、トーマ!? ねぇ本当にトーマなんだよね!? 食べられちゃったとかじゃないよね!?」

そんな突拍子もない問いに「どうしたんだ?」と心配するように訪ねられる。

 

ニッカからすれば、トーマが雪の中にある何かへ入っていき、少ししてその雪山から現れた悪魔の姿。童話のように悪魔に取り付かれてしまったのではないかと不安になっていた。

 

「とにかく、俺は先行してルーッカネン少佐やユーティライネン大尉の救援へ向かう。飛行する際に衝撃が来るはずだ、危ないから離れててくれ」

 

飛ぶ!? その巨体で!?

 

もはや開いた口が塞がらなかった。取り合えずと言われるがままに距離を取る。遠目から見てもその姿ははっきりと見受けられる。

周囲に生える針葉樹よりも高い身長。戦車など一振りで粉砕してしまいそうな手足。

 

ネウロイとは別の意味で恐怖を与えてしまうであろう。

 

アンドロマリウスを見て初めて、彼が自分たちにこの存在を隠していた理由が少しだけ分かったような気がした。

 

何を思って、彼が再びその悪魔を呼び覚ましたのか。

ニッカは答えを聞いていた。

 

 

――皆を守りたい――

 

 

そう言った彼の姿を、あの悪魔と重ねると恐怖心よりも高揚感が沸き上がる。

 

まるで童話に出てくる英雄のようだ。

困った人々を救い、導き悪を討つ正義の味方……アンドロマリウスを駆るトーマを英雄譚のヒーローに見立てたニッカ。

 

グリモワールの第一書『ゴエティア』においてソロモン72柱が一柱……地獄の中で36の軍団を率いる序列72番が悪魔。大いなる伯爵であり『正義を司る』存在――。

 

アンドロマリウスが君臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸戦ウィッチの部隊とようやく合流できたエイニ達は折れそうになった心を奮い立たせ、再びネウロイへと立ち向かった。

形勢は逆転し、空陸双方のウィッチ達は次々と小型ネウロイを撃破し、母艦級である大型ネウロイのコアを露出させることに成功する。

 

「っ……! 今だハッセ!」

 

「うん!」

抵抗するネウロイのビームをラウラが防ぎ、ハンナは一発の弾丸に全神経を集中させる。このチャンスを逃すわけにはいかない――。

 

ドコォンッ!

 

放たれた20mmの対装甲弾頭は真っ直ぐに吸い込まれるようにコアへ着弾し、その赤く輝く八面体を撃ち砕く。断末魔のような鳴き声を一つ上げる、力なく崩れ落ちていく母艦級ネウロイは光を失い、ガラスが砕けるような音と共に消滅した。

 

「やったぞ!」

エイラが歓喜の声を漏らす。彼女だけではない、撃破したハンナもラウラも。エイニや新人のウィッチたち、皆がみな大型ネウロイの撃破に笑顔を取り戻していく。

 

「いいぞ! このまま一気に――」

残りの大型ネウロイ二体へ視線を向けたエイニは違和感を覚え眉を潜める。

 

大型だけでなく、その場に残っていた小型のネウロイが全て動きを止めていた。

 

撃破したわけでもなく活動を停止させたわけでもない。目を凝らせば微かに『震えて』いるのが見てとれた。

 

なんだ……?

 

胸騒ぎがしたエイニは全員へ一時停止の命を出す。彼女たちが何事かと動きを止めたネウロイの様子を伺う。

 

「なんだアイツら、急に止まったゾ」

 

「私たちを誘っているのか?」

エイラが疑問を浮かべ、ラウラが微笑を浮かべながら弾倉を取り換えコッキングレバーを引く。

 

「なんか……『怯えてる』みたい」

ハンナの呟きに、ラウラは「何に?」と小首を傾げる。エイラが余裕の表情で「私たちにじゃないカ?」と答えた。

 

怯えている――。確かにハンナが言ったようにエイニにもネウロイがそう見えた。だが決してその畏怖が自分たちへ向けられている訳ではないことを感じとる。

 

では何に?

 

 

 

 

 

「あれ見て!」

誰かが自分たちよりも遥か上空を指差す。ネウロイを前にして全員の注意がその指し示された方角へ集中した。

 

「あれは……」

 

「流れ星……?」

雲の隙間から見えた『それ』は一筋の光。ゆっくりと、それでいて確実にそれはこちらへと向かってきていた。

 

「全員待避しろ!!」

目を見開き、声を張り上げたエイニの指示に騒然と各自四方へと散開していく。

 

待避する中、エイニは横目で見たそれは耳を劈くような音と共に墜落しネウロイのいた地点へ墜落した。

余程の質量だったのだろうか、衝突した衝撃で数体の小型ネウロイが雪原の一部と一緒に吹き飛び、その余波は陸戦ウィッチやエイニたち航空ウィッチをも襲い掛かる。

余波をシールドで防ぎ何が起きたのか検討も付かないままエイニが……ウィッチたちが目にしたのは悪魔のような巨人だった――。

 

「なんだあれは!?」

最初に驚愕の声を漏らしたのはラウラだった。突如飛来したそれはネウロイを雪原もろとも吹き飛ばし、その巨体を中心に大きなクレーターを作り上げていた。

 

着地した姿勢――しゃがむように膝を折り、左腕の巨大な鉄塊を地面へと突き立てたそれがゆっくりと立ち上がる。グググと金属が擦れる音……熱された空気が噴出しゆらゆらと蒸気を立ち込めさせる。

 

 

なんなんだあれは!?

 

 

エイニは再び疑問の波に襲われる。

 

呆然とする少女たちを他所に、動きを見せたのは白い巨人だった。

ドンと爆薬が炸裂した音にも似た爆音を背中や腰、脹ら脛の裏側にある筒状の穴から吹き出し、それは青い炎となってその巨体を加速させる。

 

突き出した左腕の鉄塊が加速力を乗せて大型ネウロイの脚部をへし折る。一瞬の出来事に困惑し、崩れた姿勢のまま悲鳴を上げるネウロイの上体へと飛び乗った巨人が二度三度と左腕を叩き付ける。余程ダメージが大きいのか、その巨人よりも大きな質量を持つはずの大型ネウロイは藻掻くように欠損した四肢の残り三本をバタつかせ、張り付いた巨人をふるい落とそうとする。

 

しかしその程度では離れんと言わんばかりに細い右腕でネウロイに爪を立て左腕を幾度も突き立てる。

 

回数にして十数回。抵抗虚しく偶然突き立てられた箇所にコアがあったのか、大型ネウロイは呆気なく霧散し崩れ落ちた。

 

その光景をただ見ていた残りの大型ネウロイは大きく咆哮し、全身の火砲をたった一つの敵へと集中させる。

 

無数のビームが放たれる。回避をするでもなく、巨人は左腕の鉄塊を縦のように構えビームに向かって突撃する。

 

 

 

馬鹿な!?

 

 

 

その行動に誰もが目を見開き驚愕する。

ネウロイのビームは戦車や戦艦を容易に貫通し、その熱量をもって大地を焼き払う威力を有している。

 

ウィッチのシールドでもない限り防御は不可能だ。

 

そう確信していた彼女たちは更に驚愕した。

 

「ネウロイのビームを弾いている!?」

接触した部分からビームが抵抗もなく周囲へ飛び散り、巨人へダメージを与えることができていなかった。

 

まるで常識を逸脱した光景に、唖然とする一同。

 

ビームを防がれ、あっさりと接近を許したネウロイが一本の脚を大きく振るい巨人へと大木数本分の脚で踏みつける。

 

だがぶつかる寸前で爆音を上げ、側面へ瞬間的に移動した巨人は片足を軸に全身で回転を加えた左腕の一撃をもって、突き出された前足のもう片方を凪ぎ払う。まるで木炭を割るようにして簡単に砕けた前足。それを完全に消失するよりも先に右手で引き抜き、その鋭利な爪先を持ち主へと突き立てると釘を打ち込むように脚で踏みつけ内部へと押し込ませる。

まったく歯が立たない未知の敵に怒りの咆哮を上げる。ほぼ密着した状態から火砲を斉射する……が、それが巨人を貫くことはなかった。

 

被弾した全ての箇所が先ほどと同様にネウロイのビームを容易く跳ね返した。

 

小型ネウロイが取り付こうと跳ね上がる。だがそれも左腕の一凪ぎで吹き飛ばされ砕け散る。

 

あまりにも一方的な戦いだった。

 

あれほどまで苦戦し、20人以上のウィッチが束になってようやく倒した大型ネウロイを、その巨人はものの数分で撃滅していく。

 

ネウロイの再生能力など知るよしもなく、巨人は肉食獣が獲物の肉を貪るようにその装甲を引き剥がしては叩き潰す。

 

その戦い方には一切の容赦も慈悲もなし、ただ滅ぼすために洗礼された破壊の化身は、ネウロイがコアを砕かれ消滅するまで攻撃を止めることはなかった――。




相変わらずない頭を振り絞って、描写に拘ろうとクドくなる文で、本当に申し訳ない(鬼畜博士並感

本当はアウロラ救出のとこまで一気に書こうと思ったのですが、朝の7時から書き始めて現時刻は午後7時……なぁにがあったんですかねぇ(困惑

アウロラ救出を期待していた人への申し訳無さで一杯です……もう少し……もう少しお待ちくださいm(__)m

そして話は逸れますがニパのヒロイン力がうなぎライジング。


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第九話:願いの空

他投稿者様方の作品を読み、自分の文才の無さに悲しみがflyawayしそうになる今日この頃。オデ、ブンサイクウ。ブンサイノチカラモラウ……。


自分が空を眺め仰向けに倒れているのだと自覚した瞬間に、アウロラははっきりと意識を取り戻す。全身に力を込めて立ち上がろうとするが、駆け抜ける激痛に苛まれ表情を歪める。

 

どれだけ気を失っていた!?

 

自身が気絶していたという事実に驚愕し、そこから経過した時間の確認を取ろうと周囲を見渡した。

 

記憶に残っているのは第二波として出現したネウロイ軍との交戦が開始されて小一時間足らず……ただでさえ少ない戦力を分断いてまで迎撃に向かったアウロラ率いる陸戦ウィッチの第一第二部隊。そして魔法力を持たない男性兵士により構成される戦車機動部隊。

 

戦闘は悲惨な結果だった。

死傷者こそ少ないが戦車部隊はほぼ壊滅。陸戦ウィッチの2割が弾薬を切らし白兵戦を強いられ、数名ほど負傷者が出ていた。

 

その中でもっとも甚大な被害を被ったのがアウロラであった。

 

交戦の最中、白兵戦に移っていた一人の陸戦ウィッチが小型ネウロイを魔法力で強化した銃剣で切り裂くも、刃が浅く入ったのかダメージをものともせず、小型とはいえ重戦車を上回る黒い巨体でウィッチを弾き飛ばした。

間一髪というタイミングで間に合ったシールドだが勢いは殺しきれず背中を剥き出しの岩壁に強打する。

ウィッチとして例外なく身体強化さええてなお、そのダメージは疲弊した彼女へ致命的な隙を作るのには十分なものだった。

背中を強打し、痛みで呼吸が乱れたそのウィッチへと追い討ちをかけるようにネウロイが自立するために生やしていた脚を振り上げる。

 

魔法力やシールドがあろうとも、あれだけの質量で押し潰されてしまったら一溜まりもない。

 

部下を救うため、アウロラのストライカーが唸りを上げる。魔導エンジンが燃え尽きるほど全力でスピードに全魔力を割り当て走り抜ける。

 

間に合え――!

 

突き出した左腕が恐怖に撃ち震える部下の肩に触れ、勢いのまま突き飛ばす。

間に合ったという一瞬の安堵……だが次の瞬間、まるで振りかぶったハンマーで殴られたような衝撃が彼女を襲う。

 

視界がめちゃくちゃに廻る。叩きつけられる肩、背中を、頭、足……ボールのように地面を何度も跳ね上げ、痛みを感じる間もなく意識を刈り取られた――。

 

「ぐっ……ぅう!」

吹き飛ばされた時なのか、地面を転げ回った時なのか。骨折したであろう足を無理矢理動かし、鮮血に塗れた左腕の間接を強引に戻す。

 

腕が動かず、足も折れ、意識は朦朧とし、視界が歪む。流れ落ちる紅い体液が体力と体温を奪っていく。

 

それでもなお、彼女の心は折れなかった。

 

耳鳴りがする。爆発音を至近距離で受けた時のような一時的な聴覚媒体に障害が発生した感覚……。ぼんやりとする視界で周囲を見渡せば、多くのウィッチや兵士たちがアウロラへ向かって何かを叫んでいるのが見えた。誰も彼も、ネウロイとの戦闘を繰り広げ、余裕など微塵もない……にも関わらずアウロラの身を案じる彼女らの姿にアウロラは思わず笑みを浮かべてしまう。

 

ああ、私はこんなにも満たされているのだ。

 

アウロラにとってスオムスに生きるもの全てが家族のように思えていた。出身や血の繋がりなど関係なく、ただ言葉を交わすだけのかんけいであり上官と部下という関係であっても……彼女にとって全てが愛おしかった。無論、最愛の実妹であるエイラが一番であるが、皆を大事に思うアウロラの気持ちは本物だった。

 

時に厳しく、時に優しく……。皆の上に立ち、皆の前を行く、道標になるような人物、それが『アウロラ・E・ユーティライネン』である。

 

そんな自分が部下を、家族を残して倒れることなど許されない。彼女自身が赦しはしない。

 

アウロラは奮起する。

 

戦闘は終わっていない。ならば戦おう、例え手足をもがれようとも。

 

立ち上がったアウロラに、ネウロイのビームが掃射される。震える手でシールドを展開させるも、ビームの出力に押されアウロラの右腕までもが悲鳴を上げ始めていた。

 

「くっ……ぬぅう!」

額から流れ出た血液が片目を侵食し、瞼が閉じる。

 

終われない――!

 

こんなところで終わるわけにはいかない――!

 

「ああああああああああっ!!」

喉を潰さんばかりの咆哮が放たれる。

 

ビームが掃射されて13秒……ネウロイの攻撃が弱まるよりも先に、アウロラのシールドが砕けた。

 

「隊長――!」

悲痛な叫びが、今度ははっきりと聞こえた。そして同時にインカムから微かに響くノイズが彼女の思考を真っ白に染め上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイニ・アンティア・ルーッカネンは困惑していた。

ほんの数分まで爆発と銃撃で騒然とした戦場には静寂が訪れ、もはや聞きなれてしまったノイズに不快感を抱くこともなく、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 

彼女だけではない。その場にいる全てのウィッチが、ただ一つの、絶対的なまでの破壊を齎した存在を見つめていた。

 

白銀の巨人。悪魔の権化。山の神――。

それぞれがかの存在を形容する言葉を思い浮かべる。

 

たった一瞬で……たった一人でネウロイを撃滅したそれに、恐怖と高揚の入り交じった眼差しを向ける。

 

そんな視線に気付いてか。巨人の首が持ち上がり、空に浮かぶウィッチたちへ顔を向けてくる。

 

「っー」

誰かが息を飲み、誰かが声にもならない悲鳴を上げる。

正面から捉えた巨人の顔は、人のようで人じゃない。悪魔の形相を体現したようなものだった。宝石のように透き通った蒼く光る目に感情などなく、ただただ空に浮かぶ彼女たちを見やっているだけのようだった。

 

こいつは敵か……それとも――!

 

銃を掴む手に力が入る。滲み出る汗を拭うこともなく、瞬きをするこおすら忘れるほどの緊張感が包み込む。

 

ネウロイをあっさりと駆逐したその力が自分たちに向けられた時、果たして生き残ることが出来るのだろうかという疑惑はすぐに不可能だ。という結論に塗り潰される。

 

逃げる……?

 

こんな化け物を放って?

 

否、それ以前に逃がしてくれるとは到底思えない。

 

だが殺す気があるのなら何故襲ってこない?

 

エイニは思考する。今この状況で、どういう判断を下すべきか、どのほうな答えが正解なのか。

 

だがあまりも不確定すぎるその存在を退ける術を、彼女は導き出すことができなかった。

 

たらりと一粒の雫がエイニの頬を撫でる。

 

グン、と巨人が右手を掲げた。

 

「っ全機戦闘態せ――!」

反射的に声を荒げ、手に持つ機関銃を目の前の巨人へ向けた彼女は絶句した。

 

ネウロイという獲物を狩り尽くした巨人が、今度は自分たちに襲い掛かってくるのだとばかり考えていた。

 

 

 

だがその巨人は、その巨大な掌をこちらに向けて左右に振っている。手を振っている――。まるで出かける子供を見送る母親のように……別れを惜しむ友人へ再会を祈るように……。

 

20mの巨人は、変化するはずのない無機質な顔でヒラヒラと手を振ってきている。

 

「えっ……は――えぇ……?」

目を細め、困惑し、素っ頓狂な声を漏らすエイラ。エイラだけではない、全員意味も分からず顔を見合わせ、疑問符を浮かべながら白銀の巨人を再度見やる。

 

巨人からは明らかに敵意というものが感じられなかった。エイニは眉を顰める。何かの罠なのではないかと疑う。

 

しかしその疑いがただの思い違いであるとエイニはすぐに知ることとなる。

 

「おーい!!」

明後日の方角から両手を大きく振り、大声で接近する機影を見て何人かが驚きの声を上げた。

 

「ニパ!? なにやってんダヨこんなとこで!」

彼女――ニッカと親しい間柄の少女三名が彼女へと距離を縮める。

 

「お前は基地待機を命じられていたはずだぞ?」

睨むように眉間に皺を寄せるラウラ。ニッカがこの場にいるということは命令を無視し単独で行動した立派な軍旗違反であった。ニッカは「え、えーと」と目を泳がせ、誤魔化すように頬を掻く。

 

「そ、そんな事よりネウロイは? って、まさか本当に『トーマ』が倒しちゃったの!?」

ラウラの横から顔を覗かせ、地上に立つ巨人を見ながら発した言葉にエイニたちは「は?」と目を見開く。

 

巨人を見ても驚きすらしないニッカへの疑惑もあるがそれ以上に、彼女の口から出た思いがけない名前に思考が止まる。

 

「おーいトーマー!」

再び手を振るニッカは躊躇いもなく巨人の方へと飛んでいく。

 

「お、おいバカやめろっ!」

慌て後を追うエイラたちエース組。エイニは先ほどの言葉に引っ掛かり、彼女が出した名前の少年と……その会話や記録に出てきたものと照らし合わせ、ようやく答えを見いだした。

 

「まさか……アレがそうだと言うのか……」

 

 

 

エイニが驚愕する中、一足先に巨人――ガンダム・アンドロマリウスに向かったニッカを追ってきた三人の少女。エイラ、ハンナ、ラウラは改めて近くで見るアンドロマリウスの恐ろしさに撃ち震える。自分の身長よりも10倍以上高い全長。ネウロイに負けず劣らずの巨体でありながら二本脚で直立する人型のそれがどれだけ常識はずれな存在なのかを再認識させる。

 

「遅かったな、怪我は無いか?」

巨人を中心に発せられた声に聞き覚えのあった全員が目を点にする。それは男……それもまだ少年であるはずの『彼』の声そっくりだったからである。

 

そんな彼女たちを他所にニッカは「トーマが速すぎるんだよ!」と頬を膨らませた。

 

「ちょ、ちょっと待てニパ。何でこれに驚かなかったり、これからあいつの声が聞こえたり、色々重なりすぎて頭がおかしくなりそうダゾ」

引き攣った表情で説明を求める旨を伝える。

 

「私からは何とも言えない……でもこれだけは言える」

ニッカは慈愛に満ちた笑みで人差し指をアンドロマリウスへと向ける。

 

「『彼』は味方だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駄目なのか……私では。

アウロラは己が無力を嘆いた。どんなに強くあろうとしても、どれだけ力を付けようとも、限界という境界線が彼女の願いを、想いを、希望を、気持ちを拒む。そんな心情を表すようにアウロラの背後には大きな崖が迫っていた。いつの間にかこんなところまで飛ばされていたらしい。退路などはない。

北欧最強と吟われた彼女はウィッチであると同時に一人の人間であり、18歳の少女だった。

 

ああ。と溜め息にも似た声が白い息となってスオムスの雪原に流れる。二度目。大地に仰向けで倒れた彼女は空を眺めていた。いつの間にか見慣れた雪が降り始め、灰色の空が広がっている。

 

ネウロイは前の攻撃で倒れたアウロラを、もはや脅威とも攻撃対象とも捉えていないのか、他のウィッチへとビームを凪ぎ払っている。

 

血が滲むのも厭わず唇を噛み締めた。不甲斐ない、情けないと自分で自分の無力さを詰る。

ふざけるなと、彼女は大地を踏み締める。骨折した右足をだらりとさせ、重心をまだ動く左足へ掛ける。動く度に全身へ激痛が走る。それでもアウロラは立ち上がった。強靭な精神力だけが今の彼女を動かす原動力となる。

 

「ぐゥっ」

奮い立つ闘志とは裏腹に悲鳴を上げる体。もはや立っている事すら叶わないほどに全身の力が抜けていくのが分かる。

ダメだ、駄目だ倒れては。倒れるわけには……。

 

ガクガクと震える足取りで一歩……一歩……また一歩……。ゆっくりと前へと進んでいく。飛び交う銃弾やネウロイのビーム。アウロラの名を叫ぶ声は爆発に飲み込まれる。一人、また一人と奮闘していたウィッチたちが倒れていく。魔法力も体力も気力も削れ、地べたに這いつくばり絶望を抱く。終わってしまう。

 

 

 

終わる――。

 

 

 

終わる――。

 

 

 

 

「っ終われ……ない!」

 

ボロボロになった姿のまま、アウロラの存在に気づいたネウロイの一体が彼女へと振り向く。四本の脚を交互に入れ替え、生物らしからぬ姿がアウロラを捉える。

 

既に死に体のアウロラに対する慈悲などネウロイには存在しない。収束する赤い閃光。その一撃は彼女の肉体を焼き払うのには過剰な出力のビームを放つ予兆――。

 

 

――ここまでなのか、私は――

 

 

ついに精魂尽き果て、膝から崩れ落ちる。

白い大地。アウロラが辿った鮮血の道が途絶えようとしている。

 

死の予感。アウロラの脳裏に走馬灯が駆け巡る。

大切な家族、大切な仲間、大切な場所。

 

 

――ユーティライネン大尉、貴女の強さは確かに国一番かもしれないな――

 

 

不意に少年と交わした言葉が甦る。何故、印象には残っていた。だが彼の言葉が今まであった大切なものに勝るものだとは到底思えない。

 

では何故?

 

 

――だが忘れないことだ。貴女は一人で生きているわけじゃない――

 

 

そんな事は分かっている。

 

 

――貴女には守る人が居て、守る場所があって、守る世界がある――

 

 

そうだ。だから私は強くあろうとした。

 

 

――それと同時に貴女を守りたいと願う人が、帰りを待つ場所が、生きる世界がある――

 

 

この会話をしたのはいつだったか……酒を飲んでいたせいではっきいと思いがけない出せない。なのに少年の言葉はハッキリと思い出せる。

 

 

――受け売りだが、ニホン……いや、こっちでは扶桑だったな。扶桑では人という字はヒトとヒトが差さえあって出来ていると聞いた――

 

 

「初見で『どう見ても片方が寄りかかってるだろ』と思ってしまったが」と少年がはにかむ。

 

 

――人は寄り添うことで生きている。どんなに力を持っていようが、結局は人は一人では生きていけない――

 

 

――誰かを助けられる人間は、同時に誰かに助けられる人間だ。……だから――

 

 

――どうしようもなく不安になったら、誰かを頼ってもいいんじゃないか?――

 

 

アウロラ・e・ユーティライネンは『天才』ではなかったが、優秀だった。何でも人並み以上に出来て、その中でも突出した戦闘力の高さを買われ部隊長にも任命された。慕ってくれる部下が出来て、愛する妹も含め守りたいものがたくさんあった。肩を並べて戦ってくれる友がいた。多くの苦難を共に乗り越えてきた。大好きな故郷があった。生まれた時から慣れ親しんだ純白の故郷。決して恵まれた環境ではなかったが、この国こそがアウロラの全てだった。

 

それらがあれば他にはなにも要らない。

 

……その、はずだった。

 

「じゃあ、お前が私を支えてくれるのか?」

酔った勢いなのか、無意識の内から出た本心だったのか……。真剣な面持ちで語っていた少年へ問い掛けた。

アウロラからそんな言葉が出るとは思ってもいなかったと言わんばかりに少年――トーマは目を見開いた、が。すぐに笑みを浮かべる。

 

 

――貴女を支えてくれる人は沢山いるさ――

 

 

指折りしながら一人一人名前を並べていく。

 

 

――エイニ・アンティア・ルーッカネン――

 

 

――エルマ・レヴォネン――

 

 

――ラウラ・ヴェルヘルミナ・ハッキネン――

 

 

――ハンナ・ヘルッタ・ウィンド――

 

 

――ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン――

 

 

そして……。

 

 

――エイラ・イルマタル・ユーティライネン――

 

 

それだけじゃない、と少年は次々にウィッチや整備兵、一般卒兵、多くの人名を並べていく。たった二週間、たった二週間で彼はベルツィレ基地に在住する者の名を覚えていた。その事を意外そうに言うアウロラに、トーマは皮肉を込めえ「書類仕事の賜物だ」口角を吊り上げる。

 

「『お前』は違うのか?」

熱で顔が火照るのは酒のせいだと思いつつ、アウロラはトーマをジロリと睨む。

 

 

――俺には貴女を支えられるほどの力は無いさ――

 

 

そんな事はない、と思わず言ってしまいそうになったアウロラは酒瓶を煽り口角を出そうになった言葉を流し込んだ。

 

 

――でもいつか、そう成れたら良いなとは思ってるさ――

 

 

「……ふん」

年下のくせに生意気奴だと思いつつ、もう一度酒瓶に口をつける――。

 

 

 

 

 

 

 

「誰でも良いぃ!! 死神だろうが悪魔だろうが、私の魂ならくれてやる!」

 

その代わり——。

 

悲しみでも無ければ怒りでもない。どんな感情を抱いているのか自分にすらわからずあふれ出る涙をぬぐい叫ぶ。

 

「ネウロイを倒せぇええええええええええええええ!!!」

 

アウロラの願いがスオムスの大地に木霊する。

その願いを叶えたのは、天使でもなければ神でもない……。

 

正義を司る、一体の悪魔だった。

 

「うおォあああああああああああああああ!!!」

ネウロイを崖ごと左腕の鉄塊で打ち砕いたアンドロマリウスは、霧散するネウロイの残骸から鋭利な矛先を引き抜き立ち上がる。

 

残りのネウロイを前に、その悪魔は傷だらけの少女を守るように立ちはだかる。

 

夢を見ているのかと正気を疑う光景に、アウロラ呆然とした表情でアンドロマリウスの背中を見上げていた。禍々しいはずのその背中は、何か既視感を感じさせる。それが何なのか理解することなく、彼女は再度、意識を暗闇へと解き放った……その表情はどこか、安堵したような顔をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで7つ!」

引き裂いた6m級のネウロイを払いのけ、俺は網膜内に表示されたレーダーを見る。ネウロイとおぼしき熱源反応が残り8、内一つはアンドロマリウス優に越える全長を持つ巨大な象と戦車を組み合わせた存在。

今まで戦ってきたモビルアーマーよりも強大な敵……。

 

だが、俺の敵じゃない。

 

「行くぞ、アンドロマリウス!」

押し込んだ操縦桿を通して、加速するアンドロマリウスの最高速が伝わってくる。常人ならば意識を引き剥がされるような衝撃。阿頼耶識を持つ俺には軽いアトラクション施設のようなものだ。

 

迫る敵をはたき落とそうと、象の鼻に似た黒光沢のある鞭が振るわれる。

 

「遅いっ!」

フットペダルを踏み込み操縦桿を下へ押し倒す。地面スレスレを這うように姿勢を低くしたアンドロマリウスを腰部の姿勢制御用スラスターで強引に回転させ、機体正面がグルリと天を仰ぐようにさせ、それと同時にドラゴンハングで奴の鼻っ柱に振り抜く。

 

大きく砕けるネウロイの鼻。だが思いの外威力が足りず、切断することは叶わないまま刀身は半分のところで止まった。

 

「ちぃっ!」

重力に引かれ、背中が地面に接触すうよりも速くメインスラスターを最大出力で噴射させ飛び上がる。

ウィッチたちを無視しアンドロマリウス一機に攻撃を集中させてくるネウロイ。こいつらには知性というものがないって話だったが、ウィッチを無視してまでこちらを狙ってくるという事は優先攻撃対象の概念があると見て間違いないだろう。知性……いや、この場合は『本能』とでも言うべきか。

 

「無駄だぁ!」

直撃するビームは尽くナノラミネート装甲によって遮断される。だが無敵であるというわけではない。ネウロイのビームは出力に個体差があるようだが、熱量を受け続ければやがてナノラミネート塗料が溶解してしまう。無論溶解してしまえば補給が不可能な今、防御力は著しく低下することだろう。

 

「だったら!」

こっちの消耗より先に潰せばいいだけの話だ。

 

一度距離を開け、飛んでくるビームを回避していく。ガス残量も心許ない。ナノラミネート塗料同様補給の見込みがないガスと弾薬についてはいずれ何とかするしかない。

 

今はこの戦闘を終わらせることだけを考えよう。

小さく一呼吸入れ、大型ネウロイ側面へと回り込む。図体ばかりで機動性に欠けるネウロイ。途中で飛び付こうとしてきた小型のネウロイを右腕で受け止め、マニピュレーターを食い込ませボールのように別の小型機へ投げつけ、その衝撃で動きの止まった二体諸共脚部で踏み抜く。ネウロイの構造がどうなっているのか知らないが、鉄のようでガラスのような外殻は白い破片となって霧散する。

 

次々と斉射されるビームの嵐。全身のありとあらゆるスラスターを噴かせ縫うように隙間を通っていく。踊るように、這うように、跳ねるように。ルーッカネン少佐たちが交戦していた大型同様、まずは脚を砕く。今度は十分な加速と遠心力を乗せた横凪ぎで奴の脚を叩き折る。大木よりも太い脚が、ミシミシと音を立てる。

 

が、完全に折れるよりも先に再生能力のスピードが上回ったらしく、その巨体を地に伏せることは叶わなかった。

 

「思ったよりも硬いな」

アンドロマリウスを踏み潰すために振り上げられた脚を躱し、数度ドラゴンハングを突き立てる。穿つには穿てる……だがダメージを与えた先から再生していく。長期戦は避けるべきか……。

 

なら狙うのはコアの一点。問題はそのコアがどこにあるかだ……。機械ならば動力となるため体の中央……生物的に言えば心臓か脳の位置にある推測できう……が、ネウロイにそういった常識は通用しないという。

 

無闇矢鱈に攻撃していても埒が明かない。

 

「やるだけやってやるさ!」

結局のところ、でた結論が『数打ちゃ当たる』というものだ。が、何も思考放棄というわけじゃない。

 

「象から針鼠に進化させてやる!」

すぐ側にある針葉樹林へ降り立つ。一直線に突進してきたネウロイを捌き、何本もの針葉樹を押し倒していくヤツ目掛けて、手頃な倒木を両手に持ち――。

 

 

 

 

「串刺しと洒落混むか!」

一本、二本、三本、四本。次々と大木を強引にネウロイへ突き刺していく。いくら木と言えどこれだけの太さと大きさがあれば、ガンダム・フレームの機体出力と合わせて外殻を貫くことは容易にできる。

 

昔、まだ俺が孤児院にいた頃。人形の乗った樽にオモチャのナイフを突き刺していくゲームがあったことを思い出す。

名前は思い出せないが、無数の穴の内一つが人形を飛び上がらせるスイッチが仕込まれており、それを当てたものの敗北……というゲームだ。

 

本来であればその『一つ』を当てた者の敗北だが……。

 

47本目にして、外殻よりも硬いものを砕いた手応えと共に、象型のネウロイが沈黙する。――コアの破壊に成功した。

 

中枢格である大型ネウロイが撃破され、残った残党もウィッチ隊により駆逐される。

 

全ての戦闘が終わった頃……雲の隙間からはオレンジ色の光が差し込み、白い大地に降り注いでいた。

 

「終わった……か。っぐぅ!」

肩の力を抜くと激しい頭痛と吐き気に襲われる。やはり阿頼耶識を無理矢理解除したツケが回ってきたようだ。一度止まったはずの鼻血がボタボタと溢れ出てくる。

 

血を失い過ぎたか、意識が朦朧とする。

だが流石にここで倒れるわけにはいかない。ユーティライネン大尉は既にウィッチ達に回収されたようだ。撤退していく彼女たちは露骨にこちらを――アンドロマリウスを警戒しながら帰還する。無理もない。

 

「さて、俺はどうするか……」

アンドロマリウスに乗ったままベルツィレ基地に行くのは混乱を生みそうだが、流石にアンドロマリウスをここへ放棄していくのは賢い選択とは言えない。どこかに隠そうにも土地勘のない場所では探す余裕もない……そもそも見つけたとしてペテルブルクからベルツィレ基地まで徒歩で歩く体力は持ち合わせていない。

 

「始末書と報告書の山を覚悟で行くしかない……か」

思わず溜め息が漏れる。ネウロイよりも始末書や報告書の方が面倒に思えてしまうの俺だけだろうか。




駆け足気味でしたが、ようやくスタートラインに到達と行ったところでしょうか。……おそらくこれからアンドロマリウス無双を期待されている方もいると思いますが、ここからまた当分……アンドロマリウスは定休日に入りますか(土下座

政治的介入や情報隠匿その他もろもろでゴタゴタしたり、フラグ建てたり、結局アンドロマリウス使ったり……。

次の無双まで、どうか気長にお待ちいただけますようお願いします(;´д`)



(個人的)序章も終わったことですし、ずっと悩んでた『魔法戦記ガンダム ~鉄血のウィッチーズ~』OPとEDがようやく決まりました。

オープニングは『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』から第一期後期OP『Survivor』
ウィッチ世界の少女たちとトーマの世界の枠を越えて『重なりあった願い』。ネウロイとい『機械のような奴らに支配される前に居場所を探す』トーマの戦いをイメージから。オルフェンズのOPだとウユニ塩湖に倒れるバルバトスと、その前に立つクーデリアですが、鉄血のウィッチーズではスオムスの雪原に四つん這いで項垂れるアンドロマリウスの前に、トーマが立っている感じ。

エンディングは『Fate/unlimited codes』からOP『code』 「せめてクロス元で統一しろ」と突っ込まれそうですが、曲の歌詞がウィッチ世界で生きるトーマの葛藤を反映させるのにぴったりだったんです許してください!



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