fate/dark moon (ホイコーロー)
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一話 0日目・召喚

 LINE漫画掲載!? マジかよ、やったね! これはアニメ化待ったナシですわーーー!!
 そんな気持ちで書いていきます。



 ―――ある所に一人の少年がいた。

 その少年は世間で言うところの不良だったが、誰よりも真っ直ぐで間違ったことを嫌う少年でもあった。ただ、彼が正しくあろうとする姿は他の人間からすれば酷く滑稽で、不器用で、理解不能だった。

 それでも彼はそんなことを全く意に介さず、ただ自分の思うように真っ直ぐに生きていた、

 そんな時、彼に転機が訪れた。

 

 《完全なる悪》の出現。

 

 それは、日常からかけ離れた場所から彼の目の前に降り立った。完全なる悪と対峙した時、彼は自分の力に目覚める。覚醒と言っていい。そして彼はその力を十分すぎるほど存分に発揮した。それはおそらく、史上で最も最強に近づいた人間の一人に数えられるほどに凄まじい力だった。

 しかし、例に漏れることなく、とでも言おうか。

 

 完全なる悪もまた、最強の一人であった。

 

 彼らは互いを傷つけ合う。そこに理解も、同情も、友情もなく。ただ、ただ互いを傷つけ合った。

 そして全てが過ぎ去った。そこには勝利も敗北もなく。

 全てが終わりを告げていた――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 時計はすでに深夜一時半を回り、もうすぐ時刻が変わろうかというところ。一月末の真夜中ともなれば冷え込むのは当然だというのに、私は律儀にも昼間と同じ格好で家の中に佇んでいた。

 それも当然、これから苛烈な戦争を共に戦い抜く戦士を召喚しようというのだ。出合頭が野暮ったい寝間着姿などでは示しがつかない。

 それに、無駄に広いこの屋敷は見た目とは裏腹に過ごしやすい環境を作り出してくれている。しゃべり相手がいなくなって久しいことを除けば、文句の付け所の少ない我が家だ。

 

「いけない、集中しないと」

 

 私の魔力が頂点に達するこの深夜二時。召喚の術式もなんども見直し、ミスなどはない。この最高の条件で、触媒なしでもセイバーのクラスを召喚してみせる!

 地面に描いた魔法陣の前に立ち、その魔法陣に手の平から溶かした宝石を滴らせる。宝石はゆっくりと魔法陣の隅々まで行きわたり、完成へと向かっていく。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 目を閉じ、まだ見ぬサーヴァントを思い描きながら呪文を口にする。魔力が消費されていく気だるさが全身を包みこむ。やがて魔法陣が起動を始め、部屋全体を紅く灯しながらその力を発揮する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 何処からともなく風が吹き始め、周囲の物を巻き込みながら儀式は進む。私は儀式の進行の中にいて、周囲がどうなろうとその集中が乱されるようなことはない。

 魔術師として未熟だというつもりはない。それでも儀式が進むにつれ、作動し始めた魔術刻印は熱を持った蟲のように体中をガリガリと這い回る。

 

「―――――Anfang(セット)

 

 左腕を巨大な何かが鷲掴みにする感覚を覚える。常人であればその一端だけでも悶絶するような苦痛に身を削られながらも、澱みなく詠唱を続ける。

 一つのミスも許しはしない。そう覚悟を宿した瞳は凛々しく、思わず見惚れてしまうような美しさが空間を包んでいる。

 

「――――――告げる」

 

 しかし――――――

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 ―――しかし、だからこそ私は気付くことができなかった。

 自分の懐から、一枚のテレホンカードが魔法陣の中へと侵入してしまったということに……。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 今までとは明らかに次元が違う魔力の奔流が部屋を蹂躙し、この世ならざる現象を引き起こす。これにて儀式は終了した。

 

「やった! 完ッ璧! 完全に最強のサーヴァントを引き当てたわ! ……って、あれ?」

 

 そう、儀式は何の滞りもなく終了した。それなのに、辺りを見回してもただ部屋が散らかっているばかり。先ほどの様な強力な魔力が駆け抜けたとは思えない静けさが空間を支配していた。

 と、次の瞬間。

 

(ズドオォォ---ン!!)

 

「ッ!?」

 

 下の階から凄まじい音と振動が私のいる部屋まで伝わってくる。それは、何か物が落ちたとかそんなレベルのものではなかった。

 

「もう、どうしてこーなるのよーー!?」

 

 嫌な予感しかしないが、間違いなく私の求める何かがそこにあることを確信しながら部屋を飛び出し階段を駆け下りる。

 何がまずかったのだろうかと涙目になりながら、衝撃の発生源であろう部屋にたどり着いた。壊れて開かなくなった扉を無理やりに蹴破ってその部屋へと侵入する。

 

「痛ッてえぇぇぇ……」

 

 するとそこには、頭を抱えながら無様に床を転げまわる一人の少年の姿があった。

 

 

 

 ふと、目の端に映った柱時計を見た瞬間、私の体を電流が駆け巡った。

 

「(そ、そうだった! 今日に限ってうちの時計、一時間早くなってたんだっけ……。つまり今は深夜一時……二時じゃない……)」

 

 そう、昨日の夜のことだが、前回の聖杯戦争に参加していた父さんの遺品の暗号を私は解いた。その瞬間、家中の時計という時計が変になってしまい、時間が一時間ずれてしまっていたのだ。

 今朝もそのせいでいつもより一時間も早く登校してしまう羽目になったというのに……。いつもいつもかけすぎるくらいに保険をかけるというのに、肝心なところでばかりこんな大ポカをしでかしてしまうのはどうしてなのだろうか。

 あぁ、父さん、何という宿題を……。

 

 しかし起きてしまったことはしょうがない。今考えるべきはこの少年のことだ。彼は一体何者なのか。果たして彼が私の求めた結果であるのか否か。

 咄嗟に考えたのは、やはりこれはさっきの儀式とは無関係な事故なのではないかという説。

 根拠はある。先程行った儀式は、英霊という英雄が死後に精霊化された高位の存在をコピーして現代に貼り付ける、最上級の降霊術である。問題なのは英雄とは如何ような人物であるかという点だ。

 

 一般的な常識として、科学が蔓延している現代において神秘はほとんど枯渇してしまっている。そして、人類に試練を与え得る存在というのは神秘から放たれたものが大半であり、どれだけ能力があったとしても現代に生きる人物が英雄となる手段そのものがそもそもないのだ。

 その常識に照らし合わせれば、この少年は見た目からして余りに英霊の堕身足り得る存在とは思えなかった。

 髪は青く脱色し、着ている衣服も派手で余りに清潔。首からネックレスらしきものもぶら下げて、何処からどう見ても現代社会の住人だ。しかもおそらく学生である。

 

 ここで、この少年が英霊足り得ない二つ目の理由が浮かび上がる。

 一部の例外を除き、サーヴァントというのは英霊の最盛期の姿で召喚されるのだ。それが最も望まれる結果なのだから、当然だろう。つまり、彼は学生時代が最盛期。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 以上からこの少年がサーヴァントである場合、彼は『神秘の乏しい現代において、僅か誕生から十数年間のうちに英雄として世界に認められるほどの偉業を行った人物』ということになる。

 

 「あり得ない……」

 

 そう、そんなのはあり得ない。それは神秘の宿っていた時代に英雄たり得た豪傑たちが、この現代に生まれ変わったとしてもおそらくは成すことのできないことである。

 

「おいおい、ヒッデェ召喚の果てに慌ててやってきて、開口一番『あり得ない』ってのはさすがにひどくねぇか……? 傷付くっつーの。

 なぁ、一応聞くが、アンタが俺のマスターってことでいいのか」

 

 そんな私の考えを知ってか知らずか、それはジト目でこちらを睨み、頭をさすりながら徐に立ち上がる。俄かに信じがたいことではあるが、こいつが私のサーヴァントらしい。

 こいつはどう転んでも聖杯戦争においてはイレギュラーな存在。聖杯戦争に最も適した、最優のクラスであるセイバーを引き当てたかった私。出だしは最悪と言えるだろう。

 

「……えぇ、そうね、私は確かにこれから起きる聖杯戦争のマスターの一人よ。私はさっき上で儀式を行ってサーヴァントを召喚した、そしたらあなたがここに現れた。

 そして何より……これね。どうかしら」

 

 私としてもまだ分からないことだらけだけれど、とりあえず持っている情報の開示を行う。現状を説明し、右手に宿る令呪を見せる。

 令呪とはサーヴァントを律する絶対命令の権利。本来であれば人の身で使役するには困難であるサーヴァントを従わせるための三画の印のことだ。

 そこから流れるパスの存在を感じ取ったのか、少年は満足したように頷いた。

 

「ん、オッケーだ。それだけ示してくれりゃ十分だ。確かにアンタが俺のマスターだな」

 

 随分と素直なサーヴァントだ。いくつものイレギュラーが起こったが、コミュニケーションが良好であることは不幸中の幸いだろうか。

 そして願わくば、彼自身が内包するイレギュラーがこの聖杯戦争においてプラスに働くものでありますように……。

 

「ここは散らかってるわね、場所を変えましょ。……私の名前は遠坂凛よ。あなたは?」

 

「ん、そうだな、自己紹介がまだだったか。俺の名前はアゲハ――夜科(よしな)アゲハだ。よろしくな、遠坂」

 

 

 

 アゲハに散らかされてしまった部屋を後にし、別の部屋へと彼を案内している間も私の頭はフル回転で混乱していた。

 思っていた通り、彼の名前は見たことも聞いたこともない名前だった。おそらく彼は未来から来たサーヴァント、若しくは全く別の世界から来た可能性もある。

 どちらにせよ、彼の身なりからしても剣士のサーヴァントであるセイバーだとは考えられない。今回の聖杯戦争の監督役であるエセ神父の話によればランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーは既に召喚済み。消去法からして彼は弓兵のサーヴァント、アーチャーとなる。

 しかしだからと言って、彼の何処が弓兵らしいのかと言われると答えようがない。もしかしてエクストラクラスのサーヴァントを喚んでしまったのではないか。

 そんな不安を悟られないように背後のアゲハに注意しながら屋敷の廊下を歩いていく。

 

「なぁ遠坂、この屋敷ってお前の家なのか? やけに広いっつーか、俺たち以外の人の気配が全然しないんだが……」

 

「え、えぇ、そうよ。遠坂家はここら辺の管理人なの。私が一人暮らしなのは……後で話すわ。

 ……あ、そっか、訊けばいいのか。ねぇ、アゲハ、あなたのクラスをまだ聞いてないのだけれど、教えてくれるかしら」

 

 もう一人で悩む必要なんてないんだった。疑問に思ったりわからなければ目の前のこいつに直接聞いて仕舞えばよかったではないか。

 

「あれ、そうだっけか? すまねぇすまねぇ。俺のクラスはアーチャーだ、呼び方は好きにしてくれていい」

 

「そう、アーチャーね、分かったわ」

 

 セイバーを引けなかったという事実に、今更ながら心の中でため息をつく。先ほどの惨状を考えれば三騎士の一角を召喚できていたのは奇跡と言えなくもないが、それでも自分の思い描いていた道からそれてしまうのは気分がいいものではなかった。

 そんな思いを他所に、後ろの少年は辺りをキョロキョロと落ち着きがない。……もしかして、こいつってば私よりも年下なんじゃないの。

 

「なぁ、余計なお世話かもしれないけどよ、なんだかお前煮詰めすぎじゃないか? あんま喋んないし、上の空だし。まだ聖杯戦争は始まってすらないんだろ?」

 

「ッ!! ……そうね、その通りだわ。私らしくもない、緊張してたのかしらね。

 気が効くじゃない、アーチャー」

 

「そんなのお互い様だろ。先は長ぇしよ、気長に行こうぜ」

 

 アーチャーはそんなことを言いながら、気さくに肩をすくめてみせる。

 ほんっと、英霊らしくないったらありゃしない。

 そんなことを再認識しながら、私は辿り着いた部屋の扉に手をかけた。そう、これからだ、ついに始まるのだ。父を死に追いやった聖杯戦争が。

 そして私はアーチャーと共に一歩を踏み出した。



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二話 1日目・掃除〜ビルの屋上

 ―――聖杯戦争。

 それは、七人の魔術師が万能の願望機である聖杯を求めて行われる争い。彼ら七人の魔術師はマスターと呼称され、誰が最も聖杯の持ち主として相応しいかを殺し合いによって選定する。

 己の召喚したサーヴァントと共に最後まで生き残った者のみが聖杯を手にすることができる、小さな町で起こる、最大級の戦争である。

 

 奇跡を欲するのなら、汝。

 自らの力を以って、最強を証明せよ――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「それじゃあアーチャー。もう一度確認だけど、あなたは近未来の英霊ってことでいいのかしら」

 

「あぁ、そうだな、どうやらここは俺がいた世界の四、五年前ってところだ」

 

「そう、ありがと」

 

 場所を移した私たちはお互いが持つ情報の共有を行っていた。話を聞いたところ、やはり彼は過去の英霊ではなく未来からの召喚であるらしい。それに、彼の知っている歴史と私の知識が噛み合わないことから、この世界の住人でさえないということも判明した。

 これは聖杯戦争においては大きなハンデだと言える。なぜなら彼らサーヴァントはあくまでも英霊の劣化版に過ぎず、その力を十全に発揮するためにはそのフィールドでの知名度が必要となるからだ。

 有名であればあるほどに生前の力を引き出すことができる。その点では彼はその恩恵を全く受けることができない。

 敵にこちらの情報がないという点では有利と言えなくもないが、事前情報がないのはお互い様だ。知名度補正を補えるほどではない。

 正直、予想はしていたが……。

 

「(こいつ、ハズレね)」

 

「……なんかすっげー腹立つことを思われた気がすんだけど。お前、今何考えたか正直に言ってみ?」

 

「あら、あなた心でも読めるのかしら。気に障ったのならごめんなさい。でもこれはマスターとしての私の過失なの。あなたの所為ではないから気に病まなくていいわ」

 

「おっま……口悪ぃーな、お前!」

 

 何やらアーチャーが憤慨しているが、それよりも私は情報の確認に移る。召喚直後で乱れていた魔力の流れが安定し始め、マスターとしての機能が正常に働いている。それによって彼のステータスが確認できるようになっていた。

 それは一言で言えば規格外だった。

 

《クラス》  アーチャー

《マスター》 遠坂 凛

《真名》   夜科 アゲハ

《性別》   男性

《身長・体重》168cm・58kg

《性質》   混沌・善

《パラメータ》

筋力D 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具EX

《クラス別スキル》

対魔力D 単独行動C

 

「(こいつ……本当になんてデタラメなパラメータしてんのよ。基本的な戦闘能力は良いとこ下の中なくせに、魔力がキャスターのそれと比べても遜色がないなんて)」

 

 というかむしろ、これはどこからどう見てもキャスターのパラメータだ。かろうじてクラス別スキルの《対魔力》と《単独行動》を有してはいるが、こちらも優秀とは言い難い。

 これを信じるなら、彼は魔術に類する何かしらの手段によって遠距離から敵を嬲り殺すアーチャーと考えられる。

 そして何より目を引くのが……。

 

「(宝具のランクが規格外(EX)……。間違いないわね、これが彼が英霊たり得るその証明。彼の全てはこの一点に起因する)」

 

 この規格外が今後どう転ぶかは未だにわからないが、恐らく今回の聖杯戦争、大きなハンデを背負っていると考えたほうが良いだろう。

 

「さっきからよー、がっかりしてるのがビンビン伝わってくるんだけどよー。……まぁ、いいや。

 確認が終わったのなら夜も遅いしとっとと休めよ、遠坂。召喚の疲れだってあるだろ」

 

「わ、わかってるわよ」

 

 時刻はすでに深夜三時……じゃなくて二時に届こうかというところ。召喚の儀式で消耗した魔力と体力も眠気に追い打ちをかけている。

 最低限のことは済んだので、今日はもう寝ることにする。

 

「っとそうだ、アーチャー」

 

 もう一つやっておくことを思い出した私は、隅にあった道具を手に取りアーチャーへと投げつける。

 

「なんだ、遠坂……ってなんだこれ」

 

「見ればわかるでしょ。箒と塵取りよ」

 

「は?」

 

「あんたが散らかした部屋の掃除、よろしくね」

 

「ちょ、ちょっと待てよ遠坂! 『マスターとしての過失』とやらはどこいった!? サーヴァントは小間使いじゃねぇんだぞ!」

 

「う、うるっさいわね! 私の所為でもあんたがやったんだからあんたにも責任の一端はあるはずでしょう! サーヴァントだって所詮は使い魔、私の言うことには絶対服従ってもんでしょ!

 それに私はあんたの言う通り疲れてんのよ、これから寝るんだからあんたが掃除しておきなさい!」

 

 そう言い残して、私は寝室へと潜り込んだ。適当に着替えを済ませて、無造作にベッドに横になる。連日の準備と本番で蓄積された疲労の所為か、私は息つく暇もなく眠りに落ちた。

 

「な、なんて横暴な女だ……祭先生レベルだぜ、こりゃぁ……」

 

 廊下には、憐れなサーヴァントが一人取り残されていた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 ―――荒れ果てた土地。

 そこには生物の気配が微塵もなく、ただ乾いた土埃が舞っている。辺りを見回せば建物が崩壊した痕跡が見て取れ、かろうじて原型をとどめているものも穴だらけでとても使えたものではない。

 

 静かで、何もない。

 

 しかし突然、目の前に幾人かの人の群れが現れてまるで何かから逃げるかのように走っていく。年齢も性別もバラバラで、共通しているのは日本人らしいということだけ。

 

「あれはアカン! 一体なんやねん! 早よ逃げッ、ガァッ!?」

 

 そのうちの一人が悲鳴をあげたと思いきや、背中から血を吹き出して倒れ込む。その背中には幾本の矢が突き刺さっており、それがその男性を絶命へと追いやったらしい。さらに驚くことに、間も無く男性は周囲の埃と変わらない無機質な灰へと変化していった。

 

「ひ、ひィッ、や、やめ、許しデッ」

「い、イヤッ」「ふざけんッ」

 

 その男性を追うように他の人たちも倒れていく。

 

「……アグロ」

 

 最後には彼らを葬った、人ならざる化け物だけがその場に佇んでいた――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「なに、今日は遠坂が休み?」

 

「あぁ、さっき藤ねぇがそう言ってるのを聞いたんだ。何でも、朝礼の時間を過ぎても連絡がないらしい。風邪でも引いたんじゃないのか」

 

「ふむ、彼奴が風邪の侵攻に屈するような奴だとはとても思えん。ズル休みに違いない」

 

「おいおい、なに言ってんだ。遠坂だって人間だろ、風邪くらい引くさ。それに寺の一人息子が人様の陰口なんかたたいていいのかよ」

 

「これは陰口ではない、俺の見立てではあれは女狐だぞ。……はっ!? まさか衛宮、貴様も遠坂狙いではあるまいな!?」

 

「な、ななな何言ってんだ一成! そんな話はしてないだろ! ほら、早くしないとホームルームが始まっちまうぞ、次は何を修理すればいいんだ、とっとと案内してくれ」

 

「む、そうだな、かたじけない。次は文化部のストーブを幾つか頼まれてくれんか。この学校における文化部の冷遇はとどまるところを知らんからな」

 

「オッケー、望むところさ」

 

 

 

「今日はサボるわよ!」

 

「おま……今更起きてきてなに言ってんだ。学校ならとっくに始まってるだろ」

 

 時刻は午前十時。学校で行われているやりとりなど露知らず、私は自らのサーヴァントであるアーチャーにそう告げる。

 

「馬鹿言わないで、今日は元からサボるつもりだったんだから。あんたもここに来たばかりで、自分が戦うフィールドのことを知っとかないといけないでしょ」

 

 今日は召喚を行ったその翌日。昨日の疲労がまだ抜けきらないと考えたことから、今日は休息と準備に費やすと決めておいたのだ。決して寝坊した上での遅刻がしたくないわけではない。確かに、朝が苦手というのは事実ではあるけれども。

 

「ふーん、俺はどっちでも良いけどよ」

 

 それにしても驚いたのは、昨日の召喚でボロボロになってしまったリビングがすっかり元通りになっていたことだった。それどころか、頼んでもいない他の場所の片付けや掃除までされていて、屋敷中が未だ嘗てないほど綺麗になっている。

 アーチャーの話によると、彼は母代わりだった姉の指導のおかげで家事の類を一通りこなすことができるのだとか。そのなんとも人間らしいエピソードに呆れながらも、街を回る身支度を整える。

 しかし、その手つきは何処となく緩慢だ。私の頭を悩ませていたのは聖杯戦争への高揚感でなく、昨日の召喚の疲労でもなく、寝起きによる気分の悪さでもない。

 今朝に見た夢の内容が原因だった。あれはただの夢ではない。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(アーチャーの……記憶……)」

 

 召喚を行った際、サーヴァントとそのマスターは『パス』と呼ばれる霊的な伝達回路によって繋がれる。それによって魔力の受け渡しなどを行うわけだが、副次的な作用としてお互いの記憶や感情が干渉し合うこともあるという。今朝見た夢は、おそらくそれだ。

 一体あれはなんだったのか。人ならざる者が殺戮を行っていた。人の形をしていないものから言葉を喋るものまで様々だったが、おそらくは人に何らかの施術を施した成れの果てだったことだろう。それはまるで死徒……。

 むしろ、あの惨劇がただの夢であってくれればどんなに心の救われることか。

 

 アーチャーは自身を近未来の英霊だと言っていた。でも、夢に見たのは私の知る世界とは別物だ。何が世界をあそこまで変貌させてしまったのか、想像もつかない。

 

「(アーチャーはその何かと争っていたのかしら)」

 

 直感が告げる、これ以上は良くない、もう考えるのは止した方がいいと。サーヴァントに情を抱くのは最もしてはいけないことだから。

 そう自分に言い聞かせて思考を振り払い、身支度を整えてアーチャーに声をかける。

 

「今日は街を回るわよ、構造をしっかりと頭に入れておきなさい」

 

 

 

 聖杯戦争の行われるここ冬木市のなかでも一等高いビルの屋上で二つの人影が人目を憚らずにうごめく。これほど高いビルの上で憚かるものなどないというのはもっともではあるが。

 

「どう、見晴らしが良いでしょうここは」

 

「あぁ、ここからなら街全体がよく見える」

 

 日はとっくのとうに落ち、黒い星空の下で多くの光がピカピカ瞬く。下を見れば、冷え込んだ外気から身を守るようにコートやマフラーを着込んだ人々がそこかしこに見受けられた。

 

「でも、初めからここに来れば街全体を回ったりなんかせずに済んだじゃないか」

 

「なに言ってんの、実際に見て回らないと詳しいことはわからないじゃない」

 

「ふーん、そんなものかねぇ。……っと、昼間見た公園はあそこか。それにしても変な場所だったな。バカ広いくせに人はおろか、動物や植物に至るまで命の気配が妙に薄くて気味悪ぃのなんの。

 あそこで大勢の人が死んだことでもあんのか」

 

「あら、サーヴァントってそんなことまで分かるのね。えぇ、そうよ。ここ冬木市ではね、十年前に大規模な火災が起きてるの。それも街全体を覆い尽くさんばかりの超ド級のね。あの公園はその火災の中心で、特にたくさんの人が死んだ場所よ」

 

「へぇ、そんなことが……って十年前? それってまさか」

 

「そう、その火災は十年前に行われた第四次聖杯戦争の決着によって引き起こされた人災。前回の聖杯戦争による最後にして最大の爪痕よ」

 

 冬木に住むものにとって忘れることのできないあの悍ましい火災。それが人の手によって、聖杯によって叶えられた願いだと知った時の驚きは今でも残っている。

 アーチャーによれば、霊体であるサーヴァントは怨念や妄執といった類に親しく、死の無念などには特に敏感なのだという。

 彼と話していると、私が今まで抱いていたサーヴァント像というものがいくらか間違いであったと考えさせられる。これからの戦いに備えて、考えを改めておく必要がありそうだ。

 

「(あれ、あいつは……)」

 

 そんなことを考えながらもう一度ビルの下に目を向けると、見覚えのある赤毛が下を通って行くところだった。すると、おもむろに上を向いたそいつがこっちを見たような気がした。

 

 目があったような、気がした。

 

「……ッ。アーチャー! 行くわよ!」

 

「おい、どうしたよ遠坂、突然」

 

 無論、そんなことはありえない。ここは三十数階にも及ぶビルの上。魔術師やサーヴァントならまだしも、ただの人間であるあいつがあの距離から私の姿を目視するなんてことは不可能だ。

 でも……私の中でひとつの光景がフラッシュバックする。

 

 夕暮れの中、人のいなくなったグラウンドでひたすらに高跳びをし続ける少年。跳べるとは到底思えない高さに挑んでは挑んでは無残に失敗し、そしてまた何事もなかったように挑戦する。神秘の欠片もないというのに、そこにはとても破綻したものが内包されていた。

 まるで無駄であるその行為にきっと意味があるはずと信じてやまないその姿は、決して根元に到達できないことを知りながらも血反吐を吐く思いで手を伸ばし、己を殺して次世代に思いを託す魔術師のよう。その姿に私は『負けた』と感じた。あんな姿を私は一生晒すことができない、そう確信した。

 

 そんな人物に魔術師としての私を見られてしまったかもしれない。それだけで私は苛立ち、その場を逃げるように離れていくのだった。



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三話 2日目・結界〜初戦闘

 そう言えば、召喚は朝の2時だから0日目も1日目と言えなくもないですね。
 あと言ってなかったですけど、全部が全部とっかえる訳じゃないので。原作から引き続き登場するサーヴァントもいます。好きなサーヴァントが登場するよう祈っといてください。



「お、今日はちゃんと起きたんだな」

 

「あんた、やっぱり私のことバカにしてるわけ? 昨日が特別だっただけなんだから。ほら、今日は学校に行くんだから準備するわよ」

 

「なんだよ、冗談の通じないやつだなぁ。それに学校だって? てっきり聖杯戦争の最中はサボり続けるもんだとばかり思ってたぞ」

 

 アーチャーを召喚した二日後、ようやく本来の調子を取り戻した私は学校に行くことをアーチャーに告げていた。

 余程に予想外なことだったのか、アーチャーがこちらを向いて間抜けな顔を晒す。今は聖杯戦争が起こるか起こらないかという瀬戸際、勉学などにうつつを抜かしている余裕はないとでも思っているのだろう。

 聖杯戦争がやっていようがいまいが、行ける限りは行くべきだと私は考える。聖杯戦争は日常の裏側で行われるゲーム。これが表に露見することは、魔術の一端に関わる者として許されたことでない。だからこそ、表の世界でいつも通りのことをこなしておくのは一般人と参加者、どちらに対してもカモフラージュになる。

 

「へー、そんなもんか。遠坂って色々考えてんだなぁ」

 

「あったりまえでしょ! これでも伊達に魔術師を名乗ってるわけじゃないの。ほら、分かったらさっさと支度するわよ!」

 

「へいへーい」

 

 どうやらアーチャーはその方面の謀に関してはからっきしのようだ。何かしら意見くらいしてくるものかと思っていたが、大した衝突もなくことが進むのは気分がいい。

 でも、私は知らなかったんだ。今日学校に行くことが、どれほど大事なことになるかということを。

 

 

 

「ちょ、ちょっと! 何よこれ!」

 

 学校へと登校した私たちをとんでもないものが待ち構えていた。

 魔術による結界。それも少し調べてみれば、一度発動すれば内部にいる人間をドロドロに溶かして自らの血肉とするという、考えうる限り最恐最悪の結界だった。そんな物騒なものが私の通う学校をすっぽり包むようにして張られていたのだ。

 

「遠坂の話じゃ、他のマスターもまだ手は出してこないんじゃなかったのか。……それにしてもふざけた野郎だ」

 

「えぇ、そうね。私がいない間にこんなものを仕掛けてくるなんて。でも、これは文字通りの戦争なの。この小さな町でそんなことして、犠牲が出ないわけがないわ」

 

「おい遠坂、それは本気で言ってるのか」

 

 アーチャーがこっちを見つめて問いかけてくる。途端に彼の纏う雰囲気は一変し、真剣さそのものとなる。それはただの問いかけではなく、怒気を含んだ忠告だった。答えによっては、この先共闘するにあたって決定的な軋轢が生まれてしまうのは間違いないだろう。

 彼の本気に対して、誤魔化しなど通用しないしするつもりもない。私の本気をそのままアーチャーに伝える、ただそれだけ。

 

「……言ったでしょう。私、遠坂凛はこの土地を管理する遠坂家の六代目当主。私の土地で好き勝手やられてたまるもんですか! 何が何でもこの結界は破壊するわ」

 

「ふっ、そうかよ」

 

 それだけ言うと、アーチャーは満足したかのように視線を校舎の方へと戻す。そんな様子だけを見てると、本当にこいつが英霊だなんて信じられないような、どこにでもある光景だった。

 でも、何かがおかしいような……なんだろ。何かよくわからないけど、アーチャーがただ校舎を見ているその光景がとても不思議なもののように思えて、視線がアーチャーから離せなかった。

 

「やー、遠坂。昨日は休んでたみたいだけど、体調は大丈夫?」

 

「あら、おはよう美綴さん。平気よ、昨日は大事をとって休んだだけなの。ほら、インフルエンザとかだったら大変でしょう?」

 

 そんな私に声をかけてきたのはクラスメイトで弓道部部長の美綴綾子。女性としては非常に淡白ですっぱりした性格で、面倒見もいいことから姉御肌としてみんなに慕われている。

 文武両道に秀でていて容姿端麗。特に武道においては種類を問わずに非凡な才能を持っていて、そんじょそこらの人物が束になってかかっても話にならない程の実力者である。

 

「あはは、確かに。……ところで、そちらの御仁はどちらかな?」

 

「そちらの御仁って誰のこと……あぁっ!?」

 

「ん? あ、やっべ」

 

 そんな彼女が指を差して尋ねてきたのは他でもない私のサーヴァント、アーチャーだった。なんと彼はサーヴァントであるにも関わらず、霊体化もせずに私と普通に会話をしていたのだった。

 

「(違和感の正体ってまさかこれ!?)」

 

 霊体化とは、サーヴァントが有する技術の一つで、自らを霊体にして姿を消したり物理的な干渉を排除したりすることができるものだ。戦闘に組み込めるほど強力なものではないが、応用の効く大事な機能である。

 

「朝からの逢瀬を邪魔するつもりはなかったんだけどさ、こーも堂々と見せびらかされちゃあこっちとしては放っておくわけにはいかないわけ。男子たちの視線が釘付けなの気づかなかった?」

 

「(ちょ、ちょっと! あんたなんで霊体化してないのよ!?)」

 

「(悪ぃ、凛。忘れてた)」

 

「(ブッ殺すわよ!!?)」

 

 全くなんてことだろうか。サーヴァントとして息をするよりも常識といえる霊体化を、あろうことか忘れていたなどと。今回はまだ大したことがなくて良かったが、こんなうっかりを敵前でもされたらたまったものではない。

 一先ず、アーチャーは私の親戚で、今度通うことになるかもしれない学校の見学に来ていただけなのだと誤魔化す。納得しているようにはとても見えなかったが、すぐに引き下がってくれたので別に私をからかうつもりがあった訳ではなさそうだ。行動力はあっても他人の嫌がることに深入りはしない、この辺りが彼女の魅力の一つなのだろう。

 

 仕方ないので、アーチャーには一旦人目のつかないところへ行ってもらって、霊体化をしてから学校で改めて合流するということにした。

 敵サーヴァントが動き出している中、アーチャーを少しでも遠ざけるのは避けるべきなのだが幸いここは人目が多い。それに万が一に敵サーヴァントが現れた場合でも、サーヴァント同士はお互いの存在を感知できる。それこそアーチャーが飛んでやってくることだろう。

 

 

 

 ―――ちなみに、この出来事のせいで学校は『遠坂凛に彼氏がいた』という話で持ちきりになり、放課後に男子からの呼び出しが殺到したというのは言わなくともわかることだろう――――――

 

 

 

「いやー、それにしても驚いた。遠坂ってモテるんだな。こんな時間になるまで自由にしてくれないとはなぁ」

 

「ほんっと、どっかの馬鹿で阿呆で無能なサーヴァントのおかげでね」

 

「そんな怒んなって。俺だって霊体化するのに慣れてるわけじゃないんだから。申し訳ないとは、思うけどさ」

 

「あっそ。それならさぞかし大変だったでしょうね、産まれてから息をするのに慣れるまで」

 

「お前ホント……猫かぶりすぎだろ……。あーあ、これじゃあ振られた男子たちも浮かばれねーなぁ」

 

「そんなのどうでもいいのよ。どうせ、今日に告白してきた連中は呼び出される苦労を慮ることもできない自分勝手な奴らなんだから」

 

 男子たちからの呼び出しが止んだのは日が沈もうかという夕方頃だった。これは私が冷酷な訳ではない。実際、告白してくる男子たちは告白することそのものが目的で、本気で心から告白してくるようなのは一人としていなかった。

 

「それで、この結界はどういう状況なんだ」

 

「そうね、今のところは発動しないわ。この結界はまだ未完成だもの。……でもこれじゃあ私にできることなんてほとんどないじゃない」

 

 問題は結界だ。学校が大騒ぎになっていないのはこの結界がまだ発動していないからだ。これだけ大規模な術式、おそらくは敵サーヴァントの仕業だろうと推測する。こちらの常識が通用するような相手でないことは百も承知だが、発動までは一週間前後といったところだろう。

 ただ、期間などあってないようなものだった。この結界の仕組みと効果は解明できたが、それを構成する要素が全く理解できない。現代の文字でないことは明らかで、このことからやはり敵サーヴァントの仕業であることが裏付けられる。

 学校の中に今まではなかった魔力の残滓も確認出来た。

 

「じゃあ、それまでにそいつを見つけ出してとっちめればいいわけだ。分かりやすくて俺向きなミッションだぜ」

 

「そういうこと。それに阻止することはできなくても時間稼ぎならできるわ、延ばせて三日……いえ、二日ってところかしら。今からその工作に行くわ、着いてきてちょうだい」

 

 

 

 学校中のいたるところにあった結界の基点を見つけるたびに弱体化させる、という作業は言葉にする以上に骨の折れる作業だった。それでいて得られる報酬が二、三日程度の時間稼ぎだなんて、無駄骨もいいところ。

 屋上に見つけた最後の基点に作業を加え終わり、すっかり冷えてしまった外気に晒されながら私はため息をつく。

 

「別にそんな悲観的になることないだろ、その間に解決法が見つかれば御の字じゃないか」

 

「そうだといいんだけどね。冷静な奴なら結界が完成するまで姿を現さないでしょうし……」

 

 ()()がないわけでもないが、これはもう、結界を張らせてしまった時点で負けが確定していると言っても過言ではない。

 

「ま、どうにかして結界を消す機会を伺いましょ」

 

「……凛、気をつけろ、何かが来る」

 

「へ?」

 

「何だよ、消しちまうのか? もったいねぇ」

 

「ッ!?」

 

 やるべきことを終え、家路に着こうと歩き始めた私たちの前に一つの脅威が立ちはだかる。接近に気づいたアーチャーが私に警告を発し、それに私が答えたのとほぼ同時に黒い影が浮かび上がった。

 

「……なに、これはあなたの仕業なの?」

 

「いいやぁ? 小細工を弄するのは魔術師の役割だ、俺たちはただ命じられたままに戦うのみ。……そうだろ、そこの兄ちゃんよぉ?」

 

「こいつ……アーチャーが見えてる!? ということはやはりサーヴァント……!」

 

 痛烈なほど深く鮮やかな青い服を身に纏った一人の男が、闇夜に煌る紅く獰猛な瞳で私たちのことを見下ろしていた。彼から発される雰囲気は紛れもなくこの世に存在してはならないもので、今にも心臓を抉り取られそうな殺気が背筋を凍らせる。

 

「あぁ、いかにも。そして……それが分かる嬢ちゃんは俺の敵ってことでいいんだよなぁ!!」

 

「くっ! アーチャー、一旦引くわよ!」

 

 敵サーヴァントがその手に真紅の槍を出現させて迫ってくる。現界したアーチャーがその攻撃を防ぎ、私は命からがらフェンスに向けて走り出した。

 私たちが今いるのは学校の屋上、四方を柵に囲まれたこの狭いフィールドでは分が悪すぎる。そう判断した私は足に魔力を流し込んでブーストし、フェンスを乗り越えて屋上から飛び降りる。

 

「アーチャー! 着地頼んだ!」

 

「あーあー、こりゃまずったなぁ。何もわからねぇようでいて要点だけは押さえてやがる。面白半分に声なんかかけるんじゃなかったぜ。ま、兄ちゃんは俺の気配をいち早く察知してたみてぇだが」

 

 無事に着地した私は、魔力によって速度をブーストしたまま100mを7秒で走ろうかという速さで校庭へと向かって走る。なんとか敵に追いつかれることなく校庭にたどり着いた私たちは、追ってきた敵サーヴァントに行く手を阻まれる形で再びそいつと相見えた。

 その手に握るのは先ほど私の心臓を貫かんとした槍。その禍々しさは言葉では言い表せないほどで、間違いなく奴の宝具だと確信する。

 

「槍兵……ランサーのサーヴァント……」

 

 ランサーのクラスには最速の英霊が選ばれるという。近接戦ではセイバーにも引けを取らない性能を見せるランサーを相手に、ここまで接近されてしまった私たちはどうするべきなのか。

 

「そっちのサーヴァントは何者だぁ? 見たところ、近接戦をこなすようには見えねぇ……っつうかなんだ、ただのガキじゃねぇか。怪しい気配があるから来てみりゃあ、とんだハズレくじだぜ」

 

「さぁ、それはどうだかな。やってみなきゃわからないことだってあるんだぜ?

 遠坂、ここは俺に任せちゃくれないか」

 

「アーチャー……」

 

「なに、どうやら遠坂はここまで来ても自分のサーヴァントの実力を信じきれてないみたいだからな。ここらでその不安を取っ払ってやろうかっていう俺の優しさだよ」

 

 首筋に嫌な汗が流れるのを感じながらアーチャーの言葉に耳を傾ける。敵がランサーだとわかった今でも、アーチャーの自信は揺るがない。何か考えがあるのか、それとも本当に自分の力を見せつけてやろうとしているだけなのか。

 どちらにせよ、私の答えは一つだった。

 

「そうね……分かったわ。アーチャー、ランサーを迎撃しなさい!」

 

「いいねぇ、そうこなくっちゃなぁ!」

 

 私の言葉と共に、ランサーが何とも楽しそうに残酷な笑みをたたえて地面を蹴る。

 そして、私たち二人の初戦の幕が切って落とされたのだった。



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四話 黒い月

「ハアァッ!!」ギィン!!

 

「オラァ!!」ギャィンギィン!!

 

 人気のなくなった学校の校庭で、二つの影が激突を繰り返す。その度に数え切れない斬り合いが行われ、甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「これがサーヴァント同士の戦い……。何て速さなの、動きが目で追いきれない」

 

 その片方は敵サーヴァント、ランサー。最速の英霊に恥じない動きだ。いや、おそらくそれどころではない。最速の中の最速。そう言っても過言ではないほどの俊敏さ、それに加えて一撃で岩をも砕くであろうその過激さはランサーの中でも指折りの強さに見えた。

 しかし、もう一人の方も負けてはいない。アーチャーは弓兵のサーヴァントゆえ近接戦では遅れを取ると思っていたが……ここまではランサーと互角の勝負を繰り広げていた。

 

「弓兵ごときが剣士の真似事かぁ! 舐めるんじゃねぇ!」

 

 弓兵でありながら弓を使おうとしないアーチャーの態度に業を煮やしたのか、先ほどよりも一層疾く鋭く、ランサーの槍が縦横無尽に空間を駆け巡る。

 しかしそれでもアーチャーの防御は崩れない。左右上下から繰り出されるランサーの攻撃を間一髪のところで防ぎきっていた。今のところ防戦一方ではあるが、あのランサー相手に決定的な隙を作らないだけでも賞賛に値すると言える。

 しかし、基本ステータスの水準も低く、主武装の弓も使わずにどうやってあのランサーと彼は打ち合っているのか。

 

「てめぇ、マジで何者だ。黒い魔術を使う弓兵なんざ聞いたことがねぇ。それに弓兵にしとくには惜しい腕だ」

 

 そう、戦いが始まると共にアーチャーの両手には黒い円盤が出現し、それらをもってランサーの猛攻を防いでいたのだった。先程は逃げるのに必死で視界に捉えることはできなかったが、ランサーの奇襲の初撃を防いだのもあれだろう。

 おそらくは魔術によるものだが、見たことも聞いたこともような魔術で、その禍々しさはランサーの槍に引けを取らない。

 ランサーの槍と打ち合っているその強度も驚きであるが……それだけでないような、そんな気がする。あの黒い魔術にはそれ以上の能力があるような気がしてならないのだ。ランサーもどこかでそう感じている顔である。

 

 また、おそらくアーチャーは身体強化の魔術もかなりの高水準で扱っている。要所要所で発動することでランサーに本来の戦いをさせていない。

 私が屋上から脱出した時のものと同系統のものだろうが、ノーモーションで発動しているし比較にするのも馬鹿らしい出力だ。

 

「そういうお前は分かりやすいな。これほどの槍使いは世界に数える位しかいない、それも獣のような獰猛さといえばおそらく一人。男なら誰もが憧れる英雄譚、そのヒーロー。

 なぁ、アイルランドの光の御子さんよ」

 

「ほぉ、有名すぎるってのも考えものだ。ならいいぜ、見せてやろうか! 我が必殺の一撃を!!」

 

「ッ!」

 

 アーチャーがランサーの真名を看破したにも関わらずランサーに動揺はない。むしろ、その顔はさらなる戦いを求めて殺気でひりつき、その姿は木々を燃やし尽くす炎のように猛々しかった。

 ランサーの言葉と共にその手に持つ槍に魔力が充填され、その禍々しさが最高潮に達する。

 

「い、いけない、宝具を使うつもり!?」

 

 宝具。

 それはサーヴァントがサーヴァントたる所以にして必殺の切り札。彼らの名を語るにおいて決して無視することのできないそれは、時に敵を葬る最強の矛となり、時に自らを守る最高の盾となる。

 ランサーの宝具は前者。おそらく……というか間違いなく、それが発動したが最後、アーチャーがその両足で地面に立っていること叶わない。

 

 見ている限りアーチャーに動揺はないようだが、ランサーから距離をとって動かないのを察するにこちらからの指示を待っているらしい。それはつまり、判断を私に預ける程に信頼しているということなのだろうか。

 宝具を使うか否か。

 

「(どうする……アーチャーにも宝具で対抗させるか、令呪を使うか……二つに一つ!)」

 

 だが、アーチャーの宝具のことを知らない私としては令呪を使うというのが最も価値のある選択だった。でもこれは()()()()()()()()()()だ。必要かそうでないか、温存するかしないかということに関わらず、初戦から奥の手の一つである令呪を使うような有様では今後戦い抜くことはできない。

 私は迷っていた。

 

(ジャリッ)

 

「……ッ! 誰だ!」

 

 私がマスターとして大きな選択を課せられていたその時、校庭の隅で物音がした。そこから一つの影が去っていくのが見え、雰囲気や姿形から一般人であることがわかる。

 

「チッ! アーチャー、一旦勝負はお預けだぜ」

 

 それだけ言い残すと、ランサーはその人影を追って姿を消した。その目的はもちろん口封じだろう。そうなればランサーがやることは一つだった。

 魔術師は自らと魔術の存在を世間から隠蔽する。そのルールに従い目撃された事実は揉み消すのが理である。通常の魔術師であれは記憶操作を主な手段としてそれを行うが、理から外れた存在たるサーヴァントたちにそんなことを期待するというのはお門違いだ。

 

「そ、そんな……! まだ生徒が校舎に残っていたっていうの!? こうならないように気をつけてたってのに……!!」

 

「でもこれで俺たちはなんとか初戦を生き残った、ってことになんのかね……って遠坂?」

 

 アーチャーが私の様子の変化に気付いて首をかしげている。戦闘が終わってホッと一息、とでも思っていたのだろうか。だとしたら……わたしの考えに幻滅するかもしれない。

 それにこんな考えが魔術師としても不合理だなんてことも分かってる。それでも私は―――遠坂凛はこんなことを望まない。

 無関係な人間を魔術師の世界の都合で勝手に殺してしまうなんてことが正しいとは思わない。そんな簡単に人が死んでいいはずがないのだ。

 

「アーチャー―――」

 

 私の過去に、私のせいで人が死んだなんていう汚点を絶対に残してたまるもんですか!

 

「――()()()()()()()()()。ランサーにあの人間を殺させないよう()()()()()()()()()()!!」

 

「……ッ!! おうよ、任された!!」

 

 今度は、私の中に迷いなど微塵もなかった。

 次の瞬間、アーチャーの姿は忽然と消え、校庭に一人残される私。今頃、アーチャーはランサーの目の前に現れて先程以上の戦闘が再開されることだろう。なぜなら、私が彼に許可した全力―――それが()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 令呪も使った上に、こちらの切り札まで敵に晒してしまう。

 

「……ごめんなさい、父さん。あなたの娘は世界一の大馬鹿者です」

 

 そして私は、校舎へと逃げていったまだ見ぬ人物を探しに走り出した。

 

 

 

「よ、さっき振りだなランサー」

 

「なんのつもりだテメェ……」

 

 目の前には怒りを今にも爆発させようかというクランの猛犬がいる。何が彼の逆鱗に触れたのかは分からないが、その怒りの矛先が自分に向かうことだけは間違いなかった。

 別にマスターを恨んだりはしない、いや、むしろその逆だ。

 

「いやなに、簡単なことだろ。お前はあの人間を殺そうとした、俺のマスターはそれをお望みではなかった、それだけだ」

 

 出会ってから今日で三日目、俺は遠坂のことを『優秀な魔術師』なんだとばかり思っていた。それに値するだけの実力を彼女は兼ね備えていたし、彼女自身もそう思っていることだろう。

 しかし、それは違う……俺の考えが甘かった。とんだ見込み違いだ。

 先程の垣間見えた彼女の本性はそんなものではなかった。彼女は―――『遠坂凛』という人間は、そんなちっぱけでくだらない存在に収まるような人物ではなかった。

 俺が見た彼女の眼は、覚悟は、心意気は、どこまでも気高く呆れるほどに自分を信じていた。彼女は理性では優秀な魔術師になろうと努力しているが、心はその衝動とは別の方向を向いていた。

 

 現実的な手段をもって(魔術師の身でありながら)

 夢のような結果を追い求めていた(悪という悪を否定していた)

 

「ハッ! 随分とお気楽な思考してんだなぁ、アァ!? 俺を足止めしようってか……出来るもんならやってみろよ!!」

 

 猛然と襲いかかってくる稀代の英雄。恐れなどない。彼女のような人物が信じてくれているというのに、それに応えずしてなにが英霊か。

 だから初めから本気だ。追い返すなどというつもりは毛頭ない。こいつは、ここで仕留める。

 内なる力を意識しながら魔力(PSI)を込める。

 そしてついに――――

 

「遠坂……最高のマスターだぜ、お前」

 

 ―――ついに黒い月がこの世にその姿を現した。

 

 




 ルビの振り方が読みにくかったらすいません。あといつもよりちょっと短くなっちゃいました、お詫びに後書きをちょっと書きます。なんとなくで書いてたら大体五千字位いくんですけどなんででしょうかね。

 あらすじにある通り、PSI=魔力として書いてます。型月世界でも超能力はあるみたいですけどそこと絡めるかはわかんないす。確か一代限りの突然変異な力で、根源に辿り着くようなものじゃないから無視されてる、みたいな感じだったような。魔術以上に情報が少ないので手を出さないのがベターですかね、やっぱ。
 そして前回の話でも補足を少し。「結界を解読」と簡単に言いますが、あれは遠坂だったからこその芸当ですよね。だってあれ「英語を知らないけど英語で書かれた文章の内容と構成を理解した」ってことですからね。士郎のトレースを魔術そのものに対して行なったレベルでしょうか。本格的に研究すれば一ヶ月とかでマスターするんじゃないかな。化け物ですよね、率直に言って。

 今回の話は短かったですけど実はお気に入りです。『暴王の月』初出の雰囲気を少しでも再現できた気がする。タイトルも回収できたし。
「退かなければ、消す」
 あれはマジで格好良すぎた。ホント大好き。


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五話 発見〜邸宅

「始まったわね……」

 

 先程の戦闘以上の魔力がパスを通じて吸い上げられていくのを感じ取り、アーチャーとランサーの勝負が再開したことを知る。

 途端に気分が悪くなり、壁に打ち付けられたかのような痛みが全身を襲う。

 

「私は一刻も早くあいつを見つけ出さないと」

 

 それでも歩みを止めることは許されない。令呪を使って宝具の使用も許可しているが、実際はアーチャーがどのくらいランサーと渡り合えるのかは未知数なのだ。

 どちらか一方が消えるまで殺しあった場合、最後に立っているのがアーチャーだという根拠を今の私は欠片も持ち合わせてはいない。

 

「いた……!」

 

 不幸中の幸いか、私はそいつを予想より早く見つけ出すことに成功した。

 そいつは余程走り疲れていたのか、壁に寄り掛かる形で廊下に座り込んでいた。この短時間でかなりの道のりを走っていたようなので無理もない。その息遣いが夜の校舎に響き渡っている。

 私が接近したことに気づいたのか、怯えるように引きつった顔がこちらを向いた。

 そいつは私が思っていた通りに一般人だったが、予想だにもしていない人物だった。

 

「え、衛宮くん!?」

 

「と、遠坂!? どーしてお前がこんなところにいるんだ!?」

 

「それはこっちの台詞よ! どうしてあんたなんかがこんな夜遅くまで学校に残ってるわけ!?」

 

 そこに蹲っていたのは他でもない。桜が毎朝朝食を作りに行くほど懇意にしており、昨日ホテルの上から姿を目撃した赤毛の男―――衛宮士郎だった。

 

「……まぁ、あんただろうがなんだろうが関係ないわ。申し訳ないけどさっきのことは忘れて……」

 

「そ、そうだ! こんなところにいたら危ない! 一緒に逃げるんだ、遠坂!!」

 

「へっ? え、あ、ち、ちょっと手を離しなさい、衛宮くん!?」

 

 衛宮くんは冷静ではないらしく、話を聞く素振りも見せずに私の手をとって走り出した。ここまでもけっこう走っているというのに、まだこれだけ走れるというのは素直に驚きだ。

 

「さっき校庭で怪しげな二人が喧嘩してて、それがあり得ないような戦闘で……! とにかくできるだけ遠くに……って痛ったあぁーー!?」

 

「あぁもう! まどろっこしいわね! この際だから特別に教えてあげるけど、私はそいつらの正体を知ってるの! だから私を連れて逃げる必要なんてないわ!

 ……問題は貴方がそれを目撃してしまったってことよ。申し訳ないけど、魔術に携わるものとして貴方のことを放ってはおけないわ、大人しく今夜の記憶を消されて頂戴」

 

 痺れを切らした私は、得意な魔術の一つであるガンドを衛宮くんに向かって容赦なく撃った。変に抵抗されても面倒なので、現状を適当に説明した後に問答無用で記憶を消しにかかる。

 しかし私の考えを裏切るかのように、彼は私の話を聞いた後で驚くべきことを口にした。

 

「そ、そんな……そ、それじゃあまさか遠坂、お前も魔術師なのか……?」

 

「そうよ! 私は魔術師……ってなんで……!? なんでそんなことがあなたに分かるのよ!?」

 

「なんでも何も……だって、()()()()()()()

 

 ……今こいつはなんて言った?

 自分が魔術師だと言ったのだろうか。いや、それは絶対にあり得ない! ……とは言えないけど……いや、でも、それはそんな……まさか本当にそんなことが!?

 

「だから魔術の秘匿? って意味なら俺の記憶を消す必要はないぞ……って遠坂?」

 

「…………行くわよ……」

 

「……? 行くってどこへ」

 

 ……本当に一体なんなのかしら。昨日から思い通りになってることなんて一つもないくせに、こう次から次へと予想外のアクシデントだけ起きてくれちゃって……。

 さすがに……アッタマきたわ。

 

「そんなの……あんたの家に決まってるでしょおおぉぉぉ!!」

 

「はあぁ!? なんでさ!?」

 

「うるさいうるさいうるさーーい! もうこれは決定事項なの! つべこべ言わずにとっとと連れて行きなさい!!」

 

 こうして当初の目的を達成(?)した上で、今後の展開において非常に有効(?)な情報を手に入れた私は、一人の男子生徒を伴ってその場を離れていったのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハッ、ハッ……! クッソあの野郎……あんな隠し玉を持ってやがったとは。生意気な餓鬼だぜ、気に入らねぇ。でもま、マスターの方はいい女だったな。あれだけの魔術の腕とあそこで令呪を使う豪胆さを兼ね備えてるなんざ、最高じゃねぇか。

 ―――とにかく、これだけ情報を持ち帰りゃアイツも納得すんだろ……あーあー! ホンット、思い通りにならねぇなぁ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「で、こうして遠坂はそこの衛宮士郎って奴の家に転がり込んだわけか」

 

「こ、転がり込んだって、別にアーチャーを置いて逃げてきたわけじゃないわ! ただ、その……あの時はこれが最善だと思ったのよ……」

 

 衛宮くんの家に(無理矢理に)案内された(というより案内させた)私は、ランサーとの戦闘を終えたアーチャーと合流していた。宝具を見られたアーチャーはそこでランサーを仕留めるつもりだったらしいが、どうにも煮え切らないランサーに逃げられてしまったらしい。

 

「ま、あいつたぶん本気で俺たちを倒すつもりじゃなかったみたいだしな」

 

「それってどういうことよ? ランサーだって宝具どころか真名までこっちにばれてるんだから、決着をつけたかったのはお互い様でしょ?」

 

「うーん、それがどうにも深追いしてくる感じじゃなくてさぁ。常に逃げ道を確保した上で戦ってるっていうかなんていうか……。死なずに帰ることが目的、みたいな?」

 

 それってどういうことだろう。情報収集をサーヴァントにさせてるマスターがいるってこと? でもそれはおかしい、あいつはランサーのサーヴァントで情報収集に長けているとは言い難いはず。それなのに宝具を使わせてまでそんなことするなんて……メリットに対してリスクが高すぎる。

 

「何かサーヴァント以外の奥の手があるとでもいうの……? そんな馬鹿な、サーヴァント以上に強力な手札なんて……」

 

「遠坂、さっきから一体なんの話をしてるんだよ。せめて何をしにここまで付いてきたのかだけでも教えてくれないか?」

 

「うるさい! 衛宮くんは黙ってて!」

 

「えぇー……」

 

「それにしてもお前も災難だったんだか運が良かったんだかよく分かんない奴だな。不幸中の幸いって言っちまえば、それまでだけど。

 どうすんだよ遠坂、放っとくわけにもいかないだろ? せっかく色々苦労して助けたんだしさぁ」

 

「あんたもちょっと話しかけないで! 今考えてるところなんだから!」

 

「そんな横暴な」

 

 当面の問題であったランサーは去ったが、一難去ってまた一難。私は(自称)魔術師の衛宮士郎というお荷物を背負ってしまったのだ。

 ランサーはまだ目的を達成できてないと思っていることだろう。また仕留めに来る可能性が高い、というか絶対に来る。その前に私から説明してやりたいところだが、アーチャーとランサーは次会ったらそれこそ決戦だ。再戦の時期は慎重に見定めなければいけない。あんな行き当たりばったりな戦闘で次も生き残れるとは限らないんだから。

 

「いっそのこと教会に保護してもらうとか……? でもあいつに借りを作りたくないし……。あぁもう! それもこれもあんたが自分の身を自分で守れないのがいけないんだから!!」

 

「急になに!?」

 

「あー、まぁ、そこらの魔術師にサーヴァントから身を守れったって無理にも程があるけどな」

 

「そこうっさい!」

 

「そこにいる男はうちの学校の生徒じゃないよな、そいつも俺たちと同じ魔術師なのか? それに遠坂が俺を助けたって一体……」

 

「もうしょうがないわね……。アーチャー、あんたからこいつに説明してあげなさい」

 

「えー、なんで俺が」

 

「口答えしない」

 

「へーへー。えーっと、衛宮だっけ。それはな、かれこれこんなことがあって、あれそれそういうことがあったわけよ」

 

「いや、全ッ然分かんないんだが」

 

「アーチャー! あんた! なに! 馬鹿なことしてんの! ぶっ飛ばすわよ!」

 

「痛い痛い!? 分かった分かった! 真面目にやるから! ガンド撃つのやめて!?」

 

「(あ、これ楽しいかも)」

 

 ふつふつと湧いてきた内なる衝動(ドS)を抑えながら、今後のことを考える。やはり衛宮くんを放っておくわけにはいかない、だからと言って連れ歩くわけにもいかない。

 教会に保護してもらうしかないのかしら……。

 

「聖杯戦争……ランサー……そっか、そんなことがあったのか」

 

「あった、っていうか今まさに起きてるんだけどな。それでお前の今後の扱いに悩んで遠坂の気が立ってるってわけ」

 

「そっか。……なぁ、遠坂。俺から一つ提案があるんだけど、いいか」

 

「何よ、今更『俺のことは気にするな』とか言ったらそれこそブッ殺すわよ?」

 

 アーチャーから事情を一通り聞いた衛宮くんが、真剣な面持ちでこちらに声をかけてくる。その口から語られたのは、頭を抱えたくなるような素っ頓狂なものだった。

 

「違う、そうじゃない。俺も一緒に戦わせてくれないか、マスターとして」

 

 

 

 マスター、として? それってつまり―――

 

「――つまり、あなたも聖杯戦争に参加するってこと? 正気なの? これがいかに危険なものかはアーチャーの説明で分かりきってるでしょうに」

 

「あぁ、分かってる。それでも戦いたいんだ。正直、死ぬのは怖いと思う。でも、それでも放っておけないだろ。関係のない人たちを巻き込むような戦いを見過ごすわけにはいかない。

 それに……遠坂だって助けてくれたじゃないか。俺も一緒に戦わせて欲しいんだ」

 

 全く……お人好しだとは聞いていたけれどまさかこれ程だったとは……。桜は一体、これのどこがいいと思ったのかしら。男を見る目がないにも程があるわよ、あの子。

 

「それは駄目よ」

 

「なんでさ! 俺だって魔術師だ、別に聖杯戦争に参加しちゃいけないってわけじゃ……」

 

「違うわ、聖杯戦争に参加するなって言ったんじゃないの。()()()()()()()()って言ったのよ」

 

「それどういうことだよ」

 

「あなたが聖杯戦争に参加しようがしまいがそれはあなたの意思で、あなたの勝手よ。私の与り知るところではないわ、好きにして頂戴。でもあなたは言ったわよね、『私が衛宮くんを助けた、だから私と一緒に戦う』って。

 確かに私はあなたを助けた。でもそれはあなたが聖杯戦争に無関係だったからよ。敵マスターとして私の前に現れるというのなら話は別、次に会った時は容赦しないわ」

 

「……分かった、それが遠坂の要求だっていうのなら従うよ」

 

 こいつには自分の欲望とかないのかしら。自分よりも他人の方が大事だ、みたいな顔しちゃって。

 ほんと、嫌になる。

 

「あっそ。じゃあ決まりね。ちょっと家の中を見させてもらうわよ」

 

「なんでさ?」

 

「なんでも何も、召喚に必要なものを探してくるのよ。それともなに、一人で召喚の準備から実行まで全部を出来るっていうならやめるけど?

 曲がりなりにもここは工房として機能してるみたいだし、使えるものの一つや二つくらいあるんじゃないかしら。

 あなたは心の準備でもしておきなさい」

 

「あ、ちょ、遠坂!」

 

 衛宮くんの言葉には耳を貸さず、ズカズカと屋敷に足を踏み入れていく。予想外のことに多少はごたついてしまったが、決めたことはすぐ実行に移すべきだ。

 それにしても本当に驚いたことに、衛宮くんの家はちょっと目をみはるほどの大きさもある日本屋敷で、結界もしっかりと張ってあった。私の家も大概だが、こんな和風の屋敷は新鮮だ。

 

「それにしてもこの結界、いいわね。人間の情ってやつを感じるわ」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。出るも入るも自由って感じ。入って来るものは拒む、出て行くものは逃がさないうちの結界とは正反対ね」

 

 そう、ここの結界はとても自然だ。これを張ったのはお父さんでもあり魔術師の師匠でもあった衛宮切嗣という人だって話だったけど、どんな魔術師だったのかしら。

 父さんと会った時の反応とか面白そうね。

 

「ってか遠坂、『私の与り知るところじゃない』んじゃなかったのか? 『聖杯戦争に参加する手伝いはするけど仲間じゃない。でもそっちからしゃしゃり出てこなければこっちから手出しはしない』って……それ矛盾してるって気付いてる?」

 

「うるっさいわね。私も自分の甘さに辟易してるんだからこれ以上掘り返さないで頂戴。それともなに、文句でもあるっていうの?」

 

「いやいや、違う違う。むしろ賛成だよ。遠坂、やっぱお前いい奴だよな」

 

「なっ……バカにしてんの!?」

 

「素直な感想だよ、気にすんな。それになんだか嬉しそうってか、思ったよりも落ち着いてるみたいで良かったぜ。

 休息も兼ねて周囲の監視しとくから、なんかあったら呼んでくれ」

 

 そう言って、アーチャーは虚空に姿を消した。そう言えば全力の戦闘をしたばかりだったっけ。手傷は負ってなさそうだったけれど、少し休ませたほうがいいかもしれない。

 

 落ち着いてる? 私が? そりゃあ『常に優雅たれ』ってのが遠坂の家訓なんだからそれは当然なんだけど、確かにこうアクシデントが続いてて今が落ち着いてるっていうのもなんだか妙ね。

 ……安心した、のかな。人として破綻してると感じていた彼が、私と同じ魔術師だったっていうことに。勝手に苛立って、勝手に安心して。なんて自分勝手なのかしらね、私は。優雅さの欠片もないじゃない。衛宮くんを助けたのだって余計なことだし。

 

「こんなの心の贅肉よ、贅肉。慎むべきだわ」

 

「それって遠坂(の心)が太ってるって話か?」

 

「……へー、アーチャー。あなたって面白いことを言うのねぇ」

 

「……ッ!?」



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六話 召喚〜訪問

 二次創作だしこのくらいの無茶は許されるはず。てかむしろ公式でも実装してくれと。こいつは本来こうじゃないかと。


 


「ちょっと何よこれ……」

 

 衛宮くんに召喚を行わせるため召喚に使えるものを探していた私は、屋敷の土蔵で信じられないものを二つ見つけていた。

 一つは一見はなんの変哲もない花瓶や小さな机などの家具類。ただ、これらには微弱だが魔力の残滓が宿っており、魔術によって何らかの作用をもたらされたものだと分かる。

 いや、宿っているどころではない。()()()()()()()()()()()()()()()。これが何なのかは分からないが、推測通りなら私の手には負えないほどの代物だ。でも召喚に使えるものではないので一先ずは置いておく。

 そしてもう一つ。これも土蔵にあったものだが、こちらは召喚に使えるというか何というか……。

 

「これ、召喚の魔方陣そのものじゃない!!」

 

 どうしてこんなものがここにあるわけ!? それに、パッと見ではあるが衛宮くんのような未熟な魔術師でも召喚が行えるように調整が施されている。

 誰かが元々、衛宮くんを聖杯戦争に参加させるつもりだった……? 誰かってそんなの―――

 

「遠坂ー、なんかあったかー?」

 

「―――ッ。え、えぇ! 準備できたわよ! こっちに来て頂戴!」

 

 おかしい。本当におかしい。どうしてこう私にばかりアクシデントが降りかかってくるの!? どこかに、私の予想を裏切ることを何よりの楽しみにしている神様でもいるんじゃないのかしら。

 いつか会ったらぶっ飛ばす。

 

 衛宮くんにも話しておきたいところだが判断材料が少なすぎる。土蔵の魔方陣、謎の作成物、魔術師、親……。これはもしかしたら衛宮くんにとってよくない話が出てくるかもしれない。

 それによく考えればそんな義理はどこにもない気がする。聖杯戦争が終わってお互いが無事だったら話してあげようかしら……。

 

 そんなことを考えながら、やって来た衛宮くんに召喚の説明をする。もちろん聖遺物なんてものは用意できない。あれ、もしかしてこれ……上手くいったらセイバーを召喚しちゃうんじゃないの?

 ……いいや、それは考えないでおこう。

 

「あれ、衛宮くん、それは何? 木刀?」

 

「え、あぁ。これを持ってた方が落ち着くからさ。集中だよ、集中。そのくらいいいだろ?」

 

「ふーん、その方がやりやすいのなら別にいいけど。それじゃあ、初めて頂戴。アーチャーは引き続き周囲の警戒よろしくね」

 

 そしてついに召喚が始まった。

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師衛宮切嗣。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 しっかりと前を見据えながら詠唱を行う。おそらく、かつてない異変に身体中が悲鳴をあげていることだろう。やがて、彼専用の魔法陣が起動を始め、部屋全体が蒼く染められていく。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 私でさえあの有様だったのだ、彼が行う召喚に危険でない箇所などない。一瞬でも集中を乱せば何が起こるかはわからない。

 彼にもそう伝えてあるはずだが、そんなことは知らないとばかりにその佇まいは真っ直ぐであり続けていた。

 

「―――――Anfang(セット)

 

 衛宮くんの左手の甲が紅く光り、そこに紋様が刻まれる。それが彼の令呪。彼のこれからを生か死か、どちらかに揺り動かす運命の天秤。その形は、鋭い三振りの剣のようにも見えた。

 

「――――――告げる」

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 詠唱が終了し、儀式が完了した瞬間だった。

 雷でも落ちたかのような衝撃が屋敷全体を襲い、思わず両手で頭を抱える。いや、比喩でも何でもない。()()()()()()()()()()。この周囲だけが嵐にでも見舞われたかのような荒々しさが残る中、ゆっくりと顔を上げる。

 そこには予想通り滅茶苦茶になっている土蔵と、アーチャーに衛宮くん、そして―――

 

「いよおぉぉ! 召喚してくれてありがとよぉ! 初めましてだなぁ、マスター!! 俺の名前は坂田金時、クラスはセイバー!!

 一騎当千のゴールデン! ここに見参だぜ!!」

 

 ―――そして最後に、産声というには雄々しすぎる奇声をあげた、存在感バリバリな金髪マッチョ快男児(ゴールデン)の姿があった。

 

 

 

「おっとぉ、俺としたことが先走りすぎたなぁ。よぉ! お前が俺のマスターか、坊主! ……ってアァン!? 俺以外にもサーヴァントがいるじゃねぇか! ピンチか!? これはピンチってやつか、マスター!?」

 

「……あ!? いやいやいやいや! 違うんだ! 遠坂は敵じゃない! とりあえずは大丈夫だから、落ち着いて話をしよう! な? な?」

 

 召喚した直後はあまりのテンションの違いに呆気にとられていたが、彼の言葉に三人ともが正気に戻る。私の時もなかなか焦ったが、こっちは何というか……ついていけない。

 私たちが地雷原を慎重に歩いていたら、こいつが後ろからバイクに乗って地雷を踏み潰しながら通り過ぎた感じだ。

 

 それにしても確かに、彼から見たらこの状況は奇怪に過ぎるかもしれない。召喚されたと思ったら、敵と思しきマスターとサーヴァントが傍にいたというのだから。

 臨戦態勢に入ろうとした彼を衛宮くんがなんとか宥める。……これってマスターとサーヴァントとしてはかなりおかしい光景なのではなかろうか。

 

「はぁー……やっぱりセイバーを引いたのね……。一先ずはおめでとうと言っておこうかしら。えーと、セイバーさん? 私たちは彼の召喚の手伝いをしていただけで今のところは敵対の意思はないわ。彼が教会でマスター登録を済ませるまでは不可侵でいきましょう」

 

「アァン? ほぉ……何だよ、それならそうと早く言ってくれりゃいいだろうがよ。危うくゴールデンに消し飛ばすところだったぜ」

 

 我ながら本当におかしいことを言っているとは思うが、何とか納得してもらえたようだ。さっきから言うこと為すこととんでもないが、理解が悪いわけではないらしい。

 というかこいつ、さっき自分で真名を大声で叫んでたんだけど。私も普通に聞いちゃったんだけど。しかもめっちゃ有名人だったんだけど。

 なんかこう……英霊の真名ってもっと極秘事項みたいなもんじゃないの? ランサーといいアーチャーといいこいつといい……。

 

「……存在感すごいな、お前」

 

「いよぉ! 初めましてだな、サーヴァント! 言っちまったから白状するが俺はセイバー、坂田金時だ! 以後よろしくな!」

 

「お、おぅ。俺は夜科アゲハ、クラスはアーチャーだ。こっちこそよろしく」

 

 そしてがっちりと握手を交わす二人の男。片方は170cmにも満たなく物足りないのに対し、もう一人は2mはゆうに超えている大男なものだから違和感が半端ではない。まるで地球人と宇宙人の出会いみたいだ。って―――

 

「――ってあんたなんで自分の真名までバラしてんのよおぉぉ!?」

 

「痛いッ!? だ、だってこっちだけ聞いたんじゃフェァじゃないだろう? だから痛いって! ごめんなさい、反省してます!」

 

 この男のノリに中てられたのか……? まぁ、あっちと違ってこっちは知られても困るもんじゃないしいいんだけど。

 

「フンッ、それによろしくなんてしないわ。あくまでも『今は』不可侵なだけで、今後に出会すことがあれば話は別なんだから」

 

「おいおい、なんだお前あれか、ツンデレってやつなのか。ツレねぇこというなよ、聖杯戦争は道連れってよく言うだろ?」

 

「言わないわよ!」

 

「遠坂……なんかその、すまないな……」

 

「どこかにまともなサーヴァントはいないの……」

 

 こいつらに付き合ってたら話が一向に進まないことを悟った私は、これから教会に行ってマスターになったことを監督役に報告することを告げた。私自身も面倒で済ませていなかったので、ついでに付いて行くことにする。

 それにしても……まさか坂田金時を引き当てるなんて。伝説通りならとんでもない強敵になるかもしれないわね。

 

 

 

 教会へ向かう道すがら、私は衛宮くんにマスターとしての知識をレクチャーしていた―――

 

「ちょっとなに、それじゃあなたは強化の魔術しか使えないまるっきりの素人ってことぉ!?」

 

「あ、いや……まぁ、そういうことだ」

 

 ―――筈なのだが、彼のあまりの無能っぷりに開いた口がふさがらない思いになっていた。

 五大要素の扱いも知らない、パスの作り方も分からない、父親以外には魔術を教わったこともない。それってどんな魔術師よ!?

 ちなみに、アーチャーには辺りの様子を見張らせているのでこの場所にはいない。異変などを見つけたら彼のスキル『意思疎通(テレパス)』で合図を送る手筈になっている。

 

「それにしてもなんでこんな奴がセイバーを……」

 

「呼んだか!?」

 

「呼んでないッ! あんた圧力が半端ないんだから、急に出てこないで! 心臓に悪いのよ!」

 

「そんな照れんなって。ほら、夜道って何かと危ないだろ? ゴールドなゴールデンの一つや二つ持ち歩かないと……」

 

「ゴールドなゴールデンってなに!? いいからあんたは黙ってて!

 それで……ってあいつのせいで何を言いたかったか忘れちゃったじゃないのおぉぉ!!」

 

「遠坂すまない……本当にすまない……」

 

 そう言えばこいつ、召喚をした直後だってのに思ったより元気ね。ランサーに殺されそうになった時といい、このタフネスさに限って言えば抜きん出たものがあるとも言える。

 

「と、とにかく一言だけ言っておくわ!

 あなたのお父さんは魔術師なんかじゃない。その人はね、魔術師である前に……あなたの父親であろうとしたのよ」

 

 屋敷の結界しかり、彼への魔術の伝授の仕方しかり。切嗣という人は、魔術の在り方を冒涜しているに等しい。そんな人に、魔術師なんて名乗らせてたまるもんですか。

 魔術師はただひたすらに親から継いだ魔術を鍛え、そのためだけに命を注ぎ、そして命の結晶たる魔術刻印を次の世代に伝授する。家族のことを顧みる臆病者なんて、魔術師じゃないんだから……。

 

「…………」

 

「なに、どうかしたの? そんなにじーっと見て。私の顔になんかついてる?」

 

「あ、い、いや、何でもない。気にしないでくれ」

 

 なんか衛宮くんの様子がちょっとおかしい。普通に話していたかと思えば、何かを思い出したかのように黙り込んでしまう。まぁ、短時間でいろんな事があったし疲れているのかもしれない。

 それから私たちは黙って歩き続けるのだった。

 

 

 

「ここが教会……」

 

「なに、衛宮くんは教会に来るのは初めて? なら覚悟しておいた方がいいわよ、ここの神父は一筋縄じゃいかない人物だから。セイバーはどうする?」

 

「俺はいい、とっとと行って済まして来ちまいな、マスター」

 

「あらそう。それじゃあ早く行きましょ」

 

 セイバーは残るようだ。聖杯戦争の中立地帯である教会で危険なことなどあるはずもないので、問題はないだろう。

 できればあいつに会うのは避けたかったんだけど、こうなったら仕方ない。一層の事、留守でいてくれればいいのに……。

 

 

 




 既にお気付きの方もいるでしょうが、この聖杯戦争……実は……日本の英霊も召喚できるんです! 僕がこっそり改造しておきました! 冗談です。
 あの設定はどーも邪魔だったので消えていただきました。ストーリーにも大して影響ないですしおすし? 元祖弓を使わないアーチャーとかも世界中回ってるとか言っても日本人じゃないですか。
 だからいいかなって。

 あと報告なんですが、更新がさらに遅くなりそうです。書溜めを放出しながら書いてたんですが、どうにも進みが良くないです。元々こういうのは得意じゃないんですね……やっぱり。
 具体的に言うと八話か九話を投稿した次あたりから二週に一度、それより遅いくらいになりそうです。
 今までの投稿作品と違い、結末まで筋書きは考えてるんで失踪だけはしないよう気をつけたい。てか絶対に書きたい(願望)


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七話 教会

 冬木市はその周囲を山と海に囲まれた自然豊かな都市だ。街を二つに分断する形で未遠川という大きな川が流れていて、東側が近代的に発展した新都、西側が古い町並みを残した深山町になっている。それなりに栄えた都市だ。

 霊脈的にも優れているらしく、極東に存在することから魔術協会や聖堂教会にも睨まれにくい。そんな理由で聖杯戦争はここで行われているらしい。

 要は一般人はもちろん、魔術師にとっても住みやすい土地ということだ。

 

 俺たちは西側の住人で、東側に行くには電車やバス、若しくは川にかかる巨大な橋を使わなければならない。

 遠坂が言う教会は東側にあり、歩いて行くとなると一時間はかかるのだがこんな時間に交通機関は動いていないので仕方がない。仕方がないのだが……この深夜に遠坂と二人きりとなるとどうも調子が狂ってしまう。

 セイバーもいるが、遠坂とは反りが合わないらしく姿はない。せめてアーチャーだけでも出てきてくれれば助かるのだが、そんなことを遠坂に言えるわけもなく、二人きりで夜道の散歩をする羽目になってしまっている。

 

「なぁ、遠坂。単純な疑問なんだが、お前はどうして聖杯戦争に参加するんだ」

 

 俺はその事実を頭から拭いさる為に話をすることにした。世間話などする余裕はないので、専ら聖杯戦争についてということになる。

 

「そこに戦いがあるからよ。戦いに参加して、勝つ。ただその為に私は聖杯戦争に臨むの」

 

「はぁ? なんだそれ。戦いたいから戦うって、遠坂がそんな戦闘狂だとは思わなかったぞ」

 

「違うわよ。勝つ為に戦うの」

 

「……名誉が欲しいってことか?」

 

「確かに名誉も手に入るでしょうけど、そんなものに興味はないわ。そうねぇ……これは今の衛宮くんに話しても理解できないかもしれないわね」

 

 どうにもそのようだ。どれだけ聞いても、遠坂が何を求めてるのかが理解できそうにない。理解できたとしても、呆れることに違いはなさそうだが。

 他にも、聖杯戦争のルールについても話をした。遠坂が殺し合いだというが、それが具体的にどんなものなのかまだ聞いてなかった。

 聞けば、聖杯戦争は七体のサーヴァントを生贄に聖杯という霊体を降臨させる巨大な儀式のことらしい。それなら殺し合う必要はないのではないかとも思ったのだが、俺はセイバーやランサーに勝てる筈がない。マスター同士が殺し合うのは自明の理というわけだ。

 さらに、令呪を得てマスターになるというのはある意味呪いに近い。その権利は放棄することはできず、争うことを聖杯に強制される。これでは、話し合いによる解決も難しいかもしれない。

 

 

 

 さて、橋を渡りきって新都に着いたが、そこは西側と大して違う様子はない。近代的とはいえ、中心部から離れていればこんなものだ。教会はそんな住宅街の中でも坂の上の高台に居を構えていた。

 そこは、俺が予想していたものよりも遥かに大きな施設だった。高台の土地のほとんどを敷地にしているらしく、建物のかなり手前から広場になっている。教会の建物自体はそれ程大きくはないのに、来るものを威圧するような迫力があった。

 なぜかセイバーは門の前で待つというので、俺と遠坂の二人だけで敷地の中へと足を踏み入れる。

 

 だだっ広い広場を進み、辿り着いた洋風な扉を開けて入ったそこは荘厳で白い礼拝堂だった。

 白かった……というと語弊があるが、教会というだけあってとにかく綺麗で汚れがない感じだったのだ。それに深夜だというのに電気が煌々と点いていることもそれに拍車をかけている。

 外から見てもわかったことだが、中の礼拝堂は悠々とした広さがあり、普段からかなり多くの人が利用しているのではないかと推測できる。

 これ程の教会を任されている人はどのような人物なのだろうか。

 

「なぁ遠坂、ここの神父さんってどんな人なんだ」

 

「どんな人って……私もあいつと知り合って十年になるけどよく分からないわ。さっきも一筋縄じゃいかないって言ったでしょ?」

 

 十年って……そりゃまた随分な知り合いがいたもんだ。しかもさらに話を聞いてみれば、その人は遠坂の後見人かつ魔術の兄弟子かつ第二の師なのだとか。ここで驚きなのは、神父が魔術に手を出しているという点だ。

 

 この世界には魔術協会と聖堂教会という巨大な二つの組織が存在する。もちろん、どちらも世間からは見えない闇で蠢く月の裏のような存在だ。いつも側にあるけれど、見ようと思わなければ見ること叶わず、見るのにも相当なリスクが伴う。

 魔術協会はその名の通りに魔術師で構成された組織で、遠坂や親父はこちら側に分類される。それに対して聖堂教会は世界の裏側に存在する一大宗教である。

 これらは人目につかないという点は共通してこそいるが、奇跡を極めようとする魔術協会と奇跡を独り占めにしようとする聖堂教会は決して相容れないものであり、隙あらばお互いを消し去ろうとする仲である。

 また、教会において聖人以外が行う奇跡は異端とされ、問答無用で排斥の対象なのである。

 

「本当にどんな人物だよ……というか、ここの神父さんはこっち側の人間なのか」

 

「えぇ、聖杯戦争の監督役を任されているバリッバリの代行者よ。神の加護があるとは思えないような人物だけど」

 

 話をしながらも遠坂の歩みは止まらない。神父さんがいない協会に立ち入るというのは、主のいない家に上がり込むかのような背徳感があるのだが、遠坂は勝手知ったる実家のようにズカズカと進む。

 俺の家の時もこんなだったし、遠慮がないというか容赦がないというか……。

 

「そう言えば名前はなんていうんだ、その遠坂の第二の師匠さんは」

 

「言峰綺礼よ。いいこと、奴が来ても絶対に気を許しちゃ駄目よ。やることだけ手短に済ませて帰るんだから」

 

「これはこれは。また酷い言われようだな。師に敬いを抱かない弟子など育てた覚えはないのだが」

 

 神父を探しに奥の私室へと足を運ぼうとしていたその時、一人の男が祭壇の奥からゆっくりとその姿を現した。

 

 

 

 かつんかつん……と足音を礼拝堂に響かせながら、その男は俺たちの目の前へとやって来た。

 

「はぁ……こっちだってあんたなんかの弟子は願い下げよ。父さんの弟子でさえなければ知り合うことも御免だわ」

 

「久しぶりに顔を出したと思えばその言い草か。文句を言われる筋合いなど私にはない。

 それにしても面白い客を連れてきたようではないか。なるほど、彼が七人目というわけだ」

 

「そう、彼が最後のマスターよ。一応は魔術師なんだけど、これがてんで素人で見てられなくて。確か、マスターになった者はここに届けを出すのがあんたたちの決まりだったわね。今回は仕方がないから従ってあげるわ」

 

「ほう、再三の呼び出しに反応すらしなかったというのに、今更になってやって来たのはそういう訳か。それではそこのマスターには礼を言わねばなるまい」

 

 俺は、二人の話をじっと聞いていた。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()。この男が現れてからというもの、話が耳に入ってこず、男から視線が離せなかった。

 

「少年、名をなんと言う」

 

 その言峰という男が遠坂から視線を離し、ゆっくりとこちらに向き直る。

 思わず足は後ろへと下る。初対面の人間だ、怖いわけはない。敵意が湧いてくるわけでもない。それでも俺の体は……俺の心は悲鳴を上げる。彼から発せられる空気に当てられて、その場から離れようと後退する。

 しかし俺は話しかけられているということに気付き、自然と問いへの答えを紡ぎ出す。

 

「え、衛宮。衛宮士郎だ」

 

「衛宮―――士郎」

 

 瞬間、肩にかかっていた圧力は明確な悪寒へと形を変えて俺の体を蝕む。暗く、冷たく、音もない。そんな虚空に俺一人だけが放り出される。そんな感覚。

 ハッと気付いた時にはその男は笑みを湛えてこちらを見ていた。

 

「感謝する、衛宮士郎。君が連れてこなければ、あれは終ぞここに足を運ぶことはなかったであろう」

 

「それっておかしいでしょ! 私がこいつを連れてきてやったんだから、私にも礼の一つでもないと不公平なんじゃないの、綺礼」

 

「馬鹿を吐かすな、凛。ルールは守らん、師の言葉にも従わぬ。そんな不遜な輩に零す礼など私は持ち合わせてはいない」

 

 瞬きをする暇もなく言い合いを始める二人の師弟。……この二人、とんでもなく仲が悪そうだ。先程まで感じていた不快感は嘘のように消え、目の前の口喧嘩に苦笑する。

 

「まぁとにかく。凛の言うことではないが、夜も遅いのだ。子供をいつまでも縛り付けていては神罰が下るというもの。手短に済ませよう。

 衛宮、君が聖杯に選ばれた七人の一人、セイバーのマスターで相違ないな?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「それでは君は勝利の果て、そこで得た聖杯に何を望む?」

 

「そんなことも聞くのか」

 

「左様。監督役として、聖杯戦争の末に何が起こりえるのかを把握するのも務めの一つだ」

 

「そうか、なら俺は勝利に何も望まない。ただこの聖杯戦争とやらが許せないだけだ。他のマスターの思い通りにはさせない」

 

 そう聞くと、遠坂は俺が仕様のない阿呆とでも言いたげに頭を抱え、言峰は面白いものでも見たかのように目を開く。

 神父はともかく、遠坂の願いだって似たようなものだ。馬鹿にされる謂れはない。

 

「ほう……それでは君はただ、聖杯戦争の妨害をしたいが為にマスターとしての権利を得て、それを行使すると。そう言いたいのかね」

 

「うん……確かにそうだ。監督役としては不服かもしれないが、別にルール違反ってことじゃないだろ。この街で殺し合いなんて絶対にさせない」

 

「ふむ……止めはしまい。むしろ殊勝な心がけだと褒めてやろう。私としても、十年前のようなことが起きることは避けたいからな。君がそれを防いでくれるというのならば、期待する。

 だがな、少年。最後まで戦い抜くというのであればいずれ聖杯は現れる。その時までには込める望みを考えておくことだ」

 

「十年……前……?」

 

 謎の感覚から解放され、マスターとしても認められたのも束の間。今日一番の衝撃が俺を襲う。ランサーに襲われるより、遠坂が魔術師であるより、セイバーが目の前に現れるよりも。その単語が俺という存在を脅かす。

 それは俺にとって決して忘れることのできない、且つ()()()()()()()()()()()()()()年だから。それは(だれか)が死んで、(えみやしろう)が生まれた年なのだから。

 

「待て、それはなんの話だ。この争いは今回が初めてじゃないってのか……!?」

 

「なんだ、凛から聞いていないのか? それなら私が教えてやろう。十年前……この街で起きた第四次聖杯戦争の話を」

 

 そして神父は語り出した。

 彼の言葉は鼓膜を突き破り、体の中をドロドロに溶かす。耳を塞ぎ、思わずその場から逃げ出したくなるような、そんな話だった。

 

 

 

「君も聞いているだろうが、聖杯戦争とは一つの儀式だ。冬木の聖杯が真か偽か、そのようなことは問題ではない。マスターを選定し、サーヴァントを使役させる。それだけの物であれば、持ち主に無限とも言える力をもたらすであろう。

 故に、マスターと呼ばれる彼らは様々な思いを胸にこの戦いに参加する。ある者は名誉を得るため、ある者は一族の悲願を成就させるため、またある者は正義のために聖杯を欲した」

 

「この争いは約二百年前から五十年ほどの周期で繰り返されているが、過去に魔術の秘匿が損なわれたことから私のような監督役が査定の任務も兼ねて教会から派遣されている。

 しかし我らは聖杯の行く末まで見届けるわけではない。どのような者が聖杯を手にしようと感知することはないし、止めることはできない。事実、十年前に行われた第四次聖杯戦争では紛うことなき悪が聖杯を手にしたのだ」

 

「それがどのような願いだったのかは、私の知るところではない。その結果、聖杯はこの街に絶望をもたらした。

 そう、君もよく知るあの大災害。死傷者五百名、百三十四棟の建物が焼け落ちていながら今もなお原因不明とされる大火災。それこそが第四次聖杯戦争の爪痕なのだ」

 

 

 

 脳裏にあの地獄が思い浮かぶ。

 吐き気や目眩が次々と体を襲い、体が言うことを聞かなくなる。それでもなんとか自分の足で踏みとどまり、よろける体を礼拝用の椅子に預けた。

 

「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ。顔が真っ白じゃない。確かに気持ちのいい話じゃなかったかもしれないけど、それにしても酷いわよ? 貧血?」

 

 遠坂が心配そうな顔をして肩に手をかけてくる。なんだか分からないけど、これってすごくレアなことじゃないだろうか。

 

「あ、あぁ、すまない。ちょっと立ち眩みがしただけだ、遠坂の変な顔を見たら治った」

 

「ム……それってどういう意味かしら」

 

「どういうって、そりゃ言葉通りの意味さ。だから気にするな」

 

「あらそう……ってそんなのなおさら悪いでしょこのばかちんが!」

 

 ノリツッコミで頭をすこんと叩いてくる学園のアイドル、遠坂凛。

 

「いや、本当に遠坂のおかげで助かったから。あまり突っ込まないでくれ、もう少し訊きたいことがあるんだ」

 

 遠坂はまだ納得がいかない様子ではあるが、なんとか引き下がってくれた。

 

「これまでに何度もこんなことを繰り返してきたとあんたは言ってたが、今までに聖杯を手に入れた人はいたのか」

 

「先程も言ったが、前回の聖杯戦争では最後に良くない者が聖杯に触れた。それが一人。私が他に知るのは……同じく前回の聖杯戦争。間違った選択をした、愚か者だ」

 

 今までと違って、なんだか歯に布着せた物言いだ。さっきまではまるで暴力でも振るうかの如く事実を突きつけてきたというのに、突然迫力がなくなった。

 

「それってつまり、前回の聖杯戦争では二人が聖杯を手に入れたってことなのか」

 

「その認識でも間違いないが、少し違う。完成した聖杯を手にしたのは前者の方。後者の方は聖杯に触れこそしたものの、手順を踏まなかったために聖杯から嫌われた臆病者だ」

 

「手順? 臆病?」

 

「聖杯を手にするだけなら簡単なことだ。七人のマスターとサーヴァントが揃ってしまえば、じきに聖杯は現れる」

 

「だから、そいつは戦うことをしなかったってことでしょ。他のマスターと決着を付けずに聖杯を手に入れたって、聖杯に選ばれるわけはなかったのよ。ね、綺礼?」

 

「そうだ。勝利していなかった私に聖杯は応えることがなかった」

 

「はぁ!?」

 

 な、なんだって……!?

 それじゃあ、この言峰とかいう神父は前回の聖杯戦争の生き残りで、一度は聖杯を手にしたほどの猛者だっていうのか……!?

 

「なに、いずれにせよ私には土台無理なことだったのだ。何せ、私と競い合ったマスターはどいつもこいつも化け物揃いだったものでな。その先など、夢のまた夢。

 早々にサーヴァントを失った私は当時の監督役であった父に保護されたよ。父はその折に亡くなってしまったがね」

 

 言峰は悔いるような目で地面を見つめていた。

 

「……それはすまない。良くないことを思い出させてしまった」

 

「気にするな。今ではこうして父の後を継いで監督役をしているのだ。今更流す涙もありはしない。

 さて、手短にと言っておきながら長く脱線してしまった。もう一度問おう、衛宮士郎。

 君はセイバーのマスターとして聖杯戦争に参加するのか、しないのか。最も、マスターとしての覚悟すらできない者を魔術師などとは呼べん。それは育てた師も同罪だろうな」

 

 俺はここに来るまでは遠坂からの話しか聞いていなかった。ここに来て、様々なことを知った。聖杯戦争の意味も、十年前の出来事も。

 俺は――――

 

「―――俺は、聖杯戦争に参加する」

 

 それでも覚悟は変わらない。むしろ、この聖杯戦争は俺が放っておいていいものじゃないと、ここに来て改めて思い知ったくらいだ。

 何がそんなに嬉しいのか、言峰は愛しいものでも眺めるかのように笑みを浮かべる。

 

「そうか。それではここに七人のマスターが揃い、聖杯戦争は受理された。存分に競い合うが良い」

 

「綺礼、せっかくついでに私からも質問いいかしら。他のマスターについて知ってることがあったら教えて頂戴。わざわざ足を運んだんだら、それくらいいいでしょ」

 

「あぁ、構わない……と言いたいが大した情報はないぞ。なんせ、今回は衛宮のような半端者が多く紛れ込んでしまっているからな。私も知っているのは君たちを含めて三人だ。

 バーサーカーが一番手、キャスターがその次で後は似たり寄ったりだ。他に質問はないか? 分かっていると思うが、聖杯戦争の間はここに近付くなよ、凛。

 もし後ろめたいことでも残れば、後からあれこれ言われてせっかく手に入れた聖杯も聖堂教会に盗られてしまうからな。それは私にとっても最悪の展開だ」

 

「このエセ神父。教会側のくせに魔術協会の肩を持つなんて。恥知らずもいいところね」

 

「私は教会に仕えているのではない。この身は神にのみ仕えているのだからな」

 

「そんなだからあんたはエセ神父なのよ」

 

 それだけ言うと、遠坂は言峰に背を向けてつかつかと歩き始めてしまった。十年来の知り合いなのだから、他に話すこととかあったんじゃないのか。

 

「いいのよ、これで。むしろ縁が切れて清々するわ」

 

 そして遠坂は礼拝堂の外に出てしまった。俺も慌ててそれに続いて礼拝堂を後にする。

 

「……ッ!?」

 

 しかし扉を開けて外に出ようとしたその瞬間、俺は背後に気配を感じて振り返った。そこには、いつの間にいたのか言峰が見下ろすように立っていた。

 背の高さもあるだろうが、やはり妙な迫力がある。こいつとは相性が悪いというか、モノが違う。そんな気がするのだ。

 

「何だよ、話がないなら帰るぞ―――」

 

「―――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 

「―――ッ!?」

 

 思いがけない言葉だった。

 そいつは言うのだ。正義の味方になるとは、倒すべき悪の存在を望んでいるということだと。

 俺はその言葉を否定することができず、群がる虫を払うようにしてその場を離れて行く。

 その様子を見て、言峰は残酷なほど楽しそうに笑っていた。



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八話 襲撃

 教会を後にした私たちはセイバーと合流し、もと来た道を戻っているところだった。

 

「で、どうだったよマスター。しっかり覚悟は決めてきたか」

 

「あぁ、問題ない。俺の意思は変わらなかったさ」

 

「……変わらなかった、ね。ちったぁマジな面になってんじゃねぇか、安心したぜ」

 

 セイバーの言う通り、来た時とは衛宮くんの顔つきが明らかに違っている。彼の中で変化があったようだが、よく分からない。最後に綺礼と何かを話していたようだったけど。

 ま、彼が何のためにどんな風に戦おうが、私には関係ないことに変わりない。

 

 

 

 夜の街を二人で歩く。初めこそ声を交わしたものの、数分も経たないうちに帰り道は無言になった。衛宮くんが私たちの立場を理解してそうしているのかは、分からない。

 聖杯戦争はもう始まっている。

 明確な始まりがあったわけじゃない。でも、七人のマスターは揃った。これをスタートと言わずして何と言う。つまり、衛宮くんとはもう敵同士になるという立場が確定したのだ。

 もちろんそれは分かっていたこと。教会を出て「はい、それじゃあ殺し合おう」なんてことにはならない。それでも、もう仲良しこよしのお友達ではいられない。

 だこらこその、無言だった。

 

 行きに渡った橋に差し掛かる。相変わらずアーチャーには先行して敵の気配を探らせているが、未だに異変らしい異変はない。そんな事をせずとも、敵が来ないことなんて分かりきってるけど。

 だって、今ここにはサーヴァントが二体いるんだから。獲物が多いってことにもなるけど、ここに攻めてくるような阿呆はそうはいない。

 ……何を考えてるのかしら。さらっとこいつのことも戦力に入れちゃって。むしろ、今に気を付けるべきなのはこいつのセイバーじゃない。

 ま、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ないことなんだろうけど。

 

「(でもそっか……もうこいつは『ただの同級生』じゃなくなっちゃうんだ)」

 

 敵でも味方でもない衛宮士郎。ここでこいつと二人で歩く。それが突然、とても掛け替えのないことのような気がして、心の奥にざわめきが興る。でもそれは気持ちの悪いものじゃなくて、むしろ……今までの迷いを洗い流すような綺麗なものだった。

 きっと十年後とかになっても思い出すんだ。『あの時に一緒に歩いたあいつは、こんな奴だったなぁ』って。例え私が、こいつを殺すことになったとしても……。

 この時間は日常と非日常の転換点になる時間だと、私は心の底で理解していた。

 

 

 

 橋を渡りきり、私たちの住む街へと辿り着いた。程なくして私は立ち止まる。ここからさらに少し歩いた所で差し掛かる交差点を私は左に、彼はまっすぐ進む。

 その前に、はっきりさせておきたいことがある。

 

「遠坂?」

 

「衛宮くん、悪いけどここから先は一人で帰ってくれるかしら」

 

 私は後ろを振り向いて、そこにいた衛宮くんにそう言い放つ。すると彼は、全く予想していなかったという阿呆な顔をしてその首を傾げた。

 

「はあ? なんでさ?」

 

「あのねぇ……ここまで付いて来てあげたのはランサーから助けてしまった成り行きだったの。それが片付いた今、私が付いて行く義理はないわ。

 しかも今は敵同士なのよ? 私はね、そんな奴と馴れ合うような甘ちゃんじゃないの」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……だからってここで別れることはないじゃあないか」

 

 彼は別に、聖杯戦争を生き残るために私の力を借りたいという魂胆を持っているわけではない。それは分かる。分かってしまう。

 つまり、彼はこう言っているのだ。マスター同士だからって私と戦うつもりは毛頭ないと。ここまで歩んで来たように、ここからも一緒に歩むことができるのだと。

 

「あっきれた……馬鹿もここまで来たらむしろ清々しいわね」

 

「そんなこと言うなよ。お前は命の恩人だろ。俺は遠坂に借りも返したいんだ、お前のためならなんだってするぞ」

 

「何でも、今何でもって言ったわね!? じゃあ今すぐ教会に引き返して聖杯戦争が終わるまで保護してもらいなさい! そして私が勝つまで大人しくしていなさい!」

 

「それは嫌だ」

 

「〜〜〜ッ!!」ムキ--ッ!!

 

 何なのこいつ! 助けられた分際で生意気すぎやしない!? このままじゃあ、リスクを負ってまでこいつを助けた数時間前の私が浮かばれないったらありゃしない。

 

「それに遠坂だって、ただ助けたいから助けたわけじゃないだろ。そうじゃないとむざむざ倒す敵を増やしたことになるわけだし……俺が少しは役に立つと思ったからこうして付いて来てくれたんじゃないのか」

 

 あぁ……あたしって……ほんとバカ……。

 

「はぁ……もうそれでいいわ。とにかく今日は帰りなさい……私はあっちから帰るから」

 

「ちょ、ちょっとま―――」

 

「ちょっと待て遠坂!」

 

 衛宮くんの度を超えた頑固さと、自分の行動の阿呆さ加減に頭を抱えて帰ろうとする。そんな私を引き止めたのは、衛宮くんではなかった。

 

「アーチャー? どうしたのよ急に……ッ!?」

 

「ねぇ、お話は終わり?」

 

 そして息つく暇もなく現れたのは、一人の男を携えた銀髪の美しい少女だった。

 

 

 

 私たちの行く先を遮るように姿を現したのは、北欧風の防寒着に身を包んだ一人の小さな少女だった。その声は鈴の音のようで、冬の冷え切った空気に響き渡る。

 その後ろにいる男の姿は暗くてよく見えない。しかしセイバーよりも一回り小さいほどの体格であるにも関わらず、その身体から垂れ流される殺気は空気という緩衝材を突き破って私たちの肌に突き刺さる。()()が何であるかを私はすぐに理解した。

 

「バーサーカーの……サーヴァント……ッ!!」

 

「(すまねぇ、遠坂。遠坂の家の周囲を警戒してたら、別方向からの接近に気づくのが遅れちまった)」

 

「(いえ、モタモタしてた私がいけないし……それにしてもあれは本当にバーサーカーなの……!?)」

 

 あの男は間違いなく狂っている。それが考えるまでもなく分かる程の殺気が先程から突きつけられるが、その男自身から感じられる印象はほとんどその真逆だ。

 ようやく見て取れるようになった容姿はテンガロンハットを被った恰幅の良い青年で、内から迸るイメージは生命そのもの……というよりそいつ自身が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 突然の出現に混乱を隠せない私たちとは裏腹に、そいつはご丁寧に衛宮くんに挨拶をしてくる。そして私の方に向き直ると、服の裾をつまみあげて礼をしながら自己紹介を始めた。

 

「初めまして、遠坂凛。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

 

「アインツベルン……」

 

 アインツベルン。それはドイツに存在する魔術一族の名であり、さらに言えば『遠坂』と共に聖杯戦争を作り上げた『始まりの御三家』の一角である。つまりは彼女自身がとんでもない強敵だと予想されるが……やはり気にするべきはあのサーヴァント。

 本来は剛の極地であるはずのバーサーカーに感じる柔の影が嫌な予感を加速させる。

 

「不気味だわ……それに目的もわからないんじゃ下手に動けない……」

 

「ならオレっちが手始めに出方を見て来てやろうとするかよぉ!」

 

 動き出せずにいた私たちの殻を破ったのは、今まで沈黙を貫いていたセイバーだった。どこから出てくるのか、これでもかという程の自信を携えて足を踏み出す。

 

「セイバー!」

 

「なぁに、心配すんなよマイマスター。こう見えてもオレ、力勝負には自身があるんだぜ」

 

「「「(どう見てもそうなんですけど!?)」」」

 

「おおっと、なんだなんだその視線は。恥ずかしくって自慢の一張羅に穴が空いちまうぜ。

 とにかくオレが時間を稼ぐ。その間に作戦を考えてくれりゃあいい。な? 簡単だろ?」

 

 セイバーの言うことはもっともだ。あのバーサーカーの性能がわからない以上、誰かが囮のような役割をこなさなければならない。こちらの強みはサーヴァントが二体いることで、接近戦が強いセイバーと狙撃を得意とするアーチャーならどちらが適切かなど言わずもがなだ。

 そう考えた私は同意する旨を目配せで伝え、アーチャーに待機するよう指示をする。彼の能力は乱戦には向いていない。

 

「セイバー……頼む」

 

「合点承知よ!」

 

「相談は終わった? じゃあ始めるね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 アインツベルンが歌うようにそう告げ、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 揺れるように上体を落としたバーサーカーが地面を蹴って突進してくる。それを迎え討つセイバーの手には金色に輝く刀……ではなく鉞のような巨大な武具が握られている。

 それを見てもなお素手で向かってくるバーサーカーにセイバーの鉞が迫る。回避や防御をする素振りもなくその上半身は薙ぎ払われ、蜃気楼のように消え去った。

 

「グッ……」

 

「嘘……!?」

 

 初手で勝負がついてしまったのかと思われた次の瞬間、脇腹を抑えて呻き声を上げたのはセイバーの方だった。一瞬のことでよくは見えなかったが、セイバーの一撃は間違いなくバーサーカーを捉えていた。バーサーカーの上体は吹き飛び、致命傷は免れなかった筈だ。

 

「■■■■■ーーー!!」

 

 しかしどういう訳かその身体は依然として健在で、それどころかセイバーに反撃してみせたのだった。予想外の一撃にセイバーの表情は歪み、バーサーサーの追撃を難なく許してしまう。

 

「チィッ!」

 

 仕切りなおすために振るわれた鉞は雷を放ち地面を穿つ。二重の衝撃によりバーサーカーは吹き飛ばされ、再び膠着状態が訪れた。

 

「一体何があったんだ、セイバー」

 

「あぁ、ふざけた野郎だぜ。オレが黄金喰い(ゴールデンイーター)で攻撃した瞬間()()()()()()()()。急所があんのかどうかも分かんねぇ。持久戦じゃちと分が悪ぃな」

 

「炎に化けた……!? なんだよそれ!?」

 

「そう……アーチャー、あなたならなんとかできる?」

 

「あぁ、やってみる価値はあると思う」

 

「なら決まりね。セイバー、少しの間バーサーカーの気を引いて。準備が出来次第こちらから合図を送るから、そしたら距離をとって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほう。何をするつもりか知らねぇが、面白そうじゃねぇか。それじゃ、もういっちょ頼まれてやるとするかぁ!」

 

 そう告げたセイバーは、鉞を肩に担いだままバーサーカーへと向かっていく。距離にして数十メートル程離れていたが、サーヴァントにとってその程度の距離はあってないようなものだ。一息の内に戦闘が再開される。

 セイバーの実力は並ではない。あの巨体からは想像もつかない俊敏さで相手を翻弄し、天性の肉体によって放たれる一撃は本物の雷のようだ。戦国時代を生き抜いたその武芸は本物だし、最優と言われるセイバーの中でもトップクラスの性能を誇ることだろう。

 しかし、だからこそあのバーサーカーの異常性が際立ってしまう。

 

 本来バーサーカーとは、格の低い英霊でも戦えるように『狂化』によって戦闘能力を底上げするものだ。その反面、ステータスでは全クラスでも上位に位置するが、こと戦闘となると理性を伴わない全力の暴走しか取り柄がない。

 それに対してあいつはどうだ。一騎打ちでセイバーに隙を見せないどころか、圧倒的に優位な戦いを繰り広げている。炎を使った多彩な攻撃も厄介だが、やはり問題はあの無尽蔵な再生能力だろう。四肢を捥いでも頭を吹き飛ばしても忽ち復活するのだからキリがない。あの能力と力に任せたゴリ押しはあまりに相性が良すぎる。

 不幸中の幸いは、アインツベルンが参戦の意思を示して来ないことだろうか。バーサーカーが戦っている様子を楽しそうに眺めている。

 

「ったく……本当にとんでもないサーヴァントを用意してきてくれたわね。アーチャー!」

 

『いつでも行けるぜ』

 

「セイバー!」

 

「応よ!」

 

 準備ができたことを伝えるとセイバーは技を一段階アップさせる。彼は反応がワンテンポ遅れたバーサーカーの隙を見逃さず、鉞でその足を薙ぎ払ってその場を離脱した。

 

「ナイスだセイバー! 暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

 

 足を失い、さらに体勢を崩したところにアーチャーによる追撃が行われる。彼が手を掲げた先に黒い粒が複数出現し、それは黒い流星となってバーサーカーの体を貫いた。

 

「グラ゛ア゛ア゛ァ゛ァァァァーーー!!!」

 

 その瞬間、バーサーカーの周囲は炎で包まれ、近づくことをできない灼熱が辺りを襲う。しかしアーチャーの追撃は止まらない!

 

「まだまだ行くぜ……暴王の月(メルゼズ・ドア)!!」

 

 人の体をすっぽりと包み込む程の黒い球体が二つ現れ、()()()()()()()()()()()()()()。バーサーカーも巨大な炎の塊を新たに作り出し、それらは二つの月と衝突した。

 それは相打ちとなり、立っていられない程の凄まじい衝撃が離れていても伝わってきた。蒸気が立ち上る中、バーサーカーの姿が現れる。

 

「本命はこっちだ……!」

 

 意表を突かれたのか、背中からの奇襲にバーサーカーは気付かない。アーチャーの黒い円盤がその無防備な体を切り刻み、三つ目の月がついに全てを消し飛ばした。

 

 

 

「やったか……!?」

 

「……そう簡単には行かないようね」

 

 バーサーカーの姿が見えなくなって私たち四人を安堵の空気が覆う中、それを嘲笑うかのように銀髪の少女が再び姿を見せる。

 その背後に狂気の魔人を引き連れて。

 

「へぇ……やるじゃない、凛のアーチャー。まさかバーサーカーに傷をつけるなんて。ほんのかすり傷だけど」

 

「そ、そんな馬鹿な……!」

 

「えぇ、そうね。つまらないことは早々に済ませちゃおうと思ったけど気が変わったわ。今日のところは見流してあげる」

 

 あれでダメなら正直こちらには打つ手がない。こちらとしては願っても無い……提案だった。

 

「あ、そうだ。アーチャー、またバーサーカーと遊んであげてね。あんなに嬉しそうなバーサーカー、初めてだったんだから」

 

 そう言い残すとアインツベルンはこちらに背を向けて踵を返す。辺りには嵐が過ぎ去ったかのような痕跡と静けさが残っている。

 そして、それとは比較にならない大きな傷が私たちの中には刻まれた。

 

 




 この対決が書きたくて構想を練り始めた感ある。でも全然上手く書けない。悲しい。
 次回から二週間ごとの投稿になります。


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