スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者 (ナタタク)
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第1話 幻肢痛

「くっそー、どうして当たらねーんだ!」

「迎え撃て!俺たちがやられたら、地球は…うわあああ!!」

「ジェームズ!?ぐおおおお!!」

冥王星の宙域で、航空機やモビルスーツがガミラスの航空機、ツヴァルケと戦艦シュバリエルやデストリアの攻撃によって、次々と炎の花とかしていく。

現在、この宙域にはガミラスとの8年にわたる戦いを生き延びた艦隊が集結し、もはや地球には残った艦隊はほんのわずか。

つまり、この戦いは地球の命運をかけたものとなる。

だが、モビルスーツを上回る運動性を誇るツヴァルケと頑丈な装甲で攻撃を受け付けないシュバリエルに対して有効打を与えることができない。

「イェーガー!?くっそぉ、ガミラスめ!!」

次々と撃墜されていく仲間を見て、1人のパイロットが怒りを込めて操縦桿を握りしめる。

彼が所属する第25部隊は地球連邦軍月面最後のモビルスーツ部隊であり、この戦いに備えて、当時では新型の量産型モビルスーツであるジャベリンが回されていた。

だが、対艦攻撃にはうってつけであるショットランサーではガミラスの戦艦に傷をつける程度の威力でしかない。

そして、数で上回る航空機に対しては背後を取られたら詰みとなるし、戦艦のミサイルや主砲をビームシールドで防ぐことができない。

噂によれば、少数量産されているガンダムF91であれば、少なくとも攻撃次第でガミラスの戦艦を撃沈できるというが、今のご時世での上層部の判断はモビルスーツよりも戦艦や航空機を重点に置くのがベストとのことで、モビルスーツへ回される予算は年々減少している。

「全機!キリシマより伝達!!これより冥王星から撤退せよとのことだ!!お前ら、急いでキリシマに…!!」

爆発音と共に隊長機との通信が途切れる。

隊長機がいた場所を見ると、そこには爆散したばかりのジャベリンの残骸が漂っていた。

「た、隊長!!うわああ!!」

それに気を取られていた彼の機体にも激しい揺れと爆発が発生する。

真上からのツヴァルケによるミサイル攻撃を受けてしまったためだ。

両腕と頭部を失い、戦闘能力を失ったジャベリンではもはやどうしようもない。

「ちく…しょう…!ガミ、ラス…め…!」

カメラが壊れ、全周囲モニターがブラックアウトする。

コックピットがへしゃげ、全身から激痛を感じ、バイザーにも血がついている。

「親父…おふくろ…百合…」

薄れゆく意識の中、彼は家族の名を口にする。

ガミラスによる遊星爆弾攻撃を受け、家族も友人もすべて失っていた。

このまま死ねば、会いに行けるのかと考えてしまう。

ゆっくりとまだかろうじて動く右手を伸ばしながら、彼は意識を手放した。

 

「…ジさん。ソウジさん!!」

「ん!?はあ、はあ…ああ、チトセちゃんか…」

フライトジャケット姿のまま眠っていた彼は自分を起こしに来た女性に目を向け、タオルで顔についた汗を拭く。

ジャケットの左肩のあたりには彼が所属していた第25部隊のエンブレムが刻まれており、ベットのそばにある机には愛用のサングラスが置かれている。

なお、自分をおこしに来た女性はここに所属している兵士たちの要望によって露出度の高い私服で軍務についている。

巨乳なうえにそのような服装には普通の女性であれば恥ずかしがるはずだが、彼女の場合はあまり気にしていない模様だ。

「チトセちゃんか…じゃないですよ。もうすぐ集合時間ですから、急いで支度してください!」

「はいはい、相変わらずチトセちゃんはまじめだなぁ」

「相変わらずって、まだ会ってから3日しか経ってません!まったくもう…」

上官の軽口にあきれ果てたチトセは先に部屋から出ていく。

1人になった彼はびしょびしょになったタオルをかけ、ジャケットとシャツを脱ぐ。

「…ああ、叢雲総司。夢のせいか、すっかりびしょびしょになってるなぁ…」

毎日のように見る夢のせいか、いつも起きた時は汗でびっしょり濡れていて、不快感を感じながら1日を始めている。

体には数多くの傷跡が残っており、今では痛みを感じることがないが、夢の中で自分の機体がダメージを受けたときには目覚めるまでずっとあの時の痛みがよみがえってくる。

汗を拭き、シャツとジャケットを着て、サングラスをかける。

(もうすぐ1カ月たつってのにな…)

ソウジは夢の中での戦い、あの冥王星での戦い、メ号作戦からこれまでのことを思い出す。

大破した自分のジャベリンはそのまま冥王星宙域をただよい、偶然にも撤退していたキリシマによって回収された。

発見され、救助されたときは全身傷だらけで、生きているのか死んでいるのか全く分からないありさまだったという。

だが、軍医による懸命な治療によって回復し、そこで25部隊が自分を残して全滅したことを知った。

モビルスーツもすでに廃棄処分され、25部隊が存在した証として残ったのはこのジャケットだけとなった。

そのあと、航空機のパイロットへの転換が余儀なくされ、1週間の訓練ののち、月面特殊戦略研究所防衛隊へ、そして3日前にこの第三特殊戦略研究所防衛隊に『ERS-100』というシステムが入った端末とともに転属することとなった。

驚いたのはその防衛隊のメンバーが実戦経験ゼロの如月千歳という女性のみだということだ。

ガミラスとの闘いで多くの兵や将校を失った地球連邦軍にはほとんど余力が残されていない今、短時間の訓練だけを済ませて即配属というのがよくある話となっている。

だが、話で聞くよりも実際に見るほうが驚きが大きいもの。

実戦経験ゼロで大した訓練もしていない兵士1人だけの防衛隊とはさすがのソウジも驚きを隠せなかった。

一応、訓練では優秀な成績を見せているというのは所員曰く。

「さあ…行くか」

早く集合場所へ行かなければ、またチトセに怒られる。

先輩として情けない姿を見せたくないなと思い、ソウジは部屋を出て行った。

 




機体名:ジャベリン
形式番号:RGM-122
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:14.5メートル
全備重量:16.5トン
武装:頭部バルカン×2、ビームサーベル×2、ビームライフル、ビームシールド、ショットランサー×2
主なパイロット:叢雲総司、25部隊

地球連邦軍のメ号作戦時点における最新鋭の量産モビルスーツ。
かつてのクロスボーン・バンガードによるコスモ・バビロニア建国戦争で猛威を振るったデナンシリーズの武装であるショットランサーをミサイル機能を加えたうえで搭載しているのが特徴で、これは従来のモビルスーツの火力では傷一つ負わせることのできないガミラスの戦艦を攻略するための武装となっている。
しかし、初めてそれが実戦配備されたメ号作戦において、それはガミラスの戦艦に対して傷しか与えることができず、全機撃破された。
地球連邦軍月面最後のモビルスーツ部隊である25部隊の全滅もあり、このモビルスーツを最後に地球連邦軍はモビルスーツの量産を完全に打ち切ることとなった。


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第2話 船出前の戦い

―第三特殊戦略研究所外、大和の残骸前-

 

「いよいよ、ヤマトは出港か…」

研究所近くにあるヤマトの残骸を見ながら、ソウジはそれに向けてビールで乾杯する。

ただし、これから軍務があるため、中身はただの水になっているが。

昨日、すべての地球や月、火星、及び生き残っているコロニーにイズモ計画の破棄、並びに波動エンジンという新型エンジンを搭載した、恒星間航行可能な宇宙戦艦ヤマトを使い、1年以内にイスカンダルへコスモリバースシステムを受け取り、地球へ帰還するという新たなプロジェクトが発表された。

イズモ計画とは、遊星爆弾によって大気が人類や地球の動植物にとって有害なものとなった地球を捨て、それの代わりとなる新たな惑星を探し、生き残った人々を入植させるというものだ。

ただし、メ号作戦の英雄として賞賛を集めている元キリシマ艦長であり、ヤマト艦長である沖田十三自らがそれの破棄を宣言した。

それと同時に、メ号作戦がイスカンダルからの使者を迎えるための陽動作戦であったことが判明し、そのメッセージの中にイスカンダルの女王であるスターシャが波動エンジンを搭載した艦でイスカンダルへ来たら、地球を再生する機会であるコスモリバースシステムを渡すという言葉があることが公表された。

しかし、イスカンダルへは地球から16万8000光年の距離がある。

人類が生存することだけを考えたら、イズモ計画のほうが現実的で、現に地球連邦軍上層部が強く推進してきた。

だが、地球を取り戻せる可能性が見えたことにより、上層部は地球再生を求める声を無視できなくなった。

だから、二つ返事でヤマトによるイスカンダルとの往復を容認したのだろう。

ちなみに、イスカンダルからの使者は1年前にも訪れており、その使者から贈られた資料を基に、波動エンジンが作られている。

「にしても、チトセちゃん…。元気になっただろうかな…」

ヤマトによる1年がかりの合計33万6000光年の旅に際し、沖田はイズモ計画のために訓練された兵士たちを連れていくことを決定している。

チトセは地球を救う力になりたいとヤマトの乗員に志願したものの、拒否されている。

実戦経験がなく、雑務しかこなしていない兵士を連れていくわけにはいかないとのことだ。

イズモ計画のメンバーは皆、通常の兵士の数倍以上の訓練を受けているため、たとえ自分が志願したとしても、彼らにはかなわないだろうとソウジは感じている。

だから、自分はヤマトが帰ってくるまでできることをしようと考え、チトセにもそうアドバイスした。

そして、今できることはヤマトを見送ることだ。

休暇をもらったため、文句を言う人はだれもいない。

「ま、彼女には底力がある。きっと大丈…!?」

急に目の前のヤマトの残骸の周辺、及び研究所付近で爆発が起こる。

爆発に巻き込まれないよう、伏せながらソウジは上空を見る。

「く…よりによってガミラスかよ!?」

上空にはガミラスの対地用航空機であるメランカ4機が飛行し、ミサイルを発射している。

(こんな何もないような場所に航空機をただ飛ばすだけっというほどガミラスは馬鹿じゃない!目的は…!)

ソウジの脳裏に遊星爆弾の姿が浮かぶ。

少数の航空隊による攻撃はあくまで露払い。

本命は地球を改造するために冥王星から打ち込む遊星爆弾。

地球とコロニーに住むあまたの人々の命を奪った悪夢の兵器。

「そうだ…チトセちゃんや研究所の奴らは…!!」

このままではここが危ないとソウジは急いで炎に包まれた研究所へ走る。

 

―第三特殊戦略研究所-

 

ミサイル2発をモロに食らったせいで、自分が使う航空機のある格納庫を含めてほとんどががれきの山と化していて、その中には研究員の死体が見える。

「くそ…俺の機体がこれじゃあ、みんなを…」

「ソウジさん!!」

「チトセちゃんか!?大丈夫か!」

格納庫からチトセらしき声が聞こえ、急いでそこへ向かうと、航空機の残骸の下に隠れた状態のチトセの姿があった。

「ソウジさん!ほかのみんなは…!」

「あいつらは…」

チトセに対して、ソウジは何も答えることができなかった。

研究所にいる人員は自分とチトセを含めて8人。

チトセを見つけるまでに見た死体の数は6人。

つまり、生き残ったのは自分たちだけということになる。

「くそ…!ガミラスの野郎、好き勝手やりやがって!」

家族、友人、恩師、仲間…。

そのすべてをガミラスによって奪われたソウジの怒りがこみあがる。

そして今、チトセの仲間を皆殺しにした。

(俺に力があれば…!これ以上、何も奪わせない力が!!)

「ソウジさん…あそこ…!!」

ソウジのジャケットを引っ張り、チトセが格納庫の南側にある、まだ機能が死んでいない自動ドアを指さす。

航空機の整備のため、ソウジとチトセは何度も格納庫を行き来していたが、この扉は今まで見たことがない。

そして、2人とも操作しておらず、接近したわけでもないのに扉が開いた。

「おい、チトセちゃん…なんだよ、こいつ…」

「そんな、モビルスーツを持っているなんて聞いたこと…」

扉の向こうにある黒いモビルスーツらしき人型兵器を見たソウジとチトセは困惑する。

確かに所長から、この研究所の戦力は1週間前にソウジが持ってきた自分の航空機だけだと説明されていたし、研究しているのはERS-100だけとも聞いた。

モビルスーツを研究しているとは一言も聞いていない。

「もしかしたら、重要機密だったのかもな。だが…!」

自分たちに伝えられていないということは、重要機密かここの誰かがひそかに研究していたものかもしれない。

しかし、ガミラスからチトセとどこにいるかわからない希望を守るにはそれが必要だ。

それを守れるなら、軍法会議でも何でも受けてやる。

そう決心したソウジは人型兵器の前に立つ。

すると、再びあの自動ドアと同じようにコックピットが開いた。

「こりゃあ…」

コックピットは広々としており、全周囲モニターとリニアシートが完備されている。

パイロットスーツなしでも問題なく扱えるものの、気になったのはもう1つのリニアシートだ。

なぜかパイロット用のリニアシートの後部に置かれており、まるでもともと単座型だったのを複座型に強引に改修したようにも見えた。

「チトセちゃん、悪いが君はサブシートに乗ってくれ!俺がパイロットをやる!」

少なくとも、ソウジはモビルスーツでの戦闘は2年前の木星戦役のころからこなしており、キャリアはチトセよりも上だ。

モビルスーツと思われるこの人型兵器を使うとしたら、少しでも経験のある人間がパイロットを務めるべきだろうと考えた。

だが、問題はサブシートの配置だ。

「ええっ!?…ああ、もう!!仕方ありません!!」

再び起こった爆発の揺れから、もう一刻の猶予もないことを悟ったチトセはやむなく同意し、2人でコックピットに乗り込む。

パイロットシートに座ったソウジが上を見上げると、チトセの姿が見え、まるでソウジがチトセを肩車しているような状態だった。

「おお、チトセちゃん、胸大きいんだな」

真下から上を見上げているため、チトセの胸の大きさをより間近で見ることとなったソウジがそう漏らすと、チトセの顔がトマト以上に真っ赤になる。

「もう、見ないでください!!サ、サブシートからはサブアームの操作と出力の調整が行えます!!」

「了解だ。操縦は任せとけ!で、こいつの名前は…ヴァングレイ?」

コックピットが閉まると同時にパイロットシートの前に現れたコンソールを見たソウジはそれに表示されている名前を口にする。

(グレイが灰色で、ヴァンが英語で車、フランス語でワイン…。灰色の車って意味か??)

そんなことを考えている間に、格納庫の真上に設置されたハッチが開き、外の景色があらわとなる。

「ソウジさん!」

「ま…考えていても仕方ねえ。ヴァングレイ、借りるぜ!!おわぁっ!!」

スラスターに火が入り、急激に速度を上げながら上空へ飛び出す。

体を襲うGで体に痛みを覚えながら、チトセは必死にコンソールを操作する。

(この出力じゃ、私たちがきつい!落ち着いて、訓練は本番のように、本番は訓練のように…!!)

 

―大和の残骸前―

「なんだ!?地下から増援の機体だと!?」

メランカの1機が熱源反応を探知し、驚きながらその場所へと向かう。

到着すると同時に、その場所の地面が爆発したかのように吹き飛び、そこからヴァングレイが姿を現す。

右手に装着されたレールガンが発射され、思わぬ事態に動揺したメランカを炎の華へと変えた。

「あ、当たった…!?」

「今のがレールガンか…」

いきなりのことだったが、敵機の撃破に成功し、サブパイロットであるものの、初めての敵機撃破にチトセはうれしさを感じた。

「なんだ?この武器庫に手と足をつけたようなヘンテコな人型兵器は!」

「テロン人の考えることは分からん!だが、早々に撃破しろ!!」

「了解!」

奇妙な人型兵器の登場に首をかしげたものの、その機体に仲間を倒されたことに怒った3人がヴァングレイに向けて機銃を撃ちながら接近する。

「おわああ!?」

機体を横にわずかにそらして回避しようとしたが、なぜか大きく左へ飛んでしまい、あやうく岩に激突しそうになる。

なんとかサブスラスターを使って体勢を立て直すが、出力と機体そのもののバランスの悪さのせいでそれだけでも一苦労だ。

「へっ…どうやら、相手は機体に慣れてねえようだなぁ!!」

このまま正面からミサイルで仕留めようと1機のメランカが正面から接近してくる。

両手のレールガンでは6発のミサイルや機銃をさばききれない。

「チトセちゃん、こいつの武器はほかにないか!」

「待ってください!!ええっと、ここを見れば…」

出力調整を終えたチトセがコンソールを動かし続けていると、ヴァングレイの姿が表示され、武装となる部分が青く光る。

「おお、いいのがある!こいつで!!」

両肩の砲身が動き出し、それが接近するメランカに向けられる。

チトセによって誤差の修正が行われた状態でそれらからビームが発射される。

ビームはミサイルを貫き、そのままメランカの両翼を貫いた。

「何!?く…ガーレ、ガミロン!」

自分の死を悟ったメランカのパイロットはガミラスの栄光を叫びながら地面に墜落し、機体と運命を共にする。

「お、失敗作かと思ったら、中々使えるじゃねえか、ヴァングレイ!どうせこんな世の中だ…ちょっとはスリルのある機体を…」

「ソウジさん!まだ2機残っています!」

 

―宇宙戦艦ヤマト 第一艦橋内-

「なんだ、あの人型兵器は…」

戦術長としてヤマトのクルーとなった古代、そして航空隊長の加藤がヤマトの残骸の周りで戦うヴァングレイに驚きを感じている。

ここの近くに研究所があることは知っていたが、モビルスーツがそこにあるとは聞いたことがない。

形状はともかく、機動力と運動性はかなりのもので、あのガミラスの戦闘機と対等に渡り合っている。

「すごい…また1機落としたぞ!」

「あのモビルスーツの援護を無駄にするな。発信準備を急げ!観戦している暇はないぞ」

艦長席に座る沖田の一声でクルーの気が引き締まり、黙々と発進準備を進めていった。

 

―大和の残骸周辺―

「よし!あと1機だ!!」

レールガンでメランカを撃墜したソウジはすぐに最後の1機を探し始める。

すぐにその機体を発見することはできたものの、その場所はヴァングレイの真後ろであり、さらにその機体はリミッターを解除しているのか、ほかの3機とは比べ物にならないスピードでこちらに迫っている。

接近しているにもかかわらず、ミサイルを発射していないことから、敵のやろうとしていることが瞬時に分かった。

「特攻!?」

「母艦に帰るだろ、普通!!」

おそらく、こういう航空機には帰るための母艦が近くにあるはずだ。

すでに仲間をすべて失い、1機だけで勝てるはずがないと分かれば、帰って味方に報告するはずだ。

だが、この機体は帰ろうとせず、さらにリミッターを解除し、ヴァングレイと刺し違えようとしている。

敵のパイロットの事情は分からないが、このように命を粗末にするような行為をソウジもチトセも許せなかった。

「だが…俺たちはここで死ぬ気はねえ」

背面に懸架している大型の陽電子衝撃砲を右腕に装着させたソウジは振り向きながら銃口をメランカに向ける。

「ソウジさん!このポジトロンカノンの弾速なら!!」

「恨むなよ…そこの航空機のパイロット!!」

最後の願いをかなえさせることができないことを詫びながら、チトセが照準補正を済ませたポジトロンカノンを発射する。

レールガンや腕部のビーム砲を上回るスピードで、球体型に圧縮されたビームがメランカに命中する。

そこを中心に、圧縮されたビームが爆発するかのように膨らみ、メランカをパイロットごと蒸発させていった。

「…ポジトロンカノン、冷却します」

「ああ、頼む…」

チトセの操作で、ポジトロンカノンの砲身の強制冷却が始まる。

計算が正しければ、5秒で冷却が完了し、そのあとで元の場所に戻るようだ。

「さて、あとは…」

ヤマトを探そうと、メインカメラの操作を始めようとすると、新しい熱源反応を2つ感知する。

「熱源!?まさか…あれから!!?」

熱源は大和の残骸から発せられていて、もう1つはその残骸に向けて飛んでくる遊星爆弾だった。

遊星爆弾は並みの兵器では破壊できない強度であるだけでなく、たった1発で都市を一つ破壊できるほどの威力で、さらに同時にばらまかれる惑星改造用植物の種子によって大気が汚染されてしまう。

下手に破壊してしまうと、人類滅亡の手伝いをすることとなってしまう。

「くそ…チトセちゃん!さっきのポジトロンカノン、発射できるか!?こいつに威力なら、爆弾を蒸発させることも…!」

「駄目です!冷却完了と粒子圧縮まであと30、いえ20秒時間がかかります!」

「発射までのタイムラグ込で24秒ってとこか!くそ…!」

あの爆弾の速度だと、あと20秒で地表と接触・爆発する。

自分たちが生き残るためには、ビーム砲で破壊するしかないのか。

そんなことを考えていたら、大和の残骸にひびが入り始める。

「大和の残骸が…!まさか、あのヤマトっていうのは!!」

残骸が粉々に砕け散り、その中からその残骸に似た構造で、灰色が基調の戦艦が出現・離陸を始める。

今までキリシマやユキカセのような戦艦しか見たことのなかったソウジにとって、その無骨な大艦巨砲主義の戦艦がまるで地球を救うために太平洋戦争の時代からタイムスリップをした大和に見えて仕方なかった。

「あれが…人類の希望…」

その戦艦の勇姿にチトセが見とれる中、宇宙戦艦ヤマトは遊星爆弾に向けて主砲を発射した。




機体名:ヴァングレイ
形式番号:AAMS-P01
建造:第三特殊戦略研究所?
全高:16.4メートル
全備重量:28.2トン
武装:電磁加速砲「月光」、可変速粒子砲「旋風」×2、大口径陽電子衝撃砲「迅雷」、多連装型ミサイルポッド「鎌鼬」×2、脚部ミサイルポッド×2、小型シールド、サブアーム×4
主なパイロット:叢雲総司(メイン)、如月千歳(サブ)

第三特殊戦略研究所で開発されたと思われる対異星人戦用試作機動兵器。
高機動、重装甲、高火力といった異なる三つの要素の並立をコンセプトとしており、ガミラスの航空機や戦艦を同時に相手にできる設計となっている。
しかし、実際は既存のフレームにありあわせの装備をとりあえず付けた程度の急造品であり、手足はあるものの腕がないことから、モビルスーツに分類されるかどうかも難しい。
各種パーツの耐久性、パイロットへの負担、そしてバランスの悪さから完成度の低さがうかがえる。
なお、コクピット周辺は全方位モニターやリニアシートを採用しており、パイロットスーツ無しでも問題ないが、なぜかサブシートがメインパイロットシートの後ろについており、メインパイロットがサブパイロットを肩車しているような構造となっている。
また、精密な動作が可能なサブアームが搭載されており、パーツやサブパイロットがいれば、簡単な修理や部品の組み立てを行うことができるらしい。
この機体の存在は同研究所防衛隊員であるチトセも把握しておらず、ソウジは研究所の所長が勝手に作ったか、重要機密の兵器と予想している。


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第3話 火星での出会い

活動報告に、アンケートがありますので、興味がある方は確認してください。
この小説に関するものです。


-ヤマト 応接室-

「ということは…あなたたちはヤマトからの受信した命令文に従い、ヴァングレイと共にヤマトに乗り込んだ、ということですね?」

「だから、最初から言ってますよ!私たちは!!ヤマトの命令に!!従っただけです!!やましいところは何一つありません!!」

応接室で、保安部の兵士たちの監視のもと、ソウジとチトセは保安部のリーダーである伊東及びその部下である星名からの尋問を受けていた。

ヴァングレイがヤマトの開けたハッチの中に入り、待っていたのはコスモゼロやコルモファルコンが中心の航空機と、銃を持った保安部の兵士たちだった。

二人そろって伊東に拘束され、今こうして尋問を受けている。

「それにしても、出会って初めてのセリフには笑ってしまいましたよ。まさか…この時代に『パーレイ』、とは…ククク!」

「それを言ったら、艦長と交渉できるし、その間は手出しされない…って、映画で」

「なんの映画を見たんですか!?ソウジさん!!」

チトセの頭の中で想像できる、ソウジが言っている映画とは、おそらく大昔にディズニーが作った某海賊映画だろう。

だが、パーレイは海賊だけのルールであり、軍隊には意味がない。

(あの時、ソウジさん…自信満々で俺に任せろって言ってた結果がこれ!?ああーー本気で信じてた私のバカ、バカぁ!!)

銃を持つ保安部の兵士たちをヴァングレイのモニターで見たとき、チトセを落ち着かせようとソウジは笑って彼女の肩に手を置き、「俺に任せろ」と言ったため、本気でどうにかしてくれると思ってしまっていた。

その手段がパーレイ…。

彼女にとって、この一連の出来事がもはや黒歴史と化していた。

「では、次の質問を…」

「伊東部長、艦長より伝言です」

「艦長から…?」

糸目をゆっくりと開き、じっと伊東に声をかけた兵士に目を向ける。

にらみつけているように見えるその眼におびえながら、兵士は艦長の命令を口にする。

「叢雲総司三尉、及び如月千歳三尉の身柄は古代戦術長預かりとする。保安部は今回の件について、手出しは無用とのことです」

「…了解。では、これで取り調べは終わらせてもらいます」

伊東は星名と共に応接室を後にし、入れ替わるように古代が入ってくる。

「戦術長の古代だ。手荒な真似をしてしまって済まない」

(彼が古代進…。兄貴のほうがユキカゼの…。若いな)

ソウジにとっての古代の第一印象はそれだった。

イズモ計画のため、訓練を受けていたとはいえ、若干20歳の兵士がこのような役目を背負っている。

いや、背負わなければならないほど地球が追い詰められているという現実を改めて感じさせられる。

「で、戦術長。俺らはこれからどうなるんです?」

「そうだな。まずは君たちの決意を聞きたい。ヤマトに乗り、イスカンダルまでの長い往復の旅をやり遂げる決意があるかどうか…」

「あります!!地球を救うために、まだできることがあるというなら、私は何でもやります!!」

ソウジよりも先にチトセが必死に自分の思いを古代に訴える。

確かに自分は訓練を受けた兵士たちと比べると実力は程遠いかもしれない。

だが、地球を救うという思いはだれにも負けない。

そう訴えたかった。

「…わかった。では、叢雲は?」

「俺は…戦うことしか能のない男だからな。そんな俺でも地球のために何かできるってんなら、やらないと男が廃るってもんです」

「了解だ。まずは格納庫へ一緒に来てくれ。君たちが乗っていたヴァングレイを現在、副長である真田三等宙佐が調べている」

「了解です」

古代に連れられ、2人は応接室を後にする。

彼らの後姿を伊東と星名は廊下でじっと見ていた。

「…随分とあっさり釈放されましたね」

「おそらくは、別ルートからのお仲間と考えられる」

「では…!」

「火種は多ければ多いほどいい、ということだ」

怪しげな笑みを浮かべつつ、伊東はソウジとチトセをじっと見つめていた。

 

―ヤマト 格納庫-

「真田副長、叢雲三尉と如月三尉を連れてきました」

格納庫に到着した古代は整備兵たちの怒号が響く中で、淡々と新見と共にヴァングレイの調査をする真田に声をかける。

古代の声が聞こえたのか、ゆっくりと真田は振り返る。

「ご苦労だったな、古代。副長の真田だ。新見一尉とヴァングレイの調査をしている」

「情報長の新見薫一尉です。よろしく」

真田の声に反応した新見はすぐに真田の隣に立ち、自己紹介する。

「こちらこそ、よろしくお願いします。叢雲総司三尉です」

「如月千歳三尉です。どういう経緯であれ、ヤマトの一員となれたことを誇りに思います!」

2人は敬礼し、真田と新見に自己紹介する。

そのあとで、すぐに真田は口を開いた。

「艦長と身柄を預かった戦術長の判断だ。艦長は君たちの機体に興味を持たれたらしい」

「興味…?このトンデモモビルスーツモドキに、ですかい?」

「危険性がないか調べましたが、問題はありませんでした。おそらく、優秀なOSのおかげでしょう。しかし…このような機体の開発計画は聞いたことがありません」

「ということは、許可なく作ったカスタムメイド機、と判断するのが妥当だろう」

「カスタムメイド…か」

ヴァングレイを見ながら、ソウジはつぶやく。

どうやら重要機密ではないかという心配は杞憂に終わりそうで、許可なく作ったと思われる研究所所長はもうあの世へ行っている。

となると、自分たちが引き続き使う、ということになるだろう。

「でも、すごかったですよ。2人で動かす必要があるんですが、高出力に高機動、おまけに精密な作業が可能なサブアーム。至れり尽くせりでびっくりしました。これなら、ガミラスの戦艦も破壊できますよ」

「僕たちはこの機体に感謝しないといけないかもしれないな。この機体がいなければ、ヤマトを発進させることができなかったかもしれない」

「にしても…」

「どうした?」

「いや、どうもこの船には日本人しかいないなーって思ったんで」

格納庫へ行くまでの間、ソウジは保安部を含めて通りかかる兵士たちの姿を見ていたし、格納庫に到着した際にも遠目ではあるが、整備兵たちを見ている。

いるのは日本人の兵士ばかりで、アメリカ人やアフリカ人といった外国人の兵士の姿が見えなかった。

イズモ計画時には他国の兵士も訓練に加わっていることはソウジ達も耳にしている。

「地球連邦軍、といっても、一枚岩ではないからな」

真田の言う通り、地球連邦軍は各サイドのコロニーと地球に存在する東アジア連邦、太平洋連邦、ヨーロッパ連邦にオセアニア連邦、アフリカ連邦、東南アジア連邦、中東連邦など多くの連邦とサイドによって構成された、複数のNATOが一つになったような軍隊だ。

連邦政府も各国の政治家たちが集まっており、連邦同士で対立が続いている。

ガミラスの襲来により、その対立はある程度収まっているものの、その中でも自国の力を広げようとする輩が存在する。

イズモ計画には日本が所属する太平洋連邦とヨーロッパ連邦、東南アジア連邦が主導し、沖田によるイズモ計画破棄の宣言で、ヨーロッパ連邦は離脱を宣言した。

また、日本を除く各国はイスカンダルからのメッセージを懐疑的に見ており、参加はするものの兵士は送らない、という立場を示した。

また、とある連邦がヤマトが日本の軍国主義の再来だというネガティブキャンペーンを性懲りもなく仕掛けたが、世界中から袋叩きにされたという話があるが、真偽は定かではない。

その結果、ヤマトのクルーは日本人だけという異例の事態となった。

といっても、参加国はヤマトに物資の提供を行っており、発進のためのエネルギーを送ってくれている。

特に隣国である台湾はビデオメッセージも込みでヤマトを激励した。

「まぁ、地球を救いたいという思いは全員同じ。そういうことにしておけ」

「んまぁ、そうですね…」

「話は変わるが、ヴァングレイには特殊なパイロット認証システムがある。そのため、叢雲三尉と如月三尉以外の人間は動かすことができない。時間があったら、解析を手伝ってもらう」

「了解です。今となっちゃあ、ヴァングレイは俺の相棒そのものなので」

「私たちの相棒ですよ、ソウジさん!」

「お前たちか、ヴァングレイというモビルスーツモドキのパイロットは」

格納庫に、今度は航空隊の兵士2人が入ってくる。

彼らも古代に呼び出されたのだろう。

「は、はい!あなた方は…」

「航空隊隊長の加藤三郎二尉だ。一応、2人は俺たち航空隊の一員、ということになった。モビルスーツには俺も乗ったことがある。航空機中心の此方では規格外だが、ある程度はできるつもりだ」

「同じく、副隊長の篠原弘樹三尉だ。よろしくな」

「叢雲総司三尉です。光栄で、あります!」

「如月千歳三尉です。未熟な新米ですが、よろしくお願いします!」

2人の敬礼に応えるように、加藤と篠原も敬礼をする。

そして、篠原はじっとチトセを見る。

「君、元気でかわいいねえ。チトセちゃんって呼ばせてもらってもいいかな?」

「そいつは無理な相談だな。なんたって、チトセちゃんは俺のパートナーだからな」

ナンパしようとする篠原の前に立ったソウジが笑いながら篠原に対抗する。

「それに、チトセちゃんは1週間前に出会って、まだまだガードが堅い。これじゃあ攻略は…」

「お前ら…そろって航空隊の恥をさらすな!!」

 

-ヤマト 主計科作業室―

「やれやれ…いきなり加藤隊長のカミナリを受けて、今やってるのは書類整理か…」

「文句言わないでください。それに…自業自得です!」

ソウジと篠原のナンパで怒っているチトセは慣れた手つきで艦内工場で生産する弾薬の数が書かれた書類を完成させ、印刷する。

そして、艦内で生産される食糧の使用スケジュールについて料理長らと相談するために部屋を出ていった。

現在、ソウジとチトセはこのように主計課の仕事をしている。

航空隊では規格外であるヴァングレイをどのように作戦行動で使用するかがまだ検討中であり、おまけにその機体自体まだまだ分からない部分が多いということから、当面は主計科の仕事の手伝いもすることになった。

「おお、チトセちゃん。いいペースだな…。にしても痛いぜ…加藤隊長のゲンコツ…」

カミナリが落ちた後、2人は仲良く加藤のゲンコツを受けることになり、篠原はそのまま加藤に連行された。

ちなみに、殴った本人も拳を怪我したらしく、現在は医務室で原田という女性衛生士から治療を受けているとのこと。

また、これは噂であるが、とある少年兵軍団の群像劇の漫画が気に入っており、航空隊に刻まれた赤い花を模したエンブレムはその漫画の軍団のエンブレムをモチーフとしたもので、ゲン担ぎのためらしい。

現在、ヤマトは火星に到着している。

火星のアルティニア基地跡地に残されている部品を回収し、未完成のままであるワープ機能を完成させるためだ。

一度はテラフォーミングされ、人々が居住していた星だが、ガミラスの攻撃によって、その大部分の人々が地球へ疎開することとなった。

だが、そのあとで今度は地球が遊星爆弾で大きな被害を受けたため、今度は地球から火星へ逃げ込むという事態が発生しており、人の入れ替わりの激しい場所となっている。

「そういえば、玲ちゃん。火星出身だったな…」

火星生まれの特徴は浅黒い肌と褐色に近い白の髪、赤い目だ。

主計科の一員である山本玲はそれらの特徴を持った、典型的な火星出身者だ。

ナンパしようとしたが、加藤とチトセの目が怖かったため、断念している。

「さて…そろそろ仕事に…」

「叢雲!!ここにいたか!!」

急に扉が開き、加藤が姿を見せる。

「げぇ!?加藤隊長…いや、もう玲ちゃんについてのお叱りは既に…」

「バカ野郎!木星帝国の残党が攻撃を仕掛けてきた!如月は既にヴァングレイに乗って、待機しているぞ!」

「了解!木星帝国…まだ地球潰しをあきらめていなかったのか!?」

木星帝国は2年前、総統であるクラックス・ドゥガチの元、地球への核攻撃を行っている。

その時は宇宙海賊であり、かつてコスモ・バビロニア建国戦争で地球連邦軍と戦った私兵組織であったクロスボーン・バンガードが木星圏、及び地球圏で行動し、その攻撃を阻止したうえ、ドゥガチは死亡した。

ソウジら月面25部隊も地球圏におけるドゥガチの核攻撃阻止の作戦に参加しており、その時に見たドクロの付いたモビルスーツ部隊を今でも覚えている。

だが、これで木星帝国軍が全滅したというわけではなく、ドゥガチの地球潰しを今でも行おうとする一部の木星帝国軍が地下へもぐり、ひそかに準備を進めているらしい。

(ガミラスだけでも大忙しだってのに…。木星帝国め!!)

ソウジは作業室を飛び出し、加藤と共に格納庫へ向かった。

 

-火星 アルティニア基地跡地-

「ジーク・ドゥガチ!ジーク・ジュピター!!ドゥガチ総統の理想をかなえるためにも、ヤマトを撃沈させろ!!」

アルティリア基地を占拠した木星帝国の量産モビルスーツ、バタラやペズ・バタラ、カングリジョといったモビルスーツ部隊がヤマトに攻撃を仕掛ける。

だが、バタラとペズ・バタラのビームライフル、そしてカングリジョのメガ粒子砲をヤマトが展開する青い光の膜が受け止めていく。

「艦にダメージ無し。波動障壁のおかげです」

「波動障壁、このまま稼働させた場合はどの程度持つ?」

「計算によると、20分です。また、耐久限界点を超えると、こちらにダメージが…」

「艦長!ショックカノン、及び三式弾で攻撃すれば、モビルスーツを一撃で…」

「ならん!攻撃の余波が基地に及ぶぞ」

波動障壁により、攻撃をしのぐことができているものの、基地があるせいでヤマトから攻撃を開始することが難しくなっていた。

基地のどこに部品が保管されているのかわからず、保管庫の場所がわからなければ、主砲で攻撃することができない。

「まさか…ヤマトで同じ地球人と…」

地球を滅ぼそうとした人間相手とはいえ、ヤマトで同じ人間と戦うことに古代は抵抗感を抱く。

ほかのクルーも、口には出さないが皆同じだろう。

「…我々が戦うのは魔だ」

「魔…?」

「そうだ。人の心に巣食うもの。それこそがわれらの戦うべきものだ」

沖田のいう魔、木星帝国残党にとっての敬愛すべきドゥガチのゆがんだ命令。

ガミラスにとっての地球破壊。

その魔を払いながら、これからヤマトはイスカンダルへ行かなければならない。

この木星帝国残党との戦いは、まるで古代達がその魔と戦えるのかを試すようなものだ。

「だが、ヤマトが地球最後の希望だということも忘れてはならん。自らが生き延びることを第一に考えろ!」

「…了解!」

ライフルによる攻撃では撃破が難しいと踏んだのか、ペズ・バタラがビームアックスを展開し、ヤマトに突撃をかける。

ビーム・アックスの出力はクロスボーン・バンガードが所持しているという接近戦型モビルスーツ、クロスボーン・ガンダムのビームザンバーに匹敵する。

だが、波動障壁を貼ったヤマトには無意味だ。

障壁に弾かれ、そのたびに表面装甲が焼けていくが、ペズ・バタラは何度も突撃する。

「パルスレーザーで撃ち落とせ!」

沖田の命令と共に、ヤマトの左右にハリネズミのように数多く設置されたパルスレーザーが火を噴く。

側面からの攻撃に対する守りが皆無なペズ・バタラは何条ものビームの雨を受け、バラバラに吹き飛んでいった。

 

-ヤマト 格納庫-

「隊長、航空隊の出動はまだなんですか?」

チトセと共に、ヴァングレイで待機するソウジがコスモファルコンに乗ったまま待機している加藤に通信を入れる。

(指示は出ていない)

(敵はモビルスーツなんだし、基地への被害を避けることを考えたら、俺たちの出番だと思うんですがねぇ…)

割り込んだ篠原の言葉を聞き、ソウジは沖田の思惑を察する。

「ってことは、この戦闘をヤマトの慣熟訓練に…」

「慣熟訓練?どうして??」

「ヤマトは模擬戦を行ったわけじゃないし、当然実際に戦闘に参加したこともない。シミュレーションは何度もやってるだろうが、実戦とシミュレーションはわけが違うだろ?」

「確かに…」

実戦とシミュレーションの違いは、サブパイロットであったものの、ヴァングレイで実際に戦ったチトセ自身もよく分かっていた。

 

―宇宙戦艦ヤマト 第一艦橋内-

「これは…レーダーより反応!西から…これは、モビルスーツです!?」

船務長を務める森雪が沖田達に報告する。

「木星の援軍か!?」

「いえ。これは…!!」

反応があった場所の映像がヤマトに映し出される。

胸にドクロマークがついた、X字のスラスターのガンダム。

ヴァングレイに匹敵する速度で接近し、ヤマトに気を取られていたバタラ2機のメインカメラを2丁のザンバスターで打ち抜いた。

ほかの機体の反応が向けられると、フェイスカバーを解放して強制廃熱を続けながらさらに加速し、ザンバスターをビーム・ザンバーに変化させて次々と木星のモビルスーツをガラクタの山へと変えていく。

「艦長…あれは」

その映像を見た真田はすぐにそのモビルスーツの正体に気付いた。

それは、キリシマで地球を攻撃してきた木星帝国軍と矛を交えた沖田自身も同じだ。

「胸部が変わっているが、間違いない…。あれは、クロスボーン・ガンダムだ」

「ガンダムより通信!こちら、クロスボーン・バンガードのトビア・アロナクス!貴艦の意図は理解した。これより、基地付近に点在するモビルスーツをこちらで撃破する。貴艦は基地より離れたモビルスーツ及び、艦周辺にとりつこうとするモビルスーツの撃破に集中されたし、と!」

通信長の相原義一がガンダムからの通信を読み上げる。

(木星帝国のモビルスーツ…そして、クロスボーン・ガンダム。まだ、2年前の戦いは終わっておらん…ということか…)




機体名:スカルハート
形式番号:XM-M1Kai Kai
建造:???
全高:15.9メートル
全備重量:24.8トン
武装:頭部バルカン×2、ビームサーベル(ビーム・ガン)×2、ヒート・ダガー×2、シザー・アンカー、スクリュー・ウェップ、ザンバスター(ビーム・ザンバー、バスターガン、グレネードランチャー)×2、ブランドマーカー(ビームシールド)×2
主なパイロット:トビア・アロナクス

2年前に木星帝国が地球を攻撃してきた際、敵中枢を討ち取った宇宙海賊クロスボーン・バンガードが所有するモビルスーツ、クロスボーン・ガンダムX1が改修されたもの。
胸部に刻まれたクロスボーン・バンガードの紋章は消されており、ドクロのマークが刻まれていることから、民間の目撃者からはスカルハートと呼ばれている。
可変式スラスターにより、破格の推進力を誇っており、接近戦での弱点となるダクト類は可能な限り削減され、コスモ・バビロニア建国戦争で活躍したモビルスーツ、ガンダムF91に搭載されたバイオコンピュータが内蔵されたことから、機体にかかる熱がより大きいものとなっている。
それによる熱の問題はフェイスオープンによる強制排熱システムの追加によって補っている。
なお、ヤマトの解析によると、ビームザンバーの出力はガミラスの戦艦を破壊できるレベルだとのこと。


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第4話 再びの木星

第3話でも書きましたが、活動報告に、アンケートがありますので、興味がある方は確認してください。
この小説に関するものです。


-ヤマト 格納庫-

思わぬイレギュラーの介入により、木星帝国残党の撃破に成功したヤマトの中に基地に残された資材が運び込まれていく。

「おやっさん、18番のコンテナの中に、例のパーツがありました。これで…」

「これで、ヤマトはワープできるようになる…という話じゃが、詳しいことはようわからん。わしにとっても、地球にとっても、初めての試みじゃからなぁ」

コンテナの中身を確認した、機関科の藪助治一等宙曹の報告を受けた徳川彦左衛門機関長が悩みながら答える。

彼自身、長年機関士として地球連邦軍に在籍し続けたプライドがあり、それを裏付ける経験や実績を持っているものの、このような不可思議なシステムや機能を扱うのは今回が初めてだ。

だが、ワープできなければ、地球とイスカンダルを1年で往復することはできない。

「そういえば、古代戦術長達はどこへ…?」

「ああ、彼らは…」

 

-火星 サーシャの墓-

赤い大地の中にポツリと残された、人の手で作られた墓に森が地球の地下都市で育てられた花を置く。

「ここに…サーシャが眠っているのね」

「ああ…」

古代は航海長の島大介と共に、悲しげに彼女の墓を見る。

メ号作戦の時、2人は火星でイスカンダルから来る使者の受け入れの任務を受けていた。

キリシマが冥王星から撤退する直前あたりに、イスカンダルから来たカプセルは確かにこの星に来た。

しかし、何らかの事故によってカプセルは損傷し、2人が見つけたときには使者であるサーシャは死亡していた。

彼女の手には波動コアが握られていて、これのおかげで、今のヤマトがあるといってもいい。

なお、サーシャの容姿はあまりにも森そっくりであったとのこと。

「彼女は救いの手を差し伸べてくれた。たった1人で長い旅路を…」

ヤマトの場合は、1000人近いクルーやパイロットらと共に旅をすることになる。

だが、サーシャの場合、地球ではないものの、それでもとてつもなく長い旅路をたった1人でたどっていた。

そんな彼女の勇気はとてもまねできるものではない。

「彼女に対してできることは…墓を作ることだけだった」

「その死を悼みましょう。そして…」

「必ず、僕たちはイスカンダルへ行こう。彼女の思いにこたえるためにも」

3人はサーシャの墓に対し、静かに敬礼した。

 

-ヤマト 応接室-

サーシャの墓参りを済ませた古代はスカルハートのパイロットであり、宇宙海賊クロスボーン・バンガードのエースパイロットであるトビア・アロナクス、そして同海賊が所有する唯一の艦、リトルグレイのクルーであるベルナデット・ブリエットと話をすることとなった。

ちなみに、ベルナデットは基地での戦闘中、スカルハートに乗っていて、物資コンテナの位置を特定し、ヤマトに情報を送っていた。

古代から現在の地球の情勢を聞いたトビアの表情が曇る。

「1年…ですか」

「そうだ。今、こうしている間にも地球が汚染されていき、人は…」

人類滅亡まであと1年という話だが、その1年を待たずに死んでいく人々もいる。

地下都市にこもっていたとしても、なにかしらでその大気の影響を受けることがある。

特に肺の弱い人々にとって遊星爆弾による大気汚染は致命的で、そのせいで高齢者や子供が死亡する、もしくは遊星爆弾症候群によって苦しむケースが数多くある。

あと1年ある、というのではない。

1年の間にどうにかしなければならない、というのが現実だ。

「だから、ヤマトが建造され、今動いているんですね?」

「ああ…。そして、これまでのガミラスの攻撃で多くの艦が沈んだ。今、2年前のように木星帝国が攻撃して来たら、もう防ぎようがない。トビア君…」

「トビアで結構です」

「君と彼女…いや、君たちを含めたクロスボーン・バンガードについて、聞いてもいいかな?」

古代は本題に乗り出すために、確認するように2人に尋ねる。

木星戦役のあと、クロスボーン・バンガードは行方をくらましていて、時折目撃証言があるだけで、彼らが今どこで何をしているのか、まったくわからない状態だった。

そんな彼らが火星で姿を見せた理由を知りたかった。

「わかりました」

「木星戦役のころ、僕はまだ士官学校の学生だったんだが…君たちの活躍は聞いたことがある。そのエースが、まさか僕よりも年下だったなんて…」

古代はヤマトに着艦したスカルハートから出てくるトビアの姿を見るまで、先入観からかクロスボーン・ガンダムのパイロットは自分よりも年上で、ベテランだとばかり思っていた。

だが、事実は異なり、パイロットは17歳くらいの少年だった。

そんな彼が核弾頭ミサイルを多数搭載した巨大モビルアーマー、ディビニダドを撃破し、地球を救ったエースだというのが信じられなかった。

「古代一尉が言っているエース、X1のパイロットは僕とは別の人ですよ。一応、僕も戦ってはいましたけどね」

クロスボーン・バンガードでの戦いの日々を思い出しながら、トビアはいう。

元々は住んでいたコロニーが崩壊したことで、自分を育ててくれた叔父と叔母に迷惑をかけないため、政府が金を出してくれるという木星留学の道を選んだのが彼にとってのすべての始まりだ。

だが、その中で木星帝国、強いてはクラックス・ドゥガチの野望を知り、それを打ち砕くためにクロスボーン・バンガードに加わることになるとは思いもよらなかった。

「そうか…。ありがとう、君たちがいなければ、地球は滅亡していて、僕たちはここにいなかった」

「仕方ないですよ。遊星爆弾が来ていなかったとはいえ、連邦軍はガミラスへの対処で手一杯でしたし…」

「だが、より状況は悪くなっている」

「私たちはクロスボーン・バンガードのリーダーであるベラ・ロナの跡を継ぎ、自分にできることをやろうとしてきました」

トビアに代わり、今度はベルナデットが古代の質問に答え始める。

「ガミラスの攻撃で損傷したコロニーからの人命救助、混乱に乗じて略奪や強盗を行う組織の壊滅、そして火星へ逃げ込んだ人々の支援がそれです。ですが、そこへ木星帝国残党が現れたんです」

「まさか…彼らは…」

古代の言葉にトビアは沈黙する。

残党とは火星で何度も交戦したものの、彼らの行動を知ることができなかった。

捕虜にして、情報を聞き出そうとしても、ある事情でそれは不可能だった。

「…ドゥガチは個人的な復讐のために、地球を滅ぼそうとしました。ですが、ドゥガチが倒れた今、木星に残っている人々がそれほどまでに地球を憎んでいるとは思えないんです」

木星戦役の中、木星帝国のコロニーに潜入した際に、ドゥガチの方針に反対する家族に助けられた時のことを思い出す。

彼らは木星人すべてが地球を憎んでいるわけではないということを教えてくれた。

「だが、事実として奴らは火星で部隊を展開させた」

「彼らの攻撃で、壊滅的な被害を受けた居住区もあります」

「そんな…」

トビアから伝えられた残酷な知らせに古代は絶句する。

ガミラスの攻撃を逃れるため、必死に火星へ逃げてきた人々の平和が同じ人類の手によって奪われた。

沖田が言っていた『魔』の根深さを感じずにはいられない。

「僕たちも必死に戦ってきましたが、もうまともに使えるのはX1だけなんです。それでも、今日の戦いで火星に降りた木星帝国の部隊は壊滅させることができました。彼らの目的を知るためには…」

「本拠地である木星へ行くしかないと…」

「古代さん。僕たちを木星へ連れて行ってください。連中をこれ以上放っておくわけにはいかないんです」

木星戦役のころは、ミノフスキー・ドライブを搭載した戦艦、マザー・バンガードがあったため、地球圏と木星圏の移動が比較的容易だった。

しかし、マザー・バンガードは既に手元になく、リトルグレイも住む場所を失った人々を生き残っていて、なおかつ遊星爆弾による攻撃を受けていないコロニーへ運ぶのに手いっぱいだ。

木星へ行くとしたら、ヤマトを頼るしかない。

「…最初からそれを狙って、君はヤマトと接触したのか…」

「悪い話ではないと思いますよ?お互いに」

笑みを浮かべながらトビアはいう。

コスモファルコン、コスモゼロを除き、ヤマトが持っている機動兵器はヴァングレイのみ。

仮にスカルハートの助けを得られるとしたら、ガミラスとの戦いが楽になる可能性がある。

「…そうだな。艦長には僕のほうから上伸しよう。だが…」

古代の目がトビアからベルナデットに向けられる。

「なんでしょうか?」

「いや、君のような少女まで木星へ行くとなると…」

「私は木星での生活経験があります。それに…誰よりも帝国を知っている人間です。それに…私はクラックス・ドゥガチの娘、テテニス・ドゥガチでもあります」

「な…何だって!?」

ベルナデットの言葉に、驚いた古代は思わず立ち上がり、その勢いで椅子が倒れる。

「確かに、ドゥガチには娘がいるというのは公式の記録にはあるが、まさか君が…」

「はい。だからこそ、木星帝国を放置するわけにはいかないんです」

「…わかった。そこまで言うのなら…」

艦長室にいるであろう沖田へ上申するため、古代は応接室を後にする。

問題はどのように説明すべきか、そしてベルナデットについてだ。

クロスボーン・バンガードは非合法な私設軍隊であり、本来なら取り締まりの対象だ。

そんな組織のモビルスーツをヤマトが使用していいものか、そしてベルナデットが木星帝国の姫君であることを可能な限り秘密にしておかなければならない。

どう話すかを考えながら、古代は艦長室へ向かった。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「ついに…人類初のワープが始まる…」

「目標地点は木星軌道、テストとしては手ごろな距離だ」

ヤマトは現在、火星の大気件を突破し、衛星軌道上にいる。

火星から木星までの距離は今の日時では約4億2千万キロ程度。

1光年が約9兆4600億キロ。

イスカンダルへ向かうことを考えると短いものの、テストとしては短すぎもしなければ長すぎもしない手ごろな距離だ。

これに成功し、徐々にワープの距離を延ばすことができれば、1年以内の期間はより確実なものとなる。

だからこそ、失敗は許されない。

艦長席で、沖田はヤマト全体と通信をつなげる。

「我々は木星圏へワープする。そこで、場合によっては木星帝国を打倒する」

古代の上申は彼が想像とは異なり、かなりすんなりと認められた。

ベルナデット=テテニス・ドゥガチの件については必要が生じるまでほかの乗組員には秘密にし、彼女には主計科で過ごしてもらうこととなった。

また、トビアとスカルハートについてはソウジ達の時と同様に古代預かりとなり、そのまま航空隊の一員となる。

ただし、これはあくまで木星帝国との一件が終わるまでの一時的な措置で、そのあとは離艦することとなる。

なお、2人の地球圏への帰りについては彼らが独自に話をつけており、木星圏にいるヘリウム船団を頼ることとなっている。

「これはスケジュール外の行為ではあるが、我々の帰る場所を守るためのものである。そして、その成否はワープの成功にかかっている。各員、最終チェック開始!!」

「徳川機関長より報告。機関部に異常なしとのこと」

機関部からの通信を受け取った真田が即座に沖田に報告する。

そして、第一艦橋のクルー全員も最終チェックを行い始めた。

 

-ヤマト 航空隊控室-

「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五 蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不 異色色即是空空即是色受想行識亦復如…」

「あの…さっきから加藤隊長、何をブツブツつぶやいているんですか?」

今まで聞いたことのない言語をブツブツを唱え続ける加藤を見たトビアが不思議そうにチトセに尋ねる。

「お経だって。実家がお寺みたいだけど、ちょっとね…」

「なんか…もうおしまいって感じ…」

「縁起でもねえよな、これ…」

「聞こえてるぞ、お前ら!」

お経を中断した加藤がしゃべる4人をにらみつける。

まるで般若ににらまれたようなプレッシャーを感じた彼らは後ろに下がりつつ、沈黙した。

 

ヤマトが衛星軌道上で回頭をはじめ、船首が木星方向に向けられる。

「ワープテスト開始、一分前!」

「ワープ明け座標軸、確認!」

「確認した!木星軌道S8630の空間点!座標軸、固定する!」

島と航海班レーダー科チーフの太田健次郎によって確認された座標の位置は木星の衛星軌道上。

その近くには木星帝国のコロニーはなく、たとえ現れたとしても、住民を威圧することにはならないだろう。

ワープをするため、ヤマトの船速が増していく。

「速度12ノットから33エスノットへ増速!速度、36エスノット!!」

「秒読みに入ります!10,9…」

どうか、うまくいきますようにという願いを込めながら、森は秒読みを始める。

きっと、人類が初めてロケットで宇宙へ行った時も、このように祈っていたのだろうかと思いながら。

「2…1!!」

「ワープ!!」

「ワープ!」

島の復唱と同時に、ヤマトがさらに加速していく。

そして、目の前に現れた白い光の壁にぽっかり空いた丸い穴の中へと飛び込んでいく。

すると、ヤマトはまるで流れ星になったかのように猛スピードで飛んでいき、火星軌道上から姿を消した。

 

-木星衛星軌道上-

バタラなどの木星帝国のモビルスーツの残骸が漂い、木星戦役の面影が残る、静寂に包まれていた木星衛星軌道上にヤマトは飛び込んでいく。

何度もモビルスーツや戦艦の残骸や隕石にぶつかりながらも減速し、やがて通常船速へと戻っていく。

 

-ヤマト第一艦橋-

「座標確認」

「木星軌道S8630!目標地点です!!」

喜びを必死に抑えながら、太田が座標を報告する。

誤差無しにワープが成功したことはヤマト、そして地球にとっては大きな一歩だった。

「成功です、艦長」

あまり感情を見せない真田も口元がわずかに緩んでいた。

「やった…やったぞ!!」

「あとは1回にワープする距離を伸ばしていけば、16万8000光年の旅も目処がつく!」

真田と対照的に、古代と島は素直にワープの成功を喜んでいた。

だが、沖田の表情は変わらず、冷静そのものだ。

「喜ぶのは早いぞ」

「はい。これより、木星帝国への偵察作戦を開始します」

沖田の言葉で、すぐに表情を切り替えた古代は控室と通信をつなげる。

「こちら、戦術長の古代。こちら、戦術長の古代。叢雲三尉と如月三尉、及びトビア・アロナクスは出撃し、偵察作戦を開始せよ。コスモファルコン隊はヤマトの直掩を行え!」

 

-ヤマト格納庫-

「トビア…目処はついてるの?」

ノーマルスーツ姿でスカルハートに乗り込んだトビアにベルナデットが尋ねる。

「うん。火星で倒したモビルスーツのデータによると、ここの近くに帝国の基地があるんだ。そこへ行けば、何かがつかめるかもしれない」

「よろしくね、トビア君」

ヤマトで用意された航空隊のノーマルスーツを着用したチトセが笑顔でトビアにあいさつし、その後ろにも同じノーマルスーツを着たソウジがいる。

地上やコロニー内とは違い、宇宙では軍服や私服のままでモビルスーツや航空機に乗るのは危険で、そうしなければ脱出が不可能となる。

ヴァングレイそのものはノーマルスーツなしでも乗れるが、脱出のことを考えると話は別になる。

なお、コールサインはソウジがヴァング1で、チトセがヴァング2となっている。

「大丈夫大丈夫、トビアもチトセちゃんも俺がちゃんと面倒を見るから…」

「…ソウジさんの場合はチトセさんに面倒を見られてるって感じが…」

苦笑しながらの指摘にソウジは口を尖らせ、チトセはクスリと笑ってしまう。

主計科の仕事の際も、資料の作り方がわからず、何度か経験者のチトセに泣きついていたのを見られたため、そう思われたのだろう。

「もう、しっかりしてくださいよ。ソウジさんは階級は同じでも、年齢は私より上なんですから」

「へーい…」

「お前ら!もうすぐ出撃だ!叢雲と如月は急いでヴァングレイに乗り込め!!」

直掩として、コスモファルコンで待機することとなった加藤の声が格納庫に響き渡る。

2人は急いでヴァングレイに乗り込んだ。

「さあ…初めての宇宙戦だ。頼むぜ、ヴァングレイ」

ヴァングレイのディスプレイを撫でて、ソウジがつぶやいていると、ヤマトのハッチが開く。

「トビア・アロナクス!X1、出る!!」

最初にトビアのスカルハートが飛び出していき、続けてヴァングレイがハッチの前に立つ。

すると、右横に真田が映った映像が出てくる。

(叢雲、如月。ワープの試験も一通り完了した。君たちの機体の調査も進めたいと思っている。だから、必ず帰ってきてくれ)

「了解です。必ず帰還します」

「真田副長、ひどいっすねー。俺たちパイロットよりも相棒に興味ありってことですか」

(無論、登録されている君たちの協力も調査の必要条件だ。1人もかけることなく帰還しろ)

(いいか?基地を見つけたとしても、無茶はするな!いいか、命ではなく、敵を落とせ!これが航空隊のルールだ)

「了解。真田副長、加藤隊長。鉄の華は散らないものですからねぇ」

航空隊への配属に合わせ、ヴァングレイの胸部にもあの少年兵軍団のエンブレムが刻まれている。

それのご利益が本物であることを願いながら、ソウジは前を見る。

「ヴァングレイ、叢雲総司、如月千歳、出る!」

ヴァングレイが発進し、先行するスカルハートへ追従していった。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「ヴァングレイ、及びスカルハート、発進しました」

「うむ…ヤマトはここで待機。彼らの情報が届くのを待つ」

「了解…!」

古代との応答を済ませると、沖田は周囲に存在するモビルスーツの残骸を見る。

かつての木星帝国のモビルスーツが漂い、その中にはクロスボーン・バンガードが使用したと思われるゾンド・ゲーや鹵獲バタラの残骸もある。

(彼らはだれにも知られることなく、ここで戦い続けていたのか…。今更ではあるが、何も知らずにいた自分が恥ずかしく思える…)

「艦長!こちらに通信が…!これは…」

「どうした?森君」

驚きを見せる森に代わり、古代が確認する。

確認と同時に、暗号通信が書かれた紙が出てきて、古代はそれを切り取る。

「地球連邦軍艦船、これから貴艦と情報を共有する機会をいただきたい。元クロスボーン・バンガードのメンバー2人と共に。木星帝国についての重要な情報である。エオス・ニュクス号シェリンドン・ロナ…」

読み上げた古代は森と同じように驚きを見せながら、沖田を見る。

「艦長、これは…」

「…事態は、我々の想像を超えた段階に来ている…ということか…」




機体名:コスモファルコン
正式名称:99式空間戦闘攻撃機
建造:サナリィ
全長:15.9メートル
武装:機銃×2、機関砲×6、空対地・空対空ミサイル×8
主なパイロット:加藤三郎、篠原弘樹らヤマト航空隊

サナリィがガミラスとの地上での戦闘に備えて開発した戦闘機。
航空機としては武装の数が多く、ミサイルについてはステルス性を考慮し、基本的には胴体内の兵倉に収納されている。また、両翼にも追加で12発までミサイルの装備が可能。
加藤が乗る隊長機は灰色ベースのカラーリングで、尾翼には『誠』という文字が刻まれ、副長である篠原機の尾翼には翼の付いた髑髏とブラックタイガーを思わせる目とシャークマウスが刻まれている。
なお、航空隊の機体にはヴァングレイも含めて、加藤が気に入っている漫画に登場するとある軍団のエンブレムがゲン担ぎとして刻まれているが、彼のお経と同じく縁起があまり良くないということで、ソウジ以外には不評な模様。
なお、本来は新たに開発された別の戦闘機が加藤らの搭乗機となる予定だったが、その機体の量産遅延の影響で、当機が採用されたという背景がある。


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第5話 偽りの白い流星

-木星軌道上 暗礁地帯-

「こいつで、どうだぁ!!」

木星軌道上の暗礁地帯で、ヴァングレイのポジトロンカノンが発射される。

発射された圧縮ビームに直撃したペズ・バタラを中心にビームが膨張し、周囲の隕石もろとも3機のバタラが巻き込まれ、消滅する。

「く、くそぉ!!」

残る1機のアラナのビームライフルは既にスカルハートのビーム・ザンバーで切られており、左腕のビームシールドも基部が破壊されたために展開できない。

「ソウジさん、トビア君!これで残ったのは目の前のアラナだけよ!」

「動くな…!あんたに聞きたいことがある!」

ザンバスターの銃口を向けつつ、アラナのパイロットにオープンチャンネルで通信を送る。

「ついてるわね!偵察部隊に遭遇するなんて。これなら、基地に行く前にある程度情報が…」

「いや、そうとも限らんぜ…」

「ソウジさん」

「あのパイロットがこちらに投降してくれるような奴かどうか…」

木星戦役終盤、ドゥガチが倒された後の追撃のことをソウジは思い出す。

その時、自分は1機のバタラを戦闘不能に追い込むことに成功し、そのパイロットを投降させようと接触回線で通信を送った。

だが、その通信で聞こえたのは…。

「俺を…捕虜にするつもりか」

「え、ええ!最低限のルールとして、命だけは…」

「フ、ハハハハハ!!バカめが!!」

チトセの言葉をヴァゴンのパイロットが笑いながら拒絶する。

「何がルールだ!地球人が作ったルールに従うものか!地球人の捕虜になるくらいなら…」

「くそぉ!!」

ヴァゴンがあの時のメランカのようにヴァングレイに向けて特攻を仕掛けてくる。

やむなくソウジは加速砲を発射し、弾丸がコックピットを貫く。

「ジ…ジーク、ジュピ…!!」

祖国をたたえる言葉を言い切る間もなく通信が切断し、目の前のモビルスーツが爆散した。

「どうして、こんなことを…」

「…クラックス・ドゥガチの命令です。地球人の捕虜となるくらいなら死を選べ…と」

「でも、それは木星戦役での話でしょ!?クラックス・ドゥガチはもう…!!」

「ドゥガチ1人死んだとしても、彼の言葉に盲信する奴らは変わらず…ってことだろう。あのパイロットのように…」

ソウジがあの時の通信で聞こえたのはモビルスーツの駆動音、そして一発の銃声だった。

彼はすぐに当時の愛機であったジェガンを出て、バタラのコックピット内を調べた。

そこにいたのは自ら拳銃で頭を撃ち抜いて死んだ木星帝国軍のパイロットだった。

もう従う必要のない男の言葉に縛られ、自分の命の価値を見失う。

そんな彼らのことを悲しく思いながら、チトセはヴァングレイのセンサーを調整し、敵基地の特定を急ぐ。

「これは…ソウジさん、トビア君、ありました!!木星帝国の基地です!!」

広範囲に広げた熱源センサーがキャッチした座標をスカルハートに送信する。

「ここから距離は離れてない…。スカルハートとヴァングレイなら、すぐに行ける距離です!」

「まずは敵の規模をつかまねーとな。行くか!」

 

-木星軌道上 暗礁地帯外-

「ここがヴァングレイが特定した座標か…」

暗礁地帯を出て、西へ30キロ進んだ場所にポツンと存在する大きな隕石。

熱源はここから出ており、おそらくそれは基地の動力源だと思われる。

「だが、問題はあいつらがこの中で何をしてるか、だな」

「ええ。結局見つけた偵察部隊はあれだけですし、何も情報をつかめていませんからね」

2人が話していると、ヴァングレイとスカルハートから警告音が鳴る。

「敵機!?」

「隕石から出てきてます!」

チトセの言う通り、隕石から3機のバタラと1機のアラナ・バタラが出てくる。

「モビルスーツが4機だけ!?」

「これだけしか戦力が残ってないのか、それとも時間稼ぎか…」

「仕掛けてきますよ!!」

トビアの声が聞こえると同時かそれよりも前にバタラのビームがヴァングレイの装甲をかすめる。

「撃ってきた以上はやるしかねえ!俺らはこんな奴らにさける時間がほとんどねえからな!!」

両肩のミサイルポッドからミサイルがばらまかれる。

バタラ1機とアラナ・バタラはビームライフルで撃ち落とす、もしくは避けることで難を逃れるが、残り2機のバタラはミサイルから逃げられず、撃墜されていく。

「このぉ!!」

ミサイルを撃ったヴァングレイに注意を向けすぎていた1機のバタラの頭部にスカルハートのスクリュー・ウェップが突き刺さる。

刺さると同時に開店をはじめ、バタラの頭部パーツが底を中心にバラバラに砕かれていく。

「まったく、いい加減邪魔ばっかりしてんじゃ…ないわよーーー!!」

アラナ・バタラのパイロットであるカマーロ・ケトルがお姉言葉をしゃべりながら激高し、ヴァングレイに接近する。

レールガンやビーム砲でけん制するも、左右にバッタのように飛びながら回避し、手に持っているモゾー・ブレードのセーフティを解除し、ビームサーベルを発生させる。

「接近されます!!」

「わかってるって!ビームサーベルがねえなんてな…」

肉薄したアラナ・バタラのモゾーブレードによる近接攻撃を後ろへ期待をそらしながらかわしつつ、再びミサイルを発射する。

「甘いわ!!」

左手に持つストリングスガンが発射され、ワイヤーに接触したミサイルが爆発し、アラナ・バタラは爆風から逃れる。

「ソウジさん、チトセさん!!」

ソウジの援護のため、トビアがビームサンバーを装備した状態で接近する。

「邪魔するんじゃないわよーーー!!」

自由になっている右手でモゾーブレードを握り、スカルハートとつばぜり合う。

「く…!ビームザンバーよりも出力が…!!」

「モゾーブレードはあんたたちのクロスボーン・ガンダムの武器を再現したもの!簡単にはぬかせは…!!」

「こんのぉぉぉ!!」

2機の攻撃に対処し、身動きが取れないアラナ・バタラにスカルハートが頭突きする。

「な…乙女の顔面に頭突きするんじゃないわよー!!」

頭突きの影響でメインカメラに不具合が生じ、一部のモニターが砂嵐映像となってしまう。

「今だぜ!!」

動きが止まったアラナ・バタラから一気に距離を放す。

「チトセちゃん!ポジトロンカノンだ!」

「はい!ポジトロンカノン、セット!」

「身動きを止めます!!」

ヴァングレイ必殺の一撃を援護するため、トビアがザンバスターを連射する。

右腕や頭部、脚部に次々と着弾し、モゾーブレードが破壊される。

「ウフフ…アハハハハハ!!同志よ、十分時間は稼いだわ!私はドゥガチ総統へ勝利の報告へ向かうわよーー!!」

「ポジトロンカノン、発射準備完了!」

「いっくぜーーー!!」

ポジトロンカノンが発射され、ダメージで動かなくなったアラナ・バタラがカマーロもろともビームの中で消滅していった。

「ふぅー…木星にまだあんなパイロットがいるなんてなー」

「ええ。おそらく、彼(?)がこの基地のエースだったんだと思います。あとは…!?ソウジさん!!」

「どうした、トビ…」

言い終わらぬうちに、スカルハートがヴァングレイの前に出て、腹部の1機のモビルスーツの蹴りを受けてしまう。

「トビア君!!」

「モビルスーツ!?急に出てきやがった…!!」

あまりのスピードでまったく気づくことができなかった2人。

もしトビアが気づいていなかったら、この蹴りを自分たちが受けていることになったかもしれない。

初期のモビルスーツと同じ18m級の大きさで、バタラに似た色彩のガンダム。

「あれは…ガンダム!?」

「た、多分…木星帝国が奪ったX2をベースにした機体です…」

「トビア君!?大丈夫なの!?」

「はい…。まだ、戦えます!」

トビアはヘルメットを取り、鼻のあたりにできた切り傷をテープで止血する。

先ほどの一撃でヘルメットにひびが入り、その破片が刺さったためだ。

即座にコックピット内に酸素を充満させておいたため、継続戦闘に問題はない。

「ハハハハハ!!完成したぞ、われら木星帝国の最終兵器、アマクサがアムロ・レイが!!」

オープンチャンネルで基地内の木星帝国兵が3人に目の前のモビルスーツの正体を教える。

「アムロ・レイだと!?」

トビアにとどめを刺そうと、シールドクローを叩き込もうとする。

ヴァングレイはスカルハートをつかみ、上へ飛んで攻撃から回避する。

「ソウジさん!アムロ・レイって、まさか!」

「ああ…チトセちゃん。100年前に行方不明になったニュータイプだ」

アムロについてはソウジもチトセも座学で学んでいる。

100年前最強のパイロットであり、ニュータイプ。

第2次ネオジオン戦争でシャア・アズナブルが起こしたアクシズ落としを愛機であるνガンダムで防ぎ、そのまま機体と共に行方不明となった。

仮に今生きているとしても、年齢は129歳。

コールドスリープやサイボーグ手術を受けない限り、とても先ほどのような動きを見せることはできないし、その前に老衰か病気で死んでいる。

それに、百歩譲って生きているとしても、地球を滅ぼそうとする木星帝国に味方するようなことを彼がするはずがない。

「まさか…バイオ脳!?」

トビアの脳裏に浮かんだのはドゥガチが作った10個のバイオ脳。

ドゥガチは10体のバイオ脳を自らの分身として、地球滅亡計画を進めていた。

バイオ脳については倫理上の問題から地球では禁止されているもので、現在は木星帝国でしか作られていない。

「だがよ、どうやってアムロ・レイのバイオ脳を…!?」

「冥土の土産に教えてやろう。我々は連邦軍の基地からアムロ・レイの戦闘データを手に入れた!そして、我々はいくつものバイオ脳を作り、アムロ・レイのコピーを作るための研究を始めた…。幾百、幾千ものバイオ脳で研究し、ついに完成したのが…このアマクサ、最終兵器ならぬ最終兵士だ!!」

「1年戦争時代の…冗談きついぜ、こいつは!!」

真上から冷却が完了したポジトロンカノンをすぐに発射する。

だが、死角から攻撃したにもかかわらず、頭上に目がついているかのようにあっさりと回避し、ビームライフルで反撃を仕掛ける。

「ぐおおおお!!」

「キャアア!!」

左手のシールドで受け止めるが、X2をベースとしたモビルスーツだけあって、その出力は並みではない。

受け止めることができたとしても、振動が襲い、シールドにも大きなダメージが発生する。

「ライフル1発でこれかよ!?」

「次が来ます!!」

チトセの言葉と同時に、シールドに内蔵されたハイパーハンマーが襲い掛かる。

「ソウジさん!!」

「まっずい!」

ハンマーが向かう先には左肩に搭載されているミサイルポッドがある。

直撃したら誘爆し、ヴァングレイもただでは済まない。

「ミサイルポッドをパージします!」

やむなく、ミサイルポッドがアマクサに向けて射出される。

ハンマーと接触し、爆発でアマクサの目つぶしをしている間にヴァングレイがアマクサを離れ、スカルハートのもとへ向かう。

「くっそぉ…あれがアムロ・レイかよ!?」

「このままだと、私たち…」

2人の脳裏に全滅という二文字がよぎる。

ここにいる2機だけではない、ヤマトもアマクサの前では歯が立たないだろう。

しかし、2人とは異なり、トビアはまだ勝利への道筋をあきらめていない。

「ソウジさん、チトセさん、ここはひとつ勝負に出ませんか?」

「勝負…!?トビア君、何を!?」

「いいぜ、トビア。ここはお前に乗ってやるぜ!」

「何も聞かずに、乗るんですか!?」

「ああ…。俺のカンピュータがささやいてんだよ。お前にのりゃあ勝てるってな!」

「カンピュータって…」

聞いたことのない言葉に2人は首をかしげる。

だが、そうしている間にもアマクサが2機に向けて接近してくる。

可能であれば鹵獲したいのか、ビームライフルを背中のハードポイントに収納し、ビームサーベルを抜いたうえで。

「チトセさん!ヴァングレイの姿勢制御をカットしてください!」

「ええ!?でも、そうしたら動きが出鱈目に!」

「いいんだよ、それで!!」

アマクサの狙いは近接戦闘に弱いヴァングレイ。

ビームサーベルで確実にコックピットを貫こうとするが、一気に機体を右へもって言って回避する。

「く…うううう!!ほらほら、来るんなら俺んところへ来い!!ついでだ、リミッターの上限を引き上げろ!」

「もう…どうなっても知りませんよ!」

もうどうにでもなれと言わんばかりに、チトセがコンソールを操作する。

リミッターが解除され、出力が引きあがったことでさらにバランスが悪化し、動きが出鱈目になっていく。

姿勢制御パターンを無視したその動きを見たアマクサの動きがわずかに鈍る。

「見えた…!!そこだぁ!!」

トビアにとって、それだけで十分だった。

ビームザンバーをアマクサに向けて投げつける。

熱源反応をキャッチしたアマクサはシールドでビームザンバーを弾き飛ばす。

だが、トビアの狙いはその先だ。

「こいつでぇぇぇ!!」

シザー・アンカーを伸ばし、弾き飛ばされたビーム・ザンバーをつかむと、そのまま大ぶりで薙ぎ払う。

まさかの攻撃に反応が遅れたアマクサの左腕が切り裂かれる。

「や、やった…!」

「ふへえ…有効打、だな…」

あまりの加速と出鱈目な動きをし続けたせいで、ソウジとチトセは疲労を隠せなくなっていた。

だが、左腕を失ったとはいえ、まだアマクサは戦闘不能となっていない。

先に倒すべきはスカルハートと判断し、ビームライフルを手にする。

しかし、頭上からビームが降り注ぎ、やむなくアマクサは攻撃をやめ、回避に専念する。

「油断するな!まだ奴は動いているぞ!」

トビアでもソウジでもない、別の男性の声が2機のコックピットに聞こえる。

「その声…それに、あのビームって!!」

トビアはビームが発射された位置を逆探知し、特定したポイントにメインカメラを向ける。

そこにはトビアにとって、見覚えのあるモビルスーツの姿があった。

「あれは…X3!?」

かつて最終決戦を共に戦った愛機の名を驚きと共に口にする。

クロスボーン・ガンダムX3はクロスボーン・バンガードが地球振興を始めた木星帝国軍を負うために地球圏へ戻ってきた際にシェリンドンから譲渡されたモビルスーツだ。

とある偶然から当時はルーキーであったトビアがマニュアルなしで乗ることになり、試作兵器ばかりであったために当初は扱いに四苦八苦していたが、次第にものにしていき、最後はコアファイターを残して撃破されてしまったものの、ドゥガチ打倒に多大な貢献を果たした。

その、かつての相棒のX3がそこにいるのだ。

だが、カラーリングについてはX3のもので統一されているものの、よく見ると頭部が新造されたX1のものとなっていて、腰から下がフリントのものとなっている。

「今の攻撃はよかった。だいぶ力がついたんじゃないか?トビア」

「その声…まさか、キンケドゥさん!?」

「久しぶりだな、トビア!」

キンケドゥと呼ばれたX3らしきモビルスーツのパイロットがトビアに声をかけ、スカルハートにそのモビルスーツを接近させる。

「キンケドゥさん!?どうしてここへ…それに、このX3は!?」

「こいつはX3パッチワーク。サナリィからもらった余剰パーツで組み立てたものだ。それよりも!!」

X3パッチワークのIフィールド・ハンドが起動し、アマクサが撃つビームを弾いていく。

そして、搭載されていたコアファイターが分離する。

「久々だが、使ってみるか?」

「…当然です!X3は俺のクロスボーン・ガンダムですから!」

スカルハートのコアファイターも分離し、2機は入れ替わるようにそれぞれのクロスボーン・ガンダムとドッキングする。

「さあ、もう一度頼むぞ。X1!」

「もう一度一緒に戦えるなんてな…俺のX3!」

「そうか…あいつがX1の…」

2人のこれまでの会話を聞いた、ソウジはX1のパイロットがキンケドゥであることに気付く。

「やるぞ、トビア!これ以上バイオ脳とはいえ、アムロ・レイを縛り付けるな!」

「はい!!」

2機のクロスボーン・ガンダムが散開する。

X3パッチワークのブラスターガンとスカルハートのザンバスターの十字砲火がアマクサを襲うが、やはりアムロ・レイのコピーは伊達ではないということか、先読みしているかの如く、カメラを向けないまま次々と回避していく。

「だったら、こいつもおまけだぜ!」

ヴァングレイもビーム砲を銃身が焼き付くまで発射し続ける。

さすがに3機による集中攻撃にはかなわないのか、徐々に命中し始めており、ついにスラスターにビームが命中、スピードが低下する。

「トビア!!」

「キンケドゥさん!!」

ビームサーベルを展開させたムラマサ・ブラスターを投げつける。

それが深々とアマクサの腹部に突き刺さると、その持ち手をスカルハートのシザー・アンカーがつかむ。

「なんとぉぉぉぉ!!」

そのまま先ほどトビアが見せたような薙ぎ払いを見せ、アマクサが真っ二つに切り裂かれた。

致命的なダメージを負ったアマクサは爆発しなかったものの、メインカメラの光が消え、機能停止した。

「よし、アマクサは停止した!」

「あとは基地の中のバイオ脳だ!一つ残さず破壊するぞ!」

「ソウジさんたちは外で見張っていてください!バイオ脳をもって脱出するかもしれない敵を…!」

「んじゃあ、お言葉に甘えて…」

「気を付けてね、トビア君!」

先ほど、ビームを撃ちすぎたせいか、銃身が焼き付いてしまい、もうビーム砲は使えなくなっていた。

レールガンの残弾もわずかで、ポジトロンカノンについては加減が利かない。

ここは2人に任せるほかなかった。

 

-木星帝国軍残党秘密基地 内部-

2機のクロスボーン・ガンダムのザンバスターがバイオ脳製造プラント及び保管庫をビームで焼き尽くしていく。

「よし!これでもう、アムロ・レイのコピーは…」

「聞こえるか!木星帝国残党!!もう、お前たちに抵抗する手立ては残っていないことは承知している!速やかに投降しろ!」

キンケドゥがオープンチャンネルで基地に残っている兵士たちに勧告する。

無駄だとはわかっているものの、クロスボーン・バンガードの先代の指導者であり、自身の恋人であるベラ・ロナの思いを、可能な限り相手を殺さないという彼女の理想を貫きたかった。

そんな彼らの前に傷だらけの木星帝国兵が出てくる。

ノーマルスーツは血でべとべとになっており、手には銃が握られている。

「おのれ…海賊め!!またもや、またもやわれらの…ドゥガチ総統の理想の邪魔を!!」

「もうやめろ!ドゥガチはもういないんだぞ!」

「こうなれば、貴様らも道連れにしてくれる!!」

その言葉と同時に、基地内に激しい揺れが襲う。

「く…まさか、貴様!!」

「ハハハハ!!もうすぐこの基地は自爆する!!もう脱出路もふさいだ!ともにドゥガチ総統のもとへ参ろうぞ…ジーク・ドゥガチ、ジーク・ジュピターーーー!!」

ドゥガチの妄執に取り憑かれた哀れな兵士が崩壊する基地のがれきの下敷きとなり、息絶える。

「バカ…野郎が!!」

おそらく、基地の中の兵士や研究員も全員死んでいるだろう。

悔し気にキンケドゥはコックピットの壁に拳をたたきつける。

「ここまでなのか…ベルナデット…。え…??」

もはやこれまでかと思ったトビアの脳に直接誰かが語り掛けてくる。

言葉になっていない、わけのわからない声だが、その意味ははっきりと分かった。

「トビア、どうした!?」

「キンケドゥさん!こっち…こっちです!!」

 

-木星軌道上 暗礁地帯外-

「基地が爆発する!!」

「急げ、トビア!!キンケドゥの旦那!!」

爆発し、崩壊していく基地を見ながら、ソウジは必死に叫ぶ。

「…え、何…??」

そんな中、チトセの脳裏に誰かが語り掛ける。

トビアが聞いたのと同じように、言葉になっていない声だ。

「ソウジさん、ポジトロンカノンを!!」

「な…何言ってんだチトセちゃん!?そんなことをすりゃあ…」

「いいから!!」

ポジトロンカノンがセットされ、チトセが出力調整を始める。

「ポジトロンカノン出力…照準補正…これで、これでいいのね…?」

「一体どうしたんだよ…」

誰かに確認するかのようにしゃべるチトセを見て、ソウジは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

「まだね…もう少し…もう少し…今よ、ソウジさん!!」

「よくわからんが、ここはチトセちゃんと俺のカンピュータを信じるぜ!」

チトセを信じることにしたソウジはポジトロンカノンを発射する。

ビームは崩壊しつつある基地の巨大な破片を吹き飛ばし、そこから2機のモビルスーツが飛び出してきた。

「旦那、トビア!!」

「ああ…よかった!!」

2機がスカルハートとX3パッチワークであることを確認した2人は安どする。

「よく無事だったな!!」

「導いてくれたんです。あのバイオ脳が…」

「あれが…?」

4人は崩壊する基地のそばに漂うアマクサの上半身を見る。

「私も…聞こえた気がしたんです。それはたぶん…」

「え…?チトセさんも!?」

チトセのまさかの言葉にトビアが驚く中、アマクサの上半身はそのまま基地の爆発とともに消えてしまった。

「反応、消失か…」

「お礼を言うこともできずってとこか…」

(あの声…確かにあのバイオ脳から聞こえた。もしチトセさんが聞こえた声も同じなら…)

 

-ヤマト 格納庫-

基地でそのまますぐにヤマトとエオス・ニュクス号と合流した3機のモビルスーツはそのままヤマトに収容される。

そこで待っていたベルナデットはX3から出てきたトビアの鼻のテープを外す。

もう傷はふさがっているものの、傷跡はすっかり残ってしまっていた。

「傷…残っちゃうみたいね」

「更に海賊らしくなったよ」

「トビアったら…」

トビアらしいポジティブな言動に笑いながら、一安心する。

そんな2人をソウジとチトセはヴァングレイのそばから見ていた。

「今回はトビアのお手柄だな」

「そうですね。でも、もう2度とアムロ・レイと戦うのは御免です」

「そりゃそうだ。もう1度戦って勝てって言われても、無理だ」

アマクサとの戦いを思い出しつつ、くたびれた表情を見せるソウジ。

そんな2人の元へ、トビアが歩いてくる。

「それにしても、なんでアムロ・レイのバイオ脳は俺とキンケドゥさんを助けてくれたんでしょう…」

トビアの中に残った疑問がそれだった。

ただ戦闘データをコピーしたに過ぎないバイオ脳にそのようなことができるはずがない。

もし、それが可能だとしたら、あのバイオ脳は本当の意味でアムロ・レイの生き写しと言える存在となってしまう。

「…そういやぁ、アムロ・レイにはあるエピソードがあったな。ニュータイプの力で、燃え盛る宇宙要塞から仲間たちを脱出させたって…」

一年戦争終盤の宇宙要塞ア・バオア・クーでの話だ。

宿敵であるシャア・アズナブルとの戦いで傷つき、ガンダムも大破したアムロはニュータイプの力を最大限まで開放。

彼の思念がオールドタイプ、ニュータイプ問わず、彼の仲間たちすべてに伝わり、そこからの脱出に貢献した。

それはホワイトベースのクルー、及び彼らを救出したサラミスのクルーや目撃者の証言だけで証拠は残っていない。

そのため、今では伝説として語られるのみとなっている。

「じゃあ、トビアが聞こえた声は、あのバイオ脳がアムロ・レイの真似をしたってことですか?」

「多分…な」

「信じられないわ。あれはアムロ・レイの完全な戦闘力のコピーのはずなのに…」

「チトセちゃん。仮にあれがアムロ・レイの完全な戦闘力のコピーだとしてもだ、そのどこからどこまでが力でどこから先が気持ちなのか、なんてのはだれにもわからないかもな…。おっと、らしくない話をして悪いな」

フッと笑いながら、3人に詫びるものの、彼らはみんなソウジの話にびっくりしていた。

「ソウジさん…何も考えていないと思ってたのに…」

「私、今日初めてソウジさんのこういうすごくまじめな話を聞いた気がする…」

「なぁ、泣いていいか…?」

「まあ、その話は置いておいて…。これで、帝国の戦力も削れたと思います。あとは…」

「その必要はないと思うわ」

格納庫に入ってきた女性がトビア達にそう語る。

ソウジとチトセはだれの声かわからなかったが、トビア達にはわかっていた。

「ベラ艦長!?」

「久しぶりね、2人とも」

「ああ…すみません、もうベラ艦長じゃありませんよね…?」

「いいのよ、トビア。私はまだベラ・ロナを名乗っているから」

「木星帝国との戦いが終わっていない以上、彼女はベラ・ロナ…そして俺はキンケドゥ・ナウだ」

スカルハートから出てきたキンケドゥがベラの隣に立つ。

「ベラ艦長、さっき帝国をたたく必要はないとおっしゃっていましたが…」

ベラの言葉がベルナデットには引っかかっていた。

まるで先ほどの戦力が最後であるかのような言い草だったためだ。

「それに、どうしてお2人はヤマトに…それに、エオス・ニュクス号まで…」

地球圏にいるはずの2人と再び現れたX3、そしてベラの言葉。

どうしてこのようなことになっているのか、トビアには全く分からなかった。

「順を追って説明するわ」

「2か月前、地下都市で生活していた俺たちのもとへ木星の亡命者が尋ねてきたんだ」

「亡命者…?」

木星帝国からの亡命者は木星戦役終結後は別に珍しい話ではなかった。

ドゥガチの死後、ドゥガチの行動に疑問を持っていた人々が中心となって木星帝国を離れる動きがあり、ヘリウム船団を使って地球や火星へ逃げてくる人々がいる。

おそらく、キンケドゥらのもとに来た亡命者もそういう形での亡命者だろう。

「木星帝国の軍部が再び地球侵攻を始めようとしていたの。そこで、元クロスボーン・バンガードの私たちの居場所を突き止めて、協力を要請してきたの。ドゥガチを止めたあなたたちなら、軍部の暴走と止めることができるって…」

「俺たちはすぐにシェリンドンに協力を頼んで地球を出た。そして、サナリィ第2月面開発実験所に依頼してこのX3を用意してもらった。まぁ…ほとんど押し付けに近かったが…」

「ああ…」

キンケドゥの言葉を聞き、トビアはそこの責任者であるオーティスのことを思い出す。

彼はクロスボーン・バンガードにクロスボーン・ガンダムを提供してくれた人物で、それと引き換えに戦闘データを提供することとなっていた。

なお、その簡易生産型であるフリントは入手した戦闘データをもとに開発したもので、F-97として連邦軍に売りさばき、ゆくゆくはソウジ達が乗るかもしれないモビルスーツとなっていた。

しかし、木星戦役の戦火が地球圏にまで飛び火し、非合法の宇宙海賊であるクロスボーン・バンガードとの関係を隠ぺいするため、販売を断念することとなった。

そのことが原因で、更に決戦のためにという理由で完成していたフリントまで持って行ったことも手伝い、オーティスから疫病神、泥棒猫と目の敵にされ、トビアもキンケドゥから受け取ったX1をスカルハートに回収するため部品を買いに来た時はすごい剣幕でスパナを投げつけられた。

仮にクロスボーン・バンガードのメンバーの1人が元サナリィのアイドルであったオンモ(現在はリトルグレイ艦長)でなかったら、門前払いされていた、もしくは殺されていたかもしれない。

キンケドゥが来たときもあいさつ代わりにスパナを投げつけ、そのあとで交渉の末に廃棄予定だったパーツを譲り受けることとなり、木星圏への移動中にそれらを組み立ててX3パッチワークとなった。

「そのあとは木星のレジスタンスと行動を共にして、その中でアムロ・レイのバイオ脳の情報をつかんだ。あとはお前たちの知っての通りだ」

「…どうして、頼ってくれなかったんですか?」

「トビア…」

トビアは平和な生活に戻ったキンケドゥとベラにはあのまま地球で暮らしていてほしかった。

後の問題はこのまま自分たちに任せてくれてよかった。

だが、キンケドゥ達は再び戦場に戻ってきてしまった。

再会できたことは喜ばしいのだが、それは望んだ形ではなかった。

「…木星帝国との戦いは、先代である俺たちの手で決着をつけるべきなんだ。それに、お前たちにはそれ以上にやるべきことがあるはずだろう」

「俺の…やるべきこと…」

「俺たちがお前たちと合流している間、シェリンドンが沖田艦長から話を聞いてくれた。地球をよみがえらせるために、イスカンダルへ行くと。それから…今日落とした基地で木星帝国残党の戦力はなくなった」

「…ええ!?」

いくら木星戦役で大きな損害を受けたとはいえ、木星帝国に残っている戦力を考えると、とてもあの規模で終わりだとはトビアには思えなかった。

「ってことは、まさかこれで木星帝国残党は壊滅ってことか?キンケドゥの旦那」

「事実上は…」

「正確に言えば、木星圏から姿を消した…が正しいわね」

「それって…!?」

「まさか、地球へ向かったんですか!?」

仮にそうだとしたら、それはそれで一大事だ。

ディビニダドがないとはいえ、木星帝国は核を保有している。

それを使って、地球を壊滅させることも可能だ。

そうなると、もはやイスカンダルへの旅どころではなくなってしまう。

しかし、現実はそうではなかった。

「彼らは外宇宙へ向けて出発した」

「は…外宇宙??」

「一体、何のために…?」

彼らの行動が理解できないソウジ達は首をかしげる。

必死に住める環境を作った木星を捨てるとは考えられないし、外宇宙へ行ったとしても、地球のような人の住める星を見つけるのは至難の業だ。

「…ガミラスの攻撃で滅亡の時を待つ地球に興味を失ったのかもな」

木星戦役はガミラスの遊星爆弾攻撃が始まる前の出来事だ。

あの戦争の後から、遊星爆弾攻撃が始まり、コロニーと地球の主要都市が壊滅し、海が干上がった。

青かった地球は赤く染まり、核の冬以上の最悪な状態となっていた。

そうなると、もはや地球を攻撃する理由もないのかもしれない。

だが、木星の人間でない以上、彼らの真意を知ることは難しい。

ドゥガチの娘であるベルナデットですら理解できないのだから、なおさらだ。

「木星帝国についての話はここまでだ。ここからはヤマトにとって重要な話になる」

「ヤマトにとって…?」

「ああ。この木星圏にガミラスの基地がある」

「ガミラスの基地…だって!?」




機体名:クロスボーン・ガンダムX3パッチワーク
形式番号:XM-M3P
建造:サナリィ
全高:15.9メートル
全備重量:24.8トン
武装:頭部バルカン×2、ビームサーベル(ビーム・ガン)×2、ヒート・ダガー×2、シザー・アンカー×2、ザンバスター(ビーム・ザンバー、バスターガン、グレネードランチャー)×2、ブランドマーカー(ビームシールド)×2、Iフィールド発生器×2、ガトリングガン×2、ムラマサ・ブラスター
主なパイロット:キンケドゥ・ナウ→トビア・アロナクス

サナリィから提供されたクロスボーン・ガンダム(F97シリーズ)のパーツをキンケドゥらの手によって組み立てられたもの。
頭部はX1のものを使用し、コアファイターはX2、胴体と両腕はX3、腰から下はフリントとこれまで作られたクロスボーン・ガンダムすべてのパーツが使用されている。
なお、カラーリングはX3のもので統一されており、性能そのものはX3とは大差ない。
また、Iフィールド発生器については技術革新があったためか、展開時間が105秒から110秒に伸びており、無防備になる時間がわずかに縮まっている。
当初はキンケドゥが使用していたが、木星圏でトビアと合流した際にコアファイターを利用して機体を交換した。
ちなみに、なぜ疫病神であるクロスボーン・バンガードの一員であったキンケドゥにそれを提供したのかは不明。
一説によると、地球連邦軍にクロスボーン・バンガードとの関与が疑われ、その証拠を可能な限り消しておきたかったというサナリィ側の事情があるとかないとか。


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第6話 メギドの炎

-ヤマト 第一艦橋-

「これが、キンケドゥ氏ならびにシェリンドン氏から提供された情報及び観測データを基に構成した敵基地周辺部の状況だ」

真田の操作により、床に木星のガミラス帝国基地のある小惑星が表示される。

「小惑星…というよりも浮遊大陸というのが適当だろうな」

島の言う通り、木星の大気圏内に位置する基地の大きさは地球のオーストラリア大陸と同じで、しかもその形から見ると浮遊大陸という表現が適切だろう。

実際にキンケドゥからの話でも、浮遊大陸について言及されており、そこではガミラス人にとって住みやすい環境づくりのために大気だけでなく、ガミラスの植物もあるという。

しかも、その植物は遊星爆弾によってボロボロになった地球に生えたものと同じだ。

「このことからわかるように、この環境は太陽系外から人為的に持ち込まれたということです。将来、地球をガミラスフォーミングするため、大陸ごと移植したと思われます」

「…ガミラスは地球を自分たちの星と同じ環境にするために遊星爆弾を…」

古代は拳を握りしめる。

そのためにどれだけのコロニーが破壊され、どれだけの生物が絶滅し、どれだけの人々が犠牲になったことか。

このような悪魔の所業を許せるはずがなかった。

「身勝手すぎるわよ!移民を希望するなら、正式な交渉をすればいいのに、一方的な攻撃なんて!!」

チトセも古代と同じく、ガミラスへの怒りをあらわにする。

しかし、交渉するには共通の価値観が必要となる。

地球とガミラスの間に共通の価値観があるかわからない以上、交渉をするのは簡単なことではないし、今はもはやその段階ではなくなってしまっている。

「そうだ。問答無用の先制攻撃を仕掛けてきたような連中を許してはおけない」

島の父親はガミラスとの最初の戦闘で命を落としている。

それはガミラスからの先制攻撃によるものだったと聞いており、そのため島もまたガミラスに強い怒りを抱いている人間の一人だ。

艦長席に座る沖田は口を挟むことなく、そんな彼をじっと見ていた。

「あの浮遊大陸にガミラスがいる限り、木星の住民たちに安息がもたらされることはありません。ガミラスはここを拠点に、何度も木星コロニーに挑発的な攻撃を繰り返しています」

キンケドゥと共に会議に参加しているシェリンドンが第一艦橋のモニターにガミラスと木星帝国の戦闘の光景が映った画像が表示される。

いずれも小規模な衝突であるが、木星帝国側に大きな損害を与えている。

現にガミラスの戦艦を撃沈した光景はなく、あるのは次々と撃破されるバタラやカングリジョや木星帝国軍戦艦だ。

なお、ここに映っている木星帝国軍はドゥガチから離脱した派であり、ドゥガチの命令を守ろうとするタカ派は以前にキンケドゥが言ったように、木星から離れてしまった。

「このままじゃあ、木星帝国は完全にガミラスの物になる」

「もしかしたら、それを避けるために奴らは地球圏を出ていったんだろうな」

「この状況を看過するわけにはいかん。それに、ガミラス側もこちらの動きを察知し、仕掛けてくることが予測される。避けられない戦いなら、ここで打って出る」

沖田の言う通り、イスカンダルへ向かう以上はガミラスとの交戦は避けられない。

仮に彼らがコスモリバースシステムのことを知ったら、是が非でもヤマトを鎮めようとするだろうし、ここで木星のガミラスを放置するわけにはいかない。

彼らが木星を征服し、更に遊星爆弾攻撃を活発化させる可能性もあるからだ。

そうなると、1年を待たずに人類が滅亡する。

「了解です。今回の戦闘ではヴァングレイと2機のガンダムが前線を務め、ハヤブサ(コスモファルコン)を直掩としたヤマトは後方から援護射撃を行いつつ、戦線を押し上げます」

これはアマクサとの戦いの後から古代と沖田、真田、加藤とキンケドゥが中心となって練り上げた戦略で、今回の戦闘でそれの有用性が試されることになる。

「機動兵器で前線を支えられるんですか?あの基地の規模だと、戦艦が出ることも予想されます」

戦術科・砲雷長の南部康雄はこの戦略を懐疑的に見ていた。

そう考えてしまうのはいまでは無理もない話だ。

200年近くの歴史を誇るモビルスーツはミノフスキー粒子によって通信障害を生じさせ、レーダーを機能させなくすることで戦艦の攻撃力を封じ、航空機を上回る運動性と機動性を生かして戦場を駆け巡ることで成り立ってきた。

しかし、ガミラスの通信機器やレーダーの構造は当然地球の物とは根本的に異なり、ミノフスキー粒子は彼らに対しては無意味だった。

おまけにガミラスは数多くの戦艦による高密度な砲撃と航空機による雷撃および爆撃を中心とした戦術を取っており、それによりモビルスーツは無力化していき、やがて一年戦争以来の艦隊中心の戦闘へと回帰していった。

メ号作戦で投入された最新鋭の量産型モビルスーツであるジャベリンですら、ガミラスの戦艦を傷つける程度のことしかできなかったことは記憶に新しい。

「クロスボーン・ガンダムとヴァングレイの性能は従来の地球連邦軍の量産モビルスーツをはるかに上回る。運動性も加味すると、その戦闘力は1機につき巡洋艦1隻に匹敵すると言ってもいいだろう」

「お言葉ですが、もうモビルスーツをはじめとした機動兵器の時代は終わりました。今は砲撃が戦いの主役です」

(こいつは…デジャブだな…)

モビルスーツだけでなく、航空機をも無意味だと言っているようにも取れる発言をした南部をにらみつける加藤を見たソウジはそう思わざるを得なかった。

一年戦争からしばらくの間、モビルスーツパイロットと砲撃手はとても仲が悪かったという話を戦争史のこぼれ話で教官から聞いたことがある。

その当時までは主役であり、戦場の華であった砲兵としてのプライドがあり、新参者のモビルスーツに華を奪われたことが我慢ならなかったのだろう。

そして、今度はその砲兵が棚から牡丹餅のような形で再び戦場の華へと返り咲き、それが我慢ならないモビルスーツパイロットが存在する。

こうして歴史は繰り返し、このように砲兵とモビルスーツパイロットの仲が悪くなる。

人間には学習能力がないのか、と一瞬思ってしまう。

「だが、その砲撃をかいくぐる力がクロスボーン・ガンダムとヴァングレイにはある。そして、ビーム・ザンバーとポジトロンカノンのような、敵戦艦の装甲をえぐるだけの火力もある。これなら、話は別になるだろう」

「それが、私たちに求められていることですね」

キンケドゥとチトセの言葉を聞いた古代がハッとする。

そんな彼を見た沖田がフッと笑みを浮かべる中、今度は新見が話を始める。

「ですが、ヤマトの砲撃もまたガミラスに対して有効な戦術と言えるでしょう。艦長…技術科は波動エンジンの膨大なエネルギーを応用した兵器を完成させ、艦首に搭載させることに成功しました」

「兵器…ですか…」

森は若干複雑な表情を見せながら新見の説明を聞く。

地球を救うために、サーシャが命がけでもたらしてくれた波動エンジンを兵器に転用して果たしていいものなのか、という疑問からだ。

それは彼女の魂を冒涜することではないのか?

そう考えている中で、新見の話は続く。

「次元波動爆縮放射砲…」

「長いな…波動砲だな、そりゃ」

「私たちもそう呼んでいます。」

「ところで、波動砲とはどんな武器なんです?」

「簡単に言えば、波動エンジン内で解放された余剰次元を射線上に展開、超重力で形成されたマイクロブラックホールが瞬時にホーミング輻射を放ち…」

「それって巨大な大砲ってことじゃ…」

彼女の説明を聞いていた南部は驚きながら彼女に尋ねる。

その説明が正しければ、ヤマトのショックカノンをはるかに上回る戦略兵器であることを意味する。

ただ、技術科も完成したとは言うものの、その破壊力については実際に撃たなければわからず、協力した徳川もいまだに首をかしげている始末だ。

「波動砲はいずれ試射をしなければならないでしょう」

「いずれの話だ。今は機動兵器による雷撃戦でいく。よいな?」

沖田の結論に対して、反対の声はなかった。

内心、今回の戦闘で試射をしようという意見が出なかったことを沖田は安どしていた。

(波動エンジン…果たしてこのような形で使うことが許されるのか…?)

 

-ヤマト 航空隊控室-

「頼むぞ、叢雲!如月!」

「りょ、了解です…」

「ぜ、全力を尽くすことを誓います…」

「お前らは航空隊の代表だ!南部の野郎にパイロットの意地を見せてやれ!特に叢雲!お前はいつもヘラヘラしているから、大砲屋になめられるんだ!!」

「うげえ、ここで八つ当たり…」

加藤がいつも以上の気迫でソウジとチトセに発破をかける。

彼の両拳には包帯がまかれており、あの会議の後、腹立ちまぎれにまた壁かロッカーを殴り、原田に治療されたことがよく分かる。

「これは…南部砲雷長の言い方が癪に障ったな…」

3人の姿を遠目で見ていた篠原が苦笑する。

そんな中、玲が控室に入ってくる。

「チトセ」

「玲…」

「出撃するって話、聞いたわ。気を付けて」

「ありがとう、玲。わざわざ励ましに来てくれて…」

チトセは嬉しそうに笑いながら玲に礼を言う。

2人は一緒に主計科の仕事をやっていくうちに仲良くなった。

「ありがとさん、玲ちゃん。で、俺のほうは…」

「今日はちょうど、非番だったの」

「う…無視された。ガード固いなって痛てて!!」

いきなりチトセに耳をつねられたソウジが涙目になって痛みに耐える。

本当はソウジにゲンコツをお見舞いしようと思っていた加藤だが、チトセが制裁しているのを見て十分だろうと考え、殴るのをやめる。

玲もソウジによる相変わらずの下手なナンパにはあきれはしたものの、2人のやり取りを見て、クスリと笑ってしまう。

「…やっぱり、まだ航空隊に未練がある?」

「え…?」

「ごめん…。加藤隊長から、あなたがもともと航空隊志望だったって話を聞いて…」

「…未練がないと言えば、嘘になるでも今は、ヤマトの乗員として自分の任務を果たすだけよ」

そういうと、玲は控室を出ていった。

加藤は出ていく彼女の後姿をじっと見ていた。

「それぞれが自分の役割を全力で果たす…。玲ちゃんを見習って、俺らも頑張りますか!」

「その意気だ、叢雲…だが」

自分が言いたいことを代弁したソウジに感心するが、一つだけ気に入らないところがあったのか、ソウジの胸ぐらをつかむ。

「…二度と彼女を玲ちゃんと呼ぶな。ナンパしたら、その顔面に10発叩き込んでやるぞ…!」

「…了解」

 

-ヤマト 格納庫-

「そうですか…やっぱりチトセさんもあの声が…」

「うん。本当かどうかわからないけど…」

キンケドゥとソウジが出撃準備をする中、チトセはトビアに木星帝国残党の基地で聞こえた声について話していた。

トビアがあのバイオ脳の声を聞いたということをキンケドゥから聞いたため、もしかしたらと思いながらも、これまでタイミングを逃してきたため、今になってしまった。

「その…もしかしたら、ですが…チトセさんはニュータイプじゃないかなって思います」

「ニュータイプ?私が??」

現在、ニュータイプは他者の感情の動きさえ読み取る、広範かつ鋭敏な感覚の持ち主と解釈されている。

その他者というのは人間だけでなく、動物の感情の動きまで読み取れる可能性があるとさえ言われており、もしかしたらバイオ脳の声が聞こえたのはそのせいかもしれない。

なお、キンケドゥも同じニュータイプではあるが、彼曰く『長い間戦ってきて、余計なしがらみを抱えて、目の前の物を素直にとらえられなくなったせいか、落ちてしまった』とのこと。

「でも、ニュータイプってスペースノイドから生まれるものでしょ?私は生まれてからずっと地球に…」

「ジオニズムではそうなるでしょうね。けど…ニュータイプは、本当にジオニズムで語られたニュータイプと同一の存在でしょうか?」

「それは…」

それについてはチトセには何とも言えなかった。

ジオニズムの提唱者であるジオン・ダイクンもニュータイプの実在を見ることなくザビ家に暗殺(これについては諸説ありで、現在でも歴史研究家による研究の的となっている)されたため、不明だというのが現在の正論だ。

チトセ自身、バイオ脳の声を聞き、そしてトビアと話したことで、自分がニュータイプかもしれないとは思ったものの、それでも特別な人間だとは思えなかった。

「僕はある人に『あなたはニュータイプだ』って言われたことがあります。その人はニュータイプを進化した、選ばれた人間だと言っていました。けど…僕は進化した、選ばれた、なんて自覚はこれっぽっちもありません」」

「あ…!それ、私も同じ。だって、バイオ脳の声が聞こえたってだけで進化したってちょっと結論が乱暴じゃない?」

「確かに、そうですね。それに僕たちはそれ以前に地球のことも人間のこともよく知らない。だから、まずはそれを知る必要があって、そのうえで人である間にできることをすべてやるべきなんじゃないかなって思います。ニュータイプとか進化とは言う前に…」

「トビア!そろそろ出るぞ!X3に乗れ!」

「はい!今行きます!じゃあ、チトセさん」

そばに浮いているヘルメットをつかんだトビアはX3へ向かって飛んでいく。

彼の後姿を見ながら、チトセは彼との会話を思い返した。

(ニュータイプを言う前に、人である間にできることを全部やる…か)

「チトセちゃん!早く来てくれよ、出撃できないぞ!」

「すみません、ソウジさん!」

自分がニュータイプなのか、という疑問がばからしくなったチトセは笑顔で応え、ヴァングレイに乗り込む。

「…どうやら、悩みは解決したみたいだな」

「え?」

「あの基地での戦闘からずっと、悩んだ顔ばっかり見せてただろ?どういう悩みかはわからないけど、解決できてよかったな」

「ソウジさん…」

「さあ、まずは俺たちから出撃だ…」

コックピットが閉まり、同時にハッチが開く。

(ソウジさん、チトセさん!木星の重力は地球よりも重いです!大陸への必要以上な接近は避けてください!)

木星圏で戦った経験のあるトビアとキンケドゥは木星の重力について、よく理解していた。

あの重力に捕まると、木星に飲み込まれて、二度と宇宙へ戻ることができなくなる。

浮遊大陸のおかげで、それだけは避けることができるが、墜落した場合には機体が損傷し、今度はガミラスの餌食になってしまう。

(叢雲、如月!命ではなく…)

「敵を落とせ…でしょう、加藤隊長。了解だ。叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ出るぞ!」

ヴァングレイがハッチから飛び降り、続けて2機のクロスボーン・ガンダムもヤマトを降りた。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「モビルスーツの出撃、完了しました」

「了解だ。シェリンドン・ロナ殿。これから我々は戦闘に入る。そちらは後退を」

(わかりました。健闘を祈ります)

エオス・ニュクス号は通信を切ると、後退を始める。

マザー・バンガードとは異なり、武装のないエオス・ニュクス号がいても、足手まといになるだけだ。

それ以前に、軍人ではないシェリンドンらを巻き込みたくないというのが本音ではあるが。

「航空隊はヤマトの直掩に当たり、モビルスーツ隊が撃ち漏らしたガミラスの航空機の撃破を行え!」

古代が格納庫で待機する航空隊に命令する中、沖田はじっと浮遊大陸を見ていた。

あの大陸がもしかしたら、将来ガミラスフォーミングされるかもしれない地球の景色となるかもしれない。

それは46億年かけて作り上げてきた地球が失われることを意味する。

(ガミラス…貴様らに地球は渡さんぞ)

 

-木星 浮遊大陸-

ヤマトの接近に気付いたのか浮遊大陸上空には3隻のボルメリア級と1隻のデストリア級が飛んでおり、既に20数機のメランカを発進させている。

ヴァングレイと2機のクロスボーン・ガンダムの接近に気付いたメランカ5機の機銃攻撃を合図に、ほかのメランカも攻撃を始める。

「ソウジは後ろへ!俺とトビアが前に出る!」

「了解だ、頼んだぜ!」

肉薄された際の対抗手段の乏しいヴァングレイがレールガンを連射しながら後退し、スカルハートとX3が前に出る。

「2人とも、ガミラスの戦闘機の運動性はモビルスーツと同じレベルだ!見た目に騙されるなよ!」

「了解だ!」

機銃をビームシールドで防いだスカルハートはザンバスターを発射し、更に未来予測地点にバルカンの弾幕をはる。

だが、やはりソウジの言う通りで、メランカはその地点から上もしくは横にずれて動いて回避する。

これをはじめとするガミラスの戦闘機の運動性はこれまでの航空機との戦闘データは役に立たない。

頼りにできるとしたら、対モビルスーツ戦闘のデータだ。

「この程度のスピードで!」

また、キンケドゥ達はその戦闘機以上に速い相手と戦った経験がある。

2機のクロスボーン・ガンダムがシザー・アンカーを展開し、それぞれ1機ずつメランカをつかむ。

「な、なに!?」

「鋏がついたアンカー!?野蛮な武器を!!」

「死にたくなければ」

「飛び降りろぉ!!」

2機がメランカをつかんだままのシザー・アンカーを振り回し、パイロットはやむなく脱出する。

そして、それらのメランカは正面から激突しあう形で撃破された。

「こっちも負けてられないぜ、チトセちゃん!」

「はい!」

高高度での飛行を維持しつつ、ヴァングレイが両腕のビーム砲を連射し、両肩のミサイルを発射する。

ガミラスがやった高密度の艦砲射撃とはいかないが、数多くの火器によるビームと鉄の嵐は何機かメランカを炎の華へ返るか、損傷させ、浮遊大陸に墜落させる。

「ええい、なんだあのモビルスーツは!?」

ボルメリア級の艦長は次々と撃墜されていくメランカを見つつ、これまでとは違う破格の性能を発揮するモビルスーツについて部下に尋ねる。

彼がこれまで見たモビルスーツはバタラやジェガンなどの量産モビルスーツばかりで、クロスボーン・ガンダムのようなモビルスーツの存在は寝耳に水だった。

「ちょ、長距離からビーム、来ます!!」

「な、なんだとぉ…!?」

次の瞬間、ボルメリア級の艦橋が青いビームの砲撃で焼き尽くされていく。

コントロールを失ったその艦もまた撃破されたメランカと運命を共にする結果となった。

 

「ショックカノン、命中。ボルメリア級1隻の撃沈、確認!」

「どうだガミラス!ヤマトの主砲の威力は!!」

森からの敵艦撃沈の知らせに南部が喜びを見せる。

「まだ戦闘は終わっておらん。警戒しつつ、時には三式弾による攻撃を混ぜて敵をかく乱しろ!」

(モビルスーツの運動性とヤマトの火力の融合…!これが、俺たちの新しい戦術…!)

量産機の規格を超えたモビルスーツ、そして波動エンジンの搭載によって従来の戦艦をはるかに上回る火力と強度を得たヤマト。

どちらかが駆けていては成立しないこの戦術が今、ガミラスを撃破している。

知らされた戦果はボルメリア級1隻とメランカ数機だけだが、それだけでも古代達の大きな自信につながった。

「ヴァング1から入電!撃ち漏らした戦闘機3機がこちらに!」

「ここはハヤブサで迎撃させます!Bravo1、いいか!!」

「了解だ、お前ら!戦術長直々のご指名だぞ!」

格納庫から4機のコスモファルコンが発進し、それと同時に一気に上昇する。

木星の高重力を考えると、無駄に下へ行くわけにはいかない。

だが、それ以上にメランカには真上へ攻撃するためのオプションがない。

「くらえ、ガミ公!」

「受け取れぇ!」

真上からコスモファルコンの機銃の雨が降り注ぐ。

ヤマトに気を取られていたメランカはコスモファルコンの存在に失念していた。

次々と撃破され、残った1機のメランカもミサイルを撃った後で撃墜されるが、そのミサイルも第三艦橋が制御する波動防壁によって無効にされた。

 

「くっそぉ、なんだよあのモビルスーツ!?ぐおおお!!」

「こんな地表すれすれでどうしてこんな動きを…!!」

スカルハートが浮遊大陸の地表スレスレで高機動戦闘を繰り広げており、地表に背を向けた状態でザンバスターを連射している。

従来のモビルスーツを上回る出力と大型可動式スラスターの採用により、クロスボーン・ガンダムは木星の高重力下でもこのような芸当が可能となっている。

「とらえたぞ、ガミラス!!」

ザンバスターにグレネード弾を詰め、もう1隻のボルメリア級に向けて発射する。

グレネード弾はその戦艦に命中し、わずかな時間差で爆発した。

真下に大口径レーザー砲を搭載していたボルメリア級はその爆発によってそれが破壊されただけでなく、機関部まで損傷し、航行不能となる。

「使える…このグレネードは」

今回キンケドゥが使用したグレネードはヤマトが搭載している三式融合弾を小型化したものだ。

小型化の代償として、ヤマトが使用するそれほどの威力を発揮することができないものの、それでも脆弱な箇所に命中させることができれば、このように一撃で戦艦を撃沈させることができる。

「うおおおお!!」

トビアのX3も左手のIフィールド・ハンドを起動させながら、デストリア級に向けて接近しつつ、攻撃してくるメランカをガトリングガンとブラスター・ガンで撃破していく。

「突っ込んでくるぞ!撃て、主砲で撃ち落とせぇ!!」

デストリア級がメランカでは排除できないと判断し、主砲でX3を撃ち落とそうとする。

だが、X3のIフィールド・ハンドによって発射されたビームがかき消されていく。

「なぜだ!?なぜ奴に主砲が効かない!?」

「魚雷で排除しろ!」

「ま、間に合いません!!」

デストリア級はゲシュタム・ドライブという、ヤマトが搭載している波動エンジンに相当するエンジンが装備されており、それにより主砲のビームはほかのガミラスの戦艦を上回る威力を発揮している。

だからこそ、メ号作戦などで数多くの地球連邦軍の艦隊を圧倒することができた。

しかし、その結果として実弾攻撃の必要性が失われ、搭載されている実弾は魚雷のみとなっている。

仮に発射したとしても、誘導性がないことから、今のトビアになら簡単に避けられてしまうだろう。

セーフティが解除されたムラマサ・ブラスターは巨大なビームソードへと変貌し、デストリア級を両断した。

「さっすがガンダムだ。もう2隻沈めてるぜ」

2人に近づくメランカをレールガンやビーム砲で対処しながら、ソウジは2機のガンダムの戦いに舌を巻く。

宇宙海賊として、長い間戦いを経験してきたためか、教科書で教えられている戦い方をいい意味で無視している。

(こういう性能のモビルスーツが配備されていりゃあ、あいつらも死なずに済んだんじゃあ…)

「…!ソウジさん!ヤマトの左舷にガミラスの増援が!」

森からの通信を受けたチトセがソウジに報告する。

キンケドゥとトビアが前に出ている以上、一番早くそちらへ到着できるのはヴァングレイだ。

「今すぐ行く!敵の数は!!」

「それが…デストリア級1、ボルメリア級1、メランカ4!」

チトセの報告を聞いたソウジの操縦桿を握る手の力が強くなる。

コスモファルコンなら4機のメランカを対処できるかもしれないが、ボルメリア級にはまだ何機メランカが残っているかわからない。

おまけに戦艦の宿命として、回頭には時間がかかる。

その間に攻撃を受けたら、主砲の照準合わせに時間がかかってしまい、その間に続々と攻撃を叩き込まれたら、いくらヤマトでも持たない。

波動防壁は20分しか持たないうえ、Iフィールドとは異なり実弾にも対処できるが、それを受け続けるたびに消耗していってしまう。

ボルメリア級1隻ならどうにかなるかもしれないが、デストリア級が入ってくると話が変わってしまう。

「…チトセちゃん、君はいつでも脱出できるようにしておいてくれ」

「え…!?」

「ちょっとばかし今回は腹をくくらないといけないらしいからな!」

最大戦速でヤマトの元へ戻り、左舷のボルメリア級に向けて突撃する。

「ヴァングレイ、デストリア級へ突撃していきます!」

「ヴァング1、ヴァング2!無茶をするな!!」

「無茶でも何でも、やらなきゃ地球が終わっちまう!」

古代からの通信に反論しつつ、ビーム砲とレールガンで続々と出撃してくるメランカを倒していく。

ポジトロンカノンでならボルメリア級を一撃できずめることができるかもしれないが、メランカによる抵抗のせいで照準を合わせることができない。

「あとは俺がやる!さっさとチトセちゃんは脱出を…」

「バカを言わないでください!一緒に戦わないと、ヴァングレイの性能を…!」

「チトセちゃん…けどよぉ…!」

ソウジの脳裏にメ号作戦、そしてそれ以前の記憶がよみがえる。

次々とガミラスの攻撃により散っていく仲間たちと彼らの断末魔の声。

自機が撃破され、自分自身も負傷で動けなくなった中で見たユキカゼの姿。

そして、メ号作戦以前に上官から聞いた肉親や恩師、友人らの死。

あの戦いの後、必死に封じ込めようとしていて、少なくとも戦場ではよみがえらせまいとしていた記憶がよみがえっていき、体中に残る傷跡がうずき始める。

「くっそぉ!!もっと早く動け、ヴァングレイ!!」

(パイロットの要請を受諾します。FCSと姿勢制御のアシストをサブパイロットと共に行います)

「何!?」

急にヴァングレイに聞こえた、少女に似た声にソウジは驚く。

また、チトセの左右にあるディスプレイに新しい戦術プログラムが書き込まれていく。

ソウジの目の前のディスプレイにも同じものが表示された。

「こいつは…!」

「ソウジさん、この戦術プログラムは…!?」

「予行練習無しのぶっつけ本番だ、前に教えた25部隊の十八番戦術をやってみるか!?」

「…はい!」

返事をしたチトセはすぐにFCSと姿勢制御の補佐を開始する。

先ほど聞こえた声が言った通り、システム側からもアシストされているおかげで、前よりも制御が簡単になっていた。

「よし…行くぜ!!」

両肩からミサイルを発射し、そのミサイルの中をヴァングレイが飛び回る。

ソウジのディスプレイにはミサイルの起動予測とヴァングレイの移動ポイントがリアルタイムで更新・表示されている。

次々と発射されるミサイルにメランカが撃墜されていき、ヴァングレイ自身はその中を飛び回っているにもかかわらず、一度もミサイルに接触していない。

「お次はこいつだぁ!!」

ヴァングレイを急速停止させ、レールガンを発射する。

レールガンは前にミサイルを貫通し、デストリア級の主砲の1つに着弾する。

貫通したミサイルから爆発が起こり、その周囲のミサイルが次々と誘爆し、それによる閃光がデストリア級の視界を封じていく。

一方、ヴァングレイは間近で閃光を見ているにもかかわらず、カメラ自身が自動で対閃光防御をしたため、ソウジやチトセに影響を与えていない。

「チトセちゃん、タイミングは任せるぞ!」

「は、はい!!」

更にミサイルを発射しつつ、ヴァングレイはデストリア級の周囲を飛び回りながらレールガンとビーム砲を連射する。

追加のアシストのおかげか、これまで以上の動きを見せるヴァングレイにデストリア級は翻弄されており、動きを止めてしまう。

「ここで!!」

タイミングを見切ったチトセは操縦桿の引き金を引く。

すると、急にデストリア級の後部スラスターにミサイルが直撃する。

先ほどの円を描くような軌道をやっている間に、ミサイルポッドを1つパージしており、ヴァングレイ側の操作によっていつでも発射できるようになっていた。

スラスターが爆発し、その影響で艦内部が次々と誘爆していく。

外側からも爆発が肉眼で見ることができるようになった段階では既に艦橋も炎に包まれており、制御不能に陥っていた。

たった1機のモビルスーツの猛攻により、かつては地球連邦軍艦隊に対してはまさに無敵を誇っていたデストリア級が浮遊大陸へ墜落し、大爆発とともにその姿を消していった。

「バカな!?デストリア級が…!」

「よそ見してんじゃねえぞ、ガミ公!!!」

デストリア級撃沈で動揺するメランカをコスモファルコン隊と戻ってきた2機のガンダムが各個撃破していく。

そして、回頭を終えたヤマトのショックカノンによって母艦であるボルメリア級も沈んでしまった。

「すごいぞ、ヴァング1、ヴァング2!今の攻撃は…」

「はぁ、はぁ…25部隊の十八番戦術、烈火っすよ。本当は複数のモビルスーツでやるんですがね…」

増援部隊全滅を確認したとき、既にソウジの傷跡の疼きがなくなっていた。

(すべては、私のアシストによるものです)

「お前は…一体…??」

再びヴァングレイから聞こえた少女の声にソウジが質問する。

(私はシステム99。ヴァングレイのメインOSです)

「メインOS…ってことは、最初っからいたじゃない!?なんで今のタイミングで!?」

チトセの言う通り、メインOSであるということはこのAIはいつでもこのようにしゃべることができたうえ、こうして2人をアシストすることができた。

場合によってはチトセがサブパイロットをやらずに済んだかもしれない。

(…作戦行動中につき、不必要な情報提供をするつもりはありません)

「…かわいくない」

声は少女であるにもかかわらず、あまりに機械的な反応にソウジは口をとがらせる。

ナンパ相手ならとにかく、こういうタイプのAIとはあまり仲良くなれなそうだと思った。

「やった…敵艦隊全滅だ!」

先ほどの増援部隊を撃破したことで、浮遊大陸から敵の反応が消えた。

ガミラスに勝利したことに、南部が素直に喜びを見せる。

「いや、まだだ…」

「レーダーに反応!新たな敵艦隊、確認!」

「数は!?」

「デストリア級3、ボルメリア級4!」

森から伝えられた新たな敵艦隊は先ほど全滅させた敵艦隊を上回る規模の物だった。

ボルメリア級に乗っているメランカを考えると、これ以上の戦闘は厳しい。

3機のモビルスーツも補給が必要となっており、帰投した場合は前線をコスモファルコン隊が代わりに努めなければならなくなる。

「…古代、機動部隊を全機収容せよ」

「了解です!全機、直ちに帰投せよ!」

沖田の命令の意味が分からないものの、すぐに古代はソウジ達に命令する。

「そんな…ヤマト単独で!?」

「すぐに戻るぞ。さっきのでガスが厳しくなってきた」

「…了解!」

モビルスーツ及びコスモファルコンが相次いでヤマトに帰投していき、ヤマトはその間に浮遊大陸からゆっくりと距離を置いていく。

「回収、確認しました!」

「島、最大船速で浮遊大陸外縁部まで後退しろ」

「了解!」

ハッチが閉じると同時に、ヤマトが最大船速で浮遊大陸の外へと出ていく。

「大陸外縁部に到着しました!」

「このまま180度回頭。古代、波動砲で浮遊大陸を撃て」

「え…!?」

「波動砲の試射を兼ねて、敵基地をここでたたく!」

「波動砲の威力は未知数です!効果が不確定な状況での使用はリスクが高すぎるのでは…」

真田の言う通り、波動砲の威力はいまだに不明で、敵艦隊や敵基地を撃破できるかどうかわからない。

そんなテストをされたことがなく、信用性がいまだに確定されていない兵器を使うのは戦場ではナンセンスなことだ。

「…やってみようじゃないか、真田君。ここでダメなら、先へ行ってもダメなんだ」

徳川は既に発射のための準備を開始していた。

波動砲以外の兵器で敵艦隊を全滅させることは難しい状態で、おまけに波動防壁も冷却完了まで時間がかかる。

仮にそれだけで戦い、勝利したとしても、大きな損害を受けて間に合わなくなるのがオチだ。

だとしたら、波動砲にかけるしかない。

「総員、準備にかかれ!艦首は浮遊大陸に向けよ!」

「艦内の電源を再起動時に備えて、非常電源に切り替える!」

反対していた真田だが、すぐに気持ちを切り替え、副長としてなすべきことを為し始める。

同時に艦内のクルーたちも非常電源に切り替わったヤマトの中で走り回り、波動砲発射に備える。

「森!浮遊大陸の熱源は!?」

「大陸中心部の盆地に集中しています!」

「座標を送れ、古代!」

「了解!艦首を大陸中心に向けます!」

既に島から操艦を回されていた古代の手で、ヤマトの艦首が大陸中心部へ向けられる。

その間にも、敵艦隊はヤマトを沈めるために主砲を発射し、メランカも発進準備を整えている。

「敵の攻撃にかまうな!敵基地が我々の狙いなのだ!」

接近しながらの砲撃のためか、まだヤマトに至近弾は来ていない。

技術班からの情報が正しければ、至近弾が来る前に準備が整うはずだ。

ヤマトの窓が閉じられていき、強制注入機が作動する。

波動エンジンの最終セーフティが解除され、艦首の砲門が開く。

「薬室内、タキオン粒子圧力上昇!」

「ターゲットスコープ!オープン!照準補正開始!」

ターゲットスコープによって、ヤマトの艦首の位置が微調整されていき、その間にも砲門に膨大な波動エネルギーが集まり、青く光り輝く。

「総員、対ショック、対閃光防御!」

沖田の指示で、全員がゴーグルを着用する。

「照準補正完了。照準固定!」

「発射まで3…2…1…」

「波動砲、発射!」

「てぇーーーー!!」

ターゲットスコープの引き金が引かれ、青い大出力のビームが砲門から放たれる。

あまりにも膨大な出力により、ビームが激しくスパークしていて、浮かんでいるメランカの残骸がそれに触れた瞬間次々と爆発を引き起こした。

ビームは浮遊大陸の植物、そして大地をえぐっていき、熱源を貫いていく。

熱源が波動砲の熱で急速に加熱されていき、大爆発を引き起こした。

敵のある艦は波動砲のビームでそのまま蒸発していき、ある艦は爆発によって吹き飛んだ大地が直撃していき、ある艦はその混乱の中で仲間の艦に激突する、またはされる形で次々と沈んでいった。

波動砲が収まり、閉鎖された窓が開いていく。

「浮遊大陸…完全に崩壊しました…」

あまりの光景を見た森が震えた声で沖田に報告する。

沖田はただじっと崩壊した浮遊大陸と沈んだガミラスの艦を見つめ、波動砲の破壊力をその眼に刻み込んだ。

「これが…波動砲…」

恐ろしい光景に言葉を失った古代はその引き金を引いた自分の手を見る。

その手はあまりのことで震えており、汗でびしょびしょに濡れていることに気付いた。

「すごい武器だ!これさえあれば、ガミラスと対等に…いや、互角以上に戦える!」

南部はただ、波動砲がもたらした勝利に喜びを見せていた。

これさえあれば、地球を死の星へ変えようとしたガミラスを返り討ちにできる。

その手段が今、この手にあることがとてもうれしかったのだ。

「…いや、我々はガミラスの基地さえつぶせば、それでよかったはずだ。しかし、波動砲はそれどころか大陸すら破壊してしまった…」

表情を変えない真田だが、波動砲の恐ろしさに恐怖しているのか、若干声に震えがある。

使いどころを誤れば、一年戦争でジオンが起こしたコロニー落としによるシドニー消滅(皮肉なことに、シドニーの地名は遊星爆弾攻撃による海の蒸発と共に、現地に建設された地下都市の名前として復活している)以上の惨劇が引き起こされる。

「我々の目的は敵の殲滅ではない。そして、ヤマトの武器はあくまで自身と人々を守るためのものだ」

「でも、この武器さえあれば…!」

「戦うための力は武器だけではないぞ、南部。核兵器が誕生したときからの歴史を思い出せ」

「…戦術長。加藤隊長が格納庫へ来てほしいとの…」

重々しい空気に包まれる中、相原が古代に伝言する。

「何かあったのか?」

「キンケドゥ氏とトビア君が今後のことで話がしたいとのことです」

「わかった。すぐに行くと伝えてくれ」

キンケドゥとトビアはあくまで軍人ではない。

彼らは好意でここまで同行してくれたに過ぎない。

だから、こうして目的が達せられた以上はヤマトを降りる権利がある。

戦闘終了と共にこちらへ来ているエオス・ニュクス号、そしてヘリウム船団があれば、地球圏へ戻ることができる。

できれば共闘したいが、彼らが出ていくのを止めるわけにはいかない。

そう思いながら、古代は格納庫へ向かおうと席を立つ。

「古代…返答は任せる」

「はい」

沖田に敬礼し、古代は第一艦橋から出ていった。

(宇宙さえ滅ぼしかねない力…か…)

スケールが違うものの、そのような武器はこれまでの歴史で何度も姿を見せてきた。

核兵器がそのもっともな例で、最近ではコロニーレーザーもある。

これらは下手をすると地球をも滅ぼしかねない力があり、その恐怖を間近に触れることになったのが木星戦役だ。

1機1機に地球を滅ぼせるだけの力がある巨大モビルアーマー、ディビニダドを間近で見たときの恐怖は今も忘れられない。

(我々は、禁断のメギドの炎をまたしても手に入れてしまったのだろうか。いや、今は何も思うまい。これが試しであるならば、我々はその行動で良き道を示していくだけなのだ。正しき道を進めば、そこに正しき力が集う…。彼らが、その力なのだとワシは信じている…)

 

-ヤマト 格納庫-

「何!?このままヤマトに残る…!?」

キンケドゥとトビアの話を聞いた古代は驚きながら、彼らを見る。

ヤマトを降りる話になるだろうとばかり思っていた分、その驚きは大きい。

「人類の生まれた星が滅ぶのをこうして指をくわえてみているのは我慢ならないからな」

「申し出はうれしいんだけどよぉ、キンケドゥさん。あんた、ベラさんはどうするんだ?トビアもベルナデットがいるだろう?」

一緒に話を聞いたいた加藤が2人に尋ねる。

恋人や家族、友人を地球に残して旅をすることの大きさをヤマトのクルー全員が理解していた。

その大きさに耐える覚悟があるのかを問いたかった。

「ベラ艦長とベルナデットは残った木星の人たちをまとめてくれています。だから、僕たちは僕たちでできることはやります」

「少しでも動ける人間なら特に…な。だから、それを終えるまではまだ俺たちはこの名前を名乗り続ける」

「…了解だ。ヤマトは君たちを歓迎する」

「いいのかよ、古代!?独断で決めて…」

「すでに艦長から返事は任されているからな。それに、これが艦長の意思でもある」

古代は沖田の南部に言っていた言葉を思い出す。

戦うための力は武器だけではない。

もしかしたら、今のキンケドゥとトビアがそれの答えなのかもしれないと…。

 

-ヴァングレイ コックピット内部-

「なぁ…そろそろ返事してくよ、システム99」

「あなたにお礼が言いたいのよ」

2人はシートに座ったまま、何度もシステム99に声をかける。

だが、沈黙を保っており、うんともすんとも返事が返ってこない。

「女の子なのに、だんまりなんだな」

(女の子…?)

奇妙な言葉に驚いたのか、ようやくシステム99が声を出す。

「お、ようやく反応してくれたな」

「私もそう思う…。AIに性別はないのかもしれないけど、私もソウジさんと同じで、あなたが女の子かなってなんとなく思ったの。どう?」

チトセが明るく声をかけるが、再び彼女は沈黙してしまう。

「どうやら、疑似人格型AIってわけじゃなさそうだ。詳しい話は明日にするか…じゃあな、今日はありがとよ」

「あ、ソウジさん!じゃあね、システム99!これからもよろしくね!」

急に出ていったソウジを追いかけるように、チトセもコックピットから飛び出していった。

(…よろしく、叢雲総司。如月千歳)

無人のコックピットの中で、彼女は静かにそういった。

 

-ヤマト 下士官用居住部屋-

「どうしたんだよ、チトセちゃん。そんなに血相を変えて」

格納庫から出たソウジはチトセに引っ張られる形で自分が寝泊まりしている部屋に連れていかれる。

最初は逆ナンパかと思ったが、彼女の起こった表情を見るとすぐにそうではないなと確認した。

「ソウジさん…どうしてあの時、私だけ脱出しろって言ったんですか?」

「ん…?いや、まぁ…いろいろと。別にいいだろ?現に俺たちは生き残ったんだから…」

「よくないですよ!」

あいまいに答えてその場をしのごうとするソウジに一喝する。

彼女の言葉にソウジも黙るしかなかった。

「サブパイロットだとしても、私はヴァングレイのパイロットです。ソウジさんと一緒に戦うって決めたのに…」

「チトセちゃん…」

「そんなに私が頼りないですか!?私だって…」

悲しげな表情を浮かべたまま、チトセは部屋を出ていった。

1人になったソウジは背中を壁につけ、上を向く。

「そうじゃない…そういうことじゃないんだ…チトセちゃん…」

もう聞こえないだろうと思いつつ、小さな声でそう言ったソウジは懐から煙草を出す。

「おっと、そういやぁ、喫煙室へ行かねえとダメだったっけな…」

喫煙室以外での喫煙が禁止だということをすっかり失念していたソウジは部屋を出て、喫煙室を探しに向かった。




機体名:ヤマト
分類:地球連邦軍超弩級宇宙戦艦
建造:地球連邦軍
全高:99.34メートル
全長:333メートル
乗員:999名(叢雲総司、如月千歳らの乗艦があることから、1000人以上の収容が可能と思われる)
武装:ショックカノン×9(三式融合弾との切り替え可能)、20サンチ三連装副砲塔×6、パルスレーザー近接防御砲×90、垂直ミサイル発射管、魚雷発射管、94式爆雷投影機、波動砲、波動防壁、ロケットアンカー、重力アンカー
主なパイロット:沖田十三

「イズモ計画」の一環として、人類の居住可能な新たな星への輸送船として開発された艦をイスカンダルから供与された波動エンジンを搭載することで地球人類史上初の恒星間航行用宇宙船へと改造したもの。
クラップやサラミス、キリシマなどの地球連邦軍の従来の戦艦とは大きく異なる、昭和時代の日本の戦艦に似た外見をしており、波動エンジンの搭載により、これまでの地球連邦軍の戦艦をはるかに凌駕する出力と耐久性などを発揮している。
特徴的なのは艦首に搭載されている波動砲で、ガミラスの浮遊大陸を一撃で崩壊させるほどの破壊力を秘めており、その恐ろしさから、沖田によりやむを得ない状況を除いて基本的には自主封印されている。
また、艦内には万能工作機をはじめとした工場の設備もあり、弾薬やヤマトのパーツだけでなく、データさえあればありとあらゆるパーツを作ることが可能となっている。
ただし、資材の原材料については敵基地や敵艦、敵機動兵器のスクラップを回収する形で確保する必要がある。
ちなみに、ヤマトの食料はOMCSという供給システムによって賄われているものの、動物性たんぱく質の供給については知らないほうがいい方法が使われており、それを知っている兵士はOMCS製の肉や魚を口にすることを拒否する人もあり、そういう面々はカロリーブロック、もしくは地球連邦軍特製のまずいレーションを口にすることが多く、そうした兵士の味覚が地球帰還前に破たんするか否かの賭けが始めってしまう始末(真田に関しては破たんするが優勢となっている)。


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第7話 雨降って…

-ヤマト 格納庫-

「んーーーー…」

(どうしましたか?叢雲総司、ずっとここに座って悩んで…)

ヴァングレイのメインパイロットシートに腰掛け、悩み続けているソウジにシステム99が語り掛ける。

彼は朝からずっとここで悩み続けていて、まだ昼ご飯を食べていない。

なお、今日は主計科に関しては非番となっているため、ソウジがここにいても引っ張り出そうとする人間はいない。

「ま、いろいろ考え中だ。考えがまとまったらすぐに出ていくさ。それとも、俺がここにいるのが嫌か?」

(…あなたや如月千歳がいる間に真田史郎らが解析に訪れる確率はいないときと比較すると30パーセント低下しています)

「つまり、俺らがいると嬉しいんだろ?ちゃんと素直に言わないと、伝わらないぞ?」

(そのセリフ、そのままそっくりお返ししますよ)

「うげ…ブーメランが投げる前に額に刺さっちまった」

苦い表情を浮かべるソウジだが、反論することができなかった。

エオス・ニュクス号と別れ、再びワープをしてからすでに2日。

その間にベラと共に地球圏へ帰還するはずだったベルナデットがヤマトに密航していたことが発覚するというアクシデントに見舞われるが、例のごとく古代預かりとなり、彼の裁量で主計科に配属されることになった。

なんでも、外宇宙へ旅立ったというタカ派の木星帝国軍が仮に地球への思いを捨て去ったとしたなら、その先にある者をこの目で見たいという思いがあったとのことで、既にベラも承知し、更にヤマトへの密航のために協力していたとのこと。

現在は平田と山本、チトセに教わりながら仕事をしており、もともとクロスボーン・バンガードでその経験を積んでいたためなのか、もうほとんど教えるものがなくなってしまったとのこと。

なお、今日までソウジはずっとチトセと話せていない。

木星の浮遊大陸での戦いのときからずっと気まずい感じが続いている。

一緒に主計科の仕事をするときも、チトセは山本やベルナデットらと話すことがあっても、ソウジとは一切話をしないうえ、どこか避けられてさえいる。

「これは俺、完全に嫌われちまったか?」

「叢雲、いい心がけではあるが、ずっといる必要もないんじゃない?」

コックピットハッチが開き、篠原が笑いながらソウジに話しかけてくる。

「篠原…」

「昼ご飯の時間、まだ終わってないからさ、叢雲はまだ食べてないだろ?玲ちゃんはベルナデットちゃんにつきっきりだし…」

「俺は女の子たちの代わりかよ?ひでーなぁ」

あんまりな理由に不愉快そうな顔を見せるソウジだが、急におなかが鳴ってしまう。

背に腹は代えられないと、ソウジは篠原についていくこととなった。

 

-ヤマト 主計科作業室-

「主計長、必要なパーツの種類及び個数のリストの作成が終わりました」

「うんうん…よし、OKだ!すごいな、もうこんなリストを作れるようになるなんて…」

ベルナデットの仕事ぶりに驚きながらも、平田は受けとったリストに署名をし、別の兵士がそれをもって機関科へ向かう。

「大丈夫?ベルちゃん、疲れてない?」

「大丈夫です。これでも私、体力には自信があるんです」

自身の心配をしてくれるチトセに感謝しつつ、ベルナデットは次の資料の作成にかかる。

一方、平田はOMCSのチェックのために席を外した。

「チトセさん、あれからソウジさんとはちゃんと仲直りできたんですか?」

作業を続けるベルナデットからの突然の質問を受け、資料を整理していたチトセの手が止まる。

「ええっと、それはそのー…っていうより、なんでそんなことを??」

「だって、チトセさんってわかりやすいですから」

そういいながら、ベルナデットはチトセが整理した資料の束を手にし、誤っている部分の修正を行う。

半分以上の資料の並び位置が誤っており、それだけでもチトセの様子がよく分かってしまう。

「その…ベルちゃんって、トビア君とケンカしたことあるの??」

「え…!?」

「だって、あんなに仲良しなんだから、喧嘩しないんじゃないかなーって…」

チトセの見る限り、トビアとベルナデットはかなり仲の良いカップルだ。

キスをしている姿は見たことはないが、一緒にいる姿をよく目にしており、いつも笑いながら、幸せそうに話している。

そんな2人だから、きっとケンカすることはないだろうという偏見がチトセにはあった。

「そんなことないですよ。トビアとケンカしたことだってあります」

「へ…?」

「といっても、私が危険なことをしたときに、ですけどね」

木星戦役の後、クロスボーン・バンガードはとあるコロニーでブラックロー運送という表向きの企業を作り、そこを隠れ蓑としてガミラスの攻撃で損傷したコロニーからの人命救助、混乱に乗じて略奪や強盗を行う組織の壊滅、そして火星へ逃げ込んだ人々の支援を行っていた。

そんな中で、地球圏での戦いで敗走した一部の木星帝国軍残党がジュリトリス9の残骸とその中に残っていた核弾頭ミサイルを利用した質量弾でコロニー落としまがいの地球への直接攻撃を仕掛けようとしているという情報をその戦役で共闘したとある地球連邦軍士官から受け取った。

戦闘そのものは敵がろくにモビルスーツの整備ができない状態であり、補給もままならなかったおかげで簡単に済ませることができたが、相手は最後の悪あがきとして手持ちの核を時限式で爆発させようとした。

更に運悪く、ガミラスの遊星爆弾がこちらに来たことで絶体絶命という状態となった。

彼らが所有する補給艦リトルグレイには自衛用のミサイルランチャーと機銃しか装備されておらず、それらで遊星爆弾を破壊することは不可能だった。

唯一の対抗策はビーム・ザンバーで切り裂くことのみだ。

しかもそれに集中していると核ミサイルが爆発する。

そんな状況下で、ベルナデットは単身ジュピトリス9の残骸にとりつき、核ミサイル爆発の解除を行った。

そのおかげでトビアは遊星爆弾の破壊に集中することができたものの、帰還後にあまりにも危険な行動に出たベルナデットを怒ってしまったことでケンカに発展してしまった。

そのあとは互いに顔を合わせられない、気まずい状態が続いてしまった。

つまりはソウジとチトセと同じような状態だ。

「でも、しばらくしてやっと顔を合わせたとき、同時にごめんなさいって言っちゃったんです。それがすごくおかしくて、そのあとは一緒に笑ってしまって…」

その時のことを思い出したベルナデットはフフフと笑ってしまう。

あの時のケンカも今では彼女にとっていい思い出になっているのだろう。

「だから、気まずくてもとりあえず1回だけ、勇気を出してソウジさんに会ってみませんか?きっと、ソウジさんも許してくれますよ」

「ベルちゃん…」

 

-ヤマト 食堂-

「うへぇ…」

「おいおい、マジか叢雲…」

ニンジンサラダとにらめっこをするソウジを見た篠原がひどく顔を引きつらせている。

昼ごはんが出てから10分間、ほかのごはんとおかずは食べたものの、ニンジンサラダについては一切手がついておらず、出てきたときの状態を保ち続けている。

「もしかして…ニンジン嫌い?」

「うぐう…お前にだけには知られたくなかったよ」

実を言うと、ソウジはニンジンが苦手で、いつもこれだけはよけて食べ続けていた。

ライバルの弱みを握れたとひきつった顔から一転して笑い顔に変わった篠原を見て、ソウジは表情を曇らせる。

「で、チトセちゃんとは仲直りできたのか?」

「…なんで、そんなことを聞くんだよ?」

「いや、だって平田さんやベルナデットちゃんが2人が最近話したりしてないし、顔もあわせてないって心配してたからな。それに、ライバルのピンチを見過ごすわけにはいかないだろ?」

水を一口飲んだ後、急に篠原の表情が真剣そのものへと変わっていく。

「こんなご時世だ。無理には言わないが、仲直りは早めにやっておけよ?死んだら、仲直りさえできなくなってしまうんだから…」

「篠原…」

「それとも、その間に俺がチトセちゃんと急接近してしまうかもな」

「そ…それだけはごめんだ!!」

フォークを放り投げた、急いで食堂から飛び出していく。

そして、入れ替わるように加藤が入ってきた。

「隊長。あなたもまだ昼ご飯を…」

「いや、急に叢雲の奴が食堂を飛び出していったからな。何があったかと思ってな」

水が入った水筒を受け取った加藤は篠原の隣に座る。

「仲直りは早めにしろって言葉…もしかして、実体験から来たのか?」

「ハハハ、ま、そんなところですよ。どうも最近、最後のケンカの時のことを思い出してしまって…」

「そういえば、お前のおやじさんは遊星爆弾で…」

「もうずいぶん前のことですよ。少なくとも、ヤマトにいる仲間たちには、俺のような思いをしてほしくない…」

篠原は父親とケンカをし、それが最後の対話となってしまった。

死んだ父親に対して、篠原ができたことは墓を作ることだけだった。

もう仲直りしたくても、仲直りすることができず、こうして思い出すことでしか父親と出会うことができない。

「それに、ライバルに塩を送るくらいの余裕はありますからね」

「お前というやつは…その余裕、どこから出てるんだ…?」

「さぁ…どこからでしょうね。それにしても、そろそろ戦術長たちが戻ってくるころ合いだと思うのですが…」

現在、ヤマトはコスモナイト90という金属の確保とキャッチした救難信号を出した艦の乗組員の救出のため、イスカンダルへの航路を離れて土星の衛星、エンゲラトゥスに来ている。

波動砲使用の影響で、波動エンジンのコンデンサーの一部が溶解してしまい、主計課の話によると現在の備蓄のコスモナイトでは全面修復および補強が不可能だからだ。

現在、コスモシーガル2機が出撃しており、古代と森、原田、アナライザーが乗っている501号機が救難信号を出している艦へ向かい、502機がコスモナイトの採掘へ向かっており、ヤマトはエンゲラトゥスの衛星軌道上で待機している。

距離と燃料のことを考えると、もうそろそろ501機が戻ってきてもいい頃合いだ。

(なにかが起こってなければいいが…)

ヤマトが逐一周囲の警戒を続けており、ガミラスの艦や航空機の反応はまだない。

だが、相手が相手であるために、4人に何かがあったのではと思わずにはいられなかった。

 

-ヤマト 廊下-

「ああ、勢いで出てしまったが、どうする…??」

篠原に乗せられる形で、主計課作業室まであと半分というところまで来てしまったが、彼女に何というべきかソウジはまだ何も思いついていなかった。

(ただ単純にゴメンとか言えばいいのか?けど、チトセちゃんかなり俺のこと避けてたし、もしかしたら完全に嫌われてたり…)

頭の中で必死に彼女にどう謝ろうか考えていたソウジはすっかり前方不注意となっていた。

「キャア!!」

「うわっと!!悪い、お詫びに食事を…」

だれかはわからないが、ぶつかってしまった女性兵士にお詫びを兼ねてナンパしようと彼女に目を向ける。

「ソ、ソウジさん…!?」

「チトセちゃん…」

だが、よく見るとぶつかったのはチトセで、彼女はソウジの顔を見るなりかなり迷いを見せていた。

ソウジも何を言うべきか迷いながらも、ようやく意を決する。

「こ…」

「「この前はごめんなさい!!」」

同時にお互いに頭を下げて謝罪をする。

少し離れたからよかったものの、仮に少しでも距離が近かったら、頭をぶつけてしまっていたかもしれない。

互いの謝罪から数秒が経過し、お互いにびっくりしながら相手の顔を見る。

「いや、なんでチトセちゃんが俺に謝るんだよ??」

「そ、それはソウジさんこそ!悪いのは私なのに…」

「何言ってるんだ?だって、チトセちゃんの思いを無視したのは俺なんだぞ??」

「わ、私だって、ソウジさんが私を守ろうとしてくれたのに、それなのにあんなにひどいことを…」

お互いに2日前のことで相手に対して負い目を感じていた。

だから、避けられたのは相手に嫌われたからだと誤解していた。

再び流れる沈黙ののち、ソウジが口を開く。

「…じゃあ、さっきのごめんなさいで…お互いここで手打ちってことで」

「そ、そうですね…。でも、気にしてないんですか?」

「いや、全然。だって、チトセちゃんは俺のパートナーだろ?」

「ソ、ソウジさん…」

同じヴァングレイに乗るパートナーだという意味で言っているというのはわかっているが、どうしてもあっちの意味のパートナーという意味に聞こえてしまい、チトセは顔を赤くする。

「ん?もしかして、もっと違う意味でのパートナーをお望みでも?だったら、今から俺と一緒にランチでも…!?」

急に艦内に警報音が鳴り響き、同時に船務科士官で森の交代要員でもある准尉の岬百合亜が館内放送を流す。

(コスモシーガル502より入電!エンゲラトゥスのコスモナイト採掘地にてガミラスと遭遇!敵は航空機4、空母2!ヤマトは大気圏に突入します!突入後、ガンダムは発進し、502の救助へ…!)

「偵察部隊と出会っちまったか。まさか…!!」

(さらに、501の反応ロスト!状況不明ですが、そちらもガミラスによる攻撃を受けたものと…!)

ソウジの予感が的中する。

コスモシーガルが破壊されたことで、古代たちから詳しい情報をつかむことが不可能となったが、502が遭遇した状況を考えると、同じくガミラスによる攻撃を受けたと考えるしかない。

「行きましょう、ソウジさん!!」

「ああ!!こうなったら、ノーマルスーツに着替えてる暇はないな!!」

警報音に包まれる中、ソウジとチトセは格納庫へ急いだ。

 

-ヤマト 格納庫-

「ソウジの旦那、トビア君!まだ大気圏に入ってないんだぞ!?」

甲板部・掌帆長の専任伍長、榎本勇が出撃しようとガンダムを起動させる2人に通信を入れる。

「大丈夫です!クロスボーン・ガンダムなら、ビーム・シールドを使うことで大気圏突入が可能です!」

「大気圏突入は2回経験している。それに、エンゲラトゥスの大気圏は薄いから、大丈夫だ!スカルハート、キンケドゥ・ナウ、出る!」

「X3、トビア・アロナクス、行きます!」

「ったく、知らねえぞ!!」

ハッチが開き、2機のクロスボーン・ガンダムがヤマトを飛び降り、ビーム・シールドを展開させて大気圏へ突入していく。

そして、ヤマトが大気圏突入を始めると同時にソウジとチトセも格納庫に到着した。

「榎本のおやっさん!」

「叢雲三尉に如月三尉か、ヴァングレイの準備はOKだ!大気圏突入後、すぐに出撃して、古代戦術長たちの救出へ向かってくれ!」

「了解だ!」

2人はヴァングレイに乗り込み、すぐに出られるようにコックピットハッチを閉じる。

(警告、501の反応がロストしたポイントにデータのない敵影が確認されています)

「何!?」

「ソウジさん、ヴァングレイだけで4人を連れて帰るのは不可能です!!」

「だよなぁ…そうすれば…」

ヴァングレイは本来、1人乗りなのをサブパイロットシートを増設したことで強引に2人乗りにしている。

幸いなことに、ノーマルスーツなしの乗っても大丈夫な点には変化がないものの、スペースの問題であと1人しか乗せることができなくなっている。

ヤマトの足では古代たちのもとへは間に合わない可能性が高く、トビアとキンケドゥが502の救援に向かっているため、助けることができるのはヴァングレイのみだ。

「これは…無理して4往復することに…」

「おい、玲!!何をやっている!?」

「加藤隊長!?玲…じゃなかった、山本三等准尉がどうしたんです?」

加藤の声が聞こえ、チトセはヴァングレイの通信機を使い、彼に呼びかける。

「如月か!?玲を止めてくれ、彼女がコスモゼロで出撃しようとしている!」

「ええっ!?」

オレンジ色の機首のコスモゼロがヤマト後部にある専用カタパルトへ送られるため、エレベーターに乗せられる。

エレベーターの前まで来た加藤は必死に声を出して彼女を止めようとしていた。

「玲!?なんで出撃を…!?」

「ヴァングレイだけでは古代戦術長たち全員を助けるのは不可能よ!コスモゼロなら、無理やりでも4人全員乗せることができる!」

「けど…!」

すでにエレベーターは動き出していて、あとはカタパルトに乗せて発進するだけになっている。

「ああ、くそ!!叢雲、如月!2人は玲のカバーを頼む!コスモファルコン隊は分かれて、俺の班はヴァングレイとコスモゼロとともに向かう。篠原の班はヤマトの直掩だ!」

加藤が指示を出す中、大気圏突入が完了し、ハッチが開く。

キンケドゥの言う通り、エンゲラトゥスの大気圏は薄いため、短時間で突入が完了した。

「ヴァングレイ、叢雲総司、如月千歳、出る!」

ヴァングレイがヤマトから飛び降り、続けてコスモファルコン隊が発進していく。

「山本玲、コスモゼロ発進します!!」

専用カタパルトから発進したコスモゼロが先行し、501の反応がロストしたポイントへと急ぐ。

「玲…いくら航空隊に入りたいからって、そのやり方はまずいよ…」

(質問です。まずい、というのはあの無断出撃のことをいっているのでしょうか?)

コスモゼロを追いかけながら、チトセがもらした言葉に反応したのか、システム99が尋ねてくる。

「おいおい、いきなり質問かよ??」

「びっくりした、心臓に悪いよ…」

普段はだんまりとしているため、こうして突拍子もなく質問してくるのは2人のとってはびっくりすることだ。

きっと、この1年の間に慣れてくるかもしれないが、それまではこうした奇襲を何度も驚きながら受けることになるだろう。

「作戦行動中です、早く」

「質問してきたのはそっちなのに…。そうね…じゃあ、手短に話すわ。それは加藤隊長の気持ちを無視したことよ」

「ついでに付け足すと、加藤隊長のほうも玲ちゃんの気持ちを無理に抑えすぎたのもまずいかもな」

加藤と玲の関係については、2人はすでに篠原から聞かされている。

彼女の兄である山本明生は加藤の親友であり、彼はガミラスとの戦闘により戦死している。

そのため、加藤はどんなに腕が良くても、宇宙で航空機に乗る以上は常に死と隣り合わせという思いを抱き、彼の妹である玲の航空隊転属を認めない理由ともなった。

また、この一件がきっかけで加藤自身も身近な人の死に対して敏感になったというのも大きいかもしれない。

「んじゃあ、質問タイムはここまでだ!急ぐぞって…なんだよ、これは!?」

回答を終えたソウジはヴァングレイのカメラがとらえた光景を見て、目を大きく開く。

能面をつけた、機械と生物が融合したようなグロテスクな機械の軍団が救難信号を出していたと思われる艦の前で40メートル近い大きさの黒い人型ロボットと戦っている光景だった。

右手のメリケンサックがついているような拳でグロテスクな機械を殴りつぶし、さらに左腕についている3本の刃で切り裂くその姿はまさに凶悪な戦闘狂という印象を2人に突き付けていた。




機体名:コスモシーガル
正式名称:空間汎用輸送機SC97
建造:サナリィ
全長:19.5メートル
武装:なし
主なパイロット:地球連邦軍一般兵

地球連邦軍が運用する多目的輸送機。
大気圏突入能力を持っているうえ、戦闘員や物資の輸送能力にたけている。
しかし、大気圏離脱能力がないため、その際にはその能力のある艦に乗せてもらう必要がある。
大気圏突入能力がある分、従来の輸送機と比較すると強固ではあるが、ハードポイントとして装備できるガンポッド以外の武装がない点では変わりないため、モビルスーツや航空機による援護が必要となっている。
イスカンダルへ向かうヤマトに2機が配備されており、エンゲラトゥスでのガミラスの攻撃によって1機を損失している。
なお、ヤマトにそれが配備された理由としてはイズモ計画を捨てきれない一部の上層部の思惑という説がある。


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第8話 メタルビースト

-エンゲラトゥス 不時着艦付近-

「おい、そこのええっと…目つきの悪いロボットのパイロット!聞こえるか!」

ソウジが黒いロボットの肩に触れた状態で接触回線を開き、そのロボットのパイロットに話しかける。

正直に言うと、このモビルスーツでもないロボットに接触回線が使えるのかどうか不安ではあった。

だが、通信に関するシステムの構造がモビルスーツの物と同じであったため、容易につなげることができた。

「ああ!?誰だ、てめえは!?っていうより、話は後にしやがれ!!」

「あなたの乗っているモビルスーツの名前、それからあなたの名前を…!」

「モビルスーツじゃねえ、こいつはゲッター1だ!それから、俺の名前は流竜馬!これでいいなら、さっさとどきやがれ!!」

竜馬がゲッター1と呼んだ黒いロボットは左手でゲッターマシンガンを手にし、残弾を気にせず目の前のロボットに向けて連射する。

40メートルクラスの大型ロボット故にできる重い銃弾の連発で、そのロボットは穴だらけになり、生理的に不快感を感じさせる悲鳴を上げながら砕け散った。

「荒っぽいみてーだが…悪いやつじゃなさそうだな、こりゃ」

「Bravo1、ヴァング1、こちらは戦術長らの回収を行います。接近してくるあの正体不明の生物の相手をお願いします」

不時着した艦の前に到着した玲はソウジ達に通信を入れた後、艦内に隠れていた古代達をコスモゼロに向けて誘導を始める。

「なぜ君が、コスモゼロに…?」

2機あるコスモゼロのうちの1機のパイロットである古代はなぜ玲がもう1機に乗っているのかわからなかった。

だが、今はそれを聞いている場合ではなく、森や原田、アナライザーと共にコスモゼロに乗りこむ。

「戦術長、何があったんです?」

「すまない…。救難信号を出していたあの艦に来て、生存者を確信している間にロボットに襲われた。人型ロボットで、ガミラスの物と思われる銃を使って、コスモシーガルを破壊された」

「では、あの…機械と融合した生き物は何です?」

玲はあえて、例の艦の生存者について聞くことはしなかった。

あの場に古代達4人しかいなかったこと、そして艦の中や周りに遺体がなかったことが何を意味するのか、玲にはよくわかっていたためだ。

「あのロボットがやってきたのとほぼ同時に現れた。例のロボットはあの黒いロボットがすべて破壊したが、あの機体が来たせいで、俺たちは身動きが取れなくなった。あのロボットのパイロットは…確か、あれをメタルビーストと呼んでいた」

「あんなものが宇宙に…」

古代が言うメタルビーストはこれまでの惑星調査記録にも載っていないもので、しかもゲッター1も流竜馬も一切記録にないロボットと人物だ。

しかも、モビルスーツ以外の人型兵器は地球連邦にもなく、そもそも人型兵器を使わないガミラスがそれを使っている可能性は限りなくゼロに近いと言ってもいいだろう。

「チトセちゃんとかわいいOSが乗ってんだ。近づいてくんじゃねえよ、化けもん!!」

目から触手を伸ばし、ヴァングレイを捕らえようとしたメタルビーストに向けてポジトロンカノンを発射する。

高濃度圧縮ビームが命中、膨張する中で触手を伸ばしていたメタルビーストがほかの仲間もろとも消し飛んでいく。

「手を貸すぜ、ええっと、竜馬ってやつ。どうやら、俺たちの仲間もこいつらに世話になったみたいだからな!」

「へっ…勝手にしやがれ!ゲッタービーーム!!」

腹部の砲門からピンク色のビームが発射され、ビームを受けたメタルビーストが次々と溶けていく。

更に、肩から出したトマホークを手にし、ゲッタービームを受けてもなお生きているメタルビーストをこれでもかと切り裂いた。

そして、ゲッター1が黒いマントで身を隠し、接近してくるメタルビーストの大軍に向けて回転しながら突撃していく。

そして、そのままゲッタービームを次々と連射していき、そのビームは軌道を変化させて、次々とメタルビーストを葬っていく。

「あいつの戦い方、めちゃくちゃすぎるぜ…」

ビーム砲やレールガンでメタルビーストを迎撃しながら、ソウジはゲッター1の動き、そして竜馬の荒々しい戦いっぷりに圧巻されていた。

おまけに完全に息の根が止まるまで攻撃を辞めないところを見ると、逆にメタルビーストの方がかわいそうに見えてきてしまう。

20分が経過し、ヴァングレイのセンサーからはメタルビースト及びガミラスの反応が消えた。

「はぁぁー…もう、あのメタルビーストってロボット??ううん、モンスターとは二度と出会いたくないわ!」

メタルビーストの死体や肉片に向けて念入りにゲッタービームで焼却していくゲッター1を見ながら、チトセはモンスターと形容したあのメタルビーストがすっかり脳裏に焼き付いてしまったようだ。

「ああ、とても今日は肉や魚を食いたくねえぜ…」

「…!ヤマトから通信。トビア君とキンケドゥさんが502と共にヤマトへ帰還。更に、現地で未確認のロボットの助けを借りていて、それのパイロットもヤマトに乗艦すると…」

通信で送られた文章と一緒に送られた、その未確認ロボットの画像をヴァングレイの前方モニターに表示する。

「モビルスーツよりもデカイな…おまけにあのゲッター1ってロボットと同じ人型…。一体どうなってんだ?っと、それよりも」

ヴァングレイがメタルビーストの全焼却を終えたゲッター1に触れる。

「あんたも、ヤマトに来てもらえるか?」

「ヤマト?お前らの母艦か?」

ソウジの話を聞いた竜馬はコックピットに座ったまま少し考える。

数秒だけ考えた後で、ヴァングレイに向けて返事を返す。

「ああ。俺もいろいろと知りてえことがあるからな」

 

-ヤマト 格納庫-

「ふーむ、さっぱりわからない構造と技術ですなぁ」

格納庫に収容された2機のロボットを見た榎本は首をかしげる。

「改造したゲッター1とグレートマジンガー…どちらも地球連邦軍のデータベースにはありません」

「サナリィやアナハイムがこんなのを作るはずもないしなぁ…」

榎本の言う通り、地球連邦軍の量産型モビルスーツの生産及び発注の打ち切りの影響で、サナリィとアナハイムはモビルスーツから戦艦・航空機生産にメインをシフトしている。

モビルスーツ開発予算も大幅に削減されたとのことで、おまけに戦艦・航空機の発注がひっきりなしで来ることから、このようなロボットを作る予算があるとは到底思えない。

おまけに、モビルスーツは15mクラスが主流となっていた現在では、25mや40mといった大型化は時代を逆行しているとしか言いようがない。

「ふぃー、どうにか、戦術長達が無事でよかったぜ」

「はい。ですけど、後の問題は…」

パァン!!

「おお…?」

コックピットから出てきたばかりのソウジとチトセは音が聞こえた方向に目を向ける。

そこには玲と加藤、そして古代がいて、彼女の頬が赤く腫れているのを見ると、どうやら加藤に修正されたのだろう。

「玲…確かにお前のおかげで古代や森君たちは無事だった。それについては分かっている。だが、勝手にコスモゼロを使い、無断出撃したことについては無視できない」

「…」

加藤の言葉を玲は黙って聞き、弁解する様子は見られない。

彼女自身も、古代達が無事だったのは結果論でしかないことを理解していた。

それに、軍人である以上、このような勝手な行動に対してはけじめをつけなければならない。

「古代、艦長はなんと?」

「…山本三等宙尉については今回のコスモゼロの無断使用と無断出撃への処罰として、3日間独房に入ってもらうことになった」

「…艦長がそう決めたというなら、特にいうことはない」

そういった加藤は格納庫から出ていく。

格納庫には玲を連行するため、星名ら保安部の兵士数人が来ていた。

「戦術長、あとのことはお任せください」

「ああ…頼む」

「戦術長」

「ん…?」

後のことを星名に任せ、格納庫を出ようとした古代を玲が呼び止める。

「戦術長にお願いしたいことがあります」

 

-ヤマト 応接室-

「というと、このヤマトって艦は地球連邦軍の物でいいんだよな?」

「そうだ。現在は単独で任務に就いているがな」

「こんなたいそうな戦艦ができてるとは…俺がムショにいる間に派手にドンパチとやっていたみたいだが、随分と世の中変わっちまった見てぇだな」

右足を机の上に置き、思いっきり背もたれに身を任せる竜馬を見た保安部の兵士がムッとした表情を見せるが、真田は相変わらず表情を変えるそぶりがない。

ただ、竜馬からの話を記録し続け、彼とどのように話すかを考えているだけだ。

だが、ムショという言葉を聞いて、ペンを止める。

「ムショ?」

「月面戦争が終わったころだ」

「月面戦争…?」

「軍人の癖に知らねえのか?月面で起こったインベーダーとの戦争だよ。俺はその時、ゲッターロボのパイロットとして戦っていた」

「待ってくれ、そのインベーダーというのは、今日戦ったあのメタルビーストだというのか?」

「何寝ぼけたことを言ってやがる!?あんだけ大騒動になったインベーダーとの戦争を忘れちまったのか!」

足を戻して、思いっきり拳で机をたたきながら、すごい剣幕で竜馬は真田に迫る。

これだけ真剣な表情を見せるということは、竜馬は決してうそを言っているわけではないことを理解した真田は新見に目を向ける。

「副長、おそらくは…」

「そのようだな…まさか、本当にこのような事態を目にするとは…」

「…流君、質問を変えよう。君は今、何年だと思っている?」

竜馬に視線を直した真田は核心に迫るために、1つの質問をする。

仮に、真田の新見の仮説が正しければ、この答えでこのことが真実なのだということがわかる。

「0082か0083だろ?」

「では…君は地球人かな?」

「俺をからかっているのか?地球人に決まってるだろ!?」

真田の2つ目の質問に怒りを覚えた竜馬は彼の胸ぐらをつかむ。

「おい、貴様!!副長に何を…!」

「いや…待て…」

竜馬を取り押さえようとした兵士を制止させ、真田は表情を変えずにじっと竜馬の目を見る。

表情を変えない真田を面白くないと感じたのか、乱暴に彼を放した。

「流君…我々の地球は、インベーダーという生き物に襲撃されたという歴史はない」

「何!?」

真田から告げられた言葉に驚きを見せる竜馬に新見は予備の検索用端末を手渡す。

受け取った端末でインベーダーやゲッターロボについて調べたが、それらに関する情報が一つもなかった。

インベーダーにしても、レトロゲームとして一昔前にはやったインベーダーゲームが出るくらいだ。

「自らを地球人と名乗る君の言葉に嘘がないとしたら…君は別の宇宙、つまり平行世界の地球からやってきたということになる」

「なんだと…!?」

真田から告げられた言葉に言葉を失った竜馬の手から端末が離れていく。

「信じられないのは私も同じだ。ワープや波動砲の研究の中で、多元世界の存在は実証されたが…。それに、それ以前にも多元世界の存在を主張していた科学者もいた。だが、目の前にその平行世界の住人が現れたというのは今回が初めての事例だ」

「あんた、ムショボケした俺をからかっているわけじゃあねえだろうな…?」

ポーカーフェイスで驚いているなど、自分の感情を言葉にする彼があまり信用ならないのか、竜馬はドスの利いた声をぶつける。

「私は科学を携わる者として、客観的に事実を述べているに過ぎない。それで、君はどの状況で次元の壁を超えて、この世界に来たのかをこれからじっくり聞かせてもらいたい。もちろん、そこにいる剣君についても」

隣に座っていながらも、竜馬と真田のやり取りに口を挟むことなく、ノーマルスーツを着たまま話を聞き続けていたグレートマジンガーのパイロット、剣鉄也に真田は目を向ける。

「…わからない」

「何?」

「俺は…グレートマジンガーと俺自身の名前以外、何も思い出せない。気が付いたら、あの場所にいて、当てもなくさまよっていたところをあのコスモシーガルと遭遇した」

「解離性健忘、つまり…記憶喪失…」

「教えてくれ、本当にグレートマジンガーはこの世界のロボットではないというのか?」

「ええ…。ヤマトのデータベースにはそのようなデータはないわ…」

新見の言葉を聞いた剣は沈黙する。

誰だって、いきなり記憶を失い、それだけでなく自分とは何のかかわりもない別世界に来てしまったとなると、大きなショックを受けるはずだ。

「ゲッターロボとグレートマジンガー…まさかイスカンダルへの旅の始まりにこのようなものと遭遇するとは…」

 

-ヤマト 第一艦橋-

「これより、ヤマトをエンゲラトゥスを離れる。大気圏離脱の準備を急げ」

「了解。ヤマト、発進準備!」

アクシデントがあったとはいえ、コスモナイトの回収に成功したヤマトが離陸を始める。

ある程度高度を上げていくと、古代の目は不時着艦に向けられていた。

(古代…)

(古代君…)

その姿を見た沖田と森は彼の身を案じながらも、自らのやるべきことを行い続ける。

古代の前には、あの艦で回収された地球連邦軍製の銃が置かれている。

そして、あの不時着艦の正体がMIAとなっていたユキカゼであり、銃が古代の兄、守の物であることが明らかとなった。

(兄さん…僕は地球をユキカゼのようにしたくない…)

艦長室でそれらのことを報告したときに沖田が言った言葉を思い出しながら、古代はユキカゼの残骸から目を離し、任務を遂行した。




機体名:ブラックゲッター
形式番号:なし
建造:竜馬によるハンドメイド
全高:38.8メートル
全備重量:245トン
武装:ゲッターレザー、ゲッタービーム、ゲッタートマホーク、ゲッターマシンガン
主なパイロット:流竜馬

エンゲラトゥスで平行世界の地球から転移してきた竜馬が3年自力で組み立てたもの。
機体が黒いのは転移したときに一緒にその場にあったゲッターロボの残骸も一緒に転移し、更にその時に起こった爆発によってそれらの表面が焦げてしまったためとのこと。
元々近接戦闘を得意とするためか、遠距離攻撃用の武器はゲッタービームとゲッターマシンガンのみで、接近してからのメリケンサック付きの右拳による打撃や左腕の拡大、縮小が可能なカッターであるゲッターレザーや肩に収納されている小ぶりの斧、ゲッタートマホークによる斬撃を主体としている。
なお、この機体の動力源であるゲッター炉心はゲッター線がなければ機能しないことから、この機体が動くという時点でこの世界にゲッター線があるということの証明となる。
この機体の材質であるゲッター合金は現在、ヤマトの万能工作機ではデータ不足のため生産が不可能で、整備性については重大な問題をはらんでいる。
なお、ブラックゲッターという名前は竜馬から話を聞いた榎本がつけた名前であり、甲板部ではその名前が浸透しているものの、竜馬自身はゲッター1と呼び続けている。



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第9話 冥王星

-ヤマト 医務室-

「ふむふむ…よし、2人とも体に異常はないようじゃな」

一通りの検査を終え、診断書を発行した佐渡は2人に異常がないことを確認する。

大気圏のある星とはいえ、地球や火星以外の惑星で一時的に生活した人間に対して、ヤマトではこのように身体検査が行われる。

体内の水分や血圧、心拍数や脳波など、調べる内容は多岐にわたる。

この検査はコロニーや月に人類が住み始めたころにも行われており、もともと地球の生物である人類が別の星や宇宙で生活することへのストレスや地球に似せたとはいえ、やはり異なる部分のある環境での体の変化をチェックするためのものだ。

ただし、今回はそれを含めて、平行世界の人類が果たして自分たちと同じような体の構造なのかを確かめるためでもある。

結果は言わずもがな、だったが。

「当然だろうが」

「まあまあ、異常がなくてよかったじゃないですかー…」

無理やり医務室に連れてこられ、受けたくもない身体検査を受けた竜馬は不機嫌で、そんな彼を原田が落ち着かせる。

「まぁ、そうツンツンするな。ワシは医者としての見地から、そう言っているにすぎん」

「ちっ…あの真田って野郎みてーなことを言いやがって…」

「じゃが、こうして2人の体格を見ても、やはりワシらの世界と君たちの世界の違いというのを感じるのぉ」

佐渡の見解では、2人はこの世界の軍人以上の身体能力と力があり、パイロットにとっては過剰なほどの鍛えられた肉体となっている。

そんな肉体になっているのは2人が乗っているロボットが原因のようで、シミュレーションの結果、並みの兵士には負荷が重すぎて、どちらの機体も竜馬や鉄也のように鍛えられていないと逆に機体に殺されることになる。

「そういえば、ヤマトに乗っているあの2機のその…ガンダム、というのは…」

「ああ、クロスボーン・ガンダムじゃ。といっても、連邦軍が正式に使っているわけではないがの」

「そう、ですか…。(ガンダム?何故か、聞き覚えがある…)」

今まで聞いたことがないにもかかわらず、なぜか聞き覚えがあるように感じたことに違和感を覚える。

似た名前のロボットの名前を間違えて思い出そうとしただけかもしれないと考えた鉄也は深く考えることを辞めた。

「診察は終わりましたか?」

「ああ、古代君。ちょうど終わって、結果を伝えたばかりじゃ」

ノックをし、医務室に入ってきた古代は原田から2人の診断書を受け取る。

異常がないという情報を共有し、資料を返却すると、2人に目を向ける。

「流さん、剣さん…では、僕についてきてください」

「流でいい。俺たちもヤマトと同行すると決めた以上、他人行儀はなしだ」

「俺も同じ気持ちだ。違う世界とはいえ、地球をこのまま放っておくわけにはいかない」

竜馬と剣は既に真田達からガミラスとこの地球のことについて話を聞いている。

違う世界とはいえ、同じ地球が滅亡の危機に瀕していると聞き、黙っていられなかったのだろう。

「ありがとう、2人とも」

「礼を言うのはこっちの方だ。ヤマトが来なければ、餓死していたところだ。おまけに、服まで…」

現在、鉄也が着ている青いジャケットと赤いストールはヤマトで作られたもので、パターンデータを入れることで、実質どんな服でも作ることができる。

このシステムはヤマトで初めて投入されたもので、1年がかりの宇宙での航海をする乗組員たちのためにと特別に用意された。

ただし、偽物を乱発できるシステムであることから、このシステムの仕様については法律で規制されるか、機密となる可能性があるかもしれない。

「ところで、俺のゲッター1の修理は大丈夫なのかよ?」

「今はどうにも言えない…。今は君のブラックゲッター、いや…ゲッター1か。ゲッター1の装甲を調べているが、どのように修復すればいいか、いまだにわからない」

「だろうな。こいつを作るにしても、俺と一緒に転移してきたスクラップを組み立てただけで、ゲッター合金についてのデータバンクが機体の中にあるわけがねえからな」

竜馬がヤマトに来て、懸念していたのはゲッター1の修理のことだった。

ゲッター線を受けなければ動かすことのできないこの機体が動いたことで、この世界にもゲッター線があるということは分かったものの、ゲッター合金の技術は当然のことながら、ヤマトには…というよりは地球連邦軍にはないものだった。

一緒に転移してきたものの中に、ゲッター合金に関する情報の有るデータバンクはなく、竜馬自身は組み立てただけでそれ自体を生産できるわけではない。

こんなことは本来はあり得ないことだとはいえ、自分もこういう生産技術について最低限頭に入れておくべきだったと思ってしまうが、今となっては仕方のないことだ。

「修理ができねえ以上は無理できねー、ってことだな。ま、だとしても戦いになれば、俺は出るがよ」

「だとしたら、メタルビーストの時にように前線で行動してもらうわけにはいかない。後で甲板長にどうにかならないか頼んでみよう」

「ああ、頼むぜ」

 

-ヤマト 航空隊ブリーフィングルーム-

「しっかし、あんたらもついてないね。滅亡しかけの地球のある世界に飛ばされるなんてな」

古代によって、竜馬と鉄也が紹介された後、篠原は2人の迷子の不運さに同情する。

平行世界は数多く存在するにもかかわらず、この世界に来ることになるというのはある意味アンラッキーとしか言いようがない。

「そうでもねえぜ。少なくとも、俺がいた地球も脅威にさらされたことがある」

「え…?」

「あのメタルビーストってグロいモンスターみたいなのにか?」

「そうだ。あれはインベーダーの一種で、宇宙バクテリアがゲッター線に寄生することで進化したものだ」

「ゲッター線…?その、ゲッター線ってお前が乗っていた機械と関係があるのか?」

「ゲッター線は宇宙線の一種で、俺が乗っているロボットはそのゲッター線を受けねえと動かねえのさ」

ゲッター線がある環境であれば、無尽蔵のエネルギーを得ることができ、おまけに形を変えることのできる金属でできたゲッター1。

そういうタイプの動力は核融合炉があるものの、ゲッター合金のような金属の加工技術を見たことも聞いたことのないソウジ達にとって、それはまさに未知との遭遇と言える。

残念なことは、竜馬がそれについてあまり詳しくないということだ。

「で、人類総出でインベーダーと月面で戦い、そして勝った。だが、そのあとに何が起こったのかは、俺も詳しくは知らない」

「え?どういうことです??」

詳しく知らない、という言葉に疑問を持ったチトセが質問し、それを受けた竜馬の表情が固まる。

あまり言いたくないことのようだが、この後で疑われて何度も問い詰められるよりはましと判断した彼は口を開く。

「月面での戦いの後、俺は投獄された。罪状は殺人。もちろん、俺がやったわけじゃねーけど、だれも信じてくれなかった」

「…ごめんなさい」

「気にすんな。司法取引で、パイロットとして再び現れたインベーダーと戦うことを条件に釈放された。その戦いの中で、俺はインベーダーを駆逐するために地球連邦軍が発射した重陽子ミサイルの爆発に巻き込まれて、気が付いたらゲッターの残骸共々、エンゲラドゥスに来ていたってことだ」

「じゃあ、重陽子ミサイルのせいで次元を超えちまったってことだな?」

重陽子ミサイルは分かりやすく説明すると、水爆以上の威力を誇る核兵器だ。

竜馬の話が正しければ、そのミサイルのせいで次元の壁を超えてしまったということになる。

だが、それで次元の壁を超えることができるのだとしたら、100年以上前に使われたソーラ・システムやコロニー落としの影響で次元の壁を超えてしまうという事件も起こるはずだ。

もっとも、それで次元を超えたとして、帰ってきた人間がいなければ、そのようなことを証明できないが。

「わからん…。ゲッター線も何か関係があるかもしれねーが。とりあえず、俺はあそこでスクラップを集めてゲッター1を修理した。ま、そうでもしねーとあそこを出ることすらできねーからな」

「運がよかったな。エンゲラトゥスから地球へ行こうとしていたら、かなりの日数がかかるぞ」

「ああ。レーションも尽きちまったし、その点はラッキーだったかもな。こいつにとってもな」

竜馬は同じ迷子である鉄也に目を向ける。

2,3年がかりでゲッター1の修理をしていて、その間に遭遇したことがなかったことを考えると、おそらく鉄也がここに転移したのはごく最近のことだと思われる。

鉄也が乗っていたグレートマジンガーにレーションや飲料水がなかった。

コックピット内に食べ物のカスが浮かんでいなかったことから、エンゲラトゥスに来てから鉄也は1度も飲食をしていないということになる。

事実として、鉄也は食事が出されたとき、何度もお替りをしていた。

「ああ…。ヤマトがあの星に来てくれて助かった。俺も彼も、地球の危機を放っておけないという点は同じだ。少なくとも、記憶が戻るまでは一緒に行かせてもらう」

「了解だ。お前たちは航空隊に配備されることになる」

「世話になるぜ」

「加藤、航空隊に入隊するメンバーはもう1人いるぞ」

「何?」

古代の言葉に驚きつつ、加藤は彼を見る。

同時にブリーフィングルームの扉が開き、1人の見覚えのある女性が入ってくる。

「あ…!」

「お前…!」

彼女を見たチトセと加藤はじっと彼女を見た。

「説明は不要だな。彼女は今回の処分終了後、航空隊に配属されることになる」

「山本玲です。エンゲラトゥスでの違反の際はご迷惑をおかけしました。みなさん、改めてよろしくお願いいたします」

エンゲラトゥスの時のことを詫びた後で、山本は加藤達に頭を下げる。

「やべえぞ、これ…」

ソウジはビクビクしながら加藤と玲を見る。

加藤に断り1つなく、航空隊へ転属したとなると、今度はビンタでは済まない。

グーで殴られてしまうかもと思い、彼女を心配した。

「玲、お前…」

「主計科に新しい人員が加わったこと、そして彼女の実力や意思を考えたうえでの判断だ。艦長は既に了承済みだ」

古代が2人の間に割って入り、加藤に言う。

ヤマトの最高権限を持っている沖田の了承のうえでのこの転属は拒否することができないということだ。

加藤の握りしめている拳を見た古代はそれで彼の気が済むならと思い、いざというときは玲の代わりに殴られようと考えていた。

彼女の要望があったからといい、彼女の転属の許可を沖田に求めたのはほかでもない、古代自身だからだ。

「…たく」

観念したかのようにため息をついた加藤の拳の力が弱まる。

「お前の覚悟はこの前の行動でよくわかった。お前が独房から出た後、俺から上申しようと思ったが、手間が省けたと思うことにする」

「隊長…」

「これからよろしく、玲!」

「ええ…」

加藤からも認められたことで、これまで固くなっていた玲の表情が柔らかくなる。

古代も無事に済んだことに安堵していた。

「こいつはいいぜ。チトセちゃんと玲ちゃんという2輪の花!ってことで、玲ちゃん。よかったら転属記念で俺と…」

「お断りするわ」

「うぅ…バッサリか」

「ソウジさん!!」

再びナンパを仕掛けたソウジに起こったチトセがグィーっとソウジの耳を強く引っ張り始める。

「痛、痛たたた!!チトセちゃん、耳がちぎれる!耳がちぎれるから…!悪かった、ほんとすみませんでした!もうしませんから、離してくれーー!」

「…加藤、殴らなくていいのか?」

「別にいいさ。如月がきちんと叢雲のストッパーを務めてくれている」

自分がお気に入りの漫画の第1話であった、主人公に耳を引っ張られる金髪元リーダーを思い出しながら、加藤はチトセに耳を引っ張られるソウジとそんな2人を見て笑う玲を見ていた。

「じゃあ、俺と一緒に来てくれ」

「作戦会議か?」

「ああ…。ヤマトは冥王星の敵前線基地を攻撃することが決まった」

「冥王星を…!?」

古代の話を聞いたチトセはソウジの耳を離す。

ようやく解放されたソウジは痛い部分を撫でつつ、真剣な表情になっていた。

(冥王星…月面第25部隊の最期の地…)

ソウジの脳裏にあの地獄の戦いの光景がよみがえってくる。

そして、自分の体に残っている傷跡もわずかにうずきつつあった。

 

-ヤマト 中央作戦室-

「ワシは今まで、イスカンダルへの旅を急ぐため、無駄な戦闘は極力避けてきた」

古代たちは沖田の言葉を黙って聞き続ける。

ヤマトの本来の役目はイスカンダルへ向かい、コスモリバースシステムを地球へ持ち帰ること。

それを1年以内にしなければならないことを考えると、それは極めて合理的な考えと言える。

ガミラスと戦闘を繰り返し、ヤマトが沈んでしまえば、その時点で地球が終わってしまう。

「だが、地球をあのような無残な姿に変え、今も遊星爆弾を発射し続けている冥王星基地だけは見過ごすわけにはいかん」

「では…!」

「うむ、冥王星基地をこれから叩く!」

「了解です!」

「腕が鳴るってもんですよ!」

メ号作戦、そして地球へ次々と遊星爆弾を落とすあの忌まわしき基地をたたくことができると聞いたクルー達の士気が上がる。

「冥王星はガミラスによって環境を操作され、今では海を持つ準惑星へと姿を変えました」

「敵の本丸ですから、かなりの抵抗が予想されますね」

島の言う通りで、ガミラスにとって冥王星は地球に遊星爆弾攻撃ができる唯一の基地だ。

つまり、逆に言うとそこを叩くことで地球への遊星爆弾攻撃を止めることができる。

それで稼げる時間はわずかかもしれないが、それでも遊星爆弾が来ないことで地球の人々に大きな希望を与えることができる。

希望がなければ人は生きられない。

絶望的な状態であっても、何か希望があれば生きる活力が生まれる。

「検証の結果、グレートマジンガーやゲッター1の火力はモビルスーツを上回る。そして、木星での戦闘でモビルスーツによる前線の押し上げと戦艦による遠距離攻撃の融合の実用性が立証できた」

前にも言われていたが、ガミラスの戦艦による高密度な砲撃とそれの強固な装甲によってモビルスーツは戦略的価値を失った。

そのため、地球連邦軍も戦艦主体の戦術へと変化していったが、そもそも戦艦の火力すらガミラスに劣ることから焼け石に水だった。

だが、今は量産を度外視した高性能のモビルスーツとそれを操る強力なパイロットにより、単機でガミラスの戦艦を撃破できることがわかり、それを可能にするための戦術の構築もできた。

それがあれば、ガミラスの艦隊にも対抗できる。

「そういえば、ゲッター1の出撃はどうなるんだ?修理ができないんじゃあ…」

「ゲッター1には後方支援主体で動いてもらうことになる。甲板長がそのための武器を作ってくれた」

「にしても、驚くだろうな。一度は叩きのめしたモビルスーツ達に逆襲されることになるんだからな」

「加藤…コスモファルコン隊はヤマトの直掩と同時により近距離でのヤマトとの連携を受け持つことになるぞ…?」

「了解です。ヤマトの守りは任せてもらいます」

古代の言わんとしていることは加藤も理解できている。

直掩や偵察だけを行っていればいいわけではなくなった以上、パイロットたちへの負担も増加する。

しかし、加藤にもコスモファルコン隊長としての誇りがある。

部下を死なせず、なおかつヤマト防衛という結果を出す。

それが加藤の隊長としての今の務めだ。

「意見具申します!ロングレンジで波動砲を使えば、敵基地殲滅が可能です!」

「南部…波動砲は使わない」

「なぜです!?それでは、宝の持ち腐れですよ!」

「波動砲を使えば、敵基地だけではなく、冥王星そのものまで破壊してしまう。それはできない」

先日の改修により、ある程度波動エンジンの強度も高まり、波動砲の発射も相対的にではあるが、容易となった。

しかし、浮遊大陸を崩壊させてしまうほどの破壊力のある波動砲を使うことはたいへん恐ろしいものだということが判明した。

また、冥王星はアメリカ人が発見した唯一の星であり、現在でもアメリカ人の誇りとなっている。

それを破壊してしまうと、彼らの誇りを傷つけてしまうことにもつながる。

「いいじゃないか!星の1つや2つ!」

「南部君…!それでは、ガミラスと同じになってしまうわ」

「…」

ガミラスと同じになってしまう、という言葉に南部は沈黙する。

理由がどうであれ、一方的な都合で星を破壊してしまうのは遊星爆弾で地球を汚染し、ガミラスフォーミングで冥王星の環境を捻じ曲げたガミラスと何も変わらない。

怪物と戦うときに一番気を付けなければならないことは自分がその怪物にならないこと、というニーチェの言葉がある。

無自覚ではあるが、南部はその怪物に近づいてしまっていたのかもしれない。

「戦術長が決めたんだ。それでいいじゃねえか?」

「…僕は君たち、航空隊の消耗も防げますよと言っているんだ。そもそも、航空隊が必要かどうかも疑問だけどね」

「なんだと!!」

自分たちの誇りを侮辱するような南部の発言に怒りを覚えた加藤が彼の胸ぐらをつかみ、右ストレートを顔面にお見舞いしようとし、古代と島が加藤を抑える。

「やめろ、加藤!戦いを前に仲間割れを…!」

「止めるな!!奴は航空機パイロットの誇りを…」

「やめんか!!」

沖田の一括が中央作戦室中に響き渡り、加藤は南部を解放する。

「波動砲は使わん…これは決定事項だ」

「…はい」

眼鏡を直した南部は静かに沖田の言葉に同意する。

古代と島も加藤を離した。

「では、作戦の最終確認を始めるぞ」

会議が終わり、古代は加藤と共に中央作戦室を後にする。

そして、年甲斐なく怒鳴ってしまったと思いながら帽子を直す沖田のもとに島がやってくる。

「島…どうした?」

「艦長。艦長は第2次火星沖海戦の英雄であり、船乗りとしてあこがれておりました。自分はガミラスが先制攻撃を仕掛けた、この海で父を亡くしております」

島の話を聞いた沖田はその時の戦いを思い出す。

その時の戦いで息子を失いながらも、ガミラスに打撃を与え、地球への直接攻撃の回避につなげることができた。

しかし、メ号作戦や浮遊大陸での戦いを経た沖田はなぜあの戦いで勝利できたのか疑問に思うようになった。

火星沖での戦いよりも、メ号作戦や浮遊大陸でのガミラスの方が圧倒的に手ごわく感じたからだ。

(今思えば…奴らは地球をトレーニング相手としか思っておらんのかもしれんな…)

火星での戦いは新兵など、経験の浅い兵士たちの連度を高めるためのもの。

そして、地球への遊星爆弾攻撃はそれのテスト。

そう考えると、つじつまが合うものの、それはあくまで沖田個人の考察であり、真相は分からない。

また、ガミラスの先制攻撃という言葉を沖田は複雑な思いをしながら聞くしかなかった。

(冥王星…誰にとっても苦い場所だ…)

古代とソウジはその戦いで肉親と仲間を失っている。

また、そこから放たれた遊星爆弾によって数えきれない人命が失われてしまった。

人々の平和と安寧を守る軍人として、この上ない屈辱だ。

(だからこそ、ヤマトはそれを越えなければならん…)

 

-冥王星前線基地-

(なるほど…テロン(地球)の艦はヤマトというのか。しかし、何とも醜い艦だ。美しさのかけらもない)

冥王星前線基地司令のヴァルケ・シュルツから通信と同時に送られたヤマトの画像を見た銀河方面作戦司令長官のグレムト・ゲールが酷評する。

長い砲身に無骨な灰色、おまけに古臭いデザイン(あくまでゲール個人の見立て)はまさに野蛮人が作りそうな艦としか彼の目には映らなかった。

そんな野蛮人の艦に浮遊大陸が破壊され、更にガミラスの戦艦が撃沈させられたという事実があるのだが、それに目をくれることはない。

「ヤマトはおそらく、このプラート(冥王星)に来るでしょう。ひきつけたうえ、ここで叩きます」

(奴がプラートに来る保証はあるのか?)

「彼らの星を、あのような姿に変えた遊星爆弾を落としている唯一の基地だからです」

(なるほど…。では、見事葬って見せろ。これは肌の違う劣等民族の貴様がガミラスに忠誠を示す絶好の機会だぞ)

「帝国への忠誠心では、この基地のザルツ人一同、純血ガミラスの方々に引けは取りません」

(ガハハハハ!それでこそ、栄えある大ガミラス軍人だ!期待しているぞ、ガーレ・デスラー!総統、万歳!)

「…ドメル将軍の元で戦っていたころが懐かしいな」

下品な笑い声と共に通信が切れたのを確認したシュルツが漏らす。

ザルツ人が住んでいる星は戦乱により、滅亡の瀬戸際に立たされていた。

それをデスラーによって併合されたことで結果的に救われた。

だから、自分たちを救ってくれたガミラスや総統であるデスラーに対する感謝や忠誠はある。

しかし、かつてのテロンで行われたとされる白人による露骨な有色人種への差別にも似た偏見の塊であるゲールの言葉には怒りを覚えた。

だが、ゲール以外にもこうしてザルツ人を見下すガミラス人はいる。

自分たちが来なければ、滅亡の道を進むことしかできなかった劣等民族は優良なる青き肌のガミラスに使われるというだけでもありがたいと思え、とさえ言われたこともある。

だが、かつての上官であるドメルはザルツ人とガミラス人を平等に扱い、自分に様々な戦術を叩き込んでくれた上、自身の冥王星司令官着任の後押しをしてくれた。

こことは異なり、戦いに明け暮れる日々だったが、一番充足できた時代だったと思える。

「シュルツ指令…」

作戦参謀のヴォル・ヤレトラーがシュルツの言葉に静かに同意する。

「まあいい、ヤマトが来たら、例の物を使用するぞ」

「反射衛星砲…。身の程知らずのテロン人に我らザルツ人の力を見せてやりましょう」

副指令のゲルフ・ガンツが部下に反射衛星砲の準備を命令し、兵士たちは準備にかかる。

彼らも同じザルツ人で、シュルツ達と同じく、故郷に家族や恋人、友人を残してきている。

冥王星に来たのはここが地球へ遊星爆弾によって直接攻撃できる基地であり、そこで戦うことでザルツ人のガミラスにおける地位を引き上げるためだ。

かつて、アメリカに移民していた日本人たちによって編成され、第2次大戦中にヨーロッパ戦線で多大な犠牲を払いながら戦い続けた第442連隊戦闘団のように。

その祖先である日本人たちが乗ったヤマトと戦うことになるというのは歴史の皮肉だろうか。

 

-冥王星宙域-

「冥王星…あんなに近くに…」

冥王星宙域までヤマトがワープし、肉眼でも確認できるようになったこの星を見ながら、島は口にする。

しかし、真田が言っていたように、冥王星の今の姿はかつてのものではなく、海があり、仮に緑が生まれれば、地球に近い環境になると言っても過言ではない状態だ。

だが、仮にガミラスフォーミングが進み、緑が生まれたとしても、そこで暮らせるのはガミラスのみだ。

(この海で、兄さんは…)

「古代、これで兄さんの敵討ちができるな」

「そのためだけに戦うわけじゃないさ」

地球を出る前の古代なら、素直に敵討ちのために冥王星基地を攻撃しようと考えていただろう。

しかし、今の古代はただ地球を救うために目の前の困難と闘う1人の戦士へと変わっていた。

「まもなく、冥王星基地攻略作戦…メ2号作戦を発動する!総員、最終チェックを!」

 

-ヤマト 航空隊控室-

「…」

「あまり気を張らないほうがいいわ、チトセ」

「それは無理よ。ガミラスから地球を取り戻すための戦いなんだから」

先ほどまでの張りつめた表情を隠し、いつものような陽気な笑顔を玲に見せる。

しかし、ある程度彼女の人となりを理解できていた玲には無意味だった。

「…チトセも、個人的な恨みでガミラスと戦っているの?」

「え…?」

「時々、チトセからも私と同じ空気を感じるときがあるから。それに、叢雲三尉からも…」

「え、ソウジさんからも?」

ナンパ好きな快楽主義者としてのイメージの強いチトセにとって、玲のソウジに対する分析は意外だった。

ただ、浮遊大陸での戦いから、ソウジがそれだけの人間ではないというのは感じ始めていた。

チトセに脱出を求めたときの彼があまりにも必死だったためだ。

「彼…何かあるわね。チトセ…気を付けてみてあげて」

「うん…」

 

-ヤマト 格納庫-

「どうだ?こいつなら、前に出なくても、戦うことができるだろ?」

榎本が竜馬に地球連邦軍が採用しているハイパー・バズーカよりもはるかに大きな、バズーカというよりも大砲というべき大型な武器を見せる。

その大砲のそばには万能工作機で作った複数のハイパー・ハンマーが置かれている。

「ハイパー・ハンマー・ランチャーか…」

「そうだ。ハイパーバズーカ程度じゃあガミラスの戦艦の装甲を破壊できないうえ、射程距離も問題があるからな。ハイパー・ハンマーをレールガンレベルのスピードで発射するのさ。リロードのためにヤマトへ戻らないといけないが…」

「ま…戦えねえよりはましだな。戦艦の中で待っているのは性に合わねーしな」

ハイパー・ハンマー・ランチャーがゆっくりとゲッター1のそばまで移動する。

それを見つつ、ノーマルスーツ姿で遅れて到着した鉄也が視界に入る。

「よぉ、鉄也。前の方が頼んだぜ」

「ん?ああ…。任せてくれ」

短くそう答えた鉄也はグレートマジンガーの頭頂部にあるコックピットに乗り込む。

パイロットシートに腰掛け、コスモファルコン隊のヘルメットを着用した鉄也はじっとゲッター1を見る。

(ゲッター…流竜馬…。俺は、彼とあのマシンを守らなければならない。連れて帰らなければならない気がする…)

なぜそう思うのかはわからない。

だが、このメ2号作戦を成功させなければ、彼を守ることも、連れ帰ることも、ましてや自分の記憶を取り戻すこともできない。

今は目の前の戦いに集中すべきだと考え、鉄也はノーマルスーツや機内の酸素量のチェックを始めた。

 

「叢雲…」

ヴァングレイのメインパイロットシートに座って待機するソウジに加藤が外から声をかける。

「ん?なんすか、加藤隊長。もしかして…玲ちゃんにナンパしたことを…」

「だから彼女をそんなふうに…まぁいい。それよりも…お前、メ1号作戦に参加していたんだよな。それに、お前がいつも来ているジャケット…」

「ああ…25部隊のジャケットのことっすね。それがどうか…」

どうしてそんなことを聞くんだと言いたげな表情をソウジは見せる。

加藤自身、このことを聞くのは彼にとって苦痛になるのではないかと思い、これまで聞くことはなかった。

だが、冥王星に到着し、これから冥王星基地を攻撃することになったことで、どうしても聞きたいと思うようになってしまった。

「お前は…!?!?」

急に格納庫に激しい揺れが襲い、警報音が鳴り響く。

「敵の攻撃か!?」

「けど、出撃指示どころか、警戒態勢への移行も発令されていませんよ!」

X3に乗っているトビアの言う通り、これまでこの2つの命令が発せられていない。

にもかかわらず、敵の手法による攻撃を受けたかのような激しい衝撃が襲った。

波動防壁の展開も間に合わなかった。

「こちらが感知する前に攻撃を仕掛けたということか…」

キンケドゥはコスモ・バビロニア建国戦争中のイルルヤンカシュ要塞攻略戦で行われた、敵モビルスーツ部隊に対するスナイパーでの先制攻撃という戦術を思い出す。

その時の地球連邦軍の作戦立案者は代々軍人であるタチバナ家の当主で、かつてジオンが中心となって使っていたファンネルやビットによるオールレンジ攻撃で『気づいた時にはすでにやられている恐怖』を敵に与えることの有効性を知っていた。

「ソウジさん!!キャアア!」

「チトセちゃん!」

チトセが格納庫についたと同時に再び攻撃が当たったのか、激しい衝撃が襲い、彼女の体がヴァングレイに向けて飛んでくる。

ソウジは飛んでくる彼女の手をつかみ、そのままコックピットの中に引き込んだ。

「大丈夫か?」

「は、はい!今の攻撃は…」

「ああ。どうやら、俺たちは既にあいつらの距離にいたみたいだ…」

 

-冥王星宙域-

「状況報告!」

「敵によるロングレンジ攻撃だと思われます!」

報告する森にも、その攻撃が狙撃なのか、それでもかつてのサイコミュ兵器なのかわからなかった。

サイコミュに似たものをガミラスが使っているのかわからないうえ、ロングレンジだとして、どこから攻撃してきているのか、全く分からない。

「敵影、確認できず!角度から判断して、冥王星からでもありません!」

「どちらの攻撃も左舷十時の空間から行われた模様!」

「回避行動をとれ!取舵いっぱい!発射予想地点の死角に入る!」

「回避行動!取舵いっぱい!」

敵がどこにいるのかわからないが、同じ場所からの攻撃に当たるわけにはいかないと考えた沖田の指示で、ヤマトは回頭し、その場を離れる。

 

-冥王星前線基地-

「初弾及び次弾、着弾を確認。ヤマト、回避行動をとります」

どこから来るかわからない攻撃から逃れようと、移動を始めるヤマトを見つつ、ザルツ人の通信兵が報告する。

「お見事です、シュルツ指令。遊星爆弾の発射システムを転用した反射衛星砲、大成功ですね」

「地表から宇宙空間へ打ち出された砲撃は反射衛星によって角度を変えて、目標へ迫る…。この冥王星周辺に砲撃の死角はなく、敵はどこから攻撃されたのか、分からないまま撃沈されていく…」

「まさに絶対無敵の防衛兵器ですね」

メ1号作戦後、冥王星基地は地球連邦軍が地球生存をかけて、必ず陥落させなければならないものと変わった。

だが、遊星爆弾発射のための整備にはコストがかかり、更に時間もかかる。

木星の浮遊大陸に同じシステムを整備するにも、ガミラスフォーミングが完了するまで時間がかかる。

そのため、冥王星基地には強い防衛力が求められた。

その結果誕生したのが反射衛星砲で、実際に使用されるのは今回が初めてだ。

「発想の転換だよ。戦場では常に臨機応変さが求められている」

「ドメル閣下の教えですね。できれば、一撃で沈めたかったのですが…」

ゲールは見下していたが、ヤマトは従来の戦艦以上に頑丈なつくりとなっているためか、初弾で撃沈させることができなかった。

2発目の攻撃は波動防壁を展開されたことにより、初弾ほどのダメージを与えることができなかった。

だが、波動防壁が長時間展開し続けることができない代物だということは分かっている。

「狩りは楽しみながらするものだよ、ヤレトラー。反射衛星砲、次弾装填!」

「反射衛星、7号!13号、28号!リフレクター展開!」

「フフフ、ヤマトめ…どこへ逃げても無駄だ。反射衛星砲、発射!」

基地に搭載されている大口径長射程陽電子砲が7号リフレクターに向けて発射される。

この砲は遊星爆弾の加速と軌道角調整のための点火システムであるため、そのパワーには余裕がある。

リフレクターによってビームが屈折していき、ヤマトの真上からそれが降り注ぐ。

 

-冥王星宙域-

「ぐ…!」

「先ほどと同じ攻撃です!」

波動防壁が切れたと同時にビームが命中し、上段のショックカノンが破壊される。

ダメージコントロール班が出動し、そこで戦っている兵士の治療や消火が開始された。

「死角だったんじゃないんですか!?」

「レーダー!どこから…!」

確かに2発目まで発射されたと思われる場所から距離を置き、死角になるように移動したはずだった。

だが、今回の攻撃は真上からで、これほどの出力のビームを発射できる武器の大きさとタイムラグを考えても、そこまで移動したとは到底思えない。

「発射位置、特定できません!」

「ぐう…冥王星の重力に捕まる…!」

冥王星の重力に捕まったヤマトが徐々にその青々とした星へと引っ張られていく。

「船体維持!」

「駄目です!推力が低下、操舵不能!」

3発目の攻撃のせいで、エンジンにもダメージが発生してしまったのか、島の操舵にヤマトが応じない。

このまま落下し、地表へ転落してしまうと、いかにヤマトでもただでは済まないし、このままガミラスに袋叩きにされるのは明白だ。

「島!ヤマトを冥王星の海に着水させるんだ!」

「了解!」

冥王星の大気圏に入っていくなか、島はなんとしてでも沖田の命令に応えようと必死にヤマトを操舵する。

「古代…」

「は、はい!」

「お前には別命を与える…」

大気圏に完全に入り、ヤマトはそのまま重力に逆らえずに落下していった。




武装名:ハイパー・ハンマー・ランチャー
使用ロボット:ゲッター1(ブラックゲッター)
ゲッター合金の製造が不可能であるヤマトでゲッター1を運用するため、急造された試作兵器。
ガミラスの戦艦を破壊可能な質量弾として旧来のハイパー・ハンマーをそのまま発射できるようにしている。
弾速はヤマトが発射する三式弾と同等であり、ガミラスの戦艦を一撃で破壊可能。
しかし、あまりにも重量がある上にハイパー・ハンマーの装填に難がある上に、大型であることから敵機に狙われやすい。
しかし、もともと遠距離からの狙撃が苦手な竜馬にとっては遠距離から戦艦を破壊できるこの兵器はいざというときにはハイパー・ハンマー単体で使えることもあって、使いやすい武器となっている。


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第10話 メ2号作戦

-冥王星前線基地-

「ふうう…」

「お疲れ様です。シュルツ司令」

ガミラス帝国兼国際の準備で忙しい本国にヤマト撃沈の報告を入れたシュルツがプレッシャーから解放されたことでたっぷりと息を整え、ガンツから受け取った飲み物を口にする。

ガミラス軍に志願し、日は長いものの、自ら本国へ、それに総統であるアベルト・デスラー本人に報告するというのは初めてのことだ。

重要な報告でなければ、不敬として処刑されてしまうが、彼自身、建国祭ということで機嫌がいいのか、注意にとどめた。

これでまた、ガミラスにおけるザルツ人の地位が向上する。

青い肌を持たず、ガミラスと共存、というよりも寄生しなければ生きていけないという現状のザルツ人の地位を高める術は戦果を挙げること、ただそれだけだ。

シュルツは本国に残してきた妻子のことを思い出す。

特に1人娘であるヒルデはようやく授かった子供で溺愛しており、妻のライザと同じように、自分の戦う理由となっている。

これが妻子に胸を張って言えるような戦いか、と言われたら、また別の問題となるのだが。

ビーッビーッビーッ!!

「何事だ!?」

「テロンの人型兵器及び2機の飛行物体が基地に近づいております!!」

「何!?ヤマトから脱出してきたのか、もしくは沈んでいなかったのか…」

部下の報告にシュルツは自分の詰めの甘さを感じざるを得なかった。

 

-冥王星前線基地周辺-

「見つけたぜ!!」

「きっと、この基地のどこかに砲台が…!」

前線基地が見えてくる中、ソウジ達は必死に砲台を探し始める。

実はヤマトは水中で偽装爆発を起こし、沈没したと見せかけながら、水中で先ほどの攻撃について解析が行われた。

真田が出した結論は基地から発射したビームを冥王星周辺の衛星で反射させることで、実質的なオールレンジ攻撃を仕掛けているということだった。

かつてのグリプス戦役と第1次ネオジオン抗争で使われたサイコガンダムMk-Ⅱという巨大モビルスーツに搭載されたリフレクター・ビットに似た要素がある。

衛星にビーム砲が搭載されているのではないかという意見があったが、衛星そのものから強い熱源が感知されたわけではないということから否定され、攻撃の核となっている砲台をつぶすことで攻略できると結論付けた。

「各機、基地の位置は既にヤマトへ送った!散開しろ!」

「了解!!ガミラス…今は戦争だから、兵士が死ぬのは仕方がねえことだ。だが、俺自身のけじめをつけるためにも、倒させてもらうぜ!」

「ヤマトをいたぶった借りは私たちで返しましょう!」

「気を付けろ、攻撃部隊が出てくるぞ!」

「あれは…!」

基地から出てくる木星帝国の戦艦とバタラやヴァゴン、アラナ、カングリジョといったモビルスーツの姿を見たキンケドゥとトビアは驚きを隠せなかった。

「木星帝国…ガミラスと手を組んだということか!」

これで木星帝国残党が外宇宙へ飛び出した理由がわかった。

地球をつぶすという共通の目的を持った相手と手を組んだ、最もシンプルな結論だ。

「やむを得ない。各機、木星帝国もガミラスの戦力として叩け!ヴァング1、ヴァング2、ならびにアルファ2はヤマトを撃った砲台を探せ!」

「了解!頼んだぜ…玲ちゃんに99!」

ヴァングレイと玲が乗るコスモゼロが散開する古代達と距離を取り、砲台の捜索を開始する。

チトセはコンソールを操作して例の砲台が発すると思われる強い熱源を99と共に探す。

「同じ地球から生まれたのに…どうして地球潰しにかかわる!?」

ヴァングレイを発見したバタラに向けて、玲のコスモゼロに搭載されている機関砲が火を噴く。

ビームこそ球体状で小型であるものの、最新のビーム圧縮技術によってピンポイントにヴェスバーに匹敵する破壊力のダメージを与えることが可能となっている。

小型のビームと高をくくり、ビームシールドで受け止めようとしたバタラはあっさりとそのビームで貫かれ、胸部に穴をあけた状態で機能を停止させた。

「チトセちゃんは99と共にヤマトを攻撃した犯人探しに集中しろ!索敵は俺がやる!」

「でも、私が制御しないとポジトロンカノンは…!」

「俺が何とかすりゃあいい!」

先ほど玲が撃破したバタラを皮切りに、ヴァングレイに向けて数機のモビルスーツとメランカがやってくる。

「邪魔すんじゃねえぞ、ガミ公!!」

 

「うおおおお!!」

鉄也が乗るグレートマジンガーが2本のマジンガーブレードをもって接近し、カングリジョやヴァゴンを切り裂いていく。

木星帝国戦艦が主砲で攻撃するが、グレートマジンガーの超合金ニューZ製の装甲の前ではダメージを与えることができない。

「長距離から…であれば、こうだ!」

グレートマジンガーの両耳の突起部分に強い放電が発生し、電気が右手人差し指に集中する。

「くらえ、サンダーブレーク!!」

人差し指を木星帝国戦艦に向けると、激しい電気がそれに襲い掛かる。

強烈な電気を受けた戦艦の電子系統がショートし、グレートマジンガーに向けてビームを放ち続けた主砲が動きを止める。

戦艦が動かなくなったことで、指揮系統が混乱し始めたのか、木星帝国のモビルスーツ部隊の動きが乱れ始める。

「もらったぁ!」

X3のザンバスターがそのうちの1機のペズ・バタラのメインカメラを撃ち抜く。

そして、スカルハートがブランド・マーカーを手にする。

「コックピットをつぶすぞ!死にたくなければ、飛び降りろぇ!!」

キンケドゥの殺気のこもった通信を耳にしたパイロットが慌てて飛び降り、その直後に宣言通りにペズ・バタラのコックピットがブランド・マーカーによって叩き潰された。

スカルハートのメインカメラが映したそのパイロットの背丈はかつて、クロスボーン・バンガードに入ったばかりのトビアと同じくらいだ。

(子供じゃないか…。ドゥガチめ、木星帝国の未来までつぶすつもりか!?)

「俺とトビアでカバーに入る!キンケドゥは武装解除させろ!」

「助かる!!」

鉄也とトビアは兵士とキンケドゥを守るように前に立ち、ザンバスターやサンダーブレークで敵を近づかせないようにする。

そして、スカルハートから降りたキンケドゥは少年兵のもとへ向かう。

「すまない、まずは武装解除させてもら…!?」

急に少年兵がキンケドゥに向けて発砲する。

しかし、実戦で撃ったことがないのか、弾丸は大きく外れて、後方のスカルハートにカツンと当たった。

手は激しく震えていて、目からは涙が流れている。

「もうやめろ、あの異星人と手を組んでまで地球潰しをするのに何の意味がある!?」

「黙れ!!総統を殺した海賊め…!総統は木星の…俺たちの希望だったんだぞ!?その総統を殺した貴様なんかに…!」

「いい加減にしろ!!」

キンケドゥは所持していた銃を撃ち、少年兵の銃を飛ばす。

一瞬驚いたものの、それでも彼はキンケドゥを殺そうとつかみかかり、バイザーを開いて指で目をえぐろうとする。

「そんな動きで!!」

直線的で読みやすい動きの彼のみぞおちにキンケドゥは膝蹴りをする。

思わぬ鈍い一撃を受けた少年兵は口を大きく開き、そのまま意識を失った。

「…まだまだ、俺は未熟だということか…」

死んだ指導者の妄執にとらわれた、未来のある子どもを説得することのできない自分を悔やむ。

かつての1年戦争では、ジオンの少年兵が連邦軍の少年兵を説得し、投降させることに成功したというエピソードがある。

その直後に現れたサラミスによって撃墜され、2人とも戦死してしまうという悲しい結末が待っていたが…。

キンケドゥは気絶した彼の両手を拘束し、舌をかまないようにさるぐつわをつけた。

 

「どうだ!?チトセちゃん、99!!まだ見つけられないか!?」

ビーム砲でメランカやアラナを撃墜しながら、ソウジはチトセと99に声をかける。

「もう少し…基地の全容は分かりましたけど…!」

(…。お2人に質問です)

「ええ!?」

「おい、このタイミングでかよ!?」

(はい。エンゲラトゥスの時に伺えなかった質問です。お2人は直前までケンカしていたにもかかわらず、なぜいつも通りにヴァングレイを動かすことができたのですか?)

「ええっと、それは…」

「99。人間ってのはどうしようもねえ生き物なのさ。ほんのちょっとのすれ違いで相手を憎んだりしちまう。でも、悪かったと認めて謝って、腹を割って話すことで、そんな相手と理解しあえるようになる。ま、あの時はお互いに嫌われたかもって思ってただけで、ちゃんと話したら、チトセちゃんはまだまだ俺に気があるみた…」

「ソウジさん!!誤解を生むような発言はしないで!!」

まるで自分がソウジに好意を抱いているという前提で話を進めるソウジにチトセは顔を真っ赤にして抗議する。

(…残念ながら、まだケンカ中のようですね)

「いやいや、いつものことだから…!」

 

 

-冥王星前線基地-

「ええい、あの人型兵器の軍団をまだ撃破できんのか!?」

届く情報が味方が撃墜されたという情報がばかリで、いまだに人型兵器を撃墜したという知らせを聞いたことのないヤレトラーが怒りを見せる。

「あわてるな!ヤマトの位置の特定はできたか?」

「ハッ!偵察用のメランカからの情報が届きました…。これは…!?ヤマトです!ヤマトが水中で動いています!」

「ヤマトは生きていたか!」

上下が入れ替わった状態で水中を移動するヤマトの画像を見たシュルツの拳に力が入る。

既にヤマト撃沈の報告を入れてしまった以上、このことがばれたらどうなるか…。

「ガンツ!反射衛星砲のチャージは!」

「まもなく完了します!」

「よし、反射衛星砲装填!!」

 

-冥王星前線基地周辺-

(高エネルギー反応、確認)

「あそこね!!」

99が表示した座標を即座に古代とヤマトへ送信する。

「ヤマトへ、ヴァングレイより敵戦術兵器の位置座標がまもなく送られる!なお、敵は既にチャージを終え、攻撃態勢を整えている!早急に対処を!」

チトセからの通信を受け、古代はメランカ2機を相手にしながらヤマトに向けて詳細を伝える。

入手した熱源反応の大きさを考えると、発射まであと10秒未満。

今こうして通信を送っている間にも、急激に反応が大きくなる。

「急いでくれ…ヤマト!」

ビームが発射されようか、という状況で山なりに数発の砲弾が飛んでくる。

飛んできた砲弾のうちの1発が発射しようとしていた砲台に命中、わずかなタイムラグののちに爆発を起こした。

 

-冥王星前線基地-

「は…反射衛星砲、大破!エネルギーが逆流します!!」

「いかん!!」

ほんのわずかな時間差で、ヤマトに先手を取られ、切り札である反射衛星砲を破壊されたシュルツは急いで総員に脱出命令を出す。

反射衛星砲の動力源は基地にあり、破壊されたタイミングで大量のエネルギーを送り込んでいた。

そのエネルギーが逆流し、動力源に戻ってくると大爆発を引き起こし、基地は崩壊する。

脱出のため、航空機や戦艦、モビルスーツに次々とザルツ人兵士や木星帝国兵が乗り込んでいく。

シュルツの予想通りに、反射衛星砲が破壊されてから1分も満たないうちに爆発が起こり、次々と誘爆が発生、その爆発は外にいるソウジ達にも視認できるほどの規模だった。

 

-冥王星前線基地周辺-

「やった…やったぞ!!」

冥王星基地の爆発を見たトビアは反射衛星砲の破壊成功を確認する。

「実弾の三式融合弾に時限信管をセットしてでの曲射…さすがは沖田艦長だ」

「古代戦術長、聞こえますか!?」

「森君か…!」

「古代戦術長は山本三尉と共に帰投してください」

「了解だ!聞こえたか、山本!」

「了解です。叢雲さん、チトセ…後は頼むわ」

水中から現れたヤマトに2機のコスモゼロが帰投する。

「ここまでヤマトが動いてくれていたなんてな…」

ヤマトが移動するということは古代からすでに伝えられていたが、基地の近くまで動いていたというのはソウジにとっては予想外だった。

しかし、ヤマトがここまで動いてくれたおかげで相手は切り札を使わざるを得なくなり、こうして基地を崩壊させることにつながった。

「ソウジさん!敵基地から、敵艦多数!」

「もう基地がぶっ壊れるからって、脱出するんだろうな…!」

ソウジ達と同じように、ヤマトも基地から脱出する艦隊をキャッチしている。

デストリア級とボルメリア級が3隻ずつ、そして、シュルツの座乗艦であるシュバリエルだ。

「ヤマトは最大船速!機動部隊と共に前に出ろ!」

「了解!最大船速で前へ出ます!」

古代が第一艦橋に戻ってくると同時に、島はヤマトを前へと進める。

「ここで旗艦を叩き、ガミラスを太陽系から駆逐する!」

敵艦隊へ既に脱出のためにヤマトから背を向け、最大船速で冥王星から逃げ出そうとしている。

「流!敵旗艦を撃沈させる!ハイパー・ハンマー・ランチャーで攻撃を開始してくれ!」

「了解だ!どうせ、これくれえしか俺の出番はねえからな!」

ヤマトから発進した竜馬は照準を合わせ、両手でハイパー・ハンマー・ランチャーを支える。

照準が合うと同時に引き金を引きと、その大型の大砲からハイパー・ハンマーが発射される。

発射されてからわずかな時間差でハイパー・ハンマーについている小型のスラスターが噴射しはじめ、更に速度を上げて敵艦めがけて飛んでいく。

「何!?棘付きの質量弾…だとぉ!?」

ボルメリア級の艦長が通信兵の連絡を聞き、驚くと同時にその艦の中心がハンパー・ハンマーによってえぐり取られる。

真っ二つになったボルメリア級は左右に分かれて、冥王星の大地に墜落した。

「オラオラぁ、逃げてんじゃねえぞ!侵略者が!!うおおお!?」

続けて敵艦を撃沈させようと、照準を合わせようとするゲッター1のそばをビームが横切る。

ビームを撃っているのは木星帝国のモビルスーツ部隊で、彼らは冥王星から脱出することなく、そのままヤマトを攻撃し続けている。

「もうやめろぉ!!基地は崩壊したんだぞ!?戦う意味なんてないんだぁ!」

オープンチャンネルでトビアは木星帝国へ投降を呼びかける。

アマクサでの一件もあり、無駄なことだとは思うが、それでも1人でも多く失われなくてもよい人命が失われないようにしたかった。

しかし、帰ってきたのは沈黙とビームの雨だった。

「ふ・ざ・け・る・なーーーー!!」

自分で考えることを放棄し、感染したドゥガチがまき散らした妄執のミームの赴くままに戦い続ける彼らに怒りを覚えたトビアはムラマサブラスターを手に敵モビルスーツへ接近していく。

そして、バタラが持つビームライフルを両腕ごと切り裂いた。

「駄目…これじゃあ、狙えない!!」

自分の命に毛ほどの価値も見出していない木星帝国の抵抗は強烈で、ヴァングレイも合流したグレートマジンガーによる援護を受けているが、彼らへの対応が精いっぱいで敵艦を狙うことができない。

「チトセちゃん…残念だが、今は俺たちとヤマトの安全の確保だ」

「でも、彼らにはたくさんの命を奪った償いを…」

「だからこそだ!ここで死んだら、償わせることもできなくなるぞ!…それに、償わせたことでなんになる」

「ソウジさん…」

最後の一言が聞き取れなかったチトセだが、なぜか彼からは深い悲しみと痛みが感じられた。

シュバリエルを攻撃できないのはヤマトも同様で、ヤマトの場合は逃げていく仲間に背を向け、1隻だけで特攻を仕掛けてくるデストリア級への対応に追われていた。

そんなしんがりを務めるその艦と運命を共にしようかと、更にデストリア級1隻とボルメリア級1隻がついていき、ボルメリア級は搭載しているメランカを全機出撃させて、ヤマトと機動部隊に迫っている。

「ショックカノン、てぇーーー!!」

ショックカノンが発射され、2門の主砲から放たれた6条のビームによって穴だらけになったデストリア級が炎上するが、生き残っている砲門からはなおも攻撃が続けられている。

更に、メランカはシュバリエルを含めた味方の艦隊が見えなくなるようにあえて正面を中心にヤマトに接近・攻撃している。

「ミサイルとパルスレーザーで迎撃しろ!波動防壁はどうなっている!?」

「展開可能です!」

「よし、波動防壁展開!ハヤブサは発進し、ヤマト及びゲッター1に敵を近づけさせるな!」

「ようやく出番だ…。お前ら、大砲屋に負けるんじゃねえぞ!」

出撃した加藤は仲間たちにげきを飛ばすと、即座に機銃でゲッター1に向けてミサイルを発射しようとするメランカを撃墜する。

篠原らの機体もパルスレーザーの弾幕の中を飛び回り、メランカを攻撃する。

「仲間を逃がすために…か。心意気は買うけどなぁ!!」

加藤と篠原らが視界を確保してくれたことで、もう1隻のデストリア級を照準に入れる。

全砲門からビームや魚雷を発射させながら、ヤマトに接近し続けている。

「ヤマトめ…!!シュルツ司令はやらせん!!」

この艦の艦長であるヤレトラーがそう叫びつつ、自らの操艦で動かしている。

彼はほとんどの兵士を退艦させ、脱出部隊と合流させてからこの特攻を仕掛けていた。

「させるかよぉ!!」

ゲッター1のハイパー・ハンマー・ランチャーがデストリア級の艦橋に向けて発射される。

「シュルツ司令!!ザルツ人の未来をぉーーー!!!!」

上官であり、自らの希望であるシュルツにすべてを託したヤレトラーは艦橋もろともハイパー・ハンマーに押しつぶされていった。

艦橋を失い、コントロール不能となったデストリア級だが、それでもヤマトに向けて直進をやめない。

既に肉眼で見えるくらい爆発を繰り返している。

ヤレトラーら、しんがりを務めるザルツ人たちの執念が宿ったかのように。

しかし、執念だけで何かを変えることができるとは限らない。

ヤマトから次々と発射される魚雷とビームによって、デストリア級は大爆発を引き起こし、消滅していく。

爆風に飲み込まれたヤマトは波動防壁によって守られていた。

「ヤレトラー!!」

シュバリエルの艦橋でヤレトラーの艦の反応の消失を知ったガンツは戦友の死を悼む。

「最大船速、ヤマトを振り切れ!!ヤレトラー…そして、この冥王星で散った同胞たち。必ず、お前たちの願いを…!」

シュバリエルがさらに速度を上げていき、ワープを開始する。

ようやくシュバリエルを視認したヤマトからショックカノンと三式弾が発射されるが、それらが来た頃にはその艦は生き残った艦と共に冥王星の空から消えていった。

「彼らは…旗艦を逃がすために…」

「(古代守と同じだ…。彼らは同じ人間だというのか…?)ガミラスの冥王星基地は終わりだ。地球に遊星爆弾が降ることはもうない」

「やったな、古代!」

「ああ…!(兄さん、やったよ…)」

この喜びは兄の仇を討てたからというものではない。

ただ、地球を滅ぼす脅威を取り除くことができたことへの純粋な喜びだった。

「これで、ガミラスは太陽系から撤退するだろう」

「イスカンダルへの旅に集中できますね」

遊星爆弾は地球だけでなく、コロニーにも容赦なく襲い掛かっていた。

このまま放置していたら、そこに残している仲間か家族の命を危険にさらしていたかもしれない。

(母さん…リィズ…)

キンケドゥはコスモ・バビロニア建国戦争終戦後から一度も会っていない肉親のことを思い出す。

彼とベラは終戦後に木星帝国が起こしたとあるテロによって表向きは死亡扱いとされている。

そのため、彼の母親であるモニカ・アノーも妹のリィズ・アノーも彼を死んだと思っている。

サナリィを通じて彼らの行方はつかんでおり、モニカはバイオコンピュータの平和活用のための方法を模索していて、リィズは友人の1人と結婚したとのこと。

(母さん…行ってきます。リィズ、母さんのこと…頼んだぞ)

「往復33万6000光年か…」

「ガミラスの連中が邪魔してくるなら、何度でも返り討ちにするだけだ」

本来では当事者でないはずの鉄也と竜馬も闘志を燃やす。

こうして間近でヤマトの戦いを見て、共闘したことで、もはやこの世界の地球は完全に彼らにとって他人事ではなくなっていた。

 

-大ガミラス帝国 総統執務室-

金色の柱と青い壁をベースとした、広い部屋の中で、この国の総統であるデスラーは副総統であるレドフ・ヒスから報告を受けていた。

「プラート(冥王星)が落ちた…と?ヒス君、私は夢でも見ていたのかね?確かヤマトは沈んだのではなかったかな?」

ヤマトを沈めたというシュルツの連絡から数時間も立たないうちに、このような報告が届いた。

デスラーでなくても、夢を見ていたのかと思いたくなるような報告だ。

しかし、報告するヒス自身の表情を見て、冥王星基地壊滅は真実だということは理解できる。

「はっ…私も、そのように…」

「シュルツは基地を放棄、戦線を撤退したのだな?」

「はっはい!」

「大ガミラスに撤退の二文字はない。勝利か、然らずんば死だ」

「はっ…」

シュルツへの死刑宣告を抱え、ヒスは執務室を後にする。

デスラーはゆっくりと天井に描かれている絵を一瞥する。

自身と金髪の美女が互いの故郷の星を手にしていて、その2つの星が白い一陣の光によってつながってる絵だ。

その絵を見た後で、地球のある方角に目を向ける。

「テロン人か…。戯れに銀河系への派兵を決めたが、退屈しのぎになりそうだ…」

うっすらと笑みを浮かべたデスラーは静かにある機関と通信をつなげる。

「私だ。例の試作兵器は完成しているか?そのテストをやらせたい部隊がいてね。至急彼らのもとへ届けてくれ」

 

-ヤマト 下士官用居住部屋-

「うーん、デジャブだな…」

チトセと2人っきりになった個室でソウジは正面にいるチトセを見る。

2人ともすでにいつもの制服、もしくは私服に着替えている。

「ソウジさん、99からの質問に答えてた時、腹を割って話したら理解しあえるって言ってましたね」

「ん??ああ、そういやぁ…」

「…それに、一緒に戦っているとき、なぜかいつも軽い態度を取ってばかりの貴方から、強い悲しみを感じて…」

「…ニュータイプの勘ってやつ?」

「それプラス女の勘、かもしれませんけど…」

普段からソウジはチトセが言う悲しみを気づかれないように気を付けてふるまっているつもりだった。

だが、ニュータイプである以上にサブパイロットとして同じ機体に乗り、一緒に戦うチトセはほかの仲間たち以上に長く一緒に行動することになる。

勘ぐられても仕方ないかもしれない。

このままあの時のようにすれ違いを起こす、という愚を繰り返したくなかったソウジはため息をつく。

「その…話してくれますか?あなたについて…」

「…あんまり楽しい話じゃないぞ」

いつもとは異なる、重いまじめな口調のソウジにチトセは首を縦に振った。

 




機体名:メランカ
正式名称:戦闘攻撃機DWG299 メランカ
建造:大ガミラス帝国
全高:11.0メートル
全幅:27.3メートル
武装:13ミリ機関銃×6、空対地ミサイル×6
主なパイロット:ガミラス兵

ガミラスの戦闘攻撃機。
地表への爆撃を得意としており、機銃もほかの航空機と多く、火力に優れている。
作戦によっては、対艦魚雷への換装も可能となっており、コストパフォーマンスにも優れていることもあって、生産量が多い。
ただし、あくまで戦闘攻撃機であるため、同じ空対空における戦闘能力は低いものと思われる。
また、翼幅が極端に広いため、ボルメリア級でのみ出撃可能。



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第11話 すべてを失った男と赤道祭

-ヤマト 下士官用居住部屋-

「まぁ…まず見てほしいのは、こいつだな…」

ジャケットのポケットの中にあるボロボロの写真をチトセに見せる。

写真には地球連邦軍の軍服を着たソウジと白髪が生え始めた夫婦、そして幼い少女の姿が映っていた。

まだパイロットとして宇宙で出撃していないためか、日焼けをしておらず、若干薄い黄色の肌をしている。

「高校卒業と同時に、俺は軍に入った。ま…あんまり勉強が得意じゃなかったからな、それに…親父のような生き方をしたくないって思ってさ…」

「どうして、そう思ったんですか?」

「親父は今じゃあなくなっちまった企業の社員で、いつもお客やお偉いさんにぺこぺこしてた。そんな頭を下げてばかりの生き方をしたくなかったのさ…。で、1年間月で訓練をした後にモビルスーツパイロットとして第一次火星沖海戦で初陣を飾ったのさ。ま…乗っていたのはポンコツのヘビーガンだったけどな」

その当時の時の戦いを思い出す。

戦場の花形であったはずのモビルスーツがガミラスの艦隊の堅牢な装甲と高密度な攻撃によってなすすべもなく敗れ去っていく光景を。

その戦闘でソウジはどうにかガミラスの戦闘機を2機撃墜することができたが、戦艦に傷を負わせることはかなわなかった。

そして、その戦いから1か月後、休暇をもらったソウジは実家へ帰ろうとしたが…。

「初陣の戦いを生き延びたことを親父やおふくろ…妹の百合に伝えたかったが…できなかった」

「できなかったって…まさか…!」

「ああ…。みんな死んでしまったからだ。家族だけじゃない。俺が住んでいた町は壊滅して、友達も…親戚も…恩師も、みんな灰になってしまった」

「ソウジさん…」

ガミラスの遊星爆弾によって家族をすべて失ったり、恋人や親友を失ったという人間は多い。

しかし、ソウジは恋人を除くそのすべてを失ったのだ。

「そして、ガミラスとの戦いが続く中で、仲間も次々と死んでしまった。で、1人になった俺が入ったのが、このジャケットがトレードマークの月面航空隊第25部隊だ…」

「25部隊…」

月面最後のモビルスーツ部隊であり、メ号作戦で全滅した部隊。

この話は新兵であり、地球から出たことのないチトセは加藤に教えられるまで知らなかったことだ。

加藤はその時、生き残りが1人だけいるという話を聞いていたが、それが誰なのかは教えてもらえなかった。

浮遊大陸の戦いで、ソウジが25部隊の十八番戦術と宣言してあの攻撃を行っていたため、もしかしたらと思っていたが…。

「もしかして、ソウジさんが…」

「そう。俺が月面25部隊最後の生き残りだ。隊長、イェーガー、クレイ、バーディ…みんな冥王星の海で死んでしまった。おまけに俺は…」

ソウジはジャケットとシャツを脱ぎ捨て、自分の体をチトセに見せる。

数多くの傷跡で埋め尽くされたソウジの体を見て、チトセは両手で口をふさぐ。

「俺の機体も撃墜されたけど、運よくキリシマに回収された。体中血まみれで内臓もボロボロ…普通の患者なら安楽死が妥当なほどの傷だったみたいだ…。でも、軍医が懸命に治療してくれたおかげで、このとおり今も生きてるってことだ。ま…俺は1人になってしまったけどな…」

1人になった、と寂しげにつぶやくソウジ。

いつも通りの口調で話そうと心掛けているようだが、何度も大切なものを失い続けてきたソウジにとって、この話をするのは辛いことのようで、表情が険しくなっている。

なお、ソウジの受けた傷は現代であれば年単位での治療が必要で、治ったとしても後遺症が残るほどのものだ。

だが、このようにパイロットを再びこなせるくらいに回復できたのは、新正暦となってから2000年以上積み上げてきた医療技術の賜物だ。

「でも、傷跡なら佐渡先生に言えば消してもらえて…」

「消したところで、死んだ奴らが戻ってくることはないからな…。今でも夢を見る…。死んだ家族や仲間たちのことを…。そのたびに、俺の体の傷跡がうずきだすのさ。まだ傷が治っていないかのように…」

話している間に、再びうずきだしたのか、ソウジは脂汗をかきながらベッドに座る。

「おまけに、最近見始めた夢の中では…加藤隊長や古代戦術長、玲ちゃんといった仲間たちまで俺を残して死んでしまう光景を見る。そして、ヴァングレイが損傷して、後ろを向くと…」

更に痛みが激しくなったソウジは口を閉ざす。

この後の言葉を想像できたチトセはソウジの抱える大きな悲しみと苦しみを感じ、目から涙をこぼしていた。

「はあ、はあ…で、死んだみんなが口々に…なんでお前だけ生きていて、俺たちだけが死ななければならないんだって言ってくるのさ…。そして、両腕を使って這いながら俺を追いかける…。俺は反論もできずに、逃げるしかなかった…」

「ソウジさん…」

「俺はさ、あんまり人と関わっちゃあいけないのさ。俺とかかわった人間はみんな死んでしまう。だから…」

「そんなの…そんなのおかしいですよ!!」

ソウジの言葉を遮り、チトセは涙を流しながらソウジに向けて叫ぶ。

「チトセちゃん…」

「ソウジさんから…みんなからすべてを奪ったのはガミラスです!どうして…どうしてソウジさんが悪いみたいになるんですか!?そんなの…おかしいですよ!!」

大粒の涙を流し、ソウジの胸を何度もたたきながらチトセが泣き出す。

徐々に叩く腕の力が弱くなっていき、最後には叩く気力さえ失っていた。

「ソウジさん…私も…ガミラスのせいで家族を全部なくしちゃったんです。父さんも母さんも…妹のユウちゃんも…」

「チトセちゃん…」

「だから…みんなが死んだのは自分のせいだって、思わないでください…。それじゃあ、私だって、自分を責めなきゃいけなくなってしまうじゃないですか…」

家族を失ったチトセにはソウジの大事な人を理不尽な形で失う悲しみと苦しみを理解できる。

チトセは高校時代の友人などで生き残っている人がいるため、1人ではないという実感があるのだが、ソウジは違う。

今のソウジにとって、知り合いがいるのはこのヤマトの中だけだ。

「…そう、だよな…。こんなかっこ悪い姿ばっかり見せていたら、みんなに悪いよな…」

「ソウジさん…」

「ありがとな、チトセちゃん。少しだけ、元気になれた。きっと、その大きな胸を押し付けれくれたからか?」

いつも通りの笑みを浮かべたソウジの目線がチトセの胸の谷間に向かい。

思いっきり体を密着させてしまったことで、チトセの大きな乳がソウジの胸に密着してしまっていた。

「…キャーーーーー!!!」

一気に顔を真っ赤にさせたチトセはソウジをビンタし、部屋を飛び出してしまう。

1人残されたソウジは真っ赤になった頬を手で抑える。

「痛た…これは何も言わないのがよかったか…?」

ベッドで横になり、痛む頬を手でそっと撫でる。

頬の痛みに神経を集中させたせいか、傷跡から感じる痛みは治まっていた。

(チトセちゃん、ありがとうな…。けど、俺は…)

 

-ヤマト 食堂-

「諸君の奮闘により、冥王星基地は陥落した。心より感謝する。そして、これより…イスカンダルへの航海と地球への帰還の成功を願い、太陽系赤道祭を開始する!」

食堂に沖田の声が響き渡り、多くのクルーやパイロットが集まっていた。

OMCSによって生産された食材をふんだんにつかったケーキやパフェ、ステーキなどがあり、普段は食べられないようなリッチな料理に一部のクルーは舌なめずりをする。

「だが、航海はまだ始まったばかりだ。これが終わったら、地球を振り返るな!前を見ろ!イスカンダルまでの道を見据えるんだ!赤道祭の成功を祈る!乾杯!!」

沖田のコールと同時に、クルーたちは持っているコップやグラスを周囲の仲間たちのそれとぶつけ合う。

「うまい…すごくうまい…!」

「トビア、こっちの料理もおいしいわ。一緒に食べに行こう?」

「うん、今行く!」

このような料理や祭りとは無縁の暮らしが続いてたトビアとベルナデットにとって、これらの料理はかなり久しぶりに口にするもので、しかもとびきりにおいしいこともあり、2人はいろんな料理を手にし始める。

なお、OMCSについて知っている一部のクルーは野菜には手を付けはするが、肉などには一切手を出さず、カロリーブロックを口にしていた。

「ぷはぁ、うまいのぉーーー!!お前さんも一杯どうじゃ!?」

「私は飲めません」

佐渡に勧められた酒をアナライザーは丁重にお断りする。

そして、彼の眼はメイド服を着た原田に向けられていた。

(あんなふうには、なりたくありませんから…)

「ほらほらーー、加藤隊長、もっと飲んで飲んでーー!!」

「や、やめろ原田!!く、く…苦しい…」

顔を真っ赤にし、メイド服姿で酒が入った瓶を片手にした原田が加藤の首を腕を拘束しながら彼に酒を進める。

酔っぱらっているせいか、腕にかなり力が入っており、だんだん加藤は息苦しくなっていく。

なお、彼女がこうなってしまった犯人は佐渡で、メイド服に関しては太田だ。

酔っぱらった彼女は太田に赤道祭は仮装が恒例とうそをつかれて、それを真に受けてしまっていた。

「いやー、いいですね。隊長。こんなにかわいい女の子にお酒を進められて」

「篠原、ばかなことを言ってないで、助けてくれー!!」

「みなさん、地球との交信の割り当ては1人あたり5分間です!順番は事前に知らせていた通りですから、時間になりましたら通信室へ来てください!次は大沼二等兵です!」

森が地球への交信を希望する面々に次の順番を伝える。

赤道祭が行われている理由の一つがそれで、ヘリオポーズのせいでここから先、地球との交信ができなくなるためだ。

そのため、家族や友人、恋人にしっかりと話せるようにと沖田の提案でこの祭が行われることとなった。

「そういえば、キンケドゥさんはベラ艦長と話すんですか?」

フライドポテトを口にするキンケドゥにトビアが尋ねる。

彼は恋人である彼女と話をするものだとばかり思っていた。

「そのつもりはない」

「え…?」

予想外の言葉にトビアとベルナデットは驚きを見せる。

もしかしたら、これが最後の会話になるかもしれないのに、それでいいのかとさえ思ってしまう。

そんな彼らを安心させるため、キンケドゥは笑みを見せながら言う。

「次に会うときは、生きて帰ってくるときだって決めたからな。それに、俺は必ず帰る」

「気持ちがつながっているんですね」

「ニュータイプとか、そういうのは関係なく、人間として当たり前のことだ」

「人間として当たり前…か」

キンケドゥの言葉がトビアには分かる気がした。

火星でヤマトと出会う前、クロスボーン・バンガード残党の隠れ蓑として機能しているブラックロー運送にトビア宛に荷物が届いていた。

中身はトビアがコロニーで生活していたときに愛読していた漫画で、さらに自分を育ててくれた養父母からの手紙も入っていた。

トビアは幼いころ、両親を事故で亡くしており、養父母からはわが子同然に育ててもらっていた。

クロスボーン・バンガードに加わった後はすっかり連絡ができなくなり、木製戦役が終わったころには自分は死亡扱いになっていて、彼らも自分のことを死んだものと思っているだろうとばかり思っていたトビアにとっては驚きの出来事だった。

手紙には詳しいことはよくわからないけれど、元気でやっていてくれているのならそれでいい、トビアは自分たちの誇りだというような内容が書かれていた。

両親がなぜ自分がそこにいるのを知っていたのかはわからないが、トビアはそのとき、養父母との心のつながりを感じることができた。

「だけど、お前たちは火星に連絡しておけよ?きっと、ウモンじいさんやヨナ、ジェラドが心配しているだろうからな」

「はい…!僕も生きて帰るって誓ってきます!」

「トビア君、ベルナデットちゃん。もうすぐ時間だから、通信室へ」

「ほら、行ってこい!」

キンケドゥに背中を押され、2人は食堂を後にする。

そんな彼らを見ながら、船務科の岬百合亜准尉は星名とともにジュースを飲んでいた。

「盛り上がっているね、みんな」

「地球を出てからは緊張の連続だったからね。いい機会だと思うよ」

「ふーん…」

「な、なに??」

百合亜がじーっと自分を見てきたことに、星名は困惑する。

「じゃあ、星名もちょっとは探検してみたら?例えば、誰もいないところに私を連れて行って…」

「そ、そんな場所…ヤマトには…」

百合亜の言っている言葉から、何かを察した星名は顔を赤くする。

そんな彼の反応を見て、百合亜はクスリと笑う。

「あるでしょ?開かずの間が」

「自動航法室のこと?」

そこは確かに百合亜の言う通り、誰もいないところではあるが、立ち入り禁止となっている。

もしそこに入って、彼女といろいろしてしまい、航行に支障をきたす事態が発生してしまいましたとなると、ギャグでは済まない。

「そういえば、知ってる?あそこって…出るらしいよ。きれいな女の人の幽霊がスーっと」

話題をそらすように、星名はその部屋に関するうわさに話題を変える。

これは自動航法室付近に配置のあるクルーでは有名な話であるが、あくまで噂であり、信ぴょう性は不明だ。

「それ、地球でよく見た」

「ええ!?」

百合亜のまさかの発言に星名はびっくりする。

あの話は宇宙に出てから出始めたうわさであり、地球にいたころに見たという人は誰もいない。

ということは、彼女がそれの第一発見者であり、噂の信ぴょう性を証明する人物になる。

「私…見える体質だから」

「そ、そうなんだ…」

どう反応を返せばいいのかわからなくなった星名はこういうありきたりな返事をすることしかできなかった。

「おひとり、ですか?」

部下である星名が百合亜と話しているように、伊東は集まりから離れて1人で飲み物を口にする新見のそばへ行く。

「こんなところで接触する気?」

「逆にこんなところですからね。新見女史に声をかける身の程知らずのナンパ師にしか見えないでしょう」

「何の用なの?」

伊東に目を向けることなく、新見は飲み物が入ったままのコップをテーブルに置く。

彼とは早い段階で話を切り上げたいと思っていた。

「別に…たまには仕事以外の話でもしようかと思いまして」

「用がないなら接触は謹んで。万全を期するためにもね」

「了解です」

伊東は新見から離れていく。

仕事以外の話、の意味を理解していた新見はじっと伊東の後姿を見ていた。

そんな中、通信を終えた南部がため息をつきながら食堂へ戻ってきた。

「どうした?地球との交信で何かあったのか?」

ほかの面々が決意を新たにする、もしくは泣くのを我慢しながら帰ってくる中、それとはまったく異なる反応を見せている南部のことが気になった島が尋ねる。

「帰ってきたら見合いしろと親に言われました」

「めでたいことじゃないか。親御さんはお前が無事に帰ってくるって信じてるってことだろう?」

これから命がけの航海をする子供に言うことか、と思いながらも息子の帰還を信じる親の存在をうらやましく思う。

もし、父親が生きていて、こういう機会があったら、どんな言葉をかけてくれたのだろうと思いながら。

ちなみに南部は南部重工大公社の御曹司であり、ヤマトの建造にかかわっている。

ヤマトに乗り込んだ時には、両親の反対を押し切る形となったため、叱られるか親子の縁を切られるかと思っていた南部にとって、彼らの許しはありがたいことだった。

だが、見合い話はあまりありがたくないことだった。

「そうは言いますけどね、僕には心に決めた人が…!」

「な…マジか!?」

「誰なんですか?その人は!」

まずいと思い、口を閉ざした南部だが、時すでに遅し。

一部のクルーが彼の話を聞いてしまい、その人がだれなのかを尋ねてくる。

いつもの軽率さが出てしまったと後悔する中、徳川が彼のそばまでくる。

「そうか…南部は嫁さんを探していたのか」

「はいっ!?」

まるで地球を救うためではなく、このような個人的な理由でヤマトに乗ったといわんばかりの徳川の発言に驚きを見せる。

確かにその通りではあるが…。

「残念じゃな…もう少し待ってくれるのなら、ワシの孫娘を紹介してやったというのに…」

「参考にお聞きしますと待つって…どれくらいです?」

「そうだな。あと20年くらいかな」

「まだ子供じゃないですか!?」

孫娘、という言葉で予想はできていたが、そんなに待つ気にはなれない。

冗談だ、と言いたげに徳川は笑みを浮かべて酒を飲む。

「それなら、俺の弟の次郎のほうがお似合いかもしれないな」

「だがな…ワシらがイスカンダルにたどり着かねば、アイ子も島の弟も南部の親御さんも…すべて終わりなんじゃ」

徳川の言葉に南部たちは沈黙する。

悲しい表情を浮かべたクルーの中には家族や恋人、友人の死をこの交信で知ったという人が多い。

「…僕も、家族と話して、それを実感しました」

「頑張ろうな、みんな。地球を…ワシ達の大事な人たちを救うために」

「…はい!」

 

-ヤマト 格納庫-

「ソウジ、お前はいかなくていいのかよ?」

「ん…?」

格納庫では、ソウジと鉄也、竜馬がそれぞれの愛機のメンテナンスをしていた。

鉄也はそれだけでなく、被弾した装甲のチェックも行っており、ガミラスの兵器による攻撃がどれほどグレートマジンガーにとって脅威となるのかを確かめていた。

「俺たちとは違って、お前はこの世界の人間だ。だったら…」

「いつでも出撃できる人間はいたほうがいいだろうって思ってな」

「だが、交信は…」

「交信するような人はもう…ヤマト以外にはいないのさ」

「…すまない」

ソウジの身の上を察した鉄也は軽率な発言だったと彼に謝罪する。

「気にするなよ、ずっと前のことさ…」

「お前、背負ってるんだな…顔に見合わず」

「うるさいよ。そっちはムショ暮らしで顔の筋肉が固まっちまったのか?」

「なに…?」

手を止めた竜馬はじっとソウジをにらみつける。

彼の言葉にカチンときており、彼がすぐそばでそんな発言をしていたら、本気で一発殴っていたところだ。

「無実の罪だっていうなら、堂々としてろよ。壁を作って、自分を閉じ込めんなよ。ましてや、ここはお前のことを知らない世界なんだぜ?」

ソウジの言葉に竜馬はハッとする。

竜馬はいつの間にか、この世界が自分のいる世界とは違うということを失念していた。

インベーダーとの戦争もなく、自分が刑務所に入ったということを知る人も当然いない。

それなのに、冤罪とはいえ服役することになってことで、どこか余裕をなくしていたのかもしれない。

そのことに気付いた竜馬はフッとこれまでの自分に対して一笑する。

「そうだな、お前の言うとおりだ」

「おお、ちゃんと笑えるじゃないか。…お世辞にも、チャーミングとは言えねえけどな」

ヴァングレイから出て、ハイパー・ハンマー・ランチャーのそばにいる竜馬の顔を見たソウジは安心したように軽口をたたく。

「つくづく口の減らねえ野郎だぜ…」

 

-ヤマト 作業艇-

「すいませんね、戦術長に如月三尉、山本三尉。修理を手伝ってもらって」

修理し終えた個所のプログラムをチェックする榎本が古代とチトセ、玲に礼を言う。

「気にしないでください。自分は手が空いていますので」

「私も、交信が終わってますし、食べ過ぎちゃって、こうして動かないとまずいと思いましたから…」

「まぁ、こっちとしてはおかげで若いのを赤道祭へ行かせてやれるんで、助かりますけどね」

古代の身の上を知っている榎本は古代たちを深く追及することはしなかった。

「じゃあ、俺は外の整備をしてきますんで。あとは3人でどうぞ。にしても、戦術長は女の扱いが上達したようで…?」

「は…??」

なにを言っているのかよくわからないと言いたげな古代の顔を見て、笑みを浮かべた榎本は外へと出て行った。

「掌帆長は何と…?」

古代の隣へ行き、配線をチェックをする玲が古代に尋ねるが、彼自身も何を言っているのかわからず、首を傾げた。

「玲は赤道祭に行かなくていいの?手伝いばっかりで、このままだと交信が…」

「もう、家族はいないの。たった1人残った兄もガミラスとの戦闘で亡くなったわ…」

「じゃあ、加藤が君の航空隊への配属に反対していたのは…」

「ええ。兄は隊長の親友だったんです。だから、私を死なせないように…」

「…同じね、玲」

「チトセ…?」

「私も、両親と妹をガミラスの攻撃で亡くしてるの…」

彼らが健在だったことを思い出しながら、チトセは2人に告げる。

特に妹の如月優美はもうすぐ10歳の誕生日で、チトセによく懐いていた。

そのころ、チトセは留学のために海外へ飛んでいたため、命拾いすることになった。

爆心地付近に家があったこともあり、遺品も遺骨を何もかもが灰になっていた。

「だから、あなたがガミラスを…」

「…うん」

「…僕も同じだ」

「戦術長…」

「僕も、通信する相手がいないんだ」

 

-ヤマト 艦長室-

「…」

星の海を窓から見ながら、沖田はグラスに入った酒を飲む。

彼のそばには徳川もいて、彼が空っぽになった沖田のグラスにお代わりの酒を入れる。

「お互い、年を取りましたな。やはりここにおられたとは…」

「ああいうところが少し苦手になってしまってな…」

開会のあいさつの後、沖田は1人、艦長室へ戻っていた。

古代たちと同様、自分にも交信する相手がおらず、こうして佐渡からもらった酒を飲んでいる。

徳川がここに来たのは10分ほど前で、彼はほかのクルーと十分に楽しんだ後に長い付き合いである沖田を心配して探しに来てくれていた。

「んん…これは…」

沖田のベッドのそばに置かれているぬいぐるみが徳川の視界に入る。

犬だかネズミだかわからない顔にずんぐりとした二頭身で、蝶ネクタイと大きな瞳、帽子がかわいらしいマスコットで、このようなぬいぐるみがあるのは意外だった。

「息子が幼いころ、誕生日プレゼントで買ったぬいぐるみだ。形見のようなものだ。どういう名前のぬいぐるみだったのかは…すっかり忘れてしまったがな」

息子、という言葉を聞いた徳川は沈黙する。

沖田の息子は第二次火星沖海戦で戦死している。

彼だけでなく、多くの若者がガミラスとの戦争で命を落としてしまった。

「艦長、次の一杯は…」

「うむ、今生きている若者たちの未来を願って…」

沖田と徳川は乾杯した後、一気に酒を口の中に入れた。

 

-ヤマト 展望室-

「…」

展望台で、古代は1人でハーモニカを吹く。

これは彼の趣味の1つで、たまにこうして1人でいるときに吹くときがあるが、それをあまり人前で見せることはない。

今吹いているのは、両親が健在のころに聞いた曲『真っ赤なスカーフ』だ。

吹き終わり、ハーモニカをしまうと拍手の音が展望室内に響く。

「森君…」

「きれいな音色ね」

古代の隣に座った森は笑みを浮かべ、彼のハーモニカを素直にほめる。

人前で吹いたことのない古代にとって、これが褒められたのは初めてのことだ。

「ああ、その…」

「大丈夫、誰にも言わないから。それと、補修作業ご苦労様」

「え…」

「展望室から見えてたの」

「ということは、まさか…」

「そんなことないわよ。私は交信する人を呼ばなきゃいけないから…」

古代が言いたいことを察した森は即座に否定する。

「まぁ…どうせやることがなかったからな」

「なんで、交信しなかったの?」

森は交信する人の順番を決める際、当然のことながら、希望者の名簿を見ている。

その中で古代の名前がなかったため、気になっていた。

「…家族は、みんな死んだ」

「…!」

「君の方はどうなんだい?家族と話したの?」

あまり自分のことを話題にしないほうがいいと思い、古代は即座に話題を切り替える。

個人的に彼女の身の上のことが気になったのもあるが…。

「そっちと同じかな…」

「あ…ごめん…」

しくじったと思いながら、古代は彼女に詫びる。

まさか彼女も自分と同じだとは思わなかった。

「謝らないで。私ね…昔の自分を覚えてないんだ…」

「え…?」

「覚えているのはここ一年間の記憶だけ。その前の記憶はないの」

「そうか…」

普段の彼女からは記憶喪失だとまるで感じられず、古代はどのような言葉をかければいいのかわからなかった。

仮に肉親が死んだとしても、覚えていれば、いつでもそばにいてくれると感じることができる。

しかし、その記憶をなくしてしまうと、もう思い出すことすらできなくなる。

仮に自分が記憶をなくしてしまったらどうなるだろうか。

きっと、ガミラスを憎む気持ちが少しは薄らぐかもしれない。

しかし、家族の死を悲しむことができるのは自分1人しかいない。

「ねえ、エンゲラドゥスで一緒だったとき、私に変なこと聞いていたよね?」

「あ…うん…」

ユキカゼを探していたときのことで、古代は森に宇宙人の知り合いがいるかと尋ねたことがある。

というのも、火星で眠っているサーシャと森がそっくりだったためだ。

「彼女と…君がよく似ていて…。そういえば、彼女が来る一年前にも、もう1人来てたんだよね?波動エンジンの設計図を届けに。名前は確か…」

「ユリーシャ・イスカンダル…それが、彼女の名前よ」

 

-ヤマト 下士官用居住部屋-

「あー、これですっかりやることは寝ることしかなくなっちまったな…」

ベッドでゴロリと横になったソウジは天井を見つめる。

ヴァングレイの整備も終わり、すっかり手持ち無沙汰となってしまった。

これから赤道祭の会場である食堂へ行っても、もうお開きとなっているだろう。

そんなことを思っていると、急にドアが開く。

「チトセちゃん…」

「ソウジさん。その…これを…」

部屋に入ってきたチトセはソウジにケーキを差し出す。

「ケーキ…?」

「はい。確保しておいたんです。私と…ソウジさんの分…」

「…そうか、ありがとな」

自分のために用意してくれたことを嬉しく思いながら、ソウジはケーキを受け取る。

紙皿とプラスチック製の使い捨てフォークという安上がりな食器だが、今の2人にとってはそれは些末なことだ。

「ソウジさん…絶対に地球へ帰りましょうね」

「…ああ」

 

-シリウス星系宙域-

冥王星を離れたヤマトは地球から8光年離れたシリウス星系の宙域に差し掛かる。

ヘリオポーズのせいで、もうヤマトは地球と交信することができなくなった。

そして、ここからのワープによって、ヤマトは完全に太陽系を出ていくことになる。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「次のワープは12光年を跳躍。グリーゼ581に到達予定です」

「12光年か…ヤマトのVLBi望遠鏡であの地球の姿を見られる最後の機会だな。真田君」

「はい。モニターに地球の映像を流します」

真田の操作により、望遠鏡に映し出された地球の姿が映し出される。

出発の時とは違う、青い海のある地球にヤマトのクルー達は驚きを見せる。

「8光年離れているからな。これは…8年前の地球だ」

「ガミラスの侵略を受ける前の地球か…」

その時の地球には家族がいて、友人もいた。

あのままガミラスの攻撃がなければ、自分は軍とは無縁の暮らしを送っていたかもしれない。

だが、もうあの頃の暮らしは戻ってこない。

しかし、少なくともあの青い水の惑星を取り戻すことができるかもしれない。

「忘れるな、これが我々の取り戻すべき星だ」

ワープの準備が完了し、ヤマトは12光年先へ向けて跳躍する。

同時に映っていた青い地球も消えてしまった。

 

-ガイデロール級シュバリエル ブリッジ-

「お父さん、お仕事終わらせて帰ってきてね。お母さんもお父さんを心配しているの」

「…」

ブリッジで最愛の娘であるヒルダのビデオレターを見るシュルツは沈黙する。

いつもならば、家族の手紙が届いた時にはうれしそうな表情を見せる彼ではあるが、今回は事情が違う。

「もう…生きて会うことはないだろう」

「司令…」

冥王星基地を失い、太陽系からの撤退の責任をこれから取らされることになる。

これから行われる作戦は仮に成功した場合、その失態の帳消しが約束されている。

しかし、その作戦はあまりにも危険で、成功したとしても全滅は避けられないという、いわば死刑判決だ。

できれば、一目だけでも妻子と会いたかった。

このような思いを自分だけでなく、部下にもさせてしまったことをふがいなく思いながら、シュルツは目を閉じる。

「ヤマト、ジャンプしました」

「ジャンプ座標を特定しろ」

「時空間波動、計測開始!空間痕跡トレース!!」

ガンツらシュルツの部下は黙々とヤマトの居場所の特定を開始する。

「ヤマトがジャンプした先…そこでゲール将軍から届けられた例の物を使う。そして、我々はヤマトと最後の決戦に挑む。すべてはガミラスのため、死んでいった同胞たちのため、そして…ザルツの未来のために…」




機体名:グレートマジンガー
建造:不明
全高:25メートル
全備重量:32トン
武装:マジンガーブレード×2、アトミックパンチ×2、グレートタイフーン、ネーブルミサイル、グレートブーメラン、ブレストバーン、サンダーブレーク
主なパイロット:剣鉄也

鉄也と共にどこかの平行世界から転移したロボット。
モビルスーツでもゲッターロボでもないその兵器はガミラスの戦闘機や戦艦による攻撃をしのぎ、更にはモビルスーツを上回る高い攻撃力を誇る。
特にグレートタイフーンを受けると、装甲が酸化して強度が低下することもあり、足の遅く、攻撃を受け止めるタイプの敵にとっては脅威の対象となる。
なお、ヤマトでの解析の結果、使用されている装甲が超合金ニューαというものが素材であることがわかり、ヤマトでもそれと同じ強度の装甲を作ることができることが判明した。
ただし、再現できたのは強度だけで重量は重く、コストも高いため、実質的に修理不能なブラックゲッターと並んでヤマトでは扱いにくい機動兵器となってしまっている。


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第12話 炎の嵐の中で

今回はガミラス側にオリジナルのメカが登場します。


-グリーゼ581宙域 ヤマト第一艦橋-

「ぐう…左舷より衝撃、伝わる!!」

太田が衝撃に耐えながら沖田に報告する。

ワープを終え、再びイスカンダルを目指して暗い海を走り始めてからわずか数分。

衝撃によって傾いた船体を島が舵を取り、修正を始める。

艦橋の目の前に肉眼で見えた太くて青い稲妻。

それがこの衝撃の犯人だ。

「電気機器の一部に異常発生!!」

「強力な荷電粒子の波動を感知」

「どうやら、ヤマトは超高密度のプラズマフィラメントに接触したようです」

「何ですか、それは!?」

またも真田の口から飛び出す専門用語に太田は悲鳴を上げる。

敵の攻撃が来ている可能性があるのに、彼の長ったらしく難しい説明を聞いている暇はなかった。

沖田もそれをわかっているのか、自らの口で簡単にその答えを出す。

「恒星から放射されるフレアプラズマの束だ…太陽風だ…!」

太陽風、という言葉に一同が騒然とする。

太陽風の温度は約10万度で、そのような温度に長時間ヤマトは耐えられない。

仮に耐えられたとしても、その前にクルーやパイロットがその風に焼き殺されてしまう。

「しかし、おかしい…。理論値の数億倍のビルケランド電流…明らかに人為的なものだ」

人為的、つまりはガミラスの手でその恒星に仕掛けが施されたということになる。

「前方および後方に敵艦隊ワープアウト!中央に冥王星基地で目撃した旗艦の姿もあります!!」

ヤマトの目の前でワープアウトしたポルメリア級1隻を引き連れたシュバリエルが出てきて、後方から現れたデストリア級の魚雷発射管から魚雷が1発だけ発射される。

「撃ってきたぞ!」

「補足している!対空戦闘、開始!」

「魚雷発射管扉開け!」

「撃てぇ!」

どのような意図で一発だけ発射してきたのかはわからないが、それをヤマトにはいどうぞと命中させていい理由がない。

沖田と古代の命令によって発射された3発の魚雷によって、敵の魚雷を撃破する。

「命中確認!敵魚雷は…ちょっと待ってください!?」

「どうした!?」

「これは…ガスです!破壊した魚雷からガスがあふれ出ています!」

ヤマトのレーダーでキャッチした映像に移っていたのは赤い稲妻がいくつも走っている黒いガスで、膨張しながらヤマトに迫っている。

ガスの発生を確認したシュバリエルがヤマトに向けて艦砲射撃を開始し、さらにポルメリア級からもメランカが発進していく。

 

-デストリア級 艦橋-

「デスラー魚雷、起動確認しました。これより、本艦はヤマトの攻撃を…」

デスラー魚雷発射というお膳立てを終えたデストリア級の艦長らしき若者がシュルツに連絡する。

矢を放ち、ヤマトがそれを壊してくれたことでもう思い残すことはなくなった。

あとはザルツ人とガミラスの未来のために突撃するだけ。

「貴様らは直ちにワープし、本国へ帰還せよ」

「な…!?待ってください司令!?我々はヤマトを攻撃し、時間を稼ぐのではなかったのですか!?」

「そのような命令、いつ下した。私はただ、デスラー魚雷を発射せよとだけ命令したはずだが?」

シュルツの話を聞いた艦長は作戦会議でのことを思い出す。

デスラー魚雷はその性質と今作戦の都合上、後ろから発射することが求められる。

そのため、魚雷を発射できるシュバリエルかデストリア級を後方に配置し、デスラー魚雷を発射する。

それから発生するガスから逃れようとするヤマトを前方のポルメリア級と残る1隻の艦で攻撃して時間稼ぎをする。

そして、デスラー魚雷発射という栄えある一番槍を任されたのは昨年艦長となったばかりの若き兵士が率いるデストリア級だ。

だが、発射した後の後方の艦をどうするかについては何も話し合われなかった。

「我々だけで時間を稼ぐ。お前たちはいま攻撃しても、あのガスに飲み込まれて死ぬだけだ。我々は死ぬ覚悟できたが、犬死はザルツ人の名誉に反する」

デスラー魚雷に内蔵されたこのガスはあらゆるエネルギーを吸収・増殖する試作生物兵器であり、強いエネルギーのあるものに引き寄せられる性質がある。

仮にデストリア級がヤマトへ主砲や魚雷で攻撃したとしても、それにあっという間に吸収され、そして特攻のために前へ進んだとしてもガスに飲み込まれてチリ一つ残らない。

つまり、こうなった時点でデストリア級の仕事は終わったのだ。

「まさか…シュルツ司令、あなたは…!」

「その艦には少年兵をはじめとした若い兵を乗せている。一番槍は貴様らだ。それを手土産にすれば、総統も重い罰は与えまい」

「ですが…!」

「貴様らは生きろ。この一見の責任は老人がすべて背負う。行け!ザルツ人とガミラスの未来のために!」

その言葉を最後に、シュルツは一方的にデストリア級との通信を切った。

「艦長…」

「…ワープしろ。我々は本国へ帰還する。…シュルツ指令や仲間たちの思いを無駄にするな…!」

「…了解!」

 

-シュバリエル 艦橋-

「デストリア級、ワープしました」

シュバリエルのレーダーにはワープするデストリア級の姿が映し出されていた。

同時に、それが出したと思われる複数の緑色で十字の形をした四角い無人機の反応をキャッチする。

「これは…観測ポッド、アーグです」

「ふっ…せめてもの、ということか。彼らしい」

アーグは無人機で、戦闘機ほどのエネルギーがないため、ガス生命体にはあまり見向きされない。

そして、それがヤマトやシュバリエルの近くで飛ぶようにプログラムされているようで、これらから提供される観測データがあれば、少しは有利に戦えるかもしれない。

現にアーグのおかげで、ヤマトとガス生命体の距離などを正確に知ることができた。

「これで未来は若者に託すことができました。あとは…」

ガンツに向けて強くうなずいたシュルツはマイクを手にし、今この線上にいるすべてのザルツ人に最後の言葉を贈る。

「冥王星の戦士たちよ、これよりわれらはヤマトに最後の戦いを挑む。このようなことになったのは、すべて私の不徳によるところだ。そして、皆には家族と再会するという未来を奪ってしまったこと…すまないと思っている」

シュルツの言葉を聞いた兵士たちは口を挟まず、黙って彼の話を聞いていた。

もう2度と最愛の妻や娘に会えないつらさを必死に耐えながら、自分たちのことを考え、悲しんでくれる彼に対して、誰も責めようとしなかった。

ある兵士は家族の写真に別れの言葉を言って、それを胸ポケットにしまい、ある兵士は戦友たちと最後の別れのあかしのたばこや酒を交わしていた。

「若者たちには…すでに未来を託した。われらの生きざまは必ずや、彼らが語り継ぎ、ザルツ人の未来に希望を与えてくれる!あとはわれらの命のすべてを…子供たちの未来のためにささげる!諸君!我らの前に勇士なく、我らの後に勇士なしだ!」

「シュルツ司令…!」

感極まったガンツは涙を流しつつ、シュルツに敬礼する。

そして、シュルツもマイクを置くと、故郷にいる妻子や同胞たち、そしてまだ見ぬザルツの子供たちに対して敬礼した。

「行くぞ…!ヤマトを沈めろ!!」

 

-ヤマト 第一艦橋-

「レーダーに感あり!戦闘機が発進しています!!」

ポルメリア級から20機近くのメランカが次々と発進し、シュバリエルと母艦と共にヤマトに向けて接近していく。

シュバリエルに関しては前進しながらヤマトに向けて主砲で攻撃を仕掛けている。

「ガミラスめ…あのガスの中に閉じ込めるために時間稼ぎを…」

「最大船速!パルスレーザーによる対空防御を行いつつ、前進せよ!島、測定したプラズマ緩衝地帯は抜けられそうか?」

「なんとかなります!」

太田から送られたコースの確認をしながら、島は自信たっぷりに沖田に返事をする。

先ほどの電子機器の異常は既に修理を終えたが、あのような雷を何度も受けてしまうと、今度こそヤマトが動かなくなってしまう。

しかし、伊達に地球最後の希望であるヤマトの操舵手を務めているわけではないことをガミラスに証明するいい機会であった。

「ま、待ってください!このコースで緩衝地帯を抜けたら…!!」

コースの設定を続けていた太田が冷や汗をかきつつ、そのゴール地点をブリッジの正面モニターに表示する。

それに映るものを見たクルー全員が沈黙した。

赤々と燃え上がり、触れたものをすべて焼き尽くす恒星。

これがそのコースのゴール地点だった。

「嘘だろう…?」

逃げてもなお、敵の術中にはまっていることを知った古代は静かに漏らした。

 

-大ガミラス帝国 総統執務室-

執務室に設けられている大型モニターにはガスと雷を避けるために進むヤマトとその目の前にある恒星が映し出されている。

そこにはデスラー以外にも、副総統であるレドフ・ヒスや軍需国防大臣のヴェルテ・タラン、その弟であり、大本営参謀次長を務めるガデル・タランや中央軍総監のヘルム・ゼーリック、艦隊総司令のガル・ディッツ、宣伝情報大臣のミーゼラ・セレステラ、食料資源省・食料生産管理局長のドーテム・ゲルヒンなど、ガミラスの首脳が集まっている。

なお、セレステラ以外はガミラス人の特徴である青い肌をしていて、セレステラの肌は淡青灰色で、おまけに耳はとがっている。

それは彼女が精神感応波を操る能力のあるジレル人であるためで、ザルツ人と同じく、二等ガミラス人ではあるが、彼女の能力がデスラーによって認められ、このような高い地位についている。

また、ほかに残っているジレル人は現在確認されている範囲では1人だけで、それはその感脳波を操るという特異な能力のせいで各地で弾圧を受けたためだ。

ちなみに、彼らがこうして集まっているのはガミラス帝国建国1000周年、そしてデスラー紀元103年の祝いのためであり、この映像が映っているのはひとえにデスラーによるこの祝いの余興のためだ。

「お見事な作戦です。デスラー総統。自立性自己複製システムを持ったガス生命体と巨大な恒星による二重の刃。完璧な作戦です」

「ふっ…戯れにシミュレーションと航路パターンの解析をしただけだ。大したことはない」

今回の試作兵器、デスラー魚雷の正体であるガスは併合したミルベリア星系で見つかったもので、物質エネルギーを変換・同化・吸収して無限に増殖する特性を持っている。

本国で兵器として扱えないか研究が行われたものの、使いどころを間違えると味方をも巻き込み、更にはこれから併合しようとする星や入手できるはずの資源や将来の臣民たちまでガスに変えられてしまう危険性があり、研究は難航していた。

今回、シュルツに回されたのはデスラーからの特別許可が下りたためであり、普段は持ち出しを完全に禁止されている。

デスラー自らが言ったように、ヤマトのワープする位置は彼一人によってばれてしまっていて、恒星に人為的な細工を施したのも彼の命令だ。

「では、諸君。テロン人の健闘を祈って、乾杯しようではないか」

「ガハハハハ!!これは愉快!罠に落としておいて健闘を祈るか!?総統も相当冗談がお好きで!」

既に酒で酔っていたドーテムがゲラゲラ下品な笑い方をしながらデスラーの冗談をほめる。

苦労して結果を出し、こうして初めて総統主催のパーティーに参加できた喜びもあったのだろうが、そんな彼を見た周囲の参加者はため息をつくか、「こいつ、馬鹿だな」と心の中であきれ果てる。

デスラーの薄い笑いが一瞬消えると、彼は椅子についているコンソールを操作する。

「え…?ほわぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

ドーテムの足元の床が開き、彼はそのまま奈落の底へと真っ逆さまに落ちていった。

「ガミラスに下品な男は不要だ。では、諸君。これからゲームをしよう。これから3つの選択肢のうち、ヤマトがどれを選ぶか…」

「3つ…2つではないのですか?」

「ああ、3つだ。1つ…あのガス生命体の中に飲み込まれてはてる。2つ…ガス生命体から逃げるために恒星へ突っ込み、その熱によって力尽きる」

「では…3つ目は…?」

「…ガス生命体と恒星をはねのけ、生き延びる…だ」

デスラーの3つ目の選択肢を聞いた参加者たちは耳を疑う。

あのような完璧な作戦を野蛮な地球人が攻略できるわけがない。

参加者たちは1か2の選択肢を選んでいた。

このゲームの提案者であるデスラーは答えを出さず、じっとその映像を眺め始めた。

(さあ…テロン人よ。私を楽しませてくれるか…見極めさせてもらおうか)

 

-ヤマト 格納庫-

「榎本さん、機動部隊は発進できないってどういうことですか!?」

ノーマルスーツに着替えていたチトセが整備兵たちの指揮をする榎本に詰問する。

20機近いメランカがヤマトに接近していて、おまけにシュバリエルによる艦砲射撃も来ている。

それに足止めをされ続けたら、ヤマトはあのガスに飲み込まれてしまう。

ヤマトを最大速度でプラズマ緩衝地帯から脱出するためには、機動部隊で少なくともメランカを撃墜する必要がある。

パルスレーザー砲があるとはいえ、それでいつまでも防御できるわけではないうえ、速度を維持するために波動防壁の展開もできない。

「駄目です!!ヴァングレイは確かに今の機動部隊の中では一番速度を出すことができますけど、雷を一発でもうけたりしたらそれでお陀仏なんですぜ。おまけに、今出撃したら、ヤマトに置いてけぼりにされるのがオチです」

「けど…」

「まあまあ、チトセちゃん。ここはいつでも出れるようにコックピットで過ごすのが正解だぜ」

整備兵から分けてもらったカロリーブロックを口にしながら、パイロットシートにもたれたソウジが目を閉じながら答える。

ヤマトがガスと恒星という二重のピンチに見舞われていて、おまけに機動部隊では対処できないというのに、あまりにも彼が気楽に思えた。

「ソウジさん…」

「ヤマトには優秀なクルーがいるんだ。沖田艦長や古代戦術長達は冥王星基地で、信頼して俺たちに命を預けてくれた。今度は俺たちが命を預ける番だ」

 

-ヤマト 独房-

「今、ヤマトはガミラスと戦闘に入った。揺れたり、明かりが消えたりするかもしれないが、あまり慌てないでくれよ」

独房を2人の保安兵と共に警備している星名が中にいる少年兵に声をかける。

冥王星基地でキンケドゥによって捕まってから、彼はノーマルスーツを脱ごうとせず、食事のときを除いて、ずっとヘルメットをつけている。

伊東や星名による聴取を受けているときも同じで、ずっと沈黙を保ち続けている。

「…どうせ、無駄だ」

「ん…?」

初めて少年兵の声を聞いた星名は驚きながら独房の小さな鉄格子から彼のヘルメットに隠れた顔を見る。

「33万6000光年を1年で…?ガミラスや木星帝国が妨害してるのに…バカげてる」

少年兵にはヤマトのクルー達が理解できなかった。

あと1年で地球が滅びてしまうのであれば、新しい居住可能な惑星を見つけ、移住するイズモ計画を実施したほうが建設的だ。

この旅の目的をそれに切り替えれば、ワープができるこのヤマトであれば数多くの居住可能な惑星を見つけることができるかもしれない。

それなのに、そんな可能性のある惑星が近づいても見向きもせずにイスカンダルを目指し続ける。

狂っているようにしか見えなかった。

「確かに、そうかもしれないな。地球を見捨てて、別の星かコロニーを探すのもいいかもしれない…」

「じゃあ、さっさとあの沖田って艦長に進言して…」

「でもさ、ほんのわずかでも故郷を救う可能性があるなら、それにかけたいって思っても、不思議じゃないんじゃないかな?仮に木星が同じような状態になったら、君はどうしてた?」

「…あんな星になんて…未練はないさ」

仮に木星が地球のように恵まれていたのなら、ヤマトのようなことをしていたかもしれない。

しかし、彼が知っている木星は資源に限りがあり、地球では当たり前のように吸うことのできる空気でさえ自分の手で作らなければならなかった。

そんな星に少年兵は愛着を抱いていなかった。

自分たちを導いてくれたドゥガチがいないのであれば、なおさら。

 

-ヤマト第一艦橋-

「島、恒星に向けて最大戦速」

「な…恒星へ向けてでありますか!?」

確かに今のヤマトの逃げ道はあの恒星へのコースしかない。

しかし、恒星に突っ込めば、そのまま太陽にも匹敵する熱で焼き尽くされてしまう。

どちらにしても、死を待つことには変わりない。

「…最大戦速、ヨーソロー!」

島の復唱とともに、ヤマトはパルスレーザーを発射したまま進んでいく。

この命令が何を意味するのかは分からない。

だが、英雄である沖田を信じ、賭けるだけだった。

パルスレーザーの弾幕をかいくぐり、ミサイル攻撃を受けて揺れる船体を持ち直しながら、島は最大スピードのヤマトの舵を握り続ける。

彼の両手にヤマトの1000人以上の兵士、そして地球で待つ人々の命がかかっている。

普段の戦闘の時以上に、ヤマトの舵が重たく感じ、両手に焼けるような熱と震えを感じる。

「島…」

「心配するな、古代!お前は周りに集中していろ!!」

両目に入りそうになった汗をぬぐい、島は目の前の恒星を見る。

太田が設定してくれたコースのおかげで、ヤマトは雷に触れることなく進むことができている。

「熱源反応!主砲、来ます!!」

「島ぁ!」

「く…!!!」

あのビームに当たるわけにはいかない。

島はヤマトを左へ40度倒し、赤いビームをかわす。

「メランカ、突っ込んできます!!」

「何!?特攻か!?」

ヤマトから見て、左側にあるメランカがミサイルを発射することなく、第一艦橋に向けて突っ込んできている。

先ほどの主砲を回避したせいで、ヤマトの第一艦橋が自分からメランカに当たりに行くような格好となってしまった。

「く…くっそおおおおおお!!!」

このままでは第一艦橋が破壊されてしまう。

沖田は冷や汗をかきつつ、じっと接近するメランカを見ていた。

とてつもなく、ゆっくりと時間が過ぎていく。

メランカが当たるか当たらないかというところまで来ていた。

だが、真上から降ってきたピンク色のビームに貫かれ、メランカのパイロットは勝利を確信したまま炎の中に消えていった。

「上からビーム…??」

「これは…!上空にモビルスーツ!?レーダーに反応しないなんて…」

ミノフスキー粒子がないため、通常であればモビルスーツが近づけばレーダーに間違いなく反応する。

おまけに、通信についても異常が発生している。

森はカメラによってそのモビルスーツの姿を見る。

そこには2機のガンダムの姿があった。

 

-ヤマト 格納庫-

「…!?この感覚…」

「どうした?チトセちゃん!?」

「プレッシャー…?でも、敵意を感じない…」

突如として感じた不思議な感覚に驚きを感じながら、チトセは集中してその感覚の正体を突き止めようとする。

「キンケドゥさん…感じますか?この感覚…」

「ああ。今まで感じたことのない感覚だが、敵ではないのかもしれない。こうして意思を伝えてくる感覚…ニュータイプか?」

ニュータイプの力が若干落ちていて、バイオ脳からの声を感じることができなかったキンケドゥでも、今チトセとトビアが感じている感覚を感知することができた。

それが敵意を持っていないということも。

「何か来たって…何が来たんだよ?」

ニュータイプではないソウジには3人が何を感じているのかわからなかった。

ヤマトも新たに出現した2機のモビルスーツについての情報をまだ確実ではないということからまだ全員に伝えられていない。

おまけにレーダーや通信にも異常が発生しているため、伝えるのが非常に困難ではあるが。

チトセは目を閉じ、祈るようにその感覚を放つ誰かに伝えようとする。

(お願い…。地球を守らないといけないの。どうか…私たちに力を貸して…!)

 

-グリーゼ581宙域-

「ん…!?この感覚は…それにここは…」

「ここはいったいどこだ?我々は、木星で量子ワープの実験をしていたのではなかったのか??」

2機のガンダムのうちの1機であるラファエルガンダムに乗っている紫色のノーマルスーツのパイロット、ティエリア・アーデが今の座標を調べ始める。

彼の言う実験が成功したなら、第4衛星であるカリスト付近にいるはずで、少なくとも木星圏から出ることはないはずだ。

しかし、今いるのはグリーゼ581で、木星はおろか、太陽系の外へ出てしまっている。

何度もテストを重ねているのだが、このようなことは彼にとっても、一緒にテストを行っていたもう1機のガンダムであるダブルオークアンタのパイロット、刹那・F・セイエイにとっても初めてのことだ。

「ティエリア、あの灰色の艦から声が聞こえた。助けを求めている」

「助け…?それにこの状況…。我々の知らない組織同士の…いや、未知の文明同士の衝突だというのか!?」

ティエリアの知っている範囲では、今の人類は太陽系の外に出るのはあり得ない話で、仮に出るとしても、地球連邦軍に接収されている外宇宙航行艦ソレスタルビーイングがなければ不可能な話だ。

それが可能な艦同士の戦闘をこの目で見たティエリアがそのように思ってしまうのは仕方のないことだ。

「ティエリア、この声は…確かに…確かにそうだ!地球を守らないといけないと言っている!」

「地球??一体どういうことだ?地球を守るとは…」

「わからない…。だが、彼女たちは声に偽りはない」

「…わかった、できる限りのことをするぞ!」

「了解!」

ダブルオークアンタとラファエルガンダムがヤマトに向けて接近する。

先ほど、特攻したメランカを撃墜したガンダムを敵と認識したメランカはダブルオークアンタにも攻撃を仕掛けている。

「道を開く!君はその灰色の艦と接触するんだ!」

「仕方ないか…」

刹那は両軍に対して、この状況について知りたかった。

だが、あのメランカを撃墜しなければ、ヤマトがどうなっていたかわからない。

その攻撃によって、彼らは完全にこちらを敵と認識してしまった以上はやむを得なかった。

ティエリアはGNビックキャノンを発射し、射線上のメランカを次々と撃墜していく。

そして、開かれた道を刹那は最大スピードで突き進んでいき、ヤマトの第一艦橋と接触回線をつなげる。

「聞こえるか!?俺は刹那・F・セイエイ、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ!事情を説明してくれ!!」

 

-ヤマト 第一艦橋-

「ソレスタルビーイング…ガンダムマイスターだって?」

「話しているのは地球標準語…そして、未知の技術を持つ未知のガンダムか…」

竜馬と鉄也のような大型ロボットではなく、まったく知らないガンダムに乗った、おまけに名前すら聞いたことのない組織の名前を口にした刹那というパイロットの言葉に真田は驚きを見せる。

彼らもまた、同じように別の世界の地球から転移してきたのだろうか。

しかし、竜馬たちと同じように地球標準語を話すというのは単なる偶然なのだろうか。

仮に竜馬が彼らのことを知らないのであれば、刹那達は彼らとは別の世界から来たということになる。

このような同じ言葉を話すという偶然があり得るのだろうか。

だが、今はそのようなことを考えている場合ではない。

「相原!こちらに敵意はないことを伝え、保護を申し出ろ!」

「了解です!ええっと…ソレスタルビーイングのパイロット、こちらは地球連邦軍のヤマト、これより貴官らを保護する!下部のハッチを開くため、急ぎ着艦せよ!!」

ヤマトの速度とガスのことを考えると、これ以上2機のガンダムを放置するわけにはいかず、ヤマトの中に入れて安全を確保させた方がいいと考えた。

だが、驚くべきは接触しているダブルオークアンタだ。

バックパックとつながっているシールドに搭載されているGNソードビットで展開したGNフィールドによって第一艦橋と自機の防御を行いつつ、最大船速で動いているヤマトから少しも離れていない。

ヴァングレイを上回るスピードを誇るそのモビルスーツを真田はじっと見ていた。

(ガンダム…別世界のガンダムか…)

 

-グリーゼ581宙域-

「こちら刹那・F・セイエイ。保護の申し出に感謝する!しかし、まずは障害となっている敵部隊を可能な限り撃破する!」

シールドに搭載されているGNビームガンでメランカが発射してきたミサイルを撃ち落としたダブルオークアンタがヤマトを離れ、別のメランカをGNソードVで真っ二つに切り裂く。

「GNビックキャノン、高濃度圧縮粒子解放!!」

続けてティエリアは再チャージを完了したGNビックキャノンをポルメリア級に向けて発射する。

「な、なんなんだ…なんなんだ、あの人型機動兵器はーーーー!!??!」

突然現れたラファエルガンダムとダブルオークアンタの未知の性能への疑問を叫びながら、ポルメリア級の艦長はほかのクルーもろとも光に包まれていった。

母艦が沈み、帰る場所を失ったメランカはそれでも戦いを辞めず、ヤマトや2機のガンダムに攻撃を仕掛けてくる。

「ティエリアは先にヤマトへ!」

「了解だ!刹那もすぐに来い、トランザム!!」

刹那に背中を任せたティエリアはラファエルガンダムに搭載されているトランザムシステムを起動する。

機体内部に蓄積された高濃度の圧縮粒子を全面開放し、3倍以上のスピードを獲得し、赤く染まったラファエルガンダムは一気にヤマトへ向けて突っ込んでいく。

「モビルスーツであんなスピードを!?」

「ハッチを開け、急ぎ収容せよ!!」

沖田の指示により、ヤマトのハッチが開き、ラファエルガンダムはトランザムを維持したまま着艦した。

一方、残りのメランカを撃墜した刹那もまたトランザムを発動する。

赤い粒子を放出するラファエルガンダムとは違い、緑色の粒子をバックパックとシールドから出しているダブルオークアンタは膨大なGN粒子を放出しながら機体を赤く染めていく。

そして、圧倒的なスピードでヤマトを追い越していき、それに突撃しながら攻撃を続けるシュバリエルに肉薄する。

「攻撃する力を奪う!!」

GNソードVで主砲と魚雷発射管を切り裂き、シュバリエルの攻撃能力を奪うと、再び猛スピードでヤマトへと戻っていき、そのまま開いているハッチから着艦した。

「馬鹿な…」

「ヤマト!こちらに接近してきます!!」

古代ギリシャ演劇の悲劇で用いられたデウス・エクス・マキナのような展開に呆然とするシュルツだが、クルーの言葉で正気を取り戻す。

破壊されたのは武器のみで、シュバリエルはまだまだ航行することができる。

このまま突撃し、体当たりすることができれば、ヤマトの速度を緩めることができる。

もう自分たちの生存が勝利への必要条件にはなっていない。

ヤマトが沈みさえすれば、自分たちの勝利だ。

「最大戦速でヤマトに突っ込め!」

「了解!!」

その思いはシュバリエルのクルー全員も同じだ。

シュルツの命令を聞き、すぐにシュバリエルは速度をさらに上げていき、ヤマトへ向けて突っ込んでいく。

冥王星基地で死んだヤレトラーをはじめとする同胞と故郷に残してきた家族のため、負けるわけにはいかなかった。

「敵旗艦、特攻を仕掛けてきます!!」

「速度そのまま!バレルロール!!」

「了解!!バレルロール!!」

傾いたまま前進していたヤマトの角度がさらに第一艦橋を軸に左へ傾いていく。

巨大なヤマトの船体が上下さかさまとなり、シュバリエルの真上を通過していく。

「か…回避されました!」

「このままでは、我々がガスの中に…!!」

まさかのヤマトの曲芸によって最後の特攻が回避され、ガスがシュバリエルに迫ってくる。

ブレーキをかけ、回頭して追いかける時間をあのガスは与えることなく、シュバリエルを飲み込んでいく。

「ザルツ、万歳!!」

「ザルツ、万歳!!」

死を覚悟した兵士たちの故郷と自らの民族の栄光と安寧を願う声が響く中、シュルツは目を閉じる。

(すまん…ヤレトラー…。すまん、ライザ、ヒルデ…。だが、ヤマトよ。お前たちが進む先も地獄。先に地獄の炎の中で待っているぞ…)

シュバリエルがガスの中で分解されていき、その姿を消していった。

「敵旗艦、ガスに飲み込まれて消滅しました」

「恒星への進路を維持。このまま突っ込む」

「了解…!」

敵が全滅したことで、ヤマトの道を阻む存在はいなくなった。

しかし、シュバリエルを吸収したガスは膨張し、速度を上げてヤマトに迫ってきている。

すでにヤマトの最大戦速を超えていた。

「もうすぐ、恒星です…」

「よし、このまま恒星の表面を沿うように進め」

「りょ…了解…!」

恒星に接近したことで、ヤマトの艦内温度が90度以上まで上昇していく。

ヤマトに備え付けられている艦内環境制御システムが温度を一定値まで下げようと起動しているが、あまりの温度の高さに処理が追い付いていない。

「艦長、波動防壁を展開してはいかがでしょう?このままでは艦内温度が限界を超えてしまいます」

このまま艦内温度が上昇したら、10分から20分の間にクルー全員が干からびてしまう。

波動防壁を使えば、少なくとも10分程度は時間を稼ぐことができる。

「その必要はない。全員船外服を着用。このままエネルギー消費を最小限に抑えて進む」

 

-ヤマト 格納庫-

「船外服を持ってきました!みなさん、急ぎ着用してください!!」

船外服に身を包んだ原田が整備兵たちにそれらを配布する。

ソウジたちヤマトのパイロットが着用するノーマルスーツは船外服と同じく、高温から身を守れるようになっているため、問題はない。

しかし、それでも体感温度で30度以上あるため、暑いことに変わりないが。

「うげえ…めちゃくちゃ熱いぜ…」

「弱音を吐くな!心頭滅却すれば火もまた涼しだ!!」

「それ、限度ありますぜ?」

加藤のアドバイスに余計な一言を入れつつ、ソウジはヴァングレイのクーラーをつける。

1度か2度くらいしか下がらないものの、ないよりましだ。

そんなヴァングレイのコックピットの前にノーマルスーツ姿の刹那がやってくる。

「ん?あんたが謎の正義の味方さんのパイロットか?」

「そうだ。そのモビルスーツのサブパイロットか?俺に声をかけてくれたのは」

刹那の目がサブパイロットシートに座っているチトセに向けられる。

「え…?もしかして、あなたが…」

「俺は刹那・F・セイエイ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」

「ソレスタ…よくわからないが、とりあえずありがとよ。ヒーローさんよ」

よくわからない名前の組織だが、少なくとも彼らによって自分たちは助かったため、ソウジは素直に刹那に礼を言う。

また、ティエリアはトビアとキンケドゥから話を聞いていた。

「ニュータイプ…?私たちの世界でいうイノベイターのことだというのか?」

「イノベイター?何なんです?それは」

「脳量子波によって他者と表層意思を共有することのできる新人類のことだ。今、ヴァングレイというモビルスーツのパイロットと話している刹那がそのイノベイターだ」

「ヴァングレイはモビルスーツに見えるが、モビルスーツではないらしいがな…」

ティエリアの話を聞いたことで、なぜ自分たちにあの感覚が発生したのかの理由が理解できた。

おそらく、原因不明の事故で転移した刹那が呼びかけたからだろう。

そして、真っ先にチトセが彼にメッセージを送ってくれたことで、こうして自分たちのもとへ来てくれた。

「ちなみに、ティエリアさんは違うんですか?」

「うん…?」

「いえ、あなたからも刹那さんと似たような感覚がして…」

「僕はイノベイターじゃない。イノベイターとは似て非ざるもの…と認識してもらえれば十分だ」

「は、はぁ…」

トビアにはそれがどういう意味なのか理解できなかった。

しかし、彼自身も答えたくないのだろうと思い、これ以上聞くのはやめた。

「それよりも、キンケドゥ・ナウ。あの如月という少女が言っていた、地球が危ないという話だが…」

「ああ。今俺たちを攻撃している緑色の戦艦や戦闘機を使う連中、ガミラスのせいで、あと1年で人類が滅びてしまう。人類だけではない、地球でまだ残っている数多くの動物や植物もだ」

「(着艦した後、トレミーと連絡を取ることも、ヴェーダにアクセスすることもできなかった…。ということは、我々は平行世界へワープしてしまった、ということか…)そうか…。だが、今後のことは…」

「そうだな。すべてはヤマトがこの絶体絶命の危機を乗り越えてからだ」

 

-ヤマト 第一艦橋-

沖田達は佐渡が持ってきた船外服に身を包んでいる。

既に艦内温度は100度を突破している。

シュバリエルを飲み込んだガスは既に大和をあと一歩のところにまで迫っている。

「これは…ガスが恒星へ!?」

シャッターによって閉鎖されているため、ヤマトのカメラからしか外の様子を目視することができない状態になっている中、森はガスの異変に気付く。

恒星に近づいたことで、ガスがヤマトではなく恒星を飲み込もうとそれに近づいていき、逆にフレアによって焼き尽くされていた。

「おそらく、あのガスはより強く、より大きなエネルギーに反応するようだ。そして、身の程知らずに恒星を飲み込もうとして、逆に焼き尽くされて消滅する…」

これで、ガスの脅威は去った。

しかし、ワープ終了とほぼ同時に最大船速で戦闘を繰り広げてしまったために、エネルギーが大幅に消耗している。

波動エンジンのおかげで、ある程度時間がたてば、エネルギーの問題はどうにかなるものの、問題はその時間だ。

今のヤマトのエネルギー残量ではこの恒星の重力から逃げ出すことができない。

エネルギーが回復するまで、今度は雷ではなくフレアを回避しながら慣性に任せて進むしかない。

フレアに飲み込まれたらどうなるか、それはもうわかりきっていることだ。

「うぅ…!?」

「艦長!?」

「なんでもない…暑さに、やられただけだ…!」

胸を抑えつつ、脂汗をかきながら沖田は駆け寄ろうとした森を制止させ、姿勢を整える。

(ふっ…ワシも衰えたものだ…。1000人を超えるヤマトの仲間たちの頂点に立っていながら、自分の体1つ自由にできんとは…)

この不調は地球を出発する前からすでに起こっていた。

佐渡の助けを借り、地球である程度手術を受けたことで、ヤマトでの旅に支障をきたさない程度には回復したが、それはあくまで一時しのぎ。

死んでいった若者のこともあり、沖田は既に死を覚悟していた。

だが、死ぬのはコスモリバースシステムを手にし、あの青い地球を取り戻した時と決めている。

それを成し遂げるまでは、死ぬわけにはいかない。

(イレギュラーが発生すれば…今のヤマトは持たん。エネルギー…せめて、エネルギーがあれば…)

「何…艦長!航空隊の叢雲三尉より意見具申が!」

「意見…?」

 

-ヤマト 独房-

「…めちゃくちゃ暑くなってるけど…どうなってるんだ?」

「今、ヤマトは恒星の周りを飛んでいるんだ。ノーマルスーツは脱がないほうがいい。脱ぐと余計に暑くなるから」

「…このまま脱いで死んだ方がいいかもな」

少年兵には生きる理由がない。

ドゥガチが死に、故郷である木星から離れてしまい、仲間ももういない。

自分が死んでも悲しむような人間はいないなら、と少年兵はノーマルスーツを脱ごうとする。

「自殺は許さないよ」

「…」

独房に入ってきた星名によって両腕を拘束され、手錠をかけられる。

両腕を縛られ、バイザーを開けることすらできなくなった少年兵はじっと星名をにらむ。

「俺はもう、一人なんだ。生きようが死のうが勝手だろう?」

「捕虜になっている以上、そんな自由は認めない。いや…たとえ認められたとしても、僕が許さない…」

「何…?」

「ガミラスの遊星爆弾で、数えきれない人たちが生きたいと思っていたのに、生きられなかった。そんな彼らの分も生きる義務がある。僕たちにも…君にも」

星名の言葉に少年兵は驚きを見せた。

地球人が地球を滅ぼそうとした自分に生きろ、というはずがないと思っていたからだ。

確かに、クロスボーン・バンガードは木星帝国兵に対して、必要以上の殺傷を避け続けてきた。

だが、それはベラ・ロナの方針であり、彼らがイレギュラーであったためだ。

しかし、目の前にいる保安部の兵士は自分に生きろ、と言ってきた。

彼らの故郷を滅ぼそうとした悪魔である自分に対して。

「…エリン」

「え…?」

「エリン・シュナイダー…俺の名前…」

この恒星の炎をヤマトが脱出できるかわからない。

しかし、なぜか星名には自分の名前を知っておいてほしいと少年兵は思っていた。

 

-ヤマト 格納庫-

「あー、正確に言えば、俺じゃあなくて99から…なんスけどね」

ヴァングレイのモニターに古代の姿が映り、ソウジは右拳を作り、親指を上に向ける。

「99から…?」

「ええ。それが…収容したダブルオークアンタを利用してエネルギーをチャージできるって言ってます!」

「馬鹿な…そんなことが!?」

別世界のモビルスーツであるダブルオークアンタの動力源は当然のことながら、ヤマトの波動エンジンとは全く違うものだ。

大量の電力を使ってエンジンを起動するのとでは意味が全く違う。

それに、百歩譲ってダブルオークアンタのエネルギーを使うにしても、問題は変換効率だ。

変換効率が低いと焼け石に水で、それをチャージしても雀の涙程度にしかならない。

地球の文明の産物と思われるそれと地球外の技術で作られた波動エンジンのエネルギー変換効率が未知数である以上、結果がどうなるかわからない。

「それが、できるみたいなんです!ヴァングレイで波動エネルギーに変換して、ヤマトにダブルオークアンタのエネルギーをヤマトに送り込みます!」

「ヴァングレイにそんなシステムが…!?」

真田や新見の手で、何度もヴァングレイの解析が行われたものの、そのようなシステムがあるという話は聞いたことがない。

よく考えると、全員ヴァングレイの動力源が何なのかもわからなかった。

推進剤の補給をしたことがなく、整備でやったこととしたら武器や装甲の修理程度だ。

真田曰く、『調べれば調べるほど謎の深まる人型兵器』であるヴァングレイの謎がより一層深まる格好となった。

「…それで、チャージが完了するまでにはどれほど時間がかかる?」

「ええっと…99が言うには、トランザムって機能を使うことで2分くらいは…」

トランザムは機体に蓄積された高濃度圧縮粒子を全面開放するシステムである故、稼働にはタイムリミットがあり、それを越えてしまうとしばらくの間、トランザムも使用できなくなる。

ダブルオークアンタは短時間しかトランザムを使っていないため、再びトランザムを使用することができる。

問題はこの99が今になって明かした機能の存在を信じるか否かだ。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「自分から機体のシステムをいろいろ説明できるのに、なんで今までそのシステムを話さなかったんだ!?信用できない!」

南部にはその99があまりにも身勝手に思えて仕方がなかった。

「く…フレアが来る!!」

こうしている間にも恒星からフレアが発生し、島はヤマトを慣性航行を続けたままそれを回避させる。

小さいフレアであれば、そのやり方で済ませることができるが、問題はヤマトを飲み込むほど大きなフレアが発生したときだ。

そうなると、今のヤマトでは回避することができない。

沖田は機関室と通信をつなげる。

「こちら機関室です」

電話には藪が出た。

「徳川機関室長に伝えろ。強制注入器を作動させ、いつでも波動砲を発射できるように準備をせよと」

「りょ、了解です!」

「艦長…まさか!?」

「今の我々にできることは…今できることのすべてをやりきることだ。叢雲総司…いや、システム99の意見具申を認証する!」

 

-ヤマト 格納庫-

「よし…2本のケーブルの用意、できました!」

「ヴァングレイと波動エンジンの接続はどうするんだ!?」

「ヴァングレイをそこまで移動させて、そこで接続します!」

「なら、ダブルオークアンタも随行する!ケーブルの長さを可能な限り短く!」

ある程度耐熱性を持った設計となっているこの黒いケーブルでも、フレアの熱を受けたら溶けてしまう。

奇跡的だったのが、ダブルオークアンタにもそのケーブルを接続できることだった。

どちらも地球連邦軍製のものではないため、もしそのケーブルの規格が合わなかったら、何もかもがパーだった。

2本のケーブルを持ったヴァングレイとダブルオークアンタの出撃準備が完了する。

「頼むぜ…お前ら!」

「了解了解、ご褒美楽しみにしてますぜ、加藤隊長!叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ、出るぜ!」

「ダブルオークアンタ、刹那・F・セイエイ、出る!」

2機のロボットが格納庫から飛び出し、ヤマト後方へと向かう。

外部からの電力を供給するための接続口が船外に設けられており、ヴァングレイがチトセが制御するサブアームによって、ケーブルがダブルオークアンタと自らに接続される。

もう1本のケーブルもヴァングレイとヤマトに接続される。

「ケーブルの耐熱性とこのフレアの温度を考えて、1分半が限度です。その間に…」

「了解だ。頼むぜ、刹那のあんちゃん!!」

「了解。トランザム!!」

刹那の声と同時に、2機の太陽炉の高濃度粒子が解放され、それによって生み出されるエネルギーがケーブルによってヴァングレイに送り込まれる。

(エネルギー伝達を確認。あとは私でエネルギーの変換とヤマトへの伝達を行います)

ヴァングレイの動力源を通ったダブルオークアンタのエネルギーが波動エネルギーに変換され、ヤマトに注ぎ込まれていく。

30秒が経過し、ケーブルの外装が赤熱し始める。

「あともうちょい…頼むぜ!!」

 

-ヤマト 第一艦橋-

「まずい…イレギュラー発生!巨大なフレアがヤマト前方に!」

恒星の中から巨大なフレアが壁のように生まれ、ヤマトの行く手を阻む。

まるで、ガスに宿ったシュルツらザルツ人の執念に恒星がとりつかれたかのように。

「古代、波動砲をフレアに向けて発射せよ!」

「な…フレアに向けて、でありますか!?」

「復唱、どうした!?」

「りょ、了解!波動砲、フレアに向けて発射!!」

既に機関室での波動砲発射準備は完了し、あとはエネルギー充填が終わるのを待つだけとなっている。

「薬室内、タキオン粒子圧力上昇!」

「ターゲットスコープ!オープン!照準補正開始!」

「総員、対ショック、対閃光防御!」

波動砲の銃口が巨大なフレアの壁に向けられる。

完全にエネルギーが回復したわけではないが、ダブルオークアンタとヴァングレイのおかげで、どうにか波動砲を一発は発射できる。

「ヴァングレイとダブルオークアンタより報告!フレア熱に耐えられず、ケーブル溶解!これ以上の外部からの波動エネルギー供給が不可能に!!」

「充分だ。これでここを突破できる!波動砲…発射!!」

「波動砲…てぇーーーー!!!!」

波動砲の2回目の引き金が引かれ、膨大な波動エネルギーがフレアに向けて発射される。

木星で浮遊大陸を完全破壊したそのメギドの炎によって、フレアの壁が貫かれ、ぽっかりと丸い大穴が開く。

それに吸い込まれるようにヤマトは入っていき、その穴が閉じる前にそこの突破に成功した。

「ダブルオークアンタ、ヴァングレイ収容後、ただちに恒星を離脱せよ…ふぅぅ…」

危機を乗り越えたことで、少し気が抜けたのか、沖田の全身から力が抜けていく。

「真田…少し席を外す。後のことは頼めるか?」

「ええ。お任せを…」

艦長席が動き出し、上部に設置されている艦長室へと移動していく。

とある事情で、沖田はすぐに艦長室と第一艦橋を移動できるようにこのような仕組みがなされている。

波動砲でかなりエネルギーを消耗したが、それでも恒星の重力から逃げ、そして離れるだけのエネルギーは残っている。

しかし、真田には大きな疑問が残っていた。

(ヴァングレイが波動エネルギーを作り出した…。一体、あの欠陥兵器は何のために…)

 

-大ガミラス帝国 総統執務室-

「まさか…」

「ヤマトが恒星を突破しただと…!?」

デスラーが作った完璧な作戦が破られたことに、参加者たちの間に動揺が広がる。

しかし、デスラーは愉快そうにそのヤマトの姿を見ていた。

今の映像はアーグから送られているもので、今映像を送っているアーグが最後の1つとなっていた。

それがフレアに耐えきれず消滅し、映像がブラックアウトした。

「シュルツもヤマトも…見事な戦いぶりだった。楽しいゲームだったよ。ヒス君」

「はっ…」

「戦死者には二階級特進、遺族に対しては名誉ガミラス人の権利を与えたまえ」

「サー・ベルク(了解!)では…これから本国に戻ってくると思われる生き残りに関しては…」

「彼らは無事に映像とデスラー魚雷の貴重な実戦データを届けてくれた。よって、彼らとその家族にも名誉ガミラス人の権利を与えたまえ」

名誉ガミラス人は二等ガミラス人の本人かその親族がガミラスに対して多大な貢献をしたことへの褒美として与えられる権利であり、それを得ると本国人と同等の権利が与えられる。

当然、シュルツが最後まで気にかけていた妻子にも同様の権利が与えられるため、彼の死は無駄ではなくなった。

「そういえば…セレステラ。あのテロンの戦艦の名前は何だったかな?」

「確か…ヤマトだったと…」

普段は敵の将軍や戦艦の名前をたとえ強敵であったとしても覚えようとはせず、興味も抱かなかったデスラーが珍しい疑問を示したことに、セレステラは驚きつつも、彼の疑問に答える。

「ヤマトか…覚えておこう」

「ふむ…」

「どうされましたか?タラン国防相」

「フレアに大穴を開けたあの武器…兵器開発局で試作中の物と似ている…」

「本当か!?兄さん…!」

ヴェルテの言葉にカデルが驚きを見せる。

仮に彼の話が真実であるとしたら、ヤマトは何らかの手段で波動エンジンを手にしているということになる。

そして、波動エンジンはガミラスレベルの技術力がなければ作れない代物。

技術が遅れている地球人に作れるものではないはずがない。

しかし、その波動エンジンを持っていると考えると、冥王星基地を陥落させたこと、そして今までできなかったワープが行えたことも十分説明がつく。

(さて…テロン人よ。次はどのような楽しみを私に見せてくれるかな?)




機体名:アーグ
正式名称:無人観測機OOP023 アーグ
建造:大ガミラス帝国
全高:8.0メートル
全幅:14.3メートル
武装:なし
主なパイロット:なし

大ガミラス帝国が20年前から使用している観測ポッド。
試作兵器のデータ収集を目的として扱われているだけでなく、暗礁地帯における早期警戒管制システムとしての役割も担っている。
小型であるものの、プログラムや中継している艦の存在があれば、グリーゼ581宙域からガミラス本国といった長距離に観測データや映像の通信を行うことができる。
コストパフォーマンスが良く、ステルス性も高いことから、新たな観測ポッドが開発されている現在でも使用されている。
なお、アーグはガミラス語で『目』と意味する。


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第13話 敵の正体

今回はところどころオリジナル設定があります。
特に今回登場するあの機体については大幅に設定が変わっています。
好き嫌いがあるかもしれませんが、ご了承ください。


-ヤマト 医務室-

「まったく、無茶をしおって…。自殺するつもりですか!?艦長!!」

沖田の二の腕に注射を済ませた佐渡が自分を顧みないような無茶な戦いをした沖田に怒りを見せる。

確かに、あの時の戦闘はこれ以外になすすべがないということは分かっている。

しかし、佐渡は彼の友人である空間防衛総隊司令官の土方竜や現在の地球連邦政府大統領である徳川平八郎から推挙され、彼の命を預かっている。

地球へ帰る前に死なせるわけにはいかないという強い思いがある。

そのため、このような強い口調になってしまう。

「すまんな、佐渡先生。だが、ワシも死ぬつもりはないよ。青い地球を取り戻すためにも…」

「公には過労としておきますがね、これからはワシの指示に従ってもらいますぞ!」

今行った治療はあくまでも気休めにしかならない。

名医とうたわれている自分の手でさえ、沖田の抱えている病を完治させることができず、このような延命措置しかとることのできない自分を情けなく感じながら、佐渡は治療を続けた。

 

-ヤマト 航空隊控え室-

「やっぱり、刹那さん達のモビルスーツもガンダムなんですね」

「ああ…」

恒星を突破した後、トビアは刹那達が使っていた2機のガンダムを見た。

装甲の素材や太陽炉、そしてトランザムシステム。

自分たちが使っているクロスボーン・ガンダムとは根本的にシステムが異なるものの、頭部の形がこれまでのガンダムと似ており、おまけに額のあたりに『GUNDAM』という文字が刻まれている。

素材であるEカーボンや動力源である太陽炉は解析が難しいようで、現時点ではダブルオークアンタとラファエルガンダムの修理はゲッター1とグレートマジンガーと同じく、不可能とのことだ。

しかし、刹那とティエリアは地球の危機を知り、竜馬と鉄也と同じく、元の世界に変える手立てをつかむまでという条件でヤマトと同行することとなった。

2人の私服はヤマトで作られたもので、刹那は白いシャツに青い長そでの上着と紺色のズボンで、ティエリアは紫色のセーターと薄黄色のシャツ、そして薄い灰色の長ズボン姿だ。

「しかし、驚いたよ。世界が違っても、ガンダムが存在するなんて」

「それだけじゃないな。モビルスーツってカテゴリーまで…」

竜馬と刹那の話を聞いた限りでは、両者のいる世界の共通点は見られなかったため、少なくとも刹那とティエリアは竜馬のいる世界の住人ではないということは分かった。

しかし、ガンダムという名前とモビルスーツというカテゴリー。

この2つが存在する平行世界は存在する可能性があるというのは分かっているものの、それでも実際にこうしてみると驚きしかない。

「只の名前の符号ではない。なんとなくだがわかる。トビアとキンケドゥが乗っているモビルスーツも『ガンダム』なんだな」

「えーっと、その話は、さっきしたと思いますけど…」

「刹那は『ガンダム』の意味の符号を言っているんだ」

何のことを言っているのかわからないトビアにティエリアがフォローを入れる。

共に戦い続けてきたティエリアだからこそ、刹那の言葉が理解できる。

「あのー、ティエリアさん。『ガンダム』の意味って…」

「『ガンダム』は只のモビルスーツではない。人々の想いを受け、圧倒的な力で状況を…世界を変える存在なんだ」

「世界を変える…か…」

ソウジは歴史で出たアクシズ・ショックのことを思い出す。

たった1機のモビルスーツ、νガンダムが地球へ落下しつつあったアクシズの軌道を変えた事件だ。

当時は目撃証言だけで、公にその事実が認められたのは数年前のことだ。

地球が滅びるという状況を一変させたνガンダムにはその圧倒的な力があったのかもしれない。

その事件が起こったのはおよそ100年前のことであるため、本当のことは分からないが。

「だが、世界を変えるのは…本来であれば、力であってはならない…。だから、俺たちはガンダムを超えていかなければならない」

「へえ…だから、あんたのガンダムにはガンダムの名前がないのか…」

(刹那君って、なんだか不思議な人だな…)

刹那に助けてほしいというメッセージを送ったチトセには、刹那のトビアやキンケドゥ、そしてあのアムロ・レイのバイオ脳との違いが少しだけ理解できた。

刹那が目指しているのは、力ではない何かで世界を変えることなのだろうと。

「如月千歳…」

「うん…?」

「君だな?俺に語り掛けてくれたのは」

「無我夢中で、一方通行だったけど…。ありがとう、あんな状況の中で助けてくれて。つい、お礼を言いそびれちゃった」

「構わないさ」

柔らかい笑みを浮かべつつ、刹那はチトセに答える。

「ま、ガンダムが戦いの中で大きな役割を果たしたって点では、俺たちの世界も同じだけどな」

「一年戦争から始まるアースノイドとスペースノイドの戦いの中、ガンダムは常に戦局の中心にあったと聞く」

「キンケドゥさんがコスモ・バビロニア建国戦争の時に乗っていたF91も同じですよ」

「俺はそんな大それたものじゃないさ。ただ、大切な人を守るためにがむしゃらにやってただけだ」

キンケドゥは12年前に起こったコスモ・バビロニア建国戦争の時を思い出す。

その時は友人たちと一緒に必死にフロンティアⅣを逃げ回り、避難したフロンティアⅠで91年ぶりに開発されたサナリィ製のモビルスーツであるF91(といっても、元々はF91という名前であり、ガンダムはそれが保管されていた練習艦スペース・アークの艦長がつけているため、厳密にいうとガンダムではない)のパイロットにならざるを得なくなった。

状況に振り回されながら戦い続け、その中でキンケドゥはベラの秘密を知り、それからは彼女と仲間、そして家族を守るために戦い抜いた。

謙遜しているが、彼もまた、刹那の言う『ガンダム』だ。

「少なくとも、ガンダムがモビルスーツの中で特殊な枠組みであることは今でも変わらない。現にクロスボーン・ガンダムも地球を救ったからな」

「あ…そうだ。いっそのこと、聞かせてくれるか?お前らの世界のことやイノベイターについてよ」

冤罪で刑務所に入っていた竜馬からは彼のいた世界について、インベーダーのことを除いてあまり深く聞くことができなかった。

しかし、刹那達はガンダムという共通点もあり、おまけにその世界におけるニュータイプの枠組みに入るであろうイノベイターである刹那、そしてそれの模倣であるイノベイドであるティエリアがいる。

そのため、いろいろと話しやすいかもしれないと思い、ソウジは2人に尋ねる。

「悪いが、それはお預けだ。そろそろワープに入る。今回は敵の追撃をかわすため、いつもより長く跳躍することになる。各自は警戒態勢で待機を」

それだけ言い残すと、古代は第一艦橋へ向かうために控室を後にした。

「あ…戦術長にも聞きたいことあったのに…」

「チトセちゃんもか?実は俺も」

「あの、それはこれからの戦術のことですか?」

「そうじゃないさ。雪ちゃんについてさ」

「雪ちゃんって何ですか!?友人になったわけでもないのに、もう…。私は玲についてよ。赤道祭の時、2人で作業してたみたいだから…」

「マジで!?俺は雪ちゃんと展望室で2人っきりになってたって…」

相手が違うものの、どちらも聞きたい内容はほぼ同じようだ。

「古代戦術長じゃなくて、森船務長か山本三尉に聞けばいいですよね?」

「それが…はぐらかされて…」

「俺については相手にもされず。おまけにそれを聞いた真琴ちゃんに2時間くらい説教された」

ソウジは原田による説教を思い出す。

何を言っているのかわからず、口を挟もうとするとすごい剣幕を見せたため、質問すら許されないままずっと続き、森に質問しなければよかったと今は後悔している。

おそらく、チトセに代わりに質問してもらおうとしたら、その説教する人が変わるだけで何も結果が変わることがなかっただろうが…。

「もしかして戦術長って…とても器用な人なの!?」

「そいつはうらやましいぜ。ぜひともレクチャーを…痛てて!?!?」

「破廉恥です!ソウジさん!!」

いつもよりも力を入れて耳を引っ張られ、ソウジは涙目になって悲鳴を上げる。

それを見た刹那とティエリアがあっけにとられるが、キンケドゥとトビアはいつもの光景であるためか、助けることなく話を進める。

「どうだろうな。彼の性格からして、2人にはその気はないのかもしれないぞ?」

「キンケドゥの旦那ー…話し続けてねーで助けてくれよー…」

彼らのやり取りを見続けていた刹那がフッと笑みを浮かべる。

そんな彼を見たチトセはようやくソウジの耳を離した。

「あ…もしかして、緊張感がない連中だ…なんて思ってる?」

「いや、この世界も俺たちの世界と変わらないんだな…と思って。少し安心した」

ソレスタルビーイングとして、一緒に戦う仲間たちのことを思い出しながら刹那は言う。

圧倒的に不利な戦いをしているのに、このような緊張感のない、どこかゆとりのある空気が戦闘のない時には確かに存在した。

とある大きな戦いが起こる前には、仲間の1人の妊娠が発覚し、そのことを知ったときはみんなびっくりしながらも、祝福のためのパーティーを開いた。

ちなみに、その戦いの後で無事に双子を出産し、現在は父親である操艦士と共に育児休暇という形で離れている。

その時だけではなく、時には女性陣がショッピングへ行ったり、時にはメンバー総出で海水浴に出かけるなど、前はどうでもいい思い出に思えたことが、今ではとても大事に思えてきていた。

「どこの世界でも、みんな一生懸命生きている…。そんなみんなのために、私たちは戦っているのよ」

「そうか…あなたも『ガンダム』なんだな」

「褒め言葉、謹んで頂戴します!」

「おいおい、サブパイロットのチトセちゃんも『ガンダム』なら俺も…」

「ソウジさんはナンパ癖を治してからです!それから、ワープ後はいろいろ言いたいことがありますから、覚悟しといてください!」

「へーい…。俺が『ガンダム』になるのは夢のまた夢か…」

 

-ヤマト 第一艦橋-

クルーが集結した第一艦橋で、沖田の号令のもと、ワープの準備が始まる。

「目標座標、入力!絶対銀経274.76度、絶対銀緯-12.73度!距離63.7パーセクの空間点!」

「確認、座標軸固定した!」

島と太田の手で、ワープ地点の設定が行われる。

控室で古代が言っていたように、今回のワープは敵の追撃を逃れるという意味合いが強い。

旗艦を撃沈させたとはいえ、冥王星の生き残りの艦がこれ以上ないとは言い切れない部分がある。

仮にそんな艦がおり、ヤマトを襲撃してくると、大きなタイムロスを生んでしまう。

「波動エンジン、出圧上昇中!機関、圧力臨界に達した!」

「5…4…3…2…1…」

「ワープ!!」

ヤマトがワープを開始し、一直線に流星のごとく飛んでいく。

距離によるが、ワープでかかる時間は数秒もかからない。

しかし、10秒経ってもワープの時の青い空間からヤマトが出ていない。

「どうなっているんだ!?ワープは一瞬で終わるはずだろう!?」

「状況を確認」

冷静さを保ちながら、沖田が指示を出す。

波動エンジンの搭載でワープが可能になったとはいえ、それが自分たちの手で完全に生み出されたものではない以上、このような不具合やトラブルは想定の範囲内だ、

沖田の指示を受けた太田が現在のヤマトの状況の分析を行う。

「現在、本艦はワープを継続中!」

「なるほど…我々は今、ワープ中の1ナノ秒を認識しているようだ」

「い、今まで、こんなことなかったのに!」

「どうなるんだ…ヤマトは…」

ワープの際に想定されるトラブルの中に、ワープをし続けて出られないという想定は古代達の中にはなかった。

ワープ空間の中では、方角の概念はない。

仮にこのまままっすぐ進んだとしても、目標のワープ地点に脱出できる保証はどこにもない。

「…副長」

「はい。…森君、自動航法室を見てきてくれ」

「了解です」

真田の指示を受けた森は持っているライトの光を頼りに第一艦橋を出て、自動航法室へと向かった。

(きっと、自動航法室の彼女なら…行くべき道を示してくれる)

 

-ヤマト 自動航法室前-

「百合亜ちゃん…百合亜ちゃん!!」

「…んん??」

自動航法室の前で、意識を失っていた百合亜が星名に右手で頬を軽くたたかれ、目を覚ます。

「あれ…星名、なんで私、ここに…??それに、なんで倒れてたんだろう?」

「わからない…。僕がここの警備に来た時にはここにいたから」

星名がここに来たのは数分前で、その時に彼はこの場所で百合亜を見つけ、彼女を起こそうとしていた。

前に警備していた保安兵は交代の時に異常なしと報告している。

(目を離したすきにここまで来たのか…?それにしてはあまりにも…)

訓練された兵士の目を盗み、このようなライトを使わないと満足に進めないような暗闇の中をライトなしで進み、そしてここで気を失うことなどできるのかと疑問を覚える。

「あれ…?星名」

「ん…?」

「前から思ってたけど…星名の右手って、なんだか冷たいね…」

「岬さん、星名君!」

ライトの光が2人を包み、彼らを見つけた森が声をかけ、2人の元へ駆け寄る。

「何があったの!?」

「それが、ゆり…じゃなくて、岬准尉がここで気を失っていて…」

上官の前であり、プライベートではないことから、星名は百合亜を苗字で呼び、メリハリをつける。

兵士として、間違ってはいないことは自身も兵士であるため理解しているものの、少し面白くなく感じた百合亜は星名を不満げに見つめる。

「あ、あれ…??」

森にこちらからも報告しようとした百合亜だが、急に自動航法室から何か気配を感じ、そこへと続く扉に振り向く。

「…どうかしたの?」

「さっき…あそこから、女の人が…?」

「女の人…??」

百合亜が指さした、自動航法室のドアに2人は目を向ける。

自動航法室は保安兵すら、立ち入りが禁止されている場所であり、森も当然のことながら、この中を見たことがない。

百合亜の霊感体質については、小耳にはさんだ程度で知っているが、オカルトにはあまり興味がなかったこともあり、普段はあまり意に介すことがなかった。

しかし、自動航法室の不気味さが手伝って、なぜか今回は彼女の言葉が真実のように聞こえてしまう。

 

-???-

「ワープが終わった…」

青い光が消え、ヤマトが緑色の空間へと飛び出していく。

周囲には艦の残骸が漂っており、不気味なまでの静けさが包んでいる。

「どこなんだ…ここは??」

島の疑問に答えることのできる人物は第一艦橋にはいなかった。

見たこともなく、だれにも認識されることのなかった場所にヤマトがいる。

そして、そんな場所でさまよい続けた結末が目の前に広がっている。

「各部、点検急げ!」

「レーダー、スキャナー、いずれも反応なし!」

「超空間通信は使用できそうです!」

「超空間通信が使えたとしても、この空間の中でしか使えんだろう…。外部との通信ができそうにない。ということは」

「次元のはざま…つまり、次元断層に入り込んでしまった…というわけか」

真田の言わんとしていることを理解した沖田はフゥとため息をつく。

太陽系を超え、はるかかなた先の銀河にあるイスカンダルへ目指すはずが、宇宙を飛び越えてこの次元のはざまに来てしまった。

このようなことになるのであれば、敵に追いかけられているほうがましだったかもしれない。

だが、今はそのようなことを考えている場合ではない。

「まるでバミューダトライアングルだな…」

「縁起でもないことを言わないでください!!」

船乗りを父に持つ島は彼からその伝説について小さいころに教えてもらったことがある。

船、飛行機、乗組員がその場所で消滅してしまうという、カリブ海のミステリーだ。

過去にそのような事件がその領域では多発しており、なぜこのようなことが起こるのかは不明だ。

もしかしたら、ここがバミューダトライアングルの正体で、そこに入り込んでしまったから、見つからないのか。

最も、周囲にある残骸の中には中世ヨーロッパや20世紀の船の姿がないため、本当にそうなのかどうかは何とも言えないが。

「森船務長、ただいま戻りました」

「自動航法室はどうだった?」

「特に異常は見られませんでした」

「そうか」

持ち場についた森はレーダーを操作しながら、あの部屋の疑問を頭に浮かべる。

アクシデントへの対処を続けるクルーへの冷や水になりかねないと思い、あの部屋への疑問を真田へ口にすることはなかった。

百合亜は念のため、星名の手で医務室へ行くことになった。

「11時の方向、ガミラス艦。識別、Lクラス巡洋艦!!」

アナライザーの言葉に第一艦橋に緊張が走る。

まさかこのような場所でガミラスが攻撃を仕掛けてくるのか。

Lクラス巡洋艦、メルトリア級は臨戦態勢に入っており、しかもヤマトを射程内に抑えている。

「どうします!?敵は一隻ですが…!」

古代の言葉を聞き、沖田は冷静にメルトリア級を見る。

ヤマトとヴァングレイなどの機動兵器を使えば、あの一隻を落とすのはたやすい。

しかし、仮に落としたとしても、待っているのはこの緑の迷宮だけ。

そのことを判断しているのか、メルトリア級も攻撃を仕掛けてこない。

「泥沼に足を取られた2匹の獅子が互いに相争えば、沈むだけだ。向こうも、それがわかって攻撃をしてこないのだろう…」

「艦長!敵艦が接触を求めています!!向こうは使者を送る、とのことです!」

メルトリア級から発せられる光信号を解読した相原が沖田に伝える。

その巡洋艦の格納庫から赤い戦闘機が出てきて、ヤマトの前へ向かっていた。

カラーリングは異なるが、形状から判断すると、ガミラスで長年使われている重装備・高機動を共に実現した戦闘機、ツヴァルケで間違いないだろう。

「罠だ…!きっと、そうに決まっている!」

「ガミラス側はここを脱出する方法を知っていると言っています!」

「そんな方法を知っていながら、なぜ奴らはそれを行わない!?」

それを知っていたなら、もうすでに実行してここを出てもおかしくない。

しかし、見方を変えると、その方法は知っているが、メルトリア級ではできないような方法で、そのせいでここを出られないとみても不思議ではない。

だが、このように予想をしているだけでは結論を導き出すことができない。

この空間を出るのに求められているのは科学であり、哲学ではないのだ。

「すべての答えは、すぐにわかる。使者を受け入れるぞ」

「了解!戦闘機に信号を送ります!」

相原が戦闘機に光信号でヤマトの格納庫の場所を伝え、森が格納庫にハッチを開くよう要請する。

赤い戦闘機は返事に対する感謝を示す光信号を送ると、言われた通りにヤマトの格納庫へ向かい、そこで出てきたヴァングレイにサブアームで支えられて入っていった。

 

-ヤマト 格納庫-

「よし…これでOKだ!」

ツヴァルケの固定を終え、ヴァングレイからソウジとチトセが出てくる。

既に格納庫には伊東や星名ら保安兵や古代達第一艦橋のクルーなどが集まっており、全員がじっとツヴァルケを見ている。

ツヴァルケのコックピットが開き、中から人が出てくる。

青のバイザーが顔を隠している。

「見る限りは地球人と変わりなさそうだ」

「何言ってるんだ!人間を滅ぼそうとした連中なんだぞ!?きっと化け物みたいなやつらだ!」

「…」

「な、なんだよ?」

無言でにらみつけてきた刹那を見て、南部はぞっとする。

「余計な先入観は捨てるべきだ」

「事情を知らない新参者が勝手なことを…」

「俺たち人間が化け物のような行動をしなかったとでもいうのか?俺は化け物のような行動をとってきた奴を知っている」

刹那の脳裏に自分を戦うことしかできない人間に変えた男の存在が浮かぶ。

彼によって洗脳された刹那は家族を自分の手で殺させられ、おまけに次々と同じ境遇の少年兵たちが死んでいく血なまぐさい戦場を戦い続けてきた。

それだけではない。

自分たちの仲間の1人が彼に殺されたうえ、彼は喜々として戦果を広げることを楽しんでいた。

彼は確かに彼が殺した男の双子の弟の手で殺されたが、彼によって受けた傷は今でも心に残っている。

だが、それを起こしたのは化け物ではなく人間だ。

「でも…あいつらは、地球を…」

「そこまでにしろ。メットを外すぜ」

竜馬はじっとガミラスのパイロットを見る。

メットが外され、ガミラス人の顔がさらされる。

「そんな、馬鹿な…」

「これが、ガミラス人…。エリンが言っていた通りだ…」

赤い髪で、青い肌をしているものの、その見た目は明らかに地球人の少女そっくりだった。

化け物のような見た目だという先入観にとらわれていた南部は驚きを隠せなかった。

南部だけでなく、星名ら一部のクルー以外の面々も南部ほどではないが、驚きながらその少女を見ている。

「青い肌…証言通りだな」

「はい…」

ワープをする前、星名ら保安兵はエリンの同意の元、彼からガミラスについて知っている範囲での情報を聞き出していた。

そこで、ガミラス人は青い肌をしていることがわかっており、それについては既に沖田に報告されている。

そのことについてはワープ完了後に周知されることになっていたが、このようなアクシデントによってお流れになっていた。

「我々に交戦の意思はない」

(あれが異種…異なる文明の生命体か…)

「地球語を話せるのか?」

最初に動いた古代が少女に質問をする。

彼女が話していたのは明らかに地球語であり、なぜ話せるのか疑問に感じていた。

地球人を捕虜にして、彼らから言葉を学ぶというやり方もあるが、そのような形で一から言語を学ぶとなると、年単位で時間がかかる。

そもそも、地球を滅ぼそうとしている以上、そんなことをする意味がないのだが。

「そちらの言語は翻訳できる。それより、確認したい。これは地球の艦か?名前は確か…ヤマトと…」

「そうだ。僕はヤマトで戦術長を務めている古代進一等宙尉だ」

「失礼しました。私は銀河方面第707航空隊所属、メルダ・ディッツ少尉です」

敵とはいえ、階級が上である古代に対し、メルダは敬語に直して自己紹介をする。

「我が大ガミラス帝国の領内にも、あなたのような青い肌を持たない者がいます」

「それはザルツ人のことですか?」

「あなたは?」

「保安部の星名透准宙尉です」

「驚いたな、ザルツ人のような二等ガミラス人のことまで知っていたとは…」

ザルツ人についても、保安部はエリンへの事情聴衆の中で少しは情報を得ていた。

ガミラスによって併合され、地位向上のために危険な戦場に志願しているということも。

また、冥王星の部隊がすべてザルツ人によって編成されていたことも明らかになっている。

しかし、話を聞いていると、どこか彼女がケンカ腰になっているように古代には見えた。

冷静さを保って入るが、どこかこちらを信用していないように感じが否めない。

「それで、ディッツ少尉。君は、交渉する気があるのか?」

「交渉の使者に銃をもって対する者を信用することはできません」

メルダの言う通り、保安部をはじめとした兵士が銃を彼女に向けている。

地球を滅ぼそうとした彼らへの恨みを考えると当然ではあるが、交渉に来た相手に銃を向けるのは地球においてもマナーに反することだ。

「それに、地球人は宣戦布告もなしに攻撃を仕掛けてくる好戦的な種族ですから」

「何…!?」

「戦争を始めたのはそっちでしょ!?」

メルダの言葉で、格納庫内に動揺が走り、玲が怒りを見せる。

ガミラスによって家族をすべて奪われた彼女の彼らに対する怒りは相当なもので、地球を守るために死んだ兄を侮辱するような発言が許せなかった。

しかし、メルダは冷静なままで、ありのままに言葉を並べる。

「我が家は代々、軍の重責を担ってきた家系だ。その名誉にかけて、嘘偽りはない」

堂々と、地球側の非を主張するメルダに対する印象は最悪だ。

ヴァングレイのそばでやり取りを見聞きしていたチトセも怒りを見せていた。

「何なのよ、あいつ!!」

「こりゃあ…随分と気の強いお嬢さんだ」

「嘘だ…嘘に決まっている!!」

格納庫内で、島の大声が響き渡る。

彼の父親はガミラスとの最初の戦いで死んでおり、メルダの言いようがまるで戦争になった原因が自分の父親にあるようにしか聞こえなかった。

「島君…」

隣にいた森が抑えようとしたが、もう島は止まらない。

一度ついた怒りの炎を簡単に消すことができない。

「あいつの言っていることは嘘だ!最初に攻撃を仕掛けたのはガミラスだ!その攻撃で、父さんは…」

「やめろ!!今はそんな議論をしている状況じゃないことがわかっているのか!!」

不毛な言葉の応酬が繰り広げられることを良しとせず、古代が声を上げる。

彼の言葉を聞いた面々は沈黙し、島も納得できないが、古代の言うことはもっともなことからしぶしぶと口を閉ざす。

「山本、君もだ。銃を下すんだ」

「しかし!!」

「命令だ」

感情を抑え、静かに、そして無機質に古代は玲に言う。

上官からの命令であれば、逆らうことができない。

玲が銃を下し、古代はメルダに自分の銃を渡す。

「これは…?」

「交渉は対等に、だ。そのうえで君の提案を聞く」

メルダの一番近くにいたこともあり、彼は彼女が銃を持たずにヤマトに来たことを知っていた。

その証拠として、コックピットにも腰のホルスターには銃が入っていなかった。

そんな丸腰の彼女に対して、ヤマトは武器を持っており、やろうと思えばいつでもメルダを殺すことができる。

だが、それでは交渉にならないし、彼女の交渉しようという意思を踏みにじることになる。

「…感謝します、古代一尉」

受け取った銃をホルスターに収め、メルダは古代にガミラス式の敬礼を見せ、古代は返事をするかのように地球式の敬礼を見せた。

 

-ヤマト 航空隊控え室-

メルダとの話し合いは応接室で行われることになり、ソウジ達航空隊は控え室で待機することになった。

彼女と交渉を行うのは古代と沖田、真田の3人で、既に彼らが入ってから1時間以上が経過している。

「話し合い…終わりませんね」

「ガミ公のことだ。どうせ、こちらを騙すために適当な嘘を並べてるんだろうぜ」

「俺は…彼女がそういう人間とは思えない」

「刹那…格納庫の時から随分と彼女に肩を持つな」

南部ほどではないが、刹那の彼女への肩入れには加藤も疑問を持っていた。

イノベイターという、ニュータイプともオールドタイプとも違う感性を持つ彼の誤解なく理解しようとする姿勢がそうさせているのかもしれないが、それでも加藤は刹那のそれが面白くなかった。

彼女個人に恨みをぶつけるのは筋違いなのはわかるが、ガミラスとの戦闘で加藤は親友を失っている。

また、親友の妹である玲を天涯孤独の身にされた。

そのことが許せなくて、間違いだとわかっていても、どうしてもメルダを疑ってしまう。

「まさか、カワイコちゃんだからって理由?」

「多分、それはないと思います。ソウジさんじゃないんだから…」

「やめてくんない…?その傷つくような言葉」

「…直感として、そう感じただけだ」

チトセの言葉に傷つくソウジをよそに、刹那は篠原に答える。

刹那はこの地球でのガミラスとの戦争について詳しいことは知らない。

そのこととイノベイターであることを手伝って、もしかしたらそう感じたのかもしれない。

「きっと、その直感…大切なんだと思う。私も、信じられないって気持ちはありますけど…」

「じゃあ、あなたは憎しみで戦っているのか?」

刹那のまさかの言葉にチトセはドキリとする。

更に、あまり話をしたことのないソウジに対しても目を向ける。

「あなたに関しては、言葉の中で悲しみを感じる…」

「んなぁ、否定しねーけど…」

「いい加減にしろ、刹那。ガミラスは俺たちの敵で、俺たちの家族や仲間は奴らに殺されてきたんだぞ!」

ついに頭に来た加藤は刹那の胸ぐらをつかむ。

一思いに彼の顔面を殴ろうと右拳に力を籠めるが、ソウジにその腕をつかまれる。

「放せ叢雲!!」

「加藤隊長、今そんなことしても意味がねえでしょう…。それに、その拳で刹那を殴ってみろ。恩を仇で返すことになります」

「叢雲…くっそぉ!!」

強引に刹那を手から放した加藤はソウジを振り払い、控え室から出ていく。

出ていくとすぐにドン、という音が聞こえた。

刹那は加藤が出ていったドアをじっと見ていた。

「気にするな、刹那」

表情を変えない刹那にキンケドゥが励ましの言葉をかける。

なんとなくではあるが、彼が自分の言葉を後悔しているように見えたためだ。

「俺の無神経な発言がみんなを傷つけた…。だとしたら…」

(刹那…)

わずかに表情を曇らせる刹那をティエリアはじっと見る。

イノベイターとなり、刹那は普通の人とは異なる感性を手に入れた。

しかし、それゆえにほかの人との違いを認識するようになり、転移する前はほかのメンバーと会話する機会がめっきり減ってしまった。

例外として、イノベイドであるティエリアが刹那からそれについて何度も相談に乗ったが、最初からイノベイドである彼では明確な答えを返すことができなかった。

「刹那さん…ニュータイプって知ってますか?」

トビアの唐突な質問を受けた刹那は首を横に振る。

「僕たちの世界の伝説みたいなものですが、言葉を交わすことなく、誤解なく分かりあうことができる人たちのことです」

「一時は人類の進化みたいに言われてきたが、今ではおとぎ話みたいな扱いだ。そして、昔ニュータイプのことを提唱していたジオン・ダイクンがスペースノイドこそ、ニュータイプだと言っていた。まぁ…それを否定する証拠が出てきてしまったが…」

キンケドゥがチトセに目を向ける。

なんで自分がと思い、疑問を浮かべるチトセにソウジは苦笑する。

「チトセちゃん、君は宇宙に出たことあるか?」

「いえ、ヤマトに乗って出るのが初めてで…」

「ってことは、チトセちゃんは根っからのアースノイドで地球育ち。宇宙に出たわけでもないのにニュータイプだったってことだろ?」

ソウジの言葉で、チトセはああ、と納得したように首を縦に振る。

アマクサとの戦いが、チトセにとっては初めてニュータイプである自分の感性を自覚したときだった。

それまで宇宙で過ごした時間はわずか数日。

その数日の間でニュータイプに目覚めることはまずありえない。

ということは、チトセは地球で生まれ、地球で育ちながらニュータイプになったということになる。

最も、地球で暮らしていたころにその自覚がなかったようで、厳密には言えないが、それでも彼女が過酷な宇宙環境に適応進化した新人類をニュータイプとしたジオン・ダイクンの提唱を揺るがしかねない存在であることは否定できない。

「誤解なく分かりあえる…か…」

「イノベイターのようなものだな。だが、ニュータイプとイノベイターには違いがある」

「違いって…?」

「君の話を聞いた限りでは、ニュータイプ同士で誤解なく相互理解することができるように聞こえる。間違っていないか?」

「はい、それで大丈夫です」

「イノベイターは太陽炉が放出するGN粒子を触媒にして、不特定多数の人々と対話することができる。そして、刹那は史上初のイノベイターで、まだ彼以外のイノベイターは存在しない」

「もしかして…それで戸惑って、ムッツリしてるの?」

「ム、ムッツリ…?」

「ごめんなさい。いい言葉がわからなくて…」

もっと別にいいようがあったのではないかと思いながら、チトセは刹那に詫びる。

最初はきょとんとしていた刹那だが、慌てるチトセを見て、笑みを浮かべる。

「お、いい顔になったじゃないか。しかめっ面よりよっぽどいいぜ」

「そ、そうか…」

「そうそう!ってあれ、なんだか話題が変わっちゃった気が…」

「別にいいだろ。暗い話題してるよりよっぽどいい。ってことで、チトセちゃん。一緒に食事を…」

「丁重にお断りさせていただきます」

笑顔に戻ったチトセがソウジの誘いをきっぱり断る。

断られて、ちぇ、と口を尖らせたソウジを見て、控え室が笑い声に包まれていく。

刹那も声を出すことはないが、穏やかな笑みを浮かべていて、それを見たティエリアは安心したかのように彼を見ていた。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「波動砲か…」

話し合いの中でメルダ、というよりも彼女の上官であり、目の前にいるメルトリア級の艦長であるヴァルス・ラング中佐から提案された方法だ。

波動砲によって発生する膨大なエネルギーを使って射線上に次元波動を起こし、仮にそれが位相境界線に当たれば、そこに元の宇宙への出口ができる。

真田と新見も理論上では可能と、科学的な見地で既にお墨付きしている。

しかし、この方法には1つだけ問題がある。

「問題は、ヤマトの残存エネルギーか…」

「波動砲を撃てば、ヤマトはエネルギーを失い、航行不能になります」

「それについては、前方のガミラス艦がヤマトを宇宙まで曳航することをメルダ・ディッツ少尉と艦長であるヴァルス・ラング中佐から約束されています」

メルトリア級には波動砲のような、次元波動を引き起こすほどの威力の兵器がなく、ヤマトには発射後に出るためにエネルギーがない。

机上では、かなりフェアーな交渉、一時的な同盟と言える。

利害が一致しているが、問題は信頼関係だ。

古代と沖田ら一部の兵士は信頼しているが、大多数の兵士はガミラスへの不信感がぬぐえずにいる。

「どうせ、波動砲を撃たせて自分だけ脱出を…」

「戦争の非はこっちにある、って言うやつらだからな」

その筆頭である島と南部の言葉を沖田は沈黙しながら聞く。

あの地球とガミラスの戦争のきっかけとなったあの戦いの関係者である彼はメルダの言葉の真実を知っている。

だが、今の状況を考えて、このタイミングでその真実を口にすることのリスクはかなり大きい。

「そんな問答をしている間にも、状況は悪くなっていく。艦長…」

歳を重ねたせいか、メルダとの遭遇に関しても冷静な態度を取り続けていた徳川が沖田を促す。

艦内には今回の取引に対して賛否があるが、最終決定権があるのは沖田だ。

沖田の言葉がヤマトの生死を決める。

「私は…メルダ・ディッツ少尉たちを信じる。古代、波動砲発射準備!!」

「了解!」

「相原、ガミラス艦にそちらの提案を承諾したこと、そして波動砲の射線上から離れるよう通達を!」

「はい!!」

徳川が機関室へ戻っていき、古代は波動砲発射のために森から送られる位相境界線の位置データから射線を決める。

そして、相原はメルトリア級に向けて通信を送った。

 

-メルトリア級 EX178 艦橋-

「…了解、賢明な判断に感謝する。ヤマトがこちらの提案を受け入れるとのことです!」

「そうか…」

通信兵から報告を受けたラングが前方のヤマトに目を向け、心の中で彼らのことを感謝する。

ラングや先ほどの通信兵を含め、この艦のクルーの多くがザルツ人だ。

ガミラス人であるメルダからも信頼されていることもあり、彼もまた、シュルツと同じく優秀な軍人であることがうかがえる。

だが、ラングの判断に異を唱える人物が1人だけいた。

「ラング艦長…二等ガミラス人で運行する、この艦にもチャンスが巡ってきたようだな」

思想指導将校としてEX178に乗り込んでいる、デスラー直属の親衛隊であるパレン・ネルゲ大尉がラングにそそのかす。

波動砲を撃ったヤマトを見捨てて、自分たちだけ逃げ出すことができれば、労せずヤマトを沈めたという大きな戦果と共に本国に凱旋することができる。

そうなれば、親衛隊である自分と二等ガミラス人であるラングには大きな褒賞が与えられることになる。

ネルゲにとって、これは天から与えられた大きな好機に見えていた。

しかし、ラングは違った。

「妙な考えはよしたまえ。この艦の艦長は私だ」

「ちっ…ザルツ人ごときが…」

階級ではラングの方が上であることから、ネルゲは舌打ちしつつもしぶしぶ引き下がる。

だが、すぐに何かを思いつくと、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ヤマトに通達!これよりけん引ビームを発射し、送られたデータに従い、射線上を離脱する。なお、ディッツ少尉については信頼の証として連絡要員としてヤマトに残ってもらう。互いの無事な脱出を祈ると!」

「了解!!」

 

-次元断層-

通達が終わると同時に、EX178が180度回頭し、ヤマトへ後ろを向いたまま近づいていく。

後方から発射されるけん引ビームを当てると、速やかに船体を右へ大きくずらしていった。

「ガミラス艦の準備、完了したとのことです!」

「よし…総員、対ショック、対閃光防御!」

既に強制注入機が作動しており、波動エネルギーの収束が始まっている。

第一艦橋のクルーは全員ゴーグルをかけ、波動砲発射に備える。

「発射まで5…4…3…2…1…」

「波動砲、発射!」

「波動砲、てぇーーーー!!」

古代によって引き金が引かれ、波動砲が発射される。

膨大なエネルギーの青い閃光が緑色の空間の中を走っていく。

光りが消えていくと、位相境界線と思われる場所には大きな穴が開いた。

「突破口、形成された!」

「これで、ヤマトは自力航行できるだけの力を使い果たした…」

EX178はけん引ビームの再確認を行うと、そのままヤマトをけん引しながらゆっくりとその穴に向けて進んでいく。

「いいぞ、その調子だ…!」

波動砲によって生まれたあの穴はしばらくは開いたままになっている。

このままいけば、あと10数分で次元断層を脱出できる。

しかし、そんな楽観を崩す報告が森からもたらされる。

「これは…10時の方向から未確認機!その数、5!!」

「何!?まさかガミラスが…」

「いえ、これは…ガミラスではありません!映像を出します!!」

前方モニターにヤマトが見つけた未確認機の姿が映し出される。

緑を基調とした艦や戦闘機が多いガミラスにはない、白とライトブルーを基調としたもので、下部にビーム砲付きブースターを取り付けた戦闘機のような機動兵器で、ムカデか蛇のような長さをしている。

それが今、ヤマトに接近している。

「別の異星人の機動兵器だというのか!?」

まさかの敵の出現に第一艦橋が凍り付く。

更に、こういう場合に悪いことは続けて発生する。

「EX178からのけん引ビームの接続が解除されました!」

「何!?」

けん引ビームを解除したEX178が速度を上げ、ヤマトから離れていく。

「く…ネルゲ大尉!!何を!!」

けん引ビームを艦橋で勝手に操作したネルゲに抗議するラングだが、彼に銃を突きつけられる。

細く吊り上がった目でラングを見るネルゲは正面モニターを操作する。

モニターには親衛隊の兵士たちによって銃を突き付けられた兵士たちの姿があった。

また、艦橋には数人の親衛隊の兵士が入ってきて、彼らも銃を握っている。

「既にこの艦は我々が掌握した。これからは私の指揮下に入ってもらう」

「ネルゲ…この、ガミラス人の面汚しが…!」

「ふん、劣等種がガミラス人を名乗るな。それに、奴らはガミラスの敵なのだぞ?」

EX178はそのまま穴から次元断層を出ていく。

その艦を見向きもしない未確認機はそのままヤマトに向けて進んでいく。

そして、射程内に入ったヤマトに向けてビーム砲から大出力のビームを発射する。

ショックカノンを上回る出力のビームがヤマトの第2砲台をえぐり取っていく。

「うわああ!!奴ら、宣戦布告もなしに!!」

「艦長!最低限の機能は使用できまずが、波動防壁及び武装はすべて使用不能です!」

「相原、未確認機へ通信は?」

「駄目です!あちらはあらゆる接触を拒否しています!」

「やむを得ん…。機動部隊を発進せよ」

「了解!機動部隊に告ぐ、本艦は未確認機による攻撃を受けている。速やかに発進し、本艦に敵機を近づけるな!繰り返す!!」

 

-ヤマト 格納庫-

「まさか、こんなところでアンノウンとはちあうなんてな!!」

「やっぱり…裏切られた…」

サブパイロットシートに腰掛けるチトセは悔し気につぶやく。

刹那の言葉もあり、少しでも憎しみを捨てて彼女を信じようとした。

しかし、結果はこのザマだ。

「…チトセちゃん、今はそのことを考えるのはナシだ。それよりも、目の前のあの未確認機をどうにかしないと、裏切りを責めることだってできなくなるぞ?」

「ソウジさん…」

(コスモファルコン隊、出撃完了!ヴァングレイら機動部隊も速やかに発進してください!!)

「了解!叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ、出るぜ!!」

ハッチからヴァングレイが飛び降りていく。

そして、次のゲッター1とダブルオークアンタ、ラファエルガンダムが出撃準備に入る。

「刹那…お前の直感、外れたみてーだな」

「…」

「まさか、ガミラス人の使者を置き去りにするとは…」

3人にとって、メルダを置き去りにしてでのその裏切りはあまりに予想外だった。

ザルツ人の置き去りならともかく、本国人を置き去りにすると言うメンタリティには理解できないものがある。

「彼女は俺たちを油断させるための罠だったのか…?」

「竜馬、ティエリア、鉄也、今はそんなことを考えている余裕はないぞ!!」

ピーコックスマッシャーを装備したスカルハートのコックピットの中で、キンケドゥが叫ぶ。

この武器は冥王星での戦闘中に撃破した木星帝国軍の兵器のパーツを流用して作った試作兵器で、一気に広い角度の敵に攻撃できることから、今回使用されることとなった。

一方、ゲッター1はハイパー・ハンマーとゲッタートマホークを1つずつ手にしている。

「ああ…俺たちだって、こんなところで死ぬつもりはねぇ!出るぜ!!」

ゲッター1、ダブルオークアンタ、ラファエルガンダムもヤマトから発進していき、2機のクロスボーン・ガンダムも出ていく。

「修理不能とは言うが、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ!!」

ゲッター1は一気に未確認機のうちの1機に近づき、正面からハイパー・ハンマーをたたきつける。

「よし、こいつでい…何!?」

棘付きの鉄球は確かに未確認機の前方のコックピットと思われる個所を叩き潰していた。

しかし、その蛇のような体が次々と分離していき、まるで某不思議のダンジョンのゲームで登場する灰色の食人鬼のように、9機に分かれていく。

そして、突出し過ぎたゲッター1に向けて、そのうちの3機がビーム砲を発射する。

「ちっくしょう!!奴ら、金太郎飴かよ!?」

ビームが次々と着弾し、ハイパー・ハンマーの鎖とゲッタートマホークが破壊される。

左腕のゲッターレザーを伸ばし、そのうちの1機で引き裂くことに成功するが、これでは焼け石に水だ。

「あの蛇みたいな見てくれだが、本当は10機が連なって合体しただけってことは…!」

「竜馬が撃破した2機を除くと…48機…」

こちらを大きく上回る数の機動兵器に全員の背筋が凍り付く。

「くそっ!!信じるんじゃなかったぜ、ガミ公がぁ!!」

加藤と篠原のコスモファルコンが2体の蛇が20機に分離していく姿を目撃しつつ、機関砲を発射する。

1機を撃破、1機を損傷させるが、50機近い相手の前ではぬか喜びにしかならない。

「隊長!!杉山のハヤブサが落とされました!!」

「村木、岡林!!返事をしろーーー!!」

2人の通信機に航空隊隊員の声が響き渡る。

愛機が拾っている信号を見ても、この間にすでに3機がロストしていた。

「…くっそぉーーーーー!!!!」

激高する加藤のコスモファルコンは未確認機の翼部から発射される小型ビームの雨をバレルロールしながら回避し、至近距離からミサイルを叩き込んだ。

それを見たもう1機の未確認機が下部のパーツをパージし、それを質量弾として発射するが、篠原のコスモファルコンのビームに横やりを入れられる形で撃破された。

(死ねるかよ…こんなところで!!必ず切り抜けて、あの裏切者を…!!)

 




機体名:不明
形式番号:不明
建造:不明
全高:15.2メートル
全備重量:49.3トン
武装:翼部ビーム砲×2、大型ビーム砲
主なパイロット:不明

次元断層でヤマトが遭遇した未確認機。
機体の姿はモビルスーツと戦闘機の中間ともいえる姿をしており、同規格の機体との集団戦闘を想定したものと思われる。
最大の特徴はその機体との合体機能であり、最大10機と合体することで敵にこちらの数を誤認させるだけでなく、戦艦の主砲以上の火力のビームを発射させることもできる。
なお、合体に関しては下部のユニットで行われており、構造も単純であるためか短時間で合体・分離及びその後の戦闘復帰が可能となっている。
機体の上下は切り離しが可能で、下部はそのまま質量弾としての利用も可能となっている。


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第14話 引き裂かれる宇宙

アニメの宇宙戦艦ヤマト2199でのこの場面について、うろ覚えがあるため、終盤のとあるイベントを含めてあやふやなところがあります。
ここが違うぞ!!って思った人は、メッセージや感想で教えてください!!


-ヤマト 医務室周辺-

「包帯が足りない!!急いで持ってきてくれ!!」

「大丈夫だ。すぐに痛みは消える!!」

「佐渡先生!!来てくれ!!こいつ、出血がひどい!!」

医務室周辺に保安兵によって搬送された乗組員たちが運ばれており、原田と佐渡がけが人の治療を行っている。

未確認機による攻撃が続き、乗組員だけでなく、航空隊のけが人も来ており、医務室の中は既にいっぱいになっている。

そのため、廊下や開けた場所に即席ベッドを用意し、けが人を寝かせている。

「くぅ…こんなに入ってくるとは…!く…中村君、汗を!目に入ってしまう!!」

「は、はい!!」

少し癖のあるブラウンのミディアムヘアーで、ピンク色の制服を着た衛生兵の中村美代子二等兵が急いで佐渡の元へ向かい、彼の額の汗を白いタオルでふき取る。

原田の後輩であり、本来ならば佐渡のそばで治療の手伝いをする必要のある彼女だが、その彼女でさえ、負傷者の治療をしなければならず、現に彼女は急いで左腕を骨折した乗組員の元へ走っていった。

(どうにかせんとマズイ…。沖田艦長、この窮地をどうやって対処するんじゃ…??)

 

-ヤマト 応接室-

「一体、何が起こっているんだ…?」

状況がわからず、1人この部屋に待機させられることになったメルダは困惑する。

十数分前に大きな揺れが発生し、同時に警報音が響いた。

廊下は騒がしくなっており、外で機動兵器が戦闘を行う音が聞こえてくる。

そんな彼女のいる応接室にノーマルスーツに着替えた玲が入ってくる。

保安兵の指示で、彼らに銃は預けているため、今の彼女は無防備だ。

「外の状況はどうなっている!?」

「あなたたちが裏切ったせいで、こうなっているのよ!」

「何…!?」

メルダは玲の言っていることが理解できなかった。

有能で信義に熱いことで知られるラングがそのようなことをするはずがないと思ったからだ。

だからこそ、二等ガミラス人である彼に対して彼女は心から敬意を払い、服従している。

一つだけ心当たりがあるとしたら、実質的には目付け役として艦に乗っているネルゲだ。

「(まさか、奴が…!?)何かの間違いだ!ラング艦長がだまし討ちのようなことをするはずがない!私の誇りにかけてもいい!」

「黙れ!!」

玲はメルダに詰め寄り、彼女ともみあいになる。

メルダが床にあおむけで倒れ、彼女が持っている古代の銃を奪おうと手を伸ばす。

最初はそれを阻止しようと玲の右腕をつかんだメルダだが、ほんの一瞬だけ力を緩めた隙に玲は銃を奪い、それをメルダの額に突き付ける。

「約束が破綻した以上、もうお前は生かす理由はない!!」

ハアハアと息を整え、左手で胸ぐらをつかみながら玲は叫ぶ。

後は引き金を引くだけで、拳銃から発射されるビームで撃ち抜き、メルダを即死させることができる。

だが、息が整っていくうちに浮かんだ疑問と迷いが右手人差し指の動きを止める。

「なぜだ…?なぜ手加減をした?それに…」

あの時、玲がメルダに襲い掛かったとき、彼女の腰には古代の銃が入ったホルスターがあった。

使い方も古代から教えてもらっていて、やろうと思えばすぐに玲を撃つこともできたはずだ。

それに、もみ合いになったときも、急に力を抜いた。

兵士として訓練を受けているから、あの程度でスタミナ切れになるとは到底思えない。

「…古代一尉からの信頼を裏切ることになる。彼は敵である私のことを信頼してくれた。あの人を傷つけるようなことはしたくない…」

「私の家族を奪ったくせに…よくそんなことを!!」

古代の名前を口に出されたことが玲の怒りを増幅させ、同時に家族を奪ったガミラスへの復讐心を燃え上がらせる。

しかし、彼女が古代から信頼され、彼女もまたそんな古代に応えようとしていることを直感で理解してしまう。

様々な感情がサラダボールのようにグチャグチャと混ざっていき、無意識のうちに玲の目から涙がこぼれる。

「…なぜ、ためらう。私を敵だと思っているのなら、かまわず撃てばいい」

「言われなくても…!!」

「嘘だな…。自分の感情に嘘をつくな。みじめになる」

「く…ううう…!!」

撃てないという自分の感情を指摘されたことで、ようやく自分が泣いているということを自覚した玲は力なくメルダから離れ、銃を落とす。

(撃てるわけがない…。この銃は…古代戦術長の…)

落ちた銃を拾い、テーブルの上に置いたメルダは玲をじっと見る。

「それに、戦闘機乗りならば、決着をつける方法が別にあるだろう。最も、このままではヤマトが危ないだろうがな…」

メルダが言い終わると同時に、再び艦が揺れる。

その揺れが玲の思考を正常なものに戻した。

袖で強引に涙を拭いた玲はじっとメルダを見る。

「あなた…ガミラスの艦が逃げたのは間違いだと言ったわね…?」

「そうだ。私と私の先祖の誇りにかけて、私はラング艦長の潔白を信じる」

「なら…その証を見せて…」

「いいだろう」

 

-次元断層-

「くそ…ポジトロンカノンが!!」

上からの未確認機のビーム攻撃を受け、ポジトロンカノンの砲身が破壊され、それ専用のジェネレーターも損傷してしまう。

誘爆の危険性も考え、チトセの操作によってポジトロンカノンをパージする。

「気にするな!ヤマトの万能工作機なら、またポジトロンカノンを作ることができる!!グオッ…!っといっても、このピンチを脱したら、だけどな」

3機の未確認機が合体し、発射されたビーム砲で左足が蒸発してしまう。

反撃にレールガンを数発発射し、2機は撃破に成功するが、残る1機は分離して危機を脱してしまう。

「ヤマトより各機!これより、山本三尉のコスモゼロとディッツ少尉の戦闘機、ツヴァルケが発進する!!」

「何!?あの女も出撃するだと!?…!?クソッ!!」

機銃が弾切れになった加藤は古代の通信を聞き、困惑する。

この騒ぎに乗じて逃げ出そうとしているのではないか。

そう思った加藤だが、今の彼のコスモファルコンにはもう残弾がない。

「隊長、ヤマトに戻って弾薬の補給を!!ここは俺が支えます!!」

「小橋!?く…頼む!!」

戦闘機の訓練課程を修了したばかりのルーキーである小橋にその場を支える力はないが、ほかにもベテランである大工原や篠原と交代で出撃した田熊が近くにおり、いつでも彼の援護ができることからやむなくこの場を任せてヤマトへ帰投する。

格納庫からは赤いツヴェルケの発進準備が完了しており、乗っているメルダは通信を入れる。

「こちらはガミラス銀河方面第707航空隊所属、メルダ・ディッツ少尉だ。これより、そちらを援護する!なお、私が信じられないのなら、ためらいなく私を撃つがいい!」

「刹那さん…」

「ああ…」

メルダの通信を聞いたトビアと刹那は安堵の表情を見せる。

刹那の、彼の直感は間違っていなかった。

通信を終えたメルダに第一艦橋の古代からの通信が入る。

「古代一尉…」

「君の援護に心から感謝する。だから…必ず生きて戻ってくるんだ!」

「了解…!メルダ・ディッツ、ツヴァルケ、出撃する!!」

ツヴァルケが発進し、同時に専用カタパルトから発進した玲のコスモゼロと合流する。

「あなたを撃つ役は同じ戦闘機乗りの私がやる!」

「そうしてくれ…山本三尉」

短い通信ののち、2機は散開し、未確認機に向けてビームを発射する。

ヤマトに向けて発射された未確認機の下部パーツが次々と撃ち抜かれていき、ヤマトに接触することなく爆発する。

「…へっ、どうやら、俺の目は節穴だったってことだな」

メルダのあそこまで言い切った態度を見た、というよりも聞いた竜馬は心の中で彼女を疑ったことを詫び、ゲッターレザーで未確認機を引き裂く。

しかし、そんな彼のコックピットに警報音が響き渡る。

「何!?まさか…!!」

急いで後ろに振り返った竜馬だが、そこには3機が合体した未確認機がいて、既にビーム砲のチャージが完了していた。

修理不能のゲッター1にはエンゲラトゥスや冥王星、そしてこの次元断層での戦いのダメージが蓄積しており、装甲にもひびが入っている。

その中で、あの火力の攻撃を受けたらひとたまりもない。

「くそ…済まねえ、隼人、弁慶…ミチルさん…」

ここまでかと思い、自分のいた世界にいる仲間たちと死んでしまったとある女性の名前を口にする。

彼女はいま、竜馬が乗っているゲッター1と同じタイプのロボットの実験中の事故で死亡している。

その実験には竜馬と隼人も参加しており、その死は2人にとって、大きな心の傷となっている。

死んだら彼女に詫びに行くことができるのかと思ってしまい、彼の手が操縦桿から離れそうになる。

だが、彼を狙っていた未確認機は真下から放たれた炎に焼かれ、消滅する。

「あきらめるな、竜馬!!」

「鉄也…!?」

鉄也の言葉を聞き、竜馬の離れそうになっていた手に力が再び入る。

刃がボロボロになり、もはや斬るだけの力を失った最後のゲッタートマホークをヤマトへ向かおうとする1機に向けて投げつける。

トマホークの直撃を受けた未確認機は翼部のビームを1発発射した後で爆散した。

「へっ…まだやれるじゃねえか。ゲッター1…」

「竜馬、ハイパーハンマーを取りにヤマトへ戻れ!俺が持たせる!!」

「ちっ…さすがにゲッターレザーもやばいからな。頼むぜ、鉄也!!」

ゲッター1がヤマトへ戻っていき、追いかけようとする未確認機にグレートマジンガーがサンダーブレークを叩き込む。

(そうだ…お前を死なせはしない。それが…俺の記憶を取り戻すカギになるはずだ…!)

 

「く…!Iフィールドの冷却時間だ…!!」

未確認機のビームを受け止めたX3のIフィールドが冷却時間に入り、両手のそれが使えなくなるわずかなタイムラグを、前に出たスカルハートがビームシールドでカバーする。

「ここまでで撃破した奴らの数は28。だが、残り22…」

スカルハートのザンバスターの銃身は焼けており、ビーム・ザンバーの機能だけは維持できている。

X3もムラマサブラスターのビームサーベルのエネルギーが尽きてしまい、今はザンバスターで迎撃を行っている。

「トビア・アロナクス!キンケドゥ・ナウ!!ここは僕と刹那がカバーする!君たちは戻れ!」

トランザムを起動したラファエルガンダムとダブルオークアンタが2人のもとへ駆けつける。

「刹那!」

「了解、とどめは任せる!」

トランザムで上昇した機動力を利用して、刹那は未確認機の集団に飛び込んでいく。

集団の懐に入られたことで、近接攻撃手段を持たない未確認機はダブルオークアンタをビーム砲で迎撃するが、イノベイターであり、おまけにこれまで長い間戦い続けた彼にとって、そのビームを回避するのは容易なこと。

おまけにあえて自分への攻撃を誘い、後方にいる敵機へのフレンドリーファイアを起こさせるという芸当も見せている。

「チャージ完了、離脱しろ!!」

「了解!」

「GNビッグキャノン、最大出力!!」

刹那が離脱すると同時に、2門のGNビッグキャノンが火を噴く。

かつての彼の愛機であったセラヴィーガンダムを上回る圧倒的な火力が刹那に翻弄されていた未確認機を飲み込んでいく。

「すごい…」

「これが、刹那たちの世界のガンダム…。…穴から反応!?これは…!」

 

-ヤマト 第一艦橋-

「スカルハートより伝達!穴からガミラス艦…EX178が接近しているとのこと!」

「何!?彼らが…」

EX178の反応はヤマトも得ており、前方のモニターにはその艦と搭載機と思われるツヴァルケ数機が確認された。

そして、正面モニターにはラングの姿が映し出される。

「ヤマト、こちらはEX178。すまない、すべてはこちらの責任だ…。許されることではないが、心からお詫び申し上げる」

モニターに映るラングが堂々と彼らに頭を下げる。

彼の後ろには銃を突き付けられたネルゲの姿があった。

それを見た沖田は何が起こったのかを察する。

「状況が状況だ。事情があるのだろう。貴官が戻ってきてくれたのであれば、こちらからは何も言うことはない」

「寛大な対応に感謝する。これより、ヤマトの曳航を行う。その間、我が艦のツヴァルケが援護する」

 

-次元断層-

「ラング艦長!!」

EX178の反応を確認したメルダは彼が裏切っていなかったことを悟り、安堵の表情を見せる。

だが、戦場では些細なことであっても雑念を持つことは許されない。

わずかに動きが鈍った赤いツヴァルケに対して、未確認機が攻撃をしようとする。

だが、側面から襲い掛かるミサイルを受け、あっけなく撃破されてしまった。

「山本三尉…」

「今のはあなたへの詫びよ、メルダ少尉」

コスモゼロと赤いツヴァルケの上を数機のツヴァルケが飛行し、コスモファルコン隊のバックアップに入る。

「あいつら…」

自分たちを援護するツヴァルケを見た加藤は今起きている現実が現実に思えずにいた。

地球を滅ぼそうとした悪魔であり、自分たちを見捨てて逃げたはずの彼らが戻ってきて、自分たちを助けている。

(ガミラスは…悪魔じゃない。俺たちと同じ…なのか…?)

「こちらヤマト!機動部隊およびEX178所属機全機に告ぐ!これからヤマトはEX178の牽引により、次元断層を脱出する!これより帰投せよ!繰り返す、直ちに帰投せよ!」

古代からの通信により、加藤の思考が目の前の現実へと戻っていく。

既に未確認機を半分以上撃破し、さらにEX178が戻ってきたことでパワーバランスが逆転している。

だが、ヤマトが離脱する準備が整ったことで、もうこちらが戦う理由はない。

「了解だ!聞こえたかお前ら!コスモファルコン隊はモビルスーツたちの後で帰投する!各機、フラッシュバンの用意!!」

加藤の通信を受け、ソウジ達が次々と帰投していく。

生き残りの未確認機はヤマトを追いかけようとするが、コスモファルコンが発射したフラッシュバンの光に包まれ、身動きが止まる。

「敵の視界を封じたか…!最大戦速!次元断層を脱出するぞ!」

「き、貴様…!これは完全な利敵行為だぞ!?」

銃を突き付けられたネルゲは命令を出しているラングにかみつく。

ほかの場所で乗組員たちを拘束していたほかの親衛隊もすでにネルゲと同じように拘束されており、今彼らに従う者はいない。

「一時的とはいえ、同盟関係にある友軍に危機を招いた貴様こそ、罰を受けるべきだ。よって、お前とお前の部下は拘束させてもらった」

ガミラスの法律でも、同盟関係にある友軍に危機を招いた人物は外患罪の対象となる。

親衛隊の場合はある程度軍法裁判所では便宜を図ることができるものの、外患罪となると重罪で、よくて軍刑務所送り、悪くて親衛隊追放の上、懲罰部隊送りとなる。

「く…親衛隊である私に逆らうことは総統閣下への反逆だ…」

「私は総統閣下にも、軍法裁判所にも、自分のしたことを胸を張って報告するつもりだ」

「くっ…」

何も言い返すことができなくなったネルゲはそのまま独房まで拘束されていく。

「艦長、ディッツ少尉から通信。次元断層の脱出が完了するまで、使者としてヤマトと行動を共にする、とのことです」

「了解だ。ディッツ少尉には一度は見捨てて逃げてしまう形になって済まないと伝えてくれ」

「了解!」

 

-ヴァングレイ コックピット-

「うう…やれやれだぜ。もうこんな戦闘は御免だ!」

ヘルメットを脱いだソウジは深呼吸をし、シートにもたれる。

ポジトロンカノンと片足が破壊されたうえ、何度も被弾したことで装甲にもダメージが発生している。

「お疲れさん、お二人さん!むさくるしいおっさんがドリンクを持ってきましたぜ!」

コックピットを開けた榎本が水筒を2つソウジに渡し、あとはごゆっくり、と言ってからすぐに閉める。

チトセにそのうちの1つを渡し、もう1つのそれを口にする。

「ああー…生き返るぜ…。…うん?」

上を向いたソウジはチトセを見つめる。

受け取った水筒に口をつけておらず、小刻みにではあるが、彼女の体が震えていた。

(無理もないか…。今回はかなり命がけだったからな…)

未確認機の反応はなく、追ってくる気配はないが、機動部隊は引き続き、戦闘配置のまま待機が命じられている。

次元断層から脱出したとしても、そこからどうなるかは誰にもわからない。

EX178との同盟はあくまでここを脱出するときまでだからだ。

「チトセちゃん…。まぁ、気楽にいこうぜ?ここより辛気臭いところじゃあねえからさ。通常空間は」

「ソウジさん…私、私…」

震えが止まらないチトセの目から涙がこぼれる。

何度も被弾し、そのたびに揺れを感じたことで、死の恐怖を感じてしまったのだろう。

それに、彼女の階級はソウジと同じだが、実戦経験が少ない。

その分、ソウジと違ってそういう命がけの戦場というものに慣れていないのだろう。

メインパイロットシートの上に立ったソウジは泣いているチトセを抱きしめ、顔を自分の胸に押し付ける。

「ソウジ…さん…?」

「我慢しないで泣いていいぜ。ちょっとくらい、カッコつけさせてくれてもいいだろ?」

いつものように気楽な口調で頭をなでながらチトセに言う。

ソウジのその言葉で気が緩んだのか、チトセは大きな声で泣き始めた。

彼女が泣き止むまで、ソウジは何も言わずに胸を貸し続けた。

 

-???-

EX178にけん引されたヤマトが穴から出ると、そこには冷たい宇宙が広がっていた。

隕石が浮かぶ寂しげな空間だが、その黒々とした光景は今のヤマトの乗組員たちには安心感を与えてくれている。

「本艦は無事、通常空間に脱出!」

「やったぁ!!」

「僕たち、脱出できたんだね!!」

動かぬ大和の中で死の恐怖と戦っていた2人は宇宙に戻ることができた喜びを分かち合う。

そして、約束を果たしたEX178がけん引ビームを解除する。

(感謝しますぞ、ラング艦長…)

これで両者は約束を果たし、同盟関係は終わりを迎えることになる。

後ろにある穴もあと数分でふさがり、あそこで現れた未確認機と戦うことはもうないだろう。

これからどうなるかはわからないが、沖田は目の前にいる『同胞』に対して敬意を表し、敬礼した。

「ディッツ少尉に帰還命令」

「了解です。!?これは…待ってください!友軍艦隊がゲシュ=タム・アウト!」

「何!?」

2隻の戦艦の目の前に、ポルメリア級やデストリア級、メルトリア級で構成された数十隻の艦隊が現れ、中心には350メートルというヤマトを超える大きさを誇るガミラスの弩級戦艦、ガイデロール級航宙戦艦の1隻であるゲルガメッシュが存在する。

(まさかネルゲ…貴様!!)

ゲルガメッシュの艦長であり、この艦隊の司令官であるデスラーの腰巾着のグレムト・ゲール少将を呼び出すことができる人間として、ラングが思いつくことができるのは1人だけだった。

それらの反応はヤマトも拾っていた。

「ガミラス艦隊、ワープアウト!」

「やはり罠だったか!?」

あまりにもタイミングの良すぎる伏兵の登場で島のガミラスへの猜疑心が膨れ上がる。

「ゲール少将!テロンの艦とともにいる友軍機はディッツ提督のご令嬢とのことです!」

ゲルガメッシュの通信兵が艦長席にいるゲールに報告する。

「な…!?」

EX178に配属されていたことを知らないゲールは驚きを見せる。

メルダの父親、ガル・ディッツが大ガミラス帝国の航宙艦隊総司令であり、ゲールの上司に当たる人物だ。

軍人としての実績と評価が高く、ガミラス統一へ大きな貢献を果たしたこともあり、デスラーから厚い信頼を寄せられている。

しかし、自分こそがデスラー総統第一の中心と信じて疑わないゲールにとって、ディッツはあまりにも目障りな存在だ。

だからといって、撃っていい理由にはならず、撃ったら立場が悪くなるのはゲールの方だ。

「なお、EX178は射線上から動きません!」

「何ぃ…だったら構わん、撃て!!」

「な…味方もろとも撃てというのですか!?」

「この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかんのだ!!(ここで挽回しなければ、シュルツの失態で私の立場が…!)」

銀河方面作戦司令長官であるゲールの命令に逆らうことができず、艦隊がヤマトに向けて主砲からビームを発射する。

「敵艦隊からの攻撃、来ます!」

「くっそおおおおお!!!」

まだ波動エネルギーが回復しきれていないヤマトに動く力はない。

これまでかと思い、島は叫ぶ。

だが、島から見れば2度も裏切った艦であるEX178が動くことなく、ヤマトの盾となって砲撃を受けていた。

ビームがEX178の装甲をえぐり、更にミサイルがもろくなった装甲に突き刺さって、爆発と共に兵士たちを吹き飛ばし、宇宙へと吸いだしていく。

それはネルゲや親衛隊も例外ではなかった。

「ば、馬鹿な!?私まで…なぜだぁぁぁぁ!?!?」

独房に大穴が開き、ネルゲは自分たちにまで攻撃した艦隊へ怨嗟の声を上げながら暗い宇宙へと吹き飛ばされてしまった。

ミサイルの攻撃は艦橋にも届いており、負傷したラングが壁を支えにして起き上がる。

先ほどの攻撃で第一艦橋の乗組員のほとんどが死亡した。

ラングは何とかオペレーター席にある生きているコンソールを動かし、後方の状況を確認する。

自らが盾となっていることで、今のところはヤマトや赤いツヴァルケに攻撃は届いていない。

また、攻撃が来ることを念頭に置き、彼の指示で退艦した兵士たちのランチが今、ヤマトへと向かっている。

(沖田艦長…このようなことになって済まない。せめて…ほんのわずかでも時間は稼がせてもらう。これが…私にできるささやかな償いだ…)

「EX178が盾に…」

目の前で攻撃を受け続けるEX178を見た古代がつぶやく。

森が現在、沖田の指示でEX178に離脱するように通信を送ろうとするが、EX178が受けたダメージのせいで、もはやそれはできなくなっていた。

その代わりに、ヤマトのセンサーはEX178の乗組員のランチを確認する。

「艦長!EX178から脱出したランチが本艦へ!」

「うむ…これより…」

「ハッチを開け!これより我々は地球における国際法にのっとり、救出を行う!!…ですね?艦長」

「…うむ」

沖田が何をするかわかっていた古代の言葉に沖田はゆっくりと首を縦に振る。

「…艦長、航海長具申。救助活動中の国際信号を…」

「島君…」

森が心配そうに彼の名を呼ぶ。

迷いのある彼だが、1つだけわかっていることがあった。

「おぼれている人間を救うのは船乗りの義務…。俺の父さんが生きていたなら、絶対そうします…」

いまだにメルダの言っていた地球側からの先制攻撃という話は信用できない。

しかし、いわれもなくEX178を裏切者と思い込んでしまった償いを目の前でヤマトの盾になっている彼らにしたかった。

「…森船務長、救助活動中の国際信号を」

森の手でオープンチャンネルによって救助活動中の国際信号を流し、甲板部の兵士たちがランチに指示を出し、ハッチへと誘導を始めている。

これがガミラスに通用するかどうかは分からない。

だが、自分たちの同盟者の命を守るために、できる限りのことをしようとしている。

EX178の艦橋でランチがヤマトに回収されるのを見たラングは静かにヤマトへ感謝をする。

そして、EX178のダメージが動力部に達し、艦が大きな爆発を引き起こした。

「艦長…ラング艦長ー!!」

目の前で沈むEX178を見たメルダが悲鳴を上げる。

「艦長!ランチの収容、完了したとのことです!」

EX178から出たランチの数は1つ。

ほんのわずかでも、同盟者を、そして助けを求める人を救うことができたのがわずかな慰めだった。

「ディッツ少尉のツヴァルケを回収後、本艦は直ちに現宙域を離脱する!艦首、回頭!!」

ラングが作ったわずかな時間で、ヤマトはようやく航行能力を取り戻した。

武装の使用はできないが、ここから逃げることだけは可能となった。

「馬鹿な奴らめ!敵の盾になりおって…。ええい、ズピストの奴らを出せ!!」

八つ当たりまがいのゲールの命令により、ゲルガメッシュなどから木星帝国のモビルスーツ部隊が次々と出撃し、ヤマトへ向けて接近している。

「後方から熱源反応!例の未確認機が…!?」

「何!?」

更に閉じつつあった穴の中から未確認機が次々と出てきて、ヤマトに向けて接近する。

ラングが穴から離れた場所までけん引したおかげで、出てきた彼らに即攻撃されるという事態は避けられたものの、あとものの十数秒で攻撃範囲に入ってしまう。

「こんな時に…!」

「間に合わなかったか…」

逃げ道がふさがれ、更に挟み撃ちになったことで、ヤマトはもう進むことも引くこともできなくなった。

歴戦の将である沖田であっても、この状況を覆すすべを見いだせない。

機動兵器もコスモファルコン隊も、あの未確認機との戦闘で消耗し、傷ついていて、あの大軍を相手にする力がなかった。

諦めかけたその時、急に宇宙に歪みが発生し始める。

その歪みの影響か、ヤマトに迫っていたミサイルやビームが消滅していく。

「な、なんだ!?何が起きているんだ!?」

ゲールもこのようなことは想定外で、脂汗をたっぷりと流し始める。

「巨大な次元震が発生!震源は…次元断層とのこと!」

「くうう…EX178め!千載一遇のチャンスをつぶしおってぇ!!ええい、撤退だ!今すぐこの宙域からジャンプしろぉ!!」

「こんな不安定な状態では…!」

波動エネルギーによりワープは安定した宙域で行うことで、初めて目的地点まで正確に飛ぶことができる。

しかし、次元震によって歪んだ宇宙でそんなことをやると、目的地へ正確に飛ぶことができず、どこか見当違いな場所へ飛んでしまうことになる。

いや、『場所』だけであればまだいい。

最悪の場合は次元断層の中、もしくは鉄也や竜馬、刹那やティエリアのように別の平行世界へ飛んでしまう可能性も否定できない。

(だが…本当に次元震なのか…??)

揺れを感じる中で、真田はこの次元震の発生にどこか異常を感じられた。

確かにこのように次元断層と宇宙を繋ぐ穴が元に戻ろうとする影響でこのようなことが発生することがある。

しかし、ふさがろうとした穴の大きさを考えると、規模があまりにも大きすぎる。

そして、目の前に広がる宇宙に肉眼で見えるほどの大きな亀裂が発生している。

「総員、対ショック!衝撃に備えろ!!」

「宇宙が…割れる…!?」

伏せる直前に古代の目に映ったのはまるでガラスのように割れる宇宙であり、それと同時に激しい衝撃が襲い掛かる。

戦闘機での訓練中でも感じたことのない強烈なGを感じ、一瞬で彼の意識はブラックアウトした。

宇宙というのは人知を超えた存在であり、割れた宇宙はものの数分で元の姿に戻っていった。

しかし、その時にはヤマトも、未確認機も、ゲールの艦隊と木星帝国のモビルスーツの姿も消えてしまっていた。

 

-???-

「…ジ、さん…!!ソ…!!」

「ん、んん…」

ヴァングレイのコックピットの中で、突然起こった衝撃で意識を失ったソウジの耳に誰かの声がわずかだが聞こえてくる。

誰の声かわからないが、自分の名前を呼んでいることは確かだった。

(誰…だ…俺を呼んでいるのは…それに、この感触…何だ??)

ムニュ、と大きくて柔らかな、おまけに温かな感触が手に伝わり、声が聞こえるのも手伝ってゆっくりと目を開きながらその正体を見ようとする。

強い衝撃を受けたせいか、目の焦点が固定できず、視界がぼやけている。

「…さん!!ソウジさん!!」

「その…声…まさか…チトセちゃ…!?」

彼女の声が聞こえ、ようやく意識が覚醒したものの、ソウジの目には何か人の胸部が映っていた。

露出度の高いその服の構造はまさしく彼女の物であり、その服の中に右手が突っ込んでいる。

なぜいつの間に彼女の服装が元に戻っているのかわからないが…。

今の状況をようやく理解したソウジの血の気がサーッと引き、顔が青くなっていく。

「え、ええっと…チトセちゃん。じゃなかった、チトセ様。この状況はぁ…そのー…」

必死に言い訳を考えようとするあまり、手をどかすことをしっかり失念している。

顔を真っ赤にし、前とは違う理由で涙を浮かべる彼女は叫ぶ。

「ソウジさんの…バカぁーーーーーー!!!!!」

思いっきりビンタされたソウジは派手に吹き飛んでいき、バサァと砂浜に倒れる。

(砂浜…それにこの匂い…もしかして、海…?)

薄れゆく意識の中で、ソウジは目の前に広がる光景を見る。

それはガミラスによって失われ、自分たちが取り戻そうとしているものそのままの景色だ。

ついでに、先ほどじかにもんでしまった彼女の胸の感触も思い出しながら、再びソウジは意識を失ってしまった。

「まったく…それにしても…」

意識を失ったソウジもまた、チトセと同じくいつもの服に戻っている。

また、目の前に広がる海と砂浜、そして背後に見える緑の木々に彼女は驚きを隠せなかった。

(もしかしてここって…地球…??)




機体名:ツヴァルケ
正式名称:空間格闘戦闘機DWG262
建造:大ガミラス帝国
全長:15.58メートル
全幅:7.5メートル
武装:13ミリ機関砲×6、30ミリ機関砲×4、空対空ミサイル×6
主なパイロット:メルダ・ディッツ、大ガミラス帝国兵

大ガミラス帝国が長期にわたって運用している空間格闘型の戦闘機。
多数の武装を搭載しているため、重量はほかの戦闘機よりも高いものの、格闘性能・機動性も高いため、ベテランのパイロットからの信頼が厚い。
ただし、あくまで戦闘を主眼としたものであるため、航続距離と攻撃力ではゼードラーⅡ、地上への爆撃ではメランカといった、一定の役割に特化した機体と比較するとそれらには及ばない部分がある。
メルダが搭乗しているメランカについては彼女の要望で赤く塗装されており、本来はほかのガミラスの艦や航空機と同様、緑が基調の色彩となっている。


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第15話 新たな世界

それにして、デスティニープランって結局、どういうシステムだったんでしょうね…?
この小説ではサラッと流していますが、今でも疑問です。
何か知っている人がいたら、教えてください!
なお、ヤマトの世界と同じく、例のとある国々はボロボロです。
今回登場するある機械にはまたまたオリジナルな要素が若干含まれていますが、お付き合いください…!


-とある民家 居間-

「うまい…うまいぜ、こいつは!!タツさん、おかわりいいっすか!?」

「あ、私も私も!!」

「ハッハッハ!!そう思ってたくさん用意した甲斐があったってものさ。若いもんはやっぱり、たっぷり食べてたっぷり働かんとなぁ」

ちゃぶ台の上に置かれた空っぽのお茶碗2つに青いシャツと茶色いズボンを着た、恰幅の良い体つきの老人がごうかいに笑い、そばにある炊飯器のご飯を入れる。

彼はこの家の主人の神宮司辰ノ進と呼ばれる男性で、1週間前に趣味の釣りに行っていたときにちょうどそこにいたソウジとチトセを見つけ、2人はこうして居候させても立っている。

2人が財布や荷物らしいものを何一つ持っていなかったことから、人生に絶望して心中しようとした若夫婦に見えたのだろう。

それを裏付けるように、ソウジとチトセはご飯の食べに大騒ぎだ。

「うんまい!!特にこの納豆!!サイコーだぜ!!」

「スーパーで買った安物なんじゃがなぁ…」

「私はこの味噌汁が素敵だと思います!あ…ついでにこれのお代わりもお願いします!」

スーパーで買った、彼が住んでいる国が所有している食糧生産コロニー産の食材で作った料理で生まれて初めてこんなおいしいものを食べたようなリアクション。

これだと、そんな若夫婦だと本気で信じてしまう。

そんなてんわわんやな食事の時間は1時間で終わる。

「けど…ありがとうございます、タツさん。私たちを居候させてくれただけじゃなくて、こんなごちそうまで…」

「気にせんでくれ。40年近く連れ添ったカカァは一昨年おっ死んで、息子たちはみんな独立…。俺は定年退職して、気ままな一人暮らしのじじぃだ。何なら、ずっとここにいてもいいぞ?」

「そういうわけには…」

「っと、年寄りのたわごとは聞き流してくれ」

この家は元々、4人か5人の家族が暮らすことを前提としたつくりとなっていて、辰ノ進一人が暮らすにはあまりにも広すぎる場所だ。

それに、『ずっとここにいてもいい』という言葉はどうしてもたわごとのようには聞こえなかった。

「ただな…俺が心配なのはお前さんらのこれから先のことじゃ…」

これから先のこと、それはソウジもチトセも分からなかった。

次元震に巻き込まれ、ヤマトや仲間たちと離れ離れになり、気がついた時にはこのような平和な地球のような環境の場所。

仲間やヤマトの行方が分からず、これからどうすればよいのか、2人とも戸惑っている。

「ま…やりたいことが見つかるまで、ここにおればいい!あそこで会ったのは何かの縁じゃ!最後まで面倒を見させてくれよ!」

「ありがとうございます、タツさん。だったら、そのやりたいことを見つけねえと!」

立ち上がったソウジは壁にかけてある愛用のジャケットを着る。

「あ、ソウジさん!タツさんの手伝いを…!」

「片づけは俺1人でもできる。お前さんも、やりたいことを探しに行け。俺が保証人になってやるから…」

「タツさん…ありがとうございます!」

頭を下げたチトセは出ていったソウジを追いかけるように家を出ていく。

2人が出ていくと同時に、家からは頑張れよー!という辰ノ進の声が響き、ソウジ達の耳に届いた。

 

-ヌーベルトキオシティ 中央公園-

「…この1週間、図書館に通い詰めていろいろ調べたが…やっぱりここは地球みたいだな…」

ベンチに座ったソウジは1週間で集めた情報の整理をする。

少なくともここは地球であることは確かであり、辰ノ進と話せたこと、そして図書館にあった本や新聞の文字から言語はソウジ達の住んでいる地球と同じだ。

そのため、自分たちは刹那やティエリア、竜馬、鉄也と同じように別世界へ飛ばされたということになる。

そして、ここは東京のヌーベルトキオシティで、お台場を埋め立て工事などで増築し、更に再開発プロジェクトによって大きく発展した新興都市だ。

旋風寺コンツェルンという巨大複合企業のお膝元で、2代前の社長である旋風寺裕次郎が作った旋風寺鉄道が企業の母体となっている。

「知れば知るほど、俺たちの地球とは別物だってことを感じるな…」

「うん…」

ソウジの隣に座るチトセは何か思いつめた様子で、すっかりうつむいている。

彼が近くの自動販売機で買ってきた(お金は辰ノ進から当面の資金として少しだけもらっている)サイダーにも口をつけていない。

「竜馬や刹那達には同情したが、まさか俺たちも同じようなことになるなんてな…」

「ヤマトも、この世界に来てるのかしら…?」

「あれだけの大物だ。あんなのが急に現れたら、ビッグニュースだ」

ヤマトの戦艦としての性能と、そして何よりも波動エンジンの存在は、仮に大和が発見された場合、この世界では大きな衝撃を生むことになる。

しかし、図書館や辰ノ進のテレビのニュースを見ても、新聞や雑誌などで情報を集めても、ヤマトのヤの字も出てこなかった。

そうなると、ヤマトは自分たちとは別の世界に飛ばされた可能性が高い。

「情報が出ないとなると…飛ばされたのは俺たちだけ、なんてことも…」

「それにしても、この世界は平和ね」

公園で遊んでいる子供たちと彼らを見守る夫婦を見て、チトセは話題を変える。

ガミラスの攻撃のせいで、地球で暮らしている人々は地下都市に逃げ込むこととなり、このように青空の下で遊ぶなんてあたりまえの光景はなくなっていた。

チトセにとっては数年前まで当たり前だった光景であり、そのため今見ている光景があまりにも幸せそうに感じられた。

だが、この光景と平和がリンクするかと言えば、そうとも言えない面がある。

「数年前まで、大きな戦争があったみたいだがな。遺伝子を改造したコロニーの住民と地球連合との戦争、そのあとは暴走した軍部、アロウズとその反対勢力との戦い…。その合間には木星に移住した人間との戦争があった…」

ソウジの言う通り、数年前までは大きな戦争が続発した暗黒時代と言える頃であり、その影響が現在でも続いている。

 

3年前に地球連合軍が遺伝子改造によって強い肉体と高い頭脳を持った人類、コーディネイターが生み出した砂時計型次世代コロニーの集合体であるプラントの1つであり、農業用コロニーであるユニウスセブンに核ミサイル攻撃を行われ、多くの民間人が犠牲となったことがきっかけで、地球連合とプラントの義勇軍であるザフトによる全面戦争が始まった。

のちにこの攻撃が反プラント、反コーディネイター思想主義を掲げる環境保護団体であり、キリスト教やイスラム教の原理主義者が組み込まれたことで武装団体へと変貌を遂げたブルーコスモスの一員の暴走によって招いた結果であることが明らかになっている。

そのころの地球はロシア・中国を中心とした旧社会主義国家らの集合体である人類革新連盟とアメリカ、南米各国、オセアニアが中心となったユニオン、欧州・東欧・北欧といった旧EUを発展させた新ヨーロッパ共同体のAEU、そして日本と台湾、東南アジアと南アジア、西アジア諸国が加わった大規模なアジア共同体であるASAに永世中立国のスイスやオーブ首長国連合に南北に分かれたアフリカと言った数多くの共同体によってバラバラに分裂していた。

なお、ユニオン、AEU、人革連、ASAは宇宙で行われている太陽光発電で生まれた電力を地上へ送る軌道エレベーターを所持しており、タワー、ラ・トゥール、天柱、イザナギがそれらの名前だ。

特にユニオンや人革連、AEUは反目しあい、火種を抱えていることから中々連携することができず、おまけにザフトに関しては木星に移住した人々と同盟を結んだことで、戦局は圧倒的にザフト側に傾いていた。

なお、木星の人々は過去に地球から独立しようとしていた月の住民であり、それに激怒した当時の地球の政権によって火星へ、更に木星へと追放された人々の末裔であり、公式には全滅したとされていたが、木星で見つかった異星人のプラントで独立国家を作り、生き延びていた。

そして、自分たちを追い出した地球への憎しみから、異星人プラントにあった技術を元に大量の無人兵器や有人兵器を作り、利害が一致したプラントと同盟を結んで参戦した。

しかし、200年以上前に軌道エレベーターと宇宙太陽光発電システム、モビルスーツの母体となる人型マシンを発明した科学者であるイオリア・シュヘンベルグが作った私設武装組織であるソレスタルビーイングが武力介入を行い、その結果、各戦線の統合が始まった。

戦争そのものは地球連合軍の当時の実質的指導者であったアレハンドロ・コーナーがソレスタルビーイングによる攻撃で、そしてプラント指導者であるパトリック・ザラが第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦での第三勢力として参戦したオーブ軍による攻撃で死亡し、更に木連では月臣源一郎中佐による熱血クーデターによって当時の指導者である草壁春樹中将が失踪したことによって痛み分けの結果に終わった。

その直後に地球連合はソレスタルビーイングを壊滅させ、後顧の憂いを絶った。

だが、その後地球と和解した木連はともかくとして、プラントの地球への憎しみは根強く残り、今から1年前に再び戦争が勃発した。

だが、その戦争のさなかに当時のプラントの実質的指導者であるギルバート・デュランダル議長によって地球連合の主力であり、独立治安維持部隊であるアロウズがブルーコスモスの母体であり、戦争を生み出す死の商人であるロゴスの傀儡であることが暴露されたことで状況が一変した。

同時に、アロウズが独立治安維持部隊であることを名目として、反連邦組織や連邦非加盟国などに対して行った弾圧や虐殺を行い、その事実を隠ぺいしていたことまで暴露されたことで、地球連合では内乱が続発し、混乱状態となった。

更に地球連合との戦争終結後に人々の遺伝子を解析し、それぞれに適した役割を与えるという社会主義をさらに進めたような社会システムであるデスティニープランがデュランダルによって提唱され、さらに混乱の輪が広がった。

結果的にオーブと復活したソレスタルビーイングなどの活躍によって収束した。

デスティニープランを提唱したデュランダルも死亡し、そのプランも白紙に帰った。

だが、戦後は多くの国が経済・政治が混乱状態に陥った。

現在は戦後すぐに生まれたヴィグディス・ロビンソン地球連合大統領(先代であるジョセフ・コープランド大統領は戦時中、アルザッヘル基地でデスティニープラン反対表明をした直後、ザフトが奪取した反射衛星砲『レクイエム』による攻撃で死亡)が混乱の収束に手を尽くしている。

その原因はロゴスがデュランダルの言う『死の商人』があくまでその一部の側面に過ぎず、地球圏に存在するほぼ全ての国家と企業と関係を持っている、地球における資本主義社会を成り立たせる巨大な資本を持った、人類有史よりも前から存在したと思われる業界団体が実態だったからだ。

日本やオーブなど、ロゴスと関係を持っていない一部の国では大した混乱は怒らなかったが、関係を持っていた指導者や企業が民衆による魔女狩りまがいな暴動によってバタバラと倒れていき、それがその混乱につながっている。

日本の隣国である中国ではロゴスとウィンウィンな関係を作りすぎたために政権が崩壊し、軍閥による内戦が続発したことで総人口の6割以上が死亡したという恐ろしい報告まである。

おまけにその中のとある軍閥がその所領の住民を逃がさないために何をとち狂ったのか、海上に大量の機雷と潜水艦を設置し、更に逃げ出そうとする航空機や車両を撃ち落とすために部隊まで作ったという話まである。

あれほどの混乱の中で、日本に入ってくる中国人や朝鮮人が少ないことから、もしかしたらその話は真実かもしれないとささやかれている。

そのため、中国本土を出ることができるのはワイロを送ることのできる金持ちくらいだろう。

 

「それに、異星人の襲来まであった…」

1年前の戦争と同じ時期に、異星人ガイゾックが地球に襲来した。

人間爆弾作戦のような非人道的な、かつてのイスラム原理主義のテロリストがかわいく見えてしまうほどのおぞましい作戦を展開し、更に地球とプラントでの戦争もあって軍も対応しきれないこともあって、日本を中心に多くに人的被害をもたらした。

150年前に母星を滅ぼされ、地球に流れ着いたビアル星人が生み出した兵器、ザンボット3を所有するその異星人の末裔である神ファミリーと一部の地球連合の有志の協力によって現在は壊滅している。

「そして始祖連合国。社会構造まで違うときやがる…」

ソウジの言う特権階級とは始祖連合国という500年前に突然生まれた国々の共同体で、国交を全く結ばず、鎖国体制を築いており、これらの戦争ともロゴスとも無関係だ。

彼らはマナという特別な力を使うことができ、その力を巨大な軍事力としても転用可能であるということから、地球連合も手出しができない。

なお、始祖連合国については人口や位置などの情報をつかむことが今でもできておらず、宇宙からもその姿を確認できないことから、現在の世界地図には載っていない。

混乱や戦争があることから、この世界も必ずしも平和であるとは限らない。

「でも、地球は青いし、食べ物は自然素材。おまけに街には笑顔があふれてる…。1年後の滅亡を待つだけの地球とは全然違う…」

「おいおい、それをどうにかするために俺たちはヤマトに乗って旅だったんだろう?」

しかし、滅亡の危機に瀕した地球に住んでいたチトセにとって、この地球はそれでも平和そのもののように感じられた。

この光景は数年前に失ったものにチトセの目には映っている。

しかし、ソウジの目にはそれがこれから取り戻すべき光景とも映っていた。

「でも、それはもう…別の世界の話よ…」

「チトセちゃん…?」

「ヤマトからはぐれてしまった私たちにできることはない…。ヴァングレイもない…」

人類の希望であるヤマトがそばにあれば、チトセも奮い立つことができたかもしれない。

しかし、そのヤマトが今どこにあるのかわからず、更に愛機であるヴァングレイもない。

こうして図書館をあさることしかできない自分自身の無力さをこの1週間で嫌というほど感じていた。

それが彼女に1つの結論を与える。

「ねえ、ソウジさん…。この世界で生きていくことを考えましょう?」

チトセの言葉にソウジは沈黙する。

確かに、これからハローワークへ行けば、何かしらの職業に就くことができる。

図書館へ行く前に通りかかった際、瓜畑工場のアルバイトのや警察の警備用ロボットのパイロット、介護スタッフに会社の営業など、様々な募集がある。

辰ノ進が保証人になってくれるため、身分についてはたいして問題にならない。

どこか職を得て、このまま静かに暮らすこともできる。

きっとそれは、ヤマトを探すよりも簡単な話だろう。

「ソウジさんもそう思ってるから、タツさんに事実を話してないんでしょう?」

「それは…無用な混乱を防ぐためだ」

たとえ、事実を話したとしても、平行世界なんてものはこの世界ではおとぎ話のようなもので、信じてもらえないのが関の山だ。

仮に信じてもらえたとしても、それを証明する証拠がどこにもないし、助けてもらえることは何一つない。

それに、無関係である彼を巻き込んでしまう恐れもあった。

「職業は探せばどうにかなるし、タツさんも手伝ってくれる。頑張れば、この世界できっと…」

「じゃあ、ヤマトが見つかり、元の世界へ返れる可能性があるとしたら、チトセちゃんはどうするつもりだ?」

「それは…」

ソウジの質問に沈黙する。

その選択は自分たちのいた世界の地球を見捨てることを意味する。

そして、これまで地球を救うために共に戦った仲間たちを裏切ることになる。

そんな大きな選択をする覚悟が今のチトセにはあるのか。

チトセは迷う。

その迷いをあざ笑うかのように、近くで爆発が発生し、公園に揺れが発生する。

「な、なに!?」

「むこうだ、チトセちゃん!!」

「あれは…!!」

ソウジが指さした方向にある背中に扇状に6つ取り付けられた太鼓のようなパーツのある、赤い20メートルクラスの大きさの人型兵器が6機あった。

 

-ヌーベルトキオシティ-

6機の赤い人型兵器が胸部の装甲を展開し、ミサイルを前方にある大型の工場に向けて発射する。

ミサイルが工場やその付近の建物、路上などに着弾し、人々は逃げ惑う。

「何なんだ、あの兵器は!?街中でそんなものを…!!」

襲撃された工場である青戸工場の長である大阪次郎が従業員の避難誘導をしつつ、あの赤い人型兵器に悪態をつく。

「目標は前方の旋風寺重工の青戸工場!」

ロボットのパイロットが攻撃目標を再設定する。

旋風寺コンツェルンに入っている旋風寺重工に属している青戸工場は電車やロボット生産のための数多くの資材が備蓄されており、彼らの狙いはそれだった。

「あの工場の資材を奪って、ウォルフガング様のロボット開発の資金にしてやる!」

「あの野郎…街中でそんなもんを使いやがって…!!」

「町の人たちを殺す気なの!?」

まるで一般市民への被害お構いなしのテロリストのような暴挙に2人は怒りを見せる。

しかし、前述のとおり2人にはヴァングレイがなく、彼らに対抗できるロボットもない。

彼らを止めることができない。

しかし、ソウジはすぐに自分にできることを思い出す。

「チトセちゃん!市民の避難を誘導するぞ!」

「え…?」

「急げ!奴らはところかまわずぶっ放すぞ!」

あのミサイルによる攻撃が工場以外の物を巻き込むのは明白で、既に攻撃に巻き込まれてけがをする人が出ている。

まだ死者が出ていないだけでも奇跡に等しいあの攻撃をミサイルを装填した赤いロボットが再び行おうとしていた。

「…待って、ソウジさん!!何かが来る!!」

「何!?」

北から続く巨大な大通りを通って、青い電車が2台やってくる。

1台はソウジ達が知っている電車のように地上を走っているが、もう1台のそれはなんと飛行している。

そして、地上を走っていた電車が変形し、クロスボーン・ガンダムとほぼ同じくらいの大きさの人型兵器に変形し、その右手にはピストルを、左手にはナイフが握られている。

「電車がロボットに変形しちゃった…」

「こっちの世界には鉄道網が発達してるって聞いたが、こんなのもあるのかよ…」

この世界では石油などの化石燃料から軌道エレベーターによる太陽光発電によるエネルギーに主要エネルギーがシフトしている。

ただし、石油などが完全に使われなくなったわけではなく、タイヤやプラスチック製品などの商品に使われている。

その主要エネルギーのシフトは石油の生産・販売に経済を依存している中東諸国の反感を買い、10数年前の太陽光発電紛争へとつながっている。

「いくぞ、ガイン!!」

電車を模した航空機、マイトウィングに乗った、赤いジャケットとヘルメットを装備し、顔をフルフェイスの青いバイザーで隠したパイロットがボイスチェンジャーで男性であるのは分かるものの、少年とも成人ともとれる混ざり合った声で隣の人型兵器であるガインに話す。

「了解!」

ガインのツインアイのカメラが点滅し、マイトウィングのパイロットに人間に近い声で答える。

「人型ロボットに変形する電車だって!?」

「見たか、悪党!これが勇者特急隊のガインだ!」

「勇者特急隊だと…!?」

その名前を聞いたウォルフガングの部下たちに動揺が走る。

身元不明の得体のしれない部隊であるものの、 犯罪組織やテロ集団の活動阻止や、人命救助などを行う、まさに正義のヒーローチームだ。

「その通り!さあ、おとなしく武装解除をして、裁きを受けるんだ!」

「ロボットがしゃべった!?」

「ガインは超AIが搭載されている!その正義の心はだれにも負けない!」

「ぐうう…もしや、あれが噂の…」

彼が思いだした噂、それは正義の心を持つ、人格を持ったロボットだ。

そのロボットの性能は高く、ソレスタルビーイングが所有しているガンダムに匹敵するという。

現にそのロボットによって多くの悪党のロボットが倒され、警察に捕まっている。

「これは何としてもウォルフガング様に報告しなければ…!そして、このティーゲル5656こそが…ウォルフガング様が作るロボットこそが世界最強であることを証明しなければ!!」

ティーゲル5656がガインとマイトウィングに向きを変え、ミサイル攻撃を仕掛ける。

「外にいる人たちは屋内へ逃げろ!!ガイン!!」

「了解!ガインショット!!」

ガインが右手に持つ電車を模したピストルを発射し、マイトウィングが上空でバルカンを発射する。

ビームと実弾が2機に向けて放たれたミサイルを次々と撃ち抜き、破壊していく。

「こちらの勧告を無視するとは…!」

「やむを得ない、ガイン!目には目を、だ!」

「了解だ、舞人!世界の平和を乱す者は我々が相手になる!」

舞人と呼ばれたパイロットが乗るマイトウィングとガインはティーゲル5656に向けて突っ込んでいった。




機体名:ガイン
形式番号:なし
建造:不明
全高:15.0メートル
全備重量:26.2トン
武装:ガインショット、レスキューナイフ、ガインバスター×2、ガインアンカー
主なパイロット:なし(超AIにより自律行動)

勇者特急隊に所属するロボットの1機。
超AIによって人間と同じく考え判断することができ、更に会話も可能となっている。
また、電車形態「トレインモード」への変形が可能で、その場合の走行速度は時速160キロ以上。
武装としてはビーム兵器であるガインショットやガインバスターがあるが、街中では建物などの被害を避けるためにレスキューナイフによる接近戦が主体となることが多い。
なお、勇者特急隊という名前から、ほかにも同じタイプの超AIを搭載したロボットが存在する可能性がある。


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第16話 再会する希望の光

-ヌーベルトキオシティ-

「すごい…あの戦闘機とロボット…」

ソウジと共に避難誘導を行っているチトセは6機のティーゲル5656を相手に立ちまわる2機の動きに舌を巻く。

25メートル近い大きさを誇るそのロボットは電力を大量に使っているためか、かなりのパワーを誇っている。

15メートルクラスのガインでは当然、力比べでは勝てないし、そのうえ町への被害を考慮して、ガインショットなどのビーム兵器の使用が上空のミサイル迎撃を除いて制限されている。

そのためか、ガインはマイトウィングに牽制を任せて接近し、レスキューナイフをコックピットに突き刺すことで、爆発させることなく討ち取っている。

トビアがキンケドゥがやったように、脱出するよう促してからであるため、コックピットをつぶされたロボットのパイロットは逃げ出している。

「確かに町への被害を避けながらの戦いは見事だが、これじゃあまずいぜ…」

ティーゲル5656を2機戦闘不能に追い込んだガインだが、その時点でレスキューナイフには刃こぼれが生じている。

戦闘用というよりも救助用という意味合いが強いレスキューナイフでは限界がある。

「いいぞ、ガイン!この調子だ!!」

ガインのそばに来たマイトウィングからもう1本のレスキューナイフが投下され、ガインの手に渡る。

刃こぼれしたダガーナイフは投擲し、ティーゲル5656のメインカメラを破壊した。

「あわわわ!?カメラが…!これじゃあなにもできない!」

急にモニターがブラックアウトし、外の景色が見えなくなったウォルフガングの部下はコックピットを開き、外の様子を見る。

既にガインが目の前に接近しており、新しいレスキューナイフが握られていた。

「コックピットから出ろ!その機体を破壊する!!」

「ひ、ひいいいい!!!」

涙目になったウォルフガング部下だが、命は惜しいと飛び降りてしまい、レスキューナイフがコックピットを貫く。

後方からガインめがけてミサイルが飛んでくるが、それは上空のマイトウィングのバルカンが破壊した。

「いいアシストだ、舞人!」

「ガイン…無理はするな。俺たちの本当の力を見せる時まで」

「了解だ」

攻撃してきたロボットをしとめるため、ガインとマイトウィングが一度散開する。

ガインは位置を特定すると、トレインモードに変形してそこへ向かおうとしたが、その瞬間、その近くにビームが降ってくる。

あと数十センチ横にずれていたら当たっているほどの至近弾だ。

「ビーム兵器だと!?しかも上空から!」

再びロボットに切り替わったガインはガインショットを上空へ向ける。

そこには蜘蛛のような6本足のユニットが下半身に装着されたティーゲル5656の姿があった。

「なんだ、コイツは!?!?」

真上から落ちてきて、そのまま踏みつぶそうとしてくる。

あの重量で踏みつぶされてはひとたまりもないため、やむなくその場を離れる。

ほかのティーゲル5656をバルカンで攻撃していた舞人もその機体の姿が見えていた。

「舞人!何か奇妙な装備をしたロボットがいるぞ!」

「あれは、確かAEUのパティクラフト!!」

舞人は映像のみであるが、実際に見たことがあるそのユニットの正体に気付いた。

パティクラフトは太陽光紛争時代に開発されたモビルアーマーで、3年前のユニオン・AEU・人革連の合同軍事演習でもその存在が確認されているものだ。

その時は脱出装置を兼ねて、AEUイナクトが搭載されていた。

どのような形であるかは不明だが、ウォルフガングはパティクラフトのデータを入手し、ティーゲル5656の強化のために独自改良したものと考えられる。

まさかにイレギュラーに舞人は悩む。

こちらはほかのティーゲル5656への対処に精いっぱいで、あの機体を倒す場合はほかのティーゲル5656をしとめてから2機で、もしくはガイン単独で戦うことになる。

「(パティユニットを搭載したとなると、かなりパワーが増す。あいつがここにいてくれたら…)くっ…!」

悩みが操縦に影響を与えたためか、マイトウィングの動きが鈍くなり、ティーゲル5656のミサイルをかすめる。

ガインは町への被害を抑えつつ止めるために真下へ入り、そこから両足のガインバスターで貫こうとする。

ティーゲル5656の胴体を避けるように照準を固定したため、発射すればそのロボットの両腕もろともパティクラフトを無力化させることができる。

上空から攻撃という手もあるが、飛行能力のないガインにはできない相談だ。

「駄目だ、ガイン!!6本足から離れろ!!あれはプラズマフィールド付きだ!!」

ガインの様子を知った舞人は大声で通信を送るが、すでに手遅れだった。

パティユニットに搭載されているプラズマフィールドが起動し、ガインが高圧電流に飲み込まれる。

「うわあああ!!!」

「ガイーーーン!!」

高圧電流によってガインショットが爆発し、ガインも動けなくなる。

避難誘導を続けるソウジはその姿を見ていた。

「やばい…これじゃあ袋叩きだ!!」

あのパティユニット付きのティーゲル5656以外にも、舞人が撃破したものを除いて、あと2機残っている。

マイトウィング単機であの大物を相手にするのは無理だ。

「ソウジさん…私たちも逃げよう」

「何言ってんだ!まだ逃げ遅れている人がいる上に、ロボットも残ってるんだぞ!?」

「ほかの人に任せればいいじゃない!!」

辰ノ進に拾われてから、初めてチトセが声を上げる。

何もできないことが悔しいのか、拳にはすごく力がこもっており、泣くのを我慢している。

ここに来てソウジはようやく、チトセが軍人という前に1人の少女だということを理解した。

「だって、そうでしょう…。私たちには何の力もない。あの世界で軍人だったけど、この世界ではただの無職の居候…。だから…戦うのはほかの人に任せればいいのよ!!」

チトセの言葉を聞いたソウジは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

しかし、すぐにフッと笑い、穏やかな表情を見せる。

(そうだった…ヴァングレイで一緒に戦ってきたせいで忘れてた…)

トビアや刹那からニュータイプだと指摘された彼女だが、本来は戦う人間ではない。

すぐ感情が表に出るタイプだが、一途で一生懸命な、まるで昔なくした妹そっくりな性格の少女だ。

戦況の悪化と家族を失ったことがきっかけで軍人になったが、本来は戦うことに恐怖を覚えるのは当たり前だ。

そんな彼女を突き合わせる必要はない。

「付き合わせてごめんな、チトセちゃん。さ…君は逃げるんだ」

「だったら、ソウジさんも!」

「俺は…やっぱりこういう生き方しかできない…」

確かに今逃げている人たちと同じように、自分や家族、友人の命を優先するのは正しくて、そのことを考えると、チトセの言葉は正しい。

しかし、ソウジは正しいとはわかっているが、それに納得することができない。

ソウジにとっての正しい答えは別にある。

「たとえ、ここが平和な世界で俺がよそ者だとしても…いや、だからこそ、この平和を壊すような奴らを許すことができないのさ」

この1週間、この世界で生活して、ソウジは青い海と緑あふれる世界と平和のありがたさを改めて知った。

そして、それを守るために戦うのが軍人であることを再確認した。

地球連邦軍三尉の肩書はこの世界では意味がないのは分かっている。

しかし、ソウジにとってはそれは戦わない理由にならない。

着ているジャケットを右手でつかみ、何かに誓うように言葉を続ける。

「だから…俺は…」

「あなたは、そういう生き方を選ぶんですね」

「へっ…?」

急に10代前半の少女の声が聞こえ、びっくりした2人は声がした方向に目を向ける。

ガードレールにぶつかって、そのまま放置された車の上にはゴスロリ風の黒いワンピースを着た白い髪の少女が座っていた。

「ちょっと、何やってるの!?早く逃げなさい!!」

いつからその場所にいるのかわからなかったが、チトセはその少女に逃げるように促す。

しかし、彼女を無視するかのように少女はソウジに目を向け、話し続ける。

「不合理で非効率…。でも、あなたは面白いです」

「あのね、お嬢ちゃん。今はそんなことを言ってる場合じゃないの」

「理解してます。これでも空気は読めますから。大通りをあっちへまっすぐ進んでください」

少女は大通りの、それも舞人とガインが戦っている場所への方角を指さしていた。

しゃべっている間、彼女は表情を見せておらず、ずっとポーカーフェイスのままになっている。

「まぁよくわからんが、やるしかねえ!チトセちゃん、その子を連れて逃げろ!!」

「ソウジさん!!」

「俺は…生きてる限り、全力で生きてることを楽しむ!!」

チトセと少女に背を向け、ソウジは彼女がさした方向へ走っていく。

彼を止めようとジャケットをつかもうとしたチトセだが、するりと離れて行ってしまった。

その間にも人々は逃げており、そこに残っているのはチトセと少女の2人のみ。

「さあ、私たちも避難しましょう」

「何なの、あなたは!?あなたが余計なことを言うから、ソウジさんは…え??」

ソウジに避難を促さず、戦うよう仕向けた彼女を許せず、怒りをぶつけようとしたチトセだが、なぜか感じる違和感が怒りの熱を冷やしていく。

初対面であり、あったばかりのはずなのに、なぜか彼女と前から知り合いのような感じがしたのだ。

「どうしました?」

「いえ…なんでもない…」

どういうわけかわからず、困惑するチトセを見て、少女は車の上から降り、彼女の手を握る。

「行きましょう。あなたが怪我をしたら、あの人が悲しみます」

「え、ええ…」

 

-ヌーベルトキオシティ 大通り-

「うわっと!!来たのはいいが…こっからどうするか…!」

ミサイルの爆風で吹き飛ばされたソウジは起き上がると、周囲を見渡し、逃げ遅れた人がいないか探し始める。

チトセの言う通り、今の自分には戦う力がない。

しかし、人ひとりを救うだけの力はあると自負している。

その一人をおんぶし、ここから連れ出すことくらいはできるはずだ。

探している中、プラズマフィールドに苦しむガインの姿が目に入る。

「くそっ!あれをどうにかしねえと、戦場が広がっちまうぜ!…ん??」

南側を見ていたソウジの目に、こちらへ接近するロボットの影が見える。

右手の平で日光を遮り、注意深く見てみると、そのロボットの形がなぜか親しみのあるものに見えており、距離が縮まるほどその正体を確信していく。

奇妙な出会いと奇妙なAI、そしてチトセと二人三脚で動かした欠陥モビルスーツモドキ。

「ヴァングレイ!?なんでここに…!!」

パイロットが乗っていないヴァングレイがなぜ自分の居場所をつかみ、ここまでやってきたのかわからず、困惑するソウジの前で地上へ降りたヴァングレイはコックピットが開き、なかったはずの右腕を伸ばして、右手の平をソウジの前に置く。

「腕がある…しかも、ちょっと変わったか?」

ソウジの記憶にあるヴァングレイの最後の姿はポジトロンカノンを破壊され、装甲にダメージがあり、左足を失ったものだ。

しかし、目の前にいるヴァングレイはなかったはずの腕があり、おまけに左足と装甲が直っている。

ヤマトと合流して、そこで直してもらったのかと疑問に思うソウジだが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「よくわからんが、とりあえず頼むぜ、ヴァングレイ!!」

右手に飛び乗ると、ヴァングレイの手がコックピットのそばまで動き、ソウジは飛び乗る。

コックピットが閉まり、ソウジがメインパイロットシートに乗ると同時にヴァングレイは再び浮上した。

「よし、まずはあの特急ロボを助ける!」

「では、盾に内蔵されているビームサーベルを使用してください」

「ビームサーベル!?いつの間にそんなモンを…って、その声は!!」

ヴァングレイの中で聞こえた99の声を聞き、ソウジはハッとする。

この1週間はこの世界について知り、ヤマトを探すため、そして先ほどは避難誘導をしていたため、すっかり失念していたが、今聞こえるその声は先ほどあった少女のそれと同じだった。

「まさか、ヴァングレイを君が操縦していたのか!?」

「そういうわけではありません」

「じゃあ、どういう…って、今はそんなことを考えてる場合じゃねえ!!」

彼女の言う通りシールドのビームサーベルを引き抜いたソウジはパティクラフトを搭載したティーゲル5656に向けて接近する。

「なな、なんだ!?あの黒いロボットは!?」

「ただの…流れ者さ!!」

急に現れたイレギュラーに動揺した隙を突く形で、ヴァングレイのビームサーベルがティーゲル5656とパティクラフトを両断する。

プラズマフィールドが消え、自由になったガインは即座に両足のガインバスターを発射し、そのロボットの両腕を破壊した。

「なんだ、モビルスーツか!?」

ガインを救ったヴァングレイを見た舞人は驚きを見せる。

当然のことながら、そのロボットは今まで見たことがなく、彼が持っているデータバングにもその情報はない。

しかし、1つだけわかることがある。

「ガイン、あのモビルスーツと共闘するぞ」

「了解だ。だが、今のプラズマフィールドのせいでガインショットを失ってしまったうえ、動きもおかしい。舞人、フォローを厚めに頼む」

分かることはあのロボットも町を守るために戦っていることだ。

それだけがわかれば、共闘する理由になる。

「くっそーー!貴重な試作機をー!!お前ら、ミサイルであの黒いモビルスーツを撃ち落とせーーー!!」

脱出していたティーゲル5656のパイロットが通信機で命令を出すと同時に、2機のティーゲル5656がヴァングレイに向けて一斉にミサイルを発射する。

乗っている人間のことを考えないほど高い出力を誇るヴァングレイであれば、避けることができる。

しかし、それだと町が爆発でめちゃくちゃにされてしまう。

「く…ミサイルを破壊しねえと!!」

「バックパックにガトリングガンがあります。それを使ってください」

「ガトリング…よし!」

ビームサーベルをしまい、後方へ飛んで距離を取りながらバックパックのガトリングガンをポジトロンカノンと同じ要領で右腕に装着し、ミサイルに向けて発射する。

高速で連射される弾丸は次々とミサイルを撃ち落としていき、ミサイル発射のために動きを止めていたティーゲル5656の開いた胸部に吸い込まれるように命中する。

ただ、サブパイロットがいないため、照準補正が難しく、若干のぶれが生じている。

胸部に弾丸を受けたティーゲル5656にスパークが生じ、パイロットはジェネレーターの停止をさせないまま脱出してしまう。

「あとはまだ動いている1機を…」

「いや…!!」

ガトリングガンを戻したヴァングレイが加速し、スパークするティーゲル5656をつかみ、上昇を始める。

高い出力を持つヴァングレイであれば、自身よりも大型のロボットであるティーゲル5656をこうして運ぶことも可能だ。

しかし、放っておけば爆発するティーゲル5656をどうして上空へもっていくのか、99には理解できなかった。

「わかりません…。このまま放っておけばいいのに、どうしてこのような非効率なことを…?」

ヴァングレイのセンサーで周囲を確認し、近くに人がいないことは確認されている。

このまま爆発させても、人的被害は出ないはずだと彼女は分析している。

「いいか…99。俺たち軍人は人々を守る存在だ。だが、ただ守ればいいって話じゃない。その人たちの暮らし、当たり前のように流れる平和な時間を守らなくちゃいけない!だから、この街も俺たちの守る対象なのさ…ま、昔読んだ漫画の受け売りだけど…な!!」

上空へ放り投げたティーゲル5656に向けてビーム砲を連続発射する。

次々とビームを受けたティーゲル5656は上空で爆発し、消滅した。

「ぎぇぇ!?まさか、残ったのって俺だけ!?俺だけなのか!?」

最後に残ったティーゲル5656のパイロットは味方機の反応がないのを知り、パニックになる。

そのロボットを3機が包囲した。

「すぐにロボットから降り、投降しろ!これ以上の抵抗は無意味だ!」

「うぐぐ…こうなったらヤケクソだぁ!!」

ヤケになったパイロットは自爆コードの入力を始める。

残っているミサイルの数とエネルギー量を考えると、囲んでいる3機を損傷もしくは破壊して道連れにすることができる。

「く…この馬鹿野郎が!!」

「これで終わりだぁ!勇者特急隊ぃ…って、あれ??」

コードはすぐに入力し終えた。

しかし、同時に起動するであろう強制脱出プログラムは起動せず、おまけに自爆もしない。

「な、ななな、なんで、なんでなんだ!?なんで爆発しないんだ!?」

コードにミスがあったのかともう1度入力するが、やはりうんともすんともしない。

それだけでなく、コックピット内のモニターの映像も消えてしまった。

「え、ええええ!?」

「ふぅ…間一髪だな、ガイン」

「ああ。馬鹿なことを考えてくれる」

ティーゲル5656のバックパックにはガインのレスキューナイフが突き刺さっていた。

装甲の隙間を狙った一撃で搭載されていたジェネレーターが壊れ、エネルギー供給ができなくなってしまっていた。

そのせいで自爆することすらできなくなっていた。

「ふぅ…何とかなったな」

自爆しようとしていたときはさすがに驚いてしまい、冷や汗で手が濡れてしまっている。

この1週間でこのような汗をかいたことは一度もない。

そして、久々の戦闘のせいか疲れも感じていた。

だが、何か充実感に満たされていた。

「あとは警察に任せよう。いくぞ!」

「了解!」

ソウジらに背中を向け、2機のロボットがその場を離れようとする。

「おい、待ってくれよ!名前を聞かせてくれよ!!」

立ち去ろうとする2人を止めようと、ソウジは通信を送る。

これからどうなるかわからないが、一緒に戦った仲間の名前をどうしても覚えておきたかった。

「俺たちは勇者特急隊です。ご協力、ありがとうございます。流れ者さん」

「町を守ろうとするお前らのガッツにシビれただけさ」

「それが俺たちの務めですから。それでは、機会があったらまた会いましょう!」

そう言い残すと、彼らはヌーベルトキオシティを去っていく。

その2機の後姿を見たソウジは昔見ていたヒーロー番組を思い出していた。

「勇者特急隊…まさにヒーローだな」

「ヒーロー…軍人とは違うんですか?」

「そいつはちょっと説明が難しいな…。って君さ、さっきから一体何なんだよ?」

「何、と聞かれても困ります」

避難を済ませ、路地裏に隠れていた少女は通信機を使うことなく、チトセの前でまるで独り言のようにしゃべっていた。

その独り言がヴァングレイの通信機に聞こえている。

それだけでなく、彼女のゴーグルからヴァングレイに乗っているソウジの声が出ていた。

(あの子…もしかして、ソウジさんと話してる!?ゴーグルを通信機にして…)

「さてっと、じゃあヴァングレイをどこかに隠さないと…ん??」

このままヴァングレイを放置するのは危険であるため、隠せる場所を考えたソウジだが、考える時間がないことを告げるかのようにパトカーのサイレンの音が聞こえ、同時に8機の警察が所有しているロボットであるガバメントドッグがヴァングレイの前にやってくる。

それらに守られるように後方でパトカーが止まり、それに乗っている警察官がスピーカーを手にしてソウジに向けて呼びかける。

「そこのモビルスーツのパイロット!武器を捨てろ!!」

「へ…?」

「未登録の武装ロボットの使用は法律で禁止されている!おとなしく武器を捨てて、こちらの誘導に従え!」

「…だよな、個人でこんなロボットを持ってりゃ、そうなるよな…。でも、ヴァングレイはモビルスーツじゃないんだけどな。やれやれ、警察の世話になるなんて、平和な世界のヒーローってのは世知辛いな…」

ソウジは持っているレールガンとビームサーベルをその場に置かせると、サブパイロットシートに移動し、ビーム砲とミサイルポッド、そしてガトイングガンをパージする。

そして、ガバメントドッグの誘導に従う形で警察に連行されてしまった。

「ソウジさん!!そんな…ソウジさんが警察に捕まっちゃった…」

チトセは警察に捕まるソウジを見守ることしかできなかった。

 

-警察署 応接室-

「ニュースをお伝えします。昨日のお昼頃、ヌーベルトキオシティの青戸工場が未登録ロボットによる襲撃を受けました。ロボットは無力化されましたが、その戦闘中に襲撃していたロボットとは別の未登録ロボットに乗っていた、住所不定無職の叢雲総司容疑者23歳を武装ロボット登録法違反により逮捕、拘束しました。現在、警察では本人の事情聴取を行っています」

「まったく、住所不定無職ってテレビで公に言われるなんてな…」

「文句が多い男だな。ちょっと前は取調室が汚いだのかつ丼の量が少ないだの言っていたのに、まだ言い足りないのか?」

テレビを消したヌーベルトキオシティ警察署の警部である小沢昭一郎はため息をつく。

逮捕後、彼から事情聴取を行ったが、そこでもいろいろ文句を言われており、そのせいか少し疲れを見せている。

取り調べは夜まで続き、結局ソウジは家に帰ることができず、留置所で一晩過ごすことになった。

「いや、刑事さんには感謝しているさ。かつ丼おごってくれたからな。しかも大盛りで」

「襲撃しているロボットから工場を救ったことは分かっている。目撃者もいるからな。これはヌーベルトキオ警察署きっての敏腕警部である小沢昭一郎の個人的な感謝のしるしだ。だが…」

「武装ロボット登録法違反は見逃せない…と。お堅いなぁ」

武装ロボット登録法の内容は小沢本人から説明を受けている。

やはり武装しているということもあってか、それについてはかなり厳重な取り締まりが行われており、10年以上の懲役、または無期懲役、最悪の場合は死刑もあり得るほどの厳重な法律で、たいていの場合は実刑判決ということになる。

「当然だ。最近ではそういうロボットで悪事を働くような輩が多い。で…そろそろ真実を話してくれないか?」

昨日の取り調べで、ソウジはヴァングレイ及びソウジ自身の正体について追及されたものの、黙秘もしくはのらりくらりとかわしてきた。

ヴァングレイは海で拾った、もしくは月で発掘しただの言ったし、自身については通りすがりのパイロットとかロボット操縦が趣味のニートとも供述した。

当然、それを小沢が信じるわけもなく、そのことはソウジ本人も分かっている。

(俺としても、本当のことを言いたいが、別世界から来たなんて信じてくれるわけでもなさそうだし、証明する手立てもないからな。面倒事も避けたいしな…)

「これだけ言っても、駄目か…」

「職務熱心なんだな、警部さんは」

「言っただろう、俺は敏腕警部だと。…まぁいい。そろそろ来る時間だが…」

納得のいかない表情を浮かべながら、小沢は腕時計を見る。

時刻は午前9時半で、約束の時間が来ている。

「え…そろそろ来る時間って、もしかしてチトセちゃんかタツさんが…」

「失礼します」

誰が来るのか予想するのと同時にノックの音がし、ドアが開くとそこにはスーツ姿の男性とチトセ、そして辰ノ進の姿があった。

「お、チトセちゃんにタツさん!ん…?この人は…」

2人が来るというところまでは予想できたものの、スーツ姿の男については面識がなく、だれなのかソウジにはわからなかった。

「お待たせしました、叢雲さん。遅れて申し訳ありません」

「へ…?どちら様?」

「何言ってるのよ、ソウジさん!旋風寺コンツェルンの青木さんよ!」

「チトセちゃん…?あ、あああ…お騒がせしました、青木…さん…」

チトセの言葉で少しは察することができたソウジは青木に挨拶をする。

そして、3人に送れるように大阪もやってきて、小沢に事情を説明する。

「なるほど…ヴァングレイは旋風寺重工が極秘裏に開発していた新型機で、それゆえに登録が遅れてしまったと。まぁ、そういうことは確かにありますが…」

小沢の言う通り、新型の武装ロボットを極秘で開発する企業は存在する。

特に軍と関係にある大企業に多い傾向があり、それは登録によって情報が漏えいし、悪党やライバル企業に奪取されてしまう可能性があるため、自衛として極秘に開発し、完成した後で登録してすぐに納品するという形をとっている。

「実弾の所持に関しては、こういうタイプの機体ですから、奪いにやってくる輩もいますので、いざというときの自衛として所持させていました。そして、青戸工場を襲撃されたので、こちらが要請して守備に当たってもらったのです」

「なるほど…事情は分かりました。しかし、車両づくりがメインのはずの旋風寺重工がまさかこのようなモビルスーツを作っていたとは…」

(だから、ヴァングレイはモビルスーツじゃないって…)

旋風寺重工は青木の言う通り、創業してからずっと車両づくりをやってきていて、このような兵器とは縁遠い仕事をしてきた。

といっても、その技術を兵器づくりに転用することは可能であり、決して珍しいことではない。

特に3年間の戦争によってモビルスーツを中心とした武装ロボットの数が爆発的に増えたうえ、民間でそれを保持するケースも出てきている。

そして、その武装ロボットを利用した犯罪が世界中で起こっている。

そのため、武装ロボット登録法ができた。

「まぁ、こちらにもいろいろと事情がありますからね」

「わかりました。所属がはっきりしているのであれば、市民の協力者でありますので、我々としても歓迎しますよ」

「ってことは、俺はこれで釈放ってことでいいんスね?」

「そういうことになるな。二度と警察の世話にならないでくれよ」

「いろいろとご迷惑をおかけしました」

笑みを浮かべ、敬礼したソウジを見た後で、小沢は釈放手続きのために応接室を後にする。

ドアが閉じ、彼が離れて行って外に聞こえる心配がなくなった後でソウジはチトセに尋ねる。

「ねえ、チトセちゃん。これ、どゆこと?」

「タツさんが助けてくれたの」

「大変だったな、ソウジ君。しかし驚いたよ。まさかモビルスーツを持っていたとは…」

「いや、タツさん。あれはモビルスーツじゃ…ああ、もういい」

元々の世界でも、ヴァングレイは構造がモビルスーツに近いことからモビルスーツモドキと呼ばれることが多かった。

それはこちらの世界でも変わりない。

モビルスーツとかかわりのある世界にいる限り、こういうモビルスーツモドキの名前が一生ついて回るだろうと思えた。

「でも、タツさん。どうしてここに…?」

「チトセちゃんから連絡を受けて、すぐにヌーベルトキオシティまで来たのさ」

「君にはお礼を言わせてもらうよ。おかげで我が旋風寺重工青戸工場への被害が最小限に抑えられたのだからね。私は工場長の大阪次郎だ」

「ちなみに、俺はその先代というわけさ」

「タツさんから話を聞いた私はすぐに親会社の旋風寺コンツェルンの社長と連絡して、君の釈放手続きを取ったのさ」

「そのために派遣されたのは私です。旋風寺家の執事を務める青木圭一郎と申します」

「ああ、ども…。聞いてるかもしれないスけど、叢雲総司です…」

旋風寺コンツェルンに助けられたということになるが、分からないところがいくつもあった。

そういうことであれば工場長本人が来ればいいだけの話なのに、なぜここで執事である青木まで来ているのか?

そして、わざわざ旋風寺重工の新型機とうそをついたのはなぜか?

他にもわからないところがあるが、少なくともこのままでは帰れないということだけは分かる。

「叢雲さん。これから私についてきていただけないでしょうか?旋風寺コンツェルン社長の旋風寺がぜひともあなたにお会いしたいとのことですので。貴方の正体についても、興味があるようですし…」

「正体…か…」

本当であれば、先ほどの小沢同様に煙巻くことにしたいが、彼らには助けられたという借りがある。

旋風寺重工と掛け合ってくれた辰ノ進と釈放に尽力してくれた旋風寺という社長に対して。

そんな彼らに嘘をつくのはソウジの信条に反することだ。

「もう…言い逃れできないな…。わかりました、青木さん。その社長さんの前ですべてを話しましょう」

「いいの、ソウジさん?」

「ヴァングレイを出しちまった以上、どうしようもないだろ?それに、助けられた恩を返さないとな。あ…そういえば、あの女の子はどうした?」

「え?ええっと、それがソウジさんが捕まった後、いなくなっちゃって…」

「そうか…」

「ソウジさん、あの子って…」

チトセもヴァングレイに乗っていたときに聞こえた99の声を思い出し、それとあの少女の声が同じであることに気付いた。

しかし、色素が薄いとはいえ、人間にしか見えない彼女が99とどういう関係があるのか全く分からない。

実際、チトセは彼女の手を握ったとき、体温と柔らかさを感じており、義肢に利用されているフィルムスキンでないのは明確だ。

ヴァングレイをヌーベルトキオシティまで飛ばしたのかという質問についても一部否定している。

「…ま、考えても仕方ないな。まずはその旋風寺の社長さんのところまでいかねえと。それに、もしかしたら、またどこかで会えるかもしれないからな…」

「どうして…?」

「俺の勘さ」

 

 




機体名:ヴァングレイ改
形式番号:AAMS-P01
建造:?
全高:16.4メートル
全備重量:28.6トン
武装:電磁加速砲「月光」、可変速粒子砲「旋風」×2、空間制圧用大型機関砲「春雨」、多連装型ミサイルポッド「鎌鼬」×2、脚部ミサイルポッド×2、小型シールド、サブアーム×4、ビームサーベル×6
主なパイロット:叢雲総司

次元断層における未確認機との戦闘で損傷したヴァングレイがソウジ達が飛ばされた世界で改修されたもの。
近接戦闘時の脆弱性が露見したことから、シールドなどにビームサーベルが追加で装備されており、サブアームを利用することで六刀流の変則的な行動も可能となっている(ただし、サブアームを動かすサブパイロットがいることが前提で)。
また、破壊されてしまったポジトロンカノンの代わりとしてどこかで調達したガトリング砲である空間制圧用大型機関砲「春雨」が搭載されており、火力に関しては低下してしまったが、利便性に関しては向上している。
なお、形式番号及びサブパイロットの搭乗が前提であることには変化がなく、改修の際にその点は検討されたのか、それともそもそも検討されてないのかは不明。


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第17話 ヒーロー見参

-旋風寺コンツェルン本社ビル 社長室-

「こちらに、社長の旋風寺がおります。失礼します」

部屋の中にいると思われる彼に声をかけた後で、青木たちは社長室に入る。

さすがは大企業というだけあって、大きな社長室になっており、少しセッティングをすればパーティーを開けるくらいだ。

天文学的な資産を所有しており、業績を去年の3倍にまで拡大させるほどの手腕を誇るやり手の社長の姿をソウジとチトセは想像する。

(こんだけ稼ぐんだ。きっと、小太りのおっさんがやってんだろうな…)

(やり手としたら、もしかして沖田艦長みたいな…)

年齢の違いはあるものの、ある程度歳を食っている男性が社長を務めているという認識ではどちらも一致している。

社長室の一番奥には日光のせいでよく見えないが、確かに誰かが椅子に座っている。

おそらく、その人物が例の社長だろう。

「舞人様、例の人物をお連れしました」

「ありがとう、青木さん」

声を聞いたソウジとチトセは何か違和感を感じた。

2人が想像した人物と比較すると、その人物の声があまりにも若々しいからだ。

良くて20代くらいの若者で、下手をすると高校生と予想できてしまうほどの。

雲にさえぎられたことで日光が遮断され、その正体が明らかになる。

「初めまして。旋風寺舞人です」

そこにいたのは青い髪の高校生だった。

いい意味で期待を裏切られたソウジとチトセは驚きを隠せない。

「若い…!」

「まぁ、誰もが驚くわな」

辰ノ進には2人の反応が当然のように感じられた。

彼本人も旋風寺コンツェルン社長として舞人をテレビで見た際、あまりにも若すぎる彼にできるのかと不安を覚えたことがある。

しかし、この1年の驚異的な業績アップの結果を見て、見事にその不安は吹き飛んだのだが。

「青戸工場先代工場長の神宮司さんですね。お元気そうで何よりです」

「ありがとうございます、社長。一従業員である私のことを覚えておいでになるとは…」

辰ノ進は自分のことを舞人が覚えていてくれていたことに驚いていた。

舞人とは半年前に行われた青戸工場OBの同窓会の社長あいさつの時に会っただけだ。

それ以降はテレビやネット、新聞などのメディアでしか見たことのない、まさに雲の上の人物だ。

「何をおっしゃるんですか。社員はすべて、旋風寺コンツェルンの宝です」

「ナイスガイだ…」

キザなセリフを何の屈託もなく口にする彼にびっくりしつつ、ソウジはなぜか昨日一緒に戦った彼のことを思い出してしまう。

彼もまた、目の前の舞人と同じようにこのようなキザなセリフを口にしていた。

だが、その彼と舞人とではあまりにも声が違いすぎて、とても同一人物とは思えない。

「ただのナイスガイではありませんよ。キャッチフレーズは嵐を呼ぶナイスガイです」

社長室に入ってきた赤髪の女性がフォローを入れると、舞人に書類を手渡す。

「フォローありがとう、いずみさん。この書類は…」

「例のものです。ご用が済み次第、確認してください」

「…わかりました」

「申し遅れました。私は社長秘書の松原いずみです。よろしくお願いします」

「世界有数の金持ちの少年社長にロマンスグレーの執事、おまけに美人秘書。マンガだけの存在かと思ったけど、実在するなんて…」

3人を見たチトセは目の前の光景があまりにも現実離れしているように見えた。

自分たちがいた世界でそんなのがいたら、すぐにメディア注目の的になる。

ふと、聞きたかった疑問を思い出したソウジは落ち着きを取り戻し、本題に入る。

「で、その社長さんが俺の身元引受人になったのは、ヴァングレイが気になったためでございましょうか?」

わざとらしく恭しい口調で舞人に質問する。

「そうかしこまらないで下さいよ。昨日一緒に戦った仲ではありませんか…『流れ者さん』」

机の収納スペースから小さなバッジを取り出し、それを口に近づけた舞人の声が変化する。

その声はまさしく、ソウジが昨日聞いた、マイトウィングのパイロットの声そのものだった。

「ボイスチェンジャー…まさか!!」

「そのまさかです。俺は勇者特急隊の隊長でもあるんです。叢雲さん…いや、ソウジさんと呼ばせていただきます」

もうびっくりすることに疲れてしまったソウジはもう笑うしかなかった。

昨日一緒に街を守るために戦ったあの人物が実は世界有数の金持ちで、おまけに大企業である旋風寺コンツェルン社長であり、高校生だなんて、きっと何も知らない人に言ったとしても、笑われるだけだろう。

ソウジ自身も、きっと同じことを言われたら、まともに相手をすることはないと思っている。

しかし、現実として自分がそのような経験をしてしまった。

本当に現実は小説よりも奇妙だと改めて実感した。

「あなたの身元引受人になったのは、昨日のお礼を言うためです。町を…青戸工場を守っていただき、ありがとうございます」

「当然のことをしたまでだ。君と同じさ」

「さすがです。俺が見込んだ通りのナイスガイだ」

「舞人!!すごいよ、あのヴァングレイっていうモビルスーツ!!」

ノックもせずに、社長室に黄色い長そでにシャツ姿で黒いミディアムヘアーの舞人とほぼ同じくらいの身長の少年が入ってくる。

彼はソウジたち客人の姿を見た瞬間、固まってしまった。

「す、すみません!お邪魔してしまって…」

「かまわないよ。紹介します、俺の親友の浜田光彦君です」

浜田に代わり、舞人が彼を紹介する。

もう突っ込むのに疲れてしまったのか、ソウジはヴァングレイはモビルスーツじゃないということをもう言う気になれなかった。

「浜田です。よろしくお願いします。叢雲さん…ヴァングレイっていうモビルスーツのことなんですが、あれってもしかして地球外の文明のものではないですか?」

ヴァングレイについて、詳しく知らないソウジはその浜田の指摘に対して答えることができなかった。

そして、同時に彼の着眼点に感心していた。

ソウジはあくまでヴァングレイを地球の技術のみを使って作ったロボットという認識にとどまっており、地球外の文明というのを考えてもいなかった。

ソウジたちの世界で地球外文明といえば、イスカンダルとガミラスくらいしかないため、考えられなくても仕方がないのだが。

「ああ…地球外と決めつけるのは早いですね。先史文明のロストテクノロジーと現行の技術の融合という線も考えられます。既存の技術との互換性があるにもかかわらず、少し距離が感じられますから…」

「浜田君は勇者特急隊計画の一員で、メカニックデザイナーも務めているんです。ですから、ヴァングレイのことがどうしても気になってしまったみたいで…」

目を輝かせながらヴァングレイについての持論を展開する浜田にフォローを入れる舞人。

ソウジにはヤマトでは一番のインテリと思われる真田とは全く異なる目線で独自の答えを出した浜田が天才に思えた。

「少年社長の親友は天才メカデザイナーか…。もう、ごまかせないみたいだな」

「ソウジさん…」

ソウジがこれから何を話すのか、チトセには理解できた。

このことは本社ビルにつく前からすでに決めていたことだが、いざ彼がそのことを話すとなると、どうしてもチトセは不安を覚えてしまう。

そんな彼女を安心させるため、ソウジは彼女の肩に手を置く。

「大丈夫だ、チトセちゃん。この人たちは信用できる。おまけに身分を隠して正義の味方をやっているんだ。これ以上ないほどの身元引受人だぜ。ま、俺の直感だけどな」

「直感…」

直感という言葉がチトセの心に重くのしかかる。

本来ならばニュータイプである彼女がその直感を大事にしなければならないはずなのだが、今ではソウジがその直感に対して素直に信じることができている。

ソウジに隠れて、キンケドゥやトビアに彼がニュータイプの可能性があるか聞いたことがある。

その結果、彼らから見てもソウジはニュータイプとしての素質がないことが分かった。

しかし、いまのチトセにはソウジが自分以上のニュータイプに見えて仕方がなかった。

「では…話して…!?」

急に社長室に警報音が響き渡る。

舞人は机上のノートパソコンを開くと、それにはヌーベルトキオシティに昨日交戦した大型ロボットと同じタイプのロボット数機が現れ、攻撃を行っている光景が映し出されていた。

警察が出動させたガバメントドッグはもうほとんど撃破されている。

戦争によって、世界情勢が不安定になった影響で日本でも軍事費拡大が続いている。

武装ロボット対策として、警察にも予算が回されることになったものの、それでもモビルスーツ部隊を多数作るには予算が足りず、このように警察が独自に開発したガバメントドッグが使われるのがほとんどだ。

日本独自の機動兵器としてはエステバリスというネルガル重工製のものがある。

しかし、操縦系統がモビルスーツ以上に複雑なために体内にナノマシンを打ち込むことで機械とのリンクを可能にし、頭でイメージした通りに動かすことが出来るIFSの使用が必須となっている。

そのうえ、ナノマシン処理中は精神的に不安定になりやすく、そうなると幻覚や幻聴を伴い暴走してしまうというリスクがある。

実際、3年前の木連との戦争中、とあるオネエ口調の地球連合軍高官が自暴自棄となったままIFSを自身に打ち込み、その影響で精神不安定となった上に幻視や幻聴を引き起こしてしまって事故死してしまう事件が起こっている。

その一件のためか、地球連合軍は訓練時間をさほど必要としていないものの、このようなリスクのあるIFSとそれの搭載を前提としたエステバリスの採用に難色を示しており、その影響が日本にも及んでいる。

遺伝子調整された人類であるコーディネイターの存在も、IFSへのマイナスイメージを加速させることにつながっており、結局エステバリスよりも高価で大型なモビルスーツか自力開発したガバメントドッグを採用することになった。

なお、IFSのようなナノマシンについてはプラントや火星、木星ではそれほど忌避されるものではない。

特にナノマシンによるテラフォーミングで移住が可能となった火星では重機などを使用する際にIFSが使われるなど、日常的なものとなっている。

「昨日の奴らの仲間か!」

「くそっ!せっかく衝撃の真実を語ろうってしてたのによぉ!」

「ソウジさん…その話は夕食の時にゆっくり聞かせてもらいます」

立ち上がった舞人はドアへ向かって走っていく。

「お、おい!!どこへ行くんだよ!?」

「ここはヒーローの出番です!いくぞ、勇者特急隊、出動だ!」

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション付近-

「うわあああ!?!?」

「くっそぉ!奴ら、ここまで!?」

ティーゲル5656のミサイル攻撃を受けたガバメントドッグが次々と撃破されていく。

現場に駆けつけていた小沢はこの一方的な状況に唇をかむ。

「くそ…テロリストめ!!ジンクスⅢはどうなっている!?」

「まだ、会議が終わるまで時間がかかると…」

「く…犯罪者は待ってくれないんだぞ!?」

ヌーベルトキオシティ警察には、ガバメントドッグのほかにも、3機だけだがジンクスⅢが保管されている。

かつて、ソレスタルビーイング討滅のために開発された疑似太陽炉搭載型モビルスーツ、GN-Xの発展型だ。

1年前のアロウズ解体と地球での混乱がきっかけで行われた地球連合軍再編計画の中で、新型量産機が開発されることにより、旧型化したジンクスⅢの多くは後方に下げられることとなり、このように武装ロボットを使う犯罪者集団を取り締まる警察などに回されることになった。

コストとパイロットの安全を優先したガバメントドッグよりもはるかに性能は上だが、モビルスーツのような高価な兵器を持つとなると、それだけで膨大な維持費がかかる。

そのため、緊急事態でなおかつ上層部からの許可が下りなければ、モビルスーツを使うことができない。

こうして待っている間にも、ガバメントドッグは全滅し、5機のティーゲル5656が前進する。

その中心のティーゲル5656は両腕をドリルに換装し、両肩に展開型の球体センサーを追加装備した上に頭部が大型のビーム砲になっているあまりにも奇抜な姿だった。

「もう青戸工場を襲うなどというみみっちい真似はやめた!一気にメガロステーションを落として、ワシが開発したこのティーゲル5656の強さを全世界に示してやる!」

青い鬣のような髪型をした豚に似た耳をした科学者がそのティーゲル5656のコックピットの中で息巻く。

彼はこのティーゲル5656の集団のボス、ウォルフガング。

世界一強いロボットを作るためには手段を選ばないマッドサイエンティストだ。

彼が落とそうとしているメガロステーションは日本の鉄道交通網の心臓部ともいえる場所であり、これが破壊されてしまうと日本に与えるダメージは計り知れない。

「ウォルフガング様、何か近づいてきます!」

両肩のセンサー制御を行っているイッヒがガバメントドッグやモビルスーツとは異なる反応をキャッチする。

その報告と同時に、マイトウィングとガインが現地に到着した。

「あのロボット…!例の…!」

ガインとマイトウィングを見たウォルフガングは逃げ帰ってきた部下の報告を思い出す。

青戸工場襲撃のために派遣したロボットたちがこの2機と黒いモビルスーツによって全滅したという話だ。

ドイツ人であり、コネで手に入れたパティクラフトを搭載したティーゲル5656まで破壊されたため、報告を受けたときは一瞬夢かと疑った。

「ガイン、あのロボットの足を止めろ!」

「了解した!だが、舞人は…?」

「あそこに逃げ遅れた人がいる!」

マイトウィングが近くに崩れたビルの近くに着陸し、ガインがカバーに入る。

ガインがミサイルをガインショットで破壊していく中、マイトウィングから降りた舞人は逃げ遅れたセーラー服の少女に駆け寄る。

「どうしたんだ、君!?」

「あ、足が…鉄骨に挟まって…」

うつぶせで倒れている少女の足を挟んでいる鉄骨に目を向ける。

幸い、重量は舞人1人でも持ち上げることができそうだ。

「待っていろ、いま助ける!」

鉄骨を持ち上げ、助けた舞人は少女の挟まれた箇所を調べる。

骨折はしていないが、この痛みでは走るのは難しそうだ。

舞人はヘルメットについている通信機を起動し、近くの警察に連絡を取る。

「よし…もうすぐ助けが来る!物陰に隠れて待つんだ。あのロボットたちは俺たちが何とかする」

安心させるため、両肩に手を置いて笑みを浮かべながら言う。

バイザーで顔が完全に隠れているため、相手は顔を見ることができないが…。

「あ、あの…あなたは…?私は、吉永サリーです…」

助けられた少女、サリーは自分を助けてくれた彼を知りたいと思い、まずは自分の名前を言う。

相手に尋ねる場合はまず自分からという両親からの躾が行き届いているのだろう。

「サリー…いい名前だ」

名前を誉められたサリーは若干顔を赤く染める。

こんなことを言う人をフィクションでしか見たことがなく、初めての体験だからだ。

「あの、あなたは…!?」

「名乗るほどのものじゃないさ。さぁ、急いで!」

サリーから離れた舞人はマイトウィングに乗り込む。

離陸したマイトウィングがバルカンでミサイルを撃破しつつ、ティーゲル5656にレスキューナイフで挑むガインのサポートに入る。

「待たせたな、ガイン!」

「気にするな!」

どのような状況であろうと、人助けをする舞人のことを良く知っているガインは責めることなく、目の前の敵に集中する。

頭部のメインカメラを至近距離からのガインショットで破壊し、ジェネレーターをレスキューナイフで一刺しすることで行動不能に追い込んだ。

「ガインめ、勇者特急隊め!またワシの邪魔をするのか!?」

「だったら、どうする!?」

「生意気な口をたたきよって、ワシを誰だと思っとるんじゃ!?」

「知ってほしくば、まず自分から名乗るべきだ」

「よかろう!センサーの感度を最大にして聞くがよい!ワシこそが世界最高のロボット工学の権威、ウォルフガング博士よ!」

「ということは、昨日のロボットを開発したのは貴様だな!?(うん、ウォルフガング…??)」

名前を聞いた舞人は昨日の武装ロボット集団の正体を推測すると同時に、彼の名前を聞いて疑問を覚える。

どこかのデータベースでその名前を見たことがあるのは思い出せたが、どういうデータで見たのかを思い出せない。

「あんな試作機と一緒にするなよ!バージョンアップしたこのティーゲル5656の力を思い知らせてくれる!」

「そうはいくか!このヌーベルトキオシティの…いや、世界の平和は俺たち勇者特急隊が守って見せる!」

ウォルフガングへの疑問の解決は戦いが終わってからでいいと判断した舞人はガインとともにティーゲル5656の集団に向けて突撃していく。

改造が施されていないティーゲル5656であれば、このレスキューナイフでどうにかできるものの、問題は兵器としての一面が全開に引き出されているティーゲル5656だ。

「まずはあいさつ代わりにこれじゃあ!!」

ウォルフガング専用のティーゲル5656の胸部装甲が展開し、ミサイルが発射される。

町への被害を考えた舞人はマイトウィングのバルカンで撃ち落とすが、爆発とともに真っ黒な煙幕が発生し、それがマイトウィングとガインを飲み込んでいく。

「なに!?この煙は…!?」

「ま…舞人…!?何も、何も見えない!!」

「ムハハハハ!!ジャミングミサイル効果ありじゃ!!超AIであることがアダになってなぁ!」

「くっ…!」

超AIによって自律行動をとるガインはセンサーやカメラがキャッチする情報に必然的に依存する。

人間が乗るロボットの場合、その場合は危険はあるもののコックピットを開くなどして目視による警戒をすることができる。

しかし、自律行動をとるロボットにそのような芸当ができるわけがなく、こうなると周囲の被害を想定すると何もできなくなってしまう。

「なら、煙の中から!!」

煙幕の外へ出て、そこから目視してガインに指示を出すことを思いついた舞人は上昇する。

煙幕の範囲の特定はできているため、その外に出ればジャミングの影響が軽減されるかと予想した。

だが、煙幕の外に出てもマイトウィングのセンサーが回復しない。

できるのは目視だけだ。

「これは…!?」

煙幕を見た舞人はそれの不自然な動きに目を向ける。

それはなぜかガインの周りで動きを止めており、しかも風が吹いているのに動く気配を見せていない。

(この煙幕はもしかして…)

少しだけ、ジャミングミサイルの正体が見えたように感じた舞人だが、ほかのティーゲル5656のミサイルが襲い掛かり、やむなくそれをバルカンで撃ち落とす。

よく見ると、ウォルフガングのティーゲル5656以外の3機のティーゲル5656が舞人へ攻撃を集中している。

まるで、舞人に目視で得た情報をガインに伝えさせないようにしているかのように。

「く…舞人!状況はどうなっている!?」

やみくもに攻撃してしまうと、周囲の建物や避難できていない住民、誘導する警官たちに被害を与えてしまう。

ガインを包むジャミングが強くなったせいか、ついに彼との通信にもノイズが入り始める。

「く…!あれが来れば…!」

「そこじゃあ!!」

焦る舞人を追い詰めるため、ヴォルフガングのティーゲル5656の頭部砲台からビームが発射される。

ミサイル攻撃を終えた3機のティーゲル5656は攻撃対象をガインに変更する。

戦艦の主砲に匹敵する出力のビームがマイトウィングに向けて直撃コースで直進する。

「しまった!!」

「させるかよ!!!」

ソウジの声が舞人の通信機に響くのと同時に、上空に現れたヴァングレイがマイトウィングをかばい、左腕のシールドでビームを受け止める。

「ぐう…う…!!」

「ソウジさん、どうして!?」

ビームを受け止め続けるソウジに舞人は問う。

あのまま本社ビルで待っていてもよかったにもかかわらず、どうして救援に現れたのか。

「ヴァングレイの補給で、旋風寺コンツェルンに融通してもらったからな!その借りを返さねえと…!」

幸い、左腕に装着されているシールドにはX3と同じIフィールド・ジェネレーターが内蔵されており、ヴァングレイやマイトウィングへの被害はない。

問題はこのIフィールドがどれだけ持つかで、それについてはぶっつけ本番となっているソウジには分からない。

「そんなこと気にしないでください!それに…あなたには戦う理由が…」

「ヒーローを助ける流れ者ってのは定番の展開だろ?気になるなら、身元引受人になってくれた恩返しってことで。これで貸し借りなしだな、社長」

ソウジの話を聞いた舞人は彼という人間を見誤っていたと感じた。

彼が戦う理由はいたってシンプルで、口ではそういっているが、本音はただ単純にこの街や世界の平和を守りたいだけなのだろう。

だとしたら、自分と同じ理由で戦っている。

それを拒む理由はないはずだ。

「最初から、そんなのはありませんよ。俺たちは正義のために戦う戦友なんですから」

ビームが消えると、Iフィールドを解除し、ヴァングレイがマイトウィングの背後のカバーに入る。

バックパックのガトリング砲を撃ち、ガインに向けて攻撃しようとしたティーゲル5656の内の2機をハチの巣にする。

戦闘前に、青戸工場が鹵獲したティーゲル5656の解析データを浜田を介して受け取っているため、コックピットの位置は分かっている。

また、ティーゲル5656はパワーと装甲重視の設計であり、動きが鈍いこともあって、コックピットを避けて攻撃することは簡単だった。

ガトリングの雨を受けた2機のティーゲル5656が動きを止め、パイロットが逃走する。

「正義のため…か…」

このようなシンプルな理由で戦うことのできる舞人のことを、ソウジはうらやましく思う。

ガミラスによって地球が滅びの瀬戸際に立たされたことで、共に戦う戦友の多くが肉親や大切な人の仇、もしくは復讐を目的として戦い、命を散らしていった。

ヤマトのクルーのように、地球を救うという目的で戦う仲間もいるが、メルダの一件から、ガミラスへの憎悪を捨てることはあまりにも難しいことだと知った。

そして何よりも、正義のために戦うとシンプルにそう言うことができる人が自分の周囲にいなかった。

「おかしいですか?」

「いや…最高だ」

「では、俺のことは舞人って呼んでください!今は旋風寺コンツェルンの社長じゃなくて、勇者特急隊の隊長ですから」

「了解だ、舞人!まずはガインをどうにかしないとな!!」

「それについては大丈夫です!対抗手段がもう少しで到着しますから!(ガイン…待っていてくれ!)」

マイトウィングのバルカンがガインとヴァングレイを襲うミサイルを撃ち落とす。

ビームサーベルを抜いたヴァングレイは接近し、ティーゲル5656とクロスコンバットに持ち込む。

両足をビームサーベルで切断し、ティーゲル5656のすねから上の部分が広い路上に倒れる。

これで、残ったのはウォルフガングのティーゲル5656だけとなった。

「ウォルフガング様!昨日のモビルスーツがまた…!」

「ふうむ…」

味方4機がすべて撃破され、焦るイッヒ達とは異なり、ウォルフガングは嬉しそうに、しかも興味津々にヴァングレイを見ていた。

過剰ともいえる出力と推力を誇り、ありあわせの装備をつけただけの一見粗末なモビルスーツに見えるそれだが、ヴォルフガングにはそれが未知の技術の宝箱のように見えた。

「ウォ…ウォルフガング様…?」

返事をしないウォルフガングに火器管制を担当するリーベが心配そうに尋ねる。

「あのロボット…興味深い」

「と、おっしゃられますと?」

ナビゲーターのディッヒが尋ねる。

「奴を鹵獲する!!あれに詰まっている未知の技術を解析して、研究材料にしてくれる!!ジャミングミサイル発射じゃぁ!!」

「りょ、了解!!」

まずはセンサーを使えなくするため、ジャミングミサイルを発射する。

「気を付けてください!!あの中にはジャミング機能のある煙幕が…!」

「ガインを痛めつけているあの煙を…!?だったら!!」

幸いミサイルそのものの追尾性が低いためか、横へ飛んで回避することに成功する。

そして、すぐに後ろに振り向いてレールガンでミサイルを撃ち落とす。

ミサイルからは例の煙幕が発生するが、ヴァングレイには届かずに霧散した。

「煙幕の正体はモビルスーツなどが持つ動力源に反応する特殊なナノマシンのようです。一定距離内にそれの反応がなければ機能を停止させる…」

「お、99。ようやく機嫌を取り戻したか?」

ガインを包む煙幕、もしくは先ほど破壊したミサイルから出た煙幕から解析した99の久しぶりの言葉にソウジは笑みを見せる。

「それは自分の非を認めたことへの陳謝と判断します」

その言葉と同時に、モニターに1人の少女の姿が表示される。

それは昨日の戦いで出会った少女と同じ姿だ。

「また、あのお嬢ちゃんか!?」

「敵はまだ残っています。無駄話をしている暇はありません。サブパイロットレベルとはいきませんが、私がある程度アシストしますので、さっさと駆逐してしまいましょう」

「りょ、了解…」

「新たな敵影、確認。西側からです」

「何!?って、お嬢ちゃん!!どこからオペレートを…うわあ!?」

急に飛んできた苦無をよけながら訪ねるが、彼女から返事が返ってこない。

おまけに地面に刺さった苦無は数秒で爆発する。

「く…こいつもミサイル同様撃ち落とさねえとな!!ああ…それからお嬢ちゃん!もう余計なことは言わないから、へそを曲げないでくれ!!ったく、これじゃあどこの誰かさんそっくりじゃねえか…!」

「聞こえていますよ。敵影の映像、表示します」

99が言い終わると同時に、4機の武装ロボットの姿が表示される。

赤い忍装束をした人型ロボットで、クロスボーン・ガンダムよりもわずかに小さい13メートルクラスのサイズだ。

手には苦無が握られており、おまけに口には何かを発射する装置までついている。

「なんだ、あのヘンテコ忍者?」

4機の忍者型ロボットが再び苦無を投げてくる。

「く…!ウォルフガングだけじゃなかったのか!?」

ガインをカバーするマイトウィングでも、その4機の武装ロボットの姿を確認できたようで、舞人はどのように対処すべきか考え始める。

そんな中、彼らの通信に強制的に誰かが割り込んでくる。

「よく聞け、木っ端ども!!吾輩はショーグン・ミフネであーる!!」

歌舞伎役者の化粧をつけ、緑色の忍装束にちょんまげ、更に背中に日本刀と武士と忍者などの日本文化をサラダボールのようにミックスさせた大男がモニターに表示される。

通信の邪魔をしないためか、4機の忍者型ロボットは攻撃の手を止めている。

だが、ウォルフガングのティーゲル5656はそれを無視してドリルアームを起動させてヴァングレイに接近する。

「うおおお!?」

後ろへ回避するも、わずかに胸部装甲をドリルがかすめ、冷や汗をかく。

少しでも反応が遅れていたら、ぽっかりとドーナッツができていたかもしれない。

「日本の民よ、このショーグン・ミフネが伝統ある正しい日本を取り戻すため、これより、このヌーベルトキオシティを焼け野原とし、真・江戸を新たに作り上げる!」

「何だって!?」

ただの日本文化にあこがれ過ぎた男と思っていたが、彼の思想は過激そのもの。

テロと何も変わらず、舞人達を動揺させる。

「古き良き日本の伝統を忘れし、愚か者ども!覚悟するがいい!!男は黙ってぇー…天下を取る!ゆけ、ニンジャ達よ!」

「「ミフネ様のために!!!影の軍団、参る!」」

鉄砲型ビームライフルに装備しなおしたニンジャ達が舞人達ではなく、町に向けて攻撃を開始する。

ビルや道路、線路などが次々とビームで破壊されていく。

「あれが噂のショーグン・ミフネ…。やれやれ、想像以上にむちゃくちゃな奴じゃわい…うおおお!?!?」

ビームがウォルフガングのティーゲル5656にも飛んできて、すんでのところでドリムアームを盾にする。

対ビームコーティングを施したおかげで、ドリルアームはビームにも対抗することができる。

仮に先ほど、ヴァングレイがビームサーベルで防御しようとしたらどうなっていたかは想像に難しくない。

「どどど、どうします!?ウォルフガング様!」

「このままじゃ、俺たちまで巻き込まれちゃいます!」

こちらにまで攻撃を仕掛けてきたニンジャにさすがの3人も動揺し、ウォルフガングに指示を仰ぐ。

あまりのイレギュラーに頭を抱えたウォルフガングだが、ショーグン・ミフネの存在がチャンスのようにも見えた。

「奴がかく乱している間にガインとあの黒いモビルスーツを手に入れる!心配いらん、ドリルアームで防御すれば…」

「新たな熱源が2つ接近!これは…水が煙幕に向けて飛んできます!」

「何ぃ!?」

曲線を作るように水が飛んできて、ガインを覆う煙幕を襲う。

水が煙幕を洗い落とし、ガインのセンサーを回復させる。

「ジャミングが解除された!?」

「ガイン、舞人、大丈夫か!?」

礼儀正しい若い男性をイメージさせる声がガインとマイトウィングの通信機に届く。

ガインはセンサーが拾った反応に従って、水が飛んできた方向を見ると、そこには赤が基調で背中に水を発射できるキャノン砲を2門装備したロボットがいた。

「ガードダイバーか!?助かった!!」

「俺たちも…忘れてもらっちゃあ困るぜ!!」

続けて荒々しい声と共に、鉄砲型ビームライフルを握るニンジャの1機が左腕と左足が赤、右腕と右足が青、それ以外が緑のラインでカラーリングされている、白が基調で25メートル近い大きさと太めの手足が特徴で来たロボットによって片手で振り回された挙句、地面にたたきつけられて撃破される。

パイロットは脱出に成功したものの、振り回された影響でかなりの吐き気を覚えたらしく、マスクを取った後で嘔吐して気絶した。

「トライボンバー、私は人命救助と消火を行う!カバーを頼むぞ!」

「任せておけ!!ヌーベルトキオシティを焼け野原にしようってんなら、相手になってやるぜ!!」

ガードダイバーが分離し、消防車型のファイアダイバーとパトカー型のポリスダイバー、ジェット機型のジェットダイバー、ドリル戦車型のドリルダイバーとなって消火や逃げ遅れた人々の救助、更に上空から避難誘導が行われる。

当然、彼らを妨害しようとニンジャが攻撃を仕掛けようとするが、高いパワーを誇るトライボンバーに守られていることと、ニンジャが1機撃破されたこともあり、不用意に近づくことができない。

「もしかして、あいつらも…」

「そうです!勇者特急隊の一員です!そして…!!」

ガードダイバーとトライボンバーに遅れるように、青い大型のSL蒸気機関車型の電車も現場に到着する。

「なんだ!?あのSLの化け物は!?」

「ロコモライザー!!よし、これさえあれば…!」

「ガイン、合体だ!」

ガインとマイトウィングがロコモライザーへ向けて接近する。

当然、何か危機感を感じたニンジャやティーゲル5656がそれを許すはずもなく、ビームやミサイルで攻撃を仕掛けるが、トライボンバーとヴァングレイがそれらを阻む。

「レェェェェッツ、マイトガイン!!」

舞人が腕時計代わりに左腕に取り付けているダイヤグラマーという予備の通信機を兼ねた端末に合体命令を出す。

すると、3機が正三角形を描くような配置となり、そこから合体が始まる。

マイトウィング、ガインがそれぞれ変形して腕となり、ロコモライザーが両足と胴体、頭部へと変形する。

2機が取り付けられると同時に、マイトウィングのコックピットが頭部へと移動する。

合体を終えると、そこには金と青、赤のトリコロールで、25メートル級の人型ロボットへと変貌を遂げていた。

「あれが…あれが噂のマイトガインなのか!?」

「そう…その通り!」

「銀の翼に望みを乗せて、灯せ、平和の青信号!勇者特急マイトガイン、定刻通りにただいま到着!」

「あれが…マイトガイン…」

かつては存在していたものの、整備性などの問題ですっかりすたれてしまい、アニメや漫画でしか見ることがなくなった合体ロボットを別の世界とはいえ、こうして実際に見ることになるとは思いもよらなかっただろう。

攻撃の手を止めたソウジはじっとマイトガインを見る。

なお、ニンジャやティーゲル5656もマイトガインの登場に驚いたのか、攻撃の手を止めている。

「かっこいい…」

「え…?」

「おのれ…バカにしおってぇ!!」

99の言葉に驚く中、ヒーローみたいな登場の仕方をしたマイトガインに腹を立てたウォルフガングがジャミングミサイルを発射する。

「ガイン、ターゲットはあのミサイルだ!」

「了解!シグナルビーム!!」

額についている信号機を模したビーム砲から赤と緑のビームが発射され、ジャミングミサイルが破壊される。

同時にビームで中のナノマシンも焼き尽くされてしまった。

「己の私利私欲のため、このヌーベルトキオシティを混乱させる者!」

「人々から平和を奪った悪事、許しはしない!!」

 




機体名:ティーゲル5656
建造:ウォルフガング一味
全高:26メートル
武装:(量産型)クローアーム、火炎放射器、ミサイル
   (パティクラフト搭載型)クローアーム、火炎放射器、ミサイル、プラズマキャノン、プラズマフィールド
   (ウォルフガング専用機)ドリルアーム、頭部ビーム砲、ミサイル、ジャミングミサイル
主なパイロット:ウォルフガング一味

ウォルフガングが「世界一強いロボット」を目指して開発した武装ロボット。
ロボットに必要なのはパワーであるというウォルフガングの主義が反映されており、機動力はそれほど高くないものの、破壊力に関しては地球連合軍のモビルスーツであるジンクスⅢを上回っている。
また、パティクラフトを搭載した試作機や自身専用の機体もあり、やろうと思えばかなりのバリエーションの本機を開発することが可能というのはウォルフガングの主張。
なお、ウォルフガング機については勇者特急隊との戦いを想定しており、特に煙幕型ナノマシンで長時間ピンポイントでジャミングすることができるジャミングミサイルは超AIを搭載するガインを行動不能に追い込んでいる。
更に火力強化のために火星で入手したとある技術で開発したビーム砲を頭部に装備し、両肩には球体型センサーを搭載した。
ただし、その分操縦系統が複雑になっており、イッヒ、リーベ、ディッヒの3人がサブパイロットとして乗り込んでいる。
欠点としては、完全な陸戦型で海や空、宇宙での戦闘ができないことも挙げられるが、それについてはウォルフガング本人も不満足な様子。


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第18話 新しい生活

今回もいろいろとオリジナル設定があります。


-ヌーベルトキオシティ メガロステーション付近-

「く…ジャミングミサイルが効かんじゃと!?ならば、これならどうじゃあ!!」

パワーを生かした接近戦に持ち込むため、ドリルアームを起動したティーゲル5656がホバーで移動しながらマイトガインに向けて接近する。

「あのロボットの相手は俺とガインでやります!ソウジさんはガードダイバーとトライボンバーとともにショーグン・ミフネの一味を倒してください!」

「おいおい、舞人!一人で大丈夫なのかよ!?」

先ほど、ウォルフガングのティーゲル5656と戦ったソウジはその機体が持つパワーを肌で感じたばかりだ。

いくら合体して、パワーアップしたとしても、マイトガインの性能を知らないソウジは心配する。

「ご心配なく。それから…一つ訂正させてもらうと、戦うのは俺1人ではありません。俺とガインの2人で、です!」

腰にさしてある両刃剣を抜いたマイトガインが正面からティーゲル5656に向けて接近する。

「ここはお二人に任せて、あの忍者型ロボットの撃破を優先してください」

「ああ、わかった!!頼むぜ、舞人!!」

ニンジャ達はこうしている間にも街や救助活動を行っているガードダイバーと彼を守るトライボンバーに攻撃を仕掛けている。

いくら頑丈なトライボンバーでも、何度も攻撃を受けて無事で済むはずがない。

ソウジはヴァングレイを飛行させ、上空からレールガンによる攻撃を開始する。

ニンジャは地上での戦闘を重視した設計となっており、見た限りは空中や宇宙、海での戦闘には対応していないように見えた。

レールガンで片腕が破壊されたニンジャは上空を飛ぶヴァングレイを鉄砲型ビームライフルで攻撃しようとするが、その前に時間差をつけて発射されたガトリング砲で撃破されることになった。

「き、貴様!空を飛ぶなど卑怯なり!!」

「地上へ降りて、正々堂々と戦えーー!それでも日本男児かぁーー!!」

撃破された仲間を見た影の軍団がヴァングレイに鉄砲型ビームライフルで攻撃を加えつつ、抗議するようにオープンチャンネルで通信を入れる。

日本人であるのは確かだが、そんなことを彼らに名乗った覚えがなく、おまけに時と場合を全く考えない上に、自分たちの立場を棚に上げた言動にソウジはあきれ果てる。

「テロリストに言われたくないぜ。それから…お前ら、俺だけ見てて大丈夫かよ?」

「なに…!?グワア!!」

飛んできたミサイルを受けたニンジャの1機が大破し、さらにもう1機は大量の水流を受けて吹き飛ばされる。

びしょぬれになって倒れた時にはパイロットが気絶したせいか、動きが止まっていた。

「今度は横槍!?とことん卑怯な!それでも正義の味方か!?」

「お前らに説教させる筋合いはねえ!!」

「救助完了しました。覚悟していただきます!」

ミサイルを撃ったトライボンバーと水を発射したガードダイバーが残るニンジャを撃破するため、スラスターを聞かせて接近を始めた。

 

3機がニンジャと戦っているころ、マイトガインとティーゲル5656は剣とドリルでつばぜり合いを演じていた。

「ウォ、ウォルフガング様!パワーは相手のほうが上です!!」

「なんじゃと!?このティーゲル5656のパワーを上回っている…!?」

ティーゲル5656とマイトガインの共通点は旧世代のモビルスーツの延命措置として採用された新型バッテリーであるパワーエクステンダーで稼働しているところだ。

問題は持っているバッテリーの数で、ティーゲル5656は頭部ビーム砲の使用を考慮した結果、2つ搭載されているのに対して、マイトガインの場合はマイトウィングとガインのものを含めて3つ搭載されている。

そのため、運用できる時間もパワーもマイトガインが上回っている。

現に、マイトガインの剣がティーゲル5656を押し始めていた。

「おのれぇ!!ワシのロボット以上のパワーなどぉ!!頭部ビーム砲でその頭を…!!」

「させないぞ!!」

ビーム砲に向けて、マイトガインが頭突きを炸裂させる。

頭突きされた頭部ビーム砲はへしゃげてしまい、発射が不可能となる。

しかし、マイトガインも無事では済まなかったようで、額に搭載されているシグナルビームに不具合が生じてしまう。

「ぐぬぬ…ここまで近づかれては、ジャミングミサイルも撃てん!!」

「よし…!シグナルビームを使う!」

「何を言っているんだ、舞人!先ほどの頭突きで損傷しているぞ!!」

シグナルビームはザフトで昨年採用されたガナーザクウォーリアに装備されているM1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲に匹敵する出力のビームを発射することができる。

あの兵器とは異なり、シグナルビームは比較的小型になっており、マイトガインの機動性を殺さないように設計されている。

しかし、その分繊細な出来となっており、仮に損傷した状態で最大出力の発射を行うと、暴発して頭部が爆発し、パイロットである舞人はただでは済まない。

「わかってる!!ただ…こうすればいい!!出力を15から20パーセントに調整!!」

「そうか…!」

舞人の手でシグナルビームの出力が調整され、彼の意図を察したガインは照準を合わせる。

照準が固定されると、シグナルビームが発射されるが、収束機能も破損してしまっているのか、発射と同時に拡散する。

拡散したビームはティーゲル5656の装甲に命中するが、出力不足故に全くと言っていいほどダメージを与えることができていない。

しかし、舞人の目的は別にあった。

「うわああ!!前方が見えませーん!!」

「おのれ、マイトガイン!!目くらましじゃとぉ!?」

シグナルビームの光から腕で目を隠したウォルフガングは想定外の攻撃に動揺する。

光りが消えると、正面にはマイトガインの姿はなかった。

「おのれ、マイトガイン!!どこへ!!」

「ウォ、ウォルフガング様!!上です!!」

「な、なんじゃとぉ!?」

球体型センサーが上へ跳躍したマイトガインの姿を見つけたが、時すでに遅し。

両手で握られた剣がエネルギーチャージを終え、オレンジ色に発光している。

「くらえーーー!縦一文字斬りぃ!」

「てぇーーーい!!」

真上からの落下しながらの一刀両断という単純かつ効果的な一撃がティーゲル5656に叩き込まれ、真っ二つになる。

「な、なぁぁ…!?」

コックピットも2つに割れ、何が起こったのかわからずに若干ぼんやりとしていたウォルフガングが3人の部下によって引っ張り出された。

真っ二つになったティーゲル5656は爆発することなく機能を停止させる。

「このぉ、よくもワシのティーゲル5656をーーーー!!覚えておれ、勇者特急隊!!もっと強いロボットを作って、貴様らを倒してやるぞーーー!!」

「ウォルフガング様!そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!!」

「警察が来る前に逃げましょう!!」

「走れ走れーーー!!警察を撒くまで走れーー!!」

イッヒ達に持ち上げられたウォルフガングは舞人に向けて捨て台詞をはきながら運ばれていく。

地面に刺さった剣を抜いたマイトガインは速やかにそれを納刀した。

「悪の科学者、ウォルフガング…か…」

「あいつが、どんなロボットを作り上げたとしても、それが悪である限り、俺たちが打ち破って見せるさ」

「そうだな、舞人。あとは…」

「よぉ、舞人にガイン!聞こえてるか!」

「ソウジさん!!」

「あの忍者ロボットの軍団は全機倒したぜ!犯罪者は全滅だ!」

ソウジから送られた通信と共に、撃破されたニンジャ達の映像が送られる。

警察が到着しており、逃げ遅れた影の軍団が逮捕されている。

「にしても、あのショーグン・ミフネの野郎、正々堂々と戦えってんだ!」

戦闘でできたガレキを改修するトライボンバーはニンジャが全滅した後の彼の行動に対して愚痴をこぼす。

彼はニンジャが全滅したのを確認すると、この捨て台詞を残して逃げてしまった。

 

「おの~れ~!マイトガインと勇者特急隊、覚えておれよ!日の本を立て直すため、このショーグン・ミフネ、必ず貴様らを成敗してくれるぞ!」

 

「ショーグン・ミフネと影の軍団、面倒な相手ですね…。ああいうタイプは理屈が通じませんから…」

消火活動を行うガードダイバーも彼のことを思い出し、ぼやいていた。

「このヌーベルトキオシティは世界の鉄道網の中心なんだ。時代遅れのサムライの好きになどさせるものか」

「ま…奴が本当に日本のことを理解してるのか、わからんけどな。よし、周囲に敵影なしっと」

ヴァングレイのセンサーで周囲に残った敵、まだ隠れている敵がいないかを確認し終えたソウジだが、急にセンサーが何か正体不明の反応を拾い上げる。

「なんだよ、この反応は!?」

生体反応でも熱源反応でもない、今まで見たことのない反応を線路付近のビルの屋上から拾ったソウジは困惑する。

しかし、同時に表示されたアイコンを見たとき、その困惑は驚きへ変わった。

アイコンには『99』と表示され、更にはこの世界で戦いに巻き込まれたときに出会った少女の姿が映し出されたからだ。

ソウジはヴァングレイをそのビルのある場所へ向かわせる。

「君は…」

コックピットを開き、屋上を肉眼で見ると、そこにはその少女が無表情のまま座っていた。

 

-ヌーベルトキオシティ 旋風寺コンツェルン本社社長室-

「…では、ソウジさん」

ガレキの撤去や消火作業を終え、後のことをガードダイバーとトライボンバーに任せて帰還したソウジは同じく帰還した舞人のいる社長室で、彼からバッジを受け取る。

MGと描かれた金色のバッジで、受け取ったソウジはそれを左胸につける。

丁寧なことに、ジャケットにもつけることができるようにシールのように貼ったり剥がせたりするタイプのバッジにしてもらった。

「あなたを勇者特急隊の特別隊員に任命します。ヴァングレイの補給その他に関しては、こちらに任せてください」

「了解だ、舞人社長。よろしく頼むぜ」

笑みを浮かべたソウジは受け取ったバッジに目を向ける。

さすがに街中ではこれは外しておく必要があるものの、自分も正義のヒーローであることを認めてもらえたことが何よりもうれしいことだった。

おまけに、旋風寺コンツェルンの社員という表向きの肩書を与えられており、給料も支払われることになる。

これで当面の生活の心配もなくなったということになる。

ただ、住む場所を見つけるまでは辰ノ進の元で世話になることになるが…。

「しかし、別世界からの転移者だなんて…」

めぐみはバッジを受け取る前にソウジが改めて話した、自分とチトセ、そしてヴァングレイの素性を辰ノ進らとともに聞いていた。

最初は半信半疑だが、少なくともヴァングレイの技術がこの世界の物ではないことが分かったことで、信じるしかなくなった。

「でも、ソウジさんが嘘をついているようには思えません」

「大変だったんだな…チトセちゃん」

苦労をねぎらうように、辰ノ進はチトセに語り掛ける。

2人のいる世界が侵略者によって、あと1年で滅亡してしまうという状況も聞いたからだ。

それについては、ヴァングレイが地球での戦闘をなぜか録画しており、それを見せることで理解してもらえた。

「…もう、済んだことですから」

「チトセちゃん…」

しかし、チトセはどこか吹っ切れた様子を見せていた。

ずっと隠していて、フラストレーションがたまり続けたこの1週間よりも、少しだけ気が楽になった。

だからといって、これから自分が何をすればいいのかは決めることができていないが、それについてはこれから探せばいい。

「だが、驚きなのは別世界の存在だけじゃない」

「私のことですか?」

全員の関心が、今度はソウジが連れてきた例の少女に向けられる。

ソウジの話が正しければ、彼女がヴァングレイのOSである99の正体ということになる。

「うむ…失礼だが、君はあのヴァングレイの制御用OSであることが理解できないのだが…」

しかし、どう見ても今の彼女は人間にしか見えないため、半信半疑なのが正直なところだ。

それは大阪だけでなく、ほかの面々も同様だ。

「あなたが…あのシステム99ってことは、なんとなくだけどわかるわ」

「お、チトセちゃん。それは俺も同じだ。特にしゃべり方がシステム99そのものだ」

だが、ソウジとチトセはなんとなくだが、彼女がその99だということが理解できた。

理屈ではないため、うまく説明できないし、しゃべり方が似ていることが手伝っているのか、彼女がヴァングレイと同じく、一緒に戦ってきた仲間のように思えた。

だが、99は不満げな表情を2人に見せる。

しゃべり方をあまり褒められたことがないためか、それで判断されたのが面白くないようだ。

そんなことを気にせず、ソウジは話題を変える。

「改めて、聞こうじゃないか。君がどうして存在しているのかを」

ヴァングレイの中に、彼女がそのまま入っていたというのはあり得ない。

しかも、次元断層での戦闘で損傷したヴァングレイを改修したのは彼女だというのは分かるが、どうやって資材を調達し、修理したのかはまだ分かっていない。

それに、なぜこのように少女の姿で目の前にいるのかも。

「…私は損傷したヴァングレイと共にこの世界へ飛ばされました。そして、とある研究機関で修理をした後であなたたちを探すためにこの世界の地球とコロニーを回っていました。あらゆるネットワークにハッキングして、情報を手にしていましたが、それでも1週間かかったことはお詫びいたします」

「別世界でまったく手掛かりのない状態から2人の居場所を突き止めたなんて、すごいと思うよ」

浜田の言う通りで、まったく見知らぬ場所で特定の2人を探し出すのは砂場でコンタクトレンズを探すよりも難しいことだ。

それに、飛ばされた結果、まったく別の世界に流れ着いてしまった可能性だってある。

そんな中で、ソウジとチトセを探し当てただけでも、彼女は優秀だという証明になる。

「私、優秀ですから」

「優秀って…自分で言うのかよ?」

「でも、どうして女の子の姿に?」

次にチトセが彼女に質問する。

本当であれば、自分たちを探す中で自分の体を作るのは全く無駄な行動だ。

そんなことをしなくても、ネットワークにハッキングできるということは探すのに問題はないはずだ。

それに、この世界でソウジがヴァングレイと再会したとき、ヴァングレイはパイロット無しでソウジの元へやってきて、コックピットに乗せた。

ということは、彼女は乗っていなくてもヴァングレイを動かせるということになり、操縦するためという理由は成立しない。

「コミュニケーションをとる際に人間の姿の方が都合がいいからです。そのため、ヴァングレイの改修のついでにその施設にあった資材を使って、肉体を作ったうえで、機能をこちらへ移しました」

「サブアームとかマニピュレーターがかなり精密に操作できたから、器用だとは思ったけど…」

「うむ…ただの姿勢制御OSではない、ということか…」

この世界でも、ガインのような超AIが存在するが、そんな彼らでも自ら整備を行ったり、施設を利用して肉体を作るような芸当は不可能だ。

精神が人間に近いため、もしかしたら将来、そういうことも可能になるかもしれないが、それはどれだけ先になるかわからない。

つまり、目の前の彼女はある意味、超AI以上の存在と言える。

話を聞いていたソウジはん?となにか重要なことを思い出す。

「ちょっと待った!じゃあ、今のヴァングレイはOSが空っぽだってことか!?」

「問題ありません。半径30キロ以内であれば、私が遠隔操作できますから。それに、もしもの場合、私はヴァングレイに乗っていない方が都合がいいでしょうから」

「その、もしもの場合とは?」

「ヴァングレイが撃墜されたとき、もしくは部隊が壊滅したとき」

あまりにも縁起でもない場合を無表情でぶちかました彼女にソウジとチトセはどんよりとした気分になる。

そうなると、必要以上に長距離から遠隔操作できるように設計した理由も理解できるが、もう少し自分たちのことを信用してほしいとさえ思えてしまう。

信用、という概念がない点から考えると、もしかしたら超AIとは人間性という点で少し見劣りがあるのかもしれないなとソウジは考える。

「冗談です」

「「笑えないって!」」

ソウジとチトセが息の合った突っ込みを見せる。

その瞬間、再び彼女が不機嫌な表情になり、ソウジとチトセをにらむ。

「ああ、もう!ヘソ曲げんなよ!」

「とにかく、再会できたのを喜びましょう。ね?」

「…苦労して、探し当てたのに、あなたたちは私をわかってくれなかった…」

「もしかして、機嫌が悪いのはそれが理由で!?」

「ほかに理由はあります?」

ソウジとチトセはこの世界に流されてから、確かに仲間たちがいると思われるヤマトを探そうとしていた。

ヴァングレイについては、ヤマトと一緒にいるだろうと思い、あまり探していなかったのは事実だ。

また、せっかく再会したというのに、状況もあってか喜び合うタイミングが今しか見つけることができなかった。

「っていうか、分かるわけないだろうが!?」

「…もう、いいです」

「こういうかわいくないところって、人間になっても変わってないような…」

「駄目ですよ、チトセさん。こんなかわいい女の子にそんなことを言うなんて。ソウジさんも、ちゃんと謝らないと」

3人のやり取りを見ていた舞人は笑いながら、2人を促す。

ソウジとチトセはヴァングレイに乗っており、その中にいたころの99を知っているからそういう反応をしているが、初対面である舞人は2人と違って、素直に反応することができている。

ヒーローのような性格をしており、女性に優しいというところが出ているだけなのかもしれないが、彼の言うことにも一理ある。

「そうですよ。それに、とってもけなげじゃありませんか」

「ハハハハ!これは…2人の負けじゃな」

辰ノ進の言う通り、彼女に謝れという意見を持っている方が優勢となっており、おそらく大阪と浜田も同じ意見だ。

民主主義の原理、多数決を考慮すると、ソウジ達の負けは確定している。

「分かった、分かったって。俺が悪かった、謝るよ」

「ごめんなさい。それから、見つけてくれたありがとう」

「分かってくれたなら、いいです」

謝ってもらえたことで、99は再び無表情になる。

少しは喜んでくれてもいいが、やはり元々がプログラムだからか、難しいのだろう。

「とにかく、これから俺たち3人一緒だ。よろしく頼むな、システム99」

「うーん、ソウジさん。人間の姿をしてるから、そういう名前はちょっと…」

チトセも一緒に戦うのを暗に示しているような発言については、まだ迷っていることもあり、明言を避けたものの、人間の体を手に入れた彼女をシステムの名前で呼ぶのには違和感を覚える。

ソウジも同じ感じを覚えたのか、考え始める。

「んじゃあ、今日から、君はナインだ!」

「ナイン…」

番号をそのままとったように感じるシンプルな名前だが、それほど悪い気がしないのか、彼女は無表情のまま聞いていた。

「ねえ、もしかして…嫌?」

「あなたたちは私のマスターです。拒否する理由はありません」

若干顔を赤く染めたナインが目を背ける。

ようやく人間らしい表情を見せたことで、2人は少し安心した。

「ええっと、ナイン。できれば、マスターって呼ぶのはちょっと。できれば、お姉ちゃんとか」

「名前で呼んでくれよ。パートナーで五分なんだからよ」

「私はAIです。立場はわきまえています。ですから、あなたのことはキャップと、あなたのことは姉さんと呼ばれてもらいます」

「キャップに姉さん、か…。まぁ、マスターよりはマシか」

名前で呼んでもらいたかったが、まあそれでも良いかとソウジは納得する。

姉さんと呼ばれたチトセは少し表情を暗くする。

「…姉さん?」

「あ、ごめんなさい!なんでもない、なんでもないの。その…私、ちょっと外の空気吸ってくる。ソウジさんのこと、お願いね。ナイン!」

背を向けたチトセは走って社長室を後にする。

去ってしまったチトセをソウジは追いかけることができなかった。

(そうだった…チトセちゃん、妹のことを…)

自分たちの家族のことを知らない舞人達はなぜチトセが出ていったのかわからずにいる。

ソウジは彼女の心の傷がいえる日が来るのを願うしかなかった。

 

-旋風寺コンツェルン 女性用トイレ-

1人になれる場所を探していたチトセは社長室と同じ階にある女性用トイレに入った。

あまりここには人が来ていないのか、清潔な状態を維持しており、チトセは洗面台の前に立っていた。

鏡に映っているチトセの眼には涙が浮かんでおり、目頭も赤くなっている。

「ああ、もう…!何をやってるんだろう、私って…」

ナインに姉さんと呼ばれたチトセは死んだ妹、優美のことを思い出してしまった。

彼女に妹の面影を感じてしまった。

自分なりに乗り越えたと思っていたが、次元断層での一件もあって、まだ乗り越えることができていないことを自覚した分、余計につらく感じた。

(こんな私に…これ以上戦う資格なんて…。私は、ソウジさんみたいに、強くないから…)

 

-勇者特急隊基地 マイトステーション 司令室-

翌日、ソウジは舞人達の案内により、ヌーベルトキオシティ付近の海に浮かぶ勇者特急隊基地であるマイトステーションに来ていた。

そこにはオペレーターや整備士を含めた、勇者特急隊の関係者がいて、彼らは表向きは旋風寺コンツェルンの社員として舞人達をサポートしている。

勇者特急隊はここから出撃し、ヌーベルトキオシティだけでなく、世界中に飛び回る。

なお、マイトステーションは出撃時を除いて、水中に姿を隠しており、 電磁迷彩システムによって水中でも浮上している際にも、センサーやレーダーに反応せず、更に必要であれば肉眼で見えないくらいに姿を消すことも可能となっている。

その構造はミラージュコロイドとは根本的に異なるようで、ミラージュコロイドの軍事利用を禁止したユニウス条約には抵触していない。

「どうだ、浜田。見つけられたか?」

「駄目ですね。ヤマトのヤの字も出てきません」

世界中のネットワークを調べている浜田だが、情報が見つからない。

ソウジ達がここにいる理由は、ナインからある情報を手に入れたからだ。

2人を探している中で、ヤマトらしき存在に関する情報を見つけたとのことで、ヤマトがこの世界にいるかもしれないということが明らかとなった。

マイトステーションでは、勇者特急隊の活動拠点である都合上、世界中の情報を手に入れることができるため、ここで情報を集めることになった。

「浜田君といずみさん、青木さんが総がかりで調べても見つからない…。そうなると、お手上げだな」

彼ら3人の情報収集能力は勇者特急隊でも随一で、彼らの手でも見つけられなかったヤマトの情報をわずかではあるが入手したナインの優秀さを改めて感じてしまう。

「気にしないでくれ、もしかしたら誤報だったのかもしれないからな」

「いえ…そうとも限りませんよ。もしかしたら、ヤマトの情報が意図的に隠されているのかも…」

「情報を隠す?それって、あり得るのか?」

「今の大統領になってからは変わり始めていますが、先代の大統領になるまでは情報統制が当たり前のように行われていたんです」

舞人の言葉に、ソウジはアロウズの背後にいたイノベイドという人造人間のことを思い出す。

イノベイドは将来、この世界に現れるであろう新人類であるイノベイターを模倣して作られたもので、量子型演算処理システムであるヴェーダの代理人として情報を手に入れる役割が与えられていた。

しかし、そのイノベイドの1人であるリボンズ・アルマークを中心とした一派が主であるヴェーダを掌握し、アロウズの黒幕として世界に干渉を始めた。

アロウズが高度な情報統制ができたこと、そしてソレスタルビーイングが情報を手に入れることができたのはヴェーダが存在したからだ。

しかし、リボンズ・アルマークと彼の仲間はソレスタルビーイングとの戦いで全滅し、アロウズが解体されたこと、彼らの所業が明るみになったことがきっかけで、現政権は方針転換した。

そんな現政権が今更情報統制を行うのは軍事的な事情がない限りはあり得ないことだ。

となると、彼らがヤマトを入手した可能性は否定できない。

「昔は、そうした隠された情報を探ることはタブーになっていて、そういうことをした人間は社会的に抹殺されていました」

「確かにそうかもな…。あの蜉蝣戦争なんか、下手をすると今の地球連合がひっくり返りかねない一大スキャンダルだしな」

「木連…表向きでは全滅したということになっていた宇宙移民者。彼らは過去の政権によって社会的に抹殺されたような形ですからね」

蜉蝣戦争は以前までは無人兵器による地球やコロニーへの攻撃と表向きでは伝えられていた。

実際、木連が使用していた兵器のほとんどが無人兵器であるため、民衆も本当のことだと受け止めていた。

だからこそ、情報開示によってその事実が明らかになった際は大きな波紋を呼んだ。

「軍以外では始祖連合国がヤマトを手に入れた可能性もあり得ます。あそこからの情報は一切、僕たちには入ってきませんから…」

「うげぇ、それだとめちゃくちゃ厄介だぜ…」

もし浜田の言うことが事実だったら、いくら勇者特急隊でもヤマトを取り戻すのは不可能になる。

それなら、地球連合軍かプラントに確保されていたほうがましだ。

調べ始めて早4時間、結局ヤマトの居場所をつかむことができなかった。

「これ以上調べても仕方ないだろ?いったん休憩するとしますか」

「お疲れ様です。そういえば、ナインはどこへ?」

「青戸の工場だ。超AIのボーイフレンドができたからな」

人間相手よりも、むしろ同じAIとの方が仲良くしやすいかもしれない。

舞人と一緒にマイトステーションを離れるソウジは彼女が彼らに自分たちにしたような笑えない冗談を言わないことを願った。

 

-ヌーベルトキオシティ 青戸工場地下-

「難しい質問だな…」

修理を終えたガインは正面に立っているナインを見ながら、悩んでいる。

超AIの中にある数多くのパターンの中で、その質問に対する答えが出せないでいる。

その場合は独自に考えて、新しい答えを導き出すという人間に近い能力を発揮するのだが、それでも答えを出すのが難しい。

本人も、それについて考えたことがなかったことも影響しているかもしれない。

「ふぃー、やっと整備が終わったぜ。って、ガイン?どうしたんだよ、そんな難しい顔をして」

「いくら超AIが搭載されたとしても、そこまで複雑な表情は出せないと思うが…」

緑を基調として、ライオンの鬣がついたような頭を持つライオボンバーに対して、消防車が人型に変形したかのような、マッシブな体つきのファイアボンバーが冷静に反応する。

確かに、勇者特急隊には顔があるものの、それを人間のように自在に動かせるわけではない。

ガインの今の表情はいつもと変わらないため、彼らの感情の判断材料は口調としぐさだ。

「そういうのはノリだって!硬いなぁ、ファイアボンバーは」

青を基調とした、縦長の頭を持つダイノボンバーは背伸びをする。

修理や補給の間はむやみに動くことができないため、それらが終わったらこうしてしまう癖がある。

関節などに負荷を与えるため、やめろと大阪などから言われているが、一向に直る気配がない。

「こちらの皆さんは…?」

ライオボンバー達の姿を見たナインが彼らに尋ねる。

彼らは合体して、それぞれバトルボンバーとガードダイバーという名前で戦っていたため、こういう形では初対面ということになる。

「紹介しよう、私の仲間…勇者特急隊のボンバーズとダイバーズだ」

「もしかして、彼らが…」

「そうだ。合体することでバトルボンバーとガードダイバーになる」

「おいおい、いくらなんでも端折りすぎじゃないか?」

彼ら1人1人の名前を言わずに紹介を終えようとするガインにパトカーをほうふつとさせる外見をしたポリスダイバーが待ったをかける。

別に合体している時だけでなく、分離している際もそれぞれ勇者特急隊として救助活動や戦闘などを行うことができる。

さすがに合体しているときには及ばないが、それぞれに超AIによる人格があるため、それを無視してほしくない。

「仕方ないですよ。ボンバーズは3機、ダイバーズは4機、合計7機もいるんですから、覚えられませんよ」

青緑を基調とした、ジェット機のコックピットが胸についたようなロボットのジェットダイバーがやんわりとフォローを入れる。

彼本人も、できれば1人1人の名前を憶えてほしいが、さすがに7機全員の名前を覚えるのは難しいだろうと思った。

しかし、2枚の鋭利な羽根を左右につけた頭部をもつ赤いロボットのバードボンバーは納得できていない。

「だからってよぉ、せっかくかわいい女の子が俺たちに興味を持ってくれたんだぜ。はぁ…超AIの女の子、いねえかなぁー」

「まるでキャップみたいなことを言ってますね」

「うぐ…その眼はやめてくれ」

ジト目で見られたバードボンバーはわずかに後ろへ下がる。

ナインは彼からソウジに似たにおいを感じていた。

「私もバートボンバーに賛成です。やり直しを要求します」

ドリルを下に倒して、胸につけているオレンジのロボットのドリルダイバーが右手を上げ、ガインに抗議する。

彼らの抗議を受け、さすがにこの対応は悪かったとガインは反省した。

「では、改めて…1人1人紹介する。私の仲間はライオボンバー、ダイノボンバー、バードボンバー、ファイアダイバー、ポリスダイバー、ジェットダイバー、ドリルダイバーだ」

「だから、それじゃあ早すぎだろう!?」

「本当に紹介する気があるんですか?ガイン…」

早口言葉をしゃべるかのような名前だけの紹介にライオボンバーは不満を露わにし、ドリルボンバーが突っ込む。

見知らぬ子供にそんな紹介をしたら、覚えてもらえないのは明確だ。

しかし、彼らの目の前にいるのは只の少女ではない。

それを今から思い知ることになる。

「よろしくお願いします。ライオ、ダイノ、バードボンバーさん。ファイア、ポリス、ジェット、ドリルダイバーさん」

「チームごとにまとめられた!」

「しかし、すごいですね。一度聞いただけですべて覚えてしまうなんて」

超AIは人間の脳と構造が近いようで、彼らの場合は先ほどのように言われても一発で覚えることができない。

しかし、ナインは人間と同じ感情表現ができるだけでなく、ノーマルのAIの良い点もそのまま受け継いでいるようだ。

これは、ナインにとっても意地を見せるいい機会だった。

「私のAIも、皆さんの超AIに負けない性能を持っていると自負しています」

「ん…?AI?」

「聞いていなかったのか?彼女はAIなんだぞ?」

既にナインから自身の素性を聞いていたガインはなぜいまさらと思いながら答える。

ナインがあまりにも人間に近い体をしていたため、彼らは今までナインをただの女の子とばかり思っていたようだ。

「そうです。私はAIのナイン。名前はキャップ…叢雲総司三尉につけてもらいました」

「三尉…?ああ、彼は元の世界では軍人でしたね」

「でも、信じられない…。こんなロボットがいるなんて…」

きっと、説明を聞かなかったら、人間でも超AIでも彼女を人間と誤認してしまうだろう。

ソウジとチトセですら、最初は人間の少女と誤解していたため、なおさらそうだ。

「では、皆さんにもお聞きします。人間と超AIの違いは何ですか?」

驚く彼らにナインは先ほどガインに尋ねた質問をぶつける。

「え…?」

「いきなり言われても…」

「こえが…ガインが困っていた理由か…」

「そういうことだ」

やはりガインと同じく、ほかの面々もこれまで考えたことがなかったようで、答えられずに首をかしげる。

「回答をお願いします」

ガインにその質問をぶつけたのは十数分前、

AIである部分が抜け切れていないためか、ナインは彼らに回答を急かす。

「俺たちは戦うために作られたからな…」

「人間とは違うということは認識していますが、どこがどう違うかについて言われると、どう答えたらいいか、困ってしまいますね」

「しかし、もし勇者特急隊のロボットが戦うためだけの存在なら、合理性と効率性から判断すると、超AIを搭載する必要はなかったでしょう。単に自律行動以上の何かを求めたから、あなたたちは心を持っていると推測します」

彼女がそのような質問をする最大の理由はそれだ。

超AIは人間的な思考が可能になる反面、命令に反発したり感情を持ったりすることで操縦者や使用者の意図に反する動きを見せることがある。

それに、必要以上の思い入れをしてしまい、そのAIを搭載したロボットを使用者がかばうというケースはあってはならないこと。

無論、舞人はその点はわきまえているとナインは判断しているが。

「うぐぐ…ますます難しくなってきた!」

「ダイバーズ!!何か答えろよ!」

「いや、心と言われても…私にもわかりませんよ!というより、自分たちでも考えてください!」

戦闘向けのボンバーズの面々にはこのような哲学にまで発展しそうなナインの質問は明らかに許容範囲外だ。

我思う、故に我ありやら、弁証法やら、実存主義やらその他もろもろを引っ張り出すことなんてできるはずがない。

「俺たちでも駄目なら、舞人や浜田君、大阪工場長に聞くのは…」

3人は超AIを開発にかかわった人物であり、彼らであれば、人間と超AIの違いを知っているかもしれない。

なお、超AIは勇者特急隊の門外不出の技術であり、勇者特急隊でも彼らのような一部の中心人物しか、その作り方を知らない。

話によると、その技術はとある火星帰りの大富豪がかかわっているらしい。

「私は、あなたたちから聞きたいんです」

逃げ道をふさぐように、ナインは言う。

彼女にとって、この質問の答えを超AIを持つガイン達から聞くことで、初めて価値を見出すことができる。

人間に聞いたとしても、無価値だ。

「頑固なお嬢さんだ」

「何とでもおっしゃってください」

まさにてこでも動かない状態で、そうなると答えを頭からひねり出すしかない。

超AIがオーバーヒートを起こさないか心配しつつ、ガイン達は考える。

考える中で、一つだけ思い浮かぶ答えがあった。

しかし、それが彼女の求める答えであるかどうかは分からない。

「ナイン…心を持ってよかったと思うことはある」

「それは何です?」

「正義を知ることができたからだ」

「正義…ですか?」

勇者特急隊を名乗る以上、彼らには何かしら正義を持っている。

ナインは文脈ではわかるものの、彼らの持つ正義とはなにかはまだわからないようだ。

「ああ!それなら、俺たちも分かるぜ!」

「私もですよ。正義は私たちの超AIの一番大事な部分ですから」

「あの…それは、正しいことを自分自身で決めることができるということでしょうか?」

「そうだ。答えになっているかはわからないが…」

「まだわからないところがあります。ですが、話を聞けて良かったって思っています。ありがとうございます」

笑みを浮かべたナインはお礼を言うと、秘密基地で整備されているヴァングレイの元へ向かう。

勇者特急隊の整備スタッフがヴァングレイの弾薬の補給やパーツの交換などを行っていた。

「あの、昨日提案した武器はいつごろ完成しますか?」

「ん?ナインちゃんか。あと2日か3日と言ったところかな。しかし、すごいな。ただの姿勢制御OSかと思っていた君がヴァングレイの整備や改修プランを提示することができるなんてなぁ」

「私、優秀ですから」

褒められたことがうれしいのか、ナインはにっこりと笑っていた。




機体名:マイトガイン
形式番号:なし
建造:勇者特急隊
全高:25メートル
全備重量:104.7トン
武装:マイティバルカン、マイティディスチャージャー、マイティサーチャー、マイティスライサー、マイティカッター、マイティキャノン、シグナルビーム、動輪剣×2、マイティシールド
主なパイロット:旋風寺舞人(出力制御) ガイン(操縦)

ガインとロコモライザー、マイトウィングが合体することで生まれる勇者特急隊の切り札。
3機に搭載されているパワーエクステンダーの存在により、他のバッテリー搭載の武装ロボットと比較すると作戦行動可能時間や出力が大幅に上回っている。
また、フェイズシフト装甲が採用されているため、防御性能は高いが、その結果同じサイズの武装ロボットと比較すると、重量が重くなっている(ただし、搭載されている武器についてはフェイズシフトでカバーできないため、頭突きをした際にシグナルビームが破損するというようなケースがある)。
また、舞人とガインが二人三脚で動かすことが前提の設計であるため、どちらか一方が戦闘不能となると大幅に性能が落ちてしまう。
武装はシグナルビームを除くと、いずれも爆発物を用いない実弾兵器のみとなっており、それは市街地やコロニー内での戦闘を考慮しているため。
欠点としては、大ジャンプ程度の飛行能力しかないことで、飛行可能な武装ロボットに苦戦してしまう恐れがある。
そのため、現在はヴァングレイのスラスターから得られたデータを基に、マイトガインを飛行可能にするためのプランが作成されている。
なお、動輪剣についてはナインの解析によるとダブルオークアンタのGNソードⅤと構造が似ているようで、その関連性については不明。


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第19話 化石の軍隊

お気に入りが3桁となり、大喜びしているナタタクです!
改変設定ばかりで、下手であるにもかかわらず、お気に入り登録してくれた読者のみなさん、ありがとうございます!
今回も性懲りもなくオリジナル設定が入っていますよー!
読者の方で、機体などにアイデアの有る方は活動報告やメッセージへどうぞ!


-ヌーベルトキオシティ 市街地-

マイトステーションを離れたソウジは舞人と共に市街地を歩いていた。

以前戦った大阪重工やメガロステーションからは距離があり、人々は先日の2つの戦闘を新聞やニュースで既に知っている。

先ほど、ソウジが拾った新聞には武装ロボット犯罪を抑えるために警察へ回す予算を増額する法案を巡って、与野党が争っているという記事が書かれていた。

警察が過度に武装ロボットを持つと軍隊と変わりなくなり、自衛隊の存在意義が失われるのではないかというのが野党の主張で、彼らは自衛隊予算にそれを入れ、いざというときには警察と一緒に犯罪者の武装ロボットと戦うべきだという提案がなされている。

一昔前は無責任に批判ばかり繰り返す野党がいたようだが、時代の変化によって駆逐され、現在ではまっとうな野党と与党による建設的な論争が続けられているとのことだ。

「悪いな、舞人。買い物に付き合ってもらって」

「気にしないでください、ソウジさん。こうして街を歩くといい気分転換になりますから」

「少年社長は随分と庶民派だな」

勝手なイメージではあるが、ソウジは舞人がこうして街へ出るタイプではないと思っていた。

有事に備えて社長室や自分の家で仕事をしながら待機しているのが、旋風寺コンツェルン総帥として、そして勇者特急隊隊長としては正しい行いだろう。

ましてや、勇者特急隊隊長の素性は世間では知られていないため、仮に街に出歩くことで知られる可能性もあり得る。

しかし、舞人は町を出歩くのを楽しんでおり、移動店舗で売られているたこ焼きを狩ったときは嬉しそうにそれを口にしていた。

そう考えると、彼はヒーローである前に1人の普通の少年なのだと思える。

「社長って言っても、会社そのものは両親から受け継いだものですから」

「親父とお袋さんは?」

話を聞いている中で、ふと浮かんだ疑問を舞人にぶつける。

旋風寺コンツェルンにもマイトステーションにもいなかったため、もしかしたら彼が住んでいる家にいるのではないかと思ったためだ。

もしくは舞人のサポートのためにヌーベルトキオシティから離れているとも。

「3年前に事故で…」

少し表情を曇らせ、舞人は答える。

葬儀の後、2人の棺を一緒に運び、遺骨を拾ったときのことが今も忘れられないのだ。

「…すまんな」

「気にしないでください。それに、父と母のことは、自分なりに乗り越えましたから。それから、言っておきますけど、俺はお飾りの社長なんかじゃありませんよ。俺が経営を指揮するようになった旋風寺コンツェルンの各部門の業績はうなぎ登り、前年比の200%の利益です」

「大したもんだ。その噂の旋風寺舞人が選んだプレゼントなら、チトセちゃんも元気を出すだろう」

明るい表情に戻った舞人を見て、一安心したソウジはこの散歩の目的を思い浮かべる。

自分たちの素性を明かしたせいなのか、チトセは昨日からソウジ達と話すのを避けるようになった。

今日も朝早くに仕事探しをすると言って家を出てしまっており、どこにいるのかはわからない。

「チトセさん、大丈夫でしょうか?」

「ま、いろいろあるさ。いきなりあと1年で滅亡って地球から、平和で豊かな地球に飛ばされたんだしよ」

「ソウジさんは、そういうのはないんですか?」

「俺か…?そうだな、俺は何かに期待するって生き方を忘れちまったからな…」

「え…?」

ソウジの予想外の解答に驚き、一瞬それがどういう意味なのか分からなかった。

とても陽気でポジティブな彼らしからぬ答えで、やはり彼もまたその世界で傷を負った人間なのだということを再確認することになった。

もしかしたら、チトセとは違う何かを背負っているのかもしれない。

ソウジは体中の傷跡を思い浮かべながら、言葉を続ける。

「だから、失望したり、落ち込んだりってのはないかもしれない…」

「ソウジさん…」

いつもとは違う、シリアスな硬い表情を見せるソウジ。

だが、すぐにふざけた笑みを浮かべ始めた。

「なーんて、シリアスぶったりしてな。悪いな、舞人」

「い、いえ…」

「んじゃあ、少年社長ご推薦のプレゼントを聞こうじゃないか」

「そ、そうですね…やっぱり、女の子へのプレゼントといったら、花ですよ」

いつもとは違う一面を見た舞人は彼への疑問で頭がいっぱいになってしまい、彼からの女の子へのプレゼントが何がいいかという質問が頭から抜け落ちてしまっていた。

即答できたのは、それが王道の解答だったからに過ぎない。

しかし、ソウジはそれを満足げに聞いていた。

「花ね…。ド素人の俺なんかより、女の子への扱いに慣れた紳士の言葉だ。信用するか!」

舞人の答えが正解だと言わんばかりに、ちょうど近くに花屋の姿が見え、2人はそこへ向かう。

日本各地から仕入れた花々の匂いに包まれていて、セーター服の少女がエプロンをつけて手入れをしていた。

「あ、いらっしゃいませ!どんなお花をお探しですか?」

「君は…!」

その少女を見た舞人は驚きを見せる。

しかし、足に巻かれている包帯を見て、間違いないことを理解した。

彼女は昨日、舞人が助けたサリーという少女だった。

「あれ?どうか…しましたか?」

「いや…」

やはり顔を隠し、ボイスチェンジャーを使っているせいか、サリーは舞人を見ても、彼が昨日助けてくれた男だとは思っていない。

感情を顔に出してしまったことを反省しながら、ほんの少しだけ彼女が自分を知らないことを残念に思いながら、本題に入る。

「実は、俺の知り合いが花を探していて…。ソウジさん、何かいい花が見つかりましたか?」

店に入り、難しい表情で花とにらめっこをするソウジに聞く。

花に関する知識がゼロのソウジであるため、直感で決めようと考えたが、どの花もピンとくるものがなかった。

「いや…どれもいい花なのはわかってるが、どうもイメージに合わないな。俺がチトセちゃんに贈りたいのは、もっとこう…派手じゃなくても一生懸命咲いている花だ」

ソウジにとって、チトセは力がなくても、それでもどうにかしようと一生懸命な少女だ。

そんな自分らしさを取り戻してほしいという願いを込めるのであれば、そのような花に込めたい。

しかし、残念なことにこの店にはそのような花がないためか、彼の直感に響かない。

「では…少し歩くことになりますけど、そういう花がある場所へご案内します。よろしいでしょうか?」

「え…?」

「ん、まぁ…そこにあるなら、それでもいいけどよ…」

 

-ヌーベルトキオシティ 市街地付近-

「これです!こちらの花はいかがでしょうか!?」

市街地から少し離れたところにある野原で、サリーがソウジに提案する。

黄色い花びらで、柔らかな葉と細いもののしっかりとした茎の花だ。

花の種類や名前も何も知らないソウジだが、それを見ると、チトセをイメージすることができた。

「これこれ、これだ!これこそが俺が求めていた花だ!!」

「お役に立てて、この子も喜んでいると思いますよ」

サリーは傷つかないようにその花を摘んで、ソウジに差し出した。

「この花は?」

「私…ここ一帯の地主のおじいさんと知り合いで、ここで花を育てる許可をもらっているんです」

「え…?いいのか?そんな大切な花を…」

「そのチトセさんっていう人が元気になるなら…」

屈託のない、天使のような笑みを浮かべながら、サリーは素直に言う。

それを見た舞人は一瞬ドキッとしたが、同時にこの空間には場違いな殺気を感じた。

「…!?危ない、サリーちゃん!!」

「え…!?」

舞人はサリーを押し倒す、

彼女の胸部へ向かうはずだった銃弾がそのまま当たることなく飛んでいき、後ろにある木の幹に命中した。

「舞人!こいつは…!」

ソウジも舞人と同じように、殺気を感じ始めていた。

サプレッサーがついているのか、銃の音が聞こえなかった。

「い、今のはいったい…!?」

「動かないで、このままじっとしているんだ」

先ほどよりも殺気が強くなり、草むらや木の陰から男が1人、また1人と出てくる。

胸部に♂マークが大きく描かれた、赤とベージュが基調の制服を着ており、目つきはどれも一般人の者とは思えない。

「何なんだよ、お前らは」

ソウジは訓練で学んだ日本軍徒手格闘の構えを見せる。

日本拳法をベースとし、200年以上にわたって改良されながら受け継がれてきた軍人の格闘術だ。

この集団のリーダーと思われる眼鏡の男がソウジの前に立つ。

「そこの男、一緒に来てもらおう」

(日本語…?だが、少し訛りがあるみたいだな…)

英語のような抑揚がわずかに感じられるしゃべり方にソウジは疑問を感じる。

日本人の発音はあまり抑揚がなく、あっても少ない方なのが特徴だ。

だが、目の前の男のしゃべり方を英語並みの抑揚を抑えながらしゃべっている感じだ。

少なくとも、ヌーベルトキオシティでそのようなしゃべり方をする日本人はいない。

「俺をご使命か…しっかし、強引なナンパだな。誘い文句が直球過ぎだ。それに、ここはそこにいる女の子の秘密の楽園だ。お前らみたいな陰湿な奴らは消え失せろ」

「隊長!あの少年は…」

立ち上がり、空手の構えを見せる舞人を見た制服の男の1人が声を上げる。

「間違いない、旋風寺コンツェルン総帥、旋風寺舞人だ」

「ええ…!?」

舞人の正体を知らなかったサリーはびっくりしながら彼を見つめる。

確かに彼からはほかの同年代の少年とは違う何かを感じたが、正体がそれだとは夢にも思わなかった。

「ちょうどいい。我々の崇高な理想実現のための資金源になってもらう」

「ま、舞人さん…!」

だんだん怖くなってきたのか、サリーの体が震える。

足もすくんでしまったのか、立ち上がろうと思っても足に力が入らない。

舞人は彼女の前に膝をつき、肩に手を当てる。

「大丈夫だ、俺が君を守る」

「え…?」

自信たっぷりに、まるでアニメなどで見るヒーローのような発言を笑顔で言う舞人を見たサリーの心がら不安が消えていく。

同時に、何かときめきのようなものを感じ始めていた。

「こいつらが悪党なのは確定だ。遠慮はいらねえぞ、舞人!」

「では…行きましょう!」

「奴らを捕らえろ!!」

十人単位で男たちが2人に襲い掛かる。

「柔道に近い構え…だがなぁ!!」

足を使って相手を地面に倒し、利き腕に向けて関節技を決める。

後ろから襲ってきた男に対してはひじ打ちを鳩尾に決め、ひるんだところを背負い投げた。

「抵抗してきたぞ!!」

「銃を使うな!殺してしまっては、元も子もないぞ!!」

先ほどの発砲は利用価値のないサリーを殺すためのもので、彼らは全員銃とナイフを持っている。

しかし、乱戦となってしまったことでそれらを使用することができず、殺してしまっては元も子もないことから、昔取った杵柄ともいえる柔術で対抗するしかない。

だが、ソウジは国連軍で鍛え上げた軍人で、舞人は勇者特急隊として戦うために訓練を欠かしていない。

「誘拐犯が…ごちゃごちゃ言うなってんだよぉ!」

巴投げで倒れた男に向けて、自分に向けて突進してきた男を投げ落とす。

最後に残った眼鏡の男については舞人が地面に倒し、押さえつけていた。

「く、くそ…!!」

「答えろ!お前たちは何が目的で俺だけじゃなく、ソウジさんまで捕まえようと…!?」

押さえつけた男に質問をぶつける舞人に背筋が凍るような寒気が襲う。

今度は赤と黒の三度笠をかぶり、マントで体を隠した男たちが現れていた。

先ほどの制服の男たちとは異なり、彼らからは明確なプレッシャーが感じられる。

「ソウジさん…」

「ああ。こいつらは本当にヤバイ奴らだ…」

「おお!!助けてくれるのか、同…!?」

バンッという発砲音と共に、舞人が抑えていた男に脳天に銃弾が突き刺さる。

頭から血を流しながらこと切れた男から舞人は離れる。

「あ、あああ…」

目の前で人が射殺される光景を見てしまったサリーは両手で顔を隠し、ショックのあまり動揺してしまう。

「奴ら…味方を!!舞人!そこの女の子と一緒に逃げろ!」

「しかし…!」

あの三度笠の男たちは6人で、いずれも手練れにしか見えない。

そんな彼ら6人の相手をさすがのソウジでもできるとは思えない。

舞人が加勢しても、有利になるかどうかは分からないものの、少なくともソウジ1人で戦うよりはましになる。

「早くしろ!こいつらはシャレが通じない!」

「…わかりました!サリーちゃん!!」

「はあ、はあ…はい…」

サリーをお姫様抱っこした舞人がその場を離れていく。

さすがに舞人を狙うのはまずいと思ったのは同じなのか、彼らは邪魔をすることなく、黙って2人が逃げるのを許した。

「あの小僧はおまけに過ぎない」

「われらに必要なのはこの男のみ」

「俺の…何が狙いだ」

ソウジのみを狙うのに心当たりがあるとしたら、別次元から来た人間であることとヴァングレイの存在だ。

少なくとも、この次元でヴァングレイに乗っているのはソウジ1人で、浜田やウォルフガングのような技術者にとって、そのモビルスーツモドキは興味深い逸品だ。

だが、それでもソウジ1人を捕まえるのにはメリットが少ない。

ソウジは技術者ではないし、あの次元の産物で手元にあるのはこのジャケットだけだ。

「A級ジャンパーはすべて我々が独占する」

「は…?ジャンバー?悪いが、このジャケットはお気に入りでな、だれにも渡すつもりはねえよ」

「この期に及んでふざけるとは、肝が据わった男だ」

「腕や足をもいだとしても、生きてさえいれば、問題はない」

6人からカチャリと銃の安全装置が外れる音が聞こえた。

先ほどの制服の男たちとは違い、彼らは平気で銃を使う分性質が悪い。

(ちっ…こいつら6人と戦うには…)

勝つための散弾を考え始めたソウジに発砲音が聞こえる。

「むっ…!?」

三度笠の男のマントに弾丸が当たるが、それは弾かれたかのように跳ね、地面に落ちる。

「あ、あやつは…!」

発砲音が聞こえた方向に目を向けると、そこには黒いコートで身を包み、黒いバイザーで目を隠した青年の姿があった。

大きなリボルバーから放たれたその弾丸は、発砲音も大きいうえに威力も巷の銃とはケタ違いだ。

それから放たれた弾丸を受けて無傷であるため、マントの中に何を隠しているのかとソウジは恐れを抱く。

「ククク…いい機会だ。われらの邪魔をする者には…」

「死、あるのみ!」

ソウジを狙っていた6人が黒衣の男に狙いを定め、銃を向ける。

「われら北辰衆…その暗殺術を見せてくれる!」

6人がマントで銃を持つ手を隠し、男を包囲し、時間差をかけて接近する。

マントで隠れているため、どのタイミングで、そしてどのようなところから発砲してくるのかわからない。

しかし、彼は放たれる弾丸がまるで分っていたかのように避けると反撃のためにねげ技を決めたり、蹴りや拳で決めてくる。

「何!?この動きは…!」

「木連式・柔…」

「すげえ…」

黒衣の男の動きを見たソウジは今日何度目かわからない驚きを感じた。

あれほどプレッシャーを放っており、実際に自分が見てもかなりの技量のある6人を無傷でダメージを与えていっている。

おまけに銃を使わずに、だ。

このままでは勝てないと踏んだ6人は距離を置く。

「だが、天河アキトよ、貴様の進む先に待つは冥府だ!」

6人はその場を離れていく。

去っていく6人をにらむ黒衣の男の元へ、ソウジは駆け寄る。

「冥府か…だが、今よりはマシだろう」

「あんた、助かったぜ。礼を言わせてくれ」

「あんた…生まれは火星か?」

黒衣の男、アキトはくぐもった声でソウジに質問する。

宇宙放射線で日焼けしている肌であるため、火星生まれの人と誤解されたことはよくある。

どういう意図でそういう質問をしているのかわからないが、ソウジは答えることにした。

「話せば長くなるが、俺は火星出身じゃない」

「ならば、なぜ奴らはあんたを…?」

「さっきの連中、ジャンパーとか言っていたが…」

「どういった事情か分からないが、あんたは奴らにジャンパーと誤認されたみたいだ。だとしたら、奴らはまた来る。…?どうした?」

バイザーの右端に指をあてたアキトは誰かからの通信を聞いていた。

同時に、南の方角からいくつもの機動兵器が現れるのが見えた。

「あれは…木連の機動兵器!?」

ソウジは図書館で見た記録映像を思い出す。

かつての木連が使用していた無人兵器であるバッタ多数と『熱血ロボ ゲキ・ガンガー3』の主役ロボ、ゲキ・ガンガー3をモデルにしたジンシリーズの1つであるマジン4機の姿が見えた。

「確か、ここの南には使われてない工場があったな…」

「もしかして、そこがあの♂制服と三度笠の奴らのアジトか!?」

「奴は…」

機動兵器の中に見える6機の足のない茶色いボール型のものが見えた。

それを見たアキトの顔に光るラインが何本も出てくる。

「逃げるぞ!あのバッタ、俺たちを狙ってきている!」

数機のバッタがアキトとソウジを視認したのか、こちらへ向けて接近してくる。

モビルスーツやエステバリスといった機動兵器と比べるとかなり小型だが、それでも生身であるソウジとアキトにとっては脅威だ。

ソウジは光るラインのことを気にしないようにしながら叫ぶ。

しかし、アキトはそれらをただ見ているだけで、その場を動こうとはしない。

「俺は…もう逃げない…」

「ん…この音は…!!」

無理やりにでも逃げさせようと、アキトをつかむソウジだが、急に聞こえてくる大きなエンジン音に驚く。

聞こえた方向に目を向けると、剣のように艦首がまっすぐに突き出している形の白い戦艦が浮かんでいて、そこから黒い重装な装甲に包まれた機動兵器が出撃し、アキトの目の前に降りてくる。

それに気を取られ、力が抜けているのを見計らったアキトはソウジから離れ、その黒い機体に乗り込む。

「下がっていろ、ラピス」

乗り込んだアキトがつぶやくと、その白い戦艦は反転し、その場を後にする。

マントを取った彼は操縦桿を握り、同時に背中についている卵型のインターフェイスをコックピットに接続した。

「リアクトシステム…起動。網膜投影、開始」

コックピットが閉まり、アキトの眼にその機体のメインカメラに映る光景がそのまま映る。

両手のハンドキャノンがその場で火を噴き、近づいてくるバッタ達をそこから発射される質量弾が破壊する。

「この黒いのは…!」

「ブラックサレナ…出る」

黒い機動兵器、ブラックサレナが浮上し、バッタの軍団に向けて突撃していく。

「な…待てよ!?1機だけでそいつらは…!!」

今残っているバッタは10機以上存在し、集中砲火を受けたらどうなるかは目に見えている。

ブラックサレナを見たバッタ達は背中に搭載されているミサイルを発射する。

しかし、ブラックサレナはミサイルとミサイルの隙間をまるで先読みしたかのように飛んで回避し、マニピュレーターの代替品として尻尾のように装備されているマジック・アンカーがバッタをつかみ、別のバッタに向けて投げつける。

更に、ミサイルが町へ行くのを避けるため、ハンドキャノンを連射して次々と破壊していった。

「愚かにも独りで我らに挑むか」

「天河アキト、その業、ここで払ってもらう!」

「黙れ…!」

この世界でのミノフスキー粒子ともいえるNジャマーが展開されていないため、彼らの言葉がブラックサレナにダイレクトに伝わる。

バッタをある程度撃破したアキトは操縦桿を握る手の力を強め、ブラックサレナにディストーションフィールドを展開させる。

正しくはスペース・タイム・ディストーション・フィールドと言われる、相転移エネルギーを利用し、周囲の空間をゆがませるそのフィールドに包まれたブラックサレナが一点突破せんとばかりに後方にいる茶色い機動兵器たちに向けて突撃する。

「やらせるかぁ!!」

1機のマジンがブラックサレナの前に立ち、胸部に搭載されている重力波砲、グラビティブラストを発射する。

「邪魔だ…!」

ブラックサレナは避けずにそのグラビティブラストを貫くかのように直進していく。

ブラックサレナのディストーションフィールドの出力がマジンのグラビティブラストを上回っているが故にできる芸当だ。

「馬鹿な!?奴は鬼?いや、悪…」

最後まで言い終わらないうちにブラックサレナのディストーションフィールドによって、パイロットはコックピットもろとも押しつぶされていく。

ブラックサレナに貫かれたマジンは頭と手足だけを残り、胴体はバラバラになっていた。

「やりおる。だが…」

「われらの六連、そして傀儡舞に勝てるとでも?」

あの三度笠の6人が乗っている茶色い人型兵器、六連が足代わりに搭載されている回転ターレットノズルを利用して、パターンの読めない機動を見せ始めた。

ブラックサレナが回転しつつ、ハンドキャノンを発射させたり、マジック・アンカーをヒートロッドのように振り回したりするが、当たる気配がない。

あと少しで当たるところを、まるで風に乗った埃のようにフワリとかわしていく。

更に、持っている錫杖で攻撃を加えていて、ブラックサレナの装甲を傷つけている。

「まずいぜ、こいつは…!」

数は相手が上なだけでなく、六連の不可解な動きにアキトはついていくのが精いっぱいだ。

攻撃は当たらず、逆に相手の攻撃に何度か当たっている。

まだ生き残っているマジンやバッタがおり、彼らに合流されたら、それこそピンチだ。

「申し訳程度にしかならないかもしれないが、俺もヴァングレイで…!」

携帯を出し、ヴァングレイを預けている大阪重工に連絡しようとしたが、そんな彼に2機のバッタが飛んでくる。

捕獲のため、背中にネット弾を装着しており、ソウジに狙いを定めていた。

まずいと思ったソウジだが、後方から飛んできた2つの弾丸がバッタを貫く。

「あれは…!」

後ろを向き、その弾丸を放った黒い機動兵器、ヴァングレイを見たソウジはびっくりする。

まさか、2日前と同じことがまた起こるとは思わなかった。

ヴァングレイの手に乗り、コックピットに入る。

その時にサブパイロットシートを見たものの、やはりそこにチトセの姿はなかった。

「お待たせしました」

メインパイロットシートの前に追加された小型モニターにナインの姿が表示される。

「ナイン…本当だよ。来るんなら、もっと早くしてくれ…って、冗談だ!悪かった!!今回は本当に助かったぜ!」

ムッとした表情を見せるナインに態度を一変させ、平謝りする。

「まぁ…いいですけどね」

「そういやぁ、どうして俺がピンチだってことがわかったんだ?」

「キャップの脈拍、呼吸、その他のバイタルから異常を感知しましたから」

「こいつは…おちおちトイレにも行ってられんな」

これはもはや四六時中ナインに監視されているのと同じ意味だ。

仮にトイレに駆け込んで、そこで解放感に包まれている間にヴァングレイが天井を突き破って登場したとしたら、シャレにならない。

そんなことを考えていると、バッタのミサイルが飛んできて、それを左腕のシールドで受け止める。

「と…そんなこと考えてる場合じゃなかった!今からあの黒い機体を援護する!」

ビームサーベルでバッタを切り捨て、ブラックサレナの近くで飛び回る六連に向けてガトリング砲を発射する。

あたりはしなかったものの、これでブラックサレナから引き離すことができた。

「おい、そこの黒いの!援護するぜ!!」

ブラックサレナの背中を守るように立ったヴァングレイからミサイルが発射され、グラビティブラストを放とうとしたマジンのメインカメラを破壊する。

そのあとで、両腕のビーム砲を発射するが、割って入った別のマジンが放つディストーションフィールドによってビームが歪み、消滅した。

「ビームが効かない!?ディストーションフィールドってやつか!」

マイトステーションでこの世界の機動兵器を調べた中で、ディストーションフィールドの項目を見たことを思い出す。

機体周囲もしくはその一部の空間をゆがめることで、攻撃を軽減するバリアであり、重力波をエネルギーとした機体にしか現状では搭載できない。

特にビームに対して効果があり、フェイズシフト装甲の登場で下火となろうとしていた実弾兵器が再注目されることになった。

実弾兵器や重力波を利用したグラビティ兵器がそれに対して効果があるためだ。

ただし、グラビティ兵器は技術的な課題が多く、小型化が難航している。

マジンは確かにグラビティブラストを搭載しているものの、その威力は戦艦に搭載されたものほど高いものではなく、ディストーションフィールドを搭載した戦艦へ攻撃しても効果がない。

そのことも、信頼性の高い実弾兵器がいまだに使用される大きな理由になっている。

マジンの両腕が発射され、ヴァングレイの胸部に命中する。

「うわああ!!ロケットパンチか!?さっきのは!」

(問題ありません。コックピット周辺についてはフェイズシフト装甲に換装しましたから)

「それは助かるけどなぁ、この揺れはどうにかならねえのか?」

(なりません)

「即答かよ…」

「油断するな」

ヴァングレイにとどめとして頭部ビーム砲を発射しようとしたマジンの背後に回り込んだブラックサレナがハンドキャノンを連射し、マジンをハチの巣にする。

そして、アキトは回線を開き、ヴァングレイと通信をつなげる。

互いのモニターに、互いの機動兵器のパイロットの姿が映る。

「やはりお前か…。なぜ戻ってきた?」

狙われているのがわかっているのなら、アキトにすべてを押し付けて逃げることもできたはずだ。

野暮な質問だと苦笑しつつ、ソウジは答える。

「元々、あいつらの狙いは俺だからな。降りかかる火の粉ぐらい、俺がどうにかするさ」

「…好きにしろ」

回線を切り、背後から飛んでくるミサイルをよけたブラックサレナが六連の軍団に向けて突撃する。

一方的に切られたものの、こちらが戦うことを拒まれなかっただけでも、ソウジにとっては儲けものだった。

「さてっと…じゃあ、ナイン。チトセちゃんがいない分、サポートを頼むぜ」

(あの6機の機動兵器は脅威です。早々に周辺の機動兵器を叩き、援護をしないとあの黒い機体の負けです)

「6機…。三度笠野郎のか。なら、さっさと借りを返しに行くか!」

工場から更に2機のマジンと5機のバッタが出撃し、ヴァングレイに向けて攻撃を仕掛けてくる。

「残弾よし…。俺を狙ったことを後悔させてやるぜ!」

 

-ヌーベルトキオシティ 市街地付近の空き地-

「よし…ここまで来れば…。サリーちゃん、大丈夫かい?」

「はぁ、はぁ…は、はい…」

たっぷりと深呼吸をし、落ち着きを取り戻したサリーはうなずく。

ここまで取り乱してしまうのも無理はない。

当然のことながら、彼女はあのような光景とは無縁の世界で育ってきた。

3年前の舞人と同じように。

勇者特急隊を結成し、各地で犯罪者やテロ組織と戦ってきた舞人は当然のことながら、あのような光景は何度も見てきた。

最初はかなり動揺したが、今では慣れてしまっている。

このようなものを慣れてしまうのはいいことなのか、それとも悪いことなのかはわからないが。

安心した舞人の胸ポケットの中の携帯が鳴る。

浜田からの電話で有り、先ほどの事態もあるため、舞人は迷うことなく電話に出る。

「舞人、大丈夫!?君がいる場所の近くに武装ロボットの軍団が現れたって情報が入ったけど…」

「ああ、こっちは心配ない。ガイン達は!?」

「今そっちへ行ってる!そこを離れないで!」

「分かった。感謝するよ!!」

今はつけていないが、ズボンのポケットの中には勇者特急隊のバッジがある。

それによって、舞人の位置がマイトステーションに伝わるようになっている。

しかし、分かるのは居場所だけで、武装ロボットの出現についてはニュースや警察が得た情報、旋風寺コンツェルンが管理しているカメラによって把握するしかない。

今回はソウジのバイタルの異常から、ナインが伝えてくれたようだ。

「あの、舞人さん…どうして、私の名前を…?」

「え…?」

サリーの質問を聞いた舞人はハッとする。

彼女は自分が昨日助けた人間だということを知らず、花屋で会った時もまだ自己紹介をしていない。

緊急事態になってため、すっかりそのことを失念していた。

「それに、あなたって、もしかして…」

その疑問が波紋となり、だんだんと彼へのさらなる疑問が浮かび始める。

訓練を受けた大人たちを倒す身体能力と、それに対して動揺を見せない態度。

おまけに彼の背丈は昨日助けてくれたあの男とほぼ同じだ。

そうだとしたら、思い浮かぶのは…。

「舞人!今来たぞ!!」

「ガイン!?」

ガインとマイトウィングが飛んできて、マイトウィングが舞人のそばに着地する。

驚きにより、その場に立ち尽くすサリーをよそに、舞人は急いでマイトウィングに飛び乗り、ヘルメットをつける。

「ガイン、ボンバーズとダイバーズは!?」

「彼らは現場へ先行している。ロコモカイザーも彼らと一緒だ!」

「了解!現地でマイトガインに合体だ!」

「あ…舞人さん、待…!?」

離陸していくマイトウィングを見たサリーはコックピットの舞人を見る。

バイザーによって彼の顔は完全に隠れ、それを見たサリーは確信する。

彼が勇者特急隊の隊長であり、自分を助けてくれた男であることを。

空き地をガインと共に離れていき、ソウジ達が戦っている場所へ向かうマイトウィングに浜田から再び通信が入る。

「どうした!?浜田君!」

「ソウジさんが戦っている場所へ向かっている戦艦がある!ナデシコタイプだ!」

「ナデシコ…?もしかして、独立部隊の…!?」

ナデシコという名前を聞いた舞人は3年前の木連との戦いを終結へ導いた戦艦のこと、そして去年できた新型のナデシコのことを思い出す。

地球連合軍では主流であるモビルスーツではなく、エステバリスを搭載した、ネルガル重工の息がかかった曰く付きの戦艦。

そして、その戦艦の艦長が電子の妖精という二つ名を持つ少女、星野ルリ少佐であることを。




機体名:ブラックサレナ
形式番号:不明
建造:不明
全高:8メートル
武装:ハンドキャノン×2、マジック・アンカー(先端にクローを搭載)、ディストーションフィールド
主なパイロット:天河アキト

黒ずくめの青年、天河アキトが搭乗する正体不明の機動兵器。
黒い重装甲とは裏腹に、高い反応速度と機動力を発揮しており、火力を除いては、コンセプトはヴァングレイに近い。
火力そのものはかなり低いものの、ディストーションフィールドの出力は従来機よりも高く、マジンのグラビティブラストを完全に防御しつつ、そのまま体当たりで撃破できてしまうほどだ。
また、手足を固定することで防御力を高めており、それによって使用できなくなっているマニピュレーターの代わりとしてクローを装備したマジック・アンカーが搭載されており、その精密性はマニピュレーターを上回る。
なお、リアクトシステムという機能を搭載しており、パイロットの背中についているインターフェイスを経由して接続しており、それによって反応速度の強化や網膜投影が可能となっているようだが、主な詳細は不明。


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第20話 火星の亡霊

-ヌーベルトキオシティ 市街地付近-

「ちっ!!いい加減当たれよ!」

ソウジとアキトの周囲を飛び回る六連にガトリング砲を発射し続けるが、一向に当たる気配がなく、いずれも当たるか当たらないかのぎりぎりのところで、最低限スラスターをふかす形で回避している。

バッタとマジンはすでに撃破しているが、この6機の六連は無人兵器やほかの機動兵器と格が違う。

伊達にほかの兵士から恐れられているわけではないということだ。

「キャップ、ガトリング弾切れです」

「くそ…!こんなんじゃあ、ポジトロンカノンでも駄目だろうな!」

デッドウェイトとなるガトリング砲を強制排除し、両腕のビーム砲での攻撃に切り替える。

相手はディストーションフィールドを展開できる機動兵器であるため、ビーム兵器はあまり有効ではないが、距離を離すことだけはできる。

「フフフ、天河アキト。その程度の技量で我々に挑むとはな」

「お前なぞ、あのお方の手を煩わせる価値はない。われらの手で始末してくれる」

「くっ…!」

ハンドキャノンの残弾がつき、アンカークローとディストーションアタックを交わされ続けるアキトは怒りで歯ぎしりする。

ついに六連がミサイルポッドを発射し、ミサイルをブラックサレナの堅牢な外部装甲が受け止める。

「もらった…!」

ミサイルを発射した六連の動きがわずかに止まるのが見えたアキトはその六連に向けてディストーションアタックを放つ。

どんなに機動力の高い相手でも、こうした攻撃をするときは少しでも動きを止めざるを得ない。

このまま正面から六連をバラバラに消し飛ばすつもりだった。

「…跳躍!」

だが、六連が急に透明な粒子を展開し、ブラックサレナの前から姿を消す。

そして、背後に再び姿を見せると、錫杖を手放して両手を使ってマジックアンカーをアンカークローを引きちぎった。

「おいおい、何だよ今のは!?瞬間移動か!?うおおお!!」

他の六連から飛んでくるミサイルをフェイズシフト装甲で受け止めたソウジは先ほどのアキトの攻撃をかわした六連の動きに驚きを隠せなかった。

ワープそのものはヤマトやガミラスの戦艦などで見たことがあるものの、そうしたものをワープさせるためには膨大なエネルギーが必要であり、現にソウジ達がいた地球では波動エンジンのような膨大なエネルギーを生み出すエンジンがなければ、ワープすることなんてできない。

しかし、六連は何か母艦からエネルギー供給を受けたわけでもないにもかかわらず、短距離ではあるが、こうしてワープしている。

もしかしたら、この世界ではワープの技術が自分たちよりも進んでいるのではないかと予想してしまう。

「あれはボソンジャンプです。ボース粒子という特殊な粒子を増大させることで、瞬間移動しているんです。それを制御するユニットがジャンプ終了と同時にパージされています」

横にモニターに六連のジャンプ前とジャンプ後の姿が表示される。

背中についていたユニットがジャンプ後になって、外されてた。

そのユニットがボソンジャンプを可能にしているということは、一度しか使えないということになる。

「戦艦の接近を確認」

「戦艦!?まさか、ヤマト…なわけないよな?」

この状況はソウジとアキトにとって、かなりピンチな状態だ。

そんな時に颯爽と探していたヤマトが現れ、沖田艦長の見事な策によって逆転勝利、のようなアニメやゲームのようなどんでん返しなんてあるはずがないというのはソウジには分かっている。

となると、この世界で日本の近くにいる戦艦が来るということになる。

だが、ナインの報告では、それがあの三度笠の仲間たちのものか、それとも地球連合の者なのかがはっきりしない。

ナインの報告から数分経過しないうちに灰色がベースのヤマトとは対照的に真っ白で先端が青くペイントされている、木馬の前足のような2つのパーツが取り付けられた戦艦が現れる。

その戦艦を見たソウジは1年戦争でニュータイプ部隊の母艦となった、木馬というあだ名がつけられたペガサス級、ホワイトベースの写真を軍の教科書で見たことを思い出した。

また、その戦艦の後に続くように、3機の勇者特急隊も姿を見せる。

「勇者特急隊!?」

「ソウジさん、遅くなりました!サリーちゃんは無事です!」

「こちらが援護します!!」

ガードダイバーが両肩のハイドロキャノンを六連に向けて発射する。

長距離からの消火活動も念頭に入れられているためか、発射された水は十分ソウジ達のところに届いており、水流によって吹き飛ばされる可能性を考慮した六連が距離を取る。

「ちぃ!!」

「そこだ…!」

ガードダイバーに気を取られた六連に向けて、再びブラックサレナがディストーションアタックを放つ。

既に外部ユニットを強制排除した六連であり、反応が遅れてしまったため、六連以上の機動力と加速力を持つブラックサレナの攻撃をよけることができず、側面から受けることになる。

「ぐおおおおおお!?」

三度笠の男もろとも、六連は粉々に吹き飛んでいった。

「ちっ…!」

死亡した同僚のいた場所を見た三度笠の男の1人が舌打ちする。

あの程度の攻撃に気を取られ、アキト程度の男にやられたことをふがいないと思っていた。

決して、仲間の死を悼んでいるわけではない。

「よし!まずは1機仕留めたぜ!!」

「そちらのモビルスーツのパイロットの方、聞こえますか?」

通信用モニターに薄紫のツインテールで、白いケープを上着とした連邦軍の制服姿の少女が表示される。

「ん…?ああ、君は…?」

「初めまして。こちらは地球連合軍所属、独立ナデシコ部隊のナデシコB艦長の星野ルリ少佐です」

ポーカーフェイスのまま、ルリはソウジに挨拶をする。

「こっちの軍隊の戦艦って、前の連邦軍みたいに派手なんだな」

ヤマトやキリシマなど、クラップを除いたソウジが見てきた戦艦は派手さのない、無骨という言葉が似合うようなデザインのものばかりだった。

そのため、ナデシコBのような真っ白な戦艦がとても新鮮に感じられた。

おまけに、その戦艦の艦長が可憐な美少女となると、もう何も言うことはない。

容姿だけを見ると、明らかに中学生くらいの年齢で、いきなり自分が艦長だなんて言われても信じられないが、なぜかソウジはそれをすんなり信じられた。

古代のような自分よりも若い戦術長、そしてメルダのような美少女パイロットとトビアのような若きニュータイプ兼エースパイロットを見た影響もあるかもしれない。

「キャップ、姉さんに言いつけますよ?」

「さすがに戦闘中にそんな話はしないって…怒るなよ」

ナイン専用のモニターに映る彼女の表情はムッとしている。

彼女がOSであり、おまけに彼女無しでは戦闘に支障をきたしてしまうことを考えると、本当に機嫌を損ねてしまったら、彼女が言っていた最悪のケース、撃墜というシャレにならない展開が起こりかねない。

あんまり彼女を怒らせないように、少なくとも戦闘中に女性をそういう目で見るのはやめようと決心した。

「これより、勇者特急隊と協力して、テロリストグループを鎮圧します。リョーコさんと三郎太さんは発進をお願いします」

ナデシコBの下部についているハッチが開き、赤と青の機動兵器が発進する。

灰色のフレームの上にそれぞれ青と赤の装甲を直接取り付けたような、10mにも満たない小型の人型兵器で、青い機体の方は両肩に連装キャノンを搭載した重攻撃型となっている。

「これって…エステバリスか!?」

図書館にある記録映像の中にあった、それらの機体そっくりな人型兵器のことを思い出す。

それらはナデシコに配備され、木連との戦いで活躍した、モビルスーツとはベクトルの異なる進化を果たした機動兵器だ。

ナデシコBから発進したその2機は細部が若干異なって見えるものの、エステバリス系列のものとみて間違いないだろう。

「にしても、プロスペクター氏の顔の広さには驚くね。まさか、旋風寺コンツェルンの超極秘プロジェクトに渡りをつけるとは」

出力と武装が強化された青いエステバリス、スーパーエステバリスに乗り、レールガンで六連に向けて攻撃を行う、赤いメッシュの入った金髪ロン毛で青いネルガル製のノーマルスーツを着用したパイロットであり、ナデシコB副長である高杉三郎太はネルガル重工の従業員の中でも謎の多い人物であるプロスペクターの面識の広さに感服する。

旋風寺コンツェルンでもトップシークレットであり、今でも正体が知られていない勇者特急隊の正体を突き止め、彼らとの協力体制を築くことに成功しており、かつてのナデシコのクルーやパイロットも彼がかき集めたと聞いている。

人と組織を見る目は確かなのだが、それ故に彼のことを不気味にも感じられた。

ナデシコBに配備され、ネルガル重工やプロスペクターと関係の近い人物と行動を共にするようになってからも、会長である曉ナガレのことはともかく、プロスペクターについてはほとんど情報を得ることができなかった。

本名も経歴も一切不明で、かつての戦争では軍人と格闘術や銃で渡り合うことができた上に、ハッカーとしての実力もある上においしいラーメンも作る。

どんな人生を送れば、5:5のセンター分けでちょび髭の、明らかに普通のサラリーマンに見間違えて仕方のない顔立ちのその男がそれほどの面識と技術を得ることができるのか。

「ネルガルと旋風寺コンツェルン…二つの超大型企業の業務提携とも言えますね」

ナデシコBの通信席に座る、黒いオールバック気味な髪をした小学生と中学生の中間と言える背丈と幼い容姿の少年、真備ハリがつぶやく。

ネルガル重工は木連との戦争が終わった後、そこにあったボソンジャンプをはじめとした古代火星文明の技術独占に失敗し、戦後に木連と地球による合同事業として行われるボソンジャンプネットワークであるヒサゴプランの整備事業が地球圏では第2位の軍事企業クリムゾングループに取られてしまったことで、衰退している。

エステバリス系列の機動兵器の配備についても一部にとどまっており、現在はそれを含めて、連合軍からモビルスーツのパーツなどの下請けをしている始末だ。

そのためか、会長であるナガレは表向きには行方をくらましており、会長秘書であるエリナ・キンジョウ・ウォンが会長代理を務めている。

そのため、かつては肩を並べる存在だった旋風寺コンツェルン、正確に言えばその前身であった旋風寺流通グループと旋風寺鉄道の2つの企業に対しても後手に回っているのが現状だ。

「そんなことよりも!!」

三郎太の疑問、そしてハリのつぶやきを重力波コントロールの増設によって高い出力を獲得した赤いエステバリス、エステバリスカスタムのパイロットであり、青がかった黒の短髪の助成である昴リョーコが吹き飛ばす。

ラピッドライフルを連射し、六連から発射されるミサイルを撃ち落としながらブラックサレナの装甲に左手を当てる。

ソウジがいた世界でも、こちらの世界でも共通して存在する、Nジャマーやミノフスキー粒子、GN粒子が散布されている状況下でも確実に通信可能な、通称お肌のふれあい会話だ。

「アキト!!それに乗っているのはアキト、お前なんだろう!?」

リョーコが耳栓をつけたくなるくらいの大声をあげてアキトに通信を送る。

リアクトシステムにより、自分の肩の触れられている感覚があるうえ、リョーコの声はちゃんと聞こえているアキトだが、彼女からの通信に応える気配はない。

「おい!!何とか言えよ!!アキト!!」

「リョーコさん、今は戦闘中です。あの人のことは後回しにしましょう」

「そうは言っても…うわあ!?」

ちぎられて、わずかに残ったマジックアンカーを振り回し、接触したエステバリスカスタムが吹き飛ばされる。

同時にリョーコがいた場所にはミサイルが直撃コースで飛んできていた。

仮にアキトに助けられなかったら、リョーコはそのミサイルの餌食になっていただろう。

「リョーコさん、これは…命令です」

「ちっくしょう!!アキト!戦いが終わるまでそこから逃げるなよ!!」

吹き飛ばされ、地面に落下した自分の愛機のダメージチェックを行う。

フレームへのダメージはなく、装甲にわずかなダメージが確認できる程度で、戦闘の続行は可能だ。

再び浮上したエステバリスカスタムは六連に向けてラピッドライフルを連射する。

(あの黒づくめの男…いろいろと複雑な事情があるみたいだな)

レールガンを撃ち、残り5機の六連と戦いながら、ソウジはブラックサレナとアキトのことを考える。

顔に出ていたナノマシンによる光のラインと、ブラックサレナ。

彼が強化人間のようなろくでもないことをされたことは薄々とだが、感じられた。

「テロリストめ!これ以上ヌーベルトキオシティで好きにはさせないぞ!」

マイトガインがシグナルビームとマイティバルカンで上空の六連を攻撃する。

更に、トライボンバーは頭部バルカンであるボンバースクリーマーで攻撃を仕掛ける。

立て続けに表れた1隻の戦艦、そして5機の機動兵器の登場により、形勢が逆転する。

「おのれ…!あと少しで天河アキトを抹殺し、あの男を捕まえることができたものを!!」

かつて、木連に地球への攻撃をことごとく邪魔をし、熱血クーデターのきっかけを作った忌むべき戦艦、ナデシコに怒りを覚える。

怒りによって注意力がわずかに乱れたことで、レールキャノンが六連の右腕を撃ち抜き、錫杖ごと吹き飛ばす。

「ぐおおお!?」

「よくやった、三郎太!てめえ…よくもアキトとユリカの幸せをぶち壊しやがったなぁ!!」

弾切れとなったラピッドライフルを投げ捨て、右拳を前に出し、ディストーションフィールドを展開したエステバリスカスタムが右腕を失った六連に向けて突撃する。

「く…!!」

せめてコックピットは守ろうと、ディストーションフィールドを展開させた六連。

両者のディストーションフィールドがぶつかり合い、やがてエステバリスカスタムが押し始める。

「何!?奴の機体は3年前の旧型のはず…!」

「残念だったな!こっちのエステバリスはバージョンアップを繰り返した、特別製だぜぇ!」

出力で上回ったエステバリスカスタムに貫かれ、六連がまた1機爆散する。

「おのれぇ…!」

「もうよい、ここでの役割は終わりだ」

残った六連の近くにボース粒子が発生し、エステバリスと同じ程度の小さな赤い人型機動兵器が出現する。

「またボソンジャンプ…。あの三度笠野郎の仲間か!?」

「邪魔だ」

赤い人型機動兵器が各部に搭載されているブースターを使ってヴァングレイに急接近し、至近距離からミサイルを発射する。

ミサイルを受けたヴァングレイはビーム砲とレールガンが破壊され、衝撃で地面に墜落する。

「キャップ!?」

「痛て…大丈夫だ。だが…」

「ふん…。今は貴様に用はない。用があるのは…天河アキト、貴様だ」

赤い機動兵器に乗る、白い甲冑を身にまとった、片目が赤い義眼となっている男がブラックサレナをモニター越しに見て、不敵な笑みを浮かべる。

一方、相手をモニターから見たアキトは怒りをあらわにし、同時に顔中のナノマシンが発光する。

「北辰…」

赤い機動兵器のパイロットの、憎むべき敵の名前を口にする。

スピーカー越しにその声を聞いた北辰はほくそ笑む。

「われらが仇敵である白い艦、そして黒き復讐者…。だが、貴様らでは届かぬ。すべては…無駄なのだ!」

「貴様は…!」

ブラックサレナがディストーションフィールドを展開し、北辰に向けて体当たりしようとする。

しかし、北信の機動兵器の周囲に集まった六連たちが邪魔をする。

「北辰様。北辰衆2人、やられました」

「構わん。替えが利くからな。それよりも、全機。我が夜天光から離れるな」

「了解…」

「跳躍!」

北辰の義眼が赤く光ると同時に、夜天光と六連がボース粒子に包まれ、姿を消していく。

「ソウジさん、大丈夫ですか!?」

ヴァングレイが墜落した場所にマイトガインがやってきて、右手を使い、起こすのを助ける。

ブラックサレナは夜天光が消えた場所を見た後、視線を西へ向け、スラスターに火を入れる。

「アキト!!」

「待っていろ…ユリカ」

リョーコの声を聞くことなく、最大戦速でその場を後にしていく。

追いかけようと思うリョーコだが、ブラックサレナとエステバリスカスタムでは速度に違いがありすぎて、おまけに例のこともあって、追いかけることができない。

悔し気に壁に拳を叩きつけた。

(アキトさん…)

ナデシコBの艦長席からブラックサレナが遠ざかっていくのを見たルリは静かに彼の名前をつぶやいた。

「これは…艦長!ナデシコに何者かから、暗号データが送られてきました!発信者は…OTIKA?」

「あの人からです」

アキトのローマ字を逆にしただけの、きわめてシンプルな発信名。

そして、ブラックサレナという機動兵器を見ても、送り主が誰なのかははっきりわかった。

この暗号データには何が入っているのかも。

「ハーリー君、暗号データの解析を…」

「待ってください、艦長!司令部から連絡です!」

「司令部から…?」

「コロニー・シラヒメからテロリストグループが声明を発表するそうです!」

「ついに彼らが表に出てきますか…」

ナデシコBが追いかけていた敵。

ずっと日陰であり、1年以上かけて探し回った、おそらくアキトにも関係する敵がついに影の中から出てきた。

そして、そこから新しい、というよりも隠されていた戦いも表に出ることもルリは感じていた。

 

-コロニー・シラヒメ 発令室-

発令室に置かれているマイクの前に、面長でほっそりとした目つきをした、中年の日本人がソウジ達が見た例の制服姿で立っている。

じっと目の前のカメラを見つめた後で、その男は口を開く。

「…この放送をご覧の皆さま、私は元木連軍中将、草壁春樹であります」

3年前の熱血クーデターの後、失踪していた男の名前が再び世間にさらされる。

そのクーデターの後、地球連合軍は草壁の身柄を確保するために行動を起こしていたものの、今まで足取りを全くつかむことができなかった。

死亡説までささやかれるようになったこの時期に本人が姿を現したとなると、上層部に動揺が広がるのは明白だ。

「現時点をもって、太陽系内ボソンジャンプネットワーク計画、いわゆるヒザゴプランはわれら、火星の後継者が占拠させていただきます」

ヒサゴプランが掌握された、ということは草壁ら火星の後継者が自由にボソンジャンプを使えるようになったということになる。

少数の戦力であったとしても、ボソンジャンプを使って地球連合軍の重要拠点に奇襲をかけることができるうえ、仮に攻撃されたとしても、ボソンジャンプで次々と拠点を変えることもできる。

「我々の賛同者は各方面に及び、既に連合軍の三分の一が、この計画の同志となってくれました」

さらなる草壁から投じられた爆弾。

連合軍内に3分の1もの裏切者がいることが真実なのか、嘘なのかはわからない。

だが、これが連合軍内に与える影響は大きい。

疑心暗鬼にかられ、連携が乱れるのは明白だ。

3年前にようやく築き上げた地球連合政府という地球統合のシンボルをぶち壊しかねない。

「私はかねてより、ボソンジャンプの危険性と重要性を説いてきました。が、連合政府はそれに耳を貸さず、ボソンジャンプを独占し、自らの利益にのみそれを使おうとしているのです。ボソンジャンプの意味を分からぬ輩にその技術と、それによる新しい社会を任せるわけにはいきません!ゆえに、我々は立ったのです!ボソンジャンプを管理し、新しい社会を構築するために!」

拳に力を籠め、力強く言葉を並べる。

ボソンジャンプに関する研究はその起源である火星の古代文明に精通している木連の方が大きく進んでいる。

ボソンジャンプの詳しい中身については悪用されることへの危険性からあまり一般公開されていない。

連合政府の重役たちは知っていると思われ、そうだとしたら、草壁の言葉はある程度説得力があるだろう。

テロリストであることを除いては。

「そのための技術を我々は手にしています!我々は火星の後継者!新たな世界、新たな秩序の担い手です!」

その言葉を最後に、カメラは停止した。

 

-??? 格納庫-

「はあ、はあ、はあ…」

ブラックサレナが格納され、コックピットからアキトがフラフラとし、頭を右手で抑えながら出てくる。

バッタを模した整備ロボットがブラックサレナの整備を開始し、アキトの元へ薄紫のロングヘアーで金色の瞳をした少女がやってくる。

「アキト…大丈夫?」

「ああ…。少し休めば、どうにかなるよ…ラピス。それよりも…これが今回のデータだ…」

アキトはブラックサレナのコックピットにつけていたUSBメモリをラピスに手渡す。

その中には今回の戦闘データが入っている。

「これを使って、リアクトシステムの最適化を…。今のままでは、奴らに勝てない。それから、ユーチャリスは例の場所へ…」

アキトは壁に手を当て、ゆっくりと歩いて格納庫から出ていく。

ラピスは彼の後姿を見つめ、USBメモリをぎゅっと握りしめた。

 

-ナデシコB ブリッジ-

ルリらナデシコBのクルー、そして収容されたソウジ達はそこで草壁の演説を見た。

「一体…何なんだよ、こいつら」

「草壁春樹、元木連軍中将…。木連も実質的な指導者で、3年前の戦争では最後まで徹底抗戦を唱え続けていました」

「もっとも、あの戦争はナデシコが古代火星文明の遺跡から演算ユニットを取り出して、ナデシコごとどこかへ放り出したんで、うやむやに終わったけどな」

「演算ユニット?なんだそりゃ?」

「ボソンジャンプの中核となるユニットです。いつ、どこでボソンジャンプが起きても、時間と空間を飛び越えてそれがすべて処理し、コントロールすることができます」

3年前の戦争で、ボソンジャンプが戦争の大きなカギになることを知った木連と連合軍はそれを制御できる演算ユニットを手に入れようとしていた。

プラントと同盟を組んだとはいえ、地球と比較すると国力で大きな差のある木連にとっては演算ユニットは重要拠点へのピンポイントでの奇襲攻撃を行うには必要不可欠なもので、地球連合にとっても、それを防ぐためにはどうしても必要な、まさに天王山のような存在だった。

最終的にはASAに所属し、一時的に連合軍から脱走していたナデシコ隊が演算ユニットを火星から誰の手にも届かない場所へボソンジャンプを利用して飛ばしてしまった。

また、木連側は熱血クーデターの発生によって穏健派が実権を握り、連合軍は第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦によって戦力の大部分を失ったことで戦争続行が不可能となり、三郎太の言う通り、うやむやになる形で終戦を迎えることになった。

「で、ついでに自己紹介。俺は高杉三郎太大尉、このナデシコBの副長だ。ほれ、ハーリー。お前もちゃんと挨拶をしろ」

「言われなくてもやりますよ。僕は真備ハリ少尉、ナデシコBの副長補佐を務めています」

「2人とも…子供じゃねえか…」

ルリについてはヴァングレイへの通信であらかじめ知っていたが、まさかオペレーターが彼女よりも年下の少年だとは思いもよらなかった。

通信についてはある程度教育を受けていないとできない。

このような子供がやろうと思うと、幼稚園の頃から教育を積んでいないといけないくらいだ。

「僕と艦長はネルガルで遺伝子調整を受けて生まれたコーディネイターなんです。しっかり勉強もしましたので、この仕事では誰にも負けない自信があります」

「コーディネイターねぇ…。かなりすごいんだな」

若干14歳で館長を務めるルリと11歳で副長補佐を務めるハーリー。

そんな2人のコーディネイターを見ていると、ナチュラルとの能力的な隔たりがどれだけ大きいのか、そしてナチュラルとコーディネイターによる泥沼の戦争が起こってしまうこともよくわかる。

しかし、遺伝子調整は必ずしもいいことばかりではない。

そのせいで先天的な障害を持って生まれてしまうケースがナチュラルよりも多く、おまけに第三世代以降のコーディネイターの出生率が、遺伝子を改良した故の弊害によって急速に低下するという致命的な問題まではらんでいる。

そのため、現在は廃止されているが、プラントでは相性の良いコーディネイター同士しか結婚できないという法律までできてしまった。

「それにしても、このナデシコBって艦。蜉蝣戦争を終わらせたナデシコの後継艦なんですね」

「ええ…。その縁で、先代ナデシコのオペレーターだった私が艦長を務めています。っといっても、同型艦がないので、艦隊編成に組み込まれることはありませんが…」

ナデシコは地球連合軍ではなく、ネルガル重工が単独で開発した戦艦だ。

終戦後はナデシコの戦果を利用して、同型艦の量産を行うことが計画されていたものの、ネルガル重工の衰退によってそれは頓挫した。

ナデシコBはネルガル重工が連合軍に対してある程度影響力を保持するために開発し、売り込んだ戦艦だ。

性能はかつての名艦であるアークエンジェルやミネルバをしのぐらしい。

当初はナデシコBの納入を拒否しようとしていた地球連合軍だったが、蜉蝣戦争を終わらせた艦という大きなブランドのあるナデシコの木連の過激派への影響力を考え、しぶしぶと納入することとなった。

なお、ナデシコのクルーはネルガル重工が自ら選んでおり、地球連合軍はほとんど関与していない。

そのため、ルリが艦長になった際はネルガル重工のコネがささやかれることもあった。

「何をおっしゃるんですか!?艦長が艦長なのは実力ですよ!」

ナデシコBで、ルリと共に戦い続けたハーリーは彼女の実力を理解している。

そんな彼女がコネではなく、実力でこの地位を勝ち取り、活躍していることを理解されにくいことを悔しく思っていた。

「ありがとう、ハーリー君」

まるで弟を見るような眼で、笑みを浮かべたルリはハーリーに礼を言う。

「ま…火星の後継者にとって、ナデシコは我慢ならない存在だろうな」

「彼らはボソンジャンプを使って、社会を支配しようとしている…。だけど、ボソンジャンプはまだ未解明な部分の多い技術だと聞いています」

旋風寺コンツェルンも、ヒサゴプランとボソンジャンプに関する情報を持っている。

鉄道による物流に力を入れている彼にとっても、ワープ技術の一種であるボソンジャンプは魅力的で、特に宇宙空間での移動においては革命的な影響を与えてもおかしくない。

しかし、草壁の言うボソンジャンプの危険性という言葉が引っかかる。

演説の中で、彼がボソンジャンプのどのような点に危険性があるのか、明言していないことが大きい。

そして、それをコントロールする技術を火星の後継者が持っているという言葉も。

「草壁春樹のボソンジャンプをコントロールする技術を持っているという話…それは真実なのでしょうか?」

舞人の質問に、ボソンジャンプなども火星古代文明や木連と近い位置にあったルリ達は答えることができない。

コントロールする最大の要素といえる演算ユニットは自分たちがどこかへ飛ばしてしまっており、それ以外でそれをコントロールすることができるとしたら…。

「ユリカだ…」

リョーコの脳裏に1人の仲間の名前が浮かぶ。

「ユリカ?」

「先代ナデシコの艦長だった、御統ユリカさん…」

「ああ…!!その名前、図書館で調べた記事の中にあったぜ!確か、新婚旅行中にシャトルの事…あ、悪い…」

ソウジが思い出した記事は彼らにとっては決して明るく言うことのできないものだ。

ちょうど、3年前のヤキン・ドゥーエ戦役が終わってから1年が経過したころ、彼女は幼馴染であるとある青年と結婚し、彼と新婚旅行へ向かうことになった。

しかし、乗っていたシャトルの爆発事故に巻き込まれ、乗員乗客が全員死亡という惨事となった。

遺体は今でも見つかっていない。

「んで、ユリカの旦那がアキトだ」

「ということは、あの事件って火星の後継者が一枚かんでるってことになるな。…だが、なんでそのユリカって人がボソンジャンプのコントロールにつながるんだ?」

「ユリカさんは演算ユニットにイメージ伝達ができる人間、A級ジャンパーだからです」

「A級ジャンパー…あいつらが言ってた…」

「ついでに言っておくと、アキトもユリカと同じA級ジャンパーだ」

ボソンジャンプは演算ユニットにイメージを送信できる人物、ジャンパーがいなければ生身の人間には使うことができないというのは今のこの世界では常識の話だ。

仮にジャンパーなしでボソンジャンプしてしまった場合、生身の体は維持できず、消滅してしまう。

イレギュラーな出来事として、蜉蝣戦争中に木連軍のボソンジャンプに巻き込まれ、MIAとなったにもかかわらず、1年後に生還した風間イツキ曹長がいる。

彼女の登場は地球だけでなく、ボソンジャンプの研究が最も進んだ木連でも大きな衝撃を与える事件となった。

ただ、ボソンジャンプに巻き込まれてからの1年間どこで何をしていたのか、全く記憶にないとのこと。

余談ではあるが、その風間イツキが生還したニュースが流れた1週間後にこのシャトルの爆発事故が発生している。

ジャンパーにはA級とB級がいて、後天的に遺伝子調整を受けることで人工的にジャンパーになることができる。

その場合はどうしてもB級のみとなる。

そして、B級ジャンパーはボソンジャンプは可能であるものの、A級ジャンパーとは違って六連のようなボソンジャンプのための装備が施されたものに乗らなければボソンジャンプできず、更に距離についてもA級ジャンパーに劣っている。

そして、A級ジャンパーは火星開拓の際に使用されたナノマシンの影響を受けた、火星生まれの人間だけがなることができる。

しかし、ナノマシンの影響を受けたこと、火星で生まれたという条件がそろったからと言って、A級ジャンパーになれるかどうかは運しだいで、かなりのレアケースだ。

木連では、ナノマシンとDNAの相性、ナノマシンの影響の強弱、性別など、様々な観点からそれについて研究しているが、結論はいまだに出ていない。

「ということは、ユリカさんは死亡したのではなく、火星の後継者に誘拐された…ですね?」

「そうなります。そして、その目的はおそらく、演算ユニットをA級ジャンパーの力で制御するため」

「蜉蝣戦争で飛ばされた演算ユニットも…火星の後継者の手の中と?」

「可能性としては、あり得ます。ボソンジャンプで飛ばしたからとはいえ、消滅したわけではありませんから」

蜉蝣戦争終了後、演算ユニットは行方不明になったものの、それでもそれを手に入れようと秘密裏に動く勢力やトレジャーハンターもどきがいた。

しかし、たいていの場合は砂漠の中からコンタクトレンズを探すよりも難しいその宝探しに挫折してしまった。

そのまま見つからなければ平和につながる。

だが、火星の後継者の口ぶりからすると、演算ユニットが彼らの手にわたってしまったと考えざるを得ない。

「短距離ワープの怖さはさっき見たぜ…。1発だけならまだしも、それを連続して、どこでも行われるうえに長距離でも可能となっちゃあ…」

「A級ジャンパーは演算ユニットに直接アクセスすることができるとのことです。といっても、過去の事例からの推測であり、実際に試した記録はありませんが…」

「だから…今度はもう1人のA級ジャンパーのアキトを狙ってるってわけか…」

火星の後継者にとって、A級ジャンパーは手元に1人あればいいし、ほかにも演算ユニットとアクセスできるA級ジャンパーがいると邪魔になる。

だから、そのA級ジャンパーであるアキトの命を狙っているのだろう。

リョーコは彼らと孤軍奮闘する彼の身を案じた。

「彼女は昴リョーコさん。先代ナデシコのエステバリス隊の一員でした。私たちは火星の後継者を追っていたのですが…そこで彼らの攻撃を受け、部隊が壊滅状態になったリョーコさんと再会しました」

その時、リョーコはライオンスシックスと呼ばれるエステバリス隊の隊長として、ヒサゴプランの一環で建造されたコロニーの警備にあたっていた。

そこで火星の後継者による攻撃を受け、自分以外の機体はすべて撃破されてしまった上に部下たちは全員死亡、もしくは病院送りとなってしまった。

攻撃してきたのは北辰衆で、彼らの恐ろしさはいやでも覚えている。

「そして、アキトさんとも…その時に再会しました」

「あの黒い機体に乗ったグラサン男か…」

「グラサン男って、あんた!アキトと会ったのか!?」

ソウジの言葉に食いついたリョーコは詰問する。

彼女の知るアキトは黒い機体に乗り、グラサンをつけるような陰気な男ではない。

死んだと思っていた彼がなぜ自分たちに助けを求めず、一人で戦い続けているのか、もしかしたらその理由がそこにあるのかもしれない。

「あいつ、元気だったか!?どんな感じだった!?なんでもいいから教えてくれ!!頼むから!!」

必死に頼みながら、バンバンソウジの胸を叩く。

胸に感じる痛みが彼女がどれだけ彼を心配しているのかを教えてくれる。

「どんなって言われても、会話らしい会話はほとんどできなかった。大きなグラサンのようなバイザーをつけてて、押し殺したようなしゃべり方をしてたってことしか覚えてない」

会ったとはいえ、あまりにも短時間であったため、詳しいことを話すことができなかった。

「嘘だろ…?あのアキトが…そんなふうに…」

その言葉で、リョーコはどれだけ自分の知るアキトが変わってしまったのかがわかり、呆然とする。

話を聞いていたルリは表情を変えていないものの、拳に力が入っていた。

「そのアキトさんという方も先代ナデシコのクルーだったんですね」

「はい…。アキトさんの行動から、ユリカさんが火星の後継者に囚われていることがわかりました。あのシャトルの事故の後の経緯はいまだにわかりませんが…。A級ジャンパーである彼が無事ですんだとは思えません…。そして、確かなことはアキトさんはユリカさんを助けるため、1人で戦っているということです」

「愛する女を救い出すために、かつての仲間に背を向けて…か…」

愛する人を救うために行動をすることについては否定しないし、できない。

だが、なぜかつての仲間に助けを求めないのかがわからない。

北辰という男との戦いに巻き込まないためなのか、それともそれ以上に重要なことがあるのか。

(あいつとは…もしかしたら再び会う時が来るかもしれないな。その時に聞けばいいか)

「そういえば、叢雲総司さん。あなたは火星の後継者に狙われていましたが、火星出身者ですか?」

「ん…?いや、俺はいうなれば、地球生まれのナチュラルだ。火星出身でも何でもない」

「ではなぜ、火星の後継者に目をつけられたのか、分かりますか?」

火星の後継者はソウジをA級ジャンパーと誤認している。

どうやって彼に関する情報を手に入れたのかはわからないが、ソウジの身に何かがあり、それが原因でそう思われたと考えるのが自然だ。

実際、ソウジにはそのように誤認されることについて思い当たる節がある。

「俺が…転移者だからかもな」

「転移者?」

「それについて、話すと長くなるぜ?だから、どこかの喫茶店でお茶を飲みながら二人っきりで…痛!?」

急に右足の小指当たりに誰かから踏まれた痛みが発し、ソウジは涙目になりながらそこに目を向ける。

怒った表情を見せているハーリーが見事にソウジの右足を踏んでいた。

「艦長。天河アキトさんと思われる人物からのデータの暗号解析終わりました」

「オモイカネ…正面モニターに投影を」

ナデシコBの中枢をつかさどる成長型コンピュータ、オモイカネにルリはリンクする。

艦の航行や攻撃・防御などの主だったシステムを統括するオモイカネがあるおかげで、ナデシコは少人数でも問題なく運用することができる。

先代ナデシコに搭載されたものがそのまま移植されており、付き合いが長く、クラッキングなどのハッカーとしての能力の高いコーディネイターであるルリとの同調率が一番高い。

ルリが艦長に選ばれた理由の1つがそれであり、もう1つは歴代最年少の艦長という広告塔としての役割で、それについてはルリも承知している。

ハーリーが実力があると言ってくれているが、自分が目標としているユリカの人徳・統率力には及ばないと感じているからだ。

オモイカネによって、正面モニターにとある宙域の光景が映し出される。

「火星の後継者の部隊か…」

バッタやマジン、そして先ほど戦った夜天光の量産型と言えるグレーの機動兵器、積尸気が何かを囲んでいるように三郎太には見えた。

画像が不明瞭で、細かいところは分からない。

しかし、先ほど戦った相手の機動兵器の特徴から、そう判断できた。

そして、彼らが囲んでいるものをみたソウジの眼が大きく開く。

「あれは…!」

「ソウジさん、まさか!!」

それについて、あらかじてソウジから話を聞いていた舞人もソウジに目を向ける。

見間違えるはずがない、滅亡寸前の自分たちの地球を救うために共に戦い、次元震によって離れ離れになってしまった戦艦、ソウジ達と地球の最後の希望。

「間違えっこない…。あれは…あれはヤマト。俺の乗っていた艦だ」




機体名:ナデシコB
分類:ナデシコ級第2世代宇宙戦艦
建造:ネルガル重工
型式番号:NS955B
全高:300メートル
武装:グラビティブラスト、ミサイル ディストーションフィールド
主なパイロット:星野ルリ

地球連合軍に所属する戦艦であり、3年前の蜉蝣戦争を終わらせた戦艦であるナデシコの後継艦。
先代ナデシコから受け継がれた中枢成長型コンピュータであるオモイカネにより、主だったシステムが総括されているため、それと同調することができる艦長1人だけでも理論上は運用することができる。
先代ナデシコと比較すると艦体先端部に装備されていた2門のレーザー砲がなくなったものの、エステバリスなどの重力波アンテナ搭載の機動兵器へのエネルギー供給を行う重力波ビーム発射から供給完了までのタイムラグが短縮され、格納庫についてもモビルスーツの運用も想定されたことで大型化され、整備運用システムも拡張されている。
グラビティブラストとディストーションフィールドにより、先代ナデシコ同様、従来の戦艦を上回る攻撃力と防御力を持ち、カタログスペックでは1年前の戦争で活躍したアークエンジェルやミネルバをしのぐ性能を持つとのこと。
しかし、同型艦が存在しないことから互換性の無さや取り回しの悪さが問題視されており、艦隊編成に組み込まれていないため、常に単艦運用されている。
このような、軍にとっては扱いづらい艦が採用されたのは地球連合軍に影響力を残したいネルガル重工の思惑と、暗躍している火星の後継者をはじめとした過激派の木連へのカウンターという点が大きい。


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第21話 旅立ちと決意

-ナデシコB ブリッジ-

「…以上が、大気圏内における活動の全容です」

1人、ブリッジに残るルリがモニターに映る2本の角がついたような髪形で紳士のような気取った口ひげのある強面の中年男性に報告する。

彼は地球連合宇宙軍総司令である御統コウイチロウ大将で、蜉蝣戦争時代はASAの宇宙第3艦隊司令官を務めていた男だ。

なお、苗字からわかるように、火星の後継者に誘拐されているユリカの実の父親でもある。

ナデシコBがマイトステーションに収容されており、海底にいることから、映像には若干のノイズがある。

しかし、音声は問題なく、声だけなら通信続行可能だ。

「ご苦労だったな」

「火星の後継者の決起を止めることはできませんでしたが…」

「慰めるつもりも、弁護するつもりもないが、状況は状況だ」

彼らの拠点はヒサゴプランで建造されたコロニー・シラヒメをはじめとしたコロニー群だ。

地球にいるナデシコBでは、それを止めることができないうえ、仮に宇宙にいたとしても、ボソンジャンプで逃げ回られる、もしくは絶好のタイミングで奇襲されるのがオチだ。

おまけに、地球連合軍内部に火星の後継者と同調する動きもあるため、決起を止めるのは難しいことだっただろう。

「だが、確実に信頼できる協力者を得たのは何物にも代えがたい大きな収穫だったと言える」

「勇者特急隊のみなさんですね?」

勇者特急隊の存在は地球連合軍内で賛否が分かれていた。

人助けと犯罪者退治をする彼らの存在を認めるべきという声と、彼らが第2のソレスタルビーイングになりえる存在になるのではないかという懸念だ。

しかし、民衆からヒーローとして強い支持を得ている彼らを攻撃するわけにはいかず、現在は勇者特急隊の活動を妨害することも手を貸すこともしない、黙認という形になっている。

本来なら、軍が守るべき民間人の力を借りるなどあってはならないこと。

しかし、今はそうは言っていられない。

「残念ながら、草壁の言う通り、連合軍の中には連中に賛同する者が少なからずいる。彼らは表立った動きはしないが、ひそかに火星の後継者に支援を行いながら、状況を静観している。そして…」

「戦況が彼らに決定的に傾くことになれば、それに乗って行動を開始すると…」

「プラントとの戦い、蜉蝣戦争、アロウズの台頭…。あの時の傷はまだ癒えていない…ということだ」

数年の間に立て続けに起こった戦争は地球の状況を大きく変えてしまった。

治安維持部隊アロウズの存在と彼らが行った虐殺行為と情報隠蔽は今でも地球連合軍と政府への不信を呼んでおり、コウイチロウの調査によると、アロウズ解体後に雲隠れした元アロウズの軍人やロゴスの残党がその動きの中心になっているらしい。

アロウズ解体後、参加していた生き残りの軍人は軍事裁判にかけられる、降格させられるなど、地球連合軍そのものへのバッシングを避けるために重い罰が課せられることになった。

また、ロゴスに組していた軍人も同じく軍事裁判にかけられ、死刑となった人もいる。

その時の恨みと自分たちの復権が目的で協力しているのだろう。

また、地球と友好関係となり、連合軍に加わった元木連軍人の中には現行のシステムへの不満から火星の後継者と同調する動きもある。

そんな一枚岩ではない地球連合軍では、テロリスト集団である火星の後継者をつぶすことは難しい。

「火星の後継者は…この世界を包む不信感を打破することを自分たちのイメージとしている節があります」

「それが草壁の手だよ…。相も変わらずアジテーションのうまい男だ」

草壁、というよりも木連の上層部は自分たちを正義、相手を悪とする子供でも分かりやすい論理で扇動するのに長けている。

それは彼ら木連がかつて、ファーストコーディネーターであるジョージ・グレンがもたらしたロボットアニメ、『熱血ロボ ゲキ・ガンガー3』の存在が大きい。

なお、そのアニメはジョージ・グレンも大ファンであったらしく、彼の遺品の中にはそのアニメで出てきたロボットのプラモデルやフィギュア、ディスクもある。

地球から月、月から火星、火星から木星へと逃げてきた彼らには何も娯楽と言えるものがなく、逃げ続ける中でようやく見つけた異星人のプラントで、自分たちが生きられる環境を作ることだけを生きがいにしていた。

そんな娯楽のない日々に風穴を開けたのがそのアニメだ。

それだけが彼らの唯一の娯楽となり、いつの間にか聖典として、キリスト教やイスラム教などの宗教のような、木連の価値観の要となってしまった。

だからこそ、草壁のようなアジテーションのスキルを持った人物が生まれたのだろう。

悪の存在、そして自分たちが正義であることは自らを正当化させると思い込みやすい。

だが、現実では、正義と悪がぶつかり合うのはまれ。

正義とぶつかり合うのは別の正義であり、それがぶつかり合うからこそ、悲劇が生まれる。

かつてのイスラム原理主義者が起こしたテロのように。

「まるで、自分たちに任せれば、人々を取り巻く不安が一掃されるかのような強い言葉を使う…。世界はそのような単純なものではないというのに」

それを地球から遠く離れた木星で暮らす草壁が言うのだから性質が悪い。

地球を飛び出し、広い世界を知ったはずの男の言葉とは思えない。

そう考えると、太陽系そのものを超えない限り、そんな考えが残り続けるのではないかと思ってしまう。

しかし、ルリは悲観しない。

「ですが、そのような状況であっても、まったくぶれずに自らの役割を果たそうとする人たちもいます。ナデシコは戦力増強のため、彼らに接触したいと思います」

コウイチロウは彼女の言う『彼ら』が何者かを知っている。

地球連合軍が頼りにならないのであれば、彼らの力を借りるほかない。

やり方は違えど、平和と世界を思う心は変わりない彼らなら信じられる。

「その辺りは部隊発足の時に言った通り、君に一任する。たとえ、彼らの存在が非合法な私設武装組織であったとしてもだ」

「ありがとうございます」

「それでだな…。これから任務を続けていく中で…その…」

こうして通信をする前に、ナデシコBから届いた暗号文のことを頭に浮かべたコウイチロウは口ごもる。

彼の左手にはクシャクシャになった紙が握られている。

上級連合軍人である彼は私情を挟むことは許されない。

だが、その知らせを聞き、1人になったときは号泣した。

「アキトさんのこと…ですか?」

最愛の娘を失ったと思った彼は絶望し、一時期は軍を辞めることまで考えてしまうほどだった。

そんな精神状態だったからこそ、アロウズへの転属命令が白紙になり、今でも健在なのはなんという皮肉か。

時間をかけて、元に戻ろうと努力したものの、どうしても彼女を失ったことが深い傷となって残っており、天然発言や趣味の川柳も鳴りを潜めていた。

だから、暗号文の内容、アキトとユリカの生存はコウイチロウにとっては衝撃的なニュースだった。

「彼は彼なりに思うところがあったのだろうから、義父として私から言うことはない」

できれば、すぐにユリカを探すアキトに会って、あの時何が起こったのかを聞きたいが、地球連合軍宇宙軍総司令である自分が動くことはできない。

かつて、アキトやユリカと共に戦ったルリにすべてを託すしかない。

「ただ…伝えてほしいことがある」

コウイチロウはアキトとのラーメン対決の時のことを思い出す。

蜉蝣戦争後、ユリカはアキトと結婚したいと言ってきたが、コウイチロウは反対した。

幼馴染とはいえ、どこぞの馬の骨とも知らない修行中のコックであるアキトに彼女を託せるとは思えなかったからだ。

そのため、ユリカは家出し、ルリと共に彼が暮らす狭いアパートに転がり込んだ。

しばらくして、ユリカを賭けて1VS1のラーメン勝負をすることになった。

といっても、互いに作ったラーメンの味を競うというものではなく、アキトが作ったラーメンをコウイチロウが食べるというだけのものだが。

そこでアキトが作ったのはユリカとルリと力を合わせて作ったラーメンで、それを食べたコウイチロウは2人の結婚を認めた。

お世辞抜きにしても、その時のラーメンの味が今でも忘れられず、世界一旨いラーメンだったと今でも思っている。

「もう1度、君のあのラーメンを食べたい…と」

「承りました。必ずお伝えします」

通信を切り、艦長席でオモイカネとリンクする。

「オモイカネ、これから長距離通信でハッキングを行います。データ送信。データ内容は…」

正面モニターで次々と項目が表示され、1つの動画が表示される。

幸せそうに男と女の双子の子供が歩いているのを眺める若い夫婦が映っており、それが送信用ボックスに収容された。

 

-タツさんの家-

「そうか…行っちまうのか…」

少し濃いめの緑茶が入った湯呑をちゃぶ台の上に置いた辰ノ進がつぶやく。

正面には荷物が入ったカバンをそばに置いたソウジが座っており、その隣にはチトセもいる。

チトセは若干2人から目をそらしていた。

「ヤマトがこっちにいるってわかった以上、放っておくわけにはいきませんからね」

ヤマトのこともあるが、ソウジがここを出ることを決心した最大の理由は勇者特急隊の存在だ。

彼らはナデシコBと同行し、火星の後継者討伐に協力することになった。

それだけでなく、その際にはヤマトの救出も作戦項目に入れられることになる。

「ついでってわけではありませんが、ナデシコと一緒にあの火星の何とかという連中も退治してきます」

「俺から言うことぁない。達者でやってくれ、ソウジ君」

「ありがとうございます。タツさん。この御恩は必ず返します」

直角に頭を下げたソウジは彼と過ごした日々を思い出す。

どこの馬の骨とも知れない自分たちを住まわせてくれた彼にはいくら礼を言っても足りない。

できることがあるとしたら、彼のような人々の平和を乱す敵を退治することくらいだ。

軍人であり、戦うことしか知らない自分にできることはそれだけだ。

「しかし、俺も随分とでかい獲物を釣り上げたもんだ…。頼むぜ、ソウジ君。テロをやっといて正義の味方面してる連中に一発食わしてやってくれ」

「了解です…で、一つだけお願いがあるのですが…チトセちゃんはこのままここに置いてやってくれませんか?」

「え…??」

ソウジの提案にチトセは驚きを見せる。

この雰囲気だと、自分もソウジと共に行くものだと思っていた。

だが、今のソウジはナインのサポートもあるため、自分がいなくてもヴァングレイをある程度操縦できる。

自分の助けがなくても、戦えるはず。

「ソウジさん…」

「そういうことだ、チトセちゃん。働き口はいずみさんに頼んでおいたから、どこか見つけてくれるだろう」

「私は…」

「チトセちゃん」

ソウジは彼女の肩に手を置き、安心させるように笑顔を見せる。

「いいんだ、チトセちゃん。君は戦うべき人じゃない。こっちの世界に来たのは何かの縁だ。君はそのまま生きればいい…」

「私…は…」

耐えられなくなったのか、チトセは涙を流し、崩れ落ちる。

まさか泣くとは思わなかったソウジは動揺してしまう。

「おいおい泣くなよ。永遠の別れってわけじゃないだろ?俺も、ヤマトを助けたら、これからどうするか考えるさ。じゃあ、タツさん。チトセちゃんのこと、頼みます」

「ああ…必ず、また顔を見せてくれ」

カバンを手にしたソウジは2人を見た後でタツさんの家を飛び出す。

(どうせ…俺にできることは戦うことだけだけどな…)

ヤマトを取り戻せたからと言って、それで万事解決とはならない。

元の世界へ戻る術が手に入るわけではないからだ。

それに、ヤマトが無事だったからと言っても、クルーが無事かどうかもわからない。

自分たちのように、ヴァングレイと離れ離れになっていることも考えられる。

技術者だったなら、方法を探るというやり方もあるが、残念ながらソウジにはそういう能力はない。

せめて真田か新見がヤマトにいてくれたら、そう思いながらソウジはマイトステーションへ向かった。

 

-ナデシコB ブリッジ-

マイトステーション内のナデシコBに物資が補給される光景はブリッジの窓から見ることができる。

ネルガル重工から調達したエステバリスとナデシコBの、青戸工場で製造された勇者特急隊とヴァングレイのパーツと弾薬が運び込まれている。

ビーム砲とレールガンについては、新造された予備の装備で補充され、ガトリング砲についても補給が完了している。

その作業が行われる中、集まったソウジとナデシコ隊メンバーによるブリーフィングが始まる。

ちなみに、舞人は勇者特急隊の用事を済ませるため、不在となっている。

「まず、結論から言いますと、現行の私たちの戦力では、火星の後継者を止めるのは不可能です」

「うわ…バッサリと。まぁ、事実だけどなぁ…」

自分たちでは火星の後継者に勝てないということは、例の北辰六人衆と北辰との戦いで嫌というほど理解した。

おまけに、百歩譲って本拠地に攻撃できたとしても、昨日以上の規模の部隊がいるのは確かで、彼らと戦いながら、中核戦力と言える彼らを倒さなければならない。

となると、ルリの発言は認めざるを得ない。

「ですので、まずはRPGの王道といいますか、仲間集めから始めたいと思います」

「とはいうけどよぉ、どうすんだよ?ルリ」

仲間集め、と簡単に言うが、とある酒場で紹介してもらうような簡単な話ではない。

言い出しっぺのルリのことだから、何か手段があるのかもしれないが、まずは聞かなければ話が始まらない。

「いくつか手段はありますが、まずは彼らに接触してみようと思います」

「彼らとは…?」

彼ら、という言葉に三郎太とリョーコらがうなずく中、ソウジとハーリーが首をかしげる。

2人を除いた、全員がわかっている『彼ら』をルリは口にする。

「ソレスタルビーイングです」

「また初手から随分濃いことを…」

ご名答だったことは光栄だが、まさか本当に彼らを仲間に入れるのかと思うと高杉は驚きを隠せない。

ハーリーも彼らについてルリ達から話を聞いていたものの、『彼ら』がそれだとは思いもよらず、何を言えばいいのかわからなくなっていた。

「いや、いい選択だと思うぜ」

だが、逆にソウジはその名前を聞いて安心した様子を見せていた。

「2週間前にこの世界に来たばかりの新入りが何言ってんだよ?」

「おいおい、リョーコちゃん。実を言うと俺、そのソレスタルビーイングのガンダムマイスターに会ったことがあるんだよ」

「はぁ!?」

「そいつはいったい、どういうことなんだよ…??」

ソウジ達はこの2週間のほとんどをヌーベルトキオシティと辰ノ進の家で生活していた。

その間、ソレスタルビーイングのガンダムが地球、強いて言えば日本に現れたという情報はない。

彼らは1年前のアロウズ壊滅後、ガンダムが武力介入を行ったという情報は入っておらず、入ったとしても、ユニオンフラッグなどの旧型、もしくは従来のモビルスーツの部隊が介入してきたという話しかない。

ロビンソン政権が掲げる融和政策と戦災復興及び経済再建を行う地球再建計画に配慮するため、ガンダムを使っていないのだと思われる。

そんなソウジが彼らと接触するのはあり得ない話だ。

「実を言うと、あいつらは何かの事故で俺たちのいる世界に来ちまったのさ。まさか、この世界の住人だとはなぁ…」

そのことに確信を持ったきっかけは、現在普及している疑似太陽炉の存在だ。

ラファエルガンダムに搭載されているものと同じもので、それが決め手の一つとなった。

ヤマトがこの世界にいるとしたら、彼らもこの世界に帰ってきていてもおかしくない。

「アクシデントがあったとはいえ、キャップとガンダムマイスターがコンタクトを取ることができたのは幸いでした。ですが…私とキャップはその組織の詳しいことをよく知りません」

ソウジらを探している間、ナインは何度かソレスタルビーイングの情報を探ろうとしていた。

しかし、その組織についての情報は地球連合政府によって秘匿されており、インターネットにある情報はSNSなどによる無責任な書き込みとプロパガンダ映画である『ソレスタルビーイング』そのまんまの内容が多く、役に立たなかった。

ルリが彼らの名前を出し、リョーコと三郎太が反応したということは、彼らはソレスタルビーイングについて、公開されていない情報まで知っているということになる。

「分かりました。まず、ソレスタルビーイングは天才科学者、イオリア・シュヘンベルグが組織した私設武装組織です」

イオリアについては図書館で何度も名前を見ている。

200年前に軌道エレベーターと宇宙太陽光発電システムの基礎システムを開発したというのは有名な話で、世界の根幹を生み出した男と言える。

その功績だけでも、一生それに胡坐をかいて生きていくこともできたにもかかわらず、彼はエネルギーから世界に目を向け始めた。

GNドライブとそれを搭載したモビルスーツ、ガンダムとそれを使う組織ソレスタルビーイングを200年という時間をかけて準備したのだ。

もちろん、既に彼は死亡し、計画は彼の後継者によって遂行され、そこまで準備されてきている。

GNドライブを搭載したモビルスーツの性能は既存のモビルスーツを大きく上回り、地球連合軍やザフトが次々と開発した高性能モビルスーツの多くにガンダムの名前がついているのは、ソレスタルビーイングが持つガンダムに場合によっては対抗できる存在にしたかったからだ。

実際、ヤキン・ドゥーエ戦役のころに地球連合軍のガンダムであるストライクとソレスタルビーイングのガンダムエクシアが交戦した記録があり、互角だったことが証明されている。

最も、ストライクのパイロットが特別であり、ナチュラルが開発したものであるにも関わらず、ナチュラルには使いこなせないという欠陥兵器だったのだが。

「ソレスタルビーイングが所有する4機のガンダムの性能は圧倒的でした。その力によって、彼らは世界から戦争を根絶しようとしていたのです」

「力によって…か…」

ソウジは刹那の言葉を思い出す。

『世界を変えるのは本来であれば、力であってはならない』

良い意味で世界を変えようとしていたようだが、結局は大国と同じく力に頼るしかないというジレンマを感じる。

同時に、なぜ彼がガンダムを超えなければならないと言ったのか、少しだけ理解できた。

「そうですね。力によって…悪く言えば力ずくです。彼らは第三者として介入し、戦争を行う両者を攻撃することで、戦いを終わらせようとしていたのです」

「乱暴な…って、レベルじゃあないな」

「当時はナチュラルとコーディネイターが過剰なほどに憎みあっている時代です。ソレスタルビーイングの武力介入の結果、3陣営の力が弱まり、その結果としてプラントは武装組織であるザフトを結成、地球に対して宣戦布告を仕掛けてきました」

「そいつに、木連というおまけつきだ。おかげで地球側が圧倒的に不利な状況だったぜ」

その当時の戦いをリョーコは今でも覚えている。

ユニオンフラッグなどの既存のモビルスーツを上回る性能を誇るザフトのモビルスーツ、ジンによって次々と味方を撃破され、更に地球にやってくる木連の無人兵器とも戦わなければならなくなった当時は生きた心地がしなかった。

仮にナデシコ隊に配属されていなかったら、今この世にいるかどうかすらわからない。

地球連合軍がようやく量産モビルスーツであるストライクダガーを配備できたのは終盤になってからで、疑似太陽炉を搭載した量産型モビルスーツ、GN-Xについては終戦ギリギリになった。

「地球とプラント・木連連合軍による戦いは混沌を極めましたが、最終的にはソレスタルビーイングと彼らに協力した第三勢力、そしてナデシコによって、地球・プラント・木連は痛み分けという形で終戦を迎えました」

「まさに、勝者なき戦争だな…」

その経緯については、ソウジは既に知っている。

ソレスタルビーイングのやり方は強引だったが、それでも各共同体がいがみ合う地球連合の統一が進み、ナチュラルとコーディネイター、木星による戦争を終わらせたのは事実だ。

しかし、それでも戦いの火種が消えたわけではない。

「地球連合軍は統一された軍隊を持つことが決まりましたが、最終的には治安維持部隊アロウズとそれを操るイノベイド、更に反コーディネイター団体ブルーコスモスの支持母体であるロゴスによって掌握されてしまいました」

イノベイド、という言葉にソウジはティエリアの姿が頭に浮かんだ。

彼は自分をイノベイターではなく、イノベイドだと言っていた。

それがどういう意味か、尋ねたかったのだが、事情により詳しいことについては聞くことができなかった。

「イノベイドは人類を革新に導くため、イオリアが造った人造人間です」

「ん…?戦争の根絶と人類の革新??それって何か関係あるのか?」

「おそらくは…あくまで推測の領域から脱してはいませんが。彼は最終的には人類の革新を求めていたのだと思われます。その体現者が…イノベイター」

(イノベイター…あいつか…)

ニュータイプであるチトセと言葉を交わすことなく理解しあった、この世界のニュータイプ。

誤解なく理解しあえる存在になることが人類の革新。

仮に刹那がそのイノベイターだとしたら、イオリアの人類の革新の意味がそれではないかとソウジは思った。

このようなことを200年前に計画したイオリアにはやり方に異議があるとしても、頭が下がる。

(戦うことしか能のない俺には…一生できなさそうだな)

「ソレスタルビーイングはヤキン・ドゥーエ戦役終結後の地球連合軍のGN-Xを中心としたモビルスーツ部隊による作戦、フォーリン・エンジェルズによって壊滅していましたが、復活してアロウズと戦いました。ですが…その戦いの中で人類は初めて異星人と遭遇しました。彼らはガイゾックと名乗り、人類を滅ぼすために日本を中心に攻撃を行っていました」

「ああ…その年はアロウズやらイノベイドやら、ガイゾックやらデスティニープランやらで滅茶苦茶だったよな…」

小中学生が使う歴史の年表を見ると、1年前の事件としてずらりとそれらが並んでいる。

おまけに近現代史で、それらをどのようにして教えればいいのかという論争は今でも続いており、ソウジとチトセは図書館でその1年間のことを調べるだけで1週間使うほど複雑怪奇なものだった。

(まぁ…壊滅は表向きは、ですが…)

フォーリン・エンジェルズによって、確かにソレスタルビーイングは一度壊滅した。

ガンダム1機は鹵獲され、2機は大破、1機は行方不明で、母艦を失っている。

ガンダムマイスターも1人は捕虜となり、1人は戦死、1人はガンダムと共に行方不明となった。

しかし、クルーについては密かにネルガルシークレットサービスによって、ガンダムマイスター1名と共に救出されていた。

ソレスタルビーイングとつながりを持っておきたいという思惑があったのかもしれないが、その真偽は当事者ではないルリ達にはわからない。

彼らは潜伏生活を送った後で、ガンダムの修理と母艦の新造を行った。

また、ひそかに奪還したガンダムを含めた3機のガンダムを新調し、更に途中から行方不明となっていたガンダムマイスターが彼のガンダム共々舞い戻ってきた。

そして、アロウズの収容所にいるガンダムマイスターを救出したことで、完全復活を果たした。

これはトップシークレットの情報で、この中ではルリしか知らない。

「アロウズがコーディネイターに圧力をかけたことで、ザフトが反撃しました。そのため、再び地球と宇宙を真っ二つに分けた戦争が起こってしまったのです。戦いはソレスタルビーイングと彼らの協力者によって終結し、ガイゾックも壊滅しました」

「で、そのソレスタルビーイングとはどうやってコンタクトをとるんだ?」

長々と話を聞き、ソレスタルビーイングが人類の革新と平和のために清濁併せのんだ組織であることは分かった。

しかし、問題はどうやって彼らに協力を求めるかだ。

彼女の話の中には、彼らの居場所については一言もない。

あるとしても、宇宙のどこかというだけだ。

そんな彼らとコンタクトを取るとしたら、それこそA級ジャンパーによるボソンジャンプを繰り返さない限り難しい。

「彼らは反アロウズを掲げる連合軍と反連合組織カタロンなどと協力して、アロウズとイノベイドを倒した後、行方をくらましました」

「不愛想な奴らだよな。蜉蝣戦争の時からそうだ」

蜉蝣戦争のころは、急に武力介入してきて、急にどこかへ行ってしまう、おまけにコミュニケーションは一切取らないという訳の分からない集団にしか見えなかった。

しかし、衛星軌道上でザフト機に狙われた民間人の乗ったシャトルを救ったというニュースを聞いたこと、そしてブレイク・ピラー事件の時に近隣の全部隊に地上へ落下するミラーの破壊の協力を要請したことから、彼らは悪い集団ではないということだけはリョーコも理解できた。

不愛想な連中、という判断については変わりなしという条件付きで。

「ですが、彼らは決して自らの使命を忘れることはありません。自らの行為によって、世界は混乱し、新たな戦争の火種を生んでしまった。彼らはそれを自らの罪ととらえている節があります」

「やることは過激だが、まじめな連中だな」

ヤキン・ドゥーエ戦役については、ブルーコスモスの差し金で起こった血のバレンタイン事件があるため、ソレスタルビーイングがいようがいまいが、起こっていたことには変わりないだろう。

少なくとも、アロウズというゆがんだ組織を生むきっかけを作ってしまったことへのけじめを自分でつけようとしていることだけは評価でき、刹那とティエリアと話したこともあって、より信用できる存在に思えた。

「あ…でも、それじゃあコンタクトのしようが…」

「いいえ。彼らが火星の後継者を放っておくとは思えません。それに、これまでの作戦記録を確認したところ、火星の後継者は我々の動きを意識していることが見て取れます」

「同感です。故に地球にも基地を用意していたのでしょう」

ナデシコBは日本に来る前、地球へ降りる前も何度か火星の後継者と交戦している。

そして、ナデシコBに対してはほかの地球連合軍以上に攻撃をかけていることについては記録した映像を見ても明らかだ。

「あいつら、蜉蝣戦争で俺たちにやられたことを覚えているみたいだな」

いつまでもねちっこく逆恨みする彼らをうっとうしく感じる。

まだソウジには話していないが、三郎太は元々は木連の人間で、講和が成立したあとは人材交流ということで地球に出向した。

彼のように、過去を完全に水に流すことはできないものの、未来に向かって生きようとしている木連の人間が数多くいる。

そんな彼らを無視して、勝手に代表者面する草壁を許す気にはなれなかった。

しかし、今回だけは都合がいい。

「そういうわけで、きっと彼らは此方に仕掛けてきます」

「で…連中が動けば、ソレスタルビーイングも動く」

「要するに、ナデシコで火星の後継者を釣り上げ、そいつを餌にソレスタルビーイングを一本釣りか…」

辰ノ進の趣味が釣りなこともあり、それに例えるソウジ。

刹那とティエリアのような人間のいるソレスタルビーイングなら、こちらが用意した良質なエサをパクリと食べに来てくれるだろう。

ルリも既に、コウイチロウを通じて地球連合軍准将であるカティ・マネキンと連絡を取り、ソレスタルビーイングの大気圏突入から離脱までの間の行動を見逃してもらえるようにしている。

戦う前のおぜん立ては済ませた。

「もっとも、我々がパクンと食べられてしまったらおしまいですけど」

 

-ヌーベルトキオシティ 宝石店-

ヂリリリリリリリリ!!!

けたたましいサイレンが鳴り響き、黒い制服とシルクハット、猫耳の付いたピンクの覆面という風変わりな服装をした女性たち、キャットガールズが客と従業員に銃を向けながら拳銃型の小型ネットガンで拘束し、ショーケースの鍵を開けて宝石を奪っていく。

「さあ、どんどん運び出しちゃって!ルビーにサファイア、パールにエメラルドにダイヤモンド!一切合切、根こそぎに!」

口元のホクロ、長い金髪、口紅は上唇が黒、下唇が赤という特徴的な頭部をしており、両肩にウインクした赤い猫が描かれた赤と黒が基調の露出度の高いスーツを着た女性が次々と運び出される宝石を見て歓喜する。

「かしこまりました、カトリーヌ様!」

「お、お前ら…!!」

ネットで拘束されている警備員の1人が床をはいずりながら、カトリーヌと呼ばれた女性に近づいていく。

しかし、その隣にいる水色の蝶ネクタイと緑色のスーツという男装をしている、茶色いショートヘアの女性が彼に向けて拳銃を発砲し、それを受けた彼は気を失う。

「カトリーヌ・ビトン様の邪魔は許されません」

「助かったわ、オードリー!安心なさい、ただ麻酔で眠っているだけだからー。今日は最高に気分がいいから、私に血を見せないでちょうだい?」

「…!お気を付けください、カトリーヌ様。何者かがこちらに来ます」

飛行機が飛ぶ音が聞こえたオードリーは警戒し、店を出て上空を見る。

「ええ!?この一帯は封鎖していて、キャットガールズを配置していたのに!?」

宝石店を襲撃するというだけあって、カトリーヌはオードリーと共に念入りに準備をしていた。

マンホールの中から路地裏までキャットガールズが封鎖し、表通りも武装ロボットで封鎖し、近づいてくるガバメントドッグも撃破している。

しかし、さすがに空から飛んでくるのに対しては警戒できていなかったのか、動揺を見せる。

「そこまでだ!怪盗ピンクキャット!!」

マイトウィングが宝石店に向けて飛んできて、乗っていた舞人が飛び降りる。

店の前で銃をもって警備をしていたピンクキャット2人を持っている銃で撃ち、沈黙させる。

2人とも出血しておらず、そばに転がっている2つの弾頭から、発砲したのがゴム弾であることがわかる。

「現れたわね、勇者特急隊の仮面坊や!」

前にも彼の妨害によって計画が失敗したことのあるカトリーヌは怒りと動揺を露わにする。

彼が来たということは、ガインら超AIの武装ロボットも来ているということになる。

「姿なき怪盗ピンク・キャット!いや、カトリーヌ・ビトン!警察に代わり、この勇者特急隊がお前を捕まえる!」

「んま!相変わらず小憎たらしい!」

「カトリーヌ様…残念なことに、宝石の輸送チームはすべて勇者特急隊の武装ロボットに取り押さえられました」

耳につけている小型の通信機から通信を受けたオードリーは表情を変えずにバッドニュースを伝える。

オードリーの話を聞いた、店内のほかのピンク・キャットたちにも動揺が走る。

店の前にあるもう1台のトラックにはまだ運転手が乗っていない。

「さあ、もう逃げられないぞ!」

「それはどうかしら!?あたくしは…ただの泥棒ではなくてよ!」

カトリーヌは左耳につけているピアスについているスイッチを押す。

すると、爆発音とともに激しい揺れが襲う。

「爆発!?カトリーヌ・ビトン…まさか!!」

「オホホホホ!!来たわね、私の武装ロボットが!」

舞人はヘルメットの左側のコントローラーを操作し、自動操縦で上空を飛んでいるマイトウィングのカメラの映像をバイザーに映し出す。

南からアリクイ型で、20メートル近い大きさの武装ロボットが複数機、4枚の主翼にそれぞれ1基ずつ大型ローターを搭載した、ザフトで3年前から使用されている大型輸送機、ヴァルファウ3隻から降下されていく。

いずれもザフトのものとは異なり、中央に配置されているものにはピンク色でウインクした猫が側面に描かれていて、その下には『Great Catherine』と英語で書かれている。

降下した武装ロボットはピンク・キャットのトラックを破壊したガインと交戦している。

「ヴァルファウ2隻と武装ロボット!?なんで気づかな…まさか、ミラージュコロイド!?」

ユニウス条約によって規制されており、技術も民間に出ていないミラージュコロイドをどうしてピンク・キャットが持っているのか、舞人は困惑する。

実際、映像を少し巻き戻すと、ミラージュコロイドを解除していきなりヴァルファウが出てきていることがわかる。

(泥棒がヴァルファウのような輸送機とミラージュコロイドを所有している…!?どういうことなんだ?)

「ホホホ!すごいでしょう?あたくしには旋風寺コンツェルンにも負けないビッグスポンサーがついたんで、これだけフロマーシュを用意できたのよー!」

「スポンサーだって!?」

「残念だけど、プロであるあたくしはそのスポンサーの名前を口にできないの。じゃあ、仮面の坊や!今度はあなたの素顔を見せてちょうだーい!」

「待て!!」

カトリーヌに発砲しようとした瞬間、表にあるトラックから煙幕が発生し、舞人の視界が黒く塗りつぶされてしまう。

「く…!」

急いでヘルメットについているサーモグラフィーを起動するが、その時には店内にピンク・キャットの姿はなかった。

店の中央にできた穴から脱出したのだろう。

宝石については逃げることを優先したためか、すべて放棄されている。

「みんな、急いで北へ逃げろ!!ここは危ない!」

舞人は彼らからネットを取り、逃げるよう促すとダイヤグラマーでマイトウィングを店の前におろすと、それに飛び乗る。

気絶している警備員を含め、全員が逃げているのをモニターで確認した舞人は離陸させ、ガインの元へ急いだ。

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「まさか、ピンク・キャットがこれほどの機動兵器を用意するとは!!」

ガインショットでフロマーシュを攻撃するガインは複数機のフロマーシュへの対応に苦慮する。

しかし、対ビームコーティングが施されているのか、フロマーシュはガインショット程度の火力のビームを受け付けていない。

ダイバーズは住民の避難や救助作業を行っており、ボンバーズはほかの方面から来たフロマーシュへの対応に忙殺されている。

先ほどは言った通信によると、ボンバーズはあと1分から2分でそちらへ向かう準備ができるらしい。

「ならば、接近戦で!!」

フロマーシュの武装は頭部のビーム砲のみで、懐に入り込みさえすれば、レスキューナイフで破壊することができる。

ガインはフロマーシュが発射するビームを避け、レスキューナイフを抜いて接近戦に入ろうとする。

幸い、フロマーシュのビーム砲は火力はあるものの、それと引き換えにビームライフルほどの連射はできない。

「甘い!!受けろ、カトリーヌ様直伝!スペシャルダイヤモンドアタックを!!」

「何!?」

フロマーシュの胸部装甲が展開し、そこに内蔵されている棘付きの鉄球が発射される。

鉄球の後部についているブースターが火を噴き、一直線にガインを襲う。

「うわああ!!」

両腕でガードに入ったガインは大きく吹き飛ばされ、後ろのビルにぶつかる。

即座にガードをしたおかげで、胴体や頭部への損傷は免れたものの、両腕にダメージが発生し、レスキューナイフは落としてしまった。

「見ろ、あのガインをあと一撃で…!!」

「ケーブルががら空きだ!!」

上空からバルカンの弾丸が振ってきて、戻そうとしている鉄球の後ろについているケーブルが破壊される。

「しまった…!!」

ケーブルは有線式で鉄球のブースターを操作するだけでなく、何度でも使えるように胸部へ戻すことができるように備え付けられている。

それが破壊されたことで、フロマーシュご自慢のスペシャルダイヤモンドアタックはもう使えない。

「おお、舞人か!!」

起き上がったガインは上空のマイトウィングに目を向ける。

「俺だけじゃないぞ、ガイン!」

「私たちも来ましたよ」

後方から、マイトウィングに続いてナデシコBが到着する。

舞人からの連絡を受けたことで、ここまで駆けつけた。

 

-ナデシコB ブリッジ-

「あの武装ロボット…舞人さんが追いかけていた窃盗団のものみたいです。でも、こんな数を用意するなんて…」

「この前の奴らと同じく、火星の後継者に協力している可能性があるな」

「窃盗団が…ですか??」

「金を積んだら、首を縦に振るだろうさ」

副長席を立った三郎太は出撃のため、ナデシコBのブリッジから出ていく。

「では…ロコモライザーを出撃します。そのあとで機動部隊も出撃してください。なお、ナデシコBは上空で待機。そちらへの援護が行えませんので、ご了承ください」

ナデシコBのグラビティブラスト、そしてディストーションフィールドは都市で使用すると大勢の人や家屋を巻き込んでしまう危険性がある。

そのため、ディストーションフィールドによって被害が発生しない高度までナデシコBを上昇させ、そこで各機への情報発信をするしかない。

 

-ナデシコB 格納庫-

「行けーーー!!」

整備兵のGoサインと同時に、ロコモライザーが開放された前方ハッチから発進する。

そのあとで、ヴァングレイがカタパルトに乗る。

「ったく、ただの窃盗犯が武装ロボットに輸送機持ちだぁ?うらやましいくらいのボンボンだぜ」

「ガインさんからの連絡で、敵武装ロボットは対ビームコーティングを施してあるうえ、胸部には発射可能な鉄球が装備されています。予備動作に注意して、くれぐれも当たらないようにしてください」

「了解だ、ナイン!叢雲総司、ヴァングレイ、出るぜ!!」

カタパルトが動き、ヴァングレイがナデシコBを飛び出した。

そのあとで三郎太とリョーコのエステバリスも発進した。

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「ロコモライザーだ…。ガイン、合体するぞ!」

「了解!」

発進したロコモライザーとガイン、マイトウィングが合体し、マイトガインへと変形する。

「待て待て待てぇ!!ボンバーズ、ただいま到着だぜぇ!」

別方面のフロマーシュを片付けてきたトライボンバーが駆けつけ、フロマーシュめがけてボンバーミサイルを発射する。

「トライボンバー!!まずい!!キャアアア!!」

彼の到着で顔を青くしたピンク・キャットだが、ミサイルがフロマーシュの頭部に飛んでくる。

フロマーシュはスラスターがなく、頭部の一番上のあたり、ビーム砲スレスレのところに設けられており、このミサイルを受けたらただでは済まない。

やむなく、脱出装置を使って脱出し、そのあとでミサイルがフロマーシュの頭部に命中、爆発した。

「オラオラァ!そんなトロい攻撃なんて、オレのエステバリスの敵じゃあねえぜ!」

「右に同じく!ホイ、ホイっと!」

リョーコのエステバリスカスタムは2機のフロマーシュから飛んでくるビームと鉄球を持ち前の機動力を生かして回避していき、三郎太が伸びきったケーブルをイミディエットナイフで切断する。

そして、鉄球を戻せなくなったことで低下した胸部の耐久性をつく形でディストーションアタックを決め、真っ二つにした。

「ヘヘッ、パワーだけの奴だぜぇ」

「みなさん、注意してください!敵増援が来ます!!」

「敵増援?あいつらか!?」

「いえ…それが、未確認機です!!」

「はぁ?未確認機??」

レールガン2発でフロマーシュの両足を吹き飛ばし、うつ伏せに転倒させたソウジがハーリーの通信に驚く。

線路をまたいだ東隣のメインストリートに赤と緑、黄色のトリコロールで、はさみのようなマニピュレーターを2本つけているシュウマイのような形の武装ロボット数機が、全身から出てくる触手を使って車などの金属を取り込みながらこちらへやってきていた。

「火星の後継者…じゃねえな」

「車とかを飲み込んでやがる!?なんなんだ??」

見た目は15メートル級の、クロスボーン・ガンダムに近い大きさのものから20メートル級のものまでバラバラで、統一性など皆無だ。

 

-カトリーヌ専用輸送艦 グレート・カトリーヌ ブリッジ-

「何々?あのヘンテコな武装ロボットは??」

ヌーベルトキオシティ上空で待機している3機のヴァルファウの内の中央の物に乗ったカトリーヌはモニターに映る大きさが全く統一されていないシュウマイ型武装ロボットに困惑する。

このような武装ロボットはピンク・キャットが持っているわけでもなく、警察や地球連合軍がそんなものを手に入れたという情報はない。

「カトリーヌ様。アジアマフィアの首領、ホイ・コウ・ロウから通信です」

「アジアマフィア?もしかして、あれはアジアマフィアの?」

「ホッホッホッ、久しぶりネ、ピンクキャット。義によって、助太刀するネ」

モニターに白いカンフー服を着た白い眉毛とブツブツのある大きな鼻をした、ニコニコとしている老人が映る。

人革連を得意先とした武器生産で財を成し、その財でアジアマフィアを結成し、20年前からは勢力を問わずに武器の密輸や違法売買を行っている死の商人、ホイ・コウ・ロウだ。

近年ではロゴス滅亡の影響で体制が崩壊し、果てしない内戦に明け暮れている中国の軍閥に武器を売っており、内戦激化の原因を生み出している人物とされている。

「助けてくれるのはいいけど、びた一文払うつもりはないわよ」

「構わないネ。私の方はスポンサーから依頼を受けて、部隊を送ってるネ」

「で、当のあんたはどこに?」

「私は歳ネ。今は家でのんびりとみてるネ」

モニターには赤を基調としたフカフカのベッドや高級感あふれる家具のある贅沢な部屋が背景として映っている。

そして、ホイ本人はソファーの上に腰掛け、テレビでヌーベルトキオシティでの戦闘の光景を見ており、カトリーヌとはテーブルの上に置いてある通信機を使って通信している。

「ハッ、たいそうなご身分ね」

「今回の戦いはウチの新型武装ロボット、パオズーの宣伝になるネ。一石二鳥とはこのことネ」

「相変わらず、商売熱心ですこと」

「世界中に武器を売って、巨万の富を得るのが、アジアマフィアのやり方ネ」

「ホイ様。勇者特急隊と共に、ネルガルのナデシコがあります」

色黒で黒いポニーテールをつけた、青いカンフー服の青年、チンジャ・ルースが空っぽになったホイのコップに酒を注ぎながら、テレビに映る戦艦の名前を耳打ちする。

ネルガル、そしてナデシコという名前を聞いたホイは上機嫌となり、酒を飲む。

「これはビッグチャンスネ!ネルガルを叩けば、我が組織とパオズーの評判はうなぎのぼりネ!正規軍にも負けないこのパオズー…いいベストセラーになるネ!では、ピンク・キャット。存分に戦うといいネ!」

上機嫌なままホイは通信を切る。

存分に戦え、という言葉が面白くなかったのか、カトリーヌは顔をしかめていた。

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「火星の後継者の宣戦布告で世界が混乱しているときに、お前たちの好きにはさせないぞ!」

マイティスライサーを投擲し、フロマーシュの首を切断する。

以前戦ったウォルフガングの一味とは異なり、ピンク・キャットは武装ロボットを量産して間もないためか、練度が低い。

フロマーシュそのものの実弾に対する耐久性も高くないことは既にトライボンバー1機で4機以上のフロマーシュを撃破できたという事実が証明してくれている。

「…!舞人!あれを見るんだ!」

「逃げ遅れた人か!」

マイトガインのカメラがメインストリートの離れにあるビルの近くにいるけが人を捉える。

戦闘の規模がどれだけになるかわからない以上、舞人は迷わずマイトガインをそこへ行かせる。

「舞人さん、前に出過ぎです!」

「でも、放っておくわけにはいかない!!」

「俺がカバーに入る!!」

マイトガインに狙いを定めるフロマーシュにヴァングレイが接近しつつ、レールガンを連射する。

「く…邪魔をするな!」

「お前らこそ、ヒーローの邪魔をすんじゃねえ!」

ビームサーベルを抜き、ソウジが叫ぶ。

ヴァングレイに敵の警戒が集まり、マイトガインはけが人の元に到着する。

「あのロボット…。あの人が…」

「けが人…君のことだったのか、サリーちゃん」

モニターにサリーと青いTシャツを着た、黒い坊主頭の小学生が映っており、その少年は足にけがをしている。

「大丈夫だよ、姉ちゃん!!こんなのに、負けるものか!!」

足の痛みに耐えながら立ち上がろうとする少年だが、立つのがやっとで、歩こうとすると痛みが激しくなってしまう。

「テツヤ!!」

「君は弟さんに肩を貸すんだ!その間はマイトガインが盾になる!」

サリーの名前を口に出すことができない舞人はそう促すと、2人に背を向け、動輪剣を構える。

「この一撃で、マイトガインを!!」

「まずい、避けろ!!」

フロマーシュの1機がわずかな隙を突く形で鉄球を発射する。

ヴァングレイはケーブルを破壊するためにビーム砲を発射するが、その前にマイトガインに鉄球が命中してしまう。

これを受けたら、フェイズシフトで装甲へのダメージはないかもしれないが、内部のパーツに大きなダメージを負って、最悪の場合、ロコモカイザーが機能停止してしまう。

また、衝撃で倒れたり、後ろへ下がるようなことがあったら2人を巻き込んでしまう。

「はあああ!!!」

サリーとテツヤが後ろにいることから、避けることができない舞人は左側のコンソールを動かし、動輪剣を調整する。

刀身がオレンジ色に発光した動輪剣を腰に納める。

「居合一閃斬り!!」

「とぉぉ!!」

鉄球が届くギリギリのところで動輪剣を抜いたマイトガインが斜め上に刃を振るう。

すると、鉄球が真っ二つとなって、マイトガインの目前で落下した。

「はあ、はあ、はあ…」

舞人は全身から汗が流れるのを感じる。

一歩間違えば、2人を守れないギリギリなタイミング。

かなりの集中力をここで使ったことを実感する。

「ヒュウ…さっすがだぜ、我ら勇者特急隊の隊長!」

一方、鉄球を発射したフロマーシュはヴァングレイの両肩から発射されたミサイルを受けて、沈黙していた。

 

-タツさんの家-

「これはアニメでもドラマでもありません!実際に起こっています!ヌーベルトキオシティのメガロステーション周辺で犯罪者が使用していると思われる武装ロボットと勇者特急隊が交戦しています!!」

居間に置かれている古いテレビに戦闘と救助活動を行う勇者特急隊の姿が映っている。

チトセは両手に握りしめたまま、その映像を見ていた。

「ソウジ君のことが、心配かい?」

洗い物を終え、台所から戻ってきた辰ノ進がチトセに尋ねるが、彼女は沈黙している。

ソウジが出ていったことが原因か、今のチトセは元気がなく、先ほど出した昼ご飯もそんなに食べていない。

「大丈夫さ。ソウジ君はタフな男だ。こんな奴らなんて、あっという間に退治するさ。…いや、ああ…そうじゃあない、か…」

頭をかき、やっぱりそうかと小声でつぶやいた辰ノ進はテレビを背にして、テーブルの前に座る。

「タツさん…?」

「多分…多分だが、今のチトセちゃんは後悔してる。さっき、ソウジ君と一緒に家を出なかったこと、そして一緒に戦えていないことに」

「…」

「図星だな。まぁ、仕方ないな。君たちのいた世界のことを考えると…」

ソウジが勇者特急隊として戦っている中、チトセは辰ノ進の買い物の手伝いをしつつ、就職活動を行っていた。

あと1年で地球が滅びてしまう、過酷な世界から来たこともあり、19歳という多感な時期の少女であるチトセにとっては、それはいいことなのかもしれないと思っていた。

しかし、そんな平和な日々を送っているチトセだが、夜中に家を抜け出し、庭先で1人泣いているところを辰ノ進は見てしまった。

そして、先ほどのニュースを見ているときのチトセの手の動きを見て、ようやく彼女の本心を理解できた。

「でも…私には何もない。私1人頑張ったって、何も…」

「できるかできないか…それは、あまり問題ではないように思えるなぁ」

「え…?」

辰ノ進はテーブルの上にある急須の中の緑茶を湯呑に入れながら答える。

「俺はさぁ…青戸工場に勤めていたんだが、実を言うと、入ったときはただの不良の高校生で、機械に関する知識なんぞ、これっぽっちもなかった。おまけに、毎日毎日ケンカばっかりして、成績もからっきし。先生には匙投げられてたな…」

思い出しながらそんな話をする辰ノ進にチトセは驚きを隠せなかった。

恰幅の良い体で、おまけに穏やかで釣り好きな彼がそんな元ヤンキーというべき経歴の持ち主にはとても思えなかったからだ。

「まぁ…そんなんだから、高校は中退。当然、大学にも入れねえもんだから、就職したのが旋風寺鉄道会社の鉄道工場、今の青戸工場だ。だが、機械なんてゲーム機かパソコンといった遊びでしか使ったことがねえもんだから、失敗しまくって、何度怒られたか思い出せないくらいだ。んで、先輩にも、こんな出来の悪い作業員は初めて見た、なーんて言われちまった」

アハハと笑いながら、当時のことを振り返る。

若いころで、とてもつらい時期だったかもしれないが、こうして笑える思い出に変えられたのは時の力のおかげなのだろう。

「じゃあ、どうして…その、青戸工場を辞めなかったんですか?」

「大した理由じゃないさ。ただ、出来の悪い作業員なーんて言われたから、カッとなってしまっただけさ。とんでもなくできる奴になって、先輩の鼻を明かしてやろうってな。それからは必死に勉強して、休日返上して働きまくって、5年かかったが、少なくとも車両のメンテナンスの指揮を任せられるくらいにはなった」

懐かしそうに言った辰ノ進は一服するため、湯呑のお茶を飲む。

空になった湯呑を置いた彼はチトセの眼を見る。

「チトセちゃん…。結局は意思の問題、自分が何を本当にしたいのか、さ。俺は理由がひどいもんだったが、鉄道づくりに一生懸命だった。本当はそんなことをしなくても、別の選択肢があったかもしれない。だが、俺はこの道を選んで後悔したことは1度もない」

「タツさん…」

「チトセちゃんにとって、後悔しない選択肢は…何だろうな?」

「私は…」

チトセはこの世界に飛ばされる前までのことを思い起こす。

ガミラスの遊星爆弾で家族を失い、仇を討つために軍に志願した。

そして、ソウジとヴァングレイに出会い、とあるトラブルがきっかけでヤマトに乗り、イスカンダルへの旅に出ることになった。

たった1年で14万8000光年先のイスカンダルからコスモリバースシステムを持ち帰る。

地球で初めて、波動エンジンを搭載し、ワープが可能となったヤマトでも、それは至難の業。

しかし、沖田や古代、真田や玲など、決してあきらめず、ただひたすらにイスカンダルを目指す彼らを見た。

彼らにはそんな強い熱があり、その中にいる自分にも同じ熱を持っていた。

チトセは腰にぶら下げているキーホルダーを見る。

これは妹の優美がくれたものだ。

それを握りしめたあとで、チトセは立ち上がる。

「タツさん、私…行ってきます!!」

直角になるほどの頭を下げたチトセは家を飛び出していく。

外へ出て、彼女の後姿を見送った辰ノ進は笑みを浮かべる。

「すまんな、ソウジ君。彼女を巻き込みたくないっていう君の思いは無駄になりそうだ。だが、チトセちゃんは強い。きっと、お前さんと俺の心配は杞憂になりそうじゃ…」




機体名:エステバリスカスタム(リョーコ機)
建造:ネルガル重工
全高:8.23メートル
武装:ラピッド・ライフル、大型レールガン、イミディエットナイフ、重力波ビームライフル、ディストーションフィールド
主なパイロット:昴リョーコ

ネルガル重工が開発した機動兵器、エステバリスの量産型であるエステバリスⅡを改良したもの。
改良とは言うものの、蜉蝣戦争時代のリョーコの「重力波コントロールを2個にすれば出力も2倍」という想い月に等しい意見をそのまま採用しただけで、重力波コントロールの増設とそれに合わせたフレームの改良がおこなわれただけで、武装についてはフェイズシフト装甲搭載モビルスーツに対抗する目的で作られた重力波ビームライフル以外何も変化がない。
しかし、出力増加という目的は達成しており、それによって後のGN-Xに匹敵するともいわれる性能を獲得したが、それによってIFSがあったとしても熟練パイロットが乗ること前提の機体に変化した。
蜉蝣戦争時代に3機作られ、大きな戦果を挙げたことから一時はこれをもとに量産型エステバリスが建造される予定だったが、戦時中に起こったXエステバリスの事故と地球連合軍がストライクダガーやGN-Xをはじめとしたザフトに対抗できる量産型モビルスーツの配備に成功したこと、ネルガル重工の衰退によって見送られた。
現在のリョーコ機は蜉蝣戦争時代に使用していたものをネルガル重工の元、バージョンアップしたもので、当時よりもフレームが強固になったうえ、特にディストーションフィールドの出力もアップしている。
それができたのはエステバリスの整備や改良に関するノウハウがネルガル重工にしかないため。


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第22話 再出発

機体名:スーパーエステバリス
建造:ネルガル重工
武装:ミサイルポッド、連装キャノン×2、大型レールカノン、重力波ビームライフル、イミディエット・ナイフ、ディストーションフィールド、
主なパイロット:高杉三郎太

ナデシコBに配備されているエステバリスの1機。
エステバリスカスタムとは異なり、重力波コントロールが1つしかないものの、兵装が強化されており、基本的にグラビティブラストとミサイル以外の武装が不足しているナデシコBを補助する役回りになることが多い。
元々、設計自体は3年前に完成しており、そこからの変化はないものの、度重なるアップデートの結果、兵装の強制排除に伴う姿勢制御などのバランス調整はOSが自動的にできるようになった。


-ナデシコB ブリッジ-

「艦長、言われた通りに暗号通信を送りました。けど…」

暗号通信を終え、再びナデシコBの制御を行うハーリーだが、彼にはあの暗号の意味がまるで分からなかった。

地球連合、プラント、木連の1年前までの暗号データがすべて頭に入っている彼にも、今回ルリが渡した暗号が解読できず、どういう意味の物なのかを全く教えてもらえなかったからだ。

「意味は分からなくて結構です、問題はこの暗号が無事に送信できたか、ただそれだけですから」

ルリの言っていることを理解できないハーリーは首をかしげるが、攻撃が来る場合に備え、ディストーションフィールドの調整を始めた。

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「くそ…何なんだこいつは!?弾丸を飲み込んでやがる!!」

ボンバースクリーマーやボンバーミサイルでパオズーに攻撃するトライボンバーだが、いずれもパオズーから伸びてくる触手にからめとられ、そのまま飲み込まれていく。

更に、取り込んだ金属で自己改造を行い、大型化していく。

「くっそー!この武装ロボット!ミサイルもバルカンも飲み込みやがった!!」

「トライボンバー!あの武装ロボットは俺とソウジさんでやる!お前はアリクイ型を倒せ!」

「…了解!!」

実弾しか武器がないトライボンバーでは、パオズーを倒すどころか強化の手伝いしかできない。

彼はやむなくパオズーの相手をこちらへ向かうマイトガインとヴァングレイに任せ、フロマーシュ軍団の元へ向かった。

「うげえ…ひどい形のシュウマイだぜ」

パオズーを見たソウジはヤマトの食堂で食べたシュウマイを思い出す。

あの時のシュウマイはほくほくしていて旨かったが、今目の前にいるシュウマイは旨みの欠片もない。

「ナイン、こいつはどうやって倒しゃあいいんだ?」

「解析しましたが、あの武装ロボットは武装非武装問わず、金属を取り込むことで自己強化することのできるタイプです。ですので、コアを破壊するかビームによる破壊が有効だと考えられます」

「この前のマジンとか六連の逆パターンってわけか!」

「いいな、舞人!」

「はい。ビームなら、マイトガインでも使えます!」

ヴァングレイが両腕のビーム砲を連射し、パオズーを攻撃していく。

ナインの予想通り、ビームに対しては吸収することができず、命中するたびに装甲が削られて行っている。

そして、ビームがパオズーの体内にあるボンバーミサイルの火薬に当たったことで、そのパオズーが爆発し、同時にコアも大破した。

「よっしゃあ!!トライボンバーのミサイル、無駄じゃなかったな!」

「AIなら動きが読みやすいぞ、ガイン!」

「了解、シグナルビーム!!」

マイトガインに向けて一直線に進むパオズー達をシグナルビームで照射する。

ビームで貫かれ、コアを失ったパオズーは機能停止し、その場でバラバラになった。

 

-ホイ・コウ・ロウ邸-

「ぐぬぬ…やはり、ビームに対する防御力に課題があるネェ…。だが、これほど早くに対策されてしまうとは…」

ヴァングレイとマイトガインに次々とパオズーが破壊されるのを見たホイは短時間で弱点を見抜かれたことに腹を立てる。

パオズーはコアさえ破壊されなければ、金属を取り込むことで再生・強化できる武装ロボット。

しかし、ビームに対しては対ビームコーティングが施された金属を取り込まなければ無力であり、それは重々に承知していた。

せめてビームシールドを使うことのできるモビルスーツを取り込むことができれば、と思っていると、テーブルの上の通信機にある暗号が表示される。

「ふむ…そろそろネ。チンジャ、出るネ」

「出る…?一体、どこへ…?」

立ち上がり、使用人に車の用意をさせるホイを見て、チンジャは首をかしげる。

「スポンサーからのご依頼ネ」

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「舞人さんとソウジさんから連絡!シュウマイ型武装ロボット…?をすべて撃破したとのことです!」

「よっしゃあ!残るはアリクイだけだな!!って…おい、なんだこいつら!?」

残るフロマーシュを撃破し、さっさと戦いを終わらせようと意気込んだリョーコ。

だが、フロマーシュのコックピットが次々と空に向けて撃ちあげられ、パイロットのいなくなったフロマーシュ達がズンズンと前進し始める。

前進しながら、無差別にビームを発射してくる。

「こいつら!?街中で無差別にビームを撃つたぁ、どんな神経をしてやがる!?」

ビームをディストーションフィールドでかき消しながら、三郎太が叫び、トライボンバーがボンバーガントレットでフロマーシュの首を貫き、撃破する。

「おかしい…どうして急にこんなことをしやがんだ?」

小隊長を務めるくらいの経験と実力を手にしたリョーコはラピッドライフルを撃ち、ディストーション・アタックでオートパイロットのフロマーシュを倒しながら、敵の急な動きの変化に疑念を抱く。

パイロットとしての経験が不足しているピンク・キャットのメンバーが勝ち目がないから脱出するところまでは理解できる。

しかし、なぜフロマーシュを自爆させず、このような凶行をさせるのかがわからない。

「まさか…これは!!」

リョーコが何かに気付くコンマ一秒前に、コックピットにボース粒子の反応キャッチを伝える警告画面が表示される。

そして、反応をキャッチした位置を見たリョーコは急いでナデシコBとほかの味方機に通信をつなげる。

「ルリ、みんな!ボソンジャンプだ!奴らが来たぞ!!ナデシコを囲みやがる!!」

「俺がすぐに向か…ゲッ、俺のところにまで!?」

パオズーを撃破し、一安心しているソウジの周囲を灰色の夜天光とも言うべき複数の機体がボソンジャンプで現れる。

急いで前方の2機をディストーションフィールド展開前にビーム砲で仕留めるが、側面や後方の機体がフリーになってしまう。

「やべえ!」

「ソウジさん、2番サブアームを後ろへまっすぐ伸ばして!!」

「何!?」

聞き覚えのある少女の声にびっくりするソウジだが、その声に従ってサブアームを伸ばす。

サブアームと対艦ミサイルが接触し、そこを中心に爆発する。

同時に、その爆発に巻き込まれたミサイルも誘爆していく。

「うおらぁぁぁ!!」

突然の爆発で相手パイロットの眼がくらんでいると判断したソウジはヴァングレイを急旋回し、両肩のミサイルランチャーを発射する。

反撃のミサイルは対艦ミサイルを撃ってきた機体たちに着弾し、元々小型の機動兵器であり、耐久性がマジンなどのジンシリーズと比較すると難があるためか、あっさりと撃破することができた。

「はふう…ヤバかったぜ…。だが、さっきの声は…」

「ソウジさん!!」

通信用モニターに突然、通信機を持ったチトセの姿が表示される。

背景として映る空やコンクリートの床を判断すると、彼女はここの近くのビルの屋上にいることがわかる。

必死に走ってそこまで来たのか、汗でびっしょり濡れており、息も荒くなっている。

「チトセちゃん!?なんで通信が…??」

「私が念のため、姉さんに通信機を渡しておきました」

「ナイン…」

「ちなみに、チトセさんがいる場所はこちらです。このままでは危ないので、さっさとサブパイロットシートに…」

「ああ…」

なぜ、辰ノ進の家に置いてきたチトセがここにいるのかわからないものの、先ほどボソンジャンプしてきたあの機体がもう現れないとは限らないし、ナデシコBの周辺にも現れていることをリョーコの通信で知っている。

ソウジは表示された座標にヴァングレイを向かわせ、チトセの目の前に来ると、彼女と同じ高さになるように機体の高度を調整し、コックピットを開いた。

「よぉ、チトセちゃん…」

「ソウジさん…」

ぎゅっと拳に力を入れたチトセはうつむいく。

自分は先ごろ戦うことを放棄し、この世界に残ることを選んだ。

そんな自分を、戦うことから逃げた臆病な自分をソウジは受け入れてくれるのか?

一緒に戦うことを許してくれるのか?

そんな不安が心に宿る。

ガタンと音が鳴り、足音が近づいてくる。

「ソウジさ…!?」

何故こちらに来るのかわからず、顔を上げると同時にソウジの手がチトセの頭に上に乗る。

ゆさりゆさりと手が動き、ソウジが自分の頭を撫でているのだということが分かった。

笑った顔で、まるで子供をあやすかのように。

子ども扱いされた悔しさと自分を何も言わずに受け入れてくれることへのうれしさがごちゃ混ぜになり、涙が出てくる。

「泣くなよ、チトセちゃん」

「グス…泣いで…まぜん!!」

せめてもの強がりを口にし、無理やり左腕で涙を拭きとる。

目の周りは赤くなり、彼女の眼はじっとヴァングレイのコックピットに向けられていた。

「キャップ、姉さん。さっさとナデシコの救援へ行ってください」

「あのなー、ナイン。こういう感動的なところではキスしてから…」

「分かったわ、ナイン!」

パッとソウジから離れたチトセはヴァングレイのサブパイロットシートに座り、OSなどのチェックを始める。

「サブパイロット側からの操作は…。うん、それで、サブアームは…あとは体で覚える!ソウジさん、いつでもいけます!」

「ふぅ…まだまだ攻略には時間がかかるか。わかったぜ、チトセちゃん!」

メインパイロットシートにソウジが座ると同時に、コックピットが閉じる。

ヴァングレイは上昇し、上空にいるナデシコBの元へ向かった。

 

-ナデシコB ブリッジ-

「うわあ!!火星の後継者って、ここまでボソンジャンプの制御を…!!」

ディストーションフィールドの制御を攻撃による振動に耐えながら行うハーリーは敵のボソンジャンプ制御の高さに舌を巻く。

この前の戦闘でも、北辰と北辰衆はボソンジャンプを有効的に活用してアキトやソウジの隙を突いたり、離脱したりしていた。

そのことを考えると、草壁の言っていたボソンジャンプを制御する手段を持っているという言葉が真実だと確信できてしまう。

「艦長!このままだと、こちらがパクンと…!」

「大丈夫です。そろそろ、彼らが来ます」

ブリッジの前にロボットがボソンジャンプし、対艦ミサイルを発射しようとする。

ハーリーはそのロボットの出現に驚くが、ルリは表情を変えることなく、ただそれを見つめていた。

しかし、そのロボットは頭上から降ってきた一筋のビームでドーナッツのように貫かれ、爆発した。

周囲にいたほかの機体は真上からの攻撃に驚き、ディストーションフィールドを展開するが、今度は上から落下してきたモビルスーツが持つ2本のGNソードⅡに近い構造で、柄の部分がバイクの持ち手に近い形となっている実体剣2本で切り裂かれる。

「来ました…彼らです。ですが…1機だけ、ちょっと違いますね」

ルリはナデシコBの周囲のロボットを斬り続けるガンダムを見る。

そのガンダムの口元の装甲は展開されており、X字のスラスターがついていた。

 

-??? ブリッジ-

「さすがはナデシコね。自らおとりになることで、火星の後継者を引き付けるなんて」

茶色い癖のある髪をした、紫と白がベースの制服を着用した、ヤマトやナデシコBと比較すると6畳半の部屋のような狭さのブリッジの艦長席に座っている女性がモニターに表示されるナデシコBを見る。

「スメラギさん、ナデシコとの通信がつながりました!」

ピンクの制服とそれよりも濃いピンクのショートヘアの少女、フェルト・グレイスが言うと同時に、正面モニターにルリが表示される。

「よく来てくださいました、ソレスタルビーイング。みなさんが接近してくれたおかげで、危機を脱することができました」

「ええ。その接近については、あなたたちには織り込み済みだったみたいだけれど」

「ボース反応、確認したです!!」

フェルトとは背中合わせでオペレーター席に座る、茶色いウェーブがかったセミロングで、黄色い制服と緑のミニスカート姿の少女、ミレイナ・ヴァスティが反応があった座標を表示する。

再びナデシコBの周囲に現れており、今度もあの夜天光そっくりなロボットばかりだ。

「積尸気…量産に成功したみたいね」

「スメラギさんよぉ、あいつらはディストーションフィールドを展開している。このまま狙撃援護はきついぜ」

先ほどビームで狙撃を行った、緑と白が基調のガンダムに乗っている、茶色い髪で緑色のノーマルスーツとヘルメットを着けたパイロット、ロックオン・ストラトスがぼやく。

狙撃担当であるとはいえ、相手である積尸気のサイズはエステバリスレベルであり、狙いがつけづらいうえにドクロのガンダムがナデシコBの直掩に回っている。

下手して彼に誤射してしまう可能性がある上に、ディストーションフィールドで防がれる可能性も高い。

一応、彼が乗っているガンダム、ガンダムサバーニャはミサイルがあるとはいえ、この距離から撃っても当たる保証がないうえ、大気圏内での戦闘であることから、軽量化のために追加武装を取り外している。

「刹那に出撃させるわ。ロックオンはアレルヤとトレミーの直掩を」

「了解だ!」

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション上空-

青を基調とした、ナデシコBに似た形をしているものの、その戦艦と比較するとシャープな印象の強い形となっている戦艦、プトレマイオス2改の2つのハッチが開き、左側のハッチにはオレンジ色でモビルスーツレベルの大きさの戦闘機のようなモビルアーマーが発進準備を整えていた。

「まさか、大気圏内でハルートを使うことになるなんて…」

コックピットの前に設置されているサブパイロットシートに座る、若干赤掛かっているオレンジのノーマルスーツを着ている、白いロングヘアーの女性、マリー・パーファシーは事態の変化を静かに感じていた。

1年前の戦争後、地球連合政府はロゴス崩壊によって地球で起こった大規模な政治的、経済的混乱の収束のために奔走しつつ、ナチュラルとコーディネイターが2回にわたって地球やコロニーを滅ぼすような愚かな戦争をした反省と、それが二度と繰り返されないための融和政策を行っている。

しかし、それによって既得権益を奪われたり、元アロウズ兵に対する降格人事、ロゴスの残党をはじめとした反コーディネイター勢力によるテロや反乱がおこっているのは事実で、それに対し、ソレスタルビーイングは武力介入を続けていた。

ソレスタルビーイングはその政策を支持しているが、自らは私設武装組織、いうなれば反政府組織のような存在であり、可能な限り表立って行動することは避けなければならない。

また、軌道エレベーターや大気圏突入・離脱やコロニーの出入りに対する警備が厳重になったことから、ガンダムやプトレマイオス2改を大っぴらに動かすことができない。

そのため、武力介入に関してはガンダムの使用を極力避けており、ユニオンフラッグや市場に流出したGN-Xといった旧型モビルスーツを使用することが多く、ガンダムを使うにしても粒子貯蔵タンクを搭載したものに改修した旧型のものを使っているのが現状だ。

だからこそ、地球で最近完成したばかりの新型のガンダムであるサバーニャやハルートを使うことは異常なことだ。

おまけに、その時はこれらの機体のテストととある事件を解決するため、ソレスタルビーイングの基地がある木星にいて、事件解決後、すぐに木星から地球へ直行する格好になった。

「これだけ世界はまだ混乱してるってことだよ」

メインパイロットシートに座る、オレンジのノーマルスーツ姿で黒い髪で黒と金のオッドアイをした青年、アレルヤ・ハプティズムが静かにつぶやくが、彼の眼にはあきらめの色がない。

まだ、世界は平和と革新のために歩くことのできる可能性が残されている。

その可能性を守るために、何が何でも戦い続けなければならない。

「君の力を貸してほしい、マリー…ピーリス」

ピーリス、という別の女性の名前を聞いた瞬間、マリーの穏やかだった目つきが、生真面目で鋭いものへと変わっていく。

そして、操縦桿に力が入った。

「ああ、言われるまでもない」

「ハプティズムさん、ピーリスさん、発進準備OKです!」

「了解、ガンダムハルート。アレルヤ・ハプティズム、ソーマ・ピーリス、目標へ飛翔する!」

ガンダムハルートが発進し、プトレマイオス2改の背後を立つと、モビルスーツ形態に変形する。

サバーニャと同じく、重力下戦闘のために一部の武装が取り外されていて、両手に握るGNソードライフルを構える。

「ちっ、宇宙じゃあごちゃごちゃと武器をコイツにつけやがって…。おかげで操縦がめちゃくちゃ複雑になってんじゃねえか」

急にアレルヤの口調が代わり、木星でのテスト中のことを愚痴にし始める。

サバーニャとハルートは1年前のアロウズ、そしてイノベイドとの戦いで損傷したケルディム、アリオスという2機のガンダムのフレームと太陽炉を流用しつつ、追加武装によって特に火力を増大させることに成功している。

このような形となったのはソレスタルビーイングの資金難が原因だ。

2度の大戦の中でスポンサーやエージェントら支援者が裏切りや暗殺、懐柔などによって姿を消してしまったからだ。

オーブやネルガルなどの数少ない賛同者からの支援を受けているものの、それだけで失った支援を埋め合わせは難しい。

そのため、大量の武装を追加するという重苦しいうえにいびつな形での後継機開発が余儀なくされた。

当然、そうなると火器管制や機体操作が複雑化するのは明確であり、サバーニャにはサポートとしてオレンジと青のハロが同乗(なお、オレンジハロはサバーニャの前身といえるケルディムとそのまた前身であるデュナメスにも同乗している)し、ハルートに関してはピーリスがサブパイロットとして登場しなければ、満足に動かすことすらできない代物となってしまった。

「そういうな、それだけ私たちのことを信頼して設計した。そう考えればいい」

「ちっ…」

「大丈夫さ、ハレルヤ。僕たちの出番はそんなにないみたいだから」

急にアレルヤの口調が元に戻り、もう1つのハッチから青いガンダムが出撃した。

「当たり前だ!迷惑をかけた分、しっかり働いてもらおうぜ!」

 

「…!この感覚は」

ナデシコBの元へ向かっていたチトセは覚えのある感覚に驚きと共に、うれしさも感じていた。

「どうした、チトセちゃん!」

「ソウジさん…トビア君と刹那君が!!」

「何!?あいつら…やっぱりこの世界に来てたのか…!」

ヴァングレイのモニターにも、青いガンダムであるダブルオークアンタとX字のスラスターを持つガンダムであるクロスボーン・ガンダムX3パッチワークの姿が表示される。

レールガンで積尸気の1機を背後から撃ち抜いた後で、ナデシコBのブリッジ周辺で二刀流となって大立ち回りを披露するX3と通信をつなげる。

「トビア、お前…トビアか!?」

「ソウジさん、それにチトセさんですね!?よかった…ご無事で!!」

ソウジとチトセの姿がモニターに映り、カメラに映るヴァングレイを見たトビアは安堵の表情を浮かべながらも、積尸気のマシンガンを実体剣で受け止める。

そして、X3に気を取られていた積尸気は現れたダブルオークアンタのGNソードⅤで両断された。

「再会を喜ぶのは早い。まずは火星の後継者を叩くぞ」

「了解です!」

「くそっ、ソレスタルビーイングがなぜここにいる!?」

積尸気のパイロットの1人が突然の乱入者に動揺する。

ヌーベルトキオシティ付近の基地の生き残りのメンバーの話によると、日本にいるのは勇者特急隊とナデシコ隊だけで、ソレスタルビーイングのソの字も出てこなかった。

おまけに彼らは木星にいるという情報をつかんでおり、短時間で、しかもピンポイントでここにたどり着くなんて想定すらされていない。

「連絡手段はありましたから」

「連絡手段って…もしかして!?」

ルリの言葉でようやくハーリーはあの暗号通信の意味を理解する。

あれはソレスタルビーイングに場所を伝えるためのものだった。

「はい、正確に言えば、その前に1回通信して、彼らに地球圏まで来てもらってますけどね。ちなみに、オモイカネをヴェーダに接触させたことがあったので、コードはそれを使っています」

「ナデシコのオモイカネとそれを操る星野ルリ…。あなたからのメッセージだってことはすぐにわかったわ」

「あなた方の目を引くためにわざとハッキングのような方法を使ったことをお詫びします」

「手段を論じている余裕がお互いにないものね。問題ないわ。それに、むしろ感謝してるわ。日本にいる仲間の様子がわかったから…」

逆に言うと、そうした手段を使わなければ、ソレスタルビーイングは新型のガンダムと共にここへ急行することはできなかっただろう。

1度目に受け取った通信は地球圏へ戻れ、というシンプルな内容のもので、それにはルリが総信用ボックスに入れていた写真も入っていた。

そして、2度目に受け取った暗号文は全く法則性のないデタラメなものだった。

それよりも重要だったのは送られた座標で、その位置はヌーベルトキオシティのメガロステーション周辺だ。

地球圏に戻っているプトレマイオス2改なら、あとはトランザムを使うことで短時間で大気圏に突入し、そこへ向かうことができる。

「オモイカネが新型機の分析を終えました。どうやら、あの機体は外部ユニットでボソンジャンプを制御していたみたいです」

「要するに来るときはジャンプできても、帰りは自力の片道切符ってやつか!」

上昇しながらレールガンで積尸気を攻撃する三郎太は叫ぶ。

ボソンジャンプ終了後に積尸気が強制排除したバックパック型のユニットと積尸気そのものを解析したデータが表示される。

構造そのものは意外なことに、マジンをはじめとするジンシリーズと同じで、制御機能を内部構造に入れたこれまでのそれらとは異なり、外部ユニット化することで機体そのものの小型化に成功している。

しかし、火星の後継者側の技術不足が原因か、外部ユニットはボソンジャンプ終了と同時に破損してしまうため、実質1度の戦闘で使用できるのは1度きり。

奇襲はできるが、そのあとで敵をせん滅しなければ生きて帰れないという背水の陣を体現した機動兵器と言える。

「だったら、地獄への片道切符をくれてやるぜ!!」

ディストーションフィールドを展開し、ナデシコBに体当たりしようとしている積尸気をディストーションフィールドを展開したリョーコのエステバリスカスタムが横から突撃し、撃破する。

プトレマイオス2改の近くに現れた積尸気についてはサバーニャとハルートによって各個撃破されていった。

 

「敵部隊の全滅、確認したです!」

プトレマイオス2改の登場から十数分でボース反応が消え、敵機動兵器の全滅を確認したミレイナがスメラギに伝える。

戦いが終わり、操縦席でほっと一息ついた紫色のセミロングで赤い瞳をした女性、アニュー・リターナーがカメラに映るナデシコBを見る。

彼女がスメラギらと同行したのが1年前であり、記録としてナデシコを見たことは何度もあるが、本物をこうして間近に見るのは初めてだ。

「あれが、みなさんが言っていたナデシコBなんですね」

「久々の共同作戦だったが、あんまり喜ばしい状況ではないみたいだな」

砲撃席からブリッジへ戻ってきた、右眉毛の端と顎に傷跡の有る、黒い制服で筋肉質な肉体をした大柄な男、ラッセ・アイオンはナデシコと共に戦った時のことを思い出す。

3年前の蜉蝣戦争で、ナデシコ隊はそれを終わらせるためにASA軍を脱走していた。

戦争を終わらせるという点では認識が共通していたことから、演算ユニットをボソンジャンプで飛ばすまでの間、何度か彼らと共闘した。

当時の艦長であるユリカをはじめとした、軍とは思えないようなほのぼのとした雰囲気を当時のナデシコ隊を知るスメラギ達は今でも覚えている。

しかし、今回共闘するということは逆に言うと、そうでもしなければ収束できないくらい、事態が悪化しているということになる。

「でも、私たちは戦わなければならない。ましてや、相手が木連であるのなら…」

スメラギがぎゅっと手すりを握る。

一方、ヴァングレイはダブルオークアンタと通信を繋げていた。

「ありがとう、刹那君!今回は立場が逆になってしまったわね」

「如月千歳。叢雲総司。元気そうで何よりだ」

「そういやぁ、ティエリアはどうしたんだ?ラファエルの姿が見えねえんだが…」

今回、プトレマイオス2改から出撃したガンダムは3機。

ダブルオークアンタ、サバーニャ、ハルートで、同じソレスタルビーイング所属のガンダムであるラファエルの姿が見えない。

「僕は青い戦艦、プトレマイオス2改にいる」

ブリッジでミレイナの通信席を借りたティエリアがヴァングレイ、そしてダブルオークアンタと通信をつなげてきた。

「ティエリア!よかったぜ…お前らちゃんと仲間の元へ帰れたんだな」

「でも、ティエリアさん。ラファエルガンダムは…?」

「あれは疑似太陽炉から太陽炉の搭載と調整をしていた都合で出撃できなかった。急いで調整を終えて、共闘しようと思ったが、その前に終わってしまった。君たちは変わらないで何よりだ」

「お前らと同じだよ。お前らは別の世界の地球を助けるためにヤマトに同行してくれた。俺も同じさ。ここがどこだろうと平和を踏みにじるクソ野郎許す気がさらさらないってことさ」

「そうか…」

「ソウジさん…」

(そっか…私、気負いすぎちゃったのかも…)

ソウジの話を聞いたチトセは胸の中にある重いものが取れたような、そんな感じがした。

ヤマトを見つけ、あの地球を救うためにイスカンダルへ向かうのは自分やソウジだけの問題ではない。

いまだ行方の知らない仲間たちもヤマトを取り戻すために動いているかもしれない。

そんな彼らのためにも、まずは一歩前へ進む。

それがチトセが自分なりにつかんだ答えだった。

「それでは、スメラギ艦長。まずは情報交換を行いましょう」

「了解よ。全機は直ちに帰還して!(ヴェーダの推論と私の勘も、世界の新たな動きを感じている…。ソレスタルビーイングのもう1つの目的…。それを果たすためにも、私たちは協力者を集めないといけない…)」

スメラギは1年前の戦いの後でのヴェーダからの情報を思い出す。

月の裏側にある、地球連合軍が現在管理しているコロニー型外宇宙航行艦に保管されている量子型演算処理システムがヴェーダで、データはレベル1から7まで分けられている。

表向きにはその艦は地球連合軍が将来、外宇宙を探索する際に使用するために開発しているものとしているが、この艦の正式名称はソレスタルビーイング。

つまりはソレスタルビーイングがヴェーダと共に所有していたもので、アロウズの黒幕であるイノベイド達に奪われていた。

アロウズによる情報隠蔽ができたのは、そのヴェーダの恩恵が大きいとのこと。

なお、アロウズとイノベイドが壊滅した後は地球連合軍が接収し、現在は地球連合軍宇宙局技術研究所の宇宙物理学者であるミーナ・カーマインと同研究所のMS開発主任であるビリー・カタギリらが『開発』という名前の内部調査を行っているが、いまだに全容を解明できていない。

ちなみに、ソレスタルビーイングは表向きにはヴェーダと一切関与していないことにはなっている。

しかし、地球連合軍のカティ・マネキン准将の黙認の元、ヴェーダからデータを持ち出した。

そして、プトレマイオス2改のメインシステムに小型化したヴェーダと言えるシステムを組み込んだことで、いつでもそれを媒介してヴェーダにアクセスすることができるようになっている。

それの開発にはアニューやティエリアがかかわっている。

それへのアクセスを行う中で、人類の革新以外のイオリア・シュヘンベルグがソレスタルビーイングを結成した目的を見つけることができた。

今まで存在しなかったはずのレベル8のデータの中にそれがあった。

 

-プトレマイオス2改 格納庫-

「よーし、ハッチを閉めるぞーー!!」

縁なしの眼鏡をかけた、黒い制服姿の整備士である男性、イアン・ヴァスティの誘導によって、ヴァングレイが収容される。

ハッチが閉じると、コックピットが開き、ソウジとチトセが出てきた。

「ソウジさん!!」

さっそく、格納庫にトビアが入ってきて、再会した2人の仲間の前に立つ。

「トビア!そういやぁ、キンケドゥの旦那や鉄也、竜馬は…?」

「分かりません…。でも、僕やソウジさん、チトセさんや刹那さんたちがいるのなら、きっとこの世界に飛ばされているのかも…」

いまだ行方の分からない仲間たちの身を案じ、トビアは表情を曇らせる。

「僕と刹那、そしてトビアはあの後、この世界の木星宙域に飛ばされていて、そこでトレミーに救出された」

刹那と一緒にティエリアが入ってきて、自分たちの状況を説明する。

ソウジとチトセとは異なり、彼らは自らの愛機と離れることはなかったとのこと。

「刹那さん達と一緒にソレスタルビーイングと合流してからはこの人達と一緒に戦っていたんです」

「あ…でも、トビア君。その…今更なんだけど、ここの人たちと一緒に戦うの…ためらわなかったの?」

現在では好意的な雰囲気が世論の中で強まっているものの、あくまでソレスタルビーイングは私設武装組織で、悪い言い方をすれば犯罪集団だ。

それに、イノベイドやアロウズを生む原因の一端を背負っている。

宇宙海賊のトビアとはいえ、そんな彼らと共に戦うのに抵抗感がないとは思えなかった。

頭をかき、少し考えたトビアはニコリと笑みを浮かべる。

「スメラギさんに会ったとき、ソレスタルビーイングについて話す前に選択肢をくれたんです。すべてを忘れて、この世界で暮らすか、それとも、共に真実に立ち向かうか…と」

(すべてを忘れて…か…)

チトセの胸に前者の選択肢がチクリと刺さる。

仮にそれができたら幸せなことだったかもしれないし、辰ノ進の家を飛び出さずに静かに暮らしたら、そんなことができたかもしれない。

だが、チトセも遅くなりながらもトビアと同じ選択をした。

この先に何があるのかはわからないが、自分で選んだ以上は進むしかない。

「その言葉を聞いた時、俺…この人は信用できると思ったんです」

「トビア…お前、ニュータイプか?」

「そんなんじゃないですよ。初めてキンケドゥさんと会った時に同じことを言われましたから…」

トビアは初めてキンケドゥ等と出会った時のことを思い出す。

その時は木星への交換留学生として、ほかの学生たちと共に木星帝国の輸送艦に乗っていた。

そこでキンケドゥらクロスボーン・バンガードに遭遇し、生き残るためにと、その艦になぜか積まれていたバタラに乗り込み、応戦するもあっさりと撃破された。

その自機を撃破したモビルスーツがX1で、パイロットはキンケドゥ。

彼に促される形で脱出し、スメラギに言われたようなセリフを聞いた。

トビアはその時の真実に立ち向かうこと、そして宇宙海賊クロスボーン・バンガードに入るという選択をしたことを今でも後悔していない。

「なるほどな…。ま、俺もソレスタルビーイングの存在についてはうさん臭さを感じるが、刹那やティエリアがいるんなら、そこらは呑める。それから、ナデシコの連中は信用できる」

「ソウジさん…ニュータイプですか?」

「ただの勘だ。そしてニュータイプはチトセちゃんの方さ」

「話は済んだみたいね、トビア君」

格納庫のドアが開き、ロックオンをはじめとしたパイロットやプトレマイオス2改のクルー達がやってくる。

(うお…あのお嬢さん、すっげー美人)

(ソウジさん!!)

アニューを見て、鼻の下を伸ばそうとしたソウジの足をチトセは踏みつける。

(痛たた、チトセちゃん痛いだろう!?いくらなんでもそこまでは…)

(ちゃんと見てくださいよ!!)

チトセの言葉を受け、ソウジはアニューの立っている場所を見る。

彼女はロックオンの隣に降り、よく見ると手を握っていることがわかる。

それを見たソウジは若干ショックを受けたのか、ポケーッとし始める。

「あの…話をしていいかしら?」

スメラギが前に出て、確認するように尋ねる。

ソウジのことが若干気になったものの、チトセとトビアが首を縦に振ったため、話を始めることにした。

「君たちもヤマトの乗員だったんだね。刹那とティエリアが世話になったよ」

「いえ、助けられたのは私たちの方ですから」

「あんたらのことはトビアから聞いている。トビア達と同じく、これからしばらくは一緒に行動することになるだろうからご挨拶だ。俺はロックオン・ストラトス。名前の通り、狙撃手だ。もっとも、最近は狙い撃ちよりも乱れ撃ちの方が得意だけどな」

「僕はアレルヤ・ハプティズム、彼女はマリー・パーファシーだ」

「よろしくお願いします」

アレルヤに自分の名前を紹介されたマリーがニコリと笑って挨拶する。

そんな彼女の笑顔のせいか、ソウジが正気に戻った。

「叢雲総司だ。ところで、素敵な笑顔のお嬢さん、よろしければ今度の休みにお茶でも…」

「軽薄な口調で誘うな!!」

「ひぃ!!」

急に鋭い目つきになったマリー、いやピーリスが叫び、ソウジは思わずひるんでしまう。

先ほどの柔らかな笑顔を見せた彼女とは到底思えないような変貌っぷりだ。

「ええっと、彼女と僕はちょっとした理由で二重人格みたいな感じになってるんだ。だから、今みたいになっても驚かないでね」

(二重人格…?本当なのかしら?)

チトセはマリーがピーリスになった瞬間、刹那達とは違う感覚を感じた。

今は再びマリーに戻っているためか、その感覚がなくなっている。

そんな不思議な違和感を感じている中、今度はクルーの紹介に入る。

「私はスメラギ・李・ノリエガ。戦術予報士として、プトレマイオス2改、トレミーに乗っているわ」

「俺はイアン・ヴァスティ。整備士だ。あとであんたのヴァングレイってモビルスーツモドキを詳しく見せてくれ」

「アニュー・リターナーです。トレミーの操舵手を担当しています」

「オペレーターのミレイナ・ヴァスティですぅ!名字で分かる通り、イアン・ヴァスティの娘ですので、親子ともども、よろしくです!」

「え…子供!?」

「孫じゃなく…??」

ミレイナの自己紹介を聞いたチトセとソウジはびっくりしながら2人を見る。

見た目から判断すると、イアンは50代後半で、おそらくミレイナは15歳前後。

もしかしたら…と考えるが、いくらなんでもそれはないだろうとその考えを無理やりもみ消した。

「ところで、つかぬ事をお聞きしますが…叢雲さんと如月さんは恋人なのですか!?」

「ふぇえええ!?」

無邪気なミレイナの質問にチトセは顔を赤くし、やはりその質問をしたかとイアンとスメラギ、ラッセは頭を抱える。

彼女はこうしたカップルらしき男女を見るとそんな質問をする癖がある。

乙女の勘、が理由らしく、本人には悪気はない。

「半分正解だな、ミレイナちゃん。これから俺がチトセちゃんを…」

「ソ・ウ・ジ・さん!!」

満面の笑みを浮かべるチトセがソウジに目を向ける。

明らかに目が笑っておらず、恐怖でソウジの顔が青くなる。

「は…はい、すみません。ちょっと空気を和まそうと思っただけですので…」

あまりにも怖かったのか、言葉が敬語に変化し、落ち着いたチトセは元の様子に戻った。

「すみません、自己紹介を中断させてしまって」

「い、いえ…。私はフェルト・グレイス。ミレイナと同じく、オペレーターを務めています」

「俺はラッセ・アイオン。トレミーで砲撃手と予備のパイロットを務めてる。後方支援は任せてくれ」

自己紹介を終えたスメラギらをソウジ達は見る。

かつて世界を敵に回し、大戦の原因を作り、大戦を終わらせた人間であることから、もっと血の気が濃い、もしくは気難しいような集団なのだろうと考えていた。

実際、刹那やティエリアがそんな感じがなくもない。

だが、穏やかな印象のあるフェルトや無邪気なミレイナ、頼れる兄貴分のようなラッセのような、個性的な面々が集まっている。

トビアがここになじんだのは、ここが宇宙海賊と似た空気があったからだろうとソウジは思った。

「あんたらの地球のことはトビアと刹那から聞いた。ひどい状況らしいな…」

「それと比べるのはよくないけれど、この世界の地球も平和とは言えなくなってきているわ」

「可能な限り早く火星の後継者を止めないと、また大きな戦争になるかもしれない」

アレルヤの言う通り、火星の後継者はもはやテロリストの一派とは言い切れないような大きな存在になっている。

現行の政権に不満を持つ人々が火星の後継者に可能性を求め、彼らの支援をしている。

地球連合軍の中にもそういう人間がいることは致命的なことで、動けるのはナデシコ隊と勇者特急隊、そしてソレスタルビーイングだけだ。

「分かっている。ヤマトを取り戻すためにも、連中を叩くさ」

「ヤマト…?火星の後継者のところにいるんですか!?」

「詳しくは分からんがな。だが、火星の後継者を叩くのとヤマトの奪還はイコールだ」

(ヤマトが火星の後継者に…)

ソレスタルビーイングは火星の後継者についてのデータを集めようと、ヴェーダにアクセスしたことがある。

しかし、彼らに関するデータは何一つ得られなかった。

ヴェーダは世界中のコンピュータを監視することで情報を集めており、それ故に世界中の電子機器のハッキングができる。

しかし、ネットワークにつながっていることが前提であるため、それにつながっていない端末に対しては何もできないという欠点を抱えている。

その欠点を埋め合わせるのが情報収集型イノベイドだ。

イノベイドは戦闘型と情報収集型に分かれており、情報収集型については自身がイノベイドだと知らぬまま人類社会に潜入し、現在でも収集を続けている。

余談だが、トレミーのクルーとパイロットの中でイノベイドなのはティエリアとアニューで、前者は戦闘型であり、後者は情報収集型の枠組みに入る。

木連にも、当然のことながらイノベイドがいる。

そのことを考えると、火星の後継者はヴェーダにリンクしない別のネットワークを新たに構築していて、更にイノベイドを排除していると考えるのが理論的だ。

どちらについても現実的な選択肢とは思えないが、そう考えるしかない。

(きっと、ヤマトにベルナデットがいる…。だったら、俺のやるべきことは一つだ。俺は必ず生き抜く。ベルナデットを迎えに行くために…)

 




武装名:GNアクセルブレード
クロスボーン・ガンダムX3パッチワークの新たな武装。
別世界の技術の産物でありクロスボーン・ガンダムはソレスタルビーイングでは技術などが根本的に異なることから、装甲以外の修理が難しいものだった。
特にムラマサブラスターはビームライフルと14基のビームサーベルが複合した兵器であり、整備性に課題があった。
そのため、ソレスタルビーイングの現行技術で開発でき、X3でも使える武器の開発が急がれた結果、完成したのがこの武装だ。
GNソードⅡがベースとなっているものの、柄の部分がバイクの持ち手とそっくりな形となっており、刀身に粒子貯蔵タンクが内蔵されている。
戦闘を行う際はトリガーを引くことでタンク内部のGN粒子を放出、刀身に付着させることで高い切断能力を発揮する。
当然、ビームライフルとしての転用が可能となっており、タイムラグも短いことから基本的には二刀流で扱っている。
ただし、あくまで急造品であり、タンクが小型であることから、1度の出撃で使用できる時間は限られており、トビアもそれについては不満を感じている。
しかし、実体剣としての特性があることから、GNフィールドやディストーションフィールドといった、ビームに対して高い防御力を発揮する相手に対抗できる点では意義があると言える。


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第23話 エリアD

機体名:ガンダムサバーニャ(陸戦仕様)
形式番号:GN-010
建造:ソレスタルビーイング
全高:18メートル
全備重量:61.8トン
武装:GNマイクロミサイル、GNホルスタービット×4、GNライフルビットⅡ×4
主なパイロット:ロックオン・ストラトス(2代目)(メイン) 青ハロ、オレンジハロ(サポート)

ソレスタルビーイングがガンダムサバーニャの太陽路とフレームをベースに改修したもの。
パイロットであるロックオンが得意とする早撃ちと弾のバラマキといった戦闘スタイルに合わせて調整されており、全身のGNマイクロミサイルとビットとしての機能が付いたGNホルスタービット、GNライフルビットから歩く武器庫といえるほどの重量を誇る。
それに伴う火器管制の複雑化はサポートメカであるハロを2基搭載することで解決している。
ただし、太陽路そのものの出力に変化がないことから過剰な重量化によって、たとえGN粒子の機体重量軽減効果があったとしても、重力下での活動に支障をきたすようになってしまった。
当初は宇宙でのみ運用することが想定されていたことから問題にならなかったものの、火星の後継者の登場によって重力下での運用が余儀なくされ、結果として搭載する武装を一部取り外すことで重力下での活動を可能にしている。
ちなみに、オレンジハロはロックオンに、青ハロは彼の恋人であるアニューに懐いている。


-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「スメラギさん、こうしてじかにお会いできてうれしいです」

「そうね。でも、せっかく顔を合わせるのだったら、こんな状況じゃないほうがよかったわ」

ブリーフィングルームで、スメラギとルリは2人っきりで会話を始める。

ナデシコBとトレミーは現在、マイトステーションに格納されている。

地球連合軍の傘下にあるナデシコ隊が非合法な私設武装組織ソレスタルビーイングと接触していることを公にするわけにはいかないためだ。

「ですが、そうでなければ会うことができないのも事実です」

「それはそうだけど…」

「ですから、速やかに事態の収束を図り、そのあとでたくさん話をしましょう」

「そうね。それにしても…蜉蝣戦争ではオペレーターだったあなたが今では艦長を。感慨深いものを感じるわ」

当時のナデシコ隊と同行した際、スメラギ達は自分たちの素顔などを見せないように通信を行っており、顔を合わせたことは一切ない。

しかし、アキトやユリカを含めた当時のナデシコ隊の面々の名前や顔はモニター越しで知ることができ、そのころのルリは常にポーカーフェイスの小学生だった。

そんな彼女が若干14歳で艦長デビューし、大きくなっている。

母親というわけではないが、当時のルリを知っている分、大きくなった彼女に何かを感じざるを得ない。

「本当なら、もっと艦長席にふさわしい人がいるのですが…」

「御統ユリカさんね?」

ユリカの名前を聞いたルリは若干顔を下に向けるが、すぐに元通りの表情に戻る。

当時と違い、年相応の少女としての感情を手にし始めていることがわかる。

その分、あのような形でアキトとユリカから引き裂かれたことはつらかったのだろう。

スメラギはブリーフィングルームにあるスクリーンに火星の後継者の中心人物である草壁とその組織が使用している機動兵器、夜天光や積尸気などを表示する。

その下にはアキトやユリカの顔写真も載っている。

そしてもう1人、金髪で白衣を着た30代くらいの女性の顔写真もある。

「あなたから受け取ったレポート、読ませてもらったわ。天河アキトさんに御統ユリカさん。そして…」

「イネスさん。彼女もA級ジャンパーとして、拉致されたものと思われます。イネスさんに関してはさらわれたのか、それとももう既に亡くなられたのかは分かりませんが…」

金髪の女性、イネス・フレサンジュは当時のナデシコ隊の科学・医療クルーで、3年前の蜉蝣戦争における火星での生き残りで、ナデシコに救出されたのが縁で加わった。

ほかにも生き残りがいたものの、戦闘に巻き込まれる形でイネス以外は全員死亡してしまっている。

彼女は非常に複雑な経歴をたどっている人物で、実は3年前にボソンジャンプで20年近く前の世界にタイムスリップしていて、それがなければ、今の彼女の年齢は11歳ということになる。

彼女もまたA級ジャンパーで、そのことからボソンジャンプの中にある時間の概念が証明されることになった。

ただ、イネスはアキト・ユリカ夫妻が行方不明になるのを前後して行方不明となっており、その真相を聞き出すことができていない。

ネルガルなどが現在も捜索しているが、証拠1つ見つけることができていないのが現状だ。

「こちらも彼らのものと思われるテロリストの動きは前から追っているけれど、いろいろと不可解な面があるわ。その中でも資金源と様々な組織を手足のように使える広い人脈。どうやってもそれがわからないの」

そのどちらもが地球連合軍内部の裏切り者、もしくは木連内部でいまだに草壁を信じている人物だけの動きなら、彼らをすべて摘発すれば済むだけの話だ。

しかし、火星の後継者に流れている資金も人脈もその範疇を超えており、複数の国家レベルの支援があると考えなければ説明がつかない規模になっている。

「人脈については、舞人さんも疑問を口にしていました。本来なら、何のつながりもない犯罪者たちが連動して動きを見せるのは不自然だと…」

昨日のように、ピンク・キャットの援護のためにアジアマフィアがやってくるようなことは舞人にとっては初めてのことだ。

鍵となるのはカトリーヌが言っていたスポンサーの存在で、その正体がわかれば、少なくとも人脈面でたたくことができるかもしれない。

「旋風寺舞人…勇者特急隊ね」

「ご存じだったんですね?」

「いろいろと調査したわ。でも、彼の場合は問題ないってことで状況を静観しているけどね。本当の意味での正義のヒーローの邪魔をするのは世界の損失だし」

スメラギは勇者特急隊について調査する中で突然コンタクトをとってきたとある老人のことを思い出す。

彼が自分から勇者特急隊に関する情報をこちらに送ってきて、それと引き換えに彼らに対する武力介入をしないでほしいと依頼された。

彼は育児休暇をとった仲間たちの身の安全を保障してくれていることもあり、その願いをむげにできなかったことも、静観するという判断を出した理由になっている。

「同感です」

フフッ、とルリは思わず笑みを浮かべた。

ナデシコで何度も見ることになった『熱血ロボ ゲキ・ガンガー3』などで出てくるヒーローがそのままテレビか漫画から出てきたような舞人ら勇者特急隊がまぶしく見えてしまった。

きっと、スメラギも同じ感想を持っていたのだろうと思える。

世界を変革へ導くためとはいえ、大きな混乱を起こして人命を失わせてしまったことを考えると…。

「結局、火星の後継者のバッグについては謎のまま。でも、肌で感じるものがある…」

「何者かが、この世界を再び戦いに包もうとしている…ということですね?」

「そのとおりよ。だから、火星の後継者だけじゃなくて、その黒幕も倒さなければならない」

「あの…以前から思ったのですが、ソレスタルビーイングは木連の動きに敏感ですよね?」

当時、ナデシコと一時行動を共にした理由は木連への武力介入のためということで、当時は戦力不足である上に反逆者としてASAに追われる身になっていたことから深く追及することができなかった。

そしていま、こうしてスメラギと話していると、少なくともナデシコ隊が知りえた情報とアキトからもたらされた情報を彼女も持っている。

そうなると、ソレスタルビーイングと木連の関係を疑問に思わざるを得ない。

スメラギもこれは話さなければならないと思ったのか、首を縦に振った後で答える。

「兄弟…いや、いとこのようなものだからね」

「どういうことです…?」

あまりにも抽象的な、スメラギらしからぬ発言に疑問を抱く。

少なくとも、近しい関係であることはその表現で理解することができた。

「ソレスタルビーイングの創設者であるイオリア・シュヘンベルグは木連の協力者でもあったの。正確には火星から逃げ延びた宇宙移民者に対して、だけどね」

「初耳です」

「イオリアは木星でGNドライヴを開発していたから、そのつながりだと思うわ」

現在、ソレスタルビーイングが木星で持っている基地は木連との接触を避けており、スメラギ達もヴェーダを取り戻し、情報を見るまではそのことを知る由もなかった。

しかし、太陽炉も疑似太陽炉も重粒子が必要で、その1つとなりえるヘリウム3は木星でなければ大量に手に入れることができないうえ、太陽炉については木星の高重力な環境でなければ作れない。

そうなると、イオリアが何らかの形で木連と接触したとしても不思議な話ではない。

「もしかしたら、彼の開発した数々の超テクノロジーは木連が木星圏で発見した古代文明の遺跡を利用しているのかもね」

ただ、それはあくまでスメラギの憶測にすぎず、ソレスタルビーイングが持つ技術のどこまでが古代文明の影響を受けたものであるのかはわからない部分が多い。

ハロについてはバッタのような自立型ロボットに関係があるかもしれないが、あちらのロボットと違ってコミュニケーションをとることができるのが大きな違いだ。

また、疑似太陽炉についてはソレスタルビーイング内部の裏切り者がリークしたとはいえ、地球でも作ることができたことから、やろうと思えば太陽炉も含めて作ることができたはずだが、それらも木連オリジナルの技術の情報はヴェーダも入手していない。

実際、イオリア・シュヘンベルグ自身200年以上前の人物であり、その長い時間の間にソレスタルビーイングと木連が関係を持たなくなったように、技術面でもつながりが薄まってしまったのかもしれない。

「では、木連が地球を攻撃することにソレスタルビーイングは責任を感じているのですか?」

「そこまで、はっきりした形ではないけれどね。イオリアの理想や計画については私たちも完全に理解しているわけではないけれど、少なくとも戦争の根絶については同意してる。だからこそ、そのイオリアが協力していた彼らが戦いを起こすなら、それを止めることも私たちの役目だと思ってるの」

「もう1つ、聞かせてください。あなたたちは自らのやってきたことを償うために今でも戦っているのですか?」

アロウズは解体され、イノベイドも滅んだ。

まだ完全なものとは言えないものの、地球もプラントも木連もこれから人類の革新のため、平和のために前へ進もうとしている。

ここを一つの区切りとして、戦いから身を引くという選択肢もあったはずだ。

だが、スメラギたちが今でもなお戦いを続けている理由をルリは知りたかった。

あくまで彼女の見解だが、自分たちの行いが原因で生まれたアロウズとイノベイドを自らの手で滅ぼし、世界を救ったことで償いを果たしているから、その罪にとらわれる必要はないのかもしれない。

ソレスタルビーイングが原因で命を落とした人の関係者がそれを聞いたら激怒するだろうが、ソレスタルビーイングをある程度知っているからこそ、そういう見解を出すことができる。

「そうでもあるし、そうでもないといえるかな…。ソレスタルビーイングの中には過去の贖罪のために戦っている人もいると思う。私も含めて…。でも、私たちが戦う最大の理由は、この世界の未来には平和が必要だと思うからよ。それはソレスタルビーイングが武力介入を始めた時から変わってないわ」

「ありがとうございました、やはりあなたたちはぶれませんね」

その話を聞いて、ルリは安心したかのような笑みを見せる。

スメラギもそれがルリにとって満足のいく答えなのかわからず、不安を感じながら答えていたため、その笑顔を見れたことでうれしく思えた。

そんな和やかな空気を吹き飛ばすかのように、自動ドアの無機質な開閉音が響く。

「スメラギさん、大変です!!」

「どうしたの?ミレイナ?」

「テレビを見てください!始祖連合国がミスルギ皇国のアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ皇女がノーマであることが発表されたです!!」

「なんですって!?」

ミレイナの報告、そして即座にスクリーンに映し出したそのテレビの映像にルリとスメラギの脳裏を稲妻が走る。

その国の皇女の中にノーマが発見される。

しかも、そのアンジュリーゼという皇女は国民から人気と信頼が厚いうえに、兄である皇太子のジュリオ・飛鳥・ミスルギを抑えて時期国王となるのではないかという噂さえある人物だ。

そんな彼女がノーマであると発覚することによる、これから起こる混乱を彼女たちは感じていた。

 

-ソレスタルビーイング パイロット待機室-

「…アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ皇女殿下はミスルギ皇国第一皇女として洗礼の議を受けていたのですが…」

「ミスルギ皇国…始祖連合国では最大の発言力と歴史を持つ、日本の天皇と同じく万世一系の皇族がいる王国だ」

ティエリアは映像に映る、泣き喚きながら兵士たちに連行される金髪で白いドレス姿の少女とスタジオでそれを無表情で報じる女性アナウンサーを見ながらソウジとトビアのために解説を入れる。

そのミスルギ皇国はおよそ500年の歴史で、公用語は日本語と英語。

2人1組でタンデム式のエアバイクに乗り、1人は操縦、もう1人はラクロスに似たスティックを振るってボールを奪い合い、ボールを相手チームゴールに入れることでポイントを競うエアリアを中心としたスポーツや始祖連合国考古学をはじめとした学問などを中心に栄えている。

それ以上に、栄えている原因が始祖連合国の人々だけが使える能力、マナの存在だ。

意志の力で物理現象に干渉し、物質の浮遊・移動、拘束・防護用の結界の展開、光や熱を発生させられる他、統合システムへのアクセスによる情報共有を駆使してマナ使い間でのコミュニケーションツールとなる。

わかりやすく言えば、超能力者とニュータイプ、もしくはイノベイターのハイブリットというべきで、それによって人々は相互理解を深めて差別や戦争等の諸問題を克服している。

「そこで、ノーマであることが発覚したのです」

だが、それはマナが使える人間同士の話であり、その始祖連合国ではマナが使えない人間を人間として扱わない、とある盛者必衰の理を現した物語に登場するとある一族の男の言葉を使うと、『マナあらずんば人にあらず』という思想が強い。

そのため、ときおり国内で生まれるマナの使えない女性、ノーマは人間として扱われず、始祖連合国から追い出されることになる。

なお、その追い出された女性たちがどうなったかについては一般には公開されていない。

「なお、16歳になる今日まで発見が遅れたのは、父であるジュライ・飛鳥・ミスルギ皇帝陛下によりその事実が秘匿されていたためと推測されています。なお、アンジュリーゼ皇女殿下は逃走を図りましたが、取り押さえられ…逃亡をほう助したとみられる母のソフィア・斑鳩・ミスルギ皇后殿下はその巻き添えに遭い、崩御あそばされたとのことです」

「マジかよ…マナが使えねえってだけでこれかよ…」

図書館で少し情報を知っていたソウジだが、テレビに映るアンジュリーゼと彼女を憎しみを込めて罵倒する人々、そして連行する憲兵を見て、戦慄を覚える。

チトセも口には出さないものの、始祖連合国の人々の異常さに憤りを覚えていた。

「あ…今、新しいニュースが入りました。これは皇帝陛下の名の下での公式発表です」

「皇帝陛下?まさか…ジュライって奴のことか?」

「ライル…奴は失礼よ…」

ロックオンに飲み物を持ってきていて、一緒にテレビを見ているアニューが青ハロを抱きながら彼に苦言を呈す。

大統領や総理大臣に対してはともかく、国王や皇帝とその一族に対してそういう言い方は失礼にもほどがある。

「でも、ジュライ皇帝はアンジュリーゼ皇女がノーマであることを秘匿していたって言っていたから…」

「その人がいきなり公式発表するというのは考えにくいわね」

ノーマを匿うことは重罪であるミスルギ皇国では、赤ん坊や幼年であれば許されことがあるものの、16歳や大人になってから発覚し、おまけにかくまったとなると死刑になってもおかしくない。

それは皇族であっても例外ではない。

「ミスルギ皇国の新たな皇帝陛下となられました神聖皇帝ジュリオ一世は…前帝ジュライ・飛鳥・ミスルギがノーマであるアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギを皇位に就けようとしたことは国家反逆罪であり、許されざることであるとして皇位のはく奪とともに拘束したとのことです。また、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギについては皇位継承権・国籍を剥奪するとともに国外追放したと発表されました。以上、ミスルギ皇国フジミテレビからお伝えしました」

アンジュリーゼに関するニュースが終わると同時に、すぐに次のニュースとしてエアリアのプロリーグに関する報道が始まり、ここからは自分たちにとって関係のない情報と判断したティエリアによってテレビが切られた。

「あの人気者のアンジュリーゼちゃんがな…こりゃ国もひっくり返るわ」

「ノーマって言っても、始祖連合国にとっては異常なだけで、僕たちから見たら何も変わらないはずなのに…」

ソレスタルビーイングと行動を共にしていたトビアは始祖連合国とマナ、そしてノーマについてはティエリアやスメラギ、アニューからあらかた聞いていた。

しかし、彼にとってはマナが使える始祖連合国の人々の方が異常に見えた。

そして、ノーマに対する差別の深刻さが罵倒する人々の姿から生々しく感じられた。

「ずっと、こんな感じだぜ。おまけに知っての通り、始祖連合国は地球連合に加盟していない。スイスやオーブのように永世中立を保っているのさ。オーブとの最大の違いは、外部への徹底的な無関心さだ」

永世中立を保つオーブでさえ、世界の動きに対してアンテナを張っており、中立を維持できるだけの軍事力や外交力を得るために活発的に動いていた。

非公開の情報ではあるが、3年前のオーブ軍が使用していたモビルスーツ、M1アストレイのプロトタイプを地球連合軍が開発していたストライクガンダムをはじめとしたXナンバー5機の技術を盗用する形で開発していたのがその例と言える。

また、中立を保っている間も参戦するまでの間は諸外国と貿易を行っていた。

しかし、始祖連合国については建国からこれまで諸外国と国交を結んだことも貿易を行ったこともない。

地球連合にも加盟しておらず、1年前にユニウスセブン落下によって発生した世界的な災害、ブレイク・ザ・ワールドでも被害を受けなかったにもかかわらず、一切支援することがなかった。

徹底的な外部への無関心ぶりから、各国も始祖連合国を危険視しているが、彼らが持つマナの力は侮りがたく、危害を及ぼさない限りは此方に攻撃してくることはないだろうという判断から静観し続けている状態だ。

「まったく、まるで始祖連合国の民は選ばれし者だって言ってるような感じだな」

「ソウジさんの言う通りです。ですから、マナの使えないノーマは人間扱いされない。それがおかしいと考えている人間は昔からたくさんいます。ですが、地球連合に加盟せず、外交を全く行っていないうえに始祖連合国の人々はだれもそれがおかしいと思っていない。だから、それがまかり通ってしまうんです」

「まるでどっかの洗脳された独裁国家の国民みてーだな」

「あの…国外追放って話がありましたけど、具体的にはどこへ…?」

報道の中で、追放される場所に関する言及がなかったことから、チトセは質問する。

その問いに答えることができる人物は誰もいなかった。

ノーマとなった女性の痕跡は連行された日を最後に一切消えてしまうためだ。

追放、という言葉を使っている以上は殺されてはいないかもしれない。

だが、始祖連合国はノーマを人間扱いしない以上、殺されている可能性も否定しきれない。

沈黙の中、自動ドアが開き、フェルトが入ってくる。

「みなさん。スメラギさんから連絡です。これからトレミーとナデシコBはマイトステーションから出発するため、支度をするように、とのことです」

「おお、フェルトちゃん。俺と君とのデート先が決まったってことか?」

「私たちはこれから、インド洋のエリアDへ向かいます」

サラッと自分の冗談を無視され、凹むソウジの耳をチトセは力いっぱい引っ張り、ナインに限ってはソウジをまるでごみを見るような眼で見ている。

(な、なんでだ??なんでナインはそんな目で俺を見るんだ??)

(仮にも、既に好きな人がいる女性にそれはないと思いますよ?キャップ)

「エリアDか…」

「一体、何のために…?」

エリアDという場所が何か、ソウジとチトセ、トビアには分からないものの、刹那達の反応を見る限り、碌な場所ではないということだけは分かった。

「なあ、エリアDって何だ?」

どうにか解放され、涙目で耳を撫でながらソウジは舞人に質問する。

「飛行機の航路、人工衛星の軌道から外れている、インド洋上のある一帯のことです」

「ルリ艦長から聞いたわ!謎の大陸があるっていう場所ね!」

「実際は地磁気の影響で機械類が正常に動かないために開発が放棄されている一帯だ」

「種を明かせばそんなものか…でも、それだったらモビルスーツとかが動かないんじゃ…」

夢のない現実をティエリアに冷徹に語られ、脳裏に浮かんだ夢のような空間が消えたことを寂しく思いながら、浮かんだ疑問を尋ねる。

彼の言い分が正しければ、機械類に入るマイトガインやエステバリス、モビルスーツにヴァングレイは間違いなくその影響を受けてしまうことになる。

「それについては問題ない。地磁気に対応できるように再整備をした。エリアDでは問題なく動かすことができる」

「でも…そこで何をするんでしょう…?」

「フェルト、ミス・スメラギから目的について聞いたか?」

「人の出入りが少ないから、もしかしたら火星の後継者をはじめとした組織の根城がある可能性があるため、その調査をするって聞いてるわ。ちょうど、そこでオーブからの協力者と合流することにもなっているから…」

「んじゃ、俺たちはナデシコへ戻るかな。じゃあな、トビア」

「ソウジさん、ナイン。戻ったらシミュレーションに付き合ってもらえますか?離れていた分の勘を取り戻しておきたいですから」

「はい!」

「おう、大歓迎だ。チトセちゃん」

ソウジやリョーコらナデシコ所属のパイロットたちは続々と待機室を出ていき、ロックオンとアニュー、アレルヤとマリーも自室へと帰っていく。

「刹那…」

待機室には刹那とティエリアが残っており、難しい表情を見せる刹那をフェルトは外から見ていた。

「刹那、皆にはああ言ったが…」

「ああ。おそらく…この戦いにはほかに大きな意味がある…」

「僕たちはこれから…この世界にとって最大のタブーに踏み込むことになるのかもしれないな」

エリアDは武力介入を開始してからも入ったことのない場所で、各国もその地域での戦闘を避けていた。

おそらく、地磁気の影響という話は嘘で有り、そこには始祖連合国が隠している秘密があるからだ。

ヴェーダで調べてもエリアDに関する情報が入っていないだけでなく、エリアDに遭難した人物がそのまま発見されなかった、もしくは発見されたとしてもその数日後に何らかの形で死亡したという話がある。

(エリアD…まさにこの世界のパンドラの箱だ…)

 

-インド洋 エリアD-

あの始祖連合国に衝撃を与えたニュースから3日後の朝。

ナデシコBとトレミーは禁断の区域に足を踏み入れていた。

この時代では珍しい、人の手がついていない緑あふれる島がいくつも見える。

「きれい…」

ブリッジから送られるエリアDの映像をヴァングレイのコックピットの中から見ているチトセはそのきれいで幻想的な空間に魅了される。

「ソウジさん、この映像記録していいですか?」

「ま、いいだろうな。いい土産話になる。にしても…」

「どうかしましたか?」

ソウジのバイタルなどの変化に反応し、ナインが専用モニターに表示される。

「いや…なんか変な感じがするぜ。まるでいきなりドンパチが始まっちまうみたいな感じのな」

 

-プトレマイオス2改 ブリッジ-

「フェルトさん、エリアDに入って既にどれくらい時間が経過しましたか?」

「現時刻で32分が経過しています」

操縦席に座るアニューはまったく動きのない現状を不思議に思っていた。

砲撃席に座るラッセは暇でしょうがないのかあくびをしているのが通信でばれてミレイナに呆れられていた。

そして、いまだにスメラギもルリも偵察のための機動兵器の出撃の命令を出していない。

「磁気反応に乱れはありますけど、機動兵器及び戦艦の運用については何も問題がないレベルです。ただ、レーダーの反応が若干鈍くなってます」

「どう見ても、普通の海ね…」

フェルトは3年前に戦いの合間を縫う形で海で過ごした時のことを思い出す。

その時過ごした場所もエリアDのような場所で、ささやかなものだったが平和な時間だったのを覚えている。

「まぁ、自然環境の保全という意味合いじゃあ地球にこういうエリアがあっても悪くない。だろ?スメラギさん」

艦長席に座るスメラギにラッセからの通信が来るが、彼女は返事をすることなく、じっと海を見ている。

ゆっくりと海を眺めていたいのは皆同じだろうが、今回は観光のためにここへ来たわけではない。

「おーい、スメラギさーん?聞こえてるかー?」

スメラギは通信をトレミーとナデシコB全体に聞こえるように信号を変更し、マイクを取る。

「いい?みんな。これから何が起こっても、決して取り乱さないように」

「おいおい、脅かしっこは無しにしてくれよ…」

「余計な先入観を持ってほしくなかったから黙っていたけど、ここには…」

「スメラギさん!未確認の機体群が接近中です!!攻撃、きます!!」

「GNフィールド展開、急いで!!」

スメラギの命令から2秒も満たずにGNフィールドが展開される。

左側面から飛んできた3つのビームがGNフィールドに阻まれて消滅する。

「火星の後継者か!?」

「モニターに表示します!!」

フェルトは先ほどのビームを逆探知し、位置を特定する。

トレミーのレーダーの範囲内に入っていたことから、攻撃してきた相手の正体を映すことに成功する。

「こいつは…!?」

映っていたのは白いアヘッドやGN-XⅢ、ユークリッドが複数機で、トレミーとナデシコBへ向けて接近している。

「連邦軍のモビルスーツとモビルアーマー!?だが、なんでアヘッドがいんだよ!?」

アヘッドはアロウズの指揮官クラスのパイロットにのみ配備されていたモビルスーツで、その性能はエクシアなどのソレスタルビーイングがかつて使用していたガンダムを超えるとのことだ。

その性質上、アロウズにのみ配備されており、それの象徴ともいえる存在になっていた。

しかし、アロウズの解体と封印されていた情報の拡散によって負の遺産と化し、連邦軍では使用されていない。

使われるとしたら、アングラな市場でそれを手に入れたテロリストか軍閥ぐらいだ。

「識別信号は出していません!」

「こちらの呼びかけにも応じないです!」

「…!水中からも反応!!モビルアーマーです!熱源がナデシコBに!!」

「おいおい、俺たちはともかく、ナデシコは連邦軍だろう!?」

水中からミサイルが飛んできて、それがナデシコBの下部に命中しそうになるが、ルリから命令されたのか、先に出撃したヴァングレイがビーム砲で撃ち落とした。

 

-ナデシコB ブリッジ-

「ふうう…何なんですか!?あの敵!?いきなり攻撃してくるなんて!」

ミサイルの爆発で揺れが生じ、どうにか落ち着きを取り戻したハーリーは腹を立てる。

「どうやら、先ほどのミサイルはモビルアーマーのものです。97%の確率でそれは…GNMA-04B11トリロバイト…」

ルリは先ほどのミサイルから攻撃してきたモビルアーマーをオモイカネと共に解析する。

前に2本、後ろに4本のアームを持つ、三葉虫のような形の水中専用モビルアーマーで、アロウズがソレスタルビーイングへの攻撃のために投入した経歴のあるものだ。

「トリロバイト…!?エステバリスと勇者特急隊には水中戦闘用の装備はありませんよ!?」

「仕方ありません。ソウジさん、チトセさん、ナインさん。ヴァングレイは水中での戦闘は可能でしょうか?」

「ああ…どうなんだ?ナイン!」

「ビームの使用はできませんが、問題ありません」

「では、トリロバイトの排除をお3方にお願いします。機動部隊は発進してください」

 

-インド洋 エリアD-

「空中で戦闘できるのはマイトウィングだけだ。やれるのか、舞人!」

「やれるだけのことはやる!マイトウィング、出ます!!」

ガイン達に見送られ、ナデシコBからマイトウィングが発進する。

トリロバイトを除き、攻撃してくる部隊はいずれも空中にいて、地上戦に特化したマイトガインやボンバーズ、ダイバーズでの戦闘が不利になっている。

唯一勇者特急隊で飛行できるのは現状、マイトウィングだけだ。

「あの無人兵器の部隊…きっと、エリアDに入ってきた俺たちを排除するために…」

マイトステーションのデータバンクには、このような白をベースとした自動操縦のモビルスーツやモビルアーマーの部隊に関するデータはない。

誰がこの部隊を編成し、エリアDに配置しているのか…。

舞人はトレミーにGNバズーカで攻撃しようとするGN-XⅢをミサイルで攻撃し、バズーカと右腕を破壊する。

そして、そのままそのGN-XⅢの真上を通過し、宙返りするように戻りながらバルカンを連射した。

後ろからの攻撃に一瞬反応が遅れ、バルカンは頭部と胸部に次々と着弾、爆発とともに海へと落ちていった。

他にもユークリッドなどのトレミーやナデシコBを攻撃しようとするモビルスーツやモビルアーマーがいるが、ユークリッドは2機のエステバリスの機動力に翻弄され、モビルスーツは刹那達ソレスタルビーイングのガンダムによって撃墜されていく。

「よし。太陽炉でもラファエルガンダムは正常に稼働できている」

GNビームライフルを発射して牽制を行うラファエルガンダムはおまけと言わんばかりにGNビッグキャノンを発射し、陽電子リフレクターの展開が遅れたユークリッドを含めた5機の機動兵器を焼き尽くしていく。

元々、ラファエルガンダムはイノベイドが使用していたモビルスーツ、ガデッサやガラッゾなどのガシリーズ技術とソレスタルビーイングのガンダムの技術が併用できるかの検証のために開発されたものだ。

ソレスタルビーイングは過去、ガンダムマイスターを人間にするかイノベイドにするかで計画が分かれていたようで、そのためかヴェーダには人間用のガンダムとイノベイター用で、のちのガシリーズの基礎となるモビルスーツの2つの技術がデータに入っていた。

それが人間とイノベイド、ソレスタルビーイングの内ゲバに使われることになり、自らが戦争の火種になるという皮肉をもたらすことになった。

最初に疑似太陽炉が搭載されたのは中核となる本体の技術の多くがガシリーズ系列のもので、太陽炉での運用を前提としていない技術であったため、太陽炉で運用可能かどうか疑問視されたためだ。

それについては木星で行ったテストや研究によって問題なしとわかったことで換装されることになったが、そのさなかにダブルオークアンタ共々、ヤマトのいる世界へ転移するという事態となり、換装できたのはこの世界に帰ってからとなった。

ただ、バックパックの部分については理由があって粒子貯蔵タンクを搭載している。

「上空のモビルスーツについては問題ない。あとは…」

「水中ですね。ソウジさん…頼みます!」

1機撃破できたからと言って、マイトウィングでは限界がある。

舞人はフロントアタッカーを務めるリョーコのサポートに回った。

 

-エリアD 水中-

「これが…エリアDの海の中…」

水中へと潜っていくヴァングレイのモニターに映る海底の光景をチトセは驚きとともに見ていた。

魚が泳ぎ、サンゴや貝が静かに暮らす海底にふさわしくない、船の残骸がモニターに映っていた。

一部軍艦やモビルスーツなどの機動兵器の姿もあるが、それよりもボートや漁船などの民間船の方が多い。

「まさか、あのモビルスーツ達が撃墜したってか!?」

トリロバイトから飛んでくるミサイルを回避し、ソウジは反撃としてレールガンを発射する。

しかし、トリロバイトは自身に向けて飛んでくる弾丸を歯牙にもかけず、前方のアームを展開させ、ヴァングレイに向けて直進する。

発射された弾丸はアームに命中するが、傷一つ与えることができていない。

「フェイズシフト装甲!?」

「水中だとビームが使えない!どうやって倒したら!?」

まさかのフェイズシフト装甲搭載モビルアーマーにチトセは戦慄する。

水中では実弾以外の攻撃ができず、ビームは減衰して使い物にならない。

そのうえ、フェイズシフト装甲がついているとなるとまさに鉄壁と言える。

唯一勝つための手段があるとしたら、コックピット付近に攻撃を加えて気絶させることくらいだが、相手は自動操縦であるため、それはできない。

また、ソウジ達は水中戦を訓練程度しか経験したことがない。

レールガンやミサイルの攻撃で発生する泡で視界が隠れてしまい、その間にトリロバイトが別の場所に移動して真上にいる戦艦めがけてミサイルを発射する。

「あの野郎!!俺たちはまだ…!」

トレミーとナデシコBを守るため、ソウジはヴァングレイをトリロバイトに向け、レールガンを連射しながら突撃させる。

先ほど見た、あの船や機動兵器の残骸。

それにはミサイルやビーム、魚雷を受けて撃沈した痕跡が残っていた。

「ああなるわけにはいかねえんだよぉ!!」

「…!!だめ、ソウジさん!!」

何かを感じたチトセはソウジを止めようとするが、その瞬間、コックピットに衝撃が走る。

接近してくるヴァングレイをトリロバイトの後ろの2本のアームがつかんだからだ。

そのアームにも3本指のマニピュレーターが搭載されており、搭載されている3基の疑似太陽炉が生み出すパワーでそのままヴァングレイを握りつぶそうとしていた。

コックピット周辺しかフェイズシフト装甲のないヴァングレイにはそれを受け止めきれる防御力がなく、装甲にひびが入る。

「ちっくしょう!!腕が使えねえ!チトセちゃん、サブアームにビームサーベルを!!?」

「え…でも!?」

「いいからやるんだ!!アームにくっつけて至近距離からビームを展開させろ!!」

「ああ、もう!!わかりました!!」

このままではやられるのは明白であるため、チトセはソウジに従い、サブアームを操作し始める。

サブアームは持っているビームサーベルをヴァングレイを右から握っているトリロバイトのアームに側面から密着させ、そのままビームを展開する。

密着したまま発生したビームがアームを貫き、そのままサブアームの先端を回転させてそれを切り裂く。

「よっしゃあ!!さっきはよくもやってくれたな!!」

片方のアームを破壊したことで、右腕が自由になったヴァングレイは残ったアームにビーム砲を密着させ、先ほどのビームサーベルと同じ要領でビームを発射する。

アームを2つ破壊されたトリロバイトは残り2本のアームに搭載されているGN魚雷で撃破しようとするが、その前にヴァングレイはトリロバイトの真上に飛び乗る。

そして、ビームサーベルを引き抜き、ミサイルポッドのある背中部分に密着させ、そのままビームを展開させる。

ビームは装甲を突き破って内部のミサイルに命中、内部から爆発を起こすトリロバイトにヴァングレイは背を向けた。

「へっ、そんな不愛想なAIなんかより、うちのナインの方が100倍かわいいぜ!」

爆発し、制御を失って迷走するトリロバイトを見ながらソウジは叫ぶ。

「100倍…ですか?」

急にモニターに表示されたナインがソウジに向けて不満げな表情を見せる。

「…1000倍、いや、10000倍ならどうだ!?」

「ええっと、ソウジさん…」

「元が0なら、何倍しても0のままですよ」

「う…!」

チトセが言わんとしていたことを言われ、ソウジは黙り込む。

ただ、あの黙々と仕事をこなす無人兵器のAIにも若干のかわいげがあるかと思ったのだが、どうやらナインにはそんなものが1ミリも感じられなかったようだ。

「でも、かわいいと言ったので、今回は良しとします」

「あ、ありがとよ…。じゃあ、チトセちゃん。海から出ようぜ」

「了解。…ププッ!」

先ほどのソウジの慌てながら1000倍、10000倍と言っていた姿を思い出したチトセは思わず笑ってしまった。

 

 

-インド洋 エリアD-

ヴァングレイが水中から飛び出し、同時に爆発によって水しぶきが上がる。

「あー、こちらヴァング1とヴァング2!モビルアーマーの撃破に成功!」

「お見事です、ソウジさん」

「こちらもモビルスーツの大半を撃破した。あとは…!?」

通信する刹那は急に頭痛を感じ、頭を抱え始める。

「どうした、刹那!?って、チトセちゃんも…!?」

「何…この感覚!?頭が痛い…!!」

頭痛と共に吐き気を覚えたチトセは左手で口をふさぐ。

刹那やアムロ・レイのコピーの思念を感じた時とはまるで違う、説明できないようなものを感じていた。

「キャップ!前方に異様な反応があります!きっと、姉さんはそれのせいで…!」

「何!?」

「みなさん、注意してください!磁気異常がど…んどんひど…く…ってい…す!!」

「ハーリー!!ハーリー!!くそっ、磁気異常だと!?」

ナデシコからの緊急で入ってきた通信にノイズが走り、ソウジはナインが表示した座標にカメラを向ける。

レーダーもセンサーも通信も磁気異常のせいで機能せず、唯一無事なのはカメラだけだった。

「ミノフスキー粒子かジャミングかよ!?こいつは…!」

ソウジは前方にある小さな島で発生している、紫色の稲妻が走る青い渦に目を向けていた。

「スメラギさん!!ナデシコや各機動兵器との連絡が取れません!!」

「センサーもレーダーも反応なし!こんなの初めてです!!」

GN粒子にはレーダーを無効化する機能があるものの、センサーに対する影響は微々たるもので、Nジャマーも同じだ。

トレミーのカメラが映しているあの青い渦が発生するのと磁気異常の拡大が同じタイミングで発生しているとなると、犯人はそれだ。

「スメラギさん!!」

(ついに来る…)

アニューやフェルト、ミレイナの声に応えず、スメラギはじっとその渦を見つめた。

「うぐぐ…気を…つけろ…!」

「何か…出てくる!!」

「出てくるって…何がだよ!?」

「あれは!?」

渦の中から5体の緑色の大きな化け物と十数体の10mくらいの大きさでピンク色の化け物が出て来る。

翼をもち、空を飛び、尻尾がある。

ソウジだけでなく、スメラギを除く全員がその化け物に驚きを隠せなかった。

「はあ、はあ…」

渦が消え、頭痛が収まったのかチトセは体を前に乗り出してたっぷり息を吸う。

よほどの頭痛だったのか、体中が汗でぬれていた。

「姉さん、大丈夫ですか?」

「ええ…心配してくれてありがとう、ナイン」

「マジかよ…こりゃあ、ドラゴンじゃねえか…」

アニメや漫画、神話の中でしか存在せず、実在するとは到底思ってもいなかったその化け物にソウジは目を丸くする。

「ドラゴン…形状から見て間違いないでしょう」

「知ってんのか、ナイン」

「おとぎ話やファンタジー世界についての学習もぬかりありません」

「それが現実に現れたのが問題なのよ!」

水筒を手にし、水を飲むチトセが突っ込んでいると、目の前のドラゴン達がヴァングレイ達に向けて飛んでくる。

緑色のドラゴンが口を開き、そこから展開される魔法陣から電撃を放つ。

サバーニャに接近戦を仕掛けようとしていたアヘッドにその電撃が命中し、どれだけの電撃を受けたのかわからないものの、機能を停止して海へ落ちていった。

更に電撃はサバーニャにも飛んできていたが、GNホルスタービットで防御したことで免れる。

「こりゃあ、助けてくれたわけじゃあねえな!!」

ロックオンの言う通り、ピンク色のドラゴンが一番近くにいるX3に向けて炎のように揺らいでいるビームを口から発射する。

直線に飛んできて、発射寸前に何かを頭で感じたトビアは辛くも回避に成功する。

「こいつ…!舞人!こんなのがこの地球にいるのか!?」

「あんな生物、見たことも聞いたこともない!」

舞人もドラゴンについて何も知らず、他の面々もおそらく同じだろう。

図書館でもドラゴンは漫画などでしか出てこず、実在するなんて話は聞いたことがない。

「センサー、レーダー、通信は復旧!しかし…空間の状況、いまだに不安定です、艦長!」

「そうなると…まだ何が出てきてもおかしくありませんね」

ルリが言うのとほぼ同時に、急に近くにある島のそばから水しぶきが上がり、緑色で250メートル程度の長さの潜水艦が現れる。

「船…いや、潜水艦か!?」

舞人は現れた潜水艦を確認するが、そのような形状の潜水艦は今まで見たことがなく、ソウジらと同じく別次元から来たものと思えて仕方がなかった。

 

-緑色の潜水艦 ブリッジ-

「状況の確認を!」

艦長席で銀色で三つ編みのおさげをした少女、テレサ・テスタロッサが動揺するクルー達に命令する。

彼女の命令を聞いたことで気を引き締めた後、クルーの通信兵の1人が彼女に報告する。

「現在位置は不明です!何よりも…ここは…」

通信兵だけでなく、このブリッジにいる誰もが目の前の光景を信じられずにいた。

「艦長…これは…」

彼女の隣に立っている、軍艦の刺繍の有る帽子をかぶり、180センチ以上の高い身長のある白い肌の男性のリチャード・ヘンリー・マデューカスも普段とは違う驚きの表情を見せていた。

冷静沈着な彼でさえこのような表情を見せるほど、今の彼らには目の前の光景が異様に見えていた。

「海が…青い…」

「まずはクルーとパイロットの確認を!全員、生きているか!?」

即座に浅黒い肌をした、マデューカス以上に大きな身長の誇る男性、アンドレイ・セルゲイビッチ・カリーニンが叫び、ブリッジクルー達は確認のために通信を艦内につなげる。

「全員、無事とのことです!しかし、何なのでしょう!?目の前には未確認の戦艦と機動兵器…そして、ドラゴン!?」

緑色のドラゴンの1匹が潜水艦の姿を確認し、咆哮する。

そして、5匹のピンク色のドラゴンがその潜水艦を撃破しようとビームを発射し始めた。

5発のビームのうちの2発が至近距離弾で、いつあたってもおかしくない。

「ドラゴン、こちらに攻撃を仕掛けています!」

「仕方ありません。AS(アーム・スレイブ)の発進準備を!」

「アイ・マム!”彼”はいかがします…?」

「何が起こるのかわかりません…出撃をお願いします」

「アイ!SRTチームに通達、これより出撃し、トゥアハー・デ・ダナンを死守せよ!!」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

「冗談言ってんのか、あいつら!?俺…海が青いって…」

格納庫に入ってきた、金色のロングヘアーの少年、クルツ・ウェーバーは灰色の8メートルくらいの大きさの人型兵器、M9ガーンズバックに乗り込み、先ほどの通信兵たちの言葉を信じられずにいた。

「本当か冗談かは外出てみればわかる!しゃべってないで、さっさとM9をドダイ改に乗せな!」

黒いショートヘアの女性、メリッサ・マオは既にもう1機のガーンズバックに乗り込んでおり、用意されたドダイ改に愛機を乗せていた。

2機のガーンズバックの違いは頭部の形であり、クルツ機のものは丸く、マオ機については鶏のとさかのような形のセンサーが増設されている。

「にしても、あの磁気嵐に巻き込まれたかと思ったらこんな所って…まさか、私ら天国に来ちゃったのかも」

「天国にドラゴンなぞいない。我々がいるのはファンタジックな異世界の可能性がある」

マオ機の前にある、大型のクの字型の刀身の剣を左腰に刺した黒いガーンズバックとも言うべき機体、M9Dファルケに乗っている、辮髪のような後ろ髪をした黒い肌の男性、ベンファンガン・クルーゾーの発言にクルツは彼に聞こえないように笑いをこらえる。

(あのおっさん…もしかして、前にきたディスクに異世界物のアニメがあったから…)

彼について重大な秘密を知っているクルツにはそう思えて仕方がなかった。

一方、ガーンズバックに近い構造ながらも白と青をベースとした機体、ARX-7アーバレストに乗っている、浅黒い肌で左ほおに十字状の傷跡の有る少年、相良宗介はそんな通信を聞いても沈黙を保っていた。

「サガラ軍曹、あなたの見解はいかがですか?」

アーバレストのコックピット内に声が響く。

その声の正体はこのアーバレストに搭載されているAIのアルだ。

他のアーム・スレイブにもAIが搭載されているものの、諸事情によりアルのAIは人間に近いものになっている。

そんな今までにないAIとアーム・スレイブに当初は嫌悪感を感じていた宗介だが、今では愛着のある相棒となっている。

「分からん」

そんな彼の質問に宗介はただ一言、そう返した。

宗介にはこのような現象を説明するだけの学がなく、本人もそれを自覚している。

自分を一人の兵士として認識しつくしており、その観点からこの現状をどう認識するかを問われたら、答えは一つだ。

「だが、映像に映ったあのトカゲ共がこちらに敵意があり、攻撃を仕掛けてきているのは事実だ。ならば、やることは1つだ」

「そう。ここがどこだろうと、敵が来たのなら迎え撃つだけよ!ソースケ、先に出な!」

「了解!相良宗介、アーバレスト出るぞ!」

上部のハッチが開き、アーバレストを乗せたドダイ改が浮上する。

それに追随するように、残り3機のドダイ改も載せているASを戦場を送り届けるために浮上を始めた。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「大丈夫か…?調子は?」

「ええ…大丈夫です。磁気嵐を見たときの頭痛も収まりました。宗介さんも同じものを感じたと聞きましたけど…」

「…彼も、問題ないと言っていた。心配するな」

コックピットの中にカリーニンの声が響き、パイロットは深呼吸をした後でヘルメットをかぶる。

他の4人が真っ黒なノーマルスーツ姿だったのに対し、彼の物はグレーで、胸にはアナハイム・エレクトロニクス社と一角獣のロゴがついている。

茶色い髪と黒い瞳をしており、背丈などから判断すると、年齢は宗介やテレサと同じくらいだ。

「君にはこれを操るだけのセンスがある。だが、サガラ軍曹たちとは違って、経験が足りない。決して、無理をするな。必ず生きて、機体と共に帰って来い」

「はい!そうでないと、これを託してくれた父さんとチェーンさんに申し訳が立ちませんから」

少年はコンソールを撫でた後で、操縦桿を握りしめる。

全周囲モニターに格納庫の殺風景な光景が映り、同時にハッチが開くと共に飛び込んでくる青空と光も映していた。

「青空…か…」

太陽の光に照らされ、その格納庫にある唯一の機体は出撃準備を終える。

灰・青・赤のトリコロールの色彩となっており、30メートル近くもあるそのモビルスーツは作業用アームで運ばれたビームライフルとシールドを手に取る。

「発進タイミングをパイロットに譲渡します!お気をつけて…」

「ありがとうございます。テレサ艦長。Ξガンダム、ハサウェイ・ノア、行きます!」

Ξガンダムのスラスターが起動し、勢いよく格納庫から空へと飛び出していく。

「やっぱり…すごいGだ…!!」

高度とスピードを上げていくΞガンダムから発生するGを感じながら、ハサウェイはつぶやく。

最初にこの機体の存在と自分がパイロットになってこのトゥアハー・デ・ダナンに行くことになると聞いた時はできるかどうかわからなかった。

もしかしたら、それに応じないという選択肢もあったかもしれない。

しかし、そうしなかったのには大きな理由がある。

(でも、やるんだ!クェスの分も生きるって、決めたから!!)

飛んでいるピンク色のドラゴンのうちの1匹に狙いを定め、ビームライフルを発射する。

Ξガンダムと合わせるように大型化したそのライフルから発射されるビームの初速は従来のものの倍近くあり、更に出力も上がっている。

そのビームで撃ち抜かれたドラゴンは転落し、海に沈んだ。

ドラゴンを撃ち抜いた時、一瞬ハサウェイの脳裏に何か電気が走ったような感覚があった。

しかし、今はそれを気にしている状況ではなかった。




トゥアハー・デ・ダナン、ハサウェイの年齢、及びエリアDの場所などは事情により設定が変更されている個所があります。

機体名:トリロバイト改(仮称)
形式番号:GNMA-04B11(推定)
建造:???
全高:6.1メートル
全長:62.2メートル
全幅:20.5メートル
全備重量:102.8トン
武装:GN魚雷、クローアーム×2、リニアスピア、対艦対地ミサイル
主なパイロット:自動操縦

エリアDで遭遇した自動操縦の機動部隊の内、唯一水中から攻撃を行っていたモビルアーマー。
水中専用機で、元となったトリロバイトは元ユニオンの技術者が開発していたことから頭部がユニオンフラッグに近い。
擬似太陽炉を3基搭載した事により水中での機動性が高い。
他にも、アームを前部に2本、後部に4本装備している。
今回遭遇したこの機体は白く塗装されており、後部のアームのうちの2本にはマニピュレーターが追加されているうえ、装甲がフェイズシフトに換装されている。
水中ではビームの使用が制限されることから、防御面では鉄壁に近くなっている。
なお、フェイズシフト装甲はいまだに製造コストに見合わないことから民間で使われることは軍事産業以外ではほとんどない。
ヴァングレイでは一部にとどまったフェイズシフト装甲への換装をすべて完了していることから、その勢力には大きな資金源と技術力があることが推測される。


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第24話 使者

機体名:トライボンバー
形式番号:なし
建造:勇者特急隊
全高:24メートル
全備重量:85.6トン
武装:レスキューナイフ、ボンバーブレイク、ボンバーストリーマー、ボンバーミサイル
主なパイロット:なし(超AI)

勇者特急隊が所有する超AI搭載ロボットのダイノボンバー、バードボンバー、ライオボンバーの3機が合体したもの。
レスキューナイフ以外の手持ち武装はなく、力任せな格闘戦を得意としている。
しかし、彼の超AIは血の気が多い性格をしていることから救助そのものは不向きであり、武装ロボットの攻撃から民間人を守る盾としての役割を果たすことが多いことから、フェイズシフト装甲を採用している。

今回登場するドラゴンについて、ゲームで出てきたピンクと緑ともう1つの種類のは分かるのですが、それ以外のドラゴンについては攻撃手段を含め、よくわからない部分があります。どなたか、教えていただける方がいらっしゃったら、メッセージか感想で教えてください!
なお、Vでは登場していないあるキャラが今回登場します。


-トゥアハー・デ・ダナン 発令室-

3機のアーム・スレイヴと1機のモビルスーツを発進させたダナンは再び水中へもぐった。

「艦長、上空の白い戦艦から通信が入ってきております」

「繋げてください」

「アイ・アイ・マム!」

通信兵がパネルを操作すると、正面のモニターにルリの姿が映し出される。

その姿を見たクルー達が驚きを隠せずにいる中、ルリが口を開く。

「初めまして、地球連合軍所属、独立ナデシコ部隊のナデシコB艦長の星野ルリ少佐です」

「マジかよ…本当に艦長なのか?」

「ウチの艦長よりも年齢が低いんじゃ…」

ルリの言葉を半信半疑で聞き、騒然とするが、マデューカスとカリーニンの目線を感じ、すぐに兵士たちは口を閉じる。

地球連合軍という聞いたことのない組織の名前を聞き、テレサは自分が別の平行世界に来てしまったことを実感する。

どうしてこの世界に来てしまったのか、そしてどうやって元の世界へ帰ればいいのか。

その答えを知っているかはわからないが、今はあのドラゴン達を対処しなければならない。

そのためにも、今はルリを信じるしかない。

「こちらはミスリル西太平洋戦隊、強襲揚陸潜水艦、トゥアハー・デ・ダナン艦長、テレサ・テスタロッサ大佐です。状況の説明を願います」

 

-ナデシコB ブリッジ-

「説明…と言われても…」

テレサからの通信を聞いたハーリーはどう説明すればいいのかわからず、通信を行うルリに目を向ける。

(どうやら…向こうもあのドラゴンを含めて、現在の状況がわかっていないみたい…)

もしかしたら、ほぼ同時に転移してきた彼女たちがドラゴンについて少しでも情報を握っているかもしれないと思った。

しかし、彼女の話をわずかに聞いただけで、彼女たちも今の状況が把握しきれていないことが分かった。

当てが外れたものの、オモイカネが教えてくれた情報では、ドラゴンの種類は現在確認できるだけでもおよそ2種類。

15メートルから20メートルくらいの大きさのピンク色のドラゴンと100メートル近い大きさで深い緑色の上に複眼となっているドラゴン。

数は合計で20体以上で、能力は未知数。

となると、自分たちの戦力だけでは対処できない恐れがある。

ルリは今取るべき最善の手を打つ。

「テスタロッサ艦長。あの巨大生物は無差別に攻撃を仕掛けてくるそうです。まずはこの場を切り抜けます、力を貸してください」

「何の説明もなしにそんなことを…」

「それはできない状況、ということでしょう。了解しました、星野艦長。発進させたSRTチームと協力者のモビルスーツにそちらの援護をさせます。ダナンは水中から巡航ミサイルで援護します」

「分かりました。ありがとうございます」

ダナンとの通信を切り、ルリはすぐに近くにあるトレミーのスメラギと通信をつなげる。

テレサ達がドラゴンについてわからないとなると、一番情報をつかんでいる可能性が高いのは、言い出しっぺである彼女だ。

「何か、知っているようですね。スメラギさん」

ルリからの問いにスメラギは沈黙する。

表情を変えず、ただじっとルリの眼を見ていた。

それで何かを理解したのか、ルリは目を閉じ、フゥとため息をつく。

「分かりました。話は後程」

 

-インド洋 エリアD-

「クッソ!数が多いぜ…!」

ピンク色のドラゴン達が発射するビームを避けつつ、ソウジは照準も定めないままレールガンを連射する。

出鱈目に、とにかく撃っているだけの状態だが、それでも2,3匹のドラゴンを撃ち落とすことに成功する。

「ソウジさん、左!!」

「何!?うおおお!?」

チトセの声が響くと同時にヴァングレイの左腕あたりに衝撃が走り、機体が若干右に流れる。

とっさに装備しているシールドで受け止めはしたものの、そのシールドには刃物で切られたかのように痕がついていた。

「嘘だろ!?あんなちっちゃいのでこの衝撃かよ!?」

スラスターを吹かせ、姿勢制御をするソウジはナインが表示してくれた、先ほどの攻撃直前のドラゴンの姿を確認する。

攻撃してきたのはピンク色のドラゴンで、攻撃の瞬間、右の翼が大きくなっていて、先端部分が鋭利になっていた。

「まさかこいつら…自分の姿かたちをある程度変えられるってことじゃあねえよな!?」

「それって、あのゲッター1と同じってこと?」

「かもな…厄介だぜ、こいつは!!」

 

「久々に…狙い撃つぜ!」

GNライフルビットⅡを手にし、GNホルスタービットを盾替わりにしてトレミーと自機をドラゴンのビームから守りながら、次々とドラゴンを狙撃する。

ビームで頭や翼をもぎ取られたドラゴン達が海に落ちるのを見たロックオンは生理的な嫌悪感を覚えた。

ロックオン、本名ライル・ディランディは元々、AEUの商社で営業職を勤めながらも、裏では反地球連合政府を掲げる地下組織カタロンの構成員、ジーン1として活動していた。

3年前までロックオン・ストラトスを名乗っていた男、ニール・ディランディの双子の弟で、その縁があってか、刹那に誘われたこと、そしてソレスタルビーイングの情報をカタロンへ送るという自身の目的のために2代目ロックオンとなり、ソレスタルビーイングに入った。

なお、カタロンと言ってもロックオンが加わっていたのは現在では地球連合政府の議員となっているクラウス・グラードとシーリン・グラード夫人(旧姓はパフティヤールで、元アザディスタン王国の政治アドバイザー)が中心の穏健派だ。

クラウスは元AEUのモビルスーツパイロットで、1年前の戦争では中東第3支部のリーダーを務めていた人物だ。

彼は戦争によって身寄りを亡くした子供を保護し、ナチュラルやコーディネイターが混合する組織をまとめ上げた。

しかし、穏健派もいれば過激派も存在する。

カタロンは反地球連合を掲げるだけで、ネットワーク型の緩やかな繋がりの組織であることから、思想も方針も一致していないという問題をはらんでいた。

実際、過激派の起こしたテロによって民間人が犠牲になっている。

ロックオンはその活動の中で、自らの手でアロウズの兵士を射殺したことがある。

そして、アロウズが起こした虐殺の現場を目にし、多くの死体を見てきた。

モビルスーツ同士の戦闘であれば、相手の顔を見ることがないため、あまり実感がわかないのだが、今回相手をしているのは正体不明ではあるが、生物であり、ドラゴンだ。

もし、戦い慣れしていなかったら、今頃恐怖で頭がどうにかしていたかもしれない。

「ロックオン!デカイの来た!」

「ロックオン、デッカイ、デッカイ!!」

「でかいやつだと!?」

だが、そんな感情を抱くことは今の戦場では許されない。

仲間を次々と狙撃したサバーニャを倒すため、緑色のドラゴンが正面から迫ってくる。

GNライフルビットⅡで攻撃しても、展開される魔法陣によって阻まれ、GNホルスタービットの防御も体当たりで突破してくる。

「ロックオン!!」

危機を感じた刹那はロックオンに迫る緑色のドラゴンの頭上に立ち、GNソードⅤを突き立てようとする。

そこにも魔法陣が展開され、それがGNソードⅤの刃を阻む。

しかし、攻撃が阻まれているにもかかわらず、刹那は冷静だった。

刹那は初代ロックオンの言葉を思い出す。

それは3年前、エクシアに乗って武力介入を行う少し前のことだ。

(刹那、何故エクシアに実体剣が装備されているか、わかるか?GNフィールドに対抗する為だ。計画の中には対ガンダム戦も入っているそうだ。もしもの時には、お前が切り札になる。任せたぜ、刹那)

その言葉は3年前の地球連合軍によるソレスタルビーイング殲滅戦で現れた裏切者、アレハンドロ・コーナーが乗るアルヴァアロンと戦う時に思い出し、GNソードでGNフィールドを突破・勝利することができた。

最初に聞いた時は何を言っているのかよくわからなかった。

しかし、今は彼が自分のことを信頼してくれたから、言ってくれたのだということがわかる。

「その程度のバリアで…!!」

操縦桿を握る手に力をこめ、GNソードVが魔法陣を砕き、深々と緑色のドラゴンの頭に突き刺さる。

しかし、それと同時に刹那の脳裏に叫びのようなものが響いた。

しかも距離が近いせいなのか、より強く、頭痛を感じるくらいに。

(何だ…?何を、言って…??)

「刹那!そのドラゴンから離れて!!」

フェルトの声がコックピットに響き、正気を取り戻した刹那はGNソードⅤを抜かせ、ドラゴンから離れる。

落下予測コースすれすれに位置していたトレミーは高度を上げて回避していた。

致命傷を負った緑色のドラゴンは動きを止め、徐々に高度を落としていく。

そして、海に沈むと同時に大量の水が宙を舞い、周囲に降り注いだ。

「サンキュー、刹那。助かったぜ」

「あ、ああ…」

サバーニャの接触回線による通信が聞こえ、礼を言われた刹那はあの頭痛に関する疑問のせいか、戸惑いながらも返事をした。

 

「近づきすぎたか…!?」

脚部のミサイルランチャーでピンク色のドラゴンを撃墜したハサウェイはビームサーベルを抜き、更に側面のドラゴンを両断する。

ハサウェイはこれまで実戦で戦ったことがあるのがモビルスーツだけで、ドラゴンとまともに戦えるかどうか不安を覚えていた。

戦闘経験は宗介と比較すると少なく、Ξガンダムの性能に頼っているところもある。

しかし、Ξガンダムはミノフスキー・クラフトの恩恵により、サブフライトシステムなしで空を高速で飛ぶことができる。

大型化と引き換えに手に入れた多数のミサイルと出力もまた、ハサウェイにとって大きな助けとなっている。

何体かドラゴンを倒したことで、少し安心感を覚えたハサウェイだが、それを吹き飛ばす警告音が響く。

「後ろから…うわあ!?」

衝撃と共にΞガンダムが体勢を崩す。

バックパックあたりにピンク色のドラゴンがとりついており、至近距離からビームを発射しようとしている。

「させるかぁーーーー!!!」

しかし、発射直前に救援に現れたX3に尻尾をつかまれる。

そして、そのままドラゴンをハンマー投げと同じ要領で投擲し、他のピンク色のドラゴンと激突させ、2匹まとめてバルカンで撃ち落とした。

「気を付けろ!敵の数は多い!」

「すまない、助かったよ。君のガンダム…ちょっと変わったデザインをしてるね。ん…?」

モニターに映る、なぜか驚いた表情を浮かべるトビアにハサウェイは首をかしげる。

一方、トビアはハサウェイの姿を見て、かつて歴史の授業で聞いたとあるテロリストのことを思い出した。

およそ100年前、地球連邦政府の官僚や議員はジオン共和国の自治権放棄によって戦乱終結を宣言したのをいいことに、世襲制の様相を呈するようになり、彼らが生み出す差別政策によって自然発生的に増えた地球居住者は排除し自分達だけは好きに地球へ移住できる状況を作り出していった。

そして、地球から出ていかない一般の住民を不法地球居住者というレッテルをつけることで、マンハンターによる虐殺などの非道な手段で追い出していった。

そんな時に、とあるテロリスト集団が地球をクリーンにするために、人類全てが地球から出なければならない政策の実施を要求し、特権階級の人々をターゲットにモビルスーツを使ったテロ攻撃を行った。

その際に使用されたモビルスーツがシャアの反乱の時代にネオ・ジオンが使用していたギラ・ドーガの流れを汲んだメッサー、そして今トビアが守ったΞガンダムだ。

度重なるテロ攻撃によって特権階級の大半が殺される結果となったが、アデレート攻撃の際に連邦軍によってついにΞガンダムとそのパイロットであり、テロリスト集団のリーダーを捉えることに成功し、後日に彼を銃殺刑に処した。

その後、各地で起こった反地球連邦運動が急激に減少することとなった。

彼らのテロ攻撃は民間人などの無関係な人々を巻き込むことを極力避け、そうできるように配慮していたこともあり、今でも賛否が分かれているうえ、彼らをテロリストと認定すべきでないという声もある。

しかし、彼らの行動によって特権階級の力が衰え、後にそのテロリストを捉えた部隊の司令官だった男、ケネス・スレッグ大統領主導による改革が行われることとなった。

そのテロリストの名は…。

「マフティー…」

「ん?」

「ううん、なんでもない!後ろは任せてくれ!小回りならこっちが上だ!」

「あ、ああ…!」

よくわからず、困惑するハサウェイだが、ひとまず肯定するようにうなずき、通信を切る。

(Ξガンダムを見たとき、まさかと思ったけど、まさか本当に…)

持っている新しい武器、バタフライバスター2丁をサーベルモードからガンモードに変形させ、緑色のドラゴンの周囲を飛び回りながら連射する。

これは旋風寺重工でクロスボーン・ガンダムの共通装備であるザンバスターのデータをもとに、この世界で調達できる資材を利用して作ってもらったものだ。

前に装備したGNアクセルブレードとは異なり、X3のエネルギーを直接供給して使うことができるため、使用可能時間はそれよりも長いうえに、小型で取り回しが良い。

攻撃する中、トビアは決して出会うことのない人物との出会い、そしてモニターの映ったハサウェイに対する疑問を必死に消そうとしていた。

Ξガンダムはマフティーがテロ活動をしていたときに使用していた機体だ。

しかし、映像に映っていたハサウェイは資料集で見たマフティーと比較するとあどけなさがあり、トビアと年齢が近い。

更に彼が乗っていた潜水艦、トゥアハー・デ・ダナンとアーバレストなどのアーム・スレイヴというモビルスーツに似ているものの、大きさが10メートル未満の人型機動兵器は見たことも聞いたこともない。

それが何を意味するのか、分からないまま攻撃を続ける。

しかし、緑色のドラゴンが周囲に次々と生み出す魔法陣がIフィールドのようにビームを弾いていく。

ビームだけではなく、マイトウィングが発射するミサイルも防いでいた。

しかし、刹那がGNソードⅤで魔法陣を突き破り、頭部に致命傷を与えたように、それも無敵ではない。

「バリア付の相手は俺に任せろ!!」

リョーコのエステバリスカスタムがディストーションフィールドを展開し、真上から緑色のドラゴンめがけて突撃を仕掛ける。

彼女の存在に気付いた緑色のドラゴンが叫ぶと、上空のほかのピンク色のドラゴンが彼女を攻撃し始める。

しかし、ディストーションフィールドがドラゴンのビームをかき消し、それでは意味がないと判断したのか、接近しようとする。

「うちの隊長に近づくなっての!」

ナデシコBの直掩を行う三郎太のスーパーエステバリスがレールガンでリョーコに接近するドラゴン達を狙撃し始める。

更に別方向からも実弾による狙撃が始まる。

「なんだぁ?俺やロックオン以外にスナイパーだと?」

ガンダムサバーニャが行うのはビームでの狙撃であるため、実弾でそれを行うことができない。

まさかと思い、メインカメラで確認すると、狙撃予測地点にはドダイ改の上からアーム・スレイヴ用狙撃銃を握るガーンズバックの姿があった。

「ヒュゥー、やるなぁ、あいつ」

サブフライトシステムの上での狙撃は地上と比較すると不安定になりがちで、おまけに無人の場合は上に載っている機体から制御しないといけない。

クルツのガーンズバックが乗っているドダイ改にパイロットがいるかはわからないものの、それでも彼の狙撃に驚きを感じていた。

そして、エステバリスカスタムが突撃し、魔法陣を突き破るとそのまま弾丸のように緑色のドラゴンの背中から腹を貫いた。

「おっしゃあ!!これで…ってうわわわ!?」

倒した、と安心しかけたリョーコだが、ドラゴンの尻尾が襲ってきて、慌てて回避するが、左肩にかする。

コックピットの振動が襲い、おまけに左肩関節がダメージで動かなくなった。

更にエステバリスカスタムの攻撃でできた傷が徐々に消えていくのが見えた。

「くっそぉー!痛みを感じねえどころか、回復するのかよ!?」

倒し切れなかったことを悔しく思いながら、リョーコはデッドウェイトとなった左腕を強制排除する。

「昴リョーコ、あのドラゴンは頭部を狙え。それさえ破壊すれば、倒せる!」

「刹那…だったら!」

「そこの機動兵器は下がれ、あとは俺がやる!」

「んだとぉ、俺を誰だと思って…ってちょっと待て!!」

一方的に通信を行ったアーバレストがドダイ改に乗ったままエステバリスカスタムを横切るように通過していき、自分より年下のくせに命令口調で言ってきたことに腹を立てるものの、緑色のドラゴンの下部にいたピンク色のドラゴンがリョーコを襲う。

フィールドの冷却が始まっており、すぐに展開ができないことから、やむなくラピッドライフルで応戦する。

しかし、謎の無人モビルスーツ部隊との戦闘で弾薬を消耗させていたことから、弾切れになってしまう。

「マジ…かよ…」

身を守る手立てを失ったエステバリスカスタムにドラゴン達が容赦なくビームを放とうとする。

しかし、ビーム発射の前に側面から飛んできたミサイルとビームの雨を受け、次々とドラゴン達が撃破されていく。

味方に当たるかもと思ってしまうほどの高密度のビームとミサイルであるにもかかわらず、エステバリスカスタムには一度も命中していない。

「大丈夫ですか!?」

「マリーの嬢ちゃんか!?ってことは…」

通信でマリーの声が聞こえ、すぐにハルートが近くまで来た事でリョーコはあのような滅茶苦茶な攻撃ができた理由が少しだけわかった。

「リョーコさん、ハルートに捕まってください。一度ナデシコまで送ります」

「ああ…急いでくれよ」

 

「あのデカブツ…どう始末するか…」

アーバレストを乗せたドダイ改を飛ばし、魔法陣から発射される電撃やビームを回避しながら、宗介は緑色のドラゴンの頭部を破壊する方法を考える。

不用意に近づけば、ドラゴンの攻撃でドダイ改を失うことになりかねない。

近くには着地できる場所がなく、アーバレストなどの多くのアーム・スレイヴには水中戦闘用の装備がない。

コックピットへの浸水は防ぐことができるものの、自力で海上に出ることができず、トゥアハー・デ・ダナンに拾ってもらえるのを祈らなければならなくなる。

「どうやら、あのドラゴンは攻撃の際、顔を攻撃対象に向けるそうです」

「顔を向けなければ攻撃できない…ならば、何かで気をそらすことができれば…ウルズ6、奴を引き付けることはできるか!?」

「悪いが、その前にちょっとやりすぎたみてえだ…」

「どうした?クルツ!」

「ドラゴン達が邪魔で狙撃できねえんだ!おまけにライフルをぶっ壊された!」

クルツのガーンズバックの周囲には仲間を狙撃されたことで腹を立てたのか、複数のドラゴンが近づいており、既にビームで銃身が破壊され、狙撃銃が使い物にならなくなっている。

「やってくれたなぁ…気に入ってたんだぜ、こいつはぁ!」

ドダイ改に搭載していたアサルトライフルを手に取り、更に頭部のチェーンガンと一緒にドラゴン達に攻撃する。

「ウェーバー!!」

クルツの危機を知ったクルーゾーのファルケが腕部のワイヤーガンを発射し、ドラゴンの1匹の腹部に着弾させる。

そして、アサルトライフルを連射しながらドダイ改からジャンプする。

アサルトライフルの弾幕を受けたドラゴンが海へ落ちていく中、仲間についたワイヤーを取ろうと別のドラゴンがビームを放つ。

しかし、つなげたドラゴンをハンマーのように振り下ろして2匹同時に撃破すると同時にワイヤーが切れた。

姿勢制御用以外のスラスターを内蔵していないファルケはそのまま落下するが、下のドダイ改に無事に乗ることができたため、無事だった。

更に接近してくるドラゴンを左手に持った大型のアーム・ズレイヴ用ククリナイフ、クリムゾン・エッジで切り裂いた。

「いやー、助かったぜ。だが、これじゃあ宗介の頼みに応えられねえな…。悪い、ウルズ2。宗介がひきつける役がほしいそうだ、代わりに頼むぜ」

 

「はぁ?ライフルを破壊されたから代わりにやれ、だって!?ったく、スナイパーが居場所を知られた上にライフルを破壊されたらおしまいだろう!?」

ドラゴン達の位置データをほかのアーム・スレイヴとダナン、そしてΞガンダムに送りつつ、弾切れになったアサルトライフルを投げ捨てたマオはクルツの通信に腹を立てる。

隠れる場所が無きに等しいこのエリアDでは、見つかってしまうのは仕方ないことだが、それでもライフルが破壊されないように何か手段をとることができたはずだ。

ただ、ドラゴンという機動兵器とは異なる未知なる存在との戦いで、数が多い。

こうなる可能性も視野に入れておくべきだったかもしれないと思いつつ、マオはドダイ改の側面に搭載されているミサイルランチャーを手にし、海面すれすれに飛行させる。

そして、緑色のドラゴンの背後に回り、ミサイルを全弾発射する。

ミサイルは魔法陣によってすべて防がれてしまうものの、大きな爆発が連続して怒ったことから、注意が後ろに向く。

「アル、ラムダ・ドライバだ!!」

「了解」

宗介の命令に応え、アーバレストに搭載されているシステム、ラムダ・ドライバが起動する。

背部の放熱板が展開され、そこを中心に青い光が発生する。

「この感覚…だんだん慣れてきたな」

アーバレストをドダイ改からジャンプさせながら、宗介はこれまで不愉快に思っていたラムダ・ドライバを使いこなせるようになったことを不思議に感じていた。

宗介は信頼性の高い兵器にこそ価値があると考えており、必要な時に確実に動作させることが難しいものを毛嫌いする傾向にあった。

ラムダ・ドライバはまさに後者に値する存在であり、強い集中力とイメージをTAROSと呼ばれる装置を介することで物理的な斥力に変換する魔法のようなシステムだ。

故あって自分以外に起動させることすらできない専用機となってしまったアーバレストを使用するようになり、当初は自分にとってはわけのわからない存在であるラムダ・ドライバを搭載しており、おまけにハロなどに搭載されているのと根本的に構造が異なり、人間のように自由に話すようになったAIアルの存在もあり、信用していなかった。

しかし、戦いの中で徐々にアルとラムダ・ドライバの存在を認めていき、今ではこうして使いこなせるようになってきた。

最も、そのためにはかなりの集中力が必要で、今でも長時間の使用が難しいが。

アーバレストは手に持っている57mm散弾砲、ボクサーを手にする。

宗介がアーム・スレイヴに乗っているときからずっと愛用している銃で、相手に接近し確実に当たる距離から確実に当てるインファイター向きの銃だ。

ボクサーの場合は粘着榴弾や対モビルスーツ榴弾、装弾筒付翼安定徹甲弾などの弾丸を装填することができ、様々な状況に対応しやすい。

そのうちの装弾筒付翼安定徹甲弾を装填し、落下しながら緑色のドラゴンの頭部に銃口を向ける。

銃口に青い光が宿り、発射された弾丸は緑色のドラゴンがとっさに生み出した魔法陣を突き破り、鼻のあたりに着弾する。

致命傷にはならないものの、魔法陣を突き破るほどの破壊力の弾丸に動揺したのか、ドラゴンが体勢を崩す。

駄目押しに脇下の武装ラックに装備されている炸裂弾頭付きダガーを手にし、大きく口の開いたドラゴンに向けて投げつける。

舌に刺さると同時にダガーが爆発し、緑色のドラゴンの頭部が吹き飛ぶ。

そして、残った体はラムダ・ドライバの力で増した爆発で周囲のドラゴン達を巻き込んで海へ吹き飛んでしまった。

「お見事です、軍曹殿。ですが…」

「問題ない。海上を走る!」

今度は足元に斥力を生み出し、アーバレストを会場に着地させると同時にそのまま全力疾走で走らせる。

そして、降下してきたマオのガーンズバックが乗ったドダイ改の下についているグリップを手にし、離陸した。

「ふうう…アル、ラムダ・ドライバ終了だ」

「了解」

青い光が消え、放熱板が収納される。

強いイメージと集中力を持続させる必要のあるラムダ・ドライバであるため、パイロットである宗介にかかる負担は大きい。

感覚には慣れてきてものの、ラムダ・ドライバを長時間使えるようになるまでにはまだまだ時間がかかる。

「すげえ…あんな小型機で緑のドラゴンを倒しやがった…」

ソウジはアーバレストのまさかの活躍に驚きを隠せなかった。

魔法陣を突き破る弾頭や巨体を吹き飛ばすほどの爆発、更に海上を走るなど、あの機体が生み出す青い光の力のおかげという個所もある物の、パイロットの力量も相当なものに感じられた。

もしかしたら、トビアに匹敵するレベルかもしれない。

「ラムダ・ドライバ…」

「ん?」

「あの白い小型機動兵器に搭載されているシステムの名前です。原理は不明ですが、強いイメージによって斥力を作ることができるそうです」

「早い解析と解説、ありがとな」

 

「ソースケ、これでドラゴン達は全部倒した。ダナンへ戻るよ」

「ああ…」

「3時方向より正体不明機を確認」

「何!?」

マオのガーンズバックに搭載されているAI、フライデーの声を聞いたマオは即座に単分子カッターを持たせ、チェーンガンをいつでも発射できるように引き金に指をかける。

接触回線でマオの声が聞こえた宗介もいざというときに備え、もう1本の炸裂弾頭付きダガーを手にする。

その方向から飛んできたのはドラゴンではなく、8メートル足らずの大きさで、ピンク色で重量のある機動兵器だった。

塗装はピンクである程度統一されているものの、ところどころにつぎはぎがあるように見え、左腕に装備されている楕円形のシールドにはパイルバンカーが装備されている。

「あの機体は…」

残ったドラゴンがいないか、トレミーのそばでセンサーを使って周囲を確かめていたティエリアはその機体を見て、スメラギと一緒に見ていた資料に出てきた機動兵器のことを思い出す。

その機体がここに現れたこと、そしてドラゴンの存在。

この世界のタブーが実在する大きな証拠だ。

「まさかとは思うが…敵機か!?」

「全員、あの機体に攻撃しないで!?」

「スメラギさん…?」

オープンチャンネルで全機にスメラギの声が響き、その機体はトレミーのブリッジの前まで来る。

そして、右腕に搭載されているワイヤーガンを発射し、ブリッジの上の装甲にそれを取り付け、接触回線を開いた。

「ソレスタルビーイングのプトレマイオス2改、そして一緒にいる戦艦はナデシコBでよろしいでしょうか?」

トレミーのモニターにピンクのトリプルテールでピンク色のバイザーをつけた少女の姿が映し出される。

胸の谷間や腹部など、露出個所の多いスーツを着用しているが、幸いなことにトレミーのブリッジには男性がおらず、イアンは格納庫、ラッセは砲撃席にいるため、それを見ることができない。

「ええ…。あなたは?」

「私はアルゼナルのナオミです。あなた方をアルゼナルへ案内する任務を受け、ここまで来ました」

「アルゼナル…あなた方の基地の名前ね?」

「はい。私についてきてください。みなさんが接触予定と思われる方は既にアルゼナルでお待ちしています」

「そう…。だったら安心だわ」

「スメラギさん…」

フェルトがスメラギに目を向ける。

このエリアDについて、黙っていたことはこのことだったのかと確認するように。

スメラギは彼女に目を向け、何も言わずに首を縦に振る。

このエリアDとドラゴン、そしてアルゼナルなど、始祖連合国関連の情報はヴェーダでも部分的にしか情報を入手できていないうえに、信憑性が欠けている恐れがある。

そのため、この情報はスメラギとティエリアだけの秘密になっていた。

「分かったわ。ところで、今近くにいる潜水艦なのだけど、同行してもかまわないかしら?」

「潜水艦…ですか。司令に確認しますので、少々お待ちください」

司令と通信するためか、一度トレミーとの通信が切れた。

数分すると、再びナオミと通信がつながった。

「司令から返事が来ました。許可するとのことです」

「分かったわ。すぐに出発の準備をするわ。ミレイナ、ナデシコとトゥアハー・デ・ダナンに連絡して。これからあの機動兵器の案内でアルゼナルへ向かうって。それから、機動部隊は全員帰投させて」

「了解です!」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 発令室-

(謎の磁気嵐、ドラゴン…そして謎の部隊…)

機動部隊を収容するため、ダナンを海上へ出した後、テレサはこのありえない出来事で混乱しかけた頭の中を整理し、これからすべきことを冷静に判断していた。

「艦長…」

「まずは情報収集が最優先です。ナデシコBとプトレマイオス2改と通信を…」

「艦長、プトレマイオス2改から通信です。これより、迎えに現れた機動兵器の案内の元、アルゼナルへ向かう。同行願うと」

「分かりました。彼らの指示に従いましょう。返事を送ってください。トゥアハー・デ・ダナンはそちらの指示に従う、と」

「イエス・マム!」

通信兵は急いでトレミーとナデシコBと通信を始める。

その中で、テレサは目の前に広がる青い海をじっと見つめていた。

(青い海…写真でしか見たことのないあの海をこうしてみることができるなんて…)

「艦長、ナデシコB艦長の星野ルリ少佐が直接艦長と通信で話をしたいとのことです。ここの…いえ、この世界について…説明する、とか…」

ルリからの通信を聞いた通信兵はどういう意味かまるで分からない様子で、自信なさげにテレサに言う。

テレサもその言葉の意味がいまいちわからないものの、情報不足のまま判断することは危険だということを理解していた。

「分かりました。つなげてください」

「了解…」

通信兵が席につき、操作を始めると、正面モニターにルリの姿が映し出される。

「テスタロッサ艦長、ならびにトゥアハー・デ・ダナンのみなさん。危険なところを助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、それは私たちも同じです。それで…」

「はい。まずはこの世界について、私たちの知る限りのことをお話しします」

ルリは今の世界についてのことを一つ一つ、丁寧に説明し始める。

同時に、テレサも自分たちがここに来るまでの状況を説明し始めた。

20分近く時間を使い、話し終えると、ルリはまず結論を口にする。

「共有した情報を統合した結果、あなた方は別の世界の地球からこの世界の地球へ来たと考えるのが妥当でしょう」

「そんな…」

「信じられませんか」

「いえ、私もあなたと同じ結論に達するしかありません」

どう冷静に情報を整理し、仮説を立てようとも、この結論から逃れることができない。

第一、この世界で起こっている出来事は自分たちがいた世界での出来事とまるでかけ離れているうえ、太陽炉やエステバリス、超AIなどは自分たちのいた世界には存在しないものだ。

「より詳しいことは落ち着いてからお話しします。すぐ出発することになるかもしれませんから…」

「わかりました、まずはこちらの乗員の安全を保証してくださった事、感謝します」

「助けられたお礼です。それで…つかぬ事をお聞きしますが、あなたのいた世界では、あなたのような年齢の方が艦の責任者であるのは、普通のことなのでしょうか?」

ルリにとって、別世界のことの中で気になったのはそれだ。

テレサはルリより年上ではあるが、それでも17歳くらいで世間でいえばまだまだ子供だ。

しかし、世界が違えば価値観などに違いが出てもおかしくない。

もしかしたら、彼女のような年齢の人物が艦長であることが普通の世界があってもおかしくないだろう。

そんな個人的な興味から、そんな質問を口にした。

「いいえ、特殊な例です。こちらの世界では?」

「私も特例だと言えます」

「そうだったんですか…」

他愛もない話だが、共通点を見つけることができた嬉しさから、テレサの表情が和らぎ、ルリも口角を上げる。

もっといろいろと話をしたいところだが、今はどちらにも他にやらなければならないことがある。

「では、テスタロッサ艦長。落ち着いたら、今度は直接お話ししましょう」

「ありがとうございます、星野艦長。その時をお待ちしております」

「では、失礼します」

ナデシコBとの通信が切れ、これまでの両者の会話を聞いた兵士たちはショックで動揺し始める。

おそらく、この話を聞いていないほかの兵士たちにも同じことを聞かせたら、同じことになってしまうだろう。

出発前に、まずは彼らに現状を認識させ、そのうえで落ち着きを取り戻させる必要がある。

「想像を超えた事態が起こっているとは思っていましたが、事実を突きつけられると、さすがにショックですね…」

「艦長…」

「あの青い海を見てしまった以上、いつまでも隠し通せることではありませんね。カリーニンさん、格納庫にみなさんを集めてください。現時点で知る限りの情報を公開しましょう」

「了解です。すぐに全員に伝えろ、格納庫に集まれと」

「ハッ!」

カリーニンは通信の届かない箇所で作業している兵士たちにも口頭で伝えるため、発令室を後にする。

通信兵がダナン全体に格納庫へ集合するように命令し、発令室から最低限の兵士を除いて、すべての兵士が格納庫へ向かっていく。

「よろしいのですか…?艦長」

「不安にさいなまれたままの時を過ごすより、建設的だと思います。問題は…」

「はい、我々が元の世界へ戻れるか…です」

元の世界のことを考えながら、マデューカスは答える。

その世界にはまっている人々がいる上、やらなければならないことが数多くある。

それをなすためには、わずかな戦力低下も許されない。

そうなると、今はナデシコBとソレスタルビーイングを信じるしかない。

(私たちが戻らなければ、地球は…)

自分たちのいる世界の地球に思いをはせながら、テレサは格納庫へ向かった。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 格納庫-

「ソースケ!!」

アーバレストを乗せたドダイ改が格納庫に収容され、水色の長髪で赤と来い青がベースのTシャツと茶色いチノパン姿の少女が下りてきた宗介に駆け寄る。

「千鳥!」

走ってきた彼女に目を向けた宗介はその名を呼ぶ。

彼女は千鳥かなめで、宗介の護衛対象となっている少女だ。

本来は高校に通っているのだが、今は故あってトゥアハー・デ・ダナンで彼らと行動を共にしている。

「ソースケ、いったいどうなってるの!?なんで海が青くなってるの!?しかもあのトカゲは!?」

「待て、一つずつゆっくりと説明する。そんなに立て続けに質問しないでくれ」

「軍曹殿、あまりにも奇想天外な事態であるにもかかわらず、冷静ですね」

アーバレストのメインカメラを宗介とかなめに向けたアルは冷静な宗介を意外に思っていた。

現実主義で、ラムダ・ドライバをペテンだと言い張っていたことのある宗介なら、かなりの動揺があっても当然だ。

「この機体に乗ってから、理不尽なことや不可解なことの連続だったからな。いちいち驚くのも馬鹿らしくなった」

アーバレストに乗ってから、宗介は現実とは思えないような様々な出来事とかかわるようになった。

最初は非現実的と否定し続けていたが、今ではもうすっかり慣れてしまっていた。

人間の適応力がなすのか、それともただ単に感覚がマヒしただけなのか。

「初めて、軍曹のことを頼もしく思いました」

「つまらんお世辞を言う暇があったら、今収集したデータを整理しろ。これからもあれと戦う可能性があるからな」

そういいながら、宗介はかなめからカプセル薬を受け取り、それを口に含む。

「ねえ、ソースケ。風邪でも何でもないのに、どうして薬なんて飲むの?」

「分からん。少佐から定期的に服用するようにと言われたが…」

ペットボトルの水を口にしつつ、宗介はかなめの質問に答える。

その間にもクルツ達が戻ってきて、ダナンの兵士たちも集まってくる。

そして、テレサとカリーニン、マデューカスによる説明が始まった。




武装名:バタフライバスター
使用ロボット:クロスボーン・ガンダムX3パッチワーク
旋風寺重工で新たに開発されたX3の武器。
ザンバスターと同様、ビームライフルとビームサーベルの2つの機能を兼ねている。
ザンバスターのデータとトビアのこれまでの戦闘データ、そしてGNアクセルブレードの構造から、短時間で、そして片手のみで変形することが可能になるように構造が折り畳みナイフのように簡略化されている。
そのため、整備性が高いうえにGN粒子を使わないことからGNアクセルブレードと比較すると長時間の戦闘で使用しやすい。
今後、遭遇する相手に会わせて両者の武器を使い分けるとのこと。
なお、スカルハートなどの別のクロスボーン・ガンダムでもそれを装備することが可能。


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第25話 アルゼナル

機体名:ガンダムハルート(陸戦仕様)
形式番号:GN-011
建造:ソレスタルビーイング
全高:19メートル
全備重量:57.7トン
武装:GNソードライフル×2、GNミサイル、GNシザービット×10
主なパイロット:アレルヤ・ハプティズム(機体制御)マリー・パーファシー(火器管制)

ソレスタルビーイングがアリオスガンダムの太陽炉とフレームをベースに改修したもの。
前大戦で投入した支援機であるGNアーチャーのコンセプトをアリオスガンダムに取り入れるという形となっており、これまでアレルヤが搭乗していたガンダムと比較すると火力と重量が大きく上回っているうえに、操縦システムが複雑化したことからアレルヤ単独での運用が難しくなったため、サブパイロットしてマリーも搭乗している。
また、変形機構に関してはほぼ機体を寝かせるだけと単純化されており、最低限のタイムラグで変形が可能となっている。
なお、ガンダムサバーニャにも言えることではあるが、太陽炉の出力には変化がないことから、GNキャノンなどの装備の一部を取り除くことで、重力下での戦闘に対応している。


-プトレマイオス2改 ティエリアの私室-

「ティエリア…どうかしら?あのナオミって娘からもらったデータは…」

「もうすぐ読み込みが終わる…だが、ミス・スメラギ…」

パソコンを操作するティエリアは後ろの椅子に座っているスメラギに目を向けないものの、鼻に伝わる匂いに頭を抱える。

テーブルの上には日本で買ったものと思われるブランデーが置かれており、彼女の手にはそれが入ったグラスが握られている。

「別にいいじゃない。酔わないように加減はするから…」

「そういう問題じゃない…。他人の部屋で勝手に酒を飲まないでほしいものだ」

「固いわねー…すっかり柔らかくなったと思ったのに…」

「ミス・スメラギ、あなたはもう少し指揮官としての自覚を…」

注意が終わらないうちに読み込みが終了し、ディスプレイにはナオミが搭乗していたものとほぼ同じ機動兵器の姿が表示される。

大きさはエステバリスと同じくらいで、白い装甲でV字型のバックパックが搭載されており、その映像で先ほどエリアDで交戦したピンク色のドラゴンをアサルトライフルで牽制し、最後は左手に搭載されている青い弾丸を発射し、そのドラゴンを氷漬けにしていた。

最後はガンダムハルートと同じように、戦闘機に変形して離脱したところで映像が終わり、続けてカタログスペックや武装などが表示される。

「グレイブ…アルゼナルが所有する人型機動兵器パラメイルの1つで量産型…」

「映像とあのナオミって娘のパラメイルを見たら…乗っている人のことを考えていないような欠陥兵器ね」

スメラギは映像の最後にあった戦闘機形態に変形するグレイブの姿を思い出す。

その時、コックピットの中が完全に見えており、乗っている人間が肉眼で見ることができた。

戦闘機形態は人型よりも機動力が高いため、パイロットにかかるGも人型より大きい。

そのため、パイロットの安全を考慮した設計にしなければならないにもかかわらず、これの場合はパイロットが落下してしまうことがあり得るほどに最悪の安全性となっている。

ガンダムハルートなどの可変機動兵器を知っているスメラギにはその危険性はよく理解できた。

もしイアンにこのような映像を見せたら、怒りを見せるかもしれない。

装甲の素材となっているのはM1アストレイで使用されている発砲金属と近い流れの金属であるものの、強度と軽量さを両立したそれとは異なり、軽量さのみを追求したものとなっている。

高い機動性で敵の攻撃を回避するというコンセプトで採用されている発砲金属だが、ある程度被弾の可能性も頭に入れなければならない。

そんなことを考えない装甲と安全性のないコックピット。

兵器としては失格としか言いようがない。

「このパラメイルという機動兵器、ヴェーダのデータにはなかった。なぜ彼女の司令はこれを見せた…?」

今回見せられたのはこのパラメイルに関する情報だけで、先ほど遭遇したドラゴンについては何もなく、ナオミもそれについては司令から許可を得ていないという理由からまったく口を割る気配がない。

「そういえば、刹那達はトゥアハー・デ・ダナンか…」

「ええ。パイロット同士の交流のためね。私は艦長同士の交流に行ってくるわ。ティエリアも終わったら、ダナンへ行っていいわよ」

スメラギはブランデーとグラスを放置してティエリアの部屋を出ていく。

ブリーフィングルームで待つルリとテレサ、かなめと交流するためだ。

ちなみにかなめについてはテレサからの説明で、高校生兼ミスリルの戦術アドバイザーということになっている。

「…ブランデーは持ち帰ってほしいものだ。ふぅ…」

ため息をついたティエリアはグレイブ以外のパラメイルのデータも見始めた。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

「いやぁー、あの美少女艦長ちゃんと美人艦長さんに加えて、パイロットにも、こんなカワイコちゃんがいるなら、この世界も悪くないなぁ」

「は、はぁ…」

「マリーさん、ここは怒らないと…!」

スケベ根性満載な眼でジロジロと見ているクルツに怒りを抱くチトセが隣のマリーの小声で言う。

ただ、表立って怒ることができないのはクルツに自分がかわいいと認められているからだ。

「マリーから離れろ、このナンパ師のスケベ野郎!初対面からこれとは、なれなれしいなんてレベルじゃねえぞ!」

チトセとマリーの分の怒りもぶつけるかのように、リョーコの怒号がクルツを襲う。

このままではマリーもチトセも、最悪の場合自分もクルツに変態的妄想の対象となってしまうという危機感を抱いたからだ。

既に彼女はクルーゾーとメリッサから忠告されており、クルツに激しく警戒している。

「いやいや、リョーコちゃん。じゃあ次は…」

このままクルツはマリーと握手をしようとするが、急に悪寒を感じて断念する。

彼女の近くにいるアレルヤの眼がとても怖かったからだ。

「いやぁー、見事な男だよ、あんた。女性への礼儀をよくわかっている御仁だなぁ」

どこに褒める場所があるのかわからないが、一連のクルツのナンパに感動した三郎太が賞賛する。

「とりあえず、悪い奴じゃないみたいだな。アイツには会わせるわけにはいかないがな…」

ロックオンが心配になったのはクルツがこのナンパのターゲットを恋人であるアニューに向けられることだ。

「ま…いつまでこっちにいるか分からんが、よろしくなご同輩方」

「ミスリルがナデシコ部隊と契約を結んだ以上、挨拶をしよう」

遅れてクルーゾーとメリッサがハサウェイと宗介と共に第1格納庫に戻ってくる。

なお、ハサウェイは薄赤いズボンとネクタイ、白いシャツの上にミスリルの制服の上着を着るという形となっており、他のミスリルのパイロットである4人と大きな違いがあった。

なお、ミスリルへの報酬の支払いは金での支払いとなっている。

さすがに違う世界からきている彼らにこの世界の通貨で報酬を出したとしても、あまり意味がないというルリの判断だ。

その金は旋風寺コンツェルンが調達するため、ある程度メドが立てば、一度日本に戻る必要がある。

「もっとも、我々の組織や従事していた作戦については別の世界とはいえ、話せないこともあるがな」

「その辺りは聞いていますので、お気になさらず」

クルーゾーの言っていることは同じ私設武装組織であるソレスタルビーイングの一員であることから、アレルヤも理解することができた。

ロックオンと刹那、マリーも口を挟む様子がないため、彼らもそのことは理解しているようだ。

「感謝する。自分はベンファンガン・クルーゾー中尉。このトゥアハー・デ・ダナンの特別対応班…SRTの指揮官だ」

「メリッサ・マオ曹長だ。よろしく頼むよ」

「これはぜひとも、ヨロシクされたい」

三郎太の視線はメリッサの若干見えている胸元に向けられている。

そんな彼の視線が嫌で、チトセは彼から若干距離を置いていた。

「うちの曹長と艦長、戦術アドバイザーちゃんもなかなかのもんだろ?」

「いやはやまったくだ。こういう来客なら歓迎…痛た…!!」

「ナデシコのルリ艦長も若いけど、そちらの世界の軍人さんも若いですね」

ニコニコ笑うチトセだが、ソウジの耳を引っ張る手の力は緩んでおらず、すっかりソウジは涙目になっていた。

「あの子たちはちょっと特別なのさ…。あと、そこの日焼け男とロンゲに言っておくよ。テッサやカナメに手出ししたら、このマオ姐さんが承知しないよ!」

「うう…了解…」

「イエス・マム!痛い…」

三郎太もソウジもマオの迫力満点、殺気満点の声に逆らえず、テレサとかなめに手を出さないことを心に誓った。

「こいつはいい。俺とチトセだけじゃ、このボンクラどもをしつけるのは難しいと思ったが、強力な助っ人の登場だ!」

「んじゃ、リョーコちゃんは俺専属ってことで…。クルツ・ウェーバー軍曹だ。女性陣はプライベートでもよろしくな」

「あんたって男は…どこの世界でもぶれないね…」

ため息をつくメリッサだが、なぜか頼もしく感じられた自分が嫌に思えた。

こういうところは見習うべきかもしれないが、とても見本にすることはできないだろう。

「んじゃ、ソースケ!シメは任せた!」

その次も宗介も、ぶれていないという点ではクルツと同じだ。

(この感覚…。この人からの?)

(彼も俺たちと同じ…なのか?)

(アレルヤ、マリー?いや、この感覚ではない…)

チトセとトビア、刹那は宗介を見て、何か違和感を覚えた。

彼から発せられる何かが自分たちと遠いようで、近いもののように感じられた。

それをどう説明すればいいのか分からずにいる中、宗介は3人に目を向ける。

「…俺の顔に何かついているのか?」

「う、ううん!?なんでもない!!」

「そうか…。相良宗介軍曹だ。よろしく頼む」

(相良宗介…こいつの眼、俺よりも戦士らしいぜ…)

高校生くらいで、トビアと年齢が近いと思われる宗介を見たソウジには彼が戦う人間としての力が自分よりも強いように感じられた。

しかし、軍人としてはどうなのかはわからない。

どこか命令に必ず服従するように見えなかったからだ。

それはあくまで勘であるため、正しいかどうかは分からないが。

「ちなみに、カナメに手を出したら、あたしよりもソースケが黙ってないよ」

「なるほど、なるほど」

「そういう関係ってわけね」

メリッサの言葉の意味を理解した三郎太とロックオンは察するように宗介を見ながらうなずく。

普通の男性なら、それを見せられたら反応を見せるのだが、宗介は特に何事もないかのように無口な様子で、表情にも動揺がない。

「否定、しないのかよ?」

「俺の任務は彼女の護衛だ。何も間違っていない」

「まぁ、そうだけど…かなめの前ではもうちょっとロマンチックな物言いにしてあげなよ」

「まぁ…見た目通りのムッツリネクラ野郎だが、よろしく頼むぜ」

メリッサとクルツの言っていることが理解できず、何が間違いなのかわからない宗介は首を傾げ、メリッサはどういえば彼に理解してもらえるのかと苦悩する。

そんな3人の姿を見たソウジ達には彼らには戦友として確かな絆ができているように感じられた。

そんな中、刹那が口を開く。

「お前たちも、ガンダムを運用しているのか?」

第1格納庫に目を向ける刹那は先ほどの戦闘で現れたΞガンダムのことを彼らに尋ねる。

エステバリスと同じくらいの大きさの機動兵器を扱う彼らが30メートル近い、自分たちが所有するガンダムよりも巨大なガンダムを運用するとは思えなかったからだ。

「まあね。といっても、あれは預かりものだけどね」

「しかし驚いたぜ…。こっちの世界にもガンダムがあるとは」

「ガンダムが存在するのは俺たちの世界だけではない…」

ヤマトがいた世界でもクロスボーン・ガンダムが存在することから、自分たちの世界以外にもガンダムが存在する可能性は薄々感じていたが、自分の世界に帰ってきて早々、またこのようなことが起こるとは思わなかったようで、どこか恣意的なものが感じられた。

偶然としては出来過ぎで、何か自分の見えない歯車が動いているように思えて仕方なかった。

「…」

会話に参加することができないハサウェイは黙り込み、この話の行く末を見守っていた。

元々人見知りするところのあるハサウェイには別世界の人間であるソウジ達と何を話せばいいのかわからないところがあった。

「君が、あのガンダムのパイロットだね?」

同年代であるドビアは笑みを浮かべながら、ハサウェイに声をかける。

「あ、うん…」

このまま会話に参加できなくても構わないと思い始めていたハサウェイは急に声をかけられてびっくりしてしまう。

急に声をかけてしまって申し訳ないと思いながら、トビアは自己紹介をする。

「俺はトビア・アロナクス。クロスボーン・ガンダムX3パッチワークのパイロットだ」

「僕はハサウェイ・ノア。Ξガンダムのテストパイロットをやってる…」

少し話を聞いただけだが、気さくなトビアの雰囲気から悪い人間ではないと思ったハサウェイは堅いものの、少し口角を上げて自己紹介をする。

だが、彼のガンダムの名前を聞いたトビアはどこかやっぱりと思ってしまった。

「ええっと、トビア」

「な、何?ハサウェイ」

「君だっけ?その…マフティーって言ったの」

「ああ、何でもないよ。忘れて」

「あ、ああ…」

トビアにとっては、宇宙世紀で最も広く語られるテロリストの名前であるマフティーは今のハサウェイにとっては聞いたことのない人物の名前、もしくは物の名前でしかなかった。

聞いてほしくないものだったのかと思ったハサウェイは急いで話題を変える。

「そ、そういえば、君のガンダム…ほかの人のモビルスーツとちょっと雰囲気が違うね」

ドクロの付いた、海賊のようなデザインな上にX字のスラスターというあまりにも特徴的で、ハサウェイが知っているガンダムとはあまりにもかけ離れている。

刹那達ソレスタルビーイングが搭乗しているガンダムはそれとやや近いため、すんなりと自分の中に入れることができた。

「どちらかというと、僕のΞガンダムに近いみたいだ」

高い機動力を武器に戦うという意味もあるが、どちらかというとこれまでのモビルスーツと離れたコンセプトになっているという意味合いが大きいだろう。

Ξガンダムは可変を一切行わずに重力下で空中を高機動で飛び回ることを追求したもので、そのためにミノフスキークラフトを搭載したがために30メートル近い巨大なモビルスーツとなっている。

しかし、それによって大出力になっているうえに巨体にもかかわらず旋回能力などはサブフライトシステムに搭乗したモビルスーツや可変モビルスーツを上回っている。

高コストであることはネックだが、性能は保証されている。

「俺も別の世界から来たからね。まぁ…その世界でもクロスボーン・ガンダムみたいなモビルスーツはかなり珍しいと思うよ」

「そうだったんだ…」

「どうして君は潜水艦に乗っているの?モビルスーツに乗っているのも、君だけみたいだし…」

ダナンの2つの格納庫を見たトビアだが、モビルスーツはΞガンダム以外はなかった。

ドダイ改はアーム・スレイヴでもモビルスーツでも搭乗可能で、格納庫の大きさから考えると、Ξガンダムレベルの大型モビルスーツを搭載することも可能だろう。

しかし、いかに高性能であったとしても、規格外の兵器は取り回しが利かないため、扱いづらい。

しかも、モビルスーツに近いとはいえコンセプトに違いのあるアーム・スレイヴを扱うミスリルが扱うような代物には見えない。

「Ξガンダムはアナハイム・エレクトロニクス社が作った試作機なんだ。この大気圏内でのテストのために、テストパイロットである僕と一緒にミスリルに預けられたんだ」

「アナハイム…!?」

あまりにも聞いたことのある企業の名前にトビアは驚きを露わにする。

戦闘中であるため、そんなところを見る暇がないものの、Ξガンダムの右方にはアナハイムの社章と型式番号がペイントされている。

『スプーンから宇宙戦艦まで』というキャッチフレーズで、かつてはモビルスーツや戦艦などの兵器を地球連邦軍だけでなく、ネオ・ジオンのような反連邦組織にも売っていた死の商人だ。

地球連邦軍がそんなアナハイムを制裁できなかったのは自らの注文にこたえることのできる高性能モビルスーツや量産機などを用意することのできる力があるのがアナハイムだけだったからだ。

そのため、連邦軍とほぼ癒着ともいえる寡占状態を続けることとなった。

情報開示によって明らかになったゼフィランサスやサイサリスなどのGPシリーズやZガンダム、ZZガンダムなどの名機を数多く作り上げていて、兵器現代史の中で何度も名前が出ている。

しかし、アースノイドとスペースノイドの大きな戦争がなくなり、地球連邦軍の軍事予算と兵器調達数が削減され、兵器開発も消極化していった。

そんな中、かつてサイド1建造にかかわった民間企業で、地球連邦軍設立と共に地球連邦政府に株の大半を買収されたことにより半民反映企業と化した海軍戦略研究所、サナリィが小型化・単純化をコンセプトとした15メートル級モビルスーツ、F90の開発に成功した。

大型化・複雑化したモビルスーツがコストがかかることから、コストを抑えることができるため、F90は大きく注目され、アナハイムは大きく後れを取る結果となった。

しかし、100年前の名量産期であるジェガンの発展型であるジェムズガンやソウジが最後に搭乗したモビルスーツ、ジャベリン(どちらも既に生産を打ち切っている)やサナリィのOEM提供で生産したコスモファルコンなど、今でも兵器生産で大きな力がある。

なぜそれが可能となったのかというと、一説によるとサナリィやコスモ・バビロニア建国戦争時代のクロスボーン・バンガードの隠れ蓑となっていた企業、ブッホ・コンツェルンの技術を盗用したらしい。

実際、アナハイム社がコスモ・バビロニア建国戦争よりも少し前に行った独自の小型化・単純化モビルスーツ開発計画、シルエット・フォーミュラプロジェクトで開発されたモビルスーツ、シルエットガンダムやハーディガン、Gキャノン・マグナはサナリィの技術を取り入れた痕跡がある。

サナリィはそのF90で手に入れたデータをもとに91年ぶりに開発した真のガンダムとしてガンダムF91を開発しており、シルエットガンダムについてはそのコピーに過ぎないからとガンダムであることすら認めていない。

「ああ、ごめん。アナハイムって言うのは、僕たちの世界の企業で、モビルスーツの開発をしているんだ」

驚きの意味を知らないハサウェイはトビアに自分の世界のアナハイム社について教える。

だが、その説明を聞いたトビアはより目の前にいるハサウェイのいる世界と自分たちの世界に何か似たものを感じざるを得なかった。

そして、ハサウェイが100年前からタイムスリップしてきた人間のように見えてしまう。

(でも…Ξガンダムの機動力はX3以上だ。モビルスーツ開発に停滞があったとはいえ、そんなことはあり得ない。どうなっているんだ…?)

「どうか…したの?」

「ううん!なんでもない…!!(それに、潜水艦があるということはハサウェイ達の世界には海があるということになる。じゃあ…やっぱり彼が、マフティー・ナビーユ・エリンだって言うのか…?)」

あんな人見知りをする気弱な、16から17くらいの少年が将来伝説のテロリストともいえる男になっていくとは到底思えなかった。

トビアは過去に暮らしていたコロニーの図書館にあったマフティー宣言の音声データを聞いた時のことを思い出す。

その時のマフティー、ハサウェイの言動は自信と責任感、そして地球への思いの強さに満ちたものだった。

それ故に、なぜ善とも悪とも言い切れないような手段を択ばなければならなくなってしまったのかと残念に思ったのを今でも覚えている。

 

-インド洋 エリアD アルゼナル-

ナオミの案内の下、ナデシコBとトレミー、トゥアハー・デ・ダナンがアルゼナルに到着する。

兵器工廠という意味があるその組織と場所はドラゴンに対抗できる唯一の機関というが、絶海の孤島に作られた粗末な基地というのが本来の姿だ。

海から突き出た岩礁に離着陸デッキ用の鉄板を敷きつめただけで、かつて鎌倉時代末期に粗末な城を作って大軍を誘い込んで撃破した楠木正成のような仕掛けも何もない。

また、ガイドビーコン替わりに誘導灯2本を動かしてナデシコBとトレミーを誘導しているのは年端もいかぬ少女で、屋内でパラメイルを整備しているのも女性ばかりだ。

そんなアマゾネスの里へ来たかのような異様な空間に足を踏み入れ、スメラギ達指揮官ら3人はナオミの案内の元、司令室へ向かうこととなった。

それ以外の面々はそのまま艦内に待機することになった。

 

-アルゼナル 司令室-

「司令、ナオミです。ソレスタルビーイングとナデシコ隊が到着しました」

「入れ」

「失礼します」

扉が開くと、そこはまるで戦艦のブリッジのような場所になっており、中央にある艦長席、いや司令席には1人の女性が座っていた。

黒いポニーテールで体を包むような大きなマントを身に着けたその女性は三十路近いようだが、その白く皺のない肌からそれよりも若く感じられる。

また、入ってくるスメラギ達を見るその黒く鋭い瞳はまるで戦闘中のスメラギをほうふつとさせた。

その周辺にあるオペレーター用の席は空席となっており、いるのは彼女1人だけだ。

「ご苦労だった、ナオミ。お前は下がって、ココとミランダのところへ行ってやれ」

「ココと…ミランダがどうかしたんですか?」

「行けばわかる…」

「は、はい!」

困惑するナオミだが、すぐに敬礼をして司令室を後にする。

司令と呼ばれたその女性は3人をじっと見た後で自己紹介をする。

「アルゼナルへ、ようこそ。私は司令官のジルだ」

「ナデシコB艦長の星野ルリです。お招きいただき感謝します」

「その若さであれだけの部隊を指揮するとは…大したものだ」

ソレスタルビーイングは表向き、ナデシコBに協力していないということになっていて、ミスリルは傭兵であることから、今のこの部隊の総指揮をとっているのはルリということになっている。

無論、彼女一人で指揮をしているとはジルも思っていない。

だが、一応の社交辞令として、それでもナデシコBの艦長としてクルーとパイロットの命を預かっていることもあるため、称賛の言葉を贈った。

「そして、ソレスタルビーイングまでしたがえるとは…」

「外の情報も仕入れているのですね」

アルゼナルは始祖連合国の組織であるため、彼らと同じく、外界には無関心であろうと思っていたが、ナオミの登場によって、それが少し違うかもしれないとスメラギは思うようになった。

「当然だよ。ここには例外なく外から人間がやってくる。何しろ、大抵がノーマだからな」

「やはり…」

「さすがはソレスタルビーイングだ。ここのことも知っているようだ」

ヴェーダで探ることが難しいことを知っているように、アルゼナルの実態について情報をある程度つかんでいるスメラギにジルは薄い笑みを見せる。

その手にした情報がどこまで真実のものかはわからないが、それでも尻尾をつかむだけでもいばらの道であるこのエリアD、始祖連合国のパンドラの箱のカギに触れた今のソレスタルビーイングを想像以上に手ごわく感じられた。

「ある程度、ですけどね」

「ならば、この2人のお嬢さんのために私が説明しよう。始祖連合国で見つかったノーマは全員、ここに送られる。大騒ぎになっているアンジュリーゼ殿下…いや、アンジュも今じゃここの住人だ」

「ドラゴンと戦うために…ですか?」

「そうだ。ノーマはそうすることでしか生きる権利を勝ち取ることができない」

わざとらしく右腕を動かすと、カチャリと金属の動く音が耳に届く。

彼女の右腕は義手で、おそらくドラゴンとの戦いの中でできたものだと3人は予測した。

「ということは、ドラゴンはずっと前から現れていたということですか?」

「ああ、そうさ。アルゼナルがドラゴンたちと戦うから、人類はドラゴンの脅威から守られているのさ」

ジルのいうことは理解できるものの、スメラギには引っかかるものがあった。

見た限りでは、アルゼナルの兵力は一個中隊レベルであり、先ほど遭遇したドラゴンの力や数を考えると、ここだけの戦力でエリアD内に出現するドラゴンをすべて駆逐するのは難しい。

撃ち漏らし、エリアDの外へ出たとしても不思議ではない。

しかし、ヴェーダとマイトステーションの情報網で調査しても、エリアDの外でドラゴンが現れたという情報は一つもない。

ドラゴンとアルゼナルには何かほかに秘密があるように感じざるを得なかった。

「ドラゴンとそれを駆逐する組織…。戦場が限られていることから、ソレスタルビーイングは静観の姿勢を維持してきましたが、それがノーマと関係していたなんて…」

始祖連合国のノーマの扱いを暗に感じ取ったスメラギはこれまでの対戦の最大の原因となったナチュラルとコーディネイターの対立を頭に浮かべた。

日本やオーブのような差別の薄い地域ではそれほど表面化することはなかったものの、多くの国ではナチュラルとコーディネイターは相いれず、どちらかが滅ぶまで戦おうとしていた。

ロゴスがレクイエムを使って行ったコーディネイターの大量虐殺は記憶に新しい。

しかし、ノーマに対する始祖連合国のそれはそれ以上のおぞましさが感じられる。

日本やオーブのような逃げ場がそこにはないのだ。

「お尋ねしますが、なぜエリアDにだけドラゴンが出現するんですか?」

「ここら一帯は時空が不安定らしくてね、奴らはここに現れるとき、必ずこのあたりにシンギュラー、異界の扉を開くんで、ここに基地を作ったってわけだ」

「始祖連合国で生まれたノーマのすべてがここに集められるのですね…」

「ですが、それほどの人数がこの基地にいるとは思えませんが…」

ざっと見た限りでは、アルゼナルで収容できる人数は3桁が限度だろう。

始祖連合国の統計データがないため、人口やノーマが生まれる確率はわからないが、もっと多くの人員がいてもおかしくないと思うのは当然のことだ。

しかし、アルゼナルの基地の設備を見た限りでは、一部を除いて修理や近代化整備、拡張工事が行われた痕跡がない。

「当然さ。ほとんど死んでしまうからね。ドラゴンとの戦いというのはそういうものだよ」

淡々と述べるジルを見て、どれだけの死者がドラゴンとの戦いで出たのかが感じられる。

あまりにも死者が多すぎて、感覚がマヒしているようだ。

(ヴェーダでも詳しく探せなかった情報…完全にここは外界から隔離されている…。あの無人機の部隊がその秘密を守るためだとしても、不可解なところが多い…)

「質問があります」

スメラギが逡巡している中、ルリが手を挙げる。

「なんだ?」

「あのような生物の存在を公にするわけにはいかないことはわかります。ですが、人類の防衛という観点から考えれば、小規模な戦力ではなく、連合軍という組織で事に当たるべきではないでしょうか?」

ドラゴンを駆逐するのはアルゼナルの戦力だけでは不可能に近い。

3年前ならまだしも、今なら地球連合軍という大きな組織が存在する。

その組織を動かすことで、ドラゴンを駆逐することは可能だ。

磁気の問題は簡単な処理で解決できるため、大した問題にはならない。

「その答えは知らないよ。すべては、あの始祖連合国の人間が決めたことだ。なぁ、エマ監察官」

扉が開く音が聞こえ、今度は眼鏡をかけた薄緑色の髪の女性が入ってくる。

軍隊の制服姿のジルとは異なり、その女性は動くには不都合な文官のスーツを着用しており、そこから軍人ではないことがわかる。

「はい…。このことは地球連合政府も、その前の組織である国連も承認しております。ご挨拶が遅れました。私はエマ・ブロンソン監察官。始祖連合国からアルゼナルの監視役として派遣されております」

スメラギ達に頭を下げ、エマは自己紹介をする。

彼女の言葉を聞いていると、彼女だけがこのアルゼナルではイレギュラーな存在に聞こえてくる。

それを肯定するように、ジルは付け足す。

「要するに、ここでマナを使えるのは彼女だけ、ということだ」

「では別の質問です。それだけ徹底して秘密を守っているにもかかわらず、なぜ我々を招いたのですか?」

ドラゴンとの戦いを終えたタイミングでナオミをこちらへよこし、アルゼナルまで案内させる。

彼女のグレイブの装備とアルゼナルの目的を考えると、彼女も加勢するのが当然のはずだ。

案内させた上にスメラギにはパラメイルのデータを見せている。

また、オーブからの協力者をアルゼナルで保護しているらしい。

その意味をルリはどうしても聞きたかった。

「最近、ドラゴンの攻撃が激しくなっていてね…。前の戦闘で小隊長が1人やられたうえ、新兵2人が今は使い物にならない…。このままではドラゴンがこの海域を突破して始祖連合国やインドに到達する可能性がある。無論、上には打診しているが、答えはこちらで何とかしろの一点張りだ。そういうわけで、いろいろ秘密を知られた以上、そっちに協力してもらおうと考えたわけだ。無論、ドラゴンに勝てないようなやわな奴ではなく、腕に覚えのある助っ人にしか頼めないが…」

「やっぱり、私たちを試していた…というわけね」

「お互いさまだろう?」

フッと笑ったジルにスメラギはじっと目を向ける。

一応、自分たちには背に腹を代えられない事情があり、戦力を欲している。

ジルの腹の内は読めず、ドラゴンとアルゼナルの秘密がそれがすべてかどうかはわからない。

しかし、その事情をこちらがどうにかすれば、より多くの何かを知ることができるうえ、それと引き換えにこちらへの戦力の貸し出しを要求することができる。

現状はそのギブアンドテイクな取引でこの糸を維持するべきだろう。

「わかりました」

「即答かい。肝の据わった子だ」

(ルリ艦長も感じている…。この世界の流れをコントロールする者と始祖連合国に何か関係があることを…。その彼らが直接管理するアルゼナルと異界からの敵、ドラゴン…そこに謎を解くカギがあるのかもしれない…)

「あの…オーブからの協力者をここで保護していると聞きましたが、その人はどこへ…?」

ある程度話を終えたのを確認したテレサがジルに尋ねる。

表向きの目的はその協力者と接触するためだということをスメラギとルリからすでに聞いているが、少なくともここにはそのような人物の姿はない。

「彼女たちはパラメイル隊と一緒にいるよ。確か…マユラ・ラバッツとジュリ・ウー・ニェン、アサギ・コードウェルだったかな?まさかオーブのモビルスーツ、ムラサメがここまで飛べるとは思わなかったけどね」

保護し、整備が行われているムラサメを実際に自分の目で見たジルは改めてその量産機の性能の高さを感じていた。

より洗礼された発泡金属を利用した軽量化とユニオンフラッグ以上のシンプルな変形機構、そして追加ブースターを装備することによる航続距離の長さ。

仮にモビルスーツをアルゼナルの中核戦力としていたなら、このようなモビルスーツを選んでいただろう。

また、パイロットは2度にわたる大戦を生き延びており、腕にはある程度覚えがあるようで、現地へパラメイル隊を救出に向かわせた際には緑色のドラゴンを含む10匹以上を彼女たちは撃破していた。

ただ、無傷とはいかなかったようで、そのうちの2機は修理が必要となり、使えるムラサメは1機だけになっていた。

 

-アルゼナル 墓地-

「ココ、ミランダ!!」

仲間の隊員から話を聞き、走ってきたナオミが新しくおかれた墓石の前で泣いている2人の幼い少女の名を呼ぶ。

緑がかったボブヘアーの少女で、青いライダースーツ姿の少女がミランダで、青いおさげを2つぶら下げた髪型の少女がココ、2人とも彼女の年下の同期だ。

ナオミがノーマと発覚したのとほぼ同じ時期にノーマであることが判明して連れてこられた少女たちで、彼女たちはナオミがナデシコ隊とソレスタルビーイングを迎えに行っている間に起った戦闘で先日アルゼナルに来たばかりのアンジュリーゼとともにグレイブで初陣を飾ることとなった。

なお、アルゼナルに来た少女たちは姓を名乗ることが許されず、入ってから半年から1年はドラゴンと戦うためのすべを教えられることになっている。

ライフルやパラメイルの使い方、それぞれのドラゴンの特徴や弱点、攻撃の回避方法などで、それを学ぶのに不自由がない程度の国語とそれ以外の授業は皆無だ。

なお、ソウジ達が戦ったピンク色のドラゴンがスクーナー級、緑色のドラゴンはガレオン級とアルゼナルでは呼称している。

そして、アンジュリーゼが1週間足らずで初陣を飾ることになったのはジルからの指示であり、始祖連合国内で行われているエアバイクのスポーツ、エアリアの選手としての技量からそう判断したものと思われる。

アンジュリーゼが通学していた鳳凰院のエアリア部は強豪チームで、彼女はその中核選手だった。

エアバイクの操縦とパラメイルの操縦はほとんど共通しており、実際にその初陣で3匹のドラゴンを撃墜したことはすでに確認されている。

ちなみに、赤ん坊や幼少の少女については教育の期間の延長やメカニックなどの後方での任務を行わせるなどのある程度の配慮はある。

「ナオ…ミ…?」

声が聞こえた方向に目を向けたミランダが小声で友の名前を呼び、ナオミはうなずくと、彼女たちの後ろから墓石に目を向ける。

「ゾーラ隊長…ね?」

ナオミの問いにココは何も言わずに首を縦に振った。

「そう…」

2人の間を通り、墓石に近づくと、そっとそれに手を触れる。

(話は聞きました…ゾーラ隊長。あなたが嫌いでしたけど…ココとミランダ、そしてアンジュリーゼ…いえ、アンジュを助けてくれたこと、感謝しています…)

アンジュリーゼは名前を奪われた後、ジルからただのアンジュとして、アルゼナルでドラゴンを殺すためだけの生きる戦士、メイルライダーになるように宣告された。

戦闘のさなか、自分がノーマであること、そしてドラゴンと闘わなければならない現実をこれ以上直視できなくなったアンジュは新兵用のグレイブに乗ったままミスルギ皇国へ帰ろうと敵前逃亡を図った。

アルゼナルの規則として、パラメイルは出撃の際に戦闘一回分の推進剤と電力しか補給されないことになっている。

逃亡を防ぐための措置であり、仮にそれでも逃亡しようとした場合は可能な限りパラメイルを無力化し、最悪の場合は撃墜も許可されている。

逃亡の際、ちょうどガレオン級が5匹のスクーナー級を引き連れて出現しており、アンジュと友の戦っていたほかのメイルライダー達はまだ残っているドラゴンの対処で精いっぱいだった。

アンジュからミスルギ皇国のことを聞いていたココは赤ん坊のころにアルゼナルに連れてこられたことから、外の世界にあこがれを抱いており、特にその国が魔法の国だと思うようになった。

そんな彼女に連れて行ってもらおうとついて行ってしまい、ミランダは2人を追いかけた。

そのとき、増援のドラゴンが彼らを襲ったものの、修理を終えたムラサメで出撃したアサギが救援したことで大事には至らなかった。

しかし、ドラゴンに追いかけられたこと、そして一歩間違えば撃墜されたかもしれないという恐怖でアンジュがパニックを起こしてしまい、ガレオン級が4人に襲い掛かった。

ガレオン級はバリアを展開できることから撃墜が難しく、新兵やガレオン級を倒せる武装がないパラメイルについては後退が推奨されており、3機のグレイブとアサギのムラサメにはそのドラゴンを倒せる武装がなかった。

そんな彼女たちを隊長であるゾーラが乗る指揮官用パラメイルであるアーキバスで庇うことになり、最後は彼女がアーキバスを自爆させ、そのガレオン級の頭を吹き飛ばし、ほかのドラゴンの対処を終えたメイルライダーたちの手によってとどめを刺すことができた。

ドラゴンの撃ち損じがなかったこと、損失がアーキバス1機だけで済み、ゾーラの遺体の回収ができたのがわずかな幸いだ。

ゾーラは面倒見がよく、メイルライダーとして多くの戦果を挙げた先輩であるものの、後輩のメイルライダー達に手を出すレズビアンで、ナオミもターゲットにされたこともあったことから、内心では彼女のことを嫌っていた。

だが、死んでしまえと思うほどのものではないため、ショックが大きい。

「ごめんなさい…隊長さんを助けられなくて…」

若干暗めの金髪でオレンジ色のノーマルスーツを身に着けた女性、アサギ・コードウェルが花束を持ってやってくる。

彼女は花束を墓石の前に置くと、静かに手を合わせた。

「アサギさん…いえ、あなたのおかげで2人とアンジュが助かったんです。だから…ありがとうございます」

「ううん。でも…問題はアンジュちゃんのほうよ。あの子…人殺しなんて呼ばれてるわ」

それを言っている人物の筆頭がヒルダだろうことは簡単に予測できた。

初対面でアンジュはノーマは人間でないとしたうえに『これ』と物のように言い、そして自分がノーマであること自体認めなかったことから、多くのメイルライダーから悪印象を得ている。

特にゾーラからの寵愛を受けていたヒルダと彼女の友人であるロザリー、クリスは彼女を敵視しており、それを言うのは想像に難しくない。

社交的なメイルライダーであるヴィヴィアンと面倒見の良いエルシャがなんとか関係をよくしようと手を尽くしているが、なかなか成果が上げられない中でこのような最悪の事態が起こった。

このまま一人ぼっちのまま戦えば、近いうちにアンジュは死んでしまう。

「ゾーラさんのお墓の代金はアンジュさんが出して、墓石も運んだって司令が言っていたわ。死ぬ原因を作った償いとして…」

アルゼナルでは戦死した仲間の墓は生き残った仲間たちがドラゴンを倒して手に入れたキャッシュを出し合って購入し、墓場まで持っていくのか慣習となっている。

このキャッシュによってパラメイルの修理や改造、配給には出ないような食料や制服などを購入することから、彼女たちの生きる糧となっている。

そんななけなしのキャッシュを出し、自分たちの手で運ぶことで死んだ仲間たちのことを記憶するのだ。

ちなみに、ゾーラの墓にはゾーラ・アクスバリと苗字まで刻まれており、ここでようやく人間として眠ることが許される。

「アンジュは…どうしてますか?」

祈るアサギにナオミは問いかける。

確かに、隊長であり先輩であるゾーラの死の原因を作り、仲間2人を殺しかけたアンジュは許せないと思っている。

しかし、ゾーラの墓を自腹で購入し、ここまで運んだことである程度償いを果たしているのはわかっている。

だからこそ、自暴自棄になって早死にさせるよりも、現実を受け入れて戦い、償うことを願っていた。

「マユラの話だと、墓石を運んだあとは部屋に閉じこもってるわ…」

 

-アルゼナル アンジュの私室-

「…」

真っ暗で、硬いベッドの上で腹部が露出していて、下半身がミニスカートとなっている白い制服姿になっているアンジュリーゼ、いやアンジュは目をうつろにしたまま天井を見ていた。

目を閉じると、あの戦闘の記憶がよみがえってくる。

襲ってくるドラゴンとアサルトライフルでそれを撃った時に出てきた鮮血とその匂い。

襲ってくる恐怖と目の前で自爆し果てたゾーラ。

そのすべてが夢だと思い、何度も額を壁にぶつけたせいで、そこは赤くなっていた。

しかし、いくら痛覚に呼びかけても帰ってくる答えは一つだった。

「アンジュちゃん、ごはん持ってきたけど…食べるかしら?」

部屋の外からドアをノックする音が聞こえてくる。

アンジュと同じ制服で、ピンクのロングヘアーをした少女のエルシャだ。

まだ18歳であるにもかかわらずアルゼナルでは古株で、幼年部のノーマや後輩への面倒見がよいため、年齢以上の成熟しているように感じられる。

アンジュも仮に彼女がノーマでなければ、すぐに打ち解けることができたかもしれない。

エルシャは扉の前に放置された料理が乗ったお盆と今持ってきたものを入れ替える。

今回収したものはエルシャが半日前に作ったものだ。

「また、できたら持ってくるわね」

返事が来ないことはわかっているものの、気に掛ける人間が1人でもいることを教えるため、そう声をかけたエルシャはその場を後にした。

そして、再び静寂が部屋の中を包み込み、数十分経つと、突然ドアが開いた。

そこにはジルの姿があり、ベッドに寝転がるアンジュは彼女に目を向けることさえしなかった。

「どうだ?しばらく引きこもって頭は冷えたか?」

ドアを閉めたジルはベッドのすぐそばまで行き、アンジュに声をかける。

聞きたくないといわんばかりに枕で両耳をふさぐアンジュだが、それでもジルは容赦せず言葉を続ける。

「隊長1人死亡、指揮官用パラメイルは自爆により喪失。ゾーラがわが身を犠牲にして救った命がこんな根性なしだとはな。おまけにお前や新兵、ゾーラが危機に陥った最大の原因は貴様の逃亡未遂。どう思う?皇女殿下」

「…」

「私の言う通り、墓を購入したことと墓場までそれを運んだことまでは認めてやる。だが、このザマでは貴様はノーマ以下だ。ヒルダやロザリーのいう通りの人殺し、仲間殺しの虫けらだ」

「違…う…ノーマは…ノーマは人間じゃ…」

唇をかみしめ、容赦なく聞こえてくるジルの言葉に抵抗するように、アンジュはつぶやく。

戻ってきて、その事実を伝えたときのアンジュはノーマは人間ではないと言っていたが、それで言い切らなかっただけでも進歩したといえるかもしれない。

同時に、徐々に自分がノーマであることを認め始めた証左でもある。

「私は…虫けらじゃ…」

「なら、ドラゴンと戦え。そうすれば、貴様を虫けらではなく、ノーマ…メイルライダーとして認めよう」

「戦え…?じゃあ、教えてください!!ドラゴンとは何なのですか!?どうして、わたくしがあんなものと!!」

堰を切ったように感情を爆発させたアンジュは枕をジルに投げつけて叫ぶ。

右手で枕をつかみ、起き上がったアンジュを見たジルはニヤリと笑みを浮かべる。

「それが…ノーマが生きる権利を得る唯一の手段だからだ。ドラゴンの正体などどうでもいい」

「なぜです!?世界には軍隊がいるのに…なぜ、わたくしたちだけが…??」

「どこかのだれかが、ドラゴンと私たちが殺しあうのを楽しく眺めているのだろうさ…」

枕を置いたジルはベッドの近くであることも構わず、たばこを吸い始める。

司令を務めていると、ほかのメイルライダーと比較にならないようなキャッシュが手に入るため、彼女はこのような高価な楽しみを得ることができる。

そして、天井を見ながら煙草の煙を口から出した。

「そのために、アルゼナルは隔離され、誰にも知られず戦い続けた…。この世界は…お前が生きてきた薄っぺらい世界は死んでいったノーマたちが守ってきたのさ」

アルゼナルはエリアDのドラゴンを殺すことで世界を守っている。

仮にドラゴンがエリアDを出て、世界に出ていったらどうなるか?

日本でガイゾックが起こした人間爆弾による大量虐殺、血のバレンタイン、ロゴスによるベルリンなどの都市への攻撃と住民の虐殺に匹敵する惨劇が起こることは容易に想像できる。

そんな悲劇をノーマたちは戦い、死ぬことで守ってきた。

そんなことは、外界に無関心な始祖連合国で生きてきたアンジュには知りようがないことだ。

しかし今、アンジュがここにいるのはその出番が回ってきた。

「そんな…少しマナが使えないだけではありませんか!?始祖連合国以外はそれが当たり前だと聞きます!なのに…こんな仕打ちは…」

タバコを吸いながらアンジュの言い分を聞いていたジルはあきれたようにため息をつく。

ここに連れてこられるまで、アンジュは皇女として不自由ない暮らしを楽しみ、ミスルギ皇国の象徴のような存在となっていて、他の始祖連合国の人間と同じようにノーマを差別してきたのはジルもわかっている。

これはその国々の連中全員に言えることだが、アンジュは1つ忘れていることがある。

その始祖連合国に一般人とのマナ以外での決定的な違いだ。

「それを決めたのは…お前たち始祖連合国の指導者。お前の父親たちだろう?となると…お前も同罪だな」

睨むジルの目に耐え切れず、アンジュは目をそらす。

そして、この部屋に入っていても現実から逃げられないとアンジュに伝えるように警報音が鳴り響く。

「ドラゴンが来るか…出撃準備をしろ、アンジュ」

「わたくしは…」

警報音が聞こえても、アンジュは動こうとしない。

しびれを切らしたのか、ジルはそんなアンジュの頬を思いっきり平手打ちした。

「呆けている場合か!?」

頬から伝わる突き刺すような痛みと口の中が切れ、舌に伝わるあたたかな液体の味を感じ、アンジュは目を大きく開く。

父親にも母親にも一度もぶたれたことがないアンジュには、このビンタはあまりにも衝撃的だった。

「この世界は不平等で理不尽だ!だから…生きるか死ぬか、それしかない!死んだ仲間の分も、ドラゴンを殺せ!それができないなら…死ね!」

アルゼナルには、ドラゴンを殺せず、ドラゴン殺しのサポートもできないような人間に居場所は与えられない。

今のアンジュに、ドラゴンを殺せなくなったアンジュにはこのような部屋に閉じこもることさえ贅沢に等しいものだった。

涙を浮かべ、耐えられなくなったアンジュは崩れ落ち、懇願するようにジルを見つめた。

「殺して…ください…。こんなの、辛すぎます…」

皇女であり、愛に包まれて生きてきた自分がノーマで、仲間の死の原因を作った現実はアンジュにとって死刑判決以外の何物でもなかった。

もう1度皇女としてミスルギ皇国に戻ることができるのならば、そのような苦痛にも耐えることができる。

しかし、もう戻ることができないのであれば、生きる希望はない。

ジルは護身用に拳銃を持っている。

それを一思いに撃ってくれれば、死んだ母のもとへ行くことができる。

だが、ジルはアンジュをにらむだけで手を動かさない。

「だめだ。ゾーラと同じように、戦って死ね。義務を果たさない貴様の願いなど聞かん」

「…」

「だが、死にたいのならばドラゴンに特攻して死ぬという選択肢もある。ちょうど、それにふさわしい旧型のポンコツがある。そんなことに貴重なパラメイルを使わせるわけにはいかないからな。それが貴様の棺桶だ」

「棺桶…」

顔を上げたアンジュを見て、ジルはニヤリと笑みを浮かべた。

 

-アルゼナル 出撃用デッキ-

「各機の発進準備を急げ!ドラゴンは待ってくれないよ!」

メイの檄が飛ぶ中、ノーマの少女たちはパラメイルの出撃準備を整えていく。

停泊しているナデシコBとトレミー、トゥアハー・デ・ダナンでも出撃準備が始まっており、図らずもこれがアルゼナルとナデシコ隊による初めての合同戦線となった。

本当はメイルライダーだけ出撃するのだが、今回感知したシンギュラーの反応がアルゼナルのすぐ近くであり、ドラゴンの数も多いことが予想される。

おまけに、隊長であるゾーラを失った上に3人のメイルライダーが出撃できない状態であることから、このような事態になった。

「結局、よそ者の力を借りることになるとはよ…」

ワインレッドのカチューシャ付きツインテールで赤いメイルライダースーツを着た少女、ヒルダが2本角のついた赤いグレイブに乗り込み、最初に出撃したマイトウィングを見ながらぼやく。

彼女のグレイブにはほかの機体とは違い、可変斬突槍であるパトロクロスが装備されており、接近戦を得意としている彼女が一番気に入っている武器だ。

「仕方ないわ。この前の戦闘で戦力ががたがたなうえに、アルゼナルの近くが戦場になるんだから…」

青い髪で水色のメイルライダースーツを着た少女、サリアは指揮官用として2本のアンテナが追加搭載され、翼状のバックパックがついた水色のパラメイルに乗り込む。

これは指揮官用のパラメイル、アーキバスでアルゼナルにあるパラメイルの中では一番の高性能を持つ。

右肩に収納されているアサルトブレード、Dスレイヤーは細身の片手剣で、ガレオン級のバリアを軽度のものであれば切り裂くことが可能だ。

「あのイタ姫のせいで…」

オレンジの髪で右目付近に泣きぼくろがある黄色いメイルライダースーツ姿の少女、ロザリーが悔し紛れに乗り込もうとしている薄黄色でバックパックに連装砲を装備したグレイブの装甲をたたく。

隊長であるゾーラの死の原因を作ったアンジュが許せずにいて、おまけに出撃していないことから、帰ったら本気で殺してしまおうと思ってしまうほどに怒りを肥大化させていた。

「しかし…よそ者を招き入れるとは、司令も焼きが回ったな。(だけど…これはチャンスかもな…)」

「ヒルダ機、ロザリー機、クリス機の出撃準備、完了!」

「行くぜ!!ロザリー、クリス、ついてこい!」

「ああ!!」

「う、うん…行くよ」

ヒルダのグレイブを戦闘に、ロザリーのグレイブと薄緑色でバックパックにリボルバー状のキャノンを二門装備した、アーキバスやグレイブと比較するとやや小柄で、太目なデザインとなっているパラメイル、ハウザーが飛ぶ。

ハウザーのパイロットで、水色の三つ編みで、そばかすのある小柄な少女であるクリスがやや弱気な感じがしたが、ヒルダはあまり気にしなかった。

もうすでにシンギュラーが開いており、20匹近いスクーナー級と5匹のガレオン級が出現しているのはすでにマイトウィングでもキャッチできていた。

「マイトウィングだと、スクーナー級の相手だけで精いっぱいだ。どうにかガインたちを空中戦ができるようにしないと…」

「舞人、マイトウィングでラファエルの射線上にドラゴンたちを誘導してくれ。そうすれば、一気に多くのドラゴンを葬れる」

「了解、頼みます。ティエリアさん!」

さっそくドラゴンがマイトウィングを見つけ、口からビームを発射してくる。

加速させてビームの射線上から逃れた舞人はミサイルを発射し、撃ってきたドラゴンを爆破した。

「ああ、あの野郎!死体は残さねーと、データだけじゃあ…」

アサルトライフルでドラゴンを攻撃するヒルダはマイトウィングによって破壊されたドラゴンを見て、こぶしを挙げて彼に怒りを見せる。

メイルライダー達はドラゴンを倒すことでキャッシュを手にしているが、ドラゴンを死体がほとんどなくなるレベルに破壊した場合、戦闘データしか持ち帰ることができないため、報酬は少額になる。

死体が残る程度のダメージで撃破することで多くの報酬を手にすることができ、特に戦闘データのない新種のドラゴン、初物を撃破し、死体を残した場合は特別ボーナスが倒したメイルライダーだけでなく、所属する部隊全員に支給される。

そのため、ミサイルやビームのような武器は可能な限り使用を避けている。

とはいうものの、ビームについてはバッテリーの消費に問題があるという理由もあるが。

「にしても、滅茶苦茶な部隊だな、俺たちって…」

「そうですね、3つの世界の混成軍なうえに、パラメイルもいますからね…」

「パラメイル以外は、ヤマトでも同じような感じですよね」

チトセのいう通り、ソウジ達が3つの世界の混成部隊で戦ったのはエリアDが初めてではなく、自分たちの世界だ。

その時はグレートマジンガーやゲッター1が存在しており、キンケドゥのスカルハートとヤマトを含めていまだに行方が分からない。

「ティエリアの話じゃあ、あのパラメイルって機体にはオーブの技術も含まれてるらしいが、技術系統はほとんどモビルスーツと違うみたいだな」

オーブの発砲金属をベースとした装甲で、可変機能が付いた小型人型兵器で、乗っている人間を考えていないような安全性。

そんな機体で出撃する人間の気が知れないように思えるソウジだが、自分も載っている人間を考えていないという点では同じヴァングレイに乗っていることから、人のことは言えない気がした。

「待たされている間、スメラギさんたちは何の話をしていたのかしら…?」

彼女たちがジルと話をしている間、チトセ達はずっと艦内に待機させられ、彼女たちが戻ってくるとほぼ同時にこのように出撃することになった。

オーブの協力者について話が聞けると思ったが、それができるのは帰ってからになりそうだ。

「ま…お楽しみは帰ってからだな。叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ出るぞ!」

ナデシコBからヴァングレイが出撃する。

背中に装備されているのはガトリング砲ではなく、この世界の技術と資材でナインが再現したポジトロンカノンになっていた。

トレミーからはX3がカタパルトに乗り、発進タイミングを待っていた。

脳裏に浮かんだのは、やはりΞガンダムとハサウェイだ。

(ダナンでΞガンダムを見せてもらって、カリーニン少佐と整備のサックス中尉の話を聞いて分かった。X3とΞガンダムはほど同系統の技術が使われている…)

白いサンタクロースをほうふつとさせるような豊かなひげで、帽子をかぶった職人肌の整備師であるエドワード・ブルーザー・サックスはミスリルのメカニックであるが、若いころは軍で働いていたようで、モビルスーツに関する知識も持っていた。

その彼にカリーニンの口添えで依頼して、ΞガンダムとX3を調べてもらった。

結果はトビアの予想通りであった。

機体の大きさ自体は違うものの、フレームの素材やOS、CPUや核融合炉などでX3と似た技術が組み込まれており、とても100年前の機体とは思えない。

(100年前のモビルスーツって、そんなにすごかったのか?いや…考えられないな…)

「アロナクスさん、出撃いつでもOKです!」

「了解、トビア・アロナクス、X3出る!」

しかし、今はドラゴンを倒すことを先決にしなければ死ぬ。

頭を振ったトビアはX3を発進させた。

(いや、今は考えるのはやめよう。俺が会ったのはマフティー・ナビーユ・エリンじゃない。ただのハサウェイ・ノアだ。このことはソウジさんとチトセさんに相談すればいい)

さらにナデシコBからは2機のエステバリス、トレミーからは残り3機のガンダム、ダナンからはドダイ改に乗ったアーム・スレイヴとΞガンダムが発進した。

「クルツはデッキの上からドラゴンを狙撃しろ。できるな?」

「俺を誰だと思ってるんだ?ま、狙撃するなら女の子のほうがいいけどな」

ファルケが乗るドダイ改に便乗していたクルツのガーンズバックが飛び降り、アルゼナルのデッキの上に立つと、狙撃銃を展開し、狙撃ポジションにつく。

「さーてっと、かわいい女の子たちのために、本気を出すとしますか!」

さっそく1発撃ち、それがスクーナー級の頭を吹き飛ばした。

「さっそく1匹狙撃したか…」

相変わらずの狙撃技術に舌を巻きつつ、宗介はアーバレストにアサルトライフルを握られる。

(本当ならボクサーの方がいいが、アーバレストはドダイ改なしでは飛べない。ここはアサルトライフルが最適だ)

「軍曹殿、新たな反応。我々の世界のモビルスーツです」

「なに!?」

アルの声を聴き、宗介は一瞬彼がジョークを言っているのかと思ってしまった。

しかし、アーバレストのメインカメラが映す前方の映像を見て、それが真実だというのを確認する。

「あれは…」

ビームライフルとミサイルを混ぜて発射し、スクーナー級を攻撃するハサウェイもそれを見ていた。

前に映るのはドダイ改に乗った金色のモビルスーツと白いガンダム、そして赤と青をベースとした戦闘機に可変したモビルスーツ、そして2門のビームキャノンとミサイルランチャーがついた重爆撃機とモビルスーツの両腕を含めた胴体をそのまま取り付けたような戦闘機、そしてコアファイターの姿だった。

「あれは…百式とMk-Ⅱ…Zと…ZZ…」

あまりにも見覚えのある機体の登場、そしてコアファイターから伝わる感覚。

ハサウェイと宗介はあまりにも奇妙な現実に目をそむけることができなかった。

 




機体名:グレイブナオミ・カスタム
形式番号:AW-CBR115(NM)
建造:アルゼナル
全高:7.8メートル
全備重量:5トン
武装:試作レールガン、専用ハンドガン、脚部マシンガン、パイルバンカー付きシールド、クラブ
主なパイロット:ナオミ

メイルライダーであるナオミが搭乗しているパラメイル。
ナオミが初陣の時から使用しているもので、損傷するたびに別の期待や試作武器などを組み込んだ結果、片足が義足のような形になるなど、ほかのグレイブとは一線を画すような姿と武装を手に入れるに至った。
左腕には機動力を重視したパラメイルには珍しい実体シールドが装備されており、ガレオン級のバリアに対抗するためにパイルバンカーが装備されている。
また、右手にはメイが試作したパラメイル用のレールガンが装備されており、弾数は連装砲や肩部リボルバー式大口径砲と比較すると少ないものの、破壊力はパラメイルの中では現状最強である。
なお、レールガンの弾数不足と取り回しの悪さを補う形で銃身を短くして取り回しを重視した専用のハンドガンと義足のような右足にマシンガンが装備されている。
そして、接近戦武器としては珍しい打撃武器であるクラブが採用されている。
その結果、ピーキーではあるものの性能は一部においてはアーキバスを上回る結果となった。
しかし、あまりの魔改造と性能向上によって多額の借金を抱えることになっており、それ故にナオミは借金姫と呼ばれることになった。
その額はキャッシュで1000万を上回っているという…。
ちなみに、そのような試作兵器の装備にはジルの許可が必要で、なぜ多くの試作装備の投入を彼女が許したかについては不明。

HP4500 EN200 運動性120 照準値150 装甲1300 移動6
タイプ空陸 地形適正空A 陸A 海C 宇宙A サイズS パーツスロット2 シールド防御
カスタムボーナス 試作レールガンの威力+400 射撃武器の射程+1

射撃 専用ハンドガン 攻撃力2800 射程1~4 C属性 命中+5 弾数10 CT+5 地形適正海B それ以外A
格闘 クラブ 攻撃力3000 射程1~2 P属性 命中+15 CT+10 EN10地形適正海B それ以外A(とどめ演出として右足でニーキックをした後で脚部マシンガンでダメ押し)
格闘 パイルバンカー 攻撃力3300 射程1~3 P属性 命中+10 CT+5 EN15 地形適正すべてA 気力110
射撃 試作レールガン 攻撃力4500 射程3~7 S属性 命中+5 CT+15 弾数5 地形適正海C それ以外A 気力120 備考バリア貫通 装甲低下 サイズ差補正無視
射撃 フォーメーションアタック 攻撃4700 射程2~4 P属性 命中+20 CT+20 EN40 地形適正海C それ以外A 気力120 備考バリア貫通 サイズ差補正無視(ココとミランダのグレイブを召喚し、専用ハンドガンと対ドラゴン用アサルトライフルの十字砲火の後、2機の凍結バレットの至近距離発射で敵機を凍結。その後、クラブで氷ごと敵機をたたき割る。とどめ演出の場合は代わりに試作レールガンを発射して撃破してシメ)

ナオミ
能力値はアンジュやタスク程ではないものの高水準で準エース級

精神コマンド
加速 集中 閃き 友情 熱血 絆

特殊技能
メイルライダー 援護攻撃2 援護防御2 サイズ差補正無視1 強運

エースボーナス
獲得資金・TacP+15% 援護攻撃・援護防御時にTacP+10
 


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第26話 白い翼、飛ぶ

今回、クロスアンジュの世界でキャッシュの相場を考えてみました。
だいたいこんなもんだろうと勝手に想像しているだけで、正確ではありません。
何か意見がある人は参考にしたいので、感想かメッセージで教えてください。

なお、アンジュの歌に関しては若干設定が変化しています。

ドラゴン(現在判明しているデータのみ)
全高:15~20メートル(スクーナー級)100メートル以上(ガレオン級)
主な攻撃手段:ビーム、翼、電撃(ガレオン級のみ)、魔法陣バリア(ガレオン級のみ)

アルゼナルに所属するノーマたちが戦っているこのドラゴンは一般に公開されておらず、アルゼナルでもその正体をつかむことができていない。
正式名称は「Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypes」(次元を越えて侵攻してくる巨大攻性生物)で、ドラゴンはその略字。
その名前の通り、エリアDに発生するシンギュラーと呼ばれる空間の穴から出現している。
特徴としては、肉体を形状記憶合金のように大型化したり形状を変更することができること、巨大なドラゴンの場合は高い再生能力を持つことが挙げられる。
また、口から発射されるビームはモビルスーツのビームライフルに匹敵する出力がある。
そんなドラゴン達に対抗するためにパラメイルが開発され、マナを使えない女性であるノーマがその兵器に乗って今なお戦い続けている。


-アルゼナル周辺-

「シンギュラーから機動兵器!?まさか、こいつらも…!」

目の前に現れたモビルスーツに驚いたロザリーは背部2連装砲を発射しようとする。

「待ってください、彼らは敵ではありません!!」

Ξガンダムがロザリーの前に出て、再び現れた3機のモビルスーツと3機の航空機を見る。

そして、オープンチャンネルにして通信を繋げる。

「ジュドーさん…まさか、ZZに乗っているのはジュドーさんですか!?」

「ハサウェイ!?ハサウェイ・ノアなのか!?」

すぐさまΞガンダムのモニターにオレンジのラインのある白いノーマルスーツ姿で、茶色い髪をした緑色の瞳の少年の姿が映る。

彼がコアファイターのパイロットであるジュドー・アーシタで、話を聞いているとハサウェイとは戦友の間柄のようだ。

「た、助かったぁ…」

戦闘機、コアトップに乗る茶色いおかっぱ頭で、黄色いノーマルスーツを着た少年、モンド・アガケが安心したようにため息をつく。

しかし、ドラゴン達はアルゼナルの戦力の間に割って入ったジュドー達を敵と認識したのか、ビームを発射してくる。

「うわああ、まずい!ビーム攪乱幕を!!」

重爆撃機、コアベースに乗るジュドーのものと比べると薄めの茶髪で2人を比べると少し色白な肌をした少年、イーノ・アッバーブが急いで両サイドに装着されている追加バックパックからビーム攪乱幕を展開させる。

それが功を奏し、Mk-Ⅱや百式に当たるはずだったビームがかき消された。

「助かったぜ、イーノ。けど、なんだよあの化け物!俺たちまで攻撃してきたぞ!?」

百式に乗っている、耳を完全に隠した茶髪で、3人の少年とは違い、顔にそばかすを付けた少年、ビーチャ・オーレグがよくわからない状況に困惑する。

ハサウェイに会えたのはうれしいものの、あのドラゴン達が何なのか、そして一緒にいる見たことも聞いたこともない小型の機動兵器や戦艦、そしてモビルスーツが何なのか、疑問が次々と頭に浮かび上がる。

「ああ、もう!!こうなったらやるしかないわね!」

金色のふんわりとしたポニーテールをした少女、エル・ビアンノはやるしかないといわんばかりにドダイ改もろともMk-Ⅱを反転させ、ハイパーバズーカから散弾を発射する。

拡散して飛んでいく弾丸は反応が遅れたドラゴンの翼や体を穴だらけにした。

「こちら、ロンド・ベル所属のモビルスーツ部隊、ガンダムチームです!応答願います!」

Zガンダムに乗っている青いロングヘアーでジュドー達と比較するとやや長身な少女、ルー・ルカが見えている戦艦及びハサウェイがいることから近くにいるかもしれないトゥアハー・デ・ダナンに通信を送る。

ハサウェイのことを知っていて、なおかつシンギュラーから出てきたということが何を意味するのか、ルリにはすぐに理解できた。

「テッサ艦長。彼らは…」

「はい、我々の世界の人間とモビルスーツです。こちら、トゥアハー・デ・ダナン艦長のテレサ・テスタロッサ大佐です。状況の説明は後にしますので、まずはドラゴンの迎撃に協力してください。ダナンを浮上させ、コアファイターの回収準備を!」

「…!!待ってください!水中から大型の生物反応…水の中にドラゴンが!」

「何!?」

「モニターに映します!」

モニターにはライトブルーで100メートル以上の大柄な体をした大蛇のようなドラゴンが映っていて、口から青いビームが発射された。

「急いで浮上を!」

「了解!!」

ダナンが浮上し、その装甲の下をビームがかすめる。

かすめた装甲とビームが通過した水は氷漬けになっていた。

「危ないところでした。あのドラゴンのビームに直撃していたらどうなっていたことか…」

「あれがドラゴン…彼らの法則にしたがうとしたら、サブマリン級と呼ぶのが妥当でしょうか」

このドラゴンはジルから提供された情報の中にはなかったドラゴンで、仮に浮上したとしても、あのドラゴンが追いかけてくることは明白だ。

どのように倒すべきか、テレサがプランを練る中でダナンが水中から姿を現し、発進口を開いた。

「よし、モンド!イーノ!やるぞ!!」

「いつでもいいよ、ジュドー!」

「後は頼んだよ!!」

ジュドーは操縦桿の近くにあるZZと書かれたレバーを力いっぱい動かす。

すると、コアトップとビーム攪乱幕を出し尽くし、燃料も残り少なくなっていた追加ブースターを強制排除したコアベースからビームキャノンなど装備されていた武装やパーツが分離し、武装がなくなった2機はガイドビーコンの誘導に従ってトゥアハー・デ・ダナンに乗り込む。

そして、ジュドーが乗るコアファイターを中心に分離した装備が装着され、1機の20メートル近い大型モビルスーツへと姿を変えていく。

「こいつは…!?」

「あれって…もしかして…」

「あれは第1次ネオジオン紛争で活躍したガンダムチームの主力モビルスーツ、ZZガンダムですね」

「いや、分かってるが、問題はそこじゃあないだろ」

ナインの無機質な説明にツッコミを入れたソウジだが、Ξガンダムに続いて目の前に現れた過去のモビルスーツに驚きを隠せなかった。

赤・白・青のトリコロールでガンダム、Zガンダムと異なり、重装で高火力な上に合体機能まで取り入れた、モビルスーツ開発史の中では大型化・複雑化による恐竜的進化の象徴ともいわれるZZガンダム。

データの中でしか見ることはないと思っていたそんなモビルスーツと、何よりも大昔の人物であるはずのパイロット、ジュドー・アーシタがいることが信じられなかった。

「青い海…追ってくるドラゴン。とにかく普通じゃないことは理解した!だけど…おとなしくやられるつもりはないんだ!!」

合体を終えたZZガンダムのスラスターに火が付き、水上を低空飛行し始める。

そして、機体を反転させて水面すれすれの状態を維持したままZZガンダムの主力武器であるダブルビームライフルを発射する。

1門だけでもZガンダムの最大火力であるはずのハイパーメガランチャーに匹敵するそのビームはバリアの展開が遅れたガレオン級の腹部から背中を撃ち抜いたが、ガレオン級は痛みで大きく体勢を崩すだけで絶命には至っていなかった。

「いっけぇー、ブンブン丸!!」

パラメイルのなけなしの装甲をさらに削ったピンク色のパラメイル、レイザーに乗るピンクのライダースーツ姿で、左耳の前に短い三つ編みのおさげのある赤いショートヘアで、アンジュやサリア達と比較するとさらに幼い少女であるヴィヴィアンが腰に装着されている超硬クロム製ブーメランブレードを傷ついたガレオン級に向けて投擲する。

これはアンジュが初陣する前の日に1800万キャッシュというメイルライダーにとってはとてつもない大金を一括で出して購入したもので、彼女はそれをブンブン丸と命名している。

なお、ドラゴンを倒した際の相場はある程度決まっているようで、スクーナー級の場合は1匹撃破で5000キャッシュ。氷漬けにするなどして傷をあまりつけずに倒した場合は7000キャッシュ。

ガレオン級の場合は撃破が難しいことから12000キャッシュで、傷をあまりつけずに倒した場合は18000キャッシュになる。

また、ドラゴンを退治するだけでなく、それをサポートした場合もその内容に応じてキャッシュの支給がある。

ただし、アルゼナルではそのキャッシュを使って生活していくことになり、機体整備や弾丸の補給、おまけに改造や新武器の入手についてもキャッシュがかかる。

1日の食費がおよそ1000キャッシュ必要で、手に入れた報酬のおよそ3割は機体整備と補給のために消えることが多く、1階の出撃で確実に支給される1000キャッシュだけでは足りない。

改造したり、大きく損傷した場合は余計にかかってしまう。

だから、指で数える程度のエースくらいしかこれほどの大金を稼ぐことは難しい。

装甲が削られ、被弾した裸足撃墜される可能性が高いうえに出力もピーキーなレイザーに乗っていること、おまけに莫大なキャッシュを持っていることから、ヴィヴィアンがこのアルゼナルのエースだということがよくわかる。

なお、キャッシュは基本的にアルゼナルでしか使えないため、今の価値に換算するのが適当であるかはわからないが、1キャッシュ=1円と考えられる。

そんな大金を払いて手に入れたブンブン丸はガレオン級の太い首を両断した。

「うふふ、さすがはヴィヴィアンちゃんね」

大物を仕留めたヴィヴィアンを褒めたエルシャもアサルトライフルで誘い込み、肩部リボルバー式大口径砲でスクーナー級を撃ち落としていた。

(上空のドラゴンはどうにかなるが、問題は水中だ…)

GNビッグキャノンで5匹のスクーナー球を消し飛ばしたティエリアだが、水中のサブマリン級がいまだに手付かずな状態であることが気がかりだった。

トゥアハー・デ・ダナン単体であのドラゴンを対処するのは難しいうえに、機動兵器の中で水中でも活動可能なのはヴァングレイだけだ。

だが、仮にサブマリン級にガレオン級レベルのバリアと再生能力がある場合、それだけで倒すのは難しい。

メイルライダー達もパラメイルには水中戦闘用の装備がないことから、超大物である初物を倒すのは無理だと割り切り、上空のドラゴン達の相手をしている。

「どうにかして、攻撃できる環境を…そうだ、ジュドーさん!!」

ハサウェイはガレオン級をファンネルミサイルで牽制しつつ、ジュドーを通信を繋げる。

「どうした、ハサウェイ!!」

「ハイメガキャノンの発射は可能ですか!?」

「あ、ああ!だけど、今のZZのエネルギーじゃあ最大出力でも1発だけだ」

「構わない!海に向けて発射してください!テレサ艦長、ZZに水中のドラゴンの位置情報を!!」

「海へ…!?ZZは空を飛べないんだぞ!?」

Ξガンダムとは違い、ZZは空を飛ぶことができない。

おまけにドダイ改やZガンダムが変形したウェイブライダーにも、重量のせいで乗ることができないため、Gフォートレスに変形しない限りは無理だ。

百歩譲ってGフォートレスになったとしても、ハイメガキャノンがそれでは使えない。

「大丈夫です!!」

ライフルをウェポンラックに納めたΞガンダムはZZガンダムを両手でつかみ、ビームバリアを上へ展開させた状態で上昇していく。

ZZガンダム以上に大型化し、ミノフスキークラフトを搭載したΞガンダムだからこそできる芸当だ。

しかし、ドラゴン達の中にはこの行動を不審に思った個体もいたようで、スクーナー級5匹が2人を仕留めようとビームを発射してくる。

Ξガンダムのビームバリアはあくまで空気抵抗軽減のための低出力なもので、防御に転用できるものではない。

「ハサウェイ!」

Iフィールドハンドを展開し、ドラゴンとΞガンダムに飛び込んだX3がビームを受け止めていく。

「感謝するぞ、トビア!!」

上昇を終えたΞガンダムはZZを上空で離し、ジュドーはZZのスラスターを全開にして可能の限り長く飛べるようにする。

そして、ダナンから待ちに待ったサブマリン級の位置データが送信される。

「位置は分かった!信じてるぜ…ササウェイ!!」

落下していく中で、ZZガンダムの照準設定を始まる。

グラグラと揺れる中、設定が終わる。

「いっけぇ、ハイメガキャノン!!」

移動している間、ハイメガキャノンのチャージを行っていたZZガンダムの額から大出力のビームが発射される。

コロニーレーザーの20%近くというモビルスーツには破格の出力のビームが海を貫き、海水を蒸発させていく。

減衰していくとはいえ、そのビームは確かにサブマリン級に命中した。

サブマリン級にもバリアを展開する能力があり、減衰していることもあり、それを貫くことができない。

しかし、それで十分だった。

「艦長!」

「はい。ダナン、ビームバリアを展開し、最大船速で接近!!」

「アイ・マム!ビームバリア展開」

トゥアハー・デ・ダナンの前方にビームバリアが展開され、バリアを展開させたまま動けないサブマリン級に突撃していく。

65ノット以上という、小型高速艇を上回るスピードで移動できるトゥアハー・デ・ダナンだが、Ξガンダムと同じくビームバリアを展開することで水の抵抗を減らしてさらに加速することが可能だ。

ただし、そのスピードはクルーにとっては危険になるため、全員が着席する必要があり、格納庫付近には整備兵が避難できる部屋が増設されている。

Ξガンダムのものと違いがあるとすれば、そのバリアをある程度防御にも転用できるところだ。

戦艦の主砲やメガ粒子砲を防ぐことはできない、前方にしか展開できない、核融合炉への負担もあり、制限時間が5分程度と弱点がいくつかあるが、モビルスーツ部隊を一点突破するのに適している。

「魚雷、発射!」

「魚雷発射、アイ!!」

そのままのスピードを維持したまま艦首に搭載されているADCAP魚雷が発射され、一直線にサブマリン級に向けて飛んでいく。

バリアをハイメガキャノン防御に集中していたため、多方向へのバリアをおろそかにせざるを得ないサブマリン級は口から冷凍ビームを発射し、海水諸共魚雷を氷漬けにする。

トゥアハー・デ・ダナンは徐々に深度を下げていき、冷凍ビームを真下を通る形で回避し、サブマリン級の真下に到達する。

真上への攻撃手段を持つトゥアハー・デ・ダナンに対して、サブマリン級にはその手段がない。

「トマホーク、発射!!」

垂直発射管扉が開き、トマホーク巡航ミサイルが発射される。

先ほどの魚雷を上回る破壊力を持つトマホークがサブマリン級の腹部に突き刺さり、大爆発を起こす。

そこを中心に蛇のような体が真っ二つになり、ドクドクと出ていく血が海水を赤く染めていく。

しかし、さすがはドラゴンというべきか、それでもなお生き続けており、その証を示すかのように真上に向けて冷凍ビームを発射する。

それを最後に、真っ二つになったサブマリン級は生命活動を停止させ、より深く沈んでいった。

「ビームバリア解除、速度調整を…」

テレサの命令と共にバリアが解除され、速度が徐々に元に戻っていく。

「サブマリン級の撃破、確認しました」

後方の状況を確認した通信兵の言葉に、クルー全員が安堵する。

彼が見るモニターにはドラゴンの地で一部赤くなった海が見え、それを見た彼は複雑な表情を浮かべていた。

「艦長、仮に再びサブマリン級と戦うことになる可能性があります。戦闘終了後、対サブマリン級の戦術構築を」

「はい…。これはギリギリの勝利ですから…」

これはハイメガキャノンを持つZZガンダムとそれを持ち上げるだけの出力を持つΞガンダムがいたからできたことで、それでも一歩間違えるとトゥアハー・デ・ダナンが氷漬けになり、沈没する可能性の高い敵だった。

カリーニンの言葉も一理あるため、テレサとマデューカスは静かに首を縦に振った。

「はあはあ、ハサウェイ…やった後で言うのもなんだけど、今のは無茶苦茶だぜ」

ハイメガキャノン発射によるエネルギー不足で動けなくなったZZガンダムがアルゼナルのデッキに運ばれていき、その中でジュドーがおとなしいハサウェイの意外な大胆さに驚きを感じていた。

「こうでもしないと勝てない…そう思ったからですよ!それに、僕だっていつまでもあなたやみんなに守られるだけの存在じゃあないんです!」

「へっ…言ってくれるぜ、ハサウェイ!」

 

-アルゼナル 格納庫-

戦闘が行われ、いざというときのためにメイをはじめとした整備兵たち非戦闘員は退避し、いつもならけたたましい機械音と彼女たちの声に包まれていた格納庫は嘘みたいに静寂に包まれていた。

その格納庫に、ジルと彼女によって無理やりライダースーツを着用させられたアンジュが入ってくる。

そして、一つだけ閉鎖された状態のシャッターの前に立ったジルはカードキーを差し込み、それを開く。

中にはひび割れた装甲や露出したフレーム、剣以外の武器が何一つない灰がかった白のパラメイルがフライトモードの状態で放置されていた。

スラスター部分の修理と推進剤の補給は最低限されているものの、ビームを使うドラゴンに対して、剣だけでは死にに行くも同然だ。

しかし、今のアンジュにとっては好都合なことだった。

「これは…」

「お前が乗る機体だ」

「随分…古いうえに壊れかけているように見えますが…」

「老朽化したエンジン、滅茶苦茶なエネルギー制御、いつ落ちるかわからないポンコツだ。死にたい奴にはうってつけのものだろう?更に…だ」

アンジュの腕をつかんだジルは彼女を無理やりそれのコックピットに乗せる。

そして、操縦桿の手前に外付けで取り付けられている手のひらサイズの端末のアンジュの右手のひらを押し付けた。

(これは…??)

右手のひらが置かれた瞬間、端末は起動して乗せている手の持ち主の情報を読み取っていく。

(パイロット認証…アンジュ、登録完了)

「これで、このポンコツはお前の言うことしか聞かなくなった。特攻するように操作したら、迷いなくそれにこたえる。お前だけの棺桶、というわけだ」

ジルの言葉に応える力のないアンジュは右手をその端末から離し、操縦桿に置く。

ハッチがないため、あとは起動させれば外へ飛ぶことができる。

そして、ドラゴンに特攻すれば、ノーマという現実から解放される。

「名は…ヴィルキス」

「戻れるのですね…これに乗れば。戻れるのですね…アンジュリーゼに…」

目の前で死んだゾーラがゾーラ・アクスバリに戻れたように。

たとえ肉体があの墓地に葬られるとしても、魂はミスルギ皇国に、そして最愛の母の元へ帰ることができる。

今のアンジュにとってそれが何よりの願いになっていた。

出撃する決心が固まったのを見届けたジルは懐から薄緑色の指輪を取り出し、それをアンジュに押し付けるように渡す。

「これは…」

指輪を受け取ったアンジュの眼が大きく開く。

「最後の慈悲だ。その指輪を返してやろう」

ノーマとしてアルゼナルに連行されたアンジュはそこで名前も服も、アンジュリーゼとして生きた証をすべて奪うかのように何もかも没収され、文字通り身一つの状態にされた。

その際にその指輪も没収されており、それは洗礼の儀の前に母からもらったものだった。

「行ってこい、そして…戦え!」

ジルの言葉に静かにうなずいたアンジュは左手中指にその指輪をはめる。

そして、ヴィルキスのエンジンが動き出し、ゆっくりと浮上していく。

(お母さま…アンジュリーゼは、もうすぐおそばに行きます…)

 

-アルゼナル周辺-

「うおおお!?」

スクーナー級3体が一斉発射したビームが融合して襲い掛かる、GNホルスタービットで大型シールドを作って受け止めはしたものの、ビームが当たった個所のそれは使い物にならなくなってしまった。

ガレオン級と比較すると、耐久性も火力もないスクーナー級が数を利用して攻撃する手段であり、スクーナー級であったとしても油断してはならない理由の一つでもある。

スクーナー級は同じスクーナー級同士でなければならないとはいえ、一斉発射したビームを濃縮し戦艦の主砲レベルにまで威力を拡大させることができる。

5体、10体とその数が多ければ多いほど効果が高く、事実としてその攻撃によってエース級のメイルライダーを何人も失う結果になったという。

ガンダムサバーニャも、もしGNホルスタービットの防御が遅れていたら、そのビームに焼かれていたかもしれない。

(ガレオン級、別方向から接近!別方向から接近!)

「何!?」

そのガレオン級は自分たちが戦っているところから見て右側の方向から飛んできており、そこは手薄になっている。

更にその背中からは5匹のスクーナー級が隠れていたようで、ある程度アルゼナルとの距離が狭まると、そこから飛翔する。

「三郎太、クルツ!前は任せる!!」

ロックオンはGNピストルビットを使い、スクーナー級を仕留めることには成功したものの、問題はガレオン級だ。

GNホルスタービットの数がもっとあれば、大出力ビームを発射してバリアを前方に集中させ、その状態で別方向からGNライフルビットで攻撃すればどうにか動きを封じ、撃破することができるかもしれない。

「できる限りのことは…!?」

アルゼナルに到達させないために動こうとするロックオンだが、カメラにアルゼナルから出撃したボロボロの白いパラメイルが映り、しかもそれがあのガレオン級に一直線に飛んでいっているため、驚きを見せる。

「そんなぼろい機体で…死ぬ気かよ!?」

「あのパラメイルは…」

アサルトライフルを撃ち、弾幕を張っていたサリアは新たな機体の反応と、そしてその正体と思われるパラメイルに注意が向いてしまい、前方のスクーナー級を見落としてしまう。

大型化した翼でアサルトライフルを切り裂かれ、驚いたサリアは使い物にならなくなったライフルを捨てて距離を置く。

「私としたことが、油断して…!」

右肩に納刀しているDスレイヤーを抜く時間がなく、サリアは凍結バレットを発射する。

しかし、凍結バレットはパイルバンカーのようにゼロ距離から発射することを前提としたもので弾速がアサルトライフルやハンドガンを比較すると遅く、簡単に避けられてしまい、目標を失った凍結バレットは海に落ち、大きな氷を作り出す。

斬られる、と目を閉じかけたサリアだが、彼女を仕留めようとしたスクーナー級は側面から飛んできた拘束の弾頭に撃ち抜かれ、バラバラになった。

「サリア、大丈夫!?」

その弾丸を発射したナオミのグレイブがサリアのアーキバスに近づき、接触回線を開く。

らしくないミスをしたサリアであるため、何か異常があるかと思い、モニターに映る彼女の様子を確かめたが、別に体に異常があるようには見えなかった。

「何か、あったの…?」

「…なんでもない、それよりもハンドガンを貸して。まだ戦えるから」

「え…?う、うん…」

普段ならお礼を言うはずのサリアであるため、おかしいと思ったものの、ナオミもあのパラメイルが見えていた。

特攻を止めるため、急いでサリアにハンドガンを渡し、そのパラメイルを追いかけた。

(誰が乗ってるの!?ココ、ミランダ…もしかして、アンジュ!?)

他のパラメイルと比較して重量のあるナオミのグレイブでは、ボロボロになっているとはいえ、見かけだけで判断するとレイザーに匹敵する機動性を持つヴィルキスには追いつけない。

通信をつなげようと試みるが、ヴィルキス側から通信を拒絶されている。

可能な限り距離を詰めて、カメラで確認すると、ヴィルキスに乗っているのがアンジュだということが分かった。

「アンジュ!?何してるの!?」

「アンジュ…?あのイタ姫か!?」

ナオミの通信を聞いたロザリーは驚き、その様子を見ようとするが、アサルトライフルの残弾がわずかで、今周囲にいるスクーナー球を対処するまで動くことができない。

「お姉さまの仇…殺す!」

後ろにいたことでドラゴンの攻撃が薄いクリスは向きを変え、キャノン砲の照準を合わせようとする。

ヴィルキスが向かっている先にはガレオン級がいるため、仮にヴィルキスを撃ってしまったとしても狙撃中の誤射、もしくはヴィルキスが通信を拒絶したうえに勝手にこちらの初戦に入ったなどいくらでも言い訳することができる。

「待ちな、クリス」

周囲のドラゴンの掃除を終えたヒルダが周囲には聞こえないように、クリスのハウザーと接触回線を開いて辞めさせる。

「なんださ、ヒルダ!あいつはお姉さまを…!」

「あの様子…あいつ、死にに来たようだよ」

「え…?」

「見せてもらおうじゃないか!イタ姫様の死にっぷりをさ!!」

あえてオープンチャンネルに切り替え、まるでお祭りが始まるかのような楽しそうな声を出して盛り上げようとする。

「うおおお!!なんじゃ、あの機体!?サリア!サリア!あの機体、ドキドキしない!?」

一方のヴィヴィアンはアンジュよりもヴィルキスそのものが気になっていた。

レイザーやハウザー、グレイブのアーキバスと様々なパラメイルを見てきたヴィヴィアンだが、おんぼろとはいえその機体を今まで見たことがなかった。

また、自分の中でその機体に対してわけのわからない高揚感を覚えており、そのはけ口として隊長であるサリアと通信を繋げていた。

しかし、サリアはヴィヴィアンの通信に返事をしなかった。

(ジル…どうして、あれをアンジュに…)

「くそ…!あの嬢ちゃんを止めるぞ!!」

「キャップ、計算しましたが、ヴァングレイでは追いつく前にパラメイルの特攻が完了してしまいます」

「それでも行くんだよ!!」

ソウジはヴァングレイの両肩のミサイルを全弾発射する。

ろくに照準を合わせることなく発射したものの、数を撃てば当たるのは正しいようで、何匹かのスクーナー級を撃ち落とし、ガレオン級はバリアを展開してそれを阻んだ。

そして、空になったミサイルポッドとポジトロンカノンをデッキ上で強制排除し、少しでも軽くして状態でヴィルキスを追いかける。

「ふざけんじゃねえ…ふざけんじゃねえぞ!」

「ソウジさん…」

「生きたくても、生きられなかった奴がどれだけいると思ってやがんだ!!」

ソウジの脳裏にメ1号作戦で死んだ仲間たち、助けることのできなかった人々、そしてヴァングレイ初陣の戦闘で特攻を仕掛けてきたガミラス兵が浮かぶ。

彼らのことを考えると、ノーマであるとはいえ、まだ若くて未来のある彼女の自殺は贅沢に思えた。

「もうすぐ…もうすぐさよならできる…」

アンジュは自分に言い聞かせるようにつぶやき、正面のガレオン級を見る。

迫ってくるヴィルキスを早々に追い払おうと、ガレオン級は口を開き、電撃を放つ。

「まっずい!!」

ヴァングレイは電撃を高度を下げ、海面すれすれを飛ぶことで避けることに成功する。

「チトセちゃん、あのパラメイルは!!」

「大丈夫です!右翼にかすった程度で、まだ撃墜されていません!!」

チトセの言う通り、ヴィルキスは電撃はかすったものの戦闘継続に問題はなかった。

しかし、特攻するはずであるにも関わらず、ガレオン級を左ギリギリを通過してしまった。

電撃を受けて機体が揺れたことと、パイロットの動揺が原因かと思ったが、ひとまずは特攻に失敗してくれたことでほっとした。

「電撃のおかげで助かってくれたか!」

(ううん、違う…。これって、本能…?)

電撃は確かにヴィルキスめがけて飛んでいっており、そのまままっすぐ飛んでいたら守りのないアンジュが感電死するのは目に見えていた。

しかし、電撃が当たる前に機体が左にずれたことで先ほどのような事態になった。

理屈ではない彼女のうちなるものをチトセは感じていた。

「とにかく、ポジトロンカノンを!!」

アルゼナルやアンジュから注意をそらさせるため、ソウジはポジトロンカノンをセットさせる。

「最大出力、セット完了です!」

「よし、行けえ!!」

発射された高圧縮の粒子がガレオン級のバリアに接触するとともに膨張する。

最大出力で発射されたそのビームはハイメガキャノンほどではないものの、それでもガレオン級がバリアの展開と集中に徹さなければならない状況を作るには十分だった。

「いけない!もう1度…」

一方、素通りしてしまったアンジュはヴィルキスを反転させ、再びガレオン級に特攻を仕掛けようとしていた。

電撃を受けたとき、右腕に強いしびれを感じ、右の操縦桿の反応毒度が若干鈍くなっているのを感じたが、特攻をかけるのに関しては特に問題はないと彼女は判断した。

「…!ソウジさん、シールド!!」

「何!?ぐおおお!!」

ビームを受け止め、注意すべきはヴァングレイだと判断したガレオン級は一回転してヴァングレイを尻尾で薙ぎ払う。

チトセの言葉で左腕のシールドで防御したことで、コックピットへの大きな衝撃は避けることができたが、機体は海面にたたきつけられてしまう。

そして、その尻尾は再び特攻を仕掛けようとしたヴィルキスにも迫っていた。

「駄目ぇぇぇぇぇ!!」

通信がつながらないことは分かっているが、それでも止めたいとチトセは叫ぶ。

しかし、ヴィルキスはその尻尾も高度を上げることで回避してしまい、また素通りしてしまう。

「何やってんだ…あいつ…」

2度も特攻を仕掛けようとし、攻撃を受けたら死ねるにもかかわらず、回避したうえに特攻も失敗するアンジュのことをヒルダは理解できなかった。

死にたいのか、それとも生きたいのか。

双方を行ったり来たりして、今のアンジュは宙ぶらりんの状態だった。

「駄目…駄目じゃないの。ちゃんと、ちゃんと死ななきゃ…」

先ほどの攻撃は受けたら苦しむことなく即死できたのに、なぜ避けてしまったのか、アンジュは自分を責め、再びヴィルキスを反転させる。

今度はそんなアクシデントを起こすまいと、ガレオン級に向けてまっすぐ飛べる状態になったのを確認すると、アンジュは操縦桿から手を離した。

「何をやってんだよ、あんたは!!」

エネルギー供給が済み、再び戦線に復帰しようとするZZガンダムのコックピットを開き、ヴィルキスに目を向けたジュドーが彼女に聞こえるように大声で叫ぶ。

通信がつながっていようといまいと、今のジュドーにとっては関係のないことだった。

「死にたいみたいだけど、あんたは本当は生きたいんだよ!だから、体が動くんだよ!」

「この声は…」

ラムダ・ドライバを発動し、威力を高めたボクサーで至近距離からガレオン級の頭を撃ち抜いた宗介の脳裏にジュドーの声が響く。

(いかがなさいましたか?軍曹殿)

「アル、お前は今の声が聞こえたか?」

(声…?通信機からはありませんが)

「…聞き間違いか、忘れてくれ」

アルにはそういったものの、宗介にはその声がとても鮮明に聞こえていた。

気のせいだとは到底思えなかったが、今はドラゴンを倒すことが最優先であるため、直にその疑問を投げ捨てた。

「これって…ZZガンダムから聞こえているの??」

「ジュドーさんの声が聞こえる…」

「これって…アムロ・レイのバイオ脳の時みたいだ…」

チトセとハサウェイ、トビアといったニュータイプ達もジュドーの肉声を感じていた。

そして、それはニュータイプでもないアンジュにも聞こえていた。

「生きたい…わたくしが、生きたい??」

その声の主は聞き覚えがなく、顔を合わせたこともない。

通信も拒絶しているため、今その声が聞こえる状況ではないのは分かっている。

しかし、自分の本心を突きつけるような言葉で、動揺を見せる。

「ジュドー・アーシタの言う通りだ。お前の本能が俺にもわかる。生きたいという思いが…」

イノベイターとして、ジュドーの声を聞いた刹那も彼に同意する。

彼女の動きを見ると、死にたいという言葉の裏にある生きたいという当たり前の願望が見えてくる。

「でも…わたくしは…!!」

「そんなの当たり前だろうが!命ある者がそんなふうに自分の命を捨てるような真似をするな!!分かれよ!!あんた自身の命の重みを!」

ジュドーの叫びに反応するかのように、ZZガンダムを紫色のオーラが包み込んでいく。

「あれは…!?」

ZZガンダムを介して、ジュドーの叫びがより鮮明に聞こえてきた刹那は中継器となっているそのガンダムを見る。

高濃度のGN粒子を使うことなく聞こえる彼の言葉、そしてその言葉を届けるマシン。

刹那の眼にはZZガンダムもまた、ガンダムを超えようとしているガンダムに見えた。

「バイオ、センサー…ジュドー君の声が聞こえる…」

「バイオセンサー?なんだそりゃ」

「搭乗者の意志を駆動システムに反映させ機体の反応速度やコントロール精度を向上させる機能を持つシステムです」

「ってことは…あのZZガンダム、本物ってことか…」

ハイメガキャノンの火力があったとはいえ、あのZZガンダムが本物かどうかはソウジには半信半疑だった。

しかし、チトセのバイオセンサーという言葉、そしてジュドーの声が聞こえるということから、本物だとなぜか確信できた。

ナインの言う通り、バイオセンサーは本来モビルスーツの反応速度とコントロール精度を上げるためのものだ。

ガンダムF91やクロスボーン・ガンダムに搭載されているバイオコンピュータの前身ともいえる存在だ。

言い換えれば、ファンネルやビットのような武装制御用ではなく、機体制御のための簡略化されたサイコミュだ。

しかし、強力なニュータイプ能力を持つパイロットが乗ることで、パイロットの感情の昂ぶりに反応して一時的に許容量以上にビーム兵器の出力を増大化させるなど数々の想定外の現象を発生させている。

とくに有名なのが歴史上もっともすぐれたニュータイプ能力を持っていたカミーユ・ビダンと彼が乗るZガンダムで、ビームライフルの直撃を弾き返すサイコ・フィールドの発生、周辺の敵機の索敵モニターの撹乱、オーバースペックなまでの機体の出力増大、システムを通じ死者の思念との精神的な同化を行い敵機の操縦制御を奪うといった事象を引き起こしたのは今でも有名な話だ。

ジュドーの叫びに反応するかのように、アンジュの指輪が淡く光り、それを介してアンジュにもよりはっきりと声が聞こえてくる。

同時に、自分をかばって死んだ母親、ソフィアの言葉が脳裏によみがえる。

(生きるのです、アンジュリーゼ…)

ヴィルキスはまっすぐにガレオン級に突っ込んでおり、ガレオン級は既に口を開いて電撃を放つ準備を完了している。

それを見たアンジュの中に強い恐怖が芽生えてくる。

「あ、あ、ああああ…!!」

放していた操縦桿を再びつかみ、恐怖で涙が止まらなくなる。

涙と共に指輪の光が強くなり、その光にヴィルキスが包まれていく。

電撃が襲うが、その光がバリアとなって1人と1機を守る。

「これは…!?」

その光を見たナオミはアンジュとヴィルキスに何が起こっているのか分からずにいた。

光の中で、ヴィルキスがフライトモードからアサルトモードへと変形していく。

灰がかった装甲が白く染まり、ひび割れ、朽ちていた装甲が元に戻り、フレームが金色に輝く。

ツインアイが赤く染まり、額に飾られた女神像も美しい銀の光を放つ。

 

-アルゼナル 墓地-

「あの光…」

墓場からその光が見えたココはそれが暖かく感じられ、じっと見つめていた。

「ココ?どうしたの?」

「あの光…きれい…」

 

-アルゼナル 司令室-

「司令!ヴィルキスが…変形していきます!!」

豊かに耳を覆うほどの金色のロングヘアーで黒いヘアバンドをつけた少女、パメラの言葉に椅子に座って戦局を見ていたジルはフッと薄い笑みを浮かべる。

癖の強い赤いボーイッシュなショートヘアの少女、ヒカルと緑色のすっきりとしたボブヘアーで黄色の分厚いヘアバンドをつけた少女、オリビエも同様の動揺を見せる中、その様子があまりにも不自然に思えた。

「目覚めたか、ヴィルキス…」

 

-アルゼナル 上空-

電撃を弾くバリアとなった光が消え、ガレオン級は自分が攻撃したパラメイルの真の姿をその目に焼き付けていた。

同時に、そのようなバリアを作れる敵は危険だと判断し、ヴィルキスにその巨体を利用した突撃を行う。

「死にたくない、死にたくない、死にたくないぃぃ!!」

先ほどとは正反対に制への執着を叫びながら突撃を回避し、装備されている細身で両刃の剣、零式超硬度斬鱗刀ラツィーエルでガレオン級の翼を切りつける。

その名前の通り、ドラゴンのうろこを斬るほどの切れ味をもつその剣で翼に大きな切れ目ができる。

バリアの展開を忘れていたガレオン級はその痛みを感じたのか咆哮し、尻尾で海に叩き落そうとした。

「お、お、お前が…」

今度はガレオン級の体に向けて左腕に装着されているワイヤーアンカーを発射し、その巨体に突き刺す。

そして、ワイヤーがまかれると同時に機体は急速にガレオン級に向けて接近し、尻尾から回避する。

ついにアンジュは心の奥底に隠していたものを吐き出す。

「お前が死ねぇ!!」

ラツィーエルを握ったまま横回転をはじめ、ガレオン級の体を切り裂きながら頭に迫っていく。

すさまじい激痛を感じるガレオン級は正面まで来たヴィルキスを至近距離からビームで焼き尽くそうと既に口にエネルギーの充填を終えていた。

彼女とヴィルキスを生かし続けるのはのちの禍根になると思ったのだろう。

ガレオン級のビームは戦艦の主砲レベルの火力を持ち、通常のパラメイルであれば一撃で破壊されてしまう。

それを防ぐには口を凍結バレットで氷漬けにすることだが、凍結バレットの装填がされていないことは既に分かっている。

「うわあああああ!!!」

アンジュの叫びと共に、ヴィルキスはラツィーエルでガレオン級の鼻から顎まで刃が貫くくらいに深々と突き刺した。

上からの圧迫で首が下に下がり、ヴィルキスが頭上に乗ると同時にガレオン級のビームが下に大きくずれた状態で発射される。

赤と黒が混じったビームは海の中に消えていき、ヴィルキスはラツィーエルを引き抜き、何度もガレオン級の頭にそれを突き刺していく。

ビームを間近で受けたにもかかわらず、元の形状と切れ味を保っているその剣はガレオン級の真っ赤な血で染まっていき、ヴィルキスもまた血で濡れていく。

「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ!!!!」

生命活動を停止したガレオン級の巨体が海へ落下しはじめ、ヴィルキスはゆっくりとそこから離れていく。

「すげえ…」

たった1機でガレオン級を撃破したヴィルキスとアンジュの恐ろしい動きにソウジは戦慄する。

そして、ドラゴンの討滅に完了した機動部隊達がヴィルキスの元へやってくる。

「ふうう、飛び入り参加の嬢ちゃんのおかげで助かったぜ」

「彼女が…アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ…」

舞人は一般に知られているアンジュリーゼと今のアンジュのギャップに驚きを隠せなかった。

気品があり、王女らしいおしとやかな彼女があのような荒々しい動きを見せるとは到底思えなかったからだ。

「よぉ、助かったぜ。アンジュちゃんよ」

ヴィルキスと接触回線を開いたソウジは素直に感謝の言葉を伝える。

しかし、通信機からはすすり泣く声が聞こえてきた。

「こ…んな…」

「ん?」

「こんな…感情の高ぶり、知らない…。違う、違う!!こんなの、こんなの私じゃない!!殺しても生きたい!?そんな汚くて、浅ましくて、身勝手な…!」

今のアンジュにソウジもチトセも返す言葉を見つけることができなかった。

生物の誰にでもあり、極限状態でその真価を見せる生存本能。

その発露と程遠い場所で育ってきたアンジュには受け入れることができなかった。

命を尊ぶことを学び、それを国民に説いてきたアンジュリーゼの行動・意思とは全く違う。

(これが…ノーマ…。だとしたら、私は…)

 

-アルゼナル 格納庫-

「ジュドーさん、皆さんも!!」

Ξガンダムをダナンに置いてきたハサウェイはモンドとイーノと共にやってきて、そこで待っているジュドー達に声をかける。

そこに機体を収容してもらい、コックピットから出てきたジュドー達はハサウェイの無事な姿を見て笑みを浮かべる。

「ハサウェイ!心配したんだぞ!?…と言っても、お前たちを探している俺たちもどうやら行方不明って奴になっちまったみたいだな」

「君たちは…ロンド・ベルの一員みたいだな、これは一体どういうことだ?」

事情徴収するためにやってきたクルーゾーは目の前にいる、ここにいるはずのないジュドー達に質問する。

ミスリルとは別組織で、別々に行動しているはずのロンド・ベルのジュドー達がなぜここにいるのか不思議で仕方がなかった。

しかも、あのドラゴン達とほぼ同じタイミングでやってきている。

これはエリアDへ自分たちが飛ばされたときとほぼ同じ状態だ。

「俺だってわからないぜ」

「海の上で嵐に巻き込まれたと思ったら、いきなり青い海の上にいたんだから」

ビーチャもエルも、クルーゾーの言葉に何と答えればいいのかわからず、その時の状況を言うしかなかった。

それとこの世界に飛ばされた因果関係は全く分からない。

しかし、探していたハサウェイとミスリルと合流できたのは喜ばしいことだった。

ミイラ取りがミイラになる様な展開ではあるが。

「そういえば、初めてでしたよね。私はルー・ルカ。ネェル・アーガマ所属ガンダムチームのパイロットです」

「俺はジュドー・アーシタ。で、あっちがビーチャとエル、イーノにモンドだ」

「そうか…ガンダムチーム。ネオ・ジオン抗争の中核チームか」

話に聞いていたとはいえ、まさかメンバーが全員16歳近い年齢の少年少女だとは思わなかったようで、クルーゾーは驚きながら彼らを見る。

彼らは宇宙から地球、そしてまた宇宙でネオ・ジオンの主力部隊と戦い、最後はその実質的なリーダーと言えるハマーン・カーンを討ち取ったことで有名になった。

そして、今でも地球と宇宙を行き来しながらネオ・ジオンと戦っている。

「お、俺らって意外に有名人?!」

「僕たちは行方不明になったΞガンダムとトゥアハー・デ・ダナンを探すために地球へ降下して、インド洋まで来たんです」

「その後はエルが言った通り、こんな状態になったってこと」

「ん?ならば、ネェル・アーガマは…?」

「ネェル・アーガマは宇宙で待機しています。私たちはHLVを使って…」

ルーの言葉を聞き、ネェル・アーガマがこの世界に飛ばされるような事態になっていないことがわかり、クルーゾーは安堵する。

しかし、気になるのはどうしてわざわざネェル・アーガマの機動戦力の中核であるガンダムチームに捜索を任せたのかだ。

インド洋であるなら、カリニャークマリ基地もしくは付近の部隊に捜索を依頼すれば済むだけの話だ。

ネェル・アーガマにはガンダムチームのほかに機動部隊がいるため、艦の防衛については問題ないかもしれないが、それでもその不可解さには疑問符をつけるしかなかった。

(ガンダムチームとネェル・アーガマを引き離したい理由でもあったというのか…?)

「僕たちと同じですね。ここは別世界の地球、とのことです」

「別世界の地球…ええ!?」

「分かりますよ。僕も最初に聞いた時は驚きましたから」

驚きを見せるジュドー達にハサウェイは笑みを浮かべながら答える。

ジュドー達の発言が正しければ、その嵐は自分たちの暮らしている世界とこの世界を繋ぐ門なのだろう。

「テスタロッサ大佐も同じ分析だ。加えて、我々が転移した際もドラゴンと遭遇した。ということは、ドラゴンとあの嵐には何らかの因果関係があるとみて可笑しくないだろう」

「で…俺たち、帰れるの…?」

行きについての答えは分かったものの、次の浮かぶのは帰りについてだ。

ここからハサウェイとミスリルと一緒に元の世界に帰ることができれば万々歳だが、そんなにうまい話はない。

ハサウェイとクルーゾーの沈黙から、帰る方法がまだ分からないことがすぐに理解できた。

「おいおい、ガンダムチームもミスリルもいないんじゃあ、ロンド・ベル…いや、地球はどうなっちゃうんだよ!?」

「今は…それを考えても仕方がありませんよ」

「それはそうだけどよぉ!!」

そういわれることは予想できたものの、それでも自分たちの世界の地球が気になって仕方がなかった。

 

「あの…ソウジさん、チトセさん。これ…どう思いますか?」

距離を置いて彼らのやり取りを見ていたトビアとソウジ、チトセは彼らとそのそばにあるZZガンダムなどのモビルスーツに驚いていた。

「他人の空似…なのか、それとも…」

「でも、こんなに似ていることなんて、あり得るんですか??」

「ZZガンダム、Zガンダム、百式、ガンダムMk-Ⅱ、Ξガンダム…あのモビルスーツは僕たちの世界では100年前の…アムロ・レイの時代のモビルスーツですよ」

「あいつらの機体は知っている。それなりに軍のデータベースで見てきたからな」

もし、違う状況でそれを見ることができたらどんなにうれしいことだったか。

しかし、別の世界に飛ばされたうえにこんな大昔のモビルスーツを見ることになると、素直に喜べるわけがなかった。

むしろ、なぜという感情ばかりが浮かんだ。

「でも、私たちの世界の過去から来たものとは思えない…」

「それは俺も同意見です。あのモビルスーツの性能、今の俺たちの時代のものと互角ですから」

「実は、クルツから聞いたんだけどよ、あいつらの世界の海、赤いんだとさ」

「あ…!それ、私もかなめちゃんから聞きました!」

「海が赤い…?」

ソウジ達はそのような話を聞いたことがなく、仮にそのような話があったとしたら、歴史の教科書に残っているはずだ。

しかし、そんな話を聞いた記憶がないことから、自分たちの世界の過去の人間ではないことが確信できた。

「それにしても、気になりますね。この類似性は…」

「うお、ナイン!?」

背後からナインの声が聞こえ、いつの間にいる彼女にソウジはびっくりして飛び退いてしまう。

ナデシコBに置いてきたヴァングレイの整備を行っているとばかり思っていて、まさかここにいるとは思いもよらなかった。

「ナインちゃん。ヴァングレイは?」

「あとは私がいなくても整備できる状態です。私から判断しても、大きさはともかくとして、あのモビルスーツ達の性能は私たちの時代のモビルスーツとほぼ互角です」

「なるほどなぁ…どういうことなんだ?」

「みなさんも、あたしたちの世界のガンダムとあなたたちの世界のガンダムの類似性が気になるみたいですね」

「ええっと、君は…?」

いきなり現れ、自分たちと同じように2つの世界のモビルスーツを見ているかなめが気になり、トビアは尋ねる。

「あたしは千鳥かなめ。一応、ダナンの戦術アドバイザーってことになってる」

(そんな、アバウトな…)

傭兵とはいえ、軍隊としての規律を保っているミスリルのメンバーとは思えないようないい加減さにソウジとトビアはあっけにとられる。

ミスリルの制服を着ておらず、高校生のような見た目でお世辞にも軍人には見えない。

何か事情があるのだろうと、これ以上追及するのはやめた。

「で、ガンダムの話なんだけど、君はジュドー君たちのガンダムが君のガンダムのベースになっていると考えてるみたいだけど…あたしはその逆で、君のガンダムの性能があたしたちの世界のガンダムに影響を与えているように見えるの」

「それって…どういうこと!?」

かなめのまさかの逆転の発想に驚いたトビアは詰問する。

もしその話が正しければ、彼女たちの世界と自分たちの世界に接点があり、おまけに何らかの要因で自分たちの世界が彼女たちの世界に影響を与えているということになる。

平行世界に関する研究が進んでいるとはいえ、その平行世界を行き来したという記録はない。

だが、かなめの説が立証された場合、記録に残っていないものの、何らかの要因で行き来した、もしくは交流があったことの証明になる。

「ごめんね、あたしも直感で言っているだけだから。でも、なんとなくだけど…君たちのガンダムの前の技術があたしたちのガンダムを作った…という感じに思えるの。2つのガンダムの親となった技術は同じ、かな?」

「何をやっている、千鳥。勝手に出歩くなと大佐殿に言われただろう」

格納庫にノーマルスーツを着用したまま入ってきた宗介がかなめに声をかける。

「ああ、ごめんソースケ。あ、さっきのはあたしが勝手に思ってるだけのことだから、気にしないで!」

「何なんだよ、それ…」

宗介に連れられて格納庫から出ていったかなめを見ながら、しっかりとそれについて談義することができなかったことへの不満を漏らす。

「面白いアプローチですね。技術者としての直感を持っているように見えます」

「真田さんがいてくれたら、詳しく調べてくれるかもしれないけど…」

「やめてくれよ、専門用語ばっかでわけわからなくなる」

真田の畑違いの人間への配慮が欠片もない解説についてはヤマトの乗組員全員が知っている。

能力があり、調べてくれたら何か解き明かしてくれそうだという期待はあるものの、説明については新見か森にしてほしいとソウジは思った。

「ま、あいつらが本当に過去の人間じゃないってことを願うだな…」

「ええ…ハサウェイを見ていると、そう思います」

将来のマフティーとなる彼と共に戦い、本来の彼は温和で人見知りをする、シャイでごく普通の少年だということが分かった。

そんな彼がテロリストになるなんて考えたくもなかった。

「そういやぁ、噂のお姫様はどこにいるんだ?」

格納庫にはヴィルキスを含めたパラメイルが格納されており、メイら整備兵たちが整備を開始している。

なお、ZZガンダムやZガンダムといったモビルスーツはエドワード・ブルーザー・サックス中尉率いるダナンの兵站グループ第11整備中隊でアーム・スレイヴとΞガンダムの整備が完了し次第、整備に向かうことになっている。

彼はアーム・スレイヴだけでなく、モビルスーツ整備の技術も持っている。

問題はパーツや武装で、ダナンにはΞガンダムのもの以外はない。

それを作るにしても、技術レベルの問題でアルゼナルでは無理な相談だ。

となると、望みとなるのはナデシコ隊とつながりのあるネルガルか旋風寺コンツェルンだ。

どちらにしても、本格的にパーツや武装を作り、整備するにはここではなく、日本へ向かわざるを得ないのが彼らの答えのようだ。

格納庫内ではアンジュだけでなく、他のメイルライダーたちの姿もなかった。

「女の子だけの戦闘チームみたいだから、仲良くしたいけどなぁ…」

「そうだなぁ、カワイコちゃんぞろいみた…あー、チトセちゃんにナイン。そのジトーッとした目はやめてくれ。傷つくから」

「ああ、だから三郎太さんとクルツさんが向こうでうろうろしてるんですね」

メイルライダーたちがいないため、彼らは整備中の少女たちに声をかけていた。

なお、クルツについては卑猥なワードが飛び出したせいか、メイにスパナを投げつけられたことは言うまでもない。

 

-アルゼナル 墓地-

曇り空で、周囲が薄暗くなっている中、アンジュは1人、崖から海を見つめていた。

コンテナに入れられてここまで送られたことからその間どのようなルートで連れていかれたかはわからず、どの方向に始祖連合国があるのかは今のアンジュにはわからない。

しかし、少なくとも海と空はつながっているため、そこを見るしかなかった。

「さようなら、お父様、お母様、お兄様、シルヴィア…」

ナイフを握る右手の力が強まり、始祖連合国での楽しかった記憶に思いをはせる。

しかし、ヴィルキスで戦った時に感じた高揚感から、自分はもうその日常に変えることができないことを認めるしかなかった。

もしかしたら、ジュドーの言葉に逆らって自殺してしまえばよかったかもしれない。

だが、そんなことをしたらソフィアの死を無駄にしてしまう。

「髪と一緒にすべてを捨てます」

だから、今のアンジュにできたのはこれまでのアンジュリーゼとしての自分を捨て去ることだった。

アルゼナルで生きるため、そして自分の心にけじめをつけるために。

アンジュは持っているナイフで透き通った金髪を切っていく。

普段は使用人や御用達の理容師にきれいな鋏で切ってもらっていたため、自分でこうして髪を切るのは初めてだ。

切り落とした髪は風と共に飛んでいき、ショートヘアとなったアンジュは髪と共にアンジュリーゼとしての心が故郷へ帰ることを願った。

「私に残されたのはこれだけ…お母様が教えてくれたこの歌だけです」

アンジュは幼いころからソフィアに聞かされていた歌を歌い始める。

永遠語り、ソフィアの生家である斑鳩家に代々受け継がれた歌だと聞かされている。

いつその歌ができたのか、誰が作ったのかはわからない。

しかし、ソフィアはミスルギ王家に入り、王妃としての重圧を感じる日々をいつもこの歌を心の支えにして生きてきたという。

(進むべき道を示す護り歌…お母様、私にはもう、何もない。何もいらない。過去も、名前も…何もかも…。生きるためなら、地面をはいずり、泥水をすすり、血反吐を吐くわ…。私は…生きる。殺して…生きる!)

これが、王女アンジュリーゼが死に、戦士アンジュが生まれた瞬間だった。

 

-アルゼナル ロッカールーム-

「ったく、頭来るぜ!あのイタ姫!!」

「あいつ…うざい…」

ロッカールームで制服に着替えたロザリーは先ほど活躍したアンジュに怒りを覚え、拳をロッカーにたたきつけていた。

隊長であるゾーラが死ぬ原因を作ったアンジュがあんなに活躍をし、死ぬことを拒否したことが我慢できなかった。

しかも、ガレオン級を単独で撃破したことから多額のキャッシュを手に入れることになる上に、あのヴィルキスという謎のパラメイルの性能は自分たちの乗っているパラメイルを上回っている。

まるでジルに特別扱いされているように見えて仕方がなかった。

「な、ヒルダもそう思うだろ!?」

「え…!?あ、ああ…」

着替え終えたヒルダはロザリー達の話をあまり聞いていなかったようで、気の抜けた返事をしてしまった。

「ごめん…先に部屋、戻ってる…」

しかし、少なくともゾーラとアンジュについての話だということは分かっている。

今はその話をしたくないヒルダは逃げるようにロッカールームを後にした。

「ヒルダ…」

「そっとしておいてやろうぜ。ゾーラお姉さまが死んで、一番ショックを受けてんだ。お姉さまの仇はあたし達で討つんだ!ヒルダの分も!」

「しかし、仇を討つとしてもそのドラゴンはもう討伐していますよね?それだけでは足りないんですか?」

「う、うわあ!?」

急に背後にあるベンチにナインが現れ、びっくりしたヒルダは背中をロッカーに貼り付ける。

クリスも後ずさりして突然現れた彼女に驚いていた。

扉が開閉した形跡はヒルダの時以外はなく、よく見るとホログラムになっていて、実体はない。

「なんだよお前!?いきなり入ってきて!!」

「ロ、ロザリー…こいつ、外の世界の奴だよ」

「質問に答えてください」

2人のことなど知ったこっちゃないと言わんばかりに、ナインは2人に迫る。

「う、うるせえ!!関係ねえ奴は引っ込んでろよ!!」

「関係なくはありません。私たちは仲間ですから」

共同戦線を張り、そしてアルゼナルとナデシコ隊は連携を組むことで一致している。

となると、ナインの言う通り、これからは共に戦う仲間ということになる。

しかし、あくまでそれは上同士が決定したこと。

現場の人間であり、今までそのような経験のないロザリー達には割り切れないところがある。

「笑わせるなよ!!お前がマナが使えるかは知らねえが、どうせあたしたちのことを人間以下の家畜としか思ってねえだろ!?指令が何を考えてるかはわからねえけど、お前らと絡むつもりはこれっぽっちもねえからな!!」

「そ、そういうことだから…」

ロザリーは思い切りドアを開け、怒りのせいか大きく足音を立ててロッカールームを出ていき、クリスも影のようについていった。

「人間でない人間がいる…?理解不能…」

始祖連合国のシステムとロザリー達ノーマがどのような扱いを受けてきたのかわからないナインにはその言葉の意味が分からなかった。

「やはり、人間は難しい…」

そう言い残して、ナインのホログラムは消えた。

 

-プトレマイオスⅡ ブリーフィングルーム-

「ようやく、ちゃんと話す機会ができたわね」

スメラギはアサギらオーブから派遣された3人の少女たちと握手を交わす。

近くにドラゴンが現れたことで、しっかり話す機会を失っていたため、こうしてその機会ができたことをスメラギは喜んでいた。

「それで、オーブのカガリ代表は今回の火星の後継者について何と?」

「はい…戦争が終わり、立て直しが行われる中、それを台無しにするような事態はあってはならないとのことです」

「ということは、協力していただけると…?」

「はい。しかし、ボソンジャンプを制御するシステムの存在から、大規模に軍事力を出すことができない状態です。また、近日中にアザディスタン王国皇女、マリナ・イスマイール様と共に始祖連合国の首脳と会談を行うとのことです」

「会談についてはヴェーダで知っているけれど、やはり…」

「始祖連合国が火星の後継者と通じている可能性がある、というのがカガリ様の見解です」

木連のバックアップを受けていない火星の後継者がテロリストの範疇を超えた軍事力を持っていて、足がついていないことを考えると、始祖連合国が彼らの行動をバックアップしていることは考えられる。

また、これは一般には公開されていないが、押収したロゴス関連の情報を調べると、ロゴスを裏で指示を出している存在がいることが判明している。

仮にその正体が彼らだとすると、あれほど外部に無関心だった彼らがなぜそのような行動を起こしたのかが分からなくなる。

(火星の後継者…始祖連合国…もし、つながりがあるとしたら、いったい何のために…?)

ことは火星の後継者を壊滅させるだけでは終わらない。

これまで世界の歪みと対峙し続けたスメラギの直感がそれをささやいていた。




機体名:ヴィルキス
形式番号:AW-CBX007(AG)
建造:アルゼナル
全高:7.8メートル
全備重量:4.3トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、零式超硬度斬鱗刀「ラツィーエル」、凍結バレット、ワイヤーアンカー
主なパイロット:アンジュ

アルゼナルに死蔵されていた旧型パラメイルが、アンジュの指輪の力で再生したもの。
専用武器として装備されているラツィーエルはガレオン級の固い鱗を切断できるほどの切れ味を誇り、更にはビームを受けたとしてもそれに耐える頑丈さも併せ持っている。
メイによると、アーキバスに装備されているDスレイヤーはこの剣の量産タイプのようなものらしい。
それ以外の武器はほかのパラメイルと共通したものとなっている。
なお、アンジュの指輪とヴィルキスにどのような関係があるかについては不明で、ジルもしくはサリアがそれについて何かを知っていると思われる。
バイオメトリクス認証により、アンジュの生体データを登録しており、事実上アンジュ以外がそれを操ることができない。


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第27話 青年と赤い助っ人

ええっと、今回はあの男が出ます。
そう、あの男です。
正直、このエピソードをここのR15ではどこまで表現が許されるのかわかりません…。
だったらこのルートを選ぶなよっという突込みはナシでお願いします。
運営さん、読者さん、もしR15でも不適切な表現があったら言ってくださいね。

機体名:アーキバスサリア・カスタム
形式番号:AW-FZR304(SA)
建造:アルゼナル
全高:7.5メートル
全備重量:3.95トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、アサルトブレーム「ドラゴンスレイヤー」、凍結バレット
主なパイロット:サリア

アルゼナルが所有する指揮官用パラメイルの1機。
固有装備となっているアサルトブレード「ドラゴンスレイヤー」はガレオン級などのバリアを展開するドラゴンに対抗するために装備されており、味方機の攻撃でバリアの隙間や弱くなっている個所に攻撃を加えることで内部に突入し、凍結バレットのゼロ距離射撃でとどめを刺すというコンバットパターンが採用されている。
サリア機に関しては彼女が得意としている長距離狙撃に対応するため、センサー類を強化・調整されており、最新鋭にアップデートされた機体が用意されている。


-アルゼナル 格納庫-

「…」

アンジュがヴィルキスに乗るため、格納庫にやってくる。

近くの整備兵がヴィルキスの整備状況について彼女に報告しようとするが、あまりにも不機嫌な表情なうえににらみつけるような視線におびえてしまい、断念した。

彼女はヴィルキスの近くにあるグレイブの元へ向かい、その近くで時期の整備状況を見ているロザリーに目を向ける。

「何か用かよ?イタ姫」

「ロッカーにあった私の制服、ボロボロになってたけど…」

それは昨日偵察のために出撃し、帰ってきたときに分かったことだ。

アルゼナルの特殊な環境の都合上、ロッカールーム兼更衣室は1つだけで、予算の都合から鍵などのセキュリティ面で不備がある。

ヒルダら3人組の中で、昨日はロザリーが銃の訓練のために1日中アルゼナルにいた。

そして、そのロザリーが用もないのにアンジュの出撃中にロッカールームに入ったことで同じく訓練のために待機していたナオミが教えてくれた。

いや、ナオミが教えなかったとしても、このような陰湿な真似ができる人間は限られているので、分かり切っていたことだ。

「それが何?」

「ネズミでも入り込んだんじゃねえか?っていうか、あたしを疑ってんのか?じゃあ、一緒に訓練を受けてたナオミは疑わねえのかよ?」

クリスもロザリーも知らん顔してあくまで自分たちは無関係だと白を切る。

アンジュがこのような目に遭ったのはこれが初めてではない。

先日はアンジュがシャワー中にクリスがこっそり侵入し、彼女の下着を盗んでさらし者にしようとしていた。

しかし、盗んだ下着がアンジュのものではなく、エルシャのものであり、彼女にばれてしまったことでプロレス技で制裁を受け、結果的に未遂で終わったうえ、なけなしのクレジットで罰金を支払う羽目になったという。

今回のことについては動機や状況証拠からロザリーだと分かっているが、決定的な証拠はない。

だが、アンジュにはそんなことはどうでもよく、こういうことをされたらどうすればよいのか、既に自分なりに答えを出していた。

「ネズミね…じゃあ、さっさと駆除しなきゃ」

そういってライダースーツにハンドガンと一緒に備え付けられているナイフを手にし、ロザリーのライダースーツを斬りつける。

「ひ、ひえ…!?」

斬られたロザリーはびっくりして後ろへ下がり、斬られた箇所を見る。

あえて、なのか運よくなのかは分からないものの、体には傷がないが、ライダースーツに目に見える大きな切れ目ができてしまった。

「言っておくわね…私…やられっぱなしは我慢できないから」

「う、うん!わかった…わかったから!」

「そのナイフ、早く閉まってくれ!」

おびえるようにロザリーとクリスが懇願し、彼女たちのその無様な姿に満足したようにアンジュはナイフをしまった。

「アンジュ!何をしているの!」

今日はアルゼナルで座学を受けることになっていたサリアが騒ぎを聞いて駆けつける。

ロザリー達に原因があるのは分かっているが、ナイフで相手にけがをさせようとするのは明らかにやりすぎに見えた。

アルゼナルでは、自分が隊長を務めている中隊に不祥事があった場合、その責任は隊員だけでなく隊長にも及ぶことになる。

先日もアンジュが起こした騒ぎにより、罰金は免除されたものの、何枚も始末書を書く羽目になった。

「カリカリしてるね、アンジュ」

訓練を終え、小休憩に入っていたヴィヴィアンがキャンディーを舐めながらアンジュに声をかける。

騒ぎがあったことは聞いているが、彼女にとってはどうでもいい話だった。

だが、アンジュにとっては自分を諫めようとするサリアも、フレンドリーに接してくるヴィヴィアンもヒルダらと同じノーマだ。

「別に。コバエがブンブンしてうっとうしいだけよ」

「てめえ!あたし達をハエ呼ばわりかよ!?」

ロザリーの怒りの声はアンジュの心に届かず、ただ食用豚を見るような冷めた目で見るだけで、アンジュは出撃用のバイザーを装着した。

「てめえ、その眼!!あたし達を人間だと思ってねえな!!」

「当然じゃない。ノーマなんだから」

「アンジュ…!」

この前の一件で、アンジュは自分がノーマであることを受け入れたはずだ。

それで少しは壁を薄くすることができるかと思っていたが、結局は逆効果だったようだ。

ノーマを見下す態度は継続していて、おまけに誰も信用していない。

ヒルダ達とのいざこざが絶えず、以前の出撃では仲間との連携などまるで考えずに動いていた。

どうすれば改善するか、サリアも考えているが、いまだに答えが出ず、できるのは自分が書かなければならない始末書の山だ。

本来なら罰金刑になってもおかしくないものを、ジルが減刑してくれてそうなっているから文句は言えない。

頼みの綱は幼年部の少女たちから慕われ、母性のある熟練兵のエルシャとフレンドリーで常に前向きなヴィヴィアンだ。

「まあまあ、アンジュ。ここでクイズです!これは何でしょうか?」

ヴィヴィアンは懐から下を伸ばしたつぎはぎで、両目の大きさが違うクマのキーホルダーを出し、それをアンジュに見せる。

「不細工なクマがついてるけど…?」

「正解はペロリーナです!知らない?」

どこかで見たことがあるかと思っていたが、名前を聞いたことでアンジュはそれについて少しだけ思い出した。

幼少期の頃に始祖連合国で人気を博したマスコットキャラクターで、文具やおもちゃ、更にはアニメにもなったもので、母親と妹のシルヴィアと共にそのアニメやショーを見たことがある。

今ではブームが過ぎていて、始祖連合国で見かけることはなくなったが、まさかアルゼナルでそれを見ることになるとは思わなかった。

なぜアルゼナルにあるのかというと、アルゼナルで店を出している老婆のジャスミンがブームが過ぎたグッズやアニメのDVD、ブルーレイなどを安値で大量に仕入れているからだ。

そのため、幼年部とヴィヴィアンのようなコアなファンが買い込んでいる、もしくはエルシャにプレゼントしてもらっている。

彼女の店はそうした娯楽商品だけでなく、パラメイルで使用する武器や資材なども仕入れている。

どこから仕入れているのかは定かではないが、いずれの商品も信頼性が高いうえにアフターケアも万全ということで、ぼったくりされているのは分かっているもののそこでしか真っ当にキャッシュを使う機会がないこともあって、信頼されている。

「はい、これ1つあげるね!」

同じものを何個か買っていたヴィヴィアンはためらいなく持っているそれをアンジュに手渡す。

「あたしとおそろいだよ!」

自分の愛機であるレイザーにも、いくつかペロリーナのキーホルダーをつけている。

そのため、これをヴィルキスにつけることで、お近づきのしるしになればとヴィヴィアンは思っていた。

アンジュももらえるものであるならと思い、それを手にする。

「あたしとアンジュとヒルダでフォワードを組めば、もっといろんなフォーメーションができると思うんだ。だから、あたし達…」

ヒルダの名前を聞いた瞬間、眼の色を変えたアンジュは手に取っていたキーホルダーを投げ捨てる。

「ペロリーナが…!」

「私…一人でやるから…」

「ちょっと!それはないんじゃない!」

謝りもせずにヴィルキスに乗ろうとしたアンジュに格納庫に来たばかりのチトセがしかりつける。

そして、その言葉も無視し、ヴィルキスにまたがったアンジュの腕をつかむ。

「離して」

「拾いなさいよ、キーホルダー。せっかくヴィヴィアンがくれたのに」

「あなたには関係ないわ」

「関係あるわよ。私の視界の中で起こったことなんだから」

平行線をたどり、アンジュとチトセは互いににらみ合う。

「まあまあ、チトセちゃんもアンジュちゃんも落ち着けって」

後から入ってきたソウジがチトセとアンジュの険悪な空気を感じ、2人に声をかける。

彼と一緒に入ってきたのはクルツと三郎太で、彼らは整備兵にナンパをしていた。

そんな中、三郎太はアンジュの髪を見る。

「ほぉー、ショートヘアか。隊長はもっと短めにしてたけど。これもこれでいい」

「そうだ。任務後でもいいから、ここの女の子たちや俺たちと一緒にティータイムなんてのはどうだ?アルゼナルの美少女の皆さんと共に楽しく合コン気分で…」

「邪魔よ。出撃するから、どいて」

舌打ちした後で、アンジュは2人をにらみつける。

そして、チトセの手をもう片方の手ではたき、強引に引きはがした後で、ヴィルキスをゆっくりと浮上させる。

「待ちなさい、アンジュ!偵察任務はロザリーとクリスと一緒よ!」

「1人で行くわ。後ろから撃たれたくないから」

そう言い残して、アンジュはヴィルキスを発進させる。

そして、提示されているポイントへ移動を開始した。

「アンジュ…」

「無理もないわね」

途中から入ってきて、クルツからナンパを受けていたエルシャがヴィルキスを見ながらつぶやく。

アンジュから歩み寄ったとしても、ヒルダ達が簡単に態度を改めたり、嫌がらせを辞めるとは考えにくい。

実際に被害を受けているため、特にその3人に背中を任せることはできないだろう。

「ロザリー達のアンジュに対する嫌がらせ…やめさせないと」

少なくとも、まずはロザリー達の嫌がらせを取り締まることを考えたサリアだが、エルシャから見ればそれはあまりいい策とは思えず、否定するように首を横に振る。

目の前で手を握りながらエルシャに声をかけているクルツのことは完全に無視していた。

「無理もないのはロザリーちゃんたちも一緒よ。ゾーラ隊長のこと、慕っていたから…」

「でも、このまま手をこまねいていたら、戦闘にも影響が出る…(でも、アンジュが死ねば、私にヴィルキスを…)」

一瞬、アンジュが本当に3人のうちに誰かから背中を撃たれる光景を頭に浮かべ、それを自分にとって都合のよい展開に解釈してしまった。

そんな自分を否定し、その考えを吹き飛ばすためにサリアは首を大きく横に振った。

「クソッ!あのイタ姫の奴!!」

出撃し、いなくなったアンジュへの行き場のない怒りをロザリーは空っぽのコンテナにぶつけるように足で蹴る。

しかし、予想以上にコンテナが固かったのか、痛みを感じて右足をさする。

ライダースーツも修理も購入も有料であるため、節約のためにも自分で直さなければならない。

裁縫道具が自分の部屋にあるため、ロザリーは格納庫を出る。

「あいつ…うざい…うざい…」

クリスも後に続き、ブツブツとアンジュの悪口を口にしていた。

そして、曲がり角に行くと、そこにはヒルダの姿があった。

「だから言っただろ?やるんならばれないようにやれって」

まるで格納庫で起こったことを分かっているかのような口調で、しかもその様子を見ると、明らかに2人のことを待っているようだった。

「だけどよ、ヒルダ!!」

「でも、もう大丈夫だよ」

「大丈夫って…?」

ヒルダの意味深な言葉が理解できず、2人は首をかしげる。

ヒルダは何も答えず、ただうっすらと企みの笑みを浮かべるだけだった。

 

-アルゼナル 司令室-

「部隊を2つに分ける…か?」

「エリアDに来た本来の目的は火星の後継者の拠点探し、そしてオーブの協力者との接触のためです。後者は達成しましたが、火星の後継者の拠点がわからなかった以上、次の手を打たなければなりません」

アサギらとの接触により、アルゼナルとオーブの繋がりを一部は理解できたうえに、可能であれば非公式という形であるが、オーブからの協力を取り付けることもできる。

特に前大戦で活躍した2人のエースパイロットの協力が得られれば御の字だ。

そのうちの1人は現在、プラントにいるという情報をつかんでいるため、その1人との接触については考えるしかない。

また、課題なのは宇宙世紀のモビルスーツの整備で、特にZZガンダムなどガンダムチームのものについてはパーツがない。

この世界とは異なる技術で作られているため、どこまで再現できるかはわからないが、旋風寺重工やネルガル重工と接触してパーツを作ってもらう必要がある。

なお、問題となったのはΞガンダムをどうするかだ。

3つの艦のうち、Ξガンダムを搭載できるのはトゥアハー・デ・ダナンだけで、パーツについてはほかの機体とは違って余裕がある。

また、Ξガンダムそのものは無補給でオーストラリア大陸を横断できるようだが、エリアDから日本までの単機での移動は難しい。

そのため、機体だけを残してハサウェイはジュドー達と共にナデシコBで日本へ向かうことになる。

これは再会できた仲間と一緒にいられるようにというテレサの配慮もある。

なお、トビアとスカルハートも同じくパーツ確保のために日本へ帰ることになる。

「正論だな」

「ですが、対ドラゴンの重要性も理解していますので、日本へ戻るのはナデシコ隊とガンダムチーム、そして勇者特急隊だけです。こちらが契約したミスリルとソレスタルビーイングについてはこちらに残ります」

「幸い…という言葉を使うのは不謹慎だけど、ダナンをはじめとしたイレギュラーな戦力もいるし」

ソレスタルビーイングとミスリルについてはこちらの世界では得体のしれない私設軍隊という点では一緒だ。

そのため、正規の軍隊であるナデシコと大っぴらに行動を共にするにはいくら独立部隊の権限があったとしても限界があり、いろいろと工作が必要になる。

日本へ戻るのはその工作をコウイチロウと共に行うためだ。

彼や地球連合議会内でソレスタルビーイングに理解のある旧カタロンの議員たちの協力を得ておくと、軍と政治の双方でお墨付きを得ることができる。

信念に反するような行動かもしれないが、それでも今の状況を打破するため、使えるものは何でも使うしかない。

「協力をお願いする立場としては、そちらの決定に従うしかない。ただし…」

「分かっています。アルゼナルとドラゴンについては一切口外するつもりはありません」

「それならいい」

ジルは横目でスメラギを見る。

彼女にとって、ソレスタルビーイングが残ってくれるのは都合がよかった。

そんな彼女の目線はスメラギも感じているが、あえて気にしないことにしていた。

(あとは、連中がここに疑問を持ってくれればいい。来るべき時に、同志となってもらうためにな)

「ちなみに、ヴァングレイもアルゼナルに残ります。ドラゴン達が作戦を組むことが可能であるとわかっている以上、特にナインの戦術サポートは重要になりますから」

「了解だ、引き続きの協力に感謝する」

「これは…司令!!」

急に席を立ったパメラは動揺を抑えながらジルに声をかける。

「どうした?」

「偵察任務中のヴィルキスの反応がロストしました!」

「撃墜されたのか!?」

質問するジルだが、アンジュとヴィルキスがドラゴンに撃墜されるようなことはよほどのことがない限りはないだろうと感じていた。

初陣で指輪の力を使ったとはいえ、ヴィルキスを覚醒させた上にほぼ独力でガレオン級を撃破した。

並みのメイルライダーではできない芸当だ。

そして、今は大量のドラゴンの反応もシンギュラーの反応もない。

そう考えると、撃墜によるロストは考えにくい。

「いえ…前後の状況から判断すると、マシントラブルの可能性が大です」

「また、ヴィルキスはロザリー、クリスと同行せず、単独で任務にあたっていたとエルシャから報告があります!」

オリビエとヒカルの報告を聞き、ジルはこのトラブルの原因が何か、だいたい予想がついた。

しかし、それよりも重要なのはアンジュとヴィルキス、そして指輪の安否だ。

「すぐに捜索隊の編成を行え」

「どうやら…残留組の最初の仕事はあの子の捜索になりそうね…」

(ヴィルキスがアンジュをライダーとして認めた以上、奴はこれからの計画に必要不可欠だ。最悪、ヴィルキスだけでも取り戻さなければならない…)

 

-アルゼナル 格納庫-

「司令からの連絡よ。これから捜索隊の編成を行うわ。ロザリー、ヒルダ、クリスは私と一緒に…」

格納庫で、サリアは出撃していないメイルライダーたちを集めて捜索隊編成のための命令を出す。

他の部隊は出撃している以上、出ることができるのは第一中隊のみ。

エルシャとヴィヴィアン、ナオミは真剣に聞いているが、例の3人はどこ吹く風というような雰囲気を醸し出していた。

「あなたたち…私の話を…」

「ああ、聞いてる聞いてる。あー、でもあたし達これから34エリアでドラゴンを倒さないといけねーんだ」

「そ、そうそう。ドラゴン退治は行方不明者捜索よりも優先されるから」

「だから、あの迷子の姫様の捜索はお任せするぜ」

3人は自分たちは関係ないと言わんばかりにその場を後にする。

アルゼナルの掟では、使い捨てのノーマとパラメイル以上にドラゴンを倒すことが優先される。

彼女たちの言い分に対して、サリアは何も言い返すことができない。

「サリア、ココとミランダを代わりに加えてくれないかな?2人とも、少しは出撃させないと…。それに、捜索には人手がいるでしょ?」

少し時間が経ち、気持ちの整理がついてきたココとミランダはまだ前線に戻すのは難しいが、捜索及び偵察任務であれば出撃できる状態だ。

何よりも、このまま出撃できない状態が続いたらアルゼナルで生きていけなくなる。

「…そうね、分かったわ。なら、私たちとココ、ミランダで…」

 

「いやぁー、いい気味だぜ!あのイタ姫」

「うん…ヒルダの作戦、大成功」

サリア達の元を離れ、ヒルダは先に出撃するためにグレイブに乗ってその場を後にする。

そして、彼女たちに聞こえない場所につくと、ロザリーとヒルダは嬉しそうにハイタッチする。

しかし、どこからか最近感じたことのある冷たい目線が感じられた。

「だ、誰か…見てるのか!?」

思わずロザリーが振り返ると、そこにはホログラムのナインの姿があり、彼女たちの様子をじーっと見ていた。

「な、何だよお前!また…!!」

神出鬼没なナインに驚き、詰め寄るもナインは一切口を開かない。

ただ、目の前のロザリーをじーっと見ているだけだ。

「な…何よ?言いたいことがあるなら言いなさいよ」

気味の悪さを感じたクリスもロザリーに加勢するが、何も変わらない。

表情一つ変えない彼女に2人は内心おびえ始めていた。

「言っておくが、チクッても無駄だぜ!?外のことは知らねえが、ここではこの程度のことはよくある話だ」

「最悪、罰金払って終わりだからね」

アルゼナルでは、メイルライダー同士の関係が悪化したことが原因で同士討ちやケンカ、陰湿ないじめが起こることがある。

その結果、死人が出ることがあるが、その場合は逃亡者と同じく首吊りや銃殺刑といった厳しい刑が言い渡される。

しかし、規則でそうなっているだけで内情は異なり、特にメイルライダーに関しては人手不足になることが多く、成績のあるメイルライダーについてはある程度減刑されることが常だ。

なお、彼女たちの会話から実行犯だと思われるヒルダについてはサリアに並ぶエース級のメイルライダーであることから、少なくとも死刑になることはない。

罰金を支払うことになるが、それでもかなりの収入を出しているヒルダにとっては痛くない金額だ。

「そういうことだから…じゃ、じゃあな!!」

逃げるように2人は格納庫を後にし、残されたナインはようやく口を開く。

「憎しみで同族を殺す…それが、人間…」

ナインの眼から一粒の涙がこぼれ、悲しげな表情を浮かべていた。

 

-???-

「!?こ、ここは…!?」

眼を開いたアンジュだが、広がるのは真っ暗な闇で、何も感じられない。

服装は王女時代に来ていたもので、なぜか捨てたはずの髪も元に戻っていた。

どうしてここにいるのか、アンジュはゆっくりと記憶を探る。

「そ、そう!急にヴィルキスのエンジンが動かなくなって、それで海に落ちて…」

「お姉さま…」

「!?シルヴィア…??」

柔かな座布団がついた豪華な車いすに乗る、アンジュと同じ色の髪でツインテールとなっているドレス姿の幼い少女が目の前に現れ、思わずその少女の名前を呼ぶ。

愁いを帯びた表情を浮かべており、アンジュは走るが、なぜか距離を詰めることができず、それどころがどんどん距離が離れていく。

「シルヴィア…待って、シルヴィア!!」

「もう…お別れなんですね」

「シルヴィア、シルヴィアーーーー!!」

必死に叫ぶアンジュだが、どんどんシルヴィアの姿が遠くなっていき、最終的には消えてしまう。

なおも追いかけようとするが、急に誰かの腕をつかまれる。

「離して!私は…私はシルヴィアを…!!」

振り返り、手を振り払おうとしたアンジュだが、つかまれた部分には血がついていた。

そこには血まみれのゾーラの姿があり、不敵な笑みを浮かべていた。

「お前はアンジュリーゼじゃない…アンジュ、私を死なせたノーマ…」

「い、いや…」

近づいてくるゾーラから逃げようとするアンジュだが、金縛りにあったかのように体が動かなくなる。

そして、血で濡れた部分を中心に着ていたドレスがどんどん破れて消えていく。

「お前は1人で戦って…誰にも助けられずに1人で死んでいく…」

「うるさい…うるさい!!あなたは…死んだのよ!死んだに…ううん、ノーマがしゃべるなぁ!!」

「ハハハハ!!お前がのたれ死ぬか、それともとんでもない馬鹿をやらかすか、あの世で見ていてやるよ!!」

ゾーラが消えていき、あられのない姿になったアンジュの体に赤い液体がへばりついていく。

それは徐々に青いライダースーツへと変わっていく。

「いや、嫌ぁぁぁぁぁ!!!」

 

-???その2-

「嫌ぁぁ!!…はあ、はあ…」

急に景色が夜空へと変わり、アンジュは夢を見ていたことに気付く。

背中からは王女だったころのものほどではないがやわらかな毛布が敷かれているのが感じられる。

全身が嫌な汗でびっしょりと濡れていて、何かで拭こうと手を動かそうとする。

しかし、両手首がひもで縛られていて、両足を試しに動かそうとするが、それも同じ状態だった。

おまけに全身で冷たい夜風を感じていて、周囲を見渡すと砂浜と海、反対方向には誰かが作ったたき火のある木製のドアがない家が見えた。

アンジュがいる方向の壁がその家にはなく、中にはハンドメイドと思われる本棚とランタン、そして机が置かれている。

そして、海側には木と木の間につるされている紐に掛けられているライダースーツと自分の下着が見えた。

「どうして、こんな状態に!?」

こんな恥ずかしい姿にされたアンジュは顔を真っ赤にし、どうにか立てないか体をばねのようにはねさせるが、まったく起き上がることができない。

どうにか立ち上がり、手と足を自由にして、服を取り戻してあのたき火にそばにある鍋の中から匂うスープを食べたい。

今のアンジュは空腹だった。

そんな欲望を宿したアンジュだが、急に草むらから音が聞こえ、ビクッとしてその方向に目を向ける。

肉食動物が現れたら、手足が封じられているアンジュにはどうしようもない。

(さっきの夢…もしかして…)

自分の死を予言する夢だったのかと思い、涙が出てくる。

しかし、草の中から出てきたのはクマなどの肉食動物ではなく、黒いジャケットとカーゴパンツ、薄緑の長そでシャツを身に着けた茶色い落ち着いた髪をした青年だった。

背丈だけを見ると年齢はアンジュよりも少なくとも2つ以上上に見え、彼の右手にはナイフが、左手には仕留めたばかりだと思われる猪を繋いだ縄が握られている。

「あ…よかった、気が付いたみたいだね。すまないけど、安全のために手足は封じさせてもらったよ」

「は、裸…なんだけど…」

おまけに、その青年は上から下までバッチリと見ているように見えた。

わなわなと体を震わせ、火が出るくらい顔を赤く染めながらアンジュはつぶやく。

「君…この島に流されてきたんだよ。服も、もう乾いてると思うから、これから取ってくるよ。いやぁー、明日のご飯はこれで大丈夫だっと…」

猪を置いた青年はアンジュの発言が聞こえていないようで、干しているものを取りに砂浜まで歩いていく。

だが、砂浜まで歩き、アンジュのそばに来たところで小さな蟹が彼の親指当たりを鋏で挟まれる。

急に足から感じた痛みに気を取られたせいで青年は転倒してしまう。

「!!!!!」

「ごめん…躓いて転んじゃったよ。今どくから…」

「どこに顔、突っ込んでんのよ!?」

タスクが今顔を突っ込んでいるのはアンジュの股間だ。

もし足を縛っていなかったら、その場で彼女に首をへし折られていただろう。

 

-アルゼナル 格納庫-

「彼女の遭難からもう1週間か…」

ティエリアは海を眺めながら、そのどこかにいるかもしれないアンジュの身を案じる。

ちょうど3機のムラサメが戻ってきて、ヴィヴィアンが下りてきたアサギらにアンジュのことを尋ねているのが見える。

しかし、彼女は首を横に振るだけで、ヴィヴィアンはがっかりした様子だ。

その手にはアンジュが捨てたペロリーナのキーホルダーが握られていて、今でも渡すのをあきらめていないようだ。

現在、アルゼナルではドラゴン討伐をメインの行動にしつつ、手の空いているメンバーによるアンジュとヴィルキスの捜索が行う方針となっている。

ヒルダ達、アンジュと関係の良くないメンバーはドラゴン討伐にばかり参加していて、積極的に助ける動きを見せない。

「1週間…まずいわ…」

タイムリミットが迫っているのを感じたサリアは焦りを見せる。

アルゼナルでは1週間行方が分からなくなった場合、MIA認定されてその時点で捜索は打ち切られることになる。

その場合、自力で帰ってくることを考えて2週間はそのメイルライダーの財産は凍結されることになるが、その後はその財産で墓を購入し、残りは相続という形で同じ部隊のメンバーを中心に分配されることになる。

話によると、アルゼナルの墓地に眠る少女たちのうちの3分の1はMIA、もしくは何らかの理由で遺体すら残っていない状態で、その場合は本人の髪か爪、もしくは所有物を遺体の代わりに埋葬することになる。

「テッサの話だと、ここらの潮の流れは複雑で、かなり遠くまで流された可能性もあるってよ」

ヴィルキスが最後に反応が消えた場所を中心に徐々に範囲を広げて捜索していて、ダナンにあるデータを使って潮の流れを予測しているが、それでも完全に流れを把握することができていないのが実情だ。

宗介と刹那はテレサから受け取った潮の流れに関するデータを読んでいる。

「エリア103、566、423は空振りだ。この流れに乗っているわけではないようだな…」

「ならばこのエリアはどうだ?その流れとは別になっている。調べてみる価値はあるぞ」

「そうだな。南東への潮はまだ調査しきれていないからな」

「…」

ヴィヴィアンはポカンと刹那達の様子を見ていた。

格納庫に入ってきたかなめはそんなヴィヴィアンの姿を見て、声をかける。

「どうしたの?ヴィヴィアン」

まるで珍しいものを、変なものを見たかのような目線で、かなめはそれが気になっていた。

ヴィヴィアンは口の中に入れている棒付きキャンディーを出す。

「クイズです…どうして、みんなアンジュを探してくれるの?」

彼らだけではなく、ソレスタルビーイングもナデシコ隊も勇者特急隊も任務の時間外は手分けをしてアンジュの捜索に全力を注いでいた。

アルゼナルの少女たちはろくに防御機能を持たないパラメイルでドラゴンと戦わされていて、仲間が死ぬのは当たり前の環境の中にいる。

そのためか、死んでもまた新しい仲間が来るだけと割り切ったような感じで、正直に言うと一部のメンバーを除いて行方不明になった仲間の捜索に対しては消極的だ。

だからこそ、ヴィヴィアンには彼らが変わっているように見えた。

「どうしてって…」

「ええ…??」

ソウジとチトセはどうしてそんなことを聞いてくるのかわからず、互いの顔を見合わせて首をかしげる。

「そりゃあ、あんなカワイコちゃんを放っておくわけには…」

「お前は黙ってろ」

クルツや三郎太のような理由を聞かせたら、アルゼナルの少女たちに有らぬ誤解を与えかねない。

この前、クルツはアルゼナルで整備中の自分のガーンズバックに搭載されているAIのユーカリに卑猥な発言をさせて楽しんでいるのをヒルダに見つかっている。

その声があまりにも自分と似ていることから腹を立てたヒルダに叩きのめされていた。

その音声の中には『○ットアップ』などどこかで聞いたことのある(しかし、少なくともヒルダや宗介ら普通の環境で育っていない面々にはわからない)声も含まれていた。

「仲間がピンチの時は助ける。当たり前のことだろ?」

「そんなに不思議がることある?」

「不思議」

「私たち…こういうふうに外部の人に人間として扱ってもらったことがないので」

エルシャやヴィヴィアンにとっての外部というのは当然、始祖連合国であり、それ以外の国や人のことを知らない。

人間であるソウジ達のノーマを一生懸命助けようとする感覚がさらに不思議に思えた。

少なくとも、始祖連合国出身者がそのようなことをするとはない。

「僕も…同じだよ」

「え…?」

「うおっ!アレルヤは史上初の男ノーマか!」

「そうじゃないよ。僕は超兵と言って、戦うためだけに生まれ、兵士として生きるためだけに育てられていたんだ。だから、君たちの気持ちは少しは理解できるんだ」

「そうだったんですか…」

アレルヤは旧人革連が行っていた人体実験に被験者で、彼らは戦争で故郷と家族を失った上に、その実験でそれ以前の記憶さえ奪われてしまった。

超兵とは、脳量子波を用いることによって常人以上の反応速度を手にし、更には肉体強化で高い身体能力を手に入れた強化人間だ。

マリーの場合はアレルヤと違い、デザインベビーにナノマシンを投与することで誕生している、まさに生まれながらの超兵というべき存在だ。

(戦うためだけに生まれた存在か…)

話を聞いたソウジの脳裏に強化人間という言葉がよみがえる。

それは軍の座学で学んだ戦争史の中にあった話で、薬物や暗示によって当時すさまじい力を発揮したというニュータイプに相当する力を発揮していたらしく、最も古い話では1年戦争時代のジオン公国と地球連邦軍のペイルライダー計画のパイロットがある。

人道に反する行いから禁止されているが、キンケドゥが参加していたコスモ・バビロニア建国戦争でクロスボーン・バンガードの軍事部門指導者であったカロッゾ・ロナが自らを強化したケースがある。

「俺たちは始祖連合国の人間じゃない。一緒に戦った奴らをつまらん色眼鏡で見る気はない。アレルヤも、あんたらもな」

「ロックオン…君が言うと説得力があるよ」

イノベイターのアニューを現在進行形で愛しているロックオンだからこその言葉に、アレルヤは笑みを浮かべる。

「別世界から来た俺なんか、差別するどころか、積極的に受け入れちゃうし、俺自身も受け入れてほしいって思ってるぜ」

「あらあら…」

「そういうわけだ。余計な気遣いは遠慮はいらないぜ」

(ソウジさん…ちょっとタイミングが悪いかも…)

エルシャだから笑って受け流してくれたが、もしほかのノーマにこのタイミングでそんなことを言ったら別の意味に聞こえて、逆に拒絶されてしまうかもしれない。

できれば、クルツには黙ってほしかったとチトセは思っている。

そして、予想通りに下種な意味に聞こえてしまったノーマがすぐ近くにいた。

「下心丸出しですり寄ってくる男を信用できるかよ!」

任務から帰ってきたばかりのいつもの3人組の中のヒルダがギロリとソウジとロックオン、そしてクルツをにらむ。

特に自分の似た声で嫌な遊びをしていたクルツには殺意のこもった目線を向けており、さすがの彼もビクリとおびえてしまった。

「失礼だな、ヒルダちゃん。これでも、その辺りはオブラートに…」

「ソウジさんは黙ってください!(結局、そういう意味で言ってたのね…。ちょっとでもいいなと思って私が馬鹿だった!!)若干2名そういう人がいるけど、そんな言い方はないんじゃない?」

ソウジとクルツはともかく、アレルヤとロックオンは純粋にアンジュのことを心配し、助けようとしている。

ノーマがどれほど人間として扱われていないか、どれだけ傷ついているかはノーマではないチトセには分からない。

しかし、そんな好意を邪推するヒルダが許せなかった。

一方、クルツも何か言おうとしていたようだが、マオに口をふさがれ、しゃべれなくなっていた。

「あんた…男の中でチヤホヤされていて、いい気になってないかい?」

「チヤホヤってどういう意味よ?」

「カマトトぶってんじゃないよ。男に頼り切りのメス犬が」

「おい、ヒルダちゃん。さすがにその発言は聞き捨てならないな」

ヒルダのあまりの暴言にチトセが拳を握りしめる中、ソウジはヒルダをにらむ。

「へっ、なんだよ。私は事実を言っただけだ」

「何が事実だ。チトセちゃんのことを何も知らないくせに…知ったような口をきくな!取り消せ!!」

先ほどの軟派なソウジとは思えない剣幕にヒルダはひるみ、1歩後ろに下がってしまう。

チトセとなぜかその場にいるナインもソウジの意外な一面を見て、驚いた表情を見せていた。

「ちっ…だから、男は信用ならねえんだ!」

言い返せなくなったヒルダはその場を立ち去ろうとするが、ナインに腕をつかまれてしまう。

「おい、離せよ!!」

「キャップの言う通り、姉さんへのその発言の取り消しを要求します」

「ナイン…」

「ありがとう、ソウジさん、ナイン。言っても聞くような相手じゃないから」

ソウジとナインが自分のために怒ってくれたことをチトセは感謝している。

しかし、頑ななヒルダが簡単に聞いてくれるとは思わないうえに今はアンジュの捜索が重要だ。

こんなことで余計な問題を増やすような真似をしたくなかった。

「ご理解いただき、ありがとうございます」

ニヤリと笑いながらヒルダはわざとらしい恭しさで上っ面な感謝の言葉を述べる。

これで帰れると思ったようだが、そう簡単に問屋はおろさなかった。

「では…今はその話を保留とします。そのうえでヒルダさん…あなた、アンジュさんに何をしたんですか?」

「知らないね」

即座に答えたヒルダだが、その発言と共にナインを内心警戒し始めていた。

ロザリーとクリスからナインのことは聞いており、彼女がアンジュのことを嗅ぎまわっている可能性があることは容易に予想できた。

「では、合理的な解決方法としてロザリーさんとクリスさんに聞いてみます」

「え…?」

「あ、あたしたち…!?」

ナインに目を向けられたロザリーとクリスが驚きと共に声を上げてしまう。

その反応から、あの2人が犯人、もしくは何かを知っていることは誰にでも悟ることができた。

「ロザリーとクリスに手を出したら私が許さないよ!!」

焦ったヒルダはギロリとナインをにらみながら叫ぶ。

しかし、アンドロイドであるナインにはそのような脅しは無意味だった。

これでヒルダ達がアンジュのことで何かをやったことは発覚した。

あとは証拠を探せばいいだけだが、ナインはそのヒルダの言動の中でもう1つのものを感じていた。

「優しいのですね、ヒルダさんは」

「な、何だよいきなり!?」

いきなりヒルダにとっては心外な発言が飛び出し、腕を無理やり振りほどくことを忘れてしまう。

しかし、アンドロイドであるナインでもヒルダのロザリーやクリスを守ろうとする思いは理解できる。

「その優しさをどうしてアンジュさんには向けられないんですか?」

「あいつは…隊長を殺したんだぞ!」

自分が慕っていたゾーラを殺したアンジュを許すことができない。

ゾーラと同じ目に遭わせてやりたいという思いがヒルダを支配していた。

「でも、アンジュはゾーラ隊長のお墓を買ったよ」

「少なくともアルゼナルのルールでは、償いを果たしているわ」

確かに、墓を建てることで償いを果たしていることはヒルダも分かっている。

しかし、現実に法の裁きを受けたとしてもその犯人を許せない人がいるように、感情をそのような論理で抑えることができない人もいる。

ヒルダがその1人だ。

それが決して悪いことではないのは確かだが、どこかで折り合いをつけなければ、先へ行くことができない。

ついにヒルダの怒りの矛先がアンジュを弁護するエルシャに向けられる。

「わっかんないねえ、なんであんな奴を助けようとしてんのか?エルシャお得意のおせっかいって奴か?」

「ヒルダちゃんがアンジュちゃんを許せないのは分かるわ。機体に何か細工をしたくなるのも」

「…」

何か口答えしようとしたら、墓穴を掘るだけ。

自分がそんな利口な生き物じゃないとわかっているヒルダは沈黙する。

「でも、誰かが受け入れてあげないと彼女は永遠に独りぼっち…。そんなの悲しいじゃない?同じノーマとして」

人間としての尊厳を奪われたノーマがその傷をいやすことができるのは同じノーマだけ。

そのノーマ同士が憎みあい、傷つけあうのはそんな始祖連合国の人間たちを楽しませるだけだというのをエルシャは理解していた。

ノーマだからこそ、マナを使わなくても人間以上に結束できるはずだ。

だが、そんな考えをヒルダは理解できない。

「知るかよ。こっちを否定したのはあのイタ姫だろうがよ」

「…それにね、アンジュちゃんって似てるのよ。昔のヒルダちゃんに…だから、お姉さん…放っておけないの」

「ハハッ!似てる?あんなクソ女と…?殺しちゃうよ…あんたも」

2度目の心外な発言だが、今回のそれはあまりにも不快だった。

隊長殺しで、おまけに自分達ノーマを仲間としてみていないアンジュと自分が似ているわけがない。

だが、どこか思い当たる節があったのか、殺意を示すことでしか否定できなかった。

とげとげしい発言に慣れているエルシャは怒りもせず、やんわりとヒルダの言葉を受け止めていた。

沈黙が流れる中、格納庫の扉が開き、サリアが入ってくる。

「やめなさい、ヒルダ。隊長命令よ」

「ちっ…またうるさいのが出てきた」

「あなたも副隊長として、自分の立場と責任を自覚しなさい」

ゾーラ戦死により、副長だったサリアが隊長に昇進し、その後釜としてジルがヒルダを指名した。

副長としては彼女以上にエルシャがふさわしいのではという声もあったが、ヒルダのメイルライダーとしての技量が買われる形で通ることとなった。

そんなヒルダだが、そのような他人からつけられる肩書は嫌いだった。

ノーマなどという他人が勝手につけた方が気のせいで今はここにいる。

そんな肩書に翻弄される人生はもうたくさんだった。

「さすがに司令の飼い犬は聞き分けがいいね」

それに、生真面目なサリアとは馬が合わない。

あんな女の下について戦うのはヒルダにとって不快でしかない。

サリアもヒルダの自分から敵を作り続け、問題を起こし続ける態度が嫌いだった。

「その言葉…取り消しなさい」

「嫌だね」

「やめろって二人とも、こんなところで争ってどうすんだよ!?」

さすがにこれ以上は放置していられないとソウジは仲裁に入ろうと割って入る。

だが、ヒートアップした2人には当然逆効果だ。

「部外者は…」

「黙ってなさい!!」

一斉に2人はソウジのそれぞれの足を踏んづける。

指先から伝わる痛みに耐えながらも、ソウジはその場を動かなかった。

「もう部外者じゃないわよ!だから、言わせてもらうわ…」

ソウジの行動に喚起されたかのように、チトセもついにため込んでいたものを吐き出そうとする。

「やめろ、如月。2人と同じことをしてどうする」

宗介の冷静な言葉を聞き、チトセは自分の中の熱に気付く。

このままでは2人と共に不毛な火遊びを始めていたかもしれないと思い、宗介に感謝するとともに吐き出そうとしていたものを腹に戻した。

「で、サリア。あんたが来たということは、今日の捜索プランが決まったってことだろ?」

ソウジに2人の意識が向いている今がチャンスと、マオはサリアに本来の仕事の話を始める。

そんなつまらない言い争いよりもそちらの方が有益だ。

サリアはソウジから足をどかすと、気を取り直して話し始める。

「司令は捜索範囲拡大のために外部への協力を依頼しました。我々は彼らの連絡を待って動きます」

「このアルゼナルに協力者が…?」

「私も初耳でしたが、そことは以前から交流があったとのことです」

(以前から交流…彼らか…)

アサギらの存在、そしてパラメイルに使用されている発砲金属などの技術。

ティエリアにはその協力者の正体が見えていた。

 

-アンジュが漂流した島-

「…どうなの?」

木陰に立ち、警戒するように砂浜にいる青年を見ながらアンジュは口を開く。

砂浜には漂流したヴィルキスがアサルトモードのまま横たわっていて、青年がバックパックのあたりにあるエンジンを調べていた。

この1週間、どうにか島から出られるよう青年と一緒に整備を行っていた。

アサルトライフルは紛失したものの、ラツィーエルと凍結バレットがまだ使える。

あとはエンジンの不具合をどうにかしたら、いつでも飛ぶことができるが、生憎アンジュは座学で学んだ程度の整備知識しかなく、パラメイルの中でも複雑な箇所であるエンジンに手を付けることができなかった。

そのため、今はパラメイルについて知らないはずの青年が1人でエンジンの修理にとりかかっている。

そんな中、青年はエンジンから何かを取り出し、それをもってアンジュの元へやってくる。

「君のパラメイルのエンジンがおかしい原因がわかったよ」

あんまり触りたくないのか、タスクは排気口のあたりで見つけたボロボロの衣類を置く。

海水で濡れていて、排気ガスを間近に受けたせいで悪臭を発しており、よく見るとそれは女性用の下着ばかりだった。

よく見るとどれも派手ながらや気取った飾りがついている。

「悪趣味な下着…やっぱり、あいつらの仕業ね…」

こんな下着で、ねちねちとした仕掛けをする人間は1人しか思い浮かばない。

その人間の笑い顔を思い浮かべ、アンジュは怒りをあらわにする。

もし無事に帰ることができたら、あの女のパラメイルを八つ裂きにしてやる。

そんなことを考えて、アンジュはヴィルキスに乗る。

アンジュの登録情報を読み取ったヴィルキスのエンジンが動き出し、安定した状態になる。

「やっぱり…あれのせいでエンジンがオーバーブローを起こして飛行不能になったんだと思うよ」

「随分と詳しいのね…」

見た目は優男で、このような技術とは無縁な無人島で生活する彼がどうしてアルゼナルにしかないパラメイルのことをここまで知っているのか。

しかも、自分の手で家を作り、更にはどこかで学ばなければ仕留めるのも難しい熊を1人で仕留めていた。

ただの無人島暮らしの世捨て人には思えなかった。

「…ここにはパラメイルの残骸が流れ着くからね。そのパーツを拾っていたら、なんとなくだけどわかるようになったんだ」

彼の言う通り、このエリアDでパラメイルのパーツが漂流することはあり得る話だ。

この1週間生活している中で、ずっと前に撃墜されたと思われるパラメイルの残骸が流れてくるのが見えた。

また、彼の家から見える少し小高い崖にはそうしたパラメイルの中にあったというノーマたちの遺体が彼の手で埋葬されている。

アンジュが見た残骸の中にはそういった遺体がなかったのは彼女にとっては幸いかもしれない。

白骨化、もしくは腐乱していたり、人の形をとどめていないような遺体を見たら、きっとアンジュはおかしくなっていただろう。

だが、アンジュは彼の答えが納得できなかった。

「タスク…そろそろ聞かせてもらおうかしら?」

青年、タスクをにらみながら、アンジュはもう1度尋ねる。

ここまで追及されるとは思わなかったのか、タスクは表情をゆがめる。

「あなたはパラメイルのことを知っている。…始祖連合国の人間なの?」

「…」

「あなたはマナを使わない。でも、男のノーマは存在しない。一体、この島で何をしているの?」

この1週間、アンジュはタスクがマナを使ったのを見たことがない。

マナがあれば、パラメイルの修理のここまで時間がかからなかっただろうし、使えるならすぐに使っていたはずだ。

マナが使えない男の時点でエリアDや始祖連合国の人間としては異常過ぎる上にパラメイルの整備知識やサバイバルの技量を持ち合わせている。

そんなタスクの正体をアンジュは知りたかった。

だが、青年は気を取り直して、少し間をおいてから答える。

「只のタスクだよ、俺は…」

「そうじゃなくて…!」

「バカンスってことじゃ…駄目かな?」

「ごまかさないで…!」

またはぐらかそうとするのかと、アンジュはホルスターから銃を出し、タスクに向ける。

弾が入っているのか、それに海に使ったこれが発砲できるかは知らない。

とにかく、彼の正体を知るためなら使える手段は何でも使うつもりだった。

だが、タスクの手を上げておびえる表情、そして始祖連合国では見たことがない温和な彼であること、そして自分の命を救った恩人であることも手伝って、これ以上追及するのが馬鹿らしくなった。

「…いいわ、それで」

「本当!?」

銃をしまうアンジュを見て、タスクは半分安心、半分警戒した様子で確認するように尋ねる。

「誰でも言いたくないことはあるわ。だから、あなたが答えたくないなら、それでもいい。貴方の世話になったのも事実だしね」

「よかった!君のことだから、殴ったり、威嚇射撃したり、拷問したりしてでも白状させるのかと思ったよ!」

「な…何を言ってるのよ!?」

まるでアンジュが目的のためなら手段を択ばない凶暴な女、某悪役をパッケージに堂々と配置するゲームに登場する狂気に満ちた悪役のような言い草にさすがのアンジュも動揺する。

確かに自分は暴力を振るうことがあるが、故無くそんなことをした覚えはない。

あくまでも彼女の基準で、だが…。

「だって、この1週間…俺、何度殴られ、何度簀巻きにされ、何度殺されかけたかわからないもの…」

体の節々から感じる、その時の痛みがよみがえってきて、苦笑いをする。

その時の状況を思い出したアンジュは顔を真っ赤にする。

「それは全部あなたのせいでしょう!?私を裸にしたうえに胸を触って、股間に顔を突っ込んで、挙句に股間にキスまでして…!!」

王女としての生活でも、ノーマとしての生活でも男にそのような破廉恥な真似をされたことはない。

おまけにそれが毎日のように発生していたら、たとえアンジュでないとしてもタスクは多かれ少なかれ傷を負うことになっただろう。

「誤解だって、それは!!最初に裸にしたのは服を乾かして、体が冷えないようにするためで、胸を触ったのと股間に顔を突っ込んだのは転んだ時の不可抗力で、股間のキスは蛇に噛まれた傷口から毒を吸い出しただけじゃないか!」

ラッキースケベはともかく、少なくともアンジュのためを思ってそうした行動をとったというのがタスクの言い分だ。

確かに、そのおかげで体が冷えずに済んだし、蛇の毒で死ぬこともなかった。

それについてはアンジュも納得している。

「ふーん…でも、内心は何を考えていたんだか…」

「はぁ、女の子が気を失っている隙に豊満で形のいい胸の感触を存分に確かめようとか、無防備な肉体を隅々まで味わおうとか、女体の神秘を存分に観察しようとか、そんなことをするような奴に見えるっていうの?」

饒舌すぎるタスクのスケベの心理を代弁するかのような言葉の後、波と風の音だけが周囲を包んでいく。

少し考えるそぶりを見せたアンジュだが、この1週間一緒に生活したこともあり、タスクがそのようなことを故無くするはずのない、誠実な男に思えた。

「そんなこと…しないと思う…」

「分かってくれたならいいよ」

「うん…」

「パラメイルの通信機も直ったよ。さあ、仲間に迎えに来てもらいなよ」

タスクはヴィルキスの通信機に触れようとするが、アンジュはうつむいた表情を浮かべつつ、それに目をそらす。

「どうか…したの?」

「直したって、無駄よ」

「え…?」

「連絡したって、誰も来ないし、帰ったって、誰も待っていてくれないもん…」

ノーマたちを拒絶し続け、ゾーラの死因を作ったことでヒルダ達に憎まれている。

そんな自分のことを心配する人はいないし、助けてくれるはずもない。

自分がまいた種だということは分かっている。

だが、アルゼナルに帰ったとしても、仲間として受け入れられるか、そして自分が仲間として受け入れることができるか、その自信はなかった。

「そっか…」

アンジュに共感するかのように、タスクも悲しげな表情を浮かべたが、何かを思いついたかのように表情を明るくする。

「じゃあ、ここにいればいいよ。このままずっと…」

タスクの提案にアンジュはハッとする。

ここにはタスク以外に誰もいないし、彼は自分を受け入れてくれる。

王女時代に会ったような豪華なご飯も、アルゼナルでエルシャが用意してくれるようなおいしいご飯はそこにはない。

しかし、少なくともボロボロな人間関係を引きずることなく暮らすことができ、戦うことでしか生きることができないアルゼナルと比べると天国だ。

「ここでの暮らし…楽しかったし…」

「じゃあ…」

「あ、もう宵の明星が見える…」

ヴィルキスから降りたアンジュは砂浜で腰掛け、空に浮かぶきれいな1つの星を見る。

ヴィルキスの修理をして、話し込んでいたらすっかりまた日が暮れようとしていた。

まだ仕留めた熊の肉と木の実、水が残っているため、今日の食事の心配はいらない。

「空の一番高くで輝く、たった一つの星…きれいね…」

ノーマとして、アンジュとしての生を歩み始めてから、アンジュはこうして夜空の星を見る余裕を失っていた。

そんな余裕を取り戻してくれたタスクとの無人島生活に静かに感謝しつつ、アンジュはそれを見つめ続ける。

「…君の方が、きれいさ…」

「え…?」

空耳かと一瞬疑い、タスクに目を向ける。

タスクもヴィルキスから降りて、アンジュの隣でその星を眺めていた。

だんだんドキドキしはじめ、アンジュはゆっくりと手をタスクの手の上に置く。

このような気持ちはアンジュリーゼとして生きていたときでも感じたことがなかったが、心地よいものだった。

2人はゆっくりと顔を見合わせる。

「君が良かったら、ずっと俺と…」

「タスク…」

アンジュは目を閉じ、ゆっくりと顔をタスクに近づけていく。

タスクもその空気に従うように、眼を閉じてアンジュに顔を近づけていった。

そして、互いの唇が振れるか触れないか、そんなところで後ろの森から草をかき分ける音が響いた。

「誰!?」

即座にアンジュはホルスターの銃を抜き、音が聞こえた方向に向ける。

こんな心地よいムードを台無しにしたのはどんな動物か。

出てきたら泣いて許しを請うまで何度でも発砲してやる。

引き金の指をかけながら待っていると、草むらから出てきたのは紫をベースとしたオーブのノーマルスーツを着用した青い髪の男だった。

彼は両手を上げていて、戸惑った様子で2人を見ている。

「脅かすつもりはなかったんだ…銃を下してくれ」

星空の下、年頃の男女が2人っきりでロマンチックな時を過ごしているのに水を差してしまったことに気付き、男は即座に詫びを入れる。

さすがに人間を撃ち殺したら目覚めに悪いと思い、発砲はやめたものの、こんなところにノーマルスーツ姿で来るような人間は普通ではないため、警戒を辞めない。

「何者!?」

アンジュが銃を向け続ける間、タスクはそばにあったランタンに火をつけてその明かりで彼の顔を見る。

しかし、その顔はどこかで見覚えがあり、タスクは記憶の中からその顔の人物を引っ張り出す。

「アスラン…アスラン・ザラか!?」

「2年ぶりだな、タスク。まだこの島にいたとは思わなかった」

タスクの声を聞いたアスランは既知の人物にあいさつをする。

彼の知り合いだと知り、それなら問題ないと判断したアンジュは銃を下した。

「知り合いなの?」

「君と同じだよ。3年前、トラブルに遭って、この島に流れ着いたんだ。そこで島の裏の洞窟で女の子と一緒にいるところを僕がお邪魔しちゃって…」

「俺はその時の借りを返せた、というわけか」

3年前、プラントと地球連合の戦争の際、プラントに所属していたアスランはアフリカから当時に地球連合、というよりもユニオンの本拠地であるアラスカ基地へ向かう戦艦、アークエンジェルの追撃の任務に就いていた。

そんな中、戦闘によって乗っていた輸送機が沈み、アスランは乗っていたモビルスーツと共に海へ転落し、そのままこの島に流れ着いた。

その時、輸送機を撃墜した少女ともみあいになるも、なし崩しでこの島で助けを待つことになった。

タスクがお邪魔するときまでは誰かがこの島にいるとは思っておらず、しかもそこがエリアDの一部だということは後になって分かった。

ちなみに、その時であった少女が今のオーブ連合首長国のオーブ五大氏族の1つであるアスハ家の養女であるカガリ・ユラ・アスハで、アスランの婚約者だ。

なお、アスランとカガリの結婚については現在は混とんとした世界情勢の立て直しを優先したいというカガリの意向からまだ未定となっている。

「い、い、言っておくけど、私とこいつ…そんな関係じゃ…じゃじゃじゃ、ない、から…!!!」

あわやキスをする半歩手前の状況を見られた挙句、置いていかれそうになったアンジュは真っ赤になったままアスランの誤解を解こうとするが、そのような真っ赤な顔とかみまくりの発言では解く方が難しい。

だが、ここで何か聞くのは野暮だと考えたのか、アスランは突き詰めて聞くのを辞めた。

「じゃあ、この1週間のことはアルゼナルに報告してくれ」

「あなた…何者?」

なぜ、アルゼナルのことと自分がアルゼナル所属であることを知っているのか。

再び現れた謎にまた警戒心を強めていた。

「俺はオーブの軍人だ。アルゼナルのジル司令の依頼で君を探しに来た」

「司令の…!?」

オーブとアルゼナルの関係を聞こうとしたアンジュだが、それを遮るかのようにドラゴンの鳴き声が聞こえる。

「ドラゴン…!?こんなところまで来たのか!?」

「あなた、ドラゴンを知っているの!?」

「オーブは秘密裏にアルゼナルに協力してきたからな。一通りのことは聞いている」

「ヴィルキスの修理は終わってる!早く乗るんだ!」

「分かったわ、でも…タスクは!?」

おそらく、自分の機体を持ってきているであろうアスランは別として、問題なのはタスクだ。

彼が所有している黒いエアバイク以外、彼にはドラゴンと戦うための武器があるように見えない。

スクーナー級であれば、ビームやカッターのような翼に注意さえすれば、ナイフでも倒すことができるかもしれないが、ガレオン級となるとアーキバスのようなパラメイルがないと無理だ。

「大丈夫。どうにかするさ!」

タスクは家に向かって走っていった。

「タスク…」

「あいつなら、どうにかするさ。俺は機体を取りに行く。君はパラメイルで!」

「ええ!死ぬつもりなんてないもの!」

そう叫ぶとともに、ヴィルキスは浮上を開始する。

そして、納刀していたラツィーエルを抜いた。

家についたタスクは上空に飛ぶヴィルキスをじっと見ていた。

(ヴィルキス…そして、それに乗る者…。俺は、それを守らなければならない…)

タスクが視認できるだけで、スクーナー級が5匹から6匹。

そのうちの1匹で浮上したヴィルキスに向けてビームを発射するが、ラツィーエルでビームが両断される。

ビームを撃ったばかりで、動きが止まったところをどこからか羽のようなユニットが2つ飛んできて、ビームの膜を作った状態で両翼を貫く。

飛ぶ手段を失ったスクーナー級は叫び声を上げながら海へ転落した。

「この攻撃…もしかして!」

北側に目を向けると、そこには赤いガンダムが飛行して此方にやってきていた。

関節部分が銀色に輝き、背中に搭載レている大型のリフターには戻ってきた2枚を含めて4枚の羽型のユニットが搭載されている。

「アスラン・ザラだ。これより援護する!」

通信機にアスランの声が響くとともに、そのガンダムはビームライフル2発でスクーナー級を1匹ずつ撃ち抜いた。

だが、アンジュはどこか不機嫌そうに彼のガンダムを見ていた。

そんな彼女の顔をアスランは通信用モニターで見えていた。

「どうした?邪魔をしたことを怒っているのか?」

「そうじゃない。でも今は…その機体の色を見るとムカムカするのよ」

「はぁ…?」

ヒルダのグレイブの色と比較すると、アスランのガンダムの色は暗い赤で、厳密にいうと若干色が異なる。

しかし、アンジュにとっては赤であることは変わりなく、こうなった原因を作ったヒルダへの怒りが徐々に高まっていった。

「こうなったら、ドラゴンに八つ当たりよ!」

アンジュはヴィルキスをドラゴンに向けて突っ込ませる。

ラツィーエルと凍結バレットしか使えない状況では、こうして懐に飛び込まなければドラゴンを倒せない。

スクーナー級が翼を巨大化させ、それで両断しようとするが、それをラツィーエルで受け止める。

一番小さいドラゴンだがやはりドラゴンで、両手を使わなければヴィルキスが競り負ける。

もう片方の翼がアンジュに迫るが、その前にアンジュはコックピットを開き、拳銃をスクーナー級の頭に向けて発砲する。

突然、銃弾を頭に叩き込まれたスクーナー級が動揺で体をぐらつかせ、翼に与えている力が弱まった隙にアンジュは距離を取り、コックピットハッチを閉じてそのスクーナー級の真上へ飛ぶ。

そして、そのまま海面と垂直になるように落下していき、スクーナー級をラツィーエルで真っ二つに切り裂く。

両断されたスクーナー級の血がべっとりとヴィルキスの装甲とラツィーエルの刀身を濡らす。

(あのまま…あの島で一生過ごしてもいいって思ってた…)

戦う必要がなく、タスクもハレンチなことをしてくるが悪い男ではない。

王宮ほどではないが、ここで暮らすのも悪くないと思っていた。

しかし、アルゼナルでメイルライダーとして生きてきたせいか、ドラゴンを見ると眠っていた闘争本能が燃え上がる感じがした。

それを偽ることはできない。

「私は…戦って生きる!!」

タスクとの生活へのささやかな未練を吹き飛ばすようにアンジュは叫ぶ。

「カガリから聞いたとはいえ、本当にドラゴンがいるとは…」

アンジュの援護のため、ビームライフルとビーム砲でドラゴンを射撃しながらアスランは生まれて初めて見るドラゴン達への驚きを漏らす。

カガリもこの話は3年前の大戦終了後、オーブの復興を行う中で養父であるウズミ・ナラ・アスハが残したデータバンクを調べる中で初めて知ったとのことだ。

そして、秘密裏にアルゼナルに支援を行っていたことも。

なぜウズミが彼女たちの支援を行っていたのかは彼がもうすでに死んでいることからわからない。

だが、そのことはアスランにとってはどうでもいいことだった。

「もしドラゴンが人類の敵ならば、やってみせる。このインフィニットジャスティスで」

新たなリフターであるファトゥム02に搭載されている羽型ユニット、ブレイドドラグーン2基が分離し、それらがビームを発射しながら残ったスクーナー級へ接近していく。

スクーナー級がそのユニットを破壊しようとビームを発射するが、まるでそれを読んでいたかのようにブレイドドラグーンは回避し、死角に回ってから再びビームを発射する。

避けようと試みるが、更に牽制射撃としてジャスティスがビームライフルを発射しながら接近してくる。

複数の方向からの同時攻撃を受け、ボロボロになったスクーナー級にとどめを刺すかのように、アスランはビームサーベルでそれを切り裂き、絶命させた。

「これで一安心ね」

ブレイドドラグーンを戻したアスランにアンジュは通信を入れる。

増援のドラゴンはないようで、無人島に再び静寂が戻ってきていた。

「そういえば、さっき俺のジャスティスを見てムカムカしたと言っていたが…」

「ええ。知り合いの機体と同じ色をしていたから…」

「仲が良くないみたいだな。実は俺も、君の機体を見て、友達の機体を思い出したよ」

アスランは今はプラントにいる親友と彼が乗っているモビルスーツを思い出す。

何を考えているのかわからない、甘ったれだが友達想いな男で、手の焼く弟のように思えた。

彼がプラントにいるのは恋人であり、現在のプラント最高評議会議員であるラクス・クラインを守るためだ。

アスランは反対にオーブでカガリを守っていることから、直接会うチャンスが少ないが、それでも良好な関係を保ち続けている。

「ヴィルキスに似た機体…?」

アンジュは王女としてミスルギ皇国で暮らしていたが、その中では外の世界の話を聞くことがなかった。

むしろ、アルゼナルの方がそうした話が入ってきていて、詳しいほどだ。

事実として、アンジュは前大戦の英雄であるはずのアスランのこともジャスティスのことも知らなかった。

だから、アスランからそのような話をされてもピンと来ない。

「白と青のボディと翼…戦い方はともかく、機体はあいつとよく似ている」

「そ、そう…」

「…!?何か来るぞ!」

ジャスティスのセンサーが別方向からの熱源反応を感知し、ジャスティスの向きを転換させる。

「新手…!?」

「なんだ、あの機体は…!?」

白とライトブルーを基調としていて、下部にビーム砲付きブースターを取り付けた戦闘機のような機動兵器が20機以上ジャスティスとヴィルキスに向けて接近してきている。

見たこともないその機体の軍団にアスランとアンジュは驚きを隠せなかった。




機体名:インフィニットジャスティスガンダムリペア
形式番号:ZGMF-X19AR
建造:オーブ軍モルゲンレーテ社
全高:18.9メートル
全備重量:79.69トン
武装:14mm2連装近接防御機関砲、17.5CIWS、グリフォンビームブレイド×2、シュペールラケルタビームサーベル×2、高エネルギービームライフル、ビームキャリーシールド(グラップルスティンガー、シャイニングビームブーメラン内蔵)、ファトゥム02(ハイパーフォルティスビーム砲×2、ブレフィスラケルタビームサーベル、シュペールラケルタビームラム、ブレイドドラグーン×4内蔵)
主なパイロット:アスラン・ザラ

1年前の大戦でファトゥス01喪失などの損傷を受けたインフィニットジャスティスガンダムを終戦後にオーブ軍が改修を行ったもの。
機体そのものの改修がわずかであったため、基本的に性能面に変化はないものの、新たに地球連合とザフト、オーブの否戦派の集まりであるターミナルとつながりのある秘密工房、ファクトリーが試作したファトゥム02がバックパックとして装備されている。
01では両翼に装備されていたグリフォンビームブレイドを廃し、切断能力とビーム砲の2つの機能を兼ねた4基のブレイドドラグーンが搭載されている。
刃となる個所に薄いビームの膜を纏うことでビームサーベルとしての機能を併せ持つことが可能だが、本来はGN粒子がその役目を果たすことと実験武器としてのニュアンスが強いうえ、オーブでも地球連合でもGN粒子を使わずにビームと実弾の特性を併せ持つ技術が確立されていないこともあり、その膜を展開させることができる時間が30秒足らず。
更に、展開中はビーム砲の同時使用ができないといった課題がある。
なお、ニュートロンジャマーキャンセラー搭載モビルスーツの保有についてはユニウス条約が事実上破棄された状態であることとオーブが現在地球連合に入っていない(2度の大戦に巻き込まれた経験から、アメリカのような孤立主義の考えが国内世論で出ているため)こと、疑似太陽炉搭載モビルスーツの登場によってニュートロンジャマーキャンセラー搭載モビルスーツの価値が相対的に落ちていることもあり、黙認されている。


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第28話 アールヤブ

機体名:レイザー
形式番号:AW-GSX232(VV)
建造:アルゼナル
全高:7.4メートル
全備重量:3.65トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、超硬クロム製ブーメランブレード「ブンブン丸」、凍結バレット
主なパイロット:ヴィヴィアン

アルゼナルが次期エースメイルライダー用パラメイルとして試作したもの。
アーキバスを上回る出力のエンジンが取り付けられ、装甲も機動力確保のため、可能な限り削減されている。
そのため、一撃でも攻撃が命中したら即撃墜の可能性をはらんでおり、おまけに搭載するエンジンのコストの都合から試作機1機を残して開発計画は中断することとなった。
その試作機をメイルライダーの中で特に高機動戦闘で適性の高かったヴィヴィアンが搭乗しており、Dスレイヤーの代わりに1800万キャッシュを即金で支払って購入したブンブン丸を装備している。
なお、ブンブン丸の整備はアルゼナルでもできるようだが、メイ曰く「アルゼナルで作れるものではない」とのこと。


-エリアD 無人島周辺-

「なんだ…!?あの人型兵器は!?」

次々と飛んでくる青いビームをビームシールドで時には受け止めて回避するアスランは目の前の謎の機動兵器に驚きを見せる。

GN粒子を使用せず、Nジャマーやディストーションフィールドを使っているようには見えない。

装甲もEカーボンやフェイズシフトではないようで、もし軍人ではなくただの機械オタクとしてその機体と出会うことができればと思ってしまう。

「くっ…!何よ!?エリアDにはドラゴン以外にも敵がいるってことなの!?」

ラツィーエルでビームを凌ぎつつ敵機に向けて接近するアンジュはその謎の機動兵器とどう戦うべきか考えていた。

スクーナー級のドラゴン程度なら、ラツィーエル1本でもどうにかなるかもしれないが、あの機動兵器は遠距離攻撃主体なうえに機動力は先ほどのスクーナー級よりも上。

「君は下がれ!剣1本だけでは…」

「言っておくけど、私は退くつもりはないわ。彼らを放っておいたら…」

アンジュの視線がうっすらと1週間タスクと過ごした島へ映る。

あの島にはノーマとなり、自暴自棄になった自分にささやかな平和な暮らしを与えてくれた。

そんな島を、王女としてでもメイルライダーとしてでもなく、1人の少女として受け入れてくれた青年の暮らす島を守りたい。

それが自分にとって不利な条件だとしてもだ。

「この反応は…!?」

南から2つの大きな熱源反応を感知し、それがこちらに近づいてくる。

「トレミー!?それに、あの潜水艦は…!?」

トレミーはともかく、同行している大型潜水艦とそこからグゥルのようなサブフライトシステムに乗って出撃する4機のアーム・スレイヴ、トレミーから発進する黒いモビルスーツモドキはアスランにとって知らない存在だ。

(スメラギさん…彼らは何者なんだ??)

何も知らないアスランはその未知なうえに技術系統も異なる機動兵器が混在するソレスタルビーイングに困惑していた。

「やっほー、アンジュ!無事だったんだねー!」

フライトモードのレイザーから身を乗り出したヴィヴィアンが両手を振ってアンジュに声をかける。

「ヴィヴィアン…」

「もう、心配したのよ」

「私を…??」

ヴィヴィアンとエルシャの声が通信機から響き、その声色から彼女たちが本気で自分を心配してくれていたことが分かった。

しかし、こんな自分を心配してくれる理由がわからない。

ヴィヴィアンにはせっかくくれたペロリーナのキーホルダーをぞんざいに扱ってしまった上に、エルシャにはせっかく作ってくれたご飯を本当はおいしかったのに、ノーマの作ったものは食べれないと目の前で捨ててしまった。

そんなノーマというだけでひどい仕打ちをしてしまった自分を許し、助けるためにここまで探してくれた2人に驚くとともに、そんな自分を受け入れてくれることに感銘を受けた。

「言っておくが、俺たちもだぜ!」

「そうそう!せっかくのツボミが開く前に散るのは惜しすぎる!」

「そういった言動がヒルダさんの男性不信を加速させるのです」

「そうだ、ナイン!もっと言ってやれ!!」

「ちっ…」

クルツの卑猥なトークにツッコミを入れるナインとそれを煽るマオがいる中で、アンジュの無事な姿を視認したヒルダは舌打ちする。

本当は救出に行きたくなかったのだが、アンジュの居場所を知ったであろうジルが無理やり出撃を命じられた。

拒否した場合は1か月間ただ働きな上に3人そろって今持っているキャッシュの3分の2を没収するというとんでもない処分が待っていることから、ロザリーとクリスと共にしぶしぶ出撃する格好となった。

「助かったわ、アスラン。あなたがアンジュを見つけてくれたのね」

「お久しぶりです、スメラギさん。現在、俺たちは未確認機と交戦中です。援護を頼みます」

「あれは…!?」

「間違いない」

ティエリアと刹那は見覚えのあるあの青い機体に驚きを見せていた。

別世界の機動兵器のはずのこれらがなぜ、今ここにいるのか?

「アール…ヤブ…?」

ヴァングレイのカメラと網膜投影を行ったナインはその機体の隅に刻まれている、その機体の名前と思われる文字を読む。

文字の種類はデータベースに入っているどの地球圏の文字にも入っていない。

それをなぜ読むことができるのか、ナインにはわからない。

「ティエリアと刹那が旅行先で出会った敵か!」

ロックオンは手始めにGNライフルビットⅡで攻撃する。

発射されたビームを感知したアールヤブは機体前面に青いビームフィールドを展開し、そのビームを受け止めた。

「何!?ビームシールドか!?」

「そんな機能、俺たちが戦っていたときにはなかったぞ!?隠していたのか…それとも」

「スメラギさん、テッサちゃん!あの機体は無人機よ!戦うしかないわ!」

見た目は特に変化のないアールヤブがビームシールドを使ってきたことには驚きつつも、チトセは指揮官2人に情報を提供する。

「エリアD周辺の未確認機なら、私たちにとって敵である可能性が高いわ」

現にアールヤブはヴィルキスを攻撃していた。

ヴィルキスがアルゼナルの所有物であり、アンジュがアルゼナルのメイルライダーである以上、それらを攻撃した時点でここでやるべきことは決まっている。

「機械相手なら遠慮はいらねえ!てめえらに…八つ当たりだ!!」

「援護するぜ、ヒルダ!!」

「あ…当たれぇ!」

ロザリーとクリスが連装砲とリボルバーで援護射撃を開始し、その弾幕の中でヒルダのアーキバスはアサルトモードになって突き進む。

アールヤブの大きさは小型モビルスーツクラスで、弾丸は容赦なくビームシールドで受け止めていく。

本来なら直線で迫ってくるアーキバスをビーム砲で撃ち落とすはずのアールヤブだが、なぜかビームシールドを展開させたまま動かない。

ヒルダはビームシールドを展開した相手に正面から接近戦を挑もうと考えず、死角となる真下に回り、そこからパトロクロスを突き刺す。

一発だけなら、小型機であるが故の悲しさでひびをつけるくらいのダメージしか与えることができないものの、ヒルダは数珠を繋ぐようにそのひびにむけてもう1度突き刺した。

刃は深々と内部に達し、動力源に達したようで、アールヤブの下部が展開していたビームシールドが消えてしまう。

「よし!!」

「駄目だ!ヒルダちゃん!こいつは分離機能がある!!」

ソウジの叫びに前後し、下部パーツを分離したアールヤブは反転してそのまま戦線から離脱していく。

「逃げやがった…。げっ!?」

逃げていく上部パーツを見たヒルダは拍子抜けしたものの、アーキバスのセンサーが熱源が大きくなるパトロクロスを感知したのを見てハッとする。

急いでパトロクロスごと海に投げ込むと、そこから大きな水柱が発生した。

「自爆装置だと…!?よくもあたしのパトロクロスを…!!」

気に入っていた武器を失う原因になったアールヤブに怒りながら、アサルトライフルで近くのアールヤブを攻撃する。

しかし、アールヤブの装甲はパトロクロスでも2度突き刺さないと貫けない硬さで、アサルトライフル程度では傷をつけることしかできない。

「くそぉ!当たりやがれぇ!」

連装砲を何度も発射するロザリーだが、機動力でもスクーナー級を上回るアールヤブには一向に当たらない。

「ちっくしょう!!なんで当たらねーんだ!!」

リボルバーで攻撃するクリスは何発かアールヤブに命中させているのと対照的で、どうしてなのかロザリーには分からなかった。

アルゼナルの射撃訓練の成績ではクリスはロザリーよりも上で、ロザリー本人の成績はどの訓練でもいまいちパッとしない。

「くそ…!こうなりゃあ、こいつも倒したらキャッシュに換えてもらわねーと、割に合わねえぜ!!」

「ロザリー!無駄弾を使い過ぎよ!」

「うるせえ、サリアのくせに…な!?」

苦手なサリアからの通信に腹を立てるロザリーだが、無我夢中で撃ち続けたがために残弾管理を失念していた。

連装砲が弾切れになっていて、いくら引き金を引いても弾丸が出ない。

「アルゼナル組はやる気ね」

「やる気なのはいいけどよ、火力がなぁ!!」

ポジトロンカノンの照準を定め、アールヤブに向けて発射する。

小型機であるパラメイルとの火力の違いを証明するかのように、発射された陽電子がアールヤブに命中すると同時に大きく膨張する。

周囲にいた2機もその光に巻き込まれ、ビームシールドを展開して受け止めはするものの、威力を軽減するにとどまるだけだった。

光が消えると、ポジトロンカノンが直撃した機体も姿を消していた。

「ヴィヴィアンとエルシャはアンジュの援護に回って!アンジュはエルシャからライフルを受け取って!」

「アンジュちゃん!」

エルシャがリボルバー砲で牽制射撃をしつつ、アンジュにアサルトライフルを手渡す。

アサルトライフルを手にしたとしても、アールヤブを撃墜することはできないが、それでも牽制することくらいはできる。

「…ありがとう、エルシャ」

「あら?」

通信機からアンジュの感謝の声が聞こえたエルシャは彼女の変化を感じていた。

この1週間の間に何があったのかはわからないが、そこで何か彼女に大きな影響を与えるようなことがあったのかもしれない。

それが何かを考えるためにも、今はこの状況を打開する必要がある。

「ライフルが効かないなら、これでどうだぁぁぁ!!」

ヴィルキスに接近しようとしているアールヤブに向けて、レイザーはブンブン丸を投げつける。

パトロクロス以上の強度と切断力を誇るブンブン丸は回転しながら飛んでいき、アールヤブの上部パーツに深々と刺さる。

上部パーツが破壊され、残った下部パーツは制御を失ったのか、そのまま上部パーツと共に海に落ちていく。

「やばいやばい!!ブンブン丸回収しないと!」

慌てて落ちていくアールヤブを追いかけ、刺さったブンブン丸を取り戻したヴィヴィアンだが、その間に側面に2機のアールヤブが迫り、ビームを発射してくる。

「あ…!」

気づいたヴィヴィアンは急いで機体を上昇させようとするが、それよりもビームの方が早く、このままでは命中してしまう。

眼を閉じかけたヴィヴィアンだが、ヴィルキスが割って入り、ラツィーエルでビームを受け止める。

岩が川の流れを両断するように、ビームはヴィルキスがいる場所から左右に分かれていき、レイザーには当たることはなかった。

「アンジュが…あたしを助けてくれた!?」

あれほど排他的だったアンジュがノーマである自分を、仲間として認識していない自分を助けてくれたことにびっくりするヴィヴィアンだが、無性にうれしかったようで、アンジュに向けて笑顔で手を振る。

「まったく…戦場なのに何してるのよ、ヴィヴィアンは…」

 

「ビンゴぉ!」

クルツのガーンズバックから発射される狙撃用ライフルの銃弾がアールヤブのビーム砲の砲口に吸い込まれていく。

アールヤブの装甲をパラメイルのアサルトライフルで貫けなかった以上は、こうした装甲がない場所を狙って射撃する以外にダメージを与える方法がない。

最も、ビームシールドを展開されてしまったら、一か八かの接近戦を仕掛けるしかなくなるが。

「軍曹殿。未確認機の…とりあえずはビームシールドと呼称しますが、長時間の展開は難しいようですね」

「そうだな。だが、そういうタイプの敵とは戦った経験がある。そうだろう」

「肯定。ラムダ・ドライバを使いましょう」

「問題はこいつか…」

ドダイ改に備え付けられている、脇抱え式の大砲に目を向ける。

これはダナンに積み込まれている試作兵器の1つで、通称はプロトデモリッションガン。

ASで運用可能な最大サイズの火砲であるライトメタル製90mm狙撃砲を上回る火砲で、ラムダ・ドライバ搭載機の対艦戦闘用装備として開発されたものだ。

シミュレーション上、その破壊力は戦艦を一撃で撃沈させることができるほどだ。

ただ、ミスリルが所有するラムダ・ドライバ搭載機は現状アーバレスト1機のみ。

おまけに取り回しが劣悪なうえに弾倉が1つだけで、アーバレストには予備弾倉を取り付けるラックがないため、実質発射できるのは4発のみ。

更に、ドダイ改がない状態で出撃する場合は専用のラックを背中に装着する必要があり、アサルトライフルやハンドガン、ボクサーのような追加の銃を同時に装備することが不可能になる。

「だが、今回ばかりはやむを得ないか」

相手が正体不明の未確認機である以上、あらゆる可能性を考えて行動しなければならない。

実戦で使用したことのないこの大砲も、この機体相手に役立つかもしれない。

ラムダ・ドライバを起動し、背中の放熱板が展開していく。

プロトデモリッションガンを手にし、ドダイ改の角度を調整しながら照準補正していく。

(クルツ程ではないが…)

こういう対物ライフルやスナイパーライフルによる狙撃はクルツの仕事だ。

訓練の際にクルツと共に狙撃訓練をしたことがあるが、クルツの狙撃能力はミスリルではナンバー1だ。

生身でも1km以上離れた500円玉をドーナツ状に射貫くことが容易で、おまけにクルツのガーンズバックには本人が邪魔だからという理由で照準補正機能がない。

なお、同じ距離から狙撃する場合は人間の体のどこかに命中するだけでも奇跡な話で、それだけでクルツの恐ろしさがよくわかる。

アルの手を借りて照準を合わせていき、3機が連結したアールヤブに向けられる。

「ロック完了」

「当たれぇ!!」

引き金を引き、プロトデモリッションガンから擲弾が発射される。

発射された擲弾を感知したアールヤブが連結している2機のエネルギーも受け取り、大出力のビームシールドを展開する。

擲弾がビームシールドに接触するとラムダ・ドライバの影響を受けているのか、青い大きな爆発が発生し、その中で3機のアールヤブが消滅する。

「未確認機3機撃破確認。お見事です、軍曹殿」

「そうか…だが、やはり扱いづらいことには変わりないな」

「ですが、データを集めれば、より扱いづらい制式なデモリッションガンの開発が可能になります」

「俺たちの世界に戻ることができれば…の話だがな」

 

「…僕たち共々次元転移してやってきた、という可能性は薄いか」

GNビッグキャノンを最大出力で発射するティエリアはアールヤブの集団がここに現れた理由を頭に浮かべる。

ヴェーダで調べてはいないものの、これまで集めた世界中の報道からはこのような機体が現れ、襲撃を受けたという話は聞かない。

仮に自分たちと一緒にこの世界に飛ばされたとしたら、それからかなり1週間以上経過しているため、彼らが何らかの事件を起こしたとしてもおかしくない。

仮に報道規制をかけたとしても、その場合は地球連合軍が動きを見せるはずだが、それも見られない。

ビームが消え、射線上にいた5機のアールヤブは消え、接触した3機は破損パーツを放棄して離脱していく。

「パラメイルやアーム・スレイヴの火力では奴を倒せない。モビルスーツでやる!」

MAに変形したハルートがパラメイルを上回る機動力でアールヤブを翻弄する。

アールヤブの唯一の武装であるビーム砲は下部パーツについては正面しか発射できず、上部パーツの左右のものは背後に砲口を向けることができない。

それに加えてハルートには超兵であるアレルヤとマリーが乗り込んでいて、更にモビルスーツほどではないが運動性もある。

背後を取られた時点で勝敗は決したも同然で、GNソードライフルで撃ち抜かれるか、両断されるかを待つしかなくなった。

 

1時間の戦闘でアールヤブの多くは残骸となって海を漂い、残ったアールヤブは撤退していった。

トレミーとナデシコBが逃走経路を熱源探知で調べたものの、400メートル先で急に熱源が消えてしまい、追跡が不可能となった。

「この機体…なぜ僕たちを攻撃した?」

比較的損傷の少ないアールヤブの1機をGNクローで回収したティエリアは今回の戦闘の原因について考える。

少なくとも、アールヤブは今いるメンバーの中で交戦経験のあるティエリアや刹那、ソウジ、チトセを狙うのではなく、アンジュとアスランに攻撃を仕掛けていた。

まるで、自分たち以外を無差別に攻撃するようプログラムされているかのように。

「ナデシコがあれば、オモイカネを使って解析できるかもしれないが…」

「ティエリア、回収した機体をダナンに入れて」

「了解」

浮上したダナンがハッチを開き、アールヤブの受け入れ準備を開始する。

「モビルスーツでもASでもねえ…といっても、戦闘機にも見えねえ。そんなもんがこの世界にあるとはなぁ…」

整備兵を指揮する、TDD-1と大きく書かれた青いキャップをつけた髭面で恰幅の良い体をした男性で、兵站グループ第11整備中隊の指揮官であるエドワード・"ブルーザー"・サックス中尉はこの平行世界にはないまた別の世界の兵器に驚きを覚えた。

だが、ミスリルに加わり、AIらしくないAIであるアルとラムダ・ドライバという現実とは思えないようなシステムを搭載したアーバレストのような機体とかかわったうえ、次元転移などというおとぎ話のような出来事の当事者になったことで、どこか感覚がマヒしているのか、子供のような好奇心がそれを上回っている。

「サックス中尉、あの機体の解析は可能ですか?」

「うーん、どうでしょうな。俺は整備はできても、解析についてはからっきしですからなぁ」

「私もお手伝いいたしますし、ティエリアさんとイアンさん、リンダさんもお手伝いすると言っています」

「うーん、ま、整備がてらでよろしいのでしたら」

上官であるテレサの頼みであれば断れないが、ここにノーラがいてくれればとついないものねだりしてしまう。

ノーラ・レミングはミスリルの研究部に所属する、テレサによって直接スカウトされた研究者だ。

ラムダ・ドライバの研究者の1人で、その特殊なシステムを組み込んだアーバレストを巡ってよく衝突したのを覚えている。

ダナンが飛ばされたときは研究のために別行動をとっていたため、一緒に巻き込まれずに済んだことを安心したが、今ではこういう面では一番頼もしい彼女に助けを求めることができないことを残念に思っている。

「何をしている!?もうすぐパラメイル部隊とウルズチームも戻ってくる!早く受入と整備の準備を始めろ!!」

アールヤブに夢中になっている兵士たちを叱りながら、サックスは今後のスケジュールを考え始めていた。

 

「さてっと…」

敵機の反応がなくなったことを確認したアンジュはサリア達がダナンへ帰投しようとする中、再び無人島へと飛んでいく。

「どこへ行くの?アンジュ」

「ちょっと用事を済ませてくる。先に帰還しておいて」

「私は司令からあなたとヴィルキスを連れ戻すように命令されているのよ!?そんな勝手な…」

再会した際はエルシャとヴィヴィアンへの態度が軟化していたため、少しは変わっただろうと期待していた。

だが、指揮官であるサリアの命令を無視するところは変わっておらず、ジルの命令に背くわけにはいかないことからつい強い口調になってしまう。

追いかけようとするが、そんな彼女を止めるようにエルシャのハウザーがサリアのアーキバスに手を置き、接触回線を開く。

「大丈夫よ、サリアちゃん」

「エルシャ…でも…」

「そうそう、アンジュは必ず帰ってくるよ」

「そ、そう…」

アンジュと一番仲良くしようとしていて、排他的なヒルダ達を除くと一番アンジュのことを分かっているであろうその2人の言うことをサリアは無視できなかった。

自分の命令を無視する彼女が本当にちゃんと帰ってきてくれるかは不安だが、2人がそういうなら、その言葉を無下にすることはできない。

「…ありがとう」

通信機にアンジュの予想外の声が聞こえ、それを聞いたエルシャとヴィヴィアンは嬉しそうに笑い始める。

「アンジュさん…今、ありがとうと言いましたね」

「ああ…」

「この1週間、アンジュにとっていい時間だったみたいね」

「タスクの影響か…」

ヴィルキスが着陸し、コックピットから出てきたアンジュをタスクが出迎える姿がジャスティスのカメラに映る。

最初に会ったときは空気の読めない発言を連発した挙句、カガリにとんでもないことをして激怒させ、ボコボコにされていた。

だが、そんな彼のどこかのんびりとしたところが戦ってばかりの自分を馬鹿らしく思うきっかけになり、やがてそれが敵味方に分かれてしまった親友との和解につながった。

「相変わらず…おかしな奴だ」

「ザラさん、トレミーが収容します。着艦をお願いします」

「了解だ、ミレイナ。ジャスティス、これよりトレミーに着艦する」

 

-エリアD 無人島-

「あのドラゴン…」

「え…?」

戻ってからしばらくは互いの無事を喜び合ったタスクとアンジュだが、海に浮かぶドラゴンの死体を見て目の色を変えた瞬間から空気が変わったような感じがした。

殺したことへの嫌悪感ではなく、何かの疑念がその眼に宿っていた。

「あのドラゴン、きっと仲間を取り戻しにやってきたんだと思う」

「取り戻すって…?」

「この島の近くで、始祖連合国は大型ドラゴンの死体を回収しているんだ。これを見て」

タスクはポケットから出した写真をアンジュに見せる。

画質は荒いものの、全身を防護服で纏った人々がドラゴンの遺体を回収していることは理解できた。

そして、回収している輸送機はザフトの大型輸送機ヴァウファウで、側面にはミスルギ皇国の国章が刻まれていた。

「何のために…?ドラゴンの生態を研究するために??」

直感でそんな予想をしたアンジュだが、すぐにそれはあり得ないかもしれないと思った。

そのような研究データを借りに得たとしても、それを有効活用できるのはドラゴンと戦うアルゼナルくらいだ。

それに、始祖連合国の人間たちはドラゴンと戦わないし、アンジュリーゼだったころは見たことも聞いたこともないうえに回収していたという話を聞くのは初めてだ。

嘘だろうと思い、タスクの眼を見るが、彼の眼はまっすぐアンジュに向けられていて、嘘を言っているように見えない。

「分からない…。でも、彼らにとってドラゴンの回収は重要なことなんだと思うよ」

「あなたは、それを確かめるためにこの島に…?」

「…そういうわけじゃないよ。俺は…只のタスクだ」

「そう…」

再び2人の間に沈黙が流れる。

静寂の中でアンジュはこの島でのタスクとの暮らし、そしてドラゴンと戦っているときの血の昂りを思い出していた。

「…このまま、島に残らない?」

「…」

「君は…ちょっと乱暴だけど、その…きれいだし、かわいいし、美人だし…君の、裸を見ちゃったし、あんなこともしちゃったし、責任を取らないと!!」

「私…帰るわ」

「え…?」

もしかして、裸を見たとかあんなことをしたといったから気を悪くしたのか。

自分の言葉選びの下手さを自覚するタスクに、アンジュは笑みを浮かべる。

「今の私には…あそこしか、戻る場所がないみたいだから。それに、やられたら、やり返さないと!」

「そっか…」

アンジュは自分のやるべきことを決めて、戻る決心をつけた。

そうなった以上、引き留めるわけにはいかない。

残念に思いながらも、タスクはアンジュの思いを尊重することに決めた。

「…ありがとう。私1人じゃ、死んでたから…」

「ごめんなさい、一緒にいられなくて。でも…」

だんだんアンジュの顔が赤く染まっていく。

ここに来て急にタスクから受けた仕打ちが次々と頭に浮かび上がってしまう。

「いいこと!?私は、あなたとは何もなかった!!」

「ええ!?」

「何も見られてないし、なにもされてないし、どこも吸われてない!ましてや…その、一線も越えてない!!すべて忘れなさい!!いい!?」

「は、はい!!」

アンジュのすさまじいプレッシャーに押されたタスクは『はい』と言うことしかできなかった。

はあはあと荒くなった息を整えていき、アンジュはもう1度先ほどのような笑みをタスクに見せる。

「アンジュ…」

「え?」

「アンジュ…私の名前よ。タスク」

「…いい名前だね。アンジュ、また会おう」

「うん」

アンジュを乗せたヴィルキスが離陸し、フライトモードに切り替わってダナンへと飛んでいく。

そんな彼女の後姿をタスクは浜辺から見守っていた。

ヴィルキスを収容したダナンは海中に消え、トレミーはアルゼナルへと帰っていく。

その姿が見えなくなるまで、タスクはじっと見ていた。

「アンジュ…君が…ヴィルキスに認められたのが君なら、僕の生き方も決まった」

タスクは森の中へ入っていき、邪魔になるツタをナイフで切りながら奥へと進んでいく。

罠にかかった猪を無視し、どんどん進んでいくと、開けた場所に出る。

そこには木でできた粗末な墓が並んでいた。

ナイフで削って墓の主に名前を刻み、手直しがされていないためか、すっかりボロボロになっていて、文字も読めなくなっている。

タスクは一番奥にある2つの墓に触れる。

「父さん…母さん…たくさん迷って、逃げてしまってゴメン。俺、行くよ」

幼いころに死んでしまった両親に詫びの言葉を残し、タスクは広場の背後にある岩山に偽装されたガレージに目を向ける。

ガレージを開くと、そこにはピンクに近い赤紫のアーキバスがフライトモードの状態で保管されていた。

 

-アルゼナル 格納庫-

ダナンに収容されたパラメイルが運び込まれていき、出撃していたメイルライダー達とアンジュが集まる。

「おかえり、アンジュ!」

「アンジュ…よかった、無事に見つかって!」

「おなかすいてない?お弁当あるけど、食べる?」

ヴィヴィアンとナオミ、そしてエルシャが1週間ぶりにアルゼナルに戻ってきたアンジュにこれまで通りのおせっかいな対応を見せる。

「ありがとう、ヴィヴィアン、ナオミ。エルシャ、お弁当もらうわ」

エルシャから受け取った楕円形の弁当箱を開けたアンジュはその中にあるハンバーグを口に含む。

アルゼナル周辺の海で釣れた魚で作った魚肉ハンバーグで、王女時代に食べた最高級の豚のハンバーグほどではないものの、アンジュの口に合っていた。

「ふふ、この1週間いろいろあったみたいね」

「べ、別に何も…」

「だが、確かにお前は変わった」

背後からタスクに似た声が聞こえ、アンジュはお弁当を落とさないように気を付けながら振り返る。

もしかしてタスクがアルゼナルに来たのかと一瞬思ってしまったがそんなはずがなく、そこにいたのは刹那だった。

「…」

「何だ?」

少し残念そうな表情を見せるアンジュが気がかりで、彼女の眼を見ながら刹那は問いかける。

うっすらと笑みを浮かべたアンジュは目を閉じ、数回首を横に振った後でもう1度刹那を見た。

「あんたって、いい声してるね」

「え…?」

褒め言葉なのは確かだが、それがどういう意味かまるで分からない刹那は困った表情を見せる。

悪い気はしないが、そういう褒められ方をされたことがないため、何と言えばいいのかわからなかった。

だが、ヒルダ達3人はそんなアンジュを面白く感じていない。

「けっ…帰ってきて早々に男に色目かよ」

「ブス雌豚の色ボケ…」

「仲間にそんな言い方はないんじゃないか」

格納庫に入ってきたアスランが偶然耳に届いた、アンジュへの悪口をやんわりと注意する。

アンジュを守るようなその口調が気に入らず、反論しようとするロザリーとクリスだが、アスランの顔を見た瞬間、ボーッとしてしまう。

「ど、どうした…?」

(い、いい男…)

(かっこよくて…優しそう)

ソウジや刹那、舞人にクルツと、この短期間で多くの男性を見た2人だが、アスランは2人にとって別格だった。

ヒルダが男性不信ゆえにロザリーやクリスに男を信じるなと注意していたが、アスランを見ているとそんな言葉も消えてしまう。

(こんな男もいるなんて…)

(ごめん、ロザリー、ヒルダ…。あたし…あたし…)

「お、おい…!?どうしたんだ、二人とも!?」

「あらあら…男の人に免疫のない2人にオーブの赤い閃光は刺激が強すぎるみたいね」

エルシャはにこにこ笑いながら、すっかりアスランに惚れてしまったロザリーとクリスを見る。

「赤い閃光…!?じゃあ、こいつが噂のアスラン・ザラか!?」

ヒルダは時折ジャスミンモールを通じて入ってくる外の世界の話の中にあった、オーブのエースパイロットの話を思い出す。

アルゼナルには始祖連合国とは違い、外の世界の情報が入ってくることがある。

店主であるジャスミン、もしくはそこで働く店員が情報を仕入れるようで、ヒルダはその中でもパイロットの話に強く興味を抱いていた。

ただ、あくまで小耳にはさんだ程度の話であり、大抵の場合はそれに尾びれがつくことが多い。

それを知っているヒルダはオーブの赤い閃光がハンサムだという話もその尾びれの1つだとばかり思っていた。

ちなみに、プラントではなくオーブの赤い閃光と呼ばれているのは、彼が3年前の戦争でオーブに寝返ったからだ。

地球とプラント、双方を滅ぼしかねない戦争を止めるために行動し、結果としてその戦争におけるザフトのガンマ線レーザー砲、ジェネシスを破壊して地球を救った。

なお、1年前の戦争では諸事情でザフトに復帰せざるを得なくなり、しばらくはザフトの精鋭部隊であるミネルバ隊に所属していたが、当時にザフトの指導者であるギルバード・デュランダルの方針に反発して脱走した。

その際に追撃部隊に機体を撃墜され、深手を負ったところをソレスタルビーイングに救出された。

なお、その時のソレスタルビーイングはアロウズと戦っており、低軌道オービタルリング上に建造された巨大自由電子レーザー掃射装置、メメントモリ1号機を破壊し、そのまま地球に降下したばかりだった。

また、これは公式には表明されていないが、オーブは3年前に壊滅したソレスタルビーイングの生き残りをネルガル重工と共に匿い、偽の戸籍を与えるなどして保護していた。

その縁でソレスタルビーイングと協力関係ができたのがアスラン救出の理由の1つとなっている。

その後はザフトのオーブ侵攻時にソレスタルビーイングが武力介入を行う際にそのままオーブに舞い戻った。

複雑な経緯をたどり、結果として生まれ故郷であるプラントを2度裏切る形となったため、プラントではアスランへの評価が大きく分かれている。

裏切り者として処刑すべきという声もあるが、彼は一切弁解することなく、ただひたすらに地球圏の平和のために行動し続けている姿から、若干軟化している。

「まさか、そんな2つ名がついたいたとはな…」

「有名人なんだな、あっちの彼」

「そりゃあそうさ。2度の地球とプラントの戦いを止めたクライン派のエースだからな。英雄みたいなものさ」

「よしてください、ロックオンさん。俺にはその資格はありませんよ」

「でも、その彼がどうして…?」

「地理的な事情もあり、アルゼナルの事情を知った代表の方針で、ひそかに支援をしていたからです。オーブにとって、差別と偏見は見逃せないものですから。ジル司令の依頼で、俺も当面はアルゼナルに駐留することになりますので、よろしくお願いいたします」

「ナデシコの代わりということか、頼むぜアスラン」

アスランの実力は一時行動を共にしていたこともあり、人柄も含めてよく知っている。

そんな彼と共に平和のために行動できることをロックオンは純粋にうれしく思った。

「火星の後継者の一件もあります。オーブも世界に対してできることをやるつもりです」

「オーブの赤い閃光…」

「かっこいい…」

すっかりアスランにメロメロになっている2人の目線はじーっとアスランに向けられている。

「ちっ…!」

自分の大切な友達をアスランに取られるような形になったヒルダは面白くないようで、舌打ちした。

「ほらほら、ヒルダちゃん。ロザリーちゃんとクリスちゃんほどじゃなくても、もっと愛想よくてもいいんじゃない?」

「あたしは男が信用ならないんだよ!!」

この空間にいることが我慢できなくなり、ヒルダは捨て台詞を残して格納庫を飛び出してしまう。

アスランはそんなヒルダの後姿を驚きながら見ていた。

「…何か、悪いことをしてしまったみたいだな」

「気になさらないでください。ちょっと今、ナーバスになっているだけですから」

「それより、早くパーティーしようよ!!アンジュ帰還記念の!もちろん、アンジュのおごりで!」

「え…?私がお金を出すの??」

「それくらいしても、バツは当たらないんじゃない?」

ヒルダ達3人はともかく、ヴィヴィアンやエルシャ、ナオミにサリア、それにソレスタルビーイングもミスリルもこの1週間、必死にアンジュを探していた。

その感謝を示すのであれば、パーティー代で済むのであれば安上がりだ。

「仕方ないわね…その代わり、ヴィヴィアン…ペロリーナのキーホルダー、1つくれる?」

「いいよ!どれがいい!?いっぱいあるぞー!!」

ヴィヴィアンは急いでレイザーのコックピットに飾ってあるペロリーナのキーホルダーを全種類アンジュに見せる。

それらの中で目に留まったのは、なぜか片目が紫になっているペロリーナだ。

その眼の色がタスクと似ているように思えた。

「じゃあ…これ」

「はい、大事にしてね!!」

「それじゃあ、パーティーの準備をしましょうか。腕によりをかけてごちそうを作らなきゃ」

「エルシャ、私も手伝いわ!ヴィヴィアンはサリア達にも伝えておいて」

「合点承知!」

ヴィヴィアン、エルシャ、ナオミがパーティーの準備のために格納庫を出ていく。

そんな仲間たちがいることを嬉しく思い、アンジュの表情が柔らかくなる。

「アンジュ、タスクのことだが…」

「分かってる。誰にも言うつもりはないわ」

タスクのことを知っているのは、現状アスランとアンジュだけだ。

それに、タスクは始祖連合国が抱えている秘密を探ろうとしている。

そんな彼の邪魔をしたくないし、アンジュも生まれ故郷にそのような秘密があるのを気持ち悪く感じた。

アンジュはタスクから受け取ったままになった写真を見る。

「それに…」

「それに?」

「あいつの生き方…邪魔したくないから」

「あいつのこと、理解しているんだな」

「どうかな…」

理解、というところまで認識が言っているのかは自信がないが、彼が正しいことをしようとしていると思っている。

アンジュは写真を懐にしまう。

そして、ノーマとなった自分に素敵な思い出と時間をくれたタスクのことを思った。

(ありがとう、タスク…そしてごめんね…一緒にいられなくて。でも、ここが私の帰る場所だから)

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「フェイズシフト、トランスフェイズ、Eカーボンにガンダリウム合金…すべてのバージョンのデータを照合したが、やはりどれも該当しない…」

アールヤブの装甲の解析を行うティエリアはパソコンに映る映像を見ながら、この未確認機の未知の技術を感じていた。

金属は少なくとも、地球や火星、月には存在しないもの構成されていて、サックスとイアンが取り出したエンジンの構造もまったく見たことがないものだった。

「相転移炉であることは間違いなさそうだが…まさか、太陽炉と同じく推進剤無しでいけるなんてな…」

「しかし、太陽炉と違い、電波障害を発生させる機能はありません。純粋にエネルギー源としてだけ機能する相転移炉というべきです」

「分かるのはそれだけか…」

アルゼナルでパーティーが開かれている間、整備班とティエリアが総出で解析したが、分かったのはそれだけだった。

今後も出会うかもしれない相手で、もう少し何か弱点を得ることができないかと思ったが、なかなかうまくいかない。

「だが、分かったことはある。これは…地球圏の兵器ではない」

その答えはティエリアやイアン、テッサ、サックスの共通したものだった。

 

-アルゼナル 食堂-

エルシャとナオミが料理の支度をしている間、アスランは使われていない席に座り、1人で休憩を取っていた。

最初は手伝おうかと思ったが、2人から丁重に断られ、他に休憩できるような場所が思いつかなかったため、仕方なくそこにいる格好だ。

「カガリから聞いていたが…本当に女性ばかりなんだな…」

食堂まで行く間、出会ったのはノーマの女性ばかりで、中には興味津々に見ている女性もいた。

アマゾネスの世界に迷い込んだのではないかと錯覚するが、ここが現実世界であり、2度にわたる大戦でも注目されなかった場所だ。

「アスランさん…」

「な、なんだ!?」

急に目の前にナインのホログラムが出現し、びっくりしたアスランは立ち上がってしまう。

「驚かせてしまい申し訳ありません。今、あなたの顔を解析させてもらっています」

「俺の顔を!?」

「私は『いい男』の定義という物がわかりません」

アンドロイドであるナインにはロザリーとクリスがなぜアスランがいい男だと思ったのかを理解することができなかった。

ならばと思い、こうして彼の顔を解析するところから始めている。

「姉さんに将来、その『いい男』と付き合うことができるように、男性について研究したいと思ったのです。合理的に。キャップだけではサンプル不足ですので…」

「は、はあ…」

「キャップと比較致しますと、肌の色や髭の有無、瞳の色や肌のうるおいなどに違いがあります」

「好きに調べてくれていいよ。その代わり、あとで君のことも少し調べさせてほしいな。君に興味があるんだ」

「…!!」

アスランの言葉に無機質な白だったナインの顔が真っ赤に染まる。

「す、すまない!!何か気に障ったみたいで…」

「自分に何が起こったのか、よくわかりませんけど…」

少なくとも、思考に鋭い電気が走ったような感じがした。

その感覚をナインには理解できず、答えも出てこない。

だが、アスランの言葉が原因ということは分かる。

「これが…ロザリーさんとクリスさんを襲った赤い閃光なんですね…!!」

「はあ…!?」

何を言っているのか全く分からないアスランはただ頭を混乱させるしかなかった。

だが、カガリにこのことを聞いてはいけないことはわかった。




機体名:グレイブ ヒルダ・カスタム
形式番号:AW-GBR115(HL)
建造:アルゼナル
全高:7.6メートル
全備重量:3.85トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、可変斬突槍「パトロクロス」、凍結バレット
主なパイロット:ヒルダ

アルゼナルの第1中隊副長であるヒルダが使用するパラメイル。
ベースとなっている機体は新兵用のグレイブだが、エースパイロットであるヒルダの適性に合わせてリミッター上限が引き上げられており、機動力ではアーキバスに匹敵するものとなっている。
また、可変斬突槍であるパトロクロスが装備されており、接近戦での柔軟な対応が可能。
カラーリングはヒルダのパーソナルカラーである赤となっている。


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第29話 いがみ合い

機体名:グレイブ ロザリー・カスタム
形式番号:AW-GBR115(RS)
建造:アルゼナル
全高:7.2メートル
全備重量:3.95トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、背部2連装砲、凍結バレット
主なパイロット:ロザリー

グレイブをロザリー専用にカスタマイズされたもの。
黄色く塗装された上、中距離支援を重視した設計となっており、バックパックに2連装砲を装備している。
戦場でのリロードは困難であるものの、ハウザーのリボルバー砲以上の射程と安定性を誇っている。
なお、ナインの調査によるとその連装砲の技術はザフトの空戦用モビルスーツ、バビの流れを汲んでいるらしい。



-インド洋 エリアD アルゼナル 格納庫-

「なあ、アンジュちゃん。ちょっとお茶でもどう?」

「…」

なれなれしくナンパを仕掛けてくるクルツを出撃準備中のアンジュはにらみつける。

アンジュ帰還記念パーティー中も酒に酔った勢いでナンパを仕掛け、ビンタして拒否したにもかかわらず、またこうして誘ってきている。

もう相手するだけでも面倒になったようで、こうして無視し続けている。

「そんなふうに睨んじゃ、かわいい顔が台無しだ。女の子には笑顔が似合う。さあ、俺に100万キャッシュの笑顔を…」

「…」

まもなくパラメイルによる模擬戦が始まる。

アンジュは引き続き無視を決め込み、ヴィルキスに乗り込んだ。

手ごわい相手だが、そういう相手をベッドに落とせたときが一番の至福と考えるクルツは困ったような笑みを見せた。

そんな光景を、ロザリーとクリスはイライラしながら眺めていた。

2人とも今日は特に訓練や任務の予定がなく、機体チェックのために格納庫には来ているものの、ライダースーツは着用していない。

「あのクソアマ、男をたらしこむのは本当にうまいな」

「色ボケ…雌豚…」

「こらこら、ロザリーちゃんもクリスちゃんもそういうことを言っちゃダメだってアスランにたしなめられただろ?」

相変わらずな2人にソウジは大人として、2人に矛を収めるように諭す。

だが、事情が事情故にそう簡単にはいかないうえに、ナインの分析ではアスラン以下のソウジでは効果がなかった。

「アスラン様ならともかく、お前に偉そうなことは言われたくねえよ!」

「お前なんかがアスラン様の真似をするな!」

「何なの…この差…」

あんまりなカウンターパンチが効いたソウジは冷や汗をかきながら沈黙してしまう。

ここは何か優しい言葉をかければいいかと、チトセは言葉を考え始めるが、その前にナインの口が開く。

「人間性の差だと思います」

「加えて、やさしさ?」

「も1つおまけに、かっこよさ!」

「ナイン!そんなこと言っちゃダメ!エルシャもヴィヴィアンも、ソウジさんが可哀そうよ!!」

「じゃあ、姉さんはキャップのどのようなところにアスランさん以上の魅力があると思いますか?」

「そ、それは…」

まさかの質問にチトセはソウジをじっと見ながら考える。

救いの天使からの言葉が来ると期待した傷だらけのソウジは口元を緩ませながらチトセを見る。

しかし、いくらソウジを見ても、首をひねっても何も出てこない。

「うーん、うーん…」

「トリプルプレーならぬ、クワトロプレーかよ…」

昔読んだ野球漫画にあった第4アウトルールによる得点すら認められない重い一撃を受けたソウジは一気にテンションを落としてしまった。

「この前のパーティーで、少しは関係の改善を期待していたがな…」

アンジュ帰還記念パーティーでは、確かにメイルライダーだけでなく、整備班や自分たちも加わって大盛り上がりしていた。

しかし、終わって少しでまたこの状態だ。

無人島での生活で、アンジュは少なくともサリアやエルシャ、ヴィヴィアン、ナオミに心を開くようにはなったものの、いまだにヒルダら3人組とは相変わらずだ。

また、基地にいるほかのメイルライダーもヒルダ達ほどではないものの、アンジュを快く思っていない節がある。

「主な原因はアンジュの活躍による、彼女たちの戦果の低下も一因だろう」

ティエリアはスメラギを介してジルから提供されたアンジュ遭難事件から今日までのメイルライダー達の戦果と報酬のキャッシュのデータを手持ちの端末で確認する。

元々、エアリアの選手として活躍していてパラメイルの操縦への適応性が高いうえに、旧型でありながら高性能なヴィルキスとの相性も相まって、新入りでありながらアンジュは多くの戦果を挙げている。

昨日は1人で2匹のガレオン級を始末したうえに、10匹近いスクーナー級も撃ち落としている。

その分、他のメイルライダーの活躍の場が奪われ、本来稼げるはずのキャッシュが稼げなくなるという問題が発生することになる。

「対立、というほどじゃないけど、私たちと第一中隊も連携がうまくいっているとは言えないわね」

マリーはこれまでのメイルライダー達との共闘を思い出すが、彼女たちはスメラギやテレサからの指示を受けるのに消極的な節がある。

誰にも知られずにドラゴン達と戦い続けてきたことで、始祖連合国のノーマへの差別も手伝って過剰に排他的になっているのかもしれない。

「仕方ないさ。あいつらにしてみりゃ、ドラゴン退治の助っ人ということは商売敵だ」

「彼女たちの場合、撃墜数が減れば、その分だけ報酬が減る。問題の根本はそれだな…」

アルゼナルのメイルライダーたちの評価システムでは、基本的にドラゴンの撃墜スコアが反映されることが多い。

そのため、援護攻撃や味方の救援については過小評価される節がある。

評価方法がシンプルで分かりやすいため、迅速に評価できる点はよいが、それではエルシャやロザリーのような後方支援を行うメイルライダーが正当な評価がされにくいという欠点にもなる。

そうなると、是が非でもドラゴンを撃墜しようと無茶な行動をとって、その結果は言わずもがな。

「彼女たちにとっては、命よりも金みたいだがな…」

「スメラギさんとテスタロッサ艦長には頭痛の種みたいだね」

アレルヤは昨晩、スメラギがアニューとマリー、ロックオン、更に自分まで巻き込んで酒を飲みながら愚痴をこぼしてきたことを思い出す。

なお、アンジュや第一中隊のことは半分で、半分は自分の年齢と恋愛についてで、元カレだったという元ユニオンのモビルスーツパイロットで、現在は地球連邦軍の次期主力モビルスーツ開発主任となっている男性、ビリー・カタギリが最近地球連邦政府の宇宙局に勤務する宇宙物理学教授のミーナ・カーマインなる女性から猛烈なアタックを仕掛けていることをグデグデになりながらしゃべっていた。

ヴェーダを使ってそんなことを知ったのか、という突っ込みはさておき、それ故にアレルヤやマリー、アニュー、ロックオンのことを親の仇のように睨みつけもしていた。

スメラギが酔いつぶれる形で解放されるまでは数時間かかった。

「あたしらも金で雇われている傭兵だけど、ジャスミン・モールで買い物することくらいしか娯楽のないあの子たちの守銭奴っぷりには舌を巻くよ」

「そういえば、今日は外部から荷物が届く日ね」

月に数回、ジャスミンが手配した輸送船がアルゼナルに到着し、荷物を運びこんでくる。

始祖連合国もアルゼナルなしではドラゴンに対応できないことを理解しており、消極的ながら必要最低限の物資を送っている。

なお、他にも極秘裏にジャスミンが手配した物資も入っている。

オーブから極秘裏に来る輸送船については始祖連合国の輸送船と鉢合わせすることがないように、ジャスミンが調整をしている。

最も、オーブから支援を受けていることは監査官であるエマは知っているが、ドラゴンから始祖連合国を守るためには致し方ないと黙認されている格好だ。

「その辺にしておけよ!クソ男!それ以上、ロザリーとヒルダにちょっかいだすなら、あたしが黙ってないよ!チトセもだ!」

ロザリーとクリスをかばうように前に出て、キレながら叫ぶヒルダだが、現在重傷状態のソウジには言葉を返す力が残っていない。

「ヒルダ…」

そんなソウジの代わりなのか、チトセがじっとヒルダを見る。

また、自分に説教じみたことでもいうのかとヒルダは身構える。

「私…もっとあなたたちと仲良くなりたいだけなの。…駄目?」

「おお、ストレートに来た!」

「だ、駄目ってわけじゃないけど…」

ヒルダにとって予想外のストレートな言葉で、すっかりしどろもどろになってしまう。

だが、少なくとも彼女が仲良くなることそれ自体を拒否しているわけではないことが分かった。

(あらあら…ヒルダちゃん、ディフェンスに難ありね)

「だったら、もっといろんな話がしたいな。ヒルダとも、ロザリーとも、クリスとも…」

「ちょ…ちょっとくらいなら…」

(さすがチトセちゃん、ちょっとヒルダちゃんと距離が近づいたか…?)

徐々に傷がいえてきたソウジはチトセがたった一言でヒルダとの関係が軟化したことに驚く。

同じ女性であることもあるが、彼女の社交的なところも大きいかもしれない。

これなら、少しは可能性があるかもと思ったソウジは思い切ったことを口にする。

「じゃあ、ヒルダちゃん。俺も仲良くなりたいから、これから…」

「あんた…死にたいみたいだね」

「ソウジさん、邪魔しないでくださいね」

ヒルダとチトセも満面な笑みと共に殺気に満ちた言葉が襲い掛かり、癒えたばかりの傷が痛み始める。

ヒルダに至っては殺すぞと言わんばかりに銃を握っていた。

「め…滅相もない!俺はだれよりも長生きすることをモットーに日々懸命に生きるんだから!!」

いつも以上に饒舌に自分の生き方を宣言するソウジ。

そんな彼を滑稽に思ったのか、エルシャはクスリと笑ってしまう。

「その割に、不器用ですね。ソウジさん…」

「ええ…自分から地雷原にダイブするかの如く」

「要するに頭が悪いんだ!」

「ううーチトセちゃーん、俺のことを慰めてくれよー、俺、もう心が壊れそうだぜー…」

傷口に塩、ならぬ唐辛子を目いっぱい塗り込まれたソウジは意気消沈し、気心知れたチトセに救いを求める。

顔面をチトセの胸を押し付け、抱き着くように背中を撫でる破廉恥極まりない行為にチトセはブルブルと拳を震わせていた。

「そうですか…じゃあ、ちゃんと眠れるようにしてあげましょうか??」

「仕方ないな。如月が叢雲一尉の相手をしている以上、俺が相手をしよう」

「何々?宗介が遊んでくれるの!?」

遊び相手に飢えていたヴィヴィアンは同年代の異性である宗介が知っている遊びが気になって仕方がなかった。

彼女の眼には彼が外の世界のスタンダードな少年に見えていた。

「そうだな…射撃訓練と格闘訓練、どちらがいい?」

「それがあんたにとっての遊びかい…」

想像していたとはいえ、安定感のある宗介の提案にかなめは顔を引きつらせる。

こんなずれのありまくりの男を同年代の男子の普通として認識されないか不安で仕方がなかった。

こうなれば、ハサウェイにいてくれたらとないものねだりをしてしまう。

すべての高校生男子の名誉のためにも、かなめは別の提案をしようと考えた。

「じゃあ、射撃訓練にしようかしら。私、重砲兵だけど、生身での射撃はどうも苦手みたいだから」

しかし、エルシャは自分の不足しているものを頭に浮かべ、宗介に教えを乞う。

アーム・スレイブはモビルスーツやパラメイルと比較するとセミ・マスター・スレイブ形式を操縦法に採用としている都合上、パイロットの身体能力や兵士としての経験・直感に性能が左右される傾向にある。

そのため、宗介らはアーム・スレイブの訓練の一環として歩兵レベル以上の白兵戦の訓練もしていて、エルシャは宗介の訓練を見て、自分と年齢の近い彼がショットガンをはじめとして火器の扱いに長けていることに驚いた。

しかし、狙撃となるとミスリルではクルツが神がかりのレベルで、彼に教えてほしいと思うこともあったが、彼の性格ゆえに断念した。

「それはバストが邪魔になり、射撃時の姿勢の安定が取れないからだと推測されます」

「じゃあ、格闘訓練にしようよ!そっちもおっぱいが揺れ揺れで邪魔になるけど!」

「もう、ヴィヴィちゃんもナインちゃんも!」

自分の胸をいじられ、顔を赤くするエルシャだが、確かにナインの言う通りで、コックピットの常備されているアサルトライフルの訓練もそれが邪魔になって成績が平均的になってしまうことが多かった。

ついでに、一緒に訓練していたサリアに嫉妬深い眼で見られた理由がようやくわかった気がした。

「では、格闘訓練をするとしよう」

「ええっと…そういうときは、イエッサー!!」

ニコニコ笑いながらヴィヴィアンは宗介に敬礼する。

そして、さっそく宗介はクルーゾー仕込みのマーシャルアーツを教え始めた。

「ソースケになじんでる…」

まさか彼の遊びが好評だとは思わなかったかなめは同時にこのアルゼナルと始祖連合国の異常さを実感した。

彼女たちも宗介と同じで、戦場にしか生きる場所がないのだ。

アンジュは格闘訓練をするヴィヴィアンとエルシャを横目で見ていた。

(みんなは…どうしているのかしら?)

アンジュはエアリアのチームメイト達に思いをはせる。

特に自分のことを慕っていた同級生のアキホ、そしてメイドとしてプライベートでのつきっきりでサポートをしてくれた少女が特に記憶に残っている。

(…駄目よ。もう私はみんなとは会えないんだから…。もう、忘れないと…!)

今の自分はアンジュリーゼではなく、ノーマのアンジュ。

もう彼女たちと共に生きることができない現実を受け止めようとしていたアンジュの耳に警報音が響く。

「敵襲!?」

「だったら、出撃しないと!シンギュラーの位置は!?」

エリアDで敵襲があるとしたらドラゴンしかない。

即座に司令部と連絡をつなげ、ドラゴンの位置情報を求める。

「いや、ドラゴンではない。侵入者だ」

「侵入者…?」

「総員に告ぐ。アルゼナル内部に侵入者あり!」

「今日の定期便に交じっていたようだな…」

外海から侵入者がいるとしたら、アスランやソウジ達のようなモビルスーツや戦艦の所有者を除くと、今日入港した始祖連合国の輸送艦に紛れるくらいだ。

そうなると、侵入者は始祖連合国の人間ということになる。

「こんな地獄の一丁目にわざわざ来るとは、どんなもの好きだよ!?」

始祖連合国でも、上層部とその関係者くらいしかアルゼナルの存在は知らない。

それに、今までそのような前例はないものの、法律ではアルゼナルに不法に侵入した人物は始祖連合国に送還された後、処刑されることになっている。

そんな危険極まりない行為をするメリットはこのアルゼナルにはどこにもない。

「対象は森に逃走中。第一中隊は直ちに現場に急行し、対象を確保せよ」

「捕まえたら、報酬出るかな?」

報酬、という言葉にヒルダとヴィヴィアンは即座に反応する。

その瞬間から彼女たちはハンターへと変貌する。

「よっしゃあ、やるぜ!とっつ構えて、あたしの新しいスカートとグレイブのパーツのキャッシュになってもらうよ!」

ヒルダ達は大急ぎで格納庫から飛び出し、森へと向かう。

アルゼナルはノーマにとっては庭で、当然土地勘はこちらが上。

ドラゴン退治よりも容易にキャッシュが手に入るという物で、今の彼女たちは積極的だった。

「…何?この胸騒ぎは…?」

理由のわからないその違和感を突き止めるには、逃げている人間を捕まえるのが一番かもしれない。

アンジュはヴィルキスから降りると、彼女たちに遅れて森へ向かった。

 

-アルゼナル 周辺の森-

「ロザリー、クリス!回り込んで逃げ道をふさげ!」

「了解!!」

3人がかりで巨大な木のところで紫をベースとしたメイド服姿の小柄な少女を追い詰めることに成功する。

服装からして、中々の身分の少女であることはうかがえる。

もしかしたら、かなりのキャッシュがもらえるかもと皮算用してしまう。

「ちょっとおとなしくしてもらうぜ!こういう時は生け捕りが一番だからなぁ!」

ロザリーは拳銃型のスタンガンをその少女に向けて発射する。

本当は脱走兵捕獲用のものだが、気絶させる点は同じだ。

しかし、緑色の光でできた薄い壁に阻まれてしまう。

「スタンガンが効かない!?」

「マナの光…?やっぱり、始祖連合国の」

「や、やめてください!私は…私はアンジュリーゼ様に会いに来ただけです!」

少女は光を消すと、驚いているノーマたちに事情を説明する。

アンジュはその少女の顔を見た瞬間、何を言えばいいのかわからなくなってしまった。

紫色のボブヘアーと左目の泣きぼくろ。

透き通った丁寧で、聞き覚えのある声。

「モモカ…荻野目モモカ!?」

アンジュはなぜ彼女がここにいるのか信じられなかった。

一瞬これは夢なのかと思ってしまう。

そして、モモカと呼ばれた少女は自分の名前を呼んだアンジュに目を向けると、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「あ…アンジュリーゼ様ー!!」

ようやく再会できたことに喜んだモモカはアンジュに抱き着く。

いまだに現実とは思えずにいるアンジュにできるのは、腕の中にいるモモカを抱き返すことだけだった。

 

-アルゼナル 食堂-

「…あの侵入者、アンジュの皇女時代の侍女だったってな」

「ええ。荻野目モモカ。長年彼女の侍女をやっていたみたいで、マナを使うときは彼女が代行していたみたいよ」

「アンジュがノーマであることを隠すためにか…」

エルシャが作った料理に舌鼓を打ちながら、今回の侵入者の正体をロックオンらソレスタルビーイングとミスリルはアニューから聞いていた。

これはエマから受け取った事情聴取の記録からわかったもので、行ったエマもハキハキと包み隠さず説明するモモカに驚いたらしい。

「ただの主従関係とは違う…彼女はアンジュを心から慕っている…」

マジックミラー越しにその光景を見た刹那は彼女から始祖連合国の人間と比較したうえでの異質性を感じていた。

なぜ、ノーマを差別するのが当然の始祖連合国で彼女はノーマであるはずのアンジュを心から慕うことができるのか。

何か大きなきっかけがあったのかと思うが、余計な詮索になると思い、これ以上口に出すのはやめた。

「確かに、そうだね。そうじゃないとこんな危険な真似はしないよ」

「問題は彼女の処遇ね」

「決まってるぜ、こことドラゴンの存在は秘密だからな」

「侵入者は処刑。噂じゃ明後日の定期便に引き渡して、始祖連合国か海で処刑するって」

マリーの疑問にキャッシュをもらったばかりのロザリーとクリスが笑いながら答える。

笑って話すにはあまりにも血なまぐさく、物騒なものだが、彼女たちにとっては気味のいい話だった。

「何とか、彼女を助ける方法はないのか?」

部外者であることは分かっているアスランだが、そんなことを放っておけるほどできた人間ではないことを自覚していた。

彼は前大戦で出会った少女、ミーア・キャンベルのことを思い出す。

彼女は3年前の大戦後にプラントを離れたラクスの影響力を利用しようとしたデュランダルにそそのかされる形でラクスとうり二つの容姿に整形手術を受けたうえで、彼女の影武者として活動することになった。

本物の歌手になることを夢見て、憧れであったラクスに近づけることから望んでやっていて、アスランとはその活動の中で知り合った。

しかし、戦局が変化し、大戦終盤にオーブに到着したラクスによって偽物であることを暴露された後はデュランダルによって月面都市コペルニクスに送られて幽閉されることになった。

そして、プラントの動きを確かめるためにアークエンジェルと共に月へあがったキラ、アスラン、ラクスをおびき寄せるための餌として利用された。

その中で彼女は初めて間近にラクスと会うことになり、その時はデュランダルに与えられたラクスとしての役割に執着していたことから、ラクスに銃を向けてしまった。

その時にラクスが言った言葉をアスランは今も覚えている。

(名前がほしいなら差し上げます。でも、それでもあなたと私は違う人間です)

その一言が彼女をラクスとしての役割から解放した。

だが、そんな彼女はラクス暗殺のためにデュランダルから送られた暗殺者の凶弾からラクスをかばった。

ソレスタルビーイングも同行していたこともあり、メディカルルームに送られて集中治療を受けたことでどうにか一命をとりとめたものの、現在は元の顔に戻ってどこかで療養生活を送っている。

知られたら、狙われる危険性があることからアスランは今も彼女がどこで何をしているのかを知ることができずにいる。

アスランはその時、ミーアに対して何もできなかったことを後悔し続けている。

だからこそ、処刑されるかもしれないモモカを放っておくことができなかった。

だが、そんなアスランの思いを、彼を慕うロザリーとクリスは知らない。

「アスラン様はあんな奴のこと…気になさらなくてもいいですよ?」

「そうです。悪いのはアンジュなんですから」

「アンジュが…?」

「そうそう、あいつとかかわるとみんな死んじゃうんです」

「ゾーラ隊長…そしてあの女、むごい女ですよ。本当に」

日頃の恨み言を吐き出すかのように、ロザリーとクリスはアンジュによって殺されたゾーラの名前を口にする。

大切な上司であったゾーラが死んだ苦しみを今度はアンジュが味わえばいい。

そして、その苦しみで狂って死んでしまえばいいと。

「…それは違う」

「へ?」

だが、アスランから見れば結果論だ。

そして、その死の原因はもっと根深く、もっとどろどろとしたもので、アンジュ1人によってそれがわずかに見えたに過ぎない。

「君たちの隊長さんのこと、そしてアンジュに会いたい一心でここに来た子が処刑されるのも、みんなここのシステムのためだ!!」

「アスラン様…??」

拳を握りしめ、穏やかなアスランが見せる怒りに2人は一瞬ひるむ。

だが、冷静に考えるとどうして自分たちはマナが使えないだけでここでドラゴンと戦わなければならないのかという疑問がよみがえるのを感じた。

長く戦っていたせいで、どこかその疑問を捨ててしまっていたのかもしれない。

そんなかすかな疑問を浮かべる2人の元にヒルダがやってくる。

「何やってるんだ?ロザリー、クリス。飯を食い終わったなら、さっさと行くよ」

この後はヒルダと共に3人1組での戦術訓練を行うことになっていることを2人は思い出す。

ここでは少しでも迷ったり、疑問を浮かべたら死ぬ場所だ。

アスランの言葉はもっともだが、今はそれを考えている場合ではない。

「う、うん…」

「ではまた、アスラン様。ごきげんよう…」

2人はヒルダについていき、食堂を後にする。

アスランは3人の姿を隠した自動ドアをじっと見ていた。

「アスラン…」

「すまん、刹那。取り乱してしまって…」

ゾーラのことは聞いており、彼女たちがそれが原因でアンジュを恨んでいることは理解できている。

もっと彼女たちの気持ちも考えて言葉にすることができなかったのかと、アスランは自分の口下手さを悔やむ。

だが、刹那達はそんなアスランを責める感情などなかった。

「分かるよ、アスラン。君もコーディネイターとナチュラルの間で悩んだり、迷ったりしていたからね」

「ここの存在をカガリから聞いて、一緒にアスハ家のデータベースを見たとき、俺は…今までにない怒りを覚えました。こんな差別が許されていいはずがない…。だから俺は…自ら望んで、ここの支援に来たんです」

コーディネイターとナチュラルは能力差や偏見から差別を生み、取り返しのつかない過ちを繰り広げてしまった。

アスランも血のバレンタイン事件で母親レノアを失い、父親であり、プラント評議会初代国防委員長であったパトリックがその影響でナチュラル絶滅のためなら手段を択ばない狂人となり果てていくのを見ることしかできなかった。

そして、その差別はクルーゼの計略によって、核とジェネシスという人類最悪の兵器たちによって、プラントも地球も共倒れになる一歩手前まで向かってしまった。

そのような過ちをこの始祖連合国は起こすかもしれない。

それを見過ごすことをアスランのこれまでの生々しい経験が許さなかった。

「そうだね…」

「だが、君が来てくれて感謝している。おかげで彼女たちは我々に心を開こうとしてくれている」

「お嬢さん方のアイドル役には同情するがな」

女性に好かれやすい体質もあるかもしれないが、誠実なアスランが自分たちとアルゼナルの懸け橋となってくれている。

ティエリアは少しずつだが、彼女たちとの関係が改善していくことを喜ばしく思っていた。

「そっちの方は大丈夫です。助っ人を手配しましたから」

「助っ人…?」

「ああ…あいつなら、この状況を何とかしてくれる」

 

-アンジュの部屋-

「ここが…アンジュリーゼ様のお部屋なんですね…」

アンジュに案内され、部屋に入ったモモカは敬愛するアンジュリーゼの激変した環境に息をのむ。

始祖連合国の平均的な国民の住処よりも粗末なうえに、置いてあるのは棚とベッド、机と椅子だけ。

布団も硬くて薄いもので、とても皇女のものとは思えない。

「適当に座って。明日の定期便が到着するまで、ここで過ごすことは許されたから」

ジルからの許可で、モモカはアンジュに身柄が預けられることになった。

しかし、アルゼナルの不法侵入した人物は処刑されるため、モモカもこの時点で処刑されることが決まっている。

アンジュはそのことをとても彼女に言うことができなかった。

「再会して3日!ついにアンジュリーゼ様のおそばに…という私の願いが叶いました!」

この3日間、モモカはエマやジルからの尋問を受ける日々を送っていた。

自分の身分やアルゼナルに来た理由などを矢継ぎ早に質問された。

中にはよくわからない質問もあり、それは答えることができない、もしくはどういう意味かを尋ねたが、スルーされ、次の質問に移された。

「あ、アンジュリーゼ様はお召し替えですね。お手伝いさせていただきます!」

「いいから」

「何をおっしゃるのですか!?アンジュリーゼ様の補佐は侍女筆頭であるこのモモカの務めです!」

「要らないって言ってるの…」

「も、申し訳ありません…」

皇女の頃は当たり前のことだったが、今のアンジュにとっては皇女時代のことは思い出すには辛すぎた。

だが、その不満をあろうことかモモカにぶつけてしまったことをアンジュはすぐに反省した。

少ししょげた様子だったモモカだが、すぐに表情を明るいものへ切り替える。

「そういえば、御髪…短くされたのですね。よいと思います。大人の雰囲気というか…これまでの姫様から脱皮されたような、そんな感じがします!」

「脱皮も何も…もうアンジュリーゼはいないから」

今の自分はアンジュリーゼではなくアンジュ。

そう言い聞かせるために断髪した。

大人に成長するためでも、ただの箱入り姫から卒業するためでもない。

「そんな…!アンジュリーゼ様はアンジュリーゼ様です!」

だが、モモカにとっては目の前のノーマはアンジュリーゼであることに変わりはない。

誰が何と言おうと、始祖連合国の皆が手のひらを返したようにノーマであるアンジュを罵倒したとしても、モモカの思いは変わらない。

「私、帰りません!離れません!これからもずっとずっと私がお世話致します!」

そういい返してくるとは思っていた。

そんな思いがなければ、こんな危険な真似をするはずがない。

ずっと幼馴染のように過ごしてきたモモカらしい。

だが、気になるのはなぜノーマである、始祖連合国では人間ですらないアンジュをモモカがここまで敬愛するのかだ。

「ねえ、いつから?いつから知っていたの?私がノーマだって…」

伝えなかったことを責めるつもりはない。

洗礼の儀の前、とある母親がノーマであった赤ん坊を憲兵に連れていかれ、悲しんでいたときに言った言葉を思い出す。

(ノーマは人間ではないのですから。早く忘れる事です。そして、次の子を産むのです。今度はノーマではない『正しい子供』を…)

自分もまた、ノーマを差別する当事者だったから、仮にそんなことをモモカに言われたとしても信じなかっただろう。

「最初っから…でしょ?私にマナを使わせないためにお父様が連れて来た…。そうよね?」

父、ジュライにモモカを紹介されたときのことを思い出す。

話によると、始祖連合国では珍しい孤児で、施設にいたモモカをある程度侍女として教育させたうえで連れてきたという。

身の回りの世話をするだけの役目だったが、今考えるとマナを使うときには必ずと言っていいほどモモカがそばにいた。

そうなると、最初からアンジュがノーマだと知ったうえで仕え続けていることになる。

「誰が何と言おうと、どんなことがあろうと、私の居場所はアンジュリーゼ様のおそばだけです。追いかけて…追いかけて…やっとお会いできたのです!どうか…ここにおいてください!」

懇願するようにアンジュを見つめ、必死に願うモモカにさすがのアンジュも拒絶することができなかった。

でも、ここはノーマの居場所であり、モモカがいるべき場所ではない。

大切なモモカだからこそ、ここにいるべきではない。

「ここは…人間の居場所じゃないわ。この3日間で知ったでしょう!?まずくて粗末な食事、粗悪で不衛生な施設、そして何より…ここはいつも死と隣り合わせ」

「それでも!!」

両拳に力を込めながら、モモカは自分の固い決意を口にする。

ふと、アンジュの眼にはモモカの右腕についている傷跡が映る。

白無垢な彼女には似つかわしくない横一線の切り傷だ。

「その腕の傷…どうしたの?」

「あ、これは…」

「もしかしてそれ…あなたが私の人形を誤って壊してしまった時の…」

それはモモカが来たばかりの頃で、ある程度教育を受けたとはいえ、まだまだ仕事に慣れていなかったのか、モモカはうっかりアンジュが大切にしていた人形を壊してしまった。

その時に飛んだ破片がモモカの腕をかすめた結果、その傷跡ができた。

それを見るまで、アンジュはその時のことをすっかり忘れていた。

だが、モモカにとっては今でも大切な出来事だ。

「マナを使えば、そんな傷跡、消すことができるはずじゃ…」

「これは…アンジュリーゼ様との絆の証です」

「絆…?」

「はい。あの時、アンジュリーゼ様は私の不始末を怒るよりも、まずは私の傷のことを心配してくださいました。私は決して忘れません。今の私は…アンジュリーゼ様をお支えするために存在しているのです。これからも…」

その言葉で、モモカが打算的にアンジュに仕えているわけではないことがようやくわかった。

そんな味方がいる嬉しさのあまり、思わず泣きそうになったアンジュだが、その涙をどうにか押し隠す。

そして、再び目つきを鋭くし、じっとモモカを見る。

「出ていけ」

「え…?」

なぜそんなことを言うのかと、分からないモモカは耳を疑う。

だが、ブルブルと体を震わせ、何かを我慢していることから、自分のために言ってくれているのだということは分かった。

しかし、それでも自分の生き方を変えるつもりはなかった。

たとえそれ故に明日死ぬことになったとしても。

「明日の定期船まではご一緒に…」

「駄目よ!マナを使えば、海を泳いだり潜ったりすることぐらいできるでしょ!?逃げて、モモカ!お願いだから…!!」

我慢しきれず、涙がこぼれ、本心を口にしてしまう。

ハッとしたアンジュはどうにか右手で目を覆い、涙を隠しながら、必死に我慢しようとする。

だが、我慢しようとすればするほど、涙が止まらなかった。

「やっと…モモカって呼んでくれましたね。アンジュリーゼ様」

「モモカ…」

「私は…アンジュリーゼ様の筆頭侍女ですから」

(第一種、遭遇警報発令!各機は発進準備!)

悲しくもあたたかな空間を切り裂くように、警報音と共にパメラの声が響き渡る。

こんな大事な時になんでドラゴンが出てくるのかと不満を感じるアンジュだが、腕で無理やり涙を拭きとる。

「行かれるのですか…?」

部屋を出ようとするアンジュにモモカが笑みを浮かべながら問いかける。

「これが…今の私だから」

アンジュは振り返ることなく部屋を後にした。

(アンジュリーゼ様…どうか、ご無事で)

アンジュの無事を願ったモモカはさっそく部屋の中の掃除を始める。

ドラゴンと戦うアンジュのために、自分にできることをするために。

 

-エリアD ポイント320-

徐々に太陽が昇りつつある夜空を8機の機動兵器が飛んでいる。

グレイブ5機にはヒルダ、ロザリー、ナオミ、ココ、ミランダが乗り、ハウザーにはクリスが乗る。

残る2機はヴィルキスとジャスティスだ。

「いいのかな…?私たちだけ出撃して」

「司令とスメラギの指示だ。気にすることはないさ」

アンジュ遭難事件のことから、ジルはヒルダ達3人組とアンジュのチームは許可がない限りは禁止としていた。

それが解禁になっておらず、チーム編成について何も聞いていない。

アスランとナオミがついてくることについては別に文句はないが、なぜアンジュもいるのか。

その点はヒルダは割り切っていて、サリア以外の上の指示は従うだけだ。

そうして一緒にいれば、アンジュへうっぷんをぶつける機会も増える。

「5人…人数が少ないということは、がっぽり稼ぐチャンスだ!こりゃやるっきゃないぜ!」

一方のロザリーは活躍のチャンスが増えることを無性に喜んでいた。

バージョンアップしたパーツの確保や新しい服を買いたいため、どうしても物入りとなる今は少しでもキャッシュがほしいようだ。

「ロザリー、私とココ、ミランダを忘れてるわよ」

「ココとミランダはまだ新兵だからな!お前はそのお守だろ!」

「はぁ…単純な奴ら。死ぬかもしれないのに」

「う…」

「うるせえよ、イタ姫!あたし達とお前の家来を一緒にするな!」

「アンジュさん…すっかり変わっちゃった…」

アンジュの嫌味な言葉に腹を立てるロザリーとクリスを見て、ココは魔法の国の王女のはずのアンジュの変貌っぷりに言葉が見つからなかった。

呼び方が変わっているのはアンジュからの要望だ。

ゾーラの死を自分なりに整理できた2人はナオミと共に今回実戦での出撃をようやく許された。

話に聞いていたとはいえ、ここまで変化してるとは思わず、もしかして別人とすり替わっているのではないかとすら思ってしまった。

「ココ。私たちはナオミと一緒に動くの。アンジュさんのことは今は考えない。いい?」

「う、うん…」

「かわいそうにね。あの子、明日には殺されちゃうんだろ?あんたに会いに来たばかりに」

ニヤニヤ笑いながら、ヒルダはこれ見よがしにアンジュを煽る。

ここでアンジュがキレて攻撃してくれたら、造反者として殺すことができる。

だが、今のアンジュはその程度の言葉は痛くもかゆくもない。

「…言っておくけど、このメンツで出撃したいと頼んだのは私だから」

「え…?いったい何のために?」

「いい加減、あなたたちとの格の違いを見せてやろうと思って」

「なんだって?」

「アスラン、ナオミ!2人は見届け役よ!」

「あ、ああ…」

「な、なんで私まで!?」

部外者であり、公平さのあるアスランはともかく、どうして自分までとナオミは混乱し始める。

(なんで、ナオミまで??)

(まぁ…私たちの中だと公平だから…かしら?)

ナオミは社交性があり、エルシャやヴィヴィアンだけでなく、ヒルダ達ともある程度関係を保っている。

アンジュの見た限りでは最もメイルライダーたちの中でフラットな評価ができる相手だと踏んでいた。

「アスラン様を呼び捨てにするな!」

「やめな、クリス!ドラゴンが来る!!」

ヒルダの言葉とほぼ同じタイミングでシンギュラーが開き、そこから10匹のスクーナー級と1匹のガレオン級が出てくる。

即座にナオミはセンサーが水中を含めてドラゴンの索敵を始める。

「サブマリン級の反応はない!問題はガレオン級ね!」

「ガレオン級…これほどの大きさとは」

無人島での戦闘で、スクーナー級としか戦っていないアスランはガレオン級の大きさに息をのむ。

同時に、先制攻撃と言わんばかりにガレオン級が群がるアンジュ達に電撃を発射し、8機は散開する。

「ちょうどいい!誰があいつを倒すか勝負よ!」

「乗ったよ、その勝負!!」

「もう、アンジュもヒルダも!1機でガレオン級を倒すのは難しいのよ!?」

ナオミはレールガンを構え、ガレオン級に向けて発射する。

弾丸は射線上のスクーナー級を撃ち抜くとともにガレオン級にせまるが、バリアによって阻まれてしまう。

レールガン持ちのグレイブを脅威と考えたスクーナー級はまずはその機体を撃破するためにビームを発射しつつ、接近を始める。

「ナオミはやらせない!」

「引き金を引きだけなら…!」

近づいてくるスクーナー級に向けて、ココとミランダはアサルトライフルを発射して牽制する。

近づいてくるドラゴン達を見て、殺されかけた時のことを一瞬思いだしてしまう。

そして、ゾーラのアーキバスが自爆する光景も見てしまっている分、恐怖は倍増する。

だが、それでも震える手を抑えて攻撃を続ける。

それ以外にノーマである自分たちに生きる道はないから。

アサルトライフルの弾幕でスクーナー級たちは負傷するものの、中には弾幕を突破する個体もいた。

だが、その個体は真上から飛んできたビームで撃ち抜かれて海へ沈んだ。

「新兵たちのカバーをする!問題は…」

ナオミとココ、ミランダに近づいてくるスクーナー級をアスランはビームライフルとビームキャノンで撃ち抜いていくが、問題はアンジュ達だ。

ガレオン級のバリアは脅威とはいえ、様々な方向から攻撃を加えると一点に対するバリアの強度は鈍くなることはロザリーとクリスに無理やりされた対ドラゴン戦術講座で学んでいる。

エース級のヒルダとアンジュがいて、火力のある2連装砲とリボルバーをつけたロザリーのグレイブとクリスのハウザーもいることから、倒すことは難しくない。

だが、それ以上にアンジュと彼女たちの不和が大きくならないかが心配だった。

「3分…3分で片を付ける!!」

ヴィルキスはアサルトライフルの下部に装着されたグレネード弾をガレオン級の頭部にむけて発射する。

バリアで阻まれ、無傷な様子のガレオン級だが、更に側面からロザリーとクリスのパラメイルの2連装砲とリボルバーの攻撃が飛ぶ。

「ホラホラぁ!よそ見してんじゃねえぞ、木偶の棒!」

「さっさとバリア…壊れてよ!」

次々と弾丸がバリアに着弾し、うるさい子虫たちにストレスが溜まっているのか、ガレオン級は咆哮する。

「…!?ロザリー、クリス!上昇しろ!!」

「え…!?」

急にアスランから通信が入り、どういう意味か分からなかった2人だが、愛するアスランの言葉ならと攻撃を辞めて高度を上げる。

すると、ガレオン級の尻尾が2人のいた場所を通過し、空を切った。

「あ、あぶねえ…」

「アスラン様が言ってくれなかったら…」

あの尻尾の攻撃を受けたら、パラメイルだと一撃で粉々になってしまう。

突出し過ぎてそういう末路をたどったメイルライダーたちを見てきた2人はぞっとした。

攻撃に集中していたせいで、ガレオン級の動きをよく見ていなかった。

「こいつで…砕くぜぇ!!」

ヒルダはグレイブの足に備え付けてあるアーム・スレイブ用シュツルムファウストを手にする。

トゥアハー・デ・ダナンに積んであった装備で、ガレオン級のバリア突破の手段としてテレサとサックスに交渉して融通してもらったものだ。

使い捨てなうえに誘導性がないものの、破壊力は高く、〆の一撃には最適だ。

予想通り、バリアに着弾すると同時に大爆発が起こり、大きな穴が開く。

「よし!こいつで…」

「遅いわよ!」

新しく買ったパトロクロスを構えるヒルダだが、横から割り込んできたアンジュに押しのけられる。

そして、ラツィーエルを構えたヴィルキスはそのままバリアの中へ突っ込んでいく。

「アンジュ、てんめえ!!」

また手柄を横取りする気かと叫びたかったが、そんなことを言っている間にとどめを刺されてしまう。

やむなく機体制御を戻したヒルダもバリアの中に突っ込んでいく。

「これでも…くらいなさい!!」

アンジュは電撃を放つために口を開きかけたガレオン級の口の中にグレネードランチャーを撃ちこむ。

爆発によって口の中がボロボロになり、口の下半分から下は粉々に消し飛んだ。

さらに追い打ちをかけるように頭頂部にラツィーエルを突き立てられたことで、制御できなくなった電撃が暴発するとともに頭部が消し飛んだ。

頭を失ったガレオン級のバリアが消え、その巨体は海へ転落する。

そして、ガレオン級の赤い血で濡れたヴィルキスがラツィーエルを握ったままグレイブ・ヒルダカスタムらに目を向けた。

「これで分かったでしょう?あなたたちとの格の違いが」

「何が格の違いだ!バリアを突破したのはヒルダだろ!?」

「ヒルダの手柄を横取りして…!」

勝ち誇るアンジュに納得がいかないロザリーとクリスは操縦桿を握りしめる。

アンジュが邪魔をしなければ、ヒルダがガレオン級を討ち取ることができた。

そんなに相手の手柄を奪うのがうれしいのか?

今すぐにでも彼女を撃墜したくなっていた。

だが、そんな険悪な雰囲気を吹き飛ばすかのように、警告音が響く。

「何か来る!?」

「この反応…ドラゴンじゃねえぞ!?」

「熱源反応…各機散開!!」

アスランの指示が聞こえるか否かのタイミングで、固まりかけた各機は散開し、一筋の赤いビームが飛んでくる。

「何よ!?あの出力のビーム!!」

パラメイルではありえない出力のビームにアンジュ達は先日攻撃してきたアールヤブを思い出す。

しかし、その機体のビームと違い、先ほどのビームの色は赤い。

「この火力…モビルアーマー級だ!」

「そんな…エリアDに機動兵器が来るなんて…」

モビルアーマーをモビルスーツと同じ機動兵器の一種と考え、戸惑うクリスだが、アスランは出撃前にスメラギとテレサから聞いた話を思い出す。

(彼らはエリアDに来たとき、正体不明の機動兵器部隊に襲われたと言っていた…)

トレミーに録画されていた映像を閲覧し、それらの機体がGN-XⅢやアヘッド、トリロバイトといった連合軍やアロウズが使用していた機体で、どれもカラーリングが白に近い肌色やオレンジに変更されていた。

アスランはビームを逆探知し、敵機の位置を割り出す。

「やはりか…」

先ほどのビームに見覚えがあったアスランは予想通りの相手にため息をつく。

ビームが飛んできた西の方角から、ジェットストライカー装備で例のトリロバイトらと同じカラーリングをしたウィンダム10機と4本脚の蟹というべき姿のモビルアーマー1機を確認できた。

500トンクラスの重量、そしてそれを空中・宇宙で飛ばすことができるだけの出力。

前年の大戦で地球連合軍が投入した巨大モビルアーマー、ザムザザーが再びアスランの前に姿を見せていた。

 

-インド洋 エリアD付近-

戦闘がなく、静かになったインド洋をけたたましいローター音を響かせながらヴァルファウは飛行する。

側面に描かれている所属証はザフトのものではなく、オーブに変更されているうえにカラーリングも白と青を基調としたものに変更されている。

その中には2機のモビルスーツが格納されており、その中のパイロットはモニターでヴァルファウに映るインド洋の景色を見ていた。

「もうすぐエリアDか…」

「きれいね。でも、ドラゴンがそんなところに出てきてたなんて…」

ザフトの赤いノーマルスーツを身に着けた、赤いショートヘアの少女、ルナマリア・ホークは昨日送られてきた写真を見る。

それにはパラメイルとスクーナー級が交戦する様子が映っており、これはアスランから送られたものだ。

「ったく、オーブに出向して半年。ようやく3人で暮らせる部屋も見つけたってのに。いきなり呼び出しかよ」

「シン。もう文句を言うのはやめなさい。私だって…楽しみにしていたのに」

ルナマリアの恋人であり、同じ赤いノーマルスーツを着た、赤い瞳で黒い髪をした、少し幼さの残る顔立ちの少年、シン・アスカはオーブに残してきた家族のことを頭に浮かべていた。

彼女は悲しい思い出があるとはいえ、ようやくオーブに帰ることができることに喜んでいた。

また、最近黒いシャムネコを拾い、育て始めたことで徐々に元気を取り戻しつつある。

そんな彼女のためにルナマリアと一緒に可能な限り共に過ごしたい、そのための準備を終えてすぐの呼び出しであるため、シンが腹を立てる気持ちもルナマリアには分かる。

だが、ナチュラルとコーディネイターの遺恨、ロゴス壊滅による地球の世界的な経済的・政治的混乱、そして火星の後継者の登場。

混沌としている中、もう1つの世界の危機の可能性のあるドラゴンもまた無視できない存在だ。

出向先のオーブからの、首長であるカガリの頼みでもあるため、断るわけにもいかなかった。

「くそ…こうなったら、さっさとその問題を片付けて、マユのところへ帰るんだ!」

「2人とも、そろそろエリアDよ。発進準備はできてる?」

通信用モニターに茶色い耳元が隠れる程度の長さの髪で、とび色の瞳の女性の顔が映る。

彼女は2度の大戦でアークエンジェルの艦長を勤めた女性、マリュー・ラミアスで、現在はオーブ軍のエースパイロットであるムウ・ラ・フラガと結婚し、家庭を優先させたいという思いから艦長の座を降りて、現在は予備役となっている。

前大戦では敵味方に分かれることになったが、今はともにこの混迷の中にある世界を少しでも平和に向かわせるために力を合わせる同志だ。

「はい、いつでも行けます!」

「シン。あなたのデスティニーは本調子ではないわ。無理はしないで」

「大丈夫ですよ、ラミアス艦長。ちゃんと私がシンの世話をしますから」

「ル、ルナ…」

「フフ、ごちそうさまね」

ハッチが開き、2機のモビルスーツがゆっくりと前に出る。

大型対艦刀アロンダイトと高エネルギー長射程ビーム砲を背負った赤い翼状のバックパックをつけた、白・青・赤のトリコロールのガンダム、デスティニーガンダムはシンが乗っているモビルスーツで、前大戦で大破したのをオーブが修復したものだ。

これは今年になって明らかになったことだが、前年のザフトは少数精鋭による最強のモビルスーツ部隊を編制しようとたくらんでいて、デスティニーはその最強のモビルスーツとして扱われていた。

そのため、少数生産されており、それらのOSをそれぞれのパイロットに合わせて調節されていた。

シンのデスティニーを修復する際に使われたデスティニーのパーツは元々、当時のエースパイロットであるハイネ・ヴェステンフルスが使う予定だったもので、彼はダーダネルス海峡での戦闘で戦死したことで、その計画も白紙となった。

そんな彼専用のデスティニーのパーツを使用し、OSも一から作り直しとなったことから、シン自身もオーブで試験運転をした際に若干の反応の鈍さを感じた。

一方、ルナマリアが乗っているモビルスーツはデスティニーに似たカラーリングをしたガンダム、インパルスガンダムだ。

元々、シンが搭乗していたもので、この機体のデータがデスティニー開発につながっている。

しかし、バックパックはオーブが開発したものに変わっており、2本の小ぶりの対艦刀と2連装レールガンがついたもので、更にはスラスター節約のためにグゥルに乗っている。

ルナマリアが聞いた話によると、前大戦の最中にあった火星軌道以遠領域探査・開発機関で、国家や所属の垣根無しに集めた人員で構成された組織、D.S.S.Dの宇宙研究開発拠点であるトロヤステーションが地球連合軍非正規特殊部隊(正確に言うとロゴスの私兵)ファントムペインに襲撃された際、連合軍側が使用したモビルスーツ、ストライクノワールのデータが元になっているらしい。

「2人とも、これ以上はこちらは入ることができないわ。無事を祈っているわよ」

「ありがとうございます、ラミアス艦長。シン・アスカ。デスティニー、行きます!」

「ルナマリア・ホーク、インパルス、出るわよ!」

2機のガンダムがヴァルファウから出て、指定されたポイントに向けて急行する。

2機の姿が見えなくなると、ハッチを閉じたヴァルファウは反転し、その場を後にする。

(ドラゴン…地球に住んでいながら、このことも知らなかったなんて…)

元々、地球連合軍に所属していて、アークエンジェルでインド洋を横断したことがあるものの、その時もエリアDを通ることがなかった。

地磁気の影響で機械類が正常に動かないためと説明を受け、その当時は特に疑問を抱かなかったが、まさかそういう事情があるとは思わなかった。

(カガリさんは始祖連合国に行っている…なんだか、嫌な予感がするわね)

2度の大戦を戦い抜いた歴戦の艦長としての勘がマリューにささやく。

彼女は前方の窓から空を見る。

その空に先にはプラントがあり、そこには3年前から腐れ縁が続くあの少年がいる。

(キラ君…あなたは望まないかもしれないけど、またあなたに戦ってもらわないといけない時が来てしまうわね…)

 




機体名:インパルスガンダム(LH)
形式番号:ZGMS-X56S/Δ
建造:ザフト(バックパック及び武装のみオーブ)
全高:18.41メートル
全備重量:85.7トン
武装:、20mmCIWS、73式ショートビームライフル「サミダレ」×2、試製2連装リニアガン「タネガシマ」、小型試製対艦刀「ムサシ」×2
主なパイロット:ルナマリア・ホーク

ルナマリアと共にオーブへ出向したインパルスガンダムを近代化整備するとともにバックパックを換装したもの。
トロヤステーション襲撃事件でファントムペインが運用したモビルスーツ、ストライクノワールのコンセプトがオーブの技術によって再現されており、カラーリングは黒に近いストライクノワールと異なり、明るい赤と青がベースとなっている。
近接戦闘能力の高さから、接近戦を軸にした装備となっているが、バックパックの2連装リニアガンと2丁のショートビームライフルによって元々フォースインパルスにあった汎用性をある程度残している。
しかし、あくまでオーブの技術を元に開発されており、ザフト側との調整を済ませる前に出撃しなければならなくなったため、バックパックそのものはシルエットフライヤーでのけん引が不可能となっている。
なお、LHはパイロットであるルナマリア・ホークのイニシャル。

HP4700 EN200 運動性120 照準値140 装甲1200 移動6
タイプ空陸 地形適正空A 陸A 海B 宇宙A サイズM パーツスロット2 VFS装甲
カスタムボーナス 小型試製対艦刀「ムサシ」の攻撃力+200 射程+1

射撃 20mmCIWS 攻撃力2300 射程1~2 SP属性 命中+30 弾数10 CT+5 地形適正すべてA 運動性ダウン
射撃 73式ショートビームライフル「サミダレ」×2 C属性 攻撃力2400 射程2~5 B属性 命中+10 CT+10 弾数12 地形適正 海C それ以外A
射撃 試製2連装リニアガン「タネガシマ」 攻撃力3400 射程3~6 命中+10 CT+15 弾数5 地形適正 海B それ以外A
格闘 小型試製対艦刀「ムサシ」 PB属性 攻撃力4000 射程1~3 命中+25 CT+20 EN25 気力110 地形適正 海B それ以外A バリア貫通
(ザフトレッド・コンビネーションの性能はフォースインパルスと同じ)


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第30話 閃光と稲妻

機体名:ウィンダム(ジェットストライカー装備)(正体不明勢力仕様)
形式番号:GAT-04(推定)
建造:不明
全高:18.67メートル
全備重量:58.2トン
武装:M2M5トーデスシュレッケン12.5mm自動近接防御火器、ES04Bビームサーベル×2、Mk315スティレット投擲噴進対装甲貫入弾、M9409Lビームライフル、A52攻盾タイプE
主なパイロット:自動操作

エリアDに出没する謎の勢力が運用している機動兵器。
元々、1年前の大戦で疑似太陽炉搭載型モビルスーツのGN-XⅢと次期主力モビルスーツの座を争っていた機体で、旧ユニオンが強く肩入れしていた。
その理由はストライクダガーやユニオンフラッグを中心としたソルレシーブド・ヴィリアブルシリーズを供給していた旧ユニオンがGN-X、GN-XⅡなどの疑似太陽炉搭載モビルスーツによって失った市場を取り戻すためらしい。
また、疑似太陽炉搭載機と比較するとバッテリーや軌道エレベーターの太陽光発電システムから電力を無線供給する外部電源方式を搭載した機体の方がコストが安く、GN-Xシリーズで課題となっていた機体全体を覆う装甲が採用されている。
しかし、各パイロットによって微調整が容易となっているGN-XⅢが高い評価を受けたために結局敗れることとなった。
しかし、GN-XⅢなどの疑似太陽炉搭載モビルスーツの大半がアロウズに配備されたことで、棚から牡丹餅な形でほかの部隊に供給されることになった。
今回、エリアDで出現したこの機体はおそらく、アロウズ解体と共に疑似太陽炉搭載モビルスーツの供給が容易となったことで不要になり、払い下げられたものであると思われる。


-エリアD ポイント320-

「もうもう、何なのよ!あのモビルスーツは!!」

次々と飛んでくるビームを避けながら、アンジュは乱入してきた謎の勢力に悪態をつく。

あの白とオレンジのカラーリングの機体の部隊については既にスメラギ達から聞いている。

どういう目的で攻撃を仕掛けているのかは分からないが、ここで自分たちが死ぬ理由もない。

ヴィルキスはアサルトライフルを接近するウィンダムに向けて発射するが、倍以上の大きさと質量を誇るウィンダムの装甲に傷が入るだけだ。

「くそ!!モビルスーツ相手にパラメイルじゃあ分が悪い!」

「みんなは下がれ!ここは俺がどうにかする!!」

パラメイルでは勝てないと考えたアスランは前に出ると、ブレイドドラグーンを発射する。

(あの機体はどれも自動操縦…だとしたら、動きは読みやすい!!)

ブレイドドラグーンがアンジュ達に向けてビームを撃ち続けるウィンダムの腕と首を切り裂き、腹部からバックパックを貫く。

更に、ビームライフルを2発発射して、ザムザザーの直掩をしている2機のウィンダムのコックピットを撃ち抜いた。

あっという間に3機のウィンダムが撃破され、残りのウィンダムは攻撃目標をアスランのジャスティスに定めていく。

「アスラン様!!」

「ヒルダ、アンジュ、ナオミ!!みんなを下がらせろ!残念だが…パラメイルでは足手まといだ」

「く…!」

足手まといという言葉にヒルダは唇をかみしめるが、相手はドラゴンではなく人型機動兵器。

考えようによってはドラゴン以上に性質の悪い相手と戦って死ぬことを選択するほど、ヒルダも馬鹿ではなかった。

「ロザリー、クリス!下がるぞ!ここはアイツに任せるしかねえ!!」

「ヒルダ…!」

「そんな…」

愛するアスランを置いて逃げなければならない非力さに涙するクリスだが、今は逃げることしかできない。

ウィンダムの注意がジャスティスに向く中、アンジュ達は後退していった。

「よし…いいぞ。来るなら、俺のところへ来い。すべて撃破する」

おそらく、あの機体たちはアンジュ達を狙っている。

パラメイルのスペックではウィンダムのような現行のモビルスーツを倒すだけのスペックはなく、いくらアンジュとヒルダがいたとしても、全滅する可能性が高い。

ウィンダムはどうにかなるとして、問題はザムザザーだ。

陽電子リフレクターと4本脚についているビーム砲のおかげで、攻撃力も防御力も高い。

しかし、アスランは既にザムザザーの攻略法を知っていた。

ビームライフルの出力を絞り、ザムザザーの周辺を飛びながら連続発射していく。

うっとうしいコバエを払おうと、単装砲を次々と発射する。

ヴァリアブルフェイズシフト装甲を採用したモビルスーツに実弾は効果が薄いものの、戦艦の主砲レベルのそれを受けた場合はフレームや電子系統が持たない。

更に、パイロットがその衝撃で死んでしまう可能性もある。

だが、追尾性もない直線的なものであるため、簡単に回避できた。

その間に発射していたブレイドドラグーンがザムザザーの真下に到達する。

(いまだ!!貫け!)

アスランの意思に応えるように、ブレイドドラグーンが真上に向けて飛ぶ。

しかし、急に機体周囲をオレンジ色のフィールドが包み込み、ブレイドドラグーンを阻んだ。

「何!?GNフィールド!!あの機体には疑似太陽炉が搭載されているのか!?」

ブレイドドラグーンの持続時間を考え、アスランは一度それをファトゥム02へ戻す。

アヘッドやGN-XⅢ、トリロバイトなどの疑似太陽炉搭載機を使っていた部隊と同じ可能性が出て来て、そう考えるとあのザムザザーもそれを搭載できるよう改造されていたとしても不思議ではない。

もはや隠し立てする必要がないと判断したのか、ザムザザーの背中の装甲が開き、4基の疑似太陽炉がむき出しとなる。

そこからはオレンジ色のGN粒子が散布され始めていた。

そして、4本脚から一斉にオレンジ色のビームがジャスティスに向けて発射される。

スピードが速いものの、直線的であることに変わりないため、ザムザザーの真上へ行くように移動してやり過ごそうとする。

しかし、ビームはまるでその動きを呼んでいたかのように曲がり、ジャスティスに迫っていた。

「何!?」

ザムザザーがフォビドゥンのような曲がるビームを発射してきたことにアスランは驚きを隠せなかった。

かつて、アスランが戦ったことのあるゲシュマイディッヒ・パンツァー搭載モビルスーツのフォビドゥンはそれを利用してビームを曲げることができた。

見た限りでは、ザムザザーは改良されているとはいえ、それを搭載しているようには見えない。

考えられたのはかつて、刹那らソレスタルビーイングのガンダムが交戦したことのあるアロウズ、正しく言えばアロウズを操っていたイノベイド達が運用していたモビルアーマー、レグナントに搭載されていた技術だ。

レグナントはデストロイに相当する驚異的なモビルアーマーで、その機体はGNフィールドの近似技術で一本にまとめられた三本のビームが、互いに干渉しあうことで軌道の変更を可能にしている。

ただし、イノベイド達もその技術が利用されることを恐れていたのか、連合軍がイノベイドの根城と化していたソレスタルビーイングを接収した際には高度の暗号によって、それをはじめとしたイノベイドが開発したモビルスーツなどに使われた技術が解析できなくなっていた。

先ほど書いた原理についても、アニューが言っていただけで彼女は情報収集型のイノベイドであるとはいえ、そのような高度な技術のほとんどをリボンズが独占していたために再現できていない。

曲げることができる上に出力とスピードに変化がなく、避け切れないと悟ったアスランはすかさずビームキャリーシールドを出力最大にして受け止める。

機体全体を覆うようにビームシールドが展開され、直撃するはずだったビームを受け止める。

「ぐう、うう…!!」

機体のエネルギーのほとんどをビームシールドに回さなければならず、果たして発生器がそれに耐えられるかどうかが不安だった。

兄弟機であるストライクフリーダムの場合なら、両腕にビームシールドが搭載されているため、仮に同じ状況であれば負担が分散できるように両腕で同時にビームシールドを展開してガードしていたかもしれない。

動かすことのできる頭でザムザザーを見ると、GNフィールドが消えており、ザムザザーもこのビームを発射するために出力を回していることが分かる。

だが、少しでもビームシールドの出力を弱めると機体が焼かれるうえにビーム主体となっているジャスティスに対して、攻撃側に回っているザムザザーには単装砲などの実弾武装がある。

単装砲の砲身がゆっくりとジャスティスに向けられる。

更には動けないジャスティスを後目にウィンダム達が再びアンジュを狙い始める。

「く…!!」

動けないアスランは苦い表情を浮かべながらその単装砲を見る。

しかし、真上から海へ落ちるように飛んできた一条のビームが単装砲を撃ち抜く。

「はあああああ!!!」

「あの機体は…!」

アスランとほぼ同時に新たな機体の存在に気付いたザムザザーはビーム発射をため、その機体をカメラで確認する。

AI操縦であるザムザザーは機体の存在をカメラやセンサーで確認しなければ特定できないが、アスランにはその機体が何かをもうすでに感じていた。

「デスティニー…シンか!!」

上空でデスティニーはアロンダイトを両手で構え、ザムザザーに向けて突撃する。

ジャスティスへの攻撃でビーム砲にインターバルが発生しているザムザザーはイーゲルシュテルンと単装砲で攻撃する。

だが、光の翼を展開したデスティニーはミラージュコロイドとの応用によって、残像を生み出していき、銃弾は残像に当たるだけでデスティニー本体に命中しない。

「疑似太陽炉搭載のザムザザー!?いったいどこの誰がそんなものを!?」

シンはその改造され、カラーリングも別物に変えられたそのモビルアーマーに嫌な予感を感じていた。

デュランダルが死に、ロゴスが解体されたことで混乱する地球とプラント。

その混乱に乗じて、また多くの人々が死んだ戦争を再び起こそうとする存在の影。

戦争によって家族を失い、妹と共に心に深い傷を負っただけでなく、戦争を陰で操ったデュランダルに踊らされたシンだからこそ、その存在を許すことができない。

「また戦争がしたいのか、あんたはぁ!!」

叫びと共にアロンダイトのビームの刃が形成され、槍のようにザムザザーを突き刺そうとする。

再びGNフィールドを展開するザムザザーだが、ブレイドドラグーンを上回る質量のアロンダイトとぶつかり合い、しばらく鍔ぜりあう。

しかし、アロンダイトはそのオレンジの障壁を貫き、そのままザムザザーの頭部を貫いた。

甚大なダメージを負ったザムザザーのGNフィールドが消滅し、その巨体に隙ができる。

「うおおおおお!!!」

アロンダイトを下に振りぬいたデスティニーはとどめの一撃として更にビーム砲を撃ちこむ。

思わぬ奇襲でダメージが限界を超えたザムザザーはオレンジの粒子をまき散らしながら爆散した。

「シン…来てくれたか!」

「お久しぶりです、アスラン。けど、今のはカッコ悪かったですよ」

「言ってくれるな…」

モニターに映るシンの顔を見て、アスランは少し安心していた。

去年の大戦で、アスランが抱えることになった後悔の1つの中にはシンがある。

自分も迷いを抱え、苦しんでいたとはいえ、部下であったはずのシンの心の傷や思いを理解することができず、彼が自分の守りたいものを守るための手段として力に傾倒していった際には上官としてではなく、敵として否定することしかできなかった。

きっと、今彼がこうしてここに来ることができたのは、恋人となったルナマリアと唯一の肉親であるマユの回復が大きいだろう。

「そうだ…ここを突破したウィンダムは!?」

「大丈夫。ルナが行っています!」

「ルナマリアが…」

 

「これなら…どう!?」

ナオミのグレイブが自分たちを襲うウィンダムの1機にレールガンを撃ちこむ。

脆弱性のある首の関節に命中したことで頭部を失い、メインカメラのないウィンダムは攻撃する術を失っていた。

「攻撃できなきゃ、ただのカモだ!!」

攻撃できないウィンダムめがけてヒルダのグレイブが突撃し、パトロクロスを何度もコックピットに突き立てる。

4回目でようやくコックピットを貫通し、機能停止したウィンダムが海へ落ちていく。

パトロクロスには赤い液体がついていないことから、ヒルダは改めて無人機と戦っていることを実感していた。

パラメイルの中では最大火力のレールガンを関節部に命中させることでようやくダメージを与えられるが、今の出撃メンバーの中でそれを持っているのはナオミのグレイブだけだ。

砲撃支援ができる3機の火力でさえ、モビルスーツに傷を与えることしかできない。

「くっそおおお!!イタ姫と付き合って、今度はアタシらまで死ぬのかよ!?」

「黙れ!!死にたくないなら、戦え!!」

今はロザリーの泣き言など聞きたくないアンジュはそう叫ぶとともにアサルトライフルを連射する。

だが、ドラゴンとの戦闘でも弾数を使ったこともあり、弾切れが発生する。

もはやストックのマガジンもなく、アサルトライフルは無用の長物と化していた。

「くそ!!」

アサルトライフルをウィンダムに投げつけるが、軽々とシールドで受け流される。

そして、ラツィーエルを抜く間もなく、ウィンダムはヴィルキスに肉薄した。

(まずい…!!)

パラメイルでは、モビルスーツに一発装甲で殴られるだけでも致命傷。

このままでは自分もヴィルキスごとバラバラにされてしまう。

自分もゾーラのような死に方をするのか。

アンジュは目をつぶり、覚悟を決めようとする。

だが、攻撃しようとしたウィンダムはいきなり真上から飛んできたモビルスーツによって海に蹴り落とされた。

「ねえ、そこの白いええっと…パラメイル、大丈夫!?」

「え…?あなたは…?」

「味方よ。私はルナマリア・ホーク。アスランって人からのお願いできたの」

「アスランの…?」

そのようなことをアスラン本人から一言も聞いていないアンジュは目を丸くする。

だが、まだウィンダムは何機か残っていて、アンジュ以外のパラメイルを狙い始めていた。

「さあ…この装備の全力、出してあげる!」

「まさか…たった1機であのモビルスーツと戦う気!?」

「大丈夫。私だって…『赤』なのよ!」

2本のムサシを手にしたインパルスがナオミらを狙うウィンダムに向けて突撃する。

側面からの敵の反応に気付いたウィンダムはビームライフルをインパルスに向けて発射する。

だが、こちらへ向けて飛んでくるビームをインパルスはムサシを盾替わりにして受け止めた。

シールドを排除した代わりにムサシには対ビームコーティングが施されており、それを盾替わりにすることでビームライフル程度の防御が可能になっている。

「ええい!!」

ビームの刃を形成したムサシでウィンダムを一刀両断する。

味方機1機の反応が消えたことで、他のウィンダムもインパルスの存在に気付く。

スティレットやビームライフルがインパルスに向けて飛んでくる。

さすがにこの弾幕ではさばききれないため、ルナマリアはインパルスのスラスターを全開にしてその場から離れる。

いきなりの急加速はフォースインパルスに乗っている間、何度か経験したものの、近代化整備によって性能の上がったこのスラスターのせいで意識を持っていかれかける。

しかし、これで相手の攻撃から逃れることができたインパルスは2丁のショートビームライフルを手にし、連射を始める。

2機のウィンダムがビームの雨に飲み込まれ、1機は左腕を失い、1機は関節や胴体を次々と撃ち抜かれて爆発した。

(『赤』っていうのは分からないけど、やれるようね)

その色の意味は分からないアンジュだが、少なくとも彼女がヤワではないことは分かった。

ただ、アスランの時といい、やはり赤はいい気持ちにならない。

なお、彼女が言っていた赤というのはザフトの一部の兵士にのみ着用が認められた制服の色で、プラントの士官学校の卒業成績上位20位以内の兵士だけが着用できる。

プラントで毎年どれだけの士官学校卒業生が輩出されるのかは分からないが、少なくとも優秀だということは分かる。

なお、ザフトは士官学校が存在するにもかかわらず、職業軍人で構成されている組織ではないために階級制のない義勇軍という奇妙な存在となっており、たとえ赤服を手にしたとしても、ザフト内では一般の緑服とは平等だ。

しかし、3年前の大戦で赤服のパイロットがかつて地球連合軍が開発した5機のガンダムのうちの4機を奪取するという大きな戦果を挙げたことからザフト内ではエースパイロットの1つのステータスとなっている。

そのためかルナマリアも赤服には誇りを持っており、同時にその重圧も感じていた。

だが、戦争が終わり、平和のためにシンと共に戦う道を選んだ彼女にとっては些細な問題だった。

そんな中ショートビームライフルの弾幕から生き延びたウィンダムの1機がビームライフルをインパルスに向ける。

だが、そのウィンダムはこちらへやってきたデスティニーのビームライフルを受けて爆散した。

 

すべての無人機の撃破に成功し、アスラン達を安堵の空気が包む。

「よ、よかった…生き残れた…」

クリスはほとんど無抵抗な状態で大きなモビルスーツに襲われた恐怖で震え、生き延びたことを実感する。

ロザリー達も口にはしていないが、今回は本当にアスラン達の助けがなかったら全滅していたかもしれず、こうして危機が去ったことへの安心感を抱いていた。

だが、その空気はアスランとルナマリアと同じ『赤』によってぶち壊される。

「…。だがよ、アンジュ!」

ヒルダは通信をヴィルキスとつなげ、アンジュをにらみつける。

モビルスーツとの戦いの前に、自分がとどめを刺そうとしたガレオン級をかっさらったことへの怒りがここでよみがえっていた。

「何よ?私は普通に戦っていたつもりだけど?」

不敵な笑みを浮かべるアンジュはヒルダが何を言いたいのか分かっていた。

だが、自分を殺そうとした彼女がどんな文句を言おうと、彼女にとっては知ったことではない。

「しらばっくれてんじゃねえよ!この泥棒猫が!!」

「メス豚よりは、泥棒猫の方がちょっとマシね。その泥棒猫に負けたあなたたちは猫に狩られる薄汚いドブネズミってところ?」

笑みを崩さないアンジュはさらに畳みかける。

ガレオン級を倒したのは自分であり、格の違いをさらに強調するために。

それがヒルダだけでなく、ロザリーとクリスの怒りの導火線に火をつける。

「く、悔しい…」

「ちっくしょおおお!!こんな結果、認められるかよ!」

「な、なんていうことだ…」

「ますます関係が悪くなっちゃった…」

アスランとナオミはさらにこじれた関係になったアンジュ達に頭を抱える。

今回の戦闘で、可能な限り彼女たちの関係をよくしたいと思ったが、本人たちにそんな気がさらさらない以上はどうにもならない。

どこか強制力のあるもので縛り付けるしかないのか?

「な、何なんだ、こいつら…」

彼女たちの通信が聞こえていたシンはこのドロドロした口喧嘩に恐怖を覚える。

アルゼナルについては既に出撃前にカガリから聞かされており、アルゼナルと闘いしか知らない彼女たちの特異な環境も理解しているが、自分の考えている以上に彼女たちはとんでもなかった。

いざ弱みを見せたら、身ぐるみをはがされそうな感じで、とても気を抜くことができない。

(もしかして、アスラン…ドラゴン達じゃなくて、この子たちが手に負えなくて私たちを…?)

高性能なモビルスーツであるジャスティスを操るアスランであれば、ドラゴン相手に後れを取ることはないだろう。

アスランの彼女たちにたじたじとした対応をしているのを見ると、どうしても戦い以外の理由が頭に浮かんでしまい、うろたえる彼に思わず笑いかけてしまう。

だが、警告音が鳴り響くとともにモビルスーツの反応が出る。

「これは…みんな、警戒しろ!まだ戦いは終わっていないぞ!」

今度は東方向からGN-XⅢとアヘッドの混成部隊が15機近く現れる。

「またモビルスーツ!?」

「まだ私たちを狙うつもりなのかよ!?」

「ちぃ…!奴らは何が目的で彼女たちを狙うんだ!?」

ジャスティスなどの反応を感知したアヘッドが配下のGN-X2機と共にGNビームライフルを発射しようとする。

しかし、その前にライフルを速度の高いビームで撃ち抜かれ、更にコックピットもわずかなタイムラグで飛んできたビームに撃ち抜かれて消滅する。

「このビームは…サバーニャの!?」

「正解だ。遅れて悪かったな、アスラン」

ロックオンの声が聞こえ、西方向からトレミーがやってくるのが見えた。

ハッチが開き、そこからヴァングレイと共にサバーニャを除くソレスタルビーイングのガンダム達、そしてサリア、エルシャ、ヴィヴィアンのパラメイルも出撃した。

「ふん…増援なんか来なくって、私1人で…」

「だったら1人で勝手にやってろ、イタ姫!!」

「そんなに報酬を独り占めしたいのかよ!?モビルスーツに蹴っ飛ばされて死んでしまえ!!この守銭奴!」

「守銭奴はどっちよ!?私が報酬をかっさらった程度でネチネチと…」

「うるさい!!あんたなんかに貧乏のみじめさがわかるもんか!」

「不幸自慢なんて聞くつもりもないわ!だいたいあなたたちは…」

アンジュもコバエみたいなロザリー達の暴言をこれ以上我慢できず、戦闘を放置して口喧嘩を始める。

設定が面倒なのか、オープンチャンネルで行っており、戦っているアスラン達にもしっかり聞こえている。

「ほんっとうに、あいつらは…!」

彼女たちの醜態にサリアはもう我慢できず、操縦桿に力が入る。

こうなったら、思い切ってこちらも言ってやろうと思い、口を開こうとするが、その前に別の女性の声が割り込んだ。

「いい加減にしなさい!!!!!」

キーンとスピーカーから響くほどのスメラギの怒声で、アンジュ達は沈黙する。

トレミーのブリッジクルー達はダイレクトにその声が聞こえてしまい、思わず耳をふさいでしまう。

(ス…スメラギさん、かなりストレスがたまっていたみたい…)

アニューはアルゼナルでメイルライダー達とかかわってから一段とスメラギの飲む酒の量が増えたことを思い出した。

医者の勉強をしたことのあるアニューは彼女の酒の量の管理をしており、健康とこれからのために何度か指導しているが、一向に治る気配がない。

人の上に立つ人間の大変さを感じる一方、総司令であるジルがなぜこれを放置しているのか、彼女にはわからなかった。

「アンジュ!あなたが決着をつけるというから、わざわざジル司令に頼んで許可してもらったというのに、どういうこと!?余計悪化しているじゃない!!」

「でも…」

「アスラン!!あなたがついていながら、これはどういうことなの!?」

アンジュの弁解など聞きたくないスメラギの怒りが今度はアスランに飛び火する。

1年前の大戦で曲がりなりにもモビルスーツ部隊隊長を務めた彼が少しも問題を収束できていないことに彼女は腹を立てていた。

そんなスメラギの剣幕を前にアスランは何も言うことができなかった。

「もういいわ!!あなたたちの言い訳なんて聞きたくない!!」

「で、でもよ…スメラギさんよ…もとはと言えばアンジュが…」

「黙りなさい!!」

「ひっ!」

空気を読まずに口答えしてしまったヒルダは思わずひるんでしまう。

怒りの表情を変えず、目線を向けられたフェルトは大急ぎでアルゼナルに暗号通信を送る。

とても今のスメラギの顔を見ることができなかった。

「はっきり言うわ!この原因はもっと別のところにあるわ!!もう、あなたたちに任せておけない!私が解決する!!これより、アルゼナル第1中隊はソレスタルビーイングが買い上げます!!」

「な、何だって!?」

「買い上げって…」

「ここからは私が説明しますね」

スメラギのまさかの言葉にロザリーとクリスは驚きを隠せない中、今度は通信機からテレサの声が聞こえてくる。

ダナンは現在、調整とアーム・スレイブ、サブフライトシステムの部品製造のためにアルゼナルに残っていた。

「これより、パラメイル第1中隊への報酬は基本的に給料制とします。中隊長であるサリアさんが中尉、副隊長のヒルダさん、ヴィヴィアンさんが少尉、曹長にはエルシャさん、ロザリーさん、クリスさん、アンジュさんとします。また、給料は基本的にキャッシュではなく、アースダラーで支払、キャッシュ・アースダラー間での両替は無料でこちらで対応します」

これはノーマであるアンジュ達をあくまで1人の人間として扱う上で雇用するためにスメラギと協議して決めたことで、円とアースダラーのどちらを使うかについては意見が分かれた。

旋風寺コンツェルンのおひざ元、ヌーベルトキオシティが基本的には拠点になる可能性が高く、アンジュ達が仮にそこで外出することがあった場合、円の方が扱いやすい。

だが、国際通貨がアースダラーで、これからどう動くことになるかわからないことから、アースダラーでの支払いという形となった。

「給料は基本給にプラスして私とスメラギさんで行う査定結果に応じて毎月支給します。なお、査定には戦果だけでなく、チームワークや素行も対象となります」

「チ、チームワーク!?」

「素行!!」

あくまで戦果を重視していたアルゼナルと全く異なる査定システムにロザリーとクリスはもう何度驚くことになったかわからなくなっていた。

だが、撃墜数偏重ではなくなるため、もしかしたらヒルダをサポートし続けることによる動きも評価されるかもしれない。

そんな淡い希望を抱く中、テレサは笑みを見せる。

「このシステムはミスリルで採用されているものをそのまま使ったものになります。なお、基本的な飲食費や光熱費、機体整備費用はすべてこちらが負担します」

「嘘…!?」

「やったー!タダで食べれるのー!?」

アルゼナルではキャッシュがなければ満足に食事もとれないうえに弾薬も機体修理、改造にも金をとられていた。

それが当たり前の環境で育ってきた分、そんなおいしい話があるのかと逆に警戒してしまう。

だが、ヴィヴィアンは飲み食いが保証されることに喜んでいて、次に買うペロリーナグッズのことを頭に浮かべていた。

「なお、特別な戦果を挙げた方には給料とは別にボーナスも支給します。詳しいことは戦闘終了後にお話しいたしますね」

「そんなの、認められるかよ!?」

虫のいい話だが、よそ者であるスメラギやテレサにシステムまで変えられることにはヒルダは納得できない。

そんなヒルダの言葉を無視し、スメラギはフェルトから返信の書類を受け取った。

それは第1中隊売買に関する契約書であり、即座にスメラギは自分の名前をサインする。

「ジル司令は喜んで売る…とのことです」

「決まりよ!これで、あなたたちは私たちの物よ!!契約書もある!!戦いが終わって、キャッシュを払えば終わり!」

「け、契約書!?」

「ノ、ノリエガさん!キャッシュなんて、ソレスタルビーイングには…」

「問題ないわ!もうラッセが動いてる!」

スメラギの言葉の意味が分からず、フェルトたちは首をかしげる。

そういえば、今日アルゼナルから発進する際にラッセはスメラギから何かを言われ、アルゼナルに残っていた。

そのため、今はイアンが代わりに砲撃手を勤めている。

彼がソレスタルビーイングに入る前はマフィアだったことは知っているが、その立場はソレスタルビーイングでもアルゼナルでも意味のない肩書だ。

「さあ、ここからはあなたたちは私たちの指揮下に入る!いいわね!」

「イエス・マム!」

ただでご飯が食べられるなら文句はないヴィヴィアンはあっさりとスメラギの命令に応える。

とはいえ、パラメイルでモビルスーツを倒すにはコックピットや関節をピンポイントで狙わないと難しい。

また、ダブルオークアンタなどのモビルスーツが存在することから直掩に回り、持っているアサルトライフルでトレミーに向けて飛んでくるミサイルを撃ち落とすことに徹した。

「フフ、頑張らなきゃね」

「え、ええっと…」

「あきらめろ、スメラギ・李・ノリエガはこうと決めるとテコでも動かない」

長年一緒に戦い、彼女の押しの強さを知っているティエリアはやんわりとアンジュの言葉を封じる。

その中でも、トレミーへ飛んでくるビームをGNフィールドで受け止め、GNビッグキャノンのチャージを始める。

ハルートとサバーニャ、ヴァングレイが次々と発射するビームとミサイルでモビルスーツ部隊が徐々に射線上へ誘導されていく。

「いいぜ、ティエリア!」

「了解。GNビッグキャノン、発射!」

トリガーを引くとと同時に高濃度圧縮粒子が解放され、射線上のモビルスーツはその圧倒的な火力のビームの中で爆発を許されずに消滅していく。

「ナイン、敵機の反応は?」

「ありません、ティエリアさんが撃破したもので最後のようです」

「はは、エースパイロットまみれじゃあ、俺たちの出番もなくなるな」

助っ人でやってきてくれた2人とアスラン、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターにミスリル。

ヤマトとはぐれてから、これだけのエースパイロットが集まり、ソウジは彼らとの差を感じずにはいられなかった。

(こりゃ…もっと強くならなきゃあな)

「戦闘終了ね…サリア!!じゃじゃ馬たちをトレミーに戻しなさい!」

「イ、イエス・マム!」

契約が成立している以上、ジルの顔に泥を塗るわけにはいかず、サリアは疑問を押し殺しながら命令に応じる。

「で、アスラン。ザフトの青い稲妻を含めたあの2機は味方ってことでいいんだな」

「ええ。俺が呼びました。彼らの着艦許可を」

「構わないわ。あなたが呼んだというなら、信じられる」

「ありがとうございます、スメラギさん」

トレミーのハッチが開き、パラメイルとモビルスーツは帰投していく。

「ソレスタルビーイング…」

「シン…」

「俺たちは、確かに議長の指示であいつらと戦ったことがある…」

1年前の大戦で、シンとルナマリアは復活したソレスタルビーイングと交戦したことがある。

最初に戦ったのはエンジェルダウン作戦の時だ。

その作戦はアークエンジェルとフリーダムを撃破する作戦で、その時は地球にいたソレスタルビーイングはカタロンと共にアークエンジェルの救援を行っていた。

クラウス・グラードら穏健派のカタロンはアロウズの強引な行動に懸念を抱いていたカガリやクライン派から支援を受けており、アークエンジェルとも共に戦ったこともあるため、彼らを失うわけにはいかなかった。

ソレスタルビーイングはアロウズと戦う傍ら、イノベイドや議長の思惑を探っており、アークエンジェルとクライン派とも協力関係にあった。

そこでシンはダブルオーライザーと戦うことになり、フリーダムを撃破してすぐの連戦となったこと、ダブルオーライザーの性能がストライクフリーダムやインフィニットジャスティスに匹敵していたこともあり、当時のシンの愛機だったインパルスは大破してしまった。

しかし、ダブルオーライザーは撃破されたフリーダムのパイロットの救出を優先させたために命を拾った。

その後はオーブでデスティニーで戦い、互角に渡り合った。

ただ、一度だけ共闘したこともあり、ダイダロス基地でソレスタルビーイングと共にロゴスのリーダーであるロード・ジブリールを討ち取った。

ソレスタルビーイングは本当にロード・ジブリールを討ち取るべきかは疑問を抱いていたようだが、彼がダイダロス基地で巨大ビーム砲と、月の周辺に配置された複数の廃棄コロニーから成る軌道間全方位戦略砲、レクイエムを発射したことで、討ち取ることを決定した。

そこから発射されたたった1発のビームのせいで、ヤヌアリウス・ワンからフォーに直撃し、 その崩壊に巻き込まれる形でディセンベル・セブン、エイトが壊滅、合計6基のプラントが崩壊し、150万人以上の住民が死亡したからだ。

彼の虐殺を止めるには殺すしかなかった。

そのたった1度の共闘で、シンはソレスタルビーイングが本当に敵なのかわからなくなった。

メサイヤ戦の前に、デュランダルとそのことについて話したが、彼からはソレスタルビーイングは将来、デスティニープランで障害となる存在であり、オーブとも連携しているから討てとだけ言われた。

戦闘中は盲目的にその言葉に従ったものの、もう戦争は終わり、デュランダルもいない。

「俺は…俺の眼であいつらがなんのために戦っているのかを確かめたい」

「ええっと…アスカさん、ホークさん、2番ハッチから入ってくださいです!」

「了解」

ミレイナの通信とガイドビーコンに従い、シンとルナマリアはトレミーに着艦した。

全機帰投したトレミーは反転し、アルゼナルへ向かう。

その中で、スメラギは再びダナンと通信を繋げた。

「テッサ。ありがとう。あなたが提案してくれた作戦、うまくいったわ」

今回の第1中隊買い上げ作戦の立案者はテレサで、査定システムがミスリルとほぼ同じになっているのも彼女の存在が大きい。

「いえ、私たちも傭兵ですから。報酬で動く人間の気持ちは分かるつもりです」

本当はミスリルが買い上げる形を取りたかったものの、テレサ達は別次元の人間であり、同行も元の世界へ帰るめどがつくまでということになっている。

それよりは同じ次元の組織であるソレスタルビーイングが買い上げたほうが都合がいい。

「報酬…3年前を思い出すわ…」

3年前、武力介入を始めたばかりの頃のソレスタルビーイングはメンバー全員に自分たちの過去について守秘義務が課せられており、給料もヴェーダの査定を元に支払われていた。

そのため、気質としては傭兵に近かった。

(クリスも、よく給料が出たとき散財してた…。子供ができたから、少しは改善されてたらいいけど…)

フェルトは今は日本にいる自分の姉貴分のような存在、クリスティナ・シエラと3年前、地球でよくショッピングに連れまわされたことを思い出す。

1年前、イノベイドの根城となっていたソレスタルビーイング号への最終決戦に臨む際、クリスが当時のトレミー操舵手であったリヒテンダール・ツエーリ、愛称リヒティの子供を妊娠していることを告白した。

そのことはリヒティも知らなかったことで、自分の子供ができたことが信じられず、喜びのあまり大泣きしていた。

彼は2度にわたる大戦よりも前に発生した太陽光発電紛争で重傷を負い、体の半分を機械にして生き延びていた。

そのことから自分の体にコンプレックスを持っており、更にそのことを周囲に知られたくないことから服も水着もすべて全身を覆うものになっていた。

3年前のフォーリン・エンジェル作戦の時で、GN-Xがガンダムの守りを突破してプトレマイオスに攻撃した際にブリッジに残っていたクリスをかばったのが関係が深まるきっかけだ。

攻撃をまともに受ける形となったリヒティの機械の体はボロボロになり、クリスも重傷を負った。

しかし、将来を見据えてソレスタルビーイングと関係を作ろうともくろんでいたネルガルによって救出されたことを2人は一命をとりとめ、そこから彼らは恋人同士となった。

1年前の大戦を前に回復した2人はソレスタルビーイングのメンバーとして共に戦い続けながらも、恋人としての時間も過ごした。

その中でリヒティは半分機械であることを強く自覚し、子供のことをあきらめていたため、余計嬉しかったのだろう。

無事に双子が生まれたことから、ネルガルの庇護の元、日本で育児休暇を取っている。

先日、ルリから送られたデータの中にはクリス達の写真も入っていて、幸せそうな姿を見て安心した。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

「メリッサ、どうかしら?」

格納庫に入ったテレサはガーンズバックの中で作業をしているマオに声をかける。

年が離れているものの、同じ女性であり、気が合うためか友人のような関係になっている。

彼女のガーンズバックには先日撃破した謎の勢力のモビルスーツの残骸が接続されている。

イアンとサックスの頑張りで、別次元の機体同士の接続ができたうえ、OSが無事であることも分かった。

マオは電子戦のスペシャリストで、彼女のガーンズバックが電子兵装と通信機能が強化された指揮官機であるため、解析には自信があった。

「ふうう…出たわ、テッサ。この機体…エリアDに入ってきたものを攻撃するようプログラムされていて、中には気になるのもあったわ」

「気になる物…?」

「ええ。なんでも、ドラゴンの死体を回収して、指定されたポイントまで移動するプログラムも込みでね」

ガーンズバックから出たマオは手持ちの端末とガーンズバックを接続し、テレサに見せる。

端末にはエリアDの地図が表示されており、指定されたポイントの座標もある。

「ドラゴンの死体の回収…移動…。でも、どうして?」

「さあ?そこまでは分からなかったわ。もし、この世界の言語はまったく違っていたらお手上げだったかも。ついでに調べたけど、どうやらこの機体…出所は始祖連合国みたいよ」

「始祖連合国…」

GN-XⅢやトリロバイト、アヘッドなどの機動兵器を仕入れ、整備するだけの財力とアスランが交戦した疑似太陽炉搭載のザムザザーやフェイズシフト装甲付きのトリロバイトを作るだけの技術力。

火星の後継者がそれだけの財力や技術力があるとは思えず、そうなると始祖連合国が一番に頭に浮かぶ。

だが、なぜドラゴンを回収しなければならないのかが分からなかった。

「どうもキナ臭いわね。また何かわかったら言うわ」

「ええ。ありがとう。それからこのことは…」

「分かってる。アンジュには言わないようにしておくわ。必要な時が来るまでは…だけど」

 

-アルゼナル 第1滑走路-

「そろそろ定期便の時間だ」

飛行機が下りてくるのを見たジルは隣にいるモモカに目を向ける。

これからどうなるか分かっているはずなのに、彼女は変わらず笑みを見せていた。

「お世話になりました。わずかな時間でしたが、とても幸せでした。アンジュリーゼ様にお伝えくださいますか?」

「…分かったわ」

エマは定期便である飛行機から降りてきた3人の警備兵に目を向ける。

これからモモカは彼らに連行されて飛行機に乗る。

そして、始祖連合国の途中で殺害されて海へ落とされる。

これが始祖連合国でのルールだ。

モモカは自分の信念に従って行動したことからそのことに悔いはなかった。

だが、気になるのはアンジュだ。

自分の死後、アンジュはちゃんとご飯を食べられるのか、訓練をさぼらないか、他の人と仲良くできるのかが心配だった。

「待ちなさい!!」

アンジュの声が滑走路に響き、警備兵の進路をふさぐように定期便の入り口前に立つ。

格納庫から大急ぎでここまで来たためか、息を切らしていた。

「アンジュリーゼ様!」

「ノーマ、邪魔をするのか!?」

「黙りなさい!この子は…モモカは私が買うわ!!」

アンジュは肩にかけていたカバンを投げる。

エマが急いでカバンのチャックを開け、中を確かめると、そこには百万単位のキャッシュが入っていた。

確かに、アルゼナルではキャッシュがあれば人身売買のように別のノーマを奴隷のように使役することさえ良しとしている。

しかし、違法にアルゼナルに入ってきたとはいえ、人間を購入することなど前例がない。

「待ちなさい!!人間を買うなんてことが許されるわけが…」

「キャッシュならある!!報酬として3日の戦闘で手に入った140万キャッシュに、スメラギさんから前借した210万。合計で350万!!相場なら調べた!足りてるはずよ!」

「ほう…本当にそれだけの金があるのか」

「ジル司令…?」

ジルはカバンの中のキャッシュを手にし、アンジュの眼を見る。

殺気スレスレの鋭い目線で、何が何でもモモカを買い取ろうとするだろう。

たとえジル達を殺してでも。

フッと笑みを浮かべたジルはキャッシュをカバンに入れる。

「いいだろう。荻野目モモカは今から彼女の所有物だ。そうなった以上、ここからの措置は中止となる」

ジルの言葉にエマは困惑し、警備兵たちも首をかしげながら互いの顔を合わせる。

「金を積めば何でも手に入る。それがアルゼナルの決まりだ。それに、人間を買ってはいけないという取り決めはないでしょう?」

「それはそうですが…」

人身売買もある程度は認められているアルゼナルだが、人間を購入することは想定されていない話であるため、規定すらされていない。

ジルの言い分では、法律にない以上は止めることはできないということだ。

法定主義の立場を理解しているエマは仕方なしにため息をつき、警備兵と話を始めた。

「ただし、彼女の生活の面倒はアンジュ、貴様が見るんだな」

「そのつもりよ」

買い取りが成立し、緊張の糸が切れたアンジュはフウウと息をついてその場に座り込んだ。

そんな彼女と彼女に駆け寄るモモカをテレサとスメラギは遠くから見ていた。

「間に合ってよかったわね」

「ええ。彼女はそのために強引な手段を使ってまでキャッシュを集めていたのですね」

今回のガレオン級の討伐報酬で、アンジュは140万まで貯金することができた。

だが、この日がモモカが輸送される日であり、このままでは間に合わない。

あと210万を手にするにはもはや借金するしかない。

あてがないことはないが、エルシャは幼年部の子供たちに、ヴィヴィアンは機体改造とペロリーナグッズ購入に、ナオミは借金返済のために多額のキャッシュを使っているため、期待はできない。

そのため、唯一あてにできるようになったスメラギに頭を床にあててまで前借を頼んだ。

少なくとも、彼女の元で雇用される以上は食事などとは保証されるため、最低限の生活についてはどうにかなる。

「それだけ、あのモモカって子のことが大事だったのね」

「人は変わっていく。きっと、彼女も…」

思えば、ノーマであることを知り、皇女から突き落とされたアンジュは自暴自棄とプライドの高さからどうしようもない女性になっていた。

だが、タスクとのかかわりやエルシャやヴィヴィアン、ナオミといった仲間の存在などによって少しずつ変わっていっている。

そんなアンジュをほほえましく思っていた。

「アスラン…?」

その空気に似合わない、トゲのある声が背後から聞こえてくる。

そこにはトレミーを降りたばかりのシンの姿があり、怒っているように見えた。

「あんた、あのとんでもない女たちの相手をさせるために俺を呼んだんですか!?」

ザムザザーの時は危なかったとはいえ、よほどの敵でない限りはアスランだけでもどうにかなる。

だが、アンジュとヒルダが始めたあの辛辣な大喧嘩とそれを止められないアスランを見て、ようやく目的が見えてきた。

返答次第ではアスランをぶん殴って、さっさとルナマリアと一緒にオーブへ帰ろうとさえ本気で考えていた。

だが、安心してほしいのはちゃんとそのとんでもない女たちに見る目があることだ。

「うぬぼれんじゃねえ!!」

「あんたみたいな奴が…アスラン様の代わりになるもんか!」

「何だと!?俺だって、お前らの相手なんかごめんだ!!」

アスラン程少女の扱いが上手ではなく、子供っぽいところのあるシンにはロザリーとクリスの悪口を受け流す技量はなく、正面からケンカ腰で言葉を発する。

「うるせえ、クソガキ!!さっさとあのルナマリアって彼女に甘えてろ!!」

「駄目か…?ロザリー、クリス。シンも格好いいと思うが…」

やはり、シンに自分がどうにもできない分を押し付けようという魂胆があったようで、自分の言葉に素直に従ってくれるロザリーとクリスを誘導しようとする。

しかし、彼女たちの脳内のランクではアスランが最上位で、シンはソウジについでのブービーだ。

「駄目駄目!アスラン様とは比べ物にならないですって!」

「うん…やっぱり、アスラン様じゃなきゃ…」

「アスラン…あんた、モテ自慢をするために俺を呼んだのか!?」

「ち、違う、シン!!断じて、そんなことはない!!」

ロザリーとクリスには眼中にない扱いされ、彼女であるルナマリアの前で男としてのプライドをズタズタにされたシンはどうやらロザリーとクリスに好意を寄せられているのだろうアスランへの怒りを爆発させており、あまりのプレッシャーにアスランはひるんでしまう。

あの戦いで成長したシンだが、そのキレっぽいところは変わらないようだ。

「あんたって人はぁぁぁぁぁ!!」

ここからアスランとシンの追いかけっこが始まり、アスランは追いつかれたら殺されてしまうかもしれないという恐怖をひしひしと感じながら走り続ける。

さすがはコーディネイターで軍人というだけあって、彼らの走るスピードは常人の比ではない。

そんな2人をルナマリアはチトセと共に微笑みながら見ていた。

「いいの?ルナマリアちゃん。あっちの短気な彼、恋人なんでしょう?」

トレミーで機体から出たとき、チトセはシンとルナマリアが一緒に話している姿を見ていた。

楽しそうにしていて、時折手を握ったりしているのを見ると、誰だって彼らが恋人同士だということが分かってしまう。

「いいんです。シンがあんな風に素直に感情を出すの、久しぶりだから」

「そうか…」

「あいつも、いろいろあったんだな」

刹那とロックオンは敵として戦ったことのあるシンの人となりを自分の眼で感じていた。

ダイダロス基地で一度だけ一緒に戦い、それ以外の戦場では敵同士だったが、こうして生身のシンを見るのは初めてだ。

シンとルナマリアも同様で、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターが自分たちとあまり変わらない人間だとは思いもよらなかった。

しばらくして、追いかけっこを終えたシンが刹那の元へやってくる。

「シン・アスカ…」

「刹那・F・セイエイ…」

互いに相手の名前を呼び、そこから沈黙が続く。

沈黙の中、ルナマリアはシンがちゃんと彼と話すことができるのを信じた。

一度は敵となったアスランとさえ和解できたのだから、きっとそれができる。

「俺は…最後までザフトとして、オーブと…そして、お前たちと戦った」

「ああ、分かっている」

シンの人となりを見て、少なくとも彼が戦いを好む人間ではないことは分かっている。

おそらく、彼は彼なりにザフトに、デュランダルのデスティニープランに正義があると信じて戦っていたのだろう。

だが、それはこうして顔を合わせて話さなければわからないことだ。

「それと…もしかして、あんたか?3年前、ガンダムエクシアに乗っていたのは」

「ああ…そうだ」

「そうか…はは、だったら、悪い奴じゃないよな…」

緊張の糸が切れたかのように、シンは軽く笑い始める。

刹那を警戒していた自分を馬鹿に思っているかのように。

「どうした…?」

「きっと、覚えていないだろうな…。俺とマユは…3年前、オーブでエクシアに、あんたに救われた…」

3年前、それはユニオン・AEU・人革連連合軍による(実質的にはその中にある反コーディネーター圧力団体のブルーコスモスのシンパを中心としたものだが)オーブ解放作戦の際、当時オーブ国民だったシンは妹のマユ、そして両親と共に避難船に向けて逃げていた。

実を言うと、シン達は避難の準備が遅れてしまっており、それ故に避難船には最終便で乗り込むことになってしまった。

別に彼らだけの不始末かというとそうではなく、長い間オーブは永世中立を維持し続け、他国からの侵略行為を受けていなかったことから、どこか攻撃されることはないという一種の安心感に浸っていた。

そのため、シン以外にもいくつもの世帯で脱出が遅れたケースは珍しくなく、有事の際にこのようなことが起こらないように現在、カガリは国民に対する災害や有事の際の避難訓練の定期的な実施を呼びかけている。

そこで、連合軍のモビルスーツの流れ弾が自分たちに飛んできた。

その時に助けてくれたのは刹那が乗るソレスタルビーイング第3世代モビルスーツ、ガンダムエクシアだ。

エクシアは自らを盾にすることでシンとマユをすくったものの、彼らの両親を救うことはできなかった。

もし、彼に助けられなかったら、きっと自分も死んでいたかもしれない。

マユは両親の無残な死を見てしまったことで重度のうつ病になり、再びオーブで暮らすようになるまでは大変だったが、それでも生きているか死んでいるかでは大きく違う。

「そうか…すまない、俺はそのことについては何も…」

だが、刹那はこのことをすっかり忘れたいた。

ソレスタルビーイングとしての闘いに専念していて、その戦いの中でシンとマユをすくった記憶が押し流された。

感謝の言葉を言ってくれたシンに何と返せばいいのか分からない刹那は口ごもる。

「まぁいいさ。マユを…妹を助けてくれてありがとう、刹那。俺はあんたを信じる、あんたの闘いで、俺に信じさせてくれ」

「ああ…よろしく頼む。シン・アスカ」

シンと刹那は握手を交わし、互いに笑みを見せる。

2人の打ち解けた姿を見て、ルナマリアは安心するように笑みを浮かべていた。

「それにしても、あんたっていい笑顔になるんだな。アスランからは無表情で口下手って聞いたけど」

「誰とでも分かり合える自分に変わりたい…そう思っているからな」

「変わりたい…か。俺も、1年前から変われてるかな…」

「変わってるわよ。今は自分の意思で戦っているじゃない」

ルナマリアにポンと背中を叩かれ、シンは困ったような笑みを見せる。

デュランダルが示した正義ではなく、自分が自由に信じる正義のために戦う。

そして、その正義を貫くために運命をつかみ取る。

それが1年前の戦いで学び、平和のために自分がなすべきことを考えたシンの答えだ。

「まぁ、あの人の女難は相変わらずだけど」

「はあ、はあ…誤解だ、シン。分かってくれ」

追いかけっこで精神的にかなり消耗したアスランは懇願する。

自分は何もしていない、なぜかロザリーやクリスに言い寄られているだけだ。

きっと、シンや刹那達なら分かってくれる、察してくれる。

だが、現実はそうはいかない。

「分かりあいたいなら、言葉を尽くすんだな」

「刹那の言う通りですよ、アスラン。俺だけじゃなく、アスハ代表にも言い訳の限りを尽くしてください」

「うちのメイリンにも、ですよ」

恋人であるカガリはともかく、ルナマリアの妹であるメイリンも実はアスランに心奪われた少女の1人だ。

一目ぼれしたようだが、ルナマリアとは違い引っ込み思案な彼女は中々アプローチをかけることができなかった。

だが、エンジェルダウン作戦後、ザフトの駐留基地であるジブラルタル基地が大きなターニングポイントとなった。

アスランはそこで再会したデュランダルにエンジェルダウン作戦をはじめとした彼の性急すぎる動きへの疑問をぶつけた。

そこでデュランダルは正論で返すだけでなく、アスランを不穏分子として極秘裏に排除しようとし始めた。

そのことで、デュランダルは障害となる可能性のある者はどんなに自分に尽くした相手であってもためらいなく排除する男だということを確信し、脱走を決めた。

アスランはデュランダルによる追手をかいくぐる中、偶然メイリンの部屋にもぐりこんでしまった。

そこでメイリンはアスランのために基地内にある使えるモビルスーツを検索し、彼を格納庫まで案内した。

すべてはアスランのために。

だが、それ故に彼女も追手に殺されそうになり、そのままアスランと共に脱走することになってしまった。

それからは彼女もソレスタルビーイング、そしてオーブとアスランと共に行動し、終戦まで戦い抜いた。

ただ、脱走兵であることからザフトには戻れず、現在はオーブ軍に所属している。

ルナマリアとは休日によく行動していて、ルナマリアはメイリンが今もアスランのことが好きだということを知っている。

だから、こういう女性をその気にさせるアスランのある意味では魔性の魅力にくぎを刺しておきたかった。

「…どうして、こうなるんだ…」

こんなことをどうやってカガリやメイリンに言えばいいのか。

多分、言ったらメイリンは泣くだろうしカガリからは鉄拳制裁を食らうだろう。

最悪、カガリに別れを切り出されたらもう立ち直れないかもしれないし、だからといってロザリーとクリスを傷つけるようなことを言いたくもない。

八方美人、八方ふさがり。

どこか、こんな自分にいい解決法を教えてくれる人はいないかと探そうとするが無駄なことだった。

 

「アンジュリーゼ様…」

アスランが苦しむ中、これからもアンジュと共にいられることを嬉しく思うモモカはじっとアンジュを見る。

髪を切り、メイルライダーとなったことで言動がきつくなり、王女の頃のようなおしとやかな部分が消えてしまっている。

しかし、根っこのやさしさは決して変わっていない。

敬愛するアンジュリーゼのままだ。

「何?モモカ…」

「ここは確かにひどいところかもしれませんが、にぎやかな場所ですね」

城とは段違いに清掃が行き届いておらず、絵画も像も壺もない。

おけいこのピアノも、豪華なドレスも教科書もない場所だが、ここには生きるために戦う仲間がいる。

アルゼナルの外から来た愉快な人々もいて、モモカはここでもアンジュとやっていけるように思えた。

アンジュも、少しずつだがここも悪くない場所のように思えた。

だからこそ、もっと強くならなければならない。

これ以上、ゾーラのようなことを繰り返さないためにも。

「そうね…ここも、悪くない」

「私はアンジュリーゼ様と一緒なら、地獄でも生きていけますけどね」

「モモカ、今の私はアンジュよ」

「はい、アンジュリーゼ様!」

やはり、呼び方は簡単に変わらないかとため息をつくが、そういうところもモモカらしいと思い、アンジュは笑みを浮かべた。

 

-トレミー 格納庫-

「はあ…もうちょっとここのOSがどうにかなったら…」

滑走路から戻ったシンはルナマリアと共にデスティニーのチェックを始めていた。

元々は別のデスティニーのパーツを使ってニコイチ整備した代物で、元々のデスティニーと反応速度に差が出ることは事前に説明を受けていた。

戦闘中もそのことは感じており、早急にOSなどの調整を済ませたいと思っていた。

このままのデスティニーでは、ジャスティスやフリーダムのような相手と戦って生き残ることができない。

だが、元々のデスティニーのOSをすべて確実に覚えているはずもなく、試行錯誤を重ね、自分の体に問いかけるしかない。

「シン、そろそろ休憩に入ったら?」

「ああ。そうする…うわぁ!!」

「シン!?」

デスティニーのコックピットからシンの悲鳴が聞こえ、ルナマリアは慌ててデスティニーの元へ向かう。

シンの目の前にはナインの姿があった。

「な、なんだ…君は!?」

「ナインです、以後お見知りおきを」

「ナインちゃん…?ああ、もしかして、ソウジさんとチトセさんが言っていた…」

ナインのことは既にソウジとチトセからあらかた話を聞いている。

アンドロイドであり、人間のことをもっと知りたいらしく、時間があれば協力してほしいとも頼まれている。

「びっくりさせるなよ…なぁ、俺に何か用があるのか?」

「はい。あなたはルナマリアさんと恋人同士ですよね?」

「あ、うん…」

「そのあたりについて、聞かせてもらおうかと思いまして」

「そのあたりって…?」

「馴れ初めとか、告白の状況とか、デートの行き先とか、結婚後の人生設計に男女のいと…」

「あーー!!それ、ぜひ私も聞いてみたいです!!」

ひょっこりとどこからともなくミレイナが現れ、ナインと共にじーっとシンを見る。

ミレイナは男女の恋愛に強い興味を持っており、ロックオンとアニューはしっかり見てきたため、新鮮なものを求めてシンとルナマリアをロックオンしていた。

「私も!後でサリアに教えてあげるんだ!」

更にヴィヴィアンまで現れ、3人の少女にシンは追い詰められる。

「そ、そ、そんなこと…話せるかよ!?」

「そういえば、ザフトのアカデミーで知り合ったとのことですので、もしかしてそこであったときからルナマリアさんのことを…」

「トレミーではアスカさんとホークさんは相部屋です。もしかしたら…」

「うおおーー、サリアにいっぱい話せるーー!!」

「う、うわああああ!!!」

これ以上いたら、どんなことを聞かれるかわからないと、シンは悲鳴を上げてデスティニーから飛び降り、格納庫から脱走する。

彼氏が逃げ出したのなら、次は彼女。

ミレイナはルナマリアに目を向ける。

「そのあたり…どうなんです?ホークさん」

「な、内緒よ!!」

オーブで一緒に寝たときのことを思い出してしまったルナマリアは顔を真っ赤にしていた。

 

-アルゼナル 司令室-

「ほぉ…まさかこちらの言い値の2000万キャッシュ、本当に出してくれるとはな」

司令室の客人用ソファーに座るスメラギとその後ろに立っているラッセとロックオンを見てジルは笑みを浮かべる。

ジルとスメラギの間には大きな四輪カートが置かれていて、その上には2000万以上のキャッシュが置かれていた。

ジルはそのキャッシュを手にし、ニヤリと笑う。

「まさか、ここまで精巧だとはな…本物に見えても仕方あるまい」

このカートにあるキャッシュが贋金であることはジルには分かっていた。

ラッセはソレスタルビーイングに入る前はマフィアをやっていて、そこで贋金ビジネスにも関わっていた。

そのため、贋金づくりには多少なりとも覚えがあり、これまでは使うまいと思っていたが、スメラギにごり押しされてこれだけの贋金を作った。

ロックオンと共にカートでここまで運んだ時はまるで上納金を納めるときのようで、マフィア時代に戻ったかのような感じがした。

「でも、ここで彼女たちの問題を解決したら、あなたにとっても利益があるでしょう?」

「ふっ…そうだな。いいだろう。差額はあるが…その分で整備士とパーツについては融通を利かせておこう」

だが、仮にこの買い上げによって彼女たちがより強力な部隊となったら、ジルにとってはかなり安い買い物になる。

煙草を吸いながら、ジルは契約書にサインをした。




機体名:デスティニーガンダムリペア
形式番号:ZGMF-X42SR
建造:ザフト→オーブ
全高:18.08メートル
全備重量:79.44トン
武装:MMI-GAU26 17.5mmCIWS、MMI-X340パルマフィオキーナ掌部ビーム砲×2、M2000GX高エネルギー長射程ビーム砲、RQM60Fフラッシュエッジ2ビームブーメラン×2、MA-BAR73/S高エネルギービームライフル、MX2351ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2、対ビームシールド
主なパイロット:シン・アスカ

1年前のメサイヤ戦で大破したデスティニーをザフトが死蔵していた別のデスティニーガンダムのパーツでニコイチ整備したもの。
元々、デスティニーは少数量産機として位置づけられており、それぞれの機体がそれぞれのパイロットに合わせて細かいパーツまで管理したうえで開発された特製品となっている。
そのため、同じデスティニーのパーツだが別機体も同然で、そのために主に反応速度で難が生じている。
現在、OSを中心に失った反応速度などの性能を取り戻すべくナインの協力も得る形で奮闘している。


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第31話 まだ足りない

-エリアD アルゼナル 幼年部用教室-

「おにーちゃん、こっちこっちー!」

「あたしとも遊んでよぉ、おにーちゃん!」

「ああ、どうしてこうなったんだ…?」

幼年部の子供たちにねだられるシンはその子供の多さとありあまるエネルギーに翻弄されていた。

任務が立て込んで彼女たちに構う時間を作れないエルシャに依頼され、ルナマリアと一緒に彼女たちに付き合っている。

ルナマリアは乗り気だったが、シンはそれができるかどうか不安だった。

しかし、妹がいるためか彼女たちの扱いがやや翻弄され気味なものの、他のメンバーよりも上手な方なためか、直に懐かれた。

2人ともザフトの制服の上に不釣り合いなピンク色のエプロンを着用している。

「ああ、もう!おままごとはもう少ししたら付き合ってあげるから!こらこら、取り合わなくても、一緒に遊んだら…!」

ルナマリアも子供たちの相手をする中、シンが以外と彼女たちに好かれていることに驚いていた。

もし戦争のない平和な世界だったら、きっとシンは幼稚園の先生が向いていたかもしれない。

だが、そうなったらきっと自分とシンが出会うことがなかったかもしれない。

「ありがとうございます、ルナマリアさん。私たちの手伝いをしてくれて…」

一緒に幼年部の世話をする少女が外から来た軍人である2人にこんなことの手伝いをさせていることを申し訳なく思いながらも、任務のせいで人手が足りない中で助けてくれることに感謝をする。

「ううん、私たちも新鮮な体験ができて、うれしいから」

給料の多くを使ってまで彼女たちの世話をするエルシャのすごさをルナマリアは感じていた。

「あの…ルナマリアさん」

「何かしら?」

「その…私たち、男の人を見たことがなくて、それで…男の人と付き合うのって、どんな感じなんでしょうか?」

「え!?ええっと…」

 

-食堂-

「それでね…宗介とシンって、すっごくおかしいんだよ。かなめとルナマリア、怒っちゃってさ」

ヴィヴィアンは先日に起こったことを思い出しつつ、新しいキャンディーを口に加えた状態で楽しくサリアに話している。

工事中のアルゼナルの一角に宗介が親切心で高圧電流の罠を仕掛け、アルゼナルの作業員が気付かずにそれにはまってしまい、感電して入院してしまった。

治療費はミスリル持ちということになり、その原因を作った宗介はかなめに連れられて直接ジルと入院した少女に謝罪することになった。

宗介とかなめは学校に通っていた時期があるらしく、その中で宗介は数多くの騒動を起こし、かなめがそれで多くのストレスを抱えたという。

不審物が入っていると考えて下駄箱を爆破する、学生に人気のコッペパンを手にするために銃で脅すのは序の口で、弱小で草食系男子の集まりだったラグビー部を山籠もりで敵チームを殺すつもりでキックやパンチを撃ちこむ戦闘マシーン集団に変貌させる(ただし、これは同僚であるマオのマニュアル『マオお姉さんの海兵隊式ののしり手帳(新兵訓練編)』にのっとって教育したようで、100%彼だけが原因ではない…多分)、学校内に知り合いの武器商人から手違いで郵送された奇妙なボトルを持ち込み、その結果学校内でその中に入っていた細菌兵器が流出してバイオハザードを引き起こす(ただし、それの正体はフルモンティ・バクテリア…常温では無害だが、人間の体温付近で爆発的に増殖・活性化し、宿主にしがみつきながら石油製品を喰らい尽くすもので、人体への影響はない)といったわけのわからない騒動まで引き起こしていた。

そのこともあってか、かなめからハリセンで何度も殴られながらこっぴどく叱られていた。

また、シンは幼年部をはじめとして生まれて初めて男性を見るアルゼナルの少女たちから声をかけられ、そのことでやきもちを焼いたルナマリアに怒られた。

宗介とは違い、騒動を起こしたわけではなく、彼にとっては言いがかりだが。

その翌日、なぜかシンはくたくたに疲れていて、ルナマリアは逆に元気になっていた。

「アスランも最初はカッコよかったけど、段々ボロが出てきたみたい」

ロザリーやクリスだけでなく、アスランはアルゼナルで大勢の少女に惚れられてしまったらしい。

その結果、彼女たちから食事や訓練に誘われ、修羅場が生まれる原因を作ってしまった。

更には、彼女たちに誰が一番なのかはっきり言えと言われてしまい、彼女たちを傷つけたくないと思ったのか、優柔不断な態度を取ってしまい、結果として余計状況を悪化させることになった。

騒動を起こした彼女たちは現在、謹慎している。

本当はさらに罰金もとられるのだが、アスランの願い出によってそれだけは避けられた。

「あたしは刹那の方がかっこいいと思うな。だって、なんだか優しそうだし。ソウジとクルツはずーっとヒルダを追いかけてるけど、ヒルダは不機嫌なままで、それを見たマオとチトセが2人をとっちめたの。テッサとスメラギも出て来て、すごいお説教だったの」

その時、ソウジもクルツもアルゼナル格納庫の固い床の上で正座させられ、延々と2人から反論や弁解の機会を与えられることなく2時間以上説教を受けることになった。

おまけにソウジはチトセとナインから、クルツはマオから制裁としてビンタまでされたようで、戻る2人の頬は赤く腫れていて、2人ともお互いに慰めあっていた。

「ソウジって、ナンパばっかりしてるけど、チトセとナインにすっかり頼りにされてるし、2人ともなんだかんだ言ってソウジのこと信頼してるみたいだし、ねえ、サリア。ソウジはどっちと付き合うのかな?」

「…ヴィヴィアン」

「ほえ?」

サリアにとって、外の世界から来た彼らの話はどうでもいい。

彼女にはそんな話に付き合う余裕がない。

もっと深刻な問題を身内に抱えていた。

「…アンジュはどうしてる?」

「うーん…あんまりあたしたちと遊ばないで、あのモモカって子と一緒にいるよ。やっぱり、ロザリーとクリスはまだアンジュのこと、嫌いみたいだし」

「そう…」

だが、モモカに付きっ切りなことでヒルダら3人組とかかわる機会が減り、結果として騒動を起こす機会も減っている。

問題が起こらないだけマシだが、戦闘になり、彼女たちが一緒に戦うことになるとそれが起こらない保証はない。

仲良くなれとは言わないものの、作戦行動中は問題を起こすような真似をしてほしくはない。

「ねえ、サリアも外の人たちと遊ぼうよ。ミレイナとルナマリアは、きっとサリア好きそうな話をしてくれるよ」

「え…?」

好きそうな話というが、一体それが何なのかはサリアには分からなかった。

生真面目なイメージを周囲に与えていることを自覚しており、それなら彼女たちよりも知的なテッサやスメラギ、フェルトの方が適格だ。

「ほら…サリアの引き出しの2段目に入ってる~男と女がチュッチュする本みたいな~」

「!?」

最近、自分の引き出しの本の入っている順番が変わっていたことに違和感を感じていたが、これで謎が解けた。

相部屋のヴィヴィアンがこっそりと中の本を読んでいた。

輸送船から運ばれる補給物資の中には本も入っている。

始祖連合国に関する情報が入っていないかどうか検閲したうえで、問題がないと判断された本はアルゼナル内で流通することになる。

ただし、問題となるのはそれだけで、いかがわしい内容の薄い本であっても問題なしと判断されたらコンビニのおにぎりみたいな手軽さで出回っている。

サリアはそのうちの何冊かを、純愛系のものをこっそり購入しており、1人で過ごすときに隠れて読んでいた。

「さあ、見せてごらん。君のすべてを~。あぁ~ん、そんなこと~」

「ヴィヴィアン!!」

この前読み終えた、年頃の王子さまと貧しい家の少女の純愛系漫画のセリフを大声でしゃべり始めたヴィヴィアンの名を叫ぶとともに持っていた食事用ナイフを投げつける。

ナイフはヴィヴィアンの座っている椅子に命中し、あと数センチずれていたら顔に刺さっていた。

さすがにまずいと思ったのか、ヴィヴィアンは口を閉ざす。

幸い、まだ食堂にはほかに誰も入ってきておらず、今の話を聞く人はだれもいなかった。

ただ、サリアは一瞬とはいえその漫画と同じようなことをシンとルナマリアがしていることを想像してしまったことは言えるはずがない。

「今度あさったら…殺すわよ」

「ごめんちゃい」

どうしてこんな彼女と相部屋にならなければならないのか。

一刻も早く隊長用の個室に移りたいと願うサリアだが、今はそれどころではない。

アンジュにソレスタルビーイング、ミスリル。

外の世界の人物が短期間で数多く入ってきたことで、アルゼナルの環境が大きく変化しつつある。

他のメイルライダーたちも外の世界や男性に興味を持ち始めており、いつの間に誰かがここにいる男性たちのブロマイドを作ったようで、既に流通し始めている。

ナオミとメイの調査によると、やはりアスランが一番高値で取引されており、2位刹那、3位舞人、4位アレルヤ、6位ティエリア、7位ロックオンという順番らしい。

なお、一番のお手頃価格なのはソウジとクルツで、クルツの本性を知らない少女はこんなにかっこいい男性のブロマイドがなぜこれだけ安く買えるのかわからないようで、買った時は首をかしげていたという。

また、アスランのブロマイドの6割はロザリーとクリスが手にしている。

(アンジュ…外の世界の人間。このままだとアルゼナルが…)

もうどうなってしまうのかわからないサリアは状況を見守ることしかできなかった。

 

-アルゼナル 司令執務室-

「…で、アンジュをヴィルキスから降ろせ、と?」

椅子に座ったジルはタバコを吸いながら、目の前に立つサリアが提出した書類に目を通す。

これは入隊後から今日までのサリアの行動が書かれている。

隊長であるサリアは定期的に隊員たちの行動を書類にまとめて指令に提出する義務がある。

これはその隊が機能しているのか、機能していない場合はその原因が何なのかを第三者の眼で見ることができるようにするためだ。

報告書の中にはアンジュとヒルダら3人組との騒動や命令違反の内容などが事細かに記載されていた。

アンジュが他のメイルライダーたちと関係をうまく構築できていないことはジルも分かっており、ヒルダ達のように彼女を敵視するメイルライダーもいることは承知している。

「ヴィルキスに慣れてきたことで、アンジュは増長しています。彼女の勝手な行動がいつか隊を危機に陥れます。その前に…」

「そうなる前に、どうにかするのが隊長の仕事だろう?」

吸っていた煙草を灰皿に置き、書類を机の上に置いたジルはじっとサリアの眼を見る。

隊がバラバラになることを恐れている、それは分かっていることだ。

だが、それ以上にサリアがアンジュをヴィルキスから降ろしたい理由は別にあることも分かっている。

「しかし…」

「それに今、お前たちに直接命令を与えるのはソレスタルビーイングとミスリルだ。もめ事はスメラギやテレサに言え」

先日の契約により、第一中隊の所有権はジルから彼女たちに移っている。

今後のドラゴンに関する任務は彼女たちに依頼し、それを元に作戦を練る形となる。

やることはあまり変化がないとはいえ、主が変わった以上はその主に指示を仰ぐべき。

それがジルの言い分だ。

「…」

確かに、自分が隊長になってからは第1中隊は人間関係を中心に問題を抱えていて、自分はそれを解決することができていない。

自分の力不足を理解しているが、それでも懸命に働いてきた。

だが、今はもはやアルゼナルから所属が外れているうえに傭兵としてスメラギ達に所有権が移ってしまった。

まるで見捨てられたように思えて仕方がなかった。

「そんな顔をするな。時が来たらお前たちはアルゼナルに戻す。それまではうまくやってくれ、いいな?サリア」

「はい…」

重い足取りで、サリアは執務室を後にする。

提出された書類をファイルに閉じたジルは灰皿の上の煙草を見る。

「…戻ってこないものだと思っていたよ。どういう風の吹き回しだ?」

フッと不敵な笑みを浮かべてしゃべる中、ジルの背後には黒い影が伸びていた。

その影の主人はしゃべる気配がないが、ジルにはそんなことはどうでもよかった。

「まぁいいさ。…私に、お前を責める資格がないことは分かっているからな。だが、戻ってきた以上は働いてもらう。覚悟しておけ」

人影はまるで最初からなかったかのように消えてしまった。

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「始祖連合国がドラゴンを秘密裏に回収している…?」

「やっぱり、知らなかったようね」

スメラギが受け取った写真を見て驚くのを見たアンジュはやっぱり、と予想通りの反応に少し肩を落とす。

ヴェーダを持つソレスタルビーイングなら、もっと情報を引き出せるかと思ったが、始祖連合国に情報収集を任務としたイノベイドを潜伏させることができない以上はどうしようもない。

だが、タスクから預かった写真のおかげで、少なくとも自分の言葉を信じてもらえた。

「ええ…。ジル司令やエマ監督官からの説明にもこのことは触れられていなかったわ」

アンジュ達メイルライダーはともかく、ジル達がそれを知らなかったかどうかは疑問符がつく。

思い出してみると、メイルライダーたちが殺したドラゴンの死体をどう処理するのかは何も聞いていない。

エリアDに人が入らないとはいえ、ドラゴンの死体をそのまま放置していたら海の生態系に影響が出る可能性がある上に海流で外海に出てしまって、何らかの形で発見されても大ごとだ。

死体を回収するのはその情報を秘匿するためという意味では正しいかもしれない。

だが、その処理はアルゼナルに任せればいいのに、どうして始祖連合国自らが行うのか。

その理由が分からなかった。

「私の話は以上よ。じゃあ…失礼するわね」

「待って。…なんでこの話を私に?」

「ソレスタルビーイングについてはそれなりに知っている…それだけよ」

自動ドアの向こう側に消えたアンジュを見ながら、スメラギは彼女が写真を渡した理由を察した。

彼女は生まれ故郷に、始祖連合国に、そしてドラゴンに不信感を抱いている。

そして、その2つの正体を突き止めることを願っている。

アンジュ1人では不可能だが、ソレスタルビーイングやミスリルといった外部の組織の力を借りれば可能になるかもしれない。

そして、その真実次第では…。

(戦いを呼ぶのは、あの子の性かしら…)

だが、こちらもこのままアルゼナルに居続けるわけにはいかない。

この問題もそうだが、他にも無人機や火星の後継者の一件もある。

動き出さなければならない時が近づいている。

(彼女にも、連絡を入れるべきかしら)

プラントにいる彼女に話したら、次は彼がここにやってくることになるだろう。

この世界の最強のパイロットの1人であり、唯一無二のスーパーコーディネイター。

この世界の混乱を解決するにはやはり彼の力も必要となる。

再び彼を戦いの渦に巻き込むことになるのはスメラギもためらいを感じずにはいられない。

きっと、彼の身を案じる彼女もそうだろう。

(戦いに魅入られてしまっているのかしら。彼も、私たちも…)

 

-ジャスミンモール-

学校の体育館位の広さの空間に、下着やお菓子、小型のパラメイル用パーツなどの数多くの種類の商品がまるでドン・キホーテの店内のように陳列されている。

その中を店主であるジャスミンが用心棒として飼っている犬、バルカンと共に見回っている。

ここ、ジャスミンモールはアルゼナルでは唯一の店で、ここでメイルライダーたちはキャッシュを使って物を買っている。

ただし、これらの商品をどうやって仕入れているのかは不明で、ジャスミンも企業秘密として一切明かさない。

執務室を出て、解決しない問題へストレスを感じていたサリアの足は勝手にこちらへ向いていた。

「サリア…お前も買い物に来たのか?」

そこには問題の原因となっているヒルダら3人組の姿もあった。

「いやぁ…スメラギさんは気前がいいぜぇ!」

「うん…お給料制のおかげですごく楽になった…」

3人はどこか上機嫌で、買い物かごにはいつも以上に服や下着、アクセサリーなどが入っていた。

給料制となり、討伐数以外にも評価の対象が増えたことで、後方支援に対する評価もついたためにロザリーとクリスの収入が増加することになった。

おかげで2人とも、念願の追加装備の購入ができたうえにこうしたものを買う余裕もできた。

「これで、あのイタ姫さえいなけりゃ、最高なんだけどな」

「戦闘中のドサクサに紛れて、後ろから撃っちゃえばいいんだよ」

「それ、いいね」

クリスは購入したばかりのパラメイル用レールキャノンを思い出す。

これはアーム・スレイブ用に開発されたレールキャノンとエステバリスカスタムのレールキャノンを参考に新たに開発されたもので、データ収集が必要ということもあり、比較的安く手に入れることができた。

これの射程距離と弾速で、後ろから撃つことができれば、さすがのアンジュでも避けることができないだろう。

「やめなよ」

「だったら、あんたがあいつを止めな」

「…」

「給料制になったから、少しはマシになったのは確かだ。だけどな、撃墜ボーナスはあいつが独り占めだ。今はスメラギが何とかしきってるが、そのうち、こいつらの不満は爆発するぜ」

給料制となり、全員の給料が増加したが、やはり撃墜数の多いアンジュの給料の伸びが一番いい。

今は自分たちの給料が増えたことであまり文句を言っていないが、どんどん開くアンジュとの給料の差はいつか大きな軋轢を生みかねない。

ヒルダにとってはそれは望むところだが、そんなことになるとチームがバラバラになる。

そうなれば最後、自分たちは居場所を失う。

そして、サリアはジルからの信頼を失うことになる。

「そんなこと、分かっているわよ」

「だったら、なんとかしなよ。どうせあいつはあんたの言うことなんて聞きやしないだろうけどね」

「…何が言いたいの?」

「舐められているんだよ、あんた。ゾーラが隊長だったことはあり得なかったじゃん。こんな事…」

サリアとは正反対に、ゾーラは手当たり次第に年頃の少女を食いまくる品行の悪さが目立った。

とはいえ、部下への面倒見がよく、メイルライダーとしての技量が高かったため、部下からの信頼を得ていて、問題は起こらなかった。

しかし、ゾーラが戦死し、サリアが隊長となってからは違う。

ヴィルキスを手に入れ、才能を開花させてドラゴンを次々と撃墜するアンジュが現れ、彼女のせいで手柄を上げられなくなったメイルライダーは少なくない。

おまけにサリアはアンジュとヒルダの手綱を握り切れておらず、いくらリーダーシップを示そうとしても、彼女たちに逆らわれている以上どうしようもない。

「隊長…代わってやろうか?」

ただし、ヒルダが隊長になったら、もうこの問題は起こらない。

1人の生贄を用意するだけで解決する。

ニヤケ面になって迫るヒルダをサリアはにらみつけた。

「これ以上はやめておけ、これ以上は上官への侮辱となり、懲罰房送りだぞ」

「宗介君の言う通りよ。ちょっと言い過ぎね、ヒルダちゃん」

偶然、彼女たちのやり取りを見ていた宗介とエルシャがやってきて、ヒルダを諫める。

エルシャは買い物かごに幼年部の子供たち用のお菓子とおもちゃを入れており、彼女たちのために買い物しに来たことが分かる。

一方、宗介はなぜか段ボールをカートに乗せて運んでいた。

「ちっ…面倒な連中が来やがった」

サリアとのタイマンの邪魔をする2人の登場にヒルダは先ほどのサリアと同じように2人をにらむ。

エルシャはともかく、宗介は自分たちの雇い主の1つであるミスリルのメンバーだ。

おまけに現段階でミスリルでは最高階級であるテレサからの信頼も厚い。

仮に彼に今回のことを報告されたら給料に響く。

おまけに、軍隊であることからこうした問題に対しては連帯責任となることが多い。

巻き添えで給料が減らされたとなると、今度は自分たちが白眼視されることになる。

「どうして、あんたはそうやってアンジュに突っかかるんだよ?仲間だから、もっと仲良くすればいいだろ?」

「はぁ…?あいつがなか…」

今度はシンまでやってきて、キレそうになったヒルダだが、シンの姿を見て口が止まる。

ヒルダだけでなく、サリアとロザリー、クリスも今のシンの姿を見て何もしゃべらなくなった。

(そりゃあ、そうだよな…今のこのカッコじゃあ…)

「うふふ、ごめんね、シン君。ここにはこういうのしかないから…」

シンがこの姿になった最大の原因であるエルシャは面白そうに笑っていた。

今のシンの服装はザフトの赤服の上にハートマークがいくつもついたピンクのエプロン姿で、そのエプロンは明らかに女性向けだ。

一緒に来ているルナマリアも似たエプロンをつけている。

アルゼナルには女性がいないため、エプロンも女性ものしかない。

幼年部の手伝いを任せられてしまった2人はエルシャに無理やりそれをつけさせられていた。

「…プ、プハハハハハ!!んだよ!?あんた、女ばっかしかいねーから、女になっちまったのか!?」

「だ、黙れ!!これしかなかったんだよ!これしか!!それに俺も幼年部の子たちの買い物の手伝いに…」

「アハハハハハ!!全然似合わねえ!」

「アハハ…まるで、変態だ」

思いっきり笑われてしまったシンは顔を真っ赤にし、キレる寸前まで精神が追い込まれていた。

これからはミスリルの調理係からエプロンを借りようと心に誓った。

「あーーー笑った笑った。じゃあな、シン。このエプロンが似合ういい女になれるといいな」

思いっきり笑ってしまったことで、少し機嫌がよくなったのか、ヒルダはその場を後にする。

「じゃあな、ルナマリア。外の世界のこと、聞かせてくれよ」

「服も見せてね」

「お前ら、あいつらとなれ合うな!」

3人が立ち去り、すっかり笑いものにされてしまったシンは力が入った両拳を見る。

「…その、よく我慢したわね。シン。その…私はそのエプロン、似合ってると思うわ」

「…ありがとうな、ルナ」

恋人である彼女の言葉がボロボロになった精神をかすかにいやす。

「シン…これが問題をうやむやにするための作戦だと言うなら、見事だと言っておくぞ」

「宗介も、ありがとうな…そんなつもりはこれっぽっちもないけどな。けど…仲間だからもっと仲良くすればいいって、俺に言う資格があるのかなって思ってな…」

今は仲間になっているものの、1年前の大戦で自分はアスランやソレスタルビーイングと殺し合いをしていた。

おまけに、2度の大戦を起こし、ナチュラルもコーディネイターも数えきれない人の人を殺してしまった。

そんな自分たちに偉そうに彼女たちに仲間のことを説く資格があるように思えない。

「…千鳥が、俺に良く言うことがある」

「かなめが?」

「彼女に言わせれば、俺は戦場ボケであり、彼女の言う日常においてあり得ないトラブルを引き起こすらしい」

そのトラブルをルナマリアはかなめにいろいろ聞かせてもらっており、それらは軍人である自分たちから見てもあり得ないことばかりだ。

文化祭で正門にゲートを作る依頼を受けた際、150万円も使って治安維持用の鋼鉄製ゲートを作ってしまった。

文化祭実行委員の予算をそれで使い果たしただけでなく、更には銃座やサーチライトラウドスピーカーをも設置し、かなめからはハリセンで何度も攻撃された。

宗介の言い分では、その文化祭のテーマが『保安』で、去年のテーマが『平和』だったためらしい。

その保安の一環として、治安維持用の観測・防衛ポイントを兼ねたゲートを作ったとのことだ。

ちなみに、これは彼のいる世界の北アフリカやオーストラリアの街中にはよくあるらしい。

その話を聞いた時はルナマリアは一瞬、『保安』って何だろう?と考えてしまった。

同時に、彼がこの17年近くのどれだけの時間を戦場で過ごしたのだろうと彼の異常性を感じずにはいられなかった。

「彼女はそのたびに激怒し、時には俺に修正を入れることもあったが…最後は決まって、これから覚えていけばいい、と言ってくれる」

「これから…か…」

これから未来のために戦う道を選んだシンにとって、そして2度も過ちを繰り返してしまったナチュラルとコーディネイターにとっては重い言葉だ。

だが、そのこれからをおろそかにしてしまったら、本当に平和なんて来なくなってしまう。

「人間、誰でも失敗する…。重要なのはそこから何を学ぶのか、だとカリーニン少佐も言っていた」

「そうよ、シン。自分でもそう言ったじゃない。これからのために戦うって…」

「…そうだな、ありがとう。宗介、ルナ」

「じゃあ、その戦いとして、早く買ったものを持って行ってあげよう!みんな待ってるし」

「ちょっと待ってくれよ。その前にせめてエプロンを…」

「そんな時間はないわよ。大丈夫、あの子たちは笑わないから」

シンとルナマリアは一緒にジャスミンモールを後にする。

シン達の話を聞いていたサリアは少し考えさせられた。

これからのために戦う、人間は失敗から何を学ぶのかが重要…。

新米隊長の自分も、彼らみたいにこれまでのことから学び、これから本当に隊長としてこの第1中隊を一つにすることができるだろうか。

「どう?サリアちゃん。面白いでしょ、あの子たち」

「シン達だけじゃないよ!刹那もティエリアも、みーんなだよ!」

サリアの心の動きを察したエルシャだけでなく、いつの間にか話を聞いていたヴィヴィアンも買い物かごいっぱいに入れたペロリーナグッズを抱えながらサリアに声をかけてくる。

そんな彼女たちの言葉にサリアは返事をすることができなかった。

確かに、シン達の考えや価値観は自分たちにとって新鮮で、見習うべきところもある。

だが、その中にはこれまでの自分の考えとは真逆なものもあり、それを飲み込むのには抵抗感があった。

「じゃあ、部屋にペロリーナを飾らないといけないから、まったねー!」

「私も、シン君とルナマリアちゃんに任せてばかりじゃいけないから、また後でね」

エルシャとヴィヴィアンもジャスミンモールを出ていき、宗介もカートを引いてジャスミンモールの裏へ行ってしまった。

そして、入れ替わるように店主のジャスミンが出てくる。

「本当に助かるね。男手があるとこれだけ違うのかい…。ま、少々お堅いけれど。それはあんたも同じだね。サリア」

「…見てたの?」

ここでのみんなとのやり取りを会話に参加することなく、見続けていたジャスミンを一瞬にらんでしまう。

ストレスが溜まっているせいか、少し八つ当たりじみてしまっているが、サリアとは長い付き合いであるジャスミンは気にせず受け流す。

「余計なことを言わない方がいいと思っただけさ。…それより、ストレスたまってるね」

サリアがジャスミンモールへ来るとなると、もはや思いつくのは1つだけだ。

それで彼女のストレスが発散され、精神環境がある程度整備されるなら安いものだ。

「いつものものを用意して」

「もうとっくにできてるよ。彼はすぐに外へ出すから、少し時間をずらして倉庫に入りな」

ジャスミンは倉庫のドアを開け、中にいる宗介に声をかける。

そして、2人が倉庫のドアから離れるのを見ると、見られないように気を付けながらその中に入った。

「感謝するよ、宗介君。おかげで手間が省けたよ」

「お気になさらず。男手が必要な時には手伝いに行ってほしいと大佐殿からも言われていますし」

「そうかい…いい子なんだね。ほら、これを。また頼むよ」

宗介はジャスミンから受け取った包みを抱えてジャスミンモールを後にする。

彼女が気にしているのは倉庫の中でストレス発散中のサリアだ。

それは周囲から見るとかなりユニークで、誰にも見られたくないものだ。

そのため、このことを知っているジャスミンも中へ入ろうとはしない。

「やれやれ…ストレスがおかしな方向へ行かなきゃいいけど」

だが、レンタル料と場所代をもらえるため、それを止めるつもりはなかった。

「お客さんつれてきたよ、おばさん」

宗介と入れ替わるように、今度はかなめが入ってくる。

彼女もよくジャスミンモールに来て、店番などで手伝いをしてくれる。

「お姉さんと呼びな、かなめ」

だが、自分はまだおばさんと呼ばれるほど年を取っていない。

確かに見た目は年を取ったかもしれないが、それでもまだ指令をやっているジルや医者のマギーら若い面々には負けるつもりはない。

ただ、勝ち気でずけずけとした物言いと気さくさから、ジャスミンは昔の自分を思い出してしまう。

「ごめん、ごめん。でも、かなりの上客だよ」

謝っているものの、あまり悪びれていないかなめは客としてやってきたアンジュとモモカを入れる。

「おや、アンジュ。珍しいね」

一番の稼ぎ頭といえるアンジュだが、そんな彼女がジャスミンモールに来るのはかなりまれだ。

モモカの買取の時にした借金を返済しなければならない事情もあるだろうが、それでも今の彼女であれば大雑把に見積もったとしても1カ月で返済できる。

稼いでいるくせにあまり店に来ないから、どこでキャッシュを使っているのかとジャスミンは疑問を抱いていた。

「モモカの服を買いに来たの。何かいい服はないかしら?」

「そんな…!アンジュリーゼ様が稼いだお金を私の衣装のために使われるなんて…」

「いつまでも下着で寝かせるわけにはいかないでしょう?」

アンジュに買い取られたモモカは彼女の部屋で一緒に暮らしている。

ただ、ここへ来る際には何も持ってきておらず、服や下着の替えもなかった。

さすがに同じ下着のままにさせるわけにも、着替え無しの状態のままにするわけにもいかない。

お金には余裕があるため、サリア達が来ていないタイミングを見計らってここへ来た。

「それに、ここの夜は…へっくしょん!!冷えるんだから…」

隙間風が入るのは当たり前で、昼と夜の寒暖差の激しい場所であるため、ちょっと気を抜いたら体調不良になってしまう。

体調不良になると出撃できないうえに薬を買ったり治療を受けるのにもキャッシュが必要になる。

しかも、治療を受けるとなると高額で、それなら服などを買って健康管理に気を付けた方が安上がりだ。

「風邪をひいたの?」

「さあ?どこかの誰かが噂をしてるんじゃない?それも悪い噂を…」

そんな噂を流す人間はすぐに思いつく。

こうなったら、彼女たちの獲物を横取りして憂さ晴らししてやろうかと悪だくみする。

「そんな迷信…この世界にもあるんだ…」

「アンジュリーゼ様…」

「私も自分の服を買うから、モモカはかなめと一緒に服を選んで」

「で、どんな服がほしいんだい?」

服の代金をモモカに渡したアンジュを見て、ジャスミンは今店頭にある服を思い出す。

もうすぐ暑くなる時期のため、夏物に入れ替えている。

問題は売れ残りの冬物をどうするかで、ずっと倉庫の肥やしにして次の冬を待つつもりなどない。

「…とりあえず、あったかいものを」

「倉庫の中にあるから見てきな。安くしといてやるよ」

「ありがとう、じゃあ…」

安くするかどうかはともかく、とにかくあることは分かったアンジュは倉庫の鍵を受け取って中に入る。

「よし、じゃあ私も手伝って…あ!」

「どうかしましたか?」

「いや…なんでもないよ」

 

-ジャスミンモール 倉庫-

先日、入荷した荷物の大部分が段ボールに入ったまま棚に積み上げられている。

常温でも大丈夫な荷物ばかりなのか、冷房の暖房も入っていない。

その殺風景な空間の中には場違いなピンク色のハートをモチーフとした飾りがいくつもついた可愛らしいドレスを着た少女がいる。

「愛の光を集めてギュッ!恋のパワーでハートをキュン!」

ヴィヴィアンがこっそりあさって呼んだ本の中にあるお気にいりのセリフをいくつか混ぜて、普段の生真面目さとはかけ離れた猫なで声を出す。

開放感にあふれているのか、すっかり笑顔になっている。

「美少女聖騎士プリティ・サリアン!あなたの隣に突撃よ!」

空想の中で、プリティ・サリアンは助けを求める人々の声援を聞く。

今、彼女はドラゴン達の攻撃によって崩壊した町の中にいる。

ドラゴン達の前に軍隊は役に立たず、対抗できるのは聖騎士のみ。

人々の希望となるため、プリティ・サリアンはハートスティックを回し、ビームサーベルを発生させる。

だが、現実は無人の倉庫の中。

空想の中でこれだけの光景を作り出すことができることから、どれだけ彼女がプリティ・サリアンを作りこんでいるのかが分かる。

「プリティ・アレクトラに選ばれし、新たな聖騎士の力、見せてあげる!…はぁ、癒される…」

いい年した少女がやるようなことではない趣味で、おそらくこれが男性が誰にも知られたくないような趣味と似たところがあることは分かっている。

だが、こんなバカなことをすることで発散できるストレスは計り知れない。

最近はアンジュとヒルダ、さらに外の世界の人々によってアルゼナルが大きく変化しつつあり、その変化についていくにはサリアは生真面目過ぎた。

おまけに、ヴィルキスがアンジュ専用のパラメイルになり、それで彼女が活躍していることも大きなストレスになった。

(はぁ…もうちょっと声出してもいいわよね…?ていうか、みんな好き勝手言って!私だって好きで隊長になったわけじゃないのよ!)

急に心の中で身勝手な仲間たちに毒づいてしまう。

あくまで隊長であったゾーラが死んだときに、副隊長として経験を積んでいたうえに適性が認められた結果だ。

決してジルにえこひいきされたわけではないし、実力も少なくともアンジュを除いては自分が上だという自信もある。

そうでなければ、最新鋭機であるアーキバスを任されるわけがない。

「よぉし、続けるわよーー!直伝、シャイニング・ラブエナジーで、私を大好きになーれ!」

スティックから発生するハート形のエネルギー弾を大量に発射して相手の戦意を失わせる聖騎士の必殺技。

これでドラゴンによって殺されるはずだった人々がすくわれる。

だが、妄想の世界に入りすぎたプリティ・サリアンは足音が近づいてくることを失念していた。

急に視線を感じ、現実に戻ったサリアはその視線の主であるアンジュに目を向ける。

無表情な状態でじっとこちらを見つめられ、それが逆にサリアの羞恥心を掻き立てる。

「ア、アンジュ!?」

なぜ彼女が倉庫に入ってきたのか?

ジャスミンはどうして自分がここにいるにもかかわらず、アンジュを中に入れたのか?

見られたくない趣味を見られたサリアの思考が凍り付く。

「…探し物、ここにはなさそうね。店に戻るわ」

サリアがなぜこんな悪趣味なことをしているのかは知らないが、少なくともここには冬物の服はない。

だったら別の場所を探すだけだと、サリアに背を向けようとする。

「ま、待って!これは…!」

「あなたの趣味には興味ないわ」

サリアが魔法少女のコスプレで変なセリフを口にしていようが、死んだゾーラが同性愛者だろうが、今のアンジュにはどうでもいい。

頭の中にあるのは自分の服を探すことだけだった。

こんなことを誰かにしゃべるつもりは毛頭ない。

だが、サリアにとってはメイルライダー生命にもかかわる恐ろしい事態だ。

どうにかしてこれが広まるのを避けなければならない。

仮にジルやヒルダに知られたら、笑いものにされるうえに隊長の座から引きずり降ろされてしまう。

これまで積み上げてきた優等生のイメージが粉々に砕け散ってしまう。

「見られたからには…!」

ヒルダらに注意した手前、こんなことをすることは気が引ける。

だが、自分の将来のためにはやるしかない。

幸いそばにある制服の中にはナイフと拳銃がある。

背中を向けたらすぐにナイフを手にし、後ろから襲えばどうにかなる。

それに、今来ている衣装は少なくとも足の動きが制服と比べると自由だ。

サリアはナイフを手にし、背中を向けたアンジュに突っ込む。

「殺す!」

「え…!?サ、サリア!!」

急に感じた殺気に驚いたアンジュはギリギリ体をそらしてナイフを回避する。

そして、鬼の形相となってナイフを握るサリアに内心ブルッと震えてしまう。

「ま、待って!こんなこと誰にも言うつもりはないわ!」

「信用できない!」

日頃の自分の行いのせいか、バッサリと両断され、再びナイフで切り付けられる。

わずかにナイフの刀身が制服の上着をわずかにかすめる。

「言う相手なんていないし、あなたがどんな趣味を持っていようと私には関係ないもの!」

「関係ない…?こっちはあなたに迷惑かけられてばっかりなのに、関係ないですって!?」

怒りのスイッチが入ってしまったサリアのナイフを持つ手に力が入る。

第一中隊に、自分の隊に入っているのにもかかわらず、独断専行を繰り返し、隊長である自分の命令に従わないうえに問題ばかりを繰り返す。

周りに多大な迷惑をかけているのに、我関せずな態度を見せるアンジュが許せなかった。

「私たちはチームなの!なのに、あなた一人だけ好き勝手して!」

「後ろから狙ったり、戦闘中に邪魔をしてくる連中の何がチームよ!連中を止められないってことは、あなたも私に落ちてほしいんでしょう!?」

一方的に言いまくられ、堪忍袋の緒が切れたアンジュはサリアへのたまりにたまった不満を爆発させる。

自分を殺そうとしたうえに邪魔をしたり、陰湿ないじめをするヒルダ達を止めることができないサリアをアンジュは隊長としてもチームメイトとしても認めることができなかった。

「それは…」

今後はアンジュが攻勢に回る番だった。

言い返せないサリアの右手にけりを入れ、彼女の手にあるナイフが宙を舞う。

サリアの後ろにナイフが転がり、自分を殺す武器が手元からなくなったため、アンジュは息を整え、斬れてしまった制服に手を当てる。

「あなたたちに殺されるなんてまっぴらごめんよ!だから、私は一人で戦うの!」

「好き勝手なことばかり!いい加減にして!」

「そっちこそ!」

「私が隊長にされたのも、みんなが好き勝手するようになったのも、秘密を見られたのも…ヴィルキスを奪われたのも…全部あなたのせいよ!」

「そんな八つ当たり…!」

ゾーラが死んだことについて、原因は自分にあることは認めている。

だが、ヒルダ達の好き勝手な行動は隊長であるサリアが止めるべきことであり、そもそも自分はヒルダ達とかかわるつもりはない。

秘密を見られたことについてはわざとではないうえに、何度も言っているが秘密をしゃべるつもりは毛頭ない。

だが、ヴィルキスについては勝手に乗せられた上に勝手に生体認証までされてしまった。

降りたくても降りられないし、好きでヴィルキスに乗っているわけでもない。

自分の気持ちを理解しようとせず、ギャーギャー叱るだけのラッパ女の言い分を聞くつもりはない。

こうなったら、一発殴らないとわからないだろうと右拳に力を籠めようとするアンジュだが、なぜか腕に力が入らない。

おまけに視界がぼやけて見えてくる。

「あれ…?なんで、だろう…?サリアが、何人も見えるし、力が抜けてく…」

「ア、アンジュ!?」

体をふらつかせるアンジュに駆け寄ったサリアはまさかと思い、彼女の額に手を当てる。

「熱い…!アンジュ、あなたすごい熱じゃない!」

体感では40度近い熱で、よく見るとアンジュの顔も赤くなっている。

追い討ちをかけるように、倉庫内に警報音が響く。

「こんな時にドラゴン!?」

これだけの熱を出してしまったアンジュはおそらく、出撃できないだろう。

敵の規模が分からない状態で、大きな戦力であるアンジュが抜けるのは痛い。

だが、メイルライダーとしてドラゴンを仕留めなければならない。

「行かないと…」

アンジュは倉庫のドアへ向けて歩いていこうとするが、高熱で疲れ果てた体ではまっすぐ歩くこともできず、棚に体が持たれてしまう。

「駄目よ!今のあなたが行っても…」

「もう…もう誰も、殺させない…。私の目の前で、誰も…」

「え…?」

その言葉を発するので力を使い果たしたのか、アンジュは前のめりに倒れてしまう。

アンジュを運び出さなければならないが、今の服装で出るわけにはいかないサリアは急いで制服に着替える。

頭の中で、アンジュの言った言葉をひっかけながら。

 

-エリアD ポイントB445-

「トレミー、ダナン、目標ポイントに到達を確認です」

「ここでドラゴンを迎え撃つわよ、機動部隊、出撃準備いい?」

「ああ、アンジュがいない分、しっかり稼いでやるさ」

トレミーではパラメイル部隊の出撃準備が整い、2つのカタパルトから随時発信していく。

「せっかくの新装備だ。思いっきり稼いでやるぜ」

「うん…それで、今度のマーメイドフェスタでいっぱい買い物するんだ…!」

クリスのハウザーには中折れ式のレールキャノンが右のリボルバーの代わりに装備され、ロザリーのグレイブのバックパックはガトリングスマッシャーに換装されている。

ガトリングスマッシャーは4連装ガトリングガン2基を組み合わせたもので、連射性能は低いが、1発1発の威力はアサルトライフルを軽く上回っている。

こちらもクリスのものと同じく、試作兵器ということでデータ収集を条件に安く手に入った。

これらをアンジュを後ろから討つために使いたかったが、残念ながらアンジュは病欠だ。

なお、クリスが言っているマーメイドフェスタは年に1度ある始祖連合国の誕生記念日で、その日はアルゼナルもすべての訓練や任務が免除される。

土日がないアルゼナルでは唯一の公休日であり、おまけに基地内に作られたカジノや遊園地、露店を自由に利用することができる。

なお、いつごろ始まったかは定かではないが、伝統としてノーマたちは全員水着で参加することになっている。

その日にたくさん楽しむにはキャッシュがいる分、クリスは本気だった。

「ま、病欠なんていい気味だぜ。どうぜパンイチで寝てたんだろ!?」

「パンイチ…」

ソウジの脳裏に真っ白なパンツ1枚の状態でベッドで横になるアンジュが浮かんでしまう。

元お姫様であるためそれはないだろうと信じたいが、どうしても想像すると頭から離れない。

「合理的に解釈すると、パンツ一丁の意味であると考えられます。姉さんと同じですね」

「マ、マジで!?」

あの真面目なチトセがまさかそんな破廉恥な姿で寝ているというのは寝耳に水だ。

その姿が頭に浮かぶ前に、頭に衝撃が走る。

「想像しないでください!!ナイン、あなたねええ!!」

「申し訳ありません。機密事項のようですね」

顔を真っ赤にするチトセを見て、言うべきでなかったと判断したナインが無表情のまま詫びを入れる。

おそらく、この話は少なくともトレミー中で知られることになっただろう。

日本に帰ったら、必ずパジャマを買っておこうと心に誓った。

「イタ姫の奴、いかなる理由であろうとも出撃の拒否は罰金だ」

「それらのルールはアルゼナルと同じでいいんだろ?スメラギさん!」

「病欠や機体の故障などのやむを得ない理由の場合は罰金はないわ」

「ちっ…。なら、ドラゴンをぶっ殺してアンジュよりも稼いでやるだけだ!」

パラメイル第1中隊が出撃し、その後でヴァングレイとガンダム達も出ていく。

ダナンからはドダイ改に乗ったウルズチームが既に出撃している。

「給料制になっても、この点は変わっていないみたいだな…」

「モチベーション維持のため、彼女たちには撃墜報酬ボーナスが設定したことが仇になったようだな」

撃墜の補佐をした場合にもボーナスがあるが、それでも実際に撃墜したメイルライダーの方がボーナスが多くなければ不公平になる。

また、アンジュやヒルダなどの場合は数多く撃墜しているのに給料が他の仲間とあまり変化がないと気力を落とすことになりかねない。

彼女たちを全力で戦わせるためにはどうしても撃墜報酬ボーナスをつけるしかなかった。

だが、そうなると逆に手柄にこだわり、他の仲間の足を引っ張ることになりかねない。

今はアンジュが出撃していないため、修羅場になっていないだけで、ここを根本的に解決しなければ第一中隊はチームとして成り立たない。

「仲間同士で争うなんて…そんなバカなことをまだやるつもりかよ…?」

彼女たちの身に起こったことはエルシャから聞いているが、それでもいまだに足を引っ張り合うような彼女たちのことをシンは許せなかった。

「うるさいよ、シン。外の世界のお前が口出しするな。それに、あんたもその仲間同士の争いをしてたくせによ」

「昔のことはもう忘れた」

「こいつ…」

あっさりと開き直るシンにヒルダは舌打ちをする。

ヒルダの言う通り、シンは過去の対戦で一時的とはいえ仲間だったアスランと殺しあった。

彼だけでなく、キラや刹那らともデスティニープラン実現のために戦った。

その過去は決して消えない。

だが、その過去に縛られていては前に進めない。

「何とでも言えよ。とにかく、お前らのくだらない争いをこれ以上、放置するつもりはないからな」

「くだらないだと…ピンクエプロンのおかま野郎が!」

頭にくるヒルダだが、グレイブでは不完全とはいえ1年前の名機であるデスティニーにどうやっても勝てないことは分かっている。

ブルブルと腕を震わすヒルダはこの怒りをドラゴン達にぶつけてやることで晴らそうと考えた。

「シン…」

一言多かったが、それでも彼女たちの争いを止めようとするシンの話を聞いたアスランは彼を連れてきたことが正解だったと感じる。

「アスランはそれを見越してシンを助っ人に呼んだんだね」

「ええ…今のシンは他人の意見を受け入れて、そこから何かを見つけることのできる男ですから」

「でも、俺はまだまだですよ。アスラン様みたいにモテませんからね」

「へえ…シンは女の子にキャーキャー言われたいんだ」

「そういうわけじゃ…」

女の子に人気があることは男にとって別に悪いことではない。

だが、シンにとってはルナマリアが世界で一番の女性であり、彼女がそばにいるなら別にもてる必要もないと考えている。

まるで自分が浮気願望があると疑うような言い草に焦ってしまう。

「ちっ…うっとうしい野郎だぜ」

シンもそうだが、自分からロザリーとクリスを奪ったアスランを含め、外の世界から面々は全員ヒルダにとってうっとうしい存在だ。

彼らが来てからのことはヒルダにとって面白くないことのオンパレードだ。

まるでこれまでの自分を否定されているように思えて仕方がなかった。

「集中しなさい、ヒルダ。シンギュラーが発生するわ」

「ちっ…」

「返事は?」

「了解であります。隊長殿」

「それでいいわ」

アサルトモードにアーキバスを変形させたサリアの脳裏にアンジュのあの言葉がよぎる。

その言葉が正しければ、アンジュは自分たちが死なないようにするために常に前に出ていたことになる。

結果的にそれが大量の撃墜数とほかのメイルライダーの撃墜数減少につながっているだけ。

(メイも言っていた…。アンジュがヴィルキスで戦うようになって、他のパラメイルの修理が減ったって…)

周囲に無関心と言っていながら、その周囲の命を守ろうとする。

そのギャップが何なのかを考えたいところだが、シンギュラー反応がそれを許さない。

中から20体近くのスクーナー級が飛び出してくる。

「スクーナー級23確認!」

「多いわね…陽動かしら?」

相手は作戦を立てることもできる知性の有る生き物。

その可能性はあり得るが、少なくとも他にシンギュラーの反応はない。

「なぁ…」

「何だ?」

接触回線で、同じドダイ改に乗っているクルツのガーンズバックからの接触回線に宗介は答える。

「あの穴を通れば…俺たち、元の世界に帰れるのか?」

自分たちがこの世界に飛んできたのとシンギュラーが現れたのはほぼ同時だ。

それはガンダムチームが現れたときも同じで、もしかしたらシンギュラーと別世界に繋がりがあるかもしれない。

「冗談じゃない。多分、穴の先はドラゴン達の世界だ」

「我々が転移してきたのは不安定になった時空壁の崩壊に巻き込まれたものと推測されている。ダイレクトに、あの穴を通ったわけではないということだ」

説明するクルーゾーだが、彼も正直に言うと意味が分かっていない。

あくまでオモイカネで分析したルリとテレサの言っていたことを引用しているだけだ。

ただ、ラムダ・ドライバやニュータイプといった自分にとっては非現実的なものが実在することから、もしかしたらその時空壁というのも存在するのではないかと思ってしまう。

それに、ジャスミンモールでこっそり買ってきた、複数の世界を旅しながら愛する少女の記憶を取り戻す少年の度を描いた作品など、これまで見たアニメの中にはこうした異世界物はよくある。

「でもよ、俺たち…いつまでもこの世界にいるわけには…」

「気持ちは分かりますよ。ウェーバーさん。ですが、どうすることもできない以上、今は目の前のことに集中してください」

「了解だ…」

本当に居ても立っても居られないのはテレサだろう。

彼女は人一倍、元の世界で起こったとある事件とその解決への思い入れが強い。

そのことを戦友であり部下である自分も分かっているため、クルツはこれ以上は何も言わず、狙撃用ライフルを構える。

「ロックオン、クルツは狙撃攻撃の用意。それを合図にソウジ、ロザリーとクリスが、アレルヤ、ティエリアが弾幕を張ってスクーナー級の数を減らして。そして、弾幕を突破したドラゴンを刹那と宗介君、クルーゾー、マオが攻撃よ。全員、生きて帰るわよ。攻撃開始!」

スメラギの言葉とほぼ同時に、サバーニャのGNライフルビットⅡとクルツのガーンズバックと狙撃用ライフルが火を噴く。

長距離から飛んでくる実弾とビームに2体のスクーナー級が撃ち抜かれる。

攻撃が来たことに気付いたスクーナー級たちは攻撃してきたと思われる機動兵器と戦艦に向けて飛ぶ。

「よっしゃあ、釣れたぜ。あとはあたしらの仕事だ」

「1匹でも多く、近づく前に落とさないと…!」

「サリア!スメラギさんの指示には従うが、それ以外は好きにさせてもらうぜ!」

ラファエルがGNビッグキャノンを発射するとともに、ハルートはMA形態に変形した状態でそのビームの修理を飛びつつ、GNソードライフルで撃ち漏らしたスクーナー級たちを攻撃する。

「よし…!」

新設してもらったゴーグル型の照準器でクリスは狙いを定め、レールキャノンを構える。

クリスのハウザーの右耳あたりには追加のスティック状のセンサーが増設されており、これでより遠くの相手を正確に感知することができるようになった。

照準が合うと同時に、クリスは引き金を引くと、レールキャノンから弾丸が高速で発射され、それがスクーナー級の体をバラバラにした。

「ソラソラソラぁ!落ちやがれドラゴン!!」

ロザリーもアサルトライフルとガトリングスマッシャーを撃ちまくり、スクーナー級をその弾幕で撃ち落としていく。

そして、うち漏らした敵をヒルダがパトロクロスで両断した。

サリアはこの光景を唇をかんで見守っていた。

「サリアちゃん…」

「サリア…」

エルシャとナオミは好き勝手動く3人に対して何もできずにいるサリアを憐れむ。

それが余計にサリアを傷つけることは分かっているが、自分たちでもあの3人を止めることができない。

(私は…何をやっているの…?)

隊長であるにもかかわらず、手綱を引けないばかりか命令も聞いてくれない。

もはやお飾りで、いてもいなくても同じだ。

そんな自分がここにいる理由を見つけられなかった。

(後ろから狙ったり、戦闘中に邪魔をしてくる連中の何がチームよ!連中を止められないってことは、あなたも私に落ちてほしいんでしょう!?)

(はは…アンジュの言う通りよ。こんなチーム…)

こんな体たらくとなったチームと自分自身を嘲笑する中、スクーナー級が動きを止めているサリアのアーキバスを見つける。

しかし、死角からパトロクロスで貫かれていた。




武装名:パラメイル用レールキャノン
使用ロボット:ハウザー・クリスカスタム

エステバリスのレールキャノンとアーム・スレイブの狙撃用ライフルを参考にしてメイらアルゼナル整備班が試作したもの。
レールガンと比較すると全長が長く、威力が低いものの、長距離の敵ドラゴンへの命中率が高く、ブレも少なくなっている。
また、バックパックから制御するため、両手が自由なままになっている。
ただし、機体全体で反動を抑える設計になっていることと照準を合わせなければならないことから僚機の必要性は変わらない。
クリスが増加した給料を元手に購入したことで、彼女がデータ収集を行うことになっており、今後はそのデータをもとに量産するかを検討する模様。


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第32話 重力と自由

-地球衛星衛星軌道上-

「地球か…」

コックピット内から青い地球の景色をモニター越しに眺める。

ノーマルスーツ姿でこの光景を何度見たのだろうか。

強く記憶に刻まれているのは3年前で、ユニオンが開発した5機のガンダムの1機、ストライクに乗っていた。

その時はユニオンがその5機のガンダムの母艦として開発していたアークエンジェルに友人たちと一緒に乗り、生き残るために戦い続けていた。

暮らしていたコロニーであるヘリオポリスが崩壊し、ストライクを使えるのは自分だけだったため、やむを得なかった。

闘えない他の住民は全員シャトルで地球へ降下することになり、その中の1基は運悪く降下中にストライクとザフトに奪われたガンダムの1機を改修したものであるデュエル・アサルトシュラウドとの戦闘に巻き込まれてしまった。

そのシャトルが避難民を乗せていることを知らなかったデュエルがビームライフルを発射してしまった。

その時は大気圏ギリギリでの戦闘で、摩擦熱と長時間の戦闘で披露し、意識がもうろうとしていた彼にはどうしようもなかった。

だが、意識が消えかけるギリギリの時、1機の青いモビルスーツがシャトルをかばい、シールドでビームを受け止めていた。

後で分かったことだが、その時シャトルを守ってくれたのはソレスタルビーイングのガンダムだったという。

結果としてシャトルが助かったが、自分の目の前で守ることができず、死なせてしまうかもしれない極限状態だったため、今でも強く記憶に残っている。

戦後にそのシャトルに乗っていて、乗る前に自分に守ってくれたお礼に折り紙をくれた少女、エルはどうなったのかは今も分からない。

だが、無事にシャトルがアメリカに到着したという情報は入っているため、きっと地球のどこかで幸せに暮らしているだろうと彼は信じてる。

地球は2度の大戦やその前後に起こっている紛争によって、多くの人が死に、多くの街が廃墟と化した。

特に1年前の戦争の序盤で起こったブレイク・ザ・ワールドは地球に大きな打撃を与えたのは間違いないだろう。

正確にはユニウスセブン落下テロ事件で、3年前の大戦の停戦協定に異議を唱えて脱走したザフト脱走兵が引き起こしたものだ。

ミネルバ隊がメテオブレイカーを使用し、地球へ降下するユニウスセブンを破壊していたが、それでも大気圏で燃え尽きるサイズまでには至らなかった。

ザフト脱走兵がそれだけのテロを起こすことができた背景にはイノベイドによる支援があったことがアロウズ解体後の地球連合政府による情報開示の中で明らかになっており、デュランダルもその動きを察知していたが、デスティニープランによる変革に利用するためにわざと見逃していたらしい。

ユニウスセブンは停戦条約が調印された地であると同時に、血のバレンタイン事件が起こった場所でもある。

それ故に、2度もナチュラルとコーディネイターの戦争のきっかけとなってしまったという意味で、そこは悲劇の場所と言える。

その爪痕が残っているにもかかわらず、この青さは3年前と変わりない。

彼にはこの青さに地球の大きさ、そしてそのすべてを受け入れて青に返してしまう無慈悲さを感じられた。

「キラ、そろそろ降下ポイントだ」

上の通信用モニターに緑色のコートを着た隻眼で、四肢の鬣のような髪形をした茶髪の男性がノーマルスーツの少年、キラ・ヤマトに声をかける。

「はい、あとは大気圏を降下して、アスランが指定したポイントへ向かいます」

「そうか…。悪いな、本当ならエリアDまで連れていきたかったが…」

「仕方ないですよ…。それに、連れて帰らないといけない人がいますよね?ラクスのことを含めて、頼みます。バルドフェルドさん」

モニターに映る男、アンドリュー・バルドフェルドはキラにとっては頼りになる大人の一人だ。

最初はアークエンジェルが降下したザフト勢力下のアフリカの街中で出会った。

その時に当時は父親への反発から反ザフトのゲリラ組織に加わっていたカガリと共にドネル・ケバブのソースはチリソースか、それともヨーグルトソースかで口論になり、せっかく買った自分のケバブが2つのソースでべしょべしょにされ、台無しになってしまった。

結局、そのケバブを仕方なく食べることになったが、ソースの味がきつすぎたためにケバブ本来の味を知ることができなかった。

なお、本場のケバブは何も書けずに食べるのが王道らしい。

その当時の彼は北アフリカを占領するザフトの司令官という立場だった。

戦場で再び出会い、戦った際には本業である皇国心理学者の観点から、明確なルールがなく、互いが敵である限り、どちらかが滅ぶまで戦うしかないこの戦争の仕組みをキラに突きつけた。

その時の彼とのかかわりがキラの成長につながっている。

戦いはキラの勝利に終わり、キラ自身はその時に彼が恋人であるアイシャと共に戦死したものとばかり思っていたが、次にであったのは彼がオーブに身を寄せ、宇宙へ戻った時だ。

その時の彼はクライン派と共に当時にザフト新型艦、エターナルを奪取し、艦長になっていた。

左腕、左足、左目を失った彼だが、キラには一切遺恨を残しておらず、その後は彼の頼もしい味方となっている。

今キラが乗っているモビルスーツ、ジャスティスの兄弟機であるストライクフリーダムを乗せているシャトルは民間用の輸送シャトルだ。

ただし、それは表向きで所属している企業もクライン派が用意したペーパーカンパニーだ。

本来はこういう形で、しかも戦局を一変させるほどの性能を持つモビルスーツを輸送することは許されることではない。

しかし、プラントからキラとフリーダムを無駄な戦闘を起こすことなくエリアDにいるソレスタルビーイングと合流させ、そしてこれから合流することになる彼を回収するにはそれしか手段がない。

裏で地球連合軍准将であるカティ・マネキンに根回ししてもらっており、今はパトロール艦の姿がない。

だが、根回ししてもらったとしてもできるのはここまでで、ここからはキラの頑張りに期待するだけだ。

「いいか、キラ。今のお前はただの落下物だ。海がしっかり見えるまで出るなよ?それから、必ず生きて帰って来い。ラクスを悲しませるな」

「はい!」

「よし、ダコスタ君。降下だ」

「了解!!」

北アフリカ時代からの腹心である赤髪の青年、マーチン・ダコスタの操作により、シャトルのハッチが開き、格納されていたHLVが降下される。

HLVは重力に引っ張られるように大気圏に吸い込まれていき、次第に姿が見えなくなる。

「行ったか…ふぅ、ダコスタ君。パトロール艦の反応はどうだ?」

「反応有りません…艦長」

コーヒーの匂いを感じたダコスタはげんなりしながらバルドフェルドに目を向ける。

やはりというべきか、彼の手には暖かいコーヒーが入った水筒が握られており、匂いがブリッジに充満し始めている。

無類のコーヒー好きであるバルドフェルドは自分でコーヒーをブレンドしている。

それが家の中だけならまだしも、艦内でも遠慮なくするためにその匂いが艦内に充満させている。

彼が艦長となっていたエターナルもその犠牲者で、コーヒーの匂いを消すのにダコスタがどれだけ苦労し、とばっちりを受けたことか。

そのことをしみじみと思いだす中、地球から此方に接近する反応を捕らえる。

「艦長、"ファング"が接近中です」

「予定通りだな…」

モニターには大型ブースターを取り付けたM1アストレイそっくりであるものの、塗料が黒一色なうえに顔はガンダムに近いものの、額にアンテナがついていないモビルスーツが映っている。

色は異なるものの、これはシビリアンアストレイで、おそらくは大気圏を突破できるようフェイズシフト装甲を施しているのだろう。

シビリアンアストレイに乗っているため、民間人の機体だと主張しているようだが、こんな大気圏突破の姿を見ているといわくつきなのはバレバレだ。

大型ブースターが強制排除され、残った黒いシビリアンアストレイがシャトルの前に行き、光信号を送る。

「私は…"ファング"。Dの件でLと面会する予定の者である…。乗艦の許可を願う…」

「情報通りだな。よし、回収した後、すぐにここを離れるぞ。いつまでもいたら怪しまれる」

地球へ降下したキラとこちらへ乗り込む謎の客人。

平和になったはずのこの世界でまた混乱と戦いが起こるのを予感しながら、バルドフェルドは生暖かくなったコーヒーを飲み込んだ。

 

-アルゼナル 司令室-

「戦況は?」

「はい。B445に出現したドラゴン24体のうち、半数は既に撃墜とのことです」

「そうか。これでは、撃墜されるドラゴンの方が哀れかもしれんな…」

パラメイルだけでなく、本格的な軍事兵器といえるモビルスーツやアーム・スレイブ。

そして、それら機動兵器を使いこなすのはこれまでの大戦で戦い、生き延びてきたエースととある世界の実力者たち。

そうなれば、この程度のドラゴンの集団が次々と倒されても不思議ではない。

おまけに、スメラギとテレサが作ったシステムも機能しており、ヒルダら3人の動きもよくなっている。

問題なのはサリアだ。

「サリア機の動きがヒルダ達と比較するとよくないな…それに…」

ジルの脳裏に、先日出現した初物が浮かぶ。

これはアンジュ達とは別行動と取っていた部隊が遭遇したドラゴンで、そのドラゴン1匹のために出撃していた部隊のパラメイル6機のうち5機が撃墜され、かろうじて帰還した1機も大破してしまった。

生き延びたメイルライダーの証言によると、急にパラメイルが飛べなくなり、地上もしくは海に落ちてしまったとのことだ。

大きさは130メートルで、ガレオン級以上だ。

そのドラゴンは敵機を撃破したのを確認すると、再び出現したシンギュラーに飛び込んで消えてしまったらしい。

「あのドラゴンが仮に再び現れたら…厄介だろうな」

 

-エリアD ポイントB445-

「よっしゃあ!あいつら、尻尾撒いて逃げてるぜ!」

「追い討ちして、撃墜スコアを上げていこう」

半数以上の味方を倒され、これ以上闘っても意味がないと考えたドラゴン達が背を向けて逃げていく。

更に戦果を挙げるため、ヒルダ達3人がライフルを撃ちながらそのドラゴン達に迫る。

「3人とも!!勝手に飛び出しちゃダメ!!」

「へへっ、悔しかったらあんたらも追いかけてくるんだね!」

ナオミの言葉を無視し、3機はドラゴンを撃ち落としながらこのまま全滅させる勢いで突っ込んでいく。

サリアでも止められない3人を止めることなど、ナオミには難しかった。

「それにしても、今回出てきたのってスクーナー級ばっかりだった…」

「そういえば…」

「スクーナー級だけ…?」

ココとミランダの通信を小耳にはさんだサリアはそのドラゴンの編成に違和感を抱く。

1桁程度の場合を除いて、2ケタ以上の集団となると、必ずと言っていいほどガレオン級が入る。

出てきたドラゴンがスクーナー級23体で、ガレオン級がいないのは明らかにおかしい。

そして、ドラゴン達が逃げているのは自分たちが出てきたシンギュラーのある方角だ。

また、ドラゴン達には作戦を立てるだけの知能がある。

「…!まずい、3人とも!これは罠よ!下がって…!!」

危険な予感がしたサリアは急いで通信をつなげようとするが、ノイズ音がひどくて通信できない。

それはサリアのアーキバスだけでなく、ヴァングレイやダブルオークアンタなど、ほかの機体にも同じことが起こっていた。

「磁気異常です。このパターンは…シンギュラー発生と同じものです」

「まずい!ヒルダちゃんたち、このままじゃあ!!」

「急いで、ソウジさん!!」

「お、おう!!」

ヴァングレイが3人を追いかけるため、最大戦速で前進していく。

ナインの言う通り、そしてサリアの予感の通り、再び同じ場所にシンギュラーが発生する。

その中から4体のガレオン級と1体の紫色の体をした、ガレオン級以上の大きさで2本の角を持つドラゴンが現れる。

「ちっ、待ち伏せてやがったか!!」

「ガレオン級が出てきた。それに…この紫のって…!」

紫のドラゴンはこれまで見たことがない。

大型で構成されたドラゴンで、このようなタイプのものはおそらくバリアを展開させることができる。

火力が上がったロザリーとクリスの機体でも、おそらくそのバリアは弾幕を張らない限りは突破が難しい。

「通信がつながった…サリア、こいつは何だ!?」

シンギュラーが消え、回復した通信を使い、ヒルダはメインカメラで撮影した紫色のドラゴンの映像をサリアに送る。

命令を無視して突っ込んだ挙句、大型5体に待ち伏せされて何だと文句を言いたくなったサリアだが、送られた映像のドラゴンを見て沈黙する。

指揮官機にはこれまでアルゼナルのメイルライダー達が交戦したドラゴン達のデータがすべて集まっており、見たことのないドラゴンと遭遇した場合はそのドラゴンとこれまでのドラゴンの交戦データを照合し、初物か否かを特定する。

サリアも見たことのないそのドラゴンをこれまでのドラゴンのデータと照合するが、やはりデータにはない。

「見たことがない…初物よ」

「初物!よっしゃ!撃墜して報酬をたんまりゲットだ!」

「札束風呂で祝杯といこうじゃないか!」

「何してるの!!相手が正体不明なのに、うかつに飛び込まないで!!」

追いついたチトセは3機を止めようとするが、3人がそんなことを聞くわけもなく、初物を倒した後の報酬の使い道を考えながらそのドラゴンに向けて攻撃を開始する。

ガレオン級を仕留めるときと同じパターンで、クリスとロザリーが火器で十字砲火してバリアの力を分散、そしてヒルダがパトロクロスで一点に突っ込んでバリアを突破し、懐で急所に突き刺す。

火力が上がった2機のサポートがあれば、より簡単にそれができるだろう。

アサルトライフルとレールキャノンの弾丸が紫のドラゴンに飛んでいくが、やはりというべきか展開されたバリアによって弾かれる。

「お前ら、いい加減に…うん??」

どうにかして止めなければと思ったソウジだが、4匹のガレオン級の動きを見て違和感を覚える。

ガレオン級はやろうと思えば電撃やビーム、もしくはその巨体で攻撃できるにもかかわらずそうするそぶりがなく、どんどん高度を上げていく。

これは何かを仕掛けてくる予兆だと、ソウジの勘がささやく。

「何かしら…あのドラゴン、嫌な感じがする」

「チトセちゃんの勘もそうか…早く下がれ!来るぞぉ!!」

「ああ、うるさいな、邪魔するんじゃ…え…?」

ソウジが叫んだ時には時すでに遅しで、紫色のドラゴンの角が怪しく光りはじめ、彼を中心に魔法陣が形成されていく。

「何だろう…?このかんじ、なんか、髪の毛がピリピリする…」

「ヴィヴィアンの勘、当たるから嫌な予感がするわ…」

これまで共に戦ってきたナオミはヴィヴィアンの直感によって何度も助けられてきた。

普段は鈍いのに、ドラゴンとの戦いとなると必ずと言っていいほどその予感が的中する。

これも、メイルライダーの才能の一つかもしれない。

紫のドラゴンを中心に形成された魔法陣が消えると同時に、側面からパトロクロスを突き立てて接近しようとしていたヒルダのグレイブが落下し、島に転落する。

「うわあ!!な…何だ!?」

「ヒルダ!?ああ!!」

「な、何!?なんで落ちるの!?」

ヒルダとロザリーのパラメイルが地表、そして海へ落ちてしまい、何が起こったのかわからないクリスは弱気になりながらスラスターの出力を全開にするが、まるで強い重力に掴まったかのように自分のハウザーも地表に落ちてしまう。

地表に落ちたショックで両足とレールキャノンを持っていた右腕がひしゃげてしまい、なぜか自分の体も重たく感じてしまう。

「う、嘘なんで!?なんで動けないの!?誰か、誰か助けて!!」

徐々に動けなくなることに恐怖したクリスは涙目になり、通信機で必死に助けを求めるが、魔法陣の影響があるのか、まったく通信がつながらない。

「3人とも!!くそ、ナイン!!聞こえるかナイン!!」

「きこ…せ…ん!…で、…くに…ザザー」

「ナイン!!ソウジさん!ナインとつながらない!」

「くそ!通信もできねえんじゃあどうしようもないぞ!」

おそらく、あの魔法陣は周囲の重力を強める作用がある。

重力波のためか、そのせいで通信もできないのだろう。

周囲のガレオン級はその被害を受けないようにするために高度を上げていたようで、実際魔法陣が展開されても上空のガレオン級は平気な様子だ。

「スメラギさん!新たに出現したドラゴンの周囲に強力な重力波が発生!ヴァングレイ、ヒルダ機、ロザリー機、クリス機が行動不能です!それに…重力波が徐々に拡大していきます!」

「くそ!あのオオトカゲ、そんなこともできるのかよ!!」

「あの紫のドラゴンはひとまず、ビッグホーンドラゴンと呼称するわ。ティエリア、ビッグキャノンで攻撃して!」

「了解。粒子圧縮開…何!?」

真上からビームが飛んできて、やむなくティエリアはGNフィールドを展開してビームを受け止める。

「…!上空からスクーナー級15!ガレオン級4!」

ビッグホーンドラゴンの邪魔をさせないためか、真上から19体のドラゴンが押し寄せてくる。

発射されるビームや電撃からの回避に集中せざるを得なくなり、ソウジ達を助けに行けない。

「くそ…なら、駄目元だ!ハロ、ビットで攻撃から守ってくれ!」

「「了解!了解!」」

GNホルスタービットがサバーニャをドラゴンのビームと電撃から守る盾となる。

狙うべきは妙な光を見せるビッグホーンドラゴンの角。

角に何かがあると見たロックオンはそれを撃ちぬこうとたくらんでいた。

「見えた…いけぇ!!」

GNスナイパーライフルから放たれる閃光がまっすぐにビッグホーンドラゴンの角に向けて飛んでいく。

ビームは確かに角への直撃コースだった。

しかし、重力波と共に展開させていたバリアがそのビームを遮断した。

「くそ!!あの魔法陣を出したままでのバリアを作れるのか!」

遠くから攻撃してもバリアで防がれ、接近しようものなら重力波で動けなくなる。

この鉄壁のドラゴンに対抗する手段を必死に考えるが、答えを出せない。

「ビーム攪乱幕を!少なくとも、ビームは防がないと!」

「アイ・アイ・マム。ビーム攪乱幕発射!」

ダナンから発射されたミサイルが上空へ飛ぶと同時に爆発し、その中にあるビーム攪乱幕が展開される。

電撃までは防ぐことができないが、ビーム攪乱幕によってドラゴンが発射するビームがかき消される。

もちろん、こちらもビームが使えないが、ミサイルなどの実弾も持っているため、特に問題はなかった。

各機の戦闘を見ながら、スメラギはビッグホーンドラゴンを倒す手段を考える。

相手は重力波とバリアを併用できる敵で、上空から来るドラゴン達のせいでGNビッグキャノンの発射もままならない。

近づいたら重力波にやられて落下し、動けなくなる。

打開策があるとしたら、一番頭に浮かぶのはトレミーでの特攻だ。

トランザムで包囲を突破し、高度を上げてそこからビッグホーンドラゴンに突っ込む。

だが、それは最後の手段であり、そんなことをしたら宇宙へ向かうための手段を失うことになりかねない。

「ヒルダ…様子を見るようにって言ったのに!」

手柄に焦って突っ込んだ挙句に術中にはまった彼女たちに怒りをあらわにするサリアだが、その怒りが一瞬サリアの判断を遅らせた。

ガレオン級が発射した電撃に右腕を当ててしまい、強い電気がコックピットにも及ぶ。

「キャア!!しまった!!」

高圧電流のせいで右腕そのものが動かなくなり、アサルトライフルが使用不能になる。

コックピットにいる自分までぶるぶると大きく体が震えてしまうほどの電撃をまともに受けてしまったらと考えるとぞっとしてしまう。

「サリアちゃん!!」

被弾したサリアのカバーに入ったエルシャはリボルバーを発射し、サリア機を切り刺そうとしたスクーナー級を撃ち落とす。

上空のガレオン級とはソレスタルビーイングのガンダムとアスランが対応している。

「ちっ…あいつらよりもあの角を倒さないと、5人ともお陀仏だよ!」

「アル、ラムダ・ドライバを利用して重力波の中へ突入することはできるか!?」

「不可能です、軍曹殿。現在重力波が発生している距離は200メートル。仮にラムダ・ドライバを展開した状態でその中を移動するとなると、その負担に耐えながら進むことになります。そのようなことをした場合、軍曹殿の脳がラムダ・ドライバの負荷によって焼き切れる可能性が大です」

「やはりか…!」

重力に逆らうだけでなく、自分やアーバレストを守るようにラムダ・ドライバを起動しなければならないとなると、どれだけの精神力が必要かわからない。

パラメイルが一瞬で行動不能になる重力波の中をそれと同じ大きさと重量のアーム・スレイブではどういう結果になるかは目に見えている。

「くっそぉ!来るな!来るんじゃねえ!!」

動かないグレイブの中で、ビッグホーンドラゴンが近づくのが見えたロザリーは叫ぶが、重力波のせいで体を動かすことができない。

ズシリ、ズシリとこちらに迫る足音への恐怖に耐え続けなければならない。

このまま足で踏みつぶされるか、それとも一口で捕食されてしまうか。

ただそれだけの違いで、死ぬことには変わりない。

「くそ!!ロザリーに近づくんじゃねえ!!狙うんなら私を狙えぇ!」

注意を向けようと、ビッグホーンドラゴンにアサルトライフルを発射するが、発射した弾丸の重力のせいで地面に沈んでしまう。

それでも撃ち続けようとするが、次第に増大する重力で地面にめり込み、動けなくなる。

ミシリミシリと嫌な音が聞こえてきたヒルダはこのまま死ぬかもしれないと、初めて恐れを抱いた。

(なんてザマだよ…ロザリーもクリスも巻き込んで…ママにも会えずに、死んじまうのかよ…!?)

「このままじゃ…ヒルダ達が…!」

助けに行きたいナオミだが、ドラゴンの攻撃が激しく、手を差し伸べることすらできない。

一緒に戦っているココとミランダには疲労の色が見え始め、ココのグレイブは接近してきたスクーナー級の翼で左腕を切り裂かれてしまっている。

ミランダ機のアサルトライフルは弾切れで、残った凍結バレットも至近距離でしか使えない。

今のナオミには2人を守るだけで精いっぱいだった。

あとどれだけしのげばいいのかと表情をゆがめるナオミだが、急に反対方向からの反応をキャッチする。

「これは…サリア、スメラギさん!!後方から2機!!」

「2機!?モビルスーツと…ヴィルキス!?」

「…!この機体は…!」

サリアはフライトモードで飛行しているヴィルキスに、シンはヴィルキスと共にこちらへ向かっているモビルスーツに驚き、アスランはようやく到着した友人に安心する。

金色に光る関節フレーム、6機の青いドラグーンが搭載されたバックパック、腹部のビーム砲に両腰のレールガンや2丁のビームライフルといったモビルスーツの範疇を越えるほどの武装を余すことなく搭載したガンダム。

シンにとっては前大戦で何度も戦ったモビルスーツであり、アスランにとっては最高の味方であるストライクフリーダムが史上最強と知られるスーパーコーディネイターと共にエリアDにやってきていた。

「このモビルスーツ…ヴィルキスに似てる…」

ストライクフリーダムを見たナオミはそのカラーリングと翼のようなバックパックから、少しだけそう思えた。

「オーブの白い疾風、キラ・ヤマト…」

「キラ!!」

「アンジュ!!あなたは高熱のはずよ!?なぜ、なぜ来たの!?」

そんな疑問に対する答えは既にあの倉庫の中で聞いていたサリアは質問した直後でそれが野暮な質問だと思い出す。

表向きはとげとげしいが、誰よりも仲間を生き残らせようと必死になっている。

誤解され、周囲から孤立することになったとしても。

ただ、今のアンジュはライダースーツの上にマフラーとドテラを着用しており、おそらくはモモカが無理に出撃しようとする彼女に着せたのだろう。

「うる…さい、なぁ…出撃しなけりゃ文句を言われ…来たら来たで文句を言われたら…どうすれば、いいの…?」

サリアの声が聞こえ、文句を言うアンジュだが、その声には一切の覇気が感じられない。

熱で呆けているのは明白で、今は直線距離で飛行しているため問題ないが、戦闘状態になるともはや動けるかどうかすら定かではない。

そんな状態でドラゴンの姿が見えたため、アサルトモードに変形し、アサルトライフルを撃ちながら前へ進むが、照準があっていない状態では命中せず、しかもフラフラと飛んでいて、見ているだけで危なっかしい。

「アンジュ!!」

ヴィルキスに接近しようとする2体のスクーナー級をレイザーのアサルトライフルとナオミのグレイブのハンドガンが撃ち抜く。

今度は上空からガレオン級のものと思われる電撃が降り注ぐ。

「電撃…!」

幸いヴィルキスには命中していないが、それでもこのまま放置していたらアンジュを危険にさらす。

ガレオン級の位置を捕らえたキラは上に向けて腹部のビーム砲を発射する。

ガレオン級にとっては死角からの攻撃で、そのビームは腹部から背中までを撃ち抜いていた。

叫び声をあげ、高度を下げるガレオン級だが、それでも絶命には至らず、徐々に再生が始まっている。

「ぶっとべえ!!」

「当たれ!!」

このダメージならバリアも弱まっていると踏んだシンとアスランはそれぞれの機体の最大火力と言える大型ビームランチャーとビームキャノンを頭部にむけて発射する。

バリアを貫き、頭を吹き飛ばされたことでそのガレオン級は動けなくなり、海へ落ちていった。

「行くな、アンジュ!重力に捕まるだけよ!」

今アンジュが行こうとしている場所が分かったサリアはアンジュを止めるために声を上げる。

たとえヴィルキスでも、あの重力波に入ってしまうとヒルダ達と同じ運命をたどることになる。

「重力…?」

「そうだ!あの巨大なドラゴン、ビッグホーンドラゴンは周囲の重力を操ることができる!」

「大丈夫…」

まだまだ本調子ではなく、熱で体が熱くなっているが、それでも通信は聞こえているようで、アンジュは制止を聞くことなく、フラフラな状態のまま向かう。

「…アンジュ!?駄目!そんなフラフラな状態で!!」

カメラでヴィルキスを見つけたチトセも叫ぶが、通信が使えないためにアンジュには聞こえない。

聞こえたとしても、おそらくは同じ結果だろう。

「後退しろ、アンジュ!」

「うっさい、刹那…。いつも通り…やらなきゃ…。私が、前に出なきゃ…」

黙って通信を聞いていたサリアはブルブルと体を震わせ、自分の中の何かが爆発しそうな感じがした。

もう我慢できない、これを抑えられるほどできた女ではない。

だが、発散しまくりのあいつらに比べたらはるかにましだ。

「まったく…いい加減にしろ!バカ女ども!!」

「うわ、サリアがキレた!?」

「…!」

「ひっ…!」

サリアの怒号が各機の通信機に響き、ヴィヴィアンはちょっとびっくりする程度だったがナオミは一瞬おびえてしまう。

「ああ…?」

さすがのアンジュもその激しい怒りの前には何かを言うことができなかった。

何を言おうと聞く気は全くないサリアはアンジュに声でぶつかる。

「あんた一人でなんとかできるほど、あのドラゴンは甘くないわ!いつもいつも勝手な真似をして…死にたくなければ…仲間を死なせたくないなら…隊長である私の言うことを聞け!馬鹿!!」

「サリ…ア…はい…」

呆けた頭と心にサリアの言葉が初めて確かに突き刺さった気がした。

ただ単純に命令を聞けと言うだけでなく、自分の願いも考慮してくれている。

それがうれしかったと同時に、これほどの剣幕を見せるサリアが少し怖かった。

「援護するよ」

フリーダムが2丁のビームライフルで動きの鈍いヴィルキスに迫るドラゴン達を次々と撃ち落とし、彼女のカバーに入る。

「邪魔をしないで…て言って…まぁ、ここまで連れてきてくれたの…感謝、してるけど…」

遅れて出撃したアンジュはどこへ向かえばいいか分からず、とりあえず小耳にはさんだポイントまで飛んでいたところをなぜかエリアDを飛んでいたフリーダムに拾われた。

彼に先導されたおかげでここまで来ることができたため、一応礼はする。

「いいの?また隊長さんに怒られるよ?」

「う…」

先ほどのサリアの怒声を思い出したアンジュは口ごもってしまう。

少なくとも、命令は聞いてくれる状態になってくれたと考えたサリアはビッグホーンドラゴン攻略のプランを固める。

「急ぎなさい、アンジュ!オーブの疾風さんと相良軍曹、アレルヤさんは力を貸して!アレルヤさんはビッグホーンドラゴンの重力波ギリギリのところを飛び続けて!相良軍曹は後ろからラムダ・ドライバを発動して射撃を!オーブの疾風さんはビッグホーンドラゴンの真上のガレオン級を牽制して!」

「了解!」

「ウルズ7!ガーンズバックのミサイルランチャー、好きに使いな!」

おそらく、その作戦の狙いはビッグホーンドラゴンの注意を前からそらすためのものだと考えたマオは乗っているドダイ改を宗介が乗っているドダイ改に近づけ、装備しているミサイルランチャーを渡す。

「ダナン!もう1機ドダイをよこしてくれ!そちらに俺が乗る!」

「大尉!」

「少しでも軽くしておいた方がいいだろう。頼むぞ、軍曹!」

同乗していたファルケが飛び降りるとともに海上に現れたダナンからドダイ改が発進する。

海へ落ちることはないだろうと考え、宗介はドダイ改を最大戦速にしてビッグホーンドラゴンに向けて飛ばす。

到着したころには既に上空ではフリーダムがガレオン級4体に対して牽制して注意を自分に向け、ハルートがビームとミサイルを発射しながら側面から後方、後方から側面へと飛び回っていた。

「アル、ラムダ・ドライバ起動しろ!」

「了解」

バックパックの放熱板が展開し、ラムダ・ドライバが発動する。

マオから受け取ったミサイルランチャーを構え、背部へ回るとビッグホーンドラゴンに向けて発射する。

徐々に拡大していた魔法陣は半径300メートルが限界のようで、動きを止めている。

ラムダ・ドライバの力を受けたミサイルは魔法陣の中に入っても重力波の影響を受けずに飛んでいたが、やはりバリアでかろうじて受け止められてしまった。

しかし、まさかの重い一撃とそれを与えたのがパラメイルと同じ小型機であるはずのアーバレストであったためにビッグホーンドラゴンの注意が獲物たちから宗介と飛び回るアレルヤに向けられる。

「アレルヤ、注意が向いてきてる」

「よし…あとは…」

あとはアンジュとヴィルキスの動きだけだ。

幸い、ほかの機体がドラゴン達の牽制をしているおかげで、ヴィルキスへ攻撃する相手はいない。

「いい?アンジュ、私の言うことに従って行動して。そうすれば、あの重力波を突破できる!」

「うう…どうすれば、いい?」

「まずは上昇!」

サリア用に調整されたアーキバスは長距離狙撃用にセンサー系統の調整が行われており、その範囲はアルゼナルのパラメイルでは最大だ。

重力波の範囲とヴィルキスの場所は分かる以上、あと必要なのは的確な指示だ。

隊長経験はともかく、物心ついたころからドラゴンと戦い続けた経験で判断していく。

「修正!右3度、前方20!」

「右…どっちだっけ…?」

指示されている内容は理解しているが、熱のせいで方向感覚が鈍くなっている。

とにかく側面へ動くべきということは分かっているため、間違っていたらサリアに調整してもらえばいいという気持ちでヴィルキスの上昇角度を調整していく。

「そこで止まって!そのまま降下!」

「了解…あれ?」

降下する中で、重力波の中に入ってしまったヴィルキスの降下スピードが上がっていく。

「ヴィルキスが落ちるぞ!だが、あの位置は…」

「ビッグホーンドラゴンの頭、正確には角にめがけて落ちていますね」

「ここで剣を抜いて!」

「は、はい…」

なぜか頭に影がかかったことでビッグホーンドラゴンがヴィルキスに気付いたが、自分が仕掛けた重力波のせいでスピードが上がっていたために時すでに遅し。

ヴィルキスの剣が角を切り裂き、切り裂かれた角が地面に落ちる。

それと同時に展開されていた魔法陣が消えていき、重力波も消滅する。

「…さん、キャップ!!応答してください!!」

「うごける…通信できるぜ!」

「キャップ!姉さん!状況を!!」

「ごめんなさい、ジャミングされていたわ。こっちはもう大丈夫よ、ナイン!」

「チトセちゃん!ガトリングを使う!!」

「は、はい!!」

ガトリングを手にしたヴァングレイが今までの礼をするため、ビッグホーンドラゴンに向けてガトリングを連射する。

発射される弾丸が分厚いビッグホーンドラゴンの鱗を徐々に傷つけていき、その中の無防備な肉質めり込んでいく。

「ギャアアアアアア!!!!」

「…!」

「大丈夫か、チトセちゃん!」

ビッグホーンドラゴンの悲鳴に反応するかのように、またしてもチトセを頭痛が襲う。

幸い一瞬だけ強い痛みだったため、活動に影響はないものの、チトセの中にドラゴンに対する違和感が生まれる。

(最初の戦いの時もそうだった…なんで、この頭痛が…?)

「重力異常を加速に利用したのか?だが…」

「一歩間違えば特攻だぜ?」

技量があり、ヴィルキスの性能があるとはいえ、熱でフラフラなアンジュにそんな無茶ぶりをしたサリアにロックオンはスメラギと似た匂いを感じた。

ソレスタルビーイングに入ってから、彼女のぶっ飛んだ作戦に何度もかかわってきており、もしサリアが成長してスメラギみたいになったらきっとメイルライダー達は苦労するだろうと感じた。

残念なことに、その脳裏に浮かぶ成長したサリアもまた貧乳だが。

「よっしゃあ!機体が動くぜ!」

「やった…!」

「さっきはよくもやってくれたな!!」

右腕が使えないため、左手でパトロクロスを手にしてそれをビッグホーンドラゴンの横っ腹に突き刺す。

引き抜くと同時に赤い血が噴き出てグレイブの装甲を赤く濡らす。

「今だ…!」

ヴァングレイとグレイブ、ヴィルキスの攻撃で動揺するビッグホーンドラゴンに向けて、既にガレオン級4体のうち2体を倒していたキラはドラグーン以外の火器を一斉に展開し、一点集中の攻撃を浴びせる。

一点に集中した火力はダメージで不安定になったバリアを突破してビッグホーンドラゴンの背中を焼き、駄目押しのダメージとなる。

「今だ、みんな!」

「感謝するぞ、キラ!」

「だが、まさかアンジュと一緒に来るとは思わなかったぞ」

「エリアDに来たときにフラフラしている機体があったから、拾って連れてきたんだ」

「うっさい…保護者面するな…」

「よく頑張ったね、その機体で」

「え…?う、うん…」

まさか褒められるとは思わなかったアンジュはすっかり毒気を抜かれた様子で、素直にうなずく。

「GNビッグキャノン、フルバースト!」

あとはビッグホーンドラゴンを倒すだけ。

トランザムを起動したラファエルガンダムはGNビッグキャノンを最大出力で発射する。

高濃度圧縮粒子で構成されたビームは射線上のスクーナー級2体を焼き尽くしていき、ビッグホーンドラゴンの頭に命中する。

大出力のビームで焼き尽くされていく顔の表面だが、やはりガレオン級以上の化け物だと言うだけあって、表面が大きく焼けるだけで消滅には至っていない。

「全機、ビッグホーンドラゴンに一斉射撃!再生する前に仕留めるのよ!!」

アーキバスはアサルトライフルの銃身下部のグレネードランチャーを強制排除し、バックパックにマウントされているロングバレルキャノンを取り付ける。

アサルトライフルのオプションの1つであるこのロングバレルキャノンは無反動で狙撃を行うことのできる使い捨てのキャノンだ。

照準を調整し、ビッグホーンドラゴンの眉間に狙いを定める。

「いいわ…いけぇ!!」

撃てる弾丸は3発のみ。

無反動故にできる3連射で正確にビッグホーンドラゴンの眉間を撃ち抜いていく。

GNビッグキャノンで表面を焼き尽くされたビッグホーンドラゴンにとってはその狙撃は強烈で、命中するたびに悲鳴を上げ、後ずさりしていく。

「ようやく、最後のピースが埋まりましたな、艦長」

弾切れになったキャノンパーツを強制排除し、フライトモードに換装してエルシャ、ヴィヴィアン、ナオミと共にビッグホーンドラゴンへ向かっているサリアを見たマデューカスは完成しつつあるアルゼナル第1中隊にようやく安心感を抱く。

生真面目で融通の利かないサリアだが、だからこそ分析と的確な指示が可能だ。

そんな隊長ができたことで、このチームはまだまだ強くなる。

「ええ…部隊の戦力を的確に運用できる隊長ができた今なら、彼女たちはさらに強くなります。あとは連携意識ですが、それはもうすぐうまくいくようになるでしょう。損傷したココ機とミランダ機を収容します!」

「了解です!」

海上に出現したダナンの格納庫のハッチが開き、その中にココとミランダのグレイブが収容されていく。

2人とも疲れ果てていて、格納庫に入り、機体から降りた後で整備班の手を借りて機体から離れていく。

「お前ら、まだまだ子供じゃねえか。サガラや艦長を戦わせている俺が言うのもなんだが、その…」

メイルライダーではなく、自分と同じく整備班として戦ってもいいのではないか。

前までのサックスならそれを言うことができたかもしれないが、アルゼナルの現実を知っている今は無責任にそんなことを言うことができなかった。

「大丈夫です。ここでは私たちくらいの年齢で戦うのが当たり前ですから…」

一度は死にかけたうえにゾーラの死を見てしまったことで戦うのが怖くなってしまったのは事実だ。

だが、ノーマはドラゴンと戦うことでしか生きる権利を得ることができないのが現実で、戦いから逃げることは死を意味する。

サックスの気遣いはうれしいが、戦う以外の生き方を知らない2人はこれしかできない。

(私たちくらいの年齢で戦うのが当たり前…か)

こんなことを自然に口にするミランダに、サックスは始祖連合国のゆがみを感じずにはいられなかった。

 

-プトレマイオス2改 格納庫-

「シン、お疲れさま」

「ああ、ルナ。ありがとうな」

機体から降り、ルナマリアから水筒を受け取ったシンはストローを通して中にあるジュースを飲み始める。

今回はビッグホーンドラゴンの出現で一時はどうなることかと思ったが、アンジュとキラの登場でどうにかなった。

一安心するとともに、どこか複雑な感情も芽生えていた。

(キラ・ヤマト…フリーダム…)

1年前の戦争で、自分たちの前に何度も立ちはだかった相手。

一度はフリーダムを自らの手で倒したが、ストライクフリーダムに乗って再び現れてからは一度も勝つことができなかった。

だが、勝ったとしてもこの感情を抑えることはできないかもしれない。

ジャスティスが収容された後で、フリーダムも入ってきて、キラを出迎えるためにスメラギが入ってくる。

フリーダムから降り、ヘルメットを脱いだキラは出迎えてくれたスメラギに笑みを見せると、彼女の元へ歩いていく。

「お久しぶりです、スメラギさん」

「助かったわ、来てくれて。ここへ来たのはラクスの指示?」

「はい。スメラギさんの報告を受けたラクスが戦力が必要になると判断して、僕を送り出してくれたんです」

「キラ…まさかプラントからまたここへ飛んでくるなんてな」

「アスラン。今回はバルドフェルドさんが衛星軌道上まで連れて行ってくれたから、楽だったよ」

キラがプラントから地球まで飛んできたのはこれが2回目で、1回目は3年前の戦争中にはあろうことか手に入れたばかりのフリーダムでプラントから地球まで一人で飛んでいき、おまけに大気圏突入を果たしている。

その当時のキラはとある理由でアークエンジェルを離れ、クライン邸に滞在していたが、アークエンジェルの危機を知ったことで、ラクスの手引きによって当時ザフトが開発していたフリーダムを強奪して駆けつけた。

新型機を得たとはいえ、コーディネイターでもこのようなことをするのはかなりの操縦技術と精神力、そして体力が必要になる。

あれと今回のを比較したら、それは今回の方が楽に決まっている。

軽くそんなことを言う彼に呆れて笑ってしまうとともに、どこか頼もしさも感じていた。

「キラ、また頼むぞ」

「うん。こちらこそね、アスラン」

キラとアスランが語り合う中、シンはルナマリアと共に格納庫を後にする。

本当は正面から語り合い、歩み寄る必要があるというのは分かっているが、まだシンにはそれをする心の準備ができていなかった。

 

-アルゼナル 司令執務室-

「そうか…アルゼナルを離れるか」

スメラギとの1対1の会合を行うジルはスメラギの今後のスケジュールを聞き、あまり残念そうな表情を見せずに口を開く。

ビッグホーンドラゴンという初物の撃破に貢献してくれたことで、ソレスタルビーイングとミスリルは十二分にこちらを助けてくれた。

それに、その間に補充要員の訓練を終えることができ、失ったパラメイルの生産も完了しているため、彼らが離れても問題はない。

「それについて、一つ相談があるのだけど…」

「第一中隊のことだろう?好きにすればいい。契約はまだ有効だからな」

「かまわないの?」

問題児ぞろいとはいえ、第1中隊はアルゼナルで中核の戦力と言える。

補充は完了したとはいえ、彼女たちの抜けた穴を埋め合わせるのはかなり難しいことだ。

それに、任務が完了したアサギ達はまもなくオーブへ戻ることになる。

「アルゼナルの戦力は第1中隊だけではない。戦力の再編成も完了している。どうにかなるだろう。パラメイル整備のため、こちらの整備兵を何人かそちらに貸し出そう。好きにこき使ってやってくれ。だが…時が来たら返してもらうぞ」

「時が来たら…とは?」

「かつて、世界のすべてを敵に回したソレスタルビーイングなら、分かるだろう?我々が世界を解放したいという気持ちが」

不敵な笑みを浮かべるジルにスメラギは自分たちと似ているところ、そしてどこか決定的に違うものを感じずにはいられなかった。

その違いが何か、それを見抜くことはまだできなかった。

おそらく、時が来たらアルゼナルだけでなく、ソレスタルビーイングも巻き込むつもりなのだろう。

「どうする?ソレスタルビーイング?我々は世界の敵か?」

「…今は何も言えないわ。けれど、今の私たちはフェアーな取引相手。現状は共存するのがお互いの利益になる。違う?」

「結構だ。時が来たら、また知らせよう。アンジュ達のこと、よろしく頼むぞ」

第1中隊の処遇が決まったことで、スメラギの目的は達した。

パラメイルの整備ノウハウを持つ整備兵の少女の確保ができたのは思わぬ収穫だったが、まだジルの本心を知るには至らなかった。

だが、ジルが相手にする世界は始祖連合国のもっと奥深くにあることは感じずにはいられなかった。

 

-アルゼナル 格納庫-

「うおおお!!!こんな大金、初めてだ!!パラメイルの修理費補給費なんて目じゃねえぜ!」

帰還したロザリーは山積みに置かれたキャッシュに目を光らせる。

死にそうな思いをしたものの、それに見合う以上の物をつかんだ嬉しさに耐え切れず、キャッシュの海にダイブしてその匂いをたっぷり吸っていた。

「夢じゃない…夢じゃないよ!」

頬をつねって、その痛みで改めて現実だと理解したクリスもうれしそうにキャッシュを眺めている。

「にしし!初物初物!」

「これで幼年部の子供たちに新しい服を買ってあげられるわ」

「やった!半分は借金返済に回して、あとは…」

ヴィヴィアンとエルシャは報酬の使い道を考える中、ナオミは借金返済プランを見直し始めていた。

ココとミランダもナオミ達ほどではないがそれでも多額の報酬を手にしており、ココは新しいデザートの材料費に、ミランダは貯金することを決めている。

だが、アンジュも報酬をいつもの戦争以上の金額得たにもかかわらず、どこか不機嫌だ。

「良かったですね、アンジュリーゼ様。すぐに熱が下がって。戦闘で汗をかいたのがいい効果でしたね」

帰還したアンジュはそれまでの呆けた姿が嘘だったかのように元気な様子だった。

だが、元気になると同時に不機嫌になってしまったが。

「…そうね」

「それにしてはご機嫌斜めですね…」

「そりゃね、鉄砲玉代わりにされれば、そんな気分にもなる」

成功したのはよかったが、一歩間違えたら特攻になってしまう危険スレスレな行動を病人である自分にさせたサリアに怒りを覚える。

熱で呆けたことである程度感覚がマヒしていたことが幸いしたかもしれない。

いつも通りの状態でこんなことをまたやれと言われても無理な話だ。

「そのことは謝るわ、ごめんなさい」

サリアもさすがに今回のことは悪かったなと思い、素直にアンジュに詫びた。

「でも、助かったわ。あなたが来てくれて」

「お礼を言うなら、キャッシュを頂戴」

「さっきのお礼…取り消し」

またいつもの状態に戻ってしまったが、アンジュの本心を知っているサリアはいつも以上に怒る気にはなれなかった。

きっと、それが彼女の照れ隠しなのだろうと信じていた。

だが、アンジュがここにきて獣のように強欲になっていることを忘れていた。

「さっきの趣味…ばらすわよ?」

あの趣味が人に言えないものということを分かっているアンジュはニヤリと笑いながらサリアを脅迫する。

さすがにそれをばらされたら隊長として以上の何かを失ってしまうと感じたサリアの背筋が凍り付く。

「趣味ってなんだ?」

あまりサリアのプライベートについて知らないロザリーは興味を持ったのか、サリアに尋ねる。

ヒルダ達にだけは知られたくないと思ったサリアは何か別の話題を用意しようと頭をひねる。

「そ、それより!!あなたたち、これだけキャッシュを得られたんだから、満足でしょう!?」

「え…?まぁ…」

「こうして大金を得ることができたのはアンジュのおかげよね?」

そのことをさすがにロザリーとクリスは反論することができなかった。

重力波に巻き込まれて機体も体も動けなくなり、命の危機にさらされる中でアンジュが助けてくれた上に初物撃破のチャンスをくれた。

その事実を否定することはできない。

「戦闘中にアンジュの邪魔をするのはもうやめなさい」

「…」

殺そうと思っていた相手に助けられたことを受け入れることができないヒルダはサリアをにらみつける。

他の誰かならともかく、アンジュに助けられたことはヒルダにとって屈辱以外の何物でもなかった。

この1回の戦闘でプライドをズタズタにされた。

アンジュのせいで。

だが、サリアはもうヒルダに振り回されるつもりはなかった。

「いろいろあったけど、私たちはこのチームでうまくやっていかなきゃいけないの。あなたが望もうが、望むまいがね。それが隊長命令よ。それからアンジュ。報酬の独り占めはもうやめなさい。あんたは放っておいても稼ぐことができるでしょう?」

「へっ、あんたの言うことなんて誰も…」

「逆らうなら、それでもいいわ。けど、あなたの分け前は無しになるけど」

「てめえ…」

拳に力を籠めるヒルダはロザリーとクリスを見る。

2人なら、味方になって一緒にサリアに反抗してくれると信じていた。

自分に味方がいないなんてことはないと実感したかった。

「いいわよ、別に…私の足さえ引っ張ってくれないなら」

鉄砲玉代わりにされたことへの怒りは収まっていないが、それでもサリアが自分の本心であるだれ一人死なせたくないという思いを理解したうえで作戦を練ってくれたことには感謝している。

それに、認めたくないが、サリアがその作戦を考えてくれなかったらきっと自分もビッグホーンドラゴンに殺されていたかもしれない。

「あ、あたしも…いいよ…」

「クリス!」

「だって…アンジュがいなかったら、私たち、死んでいたかも…」

「ええっと、まぁ…この金があるうちは、いいかな…なんて…」

「ロザリー、あんたまで!?」

親友である2人に裏切られるとは思わなかったヒルダはその現実に呆然とする。

その中で、ジルと話をつけたばかりのスメラギがやってくる。

「とりあえず、一歩前進できたみたいね」

「あ…スメラギさん。ジル司令との話は終わったんですか?」

スメラギを待っていたフェルトが彼女の姿を見つけ、声をかける。

「ええ、第1中隊には新しい任務があるわ。あなたたちは私たちと一緒に外の世界へ出てもらうわ」

「何!?」

「ノーマが…アルゼナルを出るなんて…」

メイルライダー達がアルゼナル以外の組織と雇用契約を結び、更には人間扱いされること自体異例であるにもかかわらず、更には死ぬまで出ることが許されないアルゼナルを出ることができる。

一体ジルは何の目的でそこまで異例尽くしの許可を下すのか、サリアは疑問に思った。

「ソレスタルビーイングもミスリルも、この世界には本来存在しない組織よ。あなたたちが入ったところで何ともないわ」

「新しい作戦が始まるんですね…」

火星の後継者のことはオーブを出る前にカガリから聞いている。

エリアDでは情報を得られなかったが、スメラギの口調から、日本へ戻ったという勇者特急隊とナデシコ隊達が何か情報をつかんだのだろうとルナマリアは察した。

「まずは日本へ向かい、ナデシコと合流するわ。その前に…ここまでのいろんなことを全部お湯で流しちゃおうか」

「お湯というと…」

「お風呂、ですか?」

「その通り、裸の付き合いで結束を深めましょう。許可はもらっているわ」

アルゼナルには大きいうえに清潔な大浴場があり、多くのメイルライダーは日々の疲れをいやすためにそこを利用する。

司令の趣味なのか、それとも些細な娯楽を認めるためなのか、そこでは風呂だけでなく、サウナやシャワー、そして多くの種類の石鹸やリンス、シャンプーなどが置かれており、利用者はそれらを無料で利用できる。

「賛成です!」

さっそくミレイナが賛成するとともに、タオルや着替えなどを取りにトレミーへ戻っていく。

「じゃあ、私もお風呂へ行こうかな…」

「チトセちゃん…だったら俺も…」

「付き合うぜ!」

「あんたらは…」

「呼んでない!!」

マオの怒りの鉄拳がクルツの顔面に直撃し、顔を真っ赤にしたアンジュとチトセの息の合ったクロスボンバーがソウジを襲う。

殴られたクルツは吹き飛んで壁に激突し、ソウジはその場でうつぶせに倒れて悶絶。

そんな男2人を無視して、女性陣は楽しみにしている風呂へと向かった。

「…ようやく、一つのチームになったな…」

キラと協力して、倒れた2人を運びながらアスランはここに来てからの日々を思い出す。

暴走するアンジュとアンジュを妨害しようとするヒルダ達、彼女たちに振り回されるサリア。

始祖連合国のいびつなシステムの犠牲者である彼女たちがキャッシュのおかげということもあるかもしれないが、結束できたことは大きなことで、まだまだ課題はあるものの、一歩前進できたことに安心した。

「活動を開始したころのソレスタルビーイングを思い出すね」

「そうだな…」

「このメンツのまとめ役をしてた兄さんには同情するぜ」

3年前のソレスタルビーイングは全員が個人情報を味方であっても話すことができない状態であり、ティエリア、アレルヤ、刹那は元々戦い以外の生きる手段が見つけられず、そして積極的に人と関係を作ろうとしない一面があったため、中々結束することができなかった。

特に一番の若手である刹那はすぐに無茶をしようとしたため、先代のロックオン、ニールは彼らのフォローをことごとく押し付けられる羽目になった。

そのことを考えると、加わったのが去年で本当によかったとロックオンは静かに思った。

その時のことを思い出したのか、刹那も思わず笑ってしまった。

「刹那…そんなふうに笑うんだね」

「キラか…」

「初めて会った時から、君はどんどん変わっていく…」

キラが刹那と初めて会ったのは3年前、アークエンジェルと共にアラスカ基地を脱出し、オーブへ亡命したときだ。

アラスカ基地はザフトによる軍事行動、オペレーション・スピットブレイクの標的とされ、攻撃を受けていた。

そこで、ユニオンの上層部は早々にアラスカ基地の放棄を決定し、サイクロプスによってザフトを道連れにする作戦に出た。

そこでは友軍として加わっていたAEUや人革連の軍も一緒に戦っていたが、事前通知されたのはユニオンの軍だけで、彼らはアークエンジェル共々捨て石にされることとなり、そのほとんどがサイクロプスによって犠牲となった。

サイクロプスは言うならば、巨大な電子レンジといえるもので、本来はレアメタルに混ざった氷を融解させる為の装置で、今の時代ではローテクだ。

しかし、強力なマイクロ波と電磁波を発生させるため、それによって水分は急激に加熱・沸騰する上にコンピューターもあっという間に死んでしまう。

ユニオン上層部は事前にオペレーション・スピットブレイクの情報をつかんでいて、最初からアラスカ基地を捨てる前提で地下にサイクロプスを建設していた。

なお、終戦後の軍事法廷の中で、ユニオン上層部がその情報をつかんだのはザフトの兵士、ラウ・ル・クルーゼがわざと情報を漏えいしたためであることが明らかとなった。

彼はナチュラルとコーディネイターを滅ぼすために、他にもザフトで開発されたNジャマーキャンセラーの情報をブルーコスモスに漏洩し、国連軍に軍事衛星ボアズへの核攻撃を仕向け、その報復としてザフトに巨大ガンマ線レーザー砲ジェネシスを使用させた。

彼がそれをした動機は彼がアル・ダ・フラガという男によって、ムウ・ラ・フラガという子供がありながら自分の素質を100%持った後継者を求めて作られたクローン人間だからだ。

そうして生み出された彼だが、素質は100%あるものの、テロメアに欠陥があり、寿命の短い失敗作だった。

それ故に見捨てられた彼はアル・ダ・フラガを殺害したが、それでもなお憎悪が収まらず、このような狂気に落ちた。

話を戻すが、アークエンジェルがオーブに到着したころ、ソレスタルビーイングはそれ故にオーブで起こるかもしれない問題に備えて現地でガンダムマイスターたちが待機していた。

そこでキラは刹那達と出会ったが、その当時のキラは彼らの正体に気付いておらず、刹那に対しては仏頂面をした自分と同じくらいの年齢の少年という印象を抱くだけだった。

そんな彼の正体を知ったのは去年だ。

戦いしか知らない彼がイノベイターとなり、人と分かり合える、人と人の懸け橋になれる人間を目指して変わっていこうとしている。

イノベイターであることを除いても、ここまで自分を変革させていこうとする人間と出会ったのは初めてだ。

「宇宙で初めて会った時、君はエクシア、僕はストライクに乗っていたね」

「人は変われる…俺も、そうありたいと願っている。それは…シン・アスカも同じだ」

「え…俺?」

いきなり刹那に名指しされてしまったシンは目を丸くする。

キラはいつもと変わらない笑みを浮かべ、シンに顔を向ける。

「久しぶりだね、シン。オーブの慰霊碑の前で会って以来…かな?」

「そう…ですね…」

ブレイク・ザ・ワールドの後、地球へミネルバと共に降りたシンは一時的にオーブで滞在することがあった。

その時にプラントに残っているマユの分も両親の弔いをしようと慰霊碑を尋ねた。

この慰霊碑はオーブにおける国連軍との戦争の際に犠牲となった人々をとむらうためのものだ。

シンがキラと初めて会ったのはその時で、当時のキラは軍から身を引き、恋人であるラクスや育ての両親とプラントで世話になった盲目の神父であるマルキオ導師、戦災孤児と共に生活していた。

その時、シンが言っていた言葉を思い出す。

(どんなにきれいに花が咲いても、人はまた吹き飛ばす)

その言葉にキラは深い悲しみと怒りを感じた。

その根源が何かは分からないが、彼と刃を交え、そしてここで彼ともう1度顔を向けて会うことで少しだけわかってきた。

「これから、君たちと一緒に戦うことになったよ。よろしくね」

「こっちこそ…じゃあ、俺…幼年部のみんなの様子を見に行くので、失礼します」

キラから求められた握手をすることなく、シンは少しだけ頭を下げてから逃げるようにその場を後にする。

シンの後姿を見るキラだが、追いかけようとはしなかった。

今追いかけたとしても、逆効果にしかならない。

一方的に仲良くなりたいと言っても、相手も仲良くなろうとしないと意味がない。

「ごめんなさい…まだ少しだけ、わだかまりがあるみたいで…」

「仕方ないよ。僕が…シンの大切な人の命を奪ったのは事実だから…」

キラは少し悲し気な表情を浮かべる。

シンの大切な人、ステラ・ルーシェという少女のことはアスランから聞いていた。

彼女はロゴスが過剰なまでの薬物や訓練によってコーディネイター以上の身体能力を持ったパイロットとして改造した人間、エクステンデットの一人だ。

それ故に特殊な薬物や機械がなければ生きられない体になっている。

彼女と出会ったのは地球で、彼女が誤って海に落ちてしまったところをシンが助けた。

家族を戦争で失ったという共通点からお互いに関係を深めていき、シンは彼女を守るべき存在だと、彼女の正体を知ってもなお認識するようになった。

それ故に、彼女が捕虜としてミネルバに送られ、エクステンデット故の症状で命の危機にさらされた際は銃殺刑になることも覚悟のうえで彼女をファントムペインの元へ送り返した。

帰還後は銃殺刑になる可能性があったものの、デュランダルの温情で謹慎処分で手打ちとされ、彼からは守るべきもう1人の存在、マユ・アスカをないがしろにしてどうすると叱責された。

だが、ステラはそこでロゴスのエクステンデット専用試作モビルスーツ、デストロイガンダムのパイロットにされてしまい、それに耐えるために強化措置を施された結果、狂気にかられて攻撃を繰り返し、ザフト軍だけでなくベルリンなどのヨーロッパ各地の都市の一般住民をも虐殺してしまった。

シンは彼女を止めるべく必死に行動したが、結局止めることができず、最後は彼女の手で殺されそうになる一歩手前でキラがデストロイにとどめを刺した。

これ以上の暴走を止めるには、エネルギーが充填された胸部ビーム砲を破壊するしかなく、その結果行き場を失ったエネルギーが暴走し、コックピット付近の誘爆に巻き込まれたステラは致命傷を負い、最期はシンの腕の中で息を引き取った。

彼女の亡骸はザフトによって解剖されることを恐れたシンの手によって人里離れた山の奥地にある湖に葬られた。

それ故に、シンはキラと分かり合いたいと思ってはいるものの、わだかまり故に一歩前に踏み出すことのできない状態になっている。

「あれは…仕方のないことだったんだ。お前のせいじゃない…あいつも、それを分かっているはずだ」

ステラ亡き後、シンがフリーダムに復讐するために必死にシミュレーションを行い、対フリーダムのコンバットパターン作りに心血を注いでいた。

そんな彼の悲しい姿を今でも忘れられない。

今思えば、彼は自分の心にけじめをつけたかっただけかもしれない。

フリーダムを討つことで、誰かを守れる力を得て、ステラを弔うことができると。

しかし、エンジェルダウン作戦でフリーダムを相打ちに近い形で撃破してもなお、シンの心が晴れることはなかった。

むしろ、より力への執着が強まり、守れなかったものへの後悔が強まるだけだった。

「エンジェルダウン作戦で、キラさんはシンに撃墜されましたよね?キラさんの中ではわだかまりはないんですか?」

フリーダムは只の高性能モビルスーツである以上に、ラクスが誰かを守れる力がほしいと願うキラに託してくれた剣だ。

それを失ったことはショックが大きいかもしれない。

「まったくないわけではないよ。でも、それに躓いて先に進めないのはもっと嫌だから…」

「シンもそれは分かっている。だから、今は自分の心にけじめをつけようとしているんだ。必要なのは…そのための時間だ」

「待つよ。彼とも、本当に心の底から手を取り合う日が来ることを」

「じゃあ、私はシンの様子を見に行きますね」

キラとアスランの会話を聞いたルナマリアはシンの後を追いかけていく。

今のシンにはルナマリアという最愛の人がいて、信じあえる仲間もいる。

その日がもうすぐ来ることをキラは信じていた。

 

-プラント アプリリウス市 ラクス・クライン執務室-

プラント評議員一人ひとりに与えられる個室は若干手狭なものの、だいたいの書類データは手元のパソコンで見ることができるうえ、客の接待は隣に分けておかれている応接間で対応できるため、あまり不自由はない。

評議会の方針により、部屋の大きさも間取りも平等になっており、去年から評議員の一員となっているラクス・クラインも例外ではない。

エターナルに乗って戦っているときから身に着けている白と紫の陣羽織を身にまとい、薄いピンクの長い髪をポニーテールにし、徐々に大人の女性へと変化しつつある。

彼女のパソコンには特別回線が開いており、今はそれでスメラギと通信を行っている。

「そうですか…アルゼナルを発たれるのですね」

「キラを派遣してくれてありがとう、ラクス。でも、そちらは大丈夫?」

地球連合内でも大きな波紋を広げている火星の後継者がプラントにも影響を及ぼしていないとは言い切れないところがある。

サトーのようなパトリック・ザラ信奉者が評議会の中にいないとはいえず、火星の後継者の同調する、もしくは裏で支援を行っている可能性もある。

「ええ…プラントでは今回の火星の後継者の決起を冷静に受け止めていますから。以前のように、これを機に地球連合と事を構えようという動きには至っていません」

ザフトから評議員に転身したイザーク・ジュールや現議長のルイーズ・ライトナーの尽力もあり、戦争への流れは抑えられている。

他にもクライン派に味方する評議員や軍関係者も徐々にではあるが増えてきており、これはラクス達の尽力が大きい。

「プラントにいる多くの人たちは戦いを望んでいません」

「ええ…きっと、地球の人々も同じね。私たちは日本に戻り、ナデシコと合流するわ。トゥアハー・デ・ダナンはネルガルのドックでメンテを受けることになるけど。それから、向こうではザンボット3とダイターン3が加わって、更に別世界から来たグレートマジンガーも協力してくれたと聞くわ」

ザンボット3は駿河湾で発見された、ビアル星人という異星人が残した機動兵器だ。

高速戦闘機へ変形できる人型ロボット、ザンボエースと重戦車ザンブル、偵察支援機のザンベースが合体したもので、ビアル星人の末裔である神勝平、神江宇宙太、神北恵子が乗り込んで、1年前に日本を攻撃した異星人、ガイゾックと戦った。

ナデシコとソレスタルビーイングの協力があったものの、当時はアロウズによる情報操作によってガイゾックが現れたのは異星人の末裔である勝平たち神ファミリーのせいだと発表され、人々の非難の的となり、神ファミリーと彼らだけで戦うことになった。

その戦いの中で、勝平の祖母である神梅江、父親である神源五郎、恵子の祖父である神北兵左衛門が戦死することになったが、ガイゾックとガイゾックの親玉であるコンピュータ・ドール第8号を撃破することに成功した。

ダイターン3は3年前に日本で戦っていた全長120メートル近い巨大人型兵器で、新座市の大富豪である青年の破嵐万丈がパイロットで、メガノイドと戦った。

メガノイドは父親である破嵐創造が火星開拓のために、人類の地球進出のために開発した改造人間だ。

当時家族とともに火星にいた万丈は母親と兄を父親の手でメガノイドにされる形で失った。

そして、人類全体をメガノイドとするためにメガノイドが反乱を起こし、同時に木連による火星攻撃が始まった。

その混乱に乗じ、ダイターン3の原型となったメガボーグと2キロ以上の大きさを誇る巨大ロケットであるマサアロケット、そして火星で発掘された大量のレアメタルやハーフメタルを手に地球へ逃走した。

そして、彼の手でメガノイドは全滅したらしい。

今は大富豪として生活する傍ら、旋風寺コンツェルンの株主となり、更には何らかの目的で何度も火星へ行っているらしい。

「ルリ艦長はアキト君と会って、彼とユリカさんに何があったのか聞いたみたいよ」

その全容は、まだスメラギも聞いていない。

通信では日本で会ってから話すの一点張りで、その時の悲しげな表情から、とても言いづらいことなのだろうと察した。

「火星の後継者の動きはこちらの予想をはるかに上回るスピードで進んでいますね…」

木連の草壁の信奉者と彼らのスポンサーである地球連合内の一部の不穏分子だけで、これだけのスピードで物事を進めることができるとは思えない。

もっとそれ以上の、大きな協力者の存在が見え隠れするが、結局その手掛かりはつかめていない。

だが、あり得るかもしれない存在はある。

「始祖連合国…あの国は怪しいとにらんでいるわ」

「マナを使える特権階級、彼らには連合も干渉できませんからね。こちらにはカガリさんとマリナ様が動く手はずになっています」

カガリと共に動くマリナ・イスマイールは中東の新興国であるアザディスタン共和国の第一皇女で、彼女も平和のために行動をする仲間の1人だ。

余談ではあるが、彼女は刹那と面識があるようで、お互いにそれぞれの行動や主張が真逆であるものの、理解しあっている関係であるらしい。

ミレイナが男女の仲を疑ったものの、それはないようだ。

「政治的な干渉ではなく、あくまで平和や人道の目線で動くというわけね」

「これで始祖連合国のことが少しでもわかるとよいのですが…」

「テロリストを支援することが始祖連合国にどれだけのメリットがあるのか…ドラゴンの件を調べていくうえでその関係も明らかにしていこうと思うの」

「では、スメラギさん。私たちは宇宙で火星の後継者の動きを追います」

「頼むわね、ラクス。何かあったら連絡するわ」

お互いにやっていることは違うが、平和のためという目的は同じ。

同じ目的のために互いに動き続け、そこにたどり着くことを願いながら、スメラギは通信を切った。

「始祖連合国…ドラゴン…。そして、ヴィルキス…」

死んだ父、シーゲル・クラインが残した資料の中に、それらの記述が残っていた。

パトリック・ザラの資料の中にも同じ記述があったようで、特にヴィルキスに関するものが多い。

「あれがキラと共に戦うことになるとは…特別な縁を感じます」

 

-トレミー パイロット用個室-

「ん?誰だろう…」

メールを書いていたキラはドアの前に誰かがいるのを感じ、ドアを開けると、ナインが立っていた。

「君は…確か、ナインだったね」

「初めまして、キラ・ヤマトさん。あなたを観察させていただきたいと思い、来ました」

「え…観察?」

「アスランさんが言っていました。キラの考えていることは、時々俺も分からない…と」

それについてはアスラン以外にもよく言われており、キラ自身も少し自覚している。

そのため、自分で考えていることを口にしようと努力を始めているが、中々実を結んでいない。

「また、シンさんはあなたのことをもっと知りたいようなので、その手助けになれば…と」

「僕は僕だよ…僕以外の何物でもない」

「よくわかりません…」

あまりに抽象的すぎて、ナインにとっては暗号に思えてしまう。

自分のことをどう説明すればいいのか、まだキラはよくわかっていない状態だ。

「じゃあ、ゆっくり観察すればいいよ。よろしくね、ナイン」

笑みを見せるキラにナインはほんのりと顔を赤く染める。

アスランとは違う、優しいポカポカした魅力をAIながら感じ取っていた。

「わ、わかりました…ですが、今は別の仕事がありますので…」

「そう?何か手伝えることがあったら言って」

「は、はい…」

キラのことを解析できないまま、ナインはその場を後にし、トレミーにあるヴァングレイの元へ向かう。

重力波によってダメージを受けたと思われるフレームのチェックを行い、必要であれば改修を行うために。

「あの笑顔が…キラさん、ということでしょうか?」




機体名:ストライクフリーダムガンダム
形式番号:ZGMF-X20A
建造:ファクトリー
全高:18.88メートル
重量:80.09トン
武装:MMI-GAU27D31mm近接防御機関砲、MGX-2235カリドゥス複相ビーム砲、MMI-M15Eクスィフィアス3レール砲×2、MX2200ビームシールド×2、MA-M02Gシュペールラケルタビームサーベル×2、MA-M21KF高エネルギービームライフル×2(連結時にロングライフルとなる)、EQFU-3Xスーパードラグーン機動兵装ウイング
主なパイロット:キラ・ヤマト

1年前の戦争後期に使用された核分裂炉搭載型モビルスーツの1つで、3年前にパトリック・ザラ主導で開発されたザフトの次期主力モビルスーツ、フリーダムの発展機。元々はフリーダムの量産後継機として設計されていたものの、搭載予定のドラグーン・システムと新型高機動スラスターの開発が予定より遅れ、完成前に終戦を迎え、ユニウス条約で核分裂炉搭載型モビルスーツの所有が禁止されたことで封印されていた。
その後、クライン派が封印されていたそれらを奪取し、研究者を懐柔もしくは口封じに抹殺したうえで、完全なキラ・ヤマト専用モビルスーツとして再設計されたうえで、ファクトリーで開発された。
当時の最新技術を余すことなくつぎ込んでおり、性能はデスティニーに匹敵し、各部装甲を分割し、機体の動きに合わせてスライドさせる特殊装甲を採用したことで、生身の体に匹敵する動きが可能となった。
なお、この構造の装甲はデスティニーにも採用されており、完成度は人員・費用ともに上回っているデスティニーが高い。
終戦後に改修されたデスティニー、ジャスティスとは異なり、目立った損傷がないことから装甲の一部交換とGNファング、GNビットの技術をもとに再設計された大気圏内対応型スーパードラグーンに換装された程度となっている。


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第33話 黒い勇者特急

機体名:ザンボット3リペア
建造:ビアル星人(青戸工場改修)
全高:60メートル
重量:860トン
武装:アーム・パンチ×2、ザンボット・バスター(バスター・ミサイル×4内蔵)×2、ブルミサイル、ザンボット・グラップ(ザンボット・ブロー、ザンボット・カッターへ変形可能)×2、ザンボット・ムーン・アタック
主なパイロット:神勝平(メイン)、神江宇宙太(サブ)、神北恵子(サブ)

1年前のガイゾックとの激しい戦いの末に大きく損傷したザンボット3を預かっていた青戸工場が改修したもの。
ザンボット3そのものがビアル星人が数百年前に地球へ降り立った際に移民船キング・ビアルと共に持ち込んだもので、機体データ及び整備データはキング・ビアルに存在していた。
しかし、ガイゾックとの戦闘でキング・ビアルが失われたため、整備を行っていた一太郎ら整備を行ったいた神ファミリーの記憶を頼りとし、再現不可能な装甲などは現状の技術を用いることで改修を行った。
バンドックとの戦いの後、大気圏に突入して大きく損傷した装甲はすべてフェイズシフト装甲に変更されたため、重量が大幅に増加している。
低下した機能は分離合体機能を排してザンボット3に一本化することで補い、コックピットはすべて胸部に集約されている。



-日本 ヌーベルトキオシティ 旋風寺邸 パーティールーム-

アルゼナルから戻ったソレスタルビーイングとミスリルは合流ポイントとして指定された日本のヌーベルトキオシティにアルゼナルで新たに得た戦力と共に帰還した。

2隻はマイトステーションに格納され、3隻とも次の戦いのための整備を勇者特急隊やネルガル重工のスタッフから受けることになった。

そして、手の空いているメンバーは新たに仲間となったメンバーと顔を合わせるため、気心知れた仲間との再会を喜ぶため、旋風寺邸で行われるパーティーに参加していた。

「お仲間ができたんだって、リョーコ?」

「おう!先代ナデシコの時にチームを組んでたやつらが合流したんだ!」

「天野ヒカルでーす!蜉蝣戦争の後は漫画家をやっていました!」

オレンジ色のショートヘアをした丸眼鏡をかけた女性、天野ヒカルがさっそくリョーコと気質が似たマオに挨拶をする。

「兵士から漫画家への転職か…なかなかに異色だな」

「兵士と高校生を掛け持ちしているあんたが言うのもアレだけどね…」

宗介に関しては任務の都合もあり、やむを得ずそういう形になっているだけで、ヒカルは自分の意志でその道を歩んでいるという点で違いがある。

なお、3年間戦いから離れていた分のブランクはリョーコとのゲームで補ったらしい。

かなめの言葉を小耳にはさんだヒカルは宗介のそばへと瞬間移動のごとく移動し、さっそくネタ帳を取り出して彼をのぞき込む。

「な、なにを…?」

「君が奇天烈な経歴を持ってるみたいだから…今度の連載のネタにしていい?」

「自分がお役に立てるのなら」

「そうね…あんたの存在って漫画…それもギャグ漫画そのものだもの」

学校内で彼が引き起こした騒動の数々を考えると、どうしても宗介をネタにした漫画はその傾向へ突っ走ってしまうように思えてしまう。

最終的には学校内に石油製品を溶かしてしまう成分を持つ微生物という名の生物兵器を学校にばらまき、バイオハザードの原因を作ってしまい、生徒たちの手で血祭りにあげられるというラストが頭に浮かぶ。

「一応、私の描いてる奴の路線って熱血ものなんだけど…ゲキ・ガンガー3みたいな。でも、面白そう!軍人だけど、そういうギャグがあるってことだし、思っ苦しいのを抜きにするためにも、タイトルの後ろに『ふもっふ』みたいなかわいい言葉を入れても…」

「カワイコちゃん漫画家からアプローチとは、うらやましいぜ、ソースケ」

「ネタだけに妬まれる…ぷくくくく…」

宗介を冗談半分に茶化すクルツは背後から悪寒を感じ、振り返るとそこには不健康なほどの白い肌をしていて、顔の右半分を隠した黒いロングヘアーの女性がいた。

自分のギャグを自分で押し殺すように笑い、その不気味さにストライクゾーンの広いクルツでもひきつってしまう。

「こっちのいっちゃってるのも、リョーコの同僚かい?」

「泉マキ、フラれてやけ酒、よろよろしくしく、よろしく」

「お、おう…よろしく…」

「さすがのあんたも腰が引けてるみたいだね」

泉マキは両親が漫才師故か、寒いギャグや怪しげな歌を歌う妙な一面がある。

しかし、3人の中では操縦技術が最強で、ブランクがあるにもかかわらず、ヒカルとは違い、自分用に再調整されたエステバリスカスタムを訓練無しで乗りこなした。

なお、合流前はBAR花目子の雇われママをしていた。

さすがのマオもクルツがこの女性に魅力を感じるとは思わないようだが、残念なことにそうはならない。

伊達に『歩く卑猥図鑑』のレッテルを貼られているわけではない。

「いや、こういう個性的美人もオツなものだぜ」

「あんたが決して死なないって言うなら、考えていいよ」

「マジ…?」

まさか、恋人になってベットインするチャンスかと思い、本気か確かめるようにマキの目を見る。

ハイライトが消え、心霊写真に出てくるような眼をした彼女はヘラヘラ笑いだす。

「でも、ちょっと死相が見えるよ…。失踪しそうな思想の持主が乗るシーソー…」

「どこまで本気の発言なんだか…」

わけのわからない言動にさすがのマオも混乱し、クルツもあきらめの色を見せる。

そんな彼女の言葉をいつものことのように流すリョーコとヒカルを見て、彼女たちの付き合いの長さを感じた。

「2人は俺のフォローに回ってくれる」

「私たちのフォーメーションアタックに乞うご期待よ!」

「そちらは昔のツテをたどって戦力を増強しているようだが…」

「子供も交じっているようだな」

ヒカルとマキは元軍人で、戦闘経験も豊富であることからクルーゾーも宗介もそのキャラはともかく、歓迎しようとは考えている。

ただ、気になるのは初対面となる3人の少年少女だ。

3人とも、まだ中学生で子供だ。

アルゼナルから同行しているココとミランダの存在もあるが、彼女たちとは違い、彼らは日本で普通に生活している少年少女のはずだ。

そんな彼らがなぜここにいるのかが分からなかった。

「それって、俺たちのことか?」

さっそく、3人の中では最年少である少年、神勝平が宗介の言葉に反応する。

ココ、ミランダよりもわずかに身長が低く、見るからに幼さの目立つ丸い顔立ちをしている。

腕と足を見て、身体能力は同年代の少年少女よりも少し上くらいに宗介は思えた。

「紹介する。彼らはザンボット3を駆る神ファミリーだ」

「ファミリーってことは、君とあっちの彼と彼女は親戚ってわけ?」

左目を隠れた、風に流された雲のような髪形をした茶色いジャケットの少年、神江宇宙太と赤い大きなリボンを付けた金色のポニーテールをした、カウガール風の服装の少女、神北恵子にかなめは目を向ける。

「彼らはビアル星人…つまり、異星人の末裔だ」

異星人の末裔とは言うものの、ビアル星人は普通の人間と大して変わりがないようで、DNAや体格を見ても普通の人間と変化がない。

ただし、ザンボット3の起動にはビアル星人のDNA認証が必要で、神ファミリー以外では操縦できないものになっている。

「本当の話だ。俺たちのご先祖様は何百年も前にガイゾックに追われて地球に流れてきたんだ」

「ガイゾック…1年前に日本を中心に攻撃してきた異星人か…」

「恐ろしいことをしてくる奴らだったのね…」

ガイゾックのやり口は資料で読んでいたかなめの表情を曇らせた。

また、アロウズの情報操作によって彼らがどれだけ孤立無援の戦いを強いられたのかも知ってしまった。

そんな彼らにはこれ以上闘ってほしくないと思ってしまう。

「そのころは地球連合軍がアロウズとロゴスによって力を奪われていた状態だった。そして、プラントとの戦いが始まって、ガイゾックへの対応が遅れた」

これがアロウズが情報操作で神ファミリーを陥れた最大の理由で、彼らは自分たちの権力争いによる失態を隠そうとしていたのだ。

そのため、ガイゾックに追われるビアル星人の末裔である神ファミリーをスケープゴートとして選んだ。

「だから、俺たち神ファミリーはご先祖様が遺したロボット、ザンボット3でガイゾックと戦ったんです」

「多くの犠牲を払いましたが、ソレスタルビーイングやオーブ、そして旧ナデシコ部隊の協力もあって、私たちはガイゾックを倒すことができました」

戦いの後、ザンボット3は知り合いのツテで旋風寺コンツェルンに預けられ、修理されると同時に封印されることになった。

これは最終決戦でガイゾックの司令官であるキラー・ザ・ブッチャーによって催眠教育を解除された勝平が激しい戦いと悲劇のせいでうつ病になり、一時引きこもってしまったことが原因で、普通の生活に一日も早く戻れるようにという彼の兄である神一太郎の計らいだった。

一太郎はその縁で高校卒業後、青戸工場に就職し、ザンボット3の修理と本当はその時が来ることがないことを願いながらも、再び来るであろう戦いに備えて準備をしていた。

なお、催眠教育は兵座衛門によって勝平ら3人に施されており、そのおかげで彼らは戦闘時の恐怖心をある程度取り除き、ザンボット3の操縦をすることができた。

しかし、その催眠教育が解除された場合、蘇る恐怖心は余計大きなものになる。

パイロットとしての技量は戦いの経験で補うことはできても、それだけは長い年月をかけて克服していくしかない。

「まだ、子供なのに…また戦うのか?」

職業軍人である自分はともかく、また戦おうとする彼らの覚悟を確かめるように宗介は尋ねる。

「そうよ!ご先祖様の仇であるガイゾックはもういないんでしょ!?」

ガイゾックがいない以上、戦う理由はないはずだ。

特に勝平はうつ病がようやく回復し、引きこもりからも抜け出すことができたばかりのはずだ。

「…確かに、俺たちはガイゾックとの戦いで辛い目や悲しい目に遭いました…」

守るべき人達から受けた迫害、守れなかった人たち、地球を守るために死んでいった家族。

それらを3人は一日たりとも忘れたことがない。

「じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃんは俺たちを守るために死んじまった…」

「きっと、皆さんの助けがなかったら、みんな死んでいたと思います」

特に最終決戦では、旧ナデシコ隊の助けがあったおかげで、キラー・ザ・ブッチャーが操るガイゾック要塞であるバンドックを撃破することができた。

バンドックの放つ洗脳光線によって、ザンボット3が母艦であったキング・ビアルとの同士討ちをすることになってしまい、それをルリがオモイカネと共に行ったハッキングで止めてくれた。

そして、同士討ちによるダメージで行動不能になったザンボット3から分離し、特攻をかけようとした宇宙太と恵子を復讐鬼となったアキトが止めてくれた。

今、こうして生きていられるのは助けてくれた人達、そして守るために犠牲になった人たちのおかげだ。

「俺たちの命は、助けてくれたみんなからもらった命なんだ。だから、今度は俺が助ける。みんなを…世界を…」

勝平がザンボット3に再び乗り込み、恐怖を克服した大きな理由がそれだった。

駿河で火星の後継者とたった1人で戦うアキトの悲しい覚悟を知ってしまって、その悲しみから恩人である彼を救いたかった。

「了解だ、勝平。子ども扱いして悪かったな」

自分と同じ闘う覚悟を固めた人間なのだとわかった宗介は勝平に謝罪するとともに覚悟を固める。

そんな思いを背負った彼らを決してこの戦いの犠牲にするようなことはしないと。

「いいってことよ、兄ちゃん!これからは一緒に頑張ろうぜ!」

 

「ケッ、ガキが騒いでよぉ…」

神ファミリーと宗介達のやり取りを見るロザリーは悪態をつきながら、出されている料理を皿に乗せていく。

世界的な大企業である旋風寺コンツェルンの総帥である舞人が主催しているだけあって、アルゼナルでは見たことのない食材が数多く使われており、ロザリーはそれを食べるのに集中したかった。

なお、今のロザリーはパーティー前にヌーベルトキオシティで購入した黄色い長めのTシャツを着用している。

制服とライダースーツ以外に着る物がなかったため、休暇中やパーティーの時は自分で好きなものを着ていいというのは新鮮だった。

ただ、まだまだ外の世界に慣れていないアルゼナルのメンバーは少し他の面々とは距離を取っていた。

「ロ、ロザリー…」

「なんだよ、クリス。今、エビを取りたいのに…」

緑色のニットカーディガン姿になったクリスはロザリーの後ろに隠れていた。

「そ、外の世界って何か、怖いよね…。町には人がたくさんいて、見たことないものがたくさんあって…」

「びびってんじゃねえぞ!そんなふうな態度を取ってると、新入りに舐められるぞ!」

神ファミリーも戦った経験はあるようだが、自分にも幼いころからドラゴンと戦い続け、生き残ってきたという自負がある。

弱気な態度を見せ、彼らに舐められたらメイルライダーの名折れだ。

そんなロザリーの声が聞こえたのか、赤いジャケットを着た青い炎のような髪形の青年が歩いて近づいてくる。

「そう堅くならなくていい。ここでは誰も君たちを傷つけたりしないから」

「何だよ、てめえは」

見たことのない青年で、おそらくナデシコ隊がツテで合流したメンバーの一人だろうと予想し、舐められないようにと強気な態度で彼に尋ねる。

「僕は破嵐万丈、ダイターン3のパイロットだ」

「お久しぶりです、万丈さん」

アスランは頼れる人物が合流してくれたことを嬉しく思いつつ、万丈にあいさつする。

「知り合いなんですか、アスラン様」

「ああ…1年前に世話になったんだ」

「彼は3年前、メガノイドと戦っていたんだ。今は破嵐財団で各地の支援をしてくれているんだよ」

その財団はクライン派へも支援を行っており、同時にある理由で無国籍となってしまったアークエンジェル隊への支援も行ってくれた。

アスランとはオーブで一度顔を合わせており、そこではラクスとカガリによるテレビでのデュランダルへの反撃の根回しをしてくれた。

「自分からサイボーグになって社会転覆をたくらんだ一団を…そんな集団がいたなんて…」

アルゼナルでも欠損した手足を義手や義足にするケースはあるが、サイボーグになるというのは聞いたことがないため、サリアには想像できない。

今の彼女は女子制服姿で、真面目な自分を表現しているのか、ボタンも一番上まで閉じている。

「信じられぬことと考えるのは当然でございますが、事実なのです」

赤い蝶ネクタイと青の燕尾服、髭を生やした白髪の男性がサリアの言葉を断定する。

優雅な服装で、丁寧な言葉遣いな上にたたずまいは物静か。

前に読んだ本の中で出てきた執事そのものの姿にサリアは驚きの余り沈黙する。

「申し遅れました。わたくし、万丈様の執事、ギャリソン時田でございます」

イギリス人と日本人のハーフである彼は執事と名乗っているものの、ダイターン3の整備からパイロット代行、スナイパーといった執事の範疇を越えた働きを見せている。

どこでその技術を磨いたのか、そしてどのような形で知り合い、万丈の執事となったのかはいまだに謎が多い。

また、年齢が年齢であるにもかかわらず、家族がいないことも気になるところだ。

元ザフトのコーディネイターで、メガノイドに家族を奪われた復讐のために軍を離れ、同じくメガノイドを憎む万丈の元へ隠れ蓑として執事を務めているのではないかという話もあるとかないとか。

なお、ギャリソンだけでなく、茶色いロングヘアーで赤い口紅をつけている成人したばかりの女性、元インターポール予備校生で万丈のアシスタントを務める三条レイカやピンクの長そでの服装をした金髪の女性、同じくアシスタントのビューティフル・タチバナ(これが本名らしい)、更には茶色いモジャモジャな髪をした、勝平たちよりも年下らしい少年の戸田突太までいる。

執事に美人2人と子供1人という奇妙な組み合わせだ。

「執事って、お金持ちが雇っている人のことですよね!?」

「いかにも」

「すごい…!本当にそんな人がいるなんて…」

本の中だけだと思っていたものが現実に存在することにサリアは喜びを覚え、外の世界に出ることができたことを嬉しく思った。

「万丈の個人資産は未公開だけど、舞人にだって負けていないのよ」

火星から持ち帰った金やレアメタルを売却し、更にはそれを運用して巨万の富を得た万丈は噂では舞人を上回る資産を持っていると噂される。

そのおかげで破嵐財団ができ、各地への支援が可能となっている。

ただ、目的不明な活動もあり、それは万丈自らが指揮して行っているらしいが、多くの慈善活動からあまりそれは注目されていない。

なお、今回の件では破嵐財団も金銭的バックアップを行うことが決まったらしい。

「おまけに、旋風寺コンツェルンの筆頭株主で、勇者特急隊の顧問兼任のスポンサーよ!」

「か、金持ち…」

「世界一レベル…」

レイカとビューティの紹介にロザリーとクリスは万丈がどれだけ雲の上の人物かを想像してしまう。

まだ20代前半の若者でそんな成功を収めるとはもはや漫画だ。

「あらあら、2人ともメロメロね」

アスランの時のように呆けた表情を浮かべる2人を、オレンジの長そでセーターを着用したエルシャが面白そうに眺めつつ、出ている料理から今度アルゼナルに帰るときに幼年部に出す料理のネタを考える。

いつか彼女たちと一緒に、当たり前のように外の世界に出ることができることを願いながら。

「これからは僕も、君たちと一緒に戦う仲間だ。新入りではあるけど、よろしく頼むよ」

「はい、よろこんで!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

ほぼ即答であいさつし、万丈の加入を歓迎する。

「この変わり身…」

「文字通り、現金ね…」

さすがはアルゼナルでも筋金入りの守銭奴というべきか、まるでアスランから鞍替えするような2人の態度をシンとルナマリアはあきれるを通り越して、どこか感心してしまう。

「わぁ…こんなにおいしいプリンがあるんだ…」

「ほら、ナオミ!!これお寿司って言うんだね。とてもおいしいよ!!」

「こんなの…生まれて初めて…」

ナオミ達3人は生まれて初めて見る料理の数々に舌鼓を打つ。

ココは黄色いフレアスカートを中心に明るい色彩の服で、ミランダは野球帽と赤と白のトレーナーにスカートを着ている。

ナオミは黒のTシャツに城のホットパンツをしていて、上着として青いジージャンに袖を通している。

ここまでは、ソウジ達にとっては初対面の面々ばかりだが、1人だけ、彼らの探していた仲間がいた。

「鉄也はあの万丈のところに厄介になっていたんだな」

「転移直後に保護してもらった。損傷したグレートマジンガーも修理をしてもらったぞ。最も、ダイターン3の資材を利用して直したから、本調子とはいかないがな」

この世界にも、グレートマジンガーの装甲の素材を作る技術がなかった。

だからといって、グレートマジンガーは自分の記憶の手掛かりであり、捨てるわけにもいかなかったので、そうした措置を取るしかなかった。

その恩から、万丈と行動を共にすることになり、ナデシコ隊と一緒にいるトビアと再会した。

転移によって、仲間たちと離れ離れになったのは痛かったが、それでも鉄也には得るものがあった。

(あの転移の衝撃で少しだけ思い出した…。ゲッターロボ…あれは災厄を止める鍵になる。俺と彼の本来いる世界は同じだ。災厄を止めるためにも、俺は竜馬と共にあの世界へ還らなければならない…)

万丈と行動を共にする間、ヤマトの情報を集めはしたものの、結局空振りに終わった。

そうなると、鍵になるのは火星の後継者の手に落ちたヤマトで、そこに竜馬とゲッター1もいるはずだ。

「記憶は…どうなんですか?」

「あ、ああ…。少しだけ戻った。俺はどうやら、竜馬と同じ世界の人間のようだ。そして、俺には使命があるはずだが…そこはまだ分からない」

「火星の後継者との戦いも控えてますし、少し気を楽にしましょうよ」

「…そうだな」

「そういやぁ、お前、舞人のコーチをやってるんだってな」

「ああ、万丈に頼まれた」

「で、どうだ?弟子を持った感想は」

「悪くない。あいつは十分すぎる才能がある上に強い意志がある。強くなるぞ」

パイロットとしても技量、戦士としての銃の扱いや身体能力。

どれもかなりのセンスで、コーチとして指導する中でも鉄也から学習したものをどんどん飲み込んでいった。

勇者特急隊の名は伊達ではないことを肌で感じた。

「エースのジョーが現れたと聞くが、お前がコーチなら心配ないな」

エースのジョー、雷張ジョーは日本で舞人が出会ったパイロットで、なぜか彼の目の敵にされることになった。

飛龍という戦闘機への可変機能を持つ人型戦闘ロボを操る彼の技量は舞人以上で、鉄也や万丈とも互角だった。

その時の戦闘でトライボンバーが負傷し、現在は火星の後継者への戦いに備えて改修が行われている。

参加者それぞれが再会と出会いを楽しむ中、舞人が会場に入ってくる。

「みんな、再会や新しい出会いで盛り上がっているみたいだな」

「おかえりなさい、舞人さん」

「お疲れ、舞人」

いずみから飲み物を受け取り、トビアからのねぎらいの言葉に舞人は笑顔で答える。

「本当によかったのか?お前だけ出撃させて…」

舞人が遅れて会場に到着したのは、ヌーベルトキオシティで問題が発生したためだ。

彼が固辞したとはいえ、1人だけ出撃させることになってしまったため、ジュドーは心配していた。

「ピンチになったら連絡するって言っただろう?それがなかったから、大丈夫ってことだ。敵はホイ・コウ・ロウが送り込んだ戦力が少しだけだったから」

その機体は青戸工場付近に出現し、マイトウィングとガインだけで交戦したが、敵はパオズー3機だけで、コアを破壊するという攻略法をつかんでいた舞人とガインだけでどうにかすることができた。

「ボンバーズが修理中なんだ。勇者特急隊隊長の俺が頑張らないとな」

「その意気だ、舞人。常に緊張感を忘れるな」

「はい、鉄也さん」

「でも、私たちにも頼ってよね。何より、新戦力が加わった二つの部隊が合流したんだから」

神ファミリーやアルゼナル、オーブとザフトのガンダムに破嵐財団、そしてグレートマジンガーが合流したことで、戦力が拡充した。

火星の後継者とも存分に戦えるだけの体制が整っていた。

それは舞人にとって、いざというときに頼れる仲間がいるということにもなる。

「ありがとうございます、チトセさん」

笑顔でチトセにお礼を言う舞人はパーティーに参加している面々を見て、多くの味方がいることを実感する。

だが、同時にアキトから受け取った情報から、相手が火星の後継者だけで済まない可能性も感じていた。

(火星の後継者のバックにいる巨大な悪…父さんと母さんを暗殺したのが奴らなのか…?)

舞人の両親は表向きでは事故死として扱われているが、本当は暗殺された。

列車事故に偽装し、関係ない人を大勢巻き込んだうえで。

勇者特急隊として、人々を守る使命があるが、いつかは両親やその事故で人生を狂わされた人々の無念を晴らしたいとも思っている。

火星の後継者とそれには何か繋がりがあることを、駿河湾で一時共闘したアキトから知らされた。

同時に、アキトの身に起こったことも明らかになった。

彼はユリカと共にシャトルの爆発事故に偽装した北辰衆の策略によって連れ去られた。

ユリカは火星の後継者にさらわれ、彼らが手に入れた演算ユニットに組み込まれてしまった。

そして、アキトは攫われたほかのA級ジャンパーと共に改造実験の道具にされてしまった。

実は2人が拉致された時期にA級ジャンパーが次々と攫われる、もしくは殺害される事件が相次いでおり、殺害されたジャンパーの中にはアキトとユリカの仲間の1人であるイネス・フレサンジュも含まれている。

その実験は過酷で、一緒に実験を受けたジャンパーたちが次々と死んでいく姿を間近で見せられた。

ネルガルの警備部門であり、会長直属の部隊であるネルガルシークレットサービスによって救出されたとき、実験を受けたジャンパーの中で生き残っていたのはアキトだけで、彼は改造の影響で五感の大半を失っていた。

その後はユリカを取り戻すため、そして自分たちの幸せを奪った北辰衆ら火星の後継者に復讐するために、かつては木連に所属していた月臣源一郎の指導で木連式・柔をはじめとした体術と機動兵器操作技術を磨いていった。

月臣は熱血クーデターを起こした後、木連からは、特に草壁を信奉する派閥からは裏切者とされ、命を狙われたことからネルガルに保護され、シークレットサービスの一員に加わってテストパイロットなどを務めている。

また、アキトは人体改造の影響でIFSに不具合が生じることから新たな機体制御システムであるリアクトシステムの施術を受け、それらのおかげで北辰衆ともまともに戦えるだけの力を手に入れた。

ただ、月臣の話によると、リアクトシステムは感覚器官を機体のセンサーに置き換えることで、生身の身体を動かす感覚で操縦が可能になる。

また、疑似的にはなるが、戦闘に必要な最低限の五感を取り戻すことにもつながるものの、大きなリスクが存在する。

精神的な負荷がIFSとは比べ物にならないくらい大きく、そのためネルガルでは開発を中止していたとのことだ。

施術には月臣だけでなく、ネルガル会長のナガレや彼の秘書であり、秘書を務めるエリナ・キンジョウ・ウォンも反対したが、アキトの強い意志に根負けした。

彼が乗っていたブラックサレナは3年前にアキトが乗っていたエステバリスの改良機に増加装甲を搭載したもので、ネルガルシークレットサービスが極秘裏に開発したものだった。

アキトは視力補佐の黒いバイザーとマッスルスーツの機能を持つ黒ずくめの衣装を身にまとい、ブラックサレナで火星の後継者に関係する施設や組織への破壊工作を行った。

復讐の邪魔となる相手を連合だろうと木連だろうと殺していきながら。

アキトがルリ達に自分の生存を伝えなかったのはその復讐に巻き込まないため、そして変わり果てた自分を見せたくなかったからだろう。

五感の大半を失ったアキトはもはや、夢である料理人になることをあきらめていた。

だからなのか、再会したとき、ルリに『かつての天河アキトが生きた証』として、いつかラーメン屋を開いて看板メニューにしようと考えた『天河特製ラーメン』のレシピを渡した。

これまでの自分と決別するかのように。

(アキトさん…信じています。復讐鬼になったつもりのあなたの中に、まだかつてのあなた、3年前のあなたが残っていることを…)

 

-アジアマフィア 秘密工場-

「…やりましたね、ホイ様」

真新しい機械をいくつも置いた地下工場で、チンジャは笑いながら先ほど入手したばかりのデータが入ったメモリを握りしめる。

「フホホホ、勇者特急隊め、今頃、勝利の美酒に酔っているころネ。さっきの攻撃が、お前の超AIの秘密を探るためのものだったとは知らずに…」

「戦闘中にマイトガインにとりつけたデータ収集装置で奴のすべてを知ることができました…」

さっそくチンジャはパソコンにメモリを取り付けて、手に入れたデータを見始める。

このデータ収集装置の見た目はゴキブリだが、正体は高性能なデータ収集機能がついたもので、データ収集・転送後は自爆して廃棄するため、証拠もほとんど残らない。

今のホイにとってはパオズー3機は小銭レベルの損失でしかない。

それよりも重要な戦闘データと超AIのデータをこうして手に入れることができた。

今は中国から招集したアジアマフィアの技術者にそのデータを元に超AIの開発を行わせている。

原料である火星の液体金属は既にスポンサーから特別に提供されているため、材料については問題ない。

今回手に入れたデータを流用することで、アジアマフィア製の超AIが完成する。

「これで天下無双、史上最強、国士無双のブラックガインが完成するネ!」

超AIのコアユニットが先ほど完成したばかりの黒いガインともいうべき武装ロボットに搭載される。

あとはチンジャがパソコンから起動命令プログラムを打ちこめば、ブラックガインは起動する。

「では、いきますホイ様!ブラックガイン、起動!そして、その時こそ、我らの時代が始まります!」

プログラムが入力され、ブラックガインのツインアイが淡く光り始める。

「さあ叫べ、ブラックガイン!誕生の産声を上げるのだ!獅子よりも強く叫ぶが良い!!」

プログラム入力を終えたにもかかわらず、ブラックガインの光り始めたはずのツインアイの光が消え、沈黙する。

「あれ…?おかしいですね。これで問題なく起動するはずですが…」

プログラムを調べるが、超AIは人間の脳と同じかそれ以上に複雑で、チェックするだけでも膨大な時間がかかる。

超AIを量産できない最大の理由がそれで、おまけに一つとして同じAIにすることができないこともあり、規格統一すらままならない。

動かないブラックガインにホイは苛立ちを覚える。

「仕方ないネ。電圧最大の電気ショックで無理やり起こすネ!」

「そんなことをしたら、機体が持ちませんよ!」

「かまわん!やるネ!」

「は、はい!!」

上司であるホイの命令には逆らえず、チンジャは技術者たちに指示を出す。

すぐに電気ショック装置がブラックガインの頭部に取り付けられ、出力も最大で設定される。

これのスイッチを押したらどうなるか、チンジャには想像もつかない。

超AIが壊れるだけならまだいい。

もしAIが暴走したら、今のこの工場にはブラックガインを止められる武装ロボットがなく、あるのはワークローダーなどの作業用機械だけだ。

真っ先に自分たちが殺されることになるかもしれない。

運を天に任せるような気持ちで、チンジャはスイッチを押す。

膨大な電気がブラックガインの頭から体へと駆け巡る。

それでも、ブラックガインは動き出さず、次第に電気ショック装置に重い負荷がのしかかる。

「機材が爆発します!ホイ様!!」

ホイをかばうようにチンジャが前に立った次の瞬間、電気ショック装置が爆発する。

そばにあったのかの機材も巻き添えを食らう形で爆発し、巻き込まれた技術者たちが吹き飛んでいく。

爆発が収まり、工場内が煙に包まれる。

「ゴホ、ゴホ…大丈夫ですか?ホイ様…」

「だ、大丈夫だ。チ、チンジャ!?」

「ああ…」

煙の中、大きなシルエットが動き出すのが見えた。

腕を振って煙を払い、そのシルエットの正体であるブラックガインが姿を現す。

「…降臨、ブラックガイン!」

「奇跡だ…奇跡が起こった!!」

ついに目覚めたブラックガインに技術者たちが驚く中、ホイは狂ったように笑い始める。

「ヌハハハハハハ!!ブラックガイン、お前の力でマイトガインをギッタギタのグッチョグチョにしてやれぇぇ!!」

 

-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-

「また爆発が起こったよ、姉ちゃん!!」

メガロステーション近くのビルに避難したテツヤは屋内にも聞こえる爆発音に驚き、姉であるサリーを気にかける。

20分くらい前に街中で急に爆発が起こり、今はバイトへ行こうとしていたサリーと共にこのビルに避難した。

「う、うん!」

「なんで爆発が起こるんだ?」

「それが、道路工事中に地下の送電ケーブルを傷つけてしまって、そこから火が出ているようだ」

特に大都市であり、世界の鉄道網の心臓部と言えるメガロステーション周辺は膨大な電力を使っており、送電ケーブルの数も送られる電気の量も多い。

何らかのミスで送電ケーブルを傷つけたがために大きな事故が発生することもある。

ケーブルが焼き切れて、ついにビルの電気が消える。

「ここにいたら危ないんじゃ…」

「かといって、外に出たら爆発に巻き込まれるぞ!?」

避難した人々が外に出るべきか否かの口論を始める。

(舞人さん…)

サリーは消防よりも勇者特急隊の、舞人がやってくるのを願った。

それが通じたのか、マイトウィングとガイン、そしてガードダイバーがやってくる。

しかし、ガードダイバーのバックパックにはフォースインパルスのシルエットのような形をした追加スラスターが装着されており、飛行していた。

地上に降り立つと、分離して5機の武装ロボットへと変化する。

そのうちの1機は人型ではなく、スペースシャトルを模した飛行機のままだった。

「ダイバーズは消火を!」

「了解です。さあ、スペースダイバー、しっかり人助けをしましょう!」

「…」

スペースシャトル型のダイバーズ、スペースダイバーはファイアボンバーの言葉に一言も答えず、まずは爆発したビルの上層部に取り残されている人々の救出へ向かう。

「まったく、無口な奴だな」

スペースダイバーは宇宙での人命救助を想定して開発された新たなダイバーズで、彼がガードダイバーと合体することでスペースガードダイバーとなる。

宇宙での運用が可能になり、飛行も可能にする彼の存在はダイバーズの力を強めてくれる。

だが、礼儀正しく冷静なダイバーズの中でも超がつくくらい寡黙で、全員彼がしゃべったところを見たことがない。

だが、初陣にもかかわらず円滑に飛行ができているうえに、今は救助した人々を機体の左右にある救助用ランチユニットに収容している。

仕事ができるのは確かだろう。

その間にファイアボンバーは消火活動をはじめ、他のダイバーズもビル内外の人々の救助活動を始める。

「ガイン!俺たちも一緒にビルに逃げ遅れた人たちを助けに…」

「待て、舞人!何かがいる!」

「何!?」

南から黒い新幹線がこちらへ向けて走ってきており、舞人達の姿を確認した瞬間、変形してその正体を露わにする。

「黒い…ガイン!?」

なぜガインそっくりの武装ロボットがいるのかと舞人は驚きを隠せなかった。

「我が名はブラックガイン!最強の戦士!」

「しゃべった…自分の意志で…。まさか、超AI!?」

「馬鹿な…あれは勇者特急隊でしか作れないものだぞ!?それをどうやって…まさか!!」

「そう、そのまさかネ!」

オープンチャンネルでホイの声が聞こえてくる。

上空にはヘリコプターが飛んでおり、その中でホイはマイクを使って舞人達に通信を送っていた。

「驚いたか勇者特急隊!これが、これこそが私の切り札ネ!」

「おい、黒い勇者特急隊のロボットだ?」

「なんだよ、偽物なのか??」

ブラックガインの登場で、安心感が出ていた人々の中に一抹の不安が宿る。

最近ヌーベルトキオシティを中心に事件を起こしているアジアマフィア総帥のホイの声もあり、余計にその不安を掻き立てる。

「さあ、ブラックガイン!お前の力を見せてやれ!」

だが、通信を割り込むように爆発音が響き渡る。

「く…爆発が広がっている!?」

「ガイン!ブラックガインの相手は俺がする!お前はビルを支えるんだ!」

「了解!」

爆発によってぐらりと揺らぐビルをガインが支え、マイトウィングがブラックガインに向けて照準を合わせる。

ホイのあの自信を見て、少なくとも性能はガインを上回っている可能性が高い。

マイトウィングでどこまでやれるかは分からないが、ビルにいる人達を助けるためには今、自分が戦うしかない。

ブラックガインは直進し、舞人はバルカンを発射するためにトリガーに指をかける。

しかし、ブラックガインはなぜか舞人を素通りする。

そればかりか、ガインの反対側に立ち、ビルを支え始めた。

「何!?」

「こちらは任せろ、ガイン!お前はそちら側を支えるんだ!」

「お、おお…」

ホイに作られたはずのブラックガインがなぜ手伝ってくれるのかわからないガインだが、ガイン1機で支えるよりも時間稼ぎになるため、ここは応じることにした。

舞人も、ダイバーズたちもなぜブラックガインが助けてくれるのか、分からない。

「…同じ、彼…僕たちと…」

「何!?」

「スペースダイバー、本当なのですか!?…というよりも、しゃべれたのですか!?」

「…」

「また、黙ってしまいました…」

「な、何をしているんだ!?ブラックガイン、お前は悪の戦士だ!さっさとガインを片付けろ!」

ガインを倒すために作ったはずのブラックガインがなぜガインと共に救助活動を行っているのか、ホイには分からなかった。

完璧に作ったはずの超AIが誤作動を起こしているのか疑わしく思い、チンジャを見る。

チンジャは正常であることを伝えるかのように、首を横に振った。

「何を言うか!私は正義の戦士だ!」

「なんだとぉぉぉぉぉ!?」

「ホイ・コウ・ロウ様…ひょっとして、ガインの正義の心までコピーしてしまったんじゃ…」

超AIは人格そのもので、どこからどこまでが力なのか、そしてどこからどこまでが心なのかの線引きができない。

そのため、技術者たちはどのように調整すべきか考えたが、ちょっとでも誤れば動かなくなるデリケートなもののため、実はそのまま搭載していた。

その結果、ガインの戦闘データ+正義の心を100%入れてしまった。

「…ハ、ハハハ、アハハハハ!!当てが外れたな、ホイ・コウ・ロウ!」

「お、おのれぇぇぇぇ!!このままで済むと思うなよぉぉぉ!!」

みすみす勇者特急隊に新しい仲間を献上する形になってしまったホイは悔しそうに叫びながら逃げ帰ってしまった。

その後、救助は続けられ、無事に死者を出すことなく救出が成功し、後のことを消防に任せた勇者特急隊は新たな仲間であるブラックガインと共に青戸工場へ帰還した。

 

-青戸工場 地下工場-

「ありがとう、ブラックガイン。お前のおかげでけが人を出すことなく、人々を救助することができた」

「当然のことをしたまでだ」

ガインとブラックガインは握手を交わし、お互いの正義の心を確かめ合う。

まるでドッペルゲンガーと会っているような感じがするが、ガインにとって、意気投合できる仲間ができることは舞人にとってうれしいことだ。

次第に話が今日の救助活動の反省へと変化していく。

「窓から人を降ろすときはもっと優しくやらないと。急におろしたら手から離れてしまうぞ」

「そ、そうか。となると、このくらいのスピードで…」

「ガインの奴、すっかり兄貴風吹かせて…」

「そりゃあそうだよ。今調べたけど、ブラックガインはガインと全く同じ超AIなんだ。兄弟みたいなものなんだよ」

「浜田さんの言う通りです。オモイカネと一緒に分析した結果は同じでした。考え方も同じなのですが、経験が圧倒的に足りていないみたいですね」

「生まれたばかりの赤ん坊ということね」

超AIは経験を積むことで自己変化を起こし、成長していくが、ブラックガインのものは初期状態に近く、変化の形跡がほとんどない。

だが、逆に言えば経験を積むことで、これから勇者特急隊として大きな戦力になることができる可能性を秘めている。

「我々と一緒に戦っていくためにも、訓練が必要ですね」

「それなら、既にコーチ役が名乗りを上げているわよ」

苦笑いするスメラギはさっそくブラックガインに語り掛けているマオに目を向ける。

彼女の訓練については宗介とクルツから聞いているが、正直に言うと真似をしたくないものだった。

「要するにブラックガインは新兵だ。我々の教育が、今後の彼の人生…いや、ロボット生を左右することになる」

「イエス・マム!」

宗介の訓練という名の遊びに付き合った時のようにヴィヴィアンが悪乗りしてくる。

「彼に最強の兵士になってもらうべく、ここはマオ姐さん特製の海兵隊式訓練法で…」

「やめてぇぇぇぇぇ!!マオさん、それは絶対にやめて!!」

「なんでよ!?」

かなめの必死の制止の意味が分からないマオは困惑する。

かなめの脳裏に浮かんだのは二子玉川の悪夢という自分がいた世界の高校ラグビー界の歴史に残ってしまった大事件だ。

自分が過ごしていた高校には公式戦で何十連敗もし、試合よりもボランティア活動に注力しているラグビー部が存在し、職員会議で廃部を検討されていた。

そんな中で生徒会が生徒による自治権の侵害になるとして抗議し、協議した結果、次にある硝子山高校との練習試合で勝利した場合、当面の廃部を見送り、敗れれば即廃部という結論となった。

そこでラグビー部改革を行うため、ラグビー部にはかなめと宗介が送り込まれることになった。

そこで明らかになったのは、オトメンがあふれ、虫も殺せないような温厚な性格の男たちの巣窟という実態だった。

練習も怪我が怖い、誰かを傷つけたくないという理由から熱心とはいいがたい内容で、かなめはさじを投げたくなった。

だが、今後の方針の話し合いをする中で、硝子山高校のラグビー部達が挑発してきて、その結果かなめが先に手を出す形で乱闘が発生した。

その結果、ラグビー部は一方的に痛めつけられ、プライドを傷つけられたことから勝ちたいという思いが生まれ、そこから過酷な特訓の日々が始まった。

宗介は1週間近く学校を休ませたうえで、近くの野山で泊まり込みで特訓を行うことになった。

丸太を担いで何周も走ったり、自分たちで作った槍で相手選手を模した人形を突き殺す訓練をしたり、ボールをもくもくと磨き続けさせられたり、海兵隊式の訓練をしたりと…。

そこで宗介は常に彼らを罵倒し続け、人間扱いすらしていなかった。

その元ネタがマオの訓練マニュアルだ。

そして、ラグビー部は生まれ変わった。

優しさをかなぐり捨てた戦闘マシーン集団として。

彼らは試合で相手チームを殺す気でボールを蹴り、タックルをするなどルールにのっとった暴力を繰り広げた。

その結果、大勢の観客が見守る中で硝子山高校ラグビー部は負傷退場者を続出させ、最終的に大敗に喫した。

硝子山高校はその後、敗戦のショックにより長期間にわたる成績不振となったという。

その悪夢の元凶となったマオの教育を絶対にブラックガインにさせてはならない。

殺す気で救助活動と悪党退治をやって、町を滅茶苦茶にする光景が想像できる。

「じゃあ、兵士としてよりも前にまずあの子に品性というものを学んでもらうのは?」

白いワンピースを着用したアンジュがかなめの代わりに対案を提示する。

メイルライダーになったとはいえ、皇女時代に身に着けた礼儀作法は頭に残っており、教えることくらいはできるだろうと考えていた。

「ハッ、元お姫様のイタ姫が言っても、説得力がないね!」

相変わらずアルゼナルの制服姿のままのヒルダが小ばかにするように笑う。

カチンとくるアンジュはさっそく反撃のセリフを思いつき、悪い笑みを見せる。

「育て方が悪いと、ひねくれ者になっちゃうから。誰かみたいに」

「あたしの育ちに文句でもあんのか!?」

「やめなさい、2人とも。そういういがみ合う姿は、あの子の教育に悪いわ」

サリアに諫められるのを見たかなめはもうアンジュの案は不可能だと判断した。

だとしたら、先生役を誰にすればいいのかと考えに考えるが、なかなか頭に浮かばない。

「生活力っていうなら、ジュドーかトビアがいい先生役になるんじゃないか?」

「ジャンク屋と海賊か…生きていく力は身につきそうだね」

「でも、勇者特急隊に求められる能力かって考えると疑問符がつくわね」

ブラックガインがこれからやるのはジャンク屋でも海賊でもなく、勇者特急隊だ。

悪党退治ならともかく、人命救助に役立てることができるかわからない。

「俺たちが教えられるとしたら、ジャンク集めや機体整備…」

「あと、戦い方だよな…」

「駄目駄目!戦うことしか知らない人間って、周囲に迷惑をかけるだけだから!!」

その多大な迷惑を身近で受け続けていたかなめが必死に2人を止める。

刹那がそうなのか?と言わんばかりに少し目を大きく広げていたが、それを無視してかなめは学校での事件を思い出しながらその危険性を流暢に語る。

「平和な暮らしが、たった1人の人間の存在で爆発騒動が日常茶飯事になる…そんな不幸な犠牲者を二度と生まないためにも、彼にはちゃんとした教育を!!」

「おーい、こっちで1人、どん底まで落ち込んでるやつがいるぞ」

シンの言葉はハッとしたかなめだが、もはや手遅れだった。

無表情となり、目からハイライトが消え失せた宗介が顔を下に向けていた。

「ご、ごめん、ソースケ…ちょっと言い過ぎた」

「ちょっとって、範囲になるのかしら…それ」

「俺は…厄介者、足手まとい、お荷物、要らない子…心臓へ向かう折れた針、巨大な不発弾…」

あまりのショックでどこかの異能者のことまで口走る始末。

しばらくかなめに平謝りされ、ようやく元の調子に戻った。

「俺も千鳥の意見に賛成だ。最強の兵士である前に、まずは人間として…もといロボットとしての基礎教育が必要だ。ならば、教育係は同じロボットが行うのが最適だろう」

「同じロボット…ああ、それなら!!」

宗介の珍しく真っ当な意見に心から賛同したかなめはさっそく人選を始める。

そして、ブラックガインの前に教師となる面々が集まった。

「初めまして、ブラック。私はアル。アーム・スレイブ、アーバレストのAIを務めております」

「君も、私たちと似たようなものなのか?」

「技術系統は違いますが、似たようなものです」

「私はナイン。ブラックさん、あなたの教育係を仰せつかりました」

「君は人間ではないのか?」

アルはともかく、ナインに関しては見た目は完全に人間の少女そのもので、ブラックガインは驚きを見せる。

「諸事情で、このような姿になっています。ですが、あなたと同じAIです」

「よし…ではブラック。私とアル、そしてナインでお前を鍛えるぞ」

「望むところだ!」

さっそく3人によるブラックガイン教育が始まった。

まずはアルとガインによる模擬戦と救助活動の手順やけが人の輸送方法などのレクチャーを行い、ナインによる敵武装ロボットや以上が発生した機械の解析の訓練を行う。

楽しそうにその訓練を受けるブラックガインを見たアンジュは笑みを見せる。

「妥当な先生役じゃない」

「はい…見ていて、とても微笑ましいです」

「でも、あの腹黒マフィアが虎の子に逃げられて黙っているとは思えないぜ」

間抜けな裏切られ方をされたホイだが、彼はアジアマフィアの総帥。

死の商人として巨万の富と地位を得た彼がこのまま引き下がるはずがないとリョーコは踏んでいた。

おそらく、それは何度も戦っている舞人も分かっている。

「けど、俺たちは負けませんよ。もちろん、ブラックも…」

「決めてくれるぜ、舞人の兄ちゃん!」

「僕たちも舞人のフォローをして、ブラックを守ろう」

「じゃあ、僕は別方向からブラックのための訓練を…そうだ!ブラック!言語能力のテストはどうだい?」

「言語能力…?」

アルと模擬戦を行っていたブラックガインは浜田の申し出が気になり、首をかしげる。

まだ起動したばかりとはいえ、ブラックガインの超AIにはガイン達と同様に日本語や英語、中国語にアラビア語、標準語といったこの世界のほとんどの言語を記憶している。

そのため、しゃべったり理解したりするのにはあまり問題はないと自負している。

だが、浜田の試す言語能力はもっと別のものだ。

「じゃあ、いくよ。特許許可する東京都特許許可局!言ってごらん!」

「特許許可する東京都特許許可局」

「特許許可する東京都特許許可局」

アルとガインはスラスラと早口で言い切ることに成功する。

ただ、ナインは意味が分からないようで首をかしげる。

「地球連合が樹立した際、行政区分の変更がされているため、そのような機関は存在しません」

「そ、そういう問題じゃなくて…」

まさかの斜め上の答えにさすがの浜田も困惑する。

「ナイン、これは早口言葉だ」

「同じような言葉が並んでいるから、発音しづらいんだよ」

舞人の言う通りで、メンバーの中でもブラックガインと一緒に早口言葉をやり始めていた。

しかし、勝平とキラ、ジュドー、サリアは全くいうことができなかった。

「さあ、ブラックもやってごらん」

「と、きょ…許可する…きょ、きょか…」

「まだまだだな」

「うう…これは超AIへの負担が大きい…」

高速で発音データを整理し、言わなければならないため、記録している音楽を流す以上に負荷がかかる。

アルはネットで知識を収集する中で、ガインは何度も練習して早口言葉ができるようになった。

普通にしゃべる以上に負担がかかるのは変わりないが、それでも問題なく言うことができる。

そんな中で、警報音が鳴り響き、大阪が駆けつける。

「大変だ、舞人君!アジアマフィアの武装ロボが町を攻撃している!」

「奴の狙いは俺たちをおびき寄せることか…」

相手の目的は分かっているとはいえ、町の人々を放っておくわけにはいかない。

「どうする?舞人。メンテ中のため、出せる機体は多くないぞ」

パラメイルは宇宙戦闘に備えた回収をしている途中で、どれも出撃できない状態だ。

ダイターン3は出撃するとしても、街中で人型の状態になるわけにはいかず、戦うとしてもダイタンクのみだ。

他にも、合流するまでの戦いで損傷もしくは消耗している機体も少なくなく、出撃できるとしたらヴァングレイ、勇者特急隊(もちろん、トライボンバーは不可能)、ダイターン3、ザンボット3とガンダムチームのガンダムのみだ。

また、勇者特急隊のイメージを傷つける可能性があるため、ソレスタルビーイングのガンダム達は本当に必要となる場合まで出撃できない。

「ならば、私も戦う」

「駄目だよ、ブラック!ホイはきっと、君を目の敵にするよ!」

狙いはブラックガインなのはわかり切った話だ。

これではわざわざ相手の罠に飛び込んでしまうようなもので、それはさすがに避けたかった。

だが、やはりガインの超AIのコピーのためか、首を横に振る。

「それでも行く。私も勇者特急隊の一員なのだから…」

「分かった…ブラック、出撃してくれ!」

「了解だ!」

「ブラック、これを持っていけ」

ガインはブラックガインに共通装備であるレスキューナイフを手渡す。

「これで、名実ともに勇者特急隊の一員ということだな」

「そうだ。これは傷つけるものである以上に、誰かを助けるために使う道具だ」

「肝に銘じておく、ガイン」

 

-ヌーベルトキオシティ レインボーブリッジ付近-

パオズーや赤く塗装されたユニオンリアルド、ティエレンなどの旧型モビルスーツの集団がレインボーブリッジを封鎖し、外部からの侵入を防いだうえで布陣を組んでいた。

どのモビルスーツも、アングラな市場に流れていたものをアジアマフィアが仕入れて、内戦が続く中国の各軍閥に売っているものだ。

その布陣をホイとチンジャは黒い小型飛行機の中で眺めていた。

「ホッホッホッ、来るがいいネ、勇者特急隊。そして、ブラックガイン。その時こそ、お前たちの最期ネ」

うるさい警察はガバメントドッグを出撃させるが、中国から密輸した武装ロボットたちの敵ではない。

まだ逃げ遅れている人々がいるこの状況を勇者特急隊が無視するはずがない。

つまり、この状況ができた時点で彼らの中では勇者特急隊は既に詰んでいる。

「ホイ様、見えました。勇者特急隊です」

「よぉし…」

マイトガインとスペースガードダイバー、ブラックガインにヴァングレイ、グレートマジンガーにザンボット3、アーバレストがこちらへやってくる姿が飛行機のモニターに映る。

そろいもそろって、こちらの切り札を持ってきてくれたことをホイは喜んでいた。

「そこまでだ!ホイ・コウ・ロウ!」

「勇者特急隊が相手になるぞ!」

スペースガードダイバーが救助活動をはじめ、周囲への被害を最小限にとどめるべく、各機は接近戦に持ち込む。

「ユニオンリアルド、AEUヘリオン、ティエレン…。いずれも旧型モビルスーツです」

「アジアマフィアの野郎、日本にそんなもんを密輸するんじゃねえ!」

地上にいるモビルスーツ達がヴァングレイたちに向けて発砲し始める。

「奴らは何を考えている!?街中で不用意にライフルを使うなど!!」

マイトガイン達の背後には逃げている住民がいる。

そんなこともお構いなしに発砲する彼らを許せず、ブラックガインはレスキューナイフとブラックガインショットを手に突入していく。

「ブラックガイン!うかつに前に出るな!!」

「ソウジさん、チトセさん!飛んでいる機体を頼みます!」

「了解だ、いくぜ!!」

上空を飛ぶヴァングレイは飛行しながらリニアライフルを発射するユニオンリアルドに向けてビーム砲を発射する。

だが、ユニオンリアルドは一気に高度を下げて連射されるビームを回避し、反撃のリニアライフルを発射するが、ヴァングレイはシールドで受け止める。

「できるな…ってことは、手練れか!?」

アジアマフィアはピンクキャットやヴォルフガング一味とは異なり、大々的に死の商人を行う世界的な犯罪組織だ。

そんな彼が傭兵を持っていたとしても不思議ではない。

人手なら、1年前の戦争が終わったことでリストラされた人やアロウズ所属という前科で冷や飯を食わされている軍人など、得ようと思えばいくらでも集めることができる。

彼らを囲い込み、その操縦技術をアジアマフィアの戦闘員たちに学ばせることで、アジアマフィアそのものの軍事力を高め、より国やほかの軍閥たちへの抑止力になる。

ただ、操縦技術は短期間で学べるものではなく、ある程度実戦もこなさないと習得できないため、当面は前線を傭兵に頑張ってもらう形にせざるを得ないのが現状だ。

「けどよぉ、こっちも1人ってわけじゃあねんだよ!」

地上からバスターミサイルが飛んできて、死角を取られる形になったユニオンリアルドの上半身に命中する。

地上にはザンボット3がいて、その機体が足に内蔵されたミサイルを発射していた。

被弾したユニオンリアルドは上半身を強制排除し、下半身だけで戦線から離脱していった。

「ナイン!万丈に敵の位置を知らせろ。後方支援だ!」

「はい!!」

 

「よし、ヴァングレイからの通信だ。敵の位置は…いいな…」

海上でホバーするように浮かんでいる全長80メートルの巨大戦車、ダイタンクがヴァングレイから受け取った敵の位置を把握していく。

船舶は付近を航行しておらず、発射の反動の影響を心配する必要はない。

照準を合わせると、万丈はトリガーを引き、砲台から徹甲弾を発射する。

ダイターン3の状態でも使用できるレッグキャノンだが、ダイタンクになればより精密な射撃を行うことができる。

発射された徹甲弾は上空を飛ぶユニオンリアルドを貫通し、向かい側の海に落ちる。

巨大戦車から発射された弾丸を受けて無事で済むはずがなく、ユニオンリアルドはバラバラに吹き飛び、無残な姿を地上へと落としていく。

「恨んでくれていいよ…。だが、戦う以上はこうなることも覚悟していただろう?」

犯罪組織であるアジアマフィアに雇われている以上、彼らに何らかの事情があったとしても、万丈にとっては知ったことではない。

万丈は次の敵の照準を合わせ、町に銃弾が落ちないように発射コースの設定を行った。

 

「はあああ!!」

ブラックガインがティエレンが発射するライフルをジャンプして回避し、真上からレスキューナイフを突き立てる。

コックピットギリギリのところで突き刺しており、無事だったパイロットは機体を捨てて逃げ出していく。

「アジアマフィアめ…狙いは私だろう!?狙って来い!!」

これが自分への罠であると理解しているブラックガインは上空にブラックガインショットを発射しながら叫ぶ。

今ここが戦場になっているのは、自分のせいではないかと彼は感じていた。

勇者特急隊がどんなに町への被害を抑えようと努力しても、戦いが起これば多かれ少なかれ、ヌーベルトキオシティに被害が出る。

ならば、その範囲を可能な限り狭めようと、深く切り込んだブラックガインがおとりになろうとしていた。

「ふふふ、自分から入ってきてくれるとは、健気なものネ!さすがはガインのコピー…」

計算通りに動いてくれたブラックガインを笑うホイはチンジャに目で合図を送る。

うなずいたチンジャがトリガーを引くと、小型飛行機下部に装着されていた赤い仮面型の端末がブラックガインに向けて発射される。

発射された端末はブラックガインの顔面に命中し、ブラックガインの動きが止まる。

「ブラック!?」

「ブラックさん!?そのマスクは…」

「ふふふ…ブラックコントローラーセット完了。さあ、ブラックガイン。来るがいい…!」

「…」

レスキューナイフを捨てたブラックガインが小型飛行機の元へ進んでいく。

「どうしたんだ!?ブラック、戻って来い!!」

舞人はブラックに通信をつなげようとするが、通信が拒絶される。

「ブラック!」

「やめろ!勇者特急隊であることを忘れたか!?」

アーバレストがブラックガインを止めるために彼の進路上に立ち、ブラックガインを元に戻そうとマスクに手を伸ばす。

しかし、ブラックガインはアーバレストの頭をつかみ、片手で持ち上げるとそのまま地面にたたきつけた。

「あのマスク…まさか、ブラックさんを強制的にコントロールするための…」

「ってことは、目的はやっぱりブラックを取り戻すためか…くそ!!」

ビームサーベルでユニオンリアルドを両断したソウジはヴァングレイが拾った新たな反応に気付く。

「新しい機影が2つ…こいつは!?」

「ソウジさん、これって…!」

「生まれ変わった悪の戦士の正装ネ!」

ブラックガインの背後に黒いロコモライザーと黒いマイトウィングが現れ、黒い小型飛行機と共に上空へ飛びダイヤモンド状の配置となる。

「仕上げといきましょう、ホイ・コウ・ロウ様」

「レーーーーーーッ、ブラックマイトガイーーーン!!」

「ブラックーーーー!!」

ガインの叫びがむなしく響く中、上空でブラックガインが黒いロコモライザーとマイトウィングと合体し、黒いマイトガインへと変貌していく。

そして、その頭部に黒い小型飛行機が搭載された。

「ブラックパイルダーオン、完了です!」

「黒い…」

「マイト…ガイン…」

舞人とアーバレストを立ち上がらせたばかりの宗介は悪の戦士となってしまったブラックガインの変わり果てた姿に息をのむ。

満足げに高笑いしたホイはチンジャと共に勝利宣言と言わんばかりに名乗り上げる。

「黒い翼に殺意を乗せて、灯せ、不幸の赤信号!」

「悪人特急ブラックマイトガイン、定刻破って、ただいま到着!」

「さあ行け!ブラックマイトガイン!お前の力を見せてやれ!」

「おう!!」

ブラックマイトガインが手始めにアーバレストに向けて黒いシグナルビームを発射する。

「く…ラムダ・ドライバだ!」

「了解」

ラムダ・ドライバを起動したアーバレストが大きく後ろへジャンプしてシグナルビームを避ける。

ビームはアーバレストがいた道路を焼き尽くしていき、路上に放置されたトラックが溶けていく。

「出力確認。シグナルビームの出力はマイトガインよりも15%ほど上回っています」

「やはり、マイトガインよりも性能が上か!」

アジアマフィアがマイトガインに対抗するために作ったとしたなら、やはり性能はマイトガインを上回る物を要求するはずだ。

性能以外にも、ブラックガインの本来持っている正義の心を知っている分、舞人とガインにも大きなショックを与え、戦うのには不利な要素が多い。

「あの悪党、頭にいるのか…」

「どうすんだよ、舞人の兄ちゃん…うわっ!!」

「よそ見しないで、勝平!」

フェイズシフト装甲に換装されたザンボット3の装甲がリニアライフルを受け止め、宇宙太が代わりにザンボットバスターで撃ってきたAEUヘリオンに迎撃する。

舞人はブラックマイトガインが焼いた道路を見る。

「ブラックを…倒すしかない…」

本来、ブラックガインはそういう光景を求めて作られたもの。

イレギュラーで一時は勇者特急隊に入ったが、それが元に戻ってしまったまで。

勇者特急隊として人々と人々が生活する場所を守らなければならない舞人は断腸の思いで決断する。

「このままブラックを放っておいたら、ヌーベルトキオシティがメチャクチャになって、犠牲者も出てしまう…」

「でも、舞人君!!それだとブラックがあまりにも…」

「分かったぜ、舞人…」

「ソウジさん!」

「だが、最後まであきらめるなよ。ブラックの動きを止めれば、きっとチャンスがあるはずだ」

「ソウジさん…」

「ヒーローは最後まで希望を捨てない…だろ?」

「最後まで最善を尽くす。それが戦場に立つ者の務めだ」

ソウジと宗介の言葉に、舞人の最後に残った迷いが断ち切られる。

だが、それはブラックを切り捨てることを意味しない。

「いくぞ、ブラック!お前を取り戻して見せる!!いくぞ、ガイン!!」

「ああ…了解だ、舞人!」

そうしている間にも、ブラックマイトガインは再びブラックシグナルビームを今度は町に向けて発射し始める。

マイトガインは射線上に立ち、動輪剣でブラックシグナルビームを受け止める。

「来い、マイトガイン!貴様を倒すのが俺の使命だ!!」

「ブラック…私の使命は、お前を正しき道へ戻すことだ!」

「俺の正しき道、それはこうだ!!」

ブラックマイトガインが柄が斧状になっている動輪剣を手にし、2機の刃がぶつかり合った。

「来い、勇者特急隊!貴様らは絶対にブラックマイトガインには勝てん!そのことを教えてやるネ!」




機体名:スペースガードダイバー
形式番号:なし
建造:勇者特急隊
全高:23.5メートル
重量:100.8トン
武装:ダイバーギムレット、ダイバーアタック、ダイバーデトネイター×2、ハイドロキャノン×2(デブリ破砕用ミサイルポッドへの換装可能)、ダイバーアンカー、ダイバースパーク、ダイバーライフル、スペースカッター×2
主なパイロット:ダイバーズ

ダイバーズが新たに加わった勇者特急隊、スペースダイバーと5体で合体したもの。
バックパック部にそれが装着されたことで、単体での飛行が可能となり、宇宙戦闘での救助活動も可能となった。
そのため、宇宙空間では使用が制限されるハイドロキャノンはデブリ破砕用ミサイルポッドへの感想が可能となるよう改良された。
スペースダイバーそのものには武装が翼部のカッター以外になく、他の勇者特急隊と異なり人型形態を持たないものの、複数人を収容し、なおかつ酸素や水分を供給できる救助用ランチユニットを左右に1基ずつ外付けしている。
これはコロニーや船から宇宙へ投げ出された人を緊急収容することを想定し、分離と遠隔操縦も可能となっている。
ただし、その場合は酸素と水分の供給時間に制限がかかるため、あくまで緊急用となっている。
舞人のプランでは、スペースダイバーが収容した要救助者を救命用大型シャトルに運び、そこで必要な治療を行うという形になっている。
なお、スペースダイバー本人はかなりの無口で、他の勇者特急隊とも積極的に交流を深めようとしない一面があるものの、救助の動きが機敏で丁寧なうえ、ブラックガインを一目で自分たちと同じ正義の心を持っていると見抜くなど時折鋭い勘を見せることがある。


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第34話 取り戻すためのキーワード

機体名:ニンジャ
建造:影の軍団
全高:12メートル
全備重量:9.2トン
武装:口部火炎放射器、鎖、鉄砲型ビームライフル、忍刀
主なパイロット:影の軍団兵

ショーグン・ミフネ率いる影の軍団が所有する武装ロボット。
武装ロボットの中では小柄で、発泡金属製の装甲を採用していることから重量も低い。
武装は忍者や戦国時代の足軽をイメージした武器が多いが、これは古き良き日本にあこがれるショーグン・ミフネの趣味。
なお、操縦は搭乗者の動きをトレースするバイオフィードバックシステムを採用しているが、その技術の出どころは現時点では不明。


-ヌーベルトキオシティ レインボーブリッジ付近-

「ぐ…くうう!!」

「どうした、マイトガイン!貴様の力はその程度か!!」

マイトガインとブラックマイトガインの動輪剣がぶつかり合い、ブラックマイトガインが徐々に押していく。

マイトガインを倒すために作られたブラックマイトガインの性能はマイトガインを上回っており、単純なパワー勝負ではマイトガインの方が分が悪い。

「さあ、もっと!もっとやるネ!」

「ブラックマイトガインがマイトガインを討ち、ヌーベルトキオシティはアジアマフィアのもの…奴らの上に立つことができます!」

チンジャの脳裏には既にマイトガインを倒し、勇者特急隊をつぶした後のことを考えていた。

アジアマフィアとなっているスポンサーからの依頼で、ピンクキャットとウォルフガング一味、影の軍団の同盟を作り、共に勇者特急隊やそれを支援する組織を倒すことが決まっている。

中国の裏社会を席巻したホイにとっては彼らはただの小悪党にしか見えず、彼らと対等になるというのははっきり言って不愉快な話だったが、日本に進出できたのはそのスポンサーの助力も大きく、これまで受けた支援も考えると首を縦に振らざるを得ない。

だが、仮にアジアマフィアだけで勇者特急隊を潰し、ヌーベルトキオシティを占領したら、そしてそれを可能にするだけの武装ロボットを独自に生産できたとしたら、話が違ってくる。

その功績を手土産にして、スポンサーに交渉すれば、自分たちが他の小悪党よりも上の存在だと認めさせることができる。

そして、奴らと同盟関係ではなく従属関係に置き、上に立つことができる。

「さあ、倒せ、ブラックマイトガイン!マイトガインを!!」

 

上空でヴァングレイがレールガンを連射し、AEUヘリオンを鉄くずに変え、地上へ転落させる。

「コックピットへの損傷は軽微だ。運が良ければ助かるかもな。だが…」

しかし、アジアマフィアが引き連れているモビルスーツの数が多い。

撃破しても撃破しても、まだまだ敵機の反応が増えていく。

突出することになってしまった舞人を助けに行きたいのはやまやまだが、この数を放っておくわけにはいかず、中には町に向けて攻撃を加えている機体までいる。

「舞人、ガイン…」

「ブラックさん…」

「信じよう、ナイン、ソウジさん。ヒーローは必ずハッピーエンドを見せてくれるって…」

それは論理的ではなく、願うだけで戦局に影響を与えるとは思えない。

だが、そう願わないと戦っていられなかった。

 

「く…動輪剣が持たない!!」

何度も鍔迫り合いをした動輪剣にひび割れが生じ、次の一撃を受け止めたら砕け散ってしまう。

舞人はコンソールを操作し、ボロボロになった動輪剣にエネルギーを送り、それをブラックマイトガインに向けて投げつけさせる。

「ヤケクソになったか!マイトガイン!!」

「ガイン!」

「了解、シグナルビーム!!」

舞人の狙いがわかっていたガインはシグナルビームを投げたばかりの動輪剣に命中させる。

ビームライフルレベルの出力で、それを貫通したビームではブラックマイトガインの装甲を撃ち抜くことができない。

しかし、動輪剣が爆発と共に入っていたエネルギーが爆発と共に強い光を発する。

「何!?」

「目くらましだと!!」

「とまれ、ブラック!!」

目がくらんだブラックマイトガインの両腕をつかみ、正面から押し倒す。

「うわああ!何をやってるネ、ブラック!!」

激しい揺れでシートに何度も背中をぶつけたホイはブラックを責める。

ブラックマイトガインは確かに性能面ではマイトガインを上回っている。

だが、マイトガインにはこれまで救助活動を行い、武装ロボットたちと戦った経験がある。

そのアドバンテージを生かすことができれば、ブラックマイトガインを止める手段はある。

「ぐうう、離れろぉ!!」

ブラックマイトガインはシグナルビームを直接舞人のいる頭部に当てようとするが、発射する前に頭突きを受け、発射装置が故障する。

ブラックマイトガインがマイトガインと同様の兵器を持っているとしたら、まだ両腰にあるマイティキャノンを使ってくる可能性がある。

だが、少しでも動きを封じることができれば十分だった。

「クルツさん、頼みます!」

「おう、任された!!」

戦場からある程度距離が離れたところでECSを利用してドダイ改共々姿を隠していたクルツのガーンズバックがECSを解除してビルの屋上へ飛び降り、狙撃用ライフルを手にする。

マスクとブラックパイルダーがブラックの超AIに影響を与え、悪の戦士に変えているとしたら、それを破壊する、もしくは無力化することで彼を取り戻すことができるだろう。

(グレートマジンガーのパイルダー、ブレーンコンドルとあの黒い飛行機と同じなら…)

これは戦闘中に舞人と鉄也が思いついたプランで、それが確実かどうかは分からない。

だが、ブラックを取り戻す他の手段が思いつかない。

照準がブラックマイトガインの首筋に合わせる。

そこに伝達ラインが存在する可能性がある。

(あいつだったら、この状況でも間違いなく成功させるだろうな…)

クルツの脳裏に、かつて自分が師事した狙撃手の姿が浮かぶ。

自分が狙撃手として目覚めることができたのは、間違いなく彼の指導のおかげで、今も自分が彼を超えることができたかと問われたら間違いなくまだだと言うだろう。

そんな『魔人』のような彼なら…。

「だが俺は…あいつのようにはならねえ」

クルツが引き金を引くとともに、狙撃用ライフルから発射される弾丸が一直線にブラックマイトガインの首筋に向けて飛んでいく。

銃弾の軌道は、クルツの脳内で行った計算が正しければ、間違いなくそこに向かっている。

そこを命中すれば、ブラックパイルダーからブラックを解放することができる。

「ホイ様!!」

「まずいネ、ブラック!!」

警告音と共に、こちらへ飛んでくる弾丸がモニターに表示され、慌てたホイが思わず側面にある赤いボタンを押してしまう。

「ホ、ホイ様…そのスイッチは…」

「へっ…?」

「うおおおおお!!!!」

「何!?」

ブラックマイトガインの体が動き出し、転がるように逆にマイトガインを地面に押し付け、ブラックマイトガインが上に乗るような状態になる。

そして、銃弾は回転している間にマイトガインに頭部側面をかすめるだけで終わってしまった。

「うわああ!し、しまった!!」

「舞人!ブラックの…ブラックの出力が上がっている!!」

「どけぇぇぇ!!」

ブラクマイトガインが腹部を膝蹴りしてマイトガインの巨体が宙を舞う。

起き上がったブラックマイトガインは落ちてくるマイトガインの頭部をつかむ。

「このまま握りつぶしてやろうか…?」

「や、やめろ…ブラック!」

ブラックマイトガインに向け、マイティキャノンを発射するが、謎の出力上昇によってより強固になったフェイズシフト装甲によって無力化されてしまう。

「舞人!!」

モビルスーツ部隊を突破に成功した鉄也はブラックマイトガインに向けてドリルプレッシャーパンチを放つ。

マイティキャノン以上の破壊力を持つドリルプレッシャーパンチがブラックマイトガインを叩き飛ばし、マイトガインは自由の身になるが、頭部装甲は大きくへこんでいて、カメラにもダメージが発生している。

「ど、どうなってるネ!出力上昇はいいが、警報音ばかりでうるさいネ!!」

「ホ、ホイ様!リミッターが解除されています!」

バッテリーの消耗が規定よりも大きく、バッテリーそのものにも強い負荷が生じている。

チンジャの計算が正しければ、あと数分この状態が続いたらブラックマイトガインが爆発する。

核分裂炉搭載モビルスーツが起こす核爆発のような惨事にはならないが、それでもヌーベルトキオシティに甚大な被害を与えることになる。

「ええい、こうなったらやるだけやらせるネ!そして、爆発する前に脱出!!」

「よ、よろしいのですか?ブラックマイトガインは…」

「構わんね!また別のものを作るだけネ!!」

ブラックマイトガインを失うのは惜しいが、暴走する中でマイトガインを撃破できたなら、それはそれでホイにとっては十分だ。

超AIを再び作るのはデータを失っているため不可能なものの、この戦闘データがあれば強力な武装ロボットを作ることができる。

それはそれでウォルフガング達の上に立つための手段になりえる。

「…もう、方法がないのか?」

「舞人…」

「ブラックを、破壊するしかないのか…?」

ブラックを止めることは重要だが、それ以上に勇者特急隊としてヌーベルトキオシティに惨事を招くわけにはいかない。

正義を宿していたブラックに罪を重ねさせるわけにはいかない。

舞人とガインの脳裏に浮かぶブラックと共に人々を守る未来が消えていく。

「いくぞ、ガイン!」

「くっ…許せ、ブラック!!」

マイトガインはもう1本の動輪剣を手に、ブラックマイトガインと対峙する。

リミッター解除による負荷が超AIにも及び始めているようで、ブラックマイトガインは手当たり次第にシグナルビームやマイティキャノンなどの火器を発射し、ビルや味方のアジアマフィア所属の機動兵器を巻き込んでいく。

暴走しているおかげか、動きが単調になり始めてもいた。

「舞人、ブラックの超AIは左腕だ。今の私と同じならば…」

「ああ、そうだな…」

動きが少しでも止まっているならまだしも、動きまくるブラックマイトガインの首筋の伝達ラインだけを破壊するのは不可能だ。

フェイズシフト装甲のブラックガインを破壊するには、ギリギリまで距離を詰めて、現状の最大火力であるマイティキャノンを放つことが一番だ。

超AIが破壊されれば、その瞬間ブラックマイトガインの操縦はブラックパイルダーに乗っているホイ達がやらなければならなくなる。

マイトガインは超AIがいるおかげで、舞人が行う操作がある程度簡略化されている。

仮にブラックマイトガインが同じような構造ならば、大幅に複雑化した操縦をホイ達はやらなければならない。

そうなれば、ブラックマイトガインを完全に破壊するチャンスだ。

「舞人の兄ちゃん!?くそぉ!!」

自らの手で仲間を討つ覚悟を固めつつある舞人を見た勝平は無念の怒りを込め、ザンボットカッターでティエレンを両断する。

かつて自分たちを救うために特攻した父親の姿、人間爆弾にされ、人々を巻き込まないために消えていった人々の姿が目に浮かぶ。

そのような悲劇を二度と起こさせないために戦っているにもかかわらず、また同じことを目の前で起こるのを許してしまう無力さが許せなかった。

あきらめの空気が広がり始める。

「キャップ、姉さん。提案があります」

「何だ、ナイン!?」

「ヴァングレイでブラックさんにとりついて、接触回線を開いてください!ブラックさんを止める手段があります!」

「接触回線だと!?」

今のブラックは外部からの通信が遮断されている状態で、無理やりやろうとするならば接触回線を開く以外に方法はない。

だが、それで説得して止めることができるなら最初からしている。

それに、ヴァングレイで今のブラックマイトガインにとりつくのは至難の業だ。

「信じてください!!」

無茶な注文をしているのはナインも分かっている。

真剣なまなざしを向けられ、ナインがどれだけブラックを取り戻したいと願っているかが分かってしまう。

だが、暴走するブラックマイトガインにとりついた状態をどれだけ維持できるかはわからないうえ、爆発や攻撃に巻き込まれる可能性だってある。

「お願いします、ソウジさん、チトセさん!ナインが言う手段が正しければ、きっと止めることができます!」

「浜田君まで…」

「…分かったぜ、こうなりゃ腹をくくるしかないな!!」

フットペダルを思い切り踏み、ヴァングレイはブラックマイトガインに向けて飛んでいく。

ヴァングレイを追いかけようとする武装ロボットはアーバレストのボクサーを撃ちこまれるか、ダイタンクのレッグキャノンで撃ち落とされる。

ヴァングレイが接近してくるのは舞人のモニターにも映っていた。

「ソウジさん、チトセさん!?何をしているんですか!?ブラックの爆発に巻き込まれるつもりですか!」

「いいや、巻き込まれるつもりもないし、倒すつもりもない!だが…」

「大事な仲間をこれ以上好きにさせるわけにはいかないの!ソウジさん、3時の方向からキャノンが来ます!」

「サンキュー、チトセちゃん!」

ブラックマイトガインが発射するブラックマイティキャノンを避け、接近しているヴァングレイは腕を伸ばし、ブラックマイトガインをつかむ。

出力が無理やり上昇しているブラックマイトガインは火器を発射しながらじたばたして振り払おうとするが、マニピュレーターだけでなくサブアームも駆使してしがみつこうとする。

「くうう…とりついたぜ…ナイン!!」

「ありがとうございます、キャップ!皆さん、お願いします!!特許許可する東京都特許許可局!!」

「な…??」

急にナインの早口言葉が聞こえ、なんで今この状況でそんなことを言うのかわからずにソウジは混乱する。

だが、それを接触回線で無理やり聞いた早口言葉にブラックマイトガインのツインアイがかすかに点滅する。

「特許許可する東京都特許許可局!」

「特許許可する東京都特許許可局!」

「特許許可する東京都特許許可局!!」

ジュドーやキラ、サリアなどの青戸工場やメガロステーションに残っているメンバーの早口言葉が矢継ぎ早にブラックマイトガインに送られてくる。

「ハハハハ!!早口言葉?そんなものを聞かせるためにこんな馬鹿な…」

「ホ、ホイ様!?ブラックガインの超AIに負荷が…!!」

「何ぃ!?」

「舞人ぉ!!」

超AIの負荷のせいか、暴走していたブラックマイトガインの動きが鈍り始める。

だが、バッテリーにかかっている負荷はまだ変わっておらず、爆発する可能性はまだ収まっていない。

「ソウジさん…チトセさん…」

「いくぞ、舞人!!」

「ああ、うおおおおお!!!」

動輪剣へ送るエネルギーを絞り、マイトガインはスラスターを噴かせてブラックマイトガインに向けて突っ込んでいく。

ヴァングレイが離れた瞬間、マイトガインの動輪剣がブラックマイトガインの首筋を斬りつけ、すれ違っていく。

外から見たら武装ロボットに対しては大した一撃ではないように見える。

だが、ブラックパイルダーに乗るホイとチンジャはその一撃で受けた異常を感じ始めていた。

「う、動け!!ブラック!?どうした、なぜ動かん!?」

「ホイ様!伝達回路が破壊されました!!これでは…ブラックマイトガインを操れません!!」

動かなくなった今のブラックマイトガインとブラックパイルダーは舞人達にとってはいい的だ。

このままではこちらが攻撃を受けることになってしまう。

「に、逃げるネ!!」

ブラックパイルダーがブラックマイトガインから分離し、戦場から逃げ出そうとする。

「ソウジさん、小型飛行機が…!」

「放っておけ!今はブラックが先だ!」

「ブラック、ブラック!!大丈夫か!?」

マイトガインが動かなくなったブラックマイトガインに触れ、様子を確かめる。

まさか、暴走による負荷に耐え切れなくて動けなくなってしまったのか、返事が返ってこない、

暴走が収まり、バッテリー稼働も通常に戻っているにもかかわらず。

「お前の声を聴かせてくれ、ブラック!!ブラック!!」

「…きょ、する…」

「ブラック…」

「特許…許可、する…東京特許…許可局…私の…私の超AIは正常に機能している…」

「ブラック…よかった…!」

ブラックコントローラーの機能も停止しており、ブラックマイトガインが分離する。

そして、ヴァングレイの手でブラックガインの顔についていたブラックコントローラーが取り外された。

「よかった…ブラックさん」

「すまない。みんなには迷惑をかけてしまった。それに…」

ブラックガインのカメラには戦闘の影響で崩れたビルやボロボロになった道路などが映っている。

ホイに操られたとはいえ、自分の手で守るべき町をめちゃくちゃにしてしまった。

そのことに深い罪悪感を抱いている。

「ブラック、これはお前のせいではない。お前の無念は私たち勇者特急対全員で晴らそう」

「ガイン…」

「帰ろう、ブラック。俺たちの基地へ。お前も、勇者特急隊の一員なんだから…」

「舞人…ああ、ああ!」

マイトガインの差し出す手をブラックガインは握りしめる。

「ああ…よかったぜ、舞人の兄ちゃんも、ブラックも…」

「一件落着だな」

ブラックの無事な姿を見た勝平と鉄也は安どの表情を浮かべる。

大将の戦線離脱を知ったアジアマフィアの機動兵器も相次いで撤退を始め、ヌーベルトキオシティの戦火は収まった。

 

-青戸工場 地下格納庫-

「うーん、残念だが、ブラックの修理には相当の時間がかかるな…」

「そうですか…」

無理な動きと出力のせいで、内部の電子機器にダメージがあるうえ、機体内部にホイの仕掛けがまだないとは限らない。

鹵獲したブラックロコモライザーとブラックマイトウィングを含め、修理と内部のセキュリティチェック及び洗浄を考えると、これから行う火星の後継者との戦いに参加させることは不可能という結論が出された。

同時に、マイトガインとの規格統一も行われることになるため、戦線復帰後のメンテナンスも難しくなくなるだろう。

「大丈夫だよ、舞人。一番大事な超AIが無傷だったんだ。それはすごい奇跡さ」

「そうだな…おかげで今もこうして皆と話をすることができる」

「早く良くなってくださいね、ブラック」

「みんな、あなたのことを待っていますから」

「もちろんだとも。一日も早く治して、人々のために働かなければ…」

それがせっかく生きて戻ってくることができたブラックガインの願う道。

たとえ生まれがどんなものだとしても、使い方次第で正義にも悪にもなる。

(だとしたら私は…証明したい。私の中にある正義を…。人々を守ることによって…)

 

-メガロステーション 地下格納庫-

「万丈様、お疲れ様です」

「ありがとう、ギャリゾン。それで、ロケットの準備はできているかな?」

メガロステーションに戻ったばかりの万丈はギャリゾンが整備を行っている目の前のロケットを見る。

大型のアンテナ塔を横倒ししたような形のロケットで、破嵐邸の地下に保存されているマサァロケットと形は似ている。

2600メートル以上の大きさを誇っていたそれよりも大幅にダウンサイジングされているものの、それでも400メートルくらいの大きさだ。

「マサァロケットマイルド…」

「はい。できれば、このような形で使われることがないことを願っておりましたが…」

これは元々、地球からコロニーや月、火星への民間による大型貨物輸送を目的に開発したものだった。

時折、火星と行き来するために万丈が使っており、将来は輸送業者に売却するつもりでいた。

そのため、形こそマサァロケットに似ているが、内部の技術はすべて地球やプラント、木連のものを使っており、メガノイド由来の技術はすべて排除されている。

操縦の大半はAIで行うため、少人数での運用が可能となっている。

機動兵器の増加によるベイロード不足の可能性から万丈がギャリゾン達に頼んでここへ持ってこさせていた。

「だけど、これは必要なことだ。残念なことだけどね…」

「ええ。せめて、早い段階で戦いが終わることを願うばかりです」

「そうだ…。そして、北辰…」

北辰が万丈が勇者特急隊やナデシコとともに火星の後継者と戦う大きな理由となっている。

彼の正体、そして火星でのメガノイドとの最終決戦の中で聞いた存在。

(ドン・ザウサーの遺産…コロスは確かにそのことを言っていた…)

メガノイドの最初期型であり、彼らを統率していたドン・ザウサーと彼の副官としてメガノイドの指揮を執っていた女性型メガノイドのコロス。

火星で2人を討ち取った万丈だが、彼女は死に際にドン・ザウサーの遺産のことを口にしていた。

彼は万丈の手で討たれる可能性があると見越して、その遺産を世界のどこかに隠したという。

その場所を唯一コロスが知っていたが、それを聞くことはできなかった。

万丈が火星や地球を行き来している理由がそれで、彼はメガノイドと関連のある場所を中心にその遺産を探し続けていた。

北辰について知ったのはその途上だ。

「おそらく、遺産はメガノイドに関連する技術だ。それを誰かの目に触れさせるわけにはいかない…」

もし、誰かが発見して、何かの悪意で再び第2、第3のメガノイドを生み出したなら、3年前のメガノイドの反乱が再び繰り返されることになる。

万丈はメガノイドとその技術が再び世界を荒らすことを恐れていた。

(ドン・サウザーの遺産…それをこの世から消すことで、ようやく僕の心に区切りをつけることができる。そして、その時には…)

 

 




機体名:パオズー
建造:アジアマフィア
武装:職種
主なパイロット:自動操作

アジアマフィアが開発した無人兵器。
もともとはアタッシュケース型の小型機だが、開いて放置することで周囲の金属を取り込み、巨大化していく。
機体そのものの武装や職種のみだが、コアそのものに高度な自己学習・再現型コンピューターや取り込んだ兵器をそのまま使用することも可能になるうえ、仮にフェイズシフト装甲を取り込むことに成功すれば、それを使うことも可能となっている。
そのため、敵基地にかくして起動することでその真価を発揮することのできる機体といえる。
ただし、コアを破壊されると機能が停止する上にそのコアそのものがそうしたコンピュータの回路が大半となっていることから脆弱という欠点を抱えている。
コアの弱点を見抜かれたことで、勇者特急隊との戦いでは敗北したものの、性能やコンセプトそのものは良好であったことから完全量産が行われ、今後中国を中心とした紛争地帯で売り出されることになるという。


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第35話 同盟の始まり

-プトレマイオス2 個室-

『マユ…元気にしているか?学校でちゃんと友達はできたか?お兄ちゃんは元気だ。これからは任務で、あまりこうして手紙を送ることもできなくなる。任務が終わったら、休暇がもらえるって話だから、その時は俺とルナ、お前とチロで一緒にどこかへ出かけよう。もう少し、書きたいことがあるけど、それは次の手紙で。お兄ちゃんより』

夜中の暗い個室の中で、テーブルライトだけを明かりにしてシンは上半身を青いシャツだけにした状態で、オーブにいるマユへの手紙を書き終えた。

今の時代であれば、メールの方がより円滑にやり取りでき、軍人になるまでのシンは手紙を書いたことは一度もなかった。

だが、3年前の戦いで両親を失い、うつ病となったマユと共にプラントへ移住した際に医者からの提案で、定期的に手紙を書くことになった。

それで少しでもマユの調子が良くなればと思い、どのように描くべきか四苦八苦していたのが今では懐かしい。

オーブへ戻り、すっかり元の調子に戻りつつあるものの、それでももはやライフワークの一部となったマユへの手紙は継続している。

最近では、メールではあるがマユからの手紙への返事が届いており、最近はペットの黒猫、チロと一緒に撮った写真を送って着れくれた。

「シン、マユちゃんへの手紙は書けたの?」

先に寝るつもりで布団の中にいたルナマリアが中から出て、備え付けの小さい冷蔵庫から水が入ったペットボトルを出して、机の上に置く。

「ああ、明日にはネルガル重工の人が送ってくれる。…多分、しばらくマユに手紙は送れないだろうな…」

おそらく、ここからは宇宙へ出て、火星の後継者と戦うことになる、

A級ジャンパーがいないナデシコ隊では、火星まで地道に進むことになる。

途中、火星の後継者が占拠しているコロニーを解放する必要もあり、帰れるのはおそらく3か月くらいだろう。

それに、考えたくはないが、もしかしたらこの戦いで生きて帰ることができない可能性だってある。

そうなったら、マユはまた一人になってしまう。

「大丈夫よ、シン」

「ルナ…」

背後から抱きしめてくるルナマリアに安心感を覚え、胸元にある彼女の手に触れる。

「私がシンを守るから…ね?」

「それ…俺が言うセリフだろ?」

「いいじゃない。今の私はあなたの恋人なんだし」

「それは、そうだけど…っていうか、ルナ…」

背中からルナマリアの胸の柔らかな感触が伝わり、シンは顔を赤く染める。

今のルナマリアはタンクトップに薄いピンクのパンツ姿で、薄着のシンにはいつも以上に柔らかさや体温が伝わってくる。

「もう、早く寝ないと体に障るわよ?」

「分かったって、もう寝るよ」

寝ると言っても、この状態ではすぐに寝ることはできないだろう。

今日は何時に寝られるだろうと想像しながら、シンはルナマリアとベッドへ向かった。

 

-ナデシコB ブリーフィングルーム-

翌朝、朝食を済ませた後でソウジ達は全員ブリーフィングルームに集められた。

正面には艦長であるルリ、スメラギ、テレサの3人が立っていて、参加者は全員その前にある椅子に座っていた。

「では、アキトさんからのデータと万丈さんの調査結果、そしてこれまでの戦闘で得た情報をまとめた結果をお伝えします。まずは大気圏内で行われている火星の後継者による行動ですが、これはあくまで足止めで、注意をそらすための行動だと判断しました。その間に敵は、大きな作戦に向けて準備を進めているものと思われます」

「待てよ、じゃあ俺たちは敵の罠にはまったってのか!?」

これまでの戦闘がそうだというなら、地球に降りてからの戦いは何の意味があったのか、リョーコは悔し紛れに机を叩く。

「けれど、のらなければ火星の後継者に雇われている犯罪者たちによって、ヌーベルトキオシティは壊滅していたわ」

「ヌーベルトキオシティは世界の鉄道網の中枢です。それがやられたら、世界中の経済が混乱します」

「恐るべきは、地球連合に宣戦布告しながら、それだけの駒を動かすことのできる火星の後継者の組織力か…」

ソレスタルビーイングも、バックアップする組織であるフェレシュテが存在し、トレミーのガンダムマイスターたちのバックアップを行っていた。

その存在は3年前はスメラギなど、ソレスタルビーイングでも一部のメンバーしか知らず、アスランもそれを知ったのは去年だ。

フェレシュテは補給だけでなく、ソレスタルビーイングのガンダムの戦闘の痕跡の抹消や目撃者の抹殺といった汚れ仕事までこなしていたという(ただ、そうした汚れ仕事をしていたのは3年前までで、ソレスタルビーイング復活後は情勢の変化から、後方支援に徹している)。

隠密性のある連携が取れているという点ではソレスタルビーイングは驚くべき組織力だが、火星の後継者の組織力には別のスケールが感じられた。

舞人にとって予想外なのはその中心であるヴォルフガング一味、ピンク・キャット、アジアマフィア、影の軍団の戦力アップだ。

その兆候はヴォルフガング一味による青戸工場への襲撃から見られた。

スポンサーによる支援が行われているのは明白だが、舞人にはそれだけの資金が火星の後継者にあるとは思えなかった。

もっと別の、多くの金を動かせる存在がいなければそんなことはできない。

「巨大な悪…火星の後継者の背後にはその存在がいると思えて仕方ない」

「巨大な悪ね…陳腐なフィクションじみてるわ」

「真面目に聞きなさい、アンジュ」

「いや…アンジュの感想ももっともだ。彼らは、純粋な悪としか言いようのない存在だからね」

「純粋…?」

「犯罪を幇助し、人々の対立をあおり、戦いを起こす。彼らの好意からは主義も主張も見えない。ただ、世界に混乱を与えてさえいればいいとしか思っていない存在だ」

3年前の戦争犯罪者であるラウ・ル・クルーゼ、火星の後継者のリーダーにして、元木連中将である草壁春樹、アロウズの最高司令官であり、解体とほぼ同時に自殺したホーマー・カタギリ、そしてそのアロウズを陰から操っていたイノベイドのリーダー、リボンズ・アルマーク。

確かに、彼らの行動は世界を混乱させ、多くの犠牲を生んだ。

許されるべきではないし、擁護するつもりもないが、彼らの中には悪に落ちざるを得なかったバックヤードが存在したり、世界のため、故郷のためにやむを得ず行っていた節があったりする。

ガイゾックを操っていたというコンピュータドールでさえも。

だが、今万丈がイメージするその巨大な悪はそのようなわずかな彼らなりの善意や悲惨なバックヤードも感じられない。

生まれながらの悪としか言いようがない。

そんなものが現実に存在するとしても、大抵の人はテレビやマンガの中のフィクションとしか見ないだろう。

「なるほどね…世界征服こそ謳っていないが、やってることはまるでアニメの悪役だな」

「そんな正体も分からない相手に後手後手に回っている状態で、打開策何てあるわけ?」

「あります」

「言い切った…」

無表情ながらも、自身に満ち溢れたルリの言葉に不満を口にしていたアンジュは口を閉ざす。

参加者の目線が向かう中、ルリは打開策を提示する。

「敵は、脅威とみなした私たちに策を弄することで、逆に他への警戒を怠ることになりました」

「おかげで、僕とアキトはそれなりに自由に動け、敵の拠点をある程度割り出すことができたんだ」

万丈がナデシコと合流するのに遅れた理由がそれで、万丈はナデシコやソレスタルビーイングが火星の後継者の陽動の対象になっている間に、財団のコネを使ったり、自ら宇宙へ出るなどして情報を集めていた。

また、アキトも北辰の存在があったとはいえ、いつもよりも容易に情報を集めることができ、そのおかげで得た情報が今、ルリ達の手にある。

「水臭いな、万丈の兄ちゃん。火星の後継者を追ってるってんなら、俺たちにも言ってくれたらよかったのに…」

「それには、個人的な事情もあってね」

「事情…?」

「それはおいといて、その成果を皆さんにお見せしよう。ルリ艦長」

(万丈さん…はぐらかした)

(個人的な事情って、やっぱり…)

宇宙太と恵子に思い浮かぶ、彼の個人的事情としたらメガノイドしかない。

メガノイドは火星で生まれ、火星の後継者もその名の通り、火星を拠点としている。

火星の後継者がメガノイドと絡む可能性を想定していたのかもしれない。

だが、今ここで考えても答えが出る話ではない。

「こちらが、提供されたデータを解析した、火星の後継者の前線基地、ターミナルコロニーのリストです」

正面モニターに地球圏のマップが表示され、その中に存在するターミナルコロニーの場所と名前が次々と表示される。

ターミナルコロニーは太陽系をボソンジャンプネットワークで結ぶために作られた、ボソンジャンプを媒介する物質、チューリップを組み込んだコロニーで、大型のものにだけでも30以上はある。

それに、無数の小型ターミナルコロニーまで存在し、これらによってボソンジャンプを利用した人と物資の円滑な流通を可能とするというのがヒサゴプランだ。

「宣戦布告を行ったシラヒメ以外にも、こんなにあるなんて…」

「どうするの?ルリルリ。一つずつつぶしていくの?」

「いえ…それは時間の無駄です。ターミナルコロニーはボソンジャンプの中継地点です。その気になれば、敵は戦力を引き上げることも、一か所に集中させることもできます」

「下手をすれば、敵全軍に袋叩きにされ、勢い余って突入してももぬけの殻、なんてこともあり得るわよ」

「その場合、最適な作戦は敵の中枢をピンポイントで叩くことです」

「ということは、目標はシラヒメになるのか?」

「その可能性は低いわ。わざわざ自分たちの弱点をさらすなんてありえないことだから」

もしくは、シラヒメを餌にしておびき寄せ、まんまとやってきたところで全軍で袋叩きにするなんてことをされるかもしれない。

そのことを考えても、シラヒメを中枢と見定めるのは危険だ。

「分かりませんぜ。なんせ、相手は劇場型テロリストの草壁ですから」

元木連で、草壁の元で戦ったことのある三郎太のイメージする草壁は自分たちの正義を証明することに熱心な理想主義者としての側面がある。

シラヒメで待ちかまえ、正々堂々と勝負して討ち果たすことで火星の後継者の正義を証明する、なんてことを考えても別に不思議ではない。

「おそらく、このようにこちらを混乱させることも敵の狙いなのでしょう」

「ということは、お手上げか…?」

そういうロックオンだが、そんなわけがないということくらいは分かっている。

そうだとしたら、自信をもってアンジュに打開策があるなんてルリが言うはずがない。

「でも、このまま火星の後継者が動くのを待っているのは危険だ」

「くそ…!ルリ艦長、その打開策を早く教えてくれよ!!」

「敵が我々を脅威とみなしていることはさっき話した通りです」

「だから、私たち自身をエサにするのよ。そして、敵が食いつくのを待つ」

「そのために、正々堂々と、我々は宇宙へ出ます」

「なるほど…そこで俺たちに仕掛けてきた奴らの意向を分析して、敵の位置を特定するのか…」

受け身になることは変わりないが、宇宙に出れば特定完了次第すぐにそこへ向かうことができる。

それに、ソレスタルビーイングのガンダムも大っぴらに使うことも可能だ。

既にスメラギは秘密裏にカティやクラウス、コウイチロウと連絡を取り、大気圏を離脱して、地球から離れるまでの間のカモフラージュを要請し、もうその準備も終えている。

だが、地球にはその動きを邪魔しようと動く相手もいる。

「我々が大掛かりな動きを見せることで、火星の後継者に雇われた犯罪者たちも動くと思われます。宇宙へ出るのは、彼らを退けた後です」

「油断できないな。エースのジョーを得た彼らは、もはや只の犯罪者ではなくなっているぞ」

「あの男か…」

トライボンバーを倒した彼を見た瞬間、舞人はジョーが只者ではないうえに、今まで戦ってきたのとは違う敵だということを感じた。

「力任せに暴れるだけの犯罪者じゃない。あいつの動きは訓練されてた…」

軍人として訓練されたわけではなく、モビルスーツの特性や地形を生かした戦い方を好むトビアだからこそ、ジョーの訓練された、自分とは真逆のベクトルの戦い方と強さを感じることができた。

「その推論は的を射ている」

「エースのジョーの戦闘映像を見て、ちょっと調べてみたけど、やっぱり彼、中国では有名な傭兵みたいよ」

可変機を使いこなすことから、元ユニオンのパイロット(AEUヘリオンやイナクトも可変機能があるが、実際のところはユニオンフラッグと類似している、猿真似部分が多く、変形を含めた技量面でもARUよりもユニオンの方が分がある、というのがビリー・カタギリの分析)である可能性が高く、以前彼が活動していた中国でも、彼は旧型のユニオンフラッグで戦っていたという。

GN-Xのような疑似太陽炉搭載型の旧型モビルスーツやアロウズ仕様で廃棄されることなく払い下げられたGN-XⅢやアヘッドといったモビルスーツも中国国内に出回っている中で好んで使っている。

今、モニターに映っているのは彼のフラッグがGN-XⅢと交戦し、撃破している光景で、これは育休中のクリスティナに夫であるリヒティの分を含めたボーナスと追加の休暇を条件に依頼してハッキングで手に入れてくれたものだ。

赤と黒と白をベースとした塗装をしており、右肩にGN-XⅢやアヘッド用の疑似太陽炉を外付けされている格好だ。

(あのモビルスーツ…)

3年前の戦いで、最後に自分の前に現れた男とオーバーフラッグを刹那は思い出す。

その機体は左肩にGN-Xの疑似太陽炉を無理やり搭載し、出力リミッターを解除したGNビームサーベルのみで戦いを挑んできた。

その戦いで、刹那もエクシアもボロボロになってしまった。

彼はその機体で多くの戦果を挙げ、軍閥からはオファーが届いているにも関わらず、すべて断って傭兵で居続けている。

そんなエースである彼が日本にやってきて、犯罪者たちと共にいる。

おまけに、新型の武装ロボットである飛龍と共に。

「やっぱりあいつ、元軍人かもしれないのか…」

「別に不思議な話じゃない。アロウズに所属していたために居場所をなくした連合軍人がそこへ行っているって話だってある」

「ツテをたどって、信頼できる連合軍の人間に照会を依頼してるわ。詳しい話をしてくれる人がこちらに来てくれるそうよ」

(エースのジョー…俺たちが動けば、奴らは仕掛けてくる。きっとあいつらも来るだろう…)

だが、エースのジョーと戦い、勝利することで戦いが終わるわけではない。

あくまでも目標は火星の後継者、そしてその背後にある巨大な悪を倒すことだ。

彼に構う暇はないが、たちはだかるというなら、相手をするだけだ。

(それにしても、その詳しい話をしてくれる軍人というのはだれなんだ…?なんだか、癖の強い奴が来そうな予感がするが…)

 

-ウォルフガング アジト-

ナデシコ隊が次の方針を決める会議を行った日の夜。

ヌーベルトキオシティ付近にある地下のアジトの中で、4人の男女が椅子に座り、四方から顔を合わせていた。

ショーグン・ミフネ、カトリーヌ・ビトン、ホイ・コウ・ロウ、そしてこのアジトの主であるウォルフガング。

彼らの背後には副官が2,3人立っており、それが相互への抑止力となっている。

「どうして、こんな汚らわしい場所にこのあたくしが出向かなければならないわけ?」

「おまけに狭い…これではネズミの寝床ね」

「さらに無粋極まりない!今すぐ畳を敷き、金屏風をたてぃ!」

兵器研究ばかりしているアジトであるためか、機械油の匂いがあり、おまけに研究用の機械以外にほとんど物が置かれていない寂しげな場所に、3人は相次いで不満を口にする。

「どいつもこいつもうるさい!こっちとて好き好んでお前らのような連中を招き入れたわけではないわ!」

ウォルフガングも、彼らがいるだけで研究の邪魔になっていて、正直すぐにでも叩き返したかった。

だが、彼にも、そして彼らにも、ここに集まらなければならない大きな理由がある。

「すべては…ミスターXの意向ネ」

彼らのスポンサーであるミスターXの指示は、今の彼らにとって絶対と言える。

全員が彼の支援によって、起動ロボットの量産が可能になったうえに、ヌーベルトキオシティ進出の足掛かりまで得ることができた。

だが、逆に言えばその支援がなければ今後その動きに支障をきたすくらいにまで大きくなってしまったと言える。

気に入らないことではあるが、主導権は既にミスターXの手の中にあると言える。

「そろそろ奴の通信が来る時間だ。集まった理由をそこで聞けばいい」

「…こちらの指示通りに集まってくれたようだな…ご苦労」

机の上に置かれているノートパソコンから音声が流れる。

男性の声なのは確かだが、大きく加工されており、とても人間のものとは思えない。

この声の主がミスターX、4人のスポンサーだ。

しかし、彼らはこのような形でしか彼と接触したことがない。

資金や資材の提供も、代理人を通じて行われている。

「挨拶はいいから、そろそろあなたの顔を見せてもらいたいものね」

「いつまでも音声のみ…。顔を隠すような信義の欠ける男と話す舌は、このミフネ…持ってはおらん」

ミスターXに恩義があることは確かだが、2人ともいつまでも正体を明かさないミスターXに対して不信感を抱いていた。

だが、自分たちもアウトローでヌーベルトキオシティを中心に暴れまわる悪党。

ミスターXに反論するような立場ではないだろう。

「それは失礼した…。だが、こちらにも事情がある」

「どこまでも胡散臭い男ネ…」

「だが私には、諸君らが望む報酬を用意する力がある。ウォルフガング博士には最強のロボットを作るだけの資材と資金…ピンクキャットことカトリーヌ・ビトン嬢にはめくるめく美、ショーグン・ミフネ氏には真の江戸を作る手助け、ホイ・コウ・ロウ大兄には裏社会を牛耳るためのバックアップ…私の依頼を果たしてくれれば、それだけのものを用意させていただこう。更には、依頼が円滑に行えるよう、可能な限りの支援も行う。既に支援物資は諸君の手に届いているだろう?」

(そう…。これだけのものがあれば、マイトガインにも対抗できる。だが…)

既にウォルフガングは受け取った資材を確認している。

フェイズシフト装甲、トランスフェイズ装甲といった高価なものだけでなく、一般では出回っていないはずのミラージュコロイドシステムやメガノイドのデータまであった。

支援はありがたいが、ここまでのものを調達できるうえに、報酬としてそれらまで用意する力があることにはどうしても、ホイ程ではないがうさん臭さを感じずにはいられない。

また、それを提示するということは自分たちに拒否権がないと言っているようなものだ。

「つまり、万全を期すために我々全員を集めたわけか…」

「その依頼は?」

「ヌーベルトキオシティに駐留しているナデシコ部隊の足止めだ。そして、勇者特急隊の壊滅…」

「それで、その意図は何だ?」

扉が開き、胸元が開いた黒いシャツと白い外套姿で青い髪をした青年が入ってくる。

右耳から右ほおまでの間に切り傷の痕があり、服の下にもいくつかの傷跡がある。

彼がトライボンバーを倒したエースのジョー、雷張ジョーだ。

「ジョー!お前に同席を許した覚えはないぞ!」

雇い主であるウォルフガングの言葉を無視し、ズカズカと進んだジョーはノートパソコンの正面に立ち、机に腕を置く。

「お前がエースのジョーか…なるほど、ふてぶてしい目をしている」

「なるほど…お前からは俺たちが見えているのか。…質問に答えてもらおう」

ジロリと、鋭い目つきでミスターXに迫る。

だが、ミスターXにはその程度の威圧は痛くもかゆくもないようで、フッと鼻で笑うのが聞こえてくる。

「説明する必要はない。気に入らなければ、降りてくれても構わない」

「そのつもりはない…勇者特急隊は…マイトガインは俺の獲物だ」

「個人的な事情もあるのか…。ならば、好都合だ。諸君らの活躍、期待しているぞ」

その言葉を最後にノートパソコンの映像が消え、同時に機密保持のためか小さな爆発を起こす。

吹き出す煙が換気扇へ吸い込まれていき、ヴォルフガングの部下が手を伸ばそうとする。

「無駄だ、こういう相手は足がつかないように手を回している」

(あの男が…ミスターX…)

大小入り混じっているとはいえ、4つの組織に大規模な支援を行うだけの力を持っている人物。

彼の正体が気になって無理やり入ってきたが、やはり尻尾もつかむことができない。

「あの男は気に食わんが…背に腹は代えられん!」

もうすでにミスターXの支援で多くの武装ロボットを作り、人員の訓練を済ませていたミフネには彼の依頼に応じる以外に道はなかった。

おまけに、ヌーベルトキオシティ郊外には大江戸ランドという江戸時代をモチーフとしたテーマパークまで作ってしまっている。

ここで支援がストップしたら、その兵器と人員を維持する力がない。

「これより我々は大江戸烈風隊を名乗り、ナデシコ部隊に決戦を挑もうぞ!」

「何を言うネ!組織の名前は偉大なるホイ・コウ・ロウとその下僕…に決まっているネ!」

「そんなセンスのない名前にこのあたくしが従うと思って?ジジイ2人は引っ込んでいなさい!」

誰が名前を決めるかで大喧嘩を始める3人。

悪党のトップとは思えない子供じみた醜態に呆れたジョーはアジトを後にする。

「待て、ジョー!!」

ホイ達が自分たちの部下によって抑えられているのをよそに、ウォルフガングはジョーを追いかけていった。

 

「待て、待つんだ、ジョー!!」

真夜中の裏通りで、ウォルフガングはジョーを呼び止める。

深夜1時を回っており、車の音が聞こえるが、人気はない。

「ウォルフガング…何故、俺を追ってきた」

「お前は確かに生意気で傲慢で腹の立つ男だが、お前しかワシのロボットの性能のすべてを引き出すことができんからな」

「そこまで買っているなら、早く飛龍を完成してもらいたいものだな。完成すれば、マイトガインを完全に倒すことができる」

「分かっておる。まだ、アレはできておらん。だが、今日届いたもので都合がついた。1週間あれば完成に持ち込める」

「そうか…明日でないのは残念だがな…」

ジョーが今乗っている飛龍はウォルフガングが試作した武装ロボットだ。

ウォルフガングに雇われ、自分が使う武装ロボットを選ぶ中でジョーは真っ先にそれを指名した。

マイトガインの変形機構を解析し、それにユニオンフラッグやAEUイナクトの変形機構を融合したことで、より簡略に変形が可能になっているらしい。

その機体でトライボンバーを倒したが、まさかそれがまだ未完成だということにはさすがのジョーも驚いた。

同時に、それが完成したときがマイトガインの最期だろうとも感じていた。

「まあいい。今の飛龍でも十分に戦えるからな。だが、もう1つ頼みがある」

「頼み…?」

「そうだ、ホイ・コウ・ロウはマイトガインのパイロット…旋風寺舞人のことは知らないようだが、奴には決して舞人の存在は教えるな」

「なぜだ…?」

「奴のことだ、あいつの暗殺に動くだろうからな」

情けない姿を見せてはいるが、それでもホイは中国を中心に各地の戦乱やテロを陰でコントロールする死の商人であり、マフィアだ。

そんな彼が舞人の正体を知ったら、当然動くに決まっている。

ただ、ジョーが舞人が勇者特急隊だと知ったのはつい先日だ。

ウォルフガングもそれをジョーに教えられるまでは知らなかった。

「奴を倒すのは俺と飛龍だ。ほかの奴に邪魔はさせない」

「いいじゃろう。ワシも彼のいないマイトガインを倒しても意味がないからなぁ。2人だけの秘密じゃな」

「ふっ…気持ちの悪いことを言う。じゃあな…」

「待て、どこへ行く??」

「心配するな。仕掛けるときには合流する」

行先を伝えることなく、ジョーは立ち去っていく。

(まったく…プライドの高いやつだ…)

そんな彼をホイが使いあぐねている理由が分かった気がした。

ジョーのことを知ったのはミスターXからの支援を受け始めたころで、そのおかげで武装ロボットの量産や高性能武装ロボットの開発ができるようになった。

しかし、ウォルフガングにはその武装ロボットを操ることのできるパイロットが不足しており、研究を行う部下がパイロットを兼任する始末だ。

高性能武装ロボットになると、もはや使いこなせるパイロットすらいない。

そこで、それを乗りこなせるパイロットを探していた。

その中で、エースのジョーがアジアマフィアに雇われていることを知った。

ジョーがいれば、マイトガインを倒せる。

ウォルフガングはミスターXを介してホイと交渉し、彼から引き抜くことに成功した。

もっとも、ホイもプライドが高く、暗殺などの卑怯な手段を嫌うジョーとは水と油の関係で、いつ関係が切れてもおかしくなかっただろう。

パイロットとしての技量も噂以上で、模擬戦では使い慣れている専用のユニオンフラッグでティーゲル5656、8機を無傷で撃破していた。

操縦系統が異なる飛龍をあっという間に使いこなせてもいる。

(早く完成させねばならんなぁ…。フフフ、あの時の夢がもうすぐ現実に…)

3年前、AEUイナクトのデモンストレーションの時に見たあのガンダムの姿を思い出す。

世界一強いロボット、あのガンダムを越えるようなロボットを作りたいという夢。

AEUの研究者として、軍や国の命令に従って作り続ける環境に慣れてしまい、忘れてしまった夢をその時によみがえらせることができた。

だからこそ、今のウォルフガングはここにいる。

それが果たして正解なのかは今でも分からないが。

 

-ヌーベルトキオシティ 市街地-

「ぐわああ!?」

紫に染めた髪をした学ラン姿の男が殴り飛ばされ、鼻血を出しながら歩道に倒れる。

鼻を手で抑え、体を起こした彼は痛みに耐えながら目の前の殴ってきた男をにらむ。

「お前も、よくよく運の悪い男だな。また俺と出くわすとは」

彼を殴った男、ジョーの背後にはサリーが隠れており、ジョーは再び自分に殴られるようなことになった彼を憐れむ。

以前にも、ジョーは彼と出くわしており、その時はサリーを相手に暴行をしようとしていた。

それが気に食わなくて殴って追い払った。

「く、くそぉ!!覚えてろよぉ!!」

その時のことで、彼は自分がジョーには勝てないと気づいていた。

抵抗を見せることなく、背を向けて逃げていく。

「いちいち小悪党のことを覚えておくほど、俺は暇じゃないぞ」

「あ、あの…ありがとうございます。また助けてくれて…」

「けがはないようだな…運が悪いのはお前も同じだ。まさか、また同じチンピラに絡まれるとは…」

ヌーベルトキオシティは多くの人が暮らしているが、面積そのもので考えると小さな空間だ。

同じ悪党に何度も襲われる可能性もないとは言えない。

だが、ジョーはサリーを助けてからそれほど時間が経っていない。

そう考えると、サリーには何かトラブルに巻き込まれる体質があるように思えて仕方がない。

「けれど、おかげでまたあなたと会うことができました。先日はお名前を聞けなかったので、ずっと探していたんです」

「言っておくが、礼は不要だ。俺はお前を助けようと思ったわけじゃない…ただ、あのチンピラが目障りだっただけだ」

自分は礼を言われるような立場の人間ではない。

ジョーの脳裏に傭兵として戦い、殺してきた多くの人間の姿が浮かぶ。

今でも、悪党に雇われて、これからヌーベルトキオシティで戦いを起こす。

それだけでも、自分はヒーローではなく悪党だ。

もっとも、礼が似合うのは自分ではなく、勇者特急隊のような連中だろう。

「嘘です」

「何…?」

きっぱりと否定され、さすがのジョーも体がピクリと震えたのを感じた。

サリーの自分を信じ切った瞳が徐々にまぶしく感じられた。

「あなたは、あの人を追い払った時、私のことを心配してくれました。あなたは優しい人です」

「ちっ…」

そんなつもりはないにもかかわらず、ここまで断言してきたサリーに露骨な不快感をあらわにする。

大人として情けないと思うが、サリーの純粋な言葉と思いが心に突き刺さる。

反論したいところだが、まもなく作戦時間になる。

ジョーはその場を立ち去ろうと、再び歩き出す。

「待ってください!お名前だけでも…!」

背後からサリーの声と彼女の足音が聞こえてくる。

あきらめればいいものを、だが、きっとお礼を言って、名前を聞くまで追いかけ続けるだろう。

とんでもない少女を助けてしまったものだ。

「…エースのジョー」

「エースの…ジョー…?」

本名とは思えない、二つ名のような名前。

だが、本人がそう名乗っているなら、そうジョーと覚えるしかなく、サリーは反復する。

「一つ教えておいてやる。怪我をしたくなければ、早くこの町を離れるんだ。まもなく、ここは戦場になる。そして…勇者特急隊は俺が倒す」

「ジョーさん…」

走り去っているジョーの後姿をサリーは見つめる。

サリーの目にはジョーは悪党には見えない。

悪党なら、見ず知らずの自分にそんなことを教えるはずがない。

そんな彼がどうして勇者特急隊を倒すなどと言っているのか。

それがサリーには分からなかった。

まもなくして、爆発と共に激しい揺れが襲い、サリーはその場に座り込む。

「大変だ、武装ロボットが出てきたぞ!!」

「シェルターへ逃げろーーー!!」

「シェルターはあちらです!落ち着いて行動してください!!」

逃げ惑う人々を警官たちが必死に誘導する。

上空には25メートルもの巨体を誇るダークブルーでマッシブな体つきの人型兵器が複数機飛んでいて、発進したガバメントドッグをビームライフルで撃破していた。

「これが…ジョーさんの言っていたこと…」

「何をしている!?君も避難するんだ!」

座り込むサリーを見つけた警察官がサリーを抱えてシェルターへ走る。

だが、サリーの視線は次々と現れる武装ロボットに向けられていた。

(きっと、舞人さんが来る。そして…ジョーさんは舞人さんを、勇者特急隊を倒しに…)

 

-???-

「デンジャラスゴールド同盟…略してDG同盟の初舞台にしてはなかなかのものネ!」

ヌーベルトキオシティ近海の赤と緑をベースとした大型潜水艦の中華風の自室でヌーベルトキオシティでの戦闘の映像を見るホイは嬉しそうに酒を飲む。

この潜水艦は連合軍が使用していた輸送潜水艦を裏取引で手に入れたものだ。

中国の海は機雷まみれなので、アジアマフィアが裏で管理しているウラジオストクの港を使わなければならないという欠点があるが、多くの物資や兵器を秘密裏に輸送できることから重宝している。

ヌーベルトキオシティへ多くの物資と共に行き来しなければならないときはそれを選んでおり、仮に中国へ運ぶ際はウラジオストクからアジアマフィア所有のレゼップスを使い、陸路で輸送する。

最初はなんで下僕どもと同列で、しかも一緒に戦わなければならないのかと腹をたて、不機嫌そうにしていたのをチンジャは覚えている。

特にじゃんけん勝負でビトンが勝利し、名前を決められたことが彼には一番不愉快だった。

だが、こうして実際の戦いを見ているとすっかり機嫌をよくしている。

今回は量産したパオズーだけでなく、新しくミスターX経由で仕入れることに成功したGN-XⅣまで出撃させている。

(GN-XⅣ…連合では最新鋭の量産型モビルスーツまで手に入れることができるとは…ミスターX、中々気前がいいネ)

GN-XⅣはトランザムの存在や複数のハードポイントによる武装パターンの自由さなどでこれまでの量産型モビルスーツを圧倒しており、ガンダムに匹敵する性能を持っているとさえ言われている。

そんな機体を、しかも配備されたばかりのそれを手に入れることができた。

ミスターXへの不信感は消えないが、今はそれを手に入れたことへの優越感が勝っている。

(これで、アジアマフィアを狙う馬鹿どもへの抑止力になるネ…)

「おい、ホイ・コウ・ロウ!!貴様、まだ出撃しておらんのか!?」

突然、モニターにウォルフガングの顔が映し出され、さっそく怒ってくる。

ヌーベルトキオシティには既に彼とビトン、ミフネもそれぞれ自分の武装ロボットに乗って出撃しており、その場にいないのはホイだけだ。

「うるさいネ!なぜ儂まで出なければならない!?アジアマフィア総帥の儂が!!」

「黙れ!この同盟では同列じゃ!!さっさと出て来い!!お前らの武装ロボットを作るのに、儂らがどれだけ苦労したと思っている!?」

今回の同盟結成が決まってから、ウォルフガング一味はミスターXの要請で各組織のリーダー用の武装ロボット作りに忙殺された。

そのせいで、完成させたかった飛龍は未だ未完成で、疲れてダウンしてしまい、出撃できない部下が大勢いる。

お膳立てしてやり、こうして出撃しているにもかかわらず、ふんぞり返るホイが気に入らなかった。

だが、ホイも無理やり出撃させようとする彼が気に入らない。

「これも作戦のうちネ!!黙って戦っていろ、下僕ども!!」

「ホイ・コウ・ロウ、貴様!!」

一方的に通信を切り、再びモニターにはヌーベルトキオシティの光景が映る。

「ホイ様…よろしいのですか?」

さすがに、同盟相手とけんか腰になり続けているのはまずいと思い、チンジャは恐る恐る尋ねる。

だが、ホイは何も言わずにお代わりの酒を飲み、その後でフッフッフッと低い笑い声を出す。

「心配いらないネ…これで、我らアジアマフィアの勝利ネ」

 

-ヌーベルトキオシティ-

「…くそ、ホイは出撃せんようじゃ」

改造した専用ティーゲル5656にイッヒらと共に乗り込んでいるウォルフガングがミフネらに通信を送る。

「あの爺さん!あたくし達だけに仕事をさせて、おいしいところだけもらうつもりかしら!?」

「なんと卑怯な…!!ウォルフガング殿、なんとかできぬのか!?」

「できたらもうやっとるわい!仕方ない…儂らだけでやるぞ!!」

今出撃しているDG同盟の戦力ではアジアマフィアの戦力は2割程度。

組織ぐるみで手を抜いているのは丸わかりで、説得に応じない以上はもうどうしようもない。

ただ、何か悪だくみをしていることは間違いない様だ。

それがDG同盟の利益になる可能性があるなら、黙るしかない。

「ジョー、マイトガインは任せるぞ」

「分かっている。しかし…これが飛龍の量産型か」

ジョーが乗る武装ロボットは先ほどサリーが見た、飛行する武装ロボットとは異なり、黒と赤、そして白のトリコロールをしている。

飛龍の量産型、メガソニック8823はフェイズシフト装甲を廃止した代わりに発砲金属を使い、結果的に機動力そのものは飛龍を上回っているという。

ただし、扱えるパイロットが不足しており、アジアマフィアに傭兵を連れてきてもらうよう頼んだが断られたため、やむなくリミッターをかけたうえで、自分の部下に出撃させている。

「ふっ…邪魔だけはしてくれるなよ。勇者特急隊は俺がやる。お前らはその取り巻き共の相手をすればいい」

「ウォルフガング様、勇者特急隊です!」

「来たか…」

モニターにこちらへ移動するマイトガインとヴァングレイなどの機動兵器が映し出される。

マイトガインを見つけたジョーは飛龍を飛行形態に変形させ、一直線に突っ込んでいく。

「ウォルフガング様…よろしいのですか?」

「構わん。それよりも、しっかり飛龍のデータを取っておけよ」

「了解…!あ、ウォルフガング様!エステバリスを確認しました!!」

マイトガインとヴァングレイとは異なり、東側からガードダイバーとエステバリス、ザンボット3が、西からはパラメイル部隊とライトブルーで塗装されたユニオンフラッグがDG同盟を倒すために集まってきている。

ミスターXからの情報では、他にもオーブから極秘裏にやってきたガンダムやソレスタルビーイング、そして異世界の機動兵器もいるというが、それにしては現れる敵機が少なく、肝心のナデシコやトレミーの姿がない。

「戦艦の姿が見えません。隠れてるんでしょうか?」

「町への被害を考えたんじゃ。儂らとは違うからのぉ…」

善人でないことは承知しているが、こうして燃える町を見ていると、やはり自分のやることに後味の悪さを感じずにはいられない。

だが、最強のロボットを作るため、そして部下たちを守るためには、今はミスターXの命令に従うしかない。

「さあ、行くぞ!!ナデシコ隊を足止めする!!」




機体名:ユニオンフラッグ・ジョーカスタム(仮称)
形式番号:SVMS-01J
建造:ジョーによる現地改修
全高:17.9メートル
全備重量:74.2トン
武装:リニアライフル、ディフェンスロッド、GNビームライフル、20mm機銃、ソニックブレイド、GNビームサーベル
主なパイロット:雷張ジョー

ヴォルフガングの元へ行く前のジョーが使用していたモビルスーツ。
中国大陸のアングラな市場で手に入れたものを改造したもので、右肩には戦場で撃破したモビルスーツから手に入れた疑似太陽炉を外付けされ、赤・白・黒のトリコロールの色彩となっている。
過去にも、ユニオンフラッグに疑似太陽炉を搭載した例が存在するが、その場合は動力機関の規格が異なるため、機体バランスが劣悪なものになる。
ただし、彼の機体の場合はなぜかその問題は克服されており、変形も可能となっている。
彼にメガニックとしての教養があるためと思われるが、詳細は不明。
また、武装や使用しているパーツも中国大陸で容易に調達できるもののみでそろえており、整備性に優れた機体となっている。
戦闘映像では、戦闘起動中に飛行形態からモビルスーツ形態に変形しているものがあり、そのことから彼と関係があると思われる人物の特定に成功した。




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第36話 エースのジョー

-ヌーベルトキオシティ-

「マイトガイン!!」

戦闘機形態の飛龍でマイトガインに迫るジョーは操縦桿代わりとなっているハンドルのクラクション部を鳴らし、エネルギー弾を発射する。

飛龍のコックピットはエレキカーである隼号となっており、その都合上ハンドルで操縦することになる。

モビルスーツの操縦に慣れていたジョーは最初、そうした操縦が苦手だった。

話によれば、ウォルフガングは飛龍を開発する際にインパルスとマイトガイン、ガンダムキュリオスをモチーフとしたようだ。

どちらも分離合体機能がある点は共通しており、それに可変機能をも取り込もうとしていた。

ジョーはモビルスーツをハンドメイドで組み立てたことはあるが、専門家程詳しくなく、そうした複数の機能が搭載されると整備性が複雑になり、維持に大きな課題が出る。

そのため、合体機能を本体と隼号に分けて単純化することで変形機能の組み込みに成功させたようだ。

なお、飛龍の完全量産型といえるメガソニック8823は変形機能のみが採用され、合体分離は排除されている。

「舞人!!避けては、町に被害が!!」

発射されたエネルギー弾の出力はビルや車両を焼き払うのには十分すぎるほどだ。

避けることを頭からかなぐり捨てた舞人はフェイズシフト装甲にエネルギーを回し、エネルギー弾を受け止める。

出力が上昇したフェイズシフト装甲のおかげで、エネルギー弾のダメージは最小限の抑えることができたが、わずかに後ろへ下がってしまう。

「ちっ…!フェイズシフト装甲か…重量がある分、耐久性はある。だが…!!」

ギアチェンジを行うと同時に、飛龍の姿が人型形態に変化する。

そして、ビームライフルをマイトガインに向けて発射しようとする。

「別の反応か!?奴との1対1の勝負の邪魔をするな!!」

側面モニターに映る、ビーム砲を連射してくるヴァングレイにジョーが激昂する。

ヴァングレイが発射したビームは飛龍の装甲に接触すると同時にはじけ飛ぶ。

「対ビームコーティング!!これだとビームが!!」

「なら、こいつがある!!」

レールガンを発射するが、再び戦闘機形態に変形した飛龍はゆうゆうとその場から一度離脱して回避する。

ビルに当たらないように計算して発射されたものの、やはり通過するだけで付近のビルのガラスが割れてしまい、着弾した道路には大きなクレーターが出来上がる。

「くそ…!このまま戦い続けたら、町にも被害が…うおっ!!」

徹甲弾がヴァングレイの装甲をかすめ、コックピット内が大きく揺れる。

「ううう!!ソウジさん、4時方向に大砲を付けたモビルスーツが…!」

「アジアマフィアか…くそ!!」

その方法にいる機動兵器の正体がヴァングレイのモニターに映る。

ザフトのサブフライトシステムであるはずのグゥルとそれに乗る長距離射撃型のティエレンが映っていて、更には護衛用のユニオンフラッグ2機がモビルスーツ形態で飛行している。

おそらく、徹甲弾を発射したのはティエレンだろう。

その機体をどうにかしなければ、舞人の援護に向かうことができない。

「援護する!!」

刹那の声が聞こえるとともに、ティエレンを乗せているグゥルをビームが側面から撃ち抜く。

グゥルが爆発し、乗っていたティエレンが転落していく。

ユニオンフラッグがビームを撃ってきた機体を攻撃しようとわずかにヴァングレイから注意をそらしてしまう。

「よそ見してんじゃねえぞ!!」

ソウジが叫ぶとともに2門のビーム砲が連射される。

次々と発射されるビームがユニオンフラッグをハチの巣にし、上空で炎の華を咲かせた。

「新手!?ちっ…ユニオンフラッグか!?」

「旋風寺舞人!ここで奴を暴れさせるな!海へ誘導しろ!!」

「了解…!エースのジョー、俺と戦いたいなら、ついてこい!!」

舞人はマイティバルカンで飛龍を牽制しつつ、後ろへと下がっていく。

「この場で戦うつもりはないか…いいだろう!!」

ライフルを1発撃った後で、再び飛龍と戦闘機形態に変形させ、マイトガインを追跡する。

その2機を追いかけるように、青いユニオンフラッグが飛んでいく。

「あの機体…刹那が乗ってるのか?」

「確認したところ、装備しているのはGNコンデンサー搭載型のGNソードⅡ改と内蔵型リニアキャノン、加速用追加ブースターを装備しています。装備の違いがあれど、性能面は旧型のユニオンフラッグと同等ですが…」

「乗ってるのがイノベイターなら、段違いってことか…。げっ、まだ反応があるのかよ!?」

今度は地上で、武装ロボットたちが動き始める。

ニンジャや赤い仁王型の大型武装ロボット、おまけにティーゲル5656やフロマージュとジャック・オ・ランタンをモチーフにしたと思われる大型武装ロボットの姿まである。

「犯罪者のオンパレードってところか!!」

「赤い機体は俺たちに任せろ!!」

「第1中隊は小型機を狙うわ!ロザリー、エルシャ、クリスはキャノンで遠距離支援を!ビームを撃たせないで!!」

「了解、ロザリーちゃん合わせて!!」

「ああ、クリス!!分かってるよな!!」

「うん…!!」

クリスとエルシャのハウザーのリボルバー砲から赤い弾頭がニンジャめがけて発射される。

「ふっ…!その程度の飛び道具で止められる我らではない!!」

影の軍団にとって、ただ一直線に飛ぶだけの弾丸はわけもない。

大江戸ランドを隠れ蓑として昼は従業員として接客をし、夜は忍者としての過酷な訓練を積んできた。

そして、その訓練を武装ロボットで生かすためにバイオフィードバックシステムを採用した。

そのおかげで、ニンジャ達は鋭い反応速度で飛んでくる弾丸を回避しようと動きだす。

「避けるんだろ…?だったら、こいつならどうだぁ!!」

動き出すのが見えたロザリーはガトリング砲を発射された弾丸に向けて発射する。

ガトリングを受けた弾丸からはピンク色の煙幕が放出され、それがニンジャ達を包み込んでいく。

「これは…GN攪乱幕!!これではビームが使えん!!」

攪乱幕でモニターがピンク一色となり、通信機も雑音だらけで使えなくなる。

こうなると、取るべき手段は2つ。

ニンジャの1機が口の火炎放射で攪乱幕を焼き払おうとする。

だが、火炎を放つ前にアサルトライフルの弾丸が正面から襲い掛かり、頭部が吹き飛ぶ。

「何ぃ!?」

「あたしの前で足を止めるなんて…いい度胸だなぁ!!」

頭を失い、カメラが使用不能になったニンジャをゼロ距離まで接近したヒルダのグレイブがパトロクロスで横一閃に切り裂いた。

真っ二つになったニンジャはグレイブが離脱するとともに爆発し、その影響で粒子が拡散する。

「何だと!?うおおお!!」

「まったく…悪趣味な機体よ!忍者なら、しっかり忍んで戦えばいいのに」

ヴィルキスがラツィーエルを頭上から突き立ててもう1機のニンジャが戦闘不能に追い込み、もう1機はブンブン丸で真っ二つにされる。

だが、撃破したのはまだ3機で、ニンジャはまだまだ残っているうえにデカブツも残っている。

「ええい、よくも我らが同胞を!!ミフネ様、あの機体…パラメイルです!!」

「パラメイル…むぅぅ、年端もいかぬ女子と戦うのは気が引けるが…」

パラメイルとメイルライダー、そしてノーマについてはミスターXからの情報でDG同盟のメンバー全員が知っている。

ミスターXの命令の中にはナデシコ隊や勇者特急隊に協力している彼女たちも倒すことも含まれている。

女と戦うことは信条に反するが、スポンサーの命令であれば仕方がない。

「パラメイルは装甲が薄い。一撃でも当たれば大きな打撃となる!!面で制圧せよ!!」

「御意!!」

4機のニンジャ達が飛び立ち、そのうちの2機がヒルダのグレイブに向けて鎖鎌を投げつける。

「へっ…!そんな古い武器でやろうだなんて…!?」

鎖をパトロクロスで切り裂こうとしたヒルダだが、分銅部分についているブースターが点火し、大きく加速する。

「フフフ…ミスターXの支援でパワーアップしておるのだぁ!!」

もう1機のニンジャの鎖鎌の分銅もブースターで加速し、2つの鎖で両腕が封じられる。

「しまった…!ちくしょお!!」

ヒルダのグレイブにはマニピュレーターを使わずに攻撃できる装備がなく、無理に動こうとしたら両肩の関節部が悲鳴を上げる。

だが、このままにしていると正面からニンジャの一撃を加えられ、お陀仏だ。

「せめてもの情け…一撃で冥府へ送ってやろう!!」

「ヒルダ!!」

ナオミの声と2発の発砲音がヒルダの耳に届く。

弾丸が鎖を撃ち抜き、グレイブの両腕が自由になる。

「ちっ…ナオミか!?」

「その舌打ちは何なの!?せっかく助けてあげたのに!!」

「うるせえ!!ああ、くそ!!さっきはよくも!!」

アンジュ程嫌いというわけではないが、エルシャと同様にアンジュと無理やり仲良くさせようとするナオミのこともヒルダにとってはあまりいい印象がわかない。

そんな彼女に助けられたとなると不愉快だ。

その怒りをぶつけるかのように、ヒルダはニンジャの1機に正面から突っ込んでいく。

「正面!?血迷ったか!」

驚いたものの、正面から来た彼女に向けて火炎放射を放つ。

このままなら、方向転換が満足にできず、自分から丸焼きにされるだけのはずだ。

だが、彼の判断は謝っていた。

ヒルダは体にかかるGなどお構いなしに急に真上に向けて機体の機動を変えさせた。

「何!?」

「そんな炎、ドラゴンが出す炎に比べちゃ、なんてこともねーんだよ!!」

真上からニンジャに向けて凍結バレットを発射する。

着弾と同時にそこを中心に急速の冷却されていき、ニンジャのコックピット内の気温も急激に下がっていく。

「機体を氷漬けにするだと!?ええい、やむを得ん!!」

ガレオン級を氷のオブジェに変えるほどの冷却能力を持つ凍結バレットを前にしては、ニンジャの火炎放射器では対抗できない。

やむなくニンジャのコックピットを開き、脱出する。

パイロットを失ったニンジャは氷のオブジェと化し、コックピットの中も氷漬けとなった。

仮に彼が脱出を決めていなかったら、彼もまたニンジャと同じ運命をたどっていたかもしれない。

「むぅぅ…うるさいコバエめ!!このショーグン・ミフネが落としてくれよう!!みよ、我が武装ロボット、ニオーの力をぉ!!」

ニオーが起動し、胸部装甲を展開する。

そして、そこからミサイルを次々と発射する。

「ああ、もう!!こんなに数を撃ってきて!!」

パラメイルにとっては命取りとなるミサイルが次々と発射され、アンジュ達はアサルトライフルでミサイルを撃ち落とすか、回避に徹するしかなくなってしまう。

「この野郎!!ミサイルばっか撃ちやがって!!金持ちかよ!!」

ミサイルを撃ちまくるニオーにキレたロザリーはガトリング砲をニオーに向けて連射しながら接近を始める。

だが、次々と発射されるガトリングはどれもニオーの装甲を傷つけることもできない。

「無傷…フェイズシフト装甲なの!?」

「この程度で我がニオーはやられはせんぞぉ!!」

ニオーの口が開き、拡散するビームが発射される。

ミサイルの次に発射されたビームに思わず反応が遅れ、接近していたロザリーのグレイブの左腕にビームが命中してしまう。

「ロザリー!!」

「うわあああ!くっそぉ!!」

もし少しでも右にずれていたら焼き殺されており、ロザリーはグレイブの左腕を見る。

肘から先が焼き尽くされており、関節部も融解している。

そのせいか、曲げたり伸ばしたりすることができなくなっていた。

こうなると、もう左腕パーツそのものを交換するしかない。

「ロザリーは下がれ!片腕だけじゃあ、ガトリングの反動に耐えられねえだろ!!」

「くそ…!!悪い、後は頼んだぜ!!」

ロザリーのグレイブは戦場に背中を向け、メガロステーションの方向へ交代する。

ニンジャが追いかけようとするが、その目の前にレールガンの弾丸が当たり、クレーターができる。

「うう…ロザリーの…逃げる邪魔はさせない…!!」

 

-ヌーベルトキオシティ港近海-

「ふん…!その程度か!?マイトガイン!」

湊付近の海で、上空で移動をしながら打ち続ける飛龍にマイトガインは動輪剣や装甲で防御するのに精いっぱいとなっていた。

「く…舞人!!」

「まだだ…耐えてくれ…!!」

バッテリーの残量を確認すると、3機分の容量があるため、まだまだ余裕がある、

相手がフェイズシフト装甲を採用しているかどうかは分からないが、ビームをいつまでも打ち続ける余裕はないだろう。

それに、今闘っているのは舞人1人だけではない。

飛龍に向けて別方向からビームが飛んできて、飛龍は1発だけ受けてしまうものの、右腕からビームシールドを展開させて受け止めた。

「ビームシールド!?」

「追いかけてきたか…水色のユニオンフラッグ!そういえば…」

目の前で人型に変形した刹那のフラッグを見たジョーは戦場で一時的に共闘した傭兵から聞いた噂を思い出す。

2か月前、宇宙でヒサゴプラン用のコロニー建造現場にアザディスタン王国第1皇女のマリナ・イスマイールがコロニー公社側が起こしたテロに巻き込まれたという。

実はコロニー公社は建設の際に不正行為を働いていたという黒いうわさがあり、マリナはその真偽を確かめるべく、視察に来ていた。

焦った公社側は市場に流れていたGN-XⅢを3機や傭兵を雇って、彼女を暗殺しようとした。

だが、そこでやってきたのが今、ジョーの目の前にいる水色のユニオンフラッグだ。

その機体1機に3機のGN-XⅢは撃破されてしまった上に、テロリストたちは拘束されることになった。

こんな情報が入ってきたのは、実を言うとその傭兵の友人がその現場を見ていたからとのことだ。

眉唾物な噂で半信半疑だったが、もし本当にいるなら戦ってみたいとも思っていた。

その場合は、自前のフラッグで戦いたかったが、そんな好都合なことは起こらない。

「いいだろう…2機まとめて相手をしてやる!!」

「あの機体…俺にも注意を向けたか」

人型形態に変形し、GNソードⅡ改で飛龍に斬りつける。

トンファーを手にした飛龍はそれで鍔迫り合いを演じる。

1機相手だけならそれでもいいが、今のジョーの相手は2機だ。

その飛龍に向けて、マイトガインがマイティスライサーを投げつける。

「ちぃ…!」

フェイズシフト装甲はあるが、これからの戦闘のことを考えると無駄にバッテリーを消耗するわけにはいかず、後ろへ距離を離して回避する。

その隙に刹那は両肩に外付けしていたミサイル6発を発射し、そのうちの1発をGNソードⅡ改のビームライフルで撃ち抜く。

ミサイルが爆発するとともに、その中にあるスモークが飛龍を包む。

「スモーク…姑息な手を使う!」

広範囲に広がっていくスモークには攪乱幕の反応があり、ビームライフルが使えないことは分かっているジョーはスモークの外へ出るために上昇しようとする。

だが、あろうことか煙を突き破って刹那のフラッグが真後ろから接近してくる。

「何!?」

センサーがあってもこの中で敵の位置を把握し、背後を取るのは至難の業だ。

それをやってのけるとなると、やはり相手はあの噂のフラッグとそのパイロット。

だが、ジョーも伊達に中国の修羅場を生き延びてきたわけではない。

トンファーでかろうじてGNソードⅡ改の刃を受け止める。

「くっ…!」

「刹那さん!!」

マイトガインが動輪剣で背後から飛龍に切りかかる。

だが、その剣もすかさずビームライフルから出たビームジュッテで防がれてしまう。

「く…2人がかりでも…!!」

「貴様の相手は後だ!まずはマイトガインを…何!?」

舞人ら3人に向けて砲弾が飛んできて、イノベイター故にいち早く気づくことのできた刹那はGNソードⅡ改のライフルで2人へ向かう弾丸を撃ち落とそうとする。

2人へ向かう弾丸6つの内の4つを撃ち落とすことに成功するが、残り2発が2人を襲う。

「うわあああ!!」

「何!?この弾丸は…!!」

弾丸は接触すると同時にさく裂し、フェイズシフト装甲で守られているはずの飛龍とマイトガインの装甲にひびを入れる。

「砲撃位置は…あそこか!!」

舞人のモニターに砲撃位置の様子が映し出される。

ダイターン3くらいの大きさを誇る、8門もの砲台を付けた戦車4機が水上をホバー移動していて、その中央には金色の辮髪のような飾りを付けた、緑色で20メートルクラスの大きさの人型兵器がグゥルに乗って移動していた。

「ホイ・コウ・ロウか!」

人型兵器を見たジョーは即座に攻撃してきた犯人をいい当てる。

コックピットのサブパイロットシートには彼の言う通り、ホイの姿があり、その前にあるメインパイロットシートにはチンジャが座っている。

「その通りネ、エースのジョー!」

「あのままマイトガインと一緒にやられておけばよかったものを。これは我々ではなく。ウォルフガングなどという技術者の元へ移った制裁だ」

「何だと!?」

再び戦車の砲弾がこちらへ向けて飛んでくる。

マイトガインと飛龍は互いに別方向へその場を離れて弾丸を回避する。

だが、2機ともここでの真剣勝負のせいで推進剤を消耗しており、仮にガス欠を起こすとあの弾丸の餌食になってしまう。

「舞人、ジョー!!くっ…!!フェルト、あの戦車をヴェーダで照合できるか!?」

戦闘機形態に変形したフラッグでその戦車の元まで飛行し、ライフルで牽制をしながら待機中のトレミーと通信する。

刹那の通信を聞いたフェルトは即座にヴェーダと刹那から送られる機体の映像を確認する。

「刹那、あれはニーベルゲンよ!メガノイドが所有していた大型戦車がどうして…!!」

ニーベルゲンをはじめとした、ダイターン3を除くメガノイド由来の兵器は万丈によってすべて破壊されているはずだ。

水上ホバー機能が追加されていること以外はデータ上のニーベルゲンと大差はないが、問題はなぜDG同盟がそれを持っているかだ。

「マイトガインを倒したことで、組織の主導権はホイ様のものとなる!」

「ぬほほほほほ!!マッドサイエンティストとこそ泥、エセザムライなどと同列にされるとは心外ネ!」

「貴様…!!」

「ウォルフガングから買い取ったこのニーベルゲンでとどめネ!!」

「そうはいくかよ!!」

ニーベルゲンから発射される弾丸だが、上空から飛んできたマイトガインの前へ降りてきた人型兵器が盾となって受け止める。

「お前は…!!」

「フッ、復活したか…」

砲弾を回避したジョーと守られた舞人は現れた人型兵器の正体を見て、安堵の表情を見せる。

その姿はトライボンバーだが、胸部に追加装甲、背中に翼型のバックパック、右肩にミサイルランチャーが装備され、更にはヘルメットをつけており、より重装甲な人型兵器と化していた。

「へっ…そんな弾丸!今の俺様のフェイズシフト装甲では…無意味だぜ!!」

マイトガインと飛龍のフェイズシフト装甲にひびを入れたニーベルゲンの砲弾すら、今のトライボンバーにとっては何のこともない。

「今の俺はバトルボンバー!トライボンバーに更には新しい仲間、ホーンボンバーを加えた猛獣4体合体で復活した!!」

「まさに最高のタイミングで復活したな、ボンバーズ!!」

 

-メガロステーション-

「どうにか…間に合ったな」

「ええ…一時はどうなるかと思いましたよ…」

バトルボンバーがいた格納庫で、大阪と浜田がクタクタに疲れ果てており、閉じたハッチを見ていた。

2人と整備班が総動員でトライボンバーを修理し、更にはその新しい仲間であるホーンボンバーの起動まで行っていた。

ホーンボンバーは元々、ボンバーズのプロトタイプとして開発されたもので、超AIは搭載されていなかった。

しかし、トライボンバーの損傷と宇宙での戦いに備えて、ホーンボンバーの改良と超AIの搭載が急務となった。

そこで、ホーンボンバーをトライボンバーの強化パーツとして位置づける形で回収が行われると同時に、超AIを搭載した。

問題は根本的な改造に伴う不具合で、元々は合体・分離機能がついていなかったため、それに伴うOSの変更が必要になった。

そこで助けになったのはキラで、彼がOSを改造してくれたことで起動することができた。

「だが…これでボンバーズは飛行戦力としても通用する。宇宙で戦える」

「はあはあ…頼んだよ、バトルボンバー。舞人達の力になってくれ…」

 

-ヌーベルトキオシティ港近海-

「グヌヌヌヌヌ!!ウォルフガングめ!とんだ不良品を売りつけおって!」

バトルボンバーに無傷で止められ、腹を立てたホイはウォルフガングに怒りをぶつける。

だが、その原因はバトルボンバーがホーンボンバーの大出力のバッテリーを追加したことによってマイトガイン以上にエネルギーをフェイズシフト装甲に回すことができるようになったためだ。

そのせいで、ニーベルゲンの砲弾が相対的に火力不足になったに過ぎない。

「だ、だが…敵が増えたところで…な!?」

「この反応…奴か?」

「ええい、撃て撃て撃て!!撃ちおとせぇぇぇ!!」

新たな反応が見えたホイは狂ったようにニーベルゲンに命令を出し、ニーベルゲンはその反応が出た方向に向けて次々と砲弾を発射する。

しかし、いくら撃っても反応が消えず、どんどんホイ達の元へ接近している。

更にはホイ達が乗っている人型兵器めがけて大出力のオレンジ色のビームが飛んでくる。

「げええええ!!」

「ニーベルゲンを盾にします!!」

1機のニーベルゲンが自動的にホイ達の盾となり、ビームを受け止める。

巨大戦車というだけあって、装甲の表面が焼かれる程度で済んだものの、仮にそのビームが2人に直撃していたら、あっという間に焼肉にされていただろう。

ホイ達を突っ切っていくその機体はダークブルーのユニオンフラッグというべき姿をしていた。

しかし、腰部には2つの疑似太陽炉を搭載しており、機動力もあのビームの出力も刹那のフラッグとは段違いの、まさに最新鋭のフラッグタイプというべきモビルスーツだ。

コックピットには地球連合軍の正式のものであるライトブルーのノーマルスーツを身にまとい、右目あたりに傷跡を残している金髪で緑色の瞳をした白人男性が座っている。

接近してくる機体を見た刹那は笑みを見せる。

「ブレイヴ…奴か」

「久しいな、まさか君もフラッグを使っていたとは…少年!!こちらはソルブレイヴス隊隊長のグラハム・エーカー少佐だ。勇者特急隊、そしてそこのユニオンフラッグ!これより援護する!」

グラハムが乗るブレイヴはヴェーダを通じて刹那も知っている。

旧AEUや旧ユニオンの技術者たちが集まり、ビリー・カタギリが主任となって開発された試作モビルスーツで、グラハムが搭乗しているのはその中でも指揮官機となることを想定されている。

「グラハム・エーカー…」

突然現れるとともに、懐かしい声を聴いてしまったジョーは動揺を見せながらも、ビームライフルで迫る砲弾を撃ち落とす。

そして、戦闘機形態に変形してニーベルゲンとホイ達のいる場所まで飛んでいく。

「ジョー、いったい何を!?」

「ええい、ジョー!!このホイ・コウ・ロウの栄光の道の邪魔をするなら、諸共撃ち落とす!!」

射線上に入ってきたジョーに構わず、ニーベルゲンに攻撃命令を出し、ニーベルゲン達は砲弾を発射していく。

だが、死角から発射されるならともかく、こうして目の前で撃ってくるというなら、ジョーと飛龍の機動性ならば威力以外に大したものはない。

左右へ揺らすように飛んで交わしていき、ニーベルゲンの1機に肉薄していく。

そして、その場で急速変形するとともにトンファーで砲台の1つを斬りつける。

大型兵器であるニーベルゲンそのものを破壊するのは難しいが、砲台を破壊していくくらいなら容易だ。

実際、トンファーを受けたことで砲台が1つ折れてしまった。

「な、な、な、何をするネ!!裏切ったか!?」

「寝言は寝て言え。先に攻撃してきたのは貴様らだ」

「あの赤い人型兵器…まさか、あれに乗っているのは…」

飛龍の先ほどの動きはグラハムが一番よく知っている動きだ。

自分がユニオンフラッグのテスト飛行の時に披露し、彼の名を一躍有名にした高度な空中変形マニューバ。

それができるのはグラハムやかつてのオーバーフラッグス、そして今彼が所属しているソルブレイヴス隊以外にいるとしたら、彼しかいない。

「ジョー…」

シグナルビームで飛んでくる砲弾を破壊した舞人はジョーの、相手にとっては裏切りと言える行動に驚きを見せる。

先ほどまでDG同盟と共に自分と戦っていたジョーが、撃たれたからとはいえどうして自分たちを助けるような動きをしたのかが分からなかった。

「マイトガイン、貴様との決着は後回しだ。今は俺たちの戦いに水を差した…こいつらを始末する!!」

「俺たちと一緒に戦うのか?」

「そのつもりはない…。だが、一時休戦だ」

「…分かった」

「ええい!!もういい!!これで奴を葬る絶好の口実ができたネ!!チンジャ!シャオマイで飛龍を破壊するネ!!」

「かしこまりました、ホイ様!」

2人が乗る武装ロボット、シャオマイが持っている青柳刀から電撃を放つ。

電撃は飛龍の持つビームライフルを襲い、爆発させる。

「撃ってきたな…。これであとくされなく貴様らをやれる!」

ビームライフルを失ったことを気にすることなく、真上からニーベルゲンの装甲を足を押し付け、パイルバンカーの要領でジャバリンを発射する。

中枢機能を撃ち抜かれたことで、ニーベルゲンは機能停止してしまう。

(ウォルフガングの言っていたことがここで役立つとはな…)

ウォルフガングの世話になっているため、ジョーはニーベルゲンのことを知っていた。

出所は分からないものの、その残骸を彼は手に入れており、それで4機のニーベルゲンの修復に成功している。

ホイのごり押しで無理やり買い取られてしまったことが気に食わなかったのか、先日ニーベルゲンの中枢機能の場所を教えられた。

そして、真上からジャベリンをゼロ距離発射すれば、それを破壊できるということも。

しかし、ジャベリンは2つしかなく、まだニーベルゲンは3機残っている。

この戦い方はあと1回しかできない。

「ふん!!ニーベルゲン1機やられたところで…」

「いいや、あと2機になる!!」

その言葉と共に、どこからか高熱のエネルギーが飛んできて、ニーベルゲンの側面に直撃する。

エネルギーを受けた個所の装甲はまるでマグマを浴びたかのように溶けていく。

「今だ、舞人!!」

「分かりました!!ガイン!!」

「了解、マイティスライサー!!」

飛龍を追いかけていたマイトガインが脆弱化した装甲めがけてマイティスライサーを投げつける。

頑丈なはずだった装甲をたやすく突破したスライサーが中枢機能を破壊し、その1機も機能停止した。

上空にはそのエネルギー弾を発射した犯人であるダイターン3の姿があった。

「万丈か…」

「ニーベルゲンは戦ったことがあるからね」

ダイターン3のサン・アタックであれば、戦艦の主砲以上のエネルギーでニーベルゲンの装甲を劣化させることができる。

そう考え、メガロステーションから緊急発進してここに到着していた。

それに、実を言うとニーベルゲンの1機は破嵐邸に保管されており、世界最大級のラジコンとしてトッポの遊び道具となっている。

さすがに大っぴらに使うわけにはいかないため、敷地内のみでの使用となっている。

同時に解析もしているため、その弱点を知っている。

「くううう…!!だが、あれほどの出力のエネルギー弾を発射したネ!そんなのをそう何度も発射できるわけが…」

「日輪の力を借りて、今、必殺の!!サン・アタック!!」

「な、何ぃ!?」

間髪入れずに再びサン・アタックがもう1機のニーベルゲンに撃ちこまれる。

そして、そこへめがけてダイターン3のドロップキックが炸裂し、ニーベルングの装甲の大穴が空いてしまった。

「な、なぜ!?最大出力で連射するとは…!!」

「ダイターン3も、3年前から少々手を加えているのさ」

ダイターン3のバックパックに外付けされていたコンデンサーが自動的に廃棄され、サン・アタックの最大出力連続発射を終えたダイターン3の額は冷却材を使った強制冷却が始まる。

複数の機体との戦闘で、最大出力のサン・アタックが複数回使わなければならない状況になることを想定して開発したもので、まだ使い捨てなうえに、冷却時間の間ダイターン3が動けなくなるという課題はあるものの、太陽エネルギーの容量を一時的に増やすことができる。

そのおかげで、今回は2回連続の最大出力発射が可能となった。

「ええい!!破嵐万丈めぇ!!」

「奴ばかり見ているとは、余裕なことだな!!」

ダイターン3に注意が向いたことで、飛龍は最後のニーベルゲンに再びゼロ距離からジャベリンを撃ちこむ。

これによって、4機のニーベルゲンすべてが沈黙することとなり、シャオマイが孤立することになった。

「これで、虎の子の戦車はなくなった…。さあ、ホイ。俺たちの勝負に水を差した報いを受けてもらうぞ」

「ぐぬぬぬぬ…!!」

闘わなければならない相手が5機になり、今ここにいるのはシャオマイのみ。

逃げるとしても、既に乗っていた潜水艦は離脱ポイントに向かっており、特にジョーは自分を逃がしてはくれないだろう。

救援を呼ぼうにも、ホイの抜け駆けまがいの行動をウォルフガング達は許すはずがないだろう。

仮に助けられたとしても、その責任を追及され、同盟から追放されてしまう可能性だってある。

しかも、ホイはウォルフガングの部下であるジョーに攻撃してしまった。

言い逃れなんてできる状態ではない。

「アジアマフィアのホイ・コウ・ロウ!!武装ロボットの違法所持と売買、及び密輸の容疑がかかっている!貴様の行動によっては、撃墜許可も出ている!速やかに武装解除し、投降しろ!!」

既にブレイヴのライフルはシャオマイのコックピットに向けられており、グラハムは職業軍人として、ホイとチンジャに警告する。

グラハムは表向きでは、日本のヌーベルトキオシティで攻撃を行う世界的な犯罪組織であるアジアマフィアへの攻撃が任務となっている。

当然、その総帥であるホイは彼にとっては確保しなければならない犯罪者だ。

「ぐぬぬぬ!!!シャオマイはアジアマフィアが開発した最新鋭の武装ロボット!連合も勇者特急隊もジョーの奴も、みんなやっつけてやるネ!!」

「そんな自暴自棄になる必要などありませんよ。総帥」

「何!?その声は…」

「増援か…何!?」

次々と疑似太陽炉で作られたGN粒子がエネルギーのビームが飛んできて、シャオパイに迫る5機をけん制してくる。

そのビームを撃ってきたモビルスーツにグラハムは驚きを隠せなかった。

向かってくるのは10機、しかもそれはすべて赤く塗装されたブレイヴだった。

「あのフラッグタイプ…隊長のものと同じ!?」

(おかしい…。ブレイヴはまだ試作段階で量産も編成も正式には完了していない。それに…ブレイヴは私のものを含めて6機しかないはずだ!それに、ソルブレイヴス隊構想は連合と少年たち以外には一般に公開されていないはず…!!)

ブレイヴは現在の地球連合が行う融和政策に伴う軍縮で誕生した試作モビルスーツだ。

少数の機体で迅速に戦場に展開し、速やかに問題を解決するという戦術要求を実現したものだが、まだどのように運用するかが決まっていないことから試作機の領域から脱しておらず、現在も性能評価の段階だ。

そうなったのは指揮官機をどうするかの意見が分かれているからだ。

グラハムが乗っている指揮官用ブレイヴは今目の前にあるブレイヴとは異なり、疑似太陽炉を2つ搭載している。

そのおかげで、一般機以上のパワーと機動性を獲得したが、現状グラハム以外に使いこなせるパイロットがいない状態だ。

制式化の際には一般機で統一するか、パイロットの熟練度によって指揮官機を用意するか、それを決めるのはソルブレイヴス隊の運用だ。

そんなことから、まだブレイヴを一般公表していない。

しかも、そもそもブレイヴの開発及び製造は主任であるビリーの管理下にあり、アジアマフィアに流れるのはあり得ない話だ。

次々とビームを撃ちながら向かってくるブレイヴのうちの2機がシャオマイを回収する。

同時に、ワックスで光る紫の髪で左目を隠した、胸部中央を露出した黒いミュージシャン服を着た青年がモニターに映る。

「おお、パープルか!!」

「ホイ様、チンジャ様、お助けに参りました。同時に、ミスターXからの命令です。目的を達したので、後退しろとのことです」

「む、うううう!!何を言っているネ!これだけの戦力なら…」

「ミスターXからのご命令です。逆らうわけにはいきませんよ」

シャオパイを抱えたブレイヴは既に離陸を開始しており、他の4機のブレイヴが攪乱のためにフラッシュバンを発射する。

このチャンスを逃すと、もう逃げることができず、マイトガイン達の餌食となってしまう。

それに、今回の独断行動でミスターXからの信用を失っているかもしれない。

ここで更に違反行為を行えば、支援が打ち切られてもおかしくない。

「ホイ様、後退しましょう…。今波風を立てるようなことをしては、アジアマフィアでの立場も…」

「ぐううう!!もういいネ!貴様らが最善と思うことをするネェ!!」

「かしこまりました…」

シャオパイを連れて、10機のブレイヴ達が光りの中で行方をくらます。

光が収まると、そこには5機の機動兵器以外にはだれもいなくなっていた。

「ちっ…逃げ足の速い奴め…!」

もうセンサーには敵機の反応はない。

今から追いかけても間に合わないだろう。

ジョーの視線がモニターに映るマイトガインに向けられる。

「今日は邪魔が入ったが…決着は必ずつけさせてもらうぞ。マイトガイン」

戦闘機形態に変形した飛龍がマイトガインに攻撃することなく、その場から立ち去ろうとするが、その飛龍にグラハムのブレイヴが接触する。

「待て、ジョー。接触回線だ、聞こえているだろう?」

「…」

答える気配を見せないが、少なくとも聞く気があるようで、ジョーはハンドルから手を離す。

「かつての上官の言葉は聞く気があるようだな…。宍戸譲」

「…あなたは、俺に空を飛ぶことを教えてくれましたから」

「そうだ…。だが、3年前のフォーリン・エンジェルズの後で、お前は軍を辞めた。いや、正確には脱走したと聞く…」

ジョーが脱走したことは1年前、ガンダムを倒せるモビルスーツを求めてビリーの元を尋ねた際に彼から聞いていた。

彼が軍の機密情報を盗もうとしたことが発覚したからだ。

しかもそれがアロウズ関連のものであり、ジョーは一般兵だったがために余計に質が悪い。

この場合、アロウズの兵士は裁判にかけることなくその兵士を殺すことができる。

だからか、ジョーは追ってくるアロウズ機を撃墜し、軍を脱走した。

卑怯なことを嫌う彼がそのようなことをするはずはないと、グラハムはそれをアロウズが作った冤罪ではないかと今でも思っている。

アロウズへの転属命令を拒否し続けていたため、彼への印象が悪いのは明白だ。

「答えてくれ、ジョー…。仮に冤罪なら、私が…」

「いいえ、隊長…。機密情報を盗んだのは…真実です」

飛龍のスラスターに火が付き、ブレイヴがそばにいることを無視して一気に加速していく。

すぐさま飛龍から離れるグラハムだが、通信はつなげた状態を維持する。

「ジョー!!目を覚ませ、ジョー!!あのようなアウトローと付き合い続ければ、お前も闇に呑まれるぞ!!」

「…あなたの知っている宍戸譲はもう死んだんです、隊長」

その言葉を最後に、飛龍との通信が切断される。

グラハムはジョーが去っていった方向を見ているしかできなかった。

刹那のフラッグがブレイヴと接触回線を開く。

「グラハム・エーカー…」

「…久しぶりだな、少年。非公式ではあるが、君たちへの助力として、参上した」

「そうか、感謝する」

3年前、そして1年前に殺し合いを演じた間柄であるにもかかわらず、あまりにも短く、あっさりとした共闘の承諾。

だが、世界のために戦っていることをお互いにわかっており、これ以上の言葉は必要なかった。

「舞人。急いで町へ戻るぞ!まだ奴らは残っている!」

「そちらにも増援を送っている。おそらく…そろそろ決着がついているだろう」

「え…?」

 

-ヌーベルトキオシティ-

「くそ…!硬えぜ…!!」

フェイズシフトで阻まれ、ニオーに傷一つ与えることができないまま、パラメイル隊は消耗していく。

前列で戦っているアンジュとヒルダのアサルトライフルは弾切れとなっており、すでに手放されているうえに凍結バレットもない。

ナオミのグレイブのレールガンも残弾1で、ロザリーとクリス、エルシャも弾薬の残りが心もとない。

「アーキバスとヴィルキスの剣でも斬れない。どうすれば…」

ガレオン級のうろこを切り裂くはずの剣も、フェイズシフト装甲の前では意味をなさない。

もうニオー1機で十分と判断されているのか、他のニンジャ達はウォルフガングとビトンの応援に向かったため、ここにはいない。

「ふむ…ぬるい。その程度とは…」

「なんのぉーーー!!」

ヴィヴィアンがレイザーを最大戦速でニオーに接近させる。

そして、ブンブン丸で直接切り付け始めた。

「フェイズシフトだからって…一点集中すればぁ!!」

「無茶よ、ヴィヴィアン!!」

ニオーの頭に取り付き、何度もブンブン丸を切り付ける。

だが、サリアのいう通り無茶なことで、モビルスーツ以上の出力のニオーには意味をなさない。

逆にブンブン丸にひびが入ってしまっている。

「無駄なことをぉ!!」

ニオーの左手がレイザーをつかみ、ビルに向かって放り投げる。

「ヴィヴィアン!!」

受け止めようとヴィルキスが飛び出し、レイザーを受け止めるものの、勢いを抑えきれず、2機とも仲良く背後のビルに衝突してしまう。

「ヴィヴィちゃん、アンジュちゃん!!」

エルシャが声を上げ、2機と通信するが、雑音が聞こえるだけで2人からの応答もない。

ビルに激突した2機は路上に落ちていた。

レイザーはつかまれた部分が大きくへこんでおり、むき出しになったコックピットの中ではヴィヴィアンが頭から血を流した状態で気を失っている。

ヴィルキスもレイザーほどではないものの、装甲にひびが入っているうえに頭部パーツはスパークしている。

アンジュは打撲だけで済んだものの、電子回路に大きなダメージが発生しており、彼女の操縦を受け付けず、通信もつながらない。

「武士の情けよ…一撃で仕留めてくれようぞ!!」

「くっ…!!ヴィルキス、動き…なさい!!」

ゆっくりとこちらへ迫るニオーをにらみながら、アンジュは操縦桿を必死に動かす。

ヴィルキスを捨てて逃げ出すこともできるはずだが、今の彼女にその選択肢は浮かんでいなかった。

今どうなっているかわからないヴィヴィアンを置いていくことができなかった。

「アンジュ!!」

「ヴィヴィアン!!」

サリア達は残ったありったけの銃弾をニオーに浴びせるが、無慈悲にもはじかれるだけで、まったく速度を緩めることもできていない。

ニオーのコックピットにも振動が伝わっていない。

「さらばだ…勇敢なる…むおお!?」

急に別方向の至近距離からの爆発が起こり、ニオーが右に傾きかける。

「爆発!?」

「待たせたな、不死身のコーラサワー、改め幸せのコーラサワー、ただいま参上ーーー!!」

「コーラ…??欧米かぶれの飲み物が何の!?」」

今度はビームが飛んできて、棍を盾替わりにして受け止めながら下がっていく。

モニターには両腕にシールドを装備していて、額にV字アンテナをつけているGN-Xの姿が映っていた。

「あれって…スメラギさんが言っていた援軍!?」

「よぉ、嬢ちゃんたち!助けに来てやったぜ!ほら、さっさと仲間を助けてやりなよ!ここは俺と…このGN-XⅣで犯罪者を…」

意気込んだパトリックは再びライフルを撃とうとするが、その前にニオーが胸部からミサイルを発射する。

ミサイルは一定距離進んだ後で爆発し、その中の煙幕が周囲を包んでいく。

「なぁ…煙幕だぁ!?」

煙幕が晴れると、そこにはニオーの姿はなくなっていた。

助けに来て、ここであのニオーを倒すことでかっこいい姿を見せられると思った分、落胆は大きい。

「はぁ、いいところだったのに。おっと、それよりも…」

パトリックのGN-XⅣが倒れているヴィルキスとレイザーのもとへやってくる。

サリア達も安全を確認しつつ、2人のもとへと飛ぶ。

「ヴィヴィアン!ヴィヴィアン!!」

ヴィルキスから飛び出したアンジュはどうにかレイザーの中からヴィヴィアンを引っ張り出していた。

「こいつはひどい…すぐにメディカルベッドに寝かせろ!ソレスタルビーイングの船は近くにあるんだろ!?」

どうしてまだまだ戦えるはずのニオーが下がったのかはわからないが、それよりも重要なのはヴィヴィアンの容態だった。

 

-カトリーヌ専用輸送艦 グレート・カトリーヌ ブリッジ-

「まったく!!いいところだったのに、なんで引き上げなければならないの!!」

オードリーやほかのキャットガールズとともに戻ってきたビトンは納得できずに机をたたく。

ナデシコ隊のエステバリス3機と交戦していたが、突然の撤退命令がミスターXから出され、逆らえずに帰るしかなかった。

彼女たちとは先日交戦したことがあり、愛機であるフロマージュを破壊されただけでなく、体中を納豆まみれにされてしまった。

そのとき、ビトンはコックが落とした納豆で足を滑らせて転び、頭からかぶるという屈辱を受けた腹いせに納豆殲滅作戦を開始していた。

ちなみの、その作戦内容は以下の通りだ。

 

1.世界中の納豆好きをかき集め、ヌーベルトキオシティに作った納豆地獄に収容し、納豆漬けにすることでトラウマを植え付ける。

2.納豆につきものな卵を排除するため、養鶏所を破壊する。

3.納豆を食べられなくするため、箸が作れないようにその材料となる森林を燃やす。

4.日本中の納豆工場の破壊活動を行う。

 

そのせいで、ソウジ達が日本を離れている間に、日本国内で納豆が100グラム当たり50万円にも高騰するという、空前の納豆バブルが発生してしまった。

このような常軌を逸した作戦に参加していたキャットガールズはいったいどのような心境だっただろうか。

どこかの隻眼の狂犬とは違う、完全に頭のねじが吹き飛んだリーダーの元で働くことに不安を抱いたかもしれない。

だが、勇者特急隊とナデシコ隊がその作戦を叩き潰し、旋風寺コンツェルンが日本が管理する食料加工コロニーから納豆を大量に仕入れたことで、ようやく適正価格に戻りつつある。

なお、この世界の日本は食料自給率改善のため、食料加工コロニーや食糧生産コロニーを建造しており、そのせいか平成27年段階ではたったの7パーセントだった大豆の自給率は今では200パーセント以上になっており、純日本製の納豆が一種のブランド品として海外へ輸出されているらしい。

「カトリーヌ・ビトン様、命令である以上仕方ありません。それに、目標そのものは達成しておりますので、ミスターXからの報酬は確約されています」

「それはいいわ!でも、今一番許せないのは…」

ギリギリを歯ぎしりしながら、ビトンはホイの長くて太い憎たらしい鼻を思い出す。

彼の抜け駆けと裏切りまがいの攻撃はすでにビトンだけでなく、別方面で後退しているであろうウォルフガングとミフネの耳にも届いている。

ビトンもブリッジへ戻ってきた際に、差出人不明の映像でそれを見て知った。

ウォルフガングから無理を言って買ったニーベルゲンをすべて失ったばかりか、情けないことに1機も撃破できずに逃げ帰る醜態までさらしている。

「あの男…あの男がワタクシ達の下僕となればいいのよ!!」

「御心配には及びません。私たちはもう、二度とあの男と会うことはないでしょうから…」

「え…オードリー、それはどういうこと?」

「アジアマフィアからの暗号通信です」

オードリーから手渡された、解読済みの暗号通信が書かれた紙をビトンは読み始める。

読み終えた彼女はざまあみろと言わんばかりに笑みを浮かべ、だんだん抑えられなくなって高笑いを始めた。

 

-アジアマフィア総帥専用大型潜水艦 黒道 総帥室-

「ホイ様…DG同盟の方はいかがいたします…??」

パープルの助けで、ようやく黒道へ帰ることができたチンジャは震える体を押さえながら、ホイの指示を仰ぐ。

「今更どんな顔であいつらに会えばいいネ!?こうなったら、組織の総力を挙げて連中をしたがわせるネ!!チンジャ、本部に連絡するネ!!」

ボロボロになった自尊心をどうにかかき集め、ホイは自分が頂点に立つためのプランを再構築していく。

黒道にはまだまだパオズー5機とパープルが用立ててくれた最新鋭機のグレイヴ10機、そしてシャオマイがいる。

本国に帰れば、ヌーベルトキオシティ支部の何倍以上の戦力があり、ホイの権限で動かすことができる。

それを使えば、彼らを無理やり従わせることができる。

ホイには頭を下げて、彼らと同列であることを認めるなどという選択肢はなかった。

(それにしても、パープルはどうやってこんな機体を10機も…??)

どうにか冷静さを取り戻そうと、ホイにことわって水を飲むチンジャの頭に浮かんだ疑問がそれだ。

パープルがどのような経緯でアジアマフィアに入ったのかはわからないが、北京支部からの推挙で本部に入り、ホイやチンジャらとともに日本へ渡った。

そのあとは表向きは以前から続けているというロックバンドのブランカのボーカル&ギターを務めながら、国内の情報収集や日本での作戦づくりを行っていた。

そんな彼にそれらを手に入れるだけの力はないはずだ。

それに、そうした兵器などの調達があった場合は必ずホイやチンジャの耳に入るはずだ。

不審に思うチンジャをしり目に、ホイはさっそく本部に電話をする。

しかし、受話器を取ってからいつまでたっても繋がらない。

「どうなってるネ!総帥直々の電話の場合はすぐに出ろと何度も…」

「申し訳ありません、ホイ様。本部はもうあなたの電話には出ませんよ」

ドアが開き、ノックもせずに1人の男が入ってくる。

その男を見たチンジャとホイはハトが豆鉄砲を食らったような顔をし、ホイの手から受話器が零れ落ちる。

「パープル…!なぜ黒道の中にいるネ!それに、私を助けたからと言って無礼な…!!」

ホイのいうことを無視し、パープルは持ってきたベースで曲を流し始める。

これは今、ブランカの新曲として披露している曲、『Black Diamond』だった。

「気に入ってくれたかな?これが俺の新たな始まりの曲、そしてあなた方へ贈るレクイエムさ」

恭しいほど丁寧だった言動がきれいさっぱりなくなり、曲を歌い終えたパープルはホイの机に脚を置いてジロリと彼を見る。

「あんたのやり方は美しくない。ホイ・コウ・ロウ…アジアマフィアはこの俺がいただいた」

「き…貴様!!私に忠誠を誓ったのはうそだったのか!?」

「そんな昔のこと、もう忘れたさ…」

「ぐぬぬぬ…!!やつを殺せ!!殺せぇ!!」

狂乱するホイは船内のアジアマフィアのメンバーに命令を出す。

すると、わずか数十秒で警備兵が10人部屋に入ってくる。

しかし、彼らが握っているピストルの銃口はパープルではなく、ホイとチンジャに向けられていた。

「残念だったな、彼らはもう俺の部下だ。さあ…ホイ・コウ・ロウ。あんたのステージは終わりだ。もちろん、アンコールはないよ」

「ぐぬぬぬぬ…!!」

「さあ…美しく、最期を飾って見せてくれ」

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「どうだ…?ビリー、何かわかったことがあるか?」

ノーマルスーツ姿のままのグラハムがモニターに映る茶色いポニーテールをした眼鏡の青年、ビリー・カタギリと通信を繋げている。

最初にアジアマフィアがブレイヴを使っていたという話をした時のビリーは驚きの余り椅子から立ち上がり、しばらく座ることを忘れてしまっていた。

それほど驚いてしまうのも無理はない。

この計画は連合によって厳重な情報統制が敷かれており、情報の流出がないようにビリーをはじめとした研究者は公私ともに監視されている。

ただ、今は2人ともソレスタルビーイングがかかわっているということから、一時的に監視の目を外されている。

「駄目だ…異常なしだ。一体どうやって…」

グラハムから言われた通り、ブレイヴに関するデータの履歴などを厳重にチェックをしたが、情報流出の痕跡は見つからない。

パーツや設計図も流出しておらず、どうしてアジアマフィアがブレイヴを持っているのかはまったく分からずじまいだ。

「グラハム、頼む。おそらくアジアマフィアはあのブレイヴを使ってくるだろう…。すべて取り戻すか、君の手で破壊してくれ。犯罪者に使われて、世界を混乱させるよりはマシだ」

「分かっている。必ずやって見せるさ、友よ」

ビリーがブレイヴにかける思いはソルブレイヴス隊の隊長としてかかわってきたグラハムが一番よく分かっている。

この機体は最小限の被害で戦いを終わらせる切り札。

そして、疑似太陽炉の登場によって衰退してしまったかつての師匠である旧ユニオンの科学者であるレイフ・エイフマンの遺産であるフラッグシリーズを復活させるためのものだ。

それを志のない、欲望に忠実な犯罪者に使わせるわけにはいかない。

「アンドレイ・スミレノフ大尉がマネキン准将と共に動いてくれている。僕も技術者として、できる限りのことはするよ。じゃあ、健闘を祈るよ」

「ああ…また会おう」

通信が切れ、同時に刹那とフェルト、スメラギ、舞人が入ってくる。

フェルトの手にはタブレット端末が握られており、モニターと接続する。

「グラハムさん、受け取った暗号通信の解析、終わりました。これは…火星の後継者に関するデータでした」

解析してもらったのは戦闘終了後、グラハムのブレイヴに送られてきた暗号通信だ。

遠隔通信の痕跡はなく、おそらくはジョーと接触回線を開いていたときに彼から送られた可能性が高い。

モニターには火星の後継者の中枢とされるコロニーや火星の基地、そして戦力が表示される。

「火星の後継者とあの犯罪者たちがつながっていた…」

「この情報は本物の可能性が高い。おそらく、これが彼なりの今回のことの落とし前のつもりなのだろう…」

昔の自分は死んだ、とジョーは言っていた。

だが、どんなに捨てようとしても、良くも悪くも人は自分であることを捨てることはできない。

そのことは1年前、グラハム・エーカーとしての自分を捨て、ミスター・ブシドーとして、イノベイドの傀儡になり果ててでもガンダムを、刹那を倒そうとした彼自身が一番よく知っている。

改めて戦力を見ると、やはり一介のテロリストとしては過剰なほどの戦力を持っている。

積尸気やマジンだけでなく、ザクウォーリアやウィンダムといったモビルスーツまで持っている。

おまけにナスカ級を4隻所有となると、もはや1つの軍だ。

スメラギはこれらの戦力を見ながら、宇宙へ出た後の作戦を考え始める。

そして、グラハムは刹那達と共に入ってきた舞人に目を向ける。

「君か…勇者特急隊隊長、そしてマイトガインのパイロットの」

「旋風寺舞人です」

彼の顔と名前はメディアでよく出ているため、グラハムも知っている。

ただ、旋風寺コンツェルン総帥などという雲の上のような存在である彼がまさか救助活動や犯罪者やテロ組織達と最前線で戦ってきたことには驚いてしまう。

「…ジョーのことか?」

なぜ彼らとともにやって来たのかはもう察している。

それを肯定するように、舞人は首を縦に振る。

「ジョー…宍戸譲はかつて、彼は私の部下だった」

ジョーと出会ったのは4年前で、20年以上にわたって、地球を混乱に陥れた太陽光発電紛争から時期が過ぎたころで、当時のグラハムは上官殺しの汚名から軍の中で浮いていた。

その事件は6年前、当時ユニオンの量産モビルスーツであったユニオンリアルドの後継機を決める模擬戦で起こった。

模擬戦ではグラハムがユニオンフラッグに乗り、相手となったモビルスーツであるユニオンブラストのパイロットを務めたのは彼の恩師であるスレッグ・スレーチャー少佐だった。

彼はグラハムと46回の模擬戦を行い、全勝している不動のエースパイロットだった。

その縁で、かつてグラハムは彼の娘と交際していた時期があるが、パイロットとして空へのあこがれを捨てることができなかったことで別れることになってしまった。

戦闘機形態での機体性能はブラストが上回っていたが、汎用性を含めた総合性能ではフラッグが上回っていた。

スレッグの高い技量によって互角の戦いとなったが、グラハムがグラハム・スペシャルに成功したことで流れをつかんだ。

ここまでなら、高度な模擬戦としてテストパイロットの教科書に残り、語り継がれる名勝負となっただろう。

しかし、そこからが悲劇の始まりだった、

状況が不利となったブラストがモビルスーツ形態となったフラッグに特攻を仕掛けてきた。

グラハムは自衛のため、やむなくソニックブレイドでブラストの主翼を切り裂き、軌道を変えさせた。

自分を超える技量を持つ彼なら、翼を失ったとしても体勢を立て直す、不時着するだけの力があると信じて。

しかし、主翼を失ったブラストは墜落し、スレッグは殉職した。

彼が模擬戦で特攻を仕掛けてきた理由は公式では不明となっているが、グラハムや彼と共にスレッグとかかわりのあったビリーによると、彼の娘の夫が事業の失敗によって多額の借金を背負うことになり、彼は彼女を救うため、多額の保険金を自分にかけて、このような自殺めいた死に方をしたらしい。

実際、彼の死後に莫大な保険金が娘夫婦に降りたと聞いている。

なお、グラハムの行動についてはやむを得ない行動で、その行為以外に自分やフラッグを守る手段がなかったことが証明されていることから、不問として処理されている。

しかし、その事件がきっかけでグラハムは上官殺しの汚名をかぶることになった。

ジョーが彼の元に配属されたのは新人いじめをする先輩兵士を殴り、そこから大喧嘩に発展させたためだ。

同時に、アメリカへ移民してすぐに入隊した日本人であるジョーを扱いにくいという事情もあったのだろう。

「私は彼にグラハム・スペシャルをはじめとして空戦テクニックをすべて叩き込んだ。そして、彼はユニオンでも指折りのエースパイロットとなり、ソレスタルビーイングの追撃作戦にも参加している」

「それほどの人がどうして…?」

「私にも分からない。これ以上は…彼自身の口からきくしかないだろう」

グラハムがソレスタルビーイングと合流したもう1つの理由がそれで、かつての部下であるジョーからその真意を聞き出したいと思ったからだ。

彼らと共に行けば、軍にいるよりも行動が自由になり、ジョーと接触できるチャンスも増える。

何度でも噛みついて、ジョーに説得できる。

彼には自分のように闇を歩かせるわけにはいかない。

「少佐…その役目、俺に任せてもらえませんか?」

「君に…?」

舞人は2度ジョーと戦い、ジョーは舞人を異常なほどに敵視している。

そんな彼がグラハム以上に彼から何かを聞き出すのは難しいように見える。

だが、そんな彼だからこそ、彼の心からの本音をダイレクトに聞くこともできるかもしれない。

「分かった、君に任せよう。彼の君へのこだわり…もしかしたらそれが唯一の手掛かりかもしれん」

「ありがとうございます」

「その代わり…必ず勝て。勝たなければ、彼を救うことができない」

グラハムにできず、舞人にできることといえば、徹底的に敵視されること。

そんな彼と全力で戦い、敗れたなら、今の彼は破壊される。

その時こそが、対話のチャンスであり、彼の心を確かめることができる。

(そのためにも、もっと強くならないといけない。ガインも…そして、俺自身も…)

 

-プトレマイオス2改 医務室-

「ヴィヴィアン…」

メディカルカプセルの中で眠るヴィヴィアンをガラス越しから見つめるアンジュ。

その手には彼女からもらったペロリーナ人形が握られている。

しばらくして、医務室からアニューが青ハロと共に出てくる。

「アニューさん、ヴィヴィアンの容体は…?」

「骨折3か所に打撲多数。だが、内臓が傷ついていない。メディカルカプセルに1週間入れば、復帰できるさ」

「良かった…ありがとうございます!!」

「けど…本当ですか?治療費を取らないって…」

まだまだアルゼナルでのルールが染みついているサリアはこうした治療も自分たちで全額支払わなければならないとばかり思っていた。

ヴィヴィアンは第1中隊ではアンジュやヒルダに匹敵するエースパイロットで、稼ぎ頭でもあるが、収入の大半をレイザーの装備とペロリーナグッズに使っているため、治療費がない。

サリアは何度も彼女に貯金しておけと言ってきたが、まったく聞いていなかった。

「当然よ。困ったときはお互いさま」

「それにしても、すごいですね。アニューさんってなんでもできるんですね」

トレミーの操艦だけでなく、こうした医者としての心得があるうえに整備士、料理人としての顔も持ち合わせるアニューのハイスペックな実力にサリアはあこがれを抱く。

そのまなざしを受けることは別に悪い気分ではないが、少し複雑に思えた。

これらの能力の多くは生まれるときから身に着けており、自分で努力して得たものではないからだ。

「ヴィヴィアンは大丈夫だけど、問題はレイザーね。すっかりボロボロだから…」

回収されたレイザーの惨状はメイルライダー全員が見ている。

フレームがグチャグチャで、虎の子のブンブン丸も折れている。

コックピットは別の機体のものを取り付けるほかなく、レイザーそのものも実質ヴィヴィアン専用機であることからパーツが少ない。

現在、イアンとリンダ、ミレイナも協力して、アルゼナルから出向してきた整備士たちと共に修理にあたっている。

(あの犯罪者連中、覚悟して待っていなさい!!ヴィヴィアンの借りは必ず返して見せるわ…!)

 

-プトレマイオス2改 ティエリアの部屋-

「ああ、くそーー!あの子が大けがだから仕方ないとして…どうしてみんな俺に対しては何にもなしなんだよーー!!」

椅子に座ったパトリックはわめきながら出されたコーラを一気に飲み干す。

コップを置くとともに炭酸のせいで盛大にゲップする。

(なんで、彼は僕の部屋に来ているんだ?)

部屋の主であるティエリアが入ってきたころにはなぜか彼がここにいた。

グラハムとは違い、ソレスタルビーイングのメンバーのほとんどがパトリックのことを知らない様子だ。

唯一、スメラギは彼のことを少しだけ知っており、会った時はすごい剣幕を見せていた。

だから、唯一誰もいない部屋に入り込み、そこで寂しく飲んでいる。

「なんだよ!!不死身のコーラサワー改め、幸せのコーラサワーになったことへのやっかみか!?パトリック・マネキンにプライベートで名前が変わったから、もうコーラサワーでもないってか!?」

今のパトリックにはティエリアの姿など目に入っていない。

完全に寂しいマイワールドの中に埋もれてしまっている。

(こんな男に、僕は一度撃墜されたというのか…?)

3年前のフォーリン・エンジェルズで、ティエリアは自機を相打ちに近い形で撃墜されており、その相手となったのが目の前の彼だ。

一応、刹那にコテンパンに破れたAEUイナクトのお披露目の時まで、2000回以上のスクランブルをこなしたうえに模擬戦では全戦全勝、指折りのパイロットばかりを集めたGN-X部隊にもスカウトされ、何よりも何度も撃墜されても必ず生きて帰ってくることから、実力はあることは間違いないだろう。

だが、もう30を超えたいい年した大人のくせにこんなに子供のように喚き散らしているのを見ていると、とても強いパイロットとは思えなくなる。

同時に、一刻も早く彼に撃墜された事実を記憶から消したいとさえ思ってしまう。

遺恨とは全く別の話で。




機体名:ユニオンフラッグ(ソレスタルビーイング仕様)
形式番号:CBNGN-003
建造:ユニオン→ソレスタルビーイング
全高:17.9メートル
全備重量:77.2トン
武装:GNソードⅡ改、脚部クロー(リニアスピア内蔵)×2、内臓型リニアキャノン×2、ショートリニアキャノン×2、ソニックブレイド×2、プラズマソード、ロケットランチャーパック×2
主なパイロット:刹那・F・セイエイ

ソレスタルビーイングが所有するモビルスーツの1機。
ユニオンフラッグオービットパッケージコロニーガード仕様をフェレシュテがペーパーカンパニーを利用して購入し、ソレスタルビーイングが受領・改修を行った。
疑似太陽炉搭載型モビルスーツが大半を占め、3年間に2度も起こった大規模な戦争の影響で、一気に旧型化したものの、粒子貯蔵タンクを搭載することで短時間ではあるが、GNソードⅡ改を使用することが可能となっている。
その結果、現行の機動兵器と対抗できるだけの攻撃力は手に入れたものの、GN粒子を制御するグラビカルアンテナが存在せず、センサー類も粒子に対応できていないことからライフルの命中率は低い。
また、多くの武装を搭載していることから重量も増しており、素体となったユニオンフラッグオービットパッケージコロニーガード仕様と比較すると推進剤及びパーツの消耗率も高い。
そうした機体で現行の機動兵器に対抗できるのは歴戦の戦士であり、イノベイターとして覚醒した刹那だから可能の芸当と言える。
なお、この機体以外にもいくつかガンダムではない代替機を所有しているようだが、現状トレミーに搭載されているのはこの機体のみとなっている。


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第37話 疑念

-太平洋 日本領海内 鳥島付近-

伊豆諸島の南、日本列島から離れた場所に位置する鳥島は今日も緑に包まれ、動植物たちが謳歌している。

かつて、江戸時代にペリーとの交渉の立役者となったジョン万次郎が漂流した地として知られるその島は現在も日本政府から天然記念物として指定されており、許可がない限りは上陸すら認められない。

そんな普段なら人が入らない島の西側の海で異変が起こる。

ゴゴゴゴと海底から鋼鉄でできた曲線のアーチが浮上しはじめ、鳥も魚もその場から逃げ出していく。

自然の中では不釣り合いな人類の遺産、マスドライバーが現れた瞬間だった。

既にトゥアハー・デ・ダナンが待機しており、発射カウントも始まっている。

 

-マイトステーション 通信室-

「トゥアハー・デ・ダナン、接続完了。これより、発射シークエンスに入ります」

「まさか、これを使うときが来るとは…」

めぐみと浜田がコンソールを操作し、準備を進める中、青木はモニターに映るマスドライバーにどこか寂しさを感じていた。

元々、このマスドライバーは旋風寺コンツェルンが宇宙への物資輸送の円滑化のために開発されたもので、完成時期と3年前のあの大戦の時期が重なったことから、戦争に利用されることを恐れた舞人の父と裕次郎の判断で海底に秘匿されることになった。

戦争がなくなり、平和に活用できるようになった日に初めて使おうといつも言っていた。

だが、今自分たちは火星の後継者が相手とはいえ、戦争のためにそれを使おうとしている。

裕次郎が許したとはいえ、それでも罪悪感を覚えてしまう。

しかし、これで彼らを送り出すことで、戦いを終わらせることができる。

今はただ、それを信じるしかない。

「頼むよ、舞人…みんな」

「マスドライバー、発射まで3、2、1…発射!!」

発射されたトゥアハー・デ・ダナンがすさまじい加速と共に空へと打ち上げられていく。

そして、ものの十数秒でその姿は空へ消えていき、煙だけが遺された。

 

-ネルガル重工 会長室-

「トゥアハー・デ・ダナンは無事に出航できたみたいですな」

丸眼鏡をかけた穏やかな印象の男性と真ん中に生え際がある、耳を隠れる程度のセミボブな髪の女性がその光景をモニターで見ていた。

男性はネルガル重工の会計係を務める男で、関係者からはプロスペクターと呼ばれている。

事務方の人間にしか見えないが、そのくせ銃が扱える、裏社会の知識に精通している、ルリほどではないがハッキング技術を持っているなど、謎の多い人物だ。

女性の方は会長秘書を務めるエリナ・金城・ウォンで、日本人とベトナム人のハーフだ。

かつては補充要員としてナデシコに乗り、アキト達と行動を共にしていた。

「あとは、衛星軌道上の指定ポイントでナデシコ、マサアロケットマイルド及びトレミーと合流するだけです」

「まさか…宇宙へ行ける潜水艦とは。あれが空を飛ぶことができたら、世界中のどこへでも行ける奇跡の艦になりますな」

「ええ…。なお、例のものは既にナデシコに渡してあります」

「ここからは…ルリ艦長が狙いを定めたターミナル・コロニーのアマテラスに本当に火星の後継者がいるかどうか、だ」

会長室にほっそりとした目をした茶髪の男性が、ワイシャツなしな上に来ている赤いラインの入った白のスーツをボタン全開にしたことで腹部や胸元が丸見えになった、この部屋には似つかわしくない服装で入ってくる。

「それにしても、ダナンの整備をこっちでやったおかげで、例の物の完成がまた遅れてしまったよ」

「それについては、旋風寺のご老公から怒りの連絡が入っております」

予想通りのプロスペクターからの言葉に彼は鼻で笑い、モニター正面のソファーに腰掛ける。

ダナンは宇宙空間での航行が可能となっているものの、転移やドラゴンとの戦いの影響で船体や各部機能にダメージが生じていた。

特に冷却機能の破損は作戦終了後の大気圏突入に置いては大きな問題となる。

そこで、ネルガル重工が修復を行った。

もちろん、100%善意で行ったわけではない。

勧善懲悪のスーパーロボットよりもリアルロボットを好む彼がそれを許すことはない。

ダナンの修理の際に技術データなどをある程度提供してもらった。

その返礼として、修理だけでなく宇宙で使える隠し玉を搭載している。

それをあの美少女艦長が気に入るかどうかは別として。

ただ、そのために例の物の完成が遅れたのは痛い。

それを完成させることができれば、火星の後継者にとっては大きな痛手になるはずだった。

最も、戦力バランスを計算し、宇宙にいるとされるヤマトという未知数の戦力を奪還できれば、こちらが逆転できる。

もちろん、ヤマトの性能がソウジやチトセ、ナインが言っている通りの物ならばという話だが。

そんなことを考えている中でモニターに憤慨した裕次郎の姿が映し出される。

「こりゃ、ボンボン会長!なんで潜水艦の整備を勝手にネルガルが請け負った!?マスドライバーがあるのはこっちだぞ!?」

「お久しぶりです、ご老公。そんなに怒られると、お体に障りますよ」

「毎日納豆を食っとるワシに大きなお世話じゃ!質問に答えんと、バリカンでその長髪を丸坊主にしてやるぞ!!」

「答えるも何も、おたくは鉄道、うちは艦船。扱う分野が違うじゃないですか」

顔を真っ赤にして起こっている裕次郎に対して、恭しくも冷静に、理路整然と話をする彼がネルガル重工の会長、曉ナガレだ。

クリムゾングループが急速に力を伸ばし、ネルガル重工が衰退したことから表舞台から姿を消しており、今は陰でコソコソと根回しや工作をしている。

すべてはネルガル重工再興のために。

裕次郎とは会社の扱う分野が異なることから、ライバル企業とは言い切れないところがあり、こちらからは少なくとも仲良くしようと話しているつもりだ。

裕次郎にとってはそれが面白くないようだが、そんなことは気にしていない。

それに、そんな言いがかりをつけてくる理由はもうとっくに分かっている。

「それはそうだが…ワシだって、噂のテッサたんに会いたかったんじゃ!」

「そんなことだろうと思っていましたよ。…でも、そちらには星野艦長がいたじゃないですか」

「ワシは電子の妖精もテッサたんもみーんな、独り占めにしたいんじゃよ!!才色兼備、どちらも舞人の嫁さんにふさわしい!!」

「親馬鹿ならぬ、爺馬鹿も相変わらず…」

自分のハーレムを作ろうなどと思っていない分、まだ健全でよいが、それでも女性陣にとっては迷惑な話だろう。

それに、2人を舞人の嫁にしたいと思っているらしいが、無理な相談だ。

ルリはまだそういうことに興味を持っていないことから問題外として、ナガレの目からすると、テレサは今、自分の部下であり、同年代の軍曹に思いを寄せている。

おそらく、その思いは報われないかもしれないが、まだダナンには出向してきたもう1人の、同年代の少年がいる。

もしかしたら、そちらへ流れるかもしれない。

だが、そろそろ裕次郎に黙ってほしい、主導権を取り戻したいと思ったのか、ナガレは彼にとどめの一言を口にする。

「こうなってはかつてのソレスタルビーイングメンバーも形なしですね」

「…!」

「僕が知らないとでも思ったのですか?だとしたら、甘く見られたものです」

ネルガルシークレットサービスが様々な情報を集めており、裕次郎のことも既に耳に入っている。

ただ、さすがは旋風寺コンツェルンの会長というだけあって、中々尻尾をつかむことができず、ようやくそのことを知ったときはとてもそんな印象が感じられなかったこともあって、驚いてしまった。

ここからの主導権はナガレのものだ。

「いずれガンダムによって戦乱が巻き起こると知ったあなたはソレスタルビーイングを脱退…その後、中立のインフラとして戦火の影響を受けづらい鉄道網で世界を結んだのは大いに賞賛すべきことです」

「…昔のことじゃよ」

若いころの裕次郎はソレスタルビーイングに所属し、テストパイロットとしてかかわりを持っていた。

参加したのはナチュラルとコーディネイターの対立や各国で起こる紛争やテロで混乱する世界をどうにかしたいという思いからだった。

しかし、ソレスタルビーイングは彼の思ったような組織ではなかった。

刹那達ガンダムマイスターやトレミーのチームは末端で、水面下では科学者や大企業やかつての国連の重役などがトップに立ち、世界をコントロールしていた。

将来、ガンダムの武力介入を行うことのできる環境を作り出すために。

かつての太陽光発電紛争もその環境づくりの手段の1つで、そのために国連に石油輸出停止させ、軌道エレベーター技術を普及させたことで戦争の火種を作り出した。

それによって地球は4つの経済ブロックに分かれることとなった。

そうしたことに嫌気がさした裕次郎はソレスタルビーイングを脱退し、旋風寺鉄道を立ち上げ、今の旋風寺コンツェルンへとつなげている。

ソレスタルビーイングに入っていたことは誰にも明かしておらず、家族も知らないことだ。

「だが…血は争えんということか。息子夫婦はああなってしまった。ワシにとっては思い出したくない思い出じゃ」

「それは…大変失礼しました」

「だからこそ、せめて孫の舞人にはだれよりも幸せになってもらいたいんじゃ!!その邪魔をする奴は…」

 

「ご老公のお話…長くなりそうですね」

長話に付き合わされるナガレに軽く同情するエリナだが、すぐにそんな同情を切り捨て、次の仕事に視線を向ける。

ナガレにとって、裕次郎とは親の代から付き合っており、無下にはできないところがある。

そんな彼には表舞台からバックレた分の仕事をここでしてもらうことにした。

例の物が完成するまでは、最短でも1カ月はかかる。

それなしでも彼らならば勝てるかもしれない。

しかし、今回の戦いは勝利して終わりとはならない。

「ふうう…疲れたよ」

「お疲れさまでした、会長。それにしても、現在の若きトップお2人は随分と方向性が違いますね」

「当然さ。旋風寺のヒーロー君は、あのままでいい。若さのまま、どれだけ突っ走れるか見てみたい気がするからさ」

「彼の時とは…反応が違いますね」

「変わったんだよ。僕も…そして、天河君も。…悲しいことにね」

「…はい…」

3年前のアキトも舞人ほどではないが、正義というものを信じ、ヒーローにあこがれていた。

そのころのナガレはそんなアキトを馬鹿にし、その思いを否定していたことで、ライバル関係となった時期がある。

今はお互いに主義主張を認めあえるだけ、大人になれたということだろう。

だが、アキトは火星の後継者のせいでユリカとの幸せな時間を奪われた挙句、変わり果てた姿となってしまった。

今のアキトはヒーローにあこがれた彼ではなく、何も守れなかった罪悪感に押しつぶされ、すべてを捨ててでもその原因を作った火星の後継者と北辰をつぶそうと1人で戦う修羅だ。

そんな彼になってしまうことを誰が予想できただろう。

さすがのナガレも最後の一言を言った時は悲しげな表情を見せていた。

だが、すぐに元の調子に戻る。

「で、現実主義の…いわゆるリアル系の僕としては、同じ勝つなら、よりセンセーショナルな勝ち方でネルガルをアピールしたいわけ。ま…こちらからのプレゼントを使うかは、あの快男児君に任せるけどね」

彼ならば使いこなせると踏んでナデシコを介して託したが、それが本当に使える可能性は五分五分だ。

少なくとも、素質の問題はクリアしているが、問題は今の彼の体だ。

それが本来持つはずだった素質を邪魔している。

これも自信作の一つであるため、ぜひとも成功させてほしいところだ。

「クリムゾングループは火星の後継者を支援していますからな。確かに彼らの勢力拡大はわが社にとっても困ることですが…」

「火星の後継者と戦う理由はそれだけじゃないよ」

「…と、いいますと?」

本当は分かっているくせに、相変わらず見透かしたように質問してくるプロスペクターにナガレは余裕の笑みを見せる。

彼と腹の探り合いをして勝った試しはなく、3年前はガブリと噛まれたこともある。

その時は本当に痛くて、彼を敵に回すようなことをしたくないと思っている。

「さすがにネルガルのトップともなれば、この世界の構造が少しは見えてくる」

「旋風寺コンツェルンとは違い、わが社はグレーゾーンなところまで手を出していますからね」

「で…その結論としてだ。このまま連中をのさばらせておくと、世界を取り巻く嫌な空気がさらに蔓延すると判断したわけだ。ここまで末期的な状況を改善するには、本当に世界を一度破壊するしかないとさえ思っているよ」

「では、世界征服をされますかな?」

「言ったろ?僕はリアル系だ」

それに、ネルガル重工会長でもひどく忙殺されるというのに世界の王になるとより一層忙しくなる。

そんな面倒くさいことに付き合うつもりなんてさらさらない。

自分に世界の混乱の責任の一切を集めて、自分が解放者となる英雄に殺されることで世界を救うという自作自演もやるつもりはない。

「だから、現実的な手を使っていくよ。ヒーローらしからぬ、セコくあくどい手でね」

そんな役割を彼らができるとは思っていないし、そんなことをさせる気もない。

こうしたことをするのは、元から憎まれっ子であるナガレが適任だ。

憎まれようが恨まれようが、目的を達成できるならそんなのは蚊に刺された程度の痛みでしかない。

「…ところで、その個性的なお召し物は?」

「悪くないだろう?とっておきの場面のために用意したものさ」

おそらく、そのとっておきの場面はもうすぐ来る。

その時がネルガル重工復権の時だ。

 

-地球近海 トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「しかし、ダナンが宇宙を航行できるとは驚きましたよ」

先に宇宙へ上がったナデシコとトレミーをモニターで見つつ、舞人は異世界の潜水艦の驚くべき一面に関心を見せていた。

自分たちの世界にある潜水艦にはそんな機能を持っているようなものはない。

あったとしても、そのようなものを作るくらいならミネルバやアークエンジェルのような航空艦を作った方が有益と判断するだろう。

「俺たちの世界じゃ、戦いは大気圏内外を問わず、いたるところで起きてるからな」

「ダナンは当初は潜水艦だったが、ミスリルが航宙艦として改造して今に至る」

トゥアハー・デ・ダナンそのものは旧型の潜水艦で、潜水艦そのものの戦闘力とモビルスーツをはじめとした機動兵器の母艦としての機能を兼ね合わせたものとなっている。

単艦行動を前提としているためか、ベイロードが大きく、そのおかげでアーム・スレイブだけでなく、大型モビルスーツであるクスィーガンダムを乗せることができる。

なお、舞人がここにいるのは鉄也のグレートマジンガー共々勇者特急隊もダナンに搭載されているためだ。

「最も、マスドライバーがあって助かったよ。あれがなきゃ、簡単にダナンを宇宙へ飛ばせないからね」

「戦艦の建造はネルガルの得意分野です。あちらに整備を頼んで正解でしたね」

「テッサとしては、そうでもなかったみたいだけど」

「ええ、まぁ…」

言いにくそうに困った顔を見せるテレサを見て、舞人は納得したようにうなずく。

ナガレは可愛らしい女性を見つけると、何かと理由をつけてデートやベッドに誘うことが多い。

彼が表舞台から姿を消した理由の中にはネルガル衰退だけでなく、そうした女性スキャンダルもあるようだ。

彼が姿を消す直前の週刊誌は連日のようにナガレの女性スキャンダル記事が第一面を飾っていた。

彼と連絡を取ることができなくなった舞人はそうした軽薄なところは飽きれてはいたものの、やはり同じ経営者の仲間として彼のことを心配していた。

だが、そんな相変わらずな一面を見ることができたため、少し安心した。

彼に翻弄されたテレサには心から同情するが。

「でも、おかげでこうして宇宙へ出ることができました。…ここから見ていると、地球の青さを改めて実感できます」

「そうだね、地球が水の星って言われている理由が分かる気がするよ」

「この子に…トゥアハー・デ・ダナンに青い海を見せることができて…よかったです…」

テレサは感動の余り、つい泣き出しそうになるのを我慢しつつ、モニターに映る青い地球を見つめる。

かなめは何も言わずにテレサの肩に手を置いた。

「すみません、つい…。このトゥアハー・デ・ダナンは人類にとって、見捨てられた海という環境に再び戦略的価値を見出そうとしたものですが…これを開発した人々は失われた過去に思いをはせていたのかもしれません…」

「…そうかも」

テレサ達のいる世界の海は赤い。

ジュドーと行動を共にしていた舞人はそのようなことを聞いた。

それはプランクトンの異常繁殖でできた赤潮とは全く違うもののようで、テレサが『見捨てられた』と表現していることからも何か大きな問題があるのかもしれない。

彼らが積極的に自分たちの世界のことを語ろうとしない理由もその中にあるのだろう。

聞きだしたくても、テレサ達の曇った顔を見ているととてもそんなことを聞きたいとは思えなかった。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

第2格納庫ではミスリルの技術者たちとアルゼナルから出向してきた整備班の少女たちが集まり、アーム・スレイブやパラメイルの装備の変更を行っていた。

ファルケと2機のガーンズバックには折りたためられたフォースシルエットのような追加のバックパックが装着されている。

主に陸上での戦闘に特化したアーム・スレイブだが、こうした追加装備を施すことで宇宙でも戦闘が可能となっている。

「なぁ、おっさん。本当にパラメイルも宇宙へ出られるのかよ?」

「心配いらん。コックピット周辺の気密フィールド処理を旋風寺重工がやってくれたそうだ。もっとも、その実作業はその下請けがしたらしいがな」

アーバレストの整備を行うサックスが自身のハウザーを気にして声をかけてくるロザリーの質問に答えるものの、手を休める気配はなく、視線はしっかりとアーバレストに向けられていた。

バックパックに放熱板がついているアーバレストにはファルケやガーンズバックにやったような追加のバックパックを装備させることができない。

ただし、ラムダ・ドライバを使う際にその放熱板をスラスターの替わりとしてイメージすることで宇宙での運用も可能だというのはアルの意見だ。

ただし、まだ宗介がラムダ・ドライバを起動させるのに時間がかかるため、出撃するまでにタイムラグが生じるのは避けられない。

また、いざラムダ・ドライバが機能停止したら本当に宇宙で漂流してしまうことになる。

そのため、アーバレストにはほかのアーム・スレイブにはないアポシモーターをいくつもつけており、少なくとも宇宙での姿勢制御はラムダ・ドライバなしでもできるようにはなっている。

「大丈夫なのかよ!?こんなので!!」

ロザリーはフライトモードになっているハウザーのコックピットに展開されている透明なフィルムのような薄い障壁に触れる。

今のロザリーはソレスタルビーイングから支給された、ライダースーツと同じ色のノーマルスーツ姿になっており、宇宙ではそれとフルフェイスのヘルメットを装着して出撃することが義務付けられている。

ライダースーツとは異なり、長時間の行動や排せつの利便は考慮されておらず、それと比較するとやや動きづらいところもあってまだロザリーは着慣れていない。

このようなフィルムで本当に空気のない宇宙の無重力空間で戦って大丈夫なのかと心配になる。

そもそもパラメイルは海に落ちると装甲内に水が入ってくるほど気密性が皆無な機動兵器だ。

ロザリーにとって、それは申し訳程度につけたようなものにしか見えなかった。

「小さい町工場だが、技術は確かだと聞いている。なんでも、元ナデシコクルーが関係しているとか…。それに、こいつは実用化もされているぞ」

恐怖を感じるのは分かるが、簡易的な作業機にもこうした気密フィールド処理は採用されており、この世界では一般的なもののようだ。

サックスも最初は不安を感じたが、技術者からの説明で今ではすっかり納得し、安心している。

「でも、もし攻撃を受けてコックピットまわりに穴が空いたら…」

「そん時は一瞬でオダブツだろうね。うまく脱出できたとしても、果たして拾ってくれるかどうか…」

「そんなぁ…」

「俺としては、コックピット周辺を改造してしっかり体が装甲で隠れるようにしたいところだがな…」

そうした改造を行うには、一度コックピットを引き抜いて改造しなければならない。

コックピットに手足がついたような設計となっているパラメイルにとっては一からの改造と同じようなことを意味し、しかもそれの設計図もできていない。

火星の後継者を倒して、余裕ができたらそうした改造をしていきたいとは思っているが、その時にはパラメイルが宇宙で戦うような理由もなくなっているだろう。

「ヒルダ、余計なことを言うのはやめなさい!」

「本当のことだろう?だいたい、そんなのは宇宙での戦いに限った話じゃない。あたしらはロクに装甲のないコックピットに座ってドラゴンと戦わされてきたからね」

「考えてみたらそうね。ヴィヴィちゃんなら、風を受けて飛ぶと気持ちいいっていうかもしれないけど」

ドラゴンとの戦いでも、ヒルダがいっていたコックピットまわりへの攻撃がメイルライダーにとって命を左右する。

刃物のような羽根に口から発射してくるビームや雷など、いずれも受けたら死ぬのは目に見えている。

そう考えると、気密フィールド処理は少なくとも宇宙での活動の安全性を保障してくれる。

むしろ盾が増えてありがたいと思ったほうが良いのかもしれない。

「ま…要するに上の連中はあたしらの…ノーマの命なんて安いもんだと考えてるんだよ」

「でしたら、これからの作戦…出撃拒否しても結構ですよ」

第2格納庫へやってきたテレサがヒルダの言葉が聞こえたのか、さっそくやってきて笑顔で答えてくる。

「来たね、お嬢ちゃん艦長」

闘い続けてきたのは同じようには見えるが、ヒルダとテレサは正反対と言える。

野獣のような粗暴さのあるヒルダに対して、テレサは育ちの良さを感じさせる雰囲気で、野生児と温室育ちのような違いが感じられる。

だから、ヒルダはあまりテレサのことが好きではない。

しかし、さすがはミスリルで大佐としてダナンのチームを引っ張るテレサで、その程度のことは些末事だ。

「あなたたちパラメイル第一中隊はソレスタルビーイングに雇われる形でこの部隊に協力していますが…その契約の中には命令への拒否権もあったはずです」

契約書は全員に控えを発行しており、アンジュ達に保管するように指示を出している。

契約書を一緒に作ったテレサもそれのコピーを持っており、それをサリア達に見せた。

その内容の中には正当な理由があれば、それを雇用主もしくはその代理人に通達することでその命令を拒否することができるという内容もある。

「各パラメイルには宇宙戦闘用のデータは入っていますが、シミュレーションを行っている程度で実戦はまだ行っていません。気密フィールド処理への不安も残っているでしょう。それらは正当な理由に入れることができます」

「じゃ、じゃあ…」

「そうさせて…」

「私は出るよ」

ロザリーとクリスの弱気な発言を吹き飛ばすかのように、アンジュは即座に出撃を志願する。

その眼には一切迷いはなく、闘争心と生存本能がめらめらと燃えている。

「アンジュリーゼ様…」

「ヒルダ、あなた、さっき上の連中はノーマの命を軽く見ているって言ったわね」

「それがどうした?」

「他人がどう考えようと知ったことじゃない。私は自分の命を安く見積もるつもりはない」

ノーマに身を落とし、ソレスタルビーイングやナデシコ隊と共に戦う中で、アンジュなりに自分自身の命の答えを出していた。

ノーマだろうと元皇族だろうと関係ない。

どのような場所で、どのような上司の元で戦うのであっても、自分の命の価値は自分で決める。

他人がゴミみたいに扱ってきたとしても、そんなのは関係ない。

確固とした自我で、自分の命を使い尽くす。

「だから、必ず生き延びて見せる。どんな状況だろうと戦って」

「アンジュ…」

入って数週間程度のアンジュがすっかり自分の決意を仲間たちに伝えている。

彼女なりにはっぱをかけていて、その中には彼女の仲間に対する思いが感じられた。

頼もしいと思う反面、それに甘えてしまいそうな自分を見つけてしまい、少し歯がゆさを覚えた。

「私も出撃するわ。データを持って帰って、ボーナスで借金を返したいし」

「ナオミ…」

「みんな、給料がほしいでしょ?お金がほしいならしっかり働かないと。それに、ボーナスも出るというなら出撃する価値ありよ!」

「そ、そ、それなら…!」

「アンジュとナオミだけにもうけさせねーぞ!!」

「でしたら、全員で戦いましょう。誰一人欠けることなく」

「テスタロッサ艦長の言う通りよ。生きてアルゼナルに帰るためにも、私たち全員の力が必要なの」

サリアの隊長としての言葉にアンジュとヒルダら3人組を除く全員が首を縦に振る。

それに触発されたのは彼女たちだけではない。

「ココ、私たちは私たちのできることで生き残ろう」

「うん!アンジュさん達が生きて帰れるように…」

ココとミランダもシミュレーションは行ったものの、まだまだ新兵であることもあってか、評価が低いことから宇宙での出撃は許可されなかった。

しかし、整備についての勉強は座学でも実技でも行っているため、今はパラメイルの整備を行っている。

「ありがとうございます、テスタロッサ艦長。艦長のお言葉でサリアちゃんも決心がついたみたいです」

「不安なのは皆さん同じです。だからこそ、力を合わせないと…」

「ええ。医務室で戦ってるヴィヴィアンのためにも…」

第一中隊がそれぞれ決意を固める中、鉄也が同じく収容されているグレートマジンガーから降りてくる。

2時間あの中で格闘していたためか、喉がすっかり乾いており、舞人から手渡されたドリンクをあっという間に飲み干していた。

「鉄也さん、いかがでしたか?」

「重量の増加が気になるが、ひとまず宇宙戦闘用のプログラムの書き換えは終わった。推進剤の消耗には注意しなければならないが、どうにかなるはずだ。舞人、宇宙での戦闘は無重力と全方位から迫る敵への対応が生死を分ける。それを忘れるなよ」

「はい…!」

勇者特急隊としては初めての宇宙での戦いで、装備の整った彼らの課題は重力下とは全く違う状況下での対応だ。

スラスターの調整だけでなく、重力下よりも何倍もある行動パターンを把握し、それに対して臨機応変に対応しなければならない。

その対応がわずかにでも遅れたら、自分か仲間が死ぬことになる。

「なあ、ちょっといいか?」

ダナンに積まれていたモビルスーツ用のパーツである程度自分たちのモビルスーツの整備を終えたガンダムチームの1人、ジュドーがグレートマジンガーを見た後で鉄也に声をかける。

「なんだ?ジュドー」

「マジンガーZって…知ってる?」

「…いや、グレートに名前は似ているが…」

「ほら、やっぱり!他人…ならぬロボットの空似だって!」

「でも、鉄也さんは記憶喪失だから、マジンガーZのことも忘れているだけかもしれないぜ」

「そういわれれば、そうだけど…」

日本で出会ったときから、ジュドーはそのことが引っかかっていた。

自分たちの世界の日本で機械獣と戦っている、光子力エンジン搭載スーパーロボットのマジンガーZ。

何度か共闘したことがあり、その機体のすさまじい性能を知っている。

整備そのものはそれを担当にしている研究所で行っているため、そうした深いところまでの知識のないジュドーだが、それでもマジンガーZとグレートマジンガーには繋がりがあるとしか思えなかった。

頑なに繋がりを主張するジュドーにエルも口を閉ざす中、ビーチャが助け舟を入れる。

「ガンダムだって、トビア達の世界やここの世界にもあるだろ?マジンガーだって同じようなものだろ?」

「そういうものなのか…」

そう考えると、そもそもモビルスーツという存在は3つの世界すべてに存在する。

しかし、トビア達のモビルスーツが15メートルクラスなのに対して、ジュドー達のものは18メートルから20メートル以上と大きさに違いがある。

それに、刹那やキラ達の世界のモビルスーツは動力源が太陽光バッテリーもしくは軌道エレベーターの宇宙太陽光発電システムから電力を無線供給する外部電源方式、核分裂炉に疑似太陽炉といった動力源がいくつも存在する。

冠は同じだが、中身は別物と言っていいだろう。

ジュドーもビーチャのその意見については一理あると思えた。

「そのマジンガーZというのは、お前たちの世界に存在するロボットなんだな。いつ出撃になるか分からない。落ち着いたら、話を聞かせてくれ」

「あ、うん…」

「じゃあな、少し食事をとってくる」

戸惑いを覚えるジュドーをよそに、鉄也は格納庫を出ていく。

その彼の後姿を見ているのはジュドーと舞人だけでなく、コンテナの上に座っているナインのホログラムも同じだった。

「…」

何か、疑いの眼差しを見せたナインのホログラムが姿を消し、エルは整備を終えた愛機であるガンダムMk-Ⅱを見る。

背中にミサイルポッドを内蔵した大型ブースターを搭載し、ビームライフルではなくロングライフルを装備したそれは汎用性を追求したMk-Ⅱとは正反対のコンセプトに思える。

「スーパーガンダム復活!これなら、Mk-Ⅱはまだまだ戦えるね!」

「それにしても、こうしてみたらボロボロだよな…」

新しく装備されたそれらと比較すると、コアとなっているMk-Ⅱは損傷の累積や経年劣化が目立っている。

何年も激戦を戦い抜いた名機も限界が近いが、それでもこうした強化装備を施して戦わなければならない。

パワーアップに笑顔を見せたエルだが、無重力を使って宙を舞い、Mk-Ⅱの額に手を当てると、どこか寂しげな表情を見せる。

(Mk-Ⅱ…いつまで、あんたは戦わなきゃならないのかな…?)

 

-ナデシコB 通路-

「どうしたの?ナイン。あなたから私たちを呼び出すなんて、珍しいわね」

ソウジとチトセは自室で休んでいたところを呼び出したナインを見て、少し驚いた様子を見せる。

作戦以外のことで、ナインからソウジ達を呼び出すことはまれで、その場合はほとんどヴァングレイの近くでやる。

しかし、今回はヴァングレイではなく、今乗っている戦艦であるナデシコの通路が集合場所だ。

「で、どうしたんだ?俺たちに何か聞きたいことでも…?」

「いえ、実は…鉄也さんのことでお耳に入れておきたいことがあります」

「鉄也が…どうかしたのか?もしかして、あいつの記憶が戻ったのか?」

「そういう意味ではありません。実は…」

ナインはダナンの格納庫で見た鉄也の不可解な動きについて、その一部始終を2人に説明し始めた。

マジンガーZという名前をジュドーから出されたときに見せた反応、そして関係を否定したにもかかわらず見せた食いつき。

ナインから見て、そんな反応を見せる鉄也がただの記憶喪失とは思えなかった。

「…つまりは、鉄也が俺たちに何か隠し事をしている…そういうことか?」

「はい…。鉄也さんの顔面の筋肉のかすかな反応…明らかに彼はマジンガーZについて何かを知っていて、それを私たちに隠している」

「も、もしかしてナイン…。あなた、鉄也さんが記憶喪失だというのも嘘だって思ってる?」

「いいえ。少なくとも私たちの世界で出会った鉄也さんははっきりとした記憶喪失者でした。しかし…この世界に転移した影響で、おそらくは…」

平行世界への転移の際の何らかのアクシデントで記憶をなくすことがあるとしたら、その逆も可能かもしれない。

ナインから見ると、自分たちの世界にいたころの鉄也と今の鉄也はまったく異なる動きをしているように見えた。

おそらく、ソウジ達に言えない秘密を思い出していて、それを必死に隠そうとしている。

「今後の行動の指示を頼みます。キャップ、姉さん」

「それは…ど、どうします?ソウジさん」

指示と言われても、何も思いつかないチトセはすがるようにソウジを見る。

現状、鉄也はこちらの裏切るような動きを見せていないが、秘密の内容によってはそうなる可能性もある。

これからヤマトを奪還し、元の世界へ帰る前に不安分子はつぶした方がいいというのがナインの考えだ。

軽薄な一面のあるソウジとはいえ、軍人としての分別はついている。

だから、ここからどう動けばいいのか、時には冷徹な決断をすることもできるはず。

だが、ソウジからの答えはナインにとっては想定外の物となった。

「いいか?このことは決して誰にも言うな。チトセちゃんも、だ。わかったな」

「何故です?ルリ艦長やスメラギさんに報告して監視…またはしかるべき処置をとるべきです」

「監視…処置…。私たちの仲間の鉄也さんに、そんなことしたくないな…」

「だよな。それに、人間にはだれだって、秘密の一つや二つぐらいあるものさ。例えば、チトセちゃんが寝るときはパンイチだってこととか」

あえて場を和ませようとふざけたことを口にするソウジだが、見事に空振りでナインの目つきに変化はない。

おまけにそんな秘密を再び暴露したソウジのことをチトセはゴミを見るような目で見ていた。

「…すみませんでした。冗談です。…ま、まぁ、俺の見立てでは少なくとも鉄也は敵じゃない…それで十分だ。チトセちゃんはどう思うんだ」

「私も…今の鉄也さんからは私たちへ敵意を向けていない…。初めて会った時と何も変わらない」

「理解できません…そんな非合理的な考え方…」

自分たちは1年以内に元の世界へ帰り、イスカンダルへ行き、地球を復活させる手段を持ち帰らなければならない。

その旅のスケジュールはこのようなイレギュラーのせいで大きく乱れてしまい、おまけにヤマトとも離れ離れだ。

そんな状況で、これ以上不確定要素を増やすようなソウジの判断をナインは理解できなかった。

「疑心暗鬼にとらわれちまうのもまずいものさ」

「今、私たちは重要な作戦行動中です。懸念事項は少しでも潰し、リスクを可能な限り減らす方が…」

「リスク…か。そんなに秘密を抱えるのが悪いことかね…なら、俺も同罪だな。そして、あんな秘密をずっと隠していたチトセちゃんも」

「え…?キャップにも秘密があるんですか?」

「ソウジさん、秘密ってもしかして…」

「いや、今チトセちゃんが思っているのとは別の秘密だ。まぁ、そのうち話すさ」

ソウジの体の傷についての秘密はナインも既にチトセから聞いていて、把握している。

それをナインに話せと言ったのはソウジ自身で、ナインの場合すぐに見破るだろうから先に言ってしまえばいいとチトセにゴーサインを出していた。

もっとも、まだ自分の口からそのことを他人に話すことに抵抗感を覚えていたという理由も一つとして挙がるが。

「逆に聞くが、2人は俺のすべてを知ってるか?」

「…いいえ」

「そして、俺もチトセちゃんとナインのことをすべて知ってるわけじゃない。それに…ナイン。コミュニケーションをとるために人間の姿になったって話だが…あれ、嘘だろ?」

「AIが嘘をつくはずがないじゃないですか」

「優秀な…AIなんだろ?」

「こういうときだけ、そんなふうに言って…!!」

年頃の少女のように、怒った表情を見せてしまう。

これだけを見ると、AIではなく普通の少女のように見えてしまう。

そして、その反応こそがソウジの推理が正しいことを証明してしまっていた。

優秀なAIだから持っている感情がソウジの正しさを立証してしまう可能性から考えを切り離していた。

「まぁ、この話はここまでだ。確証もないのに、仲間を疑うような真似はするな。それは…自分自身を殺すことになるぞ」

「…はい」

くぎを刺すように、真面目な口調でナインに強く言う。

だが、ナインも黙ってはいそうですかと聞くつもりはない。

抗議するようにソウジをにらみつける。

「2人とも、ここまでここまで!いったん頭を冷やした方が…キャア!!」

急に船体が揺れ、3人は大きくよろめく。

「外からの攻撃か…!!」

何かが爆発したことによる揺れで、何度も宇宙で戦ってきたソウジにとっては覚えのあるものだ。

デブリと衝突したわけではない。

機雷か、それとも敵の攻撃による爆発の揺れだ。

「でも、敵機接近の報はありませんでした」

「相手が火星の後継者だとしたら、距離を一瞬でゼロにする方法がある」

「ボソンジャンプ…」

「とにかく、急いで出撃準備だ!いくぞ、チトセちゃん!」

「は、はい!!」

ソウジの手を借りて立ち上がったチトセは彼と共に格納庫にあるヴァングレイへ急ぐ。

一人残されたナインは2人の後姿を見ていることしかできなかった。

 

-地球 地球-アマテラス間デブリ帯-

「うわあ!!敵が…ボソンジャンプによる急襲を仕掛けてきました!!」

揺れに耐えながらハーリーは艦長席に座るルリに報告しつつ、迎撃のためにミサイルを発射する。

オモイカネやナデシコのセンサーで確認すると、このボソンジャンプで飛んできたのはマジンやバッタ、積尸気の混成部隊だ。

10数機で、今の数は大したことはないが、これからもボソンジャンプで増援が飛んでくる可能性がある。

「アマテラスへの接近に気付いたみたいですね。いかがします?テスタロッサ艦長、スメラギさん」

「ならば、短時間で敵機動兵器を撃破し、アマテラスへ急行するまでです。ウルズチーム、ハサウェイさん、勇者特急隊とアルゼナル第1中隊は出撃準備を」

テレサの命令により、ダナンの2つの格納庫内は騒ぎとなり、先に宇宙戦闘用の展開ブースターを装着したクルーゾーら3人がΞガンダムとパラメイル部隊と共に出撃する。

「サガラさんはラムダ・ドライバ起動と共に発進です。それまでは待機していてください」

「了解しました。ふうう…」

先に飛び出していく仲間たちを見送った宗介は目を閉じ、深呼吸してラムダ・ドライバ起動を待つ。

それが起動するまでの間、宗助は戦うことができず、命令とラムダ・ドライバの性質を考えると仕方のないこととはいえ、やはりもどかしさを感じてしまう。

アーバレストで初めて宇宙で作戦行動をすることになったときはそうした性質からかなりもどかしく覚え、思わずラムダ・ドライバ起動前に出撃しかけたこともあった。

それの不可解さが余計それを助長させたが、今は落ち着いており、ただ静かに集中して起動を待っている。

「敵ボソンジャンプ確認。さらに6機。艦隊後方に出現」

「どういうことだ…?敵はナデシコの位置がわかるというのか?」

「いいえ。ルリ艦長の説明、およびオモイカネの情報によりますと、ボソンジャンプに必要なのはイメージすることで、演算ユニットにそれを伝達することで可能となります。ゆえに、彼らの場合は場所ではなく…」

「説明は十分だ、黙っていろ」

つまりは、場所ではなくナデシコそのものをイメージしたから、火星の後継者はこのような奇襲攻撃を仕掛けることができた。

ソウジが言っていたヤマトなどの波動エンジン搭載戦艦が行うワープといいこのボソンジャンプといい、別世界にはラムダ・ドライバとは別の不可解なものが存在することを再認識させられた。

そう考えると、ラムダ・ドライバ1つを使いこなせなかった以前の自分は何だったのだろう?

そんなことを考えていると、ラムダ・ドライバが起動し、放熱板が青く発光する。

あとはその放熱板を推進機とイメージすることで、宇宙で飛び回ることができる。

「ラムダ・ドライバ起動。アンスズ、ハッチを」

「了解。ウルズ7、出撃します。ハッチオープン」

「アイ・アイ・マム!ハッチ、オープン!」

マデューカスの復唱とともに格納庫のハッチが動き始め、その前に整備兵たちは所定に場所まで退避する。

「軍曹、ウルズチームは正面の機動兵器と交戦中、合流し、奴らを叩け」

「了解です。ウルズ7、アーバレスト出る!」

放熱板の光が強くなるとともに、アーバレストが跳躍する。

漆黒の虚空の中、光を推進剤代わりにしてバッタのように飛び回りながら、アーバレストは仲間の元へ急ぐ。

 

「やはり、ボソンジャンプ相手では後手となってしまうか…」

ダイターン3のコックピットの中で、万丈はギャリゾンから作戦行動前にということで水筒のコーヒーを口にする。

いつの間にそれを用意しており、まさかこのことを見越していたのかとさえ思ってしまう。

そして、彼の手元には携帯型の端末があり、飲み終えた万丈はそれを見つめる。

(暁会長から提供されたプレゼント…果たして、今の僕に使えるものなのか…?)

「万丈、ダイターン3の出撃準備完了よ」

「了解、ダイターン3、出撃する!」

ダイターン3がハッチから飛び出し、さっそく接近してくる積尸気に向けてレッグキャノンを発射する。

高速で飛んでくる巨大な弾丸を10メートルにも満たない機動兵器が耐えられるはずもなく、爆発すら許されずにバラバラになった。

「やるぞ、ナイン、チトセちゃん。ヴァングレイで突破口を開く!」

「はい…!」

相手はディストーションフィールドを展開できる期待で、ビーム主体の機動兵器では相性が悪い。

ガトリング砲とレールガンを持つヴァングレイなどの実弾持ちでなければ対抗が難しい。

自分たちの動きがこの戦局を左右することを意識し、チトセも気合を入れる。

一方、何らかの返答をするはずのナインに関しては何も反応を見せない。

「どうした、おい」

「…」

「ソウジさん、さっきの言葉…言い過ぎたんじゃないですか?」

「ああ、そうだなぁ…」

このような緊急事態となったために考えることができなかったが、先ほどの言葉はナインには強すぎたかもしれない。

優秀なAIだから、飲み込めるだろうと思っていたが、ナインはそうであると同時に年頃の少女だ。

すっかりへそを曲げてしまった今の彼女のサポートを受けるのは難しい以上、チトセに頑張ってもらうしかない。

(あとで、ナインに謝らないとな…)

(アマテラスに…あの向こうにヤマトが、みんなが待ってる…)

玲をはじめとした仲間たちがヤマトとともにいるとは限らない。

事実として、ヤマトの格納庫の中にいたはずのソウジ達は愛機もろとも転移してしまい、この世界ではバラバラになってしまった。

それと同じことがほかの乗組員におこらないとは限らないが、少なくともヤマトが彼らを呼び戻すためのかがり火になる。

「さあ…行くぜ!」

ガトリング砲を右腕に装着し、正面の機動兵器たちに向けて連射する。

装甲の薄いバッタや積尸気はガトリングの弾幕の中で穴だらけになって沈黙するが、それよりも大型で分厚い装甲を持つマジンは突破してくる。

だが、そのマジンも頭上から降ってきたレールガンの鋭い弾丸を頭部に受け、大きく下へ吹き飛ばされるとともに爆散した。

「うう…宇宙だと、余計反動が来る…!!」

グググ、とレールガンを撃ったグレイブの右腕が後ろへ動く感じがし、その負担が耳で聞くだけで分かってしまう。

レールガンに耐えられるよう、右腕のみは専用の堅いフレームを用意したとメイが言っていたが、あくまでもそれは重力下での話。

重力下と無重力では反動にも違いが生じる。

場合によっては右腕が吹き飛んでしまう可能性だってある。

(極力レールガンは使わないようにしないと…!!)

「ったく、ナオミの奴、先に大物を1機倒しちゃうなんて!!」

そのマジンを狙っていたアンジュはそれを仕留めたナオミに悪態をつきつつ、バッタが飛ばしてくるミサイルをアサルトライフルで撃ち落としていく。

バッタの動きについては交戦経験のあるリョーコから聞いている。

ありったけのミサイルを撃ち、そのあとでディストーションフィールドを展開して体当たりし、それでも目標が沈黙しない場合は自爆する。

かなりシンプルなコンバットパターンで、元木連の三郎太曰く、戦場ではディストーションフィールド搭載の新型バッタが主流とのことだ。

ビーム主体の機動兵器にとってはこのようなシンプルな動きでも脅威だが、実弾主体のパラメイルにとっては大したことはない。

それに、ミサイルのスピードもドラゴンが発射してくるビームや電撃よりも遅く、発射中のバッタの動きは鈍くなる。

「ソラソラァ!まずは雑魚で小銭を稼いでやるぜ!!」

「これなら…ドラゴンと戦うよりも楽かも…」

アサルトライフルを連射し、その弾丸の雨の中で4機のバッタが爆散する。

通常のグレイブよりも機動力の低い2機だが、数が少し多い程度でスピードの遅いミサイルはよほどのへまをしない限りは容易に回避ができる。

(あの程度なら問題ない…。けど、数が来たらまずいわ…)

凍結バレットで至近距離に飛んできた積尸気を撃破したサリアはこれから次々とボソンジャンプで飛んでくるであろう部隊のことを頭に浮かべる。

総力を挙げてこちらを攻撃してくるかどうか不透明で、実際火星の後継者がどれだけの力を持っているのか見当がつかない。

それに、当然奇襲を仕掛けてくるため、そうした戦術への対応ができないという弱点は自覚している。

「今は可能な限り数を減らす…!少なくとも、母艦を守ることくらいは…!」

「敵増援、来ます!!」

ハーリーの通信と同時にさらに増援がボソンジャンプで飛んでくる。

数は15、いずれも積尸気で、そのうちの8機は見慣れない大型のコンテナを2機がかりで抱えている。

そして、3機の積尸気がナデシコ周辺に向けて弾速の遅い大型の弾丸を発射した。

「この弾丸は…!!」

「ミサイルで撃ち落とします!!」

「待ってください、ハーリー君、あれは…」

ルリの言葉が届く前にナデシコからミサイルが発射され、飛んでくる弾丸を撃ち落とす。

しかし、それと同時に紫色の煙幕が拡散していき、それがナデシコ周辺を包み込んでいく。

「なんだ…?ナデシコ、応答せよ!何があった…!?」

「軍曹殿、ナデシコとの回線が開きません」

「Nジャマー付きの煙幕だというのか…?」

この世界におけるミノフスキー粒子の役割を果たすニュートロンジャマーについてはキラ達から話は聞いている。

3年前の大戦で、プラントは血のバレンタイン事件の報復措置として地球に向けてNジャマー拡散装置を数多く発射した。

それはもともと、核分裂を抑制するためのもので、その副作用として通信電波が妨害されるという。

軌道エレベーターの存在により、大規模な太陽光発電とそれの地球への供給が可能となっているとはいえ、原子力発電所に頼っているような地域も多く、火力発電については石油や石炭などの化石燃料由来のものを中心に下火となっている。

核分裂が抑制されることで、地球は原子力発電所を使うことができなくなった。

それによるエネルギー不足が発生し、それを解消するまでの間の二次・三次被害によって、軌道エレベーターの恩恵を受けることのできない地域を中心に多くの犠牲者が出た。

現在は地球連合発足と軌道エレベーター由来の電気のライフラインが勢力の垣根を越えて拡散していっており、Nジャマーキャンセラーの登場もあって通信阻害効果以外での価値が薄まっている。

それに、抑制しているのは核分裂のみということで、ZZなどが使う核融合炉やアーム・スレイブのパラジウム・リアクターに対しては効果がない。

「軍曹殿、おそらく相手の狙いは…」

「わかっている!奴らはナデシコを直接攻撃するつもりだ!!」

ボソンジャンプの特性を考えると、敵が使う手段はそれ以外に考えられない。

すでに対艦ミサイルを積んだコンテナを持った積尸気が背中についている装置を使って再びボソンジャンプを開始しており、おそらくナデシコのブリッジをつぶすつもりだ。

煙幕でナデシコ周辺が見えなくなっている以上、遠距離から攻撃することができない。

「奴らは俺が仕留める!」

「刹那!!大丈夫なのかよ!?」

「やってみせる…!」

ダブルオークアンタが煙幕の中へ突入していき、GNソードⅤをライフルモードに変形させる。

以前にも刹那はこうした煙幕の中で戦った経験があり、イノベイターとして覚醒している彼にとってはその程度の煙幕は子供だまし程度だ。

(あそこに敵がいる…!)

Nジャマーと煙幕の中で、目と耳が封じられる中、コンテナもちがブリッジ正面にいることを察する。

そして、刹那はそれを持つ2機に向けてビームを発射する。

死角からの攻撃で、ディストーションフィールドを展開できていなかったことからあっけなくビームで大穴を開ける。

そして、爆発するまでのタイムラグの間にダブルオークアンタは握っていたコンテナを奪い、ナデシコから見て後ろ側に向けてそれを投擲する。

飛んで行ったコンテナは後方のエンジンを破壊しようとしていたもう1組にコンテナに直撃するとともに爆発を起こした。

爆風が煙幕の一部を吹き飛ばし、そこで別のコンテナ持ちの姿が見えた。

「馬鹿な!?なぜこんな煙幕の中でも我らを見ることができる!?」

「隙だらけだ…!」

まさかの事態に動揺し、動きを止めた2機をティエリアが見逃すはずがなかった。

巨大なGNクロー2機が遠隔操縦で飛んでいき、2機を握りつぶしていった。

そして、残されたコンテナをGNビームライフルで打ち抜き、中に入っている対艦ミサイルを爆発させることで煙幕を吹き飛ばした。

「すごい…刹那さん…」

「これがイノベイターの力…」

「…」

イオリアが提唱していた、潜在能力を覚醒させた進化した人類の力。

その力の一部を感じたハーリーは感嘆の声を上げ、ルリはじっと自分たちを守ってくれたダブルオークアンタを見つめる。

再び敵機を倒すためにナデシコから離れる彼をルリは見送る。

(イノベイター…スメラギさんやティエリアさんが言った言葉とダブルオークアンタ…それが正しければ、もしかしたらその力の本質はもっと別のところに…)

「艦長!更に敵の増援です!数は…2、24!?」

ボース粒子の反応を拾ったハーリーの悲鳴にも似た報告にルリは火星の後継者の戦力の大きさを感じる。

モビルスーツよりも安価とはいえ、これだけの量の積尸気やバッタなどの機動兵器を持つとなると、その背後のスポンサーの大きさを考えずにはいられない。

このまま次々と相手がやってくることを考えると、そろそろこちらの機動部隊の残弾も考えなければならない。

「…!これは、みんな避けて!!」

「何!?チトセちゃん!!」

チトセの叫びがそばにいたソウジだけでなく、ジュドーやトビア、ハサウェイといったニュータイプ、そして刹那とティエリアの脳裏を駆け抜ける。

「今のは…如月の声!?」

「軍曹殿…?」

「ダナン、聞こえるか!?ビーム攪乱幕を展開しろ!!来るぞぉ!!」

次の瞬間、四方八方から青いビームが次々と飛んできて、そのビームは無差別に襲い掛かる。

トレミーやナデシコやそれぞれが持つバリアを展開して防御し、ダナンもビーム攪乱幕を発射する。

「ななな、なんだよ!?こんなビーム、どこから!?」

「見覚えのあるビーム…まさか、アールヤブなどという無人兵器のものか!?」

容赦なく襲い掛かってきたビームは火星の後継者の機動兵器たちを葬っていく。

チトセの声を拾い、そこからすぐに動いたことが幸いし、ソウジ達は多少の被弾はあるものの、少なくとも撃墜された機体や戦艦はなかった。

だが、ビームが収まると同時に接近してくる機体の反応にフェルトとミレイナは言葉を失う。

「この数…あまりにも突然すぎる…」

相手はアールヤブ。

その数は40以上で、唐突な大軍の登場にさすがのスメラギも冷や汗を流した。

そして、接近してくるその大軍の中にはアールヤブそっくりではあるものの、ビーム砲付きの2本腕があり、足のような追加ブースターに赤いブレードアンテナをつけた見たことのない機体も1機存在した。

「敵の新型…奴らを突破しなければ、アマテラスに行けないわね…」




装備名:宇宙空間用展開ブースター
ミスリルが所有するアーム・スレイブであるガーンズバック専用に開発された追加装備。
ガーンズバックを中心に、現存するアーム・スレイブは宇宙空間に対応した機体が一部を除いて存在せず、モビルスーツの存在からその対応能力そのものが必要とされていない節があった。
しかし、戦局の変化やミスリルが宇宙での活動も必要となったことでそうした装備の必要性が迫られ、この装備が作られることになった。
その名前の通り、バックパックとして装着し、宇宙空間ではそれを展開して稼働させることで、宇宙空間での機動性を維持している。
ガーンズバック本体も、ハードポイントを外付けで追加するだけで済むことから手間がかからないものの、大型な上に現状はガーンズバックやファルケ以外の機体に対応していない。


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第38話 スピードVSスピード

-地球-アマテラス間 暗礁地帯-

「くそ…!こいつら、硬い…!」

ヴァングレイのビーム砲を2,3発受けたはずのアールヤブだが、それに耐えてビーム砲を発射する。

正面からのビームであるため、容易に回避することができたが、それと同時に背後からの敵機の反応が来る。

「何!?後ろから…新型かよ!?」

「後ろを取られたら…キャア!!」

背後に飛んできたビームを受けたヴァングレイが大きく前へと吹き飛ばされ、ビームを受けたガトリング砲が破損する。

「足りねえな…」

新型機の中でヴァングレイが後ろを見せるさまを見る男がつまらなそうにつぶやく。

全周囲モニターの中、青い鶏のとさかのような上方をした鋭い目つきをした男で、裸の上半身に袖の破れた軍服を着た姿が彼の戦闘狂としての側面をほうふつとさせる。

今ロックオンしている対象が今の彼のターゲットであり、それに対する命令が彼にとっては不可解なものだ。

だが、戦うことしか能がなく、後ろで指揮するようなことを好まない彼にはどうでもいい話だ。

命令には従うが、それ以外は好きにさせてもらう。

それが目標以上の成果になるならばいいというのが彼の考え方だ。

だが、そのターゲットとなる機体、ヴァングレイの今の動きは彼にとって不満足なものだった。

「足りねえな…知性も品性も強さも…」

背後を取り切ったはずの新型機が今度はヴァングレイの正面に立ち、そこで両腕のビーム砲のチャージを開始する。

わざと自分のスキを真正面で見せる彼の姿は相手にするパイロットにとっては明らかに挑発だ。

「こいつ!!」

当然、一番初速のあるレールガンを撃ってくる。

その程度のことはこれまでアールヤブが集めてくれたデータで分かっていること。

やすやすと挑発に乗って、そのような読めている攻撃をしてくる時点で知性と品性のなさが証明されている。

おまけに、兵器として洗練されていない、フレームに凸凹と武装を取り付けただけのお粗末な機動兵器には開発者の知性のかけらも感じられない。

そして、それ以上に足りないものがある。

これこそが自分のアイデンティティであり、それを極めることこそが生きがいだ。

「スピードが足りねえ」

一気にスラスターを吹かせてレールガンを紙一重の差で回避するとともにビームを発射する。

「この距離で避けるのか…うわあ!!」

ビームが命中し、せっかくのレールガンまで失ってしまう。

ガトリングもレールガンもないヴァングレイの残存武装はビーム砲とビームサーベルのみ。

この短時間で、たった1機の機動兵器のために虎の子の武装を2つも失ってしまった。

「この野郎!!」

「へっ、ノロマが」

ビーム砲を連射するヴァングレイに背中を向け、新型機は隕石の海の中を悠々と、最大スピードのまま飛んでいる。

普通の人間では耐えられないほどの加速をしているにもかかわらず、隕石に接触することなく飛び続ける繊細さまである。

「この機体…人が乗っているの!?」

「何者なんだよ…あの無人機どもの親玉か!?」

新型機を相手している間に、ほかのアールヤブ達が次々と仲間たちに攻撃を仕掛けてくる。

ソウジも動きたいところだが、あの新型機に狙われていることを考えると、下手に背中を見せることもできない。

「…推測通りの馬鹿どもだな。お前らの都合のいいように素直に名乗って、素性までペラペラとしゃべると思っているんなら、救いがたい無能どもだ」

そういう考えを持った時点で、兵士としては失格であり、『処分』の対象となる。

そもそもそんなことをこれから死ぬ相手にしゃべったところで何も意味がなく、倒されて終わるだけ。

ならば、さっさと倒してしまうのが効率的。

それが彼の考えであり、おそらくは彼の所属している組織の考え方でもある。

「まぁ、グダグダ話していてもスピードに支障が出る。だから、お前らが一番知りたいことを単刀直入に教えてやる。任務はお前らをつぶすこと、つまり…お前らの敵だ。だから、俺の戦いの邪魔になりそうなノロマはデリートさせてもらった」

「デリート…ねぇ」

ソウジは周囲に散らばる火星の後継者たちの機動兵器の残骸を見る。

アールヤブ達と新型機による一斉射撃の的となり、原形をとどめないほどに破壊されており、中にはコックピットが丸々大穴になっているものもある。

相手はテロリストであり、テロリストは殺すのが基本。

平和を脅かし、罪のない人々を大勢殺した彼らは生きる価値もないが、それでもソウジには彼の言葉にカチンとくるものがあった。

「だが、不意打ちで人様の命を奪っておいて、そんな言いぐさはないんじゃないか?」

「俺が求めるのはスピードだ。その邪魔は消去するだけだ」

「そうかよ…」

「ソ、ソウジさん…」

ため息をつくように言葉を吐くソウジから、チトセは普段彼の見せない強いプレッシャーが感じられた。

ニュータイプ由来のものではない、人間が本来持っている本能。

相手に対するシンプルな怒りの感情を静かに燃やしている。

「チトセちゃん、こっからはいろいろやばいかもしれねえが、付き合ってもらうぞ」

「は、はい…」

「ナインもだ。聞こえているよな?」

「キャップ…?」

「どうにも俺はあいつが好きになれない。リミッター解除だ。力を貸してもらうぞ」

「リミッター解除って…そんなことをしたら!!」

今のヴァングレイは確かに出力に制限がかかっており、解除すればさらに性能を引き出すことができる。

だが、より一層パイロットに負担が生じるうえに内部フレームへのダメージも著しい。

長時間その状態で運用すると、機体が動かなくなってしまう。

「ノロマなのは頭の回転だけでなく、体の動きもらしいな。まぁいい、お前に本当のスピードというやつを教えてやる」

新型機が隕石と隕石の間で姿を見せ、ビームを撃ってくる。

シールドで受け止めている間に再び移動し、また別のポイントから撃とうとしていた。

「機体に負担がかかる分、俺の体は頑丈だ。あと、チトセちゃんが安全に戦えるようにサポート、頼むぞ」

「ソウジさん、またあなたは…!!」

木星の時のように、また自分だけを犠牲にしようとしているのか?

その後での喧嘩でそれをもうしない、といったのを忘れたのか?

せっかく生きているのに、そんな粗末なことをするのが許せず、声を上げようとする。

「安心しろ。俺は死なない。死ねない理由があるからな。リミッター解除、急げよ」

「…はい。けれど、キャップや姉さんへの負担があります。3分での決着を提案します」

「わかった…。チトセちゃん!!」

「…わかりました!ヴァングレイ、リミッター解除!」

死にたがりなんかじゃない、その言葉を信じることにしたチトセはコンソールを操作し、ヴァングレイのリミッターを解除する。

同時に、真上から新型機が両手のビーム砲からビームサーベルを展開させて突っ込んでくる。

「こいつで…終わりだ!!」

死角から死角へと飛び回りながらビームを打ち、頭上からの一閃でとどめを刺す。

この戦法で彼はこの組織で多くのエースパイロットを撃墜してきた。

だが、ビームサーベルで切り裂くか否かというタイミングでヴァングレイが姿を消す。

「避けた…!?うお…!!」

背後から殺気を感じた彼は新型機を急激に真上へと飛ばす。

急激に反対方向へ加速したことで強烈なGを感じるが、これまでもっと激しいGを感じたことがあるため、その程度は軽いものだ。

カメラには自分から外れて飛んでいき、隕石に命中するレールガンの弾頭が映っていた。

「おお…なかなかいいスピードじゃねえか。マグレじゃなきゃいいけどな」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

「機動兵器が戻ってくるぞ。応急修理と推進剤、弾薬の補給を急げ!!敵は待ってくれないぞ!!」

ダナン格納庫の中でサックスが声をあげ、その間に戻ってきたZZガンダムの推進剤の補給が始まる。

40機以上のアールヤブとの戦いではどうしても長時間の戦いに発展し、ZZガンダムをはじめとした長時間の戦闘に向かないような機動兵器はこうして戻ってきて、補給を受けることを余儀なくされる。

コックピットの中では、ジュドーがカロリーブロックを口にしながら補給完了を待っていた。

「ミサイルの補給は最低限でいい。推進剤を入れてくれたら、すぐに発進する!」

ZZがいない穴をハサウェイが埋めている状態で、相手が正体不明な存在である以上は早く出なければという思いが強まっていく。

だが、ジュドーもいつまでもそんな甘いことばかり言っていられるような状況ではないことはよくわかっている。

だから、そんな気持ちを抑えるため、今は栄養補給をして反応が鈍くなるのを防ごうと心掛けている。

続けてZZに似た重装甲・高機動をコンセプトとしたナオミのグレイブもトゥアハー・デ・ダナンに戻ってきて、中で待機しているアルゼナル組の整備兵たちが一斉に集まり、メイの指示の下で補給を開始した。

「ナオミ、さすがにレールガンはすぐに弾を入れられないわ。アサルトライフルで代用して!それであとは応急修理と推進剤の補充だけで済むから!!」

「仕方ないわね…。その代わり、すぐにお願い!!」

疲れを覚えているナオミはコックピットがモビルスーツのように椅子の形であってくれたらとこの時だけは思ってしまう。

パラメイルはドラゴンとの戦闘を良くも悪くも想定したつくりとなっており、今の戦場のような長時間にわたる戦闘を考慮した設計となっていない。

それに、アルゼナルでの座学の中ではそうした状況での戦い方については、当たり前の話ではあるが教えてもらったことは一度もない。

「アンジュ達…ペース配分を間違えないといいけど…」

「ナオミ!!」

コックピットが開き、まぶしさを覚えて目を開けると、そこには整備兵の服に身を包んだココの姿があり、ナオミにフルーツ味のカロリーブロックを差し出していた。

「これ、食べて。かなめさんからもらったんだよ。外の世界のごはんっておいしいものでいっぱいなんだね!」

魔法の国ではないけれども、あこがれの外の世界に出ることができ、こうしたアルゼナルにないものと巡り合えるからか、今のココはかなり生き生きとしていた。

ナオミも宗介から外の世界の戦場での食料の一つとしてカロリーブロックのことを教えてもらっている。

まだ食べたことがなく、受け取ったナオミはそれを口にする。

口にはバナナやイチゴなどの様々なフルーツの味が広がっていき、それを感じるのが楽しく感じられた。

なお、カロリーブロックは別に戦場での食べ物ではなく、普通に市販されている食べ物で、手軽に栄養補給できることから忙しいビジネスマンやダイエットや健康を意識している人々からの需要が大きい。

どちらもある意味では戦場であるため、宗介の表現は半分以下ではあるが、間違っていないのかもしれない。

(やっぱり、いいな…。外の世界って…)

ドラゴンと戦う以上に過酷な戦いの中にいるのはわかっているが、消耗品としてではなく一人の人間としてノーマを扱ってくれるこの世界はナオミにとって心地が良かった。

 

-地球-アマテラス間 暗礁地帯-

「いっけぇ!!」

ナデシコBの直掩に回るキラはスーパードラグーンを展開し、周囲を飛び回るアールヤブをけん制していく。

ビームシールドを展開させているアールヤブにはスーパードラグーンのビームでも大したダメージを与えることはできない。

だが、展開中のアールヤブが腹部のビーム砲を放ってくる気配はなかった。

(思った通りだ。これで攻撃を封じられる。あとは…)

ビームシールドに出力を回しているおかげで、相手はほかの兵装を使うことができない。

ビーム主体の兵装に統一した弊害といえるだろう。

そして、ビームシールドを貫く武装を持つ機体が仲間の中にいる。

「はあああああ!!!」

「これでぇ!!」

アロンダイトを手にしたデスティニーとムサシを手にしたインパルスがアールヤブの装甲をその刃で切り裂いていく。

たとえビームシールドでも、ビームサーベル以上の破壊力を持つ格闘武器であるこの2つの刃には切り裂かれてしまう。

(やっぱり、強い…あの人は…)

敵味方が入り乱れる戦場の中で、スーパードラグーンで弾幕を張っているにもかかわらず、1発たりとも誤射がない精密な動きを見せるキラにシンは自分との技量の違いを感じずにはいられない。

スーパーコーディネイターというだけではない、キラ自身の2度の大戦の中で培ってきた経験と実力がそれを可能にしているのだろう。

だが、その中でそれだけの力があって、どうしてステラを救えなかったのかという感情が芽生えてしまう。

「スーパードラグーンのチャージ時間が来る…。ロックオンさん、頼みます!!」

「了解だ、准将殿」

「准将はよしてください」

「はは、了解だ。さあ、行くぜ。お前ら!」

「「了解!了解!」」

オレンジハロと青ハロのサポートを受け、ロックオンはGNライフルビットⅡとGNピストルビット、さらにはGNホルスタービットを展開させる。

スーパードラグーンが収納され、次のビットが展開される間のタイムラグに一部のアールヤブがビームシールドを解除し、戦艦に向けて腹部ビーム砲を発射する。

「ビームかく乱膜、展開!」

「ビームかく乱膜展開、アイ!!」

トゥアハー・デ・ダナンがビームかく乱膜内蔵型ミサイルを発射する。

時限信管型のミサイルは発射から一定時間経過後に爆発し、トゥアハー・デ・ダナンをキラキラと光る白い粒子で包む。

その粒子がトゥアハー・デ・ダナンへ発射されたビームを減衰させ、消滅させる。

単独では最大火力の武装を使ったアールヤブはその間に発射されたビットのビームをスラスターに受け、爆発した。

「AIとはいえ、あんまりそういうのはやりにくいぜ」

「ライル!トレミーが補足した敵機の位置座標を送るわ!参考にして!」

「サンキュー、アニュー!!」

送信されたデータを参考にビットの位置を変更し、弾幕を張っていく。

「くそ…!ソウジさんたちを助けたいけど…!」

アールヤブの1機でバタフライバスターで切り裂いたトビアは新型機と交戦するソウジ達の身を案じる。

2機ともモビルスーツとはかけ離れたスピードで撃ち合っているが、相手との差は歴然で、同じスピードで押されているのはヴァングレイの方だ。

(何か…長距離から一撃を放つことができれば…!)

トビアのX3にはそのようなことのできる武装などなく、たとえあったとしてもそうした狙撃はトビアにとっては苦手分野だ。

ロックオンや三郎太、クルツのようなセンスがない。

先ほど補給を終えて出撃したZZやΞガンダムなら可能だが、火力が過剰で、ヴァングレイを巻き込んでしまう。

「何か…何か手はないのか…!?」

 

「へっ…ようやく本気を出してくれたと思ったが、正直期待外れだ」

「く…そぉ…!」

新型機のビーム砲を左肩に受けたヴァングレイの装甲のいたるところがビームで焼けており、リミッター解除に伴う過剰なまでの加速力の増大のせいで装甲そのものにも自爆同然のダメージがある。

ナインが出してくれたタイムリミットまではあと25秒で、それを過ぎるとどうなってしまうのかが頭をよぎる。

「チトセちゃん、レールガンの残り弾って…あとどれくらいだ?」

「あと…3発です」

「そうか…」

ビームサーベルも残ってはいるが、機動力で劣るヴァングレイでは逆に新型機に接近戦でやられるだけだ。

この残された3発でどうやって戦うべきか、ソウジは考えをめぐらす。

(幸い、ミサイルはまだ使えるが、あいつにはただの足止めくらいにしかならねえだろうな…。にしても、こんだけのスピードに耐えられるって…奴は異星人なのか?)

任務、という言葉から推理すると、あの新型機とアールヤブを操る組織は別の平行世界へワープする技術を確立しているように思える。

ソウジ達はアクシデントによってワープしたに過ぎず、今の技術で並行世界へワープできる技術を確立するのは短く見積もっても100年以上かかるというのが自分たちのいる世界での技術屋たちの見解だ。

そもそも、ワープができるようになったヤマトでさえ、イスカンダル人が命を懸けて届けてくれた波動コアをベースとした波動エンジンがなければできなかった。

それがなければ、さらに数百年の時間を要していたと思われる。

「つまらん任務だった。さっさと終わらせて…」

「動きが少し緩慢になった…!」

「よし、今なら!!」

ヴァングレイの各部に装備されたミサイルポッドが展開し、次々と新型機に向けて発射される。

「ふん…!そんなヒョロヒョロとしたミサイルなど」

数は多いが、速度は大したことのないミサイルなど彼にとっては敵ではない。

直撃コースになりそうなものをビームで破壊しつつ、ミサイルの合間を縫うように回避していく。

だが、次の瞬間高速で飛んでくる弾丸の警告音がコックピットに響く。

「何!?ちぃ…!」

気づくのが遅れたものの、急加速して直撃は避けたものの、バックパックに当たり、強い衝撃で前のめりになる。

そのダメージでスラスター出力は低下したが、戦闘続行に支障はない。

だが、このつまらない小細工で当たってしまったことに腹を立てずにはいられなかった。

「戦場で無駄口をたたくのは、おまえの言うスピードの邪魔じゃないのか?」

「てめえ…!」

軽口をたたきつつ、ソウジは次の手段を考え始める。

ミサイルは撃ち尽くし、残り2発のレールガンであの新型をしとめる。

同じ手段を使えたとしても、おそらく相手はそれにまた引っかかってはくれないだろう。

だが、これで少なくとも注意はこちらに向く。

残り時間は短いが、それでもその間だけはほかの仲間たちに新型機を向かわせずに済む。

「…!ソウジさん、来ましたよ!」

「来たって…何がだよ??」

「助けです!!四時方向から!左にずれて!!」

「お、おお!!」

チトセの言葉を信じてヴァングレイをずれすとともに、後方から大出力のビームが新型機に向けて飛んでくる。

ビームライフル以上のスピードと出力のビームを辛くも回避する彼は敵の援軍が現れた方角に驚きを覚えた。

(あれは奴らが言っていたアマテラスの方角。そこから援軍だと…!?)

「ソウジ!チトセ!!まさかここで会えるとは思わなかったぞ!」

ヴァングレイのモニターにノーマルスーツ姿のキンケドゥの姿が映る。

「キンケドゥの旦那!!」

「それに…一緒に乗っているのって、もしかして…!!」

「ソウジさん、チトセさん、よかった…!」

後ろに無理やりつけられた形のサブパイロットシートにはベルナデットの姿があり、2人の無事を確認できたことに彼女は涙を流す。

「ベルナデットちゃん、その涙はトビアのためにとっとけよ。あいつも一緒だ」

「トビアも…よかった、無事で…トビア…!」

レーダーがキンケドゥの乗る機動兵器をとらえ、その姿がモニターに映る。

その姿は予想通り、スカルハートのものだが、バックパックに違和感が感じられた。

X字のフレキシブル・スラスターではなく、量産型F91などにみられる2門のヴェスバーらしきものがつけられていた。

そして、そばにはコスモゼロの姿もあった。

「キンケドゥさんはヴァングレイの援護を!3機で正体不明機を迎撃する!」

「その声は…古代戦術長か!?ヤマトから逃げてきたんすか?」

キンケドゥとベルナデットだけでも驚きなのに、さらなるサプライズとして古代までいる。

彼がいるということはアマテラスにヤマトがいるという情報が真実だという大きな証拠になる。

「その通りだ」

「どうやら、アマテラスにヤマトがいることは知っているようね」

「森船務長もいるのか!いいぞ、いいぞこいつなら…!」

「どういう事情かは後で聞く。森君、揺れるが、耐えてくれ!!」

再びスカルハートがヴェスバーを低出力・高速モードに設定しなおして連射しはじめ、続けてコスモゼロも圧縮ビームで援護射撃を開始する。

あっという間に今度は3対1という状態となり、次々と飛んでくるビームにさすがの彼もいらだちとともに舌打ちする。

「ちっ…さすがにまずいか」

推進剤の残量を考えると、ここまでが限界のようで、モニターを確認すると目標達成率78パーセントと表示されている。

時間をかけた割に収穫が少ないように思えたが、暗号通信で後退命令も出ている。

潮時だと理解した彼は真上に向けて球体型の青いビームを撃つ。

一定距離進んだ後で信号弾のように強い光を発した。

その瞬間、アールヤブは戦闘を停止し、即座に反転してその場を後にしていく。

「撤退信号…ということか?」

「敵無人兵器勢力の兵力はこちらの2倍。あと一押しで戦艦を撃沈させることも可能であったにもかかわらず、奇妙なことです」

「…」

アルの言葉が正しければ、このまま戦い続ければ、大きな損害を負い、火星の後継者討伐どころではなくなるというのと同義だが、実際に戦った宗介は黙ってその言葉を肯定するしかなかった。

(あの兵器の性能はエリアDで戦った時よりも強くなっている…。この成長が何度も続いたとしたら、俺たちは…)

「…」

信号弾を放った男の新型機も、アールヤブ達と共にその場を離れていく。

「敵が撤退していく…」

「いや、撤退してくれた…が、正しいだろうな。うん…?」

チトセとナインに機体のチェックをさせ、ソウジはなぜかヴァングレイに入って来た通信を見る。

それは標準語で書かれた文章だった。

「貴様らのスピード、見せてもらった。次は俺のプラーマグのスピードがお前たちを圧倒する。覚悟をしておけ。ガーディムの戦士、グーリー…奴からの通信かよ」

なぜ、スピードを重視する彼が自分の名前や組織を口にしたのかはわからない。

強者の余裕なのか、それとももっと別の何か事情があるのか。

(あの機体…おそらく、リミッターを外したヴァングレイよりも、強い…。次の戦い、覚悟しなきゃならんだろうな…)

相手から来てくれるということは、今度はすべてを聞き出すチャンスだが、まずはヴァングレイの修理とヤマトの奪還、そして火星の後継者の打倒を考えなければならない。

「ソウジ、チトセ!!大丈夫か!?」

キンケドゥのスカルハートが中破同然の状態のヴァングレイとの接触回線を開く。

右足と左足はフレームそのものの交換が必要で、レールガン以外の全武装も総入れ替えしなければならない。

内部のセンサーにも不具合が生じており、ナインが用意した予備パーツでどこまで復旧できるかは不透明だ。

スカルハートに連れられ、ヴァングレイはナデシコBへ帰投した。

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「結局、手掛かりはガーディム、そしてグーリーという名前だけか」

「任務って言葉があったから、命令した人がいるよ。どんな人なのかはわからないけど…」

ノーマルスーツ姿のままのキラとアスランは互いに今戦ったガーディムについて会話する。

モニターにはナインが送ってくれたプラーマグの映像、そして想定されるスペックが表示されていた。

「戦い方はスピード重視。荒々しく見えて、隕石群の中を最大戦速で移動できる精密さまである…。人間技とは思えないが…」

スーパーコーディネイターやイノベイターでないと、そのような芸当をするのは難しく、一般の兵士がそんなことをやっていたら、隕石に自分からぶつかって爆散するのが関の山だ。

今、2人がこれを見ているのはナインからの依頼で、彼の動きから弱点を見出そうとしている。

「加速力も機動性もヴァングレイをはるかに超えている。だが、火力についてはヴァングレイが有利で、戦い方については対照的だ」

「それをどうやって結びつけるか…だね」

 

-ナデシコB 格納庫-

「にしても、いまだに信じられませんよ。あのヤマトが火星の後継者の手に落ちるなんて…」

「もしかして、例のボソンジャンプ戦術にやられた…とか?」

コスモゼロやスカルハートと共に収容されたソウジとチトセは古代と森、そしてキンケドゥにヤマトのことを詰問する。

ヤマトがアマテラスにあることは分かったが、問題はどうして彼らの手に落ちてしまったかだ。

沖田艦長がいて、キンケドゥも一緒にいる。

コスモファルコン隊も生きているため、めったなことではやられないはずだ。

「それもある。実際、スカルハートも損傷して、今あるのはそれを改修したものだ」

「だが、もっと重大な、ヤマトが対抗できない理由がもう1つあった」

「それは…」

どういう意味か、尋ねてくるトビア達に古代はこれを話せばいいのか一瞬迷ってしまう。

これからヤマトを共に取り戻しに動く仲間たちにこれ以上不安要素を与えるようなことがあっては、次の作戦の成功率が落ちることにもなりかねない。

だが、森やキンケドゥ、ベルナデットと共に仲間たちに託されてここまで来た以上、そしてヤマトを探してくれたソウジ達に報いなければならない。

「…沖田艦長が倒れられた」

「嘘…!!」

「グリーゼでの戦いの後から体調が悪いという話は聞いていたが…」

その時の戦いで熱中症となって、一時医務室ではその治療のために兵士が殺到したという話はソウジ達全員が知っている。

それで沖田が体調を悪くしたとしても不思議ではない。

「転移の影響も大きいと思われます。火星の後継者の部隊に包囲された時点で、緊急手術が必要な状態でした」

「事態を重く見た真田副長は抵抗を辞めて、火星の後継者の指示に従うことを決めたんだ」

「けど、奴らはテロリストですよ!?」

彼らの指示に従ったとしても、その先にどんな運命が待っているのかは日の目を見るよりも明らかだ。

火星の後継者の悪行を知っているトビアは沖田を救うためとはいえ、そんな決断に納得することができなかった。

「落ち着け、トビア。銃を突き付けて協力を迫る連中を俺たちだって最初から信用していなかったさ」

投降を決断した後で、火星の後継者の兵士たちがヤマトの第一艦橋に入ってきて最初にやってきたことがまさにそれだった。

その兵士たちの中にはあの草壁もいて、彼はこの世界のために協力してほしいと言ってきた。

その代わり、アマテラスで沖田の手術をしてもいい、という取引という形でだ。

だが、彼の言っていることと兵士たちの脅しは明らかに矛盾しており、どんなにきれいごとを言っても、彼らの本質がテロリストと変わりないことは明らかだ。

「転移の影響でヤマトもかなりのダメージを負っていたんだ。とにかく、時間を稼ぐ必要があった…」

アマテラスに連行された後は沖田の手術を行いつつ、火星の後継者の監視の下でヤマトの修理を行った。

監視の目は厳しかったが、榎本ら整備兵らが夜を徹して、彼らの目を盗む形でスカルハートとコスモゼロの修理をしてくれた。

意外だったのは、EX178の生き残りのザルツ人たちやエリンも協力してくれたことだ。

転移して別世界に来てしまい、そこから元の世界へ帰るために、なし崩しな形であるとはいえ、彼らの力も借りられたことで想定よりも早く作業を進めることができた。

竜馬のゲッター1については修理自体不可能で、アールヤブ達との戦いで大きな損傷をしたことからそのままにされており、今もアマテラスでヤマトと共にいる。

「ヤマトを接収した火星の後継者はそれを自軍の戦力にしようとは考えなかったのですか?」

ソウジからヤマトのことをいろいろ聞いているスメラギが火星の後継者の立場なら、ぜひともヤマトを戦力として組み込みたいと考える。

ヤマトだけでなく、ヤマトが搭載している機動兵器も込みでだ。

特にスカルハートが積んでいる核融合炉はNジャマーキャンセラーなしでも動かすことのできる核で、その技術を彼らの中でだけで独占することもできる。

「そうなることを想定していた副長は機関長と打ち合わせて、ヤマトのダメージを実際よりも深刻に報告したんです」

ヤマトは地球を救うためのもので、それをテロリストの道具にするわけにはいかない。

草壁らとの交渉では真田が専門知識をフルに活用して、専門家でなければ何一つわからないような説明で煙撒いていた。

その時に厄介だったのは科学者である山崎という男をどう突破するかだった。

そこでそうした理屈では難しい相手への相手を務めたのは徳川と竜馬で、下手に触れば周辺施設ごと木っ端みじんにすると脅し、こっそり近づこうとした兵士に対しては竜馬が鉄拳制裁を加えた。

「口では修理が完了したら協力すると言っているから、向こうとしては手出しができず、結局ヤマトは腫れものを触るような扱いで監禁されたんだ」

資材については火星の後継者から提供されたものを使い、艦内の万能工作機を使って修復した。

波動エンジンについては無事だったため、専用の資材を使う必要がなかったのは不幸中の幸いだ。

「なお、艦長の手術は完了し、経過も良好です。先日、復帰されました」

「となると…ここから反抗作戦の開始ということだな」

「でも、大丈夫なんスか?戦術長達が脱走したことで、ヤマトが怪しまれるんじゃ…」

「それについては問題ない」

「僕たちはヤマトを乗っ取ろうとして反乱を起こした…反乱分子って役どころだ。それで、失敗して脱走したっていう体だ」

その計画はキンケドゥが発案し、真田が煮詰めたことで実行することができた。

驚いたのはその反乱ごっこの一環として、艦長に復帰したばかりの沖田に銃を突きつけることだ。

それをよりにもよって古代の役目にさせられ、芝居であるとはいえ彼に銃を向けることになったときは内心かなり緊張してしまい、脱走の時は思わず震えてしまった。

おまけに、反乱が失敗した体で逃げ出していたときには竜馬が機関銃を発砲してきた。

当たらないようにしてくれたとはいえ、すべて実弾で、背後から感じた殺気は今も忘れられない、

同時に、竜馬が敵にすると本当に凶暴な男だということを間近で感じ取った。

「アマテラスが騒がしくなっていたから、近くに地球連合軍がいると思ったけど、まさかトビア達がいたなんて…」

「俺たちも、いろいろあったんだ。その話をしたいところだけど…」

というよりも、今すぐでもベルナデットと2人きりになりたいとさえ思っているトビアだが、今はそれを許してくれる状況ではない。

こちらを攻撃していた部隊が全滅した以上、アマテラスがこちらに気付いている可能性が高い。

「ヤマトがアマテラスにいる以上、本部を移動させることはないでしょうが、周囲の部隊を呼び寄せる可能性があります。下手をすれば、火星の後継者の全部隊と戦う可能性もあるでしょう」

ガーディムとの戦いで物資を消耗した状態で戦うことになるため、そこから火星の後継者の全戦力と戦うとなると、さすがに今の部隊では勝てる可能性が低くなる。

ここからは時間の勝負となり、そのために整備兵たちも総動員で機動兵器の整備にあたっている。

「なら…」

「こちらも、奥の手を使うしかありませんね」

少しでも勝算を得られるよう、残ったカードは例のロンゲから受け取ったプレゼントと、それを使うことになる万丈だ。

使いこなせる可能性は低いが、それでもやるしかない。

「アマテラス作戦については、こちらでも作戦を用意しています」

「作戦…?」

「そのために、私も彼らと共に行動したのです」

森こそがヤマト脱出のための勝利の鍵、勝利の女神となる。

だからこそ、危険な芝居までして古代と共にここまでやって来た。

 

-ヴァングレイ コックピット-

「キャップ…」

古代達が部屋に戻り、かすかな休息を楽しむ中で、ソウジら3人はヴァングレイのコックピットの中に入った。

今は整備兵たちがヴァングレイの修理を急ピッチで進めている。

幸い、宇宙へ出る前に青戸工場でヴァングレイの予備パーツを作っておいたことで、修理そのものは間に合い、本来の武装であるポジトロンカノンも戻ってくる。

更に今はナインから提供されたプランによってヴァングレイには新装備がされており、次の戦いではヴァングレイも要となるようだ。

けたたましい音が外で響いているにもかかわらず、ヴァングレイのコックピットには外からの音は入ってこない。

「お話って、なんですか?」

ソウジに呼ばれてきたナインはなぜ彼がここへ呼んだのかわからず、首をかしげる。

普通に話をするならどこでもよく、ソウジかチトセの部屋で話しても問題ないように思える。

ただ、ソウジは普段とは違う真面目は表情を見せており、普通の話ではないことだけはわかる。

「ナイン、悪かったな…」

「え…?」

「秘密を持っている奴なら、気になるのは当然のことだよな。せっかく忠告してくれたのに、頭ごなしに否定するのはどうかと思ってな…そういうわけで、ごめんな。ナイン」

笑みを浮かべ、謝罪するソウジを見たナインは目を潤ませる。

今にも泣きそうな顔を見せる彼女にさすがのソウジも慌て始める。

「どうしたのんだよ、ナイン!?」

「私…嫌われたのかと思って、それで…」

「大丈夫よ、ナイン。私もソウジさんも、あなたを嫌うわけないじゃない。一緒の戦う仲間なんだから」

「姉さん…キャップ…」

チトセの言葉を肯定するように、ナインは首を縦に振る。

その姿は外見年齢相応の幼い少女そのものだった。

「むしろ、俺がチトセちゃんとナインに愛想尽かされないかひやひやしてんだぜ?」

「そんなこと…ありませんよ。でも、せっかくだから聞かせてください。キャップの秘密を…」

元の無表情へと戻ったナインの質問にソウジは後頭部をかく。

後ろのチトセも気になっているように、じっと視線が向けられており、彼に逃げ場はない。

「秘密…といっても、大したものじゃない。俺の生き方の根っこみたいなものだからな」

「もしかして、グーリーに怒った理由もそれにあるのですか?」

「鋭いな…。チトセちゃんは知っていると思うが、俺のいた部隊、月面25部隊はメ号作戦で全滅して、俺だけが生き延びた。今でも見る…あの時の戦いの夢を…」

勝ち目のないモビルスーツで出撃し、死角をつかれてメランカやツヴァルケに撃墜されるか、戦艦の圧倒的な火力に焼かれるかの末路を仲間たちがたどっていく。

そして、彼らの断末魔が容赦なく通信機に響き、ソウジの脳に焼き付く。

その声はいつしか、1人生き残ったソウジへの憎しみの声へと変化していった。

「ソウジさん…」

「戦争なんだ。誰かを恨んだり、憎んだりしているわけじゃねえが、あの時、もっと生きたいを願って死んでいった奴らのことを考えると、命を軽く扱うあいつのことが許せなくなった」

「…ごめんなさい。キャップ。悲しいことを思い出させてしまって…」

「気にするな。もう済んだことだしよ。…だから、俺は生きたい。生きることを全力で楽しみたい。死んでいった奴らの分も…。だから、2人とも、力を貸してくれ。俺が生き延びるためにも、誰かの命が無残に散らないためにも…頼む」

「ソウジさん…はい!!」

「分かりました、キャップ」

このような話を聞いた以上は、答えるしかないと2人は首を縦に振る。

そんな2人を見たソウジは安心したかのように笑みを浮かべた。

「けど…キャップ、なぜこんなことを私たちに教えてくれたのですか?」

「お前らは身内だからだよ。俺の大切な…」

 

-ナデシコB 艦橋-

「アキトさんと思われる人物からの追加情報…一体どんなものが…」

戦闘終了とほぼ同時に届いた暗号通信をハーリーがオモイカネと共に解析する。

彼の後ろには古代やスメラギ、テレサといった指揮官の面々が集まっている。

火星の後継者を追うアキトからもたらされた情報といえば、アマテラスのものの可能性が高い。

解析が終わると同時に、モニターにはアマテラスとその正面に浮かぶ未確認の巨大な戦艦が表示される。

「これは…!?」

「馬鹿な…なぜ、この戦艦がここにある!?」

最初に見たテレサは驚きの余り口を手で隠し、カリーニンは立ち尽くす。

スメラギとルリも、このような戦艦は見たことがなく、火星の後継者の隠し玉をただ見ることしかできない。

500メートル近い全長を持ち、全幅だけでも350メートル近くある、2つのコンテナを左右にとりつけたような形の巨大な戦艦。

この戦艦は古代と森もよく知っていて、軍学校で学ぶ戦艦学の授業では必ず出てくる、ジオン公国が作り出した宇宙空母という名前の要塞。

「古代君…これは…」

「間違いない。あれは…ドロスだ」




機体名:ブラーマグ
形式番号:不明
建造:ガーディム
全高:26.3メートル
全備重量:68.1トン
武装:サイド・インパルサー×2、メーザー・スライサー×2
主なパイロット:グーリー・タータ・ガルブラズ

ガーディムが所有する機動兵器。
主な機関であるアールヤブの胴体を転用し、それ以外を専用のパーツに換装したもので、プラーマグを大きく上回る機動性と運動性を発揮する。
両腕部にはビーム砲とビームサーベルの2つの機能を持つサイド・インパルサーが装備されており、ビームの初速や連射性能はアールヤブの主砲を上回っているが、その代わりに火力そのものは強化されていない(ただし、アールヤブとの連結機能は健在であるため、連結したうえでならば、大出力のビームも発射可能)。
手足がついていることから、人型機動兵器には見えるものの、あくまでもガーディムではそれらをそれぞれビーム砲、スラスターの機能として割り切っている。
現状確認できるガーディム唯一の人間であるグーリー・タータ・ガルブラズが搭乗し、ヴァングレイを上回る運動性と機動性によって一時は圧倒している。
そのため、ヴァングレイには早急な強化と対抗するためのコンバットパターン構築が求められることになった。


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第39話 巨人に挑む

機体名:ドロス
分類:超大型宇宙空母
建造:火星の後継者(推測)
全高:123.7メートル
全幅:251.3メートル
武装:2連装対空機銃×2、2連装メガ粒子砲×2
主な乗組員:火星の後継者

火星の後継者が所有する超大型宇宙空母。
ソウジ達がいた世界における1年戦争のア・バオア・クー攻防戦でジオンが投入したものとほぼ同型で、200機近くのモビルスーツやモビルアーマーを搭載することが可能。
その脅威は現在でも軍の教科書に載るほどで、その脅威は今度は別世界のテロリストたちによって運用されることになる。
なお、なぜ火星の後継者が別世界の兵器であるはずのドロスを所有しているのか、そしてその情報を知ったのかは不明。


-火星 メガノイド基地-

炎上する基地とメガノイド達の残骸が周囲に巻き散らかされており、その中でガレキを枕にうずくまり、腹部に手を当てている青い肌と黒装束の美女に万丈はためらうことなく銃を向ける。

ダイターン3から降りた彼はここで彼女と白兵戦を繰り広げ、いまここで決着がついた。

彼女がメガノイド達の指揮官であるコロス。

ドン・サウザーを倒され、今の彼女には戦う目的も理由も失われている。

「ば…万丈…。なぜ、ドンの心をわかってくれないのです…?」

人類はメガノイドによって管理運営されなければならない。

そうしなければ、今連合とプラントが忌むべき兵器である核やジェネシスを使うように、古代火星文明の産物である演算ユニットとボソンジャンプを独占しようと殺し合いや策謀を演じるように、過ちの歴史を現在進行形で繰り返すことになる。

情報によれば、ジェネシスで地球を撃とうとするパトリック・ザラは自分の妻であるレノア・ザラの命を奪ったナチュラルに復讐するという妄執にとらわれた愚かな指導者だと聞く。

そんな人類が地球にも宇宙にもあちこちに存在する限り、人類は滅びへ向かい続ける。

地球だけでなく、宇宙をも道連れにして。

だからこそ、それを阻止するためにもメガノイドが導かなければならない。

「僕は憎む…!メガノイドを作った父を…破嵐創造を…!自らを人間以上とうぬぼれるメガノイドの首領、ドン・サウザーとあなたを…!そして、そのエゴを!!」

兄と母をも実験台にして作り出したメガノイドがもたらしたものをこの目で見た来た万丈にコロスの言葉など通用するはずがなかった。

人間を無理やりメガノイドに改造し、人間としての心を取り戻そうとしたメガノイドを殺し、自らのエゴと悪意をまき散らす彼らはむしろ人間以上に性質が悪い存在。

自分と行動を共にする仲間の中には家族をすべてメガノイドに殺された人もいて、それもあって彼らの存在を一匹たりとも許すつもりはなかった。

そんな彼らが人間以上の存在と称すのはおこがましいにもほどがある。

「メガノイドこそ、人間が宇宙に進出するために必要な力…。だけど…それだけでは足りない。それだけでは…人間はその先へ進めない…。破嵐万丈…そしてダイターン3が我々には…必要なのです…」

「僕とダイターン3が…?」

「そう…!世界を変える力…それをドン・サウザーとともに…!」

「拒否する!その世界を変える力があるというなら、僕は僕の力で、それをやってみせる!!」

確かに、今の世界がどうしようもないくらいに歪んでいることは万丈も承知している。

大富豪となったとしても、その金だけでも、万丈1人の力だけでもそれを変えるのは難しい。

だが、それでもあきらめずに戦おうとする人が存在することを万丈は知っている。

そのためにも、もしコロスの言葉が正しかったとしても、それを己の力でやる。

それがかつて、火星から自分を救ってくれた人で、メガノイド製作にかかわってしまった罪悪感と自分のメガノイドへの憎しみを感じ取ってしまったことから行方をくらましてしまった男、プロフェッサー源への償いでもある。

 

-マサァロケットマイルド 格納庫-

「万丈兄ちゃん、そろそろ起きてよ」

「…っと、僕としたことが…転寝するとはね」

トッポの声が聞こえ、ダイターン3のコックピットの中で目を覚ました万丈は背伸びをして体を包む倦怠感を吹き飛ばそうとする。

「大丈夫…?なんだか苦しそうだったけど…」

「…夢を見ていたんだ。昔のことをね…」

「へえ…万丈を苦しめるなんて、余程の悪夢だったのね」

「まあね…」

火星でのメガノイドとの最終決戦では、確かに万丈はレイカ達とともに火星へ向かったが、本部に突入したのは万丈1人だけだ。

そこで何が起こったのか、そして夢で見たコロスとのやり取りのこと、そして自分の正体のことは彼らに一切話していない。

あくまで重要なのはもうメガノイドがこの世に存在しないこと、ただそれだけだとはぐらかし続けた。

「そろそろアマテラス攻略の作戦会議が始まります。その前にコーヒーをお入れしましょうか?」

「頼むよ、ギャリソン。とびきり熱く濃いやつを。次の作戦は必ず成功させなければならないんだ。なんたって、僕の命を懸けるものだからね…」

万丈は右手に握る小型のディスクのような端末を見つめる。

火星の後継者との戦いのための贈り物として曉から送られたそれは確かに使えれば大きなアドバンテージとなる。

万丈にはそれを使える可能性があるが、あくまで可能性であり、完全にそれが保証されているわけではない。

失敗すれば、それは万丈だけでなく、仲間たちの命をも危険にさらす。

だから、これを使う以上は失敗は許されない。

(けれど…これを使うとしても、あのドロスという空母を突破しない限りは始まらない…。一体、どうするつもりなのか…?それに、僕は死ぬつもりはない。最後に残されたメガノイドを破壊するまでは…ドン・サウザーが残した最後の謎、世界を変える力の意味を知るためにも…)

その謎を知るため、万丈はあの戦いの後、地球と火星を行き来し、メガノイド由来の地域を捜索して、その意味を探り続けた。

その過程で万丈は復讐鬼と化したアキトと出会い、そのツテでネルガルとも関係を作った。

大きなバックアップを得て、3年の月日を費やしてもなお、いまだにその謎をつかむことができていない。

唯一分かったことはまだこの世界にメガノイドが1体だけ残っていること、それだけだった。

 

-ターミナルコロニー アマテラス内部 ヤマト機関部-

「どうもどうも、徳川さん。波動エンジンの修理の状況はいかがですか?」

周囲の整備兵たちの白い目を全く気にせず、7:3分けの髪形をしたたれ目をした穏やかな印象を抱かせる青年がなれなれしい口調で徳川に問いかける。

彼は山崎ヨシオで、アマテラスに赴任してきたコロニー開発公団の次官として潜入してきた火星の後継者のスパイで、生体ボソンジャンプ研究の第一人者だ。

徳川たちが聞いた噂によれば、彼がA級ジャンパーたちに対して非人道的な研究を行い、その多くを殺した張本人らしい。

ここに囚われてからは毎日のように彼と顔を合わせており、その人懐っこい顔に隠れた狂気にさすがの徳川も会いたくない人間としてとらえている。

「報告通りだ。まだ時間がかかる」

工具を手にし、山崎に顔を向けないまま返答する。

唯一彼と目を合わせているのは真田だけだった。

「山崎さん。作業の進捗状況は毎日お伝えしている通りです」

「まあまあ真田さん、科学者の性として、未知の技術には触れたくなるものじゃないですか」

「それは私も同じです。ならば、こちらにもボソンジャンプについてもう少し技術的な説明をしてもいいのではありませんかな?」

「いずれしますよ…。あなた方が心から協力してくれればの話ですが」

波動エンジン修理という口実の時間稼ぎは既に山崎に見破られている。

見透かしたように笑う山崎は波動エンジンに触れようと手を伸ばす。

「触るな!!だったら、あんたたちの要求通り、修理中の波動エンジンを無理やり機動させようじゃないか!その時には、このコロニーだけではすまん爆発が起こるじゃろうな!」

「お、おやっさん!!それはダメです!!」

「おっと…藪さんの言う通りだ。私としても、そのようなことは望んでいません。幸い、今の上はほかの者に夢中なようなので、今は良しとしましょう。しかし…時間無制限というわけにはいきませんよ?上は血の気の多い方々です。彼らの注意がその波動エンジンに向かわないことを願っていますよ」

「それは分かっています」

「ですよねー。このままではそちらの艦の中でもクルーの不満や不安が爆発しちゃうでしょうし…この間の反乱騒動は勘弁してくださいよ。ちゃんと協力してくれれば、待遇も考えてあげますから」

『待遇』という言葉を聞いて、さすがの徳川も思わず震えてしまい、無表情だった真田も表情をこわばらせる。

アマテラス占拠の際、火星の後継者への協力を拒否した人々は彼から格別の『待遇』を受け、そして死んでいった。

ヒラヒラと手を振った後で山崎は立ち去り、ようやく機関部に安息が戻った。

「奴らめ…ヤマトをテロの戦力の一部にするつもりか」

「ま、まずいよ。おやっさん…」

「奴は異世界のテクノロジーに興味を持っていた。そして、ボソンジャンプによる平行世界への転移…それも考えている」

山崎とは不本意ながら度々話しており、その中で彼からボソンジャンプについて軽く教えてもらった。

原理が分からない部分が多いが、彼らはそれを戦力として活用した。

おそらく平行世界への転移もそれで可能だろう。

それができれば、ヤマトを元の世界へ戻すこともできる。

「しかし、ヤマトへの興味が一時的とはいえそれたのはありがたい。じゃが…」

「あくまでそれは時間稼ぎに過ぎない。時が来れば、彼らはヤマトを力づくでも接収するだろう。異なる世界の地球人がヤマトを巡って殺しあう…。沖田艦長が最も恐れていた事態となるか」

そうなる前に、ヤマトを奪還してアマテラスから脱出しなければならない。

その切り札として、古代と森、そしてキンケドゥをマッチポンプの反乱騒動で送り出した。

ベルナデッドまで一緒にいたことは誤算だったが、今はそれを考えている場合ではない。

(頼むぞ…古代、森君…。お前たちにヤマトの…地球の未来がかかっている)

平行世界にいようが、元の世界での時間が流れる。

この間にも、ヤマトが帰るのを待ち続ける人が、命を落とす人がいる。

イスカンダルへ行くためにも、今は彼らに希望を託すしかなかった。

 

-ヤマト 医務室-

「どう…?落ち着いた?」

「ああ。おかげ様でな」

原田の手を借りて包帯を外されたメルダはそばにかけられていた制服を手にする。

彼女は彼女のツヴァルケはヤマトを守るために火星の後継者の戦力と苛烈な戦いを繰り広げた。

その結果、ヤマトが投降することになった際には既にその機体はスクラップ同然なまでの損傷を受け、彼女も重傷を負い、今ここで治療を受けていた。

幸いなのは肌の色が青いというだけで、特にガミラス人と地球人の体質に違いがなかったことで、普通に治療することができた。

「彼らはどうしてる?」

「今は協力してくれているわ。あなたには感謝してる。説得してくれて…」

「元の世界へ戻るまでは地球、ガミラスと言っていられる状況じゃない。それに、助けてくれた恩もある」

ヤマトに救出されたEX178のクルー達は異世界へ飛ばされたことに動揺していた。

しかし、メルダが彼らを説得し、元の世界へ戻るまでという条件付きで一時的にヤマトに協力してくれることになった。

彼らがいることで、スクラップ同然になったツヴァルケの整備も速やかに行われることになった。

ただ、まだまだヤマトのクルーの中にはこの措置に不満を覚えている面々もいて、彼らに対しては古代や沖田が目を光らせているため、今のところ騒動にはなっていない。

「それにしても、歯がゆいな…。今はここで待つことしかできないとは」

「もうすぐよ。もうすぐ、古代戦術長が戻ってくる。私たちにできるのは、その時に全力で戦える状態を作ることよ」

それぞれがその時のためにただ待つのではなく、ひそかに準備を続けている。

ゲッター1が使えなくなった竜馬はヤマトの武器庫を探り、いざというときには白兵戦で火星の後継者を叩き潰そうと装備を固めており、体を鍛えている。

榎本達甲板部もひそかにコスモファルコンやコスモ・ゼロの修理を行っており、時が来たら航空隊も出撃できる状態になりつつある。

加藤と篠原は警備の甘い時間帯を狙って部下たちのシミュレーションを使った訓練をさせており、アナライザーはアマテラス内部のハッキングをしている。

「ならば、私もいつまでも眠っているわけにはいかないな」

「ええ。ツヴァルケも直しているから、直ったら特訓に付き合って」

 

-ナデシコB ブリーフィングルーム-

「ええっと、これが俺らの世界でのドロスについてのデータです」

席に着くメンバー全員の視線が一直線に向けられる中、居心地が悪そうに顔をしかめながら、ソウジはモニターにナインに出してもらったドロスの映像を見せる。

映像は元々ヤマトのデータバンクの中にあったもので、初めてヤマトに入った際にその一部をいつの間にか拝借していたらしい。

「ドロスは私たちの世界では100年以上前に建造された宇宙空母です。200機以上のモビルスーツやモビルアーマーを搭載できて、一年戦争の最後の戦闘であるア・バオア・クー攻防戦で地球連邦軍最大の脅威だったと今でも教科書に載っています」

記録が正しければ、ジオンはそのドロス級の宇宙空母を3隻所有していたという。

そのうちのミドロは消息不明、ドロワは戦闘能力を失った後で生き残りの兵たちをサイド3へ送り届け、終戦後に地球連邦軍の視察のもとで解体処分されたという。

また、驚くべき情報があったとするなら、地球にもドロス級が1隻存在していたという話だ。

ガミラスの遊星爆弾によって海が干上がった際に東南アジアの海だった場所で偶然その残骸が発見され、ドロスには潜水母艦としての機能を持っていた可能性があることが明らかとなった。

しかし、どのようにして海底にドロスを降ろすことができたのか、そしてなぜ沈んだのかはいまだに明らかになっておらず、連邦軍と交戦した記録も存在しないという。

(ドロス…私たちの世界にも存在する艦…)

(分からん…。どういうことだ?我々の世界と彼らのいる世界にどういう繋がりがあるというのだ…?)

「アキトさんから送られた情報を照合すると、ドロスの存在により、火星の後継者の戦力は…おそらくメサイヤ攻防戦で投入されたザフト軍の戦力に匹敵するとのことです」

ルリから突き付けられる恐ろしい現実に一同は沈黙する。

1年前の大戦最大の戦場となったメサイア攻防戦はオーブ軍、地球連合軍、ザフト軍におびただしい犠牲を出した戦いだ。

ネオ・ジェネシスやレクイエムが存在しないのは救いだが、それでもザフト軍と相手をした2軍の何十分の1以下の戦力で彼らと戦わなければならないということになる。

「けど、気になります。どうしてその火星の後継者がソウジさん達の世界の戦艦を持っているんですか?火星の後継者に支援者がいたとしても、そんな大規模な宇宙空母を手にできるなんて思えません」

「キラの言う通りだ。もしかして…だが、彼らは別世界とつながりがあるのでは?古代さんはどう思います?」

火星の後継者に問われたていた古代や森なら、何かしらの情報を持っていると考えたアスランが質問する。

「脱出する前に情報を可能な限り集めようとしたが、ドロスのことはほとんど分からなかった。だが、一つ言えることは火星の後継者もあれを扱いあぐねているところがある…ということだ」

「しかし、一つ言えることは…あのドロスを突破しなければ、我々に勝ち目がないということです」

「なら、乗り越えていくだけだ。あそこにヤマトが待っている以上」

「扱いきれていないというなら、それに付け入れる隙があるはずです!」

 

-ヤマト 展望室-

「まさか…こんなところで待ち合わせとはね」

「こんな状態の展望室に来る人間なんていないわ」

「なるほど…密会には都合がいい場所ですね」

明かりがともらず、格納庫の冷たい壁だけが見える展望室で伊東と新見が顔を合わせる。

伊東も新見もそれぞれの仕事を部下に任せ、彼らを監視する人はいない。

「どうです?乗員のカウンセリングの状況は」

「火星の後継者に拿捕されて約1カ月、そろそろストレスが表面に出てきているわ」

定期的にクルー達のカウンセリングを行っている新見の目にははっきりとヤマトの限界が見え始めていた。

精神的支柱である沖田や副長である真田をはじめとした主要のクルーはそんな色を見せないが、問題なのはそれ以外の一兵卒だ。

その多くが家族や友人、恋人を地球に残しており、このまま無為にこの場所にとどめ置かれている状況を我慢できる状態ではない。

爆発して、本当に暴動が起こるのも時間の問題だ。

「彼らもうまいですね。我々の世界の状況を知ると、こちらの世界の豊かさをアピールしてくるとは。任務続行不能の不安を抱える中、これは強烈な一撃ですよ」

それは新見も納得しており、この世界の青い地球とそこで暮らす人々の豊かさを知ると、思わず嫉妬してしまった。

自分たちの世界の地球はガミラスによって滅ぼされる寸前で、この世界では人類が滅びへ向かいかねないくらいの醜い戦争を繰り返したというのに、なぜ青い豊かな地球が現存しているのかと。

同時に、そんなことを考えてしまう自分にも腹を立てた。

「この地球をイズモ計画のゴールとしてもいいのではないですか?」

そんな新見の暗い感情を見抜いたように、伊東は本題を切り出す。

ヤマトの乗組員全員がイスカンダルへ向かうことを賛成しているわけではない。

芹沢が根回しし、イズモ計画再始動のためにその主要メンバーをヤマトのクルーにねじ込んでいた。

そのリーダー格が伊東で、新見もイズモ計画の賛同者だ。

「小耳にはさんだのですが、あのボソンジャンプとやらは平行世界間の跳躍も可能だとか」

「あくまで理論上の帰結よ。立証されているわけではないわ」

仮にここをゴールとしたとしても、問題はどうやってそこへ移住させるかだ。

仮にボソンジャンプを利用することで転移させるとしても、それが終わるまで途方もない時間がかかると思われ、実際にできるかも不透明だ。

安全に移住できるのは、それこそ今ここにいるヤマトのクルーだけになってしまう。

「そこはそれ…ボソンジャンプのシステムを抑えてから考えればいいのです」

「沖田艦長が賛成しないわ。あの方はギリギリまで実力行使を避けるつもりだから」

蛇みたいな男である伊東のことだから、おそらくはそれをするための計画をすでに立てているだろう。

しかし、そこから始まるのは沖田の危惧するヤマトの波動エンジンを巡る殺し合いだ。

そのような事態を生み出すのを新見も求めてはいない。

「だったらここは…うん??」

「戦術長が戻ってきたようね」

ヤマトの艦内でブザーが鳴り響き、展望室の外ではクルーの走り出す音が聞こえてくる。

この音こそが雌伏の時が終わることを告げる鐘だ。

それを聞いた新見は安心したように笑みを浮かべる。

「我々も手筈通り、配置につかなくてはね」

「このタイミングで帰還するとは…空気の読めない人ですね、彼は。とりあえず、結論は持ち越すこととしましょうか」

 

-ドロス 艦橋-

「いやぁ…壮観ですねぇ。これは。これほどの兵力を我々が保有するとは」

ドロスから次々と発進するマジンやバッタなどの機動兵器軍団を見る山崎は笑みを浮かべ、すぐに戦闘データを解析できるように準備を始める。

その隣には角刈りをしたこわばった顔つきをした大柄な男性、新庄アリトモが艦長席に座っている。

「ドロスの機動兵器はいつでも出撃及び補給が可能となるように準備をしておけ。この戦いを制すれば、もはや地球連合などおそるるに足らずだ」

「地球連合、来ます!!」

レーダーが2隻の反応を拾い、モニターにはトゥアハー・デ・ダナンとトレミーが表示される。

そして、そこから発進するソレスタルビーイングやオーブ、ザフトのガンダムやパラメイル、アーム・スレイブなどを確認できた。

「ナデシコ、いないようです」

「構わん!戦力は此方が上!それに、ソレスタルビーイングには我々も借りがある。落とせ!!」

 

-ターミナルコロニー アマテラス宙域-

「彼らは僕たちを標的としているみたいだね」

「イオリア・シュヘンベルグはこのような未来のために木連を支援したわけではないだろうに…」

来るべき対話のために行われたその支援が悲しいことにまったく真逆の目的で使われている。

そして、それを抑えるために対話とは真逆のことを自分たちはしている。

しかし、たとえ矛盾をはらんでいたとしても存在し続けることがソレスタルビーイングの意義。

アレルヤもティエリアも、既に腹は決まっている。

「いくぞ!我々が奴らを引き付ける!テスタロッサ艦長!」

「了解。トゥアハー・デ・ダナン。陽電子破砕砲スタンバイ」

「アイアイ、マム!陽電子破砕砲スタンバイ!」

トゥアハー・デ・ダナンの下部に増設されたハッチが開き、そこから緑をベースとした潜水艦には不似合いな白銀の砲台が姿を現す。

核融合炉から送り込まれるエネルギーが凝縮され、ビームとなって発射への時を待つ。

ドロス及び出撃した敵機動兵器の注意は此方に向き、こちらへ向かおうとしている。

先制攻撃をするのにはぴったりだった。

「陽電子破砕砲、発射!」

「陽電子破砕砲、発射!アイ!!」

マデューカスの復唱と共に大出力のビームが発射され、突然放ってきた大出力のビームに機動兵器たちが飲み込まれていく。

これがネルガルがトゥアハー・デ・ダナンに搭載した隠し玉だった。

彼の話によると、これは1年前の大戦で撃破され、月へ不時着したザフトの新型戦艦から拝借したもののようで、既に技術解析も終わったことで無用の長物とのことだ。

核融合炉に対応できるように内部のパーツ交換をしたものの、そもそも核融合炉のエネルギーを使って発射するということがこの世界では初めてのケースで、理論上は発射可能であるものの、撃てるのは1度きりだという。

だが、その1度きりのビームによってディストーションフィールドの展開が遅れた機動兵器たちが焼き尽くされていき、勢いを衰えさせることなくドロスにも迫る。

「高熱原体、接近!!!」

「あわてるな!フェイズシフト装甲へのエネルギー供給を増やせ!」

新庄の指揮のもと、ドロスに施されているフェイズシフト装甲に過剰なまでに電力が送られ、それが陽電子を受け止める。

ビームの照射を受け続けることで艦内の温度は上昇しているものの、損傷は軽微で収まっていた。

「敵機動兵器撃破18、されど、ドロスに決定打は与えられず!」

「どうやら、100%当時のものを再現されているわけではないみたいですね」

フェイズシフト装甲を本来のドロスが採用しているはずがなく、陽電子砲のビームに耐えるだけの力がある。

だとしたら、次のプランに移るだけだ。

「ナデシコに連絡、ヴァングレイ発進準備を」

 

-ナデシコB 格納庫-

「さて…ルリ艦長から連絡が入った。出番が来るぜ、チトセちゃん」

サブパイロットシートに腰掛けるチトセにおどけた口調で声をかけるソウジだが、今の彼女は複雑化した火器管制をどうするかを確認するのに必死で、軽口に付き合う余裕がない。

「そんなに緊張することないだろ?ナインも手伝ってくれるからな」

「でも、こんなの訓練したことないですから…」

今発進しようとするヴァングレイはかなりの重装甲となっており、両肩には外付けにミサイルポッドが更に側面に追加されているだけでなく、バックパックにはロングバレルで戦艦の主砲レベルの火力を誇るビームキャノンや2つのプロペラントタンクなど、とにかく重苦しさを感じずにはいられない。

「ヴァングレイの作戦に合せて、現在保有しているパーツや資材から設計した重装フルアーマー形態です」

「フルアーマー、ていうよりもモビルアーマーだな、こりゃあ」

ガンダム7号機やデンドロビウムなどのモビルアーマーレベルの重装甲や火力を搭載したモビルスーツのことはソウジも知っており、これから行う作戦を考えると、むしろもっと手札があった方がいいとさえ思ってしまうが、今はこれが限度だ。

ろくなシミュレーションも試運転もなしでの一発勝負になるが、それは初めてヴァングレイを操縦したときにもう慣れた。

「よろしいですか?ソウジさん、チトセさん。我々ナデシコの行動開始はドロスが沈黙した時です。それまでは動くことができません。ミスリルとソレスタルビーイングのみなさんが注意を引いている間に単独で奇襲を行い、ドロスを沈黙させてください」

「頼んだぜ、チトセ!お前らが頼りなんだからな!」

「おいおい、ヴァングレイのメインパイロットは俺だぜ…?」

前にナンパしたことをまだ根にもたれているのかとソウジは口をとがらせる。

だが、そろそろそうした軽口を叩く時間は終わる。

ハッチが開くとともに重苦しい体を支えるヴァングレイのスラスターに火が付く。

「他のみなさんが攻撃しているのがSフィールド、ソウジさん達はこれからWフィールドから向かってください。おそらく、そちらにも火星の後継者の兵力がありますが、ヴァングレイなら充分突破が可能です」

「気を付けていってください、ソウジさん!チトセさん!」

「了解だ、叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ、出るぜ!!」

重装フルアーマー形態とかしたヴァングレイが飛び出すとともにプロペラントタンクから供給されるエネルギーを受けた追加ブースターからも火が吹く、さらに加速していく。

そして、既に爆発と炎の華が開くアマテラス宙域へと飛行していった。

 

-ターミナルコロニー アマテラス付近 暗礁地帯-

「アキト…出撃準備ができたわ」

「そうか。装備は頼んだ通りのものか?」

「うん…」

艦長席に座り、無表情なままモニターに映るブラックサレナを見ながらラピスが答える。

ユーチャリスは今、この暗礁地帯で撃墜され、漂流していた物資を回収していた。

彼女を見ていると、自分から突き放してしまったルリのことが頭に浮かぶ。

最初はネルガルからブラックサレナを開発することや北辰との戦いのバックアップと引き換えに与えられた任務で火星の後継者から取り戻したに過ぎなかった。

そして、たった1人で戦うつもりでいたが、恩人であるアキトに懐いてしまったこともあり、そのままなし崩しで彼女と行動を共にしている。

助けに行く前に言われた、『ラピスはもう1人のルリだ』という曉の言葉も、今の彼女を見ているとその通りだと思えてしまう。

モニターに映っているブラックサレナには紫のカブトムシを背負ったかのような大型ユニットが装備されているうえに、更には使い捨てのミサイルポッドをベルトにように巻き付けている。

アマテラスには北辰がいる可能性はある。

だが、偵察の際に見たあのドロスという戦艦を落とさない限りは奴を引っ張り出すことができない。

「行ってくるよ、迎えには曉さん達が来てくれる」

ブリッジを出ようとするアキトだが、急に袖に違和感を感じ、見てみるとそこにはラピスの手があった。

無表情で、モニターを見ているだけのラピスだが、袖をぎゅっと握っていて、放そうとしない。

「…で」

「え?」

「行か…ないで…」

よく見ると、ラピスの手は小刻みに震えている。

このような動作を見せたのは今回が初めてで、さすがのアキトも驚きを隠せない。

だが、もう既にアマテラスでは戦いが始まっている。

このままここにいることはできない。

「必ず帰ってくる、待っていてくれ。ラピス」

「…」

アキトの言葉で何かを感じたのか、ラピスの手が離れ、アキトはブリッジを出る。

たった1人になったラピスの視界にはなぜか数滴の水が浮かんでいた。

 




機体名:ヴァングレイ重装フルアーマー形態
形式番号:AAMS-P01FA
建造:ナデシコ隊を中心とした混成独立部隊
全高:16.4メートル
全備重量:43.2トン
武装:電磁加速砲「月光」、可変速粒子砲「旋風」×2、試作大型ビームキャノン「一閃」、多連装型ミサイルポッド「鎌鼬」×2、脚部ミサイルポッド×2、肩部大型対艦ミサイルポッド×2、小型シールド、サブアーム×4、空間制圧用機関砲「秋雨」×2、腹部ハイメガキャノン砲
主なパイロット:叢雲総司(メイン)、如月千歳(サブ)

アマテラス攻略のため、ナインの提示したプランを元にフルアーマー化されたもの。
短時間で長距離移動して戦闘エリアへ向かい、戦艦の主砲レベルの火力を誇る「一閃」で長距離から威嚇及び攻撃を行うことをコンセプトに入れている。
また、火星の後継者の複数の機動兵器との戦闘に備え、腰部には「春雨」を小型化した「秋雨」2丁をマウントし、ミサイルポッドも増設されている。
なお、長距離移動の際には大出力ブースターとプロペラントタンクで急行する形となり、仮に強制排除したとしてもヴァングレイ本体のブースターが残っているため、戦闘継続が可能となっている。
他にも弾切れ及びエネルギー切れとなった武装はOSが自動的に強制排除するように調整されており、最終的には全追加装備が強制排除され、通常のヴァングレイに戻ってそのまま戦闘を続行するという構想になっており、最初にそのプランを聞いたソウジからは「最高の使い捨て兵器」と称されている。
腹部のハイメガキャノン砲については装備している資材の都合上、1発しか発射できないという弱点を抱えているが、本機では最大の火力を誇っており、計算上では至近距離から撃ちこむことでドロスを沈めることができるらしい。


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第40話 伝説との遭遇

機体名:ユーチャリス
分類:ナデシコ級第2世代試作宇宙戦艦
建造:ネルガル
乗員:1名(ラピス・ラズリの搭乗が前提)
武装:4連装グラビティブラスト、ディストーションフィールド
主なパイロット:ラピス・ラズリ

ネルガルが試作した第2世代の試作宇宙戦艦。
星野ルリと同じく、遺伝子操作を受けた少女であるラピス・ラズリがメインコンピュータと連携して単独で制御し、更に戦艦単体でのボソンジャンプを可能にすることを前提とした設計となっている。
そのため、艦内には彼女と彼女と行動を共にする天河アキトの2名しかおらず、食事や整備はすべて小型のバッタが行う。



-ターミナルコロニー アマテラス宙域-

「敵はSフィールドから一直線に攻撃を仕掛けているが、やっぱりほかのフィールドは平和だなぁ」

「そりゃあ、相手がナデシコとはいえ、数は少数で、こちらは機動兵器だけでも3桁だぜ?俺らがさぼったって問題ないって」

Wフィールドの警備を行う積尸気のパイロット2人が接触回線で無駄話をする。

2人とも、3年前の大戦の後で木連から地球へ出向し、地球連合軍の中で任務に就いていた。

あの戦いの後で、地球と木連が和解したということにはなっているが、個人個人や組織そのものが100%和解できたという意味にはならない。

木連の無人兵器による火星居住区や地球上の都市への攻撃で大切な人を亡くした人も当然存在し、そうした人々は木連の人間に対して白い目を向けていた。

彼らがついていた月面基地再建の際にも、地球出身の連邦兵からいじめを受け、上官に何度も訴えたが、無視された。

そのことが受け入れることができず、火星の後継者に加わったものの、正直に言うと今の状況を作った張本人と言える草壁も気に入らない。

ただ、いじめを受けず、多くの同郷の人間と一緒にいられるだけましだ。

「にしても、どうやってあんなデカい戦艦を用意したんだ?草壁中将にそれを手に入れる力があるなんて思えないけどなぁ」

「クリムゾングループがいいスポンサーだけど、あれだけじゃあなぁ」

ただの軍人であり、軍の予算について詳しい立場ではないが、それでもドロス1隻を建造するのに莫大な費用と資材が必要で、維持するのも容易ではないことは知っている。

クリムゾングループ以外で頭に浮かぶものがあるとしたら、国家レベルで支援しているという始祖連合国だ。

その国の存在を知ったのはごく最近で、味方とはいうものの得体のしれない連中で、油断がならない。

「おい、何をしゃべっている?黙って警備をしろ!」

2機が接触回線を開いているのを見た指揮官機の積尸気が接近し、通信に割り込む。

この隊長に見られた後が面倒くさいため、仕方なく元の位置へ戻ろうと思った矢先、センサーが動きを見せる。

「熱源…?これは、ミサ…!!」

反応の正体に気付いた時にはもう遅く、飛んでくるミサイルの雨に巻き込まれた積尸気がディストーションフィールドを展開することも、ボソンジャンプを発動することもできずに爆散する。

そして、積尸気であった残骸を黒いモビルアーマーが通過していった。

「積尸気2機の反応ロスト!モビルアーマー接近しています!!!」

「Wフィールドから!?まさか、ナデシコがそっちにいるということはないだろうな??」

Nフィールドから届いた情報にはソレスタルビーイングと正体不明の潜水艦による部隊はいるものの、ナデシコやエステバリスの姿はなかったという。

そして、Wフィールドから接近してくるモビルアーマー。

底から思い浮かぶものがあるとしたら、それ以外にはない。

「俺たちであのモビルアーマーを止めるぞ!残りはその先にいるナデシコをつぶせ!!」

「了解!!」

マジンと積尸気、バッタの軍団が一直線にドロスへ向かうモビルアーマー、ヴァングレイへと向かう。

ヴァングレイのコックピットの中では、次々と拾う機動兵器やミサイルの反応のひとつひとつをチトセとナインが対応する。

「後方からバッタ4機が接近、ミサイルが来ます!」

「ガトリングで迎撃だ!正面は…俺がやる!!」

「はい、これで…!」

ナインのサポートを得ているとはいえ、ありったけの武装と増加装甲を取り付けた今のヴァングレイの複雑化した火器管制は経験の少ないチトセにとっては負担の大きいものだ。

サバーニャがその問題を解決するために、ハロをもう1機増やしたように、何か軽減の方法がないものかと考えてしまうが、今の状況ではないものねだりだ。

2基のガトリングが後方に向き、弾丸の雨を放つ。

ナインによる照準補正のおかげで多くのミサイルをバッタもろとも破壊できたものの、うち漏らしたミサイルがヴァングレイに命中し、コックピット内に衝撃が走る。

「損傷は軽い!プロペラント・タンクがぶっ壊されなかっただけでもましだ!」

まだまだタンクの中の推進剤は尽きていない。

ここからドロスまでの距離を考えると、まだ強制排除するには早すぎる。

「突破するぞ!!」

倒しても倒しても、次から次へと機動兵器がやってきて、ヴァングレイをつぶそうとする。

そして、残った部隊はナデシコがいると思われるWフィールドの先の暗礁地帯へと足を踏み入れる。

「反応がない。Nジャマーも、GN粒子も使ってないだろう!?」

この中に隠れているはずのナデシコの姿がなく、他の機体にも通信するが、発見したという連絡は一つもない。

「一体どこにいるんだ…ナデシコは…!?これは!!」

ボース反応を拾った瞬間、後方から飛んできたミサイルの直撃を受ける形で積尸気が爆散する。

いきなり仲間が撃墜され、マジンと積尸気はディストーションフィールドをいつでも展開できるようにしたうえで周囲を警戒する。

「何かがいる…!何かが…!」

「こ、こちらゲイル1!黒い…黒い機動兵器が、うわあああ!!!」

「や、奴だ!奴がここに…ガハァ!!」

「どうした!?応答、応答しろ!!」

次々とロストしていく味方機にマジンのパイロットが動揺する。

彼らが最期に言った『奴』はおそらく、彼しかいない。

冷たい汗が流れるのを肌で感じつつ、センサーの反応に最大限の注意を払う。

(『奴』だ…。『奴』が来る!あの復讐鬼…が…!!)

その瞬間、彼の意識がブラックアウトする。

彼がいた場所にはマジンの残骸が漂っていた。

 

-ターミナルコロニー アマテラス宙域-

「なんだよ!ちょこまかとどんどん数で来やがってぇ!!」

2連装キャノン砲の最後の2発を発射したロザリーはそれで撃墜した積尸気に気をかけることなく接近し、攻撃を仕掛けてくるマジンと積尸気を前に翻弄される。

ドラゴンとの戦いには慣れてはいるものの、十倍単位の機動兵器を前に戦うことはまれだ。

アサルトライフルそのものの弾数は残っているものの、最大火力のキャノン砲が使えないのは痛い。

「ロザリー、補給に下がれ!クリスはまだいけるな!」

「え、ええっと…あ、あと十分くらいなら…」

モニターに表示される残弾数とこれまでの消耗からつぶやくクリスだが、その十分すら持つかどうか気がかりだ。

前衛を買って出ているヒルダのグレイブは何か所か被弾しており、既に凍結バレットも品切れだ。

「穴埋めなら任せてくれ、お嬢さんたち!」

宇宙専用装備のガーンズバックがアサルトライフルでロザリーを狙う積尸気の牽制を行う。

助けられる相手がよりによってクルツだということにいら立ちを覚えるロザリーだが、背に腹は代えられない事情がある。

「くそ…恩に着るぜ!」

「あとでデート、頼むぜ?」

「誰がするか!!」

トゥアハー・デ・ダナンが収容のためにハッチを開き、そのそばでMk-Ⅱと百式が直掩をしていた。

敵の数は圧倒しているものの、パイロットと機体の質と練度ではばらつきがあるとはいえ、こちらが上回っている。

だが、無尽蔵に飛んでくる機動兵器たちをこのまま放置しているわけにはいかない。

トレミーでガンダムの指揮を執るスメラギも時間経過が敗北へのカウントダウンであることを理解していた。

(ヴァングレイの側面攻撃…やはり、相手の数が多い以上時間がかかるわね)

守りが比較的薄いWフィールドからの攻撃をもっても、ヴァングレイの進撃が鈍い。

ドロスを落とすにはヴァングレイが不可欠だ。

(頼むわよ…ソウジさん、チトセ)

 

「タンクを外せ、チトセちゃん!!もう燃料はわずかしか残っちゃいねえ!」

「は、はい!!」

燃料残り10パーセントとなったプロペラントタンクを切り離すとともに、残りはわずかのガトリングの弾丸を撃ち込む。

中の燃料に引火するとともに爆発が起こり、ヴァングレイを正面から攻撃しようとした敵機動兵器の目をつぶす。

機体制御をチトセとナインに任せ、ただひたすらに前へと突き進む。

やがて、本丸であるドロスとそれが守護するアマテラスが対艦ビーム砲の射程内に入る。

側面からグラビティブラストとアサルトライフルの弾丸が飛んできて、装甲や弾切れとなり、強制排除されたガトリング砲をかすめる。

「ソウジさん!敵機の攻撃が…!!」

「この一発目の攻撃に集中する!ナインは照準を!!」

「…分かり、ました!」

ナインの照準補正になり、対艦ビーム砲のターゲットが左コンテナに向けられる。

ヤマトがいて、ターミナルコロニーであるアマテラスを傷つけるわけにはいかない以上、爆発を起こすわけにはいかない。

コンテナを破壊するなどして、無力化していくしかない。

「…!!ソウジさん、真上に!」

「何!」

チトセの叫びの直後で、モニターには真上にいるマジンの姿が映し出される。

既にグラビティブラスト発射の準備を終えており、本体を直接狙おうとしている。

「貴様ら…よくも我が同胞たちを!!」

マジンのパイロットは地球でもヴァングレイと戦ったことがある。

どこから来たのかわからないその機体のために多くの仲間が死んだ。

彼らの仇をこの一撃で討つ。

ヴァングレイは既に対艦ビーム砲の発射状態に入っており、真上を攻撃できる兵装がないため、反撃できない。

勝利を確信したそのパイロットは引き金を引く指に力を籠める。

この一撃が敵を敗北させ、仲間たちの供養となることを願って。

だが、次に伝わった感触は引き金を引くそれではなく、コックピットに伝わる激しい振動だった。

「何だ!?これは…ボース粒子反応!まさか!!」

数分前、暗礁地帯を探っていた味方機がロストしたという連絡が入っている。

最後の通信に聞こえた『奴』という言葉、火星の後継者が最も恐れている呪われた花。

その姿が粒子と共に現れたそれは高機動ユニットを搭載し、黒というよりも紫をベースとした姿となっていた。

現れた瞬間、ベルトマガジンのように巻きつけられた大型ミサイルが飛んできて、そのうちの2発がマジンの両腕をもぎ取り、ボース反応を感知して駆けつけた味方のバッタ3機が爆発に巻き込まれて消滅する。

そして、高機動ユニットが強制排除されるとともに、その中に隠されたブラックサレナが姿を現した。

「こいつは…ブラックサレナ!」

「あれがソウジさんとナインが言っていた…」

「キャップ、姉さん!」

「おっと…そうだったな!いけぇ!!」

チャージを終えた対艦ビーム砲から大出力のビームが発射され、ドロスの左コンテナを襲う。

戦艦の主砲に匹敵する火力のビームが装甲を焼くが、大出力のフェイズシフト装甲が受け止め続ける。

大きく装甲の表面が焼けたが、それ以上の損傷は見受けられなかった。

「最大出力でもこれか…だったら!!」

対艦ビーム砲でも駄目だとしたら、残されたのはハイメガキャノン砲のみ。

出力では最大だが、1発しか撃てない代物。

装甲の表面を焼く程度では、フェイズシフト装甲の防御を低下させることはできない。

しかし、最大出力のハイメガキャノン砲を至近距離から浴びせることができれば。

少しでも多くのエネルギーをそちらにそちらにひきつけることができたら。

ただ、思案している間にもドロスを守るべく機動兵器が集結する。

中には積尸気などの木連由来のもの以外にも、メガソニック8823や赤く塗装されたGN-Xといった機体もいた。

少しでもバランスを崩すことができればいい。

フェイズシフトの守りを信じて、機動兵器たちが不気味な静止をするヴァングレイに向けて発砲する。

しかし、ビームライフルを撃とうとしたGN-XのGNビームライフルがブラックサレナのハンドカノンの連射を受けて破壊され、一部の敵機の注意がブラックサレナに向けられる。

「そうだ…俺を追って来い。あとは…」

こちらへ飛んでくるビームをディストーションフィールドで抑え、バズーカを装備したGN-Xに向けて突撃していく。

「ソウジさん…今です!!」

「頼むぜ、ハイメガキャノン!!」

たった1発の切り札がほぼゼロ距離から発射される。

大出力のビームがフェイズシフト装甲を破城槌のごとく力強く叩いた。

「…!スメラギさん、ハイメガキャノン発射、確認しました!」

「さあ、ここからよ!刹那、ティエリア!」

「了解、トランザム!!」

「トランザム、起動!」

スメラギの通信を聞き、2機のガンダムが一斉にトランザムを起動する。

ダブルオークアンタがGNバスターライフルを、ラファエルガンダムがGNビッグキャノンの発射体勢に入る。

「乱戦中に火力を使うだと…正気か!?うおお!!」

隙を見せる2機のガンダムを攻撃しようとしたメガソニック8823だが、ライフルもろとも右腕をGNシザービットで切り裂かれた挙句、メインカメラがビームで撃ち抜かれる。

「刹那とティエリアの邪魔はさせない、キラ、アスラン!」

「いけるね、アスラン」

「ああ…任せろ!」

GNシザービットとスーパードラグーン、そしてブレイドドラグーンが飛び交い、2機のガンダムを狙う敵機に容赦なく刃とビームを放つ。

やがて、出力調整が終わると同時に大出力のビームが2発同時にドロスに向けて発射される。

進路上の火星の後継者の機動兵器を薙ぎ払い、ビームがドロスのフェイズシフト装甲に命中する。

ハイメガキャノンだけでなく、GNバスターライフルとGNビックキャノンまでも受けることとなったドロスだが、強靭なフェイズシフト装甲は健在であり、なおも受け止め続けている。

「そう…受け止める。これだけの火力でも、ドロスは落ちない」

スメラギの脳裏に浮かぶのは3年前の大戦でザフトが使用した史上最悪の大量殺戮兵器であるジェネシスだ。

その兵器もまた、膨大なエネルギー供給を受けたフェイズシフト装甲によって、複数の戦艦による主砲の攻撃でもダメージを与えることができなかった。

しかし、相手は巨大とはいえ戦艦であり、ダメージを防ぐために大量のエネルギーを消耗する。

ヴェーダを使った計算が正しければ、活路が開く。

「おのれ…!性懲りもなく火力をぶつけて…」

「このままフェイズシフト装甲へのエネルギー供給を続けると、エネルギー切れを起こします!!」

「まずいな…奴らの機体の中には…」

北辰衆からの情報にある異世界からのモビルスーツ、ZZには今ドロスを至近距離から攻撃しているヴァングレイと同じくハイメガキャノンという大出力のビーム砲を装備しているらしい。

ここで更にその攻撃まで受けたら、エネルギー切れする上に撃沈してしまう可能性がある。

しかし、ドロスはアマテラスのすぐそばにあり、爆発を起こした場合、アマテラスの中にいるヤマトなどを巻き込む危険性もある。

相手がそんなリスクを冒すとは思えない。

それに、エネルギー切れを起こしたとしても、ドロスには核融合炉が搭載されている。

この世界では実現していないはずの、Nジャマーキャンセラーを無視できる理想の核エンジンがあれば、ほんのわずかの時間で最低限フェイズシフト装甲を維持できる。

勝利は火星の後継者の物だ。

(僕たちのやるべきことはやった…あとは)

 

「ターゲットはOK、重苦しい武器だな。こいつは…」

戦域から離れた空間で、1機だけ残されたサバーニャが大型GNコンデンサーが内蔵された、身の丈の倍以上の長さと大きさを誇る狙撃銃を手にする。

3年前の大戦の際に起こったコロニー落下事故の際にソレスタルビーイングが使用し、地表からの狙撃でコロニーの一部を撃ち抜き、軽量化させたことによって人命救助を行った実績のある武器だ。

出撃前にスメラギから言われた役目を反復する。

「核融合炉だろうと核分裂炉だろうと、短時間で考えるとエネルギーには必ず限りがある。フェイズシフトダウンを起こしてから、復帰までの数秒間でブリッジをこいつで狙い撃て。タイミングはアニューが指示を出す…ったく、俺は兄さんじゃないっての」

明らかに今は亡きニールの役割を、1年前にアロウズが所有していた巨大自由電子レーザー掃射装置メメントモリの電磁場光共振部を狙撃するという高難度ミッションをまたさせるスメラギの無茶ぶりにため息をつくとともに、そんな無茶ぶりに付き合い続けたニールに同情してしまう。

「ライル、まもなくカウントダウンが始まるわ。もうすぐ、ドロスのフェイズシフト装甲が無力化する。そのときに…」

水色をベースとした塗装に変更され、狙撃銃のコンデンサーとケーブルで接続しているGNアーチャーの中で、ノーマルスーツ姿のアニューがスメラギの連絡を待つとともに、頭部に追加されたバイザー型の望遠カメラでドロスの状況をモニタリングする。

「ああ、わかっている。こいつを一発狙い撃つ。艦橋を直接…だな」

狙撃銃に込められているのは炸薬のない通常弾頭で、計算上は命中したとしても爆発は起こらない。

これで指揮系統を混乱させ、砲台をつぶすことで無力化する。

指揮系統を失い、混乱することを利用して第2ステップに入る。

「はあ、はあ、はあ…」

メメントモリ以来の狙撃の緊張感を覚え、同時にかつてニールとやった競技銃の練習を思い出す。

あの時は優秀なニールに負けてばかりで、それが嫌になって、ニールがやっていない早撃ちと乱れ撃ちを始めた。

サバーニャが完成し、乱れ撃ちメインの機体となったことでもう狙撃をメインでやることはないだろうと思っていたが、まさかこんなに早くその機会が訪れるとは思わなかった。

最も、成層圏の狙撃手という意味である、そのコードネームが変更されない限りはまだまだこうした役目が来るかもしれない。

「大丈夫よ、ライル…。あなたなら」

「アニュー…ああ…」

「…!ライル!」

「わかっている!そろそろだろう!!」

GNアーチャーのモニターにフェイズシフトダウンするドロスの様子が映る。

同時に、サバーニャのモニターではカウントダウンが始まる。

(与えられた時間は10秒…か…)

GNアーチャーのサポートもあり、照準は合わさっており、あとは引き金を引くだけだ。

テレサとスメラギ、そしてキラの計算上、核融合炉を搭載したドロスのフェイズシフトが回復するまでの時間はわずか10秒。

その間に、無防備な艦橋を狙い撃つ。

機動兵器たちはドロスに一番近いブラックサレナとヴァングレイを追い払うべく、そちらにくぎ付けになる。

ハイメガキャノンを撃ち、冷却と強制排除を始めるヴァングレイは少しの間、動くことができない。

「キャアア!!」

「被弾しました!重装フルアーマーパージを始めます!」

「頼んだぜ…ロックオン!!!」

「ライル!」

「狙い撃つぜぇ!!」

叫びとともに引き金を引き、狙撃銃から弾頭が発射される。

その間にもカウントダウンは続き、カウントダウン終了した後でその弾頭が命中したとしても意味がない。

乾坤一擲の一発は一直線にドロスへと向かう。

「黒いモビルスーツと『奴』に部隊を回せ!ナデシコはどこにいるのかはまだ…」

「か…艦長ぉ!!」

「どうした!?これは…!!」

一直線に飛んでくる弾丸が肉眼で見た瞬間、スローモーションで映り始める。

弾丸に気づいた機動兵器もいるが、高速で発射されたその弾丸を打ち落とすことはかなわず、グラビティブラストを進路上に発射するマジンもいるが、発射までのタイムラグのせいで間に合わない。

無敵と信じていたドロスが、ソレスタルビーイングとナデシコをつぶすための艦がこのような形で敗れることなど、信じることができない。

新庄は死を待つかのように、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子で艦長席に腰掛ける。

目を閉じ、脳裏に浮かんだのはこのドロスを受領したときの光景だ。

サングラスをかけ、黒いシルクハットとスーツ姿の男が通信機替わりに見せられたノートパソコンの画面。

そこにはただ『X』と大きく書かれているだけで、そこから聞こえたのは青年の声だった。

(正体をさらさぬ奴を信用してはならない…か…)

おそらく、自分たちはその支援者に利用されているだけなのかもしれない。

尊敬する草壁ですらも。

(お気を付けください…あの男に…)

届かぬメッセージを草壁に伝えると同時に弾丸は艦橋を貫いた。

艦橋で小さな爆発が起こり、その光景はトレミーのモニターに映る。

「これで指揮系統は混乱する。今よ…ナデシコ!!」

ドロスとアマテラスの背後でボース粒子が発生し、その中からナデシコとダイターン3が姿を現す。

「なんだ!?なぜナデシコがボソンジャンプを…!?」

「もうA級ジャンパーは奴らの中には…うおお!!」

動揺するマジンがダイターン3のザンバーで両断させる。

確かに、彼らの知る限りのネルガルにいるA級ジャンパーは今この場にいるアキト以外は全員ここにはいない。

しかし、仮に確認できていないだけで正体がA級ジャンパーである人物がいるとしたなら、話は変わってくる。

「…成功してくれて、よかったよ。火星生まれであることがこんな形で役に立つなんてね」

成功するとは思っておらず、仮に暁のプレゼントである小型ボソンジャンプトランスミッターがなければ、調整することができずにどこかへ飛んでしまっていた可能性がある。

「僕の父、破嵐創造とメガノイドは木連に協力しつつ、火星の遺跡発掘にもかかわっていた…。そこから生まれたボソンジャンプが戦いを呼ぶのなら、僕はそれを私欲で使う者を決して許さない!」

「か、艦長…今の万丈さん。少し怖いです」

「メガノイドにかかわっていることが大きいのでしょう…その根深さを完全に理解することはできませんが」

「感謝しますよ。ルリ艦長。こんな無謀な賭けに乗ってくれて。あとは…!!」

ダイターン3が持っているザンバーでアマテラスの艦船用のハッチを切り裂き、切れ目に指を入れて広げていく。

「出入り口の確保は大丈夫。あとは…」

「古代一尉、発進お願いします」

「了解です。いくぞ、森君!」

「…はい!」

ナデシコから発信するコスモゼロがダイターン3が作ってくれた入口に突入する。

同時に、ブラックサレナもまた急旋回した後でその中へ飛び込んでいった。

「アマテラスに侵入された!くそぉ、俺たちはどうすれば…!!」

中に入ったコスモゼロとブラックサレナ、そして門番となったダイターン3に挟み撃ちにされる形となり、火星の後継者のパイロットたちの間に動揺が走る。

「アマテラス!聞こえるか!地球圏にいるすべての戦力を…おい!聞こえているのか!?応答、応答しろ!!」

なぜかノイズが走る通信機にパイロットはこぶしをモニターにたたきつける。

ナデシコではオモイカネとリンクしたルリがじっとモニターに次々と映るプログラム式の書き換えを行っていた。

当然、その中にはドロスのものもあり、ドロスのハッチが開かなくなっていた。

「どうなっている!?手動でも開かないのか!!」

「このままでは出撃できない…くそっ、あの魔女めぇ!!」

「やられましたね…これは」

混乱するアマテラスの中で、山崎だけが冷静で、静かに今の状況の原因を分析していた。

「ドロスの艦橋をつぶし、指揮系統の乱れに乗じてのクラッキング。もう、この基地は死んだも同然ですね」

しかし、ドロスとアマテラスをそろって無力化できるほどのウイルスプログラムを組むことができる人間は限られている。

ふと、頭の中に自分と交渉していた真田の顔が浮かぶ。

「(もしかしたら、彼が用意したのかもしれませんね。この作戦を…)えー、誠に残念な話ですが、アマテラスおよびドロスは敵の手に落ちました。総員、速やかに脱出してください。生きて、火星でお会いしましょう」

いつものテンションで、周囲の兵士たちの様子をうかがうことなく脱出命令を出した山崎はスゴスゴと脱出艇へと向かう。

ヤマトをもう見ることができないことは残念だが、火星には火星で興味深いものが眠っている。

(追ってくるというなら、それ相応の覚悟をしていただきますよ…?ナデシコ、そしてソレスタルビーイング…)

 

-アマテラス 施設内-

「どけ…!」

「無用な殺生はしたくない。だが…抵抗するのなら、容赦できない!」

愛機から降りたアキトと万丈はそれぞれ、ハンドガンとアサルトライフルで進路を阻む火星の後継者の構成員たちを射殺し、前へと進んでいく。

万丈は左手に握る端末で、古代から受け取ったアマテラスの内部データをもとにアキトを先導する。

「ここだ…!ここにボソンジャンプを制御するシステムがある!」

「ユリカ…!!この壁の向こうに…」

「アキト…」

バイザーで目元が隠れているが、もうすぐユリカに会えるかもしれないというのにどこか彼の表情に違和感が感じられた。

訓練していた時も、彼女を救う一心で動いていたはずなのに。

「俺とユリカはボソンジャンプを制御するために、演算ユニットに直接思考を送り込む実験をさせられた。ネルガルに救助され、脱出するときに俺が最後に見たのは思考翻訳機として、演算ユニットと一体化させられたユリカの姿だった…」

「むごいことを…!」

メガノイドに匹敵する鬼畜の所業に万丈はこぶしを震わせる。

だが、今は怒りよりもその先にいるはずのユリカの救出が優先される。

万丈は無力化したコンソールに手元の端末を接続し、扉を開ける。

「これは…」

「ガンダム…なのか?」

扉の先にある、24メートル近い真っ黒に焦げたその機体にアキトと万丈は動揺を隠せない。

このガンダムの情報はアキトも万丈も知らなかった。

バックパックはもう元の形が分からないくらいに炭化したうえに変形し、熱で若干形のゆがんだツインアイとV字アンテナだけがそれがガンダムであることを主張している。

「残念だったな、天河アキト…。愛しき者ではなく、そこにあったのがガンダムで…」

「お前は…!」

「そのガンダムに搭載されたシステムこそが、われらの力となったのだ」

「北辰…!!」

アキトは振り返ると同時に憎むべき男に向けて発砲する。

しかし、弾丸は彼の体に当たる前に目に見えない何かに阻まれる形でへしゃげ、地面にむなしく落ちる。

「あれの意思を伝える力で、我々は思考を演算ユニットへダイレクトに送ることに成功したのだ」

「ユリカはどこだ…!?」

「火星だ。そこで、あの女は演算ユニットのアクセスシステムの中枢となっている」

「…」

「フフフフ!感じるぞ、貴様の無念を!憎悪を!その感情をもっと私に…」

「黙れ!!」

有効でないと分かっているうえで万丈はアサルトライフルを北辰に向けて連射する。

ガガガガと勇ましい射撃音と地面に落ちる金属音だけがこの空間を支配していた。

そして、弾切れになったのか、射撃音は収まり、北辰の周囲にはアサルトライフルの弾丸が散らばっていた。

「そうやって、アキトの怒りと悲しみをあおり、おのれの楽しみへと変えるか…北辰。いや、最後のメガノイド」

「ほう…?」

己の正体を突き止めた万丈に少しだけ驚いたのか、北辰は口元を吊り上げる。

火星の廃棄されたメガノイドの基地を調査し、その地で改造されたメガノイドの情報を突き止める中で見つけたロストナンバー。

「破嵐創造が木連にもたらした忌まわしき技術…だが、貴様が改造手術を受けたかはもはや問題ではない!己の楽しみのために他者の命を奪う者、その肥大化したエゴを…僕は憎む!」

「ふふふふふ!!貴様からも感じるぞ!憎悪を、その仮面に隠した醜いものを!!」

「黙れ!!」

再びアキトが発砲するが、やはり弾丸はディストーションフィールドで阻まれる。

そして、彼の体はボース粒子に包まれていく。

「天河アキト、そして破嵐万丈!この決着はいずれつけよう…」

「待て!!」

「火星で…待つ。跳躍!!」

ボソンジャンプした北辰がいた場所を2人はじっと見つめる。

アキトを誘うため、わざと居場所を伝えたのは目に見えている。

しかし、だからといってアキトには止まれない理由がある。

「ユリカ…」

彼女がそこにいるというなら、どんな罠があろうと行く。

そして、北辰を殺す。

アキトの頭にあるのはそれだけだった。

「破嵐!!」

「古代一尉、作戦は成功したようですね」

アキト達のもとに駆け付けてくれた古代を見て、万丈は作戦の成功を確信する。

「ああ、ウイルスの注入は森君がやってくれた。ヤマトの中にいる構成員たちは追い出した」

特にそこで活躍していたのは竜馬だ。

ゲッター1が再起不能となってしまい、囚われてからはずっと動き回ることのできない日々を過ごしていた。

そのうっ憤を晴らすかのように、ゴーサインが出ると同時にまずはあいさつ代わりと監視していた構成員の首を片手でへし折り、奪った武器で容赦なく撃ちまくっていた。

ヤマトの中にいる構成員の大半が科学者だったため、ろくな抵抗もできずに逃げ出してくれた。

「どうやら、この騒ぎを起こしているのは君たちみたいだな」

「誰だ…!!」

まだ逃げ出していない構成員がいたのか。

振り返った古代は銃を向ける。

しかし、彼を見た瞬間、古代は驚きの余り銃を持つ手が震え始めた。

「ど、どうして…」

「どうかしたのか?俺が…どうかしたのか?」

目の前の彼、そして古代以外の人間にはどうして彼がここまで動揺するのか分からない。

だが、古代には彼がここにいることが信じられなかった。

薄茶色の癖のある髪で、東洋系の茶色に近い黄色の肌で、オレンジのラインの入った白いノーマルスーツ姿。

その姿を古代は見たことがある。

軍学校の教科書にあった肖像画と彼が乗っていたモビルスーツの名前は連邦軍にいるものならだれもが知っている。

100年以上前、アースノイドとスペースノイドの戦いの中で生まれた白い悪魔。

たった1機のガンダムで地球へ落ちようとしていたアクシズを押し返し、ライバルであるシャアと共に行方をくらました伝説のパイロット。

「アムロ・レイ…」

 

-ヤマト 格納庫-

「おいおいおい、いったいどうなっているんだ!叢雲!如月!!」

「感動の再会の第一声がこれかよ…」

ようやく再会できたのもつかの間、さっそく始まったのが加藤を中心とした航空隊や甲板部のメンバーからの質問ラッシュだった。

彼らが殺到するのも無理もない。

ヤマトの格納庫に運び込まれているのが彼らから見たら100年以上前の機動兵器と言えるZZガンダムとZガンダム、おまけに黒焦げのνガンダムなのだから。

「おまけにΞガンダム…一体どういうことなんだ!?」

「おっと、Ξガンダムまで知ってるとは、さすが加藤隊長」

「茶化すな!100年前のモビルスーツとパイロットがどうしてここにいる!?俺たちは夢でも見ているのか!?」

「お、落ち着いてください!加藤隊長!!私たちもよくわからないんですよ」

「おそらく、彼らは俺たちの世界の過去の人々とちょっと違うみたいです」

「少し聞いただけなんスけど、連中は俺たちと同じような歴史を歩んでいるみたいですが、いろんなところで食い違っているんですよ」

詳しく聞いたわけではないが、そのもっともたる例がデラーズ紛争らしい。

ソウジ達の世界でのデラーズ紛争は一年戦争終戦から3年後に起こった事件で、ジオン公国軍であったエギーユ・デラーズ大佐(紛争時は中将を自称)が率いるジオン残党、デラーズ・フリートが起こした一連の事件である。

連邦軍が行っていたガンダム開発計画の一環として開発された核弾頭ミサイル搭載型モビルスーツであるサイサリスをデラーズ・フリートのアナベル・ガトー少佐がオーストラリアのトリントン基地で強奪したことから始まった。

強奪されたサイサリスはガトーと共にアフリカのキンバライト鉱山からHLVで宇宙へ輸送され、コンペイトウ(旧ソロモン)基地で行われた観艦式で、搭載された核弾頭ミサイルを発射し、3分の2の艦船を消滅させた。

しかし、これはあくまでも陽動にすぎず、目的はコロニー落としであり、そのさなかに2基のコロニーを強奪、それらをあえて衝突させることでそのうちの1基であるアイランド・イーズを北米大陸の穀倉地帯に落とし、地球の食糧の自給自足体制を崩した。

この一連の事件は地球連邦政府によって隠蔽され、コロニー輸送中の事故として処理されていたが、地球連邦政府の改革事業の一環として行われた情報公開によって真実が伝えられるようになった。

なお、ジュドー達の世界におけるデラーズ紛争の内容は大きく異なるとのことだが、その内容はまだ聞かせてもらっていない。

その話題の中心となっているアムロ達はソウジ達とは別に集まって、これまでのことの情報交換を行っていた。

「じゃあ、アムロさんは…」

「ああ…。アクシズを押し返すサイコ・フレームの光に包まれて、次元の壁を越えたらしい。気が付いた時には、火星の後継者に捕えられていて、奴らの研究に協力させられた」

「ボソンジャンプを制御する演算ユニットにダイレクトに思考を伝達するための実験ですか…」

甲板部によって、整備されるνガンダムを見ながら、真田は古代とソウジ(というよりは大部分を作ったのはチトセとナイン)の報告書の内容を頭に浮かべる。

サイコフレームは真田も名前だけは聞いたことがある。

しかし、100年前に締結されたというサイコ・フレーム禁止協定によってそれを搭載したモビルスーツ及び技術に関するすべてのデータが封印されることとなり、今ではロストテクノロジーと化している。

アクシズショックのように、巨大な隕石の軌道をそらしたり、推進剤が尽きた状態にもかかわらず、『異界』のエネルギーを利用した年単位で宇宙を飛行し続けたという話もあり、そのような人知を超えたものを持つサイコ・フレームなら、おそらくはそれも可能かもしれない。

なお、現在アナライザーによって、今ある機動兵器と戦艦のデータがヤマトの万能工作機に組み込まれている。

これで補修パーツを作ることができるようになり、νガンダムなどの整備も可能となった。

しかし、出自不明のグレートマジンガーとゲッター1については今もパーツが作れない状況であることには変わりない。

「νガンダムに搭載されているサイコ・フレームには人間の感応波を増幅する効果があります。連中は演算ユニットへのコンタクトのために、意識を同調させることのできる特殊な人間を使っていたようです」

「いわゆる、A級ジャンパーですね」

「その補助としてサイコ・フレームを用い、よりダイレクトに思考を伝達させることに成功したのだと思われます」

そして、アムロはニュータイプとしての高い感応波を持っている。

だからこそ、実験体として高い価値を持っているから、こうして生き延びることができた。

「それにしても、アムロ大尉だけじゃなくて、俺たちもこの世界に飛ばされるなんて…」

「大佐殿が言っていたが、この世界と我々の世界は平行世界の中でもつながりが強い様だ」

どうして、そういう繋がりができたのかはわからないが、そのおかげでバラバラの世界へ飛ばされることなく、こうして再会することができた。

「テロで社会の転覆を企てる連中に俺たちの世界の技術を使わせるわけにはいかない。それに、助けてもらった恩もある。俺も一緒に行くぞ」

現在、沖田とルリ、スメラギ、テレサの4人で今後の方針の話し合いが行われている。

大方の予想では火星にいる火星の後継者を攻撃するということで決まりになると思われる。

アムロもそれには賛成している。

「もちろん。俺たちも同じさ。あんな奴らにあの平和な世界を好きにさせるかっての!」

「でも、アムロ大尉。νガンダムって、修理は間に合うんですか?」

大気圏で焼かれ、1年近く放置されたνガンダムはたとえパーツを確保できたとしても、修理完了までは時間がかかる。

不幸中の幸いで、コックピット周辺に搭載されたサイコ・フレームは無事であるため、フィン・ファンネルは搭載することができれば使えるはずで、最悪の場合はΞガンダムのファンネルミサイルを使ってもいい。

甲板部が優秀なメカニック集団であることは分かっているが、そんな彼らでも火星到着までに修理を終えることができるかは分からない。

「俺も協力する。このνガンダムは俺も設計にかかわっているからな」

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

4人の艦長、万丈、アキトがいるブリーフィングルームで、ミレイナがイアン達整備兵からの報告を口にする。

「ヤマト、トレミー、ダナン、ナデシコの整備及び補給はあと6時間で終了するです。機動兵器の修理と補給については、移動しながら行うことを考えれば、その時間ですぐに出航できますです!」

「連合軍とも連絡がついたわ。ミスマル中将とカティが後始末をしてくれるわ」

これで、ソレスタルビーイングなどが関与したという証拠は消える。

火星へ出発することになるが、ここで問題になるのはどうやって火星へ向かうかだ。

ヤマトのワープシステムを使うとしても、そのワープシステムそのものは単艦での運用が前提のもので、複数の艦と一緒にワープすることはできない。

万丈のボソンジャンプを使うとしても、曉からもらった端末は壊れており、使い物にならない。

「ボソンジャンプなら、使えます。彼が…アキトさんがいますから」

ルリ達の視線が一斉にアキトに向けられる。

作戦会議とは無縁である自分が呼ばれた理由はおそらくそれだろうと、薄々と感じていた。

ボソンジャンプを使えば、数カ月かかる火星への道をほんの一瞬で済ませることができる。

そうなると、パイロットの休息の時間も作ることができる。

「あなたの力を貸してください、アキトさん」

「頼むよ、アキト。僕はこういうシステムがなければ、満足にボソンジャンプを使うことすらできない」

「だが…俺は…」

ソレスタルビーイングのように、世界のために戦ったわけではない。

アキトは復讐のために、大勢の人を殺してきた。

そんな自分を、変わり果てた自分と一緒にいることでルリ達を傷つけてしまう。

そうなるくらいなら、たった1人で戦って、そして姿を消す。

その方が、誰も傷つかずに済む。

「君はメガノイドになるな」

「万丈…」

「復讐を止める気はない。だが、それだけに縛られてはいけない。それはエゴに縛られ、他のすべてを捨てるメガノイドと変わらない」

最後のメガノイドである北辰がまさにそれだ。

万丈はアキトが北辰を殺すことにこだわるあまり、彼と同じ化け物になってしまうことが嫌だった。

アキト本人も、少なくともそうなってしまうことは望まないはずだ。

「君にはまだ優しい心が残っている。戻る場所もある。頼む…」

だからこそ、ガイゾックとの戦いで死にかけた勝平たちを助け、死んだ神ファミリーのために墓参りに来た。

そして、その心があるからこそ、ルリの元から離れようとしている。

だが、その優しい心が取り返しのつかない未来をもたらすことがある。

まだ引き返すことができる。

「…分かった。だが、火星についてからは…」

「その後のことは、あなたにお任せします」

「すまない…ブラックサレナを見てくる」

そうつぶやくと、アキトは1人ブリーフィングルームを後にする。

「…謝らないでください…本当に、かっこつけて…」

表情を変えないルリだが、かすかに体が震えていた。

 

-火星 火星の後継者施設内-

「…天河アキト。来るがいい、自らの闇で仲間を集めて…」

真っ暗な部屋の中、北辰は目の前に置かれている6つのカプセルを見る。

その中には北辰衆が入っており、アキトとソウジに倒されたはずの2人も中に入っていた。

「貴様らは死ぬことはない。何度でもここでよみがえり、そして我と共に死地へと赴く。天上人よりもたらされし技術によって…!」

ソレスタルビーイングが持っていたイノベイド製造技術。

木連でも、無人兵器以外に戦闘用の人間を製造しようと山崎が研究を行っていて、火星の後継者の中でもそれを続行していた。

北辰衆がそのプロトタイプといえる存在で、肉体はあくまでも入れ物に過ぎない。

こうして肉体を製造し、意識データを入れることで何度でも蘇る。

メガノイドとイノベイド、人間から外れた存在だからこそ、真実の意味で外道となることができる。

蘇る2人を見つめる北辰の義眼が怪しく光る。

「新たなる夜天光で相手となってやろう、そしてその力で無様に朽ち果てるがいい」




機体名:GNアーチャーリペア
形式番号:GNR-101AR
建造:ソレスタルビーイング
全高:16.9メートル
全備重量:25.7トン
武装:GNバルカン、GNライフルビット×4、GNホルスタービット×4、GNシールド(プロトGNソードビット×4内蔵)
主なパイロット:アニュー・リターナー

1年前のイノベイドとの戦闘で損傷したGNアーチャーを修復したもの。
元々はアリオスガンダムの支援用として開発されたものだったが、後継機であるガンダムハルートがアレルヤとマリーの複座式となったために不用のものとなった。
当初はダブルオークアンタ及びガンダムサバーニャに装備されるビット兵器の試験用として木星で用いられ、テスト終了後はアニューの希望でガンダムサバーニャの支援用に改修された。
装備されているGNライフルビット及びGNホルスタービットはガンダムサバーニャと同規格となっており、相互で融通することが可能となっている。
また、プロトGNソードビットにはダブルオークアンタのGNソードビットでは採用されなかったビーム砲が1基1基に内蔵されている。
頭部にはバイザー型の望遠カメラが外付けされており、これを用いてガンダムサバーニャの観測手を務める。


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第41話 火星への支度

-コロニー アマテラス宙域 ヤマト 格納庫-

「よし…アーム・スレイヴ及びモビルスーツ、パラメイル…データ入力完了だ」

一通りのデータを撃ち込み終えた真田は久々の真っ当な職務をしたことによる充実と共に久々な疲れを感じ、背もたれに身を任せる。

「お疲れ様です、真田さん」

「いや、君の助けもあったおかげで早く済んだよ。キラ・ヤマト君」

「僕はそんなに…それにしても、すごいですよね。万能工作機っていうのは。データを入れておけば、どんなものでも作れるなんて…」

真田と共に、万能工作機にデータを入れていたキラは目の前にある巨大なオレンジ色の球体型端末とそれに連動するように取り付けられている大型コンピュータを見る。

万能工作機はソレスタルビーイングもプラントもまだまだ理論上の産物でしかない。

かつてのジョージ・グレンもそれの開発を行っていたが、理論が出来上がる前に亡くなっている。

おそらく自分が生きている間でもできることがないだろうというものを見ることができたことに喜ぶとともに、世界による技術力の違いというものを痛感する。

「いや、実を言うと万能工作機というのは地球のものではない。波動エンジンと同じで、別の星からもたらされたものだ。どのようにして作るのかまでは知らない」

かつて、世界で初めて火を手に入れた人間は少しずつそれの使い方を学んでいき、その知識を次世代へとつないでいった。

それによって今の人間は火を使いこなすことができるようになった。

この万能工作機を火と例えるなら、今の真田をはじめとする人間はその火を手にしたばかりの人間と言えるだろう。

「物資は火星の後継者が集めていたものがアマテラスに残っていましたし、ドロスにも…」

「どうせテロリストが集めた汚れた資材だ。好きに使わせてもらおう」

さっそく万能工作機が火星の後継者の資材を利用して、まずはジュドーらガンダムチームのモビルスーツ、及びミスリルの補修パーツと武装を作り始める。

真田の言葉にキラは3年前のデブリ帯での出来事を思い出す。

そのころ、彼が乗っていたアークエンジェルは補給の失敗により、深刻な水不足に陥っていた。

飲み水、トイレ、部品洗浄、そのすべてに制限がかけられるうえ、クルーの大半が正規ではなく、民間人や元技術士官の艦長といった寄せ集め同然の烏合の衆といった状態で、このままでは地球へ向かうことさえできない状態になっていた。

そこで、唯一の正規パイロットであり、今はオーブで暮らしているムウ・ラ・フラガの提案により、デブリ帯にある氷を拝借することとなった。

しかし、デブリ帯は戦争のきっかけの一つとなった血のバレンタイン事件で崩壊したコロニー、ユニウスセブンの亡骸。

ブルーコスモスの息がかかったユニオンの核攻撃によって崩壊したそこには埋葬されることなく、凍り付いて朽ちていくのを待つだけの20万以上の遺体も漂っていた。

墓荒らしのような所業で、一部のクルーからの反発はあったものの、生きている人間を最優先にすべきという彼の説得によって、実行されることになった。

現在はマルキオ導師及び現プラント最高評議会議長であるラクス主導により、遺体の回収及び火葬する事業がされている。

「しかし…やはりゲッター1やグレートマジンガーの補修パーツまでは不可能だ。今ある資材でも、まともな修理すらできない」

どちらもこの世界の機動兵器ではなかったようで、先ほど改めて2機の装甲の解析をルリと共に行った。

その結果、出てきたのはこの世界にもヤマトがある世界にもない素材で作られているというものだ。

グレートマジンガーのものについては純粋な金属であるからまだいい。

問題はゲッター1で、ゲッター合金は従来ではありえない成分が含まれていた。

おそらくそれは竜馬の言うとおりであればゲッター線からもたらされたものと言えるかもしれない。

ゲッター1のすべてのデータを抜いて、そこから調べようともしたが、重要なところは非常に強固なロックがかけられており、ナインもオモイカネも、キラでさえもお手上げな状態だ。

「グレートマジンガーはともかく、ゲッター1については出撃不能というほかあるまい」

2機についてはともかく、他の機体及び戦艦はこれで整備と補給を済ませることができる。

残された時間を逆算しつつ、真田は引き続きデータ更新と工作を開始した。

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「これが、アキトが集めた火星にある奴らの本拠地のデータです」

万丈はアキトから受け取ったデータをモニターに表示し、そこにある赤い荒野の地下へと運び込まれる機動兵器の姿が映っていた。

積尸気以外にも、GN-Xやアヘッドなどの機動兵器も格納されている。

「拠点の兵力は機動兵器だけで30機以上。そして、拠点防衛にはゲルズゲーとザムザザーが2機ずつ。更に…」

もう1枚の画像を表示した瞬間、スメラギは眉を顰める。

ロゴスが作り出し、エクステンデッドに操縦させ、ベルリンを含めて多くの都市を罪のない一般市民諸共焼き尽くした悪魔の機動兵器。

シンにとっては、守りたいと思っていた少女であるステラを奪った機体であり、キラとの血みどろの戦いのきっかけとなった因縁ある相手だ。

「デストロイガンダム…」

「そうです。ロゴスが崩壊し、連合軍に残されたデストロイは倫理に反する兵器であることからすべて解体され、データ及びパーツもすべて抹消されたはずです。ですが、残存していたものもありました」

それらの行為はすべてマネキンと御統大将の立ち合いのもとで行われた。

記録上は確かにすべて抹消されたとあるが、当然見えないところもある。

その証拠として、現に火星にデストロイの一機がある。

「デストロイは確かに圧倒的な火力と陽電子リフレクターによる防御力を誇る機動兵器。けれど、もうすでに対策手段はある」

ヘブンズベース戦およびダイダロス基地戦でそれは立証されており、懐に飛び込んだうえでのGNソードやビームサーベルでの攻撃に致命的な弱さを持っている。

あの火力をかいくぐれば、必ず勝機はある。

「補給はあと5時間で完了します。そこからアキトさんのボソンジャンプで火星へ向かいます」

「頼むわよ。ここで火星の後継者を倒して、私たちは戦うべき相手の正体を突き止める」

(そして、ユリカさんを救い出して…けれど…)

確かに、火星の後継者を倒せば今の混乱は収束するだろう。

そして、火星にいるユリカを救うことができるかもしれない。

すでに変わってしまったアキトのことを別にすれば。

ルリの脳裏に、3人で過ごした日々の光景がよみがえる。

あの時は確かに手狭なアパートでの生活で、屋台ラーメンを引っ張る日々だったが、確かに幸せだった。

その幸せはもう取り戻すことはできないのか。

答えは見つからないままだ。

 

-ヤマト 格納庫-

「おい!!ヴァングレイのポジトロンカノン、さっさとつなげろ!!」

「ハヤブサの推進剤、補給されていないじゃねえか!誰だ、補給完了したといったやつは!!」

「オーライ、オーライ!!よし、慎重に卸せよ!!」

格納庫では整備兵の怒号と作業音がけたたましく響き、静かな場所などどこにも存在しない。

「…」

そんな中で、ヴァングレイのコックピットに座るナインは目を閉じたままで、外での喧噪などどこ吹く風だ。

コックピットのみが起動している状態で、モニターにはモビルスーツの設計図や素材の元素記号などが次々と表示されていて、ナインが目を開けたと同時にシャットダウンした。

「どうかな…ナイン」

コックピットが開き、ナインが出てくるのが見えたトビアはナインに水筒を手渡す。

それを受け取ったナインはトビアから受けた依頼の結果を口にする。

「アムロ大尉とジュドーさんから受け取ったデータ、そしてクロスボーン・ガンダムと彼らのモビルスーツの比較調査の結果、やはりというべきですが、100年前のものとは別物という結論が出ました」

「やはり、そうか…」

クロスボーン・ガンダムはサナリィ製で、νガンダムとZZガンダムをはじめとしたものはアナハイム製といった、企業での差異はあるものの、根本的に技術が異なるというわけではない。

別物であることを示す証拠の一つとしては核融合炉があげられる。

確かに大きさではクロスボーンの方がモビルスーツの小型化の影響によって小さくはなっているが、出力面では双方ほぼ互角といえる。

設計データはヤマトのデータバンクに残っている100年前のものとは近いものの、それよりも大幅に完成度や効率が上回っているといってもいい。

「じゃあ、トビア達の世界の過去に俺たちの世界のモビルスーツが存在したのは偶然の一致なのか?」

「それにしてはできすぎていると思うけど…」

名前と姿は同じだが、中身は別物とはいえ、ジュドーのいうとおりにそれが偶然の一致と片付けることはハサウェイにはできなかった。

先ほど、ヤマトのデータバンクを調べて、100年前のモビルスーツのデータをアムロと一緒に確認した。

ガンダム、ジム、ザクⅡ、ジーライン、ネモ、Zガンダム、リック・ディアス、キュベレイ、ギラ・ドーガ、ジェガン。

いずれもすべて自分たちの世界に存在する、もしくはしていたモビルスーツの名前と姿ばかりだ。

「操縦系統も同じだ。場合によっては乗り換えることもできることはわかった。だが、これを偶然の一致とするのは乱暴だろう」

「我々から見たら、今のアムロ大尉たちのモビルスーツは100年前のものを今の私たちの技術でリメイクしたもの、もしくはそれ以上といえるでしょう」

そこで新見が疑問に思うのは技術のレベルや構造があまりにも似すぎているというところだ。

今の世界にも確かにモビルスーツは存在するが、操縦系統も素材も何もかもが別物同然だ。

何か自分たちの世界とアムロ達の世界に深いつながりがある、そう思わずにはいられない。

「なお、こちらの世界ではすでに廃れたサイコミュシステムなどについてはさらに精錬されたものとなっています」

「確か、かなめさんはZZガンダムやΞガンダムはX1よりも前の世代の技術に影響を受けている…みたいなことを言っていました」

サイコフレームやバイオセンサーの技術を見ると、確かにそのかなめの推測は当たっている可能性がある。

彼女は適当に言っただけなどと言っているが、新見達にとってはそれにしてはあまりにも勘が良すぎるように思えた。

「トゥアハー・デ・ダナンの戦術アドバイザー、千鳥かなめ…とてもそのポジションにいるような人とは思えませんが…」

「それもそうだな」

「そういえば、どうして普通の高校生であるかなめさんがトゥアハー・デ・ダナンに乗っているのか、聞いたことないや」

Ξガンダムと共に地球へ降下し、彼らと行動を共にしてからある程度時間は立っているが、ハサウェイには彼らについて知らないことが多すぎる。

かなめのこと、ラムダ・ドライバのこと、ミスリルのこと。

前にテレサにそのことを聞こうとしたが、マデューカスにさえぎられたり、カリーニンから急に命令される形で邪魔された。

「その問題は今はおいておこう。あとが…火星の後継者と決着をつけてからだ」

「ありがとう、ナイン。これで気持ちもすっきりした状態で決戦に臨めるよ」

「いえ、私は大したことなんて…。けど、トビアさん。私は…」

受け取りはしたものの、ナインは手に持っている水筒に首をかしげる。

「…ああ、そうだった!ごめんごめん。ナインがアンドロイドってこと、すっかり忘れていたよ」

「いえ、別に謝るようなことでは…」

ナイン自身、飲めないことはわかっていながらどうして彼から水筒を受け取ったのかわからない。

唯一わかるのが、その小さなことがうれしいと思えたことだ。

「しかし、トビアの世界の100年前にも俺たちのガンダムがあったなんてな」

「そうよ、どうして言ってくれなかったの?」

そのことをもっと早く話してくれたらと思い、トビアらしくないだんまりにルーは疑問を浮かべる。

黙っていても、ルーからしてみれば、トビアやジュドー達にとって特に問題のないことだ。

「ええっと、まぁ変なことを言って、混乱させてはいけないから…」

「並行世界間の同一人物、そこの俺もアクシズの戦いで行方不明になったのか…」

因縁の相手であるシャアと激闘を繰り広げ、地球へ落ちようとしていたアクシズをサイコ・フレームの力で軌道を変化させた。

その出来事も、行方不明になったことも同じ。

違いがあるとしたら、今のアムロはこの世界にνガンダム共々飛ばされていて、数奇なめぐりあわせで再びジュドーらと再会できたことだ。

ヤマトの格納庫に収容されたνガンダムは現在、黒焦げになって使い物にならなくなった装甲が取り払われ、万能工作機で作り上げた新しいものに換装されつつある。

重力下での戦闘になることを考慮されて、バックパックにはフィン・ファンネルは装備されない代わりに予備のハイパーメガランチャーが装備されている。

「アムロさんは歴史に名を残すようなエースパイロットだから、そうやって伝説が残っているけれど、きっと、僕の同一人物なんか、100年後には記録にすら残っていないだろうな…」

今のハサウェイは死んだクェスの幻影に苦しみながら、Ξガンダムのテストパイロットをやっている状態だ。

そして、仮に戦争が終われば、戦いから身を引いて植物の勉強と研究をしようと考えている。

データバンクには確かに彼の父親であるブライト・ノアと母親である八島ミライ、ホワイトベースやアーガマ、ラー・カイラムは存在するだろう。

仮にのるとしても、親の七光りでのるだけの存在。

別にそれはハサウェイにとってはどうでもいいことだが、どこか寂しさを感じた。

「う、うん…そう、かもね、ハサウェイ」

「さりげなく傷つくことを言うね。トビア」

「ごめん!ごめん!」

「せっかくだから、トビアの世界の100年前の歴史を教えてくれよ」

「そうだね。もしかしたら、あたしたちの世界の未来のことが少しでもわかるかもしれないし」

すっかり、話題は自分たちの世界の100年前の話へと移っていく。

それがトビアが話すことができなかった理由の一つだ。

第2次ネオジオン戦争のあと、空白の10年という何が起こったのかすらわからない状況があり、そこからさらに100年後にコスモ・バビロニア建国戦争や木星戦役、おまけにガミラスとの戦争が起こっている。

ただ、一つ言えることはハサウェイにとっては望まない結末の1つがその歴史になかにあったということだ。

「やめておけ、話はそこまでにしよう」

助け舟を出すように、キンケドゥが口を挟む。

「なんでだよ?少しくらいいいじゃんか、キンケドゥさん!」

「知ってしまったことで、縛られてしまうのもつまらないだろう?」

「それも、そうか…」

「それに彼らの世界の100年前の海は青かったそうだから、同一人物ではあるが、俺たちの世界とは別の違う歴史を歩んでいるだろう」

その決定的な違いがある以上、たとえ同一人物であっても違う道を歩んでいてもおかしくない。

現にアムロ自身がソウジ達の歴史の中では行方不明のまま終わっていて、ここにいるアムロは無事とはいいがたいが、奇妙な偶然の連続で仲間たちと再会した。

その事実がある以上、知ったとしても何も意味がないことだ。

「あ!!そういえば、ヤマトで見た残骸…真っ黒になってるけど、あれってゲッターロボだよな!?」

「あ、ああ…」

「すげえ…でも、なんでそんなのがあるんだよ??」

「ゲッターロボを知ってるの?」

「知ってるも何も、ゲッターロボは1年戦争よりも前に作られたロボットだぜ!?」

「俺たちの世界では、モビルスーツを開発される前はああいったロボットが主流だったんだ」

アムロたちがいる世界では、戦艦と大型人型ロボットとの連携による戦闘が主流だった。

1年戦争から現れるモビルスーツと比較すると性能は高いものの、その分パイロットへの負担も大きく、OSも単純なものだった。

さらには集団での戦闘を想定した設計をされていなかったため、軽快な動きが可能なモビルスーツの小隊単位による連携攻撃によって敗れることになり、大型人型ロボットは徐々に戦場から姿を消していった。

しかし、それがすべて消えていったわけではなく、少数ではあるが、連邦軍以外で使用されている例は今も存在するという。

「ゲッターロボはかつて流竜馬が乗っていたロボットで、月面戦争でインベーダーと戦っていた」

「インベーダー…流が戦っていた…」

真田は竜馬を尋問していた時のことを思い出す。

インベーダーは自分たちの世界には本来存在しないため、彼とアムロの言葉が正しければ、アムロ達の世界にインベーダーがいることになる。

そして、月面戦争が起こったのは1年戦争よりも前。

「あの男が流竜馬なのか…?」

「知ってるんですか?アムロ大尉」

「ああ…インベーダーとの戦いは俺が子供のころに起こったもの。そして、流竜馬はその戦いでゲッターロボとともに活躍した伝説のパイロット」

「だとしたら、全然年齢が合わないじゃないですか!?」

月面戦争が起こったのは19年前で、1年戦争が起こったのはその2年後である17年前。

だとしたら、今の竜馬は40代の中年男性になっているはずだ。

しかし、ここにいる竜馬は20代の若い男で、とても年齢計算が合わない。

「これまたよく似た平行世界の竜馬さん…でいいのか?」

記録上、竜馬はとある事件が原因で行方不明となっており、MIA認定されている。

ここにいるアムロのように別世界で生きていたなんて偶然はさすがに2度もないだろう。

おまけに仮にそうだとしたら、彼は次元だけでなく時間までも飛び越えたことになってしまう。

「ここに集まった人たちのそれぞれの世界の関係性…なかなか興味深いですね」

「問題が解決したら、じっくりと聞き取り調査をしてみたいところだ」

アマテラスでは監視を受け続けた反動と目の前に現れた知的好奇心をくすぐる人々と機動兵器に新見と真田の心が躍る。

だが、その前に火星の後継者との戦いがある。

それを終えてからの楽しみだ。

「俺、聞きたいな。ジュドー達の世界のことを」

一部を除いて、自分の世界の話をしたトビアは今度はバトンをジュドー達に渡す。

受け取りはしたジュドーとハサウェイだが、その表情は聞いたいた時とはまるで違う、ナーバスなものになっていた。

「…あんまり、楽しい話じゃないぜ?」

「赤い海のこと…地球と宇宙のこと…」

「そこまでだ。まずは火星の後継者との闘いに集中するぞ」

「別の世界のことだからといって、他人事だと思うなよ?」

「わかってるって。テロリストを放っておくわけにはいかないからな!」

成り行きでアマテラスにきて、火星の後継者と戦ったものの、アキトをはじめとした彼らのテロで苦しんでいる人々を見た以上、放っておくわけにはいかない。

現に彼らを止めるだけの力を持っているのだから。

「世界を変えるのだとしても、やっていけないことがあるんだ…。それがわからない連中を放っておくわけにはいかない」

ハサウェイにとって、火星の後継者はアクシズを地球へ落したシャアのネオ・ジオンと同じように見えた。

口ではスペースノイドのため、人類のためなどといいながら、やっていることは大量殺戮と何も変わらない。

そんな間違った行いを間違っていると気づいていない彼らを放っておくことはハサウェイにはできなかった。

そうなってしまうと、彼らと同じになってしまう気がしたから。

(俺の目の前にいるハサウェイは俺たちの世界のハサウェイとは違う。ここにいるのはマフティー・ナビーユ・エリンではなく、ハサウェイ・ノア…。それでいいんだ)

 

-火星の後継者 本拠地-

「そうか…アマテラスは落ち、新庄も討たれたか…」

伝令から訃報を受け取った草壁は目を閉じ、同胞の死を悼む。

手痛い犠牲を払うことにはなったが、それでも計画が根底から崩されたわけではない。

ボソンジャンプさえあれば、前線基地がなくても計画を遂行することができる。

「計画開始前にナデシコとソレスタルビーイングを倒し、ヤマトを手に入れることができる。前向きに受け止めるしかあるまいよ」

ヤマトの協力は得られないことは分かったが、それに備えてある程度ヤマトからデータを極秘裏に手に入れており、山崎が暗号通信でこちらへ送ってくれていた。

ヤマトとサイコフレーム。

この2つの技術を使えば、ボソンジャンプの精度を引き上げることができる。

「稼いで正面から奴らを打ち砕き、新たな秩序を打ち立てる…。古の文明が眠るこの極冠遺跡こそが古き秩序の墓標となるのだ…!」

 

-演算ユニット交信システム-

「ふっ…」

第一戦闘配備を伝える放送が流れ、構成員たちはそれぞれの機体に乗り込み、無人機の設定調整を行う。

その中で北辰は目の前にある交信ユニットを見つめる。

網目状の模様をした灰色の花というべきそのユニットには全裸の状態の長い髪の若い女性が一体化しており、銀色になって眠っている。

彼女こそがアキトが助けようとしている最愛の女性、御統ユリカだ。

「もうすぐお前の想い人が来る。復讐の鬼、極上の獲物として」

ユリカが知っているアキトとは思えないほど闇に落ちた、北辰にとってはこの上ない面白い存在。

ゲキ・ガンガーにあこがれていた無垢な彼が落ちていくさまは見ものだった。

そんな執念と闇を背負った追いかけてくる彼をユリカの目の前で殺す。

眠っている彼女はそんな彼の亡骸を見ることはなく、死んだことを知ることすらできない。

そんな絶望的な結末は愉悦ともいえる。

「フハハハハハハ!!御統ユリカ、お前はわれらと演算ユニットをつなぐ細く、そして唯一無二の存在。決して、奴に渡すわけにはいかん」

笑う北信の左目の義眼が怪しく光る。

「隊長、そろそろ…」

「うむ…さあ、天河アキトよ、貴様に新しい絶望を1つ受け付けてやろう。この義眼と新たな夜天光で…」

 

-火星 極冠遺跡周辺-

こちらへやってくるナデシコ達に備えて、基地から次々と機動兵器が出撃する。

基地内だけでなく、ほかに制圧したコロニーに駐屯している兵力すら集めた状態だ。

地表には赤く塗装されたコンプトン級1隻とレセップス級2隻を用意し、連合のモビルアーマーも出撃済みだ。

「いやぁ、地球がこんな大きなモビルアーマーを開発したと聞いた時は驚きましたよ。蟹に蜘蛛、ゲキ・ガンガーの敵役に出てもおかしくないデザインです」

山崎はメビウスやミストラルをはじめとしたモビルアーマーは3年前の大戦で、ザフトのジンに一方的にやられ、もはやモビルアーマーの時代は終わったといわれていた。

それを否定するかのように現れたそれらのモビルアーマーの性能はすでに証明済みだ。

軍縮の影響で廃棄予定だったものを連合内部のシンパから横流ししてもらい、解析が終わった以上はもう兵器としての価値しかない。

しっかり、ナデシコと戦うための戦力として利用するだけだ。

「北辰さん。どうです、義眼の調子は」

「サイコミュレンズ…悪いものではない。少し…頭がかゆく感じるが」

「まだまだ調整が必要ですねぇ。よろしければ、今すぐでもできますが」

「いいや、結構。まもなく奴が来る。今のあの男の相手ならこの程度で問題はない」

「ボース粒子反応あり、重力場のゆがみ発生!」

正面にゆがみとボース粒子が発生し、そこからナデシコを中心にトレミー、ヤマト、ダナン、マサァマイルドが姿を現す。

「広域ディストーションフィールド解除を確認しました。計算通り、ダナンも航行可能です」

地球よりも重力の影響の少ない火星であれば、ダナンを飛行させることも可能。

理論と計算のみでの答えで、実践もできていないぶっつけ本番だったが、計算通りダナンの飛行ができている。

「高度は下げないでください。我々はトマホークによる地上への攻撃で援護をします。発進を」

「ウルズチーム、およびΞガンダムは発進せよ!」

カタパルトからアーバレストをはじめとしたアーム・スレイブがパラシュートを装備した状態で射出される。

そして、そのあとでΞガンダムが出撃し、パラシュートを開いた4機の盾になるように前に出る。

ヤマトからはガンダム・チームとクロスボーンガンダム、ヴァングレイ、グレートマジンガーと航空隊が出撃し、トレミーからもザフトのガンダムとソレスタルビーイングのガンダム、パラメイル達が飛び立つ。

ナデシコもエステバリスの出撃準備が完了し、今は先発してブラックサレナがカタパルトに乗せられる。

「リアクトシステム同調完了…」

バイザーなしではぼやけた視界がリアクトシステムによって蘇り、網膜投影が開始される。

まもなく出撃しようという中で艦橋から通信が入る。

「ここまでありがとうございました、アキトさん。あとはご自由にどうぞ」

「そうさせてもらう」

あくまで協力するのは火星へのボソンジャンプのみ。

それが終わった以上はもうナデシコにいる理由はない。

今のアキトに見えているのはこの先にいるであろうユリカと北辰のみだ。

「天河アキト、ブラックサレナ、出る」

ブラックサレナが射出され、上空でスラスターを吹かせて正面から突き進む。

その中で、先発して出撃したダイターン3と通信がつながる。

「アキト。北辰との決着は任せる。だが…」

「そのあとのことは、今は考えない」

さらに速度を上げたブラックサレナはダイターン3から離れていった。

「アキト…あのバカ野郎が…!!」

続けてリョーコのエステバリスカスタムがカタパルトに乗せられるが、コックピットの中で出撃するアキトの機体を見つめるリョーコは悔しさのあまりこぶしを壁にたたきつける。

アマテラスで再会し、ここに来るまでの間、少しでも話をする時間はあった。

しかし、結局何も話すことができずにアキトを見送ることしかできない。

一人で格好をつけて、復讐鬼となって幸せも仲間も何もかもを捨てようとするアキトを許せなかったが、それ以上にそれを止めることができず、見ていることしかできない自分が何よりも許せない。

「リョーコ、アキト君のことは心配だけど、今は…」

「ああ、分かってるよ!今の俺たちにできることは…これくらいだからな」

北辰との決着をつけられるよう、その周囲の北辰衆を倒す。

それがアキトを救うことにはつながらないことはわかっているが、今の彼女たちにできることで思いつくのはそれだけだ。

「昴リョーコ、エステバリスカスタム、行くぜ!!」

リョーコを先頭に3機のエステバリスも出撃し、小隊を組んで進んでいく。

出撃が終わると、ルリはオープンチャンネルで火星の後継者たちに通信を送る。

「こちらは地球連合軍所属、独立ナデシコ部隊のナデシコB艦長、星野ルリ少佐です。私設武装組織、火星の後継者の皆さん。即時、武装を解除して我々の指示に従ってください」

軍人として、1度だけ助命のチャンスを与える。

しかし、その返答の代わりとしてザムザザーから発射されたと思われる大出力のビームが飛んできて、ディストーションフィールドが受け止める。

「奴ら…撃ってきたぞ!!」

「言葉は尽くした…あとは」

「やむをえません。火星の後継者を鎮圧します。攻撃を開始してください」

「ナデシコを沈めろ!!」

そのビームを皮切りに、両軍の攻撃が始まる。

一番前に出ているブラックサレナがハンドカノンでバッタを撃破していき、GN-Xをディストーションフィールドでの突撃攻撃でつぶしていく。

「まったく、自分たちが正しいというんなら、殺されても文句はないでしょう!?」

重力波砲をよけたヴィルキスがラツィーエルをマジンのコックピットを貫く、

たとえ相手が人間だとしても、テロリストである以上、そして自分や仲間が生きるためにはアンジュに容赦はなかった。

「アンジュとヒルダはフロントアタッカーを!ロザリー、クリス、敵機動兵器を戦艦に近づけさせないで!」

「わかってる!にしても…アマテラスのときといい今といい、あいつら…なんでこんなにジャカジャカ機動兵器を用意できんだよ!?」

外の世界に疎いメイルライダー達ですら、火星の後継者のいびつな編成がわかってしまう。

モビルスーツに小型兵器までならわかる。

連合も別系統の機動兵器を組み合わせた例がいくつもある。

しかし、木連に連合、ザフトだけでなく別世界の兵器までも用意している彼らの異質さには凍るような予感が感じられた。

一体彼らのバックに誰がついていて、ドロスといい各陣営の兵器といい供給しているのか。

 

-プトレマイオス2改 メディカルルーム-

「う…ん??な、に…??」

激しい戦闘の音が聞こえる中、一人昏々と眠り続けていたヴィヴィアンの目がゆっくりと開く。

体の傷は治っているが、長い時間体を動かしていなかったせいか、どこかなまっているような感じがする。

しかし、それ以上にヴィヴィアンが感じているのはエリアDでよく感じていた悪寒だ。

「伝えなきゃ…来ることを!!」

 

-火星 極冠遺跡周辺-

「はあああああ!!!」

デストロイが次々と発射する大出力のビームをわずかな隙間をくぐるようにして回避し、ビームライフルを連射する。

しかし、デストロイにはほかの連合製モビルアーマーと同じく陽電子リフレクターが搭載されていて、ビームだろうと実弾だろうと、重力波だろうとも無力化していく。

やはりこのデストロイは偽物ではなく、正真正銘の正式なもの。

攻撃してくるデストロイにシンの手が震える。

1年前の戦争で受けた心の傷を容赦なくえぐろうとしていた。

「けど…だけどぉ!!」

傷口を必死に抑えるように叫んだシンは左手にライフルを握り、右手のパルマフィオキーナを起動させる。

巨大な傘のような上半身の中に取り付き、コックピットのある腹部の向けて青いビームを打ち込んだ。

コックピットが破壊されたことでデストロイの動きが止まる。

「シン!!」

デスティニーに近づこうとした積尸気をビームブレイドで両断したルナマリアが通信をつなげる。

もしかしてデストロイと戦闘を行ったことで、彼の傷がよみがえってしまったのではないか。

そのことがルナマリアが懸念していることだった。

「…心配ないよ、ルナ。どうやら…あの機体はオートパイロットだったみたいだ。人は…乗ってない。だから…!?これは…」

「この反応って…!?」

急にジャミングされたかのように通信とレーダーに乱れが生じる。

それは火星の後継者も同様なようで、無人兵器はその影響で動きを止め、友人兵器もフレンドリーファイアを恐れてか銃撃を止める。

「これは…シンギュラー反応!?」

「嘘だろ?こんなところに…ドラゴンが出るってのかよ!?」

シンギュラーが開き、その中から30体近くのスクーナー級とガレオン級が飛び出してくる。

そして、火星の後継者と自軍の両方に向けてブレスによる攻撃を仕掛けてくる。

「くそ…!ドラゴンと火星の後継者の両方が相手かよ!!」

突然の乱入者にさすがのソウジも顔をゆがませる。

火星の赤い大地はいま、三つ巴の混沌とした戦場へと変貌しつつあった。




機体名:デストロイガンダム(火星の後継者仕様)
形式番号:GFAS-X1
建造:不明(パーツおよびデータはアドゥカーフ・メカノインダストリー社)
全高:78.44メートル
全備重量:619.03トン
武装:75mm自動近接防御システム「イーゲルシュテルン」×4、200mmエネルギー砲「ツォーンMk2」、1580mm複列位相エネルギー砲「スーパースキュラ」、両腕部飛行型ビーム砲「シュトゥルムファウスト」、MJ-1703 5連装スプリットビームガン、Mk.62 6連装多目的ミサイルランチャー、熱プラズマ複合砲「ネフェルテム503」×20、高エネルギー砲「アウフプラール・ドライツェーン」×4、陽電子リフレクタービームシールド「シュナイドシュッツSX1021」×3
主なパイロット:無し

かつて地球連合軍が運用していた巨大モビルスーツ。
単機での対要塞攻略・殲滅を主眼において開発されており、全身に破壊力のある武器を多数装備すると同時に、陽電子リフレクターとトランスフェイズ装甲による強固な防御力をも誇る。
それ故に大幅に複雑化した火器管制システムを持ち、コーディネイターですら操縦できない代物となっており、地球連合軍はエクステンデッドと呼ばれる強化人間を用いて運用していた。
ヨーロッパ地域で行った虐殺行為やヘブンズベース攻防戦でロゴス側が用いていたこともあり、アロウズのアヘッドと同様に地球連合軍の暗部の象徴として運用が打ち切られ、残余の機体とパーツはデータ共々抹消されたと思われたものの、火星の後継者が運用する機体が登場したことで、外部への流出した可能性が浮上している。
なお、火星の後継者が運用した機体についてはエクステンデッドが存在しないこともあり、自動操縦で運用されており、整備性向上のため、モビルスーツ形態は廃止されている。


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第42話 歪みの中へ

-ヤマト 格納庫-

「ったく、別世界の戦場というのは相当過酷なものなんだな…うわあ!!」

被弾と同時に艦内が揺れ、榎本が膝をつく。

波動防壁が展開されているとはいえ、それでも爆発などによる衝撃まで抑えることはできない。

火星の後継者だけでなく、ソウジ達が戦ったというドラゴンまで出てきたとなると混乱という言葉がかわいく思えるくらいだ。

整備兵として、いつ機動兵器が戻ってきてもいいように整備の態勢を整えておくのはもちろんのこと、ヤマトそのもののトラブルがあってもいいように用心しなければならない。

そんな中で、格納庫に来るはずのない人物が入ってくる。

「おい!!ゲッター1の出撃準備をしろ!!俺が出る!!」

「無茶言わないでくださいよ!!ひどい損傷で動かせる状態じゃないってことは前に言ったでしょう!?ギャ!!」

「そんなこと言ってられねー状況だってことは分かってんだろう!!今は一機でも多く出撃したほうが有利なんだよ!!」

静止する警備兵を殴り飛ばした竜馬が格納庫に放置同然となっているゲッター1へと向かう。

ソレスタルビーイングをはじめとした別世界の整備兵たちが知恵を絞った痕跡はあり、破損個所はゲッター合金にやや近い装甲材はできたものの、変形させることは一切できないために傷口をふさぐ程度にしかなっていない。

「腕一本動かせりゃあ、砲台替わりにはなる!!ゲッターマシンガンは直ってるだろ!!」

「あれはまだテストできていな…」

「撃てるんなら十分だろうが!!どけ!!」

「そんな…え、榎本掌帆長!!」

あまりの気迫と身体能力、闘争本能を燃え上がらせる竜馬をどうすることもできず、整備兵が榎本に視線を向ける。

誰も竜馬を止められない以上、他の誰かが彼を制止しなければならない。

しかし、止めるにしても出撃させるにしても、そうした命令を出せるのは戦術長である古代や副長である真田、もしくは艦長である沖田の判断であり、榎本が出すものではない。

榎本が壁に備え付けられている受話器を手にし、そこから第一艦橋と連絡を繋ぐ。

「あー、あー、榎本掌帆長です。流がゲッター1での出撃を希望しています。戦闘が難しいと伝えてはいますが、まったく意に介していない様子です」

「また流か…。艦長、どうします?」

今はジャミングのせいなのか出撃している航空隊と連絡を取ることもできない。

そうなった場合はこちらで判断をするしかない。

竜馬が優れたパイロットであることは分かっているが、それでも今の状況下でボロボロなゲッター1で出るとなると自殺行為としか言いようがない。

「…判断は任せる」

「艦長…!?」

「戦術長は君だ。君が判断を下せ」

何か理由があってそのような判断の委任をするのか、沖田の意図は読めない。

だが、そう命令された以上は動くしかなく、古代はゲッター1に通信を繋げる。

やはり既に竜馬はゲッター1に乗り込んでおり、すぐに通信を繋げ返してくれた。

「…流!仮に出撃するというなら、鹵獲したバタラもある。もっと別の機体で!」

「駄目だ!ゲッター1で出撃する!いや…出撃しなきゃあならねえんだ!!」

「流…」

言葉では説明できない、もっと別の何かに突き動かされているかのような言動。

ドラゴンが出現したことが関係しているのか、別の何らかの要因があるのかは常人である古代には分からない。

これまでは自分にできることをやれるなら構わないとして出撃しなかった竜馬とは別人だ。

「…分かった。だが、ゲッター1についてはこちらでモニタリングをする。何か少しでも異常が発生したら帰還させる。君を元の世界に還せないまま死なせるわけにはいかない!」

「…感謝するぜ、古代戦術長殿。お前ら、さっさとハッチを開けてどきやがれ!!踏みつぶされても知らねーぞ!!」

無事な右手でゲッター1の拘束具を無理やりちぎっていき、整備兵たちが逃げ出すとともに歩き出す。

損傷個所を無理やりなおしただけで、欠損した腕は丸見えな上に両肩に内蔵されたゲッタートマホークはもうない。

今手に取ったゲッターマシンガンも、Eパック方式になり、補給が用意になったとはいえ、実際に撃てるかどうかは分からない。

しかし、武装があるだけでも今のゲッター1の状況から考えたらありがたい。

ハッチが開き、ゲッター1はそこから飛び降りて戦場へと赴く。

「流…死ぬんじゃないぞ…」

 

-火星 極冠遺跡周辺-

「おかしい…ドラゴンはエリアDにしか出現しないはず…!」

迫るスクーナー級をアサルトライフルでハチの巣にしていき、サリアは予想だにしなかったドラゴンとの交戦に不安を隠しきれない。

アルゼナルでは、生き残ったパラメイルからデータを受け取る形で、シンギュラー出現頻度やその大きさ、主痛言したドラゴンの数に関する記録データが残されている。

隊長としてそれらのデータをすべて見ているが、エリアDの外で、しかも火星でドラゴンが出現するのは初めてのことだ。

「何縮こまった動きをしてんだよ、サリア!」

「久々のドラゴンで、エリアDに出ないタイプってことは新種だろ!初物レベルのキャッシュが出るだろ、こいつは!!」

ヒルダとロザリーにとっては今ここで飛び回っているスクーナー級は格好のカモだ。

火星の環境はテラフォーミングされているとはいえ、それでも地球と比べると気温などの環境事情は異なる。

おまけに地球以外にもエリアDのようなドラゴンが現れるポイントがあると分かっただけでも貴重なデータだ。

そして、戦っているドラゴンの戦闘能力はこれまで出会ったドラゴン達と変化はない。

ならば倒して膨大なキャッシュにしてしまうのが賢い。

(こんなの…今までなかった。なんだか、見えない糸で引っ張られているみたい…)

「残弾は…まだ大丈夫!落ちて!!」

レールガンをバリアのもろくなった箇所に向けて発射し、頭部を撃ち抜かれたガレオン級が地面に落ちるのを見たナオミは今度はハンドガンで牽制しつつ、クラブの重い一撃でスクーナー級を倒していく。

「本当の意味の新種がいないなら…!?」

グレイブのレーダーがドラゴンのものとは思えない、機動兵器のものと思われる熱源反応を探知する。

するとすぐにその地点からビームが迫る。

「まずい!!」

殺気を感じたナオミがわずかに機体を上昇させ、飛んできたビームが左足を撃ち抜く。

撃ち抜かれたことで裂かれた左足のパーツが火星の大地へと落ちていく。

もし少しでも動きが遅れていたら、今のビームでコックピットが焼かれて肉体も残らなかっただろう。

メインカメラがビームを撃ってきた機動兵器の姿を映す。

黒い4枚羽根のようなバックパックをつけ、黒を混ぜたピンクの装甲をしたほっそりとしたシルエットで、大きさはパラメイルとほぼ同じと言ってもいい。

右腕には実体剣が備え付けられ、左腕につけられている砲台を見ると、おそらくはそこからビームを撃ってきたものと思われる。

その機動兵器はパラメイルと同じく、フライトモードへと変形していくと、片足を失ったナオミのグレイヴを歯牙にもかけずにヴィルキスがいる方向へと飛んでいく。

「あのパラメイル…ドラゴンと関係があるの…?ああ、アンジュ!!アンジュ!応答して、アンジュ!!」

シンギュラーが収まったにもかかわらず、いまだにジャミングが発生しており、ヴィルキスと通信を繋げることもできない。

(アンジュ…お願い、無事でいて…ごめん!!)

姿勢制御を行いながら、ナオミはあの機動兵器のことを伝えることができないことを心の中でわびた。

 

「よし…!これで5匹目!」

ラツィーエルでドラゴンの心臓部分を一突きしたアンジュは不敵な笑みを浮かべる。

だが、ドラゴンだけでなくここには火星の後継者の機動兵器もいる。

地上からグラビティブラストが飛んでくる。

砲台替わりに配置されたマジンの姿があり、ヴィルキスを撃ち落とすために再びグラビティブラストを発射しようとする。

「まったく、こういうヒーローものを戦いに持ち込まないでよ!…別の熱源!!」

飛んできたビームを横に機体を動かして回避し、流れ弾を受ける形で射線上にいた積尸気が撃ち抜かれる。

「ビーム!流れ弾じゃない…これって!!」

熱源センサーだけで見ると、モビルスーツのビームライフルレベルの火力だが、問題なのは急速に接近してくるその反応だ。

メインカメラで見えたのはフライトモードになっている赤いパラメイルで、一瞬ヒルダのグレイヴかと思ったが、彼女の機体の色と比較するとその色は暗く、彼女のものではないと判断で来た。

それよりも重要なのはその機体がビームを撃ったことだ。

「パラメイルが…ビーム!?」

パラメイルの出力でビームを使うなどありがない話だ。

驚きにより一瞬反応が遅れ、それをつくかのようにそのパラメイルがアサルトモードに変形する。

そして、右腕の剣で切り付けて来て、ヴィルキスと鍔迫り合いを始める。

「パラメイルがなんでメイルライダーを攻撃するのよ!?というより、私たち以外のパラメイルが火星にいること自体…おかしな話だけど!!」

どうにか赤いパラメイルから離れたヴィルキスがアサルトライフルを放つが、ブラックサレナにも匹敵するそのスピードで弾丸を避けていき、ヴィルキスに狙いを定めた2体のスクーナー級が口からビームを放とうとする。

「しまった!!」

やられる、と思ったアンジュだが、2匹のスクーナー級をビームの雨が側面から襲い、ハチの巣になった2匹が地表へと落ちていく。

「黒いダルマ…あの機体、動けたの??」

「はあ…Eパック1つじゃあ、これで弾切れかよ」

空になったEパックが切り離され、予備のEパックを取り付ける。

ドラゴンそのものは初めて見る竜馬だが、月面戦争でそれよりもグロテスクな生物であるインベーダーを見たことがある。

その生き物と比べると、ドラゴンなんてかわいいものだ。

「オラオラァ!いくらでもかかってきやがれ!俺とゲッターが相手になってやる!!」

スラスターを吹かせてスクーナー級に迫り、質量のある拳を叩き込んで粉砕する。

ドラゴンたちを撃破する大型機動兵器に赤いパラメイルの注意が向く。

「よそ見なんて…余裕ぶってんじゃないわよ!!」

その隙にラツィーエルでコックピットを一突きしようとする。

だが、その瞬間赤いパラメイルのメインカメラがアンジュに向き、右手の剣が展開して鞭のようになり、それがヴィルキスの右腕を絡めとる。

「アンジュ!!うおお!!」

拘束されたアンジュに気を取られた隙をつかれ、ゲッター1がガレオン級の体当たりを受けて吹き飛ばされる。

そして、ガレオン級に追随するスクーナー級が3匹一斉にビームを放ち、起き上がろうとするゲッター1を容赦なく襲う。

「うおおお!!」

「くっ…竜馬をやらせるわけには!」

攻撃を受ける竜馬を救援しようとする鉄也だが、彼の周りには多くのドラゴンがいて、彼らへの対応で手いっぱいな状態だ。

とても竜馬を助けに行ける状態ではなかった。

そんな中で、また新しい反応をグレートマジンガーが拾う。

「このエネルギー反応…まさか、アールヤブというやつか!!」

この世界は容赦なく自分たちに試練を与えようとしているのか、前の世界でもこの世界でも遭遇したガーディムの軍勢が火星の大地に姿を現す。

出現したアールヤブ達にドラゴンたちは動揺するが、火星の後継者にとっては味方を殺された因縁の相手でもある。

積尸気やバッタがガーディムの軍勢への迎撃を開始した。

 

「くそ…ガーディムまで登場って、戦争バザーかよ!!」

火星の後継者、ドラゴン、そしてガーディム。

いずれも今の自分たちにとっては因縁のある相手のオンパレードにさすがのソウジも表情が凍り付く。

4つの軍勢が入り乱れ、刃を交える状況で、チトセがあの反応を拾う。

「ソウジさん!来ます、例の機動兵器です!!」

「やっぱり、そうだよなぁ!!」

ビームサーベルを抜くと同時に、急速接近してくる機動兵器に機体を向ける。

やはりまっすぐにこちらへ飛んできたのはブラーマグで、両腕のビームサーベルとつばぜりあう。

最高速度の状態で突っ込んできたこともあり、ヴァングレイが押される形となっていた。

「グーリーか!!」

「覚えていたとは光栄だな」

「悪いが、今の俺たちはテロリストと化け物相手に忙しいんだよ!チンピラは引っ込んでな!!」

頭部バルカンを撃ってカメラに少しでもダメージを与えようとするが、まるでそのことが分かっているかのようにブラーマグが真下へと機体を無理やり移動させてよけてしまう。

「くっそがぁ!!」

「ヤマトを戦闘不能にしろ、というオーダーだ。相手になってもらうぜ…劣等種族」

「まともな自己紹介もできんような奴にはご自慢のスピードで退場してもらうまでだ!!」

「キャップ、姉さん!ブラーマグの装備が一部追加されています。前と一緒だと思わないでください!」

「いけ!!」

ナインの警告が飛んだのとほぼ同時に、ブラーマグの胴体側面の装甲が一部展開し、2本爪のクローが先端についたワイヤーが飛ぶ。

クロー後部には小型のスラスターが取り付けられており、それがヴァングレイに向かって急速に飛んでいく。

クローの1つがビームサーベルの基部を貫き、もう1つがシールドをかすめる。

「ちっ…ヴァングレイのビームサーベルは1本しかないんだぞ!!」

「ソウジさん、ワイヤーを切って!!」

追加武装で、仮にその武器がアンカークローだと仮定するとその貫通力とスピードは大したものだ。

だが、そうした武器はワイヤーが切られると使えなくなるのが関の山。

チトセの言葉通り、ビーム砲を展開し、それで伸びきったワイヤー2本を打ち抜く。

ワイヤーを失った2本のクローは制御を失うものと思われた。

「思わぬ武器でびっくりしたが、これなら…」

「…!違います、キャップ、姉さん!まだあの武器は死んでいません!」

「なに!?うわ!!」

どこからか飛んできたビームがヴァングレイの装甲に命中すると同時に大きな衝撃がコックピットに走る。

ブラーマグとは全く違う方向から飛んできたそのビームをナインが逆探知する。

撃ってきたのはあのクローだった。

「ファンネルだってのかよ!?」

「けど、違います。ファンネルとは…違う…」

「だろうな。あのグーリーって野郎がニュータイプなわけがねえだろうし…」

ストライクフリーダムのドラグーンシステムやΞガンダムのファンネルミサイル、ダブルオークアンタのGNソードビット。

これらのオールレンジ攻撃が可能な兵器が使われたとき、チトセはそれらから思念のようなものを感じ取ることができた。

だが、あの兵器からはそのようなものを一切感じ取ることができなかった。

おそらくはガーディムのこうした兵器はニュータイプのような脳波は必要ないのかもしれない。

「よそ見はさせねえ、俺のスピードで切り刻んでやる!!」

2基のクローを制御しているにもかかわらず、ブラーマグは一切スピードを緩めることなく両肩からビームサーベルを展開し、すれ違いざまのヴァングレイを斬ろうとする。

どうにかレールガンを連射してそらそうとしたが、撃つ前に再びクローのビームが飛んできて、レールガンを破壊されてしまった上に、真正面からのブラーマグの突撃を許してしまう。

「うおおおお!!」

「キャアア!!」

「まだだ!もう1発で!!」

懐に飛び込んで切り裂いたと思ったが、ギリギリのところで左腕もろともシールドで防御をして直撃を免れたようだ。

切り離されてはいないものの、ヴァングレイのシールドと左腕はめった刺しにされたかのようにいくつもの破損個所が見受けられる。

そのせいで左腕がヴァングレイの操作を受け付けない。

期待を急速反転させたブラーマグが再び切り裂こうとするが、どこからか飛んできたビームがそれを妨害する。

「ちっ…」

「ソウジさん、チトセさん!!」

ヴァングレイの危機を見たキラが駆けつけていて、ヴァングレイの周りを飛び回るクローを抑えるためにドラグーンを展開する。

ドラグーンから放たれるビームを2発受けたクローだが、GNソードビットと同じく耐久性も考慮に入った設計がされているようで、それだけでは破壊には至らなかった。

また、ヴァングレイを狙っているのはブラーマグだけでなく、バッタもミサイルを発射しており、キラはドラグーンのビームを使ってヴァングレイを覆うようにビームの網を作り出す。

ビームの網に触れたミサイルは爆散し、クローも網を解除したドラグーンのビームを避けて一度ブラーマグの周辺まで下がる。

「大丈夫ですか、ソウジさん、チトセさん!!」

「キラか!悪い、助かったぜ…」

「気を付けて、キラ君。ブラーマグ、さらに手ごわくなっているわ!」

「クローは僕がなんとかします。お二人はあの機体に集中してください」

ブラーマグの近くまで戻ったクローだが、ストライクフリーダムのドラグーンとは異なり、機体に収容される気配がない。

おそらくはνガンダムのフィン・ファンネルと同じく収容および再充電ができないタイプなのだろう。

だが、そうしたタイプのものは耐久性や稼働時間が長いものになっている場合が多い。

「味方が助けに入ったか…。だが、やることは変わらねえ!まとめてかかってこい!!」

2対1になったとしても、スピードで相手を切り刻んで任務を遂行するというグーリーの流儀に変わりはない。

再びクローがヴァングレイに狙いを定めて飛んでいき、その2基をキラがビームライフルでけん制し始めた。

 

「ヒカル!イズミ!死角を作るなよ、作った瞬間やられちまう!!」

「了解!」

「焦るんじゃないよ、リョーコ」

リョーコを筆頭とした3機のエステバリスカスタムが背中を向けあい、ラピッドライフルで北辰衆を迎撃する。

北辰衆の技量と機体性能については既にルリから聞いているとはいえ、やはりその戦闘能力は実際に戦ってみると嫌というほど感じてしまう。

圧倒的な機動力とまるでこちらの攻撃の勢いを利用しているかのような奇妙な動きでいずれの攻撃も紙一重でかわし続けている。

おまけに、以前アキトとソウジによって2人倒されているはずなのに、この場には再び6機が集まっている。

六連のうちの1機がミサイルを発射してきて、それをヒカルのラピッドライフルが撃ち落とす。

「こんな奴らと戦い続けていたのか。アキトは!そして、こんな奴らのせいで…!!」

改めてアキトの幸せを奪い、まるで自分たちをもてあそぶように戦いを繰り広げる北辰たちへの怒りが燃え上がり、操縦桿を握る手に力が入る。

それもまた相手の意図しているところだというのは分かっているが、それでも怒らずにはいられない。

(悪いな…感情をコントロールできそうにねえ。仲間の幸せを奪った野郎を前に、怒れねえ奴なんていねえ!!)

 

「北辰!!」

「フッ…」

遺跡にほど近いところでは夜天光とブラックサレナがディストーションフィールドをぶつけ合う。

接触したことで回線が開いており、モニターに映る不敵な笑みを見せる北辰にアキトは歯を食いしばる。

「よくぞ、戦いの準備を手伝ってくれた。愉悦きわまる戦場だ…」

「やはりな…この状況を作るためにわざと情報を…!!」

火星の後継者の基地に関する情報は万丈と共に火星で情報収集する中で偶然手に入れたもので、メガノイドの基地の近くに墜落していた無人輸送機の中に残っていた。

盗難防止のための仕掛けもなく、手に入れた時から万丈と共に情報を怪しんでいた。

確かにここに配備されている兵器や人員などは情報通りだ。

そして、今の北辰の言葉で再び自分が北辰の手で踊らされていたことを感じ取ってしまった。

「かつての仲間、ソレスタルビーイング…異世界の兵器たちにドラゴン。この戦いは混沌に満ちている。今のこの世界と同じように。この混沌こそが我らの戦場。我らが愉悦!!」

ガーディムについては想定外だったが、結果として混乱した戦場を生み出す助けとなった。

その中でアキトに必死に自分にしがみつかせ、最後は愛するユリカを救うことができずに絶望のままになおも追い続けなければならない。

生かさず、殺さず、楽しみの道具にする。

北辰にとって、火星の後継者もメガノイドも地球もすべて、何もかもがそれだ。

アキトはその玩具の一つに過ぎない。

「貴様らの戦場など知るものか!ユリカを返してもらうぞ!!」

「フハハハハハ!!天河アキト!もはや貴様は私のものだ!」

距離を置くと同時にミサイルとハンドカノンの応酬が始まる。

近接戦闘でも遠距離戦闘でも有効打を与えることはできない。

いや、本来であれば北辰が有効打をすでに与えているはずだ。

彼の技量は圧倒的で、1対1で戦ったとしても、彼に勝てる保証がどこにもない。

北辰にとって、その殺しあいすら遊びであった。

 

「ヤマトはやらせん!!」

加藤のコスモファルコンからはなられる機銃がヤマトに対艦ミサイルを放つバッタの集団を撃ち抜いていく。

ヤマト周辺には勇者特急隊とクロスボーン・バンガード、そしてヴァングレイを除くヤマト航空隊が防衛に回り、迫るガーディムや火星の後継者、そしてドラゴン達に迎撃する。

小型のドラゴン相手にショックカノンをはじめとした主砲を当てることは難しく、接近される前に機動兵器で倒すのが最善だ。

「ドラゴンのことはトビアから聞いていたが…まさか、ガンダムでモンスターと戦うことになるなんてな!!」

ビームザンバーでスクーナー級の大きな刃物のようになった翼を切り裂き、バルカンで胴体を撃ち抜く。

ドラゴンの返り血が装甲を汚し、灰熱処理と共に主に胸部や首、顔の装甲に付着した返り血を焼いていく。

血に濡れたその姿はまさにクロスボーン・ガンダムの名に似合う、血塗れのドクロと言えた。

「隊長、すみませんね。残弾が少ない。一度戻ります!」

「戻っている途中に撃ち落とされるなよ、篠原!ヤマト!!コスモ・ゼロの出撃準備はどうなっている!!」

「ゼロ2番機の出撃準備は完了している!カタパルトに搭載した!ツヴァルケとのエレメントだ!」

「ツヴァルケ…直せたみたいだな」

加藤の脳裏にスクラップ同然となったツヴァルケの姿と傷だらけになったメルダの姿が浮かぶ。

ヤマトを守るために火星の後継者と戦い続ける姿を見た今なら、加藤達はメルダを信じることができる。

口には出さないが、島も同じで、ツヴァルケの修理に使える資材がないか、アマテラスで探し回ってくれていた。

そして、EX178の生き残りのザルツ人兵士たちも元の世界へ戻るまでになる可能性は高いとはいえ、力を貸してくれている。

今のヤマトには地球とガミラスの垣根はない。

共に生きて帰るために団結していた。

 

-ヤマト 格納庫-

「ディッツ少尉、ご武運を!!」

ザルツ人整備兵たちに見送られる中、赤いツヴァルケが発進準備に入る。

彼らの敬礼したメルダは蘇った愛機の操縦桿を握る。

火星の後継者との戦闘が想定されているためか、両翼の30ミリ機関砲が実弾形式のものに換装されており、若干の機動力が犠牲となっている。

ただ、修理するには元の機体の性能以上にしようという整備兵たちの頑張りやブラックボックス状態で、唯一修理不能となっていたエンジン部分をコスモファルコンの予備のものと交換したことで若干出力が上昇している。

「メルダ・ディッツ、ツヴァルケ改、出るぞ!!」

投下されたツヴァルケがヤマトの前に出て、さっそくボソンジャンプで接近してきた積尸気の対艦ミサイルを機関砲で攻撃する。

発射シークエンスに入っていた対艦ミサイルが爆発し、それに巻き込まれた積尸気も粉々に吹き飛んでいく。

だが、ここにいるのは火星の後継者だけでなく、アールヤブが下部のコンテナをミサイル代わりに射出する。

その破壊力は実際に戦ったことのあるヤマトの面々にはわかっていることで、それはヤマトの1番砲台に向かっていた。

「玲!!」

「分かっているわ!!」

専用カタパルトから出撃済みの玲のコスモ・ゼロが圧縮ビームの機関砲と機銃で一斉射する。

耐久性の高いコンテナだが、地球側では最新鋭機と言えるコスモ・ゼロの一斉攻撃に耐え切れず、わずかにスパークした後で爆発した。

「アールヤブという奴は任せて!メルダは火星の後継者を!」

「分かった!!」

 

「うおおおお!!」

トビアのX3が地上のマジンをムラマサブラスターで両断する。

大型の実体剣を握るX3であれば、ディストーションフィールドで守られているマジンの堅牢な装甲に対抗することができる。

ただ、マジンを守る機動兵器も存在し、火星の後継者が持つGN-XⅢがGNビームライフルを撃ちながら接近してくる。

「くっ…!!」

左手のIフィールドを展開し、避け切れない分を受け止めるが、この混沌とした戦場では少しでも背後に隙ができると命取りになる。

アヘッドが背後に迫り、その手に握るGNビームライフルにエネルギーが収束されていく。

「しまった!!」

X3のIフィールドは背後まで守ることはできない。

通信機にノイズと共に古代の声が聞こえた気がしたが、その内容に集中することはできなかった。

だが、そのビームは放たれることがなく、上から飛んできたビームでGnビームライフルが撃ち抜かれ、爆発する。

「ビーム!どこから…というより!!」

ビームの出力で近いとしたらモビルスーツで、しかもバタラのもの。

メインカメラを上に向けると、そこにはダナンに搭載されていたと思われるドダイ改に膝を乗せる形で乗っているバタラの姿があった。

「トビア・アロナクス…」

「君は、確かエリン・シュナイダー…」

モニターに映る、航空隊のノーマルスーツで身を包んだ彼の姿。

キンケドゥが冥王星で捕虜にした木星帝国の少年兵。

彼の名前や身の上にことは尋問を行った星名から聞いている。

そんな彼がその時に鹵獲し、解析に回されたはずのバタラに乗ってどうしてここにいるのか。

「俺は許せない…。トビア・アロナクス。総統を殺して、姫様を…テテニス様の心を奪った貴様のことが」

木星のタカ派やドゥガチに縛られた人々からのクロスボーン・バンガードへの、特にトビアへの憎しみは相当なものだということはベルナデットから聞いている。

投降を拒否し、差し違える覚悟でキンケドゥの両目をえぐろうとしたのだから、自分たちへの不信感は根強いだろう。

「けれど、ここで殺しあったとしても、地球を滅ぼすことはできない…。総統の意思を叶えることはできない…」

ふつふつと燃え上がる感情を奥歯でかみ砕きながら、エリンは口を開く。

エリンの脳裏に浮かぶのはこの世界にある青々とした自然あふれる地球ではない。

ガミラスの攻撃により傷つき、静かに死の時を迎えようとしている地球だ。

ドゥガチが憎み、滅ぼそうと願った星とは違う。

「そして、俺が帰るためには…お前たちの力が必要だ…だから、今は、帰るまでの間だけは、力を…貸してやる」

噛み砕いた憎しみを唾と共に飲み込み、宣言し終えたエリンはドダイ改を加速させ、上空にいるコスモファルコン達の救援に回る。

(あいつ…)

背を向け、飛び去っていくバタラを見つめるトビアは呆けた様子を見せていた。

あれほど憎んでいた彼が思わぬアクシデントがあったとはいえ、一時的なものになるかもしれないとはいえ、憎しみを飲み込んで矛を収めた。

多くの木星帝国の兵士たちと戦い、妄執に囚われながら死んでいくのを2年前からずっと見続けていたトビアは内心、彼らを変えることをあきらめかけていた。

(人は…変わることができるのか…?)

「トビアさん!」

舞人からの通信が聞こえるとともにボソンジャンプしてきた積尸気がシグナルビームで撃ち抜かれる。

「舞人!?」

「何をやってるんですか!?まだ敵はいるんですよ!」

動輪剣を抜いたマイトガインがまだまだ地上に残っているマジンに斬りかかる。

まだまだ敵が残っている中で、今は感傷に浸っている場合ではない。

トビアは再びモニターに映る周囲の光景に気を配り、撃墜すべき相手にむけてX3を加速させた。

 

「くっ…」

「その程度か?天河アキト。時を重ね、闇と血を重ねてもなお、この程度…」

2機の戦いは続き、次第に旗色が見えてくる。

これまで1人で戦っていた時とは違い、北辰衆についてはリョーコ達に任せていることからアキトは北辰1人に集中することができる。

しかし、それでも北辰の技量は圧倒的だ。

彼の駆る夜天光もまた、北辰専用に仕上げられつつあった。

コクピット周辺にしか展開することのできなかったはずのディストーションフィールドが機体全体を覆えるようになったいる。

「ならば…今の貴様に決して越えられぬものがることを教えてやろう…抹消!」

「何…!?」

目の前の夜天光の赤いボディが徐々に消えていき、赤い大地と同化していく。

モニターにだけでなく、センサーも夜天光の反応が消失していった。

「馬鹿な…ミラージュコロイドだと…!?」

ユニウス条約によって軍事利用に制限がかかっているシステム以前に、アキトはそれが夜天光に使用できているという現実が衝撃だった。

3年前にユニオンが開発したブリッツのようなモビルスーツクラスが膨大な電力を使用しなければ使用できないはずのシステムだ。

その半分程度の大きさでしかない夜天光が百歩譲って使うことができたとしたら、短時間のものになるだろう。

だが、それでも北辰の技量と更に傀儡舞が組み合わさるとどうなるかは明らかだった。

「どこを見ている?」

「ぐっ…!!」

あいさつ代わりと言わんばかりに背後に現れた夜天光が錫杖でまずはブラックサレナのアンカー・クローを基部から斬り飛ばす。

反転したブラックサレナがディストーションフィールドを展開し、突撃しようとしたときには再び夜天光の姿が消え、むなしく空を切る。

更に今度は真下に現れた夜天光がディストーションフィールドを展開して突撃する。

「フハハハハハハハ!!!」

北辰の笑い声と共にコックピットを激しい衝撃が襲う。

展開しているディストーションフィールドのおかげで機体へのダメージは軽微だが、突き飛ばされたブラックサレナが回転しながら火星の地に転落する。

ディストーションフィールドが消えた状態で地面に激突し、警告音がコクピット内で響く。

「くそ…!ここまで来て…!!」

先ほどの激突によってバッテリーに不調が生じ、ディストーションフィールドの展開が不可能となってしまった。

ブラックサレナの最大の武器が封じられ、アンカークローも破壊されている。

残るハンドキャノンでは、夜天光を捉えることはできない。

「これまでのようだな、天河アキト。見てみろ、貴様が導いた者たちの末路を。見ろ、これが貴様が生み出した結果だ」

「これは…!!」

ブラックサレナのモニターに傷つく仲間たちの姿が映し出される。

おまけに再びシンギュラーが発生し、追加のドラゴン達がやってくる始末だ。

「無様だな、叢雲総司、如月千歳!!一度は俺を撤退させた貴様らの実力がこの程度だなんてなぁ!!」

「そんな…あのクローを封じても、これなの!?」

「キャップ!推進剤の残量残り30パーセントを切りました!レールガンの残弾ももう…!」

「くそったれがぁぁぁぁ!!」

腹の底から叫びながら、ソウジは迫るブラーマグにビーム砲を連射する。

しかし、今のブラーマグは機動力も反応速度もヴァングレイを上回っていて、有効打を与えることができない。

「ソウジさん、チトセさん!!くっそぉ!!」

ドラグーンと何度も遭遇してきたキラですら、2基のクローに苦戦していた。

ブラーマグから分離してからそれなりの時間が経過しているにもかかわらず、何度もライフルを受けたにもかかわらず、いまだに飛び続けており、反応速度も高い。

ソウジ達とのスピード勝負に集中しながらのこの制御に、彼の軍人の範疇を越える何かを感じずにはいられなかった。

「嘘!嘘!!なんで、なんで弾が出ないの!!」

何度も引き金を引いているにもかかわらず、バックパックのレールガンから発射されるはずの弾丸が出る気配がない。

既に弾切れになっており、アサルトライフルが残っているが、混乱するクリスにはそれを判断する余裕が残っていなかった。

周囲にはドラゴンや機動兵器が飛び回り、本来ならカバーに入るはずのヒルダも迫りくるスクーナー級たちへの対応に忙殺されていた。

そして、ヒルダ達を突破したスクーナー級が翼を刃にして襲い掛かる。

「キャアアアア!!」

「クリス!!」

済んでのところでジャスティスが駆けつけ、スクーナー級を蹴り飛ばすとビームライフルで撃ち抜く。

「アスラン様!!」

助けられたことに安堵するクリスだが、最悪な状況であることには変わりない。

数を増していくドラゴンに多くの機動兵器。

おまけにドラゴンと共に現れた機動兵器はアンジュに狙いを定めているようで、その機体の性能はヴィルキスを上回っている。

「ディストーションフィールド出力20パーセント低下!!ミサイル残弾残り38!艦長!!」

「トレミーがカバーしてくれています。まだ動けます」

冷静に答えるルリだが、彼女も今の好ましくない状況を覆す手段を出しあぐねていた。

せめて、囚われているユリカだけでも救い出して火星から離脱することだけでも成し遂げたい。

アキトの願いをかなえるためにも。

だが、それすら許されないのか、新たな事態が発生する。

「シンギュラー発生!また新しいドラゴン…いえ、これって!!モニターに拡大します!!」

シンギュラーによって乱れながらも、オモイカネが修正した映像が表示され、そこに映し出されたのは6機の黒いパラメイルの姿だった。

細かい部分までは見ることは難しいが、その姿はヴィルキスそっくりだった。

「これは…一体…」

 

「どうだ…また新たな混沌がやってきたぞ。もはや貴様らに乗り切る術はない。見届けるがいい、天河アキト。仲間たちの末路を…」

「…!!!」

また、あの惨劇が目の前で繰り返されるのか。

次々とテロリストの手にかかって死んでいく人々、実験台とされていき、心を壊され、死んでいくジャンパー達。

思えば、3年前の大戦でも、似たような悲劇と目の前に遭遇し、何もできなかったこと、そして自分たちの手で招いてしまったこともあった。

これ以上、そのような悲しみを繰り返させないために、ボロボロになった体に鞭を打ってリアクトシステムを手に入れ、ブラックサレナを使いこなし、木連式・柔を習得したにもかかわらず、今の自分はどうだ。

北辰1人を討つことができず、ユリカすら救い出すことができない。

「そうだ…貴様は何も変わっていない。今のお前は愛する者を救えなかった時のままだ」

まるで自分の心を見透かしたかのような北辰の言葉に唇をかみしめる。

「あきらめるな、アキト!!」

万丈の声が響くとともに、ダイターンジャベリンが北辰めがけて飛んでくる。

軽々とそれをよけた北辰はジャベリンを投げたダイターン3に目を向ける。

「我を追いかけてきた修羅がもう1人。この男の代わりに私を討つか?」

「本当であれば、そうしたい…。だが、貴様を殺すのはアキトの役目だ。アキト、まだ誰もあきらめていないぞ!君はもう、一人じゃないんだ!」

「万丈…」

 

「どうやら、これで終わりのようだな…。倒れて、もらう!!」

ビームサーベルでコックピットを貫くべく、一直線にブラーマグが突っ込んでくる。

「チトセちゃん、ナイン!!ヴァングレイの装甲と破損した武装をパージ!!」

「ええっ!?そんなことをしたら…」

「動ける最低限の武器と装甲が残ればいい!やれ!!」

「もう…どうなっても知りませんよ!!」

このまま座して死ぬよりも、何か抵抗した痕跡を残すべく、チトセは覚悟を決めてコンソールを操作する。

同時に、ヴァングレイの装甲が次々と排除されていき、吹き飛んだ装甲と武装が周囲に飛んでいく。

「装甲排除!?だが…!!」

今のスピードで少しでも飛んできた装甲をかすめたら機体が損傷する。

しかし、この程度の障害物は多く経験してきたこと。

スピードを緩めることなく、最適なコースを経験とデータから割り出して潜り抜けていく。

そして、肉薄しようとするヴァングレイにビームサーベルを突き立てようとしたが、その刃をビーム砲から展開したビームサーベルで受け流す。

更に、スラスターを全開にしてブラーマグに迫り、鍔迫り合いを演じる。

「やってくれるな…軽くしたことで、スピードだけでも、ブラーマグと互角に…!!」

しかし、ほとんどフレームのみの状態で最大稼働した場合の負荷は大きく、長時間の戦闘に耐えることはできない。

仮にブラーマグをそれで倒すことができたとしても、そこから後が続かないのは明白だ。

だが、今のソウジにとってはそれで十分だった。

「うおおおおお!!」

「いいぜ、いいスピードだ!!」

ブラーマグとヴァングレイのビームがぶつかり合い、距離を置くのを繰り返す。

今のヴァングレイのスピードでは、ビーム砲での攻撃は無意味だと考えているのか、ブラーマグはビーム砲を撃つ気配はなく、ビームサーベルを展開し続けている。

再びぶつかり合おうとする中、急にビーム砲のビームサーベルが消え、それすらも強制排除される。

そして、より自由になった両腕を伸ばし、ブラーマグの両腕をつかんだ。

「ヘッ、だがこれでどちらも…」

「いいや…動きが少しでも止まれば、俺たちの…勝ちだぁ!!」

「何!?」

真上へ飛んだビーム砲を強制排除されていなかったサブアームがつかみ、砲口がブラーマグに向けられる。

そして、残されたエネルギーを充填して、ブラーマグに撃ち込まれた。

貫かれたブラーマグのビームサーベルが消え、ヴァングレイが両腕を離すとゆっくりと地上へと落ちていく。

「おい…てめえら…」

「ハア、ハア、ハア…なんだよ…」

疲れ果て、ヴァングレイもダメージが大きかったためか地上へ降りるとブラーマグから音声のみの通信が流れる。

「いい…スピード、だったぜ…」

通信が途絶するとともに、ブラーマグが爆発する。

ヴァングレイもまた、フレームのみでの最大稼働のツケが回ったのか、各部から警告が発するとともに、サブアームが握っていたビーム砲が地面に落ちる。

ブラーマグをたおしたとはいえ、それを脅威と判断したアールヤブや火星の後継者の機動兵器たちが押し寄せてくる。

両者にとっての脅威であるヴァングレイはいま、動けなくなっている。

倒せるとしたら今を逃してはならない。

暗黙の了解のように双方は銃を向けあうことなく、相手はヴァングレイに集中する。

「くそ…うごけねえか…。ナイン、チトセちゃん!どうなんだ!!」

「だめです…。動きません」

「キャップ、姉さん…」

「できれば、やりたくないけどな…」

ソウジが目を向けたのは操縦桿下に隠されているテンキーだ。

ナインから聞いてことで、これがヴァングレイの自爆装置だ。

最悪これを使って周囲の敵部隊を道連れにすることはできる。

しかし、それにチトセを巻き込むわけにはいかない。

それに、チトセは脱出を拒否するかもしれない。

(何か手があるはずだ…俺たちが無事に出られる手段が…!)

「…なに??声…??」

「どうした、チトセちゃん。またニュータイプの…うん??」

(…ト…守…る…)

通信機からではない、直接脳から声が聞こえてくる感じがした。

最初はチトセしか聞こえなかったが、ソウジにも聞こえてくる。

「女の子の声か…?」

「キャップ、姉さん。どうしたんですか?声なんて聞こえませんよ?」

「ううん、ナイン。聞こえる…聞こえるのよ。女の人の声が!!」

 

「ちぃ…」

北辰の脳裏にも声が聞こえ始め、その声に北辰は珍しく舌打ちする。

一方のアキトはその声に唇を震わせる。

「ユリ…カ…」

もう長い間聞いていないが、聞き間違えるはずがない。

その声はアキトの最愛の女性であるユリカの声だ。

急に視界がコクピットの中から青く光る宇宙へと変わっていき、目の前に青い髪の女性の白い幻影が現れる。

その幻影が両腕を伸ばし、アキトの頬に触れる。

(アキト…私のことをいっぱい守ってくれた…。いっぱい、愛してくれた…。だから、今度は私の番)

「ユリカ…」

(アキトは…私が守るから…)

「ユリカ…待て!?」

急にユリカの幻影が離れていき、立ち上がったアキトが手を伸ばす。

しかし、間近までいたはずのユリカはもう既に遠くに離れており、どんなに伸ばしても届かない。

離れていくユリカのそれでも伸ばそうとするアキトの手。

もう合わせる顔がないと思っていたのに、今の自分はそんな自分をあざ笑うだろうが、今はそんなことは関係なかった。

(大丈夫…泣かないで、アキト。私たちは…必ずまた会えるから…)

「ユリカーーーーー!!!」

一気に視界が冷たいコクピットの中へ戻っていき、それと同時にモニターに映る景色がゆがみ始める。

「これは…なんだ!?」

ビームライフルでアールヤブを牽制するアムロもまた、景色のゆがみと共に何かの思念を感じ取る。

いや、感じ取っているのはνガンダムのサイコフレームであり、それをアムロが認知したに過ぎないのだろう。

その思念と共鳴するかのように、νガンダムの機体各部から緑色の粒子が発生する。

「これは…何だ?ラムダ・ドライバが…!?」

宗介も何か敵意のないものが放たれたと感じると同時に、なぜか動き出すラムダ・ドライバに動揺する。

「これは…アムロ大尉のサイコ・フレームがアキトとユリカ艦長をつなげているのか…!?」

刹那のイノベイターとしての感性がそれが引き起こす事態を訴えるが、その意味を言葉にできず、何が起こるのかすら理解できない。

それを理解できる唯一の人物が、ユリカが眠る演算ユニットの前にいた。

「おお…今、御統ユリカと演算ユニットが完全に一つになる!!」

山崎の言葉通り、演算ユニットが発する波動がサイコ・フレームとラムダ・ドライバによって増幅されていく。

そして、青い波動がそこを中心に広がっていく。

「なんだ…この光は?」

波動を受けた機動兵器たちが次々と機能停止していき、地上へと転落していく。

ドラゴン達もまた、波動を受けたと同時に強烈な睡魔を覚えたのか、眠ってしまう。

そして、夜天光の前に力尽きていたブラックサレナが青い光の粒子となって消えていく。

それはソウジ達も同じだった。

(くそ…何が起こっているんだ??俺たちは…どうなっちまうんだ…!?)

光に包まれ、体の力が抜けていくのを感じる中、チトセ達の安否を気にしながらソウジはその疑問を手放すことができなかった。

 

-プラント アプリリウス市 ラクス・クライン執務室-

「お久しぶりです…ラクス姫」

ノックの後で執務室に入って来た茶髪の青年をラクスは自ら入れたお茶でもてなす。

彼を連れてきたバルドフェルドは席を外しており、今この執務室にいるのは彼女と彼だけだ。

「ようやく、お会いできましたね。しかし、その呼び方はやめてください。父であるシーゲル・クラインが暗殺されたことで、私は継承者としての教育を受けていませんから。あなた方のことはデータで見ていましたが…」

プラントへ戻り、議員としての執務をこなす中、ラクスはオーブにいるカガリと共にそれぞれの父が残したエリアDのデータを確認していた。

万が一に備えて暗号化された上に、各地にばらまかれていて、回収と解読に時間はかかったが、それでもある程度のことを知ることができた。

継承者のこと、タスクのこと、エリアDのこと。

知ったからこそ、ラクスはこうしてタスクと会うことができたことを嬉しく思っている。

「決心するまで、時間がかかってしまいましたけどね。でも、俺も最後の一人としての使命を果たすつもりです」

「ヴィルキスが目覚めたから?」

「それもあります。でも、一番の理由は守るべき人を見つけたからです」

「ヴィルキスという力とあなたの想い…それが一つとなるのですね…」

想いだけでも、力だけでも何も変えることができない。

そのことはこれまでの戦いで嫌というほど痛感している。

そして、目の前の彼はその2つを手にし、使命を果たそうとする。

だとすれば、たとえ継承者としての教育を受けていないとしても、彼らを助けて、その行く末を見届ける。

それがシーゲルへの弔いとなることを信じて。

そんな中、急に扉が開くとともにダコスタが入ってくる。

「し、失礼します!ラクス様!火星が…」

「火星…キラが…!?」

 

-神聖ミスルギ皇国 皇宮内-

「…ここに来る前、プラントのラクスから連絡がありました」

「何と?」

「ナデシコとソレスタルビーイングは火星の後継者の本陣を討つべく、火星へ向かったと…」

窓から外の景色を見つめる、白いオーブの軍服に身を包んだ金髪の少女に緑色のソファに腰掛ける、青い中東系の王族用の民族衣装で身を包んだ黒いロングヘアーの女性が見つめる。

金髪の少女が今のオーブの首長であるカガリ・ユラ・アスハであり、黒髪の女性がアザディスタン王国女王のマリナ・イスマイール。

2人とも、2度の大戦の中で数奇な運命をたどった女性であり、火星へ向かう部隊にそれぞれが身を案じる異性が存在する者同士だ。

ただし、カガリは直情的であり、思慮深く、争いを好まないマリナとは正反対だ。

2人は1年前の大戦後の首脳会談の中で知り合い、互いに国の存亡を担う女性であること、戦い以外で解決する手段を模索する者であることから意気投合し、年齢を超えた友人関係となっている。

「これで…戦いは終わるのでしょうか?」

「マリナ様…」

確かに、火星の後継者を討つことでもう1度平和は戻るかもしれない。

しかし、まだまだ世界は混迷の中にあり、火星の後継者はその中の一部に過ぎない。

力で押さえつけたとしても、第2第3の火星の後継者が生まれることもあり得る。

3年前なら、きっと戦うなと言っただろう。

「私は…戦いを否定していますが、戦うことで平和を守ろうとする人々を否定するつもりはありません」

彼女の脳裏に、刹那の姿が浮かぶ。

3年前、スコットランドで同じ国の人間であると自分が勘違いして声をかけてしまったのがきっかけで出会った。

そこで、刹那が今はアザディスタンに併合されているクルジス出身の少年兵であったこと、そしてソレスタルビーイングのガンダムマイスターであることを知った。

だが、彼が戦うのは私欲ではなく、世界をより良い方向へ変えるために戦っていて、そして罰を受ける覚悟があることを知った。

今、マリナの手がきれいなままなのは刹那のように平和を守るために戦う人がいるからこそ。

今ならそう思える。

「私も同じ考えです。私たちは私たちのやり方で平和へ向けて進みましょう」

一度は銃を手にしたカガリだが、戦いの中で自分にしかできない役目があることを知った。

だから今はモビルスーツではなく、重苦しい政治家の椅子で戦っている。

それが今この瞬間にも戦い続けている彼らへの精一杯の礼儀だ。

「そのためにも、ジュリオ陛下との会談をなんとしても成功させなければなりません」

2人がここに来たのは先代皇帝の処刑の真意を問いただすだけではない。

カガリが手に入れたデータの中にあったノーマとドラゴン、そしてアルゼナルの存在。

その謎を突き止めるために、危険を承知でここにいる。

得体のしれない彼らとの接触は当然、反対する人間もいた。

元カタロンで地球連合政府議員であるクラウス・クラードや彼の妻であり、マリナの親友であるシーリン・バフティヤールはもちろん、オーブ五大氏族の1つであるサハク家当主のロンド・ミナ・サハクからも反対されると同時に警告された。

だが、虎穴にいらずんば虎児を得ずという言葉もあるように、誰かが入り込まなければ手に入らないものもある。

そして、2人はなんとしてもこの虎の胃袋から何かを手に入れなければならない。

「お待たせいたしました」

ノックもせずに、クリーム色の制服で身を包んだ青年が入ってくる。

彼の顔を見た瞬間、カガリとマリナは警戒するような眼で彼を見つめる。

事前情報で見た写真にあったジュリオとは全く違う容姿であり、おまけにそれはよく知っている男だ。

薄い水色の髪と眼をした病的なまでに白い肌をした彼は薄紫の薄い唇を釣り上げ、笑みを浮かべる。

「ロード・ジブリール!!なぜ、お前がそこにいる!?」

1年前の大戦でヨーロッパを焼き、プラントを撃ち、あまたの犠牲者を生み出したロゴス当主であり、ダイダロス基地で死んだはずの彼がなぜいるのか?

そして、なぜこの始祖連合国にいるのか?

大きな疑問を浮かべる2人をジブリールは笑いながら見つめる。

「私は生き延びたのですよ。そして、ここにいるのはジュリオ陛下の代理人」

「代理人…?」

「まさか、始祖連合国はロゴスのバックにいたというのか!?」

「ロゴス…?そんな些細なものにこだわっていていいのですかな?」

「何!?」

ロゴス当主として、多くの罪深い所業を重ねてきた癖にどうでもいいように話すジブリールへの怒りに、カガリは拳を震わせる。

だが、たとえ彼をここで殴ったとしても何の問題の解決にもならず、彼のペースに乗せられてしまう。

どうにか深呼吸をし、手の力を抜いて落ち着かせる。

「それより、いいのですかな?今、報告が入ったのですが、火星極冠遺跡で原因不明の爆発が起こったとか…」

「何!?」

「レディが大声をあげるのはあまり好ましくないな」

ジブリールに続くように、黒い礼服に身を包んだ、薄金色のロングヘアーで長身の男性が入ってくる。

ジブリールは彼に頭を下げた後で引きさがる。

「あなたは…?」

始祖連合国の関係者であることは確かだろうが、彼についてのデータはない。

しかし、彼から得体のしれない何かを感じた2人は身構える。

「お初にお目にかかる。私はエンブリヲ。世界の調律者だ」




武装名:2連装クロービット
ブラーマグの両腰に追加装備されていた武装。
ヴェーダのデータ内にあるザフトのNジャマーキャンセラー搭載型試作モビルスーツであるドレッドノートが装備していたプリスティスに近い形をしているものの、26メートルもの大きさを誇るブラーマグに合わせるかのように大型化している。
プリスティスと同じく、エネルギー供給用のケーブルが接続された状態で射出され、切断されたとしてもコントロールすることが可能。
また、GNファングやGNソードビットと同じくビームクロー、または実体クローで攻撃することも可能であり、それに合わせてユニットそのものも強固な設計となっており、少なくともビームライフルを1発受けたとしても持ちこたえる。
そのような兵装をグーリーが使用できることから、彼がニュータイプやイノベイターのような空間認識能力を持っているかガーディムがそれなしでも動かせるオールレンジ兵器を作り出す技術を持っているかのどちらかになるが、チトセがそれから思念を感じ取ることができなかったことから、後者の可能性が高い。


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第43話 赤い海の世界

-ヤマト 格納庫-

「そうだ!ヴァングレイの装甲は一から張替えだ!万能工作機で作っているから、その間にサブアームと武装の総チェックを急げ!!」

「おい!!ハヤブサのガスが足りねーぞ!どうなってんだ!!」

「とにかくいつ出撃になってもいいように準備だ、準備!何かあってからじゃあ遅いんだぞ!!」

榎本やほかの現場上がりの整備兵たちの怒声が響く中、火星の後継者との戦いで傷ついた戦艦と機動兵器のメンテナンスが急ピッチで行われる。

他の戦艦でもそうだが、特に忙しいのはヤマトで、万能工作機も限界ギリギリの稼働で修理パーツを作り続けている。

どこにいるかもわからない中、榎本主導でとにかく手を動かしている状態だ。

その中で、真田がヴァングレイの露出しているフレームの強度チェックを行う。

「やはりフレームのダメージが大きい。急増品の代償か…」

関節を中心に悲鳴を上げているというべき数字の数々を見た真田はこめかみを抑えた後で、ヴァングレイを見上げた。

ソウジ達の話によると、彼らが所属していたという第三特殊戦略研究所にあったようだが、真田にはとてもこのモビルスーツモドキがそこのものとは思えなかった。

その研究所で行われていたのはあくまでもヘビーガンのような小型モビルスーツによる戦略の構築であり、このような試作機の開発とは無縁の場所だ。

そして、乗る人間のことを考えず、耐久性も低いにもかかわらず、リニアシートと全周囲モニターの採用という矛盾。

(これを作った開発者はどういうつもりなのだ…?まるで知識だけを集めただけの人間のものにしか見えないが…)

「真田副長、第一艦橋へお願いします」

「ああ…今行く」

新見からの通信が聞こえた真田はヴァングレイから離れていく。

ヴァングレイの謎をそのままにするのは惜しいが、今の真田にはやるべきことがある。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「赤い地球…」

モニターに映る、今まで見たことのない異様な地球の光景を艦長席に座る沖田が見つめる。

これは気が付き、モニターが回復したときから見えていた光景だ。

海が干上がり、茶色くなってしまった地球を見たときは絶望を感じずにはいられなかったが、この地球もまた、自分たちの地球と同じく死にかけているようにしか見えない。

もし、この世界に何も予備知識もなしに飛び込んだら大きな混乱が起こっていただろう。

幸いなのはこの世界のことを知る人物と既に出会っていること、そしてその世界のことを説明できる人がいることだ。

ドアが開き、その証言者であるテレサ達が入ってくる。

他にも、別の艦から主要なメンバーも集まってきた。

「この世界…ヤマトにとっては3番目の世界となるか」

「みなさん、お時間を戴きありがとうございます。これより、この世界…私たちの世界である宇宙世紀世界のことをお話しします」

宇宙世紀世界、これは新見の提案によってテレサ達の世界に就けられた仮の名称だ。

なお、便宜上ヤマトのいた世界を新正暦世界、先ほどまでいた世界を西暦世界と呼称することになっている。

「私たちのいる世界…宇宙世紀世界でも、ヤマトの皆さんがいた新正暦世界と同様、1年戦争が起こっていました。今から17年前…宇宙世紀0079です」

テレサや宗介、かなめらが生まれた年、地球から最も離れた宇宙都市サイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を仕掛けてきた。

アースノイドとスペースノイドの対立についてはソウジ達も歴史で学んでおり、その隔たりが起こったことはどちらも変わりない。

1年戦争のような両者の対立による戦争が起こるのは不思議ではない。

しかし、問題はソロモン攻防戦が行われた12月24日よりも後、そしてそれ以前に起こったことだ。

「まず、1年戦争の2年前…宇宙世紀0077に、インベーダーが地球とスペースコロニーを襲いました」

「流が戦ったという敵性生物か…」

エンゲラトゥスで戦ったメタルビーストが記憶に新しい。

宇宙空間に漂うバクテリアがゲッター線に寄生し、突然変異を繰り返して進化した化け物。

「しかし、赤い海のことを知らなかった彼が宇宙世紀世界から来たとは考えられません」

しかも、仮にそうだとしたら、竜馬の年齢は本当ならば40以上。

竜馬と年齢が合うわけがない。

「それについては、これからの説明を聞いていただくことで納得していただけると思います」

「続けたまえ…テスタロッサ艦長」

「インベーダーに関してはアースノイドにとっても、スペースノイドにとっても脅威となる存在。そのため、地球連邦軍とジオン共和国へと当時は名称を変えていたサイド3をはじめとしたスペースコロニーが共同でインベーダーと戦いました」

その時に印象付けられたのはジオンの異質さだった。

地球連邦軍が従来の大型ロボットと艦隊による戦いを取ったのに対して、ジオン共和国軍が使用したのはヴァッフというモビルスーツ4機による小隊とミノフスキー粒子だ。

モビルスーツの開発は宇宙世紀0071、存在しないはずのコロニーであるダークコロニーに置いて既に始められていた。

ミノフスキー粒子を用いた技術を採用することで、動力用融合炉の小型化と流体パルスシステムを応用した駆動性能の向上を実現。

その結果、宇宙空間での自在な機動性を獲得し、宇宙戦闘用の艦船や誘導兵器を凌駕する機動兵器としての可能性を提示したヴァッフはまさにモビルスーツの兵器としての価値を証明したものと言える。

ジオンが連邦への牽制のため投入した、戦闘データ収集のためなど、切り札といえるそれらをジオンが月面戦争で投入した詳細については諸説ある。

だが、4機のヴァッフは月面戦争で数多くのインベーダーを撃破しており、サイド3ではそのパイロットであるランバ・ラルと黒い三連星が英雄として扱われている。

ただし、ヴァッフが活躍したのは4カ月程度で、その後のジオンはヴァッフもミノフスキー粒子も使用されることなく、連邦と同じ戦術へと回帰している。

それはそれと同時期に起こった曉の蜂起事件という、ジオンの士官学校生徒によってサイド3の連邦軍駐屯基地が制圧された事件の影響があるとされている。

これは地球連邦政府の監視センターがミスを犯したことで隕石がサイド3の食料生産区域に接触した事故が発生したことで、サイド3の住民の怒りが爆発するとともに反連邦機運が再燃、大規模デモが発生し、それを地球連邦政府が治安出動することで制圧しようとしたことが原因だ。

「そして、連邦軍で大きな戦果を挙げたのが…ゲッターロボです。そして、そのパイロットだったのが…流竜馬で、英雄と呼ばれる存在です。ですが…彼は月面戦争終結直後、ゲッター線研究者であった早乙女博士を殺害した容疑で逮捕、収監されています」

「本人は身の潔白を主張しているがな」

早乙女博士殺人事件については目撃者が彼の子である早乙女元気しかおらず、実際のところは彼が殺害したという物的証拠はなく、あったのは状況証拠だけで、アリバイもなかったためにそうなったと言える。

少なくとも、竜馬とかかわりのある古代やソウジは竜馬の主張を信じている。

「そして、その2年後の宇宙世紀0079、ジオン共和国がジオン公国を名乗り、独立戦争を仕掛けました」

そこで、ザクⅡを中心とした量産可能な人型機動兵器であるモビルスーツとミノフスキー粒子を中心とした戦闘によって艦隊と大型ロボット中心の地球連邦軍が駆逐され、ジオン優勢で戦局は傾いたものの、次第に国力の差が響きはじめ、連邦軍が力を取り戻していった。

それについてはどちらの世界の一年戦争でも同じ。

「しかし、ソロモン攻防戦が行われた後、12月25日からが大きく違いがあります。その日、地球で早乙女博士が突如、地球連邦政府に対して反乱を仕掛けてきたのです」

「待ってください。その早乙女博士は殺害されたはずでは…??なんでこのタイミングに…」

「のちに判明するのですが、彼はインベーダーに寄生されていたのです」

「寄生…??」

「インベーダーは無機、有機問わずに周囲の物質を取り込むことができる性質を持っています。その能力によって、早乙女博士はインベーダーに…」

インベーダーに寄生されてしまったのは早乙女博士だけではない。

彼と共にゲッター線の研究を行っていたコーウェン博士とスティンガー博士もインベーダーに寄生されたことで人格が変わり、彼らの尖兵へと変貌してしまった。

「連邦軍は宇宙に戦力を回している分、早乙女博士への対応が後手に回り、やむなく流竜馬を釈放し、事態の収束を託しました。彼は単独でゲッターロボを駆り、早乙女博士が率いる量産型ゲッターロボといえるゲッターロボG軍団と戦いました。そして、その過程でインベーダーが地球に出現したことが判明したのです。事態を重く見たジャブローの地球連邦高官は早期解決のため、インベーダーの集結地点となっていた早乙女博士の研究所に陽電子ミサイルを撃ち込んだのです。そして…陽電子ミサイル着弾とほぼ同時に、地球をセカンドインパクトと呼ばれる未曾有の大災害が襲ったのです」

「セカンドインパクト…」

「月誕生の契機となった過去の隕石衝突になぞらえて、セカンドの名がつけられた大爆発です。原因は現在も不明ですが、それによって地球には多くの影響が残りました」

「その1つがあの赤い海…ですね」

「はい、海は赤く染まり、海洋生物が絶滅。更にはその爆発による津波などによって南極大陸は消滅。当時の地球の総人口の半数が失われました。また、日本に向けて発射された陽電子ミサイルはセカンドインパクトの影響で起こったと思われる次元震によって消滅しましたが…それは早乙女博士の研究所に貯蔵されていた大量のゲッター線を地球各地に拡散させ、局地的ながら多くの被害を与える結果になりました。そして、記録上ではそこから流竜馬氏が行方不明になっています」

「なるほど…ということは、流は17年前、セカンドインパクトが起こる前に我々の世界に転移したということか」

転移のタイムラグの原因は分からないが、少なくともこれで竜馬がこの世界の住人であることだけは合点がつく。

問題なのは、竜馬だけにそれが起こった理由だ。

宗介やジュドー達についてはタイムラグがほとんどないと言ってもいい。

転移した世界が違うのが原因か、それともセカンドインパクトや陽電子ミサイルの影響が大きいのか、謎が深まるばかりだ。

「それで、ゲッター線というのは?」

スメラギが気になるのはゲッター線そのものだ。

ゲッター1のエネルギー源となり、インベーダーが寄生し、おまけに竜馬曰く3つの世界すべてに存在するゲッター線。

エネルギーの一言では片づけられない何か大きなものと感じずにはいられない。

「ゲッター線は宇宙線の一種です。しかし、大きな違いは生命体を進化させることにあります。ゲッターロボのように、エネルギーとしても使用できますが、過剰に照射すれば生命体や環境を破壊するものとなりえます。もっとも、そのゲッター線の第一人者である早乙女博士が死亡したことで、その研究は停滞しましたが…」

月面戦争におけるゲッターロボの活躍は地球連邦軍では伝説となっており、一年戦争中はモビルスーツよりも量産型のゲッターロボを望む声もあったという。

だが、その量産計画は皮肉にも早乙女博士独力で実現し、その力は反乱という形で実現することになった。

そして、ゲッター線による地球汚染も手伝い、ゲッターロボ及びゲッター線は一部を除いてタブー視されている。

現在もゲッター線の研究は細々とだが、継続している。

もっとも、ゲッターロボの動力源であるゲッター炉心を作れるのは早乙女博士だけで、それを作ることさえできないのが現状だ。

「セカンドインパクトとゲッター線による汚染…地球が壊滅的な被害を受けたとなれば、一年戦争は…」

「戦争継続が不可能となりました。そのため、ア・バオア・クー攻防戦が始まることなく、和平が結ばれたのです」

地球圏そのものの掌握を考えていたはずの当時の総帥であるギレンがそれを応じたのも、壊滅的な被害を受けた地球に対して興味を失ったこと、そして政治的に対立するキシリアをけん制するため、余力を残したかったためと推測される。

和平交渉が行われたのがサイド6であったことから、この世界での一年戦争終戦協定はサイド6条約と言われている。

内容は以下の通りだ。

 

●地球連邦政府はジオン公国の独立を認める。

●地球連邦及びジオン公国双方の戦争責任の免責

●地球連邦軍のソロモン宙域からの撤退及びサイド5宙域のDMZ化

●地球に残存するジオン公国軍の撤退

 

ジオンにとっては独立を勝ち取った、実質的勝利を認めるような内容に、反レビル派を中心に反発する動きがあったものの、地球が受けた被害とそこからの復興を果たすためには戦争を続けるわけにはいかないとレビル将軍が断行した。

その結果として、レビル派の勢いが衰えることとなった。

なお、独立を果たしたジオンもそれを手放しで喜ぶことができたかと言えば、そうとは言えなかった。

「サイド6条約が結ばれた3年後の宇宙世紀0083、デラーズ紛争が起こりました」

「デラーズ紛争…我々の世界にも同じ名前の事件が起こっている。ジオン残党軍の一派であるデラーズ・フリートのテロによってコンペイトウで行われていた観艦式に出席している艦隊が壊滅し、その直後に起こったコロニー落としによって、北米の穀倉地帯が大きな被害を受けたが…」

「名称は同じですが、その内容は全く異なる物です。事の発端はその年にデギン公王が亡くなったことです」

政治から身を引いていたデギンだが、それでも彼の存在は対立するギレンとキシリアが最後の一線を越えない重しとして機能していた。

だが、高齢には勝てず、その年のデギンは病没し、ギレンとキリシアの対立が表面化することとなった。

ギレンは国民からも軍人からも多大な支持を得ているカリスマであるのに対して、キシリアはザビ家の中でも数多くの汚れ仕事を引き受けている立場であり、あらゆる面でギレンに劣っていたものの、フラナガン機関を手中に収めており、懐刀として自らが直轄する元特別競合部隊であるマルコシアス隊やカウンター・ニュータイプ部隊とも称されるエース部隊であるキマイラ隊の存在もあり、ギレンにとっては倒せはするものの戦っては多くの被害を出す可能性を否定できなかった。

そのため、終戦後の3年間のジオンはギレンとキシリアによる冷戦状態であったともいえる。

だが、デギンの死によって最初の引き金が引かれることになる。

彼の国葬が行われた日の演説中、ギレンが急死した。

奇しくもそれはジオン・ダイクンとよく似た死に方だった。

それにより、父デギンと兄ギレンの後継としてキリシアが名乗りを上げ、総帥となった。

それに怒ったジオン公国中将であり、ア・バオア・クー統一軍総帥直属艦隊司令であるエギーユ・デラーズがキシリアがギレンを暗殺し、実権を奪った逆賊であるとげきを飛ばし、ギレン派の士官たちを束ねてキシリアに宣戦布告、これによるサイド3の内部抗争であるデラーズ紛争が幕を開けることとなった。

「戦いそのものは本国を掌握していたキシリア派が勝利しました。しかし、デラーズ・フリートが運用していた大型モビルアーマー、ノイエ・ジールが艦隊指揮を執るグワジンに特攻、乗艦していたキシリア・ザビが戦死し、ザビ家が自滅する結果となったのです」

ザビ家の主だった人物の死により、ザビ家に残ったのはソロモン攻防戦で壮絶な戦死を遂げたドズル・ザビの妻であるゼナ・ザビとその娘であるミネバ・ラオ・ザビのみであり、ミネバは当時3歳の少女であり、ゼナにも実権はない。

そのことからジオン公国はなし崩しで共和制へと移行することとなり、ゼナとミネバはそれに前後するかのように消息を絶った。

内部抗争によってジオンは疲弊したものの、それでも地球復興に忙殺される地球連邦と比較すると余力が残り、更には力を蓄える時間ができてしまった。

「そして、一年戦争から15年後…地球復権を訴える連邦軍のエリート部隊であるティターンズがコロニーに対する強硬策を実施し、それに伴い地球連邦軍内の内戦ともいえるグリプス戦役が起こり、更にはネオ・ジオンと改称したジオン共和国とのネオ・ジオン抗争が起こりました。最初の指導者はハマーン・カーンでしたが、そのハマーンが倒れると、シャア・アズナブルが指導者となって戦争は継続したのです」

「同様の戦いは我々の世界でも起こっている…だが、これほど違うとは…」

特にデラーズ紛争はあまりにも内容がかけ離れており、同じ名称の紛争とは思えない。

おまけにネオ・ジオン抗争については第一次と第二次で別れておらず、期間も離れていない。

「ネオ・ジオンとの戦いは圧倒的に連邦側が不利という状況でしたが、ガンダムを中心とした特殊部隊による一点突破によって指導者を討ち、形としては連邦軍の勝利に終わりました」

「そのような結末では、ネオ・ジオンの国力は維持されたまま…つまり、再び戦いが起こるということか」

赤い海やセカンドインパクトで崩壊した都市の大部分は復興が完了しておらず、連邦が疲弊している状況。

そして、ネオ・ジオンは国力が残っており、再びシャアやハマーンのような指導者が現れれば再び戦いを起こす腹積もりであり、それがあるからこそ連邦も和平交渉の際にネオ・ジオン側にある程度譲歩せざるを得ない形となり、それが対外的に地球連邦政府の弱体化を証明することになる。

また、ネオ・ジオンは正式に独立していること、ギレンがいなくなったことでこれ以上の戦争を起こさないのではという声があった。

だが、ギレンの影響力は死後も大きく残り、特にスペースノイドを優良人種とする思想はその後のネオ・ジオンの戦いをジオン公国独立のためからスペースノイド独立のための戦いへと変貌させていった。

「その通りです。アフリカや東南アジアを中心に地球上でも戦いが起こっています。そして、ネオ・ジオンは地球連邦に対して、再び大きな戦いを起こそうとしているのです…。消息を絶ったシャア・アズナブルの名のもとに」

「我々の世界では、アムロ・レイとシャア・アズナブルは行方不明となり、いまだに2人の遺体すら発見できていない状態ですが…」

「アムロ大尉は西暦世界に転移して、健在でした。でしたら、シャア・アズナブルが健在だったとしても、不思議ではありません」

「生きていたシャア・アズナブル…か…」

沖田もたまに、もしもアムロとシャアが生きて再び表舞台に姿を見せていたらと思ってしまうことがある。

100年前のアースノイドとスペースノイドによる戦いはまさに地球を崩壊させる一歩手前までもっていってしまった。

その主要人物といえる2人がいなくなったことはその戦争の時代の終焉を象徴するものだった。

だが、この平行世界では少なくともアムロは生きてここにいる。

そして、シャアももしかしたら健在の可能性がある。

皮肉にも、2人の英雄が生きていることがこの混乱を継続させているのかもしれない。

2人が望む、望まぬ関係なしに。

「しかし、もしかしたら我々の世界の謎の一つがこちらの世界で解明されるかもしれませんね」

「どういうことですか?」

「実は…事故なのか意図的なものなのかは不明ですが、第二次ネオ・ジオン抗争から10年間の情報の多くが後世に伝わっていないのです」

「我々にとっては100年以上前の出来事ではあるからな。一部の歴史学者以外は、さしたる意味もないうえに今ではなくなったはずの地球とコロニーの軋轢を蒸し返す可能性もある。今となっては追及する者もいるまい」

その意味で、この空白の十年の存在を重くしたのは木星戦役と呼べるかもしれない。

木星まで居住地を広げたものの、厳格な身分制度と配給制度を敷かなければ立ち行かないほど困窮した地域であり、コロニーに住み始めた時代と似た様子であった。

いや、コロニーの場合はまだある程度地球から資源の供給を受けることができたからよかったかもしれない。

木星の場合は地球からかなり離れており、そうした支援をろくに受けることができなかった。

その結果、クラックス・ドゥガチが木星帝国を立ち上げ、地球を核ミサイルで焼こうとした。

一年戦争のようなアースノイドとスペースノイドの戦争が繰り返された形となった。

それゆえに、暗黙の了解としてこの空白の10年は今ではろくに解明されなくなっている。

「その10年の間にネオ・ジオン残党が何らかの活動をしたこと、そしてその後に大きなテロ事件が起こったことは確かですけど…」

「そうなんですか…」

テレサにとっては平行世界で、未来ともいえるかもしれない新正暦世界で起こったことは今自分たちの世界で起こっていることとよく似ていた。

自分たちの世界は地球が壊滅的な被害を受け、連邦軍が後手に回っている状態。

それに対して、新正暦世界はまだ幸せなのかもしれない。

もっとも、今では地球が干上がり、コスモリバースがなければ1年足らずで滅亡するため、そんなことは口が裂けても言えない。

(新見君…)

新見のそばによって真田が耳打ちする。

彼女の発言の中にあったテロ事件のことがあったのだろう、彼の視線が一瞬、ハサウェイにも向けていた。

(分かっています。マフティーの件についてはこの場で話すつもりはありません)

空白の10年の最後に起こったその事件は1年戦争から続く大規模な反地球連邦活動の最後として印象付けられている。

教科書にも、その首謀者であるマフティー・ナビーユ・エリンとその正体と言えるハサウェイの名前が載っている。

彼の最後の作戦であるアデレート急襲作戦の前日に送った犯行声明は今でも記録として残っている。

ヤマトのデータバンクの中にもあるが、今は新見と真田の手でアクセス制限をかけている。

「この世界はジオンが国としてはっきりと残り、それが連邦を打倒しつつあるということか…」

「ですが、コロニーもまた地球無しでは維持できないのも現実です。実際に、1年戦争後はコロニーが相対的に力を伸ばしているとはいえ、資源の不足が課題となっていますから」

空気や水などが貴重なコロニーでは、極力それらを再生産する体制になっているが、それでも限界があり、地球から輸入する必要がある。

しかし、セカンドインパクトとゲッター汚染によって地球もまた、それを行う余裕をなくしていた。

そのため、コロニーでは環境維持のために高額な光熱費や環境税を敷くことも少なくなく、それが経済不安やコロニー住民の疲弊を招くことになっている。

コロニーに住んでいるとはいえ、完全に地球とのへその緒を斬ることはできない。

地球という母親から人類が出産するのはずっと先のことかもしれない。

「そして、今のこの状況はもはや戦争ではありません。すべての根源である一年戦争は地球連邦からの独立戦争であり、その戦いは地球連邦が優勢でした。コロニーが独立したという前例ができたとはいえ、それでも地球を憎悪する動きもあります。今の戦争は一年戦争、強いて言えばそれまであったコロニーの地球への憎しみを晴らすためという側面もあります」

「悲しい話ね…」

憎しみを晴らすための戦い、それを実際に見ていたスメラギは瞳を潤ませ、キラもまた顔を下に向ける。

ナチュラルとコーディネイターによる憎しみあいと、それに伴う最終戦争一歩手前の虐殺。

ブルーコスモスによるプラントへの核攻撃やザフトによるジェネシスでの地球への直接攻撃作戦。

それらもまた、この世界で起こっている戦争とよく似ている。

どちらかが完全に滅ぶしか道がないと思い込んでいる。

「そして今、地球とネオ・ジオンの戦いは最後の時を迎えようとしています。アクシズ落としが失敗し、ネオ・ジオンはより直接的な方法、つまり圧倒的な武力によって地球を制圧しようとしているのです」

ミスリルの諜報部が手にしたジオンの作戦コードであるオペレーション・ヨークタウン。

かつて、アメリカが独立戦争を起こし、独立を決定づけた戦いの名前が入ったそれはまさにスペースノイドの完全なる独立を成し遂げるにふさわしい名前だろう。

「一年戦争から17年…その間に膨れ上がった憎しみは市民をも巻き込む殲滅戦という形に変わりました」

「我々の世界の木星帝国と同じか…」

「我々ミスリルは元々、地域紛争を未然に防ぐための私設武装組織ですが、ネオ・ジオンの無差別ともいえる攻撃を止めるため、現在は地球連邦に…ロンド・ベルに協力すると決めたのです」

「敗北必至の戦いに乗ったの?」

テレサの話を聞いたスメラギにはとても連邦が逆転する兆しが見えない。

ミスリルの規模については詳しくは知らないが、私設武装組織という性質から大規模なものとは言えないだろう。

助け舟を出したところで、連邦諸共ジオンに滅ぼされる可能性が高い。

「負けるつもりで、戦っているわけではありませんから」

スメラギの危惧はテレサも分かっている。

だが、彼女自身もこの状況をよしとはしておらず、ほんのわずかでも可能性があるならそこを目指す。

その先にこの戦いを終わらせる未来があると信じている。

「理解できるわ、その気持ち」

テレサの言葉、そして決心した眼を見て安心したスメラギは笑顔を見せる。

「赤い地球は人類同士での戦争で死にかけている…」

「感情的な対立が長い年月をかけて憎しみへと変わり、それを晴らす手段がある今、もはや戦争と呼べぬ状況に陥っているか…」

「ですが、地球連邦にも非があります。スペースノイドへの弾圧やティターンズのようなスペースノイド殲滅思想は認められないものです」

「そういえば、気になったのですが、ロンド・ベルというのはどのような部隊なのですか?」

「ロンド・ベルはシャア、そしてハマーンを討った特殊部隊を母体とした地球連邦軍の外部独立部隊で、余計な犠牲や市民への被害を出さずに戦争を早期収束させるための活動をしています。アムロ大尉やジュドーさん、ハサウェイさん達もそこの所属です」

「憎しみのぶつけ合いの中にも、理性を忘れない人間がいる…希望は残されているか」

そのわずかな希望が流れを変える、事態を好転させるきっかけになることは歴史が証明している。

しかし、それはわずかな例であり、多くは大勢によって押しつぶされていく。

果たしてこの世界のロンド・ベルがどちらになるかは沖田にもわからない。

「ですが、地球連邦はロンド・ベルの存在を良しとしていないところがあります。独立部隊として権限を与え過ぎた…ロンド・ベルはネオ・ジオン殲滅に積極的ではないと…」

ロンド・ベルはメディアではネオ・ジオンから地球を救った英雄部隊として語られており、特に記憶に新しいのがアクシズ落としを防いだことで、それが地球市民からのロンド・ベル支持の世論を決定的なものとした。

それはロンド・ベルそのものが独自で動いた結果であり、悪い言い方をすると地球連邦上層部に従わない異端児ともいえる。

戦果を挙げていること、実際に司令部を倒していることから大っぴらに批判することができない。

だが、これまでのロンド・ベルの地球連邦の意に反する行動は目に余るものがあるのは確か。

「ですので、地球連邦としてはロンド・ベルの戦力を接収しようとしている動きもあります」

ロンド・ベル設立の際にジョン・バウアーという地球連邦政府議員がかかわっており、発言力を持っていることから彼が抑えてくれているのが現状だが、閣議決定を覆すだけの力を持っているわけではない。

仮に閣議決定でロンド・ベル解体が決まれば、彼にできることは時間稼ぎくらいだろう。

彼はアムロやロンド・ベル司令であるブライト・ノアのファンであると同時に、彼らの平和的解決への理念に共感してくれている。

「今後の行動を考えるとしたら…」

「艦長、ダナンからです」

テレサの発言に割り込んだマデューカスがダナンから受け取った暗号文が書かれた紙をテレサに見せる。

それを呼んだテレサの目が大きく開く。

「この付近で、連邦とネオ・ジオンが交戦しています。そして、その両軍が謎の部隊の攻撃を受けていると」

「謎の部隊…」

「映像も送られてきています。出してください!」

新見がコンソールを動かし、モニターに送られてきた映像を表示する。

それを見た瞬間、沖田達に衝撃が走る。

何もない場所から突然出てくる緑色の戦艦、そこから出撃する戦闘機。

そして、戦艦が放つビームによって沈められていく連邦とネオ・ジオンの戦艦とモビルスーツ。

「艦長!これは…」

「この映像を見る限り、間違いない…。ガミラスだ、ガミラスがこの世界にいる!!」

 

-衛星軌道上 ラプラス宙域-

「くそ!何なんだ、あのアンノウンたちは!!」

かつての宇宙ステーション首相官邸の残骸に隠れたジェガンのパイロットが周囲に浮かぶ母艦であるクラップや仲間のジェガンの残骸を見て、手を震わせる。

士官学校卒業後はテンプレ通りに地球連邦軍に入隊し、2年前のグリプス戦役からモビルスーツパイロットとして戦いに参加し、最近起きたアクシズ落としでも生き残ることができた。

エゥーゴにもティターンズにもロンド・ベルにも加入しているわけではない平凡な軍人だと彼は自覚していた。

最も、完全に平凡なパイロットも人間も、もうこの世界に存在するとは思えないが。

ここに来たのはネオ・ジオンのHLV降下を阻止するため。

実際に彼と彼の所属する部隊がここへ向かい、ネオ・ジオンと交戦するはずだった。

しかし、今彼が戦っているのはティターンズでもネオ・ジオンでもない。

突然現れた戦闘機と戦艦、それらの奇襲攻撃によって仲間たちがネオ・ジオン諸共殲滅されてしまった。

「隊長!隊長!応答してください、隊長!フォレスト!!生きているのか、フォレスト!!」

頼ることのできる彼と母艦に、もうこの世にいない存在と通信をつなげようとする。

隊長が最後に言った、『逃げろ』という言葉が脳裏によみがえる。

「なんだよ…なんだっていうんだよ…これ!!死ぬのか、俺は…」

(天国って本当にあると思う?)

不意に、幼馴染の言っていた言葉を思い出す。

小学生の時、コロニー落としによって海となったシドニーを目の前に、彼女からそんな質問をされた。

そんなものはない、少年だった彼はそう答えた。

その考えは今でも変わらない。

コロニー落としによって、善人も悪人も区別なく殺された。

彼や幼馴染の家族さえも。

もし本当に神がいて、一年戦争もその御意思だって言うなら、それはとんでもない殺人狂だ。

セカンドインパクトとゲッター汚染で地球をズタズタにして、それが神の試練だというならふざけるなと言いたいくらいだ。

そして、今は神の御業なのか、こんな正体不明な部隊によって殺されようとしている。

まるで、これまで必死に生きてきた自分をあざ笑うかのように。

体中から嫌な汗が出ているのを感じながら、彼は左手首につけているお守りのペンダントを見る。

3人で分け合い、絆の証とした。

「死に…たくない。死にたくない!!」

容赦なく襲うであろう死が恐ろしく、涙が浮かぶ。

この作戦が終われば、短期間であるが休暇が約束されており、そこで彼女と、そしてもう1人の幼馴染と会う約束を交わしている。

そこで、ずっと彼女に言えなかったことを言いたい。

それを言う前に死ぬのは嫌だった。

だが、推進剤残り僅かでライフルを失い、武装はバルカンのみの今の自分に何ができる?

そんな逡巡を続ける中で、一発の黄色いビームがジェガンをかすめる。

「うわああ!見つかった…!?」

ラプラスの残骸があるからという油断があったのか、目の前にいるバタラの存在に気付くことができなかった。

ライフルを向ける敵機にバルカンを放つ。

幸運にも弾丸の数発がライフルに命中し、相手がそれを手放すと同時に爆発する。

だが、それはささやかな抵抗にすぎず、今度はビームサーベルを抜いてこちらに近づいてくる。

続けてバルカンを撃とうとするが、既に弾切れとなっていた。

「あ、あ、あああ!!」

迫るバタラに対して、もう悲鳴を上げるしかなかった。

だが、こちらを殺そうとするバタラは突然真上から飛んできたビームで撃ち抜かれ、爆散する。

「…え??」

「そこのジェガンのパイロット、無事か!?」

降りてきたモビルスーツが接触回線を開く。

モニターにはそのモビルスーツのパイロット、行方不明のはずのニュータイプの姿があった。

「ロンド・ベル…アムロ・レイ大尉…??」

「良く生きていたな。君は…?」

「お、俺は…ブハァ!!」

思わず胃の中の物を思い切り口から出してしまい、バイザーが薄黄色く汚れる。

口元にべたつき、視界をふさぐそれに嫌がり、彼はコックピットに酸素を充満させる。

ヘルメットを脱ぐと同時に、水滴のようにそれはダクトへと飛んでいく。

「す、すみません…」

「気にするな、生きている証拠だ。君の名前は?」

「お、俺は…フォレスト所属、ヨナ・バシュタ少尉であります。アムロ…大尉」




機体名:ジェガン
形式番号:RGM-89
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:20.4メートル
全備重量:47.3トン
武装:バルカン砲、シールド(ミサイルランチャー内蔵)、ビームサーベル、ハンドグレネード(左腰にマウント)、ビームライフル、ハイパーバズーカ、ビームランス内蔵型ビームライフル、90mmショートマシンガン
主なパイロット:無し

新正暦世界、及び宇宙世紀世界の地球連邦軍が運用するモビルスーツ。
新正暦世界のそれは110年前のシャアの反乱以降、宇宙世紀世界では1年前から運用が開始されている。
これまで開発されたジムシリーズやエゥーゴが運用していた量産型モビルスーツ、ネモ、更にはガンダムMk-Ⅱを参考としており、装甲はガンダニウム合金並みの頑丈さ、運動性や機動性についてはジムシリーズを上回っており、宇宙世紀を代表する、量産型モビルスーツの大傑作といっても過言ではない。
それ故か、もしくは空白の10年以降の戦乱のある程度収まった時代故か、ガミラスとの戦争の頃まで新正暦世界では運用されており、ヤマト航空隊パイロットのほぼ全員が実際に操縦した経験があるようだ。
なお、宇宙世紀世界のそれは最初からアームレイカーではなく通常のコントロールレバーでの運用がされており、性能についてもジャベリンに匹敵するものと思われる。


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第44話 狂気の鳥

機体名:百式
形式番号:MSN-100
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:18.5メートル
全備重量:54.5トン
武装:60mmバルカン砲×2、多目的ランチャー、ビームサーベル×2、ビームライフル(ビームバヨネット内蔵)、クレイ・バズーカ、メガ・バズーカ・ランチャー
主なパイロット:ビーチャ・オーレグ

宇宙世紀世界におけるグリプス戦役初期にアナハイムが開発した攻撃型モビルスーツ。
元々は零式という名前のモビルスーツであり、装甲の色も赤であったが、度重なる改修を受けたことによって機体の姿が変化し、装甲も微弱な対ビームコーティングが施されたことで金色になっている。
なお、改修の際にはエゥーゴが鹵獲したガンダムMk-Ⅱのデータも参考となっている。
元々は可変機として開発されていたもので、高い運動性によって攻撃を回避することが前提となっていることから、シールドが装備されていない。
また、強度の問題が解決されなかったことから変形機構は見送られた。
ビーチャ・オーレグが搭乗しているものはグリプス戦役後に消息不明となったものをマイナーチェンジしたものであり、ジェガンなどの現行のアナハイム製モビルスーツの武装の使用も可能となっている。


-衛星軌道上 ラプラス宙域-

「くそ…!こんなところで出くわすなんてな!木星帝国め!」

加藤が乗るコスモファルコンのミサイルがヤマトを狙うペズ・バタラの側面を捉える。

敵機の爆散を見届けることなく、加藤は睨むように周囲に散らばる残骸たちを見る。

この宙域に漂っているのは全滅したという艦とモビルスーツ達だけでなく、これまでの戦いの中で撃墜されたザクやジムなどの古いモビルスーツや戦艦もさまよい続けていた。

「まるで、リアルな戦争博物館といえますね、隊長」

「軽口はいい、篠原!だが…ガミ公の姿がないぞ…どういうことだ?」

ガミラスの従属化になったらしい木星帝国のモビルスーツがこの世界にいるとなると、セットでガミラスも存在する可能性が高い。

そして、それらはすべてあそこから転移してきた部隊。

メルダにとっては仇と言える部隊だ。

「ヴァングレイが修理中で出られない以上は俺たちでヤマトを守るぞ、トビア!!」

「はい、キンケドゥさん!」

「クロスボーン・ガンダム…やはり貴様らも!」

「ドゥガチ総統の仇、我らの手で討ってくれる!!」

出撃した2機のクロスボーン・ガンダムを見つけた木星帝国側のモビルスーツ達がターゲットの優先度をその2機に高める。

キンケドゥとトビアがヤマトから少しずつ離れていき、狙ってくる敵機を誘導する。

「よし…そうだ。ヤマトをやらせるわけにはいかない。来るというなら、俺たちのところへ来い!!」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 格納庫-

「νガンダム、救助したジェガンを収容します!」

「手ひどいやられようだな…。ジャッキを用意しておけ!自力で出られないかもしれんぞ!」

ノーマルスーツ姿のサックスの命令と共に整備兵たちがあわただしくモビルスーツ収容の態勢を整えるとともに、νガンダムの手でジェガンが降ろされる。

「こちらはこのままダナンの直掩につく。相良軍曹、出られるか?」

「ハッ、ラムダ・ドライバ起動しました。アル、いいか?」

「肯定。いつでもどうぞ、軍曹殿」

「アーバレスト、出撃する!」

ラムダ・ドライバによって放熱板が光り、それが推進剤替わりとなってアーバレストが飛翔していく。

アムロと宗介が飛び去っていき、整備兵たちがジェガンに近づいていく。

「ジェガンのパイロット!生きているか?コックピットを開けてくれ、開けられないなら叩いて知らせろ!!」

バンバンと装甲を叩きながら聞こえてくる声に反応したヨナがコックピット周辺の機器に手を伸ばす。

「くっそ!開かない!ダメージのせいで馬鹿になったか!!」

自力での脱出が不可能であるとわかり、ヨナがコックピットハッチを叩く。

「やはり開かないのか…?こじ開けろ!!!」

整備兵の1人が持ってきたバーナーで装甲を切り、ジャッキで開いていく。

メキメキと愛機の悲鳴に耳をふさぐヨナはようやく外の景色が見え、自分ひとりが出られる大きさの穴ができたのを確認すると、整備兵の手を借りて外へ出る。

「はあ、はあ、はあ…トゥアハー・デ・ダナン…ミスリル…初めてだな…」

「災難だったな。けがはないか?」

「ああ…だが、仲間が…くそぉ!!」

ようやく一息つくことができたのはいいが、同時によみがえってきたのは自分だけ生き延びてしまった罪悪感だった。

死んだ仲間たちのことを思い、涙を流すヨナだが、今彼の懺悔を聞くほどの余裕は今の彼らにはない。

「ヨナ・バシュタ少尉だったな?カリーニン少佐から呼ばれている。部下が案内する、ついて行け」

「…はい」

 

-衛星軌道上 ラプラス宙域 ???艦内-

「ええい、くそ!わけのわからんところへ飛ばされたと思ったら、野蛮な兵器たちが飛んでいたうえに、ヤマッテまでも!!」

唾を飛ばすほどの喚き声が艦長席から響く中、周囲のクルーは彼に目を向けることなく、目の前のコンソールと仕事に集中する。

この戦艦での世渡りがそれで、少しでも不機嫌な顔を見せたり嫌がるそぶりを見せたら、彼に目をつけられてしまう。

しかも、ここは祖国が存在しない異世界で、そこで仮に捨てられたとなったら、生きていくことはできない。

「ふん…何をそこまで動揺する必要があるのだ?ゲール艦長殿。敵であるヤマトが目の前にいるこの状況はまさに僥倖というべきではないかな?」

ゲルガメッシュ艦橋に入って来た、紫色のポニーテールをした、左半身が黒い肌で右半身が真っ白な肌をしたノーマルスーツ姿の狂人の姿を見た瞬間、クルー達の表情が凍り付く。

ゲールもその不気味なまでにスルリを撫でるような声に身震いするとともに、その男をにらみつける。

ここへ飛ばされる前、木星帝国の勢力を吸収したことを報告した際に、デスラーから直々に言われた言葉を思い出す。

(ゲール君。君の進言の通り、彼らの受け入れを認めよう。しかし…気を付けたまえよ。あのテロン人…いや、ズピスト人というべきか、彼らは進化したと言っているが、それと引き換えに退化したものも多い様だ。特にあの双子…。あの2人に寝首をかかれるようなことがないことを願うよ)

「要望通り、ガミラスの軍勢は下がらせてくれたかな?」

「ふ、ふん!!その通りだ。今は貴様らズピストどもが戦っている!何をしに来たというのだ!!」

「許可を…求めに来たのです。私の出撃を。貴方様の艦に受け入れてもらってからも開発を続けた例のモビルスーツで…」

「うん…ああ、あの気持ち悪い機体か。ふん!ズピストの感性はテロンよりマシかと思っていたが、とんだ見当外れだったようだ!!」

先日格納庫で見せられたあの左半分が白で右半分が黒い装甲をした、鳥を彷彿とさせるモビルアーマーの姿が頭に浮かぶ。

それのカタログスペックも見せてはもらっているものの、ゲールにはその機体が本当に実用性があるのか信用できなかった。

ズピスト人が作ったものであることもそうだが、それ以上にモビルスーツからも戦艦からもかけ離れた外見のそれがとても普通に戦えるものとは思えなかった。

「果たして本当に見当はずれか、そして我々が信用できるパートナーたり得るかどうか…この戦いで見せて差し上げましょう。私が…いや、私たちカリストが」

「ふん!勝手にするがいい!!貴様のような人間を後継者としたクラックス・ドゥガチなどという男はよほど人を見る目が…!?」

最後に捨て台詞のように口にした言葉が耳に届いたカリストが柔らかにあざ笑う表情が一気に変わり、憤怒の色に染まった状態でゲールの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。

「ひ…っ!!」

「私たちへの非難の言葉は甘んじて受け入れよう…。だが、総統を侮辱する言葉は受け取れない…気を付けろよ、クズが」

ブルブルと震えあがるゲールが勢いよく首を縦に振る。

失望するかのようにカリストはつかんでいるゲールを投げ捨て、艦橋を後にする。

ハアハアと情けなく息を整え、伸びる鼻水に目もくれず、ゲールは出ている彼を見送る。

そして、彼の視線に投げられる自分の姿を見ていたクルーの姿が映る。

「な、な、な、なにをしている!?よそ見をせずに敵機が来ないか確認しろ!いつでもワープ可能な状態にぃ!!」

 

-ゲルガメッシュ 格納庫-

木星帝国兵から受け取ったヘルメットを装着し、カリストがゲルガメッシュ格納庫にある愛機の元へ向かう。

当然の話ではあるが、ガミラスの戦艦にはモビルスーツを搭載する能力はない。

そのため、亡命した木星帝国軍が持ってきた戦艦に搭載しており、それでも収まりきらない分は増設した臨時格納庫に搭載する形になっている。

ワープを行う際にはガミラス艦の後に続くように動くことになる。

また、ゲルガメッシュは機動兵器の有用性を認めていないことから当初はそうした臨時格納庫の増設も認められないはずだったが、カリストの要請によって、彼らの機体だけという条件で認められている。

(ふふふ…すまないな、弟よ。あのような俗物との交渉に行かせてしまった)

カリストの脳内に、自分と同じ声が聞こえてくる。

「いいさ、兄さん。奴は愉快な奴だよ。おまけに…悪運も強い」

(ヤマトがこの世界にいる…つまりは、私たちの世界にはいない。これで地球滅亡への道が更に縮まった…)

「総統閣下、コルグニスの準備は既に完了しています。しかし…あのような複雑化したものを…」

「私なら心配ない。しっかり、データを収集したまえよ」

整備兵に一瞥もすることなく、カリストがコルグニスと呼ばれたモビルスーツに乗り込む。

「カリスト…我らの2人の総統にして、ドゥガチ総統の後継者…。彼らの力は認めるが、だが…これは何だ…?」

光のカリストと影のカリスト。

2人の総統は彼らタカ派の木星帝国がリーダーとして祭り上げた。

彼らの手腕によって、木星帝国の軍備は回復し、一時はコロニーレーザーによる地球への直接攻撃を計画できるところまでになった。

しかし、ガミラスの遊星爆弾によってその作戦が意味をなさなくなり、そこから選んだ道がガミラスとの合流で、しかもそれは2人の独断だった。

一部反対する兵士もいたが、それをした兵士たちは殺されたため、従うしかなかった。

そして、2人はどんなに離れていても意識を共有することができる。

それができる理由として、兵士たちの中で出ている憶測の一つがある。

元々、カリストは出産したときは一人だったが、ドゥガチ総統の命令によって半分ずつに切り離された。

そして、それによってなくなった体の半分を人為的な細胞増殖によって補い、結果として体の半分ずつの肌の色が違うグロテスクな容姿と、このような能力を手に入れることができた。

あくまでも憶測であるが、現実味も感じられる嫌な憶測として、現在ではタブーとなっている。

「キンケドゥ・ナウ…トビア・アロナクス…我らが総統を殺した憎き男たち…」

敬愛するドゥガチの悲願である地球への核攻撃は彼らによって阻まれた上に、ドゥガチ本人まで殺されてしまった。

身が引き裂かれるほどの痛々しい彼の無念を感じ、カリストはその意思を継ぐことを決心した。

そして、地球再生を目指すヤマトを倒すことがその最短の道だと考え、ガミラスへと身を移した。

この1年に間に合わなければいい。

1日でも遅れれば、地球は滅亡する。

それさえできれば、地球の抹殺というドゥガチの願いを叶えられる。

そのための邪魔になる者たちは排除する。

不意に、木星を出ていくときにそこに残した唯一の肉親のことを思い出す。

自分に反発するため、殺すことも考えたが、それよりも木星に残る臆病者どもと共に見届け人になってもらう方がいい。

彼女との血のつながりが、たとえ次元を隔てたとしても地球が滅亡する光景を見届けてくれる。

それだけしてくれれば、彼女はもう用済みだ。

「コルグニス、出るぞ!」

スラスターに火が付き、狂気の鳥がゲルガメッシュから飛び立つ。

総統が乗り込んでいるにもかかわらず、護衛らしき機体を引き連れることのないままコルグニスはヤマトに向けて飛んでいった。

 

-衛星軌道上 ラプラス宙域 ヤマト 第一艦橋-

「ガミラスに動きなし…か」

「現在、確認できる敵機動兵器は木星帝国のモビルスーツのみ。ガミラス艦の反応…つかめません」

クルーの報告を受ける沖田は記録でしか見ることのなかったラプラス宙域の景色に目を向ける。

宇宙ステーション首相官邸ラプラス、人類が宇宙移民を成し遂げ、人類規模初の統一政権である地球連邦政府発足とともに新たなステージに立ったことを証明するため、そして首相自らもまたその宇宙移民と共に生きることを示すため、地球低軌道上に作られたコロニー。

沖田が軍学校にいたときにその写真を見たことがあるが、現存するデータはすべて崩壊した後のものになっており、在りし日の写真データは1つも残っていない。

その新しい時代の象徴となるはずだったラプラスは初代首相であるリカルド・マーセナスと共に、新しい時代の憲章たる宇宙世紀憲章発表、及び新時代到来演説の始まりと同時に砕け散ってしまった。

宇宙世紀世界にも同じような事件が起こったようで、この似通った2つの世界に共通して起こった悲劇に中に沖田はこの世界に隠れる魔を感じずにはいられない。

(しかし…我々にはイスカンダルへ向かい、地球を再生するという責務がある。今その魔に取り込まれるわけにはいかんのだ…)

「これは…アンノウンキャッチ!機動兵器データ照合…いずれにも一致しません!」

「新型機か…!?」

「ビーム、来ます!」

「波動防壁を展開しろ!!」

真田の一声と共に、ヤマトが青いバリアに包まれ、側面から艦橋めがけて飛んできていたビームが阻まれる。

「この出力…メガ粒子砲か!?」

「位置は逆探知した!航空隊は排除に向かえ!」

 

-衛星軌道上 ラプラス宙域-

「了解だ!お前ら、用心しろ!相手は何者かわからないぞ!!玲はヤマトの直掩だ!」

「了解…!お気をつけて」

ヤマトから受け取った位置情報、及びメガ粒子砲の出力を確認した加藤が3機のコスモファルコンと共に向かう。

キンケドゥとトビアはひきつけてくれた敵機のおとりとなっており、今動けるのは自分たち。

加藤の脳裏にこれまでの戦いの光景が浮かぶ。

(航空隊隊長を任されて…ソウジ達が来て…それから俺たちはヤマトを守るので精いっぱいだった…)

彼らの帰る場所を守る中、ソウジ達は前線に出て戦い続けていた。

そんな彼らの後姿を見送ることしかできない自分が歯がゆかった。

(だから、今ヴァングレイがいないこの間だけでも、俺たちが…!)

「隊長、敵機を確認!な…なんだこの速さは!?」

一番最初に敵を見つけた航空隊の佐々木はその機体が見せるスピードに翻弄される。

直線に猛スピードで飛んでいるだけであれば、予測ポイントにビームやミサイルをばらまくことができる。

実際、彼はそれに従うように撃っているが、当たらないばかりかその予測ポイントと敵の動きが一致しない。

まるでヴァングレイのような出鱈目な、しかしどこか意図的な変則さがそれにはあった。

その姿は加藤のコスモファルコンのモニターにも映った。

戦い続けてきた加藤の本能がその危険性を警告する。

「くそぉ!見失った!ど、どこに!?」

「佐々木、後ろだ!逃げろぉ!!」

加藤の目に移ったのは、佐々木のコスモファルコンの後ろをいつの間にかとっていたコルグニス。

それは右手先端からビームクローを展開し、コスモファルコンをコックピット諸共縦に真っ二つに切り裂いた。

真っ二つになったコスモファルコンは制御を失い、コロニーの残骸に衝突するとともに爆発した。

「佐々木ぃーーーー!!」

「貴様、よくもぉ!」

「安藤、桑田!よせ!!」

仲間の敵を討つべく、連携した2人のコスモファルコンがコルグニスに向けて機銃で十字砲火を放つ。

飛んでくる銃弾にカメラを向けたコルグニスが右腕と右足のみを入れ替えして、同時にスラスターを吹かせて回避行動をとる。

(あのモビルスーツ…モビルアーマーへの変形を部分のみでもできるというのか…?)

変則的な機動の正体はまさにそれであり、それがスラスターの向きを調整して、普通ならできない動きを可能にする。

それが正確なはずの予測を大きく狂わせる。

そして、そのような機動を成し遂げることができるのはパイロットの技量も大きい。

「ふん…その程度で。ああ、退屈だなぁ。だから、消えろよ」

時代遅れの戦闘機のようなつまらない相手と戦うつもりはないが、狙ってきているならば殺すのみ。

モビルアーマーに変形し、わざとコスモファルコンの正面に接近していく。

「正面!笑わせるなぁ!!」

可変機の弱点な整備コストの高さと操縦の複雑さ、そして脆弱さ。

特に変形箇所が多ければ多いほど、その脆弱さが顕著になる。

その個所にミサイルを一発でも撃ち込むことができれば…。

安藤はためらいなく、両翼のミサイルを発射する。

「はははははは!!」

カリストのあざ笑う声が響く中、再びコルグニスの両腕と両足が回転するように入れ替わり、同時にミサイルを避ける。

そして、既に手持ちのビームライフルから展開したビームアックスがコックピットを叩き潰していた。

「あ、ああ…」

爆発することなく、コックピットがない状態でまっすぐに飛ぶだけとなったコスモファルコン。

あっという間に安藤も佐々木もやられ、動揺する桑田の動きが止まってしまう。

「くそ…!桑田!動け!死ぬぞ!!」

「隊長…隊長、でも、でもぉ!!」

「くっそぉ!よくも佐々木と安藤をぉ!!」

動かない桑田をかばうように前に出た加藤のコスモファルコンが機銃とミサイルをばらまいていく。

可変機の弱点が脆弱性なら、ほんの一発でも受けたときのダメージが大きいはず。

「ああ、そのマーク…ああ、お前は加藤三郎かぁ!!」

手足の位置を調整しつつ、次々と飛んでくる弾幕をかいくぐりながらカリストは笑いながらコスモファルコンのパイロットの名前をいい当てる。

その声はオープンチャンネルとなっていて、加藤のコックピットにも聞こえていた。

「貴様!俺の名前を!?」

「ハリソン・マディンに加藤三郎…海賊と共にドゥガチ総統の邪魔をした部隊…忘れたことはないぞ!まさか、ヤマトと共にいるなんてなぁ!!」

カリストの言葉と共に、加藤は2年前の木星戦役、そして自分が戦った巨大モビルアーマーのことを思い出す。

あの戦いではヘビーガンに乗り、木星帝国のモビルスーツ部隊と戦っていた。

軍学校を卒業していた彼は小隊長となっており、これが初陣だった。

その戦いで彼は地球を攻撃しようとしていた木星の核搭載型巨大モビルアーマー、ディビニダドのうちの1機の撃破に成功している。

執念深いカリストはそれを少なくとも、ディビニダドを倒した部隊の隊長の名前だけは記憶していて、その中でちょうど、加藤の名前もあった。

「フハハハハハ!無様だなぁ!!部下に死なれ、モビルスーツを失って今はこんな安っぽい戦闘機のパイロットになり下がったかぁ!!」

「ふざけたことを言ってるんじゃないぞ!貴様ぁ!!」

「死ねよ」

背筋が凍るほどの冷たい言葉が矢のように突き刺さるとともに、コルグニスのビームクローが加藤に迫る。

刃はコックピットを逸れて、左翼を切り裂く。

「ほぉ…死ぬのは、避けられたか」

「ちっくしょう!!」

左翼を失った愛機の操縦桿を握りしめ、機体を無理やり平行に浮かぶコロニー外壁に滑らせる。

胴体が滑り、衝撃を感じる中で脱出装置を作動させた。

コックピットハッチの上部分が吹き飛び、そこから飛び降りた加藤はコルグニスを見つめる。

「ふん…悪運がいい。今のは本気でコックピットを切るつもりだったぞ。まぁいい…」

「やめろ!貴様ら、まだ地球を…!!」

「地球は消えてしまえばいい。そして、木星だけが繁栄すればいいのだよ」

そう言い残し、通信を閉じたコルグニスが生きている加藤に目を向けることなく、まだ生きているヤマトに向けて飛ぼうとする。

しかし、新たな反応を2つ見つけたことで動きを止める。

「来たな…あの男よりも憎たらしいお前たちが」

反応はスカルハートとX3、キンケドゥ・ナウとトビア・アロナクス。

「加藤さん、無事ですか!?生体反応は…!」

「あの機体…やられたというのか…」

生き残っている1機は既に動きを止めていて、3機の反応はない。

どうにか生体反応で、生き残っている加藤の姿を見つけることはできた。

そして、2機のクロスボーン・ガンダムを阻む狂気のモビルスーツはコックピットを開き、カリストはその姿をトビア達の前にさらす。

「初めまして、キンケドゥ・ナウ…トビア・アロナクス」

「貴様…何者だ!」

姿を見たキンケドゥは粘りつくようなプレッシャーを感じ、冷や汗をかく。

この左右の肌の色が違う醜い容姿とは別に、もっと真っ黒で水気のないシチューのようなおぞましさを感じられた。

「ニュータイプ…なのか??」

「ニュータイプ?ハハハハ、違うな。私は…いや、我々はサイキッカーだ」

「サイキッカー…だと?」

「知らないのも道理だ。ニュータイプとは似て非ざる存在なのだからな。忌まわしき貴様らがまさか、ヤマトと共にいるとはなぁ!!」

コックピットが閉じると同時に再び飛翔するコルグニス。

2機のクロスボーン・ガンダムがそれぞれザンバスターとブラスターガンを放つが、圧倒的な機動力を誇る今のコルグニスをかすめることすらできない。

「速い!あのスピードは!!」

トビアの脳裏に、かつて木星戦役で戦った死の旋風隊の姿が浮かぶ。

木星帝国がクロスボーン・ガンダムに対抗するために作った部隊で、3機による連携を基本としていた。

今、目の前にいるコルグニスはその3機の中でも攻撃を担当するモビルスーツ、クァバーゼに近いように思えた。

その機体の主力武装である鞭、スネークハンドはないものの、頭部に装備されているメガ粒子砲と可変機であることが共通している。

そして、このコルグニスのスピードはそのクァバーゼを大きく上回っていた。

「ハハハハハハ!このコルグニスは貴様らと地球を殺すために作られたモビルスーツなのだよ!死ねぇぇぇぇ!!」

「ぐぅ…!!」

発射されたメガ粒子砲をスカルハートはABCマントで受け止める。

クロスボーン・ガンダムは接近戦をメインとしたモビルスーツであり、射撃攻撃を当てることができない以上は接近戦でなければ決定打を与えられない。

しかし、あのコルグニスのスピードはそのクロスボーン・ガンダム以上であり、容易に接近することもできない。

「こんのぉぉぉぉ!!」

大振りになるムラマサ・ブラスターを捨て、両腰に装備されたバタフライバスターを手にしたX3がビームを連射して牽制しながらコルグニスに迫る。

(連射して接近して、懐に飛び込みさえすれば!!)

「勝てる、とでも?大甘だよ、トビア・アロナクス」

変形機構を駆使しつつ、スピードを落とすことなく回避しきったコルグニスだが、その回避コースだけはトビアの予測通りだ。

一直線に飛ぶX3がバタフライバスターをサーベルモードに切り替え、コルグニスに斬りかかろうとする。

しかし、その変形するわずかな時間が隙となっていた。

斬りかかる直前にモビルスーツ形態に戻ったコルグニスがX3の懐に入り込んでいた。

(嘘だろ…!?クロスボーン・ガンダムの方が、懐に飛び込まれた!?)

「トビアーーーー!!!」

キンケドゥの叫びと共に、コルグニスのビームアックスがX3の胴体をその両腕を巻き添えにしながら切り裂いた。

「うわあああああ!!」

コックピット直前までビームの刃が届き、その熱がノーマルスーツを介してトビアを襲う。

直前にスラスターを前方に吹かしていたためか、切られたX3が後方にあるコロニーの残骸まで飛んでいき、衝突してから動きを止める。

「トビア!!生きているか、トビア!!」

コックピットを横一線に斬られ、両腕を失った無惨なX3がスカルハートのメインカメラに映る。

その一撃が通信機にもダメージを与えたようで、接触回線を開かない限りは通信できない状態になっていた。

「ふん…!これで1機。あとは…貴様だけだ、キンケドゥ・ナウ」

「貴様!一体なんのつもりだ!、貴様らのやっていることは地球の人々の木星人に対する憎しみを深めるだけなんだぞ!!」

木星戦役の後、地球へ核攻撃を起こしかけたことから人々は木星帝国もまたガミラスと同じではないかという考えが広まっていた。

地下でパン屋をしていたときも、ガミラス以外で噂となるとしたら、木星帝国のことだった。

彼らへの憎しみはかなりのもので、もし仮にガミラスの攻撃がなかったとしたら、厳しい制裁をかけられていたかもしれない。

そうなると、水も空気も資源もなく、厳しい階級制でやっと維持することができた木星帝国のライフラインは崩壊し、全員が窒息する。

とても、国のことを考える行動には見えない。

「ハハハハ!同じだ、同じことを言う!!」

「同じ…だと!ならば、なおさら!!」

「分かっていないなぁ。我々はもはや地球を迷惑な惑星としか考えていないのだよ。初めから制圧する気持ちもなければ、かつて総統が言っていたような資源惑星としてすら考えていない。ただ…シンプルに、消えてほしいだけなのだよ。それに…地球人がいくら死のうが関係ないだろう?自らが作り出したコロニーで自らをはぐくむ我ら木星人が…なんでそんなものに配慮する必要があるというのだ?」

「こいつ…!!」

木星の中にも、まともな考えをする人がいるようだが、それすらも吹き飛ばすドゥガチの亡霊をキンケドゥは感じていた。

おまけに、彼の言動はトビアが危惧していたものを感じずにはいられなかった。

(奴は本当に…もう、地球人じゃない何かになり果てているというのか…??)

地球から離れすぎたせいなのか、それともガミラスと共に地球への憎しみを捨てないまま外宇宙へ出てしまったからなのか。

カリストにはもはや決定的に分かり合えないほどの大きな隔たりがあった。

そして、その亡霊にしがみつく彼をこれ以上野放しにすることはできない。

「貴様はもはや、人間であることすら捨てたか!ならば、容赦はしない!ここで…殺す!!」

「やってみるがいい、総統の無念を晴らして…」

(待て、弟よ…)

「兄さん?」

スカルハートが迫る中、コルグニスを操縦しながらカリストは受信したもう1人のカリストからの声を拾う。

(デモンストレーションはこれで終わりだ、それにコルグニスはまだ未完成。完成させ、圧倒的な力でヤマト諸共葬る。確実に奴らに敗北感を与え、みじめに殺す…。その悲鳴と悲劇が総統への鎮魂歌になる…そうだろう?)

「ああ…そうだね、兄さん」

コルグニスがまだ不十分なことは彼も承知しており、実際に何度も行った変形によるフレームへの疲労も無視できず、コンマ一秒程度だが、変形が遅れているところがある。

そのわずかな遅れと見くびりが命取りになることは分かっていた。

「気が変わったよ、どうせ元の世界へ戻る手立てもなければ、スケジュールも刻一刻と迫っている。このまま指をくわえてどこにあるかも知らないあの地球が滅びるのを待てばいいさ。さようなら」

「待て!!」

キンケドゥを無視したコルグニスが再びモビルアーマー形態となり、ライフルを動けないX3に向けて連射する。

両腕のIフィールド・ハンドを失ったX3はそれを防ぐ手立てはない。

先ほどのメガ粒子砲でABCマントを失っているスカルハートはX3の前へと向かい、次々と飛んでくるビームをビームシールドで受け止める。

その間に一気に距離を離したコルグニスはそのまま宇宙の闇の中へと消えていった。

「逃げた…いや、逃げてくれたというべきか…」

(スカルハート!スカルハート!聞こえますか、キンケドゥさん!!)

「その声は…森船務長か!ヤマトはどうなっている!?」

(木星帝国の機動兵器が後退していきます。トビア君と加藤隊長は大丈夫なんですか!通信がつながりません!!)

「X3は敵正体不明機の攻撃によって大破した。加藤隊長も機体を失っているが、どうにか…」

「大丈夫か、トビア!!」

X3にとりついた加藤がビームアックスで斬られたコックピットまで近づく。

その中にはトビアの姿があり、五体満足な姿にほっとする。

だが、コックピットに座る今のトビアには目の前にいる加藤の姿は意識のかなたにあった。

(どうすれば、どうすればいいんだ?どう、戦えばいい…)

トビアの脳を支配するのは2機のクロスボーン・ガンダムですら勝てなかったコルグニス。

認めたくはないが、あのモビルスーツはクロスボーン・ガンダムよりも強い。

今後、ガミラスと戦う中でそのモビルスーツと何度も戦うことになるだろう。

どう戦えば、どう勝てばいい、その考えに飲み込まれながら、トビアは意識を失った。

 

-ゲルガメッシュ ブリッジ-

「ふん…大口をたたいたわりには、ヤマトを沈めることができておらんではないか!!」

ゲールは指揮棒を振り回しながら、目の前にいるコルグニスのパイロットであるカリストとは真逆の肌色をしているカリストに怒りをぶつける。

今、コルグニスはゲルガメッシュに収容されており、整備兵によってデータ収集が行われている最中だ。

パイロットはまだコックピットの中だが、もう1人のカリストである彼がいる以上は何も変わらない。

一方のカリストはそんなゲールの怒りなど蚊ほども痛くはなかった。

「ヤマトは大幅に戦力を伸ばしています。そのことはこの戦闘で確認することができました。最大戦力が分かった今、判断できるのは奴らを仕留めるには全軍をぶつける必要があるということです。それだけでも、大きく貢献できたものとは思いますが…?」

「ふ、ふん!そんなこと…だが、どうするというのだ!!仮にそれでヤマトを仕留めたとしても、我らはジリ貧だぞ!!」

別世界へ来てしまった以上、もはや本国と連絡を取ることはできない。

自らの権限を使い、潤沢に得られるであろう補給物資もない。

そんな中でそんな総力戦を始めれば、どちらも地獄行だ。

「ならば、協力相手を手に入れることから始めましょう。ちょうど、この世界は戦乱の時代を迎えています。見つけることは難しくありません。それに、我々には力がある。それに応じない手はないでしょう」

 

 

-ヤマト 第一艦橋-

「木星帝国は後退し、結局ガミラスも動きを見せず…か」

「奴らめ、ヤマトにはもはや歯牙をかけていないというのか!」

戦闘が終わり、ヤマトは無事だが、誰もそれを喜ぶ様子はない。

元の世界では必死に倒そうとしたガミラスのヤマトへの態度が掌返しのように変わっているように見え、おまけに自らは動かずに尖兵となった木星帝国だけを動かした。

見下されているのか、もはや戦っても価値のないものと思われたのか。

もしそう思われているというならと思うと、怒りがこみあげてくる。

島はやり場のない怒りをどうにかしたくて、操縦桿に額をたたきつけた。

「真田、X3とトビア君の状態はどうなっている?」

「トビア・アロナクス君は収容しました。軽傷ですが、現在は自室で眠り続けています。X3は現在、ヤマトで修理中です」

「そうか…加藤二尉は?」

「医務室で治療中。機体は代替機を用意する予定で、けがの具合を見た結果、すぐに復帰できるものと」

思わぬダメージを負う結果となったが、それでも敵を追い払うことはできた。

「艦長。これからどうしますか?このままでは…」

「テスタロッサ艦長らと協議した結果、ひとまず地球へ降下することが決まった。そこにあるミスリルの本部で補給を受ける」

「地球…あの、赤い地球へ…」

人類の戦争と更には天変地異によって、自分たちの世界のそれとはまた別の意味で死に瀕している地球。

それにヤマトとガミラス、更には西暦世界というイレギュラーが入り込むことで、また混乱が起こる。

そのことは既に西暦世界で嫌というほど学習していた。

 

-ナデシコB 格納庫-

ナデシコBに収容されたエステバリスとブラックサレナが艦内の整備兵たちの手で修理が行われる。

最初は異形な機体であることから戸惑われていたブラックサレナだが、基本的な整備内容はエステバリスと変わらないため、今では受け入れられつつある。

そんな愛機の様子をアキトはじっと見つめる。

「アキト…」

格納庫に入って来た万丈がアキトのそばまで向かい、声をかける。

無表情を貫こうとしていることは分かるが、冷静でないことは既に顔面に光るナノマシンが教えている。

「あの時…確かにユリカの声が聞こえた。そして、言っていた…。必ず、また会えると…」

「そうか。だとしたら、後は君がそれを信じることだ。今の我々にはどうすればいいのかはわからない。しかし、我々には帰らなければならない理由がある。そのためにも、今ここであきらめるわけにはいかない」

「ああ、そうだな…」

「アキト、元の世界へ帰ってからのことは君が決めればいい。だが、今の僕たちには君が必要だ。だから…」

「分かっている。…少し、休んでくる」

万丈とすれ違い、艦内に用意されている自室へと戻っていく。

彼の後姿を見ずに、万丈は整備されているブラックサレナに目を向ける。

(黒百合…アキトの愛と復讐心を象徴するあだ花。僕には、憎しみと復讐のむなしさを説く資格はない。僕も…アキトと同じなのだから)

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦橋-

大気圏突入のための準備が始まる中、ダナンの艦橋にはなぜかヨナの姿があり、彼は通信機の操作を行っていた。

「艦長…よろしいのですが、彼はただのパイロットのはずでしょう?」

本来の自分の席を使う彼を見た通信兵は戸惑いながらテレサに目を向ける。

既に事情は聴いているが、それでも彼の身の上を中々信じることができなかった。

「カリーニン少佐が尋問し、裏付けもできています。もしかしたら、ヤマトをはじめとした異世界の機動兵器と戦艦の存在をミスリル1つでかばいきれない可能性があります。それに、戦闘を行った以上、既に知れ渡っている可能性も…」

この世界にも、ソウジ達がよく知る2つの巨大な企業が存在する。

そして、彼に通信させようとしているのはその1つの企業だ。

1年戦争末期の混乱と災害によって壊滅状態となった中国大陸でかろうじて治安と経済を維持している香港を拠点とした企業。

地球における政治経済への影響力を強く持つフィクサー。

そこと彼はコンタクトを取ろうとしている。

「よし…つながった」

「この通信コード…もしかしてヨナ、ヨナなの!?」

耳に当てているヘッドフォンに懐かしい女性の声が聞こえてくる。

ようやく声を聞くことができたという安心感が胸からあふれ始めるが、今は感傷に浸っている時間がない。

「ヨナ、良かった…。あなたがいる艦が沈んだっていう情報が入ったから、どうしたのかと思って…」

「心配かけてごめん、リタ。ミシェルと…ミシェル・ルオと連絡はとれるかい?ルオ商会の力を借りないといけないことが…今、起こっているんだ」




機体名:コルグニス
形式番号:EMS-VSX5(推測)
建造:木星帝国
全高:17.3メートル
全備重量:不明
武装:ビームライフル(ビームアックス内蔵)、メガ粒子砲、ビームクロー
主なパイロット:カリスト

木星帝国が開発した総統専用試作モビルスーツ。
木星戦役の際に奪取したクロスボーン・ガンダムX2のデータと死の旋風隊が運用していたクァバーゼの技術が組み込まれた機体である。
クロスボーン・ガンダムから手に入れた技術データを積極的にアレンジしており、それによって総合性能をクロスボーン・ガンダム以上のものへと引き上げている。
特に腰部中央の軸を中心に推進機関の集中する脚部と攻撃の要となる腕部のレイアウトを変更する独特な可変機構は、大気圏内における飛行を想定したものであったが、パイロットであるカリストの技量によって、最も効率の良い位置にスラスターの向きを変更させる事で変則的な機動を可能としており、それに伴い機体そのものがクロスボーン・ガンダムのフレキシブル・ブースターだと言っても過言ではない。
元々はX2の再現ともいえる機体、アマクサ完成後に開発が行われる予定であったが、ガミラス帝国との合流によって資材の目途がついたことから開発が前倒しされている。


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第45話 死を待つ地球

機体名:Ξガンダム
形式番号:RX-105
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:28.0メートル
全備重量:80.0トン
武装:ビームライフル、ビームサーベル×2、肩部メガ粒子砲×2、ファンネルミサイル、ミサイルランチャー(胸部、肩部、膝部)、シールド
主なパイロット:ハサウェイ・ノア

宇宙世紀世界におけるアナハイム・エレクトロニクス社が次世代型モビルスーツとして開発したもの。
ミノフスキー・クラフトを搭載していることから、長時間自由に大気圏内で飛行可能となっている。
機体頭部にはバイオセンサーを発展させたサイコミュブロックが搭載されており、それによって機体及びファンネルミサイルの制御を行う。
実弾兵装及びビーム兵装のいずれも高い出力と火力を持つことに成功した機体であり、それと引き換えに30メートル近い、大きさだけで見るとモビルアーマーともとられかねないほどのものとなっており、近年続いているモビルスーツの大型化複雑化の最高峰に至ったと言っても過言ではない。
本来であればロンド・ベルでテスト及び運用が行われる予定であったが、ロンド・ベルの同盟勢力といえるミスリルがとある組織との地上での戦いが激化したことから急遽ミスリル預かりとなり、テストパイロットとしてハサウェイ・ノアが指名された。
なお、νガンダムの次のガンダムであることにちなんでΞガンダムと名付けられている。
また、新正暦時代には宇宙世紀105年にこの機体がテロ組織であるマフティーで運用されており、アデレートにおける戦闘で大破・現地の地球連邦軍によって鹵獲されたのち消息不明との記録になっている。


-地球 ホンコンシティ ルオ商会極秘ドック-

「1番コンテナ、2番コンテナ搭載よし!」

「おい、そのモビルスーツの兵装も準備してるよな!?合流したとき、ありませんでしたじゃシャレにならねーぞ!?」

「おい、誰だ!?ここにドダイ置いたのは!!ここはモビルスーツを置くんだぞ!!」

グレーで塗装された、アンコウを模したフォルムの潜水艦、一年戦争時代にジオン公国軍が使用していた潜水艦マッドアングラー級に印も番号も記録されていないコンテナが運び込まれる。

作業員たちの荒っぽい声が響き渡る中、紫に近い黒のセミロングの髪をした、黒い上下に白いコートを重ね着した女性が釣った目でタブレット端末を介して搭載される荷物の確認を行い、その正面にはグレーの整った髪をした、黒い縁のあるメガネをかけた黒スーツの男性が立っている。

「ブリック、ミスリルがオーストラリア北部のカーペンタリアに降りるというわ。この積み荷の準備完了から現地到着までで、どの程度かかるかしら?」

「2日後には出港、香港からカーペンタリアまでの距離は5日の距離。あくまでも、その場所で待機することができれば、の話にはなりますが」

「そうね。けれど…オーストラリア。もう、故郷とは言えない場所ね…」

「ミシェルお嬢様、今は」

「分かっているわ。感傷に浸っている場合じゃないもの」

今の自分はミシェル・アベスカではなく、ミシェル・ルオ。

一年戦争初期のコロニー落としで、家族はシドニーと共に消えてしまった。

コロニー落としの未来をリタが教えてくれて、3人で力を合わせて人々に伝えたことで、多くの人の命を救い、一時は奇蹟の子供たちと称賛を浴びることになった。

だが、3人とも家族を救うことができず、仲良く孤児となってしまった。

その後は孤児院に入れられ、そこで過ごすものだと思われたが、地球連邦軍に目を付けられ、オーガスタ研究所に入れられることになった。

そこでは同じ境遇の子供たちが数多く収容されていて、今は亡き伝説のパイロットであるアムロ・レイのようなニュータイプを作り出すべく、強化人間の実験台にされていた。

だが、ゲッター線による地球汚染やセカンドインパクトによる大規模な災害が起こり、その復興に奔走せざるを得なくなったことで財政が火の車となり、目立った成果を上げることができていないオーガスタ研究所が閉鎖されることになった。

その結果、ヨナ達は着の身着のまま放り出されることになり、それからは3人で一時期ストリートチルドレンとしての生活を続けていたが、アストライア財団によって保護された。

ミシェルは勤勉を重ね、イギリスの名門大学を飛び級を果たすだけでなく、首席で卒業し、彼女の社会情報学と統計学の応用する能力をルオ商会の会長であるルオ・ウーミンに見込まれて、彼の養女となった。

そのツテでリタもルオ商会の保護を受けることができた。

できればヨナも呼びたいと考えていたが、ヨナは家族を守れなかったことへの後悔と、今では数少ない家族になってしまったミシェルとリタを守れる力がほしいと軍人になった。

そんな彼のために、立場を利用していろいろと便宜を図り、少々嫌がられた時期もある。

ミシェルはお母さんか、そういって嫌がりながらもまんざらでもない彼の顔を思い出すと、うっかりクスリと笑ってしまう。

だが、今回は彼だけのためではないのは確かだ。

「ヨナの言っていることが正しければ、アムロ・レイ大尉もいる。再び伝説のパイロットが1年の沈黙を破って帰ってくる。そして、シャア・アズナブルも…」

「アムロ・レイが生きていたということは、シャア・アズナブルも生きている可能性がある、と…?」

「あり得ない話ではないわ。現に、彼が証明してしまったもの。アクシズ・ショックからの1年がかりの生還ショーを」

ピリリリリ、と業務用の電話がミシェルのポケットの中で鳴り響く。

作業員の邪魔にならないよう、従業員用通路へ向かい、電話に出る。

「リタ、どうしたの?この時間は…」

「ミシェル、大変!!ヨナが…ヨナが、大変なことになっちゃう!!」

「ヨナが…分かったわ。すぐに私の部屋に来て!見せてもらうわよ…」

あの時はリタの手を握ったことで、彼女を介してコロニー落としが起こる未来を見ることができた。

リタが怖い未来を見たときはその時のように触れることでそれを見て、その怖さを共有した。

アストライア財団に保護されてからはリタ本人がそうした未来の光景を見ることが少なくなったが、最近になってまた見ることが増えてきた。

(あのアクシズ・ショックが関係しているというの…?リタ…ヨナ…)

 

-オーストラリア大陸 カーペンタリア湾上空-

ゴオオオオと激しく摩擦音が響き、それと同時に宇宙から降りてきたヤマトとナデシコB、トゥアハー・デ・ダナンが雲の中へと飛び込んでいく。

摩擦熱が赤く染まった下部の装甲がゆっくりと冷えていき、雲を抜けると下に広がるのは赤く染まった海。

その海は出迎えるのではなく、宇宙へ出ても争いを続ける愚かな人類をあざ笑っているかのようだった。

 

-プトレマイオス2改 展望室-

「ここが、カーペンタリア…」

「やっぱり、ここって私たちの世界じゃないのね」

シンとルナマリアの瞳に映る赤い海、廃墟と化した海岸沿いの町。

そこは自分たちの知っているカーペンタリアではなかった。

彼らの知るカーペンタリアは地球では数少ない親プラント国家である大洋州連合の領土であったが、カーペンタリア制圧戦で大西洋連邦艦隊を撃破したことで占領し、それからわずか48時間で完成させたギガフロートの浮かぶ海だ。

だが、別世界ということもあって、当然そこにはそんなギガフロートの痕跡もない。

「けど、考えてみたら俺たちの世界の地球も、一歩間違えたらここ以上のことになっていたのかもな」

「…そうね」

3年前の大戦でザフトが使ったジェネシスは本気で地球に撃とうとしていた。

終戦後に公開されたジェネシスの詳細によると、仮に一発でも地球にジェネシスが命中していた場合、強烈なエネルギー輻射と着弾時の衝撃、気象変動等の影響で地球上のすべての生物の少なくとも8割が死滅する可能性があったという。

そして、何よりもシンの心に突き刺さるのは1年前の大戦で使われたレクイエム。

ザフトはレクイエムをオーブ本土に向けて撃とうとした。

レクイエムはビーム砲で、ジェネシスはガンマ線レーザーという違いはあるが、人殺しのビームであることには変わりない。

撃たれたらどうなるかはもうすでに、地球連合軍が使った際に崩壊した6基のプラントが証明している。

一歩間違えたら、故郷であるオーブだけでなく、自分の憎しみとは関係のない人間まで大勢殺してしまっていた。

「シン…」

「大丈夫だ、ルナ。今はそんなことを考えている場合じゃないってことくらい、分かってる。それより、出発の準備をしようぜ。降りれるって話だから」

「うん…」

 

-クイーンズランド 海岸部-

カーペンタリア湾を面した地域、オーストラリアのクイーンズランド。

コロニー落としによって環境が激変しただけでは飽き足らず、ゲッター汚染やセカンドインパクト、おまけに最近ではジオンとの戦いもあって、そこには人の住んでいる気配すらない。

ダナンなどから出撃したドダイ改が出撃する。

海岸沿いでは、発煙筒を手にしている男性の姿があり、彼がそれを振ってドダイ改たちを誘導する。

出撃完了後、ダナンは周辺警戒に動くため、再び海へと潜った。

誘導に従ってドダイ改が下り、クルーゾーが発煙筒を振っていた男性に近づく。

黄土色の七三分けで口ひげを生やし、右目を眼帯で隠している彼は緑色のジャケットを身にまとい、背中にはドクロと稲妻が描かれている。

ドダイ改から最初に降りたクルーゾーが彼に近づき、発煙筒を手放した彼と握手を交わす。

「急な呼び出しにもかかわらず、誘導に感謝します」

「ま、あんたらには世話になってる。これくらいのことはしてやるさ」

「紹介しよう。彼はここの代表、ヴィッシュ・ドナヒューさんだ」

「初めまして…が大勢だな。ヴィッシュ・ドナヒューだ。事情はだいたい聞いている。異世界の…御客人だってことはな」

「信用するんすか?俺らのこと」

一介の民間人であり、こんなSFじみたこととは無縁であるはずの彼が完全に信じている様子にソウジは驚いてしまう。

しかも、この地域の代表者とはいえ、いろいろと事情を聞いている様子で、とてもただの民間人とは思えない。

「まぁ、17年前は軍人だったが、今ではごらんのとおり、10年以上ブランクのあるただの民間人だ。それで…どうかな?お前さん達から見た、この海は」

「いやぁ、宇宙から見た通り、真っ赤な海。こりゃまさに血の池地獄だ」

「不謹慎ですよ、三郎太さん」

「言ってたのはクルツだぜ。地獄にふさわしいらしいぜ、あの海…そして、このオーストラリアってのは」

「正解…だが、ここまでストレートに言われるとさすがに傷ついちまうな」

地球へ降り、改めて間近でこの海を見ると、血と見まごうほどの鮮やかな赤に染まっていた。

セカンドインパクトと赤い海の因果関係は未だにわかっておらず、分かっているのはその海は生物を殺すことだけだ。

実際、この海の中には生物は微生物も含めて一匹も生きていない。

おまけに、これもクルツから聞いたが、最近オーストラリアではジオンの動きも活発になっている。

連邦とジオンの戦いに巻き込まれて都市が破壊され、人々の多くはゲッター汚染が発生したときから引き続き、地下シェルターでの生活を余儀なくされている。

ヴィッシュが代表を務めるシェルターもその1つで、自力での生活が難しい状況であるため、現在はミスリルやロンド・ベルから定期的に送られてくる物資にも頼っている状態だ。

「まあ、海だけじゃあない。もう周りを見てくれても分かると思うが、都市もそうだ。オーストラリアだけじゃない。ほかの地域でも…。一番ひどいのはオーストラリアだが、もはやドングリの背比べといったところだ」

一年戦争後、デラーズ紛争によるザビ家滅亡で地球とジオンの戦いは終わったが、アースノイドとスペースノイドの憎しみあいは終わることがなかった。

ティターンズが生まれたのもジオンだけでなく、スペースノイドや地球連邦に不満を持つ勢力によるテロや紛争が頻発したことも大きい。

そして、ティターンズはその勢力を根本から絶つべく、30バンチ事件のように反地球連邦デモ鎮圧のために現地コロニー住民を皆殺しにするなど、民間人をも巻き込んで殺す強引なやり方を各地でとった。

彼らの言い分では、その住民もジオンや反地球連邦活動に協力していたためらしい。

それについてはヴィッシュも完全に否定しきれない。

実際、オーストラリアはコロニー落とし最大の被災地ではあり、一年戦争当時はジオンからの物資に頼らないと生活できないくらい困窮していたこともある。

また、戦後もゲッター汚染やセカンドインパクトを含めた三重苦によってシェルター生活を余儀なくされ、困窮を深めたことで、ジオンに支援する見返りとして物資を手にするという手段をとることも珍しくなかった。

あくまでも生活のためであり、シェルターの中には現地連邦軍を支援して、物資をもらうという逆のパターンもある。

「あたしのいる日本も、ここよりはマシだけれど…平和に暮らせる場所がどんどん少なくなっていってます」

「そりゃあ、あんまり自分たちの暮らしている世界について語れないわけだ」

「3つの世界…どこも大変な思いをしている。この宇宙世紀世界も…」

「あたし達の世界の地球は地球人同士の戦いで滅びようとしている…。それが悔しくて…」

アースノイド、スペースノイドと名乗っているが、結局は同じ地球から生まれた命。

地球が死にかけているのに、地球は大事だとお互いに言っているのに、やっていることはその地球を殺すことの繰り返し。

そんな愚行をいつまでも繰り返していることがかなめには悲しかった。

かなめの言葉を聞き、誰もが沈黙し、悲しい空気に変わっていく。

「ああ、ごめんね。暗い気持ちにさせちゃって…」

「少し、いいかな?」

サンプルとして赤い海水を回収し終えた真田がいつもの無感情な顔そのままにやってきて、かなめに声をかける。

「え…あたしですか?」

「いろいろと忙しくて、中々挨拶ができなかったのでな。私は真田志郎三佐。ヤマトの副長と技術長を務めている」

「マジかよ…!!あの真田副長が女子高生にナンパ!?」

「自分と同じ尺度で考えないでください。そんなことを考えたら、私は自分の記憶を再フォーマットします」

「わ、分かった…!わかったから、2人そろってその眼はやめて!せっかくヴァングレイが修理出来て気持ちが乗って来たのに!!」

「あ、私は千鳥かなめです。一応、ダナンの戦術アドバイザーなんてものをやってます」

仮にもヤマトの副長という重役を務める彼がどうして、一介の民間人である自分にあいさつをしてくるのかかなめにはわからない。

戦術アドバイザーと自ら名乗っているが、それは建前で基本的には一般生活に適応できていない宗介の教育係のようなものだ。

戦術なんて蚊ほども知識はなく、トビアやジュドーの方が持っている。

だが、真田にはどうしても確かめたいことがある。

「トビア君から話を聞いている。君はメカに関する知識のセンスがかなりのものだと…。少し時間をとれないか?」

「え…?」

「この世界の技術体系…その中でも特異な位置づけとなっているアーム・スレイブについて話を聞きたい」

宇宙世紀世界の技術情報はテレサから提供されており、アムロからも話を聞いている。

だが、その中で特に興味を持ったのはこのアーム・スレイブだ。

モビルスーツに近い存在ではあるが、10メートルにも満たない大きさなうえに操縦系統も全く異なる。

動力源であるパラジウムリアクターについては新正暦世界でもモビルスーツに搭載しようと試みられた時期はある。

核融合炉に使われるヘリウム3は木星でしか手に入れることができない。

それがなければ、モビルスーツも戦艦も動かすことができない。

おまけに核融合炉による電気が地球やコロニーの経済を支えていることもある、経済も壊滅してしまう可能性だってある。

そのため、一年戦争時の南極条約ではヘリウム3の輸送を行っている唯一の会社である木星船団公社については相互不可侵を認め合っており、どちらからも保護されることになっており、それは現在でも全世界共通の認識となっている。

そのため、仮にその会社の船を襲った場合、テロリスト認定されるうえに全世界の敵となってしまう。

だが、そんなリスクを背負ってでも地球へのヘリウム3供給を止めるために動くような馬鹿者がいる可能性も否定しきれない。

そして、木星への往復は移動だけでもおよそ4年はかかり、過酷な船内生活を送ることになるその旅で何らかの事故が起こり、一時的に供給が停滞することもあるかもしれない。

そのため、地球連邦軍は一時期ではあるが、地球でもとれるパラジウムを利用したパラジウムリアクターを開発しようとしていた。

核融合炉と比較すると静粛性が高いという利点があったものの、モビルスーツとして使えるくらいの出力のものにしようとすると技術的課題から核融合炉よりも大きくしなければならず、特にビーム兵器の使用が当たり前となっていく中ではその出力の問題は致命的で、それは戦艦でも同様だった。

そのため、パラジウムリアクターの採用は見送られる形となり、現在宇宙世紀世界で使われるのはアーム・スレイブとこのトゥアハー・デ・ダナンなどの一部にとどまっている。

「あ、あたしはただの女子高生ですよ!?そんな、専門家にとってはそんなに面白くないと思いますけど…。トビア君のガンダムについても、適当に言っただけですから」

「科学の探求に置いて、直感というのは大事だ。だから…」

「何…?ああ、分かりました。ええ、大佐殿。これから千鳥とそちらへ向かいます。場所は…了解です。申し訳ありません、三佐。千鳥はこの後、ミスリルとのミーティングがありますので、自分と共にダナンへ戻ります」

通信をしていた様子の宗介がかなめと真田の間に入り、一方的に話を済ませるとかなめの腕をつかみ、自分たちが乗っていたドダイ改へと向かう。

「ちょっと、ソースケ…!!」

「君の素性は最重要機密事項だ。友軍と言えど、それは守らなければならない」

(最重要機密事項…)

確かに、それが今かなめが日本ではなく、ダナンにいる理由。

西暦世界であれば、その素性とは無縁に過ごせたかもしれないが、戻ってきた以上はまた元の事情へと戻る。

そのことを悲しく思いながらも、今は従うしかなかった。

「いくらナイト役とはいえ、神経質だねえ。真田副長まで近づけないとは」

「少し、うらやましいですね…」

「何か言ったか?」

「いえ、別に」

仮にナインを守るためにソウジが同じ行動をとったとしても、あまりにも似合わない。

彼はナイトとしてはあまりにも軽すぎるようにしか思えなかった。

「うーん…」

「チトセちゃん、どうしたんだ?」

「勘なんですけど、もしかしたら宗介君とかなめちゃんには、もっと別の事情がある感じがして…」

「へえ、ニュータイプの直感でそう思うのか?」

「別にニュータイプとは関係ないですよ、女の子の勘です」

「相良宗介…相良…」

ソウジとチトセが話す中、真田は去っていく2人を乗せたドダイ改を見送りながら彼らのことで引っかかる何かの正体を頭の中から探ろうとしていた。

相良という苗字についてはどこかで聞いたことがある。

だが、それが何かまではどうしても思い出せなかった。

「まったく、嫌な時代なことには変わりなしか。子供が戦場に出るなんてなぁ」

「それは我々の世界やもう1つの世界も同じです。大人として、大変不本意ではありますが…」

考えてみると、今のパイロットの中でもまだ未成年のパイロットは数多く存在する。

その中でどれだけが自ら望んで戦場に出ているのか。

大半は成り行きややむを得ない状況があって、その役目を背負っていることが多い。

「確かに…俺たち大人や老人がそういう世界を作ってしまった罪は重い。セカンドインパクトやゲッター汚染はともかく、一年戦争は防げたかもしれないのに…」

戦前は地球連邦政府による軍を動かすほどの過剰なスペースノイドへの抑圧があり、一年戦争初期にはジオンが行ったブリティッシュ作戦がある。

それによるコロニーや地球への大量虐殺は今までのジオンやスペースノイドへの同情を吹き飛ばし、憎悪を招くことになった。

過激なジオニストはコロニー落としは必要だと言っていただろうが、ドナヒューはザビ家の独裁を許した時点でジオンの敗北が決まっていた、そしてコロニーを落とした時点でジオンは大義を失ったと考えている。

それがないだけでも、今の泥沼の戦いを変えることができたかもしれないと思うと、ふがいなさが芽生えてしまう。

「ドナヒューさん、私の部下であるサガラとクルツ、共に戦っているハサウェイ君…そして先ほどの千鳥かなめは青い地球のことは映像でしか知りません。私も一年戦争の頃は幼く、青い海をこの目で見た記憶もほんのわずかしかありません。しかし、そのわずかな時間だけでもみたあの青い海を次の世代の子供たちに見せたい、生み出してしまった負の遺産を受け継がせてはならないと思っています」

「ふっ…とんだロマンチストな男だ。最も、そうでなければミスリルに加入することもないか…」

「真田三佐、上陸した隊員たちに帰還命令です」

「敵襲か?」

「近隣の地球連邦軍から救援要請が出ています」

「了解だ。全員急ぎ戻るぞ、ドダイへ急げ」

「了解、ではドナヒューさん」

「ああ、死ぬなよ」

真田達が走ってドダイ改に乗り込み、それぞれの艦へと戻っていく。

収容を終えた艦が発進していくのを見送りながら、ドナヒューは17年前の戦いを思い出す。

(おかしなものだな…。かつてはジオンの兵士として戦っていた俺がここに残り、そして今ではここの代表だ。人生というのは分からないものだな)

終戦を迎え、オーストラリアからジオン軍が引き上げる中で、ドナヒューや彼と志を同じくする一部の兵士は除隊し、ここにとどまっている。

サイド3に家族がおらず、戦いの中で愛着と罪悪感を感じたこのオーストラリアを放っておくことができなかった。

かつて、そこで連邦軍に銃を向けながらも生き延びたモビルスーツはシェルターで電気を供給し続けている。

(生き延びろよ、この泥沼の時代を…)

 

-ヤマト 格納庫-

「キャップ、姉さん。救難信号があったポイントは東のクックタウンの東海岸沿いです。急ぎましょう」

「ああ、分かっている!このヴァングレイのスピードと航続距離ならいけるんだろう?」

新品の装甲と腕と脚を手に入れたヴァングレイのバックパックには追加のプロペラントタンク付きのブースターが装着されており、ナインの計算が正しければヴァングレイ本体の推進剤の消耗なしで現地に到着できる。

「νガンダム、Ξガンダム、及びガンダムチームもドダイ改に乗せて先発します!」

「了解だ、ヴァング1、ヴァング2!ガンダムヴァングレイで出るぜ!」

「ソウジさん、ヴァングレイはガンダムじゃありません!」

「ノリだよ、ノリ!!」

ヤマトから降下し、追加ブースターに火がともったヴァングレイはヤマトを通り過ぎ、クックタウンへと突き進んでいく。

引き続き、プロペラントタンク付き大型フロントスカートを装備したウェイブライダーと化したZガンダムがνガンダムを乗せて出撃準備に入る。

「アムロ大尉、フィンファンネルなしでも大丈夫ですか?」

「重力下での調整はできていないからな。チェーンがいてくれれば…」

アムロの脳裏に恋人である青い髪の女性が浮かぶ。

グリプス戦役で自分が乗っていた零式及びディジェの整備担当を務めてくれた彼女は各種パーツの整備記録だけでなく、その中にある特記事項まですべて把握する女性で、アストナージと共にアムロが信頼するメカニックだ。

彼女がいれば、重力下でも対応できるようにフィンファンネルを瞬時に調整してくれただろう。

今のνガンダムのバックパックはかつての愛機であった零式のフライトユニットに変更されている。

それに装備されているビームキャノンであれば、後方支援も可能だ。

「アムロ大尉、頼みます」

「アムロ・レイ、ルー・ルカ。νガンダム・ゼロ、ウェイブシューター、発進する」

νガンダムを乗せたウェイブシューターがヴァングレイの後に続いていく。

続けて分離したZZとドダイ改に乗った百式、ガンダムMk-Ⅱも発進していった。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「機関最大、我々も急ぎ現地連邦軍と合流する。死ななくてもよい命を一つでも多く救うぞ」

「了解!!」

大局的に見たら、ここで本格的にヤマトやナデシコなどの異世界の兵器を使うことでその存在が知れ渡ることになり、それを求める戦いが起こるだろう。

それは西暦世界ですでに起こってしまったことだ。

だが、救援を求めるものに手を差し伸べる力がある以上は放っておくこともできない。

「ダナンと通信をつなげ。ルオ商会との合流ポイントの再設定を」

「了解。ダナン、聞こえるか!今から…」

古代からダナンへ通信が送られる。

一人の人間として、正しいと思ったこと、できることを精いっぱいやる。

それが沖田に今できる、負の遺産の整理方法だった。

 

-クックタウン-

「何をしている!奴らにこれ以上好き勝手させるな!!」

廃墟ビルを盾替わりにしつつ、ジェガン3機の小隊がビームライフルをネオ・ジオンのモビルスーツに向けて発射する。

元々はミデアで移動中だった部隊で、この場所でネオ・ジオンによる奇襲を受ける形となってミデアは沈み、護衛を行っていたモビルスーツ部隊も残ったのは自分たちだけになった。

奇襲された上に数もネオ・ジオンの方が多い。

「救援信号は送ったのに、まだ来ないのかよ!!」

「もうすぐ来る!持ちこたえ…」

励まそうとした方のジェガンが側面から赤いスパイクシールド付きのモビルスーツに体当たりされ、大きく吹き飛ばされる。

起き上がろうとしたが、その前にそのモビルスーツがビームサーベルでコックピットを突き刺した。

赤と茶色をベースとした、ネオ・ジオンの主力モビルスーツであるギラ・ドーガとはかけ離れた色合いをしており、相撲取りのような太った形状をしたそのモビルスーツの両前腕部には袖に見立てた装飾がされていた。

「ちくしょうが…モビルスーツのくせに、袖なんてつけやがってぇ!!」

仲間を殺された怒りに燃える彼は既にエネルギーの尽きたビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルを抜いて正面から突っ込む。

しかし、ジェガンを吹き飛ばすほどのタックルが可能なそのモビルスーツに格闘戦を行っても勝てるはずがなく、左手で腕をつかまれた挙句、ビームサーベルを突き刺されて、結局は仲間と同じ末路をたどった。

残った1機も既にギラ・ドーガによって倒されていた。

「へっ…アナハイムもいいモビルスーツを用意してくれたものだな。このメッサーは」

「隊長、沈んだミデアから物資の強奪は終わりました」

「よし、物資を持った奴らは後退だ。そろそろ本命が来るからな。残りの奴はまだ動かすなよ」

今回の奇襲の目的はミデアを沈めて物資を奪うのはついででしかない。

そこから救援にやってくる奴らを倒すこと。

これによって少しでもオーストラリアでのジオンの勢力を拡大させることだった。




機体名:νガンダム・ゼロ
形式番号:RX-93+000
建造:アナハイム・エレクトロニクス社およびヤマト艦内での現地整備
全高:22.0メートル
全備重量:68.3トン
武装:90mmバルカン砲×2、マニピュレーター部ランチャー、シールド(ビームキャノン、ミサイルランチャー×4内蔵)、ビームサーベル×3、ビームライフル、ニューハイパーバズーカ、ビームキャノン×2
主なパイロット:アムロ・レイ

νガンダムのバックパックを零式をベースとしたフライトユニットに変更したもの。
フィンファンネルは重力下での調整ができておらず、それが行えるメカニックが不在であったことから装備されなかったために急遽、ヤマトの万能工作機を利用して開発・装備された。
ビームキャノンの追加に伴い、火力が向上し、更には大気圏内でもある程度の飛行が可能になったものの、重量が上がっている。
なお、バックパックの換装に伴い、バックパックのビームサーベルの代替としてリアアーマーに追加で2本のビームサーベルが外付けされ、ニューハイパーバズーカについては腰部に装備しなおされている。
また、そうした換装を急遽行うことができたことはνガンダムそのものが量産機としての優れた整備性と信頼性を持っていたことも大きい。


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第46話 巨人の影

機体名:メッサー
形式番号:Me02R
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:23.0メートル
全備重量:68.8トン
武装:バルカン砲×2、ビームライフル、ビームサーベル、グレネードランチャー、スパイクシールド
主なパイロット:ネオ・ジオン兵

宇宙世紀世界において、ネオ・ジオンが運用する新型主力モビルスーツ。
ギラ・ドーガをベースとして再設計されている点では、同時期に開発されたモビルスーツ、ギラ・ズールと大差ないものの、汎用性を維持したそれと比較すると、重力下での近接戦闘を重視されている。
特に、右肩のスパイクシールドを利用した突撃によって敵モビルスーツを吹き飛ばすことができるほどのパワーを誇っている。
新正暦世界ではマフティーによって運用されていた当機もまた、宇宙世紀世界の戦いの渦に飲み込まれ、ネオ・ジオンの量産型モビルスーツとして連邦に牙を向く。


-オーストラリア北部 珊瑚海上空-

「もうすぐ、オーストラリア…。ジオンの罪の象徴にたどり着く、か…」

ブリッジから外の景色を見つめる青黒の髪をした青年が愛用する軍服と腰に差している乗馬鞭に触れつつ、赤い海と廃墟の大陸を見つめる。

彼を乗せているのは黒と赤をベースとした色彩をした、両翼を含めて500メートル以上の幅を持つ巨大輸送機だ。

ガルダ級超大型輸送機の1機であるそれはかつて、先代のものではあるが、同系機6機を利用して地球の防空圏を割り切ったモビルスーツ派遣体制を目指していたようだ。

一年戦争時に連邦が辛酸をなめたジオンのガウへの対抗意識を感じさせるそれはグリプス戦役とネオジオン戦争の中でスードリは沈み、アウドムラとメロゥドが行方不明となった。

そして、新造された7機目のガルダ級、シムルグは彼が指揮する部隊のためだけに回された。

彼自身、去年のネオジオン戦争までは宇宙でモビルスーツパイロットとして活躍していたが、最終盤であるアクシズでの戦いで自分では越えられない大きな壁を感じてしまった。

多くのパイロットがあこがれるアムロ・レイ『中佐』と彼が駆るνガンダムは頼もしかったが、ネオ・ジオンが駆り出したモビルスーツであるヤクト・ドーガやモビルアーマーであるα・アジールによって次々と討ち取られていく仲間たちを見ていた。

どんなに血反吐を吐くほどの努力をしたとしても、オールドタイプである自分はサイコミュなんて代物を操ることはできず、積み重ねてきた経験も圧倒的な性能を誇る存在によって蹂躙される。

そんな苦い経験で彼はモビルスーツパイロットを捨て、地球への配置換えを求め、それが叶った。

(あの戦いで戦争が終わったなら、つまらん新型モビルスーツの開発を気休め程度に手伝って、退役するつもりだったがな…)

ガルダ級というだけあって、シムルグには数多くのモビルスーツとドダイ改が積まれていて、その中には彼が開発にかかわったモビルスーツも存在する。

それの世話をしている中で辞令が届き、この艦と大佐という地位が与えられた。

なんでも指揮官としての適性が認められ、グリプス戦役前には当時は中佐であったブライト・ノアからの薫陶を受けた経験もあったためだろう。

地球連邦軍総司令直属の精鋭部隊というのは聞こえがいいが、やっていることは市街地への被害を考慮に入れない、ジオン殲滅のための戦い。

一般市民やスペースノイドを中心に嫌われ者である部隊だが、そんなことは彼、ケネス・スレッグにとってはどうでもいいことだった。

赤く染まった地球と同様に腐っていく自分を吹き飛ばすような刺激がほしかった。

「出撃したジェリドとヤザンは?」

少し前に救難信号を拾ったケネスは既に自身の部下である2人の元ティターンズのパイロットを出撃させている。

彼ら以外にも、この部隊には元ティターンズの将兵が数多く存在し、それもまた嫌われる理由になっている。

30バンチ事件やジャブローで起こった核爆発、フォン・ブラウンへのコロニー落としにコロニーレーザーによる民間コロニー攻撃など、ティターンズが起こした事件はアースノイド、スペースノイド問わず、大きなトラウマを残しており、彼らへの怨嗟の声は今も絶えない。

グリプス戦役で敗北し、ティターンズが崩壊してからは生き残った元ティターンズ将校は地球連邦軍に居場所が与えられず、与えられても閑職に追いやられた。

居場所がない者は本来討つべきであるネオ・ジオンに流れてしまった者がいれば、宇宙海賊に身を落としてしまった者、最悪の場合はティターンズであったという理由だけで死刑となるものもいた。

元ティターンズという消えない汚物のような経歴を持つ彼らを受け入れたこの部隊、Gハウンドは彼らにとって唯一の居場所であり、這い上がる部隊だった。

「到着し、交戦に入りました。それから、司令…。ネェル・アーガマも救難信号を拾い、向かっているようです」

「ロンド・ベルが…。そういえば、最近ネェル・アーガマが地球へ降りたという情報はあったが…」

エゥーゴとカラバが合併し、外郭部隊として再編制されたロンド・ベルの主な戦場は宇宙であり、地上での戦闘を旧カラバとミスリルに任せている状態であるため、ネェル・アーガマが地球へ降下することはあまり考えられないことだ。

ただ、最近ガンダムチームやミスリルの一部が消息不明になるといったアクシデントがあり、地上の戦力が足りなくなっていると考えたら説明はつく。

ただ、そのネェル・アーガマの艦長はブライトではなく、オットー・ミタス中佐。

無能ではないが、先代艦長であるブライトとよく比較されるかわいそうな立場にある彼をケネスは陰ながら同情してきた。

おまけに、艦長になって初めての任務である新サイド4密閉型工業用コロニーであるインダストリアル7での偵察任務で、戦力の大半を失うという洗礼を受けることになってしまったという。

コロニー内での戦闘にならないように注意を払ったが、敵わずにコロニー住民を巻き込む形となった。

結果として、民間人にも多数に犠牲者を出し、そのことから地球連邦政府に対して損害賠償や遺族への謝罪を求める声も出ている。

その背景にはセカンドインパクトとゲッター汚染による地球への被害により、地球はコロニーからの物資や資源を求めざるを得なくなり、それ故にコロニーの発言権が強まっている今の時世もある。

一年戦争時には泣き寝入りしていただろうが、コロニーなしでは地球の現状を維持することさえ不可能になる今の状況では、そうはいかない。

それ故に現在ではコロニー内部での戦闘は原則禁止となっており、万が一にも外壁に穴をあけるような事をすれば、いかなる理由があったとしても、『鬼畜以下』の烙印を押されることになる。

その場合、発砲してしまった軍人は銃殺刑となり、上官に対しても降格や更迭もあり得る。

そのことから連邦軍全体にもそのことへの注意喚起は徹底されており、敵モビルスーツよりも先に戦闘開始の挙動を見せた場合でも弾劾や処罰の対象になる。

インダストリアル7での戦闘の詳細は分からないが、先にコロニー内部での戦闘に発展する要因を作ったのがロンド・ベルの場合は最悪の場合、ロンド・ベルの解散があり得るだろう。

そして、ロンド・ベルに所属している面々は元ティターンズと同じ運命をたどることになるだろう。

「本来ならそのネェル・アーガマはロンデニオンでクルー共々謹慎するはずだが、どういうことだ…?」

 

-クックタウン-

オーストラリアの空を2機のモビルスーツが飛行する。

そのうちの1機である、足のないイカかエイともいえる風貌をした青いモビルスーツが地表の様子を5つのモノアイで確かめていく。

グリプス戦役のことから使っているその愛機、ハンブラビの風貌はいろいろと変わってはいるが、それでも自分を満足させる性能を未だに見せてくれている。

2年前のグリプス戦役から着慣れた黒のノーマルスーツ姿で色黒の肌をした金のリーゼントの青年、ヤザン・ゲーブル少佐は少年時代から変わらない地球の廃墟とそれに紛れたように存在する味方モビルスーツの残骸に眉を顰める。

「ちっ、ネオ・ジオンにやられたか。おい、ジェリド。どうなんだ?トリントンの連中からの貰いモンの出来は」

今回の出撃での相方である灰色でほっそりとした3本爪付の腕と脚、そして胴体には不釣り合いなほどの大きな両肩をしたその奇妙なモビルスーツの中で、ヤザンと同じノーマルスーツを着用し、育ちのいい顔立ちで金髪白肌、青い瞳をした青年、ジェリド・メサ大尉は操縦桿を握りしめる。

だが、その顔の右上部分には大きな火傷の痕があり、それで伸ばした前髪で隠している。

更には操縦桿を動かす右手からはかすかに金属音が鳴っている。

「悪くありませんよ、ヤザン大尉。トリントンの仲間に礼をしておかないと」

「おい、ジェリド。大尉じゃねえ。Gハウンドに配属されてからは少佐だ、間違えるな」

「失礼しました、少佐」

かつて、ティターンズが開発していた試作モビルスーツ、バイアランを改修したこのバイアラン・カスタムにはジェリドをはじめとしたトリントン基地所属の軍人たちがかかわっている。

単独で大気圏内飛行可能な非可変モビルスーツのコンセプトで開発されたそれは戦闘時に行う、サブスラスターを併用した旋回・回避行動があることから飛行時間が短く、3本爪のマニピュレーターであることから使える兵装が内蔵式のメガ粒子砲とビームサーベルのみで汎用性が低いことから正式採用されなかったものだ。

かつてはそのバイアランに乗っていたジェリド、そしてヤザンは元ティターンズだ。

2人はグリプス戦役で自機を失いながらもどうにか生き延びることができた。

しかし、元ティターンズである彼らに待っていたのは転落の日々だった。

ヤザンは自機が撃破されたときに辛くも脱出したものの、脱出ポッドを味方に発見してもらえず、そのまま漂流することになった。

幸運か不幸かはわからないが、彼が流れ着いたのはサイド1にある、史上初のシリンダー型コロニーであるシャングリラで、そこにはグリプス戦役を生き延び、傷ついたエゥーゴの旗艦であるアーガマが傷をいやすために駐留していた。

そこで彼は生活のためにジャンク屋を営む少年少女を利用して、そのアーガマを撃破し、それに搭載されているモビルスーツを奪おうと画策したが、失敗した。

その少年少女がジュドー達であり、噂では彼らはそのままエゥーゴ、ロンド・ベルに所属し、活躍していると聞いている。

一方、たくらみに失敗したヤザンには一文無しで、裏の仕事で食いつないでいくしかなかった。

元ティターンズであることから危険な仕事をとにかく押し付けられ、おまけにそのことから因縁をつけられて喧嘩を吹っ掛けられ、何度も死にかけた。

落ちぶれて、ボロ雑巾のようになっていく中でどうやって自分を見つけたのか、シムルグの艦長席に座る若造に拾われて、今ここにいる。

彼の下で働くことになるのはシャクだが、それでもゴミのような日々を過ごすよりはマシだとヤザンは考える。

自分と対等の実力を持った相手との殺し合いができる場所を用意してくれるなら、気に入らない生意気な男の命令だって聞く。

少なくとも、かつて自分が謀殺したあの長細い頭でチョビ髭をした陰湿尊大男と比較すると何百倍もマシで、かつて自分が出会った面白い男ほどではないが、中々の面白さもある。

ジェリドも、かつては士官学校の適正テストで優秀な成績を収めたことでティターンズにスカウトされ、エリートコースを歩むはずだったが、グリプス戦役に敗れ、その中で彼は師匠や戦友、おまけに恋人をもあるニュータイプの少年との戦いで失い、自身は乗機を撃破されながらもどうにか生き延びたが、その時に右腕を失い、顔や体にも大きな火傷を負うことになった。

屈辱だったのは助けられたのがティターンズの残党ではなく、生き残りのエゥーゴの艦であり、そこの軍医からはあと少し回収が遅れたらもう死んでいたとさえ言われた。

そして、治療を受けた後はフォン・ブラウンへ送られ、そこから連邦軍総司令部であるラサへ連行され、軍事裁判を受けることになった。

罪状はグリプス戦役初期に自分が起こした、試作モビルスーツの飛行訓練中に起こした墜落事故や無抵抗な民間人を人質に取り、その人質を殺害するという虐殺行為、フォン・ブラウンへのコロニー落とし未遂やサイド2への毒ガスによる大量虐殺未遂など大小様々。

何もかもを失ったジェリドは心の底では死刑を望んでいたが、下されたのは上等兵への降格とトリントン基地への転属だった。

実質、軍人をやめろとも言われるに等しい懲戒人事だが、ジェリドは軍にしがみつく以外の道はなかった。

傷痍軍人として除隊したとしても、元ティターンズである自分には退職金は出るはずもなく、恩給や年金もないだろう。

民間で雇ってもらえるはずもなく、運よく傷痍軍人用の自立支援施設に入ることができたとしても、待っているのは元ティターンズ兵に対する壮絶ないじめだ。

トリントン基地へ移ったジェリドは失った右腕を義手に替え、リハビリをしながらこの厄介払いのための基地で飼殺される日々を過ごした。

戦略的価値がゼロで、ジオンにとっても攻撃する価値もないその基地は元ティターンズ軍人をはじめとした問題児や厄介者、旧型を含めて使用価値がほとんどない兵器を押し付けられるだけの、まさに落ちこぼれの巣窟だった。

唯一楽しみがあったとすれば、そこの整備兵を務めていたドナ・スターが提唱したモビルスーツ単独飛行能力向上計画だ。

彼の経歴はよくわからないが、噂によると遊び半分で上官を撃ってしまったために飛ばされたらしい。

そんな噂が真実なはずはないと誰もが分かっているはずだが、そんなブラックな笑いが必要とされるほど、トリントン基地は暇で、彼の熱意に押される形で基地の人員の大半がその計画に参加した。

当初、ジェリドはそんなことをしても何も意味はないと無視を決め込んだが、その計画の対象となったモビルスーツがトリントン基地に眠っていた2機のバイアランであり、それに登場した経験のあるパイロットが基地の中ではジェリド1人だったこと、パイロットとして復帰するためのリハビリにということで、半ば強引にテストパイロットに任命されてしまった。

計画に必要な資材についてはそれぞれの軍人が持っているルートから余剰品や廃棄が決定したパーツ、旧式で使うあてのないものなどをかき集め、それを用いて作られたのが今、ジェリドが乗っているバイアラン・カスタムだ。

乗り気でなかったジェリドも、かつての愛機であり、落ちぶれた自分と似たものを感じたのか、テストと改良を重ねるうちにこの機体に愛着を持つようになり、Gハウンドに配属された際に条件として提示したのは、搭乗するモビルスーツをこの機体にすることだった。

「熱源反応…!?」

余韻に浸るジェリドの脳裏を冷やすように、コックピットに警告音が響く。

地表から次々とビームや対空ミサイルが飛んできて、センサーが拾う敵モビルスーツの数が増えていく。

「ちっ…ミデア1隻を襲うだけにしては多い。狙いは…俺たちだな」

4本脚の赤い亀のような形のサブフライトシステム、ギャルセゾンに乗るメッサーがビームライフルを撃ってくるとともにギャルセゾンに搭載されているメガ粒子砲が火を噴く。

Gハウンドに所属し、いくつか地上でジオンと戦ってきたことで、ティターンズの落胤ともいえる自分たちを目の敵にしたのだろう。

次々と飛んでくるビームをかいくぐりながらメッサーの側面を飛ぶ。

「ずいぶんとでかくなったみてえだが!ハンブラビと比べりゃあ動きが鈍いんだよぉ!!」

モビルスーツ形態へと変形し、急旋回するハンブラビが手に持つフェザーインライフルを放つ。

通常のビームライフルよりも射程や出力が高いそれだが、やはり最新型というべきなのか、シールドを吹き飛ばすことができたとしても撃破には至らない。

かつてはビームライフルに対して守る手立てがないと言われていたが、それも今では過去の話なのだろう。

「へっ…ジオンめ、うっぷん晴らしをさせてもらう!!」

ジェリドの叫びと共に、バイアラン・カスタムの両腕に内蔵されたメガ粒子砲が発射される。

出力が低下しているのと引き換えに、ビームマシンガンのように連射することが可能となっているそれはメッサーの装甲を傷つけることができても、破壊には至らない。

だが、それでも相手へのプレッシャーになり、そしてメッサーと比較すると装甲のもろいギャルセゾンに損傷を与える。

スラスターにも異常が発生し、動きが鈍くなったところをメガ粒子砲から直接出力されたビームサーベルで両断した。

「へっ…いくら新型でも…」

「油断するんじゃねえ、ジェリド!熱源が来るぞ!」

「何!?うおおお!!!」

地上から突然襲い掛かる光の奔流をすんでのところでのけぞらせてよけるジェリド。

その出力は戦艦の主砲に匹敵するもので、機体表面に強い熱がこもる。

「へへ、ジオンにもまだまだいいモビルスーツが残ってるみてーだなぁ」

 

「ちっ…厄介だな。飛行するモビルスーツが2機、おまけに…犬共か」

二門のビームキャノンを備え付けたかのような大型のバックパックに、腹部に取り付けた大型ビームライフルを取り外すと、底に隠されていたメガ粒子砲2門が露となる。

全身が薄緑色をした20メートル級で一つ目のモビルスーツの両腕にも、袖を模した装飾が施されている。

モニターに2機のGハウンドのモビルスーツを捉えて、両肩と胸部にプロテクターがついた袖なしで茶色のジオン軍服を身に着けた、グレーの顎髭と角刈りをした男性の目がそれらの動きを見る。

動きを封じるべく、今度はバックパックに内蔵されているミサイルランチャーを上空に向けて発射する。

火力一辺倒に見えるこのモビルスーツ、ドーベン・ウルフはネオ・ジオン戦争時にはジオンの次期主力モビルスーツとして量産を視野に入れて開発されたものの、中盤に起こったグレミー・トトの反乱によって、グレミー派が使用することになったものだ。

グレミー・トトはネオ・ジオン戦争時に新兵としてハマーンの配下となり、そこから急激に頭角を現し、古参の軍人を数多く従えるほどの力を発揮した。

そんな彼がネオ・ジオン戦争中盤、地球への恫喝として行われたダブリンへのコロニー落としの少し後で、自らが従えた兵士たち、そしてとあるニュータイプの少女から作り出した数多くのクローンによるニュータイプ部隊と共に反乱を起こした。

その際に、彼がザビ家の血を引く、ジオンの正統な後継者であることを大義名分としたが、彼が本当にザビ家の血を引いていたかについては分かっていない。

ギレン・ザビとニュータイプの素質のある女性との遺伝子で人工授精された結果生まれた試験管ベビーで、例のニュータイプ少女とは異母兄妹である、デギン・ザビの隠し子であるなど数々の仮説があるらしい。

元々、グレミーは孤児であり、後継ぎのいない没落貴族であるトト家の養子だ。

だが、彼が養子となってからはトト家の金回りが良くなり、そのことからザビ家の血を引いているのではないかとささやかれたという話まである。

結果として、その反乱によってグレミー派、ハマーン派、エゥーゴの三つ巴の戦争へと発展し、グレミー派は敗北したものの、その反乱によってジオンは戦力の大半を失うことになり、エゥーゴに敗れた。

その時の反乱によってドーベン・ウルフのほとんどが既に失われたものの、このパイロット、ラカン・ダカランなどの少数のベテランパイロットが現在でも運用している。

「犬どもめ、貴様らを叩き潰して、我が武功とさせてもらう!!お前たちはランゲ・ブルーノ砲でプレッシャーをかけろ!」

「ラカン、俺の出番はないのか?」

指示を出す中で、突然男の通信が入る。

その声の主である男に対して、ラカンはどうしても好きになれない。

後方にはロケットランチャーを担ぎ、両肩や足などに短剣をいくつも装備している紫色のモビルスーツが待機していて、彼はそのモビルスーツに乗っている。

「ふん…貴様のような男に出番などない。貴様程度の機体で何ができるというのだ?」

17年近く地上に潜伏しているジオン部隊からは腕の立つ男として認められているようだが、ラカンには彼を認めることができない。

同時に、ラカンにはどうしても武功を挙げなければならない理由がある。

彼は前述のグレミーの反乱に加わった過去がある。

グレミーから武功を建てた暁には地球の支配権を渡すという条件を出されたことが大きい。

反乱時には一時的にハマーンと共闘したジュドーのZZガンダムに撃墜されてしまった。

辛くも生き延びたものの、シャアが指導者となったジオンではグレミー派だった兵士に対しても帰順が認められたものの、反乱に加担したことから冷遇されることになった。

それでも、ラカンをはじめとした実力のある軍人については取り立てられたが、ネオ・ジオン戦争が終わり、シャアも行方不明となってしまったことで再び冷遇されることになってしまった。

ラカンをはじめとした鼻つまみ者は地球の戦略的価値のない地域に無理やり降ろされた。

そんな自分を冷遇する存在を見返すこと、そして自分を転落させる原因を作ったジュドーをはじめとした、今ではロンド・ベルを叩き潰すことが彼の動力源となっている。

重量のあるドーベン・ウルフだが、その分高い出力もあるため、たとえ重力下であってもある程度の高さまでは飛行できる。

先ほどのミサイルランチャー、そして地上に配備しているギラ・ドーガが放つランゲ・ブルーノ砲が2機の動きを封じ、そこに追い討ちをかけるようにドーベン・ウルフのバックパックからワイヤー付きのビーム砲が射出される。

円型の中継器を中心として動きが変化し、ビーム砲がバイアラン・カスタムとハンブレビを襲う。

「ええい、火力が多すぎるぜ」

「大佐は…シムルグはまだか!?」

シムルグが到着すれば、この程度のモビルスーツ部隊は一掃できる。

後退するという選択肢は残念ながら、続々とやってくるジオンのモビルスーツが封じている。

「いつまでも空にいるわけにはいかねえが…うん?接近する戦艦、こいつは…」

ジオンが地上に戦艦を運用することはかなり稀で、今近くにいるであろうシムルグ以外の戦艦を考えると1つだけ頭に浮かぶ。

2年前のグリプス戦役でZガンダムと共に煮え湯を飲まされた戦艦、アーガマの流れをくむネェル・アーガマ。

その顔触れは大幅に変わっているとはいえ、それでも嫌いな戦艦であることには変わりなく、なんとなく予測はしていたが、その戦艦がやってくることに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

-ネェル・アーガマ改 艦橋-

「Gハウンドのモビルスーツ部隊の状況は!?」

「地表、及び上空の敵モビルスーツ部隊と交戦中!着地することができない状況のようです」

茶色の連邦軍服で身を包んだ小柄な女性軍人、ミヒロ・オイワッケン注意の言葉に黒い艦長帽とコート姿をし、口ひげを生やしている中年男性、オットー・ミタス大佐は艦長席に座った状態でため息をつく。

友軍救出の命令を受け、向かったと思ったら、まさかロンド・ベルとは犬猿の仲と言えるGハウンドをたすけることになるとは思わなかった。

「艦長、今付近にいる友軍は我々だけです」

薄紫の短い髪で、並の男性以上の身長をした女性、レイアム・ボーリンネア中佐の言葉が崖際のオットーの背中を冷たく押す。

今の自分たちはインダストリアル7での一件で立場が悪い状態にある。

戦力としては残存のジェガンにリゼルが数機、そして地球降下の直前に補給として送られた試作モビルスーツであるデルタプラス、同じくインダストリアル7で合流することになった独立部隊エコーズが所有する専用のジェガンとモビルスーツというよりは兵員輸送指揮車という趣の強い12メートルクラスのモビルスーツのロト数機。

地球降下完了時にロンド・ベル本隊から援軍として派遣された3機のモビルスーツにインダストリアル7で回収した曰く付きのモビルスーツ1機。

数は相手が勝っているが、戦えない数字ではない。

ただ、本来所属しているはずのモビルスーツとパイロットの大半が行方不明なうえに、いるのはインダストリアル7へ向かう際に代替として編入されたに過ぎない。

だが、そんな事情があったとしても、たとえ助ける相手がGハウンドであったとしても、助けなければ余計に立場が悪くなる。

「やむを得ん…。クックタウンへ向かえ。モビルスーツ部隊を出撃させろ!エコーズにも出撃要請を!!」

「了解。リディ少尉、聞こえますか?デルタプラス発進、トライスターと一緒に動いてください!」

「おい!!なぜユニコーンを出さん!?」

自動ドアが開くとともに、茶色い左右に分かれた髪をしている太った男性が入ってくる。

インダストリアル7で拾った、紫のスーツを着たこの厄介者にオットーはフウとため息をつく。

もし彼がこの世界のアナハイムの重役、アルベルト・ビストでなければ、独房にぶち込んでおきたかった。

彼の言うユニコーンとは、同じくインダストリアル7で回収した試作モビルスーツであり、連邦宇宙軍再編計画であるUC計画の最終段階となる存在だ。

「ユニコーンガンダムの地上戦闘データを集めろ!そのための戦闘対象がいるではないか!」

「確かに…本部からその話は聞いている。無論、本来ならユニコーンにも出撃させるが…」

オットーにとって、問題なのはそのユニコーンのパイロットだ。

ユニコーンのパイロットは子供であり、更には起動時にバイオメトリクス認証がされてしまったようで、彼以外にそれを稼働させることができない状態になっている。

どうにかネェル・アーガマのメカニック達がそれを解除するために動いでいるが、ユニコーン自体が複雑怪奇な構造の塊であるために不可能に近い。

「何をのんきなことを言っているのだ?コロニーが落ち、地球が赤く染まり、ゲッター線で汚染されてから、女子供が戦いに巻き込まれずに済んだ、戦わずに済んだ話があったかね!?」

「救援を送るには戦力が多すぎるのだよ。現に、合流した部隊も数字に入れると、無理にユニコーンを運用せんでもいい状況だ。それとも、何だ?そんなにあの子を戦わせたいのか?」

ジロリと目を細くして、軽蔑するかのようにアルベルトを見つめる。

言葉を挟まずにいたレイアムも同じようで、艦橋の中の刃のような空気がアルベルトの腹に刺さる。

チッと舌打ちをしたアルベルトはそそくさと艦橋を後にする。

だが、アルベルトの言う通り、女子供が戦争に巻き込まれる、戦うことになる話は掃いて捨てるほどある。

今、ネェル・アーガマにはユニコーンのパイロットになってしまった少年をはじめとして彼のクラスメートである少年少女が何人も乗っている。

彼らは軍の重要機密であるユニコーンを見てしまったことから、ネェル・アーガマから降ろすことができなくなった。

そのうちの数人は戦いに巻き込まれ、友人や家族の死を見てしまったことによるPTSDを発症している子供もいて、軍医によるケアがされている。

慰めがあるとすれば、そんな悲劇が起こったにもかかわらず、気丈にふるまい、メカニックに教わりながら機体整備の手伝いをしてくれる子供もいることだろう。

ようやく厄介者が離れてくれたとため息をついたオットーは続けて指示を出す。

「トライスターが先に出る!エコーズ及びデルタプラスはその後だ。ロメロ5及びジュリエット1から4はネェル・アーガマの直掩をせよ!水中から攻撃される可能性もある。くれぐれも用心しろ!」

 

-クックタウン 近海-

「やれやれ、曰く付きのネェル・アーガマに来て早々、戦闘とはな」

縮れた髪をヘルメットで隠した浅黒い肌のパイロット、ダリル・マッギネス中尉を乗せた、かつてのティターンズのモビルスーツに近い黒いジェガンと言えるモビルスーツがあらかじめネェル・アーガマのカタパルトに待機させているドダイ改に乗る。

彼が乗るモビルスーツ、ジェスタは基本構造としてνガンダムが採用されており、性能面だけを見るとサイコ・フレームがない状態のνガンダムの9割に達すると言われている。

ダリルの乗るジェスタについては増加装甲が脚部スラスターが追加装備されており、バックパックも大型化されているうえに、追加装甲まで装備されている。

また、黒いスパイクシールドが左腕の装着されている格好だ。

そして、後方のドダイ改にはダリル機と同じく増加装甲を装着したジェスタが既に待機していた。

「やれやれ、あいつらいつまでこんなことやんだ?地球もめちゃくちゃだってのに」

ダリルよりも若干濃い黒の肌をした、大きな鼻とのっぺりとした顔立ちが独特な男、ワッツ・ステップニー中尉がその機体、ジェスタ・キャノンに乗る。

バックパックにはビームキャノンとマルチランチャーを装備しており、砲撃支援用に見えるものの、性能そのものは彼曰く、接近戦でもいける口らしい。

「プライドとか、まだ負けてないとか、そういうのじゃないか?付き合ってられないな」

「ダリル、訓練にはなかった新装備だからっつっても、撃墜なんて冗談はなしだぞ!?」

「ああ…分かっている!」

今のダリル機の装備は確かに機種転換訓練の中にはなかったもの。

接近戦特化装備ともいえるそれは有用性は認められてはいるものの、エースパイロット専用のもので、一年戦争時にはそれとほぼ同じ装備をしたジムが敵側へ廻ったガンダムタイプを撃破しているという話も聞く。

「無駄口はそこまでだ。ダリルはクックタウン到着後はドダイを降りて地表の敵の制圧を行え。囚われた小鳥を逃がしてやるんだ」

「うへえ…ティターンズの落胤のモビルスーツが小鳥って…」

ネェル・アーガマの中央カタパルトにノーマル装備のジェスタがドダイ改の上に乗り、そのコックピットの中で薄緑色の七三分けをした髪形をした優男が操縦桿を握る。

彼、ナイジェル・ギャレット大尉とダリル、ワッツの3人組はロンド・ベルでも指折りのエースパイロット部隊として有名で、トライスターと呼ばれている。

グリプス戦役から3人ともエゥーゴに所属し、多くの戦果を挙げている。

また、アムロとの模擬戦が行われた際には3機のコンビネーションで互角に渡り合っている。

その鍛え、生き抜いた腕前には3人とも自信を持っている。

「ナイジェル機、ダリル機、ワッツ機、発進タイミングを譲渡します!」

「了解だ。トライスター、出撃する」

ドダイ改のスラスターに火がともり、3機がネェル・アーガマから飛び去っていく。

白い木馬が3つのカタパルトを全面にかついでいるような形をしたネェル・アーガマ。

ネオ・ジオン戦争を生き抜き、新造艦に旗艦の座を明け渡したはずの戦艦もまた、大きな時代の荒波に巻き込まれていく。




機体名:シムルグ
形式番号:超大型輸送機
建造:地球連邦軍
全長:317メートル
全幅:524メートル
最大積載量:9800トン
武装:対空機銃、12連装ミサイルランチャー、メガ粒子砲
主なパイロット:ケネス・スレッグ

地球連邦軍がネオ・ジオン戦争後に新造したガルダ級超大型輸送機。
Gハウンドは連邦司令部直属の特務部隊であることから作戦行動範囲に制限がなく、大規模の戦力を自由に地球上を移動させること、そしてジオンへの恐怖の象徴となることを期待され、ガルダ級に白羽の矢が立った。
なお、それ以前に開発された6隻のガルダのうちの1隻は既に失われており、2隻については行方がいまだにつかめておらず、現在もエコーズによる調査が行われている。
極秘情報によると、アウドムラはロンド・ベルとかかわりのある部隊が、メロゥドはおそらくは完全にジオンによって秘匿されている可能性が高いという認識だ。


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第47話 復活の福音

-クックタウン-

「ちっ…!スペースノイドがぁ!!」

地表からビームキャノンを撃ってくるガルスKをメガ粒子砲の連射で仕留めたジェリドだが、バイアラン・カスタムが拾う敵機の反応の数に舌打ちする。

彼が特に警戒するのが指揮官と思われるドーベン・ウルフで、パイロットであるラカン・ダカランの素性についても知っている。

一年戦争からネオ・ジオン戦争まで生き抜いてきたベテランの軍人には警戒心が強まる。

「犬め、いい加減に仕留めたいところだが…ちっ、予想以上に速い救援だな」

新たに拾った敵影とそれらの機体に刻まれているエンブレムにラカンは苦い表情を浮かべる。

先行しているのはドダイ改に乗った3機のジェスタ。

青い大文字のLに鈴。

仇敵であるエゥーゴの後釜であるロンド・ベルだ。

そして、そのうちのダリル機がドダイ改から飛び降り、ショットガンで地表に向けて牽制射撃を行う。

長距離からランゲ・ブルーノ砲を放とうとしたギラ・ドーガの姿もあったが、発射前にジェスタ・キャノンの放ったビームキャノンに撃ち抜かれた。

「へっ、今の俺に近づいたら、大けがするぜ」

地上へ降り、ショットガンを投げ捨てたダリル機が後ろ越しに手を伸ばし、マウントされているツインビームスピアを手にする。

ロッドモードに切り替え、まずは対空攻撃を行うザク・キャノンに一気に接近し、3枚にスライスされた状態でわずかに宙を舞った後で爆発した。

「ロンド・ベルのトライスターか…くそっ!よりによって、あんな奴らに助けられるとは!!」

「ぜいたくを言うなよ、ジェリド。奴らじゃないだけありがてえって思え」

ロンド・ベルの中でも、特に煮え湯を飲まされたガンダムはジェリドもヤザンもいい印象を持っていない。

そのことを考えると、まだトライスターならマシというべきだろう。

そして、トライスターに続いてドダイ改に乗ったジェガンと灰色のウェイブライダーというべき姿の戦闘機に乗ったジェガンもやってくる。

いずれのジェガンも薄茶色の装甲でコックピット部分に増加装甲が取り付けられたもので、ドダイ改に乗っているそれにはバイザーやダガーナイフが装備されているなど、普段目にするジェガンとは大きく異なる装備が施されている。

「Gハウンドのモビルスーツ部隊、生きているか?私はエコーズ920隊司令。ダグザ・マックール中佐だ。これより、ロンド・ベルと共同で貴官らを援護する」

「エコーズ…噂のマンハンターか」

「俺たちの同類だな、こりゃプラマイゼロというべきだなぁ!?」

浅黒い肌をした、薄黒い刈上げの髪をした強面の男と彼が名乗るエコーズという名前にヤザンは思わずせせら笑う。

エコーズについてはケネスから軽く聞いており、秘密主義のマンハンターと噂される連邦宇宙軍特殊作戦群だ。

アクシズ落としの後で編成されたもので、その作戦の多くが重要機密事項となっている。

最低限の伝達を終えたダグザの乗るジェガンはハイパーバズーカを動き出しているドーベン・ウルフを含めたモビルスーツ部隊に向けて放つ。

「コンロイ、しくじるなよ」

「隊長こそ。リディ少尉、ここで降りる。脚替わり、感謝するぞ」

「いいえ、作戦ですから」

大柄な体にダグザとは対照的に人当たりがよさそうな顔立ちのした坊主頭の男、コンロイ・ハーゲンセン少佐が乗るジェガンが降下していくのを見送ったウェイブライダーが変形し、その正体であるモビルスーツとしての姿を見せる。

Zガンダムのシールドを持ったグレーの百式と言えるそのモビルスーツは接近してきたドム・トローベンを右手のビームライフルで頭部を撃ち抜く。

メインカメラを失い、視界を奪われたそのモビルスーツが右手に握っていたラテーケン・バズーカを蹴り飛ばし、戦う術を失わせる。

コックピットにはそのモビルスーツから脱出するジオン兵の姿が映っていた。

「リディ少尉!デルタプラスは重力下でのモビルスーツ形態での戦闘データが不足しています!機種転換訓練をやったばかりですから、無茶をしないで!!」

「分かっているさ!リゼルとは違うってことくらい!」

ミヒロの心配も分かるが、育ちの良さのある整った顔立ちをした金髪青瞳の青年、リディ・マーセナス少尉にとって、このデルタプラスは肌に合うモビルスーツだと自認している。

確かに重力下での可変モビルスーツの運用については訓練でしか行っていないが、1G下でも飛行可能というデルタプラスなら問題ない。

現在では後継機のいない百式をベースとしているために現行機との互換性がほとんどないことは分かっているが、機種転換訓練や先ほどまでのクルージング、そして運用時の柔軟性を考えると現役として通用する。

新兵用にも熟練パイロット用にも柔軟なチューニングが行えるリゼルと比較すると、やはりピーキーなことは承知しているが、使いこなせないほどのものではない。

「それに…地球こそが航空機の本場だろう!!」

元々、航空機へのあこがれを抱いていたリディにとっては地球でも可変モビルスーツの運用は夢のような話だ。

記録映画にあったような青い海広がる平和な地球でないことは残念だが、このシチュエーションはリディの心を躍らせていた。

 

「白兵戦用モビルスーツが現れたか…ちっ、奴らの相手をするな!下がれ!!」

地上で対空攻撃を行うモビルスーツを失えば、上空のハンブラビとバイアラン・カスタムを自由の身にしてしまう。

そして、ロンド・ベルのトライスターが現れたということは、それが所属しているであろう本隊も合流する恐れがあり、そうなるとパワーバランスが崩れる。

「旗色が悪そうだな、ラカン・ダカラン。手を貸してやろうか?」

苦虫をかむラカンに通信が繋がり、彼の釣りあげている右口元を今すぐでも殴りたいと思ってしまう。

だが、今ここで戦力を過度に消耗させるわけにはいかず、本来の彼の目的であるガンダム撃破が夢と消えてしまう。

「…ちぃ、助力を要請する!リーバー・ザ・リッパー!!」

「へっ…いいぜ。連邦を切り刻んでやるよ」

ラカンの通信に応え、後方に待機していた紫色のモビルスーツが起動する。

他の機体は動く気配はなく、あくまでも飛び出すのはこの1機のみ。

コックピットには紫のノーマルスーツで身を包んだ、赤いバンダナを額に巻いている男が座り、機体の状態の最終チェックを行う。

「隊長!イフリート・シュナイドは万全です!連邦の奴らに目に物を見せてやってください!」

「ああ…分かっているさ」

口元と顎に伸びた髭を撫で、操縦桿を握りしめる。

長年パイロットを務め、戦い続けてきた彼だが、まだ死に場所はここじゃないということははっきりわかる。

今の戦場の空気からはそんなものは感じられない。

「フレッド・リーバー、イフリート・シュナイド…出る」

 

「うおらあああああ!!」

身を守ろうと盾にしたランゲ・ブルーノ砲共々ギラ・ドーガを切り裂いたダリルのジェスタはツインビームスピアを畳み、周囲の索敵を行う。

地上の対空戦力をあらかた蹴散らしたため、隊長機のドーベンウルフを除けば、あとは自由の身になった2機でもどうにかなるだろう。

「こいつは…気を付けろ、ダリル!!増援の1機が突っ込んできやがるぞ!!」

「何!?」

ワッツからの通信を聞いたダリルにも、その速すぎる動きを見せる反応が分かり、そこへメインカメラを向けると同時にヒートダートがメインカメラに直撃する。

「うわああ!クソッ!カメラがやられた!!」

「援護する、下がれダリル!!」

視界を奪われたダリル機をかばい、ナイジェル機が敵機であるイフリート・シュナイドにビームライフルを放つ。

マシンガンのように連射しているが、イフリート・シュナイドはホバリングを駆使した高速移動を見せつけ、当たる気配がない。

「ちぃ…ワッツ、援護しろ!ダリルを回収する!!」

「了解!調子に乗るなよ、旧型がぁ!!」

ジェスタ・キャノンのビームライフルとビームキャノン、そしてミサイルがイフリート・シュナイドを襲い、さすがの敵機も少しずつ後ろに下がっていく。

その間にナイジェル機がダリル機を拾い、ドダイ改に乗せる。

「くっ…すみません隊長」

「構わんさ。だが…ジオンにもまだまだ脅威となるパイロットがいるということか」

現代機レベルにまで強化されているとはいえ、それでももともとは17年前のモビルスーツであるイフリート。

旧型モビルスーツにも関わらず、エースであるダリルが乗るジェスタを奇襲とはいえ、一瞬で無力化した。

機体以上にパイロットの強さを感じずにはいられない。

「ちっ…腕は立つが、やはり腹が立つ奴だ!!むっ…別方向から敵影?ロンド・ベルめ、もうやって来たのか!?…馬鹿な、このモビルスーツ反応は…!?」

ガンダムだけなら、怒りを感じるだけで、データにない新型機であっても警戒心を強めるだけだったラカンだが、今回は違う。

覚えの有るモビルスーツ反応だが、もはやこの世に存在しないはずのもの。

目を見開いたと同時に、大出力のビームが飛んできて、たまらずラカンはドーベン・ウルフを大きく跳躍させて回避する。

逆探知すると、そこにはウェイブシューターから離脱し、自身のスラスターで飛行するνガンダム・ゼロの姿があった。

「νガンダム!?マイナーチェンジか、それとも…本物か!?」

どちらかどうかは分からないが、アムロとνガンダムの登場によって部隊に動揺が広がる。

それはGハウンドをはじめとした連邦軍も同様だった。

「ロンド・ベルのモビルスーツ部隊…だが、νガンダム!?アムロ・レイ大尉が、生きている…!?」

「消えたはずの白い奴に、よく分からんモビルスーツ…増援はありがたいが、奇妙な感じがするぜ」

「ククク…アムロ・レイか。ジャブローでの暴れっぷりを思い出すぜ!!」

動揺が広がる中で、フレッドだけは笑わずにはいられなかった。

彼はかつて、連邦軍の懲罰部隊に所属していて、ジャブロー攻防戦にも参加していた。

その中で、アムロが乗るガンダムの姿を見たことがある。

重力下であるにも関わらず、バッタのように跳躍しつつ、ビームライフルで次々とザクとグフ、ドムを撃破している姿は今でも覚えている。

そんな彼に血が騒ぎ、若いころはいつか彼と戦いたいと思ってしまい、当時所属していた隊長にたしなめられたことをよく覚えている。

1年前のアクシズ・ショックでシャアと共に行方不明になったことで、彼と会うことはもうないと思っていたが、こうした幸運があるということは、まだまだこの世界には救いがないわけではないようだ。

「ええい、ZZ、ジュドー・アーシタか!!」

「ラカン・ダカラン!まだこんなことをしているのかよ!?」

ジュドーはネオ・ジオン戦争の中で、ラカンと何度も戦っている。

そして、彼はネオ・ジオン戦争中にハマーンが行ったダブリンへのコロニー落としの際、一人でも多くの犠牲者を作るべく、橋を落としたり、赤十字船を攻撃するなどの所業をしていたことは記憶に強く残っている。

赤十字への攻撃禁止は大昔にジュネーブ条約によって中国や北朝鮮など一部を除く多くの国が加盟したことで決められている。

宇宙世紀になり、赤十字もまた宇宙での活動が行われるようになってからは各サイドでも批准の動きがみられた。

ジオン公国となったサイド3は一年戦争勃発時は批准していないが、南極条約にジュネーブ条約の内容が入ったことで実質批准する形となり、終戦後に改めて正式に批准することになった。

「ジュドー・アーシタ!貴様とダブルゼータを倒し、名を挙げて見せる!!」

ここでダブルゼータの首を持ち帰ることができれば、屈辱の日々を清算することができる。

彼の狙いがGハウンドからダブルゼータに移り、接近するその機体に向けて左手に内蔵されているビームガンを発射する。

「いい加減にしろよ!!相変わらず、この地球を見ても、この廃墟を見ても何も感じないのかよ!?」

長い間戦争をしていると、ここまで感覚がマヒするのか。

シャングリラから初めて地球に降りて、この赤い海と廃墟を見たときはあまりにも悲しく感じ、そのことが今でも忘れられない。

そして今、仲間を守るためとはいえ、こうして戦って、死にかけている地球を更に汚す真似をしている。

そのことが悲しくて、怒りを感じずにはいられない。

同じスペースノイドである自分がそんな悲しみを抱いているのに、目の前のスペースノイドにはそれを感じないのか?

「何を言う!?我らの宇宙は連邦が奪ったのだ!そして、地球にしがみつくオールドタイプにはお似合いだろう!?セカンドインパクトがなくとも、ゲッター汚染で自ら地球を汚す真似をしておるのだ!救いがないものだな、アースノイドというのは!!」

「何をぉ!!」

ハイパービームサーベルを引き抜いたZZガンダムがその大出力で重装なドーベン・ウルフを両断しようとする。

しかし、急にそれを保持する左手に衝撃が走り、握っていたハイパービームサーベルを落としてしまう。

「何!?今のは…」

「インコムとはこう使うものだ!!」

左手に気を取られたジュドーに向けてタックルを放つ。

虚を突かれる形となったZZガンダムはあおむけに転倒する。

「うわああ!!」

「ジュドー!奴の言葉に耳を貸すな!」

射出されたインコムをバルカンで破壊し、ジュドーのフォローに入ったνガンダム・ゼロがビームライフルをドーベン・ウルフに向けて連射する。

(ドーベン・ウルフ…。元はガンダムとしているみたいだが)

ティターンズが開発していた強化人間用のガンダムの情報はアムロも耳にしている。

エゥーゴがティターンズから奪取したガンダムMk-Ⅱの汎用性の良さはスポンサーであるアナハイムにも影響を与えており、それを元に次世代機が次々と開発されることになった。

その中で、不採用となったものの『人体の模倣』というMk-Ⅱのコンセプトをさらに推し進めたガンダムMk-Ⅲがある。

Zガンダムをはじめとする可変モビルスーツの台頭によって設計段階で終わった機体だが、オーガスタ研究所がそれの設計データを裏取引で獲得し、現在ドーベン・ウルフに採用されているインコムを試験で気に搭載したガンダムMk-Ⅳを開発した。

そして、ティターンズの依頼でサイコミュ搭載型モビルスーツの開発が行われる際にMk-Ⅳがベースとされ、準サイコミュシステムや装備を更新したガンダムMK-Ⅴが作られた。

ティターンズ壊滅後は連邦軍に接収されたが、ロールアウトされた機体もあるが、その中の1機がジオンへ亡命した研究者の手によって奪取されてしまった。

その機体をベースに開発されたのがドーベン・ウルフであり、ある意味ではガンダムが連邦に牙を向いているという形になっている。

「白い奴め、あのまま消えてくれていればよかったものを…!」

「はっ、そんなんじゃあ、勝ち逃げだろ?首がほしければ、俺が取ってきてやるよ!!」

アクシズでの戦いでシャアが乗っていた総帥用モビルスーツであるサザビーまで討ち取り、ジオンにはアムロを撃墜できるパイロットと機体は存在しないとまで言われてしまっている。

それを否定してやると言わんばかりに、ヒートダートを構えたイフリート・シュナイドがνガンダム・ゼロに向けて突撃する。

「動きの速いイフリート!?邪魔をして!!」

ビームライフルを撃つアムロだが、相手はニュータイプではないがラカンと同じく熟練のパイロットであり、簡単に当てさせてくれない。

上空を飛んでいることなど構わずに跳躍して食らいついてくる。

「くっ…このモビルスーツ、無茶すぎるぞ!?」

「あんたにだけは言われたくないな、アムロ・レイ!!」

「隊長、こちらの部隊の後退は終わっています!『上』からの指示も出ています。一時撤退を!」

「潮時か…まぁ、今の戦力じゃあな」

キイイイインと空気を斬る音が響き、上空には大型のミサイル数発がクックタウンに振ってくる。

「熱が小さい…まさか!!」

とっさにジェリドがメガ粒子砲でミサイルを撃ち、小規模な爆発を起こしたミサイルから煙幕があふれ出る。

着弾、もしくは爆発したミサイルから発生する煙幕が町中を包んでいき、イフリート・シュナイドとドーベン・ウルフなどのジオンのモビルスーツ達は煙の中へと消えていく。

煙が晴れていくと、既にジオンの部隊は姿を消していて、アムロは構えていたライフルをゆっくりとおろした。

「後退した…。もう少し粘ってくると思っていたが…」

「ロンド・ベル、エコーズ。今回の救援、一応感謝しておくぞ」

ヤザンからの通信がナイジェルの元へ送られる。

「ヤザン少佐、シムルグからランデブーポイントが届きました」

「了解だ。じゃあな、次もお前らと共に戦うことができればいいがな」

ハンブラビとバイアラン・カスタムがクックタウンを離脱していく。

彼らがいなくなったのを確認した後で、ナイジェル機がアムロと通信を繋ぐ。

「アムロ大尉、無事で何よりだ。アクシズ共々消息を絶ち、そして今ここへもどってきた。ニュータイプ特有のマジックでも使ったのか?」

「ニュータイプがそんなに便利な存在なわけないだろう?ナイジェル大尉。いいモビルスーツみたいだな」

「ああ…。ジェガンの発展型のジェスタだ。カタログスペックでは、あんたのνガンダムの性能の9割近くまで到達している。並みのモビルスーツに対しては遅れは取らんさ」

「そうか…1年で変わるものなんだな」

ジュドーからも話は聞いていたが、ネオ・ジオン戦争が終わってから従来の主力モビルスーツの座がジム系からジェガンへと完全に変わっているらしい。

アナハイムがこれまで開発したジムとネモの技術を受け継いでおり、カタログスペックでは百式を凌駕するとさえ言われている。

グリプス戦役からモビルスーツが恐竜的な進化を果たしているとはいえ、それでもエゥーゴがロンド・ベルへと発展したことも含めて、わずかの間に時に流れから取り残されている気がした。

「お前たちがここにいるということは、ネェル・アーガマも…ブライト艦長もいるのか?」

「今の我々がいるのはネェル・アーガマだが…今の艦長はブライト大佐ではないぞ。まぁ、詳しい話は中でしよう。ジュドー達のことも含めて、いろいろと聞きたいことがあるからな」

「お、ネェル・アーガマだ!!やっと帰れたぜ!!おーい、こっちだぞー!!」

海から見えてきたネェル・アーガマに百式が両手で手を振り、あまりにも子供っぽく見えたビーチャの所業にエルがコックピット内で頭を抱える。

その周囲には直掩のリゼルやジェガンの姿もあった。

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「すげえ、本当に戻って来たんだな…地球を救った英雄、アムロ・レイとνガンダム…!?」

「私、初めて生で見たけど…すごいモビルスーツね…」

整備兵やインダストリアル7から避難してきた少年少女たちが集まり、口々に収容されつつある機動兵器たちに声を上げていく。

一番の注目はやはりνガンダムで、これにはほかのパイロットたちが抑えるので精いっぱいな状態だ。

「大注目だな、アムロ大尉!」

「茶化すなよ、ジュドー」

「早く会ってやりなよ。多分、いるぜ。チェーンさんも」

「ああ、そうだな…」

νガンダム・ゼロが収容され、コックピットから降りるととうとう彼らの周りに人がごった返してしまう。

アムロが生きているのか、もしくはゾンビになってしまったのかと興味本位で集まってくる。

「アムロ・レイ…アムロ・レイ!!本物だ!!肌も普通で、ちゃんと生きてるぞ!!」

「アクシズで消えちゃったみたいですけど、どうやって戻って来たんですか!?」

「一体どうしたというんだ…この艦?なんでこんなに学生がいるんだ??」

まるで、かつてのホワイトベースを錯覚させる光景に事情を知らないアムロは目を丸くする。

その群れの中を無理やりかいくぐり、一人の女性が出てくる。

襟のところまで伸ばした青い髪で、女性と少女の中間と言える顔立ちをした女性。

女性はアムロを見た瞬間、泣きそうな顔になり、彼に思いっきり抱き着いた。

「アムロ…アムロ大尉!!」

「チェーン、チェーン・アギ…」

「アムロ…生きていたのね。私、ずっと…ずっと…」

「すまない、チェーン…。心配をかけてしまった…」

「本当ですよ…!!」

泣きつくチェーンをアムロは優しく抱き返す。

「話では聞いていたけど、チェーンさんって本当に…」

「こら、エスタ。何写真を撮ろうとしているのよ!」

「何をしているお前たち!ここには機密情報があふれているんだ、さっさと戻れ!!」

遅れて戻って来たダグザとコンロイが部下と共に野次馬たちを解散させ、学生たちを指定している部屋まで戻していく。

そして、Ξガンダムを収容したハサウェイもチェーンの元へ戻ってくる。

「良かったですね、チェーンさん」

「ん…ああ、ごめんね、ハサウェイ。あなたも、無事でよかったわ」

アムロから離れ、涙を拭いたチェーンは笑みを見せつつ、ハサウェイに言葉を返す。

「ええ…。お預かりしていたΞガンダム、どうにか持って帰ることができました」

(ハサウェイとチェーンさん…2人はクェスのことを乗り越えようとしているんだな…)

クェス・パラヤは1年前、ハサウェイが戦場で出会うことになった少女だ。

シャアがネオ・ジオンを掌握し、資源衛星である5thルナが地球連邦軍の拠点となっていたチベットのラサへ落ちるのに前後して、当時は地球で母親のミライ・ノアと妹のチェーミン・ノアと共に過ごしていたハサウェイは避難のために家族と共にホンコンの宇宙港まで来ていた。

父親であるブライトの口添えもあり、無事にシャトルに乗れるはずだったが、そこを地球連邦政府の参謀次官を務めるアデナウアー・パラヤに割り込まれてしまった。

ロンデニオンで行われるシャアとの会談に出席するという目的で、その時は彼の現在の妻であるキャサリン・パラヤ(実際に結婚しているかどうかは分からないが、彼とクェスの死後、パラヤ家の遺産は法的に彼女に相続されていることから、ここでは結婚している物として扱う)と娘のクェスも連れていた。

しかし、ハサウェイが述懐するように、彼女は他人の心情を敏感に感じ取る鋭い直感と感受性を持っていると同時に、情緒不安定で感情の起伏の激しい少女で、自分の母親ではないことも手伝って、キャサリンを猛烈に嫌がり、そのことでクェスに愛想を尽かしていたキャサリンは搭乗を拒否して立ち去ってしまう。

それで1人空きができてしまい、そこでアデナウアーは割り込んでしまった詫びとブライトやロンド・ベルに懇意にしている政治家で、国防委員会の重鎮のジョン・バウアーに借りを返すため、空いてしまった席を彼らに返した。

その際にミライに16歳になろうとしていて、まだ宇宙へ出たことのないから、早く宇宙から今の地球を見るべきだと言われ、ハサウェイは1人でシャトルに乗り、宇宙へ出ることになった。

そのシャトルが宇宙へ出た直後、ジオンとロンド・ベルとの戦闘に巻き込まれることになり、そこでネェル・アーガマに回収され、ブライトと再会することができた。

クェスとは同年代であることから、一緒にモビルスーツのシミュレーションをしたり、話をしたりして友人となり、ハサウェイ自身は彼女に好意を抱くようになる。

運命が大きく変わってしまったのはロンデニオンで、アムロとクェスと3人でドライブを楽しんでいたとき、偶然会談を終えたシャアと出会ってしまったことだ。

地球が滅びかけているにもかかわらず、なおも地球に居座り続け、重力に魂を縛られ続けているアースノイドへの強い失望感を抱くシャアと人間の可能性を信じ、地球再建を果たすことができると信じるアムロがぶつかり合うのを見たクェスはシャアに同調し、彼と共に行ってしまう。

これはクェスがアムロに好意を抱いていて、その時すでに彼のそばにいたチェーンに嫉妬してしまったことが大きいだろう。

また、アムロとシャアにはアデナウアーから本来は与えられるはずで、与えられなかった父親としての愛情を求めていたようだ。

ただの情緒不安定な少女なだけなら、シャアも何もすることはなかっただろうが、彼女にはニュータイプとしての才能が存在してしまったことが悲劇へとつながった。

そのままシャアに連れられ、彼にその才能を利用されるかのようにパイロットとなった。

ハサウェイはそんな彼女を救うために、本来ならロンデニオンでほかのシャトルの乗客共々降りるはずだったが、ネェル・アーガマに密航し、発見されてからは艦内の一室に入れられ、そのまま戦場へと向かった。

そして、重力に捕まりつつあるアクシズでの戦いの中でクェスの感応波を感じ取り、止めなければと考えたハサウェイは部屋を抜け出し、無断でジェガンに乗って出撃してしまった。

そして、ニュータイプ専用モビルアーマーであるα・アジールに乗っているクェスを見つけたハサウェイはどうにか彼女を説得しようとするが、同年代の友人に過ぎなかったクェスに拒絶されるだけだった。

そんな中、同じくジェガンで無理やり出撃していたチェーンとばったり会ってしまい、嫉妬を暴走させたクェスは彼女を攻撃してしまう。

事情の分からないチェーンはこのままではハサウェイも死んでしまうと考えてしまい、反撃に出てしまい、そのことが原因でα・アジールは撃墜され、クェスも死んでしまった。

救おうとしていた彼女を殺されたこと、そして死んだように赤く染まった地球をなおもつぶそうとする大人たちのエゴにストレスが爆発したハサウェイはクェスを殺したチェーンを殺そうとしたが、ちょうどそれと同時にアクシズ・ショックが発生し、νガンダムのサイコフレームから発生した光を見たハサウェイは正気に戻ると同時にチェーンへの殺意を捨て、ただクェスを救えなかったことに涙を流すことしかできなかった。

この一件でハサウェイは軍の重要機密に触れてしまったことになり、彼は軍人にならざるを得なくなった。

「チェーンさん、ブライト艦長は?ハサウェイのこともありますので、ちゃんと帰ったって挨拶をしたくて…」

「ああ、そういえばわからないわよね…。実は、ブライト艦長たちはいないのよ。新しいロンド・ベルの旗艦になる新型艦に移って…」

「新型艦…?もう、なのか?ネェル・アーガマも現役そのものだろう?」

ナイジェルからもその話は聞いていたアムロだが、ネェル・アーガマは実戦投入されてからまだ1年しか経過していない。

そんなネェル・アーガマを早々に降ろして、新型艦ができるこの異様なスピードに驚きを覚える。

「ジョン・バウアー殿の手引きもあるが…疎まれているがロンド・ベルの戦力を引き上げて、ジオンと戦ってもらいたいという事情も、あるのだろう」

格納庫にオットーとレイアムが入ってきて、彼らを見た兵士たちが姿勢を正し、敬礼する。

「オットー・ミタス中佐…お久しぶりです」

「アムロ大尉…。無事に戻ってきてくれたか。ブライト大佐が聞けば、喜ぶだろうな」

オットーもレイアムも、エゥーゴに参加していた身で、アムロとは面識がある。

ブライトの陰に隠れがちではあるものの、彼ら2人が有能であることは一緒に戦ったアムロも分かっていることで、新たに彼らが艦長、副長となったことについては否定するつもりはない。

「なら、チェーンさんがここに残っているのは…?」

「実は、この子の面倒を見るためなのよ」

チェーンが見つめるそのモビルスーツはこれまでのモビルスーツでも異質ともいうべき、純白なモビルスーツだった。

一本角を生やし、ツインアイがギリギリ見えるくらいなまでに顔をマスクで隠していて、仮にこのツインアイがかろうじて見えなければガンダムだとわからないほどだ。

「あの一本角のモビルスーツ…」

「ええっと、名前はユニコーンガンダム…かっこいいじゃん!もしかして、アムロ大尉が乗るモビルスーツ?だって、一角獣ってアムロ大尉のエンブレムだし」

興味津々にユニコーンガンダムを見つめるエルたちに対して、アムロはこのモビルスーツに違和感を感じずにはいられなかった。

既視感と同時に、何か底の深い何かおどろしいものが感じられた。

「…このユニコーンガンダムはムーバブルフレームのすべてがサイコフレームで構築されています」

アムロの不安を察したチェーンはあの戦いの後も持ち続けているサイコフレームのサンプルを握る。

当初は従来のサイコミュより受信許容量や速度が大きく向上し、更には機器の安定性を高める効果、フレームに配置することで追従性を飛躍的に向上させる効果しか見られていなかったが、アムロが起こしたアクシズ・ショックがサイコフレームの、開発者でさえ想定していなかったであろう性能を過剰なまでに証明してしまった。

人知を超える力を持つそのサイコフレームがあろうことか機体全体に施されているといっても過言ではないユニコーンガンダム。

それが一体どれほどの力を発揮してしまうのか、恐怖を抱かずにはいられない。

「アナハイムはあの後、サイコフレームの機能を解析したというのか?」

「いえ…アムロが見せた奇跡、アクシズを包んだ光を見た上層部がその再来を願って造られたものです。もしかしたら、この地球を再生することもできるのではないか、と…」

それを本気で考えるようなロマンチストなわけではないが、とため息をつくチェーンだが、アムロにはそんな大雑把な理由でサイコフレームが使われることに違和感を覚えた。

その力がもし、危険な形で使われたらと考えないのか?

もしこれをシャアが発動したら、逆にアクシズによって地球がつぶされていたかもしれないのに。

「すごいもんだな、これ!!じゃあ…νガンダム以上の力を出せるってことか!?」

「それで、そのパイロットは誰なんですか?まさかとは思いますが…」

これほどニュータイプが乗ることを前提としたモビルスーツならば、パイロットになりうるニュータイプでアムロの頭に浮かぶのは1人しかいない。

だが、彼は現在は月で療養生活を送っていて、傷ついた彼を再び戦場に引っ張り出すような真似をする気にはなれない。

もしそのようなことをしたら、彼に期待を寄せていたシャアに対して顔向けできない。

「…詳しい話は、落ち着いてからだ。アムロ大尉とダグザ少佐は我々と来てくれ。その間にチェーン少尉はνガンダム及びユニコーンガンダムの調整を」

「は、はい…」

オットーとレイアムに連れられ、アムロとダグザは格納庫を後にする。

そして、ちょうどデルタプラスから降りてきたリディがジュドー達の元までやってくる。

「ジュドー、ガンダム・チーム!みんな無事で何よりだ!」

「見ない顔だけど…ロンド・ベルの人なのか?」

「ああ、初めましてだな。リディ・マーセナス少尉だ。ロンド・ベル再編成の際にこちらへ転属になった」

人当たりの良い笑顔を見せるリディがジュドーに右手を差し出し、ジュドーも笑顔を見せて握手を交わす。

「もしかして、転属になったのって、俺たちが行方不明になったせい?」

「間が悪かったのさ…。俺やナイジェル大尉を含めた部隊が配属されて、ブライト大佐たちが新型艦へ向かったことでクルーもほぼ総入れ替え。その状態でインダストリアル7へ向かった結果、大勢仲間がやられてしまったが…。でも、気にするなよ。悪いのはジオンで、俺たちは志願してロンド・ベルに入ったんだ。後悔していないさ」

「にしても、この機体…デルタプラスか。俺の百式の進化系!すっげえうらやましいぜ…」

「あんたの場合、可変機能を持て余しちゃうんじゃない?」

「う、うるせえ!もっと訓練しとけば、俺だって…」

聞いた話によると、百式も元々は可変機能が搭載される予定だったが、強度の問題で見送られたらしい。

その問題を解決し、なおかつZガンダムクラスの汎用性を獲得したのがこのデルタプラスで、それをエースであるトライスターではなく、リディに任されているのは破格の待遇といえる。

「そういえば、行方不明になった後、どうしていたんだ?いきなり現れて、ヒーローみたいに助けてくれたことには感謝はするが…」

 

-ネェル・アーガマ 艦長室-

「ユニコーン計画…ユニコーンガンダム、ですか…」

「そうだ。ジオンとの決戦のための連邦軍再編計画で、アナハイムに委託された。ユニコーンガンダムはそのフラッグシップにあたる」

趣味である紅茶を飲みながらユニコーンガンダムをモニターを使いながら説明するオットーはフウウと深々とため息をつく。

そのユニコーンガンダム回収のためにどれだけの民間人と部下が犠牲となったことか。

それに見合う価値が果たしてユニコーンガンダムには存在するのか。

これから押し寄せるであろう部下や収容した民間人の不満を背負うことになることを考えると、艦長というのは肩身が狭い。

「そして、ユニコーンガンダムのパイロットなのは…彼だ。入ってくれ、バナージ君」

「はい…」

自動ドアが開くとともに、バナージと呼ばれた少年が艦長室に入る。

アナハイム工業専門学校の制服を改造したようなジャケットを身に着け、焦げ茶色の整っていない髪をした少年で、それを見たアムロの表情が曇る。

(また、子供がガンダムに…。嫌なものだな)

「彼がバナージ・リンクス君。インダストリアル7の学生で、実を言うと…ユニコーンガンダムは彼にしか動かせない。バイオメトリクス認証がされていて、チェーン少尉も解除しようとしてくれたのだが…解除できなかったのだ」

「バイオメトリクス認証が…彼が、どうして…?」

「分からん。だが、適性があるのは確かだ。実際に、使って見せていたのだからな。ユニコーンガンダムを…」

インダストリアル7で、ユニコーンに乗ったバナージはビームサーベルとバルカンしか武装がない状態でジオンの強化人間用のモビルスーツを撃退して見せた。

仮に彼がいなければ、ネェル・アーガマは沈んでいたかもしれない。

だが、同時にバナージは軍の最高機密といえるユニコーンに乗ってしまったことで、ネェル・アーガマから降りることができなくなってしまった。

彼だけでなく、生き残り、ネェル・アーガマに収容された民間人もだ。

これ以上の戦闘に巻き込まれる前に引き取り手を探したいところだが、今のネェル・アーガマは悪者の烙印を押されていて、更にはダグザをはじめとしたエコーズもいる。

特務部隊であり、厳格な彼がそれを許してくれるとは思えない。

「それで、話は本当なのだろうな?アムロ大尉。異世界の機動兵器のことは…」

「ええ、ダグザ少佐。私と行動を共にする仲間以外にも、ガミラスと木星帝国が存在します。もし、彼らが介入するようなことがあれば…」




機体名:イフリート・シュナイド
形式番号:MS-08TX/S
建造:ジオン軍(現地改修)
全高:17,2メートル
全備重量:84.4トン
武装:ジャイアント・バズーカ、ショットガン、ヒートダート×14
主なパイロット:フレッド・リーバー

17年前の一年戦争時に使用されたモビルスーツ、イフリートの改修機。
8機しか生産されていないイフリートの現存する珍しい機体で、長年の改修によって、装甲の一部がガンダニウム合金に変更されており、出力については連邦の新型機であるリゼルに匹敵し、改修次第ではビーム兵器の使用も可能になっている。
特徴的なのは機体各部に装備された苦無型武器であるヒートダートで、これはパイロットであるフレッド・リーバーの戦闘スタイルに合わせたもので、投擲や近接戦など幅開く活用することができる。
なお、フレッド・リーバーには新型機の配備が再三にわたり決まっており、返事さえすれば同機以上の機体を手に入れることができるにもかかわらず、本人は思い入れのある機体だからという理由で拒否し続けている。


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第48話 理想と現実

-オーストラリア大陸 クックタウン-

「さあ、乗ってください。ネェル・アーガマへ輸送します」

「ま、まさか…自動操縦なうえに、しゃべる機械がハロ以外にも、あるなんてな…」

ダイバーズ達が撃破されたミデアやモビルスーツから負傷者の救出を行い、バトルボンバーがサルベージを行う。

それをミスリルやソレスタルビーイングなどが作業用機体を出して手伝っている。

ミデアの乗組員の大半は既に命を落としており、その中でほんのわずかでも救出を行うことができたのは幸いだ。

ガインも彼らの手伝いを行う中、既に死に体であるこの町がこの戦闘で更に踏みつけられる現状に胸を痛める。

ヤマトなどの艦隊は既にネェル・アーガマと合流していて、ヤマトは現在、バトルボンバーがサルベージした資材を使用して補修パーツなどの準備を行っている。

ジオンは後退しているとはいえ、まだ戦力が残っている状態である以上、またここに来る可能性も残っている。

それに、もうすぐ到着するであろうルオ商会の潜水艦を待つ必要もある。

「ここまで壊してもなお、終わらないというのか…この世界の戦争というのは」

「歯止めが効かないんだよ。連邦も…ジオンも…」

プトレマイオスからワークローダーを借り、救助作業を行うキラの表情が曇る。

そして、3年前に戦った男、ラウ・ル・クルーゼが頭をよぎる。

彼はとある人物が仲たがいした妻の息子の代わりに己の後継者とするために生み出した、自らのクローン人間だ。

その男はアル・ダ・フラガで、キラの仲間であり、今はオーブで過ごしている男、ムウ・ラ・フラガの実の父親だ。

フラガ家は代々資産家で、ナチュラルであるにも関わらず高度な空間認識能力を持っている家系で、ムウもクルーゼもその血を持っていることからドラグーンなどの誘導兵器を使用することができる。

だが、能力を持つことと人柄は比例しない。

ムウから聞いたアルの印象は最悪で、傲慢で横暴なうえに疑り深いとのことで、彼自身もアルのことを非常に嫌っていた。

アルも妻の影響を受けたムウを嫌っていたことから距離を置き、それゆえにクルーゼを生み出すことを思いついた。

そこで目を付けたのは当時、コロニーメンデルでスーパーコーディネイター研究を行っていたユーレン・ヒビキだ。

コーディネイター作成禁止法下で不正にコーディネイターを制作していたG.A.R.M.R&D社に妻のヴィア・ヒビキと共に勤務しており、そのユーレンにアルは多額の投資を行うことと引き換えに、自らの素質を100%引き継いだクローン作りを依頼した。

その金のおかげで、ユーレンはスーパーコーディネイター創造のための人工子宮を開発できた。

そして、ヴィアの胎内に宿っていた二卵性双生児の受精卵から男児の方を実験台にした。

他にも、多くの胎児を人工子宮の生体サンプルとして使い捨てていき、ついに男児をスーパーコーディネイターとして生み出すことに成功した。

そして、アルとの約定を守り、クルーゼというクローンを生み出した。

だが、反コーディネイターの気運が活発化していた時代にそのような研究がされていたという話をブルーコスモスが無視するはずがなかった。

男児とその双子の女児が誕生した直後、コロニーメンデルはブルーコスモスの襲撃を受けることになり、混乱の中でユーレンは死亡し、ヴィアは行方不明となった。

子供は生き延び、男児はヴィアの妹であるカリダ・ヤマトに託されてキラ・ヤマトとなり、女児は交友関係にあったウズミ・ナラ・アスハに引き取られて、カガリ・ユラ・アスハとなった。

ヴィア本人の消息は最近までわからなかったが、地球連合軍がソレスタルビーイングとの密約で管理することとなったヴェーダで調べた結果、ようやくキラとカガリは木連が管理するコロニーでヴィアと再会することができた。

再会した彼女は施設で保護されており、長い逃亡生活と子供と離れ離れになった心労によって廃人同然になっていた。

キラとカガリの必死の呼びかけによって、ほんのわずかに意識を取り戻し、2人の名前を呼んだ。

現在はオーブに移送され、そこで治療を受けているが、意識を取り戻せるかどうかは不透明だ。

その悲劇の中で生まれたクルーゼもまた、悲劇をはらむしかなかった。

生まれたクルーゼはアルに引き取られると、厳しく徹底した英才教育を叩き込まれた。

かじりつき、必死についてきたクルーゼだが、彼には大きな欠陥があった。

体細胞クローンである彼はテロメア遺伝子の現象短縮問題を抱えており、早期に老化を引き起こすもので、それを知ったアルはクルーゼを失敗作として捨て、やむなくムウを改めて後継者としようとした。

そのことに憎悪したクルーゼはアルとその妻を殺害したが、自分のような存在を生み出し、導くことすらしなかった人類への憎しみは収まらず、それからの彼は人類を滅ぼすべく活動した。

その結果、3年前の大戦で人類滅亡の一歩手前まで世界が追い詰められた。

その西暦世界のような、人類を滅ぼす所業がこの世界でも起こるというのか。

ガレキをどかしながら、キラはそのことに悲しみを覚える。

「キラ…」

親友の悲しい様子をワークローダーに乗った状態で見たアスランは言葉をかけることができない。

3年前に地球を焼こうとした罪深き男の1人が己の父親なのだから。

物思いにふけるアスランの考えに水を差すように、ガラガラと激しい物音が聞こえてくる。

「うひょーーーー!!すっげーーー!」

先日意識を取り戻し、完全復活を果たしたであろうヴィヴィアンの声で、何が起こったのかを理解したアスランは額に手を置く。

ミスリルに雇用される形となっているアルゼナルのメイルライダー達はダナンに搭載されているカエルのような頭をしたグレーのアーム・スレイブ、サベージでガレキを片付けている。

アーバレストやガーンズバックと比較すると、電子戦装備がお粗末で、性能も低いが、コストパフォーマンスについてはかなり優れている。

また、短時間の訓練で扱えるようになり、信頼性も圧倒的にほかの機体よりも優れていることから評価が高く、整備コストも安く済むことから様々な傭兵や組織が運用している。

実際、ミスリルも多数のサベージを運用しており、ミスリルに雇用されたからという理由でメイルライダー達も宗介から基本的な運用法は学んでいる。

最初はパラメイルとは違う機体に戸惑った面々だが、信頼性もサバイバリティも上回るサベージに今では慣れている。

ガラガラと崩れて生まれたガレキの山の中からヴィヴィアンが乗っているであろうサベージが出て来て、サリアの乗るサベージが腕を伸ばす。

「ヴィヴィアン、ふざけていないで仕事をしなさい」

「…ごめんちゃい」

そんな空気の中、ネェル・アーガマから降りたダグザがやってくる。

「あなたは…?」

「ダグザ・マックール中佐です。友軍の救助及びサルベージのご助力、感謝します。ヤマト准将、ザラ二佐」

敬礼し、感謝の言葉を口にするダグザにキラとアスランも敬礼で答えるも、はるかに年上である彼から敬語を使われていることに違和感を抱く。

確かに、オーブではキラは准将であり、アスランは二佐であることは確かだ。

身内人事かと疑ったものの、2人とも2度の大戦の中で中核を担い、実際に戦果も挙げており、更には現オーブ首長であるカガリの関係者として信頼も得ていたことから軍からの支持を受けることができた。

そのことは十分理解していて、実際オーブではこのようなことは当たり前のようになっているが、それでもキラもアスランも全く慣れていない。

「我々はロンド・ベルの一員というわけではありません。故に、もうすぐ部下と共にネェル・アーガマを離れることになりますので、そのご挨拶を」

「別世界の私たちにあいさつを…?」

「うわあ、この人怖い顔なのに実は優しい人とか!?」

「ヴィヴィちゃん、駄目よ!そんなことを言っちゃ…」

おまけにマイクで周りに聞こえている。

悪気はないだろうが、それはまずいとヴィヴィアンを制止しようとするエルシャが乗るサベージが申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、気にしなくていい。…これも、連邦の汚れ仕事をやってきた因果というものだ」

平和を守るためとはいえ、許されざることをいくつもしてきたことはダグザも自覚している。

そのために民間人に銃を向ける、もしくはそれを巻き込んだ戦いをも繰り広げてきた。

それ故に連邦軍の中でもエコーズはティターンズに並んで嫌われ者の立場に甘んじている。

長らくエコーズに所属していたダグザも、そのことから人並みの幸せをあきらめており、家族を持っていない。

「本題を聞かせてくれ。それだけが理由で来たわけではないんだろう?」

「刹那…」

(刹那…君も、警戒しているな)

イノベイターである刹那とイノベイドであるティエリアの視線がダグザに向けられる。

その眼を見たダグザはこれまでの疑いの視線とは違うものを感じた。

色眼鏡をかけたものではない、ただまっすぐな目で隠しているものを見ようとしている。

この長い戦いで、一体どれだけの人がその眼を忘れてしまったのだろう。

そんなことを考えながら、ダグザは隠していたものを開く。

「では、率直に問おう。君たちも我々と来ないか?」

「君たち…というのは、別世界の住民である僕たち、ですよね?」

「そうだ。連邦軍は君たちを保護し、元の世界へ戻るための手助けをしてくれるだろう」

エコーズは連邦の特殊部隊であり、Gハウンドほどではないが、司令部にも顔が利く。

ダグザなら、司令部に口添えすることで、連邦軍を動かすこともできるだろう。

だが、何事もただでできるというわけではない。

「その見返りとして、連邦軍の一員として戦争に参加しろというのか?」

「まぁ、当然といえば当然よね。世の中、無償なんてものはそう簡単に存在しないから」

「君たちの力があれば、早期に地球からジオンを追い出すことができるだろう。それに、ジオンに協力している謎の組織のこともある」

秘密裏にではあるが、部下には既にヤマトをはじめとした異世界の機動兵器や戦艦の情報をつかませている。

解析不能なものや現行の連邦やジオンの技術では再現が不可能なものもあるが、一つ言えることは、それを囲い込むことができれば、連邦にとって大きな戦力になることだ。

それを見ないふりでいることなど、ダグザにはできない。

連邦の体制とその中で生きている人々を守るためには、その力を手に入れる必要がある。

「それは、我々だけで判断できるものではない」

「そういった話は僕たちではなく、沖田艦長やスメラギさん相手にすべきではないでしょうか?」

今は行動を共にしているが、実態は様々な組織や軍、個人による寄せ集めの集団。

この面々の中で、軍の階級では一番上のキラも、ここでは一モビルスーツパイロット。

指揮官である沖田やスメラギ、ルリに話すべき内容だ。

そのことは長年軍にいるダグザも分かっているだろう。

「私は…君たち個人の意見を聞きたいのだ」

異世界から来た人間から見て、この世界がどう映るのか。

ただ目をそらすのか、それとも他人事とせずに戦うのか?

指揮官に話すだけでは、下でわだかまりが残る。

「今は…答えられません」

「まだこの世界の状況のすべてを理解しているわけではありません。ですので、考える時間をください」

テレサからこの世界のことをあらかた説明されているとはいえ、それでもこの世界のすべてを理解したわけではない。

キラとサリアの返答は論理的だ。

「そうか…だが、残された時間は少ない。それだけは理解してもらうぞ」

それが分かっているダグザは無理強いすることはしない。

表情一つ変えることなく、ネェル・アーガマへと戻っていく。

「ふああああ…びっくりしたぁ。いきなり銃を抜いてくるかと思ったよぉ!」

「すごい迫力でした…」

ヴィヴィアンはともかく、こうした強面の軍人と会ったことのないモモカにとってはダグザは恐ろしい人物だった。

こうした殺伐とした世界ではそうした軍人が多いのかと感じてしまう。

「けれど、本当に切羽詰まった状況みたいね」

「ネオ・ジオンと連邦の戦争ってのはだいたい分かった…。けれど、聞いた話ではどっちもどっちって感じね」

「確かにな…主義主張のぶつかり合いや領土争いではなく、もう完全に感情のぶつけ合いになってるっぽい」

まさに、3年前の戦争の最終局面そのものだが、それでもジェネシスや核ミサイルが堂々と使われていないだけましだろう。

だが、そうした紛争程、根が深い。

武力介入をして、その場の戦闘を止めることができたとしても、時が来たら再び銃を手にする。

どこかで妥協点を見つける政治家が仕事をして、公的に引き留める手段を得なければ、永遠に終わらないだろう。

「そうやって、憎みあうことを続けていたら、戦いは終わらないのに…」

「きれいごとを言うのはやめな。所詮は殺し合いなんだから」

ヒルダにとっては連邦もジオンもどうでもよかった。

ドラゴンと殺しあってきた彼女にとって、その戦いが人間同士になっただけのこと。

お互いに相いれない、殺しあうしかないのであれば、それが一番手っ取り早い。

もしかしたら、テレサがいっていた最後の戦いで共倒れになれば、すっきりするんじゃないか。

「でも、だからって…」

「ぐだぐだ言ってないで、現実を見つめなよ。殺さなきゃ殺される世界に、あたし達も踏み込んじまったんだから」

おびえたり、少しでも戸惑えば殺される。

この世界でロザリーとクリスが殺されるような事があってはならない。

そうならないためにも、たとえ人間でも迷わず殺す。

それくらいの覚悟はして、ヒルダは行動を共にしている。

そんな彼女にとって、臆病なキラはたとえ最強のスーパーコーディネイターであったとしても、邪魔者でしかない。

言い返す素振りを見せないキラをかばうようにシンが歩き出す。

「そのきれいごとを忘れてしまったら、いつまでたっても世界は変わらない」

「シン…」

「ここにも、現実が見えてない馬鹿がいたよ」

キラとわだかまりを抱えるシンがかばったのはアスランにとって意外だった。

また何か文句を言おうとしているのかと邪魔者が増えたヒルダはシンをにらむ。

「確かに、現実は戦いを避けては通れない。でも、理想とか信念とか、根っこのようなものを忘れてはいけないと俺は思うんだ」

宇宙に進出し、ニュータイプやコーディネイターというものが生まれてもなお、戦いを断ち切ることはできなかった。

ほころびが生まれ、食い物にする人間が生まれる限り、戦いは続くだろう。

だが、宇宙へ出たのも、コーディネイターが生まれたのも、戦いを起こすためじゃない。

増えすぎた人類によって食い尽くされる前に地球を保全するため、人類の可能性を最大限に引き出すため。

人がもっとより良い方向へ行けるようにするためにそれらは始まったはずだ。

そのことを忘れてしまったから、悲惨な戦争が起こってしまった。

そして、その戦争で両親は死んでしまい、妹は苦しむことになった。

自らもその当事者になってしまった以上、そのことから目を背けることはできない。

「ありがとう、シン…それに、ヒルダも」

「え…?」

「ヒルダは僕のことを心配して、あんな風に言ってくれたんだね」

「へえ、優しいんだ…」

「そ、そんなわけないだろ!?」

キラと煽るアンジュのせいで、完全に調子が狂ったヒルダはまだやることがあると言って逃げるようにその場を離れていく。

持ち場に戻る途中で、うっかり乗っていたサベージがガレキに躓いて転んでしまい、ナオミのサベージに助けられる始末で、その有様にアンジュはざまあ見ろと笑った。

「キラさん…」

「ナイスフォローだったぞ、シン。おかげでキラが助かった」

「俺は…持論を言っただけですから」

キラやアスランの影響を受けたこともある。

だが、それ以上に、あの戦いの中で、ひどい痛みが伴う経験をした中で学んだことであることが大きい。

だからこそ、今は共に戦っている。

もう2度と、自分のような戦争で親を失う子供が増えないように。

ステラのような悲しい少女を生み出さないように。

「その持論というものを…言い換えれば、信念というものを捨ててはならぬぞ」

「沖田艦長!!」

ヤマトの艦長室で待機しているとばかり思っていた沖田が現れたことに気付き、アンジュ以外のその場の面々が自機から降りると、彼に向けて敬礼しようとする。

「ああ、そのままでいい…。かしこまらんでくれ。ワシも、この目で状況を確認しに来ただけだ」

最も、佐渡からは止められたがと、しかりつけてくる彼の顔を思い出す。

自分を気遣ってくれることはうれしいが、それでも自分の足で歩き、自分の目で見なければ感じることができないものもある。

それを大切にしてきたから、長年軍人を務めながらも、生き抜くことができた。

優しい目で語り掛ける姿に、不意にシンはトダカ一佐のことを思い出す。

トダカは両親を失ったときにシンとマユを救ってくれたオーブの軍人で、オーブ残留を拒む彼のために2人がプラントに移住できるように働きかけてくれた。

いつか再会し、その時の恩を返したいと思っていたシンは戦後、オーブへ出向した際に彼の行方を捜し、その中で彼が戦死したことを知った。

そして、その原因が自分が彼が乗る艦であるタケミカヅチを討ってしまったためだということも。

1年前の大戦時、オーブは一時的にセイラン家に権力を掌握され、彼らの方針によって連合に従属していた時期がある。

その中で、クレタ沖でミネルバと交戦し、トダカも戦場にいた。

かつての恩を仇で返す結果となってしまったことを知ったシンはトダカの墓へ向かい、遺族にも謝罪している。

戦争だから仕方がない、ミネルバを守るためにはしょうがなかったことだと付き添ってくれたルナマリアからも遺族からも言われたが、それでも自分自身が許せなかった。

「赤い海と破壊された街…この世界も、本当にひどいものですね…」

「そうだな…」

「そちらの世界も似たようなものだったと聞きますけど…」

ソウジらから新正暦世界の地球の状況を聞いているアンジュは古代と沖田に別世界の地球を気遣う余裕がまだ残っていることに驚いていた。

この世界にいる間でも、1年というタイムリミットが迫っているというのに。

ヤマトの乗組員の大半は地球やまだ生き残っているコロニー、そして避難先となっている火星で家族や親しい人を残しているのに。

「確かにな…。だが、地球が人類同士の戦いで滅ぶのだとしたら、それは悲しいことだ」

実際、新正暦世界では110年前の第2次ネオ・ジオン抗争において、宇宙世紀世界では1年前のネオ・ジオン抗争で、ネオ・ジオン総帥であるシャア・アズナブルがアクシズを地球へ落とそうとしていた。

その目的が地球連邦のモグラを粛正するため、人類を地球から無理やりにでも追い出して宇宙へ進出させることで地球を守ろうとするためだったともいわれているが、それでも彼のやったことは地球を死の星へと変えてしまうこと。

人類のエゴで地球が滅びるような事態を二度と起こしてはならない。

たとえそれが別の世界の地球であったとしても。

「沖田艦長はそうならないためにも、戦争に介入すべきだとお考えでしょうか?」

この世界を他人事とできないうえに、既にガミラスが介入している。

ガミラスがどのような行動をとるかは不透明だが、それがどのような結果になるかは既に知っている。

アスランも決めかねてはいるが、少なくともガミラスを放置するわけにはいかないとは考えている。

「我々と同じ異星人であるガミラスが戦争を加速させることは止めねばならんと考えている…。だが、それ以上のことは使命や義務感ではない…。個人の信念の問題だろう」

「信念…」

「先ほどのダグザ中佐も、それを忘れていないことを願う…」

長く軍人をやっている中で、かつて抱いていた信念を捨てた、もしくは捨てざるを得なかった軍人を山ほど見てきた沖田には、彼がどのような未来をたどるかはわからない。

せめて、そんな現実に負けた軍人にならないことだけを願うしかない。

自分よりも若く、頑丈なはずの人間の死を見るのはたくさんなのだから。

「艦長、全員に帰還要請が出ています。連邦軍がこちらに接触しようとしています」

古代の言葉に沖田の恐れていた未来が頭に浮かぶ。

おそらく、それはダグザの接触していた面々全員が感じていることだった。

同時に、要請された内容の中には異世界の機動兵器のうち、ネェル・アーガマに搭載可能なものはすべて乗せるようにというものもあった。

「古代…もうしばらくワシと付き合ってくれ…」

「え…?」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「よし…そのモビルスーツはここでいい。配置しろ」

コンロイの命令を元にエコーズの隊員の誘導によって、ヴァングレイやストライクフリーダム、ヴィルキスなどが次々と格納庫に並べられる。

元々搭載されていたデルタプラスやジェガン、リゼルなどは逆に運び出され、ネェル・アーガマの前に置かれていく。

「コンロイ少佐、これは一体どういうことだ!?」

艦橋にいるオットーからの放送が聞こえ、コンロイの脳裏にオットーの困惑した表情が浮かぶ。

「別世界の機動兵器とパイロットをここへ集めたことについては、確認のためです。どの組織にも所属していない戦力なので、正確に把握する必要があります」

ネェル・アーガマに搭載しきれないものについては所属艦に戻させており、他のエコーズの隊員たちが監視している。

「おいおい、別れの挨拶にしては物騒じゃないか?」

ヴァングレイから降りたソウジはエコーズが握っているライフルに目を向ける。

おそらく、抵抗したらパイロットを殺すことも選択肢に入れているのだろう。

最悪の場合は機体だけでも確保するつもりでいる。

「ソウジさん…」

「チトセちゃん、出てくるなよ。ナイン、そっちはどうなんだ?」

「キャップ、ボディはヤマトに隠してあります。最悪の場合は、こちらからヴァングレイを遠隔操縦することも可能です」

「そいつは良かった…」

ナインは最悪の場合、ボディを捨て、ネットワークを通じてヴァングレイに戻ることができるだろう。

何かあった場合はヴァングレイを起動して、どうにか抵抗することだけはできるだろう。

だが、ヴァングレイ1機だけではこの状況を打開することはできない。

それに、抑えているのがエコーズだけとは限らない。

(エコーズめ…いよいよ動き出すか。まあいい…。ユニコーンは少なくとも、このバナージが動かせることが分かっている。あとは立ち去るだけでいい…)

ダグザから極秘裏に話を聞いていたアルベルトは比較的冷静だ。

ユニコーンもνガンダムをはじめとしたロンド・ベルのガンダムタイプ共々、ネェル・アーガマにある。

エコーズがバナージ諸共接収したとしても、そこから情報をもらうことで目的は果たせる。

問題はこれから起こるであろう火の粉からどう逃れるかだ。

「これは…艦長、シムルグが接近してきます」

「Gハウンドの母艦か…」

直掩のリゼルやジェガン、そしてジェガンがより重装甲な姿になったといえる様相のモビルスーツであるグスタフ・カールとそれを乗せているミサイルランチャーを下部に2門搭載した黒いサブフライトシステム、ケッサリアに守られ、クックタウンにシムルグがネェル・アーガマらと対峙するように姿を現す。

「巨大な輸送機…!?」

「ガルダだよ、連邦のデカイ輸送機さ」

大気圏内で飛行可能な戦艦や輸送機を西暦世界で数多く見てきた舞人にはそれを上回る巨大なシムルグの姿に驚愕していた。

核融合炉やファンネル、そしてガルダ級。

ZZやΞガンダム、アーバレストを見て分かっていたことだが、改めて宇宙世紀世界の西暦世界とは違う技術力の高さに驚くしかなかった。

「Gハウンド…これは、面倒なことになりそうだぜ。おい、そこのお前」

「何です…?」

ナイジェル共々、異世界のパイロットやガンダムチームとは別に格納庫の出入り口付近に固まった状態で移動させられていたヨナはいきなり声をかけられたことに動揺する。

「頼みたいことがある…」

 

-シムルグ 艦橋-

「ふん…これが異世界の機動兵器。モビルスーツもあるようだが、様相も技術もまるで違う…」

艦長席で、タブレット端末でヴァングレイなどの機体データを見るケネスはこれから接収することになっているそれらの機動兵器の技術に興味を抱く。

太陽炉に核分裂炉、宇宙世紀世界の核融合炉とは違う動力源やエステバリスのようなエンジンを必要としない機動兵器。

情報によると、パイロットの技量もかなりのものとのことだ。

ぜひ技術や機体操縦についての話をしてみたいとは思うが、今回の命令から判断すると、それは難しくなるだろう。

「ただちに異世界の戦艦と機動兵器、パイロットの確保…。抵抗する場合は破壊もやむなし、か…」

おそらく、エコーズが送った情報を元に総司令部が判断したのだろう。

元の世界ではどうかは知らないが、この世界ではあくまでも無所属の軍事力でしかない。

ジオンと交戦したようだが、それでもその刃が連邦軍に向かわないとは限らない。

司令部が気に入らないのは彼らがロンド・ベルに協力していることだろう。

司令部から見ても、ロンド・ベルのジオンへの態度は消極的だ。

それ故に今回の件はロンド・ベルの力をそぎ落とし、Gハウンドの戦力を伸ばすチャンスになる。

最も、最新鋭の量産型モビルスーツであるグスタフ・カールを最優先で配備されるなど、数々の便宜が図られている時点でやりすぎではあるが。

「ケネス大佐」

「オープンチャンネルで頼む。穏便に済むに越したことはないが…」

ここにブライトがいたなら苦戦したが、肝心のブライトはラー・カイラムはここにおらず、現地にいる最高階級の人物はオットー。

最悪の場合はエコーズが掌握するシナリオとなっているが、彼らに恩を着せるようなことはしたくないというのがケネスの本音だ。

「こちら地球連邦軍所属Gハウンドの司令官、ケネス・スレッグ大佐だ。司令部からの命令により、これよりロンド・ベルは地球連邦軍総司令の指揮下に入ってもらう」

「何だって!?そんなこと聞いてないぞ!?誰が好き好んでGハウンドなんかに!」

ケネスの通信でロンド・ベルの隊員たちの間に動揺が走る。

副長のレイアムが混乱を沈める中、オットーもオープンチャンネルで返事をする。

「こちら、ロンド・ベル所属ネェル・アーガマ艦長のオットー・ミタス中佐です。その命令についてはブライト大佐の承認を得ているのですか?」

独立部隊として認められているロンド・ベルは司令部によって独自行動も認められている。

仮に指揮下に入る場合があるとするなら、司令官であるブライトの許可を得なければならないと規定されている。

「貴官も戦況を理解しているはずだ。今は戦力を集中する必要があると総司令部が判断した」

「その集中させた戦力で不毛な殲滅戦を仕掛けるというならば、我々は断固として拒否する」

(やはり、そう答えるだろうな…)

ロンド・ベルの構成員や志願する兵士の大半が今の連邦とネオ・ジオンの戦争について疑問を抱いている兵士だ。

故に全面戦争を避ける声が大きく、司令官であるブライトたちも同じ考えだ。

ネオ・ジオンの殲滅によってすべてを終わらせるという考えのGハウンドとは水と油だ。

「了解だ。この件については引き続き話し合うこととしよう。しかし、行動を共にしているイレギュラーについてはロンド・ベルやミスリルの指揮下に入っているわけではない。故に、我々に引き渡してもらう」

やはり狙いはそれか、オットーの額に冷たい汗が流れる。

残念なことに、ソウジ達異世界の部隊にはロンド・ベルと同じ権限が与えられているわけがない。

そして、今彼らが最も欲しているのは未知の技術を持つそれらの、特に兵器化できるものだろう。

それを1年前に起こったような隕石落としやコロニー落としの報復として使うこともあり得る。

だが、彼らはジュドー達を助け、ネェル・アーガマのモビルスーツ部隊を助けてくれた恩人。

はい、そうですかと差し出すつもりはない。

「引き渡すと言われても、彼らは連邦軍に所属していない以上はその命令に服する義務はありませんぞ」

「この非常時に現れたイレギュラー…。先日、似たようなイレギュラーによって連邦の部隊が壊滅したという情報もある。仮にそのイレギュラーと関係を持っていた場合、背中から撃たれる可能性もある。そのような可能性はたとえ微々たるものだとしても放置するわけにはいかない。それが総司令部の判断だ」

「コンロイ少佐…彼らを集めたのはそのためか?」

「はい…」

「だからと言って、こんなやり方があるのか!?善意の協力者である彼らをその意思を確かめずに引き渡せるか!?」

仮に背中から撃つつもりなら、既に彼らは行動を起こしている。

無理やり周囲の機動兵器を起動させ、攻撃を仕掛けているはずだ。

それをしていないし、2度もこちらの世界の軍人を助けている。

話によれば、その別のイレギュラーであるガミラスとは敵対関係にある。

そのことを考えると、今後裏切る可能性は限りなく0と言える。

「貴官はそのようにお考えか?貴官が言う民間人を巻き込む不毛な殲滅戦も、この泥沼の戦争を早期終結するための必要悪だ」

「そんなものは必要ない。これまで同様、速やかに敵中枢を叩けば、戦争を終わらせることができます。現に、そうしてきたはずです」

ハマーン・カーンもシャア・アズナブルもそうして倒したことでネオ・ジオンの戦闘行為を終わらせてきた。

確かに散発的な戦いはあるが、大規模な戦闘になることだけは防ぐことができている。

「確かに、それを成し遂げたロンド・ベルの諸君の功績は素直に認めよう。だが、それでは根本的な解決にならない。再び神輿を用意して、ネオ・ジオンは再び立ち上がる」

「だから、コロニーを攻撃して、スペースノイドを屈服させるというのですか!?グリプス戦役、ティターンズの過ちを忘れたのですか!?」

グリプス戦役でティターンズが使用したコロニーレーザー、グリプス2を試射としてサイド2の18バンチコロニーを攻撃し、住民全員を虐殺する暴挙に出た。

そのコロニーはグリプス戦役では中立を保っていて、避暑地として設計されたことから裕福な階級の人々に愛されていた。

ダカール演説によってティターンズの求心力が急落する中で、スペースノイドを屈服させたという証を手に入れようとしていたようだが、この行動が逆にスペースノイドのさらなる反感を買うことになり、地球への物資供給を停止するコロニーが増えることになった。

一年戦争とゲッター汚染、セカンドインパクトから十数年かけて復興してきた地球だが、荒廃したその大地で生きていくためにはコロニーからの物資供給が必要不可欠で、コロニーに見捨てられたことで地球の住民が苦しみ、その原因を作ったティターンズに怨嗟の声を上げるようになった。

この荒れ果てた地球を守るにはスペースノイドの協力も不可欠だ。

「ジオンとて、アクシズ落としやコロニー落とし、都市部への攻撃も行っている。そのための報復措置は必要なことだ」

「それを繰り返すと、本当に地球も人類も終わるのですぞ!?総司令部は分かっているのか!?そうなれば先に地球が力尽きるのですぞ!?」

力で押さえつけ続けても、スペースノイドは決して地球に頭を下げない。

最後まで戦い続け、過激なテロや戦争を起こす。

そして、衰退している地球は滅びる。

Gハウンドと総司令部の行動は地球を守るためと言いながら、地球を滅ぼしているのだ。

「…どうやら、どこまでも平行線となるようだ」

「当然です。彼らの意思をこちらで確かめ、結果は報告させてもらいます」

「…すまないが、その時間は残されていない」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「全員、動くな!!動いたら、射殺する」

ケネスとオットーの交渉が決裂したと同時に、エコーズの隊員たちは安全装置を外したライフルをソウジ達に向ける。

ネェル・アーガマにいる面々は武器を持っておらず、手を挙げることしかできない。

「どうやら…ロンド・ベルのメンバーではない僕たちを何があろうと接収するつもりだろう」

「そして、行きつく先は市民をも巻き込み、コロニーを破壊する殲滅戦。それでは、コロニーを落としたジオンと何も変わらないぞ…!」

「既にネェル・アーガマ及び他の戦艦はエコーズが掌握している。抵抗するならば、外の仲間にも危害が及ぶぞ!」

「ダグザ中佐…これは!!」

アスランの視線が彼らの指揮をしているコンロイ、そしてダグザに向けられる。

「悪く思うな。これが俺たちの任務だ」

「おっちゃん達はネェル・アーガマをスパイしていたってのかよ!?」

「ユニコーンの監視も兼ねてな…。おとなしくこちらの指示に従ってくれ」

「ふざけんなよ!汚い真似をして!それでも、軍人かよ!!」

頭に血が上り、ダグザに食い掛ろうとする勝平をエコーズの隊員が取り押さえる。

うつ伏せにされた勝平に恵子と宇宙太が駆け寄ろうとするが、他の隊員に阻まれる。

「やめてください!こんなやり方が正しいはずがないでしょう!?」

「…総司令部の決定だ。我々は、それに従うだけだ」

ボロボロになった地球に秩序をもたらし、人々を守っているのは地球連邦軍と地球連邦政府。

それを守るための判断なら、たとえ非道なものであっても遂行する。

エコーズは常にそうして、連邦の歯車として人々を守って来た。

たとえ後ろ指をさされ、守ってきた人々に唾を吐きかけられることになっても。

「あのさ…今の自分の顔、鏡で見たら?」

「何?」

「あなた…今の自分の顔、どういう感じになってるか分かってる?軍人は市民を、国民を守るために戦う…。あなた、こんなやり方をしていることを守るべき人に胸を張って言えるの?」

アンジュの知っている軍人、アンジュリーゼであった時のミスルギ皇国で銃を持っていた軍人たちは全員がミスルギ皇国と皇族、そして国民を守るために鍛錬を積み、そのことに誇りを持っていた。

だから、国民はそんな軍人を尊敬していた。

ダグザ達のやっていることはその真逆。

強面の彼の表情が若干険しいものになっていることから、彼の中の動揺がアンジュにはわかる。

「戦争を終わらせるためだ…やむを得ないことだろう」

「目的のためなら手段を選ばない。その気持ち…分からなくはないわ。だけどね…人としてやってはいけないことに手を出したら、もう二度と人間には戻れないのよ!」

「…お前に、何が分かる…!」

アンジュの言葉が図星だったのか、わずかに震えた声で答え、険しい視線をアンジュに向ける。

まだ16歳の子供に、宇宙世紀世界で生きてきたわけでもない、過酷な戦争と破壊が続く地球で生きてきて、それに巻き込まれて死にゆく人々を見てきたわけでもない彼女にわかるはずがない。

「分かるよ…。だって、私ももう、戻れないから」

「アンジュリーゼ様…」

たとえ、モモカが何度も彼女をアンジュリーゼと呼んだとしても、ノーマとなり、メイルライダーとしてドラゴンを殺し続けるアンジュはもう戻れない。

何も知らない無垢なアンジュリーゼには戻れない。

だが、ダグザはまだ引き返せるところにいると信じたい。

「我々は軍人だ…。軍人は命令に従って、行動するまでだ!」

「じゃが…果たしてそれが、最善の道であるかな?」

「何!?」

急に沖田の声が艦内に響き渡り、エコーズに動揺が走る。

ヤマトもエコーズが掌握し、既に第一艦橋も抑えているはずなのに。

格納庫に備え付けられているモニターが起動し、そこには艦長席に座る沖田の姿が映る。

「ダグザ中佐…ワシはヤマトの館長を務める沖田十三宙将だ。すまないが、艦は取り戻させてもらったぞ」

「何…?」

「ようやく出番が回って来た、といったところか」

第一艦橋の隅には気絶したエコーズの隊員たちが山のように集められていて、ちょうど鉄也がもう1人の倒したエコーズ隊員をその山に放り込んでいるところだった。

「さて…竜馬。うっぷん晴らしのあまりにやりすぎるなよ…」

 

-ヤマト 医務室-

「まったく、厄介なことだ。そんな物騒なものを見せられたら、酒がまずくなるというものじゃわい」

エコーズの兵士によって出入り口を封鎖され、原田とトビア、そして治療中のトビアとヒルダ共々監禁される形となったにもかかわらず、佐渡は愛飲している清酒『美伊』を飲む。

なお、ヒルダはガミラス人であり、肌の色も人間と全く異なることから見つかるわけにはいかず、奥に隠れてもらっている。

「貴様らの中に、ヤマトに置かれている、損傷したガンダムを操縦しているパイロットがいるはずだ。名乗り出ろ!」

(X3のことか…。それに、エコーズは…)

「トビア…」

「ああ、分かってる。キンケドゥさん達はネェル・アーガマにいる。あの人なら大丈夫だと思うけど…」

問題はここをどう切り抜けるかだ。

傷がある程度治っているトビアだが、丸腰で訓練された軍人複数人と白兵戦を挑むわけにはいかない。

万が一、ベルナデッドらが人質にされるとさらに状況が悪くなる。

動けない中で急に医務室のドアが激しい音を立てて開く。

「何だ!?侵入…」

「うおらぁ!!」

振り返り、銃を向けたエコーズ隊員に大きな何かと飛び込んできて、それにぶつかったことで気を失う。

中に入ってきた男を見て、トビア達の表情が和らぐ。

「竜馬さん!」

「よぉ、元気そうじゃねえか、トビア。こちとら、ようやく出番が回ったところだからな。第一艦橋はもう鉄也の野郎が取り戻した」

気絶した隊員からライフルを奪った竜馬の耳に、こちらへやってくるエコーズ隊員の足音が聞こえてくる。

急いで医務室を出た竜馬は服に隠していたグレネードランチャーを手にする。

「オラオラぁ!!死にたくねえなら道を開けろぉ!!」

次の瞬間、ドゴォンと爆発音が響き渡り、耳をふさいだトビア達は竜馬のまさかの行動に困惑する。

「か…仮にも味方の艦の中でグレネードランチャーを使う!?それに、いつの間にそんなものを…」

 

-ナデシコB 艦橋-

「…!」

アキトが木連式・柔でエコーズ隊員を投げ倒し、持っているピストルで離れている隊員のライフルを狙い撃つ。

「くそ!やむを得ん!この男を殺せ!」

バイザーと黒衣の男は危険だと判断したエコーズ隊員がアサルトライフルを発射する。

だが、銃弾は彼に命中する寸前のところで何かに阻まれたかのように動きを鈍られ、次々と床に落ちていく。

「銃が効かないだと!?どういう手品なんだ!?」

携帯型ディストーションフィールド発生装置の存在など知るはずもなく、ましてや銃弾を弾くバリアの存在など見たことも聞いたこともないエコーズ隊員は困惑する。

艦内へのダメージを最小限に抑えるため、ライフルしか持たされていない彼らは接近戦を仕掛けようにも、近づいたらどうなるかはアキトの後ろに倒れているエコーズ隊員たちが教えてくれている。

「おとなしくしろ、お前たちでは…俺には勝てない」

「く、う…!」

気絶した隊員の中で、かろうじて意識を取り戻そうとしている隊員がいて、彼は腰にあるホルスターにある拳銃を抜く。

もしかしたら、後ろからなら殺せるはずだと考え、引き金を引こうとするが、ゴンと頭に強い衝撃が走り、再び意識を闇へと落とした。

「はふぅ…」

「おとなしくしてて…」

先ほどの隊員の頭をライフルで叩いたココは間に合ったことに安堵してその場に座り込み、警戒するミランダは相手がやってこないことを願いながら銃を構える。

そして、エコーズの動きを封じた中でアキトらに守られたルリが艦長席に座る。

「それでは、皆さん…。少しだけおとなしくしていてください…オモイカネ」

「何!?うわあああああ!!」

急にエコーズ隊員たちの体をバチバチとはじける痛みが襲い掛かり、白目をむいてバタバタと気絶していく。

オモイカネを介してナデシコBの艦内防衛機能を起動させ、艦橋のちょうどルリから見て前にいる彼らに対してスタンガンレベルの電気ショックを加えた。

「ルリちゃん…頼むよ」

「はい、それでは…いきます。ナイン、アルさん」

「はい、行きます…!」

「了解」

ヤマトにあるソウジの部屋で待機していたナイン、そしてダナンに待機しているアルがルリの通信に応える。

確かにエコーズの隊員たちは一般の軍人よりも練度がはるかに高く、数も上回る。

鉄也や竜馬、舞人らも肉弾戦ができるが、数が多いうえにそれが難しい人員を守りながらでは明らかに分が悪い。

そして、超AIを搭載しているガイン達については手際よく拘束具をつけたことについては評価はできる。

しかし、誤算があるとするならルリとナイン、そしてアルがいることだ。

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「なんだ!?動き出したぞ!?」

「オートパイロット機能か!?だが、それはロックしたはず…うわあああ!!」

急に動き出したヴァングレイやスカルハートなどがエコーズ隊員たちをマニピュレーターでつかんで拘束していく。

ネェル・アーガマだけでなく、他の艦の格納庫の機動兵器も動き出していて、それらがエコーズ隊員たちを次々と捕縛していく。

「おい、どうした!?B班応答しろ!おい!!」

コンロイが他の部隊の状況を確かめるべく、通信をつなげようとするが、雑音が響き渡るだけで返事がない。

「作戦成功だな、ナイン」

「この程度なら、ルリさんと一緒なら朝飯前です。船外にあるモビルスーツもついでに動かして、彼らを拘束しています」

ルリの力でオモイカネを介して味方機動兵器やワークローダー、プチモビをハッキングする。

さすがのルリでも現状のナデシコBのセンサーやシステムを使っても、複数機を一気に使うのならば大雑把な命令しか出すことができないが、ナインとアルが持つ機体制御機能を借りることで精密な動きを可能にしている。

ナインもアルも個人の機能ではそれぞれ個別の機体しか制御できないが、オモイカネとルリのハッキングによってほかの機体への出入り口と操縦システムを確保してくれるおかげで活路が開ける。

訓練されたとしても、人間であることには変わりないエコーズ隊員に無人のはずの機動兵器たちによる奇襲攻撃は効果があり、次々と拘束していく。

「ダグザ中佐…」

「…」

次々と捕まる隊員たちをどうにか解放しようと銃を手に取るダグザの手が止まる。

「君は命令に従って行動している。軍人として、それは当然のこと…正しい行いだ。だが、軍人であっても、一人の人間として行動しなくてはならん時がある」

「一人の人間として…」

「人は間違いを犯す。もし、それが命令だったとしても、間違っていると思うならば、立ち止まり、自分を貫く勇気も必要だ」

もし、命令に従って行動するだけならば『軍』であっても、『人』ではないだろう。

何かに従うだけなら人でなくてもできることだ。

だとしたら、なぜ『軍人』でなければならないのか。

時に暴走や不幸な未来を呼び寄せる命令に対して、最後に抵抗できるのは人しかいない。

「なら…我々は、私は…そうすればいいのです?」

叶うなら、もっと良い方法があるのなら。

こんな汚れ仕事をせずともいいのなら、それを迷わず選びたい。

だが、血塗られた自覚の有るダグザにはその手段が思いつかない。

「答えは既に出ておる。少しだけ、周囲に耳を傾けることができるのなら、それに気づくことができるはずだ」

「ダグザ中佐!!」

タタタと格納庫に走ってくる音が聞こえて来て、名前を呼ばれたダグザがその方向に目を向ける。

声を上げたのはバナージ、インダストリアル7でダグザ達が救った少年少女の中の一人だ。

「バナージ・リンクス…」

「貴様…!部屋に待機を命令されていたはずだ!」

まだ捕まっていない隊員が威嚇のために銃を向けようとする。

だが、その銃をダグザの右手が遮った。

「隊長…!?」

「ダグザ中佐…インダストリアル7で俺たちを救ってくれたあなたがこんなことを…!?」

「市民を守るために行動するのが軍人だ。それに従っただけだ」

「誰かを守るために戦えるはずのダグザさんが…こんなことをするなんておかしいですよ!」

「やむを得ないことだ…。今、こうしている間にもネオ・ジオンが攻撃を仕掛け、人々が死んでいっている。もうこれ以上の犠牲を増やすわけにはいかん。そのためにも、ネオ・ジオンを叩くためにも力が必要なのだ」

「そんな方法に…それに囚われているから戦いは終わらないんです!それに、戦争を終わらせる方法はほかにあります!!」

「何…!?」

「1年前のアクシズ・ショックを…あの光を見たことがあるでしょう!?あの時、何も感じなかったんですか!?」

アクシズ・ショックが起こったとき、ダグザのチームは地上で軍上層部の避難活動を行う中で、バナージはインダストリアル7のテレビでその光を見た。

サイコフレームのことは知らず、どうしてその光が生まれたのかはわからなかった。

だが、その光は自分たちの心に何かを訴えていて、光が広がる中、連邦もネオ・ジオンも戦闘を止めて、その光に魅了されていた。

「バナージ…」

「あの場にいた人たちはアクシズが落ちるのを止めようとしたって聞きます!連邦もジオンも関係なく!」

確かに、あの光を生み出したサイコフレームはνガンダムが生み出したかもしれない。

だが、バナージはあの光を生み出すきっかけになったのはアムロだけではなく、その地球を守ろうとした人々全員の力だったと考えている。

全員がほんのわずかでも地球を救える可能性があるならと命を顧みることなくアクシズを押し、その中で死んでいった人もいる。

連邦とジオンが一つになれる可能性が示された。

「可能性があるんですよ!みんなが分かり合えるって!」

「…そのような世迷言に付き合う余裕は、連邦軍には…」

「俺はそれでも、信じます…。人の可能性を」

「…」

直視できないほどのまっすぐで純粋に信じる心。

長い間ずっと忘れていたもの、理屈ではない大きな何かを、捨てた気でいたものを思い出してしまう。

「俺もです」

「俺も信じるぜ!バナージ兄ちゃんが言う可能性って奴を!痛て…分かってくれる人って、案外たくさんいるもん、だからな!」

舞人の手を借りてどうにか立ち上がった勝平は痛みに笑って耐えながら鼻をこする。

ガイゾックの戦いはあまりにも孤独で、守っていた人々に責められることもあった。

けれども、ほんのわずかでもわかってくれる人がいると信じて、自分たちの力で守れる人がいることを信じて戦い続けて、その中で自分たちを理解してくれる人が増えていった。

もしその人たちがいなければ、コンピュータドール第8号が言っていたように、人間は滅びても仕方のない生き物だったかもしれない。

「おっちゃん…ネオ・ジオンって奴らを完全に滅ぼして、その先に本当に地球に未来って残ってるのか?」

「…」

勝平の問いにダグザは答えることができない。

一年戦争の影響が大きすぎて、ジオンがいなくなった後の未来を想像することができなくなっていた。

ジオンがいなくなれば、平和な時代が戻ってくるのか?

というよりも、自分たちはこの複雑怪奇な戦乱の時代の原因のはけ口としてジオンの名前を口にしているだけではないのか?

ナチスやヒトラーの名前を引き合いに出して、議論に勝ったように見えるが、実際はそれを引き合いに出した方が負けているだけというゴドウィンの法則と同じように。

「夢だというなら、それを現実にするためにできることをやる!」

「そうやって僕たちは…世界は一歩ずつでも前へ進むはずです!」

「ダグザさん…俺は…俺たちはそのために戦います!」

「…」

ようやく気付いたか、自分の中からそう聞いてくる自分を感じる。

銃を手にして、戦い続けて、その中でダグザは疑問を抱き続けていた。

この行動は、この命令は、この作戦は正しいのか?

それによってよりよい未来を勝ち取っているのかと。

だが、何事にも慣れるもの。

次第に仕事や命令と割り切り、その疑問に蓋をしてきた。

いや、目を背け続けてきた。

そんなやり方をしても、平和な未来が来るはずがないと知りながら。

大人たちがなくした未来の可能性を信じる心。

ずっとあきらめたものをもう一度見ることができるとは。

「…どうやら、我々の完全な敗北のようだ。全員、抵抗を辞めろ。この作戦は…失敗だ」

「ダグザ指令…。了解しました、生きている奴はみな、武装を外せ!作戦中止、中止だ!」

コンロイが通信機で隊員たちに伝え、解放された隊員たちは手元にある銃や手りゅう弾を捨てる。

「ダグザさん…」

「俺は…軍人失格だな」

「そうではない。もう、見えたはずじゃ…。自分のなすべきことを…」

「俺の…なすべきこと。それは…」

 

-オーストラリア クックタウン-

「エコーズからの作戦終了報告はなし…。手間取っているのか」

シムルグの艦橋で報告を待つケネスはこの長すぎる待機時間に違和感を抱き始めていた。

エコーズの中でも技量の高いダグザの部隊ならば、たとえイレギュラーが入ったとしてももっと短い時間で接収を完了することができるはずだ。

応援が必要なら、その旨の連絡が来るはずだが。

まさかとは思うが、あのエコーズがロンド・ベルにしてやられた可能性もよぎる。

「念のために、偵察を送るべきか…」

武装のあるケッサリアよりもドダイ改を自動操縦で飛ばして、様子を探ることを選択肢に入れる中で、ダグザからの通信が入る。

受話器を手にしたケネスは黙って彼の言葉を待つ。

「ケネス大佐、申し訳ありません。作戦は失敗、異世界の機動兵器や戦艦を確保することはできませんでした」

「エコーズとしては珍しい話だな、ダグザ中佐。だとしたら、Gハウンドが実力行使でロンド・ベル及びイレギュラーを確保するしかないな」

「お待ちください。今、連邦軍同士で争ってはそれこそネオ・ジオンに最終決戦を起こす隙を与えます」

「そうは言うが…総司令部の命令に従わないロンド・ベルは反乱分子とされてしまう。それに、エコーズが制圧されたとなれば、その救援に動かざるを得ない。その意味は君にもわかるはずだろう?」

「…分かりました」

通信が切れる音が聞こえ、受話器を降ろしたケネスはニヤリと笑い、モニターに映るイレギュラーとロンド・ベルを見る。

外に放り出された機動兵器たちが戻されていくのが見える。

果たして、ロンド・ベルとダグザはうまく動いてくれるか。

「Gハウンドに伝達!これより、我々はロンド・ベルに実力行使を行い、確保する。各機、戦闘態勢へ移行せよ!」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「隊長、やはり…」

「ああ…。やはり俺の言葉だけではGハウンドを止めることはできない…」

止めることができないとしても、この場だけは見逃してもらうだけでもできたらと思って通信したが、それを許すはずがなかった。

おまけに相手はGハウンド総司令のケネスであり、彼が乗るシムルグとこれから相手をしなければならなくなる。

(我々にこの状況を出し抜けというのか…?)

通信の中で、彼は実力行使をすると言っていた。

やろうと思えばタイミングを伝えることなく、そのまますぐに攻撃することもできたはずだ。

口にはしていないが、おそらくは出し抜いて見せろというのだろうか。

総司令部直属であるGハウンドは命令に従う手前、邪魔はするが。

(だが…面子を優先する総司令部を出し抜くならば…)

ここになってようやく目を背けていた真実を認める気になった。

総司令部にとって、エコーズもGハウンドも自らの面子を守るための駒に過ぎなかった。

歯車としての価値すらないとみていた。

そんなことを認めず、平和のため、市民のためとのたまって来た自分を殴りたくなる。

 

-ヤマト 第一艦橋-

「オットー艦長、エコーズは止まってくれたが…」

「ええ。Gハウンドが動き出しましたな。厄介なことだ」

ダグザとは顔を合わせ、話せばわかる可能性があったから、沖田はそれに賭けることができた。

だが、Gハウンドは何のためらいもなく動いてくる。

「艦長!Gハウンドの機動兵器の接近を確認!照合の結果、ケッサリアとグスタフ・カールが中心となっております!」

「オットー艦長、ネェル・アーガマに搭載されているロンド・ベル以外の機体を降ろしてくれ」

「沖田艦長、何を!?」

「我々はこれより、Gハウンドと交戦する。自らの信念に従い、彼らの暴力に抵抗するつもりだ。だが、ロンド・ベルを巻き込むわけにはいかぬ。我々が戦闘を行っている間に…」

「そんなこと…できるわけないでしょう!?」

言い終わる前にバンとオットーの拳をたたきつける音が響く。

これほどの剣幕で怒るオットーを見たのは珍しく、レイアムをはじめとしたクルーの視線が集中するが、今のオットーにはそのようなことは気にならない。

「彼らは同じ状況でジュドー達を保護し、先の戦闘ではGハウンドや我々のモビルスーツ部隊を守ってくれた!恩を仇で返すような真似をしたら、我々は軍人である前に人間でなくなってしまう!」

「では…」

「ああ…ブライト大佐も理解してくれるだろう。ロンド・ベル各機!出撃準備だ!!我々の権利を侵害するGハウンドの連中に従う必要はない!」

「オットー艦長…感謝しますぞ。あなたは真の軍人です」

「そうまで買いかぶられると、期待に応えたくなりますな。各機、Gハウンドとは正面切って戦う必要はない!近づいてくる敵機を仕留め、ここを離脱する!!」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「さっすがオットー艦長、しびれたぜ!!」

「僕たちも同じ気持ちです。だから…」

「ああ…そうだな。ロンド・ベル各機!これよりGハウンドより母艦を死守する!」

ロンド・ベルとソウジ達はそれぞれの愛機に乗り込み、次々とネェル・アーガマから発進していく。

一方、エコーズの全隊員はダグザを中心に集まる。

「先ほどの通り…俺はこれより、Gハウンドと交戦する。これから連邦総司令部に弓を引くことになる。だが、お前たちまで巻き込むつもりはない。お前たちの中には、帰りを待つ家族や友人、恋人がいる者もいるだろう。これを悪、軍人としての義務に反すると考えるなら、すぐにここを離れ、シムルグへ向かってくれ!」

ケネスであれば、快く受け入れてくれるはずだ。

自分のこれから行うことは賭けであり、一歩間違えると修羅の道を進むことになるだろう。

これはエコーズが発足し、想定すらされていなかったこと。

多くの離脱者が出たとしても、致し方ないこと。

そう考えるダグザだが、目の前にいるコンロイをはじめとする部下は全員ダグザに敬礼する。

「ふっ…どうやら、我々も隊長と同じく、彼らの夢物語に伝染したようですな」

「フッ…」

「我々はマンハンター部隊と言われている部隊です。こうしたくらいで、あのことが許されるとは思いませんが…」

エコーズの古参の隊員たちにとって、今でも忘れられない任務。

シャアの反乱がおこる前、不穏な動きを見せるコロニー、スウィートウォーターに潜伏していると思われるジオンのテロリストを暗殺する任務で、エコーズとしてはこれが初の任務だった。

確かにそこでテロリストを暗殺することに成功したが、銃撃戦に発展してしまい、そこで多数の児童が巻き込まれて死傷してしまった。

その日からエコーズはマンハンター部隊として同じ連邦からも嫌われる存在となり、スウィートウォーターにいる住民たちからは人でなしとののしられ、彼らがのちにシャアの反乱に加担する遠因となった。

罪のない児童を大勢殺し、傷つけてしまったショックからPTSDとなる者、退役を選ぶ隊員が続出した任務で、この事件はダグザの心にも重くのしかかった。

それからも任務の過程で多くの住民や隊員が犠牲となる中、それでも市民を守るために戦うと自分に言い聞かせてきた。

だが、これからもその道を歩んだとしても市民を守ることに繋がらないというならば、もう迷いはない。

贖罪にはならないかもしれないが、彼らの夢物語を実現するための歯車となって、地獄で閻魔の罰を受ける覚悟が彼らにはあった。

「感謝する…。我々も出撃し、ロンド・ベルを援護する!準備を急げ!」

「了解!!」

隊員たちが散らばり、エコーズ仕様のジェガンや茶色い小型戦車というべき形状で待機している、この時代では珍しい小型可変モビルスーツであるロトに次々と乗り込んでいく。

ジェガンのシートに座り、ハッチを閉めたダグザは愛機をカタパルトに乗せる。

(我々は…目を背けていたのかもしれない。この現実を飲み込むことでしか、やってこれなかった…)

だが、バナージ達はそんな現実を飲み込めず、より良い形に変えようとあがいている。

今思うと、彼らの方が現実を見ていて、向き合おうとしていた。

あきらめてしまっていた自分とは違って。

「(俺たちにどこまでのことができるかはわからない…。だが、少しでも可能性があるというなら…マンハンターの俺にまだ、心が…希望が残っているというなら…)ダグザ・マックール!ジェガンで出るぞ!」

射出されたダグザのジェガンが廃墟の街へと飛び出していき、ネェル・アーガマをはじめとした戦艦が浮上を始めた。




機体名:グスタフ・カール
形式番号:FD-03
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:22.0メートル
全備重量:60.0トン
武装:頭部バルカン、ビームライフル、90mmショートマシンガン、ビームサーベル、グレネードランチャー、フレキシブルシールド
主なパイロット:Gハウンド一般兵

連邦のRGM計画の延長線として存在する汎用モビルスーツ。
同時期に開発されたジェスタとは別ラインで開発されており、汎用性を損なわずに機体の大型化と重装甲化を図っており、機体重量の増加に対して大出力ジェネレーターを搭載する事で対応するとともに、機体各所に多数のスラスター、姿勢制御バーニアを配置する事で機動性・運動性を確保している。
運用性を重視していることから、固定装備を極力排除した設計となっており、基本スペックではジェガンを上回る。
宇宙世紀世界においては、ネオ・ジオン戦争後も地上で戦闘を行うジオンに対抗すべく、生産を前倒しされており、特に連邦総司令部直属部隊であるGハウンドに新型SFSであるケッサリアと共に配備されることが多い。
同じ理由から、将来的にはエコーズに対しても指揮官機として少数配備される予定だった模様。


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第49話 ロンド・ベルVSGハウンド

機体名:ハンブラビ
形式番号:RX-139
建造:地球連邦軍
全高:19.9メートル
全備重量:56.9トン
武装:腕部クロー×2、テールランス、背部ビームキャノン、ビームサーベル×2、海ヘビ、フェダーインライフル(ビームライフルと選択可能)、ダミーバルーン
主なパイロット:ヤザン・ゲーブル

グリプス戦役中にティターンズが開発した試作可変型モビルスーツの1機。
全身に5つのモノアイが搭載されており、視認可能範囲が広くなっている。
また、燃焼効率を重視した設計となっていることから同じスラスター出力の機体と比較すると機動力が高い。
同時期に開発された可変機と比較してもコストが低く抑えられており、3機小隊での運用をコンセプトとしていたが、何度も戦闘中に可変を繰り返すことになることから練度が求められ、一般兵では運用できず、数機の試作機が生産されるにとどまった。
現在、ヤザン・ゲーブル少佐が運用している物は地球連邦軍の倉庫に死蔵されていたもので、アンクシャやリゼルのパーツの一部を流用したことでサブフライトシステムとしての運用も可能になっている。


-地球衛星軌道上-

先日の木星帝国及びガミラスの部隊によって壊滅した連邦軍のモビルスーツ、そして戦艦の残骸が20年近くにわたって繰り広げられた戦争によって生まれたデブリと共に漂っている。

中には破壊された、もしくはコロニー落としの際にばらまかれたコロニーの残骸もあり、それらはいずれは地球の重力に引かれ、大気圏との摩擦熱で消えるか、地球に落ちる運命にある。

本来なら、燃え尽きずに地球へ落ちる可能性のあるデブリ、特にコロニー外壁の破片についてはコロニー公社や地球連邦軍によって回収、もしくは解体する必要がある。

だが、地球連邦軍はジオンとの戦争と荒廃した地球の復興に忙殺されて手が出せず、それが行えるのは現状、コロニー公社のみ。

増加したデブリに彼らだけでは対応できず、先日は街にデブリが落下し、多数の死傷者を出すことになったという。

そんなデブリ漂う衛星軌道上に1隻のペガサス級がやってくる。

前足を伸ばした木馬というべき外見をし、放熱板を左右に2枚ずつ羽根のように取り付けたその戦艦の名前はアルビオン。

17年前の一年戦争までに完成が間に合わず、ジャブローに未完成のまま放置されるはずだったが、ジオンとの戦いの長期化によってふたたび建造が再開され、完成後は地球や宇宙を行き来し、戦い続けた。

退役後は開発元であったアナハイムに払い下げられ、性能も現行の戦艦と比較すると旧式であり、試験支援艦として用いるとしてもコストがかかる。

解体するとしても、ミノフスキークラフトを搭載し、なおかつ宇宙でも重力下でも運用できる戦艦そのものが貴重であることからそのこともできず、結局死蔵されることになった。

使われるとしたら、アナハイムでは記録に残すことのできない汚れ仕事程度だ。

そして今、アルビオンは特命によってここを訪れている。

「周囲に連邦及びジオン、確認できず。降下ポイント…オーストラリア大陸クックタウン」

「よし…早く降ろしてここを離れるぞ。ジオンが物資降下に来てもおかしくないからな」

艦長席の隣に立つ紫のスーツでグレーの髪を左右に分けた中年の男、ウォン・リーは窓から赤い地球を見つめる。

一年戦争時代、7月ごろまで圧倒的優勢であるはずだったジオンが膠着状態に陥り、そこから地球での主導権を失った理由には伸びきった補給路がある。

スペースノイドの大半は地球で生活しておらず、コロニーの人類の生活しやすい環境に設定された暮らしに慣れ切った彼らには地球の管理されていない環境になじめなかった。

その中で、補給体制を整備することができず、できたのはジオン本国と占領した月面で生産した補給物資をHLVを利用して降下することだった。

それで降下した貴重な物資のすべてが地上のジオン軍に届いたかというとそうではない。

どんなに計算したうえで降下したとしても、落下ポイントがずれることもある。

そのせいでまだ連邦の勢力圏だった場所に落ちて鹵獲されてしまう、海に沈んで回収すらできないこともあった。

その鹵獲された物資の中には当然、ザクⅡもあり、連邦軍はザクⅡを解析してモビルスーツというものを学びつつ、解析が終わって解体する必要もなくなった機体については今後の連邦軍でのモビルスーツ運用のデータ収集を兼ねて、実戦で使われた。

ジオンに残る記録の中にはアリゾナ砂漠などで鹵獲したザクⅡの部隊がジオンの補給基地を襲撃したというものがある。

それらには連邦軍の識別マークがないことから、本来なら国際法違反となるが、これまでの歴史でも同じような手段を使った例は数多く存在する。

その乏しい資源が届かない部隊もあり、不足分を現地で調達することも難しかった。

コロニー落としによって壊滅した地域では、物資を手に入れることは難しく、現地住民からは並々ならぬ憎しみを買っていた。

それゆえに現地住民によるゲリラ戦や暴動も珍しくなく、それを抑えるためになけなしの物資を現地の復興に使わざるを得なくなり、電力供給のためにわざわざザクⅡの核融合炉を使うことさえあった。

更に、コロニー落としによって地球環境に与えた影響もあり、本来なら熱帯の地域にブリザードが起こったという話もある。

必要になる物資は増え、占領したとしても増やせる物資が少ない。

そうなると物資は不足することになり、次第にジオンの動きが鈍り、膠着状態に陥ることとなった。

今ではさらに状況が変わり、連邦は物量というアドバンテージを失っているものの、ジオンの補給問題も解決していない。

補給体制は長年の戦争で学んだかもしれないが、懐事情は何一つ変わっていないようだ。

「いいか、そのモビルスーツで無理に空中戦を行うなよ。こいつはゼータのフライングアーマーではない、ガタのついた博物館ものだぞ」

モニターに映る格納庫の、これからコアファイターデッキから発進する機体にウォンは通信を送る。

ウェイブライダーに似た姿をしているものの、格納している腕や露出している脚の部分の塗装が青がかなり目立つものとなっている。

更にはその上には黄土色の戦闘機というべき機体が取り付けられていて、フライングアーマー搭載前の機体がいびつな形となっていた。

パイロットからの通信が届き、ため息をつくとウォンは口を開く。

「お前なら大丈夫かもしれないが…病み上がりだぞ?それに、もしお前の身に何かあったら、私はあの世でクワトロ大尉に詫びを入れなければならなくなる。それに、もう貴様の面倒を見るのも御免だからな」

今、ウォンが貸しているウェイブライダー、本来の名前はZⅡのパイロットは1年ほど前までグラナダの病院で呆けていて、身体機能回復のリハビリを受けた後は看病してくれた幼馴染の少女と共に各地を駆け回っていた。

復活したことを誰にも知らせないでほしいと頼まれ、彼の回復が伝わらないように情報統制にかなり骨を折ることになった。

面倒を見るのは回復するまでと決めていたのに、過去には軍人としての自覚がなく、身勝手にふるまっていたことをとがめて修正した少年に使い走りにされるとは思いもよらなかった。

回復後に地球へ降りるのは初めての彼のことは娘であり、ルオ商会の実質的な指導者であるステファニーが面倒を見るだろう。

「まったく…さっさと行け!ZⅡ及びメタスを発進させろ!!」

耳元で大声で叫ばれたことにうんざりしつつ、艦長が受話器を取り、格納庫に通信を送る。

コアファイターデッキから発進したZⅡは地球へと降下し、モニターには摩擦熱で真っ赤に燃える姿が映し出された。

「ふっ…行ったか、さあ…ジオンよ、究極のニュータイプが帰ってくるぞ…」

見送るウォンはフゥと一息つくものの、帰ってからが大変だ。

アルビオンとフライングアーマーについては登録抹消されていることからいくらでも言い訳ができる。

メタスについてもつい最近までスクラップの状態で放置されていたため、それについても問題ない。

だが、ZⅡについてはどう言い訳をすればいいか。

そのことを考えながら、ウォンはアルビオンに用意されている私室へと足を運んだ。

 

-オーストラリア クックタウン-

「くそ…!まさか、友軍と戦うことになるなんてな!!それに…!!」

ウェイブライダー形態となったデルタプラスに乗るリディは機体をかすめるビームの余波を感じつつ、自らのビームライフルで撃ち落としたケッサリアから飛び降りながらマシンガンをばらまくグスタフ・カールをにらむ。

Gハウンドは連邦でもエコーズに匹敵する嫌われ者軍団であるとはいえ、それでも連邦軍の一員であることには変わりない。

不当な扱いを受けたとはいえ、まさかこのような形で矛を構えることになるとは思わなかった。

それに、ティターンズのようにエリートを集めているということもあるのか、兵士の練度も装備の質もいい。

実際、ネェル・アーガマのモビルスーツ部隊やヤマトから発進した戦闘機の中には撃墜されている機体もある。

「くそ…兄さんなら、本丸を狙い撃ってるだろうな…」

マルチロックを終え、GNピストルビットで母艦に迫るGハウンドの部隊に乱れ撃っていくロックオンは高度を上げたシムルグに目を向ける。

西暦世界でドロスの艦橋を狙い撃った狙撃ライフルはすぐに用意できるものではないうえ、数多くの敵機が来ている今では出すことも難しいだろう。

「こうなったら、ハイメガキャノンを使って…!」

「さあせるかよぉ!!」

空中でモビルスーツ形態へ戻ったハンブラビがZZにビームサーベルで斬りかかる。

ヤザンに気付いたジュドーだが、ハイパービームサーベルを抜く時間がなく、やむなく左腕のウィングシールドで受け止める。

「シャングリラでの借り、返させてもらうぜ?小僧ぉ!!」

「すごい殺気だ…これが、本当のヤザンさんかよ!」

ジュドーの記憶にあるヤザンはシャングリラに流れ着き、落ちぶれた姿の時のものでしかない。

ティターンズが壊滅し、作業用モビルスーツでアーガマを襲った時にはエースパイロットとしての実力を発揮できないまま、圧倒的な性能差を持つZガンダムに乗るジュドーにやられることになった。

グリプス戦役で戦った彼ほどではないが、ヤザンにはジュドーへ個人的な恨みがある。

「パワーだけで勝てるほど、戦いは甘くないってことを教えてやるぜ、ジュドー!!」

2枚重ねにするならともかく、1枚のみならただの薄いシールドでしかないそれを切ると、すぐさま距離を取り、右腕に内蔵されている海ヘビをZZに撃ち込む。

離れたハンブラビをダブルビームライフルで撃ち落とそうとしていたために、それが右腕に接触する。

「さあ、ボイルにしてやるぜ!!ハイパーボイルにしてやれねえのが残念だけどなぁ!!」

スイッチを押すと同時に海ヘビから高圧電流がダブルビームライフルに向けて流れ込んでいく。

コックピットにも電流が襲い、バチバチと音が鳴り響く。

「うわあああ!!く、くそお!電撃兵装…!!」

「ジュドー!!」

感電するZZを見つけたハサウェイが救援に向かおうとするが、真上から来る殺気に気付き、速度を緩める。

あと少し前に出たところにメガ粒子砲が撃ち込まれ、廃墟の街を焼く。

「メガ粒子砲!?この熱量は…!!」

動揺するハサウェイに追い打ちをかけるように今度はミサイルが飛んでくる。

ジュドー救援を断念し、その場を離れるものの、飛んできたミサイルはいずれも軌道を変化させ、Ξガンダムを追いかける。

「これは…ファンネルミサイル!?」

バルカンで迎撃するハサウェイは目の前の異様なミサイルの存在に戦慄する。

ファンネルミサイルはΞガンダムでしか運用されていないはず。

Ξガンダムがつかんだ敵影を見たハサウェイの表情が凍り付く。

「なんだ…こいつ!?モビルアーマーなのか…??」

 

-ネェル・アーガマ改 格納庫-

「こいつの整備は後だ!このジェガンを手伝ってくれ!!」

「ほら…引っ張れ!衛生兵はまだかよ!?」

Gハウンドとの戦いで傷つき、弾薬を使い果たして戻ってくるジェガンやリゼル、そしてガンダムを整備兵たちが対応する。

チェーンが今対応しているの片腕片足がえぐり取られた状態のジェガンで、撃墜された原因を突き止めるべく、拾えるデータを取り出そうとしている。

ちなみに、この機体のパイロットはここに到着したところで意識を失い、集中治療室送りになっている。

「上空からのメガ粒子砲による攻撃…少しでもずれていたら、パイロットまで蒸発していたわね…。でも…」

シムルグのメガ粒子砲にはそのような細かい芸当ができるわけがない。

となると、発射したのはモビルスーツであり、なおかつZZのような火力を誇るタイプで、飛行可能。

Gハウンドが運用しているケッサリアにはそんな装備はなく、ハンブラビとバイアラン・カスタムには大火力を誇る装備はない。

ふと、チェーンの脳裏をあるモビルスーツの存在がよぎる。

ネオジオン戦争が終わり、アムロを失った心の傷をいやすかのようにアナハイムのフォン・ブラウン支社でΞガンダムの開発の補助をしていた際、かつてνガンダムの開発にかかわったことで親交のある同支社主任技師であるオクトバー・サランからもう1機のミノフスキークラフト搭載型モビルスーツの存在が伝えられた。

νガンダムやΞガンダムなどをロンド・ベルに配備していることから連邦軍内のパワーバランスの問題が発生しているとして、上層部の指示によってGハウンドへの配備を前提として開発中だというモビルスーツ。

その開発と担当したのはグラナダ支社であり、本社指示によって、フォン・ブラウン支社にあったνガンダムなどの機体データを持っていかれたという。

その中には、Ξガンダムのものも含まれていた。

そして、そこで開発された試作機の面倒を見ていた軍人が現在、シムルグの艦長となっている。

「Ξガンダムの兄弟機が…敵の中にいる。アムロ、ハサウェイ…気を付けて…」

 

-オーストラリア クックタウン-

「ほぉ…ヤザン少佐から話は聞いていたが、死に損なって戻ってきたみたいだな、こいつの兄弟機が…」

全周囲モニターに映るΞガンダムの姿に、赤がかった茶色の整っていない髪を白のヘルメットで隠した黒い瞳の青年がニヤリと笑う。

自分が駆るグレーのモビルスーツ、鳥を頭にかぶせ、翼が両肩から胸部までを包むような増加ユニットを搭載したいびつな構造となっているガンダム、ペーネロペーの仮想敵がまさにΞガンダムだ。

確かに完成度についてはΞガンダムが上回るかもしれないが、パイロットは所詮、ロンド・ベルの総司令官であるブライトの息子であり、ただの親の七光りで入った男にしか見えない。

それに対して、レーン・エイム中尉は軍学校を卒業し、パイロットとしての力量が認められてケネスの元でペーネロペーのテストパイロットを務め、そして連邦総司令部直属のGハウンドに彼ともどもスカウトされた。

きちんと実力をつけて、なおかつそれが認められて今ここにいる自分がそんな彼に負けるはずがない。

「ミノフスキークラフト付きのモビルスーツはロンド・ベルには無用の長物なんだよ!接収できないなら、破壊するまでだ!」

「くぅ…!!」

Ξガンダムが発射したファンネルミサイルがペーネロペーのファンネルミサイルがぶつかり合い、相殺する。

爆発の煙が両者を分かつ中で、Ξガンダムは構わずビームライフルを発射する。

ビームによって煙が吹き飛び、視界がクリアになるが、そこにはすでにペーネロペーの姿はなかった。

「いない…!?うわ!!」

ドゴンと揺れが起こり、Ξガンダムの左肩メガ粒子砲にビームが命中する。

左側にはペーネロペーの姿があり、右手に握っているビームライフルの銃口はΞガンダムに向けられていた。

反撃すべくビームライフルを撃つハサウェイだが、上空へ飛んで回避したペーネロペーは鳥のようなモビルアーマー形態といえる姿へと変えると、猛スピードでΞガンダムから距離をとり、ばらまかれたファンネルミサイルがΞガンダムを襲う。

「ミノフスキークラフト付きモビルスーツはこうやって戦うのだ!!」

「くそぉ!速すぎて照準が…!ああ!!」

まずはビームライフルを持つ右手が爆発し、次々と飛んでくるミサイルがΞガンダムを傷つけていく。

だが、30メートル近い大きさとミノフスキークラフト搭載機ということもあってか、機体そのものも頑丈に設計されているようで、機体そのものへのダメージは抑えることができた。

「モビルアーマーはどこに…!?」

「ここだよ!!」

レーンの言葉とともに、ペーネロペーの肩部のメガ粒子砲の照準がΞガンダムに向けられる。

ファンネルミサイルでビームライフルとメガ粒子砲1門をつぶしていて、すぐに動き出す気配もない。

ここでとどめを刺すべく、最大火力をぶつける。

大出力のビームが発射され、Ξガンダムのモニターにまぶしい光が映る。

「ああ…!!」

「く…何をしているハサウェイ!!」

アムロの叫びが通信機に響き、同時にハサウェイの前に4基のフィンファンネルがビームバリアを展開する。

バリアがメガ粒子を阻むが、それが持つのは短時間。

その間にどうにか飛行した後でフィンファンネルがその場を離れ、自由になったビームがビルを焼き尽くしていく。

「ちぃ…!とどめを刺せなかったか!」

「気にするな、レーン!そのデカブツはボロボロだ。それに…!」

飛行するジェリドのバイアランカスタムが高い推力を生かして進んでいく。

迎撃のためにビームライフルを連射するジェガンが乗るドダイ改をメガ粒子砲を撃ち込む。

シャワーのように襲い掛かるビームはガンダニウム合金を焼き尽くすのには時間がかかるものの、耐久性の低いドダイ改にとっては脅威で、爆散してしまう。

吹き飛んだジェガンをビームサーベルで両断し、背後で爆発する光景を目にくれず、ジェリドはモニターに映るネェル・アーガマをにらむ。

「アーガマの後継艦だな…こいつを沈めれば、奴の帰る場所もなくなる…!!」

「ちぃ…!!」

ネェル・アーガマの直掩をしていたダグザのジェガンがビルの上へ飛び乗ってビームライフルを連射するが、高高度を維持し、立体的な動きを見せるバイアランカスタムに当たらない。

「くっ…!ユニコーンはまだか!?」

ビームライフルでは効果がないなら、対抗策として頭に浮かぶのはユニコーンガンダムが装備しているメイン兵装であるビームマグナムだ。

専用Eパックを搭載し、一撃でビームライフル4発分の出力を発射できるそれはEパックの都合上、一度の出撃で最大15発しか撃つことのできないしろものだが、かすめただけでも並のモビルスーツを破壊することができるものであるため、それがあればバイアランカスタムに対抗できる。

そのパイロットとなったバナージも出撃するというが、今はユニコーンそのものの調整が終わっていない状態だ。

ヤマトとネェル・アーガマによるビームの弾幕を軽々とよけながら、ついにネェル・アーガマに肉薄する。

「堕ちろ!アーガマもどきが!!」

「くっ…!!撃ち落とせぇ!!」

ついにネェル・アーガマに取りついたバイアランカスタムのビームサーベルが艦橋を切りつけようとする。

だが、急に聞こえてきた警告音にジェリドの注意が向かう。

「何が…うわあああ!!」

急に質量弾が直撃したような衝撃が側面から襲い掛かる。

ネェル・アーガマのモニターに映るのは急に飛んできたフライングアーマーの激突によって右腕部分がへしゃげ、吹き飛んでいくバイアランカスタムの姿だった。

「これは…フライングアーマー?!どこから…!」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「…!?」

「どうした、バナージ!!」

コックピット内で調整が終わるのを待つバナージの何かに気づいたかのように様子をタクヤは心配する。

だが、今のバナージの耳には彼の声よりも近づいてくる星のような大きな何かが気になっていた。

「なんだ…何か、大きいもの、力が…来る…?」

一瞬、バナージの脳裏に映った宇宙のようなビジョン。

ジュドーやハサウェイ、アムロといったニュータイプと最初に触れた時でさえ感じなかった大きな何かが来るのをバナージは感じていた。

 

-オーストラリア クックタウン-

「くっそぉ!!」

思わぬふいうちを食らい、姿勢制御がままならないままビルに激突したバイアランカスタムが滑るように地面まで落ちる。

せっかくトリントン基地の兵士たちが整備してくれたバイアランカスタムの右腕は使い物にならなくなっていて、フライングアーマーの激突とビルへの衝突によってスラスターにもダメージが発生していた。

ふざけた邪魔をした伏兵はどこかと血眼になったメインカメラを動かす中、ようやくその姿を見つける。

「こい…つは…!!」

ジェリドの目に映るのはほっそりとしているものの、Zガンダムに似た青がベースのウェイブライダーで、その背中に何かを積んでいるように映る。

その期待は背中のものを分離すると同時に変形していき、モビルスーツの姿をあらわにする。

分離されたものも、変形していき、胴体部分がほっそりとしていて、四肢がドムの熱核ホバーのような太さを持ついびつなモビルスーツへと変形していく。

「よし…ZⅡは大気圏内でも問題なく動かせる。ファ、メタスはどうなんだ?」

「こっちも大丈夫よ、行きましょう…カミーユ」

「ああ…」

ZⅡのコックピットに座る、深い緑のバイザーで顔を隠した、それと同じ色のラインが刻まれた白のノーマルスーツ姿をした少年、カミーユ・ビダンは赤く染まった海を見た後で、こちらに目を向けるバイアランカスタムの姿を見る。

通信用モニターに映る、青がかった黒の、肩までの長さの髪をした少女、ファ・ユイリィに答えた後でキッと鋭い視線を周囲で戦闘を行うGハウンドに向けた。




機体名:ZⅡ(フライングアーマー装備型)
形式番号:MSZ-008FA
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:18.3メートル
全備重量:75.7トン
武装:メガビームライフル(ビームライフル、クレイバズーカと選択可能)、ビームサーベル×2
主なパイロット:カミーユ・ビダン

アナハイムがエゥーゴとの共同開発プロジェクトであるZ計画の元で開発した試作モビルスーツ。
元となったZⅡについてはベースとなったZガンダムと比較するとウェイブライダーへの変形機構が単純化されており、それと引き換えにフライングアーマーが廃止となったことから大気圏突入能力と1G重力下における飛行能力を失っていたが、ウェイブライダー形態での加速性能は高い。
性能面、コスト面、ピーキーな操縦性については高く評価されたものの、同時期に開発された、圧倒的な性能かつ多機能性を誇るZZガンダムの開発が優先されたことから少数生産にとどまり、主力モビルスーツとなることはできなかったものの、この機体を元にリ・ガズィやリゼルなどが生産されている。
本機についてはグラナダに保管されていた1機をウォンが無断で持ち出したうえで、廃止されたフライングアーマーをZⅡに合わせて調整を行った上で搭載している。
これによって失った大気圏突入能力を取り戻しているものの、元々フライングアーマー装備を想定していないZⅡに無理やり搭載する形となり、更にはそのフライングアーマーが登録抹消の上に解体される予定だったものであり、重力下では十分に機能しない形となった。


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第50話 彗星の後継者

機体名:リゼル
形式番号:RGZ-95
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:20.5メートル
全備重量:60.5トン
武装:60mmバルカン砲、グレネードランチャー(ビームサーベルと選択可能)、シールド(ビームキャノン内臓)、ビームライフル(メガビームランチャーと選択可能)
主なパイロット:地球連邦軍(宇宙世紀世界)兵

宇宙世紀世界における地球連邦軍で正式採用された量産型可変モビルスーツ。
正式名称は「リファイン・ゼータ・エスコート・リーダー」で、ZⅡの量産型にあたる。
かつて、Zガンダムの量産型として開発されたものの、高コストとピーキーな操縦性を解消できなかったリ・ガズィの失敗を反省し、一部内装をジェガンと同規格としたうえで、ZⅡに近い変形機構を採用したことでコストダウンに成功、限界性能抑制用のリミッターと新型OSによるコントロールサポートを取り入れたことで新兵から熟練兵も調整したうえで運用できる懐の広さを獲得した。
なお、新正暦世界でも運用されている記録があるものの、正式採用が第2次ネオ・ジオン戦争と前後しており、当時が大規模な戦闘が起こらなくなった時期となり、軍縮が加速していた時期であることからジェガンと比較すると運用された記録が少ない。


-オーストラリア クックタウン近辺-

「へえ、ロンド・ベルとGハウンドが食い合いか…。ま、水と油じゃあぶつかり合うのも必然だな」

偵察から帰ってきた部下からコーヒーと一緒にもらったタブレット端末で戦闘を行う2つの部隊の姿を見るフレッドはあまり驚いた様子がなく、むしろ楽しそうにしている。

上層部から白眼視され、かつてのエゥーゴとカラバが発展したロンド・ベルとティターンズの再来といえるGハウンドは2年前にグリプス戦役でぶつかり合ったことでいがみ合っていることは明白だ。

ジオンにとってはどちらも敵であることには変わりなく、互いにつぶしあってくれることは都合のいい話だ。

「ラカン、漁夫の利を得るにはいい状況じゃないか?上からの援軍も到着したんだ」

「貴様に言われんでもわかってる!多くの同胞の命を奪い、我々を抑え続けたロンド・ベルもGハウンドもここで始末してくれる」

「血気盛んなのはいいことだが、それだけじゃあ勝てねえよ」

「なんだと!!」

「やめろ、馬鹿ども。いい年齢をして喧嘩なんて情けないことをするな。部下にみられるぞ」

このままでは取っ組み合いを演じかねない2人にため息をつき、顎と口元に分厚く髭を生やし、日焼けした肌の大柄な男が制止をかける。

軍服を身にまとうラカンとノーマルスーツ姿のフレッドとも異なり、茶色いコートと緑の分厚いダウンを重ね着した様相をしていて、見てくれだけを見ると軍人とは思えない姿だ。

最も、彼が運用している航宙貨物船も軍艦には見えず、民間の輸送艦に偽装していることからこのほうがちょうどいいのかもしれないが。

「ふん…!インダストリアル7で任務に失敗したうえ、護衛を行っていた姫様を奪われる失態を犯した貴様が援軍とはな。スベロア・ジンネマン大尉」

にらみつけたうえで悪態をつくラカンはジンネマンという男を好んでいない。

艦長、白兵戦、ゲリラ戦における優秀な指揮官であり、ラカンと同じく一年戦争の時代から戦い続けた猛者であることはラカンも認めている。

だが、彼が運用する輸送艦であるガランシェールが前線向きの艦ではないことから潜入や輸送、攪乱といった正攻法で戦うものではない。

そして、ラカンが何よりもジンネマンを嫌っているのは自分と似たものが感じられないこと、そして彼にそばにいる女性の存在だ。

長い栗色の髪と蒼い目をしたその少女、マリーダ・クルス。

彼女を見ると、ラカンは嫌でも2人の少女の姿と重ねてしまう。

どちらもスペースノイド独立の力となりえる存在であったにもかかわらず、ジュドーに心奪われ、あろうことか連邦に寝返ったうえに、アクシズ落としにおいてもエゥーゴの部隊の一員として戦っていたという。

彼女たちとマリーダはあまり似ているようには見えないが、なぜか彼女は危険だと直感が警告している。

「そう言ってくれるな。『大佐』からその失態を払しょくするチャンスを与えてくれた。足は引っ張らん」

「ふん!どうだろうな。その女なしでは何もできん分際で」

「貴様…」

ジンネマンを侮辱されたことに腹を立て、前に出ようとするマリーダをジンネマンが腕で阻み、制止する。

「ラカン、俺よりも気にすべき援軍がいるだろう。緑の戦闘機と戦艦、そして分けのわからんモビルスーツたちの存在を忘れるな」

作戦を立てるため、マリーダとともにガランシェールへと戻っていく。

ジンネマンの後ろ姿に舌打ちするラカンだが、ジンネマンのいう通りだということも分かっていた。

衛星軌道上で交戦していた連邦と同胞双方を攻撃し、全滅させた謎の艦隊。

『大佐』とその艦隊の指揮官がどのような話をしたかはわからないが、こちらの部隊を全滅させた彼らをどうしても信用できないのは確かだ。

協力関係となったにもかかわらず、彼らの部隊の全容をほとんど知ることができない。

ラカンとフレッドはつい先ほどまで、その艦隊の艦の一隻に入ることができた。

だが、案内されたのは格納庫のみで、見ることができたのは彼らの一部隊というモビルスーツのみだ。

連邦のものとも、ジオンのものとも違ういびつな構造のモビルスーツの姿に、住む世界が違うとモビルスーツもこれほどまで違うのかと驚いたことを覚えている。

何よりも気になるのは鳥のような姿のモビルスーツ、コルグニスだ。

その機体についての説明はほとんどなく、総統専用のモビルスーツであることだけ言われている。

その総統といわれるカリストというのは強化人間かと予測したが、彼を実際にこの目で見ることはかなわなかったことからそう憶測することしかできない。

「気になるが、これからは嫌というほど見ることができるんだろうな…。奴らの戦いというやつを。できれば、こいつらと一緒に宇宙に来い、なんていうのは御免だぜ。俺のイフリート・シュナイドは地上専用だからよ」

「ふん…貴様と宇宙など、いやな冗談だ。もうすぐ作戦時間だ。せいぜい遅れるなよ」

そう言い残し、ラカンは愛機であるドーベンウルフの整備が行われているガランシェールへと向かう。

一人残ったフレッドはコーヒーを飲み干し、愛機に乗り込んだ。

 

-オーストラリア クックタウン-

「くははははは!!ようやく地獄に帰ってきたかぁ!カミーユ・ビダン!!」

「カ、ミーユ…さん??」

雑音の中から聞こえるヤザンの声から聞こえたとある男の名前にジュドーは驚きを隠せない。

そんな中で、ZZを拘束していた海ヘビがビームによって断ち切られる。

「ちいい…あと少しというときに!」

「動けるか!?ジュドー・アーシタ!」

「刹那さんか!?悪い、助かったぜ!!」

海ヘビの呪縛から解放されたZZが反撃と言わんばかりにハンブラビに向けてミサイルを放つ。

「けっ…さすがに2機相手は分が悪いか」

おまけに増援としてやってきたダブルオークアンタが盾からナイフのような形をした奇妙なファンネルを射出してきている。

ファンネルへの対抗策の少ないハンブラビでは鴨葱になる。

接近戦に持ち込むにしても、剣を大っぴらに持っているうえに、そのファンネルの形状から見ると、おそらくはファンネルそのものが接近戦が可能な設計となっているはず。

ヤザンの脳裏に勝つイメージがわかない以上は相手を変えるだけ。

モビルアーマー形態に変形したハンブラビがその場から離れていく。

「下がっていく…」

「ジュドー!!」

ドダイ改に乗った百式とMk-Ⅱがやってきて、Mk-Ⅱが接触回線を開く。

「悪い…相手は、ヤザンさんだ…」

「ええ…!?本当にあれがヤザンさんなの?信じられない…」

「ああ、けれど…それよりも信じられないのは…」

「カミーユ…本当にお前なのか?」

アムロの脳裏に残るカミーユの最後の姿は心を砕かれ、虚ろな表情でどこか遠くを見ていて、誰の声にも反応しない様子だった。

カミーユ・ビダン、3年前のグリプス戦役で地球圏の偵察という名目でエゥーゴに参加していたシャアから期待された史上最高のニュータイプ能力を持つ少年。

その力を持って、現在はルーが乗っているZガンダムのバイオセンサーを介して圧倒的な力を発揮して見せた。

しかし、カミーユにとって不幸だったのは両親との関係が最悪だったこと、そしてグリプス戦役で多くの悲劇を目の当たりにしてしまったことだ。

仕事人間の夫婦であるフランクリン・ビダンとヒルダ・ビダンの間に生まれ、サイド7のグリーン・ノアで生活していた彼だが、彼には両親との温かい思い出がほとんどない。

あるとしたら、幼いころに母親に公園に連れて行ってもらうなど、かわいがってもらっていた時くらいだ。

フランクリンはマルガリータという愛人を作り、ヒルダは仕事の邪魔をされたくないとそれを知りながら黙認するありさま。

挙句の果てに2人とも家に帰ってくることがめったになく、時折帰ってきたとしても自室で仕事をする毎日。

家で一人でいる時間が多いことを不憫に思ったユイリィの両親の世話になることが多かった。

おまけに学校では自分の中性的な容姿からレズビアン呼ばわりされたうえ、カミーユは女の名前だと馬鹿にされる毎日。

そんな鬱屈とした毎日の中でカミーユの繊細で起伏の激しい性格が形成されていき、空手や一人用飛行機であるホモアビス、ジュニア・モビルスーツといった男性的な趣味に走っていた。

それができたのは両親から小遣いとして普通の子供に対しては考えられないくらいの金をもらっていたからで、これは両親からの自分たちに口出しせず、反抗させないための枷という一面もあったことは想像に難しくない。

ささやかな抵抗として、カミーユは両親がいない時間に彼らの部屋に入ることがあり、そこで彼らが開発にかかわっているMk-Ⅱの存在を知り、その操縦方法などを把握していた。

そして、そんな普通の少年少女とは違う日常を送っていたカミーユの日常を一変させたのは当時ティターンズの士官だったジェリドと出会ったことだ。

Mk-Ⅱのテストパイロットとしてグリーン・ノアにやってきたジェリドは偶然、当時はテンプテーションという連絡船の船長という閑職に左遷されていたブライト、そして彼からサインをもらおうとユイリィとともに軍港にやってきたカミーユと鉢合わせとなる。

ティターンズに入り、Mk-Ⅱのテストパイロットとなったことで調子に乗っていたジェリドはカミーユを妨害し、ブライトよりも自分のサインの方が価値があるなど、ブライトを馬鹿にする発言をした。

ジェリドの脳裏にそれへの反撃としてカミーユが言っていた言葉がよみがえる。

「優れているのは戦闘技術だけで、人格は問われないんですね」

「そうだ…カミーユ、女みたいな名前だと馬鹿にした俺に、こいつは…!!」

おまけに、横暴なティターンズをグリーン・ノアの人々も嫌っているといわれ、ついに我慢が限界に達したジェリドはカミーユを殴ろうとするが、それをかわされた上にカウンターで腹にきつい一撃を浴びる羽目になった。

そのことにより、カミーユはMPに拘束され、ユイリィも巻き添えとなってしまった。

当初は軍人であるジェリドに一撃を浴びせたことや男性的な趣味からエゥーゴとの関係性が疑われ、暴力を受けながらの尋問となったが、フランクリンとヒルダがティターンズに協力していたことから釈放されることになった。

だが、軍とかかわりのないユイリィに対してはひどかった。

調べるためといわれて衣類をすべてはぎとられた状態で尋問を受け、体を触られた。

もし、ジェリドがMk-Ⅱの墜落事故を起こし、さらにはシャア率いるエゥーゴのモビルスーツ部隊の襲撃による混乱が起こらなければ、ユイリィは慰み者にされた上に別の軍施設へ連行されていたかもしれない。

脱出した2人は混乱の中で墜落事故を起こした責任を問われ、別のコロニーへ連れていかれたジェリドに代わってMk-Ⅱに乗り込んだ彼の友人であるカクリコン・カークラーによって、ブライトが殺されそうになっているところを目撃。

ブライトを救うため、カミーユは格納庫に置かれたままになっていたもう1機のMk-Ⅱに乗り込んでブライトを救出、同時に遭遇することになったシャアたちと成り行きで協力することになり、そのままエゥーゴに参加することとなった。

資料を盗み見していて、Mk-Ⅱそのものの操縦性が良好であったとはいえ、ティターンズをはじめとした一般兵をはるかに上回る操縦センスの高さやシャアが潜入時に感じたニュータイプとしての感覚から、アムロの再来として期待された。

だが、この行為がきっかけとなってヒルダが人質にされ、カプセルに入れられた状態で宇宙空間に放出されてしまう。

カミーユが助けに行ったとき、彼女の入っていたカプセルを爆弾だと聞いていたジェリドによってヒルダは殺害され、間を置かずに今度はフランクリンの死を目撃することとなってしまった。

冷たかったとはいえ、それでも肉親であった2人の理不尽な死を目撃したカミーユは心に深い傷を負い、同時にティターンズへの深い憎しみを抱くこととなった。

そこから、エゥーゴに協力していき、ジャブロー奇襲作戦やグラナダへのティターンズによるコロニー落としの阻止、キリマンジャロ基地攻略作戦、ダカール演説支援などの数多くの作戦に参加し、多くの戦果を挙げることになった。

しかし、その中で敵味方関係なく大勢の人の死を感じることになり、敵兵の死を悲しむことができてしまうカミーユの心は疲弊していく。

そして、ティターンズの強化人間であったが、成り行きでカミーユと心を通わせることとなったフォウ・ムラサメやロザミア・バダムの死もカミーユの心を容赦なく壊していく。

それがよくわかるエピソードとして、これはユイリィ達は知らないことだが、元ティターンズであった女性軍人で、エゥーゴに参加したエマ・シーンが思いを寄せていた男性であるヘンケン・ベッケナーが戦死したことで、戦場にいるにもかかわらず呆然としていたところを助けに来た時だ。

宇宙空間に出て、エマに声をかけていたカミーユはあろうことか息苦しいからと自身のバイザーを上げるという危険な行動をした。

目の前でそれを見たエマは確かに正気に戻ることができたが、カミーユのその異常な行動からこのままでは彼が限界に来てしまうことを感じただろう。

そして、カミーユはグリプス戦役の黒幕の一人であり、木星資源採掘船ジュピトリスの艦長であるパプテマス・シロッコを討ち取った際、彼が放つ強烈な思念によってとどめを刺されることになり、カミーユの精神は崩壊した。

そして、シャングリラの病院へ連れていかれることになったカミーユとアーガマへ向かおうとしていたジュドー達が出会うこととなった。

「あのモビルスーツ…Zガンダムもどきが、隠し玉がロンド・ベルにあったというのか!?」

このままではその機体によってジェリドが撃墜されてしまうと思ったレーンはアムロとハサウェイを無視し、ZⅡの元へと飛んでいく。

ペーネロペーに対して、アムロは何発かビームライフルを撃つものの、圧倒的なスピードと高度の前には太刀打ちできなかった。

「くそ!!」

「ヴァングレイで奴を追います!アムロ大尉はハサウェイを!!」

機動力のあるヴァングレイでも、Ξガンダムやペーネロペーにはかなわないが、何もしないわけにはいかない。

ソウジ達が追いかけるのを見送ったアムロは傷ついたΞガンダムに近づき、接触回線を開く。

「大丈夫か!?ハサウェイ!ハサウェイ!!」

「アムロ…さん…」

とっさに片腕でコックピットブロックを守っていたおかげか、その部分は傷ついていない。

戦闘継続するとしても、この傷ついた機体では持ち味である高機動力を発揮することは難しい。

「ハサウェイ、一度ネェル・アーガマへ戻るぞ。立てるな」

「は、はい…すみません、Ξガンダムを…」

「相手が相手だ、やむを得ないさ。だが…うん??」

νガンダムのセンサーが別方向からの新たな部隊を補足する。

Gハウンドの増援かと思ったが、次々と現れる反応がその判断を一変させる。

「これは…!!全員聞け!ジオンと…ガミラスが来る!!」

「何!?」

「ガミラスが…!?」

南方からやってくるドーベン・ウルフとイフリート・シュナイドを中心としたジオンのモビルスーツ部隊が地上から進軍し、その上空にはメランカやツヴァルケといった戦闘機にポルメリア級、デストリア級といった戦艦の姿もある。

「艦長!!」

「ガミラスめ…よもや、ジオンと手を組むとは…」

衛星軌道上で連邦とジオン双方を攻撃し、皆殺しにしたガミラスがジオンと組したことは沖田の中にあった最悪のパターンだ。

物量では相対的に現状の連邦軍を上回りながらも、連邦にとどめを刺すに至っていないジオンにとって、ガミラスの力はさぞ魅力的に見えたのだろう。

先行するメランカが空対地ミサイルを発射し、地上にいるロンド・ベルとGハウンドのモビルスーツ部隊を襲撃する。

ミサイルの雨の中でグスタフ・カールやジェガンが炎の中で爆散し、その残骸をジオンと木星帝国のモビルスーツが踏みつける。

彼らよりも後方にはジンネマンがいるガランシェールの姿があり、格納庫からはゲルググに似た頭をした四枚羽根が両腕部分についた緑色の大型モビルスーツが降下の準備を終えていた。

「いいか、マリーダ。今のクシャトリヤの装備はデータ不足の試作品だ。ファンネルミサイルは大丈夫だが、それ以外に不具合があると感じたらすぐに下がれ、いいな?」

「了解です、マスター」

「マスターはよせ」

「出撃準備よし、降下、いつでもいけます!」

「了解、マリーダ・クルス。クシャトリヤ、地上装備で出撃する!」

クシャトリヤがガランシェールから発進し、ある程度高度を下げた後で4枚羽根のバインダーを展開し、飛行を開始する。

 

「…!?この感覚は…」

ユニコーンガンダムで出撃し、地上からハイパーバズーカで接近してくるGハウンドを迎撃するバナージに覚えのある感覚が襲う。

インダストリアル7で感じた2つの感覚。

1つは今はネェル・アーガマに乗っている、自分の運命を動かした少女。

もう1つは彼女と街を歩いているときに遭遇した、彼女を連れ戻そうとした女性、そしてユニコーンガンダムに初めて乗った時に戦ったモビルスーツ、クシャトリヤから感じたもの。

「え…?プル、プルツー…」

「どうしたの!?ジュドー!」

ジュドーもまた、近づいてくる感覚から2人の少女が頭に浮かぶ。

成り行きでZZのパイロットとしてエゥーゴに参加したばかりの頃、とある事件がきっかけでジオンにつかまってしまった妹のリィナを助けるため、ジュドーは彼女がいるであろうアクシズに単独で侵入した。

その時に出会ったエルピー・プルは10歳の少女で、アクシズで生まれ育ったニュータイプだった。

偶然の出会いだったが、プルはジュドーに懐くことになり、そのことがきっかけで後にネオ・ジオンが起こした地球降下作戦の際にジュドーと戦場で再会したとき、様々な要因があったとはいえ、彼に保護されることになり、そのまま表向きは捕虜として、実質的にはガンダム・チームの一員としてエゥーゴに寝返ることになった。

そして、地球各地での戦いでジュドー達をサポートし続けた彼女だが、ダブリンでの戦いでもう1人の自分といえる存在であるプルツーと出会い、戦うことになる。

実をいうと、プルはアクシズでひそかに行われたニュータイプ部隊計画の核といえる存在で、ニュータイプとしての素質を持つ彼女のクローンが少なくとも11体作り出されており、プルツーはその1人だった。

己のクローンと戦うことになり、ジュドーをかばう形で命を落としかけたものの、アムロに助けられる形で間一髪、一命をとりとめることになった。

その戦いはプルツーにも影響を与えており、もう1人の自分といえるプルの存在、そして彼女と戦ったことがプルツーの心に強烈な何かを残した。

そして、何度も戦場でジュドー達とぶつかり合うことになったが、最後はエルピーの説得によってジュドーの元へと向かった。

なお、プルツーはあくまでもコードネームに近いことから新しい名前を考えようということになっているが、呼ばれ慣れていることや平和になってから考えたいという理由で現在は保留になっている。

その2人はここにいるはずがない。

チェーンから聞いた話が正しければ、今は2人とも、ブライトやネェル・アーガマの元クルーとともに新型艦のところへ行っているはずだ。

だとしたら、この感覚はエルピーのほかのクローンのものなのか。

ジュドーは機体のダメージをチェックする。

ダブルビームライフルの機能は回復していないが、それ以外の兵装はどうにか使える状態だ。

「エル、ビーチャ!2人はネェル・アーガマの直掩に!ヤバイのが来る…!」

「やばいのって…いったいどうしたの!」

「いいから戻れ!ネェル・アーガマの守りを厚くするんだ!!」

そう言い残したジュドーはZZをジオンとガミラスの部隊のいる方向に向けて飛ばしていく。

おいて行かれた2人はやむなく、ジュドーの言葉に従う形でネェル・アーガマへと向かう。

(ジュドー…死ぬなよ!)

(Gハウンドにジオン、そしてガミラスっていう軍隊…。私たちの世界、いったいどうなっちゃうの!?)

 

「敵部隊を沈黙させる…!」

上空を飛ぶクシャトリヤが左腕に装着されているビームガトリングガンをロンド・ベルとGハウンドのモビルスーツ部隊に向けて発射する。

ビームの弾幕にさらされ、ジェガンとグスタフ・カールは突然の攻撃に対応することができないままサブフライトシステムともども火を噴き、地上へと落ちていく。

「よし…ビームガトリングガンの状態は良好。あとは試作バインダーの状態だな…」

重力下で使えないファンネルを排除し、熱核ジェットエンジンの機能を追求した新たなバインダーの力によって獲得した飛行能力。

ロンド・ベルとGハウンドがそれぞれ1機ずつ所有しているというミノフスキークラフト搭載モビルスーツには負けるが、それでもバイアラン以上の速さと飛行能力は手に入れている。

それに、ファンネルを使わない分、マリーダ本人への負担も軽い。

「インダストリアル7の四枚羽根!?仲間の仇を!!」

ロンド・ベルのスタークジェガンがハイパーバズーカを放ち、ドダイ改に乗った状態でクシャトリヤに接近する。

インダストリアル7で多くの仲間を彼女によって討たれており、彼にとっては敵討ちのチャンスであった。

見慣れないバインダーを持っている様子で、先ほどの戦闘を見るとあれほど多用していたファンネルを使っていない。

サイズは同じだが、やや大振りな動きを見せる相手。

小回りの利くジェガンであれば、あるいは。

ドダイ改のスラスター出力を最大に設定したうえでスタークジェガンが飛び出していく。

軽くなったドダイ改は一直線にクシャトリヤに向けて飛んでいく。

「ちぃ…!!」

頭部のバルカンを放ち、突っ込んでくるドダイ改を鉄くずに変える中、真上をとったスタークジェガンが両肩のミサイルポッドを全弾発射しつつ、右手のビームサーベルを突き出してクシャトリヤに迫る。

やった、と勝利を確認したスタークジェガンのパイロットはニヤリとする。

これで仲間の仇を打てると確信した彼だが、彼の機体は側面からやってくる光に包まれ、彼の意識もそこで消えてしまう。

 

「マリーダの頭を狙った奴の撃破、成功しました」

「よくやった。引き続き、スキウレで警戒にあたれ」

「了解」

ガランシェールのモニターで、マリーダの無事を確認したジンネマンはほかのジオン、およびガミラスの部隊の動きを確認する。

先ほどのスタークジェガンはガランシェールに搭載されているスキウレ砲による狙撃によって静めることができたが、彼女の近くにはガミラスの戦闘機やジオンの地上部隊もいた。

地上部隊については対空装備を持つ機体が少なく、助けづらい事情があったかもしれない。

だが、ガミラスについてはマリーダがピンチであることがわかっていただろうにもかかわらず、助けるそぶりを見せなかった。

今回はどうにかなったとはいえ、もしそれでマリーダが死ぬようなことがあればと思うとぞっとする。

「キャプテン、奴らは…」

ガランシェールの操縦士を務める褐色の肌をした老け顔の男、ギルボア・サントをはじめ、クルーもまたガミラスに対して信用できないものを抱いている。

異星人だからということもあるかもしれないが、それ以上に彼らのこちらを見る目が気に食わない。

まるで、自分たちを劣等種であるとみなしているかのようで、どうでもいい存在だと思っているのだろう。

そんな彼らを戦力になるからと受け入れた彼の判断を疑ってしまう。

「警戒はそのままだ。さて、味方はともかく、問題はシムルグか…」

ガランシェールの最大攻撃力は今使ったスキウレ砲で、それだけではシムルグを沈めることができない。

おまけに直掩として上空を舞うケッサリアとグスタフ・カール、そしてアンクシャの対空防御が分厚い。

それに、シムルグがあとどれだけの戦力を腹の中にためているのかもわからないうえ、ロンド・ベルにはガンダム・チームやアムロもいる。

どう動くかの算段を立てつつ、ジンネマンは入ってくる情報に耳を傾け続けた。

 

「くそ…ガミ公め!!火事場泥棒をするつもりかよ!!」

ヤマトから発進したコスモファルコン隊が横やりを入れてきたガミラスの戦闘機と交戦する。

自機をコルグニスとの戦闘で失っている加藤は古代から借りたコスモゼロで出撃していて、既にGハウンドやガミラスの機体を沈めている。

彼が気になったのはコルグニスの存在だ。

衛星軌道上での戦闘では大して損傷を受けていないその機体がここで出撃してくることを恐れていた。

どうにか奴に殺された部下の仇を打ちたいという気持ちはあるが、それ以上にトビアやキンケドゥを手玉に取ったあの機体によってさらに被害が広がり、事態が悪化することを恐れる気持ちがあった。

「にしても、あんまり記録の残っていないグスタフ・カールとか、ペーネロペーもいる…これは、帰ったら自慢できますねぇ」

「無駄口をたたくな、篠崎!」

 

-オーストラリア北東部 グレートバリアリーフ-

かつて、広大なサンゴ礁のある海として、宇宙からも観測することのできたグレートバリアリーフ。

その美しい海も、セカンドインパクトによって赤く染まり、象徴であったサンゴ達は姿を消している。

岩と砂、そして赤い水だけの無機質な海をグレーのマッドアングラー級、グレービビアンがクックタウンを目指して進んでいく。

艦長席の隣に設けられている予備椅子に腰かけるミシェルは1時間前に届いた暗号文がかかれた黄色い紙を握りしめていた。

「リタの感じていた嫌な予感はこれのことだったのかしら…」

ヨナを保護したという異世界の戦力とロンド・ベルがGハウンドと戦闘状態に入り、おまけに正体不明の艦隊と手を組んだジオンによる介入。

クックタウンの廃墟で繰り広げられる三つ巴の戦いはミシェルが思い浮かべる中でも最悪のシナリオだ。

「艦長!スピードは上げられないの!?」

「冗談言わないでください!補給物資を積んでいて、これでも精一杯です!必ず間に合わせますので、いましばらくの辛抱を!!」

「お願いよ…」

おそらく、ヨナも出撃しているだろう。

己のエゴになるが、せめてヨナだけでも逃がせればと思ってしまう。

(問題はユニコーンガンダムね…。サイコミュは暴走の危険だってあるんだから…」

グレービビアンに乗せた補給物資の中にあるやせっぽちなモビルスーツがミシェルの脳裏に浮かぶ。

アナハイムで初めて開発された、サイコフレーム搭載モビルスーツ。

半年前、ビスト財団の二代目当主であったカーディアス・ビストがミシェル・ルオに譲渡したものでもあるそれはνガンダムよりも前に、サイコフレームそのものの性能を評価するためだけに生産されたモビルスーツだ。

兵器として運用するには明らかに貧相なそのモビルスーツが本当に今のロンド・ベルに必要なのか。

(まったく、わかったようでわからないものね…ニュータイプというのは!)

 

-オーストラリア クックタウン近辺-

「ジェリド中尉!!」

ジェリドと対峙するカミーユのZⅡをビームライフルでけん制しつつ、ペーネロペーがビルを枕にしているバイアラン・カスタムのそばに行き、片腕をつかんで接触回線を開く。

「ジェリド中尉、ご無事ですか!?」

「ああ、無事だよ…くそっ!カミーユ・ビダンめ!!」

「カミーユ・ビダン!?あのZもどきに乗っているのが??」

ジェリドが生きているのを確認したレーンだが、ジェリドのその言葉が信じられなかった。

精神崩壊を引き起こし、呆けた少年が再び戦場に戻ってくるとは思えない。

それを言っていたのはほかならぬジェリド本人だ。

「ソウジさん!あの機体、味方を助けに!!」

「あんまりやりたくないが…俺たちも精一杯なんだよ!」

ペーネロペーもバイアラン・カスタムも、自分たちにとっては脅威となるモビルスーツ。

特にΞガンダムを完封し、ヴァングレイでは追いつけないスピードを持つペーネロペーに勝てるイメージがうかばない。

それに、どちらの機体もいくつもロンド・ベルのモビルスーツを撃破しており、戦死者も出ている。

容赦するわけにはいかず、ペーネロペーに向けてレールガンを発射する。

「く…!ここはシムルグへ戻りますよ、中尉!!」

「戻るなら1人で戻れ!俺はカミーユを倒さねばならん!」

「今のその機体では…」

「黙れ!カクリコン、ライラ、マウアー…俺からすべてを奪った奴を!!」

「ジェリド・メサ中尉、執念だけではガンダムには勝てんぞ」

急にケネスが通信に割り込んできて、その言葉にジェリドははっとする。

グリプス戦役では、ジェリドはモビルスーツを変えながら、何度もカミーユと戦ってきた。

しばらくはパイロットとしての技量の差があり、善戦することが多かった。

時には性能差での有利も絡んでカミーユを追い詰めることができた時もある。

だが、何度交戦してもカミーユを殺すことができず、仲間や師匠、恋人になるかもしれなかった女性を次々と失う羽目となった。

そして、自分も心だけでなく、体にまで一生癒えることのない傷をつけられることになった。

その原因を生み出し、己を戦いに駆り立てたカミーユが憎くて憎くて仕方がない。

だが、今の自分ではその壁を越えることができないことも分かっていた。

「くっ…!レーン、俺をシムルグへ…!」

「了解!」

「逃がすか…」

「キャップ!ガミラスの戦闘機が艦に近づいています。そちらへの対処を!」

「く…了解だ!」

逃げていく相手よりも、まずはこちらに明確な攻撃を仕掛けてくるガミラス。

思考を切り替えたソウジはペーネロペーに見切りをつけ、ヴァングレイをガミラスの戦闘機部隊へ向かわせ、損傷したバイアラン・カスタムを抱えたペーネロペーはシムルグへと引き上げていく。

その間、ペーネロペーは攻撃をすることはなかった。

「ジェリド…やはりあいつも戦場に…」

ジェリドを見送るカミーユは逃げていく彼らの後姿を見ることなく、ネェル・アーガマに近づく敵機をビームライフルで撃墜していく。

分離していたメタスも合流し、ZⅡの背中を守る。

「カミーユ…相手が多すぎるわ。このままだとみんな…」

「ああ…。それに、強化人間が乗っているモビルスーツもいる。それに、この感じ…おそらく、あの機体は…」

カミーユが感じるクシャトリヤからの気配。

その気配の中に、アクシズショックをテレビで見たときに感じた何かが混じっているように感じた。

精神崩壊から回復し、リハビリを受ける中でウォンから受け取った記録の中にあったサイコフレームのデータ。

アクシズショックの中心となったνガンダムに搭載されたもの。

それと同じものが、おそらくはその機体に搭載されている。

(サイコフレーム…。アムロ大尉が起こした奇跡。それを見ても、まだ変わっていないな…。でも…)

だからといって、絶望して立ち止まってしまってはアクシズ落としをしたシャアと何も変わらない。

それが生み出す最悪の未来を回避するために、カミーユは再び修羅場へ戻ってきた。

「カミーユ…」

「大丈夫だ、ユイリィ。もう、俺は俺自身を見失ったりしない」

「うん…」

精神崩壊したカミーユを毎日看病してきたユイリィはずっと後悔していた。

もっと自分がカミーユのことを見ていたら、もっと声をかけていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのにと。

傲慢かもしれないが、それでもカミーユにはこのような状態になってほしくなかった。

グリーン・ノアで暮らしていた時のような、怒りっぽくて繊細だけれども優しいカミーユに戻ってほしかった。

だから、回復したカミーユが再び戦場に出るといったとき、ユイリィは迷うことなくともに行動すると決めた。

(私がカミーユをつなぎとめる…。今度は私がカミーユを守るから…)

シロッコと戦っていたカミーユがニュータイプとしての力をZガンダムを通して発現したとき、彼がつながっていたのは生きていた人ではなく、既にこの世にいない人々。

彼らに己の体を貸して、より精神が死者の方向へ引っ張られた。

その時、幻覚でも意識だけの存在でもない生者の力を感じることができれば、何かが違ったかもしれない。

だから、自分がカミーユにとってのそれになるとユイリィは誓っていた。

 

「こいつ…空を飛んでる!!」

地表からダブルビームライフルを発射するジュドーだが、上空で蛇行飛行するクシャトリヤに命中せず、胸部から発射される拡散メガ粒子砲が地上に向けて降り注ぐ。

降り注ぐビームをウイングシールドで防御するジュドーだが、その周辺にいたロンド・ベルやGハウンドのモビルスーツが巻き込まれている光景を目の当たりにする。

「これは…ZZ!!」

地表でメガ粒子砲をかろうじて防御したその機体を見たマリーダは操縦桿を握りしめる。

かすかに残る記憶の中に浮かぶ、ガンダムへの、特にZZへの怒りがふつふつとよみがえってくる。

「貴様は…ここで倒す!!」

右手でビームサーベルを握ったクシャトリヤが己が優位なはずの上空から降下していき、ZZに迫る。

「接近してくる!けど…これは!!」

無謀な突撃をしているように見えるクシャトリヤだが、なぜか機体が次第に紫の炎を放ち始め、それを鎧のように自身に包ませているように見えた。

何かを感じたジュドーはダブルビームライフルを連射する。

だが、クシャトリヤを包む炎が圧倒的な火力のはずのダブルビームライフルのビームをすべて弾いていく。

「嘘!?」

「はあああああ!!!」

マリーダに呼応するかのように出力が上がっていくビームサーベルが太くなっていき、それがZZに迫る。

ハイパービームサーベルを抜く暇がないダブルゼータはやむなくダブルビームライフルの砲身で受け止めざるを得ず、ビームサーベルを受け止めることのできる堅牢さを持つはずの砲身が右腕もろとも切り裂かれる。

「あ、ああ…」

切り裂かれた右腕をかばい、ミサイルを放ちながら後ろに下がっていくジュドーは斬られたときに感じた強烈なプレッシャーに動揺せざるを得なかった。

かつて、ネオジオン戦争で当時の首魁であったハマーン・カーンと何度か白兵戦やモビルスーツ同士で戦うことがあった。

そこでも、苛烈な彼女のプレッシャーを感じながら戦っていたが、今感じているプレッシャーはそれとは違う。

純粋に怒っている、いや、憎んでいる。

その憎しみは確かにZZに、そしてジュドーに向けている。

「何をしているマリーダ!!機体を上昇させろ!!クシャトリヤの今の装備は…!」

「ガンダム…倒すべき、敵!…仇!!」

通信機から聞こえるマスターたるジンネマンの声はマリーダに届かず、ビームサーベルを握るクシャトリヤは炎に包まれながら、ZZに迫る。

ZZから発射されたミサイルを何発か受けているはずだが、やはり損傷は全く見られなかった。

そして、マリーダの声がかすかにジュドーの脳裏に響く。

「敵…仇…俺が!?」

本気の殺意が伝わるとともに、ジュドーの脳裏にカミーユと会ってからこれまでの戦いの光景が駆け抜けていく。

多くの戦いに参加し、その中で多くのモビルスーツをこの手で撃破してきた。

それは同時に、多くの人をこの手で殺してきたという意味でもある。

殺された人々の大切な人の恨みがいずれ己に襲い掛かる。

そのことは心のどこかで理解していた。

だが、それが今ここで来ているとわかると手が震える。

「終わりだ…ZZ!!」

「ジュドーさん!!!」

大出力のビームサーベルを振り下ろそうとするクシャトリヤと呆然とするZZの間にユニコーンが割って入り、両腕に搭載されたビームトンファーでそれを受け止める。

「くっ…ZZではない、ガンダム!インダストリアル7の…!!」

「バナージ!?」

「ジュドーさん、大丈夫ですか!?」

意識が憎むべきZZからユニコーンへと向いたことで、ほんの一瞬だけ憎しみが薄れたのか、クシャトリヤのビームサーベルの出力が弱まり、その身を包む炎が若干弱まる。

そのおかげか、両腕のビームトンファーでかろうじて受けることができている状態だが、それでも出力ではクシャトリヤが上回っていて、ジリジリと押されている状態だ。

「バナージ、下がれ!押されているぞ!!」

「どきません!!嫌なんですよ!!人が死ぬのも…自分が死ぬのも、冗談じゃないんだ!!」

インダストリアル7でロンド・ベルとジオンの戦闘に巻き込まれ、その中で多くの関係ないはずの人々が死んでいくのを見た。

そして、その中で思い出したのは今は亡きバナージの母であるアンナ・リンクスの最期だった。

病気でしんどいはずなのに、一人残してしまう最愛の息子の幸せを願いながら、安らかな表情を浮かべて逝った母。

本来、死ぬとしてもそれは安らかなものであっていいはずなのに、戦争は無残な形で、しかもなんの唐突もなく、心の準備もできないまま死を招く。

それを自分の目の前で引き起こされるのが嫌だった。

「どけ、ガンダム!!ZZをこの手で…!!」

「させない…させるもんか!!」

邪魔をするユニコーンへの怒りで再びビームサーベルの出力が上がっていく。

そのままでは両断されて、バナージも無事では済まない。

「逃げろ、バナージぃ!!このままじゃ…」

「それでも…それでも!!」

バナージの叫びとともに、コックピットのモニターが赤く光る。

同時に表示される『NT-D』という文字。

これはインダストリアル7でクシャトリヤが放つファンネルの猛攻を受け、死を覚悟したときにも表示されたもの。

そして、そこから始まるのが何か…。

 

「…!?くっ!!」

「おい、チトセちゃん!?どうしたんだ!?」

突っ込んでくるツヴァルケをビーム砲で攻撃するソウジは突然、苦しみだしたチトセに意識が行く。

同時にコックピットに衝撃が走り、ナインの遠隔操作でヴァングレイの動きが制御される。

「キャップ、よそ見しないでください。コックピット周辺をフェイズシフト装甲にして正解でした」

「わ、悪い…!」

「何かが…大きな力が、出てくる!ユニコーンガンダムから!」

「何…!?」

ユニコーンガンダムが全身をサイコフレームで作った機体であることはすでにアムロから聞いている。

その時のアムロのそれを恐れる表情はソウジもよく覚えていた。

チトセをはじめとして、ユニコーンガンダムから始まる予兆を感じる人がいる。

「なんだ、この張り詰めた感覚は!?それに…νガンダムのサイコフレームが反応しているのか?」

「始まる…」

「バナージ…」

アムロやカミーユ、そしてその予兆を目の前で見ているジュドーはユニコーンガンダムから飛ばされる何らかの思念を受け取り、恐れとそれとは別の何かを感じ始めていた。

 

「…バナージ」

ネェル・アーガマの一室、見回りのロンド・ベル兵士に守られている部屋の中で、薄オレンジ色の髪と緑色の瞳をした少女はバナージから何かを感じ取っていた。

彼女こそがインダストリアル7で偶然バナージと出会い、彼の運命を変えてしまった少女、オードリー・バーン。

彼女はインダストリアル7で同じことが発生しているユニコーンを目撃している。

部屋のモニターには純白であるはずのユニコーンの装甲の隙間から赤い光が発生しているのが見える。

「…ガンダム」

 

「これは…!!」

鍔迫り合うマリーダは危険なものを感じ取り、クシャトリヤを上昇させてユニコーンと距離をとる。

それと同時に装甲が展開していき、隠されていたサイコフレームの骨格が赤い光を放っている状態でその姿を見せる。

そして、一角獣を連想させる一本角のブレードアンテナが二つに開くとともに、マスクで隠されていたガンダムとしての素顔がさらされる。

「ユニコーンが…変身した。こいつが、ユニコーンの本当の姿なのか?」

「うおおおおおお!!」

バナージの雄たけびとともに、ユニコーンが赤い光を放ちながら地面を蹴り、スラスターを吹かせて上空のクシャトリヤへ跳躍する。

目の前でそれを見ていたジュドーだが、あまりにも一瞬で跳躍し、高度を上げていったことから、それがユニコーンではなく、赤い光だったのかと誤解しそうになる。

光のように飛ぶユニコーンは両腕のビームトンファーでクシャトリヤに切りかかる。

「く、うううう!!うあああああ!!」

かろうじてビームサーベルで受けることに成功したマリーダだが、それをいつまでも維持することができるかわからない。

どんなに推力のあるモビルスーツでも、いつまでも飛行し続けることはできない。

クシャトリヤやΞガンダム、バイアラン・カスタムのような飛行時間を延長できる装備を持たないモビルスーツでは、重力に逆らいきることができずに落ちることになる。

だが、飛行能力を持たないはずのユニコーンはフルサイコフレームの力によるものなのか、その高度を維持し続けている。

一度距離をとったクシャトリヤを追いかけている。

「なんなんだ、あのガンダムは…!!」

「みんなを…傷つけさせるものか!!」

 

「ユニコーンガンダム、全身をサイコフレームで包んだ異端のガンダム、か…」

2機のモビルスーツの戦闘、というよりもユニコーンによる一方的な攻撃を見ることになったケネスの脳裏に浮かぶのは昨年のアクシズ落としで見た、νガンダムが放っていた光だ。

同じサイコフレームで生み出したはずの光だが、その光から感じるものが全く異なっているように思えた。

光の目的やモビルスーツとパイロットが違うということが大きいかもしれないが、ユニコーンから感じる光は何かが違う。

だが、その本質まではわからない。

「そして、デストロイモード…か」

ジェリドとヤザンが帰還してからロンド・ベルに勧告を行うまでの間に司令部ととある財団の当主との話を思い出す。

アナハイムの陰の実力者であり、連邦政府官僚の天下り先としても機能するとともに、世界のありとあらゆる経済界の黒幕であるとも言われている王国、ビスト財団。

一年戦争とその末期に起こった2つの惨劇によって、地球の経済は壊滅的な被害を受けることになり、その余波をアナハイムとともに受けることになったビスト財団だが、既にコロニーとも関係を持ち、裏ではジオンとも取引する関係となっていたことでそのダメージを最小限に抑えることに成功している。

だが、ビスト財団そのものは黒幕として積極的に表舞台に出ようとはせず、それゆえにメディアで時折その名前が出ることはあるものの、知名度はそれほど高いものではなかった。

だが、そんな陰に徹していたはずのビスト財団がユニコーンガンダム、そしてUC計画については積極的に動き、特にユニコーンガンダムについては財団が作り上げていて、一部がブラックボックスになっている。

そのブラックボックスの一部をビスト財団の現当主である女性で、アナハイム創業者一族であるカーバイン家に嫁いだことで『表』と『裏』で絶大な力を得るに至った月の女帝、マーサ・ビスト・カーバインから教えられた。

「NT-D…デストロイモード。アナハイムでさえ解析不能のシステムか」

戦闘を行う相手のニュータイプや強化人間の感応波を感じ取り、それをせん滅するためにユニコーンガンダムをしかるべき姿であるデストロイモードへと変貌させ、性能やサイコフレームの力を高めるシステム。

「そして、何の因果なのだろうな。その、ユニコーンガンダムのパイロットは…」

エコーズから受け取ったユニコーンガンダムの情報の中にある、バイオメトリクス認証によってそれの主となった少年、バナージ・リンクス。

一年戦争開戦とほぼ同時期に生まれたその少年の身元は今は亡きビスト財団当主であるカーディアス・ビストと彼の愛人であったアンナ・リンクスの間に生まれた少年。

アンナ・リンクスについては経歴だけを見ると、一時期アナハイムに勤めていたものの、10年前に退職していること以外はいたって平凡そのもの。

生活環境も中の上くらいで、バナージ本人も父親がいないことを除くといたって平凡な生活をしていたといえるだろう。

そんな彼女と、既に妻がおり、その間に子供を授かっていたはずのカーディアスがなぜ愛人関係となり、バナージを産むに至ったのかの理由は彼の妹であるマーサも分からないという。

政略結婚で結ばれた女性よりも、純粋に愛した愛人に思いを寄せるという話は古今東西よくある話ではあるが。

 

戦闘だけでなく、サイコフレームを介した感応波を互いにぶつけ合う形となったユニコーンとクシャトリヤ、バナージとマリーダ。

その余波は2機の周囲にも及んでいた。

「なんだ…!?これは!?」

ツヴァルケに乗るガミラス兵は一時機体のコントロールが乱れ、モニターにもいくつもノイズが生じるなどの異常に困惑する。

「テロン人のモビルスーツの力だというのか!?」

ヤマトといいコルグニスといいサイコフレームといい、下等生物であるはずのテロンがなぜこのような力を持っているのか、ガミラス兵には理解できない。

その理解できないフィールドに立つ2機のぶつかり合いだが、やがてユニコーンのビームトンファーがクシャトリヤのバインダーの一部を切り裂いたことで勝負が見えてくる。

「くそ…!」

「マリーダ、後退しろ。今のクシャトリヤでは勝てん」

「しかし…」

「従え、マリーダ。それに、今のロンド・ベルはもはや、連邦からも追われる身だ。倒すチャンスはいくらでもある」

「…了解」

バインダーが損傷したことで、飛行能力と機動性に制限が出ているが、それでもユニコーンと距離をとることくらいはできる。

距離をとったとしても、今のユニコーンであれば短時間で距離を詰め、ビームトンファーで切りかかることができるが、そのわずかな時間だけ稼げればいい。

「逃がさない!!!」

距離を詰めようとするユニコーンめがけて、クシャトリヤの胸部の拡散メガ粒子砲から青い拡散ビームが発射される。

網のように襲うビームから発する殺気を感じ取ったバナージの脳波を受けたユニコーンは高度を大きく下げる。

その間にクシャトリヤは後ろへと下がっていく。

「はあ、はあ、はあ…」

「バナージ!!」

損傷したZZが地上へ降りたユニコーンの元へと向かう。

「はあ、はあ…ジュドー、さん…」

「お前、大丈夫なのかよ!?それに、ユニコーンが変身して…」

バナージの疲労、そして遠ざかっていくクシャトリヤ。

ユニコーンガンダムのサイコフレームから光が消えていき、その色が黒くなっていく、というよりも戻っていく。

そして、デストロイモードから元の姿へと戻っていった。

「あのモビルスーツ…元の姿に戻ったぞ」

「ガンダムめ…!ここで沈めてやる!!」

地上へと降りたところを集中攻撃しようとする上空のギャルセゾンに乗ったメッサーがメガ粒子砲やビームライフルで攻撃を仕掛ける。

彼らの中にはこれまでガンダムと戦い、乗機や仲間を失いながらも生き延びたパイロットもいる。

ガンダムのせいで、かつてのネオ・ジオンの指導者であったハマーンやシャアが討たれることになった。

スペースノイドの独立を阻む戦場の壁であり、絶望の象徴であるガンダムをここで撃破しなければならない。

「くっそ!もうこっちには弾薬が…!」

損傷しているうえに、ミサイルも残弾がわずか、おまけにダブルビームライフルを失っているZZはダブルキャノンで迎撃する。

「ジュドー!!」

「バナージ!」

2機を襲うメッサー達にビームが襲い掛かり、ジュドー達の通信機にはビーチャとリディの声が響く。

後方からはデルタプラスに乗った百式とドダイ改に乗ったMk-Ⅱの姿があり、3機がビームライフルで攻撃を仕掛けていた。

「大丈夫か!?おいおい、ZZがボロボロじゃねーか」

「悪かったって、相手が悪かったんだっての!」

「こりゃ、アストナージさんに怒られちゃうかもね。あ、それよりも2人とも、撤退の準備をして!」

「撤退…?」

「もうすぐ到着するの!ルオ商会が!」

「ルオ…商会…?」

 

「クソ…!どれだけ数がいるんだよ!それに、Gハウンドも正気かよ!!」

ネェル・アーガマにあった予備のジェガンを借りて出撃しているヨナは地上から攻撃を仕掛けるGハウンドのジェガンやグスタフ・カールをほかのロンド・ベルやエコーズのモビルスーツ部隊とともに迎撃する。

こうして近くで戦っている中で、いやでもヨナは自分と彼らとの実力の差を感じてしまう。

ヨナは何度もビームライフルを発射することで、どうにか相手のジェガンを戦闘不能に追い込むことができるが、どうしてもコックピットを直撃させるような射撃をすることができない。

それに、何発も射撃が外れているうえに相手の攻撃を受けたことですでにシールドは破壊されてしまっている。

その一方で、ロンド・ベルはやはりティターンズやジオンとの最前線を戦い続けたエゥーゴやカラバを母体としているだけあるのか、パイロットの水準は今までいた部隊を上回っている。

また、エコーズについても特務部隊の名前は伊達ではなく、統率の取れた動きな上に的確に相手の戦力や機体をつぶしに動いている。

パイロットとしての技量が一般兵から抜け出すことができていないヨナにはできない芸当だ。

それに、ヨナはたとえ相手がGハウンドであるとはいえ、同じ連邦軍の兵士と殺しあうことにどうしてもためらいを覚えている。

元々、兵士としては致命的な弱点である敵機の撃墜に対する抵抗感が人一倍強かったヨナにはこの状況は酷といえる。

たとえ、その行為が殺人ではなく、戦場での自分や仲間を守るための防衛行為だということを頭で理解できていたとしても。

「1機突っ込んでくるぞ!!」

味方の声が聞こえるのと前後し、ジェガンのセンサーがビームサーベルを手に接近してくるグスタフ・カールの存在をヨナに伝える。

ライフルを握っているヨナはそれを発射するが、至近距離に近いものであるにもかかわらず、撃つことができたのは胸部ではなく足で、しかもそのビームはかすっただけになった。

覚悟を決めなければならないこの時になっても、ヨナは奥歯をかみしめる。

(優しすぎるのよ、あなたは…。その優しさがあなたを殺さなければいいけど…。正直、軍人なんて似合わないわ)

シドニーがまだあって、小学校に通っていたころのヨナは気弱で、よくいじめのターゲットにされていた。

しかし、どんなに傷ついてもやり返すことはしなかった。

ミシェルからそんなことを言われるのはこういった部分もあるのだろう。

「何をしている、ヨナ少尉!」

コックピットにサーベルを突き立てようとしたグスタフ・カールが盾を構えたエコーズのジェガンが突進をして突き飛ばす。

突き飛ばされた先のビルの屋上にはビームガンを装備したジェガンがいて、突き飛ばされたモビルスーツの頭部とサーベルを握る右手をそれで撃ちぬいて見せた。

視界と武器を失い、戦闘能力を失ったグスタフ・カールは武器のない左腕を振り回し、なおも抵抗しようとするが、突き飛ばしたジェガンのシールドから発射されたミサイルが撃ち込まれる。

腕と脚は無事なものの、多重に受けたダメージで核融合炉を停止させたグスタフ・カールは動きを止め、その様子をヨナは息をのんでみていた。

「ネェル・アーガマより全機!これより、スモークが発射される。これから退避行動を開始するため、帰投してください!繰り返します!全機、帰投してください!!」

「スモーク…!?」

「聞いたな、全機戻れ!殿は俺たちが行う!」

「こちらが足を止めます!」

ビームガンを装備したジェガンが接近しようとする地上のモビルスーツ部隊に向けてハンドグレネードを投げつける。

通常の爆発が2つ起こったと同時に、残り1つのグレネードからはババババと激しい音とともに強い光が発せられる。

あまりのまぶしさに敵モビルスーツはマニピュレーターでメインカメラを守り、その間にロンド・ベルとエコーズの部隊は後退を開始する。

光が収まると同時に、海からはミサイルが発射され、それが地面やビルに命中すると同時に煙幕が発生する。

「煙幕…!奴ら、逃げるつもりか!?」

煙幕に紛れ、逃げていくロンド・ベルの部隊を見たヤザンは舌打ちし、フェダーインライフルを背中を向けているリゼルに向ける。

引き金を引こうとする彼だが、急にケネスの通信が割り込む。

「深追いするな、捨て置け」

「しかし、このままだと逃げますぜ?」

「ジオンと正体不明の部隊への対応が最優先だ。奴らと戦う機会はまだあるというものだ」

「ちっ…了解だ」

因縁のあるジュドーとカミーユを逃がすのは気分が悪いが、ケネスの命令には逆らうことはできない。

それに、ジオンとガミラスの部隊への対応が必要なのも事実だ。

現に彼らはすでにロンド・ベルからGハウンドへ攻撃の比重を傾けていた。

 

「バイアラン・カスタム!コックピットが開かないぞ!」

「ジャッキを持ってこい!ジャッキを!!無理やり開けるんだ!」

「衛生兵も呼べ!パイロットが負傷しているかもしれないぞ!」

シムルグの格納庫に、ペーネロペーの助けを借りて収納されたバイアラン・カスタムに整備兵が集まり、深刻なダメージへの対応とパイロット救出に忙殺される。

外の激しい声や音はコックピットのジェリドには届かない。

操縦桿を手放した彼は両手を握りしめる。

「カミーユ…カミーユ・ビダン…!!」

もう戻ってくることはないはずの彼がまたここに来た。

親友や師匠、恋人になるはずだった女性、ティターンズとしての輝かしいはずの未来、何もかもを奪ってきた男が今度は自分から何を奪おうというのか。

「もう…貴様からは何も奪われてたまるか!!奪うというなら…奪うというなら、今度は俺が貴様のすべてを奪う!!」

 

-オーストラリア北東部 グレートバリアリーフ-

戦場を離脱したヤマトをはじめとした艦隊は前方でわずかに浮上している、ルオ商会の潜水艦とダナンの先導を受けながら進んでいく。

既に機動兵器は収容され、おそらく整備兵たちはそれらの整備に忙殺されていることだろう。

「カミーユさん、ユイリィさん、どこへ行っちゃったんだろう…?」

ハンブラビとクシャトリヤとの戦いで損傷しているZZの整備されている様子を見ながら、ジュドーはここにいない2人の身を案じる。

確かに煙幕の中で離脱を開始したときは2人の姿があったが、なぜか2人ともはぐれてしまった。

2機の反応もなく、取り残されたのかと思ったが、カミーユと彼と一緒にいるユイリィに限ってそれはあり得ない話だ。

「すみません、チェーンさん。Ξガンダムをボロボロにしてしまって」

損傷し、傷ついた装甲パーツが取り外される様子を見ていたハサウェイは自分にこれを預けてくれたチェーンに己の力不足を詫びる。

相手が正規パイロットであり、Ξガンダムと同じくミノフスキークラフトを搭載したモビルスーツであったとはいえ、もっと上手にこの機体を使いこなすことができれば、ここまで傷つくことはなかったと考えてしまう。

おまけに、そんな同じタイプの機体を前に足を止めてしまったことも彼にとっては大きな反省点だ。

「仕方ないわ、それよりも、あなたが無傷で済んだのはΞガンダムのおかげね。私に謝るよりも、まずはあなたを守ってくれたガンダムにお礼を言わないと」

「そう、ですね…。Ξガンダム、ありがとう…」

力不足な自分がまたΞガンダムに乗れるかどうかはわからない。

もしかしたら、ビーチャやエルといったほかのパイロットのほうがふさわしいかもしれない。

だが、それでもやれるというなら、やり遂げたいとは思っている。

そうでないと、クェスをはじめとした死んだ人たちに顔向けできないのだから。

「それに、早く気持ちを切り替えないと、お父さんを心配させてしまうわよ」

「父さん…まさか、ラー・カイラムが!?」

「そうよ、間もなく合流するわ」

2隻の潜水艦に先導される先にある孤島の上空にはサラミスかマゼランに近い形の戦艦が待機しており、ベースジャバーに乗ったジェガン2機が直掩している。

艦長席からその姿をみた沖田はフゥと深く呼吸する。

「連邦の名艦の一隻、ラー・カイラム。別世界のものとはいえ、こうして実物をこの目で見ることになるとは、な…」




機体名:メタス
形式番号:MSA-005
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:21.8メートル
全備重量:52.4トン
武装:アームビームガン×2(ミサイルランチャーと選択可)、ビームサーベル×6、
主なパイロット:ファ・ユイリィ

Zプロジェクトの一環として開発された試作モビルスーツ。
モビルアーマー形態への変形が可能で、機動力が高い。
可変モビルスーツの弱点といえる整備性を解消すべく、変形機構はシンプルなものとなっているが、それと引き換えに機体強度が落ちた上に格闘戦に不向きな構造となっている。
そのため、弾薬の補給や損傷機の回収といった支援機として運用されていた。
現在、ファ・ユイリィが乗っているこの機体は2年前のグリプス戦役で運用されたもので、現存するメタスはこの1機のみとなっている。
また、ZⅡをはじめとしたアナハイムの可変モビルスーツとのドッキング機能が追加されており、それによってサブスラスターとしての運用も可能となっている。


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第51話 流浪の部隊

機体名:ケッサリア
形式番号:なし
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:不明
全備重量:不明
武装:ミサイルランチャー
主なパイロット:Gハウンド兵

Gハウンドで運用されているサブフライトシステム。
連邦で運用されたドダイ改やベースジャバーなどを参考にしつつ、武装の搭載による火力の増強が行われており、下部にミサイルランチャーが追加されている。
また、モビルスーツの大型化に伴う重量の増加に対応するために出力も従来のものから引き上げられている。


-ラー・カイラム 格納庫-

「おい、話は本当なのかよ…!?」

「アムロ大尉なんだろ?幽霊じゃないよな…?だって、ジオンにもシャアの再来の話が…」

「モビルスーツが入る!お前ら、下がれ!!」

アムロが生きていたという話が真実か確かめようと、格納庫に集まったパイロットや整備兵たちをオレンジ色の整備兵の制服を身にまとった男、この艦のチームメカニックであるアストナージ・メドッソ少尉が無理やり彼らをどかす中でハッチが開く。

そこからは行方不明となっていたガンダム・チームのモビルスーツたちが最初に入ってくる。

そのあとで、νガンダムが入ってきて、同時にアストナージ達の視線がそれに向けられる。

(νガンダム…。そして、この中に…)

νガンダムのハッチが開き、その中にいる白いノーマルスーツ姿の男がおりてくる。

降りてきた彼は頭部を隠すヘルメットをはずし、無事な姿を彼らに見せた。

「アムロ!!」

「大尉、よくぞご無事で!!」

「ああ…心配をかけてすまなかった」

「本当ですよ…!隊長、あの後どれだけ探したことか…」

幽霊ではない、ちゃんと足をつけて立っているアムロに金色のショートヘアをした女性パイロット、ケーラ・スゥ中尉は思わず涙を浮かべる。

「ジュドー達も、よく戻ってきたな。話はブライト艦長から聞いているが、まさか別世界に飛ばされていたなんてな、本当にあったことも驚きだが…」

「俺たちだってびっくりしたよ。ま、そのおかげでアムロ大尉とνガンダムと再会できたけどな」

「アムロ…」

整備兵やパイロットにもみくちゃにされる中、アムロの前にやってきたのは彼にとって、20年近くともに戦ってきた戦友の姿だった。

離れ離れになってしまって1年の間も苦労を重ねたのか、若干白髪が増えた黒髪をしていて、細い目はじっとアムロの無事な姿を見つめている。

「ブライト艦長」

「はぁ…探したぞ。いなくなるのはあの時だけにしてくれと思ったが…」

「言うなよ。不可抗力だ」

「だが、まあ…よく帰ってきた」

「驚いたな、もう新型艦ができていて、ブライトがそこに移っていたとは…」

「ああ。ラー・カイラムだ。これがロンド・ベルの新たな旗艦になる」

「ネェル・アーガマもまだまだ旗艦として使っていける艦だが…」

ネオ・ジオン戦争中盤に建造されたばかりのネェル・アーガマはまだ数年は旗艦として使っていけると思っていたが、チェーンから話は聞いていたとはいえ、まさかこれほど早い段階で新型艦が用意されるとは思わなかった。

ラー・カイラムに乗艦する前にあらかた見たが、これまで連邦が建造してきた戦艦であるマゼランやアレキサンドリア、アーガマにドゴス・ギアといった戦艦の長所を組み合わせたようなもので、そんな戦艦がよくロンド・ベルに送られたものだと思えてしまう。

「バウアー議員の口添えもあったからな、ネェル・アーガマにいたクルーのほとんどもここに異動している。ジュドー達も、よく帰ってきたな」

「ああ。そういえば、ブライト艦長は知ってた?カミーユさんのこと」

「カミーユが、どうしたというんだ?まさか…また症状が…!?」

「いやいや、もう元気になってたんだよ。それで、俺たちがクックタウンでGハウンドと戦っていた時に、助けに来てくれたんだ」

「何!?なら、カミーユもいるというのか…」

「それが…いなくなっちゃったんだ。本当に、どこへ行ったんだろう…?」

カミーユの復帰と行動について、もしかしたらブライトなら何か知っているだろうと期待していたジュドーだが、ブライトの反応を見ると、彼も知らないのだろう。

せっかく会えたのに、一緒に来てくれたらと思っていたものの、こうして別れてしまった以上は仕方ない。

生きていたら、きっとどこかで会える。

現にアクシデントがあったとはいえ、生きてアムロとも再会できたのだから。

「ジュドー!!」

「ジュドー!!」

ブライトについてきていた2人の少女が嬉しそうにジュドーの元へかけてくる。

オレンジ色の髪と紫の瞳、幼さのあふれる顔立ちは変わりないものの、1人は薄緑色と黄色をベースとした上下の分かれた薄手の服を身に着けていて、もう1人は赤とムラサキをベースとしたワンピース姿をしている。

「プル、プルツー!」

「どこへ行ってたんだよ、ジュドー!お前がいない間、泣いているプルをあやすのが大変だったんだぞ」

「よかったぁーーー!ジュドー!みんなも!」

「あはは、ごめんごめん。心配かけちゃって」

「もう、大丈夫だからな」

ジュドーに頭を撫でられたプルは素直にうれしそうに笑い、プルツーはほんのりと顔を赤く染めながら視線を逸らす。

「ルオ商会がここをランデブーポイントに指定した。我々はこれから、ダナンとともにメリダ島へ向かう。そこで補給や本格的な整備を行おう」

「メリダ島…ミスリルの本拠地か」

小笠原諸島と北マリアナ諸島のほぼ中間にあたるとだけ聞いているその場所はたとえ同盟相手であるロンド・ベルにも正確な位置が伝えられていなかった。

おまけに、ロンド・ベルと協力関係にあるとはいえ、外部の組織であるルオ商会まで入ってきたうえで、メリダ島を案内するというのは異例だ。

だが、連邦軍と敵対関係となり、駐留できる場所が限られている以上はそんなことを言っていられる場合ではなかった。

 

-グレービビアン ブリーフィングルーム-

「リタ、ミシェル…」

「ヨナ!!」

ヨナ達3人とブリックの4人だけのブリーフィングルームの中で、ふわふわとした長いブロンドヘアーで薄青色をしたシャツと長いスカートをつけたリタが嬉しそうにヨナに抱き着く。

急に抱き着かれたことにびっくりしたヨナはその場でしりもちをついてしまう。

「ヨナ少尉、よくぞご無事で。ミシェルお嬢様とヨナお嬢様も心配しておられましたよ」

「ブリックさん…」

「まったく、こうしてちゃんとこの目で見て安心したわ。けど…まさか、こんな厄介ごとがおまけについてくるなんて…」

ヨナが無事なのはうれしいことだが、ここからの立ち回りをどうすべきか、さっそくミシェルの脳内でそろばんが弾かれていく。

補給物資などは持ってきていて、義姉であるステファニー・ルオと義父のルオ・ウーミンからの許しは得ているため、引き渡しについても問題ない。

だが、まだ正式に認定されていないとはいえ、ロンド・ベルがGハウンドに牙をむいた以上はミスリルともども反連邦分子とされる可能性もある。

「それで、ヨナはこれからどうするの?あなたは巻き込まれただけで、ロンド・ベルじゃない。やろうと思えば、メリダ島で私たちと一緒にルオ商会へ戻って、そこから連邦軍に戻ることもできるわ」

「戻るって…みんなを置いてか?」

「そう、ルオ商会がこれからロンド・ベルとミスリルとどう付き合うかはわからないけれど、あなたは例外よ。確かにGハウンドに銃を向けたかもしれないけれど、あなたはただ巻き込まれただけ。大した罰は受けないはずよ」

ミシェルのいう通り、巻き込まれただけのヨナは彼女たちとともに逃げることもできるだろう。

ロンド・ベルではないヨナがこれ以上彼らと付き合う義理はない。

それに、ここから先も彼らとともに動くということは、より過酷な戦場へ向かうことになる。

それはミシェルもリタも望まないことだろう。

「…ミシェル、気持ちはうれしい。けれど、俺…あの人たちと一緒に行くよ」

「ヨナ…?」

「ロンド・ベルの中にいたバナージって子供が言っていたんだ。みんなが分かり合える可能性のある未来、アースノイドとスペースノイドが殺しあうんじゃない、分かり合える未来を信じたいって。そして、それを現実にするために自分にできることを頑張ってやろうとしている。だから…まぁ、俺なんかにできることなんて、限られているけれど。でも、もう…俺たちのような人間が増えるのは嫌だから、さ…」

「ヨナ…」

ヨナ達の記憶に鮮明に残る最悪な光景、コロニー落としで家族や友達、知人ともども消し飛んだシドニー。

あまりに犠牲者の多さと遺品も遺体も何一つ残らなかった犠牲者も多いことから、結局彼らのために葬式を出すこともできなかった。

そして、シドニーだけではなく、1年前のネオジオン戦争ではダブリンにコロニーが落ちた。

その時はエゥーゴやカラバの活躍で多くの住民が助けられたが、それでも助けられなかった人も数多くいる。

そんな悲劇を未来の子供に残したくなかった。

「まったく、甘いわね。あんた以上の腕の人がたくさんいるのに…」

「ごめん…」

「だったら、強くなってもらうしかないわね。ヨナには。ちょうど、あんたにうってつけかもしれないモビルスーツも持ってきているの」

「俺にうってつけの…?」

「お嬢様が手配したモビルスーツの1機です。アナハイムがネオ・ジオンから提供されたサイコフレームをもとに、データ収集のために初めて建造されたモビルスーツ。RX-9、ナラティブガンダムです」

ブリックの操作によってモニターには格納庫に積み込まれるのナラティブガンダムの姿が映る。

ビームサーベルすら装備されていない、ほっそりとした体つきをしたそのモビルスーツは確かにガンダムの頭をつけてはいるが、その威厳があまり感じられない。

上腕部、大腿部、更にはコクピット周辺の装甲がない上に、コックピットとなっているコアファイターのキャノピーまでもがむき出しとなっている。

その周辺にはルオ商会で運用されているジェガンだけでなく、ゲルググのをベースとしたフォルムをしたダークグレーのモビルスーツであるディジェも存在し、ナラティブガンダムを見たヨナはそれらの機体と比較したその貧弱さに目を丸くする。

「サイコフレームが搭載されている…けど、あまりにもやせっぽっちじゃないか!?」

かろうじてバルカンは装備されているようだが、そんな機体では死にに行くようなものにしか思えない。

確かにブリックの話が正しければ、ZZとνガンダムの間くらいの時期の建造されたように思え、性能は量産機と比べたら高いだろうが、いまいち信用できない。

「落ち着いて、メリダ島でちゃんと装備を整えたうえで、ちゃんと動かしてから判断してくれたらいいわ。それに、あなた一人でそれを使うわけじゃないから」

「え…?どういう…」

「私もパイロットなの、ヨナ。ヨナと一緒にナラティブを動かすの」

「え、えええーーーーー!!!」

当然のことのように言うリタとミシェルの反応がヨナには理解できない。

確かにリタはルオ商会で管理しているモビルスーツのテストパイロットをしているため、操縦については問題ないだろう。

だが、これからヨナが向かう修羅場にリタもついていき、それをミシェルが認めるとはどういうことか。

それに、そもそもそんな旅路にリタを巻き込みたくない。

「待ってくれ、リタはこのまま香港に…」

「もうお義父様から許可は頂いているわ。これはお義父様の命令でもあるの。その意味、分かってる?」

「うぐ…でも、俺は…」

「はぁ…言っているでしょう。強くなってもらうしかないって。ほら、さっさとナラティブに乗って、シミュレーションをして」

「行こ、ヨナ!ヨナなら絶対に大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろ…これ…」

リタにぐいぐい引っ張られ、ブリーフィングルームから出ていくヨナを見送ったミシェルはちょっと困った表情が混じった笑顔を見せていた。

こんな状況でもなお、昔と変わらないヨナを見て、ちょっとだけ安心できた。

「お嬢様、よろしいのですか?」

「今ある装備はヨナ1人で操縦しながら使いこなせる代物じゃないわ。あとは、『あのシステム』が生きるかどうか…それだけね」

「ええ…ナラティブガンダム、いや…サイコフレームとともにあのようなものまで…。カーディアス・ビストはなぜ…」

「問いたくても、もう彼はこの世にいないわ。まぁ、ビスト財団も一枚岩じゃないのは確かね」

当主であるカーディアスの手腕により、ビスト財団は強固な組織となってはいるが、それでも完全に一枚岩な組織や国は存在しないもの。

彼の妹であり、アナハイムの創始者一族であるカーバイン家に嫁いだマーサ・ビスト・カーバインは表向きではカーディアスの意向に従っているものの、裏では当主の座を狙っているそぶりがある。

まだ不確定の情報ではあるが、インダストリアル7での戦闘の混乱の中で、マーサの私兵がカーディアスを殺害した可能性があるらしい。

また、カーディアスの嫡男であるアルベルトとカーディアスには確執があるようで、そう考えると先代当主であるサイアム・ビストが背後にあるとはいえ、カーディアス本人はそれほど盤石なものではなかったのかもしれない。

そんな彼が長年のライバルといえるルオ商会にこのようなものを託すというのは自殺行為だ。

そんな綱渡りをしてまで、どうして託したのか、その意図をまだミシェルにはつかむことができなかった。

 

-ラー・カイラム 艦長室-

「やってくれたな、ブライト大佐。まさか…総司令部直属の飼い犬を噛むとは」

机上にあるタブレット端末から音声のみがつながった状態で通信を行うブライトはおだやかな口調であるものの、どこか非難めいた声を聴く。

端末には通信相手の名前、ジョン・バウアーが表示されており、今の状況を考えると、ロンド・ベルと異世界の仲間たち、そしてミスリルを守るには彼にも声をかけざるを得ない。

補給関係の重鎮である彼は政治家として、エゥーゴであったころから力添えをしてくれていた。

今回の事態はある意味では、そんな彼の顔に泥を塗り、彼の政治生命を脅かしかねない事態でもある。

「申し訳ありません。ですが…Gハウンドと現行の総司令部のやり方ではこの破滅的な状況を覆すことは…」

「ああ…わかっている。私も今の状況や総司令部のやり方が正しいとは思っていない。だが、やはり議会でもジオン憎し、スペースノイド憎しの声が強い。まったく、政治家であればもっと理性を持って動いてもらいたいものだ…」

一年戦争から続く戦争によって多くのものを奪い合ってきたことが戦争だけでなく、政治でも悪影響を及ぼしている。

バウアーのような穏健派はごく少数であり、肩身の狭い思いを続けている。

「今回の件で議会ではロンド・ベルの解散を求める動きがある。これが通れば、ロンド・ベルはすべての権限を失う。そして…Gハウンドだけでなく、連邦軍すべてを敵に回すことになるだろう。どうにかそうならないようにはするが、我々の力だけでそれをするとなると…長く見積もっても半年が限度だろう」

確かにロンド・ベルはGハウンドに、連邦に弓を引くことになったのは事実だが、昨年のアクシズ落としから地球を守ったことも事実。

そのことに感謝している議員も存在するため、少なくとも協力は得られるかもしれない。

だが、バウアーの力をもってしても、無制限に守り切ることはできない。

「それで充分です。政治に関してはお任せします」

「だが…シャア・アズナブルのような過ちだけはしてくれるなよ。私とて、君たちを切るような真似はしたくない」

通信が切れ、無意識に力の入った肩に気づいたブライトは背もたれに身を任せ、力を抜いていく。

天井を見ていて、脳裏に浮かぶのはロンデニオンで生活している妻のミライ・ノアと娘のチェーミン・ノアだ。

一年戦争で運命を共にし、結ばれた彼女と彼女との間に授かった子供たちにはまた苦労を掛けることになってしまう。

これでは、ミライを託してくれた彼女の元フィアンセであるカムラン・ブルームに申し訳が立たない。

ロンデニオンの状況はそこの監察官をしている彼から連絡が入り、今のところは問題はないようだが、ロンド・ベルの宇宙での拠点となっている以上、いつ連邦軍が入ってくるかはわからない。

その時は彼女たちはサイド6へ向かい、そこにいるカムランの親戚の庇護を受ける手はずにはなっている。

ミライだけではない、今回の件でホワイトベースにかかわった面々の大半にも地球連邦の目が向けられる。

必要なのはそれから逃れるための手段を考えるための情報だ。

ブライトは次の通信相手とつなげる。

「へえ、珍しいな。あんたから連絡が来るなんてな、ブライト艦長」

「ああ…。頼みたいことがある。お前にしか頼めないことだ、カイ・シデン」

 

-メリダ島-

北緯20度50分、東経140度31分。

そこには荒れ果てた地球には珍しい緑が広がり、動物たちの鳴き声が聞こえる。

一見すると、ただの無人島でしかないそこにミスリルの基地が存在し、密林の中ではカモフラージュされたガーンズバックやガーンズバックに似たつくりではあるが、全体的に角ばっていて、重量のある体つきとなっているアーム・スレイブ、ブッシュネルなどが監視を行っている。

海岸に秘匿されている格納庫にダナンなどが収容されていった。

「おいおい、報告にあったとはいえ、ダナン込みで戦艦が7隻…。冗談にもほどがあるぞ」

「こりゃ、戦艦メンテ担当が血の涙を流すだろうな」

警備を行うミスリル隊員の口調はどこにでもいる若者と変わらないものであったが、それでもこれが異常事態であることはわかっている。

ダナンそのものが一時的に行方不明になってしまっていたこともあるが、それ以上に地球連邦と敵対に近い形となってしまったこと、そして異世界からの兵器がやってくること、ありとあらゆるところが異例尽くしだ。

「よーし、行くぞ。まずは女神様の船の点検だ。サボんじゃねえぞ!」

「了解ー」

整備兵たちがさっそくダナンへと向かい、メンテナンスを開始する。

手の空いている兵士たちはヤマトやナデシコといった異世界の戦艦に目を引かれる。

「おいおい、なんだよあの戦艦。大昔の戦艦をそのまま今の技術でバージョンアップしたって感じがするぜ」

「じいさんが見せてくれた映画にあったな…確か、ヤマトって。まさか、異世界ではヤマトがよみがえって…」

「真っ二つになってなけりゃあ、あり得ただろうな。ま、俺たちの世界じゃあ無理な話だが」

何度かサルベージの計画が大昔からされていたかつての大和だが、今までの戦争やセカンドインパクトとゲッター汚染、そして長すぎる時間によってもはやサルベージすることはできないだろう。

記録映画でしか見ることはなかっただろう、大昔の日本の戦艦をモデルとした戦艦に興味が向けられる中で戦艦や機動兵器のメンテナンスも始められた。

 

-ネェル・アーガマ 艦長室-

「ううむ、ルオ商会からの補給でモビルスーツの頭数はどうにかなる…が、ここまで手ひどくやられるとは…」

補給物資やモビルスーツのリストと今回の戦闘での消耗を確認するオットーはため息をつく。

インダストリアル7での戦闘後に補給を受けたにもかかわらず、ジオンとGハウンドとの戦いで多くの機体が損傷・撃墜されている。

機動兵器やパイロットのすべてがアムロやキラのように優れているわけではない。

ロンド・ベルとして一般兵以上の訓練を受け、技量の水準も高いものの、それでも一般人から抜け出ているというわけではない。

その中で、Gハウンドとの戦闘が発生し、さらにはジオンの攻撃も受けた。

どうしても戦死・負傷するパイロットは出てきて、その分機体も消耗することになる。

失った機体をどうにかルオ商会から補給されたジェガンやリゼルなどで補うことになる。

中には1年前の機体であるリック・ディアスやディジェもあり、パイロットの中には機種転換訓練を受けさせなければならないだろう。

「彼らにだけ任せるわけにもいかん。我々も我々のできることをやらなければ…」

 

-ヤマト 格納庫-

メリダ島でようやく落ち着きを取り戻した中でも、格納庫では整備兵たちの奮闘が続く。

万能工作機がフル稼働していて、ミスリルやロンド・ベルから提供されたデータをもとにパーツや補充武装を作り上げていく。

「ふうう、にしてもまさか、加藤隊長の機体を一から作ることになるとはな。ま、相手が相手なんだから仕方ないが…」

クックタウンではコスモ・ゼロを借りて出撃した加藤だが、あくまでもコスモ・ゼロ2機は古代と玲の機体。

それに、加藤本人もそれ以上の機体を求めており、メリダ島で落ち着くことになる中で、ようやく建造の場所を手に入れることができた。

ヤマトの万能工作機で部品を作り出し、メリダ島の工房で組み立てていく。

榎本が持っている端末にはその機体の図面が表示されている。

「しかし…この世界のムーバブルフレームには驚いた。まさか、MCA構造が既に組み込まれているとは」

クロスボーンガンダムにも採用されているMCA構造はモビルスーツを構成するそれぞれの部材を単機能にはせず、構造材、電子機器、装甲としての機能を合わせ持つ構造だ。

サナリィがフレームと装甲にそれを採用することで、モビルスーツの小型化に成功しており、その結果として生まれたのがガンダムF90、そしてF91だ。

宇宙世紀世界のMCA構造はクロスボーンガンダムに採用されているほどの完成度ではないものの、それとムーバブルフレームを融合させたものとなっており、おそらくはそれがこの世界に存在するZガンダムなどの性能が新正暦世界のそれらよりも高い要因といえるが、MCA構造の完成度の問題から、小型化までには至っていない。

「この世界のムーバブルフレームもそうだが、私が気になるのはサイコフレームだな」

整備に立ち会っている真田が気になっているのはνガンダムやユニコーンガンダムに採用されているサイコフレームだ。

新正暦世界ではサイコフレームの存在だけはモビルスーツ開発史の教科書には乗っているが、現在ではなぜか製造データが一切存在せず、MCA構造にその名残が残っているだけだ。

チェーンの協力でνガンダムの機体データを万能工作機に入れることで、それを整備することは可能になったものの、その情報だけでは万能工作機でサイコフレームを精製することは不可能だった。

意図的に情報を隠しているのか、そもそもサイコフレームを作る力そのものが万能工作機に存在しないのか。

 

-メリダ島 会議室-

会議室には沖田をはじめとした現在合流している部隊の重鎮たちが集まり、席についている。

ミスリルの一般兵によって配布された資料を手にし、モニターの左半分には地球の地図が、右半分には宇宙の地図が表示される。

テレサとカリーニン、マデューカスが席を立ち、モニターを操作しながら発言を行う。

「メリダ島を出た後の今後の我々の動きですが、現在とるべき道としては2つが存在します。一つはGハウンドからの追跡から逃れるため、一度宇宙へ戻ることです」

「宇宙…ロンデニオンへ向かうということですか?」

「いえ、ロンデニオンについてはロンド・ベルの拠点の一つであり、今回のことで連邦の監視が強まる可能性が高いです。なので、テキサスコロニーを一時的な拠点とします」

「テキサスコロニー…もう二度と行くことはないと思っていたが…」

一年戦争において、軍事的価値が存在しないことから連邦からもジオンからも見捨てられたコロニー。

それが始まる前はミライの父親であり、ヤシマカンパニーのCEOを務めるシュウ・ヤシマが景気悪化によって建設が中断されていたところを私費で購入し、完成させていた。

かつてはテキサスという名前があったように、開拓期のアメリカを彷彿とさせる姿であったが、シュウの死と戦争の激化によって再び放置されることになって荒廃し、終戦後はサイド6条約に基づいてサイド5DMZ化されたことで連邦・ジオン双方の監視下となったが、結局その条約そのものが形骸化したことで再び見捨てられることになった。

隠れることだけを考えると、あまりどちらからの目の届かないそこにいてもいいのかもしれない。

ダナンを宇宙へ飛ばすためのマスドライバーがメリダ島には存在するため、ここからなら宇宙へ向かうのも容易だ。

「もう1つは香港へ向かうことです。そこにもミスリルの拠点があり、ルオ商会の庇護を受けることもできます」

「香港…距離を考えると一番安全ではあるが…」

「テキサスコロニーとは異なり、環境は申し分ありません。ですが、ミシェルさんからの情報では、現在は連邦からの圧力が強まっており、私たちがそこへ向かうことでより圧力を強める口実を与えてしまう可能性があります」

香港にはいつまでもいるつもりはないが、それでGハウンドが入り込む可能性は否定できない。

実際にグリプス戦役では香港で戦闘が発生してしまったのだから。

また、これは非公式の話ではあるが、ミスリルは西暦世界に飛ばされる前に現地でとあるテロ組織と戦闘を繰り広げている。

ルオ商会の本拠地とはいえ、完全に安心できる場所ではない。

「どちらへ向かうとしても、そこで腰をつけるわけにはいかん。我々にはやらねばならぬことがある。これ以上事態が悪化しないためにも…」

ヤマトをはじめとした異世界の兵器も、もはやこの世界の争いと無関係ではない。

そして、今ここで足を止めている間にも地球の寿命は縮まっているのだから。

 

-ガランシェール 艦橋-

「手ひどくやられたようだな、キャプテン」

モニターには映像が映らず、ただ声だけが届く形となっており、ジンネマンはその声の主の言葉を静かに聞いていた。

聞く人間によっては、その声はシャアと同じだという人もいるだろう。

だが、その声色は低く、冷静さやしたたかさが感じられるものとなっていた。

「申し訳ありません。結果としてロンド・ベルには逃げられました」

「気に病むことはない。今回のことを次の糧とすればいいだけのことだ。それよりも…何か不満があるようだな?」

「ええ…ガミラスと木星帝国と手を組んだことです。木星帝国はともかく、ガミラスと…異星人と手を組んだのはなぜです?」

「戦力として有用であり、彼らの技術が興味深い…。何よりも彼らは別世界からの転移というトラブルに遭い、困っているのだ。手を差し伸べるのは当然のことだろう」

「ですが、彼らは我々や連邦と交戦している。ラプラス宙域にいた彼らは皆…」

「それゆえに証明されただろう?彼らの力が。それに、幸い木星帝国は我々と同じ人間…。仲介役となってくれたことで交渉はスムーズに進んだ。もっとも、その異星人のトップが愚物だったということもあるがな」

声の主は通信越しではあるが、仲介役の木星帝国のトップであるカリストとガミラス艦隊ではなし崩しでリーダーとなったゲールと会談を行っている。

会談の中で感じたのはカリストの狂気、そしてゲールの無能さ。

だが、それを差し引いたとしても彼らの力を得たことはジオンにとっては僥倖だと声の主は判断したのだろう。

仮に彼以外が会談に臨んでいたら、このような結果はなかっただろうが。

「あのようなものを頼らずとも、ジオンの勝利は揺らぐことはないでしょう」

「そうやって我々は機会を逃してきた。ハマーン・カーンも、アクシズも…シャア・アズナブルも。これ以上の戦争は地球圏を崩壊させる。故に、もう失敗は許されない。私は全力をもって、この愚かしく続く戦争を終わらせる」

「その先は、どうなるのでしょうか…」

この声の主の手腕と、連邦を上回る力を手に入れたことで、ジオンの勝利は現実のものとなるだろう。

だが、ジンネマンにはその先の未来をイメージすることができない。

一年戦争から17年、ずっとこの戦いの連鎖の中で生きてきたジンネマンはすでにその空気に慣れてしまい、この状況を普通だとさえ思えてしまった。

その空気と狂気を持ち帰ることが嫌だったから、あれからずっと家に帰っていない。

そんな自分が果たして生き残ることができたとしても、その先の未来を『生きる』ことなどできるのだろうか。

「ガミラスと手を組んだのはそれを見据えてのこともある」

「と、おっしゃられると?」

「赤く醜い地球を捨て去ることができれば、我々は宇宙の海へと進出することができる。そのときに彼らの力が大きな助けとなる。そう考えれば、異世界のものであったとはいえ、地球外知的生命体とファーストコンタクトを果たせたのが我々であったのは啓示といえる」

「そういうものですか…」

かつて、青かったころの地球に対して、スペースノイドは嫉妬と憧れを抱いていただろう。

生きるための環境がすべて整っている地球を手にしたいという思いが強かっただろう。

だが、セカンドインパクトとゲッター汚染によってボロボロになった今の地球に対して、スペースノイドは興味を失っている。

それでも、地球の希少性から復興のために力を貸したコロニーも存在するが、ティターンズによる弾圧によって、その恩を仇で返された。

このことから地球をアースノイドともども完全に捨てて、その外に目を向けるスペースノイドも少なくないだろう。

「キャプテン、君にはいつも裏方を任せてしまい、申し訳ない。故に、今回は本音で語らせてもらった。どうだろう?そろそろキャプテンには艦を、できれば艦隊を任せたいのだが…」

長年にわたって指揮官として活躍してきたジンネマンなら、輸送艦でしかないガランシェールよりも戦艦を担うことも難しくない。

また、連邦にはブライトやケネスのような艦隊を指揮できる人材は存在するが、ジオンには相対的にそのような人材が少ない。

それに相当する能力のあるジンネマンがそれをやることができれば、ジオンにとって大きな助けとなり、ジンネマンとその部下の待遇も格段に良くなる。

サイド3に残している家族にも、楽をさせることができる。

「自分にはこのガランシェールがお似合いですよ」

「直接、連邦をこの手でたたくことに興味はないのかね?」

「…泥の中を這いずり回る時間が長すぎたのかもしれません。そのおかげか、前に出ることに億劫になってしまって…」

「無理強いをするつもりはない。その話は、直接会ってしよう」

「総帥が自ら来られるというのですか!?地球へ…」

「姫様のわがままをいさめる必要があるだろう。それに、親衛隊も新型機の試運転を地球でする必要がある。私のシナンジュも含めて。そちら方にはすでにその道のエキスパートを手配しているがな」

「エキスパート…」

「我々の到着とともに、補給を受けてもらう。それからロンド・ベルを追撃する。ガランシェールはこれから指定する座標で待機してくれ。では…キャプテン」

「ふうう…」

通信が切れ、艦長席の背もたれに身を任せる。

座標データが送られると、操舵手はさっそくガランシェールの進路をそちらに向ける。

「補給後に追撃、しかも親衛隊と総帥も同行…。異例中の異例ですな、キャプテン」

黄色いジャケットを着た茶色い若干癖のある髪をした青年、フラスト・スコール中尉にとっても、ガランシェールのクルー全員にとっても、輸送艦風情がこのような作戦に参加することになるのは初めてのことだ。

確かに戦力として、マリーダとクシャトリヤが存在することが大きいかもしれない。

それでも、元々は本隊とは行動せず、ゲリラ戦や回収任務といった作戦にかかわってばかりのガランシェールの部隊が本作戦に参加することは今までなく、ネオ・ジオン戦争中はグレミーの内乱にも、アクシズ落としにもかかわっていない。

そうする価値があると、今のジオンのリーダーとなっているあの男がジンネマンを評価したのか、それとももっと他に理由があるのか。

その答えは彼にしか出すことができない。

 

-メリダ島 地下模擬戦場-

「どうしたヨナ少尉!?この程度の動きではアームスレイヴのいい的だぞ!!」

ウルズチームの4機のアームスレイヴを相手とした模擬戦を開始したナラティブガンダムだが、2機のガーンズバックによるアサルトライフルのペイントが左腕のシールドを汚し、ファルケとアーバレストの接近を許す。

今のナラティブガンダムはジェガン用のビームライフルとシールドを装備し、バックパックには折りたたまれた状態のフィンファンネルというべき兵装2つがそのまま取り付けられている状態だ。

「リタ、インコムを!!」

「うん!」

νガンダムのフィンファンネルと比較するとやや大型化していて、推進剤供給用のケーブルが搭載されたそれがリタによる制御によって射出され、それらが狙撃のために足を止めたクルツのガーンズバックを襲う。

「ハッ、こんなオールレンジ攻撃、かわいいものだよ!」

最小限の出力で発射されるインコムのビームを軽くよけたマオは旋回しようとするインコムにアサルトライフルを撃ち込む。

ターゲットにされていたクルツもためらうことなくスナイパーライフルを放棄してその場を離れていた。

(このインコム…動きがよくない…!)

相手がモビルスーツよりも小型なアームスレイヴであることも大きいかもしれないが、リタにとってこのインコムはあまりできの良くない代物だ。

確かにサイズを大きくし、ケーブルによる推進剤の供給によって重力下でも問題なく運用できるのはいい。

しかし、そのために慣性モーメントの不利が生まれ、おまけにスラスターの位置もこれまで運用されたファンネルやインコムと比較すると限定されている。

そのせいで、ミスリルでも精鋭といえるウルズチームにはこのように簡単にあしらわれてしまう。

仮にサブパイロットなしでヨナが運用したとなったら、接近してくるアーバレストとファルケに気を取られ、より制御が乱雑になっていただろう。

ファルケが振るうクリムゾンエッジをどうにかシールドで食い止めるが、その間にアーバレストに右腕を撃たれてしまう。

(軍曹殿、ヨナ少尉のパイロットレベルは中の上、並のパイロット相手であれば善戦するでしょうが、軍曹殿たちと比較すると、やはり後れを取っているのは事実です)

「そうだな、今のままではとても生き残れない」

(仮に私に権限があるなら、ナラティブガンダムのメインパイロットを彼よりもガンダム・チームのいずれかにするのがよいと判断し、即座に実行しています)

アルのいう通り、ナラティブをノーマル装備にしたうえで、Mk-Ⅱを運用しているエルか、もしくは装備を今のままにしたうえで、かつてキュベレイを操縦したことのあるプルかプルツーにゆだねれば、ナラティブガンダムは今以上の動きになるだろう。

(だが…なんだ?この感じは…。あの機体が近いと、変な感じがする。ユニコーンに近い何かが…)

 

-ネェル・アーガマ 通信室-

「バイオメトリクス認証は解除できませんでした。ですが、ユニコーンガンダムの2つの形態の地上での戦闘データの収集に成功。例のモードについては制御できていないようですが、それでもジオンの強化人間が運用しているモビルスーツの撃退に成功。報告は以上です」

クックタウンでの戦闘から個室へ追いやられていたアルベルトはさっそく手に入れたデータを送信するとともに、通信相手の女性にデータには入れることのできなかった範囲の報告を口にする。

モニターに映るのはやや暗めの薄緑の長い髪をし、必要最小限の化粧でしわを隠しきった女性、マーサ・ビスト・カーバインにとって、この報告の多くが想定の範囲内といえた。

最も、ユニコーンさえ無事であれば、パイロットやロンド・ベルがどうなろうと関係なかったが。

「デストロイモードの稼働を確認できた。これで計画通りにことを進めることができるわ。連邦の総司令部もきっと喜ぶでしょう」

「やはり、あれは…」

マーサと通信をする中で、アルベルトはバナージが操縦する前のテスト中のユニコーンが起こした事故の映像を見せられていた。

インダストリアル7の宙域で極秘裏に行われた模擬戦で、仮想敵であるジェガンと交戦していた。

その時ユニコーンに搭載されたNT-Dは今のものではなく、ニュータイプや強化人間が相手でない状態でも使える、いわば疑似NT-Dといえるものが搭載されていた。

その模擬戦中に疑似NT-Dを発動したパイロットがそれを制御できずに暴走し、相手を皆殺しにしてしまった。

どうにかデストロイモードを解除し、回収されたときにはパイロットも肉体と精神が限界を迎え、既に死んでいる状態だった。

まだデストロイモードを、本来の仕様のNT-Dを制御しきれていないバナージも、もしかしたらそのパイロットと同じ運命をたどることになるかもしれない。

そうなった場合、ミスリルとロンド・ベルも暴走に巻き込まれることになる。

そうなるとどのような事態となるのか、アルベルトの表情が曇るが、マーサにはそのようなことは些末事だ。

「彼らは反逆者よ、そんなに気に病む必要はないわ」

「ですが、バナージは完全とは言えませんが、デストロイモードを制御しています」

「さすがは…ビスト家の人間ね」

「な…!?」

マーサの言葉が一瞬、ただの幻聴だと勘違いしかけるが、彼女の笑みが確かな言葉であることを感じさせる。

確かにバナージには父親の記録は存在しないが、だがバナージがビスト家とかかわりのある人間だとは思えない。

マーサの言葉が真実だとするなら、運命はどれだけ自分をあざ笑うというのか。

「バナージ・リンクスの母はアンナ・リンクス…。アンナ・リンクスはかつて、カーディアスの愛人だった女。そして、バナージ・リンクスは…あなたの異母兄弟よ。まぁ、どういう経緯かはわからないけれど、ユニコーンは彼の手に渡った。あれを使えるというなら、彼にも私のために働いてもらうわ」

きっと、地獄へ落ちたカーディアスは悔しがっていることだろう。

2人の息子が妹であるマーサによって操られ、彼女が望む世界を作る礎となる。

だが、それはビスト財団のさらなる発展のため。

サイアムとカーディアスの時代は終わっている。

「もっとも、あれが本当の力を発揮したその時には、彼という部品も破損することになるかもしれないけれど」

「しかし…そのようなことになったら、ユニコーンを操縦できるパイロットはいなくなってしまいます!!」

「心配いらないわ。強化人間を用意すればいいだけの話。そして…ニュータイプを、スペースノイドをせん滅する力になってもらうの…」

「待ってください、おばさん!!我々の目的はこの戦争の継続のはず!せん滅したら、もう戦争は…」

アナハイムの利益のため、戦争は継続していく。

これはマーサとアナハイムの方針であり、そのために連邦にもジオンにも便宜を図り続けてきた。

その過程で特にジオンからは多くの技術を手に入れることができ、それと引き換えにジオンには兵器生産などで協力してきた。

ジオニック社、ツィマット社、MIPなど、ジオンにも優れた企業が存在し、彼らの力によって一年戦争では数多くのモビルスーツや兵器を生み出してきた。

しかし、企業の規模はアナハイムには劣り、生産量もジオンすべての会社が競合したとしてもかなわない。

だからこそ、アナハイムの助力によって物量の差を埋めていくことができた。

ジオン由来の企業はいい顔をしないだろうが、技術力だけで言えばサイコフレームを完成させたことも考えるとジオンの方が進んでいることは確かなことだ。

その技術を手に入れ、金を稼ぎ続ける今の循環をマーサは叩き潰そうとしている。

そんなことをしたら、アナハイムにとって痛手といえるのに、なぜ。

「方針が変わったの。アナハイムは…連邦につくわ」

「そんな…そのようなことをしたら、『組織』は…」

アナハイムのこのシステムを生み出すことを提案した『組織』の意向をも背く判断をしたマーサが信じられなかった。

『組織』は決して裏切り者を許さない。

マーサも、アルベルトも、最悪アナハイムもいかなる手段を用いてでも排除するだろう。

「いいの。我々は脱退するつもりだから」

「なん…ですと…!?」

「私に…あの若造の下につけ、そういいたいのかしら…?」

マーサの脳裏に浮かぶ、女のような銀髪をしたあの少年。

20にもなっていないそんな少年がネオ・ジオン戦争に突入してから『組織』で頭角を現していき、その勢いはマーサをしのぎかねないほど。

何度も顔を合わせたことのある彼女は彼の目が気に入らない。

何もかもを見下し、格下とみなすその目をつぶしてやりたいと何度思ったことか。

あの目はかつて、ビスト財団のために自分の父親を殺したサイアムと、そのサイアムのために力を尽くし、当主となったカーディアスと同じに見えた。

その怒りが爪が食い込むほどの力を産み、彼女の顔に般若を宿す。

そんな彼女にアルベルトは何も言い返すことができなかった。

「ロンド・ベルもミスリルもいずれ壊滅するわ。あとはイレギュラーを接収して、ジオンとの決戦よ」

アナハイムにすでに技術のある現行の機動兵器や戦艦には興味ないが、それよりも異世界の兵器の技術に関しては興味がある。

それらを手に入れ、その技術を組み込んだ兵器を開発することで、ジオンを完全消滅させることは容易だ。

そして、戦後の体制においてもアナハイムとビスト財団の地位も盤石なものとなる。

「…」

「何も心配いらないわ。いずれ私は『組織』を…アマルガムさえ手に入れるつもりだから。ミスタ・Agの…あの小僧の思う通りにはさせないわ。このミス・Cがね…」

「そう、ですか…。それから、もう1つ報告が、例の消息不明のサイコフレームについてです。RX-9…ナラティブガンダムと名付けられたそれはルオ商会が持っていて、ロンド・ベルの手に渡りました」

「あのテスト機がルオ商会に…?あいつがやったのかしら…?」

ナラティブガンダムの消息が分からなくなったことをマーサらが認知したのは1週間前。

それまでは確かにナラティブガンダムが記録上、フォン・ブラウン支社の倉庫に死蔵されていることになっていた。

だが、そこにあったのはダミーであり、そのことが分かってからは血眼になって捜索を続けた。

あくまでもテスト機であるものの、サイコフレームを搭載しているその機体がほかの勢力に奪われ、なおかつサイコフレームを解析・再現までされてはせっかくの技術的優位を損なう可能性が高い。

アマルガムに技術を回していないため、奴らに奪われた可能性も頭をよぎったが、それがなかったとわかっただけでもマシだ。

だが、どのようにしてルオ商会が手に入れたのかが謎だ。

鍵を握るのはやはりカーディアスだが、彼はすでに死んでおり、彼が所有していたデータバンクにも証拠が何一つない。

(ルオ商会には奇跡の子供たちがいる…。となると、サイコフレームを生かすことができる可能性が…)

「いかがします?必要なら、接収も…」

「問題ないわ。ルオ商会が持っていたということが分かっただけで十分よ。証拠を探さなければならないけど、もうこの機体そのものに価値はないわ。ロンド・ベルと運命を共にしてもらいましょう」

通信が切れ、緊張の糸が切れたアルベルトが背もたれに身を任せる。

後ろめたさはあるが、ロンド・ベルとともにいる義理がない以上は出ていっても問題はない。

それよりも問題なのはアナハイムとアマルガムの関係が切れること。

宇宙世紀が始まる前から暗躍し、地球と宇宙を影で操り続けてきた組織。

マーサを介してその組織について少しだけ聞いているアルベルトさえも、その組織に弓を引くとどのような未来が待っているかはわかる。

(しかし…カーディアス・ビストも面倒なことをしてくれたものだ…)

ナラティブガンダムのこともそうだが、ユニコーンガンダムにあのような細工を施した上に息子であるバナージに生体認証までした上に託すとは。

自動ドアが開き、ダグザが入ってくる。

「話は終わりましたかな?」

「ノックもなしに失礼な…!」

「それは失礼いたしました。何しろ、反逆者なものでしてな」

ギッと奥歯をかみしめたアルベルトは白々しいダグザをにらむ。

彼が率いるエコーズのせいで、さらに事態がややこしくなってしまった。

心変わりなどせずに、忠実に動いてくれればこのような事態を避け、自分は無事にマーサの元へ帰ることができたのに。

「何の用だ!?」

「ユニコーンについて、知っていることをすべて話してもらいます」

「戦局を変えうる力を持つ新型のガンダム…フルサイコフレームの実験機。状況によってはリミッターが解除され、デストロイモードが発動する。私が知っていることはそれぐらいだ!!」

「…」

「君が何を知りたいのかは知らんが、私にできるのはここまでだ!!」

どこまでも見透かすかのような視線に耐えられず、アルベルトが顔を背ける。

視線を維持するダグザだが、彼もアルベルトがここから先のことを話せるほどの度量がないことくらいわかっている。

自白剤を使うことも頭をよぎったが、彼からはそこまでする価値が感じられない。

だが、ダグザは己が感じる矛盾を払しょくすることができない。

(戦力を接収したいはずのロンド・ベルに預けられた新型モビルスーツ、ユニコーン…)

仮にアルベルトが言うだけの力があるというなら、ロンド・ベルではなくGハウンドに預けられてしかるべき代物だ。

パイロットについても、ロンド・ベルと比較するとニュータイプのパイロットが少ないが、ペーネロペーのパイロットであるレーンが乗り込めば、もしかしたら扱えるかもしれない。

(一体、彼らは何を考えている…??)

 

-ガランシェール ブリッジ-

「キャプテン、内通者から連絡です。例のミスリルの拠点の座標が届きました。これから表示します」

フラストの操作で、モニターに地球の地図が表示され、その座標の個所が点滅する。

これで、ミスリルの最高機密がジオンに知られることになり、そこに逃げ込んだであろうロンド・ベルへの攻撃も可能になる。

「それにしても、驚きましたね。ロンド・ベルの協力者であるミスリルの中に裏切り者なんて」

「おかしい話ではないだろう。奴らは傭兵集団だ。俺たちのような軍隊じゃない」

ミスリルには階級制度が存在し、それに基づいて報酬が支給される仕組みとなっているが、その実態はスポンサーであるマロリー財団が世界中からかき集めた精鋭によって構成された傭兵集団であり、国家への忠誠は存在しない。

実際、ミスリルの所属している兵士は表向きではミスリルが用意した数多くのダミー企業のどこかの社員という形となっており、宗介をはじめとした陸戦部隊はアルギュロス警備会社に、艦船のクルーはウマンタック海運会社に所属していることになっていて、下級士官である宗介への報酬は中堅プロ野球選手並だ。

あくまでも金で雇われているだけならば、それを上回る金を渡すことでそのまま寝返る人間がいてもおかしくない。

ただ、国家への忠誠も最近では金で転がるようで、ネオ・ジオン戦争でアクシズを取り戻した時も連邦政府官僚を金塊で納得させている。

「本隊から受け取ったクシャトリヤの新装備については調子はどうだ?」

「問題ありません、あとはマリーダの状態次第です」

「わかった。お前ら、気を引き締めろよ。相手はあのミスリルも入っているからな」

場所を特定できたとはいえ、ミスリルの兵士の実力は下手をすると連邦やジオンのレンジャー部隊以上であり、生半可な兵士では全く相手にならないだろう。

だが、こちらも生半可に17年も戦い続けてきたわけではない。

それに、本気でミスリルをつぶすつもりなのであろう、本隊やガミラス、木星帝国などの多くの戦力が集結している。

(この戦いでロンド・ベルもろともミスリルをつぶす。そして、Gハウンドも…)




機体名:ナラティブガンダム
形式番号:RX-9
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:21.1メートル
全備重量:40.2トン
武装:バルカン砲
主なパイロット:ヨナ・バシュタ(メイン)、リタ・ベルナル(サブ)

アナハイム・エレクトロニクス社がシャア・アズナブルから提供されたサイコフレームの実用性の検証を目的に開発したモビルスーツ。
形式番号が通常則から外れている理由もあくまでも戦闘用ではなく、データ収集用であるためで、バルカン砲以外の固定武装が存在せず、コアファイターを搭載しているために全周囲モニターも不採用となっている。
本機で収集されたモビルスーツに搭載した状態でのサイコフレームの稼働データがνガンダムに生かされ、テスト終了後は死蔵されていた。
それをビスト財団当主のカーディアス・ビストが極秘裏にルオ商会のミシェル・ルオに提供し、彼女の手でロンド・ベルに配備された。
なお、サイコフレームを搭載していることからニュータイプによる運用が求められるものの、ヨナでは不十分であることからニュータイプであるリタ・ベルナルがコ・パイとして乗り込むことで補っている。
なお、カーディアス・ビストがどのような目的で本機がミシェルに譲渡されたかは不明であり、ハードウェア・スペック不足については今後オプションパーツの追加・換装によって補うことになっている。

カスタムボーナス
移動力+1、強化パーツのスロット+1

精神コマント
ヨナ
閃き、狙撃、直感、気合、突撃、魂

リタ
先見、祝福、応援、集中、補給、愛

エースボーナス
ヨナ
リタのSP+30、気力150以上でヨナとリタのSP回復量+10

特殊技能
ヨナ
????、援護攻撃L1、援護防御L1、ガード

リタ
ニュータイプ、SP回復


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第52話 メリダ島強襲

-メリダ島 ドック-

ドックではダナンをはじめとした戦艦のメンテナンスが整備班によって行われており、ダナンについては赤い海による影響のチェックも行われている。

かつては船体についた貝殻を落とすという作業もされていたようだが、赤い海の影響で海の生き物が絶滅してしまったため、今ではそのようなことをする必要がなくなった。

オードリーは壁にもたれ、整備を受ける戦艦たちを見つめている。

「オードリー、見つけたわ」

「あなたは…ええっと…」

「ベルナデットよ。どうしたの?こんなところで」

ここはオードリーやベルナデットのような戦争に縁がないような少女のいるべき場所ではなく、いたとしてもやれることは何もない。

ベルナデットが気になったのはオードリーが浮かべる表情だ。

彼女とこうしてしっかりと顔を合わせるのは初めてだが、それでも今の彼女から焦りなどが感じられた。

「そんな難しい顔をして、大丈夫って言うのは無理があると思うな」

「そういう時は、おなかの中にためていないで感情を外に出してしまった方がいいですよ」

ベルネデットについてきたモモカにとって身近な女性のアンジュはまさにそれを実践しているタイプだといえる。

アルゼナルに来てから顕著になったものの、アンジュリーゼだった頃も我慢できないことがあった場合はモモカに愚痴をこぼすなど、何らかの手段で感情を吐き出していた。

たしかにそれが根本的な解決にはつながらないかもしれないが、ため込みすぎて暴走するよりはいい。

「では…お言葉に甘えさせてもらいます。お二人はこことは別の世界から来たとお聞きしましたが、先日の地球連邦軍のやり方をどう思われますか?」

ちょうど、ベルナデットもモモカもそれぞれ別の世界から来ていて、観点もそれぞれ異なるだろう。

それに、軍人でもないため、より率直な考えを持つこともできる。

「…悲しいことだと思うわ。同じ地球人同士の争いが味方同士の争いにまで広がっていくなんて…」

新正暦世界でも、コスモ・バビロニア建国戦争や木星戦役といった戦争が起こり、木星戦役に至っては地球への核攻撃が行われた。

いくら木星で生活しているからといっても、結局のところありとあらゆる人間の故郷は地球であり、地球なしで生まれてきたわけではない。

そのことを忘れて、争いを繰り広げる愚はガミラスによる攻撃があっても止まることがなかった。

「ああいう人たちが力を持つことは危険です。民を率い、民を守る力を持つ者は誰よりも清く正しい心を持っていなければ、それは世界を炎に包むことになります」

今は亡きジュライ皇帝が言っていた言葉をモモカは思い出す。

力を持つもの、富める者にはそれに見合う義務と責任が存在し、それはたとえ皇族であったとしても例外ではない。

それを忘れて、欲望のために力をふるえば、その結果はアロウズなどのような存在を産むことになる。

「やはり…あなた方もそう思うのですね…」

「オードリー…」

「私は悲しさとともに強い怒りを感じます…」

廃墟となった都市、赤く染まった海。

これはかつて、オードリーが母親や世話になった人から聞いた地球の姿ではなかった。

その光景を目の当たりにし、戦闘が身近に行われているというのに、何もできない自分に対しても歯がゆさを覚えてしまう。

怨念返しよりもやるべきことがあるというのに。

もはやジオンにも連邦にも、相手を完全に滅ぼす以外の選択肢が存在しないというのか。

「あのような人たちを放置しておけば、きっとコロニーに住む罪のない人々まで、いずれ戦渦に巻き込まれることでしょう…」

一年戦争開戦時にジオンが地球連邦軍側に立ったサイド1、サイド2、サイド4で毒ガスを使って人々を虐殺したときのように、2年前のグリプス戦役でティターンズが30バンチ事件を起こしたような悲劇が繰り返される。

かつて、オードリーは世話になった人からある言葉を聞いたことがある。

人は過ちを繰り返す。

かつて、まだ人々が宇宙へ出ることのなかった時代に日本は広島と長崎が原子爆弾の攻撃を受け、多くの住民が虐殺された。

核兵器の開発にかかわっていたアインシュタインも、実際に攻撃を行ったパイロット達もそれが何をもたらすか想像することができなかった。

それがもたらした惨劇を目にしても、戦争の早期終結のためには仕方のないことだったという正義を持ち出す者もいる。

だが、それが生み出してしまった惨劇に目をそむけた結果、核兵器は世界に拡散し、使用され、結果として2つの原爆による攻撃で救われたと思われる命以上の命が奪われていった。

そして、広島と長崎を核攻撃した国もまた、戦争の早期終結という正義のために核攻撃を受け、多くの国民の命が奪われることとなり、己が振るった刃が時を越えて自分に突き立てられることとなった。

そのような悲劇は繰り返さないと誓ったはずなのに、結局はそれを忘れて過ちを繰り返す。

その本質は宇宙へ出ても、ニュータイプが生まれても変わることはない。

いつになったらその歴史を学ぶのか。

「でも、そんな人ばかりじゃない。連邦にも、ロンド・ベルのような人たちがいる。戦争を早く終わらせようと頑張っている人たちが」

コスモ・バビロニア建国戦争でコスモ貴族主義に異議を唱えたベラのように、ナチュラルとコーディネイターの絶滅戦争を止めようとしたキラ達、そして戦争の根絶を求めたソレスタルビーイングのように、過ちを繰り返さないために動いた人々が確かに存在する。

過ちは繰り返されてしまったことが強調されているが、影ではそれが繰り返されないように動き、時には防がれた過去もあるだろう。

愚だけが人のすべてではない。

「それは…私にもわかっています」

実際、そうした人々にオードリーは助けられたのだから。

しかし、彼らの手で戦争が終結するのかはわからない。

果てしない戦争の果てに多くの命と物資が注ぎ込まれ、それはやがてアースノイドもスペースノイドも餓死させる。

その終末はもうすぐそこまで来ている。

世界終末時計の針をほんのわずかだけ戻すだけでは足りないのだ。

「あの…」

「なんです?」

「もしかしてなんですが、オードリーさんって身分の高い方ではないでしょうか?」

「え…??」

「言葉や所作の一つ一つから、そういったものが感じ取れます。まるで、アンジュリーゼ様を見ているようです」

今ではそのようなことを一つもすることはなくなったが、アンジュもかつては両親や教育係から皇族としての立ち振る舞いについて教え込まれ、彼女自身も気を付けてふるまっていたのをモモカは見てきた。

だから、オードリーから感じるほかの人々との違いが分かった。

オードリー自身は流浪の日々を過ごしていたことからあまり意識していなかったが、母親であるゼナや周囲からそういったことを教え込まれていたのだろう。

「そのアンジュリーゼ様というのは…?」

「アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ皇女殿下であらせられます。ご本人は今、アンジュ様と名乗っておられますが…」

「ええ…!?」

(アンジュに似ているといわれたら、オードリーも困るよね…)

アンジュリーゼだった頃の彼女のことは残念なことにモモカしか知らない。

傲岸不遜で好戦的、ズケズケとした物言いはとても皇女だったとは思えず、そんな彼女みたいだと言われてはオードリーも困惑するしかない。

ベルナデットの脳裏に一瞬、アンジュのようなふるまいをするオードリーが頭に浮かんでしまう。

オードリーもベルナデットも身分の高い女性だとはいえ、やむなき理由でそこから離れた暮らしをすることになったが、アンジュのようにはならなかった。

モモカがそう思っているかは不明だが、おそらくは皇女として抑え込まれていたものを吐き出し、正直になったのが今のアンジュなのかもしれない。

「よぉ、生活班のみんな。ここで何をしているんだ?」

訓練を終え、一度ネェル・アーガマの自室へ戻ろうとしていたリディがオードリー達を見つけて声をかけてくる。

「リディ少尉…」

「じゃあ、オードリーさん。私たちはミコットさんたちと合流して夕飯の支度にかかりますね」

「え…?」

「申し訳ありませんが、ゴミ出しはリディ少尉に手伝ってもらってください。さあ、ベルナデットさん!行きましょう!」

「え…う、うん…じゃあ…」

急に腕をつかまれたベルナデットは何が何なのかわからないままモモカに引っ張られていく。

去っていく2人を見送るオードリーの隣に行き、壁を背もたれにしたリディは左腕につけているお守りを見つめる。

第一次世界大戦の頃に使われていたという飛行機が描かれているそれは幼少期からずっと大事に持ち歩いているもので、リディはモビルスーツよりもこうした飛行機にあこがれを抱いていた。

それを見つめて気持ちを落ち着かせ、改めてリディはオードリーに目を向ける。

「やぁ、オードリー。同年代の友達と話して、気持ちは落ち着いたか?」

インダストリアル7で救助されてからずっと、オードリーはどこか落ち着かない様子で、表情も硬かった。

ベルネデットとモモカのおかげで、少しだけましになったものの、まだ完全になったとは言えない。

こうしたものはお茶とお菓子でもあればほぐれるだろうと考え、誘おうと声をかけようとしたリディだが、その前にオードリーが口を開く。

「リディ少尉…。地球連邦軍の軍人であるあなたにお聞きします。あなたは…今の地球連邦軍をどう思っていますか?」

「先日のGハウンドのことを言っているな…」

「私は…地球連邦軍が想像以上に腐敗していることに失望しました」

ティターンズが崩壊し、地球至上主義者が駆逐されたことでマシになったと思っていたが、たったの1年か2年でGハウンドのような存在が生まれ、そこには元ティターンズの軍人も存在する。

結局外側が変わっただけで本質的にはそのころと何も変わっていないか、むしろ総司令部直属となって地球連邦軍全体の総意となったかのようでむしろ悪化しているといってもいい。

水の油の関係だったとはいえ、同じ連邦軍であるはずのロンド・ベルにまで牙をむくとなるともはや救いがたい。

「それは…一部の連中だよ」

「リディ少尉…」

「地球のことを考えている人間はちゃんといる。少なくとも親父だって、コロニーの連中を皆殺しにすればことが終わるなんて思っちゃいないさ」

少なくとも、ロンド・ベルや自分が軍に入ってから一緒に戦った軍人の中にはそんな愚かな考えにとらわれた人間はごく少数だ。

もしそんな人間ばかりが連邦の軍人にいたら、ロンド・ベルのような部隊はそもそも存在せず、地球もコロニーもとっくの昔に滅んでいる。

オードリーがオーストラリアでの戦闘で連邦に失望してしまったかもしれないが、少なくとも今ここにいる連邦軍人のことは信じてほしいと願っていた。

じっと正面からそう伝えてくるリディにオードリーはよい印象を抱きながら、気になる言葉が頭をよぎる。

「親父…マーセナス。もしかして、あなたのお父様はローナン・マーセナス氏ですか?」

「あ、ああ…」

「ローナン・マーセナス議員…。対コロニー問題評議会議長…」

父親の名前が出されたことで怪訝な表情を浮かべるリディだが、今のオードリーにはそのようなことは関係ない。

保守派の重鎮と称されるローナン・マーセナスは連邦政府内でもかなりの力を持っている。

もし彼に接触することで、今の事態を変えるための手段を得ることができるとしたら。

彼女の脳裏にインダストリアル7でつながりのできたバナージの姿が浮かぶ。

「…リディ少尉、頼みたいことがあります」

「頼み…?」

これはバナージのためにもなる。

そう信じて口を開こうとするオードリーだが、急に感じた蛇のようなプレッシャーに口を閉ざす。

「邪魔するぜ」

気性の荒い海兵よりも物騒でナイフのような声が2人の耳に届き、振り向くとそこにはスーツ姿をした男性が立っていた。

薄黒いスーツが見せるはずの落ち着いた印象はこの男の無精ひげと整っていない髪、そして右目のすぐそばから頬まで続く深々とした切り傷の痕が台無しにしている。

「誰だ!?」

ミスリルの人間ではない。

ミスリルの構成員とは深く接触していないリディにもこの男からは軍人とは別の何かが感じられた。

連邦兵とも、クックタウンで戦ったジオンの軍人とも違う。

危険な感じがして、何かあった時のためにとオードリーをかばうように立つ。

「麗しの姫をさらいに来た…悪漢だよ」

「貴様!ジオンか!?」

「ジオン…?違うな、俺はアマルガム。お前らのお友達のミスリルの…天敵さ」

「アマルガム…。世界の陰で暗躍する私設武装組織…。戦争を望む者…」

アマルガムの存在はミスリルと同盟を結んでいる関係上、ロンド・ベルの面々にもある程度伝わっている。

リディがわかっていることは、彼らが存在してはいけないということだけだ。

「まあ、そんなところだ。今日はクライアントの依頼で憎きミスリルの秘密基地に侵入したってわけだ。しかし、ついているぜ。早速、依頼を片付けることができる」

もしメンテナンス中の戦艦の中にいたとしたら、もう少し骨を折ることになるとは思っていたが、どうやら日頃の行いの良さが招いたのかもしれない。

この目の前の若造は軍人としては日が浅いようで、良くも悪くも生真面目な男である分御しやすい。

それに、愛するあの男にははるかに及ばない。

「この男…私を!?」

「大丈夫だ、オードリー!君は俺が守る!」

「かっこいいねえ、ナイト君。だが、お前じゃあ俺には勝てねえ。士官学校を出たばかりのボンボンじゃあ、覚悟が足りないんだよ。そんなんじゃあ、俺の相手は務まらねえ」

「テロリストのいうことか!?」

正面から殴りかかるリディの拳を男は何のこともなく受け止める。

やはりまっすぐな男、簡単に頭に血が上る。

「おいおい、そんなにカッカするなよ。甘ちゃんだぜ、周りを見な!」

「何!?」

男に指摘され、少し頭の炎に水がかかったリディは自分とオードリーの置かれた状況をようやく理解する。

周りにはメリダ島で見たミスリルの軍服姿の男が数人いるが、彼らはリディとオードリーが襲われているというのに何もしてこない。

そして、彼らの近くには整備兵や同じミスリル兵の死体が転がっている。

「これは…!?」

「一人で侵入するなんて、スパイ映画のようなことをプロがするわけねえだろ!?」

「くっ…!」

おそらく、ミスリル兵を装って侵入してきたのだろう。

どうやって入ってきたのかはわからないが、それよりもどうやってオードリーを逃がすかがリディにとって大事だった。

この数、そして目の前の男。

とても自分だけではかなわない相手。

「伏せろ!リディ少尉!!」

「何!?」

捕まれているものの、可能な限り態勢を低くすると同時にアサルトライフルの発砲音が格納庫に響き渡る。

侵入者の何人かがアサルトライフルの銃弾に倒れ、男は発砲している男を見るとためらいなくリディを近くのコンテナに向けて投げつけた。

「へっ…さすがはクソッタレのミスリルだ。もう気づいたか」

とはいうものの、まだまだ自分はついている。

アサルトライフルを構える男とはまだまだ赤い糸がつながっている。

「貴様は…!」

リディを助けた男、宗介はアサルトライフルを向けた男を見て驚愕する。

この男は本来、ここにいるはずも、そもそも生きているはずもない男だったからだ。

「ガウルン!!」

「会いたかったぜー?カシムー!」

「貴様は香港で死んだはずだ!!」

ガウルンと呼ばれたこの男と宗介は因縁のある相手で、ガウルンがアマルダムに入るよりも前から戦いを繰り広げてきた。

その最後となったのが香港で、その戦闘で彼の体の多くが消し飛び、虫の息の状態になっていた。

宗介の尋問で多少の情報を与えたものの、最後は宗介にある挑発をしてそれを受けた彼の手によって射殺された。

遺体はガウルンが自ら仕掛けた爆弾によって爆破されて木っ端微塵のため、イカれた魔法やクローンでもない限りは生きているはずがない。

「素直になれよカシムー、俺が目の前にちゃんと五体満足で生きているんだ。喜べよ…」

「貴様!!」

「楽しもうぜ、カシムー。そのために俺は地獄から戻ってきたんだからな」

どんな手段を使ったかはわからないが、こうして愛する男ともう1度殺しあえるチャンスをくれた存在にガウルンは感謝する。

「パラメイル第一中隊は周辺からアマルガムを追い込め!!」

「イエス・マム!!」

「薄汚い泥どもは叩き出してやるよ!」

マオの指示のもと、サリアたちは侵入者と交戦を始める。

相手はアマルガムのテロリスト集団であるものの、サリア達メイルライダーも元々はドラゴンと熾烈な戦いを繰り広げ、生き残ってきた面々。

相手がドラゴンから人間に変わっただけで、あの地獄を知っている以上、負けるはずがない。

「リディ!生きてるか!?生きてるなら、オードリーちゃんを頼むぜ!!」

高い位置から狙撃を始めるクルツの言葉にリディは痛む体に鞭をうって起き上がらせ、オードリーの元へ向かう。

「大丈夫か!?」

「はい…」

リディに連れてその場を離れていくオードリーを見るガウルンだが、宗介がいる以上は下手に動くわけにはいかず、見送ることしかできない。

「なかなかの手際だな。指揮をしているのはカリーニンか…」

「アマムガルはどうやってメリダ島の居場所を突き止めた!?」

侵入者の1人を射殺したクルーゾーが答えが返ってこないことを理解しつつもガウルンにどうしても聞き出したい質問をぶつける。

「へっ…さてな。お前らの中に裏切り者でもいるんじゃねえのか?」

「ぐっ…」

メリダ島はミスリルにとっても重要機密となる情報で、ロンド・ベルにもこのような事態になるまでは知らせていなかった。

アルバルトが通信を送る際にも座標情報などを偽装し、少なくともメリダ島の場所は知られないように工作もしている。

にもかかわらず、しかもロンド・ベルとミスリルが集結しているこのタイミングで侵入に成功しているのはいささか相手にとって都合がよすぎる。

否定したいところだが、内通者の存在は否定しきれないところも大きい。

過去に500万アースダラー相当の金塊によって買収されたミスリル兵によって、クルーゾーの先輩であり、宗介たちの上司であったゲイル・マッカラン大尉が殺害された上、ダナン内部で白兵戦騒ぎを起こす結果となってしまった。

おまけに買収されたミスリル兵が宗介らと同じくSRT所属であったことも大きな衝撃を与えることになった。

これは元々が傭兵で構成された集団に過ぎず、ソレスタルビーイングのような理念や目的を共有した集団ではないことによる弊害といえる。

「ハハハ!カシム、お前のお姫様もいずれはいただくぜ!!」

ピンッと何かを弾く音が響き、同時に格納庫に置かれたいくつかのコンテナが爆発する。

爆発とともに煙幕が周囲を包み込んでいく。

格納庫各部の換気扇によって煙幕が次第に出ていくが、その時には既にガウルンも生き残りの侵入者の姿も消えていた。

「くそ…まさか格納庫にまで仕掛けをしていたとは!!」

野獣のような外見のガウルンだが、この身なりでもかつては連邦軍やジオンの汚れ仕事を請け負ってきた傭兵で、これまでに30人以上の要人の殺害に成功している。

その成功を裏付けているのは彼の兵士としての技量や用意周到さも大きいが、そんな彼でもメリダ島で堂々とここまでの準備をしていたのは想定外だった。

「大丈夫か!?オードリー…」

アンジュの誘導でどうにか物陰まで移動できたリディはオードリーを気遣いつつ、自分の体に触れて状態を確かめる。

かなり強く体を打ってしまったが、それでも訓練のたまものである程度の受け身ができていたようで、軽傷で済んでいた。

「大したものね。あれほどの目にあって、しかも死体まであるのに顔色一つ変えないなんて」

「そうでもないわ…」

表情には出さないが、オードリーの胸には暗い罪悪感が渦巻いている。

今回のターゲットが自分であることはガウルンの言葉で明らかであり、今回の事態が起こった原因となってしまい、その結果としてこんな災厄が起こった。

これでは、インダストリアル7の時と何も変わっていない。

あの時もどうにかしようと一人で動いた結果、その影響がまわりまわってコロニー内での戦闘に発展してしまった。

戦いを止めたいと行動して、結果として戦いの火種を生む矛盾。

それを抱えるには彼女はあまりにも若すぎるが、そうするしかない理由が存在する。

「あなた…不思議な子ね。モモカが言っていたわ。私に似てるって」

今のアンジュと正反対で、かつてのアンジュリーゼの頃と比べても、オードリーのような冷静さはない。

どうして似ているといわれたかはわからないが、素直にうれしいという感情がある。

「もっとも、こんな暴力女に似ているなんて言われたら、気分が悪いだけでしょうけど」

「そんなことはありません。あなたが…連邦軍の兵士をいさめたという話は聞いています。そんなことができるのは、為すべきことを知っている人間だからです。だから、私も心を決めることができました」

「オードリー…」

「よくわからないけれど、お役に立てたのなら光栄ね。リディ少尉、ここにはバナージがいないんだから、しっかりナイト役をやってよね」

「アンジュ、ごめんなさい!一人抜けたわ!対応をお願い!」

ナオミからの通信が届いたアンジュはすぐにその場を離れ、対応に向かう。

ここからはリディ1人でもどうにかなると判断したのだろう。

近くには侵入者の姿はない。

「オードリー、あのガウルンという男は明らかに君を狙っていた。君は一体何者なんだ?さっき言いかけた頼みというのは君の正体に関係しているのか?」

確かにオードリーはどこにでもいる少女と違う何かが感じられる。

それとアマルガムに狙われたことには関係があるのかもしれない。

それに、リディをローナンの息子であることも頼み事をした理由だろう。

何か大きなことをしようとしていることだけはわかる。

「教えてくれ、オードリー。俺は君の力になりたいんだ!」

まっすぐな目で、純粋に手を伸ばしてくれるリディ。

それはインダストリアル7で助けてくれたバナージと似ている。

「リディ少尉…あなたを信じます。私は…」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦橋-

「基地に侵入したアマルガムはすべて基地外へ駆逐しましたが、連中はアームスレイブを展開しています」

「展開が早すぎますな…」

「ええ。基地だけではなく、密林の中にも仕掛けていたのかもしれませんね」

次々とキャッチしていく敵部隊の反応。

そして、守備部隊は彼らと交戦を始めていた。

相手の数は今は互角だが、ここからおそらくは増援もやってくるだろう。

もしかしたら、ここまでメリダ島のミスリルも泳がされていたのかという嫌な予感がテレサの脳裏をよぎる。

メリダ島の位置はずっと前から知られていて、作戦のための仕掛けを念入りにされていた。

それだけのことができた原因を今は論じている場合ではない。

「目標は千鳥かなめでしょうか…?」

「そうかもしれません。けれど、メリダ島の位置が知られたことは大きな打撃です」

「ええ…既に通達は済ませています。基地の人員及び資材の搬入を開始しています。ルオ商会も協力してくれています」

「遺憾ながら、我々はこの基地を放棄せざるを得ません…。ですが、我々の大切な家を土足で踏み込んだ者を許すわけにはいきません」

「イエス・マム」

「ウルズチームおよび第1中隊に出撃準備を!Ξガンダムは!?」

「改修は完了、出撃可能です!!」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「だいぶ様変わりをした…。Ξガンダム」

初めてそれを見たジュドーから悪役みたいと言われたことを思い出す。

グレーに近い白をベースとしたカラーリングとなっていて、ブレードアンテナと両腕が大型化している。

胸部にもガンダムヘッドがついたかのような様相はこれまで開発されたガンダムとはかけ離れたものといってもいい。

「ハサウェイ、フライトモードの再調整も行ったわ。相手のミノフスキークラフト搭載機と比べても素早く変形できるわ。シールドもより頑丈になって、いろいろ隠し玉も用意しているから、信頼していいわ」

「ありがとうございます、チェーンさん!」

メリダ島に到着してから、νガンダムともども付きっ切りで面倒を見てくれて、ヤマトの整備兵や万能工作機の助けも借りたことで損傷したΞガンダムは生まれ変わったかのように調子を取り戻した。

「でも…大丈夫なの?こんな設定…」

Ξガンダムを整備している際にハサウェイから要望されたこと、それはAI関連のことで、サジェストや補助を削るようにと言われた。

確かにそうすることで、玄人ならより速い反応速度を実現できるだろう。

だが、ハサウェイの実力はそこまで行っていない。

「使って見せますよ。そうじゃなきゃ…生き残れない」

ハサウェイの脳裏に浮かぶのはペーネロペーで、そのモビルスーツにしてやられたことは強烈に記憶に残っている。

後ほんの少しでも早く動ければ、もっと早く反応すれば、ペーネロペーに対抗し、上回ることができる。

おまけにコックピットも手を加えられ、もうすでに廃止が決まっているアームレイカーが変更されている。

最初はそれらの変更をチェーンは反対したが、アムロのとりなしによって採用されることになった。

「気を付けて、ハサウェイ。少しでも変になったらすぐに引き上げるのよ」

「わかりました」

「ハサウェイさん」

チェーンを入れ替わるように、モニターにテレサの姿が映り、ヘルメットをかぶったばかりのハサウェイはバイザーを下げずに彼女を見る。

「…気を付けて」

「はい。ありがとうございます、テレサ艦長」

「…テッサ」

「え?」

「テッサって、呼んでください」

確かにテレサが親しい人々からテッサと愛称で呼ばれていることはハサウェイも知っている。

そう呼んでほしいといわれたことに驚きを覚えるが、不思議と嫌だと思わない。

「…じゃあ、行ってきます。…テッサ。ハサウェイ・ノア、Ξガンダム行きます!」

バイザーを上げ、天井が開いたのを確認したハサウェイはΞガンダムを飛翔させた。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦橋-

「艦長…」

飛んでいくΞガンダムの姿をモニター越しに見送るテレサの先ほどの言葉はマデューカスにとって、少々嫌な予感がした。

以前、テレサは同年代である宗介に思いを寄せていて、そのことから彼に対してはかなり警戒していた。

ある時、ダナンの整備で暇のできたテレサは短期間だけ宗介とかなめが通う学校に登校したことがある。

おまけに宗介の日本での住処で寝泊まりする形となったのだからマデューカスはより警戒心をあらわにし、宗介にはもし彼女に破廉恥な真似をしたら、八つ裂きにしたうえで魚雷発射管に詰め、300キロの爆薬とともに射出するとまで宣言していた。

その上に妊娠させたというなら、さらに精神崩壊するまで馬鹿歩きを核爆発によって消し飛んだジャブローの廃墟でやらせ、訓練キャンプではバナナとラズベリーで武装した敵からの護身術の教官をさせたうえで最後はカミカゼ・スコットランド兵としてア・バオア・クーに特攻させることを本気で考えていたようだ。

だが、宗介自身がテレサ本人に自分の想い人はかなめであることをはっきりと伝えたことでその心配はなくなったのだが、今度はΞガンダムのテストパイロットという名目でハサウェイが悪い虫になった、

宗介とは違う穏やかでごく普通の少年のように見える彼で、ネオジオン戦争時に彼の身に起こったことについてはある程度ブライトから聞いている。

大切な人を失った心の傷、異性の心をもしちゃんと知っていれば、クェスを失うことにつながらなかったはず。

そんな彼のために、次元転移する前にかなめとテレサは2人でハサウェイにそれについてのレクチャーをした。

そこでの多くの時間を宗介への愚痴で費やしたかもしれないが、そのことがテレサとハサウェイが近づくきっかけになったのかもしれない。

そして、現在はテレサとのマンツーマンで指導が継続している。

(トラウマをある程度克服した恩をまさかこのような形で仇にして返すとは…ハサウェイ・ノア。貴様を徹底的に監視させてもらうぞ…)

ピリピリと伝わるマデューカスのプレッシャーに艦橋の面々は沈黙していた。

 

-ラー・カイラム 格納庫-

「くそ…!ここでも敵が来るなんて!?メリダ島は安全じゃなかったのか!?」

ナラティブガンダムにリタとともに乗り込んだヨナはいきなりの事態に動揺を隠せない。

ウルズチームとの模擬戦である程度操縦のやり方などは理解できたが、まだ完全にものにできたとは言い難く、このタイミングでの出撃に不安を抱く。

もちろん、自分1人だけが被害に遭うならまだいいが、問題なのはサブパイロットとしてリタも一緒に乗ることだ。

撃墜されたら、自分だけの問題では済まなくなる。

自分のミスがリタへの危険と直結してしまう。

「文句は敵に言いな!敵がこちらの事情を理解して動いてくれるはずがないだろう!?」

先にリ・ガズィに乗り込んだケーラから言い捨てられ、ぐうの音も出ないヨナがナラティブガンダムをカタパルトに異動させる。

戦闘によって既にメリダ島ではいくつも火災が発生している。

「ナラティブガンダムの出撃準備、完了です!」

「ヨナ少尉、まだ君はナラティブガンダムに慣れていない。後方支援に徹してくれ」

「…了解です、ブライト艦長」

「大丈夫。ヨナなら、できるよ。私も頑張るから」

「…。ヨナ・バシュタ、リタ・ベルナル…ナラティブガンダム、行きます!」

できるとは思わないが、やるしかない。

カタパルトから射出されたナラティブガンダムは森林に降りていった。

 

-メリダ島-

「うわっ…!!」

飛んできたミサイルをシールドで受け止めたバナージは撃ってきた相手の探知を急ぐ。

頭がない代わりに背中から頭に当たる部分までミサイルランチャーを取り付けたアームスレイブ、ミストラルⅡ3が存在し、これらは現行のアームスレイブの中では旧型だ。

だが、対戦車ミサイルやグレネードランチャーを装備するなど、火力については現行機とも渡り合えるもので、複数機によるミサイル攻撃は新型モビルスーツでも撃破されてしまう可能性がある。

これはかつての一年戦争でザクⅡが戦車部隊による集中攻撃で撃破された複数のケースと似ている。

バナージはミストラルⅡに向けてリゼル用のビームライフルを向ける。

(ビームマグナムじゃ、加減が効かない。ここはビームライフルの方が!!)

発射されたビームが2機のミストラルⅡを焼き払うが、残り1機が密林に紛れて姿をくらます。

「隠れた…どこに!?…後ろ!?」

生き延びた1機に気を取られている間に、別のミストラルⅡの部隊が攻撃準備を整えていて、ユニコーンガンダムのバックパックを捉えていた。

今すぐ振り返って攻撃しようにも間に合わない。

「集中しろ、バナージ!!」

ジュドーの声がコックピットに響くと同時に、バナージを狙っていたミストラルⅡをミサイルの雨が襲い掛かる。

ミサイルを受けたミストラルⅡは爆散していき、ユニコーンの背中を守るようにZZが立つ。

「ジュドー…」

「オードリーにはリディ少尉がついているわ。私たちは艦が攻撃されないように、あいつらを叩き返せばいいのよ!!」

偵察機替わりとして、上空にはドダイ改や赤い4本足の亀のような形をしたサブフレイトシステムであるギャルセゾンが飛んでいて、飛行しているヴィルキスに向けてビーム砲やメガ粒子砲で攻撃を仕掛けてくる。

いずれも装甲の薄いパラメイルには脅威となるもので、特にメガ粒子砲はサブフライトシステムとしては過剰な火力といえる。

「そんなの、ドラゴンと比べたら!!」

自動操縦のせいか、これらのサブフライトシステムの動きは単調であり、時には羽根を巨大化させてカッターのように切り裂いてきたり、口から緑の炎を発射してきたりもする変幻自在なドラゴンと比べると、相手にならない。

ビームをかいくぐったヴィルキスはアサルトライフルでまずはギャルセゾンのメガ粒子砲を破壊し、真上にとりつくとラツィーエルを一刺しした。

ラツィーエルで貫かれたギャルセゾンは火を噴きながら地上へ落ち、続けてアンジュは回頭するドダイ改にアサルトライフルに搭載されているグレネードランチャーを撃ち込んだ。

「アンジュ、バナージにそんなことを伝えても逆効果になるんじゃ…」

「アンジュにそういう気を遣えというのは無理な話だ」

アンジュらパラメイル第1中隊とともに上空の敵機の対応に当たるトビアとアスランの脳裏に、バナージに気を使って言葉を選ぶアンジュの姿を思い浮かべるが、即座にあり得ないことと切り捨てる。

そんなことが仮に起こったなら、おそらくこの海はすぐに青く戻ることだろう。

「聞こえているわよ!!」

「す、すまない…!」

「おびえなくっていいよ。別に怒ってないから」

「おおっ!なんかアンジュ、機嫌いいじゃん!」

「アンジュ、何かいいことあったの?」

「まあね」

気になっているルナマリアには申し訳ないが、これはあくまでも自己満足で自分だけの喜び。

これをほかの人に伝えるつもりなど毛頭なかった。

「そしてぇ…あたしもあたしでご機嫌そのもの!!」

怪我が治り、メイやイアンのおかげで修復が終わったレイザーに乗るヴィヴィアンはきれいになった上にパワーアップした愛機を思い切り飛び回らせる。

「ヴィヴィアンちゃん、久しぶりの出撃なんだから無理に動いちゃだめよ」

「大丈夫大丈夫!さあ、さっそく新武装、いっくぞー!!」

低空飛行を始めるレイザーの後ろ越しに追加されたケーブル接続の刃が分離して、地上で対空ミサイルランチャーを発射しようとしているサベージを襲う。

刃部分にもスラスターが搭載されていることからスピードはファンネルに匹敵し、上空に気を取られていたことも相まってサベージの胴体を刃が貫通した。

「うーーーん…いいじゃんいいじゃん私の尻尾!!」

 

「艦には近づけさせるかよ!!」

ヴァングレイが上空からレールガンを発射し、地表からヤマトに向けて攻撃を仕掛けようとしたブッシュネルをスクラップに変える。

小型機との戦闘は西暦世界で経験し、新正暦世界でもガミラスの戦闘機と戦闘しているため、ソウジには慣れっこだ。

「ナイン、敵機の数は!?」

「密林内に40機以上…いえ、待ってください!さらに援軍が!!」

「そんな…!!」

モニターに表示されているのは太った胴体に2枚の巨大な羽根がついた紫の大型航空機、ガウ複数機がドダイ改に乗るギラ・ドーガとギラ・ズールの混成部隊に守られて飛行している姿だった。

「妙な部隊と一緒に、ジオンも相手にするのかよ!?」

「ナイン!ジオンが到着するまであとどれくらいかかるの!?」

「ガウの予測スピードから計算すると…あと10分!!」

「10分か…くそっ、これじゃあ収容が間に合わねえぞ!?」

安全地帯と思われていたメリダ島が獣の狩場へと変貌と遂げていった。




機体名:ギャルセゾン
形式番号:なし
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:不明
全備重量:不明
武装:ビームガン、機銃、メガ粒子砲×2
主なパイロット:アマルガム兵、ジオン兵

アマルガム、およびジオンで運用されるサブフライトシステム。
モビルスーツの大型化に対応するように、従来のサブフライトシステムから大型化しており、メガ粒子砲の採用によって火力も増強されている。
また、ランディングギアを展開することによって2機までモビルスーツを縦列配置することが可能となっている。
アマルガムではアームスレイブを搭載させることもあるが、それ以上に上空からの偵察支援で運用されることが多いようで、これはアームスレイブを運用する傭兵部隊でのサブフライトシステム運用とほぼ同様なものとなっている。


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第53話 ラムダ・ドライバ

機体名:ガーンズバック
型式番号:M9
建造:ミスリル
全高:8.4メートル
全備重量:10トン
武装:12.7mmチェーンガン、ワイヤーガン×2、単分子カッター(大型のものと選択可能)、対戦車ダガー、40mmライフル(57mm滑腔砲、 57mm散弾砲、76mmAS用対物狙撃砲、9連装ミサイルランチャーと選択可能)
主なパイロット:メリッサ・マオ、クルツ・ウェーバー

主にミスリルで運用されている第3世代アーム・スレイブ。
アーム・スレイヴそのものの歴史はモビルスーツと比較すると数年遅れており、これまでのアーム・スレイヴが地上での運用に特化していた。
ガーンズバックはそんな環境が制限されたアーム・スレイブにとって革命となるもので、ハードポイントに専用スラスターを搭載するだけで宇宙空間での運用が可能となり、駆動系の省スペース化によってペイロードに余裕ができ、電子兵装やウェポンラック、不可視モード実装型ECSを搭載できるようになったことからアームスレイブの歴史の10年先を行く機体と称されるものとなった。
連邦軍のアーム・スレイブ部隊にも配備される予定になっているものの、先んじてミスリルのみが現在運用している状態で、一般兵が扱うにはあまりにもピーキーな調整がされていることから主にSRTチームに配備されている。



-メリダ島-

「へっ…てめえらザコには用がねえんだよ」

密林の中でアサルトライフルを連射して攻撃してくるミスリルのアーム・スレイブ部隊の攻撃がくる中、コックピットの中でガウルンは不敵な笑みを浮かべる。

頭に浮かぶのはほんの1,2週間くらい前のこと。

それより前の最後の記憶はすっかり変わり果ててしまったカシムの姿。

とある理由で離れ離れになってしまったかなめを殺したとウソをつき、挑発するとあっさり激高して撃ってきた。

呪いをかけてやろうと彼が生き延びる可能性があるとわかった上で自分が殺されたときに爆発するように爆弾もセットしており、それによって自分の体も粉々に吹き飛んでいるはず。

だが、次に目覚めたのはテロリストである彼にはふさわしくない、まるで中世ファンタジーの城の寝室にあるようなベッドの上だった。

失ったはずの腕と脚はまるでそんなのは夢だったかのように再生されていた。

そして、寝室で待っていたのは燕尾服姿をした男。

(ガウルン…。君にはまだ使命がある。その使命のために、生かされていることを忘れないでくれたまえ)

「ふん…使命になんざ興味ねえよ」

甦られたとしても、あの若造のくだらない野心のために使い走らされるのは目に見えている。

そして、あの男からは若造と同じ匂いが感じられ、とても信用ならなかった。

だが、そんな彼のおかげで再び愛しきカシムと殺し合いに興じることができることだけは感謝している。

今のガウルンが乗っているアーム・スレイヴはガーンズバックと比較すると主に上半身が分厚い構造となっていて、ブレード状の放熱板を背中につけている。

そして、細い横一線の割れ目が目の部分についただけの仮面のような顔面をしたそれは最後に宗介と戦った時に使用したアーム・スレイブであるコダールiに似ていて、これはそれをさらに発展させたもののようだ。

「エリゴール…財宝を見つける力を持った悪魔か。へっ…俺にとっての宝は見つかったがな」

「ハハハハ!さっさと行こうじゃないか?こんなにけなげに頑張る奴らがいるんだからなぁ」

「ふん、てめえに関しては殺してやりたいよ。ミスタ・K」

禿げあがった頭とかなり長い揉み上げをした男が乗るもう1機のエリゴールからの通信にガウルンはにらむ。

燕尾服の男もそうだが、同じ部屋のベッドで寝ている人間の中にミスタ・K、ゲイツが混ざっていたことに気づいたときは最悪な気分だった。

彼が何をしたか、自分の部下である2人の少女から少しだけ聞いている。

右目瞼に泣き黒子があり、左右の黒髪を下げた姉の夏玉芳と彼女とは反対に左目瞼に泣き黒子があるショートヘアの妹の夏玉蘭。

2人とも孤児で、幼いころにガウルンに拾われ、戦闘技術を叩きこまれてきた彼の腹心だ。

そのためか、ガウルンには絶対服従で、彼のために一時はアマルガムすら敵に回している。

その際に玉蘭はかなめの暗殺へ向かい、玉芳は香港で宗介と対峙した。

玉蘭はかなめのまさかの反撃を受けたことで暗殺に失敗し、最後はアマルガムの追っ手であるミスタ・Agによって殺害された。

そして、その遺体はゲイツによって引き取られ、香港に乱入してきた彼はあろうことかその遺体を使って人形遊びを始めた。

それが玉芳の怒りを買い、彼女から攻撃されたもののあっさりと返り討ちにし、機体ごとつぶされることとなった。

そして、当のゲイツ本人もラムダ・ドライバを完全にものにした宗介によって機体もろとも消滅することになった。

3人とも、あの燕尾服の男によって甦らされた。

ゲイツがイカれた男だということはガウルンも理解しているが、彼が2人にやったことを許すつもりはない。

それに、甦ったらよみがえったで今度は2人に手まで付けてきた。

無表情・無感情を貫く姉妹だが、このゲイツへの嫌悪感を消すことはできないようだ。

「んもうーー、香港のこととか起きてすぐのこと、まーだ怒ってるの?でも、よかったじゃない!こうしてまた姉妹一緒になれたんだから!感謝しなよ?優しいやさしい組織に」

「もう黙ってろ、イカレ野郎。俺のかわいい生徒をこれ以上汚したら、もう2度とそのもみあげが生えねえようにしてやるからな」

「はいはい、ガウルン先生。ゲイツ様…今は白いアーム・スレイブと遊びたいから」

「残念だな。そいつも俺の獲物だ。てめえはほかのやつらと遊んでろ!」

「来るぞ!!」

「ヴェノムタイプの発展型!?冗談だろ!!」

先行するガウルンのエリゴールに対してミスリル兵が乗るブッシュネルがアサルトライフルを連射するが、ラムダ・ドライバが生み出すバリアが銃弾を弾いていく。

「おいおい、そんなへなちょこ弾にへっぴり腰じゃあ殺せる相手も殺せねえぜ。ほら、まずはしっかり態勢を整える。そして、狙う相手をしっかり見る」

弾丸の雨をものともせず、エリゴールは指を銃に模した形にして銃身部分である人差し指をブッシュネルの1機に向ける。

「そして、ビビらず、視線をそらさず…そして、銃口をしっかり相手に向けて…」

人差し指部分に青い光が集まっていく。

ラムダ・ドライバの斥力がそこに集中していて、久々のこの感覚にガウルンは舌なめずりする。

「撃つ…消える命を見届けてな。バアン!」

光が消えたと同時に、ブッシュネルの胴体がまるで銃弾で撃ちぬかれたかのような大穴が開き、同時に爆発する。

残る1機はラムダ・ドライバが生み出す不可思議な力で破壊された仲間に動揺している中で、背後に現れた青色のコダールiが持つ槍で貫かれる形で破壊されてしまう。

そのそばにいるもう1機の同型機はアサルトライフルを手にして、背後を守っている。

「さあ、今会いに行くぜ…カシムゥ!!」

 

「くそ…!アマルガムだけでも厄介だってのに、この後でジオンも来るのかよ!!」

スナイパーライフルで上空のギャルセゾンを撃ち落とすクルツだが、どんなに狙撃してもまだまだサブフライトシステムもアームスレイブも集まっている。

テレサから聞いた話では、敵の反応の中にはラムダ・ドライバ搭載機も存在する。

アーバレストを除くと最新鋭機であるはずのガーンズバックですら、コダールには歯が立たなかった。

(せめて、テレサ達が開発しているシステムを入れることができれば、攻撃面だけでも…)

「軍曹!敵反応の中に、新型のラムダ・ドライバ搭載機がいる!そちらの対処へ向かえ!!」

「了解…!アル、行くぞ!!」

「了解です、軍曹殿」

追いかけようとするサベージをショットガンでハチの巣にした宗介はアーバレストの放熱板を展開し、ラムダ・ドライバを起動させる。

マデューカスの言う新型機という言葉が正しければ、香港で戦ったコダールi以上の性能を持つのは明確。

「新型機は2機…そのうちの1機は…!」

「落ち着いてください、軍曹殿。熱くなっていては勝てる戦いも勝てなくなります」

「黙っていろ!俺は…熱くなっていない!」

密林を走る中で、新型機付近にいるミスリル側のアーム・スレイブの反応が消失していき、さらには救援に駆け付けていたロンド・ベルのモビルスーツ部隊までもが巻き添えとなっていた。

「へっ…来たかぁ!!」

上空のリゼルを指鉄砲で撃ち落としたばかりのガウルンは接近してくるアーバレストの、カシムの反応に満面の笑みを浮かべる。

そして、エリゴールの単分子カッターを抜くとアーバレストに向けて突撃させる。

ラムダ・ドライバを利用した突撃はあっという間に距離を詰め、宗介は単分子カッターを抜いて対抗する。

刃とラムダドライバのぶつかり合いによって、お互いを隔てるように青いバリアが展開され、衝撃波が周囲に木々を吹き飛ばしていく。

「ハハハハ!!うれしいねえ、ラムダ・ドライバを使いこなせているじゃないか!カシムぅ!!」

「カシムカシムとうるさいんだよ、ガウルン!!」

「へっ…そうだな。てめえは変わっちまったよな…お前からは命を否定も肯定もしないあの時の目が感じられねえ…。だから思い出させてやるよ!てめえは!!本当は!!カシムだって!ことをなぁ!!」

「ぐ…ううう!!」

ガウルンに気おされるかのように、エリゴールが徐々にラムダ・ドライバを強めていき、押されていく。

(く…なんだ、このパワーは!?)

アーバレストとアマルガム製のラムダ・ドライバ搭載機との違いはアルの有無だ。

アーバレストとアルの開発を行っていたのはかつてミスリルで研究員を務めていたバニ・モラウタ大尉で、年齢の近いテレサとも親しい関係だったらしい。

彼が生み出したAIであるアルはほかのアーム・スレイブに搭載されているAIとは大きく異なり、まるでガインらのように自我をもっている状態だ。

おまけに彼と宗介の意識がシンクロを果たした結果としてラムダ・ドライバの力がアマルガムのそれを上回ることになった。

本来は複数機製造される予定だったようだが、開発者が謎の自殺をしたことでとん挫することになった。

そのアーバレストがエリゴールに押されている。

「どうしたどうした!?お前…それが本気じゃねえだろおなあ!?カシムぅ!!」

「相良軍曹!!」

側面から飛んできたビームがエリゴールのバリアをかすめる。

エリゴールのモニターに映るνガンダムの姿にガウルンは舌打ちする。

「くたばり損ないのガンダムか!!」

「アムロ大尉!!」

「相手がラムダ・ドライバ搭載機でも…!」

救援に駆け付ける中で、アムロはアマルガムのラムダ・ドライバ搭載機によって撃墜された味方の残骸を目の当たりにしている。

アーバレストの戦闘記録を見たアムロだが、実際にこうして戦闘を行うのは今回が初めてで、それらを見ることで改めて相手がどれだけ脅威なのかがわかる。

目の前の10メートルにも満たない、νガンダムの半分以下の大きさのエリゴールがそれ以上の化け物のように感じられる。

お互いにその場を動かず、しかしエリゴールは指鉄砲を、νガンダムはビームライフルを構えている格好だ。

「…!!」

何かを感じたアムロが真っ先に発砲し、同時に大きく跳躍してビームを避けたエリゴールが体をねじらせつつ、単分子カッターを握る。

「甘いんだよぉ!!」

「反応が早い…」

上からくるエリゴールに向けてダミーバルーンをばらまいて視界を遮る。

ダミーバルーンを単分子カッターで斬って視界を開いたガウルンだが、その時にはνガンダムは視界から消えていた。

「消えた…いや、こいつは!!」

何か嫌な予感を感じたガウルンだが、その答えとして木々の中に隠されているものに気づく。

ビームライフル用のEパックで、それをライフルやバルカンで破壊した際に大きな爆発が起こる。

モビルスーツを持たないゲリラ部隊がモビルスーツ部隊と戦闘を行うときに使う手段の1つで、Eパック単体なら安価で、戦場跡でいくらでも手に入る。

これに気づかずに爆発されたら、ラムダ・ドライバのバリアが間に合わずに消し炭にされていたところだが、気づいた以上は何のこともない。

だが、次の瞬間に警告音が響く。

「何!?」

気づいたと同時にビームがエリゴールの背中に命中し、放熱板を焼く。

気づいたことで間一髪ラムダ・ドライバを背中に向けることができたが、それでも完全とはいかず、ビームの熱で放熱板がゆがんでいく。

逆探知すると、そこにはライフルを握ったνガンダムの姿があった。

「やってくれたぜ、アムロ・レイ…!こいつじゃあラムダ・ドライバも長くはもたねえか…カシム、勝負は預けるぜ」

ラムダ・ドライバは圧倒的なアドバンテージを与えるシステムだが、発動には多くのエネルギーが必要となり、同時に機体にも強い熱を発する。

そのため、アーバレストのように放熱板によって熱を放出しなければ機体にダメージを与えてしまう可能性がある。

それを壊されたことはガウルンにとっては誤算であったと同時に、いまだ健在なアムロの実力に舌を巻く。

「(だがな、カシム…今のてめえを殺したところで、何も面白くねえ)玉芳、玉蘭、お前らも下がれ」

「「了解」」

「おいおいおい、なあんだよ、もう帰っちまうのかよガウルン先生。つまんないねえ…。だったら、残りはこの私が壊してしまおうかぁ!!」

「ビームが効かないなら!!!」

上空からショートビームライフルで攻撃しても、ラムダ・ドライバのバリアで弾かれる現状を打破すべく、ルナマリアは2本の対艦刀を抜く。

たとえビームを弾かれたとしても、これの質量で無理やりにでも突破できるはずと考えたようだが、それが軽率だということ、そしてミスリルがなぜラムダ・ドライバを脅威としたのかという理由を知ることになった。

振り下ろした対艦刀をゲイツのエリゴールがあろうことか左手1本で受け止めていた。

「おいおい、なんだよこんななまくら刀で斬ろうっての?甘いんだよぉモビルスーツ!!」

バキバキというけたたましい音が青いバリアが発生すると同時に対艦刀から鳴り響く。

「嘘…あの小型機のどこにそんなパワーが!?」

危機感を覚えたルナマリアは対艦刀を手放して距離をとると、手放したそれは粉々に砕け散った。

「そらそらぁ!避けてみなよぉ!!」

エリゴールのバックパックにジョイントされている2丁のマシンガンが展開され、上空のインパルスに向けて発射される。

本来ならヴァリアブルフェイズシフト装甲で守られたインパルスに対しては何も意味がないマシンガンの小さな弾丸だが、ラムダ・ドライバの存在がそれを覆す。

青い光を宿した弾丸の速度は本来のそれを越えており、襲ってくる弾丸は強靭なヴァリアブルフェイズシフトにひびを入れていく。

「キャアアアア!!」

「ルナ!こいつ!!」

窮地に陥ったルナマリアを救援すべく、シンはエリゴールに向けてビームランチャーを放つ。

後ろにわずかに下がってビームを避けたゲイツは横やりを入れたデスティニーをにらむ。

「おいおい、なんだぁ?いまおじさんが正々堂々と勝負してたのに…邪魔しやがったなぁ?」

「大丈夫か、ルナ!!」

「ごめん…気を付けて、シン!あの機体…普通じゃない!!」

「ああ…よくわかってる。こいつ…」

ヴァリアブルフェイズシフト装甲に対して、ビーム以外で対処する方法はいくつか存在する。

かつてユニオンが開発したモビルスーツの1つであるレイダーが装備していた大型鉄球型兵器のミョルニルのような強烈な衝撃によって電子回路を破壊する、もしくはパイロットを気絶させる方法が1つ。

攻撃を受ける際にもエネルギーを消耗することを利用して継続して攻撃をする方法が1つ。

グフイグナイテッドなどが装備している電撃兵器によって高圧電流を浴びせてモビルスーツそのものをオーバーヒートさせる方法やHEIAP弾という装甲目標破壊用の特殊弾頭による攻撃やGNソードなど、現在ではいくつかの対処法が構築されている。

宇宙世紀世界にはフェイズシフト装甲の技術は存在しないものの、ビーム兵器の存在があり、現在ではそれが主流となりつつある中でフェイズシフト装甲はさほど脅威にならないが、ビーム兵器を装備できないアーム・スレイブに対しては脅威のはずだった。

だが、このエリゴールはラムダ・ドライバの力を使ったマシンガンの攻撃で、いともたやすくインパルスのヴァリアブルフェイズシフト装甲にダメージを与えていた。

それに、対艦刀を片手で受け止め、粉砕するといった芸当まで見せている。

「これがラムダ・ドライバなのかよ…もう、魔法か何かじゃないのかよ!?」

ラムダ・ドライバそのものは宗介とアーバレストがやっているのを何度も見ているが、やはり味方として見るのと敵として見るのとでは驚異の度合いが違う。

そんな機械の範疇を越えた兵器と戦わなければならない。

「シン!ルナマリア!」

アスランの声が響き、飛んできたファトゥム02から分離したブレイドドラグーンがゲイツのエリゴールを襲う。

跳躍してその場を離れたエリゴールは撃破したブッシュネルが落としたマシンガンを手にし、それを発射してけん制を行う。

「ああーん、赤いガンダム?赤いのはシャアかジョニー・ライデンで十分だっての!それよりも…」

ブレイドドラグーンとファトゥム02から発射されるビームキャノンを避けつつ、ゲイツは左のもみあげの様子を指で確認する。

(私が初めて戦場に出たのは20年近く前…。インベーダーなんていうふざけた存在相手にセイバーフィッシュなんぞで戦うハメになった。仲間の多くがインベーダーに食われたが、私は生き延びた。なぜなら…もみあげがその時ベストな長さだったからさ!)

機体を撃破され、宇宙空間へ投げ出された若きゲイツだが、もみあげの加護があったためか、すぐに味方のスーパーロボットに救助された。

そこでほかの仲間が全員死んだことを知らされた。

死んだ仲間たちとの最大の違い、それは階級でも人種でも機体の状態でもない。

このもみあげの長さだ。

「(今のもみあげはまさにあの時と同じベストの状態…。つまり、今の私は…)無敵ということだーーー!!」

「何!?」

いきなり大きく跳躍したゲイツのエリゴールがブレイドドラグーンの小さな質量を足場としてさらに飛び上がる。

香港での戦いで宗介のアーバレストが本来ならばありえない道路標識の上への着地に成功したのと同じ理屈だろう。

その時はアーバレストと戦闘を行ったコダールも同じことをしようとしていたが、失敗している。

肉薄しようとするエリゴールに向けてビームブーメランを投げるも、右拳で殴られただけでそれは砕け散ってしまう。

「アスラン!!」

「ガンダム1機、これで撃墜ーーー!!」

至近距離からラムダ・ドライバで強化されたマシンガンで攻撃すれば、そのダメージは先ほどのインパルスが受けたものの比にならない。

コックピットで受けたらどうなるかは想像に難くない。

「くそ…!」

足に装備されているビームブレイドで攻撃しても間に合わない今の状況に唇をかみしめるアスランだが、エリゴールのマシンガンにビームが飛んでくる。

攻撃に集中していたゲイツは身を守るイメージが薄れており、それでも若干ビームはバリアによって弱まったが、マシンガンを破壊するには十分なものだった。

「危なかったな、アスラン」

「ロックオンか!?すまない…奴は危険だ!」

「ああ…アーム・スレイブだったか?やばいのはよくわかるぜ」

結局マシンガンを1丁破壊するのにとどまり、撃墜まで行かなかったことにサバーニャのコックピットの中でロックオンは悔しがる。

早撃ちを得意とするロックオンは狙撃についても仲間から高い評価を受けてはいるものの、それでも双子の兄である先代ロックオンと比べると若干劣っている部分がある。

ロックオンとしてはその一撃でエリゴールを撃破するつもりでいたが、若干ビームがずれてマシンガンに向かった。

モビルスーツの半分程度の大きさのアーム・スレイブが相手だからとしても、ドラゴンなどの小型の相手と何度も戦ってきた以上はそれは言い訳にしかならないとロックオンは考える。

だが、それでもこの狙撃によってアスランを助けることには成功した。

「ハロ、ビットだ!」

「「了解!了解!」」

ハロの制御の元、GNピストルビットとGNホルスタービットが分離し、それらがエリゴールに向けて飛んでいき、ビームを発射する。

次々と飛んでくるビームに対して、ゲイツは防御のイメージに集中することで受けるビームを阻みながらも先ほどと同じように時にはビットを踏み台にすることで避けていく。

「ああ…まったく。なんだなんだ、異世界の兵器っていうのはぁ!」

「くそ…ビットが効かねえのか!?」

相手はニュータイプなのかイノベイドなのか知らないが、死角からも放っているはずのビームさえも避けるか、ラムダ・ドライバのバリアで身を守って防いでいる。

相手パイロットの異常性を感じ始めたロックオンだが、コックピットに警告音が鳴り響く。

「熱源…うわっ!!」

どこからか飛んできたビームがサバーニャの左肩に命中し、コックピットが大きく揺れる。

幸い装甲が焼けただけで済んではいるものの、問題は撃った犯人がどこにいるかだ。

「近くじゃねえ…狙撃か?まさか、もうジオンが来たとでもいうのか…!?」

サバーニャが狙撃を受けたことが影響したのか、ゲイツを襲うビットの動きが鈍り、その間に着地したゲイツは森林の中を走りながら様子をうかがう。

先ほどダメージを与えたインパルスを外しても、相手となるガンダムは3機。

エリゴールであれば、たとえガンダムであっても負けないだろうが3機も同時に相手をするとなるとさすがに分が悪い。

助力となるであろうガウルンはνガンダムとの戦闘で損傷して、部下ともども後退しているという。

「おい、イカれたおっさん。あんた1人じゃあ分が悪い。さっさと下がれ」

「あーん?なんだねぇ?すっごく生意気な感じがするんだがー?」

「ジオンが来る。ジオンの大将がここからの戦いについてはアマルガムには手出しをしてほしくないんだとさ。アマルガムとしても、攪乱させることができたんだから、作戦は成功だ」

「…それは、ミスタ・Agからの命令かな?」

モニターに映る黒がかった緑色のノーマルスーツ姿の男をゲイツはにらみつける。

彼は何も答える様子がなく、ただ沈黙を返してくるだけ。

「…わかったよ。下がるぞぉ!!」

ゲイツの命令を受けた彼の部下が乗るブッシュネルが上空に向けて信号弾を放つ。

すると、先ほどまで戦闘を行っていたアマルガムの部隊が後退を始める。

謎の後退を始めたアマルガムを攻撃しようとする兵もいるが、新たに拾った反応がそれをあきらめさせた。

「ジオンが来るぞ!各機は警戒しろ!」

「このプレッシャー…なんだ?」

アマルガムとは別方向から感じる大きな気配。

それはかつてシャアと戦っていた時に感じていたものとよく似ているが、ただ似ているだけで何かが違う。

それを口で説明できない自分に腹立たしさを覚えた。

「え…リディ少尉、何をしているんですか?まだあなたには出撃命令が出て…」

「ん…?どうした!?」

「艦長!デルタプラスが…リディ少尉が発進します!」

「何!?」

格納庫では整備兵たちがどうにか動き出したデルタプラスを止めようとしている様子だが、人間の手でモビルスーツを止めるなど不可能な話で、デルタプラスはカタパルトへ出ると上昇をはじめ、上空でウェイブライダー形態へと変化する。

そして、ジオンが接近しているのとは逆の方向へと飛んでいく。

「リディ少尉!!どこへ行くのだ!!敵前逃亡するつもりか!?」

「申し訳ありません、オットー艦長!自分は…この場から離脱します!」

「なんだとぉ!?」

リディのその言葉をオットーは信じることができず、一瞬自分が聞き間違えただけなのだと信じたかった。

音声だけでそれを済ませるのは悪いとリディが思ったのか、ネェル・アーガマのモニターにはデルタプラスのコックピットの光景が映る。

そして、そこにいるのはリディだけでなく、オードリーもいることがわかる。

「リディ少尉…バナージとつなげることはできますか?」

「ああ、つなげる」

すぐにモニターにコックピットの中のバナージの姿が映る。

モニター越しにオードリーの姿を見たバナージは驚きを隠せない様子だ。

「オードリー!?なんでデルタプラスに!?リディ少尉と一緒に、どうして!?」

「ごめんなさい、バナージ。私が頼んだのです」

「何のために…!?答えてくれ、オードリー!!」

「それは…答えることができないわ。けれど、私は私の責務を果たすために行動します」

「責務…?」

「もう…時間がありません。さようなら、バナージ」

インダストリアル7で出会い、見ず知らずのはずの自分を信じ、助けてくれたバナージ。

助けたいという一心でユニコーンに乗り、この戦いの渦に巻き込まれてしまった。

きっと、自分に出会うことさえなければ、バナージはユニコーンガンダムに乗ることなどなく、戦闘に巻き込まれたとしても、一般人として行動することができたはず。

その運命をゆがめてしまい、さらには置き去りにするような真似をすることへの罪悪感を抱きつつ、オードリーは自らの手でユニコーンとの通信を切る。

「…行ってください、リディ少尉」

「ああ…。君を必ず親父の元へ送り届ける!」

デルタプラスのスピードであれば、たとえジオンが追撃を仕掛けたとしても振り切ることができる。

戦闘のために満タンまで入れられている推進剤の量があれば、少なくともアフリカまでは行くことができる。

ダカールまで行けるかどうかは不透明だが、それでも行くしかない。

「この戦いを…止めるためにも」

オットー達を裏切ることになることはわかっている。

だが、この行動によってもしかしたらロンド・ベルを救うことにつながるかもしれない。

希望的観測かもしれないが、戦う以上の何かができると信じてリディは突き進む。

(頼むぞ、デルタプラス…。俺たちをダカールへ導いてくれ…)

「デルタプラス…通信、途切れました」

「なんという、ことだ…」

「オードリー…」

彼女が去っていった方向を見るバナージはただ呆然とすることしかできない。

だが、こんな時間をジオンが与えるはずがなかった。

「プレッシャーが近づいてくる…来るぞ!!」

アムロの言葉に前後するように、ヤマトのレーダーが接近するジオンの全容をつかむ。

「森君!ジオンの勢力は!?」

「エンドラ級3隻、輸送艦1隻、ガミラス艦2隻!そして…そんな、レウルーラ級が1隻います!」

「レウルーラ…ジオンの総旗艦か」

モニターには3隻のエンドラに守られるように中央に配置されている赤い大型艦が映り、その後方にはガランシェールとともにメルトリア級が2隻存在する。

ネオ・ジオン戦争後期にジオンが運用し、アクシズ攻防戦ではロンド・ベルの総力をもってしてもついに撃沈させることのできなかった戦艦。

ジオン最強と言われる戦艦が1年の沈黙を破り、再び戦場に現れることになった。

 

-レウルーラ 格納庫-

「メリダ島か…。ジャブローを思い出すな」

ノーマルスーツではなく赤い将官用の軍服姿をした大柄の男が仮面とモニター越しに映るメリダ島の緑に満ちてはいるものの、撃破されたモビルスーツやアーム・スレイブの残骸が生み出す煙が不自然さを演出し、彼の脳裏にかつてのジャブローの戦場が浮かび上がる。

「大佐、親衛隊発進します」

モニターに薄紫の髪をした女性のように整った顔立ちをした男が映り、彼の宣言の直後にギャルセゾンに乗るメッサーとギラ・ズールが発進する。

メッサーはギラ・ズールと同じく濃い緑のカラーリングとなっており、さらにはギラ・ズールとともに白いラインが追加されるなど、派手さが増したものとなっている。

そして、先ほど通信を行った男であるアンジェロ・ザウパーのメッサーは紫で塗装されており、ロングビームライフルを手に取った状態でギャルセゾンに乗る。

「期待しているぞ、アンジェロ」

「ハッ!」

アンジェロ専用のメッサーを乗せたギャルセゾンが発進し、先に発進した親衛隊機とともにレウルーラを離れていく。

地表や上空にはレウルーラなどのジオンとガミラスの戦艦を見つけ、攻撃を仕掛けようとする機体が存在するが、それらの機体はどこからか飛んできたビームに撃ちぬかれて生き、それによって安全が確保されていた。

「アマルガムには後で礼を言っておかなければな…」

「大佐、よろしいのですか?ギャルセゾンなしで発進など…」

「構わんさ。この機体ならばな。それに、この機体の地上戦での戦闘データが欲しいのだろう?」

彼が今乗っている機体にはそれだけの力がある。

かつて、シャアが乗った最後のモビルスーツであるサザビーと似ているものの、バックパックにはファンネルラックが存在せず、翼のようにスラスターとなっており、体格も大柄な彼とは正反対にスマートなものとなっている。

「…了解しました。しかし、シナンジュの地上戦での戦闘力は未知数です。無理はなされないように…」

「ああ…承知している。シナンジュ出るぞ」

カタパルトに乗った赤いモビルスーツ、シナンジュがレウルーラから射出され、上空でスラスターを使って一気に加速を始める。

「赤いモビルスーツが出たぞ!!」

「速いぞ…なんだ、こいつは!?」

上空を警戒していたドダイ改に乗るジェガンがビームライフルで空中を飛ぶシナンジュを攻撃する。

正面から飛んでくるビームをシナンジュはローリングするとともにわずかに機体を左にずらし、ビームが機体を焼くギリギリのところでかわす。

そして、手にしているビームライフルでためらいなくその敵機のコックピットを撃ちぬいてしまった。

 

-ネェル・アーガマ改 艦橋-

「艦長!レウルーラから発進した赤いモビルスーツが高速で飛行し、突っ込んできます!!後続機の3倍の速度です!!」

「赤いモビルスーツだと…!?例のよみがえったシャア・アズナブルか!?」

レウルーラが現れたことで、そのような事態になることは覚悟していたオットー。

気になるのはその彼が乗っているモビルスーツだ。

Ξガンダムやペーネロペーほどの大型機でないにもかかわらず、サブフライトシステムなしで飛行して見せており、そのスピードはそれらの機体に匹敵する。

モビルスーツクラスに小型化したミノフスキークラフトを搭載したとしても、30メートルクラスの大きさが必要となることを考えると、フリーダムやクロスボーンガンダムなどのように別系統の技術を使って空中での戦闘を可能としているのか?

「艦長!あれは…あれはシナンジュだ!!」

急に艦橋に慌てふためきながら入ってきたアルベルトがその機体の名前を大声で伝える。

アルベルトの脳裏に浮かぶシナンジュとは大きく異なるが、間違えるはずがない。

「知っているのか?アルベルトさん」

「ああ…。アナハイムがνガンダムの戦闘データをもとに新たに生産したサイコフレーム搭載機だ!まさか、回収を加えたうえでシャア・アズナブルの手に落ちていたとは…逃げろ!!」

νガンダムの戦闘データを反映し、ニュータイプの感応波を操縦系へ直接伝達できるシステムであるインテンション・オートマチックを搭載したシナンジュはまさにかつてのνガンダムとサザビーを上回る化け物といえる機体だとアルベルトは断言できた。

そのことを証明するかのように、シナンジュ1機によってミスリルとロンド・ベルの機動兵器が次々と、なすすべもなく撃墜されていた。




機体名:エリゴール
型式番号:プラン1065
建造:アマルガム
全高:9.1メートル
全備重量:10.8トン
武装:単分子カッター(太刀と選択可能)、アサルトライフル(AS用対物狙撃銃、マシンガン、ガトリングキャノンと選択可能)
主なパイロット:ガウルン、ゲイツ(現状把握できる範囲のみ)

アマルガムが運用するラムダ・ドライバ搭載型アームスレイブ。
同じくラムダ・ドライバ搭載機であるコダールiを発展させたもので、放熱機能がポニーテール状の放熱索から放熱板へと変更され、ラムダ・ドライバについても各パイロットに合わせて最適化が行われている。
コダールiとの最大の違いはラムダ・ドライバがそうであるように、パイロット1人1人に合わせて装備などを最適化させたうえで運用するという構想になっていることにあり、それゆえにコダール以上にパイロットに左右される機体へと変貌している。


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第54話 暴走

機体名:シナンジュ
型式番号:MSN-06S
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:22.6メートル
全備重量:56.9トン
武装:60mmバルカン砲、シールド、ビームライフル、ビームアックス×2、バズーカ
主なパイロット:フル・フロンタル

シャアの再来といわれるネオ・ジオン総帥のフル・フロンタルが操るモビルスーツ。
元々はアナハイムがUC計画の一環として開発したサイコフレーム搭載モビルスーツであり、機体自体もガンダム系列の外装を持つものであったが、ネオ・ジオンによって強奪され、フル・フロンタル専用モビルスーツへと改修される際にジオン風の改装へと換装された。
全身にスラスターが搭載され、パイロットの脳内操縦イメージを思考波としてMS内部のサイコフレームに感受させ、機体の挙動へダイレクトに反映させるインテンションオートマチックシステムを搭載しており、極めて高い追従性と機動性を獲得した。
ただし、機体を極限までに機動性に特化した設計となっているために凄まじい加速によるGと脳波を読み取られるシステムによって、並のパイロットでは心身を追い詰められ、自滅する可能性をはらんでいる。
なお、メリダ島での戦闘で新たに重力下で空中を飛行していることが確認されているが、アナハイムで開発されている段階ではそのような能力は存在しておらず、改修時に何らかの新たな装備が施されている可能性があるという。


-メリダ島-

「くっ…各機は下がれ!あの赤いモビルスーツは俺がやる!!」

次々と撃墜されるアーム・スレイヴとモビルスーツ達を見たアムロが叫ぶと空中を飛ぶシナンジュへと突っ込んでいく。

そのモビルスーツに近づくにつれて、シナンジュのパイロットが放つ感応波を感じ取っていく。

それはあまりにも、かつてのライバルであるシャアに似ていた。

「お前は…お前は誰だ!?シャアではないな!!」

アムロは確信する。

この感応波は確かにシャアに似ているが、ただ似ているだけでシャアのものではない。

そこからはシャアと戦うときに感じた熱が感じられない。

νガンダムに気づいたシナンジュはそれに接近し、ビームアックスで切りかかり、νガンダムは即座にビームサーベルで抜いて対抗する。

「やはり、君の目はごまかせないか。アムロ・レイ」

「やはりか…」

モニターに映るシナンジュのパイロットの姿。

シャアを模倣していることはわかるが、体格も髪型も違う。

仮面をつけている状態での顔立ちはシャアによく似ているが、それだけだ。

「お前は…お前は、『何』だ!?」

「私の名はフル・フロンタル…。ネオ・ジオン総帥だ。人は私を赤い彗星と呼ぶ」

「くっ…!」

ビームアックスの出力を前にはビームサーベルでは勝てないとわかり、一度距離をとると同時にフィンファンネルを放つ。

重力下に対応したフィンファンネルがシナンジュの周囲を飛び回りつつ、ビームを放つが、全身に取り付けられたスラスターと空中での立体的な機動がそれらをことごとく回避していく。

νガンダムもビームライフルを放つが、どのビームも一向にシナンジュに当たる気配がない。

「機動力と反応速度はあちらが上か!!」

「νガンダム、アムロ・レイ…かつて、シャア・アズナブルのサザビーを破った機体、そしてシャアと何度も戦い続けたパイロット…。だが、その程度ではな!」

避けるだけなのは飽きたといわんばかりに今度は手にしているビームアックスで次々とフィンファンネルを切り裂いていく。

空中にい続けていることから常にスラスターは稼働状態であり、νガンダム以上に推進剤を消耗させているように見えるが、それを気にしているそぶりを一向に見せない。

「シャアを失ったネオ・ジオンが連邦を混乱させるために用意した影武者だというのか…!?」

シャアが倒れてから、シャアのようなカリスマ性を持つリーダーが存在しないことから一時はこれから連邦とジオンの和平が結ばれると楽観した人々もいた。

確かにアムロとシャアが行方不明となってから数か月は戦闘は各地で行われていたものの、シャアやハマーンがいた頃と比較すると大したものではなかった。

だが、フロンタルという新たな赤い彗星の登場が今のような状況を呼び起こした。

アムロは先ほど影武者という言葉を使ったが、それが本当に適切な言葉かどうかはこうして正面から戦ったアムロ自身が疑問を抱いている。

赤い彗星、シャアの再来。

フル・フロンタルをそう呼ぶ者が数多く存在し、アムロも彼からシャアに似たものを感じた。

声色も同じで、仮に機械が判定を下すとしたらそれは間違いなくシャアのものだと判定するだろう。

それだけ彼はシャアの代替としての価値があるかもしれないし、カリスマ性もなければネオ・ジオンを掌握することなどできないだろう。

だが、その影武者にしてはあまりにも力を持ちすぎていて、その力から違和感を感じざるを得ない。

(これだけの力を持つ男が、どうしてこれまで表舞台に現れなかった…?)

ネオ・ジオンのリーダーであったハマーンはグリプス戦役が始まる前から話題に上がっていた人物であり、そのきっかけになったのが5年前にジオンで起こった穏健派と主戦派による内乱だ。

そのころは一年戦争から12年近く年月が経過しており、ハマーンの父親であり当時は首相を務めていたマハラジャ・カーン率いる穏健派を中心に地球連邦や連邦に与するコロニーと平和条約を締結し、アースノイドとスペースノイドの対立を終結させようともくろんでいた。

このことは長きにわたる軟禁生活を送っていたアムロもネットのニュースで見聞きしている。

マハラジャ本人は一年戦争の原因を作り出したジオンがたとえ解体されることになったとしても、スペースノイドとアースノイドが平等となるのであればそれでいい、そして荒廃した地球を捨ておくわけにはいかないと考えており、その考えに共鳴したシャアは積極的に彼に協力した。

だが、マハラジャの欠点はなるべく穏便に事を収めたいという考えから思い切った動きをとることができず、その性格が首相ではなく宰相などのナンバー2向きであったことだ。

主戦派はアースノイドがかつての一年戦争の原因を作り、現在はサイド6条約によって独立は認められているものの、いずれ連邦はそれを反故にして、力で再びスペースノイドを虐げていく。

その証拠として和平の中心であったレビル派が連邦では既に下火となっていて、コリニー派を中心としたタカ派が発言権を強めている。

彼らが行動を起こす前に、再び戦争を起こして連邦を叩き潰すべきだと主張しており、マハラジャの平和路線を公然と批判していた。

マハラジャはそれに対して、ほかの派閥の意見も取り入れていくためということで主戦派のリーダーであるエンツォ・ベルニーニ大佐を防衛大臣に加え、そのほかの主戦派の主要人物も閣僚に入れることで争いを収めようとしていた。

だが、そのことが主戦派の増長を招くこととなり、その対立が決定打となったのが軍内で穏健派として発言力を高めていて、マハラジャからは後継者として期待をかけられていたハインツ・ヴェーベルン少佐が殺害されたことだ。

連邦との対等な講和のアピールをするための合同軍事演習が計画され、その調整のために地球へ赴こうとしていた時に突然近づいてきた男に射殺されてしまったためだ。

犯人はどこにでもいるバーテンダーの店員で、すぐに取り押さえられて連行されようとしたら、その犯人も護送中のパトカーが事故に巻き込まれたことで乗っていた人間ともども死んでしまった。

このことにより、彼を中心に計画されていた合同軍事演習が白紙となり、後継者になるはずだったハインツを失ったことでマハラジャは気落ちすることとなった。

主戦派にとってあまりにも都合のよすぎるハインツの死によってジオンはデラーズ紛争以来の分裂を起こし、両者による内乱、エンツォの反乱が起こってしまった。

その内乱で穏健派に属したシャアとともにハマーンはいくつもの武功を挙げ、ついにはエンツォを討ち取ったことで穏健派の勝利に貢献した。

だが、後継者を失い、内乱が起こってしまったこと、そしてその原因を作ってしまったことの自責の念に追い詰められたマハラジャは内乱終結を見届けぬまま病により急死してしまう。

マハラジャが死に、仮に彼の後継者となるはずだったハインツも既にこの世におらず、議会は新たな首相として一時はシャアを選出しようという動きもあった。

だが、シャアは表向きではあくまでも軍人の一人にすぎず、一年戦争の当事者となったしまった自分が首相となっては新しい時代を作ることができないという理由から固辞し、一年戦争時はまだ幼かったことからその破滅的な対立を間近で感じたわけではなく、今回の反乱で活躍したハマーンを推挙し、彼女のもとで新たな時代を作っていくべきだと主張した。

当時はまだ20歳にも満たない彼女を首相とすることは一時は議論になったものの、ほかでもないシャアからの推挙であり、マハラジャの娘でもあることから最終的には承認された。

当時からすでにカリスマ性の片輪を見せていたハマーンによって、対立していた両者を抑えることを期待されていたが、ハマーンのとった方針はマハラジャとは真逆の、エンツォと同じ連邦の打倒だった。

そして、行方不明となっていたミネバの影武者を用意してザビ家再興を大義名分として掲げた。

エンツォを通じて一年戦争の怨念に飲まれたかのようなハマーンに失望したシャアは病気を理由に退役し、その行方をくらました。

その後のシャアは非合法な手段でクワトロ・バジーナの軍籍を手に入れて連邦軍人となり、やがてブレックス・フォーラと接触してエゥーゴを結成していくことになる。

このように、ハマーンはその欠鱗を既に以前から見せ続けており、ハマーンの死後にリーダーとなったシャアは言うまでもないが、フロンタルにはそれがない。

シャアの死後にいきなり現れて、いきなりそのカリスマ性でネオ・ジオンを掌握していき、いきなり首相となった。

それに見合うだけの実力があることはわかっているが、なぜシャアやハマーンのように過去から話題とならなかったのか。

シャアの影武者を作り上げるとしても、シャアの反乱からまだ1年も経過しておらず、その間にシャアと同等かそれ以上の力を持つ影武者を作れるとは思えない。

プルツーのように、プルのクローンを生み出すことはできるだろうが、幼いプルのクローンを作るのとはわけが違う上に、生み出すためには長い時間がかかっている。

手っ取り早くするとしたら、シャアと同等の力を持つ人間を強化することだが、そんな人間がいれば、既にその人物が話題に挙がっている。

「君がそう思うなら、それでもいい。赤い彗星という存在は味方を鼓舞し、敵には畏怖を与える…。私はその役割を果たすもの…。いわば人の想いを集める器なのだよ。そして…」

フィンファンネルをすべて破壊したフロンタルは間髪入れることなくビームライフルを放ち、それがνガンダムのビームライフルを撃ちぬき、爆散させる。

その直前にライフルを手放したことでマニピュレーターへの直接的な被害を避けたアムロは近づいてくるプレッシャーに反応してダミーバルーンを展開し、ビームサーベルを抜く。

バルーンをかいくぐったシナンジュとνガンダムが再び鍔迫り合いを演じる。

「くっ…!」

「そして私はそれに足るだけの力を持っているとうぬぼれている」

「アムロさん!!」

アムロの危機に駆け付けたジュドーがダブルビームライフルを放ち、横やりに気づいたフロンタルは再び機体を上昇させてそれを避ける。

「くそ…!自分で偽物なのを明かしてりゃ世話ないぜ!!」

「果たして…そうかな?」

「何!?」

「この男のもとでネオ・ジオンが統制されている。今更、奴の正体を暴いたところで無意味だろう…だが、つまらんところまでシャアをまねたのは致命的なミスだな!!」

敵として、味方としてシャアを見てきたアムロだからわかる。

シャアはどんなに立場を変えようとも、少佐や大佐、大尉に総帥と立場が変わろうとも、あくまでも一人のパイロットとしての己を貫いた。

確かにハマーンもパイロットとしてキュベレイに乗り込み、最期はジュドーに討ち取られたが、彼女の場合はネオ・ジオンが正面から連邦に宣戦を布告してからは艦に乗ることはあってもモビルスーツに乗ることが少なくなった。

「前線に出たことを言っているなら、君の認識の甘さを笑おう。アムロ」

「癇に障るな…そのしゃべり方が!!」

「ガンダムの一点突破で決めてやる!フロンタルを墜とせば、それで終わりだ!!」

「できるかな…?君たちに」

「アムロ大尉、ジュドーさん!援護します!」

Ξガンダムも合流し、ミサイルをシナンジュに向けて放つ。

ミサイルの間をかいくぐるように飛ぶシナンジュだが、よけられたミサイルの一部が軌道を変えてシナンジュを追う。

「ファンネルミサイルか…。なるほど、思い出すな。ブライトの手を…」

アクシズ落としの際にかつて、ブライトがとったアクシズ破壊のための手札の1つ、それは核ミサイルを混ぜたミサイルで攻撃することだった。

カムランから託された核ミサイルは15発で、そのうちの何発かでもアクシズに直撃させることができれば、アクシズを崩壊させることができる。

アクシズに積まれている核ミサイルも誘爆させ、細かい破片になれば大気圏で燃え尽きさせる。

そのミサイルを通常のミサイルと混ぜてアクシズへ攻撃したものの、シャアとネオ・ジオンの強化人間として前線にいた男、ギュネイ・ガスが感応波でミサイルの中にある熱源の強い核ミサイルを特定し、ファンネルを利用して攻撃することでその作戦を失敗させた。

最も、核ミサイルとファンネルミサイルのどちらが脅威かは言うまでもないが。

フロンタルは追いかけてくるミサイルを今度はギリギリのところまで引き付けてから高度を上げて回避し、ライフルで撃ちぬいて破壊していく。

「ちっ…!ファンネルミサイルでもダメか!」

「アムロ・レイにジュドー・アーシタ…そして、ハサウェイ・ノアか…。カミーユ・ビダンがここにいないのは残念だが…マリーダ中尉の報告にあったガンダムがいるか…」

3人からのライフルやサーベルなど、遠近入り乱れた攻撃をさばきながら、フロンタルが注意を向けたのは離れた距離にいるユニコーンだ。

全身をサイコフレームで構築し、あの純白なフォルムが赤い光を放つガンダムへと変貌を遂げたときの圧倒的な性能。

そして、何よりフロンタルが気になるのはそんなモビルスーツのパイロットが何者かだ。

「ならば、一つ挨拶でもさせてもらおうか」

アムロ達への興味はもうないといわんばかりに一気にスピードを上げて彼らから離れたフロンタルは一直線にバナージの元へと飛んでいく。

「抜かれた…!?」

「逃げろ、バナージ!」

結局3人がかりでも、攻撃を一度も当てることができず、νガンダムに至ってはライフルとフィンファンネルをすべて失う結果となってしまった。

そんな化け物とまだまだパイロットとしては経験不足であるバナージが正面切って戦えるわけがない。

「バナージ!!くそ…リタ!!」

「うん、時間を稼ごう!」

ユニコーンに向けて接近してくるシナンジュに向けてナラティブがビームライフルを連射すると同時にバックパックに搭載されているインコムを展開する。

フィンファンネルもファンネルミサイルも効かなかったシナンジュを相手に運動性の低いインコムでは歯牙にもかけられないことはわかっているが、それでもほんのわずかでもバナージが逃げることのできる時間を稼ぐことができる。

ライフルとインコムのビームも、いずれも高速で飛ぶシナンジュには当たらず、しかもそれを維持したままインコムのケーブルを2本ともビームアックスで切り捨てる芸当まで見せた。

ケーブルを失ったインコムはコントロールを失って地面に落ちる。

「バナージ!!」

フロンタルがあと少しでそこまでくるにもかかわらず、バナージは一向に動かない。

バナージの脳裏に浮かぶのは自分に背を向けて離れていくオードリーの姿。

(オードリー…どうして…?)

ネェル・アーガマに収容されている友達を守るためという理由もあるが、それ以上にバナージの戦う理由はオードリーの力になるためだ。

だが、そのオードリーがもはやバナージなど用済みだといわんばかりに、ねぎらいや感謝の言葉もないままにリディとともにいなくなってしまった。

別に感謝されたいと思ったわけではないが、最もショックなのは自分に何も相談もしてくれなかったことだ。

「バナージ!!!」

「もう遅い!!」

ジャンプしてビームサーベルで斬りかかろうとしたナラティブを一蹴りで地面に落下させたシナンジュがそのままユニコーンに肉薄する。

あとはその手に握っているビームアックスで切り伏せれば、さすがのユニコーンもひとたまりもない。

もうビームサーベルを抜くだけの時間もない。

「うわ、うわあああああああ!!!」

バナージの絶叫がコックピットを塗りつぶしていき、同時に左腕のビームトンファーがギリギリのところでビームアックスの刃からユニコーンの身を守る。

「むっ…?これは…」

「…!ダメ!バナージ君!」

「リタ!どうしたんだ、リタ!!」

「バナージ君…この状態で…デストロイモードを発動しないで!!!」

「うわあああああ!!!」

ユニコーンモードで隠されていたサイコフレームが赤く発光し、その光が装甲の隙間から漏れ出す。

やがてそれが引き金となったかのように装甲が展開し、デストロイモードへと変貌を遂げる。

「これがデストロイモード…ユニコーンの真の姿か…!」

「うわああああ!!」

バナージの声に反応するかのようにビームトンファーが出力を上げていき、それに危機感を覚えたフロンタルが距離を離す。

「これは…まずい!!バナージ・リンクス!すぐにデストロイモードを解除しろ!!」

距離をとったシナンジュに刹那がGNソードⅤで切りかかりながらバナージに声をかける。

だが、傷ついた精神状態で発動したデストロイモードがバナージにとって悪影響なのは明白で、刹那の言葉程度ではどうにもならなかった。

「みんな!聞こえる!?バナージ君を…ユニコーンを止めて!!」

「千鳥!?」

急にパイロット全員にダナンから通信が届き、かなめの声が響く。

急にダナンの艦橋に駆け込んできたかなめに無理やりどかされた通信兵が困惑するのを気にせず、それ以上にモニターに映るユニコーンの赤い光をかなめは警戒していた。

「サイコミュが…サイコフレームが…人の意志をゆがめていく…」

「何!?」

「うわあああああ!!!」

ガタガタと震えだしたユニコーンがビームマグナムをシナンジュに向けて発射する。

そばには応戦しているダブルオークアンタがいるにも関わらず発射されたそのビームを殺気に感じた両者が互いの距離を離すことで2機の間を通過していく。

「ほぉ…味方ごと撃つか…?」

「バナージ!!」

暴走の兆候を見せているユニコーンを止め、シナンジュから守るべくZZが接近してくる。

だが、バナージはあろうことかビームマグナムの照準を今度は仲間のはずのジュドーに向けた。

「あああああ!!」

「やめろ、バナージ!味方だろう!?」

ライフルを撃とうとするユニコーンの右腕をダグザのジェガンがしがみつく形で抑え込む。

「バナージ!バナージ!!落ち着け!!俺の言葉が聞こえんのか!?」

「ダメだ…!今のあいつに俺たちの言葉は届かない!システムに飲まれている!!」

「くそ…やはりジェガン程度では止められんのか!?」

しがみつくジェガンが地面にたたきつけられ、全身に強い衝撃を受けたダグザはその痛みに耐えながら、暴走するユニコーンを見る。

バナージ、いやユニコーンは邪魔をしてきたダグザを敵と判断したのか、右腕からビームトンファーを展開し、ダグザを斬り捨てようとする。

だが、頭部をギリギリかすめるかという距離をビームが通過し、それを感じたユニコーンが顔を向けると、そこにはビームガンを握るコンロイのジェガンの姿があった。

「バナージ!お前に仲間殺しをさせるわけにはいかん!!」

 

「ユニコーンガンダム!バナージ君!応答して!!…ダメです!つながりません!!」

「くそ…!アルベルトさん!ユニコーンはなぜこのようなことに!!」

ネェル・アーガマでもミヒロが何度もバナージを呼びかけるが一向にその効果がない。

ユニコーンのことをこの中では一番知っているであろうアルベルトを艦橋に引っ張り込み、聞き出して解決策を探る。

「バナージ君は…あの小僧は…NT-Dに飲み込まれた…」

「なんだと!?NT-D…」

「ニュータイプ・ドライブ…。敵対者の感応波をキャッチすることでその相手をせん滅するための力を発動する対ニュータイプ機体管制システム…。ユニコーンはサイコフレーム実験機であると同時にニュータイプをせん滅するためのマシーンだ…!」

「なんだと!?」

「だとしたら…バナージ君は今…そのシステムの一部になっているというのか!?」

「そ、そうだ…!サイコミュのフィードバックによって、本人の意思はない!ただ、目の前のニュータイプと強化人間、邪魔者を排除するだけの…」

「そんなものを…そんなものをロンド・ベルに!バナージ君に!!」

怒りを覚えたオットーがアルベルトの胸倉をつかむ。

ロンド・ベルは対ジオンの前線に立っていることが多く、それゆえにニュータイプと戦闘を行う機会はほかの部隊と比べても圧倒的に多い。

だが、同時にロンド・ベルにはアムロなどのニュータイプも存在する。

ユニコーンがニュータイプを殲滅する機体だとするなら、暴走した場合はそのターゲットがアムロ達も含まれるということだ。

おそらく上層部はそうなることを期待してユニコーンがロンド・ベルに配備されるようにしたのかもしれない。

そして、その期待はバナージの精神状態が不安定になったことで実現することになった。

「愚かな話だ…。連邦最大の戦力を自らの手でつぶそうとするとは…」

「フル・フロンタル!!」

「フルサイコフレームのニュータイプ殲滅用モビルスーツとガンダムの戦い…。どちらが勝ったとしても、私たちにとって益となる。アンジェロ」

「ハッ!各機、大佐の後退を援護しろ!!」

親衛隊の中で、ランゲ・ブルーノ砲を装備したメッサー達が攻撃を開始し、その攻撃に守られる中でシナンジュが後退を始める。

「逃がすか!!」

「構うな、ハサウェイ!!今はユニコーンを止めるのが先だ!!…刹那!?」

「奴は…危険だ!!」

弾幕をかいくぐりながらシナンジュを追うダブルオークアンタは左肩のGNビームガンと右手のGNソードⅤライフルで攻撃する。

背後から攻撃しているというのに、シナンジュはバッタのように飛び回りながら、イノベイターである刹那の攻撃をことごとくかわし続け、どんどん距離を開けていく。

「ならば…!?」

GNソードビットを展開し、それで仕掛けようとした刹那だが、一瞬強い殺気を感じ、左腕のシールドで即座にコックピットを守る。

すると、ダブルオークアンタのコックピットめがけてビームが飛んできて、シールドがそれを受け止めた。

その間にシナンジュは親衛隊の後ろへと飛んでいき、親衛隊もまたシナンジュに従って後退していった。

「今の攻撃は…!?」

刹那はその攻撃が行われたと思われる位置をモニターに表示し、そこに映し出された姿に言葉を失う。

赤黒いラインが刻まれた緑と白の装甲に覆われ、両肩にはGNシールドビットで構築されたかのようなGNフルシールドを装備した、3年前の戦いで失った仲間の愛機。

この機体から感じるどこか懐かしい感覚。

「デュナメス…ロックオン!?」

デュナメスと思われるモビルスーツはトランザムを起動し、刹那に背を向けて飛び去っていく。

「待て!!待ってくれ!ロックオンなのか!?どうして、死んだはずのお前が!!」

刹那の脳裏に浮かぶ3年前の光景。

ヤキン・ドゥーエ戦役の後、ユニオン、人格連、AEU、そしてASAが一つとなり、国連に代わる新たな国際組織である地球連合軍が結成され、現行の最大の脅威となっているソレスタルビーイングを撃破する作戦、フォーリンエンジェルズを発動した。

次期主力モビルスーツとして採用されることになった疑似太陽炉搭載型モビルスーツ、GN-Xで構成され、各国の腕利きのパイロットのみで構成したエース部隊で4機のガンダムを撃破する作戦だ。

最初の攻撃はどうにか退けたものの、その戦闘の中でティエリアをかばったロックオンは利き目を負傷してしまう。

戦闘後、刹那はとある理由で地球へ降りることとなり、次の攻撃が始まった時はティエリアとアレルヤの2人で抑えることになり、負傷しているロックオンは待機することとなっていた。

しかし、不利になる状況の中、敵母艦を沈める手が必要となる中でロックオンは無理やり出撃した。

結果として母艦のいくつかを沈めることに成功したが、利き目が使えない状況下では全力を発揮することができず、最期は自身の両親と妹の仇であるアリー・アル・サーシェスと相討ちとなる形で戦死してしまった。

そのことは刹那にとっては深い後悔となって残っている。

だが、時折どこかで生きているのではないかというどこか漠然とした希望も抱いていた。

彼の愛機であったデュナメスはハロの制御の元で帰還しており、コックピットにはロックオンは乗っていなかった。

誰もロックオンの遺体を見ていない。

「刹那!シナンジュを追うのはやめて、ユニコーンを!!」

「フェルト…」

自らも追いかけようとトランザムを発動しようとした刹那だが、フェルトの声でようやく正気に戻る。

そして、デュナメスと思われる機体はどんどん距離を離していき、その姿を消してしまった。

 

「くそ…!正気に戻ってくれよ!!バナージの兄ちゃん!!」

もはやモビルスーツで取り押さえるのは無理だと判断し、ザンボット3が両手で無理やりユニコーンを抑え込もうとする。

だが、己の三倍近い大きさを持つはずのザンボット3の両手に対してユニコーンは両足を踏ん張らせながら抵抗しており、逆にザンボット3を投げ飛ばしてしまう。

「くっそお!!ザンボット3がモビルスーツに力負けしたぁ!?」

「これが、サイコフレームの力なの!?」

「くっ…同士討ちはさせん!!」

続けてさらに巨大なダイターン3も同じように取り押さえようとする。

さすがに体格差の大きすぎるダイターン3を前ではユニコーンも抑え込まれるが、それでもガタガタとなおも抵抗しており、バルカンで攻撃も仕掛ける始末だ。

「止める方法はないのか!?」

「この機能を検証したデータでは、並の人間で専用のノーマルスーツを着用するという条件では最大5分が限度だ。だが、その場合はサイコミュの逆流によって、彼の脳に致命的なダメージを与えることになるだろう…」

バナージが着用しているノーマルスーツにはドラッグデリバリーシステムが採用されており、人体に最大限効果を与え、かつ負担が少ないように最適な状態で薬物を送られることで、デストロイモードによる急激なGに耐えることができる仕組みになっている。

それでも相殺しきれておらず、おまけにシナンジュと同じくインテンション・オートマチックが採用されており、パイロットの制御が失敗した場合、パイロットは受信した感応波を敵意として変換する処理装置としてNT-Dの制御下に置かれるなどの危険性も持ち合わせている。

過去にインダストリアル7でテストが行われた際、今のバナージと同じく暴走を起こしており、どうにかアルベルトの言う通り5分で収まりはしたものの、止めに入ったパイロット数名が犠牲となり、テストパイロットは専用ノーマルスーツのおかげか体は保っていたものの、脳の大半が損壊した状態で死亡していた。

不意にアムロの脳裏にカミーユの精神崩壊を起こした時の姿が浮かぶ。

彼の場合はユイリィの助けもあり、使われていたサイコミュが簡易的なバイオセンサーであり、デストロイモードのような暴走を起こす要因になりにくかったからこそ精神崩壊で済み、回復することもできた。

だが、アルベルトの説明が正しければ、カミーユの時以上の惨劇が起こることになる。

「そんなこと…させるかよ!!」

「ジュドー!!」

フロンタルとともにジオンが一時的に交代したものの、ともにやってきたガミラスの戦艦と戦闘機は攻撃を続けており、メランカの1機をダブルビームライフルで撃ち落としたジュドーはダイターン3に抑え込まれているユニコーンの元へ向かう。

「バナージ!!俺の声が聞こえるか!?正気に戻れーー!!」

接近しつつ、オープンチャンネルを開いてバナージに声を届ける。

その声が聞こえたバナージの目には接近するZZが映るモニターが見えていた。

万丈とは違い、ニュータイプである彼の感応波をユニコーンが受信する。

バナージの制御から離れたユニコーンにとって、この感応波を持つものはすべて敵。

ジオン・ダイクンが提唱したニュータイプ、過酷な宇宙に適応し、進化し、やがて到達する新人類であるニュータイプ。

スペースノイドこそがなれると提唱されたニュータイプ。

それを滅ぼすことこそがユニコーンの存在意義。

故にジュドーもまた、滅ぼすべき対象。

「何…!?ユニコーンの出力が上がった…!?」

急激に力を増していくユニコーンがダイターン3を持ち上げ始める。

やがては先ほどのザンボット3のように投げ飛ばされる可能性も否定できない。

「万丈さん!!」

「うおおおおおお!!!」

投げ飛ばされたダイターン3の巨大な体がZZに向けて飛んでいく。

どうにか機体を上昇させたジュドーはハイパービームサーベルを引き抜く。

ザンボット3とダイターン3でも抑えきれず、刹那を巻き込んでフロンタルを攻撃しようとまでしたユニコーンに対して、生半可な動きをしては逆に殺されてしまう。

(コックピットには当てない!それ以外でユニコーンを…!)

迫りくるZZに向けて、ビームトンファーを展開したユニコーンがハイパービームサーベルに匹敵する出力のビームの刃を生み出す。

互いにビームの刃をぶつけあい、そこでジュドーは改めてユニコーンの恐ろしさを感じる。

確かに暴走していて、焼けた刃のような鋭い殺意もあるものの、その中にはアイスピックのような冷めたものも感じられる。

暴走しているように見えて、確実に目の前にいるニュータイプであるジュドーとZZを殺そうというシステムの意志が感じられた。

そして、スペック上ではユニコーンの倍の出力を持っているはずのZZが徐々に押されていく格好になりつつあった。

「あのZZが力負けしかけるなんて…!!」

「警告します、キャップ。姉さん。あのユニコーンの反応からあの機体は近くでかつ接近してくるニュータイプに強く反応していると予想されます。今ヴァングレイが動いた場合、姉さんに反応する可能性が大きいです」

「私に…!?」

「そういや、チトセちゃんもニュータイプなんだよな。デカいだけに」

「キャップ…そういう下ネタをいう余裕があるなら、おひとりで頑張ってください」

「わ、悪かった…!悪かったから、機嫌直してくれよ!な、な!!」

後ろから感じるチトセの冷たい視線とナインからのジト目がソウジの心に突き刺さる。

そんな視線から逃れようと、ソウジは意識とZZとユニコーンに向ける。

そして、ヴァングレイをユニコーンに向けて飛ばすと、予想通りにユニコーンはヴァングレイにカメラを向けた。

「悪いが、痛いのは我慢してくれよ!!」

レールガンを発射すると、ユニコーンはZZから離れるために跳躍する。

周囲に放出されるサイコフレームの赤い光が一度手に凝縮され、それを後方へと下がるナラティブガンダムに向けて投げるように放つ。

「キャア!!」

「ヨナ!?なんだ、これ…!?」

ビームの光は何度も見たことのあるヨナだが、サイコフレームが生み出す光に対して困惑するとともに反応が遅れ、その光を浴びてしまう。

そして、その光が切れたケーブルへと伝わっていき、やがて地上に落ちているインコムへと到達する。

コントロール不能であるはずのインコムが勝手に浮き上がり、それがあろうことかナラティブへと攻撃を始める。

「なんでインコムが動いているんだ!?リタ…リタ!!しっかり!」

「はあ、はあ、はあ…」

ヨナとは違い、ニュータイプであるリタはその光の影響を強く受けてしまうようで、こみ上げる吐き気を必死に抑えている様子だった。

彼女に気を取られていたヨナだが、そんな彼に追い打ちをかけるようにコックピットの衝撃が走る。

インコムのビームが右手のビームライフルを破壊し、続けて放たれたビームが横っ腹をかすめる。

攻撃手段を失ったナラティブガンダムに目もくれず、インコムは新たな主となったユニコーンの周囲を飛ぶ。

「くっそぉ!指をくわえてみているしかないのか!!」

まるで戦う価値もないといわんばかりに見逃された格好となり、何の力にもなれず、おまけにリタにダメージを与えてしまったことを悔しく思い、拳をコンソールにたたきつけた。

 

-グレービビアン 艦橋-

「メリダ島からの乗員と物資の収容完了まであと5分です!」

「了解。敵の攻撃がおとなしい今のうちに終了させろ」

ブリックの指示が飛ぶ中、ミシェルがモニターで見ているのは暴走するユニコーンとそれによって制御が奪われたインコムの姿だ。

新たな攻撃手段たるインコムの登場、そしてビームマグナムを容赦なく使用してきたことでZZとヴァングレイは防戦一方となり、ナラティブは攻撃手段を失っている様子だ。

「あのインコムはユニコーンの力で奪われる…。なら、使えるわね」

冷静さを失ったヨナは気づいていないが、本来インコムはユニコーンに奪われるはずのない武装だ。

サイコミュはミノフスキー粒子の登場によって封じられた長距離無線制御への対抗手段となる精神感応波による遠隔通信技術のことを指す。

だが、サイコミュはニュータイプのような高い空間認識能力と精神感応波を持つ人間でなければ扱えないもので、運用には大きな制約がかかっていた。

それに類似する力を一般兵でも扱えるようにと開発されたのがインコムで、制御はモビルスーツで使われている光コンピュータで行い、パイロットの特定脳波をサンプリング・マシン言語に変換し、有線を介した非手動操作によって疑似的にサイコミュ的な挙動を再現することが可能になっている。

それ故に準サイコミュ兵器と称されてはいるものの、あくまでもファンネルやビットの真似を現行の人間の技術で行っているのに過ぎないことからサイコミュは使われていない。

ユニコーンが放った光がサイコミュの制御を奪うものだとしたら、本来はインコムは奪われるようなものではない。

だが、そのインコムが実際にユニコーンガンダムに奪われているのは大きな事態だが、これがミシェルにもう1つの確信をもたらすことになる。

「わかったわ…カーディアス・ビスト。あなたが利敵行為の真似事までしてナラティブを…サイコフレームを渡した理由が」

確かにナラティブにはνガンダムやZZ、ユニコーンのような圧倒的な性能を持ち合わせていない。

だが、そんな機体でもユニコーンを止めるための力がある。

通信兵をどかして席に座ったミシェルはナラティブと通信をつなげる。

「ヨナ、リタ!生きてる?!」

「ミシェルか!くそっ…リタが…」

「しっかりしなさい、ヨナ!あんた男でしょう!!いい…?これからいうことを聞いて!ユニコーンを止めるジョーカーはあんたなのよ!そのジョーカーの鍵をこれから外すわ」

「ジョーカー…?いったい何のことをいって…?」

「いいから!…一つだけ聞かせなさい。あんた…私を信じてくれる?」

「ミシェル…?」

幼いころからともに過ごし、シドニーがコロニー落としで消滅してからは家族を失った3人は一緒に生きてきた。

研究所に連れていかれたときも、そこから追い出されてストリートチルドレンになってからも。

大人になり、リタとミシェルがルオ商会に入り、ヨナがパイロットとなったことで一時的に離れることになったが、それでも関係は続いていて、昔から変わらない。

しっかり者で気が強く、一人で抱え込んでしまうところのあるミシェル。

そんな彼女に対するヨナの答えは一つだ。

「…もちろんだ、助けてくれるんだろ…?ミシェル」

「しっかりユニコーンを止めて、リタを守りなさい!ヨナ!!」

笑ったミシェルがコンソールを操作し、コードをナラティブに送る。

同時にナラティブのコックピット内が赤い光を放ち、ディスプレイが赤い光とともに表示される文字にヨナの目が行く。

「NT-D…」

「はあ、はあ、はあ…ニュータイプ・ドライブ…」

「そう…ユニコーンと同じものよ。ヨナ…いけるわね?」




機体名:ガンダムデュナメス
型式番号:GN-002
建造:ソレスタルビーイング
全高:18.2メートル
全備重量:59.1トン
武装:GNミサイル、GNピストル×2、GNスナイパーライフル、GNビームサーベル、GNフルシールド(GNシールドとの選択可)
主なパイロット:ロックオン・ストラトス(ニール・ディランディ)

3年前、ソレスタルビーイングに所属していたガンダムマイスターである初代ロックオン・ストラトスのニール・ディランディの愛機。
遠距離狙撃を得意とする機体で、補助コンピュータであるハロのサポートとコックピットに搭載されている携帯用ライフル型コントローラーをリンクさせることで正確無比な狙撃を行うことを可能としている。
また、緊急時にはGNビームサーベルによる接近戦も可能であり、GNフルシールドの存在もあって遠近攻防で優れた兵装を持つ機体といえる。
メリダ島での戦闘で刹那・F・セイエイがデュナメスに似た機体を目撃しているが、そのパイロットが戦死したニール・ディランディなのか、そして動力源が太陽炉なのか、そもそもなぜ宇宙世紀世界に存在するのかなど不明な点が多い。


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第55話 恐れと抵抗

機体名:ネェル・アーガマ改
分類:強襲揚陸艦
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:380メートル
武装:2連装メガ粒子砲×2、サブ・メガ粒子砲×2、単装ビーム砲×2、ミサイルランチャー、ハイパーメガ粒子砲、対空機銃×48
主なパイロット:オットー・ミタス

ロンド・ベルで運用されている強襲揚陸艦。
ネオ・ジオン戦争において地球へ降下し、カラバへ譲渡されたアーガマに代替するエゥーゴの旗艦として建造されたもので、少人数での運用が可能となるように一部がコンピュータによって自動化されている。
アーガマの弱点であった火力不足を補うべく、様々な火器が搭載されており、特筆すべきはコロニーレーザーに匹敵する威力を持つといわれているハイパーメガ粒子砲の存在だろう。
しかし、戦艦そのものの向きを合わせなければならないうえに一度発射するとほぼ行動不能の状態に陥ってしまうことから搭載しているモビルスーツは周囲の戦艦のバックアップが必要で扱いも難しかったことから以降の戦艦に継承されることはなかった。
戦後はロンド・ベルへの発展とともにラー・カイラムが投入されたことで旗艦の座から退き、連邦の主力戦艦として採用されることとなったクラップの部品を流用する形で近代化整備が行われた上で運用されることになったものの、同型艦が存在しないことから基本的には単艦での運用が基本となっている。


-メリダ島-

「ふうう…」

「ヨナ、大丈夫!?」

後ろからかすかにリタの声が聞こえる。

NT-Dの影響のせいなのか、頭を何度も打ち付けるような頭痛が走り、体中から冷たい汗が噴き出てくる。

頭痛とともに感じるのはユニコーンから伝わってくる感応波だ。

一度ヘルメットのバイザーを上げ、流れる鼻血をぬぐったヨナは操縦桿を握りしめる。

「リタ…力を貸してくれ。バナージを止める!」

「ヨナ…」

「バナージ…怖がる必要なんてないんだ!」

様子がおかしくなったナラティブに目を向けたユニコーンはまずしとめるべき存在をそれだと判断し、操っているインコムの照準をそれに向ける。

いずれも死角から狙う形でビームを発射し、全周囲モニターを採用していないナラティブにとっては嫌な一撃だ。

だが、ナラティブはそれらの攻撃がまるでわかっているかのように避けていく。

(位置はわかる…あとは!!)

赤く光るナラティブがインコムに手をかざすとともに光をそれに伝達する。

それらの制御がユニコーンからナラティブへと戻り、それらがユニコーンに向けて飛ぶ。

「まずは動きを止める!!リタ!!」

「うん、バナージ君!おとなしくしていて!!」

リタによって制御されたインコムの形状が四つ又のクローへと変形し、ユニコーンを左右から掴む。

掴んだ2つのインコムがわずかにユニコーンから距離を離すと、それらからキャプチャーフィールドが展開され、無理やり動こうとするユニコーンはその中で動けなくなる。

「う、ああ…ああああああ!!!」

全身を縛るような感覚がバナージを襲う。

その声はヨナとリタにも伝わるが、それでも今はこれを解除するわけにはいかない。

「バナージ!!デストロイモードを解除しろ!!マシーンに飲み込まれるな!!」

どうにか捕縛できたとしても、そこからどうすべきかの答えがヨナには出ない。

エネルギー供給を受けられない今のインコムの稼働時間は残り僅か。

その中で、新たな反応が現れる。

「ヨナ少尉、気を付けて!!」

「四枚羽根と…赤い彗星!!」

別方向から再び接近してくるクシャトリヤとシナンジュ。

クシャトリヤの四枚羽根は通常の物へ戻されていて、バックパックにはシナンジュに追随することができるように追加ブースターが搭載されている。

「興味深いな…。可能であれば鹵獲したいところだが」

「大佐、あの変身しているガンダムは私が!」

「任せる、マリーダ・クルス」

インダストリアル7での戦闘で彼女はユニコーンに煮え湯を飲まされている。

四枚羽根の蓋が開き、その中からファンネルミサイルが放出される。

「ファンネルミサイル!?まずい!!」

ミサイルはユニコーンを狙っていて、動けない今のユニコーンがそれらを受けたら無事では済まない。

迎撃したいところだが、今のユニコーンの様子では少しでも注意をそらすとキャプチャーフィールドを突破される可能性がある。

だが、シナンジュも黙ってこのまま見ているはずがない。

キャプチャーフィールドの維持で精一杯なナラティブを狙う可能性も否定できない。

「俺に任せてくれ!!」

ユニコーンとナラティブをかばうようにZZが前に出て、ダブルバルカンとミサイルでファンネルミサイルを迎撃する。

「ファンネルミサイルをジオンも使ってくるなんてな!でも…動きが甘いんだよ!!」

ジュドーが思い浮かべたのはかつての宿敵であったハマーンと彼女の愛機であるキュベレイだ。

彼女が使っていたファンネルは敏感に動いていて、小回りの利かないZZの痛いところを何度もついていた。

確かにジュドーはハマーンに勝つことができただろうが、彼はそう思っていない。

最後の戦いとなったコア3での1対1の真剣勝負で、彼女はほとんどファンネルを使ってこなかった。

彼女が対等な勝負を望んでいたためだが、もし全力でファンネルを使われていたら、勝てたかどうかはわからない。

そのファンネルと比較すると、クシャトリヤの制御するファンネルミサイルは重力下での運用の経験が不足していることもあってか、やや直線的だ。

「バナージ!!聞こえているだろう、バナージ!!マシンに…ガンダムに負けるなぁ!!」

「うわあああ!!」

ジュドーの声が届いたことがバナージの暴走をさらに促進させたのか、ついにキャプチャーフィールドを突き破ったユニコーンがビームマグナムを投げ捨て、ビームトンファーをがら空きになっているZZの背中に突き立てようとする。

「ジュドー!!」

間に合わないルーは彼の名を叫ぶしかない。

だが、ビームの刃はZZのバックパックに届かず、GNソードビットのバリアが受け止める。

「刹那さんか!!」

「正気に戻れ!バナージ・リンクス!お前の力はその程度なのか!」

「…」

どんなに外から力をぶつけてもユニコーンの暴走は止まらない。

νガンダムのサイコフレームは多くの人々の想いを受けたことで、アクシズを押し返す力となり、そしてアムロとνガンダムを別世界へと転移させた。

確かにそれによって、アムロは命を救われたかもしれない。

だが、アムロに生まれたのはサイコフレームへの恐怖だ。

シャアが生み出し、シャアによってアナハイムへリークされ、アムロがその力を過剰なまでに証明してしまったサイコフレーム。

ララァの死から生まれた確執と因果が巡り巡って生まれたメギドの炎。

そんな人の制御の届かない領域にあるであろうサイコフレームを機体全体に採用しているユニコーン。

2人のエゴの遺産によって生まれたもの。

いつの間にか、νガンダムのビームライフルの照準がユニコーンのコックピットの向けられようとしていた。

「…!!何をしてるんだよ、アムロさん!!」

アムロから何かを感じ取ったジュドーの声がνガンダムのコックピットに響く。

「…あきらめるしかないんだ、ジュドー。サイコフレームが暴走したらどうなるかわからないんだぞ」

そして、バナージもそれに操られることになる。

その悲劇を避けるためにも、引き金を引くしかない。

たとえ罪を背負うことになったとしても。

「何を怖がっているんだよ、アムロ大尉!!あの光を見たジオンの人たちはアクシズを止めようと頑張っていたし、ハサウェイだって自分を取り戻した!!どんな力だって使う人次第だろ!?だから、俺たちはそれに負けちゃダメなんだ!!」

サイコフレームの光に導かれるように、連邦もジオンも関係なく、多くのモビルスーツが地球を救おうとνガンダムとともにアクシズを押していた。

当然、そんなことをしていてただで済むはずがなく、押していた機体の中には大気圏の摩擦熱でオーバーヒートを起こして爆散してしまったものもある。

だが、それでも誰も逃げようとしなかった。

サイコフレームの力は確かに今は人知を超えたものかもしれない。

だが、それが生み出した奇跡をジュドーは知っている。

そして、その軌跡を生み出した根源が何かも。

「ジュドー・アーシタ!!ならば、まずは貴様から!!」

ファンネルミサイルで撃破するのが難しいのであれば、もう1つの武器を使うだけ。

クシャトリヤの胸部に搭載されている拡散メガ粒子砲がZZを襲う。

「させるかよ!!」

ジュドーの叫びにZZのバイオセンサーが反応し、機体が紫の光に包まれていく。

メガ粒子はそんなZZを襲うが、あの光の前に打ち消されていく。

「何!?これは…」

「マリーダ中尉が気圧されている…?」

「う、ああああああ!!!」

「止まれ、バナージ!!」

再びジュドーを襲おうとするバナージだが、再びサイコキャプチャーと化したインコムがユニコーンを拘束する。

動きを止めたユニコーンだが、インコムの損傷とエネルギー残量を考えるともう長くはもたない。

「止めてやるぞ、バナージ!!」

「だが、ZZのパワーでもユニコーンは…」

「そんなの、やってみなきゃわからないだろ!?」

たとえバイオセンサーの力がフルサイコフレームに劣っていたとしても、サイコミュを搭載していることには変わりない。

それに、止める手段と可能性がわずかでも残っているならやってみる価値はある。

「ソースケ!!ジュドー君のサポートを!!」

「俺が…!?」

急にアーバレストの通信に入ってきたかなめの言葉に宗介は困惑する。

サポートに回るとしたら、サイコフレームのあるνガンダムかナラティブが最適であり、ラムダ・ドライバはお門違いではないのか。

「できる!ラムダ・ドライバはそういうシステムだから!!」

確かにラムダ・ドライバはサイコミュではない。

だが、共通点があるとしたら、それを動かすのは人間の意志であること。

同じ意思を力に変えるシステムであれば、サポートできる。

「サガラ軍曹!カナメさんの指示に従って!」

「(そうだ…これまでも千鳥に俺たちは助けられてきた。今度も…!)了解!アル、ラムダ・ドライバだ!!」

「了解」

ラムダ・ドライバを起動したアーバレストが駆け出し、ZZの元へと向かう。

手助けしようとする動きがわかっている以上、邪魔をしないわけにはいかないとシナンジュが動き出すが、νガンダムのビームライフルがそれを阻む。

「アムロ・レイ…」

「貴様の相手は俺だ、フル・フロンタル!」

「受け取れ、ジュドー!!」

ZZの背後にたどり着いたアーバレストのラムダ・ドライバがもたらす光がZZへと移っていく。

その光はバイオセンサーの光と同化していき、同時にZZの出力を引き上げていく。

「これだけのパワーがあれば!!」

理屈はどうでもいい。

今ここにバナージを止めるだけの力がある。

光がZZのハイメガキャノンへと伝達されていき、ユニコーンに向けて放たれる。

圧倒的な力の奔流が迫るのを感じたユニコーンが身を守ろうとサイコフィールドを展開し始め、押さえつけていたインコムが爆散する。

光と光がぶつかり合い、両者が拮抗する。

「うおおおおおお!!!まだだああああああああ!!!!」

ジュドーの叫びとともにZZのパワーがさらに高まっていき、ユニコーンが押されていく。

「う、うう…!!」

「バナージ!!感じろ!!ガンダムっていうのはこういうものなんだよ!!俺たちが頑張れば、ガンダムは応えてくれる!!だから、負けるなぁ!!」

「目を覚ませ、バナージ!!」

「ガンダム…そうだ、俺たちは…!」

「刹那!今こそクアンタの力を使え!」

「うおおおおおお!!!」

ティエリアの言葉に答え、刹那の想いをくみ取ったクアンタがトランザムを起動し、放出されたGN粒子がメリダ島を包んでいく。

 

その光を遠くからデュナメスのカメラが撮影する。

「ほぉ…刹那の奴、少し目を離している間にこんなのを見せてくれるなんてな」

コックピットから出た緑色のソレスタルビーイングのノーマルスーツ姿の男がヘルメットを外す。

ライルと同じ顔立ちと髪と瞳の色。

違う点があるとしたら、右目部分に火傷の痕があり、その瞳の色がイノベイドと同じものになっていることだ。

「あの男が気持ち悪がるわけだぜ…」

 

「この光…アレルヤ!」

「そうだ、マリー…。あの時と同じだ…」

ダブルオークアンタが放出する高濃度のGN粒子。

イオリア・シュヘンベルグがGN粒子から見出した可能性。

それは垣根を超えた意思疎通。

イノベイターやニュータイプでなくとも、互いの意思を伝達し合う力。

GN粒子に包まれ、緑色の光に包まれた宇宙空間のような世界をジュドーは見る。

そして、その先にいる少女、マリーダの姿を見つけた。

「わかる…わかるぞ、マリーダさん。あんたは…」

GN粒子の補助とジュドーのニュータイプとしての力。

それが目の前の女性のことを理解していく。

それと同時に、ジュドーの瞳が潤む。

「こんなのって…悲しんでいる…」

「ジュドー・アーシタ。バナージに呼びかけろ」

「刹那さん!?ここは…」

「ここはGN粒子が作り出した空間…。意思を共有する空間だ。ここに来ることができたというなら、きっとバナージの心に触れることもできるはずだ」

「バナージが…!?」

後ろを向いたジュドーの目に浮かんだのは小さく縮こまっている状態のバナージの姿だった。

彼の背後にはデストロイモードとなっているユニコーンがいて、手から放つ赤い光が彼を縛り付けている。

「何やってんだ、バナージ!?ユニコーンに負けちまうのかよ!!」

どうにかバナージを解放しようとバナージの腕をつかみ、引っ張り出そうとするが、ユニコーンの光はそのジュドーにも伝達される。

「う、ぐうう…ユニコーンガンダムは、バナージだけじゃなくて…俺まで、飲み込むつもりかよ!!」

フルサイコフレームによってもたらされる強い圧迫感。

ジュドーは改めてバナージがユニコーンに乗ることで感じているものの重みを理解する。

「ジュドー!バナージ!!」

「俺たちも力を貸す!」

「ハサウェイ、ヨナ少尉!?」リタさん!?」

やってきた3人もまた、ジュドーを手伝うべくバナージをつかむ。

当然、赤い光が襲うものの、5人まとめて飲み込もうとしているためにその力は分散されつつあった。

「バナージ君、私たちの声を聴いて!」

「何をやっているんだ、バナージ!オードリーを助けるんじゃなかったのか!?」

「オードリー…」

「そうだ!ユニコーンは…そのための力じゃないのか!?」

「ユニコーン…俺の、可能性の扉…」

ゆっくりと顔を上げ始めるバナージ。

そこから見えたのは優しいほほえみを浮かべる男性と女性。

もう会うことのできない、バナージにとっての血のつながり。

「父さん…母さん…俺は…うおおおおおお!!!!」

母親の想いに背いてまで父親から託されたユニコーンの力を手にした。

すべてはオードリーを助けるため。

その思いをかなえるためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。

バナージの叫びとともに彼を捕らえていた光が消し飛び、ユニコーンのデストロイモードが解除された。

「ジュドー…俺はジュドーに教えられたのか…」

「アムロ・レイ…」

「お前か…フル・フロンタル」

5人の姿を遠くから見ていたアムロはフロンタルと対峙する。

対峙し、同時にフロンタルという男を感応波とGN粒子で感じ取る。

確かに彼の感応波はシャアの再来といわれるだけあり、シャアとよく似ている。

だが、どんなに似せたとしても、オリジナルであるシャアとは違う。

「赤い彗星を名乗るのはやめろ、フル・フロンタル。お前はシャアじゃない」

「君がなんと言おうとも、これが私に求められている役目だ」

「ならば、俺がお前を止める。それが、奴とともに人の心の光を顕現させた俺の役目だ」

一年戦争からのネオ・ジオン戦争の間に生み出された真実と虚構の混ざり合ったシャア・アズナブル、赤い彗星の伝説。

その伝説にすがり、それを終わらせないためにフロンタルが生み出された。

赤い彗星はアクシズとともに消えたことを証明するためにも。

 

-ネェル・アーガマ改 格納庫-

「プル、プルツー!?何をしているの!?あなたたちは待機のはずよ!?」

急にノーマルスーツ姿で格納庫に入ってきたプルとプルツーに困惑するチェーンをよそに、2人は格納庫に残っているモビルスーツに乗り込む。

ミシェルによってもたらされたモビルスーツの1機で、確かに2人が乗ることを想定はしているものの、調整をろくにしていない。

青いνガンダムという身なりのモビルスーツ、量産型νガンダムはνガンダム製造時に収集されたデータをもとに開発された量産検討機で、ネオ・ジオン戦争終結とロンド・ベルの前身であるエゥーゴの英雄としてのイメージの強いνガンダムの存在を危険視した上層部の圧力によって開発がとん挫し、アナハイムで死蔵されていたものだ。

「いかなきゃ…ジュドーを助けないと!いい、プルツー!」

「ああ…。いつまでも休んでばかりじゃいられないから!ファンネル制御は任せた!!」

ネオ・ジオン戦争でジュドーに助けられてから、プルもプルツーもモビルスーツに乗る機会が少なくなった。

ジュドー達の意向もあるものの、彼女たちが使用していたモビルスーツであるキュベレイMk-Ⅱがスクラップ同然だったことも大きい。

だが、この量産型νガンダムなら少なくともキュベレイ並に扱えるはず。

「大丈夫、2人で一緒に帰ってくるから!ハッチを開けて!!」

「はあ…もうどうなっても知らないわよ!!」

聞く耳を持たない2人に説得しても無駄だとわかったチェーンからの通信を受けたネェル・アーガマのハッチが開き、量産型νガンダムがカタパルトに乗る。

「プルちゃん、プルツーちゃん。わかっていると思うけれど、量産型νガンダムの調整は不完全よ。何かあったらすぐに戻ってきて!」

「ああ、こちらも無理をするつもりはない。量産型νガンダム、エルピー・プルとプルツーで出る!」

発進した量産型νガンダムはまっすぐにZZとユニコーンがいる方向へと飛んでいく。

その様子をモニターで見たオットーはフウウとため息をつき、眉間を指でつまむ。

「ああ…この聞かん坊め…」

「艦長、敵の四枚羽根のモビルスーツについてですが、データバンクと照合したところ、おそらくは…」

「ああ、ああ。わかっている!あいつらとのつながりを感じずにはいられんさ」

インダストリアル7での戦闘で数多くの搭載機を撃破される結果を招いたクシャトリヤ。

ネオ・ジオンの新たな象徴として、かつて連邦が開発したサイコ・ガンダムMKⅡと当時のジオンの技術をかき集めて開発されたモビルスーツであるクィン・マンサ。

それと戦闘経験のあるジュドーなら戦えるだろうが、戦いはそれほど甘くはない。

 

-メリダ島-

「ガンダムめ…貴様は!!」

ZZから放たれるダブルビームライフルを避けつつ、反撃のためにファンネルミサイルを放ちつつ、胸部メガ粒子砲を放つ。

迫るファンネルミサイルをミサイルやバルカンで対応し、ビームを避けるジュドーだが、やはりバナージを止めた際に機体もジュドー本人も大きく消耗していた。

「くそ…!このままじゃガスが…バナージ!起きてるなら、ここを…」

「大丈夫です!」

「何!?」

ユニコーンモードに戻ったばかりのはずのユニコーンのサイコフレームが再び光を放つと同時に、デストロイモードへと変形し始める。

「バナージ!?」

「大丈夫…制御できてる」

勢いのままに暴れまわっていた時とは違う。

頭が冷え、本来の自分でコントロールできる状態になっている。

「ありがとう…みんなのおかげで俺のすべきことを思い出せた」

「ほぉ…サイコミュの波にとらわれた状態から人々の声を聴き、自分を取り戻すとは…見事なものだな。バナージ・リンクスという少年は。その呪われたモビルスーツ…君になら使いこなせるかもしれないな」

「よそ見をして…!!貴様をここで倒して、戦いを終わらせる!」

「戦いは終わらんよ。私一人倒したとしても、再び新たなリーダーを祭り上げ続く。ハマーン・カーン、シャア・アズナブル、そして私がそうであるように。君たちのやっていることはまさしく、ただの徒労だ」

「そんなこと…!!」

「アムロ大尉!!」

フロンタルに苦戦するアムロを援護すべく、ヴァングレイから放たれたビームだが、着弾寸前に機体を大きく後ろに下がらせて回避し、さらにバックパックを展開させるとさらに加速していく。

「くそ!空を飛ぶ上にとんでもねえスピードだぜ!!」

「キャップ、通常の3倍の速度で飛び回るそのモビルスーツ相手では追いつけません」

「だろうな…てか、あれ…本当に人が乗ることを考えて作ってんのか?うわあ!!」

シナンジュを補足できず、飛んできたビームライフルをかろうじてシールドで受ける形となったソウジはこのままでは逆にアムロの足を引っ張るだけになる可能性を感じ、舌打ちする。

ヤマトに乗ってから、ニュータイプであるキンケドゥやトビア、イノベイターの刹那などと模擬戦を重ねてきて、たとえ相手が常人でないものであっても戦えるように備えてきたつもりだ。

また、シミュレーション上とはいえ、νガンダムに残されていた戦闘データをもとにシャアとも戦闘を行ったこともある。

だが、シャアの再来といわれるこのフロンタルの力はその想定をはるかに上回っている。

「ちっくしょう!!動きが、ちっとも読めねえ!!チトセちゃん、どうなんだ!?」

「わかりません!わからない、というよりも…」

チトセには目の前で戦っている相手が人間なのかわからなかった。

刹那が生み出したフィールドの中で、かすかにフロンタルという存在を感じることができたが、彼から感じられたのは冷たさ。

氷のようなという言葉では生ぬるいようなその冷たさからは何も感じられない。

そのためか、彼の動きを予測することができない。

冷たさが恐怖としてチトセを鈍らせる。

「ヴァングレイは下がれ!俺がどうにか抑える!!」

既にヴァングレイのコックピットに狙いを定めていたシナンジュにシールドで身を守りながら体当たりをすることで攻撃を阻止したアムロが叫ぶ。

アムロもアムロでフロンタルからは恐怖を感じているが、それ以上に怒りが芽生えていた。

(これ以上、シャアの…ライバルの名前を好きに使わせるわけには…!)

 

「そんな…馬鹿な…!?」

左手に握っているビームガトリングガンを放つマリーダは今目の前で起こっている現象に理解が追いついていない。

いま彼女が対応しなければならない相手はユニコーンでもZZでもない。

クシャトリヤが放ったはずのファンネルミサイルだった。

「うおおおおお!!!」

「くっ…!」

そして、ファンネルミサイルとともに突っ込んでくるユニコーンのビームトンファーによる攻撃をどうにか避けようと下がったものの、それでも回避行動が間に合わずにビームの刃がビームガトリングガンの銃身を切り裂く。

もう無用の長物と化したそれを投げ捨てたクシャトリヤは拡散メガ粒子砲を放つが、赤い光がバリアとなってユニコーンを守っていた。

「ガンダム…ガンダム、ガンダム!!」

追い詰められつつあるマリーダの脳裏に次々とガンダムの姿が浮かぶ。

大気圏の摩擦熱で燃え尽きようとする紫のキュベレイの盾となり、ともに大気圏に突入しているZ。

どこかの崩壊した都市で赤い光で身を包んだ状態で突撃し、こちらに切りかかろうとするZZ。

そして、オデッサやジャブロー、ソロモンなどで次々とザクやグフ、ドムを葬っていった白い悪魔、ガンダム。

浮かぶ光景のほとんどはマリーダにとって体験したことのない光景だが、なぜかいずれもどこかで知っている、実際に体験したように感じられた。

そして、同時に目の前の存在への憎しみの炎へと変質させていく。

「死ね、ガンダム!!!!!」

マリーダの叫びとともに、今度はクシャトリヤがユニコーンと同じ赤い光を放ち始める。

同時に、クシャトリヤを襲っていたはずのファンネルミサイルが一瞬だけ動きを止めた後で爆散する。

「ファンネルミサイルが自爆した!?」

「おおおおおおお!!!!!」

ビームサーベルを手にしたクシャトリヤが一直線にユニコーンに迫り、互いの刃がぶつかり合う。

デストロイモードとなり、測定不能という判定が出るほどの出力を発揮するユニコーンに対しているにもかかわらず、クシャトリヤがパワーで上回りつつあり、ユニコーンを押していた。

「これは…!!」

正面からぶつかるバナージはマリーダが放つ激しいプレッシャーを感じていた。

今までに感じたことのない一直線で自分をも燃やし尽くさん限りの憎しみ。

「くっ…!ユニコーンを援護する!!」

ラムダ・ドライバを維持しているアーバレストがユニコーンに敵意をむき出しにするクシャトリヤに向けて接近しつつ、ボクサーを連射する。

ラムダ・ドライバなしでも近距離で発射すれば、モビルスーツにも痛撃を与えることができるボクサーだが、赤い光が弾丸を受け止めた。

「ラムダ・ドライバが通用しないとは…ぐ、うう、あああああ!!!」

「緊急事態、緊急事態、軍曹に体調に異常発生。ラムダ・ドライバを緊急停止させます」

「あ、ああ…ああああ!!」

胃の中の物をすべて吐き出すほどの頭痛に苦しみだした宗介はアーバレストを操縦するだけの力がない。

アルによってラムダ・ドライバが停止させ、背中の放熱板も格納される。

ラムダ・ドライバ解除のおかげか、脳に直接感じるほその激痛は緩和された。

「く、そ…!!」

震える手でノーマルスーツについているポケットの中をまさぐり、ケースを取り出す。

ケースを開き、その中に入っている錠剤を取り出そうとするが、震える両手では無理な話で、一粒も手に乗らずに落ちていく。

 

「サガラさん!」

「まずいな…すぐにアーバレストを回収し、収容しろ!」

カリーニンの指示により、マオとクルツがアーバレストの回収に向かう。

モニターに映るアーバレストの様子を見たカリーニンは顔をしかめる。

「サガラさんにいったい何が…?」

「わかりません。ラムダ・ドライバの過剰使用の影響が出たわけでもないのに…」

 

「宗介さん!くう、俺は…まだ!!」

どうにか距離をとることができたユニコーンはバルカンを放つが、それは焼け石に水だということは既にアーバレストのボクサーが教えている。

ビームマグナムは手元になく、使える武装はビームトンファーのみ。

「バナージ!!」

バナージを援護すべく、ジュドーも残り少ないエネルギーを使い、ダブルビームライフルを放つが、それも光に阻まれてしまう。

「ガンダムは…敵!!倒す!!倒す!!」

後手に回るユニコーンとZZ。

それにとどめを刺すべく、ビームサーベルの出力を上げ始めたと同時に、その手首をファンネルのビームが襲う。

「何!?ファンネル!!」

「ジュドー!!」

「助けに来たよ!!」

「プル、プルツー!?」

ビームサーベルが落ち、さらにファンネルを叩き込みつつ、量産型νガンダムがZZをかばう。

「ジュドー、ZZが…」

「悪い…無茶しすぎちゃって、もうエネルギー切れだ。このままじゃ、バナージが…!それに…」

敵意をむき出しにして猛攻するクシャトリヤのパイロットの悲しい瞳。

このままでは暴走の果てに彼女の心が壊れてしまう。

なぜかジュドーはそれに目をつぶることができない。

「ジュドー、ビーチャ達が迎えに来るから、ネェル・アーガマへ戻って!」

「あのモビルスーツは私たちが止める!!」

「邪魔を…するなああ!!」

量産型νガンダムから放出されるファンネルを拡散メガ粒子砲が薙ぎ払う。

「ああ、ファンネルが!!」

「この火力、それにプレッシャーじゃ…近づくと私たちも危ない!!」

ビームライフルでは効果がなく、ビームトンファーしか現状兵装のないユニコーンも手詰まり。

それに、今のユニコーンはデストロイモードのおかげでどうにかもっている状態で、いずれ限界も来る。

必要なのはダブルビームライフルを上回る破壊力を持つ武器。

「…!!プルツー、あれ!!」

「そうか、あれなら!!」

プルが見つけたのはユニコーンが暴走中に投げ捨てたビームマグナム。

ユニコーン専用の装備ではあるが、同じアナハイム製である量産型νガンダムであればかろうじて使える。

それを回収した量産型νガンダムが銃口をクシャトリヤに向けるが、激しい動きを見せる彼女に照準を合わせることができない。

「また…ガンダムが!!」

「うわっ!!しまっ…!!」

殺気を感じたマリーダは邪魔なユニコーンを蹴り飛ばして量産型νガンダムに迫る。

助けに行きたいバナージだが、その前に限界を迎えてしまう。

「ま、ずい…デストロイモードが…」

バナージの体に限界がきて、同時にユニコーンのサイコフレームが輝きを失う。

損傷した右手の代わりに左手で握ったビームサーベルで量産型νガンダムに切りかかり、どうにか後ろへ飛んでかわそうとするものの、サーベルがわずかにコックピットハッチをかすめる。

「…!!」

壊れたハッチの中がモニターに映り、同時にマリーダの目が大きく開く。

そこに座っているのは自分と似た顔をした2人の少女。

厳密にいえば、一人残らずいなくなったはずの姉妹と同じ顔。

そんな彼女がどうして敵であるガンダムに乗っている?

戦うべき相手に乗っている姉妹という矛盾がマリーダの思考を凍り付かせる。

「プルツー!」

「ああ…止まってくれ!!」

願うような思いを込め、量産型νガンダムがビームマグナムを放つ。

放たれたビームはクシャトリヤの光を突き破り、左側の2枚の羽根を撃ちぬいていった。

 




機体名:量産型νガンダム(ファンネル装備型)
形式番号:RX-94
建造:アナハイム・エレクトロニクス社(ロンド・ベルによる現地改修)
全高:21.2メートル
全備重量:63.2トン
武装:60mmバルカン砲×2、ビームスプレーガン、ビームサーベル×2(ビームキャノンとして転用可)、ビームライフル(ニューハイパーバズーカと選択可)、シールド(ミサイル、ビームキャノン内臓)、ファンネル
主なパイロット:プルツー(メイン)、エルピー・プル(サブ)

開発がとん挫し、死蔵されていた量産型νガンダムをルオ商会が購入し、ロンド・ベルへもたらされたものを改修したもの。
量産型νガンダムは開発時はベースであったνガンダムと同様、サイコフレームを搭載していたものの、開発中断となった際にそれが取り外されていた。
メリダ島到着時の段階ではヤマトの万能工作機でもサイコフレームの製造を行うことができず、キュベレイMk-Ⅱなどで搭載されていたファンネルを搭載し、サイコミュ自体はバイオセンサーを流用する形となった。
ただし、バイオセンサーはあくまでも機体制御機能に特化したものであるため、ファンネルの制御は最低限であることから、それを補佐するパイロットが求められたため、プルとプルツーが乗り込むことが決まった。


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第56話 行方

機体名:デルタプラス
型式番号:MSN-001A1
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:19.6メートル
全備重量:50.8トン
武装:60mmバルカン砲、専用シールド(グレネードランチャー、ビームガン内蔵)、ビームサーベル(ビームガンに兼用可)×2、ロングメガバスター(ビームライフルと選択可)
主なパイロット:リディ・マーセナス

アナハイムがかつて開発したモビルスーツ、百式の量産試作機。
百式は元々、可変モビルスーツとして開発されていたものの、フレーム強度に問題があったことから非可変機に設計変更された。
デルタプラスはZ計画の中で開発されたZガンダムやZZガンダムなどから蓄積されたデータを元としており、フレーム強度の問題を解決したことで可変機としての開発に成功している。
これによって汎用性を獲得することができたものの、現在運用されているジェガンやリゼルとは異なる規格のパーツを使っていること、そして量産検討機であることから同種の機体が少ないことから、唯一百式を運用しているロンド・ベルに配備されることとなった。


-ネェル・アーガマ 医務室-

メリダ島での戦闘の後、ここにいるほとんどが本来は連邦の負傷兵だろう。

だが、今ここのベッドに横たわっているのはジオンのノーマルスーツ姿だった少女一人だけだ。

点滴を打たれながら、医師によって身体検査をされている。

ジュドーとプル、プルツーは廊下でそれが終わるのを待っている。

「なんだかあいつ…プルとプルツーに似ていたな」

ビームマグナムを受け、地面を転げた後で停止したクシャトリヤのコックピットを開き、そこで気を失っているマリーダの顔を初めて見たときのジュドーの第一印象がそれだ。

髪の色はプルやプルツーのような生き生きとした明るいオレンジに近かったかもしれないが、かなりすすけている。

「ジュドー!ジュドーはどうしてあの女のことを気にするの!?」

「そうだよ!あいつは敵なのに…!」

クシャトリヤのコックピットからどうにかして運び出されたマリーダの姿を見たときに2人が感じた危機感は今も消えていない。

言葉にならない嫌悪感やジュドーを害するのではないかという不安がぬぐえずにいる。

「お、落ち着けよ!プルもプルツーも!!お前ら、どうしてここまであの子に対して攻撃的なんだよ!?」

「それはだって…」

「ねえ…」

「それに、お前らだって、元々は俺の敵だった。そうだろ?」

「そういえば…」

「そうだった…」

今ではすっかりロンド・ベルやガンダムチームとなじんでいる、いや、なじみすぎて一緒にいるのが当たり前のようになったためか、かつて殺し合っていたことなど2人の頭からすっぽりと抜け落ちていた。

「だからさ、敵とか味方とか、あんまりこだわる必要はないんだよ。それに…もしかしたら、今のジオンのこととか、フル・フロンタルのこととか、彼女から聞けるかもしれないしな」

問題なのは彼女の意識が回復し、会話できるようになるのがいつのことになるかだが、それは医者を信じるしかなかった。

現在、医務室の中にいるのはマリーダの治療をしている若干紫がかった七三分けの髪をした若干黒がかった肌の男性で、エゥーゴが結成された頃から軍医として艦に乗っている男、ハサンとオットー、レイアムと治療中のマリーダの4人だ。

オットーとレイアムはハサンから手渡された端末で、彼女の情報を見ている。

「遺伝子データがエルピー・プルとほぼ一致…ということは、プルツーと同じとみて間違いないということか…」

「ええ。ただ…この体格は明らかに成人ギリギリというところだが…」

「プルツーはほかのプルシリーズと共にコールドスリープを受けていたと言っています。おそらく、彼女の場合はプルツー達よりも早く覚醒したかと…」

「嫌な話だな…グレミー・トトの遺産というわけか」

回収されたクシャトリヤ、そしてジュドーが運んでいたマリーダに対するプルとプルツーの反応から、おそらくはあり得るかもしれないと薄々ながら感じていたが、ハサンによる検査によって確定してしまった。

これはあくまでもプルとプルツーの証言や検査、彼女たちがかつて搭乗していたキュベレイとクィン・マンサ、そしてロンド・ベルによる調査によって出された説の一つではあるが、プルシリーズは確かにプルをオリジナルとはしていて、遺伝子データもほぼ一致しているものの、少なくともプルツーとマリーダは彼女と比較すると若干の違いがある。

肉体レベルの強化、そしてGへの耐性強化のための後付けの内臓の取り付けをする必要があったという理由もあるだろう、それに適するように若干遺伝子にも手が加えられた可能性もある。

また、戦闘データを元にどのパターンが最適な存在なのかを検証するという理由もあっただろう、プルツーとマリーダを比較しても遺伝子データに若干のばらつきがあり、しいて言えば彼女たちはプルにやや近い別人と言えるかもしれない。

実際のところ、プルは幼いことから精神的に不安定な一面もあり、兵士として扱うには若干難しいところがあったということが大きいかもしれない。

その結果として作られた、少なくとも11通りのプルクローン。

その中でグレミーのお眼鏡にかなったのが、唯一クィン・マンサを動かすことのできたプルツーで、仮にグレミーの反乱が成功していたら、彼女をベースにプルシリーズを量産していた可能性もあり得る。

マリーダがなぜ、プルツーよりも早く目覚め、おまけに肉体年齢がオリジナルのプルを上回る状態にする必要があったのかはわからないが、おそらくは精神が安定し、なおかつ肉体そのものも全盛期に近い状態での運用を想定していた可能性もあるだろう。

「意識は失っていますが、幸い命に係わる怪我を負っているわけではありません。今は様子を見ましょう」

「そうだな…あとはあのクシャトリヤか…」

 

-ネェル・アーガマ 格納庫-

「やはりか…この機体にもサイコフレームが…」

端末とコックピットを接続させ、キラがセキュリティを突破してくれたことで見えたクシャトリヤのデータを見たアムロの表情が硬くなる。

νガンダムの開発をしていたころ、アムロは独自のサイコミュシステムを組み込もうとしていたが、それでもかつて戦ったクィン・マンサやキュベレイなどには及ばず、結局は当時はその実情を知らなかったとはいえ、シャアがリークしたサイコフレームを使うしかなかった。

そして、アクシズから地球を救い、アムロとνガンダムを西暦世界へと転移させたサイコフレームが未だに連邦でもジオンでも運用されている。

そして、それのおかげであの巨大なクシャトリヤが小型化し、このクシャトリヤとなった。

「アムロ…」

「どうした?チェーン」

「本当によろしかったのですか?サイコフレームのデータを…」

ラー・カイラムに戻ったアムロはすぐにチェーンにサイコフレームのデータをヤマトに提供することを頼んだ。

西暦世界に転移してから、アムロはずっとサイコフレームの力に恐怖していた。

その恐怖は今も変わらないが、ジュドーのあのまっすぐな言葉とバナージを救った姿に何かを感じていた。

「ああ…。確かにこのサイコフレームは今の俺たちには行き過ぎた力だ。いずれ、本当にその力が使いこなせるようになる時が来るまでは封印しなければならないかもしれない。だが…今はこの力は必要だ。この戦争を終わらせるためにも。幸い、彼らも分かってくれた」

真田もデータを受け取った際には戦争が終わり、地球を救った後はサイコフレームのデータをすべて封印することを承諾している。

最も、ヤマトの万能工作機ではまだサイコフレームそのものを作ることはできないという。

データ不足ということもあるが、それ以上にそれに関連する技術がMCA構造を除いて封印されたことも大きいかもしれない。

また、サイコフレームに組み込むサイコミュチップの密度の問題もあるだろう。

どうにか作ったサイコフレームもどきはνガンダムに搭載されているサイコフレームと比較しても、完成度は6割程度だ。

本当にサイコフレームを作ろうとなると、アナハイムを頼らなければならないが、かつてνガンダムの開発にかかわり、アムロと関係の深いフォン・ブラウン工場ではサイコフレームのデータやそれに関係する資材をすべて本社に持っていかれており、現在はジオンと関係の深いグラナダ工場でしか作れなくなっている。

それに、今は連邦にもジオンにも追われる身である状態では頼るのも無理な話だろう。

 

-ヤマト 格納庫-

「よーし、取り付け作業だ!ぶつけるなよー!」

「了解ー!よーし!!」

万能工作機で制作されたグレーのプレートが新造されたナラティブガンダムのバックパックに取り付けられる。

その後ろ姿はツインフィンファンネルを搭載したνガンダムに近いものに見えた。

「これがナラティブガンダムの新装備…」

「新、といってもローテクしかねえがな。残念だが、今のヤマトじゃあまともなサイコフレームが作れませんぜ」

真田を通じて見せてもらったサイコフレームとフィンファンネルのデータを見たときは、まさかそのような形であんなものができたとは、と榎本達は驚愕した。

それによる高性能なサイコミュシステムとアムロの技量が組み合わさることで、フィンファンネルは運用することができる。

ヤマトが開発したサイコフレームもどきではそこまでの芸当や、おそらくは星を動かすだけの力を発揮することはできないだろうが、それでもバイオセンサー以上の助けにはなる。

「このサイコプレートは強度を重視した設計で、攻撃手段のファンネルよりは防御の意味合いが大きい。まぁ、ぶつけて攻撃することもできますが」

「ありがとうございます、榎本さん。ナラティブの修理だけじゃなくて、新装備まで…」

「まあ、設計にはアムロ大尉も手伝ってくれましたがね。まあ、あとはヨナ少尉とリタの嬢ちゃんの力次第、ということで」

「ええ、わかっているつもりです」

ミシェルからナラティブを託されてから、ヨナはとにかく模擬戦やシミュレーションに打ち込んでいた。

ロンド・ベルやナデシコ、エコーズなどに所属するエースパイロットの実力を目の当たりにしたこと、そしてともに戦いリタを守るという思いが大きい。

思いだけではどうにもならず、それをなすだけの力を得なければならないことは既に痛感している。

そして、それだけの力をまだヨナは持ち合わせていないことを結果が示している。

(中の上…。今の俺はまだ平凡な力しかない。でも、必ず…!)

 

-プトレマイオス2改 刹那の個室-

「…」

シャワーを浴びる刹那は鏡に映る自分の姿を見る。

今回の戦闘の後に感じた異様な疲れ。

だが、この疲れはトランザムバーストを使ったからではなく、死んだはずのライルと彼の乗っていたデュナメスの存在が大きい。

あの姿を見たことで、ようやく乗り越えたと思ったあの傷がよみがえってくる。

(ロックオン・ストラトス…。どうして…)

幸い、あの戦場にロックオンがいたことは刹那以外には知らない。

イノベイドであるティエリアにか感づかれたかもしれないが、少なくともフェルトには知られたくないという思いがある。

かつて、フェルトはロックオンに想いを寄せており、彼が死んだと知った時は誰よりも悲しんでいた。

(生きていたのか…?生きていたとしたら、どうして…今になって俺の前に現れた?俺を…恨んでいるとでもいうのか…?)

ロックオンに恨まれていない、そうはっきりというだけの説得力を刹那は持っていない。

己の苦々しい少年兵としての記憶。

自らの手で家族を殺し、神のためなどという言葉の元でテロリストとして戦ったソラン・イブラヒムとしてのかつての自分。

その仲間がかつて起こした自爆テロによって、ロックオンは両親と妹を失うことになった。

3年前、偶然にもそのことを知ったロックオンに一度は銃口を向けられた。

あの時は事なきを得て、ロックオンもいつも通りの接し方に戻ったものの、それが本心なのかどうかは今となってはわからない。

シャワーを終え、タオルを腰に巻いた状態で脱衣所を出る。

椅子にはティエリアが腰かけていて、刹那の顔をじっと見つめていた。

「いつの間に入っていたのか…?」

「ああ。君から感じる迷い…信じられない話だが、ロックオン・ストラトスが生きていたんだな」

「ああ…なぜこの世界にいるのかまではわからないが…」

「そうだな…生きている可能性も…正直に言うとゼロではない。僕たちは誰も彼の死体を見たわけじゃないから」

だが、仮に生きていたとしたら、どうして今まで自分たちの前に現れなかったのか。

わからないことの方がはるかに多い。

「ロックオンとデュナメス…このことは僕と君だけの話にしよう。フェルトたちに伝えるとしても、今は情報が少なすぎる…」

「ああ…」

「君は休んでおけ。トランザムバーストを使った後だから」

ティエリアが部屋を出て、一人になった刹那はティエリアが座っていた椅子に座る。

机の上にはアロウズとの決戦前にお守り代わりとしてフェルトがくれた花がある。

それを見る刹那の瞳はわずかにうるんでいた。

 

-ラー・カイラム 格納庫-

「よーし、このジョイントで接続すれば…いけるぞぉ!!」

「思ったとおりだ。このビームガトリングガンは同じアナハイム製のモビルスーツにも使える」

ユニコーンのシールドの裏側にビームガトリングガンが二挺、専用のジョイントによって接続される。

回収したクシャトリヤに装備されていたそれを解析したところ、開発元はアナハイムであり、ユニバーサル規格で作られたものであることが分かった。

ユニコーンの弱点である継続戦闘能力の改善にも役に立ってくれるだろう。

今のネェル・アーガマには損傷したロンド・ベルの機体や鹵獲したクシャトリヤの整備と解析で手一杯になっており、ユニコーンはほかのガンダムチームの機体や、解析の終わったビームガトリングガンともども一時的にラー・カイラムで面倒を見られることになった。

ガトリングが装着されたシールドがユニコーンのそばに置かれる様子をバナージはビーチャ達と一緒に見ていた。

「結局…リディさんもオードリーも、居場所がわからなかったな」

「仕方ないさ、戦闘中だったんだから…」

「結局、なんだったんだろうな…オードリーって女の子、わからずじまいか」

「あの子はいいよ、だって…民間人だろ?問題は少尉さんだよ。あれ、敵前逃亡じゃん!!」

モンドが気になっているのはリティのことだ。

民間人で言い訳のできるオードリーとは違い、リディはロンド・ベル所属の軍人。

そんな彼が仲間を見捨てて逃げ出した上に、押し付けられただけとはいえ高性能な試作機であるデルタプラスまで持ち出した。

それだけでも待っているのは銃殺刑であることは目に見えている。

「心配は無用だろう。あいつの親父さんが働きかける。そうしなくても、いいように忖度するだろうさ」

「ナイジェル大尉…リディ少尉のお父さんって、偉い人なんですか?」

「えらいも何も、彼の父親であるローナン・マーセナスは対コロニー問題評議会議長だ。総司令部ともズブズブの関係といってもいい」

「それじゃあ、オードリーも無事なんですね?」

「リディ少尉が一緒ならな。だが、なぜそんな危険を冒してまで行かなければならなかったのかはわからないが…」

そのカギとなるのが、オードリーの正体だろう。

そして、そのことで今の段階で一番それがわかるであろう人物はバナージだ。

「…」

「なあ、バナージ?あのオードリーって子は何者なんだよ?」

「隠さないで教えてよ。仲間でしょ?」

ビーチャとエルの言葉の中で、バナージは迷う。

仲間である彼らに隠し事をしたいとは思わないが、オードリーのことをどこまでは為せばいいのかわからない自分もいる。

一つだけわかることは、このまま隠していても自分や彼女のためにならないかもしれないということ。

そして、彼らが信用できるということだ。

「…彼女は、ジオンの関係者かもしれません」

「何!?」

「インダストリアル7で彼女と出会ったとき、頼まれたんです。ビスト家の屋敷まで案内してほしいって…」

授業を終え、友達と一緒に展望台に行っていた夜、バナージが見たのはコロニー内で落ちていくオードリーの姿だった。

普通落ちるとなると、建物の屋上やベランダから落ちるものだろうが、彼女はそんなレベルではなく、まるで大空を飛ぶ飛行機から真っ逆さまに落ちているような状態といえた。

コロニー内で飛行機はほとんど存在せず、少なくともインダストリアル7ではそんなものはない。

どうして落ちているのかはわからないが、放っておけなかったバナージはアルバイトでしようとしているプチモビルスーツを使い、どうにかオードリーを救出した。

そして、彼女から迷惑次いでで頼まれたのがそれだ。

戦争を止めるため、確かに彼女はそう言っていた。

そんな彼女の望みをかなえるため、バナージはビスト邸へ、通っている学校の学長の住まう場所へ案内した。

その道中、バナージはマリーダに襲われることになった。

「なるほど、となると…彼女はジオンの亡命者ってわけだな」

「そして、その亡命者が連邦のお偉いさんの御曹司をたぶらかした…そういうわけか」

「けど、不自然じゃねえか?今の連邦は形勢不利だ。亡命いたって何の得にもならねえぞ」

仮に一年戦争の時代であれば、それはあり得ない話ではなかった。

そのいい例がジオンで対ニュータイプ用OS、EXAMシステムを開発していたクルスト・モーゼス博士で、彼はオールドタイプを滅ぼしうる存在であるニュータイプを滅ぼすという妄執を果たすべく、彼から見てより高いモビルスーツ開発技術を持つ連邦へ亡命し、そこでEXAM搭載型モビルスーツの開発を行っていた。

最も、そんな彼が必死に作ったモビルスーツはEXAMシステム搭載型モビルスーツをめぐる争いの中ですべて破壊され、開発者であるクルストもジオンが放った追手によって殺害されたことで、EXAMシステムは量産されることなく、歴史の闇へと消えていくことになった。

逆に連邦からジオンへ亡命した軍人も存在し、その軍人たちはジオンが開発した、一言でいうとジムの皮をかぶったザクⅡといえるモビルスーツであるゲム・カモフに乗り込み、友軍機と誤認した連邦軍の戦艦に接近し、油断したところを攻撃・破壊する行動をとっていたという。

だが、そのジムの皮があまりにも出来すぎていて、母艦へ戻る際に友軍のムサイが味方の艦が敵モビルスーツに接近されていると誤認して誤って撃墜してしまうという事件が発生し、その軍人も死亡したという。

技術を持つ研究者であればともかく、軍人となると捨て駒にされる傾向があるようだ。

オードリーの場合はどう見ても技術者には見えず、かといって軍人にも見えない。

「責務…」

「え…?」

「オードリーが言っていました。責務を果たすために、動かなきゃいけないって…」

「責務、か…」

「もしかしたら、オードリーって、身分の高い家の女の子じゃないかしら…?」

「どういうこと?ベルナデット」

「モモカも言っていたけれど…なんとなく、言葉遣いとか立ち振る舞いがそういうふうに感じるの…」

やや普通じゃない世界といえる木星帝国で暮らしてきた自分よりも、アンジュに長年仕えてきて、彼女をはじめとした皇族の立ち振る舞いを見てきたモモカの見立ての方が説得力があるとベルナデットは感じた。

「そういえば、どこか世間とずれている感じもあったような…」

「けれど、どこか肝の据わっている感じがしたわ。それに、あの子のまっすぐな目。あれは…重い覚悟を背負っている人間の物よ」

「アンジュ…?」

急に会話に割り込んできた、ノーマルスーツ姿のままのアンジュにバナージ達の目が行く。

メリダ島を離脱する際、メイルライダー達は全員ダナンに乗ったはずで、ヴィルキスも確かにそこで格納されたのを見ている。

「こっそり抜け出してきたのよ。サリアの説教を聞きたくなくてね」

「おいおい、勘弁してくれよ。それに、海の中のダナンから空のラー・カイラムにどうやって…」

「覚悟…か…」

その覚悟を決めて果たそうとする責務。

それを果たすために、リディと共に行ったオードリーに思うところがないと言えばうそになる。

だが、それ以上に彼女を信じたいという気持ちもある。

(君の前だけを見るまっすぐな目…。その目に映る先がその責務だというなら、俺もそれを信じたい…)

 

-太平洋 上空-

リディとオードリーを乗せたデルタプラスは赤い海の上を飛び、ハワイを目指す。

メリダ島を脱出し、残余の推進剤を確認しつつ、Gハウンドの力が及びづらいであろう辺境の基地を探して一番の候補となったのがそこだ。

一年戦争では太平洋の海の支配をかけて連邦とジオンが骨肉の争いを起こしていた地だが、セカンドインパクトによって海の戦略的価値が失われ、それに伴い基地としての価値を無くしたそこは今では最低限の兵力と兵器しか存在せず、ジオンにも興味を向けられない存在へとなり下がってしまった。

かつては観光客でにぎわっていたが、それも大昔の話で、今ではサイド6のように戦争を嫌って流れてきた人々の巣窟のようになっている。

(バナージ…あなたを戦いに巻き込んでしまったにもかかわらず、こうして離れてしまったこと…憎んでいるでしょうね。ごめんなさい…けれど、私にはあなたたちを待つ時間が残されていないの…)

デルタプラスのサブシートに乗るオードリーの脳裏に浮かぶのはバナージの顔。

ほんのわずかな間しかかかわっていない普通の少年。

そんな彼のことが今一番胸に突っかかっている。

「ハワイ基地を頼って、そこから親父と連絡する。そこから親父のいるダカールへ行く。まだまだ遠い旅になるぞ」

暗い表情を見せるオードリーに声をかけるリディだが、彼もまた複雑な感情が渦巻いている。

ダカールにいる父親、ローナンのことだ。

政治家の大物ということで世間から話題になり、彼のおかげでリディも地球でそれなりの生活を送ることができた。

だが、どこへ行ってもリディはローナンの息子、マーセナス家の嫡男としてしかみなされない。

政治家の地位も、かつての地球連邦政府大統領であったリカルド・マーセナスの血の存在も大きい。

どんなにそこであがいたとしても、あくまでもリディという個人の存在が認められない。

だから、あくまでもリディという一人の人間としていきたいと願い、彼は家を飛び出して連邦軍人となり、ロンド・ベルに入った。

連邦でも異端の、スペースノイドとアースノイドが混在する、生まれを問わない部隊。

そこでなら、リディとして生きて、活躍できると信じていた。

もう、家の束縛にも、親の七光りからもおさらばできると。

だが、今は彼女の願いをかなえるためにも、その親と束縛に頼らなければならない。

(もっと、違う出会いができたらな…俺たちは…)

「どうかしましたか?」

「なんでもないさ、さあ…行こう。ジオンの忘れ形見…ミネバ・ラオ・ザビ」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦長室-

「ど、どうぞ…」

「ああ…ありが、とう…」

テレサが入れたレモネードを受け取ったハサウェイはぎこちなくお礼を言った後でそれを飲む。

シミュレーションを終え、少し疲れと喉の渇きを感じていたハサウェイにはありがたいものだが、どうしても目の前の少女を意識してしまう。

「あれから…どうですか?ちゃんと眠れていますか?」

「ああ…みんなのおかげで。最近は眠れるようになった。少しだけ、チェーンさんと話せたこともあるのかな…」

クェスの分も生きようと決心したハサウェイだが、それがすぐに心身を前向きに変化させてくれるほど甘くない。

眠っていると、急にクェスの最期の光景が目に浮かぶことがあり、それで飛び起きてしまうこともある。

そして、クェスに手を下すことになったチェーンに乗る半壊のリ・ガズィに銃口を向ける自分の姿が目に映る。

あの時はアクシズショックの余波のおかげで最悪の事態は免れることができ、そのことをしっかりとチェーンに詫びることができた。

そして、その次に思ってしまうのは本当の意味でクェスを殺してしまったのは自分ではないかという感情だ。

シャアに惹かれ、ジオンへ走った彼女を救おうと彼なりに考えて行動した。

だが、やはり若さゆえの過ちで、行動の結果への想像力が足りなかった。

その重い後悔がハサウェイの心に傷を残し、今はそこから立ち直ろうともがいている。

「みんなには感謝しているんだ。こんな僕のために助けてくれたこと…。テレ…いや、テッサには…特に、かな」

「それは女性の気持ちのことでしょうか?」

「それもあるけど…その、なんだろう…。安心する、といえば…いいのかな?」

何時間にもわたってテレサからせっかく女性の気持ちや感情を教えてもらい、どうにかして伝えたいという思いがあるのに頭も心も追いついていない。

うまく言葉にできない自分に歯がゆさを感じてしまう。

そんなハサウェイにテレサは笑みを見せる。

「ハサウェイさん、私の話を…聞いていただけませんか?」

「う、うん…」

今回、艦長室にハサウェイを呼んだ一番の目的がそれだ。

ミスリルに派遣される際に、ハサウェイの身に起こったことはあらかた聞いていて、ハサウェイ自身からも最近では少しずつ話し始めたことから、彼のことはよく理解できている。

だが、その分自分のことを話せていないことに不公平さを感じていた。

そして、ハサウェイに自分のことをもっと知ってほしいという欲望もあった。

「ハサウェイさん…ウィスパードという言葉はご存じでしょうか?」

「ウィスパード…?いや、聞いたことはないけど…」

「どこからともなくやってくるささやきを聞くことのできる特殊な能力を持つ人物のことです。そして、それは決まって既存の体系には存在しない…革新的な技術や理論に関するものなのです」

「ニュータイプ以外にもそんな存在があるなんて…」

「そして、ウィスパードがもたらした技術は今、私たちの世界で浸透しています。…ラムダ・ドライバにも、アーム・スレイブにも、サイコミュにも…。そして、その事実を知っているのは世界でもごくわずかなのです」

「確かに…そんな能力を持つ人間がいるとわかるだけでも、大きな影響を与えてしまう」

「そして…私はそのウィスパードの一人なんです」

「君が…!?」

驚きを見せるハサウェイの脳裏に今までのテレサのイメージが浮かぶ。

ミスリルに配属されることになり、Ξガンダムとともに一度日本の横須賀へ降りた。

そこで初めて出会った時のテレサはある事情で制服姿をしていて、最初は近くの高校に通っている普通の少女という認識しかなかった。

その認識が強かったせいか、のちにトゥアハー・デ・ダナンの艦長であると知っても敬遠することはあまりなかった。

「そして…ウィスパードという存在が認識され始めたのは10年近く前。ちょうど、軍事に関するありとあらゆる技術が飛躍的な進歩を始めた時期になります」

(そうだ…確かに一年戦争が終わってから17年経過しているけれど、それにしては技術の進歩が速すぎる感じがした…)

かつて、アムロが乗っていたガンダムとエルのガンダムMk-Ⅱの性能差を見ても、それはうかがえる。

ティターンズによって、連邦軍内での自らの正当性を証明するために建造されたそれはジオン系列の技術をすべて排除したうえで作られたことが有名だ。

そして、建造にあたってはかつてのガンダムの開発にかかわった人材やその技術を知るものをかき集めた。

それでも当時のガンダムと比較してもはるかに高い性能で完成したことを考えると、テレサの言うウィスパードの関与があった可能性もあり得る。

その証拠となった少女をかつて、宗介が保護している。

「そして、アマルガムは世界中にいるウィスパードを手に入れることで戦力の増強をもくろみ、ミスリルはウィスパードを保護するために活動しています」

「ちょっと待ってくれ、じゃあ…千鳥さんがいるのは…まさか…」

「はい…かなめさんもウィスパードなのです。ですので、アマルガムから守るために、現在はダナンに。そして、彼女の護衛のために、一時期とはいえカナメさんと同じ学校にサガラ軍曹も通っていました」

その手段は一般の兵士であれば、もっとマシに動くことができたかもしれない。

年齢としてはかなめと近く、ウィスパードとかかわったことのある宗介であれば適任とされたのだろうが、既に彼の学校内で引き起こした数多くの事件がそれを否定している。

そうした事件の数々によって、かなめの通う都立陣代高校は有名になった。

なお、その事件によって発生した損害についてはミスリルによって賠償されており、当初はたった1週間で修繕費として43万5000円も支払う羽目になり、さすがにミスリルとしても面倒が見切れないということで宗介も負担することになったのは言うまでもない。

「けれど、アマルガムによる魔の手が迫り、高校そのものも休校となったことから今はこうして行動を共にしています。それから…」

「テッサ…?」

そこから先の話を始めようとしたテッサの表情が曇る。

小刻みにだが、彼女の体が震えていて、それを話すことに戸惑いや恐怖を感じていることがよくわかる。

ハサウェイはテレサの隣へ行き、震える彼女の手に触れる。

「ハサウェイさん…」

顔を赤く染めるハサウェイは言葉をかけることなく、重なる手を見る。

宗介とは異なる、優しくてやわらかい、軍人には向いていない手。

植物監査官を夢見る優しい男の手。

一度目を閉じたテッサはそのぬくもりで心を落ち着かせる。

そして、彼女の口から伝えられる言葉が静かにハサウェイの耳を駆け抜けていった。

 

-ヤマト 格納庫-

「ああ、くっそ!!ダメだ…こんなんじゃあ!!」

ヴァングレイのコックピットから出てきたソウジが悔し紛れにかぶっていたヘルメットを床にたたきつける。

「キャップ、この設定では仕方がありません。この難易度では…」

「これでいいんだよ、ナイン。これをどうにかするだけの力がなきゃあな…」

ナインに頼んで組んでもらったシミュレーション。

アムロ達がかつて戦った強敵の戦闘データを元に構築されており、あくまでも一般の人間であるソウジには荷の重い相手が多い。

特にソウジがしんどいと思った相手は黄土色のダルマというべきモビルスーツ、ジ・Oだ。

キュベレイやサザビーなどのファンネルを持つモビルスーツに対しては散弾を利用することである程度はけん制することができるが、問題はその反応速度の高さだ。

木星帰りの天才とされるパプテマス・シロッコが独自で作り上げたそのモビルスーツにはZやZZなどとは根本的に異なる構造のバイオセンサーが搭載されており、それが異常なまでの反応速度に反映されている。

そして、ダルマのような大柄な機体ではあるが、その内実は各部アーマーに搭載された大量のスラスターとプロペラントタンクにより、高機動を長時間安定的に行うことのできる機動力重視のモビルスーツであることもソウジを苦しめる結果となった。

モビルスーツに必要なのは変形機構でも多種多様な重火力でも広い視野でもなく、パイロットの腕を最大限引き出せるインターフェースと機体本体という彼の理論の正しさをいやというほど味わった。

グーリーやフロンタル、ガウルンなどの多くの強敵の姿を見てきたソウジにとって、そういった相手と少なくとも対等に戦えないとこれから先戦うことができない。

だが、チトセ達とは違い、特別な能力を持たない以上はこうした努力で埋め合わせるほかない。

「やっているな、ソウジ」

「キンケドゥの旦那…」

「どうだ?シミュレーションにはなるが、俺とやってみるか?ちょっとした装備を試したくてな。チトセも一緒でいい」

「装備…?」

 

シミュレーションモードで接続されるヴァングレイとスカルハート。

両者のモニターに映るのは木星宙域で、そこで2機が対峙する。

「ソウジさん、スカルハートが見たことのない装備をしています」

「ああ…。なんていうか…でっかい錨だな」

普段装備しているビームザンバーやザンバスター、ピーコックスマッシャーとは違う、細見のスカルハートには不釣り合いな巨大な錨。

違和感がぬぐえない中、スカルハートは錨をヴァングレイに向ける。

「イカリマル…っていうらしい。発案したのはトビアで、ネェル・アーガマで保護されている学生たちとメカニックが調整してくれた。俺もまだ感覚をつかめているわけではないが…試すだけのことはある!!」

シザーアンカーと接続したイカリマルがヴァングレイに向けて投擲される。

宇宙空間での戦闘で効果を発揮する巨大な質量弾となりえるイカリマルが投擲されたと同時に一気にスピードを上げてヴァングレイに迫る。

「こいつ!?錨の中にスラスターが!?」

「そちらばかり見ている場合か!?」

イカリマルを制御するシザーアンカーを右手で保持しつつ、スカルハートが左手に握っているザンバスターをヴァングレイに向けて放つ。

レールガンを発射しつつ距離をとっていくヴァングレイを見たキンケドゥは即座にイカリマルをスカルハートの手元に戻す。

スカルハートとイカリマルのスラスターに火が灯り、イカリマルの刃を突き立てるような態勢でヴァングレイに向けて飛ぶ。

「サブスラスターにもなるのかよ!?ナイン!どうなんだ、これ!?」

「イカリマルという兵装…はっきり言って、モビルスーツに使うのにはナンセンスです。使えるとしたら、クシャトリヤのような巨大な人型機動兵器が…」

「となると…竜馬が使えたら、喜びそうだな!!」

確かにイカリマルのおかげで更なる加速ができるように見えるスカルハートだが、容易に推進ベクトルの方向を変えることのできるクロスボーンガンダム特有の推進器とは異なり、イカリマルができるのはあくまでも一方向のみ。

後ろにまっすぐ下がるのではなく、ある程度向きを変えながら避ければいい。

まっすぐ突撃するだけではワンパターンになるということは歴戦の猛者であるキンケドゥ自身も分かっていることだろう。

ヴァングレイを上回る加速で迫るスカルハートがわずかに足を止めると、イカリマルを両手で保持する。

同時に、イカリマルから巨大なビームサーベルが展開され、それをヴァングレイに向けて投擲する。

「なんだ…こいつは!?」

スラスターを吹かせて飛んでくる巨大なビームサーベル。

仮にそんなものがガミラスの戦艦に向けて投げられたらと思うとぞっとする上、見慣れないパイロットが見た場合、動きを止めてしまうかもしれない。

粗削りな面の否めないイカリマルだが、光るものは確かに見えた。

その巨大なビームサーベルを避けるソウジだが、何かに気づいたチトセがソウジに声をかけようとする。

だが、その前に上から衝撃が走り、ヴァングレイの両肩にはスカルハートの脚部から突き出たヒートダガーが突き刺さっていた。

そして、スカルハートの右手にはビームザンバーが握られていて、これでとどめを刺されるという展開が既に目に見えていた。

イカリマルに目が行き過ぎていたことに気づいたソウジは己のうかつさをかみしめる。

戦ったキンケドゥもこうしてみることでヴァングレイの強さといびつさを感じていた

(ヴァングレイは確かに欠陥機だ。だが、機動力と重装甲、火力については申し分ない。それに、何よりも異様なまでに拡張性がある。そのおかげで重装フルアーマー形態になることができたが…)

ヴァングレイを開発していたのはかつてチトセが所属していたという第三特殊戦略研究所という話だが、兵器の大半はサナリィが生産している。

ユニバーサルスタンダードが採用されているジャベリンなどとは違い、解析した真田が言うには、ヴァングレイにはユニバーサルスタンダードで作られていないという。

いくら互換性のない機体だとしても、ユニバーサルスタンダード仕様にするのは少なくとも宇宙世紀世界でも新正暦世界でも常識といえる。

それを排除して、なおかつ異なる世界の技術を組み込むことのできるいびつな拡張性。

「ソウジ、チトセ。少し思ったんだが…」

(全員に通達、全員に通達。これより、我々は日本の第3新東京市へ向かう!到着と同時に出撃の可能性も考えられる。総員…)

「第3新東京…??」

「セカンドインパクトによって壊滅的な被害を受けた東京に変わる新たな首都です。神奈川県足柄下郡箱根町仙石原にあります」

セカンドインパクト、早乙女研究所で発生したゲッター汚染。

その2つは日本に大きな被害をもたらし、数年にわたって日本の復興を停滞させることになった。

だが、特に首都機能が停止していると日本に大きな混乱が起こりかねない。

その東京が赤い海で水没したことから始まったのが新東京開発計画だ。

その計画では暫定的な首都を長野県松本市に設置し、そこを第2新東京市として仮に首都とし、芦ノ湖北岸の神奈川県足柄下郡箱根町仙石原に新首都を開発するというものとなった。

こうして開発された第3新東京市が人が住めるような状態になったのが数年前で、現在も開発中ではあるが、徐々に首都機能に移行が進められているという。

(宇宙世紀世界の日本…。なんだ?嫌な予感がする…)




機体名:ナラティブガンダム(サイコプレート装備)
形式番号:RX-9
建造:アナハイム・エレクトロニクス社(装備についてはヤマトで建造)
全高:21.1メートル
全備重量:42.2トン
武装:バルカン砲、ビームライフル、シールド(ビームガン、ミサイルランチャー内蔵)、ビームサーベル×2、サイコプレート×8
主なパイロット:ヨナ・バシュタ(メイン)、リタ・ベルナル(サブ)

インコムを喪失したナラティブガンダムにヤマトで建造されたサイコプレートを搭載したもの。
アムロから提供されたデータにより、万能工作機でサイコフレームを建造したものの、データ不足や技術の差などが要因となり、その完成度は正規のものと比較すると6割程度のものとなった。
それでも、高度なサイコミュシステムであることには変わりはなく、それを搭載したサイコミュ兵器として、サイコプレートが開発された。
サバーニャに搭載されているシールドビットのような守りとしての意味合いが強いものの、高い強度から打撃武器に転用することもできる。
なお、サイコプレートそのものについてはかつて、アムロが目撃したとあるモビルスーツで実際に運用されていたようだが、それについてはアムロもブライトも沈黙しており、データにも残っていないことから謎に包まれている。


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第57話 始まる運命

-太平洋 公海 日本領境界付近 ネェル・アーガマ改 格納庫-

薄緑色の皿を背負った亀のような不格好さが目立つ飛行機にマリーダを乗せたベッドが運ばれ、アルベルトの部下も乗り込んでいく。

一年戦争までは早期警戒機として開発されたその飛行機、デッシュはミノフスキー粒子散布化では優れたレーダー機能を発揮することができず、遠距離索敵性能を生かした要人用高速連絡機として活用されている。

モビルスーツが主流となり、戦闘機などの旧来の兵器が次々と退役となっていく中、デッシュにはその機体にしかない能力の存在故に、現在でも細々と運用されている。

このデッシュはミスリルで運用していたもので、メリダ島脱出の際に運び込んでいた物資の一つだ。

「…では、アルベルトさん。お元気で」

「うむ…。あの捕虜の強化人間については私が責任をもって、しかるべき機関に引き渡そう。モビルスーツについては好きにしてくれて構わん」

ぎこちなく、社交辞令のような挨拶を交わすアルベルトとオットー。

ようやく厄介者を追い出せる安心感と連れていかれるマリーダに待つであろう運命。

それらが交錯し、オットーの表情は固まる一方だ。

だが、アルベルトはあくまでもロンド・ベルが起こした厄介ごとに巻き込まれただけの被害者。

そして、これからとある要請に従って日本に入ることになる前に火種を残すわけにはいかない。

「…言いたいことがあるのかね、バナージ・リンクス」

「マリーダさんは…やっぱり、捕虜なんですね」

「当然だ。だが…南極条約がある。それに基づいた治療を行うためにも、整った施設に搬入する必要があるのだ」

「我々は連邦軍の厄介者、そしてGハウンドの獲物になった存在だ。あんたまで巻き込まれるいわれはないさ」

「ああ…。ユニコーンについては引き続きロンド・ベルに預ける。取得したデータは可能な限り、こちらへ送ってほしい」

「わかりました。それについては善処いたします」

「では…頼むぞ、チェーン准尉」

お尋ね者になったとはいえ、ロンド・ベルはたとえ命令がなくともジオンと戦闘を行うことになる。

そして、数多くのニュータイプを抱えるこの部隊以上にユニコーンのデータ収集のできる絶好な部隊は存在しない。

そして、何よりもそうすることで得られる新しいデータもある。

そのためにもユニコーンには引き続きロンド・ベルで頑張ってもらう必要がある。

その後はゆっくり休んでもらえばいい。

「じゃあな…アルベルトさん。お達者で」

「あのマリーダって子にひどいことしないでよね」

「それだけは約束してくれ」

ジュドー、そして彼を慕う二人の少女の視線がアルベルトに突き刺さる。

目を細め、わずかに首を縦に振ったアルベルトは部下に促されてデッシュに乗り込む。

ハッチが開き、浮上を開始したデッシュがネェル・アーガマを飛び立っていく。

遠くなっていくその飛行機をバナージはずっと見つめていた。

 

-デッシュ 機内-

「では…アルベルト様。マーサ様の指示の通り…」

「ああ…わかっている」

遠ざかっていくネェル・アーガマを見つめ、うわごとのように返事を返すアルベルトをよそに、部下たちは通信機で連絡を取り始める。

話声が耳に届く中、アルベルトの脳裏に浮かんだのはバナージの目だ。

(カーディアス・ビスト…彼とそっくりだ…)

自分を生んだ親にして、最も憎んだ男の息子であり、自分とは何も面識のない兄弟。

カーディアスと過ごした記憶もほとんどないはずの彼の目は父親とよく似ていて、そのくせまっすぐだ。

後継者としてしかるべき厳格な教育を受ける中でねじれ曲がってしまった己と対照的に。

だが、まっすぐな目をしていたのはバナージだけではない。

ジュドーらガンダムチームやプルとプルツー、そしてこの事態を打開しようともがく彼らロンド・ベルもまた、その目は未来に向けてまっすぐに向けられている。

(もう…あの目を見ることはないのだろうな…)

いずれ彼らは政治と戦略に押しつぶされ、朽ち果てていく運命。

だが、そんな末路をたどるであろう彼らを思い浮かべると、胸が痛くなる。

そんな自分を押し殺すかのように、アルベルトは目を閉じた。

 

-ネェル・アーガマ改 格納庫-

「行っちまったな…」

「うん」

「結局、オードリーって子のことも分からずじまいね」

「そっちはリディ少尉がどうにかしてくれるさ。あとはあの人の連絡を待とうぜ」

「…」

リディについていき、自分の元から去ってしまったオードリー。

彼女とリディを信じたいという気持ちはある。

だが、離れることになるなら一言言ってほしかった。

せめて離れるまでの心の準備をする時間をわずかでも与えてほしかった。

今、バナージが持つオードリーへの負の感情はそれだけだ。

「落ち込んでる暇はないぜ、バナージ。俺たちは俺たちでやらなきゃいけないことがあるんだからよ」

「そうだ。我々は日本へ向かい、ある機関の援護をする必要がある」

「もしかして、光子力研究所か!?あのマジンガーZの!?」

日本にあるロンド・ベルに協力的な機関で思い浮かぶのはそれだけだ。

富士山の裾野に位置するその研究所は一年戦争の少し前に新たな元素及び鉱石であるジャパニウムが発見された。

金属結晶の原子の並び方に乱れがないその鉱石は堅牢な装甲となる超合金Zを作ることができ、それを元に開発されたのがマジンガーZだ。

また、超合金Zを精錬する際に生まれる光は光子力エネルギーとして完全無公害かつ驚異的なパワーを生み出せることから一時は夢のエネルギーと称された。

そのジャパニウムの発見により、一時は各地でジャパニウムが採掘できる土地を探し、一時はヨーロッパの古代エーゲ島にあるバードス島が有力視されていたものの、一年戦争とセカンドインパクト、そしてゲッター線汚染などの影響によってとん挫することとなった。

結局、富士山でしか採掘することができないうえに超合金Zと光子力を生産するためのコストが高いことから連邦軍での運用は断念され、結局それらが活用されているのは光子力研究所のマジンガーZをはじめとした機械のみとなった。

「いや、我々が向かうのは光子力研究所ではない。我々が向かうのは…」

 

-第三東京市 市立大壱中学校1年生教室-

「よし、ホームルームは終わりだ。今日は部活休止の日だ、全員さっさと帰れー」

教師が教室を後にし、生徒たちは友人をしゃべりながら帰り支度を始める。

日本のささやかな平和のひと時で、誰も口にはしないが、この日本もいつ戦場になってもおかしくない環境だということは変わらない。

最近では機械獣という謎の兵器が現れるようになり、それを光子力研究所の機動兵器や日本に駐屯している連邦軍が対応している様子だ。

まだこの町に機械獣が現れたという話はないが、それでもテレビやネットで何度もその話や戦争の話を聞いているとこの平穏もいつか簡単に壊れてしまうように思えてしまう。

「よぉ、シンジ。ここには慣れたか?」

茶色い髪にそばかすのある顔で、眼鏡をかけた少年、相田ケンスケが1か月前に転校してきたばかりの友人に声をかける。

その少年は同年代の男子と比較するとほっそりとした体な上に顔立ちも整っているが、やや陰気な上に出会った当初はあまり感情を見せることがなかった。

こうして気軽に話せるようになったのはついこの間で、それからその少年、碇シンジはようやくクラスの一員となったように思える。

「そういえば、そうだね…」

「で…どなんや?親父さんには会えたんか?」

日焼けをした肌で体育や部活の時間でもないにもかかわらずジャージ姿をした、身長もシンジと比べるとやや高く、いかにも体育会系といえる少年、鈴原トウジの言葉にシンジは首を横に振る。

「そうかぁ…1か月も経つのに、薄情なもんや」

「よくわかんないよなぁ。だって、お前をここへ呼んだのは親父さんなんだろ?」

「父さんの知り合いの人が世話をしてくれるから、特に問題はないんだけどね」

父親の顔は覚えている。

だが、過ごした記憶は幼少期のわずかしかない。

物心ついた時には親戚のもとにいて、そこからいくつもの親戚の元を転々としながら育った。

今世話になっている人は父親の部下を名乗る女性で、彼女の暮らしているマンションに同居している。

今まで過ごしてきた大人たちと比べると信用できる人ではあるが、問題なのは彼女の生活能力で、料理はまずい上に部屋も汚いことからシンジが家事の手伝いをしている。

たらいまわしされる生活の中で培った家事能力がここで役に立つとは思わなかったが、今までの生活と比べると、こうして友人ができ、世話になっている人とも悪い関係ではないことから恵まれているとシンジは思っている。

父親といまだに会えないことに違和感は覚えているが、もう10年以上もこういう生活をしているため、別に違和感は抱かない。

「まあええわ。困ったことがあったら、なんでもワシらに言えや」

「俺ら、友達だろ?」

「ありがとう、トウジ、ケンスケ」

笑顔で礼を言うシンジの脳裏に、ここに来た初日にその女性、葛城ミサトから言われたことを思い出す。

彼女曰く、本当ならすぐに父親と会う予定になっていたものの、スケジュールが大幅に乱れたことからそうはいかなくなったという。

修正が終わり、会えるようになったら父親に元へ連れていくと。

最初の一週間は仕事から帰ってくる彼女に父親と会えるか尋ねたことはあるが、もうすっかりやめてしまった。

父親が呼んだ以上、おそらくは当分ここで過ごすことになる。

この悪くない生活を続けるのも悪くないだろうとさえ思っている。

(それにしても、父さんとあの人…ミサトさんがいるNERVって、何をしているんだろう?)

第三東京市に本部を置く連邦直轄の特務組織であるNERV。

セカンドインパクトで赤く染まった海の調査とそれを元に戻すための活動、そしていずれ起こる可能性のあるサードインパクトを防ぐことを目的として設立された機関ということは聞いているが、それ以上のことは何も教えてくれない。

「あ、碇君!」

同じクラスでシンジと同じくらいの身長で薄茶色のツインテールの少女、鈴木ヒカリがカバンを持ったまま教室へ戻ってきた。

他の女子生徒と一緒にもう帰ったものだと思い、3人の視線が彼女に向けられる。

「どうしたの?」

「迎えが来ているわ。ええっと…ミサトさんって人が。伝言を頼まれたの。綾波さんも待ってるから、すぐに来てって」

「綾波が…?」

シンジよりも数か月先に転入してきた少女、綾波レイとはシンジはあまり接点を持たない。

酒を飲んだミサトの愚痴を聞いている際に彼女の名前が出てきたことはある。

その時、彼女は綾波のことをレイと呼んでいて、近い関係であることは感じられた。

クラスも同じだが、彼女とはあまり話す機会がない。

水色の髪に赤い目をした彼女は口数が少なく、ポーカーフェイスなために一部の男子からはアイドル視されはするものの、友人がいないようで一人でいることが多い。

そんな独りぼっちな雰囲気の彼女を最初に見たとき、その髪の色と顔立ちのせいか、幼少期に死んだ母親、碇ユイのことを思い出した。

(なんだろう…これって…)

カバンを手に立ち上がったシンジだが、次の瞬間学校中を警報音が響き渡る。

ここで暮らす中で何度も聞いた避難訓練の警報音。

ジオンも手を出すことの少ないこの町で週に1回は発生するこの警報音はすっかり第3東京市の名物となっていて、軍の命令ということから町の人々は消極的にこの訓練に参加している。

「急いだほうがいいんじゃない?碇くん」

「う、うん…」

いつもの日常と化したこの警報音の中でそんなことを言われたシンジは教室を出る。

シンジにとっても日常になりつつあったこの警報音だが、今日に限ってはそれが重々しく感じられた。

 

-第3東京市-

「はあ、はあ、はあ…」

白いノーマルスーツ姿のシンジはコックピットのモニターに映る化け物の姿を見つつ、こみ上げる吐き気と恐怖を必死に抑えようとする。

コックピットの中はLCLなどという液体でいっぱいになっていて、ヘルメットをつけていない状態では窒息してしまうと思われるのに、なぜか呼吸ができるという違和感でいっぱいな液体だ。

血のような暗い赤の玉石を胸部に着け、細長い手足と白いカラスのような仮面を顔に着けた人型の化け物の手から光の槍が出現し、コックピットに直接突き刺そうとしてくるのが見えた。

「応戦して、シンジ君!!」

モニターに同居人である紫のロングヘアーの女性、ミサトが映り、彼女の言葉と正面からの攻撃に反射するようにシンジが操縦する機動兵器がナイフで受け止める。

(どうして…どうしてこうなっているんだ…??)

ミサトにつられて、綾波と一緒にNERV本部へ向かい、そこでようやくモニター越しではあるが父親である碇ゲンドウと再会することができた。

だが、彼から言われたのは直ちにノーマルスーツに着替えてエヴァに乗れという言葉だった。

何もわからないままミサトに更衣室へつられて、ノーマルスーツを着用させられたと思ったら無理やりエヴァなどという機動兵器に乗せられ、そのまま出撃して目の前の化け物と戦っている。

機動兵器と呼んでいるものの、このエヴァがそう形容するのが正しいのかどうか、シンジにはわからない。

各部に緑色のパーツがついた紫で一本角のついた人型の化け物と思えるそれは従来のモビルスーツの倍近い大きさを持ち、背中にはNERV本部と接続するためのケーブルが存在し、それがこのエヴァに電力を供給してくれる。

「戦いなさい!戦わなければ…死ぬわよ」

「どういうことなの?何もわからないよ、説明してよ父さん!!」

「説明はした」

モニターにオレンジのサングラスをかけ、シンジとよく似た顔立ちをしているが、皺と髭によって男らしさが強調されたようなものになっている男、碇ゲンドウが息子が防戦一方となっているにもかかわらず、無表情のまま言葉を切る。

シンジにはエヴァ初号機に乗ってもらう、そしてこれからやってくる敵と戦ってもらう、それを伝えれば彼にとっては十分な話だ。

そのために、ミサトの元で居候になっている間は時折暇つぶしと将来のための勉強という名目でシミュレーターで訓練をしてもらった。

これでエヴァの操縦もできるはず。

だが、シンジには何も納得できる説明をもらっていない。

「どうして僕が乗らなきゃ…戦わなきゃいけないんだ!?」

「それがお前の使命だからだ」

「そんなの…!!」

「シンジ君!!」

「あ…!?」

化け物は決して待ってくれない。

動揺するエヴァ初号機の頭部をつかんだ化け物は手の甲から生み出している光の槍をパイルバンカーのように打ち込む。

頭部に大きな穴が開いたエヴァ初号機があおむけに倒れ、その姿がNERV本部のモニターにも映る。

「頭部破損!損害不明!!」

「活動維持に問題発生!」

「状況は!?」

「シンクログラフ反転、パルスが逆流しています!!」

「回路切断!せき止めて!!」

左目の下に泣きホクロのある白衣の女性、赤木リツコの脳裏に最悪の事態がよぎる。

確かにゲンドウが指名したパイロット、シンジにはエヴァ初号機に乗るだけの素質はある。

エヴァにはパイロットとの神経接続することで同調し、反応速度の向上や精密な動作を可能としている。

だが、すべての人間がそれが可能かと言えばそうではなく、少なくともこれまでエヴァ初号機についてはシンジ以外に同調することができず、シンクロ率0%だった。

シンジの場合のシンクロ率は43%で、それだけでも彼にはエヴァ初号機に乗る素質があることがわかる。

だが、素質があったとしてもこれまで実の父親と切り離されて育ち、これまで普通の少年として生きてきた彼がそれを発揮できるわけがない。

そして、シンクロ率は感情によって大きく変化することになる。

恐怖にとらわれ、精神が不安定な状態になるほどエヴァとパイロットにどのような影響を与えるのかわからない。

最悪の場合、暴走の果てに自爆なんて言うこともあり得る。

それを食い止めるべく、リツコの指示でオペレーターたちはエヴァ初号機の遠隔制御を試みる。

「ダメです…エヴァ初号機、信号受信できません!拒絶されています!!」

「シンジ君は!?」

「モニター反応なし、応答ありません!生死不明!!」

モニターにはエヴァ初号機にとどめを刺すべく、両手の光の槍を展開した状態でゆっくりと接近する化け物の姿が映る。

(水の天使サキエルの名をつかさどる第4の使徒。だが、この程度を倒せないのでは意味がない)

ゲンドウの計画では、本来ならもっと早く現れるはずだった第4の使徒。

そう、本当ならシンジが第三東京市にやってきた日に。

それが何を意味するのかは分からないが、これから襲う敵のことを考えると、この程度の障害は乗り越えてもらわなければ困る。

「シンジ君!シンジ君!!敵が迫っているのよ!!目を覚ましなさい!!」

ミサトが必死にシンジに通信を送るが、返事が返ってくることはない。

肉薄した第4の使徒が光の槍で頭の上から串刺しにしようとする。

だが、何かを感じたのか、視線を正面のエヴァ初号機から東へ向ける。

同時に飛んできた薄いオレンジ色のビームが彼を襲うが、オレンジ色の八角形のバリアがそれを受け止めた。

「くそっ!光子力ビームでも破れないのか!このATフィールドってのは!」

ジェットエンジンを2つつけた蝙蝠の羽根のようなブースターを背中に取り付け、グレートマジンガーと比較するとより筋肉質で太い造形となっているマシン、マジンガーZが放つ光子力ビームはピンポイントでの破壊力ではほかの兵装を上回るが、それを前もって聞いていたATフィールドが受け止めてしまった。

マジンガーZにはほかにも武装があり、光子力ビーム以上の攻撃力を誇るものもあるが、町への被害を考えると制限されるものも多い。

マジンガーZに遅れて、赤と白のカウガールというべき姿の機動兵器、ビューナスAと黄色いばねで覆われたかのように長い手足と相撲取りのような大柄な胴体を誇る人型兵器、ボスボロットもやってくる。

「ATフィールドを破るためには、それを上回る出力の攻撃を加えるか、ゼロ距離攻撃しかないけど…」

ビューナスAに乗る茶色いロングヘアーで白いライダースーツ姿の少女、弓さやかは出撃前に光子力研究所の所長であり、父親である弓弦之助から聞いた話を思い出す。

目の前の化け物、使徒が第3東京市の中枢に到達した時、再びセカンドインパクトが起こるという。

さやかが生まれて間もなく起こったそれを見た記憶があるわけではないが、彼から時折その当時の話を聞いており、どれほどの惨劇だったのかは理解できる。

「おいおい!!あの紫のロボット…でいいのかよ?あれは…やられちまってるぞ!!」

ボスボロットの頭部にあるコックピット、強いて言えば口元にある隙間から外の様子を見ている大きな図体で学生服姿をした少年もエヴァの話は多少聞いていたが、対使徒用の新兵器という話は聞いていたため、簡単にはやられないだろうという願望があったが、この目の前の状況がそれを打ち壊した。

「まずいっすよ!あのロボット、やられちゃう!!」

「ボス!早く助けないと!!」

隙間から双眼鏡を使って偵察をする、ボスと呼ばれた少年と同じ制服姿の少年二人が操縦桿であるハンドルを握るボスをせかす。

鼻水を垂らしている方にヌケ、小柄な方のムチャは2人ともボスの舎弟のような存在だ。

「速くって言われても、こいつの足じゃ…!!」

「だったら!!」

オレンジと茶色のノーマルスーツを身にまとった逆立つ黒髪の少年、兜甲児はマジンガーZを第4の使徒に接近させる。

追加ブースターであるゴッドスクランダーのおかげで飛行が可能になった今のマジンガーZが3機の中では一番速い。

町へ与えてしまう被害を考えると、接近戦を仕掛けるのが得策だと甲児は考える。

超合金Zで覆われた鉄の城たるマジンガーZであれば、簡単に破壊されることはない。

甲児の予想通り、マジンガーZの至近距離からのパンチは使徒に効果があり、超合金Z製の強固な拳を受けた第4の使徒の仮面に大きなひびが入る。

「まずは彼らが来てくれたか…」

ゲンドウの隣で今の戦場を見守るグレーのオールバックをした老人、冬月コウゾウは普段のようにポーカーフェイスでマジンガーZの戦いぶりを見る。

念のためにあのお尋ね者となったロンド・ベルにも要請を出しているが、もしかしたら彼らが来る前に終わるかもしれない。

だが、既に大きく乱れた計画とスケジュールの中ではこの先の状況などゲンドウにもコウゾウにもわからない。

「今のうちにエヴァを戻すのよ!パイロットの保護を!プラグを引き抜いて!!」

エヴァには白色の細長い円筒状コックピットであるエントリープラグシステムを採用しており、コアファイターのようにパイロットを脱出させることもできる。

こちらからの通信を使えば、エントリープラグを強制排出させることができるはずだった。

「そんな…エヴァ初号機、プラグ排出できません!」

「嘘だろ…制御から外れます!!」

「なんですって!?」

光の槍を受けた頭部でかろうじて残っている片目が赤く光ると同時にエヴァ初号機が起き上がる。

起き上がったエヴァ初号機が牛のような鳴き声を上げ、それが第三東京市中に響き渡る。

「何…これ…」

「機械が鳴いている…?うわああ!!」

起き上がったエヴァ初号機が第四の使徒と交戦しているマジンガーZを蹴り飛ばし、それは地面を転げまわった後でビルにぶつかってようやく止まった。

「甲児君!」

「大丈夫だ!くそ…どうしたってんだよ、これは…」

幸い超合金Z製の装甲のおかげでダメージは軽微で済んだが、それよりも甲児が驚いたのは今目の前で繰り広げられているエヴァ初号機による肉弾戦だ。

ただ殴りつけているだけならいい。

だが、獣のように口を開いてかみつくなど、その姿はもはや機動兵器の範疇を超えているように甲児には見えた。

「勝ったな…」

コウゾウの言葉にゲンドウは何も言わず、ただ目の前に映る光景を見つめるだけ。

第四の使徒のATフィールドを中和し、最後はコアと思われる胸部の赤い玉石を両手で力任せに引きちぎると、そのままそれを握りつぶすように砕いた。

コアを破壊された第四の使徒はわずかな時間だけ動きを止めた後で、肉体が粉々に砕け散り、周囲とエヴァ初号機を鮮血のような赤い液体で染め上げた。

血みどろになり、全身を振るわせながら呼吸しているような動きを見せるエヴァ初号機の姿にさやかの鳥肌が立つ。

「いとも簡単に使徒を…」

「これが…エヴァ、エヴァンゲリオン…」

エヴァの持つ力でATフィールドを侵食、突破してコアを破壊する。

その構想をもとに開発されはしていたものの、こうして実戦でそれが通用するかまではわからなかった。

だが、これではっきりした。

モビルスーツなどの従来の機動兵器では倒せない使徒をエヴァなら殺すことができる。

「うへえ…血みどろだぜえ」

「よかったぁ、近くにいなくて」

「近くにいたら、俺らまでベトベトだぜ」

「でも、これで世界は守られたってことでいいんだよな?兜!!」

「いや…まだだ」

確かに使徒は倒されたが、まだ終わりではない。

自分の中の勘が警告してくる。

先ほど、マジンガーZをこうして蹴り飛ばした犯人がエヴァ初号機であり、制御されているようにはとても思えない。

第四の使徒を殺したエヴァ初号機は血塗られた目で甲児たちを見ると、鳴き声を挙げながらとびかかる。

「う、うわあああ!!」

「待ってくれよぉ!!俺たちは味方だぞ!!」

とびかかるエヴァ初号機を拘束すべく、ボスボロットの両腕が伸びる。

スクラップの寄せ集めであるボスボロットだが、それでも光子力研究所で作成されたロボットだけあって、単純なパワーだけならマジンガーZに匹敵する。

そのパワーを持つ腕でエヴァ初号機を拘束する。

己の倍以上の大きさを誇るエヴァ初号機をからめとることには成功したものの、問題はそれがどれだけ持つかどうかだ。

「コックピットを引き抜かないと!教えてください!エヴァ初号機のコックピットの位置を!!」

「画像を送るわ!その位置にエントリープラグがあるから、引き抜いて!!」

耐久性の低いボスボロットでは長くエヴァ初号機を拘束できない。

さやかはビューナスAをエヴァ初号機の背後に回らせ、ミサトから送られた画像を元にエントリープラグの位置を特定する。

パワーのないビューナスAではあるが、精密な動きについてはこの中では一番で、背中の装甲を両腕に装備しているZカッターで切り開き、そこからエントリープラグを引き抜くだけのことはできる。

だが、そんなさやかに待っていたのはゴキゴキと嫌な音を立てながら首を180度回転させたエヴァ初号機の血塗られた顔で、それがZカッターを振るおうとしたビューナスAにかみついた。

「さやか!!」

「な、なんだってんだ!?これはあ!!」

「ああ、ボス!ボロットのパワーアームがぁ!!」

ムチャの叫びの直後にボスボロットのパワーアームが砕け、エヴァ初号機が自由の身になる。

かみつかれたビューナスAの超合金Z製の腕には深々とした歯型ができていた。

「嘘…超合金Z製なのに!!」

「さやか!!」

ビューナスAに狙いを定めつつあるエヴァ初号機に向けてロケットパンチを放つが、ATフィールドに阻まれる。

それでも、彼の狙いをさやかからマジンガーZに向けるだけの効果はあった。

その証拠に、両腕を失ったボスボロットと傷ついたビューナスAを無視して、エヴァ初号機はマジンガーZに向けて歩き始めている。

「そうだ…そうだ。来るなら、俺に向かってこい!!」

 

-太平洋 伊豆諸島付近-

「光子力研究所から連絡が入りました!第三東京市にて異常事態発生、救援求むと!!」

「了解だ。先行できる機体を出撃させろ!」

ブライトの指示により、Ξガンダムをはじめとする機動兵器の一部が出撃準備に入る。

ヤマトでは、ヴァングレイにプロペラントタンクが装備され、バックパックにはポジトロンカノンの代わりにガトリング砲が装着される。

「ナイン、ヤマトからかなり離れることにはなるが、サポートは大丈夫だろうな?」

「問題ありません。たとえ地球の裏側まで離れても、完全なサポートができます」

「頼もしいぜ!お…グレートも出るのかよ?」

「ああ。沖田艦長には許可を取った。あそこにマジンガーZがいるというなら、俺の記憶の手掛かりにつながるはずだ」

「今頃、竜馬が悔しがると思うぜ」

「なら、もっと悔しがらせてやるさ。グレート、出るぞ」

ヘルメットを装着し、先にヤマトから出撃したグレートマジンガーを第三東京市へと飛ばす鉄也。

今のグレートマジンガーのバックパックにはコスモファルコンから機首部分が取り外されたかのような形状の追加ブースターが装着されており、これによって長距離への飛行が可能となっている。

操縦する鉄也の脳裏に浮かぶ朧げな記憶。

そして、誰かが伝えてきた言葉。

(俺が…俺とグレートマジンガーがこの世に存在する理由…。マジンガーZ…あれさえ見れば、すべてが埋まるはずだ。だが、ゲッターロボはなぜそれにかかわるんだ…?)




武装名:グレートブースター(レプリカ)

グレートマジンガーへの追加装備として、撃破されたコスモファルコンの残骸を用いてヤマトの万能工作機で建造されたもの。
グレートブースターの設計そのものは鉄也が万丈の元にいた時期によみがえった記憶の中に存在していたものの、グレートマジンガーを出撃させる機会が少ないことから建造は見送られていた。
今回建造されたのは宇宙世紀世界で連邦とジオンの双方と戦う可能性があり、なりふり構っていられないという消極的な状況下での出撃可能な機動兵器の戦力アップが目的となっている。
この装備によって、元々空中戦闘が可能なグレートマジンガーはΞガンダムに匹敵するスピードを獲得することができ、緊急時には翼部のビーム砲による攻撃や分離して相手にぶつけることもできる。
ただし、鉄也の記憶が正しければ、グレートブースターもグレートマジンガーと同じく超合金ニューαで建造する必要があり、それを使うことでグレートブースターはたとえ分離して相手にぶつけたとしても、損傷が軽微な上に再合体も可能になるということらしい。
そのためこちらのグレートブースターはあくまでもレプリカといえ、スピードそのものはオリジナルに近いものの、分離後の再合体は不可能な上に急増品であることから使用できるのは一度きりになっている。


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第58話 使徒

機体名:第4の使徒
全高:不明
全備重量:不明
武装:光線(目)、光の槍(両腕)

第三新東京市に襲来した最初の使徒であり、シンジが初号機で初めて戦った使徒。
大型化の進むモビルスーツをはるかに上回る巨体を持ち、目から放つ光線は戦艦の主砲に相当する破壊力を持っている。
両手から射出される光はATフィールドをも突き破るほどの破壊力を持ち、実際にそれを受けた初号機は大きなダメージを受けることになった。
暴走した初号機の猛烈な攻撃によってコアを破壊されたことで撃破されたものの、仮に暴走という事態が起こらなかった場合、この使徒によって第三東京市は壊滅したものと思われる。
なお、NERV本部の秘匿資料によると、第4の使徒についてはサキエルというコードネームが書かれており、おそらくはほかの使徒についてもコードネームが記載されていると思われる。


-第三新東京市-

「おおおおおお!!!」

マジンガーZの拳がエヴァ初号機の顔面に叩き込まれ、手加減なしの全力の一撃はそれを大きくゆがませる。

だが、そんな一撃を受けてもなお倒れるそぶりを見せず、牛のようなうなり声をあげて威嚇してくる。

「まだ暴走すんのかよ!?甲児、大丈夫なんだよなぁ!?」

「んなのわかるわけねえだろ!!にしても、ATフィールドってのが厄介だぜ。あれを突破して、パイロットに響かせるくらいの何かがなけりゃあ…!!」

マジンガーZの持つ最大火力が今装備しているゴッドスクランダーを使ったビッグバンパンチだ。

周囲に被害を与える恐れのあるブレストファイヤーよりも、ピンポイントに破壊力をぶつけることができる。

だが、そのためには上空でエヴァ初号機の足を止めた状態を作る必要がある。

それに、万が一それが命中したことで最悪、エヴァ初号機を破壊してしまうなんてことも避けなければならない。

「甲児君!高速でこちらに接近してくる機体があるわ!…嘘、これって!?」

「どうしたんだよ、さやか!味方か!?」

「それは…」

「なんとか言えよ!!うわああ!!」

蹴り飛ばされたマジンガーZがビルに激突する。

どうにか立ち上がろうとしたが、そこでエヴァ初号機の右手がマジンガーZのパイルダーをつかんでくる。

メシメシと悲鳴を上げる音とパイルダー周辺の装甲がひび割れる音がじかに響く。

「ま、まずい…!パイルダーオフも、これじゃあ…!!」

このまま何もできないまま死ぬのか、そんな可能性が脳裏をよぎるが、急にエヴァ初号機がパイルダーから手を離し、大きく跳躍してその場を離れていく。

その直後にどこからか飛んできた剣がズガンとエヴァ初号機のいた場所に深々と突き刺さった。

「動けるか!?そこのマジンガーのパイロット!!」

「あ、ああ…!助かった…!?」

幸い操作系統などへのダメージがなく、問題なくマジンガーZを動かすことができる。

起き上がり、助けてくれた機体を目を向ける甲児だが、その機体に驚きを隠すことができなかった。

大型のブースターが背中に装備された、マジンガーZによく似た人型機動兵器。

「マジンガー…??」

「マジンガーZ、兜甲児…!?そ、そうか…俺、は…!!」

通信機を介して甲児の声が耳に届き、マジンガーZの姿を見たことが鉄也の脳を強く刺激する。

脳裏に浮かぶのはどこかの施設で行われたであろう訓練の日々、クトゥルフ神話の邪神を彷彿とさせる気色の悪い生体兵器や鎌を手にしている半人半蛇の巨人をはじめとした巨人の軍団。

そして、最後の浮かんだのは目の前にいるマジンガーZの姿がゆがんでいき、最期は世界を滅ぼしていく光景だった。

突然流れ込んできた情報の嵐に脳がパンクしそうだったが、どうにか飲み切ることができた。

失ったと思っていた記憶すべてが戻ってきた。

「だが…今は!!」

懸念すべきマジンガーZよりも前に、まずはこの暴走中のエヴァ初号機をどうにかしなければならない。

地面に刺さっているマジンガーブレードを引き抜いたグレートマジンガーのモニターに映ったのはズシリ、ズシリと何かを追い詰めているエヴァ初号機の姿だった。

「一体、何を…!?」

「甲児君、エヴァ初号機を止めて!!あそこに人がいるわ!」

「んだって!?避難したんじゃないのかよ!?」

 

「あ、ああ、ああああ…」

ガタガタと震えるケンスケの手からカメラが落ち、早くこの場から走って逃げないとというのはわかっているが、すくんだ足がそうさせてくれない。

「はよぉ立ちいやケンスケ!!早く!!」

「あ、ああ、ああ…ちゃんと、避難しとけばよかった…」

今まで何度も避難訓練をしてきて、シェルターへ行くのについても日常のようになっていた。

そして、今回の初めて本格的な戦闘がこの第三東京市で行われることになり、その戦闘の光景を写真に撮ろうと思ってこっそりシェルターを出たのがまずかった。

一年戦争よりも後に生まれ、グリプス戦役とネオ・ジオン戦争の時期を日本で過ごしていたトウジとケンスケはこの時代では珍しくまともな戦闘を間近で見たことがない。

その軽率な好奇心がこうした危機を招いていた。

「まずい!!」

グレートブースターが火を噴き、急激な加速をしたグレートマジンガーが2人に迫るエヴァ初号機に迫る。

「お前たち、伏せろぉおおおおおおお!!!!!」

分離したグレートブースターがエヴァ初号機にぶつかると同時にその巨体を大きく突き飛ばした。

町の外に出て、ゴロゴロと転がってやがて山の中であおむけに倒れた状態で止まる。

最後の最後にグレートブースターの一撃を受けたことが響いたのか、それからエヴァ初号機は起き上がることはなかった。

「シンジ君…。回収班は急ぎ、エヴァ初号機の回収を!!」

ミサトの指示が入り、NERVから発進した白いネモ複数機が山中のエヴァ初号機の元へ向かう。

既に旧型化も著しいネモだが、それでも優秀な設計のモビルスーツであることには変わりなく、NERVのパイロットもある程度訓練を積んでいることもあって速やかにエヴァ初号機を回収していった。

「暴走は収まったか…。だが、今の資材ではグレートブースターもこれが限度か」

ATフィールドを突き破り、エヴァ初号機を大きく吹き飛ばしたグレートブースターだが、損傷も激しく再合体についてももうできない。

ヤマトに持って帰れば、今回の戦闘データを元に改良ができるだろうが。

「なあ、あんた…。そのマジンガーは、何なんだ…?」

戦闘が終わったことで、こうして問いただすことができる。

現在、さやかが弓教授と連絡を取っているが、彼もこのマジンガーの存在はわからないという。

「このマジンガーは…」

「各機に通達、各機に通達!高速で第三新東京市に接近する集団あり!至急、迎撃態勢を!!」

「接近する物体…画像をもらえるか!?」

「了解、画像を送ります」

NERVから送信された画像を見た鉄也の表情が凍り付く。

だが、そんな動揺する時間すらその存在は待ってくれない。

「マジンガーZ、第三新東京市を守りたいならば、今は何も聞かずに戦ってくれ。これからお前は見たことのない敵と戦うことになる」

「何を…言って…?」

「これが、これから戦うやつらの姿だ」

先ほどNERVからもらった画像をマジンガーZにも送る。

緑や赤、大小さまざまなバリエーションを持つ生物の集団だが、その姿はかつてゲッターチームが戦っていたというインベーダーではない。

もっと、ファンタジーに出てくる生き物に近い。

「ドラゴン…!?」

 

-NERV 本部-

「ドラゴン…Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypesというべきか」

2機のマジンガー、そして遅れて合流してきたロンド・ベルが先日遭遇したと思われる機動兵器たちがドラゴンと交戦する様子を見つめるゲンドウ。

手元にある資料の中には、ドラゴンの写真も数枚入っている。

「一年戦争…いや、早乙女博士の反乱の直後、ほんのわずかに確認された未確認生物。こうしてわずかな写真と証言があるだけで、結局は戦後復興の嵐の中では眉唾物のデマとして追いやられたが…まさか、こうして我々の前に姿を現すとはな。そんな存在が今、この第三東京市で姿を現した…となると、奴らの目的も、同じかな?」

スケジュールが乱れ、今日になってようやく出現した使徒。

そして、襲来したドラゴン。

もはや自分たちでは制御が全く追いつかないほどに事態は混とんとしている。

「零号機の出撃準備はどうなっている?」

「ハッ!出撃準備は整っていますが…出すのですか…??」

「いや、今ではない。おそらく…そろそろ来るだろう。もう1体が…」

 

-第三新東京市-

「くっそ!!なんで宇宙世紀世界にまで、ドラゴンがいるんだよ!!」

すれ違いざまにビームサーベルでスクーナー級を両断し、ガレオン級に向けてガトリング砲を放つ。

バリアを展開するガレオン級に対してガトリングでは傷一つ与えることはできないが、それでも注意を向けることはできる。

「よし…いけ、アンジュ!」

「言われなくても…大物は、私の手で!!」

死角から一気に懐へ飛び込んだヴィルキスがラツィーエルで切りつけ、さらにはゼロ距離から凍結バレットをガレオン級に向けて打ち込む。

ラツィーエルによって開いた体内を急速に凍結されることになったガレオン級は動けなくなり、、第三東京市に落ちると同時に粉々に砕け散った。

「こんなところで戦っても、全然キャッシュにならねえんだよぉ!!」

「数は多くないわ。それに、ガレオン級のさっきアンジュが倒したものを含めても3匹しか…!?」

ドラゴンとは違うまた別の反応をサリアのアーキバスが拾う。

それと前後するように、こちらに先ほどまで攻撃を仕掛けていたはずのドラゴンたちが攻撃をやめ、その反応があった方向に向けて飛ぶ。

紫色のイカというべき外見で、左右には赤いビームの触手をつけた異形の化け物の姿がそこにはあり、ドラゴンたちはその化け物に向けて攻撃を仕掛けていた。

「あれが…」

「気をつけろよ、あいつはきっと、使徒って野郎だ」

「使徒!?確か…出撃前にテッサちゃんが言っていたな…」

「NERVが戦っている、第三新東京市に侵攻を目指している謎の存在です。こうして改めてみると、インベーダーとも違う感じがしますが…」

「なんだろう…?ドラゴンがあの化け物に対して、怒ってるみたい…」

「ヴィヴィちゃん?」

使徒と戦っているドラゴンたちの姿を見るヴィヴィアンはなぜかあれを見ると全身から鳥肌が立つような感覚に襲われる。

口では説明できないが、言えることは一つある。

あの化け物を決して生かしてはいけない、ここで殺さなければならない。

だが、次の瞬間に感じたのは強烈な殺気だった。

「ダメ…ダメ!!みんな、逃げてー---!!」

「ヴィヴィちゃん!?」

「おい、お前何を…」

まるでドラゴンに伝えたいかのように叫ぶヴィヴィアンだが、次の瞬間に見たのは目をそむけたくなるような光景だった。

しなやかに、新体操のリボンのように美しく振るわれた触手が花を摘むようにドラゴンたちの肉体をバラバラに切り刻んでいく。

スクーナー級だけでなく、巨大なはずのガレオン級の肉体すら、触手の前には無力だった。

赤い海はドラゴン達の血肉によってより赤く染まり、触手を収納した使徒の肉体もまた、暗い輝きを見せていた。

「嘘、だろ…?」

「あれだけのドラゴンを…こうもあっさりって…」

パラメイルに乗り、ドラゴンと戦ってきたヒルダ達メイルライダーにはこの目の前で起こった虐殺劇がとても現実の物には思えなかった。

それはきっと、ドラゴンと戦ったことのある誰もが同じ思いだろう。

下手をするとフェイズシフト装甲を切り裂く刃となりえる翼に高い再生能力を持つ肉体。

ビームに匹敵する炎や特にガレオン級やアンジュが倒した初物であるビックホーンドラゴンが持っているような特殊能力。

人知を超えるといえる力を持つドラゴンがあの使徒に何もできないまま、おそらくは何が起こったのかすらわからないまま殺されていった。

そんな化け物とこれから戦わなければならない。

 

-NERV 本部-

「やはり来たか、こうして連続で現れるとなると…もう、このスケジュールは無意味だろうな」

冬月の手によって、『スケジュール』と称されたデータが端末から削除される。

ゲンドウがそれを止めるそぶりを見せることはなく、モニターに映る初号機の修繕される光景を見つめている。

「初号機は出撃可能か?」

「可能です。ただし、応急処置となるため、完全な回復とはいきません」

「出撃できるならいい」

「碇指令!!シンジ君は戦える状態ではありません!!先ほどの暴走のことでショックを…」

「そのために零号機にフォローさせる。2機で戦うならば、問題あるまい」

「しかし…」

「これは命令だ。もう1度言う。初号機と零号機を出撃させろ」

ゲンドウの命令にミサトは唇をかみしめる。

ネモに抱えられて戻ってきた初号機から出てきたシンジのあのショックを受けた顔。

あそこで鉄也が助けてくれなかったら、自分の手で友達を殺していたかもしれないのだ。

そんな事態になったというのに、そのショックから回復できていない今戦わせようというのか。

「…初号機、零号機、発進させて!!」

だが、NERVという組織にいる以上はゲンドウの命令は絶対であり、ミサトの良心など些細なことでしかない。

 

-NERV 格納庫-

初号機のコックピットに再び座らされたシンジ。

脳裏には死への恐怖におびえるトウジとケンスケの姿が浮かび、もし暴走が止まらなかったらどうなっていたかを考えるだけで吐き気がこみ上げてくる。

「シンジ君、大丈夫?」

モニターに心配そうな表情を見せるミサトが映る。

その顔を見ているだけで、シンジにはこの出撃命令が彼女にとって不本意だということがわかってしまう。

自分だって、こんな状態で戦えるとは思えない。

「もし、無理なら…」

無理なら降りていい、そう言ってくれるのはうれしいし、できるならシンジもそうしたい。

だが、それがもうできない理由もある。

「僕は…友達を怖い目にあわせました…。トウジも、ケンスケも…転校してきた僕にやさしくしてくれたんです。でも…僕は、あいつらを殺そうとしてしまった…。だから…」

こんなことが罪滅ぼしになるのかはわからないし、自己満足でしかないかもしれない。

けれど、彼らと彼らの暮らしているこの町を守りたい。

あの日常を守りたい、そう思えた。

「だから…行きます」

「…わかったわ、必ず生きて帰ってきなさい、シンジ君!」

「はい、ありがとうございます」

「初号機に近接戦闘用装備を!この戦い、ナイフでは難しいわ!!」

リツコの指示によって新たに初号機にもたらされたのは紫色の鞘に納められた太刀といえる武器で、初号機の左腰に追加されたハードポイントに装着される。

モニターには装着されたその装備のデータが表示される。

「日本刀…マゴロク・E・ソード…??持ち手のところが変な感じだけれど…」

「マゴロクソードよ!試作段階だけれど、今は使ってもらうしかないわ!」

「ありがとうございます、リツコさん!」

「出撃よ!全員下がって!!」

 

-NERV 本部-

整備兵たちが下がっていき、再び発進する初号機。

その様子をモニターで無表情のまま見つめるゲンドウの肩に冬月が手を置く。

「これも、君の計算のうちかな?」

第三新東京市にやってきたシンジにこちらから接触することなく、ミサトと同居させ、その状態で学校に通わせたことは確かに彼にプラスに働いている。

ミサトという良識のある大人の保護を受け、学校でもそれなりに友人と関係を築いている。

これはここに来るまで、シンジにはできなかったことだ。

それが彼にとっての暖かい日常となり、それを守ることを戦う理由にする。

もしそれを計算してやったとしたら、ゲンドウはかなりの狸だろう。

もっとも、どちらかを答えられるはずの彼が沈黙している故、想像するしかないが。

「それにしても、本来なら使うはずのないマゴロクソードも持ち出すしかなくなるか…。あとは、成り行きとなるかな」

 

-第三新東京市-

地上に上がった初号機の前には既に出撃済みの零号機が待っている。

初号機と違い、黄色と白のカラーリングで、一つ目のような顔をした

そして、初号機を待ちわびたかのように先ほどまで暴走した初号機を止めようとしてくれたマジンガーZがやってくる。

「こんなめちゃくちゃな目に遭っても、こうして出撃するなんてな。ガッツがあるな、お前」

「え…あ、その…」

モニターに映るマジンガーZのパイロットの表情はバイザーで顔の上半分が隠れているせいか、よく見えない。

口元は笑っているように見えるが、先ほどまで自分のせいで死にそうな目にあったという罪悪感がのしかかる。

「名前は?」

「シンジ…碇、シンジです。その…さっきは、ごめんなさい!!!!」

「気にすんなよ、誰も死ななかったんだ。それより、あいつを倒すぞ!俺らがフォローすっから、思いっきりやれ!!」

「そ、そんな!さっきの戦いでその機体は…」

「心配すんなよ、マジンガーZは鉄の城だ!これぐれえのダメージ…大したことないぜ!!」

使徒に向けて真っ先に飛び立っていくマジンガーZ。

それを見るシンジの操縦桿を握る手に力が入る。

(今の人…軍人じゃない。それに僕と、そんなに年の変わらない…)

「碇君」

「綾波…君もエヴァのパイロットなんだね」

「ええ。私も援護するから、心配しないで」

「う、うん…ありがとう…」

彼女もまた、シンジと同じ年齢だというのにいくつもの実戦を重ねてきたためなのか、それとも素なのか、怖がる様子もなく、いつも通りの平常心のままだ。

先行する彼女についていくように、初号機も走り出す。

(やるんだ、僕も…ここを守るために。そして、父さんに認めてもらうためにも…)

 

-ヤマト 第一艦橋-

「第三新東京市に到着しました。使徒と言われる敵性生物、レーダーで捕捉!」

(まさか…別の世界とはいえ、日本に帰ってくることになるとはな)

到着したヤマトから機動兵器が発進していく中、沖田は一部の地区が血のように赤く染まっている第三東京市を見る。

ソウジ達がいた西暦世界の日本はガイゾックとの戦いの傷跡や機動兵器を使った犯罪者集団の存在があるものの、それでも平和そのものといえる様子だったという。

沖田はまだこの世界の日本のすべてを見たわけではないが、赤い海となったことで沿岸部がかなりさびれていて、この第三新東京市も今はとても平和とは言えない状況に見えた。

「艦長、NERVから敵性生物の情報が届きました。コードネームは使徒、第5の使徒です!また、ATフィールドというバリアによって、通常の兵器は通用しないと…」

その証明は同じATフィールドを持つエヴァと交戦したグレートマジンガー、そしてマジンガーZが証明しており、戦闘映像でもストライクフリーダムやデスティニーのビームをATフィールドで弾く第5の使徒の姿が映っている。

(あの使徒という魔物、そしてそれに対抗するための兵器であるエヴァンゲリオン…。何か、違和感を感じずにはいられんが…)

「森君、ヤマトのショックカノンではATフィールドを突破できないのか?」

「試算しましたが、不可能です。ビームによってATフィールドを突破する場合、必要なエネルギーの数値は…一億八千万ワット。日本全国を停電させなければ賄えない数値です。それでも、おそらくは最低限の数値かと…」

「そんな…じゃあ、ZZのハイメガキャノンでも無理ってことじゃないか!!」

新正暦世界のデータ資料におけるZZの出力は7340キロワット。

宇宙世紀世界のZZの性能はスカルハートなどのヤマトの現行の機体にも対抗できるくらいの性能であることから、その数値で比較するのは不適切かもしれないが、それでも森がたたき出したその数値の前では半分にも満たない数字だ。

なお、ハイメガキャノンの出力は50メガワットで、コロニーレーザーの5分の1の出力として換算できるとのことだ。

そこから換算すると、ATフィールドをビーム兵器で突破しようとした場合、波動砲のようなコロニーレーザーレベルの出力のビームを使う必要があるということになる。

ただし、そんなビームを放って仮に使徒を倒したとしても、その結果として地球にもたらされるであろう被害を考えるととても現実的とはいえない。

 

-第三東京市-

「フィールドを突破できないとしても!!」

第三新東京市の近海まで到達したダナンから発進したアーバレストがラムダ・ドライバを起動し、ボクサーを第5の使徒に向けて放つ。

ラムダ・ドライバの力によって上昇した破壊力をもってしても、ボクサーの弾丸はATフィールドによって阻まれる。

(軍曹殿、アーバレストであのフィールドを突破するのは不可能です)

「ならば、あのバリアを突き抜ける!!」

宗介の脳裏には香港でゲイツを倒した時のあの攻撃が思い浮かんでいた。

宗介に追い詰められたゲイツが乗るコダールiは損傷していたクルーゾーのファルケを盾にすることで状況を打開しようとした。

だが、ラムダ・ドライバの使い方を完全につかんだ宗介はそのエネルギーをためた右拳をファルケに向けてふるい、当たる寸前のところで止めた。

そして、放たれたエネルギーはファルケをすり抜けてコダールiを襲い、見事に撃破した。

(ATフィールドの原理はわからんが、バリアであることには変わりない。実体がない分イメージは難しいが、やりようはあるはずだ!!)

もう無用の長物であるボクサーを投げ捨て、乗っているドダイ改から飛び降りる。

両足にラムダ・ドライバの光が宿り、海上を走り抜けていく。

小型機の不審な接近に気づいた第5の使徒の触手がアーバレストを襲うが、サイズ差とアーバレストそのものの運動性、そして宗介のパイロットとしての技量によってかわされていく。

「はあああああ!!」

アーバレストの光る右拳が第5の使徒を襲う。

ATフィールドとぶつかり合い、そこからすり抜けたエネルギーが本体を襲う。

宗介のイメージはそれだった。

だが、その行動の結果は宗介もアルも予想できなかったものとなる。

(な、なんだ…これは!?)

ATフィールドに触れたとほぼ同時に流れ込んでくる何か。

殺意、恐怖、拒絶、憎悪、苦しみ、恨み…。

どの言葉にも掲揚できないようなドロドロとした、しかし明確なマイナスの力が濁流のように襲い掛かってくる。

「あ、あ、が、あ、ぁぁ…!!」

(軍曹殿、どうされましたか?心拍数上昇、異常値が出ています、軍曹殿)

激しい頭痛とこみ上げてくる吐き気に苦しみ宗介にはアルの質問に返答するだけの力がない。

我慢できなくなり、胃の中のものをすべて放出したかと思うほどの嘔吐で正面モニターが汚れていく。

それだけでなく、右の鼻からは血が流れ出る。

(軍曹殿の体調が危険水準。これ以上の戦闘続行は不可能です。アーバレストを後退させます。援護を)

「どうしたというのだ、軍曹!ハサウェイ!!アーバレストを回収しろ!」

「了解です!どうしたというんだ、宗介さん!!」

宗介の異変によってラムダ・ドライバが停止し、赤い海へと沈みかけたアーバレストを抱えたΞガンダムがファンネルミサイルを放ちつつ後退していく。

接触回線とアルのサポートによってコックピット内を見ると、そこには白目をむいた状態で、口からは唾を流し、鼻血を垂れ流し続ける宗介の姿が映っていた。

(どういうことなんだ…?いったいどうしたというんだ…宗介さん!!)

 

「くっそぉ…俺たちじゃあ足止めくらいにしかならねえってのは…辛いぜ」

「仕方ありません。ATフィールドを突破するには、同じATフィールドを持つエヴァという兵器でしかほぼ不可能という話ですので」

いくらガトリングを撃ち込んでも、ビーム砲やレールガンを放っても、ATフィールドがそのすべてを受け止めていく。

だが、ヴァングレイだけでなく、ストライクフリーダムなどの数多くの機動兵器による攻撃のおかげで、ナインのいう通り第5の使徒の進行を止めるだけはできている。

第三東京市への侵入を阻止し、このまま海上で撃破するところまでもっていけばいい。

「ソウジさん!エヴァっていう機体2機がこちらに来ます!」

「本命の登場ってわけか…頼むぜ!こっちも弾薬が無限ってわけじゃないからな!!」

赤い海をサブフライトシステムなしで進む2機のエヴァ。

そのうちの初号機が腰に差しているマゴロクソードが収まっている鞘を左手で支える。

「碇君、使徒には赤いコアがあるわ。それを破壊することで使徒を倒すことができる。私たちが注意を引くから、あなたはコアを見つけて破壊して。その刀なら、できるわ」

「う、うん…。刀、か…初めて使うけれど…」

少なくとも、第4の使徒との戦いではパレットライフルとプログレッシブナイフを使ったものの、それらはあくまでも引き金を引く、包丁や果物ナイフのように斬るというシンジにとっては比較的にシンプルな操作で済んだものの、刀となると事情が若干変わってくる。

剣道をしたことない上、刀そのものも漫画や学校のクラスメートに見せてもらった昔の任侠映画や時代劇の中でしか見たことがない。

そんなものを、機動兵器で使えるのかという不安もある。

「大丈夫、失敗しても再挑戦できるようにはする。私が守るから」

「綾波…」

「いくわ」

零号機が離れていき、第5の使徒の前に躍り出る。

周囲のうっとうしい機体たちの攻撃をATフィールドで阻み続けてきた第5の使徒の目らしき部分が明らかに零号機に向けられる。

パレットライフルを持つ零号機は海に使って若干鈍い動きをなっている脚を動かしつつ、第5の使徒に向けて発射する。

ATフィールドを中和できるエヴァでも、遠距離では中和することなどできず、当然パレットライフルの銃弾はATフィールドに阻まれ、つぶれた弾丸が海へ落ちていく。

普段であればただ無駄な攻撃をするだけの相手に対して、第5の使徒は歯牙にもかけない。

若干の足止めになるだけで、この触手で切り刻めばいいだけの話だ。

だが、問題は攻撃を仕掛けている相手で、その相手からはここまで戦ったものとは違う『何か』を感じる。

本能がこの機体が危険だと訴える。

触手がパレットライフルを撃ち続ける零号機に向けてふるう。

パレットライフルを投げ捨てた零号機が両腕に装着されている展開型シールドを開き、さらにATフィールドを展開して触手を受け止める。

ATフィールドの中和は当然、使徒によるエヴァへの攻撃に対しても効果があり、ATフィールドを通過してシールドを襲う。

高い強度を誇るそのシールドは触手による攻撃を防いで入るものの、それでも一撃一撃を受けるたびに傷が増えていき、ヒビも入っていく。

(長くはもたない…シンジ君)

今なら初号機は動きやすい状態になっている。

零号機と離れているシンジだが、モニターに映る防戦一方の零号機を見て、脳裏にやがて触手によって叩き潰される零号機をイメージしてしまう。

「綾波…綾波!!」

「しっかりするんだ、君が今見るべき相手は別にある!!」

第5の使徒の頭上に大出力のビームが降り注ぎ、ATフィールドでそれを受け止めるとともに触手の動きが鈍くなる。

上空にはトランザムを発動したラファエルガンダムの姿があり、GNビッグキャノンの最大出力を放っていた。

当然、ヤマトで計算されたATフィールドを突破可能なエネルギー量には届いていないが、それでもその出力はATフィールド展開に集中させるだけのものがある。

「シンジ君!相手のコアの場所がわかったわ!場所の映像を送るわ!とどめを刺して!!」

ミサトから送られた映像によって、第5の使徒の腹部にある肋骨まみれの部分の中で異様な輝きを見せる赤いコアを知ったシンジは持ちにくいマゴロクソードを抜く。

初号機と似たカラーリングの刀身が鈍い輝きを見せ、初号機の視線は第5の使徒の腹部に向けられる。

周囲にはバラバラにされたドラゴン達の死体が転がり、赤い海によって徐々に消えていってはいるものの、それを見たことでシンジにはこの赤い海がすべて死んだドラゴン達の流した血と錯覚しかける。

「うわああああああ!!!!」

初号機を走られるシンジはこみ上げてくる恐怖を押し隠すように叫びをあげる。

接近してくる初号機に偶然目が入ったのか、第5の使徒のもう1本の触手が初号機に向けてふるわれる。

しかし、とっさに飛んできたX3がビームを展開したムラマサブラスターで受け止め、わずかにそらせる。

道ができた初号機は懐に入り込み、力いっぱい跳躍する。

だが、弱点であるコアを無抵抗なままさらすほど使徒も甘くはない。

周囲にある肋骨部分がワシャワシャと動き、同時にとがっている部分がいくつか発射される。

思わぬ攻撃に驚くシンジはマゴロクソードをとっさに盾替わりにする。

発射された骨のうちの2本は刀身にぶつかり、残りがATフィールドの展開が間に合わなかった初号機の体に刺さる。

実際に足に1本は当たってしまったが、それ以外はすべてATフィールドによって受け止められ、初号機に当たることなく海へ落ちる。

どうしてという疑問が浮かびかけるがそれを打ち消し、隙だらけのコアに向けてマゴロクソードを振るう。

このATフィールドは初号機ではなく、マゴロクソードが初号機のエネルギーを使って生み出したものなのだが、それを今のシンジが知る由もないし、どうでもいい。

足へのダメージのせいか、海に着地した初号機は体勢を崩してしまい、思わずマゴロクソードを杖代わりにしてしまう。

確かにマゴロクソードを振るったシンジで、確かに手ごたえらしきものは感じはしたものの、それがコアを斬ったものなのかについてはわかるはずがない。

顔を上げたシンジの目に映ったのは、コア部分に縦一文字の傷が入った第5の使徒の姿を映し出したモニターだった。

そこから血のような赤い液体を吹き出した第5の使徒は触手の動きを止め、グラリとその巨体をあおむけに赤い海に向けて倒す。

ひびの入ったコアが粉々に砕けると同時に、第5の使徒の肉体もまた崩壊して赤い液体と化し、一番近くにいた初号機の全身を返り血のように汚した。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…や、や…やった…」

モニターには触手の執拗な攻撃でシールドが半壊し、本体にも若干ダメージを負ってはいるものの、無事な姿を見せる零号機も映っている。

綾波の無事がわかったシンジは安どの表情を浮かべると同時に襲ってくる睡魔に似た感覚に逆らうことができずに意識を失った。




武装名:マゴロク・エクスターミネート・ソード(試作)

エヴァ初号機に装備された日本刀型兵装で、通称はマゴロクソード。
プログレッシブナイフと同様、超振動によって刀身に触れたものを分子結合レベルで切り裂く力を持つとともに、刀身にATフィールドを展開することが可能となっている。
ただし、本体ではない兵装にATフィールドを展開させること自体が初めての試みであり、試作段階では碇シンジのシンクロ率の高さのおかげでどうにか展開できた状態であり、少なくとも綾波レイのシンクロ率では不可能な状態らしい。
また、シンジ本人も刀を使ったことがなかったことから、今後もこの装備を扱うことを考えると刀の使い方を学ぶのが好ましいものと思われる。
初使用時は柄の調整ができておらず、茎がむき出しの状態で運用されていた。
なお、プログレッシブナイフとマゴロクソードの超振動による切断の技術については似たようなコンセプトを持つモビルスーツのものを扱っているという真偽不明の情報もあるという。


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第59話 2人の巨人

機体名:EVA初号機
形式番号:EVA-01
建造:NERV
全高:40メートル
全備重量:700トン
武装:パレットライフル、ガトリング砲、プログレッシブナイフ、肩部ニードルガン、専用拳銃、マゴロク・E・ソード
主なパイロット:碇シンジ

NERVが対使徒用に開発されたエヴァンゲリオンの1機。
零号機と共に戦闘用テストタイプとされていたものの、シンクロ率の問題で稼働できる人員がいなかった。
しかし、碇ゲンドウによって呼び出された彼の息子、碇シンジが搭乗することで起動に成功した。
ただし、同時にシンジの精神状態如何によっては暴走する可能性をはらんでおり、綱渡りな状態であることは否定できない。
対使徒用ということで、装備されている兵装は実弾の物ばかりになっている。
なお、零号機を含めてエヴァの整備についてはNERVから出向した整備兵が請け負っており、関係者以外による整備やデータ収集は禁じられている状態にあり、万能工作機に仕様が必要な場合にのみ、データが提供されている。


-NERV 司令執務室-

扉がある壁と天井以外がすべてガラスとなっていて、司令であるゲンドウの机と椅子以外には何もない部屋にブライトが入れられ、ゲンドウの前に立つ。

椅子に座ったままのゲンドウとその隣にいる冬月、そして先ほどまでシンジとレイの指揮をしていたミサトが彼と向き合う。

「では…」

「ああ、現時刻よりエヴァンゲリオン初号機と零号機はパイロットを含めてロンド・ベルへ出向させる」

「我々が総司令部に従わないものとして、いずれは反乱分子として扱われることはご存じでしょう?」

以前であれば、思惑がどうであれコード・エンジェルに従ってロンド・ベルもNERVと共に使徒と戦っていただろうが、今となっては状況が異なる。

バウアーの工作によって、現状は正規軍のままでいるものの、いずれ連邦議会で正式に反乱分子の烙印を押され、討伐されてもおかしくない。

そんなロンド・ベルに肩入れする行為をしたとなっては、NREVも同等の扱いを受けることになってもおかしくない。

「だが、現状では君たち以外ではEVAシリーズの運用、ひいてはこの世界を守ることができないと判断したまでだ」

「安心したまえ、NERVは発足されて以来数多くの超法規的措置が認められている」

「故に、君たちの裁量でEVAを運用してくれて構わん。無論、NERV最大の目的である使徒の迎撃の際には協力してもらうがな」

「あれは…また現れるのですか?」

ブライトの脳裏に、先ほどまでの使徒との戦いの光景が浮かぶ。

初号機が攻撃するまで、総力を挙げたとしてもATフィールドを突破することさえできなかったあの異形の化け物がこれからもこの第三東京市に現れる。

戦うしかないことはわかっているが、ジオンとは違い、正体がまるでわからないことがブライトに恐怖心を与えている。

「我々はそう判断している」

「わかりました、EVAシリーズとパイロットは預からせていただきます」

「今後の手続きは葛城二佐に任せる。彼女およびEVAシリーズのメカニックも数名同行させよう」

「ブライト・ノア大佐、今後ともよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼む。それで、碇司令。最後に一つ…。初号機のパイロットの碇シンジ君は司令の関係者なのですか…?」

「…息子だ」

「了解しました、では…失礼いたします」

答えを得るまでにかかったわずかな時間に違和感を覚えつつ、手続きを行う事情のあるミサトと共にブライトは退席する。

冬月がタブレット端末を手に取り、そこに表示されるデータを見つめる。

「いいのか…?この話は予定にないことだぞ?」

本来ならば、ロンド・ベルに対しては今後の協力を条件に補給を行うこととなっていたが、シンジ達を同行させることは考えていないことだ。

それに、この状況となってはいつ使徒が再び現れるのかはわからない。

その予兆はある程度わかるとはいえ、それでもいざというときのためにシンジ達をここに待機させた方がいいだろうと冬月は考えていた。

「…スケジュールはもはやゆがんでいる。要因はわからんが…。ならば、成り行きに身を任せるしかなかろう。地球…何より、セントラルドグマの安全を確保しなければ」

「ジオンが再び隕石やコロニー落としを行うとなれば、そちらの方が困るな」

1年前に起こったネオ・ジオン戦争の終盤に起こったアクシズ落とし。

あれはさすがのゲンドウも冬月も肝が冷えて、それを阻止してくれたロンド・ベルには感謝しかない。

仮にアクシズ落としが成功してしまった場合、セントラルドグマが破壊されることとなり、それが与えたかもしれない影響を考えるとぞっとする。

使徒ではなく、人間自身によって今度こそ人類が滅ぼされてしまったかもしれないのだから。

無論、そんなことはジオンもシャアもあずかり知らぬことだろうが。

「それに、EVAを外に出せば、連中の目をそちらに向けることができる」

「翼の隠者か…。まさか、奴らも動くとはな」

「ゲッター線の照射量が増えているのも、原因の一つだろう」

早乙女博士の反乱とその中で起こった彼の死により、ゲッター線の研究は大幅に停滞することになったが、今でも細々とアメリカで研究は行われている。

新しいゲッター炉心についてはいまだにブラックボックスのままで生産はできないらしいが、それでもゲッター線の計測など、できることはある。

最近アメリカにあるゲッター線研究所から送られた情報、そして先ほど出現した翼の隠者、ドラゴン。

「さらには異界からの使者、か…」

「すべては動き出している。我々のスケジュールの範疇を超えて。座して待っているだけでは、取り残されることになる。ならば、動くしかあるまい。我々の計画のために…」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 医務室-

「ぐぉ…ぐうう!!」

「ソースケ!」

「大丈夫だ…今、薬は打った。脳への異常もない。あとはしっかり眠って、回復を待つことだな」

ネェル・アーガマから診察に来たハサンの言葉通り、ようやく落ち着いたのか、宗介がゆっくりと表情を落ち着かせ、眠りについていく。

冷たい汗でぬれた顔をかなめが布で拭き、同時にハサウェイによって連れ戻されたときの宗介の様子を思い出した。

アルがコックピットを開き、サックスが引っ張り出した時の宗介は鼻血を垂れ流し、いくらかなめが名前を呼んでも反応していなかった。

「ハサン先生、ソースケにいったい何があったんですか!?」

「わからん。長年船医をして、強化人間を診たこともあるが…」

ハサウェイとアルの証言によれば、今回宗介に襲い掛かったことの原因は使徒のATフィールドとラムダ・ドライバのぶつかり合いが大きいだろう。

かつて、カミーユはパプテマス・シロッコという木星帰りのニュータイプを倒した際、彼が死に際に放った思念の影響によって精神を崩壊させた。

ニュータイプの力のぶつかり合いを仮に思念のぶつかり合いと解釈するのであれば、シャアに期待されるほどの強大な力をもった通常のカミーユであれば、何らかの影響を受けたとしても、それでも精神の崩壊にまでは至らなかっただろう。

だが、まだ精神的に成熟していない多感な少年であるカミーユを両親をはじめとした身近な人々の死が彼の心を追い詰めたことで、最後に襲い掛かったシロッコの思念に抵抗することができなかった。

ラムダ・ドライバの資料を読んでハサンが思ったのは、ラムダ・ドライバとニュータイプの力はその方向性は違うかもしれないが、力の源泉は同じ思念だということだ。

ラムダ・ドライバは思念を物理的なエネルギーに変換し、ニュータイプは思念を超感覚として発揮する、機械でいうハードウェアとソフトウェアの違いのようなものかもしれない。

今回宗介が陥った状態を考えると、ラムダ・ドライバとATフィールドがぶつかった状況がシロッコがカミーユに思念をぶつけたのと同じ状態かもしれない。

あくまでもそれはATフィールド、強いてはそれを持つ使徒に思念や意思が存在するならの話で、その真相はたとえニュータイプや強化人間を数多く見てきたハサンでもわからないことだ。

「だが、彼は思った以上にタフな男だ。今日はゆっくり寝かせるといい。念のため、明日までは私もダナンにいる」

「わかりました…ありがとうございます、ハサン先生」

かなめもかなめで任されている仕事があり、それをする時間が来ていることから、寝顔を見せる宗介を見た後でかなめは医務室をあとにする。

宗介の様子を見たハサンは手元にある宗介のカルテ、そしてネェル・アーガマから持ってきたカルテを見る。

もう1つのカルテの患者の名前はロザミィ。

グリプス戦役時にカミーユに接近してきた女性で、年下であるはずのカミーユをお兄ちゃんを呼んでいた。

その正体はオーガスタ研究所で調整を受けた強化人間であり、ティターンズのモビルスーツパイロットだった。

エゥーゴに潜入するために彼らによって偽の記憶を植え付けられた彼女だが、その記憶に忠実な子供のような人格となったことから潜入任務を実質放棄した状態となり、それゆえにハサンも嫌がられはしながらも彼女を検査することができた。

そこで強化人間のデータを入手することができた。

なお、ロザミィは21バンチコロニーにおける任務で無理やりモビルスーツに乗り込んで出撃し、そこで目撃した、ティターンズの毒ガス作戦で殺された子供の死体を見たことで使命を思い出してしまい、カミーユの元を離れた。

だが、カミーユと過ごした兄妹としての記憶は確かに焼き付いてしまっており、その状態でティターンズによって強引に再調整されたことで精神を崩壊させ、最期はカミーユの慈悲の一撃によって命を落とした。

そんな彼女のカルテにあるデータと今回手に入れることになった宗介のカルテ。

その中にある共通点にハサンは違和感を覚える。

(相良宗助…まさか、とは思うがな…)

 

-ヤマト トレーニングルーム-

「うわああ!!」

剣道着姿になったシンジが情けない声を挙げながらしりもちをつくとともに、手にしていた竹刀が離れる。

シンジの前にいるのは剣道着姿をしたソウジで、シンジの落とした竹刀を手にする。

「違う違う、そうじゃないぞ、シンジ。そんなへっぴり腰じゃあ、この先戦えねえぞ?」

「はあ、はあ…それは、そうですけど…」

「あの使徒をぶった切った時を思い出せ。体ごとぶつかってきな、ほらよ」

竹刀を受け取ったシンジは少しだけソウジから離れると竹刀をソウジに向けて構える。

その様子とチトセとナイン、そしてレイが眺めていた。

日本での連邦軍の訓練の一環として剣道もあり、ソウジだけでなく古代や加藤らもその訓練を受けている。

宇宙世紀となり、モビルスーツや戦闘機、銃の運用が主体となり、剣道そのものについては剣を使うことが皆無であることから本格的に行われることはないが、精神修行の一環として基礎的なものについては取り入れ続けている。

「おお、やってやがんな、ソウジ」

「竜馬か、お前もどうだ?剣道」

「へっ、俺が剣を使うように見えっかよ。まぁ…ちょいと付き合ってもらうか」

壁にかかっている竹刀を手にした竜馬は面具も道着も身に着けることなく、ソウジと対峙する。

「おいおい、竜馬。道着なしでやるなんて…冗談だろ?」

「んなもんいらねえよ。悪いな、ソウジ。ちょいとばかし、憂さ晴らしの相手になってもらうぜ!!」

そう叫ぶと同時にとびかかった竜馬が力任せに竹刀を振るう。

それを正面から受けることになったソウジは目を丸くするも鍔迫り合いを演じる。

「え、ええ…!?剣道って、ジャンプもありなんですか??」

「ルール上は問題ありません。しかし、一本が取りづらいため、大抵やらないというだけですが…」

瞬間の勝負と呼ばれる剣道において、ジャンプしての攻撃は確かに威力があるかもしれないが、攻撃のパターンが単調な上に見切られやすい。

おまけに、百歩譲ってジャンプ攻撃に成功したとしても、そこから着地した後でたとえ相手が反撃を仕掛けてきたとしても、瞬時に打ち返せる態勢、つまり残心に時間がかかる。

剣道の試合においての一本は攻撃を当て、その後で残心に成功するまでの流れが成立したときにのみ。

最も、竜馬もソウジも剣道の試合をするつもりはない。

竜馬のいう憂さ晴らしにソウジが付き合っているというだけのことだ。

「あんまり派手に動くんじゃねえぞ、竜馬。もし竹刀がぶっ壊れたら、あとで加藤隊長にドヤされる」

「そんなことを言ってる場合じゃあなくなるくらい打ってやるよぉ!!」

両手で握るのをやめ、バンバンと片手で竹刀を振るい始める竜馬。

ルール無用で鬼気迫るその動きを見たシンジはプルプルと震えていた。

(竜馬さん、やっぱり鉄也さんのことで…)

第5の使徒との戦いを終えた後、鉄也は急にグレートマジンガーと共に飛び去って行った。

ヤマトへ帰還せず、ヴァングレイからいくら通信を送っても拒絶された。

新正暦世界からともに戦ってきたというのに、急にいなくなってしまったことが竜馬にとって気に食わない。

それを発散する手段を今の竜馬が求めていた。

(グレートマジンガーと…兜甲児が乗っていたマジンガーZ…。関係がないなんて、ありえねえよな…)

まるでグレートマジンガーの生き写しかのような存在に見えたマジンガーZ。

その存在と鉄也の失踪は偶然とはとても思えなかった。

 

-ヤマト 格納庫-

「これはまた…すごい量が入ってきたもんだ…」

NERV仕様のネモによって続々と運び込まれていくコンテナの数々、そしてミサトから渡された搬入物資のリストに榎本は苦笑いする。

ミスリルでも、ルオ商会の助けもあって多くの物資を補給することができたが、今回のNERVからもたらされたものはそれ以上のものだ。

当然、ヤマトに配備される2機のエヴァンゲリオンの装備や補修パーツなどもあるが、他にもモビルスーツやアームスレイヴの武器弾薬にパーツ、水や食料、果ては嗜好品に至るありとあらゆるものがコンテナいっぱいに詰め込まれ、今ここにやってきている。

ヤマトだけでなく、ラー・カイラムやネェル・アーガマ、ナデシコなどの他の艦も似たような状況になっていて、榎本はNERVの力と得体の知れなさを感じずにはいられない。

「ただより高いものはないというが…気前が良すぎて気分が悪くなるってものだぜ…」

これだけの資材があれば、当面は物資の問題を気にすることなく戦うことができるだろう。

それについては感謝しているが、NERVに心臓をつかまれているのではないかと疑う自分を感じていた。

その中で、NERVの作業員の手によって2機のエヴァのバックパックの換装作業が開始されていた。

「換装完了後はシステム調整よ、少しでも異常があったらすぐに報告を!!」

「了解!!」

指揮するミサトの手にあるタブレット端末には2機のエヴァに搭載される核融合炉の情報が表示される。

この装備によって、2機のエヴァはアンビリカブルケーブルの束縛から解放され、自在に動くことが可能になる。

同時に換装されたバックパックに搭載されているスラスター、そして両腕両足に外付けで追加できる姿勢制御用スラスターがあれば、宇宙空間での運用も可能になる。

最も、これらの装備は1か月前に作成するよう命令が出されたもので、ミサトも宇宙でエヴァを運用することになる可能性が出てきたことは想定外だった。

 

-ネェル・アーガマ改 格納庫-

アストナージの指揮のもと、ガンダムチームおよびνガンダムの総チェックが開始される。

特にMk-Ⅱについては装甲をすべてはがされ、内部のムーバブルフレームとコックピットだけが残るかと思えるほどだ。

いずれも異世界で戦闘を行い、元の世界に戻ってきてからもGハウンドやアマルガム、使徒のゴタゴタできちんとした整備ができておらず、特に経年劣化しているMk-Ⅱと簡単な修理だけにとどまっているνガンダムについてはこうしてNERVからもたらされた資材を最大限利用する形で整備が行われている。

「アストナージさん、Mk-Ⅱについてですが…」

「ああ、言われなくても分かっているさ。限界に近いんだろう?」

西暦世界に飛ばされた際にスーパーガンダムに換装され、それなりの戦いは続けてきたが、それでも限界に近いMk-Ⅱ。

こうしてフレームを点検しているが、損傷が多く、修理痕のない部分を探す方が難しい。

今もどこかで動いているであろうカミーユ、グリプス戦役の終盤に戦死した元ティターンズのエマ、そして今のパイロットであるエル。

多くのパイロットの手で運用され、激しい戦いを繰り広げ続けたMk-Ⅱの歴史がアストナージの脳裏に駆け巡る。

「よく戦ってきたな、Mk-Ⅱ。この状態じゃあ、もうカミーユの全力操縦には応えられないだろうな…」

「アストナージさん、Mk-Ⅱの改修についてですが。ヤマトのスタッフからちょっと提案があるみたいで…」

「提案…ヤマトから?」

 

-バートス島 洞窟内-

ヨーロッパの古代エーゲ海に位置するバートス島。

連邦とジオンが激戦を世界中で繰り広げている中、この島には誰の手も及んでおらず、セカンドインパクトやゲッター汚染からかろうじて生き延びた遺跡の残骸だけが残っている。

その地下に広がる洞窟の中には、そんな島には不釣り合いな機械やカプセルが数多く置かれている。

そして、そこの壁に設置された大型モニターには第5の使徒とドラゴン達の交戦の映像が映っている。

「…まさか、翼の隠者が動くとはな」

真っ白な髪と髭を生やした老人がその映像を眺め、手元にあるドラゴンに関する書類と机に置く。

ゾンビのような紫の肌を黒衣で包んだこの男はDr.ヘル。

この洞窟の主をしている。

そして、この男の背後には軍服姿をした髭面の男が立っている。

いや、立っているのは体の方で、首についてはそのそばにある机に置かれている。

そして首と体の接続部分については機械化されている。

おまけに身にまとっている軍服は連邦軍の物でもジオン軍のものでもない、古い時代の軍隊の物で、胸にはいくつもの勲章がぶらさげられている。

ブロッケン伯爵と呼ばれる彼がそうなる前に身に着けていたもので、勲章についても実際に以前の彼が軍で活躍して手に入れたものばかりだ。

「外界との接触を拒んて来た奴らが、なぜこのタイミングで…」

「おそらくは異世界からの来訪者…そして世界の理を破壊するものを討つためであろう」

「世界の…理…!?」

ヘルの言葉に動揺したのは紫のローブ姿の人物で、体の右半分が男性、左半分が女性というブロッケン伯爵とは別の意味で人間とは思えない姿だ。

あしゅら男爵と呼ばれるこの人物には今、ヘルが発したその言葉にどこか胸騒ぎを覚えていた。

何か、重要な使命が今の自分に合って、それとこの言葉がつながっているような、そんな感覚だ。

「これは凶兆であるやもしれん…。マジンガーZを早急に討たねば…」

ヘルの一派にとっての宿敵であるマジンガーZ。

この島で共にあるものを発見するために尽力してきたかつての同志である男が袂を分かった男、兜十蔵が研究した光子力の産物たるマジンガーZ。

十蔵は既にあしゅら男爵が始末したが、その遺産のマジンガーZが今も生きていて、孫である兜甲児にわたっている。

ヘルはこれまで何度もマジンガーZと戦ってきたが、その度に煮え湯を飲まされてきた。

だが、使徒とドラゴンの登場だけでも十分だというのに、さらなるイレギュラーである異世界の兵器にもう1機のマジンガーZの存在。

まるで何かの重力が形成され、それに引っ張られる形で混沌が生まれているこの状況をヘルも看過できない。

「ハッ、Dr.ヘル様のご意思のままに…」

「Dr.ヘル様に勝利を!奴めの首はこのあしゅら男爵の手で!」

「うむ…だが、気をつけろ。マジンガーZもそうだが、あのグレートマジンガーという存在。あれを光子力研究所で、兜十蔵の手で作られていたというのか…?」

 

「ふん…何が奴らの首はこのあしゅら男爵の手で…だ。貴様に何ができる?」

「何を…!!」

洞窟を出て、ヘルが関知していないところに出たブロッケンがさっそくあしゅらにかみつく。

ヘルのもとに集った同士ではあるが、この二人は犬猿の仲で、ヘルの前では平静を装いつつも、彼抜きではこうしていがみ合っている。

「失態続きの貴様に何ができる?おとなしくここで我が勝利の報を待っているがいい」

「貴様…」

「グールを任されたのだ。これであれば、マジンガーZも異世界の兵器も敵ではないわ!ぬははははは!!!」

新兵器を任された、つまり相手以上にヘルからの信任を得たことを高笑いし、ブロッケンが去っていく。

出撃命令の出ていないあしゅらは両拳を握りしめる。

「私とて…私とて新たな力を必ず手に入れる!!そして、マジンガーZを、兜甲児を始末してくれる!!」

赤い海から飛び立つ、鬣のついたガウというべき大型航空機。

ヘルが開発した機械獣の1機にして、空の要塞と称されるグールはガウの倍以上の大きさを誇り、連邦軍がアウドムラをはじめとした300メートル近い大きさを誇る大型輸送機であるガルダ級を採用するまでなしえなかった補給なしでの戦艦による地球の一周をその3分の2の大きさで達成してなおも継続飛行可能な存在だ。

この兵器があれば、マジンガーZに必ず勝利できる。

その核心が今のブロッケンにはあった。

 

-日本近海 プトレマイオス2改ブリーフィングルーム-

「興味深い話ね…」

「確かに、不自然さは感じられるけれど」

「現時点ではデータ不足ではあります。しかし、もう1度チャンスがあればはっきりするでしょう」

「あとは…彼らが使用する固有の波形さえ解析できれば、理論上では可能です」

「その後は…」

「アキトさん、あなたの出番ですね」

真田とテレサ、ルリ、そしてかなめが解析し、導き出された理論、そしてボソンジャンプ。

それらを統合することで、彼らにとって大きな悲願の一つを為すことができる。

「…」

彼らの視線が集まる中、アキトは拳を握りしめた。

 

-ヤマト 食堂-

「Dr.ヘルねえ、このご時世に世界相手にケンカを売る暇人がいるなんてな」

甲児から聞く彼の宿敵、Dr.ヘルの目的に対してソウジが抱いたのは理解できないという思いだ。

一年戦争、そしてその終盤に立て続けに起こったセカンドインパクトとゲッター汚染。

そして17年近く続く戦争によって疲れ果てた地球にケンカを売って、たとえ勝利したとしても何の足しにもならない。

仮にそのDr.ヘルが地球を改善する手段を何か持っているのだとしたら納得がいくが、甲児の話を聞く限りはそれもなさそうだ。

「確かに、ヘルがやっていることは俺たちにも理解できません。ですが、奴の持つ戦力、機械獣の力は侮れません」

「さやかさんから、これまで戦闘した機械獣のデータを頂きました。いずれも、現行の連邦軍の兵器以上の性能を誇っています」

「そんな兵器を作れる人が、どうしてこんなことを…。それを地球のために使ってくれたらよかったのに…」

ナインに見せてもらったデータを見るチトセの言葉ももっともだが、優れた能力を持って、それを世界のために使おうと考える人間がいれば、己のエゴのためだけに使う人間もいるのは確かだ。

使い方を決めるのがその人である以上、それについてはどうしようもないのかもしれない。

データの中には機械獣が連邦軍のモビルスーツ部隊と交戦する映像もあるが、現行のモビルスーツであるジェガンが集団で1機に集中攻撃したとしても、なかなか倒せない存在だ。

まるでかつてのソレスタルビーイングのガンダムと過去の西暦世界における陣営が使っていたモビルスーツの性能差に匹敵するといえる。

「それで、ロンド・ベルもDr.ヘルとの戦いに協力しているのか」

「まあね。宇宙ではジオン、地上ではそれにプラスでDr.ヘルの相手で大忙しなわけだ」

「しかし、そのDr.ヘルという男、こんな状況で世界を征服して、いったい何が目的だというんだ…?」

「それは…僕も疑問に思う」

「ボロボロな状態でも、地球は人類の故郷だ。そこに王様になりたいのさ。あいつは」

スペースコロニーが生まれ、木星に人が暮らすようになっても、やはり人類のルーツは地球であることには変わりがない。

それが人類は重力に縛られているというのであれば、それでもかまわないと島は思う。

そこを手にし、王様になれるのだとしたら、たとえ無人の荒野であったとしてもうれしいのだろう。

最も、あくまでもこれは島の想像で、島本人としてはそんなのはまっぴらごめんだが。

「権力を手にしたがり、固執するのは悪党のお約束だな」

「だが、地球連邦を倒したとしても、宇宙にはジオンがいる。地球を手にしたとしたら、Dr.ヘルとジオンの戦争になるかもしれない」

「それは…どうだろうな。Dr.ヘルがどういうつもりでそのようなことをしているかはわからない。だが、ジオンは仮に連邦が打倒されたとしたら、地球を無視するようになるかもしれない」

「アムロ大尉、なぜそう思うのです?」

「今のジオンの戦い、特に地球で戦っている奴らは連邦への怨嗟を晴らすために戦っているように見えるからな。その晴らす相手がいなくなれば、もう地球にいる意味もないだろう」

古代とは違い、アムロをはじめとしたロンド・ベルはそうしたジオンの兵士たちの戦いをいやというほど見てきた。

それに、たとえDr.ヘルと地球をかけて戦争をし、勝利したとしても、地球で待っているのは今のコロニー以下の生活だ。

赤く染まった海で海産物がとれず、コロニーの調整された環境と違う厳しい環境が待つこの地球にスペースノイドが生活しようと考えるかは疑問だ。

(そうだ…きっと、その時にはジオンは地球を捨てる。木星帝国の彼らのように…)

トビアの脳裏に浮かぶのは、木星戦役の時に木星帝国の罠にはまり、クロスボーン・バンガードが地球連邦軍と戦うことになった後のことだ。

かつての母艦であるマザー・バンガードの自爆に紛れて離脱したトビアはベルナデット、ベラと共に地球へ降りた。

まだ本格的なガミラスの攻撃が行われておらず、地表にはまだ人々が生活していたころで、降りてすぐに出会った木こりの老人のもとに身を寄せることになった。

コロニー暮らしのスペースノイドであるトビアが彼から感じたのは彼との体力の違いだった。

食料と当時の愛機であるX3の修理パーツを買いに行くため、トビアは歩いて山を上り下りすることになった。

エアバイクでの移動が主であったトビアには考えられないことだが、その老人にとってはそれが当たり前の話。

実際にそれを経験したトビアはクタクタに疲れ、同時にどれだけコロニーが恵まれた環境なのかを思い知ることになった。

また、学生時代に一年戦争で地球に降りたジオン兵の記録を読んだこともある。

彼らも地球の環境の中で苦戦し、コロニーにはいない害虫などに苦労し、早く本国へ帰りたがっていたという。

時代や状況が違うことが大きいかもしれないが、トビアは地球で一時的に生活をしたことで地球で生活する人々への敬意、そしてニュータイプ能力そのものは結局のところ、宇宙という環境に適応する中で手に入れた能力の一部に過ぎず、ジオン・ダイクンのいう人類の革新とは言えないのではないかと思えた。

そういう点では、こうした自分の考えに影響を与えてくれた地球に感謝をしている。

だが、地球に対してネガティブな印象を生活の中で抱いた人々、特に滅亡寸前といえる地球を宇宙から見るだけのスペースノイドはどうだろう?

地球の土を踏みさえしなかった人間はきっと、アムロのいう通り地球への興味を失うのは目に見えている。

「人類は…地球と宇宙に真っ二つに分かれて生きることになるだろうな」

「それは…なんだか悲しいです」

同じ人類だというのに、地球で生まれたか宇宙で生まれたかで真っ二つに分かれる状況。

かつての人種差別に似た、いやそれ以上に種としても分離したとみなされるような未来はとてもバナージには受け入れられないものだった。

「だが、戦争するよりはマシだろうな」

「それを平和と定義できるかどうかは疑問だが…」

加藤も古代も軍人である以上、戦う覚悟はできているが、そうしたことが起こらない方が一番いいことも理解している。

戦争をしない、そのために互いを断絶するというのも一つの手だろう。

だが、その道を選んだ後の未来はどうなる?

コロニーからの救いがなければ復興できなくなった今の宇宙世紀世界の地球は滅亡するだろう。

地球に暮らすすべての生き物やアースノイドを道連れにして。

「だが、確かにジオンが地球という星そのものに関心がなくなっているというのは肌で感じている。セカンドインパクトとゲッター汚染によってな…」

「だから、たとえサードインパクトが起こったとしても、ジオンにとっては構わないということですか??」

NERVからもたらされた情報では、使徒が第三東京市に出現するのはNERVが守っているというセントラルドグマという場所へ向かうためだという。

そして、使徒がそこに到達すると再びセカンドインパクトのような惨劇、いわゆるサードインパクトが起こる。

今の地球にそれに耐えるだけの力はなく、サードインパクトは確実に地球を滅亡させるだろう。

「そうだ。その点ではかつてのアクシズ落としと似ている。地球を死の星に変えるという意味ではな」

「サードインパクトが起こることをジオンは望んでいるのか…??」

「そうではないと信じるさ。アクシズを命がけで押していたジオンの人間を間近で見たからな」

それに、シャアも地球を完全な死の星に変えようとは思わなかっただろう。

シャアは確かに自分との一年戦争以来の決着をつけたかったという思いもあるかもしれない。

だが、同時に人類を宇宙において進化させる、地球を曲がりなりにも存続させたいとも思っていただろう。

核の冬が到来したとしても、人類が存在しない長い時間をかけて地球は環境を再生させていく。

アクシズ落としはあくまでもセントラルドグマの件を抜きにすると、その可能性にかけている節があると冷静になって考えると思えた。

だが、その可能性さえもなくなるのがサードインパクトだ。

(シャア…そうなんだろう?お前の行いを許すつもりはない。だが…お前のことだから、完全に地球を滅ぼしたいなんて思わなかっただろう?)

 

「…」

「どうしたの?シンジ」

「あ…別に」

「隠しても分かるよ。アムロさんの言葉にショックを受けたんだろう?」

日本各地を転々とした、人並みとはいいがたい生活を送ってきたであろうシンジだが、これまで戦争と関わることはなかった。

確かにアクシズ落としの時は地球もろとも死ぬことになる恐怖におびえていたものの、それでもメディア越しでしか地球とジオンの対立を知ることがなく、憎み合っている印象しか抱いていなかった。

だが、生身の体で戦いを続けてきたアムロの言葉には驚きながらも、メディア以上の真実味は感じられた。

シンジのそんなショックを感じたハサウェイも、もし一年戦争やそれ以降の戦いの当事者であるブライト、そしてその妻であり、一年戦争でブライト達とともにホワイトベースに乗っていたミライの子供でなければ、ここでの話で同じショックを感じただろう。

ハサウェイもまた、アクシズを押したジオンのモビルスーツを見ていたのだから。

あの時はクェスを失ったショック、そして彼女を手にかけたチェーンのことで精神的に追い詰められていたが、それがなければきっとあの中に入っていたかもしれない。

もし、戦いがなければシンジが受けるショックはそこまでだったかもしれない。

だが、それ以上にショックなことがある。

「サードインパクトが起こるのを望んでいる人がいるなんて…」

シンジとレイがエヴァに乗るのも、ミサトたちNERVの人々が仕事をしているのも、すべてはサードインパクトを阻止し、地球を守るため。

人類共通の絶対的な正義だと思っていたシンジには、サードインパクトを望む人々の存在が信じられない。

だが、もし阻止しようとするなら、NERVにはジオンも協力しているはずだ。

その協力がないということは、そういうことなのだろう。

「けど、人間はそこまで愚かじゃないよ」

「ハサウェイさん…」

「確かに、スペースノイドの中には連邦を恨んでいる人も少なくない。だけど、アースノイドすべてが滅びればいいなんて思っている人ばかりじゃないはずだ。僕も、アムロさんと同じでそう信じているよ」

「ハサウェイさんって、アムロさんと親しいんですね」

「親父と付き合いがある人だからね。おかげで連邦の白き流星を間近で見ることができたよ」

シャイアン基地で軟禁生活を送るアムロの元へ、母親であるミライと一緒に来たことがあり、その時は機械いじりのやり方やプチモビの動かし方を教えてもらった。

一年戦争の英雄としてではないアムロを知る機会があるから、曲りなりに軍人となった今でもアムロとこうして親しくすることができる。

「そっか…ハサウェイさんのお父さんって、ブライト艦長なんですよね…」

「ああ…」

「お父さんと、どういう感じで話をしますか?」

ロンド・ベルとNERVの違いがあるとはいえ、最高責任者を父親に持っているという点では、ハサウェイとシンジは共通している。

違いがあるとすれば、幼いころに親戚に預けられて以来、シンジは一度も父親と会ったことがないことだ。

ハサウェイも一年戦争後は佐官となったブライトとはなかなか会えない少年時代を過ごしている。

そんな父親と関わるのが少ないハサウェイだから、シンジはそれを聞けるのかもしれない。

「話って…ああ、そういえば…こっちの世界へ戻った時にしたくらいで、最近は全然、口をきいていないな」

「それで…いいんですか…?」

「いいも悪いも、親父は忙しいし…」

自分とテレサのことも、それ故にまだブライトには伝えられていない。

艦長同士でブリーフィングをする機会があるため、もしかしたらテレサが話しているかもしれないが、こういう時は自分から話したほうがいい。

忙しそうにしているが、いつか少しでも暇を見つけたら話そうと決心する。

一方のシンジはそのまさかの回答に驚きを隠せなかった。

せっかくこうして会えたのなら、いっぱい話をしているものとばかり思っていたから。

「それに、親子だからこそ…話さなくてもいいってのもある」

「そういうものなんですか?」

「そうじゃなきゃ、地球と宇宙で離れていたら家族なんて壊れちゃうだろ?」

「話さなくてもいい家族…か…」

似ているように見えたが、全くそうではなかった。

ブライトも顔や口には出していないが、本心では誰よりもハサウェイを信じていて、同時に心配もしている。

ゲンドウは果たしてシンジを置いて行ってから、どう思っていたのか、今のシンジには知りようもなく、ようやく会えた時もあの鉄面皮からは何も感じられなかった。

「シンジ…」

「苦戦しているようだな、ハサウェイ」

「甲児…」

「シンジ…お前の父さんってNERVの司令官なんだろ?」

「はい…」

「ミサトさんから聞いたよ。お前…親父さんに言われてエヴァに乗ったんだってな」

「エヴァに乗ることのできる人間は限られているからって…」

エヴァのパイロットになるための条件について、ミサトに聞いたことがあるが、彼女も詳しいことはわからないという。

一つ言えることは、エヴァ初号機と零号機には人間の言う個性や相性というものがあるようで、シンクロ率にはそれが関係しているらしい。

なぜエヴァにそのようなものがあるのかはわからないが、それがシンクロ率という数値でパイロットと同調する。

大雑把に言ってしまえば、それが高いパイロットは乗っているエヴァと相性がいいということになる。

あの場にいた人間の中で、初号機とのシンクロ率が一番高いのはシンジ。

だから乗って、使徒と戦った。

シンジの意識としてはそれだけのことだ。

かつて、大勢の人の死を目撃し、その惨劇を生み出した敵への怒りからガンダムに乗り込んだアムロと比べるのもおこがましい。

「そうか…頑張っているんだな」

「え…?」

成り行きやあまりにも消極的な理由で乗っただけの自分をほめてくれた。

そのことに驚くシンジだが、不思議とうれしさがこみあげてくるのも事実だった。

「親父さんの期待に応えようとしているんだろう。そりゃ、自慢の息子ってやつだ」

「ありがとう…ございます…」

疎遠だったゲンドウのために戦ったつもりはない。

ただ、ほめてくれたことに感謝するシンジに甲児はニッと笑う。

「戦う理由は人それぞれだ。親父さんに言われて戦うのだって、別に悪いことじゃない。でもよ、いやだと思ったら、ちゃんと言えよ。最後に決めるのは…お前なんだからよ」

ポンッと甲児の拳がシンジの胸に置かれる。

「神にも悪魔にもなれる…。それを決めるのは、お前自身だ」

「それって…どういう意味なんだ?」

「俺がおじいちゃんからマジンガーZを託されたときに言われた言葉だ」

かつて、静岡の熱海で甲児は弟のシローと祖父である兜十蔵の3人で暮らしていた。

両親は幼少期に死別しており、祖父の庇護を受けていた甲児はある時、あしゅら男爵と彼が指揮するあしゅら軍団の襲撃を受けることになる。

救援に駆け付けた連邦軍のモビルスーツ部隊をも蹂躙する機械獣に恐怖する甲児だが、そこで十蔵がひそかに建造していたマジンガーZに乗り込み、あしゅら軍団を撃退することに成功した。

その時に十蔵に言われたのがその言葉で、十蔵はその戦いの中で命を落とすことになった。

それ以降は十蔵の仇であるあしゅら男爵、そしてマジンガーZを狙うDr.ヘルとの戦いに悪友であるボスと幼馴染であるさやかと共に身を投じることになった。

「甲児さん!その…この前はありがとうございました!エヴァの暴走を止めてくれて…」

「いいってことよ。世界を守るための力を悪魔にしたくなかっただけだからな」

得体のしれない兵器であるエヴァだが、シンジがただ破壊のためだけに戦う存在でない限り、その心でエヴァを制御するのであれば、悪魔になることはない。

まだ中学生であるシンジには重たい宿命ではあるが、それでも甲児には目の前の少年がそれを乗り越えることができると思えた。

「あの甲児って奴…勢いだけで突っ走るタイプかなって思ったら、いろいろと考えているんだな」

「当然じゃない。こんな状況なんだから」

甲児とシンジの語り合いを前にしたシンは今だからこそ、その神にも悪魔にもなれるという意味が理解できると思えた。

両親を失い、妹を苦しめた戦争への憎しみ、何も守れなかった自分への憎しみから軍人となり、力を追い求めたが、その手にした力を制御するには当時は心が幼かった。

もしアスランが止めてくれなければ、ルナマリアやステラと出会うことがなければ、もしかしたら甲児のいう悪魔に本当になり果てていたかもしれない。

「トビアやキンケドゥも言っていたが、宇宙世紀世界や新正暦世界と比べると、俺たちの世界はそれなりに平和だったんだな」

「それにたどり着くためには、多くの犠牲があったがな…」

「ああ…」

シンも刹那も、今にたどり着くまでに多くの人の死を見てきた。

その中には当然大切な仲間がいて、本来なら戦いとは無縁の世界にいるはずの一般の民間人もいる。

死んだ彼らはもう戻ってくることはないが、西暦世界の平和が、これから積み重ねられていく平和がその犠牲に報いるだけの価値になってくれると信じたい。

(ロックオン…お前が再び現れたのは、もしかしてまだこの世界に不満があるからなのか?それとも…)

「平和、ね…。薄っぺらい言葉だわ」

「アンジュ…」

「昔の私なら、その言葉にうなずいていたかもしれない。でも、真実を少し知った今なら、あの世界の平和は見せかけの物だって言えるわ」

「平和のために戦った人たちのことを馬鹿にしているのか?」

始祖連合国やノーマ、ドラゴンの存在を知ったことで、見せかけという言葉についてはシンは否定するつもりはない。

だが、それでも平和のために戦い、死んでいった人たちを否定するようなアンジュの言葉をシンは許容できない。

「言葉が悪かったなら、謝るわ。でも…この世界のすべてを、真実を暴くまでは本当の平和は訪れないと思うの…」

「真実…」

(それが、ソレスタルビーイングの最終目的の一つでもある)

ヴェーダに蓄積された、これまでイノベイド達が収集してきたデータでも、そのアンジュのいう真実にいまだたどり着くことができていない。

アンジュも、始祖連合国の外に出たり、タスクと出会うことがなければ、その真実を確かめたいという気持ちにはなれなかっただろう。

だが、平和を享受するかつてのアンジュリーゼにも、自分が生きるためだけにドラゴンを殺す無知なアンジュにも、もう戻れない。

戻れないなら、真実にたどり着くまで前のめりに突き進む。

そうでなければ、満足できない。

「そこまでにしよう、シンもアンジュも」

「キラのいう通りだわ。私たちには元の世界へ帰るすべもないんだから」

キラとサリアが間に入り、そこでシンとアンジュは沈黙する。

お互いに相手の言うことには一理あることは理解できている。

だが、それでも相手の言い分に納得できない部分があることも事実だ。

「みんなは、元の世界に帰りたい?」

「そんなの…当り前じゃないですか」

西暦世界には一緒に戦ってきた仲間、そして最愛の家族が待っている。

そんなシンは迷いなく答えるが、それは帰る理由が存在する人間の話だった。

「…そうでもない」

「え…?」

「あたしもだよ。あっちの世界じゃ、ノーマのあたしたちは人間扱いされないからさ」

クリスやロザリーをはじめとしたノーマにとっては、帰ったとしてもあるのはドラゴンとの血塗られた戦いのみ。

あの地獄のような日々と比較すると、同じ戦いがあったとしても普通の人間として扱ってくれて、金銭的な余裕もある今の生活の方がいいに決まっている。

「別の世界なら…そんなことを気にしなくて済む…」

その思いを抱くのは、サリアも同じだった。

確かに元の世界にいる仲間やジルのことが気にならないわけではない。

だが、人間としての暮らしができる今の環境を知ってしまったサリアには元の世界へ戻るという選択を迷いなくできる自信がない。

「そうだよね…ごめん」

ちょっと考えてみたら、特にアンジュをはじめとしたメイルライダー達がそんな思いを抱くのはわかり切っていたこと。

無神経だったと反省するキラの詫びの言葉にアンジュが首を横に振る。

「気にしないでよ。少なくとも、ここにいる人たちはそういう態度をとらないしね」

「そういうお前はどうなんだよ?イタ姫。お前の言う偽りの平和の世界なんて、もう未練はないのか?」

「私は…帰りたい」

「へえ…」

メイルライダーとなって一番日が浅く、姫として偽りの平和の世界での生活を長らく享受していただけあって、他のメイルライダーとアンジュの答えは違う。

そう思っていたヒルダだが、アンジュの望郷の思いは別にそんなものではない。

「いろいろ、心残りがあるから」

あの日々は両親が死んだあの日にもう戻れないことはわかっているのだから。

だが、まだあの世界に納得できないものがある。

真実を明らかにしなければ、ここから先に進めない気がしていた。

「珍しく気が合うじゃないか。あたしもだよ」

「ほんと、珍しいわね」

反目し合う間柄のはずのアンジュとヒルダが笑い合う。

ほんのわずかに流れる静寂の時間。

だが、それを突き破るような警報音が鳴り響く。

「敵襲か!」

「太平洋のド真ん中だぞ!完全に俺たち狙いか…」

「ジオン…それとも、連邦軍」

「何が相手でも、相手するまでよ…」

帰りたいという願い、そして生きることを阻むのであれば、相手が何であろうと倒す。

アンジュの目には闘争心と生存本能、生物として当たり前の炎が宿っていた。

 

-ヤマト 格納庫-

「竜馬さん、わかっているとは思いますが…今のゲッター1は…」

「んなことわかってる。けどよ、機体を遊ばせる余裕もねえだろうし、整備できねえこいつをいつまでも置いておくってのも、考えモンだろ」

ゲッター1に乗り込む竜馬も今のゲッター1の状況は理解している。

次元転移をしてから長らく戦闘に加わらず、死蔵され続けてきたゲッター1だが、整備兵たちもただ手をこまねいていたわけではない。

オモイカネやナイン、ヴェーダなどを使ってゲッター1を解析し、どうにか整備できないか模索は続けていた。

その結果としてどうにかゲッター合金に近い材質の装甲を作ることができ、それで損傷個所を修復することには成功したが、本来のものと比べるとやはり完成度については6割未満といったところ。

装甲にすることはできるが、ゲッタートマホークをはじめとした武器に使うことはできない状態だ。

仕える武器はもはやハイパーハンマーランチャーと腰の鞘に納められた大型ヒートトマホークのみだ。

「満を持しての出撃だな、竜馬」

「悪かったな、ソウジ。あの後、あの陰湿野郎にしこたま絞られたんだろう?」

「気にすんなよ。それより、大丈夫か?お前」

「ああ…問題ねえ。俺は去るものは追わねえし、来る者は拒まねえ。何が来ても、相手をしてやる」

ソウジとの剣道という名の暴力で気持ちにある程度整理をつけ、食堂での話を聞いた竜馬は拳を握りしめる。

まだ鉄也が出ていったことに完全に気持ちの整理ができたわけではないが、それでも今の方が整理がついていて、鉄也についてはいずれあった後でボコボコにしてから真意を聞いてやろうと思っている。

二人が出撃前の談笑をする中、シンジとレイはミサトから話を聞く。

「2機のエヴァは核融合炉を搭載したわ。重量が増して、背中に違和感があるかもしれないけれど…活動時間については気にしなくていいわ。あとは、スラスターを使う形についてはシミュレーションでやってもらったけれど、何か違和感があったらすぐに戻って」

「わ、わかりました。機械獣…機械獣は人じゃない、人じゃないんだ…」

グリップが装着され、手になじむ形状となったマゴロクソードを腰に差し、背中の重量の増した初号機に先行し、零号機が発進シークエンスに入る。

「シンジ君、一人で戦うわけじゃない。機械獣は使徒と比べたら大したことはない。私も助けるから」

「綾波…」

「零号機、行きます」

ハッチが開くと同時に零号機がパレットライフルを手に飛び降り、スラスターを吹かせて緩やかに着地する。

この上空から地上への降下についてはシミュレーションで何度もしてきたが、それでもやはりハッチから見える地上との距離を実際に見ると恐怖を感じてしまう。

だが、その恐怖は使徒と問答無用に戦わされたときと比べたら大したことはない。

「碇シンジ、エヴァ初号機…行きます!!」

 

-???-

(ロンド・ベルが機械獣と戦闘を開始した。マジンガーZも参戦している)

飛行中のグレートマジンガーに乗る鉄也に男性からの通信が届く。

位置情報も送信され、即座に鉄也はグレートマジンガーに装備されているグレートブースターでスピードを一気に引き上げていく。

今のグレートマジンガーに装備されているグレートブースターはヤマトで作成されたレプリカではなく、正真正銘の超合金Zで作られた本来のものだ。

(間に合ってくれ…。甲児、戦うな!!)




機体名:ブラックゲッター・リペア
形式番号:なし
建造:竜馬によるハンドメイド
全高:38.8メートル
全備重量:283トン
武装:ハイパーハンマーランチャー、大型ヒートトマホーク×2
主なパイロット:流竜馬

次元断層におけるアールヤブの集団との戦闘で大破したブラックゲッターを改修したもの。
ゲッター合金の解析については竜馬がヤマトに乗り込んだ時から開始されていたものの、異世界の兵器であるが故のデータ不足やゲッター線という未知のエネルギーを活用していることから解析が難航していた。
どうにか解析し、万能工作機で開発された疑似ゲッター合金で損傷個所を補っているものの、変形が不可能になっており、それ故に武装に使用することができなかったため、ハイパーハンマーランチャーとブラックゲッターにも扱える大きさに調整して作成された大型ヒートトマホーク2本で武装を補っている。


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第60話 襲来

機体名:ネェル・アーガマ改
分類:強襲揚陸艦
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
艦籍番号:SCVA-76
全長:380メートル
武装:2連装メガ粒子砲×4、サブ・メガ粒子砲×2、単装ビーム砲×2、ミサイルランチャー、ハイパー・メガ粒子砲、2連装対空機銃×24
主なパイロット:オットー・ミタス

アナハイムが開発した強襲揚陸艦。
グリプス戦役よりエゥーゴの旗艦として活躍し、ネオ・ジオン戦争において諸事情により地球へ降下し、宇宙へ戻ることができなくなったアーガマをカラバに譲渡することとなった代替として開発されていた艦であり、モビルスーツの運用と居住性を重視したアーガマと比較すると、ハイパー・メガ粒子砲の採用や前方3基、後方1基のカタパルトデッキの搭載、格納庫の大型化によってあらゆる面でアーガマを上回り、そのうえで戦艦レベルの攻撃力を獲得したことから、ロンド・ベル発足後はラー・カイラムが採用されるまで、旗艦として運用された。
ラー・カイラム採用後は同時期に連邦軍で採用されたクラップ級戦艦の兵装などを取り入れた近代化設備が施されたものの、同型の戦艦が存在しないことから今回の合流がなければ、単艦行動を続けることになっていたようだ。
なお、ネオ・ジオン戦争が1年前のことであり、それにもかかわらず新型艦の登場による近代化設備が施されていることから、宇宙世紀世界における技術レベルの急速な上昇とそうしなければならなくなるほどのジオンとの戦いの苛烈さがうかがえる。


-太平洋 日本付近無人島-

「使徒以外との戦い…確かに、シミュレーターではそればっかりだったけど!!」

モビルスーツの頭がついた青い爆撃機というべき機械獣、グロイザーX10にパレットライフルを放つシンジだが、装甲がかなりの強度に仕上がっているためなのか、ダメージを受けている気配はなく、目の部分からビームを地表に向けて放ちながらヤマトへ向かう。

そのうえには巨大な針が前面についたオレンジの箱に人間の手足をつけたようないびつな機械獣、トロスD7が乗っていて、上空から攻撃を仕掛けようとするストライクフリーダムやヴァングレイ、ブラックサレナに向けてミサイルで攻撃する。

「あの爆撃機はでかい爆弾そのものだ!爆発に巻き込まれるなよ!!」

実質特攻兵器といえるそれに向けて突っ込んだマジンガーZはまずはその背中に乗り、針のミサイルで援護を行うトロスD7を蹴り飛ばす。

続けて頭部に向けて光子力ビームを放って視界を奪うと、今度は真下へ向かってグロイザーX10を上空まで押し上げていく。

少しでも遠くへ飛ばして、そこで撃破するために。

確かにマジンガーZはグロイザーX10と比較すると小さいが、パワーは段違いにマジンガーZが上回っている。

ある程度高度を上げると、グロイザーX10を投げ飛ばし、ブレストファイヤーで焼き尽くす。

炎がグロイザーX10の体内にある爆薬に引火し、上空で大きな爆発を引き起こす。

小規模な核爆発に匹敵するそれをもし地上や至近距離で受けたとなると、地上がどのような状況になるかと思うとぞっとする。

地上に落とされたトロスD7は零号機がプログラッシブナイフで切り裂かれて沈黙した。

(戦っているんだ、僕は…戦場で…でも、相手は機械獣なんだ。人間じゃない…)

機械獣が人じゃない以上、使徒と戦うときと感覚は同じで、それならまだマシだろう。

生き物に近い使徒をマゴロクソードで斬った時の生々しい感触よりも機械の方がいい。

ただ、これから先は機械獣だけでなく、人が乗っているモビルスーツやアームスレイブとも戦うことになるだろう。

その時も同じように戦えるのか?

その不安を払しょくするのを敵は待ってくれない。

「さらにグロイザーX10が来るわ!でも、これって…」

更に現れるグロイザーX10を3機見つけるさやかだが、機体の色は先ほどのものとは違って赤色で、おまけに背中にトロスD7を乗せていない。

下部のコンテナを開くと、そこから剣と盾を装備した古代ギリシャ風の石像のような機体が次々と降りてくる。

「こいつ…輸送タイプの機械獣かよ!」

「キャップ、石像型の機械獣が10機近く、中には弓矢を装備しているタイプもあります」

「そうかよ、うおお!!」

輸送任務を終えたグロイザーX10の目からビームがヴァングレイに向けて放たれ、やはり輸送タイプとなってもビームの火力は健在というべきか、かわしたとはいえ装甲が焼ける。

「チトセちゃん、ポジトロンカノンを!!」

「爆発は大丈夫なんですか?」

「爆撃するタイプじゃないなら、問題ないだろ!!」

ポジトロンカノンを右腕に装備したヴァングレイが狙いをグロイザーX10の頭部に定める。

エネルギー充填を追え、ポジトロンカノンから発射されたビームは頭部をえぐり、そのまま機体を貫いていく。

先ほど甲児が撃破したグロイザーX10ほどではないとはいえ、それでも大きな爆発を起こし、その光は下手な目くらまし以上といえた。

「やっぱ…下手に爆発させるもんじゃねえな、こりゃ…」

上空ではグロイザーX10をはじめとした爆撃獣との戦いが繰り広げられる中、地上では数多くのタロス像が剣や弓矢、槍などを手に攻撃を仕掛けてくる。

石像のような機械獣だが、その癖に並のモビルスーツ以上の頑丈さを誇るためにネェル・アーガマやラー・カイラムから出撃したロンド・ベルとエコーズの混合のモビルスーツ部隊のビームライフル1発程度では撃破できないくらいだ。

「1機だけで戦おうとするんじゃないよ!集団戦法だ、剣を槍を持っている奴には近づくな!!」

ケーラが乗るリ・ガズィと3機のジェガンが一斉にビームライフルを放ち、1機のタロス像を沈黙させる。

銃を持つタイプが存在しない以上、少なくとも足を破壊しさえすれば、何もさせずに済むだろう。

マジンガーZやガンダムなどの高性能な兵器が存在しない部隊ではこうした集団戦法で機械獣を沈黙させているケースが多い。

かつての一年戦争前期に戦車や歩兵でモビルスーツと戦っていた時よりはましかもしれないが、それでもこうした戦い方をしなければ勝てない相手がゴロゴロと存在する今の状況にケーラは唇をかみしめる。

(もっと、力があれば…)

グリプス戦役の頃から、ルーと共にエゥーゴで戦ってきたケーラは今もこうして生き延びるだけの力を持ち、現在はラー・カイラムに所属するモビルスーツの指揮を任せられるくらいにはなっている。

だが、戦う中で多くの戦友の死を見て、おまけにジオンに所属していた強化人間と戦ったときはリ・ガズィに乗っていたが、一方的にやられた上にガンダムチームに助けられなかったら人質にされていたかもしれないほどにまで追いつめられてしまった。

助けられたのはいいが、傷ついたケーラはネェル・アーガマに戻ることになり、他の負傷兵と共に病室でアクシズが地球から離れていく光景を見ることしかできなかった。

「おおおおおお!!!」

近くでまた、味方のジェガンが撃墜されるのを見たケーラが叫ぶ。

そうでもしなければ、自分の無力さに押しつぶされそうだったから。

「ロメロ12より各機へ、後方より新たな機械獣を確認!数は3機!!」

警戒していたEWACジェガンからもたらされる新たな機械獣の映像。

首と脚が3本ずつついた亀2機を左右に配置し、中央にいるのはあしゅら男爵を模した人型の機械獣だった。

その映像は当然、マジンガーZにももたらされる。

「あしゅら男爵!奴もここに…!!」

 

-グール 艦橋-

「あしゅら男爵だと!なぜ奴がここにいるのだ!?」

バートス島で待機していたはずの彼の登場はブロッケン伯爵に苛立ちをもたらす。

既にロンド・ベルとミスリルの機動兵器を複数機撃破していて、現状では互角であるにもかかわらず、自分の戦果に対して横槍を入れようといわんばかりに後ろから出てきた彼に通信をつなぐ。

「あしゅら男爵!これはどういう了見だ!!貴様はDr.ヘル様に待機を…」

「Dr.ヘル様の命令で来たのだ!貴様の了解などいらん!」

「何…!!」

「ブロッケン伯爵!Dr.ヘル様より入電!『あしゅら男爵と共にロンド・ベルと兜甲児を抹殺すべし』と…」

暗号通信を読み上げた自らの私兵である鉄十字兵の頭上へ頭部を移動させ、そこからそれが記載されている紙に目を通す。

部下の言う通りの内容で、偽物ではない。

これにはさすがのブロッケン伯爵も受け入れざるを得なかった。

 

-太平洋 日本付近無人島-

後方からやってくるあしゅら男爵を中心とした3機の機械獣の足止めをすべく、コスモファルコン隊が攻撃を仕掛ける。

「まさか…こんなゲテモノみたいな兵器まで存在するなんて…世界は広いですねえ」

「無駄口をたたくな、篠原!!あの気色悪い人型もそうだが、あのでかい亀を近づけるわけにはいかねえぞ!!」

亀形の機械獣、ジェイサーJ1の目から発射される怪光線がヤマトを襲い、波動防壁が受け止める。

大型な機械獣が放つそれの出力はモビルアーマーに匹敵し、接近されたらその質量でモビルスーツやアームスレイヴは一瞬で押しつぶされる。

コスモファルコン隊によるミサイル攻撃が襲うも、機械獣の堅牢な装甲がそれを受け止める。

コスモファルコン隊の使命は撃墜ではなく、マジンガーZが到着するまでの足止め。

弾幕を張ることで、これ以上ジェイサーJ1から怪光線を発射させないことだ。

「ふん、時代遅れの羽虫どもが…ジェイサーJ1の武器はこれだけではない!」

体を90度持ち上げたジェイサーJ1の下部に隠された巨大なファンがコスモファルコン隊に披露されるとともに、回転を始めたそれが激しい風を引き起こす。

2機のジェイサーJ1のファンが放つ竜巻はコスモファルコンを次々と捕まり、中には仲間同士でぶつかり合ったがために爆散する機体も存在する。

脱出しようにも、この竜巻の中に飲み込まれるのがオチだ。

「ハハハハ、無様なものだ!」

「野郎…!こんなところでやられるかよ!!」

加藤の叫びと共に、座席側面に追加されたレバーを倒す。

同時に加藤の乗るコスモファルコンの胴体部分からモビルスーツの脚と言えるものが出現し、そこに取り付けられているスラスターで竜巻に突入しかけた機体のスピードを落とす。

それを皮切りに変形していったコスモファルコンのコックピットが収納され、両腕とガンダムとジムの中間といえる頭部が現れる。

「モビルスーツに変形??」

「やられっぱなしで終わるわけねえだろ!!」

右手に装備された、追加武装である機首の機銃の正体であるビームライフルがジェイサーJ1のうちの1機の頭部を襲う。

頭部の1つを撃ちぬかれたのを皮切りにジェイサーJ1の動きが不安定になり、竜巻が弱まる。

「ビームライフルでこの破壊力だと!?」

「こいつをただのビームライフルだなんて思うなよな!!」

加藤の新たなコスモファルコンに装備されたビームライフルにはコスモゼロの機関砲に採用されたビーム圧縮技術が取り入れられている。

新たな自らの愛機の力でヤマトを守る。

不意に何度も自分の手当てをしてくれた原田の顔が浮かぶが、頭を振ってそれを吹き飛ばし、ビームライフルを撃ちながらジェイサーJ1に迫る。

残り2つの頭から怪光線を加藤のコスモファルコンに向けて放つが、獣の名を得たとしても機械であること、AIであることに変わりない。

そして、そんなAI以上の実力を持ったパイロットが仲間の中に数多く存在している。

「そんな程度で、なんだっていうんだ!!」

「ちぃ…」

「よそ見してんじゃねえぞ、あしゅら男爵!!」

甲児の声が響くとともに飛んでくるロケットパンチ。

機械獣あしゅら男爵の左右の体が割れてパンチを避けるとともに、接近するマジンガーZを視認する。

再び合体した機械獣あしゅら男爵がまだ両手が戻っていないマジンガーZに接近し、右手の爪で切りかかる。

「これだけ接近すれば、ブレストファイヤーは撃てんだろう!兜甲児!!」

「あしゅら男爵!おじいちゃんの仇!!」

「2つに割れて合体??どういう神経なんだよ、あの機械獣は!!」

甲児とあしゅら男爵の戦いも気がかりではあるが、今戦うべきはジェイサーJ1。

ビームサーベルを抜き、仲間を襲うジェイサーJ1へと突っ込んでいった。

 

「なんだ…今日のあしゅら男爵は、何かが…違う!」

1対1となった甲児とあしゅら男爵との戦い。

甲児はこれまで何度もあしゅら男爵と戦ってきたが、今日対峙している彼はこれまでとは違うように感じられた。

ニュータイプではないが、機体越しに相手から気迫のようなものはわずかながら感じ取れる。

「死ねええ!!」

ロケットパンチが戻り、拳を振るうマジンガーZに対して、当たるギリギリのところで再び左右に体を分離させた機械獣あしゅら男爵の断面部分に棘が出現する。

そして、左右からマジンガーZを挟み込んだ。

「これが、私のためにDr.ヘルがくださった、いわばもう1つの鋼の体。機械獣あしゅら男爵の力だ!!それに我らの思いを組み合わせれば、貴様にも…マジンガーZにも負けることはない!!」

コックピットに座るあしゅら男爵の背中には端末がついており、後部座席から伸びているケーブルと接続している。

かつての一年戦争で、ジオンのフラナガン機関はニュータイプの軍事利用を目的にサイコミュやEXAMなどを開発していた。

その機関とは別に、サイコミュという名前を冠していながらも全くの別物のシステムもジオンでは開発されていた。

リユース・サイコ・デバイス、四肢を欠損したパイロットの義手や義足等を通し、脳の思考によるモビルスーツの操作を可能にした技術であり、傷痍軍人を中心とした部隊で試験運用されていたという。

終戦段階での完成度では、高機動型ザクⅡ単騎でガンダムを倒せる可能性が高いといわれたものの、そのガンダムと戦う前に終戦を迎えたことで日の目を浴びることはなかった。

Dr.ヘルはミケーネ島で手にした技術だけでは飽き足らず、連邦やジオンの技術データの解析も行っていた。

サイコフレームまでは手にすることができなかったものの、それらの技術を元に機械獣あしゅら男爵に独自のリユース・サイコ・デバイスを搭載した。

彼としては、傷痍軍人の再利用としての意味合いでのこのリユース・サイコ・デバイスなどは満足できるものではない。

ザクⅡでガンダムを倒せる可能性のある技術だとしても、両手両足を義肢にする必要があり、そのためだけの健常な手足を斬るような所業はあまりにも非効率だ。

おまけに両手両足を接続した状態で戦い、仮に敗れるようなことがあれば脱出できないのは明白だ。

失った手足よりも自由になれるのは戦場だけなのだから。

だとしたら、接続端末を体に埋め込んでそこから神経接続する形をとればいい。

その端末を取り付ける手術に最初に名乗りを上げたのがあしゅら男爵であり、その効果をマジンガーZを倒すことで証明する。

「甲児ー--!!」

挟まれているマジンガーZを助けるべく走り出すボスボロットだが、上空にいる機械獣あしゅら男爵に対して、ボスボロットは地上にいる。

おまけに重量の都合でサブフライトシステムに乗ることなどできない。

パワーアームでも届かないとなると、できるのは撃破された機械獣の残骸や岩を投げつけることくらいだ。

「ボス!!」

「我らの戦いに水を差すな、ザコめが!!」

左手に握っている杖をボスボロットに向けて投げつける。

ビームのようなスピードで飛んでくる杖はボスボロットの目の前に突き刺さると同時に、その衝撃でボスボロットが吹き飛んでしまう。

「いくらマジンガーZが強固だとしても、パイロットはそうでなかろう!死んでもらう!!」

あしゅら男爵の声が接触回線で甲児の耳に届くとともに、全身を爪で引き裂くような電撃が彼を襲う。

マジンガーZに接触する棘から放たれる電撃がマジンガーZと、パイルダーの中にいる甲児を襲う。

確かに装甲そのものに大きなダメージを与えているわけではないが、強烈な電撃が内部の精密機器、そしてパイロットである甲児に確実にダメージを与えていく。

「ふ…ざ、けるん…じゃ、ねえぞ!!」

全身を貫く電撃が意識を奪っていくのを感じる甲児だが、それを心の底からこみ上げる怒りで保たせる。

脳裏に浮かぶのは彼によって命を奪われた、偉大なる祖父の姿。

そして、彼の手で作られたマジンガーZ。

「お前…みたいな、奴に!!マジンガー…Zが、負けるかあ!!!」

甲児の叫びと共に、モニターに奇妙な数字の羅列が一瞬だけ表示される。

その後で急にマジンガーZの体が金色の光を放ったと同時に挟み込んでいた機械獣あしゅら男爵が左右に吹き飛ぶ。

「な、なんだ、これは!?今、何が起こったというのだ!?」

機械獣あしゅら男爵の挟み込みと電撃で、確かにマジンガーZの内部にダメージを与えたはず。

そして、その状態からマジンガーZが自力で引きはがすことなどできないはず。

だが、あの光を放ったほんの一瞬、マジンガーZの出力が爆発的に上昇していた。

「いっくぜー----!!!」

動揺するあしゅら男爵を見逃すはずのない甲児が再びロケットパンチを放つ。

だが、普段のロケットパンチとは異なり、発射された腕から刃が展開されており、さらに肘関節の断面からはドリル状のミサイルが数多く発射されていた。

「ちいいいい!!」

知らない武装相手では反応が遅れるのが常ではあるが、対処できないほどのものではない。

左胸部分から発射されるミサイルからばらまかれた散弾がミサイルに接触し、ミサイルが爆発するとともに周囲のそれも巻き込んでいく。

刃を展開したロケットパンチは破壊することはできないが、それでもロケットパンチからの派生であることに変わりはなく、そんなものはリユース・サイコ・デバイスで得た反応速度の敵ではない。

悠々と回避するが、ミサイルの煙のせいでマジンガーZの姿は見えない。

「新たな兵装とはいえ、これでは…何!?」

「もらったああああ!!」

新たなミサイルとロケットパンチに意識を向けていたあしゅら男爵の背後に回り込んでいたマジンガーZの腹部が展開され、そこから発射される大型のミサイル。

体に収まりきらないはずの大型のミサイルが一直線に機械獣あしゅら男爵を襲い、反応が遅れた彼への直撃コースを進む。

(ドリルミサイルにアイアンカッター…そして、ミサイルパンチ。こんな武装がマジンガーにあったなんて…)

甲児が先ほど使用した兵装はいずれも急にマジンガーZのシステムの中で解禁されたものばかり。

時折兵装の追加を光子力研究所で行うことはあったものの、これらの兵装はそんなことをした覚えもない。

最初から搭載されていたというなら、整備中に何かしらの痕跡があり、甲児の耳に届くはずだ。

だが、そんな謎は今はどうでもいい。

こうして祖父の仇を討つことができるのであれば。

「恐るべし、マジンガーZ、恐るべし、兜甲児…!!」

避けることのできない一撃。

大きなダメージを覚悟するあしゅら男爵だが、襲うはずのミサイルパンチに黒い何かが側面から襲いかかる。

ミサイルパンチをそれが貫き、大きな爆発が起こる。

「うおおおおおお!!」

思わぬ何かによって直撃は避けられたが、その余波だけでも機械獣あしゅら男爵を吹き飛ばし、海へと落ちていく。

「これ以上は、させん」

「今のは…ロケットパンチ!?まさか…!」

ミサイルパンチを破壊した黒い物体、黒い拳が戻っていき、それを探知したマジンガーZがとらえたのは大型のブースターを搭載したグレートマジンガーの姿だった。

拳を戻したグレートマジンガーがブースターを強制排除すると、マジンガーブレードを引き抜いてマジンガーZに切りかかる。

ブレートをかろうじてアイアンカッターで受け止めた甲児は接触回線で乗っているであろう鉄也に通信をつなぐ。

「鉄也さん、何をするんだよ!!」

それに対して、鉄也は何も答えるそぶりを見せなかった。

鍔迫り合う中、鉄也の意識は海に落ちた機械獣あしゅら男爵に向けられる。

(この程度のダメージであれば、生き延びるだろう。貴様を始末すべきタイミングはここではない…)

 

「何!?グレートマジンガーが来て、マジンガーZを攻撃してるだと!?」

ヤマトがとらえた2機のマジンガーの戦いのことを森からの通信で聞いたソウジにはなぜそんな行動を鉄也が取るのかが理解できなかった。

理由はわからないが、ここで不利になる可能性が高いのは甲児だ。

新正暦世界にいたときに何度もシミュレーションで鉄也と戦ったソウジは鉄也がどれだけの実力を持つパイロットなのかを知っている。

ニュータイプではないが、パイロットとしての技量は教科書にその名前が残るほどといえる。

「あの野郎…わけのわからねえことをしやがって!!」

ハイパーハンマーを振り回してタロス像を叩き潰したゲッター1が甲児の元へ向かう。

勝手に行った竜馬に通信しようとするソウジだが、新たな反応がそれを許さない。

「嘘…また?!」

「機械獣とわけのわからん像だけでも手一杯だってのに…!」

北方から飛来する複数のドラゴン達。

その中には火星で目撃したという正体不明にパラメイルの姿もあった。

 

「くっそお!!アイアンカッターが…もたない!!」

何度かマジンガーブレードからマジンガーZを守ってきたアイアンカッターがバキリと音を立てて叩き折られる。

腕の中に格納し、光子力ビームを放ちながら距離をとる。

光子力ビームをマジンガーブレードで受け止める鉄也は焦りの表情を見せる甲児に対してはるかに冷静だ。

アイアンカッターは確かに強度は腕本体よりも落ちるだろうが、それでも超合金Zで構築された強固なものであることには変わりない。

それを折ったマジンガーブレードには傷一つついていない。

(これならば、マジンガーZに十分対抗できる)

「くっそぉ!!最大パワーで…!!」

出力を引き上げた光子力ビームがマジンブレードを破壊しようとするが、強引にふるわれたその刃は光子力ビームを両断する。

刀身が若干溶けた状態になってはいるものの、それでもしのぎ切られたことは甲児にとっては衝撃だった。

「聞け、甲児。マジンガーZから降りろ」

「何…??」

「この戦いから手を引き、元の生活に戻れ。それがお前のためでもある」

「ふざけんな!!訳も分からないまま、そんなことできるかよ!!」

「鉄也あああああ!!」

側面から飛んでくるハイパーハンマーを左手で受け止め、ハンマーを振るったゲッター1に鉄也が目を向ける。

「竜馬か、邪魔をするな。今のお前の機体では、このグレートには勝てない。甲児を力づくでも、マジンガーから降りさせる。たとえ、マジンガーを破壊することになったとしてもだ」

「マジンガーを破壊する…そんなこと、させるかよ!!あんたが何者かはどうでもいい!!あんたが俺からマジンガーZを奪うというなら、全力で抵抗するだけだ!!」

光子力ビームをしのがれ、アイアンカッターを叩き折られたとなれば、ダメージを与えることができるであろう攻撃はそれを上回る破壊力を持つミサイルパンチとビッグバンパンチ、そしてブレストファイヤー。

だが、ビッグバンパンチは変形に時間を要し、そのすきを目の前の敵が見逃してくれるとは到底思えない。

ミサイルパンチについては、確かに直撃させることができれば機械獣あしゅら男爵を粉砕できるだけの力はあるが、ロケットパンチと比較するとスピードが低い。

ブレストファイヤーは距離を縮めなければ有効ではないだろう。

今、グレートマジンガーは左手で握っていたハイパーハンマーを握りつぶしたため、両手はともに自由に動く。

「甲児、援護してやる。あの石頭野郎を逆にグレートマジンガーから引きずり降ろしてやろうぜ」

「竜馬さん…でも、そのゲッターじゃ…」

「構わねえさ、メカニックの話じゃあ、もうこいつも限界だからな!!」

ウィングを展開したゲッター1が武器がない状態でグレートマジンガーに向けてとびかかる。

ろくな整備を受けることができていない今のゲッター1の性能では、グレートマジンガーを下回っていることは明白だ。

それでも手傷だけでも与えようと右拳を握りしめてくる。

「おおおおおおお!!」

「そんなものではな…!!」

マジンガーブレードを納刀したグレートマジンガーが右拳を握りしめ、お互いの拳がぶつかり合う。

今の鉄也であれば、そんなことをせずとも飛んで回避する、もしくは拳そのものを剣で斬るという手段をとることができただろう。

だが、竜馬という獣を従わせる手段は限られていること、そしてそれらのやり方ではできないことを鉄也は知っている。

ぶつかり合う拳だが、拳が砕けたのはゲッター1で、右腕もろとも粉々に砕ける。

腕を破壊された衝撃でゲッター1は転落し、地面を転がる。

「…かつて、俺がパイロットになった頃、お前は雲の上の存在だった。俺は、お前とゲッターロボにあこがれていた。それに匹敵するパイロットになりたいと」

そうなるため、グレートマジンガーのパイロットとしての訓練を積んでいた時の仮想敵として設定されたのは常にゲッターであり、竜馬であった。

シミュレーションで何度も敗北を繰り返し、その度に彼の強さを味わった。

願わくば、それを現実で感じたいと思っていた鉄也だが、そのころの竜馬は行方不明のため、それはかなわなかった。

だから、新正暦世界で竜馬と出会い、ヤマトで模擬戦を行っていた時は本当にうれしかった。

その中で彼と互角に戦うことで、雲の上の存在だと思っていた彼に近づくことができたと実感できたから。

「だが、今の俺とグレートを前では、お前など敵ではない!!」

「かもな…でもよ、俺に目が行きすぎなんだよ!!鉄也ぁ!!」

「うおおおおおお!!!」

ビッグバンパンチの態勢をとっていたマジンガーZが黄金の輝きを放つとともに、グレートマジンガーに襲い掛かる。

超合金Z製の巨大な砲弾というべきその一撃はグレートマジンガーを直撃し、そのまま上空へと飛ばしていく。

「これで…終わりだあああああ!!」

「終わり、だと…?それを、決めるのは…お前ではない!!!」

機体を向きなおしていたことで、正面からビッグバンパンチを受けることになったグレートマジンガーの関節部にダメージが発生しており、超合金Z製の装甲にもひびが入る。

だが、巨大な拳に対して両手でつかんだグレートマジンガーが急に全身を金色の光で包んでいき、それと同時にマジンガーZのスピードが低下していく。

「な、これは…!!さっきのマジンガーと同じ光…??」

「もてよ…グレート!!」

このまま宇宙まで飛んでいこうかというほどのスピードだったはずのビッグバンパンチが輝くグレートマジンガーに抑えられ、スピードが落ちていく。

次第に空中で停滞した後で、逆にマジンガーZが押されていく。

「おおおおおおお!!!!」

停滞するマジンガーZにグレートマジンガーの拳が襲い、殴られたと同時に島へと落下していく。

地面に転がるマジンガーZのゴッドスクランダーの殴られた箇所には大きなひびが入っていた。

「嘘…だろ…ビッグバンパンチが、効かなかった…」

「はあ、はあ、はあ…よく持ってくれた、グレート…」

どうにかビッグバンパンチをしのいだグレートマジンガーだが、あれほどの攻撃に対して無傷というわけにはいかない。

光が収まったグレートマジンガーのジェネレーターには負荷で異常警報が発せられており、関節部にも無視はできないダメージがある。

これほど派手な戦いを見せてしまった以上、ロンド・ベルから応援の機動兵器が来ることは想像に難しくなく、それらを相手にできるだけの力は残っていない。

「甲児…マジンガーを破壊する。死にたくなければ、パイルダーで逃げろ」

「くっそ…ぉ…」

再び抜いたマジンガーブレードを手に接近してくるグレートマジンガーに対して、光子力ビームで攻撃しようと元の姿へ戻そうとする甲児だが、先ほどのダメージが原因で電子系統にダメージが発生したのか、甲児の操縦にマジンガーZは応えない。

パイルダーはかろうじて機能しており、鉄也のいう通り脱出する手段をとることができるが、そのような選択肢はもはや工事の脳裏から消えていた。

「…何をする?」

グレートマジンガーの右脚が掴まれ、目を向けると足元には左手でグレートマジンガーの右足をつかみ、足止めしようとしているゲッター1の姿が映る。

機体各部からはスパークが発生しており、限界を超えていることは誰の目にも明らかだ。

「てめえ…俺のこと、忘れてんじゃねえぞ…」

「竜馬…」

「どういう事情かは…知らねえけどよ、やりすぎなんじゃねえのか…?」

「…お前が知る必要はない。知ったところで、どうなる」

「気に入らねえな、そういう…決めつけはよぉ!!」

「恨んでくれて構わない。…!?」

邪魔をしてくるゲッター1をまずは破壊すべくマジンガーブレードを振るおうとするグレートマジンガーだが、急速に東方から接近してくる機体の存在を警告音で鉄也に伝える。

「何!?この機体は…」

「おおおおお!!」

急速に接近してきた赤い機体が腕から伸ばした刃がグレートマジンガーの胴体を襲い、その一撃で吹き飛び、尻餅をつく。

「こいつは…」

限界を迎え、動かなくなったゲッター1から出た竜馬は目の前に降りてきたその見覚えのある機体に目を丸くする。

黒く染まった今のゲッター1の本来あるはずだった色彩を取り戻し、マントではなく巨大な蝙蝠の羽根のようなウィングパーツが装着され、全長だけでもゲッター1をはるかに上回っている。

そんな巨体の一撃をグレートマジンガーはビッグバンパンチをしのぎ切った後で受けたのだから、どれほどのダメージになるかは推して知るべしだろう。

「真ゲッター…どうして、お前がここに…」

竜馬の脳裏に、新正暦世界へ転移する直前の記憶がよみがえる。

早乙女を追い詰めるべく、浅間山にある早乙女研究所へ竜馬はかつての仲間である2人の男、神隼人と巴武蔵と共に突入した。

突入したとは言うものの、隼人はかつて早乙女に騙され、竜馬を早乙女殺害の犯人に仕立てる手伝いをしてしまい、早乙女が反乱を起こしたと知った時はその真意を確かめるべく行動を起こしており、連邦軍に所属している武蔵は地上における輸送任務中にインベーダーに襲われ、奪取されたカプセルを取り戻すべく来ていたため、彼ら全員が集結するのは偶然に近いものがあった。

そこで見たのは無数のゲッターロボGが合体したことで生まれた岩石の巨人のようなゲッターロボの姿、そしてそれを制御している深緑の短い髪で全身を黒いタイツで包んだ少年だった。

早乙女の反乱の切り札はゲッターロボGではなく、その集合体である巨大なゲッターロボ、真ゲッタードラゴンであり、それを制御する存在としてその少年を含めて、3人のクローン人間を作り出していた。

少年、號は早乙女と彼の亡き娘である早乙女ミチルの細胞にゲッター線を浴びせることで生み出した。

あとは竜馬の遺伝子を使ったゴール、隼人の遺伝子を使ったブライが存在し、この3人をパイロットとすることで真ゲッタードラゴンは最大の力を発揮するはずだった。

だが、早乙女が想定していなかったのはゴールとブライが暴走し、インベーダーになり果ててしまったことだ。

その2体の暴走に巻き込まれる形で早乙女は重傷を負い、先に研究所に突入していた竜馬と隼人も追い詰められたが、その中で唯一暴走しなかった號が操るもう1機のゲッターロボ、今目の前にいる真ゲッター1が彼らを退けたことで九死に一生を得た。

そして、陽電子ミサイルが発射されることを知った竜馬はゴールとブライの相手を武蔵に任せ、隼人と號と共に真ゲッター1でミサイルの破壊に向かった。

これは重陽子ミサイルを覚醒前に真ゲッタードラゴンが受けることで、体内にため込んでいた膨大なゲッター線を放出して地球を汚染することを避けるためだ。

真ゲッターの性能は当時では最高峰の性能と言われているガンダムをはるかに上回り、大気圏離脱を自力で成功させるとそのまま衛星軌道上のミサイルを破壊しようとした。

だが、ミサイルにとりついていたコーウェンとスティンガーの妨害によって失敗、相討ち覚悟で最もスピードの速い真ゲッター2で突撃した。

そこからの竜馬の記憶はない。

気が付くとただ一人、エンゲラトゥスに思われるゲッターロボやゲッターロボGの残骸たちと共にいた。

テレサとダグザに頼み、ミスリルやエコーズのデータバンクでその後のことを調べ、少なくとも隼人が無事だということはわかった。

彼はセカンドインパクトの直後に浅間山付近に倒れているのを浅間山の調査に向かっていた連邦軍に救出された。

だが、その場でゴールとブライの足止めをしていた武蔵は愛機であるゲッター3と共に相討ちとなっていて、無残な遺体となって発見された。

そして、隼人が乗っていたはずの真ゲッター1は號ともども行方不明となっていて、データバンク上では現在でもその行方が確認されていないという。

早乙女については遺体が確認されていないものの、最後に竜馬たちが見たときには瀕死の重傷を負っており、たとえインベーダーに寄生されていたとしても、そこから治療なしで行動することは不可能であることから、死亡したものとして処理された。

「真ゲッター…どうして、ここにいる」

「久しぶりだな、竜馬」

真ゲッター1の口元にあるコックピットが開き、そこから一般の連邦軍のノーマルスーツで身を包んだ號が飛び降りる。

ヘルメットをつけていない彼の姿は17年前と何一つ変わっていない。

「號か…お前、なんでここに!?」

「真ゲッターに乗れ」

「早くしろ、竜馬」

「グレートマジンガーが起き上がっちまうぜ」

「隼人、弁慶…!?」

コックピットは開いていないもののの、オープンチャンネルで真ゲッターから隼人と、かつてのゲッターチームの予備メンバーである車弁慶の声が竜馬の耳に届く。

かつてのゲッターチームが再び集まったのだという思いが強まるが、同時にそこにいるのが武蔵ではなく弁慶であることが、武蔵の死という現実を竜馬に突きつける。

隼人はモニターに映る竜馬の姿に口角を吊り上げていた。

「號に話は聞いていたが…まさか、本当に17年前のままとはな」

「それに対して、隼人も俺も、すっかり老け込んじまったがな」

17年の間に筋肉よりも脂肪の比率が大きくなった感じがする大きな腹回りに触れる弁慶もまた、17年前のままの若い竜馬の姿にうれしさと同時にうらやましさを感じた。

號が現れるまで、ずっと武蔵と共に死んだものとばかり思っていたのだから。

もしあの時、武蔵から預かったものを置いてでも浅間山に向かっていたら、もしかしたら武蔵も竜馬も死なずに済んだのではないかという後悔を抱きながら生きてきたのだから。

「だが、まだまだ現役だ。さっさと乗れ!」

「お前と合わせることができるのは俺たちだけだ」

「なら…その言葉、確かめさせてもらうぜ!」

真ゲッター1が伸ばしたマニピュレーターに乗り、手が口元の開かれたままのコックピットに移動する。

そこから乗り込んだ竜馬はシートに腰を下ろし、無造作に設置されているレバーや操縦桿を見る。

「変わらねえな…17年前と!」

「…あとは任せる」

「お、おい、號!お前、どこへ!!」

自分のやることは終わったといわんばかりに走り出した號だが、一気に速度を上げていき、あっという間に消えていった。

真ゲッターのこと、早乙女や真ゲッタードラゴンのことなど、まだ號には聞きたいことがたくさんあった竜馬が呼び止める前に。

「無駄だ、あいつはそういう男だ」

「俺たちの元へ真ゲッターと一緒に現れたときも、いきなりだったからな」

「そうか…だったら、まずはこいつを本格的に暴れさせてやる!!」

竜馬が叫ぶと同時に真ゲッター1の緑色のクリアパーツが光る。

ゲッター線の申し子である竜馬を迎え入れ、かつてのゲッターチームが集結したことで、真ゲッターは眠っている力を目覚めさせていた。

「すごい…ビリビリ感じるぜ…」

「これが、真ゲッターロボ…面白い」

ニヤリと笑い、グレートマジンガーを起き上がらせるとマジンガーブレードの剣先を目覚めた真ゲッター1に向け、それと相対するように真ゲッター1も自らの前兆を上回るほどの大きさのゲッタートマホークを肩から引き抜いた。

これから始まる竜馬との本気の戦い、鉄也の中に闘争心が燃え上がらない理由はない。

「見せてもらうぞ、竜馬!3つの心を1つとして、真のゲッターロボの力を!!」

 




機体名:コスモファルコン(可変機機能採用検討型)
建造:ヤマト
全高:15.9メートル
武装:ビームライフル、機銃×2、機関砲×6、各種ミサイル×8、ビームサーベル×2
主なパイロット:加藤三郎

カリストとの戦いで乗機を失った加藤三郎に新たに用意されたコスモファルコン。
最大の特徴はモビルスーツへの可変機能であり、これは宇宙世紀世界におけるムーバブルフレーム、そして宇宙世紀世界と西暦世界における可変モビルスーツの技術が取り入れられた結果である。
新たに追加されたビームライフルにはコスモゼロと同じく最新のビーム圧縮技術が採用されており、それに合わせて耐久性を高めるという意味合いからユニコーンガンダムのビームマグナムの技術を一部取り入れることとなった。
戦闘機とモビルスーツ双方の技術に精通したパイロットが乗り込むことで最大限の性能を発揮し、それについてはモビルスーツのパイロットの経験もある加藤が適任と言える。
ただし、可変機故に整備性とフレームそのものの耐久性に課題があり、採用するか否かについては今後の戦闘データや整備データの蓄積で決まる模様。


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第61話 ゲッターVSグレート

機体名:真ゲッター1
形式番号:なし
建造:早乙女研究所
全高:55メートル
全備重量:290トン
武装:ゲッタートマホーク×2(ゲッターサイトに変形可)、ゲッターバトルウィング、ゲッターレザー×2、ゲッタービーム(頭部、腹部、腕部)
主なパイロット:流竜馬(メイン)、神隼人(サブ)、車弁慶(サブ)

早乙女博士が反乱の際に真ゲッタードラゴンと共に建造した最後のゲッターロボの一形態。
性能についてはかつて竜馬たちが搭乗していたゲッターロボをはるかに上回り、単独での大気圏突入と離脱、亜光速に達するほどの加速を可能となど、その性能は一年戦争から17年経過した現在においても見劣りしないほどのもの。
早乙女博士の反乱時においては竜馬と隼人、號がパイロットとなってミサイルの阻止に向かったものの、ミサイルの阻止に失敗、爆発とセカンドインパクトに伴う混乱の中で機体は行方不明となっていた。
それが17年経過した現在において、当時の姿のままの號と共に姿を現したため、何らかの理由で號と共にどこかで眠りについていたものと思われる。


-太平洋 日本付近無人島-

「何…何なの、これ…」

ネェル・アーガマ改から真ゲッター1とグレートマジンガーの戦闘をモニタリングしているミヒロはそこで行われている戦闘がとても想像できなかった。

ジュドー達が言っていたボソンジャンプでも行っているかのように入れ替わる2機の反応、それはネェル・アーガマ改の最新の観測機でもとらえきれないほどの常軌を逸したスピードだった。

ネェル・アーガマ改だけでなく、他の戦艦でもモニタリングしたとしても、おそらくは同じような状態だろう。

そんな動きをしても耐え続ける機体とパイロット。

とても同じ人間が行っているものとは思えなかった。

 

「鉄也ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「竜馬ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ゲッタートマホークとマジンガーブレードがぶつかり合い、一度離れたと思ったら再び接近して今度は互いの拳がぶつかり合う。

どちらも近接戦闘用の装備か拳をぶつけあうのを繰り返し、互いにゲッタービームやサンダーブレークを放とうとしない、いやできない。

放とうとすることによる一瞬の減速や単純化する動き、停止をお互いに見逃すはずがないことがわかっている。

同時に、互いの最大火力がぶつかり合うその時が生死を懸けた決着となることも分かっていた。

「ふっ、姿が変わっていないように、中身も相変わらずか…お前は」

激しい戦闘が繰り広げられる機体の中で制御を務める隼人は17年前の戦いと今日までのことを思い出す。

竜馬たちと共にミサイルの阻止に向かったあの時、3人が最後に見たのは光に包まれるミサイルと真ドラゴンだった。

そこから隼人の記憶はなく、気が付いたときには包帯だらけの状態で京都の軍病院にいた。

医師の話によると、ミサイル着弾と同時に大規模な爆発が地球で発生しており、隼人は浅間山の山肌に転がっていて、地面に埋まっていたという。

彼を発見したのは近隣で活動していた連邦軍の部隊であり、見つかった時はもう生存は絶望的であり、その場での安楽死さえも選択肢に入るほどだったという。

医者のそんな話よりも隼人が聞きたかったのは一緒にいるはずの竜馬と號、真ゲッターロボの状態、そして浅間山に早乙女とともにいたであろう武蔵のことだ。

医者だけでなく、隼人を発見した部隊にも聞いたものの、答えは見つかったのは隼人だけで、武蔵も遺体で発見されたというものだった。

あまりのも損傷が激しく、とても遺族に見せられない状態であったことから既に火葬が行われ、骨壺が遺族に渡されたという。

その時に手渡されたのが武蔵の帽子であり、それは今、彼の後輩である弁慶に託されている。

武蔵と早乙女が死んだことについては理解できる。

地上に残っていて、ゴールとブライの襲撃を受けたことで、乗っていたゲッター3は満身創痍な状態であり、その状態ではミサイルもセカンドインパクトも耐えられるとは到底思えない。

ゴールとブライもあの爆発によってちり芥となり果てたのだから。

だが、真ゲッターロボと竜馬、そして號は違う。

隼人もともに乗っていて、ミサイルを阻止しようと動いたのだから。

万全に近いこの機体が何の痕跡も残さずに消えるとは到底思えなかった。

早乙女博士が消えたことも気がかりだが、もう1つ気になったのは真ゲッタードラゴンのことだ。

救出された際にはあの巨大な化け物といえるそれもまた、姿を消していたのだ。

なぜ自分だけ無残な状態であったとはいえ生き延びることになり、竜馬たちが消えたのか。

傷が回復した隼人は弁慶とともに除隊し、早乙女が遺したゲッター線に関する資料の回収を行いつつ、彼らの行方を捜した。

17年、それに費やしてきたが、結局できたのは早乙女博士の後追いといえるような研究成果だけで、ゲッター炉心を自らの手で作ることはかなわず、竜馬たちを見つけることもできなかった。

戦いから離れたその時間の間に肉体も衰えたと思っていたが、こうして竜馬と再会し、ここでともに戦い、ふざけた加速と運動がもたらす懐かしい負荷に耐えられていることに隼人は17年ぶりの生きている実感をかみしめていた。

「これが…ゲッターチームの力か…!」

ようやく見ることができた全力の竜馬の戦いに喜びを感じる鉄也は全身から感じる武者震いにニヤリと笑っている。

マジンガーのパイロットとなるために何度も戦ってきたシミュレーション上のものでも、ボロボロな黒いゲッター1で一人で戦っていたものとも違う。

3人がそろい、そして万全な状態の真ゲッター1に乗ってここにいて、戦っている。

自分が為さなければならないことはわかっているが、それでもこの戦いができることを戦士として喜ばずにはいられない。

機械獣の中にはこの戦闘に乗じて漁夫の利を狙おうと動く姑息な輩もいたが、その激しい戦いに巻き込まれて粉砕される結末をたどるだけだった。

そして、そのようなことになっていることなど、竜馬と鉄也には全く気付かれなかった。

 

「おいおい、あんなふざけた動きとスピード…これじゃあ、俺たちの存在がかすみますねえ、隊長」

「いうな、篠原…!俺たちは俺たちで…」

「隊長、新たな反応!これは…ドラゴンです!!」

「ここでドラゴンだと!?機械獣だけじゃなくて、ドラゴンまで相手かよ!?」

僚機およびヤマトからもたらされるドラゴン出現の座標。

しかもただのドラゴンではなく、ガレオン級とビックホーンドラゴンのみで構成されていて、おまけに火星で見た赤いパラメイルもいる。

「艦長…」

「これで、一つの仮説が証明されたでしょう」

ナデシコBでドラゴン達の反応をキャッチしたルリとハーリーが以前、テレサ達と共に導き出した一つの仮説。

それが証明されたのであれば、すべてのピースが埋まり、逆転の一手を打つことができる。

だが、その一手を打つためにも、この状況を切り抜けなければならない。

「あいつ…」

「待ちなさい、アンジュ!!一人で勝手に…」

接近する機械獣からダナンを守るべく、ウルズチームと共に直掩に回っていた第一中隊を置き去りにしたアンジュを制止するサリアだが、それを聞くことなく一人で行ってしまう。

サリアにもドラゴンの情報が伝達されており、その中にあの赤いパラメイルがいるとなると、アンジュが動くことはわかっている。

だが、あの重力を操作するビックホーンドラゴンが2体もいて、赤いパラメイルも火星の時は右手の蛇腹剣1本のみの装備だったものが右手に大型のライフル、左腕をマントのような形状のシールドが装着されたもので、軽やかだった火星の時のイメージと異なる状態になっている。

早く追いかけないといけないことはわかっているが、ダナンに接近する機械獣たちを放っておくわけにはいかない。

「ナオミ、ヴィヴィアン!2人はアンジュの援護に行って!!ここは私たちで守るから!!」

「わ、わかった!!」

「了解、急いでアンジュを連れ戻すわ」

フライトモードに切り替わり、アンジュを追いかけるナオミのグレイブとヴィヴィアンのレイザー。

それを見送ったサリアはこちらに迫る機械獣たちに視線を向ける。

「いい加減…邪魔をしないで!!」

 

「ええい、もう1機のマジンガーに真ゲッターだと!?ドラゴンが横槍を入れてくるとは!!」

新型機を与えられたあしゅら男爵は敗れ、おまけに真ゲッターとグレートマジンガーのよくわからない同士討ちが繰り広げられる中で漁夫の利を狙おうとしても、それすらかなわない。

幸い、ターゲットであるマジンガーZは傷ついているが、もうすでにロンド・ベルのモビルスーツ部隊やガンダムチームの救援が駆けつけたために攻撃が難しい。

次の指示に悩む中で、鉄十字兵の一人がブロッケン伯爵の前に立つ。

「Dr.ヘル様より通信!撤退せよとのこと!」

「何…?…ええい、急ぎ撤退せよ。タロス像を出せ!殿は奴らにさせる!」

「よろしいのですか?」

「構わん!タロス像はいくらでも用意できる!あのドラゴンや奴らが追撃するのを阻止できればいい!」

「了解!!」

グールから次々とタロス像がおろされていき、入れ替わるように機械獣たちが収容されていく。

命令されたとはいえ、それでも背を向けて撤退することになった現状にブロッケン伯爵は唇をかみしめる。

(これで済むと思うなよ、兜甲児。まだ我らの力はこの程度ではない。次こそは貴様も、あのもう1機のマジンガーもろとも息の根を止めてやる…!!)

 

単騎で突っ込んでくるヴィルキスに対して、ガレオン級が電撃を放ち、ビッグホーンドラゴンが重力波を放つべく力をためていく。

かすめただけでも大きなダメージになることはわかっており、フライトモードのままでそれをかいくぐっていくとともに狙いを2体のビッグホーンドラゴンに定める。

電撃はどうにかなるが、重力波を受けたら瞬間に舞っているのはなぶり殺しの未来だ。

「角を破壊すれば!!」

「させませんよ」

「何!?」

ヴィルキスの通信機から聞いたことのない女性の声が流れ、同時に赤いパラメイルが右手の大型ライフルのから複数のミサイルとガトリングを同時に放つ。

やむなくビッグホーンドラゴンへの攻撃をあきらめたアンジュが水上ギリギリまで機体の高度を下げてさがっていき、若干の誘導性のあるミサイルが水面や岩にぶつかって爆発していくとともに弾丸の雨あられから逃れる。

だが、その後に飛んできたのは大出力のビームだ。

「うそでしょ!?」

火星であの機体が放ってきたものとは比べ物にならないほどの大出力のビーム。

高度を上げることでかわそうとするヴィルキスだが、動揺が機体操縦に影響を与えたのは事実で、かすめた足がビームで溶解してしまった。

右足首がなくなったヴィルキスの様子を見た赤いパラメイルのパイロットが笑みをうかべる。

「なかなかの武器ですね、この『神弓』というものは」

「あの武器一つで3つも!?贅沢しすぎでしょ!!」

あの火力の中を飛ぶのは危険だが、逆に言えばあの蛇腹剣が装備されているのが確認できない以上は近接戦闘に持ち込むことで勝機を見出すことはできるだろう。

だが、それをやるにはもはや遅すぎだ。

2体のビッグホーンドラゴンが放つ重力波が赤いパラメイルへの道を断ち始めていた。

「機械獣が引いてくれたのはいいけれど…あの重力波は厄介ね…。テッサ、トマホークを使って、高高度からの攻撃は可能?」

いくつもの戦艦の中で、一番高い高度から攻撃できるもの。

そして、長距離かつ高高度で接近し、角を破壊できる武器としてスメラギが思い浮かぶのはダナンに搭載されているトマホークと、ヤマトの三式弾、そしてダイターン3のロケット砲だ。

ただし、三式弾はショックカノンと比較すると破壊力に劣り、確実に角を破壊するには正確な座標が必要となる。

大まかな座標のみであれば、トマホークの破壊力と奇襲性で分がある。

「無理です…。トマホークの射程距離や最大高度を計算しましたが、重力波発生状態では破壊が不可能です…それに、クッ!!」

船体が揺れ、テレサはその揺れに耐えながらモニターに映るサブマリン級に目を向ける。

赤いパラメイルが現れたと同時に出現したこのサブマシン級への対応に専念せざるを得ない。

「万丈、ダイファイターでビッグホーンドラゴンの角を破壊して!ザンボット3はレゴンの準備を!!」

「了解!座標は頼むぞ!!」

「わかりました!レゴン射出します!」

ザンボット3から射出されたレゴンがダイファイターへと変形したダイターン3と共に飛んでいく。

ビッグホーンドラゴンに攻撃を仕掛けようということがわかっているガレオン級が電撃を放とうとするが、その前に高速で発射されたロケット弾の爆発で上半身が粉々に吹き飛んでしまった。

「120メートルクラスの巨体…厄介ですわね。あれほどの巨人が機動兵器とは…」

彼女はドラゴン達が見てきた人間界の兵器等の報告を逐一受けており、その中でも最大の巨体を誇る人型巨人であるダイターン3の存在も、名前までは知らないとはいえ認知している。

あくまでも別世界の兵器であるため、あまり参考になるとはいえないが、それでもこの120メートルもの巨人が直立二足歩行しているうえに、戦車や戦闘機に変形できるなど前代未聞と言える。

変形できることを抜きにして、直立二足歩行のできる人型兵器でも、彼女の記憶の中にある最大の物のクィン・マンサでも40メートルだ。

そんな巨大な人型兵器を前にしては、重力波を突破される可能性も否定できない。

「となれば、致し方ありませんね…。あの兵器を、使うしか…」

 

「うおおおおおらあああああ!!!!」

真ゲッター1を上回る全長を誇るゲッタートマホークの刃がグレートマジンガーのマジンガーブレードを弾き飛ばし、そのお返しといわんばかりに放たれる蹴りによって、真ゲッター1の手からトマホークが離れる。

「へっ、やるじゃねえか鉄也!でもよぉ、まだまだ俺も、こいつも、本気を出しちゃいねえぞ!!」

「それは、俺も同じことだ!お前を超えて見せる!!」

互いにゲッタートマホークもマジンガーブレードもない状況で、ブレストバーンとゲッタービームがぶつかり合う。

互いの火力がぶつかり合った箇所から激しい爆発が起こり、その光でモニターが染まるとともに衝撃波で互いにのけぞっていく。

「まだまだだぜ…今度は…何!?」

「なんだ、これは…??」

次の攻撃を仕掛けようとした竜馬と鉄也だが、その思いに反するかのように真ゲッター1とグレートマジンガーの出力が急激に低下していく。

移動するだけならどうにかなる程度の出力は維持できているものの、この出力ではもう肉弾戦ができるかどうかも怪しいほどだ。

「おい、隼人、弁慶!!どうなってやがる!?お前ら、何かしたのか!?」

「いや、俺たちは何もしていない。だが…どうなっている??號の奴が持ってきたときには、何もしかけはなかったぞ!?」

研究所に急に號と真ゲッターが現れたときは動揺したものの、それでも出撃前には弁慶や研究所のスタッフと共に真ゲッターのチェックを行っている。

17年近くも放置されていた機体であり、號が乗ってここまで来たとはいえ、彼が向かうと言っている場所はアメリカから太平洋を越えた日本であり、そこまでの長距離移動をさすがの真ゲッター1でも行うにはしっかりとしたメンテナンスが必要だ。

実際、ここに到着するまでの太平洋を抜けるまでは機体本体のエネルギーを温存するために試作型のプロペラントタンクを装備されていた。

チェックの結果は異常なしで、それはチェックした上にこうして操縦もしていた隼人と弁慶も実感している。

そして、2機のセンサーが生体反応を捉えており、そこには號の姿があった。

「てめえがやったのか、號!?」

「…これでは、戦えん。俺の役目も、果たせんか…」

今の状態でこれ以上戦ったとしても泥仕合になるだけな上に、ドラゴンと戦っている他の味方と戦う展開となっては今の状態では勝てないうえに手加減をすることもできない。

口惜しいが、引き下がる以外に鉄也にとっての最善の手はない。

「竜馬、甲児に伝えろ。お前がマジンガーZに乗る限り、俺は何度でもお前を襲うと」

「待ちやがれ、鉄也!!まだ決着は…」

「当然だ。全力で戦える時に、お前とは決着をつける」

スクランブルダッシュを展開させたグレートマジンガーを仲間たちに背を向けて飛び去っていく。

背を向けたと同時にグレートマジンガーの出力が回復していき、一気に加速する形で姿を消していった。

今の真ゲッター1では追いかけることもままならず、この状況を作ったであろう號に文句を言いたくなったが、既に彼の姿も反応もなくなっていた。

 

「万丈さん!ビッグホーンドラゴンの角の座標です!」

レゴンから受け取った情報が恵子を介して万丈へと送られ、万丈は弾道を計算する。

予想以上なのはダイファイターの出力でもビッグホーンドラゴンの重力波の影響を受け始めていることだ。

もしまだほかにもビッグホーンドラゴンが存在し、彼らも重力波を発動していた場合、この距離であってもダイファイターは地上に墜落していた可能性がある。

「コースよし…そこで!」

『風に飛ばん el ragna 運命と契り交わして』

「何…!?」

急に聞こえ始めた女性の歌声。

通信機を介したものではない、脳裏に直接伝わってくるような歌声によって、発射されるロケット弾がわずかにビッグホーンドラゴンからずれ、角をかすめる程度にとどまってしまう。

それでも着弾と同時に発生する衝撃波はビッグホーンドラゴンの肉体を吹き飛ばし、重力波を一時的に止めることができた。

だが、今問題となっているのは万丈だけでなく、誰もが聞こえているあの歌声、そしてその歌声に合わせるかのように徐々に黄金の輝きを放ち始める赤いパラメイルだ。

両肩の装甲が展開されていき、緑色のクリアパーツがあらわとなる。

「何かが来る!!離れて、アンジュ!!」

ナオミの通信がヴィルキスに届くが、今のアンジュの意識には届いておらず、それよりも彼女の意識の大部分を支配していたのは歌だった。

(似ている…お母様が教えてくれた、永遠語りに…)

アンジュリーゼであった頃の証として、モモカ以外に遺された数少ないもの。

よく似ていて、メロディーと歌詞もどこか近いものが感じられる。

不意に、幼いころに永遠語りの歌を聞かせてもらったときの記憶がよみがえる。

 

 

-かつてのイスルギ皇国 ソフィアの私室-

「始まりの光 Kirali…kirali 終わりの光 Lulala lila 返さんel ragna 砂時計を」

幼きアンジュリーゼの前で永遠語りを歌い、それをアンジュはじっと見つめる。

シルヴィアは眠っていて、歌声が聞こえているのか、心地よさそうだ。

「覚えておくのです、アンジュリーゼ。これが皇家の守り唄。皇家を、国を、民を…そして、あなたを守ってくれる」

「お母様、なんでそんな大事な守り唄なのに、楽譜がないのですか?」

幼いころから教えてもらったこの歌だが、アンジュはあくまでもソフィアの歌を聞いただけで学んでおり、それに関する楽譜も歌詞も見たことがない。

覚えたい、と何度もアンジュがせがんでもあくまでソフィアは目の前で歌って見せたり、アンジュの練習に付き合うだけであり、歌詞や楽譜を書いて渡すことさえしなかった。

「この歌は特別なものです。この国が生まれてからずっと、イスルギ家の女性たちが言葉で伝えてきたもの。私も、私のお母さまから、同じように教えてもらいました」

「でも、それならなおさら書いたりして置いた方がいいのに…」

「アンジュリーゼ、私もなぜこういう形でしか受け継がれないのかはわかりません。もしかしたら、こういう形で伝えること、それ自体に意味があるのかもしれませんね」

 

-太平洋 日本付近無人島-

「赤いパラメイルから膨大なエネルギー反応を確認!!」

「この出力…戦艦クラス、いや…それ以上か!?」

森から送信された赤いパラメイルのエネルギー反応から換算されつつある数値に古代は思わず席を立ちあがってしまう。

7メートル程度の小型機でそれだけの出力を出した場合、機体そのものが耐えきれなくなって自爆する可能性が高い。

だが、この赤いパラメイルはそんな危険なほどの出力を出しているにもかかわらず、自爆する様子もなく、安定している。

そこから放たれる攻撃がどのようなものか、想像するのは容易だ。

「聞こえるか、ヴィルキス!あの赤いパラメイルから離れろ!攻撃が来るぞ!!」

(もう、遅いですわよ…)

もうすでに両肩にエネルギーの充填が完了しており、あとは発射をするだけ。

いずれ起こるであろう戦いで切り札とすべく開発された武器。

引き金を引くと同時にクリアパーツから発生したのは赤い稲妻が混じった竜巻だった。

左右から放たれる異なる回転の竜巻は圧縮されたハイパー・メガ粒子砲と言っても差し支えないものだ。

その射線上にいる唯一の存在はヴィルキスだ。

「あ…!!」

唄に気を取られていたアンジュがそれに気づいたときにはもう遅く、ヴィルキスの機動力で回避しようにも迫りくる竜巻の余波がそれを許さない。

今のアンジュの脳裏に浮かぶビジョンは自分があの竜巻の中で消滅する未来。

(これが…こんなのが、私の終わり…??)

アンジュリーゼとして生きることはもうなく、あの時の自分はアルゼナルで髪を切った時に同時に決別している。

ただのメイルライダー、アンジュとして生きている時も、最初はドラゴンを殺しつくして、いつかは死ぬものだと思っていた。

こうして、死が避けられない状況となり、実際に死ぬことでようやくすべてが終わる。

その運命がソレスタルビーイングなどの始祖連合の外のお人好しの連中によってちょっとだけ変わっただけ。

だが、胸の中からこみ上げてくる別の思いが込みあがり、かつて自分の運命を変えた洗礼の儀の前夜、ソフィアに言った言葉を思い出す。

(お母様、私は解き明かそうと思います。ノーマがこの世から根絶されれば、世界はもっと美しくなるはずです)

世界を解き明かしたい、その思いは変わっていないが、それはもはやノーマを根絶することではない。

始祖連合国やアルゼナル、ドラゴンが存在し、マナが存在し、外界とは隔離されたあの世界のすべてを知り、納得したい。

それに対して、まだアンジュは何もできていない。

「死ねない…私は、まだ死ねない!あなたは、あなたもそうでしょう!ヴィルキス!!」

2度目の出撃の時に無理やりのせられ、託された指輪とアンジュの思いに反応するかのように覚醒したヴィルキス。

彼女の問いに答えるかのようにカメラがかすかに光るとともに、アンジュの指輪も光り始めた。

そうしている間にも2つの竜巻がヴィルキスを襲い、飲み込んでいく。

竜巻はそれだけでは飽き足らず、退避しているヤマトにも迫りつつあった。

「まずい、ヤマトが!!」

「させない、トランザム!!」

「勝平!あれを止めるぞぉ!」

「言われなくても分かってらあ!!ザンボットムーンアタック!!」

「ポジトロンカノン、最大出力!!」

ラファエルガンダム、ザンボット3、ヴァングレイのそれぞれの最大出力の攻撃が2つの竜巻とぶつかる。

理論上ではこの2つの竜巻の出力をこれで相殺することができるとのことだ。

圧倒的な火力のぶつかり合った地点から大きな爆発が起こり、それはカメラが真っ白な光に塗りつぶすには十分すぎるほどの物だった。

「なんて兵器なんだよ…3機がかりで…」

あの小型機のどこにそれだけの力を秘めているのかとソウジはぞっとする。

もしパラメイルだけであの赤いパラメイルと戦うことになった場合、たとえ千機用意したとしてもあっという間に狩りつくされていたことだろう。

「アンジュ…アンジュは!?」

「あのイタ姫、竜巻の中に…」

「この反応…アンジュ、あそこに!!」

サリアのアーキバスが見つけた、竜巻の中に飲み込まれたはずのヴィルキスの居場所。

それは赤いパラメイルの真上であり、カメラには無傷の状態のヴィルキスの姿が映る。

だが、今のヴィルキスの色は白ではなく青へと変化していた。

(今のは…私は、確かに竜巻の中に…)

「この私が真上を取られた!?あの色は…」

「でも、今は…!!」

なぜ今ヴィルキスと自分がここにいて、生き延びているのかはわからないが、今はそれはどうでもいい。

絶好の位置をとることができた以上、もうあの竜巻もあの複合兵器も使わせるわけにはいかない。

アサルトライフルを投げ捨てたヴィルキスはラツィーエルを抜いた落下するように赤いパラメイルに迫る。

ここまで接近されてはもはや神弓は重りにしかならず、やむなく赤いパラメイルは神弓を手放す。

それを真っ二つに切り裂いた青いヴィルキスめがけて、ガレオン級2体が電撃を放つ。

だが、電撃が当たるギリギリのところでヴィルキスは再び姿を消し、次に姿を見せたのは起き上がったビッグホーンドラゴンの頭上で、一瞬で2本の角をラツィーエルで切り裂いて見せた。

もう1体のビッグホーンドラゴンも同じ運命をたどり、その様子を見た2体のガレオン級がアンジュに迫る。

「いくわよ、ヴィルキス!!全力で!!」

たとえドラゴンが大群で襲い掛かったとしても、今のアンジュには負ける気が一切しなかった。

指輪が光るとともにヴィルキスが今度は赤く染まっていき、ラツィーエルからはビームサーベルが展開される。

その出力は小型機のものとは思えず、モビルスーツ以上の出力で長いビームの刃が形成されていた。

電撃を放とうと口を開く2体のガレオン級を横一文字に切り裂くと、展開したまま赤いパラメイルに迫る。

「くぅ…!」

「はあああああああ!!!!!」

赤く染まったヴィルキスがラツィーエルを振るい、それが赤いパラメイルに迫る。

今のヴィルキスの攻撃をかわし切ることはできないが、それでも相手もかなりの技量を持つパイロットであり、まともに受けるつもりなどない。

機体をそらしたことで切り裂かれるのを左腕だけにとどめ、致命的なダメージだけは避けて見せた。

「潮時、ですわね…」

神弓を失い、損傷した赤いパラメイルでこれ以上の戦闘継続は厳しい。

ヴィルキスが更なる力を発揮し、他にもヴィルキスと同レベルと思われる機動兵器も存在することを考えると、戦っても益がない。

「皆、後退しますよ!」

「待ちなさい!あんたはドラゴンの…!?」

下がり始める赤いパラメイルを追おうとするヴィルキスだが、急に搭載されているモニターがブラックアウトし、ツインアイの輝きも失う。

スラスターも不調となり、ゆっくりと島に落ちていく。

この程度の落下速度であれば損傷することはないだろうが、これでは追跡は困難だ。

島の北部にシンギュラーが発生し、そこから出現する数多くのスクーナー級が口から白い火球を放つ。

それぞれの火球はある程度の距離を進んだ後で爆発し、強い光を放つ。

閃光弾と同じ役割を果たしたそれがモニターを白く塗りつぶり、それがおさまった頃にはドラゴン達も赤いパラメイルも姿を消していた。

(あれが…ヴィルキスの力…。アンジュが目覚めさせたというの…?)

地上に降り、ドラゴンが消えた方向を見つめるアンジュを見るサリアは彼女の無事よりも力を発動したことに対して意識を向けていた。

あの時から、一度も力を発揮することのなかったヴィルキス。

従来のパラメイルと一線を画す力を持つそれをなぜ自分ではなく、アンジュを選ぶのか。

疑問が浮かぶ中で、通信がつながる。

「皆さま、お伝えしたいことがあります。速やかに帰投してください」

「伝えたいこと…?」

「はい、重大な事実です」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 格納庫-

「ああ…こりゃあひどい。一度戻って装甲の補強をしねえと、水が入ってきちまうな…。くそっ、メリダ島が生きていれば…」

サブマリン級と戦ったことによる損傷状況の報告を受けたサックスは想像以上のダメージに頭を抱える。

西暦世界ではZZの助けがあったことで、どうにかサブマリン級を撃破することができたが、今回は単独での戦闘となり、痛み分けに近い結果となってしまった。

大質量による突撃やビームを受けた装甲はズタズタで、一部の区画は隔壁閉鎖を行っている始末。

このままでは宇宙へ向かうことができず、戦闘となっては耐えられない。

メカニックたちがダナンの修繕に急ぐ中、3機のゲットマシンに分離して格納された真ゲッター1から降りた竜馬はかつての仲間である隼人と弁慶と会話をしていた。

「そうか、武蔵は…」

「ああ…。最期まで地球のために戦ってくれた」

「俺たちは行方が分からなくなったお前や號、真ドラゴン、そしてこいつの行方を追いつつ、ゲッター線の研究を行っていた。セカンドインパクトと重なって、ゲッター線汚染が世界中に広がっちまったからな」

「状況は?」

「赤い海はまだまだだが、ゲッター線汚染については何とかなった。汚染区域はまだ残っているが、想像以上のスピードで浄化が進んでいる」

隼人としては、このゲッター汚染による地球被害は世界中に広がっていて、なおかつ重度の汚染区域の完全浄化を考えると、もう地表での生活は自分たちが生きている時代では不可能なほどになっているとばかり思っていた。

それだけ膨大なゲッター線をあの真ドラゴンが持っていたのだから。

だが、隼人が想定していたよりもゲッター線汚染の被害はかなり小さく、わずか半年で地上の大部分では従来通りの生活が可能となっていた。

日本を中心に重度の汚染区域はまだまだ存在しているものの、あと10年くらいしたらすべて解消されるめどが立っている。

「最も、こんな都合のよすぎるほどの浄化スピードの原因が気になるところだが…」

「いいじゃねえか、隼人。今は原因よりも浄化されているという結果だ」

「…早乙女のジジイはどうした?やっぱ、死んだか?」

「ああ…武蔵と一緒にいて、研究所も吹き飛んだんだ。もう、生きていないだろう。連邦もそう判断した」

「そうか…なら、それでいい…」

自分の運命を狂わせた早乙女がもうこの世にいない。

殺人の濡れ衣を着せ、どん底へと追いやった早乙女を許せないという気持ちは今も残っているが、早乙女がいなければゲッターロボのパイロットになることはなく、インベーダーとの戦いの勝利はなかった。

憎しみとわずかながらの感謝が混在する竜馬の肩に弁慶の手が置かれる。

「驚いたぜ…俺たちはアメリカでゲッター線の研究をしていたんだが、そこに號が真ゲッターと一緒に現れて、お前が生きている。お前のいる場所に連れて行ってやるから乗れ、なんて言われてよ」

「俺たちは半信半疑のまま乗り込んで、ここまで来たというわけだ」

「ご苦労だったな、お前ら。真ゲッターは受け取ったから、お前らはアメリカに帰っていいぜ。ナシは俺がつける」

「フッ…以前の俺なら、ここで貴様とやりあってただろうが、生憎大人になったのでな、お前のつまらん冗談にも笑って受け流すことができる」

17年前であれば受け流せずに始まったであろうやりあいを止めてくれたのは武蔵で、その組み合わせがあったからこそ、いがみ合っていたかつての竜馬と隼人はともに戦い、インベーダーを倒すことができた。

落ち着きを手にしたとともに、失ったものも感じ、まだまだその穴を埋め合わせるには時間がかかりそうだ。

「年の功として言ってやるぞ、竜馬。ゲッターは3人の力を合わせることで、真の力を発揮する」

「んなこと言われなくても分かってる。だが…」

「研究の方は心配するな。優秀な若い奴らが育っている」

「せっかくの再会なんだぜ、竜馬。憎まれ口をたたくんじゃなく、素直に喜ぼうぜ。お前にとっちゃあ数か月かそこらの話かもしれんが、俺たちにとっては十数年ぶりのダチとの再会なんだからな」

「ちっ…年寄りにはかなわねえぜ」

17年という長い時間、それはこうして正面から隼人と弁慶を見るだけでもわかってしまう。

40代となった彼らの気力は確かに昔と変わらないものの、加齢による衰えにはどうしても逆らうことはできない。

そして、地球を復興させるためにひたすらゲッター線の研究に費やしてきた苦労もにじみ出ている。

「そう思うなら、これからは年長者の言葉に耳を傾けてもらうぞ」

「うぐ…てめえ、早乙女のジジイみたくなってんじゃねえのか…?」

「それはない。たとえ、研究一本に人生を費やすことになろうとな」

 

「初めて見ましたよ、竜馬さんがあんなに笑顔になるの」

「神隼人と車弁慶…あの2人は竜馬にとって大切な友人なんだろう」

何かから解放されたかのように笑顔を見せる竜馬に安心するトビアに対して、キンケドゥの脳裏に浮かぶのはコスモ・バビロニア建国戦争時代にともに戦った仲間たちのことだ。

フロンティアⅣで学生生活を共に過ごしてきた仲間たちとはキンケドゥとなってからは一度も連絡をとっていない。

木星戦役を終えて地球で暮らす中で、肉親である母親と妹、そして彼らに連絡を取ろうと手を尽くしたものの、ガミラスの攻撃による混乱で叶わなかった。

どうにか地球を蘇られ、ベラと共に彼らと再会することを願うキンケドゥには3人がうらやましく思える。

「相思相愛ってのはいいな、ダンナ。片思いってのはつらいぜ…」

「キャップ…そういう方がいらしたのですか?」

「鉄也のことだよ」

「ああ…キャップはそういう趣味の方だったのですね。配慮が足りておらず、失礼しました」

「そうじゃなくてだ!!というより、どこでそんな知識を!?」

「漫画です、メイルライダーの一部の方が読ませてくれました。それから、これは場を和ませるための冗談です。ちゃんと理解していますから」

「そ、そうか…」

理解してくれているならいいが、やはり人と違う環境で生きていたメイルライダー達がどんなものを読んでいるかという興味がわいてしまう自分の存在をソウジは感じていた。

「鉄也のあの様子だと…また来る可能性が高い。甲児と竜馬を狙って…」

「その理由を語る気はなさそうですね」

「甲児はどうしている?」

「マジンガーZの整備を手伝っています。ショックは受けていたけれど、それ以上に今は解放されたマジンガーZの機能を調べたくて仕方ないみたいで…」

「ポジティブさは若者の特権だな」

「にしては…ドライすぎると思うぜ」

鉄也と共闘したのがあの使徒との戦いの1度きりであるとはいえ、同じマジンガーに乗り込んでいて、マジンガーZと無関係とは思えないそれと戦うことになったことに対して、落ち込むくらいのことがあっても仕方ないとは思う。

すぐに立ち直ることはいいことだが、まるで鉄也のことを意に介さないような甲児の様子は気がかりだ。

「にしても、今日はいろいろとありすぎたぜ」

「そうね、あしゅら男爵にブロッケン伯爵、鉄也にドラゴン、赤いパラメイルに更におまけで謎パワーを発揮したヴィルキス…もうおなか一杯ね」

クルツもマオもアマルガムとの戦いの中で謎パワーであるラムダ・ドライバと何度もかかわってきたため、ヴィルキスの謎の力については別に驚くことはしない。

だが、旧型のパラメイルと言われるヴィルキスのどこにそれだけの力を発揮しているのかがわからない。

初出撃の時といい、今回の戦いといい、ヴィルキスにはアーバレスト、そしてアルと同じ得体の知れなさが感じられる。

損傷したヴィルキスは赤いパラメイルの片腕と共にナデシコBに回収されており、そこでメイたちアルゼナルの整備班の少女たちによるメンテナンスを受けている。

整備兵たちの話によると、他のパラメイルとは違ってヴィルキスについては自分たちだけでの整備にこだわっており、他の整備兵たちの助力を受け付けていないという。

旧型でデリケートだからという言い分らしいが、今回の戦闘を見た以上は隠し事をしているようにも思えて仕方ない。

「そういえば、ルリ艦長が重大な事実が分かったって言ってましたけど」

「きっと、驚くことになるわよ。もしかしたら、西暦世界へ帰れるかもしれないから」

「西暦世界に…!?」

かなめからさらっと言われた、まさかの話。

この話が真実であれば、ルリや舞人をはじめとした西暦世界の仲間たちにとっては僥倖といえる。

「それは…どうやって?」

「鍵はボソンジャンプ、そしてヴィルキスが見せたあのパワーです」

「マジかよ…」

「はい、今日のヴィルキスのデータがシンギュラーの構造を解き明かしてくれています」

「ナイン…?」

「何を隠そう、今回のプロジェクトの発案者がこのナインなんです」

「ナインが!?」

ソウジとチトセの視線がナインに向けられるが、彼女は表情一つ変えることはなかった。

 

-ナデシコB 格納庫-

損傷した片足の修復が完了し、他の整備兵たちがひと段落をつける中でメイは回収した赤いパラメイルの左腕の解析を行っていた。

ココアを一口含み、モニターに表示されるフレームの構造や使用されている合金の元素などの一つ一つを確認していく。

「これをジルに報告したら、驚くかもしれないわね…。あの赤いパラメイル、ヴィルキスを発展させたものといってもいい」




武装名:神弓
ドラゴンと行動を共にする赤いパラメイルが装備している大型兵装。
ミサイルランチャーとガトリングガン、ビームランチャーの複合兵器であり、かつて地球連邦軍が開発したモビルスーツ、ヘビーガンダムに装備されているフレームランチャーに似た形状で、カラーリングが黒をベースに赤いラインがついたものとなっている。
なお、ヤマトのデータバンクにおける新正暦世界の記録情報によると、かつて一年戦争末期に連邦軍が極秘裏に行っていた次世代型モビルスーツ開発計画であるペイルライダー計画が存在し、その過程で開発された複合武装システム、シェキナーが存在することから、宇宙世紀世界においても存在してもおかしくないらしい。
その仮説が正しければ、ドラゴンの勢力は宇宙世紀世界において地球側の技術を極秘裏に入手しており、それを用いて赤いパラメイルとその兵装を開発している可能性も考えられる。


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第62話 再びの日本

機体名:EVA零号機
形式番号:EVA-00
建造:NERV
全高:40メートル
全備重量:700トン
武装:パレットライフル、ガトリング砲、スナイパーライフル、専用拳銃、
主なパイロット:綾波レイ

EVAのプロトタイプにあたる機体。
NERVからの説明によると、モビルスーツやアーム・スレイヴとは根本的に異なる設計となるATフィールド展開機能やLCLで満ちたコックピット等の稼働データの蓄積のために開発され、蓄積された機動データが初号機等のEVAの開発につながっているという。
当初はテストおよび初号機の稼働が正式に始まった時点で封印される予定だったが、パイロットである碇シンジのサポートの必要性から、テストパイロットである綾波レイをパイロットとして実戦配備されることになった。
兵装については初号機で運用されている兵装についても使用可能となっている。





- 日本近海 ヤマト中央指令室-

「…では、各艦の責任者の方に説明します」

中央指令室に集められた、スメラギやルリをはじめとしたこのシチューのような部隊の最高責任者たち。

先日行われたドラゴン達、そしてDr.ヘル一味との戦いでの収穫物がここで披露される。

「まず、着目すべきはドラゴンの存在です。先日、二度にわたって襲来したドラゴン達ですが、我々は当初、それらは西暦世界において戦ったドラゴン達が我々と共にこの宇宙世紀世界に転移したものと考えてきました。しかし、あの場にいた群れの数から考えて、それらは否定されます」

「ではあの連中は、自分たちの力でこの世界に転移してきているというのか?」

「彼らは、転移の際にシンギュラーと呼ばれる次元の扉を開きます。ですが、宇宙世紀世界でのドラゴンとの遭遇の際には、周辺一帯でそのような現象は確認されていません」

テレサの操作により、ディスプレイに表示されるドラゴン遭遇時とその前後における周辺地域におけるデータ情報。

念のためにNERVにも確認をとったものの、シンギュラーの発生によって生じる異変が確認されていないことがよくわかる。

「転移ではなく、通常空間を移動してきた…ということは…」

「確定ではありませんが、ドラゴンはこの世界に生息している可能性が高いと言えます」

「馬鹿な…そんな話は聞いたことがないぞ!?」

真田のいう通りであるなら、ドラゴンの目撃情報は宇宙世紀世界の方が圧倒的に多いといえるだろう。

生息しているというなら、その場所を特定することも、弱った連邦といえど不可能ではない。

だが、目撃情報もなく、生息していると疑われる場所についても何も情報がない以上、オットーには真田の訴える可能性を信じることができなかった。

「落ち着くんだ、オットー艦長。まずは話を続けてもらおう」

「ドラゴンがこの世界に生息していると推測できる理由はもう1つあります。宇宙世紀世界から西暦世界へと転移した例…ダナンとジュドーさんたちガンダムチームの出現…それはドラゴンが出現した時とタイミングも場所も一致していることです。それは、ドラゴンが次元の扉を開いたことで時空間が不安定になった際、その周辺にいた我々がそれに巻き込まれたものと推測されます」

西暦世界へ転移する前に発生した正体不明の嵐、それはドラゴン達がシンギュラーを開こうとした影響だとするなら、西暦世界に突然転移した原因が説明できる。

「あの生物が時空間の壁を突破する力を持ち、それを用いてこの世界から西暦世界への侵攻を行っているというのか…」

「我々はそう結論付けました」

結論づけたとはいえ、なぜドラゴンが生身でそれを為す力を持っているのか、そしてわざわざ次元転移をしてまで西暦世界の、別世界の侵攻を行っているのかまではわからない。

海が赤く染まり、滅びゆく地球に対して見切りをつけて、新天地として豊かな環境のある西暦世界を目指しているのか。

分からないことが増えるが、今求めている鍵を手に入れることができた。

「今回の結論をもって、我々は西暦世界への道を拓くチャンスを手に入れました」

「鍵となるのは…ボソンジャンプです」

「火星での状況から判断して、我々が西暦世界の火星から宇宙世紀世界へ跳ばされたのは…あの場にいたユリカさんの意志であるとみて差し支えないでしょう」

「天河アキトの妻、か…」

「確か、A級ジャンパーとかいう能力を持っていて、そのボソンジャンプとやらを制御すると聞いていたが…」

実際に西暦世界から宇宙世紀世界へ転移した沖田達は納得がいくものの、それを実際に体験したことのないブライトやオットーらは腑に落ちない様子だ。

名前からすると、一種の空間跳躍か瞬間移動のようなもののように聞こえるが、それが世界単位での転移とどうつながるのかよくわからない様子だ。

最も、ボソンジャンプそのものが未だ解明しきれていない要素が存在するため、それを説明しきることのできる人間が存在しないのが大きいが。

「おそらく、ユリカさんも明確な意志をもって、我々を別世界へ転移させたとして思えません。あの場の危機的状況からアキトさんを救いたいという必死の思いがあのようなジャンプを引き起こしたのでしょう」

「並行世界を越えたジャンプか…」

「その理論については、火星の後継者たちも研究中だったと思われます。ジャンプを完全に制御することができるならば、並行世界の壁を越えることも可能だと私も考えています」

気になるのはそのようなボソンジャンプを火星の後継者がなぜ求めていたのかだ。

そのようなジャンプを可能にせずとも、西暦世界の各地の地球連合の重要拠点や都市へのピンポイントのジャンプは可能なはずで、むしろ並行世界へのジャンプを可能にすることの方がはるかに難しいはずだ。

ユリカが並行世界を超えるジャンプが可能だったのは制御ユニットに取り込まれ、並行世界が存在することを火星の後継者を介して認知したこと、そして襲来したドラゴン達の存在により彼らの住処があると予測される宇宙世紀世界の存在を知ったからだろう。

「では、それを制御する手段はあるのか?」

「本来であれば、ボソンジャンプを制御したあの制御ユニットを解析すべきでしょうが、この状況では不可能です」

「演算ユニット…火星にはないと草壁が言っていたわね…」

「その真偽を確かめることはできません。しかし、次元歪曲波数をシンギュラーと一致させることができれば、少なくとも西暦世界への転移は可能となります。自由に行き来を制御することはできませんが、少なくとも、この世界と西暦世界をつなぐことはできます」

「この理論そのものは早期の段階で完成させたのですが、問題はその次元歪曲を発生させる手段が我々になかったことです」

真田とルリを中心に行われた次元転移の研究において、アキトのボソンジャンプやダブルオークアンタの量子化を利用した空間跳躍、νガンダムのサイコフレームなどを調査してきたが、それらを利用したとしてもシンギュラーと一致する次元歪曲を生み出すことはできなかった。

機械仕掛けと生物由来の力という力の源泉が違うからか、それとももっと根本的なところからなのか、それはまだ誰にもわからない。

「となると…あのドラゴンを捕獲して、目の前でやってもらうしかないか…」

「その必要はありません。我々はシンギュラーと同等の波形を生み出すことができる存在を既に持っていたのです」

「ヴィルキスか…」

あの赤いパラメイルとの戦いで見せた瞬間移動。

そのデータを入手したナデシコBとヤマトで解析を行い、プトレマイオス2改がエリアDで収集し続けてきたシンギュラーのデータと照らし合わせたことでそれが明らかになった。

「更に、ナインによる計算の結果、ヴィルキスが歪ませた時空間をシンギュラーと同じ次元歪曲波形に形成したボソンジャンプで跳躍することで、並行世界間の跳躍、パラレルボソンジャンプが可能となるという結論が出ました」

「現在、波形の計算をナインが行っています」

「それを使えば、西暦世界への帰還も可能であろう」

ナデシコやソレスタルビーイング、勇者特急隊をはじめとした西暦世界の面々にはあの世界で片付いていない問題が数多く存在する。

宇宙世紀世界においてもそれは変わらないが、だからといって西暦世界を放っておくことはできない。

ヤマトも宇宙世紀世界から偶然来ることとなったガンダムチームやミスリル、アムロも少なからず西暦世界に干渉してしまった以上、もう他の並行世界のことを知らない自分へ戻ることなどできない。

「ちょっと待った…!ナインはヴァングレイのOSのはずだろう!?」

「機体制御用のAIが、なぜ次元転移に関する計算ができるのだ…??」

オットーやブライトの知っている機体制御用のAIはあくまでも、機体とパイロットのサポートのみに機能を集中させており、それとは畑の違う用途に使うことなどできない。

アルのようなAIも存在するが、これは彼らにとってもイレギュラーな存在だ。

生体アンドロイドをこっそりと作り、そこから外の世界を自由に動くことができるうえに機体制御以外の仕事も難なくこなすAI。

そんな存在はあまりにも規格外といってもいい。

「その疑問はごもっともです。ですが、この計画の概要自体、彼女が作り出したものです。彼女は西暦世界へ飛ばされてから、あらゆる転移データを記録、解析し続けていたのです。おそらく、ヴァングレイを開発した機関が、並行世界間の転移について研究していたのでしょう」

「あれはヤマトを建造していた機関の一部だ。ワープの応用を研究していたのかもしれんな」

地球を捨て、地球に相当する別の星への人類移住を目的としたイズモ計画に近い、別世界の地球という安息の場所を追い求めていたというなら、並行世界間の転移の研究を行っていたとしてもおかしくない。

並行世界の存在そのものが既に議論されていたのだから。

「我々はヴィルキスの跳躍を研究し、ナインの理論を応用することで西暦世界への転移の扉を開きます」

「危険な賭けかもしれませんが、まずは準備を進めます」

戦闘中に突発的に行われたヴィルキスの跳躍を今度はパイロットであるアンジュが意図して行い、それを自分だけでなく、周囲の戦艦や機体もろとも跳躍を行う。

そして、アキトが波形を調整する。

二人にとっては大きな負担がかかるうえにどちらも少しでもズレが生じた場合、西暦世界でも宇宙世紀世界でもない、全く別の世界へ飛ばされる可能性もある。

それか、次元断層へ飛ばされ、二度と戻ってこれないこともありえるのだ。

「了解した。こちらで必要な資材は手配しよう。必要であれば、NERVも巻き込む」

「私も、各地のミスリルに連絡を取り、必要な資材を手配できるように手はずを整えます」

「自分たちの世界へ帰れるチャンスだからな、頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

時間はないが、協力者と資材の工面についてはどうにかなるだろう。

だが、問題はアンジュとヴィルキスといえるだろう。

 

-ヤマト 万能工作機前-

「よし…データの入れ込みはこれでいいだろう。始めてくれ」

「了解。よし、お前ら!始めろ!資材を投入だ!」

隼人と弁慶立ち合いの元、榎本の指示で甲板部の兵士たちの制御によって万能工作機が新たなパターンの起動を開始する。

内部で解析・解体された資材が加工されていき、排出されたのは真ゲッターで利用されるパーツの数々だった。

あとはそれらのパーツの解析を隼人が行っていく。

「問題ない。これならば、真ゲッターの整備も可能だろう」

「いやはや、助かりましたぜ。これでゲッターの整備もうちでできるというわけです」

「今後も世話になる以上は、な。最も、このデータの大半が博士の物だが…」

データを入れる前、竜馬の協力の元で入力されたゲッターのパーツデータは既に目を通しているが、早乙女の研究資料を抜きで判断するとここまでのデータが隼人でも精一杯といえるほど精巧なものだった。

新正暦世界に多くのゲッターロボの残骸とともに飛ばされ、そこから四苦八苦してゲッター1を組み立てただけのことはある。

17年近く、アメリカでゲッター線の研究をしてきた隼人だが、結局そのすべては早乙女の後追いであり、自分一人で生み出した成果が未だにないことを改めて実感させられる。

なお、肝心の竜馬はここにはおらず、アンジュの特訓に付き合っているという。

「それにしても、ゲッターロボって恐ろしいものです。17年前の機動兵器がここまでグレートマジンガーと渡り合えるなんていうのは…」

「ああ…初めて乗った時の驚きは今も忘れられん。かつてのインベーターとの戦いで俺が乗っていたゲッター2をはるかに上回っていた…」

宇宙世紀世界における一年戦争で活躍してモビルスーツ、ガンダム。

その性能はヤマトのデータバンクやロンド・ベルを介して入手した連邦軍のデータと比較したところ、同じだということが明らかになっている。

違いがあるとしたら、武装のバリエーションに関しては宇宙世紀世界におけるガンダムの方が多いことで、2連装のショルダーマグナムやランドセルに装着するショルダーキャノンといった固定装備や宇宙戦闘を想定した高機動バーニアに換装されたものなどがあり、やはり宇宙世紀世界と新正暦世界は似て非ざる世界だということがそれだけでもわかる。

そして、この17年で急速に兵器の技術が発展していったのはひとまず置いておくとして、それでも異常といえるのが真ゲッターといえる。

名機といわれたガンダムがかすんで見え、現行での最新型のガンダムといえるユニコーンガンダムに対しても対等に渡り合うことができるほどの機動兵器を一年戦争後期で作り上げてしまった早乙女博士の頭脳とゲッター線の力。

一介の技術者がそれを知れば興奮するだろうが、はたから見ると異常なことこの上ない。

まるでそれはライト兄弟が飛行機を発明してすぐにロケットを発明し、実際に宇宙に飛び出して月への着陸に成功するというべきものだろう。

「さてっと…西暦世界の機動兵器のパーツも作っておかないとな…お前ら、少し休憩したら次の作業に入るぞー!」

 

-ヤマト 食堂-

「エルシャ…ごはん、まだ…?」

「お待たせ、アンジュちゃん。スタミナがつく特別メニューよ」

疲れ果てて、机に突っ伏しているアンジュに料理がのったプレートを持ってやってくるエプロン姿のエルシャ。

今回作ったのはガーリックステーキチャーハンで、アルゼナルでは決して出ることのない料理だ。

目を輝かせ、唾を垂れ流しながら手を伸ばすヴィヴィアンをサリアが制止する中、アンジュはチャーハンに口をつけていく。

おなかがすいているというのに、なぜか料理が少しずつしか口に入らないジレンマ。

その様子を焼き魚と漬物、味噌汁とごはんという和風のメニューに舌鼓を打つキラが見かけていた。

「ずいぶんと疲れているみたいだね、アンジュ」

「無理もないだろう、跳躍のデータをとるために、ずっとヴィルキスに乗せられているからな」

キラと同じメニューを口にしているアスランはついさっきまでアンジュに対して行われていた数々の試みを思い出していた。

初めて跳躍に成功したときは赤いパラメイルに追い詰められていたのだから、同じ状況を作ればいいとヒルダ達3人だけ武器を持ち、ヴィルキスは武装なしで実弾模擬戦を行う、長時間の飛行を継続する、さらにはアキトを巻き込んでボソンジャンプを一緒に行って、跳躍を体感させるなど。

特に実弾模擬戦はいくらメイルライダーとして高い技量を持つアンジュであっても心身ともに疲れ果てさせるものであった。

だが、これはあくまでもアルゼナルの面々によって行われたものに過ぎず、彼女たち以外にも協力者たちによる訓練メニューなどもある。

「やってもらうしかない。あのモードと跳躍を使いこなせるようになってもらうためにも」

「他人事のように言わないでよ、刹那。あんたもコーチの一人なんだから…」

「刹那が…?」

「クアンタの量子ジャンプも何かの参考になるかもしれないと、アンジュに協力を申し出たんだ」

1年前、当時はダブルオーライザーに乗っていた刹那が外宇宙航行艦ソレスタルビーイングにおいて、イノベイドの首魁であり、ソレスタルビーイングの3年にもわたる戦いの元凶となっていた男、リボンズ・アルマークとの戦いで偶発的に起こした量子ジャンプ。

ダブルオークアンタを開発する中で、その量子ジャンプを安定的に行うことができるように調整が行われ、刹那とティエリアはそれにかかわっていた。

イアンとスメラギもそれに関する情報を可能な限り開示している。

また、アニューからの情報でリボンズは早期に量子ジャンプの理論を練っており、それを可能にする研究を行っていたという。

ただし、それを行うにはオリジナルの太陽炉が生み出すGN粒子が必要であり、疑似太陽炉が生み出しGN粒子ではそれが不可能であることが明らかになり、頓挫したという。

仮に彼のモビルスーツであったリボーンズガンダムにその量子化が組み込まれたいたとしたら、おそらく刹那は勝利することができなかっただろう。

「それにしても、刹那の話ってわかりにくいのよね。もっと上手に説明できないの?」

「す、すまん…」

「あなたって本当に口下手よね。もうちょっと相手の身になって言葉を選びなさいよ」

「ど、努力する…」

イノベイターとなり、人類の新たなステージへの可能性を開いた刹那らしいが、アンジュにとってはそんなのは関係なく、彼は只の人間に過ぎない。

進化したというなら、それくらい簡単にできるだろうとアンジュは考える。

どんなに進化し、逆立ちをしたとしても、人間は人間のままなのだろう。

「珍しいシーンだね」

「押されてるぜ、イノベイター」

「茶化したらだめよ、ライル」

「だいたい、コーチの人選がおかしいのよ。竜馬のアドバイスは勢い任せの根性論だし、アムロの精神集中のやり方っていうのも観念的でよくわからないし…」

その話をもしアムロが耳にした場合、軽いショックを受けたかもしれない。

シャアとの戦いで偶発的に西暦世界へ跳ぶことになり、ロンド・ベルと無事に合流を果たしたのはいいが、連邦軍と距離を置く結果となったアムロは次第に軍人以外の自分の生き方を考えるようになってきた。

その中で、モビルスーツの技術関係の教師なんて夢を考えたこともある。

だが、アンジュにそんなことを言われ、おまけに竜馬と同レベルのようなことを言われたら、きっとその夢をあきらめてしまうかもしれない。

長らく軍人を務めることとなったアムロもまだまだ繊細なところはあり、ブライトから見てもそれは一年戦争の頃から変わらないようだ。

だが、技術ではなくそうした精神論で対応する必要性があることは既に立証されている。

「ともかく、ヴィルキスのあのモードへの移行はアンジュの精神状態に関係していることは判明した」

「だったら、おあつらえ向きのコーチがいるぜ。精神力で論理無用を引き起こす奴が」

「呼んでるよ、宗介」

「いいだろう。ラムダ・ドライバを使いこなすに至った俺がお前に戦技を叩き込んでやる」

使徒との戦いでのダメージから復帰を果たし、再びミスリルの制服にそれを通したばかりの宗介の登場にアンジュは引いてしまう。

戦場では頼もしいことはわかっているが、コーチとしては彼もまたアムロ達と同レベルだ。

「けど、いいの?回復したとは聞いたけど、今日は非番だってテスタロッサ艦長が…」

「かなめと一緒に出掛けるんでしょう?準備をした方がいいんじゃない」

「そうだった…アンジュ。お前へのコーチは次の機会とさせてもらう」

「遠慮するよ、一生…」

食堂を出ていく宗介にほっとするアンジュだが、コーチとなる人間への心当たりがないことは彼女も同じだ。

ただ、ニュータイプもスーパーコーディネイターもイノベイターも、どうして口下手で観念的なことしか言えない連中しかいないのか、それだけは理解に苦しんだ。

 

「宗介君とかなめちゃんって、現役の高校生なんでしょ?」

「まぁ、ソースケの場合は高校生が傭兵をしているというわけじゃなくて、傭兵が高校生をしていたんですけどね」

彼らから少し離れたところで一緒に食事をするミサトとメリッサ。

中学生の男女と高校生の男女とみている対象は少し違うものの、大人の女性である彼女たちにとってはどっちも同じ子供だ。

「ま、それでもこの数か月はずっと戦場だ。ストレスはたまってるだろうぜ」

「あんた…何を企んでるの?」

なぜか隣の席で食事をしているクルツの何か含みのある言葉にメリッサのセンサーが反応する。

非常にスケベで女好き、おまけに何人もの女性に手を出してきた前科持ちのクルツは宗介とは正反対といえる性格で、たまにいさかいを起こすことがある。

だが、お互いの実力と人格については認め合っていることはわかっている。

「企んでるなら聞かせな。場合によっては手を貸してやるよ」

「さっすが姐さん、頼りになるぜ。ま…これは友情の手伝いというやつだよ」

「友情…か…」

ミサトが思い出すのは家でシンジが教えてくれた学校での友人のことだ。

結果として彼らと別れの挨拶ができないまま引き離すことになってしまったことはミサトにとって悔いの残る話だ。

特にシンジにとって、彼らはようやくできた初めての友達なのだから。

本人はそのことを気にしていないそぶりを見せてはいるものの、本心はそうではないことくらいわかる。

(私も、何かすべきかもね…。シンジ君の友情のためにも)

 

「アンジュリーゼ様、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫じゃないと思う!」

疲れ果てたアンジュの様子を見るモモカとヴィヴィアンが一緒のテーブルで食事をとる。

モモカとしてはアンジュのために何か手助けをしたいとは思っているが、今回は要件が要件なため、どうすべきかわからない。

あくまでもアンジュの精神の問題であり、その精神をどうすればあのモードに移行できるのか、誰も的確に言うことなどできない。

「大丈夫じゃないから、あたし発案の作戦を今こそ実行すべき!」

「こちらの準備はできてるわよ、ヴィヴィアンちゃん」

「平田主計長にも、許可はもらっているわ」

原田と森の尽力により、ヴィヴィアンが求める資材の準備は整った。

設備も短時間であれば使う許可が下りているため、あとは実行に移すだけ。

「さあ、モモカ…アンジュのためにもやるよ!」

「はい!あれがアンジュリーゼ様の癒しになるなら…!!」

 

-陣代高校 校門前-

第三東京市から東、小田原の西部に存在する高校、陣代高等学校。

元々は東京都内に本校が存在していたこの学校は17年前のセカンドインパクトの影響で本校を失い、今はこの地域に現存していたかつての分校に本校の機能を移行している。

かつての宗介とかなめが通っていた学校で、そこにシンジ達も宗介らとともに来ていた。

「ここが宗介さんとかなめさんが通っていた学校なんですね…」

「まぁ、今は休校になってるけどね」

「そうなのか…」

「うん…」

こうして誰もいない学校を前にして、かなめは改めて遠くに行ってしまったかつての日常を思い出さずにはいられない。

都会と田舎の中間というべきこの地域は戦略的な価値が薄く、機械獣による攻撃も少ない。

そして、第三東京市からも離れていることから使徒による攻撃の心配も少ない。

にもかかわらず、今この学校が閉鎖されているうえに住民が避難している原因をかなめは自覚してしまう。

(あたしを狙って、アマルガムは陣代高校を戦闘に巻き込むようになった…。この地域は戦闘エリアに指定されて、みんなは各地の高校に散り散りに編入された…)

そして、かなめ本人はもはやどこへ行っても狙われることからテレサの提案でダナンに乗り込み、宗介たちと行動を共にするしかなかった。

学校の勉強については教材があるためどうにかなる。

だが、それから学校の友達と連絡を取ることができない日々が続き、それがかなめにとってストレスになっている。

「かなめさん…」

「ごめんね、ナイン。心配かけちゃって」

「その制服、似合ってますね」

「せっかく、学校に来たからって、ちょっとコスプレみたいだったかな…」

誰もいないが、せっかく帰ってきたのだから、せめて格好だけでもかつての日常に戻りたいと、ヤマトで作ってもらった制服。

データはなく、あくまでもかなめと一度だけ登校経験のあるテレサの記憶を頼りに再現しているため、細部は異なる箇所があるものの、それほど気にするほどの違いはない。

「コスプレ…コスチュームプレイ…原田さんの趣味ですね」

「原田さんって、ヤマトのナースさんよね」

「あの人…そんな趣味があったのか…」

さやかと甲児の脳裏に、不意に制服姿をした原田が浮かぶ。

童顔で小柄な原田には似合ってしまうように思えてしまう。

「ヤマトには、パターンさえ入力すればどんな衣装を作ることもできる設備があるようです」

「そうだったな…転移してきた刹那達の服もあれで作ったからな」

「そういえば、ナインはともかく、ソウジさんたちはどうして一緒に来てくれたんですか?」

「まぁ、非番で時間があったからっていうのが本音だな。それに、チトセちゃんも来たがってきたからな」

「うん…なんだか、懐かしい…」

木星戦役が起こっていた頃はまだ高校生で、今年軍属となったばかりのチトセにとっては学校で過ごしていた時間の方が長く、学校での生活がガミラスによる地球への攻撃が起こる前の日常と言えた。

確かにこの学校はチトセが過ごしていた学校とはまるで違い、人がいないものの、ほんの少しだけ懐かしい日々を思い出せる場所と言える。

「ああ…そういえば、宗介が何か面白いことが起こるから、見に来いって言ってたぜ。あいつ、どこにいるんだ…?」

「そういえば、確かに、宗介さんが乗っていた車は停まってますけど」

「嫌な予感しかない…」

靴箱の爆破、高圧電流の罠、コッペパン要求のための発砲、ラグビー部の洗脳に石油製品を溶かす特殊な細菌兵器によるバイオハザード。

一瞬のうちにかなめの脳裏を駆け抜けていく記憶の数々。

そのすべてがかなめを警告していた。

「みんな!あいつを探して!!いくら人がいない校舎でも、あいつの面白いことってのは、きっとロクなことじゃないから!!」

「お、おう…」

鬼気迫る表情と声色で訴えてくるかなめにソウジも逆らうことができなかった。

 

-ヤマト 格納庫-

「…宗介たちは学校へ行ったのか」

「つかの間の休息だから、いい気分転換になるといいわ…ね!!」

モニターに映る宇宙空間、そしてナラティブガンダムから射出されるサイコプレート。

山本のコスモ・ゼロが飛んでくる質量弾の隙間をくぐるように回避していき、援護しようとするトライスターのジェスタを篠原の加藤のコスモファルコンがけん制する。

「どうです?隊長。新型のハヤブサっていうのは」

「悪くはない。だが…奴と戦うのは、まだ足りない…」

可変機能を手に入れ、さらなる力を手にしてもなお、加藤の脳裏にはあのコルグニスとそれを操るサイキッカーが浮かび、倒せるイメージがわかない。

トビアとキンケドゥでさえ倒せなかった、トビアがクロスボーンガンダムよりも強いと認めたコルグニスに対して、ニュータイプではない加藤とコスモファルコンでは勝てないのは道理だ。

だが、これから先もコルグニスのような強力な機動兵器やパイロットと戦うことになることを考えると、認めたとしてもあきらめるわけにはいかない。

それはコスモファルコン隊やロンド・ベルの面々も同様だ。

「今だ!キンケドゥ!!」

「了解だ!!おおおおおお!!!」

「…しまった!リタ!!」

「間に合わない!」

ヤマトにいるのはコスモファルコンとコスモ・ゼロだけではない。

合流したクロスボーンガンダムのことを加藤達にくぎ付けにされたことで失念していた代償がスカルハートによって振るわれるイカリマルだった。

急いでサイコプレートを終結させようとするが、大型兵器であるイカリマルを防ぎきることができず、そのままイカリマルの直撃を受けることとなった。

「くっ…油断した…」

「ヨナ、周囲の味方の動きを見ろ!一人で戦おうとするな!これが実戦なら、ここで即死だぞ!」

「はい…すみません!」

ナラティブガンダムのシミュレーターが停止し、汗だくでコックピットから出たヨナがその場に座り込み、続けて出てきたリタから受け取ったタオルで顔を拭く。

(強い…コスモファルコン隊の人たちも…。まだまだだな、俺は…)

まだまだ中の上の平凡な実力から抜き出しきれていない自分を思い知るとともに、まだナラティブガンダム頼みから抜け切れていないように思えた。

どうすれば壁を越えることができるのか、やみくもにシミュレーターで特訓するだけでは足りないのか。

悩むヨナの元に刹那がやってくる。

「ヨナ・バシュタ。アンジュは見なかったか?」

「アンジュ?いや…見ていないけど…」

「もしかしたら、逃げちゃったのかも。ずっと特訓ばかりで疲れ果ててたし」

「あの子…元の世界に帰りたいって、自分から言った癖に!!」

「こうなりゃ、見つけ出して倍のメニューを消化させてやる…!」

刹那とメイルライダー達による捜索が始まる様子を苦笑いしながら見つめるヨナ。

昨日アンジュからその特訓にかんする愚痴を聞いていたとリタから聞いており、同時に彼女の言っていた特訓のメニューも知ることになった。

とてもではないが、現役軍人であるヨナも一度やったら二度とやりたくないようなハードなもので、それをやらざるを得ないアンジュに同情していた。

 

(冗談じゃないわ…!このままじゃ、元の世界に変える前に私の体がもたない…!)

コンテナと修理の順番待ちの機動兵器の陰に隠れ、刹那達の会話を聞いていたアンジュはこの慣れない空間であるヤマトの格納庫で隠れつつ逃げ出す手段を考えていた。

ハッチが閉じているため、同乗しているドダイ改やヴィルキスに乗り込んで逃走することはできない。

一日、ほんの一日だけでもいい。

休まなければ、特訓途中で愛する母の元へ旅立つことになってしまう。

足音が聞こえ、すぐに移動をしなければとあたりを見渡す中、半開きとなっているコンテナが目に留まり、その中に飛び込んだ。

「アンジュ…もしかして、ここにはいないのかしら…?」

ナオミが通り過ぎ、一難去ったことに安心するアンジュ。

だが、気になるのはこのコンテナに入っているものだ。

格納庫のため、武装や補修パーツの類かとばかり思っていたが、今アンジュが触れているものはなぜかごわごわしていて、とても兵器とは思えない肌触りだ。

よく見ると、自分よりも若干大きな人型の何かで、とても格納庫に置いておくような代物ではない。

だが、これを使えば、どうにかごまかすことだけはできるかもしれない。

(今は…これを使うしかない!常識や体面にとらわれている場合じゃないわ!!私は生きる…!世界を壊してでも…!)

 

-陣代高校 グラウンド-

「宗介の奴…どこにいるんだ?」

学校に集まっていたメンバーがそれぞれ分かれて校内を探し回る。

かなめから学校の地図をもらっているため迷うことはないが、肝心の宗介の姿がまるで見えない。

どうしてここまでして行方をくらます必要があるのかは甲児にはわからなかった。

「もういいじゃない」

「え…?」

「私たちだって、せっかくのお休みなんだから」

さやかにとって、こうして甲児と2人でいることは久しぶりで、ロンド・ベルと合流する以前は機械獣との戦いの真っ最中で、こうしてのんびりと過ごす機会はなかった。

かなめには悪いが、今は甲児と楽しく過ごしたいと考えるさやかは後のことは任せて、このまま甲児と近くの町でデートしたいと思い始めていた。

「そうだな。じゃあ…ヤマトに戻るか」

「え…!?」

「時間があるなら、マジンガーのことをもっと調べたいんだ。もしかしたら、俺の知らない機能がまだまだ眠ってるかもしれないだろ?さすがはおじいちゃんが造ったマジンガーだ!考えるだけでわくわくするぜ!」

目を輝かせ、これから見つかるかもしれないマジンガーZの新たな力に思いをはせる甲児。

笑顔を見せてくれることはうれしいが、なぜかさやかには今の甲児に恐怖を感じていた。

(どうしたの?甲児君…。まるで、マジンガーにとりつかれているみたいで…)

 

-陣代高校 教室-

「ここにも、いないみたいだね」

「そうね」

レイと共に教室内を捜索するシンジは念のために教卓や掃除道具入れの中も探したが、宗介を見つけることができなかった。

窓からはグラウンドが見え、そこから甲児とさやかの姿を見るが、二人とも宗介を見つけた様子はない。

「教室って、高校も中学もそんなに変わらないんだね」

「そうね」

「綾波はずっと、あの中学に?」

「ええ…」

2人きりとなる機会がなく、同じEVAのパイロットという関係性ができてからもこうして話をすることもなかった。

せっかくだから、綾波のことをもう少し知りたいと思ったシンジが話しかけるものの、綾波の態度はそっけない。

「クラスでは、誰と仲が良かったの?」

「特にないわ」

(会話が…すすまない…)

次に何を話せばいいのか、もっとトウジとケンスケから学ぶべきだったと後悔するとともに、2人のような友人のありがたさを感じるシンジ。

彼らのようにはできないが、ちょっとだけでも綾波と友達のようなことをしたいと思っていた。

 

-陣代高校 部室棟-

「高校の部室ね…いいねえ、青春って感じで」

若干手狭な感じのする部屋にロッカー、ホワイトボード。

おそらくここは文化系の部活の部室で、高校生をしていた当時のことをソウジは思い出していた。

「いいの?ソウジさん。宗介君を探さないで」

「まあな、俺は航空隊の所属隊員だ。陸戦隊員とかくれんぼっとかいう最初から負ける戦いはする気はないさ」

木星戦役やガミラスとの戦争の都合上、地上でモビルスーツを駆る機会が実戦ではヴァングレイに乗るまでは得られなかったソウジだが、軍人間の交流のために陸戦部隊と模擬戦を行ったことがある。

その時はジェガンに乗り、サブフライトシステムであるセッターの上から地上にいる陸連部隊を探していた。

彼らは高低差や迷彩を利用してうまく隠れており、とった手段は隠れている可能性の高い地点にビームライフルで攻撃することだった。

その中で一瞬、陸連部隊の反応を拾ったが、その時には時すでに遅し。

セッターの真下にまでやってきていた陸連部隊のジェガンにライフルの一撃で負けてしまった。

また、模擬戦でも何度も宗介と戦ったことがあるが、宙域戦ではともかく地上においては負け越している。

「私のセンサーの有効範囲を広げれば、探知は可能かと思いますが…」

「いいって、ナイン。それより2人とも、今はゆっくりしようぜ。ナインはジャンプの解析で働きづめ、チトセちゃんは主計課の仕事も兼任で大変だったろ?」

「ソウジさん…」

「私はAIです。疲れることはありません」

「それでもだ。優秀なAIだってオーバーヒートを起こすことだってあるだろ?」

「わかりました。パラレルボソンジャンプ解析を遂行するためにも休みます」

この場においても解析を行っていたのか、ゴーグルを操作してデータを保存し、解析を休止する。

ナインなら、たとえヴァングレイやヤマトから離れていてもそれくらいできるだろうと思っていたソウジだが、その予想は当たっていたといえる。

「ねえ、ナイン…あんまり頑張りすぎないようにね」

「なぜです?姉さん。西暦世界への帰還を望む人がいるのに…」

「確かにそうだけど…それでナインが犠牲になる必要はないと思うの」

「AIは人間に奉仕する存在です。そのためにも…」

「でも、あなたがいないと私とソウジさんが困るの。あなたは…大事だから」

ポンポンとナインの頭を撫でるチトセとそんな2人の様子を笑って見つめるソウジ。

その光景とチトセに手のぬくもりに何かが暖かくなるのを感じた。

「キャップ…姉さん、ありがとうございます」

わずかに動くナインの口元。

口角が上がり、かすかに笑っているようにソウジには見えた。

「今…お前、笑ったか?」

「笑ってません。気のせいでしょう」

顔を赤くしたナインは否定しきることができなかった。

 

-陣代高校 廊下-

「ここにも、宗介さんはいませんね」

「そうだね」

ルリと共に廊下を歩き、宗介を探すアキト。

シンジと綾波と同じように、二人もまた会話が少ない。

かつてはアキトが会話の起点となることの方が圧倒的に多かったが、今となっては立場が逆転していると言えた。

「意外でした…。アキトさんが同行してくれるなんて」

「サブロウタにルリちゃんの護衛を頼まれたんだ。どうも、あいつは苦手だ…。頼まれると、断れない」

「サブロウタさんも元は木連の人間です。押しの強いところがあります」

「あいつは、いい意味でゲキ・ガンガーの呪縛から解き放たれたみたいだ…」

過酷な木星においてジョージ・グレンからもたらされたゲキ・ガンガーは確かに彼らにとっては希望の光となったかもしれない。

ジョージ・グレンもそれを木星にもたらしたこと、そして自らがファースト・コーディネイターであることを告白したのは、人類の可能性、人類の明るい未来を思ってのことだということは否定できない。

だが、結果としてゲキ・ガンガーは木連の聖典となり、戦意高揚の道具として利用されたことで草壁のような怪物が生まれ、そしてコーディネイターとナチュラルの能力的、肉体的な格差が血のバレンタインから始まる一連の血なまぐさい戦乱の原因ともなった。

だが、サブロウタのようにそんな過去から脱した彼のような存在が増えていき、かつてジョージ・グレン達が夢見た未来を実現させることができれば、きっと数多の犠牲に報いることができるだろう。

「アキトさん…」

「なんだい?」

「私たちの世界へ帰る手段が発見された今、改めて聞きます。アキトさんは帰りたいですか?」

「あいつが無事かどうかを知りたい。だが…」

「いいんです、帰りたいという意思が確認できれば…」

元の世界に帰り、ユリカの無事を確認できたアキトはおそらく、北辰と決着をつけるだろう。

そして、その後のアキトがどうするかはもうルリにはわかっていた。

きっとそうなった時、ルリには彼を止めることができないだろう。

 

-陣代高校 グラウンド-

「キョーコ…みんな、ごめん。あたしがいなかったら、もしかしたら今でも陣代高校に通っていたかもしれないのに…」

探しつかれたかなめは倉庫の壁に背中を預け、日本のどこかにいるであろうクラスメートたち、そしてここに通っていた時の思い出に思いをはせる。

かなめは中学まではアメリカで生活しており、父親は地球連邦政府の高等環境弁務官で、妹であるあやめと共にニューヤークで生活していたが、中学2年の頃に単身日本へ戻った。

きっかけとなったのが母親の病死で、その時父親は多忙さから死に目に立ち会うことができなかった。

そのことから父親と確執があり、それが時が経過するとともに大きくなったからだ。

日本の中学に転入してからはアメリカでの生活が長かったことでなかなか適応できず、白黒はっきりさせる歯に衣着せない習慣から抜け切れずに最悪な日々を送っていたが、それでも父親と一緒に暮らすよりはましだった。

普通の生活を送れるようになったのはこの高校に入ってからだった。

ここで本来であればありえた楽しい未来、それを壊したのはアマルガム。

だが、アマルガムがターゲットとしているのはあくまでもかなめであり、ここを襲撃したのは自分を捕まえるため。

ウィスパードでさえなければ、ささやかな日常までもが奪われることなどなかっただろうに。

(どうして、私…ウィスパードなんかになったんだろう。でも、ウィスパードだから、ソースケに会えた)

最初は厄介者とばかり思った宗介だが、何度も彼に助けられ、彼のまっすぐな姿に次第に心を奪われていった。

彼と出会えたことに対してだけは、かなめは後悔していない。

ガサガサと物音が近くから聞こえてくる。

「ソースケ…?」

時折物陰から警護をすることがある宗介のため、そうかもと声をかけつつ物音が聞こえた場所へ向かう。

だが、そこにあったのは舌を垂らしたツギハギの熊といえる奇妙な着ぐるみの姿だった。

「ぎゃあああああああ!!!って、ペ、ペロリーナ…??」

驚きすぎて腰を抜かしたかなめだが、よく見るとアルゼナルでヴィヴィアンや幼年部の少女たちが見せた奇妙なマスコットキャラの名前が思い浮かんだ。

「な、な、な…なんなのよ、あんた!!」

まだ立ち上がれないかなめが指をさして相手に尋ねる。

いくら着ぐるみとはいえ、しゃべれないことはないだろう。

まさかとは思うが、着ぐるみ姿で潜入した趣味の悪いアマルガムの雇われ傭兵かとも思えた。

もしそれが正しければ、1人きりのこの状況は非常にまずい。

「…ち…て…。今…脱ぐ…」

「え…その声…」

聞き覚えのある少女の声が聞こえ、ペロリーナの中の人がどうにか脱ごうとしているようだが、初めてこういう着ぐるみを着ていることもあり、全く脱げない。

数分間格闘が続くが、脱げる気配が見えない中、ピョコピョコとかわいらしい足音が聞こえてくる。

「え、ええ!?」

「ふもも、もふー!!」

軍人用のヘルメットと防弾ベストを身に着けた、鋭い目つきのボン太くん。

その手にはなぜかアサルトライフルが握られていた。




宇宙世紀世界と西暦世界におけるボン太くんについて
ボン太くんはとあるおもちゃメーカーが遊園地とのタイアップのために作ったマスコットキャラであることはどちらの世界においても共通している。
かわいらしい見た目などから人気となったことで、彼を主人公とした子供向けアニメの『ふもふも谷のボン太くん』が制作された。
ヤマトのデータバンクにも保管されており、15年前に制作されたアニメとは思えないほどの質だったが、それを追求しすぎたことで予算を使い果たし、わずか8話で打ち切りとなった。
そのあおりを受けたことでメーカーも倒産し、その後の複雑な法廷闘争の末にボン太くんの版権はなぜか『おおかわ豆腐店』というおもちゃやアニメとは縁もゆかりもない個人事業主のものとなった。
そうなった経緯は今も不明であり、当時担当していた裁判官はすでに亡くなっていることから、現在も法律研究家や弁護士を中心に首を傾げ続ける案件となっている。
ただし、大川店主の意向により実質的に著作権フリーとなったことで、グッズの販売や動画サイトの作成などで今でも使われており、同人イベントである『ふもっふマーケット』では毎回出席するおおかわ豆腐店の絹ごし豆腐を買うことが愛好家のステータスとなっている。

宇宙世紀世界においても、同じ理由で混乱によって打ち切りの憂き目にあったものの、視聴者たちによる大規模なクラウドファンディング活動によって企業ともども存続しており、現在でも放送が続いているうえに年に一度の劇場版アニメの制作も行っているという。


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第63話 スーパー着ぐるみ大戦

ペロリーナについて
西暦世界において、一昔前に流行したというマスコットキャラ。
外見は全身ツギハギだらけの熊で、大きさの違う両目と口から長く垂らした舌が特徴。ツギハギの身体も部位ごとに色や柄が異なっている。
しゃべれる設定で、語尾に「ぺろー」がつくらしい。
3年前の大戦がはじまった頃には既にブームが過ぎ去っていたものの、再び始まった大戦やいまだ混迷する世界の不安の中で子供たちの心をいやす存在として再注目されており、スメラギはペロリーナグッズを育児休暇中のリヒティとクリスに送ったこともある。
外界から隔離されたアルゼナルにおいてはヴィヴィアンをはじめとした一部にコアなファンがいるのみ。
なお、現在のアルゼナルのブームはミスリルからもたらされたボン太くんで、現在マギーの店では新たなツテ(弱みを握ったことで)で手に入れ、大量にコピーした別世界の日本で毎年公開されていたという某アニメ映画監督のレトロ作品と共に高値で取引されているという。


-陣代高校 グラウンド-

かつては生徒たちの笑顔と汗で包まれており、現在は生徒たちが不在となったことで静寂に包まれていたはずのグラウンド。

だが、静寂というものは非日常がわずかに侵食しただけで簡単に壊れるものだ。

ドドドドドド、ドカーン、バチバチバチバチ!!!

アサルトライフルの薬莢が落ちる音と発砲音、手りゅう弾やグレネードランチャー、地雷の爆発音に高圧電流。

数々の戦場では聞きなれた数々の音がグラウンドから響き渡る。

そして、その光景を生み出しているのは2匹のマスコットだ。

「一体、なんなの、これ…」

かなめにとっては見慣れた2匹のマスコット。

1匹は軍隊用のベストとヘルメットをつけ、目つきが鋭くなったうえに頬に十字の切り傷がついたボン太くんで、もう1匹のマスコットであるペロリーナに情け容赦のない攻撃を繰り広げている。

恐ろしいのは使われている武装は舞人が対人戦で使うゴム弾ではなく、すべて実弾であること、そしてペロリーナはいくつか被弾はしているものの、ハチの巣になるほどのものではなく、生きて逃げ回り続けていることだ。

当然、物騒な物音に気付いた面々が集まっている。

「着ぐるみ同士が戦っている…?」

「これが、宗介さんが言っていた面白いこと…??」

困惑する甲児とさやかに対して、シンジはこの理解が追いつかない状況に目を丸くするだけで頭の回転が止まっている。

「た、確かにすごい光景だがよ…」

「かわいい…」

「うん…」

「モフモフしたくなる…」

「あ…お嬢さん方にはそういう風に見えるのね、あれ」

チトセらならともかく、やはり感性は少女ということなのか、ナインも魅了されている様子だ。

ただ、ソウジも理解不能ではあるものの、それでも見てしまう。

着ぐるみというどう見ても多くの動きが制限される装備であるにもかかわらず、激しく攻撃を加えるボン太くんにそれをかわしていくペロリーナ。

明らかにその動きは素人の物ではなく、特にボン太くんの動きについてはミスリルとの合同訓練で見た動きに似ている。

「もしかして、あの中には…」

「中の人はいない」

「アキト…」

「いいじゃありませんか。ナインさんたちの夢を壊さないために」

口を挟んだアキトと冷静なルリの様子から、きっと二人も正体に気づいているのだろう。

そして、少女の姿ではあるが、高性能なAIであるナインもいずれは気づくかもしれない。

だが、異世界に飛ばされた上にそこで行われた連日の戦いで披露している彼女たちにわずかでもオアシスで過ごす時間を与えるのも悪くはない。

たとえそれが半分蜃気楼であったとしても。

「ま、それも、そうだ…な」

「一歩間違えれば、地獄絵図だと思いますけど…」

きっと、このオアシスの水は数分後には血の池に変わることはシンジには容易に察することができた。

こんな実弾と爆薬、火薬、電撃のハーモニーのどこがオアシスだとでもいうのか。

脳裏にむせるポエムが聞こえた気がしたシンジだが、やがてボロボロになったペロリーナが尻餅をつき、そこにショットガンを手にしたボン太くんが接近する。

「待って、ちょっとやめてったら!!」

さすがにこれ以上はシャレにならないとかなめがボン太くんを止めにかかる。

そんな中で校門から車が突っ込んできて、グラウンドに突入してくる。

ペロリーナの近くで停車した車からモモカとヴィヴィアンが飛び出した。

「やっと見つけました!」

「このドロボー!ペロリーナを返せー!!」

「アンジュリーゼ様の癒しのために原田さんと森さんも手伝ってくれたんです!それなのに、こんなにボロボロに…」

こんな姿では敬愛するアンジュをいやすことはできないと嘆くモモカ。

純粋な奉仕の心を踏みにじった泥棒を許すことができないモモカの手にはフライパンが握られていた。

モモカとヴィヴィアンの登場はペロリーナにとってはボン太くんによる攻撃以上の衝撃があったのか、腰を抜かしたことを忘れて立ち上がり、あろうことかボン太くんの後ろに隠れるように走る。

「こら!逃げるなー!!」

「おとなしくし…キャア!!」

突然、町から聞こえてくる爆発音と空に上がる煙。

かなめの視線は一瞬ボン太くんに向けられたが、彼は目を丸くしていた。

「まずい…」

「アーム・スレイヴが来るぞ!!」

ビルに隠れているものの、かすかに見えるアーム・スレイヴの頭部。

どうやら学校のみで終わるはずだった非日常はそこだけでは飽き足らず、町にも侵食したらしい。

 

-陣代高校周辺-

モスグリーンのブッシュネルと黄土色のサベージの大群が町を攻撃し、周辺の基地から出動した連邦軍のジムⅡやネモと交戦する。

「クソッ!テロリストのアーム・スレイブ部隊か!!」

「ジオンのこともあるってのに、なんでまたこの町に!!」

ここにいる連邦軍の兵士の中には、先日この町で発生した事件を目撃している兵士もいる。

彼らは学校を占拠して何か要求をするわけでもなく、戦略的な価値も薄いここをピンポイントに攻撃し、やがてはミスリルと交戦したのちに撤退している。

何を目的にこんなことをしているのかわからず、パイロットは今の機体で戦えるのかを不安視する。

Gハウンドやジオンとの前線で戦っている部隊とは異なり、トリントン基地をはじめとした戦略的価値の薄い地域や基地においてはジェガンやリゼルのような新型量産機が配備されることは極めてまれだ。

ネオ・ジオン戦争においてジェガン以前に配備されたジムⅢが配備されるならいい方で、ここにいるネモや下手をするともう既に存在価値が皆無な水陸両用モビルスーツであるアクア・ジムが配備され、それをわざわざ水中戦用機能を排除して運用するなどという悲しいケースまである。

ジオンとの戦いに偏重した結果、旧型モビルスーツでテロリストをはじめとしたジオン以外の勢力と戦うことになり、パイロットの技量でどうにか補うしかない状況となっている。

「おやおやおや…生真面目だねえ…。ここ、もう人がいないのに、わざわざモビルスーツを出してさあ…け・ど、そういう連中は…馬鹿を見ちゃうんだよなあ!!」

建物の上から、ゲイツが乗り込んでいるエリゴールが自分が雇ったテロリストたちと戦っている様子を見ている。

大きく跳躍したエリゴールがラムダ・ドライバを起動すると、バックパックから出したガトリングガンで上空から指揮官機であるネモに攻撃を加える。

ラムダ・ドライバによって急激に破壊力が高まったガトリングガンはあっという間にネモをハチの巣にしてしまった。

「た、隊長!?」

「赤いアーム・スレイブ!?赤い彗星の真似事かよ!!」

隊長の死で動揺するジムⅡのパイロット達だが、今エリゴールは上空にいて、バックパックにブースターが装備されているようには見えない。

回避できないとみてビームライフルを放ち、ビームは直撃コースを進む。

「ざんねーん!今日の私のモミアゲはいい感じの出来なんだよ!そんなビーム…ぶった切ってしまうよー!!」

ガトリングガンを捨て、単分子カッターを抜いたエリゴールが直撃寸前のビームに向けて刃を振るう。

ラムダ・ドライバの青い光を帯びた刃はビームに接触したと同時に青い光の剣閃を生み出し、刃はビームを両断しながら地表のジムⅡを襲う。

ビームが斬られるというわけのわからない状況に一瞬反応が遅れたが、それで死んでいるようでは今この場にはいない。

後ろに飛び、光の刃の射程から逃れようとする。

だが、光の刃はあろうことか動くジムⅡの動きがわかっているかのように軌道を変えていく。

「何!?」

「言ったでしょう?馬鹿を見る…って」

縦一文字に光の刃で斬られ、刃は地表に当たると同時に消滅する。

地表にも確かに光の刃は命中しているはずで、刃は建物も巻き込んでいるはずだった。

だが、斬られたのはモビルスーツ、そしてパイロットのみだった。

左右に分かれたジムⅡは左右に倒れた後で爆発し、残るジムⅡは動揺している中、背後からブッシュネルのショットガンの連射を受けることとなった。

「さーあ、エンジェルがいるという情報が間違いなければ、あの学校に…ううん?」

着陸し、サベージから無理やりマシンガンを取り上げたゲイツは校門から飛び出してくる着ぐるみの姿に目が留まる。

着ぐるみがボン太くんというマスコットキャラなのは知っているゲイツだが、問題なのはなんでそんな着ぐるみ姿で出てきて、しかも手に銃を持っているのかだ。

「ま、いいや。撃っちゃおっと」

何者かはわからないが、命令ではここにいる目撃者は全員殺すことになっている。

このわけのわからない着ぐるみ姿の中の人も例外ではない。

バンッと1発だけ弾丸を放ち、それは一直線にボン太くんへと飛んでいく。

だが、ボン太くんは大きくジャンプして弾丸を避け、着地するとともにバタバタと脚を動かして接近してくる。

「避けたぁ!?この私の必殺ショットを!?生意気ーーー!!」

なら、加減は無しと連射を開始するエリゴールのマシンガン。

加減しないと言いつつも、やはり心のどこかに油断があるもので、ラムダ・ドライバを使っていない。

次々と飛んでくる弾丸を走る軌道を変える、命中コースの物をライフルで撃ち落とすといった動きを見せるボン太くんは被弾することなく、ついには一番近くにいるサベージの足元に到達する。

「き、着ぐるみ!?」

「ふも!!」

草むらに手を突っ込んだボン太くんが出したのはロケットランチャーで、発射される弾丸がサベージの胴体に突き刺さる。

対アーム・スレイブを想定されたそれの破壊力は通常の人間用のロケットランチャー以上であり、直撃したサベージの胴体に穴が開き、四肢が吹き飛んでしまった。

「すごい…ボン太くんが、アーム・スレイヴを」

「おおーーー!!かっちょいーーー!あたし、一発でファンになっちゃった!」

「頑張って、ボン太くん!」

「いやいや、ありえねえだろ!?着ぐるみでアーム・スレイヴをぶっ壊すって、どんな世界だよ、これ!」

確かにアーム・スレイヴとの戦闘を想定した装備はあるとはいえ、それでもほぼ白兵戦でアーム・スレイブを破壊するのは正気の沙汰ではない。

おまけに体の動きが大きく制限されているであろう着ぐるみでだ。

まさか着ぐるみの姿をしたゲッターロボとでもいうのか。

「ナデシコから連絡がありました。対応のために動くと。私たちは避難しましょう」

「よ、よし…頼んだぜ!ええっと…ボン太くん!」

一瞬、中にいるであろう人物の名前を口に出そうとしたソウジだが、どこからかわからない圧によって止められ、ひとまずは仮の名前で声をかけた後でチトセらと高校を後にする。

彼らと共に避難するかなめの脳裏に浮かぶボン太くんの動き。

相手がアーム・スレイヴであるのはともかく、その動きは見覚えがある。

(ひとまず、あいつの正体についてはみんなには黙っておこう。それにしても、ペロリーナはどこへ行ったんだろう…?)

 

-陣代学園付近 裏路地-

「はあはあはあはあはあ、もう…もう冗談じゃないわ…!!」

騒ぎに乗じてどうにか逃げ切ったペロリーナの中から出てきたアンジュがあまりの疲労で崩れるように倒れこむ。

中があまりにも熱く、とても服を着た状態で着ることなどできるはずもないことから、今はもう下着だけの状態になっている。

そして、あのボン太くんによる苛烈な攻撃から逃れるために激しく動いたためにもう汗で全身がぬれていて、下着が透けるほどだ。

「あいつよ…絶対、絶対あいつよ!!どうにかして…どうにかして、お返ししてやるわ!!!」

拳を握りしめ、脳裏に『あいつ』の憎たらしい顔を思い浮かべる。

決してボン太くんが犯人ではない、犯人は『あいつ』。

世界を壊してでも逃げ延びた楽園を地獄に変えた『あいつ』を決して許さない。

そんな黒々とした感情の奔流に反応するかのように指輪が光り、その光がアンジュの体を包み込んだ。

 

-陣代高校 周辺-

「ど、ど、どうなってるんですか、隊長!あの着ぐるみ、正気じゃありませんよ!!」

「ほ、ほーぉ、たかが着ぐるみにもう倒されたアーム・スレイヴは10機も。これは…計算外もいいところ。し、かーし、私の部隊のアーム・スレイヴは旧型の第2世代や、私のエリゴールだけではないのだよ!」

「ふも…!」

ブッシュネルをハチの巣にし、機能停止したのを確認したボン太くんの鼻の部分がピクリと反応する。

このなじみのある匂いから近くにいる敵機の正体に気づく。

ゲイツのエリゴールの左右を挟むように出現したのは2機のガーンズバックで、姿を現すと同時に匂いが薄まっていく。

「ハハハハ!まさか、着ぐるみ風情にこれを見せることになるなんてなあ!!」

 

-ナデシコB 艦橋-

「ボン太くんからの映像!ガ、ガーンズバック!?」

モニターに表示される2機のガーンズバックとそれと戦うボン太くんの姿。

さすがに第2世代までのサベージやブッシュネルと比較すると多機能かつ新型であるガーンズバックを相手にするには厳しいのか、ボン太くんは建物の陰に隠れるなどして攻撃をやり過ごしつつ、グレネードを使って攻撃しては離脱を繰り返す戦術をとっている。

だが、ハーリーにとって驚きなのはアマルガムがガーンズバックを運用しているということだ。

オモイカネで照合を行った結果、この2機のガーンズバックはミスリルが運用しているE系列のものだという結果が出た。

現在避難中のルリに代わり、単独で操艦をすることとなったハーリーではオモイカネの運用は限定的であるものの、間違いないといえるだろう。

ガーンズバックにはA系列からE系列のものまでが存在し、ミスリルが運用しているE系列とクルーゾーのファルケに使われているD系列はミスリルにとってはなじみがある。

それ以外の系列については連邦軍でようやく運用が開始されたものとなっており、非常にピーキーな調整がされているD系列とE系列とは異なり、一般兵でも運用が可能となるようにデチューンが施されている。

そのことから性能面ではミスリルのガーンズバックと比較するとあまりにも低く、おまけに連邦軍はそんなお粗末なガーンズバックの無印機をオリジナルガーンズなどと呼んでいる。

ミスリルがあくまでも非公式な軍事組織であり、そこで運用されているガーンズバックについては認知していないことからそう呼称しているのだが、ミスリル内部でそんなポンコツを呼ぶ人間は一人もいない。

特にミスリルでガーンズバックの設計にかかわったマオに至ってはガーンズバックであることさえ認めておらず、呼ぶとしたらスクラップらしい。

そんな高性能なミスリルのガーンズバックは外部に流出することがないように厳重に管理されている。

それをあろうことかアマルガムが運用していることはあまりにも衝撃的だ。

「ええっと…各機は発進準備をしてくだ…え、ええ!?ヴィルキス!?いつの間にここに…??」

矢継ぎ早に発生するよくわからない事態、そしてルリの不在で混乱するハーリーにできるのはせめて早急に現場にナデシコBを到着させ、勇者特急隊とミスリル、メイルライダーを出撃させることだった。

 

-陣代高校 周辺-

「ふも!?」

急に現れたヴィルキスに気づいたボン太くんが彼女から向けられるアサルトライフルの銃口に目を丸くしていた。

ヴィルキスから警告なしに放たれる直撃コースへの実弾の数々をボン太くんは体を転がせながら回避していく。

ある程度撃って、少しだけ気持ちが晴れたアンジュは次にガーンズバックに目を向ける。

ミスリルに雇用されてからの模擬戦で彼女は何度もクルツやメリッサのガーンズバックとクルーゾーのファルケ、宗介のアーバレストに辛酸をなめる結果となった。

乗っているパイロットは違うが、ある意味アンジュにとってはリベンジマッチということになる。

(それにしても、今のって一体?それに…)

汗だくの下着姿だったはずのアンジュがノーマルスーツで身を包んだ状態となっており、まるで既に十数分前からコックピットに乗り込み、戦闘準備を整えていたかのような状態だ。

ヴィルキスが自分から跳躍し、同時に自分がコックピット内へ転送されたような非現実的な状況。

「よくわからないけど…けど、今は!!」

「どういうカラクリかは知らないが、このゲイツ様に歯向かうならば…容赦はしないぞー!!」

ラムダ・ドライバ起動と共に再び火を噴くガトリングがヴィルキスを容赦なく襲う。

メリダ島での戦闘において確認されたこの空飛ぶアーム・スレイブといえる機動兵器の装甲が紙レベルであることはデータから判明している。

故に今回のガトリングについては破壊力を強化するのではなく、弾速を早めるイメージを使った。

圧倒的なスピードで飛んでくるその弾丸はたとえ機動力の高いヴィルキスであっても回避しきれない。

「ふもももーーー!!!」

これでは当たると動揺するボン太くんだが、アンジュはこのような攻撃に対してもどこか冷静になっている自分が感じられた。

この状況はまさに先日の赤いパラメイルとの戦闘で、初めて跳躍を行ったときと似た状況だ。

ラムダ・ドライバを搭載したゲイツのエリゴールを撃破することは現状のヴィルキスでは厳しいかもしれない。

だが、少なくともガーンズバックを倒すことができれば。

「いくわよ…ヴィルキス!!」

操縦桿を握りしめるアンジュの指輪が光り、同時に装甲を青く染めたヴィルキスが姿を消す。

レーダーからもヴィルキスの反応が消え、アマルガムのパイロット達の中に動揺が広がる。

「くそ…どこに消えた!?」

「ここよ!!」

ガーンズバックの背後から胸部を貫くラツィーエルの刃。

血とオイルでぬれた刃を引き抜き、血振りをした後でコックピットを失ったガーンズバックがグラリとうつぶせに倒れる。

「くそ…なんだあの機体は!?うわっ!!」

相方のガーンズバックが一瞬でやられたことに動揺する中でも、最大の脅威となったヴィルキスを排除しようとしたガーンズバックの右手に爆発が起こり、握っていたアサルトライフルを落としてしまう。

いつの間にビルの屋上にいたボン太くんがバズーカを手にしており、それでガーンズバックのマニピュレーターに攻撃を加えていた。

更にボン太くんはトランシーバーを手にすると、どこかに通信を入れる。

「あの着ぐるみがあ!!…な、なんだ、これは!?」

「嘘だろ…この数は!?」

次々とモニターに表示される新たな敵の反応の数々。

それは数多くのブッシュネルやサベージを撃破したあの着ぐるみと同じもの。

「もっふーーーー!」

「もっふーーーー!」

「もっふーーーー!!!」

無人の家やガレージ、物置小屋などから次々と出てくる灰色のボン太くん軍団。

アサルトライフルや2丁のバズーカ、スナイパーライフルにハリセンと様々な種類の装備をした彼らはまだ生き残っているアマルガムの部隊に攻撃を仕掛ける。

あのボン太くん1機だけでも一方的に破壊されてしまったアーム・スレイブではそんな集団を前にどうすることもできず、次々と蹂躙されていく。

「何ぃーーー!!これは私も想定外だぁ!!」

「よそ見をしてるんじゃ…ないわよ!!」

まさかの軍団の登場にびっくりした様子のゲイツに切りかかるアンジュだが、やはりラムダ・ドライバを搭載しているこの機体には生半可な攻撃が効かないのは確かで、青いバリアで受け止められてしまった。

放熱板さえ破壊することができれば、ラムダ・ドライバを使うことができなくなることは既にメリダ島での戦いで証明されており、そこを攻撃されることはゲイツも警戒していた。

「もう少し、遊びたいところだが…どーも、そういう状況じゃあないみたいだ」

つい先ほど送られてきた暗号通信から、ナデシコがミスリルとアルゼナルの部隊と共にここにもうすぐ到着することがわかっている。

今回は新たに雇い入れた傭兵たちの訓練、そしてターゲットであるエンジェル、かなめの存在を確かめること。

傭兵の損失は痛いが、この荒廃した地球においては失業者やならず者があふれており、すぐに補充が効く。

最低限の任務を達成していて、更に駆けつけてくる援軍を単独ですべて破壊できると考えるほどゲイツは傲慢ではない。

「では、そこの白いパラメイルに、クマネズミ君!私のもみあげが肩まで伸びたら結婚しよう!!」

「誰が!!」

切りかかろうとするヴィルキスだが、撃破されている付近のアーム・スレイブの残骸からバコンと奇妙な音が発生するのを感知する。

ボン、ボン、ボンと甲高い音と共に煙幕が発生し、それが街を包み込んでいく。

「煙幕!?待ちなさい!!」

ラツィーエルを振るうヴィルキスだが、もうすでにゲイツのエリゴールはビルからビルへと飛び移る形で移動していき、他の生き残りのアーム・スレイブ達も後退していく。

煙幕が晴れたときには既に残っているのは撃破されたアーム・スレイブの残骸のみとなっていた。

「くぅ…逃げられた!!」

もう追跡できない敵機に対して悔しがるアンジュは拳をたたきつける。

その直後にナデシコBが到着し、発進した勇者特急隊が消火や残骸の撤去を開始していく。

ルリ達を乗せた車両がナデシコBの近くまでたどり着き、通信可能となったことでルリが通信をつなぐ。

「ハーリー君、お疲れさまでした」

「艦長、ご無事でよかったです。それにしても、こんなにあっさり後退するなんて思いませんでしたが…」

「駆けつけてくれたアンジュさん、そしてボン太くんに感謝ですね」

「え、ええ…」

ナデシコBのモニターにもボン太くん軍団が表示されており、大雑把に解析されるその情報にハーリーは苦笑いする。

その1機1機の性能はガーンズバックには及ばないものの、第二世代のアーム・スレイブに対しては互角以上にわたりあうことができるらしい。

あの着ぐるみのどこにそれほどの強さがあるのかはわからないが、ハーリーはこの世界の技術力の恐ろしさを感じずにはいられなかった。

「ねえねえ、あれだよあれ!!ボン太くん!!」

「引っ張るなってヴィヴィアン!マジかよ…」

ナデシコBから降り、ヴィヴィアンに無理やり引っ張られたヒルダが見たのは戦場と化した街中には不釣り合いな服装と武装を手にしたボン太くんの姿。

「あらあらー」

「なんだろう…胸が、キュンキュンする…」

「こいつ…とっ捕まえて部屋に飾りたいぜ!」

あまりの場違いなボン太くんに動揺するヒルダとは異なり、エルシャ達はすっかりボン太くんに魅了されているようで、ナオミはそんなボン太くんの写真を撮る。

(この写真はきっといいキャッシュになる…!アルゼナルに帰った時に売りつけて、少しでも借金返済の足しに…!)

(あれはふもふもランドのマスコットキャラクターのボン太くん!そのつぶらな瞳と愛らしい動きで老若男女に愛されるキャラクター!非番の時に見に行こうと思っていたけれど、まさかこんなところで会えるなんて…!)

ダナンにあるサリアの個室には宇宙世紀世界の日本で手に入れたボン太くんグッズが数多く置かれている。

ふもふも谷のぼん太くんを初めて見たときからサリアはすっかりボン太くんの虜となっていた。

なお、そうなってからは元同居人であるヴィヴィアンを含めて、サリアは誰一人として仲間を部屋に入れることはなくなったという。

(どうするかしら…今すぐにでも捕獲して私だけのものに…!ダメだ、それだと私もロザリーと同じに…!)

「ふも!!」

「あ、ちょっと待って、ボン太くん!!」

急にジタバタと走り出したボン太くんが圧倒的なスピードで消えていき、サリアは思わず声を上げ、手を伸ばして追いかけかけるが、もうすでに追いつけないくらい距離が離れていた。

いつの間にか他のボン太くん達もいなくなっていた。

入れ替わるようにヴィルキスが戻り、降りてきたアンジュがサリアを見る。

「あ、あのさ、サリア…素が出てるよ…」

「ア、アンジュ!!」

カァッと顔を赤く染めたサリアだが、もうすでに全員からその様子を見られており、隠せるはずもない。

魔法少女衣装姿を見られた時以上の恥ずかしさを覚える。

「それにしてもすごいわ、アンジュ!跳躍を使いこなせるようになったなんて」

「見直したわ、アンジュちゃん」

「ア、アハハハ…」

さすがにペロリーナに入って逃げ回り、ボン太くんに襲われ、その怒りでヴィルキスを召喚しただけなどとは口が裂けても言えるはずがなかった。

「今の内に盗まれたペロリーナを探さないと!ヴィヴィアンさん、手伝ってください!」

「ラジャー!待ってろー、ペロリーナー!」

モモカとヴィヴィアンが再び街中へと向かう中、その後に続くようにかなめも歩き出す。

「どうしたの?かなめちゃん」

「ああ…実は高校に忘れ物が…取りに行ってくる」

 

-ナデシコB 格納庫-

「ううーー、ペロリーナがボロボロー」

「無理もありません、ヴィヴィアンさん。あんな戦闘が起こったのでは…」

ボン太くんにやられた箇所もあるが、それ以上にアマルガムとの戦闘に発展したことで、それに巻き込まれたと思われるダメージが大きく、グチャグチャにならなかっただけでも奇跡といえるだろう。

だが、原田達の協力でせっかく作ったペロリーナがこんな状態では、アンジュをいやすことなどできない。

「せっかくアンジュのために作ったのに…泥棒、許すまじ!!」

もう1度あの街へ戻って、泥棒に倍返ししてやろうと誓うヴィヴィアンが走り出そうとするが、ヴィルキスから出てきたアンジュを見て動きを止める。

「ありがとう、モモカ、ヴィヴィアン。2人の気持ちはちゃんと伝わったから」

「アンジュ…」

「アンジュリーゼ様…」

「おかげで元気が出たわ。それに…なんだか、コツみたいなのをつかんだ気もするし…」

とても抽象的な言葉で、アムロや刹那達のような感じになってしまうのがシャクではあるが、それでもアンジュにとっては今回のヴィルキスの召喚は大きな一歩に感じられた。

ヴィルキスそのものへの謎は深まったといえるが、それは西暦世界に戻ってジルに直接問いただせば済む話。

「じゃあじゃあ、今度はもっともっと大きな着ぐるみを作ってあげるね!もっともっとアンジュが元気になるように!!」

「それは遠慮する!もう騒動はこりごりだから」

「えーーー!」

 

-陣代高校 グラウンド-

スパアアアアン!!

強烈なハリセンの音が硝煙の香りが残るグラウンドで響く。

右手にハリセンを握るかなめの視線が冷や汗まみれの宗介に向けられていた。

「ソースケ…」

「すまない、千鳥!!どうやら…あのペロリーナというとやらは只の着ぐるみだったらしい!こちらと同じコンセプトの都市型の超小型サイズアーム・スレイブだと思ったのは俺の勘違いだった!!」

そもそも、人のいないこの街で着ぐるみを着た人間が現れるのは不自然ではあるが、それでも着ぐるみを彼の言う都市型の超小型サイズのアーム・スレイブとみるのは宗介以外にいないだろう。

ひとまず、彼自身の弁論としてはこのようなアーム・スレイブが今後現れる可能性があり、その対策が必要だという判断で作ったという。

香港での戦いでアマルガムが使用した人間サイズのアーム・スレイブであるアラストル。

機銃に自爆装置、人間を上回る身体能力と標準的な歩兵用の銃器に耐える高い耐久性を生かした格闘戦を行えるそのアーム・スレイブは柔軟な状況判断を行えるようにプログラムされているおり、一般の歩兵にとっては厄介な相手と言える。

ミスリル内部でも単独でアラストルを撃破できる兵士は宗介やクルツを含めても少なく、可能であれば相手にせずに機動兵器に任せるようにと言われている。

ただし、それは機動兵器の運用ができる戦場でのみ可能であり、戦艦内や閉所ではそのようなことはできるはずがない。

そこで、宗介が考えたのは超小型アーム・スレイブであり、平たく言えばパワードスーツだ。

機銃に耐えうる超アラミド繊維を使い、指向性マイク・サーマルセンサー・暗視システムなどを採用、指は着ぐるみのものとは見た目は変わりないものの、アーム・スレイブの操縦系統であるセミ・マスター・スレイブ・システムを取り入れることで人の手と大差ない動きと精密さを獲得し、先ほどのように銃火器を使用できるようにした。

今回の戦闘ではっきりわかったことは、着用した人間次第ではアラストルのみならず、通常のアーム・スレイブとも互角以上に戦えるということだ。

その結果には満足しており、かなめも助かったことからそれについては文句はない。

だが、致命的な問題なのはデザインと言葉だ。

相手を油断させるためなのかどうかはかなめにはわからないが、まさかマスコットキャラクターであるボン太くんの着ぐるみ姿である上に会話は「ふもふも」としかしゃべれない。

言葉の問題については宗介がプログラムを組んだ際、なぜかボイスチェンジャー機能をオンにしなければならず、オフにするとシステムダウンをしてしまうためだという。

これについては何度もプログラムの見直しなどを行っているが、いまだに解消されていない。

ちなみに、灰色のボン太くんたちは量産型ボン太くんで、西暦世界のエリアDにおける無人機との戦闘の中で思いついたらしく、ボン太くんによる制御を行うことで自動で動いてくれるのだという。

今日プログラムをインストールし、今日テストを行おうと考えた中で今回の戦闘となった。

ぶっつけ本番ということになったが、うまくいって何よりだ。

だが、やはり軍人としての生き方しか知らない己のこの行為はかなめをはじめとした一般の人々にとってはこの上ない非常識。

覚悟を決める宗介だが、かなめはハリセンをしまうと笑顔を宗介に見せた。

「ありがとう、ソースケ」

「え…?」

「あれ…あたしを元気づけるために用意してくれたんでしょ?その気持ちだけで十分だよ、ソースケ」

「まだだ…もう少し調整を加えれば、あれは完ぺきになる。今回は地上戦だったが、宇宙空間や水中での戦闘も可能にしなければ。そうすれば、どこであろうと君のガードや救助において、大きな助けとなる。まずは火力のアップだ。あの女が入っていたとはいえ、ただの着ぐるみですら完膚なきまでに破壊できないようでは、アマルガムの相手は…」

「い、いいから!そういうのは!!」

自分のことを考えてくれるのはうれしいが、やはりボン太くんをそういう形で使うのははっきり言って間違っている。

せめて、ヤマトのデータの中で見たアメリカのヒーローが身に着けるパワードスーツくらいにしてほしいと願わずにはいられない。

「よくはない、俺は君を守るためにも…」

「あたしはソースケがいれば、それで十分だから」

「千鳥…」

「あ…相良君と千鳥さん!?」

「お前ら、いたんだなー!!」

「その声…」

学校を離れてから長らく聞くことのなかった声が2人の耳に届く。

陣代高校でのクラスメートだった風間信二、小野田孝太郎、工藤詩織やかなめの親友である常磐恭子の姿もあった。

「久しぶり、カナちゃん!」

「よかった!こっちで戦闘があったから、心配したのよ!」

「みんな、なんでここに…?」

「驚いたか?相良」

「僕たち、クルツさんから連絡もらってたんだ。今日、二人が陣代高校に来るって!」

「ほれ、前にあの人たちと温泉に行ったとき、連絡先を交換したからな」

まだ二人が学校に通っていた時、テレサが学校に興味を持ち、短期間だけ通った時期がある。

ウィスパードであり、幼少期にからミスリルに入隊していたこともあり、年ごろの少女としての時間を過ごすことができなかった彼女にとって、日常というのはとても興味のある存在だった。

また、当時は同年代である宗介に思いを寄せており、彼と一緒に過ごしたいという願望もあった。

学校で友たちと一緒に過ごし、ある時にみんなで温泉に行くことになった。

その時にマオやクルツといったダナンのメンバーの一部も参加することとなり、その際に発生したのが温泉のぞき見事件だ。

風間はムッツリスケベな一面があり、かなめの部屋に侵入して下着を盗む、かなめにいかがわしい撮影を要求するなど重症で、変態なクルツとは馬が合った。

それに小野寺も巻き込んでともに温泉に入っているテレサやかなめをのぞこうともくろんだが、そこで邪魔をしたのが宗介とマオだ。

二人が仕掛けたセントリー銃や地雷といった罠の数々によってクルツと小野寺は葬られた。

だが、風間はなぜか覚醒して銃弾をまるで見えているかのように回避し、罠を次々と破壊してついに女湯にたどりつく。

そこから何が起こったかについては想像に任せよう。

なお、風間が起こしたこの不可解な覚醒について、クルツがキラ達に質問したことがある。

一時的にニュータイプになったのか、それともSEEDの遺伝子があるのか、いずれにしてもこんなあまりにも特定のタイミングでの覚醒については誰も真似をしたくないだろう。

「クルツの奴…」

「粋なことをしてくれるじゃないの」

「カナちゃんも陣代高校の制服を着てきたんだね…」

「私たちは宝来学園に編入になったけれど、二人はどこの高校に通ってるの?」

「遠いところだ」

「でも、大丈夫。二人とも、元気にやってるから」

宗介とかなめにとって彼らは在りし日の平和な日常の象徴だ。

離れ離れになってしまったけれども、彼らが元気でいてくれていることが分かり、彼らと顔を合わせることができたのが今日の何よりの収穫といえる。

だが、果たしてすべてが終わった後、再びあの日々へと帰ることができるだろうか。

きっと、そうはならないだろうと宗介には思えた。

軍人であり、平和な日常になじむことができないことを自覚した宗介とウィスパードであるという消えない事実を抱えるかなめ。

かつてはサイド7で機械いじりを趣味とした内向的な少年であったアムロも、グリーン・ノアで両親の愛を受けることができず、幼馴染であるユイリィに世話を焼かされていたカミーユも、シャングリラで仲間と共にジャンク屋をしていたジュドーも、誰も一つの大きな戦いを終えたとしても、元の日々に戻ることはかなわなかったのだから。

それは巻き込まれ、己と仲間を守るためとはいえ、多くの人々を傷つけ、罪に対する罰なのか。

「それならいいけど…」

はぐらかされたと感じる詩織だが、二人の笑顔を見て、ひとまず詮索しようという気持ちをとどめる。

そして、恭子がかなめのそばへ行き、こっそりと耳打ちをする。

「どう?カナちゃん。あれから少しは相良君との仲は進展した?」

「それは…内緒…」

「なあ、せっかく集まったんだから、遊びに行こうぜ!」

「そうだ、おはいお屋さん、第三東京市でやってるんだって!一緒に行こうよ!」

「クルツさんが車使っていいって言ってたしな!みんなで行こうぜ!」

クルツが用意してくれた車が校門近くに来てくれる。

小野寺らとともに向かう宗介の表情は少しだけ緩んでいた。

「いいものだね…友達って…」

「碇君にも、いるでしょ…?」

宗介らをうらやましそうに眺めるシンジ。

学校ではあまり会話をしていないレイだが、シンジが第三東京市で暮らす中で友人ができたことは知っている。

シンジにとっては、孤独な日々を過ごす中で初めてできた友達だ。

「トウジとケンスケ…どうだろう?きっと、僕のことなんて…」

シンジにとっては大事な友達だが、二人がどのように思っているのかはシンジにはわからない。

他のクラスメートと一緒に過ごしたきた時期の方がシンジと共に過ごした時期よりもはるかに長い。

短期間した一緒にいなかったうえに、急に離れ離れになったのだから、もしかしたら忘れているかもしれない。

「何を言っとるんや、お前」

「お前さ、あんなにインパクトを与えておいて、忘れるとでも思うか?」

「トウジ…ケンスケ…!どうして??」

「へへ…サプライズ大成功!」

「ミサトさんが連れてきてくれたんや。お前に会えるって言うてくれてな」

驚くシンジの顔を見て嬉しそうに笑う二人の少年の姿にレイがかすかに笑みをうかべる。

レイから見て、シンジが学校でかすかに見せるその表情を見るのは久しぶりで、それだけで彼女の中で暖かな何かがあふれてくるのを感じていた。

それが何かは言い表せないが、幸せなのは確かだ。

「はあ…全くお前っちゅう奴は、サヨナラも言わんと勝手に行きおって…。行くんなら、あいさつに来んかい」

「ミサトさんから聞いたぜ、あのエヴァンゲリオン…ってやつ?あれに乗ってたの、シンジだって」

「…。そうだよ、それで、二人に…」

初めての出撃とEVA1号機が暴走していたため、仕方がなかったかもしれない。

だが、シンジにとってその暴走に2人を巻き込んでしまったことが苦々しい思い出となっている。

もし鉄也と甲児の助けがなかったら、この手で2人を殺してしまった可能性だってあり得る。

謝っても、許されることではない。

「気にするなって、シンジ!あれは俺らが避難勧告を無視したから悪いんだって」

「お前のおかげで、みんな助かったんや。胸を張れ、シンジ」

「トウジ…ケンスケ…ありがとう…」

「それは、俺らのセリフだって」

「さあ…またしばらく会えんのじゃ!その前に、東京見物や!」

「うん…」

 

「さあてっと…作戦成功を確認しました!!」

「ご苦労!速やかに打ち上げへ移行!」

「では…乾杯!」

「ご相伴にあずからせていただきます!」

宗介とシンジの楽しそうな様子を眺めるクルツとミサト、マオ達の表情が緩むとともに早速手にしている飲み物で幸福をかみしめる。

いつの間にか用意されたブルーシートの上にはヤマトで用意した弁当や飲料も置かれていて、大人たちが酒を飲む中でチトセら未成年者はお茶やジュースを口にする。

まだガレキの撤去作業を行っている面々については終了後に合流する、もしくはヤマトで改めて打ち上げを行う手はずとなっている。

「いろいろありましたが、これで一件落着」

 

「そういえば、ソースケ。ボン太くんは?」

「あれは校舎の中に隠してある。あとでメンテナンスしなければな」

「メンテナンスって…ま、まあ…あんなの欲しがる人なんていないか…」

 

-陣代高校 部室-

「やっと、二人っきりになれたわね…ボン太くん」

華やかな飾り付けがされた部屋の中、戦闘を終えた後とは思えないほどにきれいになったボン太くんが椅子に座っている。

机にはケーキや紅茶、菓子類が置かれていて、彼に対面するように一人の少女が椅子に座る。

「さあ、始めましょう…。プリティサリアンの幻想王国、秘密のお茶会の幕が、今上がる…」

 

 

-ヤマト 展望台-

「…」

「…」

陣代高校での騒動から数日。

誰もいない展望台に宗介とアンジュが対峙する。

今日がいよいよ、西暦世界組が跳躍を行うこととなっている。

成功した場合、アルゼナル第一中隊とミスリルの契約については一時的に凍結されることになる。

次に会うとなれば、西暦世界で今回行った跳躍について解析し、安定して並行世界間の跳躍が可能となった時だ。

だが、二人ともその別れの挨拶をする雰囲気ではない。

「…いろいろ、言いたいことがある」

「俺もだ」

「でも、みんなの夢を壊したくないから、今回だけは黙ってる」

「そうしてくれると助かる」

「じゃあね、ふも野郎」

挨拶もなしに立ち去っていくアンジュを見送る宗介。

可能であれば、あの時の決着をつけたいと思っているが、それは次の機会までのお預けだ。

「…借りを作ってしまったようだな」

「アンジュさんもペロリーナの件をモモカさんたちに知られたくないでしょうし…イーブンでしょう」

「ナイン…いつの間に」

「先日のお二人の戦闘パターンはとても参考になりました。このデータであれば、ボン太くんのパワーアップ、そして可能であればペロリーナのアーム・スレイブ化も可能でしょう。ついでといっては何ですが、例のものは修理し、量産型のものも一部のみではありますが、回収しました。戦力として使うことが可能です」

「すまんな、ナイン。あれがあれば、いざというときに必ず役に立つ」

「ですが、着脱には十分ご注意ください。あの愛らしいボン太くんから宗介さんが出てきてはすべて台無しですから」

「…了解した」

そうならないように、わざわざボン太くんたちを格納庫ではなく、倉庫の一角に隠すように置いておいた。

たとえ見つかったとしても、赤道祭のようなイベントの出し物ということにしておけばいい。

「私…今回ばかりは自分のセンサーの優秀さを呪わしく思いました…」




機体名:ガーンズバック(アマルガム仕様)
型式番号:M9
建造:???
全高:8.4メートル
全備重量:10トン
武装:12.7mmチェーンガン、ワイヤーガン×2、単分子カッター(大型のものと選択可能)、対戦車ダガー、40mmライフル(57mm滑腔砲、 57mm散弾砲、76mmAS用対物狙撃砲、9連装ミサイルランチャーと選択可能)
主なパイロット:アマルガム兵および傭兵

陣代高校での戦闘において確認されたガーンズバック。
ヴィルキスから収集した戦闘データ、およびオモイカネによる照合の結果、ミスリルで採用されているE系統と同等であることが判明している。
その戦闘で確認されたのは2機のみであるものの、ミスリルから流出した可能性が否定できず、今後もアマルガムに関連する組織で配備されていく危険性が高いことから、各地の生き残っているミスリルの部隊に警戒を呼び掛けることとなった。
現在、エコーズの協力の元、設計データ等の流出の可能性を調査しており、疑惑の目は上層部にも向けられることとなるという。


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第64話 つながる世界

機体名:ビューナスA
建造:光子力研究所
武装:光子力ビーム、Zカッター、ビューナスミサイル
主なパイロット:弓さやか

光子力研究所で開発された機動兵器の1機。
カウガールとパイロットであるさやかをモチーフとしたと思われる機体で、光子力を動力源としている点はマジンガーZと共通している。
マジンガーZの支援が主な役目で、精密動作性においてはマジンガーZを上回り、単独で機械獣を撃破することも可能となっている。



-ヤマト 格納庫-

「え…ってことは、俺ら…クビっすか?」

「そういうことじゃない。お前と如月は西暦世界で暮らしていた時間がそれなりにあるからな。それに、ヴァングレイはヤマトでなくても整備ができる。なら、どちらに行くかの選択肢を与えるべきだと沖田艦長が言ってくれたんだ」

「まぁ、確かに…」

先日の騒動のおかげか、より一層特訓に励むようになったアンジュはようやくヴィルキスの転移能力をものにしていき、ルリとオモイカネの解析によってパラレルボソンジャンプが可能という結論が出た。

ただし、あくまでもアキトのサポートという条件付きであり、まだ新正暦世界への道は開けていない。

だが、西暦世界に行けるという点は大きなアドバンテージと言えるだろう。

あとは西暦世界のメンバーを元の世界へ返すだけだが、問題なのは西暦世界の人々と付き合いのあるメンバーだ。

既にトビア達からは残留するという言葉はもらっており、あとはソウジ達のみ。

ソウジとチトセの脳裏には、西暦世界で世話になった辰之進の姿が浮かぶ。

「ソウジさん…よかったら…」

「だな。俺たちは西暦世界へ行きます。ヤマトの代表者として」

「それに、あの世界でお世話になった人たちに会いに行きたいので…」

「了解した。二人とも、必ずまた会おう」

 

-日本近海-

ヴィルキスが出撃し、その背後には西暦世界の戦艦であるトレミーとナデシコ、マサアロケットマイルド、正面にはヤマトとネェル・アーガマ、ラー・カイラム、ダナンが並ぶ。

ナデシコの艦長席のそばにはアキトがいて、ヴィルキスが転移システムを起動するとともにボソンジャンプを開始できるように、モニターにはヴィルキスの姿とパラメータが表示される。

「ヴィルキス、配置につきました」

「アキトさん、準備はよろしいですね?」

「ああ…」

「じゃあ…アンジュ、始めて」

「行くよ…ヴィルキス!」

集中するアンジュの脳裏に瞬間移動する自分とヴィルキスの姿をうかべ、ヴィルキスが青く染まっていく。

解析されるヴィルキスのパラメータが変動していき、やがて次元転移可能な水準へと移行していく。

それを確認したハーリーはオモイカネのサポートを受けつつ、ボソンジャンプの態勢に入る。

「フェルミオン=ボソン変換、順調!シンギュラーとの波形同調率99.9%を突破、パラレルボソンジャンプ、可能です!」

「アキトさん…」

(ユリカ…今、行く)

アキトの脳裏に浮かぶのは西暦世界の、かつてルリとユリカと共に平和に過ごした時間と場所。

西暦世界の日本。

「ディストーションフィールドを展開」

「トレミー、フィールド内に入ります」

「こちらもGNフィールドを展開。万が一に備えて」

当然のことながら、トレミーがボソンジャンプを行うことは初めてのケースであり、これが艦にどれだけの負担を与えるのかもわからない。

この世界へ来る時はユリカの演算ユニットのコピーのサポートがあったためか、艦への戦闘以外のダメージは見受けられなかったが、今回はそれとはまったく別のケースと言っても過言ではない。

ナデシコも、このパラレルボソンジャンプによって大きな負担がかかることは否定できず、万が一の時はこのGNフィールドで自衛する必要がある。

「頼むぜ、ナデシコ。俺たちを連れて行ってくれよ」

「マサアロケットマイルド配置についたわ」

「よし…ルリ艦長。あとは頼む」

「では…ジャンプ」

「パラレルボソンジャンプ、開始!!」

ボース粒子が3隻と1機に集結していき、それがシンギュラーへと変換されていく。

シンギュラーはそれらを飲み込むと、数秒で何事もなかったかのように消滅した。

「消えた…」

「成功したのか…?」

ネェル・アーガマとラー・カイラムからは彼らの反応は消失している。

そして、成功の可否を判断する材料を有するものはここには誰もいない。

「こちらで観測する限りでは、問題ありません」

「ならば、我々も進もう。その先に、どのような戦いが待っていようとも」

Dr.ヘル、使徒、Gハウンド、ネオ・ジオン、アマルガム。

数多くの敵が存在し、新正暦世界への道も見つかっていない。

だが、進むしかない。

その先に待っているであろう、彼らとの再会の道を信じて。

 

-???-

「パラレルボソンジャンプ終了!モニター、再起動します!」

パラレルボソンジャンプが始まり、シンギュラーとボース粒子の中に飲まれたことによって消失したモニターが終了と同時に再起動がかかる。

少しずつ表示されていき、映り込むのは青い海。

だが、青い海だけでは判断材料としては弱く、現在位置の座標の解析も同時に行われる。

「各種センサー確認…間違いありません!ここは…西暦世界、私たちの世界です!!」

「おっしゃあああ!!パラレルボソンジャンプ、成功だぜ!!」

フェルトの言葉でついに感情を抑えきれなくなったラッセがガッツポーズを見せる。

ミレイナも嬉しそうな表情を見せており、スメラギは緊張の糸が解けたかのように背もたれに身を任せる。

きっと、ナデシコも同じような状態だろう。

「帰ってきたのね、私たち…」

ヴィルキスのコックピットから景色を眺め、通信機から聞こえる各艦からの喜びの声にアンジュも少なくともこの世界に戻れたということだけは実感する。

だが、本当にそう思えて、現実へ戻ることになるのは、この世界でドラゴンと戦うこと、そしてアルゼナルに戻ってジルと再会した時だろう。

「お疲れ様、アンジュ。これはあなたがヴィルキスの力を引き出したおかげよ」

「お礼なんていいわ。帰りたいって思いは私も同じだったし」

「アキトさんも、お疲れさまでした」

「俺の力も…こんな風に役に立てるなら…」

「日付を確認したですが、火星での戦いから1か月ほどの時間が経過しているみたいです」

「ということは、時間の流れは宇宙世紀世界と同じ…」

いきなり宇宙世紀世界に飛ばされ、木星帝国やガミラスと戦うことになった。

ロンド・ベルと出会い、彼らと共にGハウンドに追われることになり、ミスリルの拠点の一つであるメリダ島へ逃げ込んだのもつかの間、アマルガムとジオンの強襲を受ける羽目になった。

そして、使徒との遭遇と鉄也の裏切りにDr.ヘルとの戦い、ドラゴンと謎のパラメイルの出現。

これだけのことがたった1か月に立て続けに起きていたことを改めて感じさせる。

「パラレルボソンジャンプによる時間のズレが生じなかったわけですが…」

「艦長、ナデシコBの出力低下!」

「ジャンプユニットを装備したうえでの無理やりのボソンジャンプに加えて、ディストーションフィールドも限界まで使いましたから、無理をさせすぎた結果です」

「ヴィルキスも帰還して、そちらも、どれだけの負荷が機体にかかっているかわからないから」

「了解よ」

ヴィルキスがナデシコに収容され、2隻の進路が日本に向けられる。

現在、舞人が浜田らと連絡を取っており、受け入れと整備・補給の準備を行っている。

ソレスタルビーイングの受け入れも可能な状態だ。

「では、進路は日本のヌーベルトキオシティへ」

 

-日本 ヌーベルトキオシティ 勇者特急隊ステーション内部-

「舞人ーー!!」

「ただいま、浜田君。心配をかけてごめんよ」

「何を言ってるんだい、不滅のタフガイ、旋風寺舞人がやられるはずないだろう。まぁ、別世界に飛ばされて、そこから帰ってきたというのにはびっくりだけど…。それに、だいぶ傷ついているね…」

ステーションに収容される各艦や各機動兵器の姿に浜田は舞人たちがどんな戦いを繰り広げてきたのかを感じずにはいられない。

ヤマトの万能工作機によってパーツの製造を行うことができるため、整備については問題ないかもしれないが、それでも何もなしにパーツの製造ができるわけではなく、資材も安定して確保できるわけではない。

特に戦艦については応急修理等はともかく、しっかりした整備を行うとなると、勇者特急隊ステーションやメリダ島、モルゲンレーテの格納庫のような設備のある基地に収容して行う必要がある。

特にパラレルボソンジャンプを行ったナデシコについてはおそらく再び行われるであろう宇宙世紀世界へのパラレルボソンジャンプを可能にするために、しっかりした整備を行う必要がある。

ヴィルキスにも同じことが言え、現在メイたちアルゼナルの整備班の手によって装甲をはがされた上でもオーバーホールが行われている真っ最中だ。

「心配されていましたよ、浜田君は。そのせいで食が細くなり、体重が5キロ減ってしまいました」

「心配しすぎて、心肺停止なんてことにならなくて、本当によかったです」

「ははは…すみません、心配かけてしまって…」

「まぁ…体重が減ったのはそれだけじゃなくて、忙しかったこともあるけどね」

「となると、あれが…」

「うん。まだ最終調整までは終わってないけど」

「頼むよ、浜田君。まだ全部が終わったわけじゃない。それで、俺たちがいない間のDG同盟の動きは?」

「それが…この1か月、彼らの活動はほとんど見受けられませんでした」

「火星の後継者も舞人様たちの活躍によって壊滅し、世界はそれなりに平穏でした」

最も、異様なほど平穏だったというのが青木といずみの本音といえる。

火星での拠点を失ったとはいえ、草壁らが拘束されたという知らせはない。

ユウイチロウによって派遣された連合艦隊が火星に到着した時には草壁らは行方をくらましていて、今も発見されたという情報はない。

それについては日本へ向かう道中にヴェーダへのアクセスを行って確認もしたため、事実と言えるだろう。

「最も、浜田君が忙しかったのはそれだけではありませんが…」

「え?」

「い、いずみさん!!!それは、ここでは言わないで…!!」

「どうしたんだい?浜田君」

「そ、そのことは今夜話すよ!!パーティーがあるからね!僕…青戸の工場へ行ってくるから!!あ、あと!!サリーちゃんのことだけど、ヌーベルトキオシティのスーパーマーケットで働いているって!!」

逃げ出すようにその場を後にする浜田の様子に舞人はいつもと違う彼に首をかしげる。

サリーのことを教えてくれたことはうれしいが、浜田の身に何か起こったのではないかと心配せずにはいられなかった。

 

-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-

「話は聞いているわ。別の世界へ跳ばされていたなんて…大変だったわね」

「ええ…でも、よかったです。この1か月、この世界がどうなっているか、心配でした」

キラとアスラン、シン、ルナマリアがブリーフィングルームを借り、通信を行っている妙齢のオーブ軍服姿の女性はキラにとってはなじみの深い艦であるアークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアスだ。

彼女と、彼女の夫であるムウ・ラ・フラガ、そしてアークエンジェルのクルーの面々はキラ達が不在の間の西暦世界防衛のためにオーブに残っていた。

また、今は火星の後継者やDG同盟が表沙汰になっているが、それだけが今の西暦世界の問題ではない。

ロゴスが崩壊したものの、反コーディネイター思想のイデオロギーとしてのブルーコスモスはいまだに根強く残っており、その残党の動きを注視する必要があり、それはザラ派の残党も同様だ。

目立った動きは見られないが、いつか彼らの暴走が始まるかもしれない。

アロウズもロゴスもいなくなり、デュランダルのデスティニープランを否定したこの世界で、ラクスやカガリ、現在の連邦の大統領らが少しでも平和な世界を実現しようと動いているが、それを否定する存在がゼロではないのは確かで、ソレスタルビーイングが1年前の戦いの後も数多くの戦闘に武力介入を行っている。

スメラギらからの話では、たった1年の間にその武力介入を50回は行ったという。

「それで、どうなんですか?例の話は、うまくいきそうですか?」

「そうね…彼女が提唱した世界平和監視機構…議論は進んでいるけれど…」

この混乱以外で、西暦世界で大きな議論となっているのがそれだ。

隠密の武力介入によって、陰ながら世界を支えるソレスタルビーイングや舞人を中心とした勇者特急隊。

彼らの西暦世界における貢献は計り知れないものがあるが、それが永遠に存在するわけではない。

そして、彼らは国家に帰属する存在ではなく、3年前の地球とプラントの絶滅戦争のような事態を防ぎ、発生した時には大規模になる前に鎮静化するにはより大きな力が必要となる。

そこで、ラクスが提唱しているのがマリューの言う世界平和監視機構であり、連邦とプラント、木連、オーブの共同創設を前提としたものだ。

これは相互に抑止を行うことを可能とするためのもので、抑止する存在のないソレスタルビーイングと比較すると、各国からの支持を得やすくするためのものだ。

ただ、問題になるのはその機構がどれほどの戦力を保持するのか、彼らによる介入がどこまで許されるのか、そして各国が機構を抑えるのがどこまで可能なのかの線引きだ。

戦力や技術については各国から供出され、現在ザフトや非政府組織であるターミナルから先行での戦力と技術の提供が表明されているが、提供されるのが現在の正規軍では主流となっている疑似太陽炉搭載型のものではない。

あくまでも、1年前の戦争の頃の機動兵器や戦艦の延長線のものだ。

「そのうちの3機については必要になる可能性があるから、こちらから掛け合って、あなたたちに送るわ。あなたたちはあなたたちの戦いに集中して」

「了解です、ラミアス艦長」

「じゃあ…みんな、無事で」

通信が終わり、送信されたデータをアスランがノートパソコンで開く。

表示される3機のモビルスーツはいずれもキラ達にとっては見覚えのある機体といえた。

「ライジングフリーダム、イモータルジャスティス、インパルスspecⅡ…」

「シン、この機体って…!」

「議長が遺したデータバンクの中に…」

1年前の戦争の後のプラントと地球連合、オーブによる合同によるメサイヤの残骸の調査の中で見つかったデュランダルのデータバンク。

その中身を調査に関わっていたシンとルナマリアも見たことがある。

デュランダルと近しい関係であり、FAITHであったシンが調査に関わることについては当初難色を示されていたものの、アスランとカガリ、キラ、ラクスのとりなしにより、監視をつけるという条件がついたうえで同行が許可された。

データバンクのすべてが解析されたわけではなく、現在もヴェーダを利用してでの解析が行われている。

ライジングフリーダムとイモータルジャスティスはデスティニープランをめぐる反対勢力との戦争が長期化した場合において、エースパイロット向けに量産する予定だったが、早期に終戦したことで一時凍結となり、プラントにも疑似太陽炉の供給が正式に認められたことにより頓挫することになった。

ペーパープランのみと思われていたが、デュランダルが所有していた研究施設で試作機と思われるそれらが発見されたという。

インパルスspecⅡについてはデスティニーとインパルスの蓄積された戦闘データを元に、インパルスをアップデートさせた機体といえる。

「Nジャマーキャンセラーを搭載していないフリーダムとジャスティスか…同じフレームだからか、よく似た格好だな」

「確かに。でも、変形機構がついているのは驚いたよ。それに、シールドが…」

「バッテリー駆動でこの装備は使えるのか?あれは核エンジンでなければ…」

 

-神宮司家 付近-

「うーん、タツさん…かえってこねえなぁ…」

玄関付近に止めた車の中で待つソウジは待ちくたびれたようであくびをし、助手席のチトセは心配そうに神宮司家の玄関を見る。

ナインと共に彼らがここへ来たのは2時間前で、チャイムを鳴らしたが不在だった。

ソウジとチトセがここに滞在している間、時折散歩や釣りのために外出しているのは見ており、数分前はソウジが一人で近くの海岸に足を運んでいる。

だが、そこでも辰ノ進の姿がなく、釣り人達にも尋ねたが、姿を見ていないという。

「郵便受けはたまっていなかったから、帰っては来ていると思うけれど…」

「よろしければ、私が周囲のスキャンや防犯カメラ映像を解析して探りましょうか?」

「いや、いいさ。もしかしたら、どっか遠くへ釣りに行ってるだけだろ。帰って、手紙でも書いて送っとくさ」

既にパーティーの準備がほとんど終わっており、彼らを待たせるわけにはいかないと考えたソウジは車のエンジンを動かす。

メールを送るのもいいが、実際に帰った来たことを証明することを考えると、手紙の方が彼も安心するだろう。

家に一瞥したソウジは車を発進させる。

彼に反対しなかったチトセだが、何か胸にチクリと刺さるものを感じていた。

(なんだろう…この、嫌な予感…)

 

-ヌーベルトキオシティ-

「本当によかった…舞人さんが無事で…」

「ヒーローは不滅だよ、サリーちゃん」

「でも…」

火星での事件は大きな話題となっており、火星の後継者が壊滅したのはいいものの、現地で戦闘を行っていた勇者特急隊が行方不明になったという話を聞いたサリーは不安で夜も眠れなかった。

さすがにソレスタルビーイングやアルゼナル、ヤマトなどの表沙汰にできない戦力については非公表となってはいる。

「ごめんよ、サリーちゃんが心配しているというのにふざけちゃって…。でも、俺は正義を守る者として、悪が滅びるまで死ぬつもりはないよ」

「その言葉…信じます」

「ありがとう、じゃあ…今日はこの…」

「「「キャーーーーーーー!!!!!!」」」

鼓膜がつぶれるというよりも、叩き潰されるほどの黄色い声援が舞人たちを襲い、思わず二人は耳をふさぐ。

「これ…何の騒ぎ!?」

「この先に、パープルが…来ているらしいんです…」

「パー、プル…??」

「この1か月でブレイクしたロックスターなんです、ほら…あそこに」

サリーが指さした方向にはオープンカーに乗っているパープルとそれに群がる若い女性たちの姿が見えた。

女性たちの手にはパープルのファングッズが数多く握られていた。

「さあ、みんな!俺の歌で退屈な世界を…ぶっ壊そうぜーーーー!!破壊の炎と悲しみの涙…その赤と青が交わり、美しい紫の世界が生まれる!!」

「あれが…パープル…」

「過激な歌とパフォーマンスで有名で、人気があるんですけれど…私、ちょっと苦手で…」

休憩時間に見たテレビ番組の中でパープルの特集があり、そこで彼の歌を聴き、こうして頻繁に開かれるゲリラライブの映像を見た。

同僚は歓声を上げていて、もっとやってほしいと煽る人間もいた。

(なんだ…何か、嫌な予感がする。まだ、この世界に平和は戻っていない…。あいつの歌と姿から、そんな気がするんだ…)

 

-旋風寺家 パーティールーム-

「では…諸君の帰還を祝して、乾杯!!」

「乾杯!」

裕次郎による音頭で乾杯し、裕次郎は隣に座るスメラギが入れたワインに舌鼓を打つ。

舞人達にとっては数多くの戦いのせいで自覚があまりなかったが、1か月も行方不明で音沙汰なしとなると、かなり心配させてしまったのがこの豪勢な料理や飲料の数々が教えてくれた。

「いやー、今日はめでたい!舞人が帰ってきたうえに、こんな美人のお酌で酒が飲めるとはー!」

「とことん付き合いますよ、裕次郎さん」

スメラギも高い酒を飲み、久々の酒の味にうれしさを覚えていた。

かつては数多くのストレスが原因でアルコール依存症になっていたが、長い治療によって克服し、現在はこうした時以外は断酒することになっている。

トレミーにある彼女の自室の冷蔵庫に大量に置かれていた酒はすべてロックオンとアレルヤに譲られており、中にあるのはソフトドリンクとノンアルコールのビールだけになっている。

「いやー、惜しい!実に惜しい!!スメラギさんがあと10年…いや、15年若ければ、舞人の嫁に推薦したんじゃがのぉ!!」

「あ、ありがとうございます…(せめて、あと5年はと言ってほしかったな…)」

もうすぐ三十路に入るものの、まだまだ若いスメラギだが、やはりソレスタルビーイングの戦術予報士やこれまでの戦いのストレスで年齢以上に大人に見られたかもしれない。

酒がまわり、酔い始めている裕次郎の言葉を受け流しつつも、友人であるカティの結婚したという報道の記憶が脳裏によみがえって仕方がない。

「すげえ、ごちそうだ!すげえうまい!!」

「こんなの…マーメイドフェスタでも、見たことないよ!」

メイルライダーにとって唯一の公休日であるマーメイドフェスタはロザリーとクリスをはじめとしたメイルライダー達にとってはあらゆる物事から解放される一日であり、そこで出される食事はごちそうだった。

ソレスタルビーイングに買収され、行動を共にする中で出た食事によって、そこで出る食事は本来は当たり前のように出る一般的なものばかりだということを思い知らされたが、ここで更に数ランク上の飲食を楽しめるとなると、もうアルゼナルの食事に戻れなくなる。

「ん…にしても、何か変な臭いがしねえか?」

ステーキを食べ終えたヒルダの鼻孔に伝わる、奇妙な臭み。

さすがにおかしなものはおかれてないだろうと思い、その匂いの発生源に恐る恐る目を向けるヒルダだが、それを見た瞬間、思わず卒倒しかけた。

巨大なボールの中に大量に入った納豆とそのそばに置かれている大きな土鍋。

土鍋の中には炊き立てのご飯が入っていて、それだけを見たら食欲が出るものの、そばにあるもので台無しになっていた。

「裕次郎様の大好物の納豆です。茨城産のおいしい水戸納豆ですよ」

「え、遠慮するよ…」

「なぜ?おいしそうに食べられている方もいるのに」

「マジかよ…」

裕次郎はともかく、ソウジとチトセ、ルリをはじめとしたナデシコ隊の面々にキラ、万丈、宇宙太がおいしそうにゲテモノを食べている様子にヒルダは引いてしまう。

日本のスーパーフードとして認知されている納豆ではあるが、まだまだ納豆をゲテモノ料理や寄食とみなしている人々は多い。

このパーティーで出ているものの中では、生卵やわさび、白子や馬刺しがそれだといえる。

地球連合という形で地球の勢力が一つになり、ワールドワイドになったとはいえ、やはりこうした地域特有のものが世界の当たり前になるのには長い時間がかかるだろう。

「…こうしていると、思い出すな」

「何をだ?」

「アロウズを探るために潜入したパーティーでティエリアが女装したのを」

刹那の口から爆発したまさかの言葉にティエリアは思わず盛り付けていた皿を落としそうになる。

1年前の戦いで、地球連合にとらわれていたアレルヤを救出して間もないころ、ティエリアはアロウズを操っていた存在であるリボンズらイノベイド達の動向を探るために潜入調査を行った。

潜入を志願したティエリアだが、何を思ったのかスメラギによってティエリアのみ女装するハメになった。

一緒にに潜入した刹那の記憶には今も女装姿のティエリアの姿が残っている。

その時との違いがあるとすれば、今のパーティーは和やかなものであり、刹那達も楽しめることくらいだ。

そして、刹那のその話に食いつく人間もいるということだ。

「何それ!?」

「詳しく、聞かせてくれません?」

話を聞いたルナマリアとエルシャが興味深そうに刹那達にたずねてくる。

「何なら、今ここで再現するのはどうだ?」

「ロックオン!!」

「あれは、一度見たら忘れられないね」

「アレルヤ!!」

確かに、戦闘用イノベイトであるティエリアには性別はない。

アニューをはじめとした情報収集型の個体には人間社会に溶け込む必要性から性別が存在するが、戦闘用はその必要性がないことから性別はない。

だが、あくまでもそれは社会になじまなければという話だ。

ティエリアは3年前の戦いからガンダムマイスターとして人間と関わり、それから長い時間を人間と共に過ごしたことで精神的には自らを男と自覚している。

肉体や声については、ナノマシンを利用することで女性的なものへと一時的に変えることはできるが、あくまでもティエリアにとっては今の姿が自分の本体であり、ソレスタルビーイングで戦い続けてきたという自負がある。

それを変えるつもりはなく、よほどのことがない限りは女装するつもりは毛頭ない。

すっかりへそを曲げ、皿に乗せたばかりの料理を口にしていくティエリアの姿に笑いをこらえるロックオンだが、さすがにこれ以上はやりすぎだろうと思い、ここで止めた。

一方、その話に加わらなかったサリアはじっとティエリアの顔を見ていたが、怒りでいっぱいのティエリアは気づかない。

「どうしたの?サリア」

納豆を食べ終え、次の料理を探していたキラがサリアのおかしな様子が気になって声をかける。

キラに対して返事をしないサリアの様子を近くで見ていたアンジュが笑みをうかべ、代わりにキラに答える。

「きっと、ティエリアの女装を想像して、敗北感に打ちのめされたりしていて」

「そ、そんなこと…!!」

「図星だったみたいね」

「アンジュ…!!」

きっと、魔法少女の衣装対決をする機会があったら(そんなこと、一切ないのだが)、ティエリアに完敗する未来が見えるほどに、サリアから見てティエリアの容姿はかなり整っている。

美少年といえる彼へのライバル心が燃え上がった。

「でも、この1か月のことで…」

「一番驚いたのは…」

こういった話に敏感なヒカルとミレイナ。

その視線にあるのは見覚えのない少女の姿。

その少女と浜田の親しい様子だ。

「浜田さんに彼女ができたことです…」

別に浜田を馬鹿にしているわけではないものの、ハーリーには彼に彼女ができる可能性はほとんどないと思えていた。

学校ではどういう生活をしているかはわからないが、同年代の異性と交流する機会があまりない勇者特急隊では、少なくとも彼女ができるような話はない。

まぁ、舞人という例外はあるが。

「えへへ…」

「内藤ルンナです、よろしくお願いします」

浜田の隣であいさつする白とピンクのドレス姿をした少女と照れ臭そうに笑う浜田。

そして、彼女のことを知る人物がもう一人。

青戸工場の制服姿をした恰幅の良い体つきの少年で、勝平の兄である神一太郎だ。

「彼女はアルバイトで青戸工場で勤務しているんだ。明るくて優しくて働き者だから、工場でも大人気なんだ」

「イチ兄ちゃんも狙ってたんじゃないの?」

「そ、そんなことは…」

「はは、いくら一太郎君が包容力の塊でも、今回ばかりは無理だな。彼女は浜田君の大好物の肉じゃがを作ったり、家に押しかけたりして、猛アタックをしたそうだから」

それを繰り返す中でついに浜田が撃墜され、こうして仲睦まじくしている様子を大阪も一太郎もこれでもかというくらい見せつけられることになった。

大阪の見立てでは、そうしたことに縁のない工員のうち、浜田を祝福する者と敵視する者は6:4といったところだ。

「女の子にそこまでさせるなんて、やるな、浜田君」

「浜田君…いやじゃなかった?」

「そんなことないよ!ルンナちゃん!そりゃ、最初は面食らったけど…でも、うれしかったよ」

「ありがとう…」

 

「ほぉー、あの浜田君がなぁ、よかったよかった」

「お似合いって様子ですよね…。ねえ、ナインもそう思うでしょ?」

「ええ…私のフィーリングカップルセンサーでも、お二人の相性はばっちりです」

「へえ、そんな機能もあるのか」

「自分で開発しました」

一体どんな目的でそんなセンサーを作ったのかはわからないが、少なくともナインの見立てでもそういわれるのであれば、きっと浜田とルンナはうまくいく、うまくいってほしいとソウジは思う。

これからどうなるかわからない世界なのだから、そうした小さなことだけでもうまくいかなければ、あまりにも不公平なのだから。

「ルンナ君…これからも、浜田君のことをよろしく頼むね」

「はい…舞人さん」

「ほらほら、舞人の兄ちゃんはサリーの姉ちゃんの迎えに行くんだろ?早く行った、行った!!」

勝平に押される形で舞人が会場から出ていくこととなり、役目を終えた勝平はステーキの置かれているテーブルへと走っていく。

「おーおー、若いっていいな。お前もそう思うだろ?アキト」

浜田達の様子を見て、カティとの結婚生活を思い出すコーラサワーが料理でいっぱいの皿をもってアキトの隣に座る。

味覚がないアキトは食事をとらず、ただこうして会場の仲間たちの様子を見ているだけで、返事をしない。。

そのことを気にせず、バクバクと料理を堪能するコーラサワーと立っているだけのアキトの元にグラハムがやってくる。

「壁の花になるには、君ではあまりに華がない。ならば、輪の中に入ろう」

「そうだぜ、ほら…星野艦長が待ってるぜ」

コーラサワーの指さす方向には、リョーコ達と一緒に食事をするルリの姿があり、アキトの姿が見えると、彼女はわずかに笑みをうかべていた。

「…そうだな」

 

「それで、どうですか?青戸工場での仕事と技術者の勉強は」

「忙しいけれど、なんとかやっている。もっと技術を磨いていかないとな…」

大阪の助手として、彼のもとで学び続けている一太郎だが、まだまだ足りないという自覚もある。

1年前の戦いで父親である源五郎が死んだことで、生計を立てる人間がいなくなる事態となった。

遺族年金が支給されるとはいえ、それだけに頼るわけにもいかない。

ザンボットのこと、ひきこもりになっていた勝平のこと、母親の花江のこともあり、一太郎は大阪工場で働くこととなり、どうにか生活できるだけの給料はもらえるようになった。

だが、まだまだ楽とは言えない。

「ビアル星人の技術の再現は?」

「少しずつ、といったところだな」

宇宙太が思い出したのは、西暦世界を離れる前に勝平と恵子と三人で青戸工場を訪れた際に一太郎が言っていたことだ。

青戸工場で修復されたザンボット3は確かに稼働や戦闘には問題ないものの、当時の性能を取り戻したとはいいがたいといえる。

整備に利用していたキング・ビアルも、それを構成していたビアルⅡ世とビアルⅢ世は失われ、唯一残ったビアルⅠ世も大きく損傷し、完全な修復が難しい状態だ。

データバンクも大部分が失われており、その中で一太郎は既存の技術を流用する形での再現を行うことに決めた。

兵器として使うことがないとしても、ザンボット3のイオンエンジンについては、大きな技術進歩につながる。

「ひとまず、その第一弾といえるものの準備は整った。試運転は必要だが、これでザンボット3のパワーアップができるだろう」

「うひょー!そいつは楽しみだぜ!!」

「ザンボット3って、あの三日月が額にあるロボットよね?」

「知ってるの?ルンナ姉ちゃん」

「浜田君に教えてもらったの」

「へえ、そいつはごちそうさまだな」

「ルンナちゃんはいろいろなロボットの中で、特にザンボット3がお気に入りなんだって」

「そいつはうれしいことは言ってくれるぜ!!」

一年前のガイゾックとの戦いにおいては、アロウズの情報操作等が原因でマイナスイメージを持たれ、忌み嫌われることの多かったザンボット3だが、ルンナのように受け入れられていっていることが勝平にはうれしかった。

辛いことが多かったが、それでもともに戦ってきた相棒のロボットが周りから嫌われるよりも、好かれる方がいい。

 

-旋風寺邸付近-

「遅いな、サリーちゃん。バイトが長引いているのかな…?」

家を出て、少し離れたところでサリーを待つ舞人は腕時計で時間を確認する。

もうすでに集合時間は過ぎているが、彼女のことだから故なしに遅れることはない。

まだまだパーティーも続くため、待っていようと決めた舞人だが、背後から鋭い気配を感じて振り返る。

「ほぉ…腕はさびていないな。一か月行方不明になっていたようだが、心配は無用か」

「雷張ジョー…」

「久しぶりだな、旋風寺舞人。パーティーを抜け出しているとは好都合だ。派手に会場に乗り込むことも考えたが、顔を合わせたくない相手もいる。直接、挑戦状を渡せるとはついている」

「挑戦状だと!」

「この一か月、今日という日を待っていた。この日のために修行と準備を続けてきたからな…」

この一か月、DG同盟が動きをひそめる中、ジョーは戦闘データの収集を名目に各地の紛争地帯へ赴いていた。

整備中の飛龍は使えなかったが、その量産型であるメガソニック8823や愛用していたユニオンフラッグ、そしてどうやって調達したのかはわからないが、ユニオンフラッグの血を確かに感じるブレイヴなどの機体を操り、戦ってきた。

日本に戻ってきたのはウォルフガングから知らせを聞いた今日で、その日のうちに敵の中枢を単独で破壊して契約を満了し、戻ってきたばかりだ。

「明日の朝8時…ヌーベルトキオシティでお前とマイトガインに決闘を申し込む」

「一騎討ちでの決着ということか…」

「受けるか?旋風寺舞人」

「正義が悪に背を向けるわけにはいかない!」

「正義…か…」

本気でそう思っているということは、こうして舞人の目を見るだけで分かる。

だが、そういう目を持つ男でなければ、こうして決闘を申し込む意味はない。

「お前の返答は確認した。明日、また会おう。それまでパーティーを…仲間との別れのパーティーを楽しみにしておくんだな」

「ジョー…」

立ち去っていくジョーはあっという間の夜の闇に消え、携帯を確認するが、先ほどまで会った彼の反応は消えている。

そんな中でこちらまで走ってくる音が聞こえてくる。

「舞人さん!さっきのは…」

「…ジョーが、俺の挑戦状を渡しに来た」

振り返ることなくそうつぶやく舞人に声の主であるサリーの視線が泳ぐ。

舞人の勝利を信じているが、果たしてジョーとは戦わなければならないのか。

サリーにはジョーが倒さなければならない悪とは思えない。

(舞人さんとジョーさん…二人は戦うしかないというの…?)

 

-マイトステーション 格納庫-

(ここね…ロボットの整備が行われている場所は)

物陰から保管されている機動兵器を確認する小さな人影。

ここまでにある監視カメラやセンサーをすり抜け、今ここにいる人物の存在を感知している存在は一人もいない。

パーティーが終わり、気が緩んでいる今が大きく戦力を削るチャンス。

既に目立たない場所を中心に爆弾を設置しており、スイッチを押せばこの場所は崩壊し、ロボット達もがれきの中へ消えることになる。

計算では、ここで起爆させて崩壊が始まるとしても、安全に脱出できるルートは確保されている。

懐から起爆装置を出した人物の視線が保管されているボンバーズとダイバーズに向けられる。

装置を押す手に一瞬のためらいを見せ、だが今度は覚悟を決めて起動させる。

「…どうして?なんで爆発しない!?」

「無駄だ。もうすでに信管は抜いている」

背後から聞こえる男性の声と同時にジャラジャラといくつもの金属が落ちる音が耳に届く。

視線を向けると、そこにはアキトの姿があり、彼の足元には彼の言う通り、信管が散らばっていた。

人影は起爆装置を投げ捨て、アキトを襲うが、木連式・柔の動きにより地面に伏すこととなった。

「ここまでだ、内藤ルンナ」

「くっ…」

アキトの視線に入るのはパーティー会場で見たルンナの姿。

だが、着ているのはかわいらしいドレスではなく、戦国時代のくのいちのような衣装だった。

動きを封じた彼女が隠し持つ苦無を奪うと、アキトはそれを遠くへ投げ捨てる。

「このことは黙っておいてやる。さっさと帰れ」

「天河アキト…」

「やはり、俺の名前も知ってるか。下調べはできているようだな。ショーグン・ミフネの手のものか」

「なぜ…私の正体に気づいた」

少なくとも、浜田をはじめとした面々は怪しむ様子が微塵もなかった。

舞人もわすかしか顔を合わせていないにもかかわらず、信用している様子で、甘さを感じていた。

「お前の舞人を見る目だ。闇に生きる人間の目は、知っているつもりだ」

「くっ…!」

「そして、何より…ヒーローに近づく謎の少女は敵のスパイ。こういうお約束は、よく知っている」

「わけの…わからないことを!!」

もがくルンナだが、大の大人の男性の拘束を訓練を受けているとはいえ年ごろの少女である彼女が解けるわけがない。

「くっ…殺せ!!任務に失敗したくのいちなど、生きている意味が…ない!!」

(内藤ルンナ…やはり、そうか…)

ここに行く前に、アキトはトレミーのターミナルを使用して内藤ルンナの情報を洗った。

確かに戸籍データには彼女の存在はある。

無論、採用の際には大阪や青木らも身元を確認しているだろう。

だが、それが正しいものかについては分からない。

一年前のブレイク・ザ・ワールド事件によって地球に多くの被害が発生し、その際に多くの戸籍データが失われており、現在も完全に復旧できたとはいいがたい。

そのため、免許証などのある程度の証拠があれば、自己申告での戸籍復旧が容易に可能となっており、その際にルンナの戸籍データが『復旧』されたのだろう。

ここからはヴェーダから手に入れた情報に基づくアキトの推測ではあるが、彼女は孤児であり、ブルーコスモスの施設で兵士として過酷な訓練を受けたものと思われる。

当然、その訓練の成果として戦場に出たり、民間人を装った潜入工作やコーディネイターへの襲撃といった汚れ仕事も請け負っただろう。

だが、ロゴスとブルーコスモスの壊滅によって行き場をなくすこととなり、そこでミフネに拾われて、今に至る。

他に行き場所がないルンナには、捨てられた先にある未来など絶望しかない。

「もう一度言う、何もせずに帰れ」

「…」

「今、このことを知っているのは俺だけだ」

「敵に…情けをかけるつもり?あなたのような、人間が…?」

バイザーで隠していても、アキトがあの事件の後で何をしてきたかは知っている。

自分と同じようなことをしてきた人間の言う言葉とは、ルンナには思えない。

「お前のためじゃない…浜田君のためだ」

「浜田君の…」

「命は助けてやる。だが…その代わり、浜田君を悲しませるようなことはするな」

「…」

力が抜け、抵抗する様子を見せなくなったルンナを見たアキトが拘束を解く。

彼女は振り返ることなく走り去っていき、その後ろ姿を見送る。

「内藤ルンナ…失ったものは二度と戻らないんだぞ…」

あとは、ここに誰かが来る前にすべてやることを終わらせなければならない。

アキトはルンナが仕掛けた爆弾を取り外すべく、歩き出した。




ブルーコスモス、およびロゴスにおける強化人間について

遺伝子調整によって優れた能力を得たコーディネイターを従来の人類であるナチュラルが上回るのは難しい。
白兵戦においても、従来のモビルスーツにおいても開戦時からストライクダガーやGN-Xといった最新の主力モビルスーツが誕生するまでは後塵に喫していた中、ブルーコスモスおよびロゴスが行ったのは強化によるコーディネイターへの対抗だった。
電極によるバイオフィードバックによる洗脳や心身に害をきたさない程度の投薬、過酷な訓練のプログラムによってコーディネイターをしのぐ多くの兵士が誕生した。
だが、コーディネイターを圧倒する領域にまで達した兵士が少ないことから次に行われたのは人体改造である。
その極端な例はブーステッドマンであり、脳に人工インプラントをとりつけ、依存性の高い麻薬を投与させることで身体能力や反射神経等を極限まで強化している。
実際に、ブーステッドマンの3人と、彼らの運用を前提に開発されたモビルスーツは、とあるアクシデントでオーブ軍に流れたザフトの新型モビルスーツとスーパーコーディネイターに対して、対等に渡り合うことができた。
しかし、投与した麻薬の依存性とそれによる脳や精神の汚染は大きな問題となった。
そうした精神面の問題の克服を目指したのはエクステンデッドである。
『ゆりかご』という催眠装置を利用した記憶の改ざん等のメンテナンスによって、特定の作戦行動に適した人間に形成し、新たな抑止策として聞くと恐慌状態に陥る単語であるブロックワードを設定されている。
ただし、メンテナンスを長期間行わなかった場合は徐々に衰弱していくこととなり、最悪の場合は死亡する可能性もあるという。

ブルーコスモスとロゴスの壊滅後、数多くの彼らの生き残りが存在しており、中には彼らの残党によって兵器として利用されているという情報もある。
『ゆりかご』等の技術については彼らの壊滅と共に失われているものも多く、彼らの保護とケア、社会復帰等について地球連合政府内において問題となっている。


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第65話 決闘

-ヌーベルトキオシティ 中心部-

上空にナデシコBが浮かび、地上にはマイトガインが立つ。

もうすぐジョーが指定した時間になるころで、マイトガインを目撃した人々が集まっている。

「ったくよぉ、朝っぱらな上に、こんな町のど真ん中で…なんで決闘しなきゃならねーんだよ」

「衆人環視が集まる中で、マイトガインを叩き潰したいんだろうさ。まぁ、周囲に被害が発生しないようにはしてるけど」

今いる場所は都市部の中でも開けた場所であり、さらには攻撃によって人々や建物に被害が及ばないように、周囲には簡易的な陽電子リフレクターを設置している。

アルテミスやメサイヤのような豪勢なものではなく、あくまでも都市の一部を覆うだけで、なおかつ1度きりの使い捨ての装置ではあるが、それ故にそれらと比較すると小型かつ分散して設置ができるようになっている。

大出力のビームでも使わない限りは、こんなことで街に被害を及ぼすことはないだろう。

ナデシコBにはこの決闘の観戦を望む面々が集まっており、その中にはジョーの元上司であるグラハムや、舞人の師匠である万丈もいる。

「エースのジョーの動きをどう思います?グラハム少佐」

「確かにジョーは昔から派手なスタンドプレーを好んでいた。だが、今回は異常だといえる」

そうしたことでユニオンの上層部から顰蹙を買うことがあったが、それでも町や民間人に被害が及ばないように気配りする繊細さも持ち合わせていた。

軍脱走後のジョーの動きについて、スメラギに頼んでヴェーダで調べたが、その様子については変わりないようで安心した。

だが、今回は対策を施しているとはいえ、それでも下手なことをすると町や人々に被害を及ぼしかねない場所での決闘を望んでいる。

そして、マイトガインに対する敵対心もらしくないといえる。

「ジョーは任務や使命感ではなく、私情…それも私怨と呼ばれる類で戦っていると私には思える」

そう口にするグラハムだが、心の中では一体どの口が…となじる自分の存在を感じた。

グラハムもまた、ガンダムによって部下を失い、フラッグファイターとしての誇りを傷つけられたという理由で道を踏み外し、外道であるアロウスに、イノベイドの一味の手先に身を落とした過去を抱いているのだから。

「それって、舞人の兄ちゃんを憎んでるってこと?」

「悪党にとっては目の上のたん瘤かもしれないが、舞人はナイスガイだと思うぜ」

嫉妬やビジネスの理由ならともかく、舞人が人に恨まれるようなイメージを勝平もパトリックも抱いていない。

それに、今回の場合は舞人とジョーの接点も何一つわからない。

「ジョーが変わってしまったこと…私はどうしても信じたくない」

「ま、どうしてかは舞人が勝って、聞き出せばいいだけの話だろ」

「ソウジさん、なんでビールを持ってるんですか?」

「こういう観戦なら、これだろ?ノンアルコールならいいだろ」

「そうじゃなくて…はああ…」

野球観戦じゃないんだから、と言いたげなチトセが頭を抱える中、モニターに映るマイトガインの姿をナインはじっと見つめる。

無論、ジョーに負けるようなことはないとナインは信じている。

だが、なぜか今回の決闘について、胸騒ぎを感じていた。

計算上はマイトガインが勝利する可能性が高いというのはわかっているのに、この機械らしくないそれが何なのかがわからない。

(頑張ってください、ガインさん…)

「艦長!飛龍、エースのジョーが接近!」

「来ました…」

上空から飛行形態でやってきた飛龍がそのまま人型形態へと変形すると、マイトガインの目の前で着地する。

「緊張しているのか?ガイン」

「大丈夫だ、舞人」

舞人にはそう答えるガインだが、宇宙世紀世界を去る中で感じた疑問がなぜかこの場で浮かんでしまう。

AI仲間であるアルと別れのあいさつを交わした際、なぜかガインは彼と永遠に会えなくなるような錯覚を覚えた。

奇妙ではあるが、あくまでもバグなのだろうとその時は一蹴した。

だが、この決闘の話となり、この場に立ってから再びあの予感を感じてしまう。

(なんだ、この感じは…?だが、そんな嫌な予感など吹き飛ばしてやる!舞人と二人で)

「逃げ出さなかったことは褒めてやるぞ、旋風寺舞人」

「余計な言葉はいらない。ここでお前との決着をつける」

「望むところだ…!」

「ジョー、この決闘については条件を付けさせてもらうぞ。陽電子リフレクターで俺たちの周囲を包囲する。だが、下手な攻撃で街を壊したくない。だから、お互いに近接武器だけで勝負するぞ」

「ふっ…いいだろう、ならば…これで満足か!?」

腰部に取り付けられていたヒリュウブレイザーが地面に落ち、変わりに三節棍を手にした飛龍がマイトガインにそれを向ける。

対するマイトガインも動輪剣を手にし、剣先を向ける。

「陽電子リフレクター、展開。ハーリー君はリフレクターの維持時間及び耐久値の管理を」

「了解!陽電子リフレクター、展開」

ナデシコからの信号を受けたビル上や上空の端末から陽電子リフレクターが展開され、飛龍とマイトガインを包む。

2機による近接武器のみでの戦い。

あとは下手に動いて陽電子リフレクターを突破するような動きを見せなければ、被害を気にしなくて済む。

「いくぞ…!!」

まず先に動いたのはジョーで、三節棍を振るい、それを舞人が動輪剣で受ける。

時折距離を前後させつつ、棍と剣がぶつかり合う。

その戦いがしばらく続いていく。

 

「やるじゃねえか、舞人、ガイン!リーチが上の棍相手に無傷だ!」

当たったとしても、フェイズシフト装甲があるためダメージは抑えられるとはいえ、不利になることの多いこの状況でまともに戦えている様子にソウジは安心感を覚える。

あとは動きを見切れば、動輪剣で叩き折ることは容易だ。

「いや…これ、何かおかしいですよ…」

「どういうこと?浜田君」

「これまでの戦闘記録から、飛龍の武器はこれだけじゃない。ライフル以外では、トンファーやジャベリンといったものもあります。それに、フェイズシフト装甲があることはわかっているのに、ビームサーベルのような武器を使う様子もない」

フェイズシフト装甲の登場から、ビーム主体となった機動兵器同士の戦闘の中で、ビームサーベルとビームライフルの併用はスタンダードとなっている。

無論、例外といえる機体も存在し、その例がフォビドゥンとレイダーだ。

ただし、フォビドゥンの場合は主力武器がゲシュマイディッヒ・パンツァーを利用して軌道を曲げることが可能な大出力プラズマビームであり、それにエネルギーとトランスフェイズ装甲にエネルギーを回すためにそれ以外を実弾兵装にしており、レイダーについては高密度に圧縮した反発材で構成された金属球を装備しており、それがフェイズシフト装甲に対してもダメージを与えることができる大型の質量武器であることから問題とはしていない。

マイトガインも同じで、動輪剣はエネルギーを回すことでビームと実弾の両方と特性を併せ持つ剣になる。

それに対して、少なくとも現在使用している飛龍の近接武器の中では、そうした特性の武器が存在しない。

(油断するなよ、舞人…。この決闘、何かがある…)

 

「そこだ!!」

何合かのぶつかり合いで動きが見えた舞人が踏み込み、エネルギーを受けた動輪剣を振るう。

三節棍の分離部分にぶつけられたその一撃は棍を叩き折り、もうその武器は用済みと判断したジョーは迷うことなくそれをその場で放棄して距離をとる。

「なるほど…旋風寺舞人、お前の腕は認めてやる。俺が本気で認められる腕を持った奴と会ったのはこれで2人目だ」

虫唾が走る男ではあるが、それでもその腕は認めるほかない。

願わくば、もっと違う形で出会うことができれば、真の好敵手とみることができただろう。

「だが…先に宣言してやる。お前は…負ける」

「何?」

「見せてやる、飛龍の真の力を」

コックピット内にあるシフトレバーを操作すると、飛龍のバックパックに奇妙な動きが発生する。

パーツの一部が外れてその場に投棄され、現れたのは舞人達にとっては見覚えのあるコーンスラスターが露出する。

「あれは…」

「嘘、だろ…」

「GN…ドライヴ…!?」

無論、現在の連合軍やザフトが利用している疑似太陽炉であれば、別に驚く話ではないだろう。

だが、舞人達が驚いたのは飛龍に搭載されている太陽炉から放出されるGN粒子が赤やオレンジではなく、緑だということだ。

 

-ヌーベルトキオシティ ヴォルフガングのアジト-

「よしよし…動いた。動いてくれた。ワシの太陽炉が!!」

太陽炉を起動させた飛龍をモニターで見ているヴォルフガングが自信作の正常な動きに目を輝かせる。

デモ用とはいえ、エースパイロットを乗せたイナクトを一瞬で無力化したエクシアを見てから早3年。

ガンダムを超えるロボットを作るためにAEUを飛び出し、その結晶となった飛龍。

普通の科学者がそれに太陽炉を取り付けることを考えたなら、コスト面で優れており、なおかつ現在では安定的な供給が実現している疑似太陽炉で十分だっただろうが、ヴォルフガングにとってはそれでは不満足だ。

多少瞬間的な出力で劣ったとしても、無尽蔵にエネルギーを生み出すことのできるオリジナルの太陽炉こそがヴォルフガングにとっては理想だ。

そして、それを生み出すことを可能としたのが、ミスターXが提供したガンダムの残骸だ。

1年前の大戦の中で起こった月面での戦いの中で撃破されたというオーガンダムで、それには破壊されたオリジナルの太陽炉の残骸も存在した。

それをヴォルフガングが修復の上、飛龍とマッチするように調整した。

無尽蔵なエネルギーを生み出せる最大の要素であるTDブランケットについては完全に破壊されていることから修復できず、それについてはヴォルフガングの独自の理論で構成された新規のパーツで補っている。

これはただのソレスタルビーイングや地球連合などの後追いではない、ヴォルフガング特製の太陽炉と言える。

「さあ、ジョー!飛龍の真の力をみせるがいい!!」

 

-ヌーベルトキオシティ 中心部-

「まさか…飛龍にオリジナルの太陽炉が…」

「無論、それだけでは芸がないな…。貴様らに敗北を教えてやる!」

ギアを変えると同時に太陽炉の出力が上昇していき、粒子だけでなく、飛龍そのものが赤い光に包まれていく。

「トランザムも使えるのか!?」

「まずい…飛龍のスペックはマイトガインと互角。だけど…飛行能力だけでなく、トランザムまで使われたら一気に話が変わる!!」

単純な出力だけでも3倍となるトランザムにより、残像が生まれるほどのスピードを発揮する飛龍に対して、マイトガインは捉えることすらままならずに翻弄される。

同時に、GN粒子を手に入れた飛龍に対してもはやフェイズシフト装甲に実弾に対する防御力が意味をなさなくなる。

「逃げろ、舞人!」

勝てない、そう覚った浜田の叫びもむなしく、飛龍のトンファーとジャベリンによる高機動戦闘にさらされるマイトガインが傷ついていく。

動輪剣がひび割れていき、装甲が傷つき、捉えられない相手に舞人もガインも焦りを覚える。

「とどめだ、マイトガイン!!」

「うおおおお!!」

正面からジャベリンを手にした飛龍が突っ込んでいき、ボロボロの動輪剣を手にしたマイトガインと交差する。

地上へ降りた飛龍は手にしたジャベリンを地面に突き刺すと同時に、バキリと音を立てて折れた動輪剣の刃が地面に刺さる。

同時に胴体が両断されたマイトガインの上半身が地面に倒れ、緊急脱出装置が起動したことで口部分のコックピットが開き、そこから舞人が出てくる。

「俺の勝ちだ、マイトガイン…」

「くっ…!!」

「舞、人…」

胴体から分離したガインが元の姿に戻り、脱出した舞人を回収する。

「すまない、舞人…」

「ガ…イン…」

「相棒を連れて無様に逃げるがいい。敗者の姿に興味はない」

「くっ…!」

負傷しているであろう舞人をそのままにはできず、ガインはジョーの言葉に従うように後退していく。

舞人とガインの敗北にシンをはじめ、ナデシコで観戦している面々も衝撃を受けていた。

「負けた…舞人が…」

「舞人の兄ちゃん…」

「貴様らは良く戦った、マイトガイン。だが…これで分かっただろう。お前の信じる正義も、力の前では無力であることを」

「見事じゃ、ジョー!あのマイトガインを倒すとは!!さあ、すぐに下がれ!ワシの太陽炉、そしてトランザムのデータをすぐにでも回収したい」

「いいだろう、これから後退する」

トランザムを維持したまま飛龍が飛行形態となって陽電子リフレクターに向けて突撃する。

猛スピードで加速する飛龍がリフレクターにぶつかると、わずかな抵抗の後でそれを突破して離脱していく。

「ボンバーズとダイバーズの皆さまはマイトウィングとロコモライザーの回収を…」

陽電子リフレクターが解除され、出撃したスペースガードダイバーとバトルボンバーが撃破されたマイトウィングとロコモライザーを間近で見ることで、マイトガインの敗北をこれでもかと実感するしかなかった。

「まさか、こんなことが…」

「すぐに…回収。来る」

「何!?」

「機動兵器が複数接近!これは…DG同盟です!」

ナデシコBのモニターに映りだされるニンジャやメガソニック8823、フロマーシュ、ニオーの大群とそれを率いる日本の刀を握る緑色のニオー。

その中には今回の襲撃のリーダーとして祭り上げられたミフネの姿があった。

「うむ…見事なり、ジョー!マイトガインを倒すとは!あとは我らが…江戸を獲る!」

「陽電子リフレクターの再展開を」

「了解、陽電子リフレクター…そんな、ユニットが!?」

敵機が接近していないにも関わらず、損傷したユニットの信号がロストし、リフレクターの展開が不可能となる。

破壊されたユニットの近くに新たな反応があり、そこにはピンクの装甲のニンジャの姿があった。

「ちっくしょう!早く出撃しねーと!ザンボット3を取りに行くぞ!宇宙太、恵子!」

「ああ!!あいつら、こんな時に!」

今のナデシコBにはエステバリスとブラックサレナなどの一部の機体しかなく、整備を終えた機動兵器の多くが待機中のトレミーかマイトステーション内にある。

「こうなったら、時間稼ぎだ!行くぞ!!」

「ああ…」

「付き合うぜ、姐さん方!」

リョーコらが乗るエステバリス3機とサブロウタのスーパーエステバリスが発進し、その後でブラックサレナも続く。

「ヴァングレイもあってよかったぜ…最も、こんだけの数相手じゃあ骨が折れるがな!」

「マイトステーションにいる機動兵器も随時発進します!ソウジさん、チトセさん、お願いします!」

「おう、任せろよ。ハーリー君!叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイで出る!」

ナデシコから発進するとともに、まずはユニットを破壊したピンクのニンジャを探す。

現状、部隊から離れているうえに一番近い距離にいるそれが現状では一番の脅威だ。

だが、ビーム砲で狙おうとすると同時にその機体が姿を消し、反応も消える。

「ソウジさん、ミラージュコロイドです!あんな小型機に…」

「前例があるんだ、驚くことじゃねえけどなぁ!」

下手な攻撃をしてはヌーベルトキオシティに被害が及ぶ。

幸い、直掩にはリョーコの部隊がまわっている。

今できることは前に出て、味方が出撃する時間を稼ぐことだった。

 

「ミフネ様、胡蝶が戻りました」

「うむ…」

ミラージュコロイドを解除したピンクのニンジャがミフネのニオーの前でひざまずく。

コックピットには忍装束で身を包んだルンナの姿があり、彼女はモニターに映るミフネの顔を直視できなかった。

その様子に対してミフネは一言も口を開くことはなく、その代わりにミフネの隣にいるニオーのパイロットが通信に入って口を開く。

「任務に失敗した貴様にできることは一つのみ。ナデシコを沈めよ。たとえ自爆したとしても。それで、今回の失敗については帳消しとする」

「…はい」

返事をしたルンナのニンジャが再び姿を消す。

「よろしいですな?ミフネ様」

「うむ…あれほどのくのいちを切り捨てるのは惜しいが…」

任務に失敗したとはいえ、彼女が得難いくのいちだという認識は今も変わらない。

だが、失敗の報告を確認する中にあった違和感が彼女の許すことができない。

ハニートラップを仕掛けようとしたくのいちが逆にターゲットに惚れて寝返ってしまうケースも珍しくないのだから。

 

-プラント アーモリーワン 格納庫-

1年前の戦争の始まりとなる、ファントムペインによる3機のガンダムの強奪事件が発生したプラントであるアーモリーワン。

その際に戦闘で大きな被害を受けたその地には今も爪痕が残っており、かつて住んでいた住民の多くは既に別のプラントに移住している。

そこの工房では、ミネルバを模した新たな戦艦が目覚めの時を待っており、その様子をラクスが身に来ていた。

「いかがですか?出航の準備は」

「少し、時を頂きますよ。ファクトリーから手配した物資がまだ到着していませんからね。それに、ソレスタルビーイングからも…」

タブレット端末で進捗を確認しているダコスタが答えている、戦艦に積まれているのは先日にマリューがキラ達への通信で伝えられたライジングフリーダムとイモータルジャスティス、そしてインパルスSPECⅡだ。

しかし、これらはあくまでもついでという意味合いが大きく、一番の目玉がまだアーモリーワンに到着していない。

「ジャスティスはともかく、フリーダムの近代化整備用のパーツまでも…か」

「それほどの脅威がある、ということですわ。私たちの世界にも、そして…2つの世界にも」

帰還したキラ達からの報告にあった2つの世界の話、そして始祖連合国の不穏な動き。

火星の後継者をはるかに上回る災厄の存在をラクスは認識せざるを得ない。

そして、それを収束するための力をかき集め、キラ達に届けなければならない。

「スーパーミネルバ級強襲揚陸艦…まったく、大仰というかなんというかだ」

ラクスに同行しているバルドフェルドは目の前の戦艦に苦笑いする。

かつての強敵であったミネルバの発展型というだけあって、若干の抵抗感はあるものの、これがあればエターナル以上の力になりうる。

「ミレニアム…か。こんなものを、まさかザフトが提供してくれるとはな」

「まぁ…厄介払いということでしょうね。これも…かわいそうな話ですよ」

現在のザフトでは連合と共同で軍縮が進められており、ナスカ級やローラシア級のような同型艦が存在しないミレニアムは艦隊編成のしづらい存在となった。

更には、連合から融和政策の一環としてこれまでされなかった疑似太陽炉の技術供与がされることとなり、それによってザフトも疑似太陽炉搭載型モビルスーツや戦艦が今後配備されていくことになるという。

現状の最新鋭機であるゲルググメナースやギャンシュトロームも疑似太陽炉搭載機だ。

そうなると長らくザフトで運用されてきた戦艦はともかく、オーバースペックな上に疑似太陽炉を搭載する余地がないミレニアムにはもはやザフトに居場所はないといえる。

ミネルバを超えるザフトの旗艦として誕生する可能性があった分、そんな扱いに落ちぶれることとなったミレニアムにダコスタは同情せずにはいられなかった。

「まぁ、だからこそ役立ってくれるさ。我らの姫君が構想した世界平和監視機構の旗艦としてな」

「ええ…。ですが、今は3つの世界のためにこの艦が必要なのです。早急に準備を」

「了解!」

作業が進められるミレニアムの前で、ラクスは帰ってきてもなお戦い続けているキラに思いをはせる。

アスランやシン、ルナマリアがいるとはいえ、戦い続けているキラの心身が疲れ果てていないはずがない。

スーパーコーディネイターと称されていたとしても、結局のところキラもまた一人の人間でしかないのだから。

(キラ…あなたとバイクデートができるのは、いつの日になるのでしょうか…)




機体名:飛龍(改修型)
建造:ヴォルフガングによるハンドメイド
武装:ヒリュウブレイザー、機銃、三節棍、ヒリュウジャベリン、ヒリュウトンファー、ヒリュウストライカー
主なパイロット:雷張ジョー

ヴォルフガングが開発した試作可変戦闘ロボ。
コックピットには脱出装置を兼ねた車両である隼号が搭載される形となっており、操縦は車両とハンドルやペダルといった車両の運転と同じ感覚でできるようにOSが調整されている。
元々は試作機であるため、データ収集を行ったうえで発展機であるメガソニック8823完成後は廃棄される予定だったものの、ジョーの技量や機体との相性に目を付けたヴォルフガングによって完全なジョー専用機として再調整されることとなった。
その際に新たに採用されたのがヴォルフガング製の太陽炉であり、元々がオーガンダムのものであったとはいえ、地球で製造された太陽炉であるにもかかわらず外部からの供給なしでの半永久的な動作が可能なものとなっている。
それ故にトランザムも使用可能となっており、互角な戦いを繰り広げてきたマイトガインを一方的に撃破することに成功している。
なお、太陽炉の情報を可能な限り秘匿するためという目的で、ダミーとして従来のバッテリーと推進剤による運用も外部パーツの取り付けによって可能となっているが、その場合はGNソード等特有に実弾とビームの特性の併用ができなくなっている。


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