王様のいないナザリック(完結) (紅絹の木)
しおりを挟む

一緒にいました。
最終日


 DMMO-RPGとは、簡潔に説明すると、体感型ネットゲームのことである。

 

 

 基本職、上級職は合わせて2,000を超えている。そして職業(クラス)のレベルは、最高で15まで。プレイヤーの上限レベルは100。つまり、やろうと思えば各クラスをレベル1ずつ取得することが可能なゲームなのだ。意図的に行わない限り、誰かと被ることはない、自分だけのキャラクターを作れるのだ。

 

 加えて“種族”は基本と上級を合わせて700種類に及ぶ。プレイヤーは、人間やドワーフ、エルフ以外にもモンスターを選ぶことができるのだ。

 これらは、大きく3種類に分けられる。

 種族のレベルはないが、ほとんどペナルティを受けない人間種(人間、ドワーフ、エルフなど)。

 種族レベルがあり、外見は醜いが、人間種よりも性能が優れる亜人種(ゴブリン、オーク、オーガなど)。

 こちらにも種族レベルがあり、最も性能は良く、モンスター効果を持つものの様々なペナルティを受ける、異形種(悪魔や天使、ゾンビ、ゴーストなど)。

 

 外装(ビジュアル)だって、別売りのクリエイトツールを使用すれば自分好みに変更できる。

 武器防具、装備できるものはもちろん、それらの内包するデータ。住居となる場所の詳細な設定など。プレイヤーの外装や、特定条件を満たすことで得られる自作のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の外装も。プレイヤーが作れるものは、すべて変更できるのだ。

 

 職や外装だけではない。ゲームの世界も広かった。

 アースガルズ。アルフヘイム。ヴァナヘイム。ニダヴェリール。ミズガルズ。ヨトゥンヘイム。ニヴルヘイム。ヘルヘイム。ムスペルヘイムの9つの世界。

 

 広大な世界、把握しきれそうにない種族と職業、いくらでも弄ることができる外装。

 これらは、凝り性な日本人にニトロをぶち込む結果となり、爆発的な人気を呼んだ。日本でDMMO-RPGといえば“ユグドラシル”を差すほどの評価を得たのだ。

 

 しかし、約10年前サービスを開始したDMMO-RPG “ユグドラシル”は、今日で終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

「お久しぶりです、ヘロヘロさん」

「お久しぶりです。おかえりなさい」

「おひさーです。モモンガさん、パインさん」

 灯りがない夜のように黒い色を放つ巨大な円卓を、囲む“42人分”の豪華な椅子。

 そのうちの、3席に怪物の影があった。

 

 一人は肉が一切付いていない真っ白な骨が美しい骸骨、種族:オーバーロード。ぽっかりとあいた眼窩の奥で、赤黒い光が灯る。魔法職の彼は、豪奢な黒色のガウンを羽織っている。襟元が非常に装飾過多だが、逆にそれが似合っている。名はモモンガ。

 もう一体は黒いスライムで、一秒も同じ姿を保たず、どろどろとうごめいている、種族:エルダー・ブラック・ウーズ。どろどろとうごめくのは、ゲームの仕様なのでやめることはできない。名はヘロヘロ。

 最後は、この中で唯一の女性。顔は真っ黒で、凹凸のない球体。大きな“魔女の帽子”を被っている。そして肩から上部分がない―つまり首がないため―、頭部が浮かんでいる。上着は白く、非常に丈の短い―鎖骨あたりまでしかない―。その裾は金で縁取られている。襟は長めで、顎下まであり、ない首が隠れていた。体のラインに沿う赤のドレスは腰辺りから、少し膨らんでいる。現在は、種族:魔女で魔法職。先端が二股に分かれ、その中央に直径10cm程の丸いエメラルドが浮かぶ杖を所持している。名はパイン・ツリー。

 

 

 ヘロヘロがリアルで転職して以来の再開に、モモンガとパインははしゃいでいた。

「えー…もう2年ぐらい会ってないんですかね?」

「それぐらいになりますね。2年かあ…うわ。もうそんなに経つんですね。やばいな…。最近残業が続いて、時間の感覚が変なんですよ」

「それ危なくないですか?体大丈夫ですか?」

「医者にかかるほどではありませんが、かなりやばいです。」

 三人が所属するギルドは、社会人のみで構成されている。そのため、会話は自然と会社の愚痴へと変わっていった。

 残業が続くと言ったヘロヘロは転職できたものの、以前から健康診断で内臓がレッドと評価されていた。今聞こえてくる声も重く、疲れていることがわかる。

 やがて、ヒートアップしだしたヘロヘロに対し、モモンガとパインは聞き役へシフトしていった。

 

 

 ゲームの世界で、現実の話はあまりされない。楽しいことをしている最中に、嫌なことを思い出したくないからだ。リアルは厳しく、希望がない。それは3人の会話から読み取れるだろう。

 

 しかし、三人はリアルの話に対して忌避感はない。

 このギルド―プレイヤー仲間で構築され、組織運営されるチーム―アインズ・ウール・ゴウンは、社会人であり、異業種を選択した者が加入できた。その為、よくリアルの話はされていた。会社の愚痴の言い合いは、日常であり…今では懐かしい思い出である。

 

 モモンガは、まだギルドメンバーが大勢ログインしていたころを思い出して、懐かしんだ。

 話し始めて数十分後、ヘロヘロの熱がようやくひいてきた。

「すみません、俺ばっかり愚痴言っちゃって…。リアルじゃ言えないんですよね、こんなこと」

 頭部がプルンと揺れた。多分頭を下げたのだろう。

 俺が声をかける前に、空気の読めない声が飛び出してた。

 

「ん?彼女いないんですか?」

 

 ビキリ。

 男たちにヒビが入った。

「…パ、パインさん!」

 この人はなんでデリケートな話題を、前振りなくぶっ込んでくるんだ!!

「失礼なこと聞いてしまって、すみません。それから、あの、今日は最後まで残りませんか?お疲れなのは理解できます。でも…ユグドラシル最終日だし、久しぶりにヘロヘロさんに会えたし、もうちょっと喋りたいというか」

「いや、相手の都合も考えて話してくださいってば」

 前のめりになる魔女は、骸骨の制止を聞かない。たまに暴走するが、止めれば身を引いてくれる人なのに今日は強引だ。ゲームの最終日に嫌な思いをさせて、会えるのがこれきり…そんな悲しい終わり方は耐えられない。どうにかこの場を収めて、次もお互いが忌避なく会えるようにしないと…。

 モモンガは頭を抱えた。しかし、ヘロヘロが「あはは」と明るく笑ったことで杞憂に終わる。

「パインさん相変わらずですね。ふふ…前に会ったころと全然変わってない」

「そうでしょうか?んー…大きな変化が訪れていないせいですかね」

「私にも、大きな変化は訪れていません。あー…モモンガさんは、どう、ですか?」

「私は……私も、ないですよ」

「そうでしたか。はは…みんな独り身ですね」

「そ、そうですね」

 沈んだ声になるが、相手も同じだと少し安心できた。なにより、ヘロヘロは特に嫌な思いをしているわけではないようだ。ほっと息を吐く。

「ですねー。…それで、どうでしょう。残りますか」

 パインさんがグイグイと攻める。はっきり口にしていないが、「残りますよね」と強要していた。

 …本当に、今日は特に押しが強いなあ。どうしたんだ、この人。まあ、その質問は俺も聞きたかったから、止めないけど。

「えーと、その。すいません。本当は最後までご一緒したいんですけど…さすがに眠くて」

 残れないのか、そっか。…寂しいな。

 感情が声に乗らないように気をつけて、努めて明るく言った。

「……そうですよね。お疲れですもんね。ゆっくり休んでください」

「…引き留めてしまって、すみません。温かくして、寝てくださいね」

「こちらこそ、愚痴ばっかり言ってしまってすいません。…お二人は、どうされるんですか?」

「私はサービス終了の強制ログアウトまで残りますよ。ギルド長も残られますよね」

「ええ、そう考えています。もしすると、他のメンバーも来てくれるかもしれませんから」

「そうですか。…でも、正直ここがまだ残っているなんて思っていませんでした」

 現実のモモンガの顔が、歪む。しかし、ゲームのアバターに表情を変える仕様はないから、ヘロヘロに知られることはないだろう。そして、こみ上げた感情を見せる訳にはいかないから、声を出せない。

 人生で、はじめてできた仲間たちと作った場所だから、必死に維持したのだ。残業して疲れていても、次の日の出社が早くて少ししか眠れなくても。パインさんだって、一緒に頑張ってくれて。俺以上に、ギルドに必要な維持費を集めてくれた。

 

 仲間の一人から、そんな言葉なんて聞きたくなかった。

 形容しがたい感情が胸で渦巻いていたが、次の一言で霧散する。

「モモンガさんとパインさんが二人で、維持してくれたんですよね…おかげで俺は、こうして最後にアインズ・ウール・ゴウンに帰ってくることができました。…感謝します」

「ヘロヘロさん…」

「……皆で作ったものですからね。誰が戻ってきてもいいように維持するのはギルド長として当然ですよ」

「…パインさん。モモンガさんがギルド長だったから、俺たちはあれほどにゲームを楽しめたんですね」

「ですです。モモンガさんがギルド長だったから…皆さんと一緒だったから、私はこのゲームを楽しめました。…次に、皆さんと会うときは、ユグドラシルⅡだといいですね」

「それ、俺も同じことを考えていました。また集まれたらいいんですけど」

「ユグドラシルⅡですか…噂を聞いたことはありませんが、本当にそうだったらいいですね」

「そのときはぜひ!じゃ…そろそろ寝落ちしちゃいそうなので、アウトします。…最後にお二人にお会いできて嬉しかったです。お疲れ様です」

「私も嬉しかったです。…お疲れ様でした」

「体、壊さないように気をつけてくださいね。…お疲れ様でした」

 ピョコン。

 3人それぞれの頭上に、笑顔のアイコンが浮かぶ。プレイヤー同士でわかりやすく感情を表現するため、このゲームには感情(エモーション)アイコンがある。

「またどこかでお会いしましょう」

 その言葉を最後に、ヘロヘロの姿が消えた。ログアウトしたのだ。

 

 42人のうち、37人が引退した。そして今日来てくれた、3人のメンバー―その最後の一人がログアウトした。

 これで本当に、俺とパインさん2人だけになってしまった。

「ヘロヘロさん、今日はゆっくり休めるといいですね」

「そうですね。一人暮らしだと、体壊したら大変ですし」

 気休め程度の言葉を交わし、俺たちは黙った。

 正確には、俺が黙った。

 ゆっくりと、ヘロヘロがいた席からぐるっと見回して、最後にパインを見る。

 彼女はモモンガを見ておらず、キョロキョロと頭を動かしていた。

「…何度も見てますけど、ここに人がいないって変な感じですね。今にも皆さん帰ってきて、大騒ぎになっちゃいそうです」

「あはは、そうなったらいいんですけどね」

 本当にそうなったらいいのに、という気持ちを込めて言う。

「だといいんですけど。…モモンガさん、どうします?残りますか?」

「いいえ。最初に決めていた通り、玉座で最期を迎えましょう。…私たちはアインズ・ウール・ゴウン。最後まで悪のギルドっぽくありたい」

「わかりました。…では、ワタクシはこれから宝物殿へ赴き、支度して参ります。魔王様、玉座にてお会いしましょう」

「うむ。待っているぞ、人任せの魔女よ」

 頭部の球体が上下した後、魔女の姿がかき消えた。

 宝物殿へ転移したのだろう。

 さあ、俺も動かないと。

 円卓の中央に、あらかじめ用意しておいた手紙を置いた。この手紙に見えるアイテムは、誰かがこのアイテムを設置した部屋に入ると、中に書かれているメッセージが浮かぶという物だ。中には「来てくれたギルドメンバーへ。玉座の間にいます。モモンガとパインより」と書かれている。もしかすると、来るかもしれないメンバーへの手紙だ。

「それじゃ、行くか」

 皆が褒めてくれた「魔王」に相応しい装備に着替え終わると、席を立ち上がった。向かう先には、我らのギルド武器がある。各ギルドに1つしか所持できないもの。ギルド長しか所持できないもの。

ギルド武器:スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

アインズ・ウール・ゴウンの象徴、七匹の蛇が絡まった複雑な形をした杖。蛇は、それぞれ効果が違う宝石を一つずつ咥えている。

 手を伸ばし、黄金の杖を掴み取る。

 その瞬間、赤黒いオーラが揺らめき立ち上がった。

「ヘロヘロさんが来る前に見たけど、作り込み凄いな」

 杖に内包されるデータ―アイテムの効果、スキルなどの力は、ゴッズを遥かに超えて世界級(ワールド)に匹敵する。

 全アイテムの頂点に位置する物。ユグドラシル上に200種類しかない、至高のアイテム。ゲームバランスを崩壊させかねない効果を持っているワールドアイテム。

「パインさんと今日まで探してみたけど、11個から増えなかったんだよな」

 サービス開始から約12年も経っているのに、すべてのワールドアイテムが発見されてないってどうなってんだよ。ユグドラシル広すぎ。運営は糞すぎ。

 悪態を言いつつ、モモンガは円卓(ラウンドテーブル)と名付けられた部屋を後にした。

 

 

 

 白亜の宮殿。神々が住む王宮。

 そんな称賛こそが、最も似合うナザリック第九階層を歩く。

 この妥協がない作り込みこそ、彼らが本気でユグドラシルを遊んだ証になるだろう。そして、その思い出は、すべてが輝かしいナザリックの黄金時代である。

 皆で休日を合わせて、攻略不可能と言われたボスに挑んだ。

 かつてダンジョンだったナザリックを、初見で攻略でき、おかげで皆との絆がより一層強まった。お喋りだけで、一日がつぶれた。馬鹿な話ばかりした。

 サーバーきっての大軍、約1500人のプレイヤーに攻められ、そして全滅させるという伝説を作り上げた。

「(もう終わるのか。……すべて、なかったことになるのか。)」

 沸き上がる寂寥感は、サービス終了を止められないという無力感によって、さらに膨れ上がった。

 

 

 

 

 途中、第10階層で待機していたNPCたち―家令(ハウススチュワード)の仕事も行う執事セバス。その部下で計6人の戦闘メイド、チーム名プレアデス―を引き連れて玉座の門を開けた。

「お待たせしました」

「さほど待っていませんよ。ギルド長」

 玉座の間。数百のシモベを並べても、なお余る広さ。見上げる高い天井には、いくつもの豪華なシャンデリアが釣り下がっている。それは7色の宝石で作り出され、幻想的な光を放っていた。

壁には、天井から床まで大きな旗が計42枚、一定間隔で飾られている。一枚ずつ違う模様は、それぞれのギルドメンバーを表していた。

 部屋の最奥、十数段の階段がある。その上に水晶から切り出されたような、背もたれが天井までありそうなほど高い玉座があった。その背後の壁に、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが施された深紅の布が下がっている。

 玉座の前には一体のNPCと人間がいる。

 人間がパインさんで、美しい黒髪の美女がアルベド(NPC)だ。

 

 ギルドの本拠地にNPCを配置するには、“城以上の本拠地を所持する”しかない。この条件を、満たして得られる特典だからだ。配置したNPCは、拠点を守ってくれる戦力になる。

 そして、拠点NPCには2つに分かれる。

 まず、自動で湧き出る(POPする)NPCがいる。これらは外装、AIを変更できないが、殺されてもギルドに出費がない。POPできるのはレベル30までと決まっているため、最高レベル100のユグドラシルでは使い物にならない。

 これとは別に、完全に一から自作できるNPCがいる。拠点によって違うが、最低でも700レベルポイントを割り振る。例えばレベル100が5人、レベル50が4人といった具合に作るのだ。それがセバスたちであり、玉座の傍で待機するアルベドというNPCだ。外装、レベル、種族、職業構成、所持武器などがいじれる。POPするものよりも遥かに強い警備兵を配置することができる。

 ちなみに、我らアインズ・ウール・ゴウンの本拠地、ナザリック地下大墳墓は700レベルポイントではなく、もっと高いポイントを獲得している。

 

 

「セバスたちも連れてきたんですね。どこに並ばせますか?」

「玉座の下にしようかと思っています」

 パインは宝物殿に預けていた“魔女専用アイテム”を使うことで、人間、魔女の姿どちらにでも変更できる。そして種族を変更すると、取っている職業も変化するのだ。今の彼女は戦士職である。

 

 20代の女性。緑色の目は、植物の生命力を感じさせる色をしている。目元が少し丸めで、優しそうな雰囲気を醸し出す、可愛らしい美女だ。エメラルドの髪は短く、肩より少し上で切り揃えている。前髪は目元にかかり、右端から4割を耳にかけ、6割はそのまま流している。装備品は、人間の姿になったことでスカートからズボンに変わっていた。体のラインに沿った作りはそのままである。まるで翼を広げたようなモチーフの膝当てをつけ、先端だけ茶色の真っ白なブーツを履いている。

 武器は、杖から巨大な“ハサミ”に変わっていた。ハサミは背中に、まるで磁石がくっつくように、ぴたりと収まっている。

 

 パインは元々、スケルトンウォーリアーだった。しかし、魔法少女の職が取れるイベントで“見た目が人間になれる”職業と種族を手に入れ、現在の見た目になっている。

 つまり、人間種に見えるが、本当は異形種なのだ。

 

 

「久しぶりですね、人間の姿。それだと、他の装備に変更できましたっけ?」

「できますよ。魔女の姿は見た目固定ですけど、こっちは変えられるんです」

「たしか頭に付けてるアクセサリーは、別なんですよね?」

「あー、本体ですか?これは外れないんですよ。さっきみたいに魔女になるときは、外せますけどね」

 モモンガは、玉座の前でセバスたちを待機させると、自らは階段を上がった。

 パインがアルベドから離れ、ちょうど彼女と対になる玉座の反対側に立つ。モモンガが玉座に座り、やっと最後の瞬間を迎える準備が整った。

「はじめは私たちと、アルベドだけの予定でしたが、いいですね。セバスたちがいてくれると、グッと雰囲気が重厚になります」

 ピョコンと、サムズアップする笑顔の感情アイコンが、パインの頭上に出てくる。

 ピョコン。モモンガの頭上には笑顔のアイコンが出た。

「そう言ってもらえると思って、連れてきました。それで、なぜアルベドがワールドアイテムを所持しているんですかね?」

「タブラさんが、持たせたのではないでしょうか。見たときは驚きましたけどね」

「タブラさんが…」

 アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重視していた。だからこそ、皆で頑張って手に入れた宝を、勝手に持ち出していいとはずがない。

 軽い不快感から、アイテムを奪い取ろうかと考えた。しかし、今ここにいる仲間のまったく気にしていない様子。ならば、このままでいいか。

「あ、モモンガさん。アルベドの設定をちゃんと読んだことありますか?私はテキストコピーして家でも読めるようにプリントアウトしてるんですけど、長いですよね。さすが設定魔のタブラさん。細かい!読むのめっちゃ楽しかったです」

「設定にやたらと凝る人でしたからね」

 そして、その本が一冊できそうなほど長いテキストを、飽きずに読んで楽しむのがパインさんだ。

 パインさんも凝り性というか、自分の好きなものを曲げない人だよな。今の職業構成にするためにレベル80以上も落として、元のスケルトンウォーリアーから作り変えたんだから。

 

 ユグドラシルでは、体力が0になると“ゲームオーバー”になり、デスペナルティを受ける。その1つに“レベルダウン”がある。死ぬと5レベル分ダウンするので、これを繰り返せば手間と暇がかかるものの、職業構成を選び直せた。

 しかし、レベルが高くなれば上がりにくくなるので、大変面倒くさい。そして一時的だが、戦力外になるためギルドメンバーの迷惑にもなりうる行為だ。それらを承知の上で、彼女は仲間に頼み込み、話し合いの結果、イベントなど戦力が必要になる時期を外してクラスチェンジが行われた。あの時のパインさん、熱かったな~。

 

 

「そういえば、アルベドの設定をちゃんと読んだことがないんですよね。長いから後回しにしちゃって…ははっ」

「……なら、今読みませんか?アルベドと会えるのも最後ですし、ナマで読めるのも最後ですよ」

「なんですかナマって。でも、そうですよね。最後だし読んでみます。少し待っててもらえますか?」

「いいですよ」

 俺は急いでアルベドの設定を開く。テキスト量が量なので、斜め読みならぬ頭文字読みになってしまう。詳細は パインさんがプリントアウトした物で確かめよう。

 ようやく訪れた終わりの一文で、モモンガの思考が止まった。

『ちなみにビッチである。』

「え、なにこれ」

「あ、最後の一文読みましたか?」

「ええ。これって、つまり…そういう意味ですよね?」

「罵倒の意味のビッチでしょうね。…正直、少し引いちゃいました。いくら“ギャップ萌え”だとしても、ナザリックにいるNPCの最上位にいるのに、これじゃあアルベドが可哀そうで…」

 俺もそう思う。斜め上の方角に飛んで行った設定を考えるタイプの一人であった、タブラ・スマラグディナという仲間。ギャップ萌えを愛する男だった。

 でも、タブラさん。幾らなんでもこれは酷くない?

「うーむ」

 ギルドメンバーが作ったものを、個人の感情で勝手に変えてしまっていいものか。

「あの、設定変えちゃいませんか?女の子にこの設定は、やっぱり酷いですよ」

「ふむ…うん。いいですよ。俺も酷いなって思いましたから」

 現メンバーの後押しで、自らの迷いを打ち砕く。

 スタッフをアルベドに突きつける。本来、NPCの設定を変えるにはクリエイトツールでなければ操作できないが、ギルド長特権を行使すればその手間はなくなる。

 すぐに最後の一文が消え去った。

「はい、消えましたよ」

「ありがとうございます、モモンガさん。では、空いた隙間に打ち込みましょう」

「は?」

「だってみっちり容量いっぱい書き込まれているのに、隙間があるってなんだか落ち着かないっていうか。埋めたくなりませんか?」

「まあ、そうですね」

「“モモンガを愛している。”なんてどうですか?」

「は?……はあ!?」

「“ちなみにビッチである。”と文字数がぴったりなんですよ。ぱっと思いついた文にしてはイケてると、思います!」

「でも、えーそれって。すごい恥ずかしいですよ!」

「いいじゃないですか。それぐらい遊んだって。別に悪いことをしていませんよ。ただ、社長に恋する秘書というシチュエーションをこの場に作っていただきたいと、私はそう思うのです」

「…好きですね、上司と部下のセット」

「大好きです。大好物です。だって素敵だと思いませんか?尊敬できる相手と、頼れる相手がくっつく。その関係性は、結婚後も続くハッピーエンドの布石ですよ」

「ハッピーエンドですか」

「ハッピーエンドです。……ユグドラシルが終わっても、ナザリックは終わらない。いつまでも栄光と共に。そんな意味も込めている、つもりです」

 彼女の真剣な言葉に、胸が打たれた。

 俺たちはナザリックがなくならないように、毎日走り回った。実際42人でする作業量を2人だけでしたのだ。

 サーバー内を遊ぶより、ギルドの維持費用を稼ぐ時間の方が長かった。面白くなかった作業に、彼女は文句一つ言わず。自ら進んで稼いでくれた。「皆が作ったナザリックが好きだから、無くなってほしくない」と、そう零したことがある。

 俺も同じ気持ちですよ、パインさん。

「ナザリックが終わらないか。良いですね。でも、それなら俺じゃなくて“ギルメンを愛している。”にした方がいいんじゃないですか?部下に慕われる上司たちって感じで」

「それじゃオフィスラブじゃなくなりますよね?」

「ふふっ、そうでした。上司と部下の組み合わせがいいんですよね」

 “モモンガを愛している。”と打ち込む。

 まるで、理想の恋人の設定を作って恋愛話を書いたような気恥ずかしさに悶絶した。

「はっ恥ずかしい!」

「あはは、ナザリック万歳!モモンガさん万歳!アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

 顔を手で覆い隠す隣で、両手を何度も大きく上げ下げする。

 あまりの恥ずかしさに消してしまいたくなるが、このままにしておこう。

 せっかくパインさんが喜んでいるのだ。水を差す真似がしたくない。

 直視ができないので、設定はすぐに閉じる。

 

「ひれ伏せ」

 硬質な声が響き渡り、NPCたちが跪く。

「(え、今の声誰だよ)」

 モモンガは自分から見て、左側に立つ女性に顔を向けた。プレイヤーは2人しかいない。答えはわかっているが、あんな真面目そうな声ははじめて聞いたぞ。

「うんうん、皆に臣下の礼をとってもらった方が、この部屋には相応しいですね」

「たしかに、ぐっと雰囲気が増しましたね」

「でしょう?ナザリックにぴったりです」

 パイン・ツリーは片手を大きく広げ、視線を前方へ誘導する。

 42人のギルドメンバーの旗が見えた。

「モモンガさん、たっち・みーさん、死獣天朱雀さん、餡ころもっちもちさん、ヘロヘロさん…」

 一人一人、名前を淀みなく挙げていく。決して忘れることはない、俺のはじめての友達。そして仲間たち。

「……最後に、私。あー本当に、楽しかったですね。ユグドラシルは広すぎて、まだまだ冒険したりない。もっとお金集めしたいです。もっと花の種を集めて第六階層の森に植えて、綺麗な花畑を皆に見てほしい。それで作った紅茶も香水も、もっと色んな配合を試したい。もっと続けばいいのに、私は何にもできませんでした。サービス終了が発表されてからも、結構課金したんですよ。ユグドラシルが続けばいいなーって、続編の発表来ないかなーって。何もありませんでした。次はなかった。私は無力でした。当たり前です、何のコネクションもないプレイヤーなんだから。今日でここの糞運営とおさらばです。それは良いことですよね?」

 感情の嵐が、言葉の濁流となってモモンガに問いかけた。

 女の気持ちは狂おしい程、男と同じだ。

 この場所を残しておけない。一瞬で消え失せる時間を、ただ黙って受け入れるしかない。なんて悔しくて、不快なことだろうか。当たり前だ。誰も仮想の中では生きていけない。人は必ず夢から覚める。

 男には、夢の中でしか友人がいなかった。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは仲が良かったから、オフ会をしたことはある。何人かのメンバーとは、リアルで会っているのだ。そのときも、馬鹿な話で非常に盛り上がった。内容は忘れてしまったが、ずっと笑っていたことは覚えている。

 楽しかった。

「…本当に、楽しかったですね」

 ユグドラシルを引退し、疎遠になってからは会っていない。今は俺と、彼女しかいない。

 だが、彼女がいてくれた。

「パインさんがいたから、最後まで面白く遊べました。それに今の状況は、俺の理想の終わり方だと思います。仲間たちがいてくれないのがちょっと寂しいけど、玉座で終末を迎える。悪の組織らしい、俺たちらしい迎え方です。あなたが提案してくれたおかげです。ありがとうございます。次に遊ぶゲームどれにするか、ちゃんと連絡し合いましょうね。あなたが言い出しっぺなんですから、以前みたいに忘れないでください」

「それは私だって…。ありがとうございます。ごめんなさい、さっきは愚痴ばっかり言っちゃいました。あと、もう集合日を忘れたり、間違えたりしません。ちゃんとメモしてるし…。連絡もちゃんとします!いくつか気になる物があって事前調査済みなので、あとはモモンガさんに確認してもらうだけ。…あ、先にプレイしてませんからね。」

「信じてますよ。パインさん」

 

 

 終わりの時が迫る。

 あと20秒…。

 

 

 「もっと、一緒に遊びましょう」

 「はい、約束です」

 明日は4時起きだ。サーバー停止の午前0時を迎えたら、すぐに眠らなきゃいけない。

 俺たちは黙って、視界の端に映る時計を数えた。

 

 10、9、8、7…

 

 モモンガは目を閉じる。

 

 …5、4、3、2、1―――

 

 

 

 

 ……

 ………

 ………………

 

 

 

 00:00:06

 

 

 まだ時計は動いていた。

 ぐらりと軽く上半身が揺れるが、踏みとどまる。

「(これが“異世界へ転移する”瞬間なんだ…)」

 ちょっと気持ち悪いが、これからを考えれば苦痛にならない。

 

 だって、新しい日々が待ってるんだから!

 さよらな、社畜!

 こんにちは自然、ナザリック地下大墳墓、オーバーロード!!

 そして我らがギルド、アインズ・ウール・ゴウン!!!

 

「モモンガさ………んん?」

 女が立っている右側には、玉座があった。そこには心から尊敬できる、ギルドマスターが座っていた。

 そのはずだった。

 誰もいない。

 

「……モモンガさん?」

 

 男はいなかった。

 代わりに空っぽの玉座だけが残った。

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんたち。
モモンガさん休暇中。


 コンコン、と誰かにノックされた気がした。

 

 目を開ける、肌を風が撫ぜている。

「…ここは?」

 モモンガはオーバーロードの姿のままだった。

 青臭く、暗い森の中、ちょうどモモンガがいる場所だけ木がなく開けているため、何にも妨げられず月光が満ちている。その灯りでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝いていた。

 相変わらず風は吹いている。その度にバサバサと、ローブの裾がうるさい。

「青臭い?……匂いを感じてる!!?」

 ありえない!!

 電脳法によって、仮想現実では、嗅覚と味覚は完全に削除されている。触覚もある程度制限されているが、これらは現実と混同しないためだと言われている。

 なのに、今モモンガは“木々や草の青い匂いを嗅ぎ”、風が肌を撫ぜる感触を確かに感じていた。

 わめきたくなった瞬間、ふっと意識が落ち着くのを感じた。

 

 なんだこれ、一体何が起こっているのだろうか?大体、自分はナザリック地下大墳墓の玉座にて、パインと一緒にサービス終了時間を待っていたはずだが、なぜこんなところにいるのだろうか?

「……パインさーん」

 呼んでみるが返事がない。辺りには森と生い茂る草、あと自分が座っている岩しかなかった。どうして彼女は近くにいないのだろうか。

 視界には何も表示されていない。コンソールも、現在時刻を表す時計も存在していない。何故だ?

「Ⅱに移行したのではないのか?…GMコールもできない」

 コンソールを動かせないので、ゲームマスターに連絡できない。

 口に手を当てて、這い上がる感覚に眩暈がした。

「ありえない…なんだよ、コレ。一体何が…」

 そこで再び気づく。口が動いているのだ。唇がないので、正しくは顎が動いている。

 モモンガは、しっかりと歯に手を当てて、顎を動かした。

 ガチガチ…

 思った通りに動く。ゲームでは、これも再現が不可能だった表現だ。でなければ、感情アイコンなんて開発側は用意しない。

 モモンガは上半身、骨しかない体を見る。

 声は出た。口や喉、肺もないのにどうやって自分は声を出せているのか。まったく訳がわからない。

 

 …いや、分からないからこそ冷静になるんだ。

 ―焦りは失敗の種であり、冷静な論理的思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよ、モモンガさん。

 かつて、ギルドの諸葛孔明と呼ばれた男、ぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 再び、感情の波が収まる。さっきといい、どうにも抑圧されているようだ。これは一体なんなのだろう。

 頭を振る。今はそんなことを考えている場合ではないだろう、と自分に言い聞かせて。

 製作会社と連絡が取れなくても、一緒にいたパインには連絡できるかもしれない。魔法がちゃんと発動するかわからないが、試してみよう。

体の中に意識を向けると、杖から力を感じた。まるで自分を使えと主張しているようだ。

「(そういえば、ギルド武器持って来ちゃったよ。これやばいよな…、なんとかして守らなくちゃ)」

 ギルド武器が破壊されれば、ギルドは失われてしまう。このアイテムだけは、どんなことがあっても死守しなければならない。杖を握る手に力を込めた。

 

「「「オオオオオオオオオオオッ!!!!」」」

 

 突然獣の雄たけびが、大地に響いた。

 幾十にも重なったこえから、相手は複数いる。モモンガはすぐに自らに完全不可知化の魔法をかけ、近くの茂みの中に隠れた。これで、相手はあの岩から突然自分が消えたように見えるはずだ。看破されない限り、ワープを使ったと勘違いしてくれるだろう。続けて≪飛行(フライ)≫、≪魔法詠唱者の祝福(ブレス・オブ・マジック・キャスター)≫、≪上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)≫など、いくつもの魔法で自身を強化していく。相手は自分より強者だと仮定して、念入りに行った。

 ユグドラシルではレベル100が、ここではレベル1,000や10,000が当たり前かもしれないのだ。

 慎重に行動しなくてはならない。モモンガは息を潜めた。…ちょうど背中側から、人の悲鳴が聞こえてくる。それから物がぶつかり、壊れていく音もしている。…どこかが襲われているのか?

 どうしよう。戦力の見極めはするつもりだったが、早すぎる。心の準備なんてできていない。何より、今自らを強化・隠蔽した魔法だって発動はしたが、相手に効果があるのか全くわからないのだ。

 一度離れるべきだろうか?

 考える間もなく、≪敵感知(センス・エネミー)≫に引っかかる対象が、モモンガの前方から迫っていた。スピードは速くない、敵とは直線状にいる訳ではない。レベルが自分より10以上低ければ、十分に戦える相手かもしれない。

「(しかし、やはり魔法が効かなければ、敗北はあり得る。…クソッ!)」

 モモンガは杖から「月光の狼(ムーン・ウルフ)」を5匹召喚し、大きく迂回させてから接敵を命じた。銀色の狼たちは召喚者の命令通りに、まず自分から離れるように走り出した。

 ムーン・ウルフたちと主従としての、意識的な繋がりを明確に感じる。モモンガは、ユグドラシルと違い―召喚したモンスターは敵に向かっていくものだが―まさか今のように命令ができるとは驚いた。

 ゲームでは、ただ非常に足が速いだけの奇襲要因である。レベル20なので大して強くはない、モモンガからすれば弱すぎた。それでも、ウルフたちが倒されれば逃げるつもりでいた。

「(すぐに会敵するだろう。果たしてどちらが勝つかな)」

 背後で絶え間なく人々が「助けてくれ」「逃げろ」と叫び続けている。家か、森が燃えているのか炎の音までしてきた。辺りが焦げ臭くなっていく。

 もしかしたら、囲まれて逃げ場がない可能性もあるのに、そんな風にうるさくされたら集中できないぞ。苛立って背後を振り返った。モモンガの方からでも赤い光が見えている。しかし誰と誰が戦っているか、よくわからなかった。

「助けて!助けて、お父さん!!」

 ああ、可哀そうに子どもが死んじゃうのか。まるで映画のワンシーンみたいだなあと、ぼんやり光の方を見ていた。

 

 緊張を緩めたつもりはなかったのに、モモンガは周りが変化してから気がついた。

 ―森が切られている。木々は倒れるそぶりを見せなかったが、それらは“切断”されていた。ゆっくりと時間が動き出し、数秒の間をもってやっと木が倒れ始める。何十本も、同時にだ。

 こんな異常を起こせる何かがいる。感情は爆発し、そして瞬時に収まった。慌てず思考ができるのは、本当に有難い。…ちょっと不気味だけど。

 

 これだけの荒業を成せるのは、ユグドラシルではワールドのクラスに付いたプレイヤーだけだ。彼らはモモンガが自身にかけた隠蔽魔法を見破る術を持っている。手持ちには隠れるための課金アイテムがないので、ここから無事逃げ出すこともできない。

「……このまま身を低くしても、意味ないな」

 彼は覚悟を決めて、立ち上がった。盾役として長く愛用している「死の騎士(デス・ナイト)」を4体召喚し、前方と後方、左右に配置する。

「(これなら、攻撃されても一瞬は耐えられるだろう。…その一瞬に殺されるかもしれないけど)」

 モモンガは周りを見る。子どもの声が聞こえた場所の近くはすべて倒れているが、ムーン・ウルフを送った方角は切れていない木がある。つまり、中心地はあちらなのだろう。

「(なるほど…人の村がビーストマンに襲われていたのか。あの立っている奴がやったのかな)」

 約100m先で家屋がいくつも燃え、それが巨大な灯りとなり真昼のように周りを見回せた。防壁代わりの柵は壊され、大小様々な影が大地に伏せている。人間が多いのは、ここが人間の村だったからだろう。

 たった1人、炎に照らされ剣を持つ戦士が立っている。体格は男性的だ。背が高く、フルプレートを装い、肩から足元に届きそうな長いマントがたなびいている。剣と盾をそれぞれの手に装備していた。彼の周りには、人ではなくビーストマン―狼によく似ている―が5~6体倒れていた。体長2mもありそうな筋肉質の体が“両断”されている。腹や頭から中身が出ているのが、少々汚い。

「(汚い?あんなグロい物を見ていれば、俺なら叫んで逃げ出すのに)」

 感情の抑圧だけじゃなく、心も変わってしまったのだろうか?

 ここがどこなのか、俺はどうなってしまったのか、考えるのはすべて後回しだ。今は生き伸びなきゃいけない。

「……お、おお…お父さーん!!」

 子どもが戦士の足元から、飛び出した。どうやらあの子をビーストマンから助けたらしい。まだ燃えていない家屋から男性が現れた。子どもは父親に抱き着き、父親は子どもを抱き上げた。感動の再開シーンである。あの騎士は命の恩人なのだが、親子はそのまま家の中に入ってしまう。

「(いやいや、そこは泣いてお礼いうところだろ!なんで黙って行っちゃうかな…いるよな~お礼言わない人)」

 顔が見えないので今戦士がどんな顔をしているのかわからない。なんとなく、背中から哀愁を漂わせている気がしたので、心の中で合掌した。

 その時、接敵を命じたムーン・ウルフが帰ってきた。5匹全員無事だ。体力が20%近く削れているものがいれば、無傷もいる。どうやらレベル20数体で勝てる相手だったらしい。なんだ、弱くて助かった。

 現状センス・エネミーに引っかかる相手はいない。残る懸念はあの戦士だけだ。

「人助けするぐらいだし、対話して、こちらに敵意がなければ見逃してくれないかな」

 交換条件としてアイテムやお金を求められるかもしれないが、ある程度はいいだろう。 念のためスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはアイテムボックスにしまい、敵の目に入らないようにする。これでいいだろう。

 

「モモンガさん?」

「はい」

 名前を呼ばれて、つい応えてしまった。一体誰が呼んだのかと、顔を向ける。

「お久しぶりです、たっち・みーです」

「……お久しぶりです」

 驚いた。

 目の前にいる虫系の異形種は、間違いなくアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、たっち・みーだった。かつてモモンガを助け、生涯の宝となる仲間たちに出会わせてくれた恩人である。彼はゲームを引退したはず、それなのにゲームのアバターの姿のままモモンガの目の前にいた。

 ここは仮想現実のままなのだろうか?匂いや口が動くので、てっきり現実になってしまったと考えていたが、違うのか?

「…ああ、よかった。本当にモモンガさんだ。デスナイトが急に出現したので警戒しましたが、懐かしい声が聞こえたので、そうじゃないかと思ったんです!」

 嬉しそうに声を弾ませている。表情は動かず、口を開いてないが言葉を話せていた。

 完全不可知化を自分にかけていたはずだが、ワールドの称号を持つ戦士職のたっちならば見破れる。看破のスキルを使用し、確率で相手の居場所を探し出せるのだ。

「えっと、もしかしてあちらにいたのって…」

「あちら?ああ、そうです。さっきまで村の方にいました。」

 子どもを助けた戦士と同じ装備をしている。つまりあの摩訶不思議な出来事をおこしたのは、たっちさんだった。それなら納得できる。

「そうですか。俺はたっちさんだと気づきませんでした。ちょっと混乱していまして…」

「私もです。スキルで周辺に敵がいないことはわかっているんですが、ここから離れませんか?落ち着いて話がしたいです」

 頭を上下に振った。

「俺もです」

「では、あそこ。あの崖の上に行きませんか?上からなら見渡しもいいですし、木々が生い茂っているので見つかりにくいかと」

「では、そうしましょう」

 

 念じると、召喚モンスターたちは消えた。そして、全体に≪飛行(フライ)≫と不可視の魔法をかけ飛び上がる。

 

 

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんとたっちさん。

 まるで円錐のような山に、俺たちは降り立った。地面からほぼ直角に繋がっている斜面は、表面がつるつるしていてほとんど凹凸がない。途中にはネズミ返しのような出っ張った部分もある。それらは侵入者を妨げ、また選別してくれるだろう。そして山の頂上付近には、二人が入っても余裕がある広さの洞窟を見つけ、そこで休むことにした。≪センス・エネミー≫に反応はない。奥行きは約5mしかないが、狭い部屋には慣れているので、むしろ落ち着く。

 

「灯りを付けなければ、誰かに見つかることはなさそうですね」

「そうですね。一応、隠蔽魔法をかけておきますけど」

「お願いします。でも私もスキルで索敵をしますので、できるだけ魔力を温存してくれますか」

「わかりました」

 モモンガは最低限の魔法を発動させる。

 たっちもスキルを発動させていた。ゲーム時代の名残で、二人ともスキル・魔法名を声に出している。仲間との連携において「誰が何をしたか」を把握する必要がある。技名を声に出すのも、そういう理由があるからだ。

 まるで昔に戻ったようだ。胸が温かくなる。俺たちは洞窟の入り口近くから外が見えるようにしつつ、対面する位置に座った。

「敵の対策はこんなものですね。…灯りがなくて不便かと思いましたが、私は種族の基本能力に“闇視(ダークヴィジョン)”があるので夜でもよく見えます。モモンガさんも取得していましたよね?」

「そうですよ。さっきまでいた森がよく見えますね。あの襲われた村も…」

 

 

 上から村周辺を見ているからわかる。

 自分たちがいる山が村をぐるっと囲み、天然の要塞と化している。山と村の間には森が生い茂っていた。(たっちが切った周辺のみ、木々が倒れているが)

 約30軒あった家屋は、6割が崩壊するか燃えていた。無事な家には、襲撃から生き残った人間が負傷者を運び入れている。

 生々しい光景だった。

「…これは、すべて現実ですよね」

 頭から漏れ出した呟きだったが、たっちさんは同意してくれた。

「信じられませんが、認めるしかありません。私たちはユグドラシルで作ったアバターの姿で、異世界にいる。森の青臭さ、この洞窟の湿った匂い…リアルでなら感動するところですが、このような状況になっては恐ろしいです」

「それにゲーム時代に取得したスキル及び魔法、種族・職業の基本的な能力も自然に使えている。この体が、まるで元から自分のものだったように馴染んでいます」

「不思議ですね。スキルの範囲・効果の調整が感覚でわかるというのは…。そういえば、モモンガさんはデスナイトと…ムーン・ウルフでしたか?召喚されていましたね。どんな感じで操っていたのですか?」

「えーとですね。まず、どちらもユグドラシルと同じエフェクトで出現しました。そして主従…のような繋がりを感じて、それを手繰り寄せて命令します。ムーン・ウルフに“大きく迂回してから接敵しろ”と命じたところ、その通りに動きました」

「敵に遭遇したんですか!モモンガさんケガは…」

 身を乗り出し、アンデッドの体に異変はないか確かめようとする。

 慌てて骨の手を激しく左右に降った。

「ありません。私は大丈夫です。レベル20のムーン・ウルフ5体で戦闘しまして、多少体力は削られましたが余裕で3体の敵を倒せました」

「そうですか……無事でよかったです」

じっとこちらを伺う視線は、本人が納得したことで外された。元の場所に座り直し、「そういえば…」と話を続ける。

「…召喚したモンスターは、ゲーム時代より自由度が上がっていますね」

「はい。AIを組み込めば、先ほどのような簡単な命令なら実行できるでしょう。だけど、ムーン・ウルフにはそんなAIを組んだとメンバーからは聞いてないし…」

「ここが現実だから、できたことでしょうか」

「そうだと思います。まだまだ不確定な案件ですけどね」

 

 

 再び視線を村に戻す。

 20人ほどの男たちが鍬や鎌を持ち、村を警備していた。さらに観察を続けて、彼らの生活レベルに驚く。まるで映画で見た中世ヨーロッパ風の生活だ。井戸から水を汲み上げ薪を集めて火をおこし、湯を沸かしている。なんて手間がかかるのだろう。

「自然がほぼ崩壊してしまったリアルでは、まずお目にかかれない光景ですね」

「ですねー。映像に残っていれば、見ることはできるでしょうけど。あれって俺たちもできるでしょうか?」

「練習すればやれそうですよね。やってみたい気もしますが、少々面倒臭いというか」

「たしかに、灯りなら≪永続光(コンティニュアル・ライト)≫が収められているランタンを使えばいいだけですし、飲み物なら永遠に水が出せるピッチャーがある…」

 村の外れに穴があけられ、死人が運び込まれている。体が繋がったものより、バラバラになった死体の方が多かった。…それにしても、家の数に対して村人の総数が少ない気がするな。

「まだ燃えている家も多いですから、死体を運び出すのは難しいでしょうね」

「…モモンガさん、少しよろしいでしょうか」

「はい、何ですか?」

「あの村を襲っていたのは狼に似たビーストマンです。あいつらは人間を食べていました」

 カン、と手の平に握った手を当てた。

「なるほど。だから村人の数が不自然に、少なかったんですね」

「―そうです。そして…私は最初、彼らを助けようとは思いませんでした」

 たっちさんはまっすぐ俺を見据えている。俺も彼の顔をまっすぐ見る。

「戦闘を恐れていたわけではないんです。村人も、彼らを襲うビーストマンたちも強く見えませんでした。むしろ余裕で勝てるだろうと感じました。」

視線が村に移る。まだ埋葬は済んでおらず、大人も子どもも穴を掘り続けている。

「…何も感じなかったんです。いえ、可哀そうだと思いました。―それだけです。私がビーストマンを倒したのは、子どもが襲われていたからだ。我が子を思えば、見過ごすことはできなかった」

 話すにつれてどんどん感情がなくなり、言葉遣いが素に戻っていく。彼は拳を握り震えていた。

 男の言いたいことは、身に覚えがあった。人が襲われていても、焦りも憤怒も悲しみすら浮かんでこない。今も、彼らに対して憐憫を感じない。

 間をあけて、モモンガは話し出す。

「…俺だって同じですよ。人が襲われていても、助けようとは思いませんでした。むしろ敵がこちらに来ないことを願うばかりで…襲われていた子に対しても同じです。まるで虫同士の殺し合いというか、テレビで弱肉強食を眺めている感覚でした。映画のワンシーンだと、感心すらしていました」

たっちさんと目が合う。

「…私たちは、人間を同族ではないと判断しているのでしょうか?」

昆虫特有の眼には何体もスケルトンが移っている。…俺だ。人間ではないが、俺がそこにいる。

「…そうかもしれません。でも、人間でなくなったわけではありませんよ」

 ぎゅっと胸元のローブを掴む。肉体がなくなり、心臓も脳もないはずなのにモモンガは苦しかった。

「アンデッドは疲労無効なのに俺は疲れています。あのまま森にいるより、こうやってたっちさんと話している方が落ち着くし、楽だと感じている」

「私たちが元人間だったから…その感覚が残っているのではないでしょうか」

「元って…死んだわけではありませんよ」

「それは少なくとも、私に当てはまりません」

 一瞬何を言われたのか分からず、たっちをぼけっと眺めてしまった。

 彼は“人間に対する精神的な変化”を吐露するより、おかしなほど平凡な声で告白する。

 

 

「私は死んでいます」

 

 

「………は?」

「ちなみにウルベルトさんも亡くなっています。私の意識がはっきりしている内に死亡を確認したので、間違いありません」

 モモンガは眩暈に襲われた。

 

 仮想現実の現実化、そして異世界にきてしまったこと。

 自らの体がゲーム時代のアバターに変わったこと。

 さっきまで傍にいたパインは消えており、数年会っていなかったたっち・みーに会えたこと。

 身体と精神の劇的な変化。

 そして本人から聞かされる、たっちとウルベルトの訃報。

 

 一度に不可思議なことがおきすぎて、頭がパンクした。プシューと間抜けな音が脳内から発された気がする。そして精神の波が平らに戻される。便利だと思うが、ちょっとうっとうしくなってきた。

「モモンガさんはどうしてここに…?」

「俺は、死んだわけじゃないんです。ユグドラシルの最終日、パインさんと強制ログアウトを待っていたら、ここにいました」

「ユグドラシル最終日?それって八ヶ月後ですよね?」

「……………ちょうど日付が変わったので昨日のことですよ」

「えっ」

 

 難問が積み上がり山となる。

 俺たちはこれ以上、山を作らないために近状を話し合った。

 

 

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんとたっちさん。2

 一通り情報交換が終わったのは、ちょうど日が昇る頃だった。

 

 朝だ――。そう認識したとき、自然と体が洞窟の入口へ向かった。

夜空がだんだんと薄い青へ変化していく様に、目を奪われる。色が、鮮やかさが、瞬くまに表情を変えるのである。月夜に照らされて輝いた草花さえも、変わっていく。

やがて地上を青白く照らしていた星はゆっくりと姿を消し、地平線の彼方に輝くのはたった一つ。

「(太陽…なのか?)」

 映像や写真でしか見たことがない燃える星が、その顔を出した。

 その途端、一瞬強烈な光が世界を真っ白にした。思わず顔の前に手を掲げてしまう。閃光はすぐにおさまった。たっちは再び世界を見るべく、手を下ろす。

 

朝日が照らす場所は、新たに生まれた生命の輝きのごとく、きらきらと輝いていた。

 そして朝日に照らされた自分も、力が沸いてくる気がする。

 

私は世界の、黎明期を見ていた―のか?

 

 夜とはまったく違う、朝。

 目から脳へ、そして記憶に、心にこの光景が焼き付いていく。

 これほどの感動を味わったのは、あの子が生まれた日以来だと、思う。

 たった一瞬で、自分を取り巻くすべてが変わった。

「(……2人にも、見せてやりたい)」

 家族の笑顔が浮かび温かくなるも、眼下に広がる森がたっちの心臓を締める。胸が苦しくなった。

「たっちさん?」

 こちらの様子を気遣う―今はオーバーロード姿の―青年に声をかえられた。

 たっちは握った手から力を抜く。

「モモンガさん、朝はこんなにも、力強いものなのですね」

 相手は少し黙った後、同じように朝日を眺める。

「本当に、そうですね。…ブルー・プラネットさんとパインさんにも、見せてあげたかった」

 彼の惜しむ姿が、自分と重なる。さらに胸が苦しくなった。

「……皆さんと、見たいですね。ここで、この鮮やかな草の香りを吸い込んで、朝日照らされる世界を、一緒に眺めたい」

 

 日はさらに上る。すべてを照らそうとしている。眩しすぎる光に目を細めた。瞼の裏で、ギルドメンバーの姿が浮かぶ。そして、1人の男が残った。

 

「この世界に来たのは、俺たちだけなんでしょうか…」

 青年が沈んだ声を発する。騎士は頭を振った。

「わかりません。だから、モモンガさん。探しに行きましょう。それを確かめましょう!」

 

 大空を鳥が飛んでいく。

 

「ギルドメンバーをですか?こちらに来ているのか、わかりませんよ」

「そうですね。けれど、私たちと同じように来ているかもしれない。特に、パイン・ツリーさんはあなたと一緒に、最終日の強制ログアウトを待っていたのでしょう?それなら、他のユグドラシルプレイヤーを含めて、この世界にいてもおかしくはありません。なによりも、私は会いに行きたい。ウルベルトさんに、会いたいんです!顔を見て、問い詰めたい!なぜ、事件の場所にいたのか!あそこで何をしていたのか!そして…お前がやったのか、と」

 モモンガは胸が詰まる思いだった。

 

それは、たっちが先ほど教えてくれた事件。彼と悪魔が死ぬ直接の原因になったもの。

 たっち・みーが警護担当した場所で、テロリストを思わせる姿をしたウルベルト・アレイン・オードルが侵入。直後、彼らのすぐ傍で爆発が起きて、両者は死亡した。

 

 騎士は「誰が仕掛けたのか、なぜ爆発物が起動したのかわからない」と言った。

「…それを、聞いてどうするんですか?」

「犯人ならば、逮捕します」

「逮捕!?」

「罪を犯したんですから、償ってもらいます」

 

 鳥は翼を広げて、その小さな体で高く高く飛んでいく。

 

太陽が地平線を上りきると、村人たちが荷車を引いて動き出した。

 それを見たたっちが頷く。

「そうですね…人々のために働いてもらいましょう。大勢に迷惑をかけたんだから、今度は人の役立ってもらう!」

 ぐっと拳を握る。そして、勢いよくモモンガを振り返った。

「モモンガさん一緒に行きませんか!ギルドメンバーを探して、それから転移した原因を探しにいきましょう!ギルドでも随一の魔法の知識を持つあなたがいてくれれば、非常に心強い。ゲームを数年離れていたので、戦闘は若干心配ですが…盾役としては申し分ないでしょう」

 

 ワールドチャンピオンの称号は飾りではない。今、あの鎧はナザリック地下大墳墓の霊廟に保管されている。装備が少々不安だが、それらが無くとも、彼のステータスは超一級プレイヤーのものだ。装備に左右されるものの、レベル80台の敵には負けないだろう。しかも、スキルと魔法は十分使える。たっち・みーはブランクがあっても、充分頼りになるプレイヤーだ。

 なにより、仲間なのだ。

 たっちから“ギルドメンバーを探しに行こう”と言ってもらえて嬉しかった。彼の方から誘ってもらえて、安心した。彼はアインズ・ウール・ゴウンを忘れていなかったのだ!

 

「もちろんです!一緒に探しに行きましょう。みんなを探すとなると、2人では効率が悪いので、まずはナザリック地下大墳墓を発見しましょう。こっちに転移しているのかは、わかりません。見つかったとしても、NPCたちが命令を聞くのか、外に行動できるかわかりませんが…彼らに動いてもらえれば、今よりもずっとギルメンを見つけやすくなります!」

「拠点があった方が行動しやすいですからね。それに、他の人もギルドを探している可能性があります。それでいきましょう」

「では、次にナザリック地下大墳墓をどうやって見つけるかですが…」

「私にいい考えがあります」

たっちは、村人を指さした。モモンガは顎に手を当てる。

「村人に聞くんですか?」

「それもいいと思います。あと、彼らについて行きます。村を襲われた彼らは、おそらく国に身柄の保護を求めるでしょう。役所は、ここより人が多い場所にある可能性がある。つまり、街に行くはずです。そこで情報を集めます」

 人が多ければ、情報も収集しやすい。

 まず、この世界について学ぶ。平均レベル、魔法、スキル、言葉、文字、生活レベル、ユグドラシルについて、プレイヤーとナザリック地下大墳墓の情報を求めて。

「なるほど。でも、それなら彼らが行く方向へ魔法で飛んでいけば、すぐに街へ着くんじゃないですか?」

「街に入る前に、魔法やスキルが人間相手に効くのか確かめたいんです。…自分たちの身が安全な内にね」

 眼下にいる人間たちは、確実に私たちより弱い。隠蔽系魔法が効かなくても、姿を見られる前に逃げ出せる自信があった。

「私は、あいつを見つけるまで死ぬつもりはありません。見つけ出して、包み隠さず話してもらう」

「…私は、パインさんと約束しました。また、遊びましょうって…仲間との約束は破れません」

 たっちは頬を緩めた。モモンガはユグドラシル時代でも、今も仲間想いな男だ。

 たっちの緩んだ空気を感じ取り、モモンガも笑う。ガパッと口が大きく開いて―普通の人間なら大声をあげて逃げ出す程怖いが―楽しそうに。

 騎士は少々驚いたが、モモンガが笑ったのだと理解して、口角を上げた。

「行きましょう、モモンガさん。私はスキルを使って気配と音を消します。探知阻害などの魔法はお任せします」

「任せてください。俺もたっちさんの後ろにいますから、何かあればサポートします。あと、音を消すと話せなくなるので、常に《伝言(メッセージ)》を発動させておきますね」

「お願いします。私も《伝言(メッセージ)》が使用できるようにしておきますね」

 アイテムボックスから、赤い球がついたネックレスを取り出し、首にかける。これは《伝言(メッセージ)》の魔法が込められたアイテムで、使用制限なく発動できるものだ。

「…もう少し装備を整えてから行きますか?」

 村人の列は、まだまだ長い。簡単に見直す時間はあるだろう。

「モモンガさんを待たせてしまいますが、少し時間をもらってもいいですか?」

「問題ありませんよ。俺も見直しますから。これから長くなるかもしれません。準備は万全に整えてから行きましょう」

 

 

 

【つづく】

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王たちの旅路

天気は晴れ。青空に伸びる雲が太陽に反射してより白く映る。その中をモモンガとたっちは飛んでいた。眼下には村人たちが歩いている。

草木を刈り地面をむき出しにしただけの道いっぱいに列を作り、彼らは数日間歩き続けた。目的地は領主がいる街で、今日中に到着予定だ。

村人たちの顔には疲労が滲み出ており哀愁漂う。自分たちのように飛べたら楽だろうになあ、とその様子をぼんやりと眺めていた。

その和やかな空気が終わる。

「モモンガさん、反応多数、右側です」

隣を飛ぶたっちの方へ顔を向ける。

「行きましょうか。降りたらすぐに渡しますね」

「よろしくお願いします」

二体の異形種は右手の森の中へと降り立った。まず装備品をいくつか外して枠を空ける。モモンガはアイテムボックスから奴隷が付けていそうな太い鉄製の首輪と、その首輪と鎖で繋がった腕輪を二セット取り出して、たっちと分ける。一つ装備するごとにデバフがかかり体が重くなる。これは、これから戦う者へのーレベル差がありすぎてまったく意味がないけれど一応ーハンデである。

「では始めます」

「よろしくお願いします」

たっちが前衛、モモンガが後衛の位置につく。モモンガの魔法で防音など村人たちに気づかれないように周囲を隠し、見た目は静かな森のままにした。念のため盗み見る奴ら用にカウンターも用意して準備完了だ。たっちが挑発スキルを発動させる。

そして二人はじっと待つ。

やがて森を駆け抜ける足音が聞こえてきた。茂みからゴブリンたちが勢いよくたっちに襲いかかった。

一閃。

剣を抜く瞬間すら見えず、まったくバラバラの位置にある首を切る。二つになった肉塊が地面に若干跳ねて転がった。

その様子を見ても後続のゴブリンたちは止まらない。まるで操られているかのようにたっちに突撃する。今度は高速で動き一匹ずつ盾で攻撃を受け、生じた隙にモモンガが杖を振ってマジック・アローを発射した。ゴブリンたちの頭にヒットして爆ぜる。計十三体のゴブリンの死体ができあがった。

再び静寂が訪れて、たっちが頷く。

「うん、以上ですね」

「相変わらず、目にも留まらぬ速さでしたね。たっちさん」

「はは、ありがとうございます。これお返ししますね」

剣に血がついていない事を確認してから鞘に収める。借りた腕輪と首輪を外してモモンガに返した。戦闘のたびに使うなら持ち歩けばいいのだが、たっちのアイテムボックスが満杯なのでこうしてモモンガのアイテムボックスに入れているのだ。

装備を戻しつつ二人は話す。

「今回もあっさり済んじゃいましたね。この数のゴブリンなら村人たちに任せても良かったかもしれません」

たっちは首を振る。

「いいえ、みんな疲れてますから今までのように戦えなかったと思いますよ。疲労したまま戦闘すれば死者が出てしまいます」

たっちは正義感から行動するが、モモンガは違った。暇だったし、何よりも友人のために戦った。

「でしたら、俺たちが出てよかったですね」

「ええ、行こうとすぐに言ってくださって嬉しかったですよ。モモンガさん」

「時間が空いていましたからね」

どっと笑いがおこる。装備を整えた二人は、また〈不可視化〉と〈飛行〉をかけて村人たちの上へ飛んだ。戦闘前と同じように並んで彼らを見守る。

 

 

 

やがて、空が闇の衣を纏い始めた頃。村人たちはようやく大きな街にたどり着いた。

正方形に街を囲む城壁は堅牢だが、道路は整備が済んでおらず地面がむき出しである。村人たちは三メートルほどの門の前で兵士らしき人物と何か話していた。やがて門が開かれて彼らは内側へと入っていく。どうやら今晩は屋根のある場所に泊まれそうだった。

「よかった。それにしても、魔法がある世界でもあまり発展していないんですね」

「そうみたいですね。ゲームの街のように石畳が敷かれていることが普通だと思っていました。ところで、あれは何でしょうか?」

ローブを着て直径百七十センチぐらいの杖を持った集団が透明な板を出現させ、その上に兵士が荷物を乗せていく。

モモンガはその様子を凝視した。

「……見たことがありません。この世界特有の魔法でしょうか」

「モモンガさんが知らないならユグドラシルの魔法ではありませんね」

「いえいえ、そんな言い過ぎですよ。俺なんてまだまだ把握しきれていませんから!」

おしゃべりしながらも視線は下へ向いている。二人とも暗視のパッシブスキルを持っているので暗闇でも人々がよく見えた。透明な板は荷物を乗せて、術者の後ろに追従する。持ち運ばれる以外に使われていない。

「もしかして、荷運びするだけ?」

「それだけなら、ユグドラシル基準だと第一位階の魔法に該当しますね。うーん、もっと強い魔法を見せてもらえたら、この世界のマジック・キャスターのレベルがわかるんですが」

「低レベルのモンスターしか出現しないなら強者は存在しないでしょうけれど、油断は禁物。街に入るのももう少し様子を見てからにしましょうか」

「そうしますか。では今日は、あの山の頂上なんてどうでしょうか。街から近すぎず見晴らしがいいので遠視で街の様子を確認できますし」

「いいですね、行きましょうか」

二体は目的地へ加速した。十分がたった頃、突然たっちがモモンガの前に出た。

「モモンガさん、何か来ます」

「……補助入ります」

モモンガはすぐに何十種類ものバフを二人分発動し、念のためマジックアローを仕掛けておく。たっちは舌を巻いた。現役時代と変わらない状況判断力と理解力を頼もしく思い、自分も負けてられないと、スキルを上乗せしていく。

何かはギリギリたっちの目で追える速さで空を飛んでいた。あの姿はバードマンか?

それは突然、五十メートル先でピタリと止まった。慣性の法則をまるで無視した動きはまさしく魔法によるものだろう。

その物体の姿がはっきりと目に映り、驚愕した。

「二人とも、どうして臨戦態勢なんですか?」

「ペロロンチーノさん!」

「待ってください!」

すぐに近寄ろうとしたモモンガを騎士が止める。男はじっとバードマンを見つめて「いくつか質問させてください」と言った。

「私と彼の名前はわかりますか?」

「ええ、どういう状況なんですかこれ?答えますけど……たっちさんとモモンガさん」

手のひらを向けてそれぞれを示す。たっちは頷き、質問を続けた。この時にはモモンガにも状況を理解しており、あのペロロンチーノが本物であることを願っていた。偽物ならば殺す。仲間のイタズラならば笑って許す。

「では次に、私の一番仲が悪かったと言われるメンバーは?」

「ウルベルトさんでしょ。よく喧嘩してたし」

「正解です。では……私が創ったNPCについて答えてください」

「まだ続けるんですか?たっちさんのは、執事のセバスでしょ」

これは決まりだろう。第九と第十階層は誰にも攻め込まれていないため、セバスの姿を見たプレイヤーはギルメン以外にはいない。

しかし、たっちは用心深く質問した。

「最後です。アインズ・ウール・ゴウンで最もNPCを創ったメンバーを、言ってください」

「パインさんでしょ。ガチャでNPC作成アイテムを引き当てたとはいえ、十一も筋肉ばっかり創ったときはちょっと引きました」

「……たしかに、ちょっと多すぎるかもしれませんね」

無い肺から息を大きく吐き出して、吸い込む。今度は三人が飛び、ちょうど中間で落ち合う。

「お久しぶりです、すみません。変な質問して」

「お久しぶりです、たっちさん。本当ですよ、どうしたんですか?俺の偽物にでも会いましたか?」

「いえ会ってはいないんですが、疑心暗鬼になっているというか、あはは……」

「ふーん、色々あったんですねえ。ところでここが何処だかわかりますか?なんでユグドラシルのアバターでこんな場所にいるんですかね?」

「……ペロロンチーノさん、もしかして今さっき起きられましたか?」

「そうですよ?」

たっちとモモンガは顔を見合わせる。それからもう一度ペロロンチーノに向き合う。

「俺たちのこと警戒しなかったんですか?」

「しましたよ。でも大丈夫だと思ったので……なんて説明すればいいのかな。敵意はないと感じたというか」

二人は首を縦に振った。魔法やスキルでそういった感覚はすでに掴んでいたからだ。

「わかります」

「あ、そうですか?よかったー」

バードマンは胸を撫で下ろした。

そしてモモンガたちは笑顔で再会を喜んだ。視界の端は赤く、頭の先はすっかり暗いが一番星が美しく煌めいていた。

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

謎の少女は案内役?

 

三人が出会った山の頂上。そこにモモンガ、たっち、ペロロンチーノはいた。

魔法で防壁を作り、不可知化する。明かりはマジックアイテムのランタンを利用した。モモンガが魔法で椅子と机を創造し、それに座る。

眠る必要がない三体の異形種たちは、お喋りをした。

「へえ、モモンガさんたちはお互いに近かったんですね」

「ええ、近くに転移したんですよ。いや、転生ですか?」

「転生ですね。まさかユグドラシルのアバターになっちゃうなんて、驚きですよう。どうせならエロゲーの主人公になりたかった」

「……エロゲーがリアルになったら、それはもう現実であって、ゲームじゃないですよ?」

「それは嫌だな。やっぱりゲームはゲームでいいや!」

こうしたたわいもない話を続ける。まるで昔に戻ったみたいだ。

仲間と会話すると、ふとした瞬間にパインさんの顔が浮かぶ。彼女は大丈夫だろうか。自分と同じように、この世界にいるだろうか。

骨だけの手を見る。なぜユグドラシルのアバター姿なのだろう。なぜこの世界なのだろう。なぜ俺が。出口のない水は、ぐるぐると脳みその中で渦巻いた。

 

それは終わりを迎える。

 

遠い夜空の向こう。巨大な魔法陣らしき模様が、真っ暗な空に現れた。眩しく輝き地上を照らしている。俺たちはすぐに武器を手にとり、立ち上がった。

「あれは一体……?」

たっちが首を傾げている。ペロロンチーノは首を捻っていた。

「どこかで見たことあるような気がする」

モモンガは頷いた。それもそうだと。

「……魔法少女の必殺技ですよ。ほら、マギアっていう名前の」

「あっそれだ。パインさんが昔に見せてくれたやつにそっくりだわ」

魔法陣からいくつもの光が地上に降りていく。その内の一つがこちらに飛んできた。たっちが前衛に、モモンガとペロロンチーノが後衛に移動する。モモンガは全員に何重もバフをかけ、たっちとペロロンチーノも続けて自己を強化した。

 

光は彼らから少し離れた所に降りて、ローブを羽織った少女の姿へ変わる。

高校生から大学生ぐらいの歳にみえる。顔立ちは美しく、髪を短く刈り上げていた。ローブの下には丈の長いスカートがのぞいている。手にはカンテラを持っていた。少女は、モモンガたちの警戒を気にせず、まるで友人かのように語りかける。

「こんばんは。私はアインラードゥン。案内役の魔法少女よ。時間がないから手短に済ませるわね。あなたたちを、リアルからこの世界へ導いたのは私」

「なんですって?」

声を上げるペロロンチーノさんを、アインラードゥンは手で止める。

「本当ならパインちゃんの元まで送りたかったんだけど、力が足りなかったの。ごめんなさい。でも近くまで下ろせたから、あとは自力で進んでちょうだい。方向はあっちよ。真っ直ぐ向かって。ナザリック地下大墳墓の周囲に張り巡らされた、パインちゃんの使い魔が気づいてくれるはずだから」

思いがけず渇望していた情報を得て、驚いた。なぜこの少女はナザリックのことを知っているのか。もしかして本当に、自分たちをこの世界へ導いたのは彼女なのか。

 

だからといって、鵜呑みにはできない。

モモンガは聞いた。

「どうやって、それを信じろと?」

少女は眉を下げた。

「証拠はある。でも、あなたたちが確認できない以上、意味をなさないわ。だから、私の言葉を信じてもらうしかない」

真摯な態度だった。三人はアイコンタクトをとり、信じられるのか考えるよりも、質問することを選んだ。モモンガが口を開く。

「パインさんは無事ですか?今どこに?どうやって俺たちを、この世界へ連れて来たんですか」

「パインちゃんはナザリック地下大墳墓でみんなといる。この世界へ転生したきっかけはわからない。私は拾って、連れてきただけ。パインちゃんが望んだから」

たっちさんが半歩前にでた。

「パインさんが望んだ?だから、私たちはここにいるんですか?」

「あなたたちは、リアルとこの世界の境界に落ちていた。そこへ私が行って、お互いが望んで承諾する。私は魔法を行使して、この世界へ案内できた」

ペロロンチーノが苛だたしそうに頭をかく。

「あの、プレイヤーなら、まどろっこしい表現やめてくれませんか。只でさえ混乱しているのに、それじゃ、ちょっとわかりにくいですよ」

アインラードゥンは眉を釣り上げて、声を荒げた。

「急いでいるから、こんな言い方になるんです。パインちゃんの友達だから、こんなに融通を利かしているのに!」

まるで癇癪を起こす幼子だ。もしかしたら、見た目よりも精神年齢が幼いのか?その姿を見て、たっちが体を少し屈めた。言葉が子供向けへと変わっている。

「失礼なことを言ってしまい、すみません。私たちを、助けてくれてありがとう。パインさんとは、ユグドラシルで知り合ったんですか?」

「……そうです」

「あなたはプレイヤーですか?」

優しい声色で話しかけたおかげか、相手の調子が落ち着いてきた。

「そう。魔法少女イベントで出会ってお友達になったの。フレンド登録だってして、最後までイベントクリアもした仲なんだから」

「それは、仲良しですね」

魔法少女イベントは、魔法少女になることで参加できるイベントだった。アインズ・ウール・ゴウンからはパインさんのみ参加した。たしか、イベント中は同じ魔法少女たちと行動を共にしていたはず。その中の一人なのだろう。

「お友達だから、願いを叶えてあげたかった。ちょっとズレたけど、同じ世界の同じ時間に存在している。だから、また会えるわ」

アインラードゥンは再び、向こうの空を指差した。

「あっちよ。まっすぐ向かって。必ずパインちゃんに会えるから。パインちゃんもずっと会いたがっているから」

モモンガが、さらに質問しようと考えた。しかし、少女は前触れもなく光の球に戻ってしまい、空へと帰っていった。

ペロロンチーノが弓から力を抜く。

「行っちゃいましたね。アインラードゥンさん」

光の球は次々に、空へとのぼっていく。

「……とりあえず、情報を整理しましょうか」

 

 

 

その話し合いは朝まで続いた。

三人はまず、得た情報を整理した。

 

一、自分たちが転生した、そのものの理由は不明。しかし、アインラードゥンによってこの世界に案内された。そこにパインさんの意志が関わっている。

ニ、ナザリック地下大墳墓がある方角が判明。

三、「みんなといる」という発言から。パインさんはおそらく、他のギルドメンバーと再会している可能性がある。

 

それから、この情報をもたらした少女、アインラードゥンを信じるのか意見を交わした。

結果、示された方角へ進むことになった。他に手がかりはない。可能性があるなら、確かめておくべきだ。

 

三人は、太陽が顔を覗かせてすぐに空を飛んだ。

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見つけた希望の星

 

 

案内役と自らを呼んだ魔法少女、アインラードゥン。彼女が指差した方角へ、一行は飛んでいた。途中に大きな街や村が見えたが、あまり注目せず。まっすぐ飛んで行く。

ナザリックらしき影が見えず、ペロロンチーノがぼやいた。

「本当にこっちでいいのかな」

モモンガも同じ気持ちだった。焦がれた存在が、会いたい人が誠にこの先にいるのだろうか。疑惑は空っぽの胸の中でもやとなり、たちこめる。この中で最も目が良いペロロンチーノが見つけられないのだ。ナザリックはまだ遠くにあるのだろう。

たっちが沈む空気を入れ替えるように言葉を発した。

「たしか、私たちをナザリックから近い場所に落としたんですよね。案外すぐ着くんじゃないですか?とりあえず、夕方まで進んでみましょう」

隣りを飛ぶモモンガが頷く。

「そうしましょう」

 

そして夕方まで飛ぶと、村の外壁を木材でぐるっと囲んだ、村に着いた。

あっ、とペロロンチーノが驚く。

「あの気持ち悪いネズミ、パインさんのネズミだ!」

「どこに?」

「村の内外、そこら中にいるよ」

たっちはスキルを、モモンガは魔法で目を強化しよく見てみる。いた。間違いなく、パインの使い魔であるネズミたちだ。

ネズミたちは村を守るように、あちこちを走り回っている。時々、立ち上がってはキョロキョロと周りを警戒している。どうやらこちらには気づいていないらしい。つまり、ネズミたちの索敵能力よりも、ペロロンチーノさんの目のほうがいいんだ。

モモンガが二人に問いかける。その声は探し物が見つかった喜びで興奮し、抑えきれていない。

「本当にパインさんのネズミですかね」

「わかりません。どうしたら確認できるでしょうか」

「向こうが俺たちに気づいてくれたら楽だけど、敵だったら危ないですよね」

三人は一度話し合うため、元来た方角へ反転した。

 

 

森の中、魔法で防壁を築き、その中に腰を下ろす。モモンガが再びランタンを取り出し、灯りをつけた。おぞましい異形の姿が闇夜に浮かぶ。

「どうしましょうか。こちらから接触するか。味方だとわかるまで隠れているか」

「隠れている方が安全だよ。もし敵で、戦闘になったらどうするの?怪我したら今の俺たちじゃ死ぬかもしれないし」

「ヒーラーいませんもんね。アイテムにだって限りがありますからね」

「そういえば、あの村……他の村とは違ってやけに発展していましたよね。造りが頑丈だし、防衛設備が整っているし。もしかして、プレイヤーが力を貸しているんじゃないですか?」

「ということは、あの村を見張っていればいいんですよ。もしかしたら、ナザリックが力を貸しているのかもしれませんし!よし、今晩からしましょう!」

 

初日ということで、まずはペロロンチーノさんが見張り役をかってでた。次はモモンガさんで、最後にたっちさんの順番だ。敵かもしれないので、気づかれないように息を潜めて過ごす。大変息がつまる日だった。

しかし、昼頃。事態は動いた。

「あ、パインさんとルプスレギナ見つけた!」

頭上からそう聞こえてきて、すぐペロロンチーノさんの側まで飛ぶ。

「村の中ですか?」

「そう、今村人と話してる」

魔法で目を強化して、パインの姿を探す。

いた。村の中で一番大きな家の近くにいる。そこに人が集まっていて、中央には〈身代わり姿〉のパインさんと、ルプスレギナがいた。

たっちも上ってきて、パインたちの姿を確認する。

「二人で間違いないですね。どうします?今出ますか?」

「今行ったら警戒されませんかね?」

「それよりも、本物のパインさんか確かめないと。最悪戦闘になる可能性もあります。準備できたら、姿を隠さず接近してみましょう」

「了解」

「了解です」

 

三人は地表に降りて装備を見直した。特にモモンガの気合の入れようは半端ではない。

 

やっとパインさんに会える。

偽物ならば、友を騙った奴を殺したかった。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナザリック地下大墳墓側
ナザリックでは。


 プレイヤー名:パイン・ツリー。(女性)

 小説版、オーバーロードの世界に転生。

 小学校を卒業し、現在の会社に就職。

 ユグドラシルはサービス開始時からプレイしていた。異形種、スケルトンウォーリアーを軸に戦士系クラスを習得する。数年後、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の前身であるクラン(集団)【ナインズ・オウン・ゴール】に加入した。

 さらに数年後、ユグドラシルにて“魔法少女イベント”が開催された際に“魔法少女”を習得、種族とクラスを変更する。

 

 ナインズ・オウン・ゴールに加入し、前世の記憶が本物であると確信する。

 それからサービス終了時まで、金貨の貯蓄と課金、アイテム収集を趣味とし、ユグドラシルをプレイ。

 前世で見た、自然をもう一度見るため。

 小説で読んだ、彼らと会うため。

 モモンガともっと遊びつくすために、パイン・ツリーは最後まで残った。

 

 そして大事件は起こった。

 

 

 

「モモンガさんがいない!?」

 ハァアンッ!?私にとって【ナザリック地下大墳墓より。ナマで魔王生活を応援する異世界生活(カオスモード)】が始まるっていうのに、魔王様が消えたってどういうこと!??

 あのね、モモンガさんは後に魔王様じゃなくて“魔導王様”と呼ばれることになるよ。原作読んだのが数十年前でもこれは覚えてるよ、やったー!

 そして、異世界にギルド拠点ごと転移した直後、魔導王様は、ここにいる黒髪サラサラ長髪美女で悪魔のアルベドさんの胸をもっみもみするよ!ウェブ版では、メイドにパンツ見せるように命令するよ!!!紳士淑女みんなが気になるネタバレすると、パンツの色は白だよ!!

 白やったー!

 

「どうなさいましたか、パイン・ツリー様」

 アルベドって綺麗な声だよね。あの時見ていたアニメと同じ声…だと思う。この日のために、NPCたちと話していた(ゲーム時代なので、人形に話しかけている状態だった)けど、聞いたのは数十年前だから、自信ないです。

「白…じゃなくて、モモンガさんがいなくなってるの…」

「モモンガ様でしたら、先ほど姿を御隠しになられました」

「姿を隠した?」

 たしか、ナザリックのNPCの間で使われる隠語だよね?なんて意味だっけ?

「はい。まるで転移を行われたように、瞬時に御姿が見えなくなられたこと。加えて、ナザリック地下大墳墓から至高の御方々に共通されます至高の輝きを感じられませんので、おそらく“姿を御隠しになられた”のだと愚考致します」

 つまり、ログアウトか。異世界の転移に合わせてログアウトは、やばくない?

 本当にいなかったら、誰がナザリックを運営していくんですかね?私ですか?そんなバカな。

 モモンガさんに電話するように、脳内で話しかける。

「(…モモンガさーん!聞こえますか?モモンガさーん!!)」

 私から見えない糸が出て、意識の中を彷徨う。どんどん先に伸びていくが、相手が見つからない。

 これ≪伝言≫(メッセージ)は発動できているけど、相手が見つからなくて繋がってないな。

 ギルマスに連絡がつかないので、現在ナザリックを動かせるのは私だけ。

 嘘だろ…?

 “モモンガさん不在でナザリックと世界征服”という可能性に背が凍った。

 ありえない、ありえない、信じたくない。

 アインズ・ウール・ゴウンの中でも“馬鹿”な私だけで、ナザリックを守れるワケがない。

 なら、ここはどうなるの?敵に攻められたら、ここにいるNPCたちはどうなるの?守れなかったら?決まってる。

 みんな、死ぬ。

 

 私の、せいで?

 奈落の底に落ちそうになったとき、大声で叫ぶ“私”がいた。

 

 ふざけるな、まだ決まったわけじゃない!!モモンガさんがいてくれたら大丈夫だもの!

「(でも、今はモモンガさんいないよ。私ひとりだよ…)」

 今はそうかもしれないけど、見つかるかもしれないでしょう!ナザリックにいなくても、こっち(異世界)側に一緒に来ているかもしれないじゃん!探さなきゃダメじゃん!

「あ、そうか」

 

 その可能性を忘れていた。そうだよ、希望はまだあります!

 ならば行動しましょう!

 とりあえず、守護者全員に“異世界に来たこと”“警備レベル上げること”“モモンガさん探索”について話し合いたいから、集まってもらおう。

「アルベド、今から各階層の守護者を集めてくれる?6階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に集合させて欲しい。今から一時間後に来てね。アウラとマーレには私から伝えておくから、二人のことは気にしなくていいよ」

「かしこまりました、直ちに行動致します」

 恭しく膝をつく姿が、綺麗だ。私もこんな風に、魔導王様に跪拝したい。モモンガさんにとって、美しい所作の模範がデミウルゴスだった。

 ならば、私はアルベドを模範とし、恥ずかしくない自分になろう。

 パインは頷くと、次にセバスに命令した。

「セバスは、プレアデスの中から一人連れて……いや、取り消します」

 すでに、原作とは違う流れになっている。もしかしたら、セバスはナザリックの外で戦闘になるかもしれない。だったら、ユリたちじゃ戦力不足になる可能性もある。

 ―計画は用意周到であれば、確実に敵を殺せる。それはアインズ・ウール・ゴウンで学んだことだ。

 この世界のほとんどはレベルが低く、レベル30程度のザコが英雄級と人々に称された。

 もちろん例外はあり、ほとんど見かけないがレベル50以上もいる。そして、作中明確にはされていないが、レベル100と思われる強敵もいた。

 ナザリックで屈指の強さを誇るセバスでも、負ける可能性があることを考えると…ある程度強くて、レベル100同士の戦闘にも役立つ味方が必要か。…私の使い魔がちょうどいいかな。

「セバスはこの子たちと、地表部分を見てきてちょうだい」

 ぶっつけ本番、スキルはちゃんと使えるかな?

 

 私は、自らの内側に語りかけた――、

(出て来い)

 

≪使い魔召喚・上位≫

 スキルを唱える。体の中心に応える者がいた。

 それらは玉座の階段下、セバスたちがいる目の前に現れる。

 暗く淀み、心の底から恐怖を呼び起こそうとする真っ黒い沼。そこから這い上がったのは、一匹の巨大なカニだった。その胴体は、セバスの身長と同じくらいある。体は茹でられたように赤く、目は見たものの恐怖を呼び起こそうとする気配に満ちた黒だった。全身がとげとげしており、シオマネキと呼ばれる種類のように片方のハサミが異様にデカい。中肉中背の成人男性を一度に数人断ち切れそうな、凶悪な作りをしている。甲羅部分に一際目立つ、氷柱上の突起物が見えた。

 カニが完全に姿を現すと、沼は元からなかったかのように、消え失せたのだ。

 

 次に天上から物音がした。そして小さい何かが降ってくる。

 ―ネズミだ。炭のように黒い体、赤い月を連想させる目をしていた。体長10~15cmぐらいだろう、決して強くない―弱そうな―見た目をしているネズミは、カニの上に落ちようとしていた。このままでは、あの氷柱状の物で体を突き破られるだろう。しかし、そうはならなかった。ネズミは空中でくるりと体を回し、氷柱の上を“滑った”。まるで曲芸を見せられたようだ。普通ではありえない身のこなしをしながらも、その仕草はただのネズミだった。―強さを感じ取れない、妙な気味悪さが小さな生き物にはあった。

 

 そして空中に花弁が浮かび上がり、床に落ちず漂った。赤、ピンク、黄色、白、薄紫、だいだい…様々な花弁が密集し、膨らみ、弾けた。そこにいたのは、少女を模しただろう人形だった。髪は薄い桃色で、春を思わせる生命の喜びに満ちた輝く色だ。細かいフリルがあしらわれ、腹部に大きなリボンが飾られた膝丈のワンピースも桃色だ。髪を一つにまとめているリボンと、腹部の物は同じ赤い色をしている。膝下からは白いソックスを履いており、ショートブーツはプラチナの輝きを発している。それだけならば、ただの可愛らしい少女の恰好をさせた人形であった。この人形の皮膚…肌が見える顔などの部分がすべて、禍々しい闇だ。

 

 セバスはその人形の闇を目にすると、彼の創造主たっち・みーが去っていく瞬間がフラッシュバックした。固く目をつぶる。できることならば、あの日を思い出したくなかった。足元が崩れ落ちそうな危うい浮遊感が、セバスを襲う。

 他のNPCたちも同様に、困惑している。

 

 それに気づかず、パインは使い魔の召喚に成功し、軽い調子で言った。

「―うまくいった!セバス、この3体を連れて、ナザリックを中心とした半径1kmの地表部分を確認してきて欲しい。召喚した使い魔が消える前に戻って欲しいから…大体50分かな。そのぐらいで帰ってきて、私に直接報告すること。話ができる相手―知的生命体―と遭遇したら、できるだけ穏便に…ナザリックに連れてきてね。戦闘になった場合は、そこのネズミが隠密に長けてるから、そいつに情報を絶対に持ち帰らせて。あと、カニは防御が高く耐久性があるからタンク役になるよ。センパイ…女の子の人形は、回復と攻撃が得意よ。うまく連携してね」

「はっ、かしこまりました。しかし、パイン様自ら御創りいただいたしもべをお借りせずとも、ここにいるプレアデスたちでも任務をまっとうできるかと…」

 

 あー、やっぱりセバスたちNPCは、ギルドメンバーが召喚したNPCを自分たちより上に見ているのか。私としてはギルドメンバーが心を込めて創った、自分たちをもっと大事にして欲しい。

 そう考えながら喋ったため、気持ちが表面化した。

「プレアデスたちは、9階層で侵入者の警備についてほしい。それに、至高の存在が創ったシモベが尊いなら、このナザリックにおいて最も尊いシモベはセバスたちだと思うな。…お前たち、セバスがリーダーだ。従え」

 

 なんと、幸せな日だろうか。至高の御方から直接「尊い」と仰っていただけるなんて…。セバスは、視界が滲み、そっとハンカチを取り出した。隣から、押し殺せない嗚咽が聞こえてくる。アルベドは微笑みを絶やしていないが、翼がプルプルと震えていた。薄っすら頬も赤く染まっている気がする。

 皆の心が浮き上がる中、御方の声で目が覚めた。いつもより低く、威厳がある声で命令される。自分たちに下されたわけではないが、身を引き締める衝動に駆り立てられた。パイン様が御創りになられたシモベたちが、私に向かって姿勢を低くする。あの人形を見る。闇は身を潜め、ただ黒い肌がそこにはあった。力を抑えたのだろう。再び創造主との記憶が蘇ることはない。

「(これがパイン様の御力、そして御創りになられたシモベの実力…)」

 御方のシモベの能力に押された不甲斐ない我らを許し、気遣ってくれたのだ。なんと、お優しい御方だろう。至高の存在に感謝し、その恩に報いるため、より一層忠義に励むことを誓った。

 

 召喚した使い魔たちとの精神的なつながり…見えない絆を手繰り寄せる感じで、命令する。

 3体はそれぞれセバスの前に並び、姿勢を低くした。彼らにできる精一杯の敬意を表していることが、絆から伝わってくる。

「従うってさ。いいかな?」

「良いもなにも、我らは至高の御方の忠実なるシモベ。その御言葉に異議はございません。……出過ぎた真似をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。パイン様の御心遣い、心より感謝致します。その御恩に少しでも報いれるよう、このセバス、全身全霊をもって任務をまっとうさせていただきます!」

 目力すごい、やる気に満ち溢れてるよお!意気込みがすごく伝わってくる。その勢いに押されて、思わず後ろに引きかけた。

「あ、ありがとう」

 勢いあり過ぎて心配になる。でも水を差す真似はしたくないから、このまま進めちゃおうか。

「プレアデスたちはさっき言った通り、9階層で警備につくこと」

「かしこまりました、パイン様!」

 代表であるメガネ美人なユリ・アルファが返事をした。プレアデスたちもやる気に満ちている!

「では、行動開始!」

「「「承知致しました。我らが主よ!!!」」」

 

 深く頭をたれると、一斉に立ち上がり扉へと向かう。最後にアルベドが扉を閉めて、玉座の間が静まり返った。

 

 

 

 初回ながら、うまくNPCに指示できた気がするー!!

 やったー!モモンガさん、褒めてくれー!…あ、今いなかったや。

 

 束の間、達成感に包まれていたパインは、ある失態に気づいた。

 顔からあらゆる感情が削げ落ち、ガクリと崩れた。

 思い出したのだ。

 

「“素”だった」

 

 ユグドラシル時代と同じ感覚で、NPCたちと話してた。

 威厳がある支配者っぽい話し方なんて、一回もやってねえ。

 めっちゃ気さくに話してしまった…!

 

「…やってしまった!前言撤回します、モモンガさんごめんなさい!!」

 今からでもやるべき?それとも急なキャラ変更は、不信感を煽るだけだからやめとくべき?

 うんうん唸り、スポンジ脳みそをぎゅうぎゅうに絞ったが、どうすればいいかわからない。

 ただ、確信していることがある。

 例え、私が支配者らしくなくても、ナザリックは私を見捨てないだろう。

 そこまで考えたところで、ナザリックに相応しい主になろうと奮闘していたモモンガさんを思い出し、パインは自己嫌悪の航海に出た。

「見捨てられるかどうかの話じゃない。自分がどうなりたいか…ですよね。舐めたこと言って本当にごめんなさい」

 頑張らなくてはならない。

 この栄光あるナザリックのギルドメンバーの一人として。

 

「えーと、スキルは使えたから、私が使用できる能力は問題なく発揮できる。なら、守護者が集まるまでやっておくべきことは?」

 原作通り、レメトゲンの間にいる悪魔たちの動作確認?スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがない私では動かせないよね?

 侵入者の警戒?それは外にいるセバスが、最も早く感知できるだろう。彼に与えたネズミは隠密もでき、索敵もそれなりにできる。音を拾うだけなら数kmの離れていても、知覚できる。大丈夫だろう。

 あとやっておきたいこと…ワールドアイテムだ!

「そうだ、外に出るメンバーにワールドアイテムを持たせたい!」

 ニグンを手に入れた後、漆黒聖典たちからアイテム奪いたい!…いや、これって今すぐに必要ではないな。

 でも、パンドラズ・アクターにモモンガさんがいないこと伝えておくべきだし。―そう、力を借りたいんですよ!アルベドに仲間として頼られる頭脳の持ち主だから、めっちゃ頭いいはず。第六階層に連れて行って、皆に紹介しよう。それで…パンドラならモモンガさんに気づくだろうし、モモンガさんも“モモン”の外装を使えばパンドラに…少なくともナザリックに気づいてくれると思うから。うん、パンドラに冒険者やらせよーっと!アルベドも行きたがるだろうけど、ナザリックの内政は君にしかできないから、残ってください…。ごめんね。お詫びに、モモンガさんの部屋に入っても何も言わないからね。モモンガさんにも内緒にしておくね。

「良い匂いがするって言ってたし…うん、ナザリックの未来は明るい。問題ない」

 結局、以前から考えていた【モモンガさんを説得して、初期からパンドラを参加させよう!】案が実行になった。…人の黒歴史を勝手に掘り出すって、ありえないよお。モモンガさんに相談したいけど、ご本人いないから仕方ないよね?…再会したら、謝ろう。そんで言い訳させてもらおう。

 あと、宝物殿をからっぽにできないから、あいつ呼んで警備させよう。

 

 …やることいっぱいだから、メモしとくか

 パインはアイテムボックスが無事に作動することを、確認した。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自作NPC

 パイン・ツリーが自作したNPCは、第5階層・氷河にいた。

 この階層は、かつて地球を襲った“氷河時代”を思い浮かべてくれれば、わかりやすいだろう。

 雪で覆われた真っ白な世界。常に激しい吹雪が吹いており、それに準ずるダメージ、スタミナの低下、移動速度の低下など。様々なバッドステータスが侵入者を襲う。

 対策をしていなければ、身動きが取れず、たちまち体力が0になってしまう階層だ。

 

 この階層には、階層守護者の住居、氷結牢獄、そして魔女の館がある。

 今回、用があるのは魔女の館だ。

 

 パイン・ツリーは玉座から、第5階層のある雪山に転移した。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移できて嬉しいが、それよりも眼前に広がる自然にくぎ付けになる。

 こちらのリアルでは失われた自然に、感動した。雪のサクサクという音。ゴオオオッと吠える吹雪。ずっと先に見える巨大な氷山は、自然の恐ろしさと雄大さを表しているようだ。例えデータでも、記憶の中の雪とよく似ている。この作り込み、作成担当をしたメンバーは本当にすごいと、改めてパインは感心した。

 

 そして身を縮める。

 寒冷地エリアの対策は元より、よく足を運ぶエリアなので必要なアイテムは装備している。

 しかしリアルになった第5階層は、とっても寒そうだった。

「さっむ。寒さを感じないけど、見た目が激しくて寒い」

 不思議な感じなのだが、体に吹雪が当たっても痛くなかった。綿が当たるような感覚で、決して痛覚を刺激するものではない。これがアイテムの力か!偉大だなァ!

 

 約20cm大の雪だるまを作ってから、雪山の中にある祠に入った。

 天然でできた洞窟っぽい見た目に、中央に館へ直接入れる転移門が設置されている。そして転移門を中心に円状に柱が6本置かれていた。柱には特に装飾はされていない、縦にまっすぐ何十本も筋が入れられているだけである。

 祠は観覧車一台が入れるぐらい天井が高い。その天井には、ライトブルーのクリスタルが素材にした大きなシャンデリアが下げられている。

 シャンデリアは自ら輝きを放ち、祠を淡い青色の光で照らしていた。

「(綺麗!あー、青い光のおかげで心が落ち着く…)」

 ちなみに、このシャンデリアは侵入者を撃退するアイテムである。

 シャンデリアの細かいクリスタル一つ一つが、氷属性のビームを打つ。侵入者に属性耐性があっても、凍結による動きの束縛、足元が氷り滑って動きにくくなるなど、他にもペナルティが敵を襲う。それら、すべてに耐性がなければ戦いにくくなる、ちょっと小賢しい罠だ。この罠がユグドラシルと同じく、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーに対して作動しないことに安心した。パインはどうどうと足を進める。

 

 転移門は無人ではなく、常に2体のしもべに警備させている。

 数十体の虫系モンスターが日替わりで交代するため、アインズ・ウール・ゴウンの攻略掲示板にも記載されていないモンスターもいた。ここまで来る侵入者は少ないので、あまり情報が上がらないというのもある。

 今日は、腕が4本、足が2本のクワガタとカブトムシがいる。

 武器は装備していないので、格闘タイプかな?

 パインに気づき、顔だけをこちらに向けて凝視している。恐怖公も当てはまるけど、本当にこのタイプの異形種は、どういう体の作りになっているのだろう。

 傍に寄ると、2体は腰を低くした。

 

「これはパイン様、魔女の館入口へようこそいらっしゃいました」

 クワガタが話しかけてきた。

「こんばんは、ヘドラはいる?」

 あ、また素で喋っちゃった。ひえ、私って本当におバカ。

「はい、館にてグリーフキューブを生産されています」

「そう、ありがとう」

 お礼を言うと、ガチンと固い物同士がぶつかった音が反響した。

 クワガタが下顎を鳴らしたのだ。かわいい。

 威嚇じゃないよね?喜んで鳴らしたんだよね?

「至高の御方のご質問にお答えするのは当然でございます。ですから、そのようなお言葉は不要でございます」

 すっごい嬉しいけど、恐縮しちゃうらしい。萌える。でも、そう言われてもなー。

「教えてくれて、有り難いから。ありがとうって言いたい」

 …ハハッ!また素だよ。全然気をつけてないな、私。困ったな。

「急ぐから、またね」

 

 これ以上ボロを出さない内に、返事を待たず転移門に入った。

 一瞬、視界がすべて真っ白くなるが、すぐに終わってしまった。

 

 

 

 

 景色は変わり、パインは室内にいる。

 床は大理石、壁は木造である。室内には中央より奥に転移門を置き、対面に両扉がある。部屋の隅に一人用のソファと、傍に赤い薔薇が入った白い花瓶が置かれている。そして、壁一面ほど大きな絵画が目に入った。少女が花束を持ち、父と母と共に笑う姿が描かれていた。

「(リアルになると、この部屋はこんな感じになるのか…)」

 ゲームの時より、ちょっと薄暗い気がする。

 ゲームの世界が、現実になれば何かしら変化があるのか気になっていた。かつて仲間から“ナザリック地下大墳墓オタク”と呼ばれたパイン。今度すべての階層を見て回ろうと、心に決めた。

 それから、もう一つ決めていく。

「…ハッキリ、堂々と話すこと。言葉にしやすい丁寧語を使う」

 深く吸い込み、大きく吐き出す。浅く吸い込み、腕に力を込めた。

 

 両扉を開けると、大広間に入った。

 100体ほどなら問題なくシモベを配置できる広さがある。一番奥には結界が施された、縦3m横2mの両扉がある。2階建ての造りで、パインが立つ位置から、左右に二階へ続く階段があった。

 その階段の一番下、パインから見て左側に、館の雰囲気に合わない鉄制のゴミ箱があった。シルバーで円柱の、スタイリッシュなゴミ箱だ。実に、蹴り飛ばしたくなる。

 広間には仕事中のシモベたち―およそ20体―が、足を止め、パインを凝視している。

 すごいプレッシャーだ。あんまこっち見ないでほしい、緊張しちゃうよ。足を後ろに引きかけるが、目的を思い出してその場に踏みとどまる。

 広間にいるNPCを見渡す。ほとんどが虫系モンスター、ちらほらとメイドと男性使用人がいる。

 しかしお目当てのNPCはいない。

 まだ、奥の扉から戻ってきていないようだ。呼びに行くかと考えたところで、一体のメイドがこちらにやってきた。

 

 ナザリックにいる他のメイドと同じメイド服を着ている。エプロン部分が大きくスカート部分は長く落ち着いたもの。「メイド服は決戦兵器、メイド服は俺のすべて」と豪語した仲間が、原画を描き起こしただけあって、驚くほど精巧である。特にエプロン部分の刺繍は、舌を巻く。この細かすぎる刺繍をそのまま再現した、外装担当のメンバーは悲鳴を上げながら作ってたね…。

 まさに絶美と称賛されるべき作り込みだ。出来上がった時もそうだが、このメイド服を直に見れて嬉しい。

 そして、そのメイド服を着るメイドも、9、10階層に配置された美しいメイドたちと同じく、絶世の美女だ。

 こちらへやって来たメイドは、身長は約170cmで、華奢な印象だ。彼女は黒髪を片側にまとめ、耳の下から流している。名前は「クレンチ」。名づけ親は、餡ころもっちもちさんだ。

 ちなみに、魔女の館の食料は奥の扉にある畑ですべて作られている。なのでナザリックに悪い影響は一つもない。むしろ食料が必要な階層に、お裾分けしているぐらいだ。

 

「パイン様、ようこそいらっしゃいました」

「挨拶は、いい。ヘドラに用がある…あります。そろそろグリーフキューブ生産は終わるかしら」

 “毅然”とした態度を目指したけども上手くいかない。グッダグダやけど、やっていくことが肝心だと思うので、このまま支配者ロールやろうね。

「はい、もうすぐ終わるかと思われます。ヘドラ様の部屋でお待ちになられますか?」

「いいえ、迎えに行きます」

「かしこまりました。では、すぐに護衛の準備を致します」

 メイドの背後に、ザッと虫系モンスターが並ぶ。その数15体、この部屋にいたすべての虫系だ。今ここにいる戦闘系しもべを全員を出動させるとか、めっちゃ過保護じゃない?そんな鬼畜仕様にあの部屋を作ってないから大丈夫だよ。

「必要ない。大体…ヘドラだけでも倒せるように造ってあるもの」

「しかし、至高の御方が護衛もなく、あのような場所に行かれるのは…」

 庭に出る感覚だけど、襲ってくる敵がいるから心配なのね。心配してくれてありがとう。

 でも味方が多いと、動きづらいからねえ。

 

 再度、丁重に断ろうと口を開こうとして奥の扉が開いた。

 1体の神父姿の男が、5体の虫系モンスターを従えて現れた。

 男はある宗教の祭服にそっくりなローブを着込み、上着に付属するフードを目深く被っている。十字架が描かれているはずの場所が、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインに変わっていた。

 

 種族・二重の影(ドッペルゲンガー)、それがパインのNPCだ。

 名前は「ヘドラ・ファンタズマ」、髪も耳もないつるっとした卵型の頭部。顔はぽっかりと空いた空洞が3つ、目と口の位置に空いている。黒く塗りつぶした、それらしかない。眼球も鼻も唇も歯も、削ぎ落とされたようになくなっている。ドッペルゲンガーの姿そのままだ。

 数種類の外装を持ち、普段は複数の部下を連れて戦闘するため、指揮官のクラス・スキルを多数習得している。

 コマンダーやジェネラルなど指揮官クラスには軍服がよく似合う。しかし、あえて“祭服”を着せたのは私の趣味だ。聖職者の服って、きっちり隙なく着込み、信仰の尊厳さ、神聖さが滲み出て美しい。それがとても良い。

 

 趣味と性癖を混ぜて、パインにとってはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと同じくらい使用頻度が高い“グリーフキューブ”の生産を任せたNPC。

 魔女の館を守護する“領域守護者”、使い魔の指揮系統を一切担う“結界の管理人”、魔女の特別な使い魔として創造されたNPCである。

 

 一歩一歩床の感触を確かめるように、ゆっくりとした動作でパインの方へ歩いてくる。

 緩やかで指先まで神経を張る所作は、非常に美しく。そして彼が着る祭服が、一連の動きをおごそかな雰囲気に昇華していた。

 

 ゲーム時でも、仲間たちが心を込めて創ってくれたヘドラはその見た目に反し、綺麗だった。

 現実では少し違う。

 綺麗で、圧倒される。

 作り物ではない、命ある動きが、何度も私を揺さぶるのだ。

 

 やがて充分な距離をとり、ヘドラはパインの眼前で頭を浅く下げた。

「ごきげんよう、我が創造主よ。ようこそ我が館へ、歓迎しよう」

 ぎゃあ!渋い声が埴輪顔と合ってないー!パンドラの高い声が記憶に刷り込まれているから、余計に違和感を感じる。ショックだ、でもカッコ良いいよ。

 ちょっと上から目線な感じなのは、そう話すように設定したからだ。

 私は全然気にならないけど、クレンチは眉を吊り上げている。何も言わないのは、ヘドラがそう創られた存在であることを、知っているからだろう。…彼女にとって、ストレスの多い職場ではないことを祈る。

 最初はびっくりしたけど、ヘドラの声は低めで深く渋い、耳に心地よく浸透していく素晴らしい声だと思う。(…正直に言おう、MGSのスネークの声だ。渋い声が好きなんだ)想像していた声の通り、ヘドラが喋っている。 

 ずっと聞きたかったNPCの声が聞けて嬉しい。胸に熱いものが、こみ上げる。あー、こっちに来てよかった。

「…まるで、はじめて出会ったころを思い出しますね。傍にはヘロヘロ様がいらっしゃったというのに、あなた様の目には、私しか存在していなかった」

 フフンと、片頬を上げている気がする。多分。こっちは胸もお腹も一杯だが、ヘドラは余裕があるらしい。

 “はじめて会った”は間違っていない。二次元と三次元の壁は大きいもの。

「そうなのかな。…これから宝物殿へ向かいます。付いてきなさい」

「御意。では、準備しよう」

 ヘドラはアイテムボックスから、毒無効など複数の効果が付与されたネックレスを取り出す。

 私もアイテムボックスを開き、モモンガさんから貰ったもう一つのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをヘドラに渡す。これがないと、宝物殿に行けないんです。

 さあ行くぞ、と動く前に気になったので聞いてみよう。

「…ヘドラ。あなたがいない間、この領域は誰が守るの?」

「私の副官に配属されたレベル85以上のシモベが、指揮を執ります。そして規定通り、彼らだけでも戦えるように魔獣のレベルを下げます」

 なるほど。ゲーム時代に決めたことと、同じルールで動いているのか。

「…問題ないわね。行きましょう。じゃあね」

 皆、仕事中にお邪魔しました。またねー。

 転移するとき、その場にいたしもべたちが一斉に頭を下げたのを見た。

 重たい。

 

 

【つづく】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宝物殿へ。

魔女の館から転移して、宝物殿に転移した。

宇宙に届くだろうNPCたちの忠誠の一端を見たパインは、精神的にかなり疲れてしまった。

頭の中は、今後の予定でいっぱいである。周りを見る余裕がなくなり、眼前に輝く金貨や財宝が見えなくなった。

と言っても、ギルドメンバーが二人のみログインするようになった頃から、金策はパインがしていた。転移して目の前にある金貨は、ほぼパインが投げ入れた物だ。見慣れすぎているから目を引くようなこともないのだ。ちなみに、担当していたわけではなく、モモンガより早くログインできたからやっていただけである。金策は魔女の館で行えるので、簡単に稼げて、モモンガも合流しやすかった。

 

「パイン様。私はこれからパンドラズ・アクターと代わり、宝物殿の守護を任されよう。良いかね?」

「あ…ええ、それでいいわ。私は変身していくし……」

「変身を?…外に出られるのか?」

「いいえ。モモンガさんがいないから。」

「モモンガ様が?ふむ、そうかね。モモンガ様は最近、リアルが忙しいと仰っていたから、先にログアウトなされたのかな?」

「……多分?」

えーと、ヘドラにはどこまで伝えていいのかな?守護者に言っていない事は言えないよね?組織の情報は上から順に伝えるものだし、セバスたちに命令した内容は黙っとこうか。

まいった精神で、もやもやと考える。パンドラに話すときも、守護者と同じタイミングでいいのか?…創造主がいなくなったのだから、先に話すべき?うーん、でも本当に終了間際にログアウトしたのかもしれないし、そうなればこっち側に来ている可能性は未知数だ。何もわからないのに伝えていいものだろうか。

「創造主よ、多分とはどういう事でしょうか?」

「ううん…えーと、今日は…といっても日付が変わったから、もう昨日の話ね。強制ログアウトを待つと仰っていたわ。だけど、私より先にいなくなってね…驚いたの。でも、アルベドはログアウトしたんじゃないかって。確かに、モモンガさんは今ナザリックにいないから、アルベドが正しいと思う…」

 突然の敬語ビビるからやめてね。その低い声に敬語とか最高だから、また聞かせて欲しいです。

 それにしても、モモンガさんがログアウトしたら……異世界転移できないんじゃね?こっち来られるの?別ゲームからの転移者いるのか?モモンガさんがこちらに転移するゲームをする確率とか……、そんな偶然あり得るのかな。

「…御身の静寂を破ることをお許しください。パイン様、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

 敬語ありがとうございます!なんて浮かれたいけど、嫌な予感に心が引かれて、気分が沈み気味だ。あと、他のことを考えている余裕はない。

「話?それは急ぎの件なの?そうじゃないなら、今は用事があるから…」

「失礼いたしました。では、後ほど」

「うん。じゃあ、速く着きたいから走って行きましょう」

「畏まりました」

 

それから霊廟に辿り着くまで、私たちは風よりも速く宝物殿を走り抜けた。高速による風の冷たさや痛みを感じない。頑丈な体が羽のように軽い。これが今の私なのだと、少しドキドキした。

 

 

 

 

 長い廊下を抜けると、明かりがほとんどついていない広い空間に出た。

「パンドラズ・アクター、出てきて」

 静寂を破る声は、普通の大きさでも室内にこだまする。やがて、反対側の通路から姿を現す人影があった。

 いや、異形種だ。

 

 人型体の体、頭に歪んだヤギの角。顔を縦で割り、その半分を隠す仮面。

 ギルドメンバーのウルベルトさん。

 

 おおう、ウルベルトさんのアバターって現実になると、悪意と憎しみと恐怖を掛け算したような、雰囲気醸し出すのか。すごく怖い。けど、迫力があって超絶かっこいいぞ。

お顔から見える体毛がフサフサで柔らかそうで触ってみたいなー、なんて思うけど怖くて言い出せないやつ。しかし、今目の前にいるのはウルベルトさんに変身したパンドラなのに、こんなにもオーラあるとか…悪魔だから?

 第六階層に付いてくるように言えないでいると、ヘドラが動いた。パインとパンドラズ・アクターの間に立ち、声を上げる。

「パンドラズ・アクター、急ぎパイン様に従い行動してもらえるかね」

 有無を言わせない友人の声に応えるように、悪魔の姿がぐにゃりと歪み…元の姿に戻った。

 軍服にヘドラと同じ卵頭で、唯一顔を飾る目と口がぽっかり空いた闇に見える。ドッペルゲンガーだ。

「ご機嫌麗しゅう、パイン・ツリー様!そして、我が無二の友よ。挨拶もなしとは、何か異常事態ですかな?」

踵をカツンと鳴らし、オーバーアクションで敬礼を決めたパンドラから視線を感じる。うう、モモンガさんの事を話したいけども…。「……後でまとめて話します」と言って顔をそらした。ごめんね、今はそれしか言えないの。残り数十分の我慢とは言え、罪悪感がすごい。息子さんの顔がまともに見れねえ…!あと、想像以上にオーバーアクションの衝撃がくる。敬礼はかっこいいけど、心の奥に巣くう“厨二病”が発病しそうで危ない。

「まとめて、ですか。わかりました。その時を待ちしましょう!」

 仰々しくコートを翻すのやめよ?脳内でモモンガさんが「ぐわああああ」って悶えちゃうよ。

「わ、わかってくれてありがとう。じゃあ、“変身”してくるからちょっと待ってて――」

「おお!いつもの御姿になられるのですね!パイン様の神聖な“寝具”はいつでもお使いいただけますよう、私が全身全霊で清掃しております!あのパイン様専用アイテムは、この世に二つとないのですから、その希少さからして……」

 わあ、パンドラズ・アクターのマシンガントークだ。

君の熱い話は聞きたかったんだよね。私は、アイテムや登場人物の細かい設定、他者の考察とか、自分にはない視点を見れるから好き。だけども、今は急いでいるからタイミングが悪いね。

「――パイン様。指輪は預かりますので、お急ぎください」

 ヘドラが区切ってくれた。助かった。

「…頼んだ。また後でね、パンドラ」

「はい。行ってらっしゃいませ、人任せの魔女様」

 魔女は頷き、熱が引いたパンドラとヘドラに見送られ霊廟奥へと消えて行った。

 

 

 

足音が聞こえなくなったころ、パンドラズ・アクターは友人に向き合う。いつもとは違い演技っぽさを感じない。ナザリックでも、現在ヘドラしか知らないだろう素の彼だ。

「……ヘドラ・ファンタズマ、すみませんでした。至高の御方であり、我が親友の奥方様を怖がらせるつもりはありませんでした。心より謝罪します。」

「ありがとう、パンドラズ・アクター。卿の謝罪、丁重に受け取らせてもらう。それから、あまり気負わなくて大丈夫だ。パイン様は怒っていない。この件でパンドラ、卿を罰するつもりはない。」

「左様ですか…」

 パンドラズ・アクターは、胸に溜めた息を吐く。

 至高の御方々は神のごとき存在であることは、NPCたちの常識だ。そんな方々の思考を読み取るなど、愚行だ。それはNPCたちが、至高の存在の足元にも及ばないと思っている故である。

 

しかし、パインとヘドラは違う。それは、2人が“夫婦”だからではない。魔女と使い魔という魂の根幹から繋がるもの同士だからこそ、分かりえるのだ。ヘドラ・ファンタズマは自らの王、創造主であるパイン・ツリーから直に流れてくる“感情”を汲み取った上で、「パイン様は怒っていない」と発言している。

 

パンドラズ・アクターも、その事情を知る一人だ。ヘドラが断言するならば、信じられる。

けれども、彼が至高の存在を怖がらせてしまったことも事実だ。

「ヘドラ、貴方は覚えているでしょうか?パイン様は以前、ウルベルト様に変身した私を見て“よく似ている。まるで本人のように恐ろしく、威厳があり、邪悪だ。”と、笑って褒めて下さいました」

「覚えている。そして、理解しているとも。卿があの日のことを想い、今日もウルベルト様に変身したのだ。パイン様を驚かせ、喜ばせるために。至高なる御方の言葉とおり、卿の変身は大変素晴らしかったよ。なぜなら“恐怖”と“感嘆”の両方を感受されたのだから」

 ヘドラが言い終えると同時に、パンドラズ・アクターはコートをオーバーアクションで翻し、演技かかった口調で言う。

「ありがとうございます。ヘドラ・ファンタズゥーマッ!さすが、私の無二の友であり、ナザリック地下大墳墓においてただ一人、至高の御方と心を通わせる者よ!!…至高の御方の御心を知ることができ、安心しました。教えてくださり感謝します」

 祭服の異業種は創造主に定められた口調で、友人に応えた。

「構わないとも。私はある程度パイン様の御心を口外する許可は頂いている。何より、卿が悲しむことを望まれていない」

 ヘドラは、ちらりと霊廟奥へ続く通路に目を向けた。

「パンドラズ・アクター、パイン様の護衛を引き継ぐ卿に、伝えておくべき報告が上がっている」

「お聞きしましょう」

 

 

「現在、ナザリック地下大墳墓の周辺は沼地ではなく…草原となっている」

 

 

 

 

 

 

 

 壁の窪みにいる像は、仲間たちの姿に似せて創られたレメゲトンたちだ。そのさらに奥にワールドアイテムと一緒にパイン専用アイテムも置かれていた。

 天上も床も壁も白銀の部屋。天井は中央から優しい光が降り、眩しくて直視できない。

 この太陽にも似た光は無属性の光だ。太陽の光のように優しいが、いざとなれば幻惑、猛毒、魅了、盲目などなど……敵を状態異常にかける真っ黒な光に変わる。なぜ侵入者を攻撃するアイテムを設置していないのか?

 

“私”がやるからさ。

 

部屋の壁際には一つ一つが小さな祠を模した台座がある。その上にはワールドアイテムが鎮座していた。

その中心に、場違いとも取れる花が植えられてある。花は半径2mの円の中に植えられ、赤、白、ピンクを中心に様々な色が鮮やかに咲いている。種類はまばらだが、どれも最高級の香水、食事などに必要な、希少な素材でもある。

 パインは、その花の中心に置かれた棺桶に用事があった。

 木製の棺桶は、この神聖な場所には合わないほど“なんの装飾もなれていない長方形の形”をしていた。だが、何の装飾も施されていないというところが、少し特別かもしれない。

 持ち主が近づくと棺桶の蓋は、ゆっくりと横にずれた。中には周囲と同じく花がいっぱいに敷き詰められている。まるで花のベッドにパインは足を入れ、座り、仰向けになった。光が眩しい。普段なら眠れないが、だんだんと瞼が重くなる。

「(転移してから身代わりの体に移るのは、はじめて。フレーバーテキストには、使い魔の体に乗り移る、としか書いてなかったし…怖いことは何も起きないよね?)」

 ちょっと心配だが、もう眠たくて仕方がない。

 パイン・ツリーは目を閉じた。遠くで何かを引きずる音がして、同時に天井からの光が遮られていくのを感じた。

 

 

 

 体が沈んでいくと思った後、誰かに腕を引かれた。「起きて」って意味だと思うんだけど、合ってるかな?

 ゆっくりと“瞼”を開く。そしてすべてが白銀の部屋、白い光が降り注ぐ天上、ワールドアイテムが置かれている台座。前方には、パンドラズ・アクターとヘドラが待つ部屋と繋がる通路がある。

 

 私は立っていた。背後には、蓋が閉じられた棺桶が置かれている。

 左手を上げてみた。真っ黒な線のように細い手だ。右手には先端が二股に分かれ、その中央に直径10cm程の丸いエメラルドが浮かぶ杖を所持している。

 

パインは今、ナザリック地下大墳墓が異世界に転移する前、円卓でヘロヘロに見せた姿に変化していた。

顔は真っ黒で、凹凸のない球体。大きな“魔女の帽子”を被っている。そして肩から上部分がない―つまり首がないため―、頭部が浮かんでいる。上着は白く、非常に丈の短い―鎖骨あたりまでしかない―。その裾は金で縁取られている。襟は長めで、顎下まであり、ない首が隠れていた。体のラインに沿う赤のドレスは腰辺りから、少し膨らんでいる。

 

 ふむふむ、どうやら体の動かし方は人間の頃と大差ないらしい。これは楽でいいね。

 なによりも…よかった、無事に発動できたようだ。

 

 

パイン・ツリーは、あるイベントをクリアして、“魔法少女まどか☆マギカ”の魔法少女の力と体を手に入れた。そして、“円環の理に導かれし者”なので、魔法少女の姿で、魔女の力も扱うことができる。

導かれたのに、なぜ地上にいるのか―他のプレイヤーのようにゲームをプレイできていたか―というと、女神様に許可を貰っているからだ。つまり、円環の理から派遣されているから、ユグドラシルにいられたし、こうしてナザリックにも留まることができたのだ。

 

 

パンドラたちに告げた“変身”とは、スキルや魔法の名ではない。《魔女の身代わり》というスキルを使って、魔法少女の姿から現在の魔女の姿になることを指す。

 

“魔女の身代わり”―使い魔に、自身のソウルジェム(魂が具現化されたもの、魂そのもの)を装備させ、乗り移るスキル。回数制限はない。スキルを発動させるには本体を棺桶に寝かせる必要がある。このスキルを使用中は、乗り移った使い魔のレベルに合わせてステータスがダウンする。使用できるスキルや魔法も制限され、また変化する。そして、装備は使い魔ごとに固定されているので、変更は不可能。さらに、本体の時よりアイテム所持数が減る。

色々制限はあるが、“死亡時にレベルダウンしない”―死ぬのは使い魔の体であり、プレイヤーではないからだ―というメリットがある。ちなみに、使い魔に装備させていたソウルジェムは使い魔たちが回収してくれるらしい。他の所持アイテム、使い魔の装備品はランダムにドロップしてしまう。回収されたソウルジェムは、パインに届けられる。それまでは復活できない。

魔女の代わりに使い魔が死ぬスキル。

これがパイン・ツリー、ナザリック唯一の魔法少女の能力の一部である。

 

彼女はこのスキルを気に入っていた。

 

身代わりに乗り移るとき、使い魔の体が、こう……魔法少女みたいに変身するんだよ!

キラキラっと星のエフェクトが輝き、使い魔の体から、この顔が真っ黒い球体の体に変化する。そして最後に、私の“魔女の口付けのマーク”が浮かぶ。それがめっちゃかっこいいんだよ!!!

これ私やギルメンがやったんじゃないよ?元からそういう仕様なんだよね!運営様ありがとうございます。まどマギファンにはたまらないサービスです!

ちなみに変身シーンは、自分じゃ見れない。なので、ギルメンに録画してもらった映像見せてもらった。自分の視点からは、さっきのように棺桶に横になると画面が暗くなり、何もわからない。そこだけが残念です。

 

 私がこのスキルを「変身」と呼ぶ理由は、変身シーンがお気に入りだから。この姿も、異形種らしくて可愛いし、大好き!ちょっと不気味な感じが、ファン心を掴まれる…!

 

 なによりも、ユグドラシルがすごい。

魔法少女の力を手に入れたプレイヤーごとに能力や、姿が違うのだ。一人一人違うんだよ?これらにかけた時間と労力は、計り知れない。一体どうやって用意したんだ…。

 

 

 いけない。今は考え事にふける時間なんてないんだった。

 問題がないなら、2人のところへすぐに戻らないと。まずは、身だしなみチェックからしようか。「さてさて、現実になったこの姿はどんなものかな?」と、アイテムボックスから手鏡を取り出す。そして自分の顔を見てみた。

「……特に変化なし、か」

 ユグドラシルで見た、いつもの自分だ。おかしなところは何もない。

 少し残念に思いながらパインは、ヘドラたちが待つ場所へ歩き出した。

 

 

 ふと、己のキャラクターで一番重要な設定を思い出す。

「そういえば、転移後の円環の理ってどうなっているんだろう。こっちでも機能しているのかな?…私の体にはなんともないけど」

 

 

 

【つづく】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みんな集まって。

 

宝物殿はヘドラ・ファンタズマに任せ、彼の指輪をパンドラズ・アクターに貸し与え、第六階層へと転移する。

まず、目に入るのは石造りの廊下だ。人工的な灯りが先から見える大きな格子戸へ向かう。黙って歩く私に追従するパンドラは気を利かせてくれたのか、静かだ。

パインは感動していた。

「(ここはよく通った道だ。ゲームで何度も、ぶくぶく茶釜さんとやまいこさんと餡ころもっちもちさんたちと一緒に歩いた)」

第六階層でおしゃべりをしたり、自分たちが創ったNPCたちを集めては着せ替えて遊んだ。

前進すると青臭さと土の匂いが鼻腔いっぱいに香る。今生では嗅げなかった懐かしい匂いだ。前の人生なんて、あまりにも古い思い出という感じなので詳しいことは覚えていない。

性別は何だったか、確か人ではあった。それから他はどうだったか。家族は?好きなものは?好い人は?

霞がかかったように遠く、輪郭を失っている。

 

ただ、オーバーロードだけははっきりと思い出せた。

今生でSNSでユグドラシルのロゴを見たとき、それらだけは明確に蘇ったのだ。モモンガさん、アインズ・ウール・ゴウン、ナザリック地下大墳墓、NPCたち、ギルドメンバーたち。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国…。

少々穴抜けながらもオーバーロードを思い出したら彼らに会いたくて、ユグドラシルをプレイし始めた。

 

 

そうして未知の世界を楽しんでいるうちに、モモンガさんたちのことはすっぽりと頭の中から抜け落ちてしまう。ぽんこつな私は1年以上アインズ・ウール・ゴウンとはまったく関係ないプレイヤーと一緒に遊びまわる。

楽しく初心者時代をプレイできたのはいい思い出だし、遊んでくれたメンバーとは友達になれた。けれども、オバロファンなのに原作を忘れてしまったことが情けなくてし、ばらく落ち込んだ。

 

 

パインは、今回は大丈夫だと思いたかった。

「(原作の流れは紙に書き出しておいた。だから大まかな流れはわかる。でもモモンガさんがいない。私が残り、彼がいないことがとても怖い)」

何度も押し寄せる不安は引いてくれず、じわじわと前を向いて歩もうとする足にからみつくようだ。

 

やがて格子戸の前に立つと、それは自動ドアのように上へ持ち上がった。完全に上がりきったところで潜り抜ける。二人は円形闘技場(コロッセウム)へ入場した。

広大な広場を囲む高い壁、その上には客席が見える。客席のほとんどにゴーレムが座っていた。

「(うん……。転移する前と特に変わりないかな)」

いろんな場所に永続光(コンティニュアル・ライト)の魔法がかかっており、闘技場は昼より明るい。

 

私は守護者たちの到着を待たず、コロッセウム広場の一角―低い舞台―に向かう。広場で、“忠誠の儀”ができるのは、あそこだけだし。

 

「パイン・ツリー様!」

高い声は貴賓席から聞こえた。そちらへ顔を向けると、金髪に、白色のベストとズボンが目印の守護者がいた。彼女は本で見せたように、貴賓席から跳躍した。映像で見た体操選手よりも美しい回転をし、六階建ての建物に相当する高さから、無傷で着地をしてみせた。

なんて軽業だろうか。「お~」と思わず感嘆の声が漏れた。私も、レベル100だし、同じようにできるかな。

小走りで―それでも獣の全速力のように速く―こちらにやって来る。

私たちの距離はあっというまに縮まった。両足で急ブレーキをかける。≪ザザザ≫と広場が削れて、土煙が上がった。そして煙はパインに届かない。煙たさも感じない。……これは、どのように調整すればできるんだろう?

 

「お待たせいたしました。パイン・ツリー様、パンドラズ・アクター、あたしの守護階層へようこそ」

 

第六階層守護者、双子の姉、アウラ・ベラ・フィオーラ。金髪に薄黒い肌を持つダークエルフ。年齢は10歳ぐらい。髪は肩口で切り揃えられていて、サラサラだ。職業は魔獣使い(ビーストテイマー)と野伏(レンジャー)。活発な女の子だ。

 

いつか、アニメで聞いたあの可愛らしい声の女の子は、目の前でニコニコ笑っている。

とってもかわいいです。

そして彼女の口から色のついたブレスが漏れた。

これは彼女の能力で硬化は精神異常だったかな。

まるでピンクの綿菓子のようなカラーが綺麗で、手ですくおうとしても息は逃れるだけだ。その様子に疑問に思ったアウラが口を開ける。

「パイン様、アタシの息が何か?」

「ピンクの綿菓子みたいに綺麗な色だったから触ってみたくて……気に障ったかしら?」

アウラはバタバタと両手を振る。

「まさか!アタシの息を気に入っていただけてすごく嬉しいぐらいです」

耳がゆるりと垂れ下がり少し赤いので、お世辞ではないと結論付ける。しかし、恥ずかしかったのかブレスはそれ以上見れなかった。

そういえば挨拶がまだだった。

 

「こんばんは、アウラ」

「こんばんは、パイン・ツリー様!」

彼女はにっこり笑ってくれる。笑顔いただきました。嬉しいです!

「ごきげんよう、アウラ殿。お久りぶりですね」

「久しぶりだね、パンドラズ・アクター。今日は、パイン・ツリー様の護衛を任されたの?」

「ええ、左様でございます」

NPCのやりとりを見て、頬が緩む。生でNPC同士の交流を見て興奮した。目の前で大好きなアウラとパンドラがニコニコしていると、とても嬉しい。幸せ!

しかし落ち着いて。気分が上がるのはいいけど、上司のロールプレイを崩さないようにしないと。口調と動きには注意しつつ、自然体に、それでいて私らしくすること。

私らしくだと…そうだ。日付変わったから、お菓子配らないと。

「あの…これ、今日はまだお菓子を渡していなかったから、どうぞ」

アイテムボックスから、簡単にラッピングされたクッキーの詰め合わせを取り出し、アウラに渡した。そしてパンドラズ・アクターにも渡す。

アウラとパンドラは菓子を丁重にを受け取り、各々の喜びを表現した。

「いつも、ありがとうございます!あたし、パイン・ツリー様がくださるお菓子が大好きなんです!やったー!!」

「ありがとございます!いつも頂いているとはいえ、やはりパイン・ツリー様から直接いただけるのは、大変嬉しいものですね。このクッキー、大事に頂戴します」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。また、持ってくるね」

そんなに喜んでもらえると、渡しがいがある。

私とモモンガさんしかログインしなくなった頃から、私はNPCたちにお菓子を配るようになった。みんなが寂しくならないようにと、そして自分の寂寥感を紛らわすために。

ユグドラシル時代では、当たり前だけど渡したお菓子の感想を聞けなかった。今、こうしてこの子たちと話すことができて、心が満たされていく。異世界への転移で、モモンガさんの行方も知れず、不安が積るけれど、頑張っていこうと思うのだ。

 

そしてパインはアイテムボックスから、赤い皮の手帳を取り出す。見た目は薄く、幅は5cmほどで、女性の手の平サイズの大きさだ。手帳の入れ替わりに、持っていた杖をアイテムボックスにしまう。

手帳にはいくつかの付箋が貼られている。その中でクッキー型のものが貼られたページを開いた。一番左には今日の日付、その右隣に“Present for NPC”というタイトルが見える。ページの左端にはNPCたちの名前が縦一列に並び、パインはアウラとパンドラの横に“〇”を書き込んだ。

これでよし。パインは手帳をアイテムボックスに戻そうとして、やめた。ここにはもう一人渡す相手がいる。

「そういえば、マーレは?」

「マーレはあそこです」

アウラは、自分が飛び降りた貴賓席を指差した。

たしか、マーレの登場が遅れたのって、階段を使って降りようとしたからだよね。

「そう。うん、時期に来るだろうし、私たちは先にあそこへ行きましょう」

視線の先には、原作でモモンガさんが守護者たちと会っていたあの場所―コロッセウム広場の一角にある低い舞台―だ。

「あそこで皆を待ちましょう」

「かしこまりました」

「かしこまりました。…あの、パイン・ツリー様。皆というのは?」

「階層守護者たちだよ。彼らにここに来るよう呼んだの」

「なら、歓迎の準備を―」

「ううん、必要ないよ。1時間も経たず、来るでしょうし」

「そうですか。―ということは、シャルティアも!?」

「そうだよ」

「……はあ」

がくりと、肩と耳が垂れるアウラ。さっきまでの元気はどこへいったのか。

「おや、どうされましたか?アウラ殿」

「なんでもない…。そうだ、パンドラズ・アクター。私の事は呼び捨てでいいよ。それぞれ立場は違うけれど、同じナザリックの仲間なんだしさ」

「そうですか。では、そのようにしましょう。よろしければ、私のことは“パンドラ”とお呼びください。それが愛称なので」

「うん、オッケー。これからはそう呼ぶね」

パンドラズ・アクターは、ほとんどのNPCたちとユグドラシル時代に顔を合わせている。モモンガさんの許可を得て、私が彼を連れまわしたからだ。こうやってパンドラを表に出しておけば、異世界に転移した後も、彼を早い段階で宝物殿から出すことができる。そうすれば、ナザリックはより繁栄すると思ったのだ。といっても、ゲーム中は私がNPCを使ってお人形遊びしているようにしか、見えなかっただろう。まあ、ヘドラを作った当初からやっていたし、「よくやるなー」程度に思われているでしょ…多分。

 

 

マーレは3人が目的の場所に辿り着くちょっと後に、やって来た。

「お、お待たせしました。パイン・ツリー様」

「それほど待ってないよ、マーレ」

彼の本気の走りはアウラと比べるとずいぶん遅かった。途中でアウラが我慢しきれず「はやくしなさい!」と声を荒げたほどだ。

アウラにそっくりなダークエルフは、男の子のはずなのに、スカートをはいていた。そう、男の娘というやつだ。堂々とした双子の姉とは違い、おどおどとしている。

彼は設定故に弱気な態度なのだとわかっているけど、私が怖がらせてしまったようで申し訳ない気持ちになる。あ、そうだ。

「さっき、二人にも渡したの。これはマーレの分ね」

「あ、ありがとうございます!パイン・ツリー様からいただくこのお菓子、とっても甘くて美味しくて、ぼくは大好きです」

よかった、笑顔になった。「嬉しい。また持ってくるからね」と私も笑顔で返す。といっても、顔が真っ黒だから表情なんてないけど。顔があったら、にこにこなのよ?

「お姉ちゃん、今日もパイン・ツリー様からお菓子が貰えたよ」

「よかったね、マーレ。あたしもパンドラもさっき貰ったんだよ!」

「そ、そうなんだ。こ、こんにちは、パンドラズ・アクターさん」

「ごきげんよう、マーレ殿。お久しぶりでございますね」

「お、お久しぶりです。呼び捨てで結構ですよ。き、今日はどうしてここへ?」

「かしこまりました。これからはマーレと呼びましょう。階層守護者たちを第6階層に集まるようパイン様がご命令されました。時期に皆さん集まるでしょう」

「そ、そうだったんだ」

こくりと頷く。動作が一つ一つ丁寧で、かわいい。ああー胸がキュンとしてます。

しかし、このままではいけない。私は仰ぎ、第6階層の夜空を眺めた。このまま3人と話していたら、そのかわいさに口元がにやける。例え表情がわからなくても、声でわかるだろう。意識を彼らから、そらさなければならない。うん、ここは実験を行おう。私の攻撃の要、召喚は無事にできた。

「アウラ、マーレ、藁人形を用意してくれる?」

「え?はい、すぐにご用意できますけど」

「わ、藁人形で何をされるのですか?」

「私の能力の確認よ」

「?」

二人から不思議そうに見つめられる。なぜ、そうする必要があるのかと、表情が語った。「今確認しておきたいの」と伝える。

 

 

 

 

手帳に書き込んでいる間に、筋肉隆々の人型をしたドラゴンのモンスターが藁人形を二つ、私から五十メートル離れた場所に設置した。彼らが離れてから行動する。

 

一つは、杖を剣のごとくふるい、斬撃を飛ばして人形を真っ二つにした。マーレが「すごい!」と驚く。たしかに魔法詠唱者がこんな芸当ができるのは珍しいだろう。

私も驚いた。できちゃったよ!と心の中で騒ぐ。宝物殿に置いてきた本体との力の繋がりを明確に感じとれるので、それを引き出すつもりで杖を剣のように振り下ろしたのだ。まさか戦士の真似事がやれてしまうとは思わなかった。

この体の身体能力は高いと考えられる。必要があれば囮として時間を稼げそうだ。

 

ちょっと調子がのってきたので、今度は攻撃を創作してみる。これもできる気がしたのだ。なのでアニメを思い出して、もっと自由に攻撃方法を考えてみたのだ。

 

杖の先、二股の間にある宝石にエネルギーを込める。ボワァと輝きはじめ、その状態を維持しつつ杖を藁人形に向ける。エネルギーはビームのように真っ直ぐ、当たれば弾け飛ぶとつよく想い、そして発射した。

ビームは細く大した反動はなかった。けれど瞬きの間も無く--

バァン!!!

まるで風船のごとく、広場全体に藁を飛ばして人形は華やかに弾ける。攻撃は人形にのみ作用し、施設は傷ついていない。

実験の成功にパインは胸をなでおろした。

 

その周りでは拍手が起こる。

「パイン・ツリー様すごいです!あのビーム最初は強くないものなのかなって思ったんですけど、藁人形が闘技場中に吹き飛んじゃいました!」

「さ、さすがは至高の御方。ぼ、ぼく杖で斬撃を飛ばすところはじめて見ました!」

「お見事でございます。どれもはじめて見る攻撃ばかりでした。後学のためにぜひ教えていただきたいものです」

めっちゃ褒めてくれるじゃん!ありがとう、照れ臭いよ。

「んん、ありがとう。楽しんでもらえたのなら嬉しいわ」

 

まだ空中をパラパラと散る藁を見上げる。

攻撃の幅は広がった。果たして器用貧乏になるか、使いこなせるのか。すべては鍛錬次第だろう。

戦士職のNPCたちを練習に誘ってみよう。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナザリック側始動。

 

さあ次はアウラとマーレにパンドラを含めて召喚で楽しませようと思ったんだけど、声をかける前に三人に囲まれてしまった。アウラが「お手伝いいたします」と言い、かぶってしまった藁を取り除いてくれたのだ。

「三人ともありがとう」

ユグドラシルの頃と同じ感覚で、藁を払うなんて考えはなかった。気をつけないとなあ。

そう考えながら双子のの頭についた藁を落としていく。パンドラは背中に回っているので藁を取ってやれないのだ。

「ありがとうございます!パイン・ツリー様」

「申し訳ありません、ありがとうございます」

「やらせてくれたら嬉しいな。あと、私のことはパインと呼ん……呼びなさい」

「かしこまりました」と三者の声がする。

 

こうして順番に互いの藁を取り除いた。おかげで空気が和やかなものになり、NPCたちに接する態度が自然体になる。

 

「そろそろみんなやってくるわね」

言葉通り、五十メートルほど離れた場所にゲートが現れた。そしてシャルティアが登場する。輝く髪、白磁を思わせる白く美しい肌、何よりも目を奪われるのはその美貌だろう。少女と女性の間、限られた時間のみ見られる移り変わる美を閉じ込めた結晶、それがシャルティアだ。

深紅のドレスを身にまといゆっくり歩く姿はまさしくお嬢様で、貢ぎたくなるぐらいかわいい。

 

パインは顔のない顔でにこりと笑う。

「(ふふ、私は何年も前から彼女に貢いでいるけどね)」

誰への当てつけなのか、得意気に胸の内側で呟いた。

 

誰にも知られずにこにことシャルティアの到着を待っているとこちらを向いた彼女の顔から表情がなくなった。

なんだろうと不思議に思う。シャルティアは距離を近づけるごとに困ったような表情を深める。すると怪訝そうな表情を浮かべたアウラ質問した。

「どうしたのよ、シャルティア。そんな顔でいつまでもパイン様を見つめるなんて不敬よ!」

「だって……だって……」

答えにくい質問なのか言い淀んでいる。私は好奇心が勝ってしまい、シャルティアに答えるようお願いした。彼女は後ろめたそうに白状する。

 

「パイン様の御胸が、ないんですもの」

 

ピシリ、と空気が固まる。至高の存在を囲むシモベたちの顔はシャルティアの不敬さに怒っていた。そして場違いな笑い声が中心でおこる。

 

「ふぶ、あっはっはっは……胸がないからね、そっかあ」

笑い転げたいくらい面白い。まさかあの迷セリフ「胸がなくなっている」が私に向けられるなんて、ファンとしては嬉しい。いつものシャルティアならば、転移による精神異常など問題はないと判断できる。なんども深呼吸をしてゆっくり話す。

「私は怒ってないよ。むしろシャルティアが無事でよかった……他の守護者には会ったかしら?」

ぽかんと薄く口を開けていたシャルティアの目に理性が戻ってくる。

「いいえ、会っておりません」

「オ待タセイタシマシタ」

闘技場の出入り口からコキュートスが歩いてきた。

「よく来てくれましたね、ナザリックの剣よ」

よく心の中で呟いた愛称をはじめて口にした。コキュートスは顎を鳴らす。

「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方」

彼の口から漏れる冷気に反応して空気中の水分がバキバキと音を立てて凍っていく。彼が傍にいるだけで並みの人間は凍えるがここにいるメンバー、これからやってくるメンバーには冷気耐性や対抗手段を持っているため何かしら困ることはない。むしろ小さな氷の粒は灯りに反射してシャンデリアのようにキラキラと輝く。

「コキュートス、あなたも変わりありませんか?」

「ハイ、健康体デアリマス」

「それはなによりです」

話した様子からアウラたちにも異常はないだろう、残る一人も無事ならいいが。

パインの質問に疑問を抱いた双子が顔を見合わせていた。マーレがおずおずと声を上げる。

「あの、どうしてパイン様は僕たちの健康状態を知りたいのでしょうか」

しばし本当のことを言おうと口が開いて、音を発さず閉じた。今説明するよりも全員が揃ってからの方がいい。

「それは、詳細はみんなが揃ってから話しましょう」

「かしこまりました」

「パイン様、アルベド様とデミウルゴス様が来たようです」

パンドラが言うとおり、闘技場入り口から二人が歩いてくる。アルベドと、その後ろにデミウルゴスがいた。二人は十分にパインに近づくと、深くお辞儀する。

「皆さんお待たせして申し訳ありませんね」

人間の男性となんら変わらない細身で高身長の姿をしているが、銀色の滑らかな甲殻に包まれた尻尾が異形種であることを示している。なにより彼が纏うオーラが邪悪で、パインは少しだけ背筋に悪寒を感じていた。それも気のせい程度の小さなものだが。

「ここに呼ぶべき階層守護者は揃いました。これから話す件は領域守護者にも伝達しておくように、やり方は任せます」

「はっ。では皆、至高の御方に忠誠の儀を」

「(き、きたあ~~~!)」

 

一人ずつ名乗りを上げ、至高の四十一人に忠誠を誓う。

その重圧に耐えられず、私もモモンガさんと同じ道を辿った。つまり混乱から誤ってスキルを解放してしまった。闘技場にはパインが眠る結界内のように花吹雪が舞い散る。花びらは地上に落ちる前にふっと姿を消す。

 

彩られた空を眺めて改めて心に決める。

「(支配者ロールなんて人間らしさが残るこの種族では難しい。それでも私らしく最善を尽くすんだ)」

答えはもう貰っているので、あとは同じように行動するだけでいい。

パインはモモンガのように努めて冷静に、守護者たちに向き合う。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「それでは、今日はこれで解散としましょう。……いつ休めるかわからないから、休息は数時間ごとに取るように。おやすみなさい」

パインはそう言って転移した。同時に花吹雪は消え、辺りは静まり返る。

 

余韻にしたり頃合いをみてアルベドが立ち上がった。続いて他の者たちも立ち上がる。各々服や羽根、尻尾についた砂を払い落とす。

「――パイン様が降らせた花吹雪、とっても美しかったわ」

「マサシク」

「ま、まるでパイン様のような慈悲深い、ボクたちを癒してくれる温かい雨のようでしたね」

「まったくその通りですね。日々鍾愛いただいているというのに、まだまだ慈しんでくださるとは……本当に慈悲深い御方です」

守護者たちは和やかな空気に包まれた。だが、広い視野をもつコキュートスだけが辺りの様子に違和感を覚えた。

「トコロデ、気ニナッテイタノダガ闘技場ハ常ニコノヨウナ姿ナノカ?」

コキュートスは計六つの眼で闘技場をぐるりと見渡す。あちこちに藁が飛び散っておりとても片付いているとは言えない。アウラが両腕を頭の後ろで組む。

「しょうがないじゃん、掃除する間なんてなかったんだもん」

パンドラズ・アクターが頷く。

「確かに、パイン様から藁を払う方が優先でしたからね」

至高の御方のお世話と聞き、セバスがいち早く反応した。

「パンドラズ・アクター様、何があったのでしょうか?」

「パンドラでけっこうですよ、セバス様。パイン様がその御力をお見せになられたのです。さも戦士のごとく斬撃を飛ばし、またマシンのビームのように魔力を圧縮させて照射、藁人形は木端微塵に爆ぜました。スキルを使わずあのような芸当ができるとは私、感服いたしました」

その場にいた者は何度も頷き、いなかった者は羨望の眼差しに少しの嫉妬をのせた。直接お世話しただけでなく、特殊で複雑と考えられる“人任せの魔女”様の、その貴重な力さえも間近で拝見する機会を得たなんて、ナザリック内にもそう多くはいない。

セバスが信じられないという風に目を大きく開ける。

「今日のパイン様の御姿のクラスはマジック・キャスターのはず、なのに斬撃を飛ばすとはさすが至高の御方」

「スキルもなく相手を爆ぜるなんて、まるでペロロンチーノ様を思い出すでありんす。わっちも拝見したかったでありんすえ」

「後学ノタメデアレバ許シテクダサルカモシレン。仕事ガ一段落シタラ願イデテミルカ?」

コキュートスの提案にすぐには応えず、守護者統括に顔を向ける。

「いいでありんすか?アルベド」

「仕事の後であれば文句はないわ。それに追々ナザリックの強化は必須になるでしょうし、パイン様もその事にはお気づきのご様子。私の方から伺ってみましょう。ところで、誰かモモンガ様を見なかった?」

守護者たちは互いの顔を見合わせる。最後にアルベドの方を向いてデミウルゴスが「誰もお姿を見なかったようですね」と言う。守護する階層に至高の御方がやってくれば姿を拝見できずともいらっしゃったことを感じられる。誰も名乗り上げないということは、どの階層にも現れなかったということだ。

アルベドは眉を下げて最後に愛する殿方の被造物に、まるで縋るように声をかける。

「パンドラズ・アクター」

「私にもわかりません。たしかな事は一つ、パイン様にご報告したとおりろぐあうとされた時と全く同じ感覚が最後だということです。魔女様の仰るように、もしかしたらナザリック同様こちらの世界に転移されている可能性はあります」

悪魔が悲し気に息を吐く。

「私も捜索チームにいれていただきたいものだわ。適任者がヘドラ・ファンタズマだと知っているけれども、やっぱり愛しい御方は自らの手で探しだして御守りしたいわ」

「仕方ありませんよ、アルベド。私たち守護者はこのナザリック地下大墳墓を守り抜くことを厳命されました。必ず帰ってくるためには家が必要だ……こう仰られては、ここから離れて探しに行くことは難しい」

「そうね……気持ちを入れ替えるわ。みんなもね」

数人がアルベドと同じように、パインに探索チームに入れてくれるよう願い出るつもりだったのか目を逸らした。

「……では、仕事に取り掛かりましょうか」

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

ナザリックに異常なし――。

その報告に安堵しつつ、一週間ほどパインは奔走した。

消費アイテムの製造をストップし、アイテムの効果が変更していないか実験をおこない、支配者らしい振舞いの参考書や映画などをピックアップし、アルベドたちからの報告書のレベルの高さに悩み、ギルドの指輪を守護者たちに渡せない事を思い出してはバタフライエフェクトにびびってモモンガさんの帰還を願い、ミラー・オブ・ビューイングでカルネ村を探し、三十以上の儀仗兵を減らし、いつでもどこへでも追ってくるメイドの人数を減らし、ギルドメンバー捜索チームを作るために自身の召喚スキルについて研究して……疲れた。支配者ロールは―実際には健康体そのものだが―腰にくる。

「(これがオーバーロードと魔法少女の違いかあ。人間に近いもの、しょうがないよね)」

今は九階層の一室で、ミラー・オブ・ビューイングを使いシモベにカルネ村を監視させている。離れたところで私はのんびりティータイムだ。けっしてサボりではない。こうやって“支配者ロールしながらここにいるだけ”も仕事になるのだ。まあ楽ではある。ちなみにシモベの横にはセバスがいて、 ビシッと立つ彼と同じ空間にいてサボれる者などいないのだ。

 

ここまでの経緯を整理しよう。

パインはアイテムボックスから手帳を取り出してこれまで自分がした行動を読み返す。手帳には日記のように一日一ページで記入できるタイプだ。最初の方のページには週間がバーチカルタイプとなっており、行動をまとめて確認しておきたいパインには見やすかった。

この数日、ニグン率いる陽光聖典に狙われる村を救うべく、奔走していた。最初はカルネ村以外を無視するつもりだったが、いざ目の前で惨劇が起こってしまうと非常に気分が悪かった。そこで村人を助ける方向へ変更した。

隠密に特化したシモベたちに村人を隠させ、そのかわり村人に変化したシモベに殺されたフリをしてもらう。暴行されてしまうことも考え、敵に幻術をみせて一人でいたしてもらった。途中、森の中にいるモンスターたちに彼らを襲ってもらい、どさぐさにまぎれて何人かを攫って拷問にもかけた。

おかげで情報収集がうまくいき、隊長クラスを手に入れられたらさらに情報を手に入れられると、デミウルゴスが約束してくれた。つまり「予習をばっちり済ませたので本番いけます」ということ、ニグンさんから傾城傾国の話を聞ける日も近いでしょう。

 

助けた村人はいつかカルネ村とも交流してもらうことを考えて、かの村から一日程度で行き来できる距離に、なおかつトプの大森林沿いに村を建設している。ナザリック地下大墳墓に近いのですぐに助けにいけるということで、多少安心して村作りに励んでもらっている。

救援チームのリーダーはヒーラーのルプスレギナ・ベータだ。村人はけっしておもちゃではない、客人のように扱うよう耳にタコができるほど言い聞かせた。私の母に「子供は五十回、大人は七回言わないと伝わらないよ」と言われて育った経験からしつこく言い聞かせた。そのためか今のところ報告が滞ることはなかった。

 

善行と悪行、両方をこなしつつカルネ村救出作戦を進める。

 

 

 

【つづく】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

村を救え!

 

「パイン様、またあの一団が村を襲いはじめました」

「わかったわ、ルプスレギナ・ベータを呼んでちょうだい。では手筈どおりに」

セバスに言うと彼は深く腰を折った。

「かしこまりました」

そして村の近くにすでに張っているナザリックのシモベたちに連絡するべく部屋を出ていった。

パインはミラー・オブ・ビューイングを覗きこみ、映し出された先の端に逃げる姉妹を見つけた。

「あ、ここだわ」

「全軍に連絡しますか?」

「いいえ、やる事はいつもと変わらないのだから、必要ありません」

「御意」

板についてきた支配者らしい緩慢な動作で首を振る。

生き残った人だけを助ける、という流れは変わらない。例外はあるけどね……。そうこうしている間にルプスレギナが部屋へ入ってきた。

「では、行きましょうか」

 

目的地は、逃げ惑う姉妹の目の前へ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「――なんだ?」

一人の兵士が異変に気付いた。つられて他の二人組もそちらに目をやる。

エンリは攻撃されないとわかると、固く閉じた目をあけて敵の視線を追いかけた。

 

その先には花が束ねられて空中に浮かんでいた。

そして瞬く間に姿が変わり、一人の女性が現れる。

誰だろう。

姉妹は年齢のほとんどを村で過ごしており知っていることは少なかった。でも、例え王様でもきっと答えは見つからない気がした。

だってこんなに美しいものは生まれてはじめて見た。きっと両親だってはじめて見るだろう。

 

丈が短すぎる白く輝く上着、生地をたっぷり使った赤いドレス、まるで魔法使いのようなつばの広い帽子、真っ白い仮面と真っ白は手袋をつけた姿で、体の凹凸からかろうじて女性だとわかるぐらいだ。

彼女は緑色の宝石がついた二股の杖を手に持っていた。

地に足を付けるとすぐに杖を兵士たちへ向けて振る。

「眠れ」

ガシャン。

けたたましく金属音が鳴った。振り返ると兵士たちが全員倒れている。彼女が言う通り眠ってしまったのかもしれない。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

涙が出て止まらなかった。妹と私は助かったのだ。

「おねえちゃん」

ネムに返事ができず、手を強く握った。

「うう……ふっ、く……」

女性は少しの間動かないでいだが、突然杖を空中に振った。眠らされるのかなと思ったが、どうやら違うらしい。

今度は、空中にフード付きローブが出てきた。まるでその場で魔法で生み出されたそれは、女性が着用しているものよりも劣るが、自分の服より何倍も質が良く高価な物だとわかる。ローブは光沢がない白で、縁取られた金が高価な物であることを証明していた。胸元のボタンは透明で透き通っている。

彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと私たちに近づいて、そのローブを肩にかけてくれた。

「もう大丈夫ですよ。ルプスレギナ、回復魔法をかけてあげなさい」

「はっ」

いつの間にいたのか、赤毛の絶世の美女が杖を持った女性の後ろに控えていた。活力に満ちた浅黒い肌は玉のように輝いており、赤毛は編みこまれている。使用人が着る服に似た衣服を身にまとい、背中には彼女の背丈ほどある大きな……まるで教会の聖印をそのまま武器にしたみたいな物を背負っている。女性の命令を聞いているという事は、彼女の使用人なのだろうか。

ルプスレギナはエンリたちに近寄り、手をかざした。

≪中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)≫

温かな光をともなって魔法が発動する。

「これで怪我をしていれば治ります。ルプスレギナ、あの兵士達を縛って暫く起きられないようになさい」

「かしこまりました」

次に腰に巻いた鞄から微光を発している縄と覆面を取り出した。それらを手際よく兵士たちをまとめて縛っていく。

仮面の女性はエンリ達に説明する。

「これで彼らは無害になりました。では、次に村の方は行きましょう」

「まって、ください」

視線が自分に集まる。深く息を吸って想いを二人に伝えた。

「助けてくださって、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「図々しいことは承知です。でも、どうか村を、お母さんとお父さんを助けてください!あなたしか頼れる方がいないんです。お願いします!!」

妹のネムと一緒に頭を下げる。

女性はすぐに大きく頷いた。

「ちゃんとお礼が言える方は好感が持てます。これを差し上げましょう」

やけに細い手の中には二つの角笛があった。

「これはゴブリン将軍の角笛というマジックアイテムです。吹けばゴブリンの軍勢が現れてあなたを守ってくれます。何かあれば吹きなさい。ご両親は生きていれば助けましょう」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!!あ、あの、それと、お名前はなんとおっしゃるんですか?」

女性は美しく佇まいを正して言う。

「パイン・ツリーよ」

 

 

―――――――――――――――――――

 

やるべき事はクリアできた。

「(はあ、なんとかなったかな)」

 

今は村の中を歩き回りつつ、負傷者がいればルプスレギナに回復させている。途中家の裏手に回り、手帳を取り出してTodoリストにチェックマークを記入する。

エンリ姉妹の救出とアイテムの譲渡。

村人の救出、村長から情報収集。

法国の兵士の捕縛・逃がして情報を持って帰らせる。

 

あとは王国戦士長を待って、法国の覗きにグーパンして、ニグン君ゲットして帰還する。

「よし、もう少し頑張りましょうね。ルプスレギナ」

「はい、パイン様」

頭を下げる彼女の後ろにはエイトエッジ・アサシンが十体身を低くしており、彼らも頭を下げている。加えて、玉座の間で召喚した使い魔よりも下の―下位の召喚で現れた―カニも控えている。村の周りはアウラとマーレに任せて、ナザリックの守りはアルベドに頼んだ。

 

使い魔は、時間経過で消えなかった。死体のような媒体がなくてもずっとこちらにいられ続けるらしい。つまり小説のように大量の死体を求めなくてもいいわけだ。しかしアンデッドの労働力は、かなり便利で魅力的なのでほしい。少し後ろめたいけれど死体は積極的に第五階層で保存してある。

アンデッド召喚はそのスキルを持つシモベたちにやらせている。どんどん召喚はせず、モモンガさんにお願いする分は別に貯めている。パンドラに召喚してもらうと変身をといたときアンデッドが案山子状態になるので、今回は頼んでいない。

 

使い魔召喚・下位で現れたカニは、全体が絵の具でべっとりと塗られたように青い。縦に横に、前後にも大きく一・八メートルほどあった。背中はつるんとまるで磨いた盾のようにツヤがあり鋼のように固い。防御力もそれなりにあるが、さらに魔法への耐性が高かった。片方の腕はシオマネキのように異様に大きいハサミで、こちらは人が二人ほど挟めそうだ。

こちらの世界では十分な脅威になると先ほどの兵士戦で見せてもらったので、今後彼らをメインに召喚するだろうなとパインは考える。中位や上位を召喚したらどんな騒ぎになるか、考えたくもなかった。

 

パインは空を見上げる。もうすぐ夕方から夜に変わる。つまり頃合いだ。

「そろそろ向かいましょうか」

全員が了解の意を示し、シモベたちは周囲に散開した。ルプスレギナを連れて村長さんのいる方へ向かう。

表の道に出るとすぐに村長さんは見つかった、というか彼は私を探していたようだ。

「よかった、パイン様探しておりました」

「すみません、ルプスレギナと二人だけで話したかったものですから。あの、私に何かご用ですか?」

「実はこの村に馬に乗った者たちが近づいてきているそうで……」

村長の眼はおびえていた。またあんな惨状が起こるかもと不安なのだろう。

「武器を所持していましたか?」

「ええ、そうなんです!」

「わかりました。では村人の皆さんは一ヵ所に……そうですね村長宅に集まっていただいて、村長さんは私と共に来てください。ルプスレギナは村人を守って差し上げなさい」

そう指示を出すと、年老いた彼は深く頭を下げて何度もお礼を口にした。

 

準備がすべて完了した頃、数十の騎兵の姿が見えてきた。

馬に乗る彼らの武器や装備に統一性はなく、しかし訓練された動きで村の広場へ進んでくる。まるで傭兵集団だと印象をうけそうな見た目ではあるが、彼らは間違いなく王国の戦士たちだ。

彼らは使い魔のカニを警戒しつつ、二人の前で見事な整列を見せる。一番先頭の男性が前に進み出た。男は村長を流し見ると、私に射抜くような鋭い視線を送ってくる。レベル差ゆえか、私は「(目つき悪いのかな)」程度にしか思わなかった。

男性はやっと口を開いた。

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

彼はこの近隣を荒らしまわっている帝国の戦士たちを討伐するためにきた、と聞いて背後の村長宅ではざわめきがこちらまで聞こえてきた。

村長に「ご存知でしょうか?」と聞くと「噂でしか知りません。商人たちの話では――」と簡潔に説明してくれた。かつて王国の御前試合で優勝した、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人。

うん、事前の情報と変わりないね。

村長さんから説明を受けた時点で、私の方から名乗る。

「はじめまして、王国戦士長殿。私はパイン・ツリーと申します。この村が襲われていたので助けにきたマジック・キャスターです」

戦士長は馬から降りて深く頭を下げた。

「この村救っていただき、感謝の言葉もない」

「気になさらないでください。この近隣を歩くものであれば、ああした脅威は取り除きたいものですから」

「お聞きしたいんだが、あなたは冒険者なのか?」

「……それに近いですね」

実際に今、異世界で冒険してますからね。

「そうだったのか、見たところかなり腕が立つようですな。……しかし、私はパイン殿の名は存じ上げませんでした」

「来てから間もないので、そのせいかと」

「ふむ、なるほど。旅の途中なのか?だとしたら恩人に時間を取らせるのは心苦しいが、村を襲った不届き者について詳細をきかせていただきたい」

「もちろんいいですよ。どうやって私が戦ったのか、そしてこちらの召喚したモンスターについてもご質問がおありでしょう?」

後ろのカニの方を向く。命令したとおり大人しくたたずんでいた。

「あなたが召喚したのか?」

「そのとおりです、戦士長殿」

「そちらの仮面は?」

「私にとって必要なものです。こちらのモンスターを使役できるのもこの仮面があってこそ、できる芸当なのですよ」

「なるほど、まるで国宝級だな」

……そうなの?カニちゃん下位だから大して強くなんて、いやデスナイトが伝説級に値するのだからカニちゃんもこの辺だととんでもない怪物扱いになるんだね。

「ええ、似たようなものです。だからこのものが暴れ出してはいけませんので、仮面は外せないんですよ」

「ならば、取らないでいてくれた方が良さそうだ」

「ありがとうございます、戦士長殿」

少し打ち解けてきた辺りで、そろそろ椅子がある場所で腰を据えて話そうとなったとき、一人の騎兵が凄い速さで馬を走らせてきた。

駆けこんできた騎兵の息は大きく乱れており、ことの重大さを物語る。

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰ってきた!

すべては予定通りに、滞りなく進んだ。

ガゼフと知り合い、彼はニグンとしばらく戦った後に、課金アイテムによって私と位置を交換する。

ニグンと遊んでもよかったが、再びメモと向き合う方が大切なのでさっさと拘束し、アイテムボックスから手帳を取り出して記入していく。

「お前は何者なんだ……」

「魔法少女ですよ」

愕然とする相手を放置して、そのときがくるのが待つ。夜が空を支配したころ、大きく空間が割れた、まるで陶器を割ったように。異変はすぐに元どおりになり、ニグンたちは困惑していた。私は今日という日を滞りなく進める方が重要なので、その様子に気づかなかった。

「よし、用事も済んだし撤収!」

法国からの覗き見に対しパンドラが唱えた対情報系魔法の攻性防壁が起動して、それが合図となりニグンたちの傍に〈転移門〉が開いた。ゲートから僕たちが出てきて大切な情報源をナザリックに運んでくれる。

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ」

ルプスと二人で泣きわめくそれを見送ったら、今度は帰還だ。

「一応、村には声をかけておくべきですね。ルプスレギナ、先導しなさい」

「かしこまりました」

 

 

それから村に脅威は去った事を報告して、「もう夜も遅いからさっさと帰りますね」という内容を丁寧な言葉遣いで言い、別れの言葉もそこそこに村を出た。

 

帰り道の草原にて、後方でサポートしてもらっていたパンダラズ・アクターと護衛のルプスレギナを連れてナザリックへ帰路へつく。

パインはほとんどのイベントを原作通りに進められたことに満足していた。これでうまくいけば法国からワールドアイテムを二つとゴッズアイテムの装備品をいくつか手に入れられるはずだ。漆黒聖典に会うためには、冒険者のブリダを見張り、あのブレインがいる盗賊たちのアジトへ案内してもらう方法が一番いいと思った。冒険者になりンフィーレアが誘拐されるタイミングを狙うことも考えたが、モモンガさんがいつから冒険者になったのか不明なので、彼がまったく関与していないブリダの行動に注目したのだ。

いざとなれば、ナザリックによるローラー作戦で敵を見つけちゃえばいい、と思う。

 

とにかく、大仕事が一つ終わって気分良く家に帰る道中だった。そこに〈伝言〉がきた。

「ーーアルベド、どうしたの?」

何か問題でもあったのだろうか、と背中に冷や汗がつたう。

『ご報告します。至高なる御方、ウルベルト・アレイン・オードル様がご帰還されました』

「……おう」

ロールプレイも忘れて素で返事をしてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

シャルティアに慌てて〈転移門〉を開いてもらい、すぐにナザリックへと帰還した。ナザリック入り口でアルベドに預けていた指輪を返して貰いつつ、彼は自室にいるのだと教えてもらう。

「ありがとう、アルベド。皆とりあえず通常業務に戻ってください。私はウルベルトさんを訪ねます」

 

第九階層、ウルベルトさんの部屋へ近づくとすでに警備の僕がいた。そして扉の前で待機しているメイドさん。名前なんだったかな、ごめんね、まだ覚えきれてないんだ。

「お待ちしておりました、パイン様。ウルベルト様がお待ちです」

なぜ私の帰宅時間がわかるのかは知らないが、さすがナザリックのメイドさんだと思う。外用に付けていたマスクは外して、真っ黒な球体の顔を晒した。メイドは少し目を大きくしたのち、キリッと顔を凛々しくさせる。とても美しかった。

「案内しなさい」

「はっ」

メイドに続いて部屋の中に入った。第九階層のスイートは自室の中に執務室がある。客人が一番最初に足を踏み入れるのは執務室だった。

ウルベルトさんは白シャツにズボンとラフな格好で、応接用のソファに座って何かが書かれた紙を見ていた。

「ウルベルトさん、こんばんは……」

「こんばんは、パインさん。あー、彼女と二人きりで話がしたいんだが?」

「かしこまりました。ご用があればすぐに参上いたします」

そういって彼女は退出した。私はレベル百の戦士の軽やかな動きでウルベルトさんの向かい側に座る。ソファに負担をかけなかったので壊れることはなかった。

「うお、びっくりした」

「ウルベルトさん!どうしてこっちにいるんですか!もう、もう私びっくりしましたよ!!!」

「俺だってこんなことになって疑問だらけですよ」

会えて嬉しい、なぜギルメンが帰ってこられたのか驚き、色んなものが胸で混ぜこぜになり、涙が溢れ出した。と言っても球体の頭では涙なんて出ないが。

「よかった!ギルメンが帰ってきて嬉しいですよー!!!よかったー!」

「そんなに歓迎してもらえるなんて、嬉しいですね。ところで他のギルドメンバーは?」

「モモンガさんがユグドラシルのサービス終了時に残っていたはずなんですけど、なぜかここにいるのは私だけなんですよね……」

「待ってくれ、順を追って話してくれませんか。ユグドラシルのサービス終了がどうしたって?」

パインはできるだけ、これまでの事を簡潔に話した。

ユグドラシルのサービス終了と同時に転移したこと。その時、一緒にいたモモンガの姿は消え、自分はナザリックに残っていること。他のメンバーはいないこと。今は自分がナザリックの経営責任者だということ。

「そして、現在はモモンガさんを探しつつ、この未知の世界を既知に変えるべく冒険してるんですよ」

「具体的には何をしているんですか?」

「モモンガさんの捜索は、アルベドを責任者において僕たちと私が召喚した使い魔たちに任せています。私は前線に出て情報源……つまりこの世界の人々を助けたり捕まえたりして、情報を貰っています」

「助けたり捕まえたりっていうのは?」

「襲われていた村人を助けたり、襲撃者を捕縛して今は第五階層の拷問部屋に放り込んでいます」

「グッジョブ」

 

ナザリック側の話が済んだら今度はウルベルトの番だ。

「俺は、リアルで死んだ。色々あって、まあ今は話したくありません。死んだ後……ここへ転移する前に声を聞きました。ナザリックへ行きたいかって。どうやってその声を聞けたのかはわからないがとにかく俺はあの頃に戻りたくて、頷いた。そしたら円卓にこのウルベルトの姿で座っていました。その後メイドの一体に見つかって、今にいたります」

「死んだ……死んだんですか!??」

「そうです。理由は言えませんよ」

「それはいいですけど、今怪我とか、体に不調はありませんか?大丈夫ですか?」

「それはまったく問題ないな。リアルの頃より快調なぐらいだ。ここじゃ空気も美味いですからね」

「なら、よかった」

ほっと息をつく。今が無事ならそれでよかった。男の方は困惑していた。

「他にも気になりませんか?不思議な声とか」

「あ、気になります」

教えてください、と頭を下げると悪魔はやれやれといった雰囲気で「相変わらずマイペースですね」と零した。

「不思議な声は、多分女性だと思います。声色が高かったので。それ以外はわかりません」

「……神様でしょうか」

「だとしたら、あのとき殺しておけばよかった」

「おお過激ですね」

「悪魔ですからね。神様なんてクソッタレなものは殺してなんぼですよ」

ウルベルトが身を乗り出す。

「あのNPCたちの様子なんですけど」

「忠誠心MAXでしょう?ふふ、すごく重たいんですよ」

「あれは俺たちがギルドメンバーだから従っているんですか?」

「そうです。私たちが彼らにとっては王様のような、いえもっと尊い存在……神様のような存在だからですね」

「神様か、まあたしかに創ったが……神よりも親の気分なんだよな」

ウルベルトさんのため息には同意する。私だって彼らといるのは楽しいが、ロールプレイには限界がある。

そこでテーブルに広げられた紙に目が入った。

「ウルベルトさんは私がここに来るまで何をしていたんですか?」

「転移してからのナザリックの活動情報を見せてもらっていました。アルベドが色々教えてくれましてね」

「アルベドから……」

そういえば今のアルベドってどんな気持ちなんだろう。ギルメン帰ってきて殺意に燃えてたりするのだろうか?うわー!他のギルメンが帰ってくるパターンをちゃんと考えたことなかったからわかんないよ。

早急にアルベドに会う必要がある、私が彼女の表情を読み解けるなんて思えないけれど、とにかく会って話さないといけない。しかし来たばかりのギルドメンバーを放っておくこともできない。ちょっとだけ抜けようかな。

「ウルベルトさん、私ちょっとアルベドに会って留守の間の報告とか聞きにいきたいんですけど抜けてもいいですか」

「大丈夫ですよ。もう遅いですし、このまま解散しましょう」

「わかりました。……ウルベルトさんはこれから何をするんですか?」

「俺は部屋にいますよ。追加の報告書があれば持ってきてくれって言っていますし、それに自室のベッドで寝てみたい」

「そうですか。それじゃ、何かあれば呼んでくださいね。……差し出がましいかもしれませんが、よかったらメイドたちには明日の朝まで下がるように言っておきましょうか?」

「そのくらい俺が伝えますよ」

「いえ、出るついでなので」

「なら、お願いしてもいいですか?」

「いいですよ」

 

そして彼女が去った後、ウルベルトは再び書類に目を通し始めた。ギルド拠点の維持と防衛体制に関して言えば完璧な対応だと思う。

転移してすぐ、俺ならばここまでできただろうか。NPCたちがどこまで考えてやれるのかは不明だが、なんだかこのやり方はパインさんよりもモモンガさんっぽい気がする。

そんなことをぼんやり考えながら、読み進めていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

パイン自室。

執務室はデフォルトで用意された家具や室内の雰囲気はそのままで、数点の壺や絵画を飾っている。客人が見ない部屋はさらに家具を増やして飾っていた。特に、ドレスルームはみっちりとタンスやクローゼットを詰め込み、その中にもアイテム欄が満杯になるまで買い込んだ衣装や調度品を入れていた。

いつか守護者たちの褒美に当てようと思い、良いと感じたアイテムが中に詰め込まれている。おかげでギルドメンバーの誰よりも物を溢れされていた。

アイテム整理しないとヤバイ、そう思ってからすでに半年は経過している。

「夜遅いのに、呼び出してごめんなさいね」

「いいえ、とんでもございません。パイン様」

応接室のソファにはパインとアルベドが座っていた。それぞれの前に紅茶が入れられたカップが置かれ、良い香りを放っている。パインは一口、できるだけ優雅だと思う所作でゆっくりと飲む。そして机の上に置いた。

「アルベド、今日もナザリックを守ってくれてありがとう。あなたたちNPCがいて、家を守ってくれるから安心して帰って来られるわ」

女神が花が咲くように笑った。

「恐悦至極でございます。ですが私たちが至高の御方に仕えるのは当たり前ですので……」

「そうだとしても、いつも感謝していることを伝えたいの。本当にありがとう」

とびっきりの笑顔を向けるーことはできないので最大限に心を込めて言うーと、アルベドは目に涙を浮かべて「もったいないお言葉です」と言う。

さて、ここからだ。背筋がヒヤリとするし、何も得られないかもしれないけど、頑張ってアルベドの気持ちを確かめよう。

今日も「(表情が読み取られにくいアバターを所持していてよかった)」と思った。

「今日は特に助かったわ。だってウルベルトさんが帰って来たんだもの」

ちらりと伺う。彼女の微笑みに変化はない、と思う。

「彼がナザリック地下大墳墓に帰還できたということは、今後もギルドメンバーが帰ってくるかもしれない。モモンガさんの帰還に希望が持てたわ」

「はい、とても喜ばしいことでございます」

「アルベド、これからもナザリックとギルドメンバーを守ってね。私も一緒に守るからね」

笑みが深くなった。今度は星のように目を輝かせている。不安を感じることはないけれどなんだか違和感を感じる。

「はい、必ずやご期待に沿えるよう尽力いたします」

声色に含みはない。もしかして悪いことなんて起きないんじゃないかな?直接聞いてみてもいいんじゃないか?

「ありがとう。ところで、アルベドはギルドメンバーのことをどんな風に思っているの?私はみんなのこと大好きだけど」

「はい、このナザリック地下大墳墓のいと尊き主人であり、正当なる支配者であられます」

正当なる支配者だって!よかった、これは謀反なんて起きそうにないね!

「特にモモンガ様は私の愛する御方でありーーー」

「うんうん」

「パイン様はいつだって我等を愛してくださる慈母のような御方ですわ」

「そうかな?照れちゃうわ、ありがとう」

本当は大変恐縮なのですが、ここは支配者ロールして部下の賛辞を素直に受け入れる。

彼女の言葉を信じてギルドメンバーに危機がないと判断した私は、しばらく談笑した。

 

 

 

【つづく】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

完璧超人始祖

 

ウルベルトの帰還によりナザリックは浮ついている。皆がやる気に満ちて笑顔をさらに見かけるようになった。それはパインも同じだ。もう一人で背負わなくてもいいことが彼女を緊張状態から解き放しってしまった。そして思い立った。

「休みが欲しい」

今日を休日としよう。良いではないか!こちらに転移してから休みなどなかったのだから、自分のやりたいことをしよう。

といってもメイドたちに正直に「休むね」なんて言わない。側で仕える人数を増やされるだけだからね!

「魔女の館に篭ると伝えて、今日の担当メイドさんはこの部屋で待機、いや仕事を言いつけて暇をなくしてあげた方が喜ばれるね。あとはウルベルトさんに連絡入れて……」

自室のベッドの上でゴロゴロと転がりながら考える。リストができたので、起き上がり順次連絡を入れる。

 

 

 

「……私は魔女の館に一日籠ります。用があれば、あなたに渡したアイテムを使用して連絡するように。では、クローゼットのアイテム整理をして……しなさい。」

「かしこまりました!必ずやご期待に添える働きをしてみせます!!」

鼻息を荒くさせて仕事に望む姿に、空振りにならないかと心配になったが、 仕事は単純にアイテムを並び替えるだけなので大丈夫だろう。

私は久し振りに第二の自室とも呼べる施設へ転移した。

シモベたちと挨拶を交わして、館内へとワープする。出入り口となる大きな部屋には相変わらず大きな絵が飾られているが、今回は家族ではなく集合写真のように約二十人近くのプレイヤーが集まった絵に変わっていた。パインはそれを懐かしそうに眺めて、意識を切り替える。

両扉の端にはすでに魔女の館に勤めるメイドが二人待機している。転移初日に会えたクレンチではない。

「開けなさい」

「「はっ」」

扉は音を立てず開かれる。速度を緩めず中に入り、応接用のソファへ一直線に向かった。そこには愛した人が座っている。

「ヘドラ、おはよう」

「おはよう、我が君」

言葉に声に愛が添えられて、胸に届く。はじめは戸惑ったが今では心地いい。愛を贈られるたびに「私はここにいてもいいんだ」と安心できるからだ。

私はヘドラの隣り、できるだけ側に寄り腰を下ろす。

「今日は顔が見えて嬉しいよ」

そっと伸ばされた長い指が優しく髪をかきあげて耳へかけた。くすぐったくて胸が高鳴る。

「キューブの回収にはこちらの方がいいということもありますが……あなたに喜んで貰えて嬉しいですよ」

自然と湧き上がる笑顔を向ける。ヘドラも笑ってくれた気がした。

「喜んでいるとも。身代わりを発動している姿、今の君、魔女である君、すべて愛おしく思っているよ。だから君の用事と私がここに戻る日が被って嬉しい。でなければ、しばらくは会えなかっただろうからね」

寂しそうな感じが言葉端から伝わる。可哀想だと思いつつ喜んでしまう。

「わざと、ですよ。ヘドラがいる日を狙って来ています。あなたに会って、話したかったから」

「天にも昇る心地だ……言葉の熱でのぼせてしまうよ。君は私とどんな話しがしたかったんだい?」

熱に浮かされた声と一緒に溶けてしまいたいが、これから相談事は非常に難易度が高いと思われるイベント戦を予想している。少しクールダウンが必要ね。

「なんでもしたいわ。と言いたいところだけど、今回は仕事の件がメインになるわね。最近の宝物殿の様子はどうかしら」

彼はソファに預けていた背筋をピンと伸ばし、雰囲気が甘いものから固いものに変わる。

「変わりないよ、安全で平和そのものだな。そちらは危険ではなかったかい?」

「まったく。パンドラもルプーもシモベたちもいてくれたおかげで大丈夫よ。目的の情報も手に入ったし」

「目的の情報か。ふむ、そろそろ私の執務室へ移動するかね」

私は頷いた。

「そうしましょう」

 

 

 

ヘドラの執務室と自室は館の二階部分にある。それらは両隣りに設置されており、彼の生活が少しでも楽になるようにと考えられて作られた。

執務室の扉を抜けると、そこそこに広い部屋があった。二〜三十人ほど収容できそうな広さで、中央から手前に応接用のソファ、奥に執務机と椅子、その他にもオフィス向けのキャビネットや本棚が置かれている。

パインは空中に自分の魔法少女としての固有模様を浮かび上がらせる。これは〈転移門〉と同じような効果があり、結界内と行き来できる。

そこから大木のような筋骨隆々の大柄な男性が現れた。姿形はほとんど違うが、計十一人の男性が出てきたところで門が消える。

「おはよう、皆」

「おはよう、パイン殿」

代表して応えるのは一番大柄な男性だ。赤い肌に赤いヘルメット、その上に金の草冠を被っている。白い布地の腰巻に動きやすそうなサンダル、彼の体格に見合った大きな白のマントと随分身軽な服装だった。その見た目はまるで古代人である。

そう、彼はまさしく伝説の時代から生き続ける元神ザ・マンだ。

 

そして彼の弟子である完璧超人始祖たち。

金の顔を持つ壱式(ファースト)、ゴールドマン。

その弟、銀の顔を持つ弍式(セカンド)、シルバーマン。

長く白い髪に全身鏡面で紫の体を持つ鏡の化身超人・参式(サード)、ミラージュマン。

イノシシに似たマスクを被ったこの中では最も人間に近い見た目を持つ肆式(フォース)、アビスマン。

あらゆる痛みを無効化する緩衝材を全身に持つ伍式(フィフス)、ペインマン。

二股に分かれたヘルメットのような頭部の前面が透けて中が見えており、全身の血管が浮き出ている姿が少し不気味な陸式(シックス)、ジャスティスマン。

大岩のような印象を受ける大柄な体、長く伸びた二本の角と一つ目が印象的な漆式(セブンス)、ガンマン。

いかなる攻撃も寄せ付けない輝くボディを持つ捌式(エイス)、シングマン。

漆黒の翼に人間らしいボディ、カラスを模した形の仮面をつけた玖式(ナインス)、カラスマン。

最後は、他のメンバーとかなり毛色が変わる。十一人の中で唯一豪華で華やかな装飾で、ローブ丈のドレスを身に纏った男性だ。その所作は洗礼されており、貴族的な雰囲気を醸し出す。拾式(テンス)、サイコマン。

 

 

以上、ヘドラを合わせて十二名がパインが創造したNPCである。

魔女の館内で働くメイドたち含めなぜこんなにNPCが増やせたかというと、課金ガチャで"拠点のNPCを増やせる"大当たりを引いたためだ。転生者の強運が発動した瞬間だった。

引いたパインは、仲間たちの許可を得て完璧超人始祖たちを創り出した。もちろん趣味と実益を兼ねている。

パインはそのスキルやクラス構成から、敵の襲撃にあった際は宝物殿で世界級を守る役目を担う。そのとき、敵を自らの結界内に引き込みえげつない数の使い魔で相手を消耗させ確実に倒す。

当初は、パインとヘドラと使い魔たちで対処する予定だった。しかしNPCを増員できるならしようと話しが出ていたところに、ちょうどガチャを当てたため完璧超人始祖が創られた。

襲撃者撃退の要となるように創られた彼らは、ヘドラの指揮により能力を向上させ物理と魔法で殴りまくる。パインは回復やサポートに徹する。デバフは使い魔たちの呪いを利用することで、中の上チーム、うまくやれば上の下チーム戦に勝つことができる。

宝物殿以外の場所からでも結界内に引き込めばこの作戦が使えるため、千五百人の襲撃の際はチームを分断でき大いに貢献できた。

ちなみに、なぜ拠点NPCを結界内に設置できたかと言うと、拠点と結界内を繋げたからだ。宝物殿の最奥、世界級がある場所にパインの棺桶を置き常時結界内と繋げることで成立したのだ。これは魔法少女イベントの中でも"魔法少女まどか☆マギカ"のイベントをすべてクリアした者のみが得られるものだ。

ヘドラ含めた始祖たちは、ナザリックの中でもあの襲撃で生き残った者たちとして畏怖される存在であるとパインたちプレイヤーは知らない。

 

「(これで会うのは二度目だけど、やっぱり完成度高くて大満足だわ)」

一度目は第六階層で階層守護者たちと分かれた後だ。様子を見たるためとファン心に突き動かされて会いに行った。その時は健康を確認しただけで終わってしまったが今回は違う。

パンドラを出すにあたり、始祖たちも結界内から出してしまおうと考えていた。キン肉マンの原作に沿り全員が知恵者と設定したことに加えて、さらに頭が良くなるよう設定を書き込んである。リーダーとなる者は多い方が良いと考えての行動だった。

漆黒聖典を倒したらこの子達もナザリックのために働いてもらおう。

「さて、全員揃ったし座りましょうか」

こういう時自分から座らないと皆が座り始めないので、パインは素早くいつもはヘドラが使っているだろう執務机を陣取る。メイドがいないので代わりにヘドラに横に立つよう指名した。しかし、それに異を唱える者がいた。

「別に俺でもかわまんのだろう?」

律儀に手を挙げて発言するのはゴールドマンだ。あまりにも自然体だったのでこちらも素で返してしまった。

「それってロール的にどうなの?」

ゴールドマンは、はたしてパインのそばに立ちたがるだろうか?やりたい事はどんどんやる性質だと思うけど。

「あんたがダメなら変える」

始祖たちの設定文には"それぞれの完璧超人始祖を模した存在である"と書いてある。つまり、自分たちにオリジナルがいることを知っていて、普段からロールプレイを行なっているのだ。

「そう。……うーん、ダメって言うほど"ゴールドマンのイメージ"に離れていないと思うよ」

「ならばこのままやるぞ。……俺でもいいだろう?」

この場合、私が創ったゴールドがヘドラの役割を任されたいのだと結論づけた。というか、その他にないでしょう。

私は頭を振った。

「その意見をのむなら全員でじゃんけんするのはべきだと思うけどいい?」

「反対します」

「ヘドラはそうだよね」

「我らは賛成だ」

「うん、わかるよ」

複数のNPCを持つ難しさを感じていたパインだった。賛成多数ということでじゃんけん大会は幕を開け、結果サイコマンが勝った。

「ニャガニャガニャガ、私の勝ちですね!よろしくお願いします。パイン様」

「おめでとうサイコマン。よろしくね」

パインはアイテムボックスからある書類の束を取り出し、サイコマンに渡す。

「一人一部ずつ受け取ってちょうだい」

全員に行き渡ったことを確認してから話し始める。

「では、これより対漆黒聖典との戦闘イベントについて会議を始めます。会議後、グリーフキューブ生産に移り連携を強化します」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この漆黒聖典って奴等気になるな」

ウルベルトは部屋で一人、新しい報告書を読みながら考える。彼らについてもっとよく知りたいし、パインと話し合いたかった。

今日はたしか魔女の館に籠ると言っていたな。声をかけられた朝から三時間ほど経過している。少し様子を見に行こうか。

今日担当だというメイドに一言連絡を入れて、ウルベルトは第五階層へ転移した。

 

 

氷河に吹雪はない。コスト削減によりそういった金貨が消費するダメージエフェクトなどは一部を残しオフにされている、らしい。

ウルベルトは初めての雪と戯れつつ魔女の館へ飛ぶ。魔女の館へのワープ出入り口には膝丈の雪だるまが飾られており、これでは出入り口が隠されていないではないかと、ため息をついた。仲間の作ったものならば無下にもできず、壊さないで素通りした。転移門を守る虫系シモベに適当に挨拶を交わして門の上に乗る。

 

景色はガラリと姿を変えた。

広い部屋には、かつてパインと共に魔法少女イベントをクリアしたフレンドたちの絵が壁一面に飾られ、シックでオシャレな家具が置かれている。それらにもあまり目をくれてやらず、両扉を開けた。

途端に騒々しい音が聞こえてきた。

「ほら!ほら!キュウべえ、さっさと金貨出しなさいよ!!!」

扉のすぐ隣り辺り、銀色のスタイリッシュなゴミ箱らしき物に黒いキューブを投げ入れているパインの姿があった。そしてヘドラと十一の筋肉たち。無駄に暑苦しさを感じつつウルベルトはパインの側へ移動する。

気づいたNPCたちは膝を折ろうとするがそれを片手を振って制止し、待機させた。

「こんにちは、パインさん。何をしてらっしゃるんですか?」

「あら。こんにちは、ウルベルトさん。見ての通りキュウべえにキューブを注いでいるところですよ。……そういえばキュウべえは私にしか見えないんですよね」

今ここにいるんですよと、指差す先には何もいない。

「残念ながら見えませんねえ」

「そうですか。見た目は愛くるしい人形なのでサンドバッグにどうかなと思ったんですけど、見えないんじゃ面白くありませんね」

ウルベルトに愛くるしい人形を殴る趣味はなかったので、見えなくてよかったと思う。勧められていたら引く。

「ところで、ちょっと話がしたいんですがそれはいつ頃終わりますかね」

パインはにこっと笑う。

「私もウルベルトさんと話がしたかったんです。これはえーと、キューブを入れて金貨に替えるところまで私がやらなくちゃいけないので、三十分はかかりますね」

パインは魔女の館にある壁掛け時計を見た。

「もうお昼ですし、午後から集まりませんか?できればアルベドや他のNPCたちも交えて話がしたいんです」

重要な案件に関わっているアルベドたちは仕事の引き継ぎがあるので今すぐには来られない。

「それなら時間を開けた方がいいですね。わかりました。午後の三時から……俺の部屋でいいですか?」

「私は構いませんよ」

「では、午後の三時に。……とりあえず今は暇なので見て行ってもいいですか?」

「いいですよー。というか、やっていきます?」

ウルベルトは顎に手をあてた。

このやっていきますというのは、おそらくキューブの生産だ。

グリーフキューブ生産、たしか魔獣とかいうモンスターを倒して得られるのがグリーフキューブ。それをキュウべえに渡すとユグドラシルの金貨やアイテムに変換してもらえるんだったな。

パインはキューブを入れ終えたのか手をパンパンとはたいた。

「いい運動にもなりますよ。まだ魔法を発動してなかったでしょう?」

「いきなり実践ですか?スパルタだなあ」

「違いますよ。ちょうど今舞台は空っぽで何もいないので技の練習できるんです。お望みなら魔獣を投下しますよ」

「とりあえず練習していきましょうかね」

「ではこちらへどうぞ。ヘドラと始祖たちもついてきなさい」

「は、かしこまりました」

計十三人の大所帯で、俺たちは部屋の奥、魔獣と戦闘するゾーンに足を踏み入れた。

ウルベルトはゴミ箱を振り返る。

「あれ、入れたやつ金貨に変換しなくていいんですか?」

「まだまだキューブを入れる予定ですから、今はやらなくてもいいんですよ。それより、ウルベルトさんはお腹減っていませんか?」

「平気ですね」

雑談する姿を見て、ヘドラはフードを深くかぶった。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの関係

 

「ニャガー!!!」

「ハワー!」

独特な大声が戦場から上がる。十一体のNPCが魔獣という異形のモンスターを、殴り蹴飛ばしていく。離れた所にヘドラが立ち支持を飛ばしていた。いくら魔法とスキルによる支援があったとはいえ、一方的な戦いだ。

「もう少し手加減した方が練習になったんじゃないですかね」

そう言うのは、ウルベルトだ。パインと二人、魔女の館の地下深くの部屋の隅に立っている。魔獣と戦うための部屋は大きかった。五十メートル級で、耐久型らしい大きな体の魔獣十体と戦っても狭く感じない。さらに十体追加されても余裕があるだろう。

パインは眉を下げる。

「もちろん支援なしでも勝てますけど。彼らは喜んでくれましたし、それに怪我負ってほしくなかったし……」

レベル六十台とレベル百での戦闘において、万が一にもレベル百が負けることはない。もちろん、世界級を持ち出されたらその限りではないが、今回はグリーフキューブの効率的に収集することを目的としたルーチンワークの一つだ。プレイヤー戦でもないのに、パインは心配しすぎている。

仲間に対しては抱かなかったが、NPCたちには過剰なまでに反応していた。パインは今日やっと、自らが過保護の心配性であったことを自覚する。

自分がこんな感じなら、ウルベルトはどうなんだろうと考えてある事を思い出した。

「ひえ」

「うわ、いきなりどうしましたか」

引きつった声に驚くウルベルトをよそにパインは慌てる。

「あの、実はまだデミウルゴスにウルベルトさんの帰還を知らせてなくて、ですね。それでやべーってなっているんです」

「ああ、いつも連絡ミスですか。懐かしい」

「私のミスで和まないでください」

現在のナザリックにおいては非常に問題のあるミスをしてしまった。まずウルベルトに謝罪すると、彼は気にしていないと言う。

「実はすでにデミウルゴスとは話したんですよ。昨日パインさんが部屋を出てすぐあいつに連絡したんです」

「そうなんですか!ということは、デミウルゴスはすでにナザリックに帰還しているんですか?」

「いや、帰還はさせていません」

「なぜ?え、会いたくないんですか??」

信じられないと山羊の顔を見る。

「だって仕事中でしょう。ひと段落してからでもよくないですか?」

「ウルベルトさん……」

パインはゆっくりとウルベルトの両肩を掴み、まっすぐ目を見た。

「会ってください」

「でも、この後あなたを含めて会議が……」

「予定変更してください。……お願いします」

 

 

それからすぐ、パインはデミウルゴスに連絡を取り謝罪と至急ナザリックに帰還するよう伝える。忠義厚い悪魔は謝罪を「恐れ多いです」と辞退し、涙ぐんでお礼を口にした。

パインは心の中で「連絡遅れてマジでごめんなさい」と土下座し、今後気をつけるようにと手帳に書き留める。さらにデミウルゴスの帰還と会議の変更をアルベドに伝えておく。これでいいだろう。

「デミウルゴスは数時間後には帰って来れるみたいなので、会ってあげてくださいね」

「わかりました。……それで、俺の護衛にでもすればいいんですかね」

「そこはお任せします。護衛が鬱陶しかったら第七階層の守護を命じればいいでしょうし」

そのへんはウルベルト次第だと言うと、彼は以外だと思ったようだ。

「いいんですか?」

「私はNPCたちと遊んだり話したりしたいと思いますが、ウルベルトさんはそういうの特別好きそうじゃないし。彼らを傷つけない程度に自由にしたらいいと思います」

「ありがとうございます。強要されないことが楽で嬉しいです」

「それはよかった」

魔獣が残り一匹になったところだ。もうすぐ戦闘も終わるだろう。

そのとき、唐突にウルベルトが聞いてきた。

「そういえばパインさんは、ヘドラと結婚しているんですよね」

「ええ、ユグドラシルにあったプレイヤー同士の正式なものではありませんが。モモンガさんに付き合ってもらって真似事みたいなことはしましたね」

「……どんな感じですか?」

「幸せです。愛されて、幸せですよ」

「愛されて幸せか……パインさんはあいつのことが好きなんですか?」

「私は、ヘドラのこと大好きですよ。これからもっと好きになっていくと思います」

「……そうですか」

若干わからないという雰囲気を醸し出すウルベルトはそっとしておき、ラスト一発、魔獣を仕留めたパンチをしっかり目に焼き付けた。

 

 

-----

 

 

次の戦闘からは私たちも参加した。魔獣を三倍に増やしてグリーフキューブのドロップ率を高める。私が参戦することでグリーフキューブはドロップ増加するので、今日だけで多く稼げるだろう。

魔獣を倒す作戦は簡単だ。

まず始祖たちとヘドラが統率する使い魔で敵を足止め、私がメインウェポンの巨大な裁ち鋏で魔獣の下半身を切って動きを封じ、ウルベルトさんが仕留める。これを繰り返した。

シンプルな作戦でパターン化しやすいからこそ、慣れれば作業効率が上がる。敵を倒す時間が回を重ねるごとに早くなり、私たちの連携もいいものへとなった。

 

ちょうど、ウルベルトさんのMPがそろそろ切れるという頃にアルベドから〈伝言〉が入る。デミウルゴスが帰還したらしい。迎えに行こうかと相談するため、ウルベルトさんを見たら肩で大きく息をしていた。私は「魔女の館まで来て欲しい」と伝えておいた。

「ウルベルトさん、デミウルゴスが帰還したので上がりましょう」

「り、了解です。はあ、はあ……これ残量に気をつけないと自滅するな。動きが鈍る」

「大丈夫ですか?少し休んでから上がりましょうか。それとも運びますか」

力持ちならこちらに、と言うと十一の筋肉隆々の男たちがボディビルダーがアピールするようなポーズを各々とりだした。

「もちろん、私でよければ肩貸しますよ」

「いえ、〈飛行〉で動くので大丈夫です。それに、旦那がいる前で嫁さんに肩貸してくれなんて言えませんよ」

「そうですか」

パインはそういうものなのか、と疑問を含めてヘドラと顔を合わせる。相手は首を傾げた。

「そういうものなのでしょうか?」

ヘドラの、このナザリックの忠臣らしい振る舞いは余所行きのものだ。他のギルドメンバーがいる前では言動を変えるよう設定されている。

「……嫉妬しないのか?」

ウルベルトがアイテムを使ってふわりと空中に浮かぶ。ヘドラは左胸に手を置いて答える。

「します。パイン様の側に己以外の、他の者がいたらと想像するだけで胸が焼け尽き、理性が怒りに飲み込まれてしまいそうになります。ですが、パイン様のドッペルゲンガーは私だけ。なので心中穏やかであります」

引っかかる言い方だった。パインは目線だけでそれ以上余計なことは言うなよと願うが、叶わない。

「なぜドッペルゲンガー限定なんだ?嫉妬するべき対象はこの人に近づく相手だろう?」

ヘドラは視線に気づいた。だが、読み違えた。

「いいえ、ドッペルゲンガーのみで良いのです。なぜなら、そういう性癖の御方ですから」

性癖のことならば、ギルドメンバー全員の、周知の事実だと思ったのだ。だってモモンガは知っていたのだから。

「しっー!」

慌てて止めるが、出てしまった言葉は戻って来ない。ウルベルトはそっと、ほんの一メートルだけパインから離れた。

「変態だったんですねえ」

「やめてください。引かないでください」

「おや、言ってはいけませんでしたか。これは大変失礼いたしました」

「いいよ……ちゃんと話していなかった私のせいだから、いいのよ」

パインの肩ががくりと落ちた。

 

-----

 

そういった仲間の、新しい発見をしつつ。また始祖たちからヘドラへ、勝手に女性の秘密を話てはいけないと注意されたりと、賑やかに館の広間に戻る。ヘドラと完璧超人始祖たちはどういう関係になっているのか気になっていたが、どうやら友人の間柄らしい。

 

すでにデミウルゴスは到着していた。広間へ通じる両扉が開くと、悪魔は余裕がある笑みを浮かべていた。しかし土埃被る私たちを見て血相を変える。

「なんということでしょうか!お召し物が……すぐに汚れを」

「後で大浴場に行くから、今はかまわん」

「私も、後でここのお風呂に入るから大丈夫よ」

「左様でございますか。でしたら、私からは何も言うことはございません」

久しぶりに会ったデミウルゴスは、見た目上変わりなく安心した。改めて「おかえり」と、加えてすぐにウルベルトの帰還の連絡が遅れたことに謝罪をする。忠臣な彼はやっぱり「とんでもございません」と頭を下げるのだった。

そうして私たちのやりとりが一段落して。

「おかえり、デミウルゴス。あー、ただいま」

「……第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に。ただいま戻りました、ウルベルト様。そしてお帰りなさいませ」

この日はじめて、デミウルゴスから涙が流れた。

 

 

積もる話は大浴場でするらしい。そのまま二人は魔女の館から第九、十階層へ帰っていった。

残った私たちはというと、デミウルゴスの涙にもらい泣きしてハンカチを濡らしていた。

私、弱いんだよね。ああいう感動ものは特にさ。

感情の波が収まり、始祖たちを労ってから結界の中へ帰らせる。結界の中は住居スペースを完備させているので、彼らの生活には困らない。

 

ウルベルトとの会談は午後からの予定だった。だが、私がデミウルゴスのために時間を取るようお願いしたので、時間は大幅にズレ込んだ。

ヘドラにこれからの用事を伝える。

「お風呂に入った後、グリーフキューブをキュウべえに再び渡すわ。その後ウルベルトさんと会談になってるから、時間になったら教えてちょうだい」

「かしこまりました。会談は何時頃から始められますか?」

「夜の九時になったら」

「では、一時間ほど前になりましたら、お知らせいたします」

ヘドラの美しい所作の礼を見届けて、パインは数名のメイドを連れて風呂場へ入っていく。もちろん服を脱がせてもらうだけだ。体はさすがに恥ずかしいので自分で洗っている。

 

「(そういえば、ウルベルトさんの話したいことってなんだったんだろう)」

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準備をしよう。

 

 

夜九時、約束の時間。ギルドメンバーの自室に人が集っていた。

部屋の主人ウルベルト、彼の被造物であり巻物の素材を探しを任されたデミウルゴス。ナザリックの内政を担うアルベド、彼女を補佐するパンドラとヘドラ。美しい女性の姿から真っ黒な球体の顔にドレス姿へ着替えてきたパイン、以上六名だ。

長テーブルにギルドメンバーが座り、残りのメンバーは立っている。座ることは辞退されてしまった。

パンドラはウルベルトの指輪を借りて、パインが宝物殿から出した。この会議にはナザリックの知恵者を全員呼びたいと、ウルベルトが言い出したからだ。一体何の話があるのか、パインには見当がつかなかった。

 

ウルベルトが咳払いをする。

「人が揃ったな。では、始めよう。俺が行いたいのは情報交換だな。例えば漆黒聖典と呼ばれる者たちについて知りたい」

パインは内心とても驚いた。そして、やはりこういう状況において表情が見えないというのは自分にとって有利に働くと思った。今の表情を見られたら何か知っていると勘ぐられてしまう。私は動揺からうまく誤魔化せない。嘘だって下手についたら信用が下がってしまう。ウルベルトとの仲に不和を招きたくない。仮に、本当のことを言ったとしても信じてもらえないだろう。おかしな人だと距離を開けられたら悲しい。だから自分の知っていることは隠そうと決めた。

「漆黒聖典が、気になりますか?」

パインは努めて平静を装った。ウルベルトは怪しまず頷く。

「ええ、なんでも一国の切り札らしいじゃないですか。俺たちが警戒すべき未知の存在です。まあ、周辺では最強と呼ばれる王国の戦士長があのレベルなので、考え過ぎかもしれません」

でも、と続ける。

「法国はプレイヤーが作った国らしいじゃないですか。俺たちのように、魔女の館のようなレベリングに最適かつ金貨を延々と補充できる施設があるかもしれない。そうならば、戦士長より強い可能性がある」

「たしかに、そうですね」

彼の言う通りだ。レベリング施設は盲点だった。じゃあ原作より強い可能性もあるのかと、今更気づいた。原作のレベルなんて知らないけれど、うーん、高レベルの場合はどのくらいになるんだろうか。一応、レベル百と仮定して襲撃の準備を内密に進めている。……レベル百以上でした、なんてことないよね?

ウルベルトはアイテムボックスから書類の束を取り出してテーブルに置いた。

「この書類は法国の情報源から得たものをまとめた資料だ。これ以上に、または新しく得た情報はあるか?」

NPCたちは顔を見合わせた後、アルベドが発言する。

「申し訳ございません。現状、その件につきましては新しくご報告できるものはございません」

「そうか、残念だ」

パンドラが声を出す。

「もしお時間をいただけるのであれば、法国へシモベを潜入させ直接情報を手に入れましょう」

創造主の隣でデミウルゴスが首を振る。

「それは先程私も進言させてもらったんだがね、プレイヤーがいるかもしれない場所にシモベを派遣することは危険だと却下されたよ。下手に刺激して戦争の口実を与えてはいけない、とね」

それを聞いてNPCたちは悔しそうに表情を歪めた。私はどうすれば法国の情報をより手に入れられるか考える。

「……知っている人に直接話を聞けたら楽なんですけど」

「そうだろ?」

ぱちん、と山羊の指が鳴る。

「だから、俺は冒険者になるよ」

「えっ危ないですよ」

今さっき未知の存在は高レベルかもしれなくて危ないよねって話したばっかりでしょうが。なぜ自ら飛び込むんですか。

山羊の悪魔は深くソファに腰掛ける。

「いいか?未知の存在にうまく対処できるのは誰だ?それは、未知を冒険してきた俺たちギルドメンバーだろう?」

「そうですね、NPCたちよりかは慣れていると言えます」

「でしょう?……俺たちは、あらゆる方面から情報を得た方がいい。それも早急に。なぜならすでに情報戦で負けているからだ」

その言葉に皆、予想通りなのか落ち着いて聞いている。デミウルゴスは先に話し合ったのか静かだ。私は黙ってウルベルトさんの言葉に耳を傾けた。

「俺たちは、俺たちより早く来たプレイヤーに情報戦で負けている。先に来た方が色々知っているのは当たり前、この地にしかないアイテムを持っているのも当たり前だ。だが、それを仕方ないで済ませる気はない。負けているなら、追い越せるように努力するべきだ」

「その一つが冒険者になって、広く情報を集めることなんですね」

「そうだ。聞けば、冒険者は国に縛られない自由な職らしいじゃないか。様々な国を堂々と行き来して入り込み、生の情報を得られるのは有難い。これ以上にいい職はあるのか?」

「あと思い浮かぶのは商人ぐらいでしょうか」

山羊の頭を振る。

「それは俺向きじゃないな。ふむ、見た目が人間に見えるセバスとプレアデス辺りに任せませんか?」

パインは頷く。

「賛成です。彼らならある程度の敵に対処できるでしょう」

 

それからはサクサクと話が進んだ。

結果、ウルベルトの護衛には影の中に入り込めるシャドウデーモン以外に高レベルの召喚モンスターのハンゾウを数体つけること。そしてタンク役には完璧超人始祖の一人、最も人間らしい見た目のアビスマンをパインは推した。

商人のフリをして潜入するメンバーは、執事役にセバスとそのお嬢様役にソリュシャンが決まった。

 

一段落したところで、次はパインが話し出す。

「あの、私も少し出かけたいんです」

「どちらにですか?」

食い気味で反応するアルベド。優しげに微笑んでいるがどこか余裕がないように見えるのは気のせいかな?

「今すぐじゃないわ。ただ、賊のアジトを見つけたら試したい事があるの」

「何を試されるのでしょうか」

 

「適材適所」

 

 

 

-------------

 

 

「ふー、終わった」

自室に帰ってきたパインは、アイテムの仕分けを行ってくれたメイドをよく褒めてから帰した。それから寝室へ、ヘドラと共に寝転ぶ。

パインは両手足を伸ばしてから、ふっと力を抜く。程よく脱力して気持ちがいい。しかし、隣の気配はカチカチであった。

「ヘドラ、そう意識しないで。襲わないから」

「何?襲わないのか?」

素のヘドラに対してそんな度胸ない、と心の中で嘆く。それから襲われても困ると。

「この体は言わば使い魔の体を乗っ取った借り物ですもの。私じゃないのに、あなたには触れないわ」

「……なるほど。以後、気をつけよう」

何をとは聞かないでおく。それがわからないほど、彼との関係は幼くない。

パインは夫の方へ体を寄せた。

「触れることはできないけれど、こうやってさ、あなたと二人きりで過ごしたかったの。喋ったり、好きな映画を見たり、もっとお互いを知りたい」

パインは、今自分の中で芽生えているヘドラへの気持ちを大切にしたいと思っている。

彼を作った頃は打算的な気持ちだった。自分を都合よく愛してくれる存在、絶対的な味方、そういうものだった。でも、長く接すれば愛着が湧くように。彼を大事なものとして扱うようになった。

彼から愛されるようになって傍にいることが心地よくなって。この場所にずっといたいと、思った。

ヘドラは右手をパインの左手に重ねる。

「私は、映画をあまり見ないから君が選んでくれるか?」

「いいわ。まずは私の好きなアクション映画から見ていきましょう」

ストーリーが明快で派手なアクションは見所が多く、はじめての彼にも楽しんでもらえるだろう。

「(同じジャンルを好きになれたらいいなあ)」

パインは起き上がり、映画のデータを置いてある棚へ歩み寄った。

 

 

 

〈つづく〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パインの部屋

ロイヤルスイートルーム。ナザリック地下大墳墓の奥に位置する場所。至高なる四十二人の居住区であり聖域である。アルベドはその廊下は歩いていた。時々すれ違うメイドに会釈され、それに対して笑顔で返しつつパイン・ツリーの自室へ向かっていた。長い廊下を歩くが、足音はふかふかの赤い絨毯に吸収されるため静かだ。静寂の中でアルベドの心は弾んでいる。なぜなら、パインに呼ばれたからだ。

至高の御方。NPCたちに、自らの持ち物を分け与え続けてくださった。ほぼ毎日会って、大切に扱ってくださった。最後まで残ってくださった。自分とモモンガを結んでくれた恩人、数え切れないほどのご恩がある御方だ。その方の役に立てるかもしれないチャンスとあれば、自然と心は弾み喜びで翼がバサリとはためいた。

 

パインの部屋の前に着く。門番であるコキュートスの配下から鋭い視線を送られるが、これは当たり前だ。主君の部屋に入るものはすべて警戒し、不審な真似をすれば即座に切り落とす。その用心ができてはじめて門番としての役目を与えられる。

アルベドは慎まやかに扉をノックする。十秒後に今日のパイン様当番のメイドが扉を開けた。アルベドはパインに呼ばれた事を伝える。相手は頷いて、少々待つように言うと扉を閉めた。今度は数分間待った。再びメイドが現れて、中に入るよう促される。

 

「おはよう、アルベド」

「おはようございます。パイン様」

挨拶は短めを好まれるので、余計なことは言わない。

愛するパイン様は執務机に座ってらっしゃった。今日は真っ黒なお顔ではなく、女性の姿をしていらっしゃる。表情がわかること、そのご威光をしっかりと感じられるのでこちらの方が私は好きだ。

部屋の中には、メイド以外にエイトエッジアサシンが五体が護衛に当たっている。あまりにも数が少ない。しかし、至高の御方からの命令とあっては聞き入れるほかなかった。だが、時期をみて護衛を増やせないか進言してみよう。万が一もあってはならないのだから。

 

室内は温かみのある部屋だった。ロイヤルスイートルームをデフォルト設定のままに、写真を多く飾っている。壁じゅうに大小様々な写真は、ギルドメンバーと撮ったものからNPCたちとのツーショット、ギルド以外で繋がりがあったプレイヤーたちとの集合写真。ごく最近に撮った物も飾られていた。それらに加えて新しく増えたものといえば、室内には木製で精巧な装飾がされたクローゼットと廊下側のドアから入ってすぐの所に設けられた棚だろう。クローゼットはたしかドレスルームのアイテムを整理するために用意されており、棚はさらに写真を飾るために置かれたと聞いている。棚の写真はパイン様当番のメイドが毎日変えているらしい。今日も、ペストーニャや魔女の館を含めた全てのメイドたちとパイン様が写ったものが飾られている。

「よく来ましたね。早速、あなたとお話ししたいところだけれどウルベルトさんにプレゼントしたい物を思い出してね。少しこの部屋で待っていてほしいの」

「かしこまりました」

ウルベルト・アレイン・オードル様。近々ナザリックの外部にて潜入活動をされる。最も危険な場所に乗り込まれるのだ。パイン様から何か贈られるのは当然だと思われた。

一体なにを贈るのか、その日は浮かれてためか好奇心が刺激された。パイン様はNPCにも気さくに応じてくださる御方で、決してそこに甘えた訳ではない。ただもう少し話がしたかったというのはある。

「ウルベルト様にどのような物を贈られるのでしょうか?」

「変身アイテムの素材よ。私が集めていた物から渡そうと思って……見たい?」

まるでいたずらっ子のように微笑まれる。それがあまりにも、失礼かもしれないが、可愛らしくて頷いてしまった。

「いいでしょう。いらっしゃい」

 

 

 

ドレスルームの奥の部屋。

至高の御方が住む部屋らしくない場所だった。まるで明るい倉庫のようだ。床、壁、天井はどれも執務室と同じなのに、置いてある無骨な鉄製の棚と多くの木箱のせいで実用一辺倒だ。

天井まで積まれた木箱の間をまっすぐに進むと、壁際に引き出しタイプの大きめのキャビネットが見えた。

パインがその一つに手を入れて探し始める。

「アルベドはここに来たことはあったかしら」

「いいえ、ございません」

「ならば驚いたでしょう。面白みがないというか、事務的な部屋で」

「そう……ですわね。パイン様、この部屋には何を置かれているのですか?」

「愛よ」

アルベドは目を見開いた。意外な答えだった。パインの愛はその被造物であるヘドラ・ファンタズマのみに注がれていると、そう思っていた。

引き出しから、抜いた御手には一つの赤い玉があった。血よりも赤く、滴る水よりも輝いている。これが愛の正体なのか?

「これはドッペルゲンガーのみがドロップする素材で、変身アイテムはすべてこれがなければ作れないのよ。綺麗でしょう。私ね、どんな宝石よりもこちらの方が綺麗だって思うの。だってレア物だし、モモンガさんもいいですねって言ってくれたし」

どんどん言葉が普段使いのものへと崩れていくが気にならない。支配者らしい姿も、少女らしい言葉もどちらも尊き至高の存在なのだ。

「それは素敵ですね」

御二方が認めればそれは最高のものだ。アルベドはすべての疑問を捨てて首を縦に振った。パインは興奮して頰を赤くする。

「そうでしょう!ありがとう、アルベド。私の宝箱を見せてよかった。他のギルメンには引かれちゃったから……」

「まあ、どうしてでしょうか?」

「やり過ぎなのがいけないみたい。ドッペルゲンガーだけを狩り続ける姿が狂ってるように思われちゃって、一時期はモモンガさんに心配をかけてしまったわ。それにこの部屋も。宝箱と呼ぶのに内装に飾り気がないギャップとかが良くないみたいね」

顔を上げて部屋を見るパインの目は悲しげだ。アルベドは本心で良い点だと思う箇所を言う。

「……実用的でよろしいかと」

「そうよね。私もそこが気に入っているの。それに飾る時間より狩る時間のほうがよっぽど大事だわ」

「たしかに、想う時間も大切ではありますが、行動しなければ愛は伝わりませんもの」

パインは目をぱちくりと瞬かせて、それから目元をゆっくりと緩ませた。

「ええ、その通りよ。ありがとう。今日、あなたと話せて本当に良かったわ」

アルベドはぶるりと喜びに震えて「身に余る光栄でございます」と頭を下げた。

 

 

 

アルベドを連れて執務室に戻ると、ちょうどウルベルトが応接用のソファに座っていた。

軽く挨拶を交わして、彼の向かいに座る。アルベドは私の後ろに控えた。

アイテムボックスから赤い玉を取り出して、机に置いた。

「ウルベルトさん。これがお渡ししたいものです」

「ほお、赤い玉。聖遺物級の変身アイテムが作れますけど、いいんですか?これレア物でしょう。ドロップするまで苦労したんじゃないんですか?」

「他にもあるので大丈夫ですよ。それに使ってあげないと可哀想でしょう?」

ウルベルトは紅茶を飲む手を止めて、じっとこちらを見つめる。なんだろう。

「……俺には物が可哀想とか、よくわかりませんが、貰えるんですから遠慮なく使わせてもらいます。ところで、あの玉の保管庫をアルベドにも見せたんですか?」

「ええ、そうですよ。実用的でいい部屋だと言ってもらえました!」

「よかったですね」

「はい!」

ウルベルトは紅茶を飲み干してカップを下げさせた。赤い玉をアイテムボックスに入れ、代わりにあるアイテムを取り出した。

「これ、せめてものお礼です」

写真立てだ。中身は入っておらず、形や色は様々である。

「おお、ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね。一枚どうですか?」

「撮りましょうか。今日の記念に」

立ち上がってウルベルトの横に移動する。アルベドとメイドも呼ぶ。私たちギルドメンバーは座って、NPCたちは後ろに立っている。エイトエッジアサシンにデジタルカメラを持たせて、撮ってもらった。

「ハイチーズ。……よろしいでしょうか?」

「見せてちょうだい。うん、いいと思う」

「いいんじゃないですかね?なあ、二人とも」

カメラの画面を見て、至高の存在が良く撮れているかチェックした二人は及第点だと判断して「よろしいかと」と答えた。

それには気づかずパインは嬉しそうに頷く。

「ええ、よく撮れているわ。ありがとう」

「滅相もございません。パイン様」

「よくやった。……俺はこれから鍛治師のところに行きますのでこれで」

ウルベルトが立ち上がり、パインも立って見送る。

「わざわざ寄ってくださってありがとうございました。ナザリックを出るときは教えてくださいね。見送りたいので」

「わかりました。その時になったら伝えますね。素材ありがとうございました。では」

「それじゃ」

 

ウルベルトが去った後。パインがソファの上座に座り、その側にアルベドが座る。彼女たちの前に新しく入れられた紅茶が置かれた。紅茶を一口飲む。

「ねえ、アルベド。ウルベルトさんはどんな格好で外に出かけるか知ってる?」

外に出るメンバーは知っているが、服装までは見せてもらっていない。彼女は何か知ってかなと思って質問したが、美しい悪魔は首を振った。

「いいえ。存じておりません」

一緒だ!

「私も知らないの。だからね、見送る時がとっても楽しみなのよ!一体どんな服装で冒険者になるのかしら。気になるわ」

「ウルベルト様に直接お聞きにならないのは、楽しみを後にとっておくためでしょうか」

「そうよ。その方が面白いでしょう?」

「日々を焦がれて過ごすというのも、楽しいかと思います」

「今、まさにそれね!はあ、楽しみだわ。胸が踊るわ」

ウルベルトさんの人化を拝めるなんて転移してきてよかった。どんな姿で出かけるのか見てみたい。

妄想にふけっていると今度はアルベドが質問してきた。

「パイン様、ウルベルト様は誰を外に連れて行くのか、ご存知ですか?」

「知っているわ。ナーベラルとアビスよ」

「アビスというのはたしか、パイン様が自ら創造されたNPCでしたね」

「そうよ。完璧超人始祖のなかで最も人間らしい見た目をしているし、タンクとしても優秀だから推薦しておいたの。……ついて行きたかった?」

アルベドはにっこりと微笑む。

「いいえ。私はナザリックの内政という大役を任されておりますから。それにパイン様が以前、アルベドだからこそ安心して任せらると仰っていただきました。ならば私は役目を全うしたいと思います」

「アルベド……。今もその気持ちに変わりないわ。いつも助けてくれてありがとう。これからもよろしくね」

アルベドはNPCには珍しく、嬉しそうに笑うと「こちらこそ末永くよろしくお願いします」と頭を下げた。

 

パインは喜んだ。原作ならば、NPCたちは礼を辞退し恐縮するだろう。

だけど、変わってきている。今のアルベドのように態度が良い方向に軟化していた。これならモモンガさんも肩の力を抜いて支配者を振る舞えるだろう。今ならウルベルトさんもいる。男同士、話し合えるならストレスもフリーになるはずだ。

「(モモンガさん、早く戻ってきてください。原作よりもきっと、楽しいことになりますからね)」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃え上がるは勇気の炎

 

ナザリック地下大墳墓、表層。天気は晴れ。

旅立ちーーー数日後には帰ってくるーーーには、良い朝だった。

「普通ですね。厨二病が足りないんじゃないんですか?剣モチーフのペンダントとかいります?」

「パインさんは俺をなんだと思っているんですか」

「悪魔ですよ?」

「そうですか。煽られているのかと思いましたよ」

人間のような姿をしているパインの前には、人間がいた。

 

黒目黒髪で中肉中背の青年。背は百七十センチ後半。顔はこの世界では普通で特別な部分はない。

質の良いシャツにズボンを着てその上に革の胸当てを装備している。これだけだととても質素だが、手袋やブーツ、アクセサリー類は派手な意匠が施されていた。特に目を引くのが、大粒のスターガーネットがはめられたブレスレットだ。

腰に剣を下げ、腕にマントを持って立っている。

彼の装備はすべて魔法的な付与がされており、やんわりと光っている。

 

この人こそナザリックの主人が一人、ウルベルトが変身した姿だった。

装備品も変身効果によって外装が変更されており、現在の見た目になっている。

 

この変身効果は素晴らしく、かなり性能が良かった。触っても術が解けないこと、毛皮から人間の肌の質感へと触感を騙せること、飲食可能などが挙げられる。

ただし、一部スキルと魔法が制限される。ステータスも大幅に下がってしまうが。

「(まあ、冒険できることを考えればこんなもの大したデメリットじゃない)」とウルベルトは考えている。さらに肉壁となるハンゾウが一体、シャドウデーモンが二体、護衛にNPCが二人ついてくるのだから、この身は安全と言えるだろう。

現在、この場には主人が二名、見送りに来たアルベドと護衛のシモベたちしかいない。

 

 

 

パインは少し考える。

もし、このシャツにズボンという姿でユグドラシルを歩いたら、人間種のルーキーだと思われるだろうな。なぜなら、見た目がユグドラシルの人間種のデフォルトアバターに似ているからだ。

だが、ここは異世界。なので装備品の良さから貴族辺りと勘違いされるだろう。

「その装備なら貴族辺りと勘違いされるでしょうね。質が良く魔法が付与された装備品を身につけていますから」

「そういうもんなんですね。んんっ、来たな」

ナザリックへ入る扉から出てきたのは、変装したアビスマンとナーベラルだ。

タンク役のアビスマンは青い金属のフルアーマーだ。兜は目を覆うが、鼻から下はイノシシを模したマスクが覆っている。鎧は微かに光っていることから魔法が付与されていることがわかる。付与されている効果はこの世界の基準に合わせて大したことはないと、パインさんが言っていた。しかし、一瞬でメインの装備にチェンジできる代物だから、いざというとき便利らしい。

両手に体の半分もあるでかい円盾を装備している。あれで敵を殴るらしい。まんま茶釜さんの戦い方だな。本来の武器はやまいこさんやユリと同じく拳だ。盾を装備したのはパインさんの命令で、敵に偽の情報を掴ませる為だ。

 

ナーベラルはその黒髪をポニーテールのまま結い上げている。だが普段のメイド服ではない。ウルベルトよりも軽装で、魔法の付与すらしていないシャツとズボンとマントのみ装備している。この装備だけでは様々な場面において対応できないと不安になるが、こちらも一瞬でメイン装備に着替えられるらしいので、安心だ。

 

二人は私たちの前で膝をつく。

アビスマンが口を開く。普段のおどけた口調とは違い、真面目に話している。

「お待たせいたしました。パイン様、バッファ様。ご命令通り、親しい者たちと別れの挨拶を交わして参りました」

「そうか」

青年は支配者らしく頷く。それを見てナーベラルはーーーアビスマンの方は顔が兜とマスクに隠れてわからないーーー嬉しそうだ。その表情を見て思い出すのは一般メイドたちである。

「(ナーベもメイドたちのように、物のように扱われた方が支配されてるって感じでいいのかしら?うーん、私はできそうにないな)」

頼まれたとしても無理そうだ。なぜなら大事にしたいから。NPCの気持ちより我を通すところが、モモンガさんと違って支配者に向いていないと感じてしまう。

「では、これよりエ・ランテルに向かう。パインさん、後は頼みますね」

「頼まれました。気をつけていってらっしゃい」

三人とシモベたちは〈飛行〉の呪文で飛び上がり、街の方へ飛んで行った。

姿が見えなくなった頃になってからナザリックの中へと戻る。歩きながら今後のことについて考えていた。

「(さて、ウルベルトさんにはポーションとズーラーノーンの情報とそれらの活用法を書類にまとめて渡した。ぶっちゃけ原作そのままの作戦だけど上手くいくでしょう。だからあちらは任せよう。私は集中しなきゃ!)」

パインはアルベドたちと別れて、魔女の館へ転移した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

二日後。

ウルベルトさんからの定期報告は平和なものだ。ンフィーレアくんと無事に知り合い、こちらの世界のポーションを購入したり。また、ズーラーノーンをさっそく捕獲してイベントを起こすタイミングを狙っていると言っていた。上手くやれば、マッチポンプになってしまうが、冒険者ランクを一気に上げられるのでタイミングを見計らっているのだろう。

もしかしたら風花聖典というスレイン法国の手の者が来るかもしれない事も伝えてある。

 

という事をデミウルゴスに伝えたら、ウルベルトさんはナザリックに帰還となった。風花聖典を捕まえるまでは缶詰にされると聞いている。

それに対して彼は「心配してくれるのは嬉しいが忠誠が重い!」と嘆いていた。

どんまいです……今度愚痴に付き合いますので、この回は守られてください。

そしてこちらはーーー。

 

 

無事に野盗たちのアジトを見つけ出せた。

『パイン様、獲物が動き出しました』

「ーーーわかりました。行きましょう」

 

ついに、その時が来た。

 

ソリュシャンの〈伝言〉を受けて、私とヘドラ、完璧超人始祖たち十名と肉壁となる高位のシモベたちはナザリック表層に集まり、シャルティアが作り出した〈転移門〉へ足を踏み入れた。

 

その先は平原だ。そして草が刈られただけの道が真っ直ぐ伸び、その上に馬車が止まっている。周りは死体だらけだけどまったく気にならなかった。セバス、ソリュシャン、シャルティアの部下であるヴァンパイア・ブライドたちが膝をついている。

「参りましょう。セバス、ソリュシャン貴方達の無事を祈っていますよ」

二人が頭を下げたのを見届けて、私たちとシャルティアたちは新しく部下にした下位のヴァンパイアにアジトへと案内させた。

 

森の中のトラップはすべてネズミたちにくらってもらい、真っ直ぐ進む。おかげで誰も罠にかからなかった。やがて森が開けて、洞窟についた。

「(やったここだ!!!)」

私は興奮したまま、すぐにネズミたちを再召喚し辺りへと散らせる。見つけるのは冒険者グループと漆黒聖典たち。ただし交戦は一切ぜず、あくまでも身を隠して発見にのみ命令を下す。

これで準備は整った。次は支配者としての仕事を行おう。

パインはシャルティアと向き合う。

「シャルティア、ここからの指揮権は貴方に移します。ここにいる者たちを捕らえてみせなさい」

美少女はにこりと笑い、優雅な礼をする。

「かしこまりんした。すべて蹂躙してみんす」

「(いや、蹂躙じゃなくて捕らえて欲しいんです……)」

多少遊んでもいいと言ってあるが、これ大丈夫かな。

そんな私の心配を他所に、彼女は新しく配下にしたヴァンパイアに出入り口が一つしかない事をたしかめると、見張りの男に投げた。凄まじい勢いで飛んだモンスターにぶつかった男は散った。

「(あらーーー!!!?)」

「すとらーいく」

なんて事だ、原作通りじゃないか。

美少女は続いてその辺にあった手頃な石を投げ、二人目の見張りを殺した。

「つーすとらいく、でありんしたかね」

こちらを見てきたので、頷く。シャルティアはにっこりと上機嫌だ。一方でこちらの空気は驚きで凍っている。これをナザリックで見ているアルベドたちもきっと驚いているだろう。

出入口を塞がずに攻撃したのはマイナス評価だ。始祖たちも「あれはマズイよな?」といった表情を各々している。いやサイコマンがわかりやすいくらい動揺していて面白いな。

 

私はシャルティアにヒントを与えないため、全員に顔色を変化させないよう命令する。

「シャルティア、あなたは自由にしていいからね」

「かしこまりんした」

ちなみに途中もネズミたちを使って落とし穴などのトラップも潰して進んでいく。

 

 

 

 

出入口に最も近い部屋を占拠し、それから先はシャルティアたちと〈完全不可知化〉をかけたサイコマンが進む。サイコマンにはシャルティアの行動を見守る役目を言い渡してあるのだ。

三人を見届けている内に室内が清掃されたそうで、中は綺麗になっていた。家具もどこから持ってきたのか玉座らしき豪華な椅子が部屋奥に置かれている。

「どうぞ、我が君」

「ありがとう、みんな」

二十回ほど練習した座り方でそっと椅子に腰掛ける。うん、ちょうどいいクッションの硬さだ。

「うん、とっても座り心地がいいわ。皆も楽にしてね」

「はっ」

各々が部屋の隅か廊下の方へ立つ。私は手帳を取り出して今後の流れを思い出していた。ここしばらくは今日のこの作戦で頭がいっぱいだ。成功させたくてたまらないけれど、その瞬間が来て欲しくない気持ちに傾いたりする。失敗は絶対にできない。

ギュッと手を握っていると、重ねるようにヘドラの手が乗せられた。彼の顔がすぐそばにある。

「なあに?」

「あまり抱え込み過ぎないでくれたまえ」

「わかってる。私一人じゃできない作戦だもの、だからあなたたちを総動員させて……」

「そうではないよ、我が愛しの君」

ヘドラが前に移動し対面する。

「私を見てくれ」

言われた通りヘドラの顔を見た。いつもと変わらないつるりとした顔に、目と口の部分に穴がある。

「不安があるなら、共有させてほしい。苦しさを分かち合えば半分になるだろう?」

それは、私がヘドラに教えた言葉だった。そしてその言葉には続きがある。

「……楽しさを分かち合えば二倍になる。うん、そうね」

目を閉じて自分の不安と向き合う。これの正体は何なのか。

しばらくしてパインは目を開けた。そしてヘドラと手を繋ぐ。

「あのね、怖いの。この作戦が上手くいかなかったらどうしようって不安でたまらないのよ」

ヘドラは頷く。彼と始祖たちにはこれから起こる事を話してある。だから"作戦"といえば何を示しているのか理解してもらえる。

「私やシャルティア、あなたたちに何かあったらどうしよう。ウルベルトさんに迷惑かけたらどうしようって。せっかくここまで準備してきたのに、失敗したらどうしよう。なんて、考えたらキリがないわ」

「完璧主義だね。私はパイン様が無事でアイテムを得られたら何の問題もないと思うよ。NPCは死んでも金貨で蘇る。金貨だって大量得られる手段があるからね」

「わかってる。まずは頭である私が無事であることが大切よ。でもね、あなたたちの事も大事なのよ」

この世界に転移してからは命ある者同士の付き合いだ。ユグドラシルの頃よりも情が湧いてしまった。できれば誰一人も怪我をさせたくない。そんな風に考えてしまう。

パインは立ち上がりヘドラの胸の中へ。ヘドラは両腕で抱き締めた。

「……大丈夫だよ。あれだけ高レベルの魔獣たちと戦ってチーム力を高め、作戦を練ったじゃないか。私たちならやれるさ。そうだろう?」

「ええ、そうね。きっと大丈夫。ちゃんと準備したもの」

そうだ。高レベルのチーム戦を想定してレベル八十後半から九十前半の魔獣たちと戦ってきた。さすがにそこまで強くないと思いたいが、念のためだ。装備だって万全である。

やるだけの準備はしたわ。

ヘドラから離れる頃には不安が剥がれ落ちていた。そして心の底から柔らかく勇気の炎が燃え上がる。

「……やるだけやってみよう」

「その意気だよ、我が君」

そう言う彼の表情は変わらないのに、笑いかけてくれている気がした。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前菜

 

ヘドラに励まされてからは、みんなとお喋りした。おかげでそれぞれの表情から強張りがなくなる。和やかな空気になった。

これなら良いパフォーマンスができそうだ。きっかけをくれたヘドラに感謝する。

「ヘドラ、ありがとう。調子が戻ってきたわ」

「礼なんて恐れ多い」

普段よりも茶目っ気を含んだお辞儀をする。私は笑った。

「まあ、ヘドラったら」

「ふふふ」

ヘドラも笑ってくれる。始祖たちも僅かに口角が上がっていた。胸に温かい光が降り積もるようだ。ささやかだけれど、こういう幸せも大切にしていきたい。

 

そのためにも、今日を乗り切らなければならない。

 

そのとき、ネズミたちから思念が送られてきた。アジトの隠し出口と思われる方向からは、人を捕らえたという報告。出入り口からは、こちらに近づく集団がいるという報告。

片方には結界内で監禁しておくこと、もう一方には監視を命じた。

これで良し、と椅子に背中を預けようとして、やめた。シャルティアの配下、ヴァンパイア・ブライドが入ってきたからだ。

 

彼女は跪き、頭を垂れる。

「パイン・ツリー様にご報告があります」

「直答を許します。近くへ」

「ありがとうございます」

彼女に許された距離まで縮めると、再び膝をつく。

「ご報告いたします。人間どもがこちらへ近づいております」

その件か。パインは頷いてみせた。

「報告ご苦労。その件ならば、先程ネズミたちから聞いています。あなたはシャルティアに知らせ、この部屋に戻るよう伝えなさい。私たちはここで待ちましょう」

「かしこまりました。すぐに行動を開始します」

ヴァンパイア・ブライドは部屋を出て行った。

 

 

 

「お待たせいたしました。パイン様」

数分後、頭上にブラッド・プールを浮かべたシャルティアと二体のヴァンパイア・ブライド、サイコマンが戻ってきた。四人は私の前に跪く。シャルティアの表情が強張っている。多分、獲物……ブレインを逃してしまった失態について考えているんだろう。サイコマンや他の始祖たちがどのような報告を上げるのかにもよるが、今回の作戦でシャルティアの評価は下がる。私は原作知識で知っていたから、あまり下がっていない。やっぱりこうなったか、くらいである。

 

しかし、ウルベルトさんは違う。未来を知らない彼は、彼女が警戒せず、よく調べもせず行動したことに怒るだろう。がっかりするかもしれない。

 

私が最初から指揮を取れば、彼女の失態はなかった。けれど、それでは成長に繋がらない。やらせなければ、何もできない。

心苦しいが彼女のためを思えばこそだ。ペロロンチーノさんに詫びたい気持ちに蓋をした。

私は内心を表に出さず話す。

「よく戻りました。……全員無事でよかった。何か報告があれば聞きましょう」

代表してシャルティアが声を絞り出した。

「……ご報告いたします。獲物を一匹、取り逃がしてしまいました。申し訳ありません」

「それなら問題ないわ。私のネズミたちが捕らえたから。しかし、シャルティアが人間を逃したことに変わりありません。それを踏まえて、ウルベルトさんに報告しましょう。いいですね、シャルティア?」

「かしこまりました。ところで、女たちはいかがいたしましょうか?」

ぴたり、とパインは停止する。

 

そんなのいたっけ?ああ〜いた、気がする。野盗たちの慰め者になっていた女性たち。それでシャルティアも、困ってたはず。

 

パインは今後の計画に使えるかどうか考えて……結論を出した。

「生かして、放っておきなさい」

「かしこまりました」

あら、理由を聞かないの?と、考えているとサイコマンが手を挙げた。

「何かしら」

「質問いたします。なぜ生かしておくのですか?殺した方が、ナザリックの情報を隠せます」

よかった、質問してくれた。じゃないと、私の考えが合っているかどうか議論できないものね。

「その通り。でも、今から行う作戦には目撃者、または騒音を耳にする証言者が必要だからよ」

「悪魔に冒険者を襲わせる作戦に、証言者ですか。ふむ……その後の作戦も悪魔の仕業だと言うためでしょうか?」

せいかーい!ドンドン、パフパフ!なんて紙吹雪でも降らせたい気持ちになった。

「正解よ。アジト襲撃も、冒険者を襲ったことも、漆黒聖典を倒して敵も。すべてナザリックとは無関係の悪魔のせいにしたいの。そうすればできる事があるからね」

 

すべてはゲヘナへと繋がり、聖王国に終着するための物語である。ちなみに、まだゲヘナの作戦については誰にも話していない。これが終わったらウルベルトさんと話予定である。

 

サイコマンは満足そうに頷いた。

「なるほど。そういうことでしたか」

シャルティアは「そんな意味があったんでありんすね」と驚いている。

私の意図が伝わってよかった。

「さて、冒険者を襲いましょうか」

部屋の隅に待機していた憤怒の悪魔に、合図を送る。深く頭を下げた悪魔は、命令に従って外へ出て行った。

 

 

 

十分ほどで悪魔は戻ってきた。

作戦通り、姿を見せなかったレンジャーはそのまま逃した。そして、ブリダは気絶させた後に、アジト内の女たちがいる部屋へ放り込んだ。

 

 

さあ、本番だ。

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界級を得ろ!謎の鎧との戦闘!!

 

共に戦う始祖とヘドラ、後方で待機するシャルティアにバフを素早くかける。

 

攻撃力、ダメージ、防御力アップ。

防御無視、ダメージカット無視、回避無効、クリティカル無効。

クリティカル付与、スタン付与、拘束付与、呪い付与、睡眠付与。

 

「では、手筈通りに」

始祖たちが「おう!」と拳を突き上げる。

 

 

森の上空を飛んで一分ほど、眼下に見えた。それは十二人の漆黒聖典たち。課金アイテムで姿を消し、隠したパインを彼らは見つけられない。

パインは急降下した。音を置き去りにした弾丸よりも早い動きで、地面に着地する。地面は大きく凹み砕けた。宙に浮かび上がった敵は体制を整える暇もなく、パインのマギアー必殺技ーをくらう。

 

〈彼岸の渡し舟〉

突如、地面から木製の棺桶が出てきた。それらは自在に動き、あっという間に十二人の男女を閉じ込める。次にパインの背中のリボンが幾百に分かれて、それらを縛った。周囲には美しく花々が咲いて、花畑が完成する。さながら、よく手入れされた墓地のようだった。あたりが香りに満たされて、花吹雪が舞った。リボンはさらに棺桶を縛り上げて、中にいる人間もろとも破壊した。

 

バラバラと、花畑に様々な物が落ちる。

その地に立つのは、パイン一人だけだった。

「あら?」

 

呆気なく死なれてしまい、困惑する。予定では、私が、敵をデバフや状態異常にする。弱って混乱しているところに、始祖最速の男、カラスマンが登場。おばあさんと槍を持った男性の首を取る。残ったメンバーで十人を殺すはずだった。

作戦の第一段階で終わっちゃうなんて……。

「パイン様」

カラスマンが側に降り立つ。他の始祖たちは少し離れたところ、森と草原の境界あたりで立ち止まっていた。みんな困惑しているようだった。

それもそうだ。私たちは、漆黒聖典が高レベルだと考えて、今まで訓練をしたのだ。まさか、私のマギアで死んじゃうくらい弱いなんて思わなかった。

 

 

私は、私のキャラクター構成は復活・状態異常・即死に重点がおかれている。なので、たっちさんのような純粋で強力な火力はない。敵の攻撃をすべて受けきる、タンクになりきることもできない。ヒーラーもどきの前衛だ。

そんな私の必殺技であるマギアも、一撃必殺の火力重視ではなく、即死・状態異常を付与する攻撃だった。だから、カラスマンの攻撃を第二段階に持ってきたのに。

 

「(私のマギアで死んだって事は、即死に抵抗できなかった。つまり、こいつらはレベル低かったんだ)」

 

なんてことだ。想定された高レベルではなかったのだ。

パインは、近くに落ちた誰かの頭を見る。そして、身の丈ほどある巨大な断ち切り鋏の先で、ちょんちょんと小突いた。

やっぱり死んでいる。

「ニャガニャガ。こうもあっさりと死なれては、困りますねえ。私たちの出番がないじゃないですか」

サイコマンがふざけて不満そうに言った。今までの努力が無駄になったのだ。そう言いたくなる気持ちもわかる。だから咎めたりせず、良い点に目をやった。

「まあ、こちらに被害が出なくてよかったよ」

始祖たちには、今度新しく活躍の場を与えることにして。今日は帰ることになった。手早く遺体や荷物を袋に詰めて、シャルティアが待つ野盗のアジトへ向かう。この時、ヘドラを残らせた。ツアーとコンタクトをとるためだ。

将来、敵対するよりも、今から同盟を組んでしまった方が良いと思うから。

「それでは、何かあれば結界へ逃げるのよ?」

「わかっているよ。パイン様も気をつけてくれたまえ」

互いの手をぎゅっと繋いで、ゆっくり離した。

 

 

 

始祖たちの体は巨体だが、身軽に木々の間を駆け抜けていく。もちろん私も、木の根に引っかからず、疾走した。

シャルティアたちと会うまでに、じわじわと、世界級を手に入れられた喜びが胸に広がる。野盗たちのアジト外に、シャルティアたちがいた。彼女と目が合うと、もう、我慢できなくてピースサインを送る。

「勝ったよ!」

シャルティアは淑女の礼儀を放り出さず、軽く腰を折って「おめでとうございます」と言った。頰が赤く染まって、笑顔がとてつもなく眩しい。

「随分お速くに終わりんした。大した脅威ではなかったでありんすか?」

「ええ、高レベルではなかったみたい」

そのまま話し出してしまいそうな私たちをザ・マンが止めた。

「まだ作戦は遂行中だ。すぐに荷物を運んでしまった方がいいだろう」

たしかにその通りだ。シャルティアに頼んで〈転移門〉を開かせた。その中からプレアデスたちが現れ、始祖たちから荷物を受け取る。

世界級が入った袋が〈転移門〉を通過したとき、大きな爆発音がした。

ヘドラがいる方角だ。

 

その瞬間、誰かが私の名を呼ぶ前に、私は再び森を駆けた。

 

瞬く間にカラスマンが並走する。

「パイン様、一人では危険だ。我々が行く!あなた様は後方で待機していただきたい!」

「できない!!」

はやくはやくはやく!たった数十秒の間がこんなにも長いなんて知らなかった。経過するほど胸から不安が広がっていく。今だけは、ナザリックの王たる姿を忘れていた。

 

森はあっという間に抜けた。

ヘドラが後ろへ倒れこむところを見た。

 

「だめよ!!」

一歩、大きく飛び込んでヘドラを抱きとめる。

「っ、なぜこちらに……」

彼の体は明らかにダメージを負っていた。不安の煙が一気に怒りの業火へと変化していく。睨みつけた空中には、四つの武器を従えた白銀の鎧が飛んでいた。あいつがやったんだ。

しかし、視線が遮られる。カラスマンが壁になるべく私たちの射線上に飛んだからだ。

すぐにヘドラの傷を回復させる。

「ありがとうございます」

「いいの、いいのよ」

もう利益なんてどうでもよかった。とにかく、あいつを粉々に砕いて、ヘドラにやったことを思い知らせてやりたい。

「……仲間がいたんだな。君は、ぷれいやーか?」

「黙れ」

鎧から表情なんて見えない。でも、遠い地でツアーが、間抜けな表情をしていたら愉快だと思った。

私は援軍を呼んだ。

 

 

 

 

「なんだ?」

ツアーは、突然現れた暴言を吐く女ーおそらくぷれいやーーと、鳥人の登場に驚いた。それからもっと驚いた。

空に、大きな魔法陣が描かれたからだ。それは首をぐるりと回さないと、全体が見れないほど大きい。夜の世界が昼になってしまったかのように、辺りが照らされる。鮮やかな七色に発光する魔法陣から、何十もの光球が現れた。それらは女の周囲に降りてきた。そして人型へと変化して、全員少女となった。

 

 

 

〈女神の助力〉

一度でも、円環の理に導かれた魔法少女のみが使えるスキル。女神が軍勢を率いて助けに来てくれる。

 

百時間に一度発動できる、破格の性能を誇る、私の奥の手。まさか、こんなにも早い時点で、使うことになるなんて思いもよらなかった。

数十の光球の内、一際目立つ光がアルティメットまどかに変化した。次々に暁美ほむらや巴マミなど、私がユグドラシルで好感度を上げたNPCたちに変化する。約半分が変化すると、彼女たちはツアーを一斉に攻撃し始めた。残りの半分はパインを囲み、守ってくれていた。

一人は退路を塞ぎ、一人はツアーを拘束して、一人はとにかく銃を撃ちまくり……みんな、自分の特性を最大限に活かした攻撃している。

 

あれ死んだな。と、心の中でツアーに合掌していると、一人の魔法少女が傍に来た。

 

 

髪は薄い桃色で、春を思わせる生命の喜びに満ちた輝く色。ポニーテールにしている。膝丈のワンピースには細かいフリルがたくさん使われていた。腹部には大きなリボンが飾られている。髪をまとめているリボンと、同じ物だ。

膝下までの白い靴下を履き、ショートブーツはプラチナのように煌めいている。

 

そして、顔は高校生くらいだ。

かなり整った顔立ちをしている。薄い桃色の瞳が、パインとヘドラを交互に見ていた。やがて眉が下げられる。

「私たちに援軍を要請するから、大ごとだと思ったのに。大丈夫そうね」

「大ごとになる前に呼びましたから。……お久しぶりです、先輩」

先輩と呼ばれた少女は、はにかんだ。

「うん、久しぶり」

 

彼女はユグドラシルのNPCだ。魔法少女イベント時に新キャラクターとして追加されたイベントNPCである。

魔法少女になるには、彼女のような“先に魔法少女となった”NPCに出会う必要がある。友好度をある程度上げたら、キュウべえを紹介してもらい、契約するのだ。

私は彼女から、キュウべえを紹介してもらい、魔法少女のイロハを教えてもらったので先輩と呼んでいる。

私の使い魔の一種は、彼女がモチーフになっている。それだけ仲が良かったのだ。

 

「おーい、終わったよ」

杏子ちゃんが槍を得意げに回した。

「倒したの?」

「いいえ、逃げられたわ。あれはワープ、つまり転移で、ね。また襲われたら厄介だわ」

困ったようにマミさんが頰に手を添える。私は頭を振った。

「あれは人形のようなものなんです。たとえ壊しても、本体にダメージは入らないはずです。多分……」

「なんだそれ。はっきりしないねえ」

やれやれと首を振る。仕方がない。ツアーはまだまだ、謎に包まれている存在なんだ。私の錆びついた記憶じゃ、あんまり役には立てない。

 

魔法少女たちは、役目を終えて再び光球となり、空へと帰っていった。

私たちも帰らなくてはならない。

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報告会

 

ツアー戦後、カラスマンとヘドラと私を迎えに、救出チームが来てくれた。タンク役のペインに、前衛のゴールド、シルバーと、幻術使いのミラージュ。後衛に様々な術が使えるサイコマン、広範囲攻撃ができるシング、奇襲要員にハンゾウが数体も来てくれた。

彼らに守られながら私たちは野盗のアジトへ戻る。私が姿を見せると、アジトに残っていたメンバーが全員膝をついた。

 

私がヘドラを助けに行った後の指揮は、ザ・マンがとったと報告を受ける。私は達成感を味わった。あらかじめ決めていてよかった。おかげで現場は大きな混乱をせず、荷物をナザリックに運搬してくれたらしい。

私の考えも、ちゃんと役立つときがあるじゃないか。信頼に応えてくれた彼には、きちんとお礼を伝える必要がある。

 

「ありがとう、ザ・マン。あなたに頼んでおいてよかったわ」

「もったいないお言葉です。当然のことをしたまでですから」

「そうだとしても、私はたいへん助かりました。感謝を受け取ってください」

「ははっ」

彼は深く頭を下げた。

ザ・マン相手に上から物を言うのは、気が引ける。しかし、彼はザ・マン本人ではない。ザ・マンを元に造った私の被造物なのだ。私はナザリックの支配者らしく、堂々と振る舞うべきだ。

その場にいた全員に、勝手な行動を詫びる。詳細は後日話すことを伝えて、私たちはナザリックへと帰還した。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓。スイートルームがある階層の廊下。ある部屋の扉前。

自分の代わりに、今日の当番のインクメントリに扉をノックさせる。すぐに、ウルベルトさん当番のメイドが出てきた。

「アストル、パイン様がご訪問されたことを伝えてください。緊急の要件です」

「かしこまりました。少々お待ちください」

アストルは赤毛を三つ編みにしたメイドだ。髪は長く、腰まであった。

アストルは五分後に戻ってきた。

「お待たせいたしました。お入りください」

「ありがとう」

彼女に案内されて、私はウルベルトさんの自室にはいる。彼は執務机に座っていた。普段よりもシャツとズボンというラフな格好とはいえ、なんとも様になっている。かっこいい。身なりを整えてから訪問したほうが良かっただろうかと、ちょっと考えた。いや、こんな重要な件を後回しにしたら、頭を疑われる。これでいい。

「こんばんは、パインさん。随分、遅い時間の訪問ですが、何かありましたか」

「はい。とっても重要な件を伝えに来ました。あなたたち、これからは極秘よ。席を外してちょうだい」

ウルベルトさんは、極秘と聞いて、すぐさま「全員出ろ」と命令した。

メイドたちは慣れたもので、護衛を含めて全員が退出する。無駄のない動きにいつも感嘆してしまう。私たちは応接用のソファに座った。

ウルベルトが前のめりになる。

「極秘とは、一体何事ですか」

私はにんまりと笑い、ふふふ、と笑う。踊って報告したかったが、さすがに引かれてしまうのでやらない。にっと笑い、ピースサインに留めた。

「世界級、手に入れました!」

「…………おお!!?マジですか!」

「マジです。やったー!!!」

悪魔と魔法少女はやった、やったと両手を突き上げて喜ぶ。分かち合う幸せは、なんと気持ちよく、どこまでも膨らんでいく。歌でも高らかに歌いたい。

「すげえ!この世界にもあるんですね!それって……やばくないですか?え、他の奴らも所持している可能性が、確定しましたね。これだからリアルはクソ」

喜びから一転、ウルベルトさんの厄介なスイッチが入った。あー、なんてこと。もう少し浮かれていたかったのに。

可愛い山羊さんの口からクソクソなんて汚い言葉聞きたくないですわ。

「ウルベルトさん、落ち着いてください。たしかにヤバイです。でも対処できるでしょ?」

世界級の効果は、世界級を所持するプレイヤーには効かない。

「この世界に、プレイヤーがいる事、いた事は明らかです。……私や、ウルベルトさん。そして階層守護者には世界級を貸し出して、持たせておきませんか?そうすれば、対抗しやすくなります」

ウルベルトさんはゆるく頭を振った。

「階層守護者にまで持たせるんですか?そこまでしないと……」

「危ない、と思います。これを見てください」

アイテムボックスから、チャイナドレスー傾城傾国ーと古びた槍を取り出す。

「今回手に入れた世界級です。そして、こっち。これは、世界級の傾城傾国です。対象を精神支配します。例えアンデッドであってもです」

「……クソ!こんなものを使われたら、俺たち危なかったですね。階層守護者、最強のシャルティアに使われていたらと思うとゾッとします!」

原作では使われていました。という言葉はぐっと飲み込む。

ウルベルトさんは頭を掻き回した。整えられた毛並みがぐちゃと崩れる。

「わかりました。パインさんの提案とおり、階層守護者たちに世界級を預けましょう。あいつらには決して奪われないように細心の注意を心がけさせて、護衛もつけましょう」

「はい、それでいきましょう。では、これらを手に入れた経緯を説明しますね」

 

シャルティアの能力を試すため、野党のアジトへ向かったこと。彼女は、強さに胡座をかいている行動が目立つこと。それによって獲物を逃してしまったこと。

「逃した獲物は、私が捕まえましたので。特に問題はありません」

「安心しました」

 

次に、悪魔を使って冒険者チームを壊滅させたこと。

これはいずれ、デミウルゴスに魔王役を演じさせて、王都の人々や財産を得るゲヘナ作戦の下地だと、教えた。

「なぜ王都を狙うんですか?」

「この世界に魔王が来たことを知らしめるためです。それをアインズ・ウール・ゴウンが討ち取り、悪を退けます。私たちが人間たちと手を取り合って生きていける存在であることを、アピールするためです」

「敵対組織を、作らないようにするためか。マッチポンプとは、まるでぷにっとさんみたいな行動をしていますね」

「私は、ただ真似をしているだけですよ。それが上手くいっているだけです」

「真似、ですか?」

「異世界転生ものの真似です。けっこう参考になりますよ?」

特に原作とかが。

それから、謎の集団ー漆黒聖典ーと戦った件を報告する。漆黒聖典である裏付けは私の前世の記憶にしかないので、あくまでも謎の集団と呼ぶ。

「世界級を所持していた集団ってことは、確実にプレイヤーが背後にいますよね。そいつらから奪ったんだから、確実に戦争になるなあ」

「すみません」

「いえ、責めたいわけではありません。まずは、殺した奴らを生き返らせて、情報を得ましょう」

 

最後にツアーーこちらも謎の鎧野郎と呼ぶーと戦闘した件を報告する。すべてを話し終える頃、ウルベルトさんはソファに深く座った。

「……なんか変だな、アンタ」

「え?」

まじまじと見られる。居心地が悪くてモゾモゾと動いてしまう。

「衝動的に動いた件……鎧野郎との戦闘とかが特にそうなんですが、いつものパインさんらしい行動をしています。感情的に行動している。しかし、これまでナザリックを動かしてきた政治的手腕を考えると、いつものあなたらしくないんですよ。ゲヘナといい、シャルティアを試す件といい。用心深く、それでいて大胆に行動している。まるでモモンガさんみたいにな」

「……はい」

わお、するどーい。正解です。本当にモモンガさんの真似をしているんですよ。なんて言えるはずもなく。黙る。

「異世界転生ものを読んだだけで、ここまでできるものでしょうか?」

お前何か隠していないか、と言外に言われている。気がする。

 

本当のことなんて言えるわけないじゃない?

だから、用意しておいた言い訳をする。

「アルベドやデミウルゴス、ヘドラやパンドラに相談しました」

「……ああ。なるほど。それなら盤石ですね」

納得してもらえたようだ。ナザリックの頭脳派メンバーの名前たるや、偉大なり。

 

 

「じゃあ、報告は終わりましたので。次は……ウルベルトさんへのマッチポンプですね」

「何をするんですか?」

「私が戦った跡地を利用して、悪魔と戦ったことにします。悪魔を退けた功績を得て、アダマンタイトとは言わずとも、ミスリルぐらいにはランクか上がるでしょう」

「面倒な試験をパスできることは嬉しいですけど、証拠はどうやってでっち上げるんですか?」

指を折り曲げて、何をするか、声に出して考える。

「第八階層で実際に、憤怒の悪魔と軽く戦って装備をボロボロにする。悪魔に対する切札として、魔封じの水晶を使ったと言う。あとで、使用後に得られる水晶のかけらを、お渡ししますね。それと、戦利品として悪魔の角を提出しましょう」

「信じてもらえますかね?」

「大丈夫ですよ。さらに事件を起こして、それを収めることができれば」

ウルベルトさんがじっと私を見つめて、続きを促す。

「先日捕まえたズーラーノーンたちに事件を起こさせて、それを解決してください」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブレイン・アングラウスさんの入社試験。

第八階層で、憤怒の悪魔と軽く手合わせをして、装備をボロボロにする。

アビスマンの鎧はあちこち凹んだり、欠けたりした。ナーベラルの服は、裾はボロボロになったり千切れたりしている。ウルベルトの服も同じ感じだ。

これは、もう冒険者ではない。装備はこの世界基準ではそこそこだ。しかし見た目は、路上暮らしをしている者たちよりも、酷い有様になった気がする。

いかにも激しい戦闘を終えたあとらしい。俺は満足した。

「よし、こんなもんだろう。お前たち、ご苦労」

アビスマンの次にナーベラル、そして憤怒の悪魔が跪く。

「ははっ」

全員、至高の存在の役に立てたことが嬉しいのか、その表情は達成感に満ちている。そこにデミウルゴスが早足で近づいてきた。いつもの余裕の笑みが崩れているのは、気のせいじゃないだろうな。俺の今の格好が嫌なんだろう。

「ウルベルト様、お疲れ様でした。さっそくお召し替えを……」

「いや、このままエ・ランテルへ行く。もう夜明けが近い。門が開く前に着きたいからな」

「かしこまりました。お見送りさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「許す。俺たちはゆっくり進むから、あまり急がなくてもいいぞ?」

「ご冗談を」

本気なのだが。コイツらにとっては主人を待たせるなど、論外らしい。曖昧にニヤリと笑ってから転移門へ歩く。その後ろをアビスマンとナーベラルが続いた。

 

 

「いゆぅー。見事にボロボロになりましたね!」

ナザリック表層に着くと、すでにシモベたちとパインさんが待っていた。デミウルゴスも一緒だ。パインは大きく目を見開く。

奇声は何かの真似だろう。たまにやるんだよな。

「リアルでしょ?」

炎でボロボロになったマントを広げる。少し強目に引っ張ったら千切れそうだ。

「それなら怪しまれませんね!やり過ぎ、ではないですよね。夜を昼間にしてしまうほどの事件があったんだし……。そうだ、これをお渡ししますね」

パインはユリに指示をして、俺にアイテムを渡す。数時間前に言っていた、水晶のかけらとポーション各種、悪魔のツノだ。

昨夜、パインさんと作戦を練る内に、ポーションをあった方がいいだろうという結論になった。夜に世界最悪の悪魔と戦って、朝には街に戻るのだ。怪我やすり減った気力は、ポーションで治した事にした。

「それと、第八位階を封じた魔封じの水晶です。どうぞ」

「ありがとうございます。これを今日の夜に使えばいいんですね」

「ええ。怒涛の一日になると思いますが、頑張ってくださいね」

ウルベルトは三人に〈飛行〉の魔法をかける。

「俺よりパインさんが大変でしょ。昨日から続いて動き回っているんだから」

「アドレナリンが出まくっているので、あまり疲れは感じませんね。まあ、ひと段落したらゆっくりしますので」

「今日はお互いに辛抱ですね。それじゃ、行ってきます。行くぞ」

姿を人間に変えて、大空へ飛ぶ。三人が豆粒ほど小さくなってから、留守組は家の中へ戻っていった。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、第六階層。

円形闘技場。デミウルゴスとコキュートス、アウラ、ユリ、パイン当番のメイドと肉壁数体を引き連れてきた。ここでブレインの勧誘を行うのだ。人間のサンプルとして、彼は最高の素材だ。ぜひ引き入れたいと思う。シャドウデーモンを影に残して、他のメンバーは貴賓席に移ってもらった。

ブレインの警戒を和らげるために、今は魔法少女の姿でいる。

「さてさて、夜までは時間があるからね。やっちゃいましょうか。ネズミたちよ、獲物を連れてきなさい」

五メートル先に結界の門が現れ、そこからネズミたちが溢れる。そして一人の人間を置いて戻っていった。

「うう、ここは?あんたは?」

四つん這いになるブレインの体調は、悪そうだ。それらは無視する。

「我が名はパイン・ツリー。ブレイン・アングラウス、剣を構えなさい」

「何だお前は?あそこ……あそこにいる化け物たちは……」

「私の可愛い家族よ」

ブレインが立ち向かえる程度の殺気を当てる。守護者たちならば「機嫌が悪いんだろうな」ぐらい苛立ちだ。だが、レベル差があるブレインにとっては、よく効いたようで刀を構えた。うん。全然怖くない。死なないように気をつけてあげないと。

「良し。では、始めます。勝利条件は相手を「参った」と言わせること。わかりやすくていいでしょう?」

私は一歩大きく踏み込んだ。目前にブレインの顔があった。

 

結果は、三勝。私の勝ちだ。

「ほい、くるりんぱ」

「うご!」

ブレインの足をすくい、グルンと一回転させる。どさりと、背中から地面に落ちた。また首に断ち切り鋏を当てて、促す。ブレインはうんざりした様子で言葉にする。

「まいった」

「よろしい。立ちなさい」

首から鋏をどける。男は緩慢な動きで立ち上がった。いかにも不機嫌な顔をしている。それでも警戒を解いてはいない。私は断ち切り鋏を持ち上げて、抱えた。

「そろそろ、分かり合えたかしら?」

「は?わかり合う?俺を痛めつけているだけじゃないのか」

「違う。よく言うじゃないか。戦えば、自ずと相手のことがわかると。私のことが理解できたでしょう?」

ブレインは間抜けな顔をした。

「戦ってないだろ……。加虐心の持ち主って事しかわからないな」

「あら、誰しも加虐心は持っていると思うけど。うーむ、ダメか」

ありゃ。私の殺さない優しさを理解してもらったところを、勧誘しようと思ったがダメらしい。うーん、どうしようかな?

 

「なあ、アンタはどうしてそんなに強いんだ?その装備のおかげだけじゃないよな」

こんなに気楽に話しかけてくる人は珍しい。もうウルベルトさんやギルドメンバー以外にいないからね。いや、円環の理のみんなも、気楽に喋ってくれる。私にとっては珍しい事態じゃないか。

貴賓席から若干殺気が漏れているので、手で止める。青くなっていたブレインの顔色が戻った。

「強くなるための修行を積んだからよ。あなたも強くなりたい?」

「…………人間のまま、なれるなら」

ちょっと噴き出してしまった。なぜ異形種に変えられると思ったんだ。変なの。

「ええ、できるわよ。どう?ナザリックの軍門に下らない?そうすれば、先生役としてコキュートスをつけてあげます」

「コキュートス?」

「武器の専門家で、武士……こちらの地方で言う戦士よ。コキュートス!」

「ハッ!」

コキュートスは貴賓席から飛び降り、私の後ろに立った。ブレインは二、三歩後ろへと下がる。ナザリックじゃ貴重な、カルマ値中立なんだから怖がらなくていいのにね。

「彼がコキュートスよ。第五階層守護者、つまり幹部の一人。性格は穏やかな方だから安心しなさい。それで、どうするの?彼は私と同じレベルだから、強さとしては申し分ないけど?」

「最後に一つ。アンタらの目標は?」

「王の帰還」

モモンガさんの帰還が第一である。その後のことは、モモンガさんが帰ってきてから決める。

「王の帰還?あんたは違うのか?」

「私は王の一人よ。そこら辺の説明は、コキュートスから聞いてちょうだい」

「わかった。えーと、なざりっくに入る。これからアンタに、いや。あなたに忠誠を誓えばいいのか?」

「いいえ。王たちに、四十二の王に誓いなさい」

「それも、コキュートス……さんから聞くよ」

 

ブレインは土埃がついた頭をかく。

まずはお風呂に入れてあげようかな。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者組合での話し合い

エ・ランテル。

冒険者の組合長、プルトン・アインザックは頭を抱えていた。生き延びた冒険者から伝えられた、悪魔の存在。ここから離れた場所の上空が、真昼のように光ったこと。僅かな時間差から、二つの事件が無関係だとは考えられない。一体、この王国の地で何が起こったのか。

 

組合の中でも広い部屋、そこにアインザック、都市長パナソレイ、魔術師組合長テオ・ラケシル、他三名のミスリル級冒険者が座っていた。

誰もかれも暗い表情をしている。それもそのはずだ。国を滅ぼすほ強い悪魔が、近くを歩いているかもしれないのだ。これでは冷静でいられない。無駄だとわかっていても対策を練る必要がある。話し合いが一段落してお茶を頼んだとき、受付業務をまとめている男が表れた。男は白髪で、体格はよい。前職は冒険者で、チームをまとめていた男だ。その手腕を買われ、今は冒険者組合の受付チームをまとめている。

男は一礼して部屋に入ると、アインザックに耳打ちした。報告は驚くべきものだった。アインザックはすぐにパナソレイに報告する。

「都市長。三人組の冒険者チームが、昨日の事件は“自分たちが関係している”と言ってきたそうです」

「なんだって。ランクは?一体どこの誰がそんな事を言っている」

ぷひーと鼻息が鳴る。

「最近、冒険者になったばかりのチームで、まだ依頼はこなしていません。しかし、持っている装備品は一級品で、仲間の魔法詠唱者は第三位階の魔法が操れるとか」

「強いな」

「間違いなく」

「しかしなあ、どこまで信用できる人物か。どうする?話を聞いてみるかね」

都市長パナソレイは全員の顔を見る。アインザックとラケシルと二名の冒険者が賛成。一名が反対した。そこにアインザックが、情報を追加する。

「彼らは、なんでも悪魔と戦った証拠を持っているととのことだ」

「うーむ。それなら話を聞くしかあるまい。呼んできてくれるかね」

「かしこまりました。おい、呼んできてくれ」

「承知しました」

 

 

ウルベルトはアビスたちと別れて、組合のある部屋に通された。中には計六名の男たちが座っている。全員ちょっと疲れが見えていた。ここで長い時間、缶詰状態なのだろう。ウルベルトは思った。持ってきた情報によっては、さらに長い時間篭ることになるだろうな、と。

「座ってくれたまえ」

「わかりました」

言われた通りあいている席に座る。全員からジロジロと見られて居心地が悪かった。加えて約一名から鼻で笑われてしまった。多分、服装を笑ったのだろう。こういう場所で、感情を隠さないタイプには内心イラついた。

精悍で壮年の男が立ち上がる。歴戦の戦士といった感じの雰囲気をまとっている。

「ようこそ。私はこの街の冒険者組合長のプルトン・アインザックだ。こちらの方が都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様。そして魔術師組合長のテオ・ラケシル。そしてエ・ランテルが誇る冒険者チーム。右からクラルグラの代表者イグヴァルジ君、天狼の代表者ベロテ君、虹の代表者モックナック君だ」

「はじめまして、バッファと申します。魔法詠唱者です」

「ん?チーム名はないのかね?」

「まだ決めかねています」

「そうだったか。さて……君は、昨夜の事件に関係しているらしいな。証拠を見せてくれんか」

「こちらです」

都市長が促したので、ウルベルトは、ベルトに下げている袋を机の上に置いた。その中から、成人男性の腕三本分の大きさの、捻れた悪魔の角を取り出した。そして砕けた魔封じの水晶のかけらを並べる。

悪魔の角を見て都市長が「ひっ」と声を上げた。無礼な態度の男もビビっている。いい気味だ。

「こ、これが君のいう証拠かね。なんとおぞましい」

人間種だからか、彼らが低レベルだからなのか。この立派な素材が、恐ろしい物に見えるようだ。

「そうです。これが私たちチームが戦った悪魔の角で、こちらがその戦闘時に使った切り札です」

「その切り札というのは?」

かけらを指差しながら淡々と言う。

「魔封じの水晶です」

やたらと華奢で神経質そうな男、魔術師組合長のラケシルが飛び上がった。

「なんだって!?あの法国の切り札とも言われているアイテムだと?一体、どれだけの魔法が封じられていたんだ!」

「……わかりません。ですが、かなりの高位の魔法です。それは皆さんご存知のはずですよね?」

モックナックがうなる。

「一部の地域の夜を、昼にしてしまったあの魔法か……」

「そのとおりです。順序だてて説明いたしましょう」

ウルベルトは、パインと昨夜考えた設定を、彼らに話す。

 

悪魔を探して旅に出たこと。

昨夜、悪魔を発見してあの場所へ行ったこと。

会敵して、激しい戦闘になったこと。

 

「追い詰められた俺たちは、国宝であった魔封じの水晶を使いました。そして、夜空が真昼になったのです」

ラケシルが身を乗り出して続きを乞う。

「そ、それで!どんな効果がだったんだ!」

「……空から女神たちが降りてきました。彼女たちはそれぞれ少女の姿になると、一斉に悪魔を攻撃したのです。形勢は逆転し悪魔は追い詰められ、そして、逃げて行きました」

今度は都市長とアインザックが身を乗り出した。

「悪魔が逃げただって!?討伐できなかったのか!」

「ど、どちらの方角に逃げたのかね」

ウルベルトは申し訳なさそうに、ゆるく頭をふる。

「わかりません。奴は転移しましたから。それから俺たちは、この、ポーションを飲み満身創痍から全快したのです」

袋から、ユグドラシル産の低位の各種ポーションを取り出す。

「これらも君たちが見つけた宝か?」

「はい。とある遺跡から発掘しました。いつくらい昔の物かはわかりません」

都市長がまじまじとウルベルトを見つめる。

「バッファくん、君は一体何者なんだね」

「今はしがない冒険者ですよ。それ以上は詮索しないでいただけると有難いですね」

「ううむ。個人の過去を詮索しないのは、冒険者のルールでもある。だが今は時期がなあ」

「もし詮索された場合は、俺たちチームはここを離れるつもりでいますので。そのつもりで」

都市長がそれを聞いて慌てた。

「そ、それは困る。君たちの話が本当なら、あの悪魔に最も詳しいのはバッファくんたちとなる。次回の戦闘には君たちが必要だろう」

その言葉にイグヴァルジが嗤った。

「はっ!こんな銅ランクの力なんて如何程のものか。わかったもんじゃありませんよ」

「おい、やめないか」

すぐにアインザックが注意するものの、本人の態度からしてあまり効果はなさそうだ。

「とにかく。当分の間、悪魔は身を隠していると思うかね?」

「おそらくは。しかし、必要に駆られれば出てくるでしょうね」

「ううむ、祈るほかないか」

「それすらも、怪しいものです」

「おい、いい加減にしろ!」

「だってそうでしょう。彼はまだ信用が足りていません。その彼らの言葉を鵜呑みにしてしまう方がおかしいでしょう」

「たしかに、そうですね」

バッファは頷く。ここで全面的に信頼されていたら、それこそ気味が悪い。一体何の根拠があるのかと、問いたい気分になる。

「俺が話した内容はすべて真実です。ですが、証明しようがないことも、また真実。どのように判断されるかは、皆さんにお任せします」

そして話し合いは終わった。

 

組合長たちがバッファをどのように判断するかは不明だが、悪い方向に転がりはしないだろうと予感していた。

後は宿に戻って、合図が来るまで休むまでだ。

 

 

 

予備の装備に着替え終わり、宿で仮眠を取っていた頃。〈伝言〉がきた。

『ーーもしもし、ウルベルトさん?ンフィーレア攫いましたので、動いてくださーい』

「了解でーす」

さあ、仕事だ。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる英雄たち

 

 

急いでバレアレのポーション屋へ向かい、中に入る。

「こんばんは。誰かいるか?」

「……ンフィーレア、お客さんだよ!……おかしいね。便所かね?いらっしゃい、今日は何をお探しで?」

店の奥からリイジーが出てきた。老婆はまだ孫のことを知らないようだ。しょうがない。気づかせてやるか。

「冒険に使えるポーションを見繕ってもらいたい。それと、ンフィーレアさんはいるか?この角を鑑定して欲しいんです」

ゴトリと、悪魔の角をカウンターに出す。リイジーがひっと息を飲んだ。

「なんじゃ、この禍々しいアイテムは?」

「戦利品です。それで、ンフィーレアさんはいらっしゃいますか?」

「ああ、おるよ。それにしても、アイテムの鑑定ぐらいなら儂でもできるが?」

「鑑定したアイテムの、より詳細を知ることができるマジックアイテムを使用してもらうつもりです。何でも使用できる異能持ちのンフィーレアさんが適任でしょう?」

「そうだったか。よし、ちょっと待っておれ」

ンフィー、ンフィー。と声をかけながら老婆は奥へ戻っていった。

たしか、パインさんが「必ず叫び声上げさせるので、ウルベルトさんは助けに行ってあげてくださいね」と言っていた。どうなることやら。

 

数分後。店の奥から叫び声が上がった。俺たちはすぐに駆けつける。

「どこだ!」

「ああああー!!!」

言葉にならない叫び声が、また上がる。右へ曲がるとリイジーが腰を抜かして倒れていた。その奥に何かうごめいている。

「アビス、守ってやれ」

「はっ」

アビスマンが加速し、リイジーを捕まえて後ろへ引っ張り、自らは前に出て何かを攻撃し始めた。鈍い音が辺りに響く。

「一体どうした!?」

「ゾンビです!数は4体!すぐ倒します」

そのくらいならアビス一人でも大丈夫だろう。俺はリイジーに駆け寄った。

「大丈夫ですか?怪我は?」

「だ、大丈夫じゃ。しかし……部屋が荒らされておった。ンフィーレアもおらん」

老婆の腕を優しく掴み、ゆっくり立たせてやる。リイジーは短くお礼を言った。

「すまんのう。ンフィーレアはさっきまでおったんじゃが、一体どこに」

「誘拐、じゃないのか」

「どこにそんな根拠がある?」

「突然いなくなったこと、荒らされた形跡があり、ゾンビがなぜかあなた方の家にいること。……誘拐犯が攫って、その内の仲間がゾンビを放っていったと考えられると思ってな。ンフィーレアさんの異能はレアだろ?いくらでも使い道がある」

「そ、そんな……!儂は、儂はどうすればいいんじゃ」

「冒険者に、俺たちに依頼する気はないか?」

「お主たちに?」

「そうだ。俺たちは、この街で始めてのアダマンタイト級になるチームだ。適任だと思うぞ?」

「あの角は戦利品だと言ったね。本当か?」

「真実だ。俺の魂に誓う」

「……わかった!汝らを雇おう!必ずンフィーレアを救ってくれ!報酬は望むものすべてを与える」

「では、すべてを」

「なんじゃと?」

「すべて、と言ったんだ。それでもいいんだな?」

「……お主、悪魔か?」

「そんなこと、今大事か?」

「そうじゃな……わかった!よろしく頼むぞ」

「契約成立だな。よし、部屋を一室貸してくれ」

「何をするんじゃ」

「企業秘密さ。ただ、ンフィーレアを探すのに必要なことだな」

 

 

 

 

『もしもし、パインさん?上手くいきましたよ』

「わー、よかった!これでバレアレ一族がゲットできます!新しいポーション作りが始められます」

『そうですね。上手く事が進んでよかった。では、適当な時間になったらそちらに向かいますので。その時にまた連絡します』

「はい。お待ちしてまーす」

プツンと〈伝言〉の糸が切れる。これでまた暇になっちゃったなあ。

私はプレアデスたちと護衛、パンドラズ・アクターを引き連れて墓地にいた。ここは墓地の中でも最奥、霊廟の隠し階段を降りた先にある場所だ。そこに椅子やテーブルなどを持ち込んでティータイム中である。オレンジの香りに癒される。一番好きなのは、コーヒーにミルクと砂糖を入れた甘い飲み物だけど。紅茶も好きなんだよね。さっぱりしていて、香りが良くて好きだなあ。

ただ今、墓地ではカジットと彼の高弟たちにアンデッドを増やしてもらっている。クレマンティーヌはその護衛だ。周りには私の使い魔ーネズミたちとセンパイーが見張りをしている。まだかなー?まだかなー?とリズムを刻んでいると、パンドラが近づいてきた。

「少しお話しいたしませんか?」

「いいよ。何か用かしら?」

優雅にお辞儀をする、モモンガさんの息子さんは静かにカッコよくポーズを決める。

「ありがとうございます。実は、上にいる者達のことですが。いかがいたしましょう」

「ああカジットたちとクレマンティーヌのこと?ウルベルトさん達が殺します。肉塊も残さないよう念入りにね。じゃないと、戦いましたって証言できないじゃない?」

「なるほど。それならば死体を残した方がよろしいのではありませんか?」

「ナザリックのこと喋られたら面倒だから。蘇生できないようにするために、死体は残さないのよ」

「よいお考えですね。さすがは至高の御方でございまァすっ!」

「うふふ、ありがとう」

大したことではないのに、あんまり持ち上げられるものだから、ちょっと恥ずかしい。

久々のパンドラ節に笑顔になる。朗らかな雰囲気になったからか、ユリ達も笑顔だ。そこからはユリたちも交えておしゃべりだ。私ができるだけ、全員に話を振りながら進めていく。話題は主に最近のナザリックについてだ。報告では異常なしやら、進めている研究がどうなっているか、と仕事の面のみである。今話しているのは日常的なものだ。私で言うとヘドラに関する話題が多くなる。夫が話してくれたこと、先日見た映画の話しとか。ユリたちは姉妹の話が多い。それから、話が進むにつれて仕事の少なさが浮き彫りになった。

「(原作か特典小説だったか忘れちゃったけれど。たしか第十・第九階層の警備の仕事をコキュートスたちの部下にとられちゃって、今は待機状態なんだよね。それで憂いていたはず)」

私は仕事ができないことをどこか恥じている様子のプレアデスたちを見て、決心した。今こそあの話をするときだと。

「ねえ、もし仕事が欲しいなら。ファッション誌、作ってみない?」

「ファッション誌、でございますか?」

「そう。私は能力のせいで着替えができないけど、ウルベルトさんは違うじゃない?当番のメイドたちが毎日頑張っていると聞くわ。それらを写真に収めて四十一日後に雑誌として配布するの。それから、一週間以内に投票期限を設けて、誰のセンスが一番だったのか決めるのよ。一番の人には、何かしら贈れたらいいわね。どうかしら?」

「とてもよいお考えだと思います。一般メイドたちも自分たちの仕事が、形に残れば喜ぶことでしょう。感謝いたします。パイン様」

「よかった。では、具体的にどうするか話し合いましょうか」

女性が多いためか、おしゃべりがさらに盛り上がる。若干パンドラが押され気味な気もするが、撮影するメンバーについて意見を出してくれたりした。ありがたいな〜。

ある程度意見がまとまり、紙に写したところで〈伝言〉が繋がった。私は右手を上げる。辺りは静かになった。

「はい、パインです」

『ウルベルトです。今そちらに向かっています。あと十五分をすれば到着します』

「わかりました。では、お出迎えの準備しておきますので、存分に暴れちゃってくださいね」

『了解です。それでは』

「失礼します」

プツンと糸が切れた。私は「誰か、アンデッドたちを放つように、上へ伝えてきてちょうだい」と仕事をほる。ユリが、エントマに行くよう命令した。多分、あの子が一番仕事が少ないのだろう。姉妹に平等に仕事を分けるユリは偉いな。エントマは頭を下げると、階段へ向かった。

「それとパンドラは、モモンガさんの姿に変身して。低位のモンスター、レイスなどを召喚してください。ウルベルトさんたち以外の冒険者が来るのを防ぐのです。冒険者は殺してもいいですが、衛兵は殺してはなりません。ウルベルトさんたちの勇姿の目撃者になりますから」

「かしこまりました。直ちに行動を開始いたします」

パンドラも階段を上っていく。これで、こちらでやれる事は終わった。あとはウルベルトさんが頑張るだけだ。

 

 

 

衛兵たちを逃してやり、上空から襲ってきたレイスをファイヤーボールで迎え撃つ。モンスターは叫び声を上げる暇なく燃え尽きた。

「うおおおおお!!!」

アビスが鬨の声を上げる。門の横、塔を駆けて最上段に到達する。そこから門の内側、スケルトンの群れの中へ飛び降り、盾で四方を押し潰す。スケルトンはバラバラに砕け散った。

アビスは猪のごとく直進した。ウルベルトとナーベラルは〈飛行〉で空を飛び、三人は墓地の奥へ急いだ。

 

門が見えなくなったあたりで、アビスはマジックアイテムを使い、自身をアンデッドから隠した。それまでアビスを追っていたアンデッドたちはだらりと腕を下げて、門の方へ歩いていく。これで邪魔されなくなったな。

「よし。後は適当に間引きながら進むとしようか。俺たちがちゃんと戦っていた証拠になるからな。ナーベラル、打撃系武器は持っているか?」

「ございます」

ナーベラルは、剣と鞘を紐でキツく結ぶどそれをブンッと振ってみせる。

「よし。行くか」

 

 

 

墓地、霊廟前。

「何でも、何でもしますから!ころさないで!!」

「そうやって命乞いしてきた奴、今まで助けてやったことあンのか?ねえよな。なら死ね」

クレマンティーヌをファイヤーボールで焦がす。喚き声も何もかもくどくて、そいつの周囲に防音の魔法をかけてやる。転げ回れないようにイバラで地面に縛り付けてやった。

弾ける音が聞こえて、そちらに目を向ける。ちょうどアビスが自身の盾でカジットの頭を叩いたところだった。あれじゃ即死だろう。

「優しいな。苦しませないなんて」

盾を振り、血を払う。アビスは肩を下げた。

「コイツらの過去に興味がないだけです。苦しめた方が良かったですかい?」

「いや、いい」

ナーベラルの方もカタがついたらしい。肉が焦げる匂いが充満していた。すべて終わったのなら、片付けしまおう。

「さて、死体も残らないほど燃やしてしまおうか」

俺はスキルと魔法で強化したファイヤーボールを、敵全員に打ち込んだ。死体はすべて燃えて、灰となり夜風に流れていった。

その場に似つかわしくない拍手が起こる。

「お疲れ様でした。ウルベルトさん。これでアダマンタイト級に一歩近づきましたね」

霊廟からパインさんと、プレアデス、モモンガさんの姿をしたパンドラズ・アクター、シモベたちが出てきた。彼女たちはゆっくりと段差を降りてくる。

「パインさん。お疲れ様でした。これでしばらくはのんびりできるといいんですが」

「できると思いますよ?大きな仕事……ミスリル級とかあったとしても、ナザリックの力を使えば簡単にこなせますし」

「ズルみたいで気が引けますがね」

「持てる力をすべて使うことは、悪いことじゃありませんよ。さあ、最後にこれ、破壊しちゃってください」

ンフィーレアに装備された蜘蛛の巣に似たサークレットー叡者の額冠ーに手を伸ばす。

「では、〈上級道具破壊〉」

弾け飛ぶアイテムはキラキラと光を反射して美麗だった。倒れるンフィーレアはユリが抱えてくれる。うんうんと、パインが頷く。

「これでおしまい!どれだけ階級が上がるか楽しみですねえ」

 

 

 

かくして、アンデッド事件は、バッファたちのお陰で一晩で解決に至った。衛兵の証言から、冒険者組合は彼らの大きな二つの功績を認め、オリハルコン級にした。人によってはアダマンタイト級と噂されている。しかし、そうなる日も遠くない。いくつもの高難易度のクエストをたった数日でこなしてしまうからだ。

 

バッファたちはやがて、チーム『青』と呼ばれはじめる。

 

「アビスの青い鎧目立ちますもんねえ」

「ええ、いい宣伝になってますよ」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大仕事を終えたナザリック

 

 

これがラストだ。気を引き締めて、背筋を伸ばし、急がず歩く。この地に至高の存在を急かす存在など、同等の存在以外にいないのだ。その彼は今、傍らを共に歩いてくれている。

私たちはなるべく第九階層から第十階層をゆっくり歩き、〈伝言〉を使って今後のプランを練っていた。大した内容ではないが、喋っていないと身がもたないのだ。

 

 

そして、玉座の間へ入った。

中には階層守護者、始祖たちを含め、今回の作戦に参加したNPCたちが跪き、頭を垂れていた。ゆえに数はそれほど多くない。しかし、人に頭を下げられ慣れない二人からすれば充分圧倒的だった。

赤い上質なカーペットの上を誰にも急かされず、アルベドに引き連れられて、歩く。もう足元がふわふわと地に足がついていないような感覚で、緊張しまくっている。表情で内心がバレてはいけないので、今回も身代わりの姿でいる。

 

『大丈夫ですか、パインさん』

『ギリギリです。ウルベルトさんは平気ですか?』

『心臓が破裂しそうです。ミスしたらフォローしあいましょう』

『そうしましょう』

 

なんて話していたら、階段を登り切ってしまった。予定通り、私は玉座の右側……つまりアルベドがいつもいる側に、ウルベルトさんは左側に立つ。当のアルベドは定位置ではなく、階段下、守護者たちに並んで跪く。

パインは息を深く吸い込み、二十回は練習した言葉を発する。

 

「面をあげよ」

 

NPCたちの顔が一斉に上がった。

「皆、よく集まってくれました。今回の作戦は皆がいなくては成功しなかったでしょう。心より感謝します。ありがとう」

両手を合わせて、とっても助かったんですよ、という感謝を表現したポーズをとる。NPCたちの頰が染まり、場が若干興奮する。代表者としてアルベドが言う。

 

「感謝など大変恐縮ですが、有り難く頂戴いたします」

 

その場にいたシモベたちが一斉に頭を下げた。転移する前から繰り返し言っていた言葉が、やっと浸透してきたらしい。努力の甲斐あって、遠慮し過ぎる姿勢をやめさせられそうだ。やったね。

 

「受け取ってもらえて嬉しいわ。それでこそ、褒美を与えがいがあるというものです。では、次に移りましょう。漆黒聖典に関する作戦内容について、何があったかはアルベドから聞いてください。図書館にも報告書としてまとめられているから、そちらを閲覧しても構いません」

 

全員の顔を見渡して、しっかり聞いている態度に感動する。自分が社会人のときは、ちょっと不真面目だった。仕事に関する内容以外の連絡は、こんなに真面目に聞かなかったのだ。うん、みんな凄い。すごいよ。

気を取り直して続ける。

 

「まず、シャルティア」

「はっ!」

「今回のあなたの行動についてですが、いくつか問題点がありました」

「はひっ!申し訳ございません!その失態につきましては、この命をもって償いを……」

「命は求めていません。それ以上にやって欲しいことがあります。失敗を次に活かすことです。シャルティア、あなたにそれができますか?」

美少女はバッと顔を上げて、縋るように声を絞り出す。

「や、やります!必ずや、やり遂げてみせます!!」

「良い返事ですね。期待していますよ。では、具体的な改善点と良い点を、こちらの紙にまとめました。受け取りなさい」

「はっ!」

 

私はアイテムボックスからA4サイズの紙を取り出す。受け取りに来たシャルティアに直接手渡した。彼女は素早く元の位置に戻り、じっと紙を見つめる。みるみるうちに青ざめていく様子に気づいて、両隣であるアルベドとコキュートスがそわそわしている、ように見えた。今回は良い点が少なかったから仕方ない。次回頑張れ!シャルティア!

 

「ヘドラ!」

「はい」

 

ヘドラにも紙を渡す。彼には感謝しっぱなしだが、それは私の視点だ。他の者とは違い、この紙には、ウルベルトさんからの総合評価が書かれている。具体的に何が書かれているのか知らない。

元の位置に戻って、紙を見る彼の様子を窺う。なにか反省している……気がする。ううん、ドッペルゲンガーだとやっぱり表情わかりづらいよ!もっと目とか口元とか動いてくれ!

 

「次に、完璧超人始祖たち。あなたたちについても同様にまとめました。代表してザ・マン、取りに来てください」

「はっ。かしこまりました」

アイテムボックスから、A4サイズの紙がすっぽり入る茶封筒を取り出す。それを手渡した。

「後で始祖たちに配ってあげなさい」

「ご命令通りに」

ザ・マンが元の位置に戻る。

 

パインが半歩下がり、ウルベルトが半歩前に出た。

「ここからは俺が取り仕切る。次はアンデッド事件に関してだ。ナーベラル、アビスマン、取りに来い」

「はっ」

男女の声が重なる。まず先に呼ばれたナーベラルが、次にアビスマンが受け取った。元の位置に戻り、二人とも紙を見る。視線が上から下へ移動していき、顔が強張るナーベラル。その様子に姉妹たちの眉が下がる。あまり良い内容ではなさそうだ。アビスマンは表情を変えず一つ頷いて、紙を丁寧に巻いた。他の始祖たちは、あまりアビスマンに注目せず真っ直ぐ前を見ている。

 

「他、シモベたちに関してはパインさんから報告を受けたが。特に問題なく、命令通りに動いていたので紙は用意していない。みんな、よくやってくれた」

 

感嘆の声が上がる。一番後ろにいるハンゾウたちや肉壁として参加していたシモベたちが、ほっと息をついていた。プレアデスたちも嬉しそうだが、目がナーベラルの紙に釘付けだ。もしかして欲しいのかな?うーん。至高の存在から貰えるなら、あの紙でもいいのか?なんでも欲しがる姿は可愛らしい。できれば仕事を成功させて褒美を欲しがってほしいな。

「さて、俺から言うことは終わったな。パインさん、最後に何かあるか?」

「そうですね。では、一つ。途中、護衛をつけず、行動したことについて。ごめんなさい。以後、気をつけます」

 

そして軽くお辞儀をする。

アルベドが首を振った。

 

「謝罪は不要でございます。ただ、今後我らに御身をお守りする機会を頂戴できれば。幸いでございます」

「ええ。皆……ここにいない者たちを含めて、我が身を頼みましたよ」

 

みんながにっこりと笑う。以上で、解散となった。

 

 

 

さて!でっかいお仕事も終わったし、ザイトルクワエとリザードマンについて報告があるまで、のんびり待ってよ〜!まずは、カルネ村に行ってエンリちゃんたちの様子を見に行こうっと!

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アインラードゥン

 

爽やかな風が髪を撫でる。風が森の香りを運んでは、私の鼻をくすぐった。今日は晴天だ。雲一つ見つからない。村には笑いが溢れている。平和だった。そこにルプスレギナさんが現れるまでは……。

「こんちは!エンちゃん」

「ひゃあ!ルプスレギナさん、こんにちは」

やっぱり突然現れた、この村の恩人ルプスレギナさんは、にししと歯を見せて笑っている。

「今日は仕事で来たっすよ」

「お仕事ですか?」

「そうっすよ」

村のど真ん中。遠目からジュゲムさんたちが気づいて、こちらに来ようとするのを、手で止めた。大きな声を出したが、大したことではなかったのだ。ルプスレギナさんは頭の後ろで組んだ両手を下ろす。そして美しいお辞儀をした。

「パイン・ツリー様より言伝です。もうすぐそちらに行きます。久しぶりに会いましょう、とのことです」

「え……えええええ!??」

今度こそジュゲムたちがエンリの元に集合した。

 

 

一時間後。村から約一キロ離れた場所に、〈転移門〉が出現する。先が見えない暗闇からパイン・ツリーが出てきた。魔法少女の姿ではない。身代わりのスキルを使って、線のように細い体に変身している。顔には、エンリたちとはじめて出会ったときに付けていた仮面をしている。

続いて魔女の館に勤めるメイドのドミル、護衛の隠密を得意とするシモベ、アウラとその魔獣たちも現れる。最後はアンデッドの馬に引かせた馬車だ。パインが振り返って、号令をかける。

「では、それぞれの持ち場につきなさい。アウラ、周囲の警戒を頼みましたよ」

大きな巻物を背負ったアウラが頭を下げる。

「かしこまりました。すぐに配置につきます」

パインは頷く。アウラの守りがあれば安心だった。一応、使い魔たちを周辺に張り巡らせている。アウラたちと協力すれば、盤石だ。

パインはドミルと馬車に乗り込み、シモベたちと村へ向かった。

 

村にはすぐに到着した。村には立派な木製の壁が築かれていた。アニメと同じ物だと思う。それは村をぐるりと囲んでいて、大抵のモンスターや軍からの侵入を防いでくれるだろう。大きな門をくぐると、のどかな田舎の風景が見えた。やがて馬車は止まる。どうやら村の中央に着いたようだ。メイドが先に降りて扉を開ける。その先に村長やその夫人、エモット姉妹と護衛のゴブリンたちが周りにいて、村人たちが集まっていた。全員集合しているのか?そんなかしこまった訪問じゃないんだけど。私は命の恩人で、立場が上ー例えば貴族とかーと思われているから、当然の反応なのかな。だとしたら、今回と突然の訪問について謝っといた方が角が立たなくていいよね。

 

私は淑女らしく、ゆっくり降りる。そして村長たちに近づいた。ゴブリンたちから緊張と怯えの気配がバシバシ伝わってきて、落ち着いてくれと思う。彼らの前で止まり、浅くお辞儀をする。村長たちは深く頭を下げた。

「お久しぶりですね、皆さん。今日は突然訪問してしまって、ごめんなさいね」

「いえいえ。パイン様のご訪問でしたら、我々はいつでも歓迎いたします。して、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「村の様子を見にきました。ルプスレギナの報告から、かなり良くなったとは聞きましたから。どの程度か確かめに来たのです。……見たところ、素晴らしい村になりましたね」

襲撃の被害にあったとは思えない発展ぶりだ。村長は重く頷く。

「あの件で我々は、多くのものを失い、自分たちの甘さを学びました。もう二度と間違いは起こしません。パイン様には、再興を手助けしていただき、心より感謝しております。ありがとうございます」

「受け取りましょう。私たちは今後も、あなた方が対価をきちんと支払うならば、その分援助します」

「それを聞いて安心しました」

心から安堵したのだろう。村人たちの顔には笑みが浮かび、「よかった」と声が上がる。まだまだ援助が必要なのか、私とのパイプを無くしたくなかったのかな?これからも、私が救った村はできるだけ目をかけていく予定だ。もちろん、多少利用させてもらうけどね。

そろそろ本題に入ろう。

「挨拶はこれまでにしましょう。エンリ、ネム、今日はあなた達に会いに来ました。少しお話しませんか?」

「はい!で、できます」

「はーい!」

「よかった。では、皆さん。私たちはこれで失礼します。お二人は村から出したりしませんので、ご安心ください」

村人たちが一礼してそれぞれの持ち場へと去って行く。ゴブリンたちは数匹を残った。

「エンリ、彼らも一緒ですか?」

「え?あ、はい」

「俺たちはエンリの姐さんの護衛です」

ゴブリンに慕われているんだな。微笑ましくて、和む。

「そうですか。忠実なシモベを持てて良かったですね」

「あ、あの、シモベじゃないです……」

あれ、そうなの?自分にとって召喚したモンスターはシモベ感覚だったから、間違えちゃった。

「あら、失礼。では、一体なんでしょうか?」

「家族です。私たちを守ってくれます」

毅然とした態度ではっきり言う。その姿には好感が持てた。

「それは素敵ですね。では、改めさせていただきます。こほん。……素敵なご家族ですね、エンリ、ネム」

「はい!」

「うん!」

ネムが満面の笑みで飛び込んで来た。頭を撫でてやり、左手でネムの右手を握ってやる。ネムはぎゅっと力を入れる。この、子供の体温ってなんでこんなに加護欲を掻き立てられるんだろう。大事にしなきゃ、大切にしなくちゃいけないって思ってしまう。これが母性か!?

 

 

なんてことに気づきつつ、ネムに案内されるまま村中をまわった。私が姿を現わすと、村人たちの手が止まるから、滞在時間は短い。まるで散歩するようにブラブラと歩いて、のんびりお喋りした。最近の天気のこと。ゴブリンさんたちのおかげで村が活気付いていること。ゴブリンさんたちがいてくれるから、もう夜が怖くないこと。よく笑い、教えてくれる。

エンリは、ネムがよく手伝ってくれると話した。ゴブリンたちのことも一人ずつ、丁寧に紹介してパインに聞かせてくれる。

だがパインは覚えられない。メモもなく、一度に十体ほどの情報を脳に入れられるほど頭は良くない。後でメイドに書き起こさせようと思った。いつ必要になるか分からないが、これからもエンリたちと関わっていくなら覚えておく必要がある。

 

ネムがゴブリンと手を繋いで、先を走る。エンリは私の方をチラチラと見てくる。何か用事があるのだろうか。

「どうかしましたか?」

「あ、えっと、ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「なんでしょうか」

「パイン様は、部下の方とはどう接しているのでしょうか?」

「?普通、だと思いますが。そうですね。具体的に言うと、褒める場合は褒め、叱るべき時は叱るようにしています。なるべく平等になるよう注意して、接していますね。あとは……」

「あとは?」

エンリは真剣に聞いていた。パインはさらに話す。

「上司らしくあること、でしょうか」

「上司らしくですか……」

「彼らが迷わず進めるように、いつも前を向くのです。だから、上に立つ者はできるだけ、その内面を相手に悟らせてはいけないんですよ。いつだって余裕であるべきなんです」

眉を下げて、俯いた。

「難しいです」

エンリの手を握ってやる。顔がこちらを向いて目があった。

「少しずつ練習すれば、あなたもできるようになりますよ。お互い頑張りましょう」

「はい!」

笑顔が戻った。元気出てよかった〜!なんて考えているとネズミの警戒網に何か引っかかった。視覚情報を共有する。

モモンガさんとたっちさんとペロロンチーノさんがいた。

「………………まじか」

「はい?」

「何でもない」

信じられないものを見た。早く本物か確かめたい。一人になって考えたい。というか、私は突然予定を変更することが嫌いなんだよ!パニックになるから。やめろ!!?いきなりこういう場面はお断りだよ!

なんて混乱を態度に出さず、エンリに向き直る。

「エンリ、今日はありがとう。あなたたちに笑顔が戻って本当に良かった。もう帰らなくてはなりません。これを、ネムや村人たちと分け合いなさい。では、さようなら」

アイテムボックスからただの木箱を取り出した。中身は同じ菓子がたくさん入っている。驚くエンリを放置して、私はドミルを抱えて馬車へ戻った。

できるだけこの子に負担がかからないように、かなりの速度で走る。馬車の前まで来たらそっと下ろしてやった。

「あなたは馬車で待ち合わせの場所まで戻り、ナザリックへお帰りなさい。私はアウラたちと合流します」

「かしこまりました」

少しもふらつかず背筋を伸ばす。その姿に私は安心して、村の壁を飛び越えた。

 

 

 

〈伝言〉ですぐにアウラと魔獣たちを呼びよせて、簡単に事情を説明した。

「とにかく、本人達なのかわからないから、たしかめに行くわ。ナザリックはウルベルトさんに任せましょう」

「は、はい!わかりました!!」

声が裏返っている。突然の事態に緊張しているんだろう。ううん、私がしっかりしなきゃ!深く呼吸して息を整える。

ウルベルトさんにも簡単に説明をして、ナザリックをお願いする。

『いざとなれば逃げろよ。……アウラはまた復活できるんだから』

「そんな……!!いえ……わかり、ました。危なくなったら、そうします」

嘘だ。絶対にそんなことしたくない。何とか二人で結界内へ逃げよう。ここには肉壁がたくさんある。私だって召喚できる。大丈夫。

「アウラ、いざとなったら二人で結界内へ逃げるわ。いいわね」

「かしこまりました。お側をできるだけ離れないようにします」

「そうしてちょうだい」

これでいい。さあ、彼らに会いに行こう。

 

 

また草原だ。ここには思い出がある。ニグンを捕まえた思い出だ。あの時はうまくやれたと思っている。

今回はどうなるだろうか。

私たちは三人と対峙していた。距離は五十メートルほどあいているだろうか。戦士職なら二、三歩飛べば届く距離だ。どちらも言葉はない。張り詰めた緊張感だけが辺りを包んでいる。

パインはどうすればいいか、わからなかった。アルベドなら、デミウルゴスならもっと上手くできるんだろう。でも、今は私しかいないから。最善を目指して私らしく頑張ろう。

その決心を空回りさせる存在が、目の前に現れた。

 

高校生から大学生ぐらいの歳。顔立ちは美しく、髪を短く刈り上げていた。ローブの下には丈の長いスカートがのぞいている。手にはカンテラを持っている。

「久しぶりだね、パインちゃん」

「アインちゃん?」

 

アインラードゥン。かつて導きの魔法少女として、私たちを様々な場所に導いてくれた、ユグドラシルプレイヤーだ。

アウラに「私の魔法少女仲間よ。信じていいわ」と、簡単に説明をする。

今日は予想外のことばかり起きている。心臓に悪い。ああ、帰ったらヘドラの胸に飛び込もう。

 

「本物なの?」

「円環の理が私たちを繋いでいるよ」

自分の中にある大きな力。〈女神の助力〉を使った時に感じていた力に集中する。すると糸を感じた。一本の大きな、大樹ほどの大きな糸だ。それと細い糸が、私たちの間に伸びて繋がれた。その糸が彼女を本物だと教えてくれる。

「うん、感じる。本当にアインちゃんなんだね。ねえ、どうしてここにいるの?」

アインラードゥンは空を指差した。

「今、円環の理から降りてきたんだよ。この人たちを、パインちゃんの仲間たちを導くためにね。パインちゃん、彼らは本物だよ。私の命にかけて誓うよ」

パインは驚いた。なんてことだろう。アインが、彼らを本物だと保証している。ならば、本当にそうなのか?私はモモンガさんだけじゃなくて他の二人も見つけちゃったのか!?

心臓がばくばく鳴り響く!なぜモモンガさん以外も転生できているんだ?どうやって出会ったんだろう?彼らに何が起こったのか。なぜウルベルトさんのように、ナザリックに転生しなかったのか。何から質問すればいいんだと、混乱しているとたっちさんが前に出て叫んだ。

「私はたっち・みー!創ったNPCはセバス・チャン!ナザリックの執事です!」

正解だ。アウラが希望を込めた目で私を見る。私も彼女の方を向いて、頷いてやりたかった。けれど、まだだ。

ペロロンチーノさんがたっちさんに続いた。

「あ、そういう感じですか?じゃあ、次俺で。俺はペロロンチーノ!姉はぶくぶく茶釜!創ったNPCはシャルティア・ブラッドフォールン!第一階層から第三階層の階層守護者です!」

正解だ。もういいのだろうか。頷いてもいいだろうか。

モモンガさんが慌てはじめる。

「皆さん、防音の魔法もかけていないのにナザリックの情報喋っちゃダメですよ!」

モモンガさんらしい。ここにいたら、ベルリバーさんも二人に注意していたんだろうな。その光景がパッと浮かんで、思わず微笑む。

モモンガに対して、たっちが反論する。

「このぐらいの情報なら問題ないかと。それに、今はパインさんに信じてもらう方が先です」

揺らがない態度にモモンガはため息を吐くふりをした。

「仕方ありません。今からでも張りましょうか」

詠唱しようとして、パインが止めた。

「その必要はありません」

三人がこちらを注視する。もうパインは肩の力を抜いていた。

「おかえりなさい。皆さん」

その声を聞いてアウラの頰が上がった。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

希望の星

 

モモンガさんの魔法で、私、モモンガさん、たっちさん、ペロロンチーノさん、アウラは飛んでナザリック地下大墳墓へと帰還した。

ナザリックは現在、魔法的な防御と隠蔽をかけて守っている。それも私たちが入る数分だけは切っていた。

テンションが高ぶるまま、地表部分に降り立った。

「わーたーしーが!!ナザリックに帰ってきた!!!!」

「お帰り」

「お帰りなさいませ。パイン様」

ウルベルトさん、デミウルゴス、メイドたち数人、護衛のシモベたちが地表部分で私たちの帰り待っていてくれた。私やウルベルトさんにとっては慣れた数だが、モモンガさんたちにとっては威圧的な数らしく、少し動揺している。というのも、モモンガさんたちとは〈伝言〉で会話しているのだ。

『何ですかこの数!?多!!?怖いよ、モモンガさん、たっちさん!』

『大丈夫ですよ、ペロロンチーノさん。迎えてくれるときは、いつもこんな感じですよ〜』

『パインさん、まったく威厳とか感じさせない行動しているんですが、アレでいいんでしょうか。私たちもラフな感じで挨拶をするべきでしょうか……?』

『やめてください、たっちさん。すみません。テンション上がっちゃって、はしゃぎすぎてしまいました。皆さんは会社の役員とか、社長とか、王様みたいに偉そうにしてくださいね。喜ばれますから』

『喜ばれるって何ですか?皆、社畜だったりするんですか?』

『そうですよ、モモンガさんは慣れてるでしょ?頑張ってね、魔王ロール』

『ひえ』

そんなやりとりをしつつ、歩みを進める。ある程度近づくと、一斉にシモベたちが頭を下げた。私は驚かないが、モモンガさんたちの反応が初々しくて、ほっこりする。

「久しぶりですねえ、皆さん。俺についてあんまり驚いていないのは、パインさんから先に聞いているからでしょうか?」

悪魔の貴族らしい所作を見せつけるウルベルト。いつもより立ち振る舞いが自然だ。……もしかして練習した?

「帰る途中で、今ナザリックに誰がいるのか説明したんですよ」

「そうでしたか。皆さん、無事で何より。さあ、中に入りましょう。皆さんが創ったNPCたちも待っていますよ」

「おお!!シャルティアに……会えるんですね。とても楽しみです」

剥がれかけたロールをなんとか取り繕い、一行は地下へと潜って行く。

 

それをモモンガが止めた。

「待ってください。できればすぐにでも……そうだな、第六階層か第八階層あたりに行きたいんだが、いいだろうか?」

ウキウキしていたパインが首をかしげる。

「どうしてですか?何か確かめたいことでも?」

「その通りです。皆さん、疲れているところ申し訳ありませんが、どうかお願いします」

モモンガが深く頭を下げた。シモベたちが動揺するが、やかましく感じたパインが片手を上げて鎮める。その慣れた行動にペロロンチーノとたっちが舌を巻いていた。

パインは頷く。

「モモンガさんがそこまで仰るなら、余程のことがあるんですね。では第八階層に向かいましょう。あそこなら多少暴れても問題ありませんし。私は賛成です」

モモンガはパインの顔を見た。

「ありがとうございます!あの、皆さんはどうしますか?」

ウルベルトがマントを引き寄せる。

「行きましょう。気になることは早目に解決しておいた方がいいですからね」

「モモンガさん、パインさん、ウルベルトさん。三人がが賛成なら決定ですね。俺も行きますよ」

シャルティアにはいつでも会えるしね、とペロロンチーノが言う。たっちも「そうですね」と同意した。

「では、第八階層へ向かいます。えーと、NPCたちはどうしますか?」

パインが手を上げる。

「ああ、はい。じゃあ私が。こほん。デミウルゴス、モモンガさんたちの帰りを待つシモベたちにに連絡しなさい。私たちは第八階層にて、少々用事を済ませます。それが終わったらアルベドから指示を貰いなさい。では、行け」

「はっ!直ちに行動を開始致します」

「これでよし。では、転移しましょうか」

「は、はい」

パインのあまりの慣れように三人は少し引いていた。

 

 

 

第八階層。荒野。

ウルベルトが自らの指を眺める。

「そういえば、俺たちってリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン装備しているんですね。アイテムボックスも、最後にログインした状態のままだし」

リングは三人の指にもはめられている。もちろんパインの指にもだ。人任せの魔女は首をひねる。

「この世界に転生する条件なんですかね?ユグドラシルアバターでなおかつアイテム、装備品は最終日にログインした状態で、転生する」

ペロロンチーノが呻いた。

「都合が良すぎますよ。大昔の異世界転生ものじゃあるまいし。何か理由があると思うんですけどね」

その言葉を聞いてモモンガがパインを凝視した。視線に気がついた魔女が骨だけの顔を見つめ返す。

「なんですか、モモンガさん」

「俺は、パインさんがきっかけだと思うんです」

 

無いはずの心臓が飛び上がった。

自分が転生者だと、言われた気がしたんだ。

「私のせい、ですか?」

思ったよりも弱々しい声になってしまい、モモンガさんは慌てた。手をバタバタと振る。

「違いますよ!あくまでもきっかけです。だってアインラードゥン……さんがそう言っていましたから。俺たちがパインさんの友人だから融通がしているって」

「なんじゃそりゃ。まったく身に覚えがありません」

ペロロンチーノが嘴を大きく開いた。

「俺たちを転生させるようにって、パインさんがアインちゃんに頼んだんじゃないの?」

どうやら驚いて開けたらしい。

パインは首を振る。

「違いますよ。アインちゃんとはさっき、モモンガさんたちと再会したあの時、久しぶりに会ったんですよ。……これ、直接本人に聞いた方がいいですね」

「ですね。呼んでいただけますか?」

「その前に一旦元の姿に戻らないと。ダッシュで帰ってきます」

 

ー二十分後ー

 

ナザリックの現状をウルベルトから聞くモモンガたち。特に盛り上がった話題は、世界級を二つも手に入れたことだ。傾城傾国が手に入ったことで、モモンガ筆頭に精神攻撃が効かないメンバーが、操られる心配がなくなった。それは大きな利益だ。ぜひ実物を見たい、ぜひ宴を、と三人は言う。

「宴か。もう褒美とかは何を与えるか決めっちゃった後なので、与えられませんけど。慰労会はいいかもしれません。全員の士気を上げられる」

「堅苦しいのは抜きで楽しめる会にしましょう!……そう言えば叶えてくれますよね?」

「大丈夫だと思いますよ。きちんと命令してやれば、聞いてくれるでしょう」

「皆さーん!!」

遠くで声が聞こえる。その小さな影はあっという間にに大きくなり、モモンガたちの前で止まった。土埃が多少舞い上がるが、服にはかからない。

「ただいま戻りました」

やっとパインが戻ってきた。にこやかな表情をしている。さすがと言うべきか、息切れなんてしていない。

「早速始めましょう。いいですか?」

「いいですよ。お願いします」

〈女神の助力〉

パインは、アインラードゥンに呼びかけるようにスキルを発動した。すると、前回とはまったく異なる様子が目の前に広がった。

天空一面に広がった魔法陣は、パインたちの近く、二メートル上空に現れた。そこからするりと、カンテラを持った魔法少女が出てきた。

「何か?」

「あの、色々聞きたいことがあって呼んだの。教えてくれる?」

「答えられることなら、何でも答えるよ」

代表してモモンガさんが話を聞き出した結果、重大なことを知ることができた。

 

 

転生させられるのは、パインが復活と縁結びの魔法を得意としているから。(常に心の奥底で仲間の転生を望んでいるため、常時発動状態になっている、らしい)

 

ただ復活させるとこの世界のどこかに落ちるだけ。なので、アインラードゥンが導いて、ナザリックの近くに落としてくれた。

 

ナザリックから離れてしまう原因はリアルに心残りがため。言われてみれば、三人は心当たりがあったみたい。モモンガさんは「パインさんと別のゲームで遊ぶこと」、たっちさんは「妻子(離婚済みだった)」、ペロロンチーノさんは「エロゲーと家族」だ。

 

ウルベルトは死亡しており、なおかつナザリック行きを望んでいた。そのためナザリックに直接召喚できた。

 

アインラードゥンは続ける。

「そういえば、ベルリバーって人も死んでいたわ。リアルへの執着が強すぎて勧誘は無理だったよ」

パインの頭はくらくらし始めた。ベルリバーの死は知っていた。改めて仲間の死を突きつけられると動揺する。それが四人分、いや自分を含めて五人分となれば冷静ではいられない。そして自分には責任があった。

「(モモンガさんとの約束が、仇になったなんて信じられる?良かれと思ったのに。それが原因でギルド長を危険な目に合わせていただなんて!)」

パンドラとアルベドに申し訳がない。モモンガさんを含めた三人には、いや、ナザリックに直接来られなかったペロロンチーノさんとたっちさんも含めて五人に謝らなくちゃいけない。

パインの胸はがらんどうになり、そこに冷たい風が吹き抜けていく。そのくせ胸部は強張りうまく動けないでいる。

 

タイムアップだ、とアインラードゥンは言った。

「私の方から訪ねられるけど、こちらに来る条件はパインちゃんと同じなの。〈女神の助力〉は連続で使用できるスキルじゃない。だから、しばらく後でね。では、さようなら」

そう言って頭上に浮かぶ魔法陣から帰っていった。

 

荒野に風がふく。

パインは四人に向けて頭を下げた。

「ごめんなさい。私が皆さんをこの世界へ連れてきました。こんな危ないところに連れてきちゃって、申し訳ありません」

深く、深く腰を曲げる。皆が「頭を上げてください」と言うが、上げられなかった。

「皆さんの命を危険に晒したんです。とても顔を上げられません」

「でも、顔を見ないと話もできませんよ?だから、上げてください」

ペロロンチーノさんに優しく声をかけられて、私は背を伸ばした。

「パインさんは知らずに力を使っていたんですから、仕方ないと思いますよ?それに、アインちゃんが言うには、俺たちも望んでこの世界へやって来たわけじゃん?なのに、パインさん一人だけ責任を押し付けられるのは間違いですよ」

モモンガが同意する。

「私もそう思います。……俺は、危険だったとしても、また皆さんと会えて良かった。パインさんと会えて良かった。悪いことばかりじゃありません」

たっちがふざけた声色で話す。

「空気はうまいし、自然はまだ残っている。星空は美しかった。リアルより、こちらの方がよっぽど楽しいですよ!たしかに、ナザリックと合流する前はちょっと恐ろしい思いもしましたが、それだけです。むしろ、こちらに来れたことを感謝するべきかもしれません」

ウルベルトはニヤリと笑った。

「ナザリックは良い所ですよ?あの頃の俺たちの夢の集大成ですからね。何でも揃ってる。NPCたちの忠誠心はちと重いが、慣れればなんてことはありません。アイツら俺たちには良い奴だからな」

 

誰もパインを恨まなかった。憎んでいない。転生して良かったと言ってくれた。視界が涙に歪む。

「ありがとうございます、皆さん」

女性の涙に一人、動揺しなかったたっちがアイテムボックスからハンカチを取り出した。それをパインに渡す。パインはおずおずと受け取り、涙を拭いた。

「洗って返しますね」

「そうですか?ありがとうございます」

 

 

以上の情報を得て、モモンガたちは考えた。仲間たちが、ナザリックに近い王国に落ちてくれるならばともかく。もし他国に落ちたら、助けに行きにくい。現状、時間がかかればかかる程、命の危険があった。

「いっそ国でも興しましょう。自国なら異業種にも優しい国にできるでしょう?そうすれば、仲間を助けられる」

ウルベルトの案が採用された。

 

どうすれば国を興せるか、領土を得られるか、至高の五人は話し合う。その中で、モモンガは別の事で頭がいっぱいだった。

 

 

最後にログインした状態で復活できるということは、ユグドラシルにアクセスしているということでは?ならば、そのアクセスを逆に辿ってユグドラシルに行けないか?ユグドラシルに着いたらリアルに行ける?

そっと、長年共に頑張ってくれた友人の横顔を窺う。

 

パインさんいてくれたら、リアルへ行って仲間たちを救える。死ぬ前に救えるんだ。パインさんもきっと協力してくれる。

 

 

モモンガは希望の星を見つけた。

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルティアに許可もらってますか?

〈女神の助力〉の活用法。

字面だけ見ると、ナザリックが叛逆の物語のキュウべえみたいだ。しかし、悪用するわけではないので許してほしい。

 

まず、アインラードゥンによって様々な事がわかった。自分たちよりも先に、この世界へ転移しているユグドラシルプレイヤーの存在。いつ来るかもわからないギルドメンバーの存在。

どちらも早急に対処するべき問題だった。ちょうど良いので、モモンガさんから命じてもらう。

円卓でそんな話をすると、だいぶ嫌がられた。

「俺が命令するんですか!?そんな、俺たちは対等なんですよ!」

「もちろんですよ。でも命令系統において上下関係ははっきりしておかないと、NPCたちがいざという時に困ります」

平行線になりそうなところでたっちさんが手を上げた。

「だったら、命令というより、依頼する感じにしましょう。それでどうですかお二人とも」

「いいと思います」

「それなら、いいですよ」

というわけで。

玉座の間にて、帰還報告、簡易的な宴の催しをやること、パインの予定通りリザードマン達と戦うこと。パインが主軸となりギルドメンバーの捜索、ユグドラシルプレイヤーの痕跡を探ることなどが話された。

 

ちなみに、パインの能力によって帰還できたことは、内密にしている。NPCたちの間で大きな混乱が予想されるからだ。変に希望を持たせてしまうことも問題だが、今は話す時期ではないと、全員が判断した。

もう来ないベルリバーさんのNPCに、どの様に説明するか話し合いの真っ最中だ。

 

それから私たちは活動を再開する。

ウルベルトさんは外に出て、冒険者活動中。

モモンガさんたちは、ナザリック内で活動中だ。外での疲労を癒したり、自身が創造したNPCたちに囲まれて仕事している。

 

モモンガさんは黒歴史と向き合いつつも、非常に優秀なので、滞りなく仕事をしているだろう。

たっちさんは、問題なんて見当たらない。一日の内、数時間はセバスたちの潜入先の屋敷にお邪魔しているらしい。セバスたちの仕事ができるように考えているのかな?

ペロロンチーノさんはシャルティアと仲良く仕事しているようだ。シャルティアの仕事に付いて行ったり、二人で第九階層の様々な施設を回ったりと。多分、三人の中で一番楽しんでいる。

 

私は副官にヘドラをつけてもらい仕事をしている。仕事内容は〈女神の助力〉を使い、昔馴染みのユグドラシルプレイヤーを召喚して情報を集めることだ。主に第八階層でスキルを使い、相手から情報を聞き出す。

今回は、戦士・タンク役だったカナリア。他所のギルド長だった彼女なら、有益な情報を持っているだろうと予想したからだ。

 

はたして、カナリアは円環の理にいるだろうか。スキルを発動し、カナリアに呼びかける。彼女はすぐに来てくれた。

「来てくれてありがとう、カナリア」

「ちょうど暇してたからね。どうってことないよ」

大学生くらいの歳。フルアーマーで全身を覆い、水色のマントをなびかせる。声は美しく、デミウルゴスと同じくらい耳に心地よい。リアルでは歌手だと教えてくれた。

「あなたも円環の理の中にいたんだね。ちょっと驚きかも」

出会った魔法少女が二人とも、円環の理にいたのは驚いた。まあ他のギルドに出会っていないのだから仕方ないけれど。

「そうでもないよ。……ほとんどの魔法少女は、みんな円環の理にいるからね」

「そうなの?じゃあ、私みたいなのが珍しいんだ」

「ええ、そうなるわね」

「どうして、皆そちら側にいるの?寿命でも迎えたの?」

冗談で聞くと「そうじゃないけれど」と彼女は続ける。

「私の場合は、ギルドで最後に残ってね。寂しくて、落ち込んでいたところを導かれたの。ねえ、私に何か頼みたくて喚んだんだよね?私の頼みも聞いてくれる?」

ギルドで最後に残った。一瞬、途方もない時間を生きる自分を想像した。そこにはモモンガさんがいる。寿命がないNPCたちもいてくれる。独りぼっちじゃないから大丈夫だ。想像はパッと流れた。

「そりゃあ、できる限りは聞くよ」

今のパインに恐れはなかった。カナリアは祈るように両手を組んだ。

「私のギルド拠点を壊して欲しいの」

 

 

 

「という訳で、近々アゼルシリア山脈にあるらしいギルドに出かけてきます」

パインの自室、応接用ソファに至高の五人は集まっていた。NPCたちはおらず、気軽に話せる空間だ。

モモンガが心配そうな声を出す。

「わかりました。けれど、気をつけてくださいね。俺たち四人には階層守護者が警護についてくれますが、パインさんのところはヘドラと始祖たちでしょう?」

パインは少し唇を尖らせる。

「わかっています。バランスの悪いチーム編成なんだから、他のプレイヤーから襲撃があった場合、無理はするなってことでしょう?この前みたいに戦ったりしません。お約束します」

ウルベルトがにやにやと口角を上げた。

「パインさんは後、七回はやらかすでしょう。クラン時代の皆は知っているんですよ。あなたは不器用だってね」

それを聞いたパインが眉をぎゅっと寄せた。怒りますよ、というアピールだ。じゃれ合いの範囲内なので、本気ではない。

「いじめないでください!こっちじゃ命の危険がある分、本気で取り組んでいるんですから」

「ああ、そうだったな。こうして喋ってるとつい、忘れちまうぜ」

居心地が良すぎてな、と紅茶をあおる。ペロロンチーノも同意した。

「本当にそうですよね。NPCたちの忠誠心は重いですが、皆いい子ばかりですし、リアルより全然楽しいんですよ」

モモンガはガパリと大きく口を開けて、閉じた。リアルよりナザリックが選ばれて嬉しかった喜びが、一気に抑制される。

「クソ、またか……」

モモンガの隣にいたたっちが甘い蜜のジュースを置いた。

「大丈夫ですか?例の感情の抑制ですか?」

「そうです。一定以上の感情の波は抑制されるので、なんというか、テンション高くなれないんですよね」

「うーん、常に冷静な判断を求められるリーダー向きの能力ですけど、こういう場では邪魔ですね。パッシブスキルのようにオンオフできませんか?」

「無理です。あー、何度も助けられた能力ですけれど、こういう時はオフにしたいです」

「それなら、願いを叶えちゃいますか?」

パインはアイテムボックスから三つの流れ星が彫られた指輪を取り出して、モモンガに差し出した。モモンガはブンブンと首を振る。

「いやいや、こんな事で使えませんよ。もったいない!」

「もったいなくないと思いますよ?モモンガさんの望みなら」

本気でそう考えるのだが、モモンガが頑なに拒否するので、指輪はアイテムボックスにしまった。

「あー、それで何でしたっけ?そうだ。いつから、そのカナリアさんのギルドに行くんですか?」

「次、スキルが使える時に行きます。アインラードゥンの力を借りれば、迷わずに目的地まで行けますから」

「わかりました。くれぐれも気をつけてくださいね」

そこでバードマンの手が上げた。

「はいはい!俺も付いて行っていい?アインちゃんに会いたいんだ!」

「ダメですよ。今回はお墓参りなんです。部外者や興味本位での参加はご遠慮ください」

「ああ〜。仕方ありませんね。今回も写真を撮るんでしょ?楽しみに待ってます」

アインちゃんの写真多めでお願いします、と頼まれた。なので「シャルティアに許可貰ってますか?」と確認すると、ペロロンチーノさんは口を閉じてしまった。

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お迎えまでのタイムリミット

 

 

早朝。地平線の彼方に太陽が顔を出した頃。ナザリック地表部分から飛び出した一団がいた。パインが率いる隊だ。天馬が引く馬車に乗り、天使たちを引き連れてアゼルリシア山脈に向かう。

 

アゼルリシア山脈は極寒の山だ。そして生きるのには厳しい場所でもある。数多くのモンスターが空を飛び、地表ではフロスト・ドラゴンとフロスト・ジャイアントが覇権を争う。地中ではドワーフの国とクアゴア氏族が戦っている。

 

そんな山の麓に、馬車を置く。麓は高い木々に覆われているが、山を上がるにつれて低い木々へと、景色が変わる。

 

空が青くなった頃、パインはようやく〈女神の助力〉を使った。小さめの魔法陣が空中に浮かび、そこからアインラードゥンが現れる。アインラードゥンは、カナリアのギルド拠点まで案内する役だ。パインは軽く頭を下げた。

「今日も、道案内よろしくお願いします」

「頼まれました」

アインラードゥンは手で胸を抑えた。

導きの魔女を先頭に続いて、パイン、ヘドラと歩む。その周囲に始祖たちが、さらに外側を図書館で召喚した天使たち、そしてパインの使い魔が護衛についていた。かなりの大所帯となってしまったが、主要なメンバーには〈飛行〉の魔法がかけられており、移動には困らず。パインたちはまっすぐギルド拠点へ向かうことができた。

 

 

 

アルゼシリア山脈の中腹。絶壁の崖の下、隠された場所に入り口は見つかった。洞窟のようだ。

「案内はもういいよね。それじゃ、またね」

「ありがとう。行ってきます」

アインと手を振って別れる。再び魔法陣が空中に出現して、その中へ戻って行った。

パインはヘドラたちに向き直ると「行きましょう!」と号令をかけた。

 

中に入ると侵入者妨害用の罠とかが、発動しない。カナリアの言った通り切られているようだ。いくつか骸があるが生きている者がいない。アンデッドもいない。ーー死んだ拠点、という言葉が浮かんだ。洞窟の最奥に進むと、細やかな細工が施され、美しい装飾の扉が現れた。これがギルド拠点への入り口だろうか。センパイを動かして、扉を開けさせる。

うん、罠の類は無しだね。

「それじゃ、入りましょうか。予定通りにザ・マン、ゴールドマン、シルバーマン、ミラージュマン、サイコマン、他使い魔を残していきます。出入り口の守りを頼みましたよ」

名前を呼ばれたメンバーがそれぞれポーズをとり、了承する。うん、やる気があってよろしい。

 

 

 

それからは、地道にギルド拠点ーダンジョンーを攻略していった。すべてをカナリアから聞くことは時間的に困難だったので、攻略の注意事項だけを聞いて、この地へやってきた。一応、死ぬ危険はないとお墨付きなので、問題ないと思う。

ここはナザリックと同じく階層ごとに分かれている。つまり、別の階層を移動する際には、転移装置を使うことになる。ネズミたちをあちこちに散らばせて、ヘドラがマッピング作業をしつつ、それを探し回った。時間はかかったが、罠などが作動されない分、楽な仕事だった。なにより命の危険が少ないところがいい。

 

始めて入る部屋は必ず写真に収める。カナリアとモモンガさんのたちに見せる為だ。カナリア

は思い出に浸りたいから、モモンガさんたちへは報告書を作成するために撮影する。

撮影してから貴重品がないか探す。これはギルド長カナリアに許可をもらっているので、許してね。なんて誰かに話かける。

 

そして最奥。こちらにもあった玉座の間ーここの玉座の間は神殿風で光が部屋全体を浮かび上がらせて神々しかったーから、言われた通りの順番に家具や柱を動かした。そして宝物殿への扉が開く。それは玉座の後ろ、隠し階段が現れた!

それを見たパインはくすりと笑う。

「ふふ、ゲームみたい」

玉座の後ろの隠し階段といえば、ドラクエだよね。それ以外に何かあったかな。考えるが何も思い出せなかったので、諦めた。

 

 

 

ナザリックの宝物殿は重厚感がある。こちらの宝物殿は華やかで煌びやかなアラブ調だった。長い階段を降りたら、広い空間に出た。

空は快晴で心地よく、鳥たちが鳴いている。白い大地が広がり、すでに金貨の山があちらこちらに積み上がっていた。その金貨を避けるようにして川が奥から流れている。

金貨の回収作業は任せて、私とヘドラ、始祖たちは奥へと進んだ。

奥には上へあがる階段があった。下って登るのか?なぜそんな手間を?とか考えたが、他人の家にけちをつけるものではない。そういうものなんだ。無理やり納得して、ペインマンを先頭に立たせて進んだ。

 

登りきると煌びやかなアラブ調の建物が見えた。川の流れもそこから来ているようだ。

「アラジンじゃん!!!素敵!」

テンションが上がりすぎて素が暴発したが、時は戻らない。咳払いで誤魔化すんだよ!

「……こほん。あそこが目的地ですね、気を引き締めて参りましょう」

「はっ」

皆、空気を読んで反応しないでくれるの有難いよな。

 

予想通りだ。ギルド武器と、レア中のレアなアイテムが建物内に保管されていた。ここでも罠の類は発動しない。本当に、拠点を維持するために金貨が使われていたんだと考えた。

どの部屋も模様が美しく複雑なので、バシャバシャと撮影してから、貰える物は全て報酬としてもらう。カナリアとの交渉の結果だった。こんなに破格の仕事もないだろう。

そして、本ばかりある部屋の中で、目的の物を見つける。それは、ある人によっては召喚データよりも価値があるものだった。

アルバムだ。

パインはパラパラとめくり、それから胸に抱えた。

このギルドの思い出がたくさん詰まったアルバムを預かること。ギルド武器を破壊することが、今回の任務であった。

預かったアルバムは、たまに飾ろうと心に決める。

 

 

 

パインは貴重品とアルバム、ギルド武器を持って、即座にナザリックへと帰った。後の仕事、宝の移動はシモベがやるべきであって至高の存在が監督するほどでもない。始祖たちが監督者となり、シャルティアの〈転移門〉の力を借りて、物を移動させると聞いている。

家に帰れたのは、夜だった。でも、まだ終わりじゃない。

「今日はよく働きました」

「お疲れ様だね。もう一踏ん張りだよ」

ヘドラの励ましに、笑顔で応える。空っぽのタンクにエネルギーが注がれたみたいだ。

「ありがとう、ちょっと元気になれたわ」

そう感謝すると、ヘドラは照れてフードを少しだけ深く被るのだ。

 

甘いやりとりは程々に、今度は第八階層に転移した。

 

転移した途端、目の前の空中に魔法陣が浮かんだ。そこからアインラードゥンとカナリアが出て来る。私のスキルではない。アインラードゥンとカナリアがスキル〈女神の助力〉を使って、私に会いに来てくれたのだ。

 

私は、すぐに来てくれた二人に驚いた。

「お早いお着きですね?!」

「何?その喋り方、少し変だよ。パインちゃん疲れてるの?」

「今日はよく働いてくれたから、疲れが出ても仕方ないさ。あっちで見てたよ。頑張ってたね。だから、すぐに取り掛かろう。パイン見せて」

目当ての物は持っている。

「はい、コレ」

アイテムボックスから取り出して、カナリアに見せた。ギルド武器とアルバムだ。カナリアが何度も頷いた。

「うん、これだ。懐かしい」

ギルド武器を持ちつつ、アルバムを開く。じっと見つめて、何を思い返しているんだろう。

 

思い出に浸らせてあげたかったが、時間がない。できれば、報告書作成のために、ある事を聞きたかった。それはもう一つの報酬ーギルドの宝ではなくー情報だ。それも魔法少女に関するもの。

「ねえ、ごめん。よかったら、カナリアが言っていた魔法少女について教えてくれないかな?」

カナリアはサッとアルバムを閉じて、ギルド武器と共にパインに返した。

「ええ、いいわ。ええ、聞かせてあげる」

 

それは聞いてみれば、当たり前だと思えるような内容だった。

 

魔法少女は心残りがなくなると、円環の理に導かれる。

 

アインラードゥンの心残りは仲間たちを導くこと。全員をリアルから導き、そして円環の理へ還った。

カナリアの心残りは仲間たちを残すこと。自分が最後になったから還った。

 

パインは?

「私は……モモンガさんと遊ぶことだよ」

そうだ。ユグドラシル最終日。私は転生した世界で、モモンガさんと楽しくやっていく事を望んでいた。

アインラードゥンが首を振る。

「違うの。あのね、女神様に聞いてきたんだけだ、パインちゃんの望みはね……」

モモンガさんとこの世界に転生すること。

 

ガクリ、とパインは膝から崩れた。それをヘドラが支えてくれる。

 

 

もう叶ってしまった。すぐに女神様がやってくる。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナザリックが大切で、大事なんだよ。

 

 

パインは一人では悩めない。悩んだら出口のない迷宮に入ってしまうと考えたからだ。

だから正直にモモンガさんたちに話す。私は円卓に皆を呼んで、告白した。

 

私が持ってきた爆弾は、大きな衝撃をもたらした。だが、それが魔法少女の特性ならば、ルールなら、従わざるおえないね。そう、無理に納得した。

でも、モモンガさんは違った。

はじめて見せた激情だった。机を叩き割ってしまいそうな程強く叩いた。

「なんで……、なんでそんな、納得できるんだよ!!!パインさんが連れて行かれるんだぞ!」

発してしまってから、モモンガさんは居心地悪そうに座り直して「大声を上げてしまいすみません、机を叩いてしまってすみません」と言った。

 

モモンガさんが大声を上げてくれて、私は嬉しかった。仲間として、強く想ってくれていることに喜びを感じていた。二人で頑張って、ナザリック地下大墳墓を守ってきたんだ。絆は本物だ。だからこそ、伝えなくてはならない。パインは息を深く吸って、呼吸を整えた。

 

「モモンガさん、永遠に別れるわけではありません。こう考えてくださいよ!家が別になるだけって。私は縁を辿るのが得意なので、アインラードゥンのように、地上に戻って来られるんですよ!いられるのは短時間だけど、自由に行き来できる。数日に一回は会えるんです」

「……もう、こんな風に会えないじゃないですか。俺は、連絡だけじゃなくて、パインさんと遊びたいんですよ!」

「私だって、遊びたいですよ!皆さんと、モモンガさんと遊んで、悩んで、楽しく暮らして生きたいですよ!!!」

でも無理なのだ。ならば、メリットを上げて、上げまくって、無理やり納得するしかないじゃないか!

パインは涙を流す。これまで我慢していたものが溢れてきた。溢れても、また蓋をしなくちゃいけない。ハンカチを取り出してぐしぐしと、顔を拭う。

「モモンガさん、私が円環の理に導かれることは、メリットが大きいんです。円環の理にいる魔法少女たちの縁を辿って、世界中どこにでも降りられる。彼女たちから、他のユグドラシルプレイヤーの情報を聞き出せる、探せられる。運が良ければ、今回のようにユグドラシル産のアイテムをゲットできる。デメリットは皆んなと長時間いられないこと」

また涙が溢れてきた。それもゴシゴシと拭う。

 

「もう会えなくなるわけじゃない」とパインは続ける。

 

最悪な空気の中、ウルベルトが意を決して発言した。

 

「……パインさんが、円環の理に行ったら。仲間の発見とか、どうなるんだ?」

「やり易くなります。私が直接見つけに行けるらしいです。なので、モモンガさんたちのようにナザリックから遠い場所に転生する事故を無くせます。……皆さんをこの安全なナザリックに転生させてあげられるんですよ?」

モモンガに向かって言うが、彼は黙ったままだ。普段は見せない、駄々っ子のような姿が、なんだか微笑ましく思えてくる。

 

ペロロンチーノは頭をかいた。納得できないのだ。

「それも大事だけどさ。もう避けようがないけれど。パインさんはもう少し泣いたりさ、足掻いても良いんじゃない?俺たち何とかするよ?例えば指輪に願ったりしてさ」

モモンガがそれだと叫ぶ!

「そうですよ!指輪、試してみましょう!それがダメなら、願いを叶えてもらえる系の世界級をゲットして、パインさんに帰ってきてもらえばいいんですよ!」

「あ、それヤバそうだからやめてください」

「どうしてですか!!!」

「なんか、こう。勘にピーンとくるものがありまして。私と円環の理の縁を切るような真似は絶対にやめてください。もう円環の理の力を、他の魔法少女に助けてもらえなくなる」

「そんなのどうでもいいんですよ!パインさんさえ居てくれれば、いいんですよ!」

興奮が冷めないモモンガをたっちが抑えるように言う。

「モモンガさん、円環の理の力を借りれないという事は、パインさんの切り札〈女神の助力〉が使えなくなるということでは?それに他の方に助けてもらえなくなるなら、仲間の捜索にも影響が出るでしょう。それでもいいんですか?」

モモンガはぐっと黙った。しばし静寂が訪れて、「俺は、俺は……」と繰り返した。

 

ペロロンチーノはわざと明るめの声を出す。しかし、どうしても重い調子になってしまった。

「良い案だと思ったんですけど、難しいですね」

「しょうがねえよ。種族の特性に関わる事だ。無理やり歪めて良い事じゃないだろう」

ウルベルトが肩をすくめると、モモンガが吐き出す。

「諦めるんですか?俺は、諦められない!」

「誰も諦めてください、なんて言ってませんよう」

 

パインが席を立ち上がり、モモンガの元へ向かった。そして、厳しいアンデッドを抱きしめる。

 

もう、モモンガが苦しむ姿を見たくなかった。こんなに自分を惜しんでくれる仲間を、友人を慰めたかった。

「モモンガさん、私はちょっと出かけるだけですから。許してください。ナザリックのために精一杯働きに行くんですよ」

モモンガは、座っている自分と同じぐらいの身長をそっと抱きしめ返す。

「働きたくないくせに。働くの大嫌いなくせに」

「ここに来てから。ナザリックに転生してから、まあ、好きになりました。働くのも悪くないんですよね。好きな人たちと頑張る事が出来れば、私はいくらでもできるんですよ」

「俺たちより、魔法少女たちの方が好きなんですか?」

「意地悪な質問しないでください。ナザリックが大切で、大好きです。私が帰る家は、今じゃここだけですよ」

 

優しく、優しく。背中を撫でてやる。段々と落ち着いてきたようだ。

二人はそっと離れた。それでも手は繋がれている。パインの手は柔らかく熱い。モモンガの手は固く冷たい。全く違うけれど、それが友人の手だった。離れがたい。

 

モモンガは声を絞り出した。

「俺たちを忘れないでくれますか?」

パインは吹き出した。

「絶対に忘れませんよ!こんなにゲームにハマったことも、誰かと一緒に遊べたことも、転生なんてトンデモない体験もした事ないんですから!」

「ふふ、そういえばそうですよね」

 

柔らかく笑い合うと、部屋の空気も緩んだ。見守っていた三人はほっと、息をついた。

 

「納得は済んでませんが、まあ、次に進んで良いのかな?」

ペロロンチーノが問いかけると、二人は頷いた。全員を見回して、忘れかけていた難問を思い出させた。

「NPCたちにはどう説明するんですか?」

「「あ……」」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いた夢の先

 

 

つどえられる全NPCが集まった。

皆、今度はどんな命令を賜れるのか楽しみにしている。いや、声だけでも、姿だけでも見せてもらえればそれでいいのだ。

それが叶うこの呼び出しは素晴らしい。

しばらく膝をつき、頭を垂れているとアルベドが主人たちの到着を告げた。

「モモンガ様、たっち・みー様、ペロロンチーノ様、ウルベルト様、パイン・ツリー様がご入場されます」

 

中央を静かに王たちが歩く。名前の順番に意味はなく、先に入る者たちから名が挙げられる。

ただしギルド長のモモンガだけは別だ。彼だけは一番最初に、必ず入場する。

 

 

王たちが階段を上がり、配置についたら始まりだ。

「面をあげよ」

モモンガの威厳ある言葉が届き、一斉に顔が上がる。

 

 

 

NPCたちの心が誇りで一杯になっていた頃、主人たちは騒がしかった。もちろん、〈伝言〉内でだ。

『あ〜皆、今日も揃ってるんじゃ〜』

『パインさん、それやめてください。何の真似ですか』

『特に何もないですけど、すみません』

『モモンガさんカッコいいですよ。次もバシッと決めてください!』

『うう、こういうの苦手なんですよ〜』

『あともう少しだけファイトです!』

 

「皆、よく集まってくれた。今日はパインから大切な話がある。心して聞くように」

人任せの魔女が一歩前に出る。

「皆さん、ご機嫌よう。今日も皆さんが元気そうで、私はとっても嬉しいです。さて、私からの話というのは……新しい任務についた件についてです。それは、至高の仲間たちを探しに行くこと」

おお、と騒めきがおこる。パインはそれを慣れた手つきで止めると続きを話た。

「以前から、魔法少女たちに、この世界について、またプレイヤーについて情報収集を行っていました。結果実り、多くの宝をナザリックに持ち帰ることができました」

拍手がおこる。それもパインの話の邪魔にならない時間で止んだ。

「その最中で、私の能力について、さらに詳しく知ることができたのです」

両手を軽く広げて周囲の目をさらに集める。

「それは縁を辿ること。縁を結ぶことができれば、私は相手プレイヤーを引き寄せることができるし。他人の縁を辿って目的の土地に降り立つことができます。この力を使って、私は仲間を探すために様々な場所へ行きます。なので、ナザリックにはあまり……ほとんど帰ることができません」

「そんなっ……」

「フシュー」

さらに大きな騒めきが起こった。それぞれ顔を見合わせて「どのくらいお戻りにならないの?」「数日?一週間?」などと囁かれたりしている。私は続けた。

「私がナザリックにほとんど帰れない理由は、他にもあります。それは種族の特性です。魔法少女は夢を叶えると、円環の理に導かれます。そこは、私たちにとって天国のような場所です。私は夢を叶えました。皆さんとずっと一緒にいることです」

今回、NPCたちに説明するため、一部内容は変更している。嘘を伝える訳ではないので、許してほしい。これは他の四人にも了承を得ていることだ。

 

アルベドが吠えた。

「お待ちください!それでは、ナザリックに“帰らない”のではなく、“帰れない”のではないでしょうか!?それに夢を叶えたとは一体どういうことでしょうか?その夢では、永遠に叶いそうにありません!」

全員が首を縦に降ったり、巨大な顎を噛み合わせたりしている。アルベドに同意しているだ。

私は頭を横に降った。

 

「私は夢を叶えました。あの時、ユグドラシル最終日に……」

「ユグドラシル最終日?マサカ、終末……?」

「その通りです。アルベド、私とモモンガさんが揃ってここにいた日のことを覚えていますね?」

「忘れもしません。ちょうど、このナザリック地下大墳墓が異世界に転移した日のことでございますね」

「そうです。あの日が、ユグドラシルの終わり、最終日でした。それは避けられない運命でした。私とモモンガさんはそれを憂いて、この場所で終わりを、貴方たちの死を見届けるつもりでした」

「貴方たち?では至高の存在に害は無いのですね。よかった……」

 

胸が痛くなる。自身の身より、いつだって私たちギルドメンバーを想ってくれる姿に怒りたかった。自分たちをもっと優先しろと、NPCたちには酷なことを言いたかった。それは無理だと知っているから、言葉を吐き出したりはしない。

 

「……あの日、私は願っていました。ユグドラシルがなくならないことを。ナザリックが続いて、モモンガさんとまたログインできる日々を。皆さんとずっと一緒にいることを」

広げていた両手を胸の前で組む。

「それは叶いました。異世界への転移という形で。私の夢は続いた」

「ああ、何ということでしょうか……」

皆、気づいたらしい。至高の存在の願いが叶ったばかりに天国へ行くなんて。悲劇だと、泣き出すものが現れた。至高の存在の役に立ちたい。願いを叶えたい、と思っている彼らからすれば、たしかに悲劇だろう。願いを叶えたら、主人が遠くへ行ってしまうなんて。

 

 

でも、私にとっては喜びだ。

大好きな世界に転生して、ちょっとゴタゴタしたけれど、モモンガさんや他の仲間たちとも会えて、少しだけ遊べた。それに私だけの仕事を手に入れられたのだ。仕事が好きになれた。やり甲斐がある。これは幸せなことだ。

 

「皆さん、帰れない私を許してください。これもナザリックの利益になることなのです。受け入れてくださいね」

「恐れながら申し上げます。行かない、という選択肢はないのでございますか!?」

「アルベド!控え給えよ!!!」

「だって、だって!パイン様が行っちゃうのよ!私たちをずっと見守ってくださった慈悲深き母なる御方が、いなくなってしまうのよ!もうお仕えできなくなってしまう。それでもいいの!??」

「でも、でも……パイン様はしばらく帰れないと、仰ったでありんすえ?いつかは帰れるんじゃありんせん?」

 

視線がこちらに集まる。私は頷いた。

「最短で五日毎に、数分だけ帰って来れるわ」

「それは帰宅とは言えません!!!」

悔しそうに、それは悔しそうにアルベドが泣き、NPCたちが泣いた。泣かせたのは私だ。ごめんね。ここに残ることよりも、ナザリックの利益を取って、貴方たちの幸せを勝手に決めて、それを選んで、ごめんね。

 

俯いて耐えていると、モモンガさんが立ち上がった。そして階段を降り、アルベドの涙を骨の手で拭き取った。

「アルベド、私たちも同じ気持ちだ」

「……うう!!!」

全てを理解したアルベドは、崩れ落ちた。それを理解できない階層守護者たちが、デミウルゴスを見る。彼も唇を噛んで耐えていた。

視線に促されて、説明する。

「至高の御方々がすでにご存知ということは、ご承知であるということだ。パイン様の使命は、決定事項なんだよ」

「覆ラナイ、トイウ事ナンダナ」

「そんな……」

 

「パインさんが行かなければならない理由が、ある」

威厳ある声が皆の耳に届いた。まだすすり泣きは聞こえるが、かなり静かになった。

「ベルリバーさんの件だ。ベルリバーさんは……もうナザリックに戻られない」

「なぜ、何故でございますか?私どもが何か不手際を……!?」

「そうではない。亡くなられたからだ。復活はできない」

「何という……」

 

うわああああ!!

 

一際大きな叫びが玉座の間を包んだ。そのNPCの周りにいたものが、心配そうに見ているが。見守ることしかできない。

 

パインがその者の所まで行き、その背を撫でた。

「ベルリバーさんはリアルで亡くなりました。こちらで復活できるように手を尽くしましたが、ダメでした。本当にごめんなさい。……私は今後こういった事を無くすために、円環の理に導かれます、そこからギルドメンバーを探します。誰も、取りこぼさないように」

 

わかってくれますね?そう問いかけると、全員が頷いた。自身の主人のことを考えたのだろう。そうだよね、帰還できないことは恐ろしいよね。私も、この世界に来られなかったと思うと、身がすくむよ。

 

私はベルリバーさんが手がけたNPCに問う。

「……貴方の願いを叶えたいと、思っています。何か望みはありませんか?」

その者は答えた。

 

ベルリバー様の帰還を。

 

パインは少し困った顔をして、頷いた。

「再捜索はしていませんでした。私があちらに行った暁には、もう一度探してみます。それでいいですね?」

こくん、と頷いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

主人たちが去り、しばしの静寂が、いや無が玉座の間を包んでいた。皆、それぞれ何かを考えており、あるいはぼんやりしている。

その中でも、異色の存在がいた。

 

パインの被造物、ヘドラと始祖たちだ。

まったく動じていなかったのだ。

 

一足早く落ち着いたアルベドが、怪しそうに尋ねた。

「随分、落ち着いているのね。パイン様から、先に説明されていたのかしら?」

「それもありますが、我らは共に円環の理へ行けるのだよ」

「どうして?」

「私たちはパイン様の被造物、所謂使い魔と同じ存在ともとれる。なので、例外的に連れて行っていただけるそうだ」

「そう。離れ離れにならず良かったわね」

「ああ。……今後とも、我らはパイン様に全力でお仕えする所存だよ」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さらば、カルネ村!

 

 

私は今、馬車に乗せられている。隣村に行くのだ。人数は三人。私と、ネム、それにンフィーレア。重大な発表があるらしくて、それに呼ばれた。普段しない遠出をすることもあって、外行きの服装に着替えている。それに、一応カルネ村の代表者として来ているから、きちんと着替えておかないとね。

 

「お姉ちゃん、この馬車全然揺れないね!」

「そうだね、ネム。この馬車って高いんだよね?」

「高いどころじゃないよ。最高級だよ……。多分、王族クラスじゃないのかな」

 

正直、村娘にそこまで大層な馬車を貸してくれるとは思わず、びっくりして本当に飛び上がってしまった。ふかふかのクッションがお尻を受け止めてくれたので痛くはない。

 

「そ、そそんなに高価なものだなんて!」

これでもう何も触れなくなった。外にいる執事さんから「もし壊しても大丈夫だ」と言われているが、緊張で唾が喉を通らない。

目の前に置かれた水筒ー馬車内でも飲みやすい様にとパイン様が用意してくれた、細工が凝ったものーをじっと見ていると、ンフィーレアが諭してくれた。

「エンリ、僕たちは持て成しを受けているんだから、何か手をつけないと。そうしないと、相手側に不手際があったって勘違いされちゃうよ?」

「そ、そういう事なら……」

意を決して、美しい人形が彫られた水筒を手に取る。

 

これを見たプレイヤーならばこう言っただろう。それペットボトルじゃん、と。

 

魔法が付与されているそれは軽く、丈夫だと聞いた。蓋部分に力を入れてクルクルと回し、小さな飲み口に唇を当てて飲む。すると冷たい、爽やかな水が体の中に入ってきた。

「美味しい!」

井戸水とは明らかに違う旨さに、エンリは驚いた。「私も飲みたい」とネムが強張り、水筒を渡してやる。一口飲んだ妹も「おいしい!」と喜んだ。

「水がこんなに美味しいなんて、知らなかったわ」

「こっちの果実水も美味しいよ」

ンフィーレアに手渡されて一口飲んでみる。なんてすっきりとした甘さなんだろう。

 

客人たちは村に到着するまで、しばしの暇を楽しんだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

隣村に到着した。

ここもカルネ村同様に発展している。村の周りは木製の城壁でぐるりと囲われ、パイン様から派遣された剣士によって鍛えられているらしい。何より村人の数が多かった。いくつもの村が合併してできた土地だから、カルネ村の倍以上ある。これはもう町と呼べるんじゃないだろうか。

門を抜けて少し進んでから、馬車の扉が開かれる。ンフィーレアが先に出て、ネムを下ろし、私の手を取って下ろしてくれた。

それから執事のセバスさんが先導して、村の中央に案内してくれた。道中ジロジロ見られて少し居心地が悪かった。

 

村の中央には、広めの台座があった。今日の発表のため、新しく用意されたのだろう。ほとんど汚れていない。

「もうすぐ始まりますので、私はこれで」

「はい。ありがとうございました。セバスさん」

私たちはお互いに深くお辞儀してから、別れた。セバスさんが去ると、すぐに村の人が声をかけてきた。

「カルネ村のエンリ・エモットさんですか?」

「はい、そうです」

優しそうな声だ。そこにいたのは背の高い男性だ。カルネ村の村長よりも年若い、自分よりも年上の方だ。おそらく五十代だろう。精悍な顔つきと静かな瞳が頼もしさを感じさせる。体格も良く、現役の戦士だろうと思われた。

「私はここで村長をしております。ベルディオと申します。あなた方の事はパイン様から任されています」

「エンリ・エモットです。それから村の薬師のンフィーレア・バレアレ。妹のネム・エモットです。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。パイン様に助けられたもの同士、仲良くしましょう」

「そうですね」

ベルディオはエンリから順に握手をした。

「さあ、ぜひ前の方へ。もうすぐパイン様から発表がありますからね」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その人は花吹雪と共に現れた。

ドラムが鳴り、台座の上でルプスレギナさんが「ご到着されました。パイン・ツリー様です」と言った。台座中央に注目していたら、花吹雪が巻き起こり私たちの視界を奪った。風が止むと、あの美しいドレスを着たパイン様がいらっしゃったのだ。私たちは慌てて頭を下げた。

「ご機嫌よう、皆さん。どうぞ頭を上げてください」

そう言われて、やっと頭を上げる。見上げたパイン様はやっぱりお美しい。同じ女性として圧倒される。近くから胸の熱を吐き出すかの様に、ため息がちらほらと聞こえた。

 

「今日は皆さんに大事なお話があって参りました。それは、担当者の変更です。このたび、私は大切な仕事を任されて、故郷に帰ります。故郷に帰れば、私は村の皆さんの様子を見に来ることができません」

 

衝撃的な内容だった。それは、静寂を一瞬で騒めきへと変化させた。

「パイン様がいなくなる?」

「パイン様がいらっしゃらなかったら、我々はどうすればいいんだ」

 

混乱と困惑が辺りを包む頃、ルプスレギナさんが手を叩き、注目を集めた。

「話はまだ終わっていません。静聴するように……失礼致しました、パイン様」

「いいのよ。ありがとう、ルプスレギナ。……そこで担当者の変更です。私の代わりに、この村を任せる方をご紹介します。どうぞ、アインズさん」

 

パインさんが台座中央から少しズレる。すると、中央に半円状の暗闇が出現した。沼を一定方向に掻き回すように、渦巻くそれは深い闇だ。

今度は得体の知れない、恐怖を掻き立てられる。程なくして一人の男性ー高級なローブと装飾を纏い、腕には籠手をつけた。さらにおかしな仮面もつけているー魔法詠唱者らしき人物が、出てきた。

 

男は低く威厳のある声だった。

「はじめまして、皆さん。私は、パインさんと同じくナザリック地下大墳墓の主人、アインズ・ウール・ゴウンです。魔法詠唱者です」

「?お屋敷に二人の主人がいるの?」

「こら、ネム!」

「構わないとも。そうだよ。ナザリック地下大墳墓は、私たち四十二人の仲間たちが作った城なんだ。だから、主人も四十二人いるんだよ」

「そんなんだ。えーと、ゴウン様たちすごい!」

「はっはっはっ!ありがとう」

 

エンリは肝が冷えっぱなしだった。ゴウン様が寛大な方でよかったと肩から力を抜いた。

ネムが静かになったところで、パイン様がアインズ様をご紹介してくださる。

「アインズさんは私たちの中でも、リーダー的な存在の方です。慈悲深く、人徳がある方で、仲間たちから愛されています。また魔法詠唱者としても能力が非常に高く、私よりも遥かに物知りなんですよ。彼はリーダーとして忙しい身ですから、頻繁に皆さんと顔を合わせることは難しいでしょう。なので、これからも連絡役はルプスレギナが担当します」

「皆様、これからもよろしくお願い致します」

「支援や物資に関しては、これまでと同じです。あなた方が求めるならば、労働と物資を適正な価格で売りましょう。皆さんの生活に大きな影響はありません」

 

それを聞いた大多数の村人が安心していた。もちろん、私だって安心した。けれど、もうパイン様にお会いできないことは悲しい。

パイン様は私やネムにとって心の拠り所だった。助けていただいたあの日から。パイン様が見ていてくださると思ったからこそ、日々の生活を頑張ってこられたのだ。忙しい身でありながら、村に来てくださり。私たち姉妹に特に優しくしてくださる様子から勝手に母親のように、姉のように心の中で頼っていた。

そんな方がいなくなるなんて……。悲しい。

 

気持ちが沈む。その悲しみを分かち合うようにネムと手を握った。

そこに鐘の音が響き渡った!

「トロールにオーガだ!数、多数!!!」

訓練されてきた村人たちは一斉に、それぞれの持ち場へと走りだした。

「女、子どもは納屋へ行け!男たちはこれまでの訓練を見せてやれ!」

 

なんて冷静なんだろう。だが、オーガほどの化け物に、聞いたことがないトロールにも勝てるのだろうか。

私はついパイン様を見てしまった。パイン様は私の眼差しに気づいて頷かれた。

「大丈夫よ。アインズさん、お願いしてもいいですか?」

「任された」

そう言うとアインズ様はゆっくり前進された。

「エンリ、ネム。それと、ンフィーレア、恐ければ私の後ろにいなさい」

「は、はい!」

「はい」

「ぼ、僕はここで……」

私とネムはパイン様の真後ろに行った。私たち

のやりとりを見ていた女性たちは、納屋に行こうか、パイン様の後ろに行くか迷っているみたい。

「あなた方は納屋に向かいなさい。待っている人もいるでしょう?ここは、私たちがいるから大丈夫ですよ。ー召喚、使い魔たちよこの者たちを守ってやりなさい」

パイン様が手を振るうと、地面からあのカニのモンスターが出現する。五体のカニが女性たちに付き添う。

「ありがとうございます。主人たちを、どうかよろしくお願いします」

「任されました。さあ、お行きなさい」

女性たちは口々にお礼を言うと駆けていった。

 

 

 

ドガン!ドガン!

「壁が壊れるぞ!」

 

激しく打ち付ける音がして、木製の城壁が外側から破壊された!オーガや、鼻と耳が醜く長い巨人が村の中に入ってくる。

「あれがトロール」

「うん、間違いないよ。話に聞いていた通りの特徴だ」

ンフィーレアが構えを取りながら、エンリに解説する。男たちに魔法的補助をするつもりなのだろう。だが、その出番はなかった。

 

「皆さん、さがってください」

 

アインズさんが最前線に出た。何の武器も持たず、何も召喚せずにいる。一体どうするつもりなのだろう。

「まずは入ってきた奴らからどうにかするか。〈ドラゴン・ライトニング〉」

「グオオオオオオオオオ!!!?」

突きつけた指の直線上にいた敵が、龍のごとく踊る雷撃を受けて体を焼かれて死ぬ。

「まだいるよな?中位アンデッド作成、デス・ナイト」

黒い霧が中空からにじみ出ると、心臓を焼かれたオーガの体に覆いかぶさった。霧が膨れ上がり、オーガに溶け込んでいく。そして、生きている者ではあり得ないギクシャクとした動きを見せると、ゆらりと立ち上がった。死者の口からごぼりと粘着質な闇が溢れ、全身を覆う。数秒後、形が歪みながら変化し、死の騎士が現れた。

「オーガとトロールを殺せ」

「オオオオオオ!」

まるで喜びの雄叫びだ。身もすくむような恐ろしい騎士は、オーガとトロールを無残に殺していく。

男たちが出る幕などなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「という感じで、凄かったんだよ!」

「とても怖かったんですが、アインズ様の命令ならどんな命令でも聞くそうですよ」

「パイン様もそうだけど、アインズ様もさすがだよね。とんでもない魔法詠唱者だよ」

 

夕方。ゴブリンたちに何があったのか、興奮が冷めないまま話す。

今日、自分が見てきたものが信じられない。あんな数のトロールとオーガたちが、あっという間に倒されていったのだ。興奮するなという方が無理だろう。

「そいつはまた、凄い方が現れましたね」

ゴブリンさんたちは何か心配しているよう。そんな必要などあり得ないのに。

 

「パイン様のお仲間だもの、凄い方に決まっているわ」

 

慈悲深いアインズ様。パイン様とは違う、恐ろしさを持つ御方。

これからも良い関係が築けていけますよう、とエンリは亡き両親に願った。

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失う日常

 

紅茶のフルーティな香りが鼻孔をくすぐる。私はそれを深く吸い込み、肺を満たした。そしてゆっくり吐き出す。緊張で強張っていた体がゆとりを取り戻していくのを感じた。

 

私は魔女の館にいる。

最後の時まで、ナザリックのために金貨を手に入れようと考えたからだ。

今は休憩中。昼の第一回目を終えて小休止を挟んでいる。館に入ってすぐの玄関ホール、そこに置かれた応接用ソファにくつろいで、メイドたちから奉仕を受けていた。といっても、今はお菓子と飲み物をいただいているだけだが。私の横にはヘドラがいて、同じく力を抜いて私に少しだけ体重をかけている。周りのソファには始祖たちが、ちょっと狭そうに肩を並べて座っていた。メイドたちは私の後ろに控えて、仕事を与えられるのを待っている。その目は私を捉えて離さず、正直疲れる類のものだが、これも最後かと思えば好きにさせてあげたい気持ちが勝った。

 

もうすぐ円環の理に召される。それが日常にどのような変化をもたらすのか、まったく想像できない。魔法少女まどか☆マギアの外伝、マギアレコードというアプリゲームの設定では、円環の理に導かれた魔法少女は、女神の中で漂っている、らしい。たしか。かなり前にちょっとデータを見ただけなので、記憶があやふやだ。間違っていたら申し訳ない。

 

あちらについては分からない事だらけなので、ほとんどヘドラとも始祖たちとも、情報は共有していない。まったく違うものだったら恥ずかしいし、準備させた物が無駄になったら申し訳ないないからだ。ただ身一つで行く場所なので、荷物はいらないことは、伝えておいた。

「あ、そうだ。身辺整理しなくちゃ」

あー、自室の物置部屋を片付けなくちゃいけない。面倒だと、体をぐったりソファにあずけた。背もたれに頭が乗っかり、視線がちょうと真上を向く。すると、視界の中にメイドたちの姿が見えた。

ああ、そうだ。最後の思い出作りをしよう。

「ねえ、休憩後の予定を変更。自室の片付けをします。魔女の館のメイドたち全員で大掃除をしましょう」

代表者のクレンチが了承した。

「かしこまりました。皆にそのように伝えます」

「うん。というわけで、残りはヘドラたちでも倒せるように、魔獣のレベルを調整しておくように」

「承ったよ」

左側の肩口あたりから声が聞こえた。その肩の反対側の手ー右手ーを伸ばし、ヘドラの頭を撫でた。

 

 

 

休憩時間も終わり、私たちは移動を始めた。魔女の館から第九階層へ直通で行ける転移門を作動させる。千五百人の侵攻があった時に、メイドたちを逃がすために、一度使った限りだ。久しぶりに利用するなあ。一度作動させると、次に使えるまで二十四時間はかかる。なので、普段は使わないのだ。今日ぐらいはいいだろう。

メイドたちを魔女の館に帰宅させるときは、冷気対策などの魔法が付与された装備品をあげる為、第五階層内を自由に歩ける。これで、少し歩くことになるが帰宅に問題はない。

 

第九階層のとある一室に転移する。メイドたち全員が転移したら、外に出て自室へ向かった。

道中、デミウルゴスとコキュートスに出会った。

「あら、ご機嫌よう」

「ご機嫌麗しゅうございます。パイン様」

「オ会イデキテ光栄デゴザイマス」

二人が並んで膝をつく。挨拶もそこそこにして、立たせた。

「さて、二人はどこか出かけるの?」

「左様でございます。コキュートスとバーに向かう途中でして」

「へえ、素敵ね。私もヘドラとデートしに行こうかしら」

そういえば転移後は、ナザリックの娯楽施設に足を運んでいなかった。彼らの様子も気になるし、覗きに行こう。

「パイン様。ピッキーガ貴女様ノ為ニ、特別ナカクテルヲ作リマシタ。ゼヒ、足ヲ運ンデ頂キタク存ジマス」

「それはいい情報を得たわ!ありがとう二人とも。夜に伺いましょう」

「それならば、ピッキーも喜ぶでしょう。彼には先に伝えておきましょうか?」

「ええ、頼んだわ」

「カシコマリマシタ。ソレデハ御前失礼イタシマス」

二人は並んでバーの方へ歩いて行った。仲の良い二人が、飲みに行くところに出会えてよかった。NPC同士が仲良くしている場面に出くわすと、ほっこりするんだよね。

「ふふ。なんだかやる気をチャージさせてもらったみたい。片付け頑張ろうっと!」

 

 

 

 

「(頑張れないー!!)」

パインは開始一時間で根をあげていた。

転移直後からメイドたちに、ちょくちょく片付けさせていたドレスルームが片付きそうにないのだ。さすがにこれでは嫌気がさしてしまう。

ちなみにパインは大した事はしていない。ほとんどはメイドたちがテキパキと働いてくれているおかげで、やる事がないのだ。

先程からやっている事と言えば、要る物といらない物の仕分けぐらいである。それも九割は要る物として再びクローゼット内に押し込められていた。いらない物のはすべて換金アイテムである。

これを片付けとは言わない。

 

どちらかと言えば整理整頓だ。

すべてのアイテムをギルドメンバーと、NPCたちに分けてやるつもりなのだ。だから装備品とかアイテムはすべて要る。換金アイテムはいらないから、金貨に変えてしまう魂胆なのである。

「これじゃ拉致があかない。とりあえず伝説級と聖遺物級はモモンガさんたちに預けて、残りをNPCたちに与えてもらおうかな」

装飾品が多いが、素材アイテム、自分では使わなかった道具と様々な種類が揃っている。意思疎通が難しいNPCにも喜んでもらえそうな物だってある。一人一つは必ず当たるだろう。

「喜んでもらえたらいいな」

「喜ばれますわ。絶対!」

クレンチたちに力強く頷かれる。それが嬉しくて、パインも頷いた。

「よし!喜んでもらうためにも、もう少しだけやるぞー!」

やればやる気がでる!を、合言葉に作業を続けた。

 

人数の多さが功を奏したのか、仕分けをメインとした整理整頓は、夜に無事終了した。

 

 

 

「……というわけで、今日は一気に片付いたのよ?」

「それはそれは、お疲れ様でした」

ナザリック娯楽施設。バー。

カウンター席にヘドラと並んで座る。

互いにグラスを軽く上げてー音が鳴らないようにグラス同士を当てたりしないでー飲む。ピッキーが作った、自分特性カクテルは甘くてジュースのように飲みやすく、人にオススメしやすい一品だった。お酒を飲みに来た人たちには、物足りないかもしれない。しかし、その少し足りないぐらいが、私らしくていいんじゃないかな?

「ピッキー、こちらのカクテル。とっても飲みやすくて美味しいわ。ジュースのような甘さは私の好みだけれど、飲む人によっては甘すぎるんじゃない?」

ピッキーがキノコの頭を少し前後に揺らした。

「はい。ですので、パイン様特性カクテルは全部で三種類ご用意いたしました。魔法少女、身代わり、魔女の姿の三種類です。それぞれ甘さや苦さ、アルコール度数が違いますので、お好みの味が見つかるかと」

「あら、嬉しい。三種類も作ってもらえるなんて!私ってば得しちゃったわ」

ふふふ、と笑ってふざけてヘドラの腕に抱きつく。まだ慣れないそれは、どこかぎこちなく初々しい。見ている方が照れてしまう。ピッキーは自然な動作で二人を視界から外した。

 

 

〈つづく〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しかったんだ

 

 

「楽しかったんですよ」

ねえねえ、聞こえていますか?

 

 

 

 

腐敗臭が漂ってきそうなヤバイ黒色のスライムが、ぺたんと横たわっていた。そのスライムから少し離れて、私も横たわる。

「ヘロヘロさーん。おーい」

「んあ……何ですか。寝かせてくださいよ」

ぷるぷると、揺れる。

 

視界まるごと真っ白な世界で、黒いスライムとパインはよく目立つ。

パインは今一人だった。ヘドラはナザリックへおつかいに。始祖たちはモモンガさんのところで警護の任務に就かせている。パインは何をしているか?彼女にしかできない仕事をしている。

 

仲間探しだ。

 

今日、ヘロヘロを見つけることができた。それが何を意味するのか、理解しているパインは瞼をぎゅっと閉じて、胸中に広がる思いに耐える。数秒後、パインは瞼を上げて仕事を開始する。まず辿ってきた縁を太くして、切れないようにするため会話を重ねることにした。

 

「ヘロヘロさん、私ね。とんでもないことを経験したんですよ」

「それは、大変ですね……」

 

ヘロヘロは半分寝ているため返事が雑だ。それでも話を聞いてくれるあたり、優しい人だと思う。優しい彼だからこそ、ナザリックで幸せになってほしい。そう身勝手に考えるのだ。

 

パインは転移してからの日々を、ゆっくりヘロヘロに聞かせた。ぐずる子供に聞かせる寝物語のように。世界級を手に入れたあたりで、起きかけたが、やっぱりうとうとしている。すべてを語り終えたところで「一緒にナザリックに行きませんか?メイドたちがヘロヘロさんのお世話をしたくて待ってますよ?ずーっと眠れますよ?」と誘った。

 

「眠れるのは……いいですねえ……」

「行きますか?ナザリック?」

「うーん……いいよ……?」

「……うん。じゃあ行きましょうか」

 

一応肯定してもらえたので、ナザリックに連れて行く。太くなったー成人男性の胴回りくらいー縁の糸をヘロヘロに巻きつけて、引っぱる。

背中の飾りを翼のように広げて、私はナザリックとの縁を辿った。

 

 

 

 

 

NPCたちと思い出を作ってから、瞬く間に円環の理へ導かれたパインたち。何の前触れもなく、まったく別の世界と思われるこの世界、周りすべてが真っ白な世界に転移していた。あっという間だったが、まあ、心の準備はしていたので。「案外早かったな」と思うぐらいであった。部屋の片付けは終わった後なので、ちょうどいい頃合いではあった。

しかし、急に移動したので、ナザリックはパニックに陥っているかもしれない。

「いつでも帰れるって言ったし、早速帰るか!」

パインの号令の下、すぐにナザリックへ帰還する。大勢で行くと、大規模な魔法陣が現れてしまうかもしれない。なので、ヘドラとパインだけがモモンガの所へ行った。(行くといっても方法は転移だ)

 

執務中であったモモンガの部屋に、パインとヘドラが〈女神の助力〉によっていきなり現れた。パインは驚かせてしまった事を謝罪して、導かれたことを話す。モモンガさんー今はアインズと名乗っているーは、顔を伏せて、その報告を受け取った。側にいたメイドーたしかエトワールだーは懸命に涙を堪えているようだった。

 

「こうやって、また会いにきますから。だから、またね。皆さんによろしくお願いします」

「わかりました。こちらは任せてください。仲間探し、頼みましたよ」

「頼まれました!」

厚く握手を交わす。もう悲しみは、私たちの間になかった。それからエトワールを抱きしめて、寂しさを分かち合ってから、円環の理へ戻った。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

楽しかったなあ。

最後だからそう考えられるのかもしれない。やっている最中は大変で、苦楽あり、少し怯えながら頑張ってきた。あれをもう一度やって?そんな事言われたら、返答に困っちゃう。だって大変だったからさ。もう一回やるエネルギーがないんだよね。

 

でも、大好きな人たちから「もう一度」を、お願いされちゃったら、やる!絶対にやる!その人たちのために頑張りたいから。ないエネルギーを他所から引っ張ってきてドバドバ注いで、何よりも優先して頑張っちゃう!

 

それが至高の存在としての仕事だし、大好きな人たちがいる場所がナザリック地下大墳墓です。

ヘロヘロさんにも、これから大好きな仲間たちができるでしょう。その人たちのために、自分が生きていくために、どうか程々に頑張れますように。頑張りすぎは体にも精神的にも毒ですから、程々にですよ〜。

 

 

「……みたいな事を言われた気がする」

 

ヘロヘロはぷるぷると体を揺らした。

目が覚めたら、アバター姿でゲームにログインしていました。しかもなんか、状況が変です。

「うう、ログアウトしたいのに画面に何も映ってない。ていうか、これは、視界?私一体どうなっているんだ」

ナザリック地下大墳墓、円卓。ログインすれば、まずここに来る場所だ。なぜか自分の椅子に座っている。

私は夢の中でパイン・ツリーという友人に引きずられていた。眼が覚めるとここに、ユグドラシルというゲームにログインしていた。

ヘロヘロはやけに冴えている頭ーこんなに調子がいいのは久しぶりーを抱えた。

「もしかして、サービス最終日なのか?俺寝落ちしちゃって、ログインしたままだったりする?モモンガさんたちは俺を起こさないために、別室に移動してたりする?」

妙にリアルなゲーム画面はユグドラシルIIとかなんじゃないか?

 

そうぐるぐる考えていると、円卓の扉が開いた。

 

ーペロロンチーノさんだ。

数年前に引退した懐かしい仲間が現れた。思わず声が上ずる。

「ペロロンチーノさんじゃないですか!こんにちは〜」

「ヘロヘロさん、こんにちは。……いらしたんですね」

言外に「以外だ」と言われている気がした。

「そりゃサービス最終日ですから。自分が寝る間も惜しんで心血を注いだ、作品たちを見納めておきたいですよ。それにモモンガさんにも会いたかったですしね。ペロロンチーノさんはモモンガさんに会いましたか?私は多分、さっき会えたんですけど。どこに行っちゃったのかな?」

「モモンガさんなら自室ですよ〜。一緒に会いに行きましょ……。いや、モモンガさんに連絡するので、ここで待っていてもらえませんか?」

「なんでですか?」

「シモベたちが混乱するからですね」

「シモベ……?」

 

そんな名前のNPCいたっけ?

考えている間に、ペロロンチーノはモモンガに〈伝言〉する。

 

「モモンガさん、ヘロヘロさんが帰還しましたよ」

 

 

 

〈おわり〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

感謝と謝罪とか言い訳とか。

 

 

王様のいないナザリック、これにて完結いたしました。

あまりにもあっさりと終わってしまった気がして、もう少し文章あった方がいいんじゃない?とも考えたのですが、無駄に増やしてしまうよりかは、今のスッキリした文章で投稿してしまおうと、考えました。

スッキリさせすぎてませんよね?大丈夫かな?とか考えながら、投稿させていただきました。

 

そして、はじめて連載作品を完結できてめちゃくちゃ嬉しいです。

これも読んでくださっ方、評価してくださった方、誤字脱字報告してくださった方、ここすきを押してくれた方、感想をくださった方、お気に入り登録してくださった方……たくさんの方々のおかげで完走できました。

 

心より御礼申し上げます。

 

 

2020年に入ってからかな?やる気がなくても頑張って書くようにいたしました。ここまで頑張った作品を完結させたかったからです。

おかげで自分にとっては怒涛の更新祭りとなり、少し楽しかったです。

 

他作品になって申し訳ないのですが。次の連載はTFです。すでに投稿してあるので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

よろしければあちらも見てくださると、たいへん嬉しいです。

 

いいぞTF、増えろ❤︎

 

 

 

 

 

†ココから謝罪と言い訳タイム†

CPについて語っております。腐要素含みます。

読んだ後の苦情は受け付けておりませんので、気をつけてください。

ちなみにこれ†は、「ダガー」と打つと出てきました。十字架では出てきません。面白いなあ。

 

†では、どうぞ↓†

 

 

 

 

 

 

 

 

*デミウルゴス×コキュートスのタグについて。

 

全く書けてませんね。すみません。「王様のいないナザリック」を書いていた当時2017年は、私「デミコキュ」にどハマりしておりまして、書く気満々でタグを入れました。

するとどうでしょう。

 

帰ってきた年にはすでに、熱が収まっておりました。

 

なんてこった。

まあ、熱は収まっただけで、今も好きなCPです。

というか、表現できていないだけで、二人は付き合っているつもりでした。「失う日常」で書いた、バーに向かう二人がそうです。あの時点で付き合ってます。なんで書かないんだ。書けなかったんだ。

この作品が原作4巻まで進んでいたら、デミコキュの部分を少しは出せるな〜と考えておりましたが。当初の予定通り、3巻までで終わりましたので、デミコキュは書けませんでした。

 

今からでも書こうか悩んでおります。

もし「読みたい!」と仰ってくださる方は、ぜひ教えてくださると嬉しいです。

よろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こぼれ話
恋のススメ


 

 

 

*モモンガさんたち帰還前。

 

 

 

「私に恋愛相談?」

「はい、その通りでございます」

 

ナザリック地下大墳墓、スイートルーム。

パイン・ツリーの自室にて。執務室の応接用ソファにアルベドを案内した。

何の用事かと問えば、先ほどの言葉である。私は冷や汗を流した。なぜなら彼氏、夫なんて存在はリアルで作れなかったからだ!良いアドバイスなんてできる気がしない!

内心の動揺を隠しつつー今日は魔法少女の姿なので、表情でバレる可能性があるーアルベドに質問した。

 

「どうして私なのかしら?同じ女だから?それとも……」

「パイン様が、私とモモンガ様の恋のキューピッドだからです!!!」

 

やっぱりー!!!

 

「このナザリック地下大墳墓が異世界へと転移する少し前、パイン様の御言葉によってモモンガ様は、新たな私へと変化させました。その時にされていたお話の内容はよくわかりませんが、お二人に望まれている事はわかります。私はモモンガ様を愛しております!!!」

 

ばっちり覚えてますよねー!

 

フンスフンスするアルベドに微笑みかける内側で、頭を抱えた。これはモモンガさんと二人で対処する予定だったのに。一人でやるなんて聞いてないよ!モモンガさんどこ行ったの!帰ってきて!

 

いつかはアルベドと膝をつき合わせて話さなくてはならない事だった。ならば今!そう今!モモンガさんがいない内に、アルベドの暴走をやんわりと“普通”に修正できるはず。やってやろうじゃないの!友のために!

 

私は深呼吸して、己に冷静さを取り戻した!

 

「あのね、アルベド。それほど理解してくれているなら、お願いがあるの」

「お願いで、ございますか?」

「そう。それはね、二つあります。一つ、段階を踏むこと。二つ、モモンガさんを惚れさせることです。なぜかわかりますか?」

「……なぜ、でございますか?私はモモンガ様のお呼びとあれば、いつでも準備はできておりますのに」

「一方通行になってほしくないからですよ。一方通行では幸せになれません。二人にはちゃんと両思いになってから、結婚してほしいと考えています。……あなたを変えておきながら、都合の良いことを言ってしまって、ごめんなさい」

 

頭を下げる。アルベドが「頭をお上げください!」と慌てはじめる。私は短くも長くもない時間を経てから、頭を上げた。アルベドと、部屋にいたメイドが明らかに安心している。

 

「そういうことでしたら、パイン様の言う通り、段階を踏んでモモンガ様の愛を射止めとうございます。……私には、モモンガ様の愛を得られる可能性があるんですもの。だから愛するように、お二人に変化させていただいたのです。頑張りますわ!」

 

アルベドが屈託なく笑う。美女の美しい微笑みに私の邪な心は消え去った!

ぐわー!

心が綺麗になった!心の更地にアルベドを応援する島(とう)が誕生した!

パインは猛烈に、この可愛い悪魔を応援したくなっている。

 

「相談でもなんでも乗るからね。言ってちょうだい」

心の中の滾りなど表に出さないように、にっこり笑う。アルベドは頰を蒸気させながら、もじもじと両手を擦りあわせる。

「でしたら、段階の踏み方を教えていただきたく思います」

「段階の踏み方を?そんなに難しい事ではないと思うけれど、具体的に言えばいいのかしら?」

「はい。どのようにして、ヘドラ・ファンタズマと段階を踏まれたのでしょうか?」

 

あー、私とヘドラの場合ね。ゲーム時代の話なら、簡単だよ。ただ単にお人形遊びしてただけだし。相手の都合なんてないから、好き勝手にあちこち連れ回しただけだよ。

 

なんて回答はしちゃダメだ。ここは、あの時自分が考えていた設定を話そうか。

 

「私たちの場合は、そうですね。まず少しだけ話すところから始めました」

「少しだけ、でございますか?」

「そうです。いくらヘドラが私の被造物でも、私のすべてを知っているわけではありません。逆に、私はヘドラの創造主だとしても、ヘドラのすべてを知っているわけではありません。他人なのですから、当たり前ですね。ですから、まずは相手が何が好きか知ることにしました」

「至高の御方は……皆様、我々の考えなどお見通しかと思っておりました」

「私たちにも、知らないことぐらいありますよ」

 

思わず笑みが深くなる。

アルベドは何度も頷いていた。

 

「相手の好きなものを知ったら、今度はそれらを試してみます。次、喋るときにいい話題になりますよ。相手も喜んでくれますからね。私とヘドラの場合は、お互いが読んだ本の感想を話し合っていました。相手の考え方を知ることができて楽しかったですよ」

 

脳内でお人形遊びの会話だから、よく弾んだな。あの時はどちらも自分だから当たり前だけど。

 

「長く話すようになると、一緒にいることが当たり前になります。そうなれば、デートに誘います。はじめての時は短い時間を心がけてください。 二時間ぐらいかしら?お互いに緊張していて、口数も減っているから、そのぐらいがちょうどいいと思います。アルベドはモモンガさんを助ける秘書的な地位にいますから、外の視察を兼ねて、護衛付きで出かけることもできるでしょう」

「なるほど!その様に誘えば、自然ですね!」

 

いつの間にか取り出したメモ帳に書き込んでいる。ネットで得た知識だから、そやって持論として書き込まれるの恥ずかしいな。

 

「デートを重ねたら、段階を踏みます。一般的には手を繋いだり、キスをしますね。ここで恋人関係になることが多いと思います。私たちはしませんでしたけどね……」

「なぜ、なさらなかったのですか?」

 

ユグドラシルのルールで禁止されていたからです。とは言えないので、適当に「恥ずかしくてできなかったし、誘えなかったの」と、小声で話した。実際には、ゲームがリアルになってからは、ヘドラをぐいぐい誘っているが、それは夫婦になったからだと、言い訳できる。

 

言い訳すると、アルベドが「まあ」と微笑みを、浮かべた。美しい、笑みだ。心に朝日が差し込むようだよ……。幸せ。

 

「何十回もデートを重ねてから、結婚ね。私たちは何十回目だったかなあ。忘れちゃったけれど。たくさんデートしたのよ?主に魔獣を倒す、実益を兼ねたものだったけれど、多くの時間を彼と過ごしたわ。とっても楽しかった」

「ほぅ……素敵ですわ。パイン様」

「そう。ふふ、照れちゃうわね」

 

こんな惚気話なんてする事がないからめちゃくちゃ恥ずかしい。

それに、これ以上話す事がないので、アルベドに最後のアドバイスを送った。

 

「私からの視点もいいけれど、どうせなら同じNPCという立場のヘドラからも、話を聞くといいと思うわ。私とは違う話が得られるでしょうし、男性からの視点を得られれば、作戦を立てやすくなると思うの」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで訪ねて来たんだね」

魔女の館、ヘドラの執務室にて、アルベドは歓待を受けていた。

パイン様からいただいた特製レシピだという茶菓子を振舞われる。クッキーを一つ食べてみた。歯ごたえは柔らかく、後味がすっきりしており食べやすい。出された紅茶によく会っていた。

「あなたは、当時どうだったの?パイン様とたくさん話したのでしょう?」

「ああ、話したよ。主に本の話とか、パイン様のリアルでのお話を聞いたよ。どれも貴重なお話で、楽しかったな。話せば話すほど、お互いに違う生き物である事がわかってね。面白かった」

「違う事が面白い?同じになりたいとは、思わなかった?」

「なりたかったよ。だが、パイン様に“私たちは違って良かった。まるでパズルのピースのようにぴたりとはまれるから”という言葉をいただいてからは、違いを愛せるようになった」

「ああ、パイン様。やはり素晴らしい御方だわ」

 

アルベドは祈るように両手を組んだ。

ヘドラは右手を胸に押し付けて、天井を仰ぐ。

充分に祈りを捧げてから、二人は会話を再開する。

 

「ところで、あなたからキスとかしなかったのは何故なの?」

「できるわけないだろう!?我が創造主に対してそんな、浅ましい!」

「相手に望まれていても?」

「……その日、その瞬間、相手に望まれているかなんて、聞いてみなければわからないものだ。ああ、あの頃には戻りたくない」

「どういうこと?なぜそんな事を言うの?」

 

ヘドラにとって恋人関係の期間は何か不都合でもあったのだろうか?

 

「わからないのか?恋人関係のときはいつ切られてもおかしくなかった。私はパイン様の愛をいただく度に、その日の夜怯えていたよ。いつ切られてもしまうんだろう、終わってしまうのかとね」

「そんな……」

「いつでも切れてしまう。それが恋人関係だよ」

 

幸せからの転落、絶望を想像して悪魔は震え上がる。この世に至高の存在の死より恐ろしい物があるなんて思いもよらなかった。

アルベドは両腕でその柔らかで頑丈な身を抱きしめる。心が寒かった。

ヘドラが紅茶をすすめる。

 

「脅かして悪かった。さあ一杯飲んで落ち着いてくれ。この話には続きがある」

「続きとは、なんなの?」

 

言われた通り一口飲み、心を落ち着かせた。ヘドラは長い指にはめられた指輪を見せた。

 

「結婚さ。夫婦。永遠を誓う愛。これをもって、私の悪夢は終わりを告げた。今は温かな幸せだけを享受しているよ」

 

その声は穏やかで、本当に救われているのだと理解できた。

 

「……そうすれば救われるのね。途方もないように聞こえるわ」

 

自分はいつ救われるのだろうか。

そう考えて、左手の薬指をさすった。

 

 

〈おわり〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔女の館、メイドたちのメモ。

 

 

魔女の館内のメイドたちについてのメモです。実は色々考えていました。

 

 

 

メイド長を含めて全十二名で館内を清掃したり、館を訪れる客人をもてなす。

 

 

[設定]

1・魔女の館内のメイドのリーダーは、彼女たちが話し合い、投票した結果である。

 

2・メイドたちは緊急時(ナザリックが侵攻をされるなど)の時は第十階層へ逃げるため、走ることに特化した「ランナーLv.1」を修めている。

 

 

*クレンチ

メイド長。名付け親はやまいこさん。プレアデス副リーダーのユリに憧れている。

前髪は左に分け目を作り、全体を頭の後ろで三つ編みにしている。

 

 

*ウォルポ

髪を後ろの下の方で二つくくりにしたメイドさん。パインがあげたリボンを大切に使っている。

 

 

*ナットラン

髪の左側でお団子結びをしているメイド。実は髪をいじることが趣味で、プロの美容師程の器用さがある。たまに細かい三つ編みを結って、お団子を作っている。

 

 

*パーレ

名付け親は餡ころもっちもちさん。セミロングの髪型。名付けてくれた、餡ころもっちもちさんの造ったNPCたちに会ってみたいと考えている。転移後は、パインのおつかいで館を訪れたペストーニャに会えている。

 

 

*レスコード

髪をすべて結い上げ、お団子に結んである。綺麗好きな性格であり、掃除においては彼女の右に出るものはいない。

 

 

*エアレン

名付け親はぶくぶく茶釜さん。アウラとマーレに勝手に親近感を抱いている。いつかお会いして、茶釜様のことが聞きたい。髪型はおかっぱ。下記のエアハンとは姉妹。エアレンが姉。

 

 

*エアハン

名付け親はぶくぶく茶釜さん。前髪の右側を垂らし、あとはまとめてポニーテールにしている。エアレンと同じくアウラとマーレに親近感を抱いているが、守護者の方に恐れ多いとも思っている。エアレンの妹。姉妹仲は良好。

 

 

*パライバ

髪を中央で分けた、セミロングの長さ。館のメイドたちの間では一番身長が高い。

 

 

*ドミル

ショートカット。活発そうな見た目をしている。見た目の通り活発な性格で、仲間たちのムードメーカー的存在。噂が好きでおしゃべりも好き。一番第九階層のメイドたちと仲が良いらしい。

 

 

*オーサーンダ

名付け親はモモンガさん。モモンガを尊敬しており、慈悲深く、賢くあろうと努力している。おかげで図書館に通うメンバーとは仲が良い。図書館に通うマーレとも仲が良いため、エアレンとエアハン姉妹によく捕まっては、その時の話をしてやっている。

 

 

 

*ディランダ

大人しい印象を受けるメガネっ娘。髪はロングと長め。食事の時間が一番の楽しみという設定のため、ご飯が一番好き。誰よりも美味しそうに食べる。

 

 

*ノータルギス

名付け親はウルベルトさん。髪型はハーフアップ。面倒見が良い性格で、困っているメンバーは放って置けない。実は、いつか仲間になるツアレの面倒も見ちゃう。新人のツアレとよく話をするため、噂好きのドミルとよく話をするようになった。

 

 

みんな仲良し。

 

 

〈おわり〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い君と青い君。

 

*デミコキュ。

*ほんのり。

*短め。

本編では表現できなかったので、番外編で。

 

 

 

アイスブルーの彼を意識し始めたのは、ナザリックが異世界に転移してからだと思う。それまではただの仲間であり、同僚だった。

パイン様に第六階層に呼び出されたとき。久しぶりにコキュートスに会った。彼の目に私が映って、彼の世界に私だけがいればいいのに、なんて考えてしまったものだ。

 

その時から、彼を強く意識し始めた。

仲間たちとの会話の中で、何度も彼を見てしまったものだ。

 

 

 

パイン様が休暇を私たちシモベに与えてくださり、第九階層の娯楽施設を楽しむように命令が下った。休暇なんて、至高の御方に使える上で無用のものだ。たまに休息さえあれば、いくらでも働きたかった。しかし、なんの理由もなくコキュートスに会いに行けるのは悪くない。パイン様は休暇を楽しめと仰られた。ご命令通りに動こうではないか。

 

 

 

第五階層を歩く。白い雪の中では、私の赤いスーツは非常によく目立っていた。寒さは感じない。というより、耐性を得ているので自由に動けるのだ。時々、コキュートスの部下たちとすれ違う。コキュートスの好感度上昇を狙って挨拶をすると、多少動揺されるが挨拶を返してくれた。彼らもコキュートスに似て、気のいい戦士たちなのかもしれない。

「(私の考えなど知らず、可愛らしい……)」

この笑みの裏側を覗かせたら、どんな反応をしてくれるだろうか。軽蔑か、恐れか、それとも「悪魔だから」と受け入れてくれるだろうか。加虐心がそそられるが、今はコキュートスに会いに行こう。小物に手を出して、本来の獲物を逃してはならない。私は、この薄暗いものが彼らに気づかれないように片手で口元を覆った。

 

十分ほど進むと、彼の居城の大白球ースノーボールアースーに到着した。雪女郎に用件を伝えると彼女たちのうちの一人が大白球の中へ消えた。

「少々、お待ちくださいませ」

「ああ、待つとも」

入り口で数分待つ。コキュートスが雪女郎を連れて出てきた。

「やあ、こんにちは。コキュートス、会えて嬉しいよ」

君も同じ気持ちかい?とは言えず、自分よりも高い位置にある計六つの瞳を眺める。表情はわかりにくく、計ることはできない。

「何ノ用ダ、デミウルゴス」

 

連れないね。君に会いにきたのさ。なんて、それだけでは児戯だ。最高の悪魔に造られた知恵者は、スマートに目的を達成する。

 

「君を誘いに来たのさ。今日、私は休みでね。よければ私と第九階層へ出かけないかい?もちろん、君が良ければだが」

「剣ノ練習ガアル。悪イガ一人デ行ッテクレ」

彼はいつも所持しているハルバードを軽く上げてみせた。

君が鍛錬を趣味にしていることは知っているとも。私が対策を練らなかった訳がないだろう?

悪魔は仲間に見せる微笑みを絶やさない。

「そうかい?残念だよ。せっかくパイン様のご命令が達成できると思ったんだが、仕方がない。また今度誘うとしよう」

「待テ。何ノ話ダ?」

「何って、ついこの間パイン様が仰られただろう?休暇を楽しめ、と。だから第九階層の娯楽施設へ行こうと思ってね」

「ソレナラ、一人デ行ケバ良イデハナイカ?何故、私ヲ誘ウノダ?」

「楽しむため、だね。楽しみは、一人よりも二人の方が数倍膨れ上がる。それに君は私と同じ階層守護者で、男性だ。成人済みでもある。共通点が多いため、会話が弾みやすいんだよ。つまり、より楽しさが増すということさ。パイン様のご命令通りに“より楽しむ”ためには君の力が必要なのだよ。君にとっても悪くない話だと思うんだが、どうかね?再考してはくれないかね?」

「フム、ソウイウ理由ナラバワカッタ。共ニ第九階層ヘ行コウ」

 

誘いは上手くいった。

悪魔はさらに笑みを深めた。

 

 

 

「昼間から飲む酒は美味い!」と言ったウルベルト様をならい、私たちは副料理長のバーへとやって来た。

「いらっしゃいませ。デミウルゴス様、コキュートス様。私のバーには初めてでいらっしゃいますね」

「こんにちは、ピッキー。お邪魔するよ」

「失礼スル」

 

キノコの頭部をした人型の異形種が、カウンター内に立っている。彼こそがナザリックの副料理長であり、このバーのマスターである。

バーには私たちしかいない。 私とコキュートスはカウンター席に座った。少し高い椅子だが、このくらいは滑らかに座れる。彼は身長が高い分難なく腰を下ろしていた。

「(この小さめの椅子に座れるぐらいの大きさか……)」

デミウルゴスはそう考えてから、こっそり服の上から太ももを痛いぐらい指圧した。今のは紳士らしくない。反省すべき点だ。ぜひ改善するべきである。

 

その間にコキュートスは注文を終えたようだ。

 

「かしこまりました。……デミウルゴス様は、何になさいますか?」

「そうですね。では、トリアエズビールデ」

「ナンダ、ソレハ?」

「至高の御方々がよく仰っていた、そうだね、合言葉のようなものさ。はじめの一杯にビールを頼むんだよ」

「フム。ソンナ言葉ガアッタノカ。副料理長、変更シテ私モビールヲ頼メルカ?」

「かしこまりました。お二方ともビールですね」

 

ビールは三分もかからず、デミウルゴスたちの前に出てきた。五百mlほど液体が注がれたグラスだ。二人はそれを持ち上げて、掲げる。

「乾杯」

「乾杯」

二人は静かにビールを飲んだ。濃い苦味が喉を通っていく。

「いい喉越しだね」

「ウマイナ」

「ありがとうございます」

デミウルゴスは、これがウルベルト様が仰った昼から飲む酒の味なのだろうか、と考えていた。酒の味自体はナザリックのバーに置くものとして相応しく、美味しい。しかし、特別感はない。至高の存在はどんな気持ちで酒を味わったのだろうか、聞きたかった。その欲求をコキュートスに渡してみた。

「コキュートス、どうかな。昼からお酒を飲む感想は?」

「普段ナラ稽古ヲシテイル時間ダカラナ。非日常的ナ特別感ガアル。ソチラハドウダ?」

「なるほど。私も昼から酒を飲んだりしないが、特別感はないね。さてはて、ウルベルト様はどんな気持ちだったのか、聞いてみたいよ」

「パイン様ガ、ゴ存知デハナイノカ?御方ハ多クノ至高ノ存在ト交流ガアッタト聞イテイル」

「それはいい考えだね。今度機会があれば質問してみよう。ありがとう、コキュートス」

「気ニスルナ」

そうは言っても、私は意中の相手を無碍にする奴じゃないからね。優しくするよ、特に君には。

 

 

 

〈おわり〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シリーズメモ。

・原作ナザリックとの違い。

 

→アルベドの姉であるホラー担当NPCが外に出られる&ホラー演出にプラスして、廊下へ出ても追いかけてくる演出追加された。やべえ。

 

→アルベドに自室がある。9階層にあるらしい。ギルメンよりの部屋。スイートルームほどでないが、守護者統括に相応しい広く豪華な部屋。ドレスなど服も多数ある。パインは見た事がない。

 

→休暇について。

1人になりたくて週1回ほど休暇を作る。

セバスとメイド長、アルベド、デミウルゴスには伝えてある。反対されたが「休暇とはいたせりつくせりに世話を焼かれる日ではなく、我が心の赴くままに過ごすことである」と自由を求めた。というか、人間の精神で常に誰かに張り付かれるのは無理。マジで1人になれる日を作らないと爆発する。

心の赴くままを助けるためにメイドを〜と反論されるが、1人でやってこそ意味がある。と、キッパリ断る。

「我らに不備があったか?」

「ないよ」

「ならば!」

「孤独を愛しているから1人になりたい。お願い。」と頭を下げられて、動揺したNPCから休みゲット。

護衛は召喚したシモベを使う。

 

休みの日は支配者ロールの練習、ナザリックの商業施設でリフレッシュ、昼寝、図書館行って読書、映画、ヘドラへのラブレターを考えたり、ヘドラとデートしたり館で魔獣退治したり。

 

 

【もしも、パインが魔導国ができるまでいたら】

そのうち、国造りのあとお金が必要になる。→より異世界のお金を稼ぐため、有り余るアイテム……お茶とかお菓子などの新しいレシピを料理長、副料理長たちと考えている。たまに、刺激のため他NPCが呼ばれる日もある。

すでにシャルティアとエクレア、ユリ、セバスがそれぞれ呼ばれている。

 

作ったお菓子は、たまに広場で有名になったウルベルトが食べて宣伝する。

 

商人チームのセバスとソリュシャンが販売するのはルーン武器とパインがレシピを見つけた香水、ナザリック及び魔女の館でポイント交換できる価値のない宝飾品。事業拡大の一環として飲食業、紅茶も楽しめる、お菓子屋さんを考えている。

 

料理長たちと考えたレシピは、一般メイドたちに食され、高い評価を得たものが商品になる。また、ナザリックの僕を含む者達からもレシピは応募することになる。採用されれば簡易的な賞が渡されるのと、発案者が発表され、ちょっとした物がプレゼントされる。固有名詞がなければ名前をプレゼントされる。

 

 

 

【ところで、第1話で終末を迎えるって言葉使っているけど大丈夫か?】

 

パインが、アルベドとモモンガさん推しだけどどうかな。もし作ったときの気持ちがNPCに反映されるなら、設定変えたときのモモンガさんはナザリックがこれからも続く幸せを願い、友人がいてよかったな〜と喜び、これからも楽しくなるぞと、あまり悲観していない感じ!未来を信じているかも!

 

ならば、アルベドも溜め込み過ぎない感じ?

性格明るいかも。

 

 

 

 

→NPCたちへのプレゼントについて。

 

プレゼントをしたい。私室を片付けつつ、やっていく。

 

服を持っていないシモベたちに服をプレゼントする話。ゲーム時代にもしていたが、プレゼント時にどんな反応をするか見たくて、アイテムを買いためてた。(ユグドラシル時代に寝巻きやら私服を渡して、ギルメンとファッションショーしたり)

 

パインは結婚してから、結婚記念日にはヘドラにプレゼントをしている。そして、2人でNPCたちに会いに行っている。恋人のときは、付き合った日を祝った。

十分にラブラブだと知っているので、NPCたちはパインがヘドラ以外の人物を選ぶことがないと知っている。

 

ちなみに、城下町となったエ・ランテルで「魔女王様には旦那が何人もいる」と噂され、何日も引きずった。ヘドラは数種類の人に変身できるので、勘違いされた結果。誤解は少しずつなくなっている。

 

 

→パインの私室。

ドレスルームが倉庫部屋になっていて。クローゼットも物も溢れかえっている。扉を開けると、アイテムが壁のように積まれていた。たしかプレアデスメンバーが仕事を探していた。彼女たちにお願いする。

この部屋以外にも倉庫化しており、彼女たちの仕事はしばらくなくならない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パインとメイドたちの日常。

 

ナザリックごと異世界転移して1週間。

モモンガさんは見つからず。それでもぐーすかと7時間ほど眠る私は薄情だろうか。時々、罪悪感に苛まれるが、考えてもどうしようもないし、体を動かそう。

 

顔を横に動かして、ベッドサイドテーブルに置いた球体でピンクの目覚まし時計を見る。ぴったり6時だ。文字盤の色が金色に淡く輝いているので、午前6時である。

身体中をぐっと伸ばしてから、ゆっくりと起き上がる。今日もナザリックの支配者ロールを頑張ってやりましょう。

上下スウェット生地の着心地良し、動きやすさ良し、寝やすさ完璧なパジャマを脱ぎ、昨夜から用意していた部屋着に着替える。

部屋着は白Tシャツにジーンズだ。また後で着替えるので、服装は適当である。

途中でアラームを消していなかった事に気づき、目覚まし時計に声をかけた。

 

「鳴るな」

「りょ」

 

今日の返事はそれか。

この凹凸がない美しい球体の目覚まし時計は、ユグドラシルで売られていた物だ。シンプルな外見なのに、塗装がピンク色で派手に感じる。このギャップは萌えないので好みのアイテムではないが、ある一点について大変便利なのだ。それは、午前と午後が一目でわかること!文字盤の色が、午前ならば金色に淡く輝き、午後ならば銀色に輝く。

ナザリック地下大墳墓に住むなら、こういう時間が把握できるアイテムは欲しいし、有難い。あと、この文字盤の色が金と銀に変わるっていうチョイスに萌えて買った。いいぞ、金と銀はイイぞ。主に超人で兄弟的な意味で。

 

 

ちなみに補足を加えさせてもらうと、この時計は音声認識である。アラームをセットするなら「アラーム、午前(または午後)、××時**分にセット」と話しかけ、アラームを消したいならさっきみたいに「鳴るな」-「アラーム消去」でも可能-と命令すればいい。

返事は毎回違い、今回は女性の声で「りょ(了解の略)」だった。アラームをセットした昨日は男性の声で「セットしたぞ。早起きなんだな…あんまり無理するなよ」と長台詞をはかれ、不意打ち胸キュンとなった。無機物萌えが加速した。擬人化?ありのままの君が好きです。性癖的にはね。

 

 

着替え終われば、ワクワクドキドキのくじ引きが待っている。そしてみんなも待機済みだろう。早く済ませないと。

パジャマは脱ぎ捨てたまま、ベッドメイクもせず身支度を整えるべく、移動する。

寝室に唯一ある、硬めの革張り一人用ソファに座り、目の前の長テーブルに置かれた"洗顔セット"に手を伸ばした。これは、水が入ったピッチャー、桶、タオル、石鹸、化粧水など…まさしく洗顔、その後に必要な物が揃っている。

終わった後は髪に櫛を通す。この体になってからは寝ぐせなんてついたことがないので、簡単に済む。以上で、寝室を出る準備はお終い。

お楽しみはこれからである。

 

 

 

寝室から扉を開けると、執務室に出る。すでにメイドが一人、複数の護衛たちが仕事机の前に整列し待機していた。

「おはようございます。パイン様」

「おはよう、セリアーヌ」

代表で、まずメイドのみが声をかけてくる。

セリアーヌは第9、10階層のメイドで、今日初めて私の世話役についた。可愛いメイドさんのハズだが、目が猛禽類のように鋭く獲物を待っているような気が……する。くじ引きでフルコース狙っているんだろう。昨日も、一昨日のメイド達も引き終わるまで、君と同じ瞳をしていたよ。

 

他のNPCをぐるっと見渡す。

「今日の護衛メンバーは……魔女の館から来たのかな?」

セリアーヌ、正解は?

「左様でございます」

「やっぱり!」

当たると嬉しいな!といっても、勘ではなく答えとなる僕がいた為だが。

「おはよう、皆さん。えーと、あなたは門番の一人……一体だよね?今日は傍にいてくれるのかな?」

最前列にいたクワガタ型の僕、その特徴から館から派遣されたのだとわかったのだ。

「おはようございます、パイン様。今日は、ヘドラ様の命により御方の下へ参上する幸運を頂戴しました。一日だけではありますが、この命にかけても必ずや使命を全うする所存でございます。今日は何卒、よろしくお願い申し上げます。」

「うん、うん!期待してるよ、みんな宜しくね!一緒に仕事頑張りましょう!」

「「はい!」」

意気込みもやる気も充分だ。みんなが嬉しそうだと、私も嬉しいよ。

 

さてさて、士気が高まっている内に始めましょうか!

 

「では、朝のくじ引きからいきましょう!セリアーヌ、準備はいいかな?」

「もちろんでございます!」

 

張り上げる声、女性らしい細めの体から滲み出る闘気!くぅ〜、わくわくしてきた!

「朝のくじ引き」とは、私がメイドたちとの交流を目的として考案した物である。三十センチ四方の正方形に、様々な内容の四十一枚の紙を入れている。内容はすべてメイドたちがどれだけ仕事できるかが書かれている。

彼女たちの仕事内容が多くなればなるほど、私のプライベート空間がなくなるので、心境はあまり穏やかではない。しかし、逆にそれ以上はされないので安心感がある。

 

「今の意気込みを聞かせてくれるかな?」

「はい!私は必ずや朝のお世話ふるこーすを掴み取ります!そして、パイン様にたっぷりと御奉仕させていただきます!」

「なるほど。…この朝のくじ引きを導入して、今日で3日目。まだ誰も手にしていない朝のお世話フルコース。はたして、昨夜のくじ引きでは"パジャマの片付けとベッドメイキング"を手に入れたセリアーヌは、このまま幸運を掴みとれるかな?さあ、いきましょう!目が離せない!この一瞬に!」

 

自分の事でもあるので、彼女がくじを引く瞬間をしっかり見守る。

ドラムロールもそこそこに、セリアーヌはくじを掴み腕を引いた!すかさず確認する。目がぱあっと開いた。

 

「やりました!ふるこーすでございます!」

「おめでとう!セリアーヌ!」

セリアーヌは飛び上がって喜びを表現した。右手には四角い小さな紙にフルコースと書かれている。

つまり、今朝はパイン自身ができることは何もない、ということだ。

朝の洗顔も、手入れも、セットも、着替えもすべて彼女がやってくれる。ありがたい事だ。

 

「それじゃ、洗顔からお願いしようかしら」

「はい!必ずや、素晴らしい働きをご覧にいれます!!」

 

 

〈おわり〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シリーズメモ2 少なめ

シリーズメモ第2弾。

ちょっと少なめですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

 

「食券制度」

メイドたちへのご褒美。パインが死ぬほど集めた期間限定イベントアイテム(食料)(余りまくってる)が食べられる。

期間限定イベントアイテムは伝説級のお菓子だと噂されているので、ご褒美として良い評価を得ている。

 

 

「パインの別設定」

別案で「パインは、実は別のギルドに所属していた。→それがなくなってAOGに加入した」というのがあった。

「別ギルドの設定」

ギルド名:竜のひげ。オバロであり、AOGファン(転生者たち)の集い。アンチに殺されたくないので隠している。二十名前後所属している。このギルドが残っていたら、パインは竜のひげのギルドメンバーと異世界転移していた可能性がある。

「別ギルドの拠点」

拠点名:ウォー・タートル。バカでかい亀。山のように大きい。亀を動かしてエリアを移動できる。亀は制御不能。海辺で小さい亀を千回以上助けると、この亀とバトルができる。勝てば拠点を得られる。

「別ギルドのNPC」

メイドが十二名、ヘドラが最高責任者という設定だった。あと他にもいるが、考えていない。

「別ギルドがなくなった経緯」

他のプレイヤー、ギルドから嫌がらせを受けて、メンバーが辞めていった。ギルド、拠点ともに解体。AOGが嫌がらせしてきたギルドを滅ぼしてくれたのがきっかけで、AOGメンバー入りへ。

 

という感じの設定だった。

 

 

 

「どうやってNPCたちに休暇を取らせたか」

パインが「仕事を取り上げられる、とは考えないで。休暇を与えられた、と考えられないかな?」と説得した。

「あなたたちにね、贈りたいの。私たちが素敵だと思うものを、たくさん。渡したいのよ」

 

なぜ、休暇は素敵なのか?

→リアルからユグドラシルへログインできるから。ほら、素敵じゃろ?

こんな感じで納得してもらった。

なのでNPCたちにとっての休暇とは、至高の存在がナザリックに来る日、良いものとして認識されている。

しかし、仕事はしたい。彼らは今日もジレンマを抱えて休日を楽しんでいる。

 

 

「ユグドラシル時代、守護者たちがパインからプレゼントされていたもの」

アルベド:お菓子、装飾品、コスメ

デミウルゴス:お酒、おつまみ、装飾品

アウラ、マーレ:お菓子、ジュース系、、装飾品

シャルティア:紅茶系、香水、コスメ、バス用品系、装飾品

コキュートス:お酒、蜜系、装飾品

 

好みがわからなかったので、適当に渡していた。

転移してからは、好みを聞いている。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。