王様のいないナザリック (紅絹の木)
しおりを挟む

一緒にいました。
最終日


 DMMO-RPGとは、簡潔に説明すると、体感型ネットゲームのことである。

 

 

 基本職、上級職は合わせて2,000を超えている。そして職業(クラス)のレベルは、最高で15まで。プレイヤーの上限レベルは100。つまり、やろうと思えば各クラスをレベル1ずつ取得することが可能なゲームなのだ。意図的に行わない限り、誰かと被ることはない、自分だけのキャラクターを作れるのだ。

 

 加えて“種族”は基本と上級を合わせて700種類に及ぶ。プレイヤーは、人間やドワーフ、エルフ以外にもモンスターを選ぶことができるのだ。

 これらは、大きく3種類に分けられる。

 種族のレベルはないが、ほとんどペナルティを受けない人間種(人間、ドワーフ、エルフなど)。

 種族レベルがあり、外見は醜いが、人間種よりも性能が優れる亜人種(ゴブリン、オーク、オーガなど)。

 こちらにも種族レベルがあり、最も性能は良く、モンスター効果を持つものの様々なペナルティを受ける、異形種(悪魔や天使、ゾンビ、ゴーストなど)。

 

 外装(ビジュアル)だって、別売りのクリエイトツールを使用すれば自分好みに変更できる。

 武器防具、装備できるものはもちろん、それらの内包するデータ。住居となる場所の詳細な設定など。プレイヤーの外装や、特定条件を満たすことで得られる自作のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の外装も。プレイヤーが作れるものは、すべて変更できるのだ。

 

 職や外装だけではない。ゲームの世界も広かった。

 アースガルズ。アルフヘイム。ヴァナヘイム。ニダヴェリール。ミズガルズ。ヨトゥンヘイム。ニヴルヘイム。ヘルヘイム。ムスペルヘイムの9つの世界。

 

 広大な世界、把握しきれそうにない種族と職業、いくらでも弄ることができる外装。

 これらは、凝り性な日本人にニトロをぶち込む結果となり、爆発的な人気を呼んだ。日本でDMMO-RPGといえば“ユグドラシル”を差すほどの評価を得たのだ。

 

 しかし、約10年前サービスを開始したDMMO-RPG “ユグドラシル”は、今日で終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

「お久しぶりです、ヘロヘロさん」

「お久しぶりです。おかえりなさい」

「おひさーです。モモンガさん、パインさん」

 灯りがない夜のように黒い色を放つ巨大な円卓を、囲む“42人分”の豪華な椅子。

 そのうちの、3席に怪物の影があった。

 

 一人は肉が一切付いていない真っ白な骨が美しい骸骨、種族:オーバーロード。ぽっかりとあいた眼窩の奥で、赤黒い光が灯る。魔法職の彼は、豪奢な黒色のガウンを羽織っている。襟元が非常に装飾過多だが、逆にそれが似合っている。名はモモンガ。

 もう一体は黒いスライムで、一秒も同じ姿を保たず、どろどろとうごめいている、種族:エルダー・ブラック・ウーズ。どろどろとうごめくのは、ゲームの仕様なのでやめることはできない。名はヘロヘロ。

 最後は、この中で唯一の女性。顔は真っ黒で、凹凸のない球体。大きな“魔女の帽子”を被っている。そして肩から上部分がない―つまり首がないため―、頭部が浮かんでいる。上着は白く、非常に丈の短い―鎖骨あたりまでしかない―。その裾は金で縁取られている。襟は長めで、顎下まであり、ない首が隠れていた。体のラインに沿う赤のドレスは腰辺りから、少し膨らんでいる。現在は、種族:魔女で魔法職。先端が二股に分かれ、その中央に直径10cm程の丸いエメラルドが浮かぶ杖を所持している。名はパイン・ツリー。

 

 

 ヘロヘロがリアルで転職して以来の再開に、モモンガとパインははしゃいでいた。

「えー…もう2年ぐらい会ってないんですかね?」

「それぐらいになりますね。2年かあ…うわ。もうそんなに経つんですね。やばいな…。最近残業が続いて、時間の感覚が変なんですよ」

「それ危なくないですか?体大丈夫ですか?」

「医者にかかるほどではありませんが、かなりやばいです。」

 三人が所属するギルドは、社会人のみで構成されている。そのため、会話は自然と会社の愚痴へと変わっていった。

 残業が続くと言ったヘロヘロは転職できたものの、以前から健康診断で内臓がレッドと評価されていた。今聞こえてくる声も重く、疲れていることがわかる。

 やがて、ヒートアップしだしたヘロヘロに対し、モモンガとパインは聞き役へシフトしていった。

 

 

 ゲームの世界で、現実の話はあまりされない。楽しいことをしている最中に、嫌なことを思い出したくないからだ。リアルは厳しく、希望がない。それは3人の会話から読み取れるだろう。

 

 しかし、三人はリアルの話に対して忌避感はない。

 このギルド―プレイヤー仲間で構築され、組織運営されるチーム―アインズ・ウール・ゴウンは、社会人であり、異業種を選択した者が加入できた。その為、よくリアルの話はされていた。会社の愚痴の言い合いは、日常であり…今では懐かしい思い出である。

 

 モモンガは、まだギルドメンバーが大勢ログインしていたころを思い出して、懐かしんだ。

 話し始めて数十分後、ヘロヘロの熱がようやくひいてきた。

「すみません、俺ばっかり愚痴言っちゃって…。リアルじゃ言えないんですよね、こんなこと」

 頭部がプルンと揺れた。多分頭を下げたのだろう。

 俺が声をかける前に、空気の読めない声が飛び出してた。

 

「ん?彼女いないんですか?」

 

 ビキリ。

 男たちにヒビが入った。

「…パ、パインさん!」

 この人はなんでデリケートな話題を、前振りなくぶっ込んでくるんだ!!

「失礼なこと聞いてしまって、すみません。それから、あの、今日は最後まで残りませんか?お疲れなのは理解できます。でも…ユグドラシル最終日だし、久しぶりにヘロヘロさんに会えたし、もうちょっと喋りたいというか」

「いや、相手の都合も考えて話してくださいってば」

 前のめりになる魔女は、骸骨の制止を聞かない。たまに暴走するが、止めれば身を引いてくれる人なのに今日は強引だ。ゲームの最終日に嫌な思いをさせて、会えるのがこれきり…そんな悲しい終わり方は耐えられない。どうにかこの場を収めて、次もお互いが忌避なく会えるようにしないと…。

 モモンガは頭を抱えた。しかし、ヘロヘロが「あはは」と明るく笑ったことで杞憂に終わる。

「パインさん相変わらずですね。ふふ…前に会ったころと全然変わってない」

「そうでしょうか?んー…大きな変化が訪れていないせいですかね」

「私にも、大きな変化は訪れていません。あー…モモンガさんは、どう、ですか?」

「私は……私も、ないですよ」

「そうでしたか。はは…みんな独り身ですね」

「そ、そうですね」

 沈んだ声になるが、相手も同じだと少し安心できた。なにより、ヘロヘロは特に嫌な思いをしているわけではないようだ。ほっと息を吐く。

「ですねー。…それで、どうでしょう。残りますか」

 パインさんがグイグイと攻める。はっきり口にしていないが、「残りますよね」と強要していた。

 …本当に、今日は特に押しが強いなあ。どうしたんだ、この人。まあ、その質問は俺も聞きたかったから、止めないけど。

「えーと、その。すいません。本当は最後までご一緒したいんですけど…さすがに眠くて」

 残れないのか、そっか。…寂しいな。

 感情が声に乗らないように気をつけて、努めて明るく言った。

「……そうですよね。お疲れですもんね。ゆっくり休んでください」

「…引き留めてしまって、すみません。温かくして、寝てくださいね」

「こちらこそ、愚痴ばっかり言ってしまってすいません。…お二人は、どうされるんですか?」

「私はサービス終了の強制ログアウトまで残りますよ。ギルド長も残られますよね」

「ええ、そう考えています。もしすると、他のメンバーも来てくれるかもしれませんから」

「そうですか。…でも、正直ここがまだ残っているなんて思っていませんでした」

 現実のモモンガの顔が、歪む。しかし、ゲームのアバターに表情を変える仕様はないから、ヘロヘロに知られることはないだろう。そして、こみ上げた感情を見せる訳にはいかないから、声を出せない。

 人生で、はじめてできた仲間たちと作った場所だから、必死に維持したのだ。残業して疲れていても、次の日の出社が早くて少ししか眠れなくても。パインさんだって、一緒に頑張ってくれて。俺以上に、ギルドに必要な維持費を集めてくれた。

 

 仲間の一人から、そんな言葉なんて聞きたくなかった。

 形容しがたい感情が胸で渦巻いていたが、次の一言で霧散する。

「モモンガさんとパインさんが二人で、維持してくれたんですよね…おかげで俺は、こうして最後にアインズ・ウール・ゴウンに帰ってくることができました。…感謝します」

「ヘロヘロさん…」

「……皆で作ったものですからね。誰が戻ってきてもいいように維持するのはギルド長として当然ですよ」

「…パインさん。モモンガさんがギルド長だったから、俺たちはあれほどにゲームを楽しめたんですね」

「ですです。モモンガさんがギルド長だったから…皆さんと一緒だったから、私はこのゲームを楽しめました。…次に、皆さんと会うときは、ユグドラシルⅡだといいですね」

「それ、俺も同じことを考えていました。また集まれたらいいんですけど」

「ユグドラシルⅡですか…噂を聞いたことはありませんが、本当にそうだったらいいですね」

「そのときはぜひ!じゃ…そろそろ寝落ちしちゃいそうなので、アウトします。…最後にお二人にお会いできて嬉しかったです。お疲れ様です」

「私も嬉しかったです。…お疲れ様でした」

「体、壊さないように気をつけてくださいね。…お疲れ様でした」

 ピョコン。

 3人それぞれの頭上に、笑顔のアイコンが浮かぶ。プレイヤー同士でわかりやすく感情を表現するため、このゲームには感情(エモーション)アイコンがある。

「またどこかでお会いしましょう」

 その言葉を最後に、ヘロヘロの姿が消えた。ログアウトしたのだ。

 

 42人のうち、37人が引退した。そして今日来てくれた、3人のメンバー―その最後の一人がログアウトした。

 これで本当に、俺とパインさん2人だけになってしまった。

「ヘロヘロさん、今日はゆっくり休めるといいですね」

「そうですね。一人暮らしだと、体壊したら大変ですし」

 気休め程度の言葉を交わし、俺たちは黙った。

 正確には、俺が黙った。

 ゆっくりと、ヘロヘロがいた席からぐるっと見回して、最後にパインを見る。

 彼女はモモンガを見ておらず、キョロキョロと頭を動かしていた。

「…何度も見てますけど、ここに人がいないって変な感じですね。今にも皆さん帰ってきて、大騒ぎになっちゃいそうです」

「あはは、そうなったらいいんですけどね」

 本当にそうなったらいいのに、という気持ちを込めて言う。

「だといいんですけど。…モモンガさん、どうします?残りますか?」

「いいえ。最初に決めていた通り、玉座で最期を迎えましょう。…私たちはアインズ・ウール・ゴウン。最後まで悪のギルドっぽくありたい」

「わかりました。…では、ワタクシはこれから宝物殿へ赴き、支度して参ります。魔王様、玉座にてお会いしましょう」

「うむ。待っているぞ、人任せの魔女よ」

 頭部の球体が上下した後、魔女の姿がかき消えた。

 宝物殿へ転移したのだろう。

 さあ、俺も動かないと。

 円卓の中央に、あらかじめ用意しておいた手紙を置いた。この手紙に見えるアイテムは、誰かがこのアイテムを設置した部屋に入ると、中に書かれているメッセージが浮かぶという物だ。中には「来てくれたギルドメンバーへ。玉座の間にいます。モモンガとパインより」と書かれている。もしかすると、来るかもしれないメンバーへの手紙だ。

「それじゃ、行くか」

 皆が褒めてくれた「魔王」に相応しい装備に着替え終わると、席を立ち上がった。向かう先には、我らのギルド武器がある。各ギルドに1つしか所持できないもの。ギルド長しか所持できないもの。

ギルド武器:スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

アインズ・ウール・ゴウンの象徴、七匹の蛇が絡まった複雑な形をした杖。蛇は、それぞれ効果が違う宝石を一つずつ咥えている。

 手を伸ばし、黄金の杖を掴み取る。

 その瞬間、赤黒いオーラが揺らめき立ち上がった。

「ヘロヘロさんが来る前に見たけど、作り込み凄いな」

 杖に内包されるデータ―アイテムの効果、スキルなどの力は、ゴッズを遥かに超えて世界級(ワールド)に匹敵する。

 全アイテムの頂点に位置する物。ユグドラシル上に200種類しかない、至高のアイテム。ゲームバランスを崩壊させかねない効果を持っているワールドアイテム。

「パインさんと今日まで探してみたけど、11個から増えなかったんだよな」

 サービス開始から約12年も経っているのに、すべてのワールドアイテムが発見されてないってどうなってんだよ。ユグドラシル広すぎ。運営は糞すぎ。

 悪態を言いつつ、モモンガは円卓(ラウンドテーブル)と名付けられた部屋を後にした。

 

 

 

 白亜の宮殿。神々が住む王宮。

 そんな称賛こそが、最も似合うナザリック第九階層を歩く。

 この妥協がない作り込みこそ、彼らが本気でユグドラシルを遊んだ証になるだろう。そして、その思い出は、すべてが輝かしいナザリックの黄金時代である。

 皆で休日を合わせて、攻略不可能と言われたボスに挑んだ。

 かつてダンジョンだったナザリックを、初見で攻略でき、おかげで皆との絆がより一層強まった。お喋りだけで、一日がつぶれた。馬鹿な話ばかりした。

 サーバーきっての大軍、約1500人のプレイヤーに攻められ、そして全滅させるという伝説を作り上げた。

「(もう終わるのか。……すべて、なかったことになるのか。)」

 沸き上がる寂寥感は、サービス終了を止められないという無力感によって、さらに膨れ上がった。

 

 

 

 

 途中、第10階層で待機していたNPCたち―家令(ハウススチュワード)の仕事も行う執事セバス。その部下で計6人の戦闘メイド、チーム名プレアデス―を引き連れて玉座の門を開けた。

「お待たせしました」

「さほど待っていませんよ。ギルド長」

 玉座の間。数百のシモベを並べても、なお余る広さ。見上げる高い天井には、いくつもの豪華なシャンデリアが釣り下がっている。それは7色の宝石で作り出され、幻想的な光を放っていた。

壁には、天井から床まで大きな旗が計42枚、一定間隔で飾られている。一枚ずつ違う模様は、それぞれのギルドメンバーを表していた。

 部屋の最奥、十数段の階段がある。その上に水晶から切り出されたような、背もたれが天井までありそうなほど高い玉座があった。その背後の壁に、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが施された深紅の布が下がっている。

 玉座の前には一体のNPCと人間がいる。

 人間がパインさんで、美しい黒髪の美女がアルベド(NPC)だ。

 

 ギルドの本拠地にNPCを配置するには、“城以上の本拠地を所持する”しかない。この条件を、満たして得られる特典だからだ。配置したNPCは、拠点を守ってくれる戦力になる。

 そして、拠点NPCには2つに分かれる。

 まず、自動で湧き出る(POPする)NPCがいる。これらは外装、AIを変更できないが、殺されてもギルドに出費がない。POPできるのはレベル30までと決まっているため、最高レベル100のユグドラシルでは使い物にならない。

 これとは別に、完全に一から自作できるNPCがいる。拠点によって違うが、最低でも700レベルポイントを割り振る。例えばレベル100が5人、レベル50が4人といった具合に作るのだ。それがセバスたちであり、玉座の傍で待機するアルベドというNPCだ。外装、レベル、種族、職業構成、所持武器などがいじれる。POPするものよりも遥かに強い警備兵を配置することができる。

 ちなみに、我らアインズ・ウール・ゴウンの本拠地、ナザリック地下大墳墓は700レベルポイントではなく、もっと高いポイントを獲得している。

 

 

「セバスたちも連れてきたんですね。どこに並ばせますか?」

「玉座の下にしようかと思っています」

 パインは宝物殿に預けていた“魔女専用アイテム”を使うことで、人間、魔女の姿どちらにでも変更できる。そして種族を変更すると、取っている職業も変化するのだ。今の彼女は戦士職である。

 

 20代の女性。緑色の目は、植物の生命力を感じさせる色をしている。目元が少し丸めで、優しそうな雰囲気を醸し出す、可愛らしい美女だ。エメラルドの髪は短く、肩より少し上で切り揃えている。前髪は目元にかかり、右端から4割を耳にかけ、6割はそのまま流している。装備品は、人間の姿になったことでスカートからズボンに変わっていた。体のラインに沿った作りはそのままである。まるで翼を広げたようなモチーフの膝当てをつけ、先端だけ茶色の真っ白なブーツを履いている。

 武器は、杖から巨大な“ハサミ”に変わっていた。ハサミは背中に、まるで磁石がくっつくように、ぴたりと収まっている。

 

 パインは元々、スケルトンウォーリアーだった。しかし、魔法少女の職が取れるイベントで“見た目が人間になれる”職業と種族を手に入れ、現在の見た目になっている。

 つまり、人間種に見えるが、本当は異形種なのだ。

 

 

「久しぶりですね、人間の姿。それだと、他の装備に変更できましたっけ?」

「できますよ。魔女の姿は見た目固定ですけど、こっちは変えられるんです」

「たしか頭に付けてるアクセサリーは、別なんですよね?」

「あー、本体ですか?これは外れないんですよ。さっきみたいに魔女になるときは、外せますけどね」

 モモンガは、玉座の前でセバスたちを待機させると、自らは階段を上がった。

 パインがアルベドから離れ、ちょうど彼女と対になる玉座の反対側に立つ。モモンガが玉座に座り、やっと最後の瞬間を迎える準備が整った。

「はじめは私たちと、アルベドだけの予定でしたが、いいですね。セバスたちがいてくれると、グッと雰囲気が重厚になります」

 ピョコンと、サムズアップする笑顔の感情アイコンが、パインの頭上に出てくる。

 ピョコン。モモンガの頭上には笑顔のアイコンが出た。

「そう言ってもらえると思って、連れてきました。それで、なぜアルベドがワールドアイテムを所持しているんですかね?」

「タブラさんが、持たせたのではないでしょうか。見たときは驚きましたけどね」

「タブラさんが…」

 アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重視していた。だからこそ、皆で頑張って手に入れた宝を、勝手に持ち出していいとはずがない。

 軽い不快感から、アイテムを奪い取ろうかと考えた。しかし、今ここにいる仲間のまったく気にしていない様子。ならば、このままでいいか。

「あ、モモンガさん。アルベドの設定をちゃんと読んだことありますか?私はテキストコピーして家でも読めるようにプリントアウトしてるんですけど、長いですよね。さすが設定魔のタブラさん。細かい!読むのめっちゃ楽しかったです」

「設定にやたらと凝る人でしたからね」

 そして、その本が一冊できそうなほど長いテキストを、飽きずに読んで楽しむのがパインさんだ。

 パインさんも凝り性というか、自分の好きなものを曲げない人だよな。今の職業構成にするためにレベル80以上も落として、元のスケルトンウォーリアーから作り変えたんだから。

 

 ユグドラシルでは、体力が0になると“ゲームオーバー”になり、デスペナルティを受ける。その1つに“レベルダウン”がある。死ぬと5レベル分ダウンするので、これを繰り返せば手間と暇がかかるものの、職業構成を選び直せた。

 しかし、レベルが高くなれば上がりにくくなるので、大変面倒くさい。そして一時的だが、戦力外になるためギルドメンバーの迷惑にもなりうる行為だ。それらを承知の上で、彼女は仲間に頼み込み、話し合いの結果、イベントなど戦力が必要になる時期を外してクラスチェンジが行われた。あの時のパインさん、熱かったな~。

 

 

「そういえば、アルベドの設定をちゃんと読んだことがないんですよね。長いから後回しにしちゃって…ははっ」

「……なら、今読みませんか?アルベドと会えるのも最後ですし、ナマで読めるのも最後ですよ」

「なんですかナマって。でも、そうですよね。最後だし読んでみます。少し待っててもらえますか?」

「いいですよ」

 俺は急いでアルベドの設定を開く。テキスト量が量なので、斜め読みならぬ頭文字読みになってしまう。詳細は パインさんがプリントアウトした物で確かめよう。

 ようやく訪れた終わりの一文で、モモンガの思考が止まった。

『ちなみにビッチである。』

「え、なにこれ」

「あ、最後の一文読みましたか?」

「ええ。これって、つまり…そういう意味ですよね?」

「罵倒の意味のビッチでしょうね。…正直、少し引いちゃいました。いくら“ギャップ萌え”だとしても、ナザリックにいるNPCの最上位にいるのに、これじゃあアルベドが可哀そうで…」

 俺もそう思う。斜め上の方角に飛んで行った設定を考えるタイプの一人であった、タブラ・スマラグディナという仲間。ギャップ萌えを愛する男だった。

 でも、タブラさん。幾らなんでもこれは酷くない?

「うーむ」

 ギルドメンバーが作ったものを、個人の感情で勝手に変えてしまっていいものか。

「あの、設定変えちゃいませんか?女の子にこの設定は、やっぱり酷いですよ」

「ふむ…うん。いいですよ。俺も酷いなって思いましたから」

 現メンバーの後押しで、自らの迷いを打ち砕く。

 スタッフをアルベドに突きつける。本来、NPCの設定を変えるにはクリエイトツールでなければ操作できないが、ギルド長特権を行使すればその手間はなくなる。

 すぐに最後の一文が消え去った。

「はい、消えましたよ」

「ありがとうございます、モモンガさん。では、空いた隙間に打ち込みましょう」

「は?」

「だってみっちり容量いっぱい書き込まれているのに、隙間があるってなんだか落ち着かないっていうか。埋めたくなりませんか?」

「まあ、そうですね」

「“モモンガを愛している。”なんてどうですか?」

「は?……はあ!?」

「“ちなみにビッチである。”と文字数がぴったりなんですよ。ぱっと思いついた文にしてはイケてると、思います!」

「でも、えーそれって。すごい恥ずかしいですよ!」

「いいじゃないですか。それぐらい遊んだって。別に悪いことをしていませんよ。ただ、社長に恋する秘書というシチュエーションをこの場に作っていただきたいと、私はそう思うのです」

「…好きですね、上司と部下のセット」

「大好きです。大好物です。だって素敵だと思いませんか?尊敬できる相手と、頼れる相手がくっつく。その関係性は、結婚後も続くハッピーエンドの布石ですよ」

「ハッピーエンドですか」

「ハッピーエンドです。……ユグドラシルが終わっても、ナザリックは終わらない。いつまでも栄光と共に。そんな意味も込めている、つもりです」

 彼女の真剣な言葉に、胸が打たれた。

 俺たちはナザリックがなくならないように、毎日走り回った。実際42人でする作業量を2人だけでしたのだ。

 サーバー内を遊ぶより、ギルドの維持費用を稼ぐ時間の方が長かった。面白くなかった作業に、彼女は文句一つ言わず。自ら進んで稼いでくれた。「皆が作ったナザリックが好きだから、無くなってほしくない」と、そう零したことがある。

 俺も同じ気持ちですよ、パインさん。

「ナザリックが終わらないか。良いですね。でも、それなら俺じゃなくて“ギルメンを愛している。”にした方がいいんじゃないですか?部下に慕われる上司たちって感じで」

「それじゃオフィスラブじゃなくなりますよね?」

「ふふっ、そうでした。上司と部下の組み合わせがいいんですよね」

 “モモンガを愛している。”と打ち込む。

 まるで、理想の恋人の設定を作って恋愛話を書いたような気恥ずかしさに悶絶した。

「はっ恥ずかしい!」

「あはは、ナザリック万歳!モモンガさん万歳!アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

 顔を手で覆い隠す隣で、両手を何度も大きく上げ下げする。

 あまりの恥ずかしさに消してしまいたくなるが、このままにしておこう。

 せっかくパインさんが喜んでいるのだ。水を差す真似がしたくない。

 直視ができないので、設定はすぐに閉じる。

 

「ひれ伏せ」

 硬質な声が響き渡り、NPCたちが跪く。

「(え、今の声誰だよ)」

 モモンガは自分から見て、左側に立つ女性に顔を向けた。プレイヤーは2人しかいない。答えはわかっているが、あんな真面目そうな声ははじめて聞いたぞ。

「うんうん、皆に臣下の礼をとってもらった方が、この部屋には相応しいですね」

「たしかに、ぐっと雰囲気が増しましたね」

「でしょう?ナザリックにぴったりです」

 パイン・ツリーは片手を大きく広げ、視線を前方へ誘導する。

 42人のギルドメンバーの旗が見えた。

「モモンガさん、たっち・みーさん、死獣天朱雀さん、餡ころもっちもちさん、ヘロヘロさん…」

 一人一人、名前を淀みなく挙げていく。決して忘れることはない、俺のはじめての友達。そして仲間たち。

「……最後に、私。あー本当に、楽しかったですね。ユグドラシルは広すぎて、まだまだ冒険したりない。もっとお金集めしたいです。もっと花の種を集めて第六階層の森に植えて、綺麗な花畑を皆に見てほしい。それで作った紅茶も香水も、もっと色んな配合を試したい。もっと続けばいいのに、私は何にもできませんでした。サービス終了が発表されてからも、結構課金したんですよ。ユグドラシルが続けばいいなーって、続編の発表来ないかなーって。何もありませんでした。次はなかった。私は無力でした。当たり前です、何のコネクションもないプレイヤーなんだから。今日でここの糞運営とおさらばです。それは良いことですよね?」

 感情の嵐が、言葉の濁流となってモモンガに問いかけた。

 女の気持ちは狂おしい程、男と同じだ。

 この場所を残しておけない。一瞬で消え失せる時間を、ただ黙って受け入れるしかない。なんて悔しくて、不快なことだろうか。当たり前だ。誰も仮想の中では生きていけない。人は必ず夢から覚める。

 男には、夢の中でしか友人がいなかった。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは仲が良かったから、オフ会をしたことはある。何人かのメンバーとは、リアルで会っているのだ。そのときも、馬鹿な話で非常に盛り上がった。内容は忘れてしまったが、ずっと笑っていたことは覚えている。

 楽しかった。

「…本当に、楽しかったですね」

 ユグドラシルを引退し、疎遠になってからは会っていない。今は俺と、彼女しかいない。

 だが、彼女がいてくれた。

「パインさんがいたから、最後まで面白く遊べました。それに今の状況は、俺の理想の終わり方だと思います。仲間たちがいてくれないのがちょっと寂しいけど、玉座で終末を迎える。悪の組織らしい、俺たちらしい迎え方です。あなたが提案してくれたおかげです。ありがとうございます。次に遊ぶゲームどれにするか、ちゃんと連絡し合いましょうね。あなたが言い出しっぺなんですから、以前みたいに忘れないでください」

「それは私だって…。ありがとうございます。ごめんなさい、さっきは愚痴ばっかり言っちゃいました。あと、もう集合日を忘れたり、間違えたりしません。ちゃんとメモしてるし…。連絡もちゃんとします!いくつか気になる物があって事前調査済みなので、あとはモモンガさんに確認してもらうだけ。…あ、先にプレイしてませんからね。」

「信じてますよ。パインさん」

 

 

 終わりの時が迫る。

 あと20秒…。

 

 

 「もっと、一緒に遊びましょう」

 「はい、約束です」

 明日は4時起きだ。サーバー停止の午前0時を迎えたら、すぐに眠らなきゃいけない。

 俺たちは黙って、視界の端に映る時計を数えた。

 

 10、9、8、7…

 

 モモンガは目を閉じる。

 

 …5、4、3、2、1―――

 

 

 

 

 ……

 ………

 ………………

 

 

 

 00:00:06

 

 

 まだ時計は動いていた。

 ぐらりと軽く上半身が揺れるが、踏みとどまる。

「(これが“異世界へ転移する”瞬間なんだ…)」

 ちょっと気持ち悪いが、これからを考えれば苦痛にならない。

 

 だって、新しい日々が待ってるんだから!

 さよらな、社畜!

 こんにちは自然、ナザリック地下大墳墓、オーバーロード!!

 そして我らがギルド、アインズ・ウール・ゴウン!!!

 

「モモンガさ………んん?」

 女が立っている右側には、玉座があった。そこには心から尊敬できる、ギルドマスターが座っていた。

 そのはずだった。

 誰もいない。

 

「……モモンガさん?」

 

 男はいなかった。

 代わりに空っぽの玉座だけが残った。

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんたち。
モモンガさん休暇中。


 コンコン、と誰かにノックされた気がした。

 

 目を開ける、肌を風が撫ぜている。

「…ここは?」

 モモンガはオーバーロードの姿のままだった。

 青臭く、暗い森の中、ちょうどモモンガがいる場所だけ木がなく開けているため、何にも妨げられず月光が満ちている。その灯りでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝いていた。

 相変わらず風は吹いている。その度にバサバサと、ローブの裾がうるさい。

「青臭い?……匂いを感じてる!!?」

 ありえない!!

 電脳法によって、仮想現実では、嗅覚と味覚は完全に削除されている。触覚もある程度制限されているが、これらは現実と混同しないためだと言われている。

 なのに、今モモンガは“木々や草の青い匂いを嗅ぎ”、風が肌を撫ぜる感触を確かに感じていた。

 わめきたくなった瞬間、ふっと意識が落ち着くのを感じた。

 

 なんだこれ、一体何が起こっているのだろうか?大体、自分はナザリック地下大墳墓の玉座にて、パインと一緒にサービス終了時間を待っていたはずだが、なぜこんなところにいるのだろうか?

「……パインさーん」

 呼んでみるが返事がない。辺りには森と生い茂る草、あと自分が座っている岩しかなかった。どうして彼女は近くにいないのだろうか。

 視界には何も表示されていない。コンソールも、現在時刻を表す時計も存在していない。何故だ?

「Ⅱに移行したのではないのか?…GMコールもできない」

 コンソールを動かせないので、ゲームマスターに連絡できない。

 口に手を当てて、這い上がる感覚に眩暈がした。

「ありえない…なんだよ、コレ。一体何が…」

 そこで再び気づく。口が動いているのだ。唇がないので、正しくは顎が動いている。

 モモンガは、しっかりと歯に手を当てて、顎を動かした。

 ガチガチ…

 思った通りに動く。ゲームでは、これも再現が不可能だった表現だ。でなければ、感情アイコンなんて開発側は用意しない。

 モモンガは上半身、骨しかない体を見る。

 声は出た。口や喉、肺もないのにどうやって自分は声を出せているのか。まったく訳がわからない。

 

 …いや、分からないからこそ冷静になるんだ。

 ―焦りは失敗の種であり、冷静な論理的思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよ、モモンガさん。

 かつて、ギルドの諸葛孔明と呼ばれた男、ぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 再び、感情の波が収まる。さっきといい、どうにも抑圧されているようだ。これは一体なんなのだろう。

 頭を振る。今はそんなことを考えている場合ではないだろう、と自分に言い聞かせて。

 製作会社と連絡が取れなくても、一緒にいたパインには連絡できるかもしれない。魔法がちゃんと発動するかわからないが、試してみよう。

体の中に意識を向けると、杖から力を感じた。まるで自分を使えと主張しているようだ。

「(そういえば、ギルド武器持って来ちゃったよ。これやばいよな…、なんとかして守らなくちゃ)」

 ギルド武器が破壊されれば、ギルドは失われてしまう。このアイテムだけは、どんなことがあっても死守しなければならない。杖を握る手に力を込めた。

 

「「「オオオオオオオオオオオッ!!!!」」」

 

 突然獣の雄たけびが、大地に響いた。

 幾十にも重なったこえから、相手は複数いる。モモンガはすぐに自らに完全不可知化の魔法をかけ、近くの茂みの中に隠れた。これで、相手はあの岩から突然自分が消えたように見えるはずだ。看破されない限り、ワープを使ったと勘違いしてくれるだろう。続けて≪飛行(フライ)≫、≪魔法詠唱者の祝福(ブレス・オブ・マジック・キャスター)≫、≪上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)≫など、いくつもの魔法で自身を強化していく。相手は自分より強者だと仮定して、念入りに行った。

 ユグドラシルではレベル100が、ここではレベル1,000や10,000が当たり前かもしれないのだ。

 慎重に行動しなくてはならない。モモンガは息を潜めた。…ちょうど背中側から、人の悲鳴が聞こえてくる。それから物がぶつかり、壊れていく音もしている。…どこかが襲われているのか?

 どうしよう。戦力の見極めはするつもりだったが、早すぎる。心の準備なんてできていない。何より、今自らを強化・隠蔽した魔法だって発動はしたが、相手に効果があるのか全くわからないのだ。

 一度離れるべきだろうか?

 考える間もなく、≪敵感知(センス・エネミー)≫に引っかかる対象が、モモンガの前方から迫っていた。スピードは速くない、敵とは直線状にいる訳ではない。レベルが自分より10以上低ければ、十分に戦える相手かもしれない。

「(しかし、やはり魔法が効かなければ、敗北はあり得る。…クソッ!)」

 モモンガは杖から「月光の狼(ムーン・ウルフ)」を5匹召喚し、大きく迂回させてから接敵を命じた。銀色の狼たちは召喚者の命令通りに、まず自分から離れるように走り出した。

 ムーン・ウルフたちと主従としての、意識的な繋がりを明確に感じる。モモンガは、ユグドラシルと違い―召喚したモンスターは敵に向かっていくものだが―まさか今のように命令ができるとは驚いた。

 ゲームでは、ただ非常に足が速いだけの奇襲要因である。レベル20なので大して強くはない、モモンガからすれば弱すぎた。それでも、ウルフたちが倒されれば逃げるつもりでいた。

「(すぐに会敵するだろう。果たしてどちらが勝つかな)」

 背後で絶え間なく人々が「助けてくれ」「逃げろ」と叫び続けている。家か、森が燃えているのか炎の音までしてきた。辺りが焦げ臭くなっていく。

 もしかしたら、囲まれて逃げ場がない可能性もあるのに、そんな風にうるさくされたら集中できないぞ。苛立って背後を振り返った。モモンガの方からでも赤い光が見えている。しかし誰と誰が戦っているか、よくわからなかった。

「助けて!助けて、お父さん!!」

 ああ、可哀そうに子どもが死んじゃうのか。まるで映画のワンシーンみたいだなあと、ぼんやり光の方を見ていた。

 

 緊張を緩めたつもりはなかったのに、モモンガは周りが変化してから気がついた。

 ―森が切られている。木々は倒れるそぶりを見せなかったが、それらは“切断”されていた。ゆっくりと時間が動き出し、数秒の間をもってやっと木が倒れ始める。何十本も、同時にだ。

 こんな異常を起こせる何かがいる。感情は爆発し、そして瞬時に収まった。慌てず思考ができるのは、本当に有難い。…ちょっと不気味だけど。

 

 これだけの荒業を成せるのは、ユグドラシルではワールドのクラスに付いたプレイヤーだけだ。彼らはモモンガが自身にかけた隠蔽魔法を見破る術を持っている。手持ちには隠れるための課金アイテムがないので、ここから無事逃げ出すこともできない。

「……このまま身を低くしても、意味ないな」

 彼は覚悟を決めて、立ち上がった。盾役として長く愛用している「死の騎士(デス・ナイト)」を4体召喚し、前方と後方、左右に配置する。

「(これなら、攻撃されても一瞬は耐えられるだろう。…その一瞬に殺されるかもしれないけど)」

 モモンガは周りを見る。子どもの声が聞こえた場所の近くはすべて倒れているが、ムーン・ウルフを送った方角は切れていない木がある。つまり、中心地はあちらなのだろう。

「(なるほど…人の村がビーストマンに襲われていたのか。あの立っている奴がやったのかな)」

 約100m先で家屋がいくつも燃え、それが巨大な灯りとなり真昼のように周りを見回せた。防壁代わりの柵は壊され、大小様々な影が大地に伏せている。人間が多いのは、ここが人間の村だったからだろう。

 たった1人、炎に照らされ剣を持つ戦士が立っている。体格は男性的だ。背が高く、フルプレートを装い、肩から足元に届きそうな長いマントがたなびいている。剣と盾をそれぞれの手に装備していた。彼の周りには、人ではなくビーストマン―狼によく似ている―が5~6体倒れていた。体長2mもありそうな筋肉質の体が“両断”されている。腹や頭から中身が出ているのが、少々汚い。

「(汚い?あんなグロい物を見ていれば、俺なら叫んで逃げ出すのに)」

 感情の抑圧だけじゃなく、心も変わってしまったのだろうか?

 ここがどこなのか、俺はどうなってしまったのか、考えるのはすべて後回しだ。今は生き伸びなきゃいけない。

「……お、おお…お父さーん!!」

 子どもが戦士の足元から、飛び出した。どうやらあの子をビーストマンから助けたらしい。まだ燃えていない家屋から男性が現れた。子どもは父親に抱き着き、父親は子どもを抱き上げた。感動の再開シーンである。あの騎士は命の恩人なのだが、親子はそのまま家の中に入ってしまう。

「(いやいや、そこは泣いてお礼いうところだろ!なんで黙って行っちゃうかな…いるよな~お礼言わない人)」

 顔が見えないので今戦士がどんな顔をしているのかわからない。なんとなく、背中から哀愁を漂わせている気がしたので、心の中で合掌した。

 その時、接敵を命じたムーン・ウルフが帰ってきた。5匹全員無事だ。体力が20%近く削れているものがいれば、無傷もいる。どうやらレベル20数体で勝てる相手だったらしい。なんだ、弱くて助かった。

 現状センス・エネミーに引っかかる相手はいない。残る懸念はあの戦士だけだ。

「人助けするぐらいだし、対話して、こちらに敵意がなければ見逃してくれないかな」

 交換条件としてアイテムやお金を求められるかもしれないが、ある程度はいいだろう。 念のためスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはアイテムボックスにしまい、敵の目に入らないようにする。これでいいだろう。

 

「モモンガさん?」

「はい」

 名前を呼ばれて、つい応えてしまった。一体誰が呼んだのかと、顔を向ける。

「お久しぶりです、たっち・みーです」

「……お久しぶりです」

 驚いた。

 目の前にいる虫系の異形種は、間違いなくアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、たっち・みーだった。かつてモモンガを助け、生涯の宝となる仲間たちに出会わせてくれた恩人である。彼はゲームを引退したはず、それなのにゲームのアバターの姿のままモモンガの目の前にいた。

 ここは仮想現実のままなのだろうか?匂いや口が動くので、てっきり現実になってしまったと考えていたが、違うのか?

「…ああ、よかった。本当にモモンガさんだ。デスナイトが急に出現したので警戒しましたが、懐かしい声が聞こえたので、そうじゃないかと思ったんです!」

 嬉しそうに声を弾ませている。表情は動かず、口を開いてないが言葉を話せていた。

 完全不可知化を自分にかけていたはずだが、ワールドの称号を持つ戦士職のたっちならば見破れる。看破のスキルを使用し、確率で相手の居場所を探し出せるのだ。

「えっと、もしかしてあちらにいたのって…」

「あちら?ああ、そうです。さっきまで村の方にいました。」

 子どもを助けた戦士と同じ装備をしている。つまりあの摩訶不思議な出来事をおこしたのは、たっちさんだった。それなら納得できる。

「そうですか。俺はたっちさんだと気づきませんでした。ちょっと混乱していまして…」

「私もです。スキルで周辺に敵がいないことはわかっているんですが、ここから離れませんか?落ち着いて話がしたいです」

 頭を上下に振った。

「俺もです」

「では、あそこ。あの崖の上に行きませんか?上からなら見渡しもいいですし、木々が生い茂っているので見つかりにくいかと」

「では、そうしましょう」

 

 念じると、召喚モンスターたちは消えた。そして、全体に≪飛行(フライ)≫と不可視の魔法をかけ飛び上がる。

 

 

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんとたっちさん。

 まるで円錐のような山に、俺たちは降り立った。地面からほぼ直角に繋がっている斜面は、表面がつるつるしていてほとんど凹凸がない。途中にはネズミ返しのような出っ張った部分もある。それらは侵入者を妨げ、また選別してくれるだろう。そして山の頂上付近には、二人が入っても余裕がある広さの洞窟を見つけ、そこで休むことにした。≪センス・エネミー≫に反応はない。奥行きは約5mしかないが、狭い部屋には慣れているので、むしろ落ち着く。

 

「灯りを付けなければ、誰かに見つかることはなさそうですね」

「そうですね。一応、隠蔽魔法をかけておきますけど」

「お願いします。でも私もスキルで索敵をしますので、できるだけ魔力を温存してくれますか」

「わかりました」

 モモンガは最低限の魔法を発動させる。

 たっちもスキルを発動させていた。ゲーム時代の名残で、二人ともスキル・魔法名を声に出している。仲間との連携において「誰が何をしたか」を把握する必要がある。技名を声に出すのも、そういう理由があるからだ。

 まるで昔に戻ったようだ。胸が温かくなる。俺たちは洞窟の入り口近くから外が見えるようにしつつ、対面する位置に座った。

「敵の対策はこんなものですね。…灯りがなくて不便かと思いましたが、私は種族の基本能力に“闇視(ダークヴィジョン)”があるので夜でもよく見えます。モモンガさんも取得していましたよね?」

「そうですよ。さっきまでいた森がよく見えますね。あの襲われた村も…」

 

 

 上から村周辺を見ているからわかる。

 自分たちがいる山が村をぐるっと囲み、天然の要塞と化している。山と村の間には森が生い茂っていた。(たっちが切った周辺のみ、木々が倒れているが)

 約30軒あった家屋は、6割が崩壊するか燃えていた。無事な家には、襲撃から生き残った人間が負傷者を運び入れている。

 生々しい光景だった。

「…これは、すべて現実ですよね」

 頭から漏れ出した呟きだったが、たっちさんは同意してくれた。

「信じられませんが、認めるしかありません。私たちはユグドラシルで作ったアバターの姿で、異世界にいる。森の青臭さ、この洞窟の湿った匂い…リアルでなら感動するところですが、このような状況になっては恐ろしいです」

「それにゲーム時代に取得したスキル及び魔法、種族・職業の基本的な能力も自然に使えている。この体が、まるで元から自分のものだったように馴染んでいます」

「不思議ですね。スキルの範囲・効果の調整が感覚でわかるというのは…。そういえば、モモンガさんはデスナイトと…ムーン・ウルフでしたか?召喚されていましたね。どんな感じで操っていたのですか?」

「えーとですね。まず、どちらもユグドラシルと同じエフェクトで出現しました。そして主従…のような繋がりを感じて、それを手繰り寄せて命令します。ムーン・ウルフに“大きく迂回してから接敵しろ”と命じたところ、その通りに動きました」

「敵に遭遇したんですか!モモンガさんケガは…」

 身を乗り出し、アンデッドの体に異変はないか確かめようとする。

 慌てて骨の手を激しく左右に降った。

「ありません。私は大丈夫です。レベル20のムーン・ウルフ5体で戦闘しまして、多少体力は削られましたが余裕で3体の敵を倒せました」

「そうですか……無事でよかったです」

じっとこちらを伺う視線は、本人が納得したことで外された。元の場所に座り直し、「そういえば…」と話を続ける。

「…召喚したモンスターは、ゲーム時代より自由度が上がっていますね」

「はい。AIを組み込めば、先ほどのような簡単な命令なら実行できるでしょう。だけど、ムーン・ウルフにはそんなAIを組んだとメンバーからは聞いてないし…」

「ここが現実だから、できたことでしょうか」

「そうだと思います。まだまだ不確定な案件ですけどね」

 

 

 再び視線を村に戻す。

 20人ほどの男たちが鍬や鎌を持ち、村を警備していた。さらに観察を続けて、彼らの生活レベルに驚く。まるで映画で見た中世ヨーロッパ風の生活だ。井戸から水を汲み上げ薪を集めて火をおこし、湯を沸かしている。なんて手間がかかるのだろう。

「自然がほぼ崩壊してしまったリアルでは、まずお目にかかれない光景ですね」

「ですねー。映像に残っていれば、見ることはできるでしょうけど。あれって俺たちもできるでしょうか?」

「練習すればやれそうですよね。やってみたい気もしますが、少々面倒臭いというか」

「たしかに、灯りなら≪永続光(コンティニュアル・ライト)≫が収められているランタンを使えばいいだけですし、飲み物なら永遠に水が出せるピッチャーがある…」

 村の外れに穴があけられ、死人が運び込まれている。体が繋がったものより、バラバラになった死体の方が多かった。…それにしても、家の数に対して村人の総数が少ない気がするな。

「まだ燃えている家も多いですから、死体を運び出すのは難しいでしょうね」

「…モモンガさん、少しよろしいでしょうか」

「はい、何ですか?」

「あの村を襲っていたのは狼に似たビーストマンです。あいつらは人間を食べていました」

 カン、と手の平に握った手を当てた。

「なるほど。だから村人の数が不自然に、少なかったんですね」

「―そうです。そして…私は最初、彼らを助けようとは思いませんでした」

 たっちさんはまっすぐ俺を見据えている。俺も彼の顔をまっすぐ見る。

「戦闘を恐れていたわけではないんです。村人も、彼らを襲うビーストマンたちも強く見えませんでした。むしろ余裕で勝てるだろうと感じました。」

視線が村に移る。まだ埋葬は済んでおらず、大人も子どもも穴を掘り続けている。

「…何も感じなかったんです。いえ、可哀そうだと思いました。―それだけです。私がビーストマンを倒したのは、子どもが襲われていたからだ。我が子を思えば、見過ごすことはできなかった」

 話すにつれてどんどん感情がなくなり、言葉遣いが素に戻っていく。彼は拳を握り震えていた。

 男の言いたいことは、身に覚えがあった。人が襲われていても、焦りも憤怒も悲しみすら浮かんでこない。今も、彼らに対して憐憫を感じない。

 間をあけて、モモンガは話し出す。

「…俺だって同じですよ。人が襲われていても、助けようとは思いませんでした。むしろ敵がこちらに来ないことを願うばかりで…襲われていた子に対しても同じです。まるで虫同士の殺し合いというか、テレビで弱肉強食を眺めている感覚でした。映画のワンシーンだと、感心すらしていました」

たっちさんと目が合う。

「…私たちは、人間を同族ではないと判断しているのでしょうか?」

昆虫特有の眼には何体もスケルトンが移っている。…俺だ。人間ではないが、俺がそこにいる。

「…そうかもしれません。でも、人間でなくなったわけではありませんよ」

 ぎゅっと胸元のローブを掴む。肉体がなくなり、心臓も脳もないはずなのにモモンガは苦しかった。

「アンデッドは疲労無効なのに俺は疲れています。あのまま森にいるより、こうやってたっちさんと話している方が落ち着くし、楽だと感じている」

「私たちが元人間だったから…その感覚が残っているのではないでしょうか」

「元って…死んだわけではありませんよ」

「それは少なくとも、私に当てはまりません」

 一瞬何を言われたのか分からず、たっちをぼけっと眺めてしまった。

 彼は“人間に対する精神的な変化”を吐露するより、おかしなほど平凡な声で告白する。

 

 

「私は死んでいます」

 

 

「………は?」

「ちなみにウルベルトさんも亡くなっています。私の意識がはっきりしている内に死亡を確認したので、間違いありません」

 モモンガは眩暈に襲われた。

 

 仮想現実の現実化、そして異世界にきてしまったこと。

 自らの体がゲーム時代のアバターに変わったこと。

 さっきまで傍にいたパインは消えており、数年会っていなかったたっち・みーに会えたこと。

 身体と精神の劇的な変化。

 そして本人から聞かされる、たっちとウルベルトの訃報。

 

 一度に不可思議なことがおきすぎて、頭がパンクした。プシューと間抜けな音が脳内から発された気がする。そして精神の波が平らに戻される。便利だと思うが、ちょっとうっとうしくなってきた。

「モモンガさんはどうしてここに…?」

「俺は、死んだわけじゃないんです。ユグドラシルの最終日、パインさんと強制ログアウトを待っていたら、ここにいました」

「ユグドラシル最終日?それって八ヶ月後ですよね?」

「……………ちょうど日付が変わったので昨日のことですよ」

「えっ」

 

 難問が積み上がり山となる。

 俺たちはこれ以上、山を作らないために近状を話し合った。

 

 

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

モモンガさんとたっちさん。2

 一通り情報交換が終わったのは、ちょうど日が昇る頃だった。

 

 朝だ――。そう認識したとき、自然と体が洞窟の入口へ向かった。

夜空がだんだんと薄い青へ変化していく様に、目を奪われる。色が、鮮やかさが、瞬くまに表情を変えるのである。月夜に照らされて輝いた草花さえも、変わっていく。

やがて地上を青白く照らしていた星はゆっくりと姿を消し、地平線の彼方に輝くのはたった一つ。

「(太陽…なのか?)」

 映像や写真でしか見たことがない燃える星が、その顔を出した。

 その途端、一瞬強烈な光が世界を真っ白にした。思わず顔の前に手を掲げてしまう。閃光はすぐにおさまった。たっちは再び世界を見るべく、手を下ろす。

 

朝日が照らす場所は、新たに生まれた生命の輝きのごとく、きらきらと輝いていた。

 そして朝日に照らされた自分も、力が沸いてくる気がする。

 

私は世界の、黎明期を見ていた―のか?

 

 夜とはまったく違う、朝。

 目から脳へ、そして記憶に、心にこの光景が焼き付いていく。

 これほどの感動を味わったのは、あの子が生まれた日以来だと、思う。

 たった一瞬で、自分を取り巻くすべてが変わった。

「(……2人にも、見せてやりたい)」

 家族の笑顔が浮かび温かくなるも、眼下に広がる森がたっちの心臓を締める。胸が苦しくなった。

「たっちさん?」

 こちらの様子を気遣う―今はオーバーロード姿の―青年に声をかえられた。

 たっちは握った手から力を抜く。

「モモンガさん、朝はこんなにも、力強いものなのですね」

 相手は少し黙った後、同じように朝日を眺める。

「本当に、そうですね。…ブルー・プラネットさんとパインさんにも、見せてあげたかった」

 彼の惜しむ姿が、自分と重なる。さらに胸が苦しくなった。

「……皆さんと、見たいですね。ここで、この鮮やかな草の香りを吸い込んで、朝日照らされる世界を、一緒に眺めたい」

 

 日はさらに上る。すべてを照らそうとしている。眩しすぎる光に目を細めた。瞼の裏で、ギルドメンバーの姿が浮かぶ。そして、1人の男が残った。

 

「この世界に来たのは、俺たちだけなんでしょうか…」

 青年が沈んだ声を発する。騎士は頭を振った。

「わかりません。だから、モモンガさん。探しに行きましょう。それを確かめましょう!」

 

 大空を鳥が飛んでいく。

 

「ギルドメンバーをですか?こちらに来ているのか、わかりませんよ」

「そうですね。けれど、私たちと同じように来ているかもしれない。特に、パイン・ツリーさんはあなたと一緒に、最終日の強制ログアウトを待っていたのでしょう?それなら、他のユグドラシルプレイヤーを含めて、この世界にいてもおかしくはありません。なによりも、私は会いに行きたい。ウルベルトさんに、会いたいんです!顔を見て、問い詰めたい!なぜ、事件の場所にいたのか!あそこで何をしていたのか!そして…お前がやったのか、と」

 モモンガは胸が詰まる思いだった。

 

それは、たっちが先ほど教えてくれた事件。彼と悪魔が死ぬ直接の原因になったもの。

 たっち・みーが警護担当した場所で、テロリストを思わせる姿をしたウルベルト・アレイン・オードルが侵入。直後、彼らのすぐ傍で爆発が起きて、両者は死亡した。

 

 騎士は「誰が仕掛けたのか、なぜ爆発物が起動したのかわからない」と言った。

「…それを、聞いてどうするんですか?」

「犯人ならば、逮捕します」

「逮捕!?」

「罪を犯したんですから、償ってもらいます」

 

 鳥は翼を広げて、その小さな体で高く高く飛んでいく。

 

太陽が地平線を上りきると、村人たちが荷車を引いて動き出した。

 それを見たたっちが頷く。

「そうですね…人々のために働いてもらいましょう。大勢に迷惑をかけたんだから、今度は人の役立ってもらう!」

 ぐっと拳を握る。そして、勢いよくモモンガを振り返った。

「モモンガさん一緒に行きませんか!ギルドメンバーを探して、それから転移した原因を探しにいきましょう!ギルドでも随一の魔法の知識を持つあなたがいてくれれば、非常に心強い。ゲームを数年離れていたので、戦闘は若干心配ですが…盾役としては申し分ないでしょう」

 

 ワールドチャンピオンの称号は飾りではない。今、あの鎧はナザリック地下大墳墓の霊廟に保管されている。装備が少々不安だが、それらが無くとも、彼のステータスは超一級プレイヤーのものだ。装備に左右されるものの、レベル80台の敵には負けないだろう。しかも、スキルと魔法は十分使える。たっち・みーはブランクがあっても、充分頼りになるプレイヤーだ。

 なにより、仲間なのだ。

 たっちから“ギルドメンバーを探しに行こう”と言ってもらえて嬉しかった。彼の方から誘ってもらえて、安心した。彼はアインズ・ウール・ゴウンを忘れていなかったのだ!

 

「もちろんです!一緒に探しに行きましょう。みんなを探すとなると、2人では効率が悪いので、まずはナザリック地下大墳墓を発見しましょう。こっちに転移しているのかは、わかりません。見つかったとしても、NPCたちが命令を聞くのか、外に行動できるかわかりませんが…彼らに動いてもらえれば、今よりもずっとギルメンを見つけやすくなります!」

「拠点があった方が行動しやすいですからね。それに、他の人もギルドを探している可能性があります。それでいきましょう」

「では、次にナザリック地下大墳墓をどうやって見つけるかですが…」

「私にいい考えがあります」

たっちは、村人を指さした。モモンガは顎に手を当てる。

「村人に聞くんですか?」

「それもいいと思います。あと、彼らについて行きます。村を襲われた彼らは、おそらく国に身柄の保護を求めるでしょう。役所は、ここより人が多い場所にある可能性がある。つまり、街に行くはずです。そこで情報を集めます」

 人が多ければ、情報も収集しやすい。

 まず、この世界について学ぶ。平均レベル、魔法、スキル、言葉、文字、生活レベル、ユグドラシルについて、プレイヤーとナザリック地下大墳墓の情報を求めて。

「なるほど。でも、それなら彼らが行く方向へ魔法で飛んでいけば、すぐに街へ着くんじゃないですか?」

「街に入る前に、魔法やスキルが人間相手に効くのか確かめたいんです。…自分たちの身が安全な内にね」

 眼下にいる人間たちは、確実に私たちより弱い。隠蔽系魔法が効かなくても、姿を見られる前に逃げ出せる自信があった。

「私は、あいつを見つけるまで死ぬつもりはありません。見つけ出して、包み隠さず話してもらう」

「…私は、パインさんと約束しました。また、遊びましょうって…仲間との約束は破れません」

 たっちは頬を緩めた。モモンガはユグドラシル時代でも、今も仲間想いな男だ。

 たっちの緩んだ空気を感じ取り、モモンガも笑う。ガパッと口が大きく開いて―普通の人間なら大声をあげて逃げ出す程怖いが―楽しそうに。

 騎士は少々驚いたが、モモンガが笑ったのだと理解して、口角を上げた。

「行きましょう、モモンガさん。私はスキルを使って気配と音を消します。探知阻害などの魔法はお任せします」

「任せてください。俺もたっちさんの後ろにいますから、何かあればサポートします。あと、音を消すと話せなくなるので、常に《伝言(メッセージ)》を発動させておきますね」

「お願いします。私も《伝言(メッセージ)》が使用できるようにしておきますね」

 アイテムボックスから、赤い球がついたネックレスを取り出し、首にかける。これは《伝言(メッセージ)》の魔法が込められたアイテムで、使用制限なく発動できるものだ。

「…もう少し装備を整えてから行きますか?」

 村人の列は、まだまだ長い。簡単に見直す時間はあるだろう。

「モモンガさんを待たせてしまいますが、少し時間をもらってもいいですか?」

「問題ありませんよ。俺も見直しますから。これから長くなるかもしれません。準備は万全に整えてから行きましょう」

 

 

 

【つづく】

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王たちの旅路

天気は晴れ。青空に伸びる雲が太陽に反射してより白く映る。その中をモモンガとたっちは飛んでいた。眼下には村人たちが歩いている。

草木を刈り地面をむき出しにしただけの道いっぱいに列を作り、彼らは数日間歩き続けた。目的地は領主がいる街で、今日中に到着予定だ。

村人たちの顔には疲労が滲み出ており哀愁漂う。自分たちのように飛べたら楽だろうになあ、とその様子をぼんやりと眺めていた。

その和やかな空気が終わる。

「モモンガさん、反応多数、右側です」

隣を飛ぶたっちの方へ顔を向ける。

「行きましょうか。降りたらすぐに渡しますね」

「よろしくお願いします」

二体の異形種は右手の森の中へと降り立った。まず装備品をいくつか外して枠を空ける。モモンガはアイテムボックスから奴隷が付けていそうな太い鉄製の首輪と、その首輪と鎖で繋がった腕輪を二セット取り出して、たっちと分ける。一つ装備するごとにデバフがかかり体が重くなる。これは、これから戦う者へのーレベル差がありすぎてまったく意味がないけれど一応ーハンデである。

「では始めます」

「よろしくお願いします」

たっちが前衛、モモンガが後衛の位置につく。モモンガの魔法で防音など村人たちに気づかれないように周囲を隠し、見た目は静かな森のままにした。念のため盗み見る奴ら用にカウンターも用意して準備完了だ。たっちが挑発スキルを発動させる。

そして二人はじっと待つ。

やがて森を駆け抜ける足音が聞こえてきた。茂みからゴブリンたちが勢いよくたっちに襲いかかった。

一閃。

剣を抜く瞬間すら見えず、まったくバラバラの位置にある首を切る。二つになった肉塊が地面に若干跳ねて転がった。

その様子を見ても後続のゴブリンたちは止まらない。まるで操られているかのようにたっちに突撃する。今度は高速で動き一匹ずつ盾で攻撃を受け、生じた隙にモモンガが杖を振ってマジック・アローを発射した。ゴブリンたちの頭にヒットして爆ぜる。計十三体のゴブリンの死体ができあがった。

再び静寂が訪れて、たっちが頷く。

「うん、以上ですね」

「相変わらず、目にも留まらぬ速さでしたね。たっちさん」

「はは、ありがとうございます。これお返ししますね」

剣に血がついていない事を確認してから鞘に収める。借りた腕輪と首輪を外してモモンガに返した。戦闘のたびに使うなら持ち歩けばいいのだが、たっちのアイテムボックスが満杯なのでこうしてモモンガのアイテムボックスに入れているのだ。

装備を戻しつつ二人は話す。

「今回もあっさり済んじゃいましたね。この数のゴブリンなら村人たちに任せても良かったかもしれません」

たっちは首を振る。

「いいえ、みんな疲れてますから今までのように戦えなかったと思いますよ。疲労したまま戦闘すれば死者が出てしまいます」

たっちは正義感から行動するが、モモンガは違った。暇だったし、何よりも友人のために戦った。

「でしたら、俺たちが出てよかったですね」

「ええ、行こうとすぐに言ってくださって嬉しかったですよ。モモンガさん」

「時間が空いていましたからね」

どっと笑いがおこる。装備を整えた二人は、また〈不可視化〉と〈飛行〉をかけて村人たちの上へ飛んだ。戦闘前と同じように並んで彼らを見守る。

 

 

 

やがて、空が闇の衣を纏い始めた頃。村人たちはようやく大きな街にたどり着いた。

正方形に街を囲む城壁は堅牢だが、道路は整備が済んでおらず地面がむき出しである。村人たちは三メートルほどの門の前で兵士らしき人物と何か話していた。やがて門が開かれて彼らは内側へと入っていく。どうやら今晩は屋根のある場所に泊まれそうだった。

「よかった。それにしても、魔法がある世界でもあまり発展していないんですね」

「そうみたいですね。ゲームの街のように石畳が敷かれていることが普通だと思っていました。ところで、あれは何でしょうか?」

ローブを着て直径百七十センチぐらいの杖を持った集団が透明な板を出現させ、その上に兵士が荷物を乗せていく。

モモンガはその様子を凝視した。

「……見たことがありません。この世界特有の魔法でしょうか」

「モモンガさんが知らないならユグドラシルの魔法ではありませんね」

「いえいえ、そんな言い過ぎですよ。俺なんてまだまだ把握しきれていませんから!」

おしゃべりしながらも視線は下へ向いている。二人とも暗視のパッシブスキルを持っているので暗闇でも人々がよく見えた。透明な板は荷物を乗せて、術者の後ろに追従する。持ち運ばれる以外に使われていない。

「もしかして、荷運びするだけ?」

「それだけなら、ユグドラシル基準だと第一位階の魔法に該当しますね。うーん、もっと強い魔法を見せてもらえたら、この世界のマジック・キャスターのレベルがわかるんですが」

「低レベルのモンスターしか出現しないなら強者は存在しないでしょうけれど、油断は禁物。街に入るのももう少し様子を見てからにしましょうか」

「そうしますか。では今日は、あの山の頂上なんてどうでしょうか。街から近すぎず見晴らしがいいので遠視で街の様子を確認できますし」

「いいですね、行きましょうか」

二体は目的地へ加速した。十分がたった頃、突然たっちがモモンガの前に出た。

「モモンガさん、何か来ます」

「……補助入ります」

モモンガはすぐに何十種類ものバフを二人分発動し、念のためマジックアローを仕掛けておく。たっちは舌を巻いた。現役時代と変わらない状況判断力と理解力を頼もしく思い、自分も負けてられないと、スキルを上乗せしていく。

何かはギリギリたっちの目で追える速さで空を飛んでいた。あの姿はバードマンか?

それは突然、五十メートル先でピタリと止まった。慣性の法則をまるで無視した動きはまさしく魔法によるものだろう。

その物体の姿がはっきりと目に映り、驚愕した。

「二人とも、どうして臨戦態勢なんですか?」

「ペロロンチーノさん!」

「待ってください!」

すぐに近寄ろうとしたモモンガを騎士が止める。男はじっとバードマンを見つめて「いくつか質問させてください」と言った。

「私と彼の名前はわかりますか?」

「ええ、どういう状況なんですかこれ?答えますけど……たっちさんとモモンガさん」

手のひらを向けてそれぞれを示す。たっちは頷き、質問を続けた。この時にはモモンガにも状況を理解しており、あのペロロンチーノが本物であることを願っていた。偽物ならば殺す。仲間のイタズラならば笑って許す。

「では次に、私の一番仲が悪かったと言われるメンバーは?」

「ウルベルトさんでしょ。よく喧嘩してたし」

「正解です。では……私が創ったNPCについて答えてください」

「まだ続けるんですか?たっちさんのは、執事のセバスでしょ」

これは決まりだろう。第九と第十階層は誰にも攻め込まれていないため、セバスの姿を見たプレイヤーはギルメン以外にはいない。

しかし、たっちは用心深く質問した。

「最後です。アインズ・ウール・ゴウンで最もNPCを創ったメンバーを、言ってください」

「パインさんでしょ。ガチャでNPC作成アイテムを引き当てたとはいえ、十一も筋肉ばっかり創ったときはちょっと引きました」

「……たしかに、ちょっと多すぎるかもしれませんね」

無い肺から息を大きく吐き出して、吸い込む。今度は三人が飛び、ちょうど中間で落ち合う。

「お久しぶりです、すみません。変な質問して」

「お久しぶりです、たっちさん。本当ですよ、どうしたんですか?俺の偽物にでも会いましたか?」

「いえ会ってはいないんですが、疑心暗鬼になっているというか、あはは……」

「ふーん、色々あったんですねえ。ところでここが何処だかわかりますか?なんでユグドラシルのアバターでこんな場所にいるんですかね?」

「……ペロロンチーノさん、もしかして今さっき起きられましたか?」

「そうですよ?」

たっちとモモンガは顔を見合わせる。それからもう一度ペロロンチーノに向き合う。

「俺たちのこと警戒しなかったんですか?」

「しましたよ。でも大丈夫だと思ったので……なんて説明すればいいのかな。敵意はないと感じたというか」

二人は首を縦に振った。魔法やスキルでそういった感覚はすでに掴んでいたからだ。

「わかります」

「あ、そうですか?よかったー」

バードマンは胸を撫で下ろした。

そしてモモンガたちは笑顔で再会を喜んだ。視界の端は赤く、頭の先はすっかり暗いが一番星が美しく煌めいていた。

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナザリック地下大墳墓側
ナザリックでは。


 プレイヤー名:パイン・ツリー。(女性)

 小説版、オーバーロードの世界に転生。

 小学校を卒業し、現在の会社に就職。

 ユグドラシルはサービス開始時からプレイしていた。異形種、スケルトンウォーリアーを軸に戦士系クラスを習得する。数年後、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の前身であるクラン(集団)【ナインズ・オウン・ゴール】に加入した。

 さらに数年後、ユグドラシルにて“魔法少女イベント”が開催された際に“魔法少女”を習得、種族とクラスを変更する。

 

 ナインズ・オウン・ゴールに加入し、前世の記憶が本物であると確信する。

 それからサービス終了時まで、金貨の貯蓄と課金、アイテム収集を趣味とし、ユグドラシルをプレイ。

 前世で見た、自然をもう一度見るため。

 小説で読んだ、彼らと会うため。

 モモンガともっと遊びつくすために、パイン・ツリーは最後まで残った。

 

 そして大事件は起こった。

 

 

 

「モモンガさんがいない!?」

 ハァアンッ!?私にとって【ナザリック地下大墳墓より。ナマで魔王生活を応援する異世界生活(カオスモード)】が始まるっていうのに、魔王様が消えたってどういうこと!??

 あのね、モモンガさんは後に魔王様じゃなくて“魔導王様”と呼ばれることになるよ。原作読んだのが数十年前でもこれは覚えてるよ、やったー!

 そして、異世界にギルド拠点ごと転移した直後、魔導王様は、ここにいる黒髪サラサラ長髪美女で悪魔のアルベドさんの胸をもっみもみするよ!ウェブ版では、メイドにパンツ見せるように命令するよ!!!紳士淑女みんなが気になるネタバレすると、パンツの色は白だよ!!

 白やったー!

 

「どうなさいましたか、パイン・ツリー様」

 アルベドって綺麗な声だよね。あの時見ていたアニメと同じ声…だと思う。この日のために、NPCたちと話していた(ゲーム時代なので、人形に話しかけている状態だった)けど、聞いたのは数十年前だから、自信ないです。

「白…じゃなくて、モモンガさんがいなくなってるの…」

「モモンガ様でしたら、先ほど姿を御隠しになられました」

「姿を隠した?」

 たしか、ナザリックのNPCの間で使われる隠語だよね?なんて意味だっけ?

「はい。まるで転移を行われたように、瞬時に御姿が見えなくなられたこと。加えて、ナザリック地下大墳墓から至高の御方々に共通されます至高の輝きを感じられませんので、おそらく“姿を御隠しになられた”のだと愚考致します」

 つまり、ログアウトか。異世界の転移に合わせてログアウトは、やばくない?

 本当にいなかったら、誰がナザリックを運営していくんですかね?私ですか?そんなバカな。

 モモンガさんに電話するように、脳内で話しかける。

「(…モモンガさーん!聞こえますか?モモンガさーん!!)」

 私から見えない糸が出て、意識の中を彷徨う。どんどん先に伸びていくが、相手が見つからない。

 これ≪伝言≫(メッセージ)は発動できているけど、相手が見つからなくて繋がってないな。

 ギルマスに連絡がつかないので、現在ナザリックを動かせるのは私だけ。

 嘘だろ…?

 “モモンガさん不在でナザリックと世界征服”という可能性に背が凍った。

 ありえない、ありえない、信じたくない。

 アインズ・ウール・ゴウンの中でも“馬鹿”な私だけで、ナザリックを守れるワケがない。

 なら、ここはどうなるの?敵に攻められたら、ここにいるNPCたちはどうなるの?守れなかったら?決まってる。

 みんな、死ぬ。

 

 私の、せいで?

 奈落の底に落ちそうになったとき、大声で叫ぶ“私”がいた。

 

 ふざけるな、まだ決まったわけじゃない!!モモンガさんがいてくれたら大丈夫だもの!

「(でも、今はモモンガさんいないよ。私ひとりだよ…)」

 今はそうかもしれないけど、見つかるかもしれないでしょう!ナザリックにいなくても、こっち(異世界)側に一緒に来ているかもしれないじゃん!探さなきゃダメじゃん!

「あ、そうか」

 

 その可能性を忘れていた。そうだよ、希望はまだあります!

 ならば行動しましょう!

 とりあえず、守護者全員に“異世界に来たこと”“警備レベル上げること”“モモンガさん探索”について話し合いたいから、集まってもらおう。

「アルベド、今から各階層の守護者を集めてくれる?6階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に集合させて欲しい。今から一時間後に来てね。アウラとマーレには私から伝えておくから、二人のことは気にしなくていいよ」

「かしこまりました、直ちに行動致します」

 恭しく膝をつく姿が、綺麗だ。私もこんな風に、魔導王様に跪拝したい。モモンガさんにとって、美しい所作の模範がデミウルゴスだった。

 ならば、私はアルベドを模範とし、恥ずかしくない自分になろう。

 パインは頷くと、次にセバスに命令した。

「セバスは、プレアデスの中から一人連れて……いや、取り消します」

 すでに、原作とは違う流れになっている。もしかしたら、セバスはナザリックの外で戦闘になるかもしれない。だったら、ユリたちじゃ戦力不足になる可能性もある。

 ―計画は用意周到であれば、確実に敵を殺せる。それはアインズ・ウール・ゴウンで学んだことだ。

 この世界のほとんどはレベルが低く、レベル30程度のザコが英雄級と人々に称された。

 もちろん例外はあり、ほとんど見かけないがレベル50以上もいる。そして、作中明確にはされていないが、レベル100と思われる強敵もいた。

 ナザリックで屈指の強さを誇るセバスでも、負ける可能性があることを考えると…ある程度強くて、レベル100同士の戦闘にも役立つ味方が必要か。…私の使い魔がちょうどいいかな。

「セバスはこの子たちと、地表部分を見てきてちょうだい」

 ぶっつけ本番、スキルはちゃんと使えるかな?

 

 私は、自らの内側に語りかけた――、

(出て来い)

 

≪使い魔召喚・上位≫

 スキルを唱える。体の中心に応える者がいた。

 それらは玉座の階段下、セバスたちがいる目の前に現れる。

 暗く淀み、心の底から恐怖を呼び起こそうとする真っ黒い沼。そこから這い上がったのは、一匹の巨大なカニだった。その胴体は、セバスの身長と同じくらいある。体は茹でられたように赤く、目は見たものの恐怖を呼び起こそうとする気配に満ちた黒だった。全身がとげとげしており、シオマネキと呼ばれる種類のように片方のハサミが異様にデカい。中肉中背の成人男性を一度に数人断ち切れそうな、凶悪な作りをしている。甲羅部分に一際目立つ、氷柱上の突起物が見えた。

 カニが完全に姿を現すと、沼は元からなかったかのように、消え失せたのだ。

 

 次に天上から物音がした。そして小さい何かが降ってくる。

 ―ネズミだ。炭のように黒い体、赤い月を連想させる目をしていた。体長10~15cmぐらいだろう、決して強くない―弱そうな―見た目をしているネズミは、カニの上に落ちようとしていた。このままでは、あの氷柱状の物で体を突き破られるだろう。しかし、そうはならなかった。ネズミは空中でくるりと体を回し、氷柱の上を“滑った”。まるで曲芸を見せられたようだ。普通ではありえない身のこなしをしながらも、その仕草はただのネズミだった。―強さを感じ取れない、妙な気味悪さが小さな生き物にはあった。

 

 そして空中に花弁が浮かび上がり、床に落ちず漂った。赤、ピンク、黄色、白、薄紫、だいだい…様々な花弁が密集し、膨らみ、弾けた。そこにいたのは、少女を模しただろう人形だった。髪は薄い桃色で、春を思わせる生命の喜びに満ちた輝く色だ。細かいフリルがあしらわれ、腹部に大きなリボンが飾られた膝丈のワンピースも桃色だ。髪を一つにまとめているリボンと、腹部の物は同じ赤い色をしている。膝下からは白いソックスを履いており、ショートブーツはプラチナの輝きを発している。それだけならば、ただの可愛らしい少女の恰好をさせた人形であった。この人形の皮膚…肌が見える顔などの部分がすべて、禍々しい闇だ。

 

 セバスはその人形の闇を目にすると、彼の創造主たっち・みーが去っていく瞬間がフラッシュバックした。固く目をつぶる。できることならば、あの日を思い出したくなかった。足元が崩れ落ちそうな危うい浮遊感が、セバスを襲う。

 他のNPCたちも同様に、困惑している。

 

 それに気づかず、パインは使い魔の召喚に成功し、軽い調子で言った。

「―うまくいった!セバス、この3体を連れて、ナザリックを中心とした半径1kmの地表部分を確認してきて欲しい。召喚した使い魔が消える前に戻って欲しいから…大体50分かな。そのぐらいで帰ってきて、私に直接報告すること。話ができる相手―知的生命体―と遭遇したら、できるだけ穏便に…ナザリックに連れてきてね。戦闘になった場合は、そこのネズミが隠密に長けてるから、そいつに情報を絶対に持ち帰らせて。あと、カニは防御が高く耐久性があるからタンク役になるよ。センパイ…女の子の人形は、回復と攻撃が得意よ。うまく連携してね」

「はっ、かしこまりました。しかし、パイン様自ら御創りいただいたしもべをお借りせずとも、ここにいるプレアデスたちでも任務をまっとうできるかと…」

 

 あー、やっぱりセバスたちNPCは、ギルドメンバーが召喚したNPCを自分たちより上に見ているのか。私としてはギルドメンバーが心を込めて創った、自分たちをもっと大事にして欲しい。

 そう考えながら喋ったため、気持ちが表面化した。

「プレアデスたちは、9階層で侵入者の警備についてほしい。それに、至高の存在が創ったシモベが尊いなら、このナザリックにおいて最も尊いシモベはセバスたちだと思うな。…お前たち、セバスがリーダーだ。従え」

 

 なんと、幸せな日だろうか。至高の御方から直接「尊い」と仰っていただけるなんて…。セバスは、視界が滲み、そっとハンカチを取り出した。隣から、押し殺せない嗚咽が聞こえてくる。アルベドは微笑みを絶やしていないが、翼がプルプルと震えていた。薄っすら頬も赤く染まっている気がする。

 皆の心が浮き上がる中、御方の声で目が覚めた。いつもより低く、威厳がある声で命令される。自分たちに下されたわけではないが、身を引き締める衝動に駆り立てられた。パイン様が御創りになられたシモベたちが、私に向かって姿勢を低くする。あの人形を見る。闇は身を潜め、ただ黒い肌がそこにはあった。力を抑えたのだろう。再び創造主との記憶が蘇ることはない。

「(これがパイン様の御力、そして御創りになられたシモベの実力…)」

 御方のシモベの能力に押された不甲斐ない我らを許し、気遣ってくれたのだ。なんと、お優しい御方だろう。至高の存在に感謝し、その恩に報いるため、より一層忠義に励むことを誓った。

 

 召喚した使い魔たちとの精神的なつながり…見えない絆を手繰り寄せる感じで、命令する。

 3体はそれぞれセバスの前に並び、姿勢を低くした。彼らにできる精一杯の敬意を表していることが、絆から伝わってくる。

「従うってさ。いいかな?」

「良いもなにも、我らは至高の御方の忠実なるシモベ。その御言葉に異議はございません。……出過ぎた真似をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。パイン様の御心遣い、心より感謝致します。その御恩に少しでも報いれるよう、このセバス、全身全霊をもって任務をまっとうさせていただきます!」

 目力すごい、やる気に満ち溢れてるよお!意気込みがすごく伝わってくる。その勢いに押されて、思わず後ろに引きかけた。

「あ、ありがとう」

 勢いあり過ぎて心配になる。でも水を差す真似はしたくないから、このまま進めちゃおうか。

「プレアデスたちはさっき言った通り、9階層で警備につくこと」

「かしこまりました、パイン様!」

 代表であるメガネ美人なユリ・アルファが返事をした。プレアデスたちもやる気に満ちている!

「では、行動開始!」

「「「承知致しました。我らが主よ!!!」」」

 

 深く頭をたれると、一斉に立ち上がり扉へと向かう。最後にアルベドが扉を閉めて、玉座の間が静まり返った。

 

 

 

 初回ながら、うまくNPCに指示できた気がするー!!

 やったー!モモンガさん、褒めてくれー!…あ、今いなかったや。

 

 束の間、達成感に包まれていたパインは、ある失態に気づいた。

 顔からあらゆる感情が削げ落ち、ガクリと崩れた。

 思い出したのだ。

 

「“素”だった」

 

 ユグドラシル時代と同じ感覚で、NPCたちと話してた。

 威厳がある支配者っぽい話し方なんて、一回もやってねえ。

 めっちゃ気さくに話してしまった…!

 

「…やってしまった!前言撤回します、モモンガさんごめんなさい!!」

 今からでもやるべき?それとも急なキャラ変更は、不信感を煽るだけだからやめとくべき?

 うんうん唸り、スポンジ脳みそをぎゅうぎゅうに絞ったが、どうすればいいかわからない。

 ただ、確信していることがある。

 例え、私が支配者らしくなくても、ナザリックは私を見捨てないだろう。

 そこまで考えたところで、ナザリックに相応しい主になろうと奮闘していたモモンガさんを思い出し、パインは自己嫌悪の航海に出た。

「見捨てられるかどうかの話じゃない。自分がどうなりたいか…ですよね。舐めたこと言って本当にごめんなさい」

 頑張らなくてはならない。

 この栄光あるナザリックのギルドメンバーの一人として。

 

「えーと、スキルは使えたから、私が使用できる能力は問題なく発揮できる。なら、守護者が集まるまでやっておくべきことは?」

 原作通り、レメトゲンの間にいる悪魔たちの動作確認?スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがない私では動かせないよね?

 侵入者の警戒?それは外にいるセバスが、最も早く感知できるだろう。彼に与えたネズミは隠密もでき、索敵もそれなりにできる。音を拾うだけなら数kmの離れていても、知覚できる。大丈夫だろう。

 あとやっておきたいこと…ワールドアイテムだ!

「そうだ、外に出るメンバーにワールドアイテムを持たせたい!」

 ニグンを手に入れた後、漆黒聖典たちからアイテム奪いたい!…いや、これって今すぐに必要ではないな。

 でも、パンドラズ・アクターにモモンガさんがいないこと伝えておくべきだし。―そう、力を借りたいんですよ!アルベドに仲間として頼られる頭脳の持ち主だから、めっちゃ頭いいはず。第六階層に連れて行って、皆に紹介しよう。それで…パンドラならモモンガさんに気づくだろうし、モモンガさんも“モモン”の外装を使えばパンドラに…少なくともナザリックに気づいてくれると思うから。うん、パンドラに冒険者やらせよーっと!アルベドも行きたがるだろうけど、ナザリックの内政は君にしかできないから、残ってください…。ごめんね。お詫びに、モモンガさんの部屋に入っても何も言わないからね。モモンガさんにも内緒にしておくね。

「良い匂いがするって言ってたし…うん、ナザリックの未来は明るい。問題ない」

 結局、以前から考えていた【モモンガさんを説得して、初期からパンドラを参加させよう!】案が実行になった。…人の黒歴史を勝手に掘り出すって、ありえないよお。モモンガさんに相談したいけど、ご本人いないから仕方ないよね?…再会したら、謝ろう。そんで言い訳させてもらおう。

 あと、宝物殿をからっぽにできないから、あいつ呼んで警備させよう。

 

 …やることいっぱいだから、メモしとくか

 パインはアイテムボックスが無事に作動することを、確認した。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自作NPC

 パイン・ツリーが自作したNPCは、第5階層・氷河にいた。

 この階層は、かつて地球を襲った“氷河時代”を思い浮かべてくれれば、わかりやすいだろう。

 雪で覆われた真っ白な世界。常に激しい吹雪が吹いており、それに準ずるダメージ、スタミナの低下、移動速度の低下など。様々なバッドステータスが侵入者を襲う。

 対策をしていなければ、身動きが取れず、たちまち体力が0になってしまう階層だ。

 

 この階層には、階層守護者の住居、氷結牢獄、そして魔女の館がある。

 今回、用があるのは魔女の館だ。

 

 パイン・ツリーは玉座から、第5階層のある雪山に転移した。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移できて嬉しいが、それよりも眼前に広がる自然にくぎ付けになる。

 こちらのリアルでは失われた自然に、感動した。雪のサクサクという音。ゴオオオッと吠える吹雪。ずっと先に見える巨大な氷山は、自然の恐ろしさと雄大さを表しているようだ。例えデータでも、記憶の中の雪とよく似ている。この作り込み、作成担当をしたメンバーは本当にすごいと、改めてパインは感心した。

 

 そして身を縮める。

 寒冷地エリアの対策は元より、よく足を運ぶエリアなので必要なアイテムは装備している。

 しかしリアルになった第5階層は、とっても寒そうだった。

「さっむ。寒さを感じないけど、見た目が激しくて寒い」

 不思議な感じなのだが、体に吹雪が当たっても痛くなかった。綿が当たるような感覚で、決して痛覚を刺激するものではない。これがアイテムの力か!偉大だなァ!

 

 約20cm大の雪だるまを作ってから、雪山の中にある祠に入った。

 天然でできた洞窟っぽい見た目に、中央に館へ直接入れる転移門が設置されている。そして転移門を中心に円状に柱が6本置かれていた。柱には特に装飾はされていない、縦にまっすぐ何十本も筋が入れられているだけである。

 祠は観覧車一台が入れるぐらい天井が高い。その天井には、ライトブルーのクリスタルが素材にした大きなシャンデリアが下げられている。

 シャンデリアは自ら輝きを放ち、祠を淡い青色の光で照らしていた。

「(綺麗!あー、青い光のおかげで心が落ち着く…)」

 ちなみに、このシャンデリアは侵入者を撃退するアイテムである。

 シャンデリアの細かいクリスタル一つ一つが、氷属性のビームを打つ。侵入者に属性耐性があっても、凍結による動きの束縛、足元が氷り滑って動きにくくなるなど、他にもペナルティが敵を襲う。それら、すべてに耐性がなければ戦いにくくなる、ちょっと小賢しい罠だ。この罠がユグドラシルと同じく、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーに対して作動しないことに安心した。パインはどうどうと足を進める。

 

 転移門は無人ではなく、常に2体のしもべに警備させている。

 数十体の虫系モンスターが日替わりで交代するため、アインズ・ウール・ゴウンの攻略掲示板にも記載されていないモンスターもいた。ここまで来る侵入者は少ないので、あまり情報が上がらないというのもある。

 今日は、腕が4本、足が2本のクワガタとカブトムシがいる。

 武器は装備していないので、格闘タイプかな?

 パインに気づき、顔だけをこちらに向けて凝視している。恐怖公も当てはまるけど、本当にこのタイプの異形種は、どういう体の作りになっているのだろう。

 傍に寄ると、2体は腰を低くした。

 

「これはパイン様、魔女の館入口へようこそいらっしゃいました」

 クワガタが話しかけてきた。

「こんばんは、ヘドラはいる?」

 あ、また素で喋っちゃった。ひえ、私って本当におバカ。

「はい、館にてグリーフキューブを生産されています」

「そう、ありがとう」

 お礼を言うと、ガチンと固い物同士がぶつかった音が反響した。

 クワガタが下顎を鳴らしたのだ。かわいい。

 威嚇じゃないよね?喜んで鳴らしたんだよね?

「至高の御方のご質問にお答えするのは当然でございます。ですから、そのようなお言葉は不要でございます」

 すっごい嬉しいけど、恐縮しちゃうらしい。萌える。でも、そう言われてもなー。

「教えてくれて、有り難いから。ありがとうって言いたい」

 …ハハッ!また素だよ。全然気をつけてないな、私。困ったな。

「急ぐから、またね」

 

 これ以上ボロを出さない内に、返事を待たず転移門に入った。

 一瞬、視界がすべて真っ白くなるが、すぐに終わってしまった。

 

 

 

 

 景色は変わり、パインは室内にいる。

 床は大理石、壁は木造である。室内には中央より奥に転移門を置き、対面に両扉がある。部屋の隅に一人用のソファと、傍に赤い薔薇が入った白い花瓶が置かれている。そして、壁一面ほど大きな絵画が目に入った。少女が花束を持ち、父と母と共に笑う姿が描かれていた。

「(リアルになると、この部屋はこんな感じになるのか…)」

 ゲームの時より、ちょっと薄暗い気がする。

 ゲームの世界が、現実になれば何かしら変化があるのか気になっていた。かつて仲間から“ナザリック地下大墳墓オタク”と呼ばれたパイン。今度すべての階層を見て回ろうと、心に決めた。

 それから、もう一つ決めていく。

「…ハッキリ、堂々と話すこと。言葉にしやすい丁寧語を使う」

 深く吸い込み、大きく吐き出す。浅く吸い込み、腕に力を込めた。

 

 両扉を開けると、大広間に入った。

 100体ほどなら問題なくシモベを配置できる広さがある。一番奥には結界が施された、縦3m横2mの両扉がある。2階建ての造りで、パインが立つ位置から、左右に二階へ続く階段があった。

 その階段の一番下、パインから見て左側に、館の雰囲気に合わない鉄制のゴミ箱があった。シルバーで円柱の、スタイリッシュなゴミ箱だ。実に、蹴り飛ばしたくなる。

 広間には仕事中のシモベたち―およそ20体―が、足を止め、パインを凝視している。

 すごいプレッシャーだ。あんまこっち見ないでほしい、緊張しちゃうよ。足を後ろに引きかけるが、目的を思い出してその場に踏みとどまる。

 広間にいるNPCを見渡す。ほとんどが虫系モンスター、ちらほらとメイドと男性使用人がいる。

 しかしお目当てのNPCはいない。

 まだ、奥の扉から戻ってきていないようだ。呼びに行くかと考えたところで、一体のメイドがこちらにやってきた。

 

 ナザリックにいる他のメイドと同じメイド服を着ている。エプロン部分が大きくスカート部分は長く落ち着いたもの。「メイド服は決戦兵器、メイド服は俺のすべて」と豪語した仲間が、原画を描き起こしただけあって、驚くほど精巧である。特にエプロン部分の刺繍は、舌を巻く。この細かすぎる刺繍をそのまま再現した、外装担当のメンバーは悲鳴を上げながら作ってたね…。

 まさに絶美と称賛されるべき作り込みだ。出来上がった時もそうだが、このメイド服を直に見れて嬉しい。

 そして、そのメイド服を着るメイドも、9、10階層に配置された美しいメイドたちと同じく、絶世の美女だ。

 こちらへやって来たメイドは、身長は約170cmで、華奢な印象だ。彼女は黒髪を片側にまとめ、耳の下から流している。名前は「クレンチ」。名づけ親は、餡ころもっちもちさんだ。

 ちなみに、魔女の館の食料は奥の扉にある畑ですべて作られている。なのでナザリックに悪い影響は一つもない。むしろ食料が必要な階層に、お裾分けしているぐらいだ。

 

「パイン様、ようこそいらっしゃいました」

「挨拶は、いい。ヘドラに用がある…あります。そろそろグリーフキューブ生産は終わるかしら」

 “毅然”とした態度を目指したけども上手くいかない。グッダグダやけど、やっていくことが肝心だと思うので、このまま支配者ロールやろうね。

「はい、もうすぐ終わるかと思われます。ヘドラ様の部屋でお待ちになられますか?」

「いいえ、迎えに行きます」

「かしこまりました。では、すぐに護衛の準備を致します」

 メイドの背後に、ザッと虫系モンスターが並ぶ。その数15体、この部屋にいたすべての虫系だ。今ここにいる戦闘系しもべを全員を出動させるとか、めっちゃ過保護じゃない?そんな鬼畜仕様にあの部屋を作ってないから大丈夫だよ。

「必要ない。大体…ヘドラだけでも倒せるように造ってあるもの」

「しかし、至高の御方が護衛もなく、あのような場所に行かれるのは…」

 庭に出る感覚だけど、襲ってくる敵がいるから心配なのね。心配してくれてありがとう。

 でも味方が多いと、動きづらいからねえ。

 

 再度、丁重に断ろうと口を開こうとして奥の扉が開いた。

 1体の神父姿の男が、5体の虫系モンスターを従えて現れた。

 男はある宗教の祭服にそっくりなローブを着込み、上着に付属するフードを目深く被っている。十字架が描かれているはずの場所が、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインに変わっていた。

 

 種族・二重の影(ドッペルゲンガー)、それがパインのNPCだ。

 名前は「ヘドラ・ファンタズマ」、髪も耳もないつるっとした卵型の頭部。顔はぽっかりと空いた空洞が3つ、目と口の位置に空いている。黒く塗りつぶした、それらしかない。眼球も鼻も唇も歯も、削ぎ落とされたようになくなっている。ドッペルゲンガーの姿そのままだ。

 数種類の外装を持ち、普段は複数の部下を連れて戦闘するため、指揮官のクラス・スキルを多数習得している。

 コマンダーやジェネラルなど指揮官クラスには軍服がよく似合う。しかし、あえて“祭服”を着せたのは私の趣味だ。聖職者の服って、きっちり隙なく着込み、信仰の尊厳さ、神聖さが滲み出て美しい。それがとても良い。

 

 趣味と性癖を混ぜて、パインにとってはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと同じくらい使用頻度が高い“グリーフキューブ”の生産を任せたNPC。

 魔女の館を守護する“領域守護者”、使い魔の指揮系統を一切担う“結界の管理人”、魔女の特別な使い魔として創造されたNPCである。

 

 一歩一歩床の感触を確かめるように、ゆっくりとした動作でパインの方へ歩いてくる。

 緩やかで指先まで神経を張る所作は、非常に美しく。そして彼が着る祭服が、一連の動きをおごそかな雰囲気に昇華していた。

 

 ゲーム時でも、仲間たちが心を込めて創ってくれたヘドラはその見た目に反し、綺麗だった。

 現実では少し違う。

 綺麗で、圧倒される。

 作り物ではない、命ある動きが、何度も私を揺さぶるのだ。

 

 やがて充分な距離をとり、ヘドラはパインの眼前で頭を浅く下げた。

「ごきげんよう、我が創造主よ。ようこそ我が館へ、歓迎しよう」

 ぎゃあ!渋い声が埴輪顔と合ってないー!パンドラの高い声が記憶に刷り込まれているから、余計に違和感を感じる。ショックだ、でもカッコ良いいよ。

 ちょっと上から目線な感じなのは、そう話すように設定したからだ。

 私は全然気にならないけど、クレンチは眉を吊り上げている。何も言わないのは、ヘドラがそう創られた存在であることを、知っているからだろう。…彼女にとって、ストレスの多い職場ではないことを祈る。

 最初はびっくりしたけど、ヘドラの声は低めで深く渋い、耳に心地よく浸透していく素晴らしい声だと思う。(…正直に言おう、MGSのスネークの声だ。渋い声が好きなんだ)想像していた声の通り、ヘドラが喋っている。 

 ずっと聞きたかったNPCの声が聞けて嬉しい。胸に熱いものが、こみ上げる。あー、こっちに来てよかった。

「…まるで、はじめて出会ったころを思い出しますね。傍にはヘロヘロ様がいらっしゃったというのに、あなた様の目には、私しか存在していなかった」

 フフンと、片頬を上げている気がする。多分。こっちは胸もお腹も一杯だが、ヘドラは余裕があるらしい。

 “はじめて会った”は間違っていない。二次元と三次元の壁は大きいもの。

「そうなのかな。…これから宝物殿へ向かいます。付いてきなさい」

「御意。では、準備しよう」

 ヘドラはアイテムボックスから、毒無効など複数の効果が付与されたネックレスを取り出す。

 私もアイテムボックスを開き、モモンガさんから貰ったもう一つのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをヘドラに渡す。これがないと、宝物殿に行けないんです。

 さあ行くぞ、と動く前に気になったので聞いてみよう。

「…ヘドラ。あなたがいない間、この領域は誰が守るの?」

「私の副官に配属されたレベル85以上のシモベが、指揮を執ります。そして規定通り、彼らだけでも戦えるように魔獣のレベルを下げます」

 なるほど。ゲーム時代に決めたことと、同じルールで動いているのか。

「…問題ないわね。行きましょう。じゃあね」

 皆、仕事中にお邪魔しました。またねー。

 転移するとき、その場にいたしもべたちが一斉に頭を下げたのを見た。

 重たい。

 

 

【つづく】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宝物殿へ。

魔女の館から転移して、宝物殿に転移した。

宇宙に届くだろうNPCたちの忠誠の一端を見たパインは、精神的にかなり疲れてしまった。

頭の中は、今後の予定でいっぱいである。周りを見る余裕がなくなり、眼前に輝く金貨や財宝が見えなくなった。

と言っても、ギルドメンバーが二人のみログインするようになった頃から、金策はパインがしていた。転移して目の前にある金貨は、ほぼパインが投げ入れた物だ。見慣れすぎているから目を引くようなこともないのだ。ちなみに、担当していたわけではなく、モモンガより早くログインできたからやっていただけである。金策は魔女の館で行えるので、簡単に稼げて、モモンガも合流しやすかった。

 

「パイン様。私はこれからパンドラズ・アクターと代わり、宝物殿の守護を任されよう。良いかね?」

「あ…ええ、それでいいわ。私は変身していくし……」

「変身を?…外に出られるのか?」

「いいえ。モモンガさんがいないから。」

「モモンガ様が?ふむ、そうかね。モモンガ様は最近、リアルが忙しいと仰っていたから、先にログアウトなされたのかな?」

「……多分?」

えーと、ヘドラにはどこまで伝えていいのかな?守護者に言っていない事は言えないよね?組織の情報は上から順に伝えるものだし、セバスたちに命令した内容は黙っとこうか。

まいった精神で、もやもやと考える。パンドラに話すときも、守護者と同じタイミングでいいのか?…創造主がいなくなったのだから、先に話すべき?うーん、でも本当に終了間際にログアウトしたのかもしれないし、そうなればこっち側に来ている可能性は未知数だ。何もわからないのに伝えていいものだろうか。

「創造主よ、多分とはどういう事でしょうか?」

「ううん…えーと、今日は…といっても日付が変わったから、もう昨日の話ね。強制ログアウトを待つと仰っていたわ。だけど、私より先にいなくなってね…驚いたの。でも、アルベドはログアウトしたんじゃないかって。確かに、モモンガさんは今ナザリックにいないから、アルベドが正しいと思う…」

 突然の敬語ビビるからやめてね。その低い声に敬語とか最高だから、また聞かせて欲しいです。

 それにしても、モモンガさんがログアウトしたら……異世界転移できないんじゃね?こっち来られるの?別ゲームからの転移者いるのか?モモンガさんがこちらに転移するゲームをする確率とか……、そんな偶然あり得るのかな。

「…御身の静寂を破ることをお許しください。パイン様、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

 敬語ありがとうございます!なんて浮かれたいけど、嫌な予感に心が引かれて、気分が沈み気味だ。あと、他のことを考えている余裕はない。

「話?それは急ぎの件なの?そうじゃないなら、今は用事があるから…」

「失礼いたしました。では、後ほど」

「うん。じゃあ、速く着きたいから走って行きましょう」

「畏まりました」

 

それから霊廟に辿り着くまで、私たちは風よりも速く宝物殿を走り抜けた。高速による風の冷たさや痛みを感じない。頑丈な体が羽のように軽い。これが今の私なのだと、少しドキドキした。

 

 

 

 

 長い廊下を抜けると、明かりがほとんどついていない広い空間に出た。

「パンドラズ・アクター、出てきて」

 静寂を破る声は、普通の大きさでも室内にこだまする。やがて、反対側の通路から姿を現す人影があった。

 いや、異形種だ。

 

 人型体の体、頭に歪んだヤギの角。顔を縦で割り、その半分を隠す仮面。

 ギルドメンバーのウルベルトさん。

 

 おおう、ウルベルトさんのアバターって現実になると、悪意と憎しみと恐怖を掛け算したような、雰囲気醸し出すのか。すごく怖い。けど、迫力があって超絶かっこいいぞ。

お顔から見える体毛がフサフサで柔らかそうで触ってみたいなー、なんて思うけど怖くて言い出せないやつ。しかし、今目の前にいるのはウルベルトさんに変身したパンドラなのに、こんなにもオーラあるとか…悪魔だから?

 第六階層に付いてくるように言えないでいると、ヘドラが動いた。パインとパンドラズ・アクターの間に立ち、声を上げる。

「パンドラズ・アクター、急ぎパイン様に従い行動してもらえるかね」

 有無を言わせない友人の声に応えるように、悪魔の姿がぐにゃりと歪み…元の姿に戻った。

 軍服にヘドラと同じ卵頭で、唯一顔を飾る目と口がぽっかり空いた闇に見える。ドッペルゲンガーだ。

「ご機嫌麗しゅう、パイン・ツリー様!そして、我が無二の友よ。挨拶もなしとは、何か異常事態ですかな?」

踵をカツンと鳴らし、オーバーアクションで敬礼を決めたパンドラから視線を感じる。うう、モモンガさんの事を話したいけども…。「……後でまとめて話します」と言って顔をそらした。ごめんね、今はそれしか言えないの。残り数十分の我慢とは言え、罪悪感がすごい。息子さんの顔がまともに見れねえ…!あと、想像以上にオーバーアクションの衝撃がくる。敬礼はかっこいいけど、心の奥に巣くう“厨二病”が発病しそうで危ない。

「まとめて、ですか。わかりました。その時を待ちしましょう!」

 仰々しくコートを翻すのやめよ?脳内でモモンガさんが「ぐわああああ」って悶えちゃうよ。

「わ、わかってくれてありがとう。じゃあ、“変身”してくるからちょっと待ってて――」

「おお!いつもの御姿になられるのですね!パイン様の神聖な“寝具”はいつでもお使いいただけますよう、私が全身全霊で清掃しております!あのパイン様専用アイテムは、この世に二つとないのですから、その希少さからして……」

 わあ、パンドラズ・アクターのマシンガントークだ。

君の熱い話は聞きたかったんだよね。私は、アイテムや登場人物の細かい設定、他者の考察とか、自分にはない視点を見れるから好き。だけども、今は急いでいるからタイミングが悪いね。

「――パイン様。指輪は預かりますので、お急ぎください」

 ヘドラが区切ってくれた。助かった。

「…頼んだ。また後でね、パンドラ」

「はい。行ってらっしゃいませ、人任せの魔女様」

 魔女は頷き、熱が引いたパンドラとヘドラに見送られ霊廟奥へと消えて行った。

 

 

 

足音が聞こえなくなったころ、パンドラズ・アクターは友人に向き合う。いつもとは違い演技っぽさを感じない。ナザリックでも、現在ヘドラしか知らないだろう素の彼だ。

「……ヘドラ・ファンタズマ、すみませんでした。至高の御方であり、我が親友の奥方様を怖がらせるつもりはありませんでした。心より謝罪します。」

「ありがとう、パンドラズ・アクター。卿の謝罪、丁重に受け取らせてもらう。それから、あまり気負わなくて大丈夫だ。パイン様は怒っていない。この件でパンドラ、卿を罰するつもりはない。」

「左様ですか…」

 パンドラズ・アクターは、胸に溜めた息を吐く。

 至高の御方々は神のごとき存在であることは、NPCたちの常識だ。そんな方々の思考を読み取るなど、愚行だ。それはNPCたちが、至高の存在の足元にも及ばないと思っている故である。

 

しかし、パインとヘドラは違う。それは、2人が“夫婦”だからではない。魔女と使い魔という魂の根幹から繋がるもの同士だからこそ、分かりえるのだ。ヘドラ・ファンタズマは自らの王、創造主であるパイン・ツリーから直に流れてくる“感情”を汲み取った上で、「パイン様は怒っていない」と発言している。

 

パンドラズ・アクターも、その事情を知る一人だ。ヘドラが断言するならば、信じられる。

けれども、彼が至高の存在を怖がらせてしまったことも事実だ。

「ヘドラ、貴方は覚えているでしょうか?パイン様は以前、ウルベルト様に変身した私を見て“よく似ている。まるで本人のように恐ろしく、威厳があり、邪悪だ。”と、笑って褒めて下さいました」

「覚えている。そして、理解しているとも。卿があの日のことを想い、今日もウルベルト様に変身したのだ。パイン様を驚かせ、喜ばせるために。至高なる御方の言葉とおり、卿の変身は大変素晴らしかったよ。なぜなら“恐怖”と“感嘆”の両方を感受されたのだから」

 ヘドラが言い終えると同時に、パンドラズ・アクターはコートをオーバーアクションで翻し、演技かかった口調で言う。

「ありがとうございます。ヘドラ・ファンタズゥーマッ!さすが、私の無二の友であり、ナザリック地下大墳墓においてただ一人、至高の御方と心を通わせる者よ!!…至高の御方の御心を知ることができ、安心しました。教えてくださり感謝します」

 祭服の異業種は創造主に定められた口調で、友人に応えた。

「構わないとも。私はある程度パイン様の御心を口外する許可は頂いている。何より、卿が悲しむことを望まれていない」

 ヘドラは、ちらりと霊廟奥へ続く通路に目を向けた。

「パンドラズ・アクター、パイン様の護衛を引き継ぐ卿に、伝えておくべき報告が上がっている」

「お聞きしましょう」

 

 

「現在、ナザリック地下大墳墓の周辺は沼地ではなく…草原となっている」

 

 

 

 

 

 

 

 壁の窪みにいる像は、仲間たちの姿に似せて創られたレメゲトンたちだ。そのさらに奥にワールドアイテムと一緒にパイン専用アイテムも置かれていた。

 天上も床も壁も白銀の部屋。天井は中央から優しい光が降り、眩しくて直視できない。

 この太陽にも似た光は無属性の光だ。太陽の光のように優しいが、いざとなれば幻惑、猛毒、魅了、盲目などなど……敵を状態異常にかける真っ黒な光に変わる。なぜ侵入者を攻撃するアイテムを設置していないのか?

 

“私”がやるからさ。

 

部屋の壁際には一つ一つが小さな祠を模した台座がある。その上にはワールドアイテムが鎮座していた。

その中心に、場違いとも取れる花が植えられてある。花は半径2mの円の中に植えられ、赤、白、ピンクを中心に様々な色が鮮やかに咲いている。種類はまばらだが、どれも最高級の香水、食事などに必要な、希少な素材でもある。

 パインは、その花の中心に置かれた棺桶に用事があった。

 木製の棺桶は、この神聖な場所には合わないほど“なんの装飾もなれていない長方形の形”をしていた。だが、何の装飾も施されていないというところが、少し特別かもしれない。

 持ち主が近づくと棺桶の蓋は、ゆっくりと横にずれた。中には周囲と同じく花がいっぱいに敷き詰められている。まるで花のベッドにパインは足を入れ、座り、仰向けになった。光が眩しい。普段なら眠れないが、だんだんと瞼が重くなる。

「(転移してから身代わりの体に移るのは、はじめて。フレーバーテキストには、使い魔の体に乗り移る、としか書いてなかったし…怖いことは何も起きないよね?)」

 ちょっと心配だが、もう眠たくて仕方がない。

 パイン・ツリーは目を閉じた。遠くで何かを引きずる音がして、同時に天井からの光が遮られていくのを感じた。

 

 

 

 体が沈んでいくと思った後、誰かに腕を引かれた。「起きて」って意味だと思うんだけど、合ってるかな?

 ゆっくりと“瞼”を開く。そしてすべてが白銀の部屋、白い光が降り注ぐ天上、ワールドアイテムが置かれている台座。前方には、パンドラズ・アクターとヘドラが待つ部屋と繋がる通路がある。

 

 私は立っていた。背後には、蓋が閉じられた棺桶が置かれている。

 左手を上げてみた。真っ黒な線のように細い手だ。右手には先端が二股に分かれ、その中央に直径10cm程の丸いエメラルドが浮かぶ杖を所持している。

 

パインは今、ナザリック地下大墳墓が異世界に転移する前、円卓でヘロヘロに見せた姿に変化していた。

顔は真っ黒で、凹凸のない球体。大きな“魔女の帽子”を被っている。そして肩から上部分がない―つまり首がないため―、頭部が浮かんでいる。上着は白く、非常に丈の短い―鎖骨あたりまでしかない―。その裾は金で縁取られている。襟は長めで、顎下まであり、ない首が隠れていた。体のラインに沿う赤のドレスは腰辺りから、少し膨らんでいる。

 

 ふむふむ、どうやら体の動かし方は人間の頃と大差ないらしい。これは楽でいいね。

 なによりも…よかった、無事に発動できたようだ。

 

 

パイン・ツリーは、あるイベントをクリアして、“魔法少女まどか☆マギカ”の魔法少女の力と体を手に入れた。そして、“円環の理に導かれし者”なので、魔法少女の姿で、魔女の力も扱うことができる。

導かれたのに、なぜ地上にいるのか―他のプレイヤーのようにゲームをプレイできていたか―というと、女神様に許可を貰っているからだ。つまり、円環の理から派遣されているから、ユグドラシルにいられたし、こうしてナザリックにも留まることができたのだ。

 

 

パンドラたちに告げた“変身”とは、スキルや魔法の名ではない。《魔女の身代わり》というスキルを使って、魔法少女の姿から現在の魔女の姿になることを指す。

 

“魔女の身代わり”―使い魔に、自身のソウルジェム(魂が具現化されたもの、魂そのもの)を装備させ、乗り移るスキル。回数制限はない。スキルを発動させるには本体を棺桶に寝かせる必要がある。このスキルを使用中は、乗り移った使い魔のレベルに合わせてステータスがダウンする。使用できるスキルや魔法も制限され、また変化する。そして、装備は使い魔ごとに固定されているので、変更は不可能。さらに、本体の時よりアイテム所持数が減る。

色々制限はあるが、“死亡時にレベルダウンしない”―死ぬのは使い魔の体であり、プレイヤーではないからだ―というメリットがある。ちなみに、使い魔に装備させていたソウルジェムは使い魔たちが回収してくれるらしい。他の所持アイテム、使い魔の装備品はランダムにドロップしてしまう。回収されたソウルジェムは、パインに届けられる。それまでは復活できない。

魔女の代わりに使い魔が死ぬスキル。

これがパイン・ツリー、ナザリック唯一の魔法少女の能力の一部である。

 

彼女はこのスキルを気に入っていた。

 

身代わりに乗り移るとき、使い魔の体が、こう……魔法少女みたいに変身するんだよ!

キラキラっと星のエフェクトが輝き、使い魔の体から、この顔が真っ黒い球体の体に変化する。そして最後に、私の“魔女の口付けのマーク”が浮かぶ。それがめっちゃかっこいいんだよ!!!

これ私やギルメンがやったんじゃないよ?元からそういう仕様なんだよね!運営様ありがとうございます。まどマギファンにはたまらないサービスです!

ちなみに変身シーンは、自分じゃ見れない。なので、ギルメンに録画してもらった映像見せてもらった。自分の視点からは、さっきのように棺桶に横になると画面が暗くなり、何もわからない。そこだけが残念です。

 

 私がこのスキルを「変身」と呼ぶ理由は、変身シーンがお気に入りだから。この姿も、異形種らしくて可愛いし、大好き!ちょっと不気味な感じが、ファン心を掴まれる…!

 

 なによりも、ユグドラシルがすごい。

魔法少女の力を手に入れたプレイヤーごとに能力や、姿が違うのだ。一人一人違うんだよ?これらにかけた時間と労力は、計り知れない。一体どうやって用意したんだ…。

 

 

 いけない。今は考え事にふける時間なんてないんだった。

 問題がないなら、2人のところへすぐに戻らないと。まずは、身だしなみチェックからしようか。「さてさて、現実になったこの姿はどんなものかな?」と、アイテムボックスから手鏡を取り出す。そして自分の顔を見てみた。

「……特に変化なし、か」

 ユグドラシルで見た、いつもの自分だ。おかしなところは何もない。

 少し残念に思いながらパインは、ヘドラたちが待つ場所へ歩き出した。

 

 

 ふと、己のキャラクターで一番重要な設定を思い出す。

「そういえば、転移後の円環の理ってどうなっているんだろう。こっちでも機能しているのかな?…私の体にはなんともないけど」

 

 

 

【つづく】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みんな集まって。

 

宝物殿はヘドラ・ファンタズマに任せ、彼の指輪をパンドラズ・アクターに貸し与え、第六階層へと転移する。

まず、目に入るのは石造りの廊下だ。人工的な灯りが先から見える大きな格子戸へ向かう。黙って歩く私に追従するパンドラは気を利かせてくれたのか、静かだ。

パインは感動していた。

「(ここはよく通った道だ。ゲームで何度も、ぶくぶく茶釜さんとやまいこさんと餡ころもっちもちさんたちと一緒に歩いた)」

第六階層でおしゃべりをしたり、自分たちが創ったNPCたちを集めては着せ替えて遊んだ。

前進すると青臭さと土の匂いが鼻腔いっぱいに香る。今生では嗅げなかった懐かしい匂いだ。前の人生なんて、あまりにも古い思い出という感じなので詳しいことは覚えていない。

性別は何だったか、確か人ではあった。それから他はどうだったか。家族は?好きなものは?好い人は?

霞がかかったように遠く、輪郭を失っている。

 

ただ、オーバーロードだけははっきりと思い出せた。

今生でSNSでユグドラシルのロゴを見たとき、それらだけは明確に蘇ったのだ。モモンガさん、アインズ・ウール・ゴウン、ナザリック地下大墳墓、NPCたち、ギルドメンバーたち。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国…。

少々穴抜けながらもオーバーロードを思い出したら彼らに会いたくて、ユグドラシルをプレイし始めた。

 

 

そうして未知の世界を楽しんでいるうちに、モモンガさんたちのことはすっぽりと頭の中から抜け落ちてしまう。ぽんこつな私は1年以上アインズ・ウール・ゴウンとはまったく関係ないプレイヤーと一緒に遊びまわる。

楽しく初心者時代をプレイできたのはいい思い出だし、遊んでくれたメンバーとは友達になれた。けれども、オバロファンなのに原作を忘れてしまったことが情けなくてし、ばらく落ち込んだ。

 

 

パインは、今回は大丈夫だと思いたかった。

「(原作の流れは紙に書き出しておいた。だから大まかな流れはわかる。でもモモンガさんがいない。私が残り、彼がいないことがとても怖い)」

何度も押し寄せる不安は引いてくれず、じわじわと前を向いて歩もうとする足にからみつくようだ。

 

やがて格子戸の前に立つと、それは自動ドアのように上へ持ち上がった。完全に上がりきったところで潜り抜ける。二人は円形闘技場(コロッセウム)へ入場した。

広大な広場を囲む高い壁、その上には客席が見える。客席のほとんどにゴーレムが座っていた。

「(うん……。転移する前と特に変わりないかな)」

いろんな場所に永続光(コンティニュアル・ライト)の魔法がかかっており、闘技場は昼より明るい。

 

私は守護者たちの到着を待たず、コロッセウム広場の一角―低い舞台―に向かう。広場で、“忠誠の儀”ができるのは、あそこだけだし。

 

「パイン・ツリー様!」

高い声は貴賓席から聞こえた。そちらへ顔を向けると、金髪に、白色のベストとズボンが目印の守護者がいた。彼女は本で見せたように、貴賓席から跳躍した。映像で見た体操選手よりも美しい回転をし、六階建ての建物に相当する高さから、無傷で着地をしてみせた。

なんて軽業だろうか。「お~」と思わず感嘆の声が漏れた。私も、レベル100だし、同じようにできるかな。

小走りで―それでも獣の全速力のように速く―こちらにやって来る。

私たちの距離はあっというまに縮まった。両足で急ブレーキをかける。≪ザザザ≫と広場が削れて、土煙が上がった。そして煙はパインに届かない。煙たさも感じない。……これは、どのように調整すればできるんだろう?

 

「お待たせいたしました。パイン・ツリー様、パンドラズ・アクター、あたしの守護階層へようこそ」

 

第六階層守護者、双子の姉、アウラ・ベラ・フィオーラ。金髪に薄黒い肌を持つダークエルフ。年齢は10歳ぐらい。髪は肩口で切り揃えられていて、サラサラだ。職業は魔獣使い(ビーストテイマー)と野伏(レンジャー)。活発な女の子だ。

 

いつか、アニメで聞いたあの可愛らしい声の女の子は、目の前でニコニコ笑っている。

とってもかわいいです。

そして彼女の口から色のついたブレスが漏れた。

これは彼女の能力で硬化は精神異常だったかな。

まるでピンクの綿菓子のようなカラーが綺麗で、手ですくおうとしても息は逃れるだけだ。その様子に疑問に思ったアウラが口を開ける。

「パイン様、アタシの息が何か?」

「ピンクの綿菓子みたいに綺麗な色だったから触ってみたくて……気に障ったかしら?」

アウラはバタバタと両手を振る。

「まさか!アタシの息を気に入っていただけてすごく嬉しいぐらいです」

耳がゆるりと垂れ下がり少し赤いので、お世辞ではないと結論付ける。しかし、恥ずかしかったのかブレスはそれ以上見れなかった。

そういえば挨拶がまだだった。

 

「こんばんは、アウラ」

「こんばんは、パイン・ツリー様!」

彼女はにっこり笑ってくれる。笑顔いただきました。嬉しいです!

「ごきげんよう、アウラ殿。お久りぶりですね」

「久しぶりだね、パンドラズ・アクター。今日は、パイン・ツリー様の護衛を任されたの?」

「ええ、左様でございます」

NPCのやりとりを見て、頬が緩む。生でNPC同士の交流を見て興奮した。目の前で大好きなアウラとパンドラがニコニコしていると、とても嬉しい。幸せ!

しかし落ち着いて。気分が上がるのはいいけど、上司のロールプレイを崩さないようにしないと。口調と動きには注意しつつ、自然体に、それでいて私らしくすること。

私らしくだと…そうだ。日付変わったから、お菓子配らないと。

「あの…これ、今日はまだお菓子を渡していなかったから、どうぞ」

アイテムボックスから、簡単にラッピングされたクッキーの詰め合わせを取り出し、アウラに渡した。そしてパンドラズ・アクターにも渡す。

アウラとパンドラは菓子を丁重にを受け取り、各々の喜びを表現した。

「いつも、ありがとうございます!あたし、パイン・ツリー様がくださるお菓子が大好きなんです!やったー!!」

「ありがとございます!いつも頂いているとはいえ、やはりパイン・ツリー様から直接いただけるのは、大変嬉しいものですね。このクッキー、大事に頂戴します」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。また、持ってくるね」

そんなに喜んでもらえると、渡しがいがある。

私とモモンガさんしかログインしなくなった頃から、私はNPCたちにお菓子を配るようになった。みんなが寂しくならないようにと、そして自分の寂寥感を紛らわすために。

ユグドラシル時代では、当たり前だけど渡したお菓子の感想を聞けなかった。今、こうしてこの子たちと話すことができて、心が満たされていく。異世界への転移で、モモンガさんの行方も知れず、不安が積るけれど、頑張っていこうと思うのだ。

 

そしてパインはアイテムボックスから、赤い皮の手帳を取り出す。見た目は薄く、幅は5cmほどで、女性の手の平サイズの大きさだ。手帳の入れ替わりに、持っていた杖をアイテムボックスにしまう。

手帳にはいくつかの付箋が貼られている。その中でクッキー型のものが貼られたページを開いた。一番左には今日の日付、その右隣に“Present for NPC”というタイトルが見える。ページの左端にはNPCたちの名前が縦一列に並び、パインはアウラとパンドラの横に“〇”を書き込んだ。

これでよし。パインは手帳をアイテムボックスに戻そうとして、やめた。ここにはもう一人渡す相手がいる。

「そういえば、マーレは?」

「マーレはあそこです」

アウラは、自分が飛び降りた貴賓席を指差した。

たしか、マーレの登場が遅れたのって、階段を使って降りようとしたからだよね。

「そう。うん、時期に来るだろうし、私たちは先にあそこへ行きましょう」

視線の先には、原作でモモンガさんが守護者たちと会っていたあの場所―コロッセウム広場の一角にある低い舞台―だ。

「あそこで皆を待ちましょう」

「かしこまりました」

「かしこまりました。…あの、パイン・ツリー様。皆というのは?」

「階層守護者たちだよ。彼らにここに来るよう呼んだの」

「なら、歓迎の準備を―」

「ううん、必要ないよ。1時間も経たず、来るでしょうし」

「そうですか。―ということは、シャルティアも!?」

「そうだよ」

「……はあ」

がくりと、肩と耳が垂れるアウラ。さっきまでの元気はどこへいったのか。

「おや、どうされましたか?アウラ殿」

「なんでもない…。そうだ、パンドラズ・アクター。私の事は呼び捨てでいいよ。それぞれ立場は違うけれど、同じナザリックの仲間なんだしさ」

「そうですか。では、そのようにしましょう。よろしければ、私のことは“パンドラ”とお呼びください。それが愛称なので」

「うん、オッケー。これからはそう呼ぶね」

パンドラズ・アクターは、ほとんどのNPCたちとユグドラシル時代に顔を合わせている。モモンガさんの許可を得て、私が彼を連れまわしたからだ。こうやってパンドラを表に出しておけば、異世界に転移した後も、彼を早い段階で宝物殿から出すことができる。そうすれば、ナザリックはより繁栄すると思ったのだ。といっても、ゲーム中は私がNPCを使ってお人形遊びしているようにしか、見えなかっただろう。まあ、ヘドラを作った当初からやっていたし、「よくやるなー」程度に思われているでしょ…多分。

 

 

マーレは3人が目的の場所に辿り着くちょっと後に、やって来た。

「お、お待たせしました。パイン・ツリー様」

「それほど待ってないよ、マーレ」

彼の本気の走りはアウラと比べるとずいぶん遅かった。途中でアウラが我慢しきれず「はやくしなさい!」と声を荒げたほどだ。

アウラにそっくりなダークエルフは、男の子のはずなのに、スカートをはいていた。そう、男の娘というやつだ。堂々とした双子の姉とは違い、おどおどとしている。

彼は設定故に弱気な態度なのだとわかっているけど、私が怖がらせてしまったようで申し訳ない気持ちになる。あ、そうだ。

「さっき、二人にも渡したの。これはマーレの分ね」

「あ、ありがとうございます!パイン・ツリー様からいただくこのお菓子、とっても甘くて美味しくて、ぼくは大好きです」

よかった、笑顔になった。「嬉しい。また持ってくるからね」と私も笑顔で返す。といっても、顔が真っ黒だから表情なんてないけど。顔があったら、にこにこなのよ?

「お姉ちゃん、今日もパイン・ツリー様からお菓子が貰えたよ」

「よかったね、マーレ。あたしもパンドラもさっき貰ったんだよ!」

「そ、そうなんだ。こ、こんにちは、パンドラズ・アクターさん」

「ごきげんよう、マーレ殿。お久しぶりでございますね」

「お、お久しぶりです。呼び捨てで結構ですよ。き、今日はどうしてここへ?」

「かしこまりました。これからはマーレと呼びましょう。階層守護者たちを第6階層に集まるようパイン様がご命令されました。時期に皆さん集まるでしょう」

「そ、そうだったんだ」

こくりと頷く。動作が一つ一つ丁寧で、かわいい。ああー胸がキュンとしてます。

しかし、このままではいけない。私は仰ぎ、第6階層の夜空を眺めた。このまま3人と話していたら、そのかわいさに口元がにやける。例え表情がわからなくても、声でわかるだろう。意識を彼らから、そらさなければならない。うん、ここは実験を行おう。私の攻撃の要、召喚は無事にできた。

「アウラ、マーレ、藁人形を用意してくれる?」

「え?はい、すぐにご用意できますけど」

「わ、藁人形で何をされるのですか?」

「私の能力の確認よ」

「?」

二人から不思議そうに見つめられる。なぜ、そうする必要があるのかと、表情が語った。「今確認しておきたいの」と伝える。

 

 

 

 

手帳に書き込んでいる間に、筋肉隆々の人型をしたドラゴンのモンスターが藁人形を二つ、私から五十メートル離れた場所に設置した。彼らが離れてから行動する。

 

一つは、杖を剣のごとくふるい、斬撃を飛ばして人形を真っ二つにした。マーレが「すごい!」と驚く。たしかに魔法詠唱者がこんな芸当ができるのは珍しいだろう。

私も驚いた。できちゃったよ!と心の中で騒ぐ。宝物殿に置いてきた本体との力の繋がりを明確に感じとれるので、それを引き出すつもりで杖を剣のように振り下ろしたのだ。まさか戦士の真似事がやれてしまうとは思わなかった。

この体の身体能力は高いと考えられる。必要があれば囮として時間を稼げそうだ。

 

ちょっと調子がのってきたので、今度は攻撃を創作してみる。これもできる気がしたのだ。なのでアニメを思い出して、もっと自由に攻撃方法を考えてみたのだ。

 

杖の先、二股の間にある宝石にエネルギーを込める。ボワァと輝きはじめ、その状態を維持しつつ杖を藁人形に向ける。エネルギーはビームのように真っ直ぐ、当たれば弾け飛ぶとつよく想い、そして発射した。

ビームは細く大した反動はなかった。けれど瞬きの間も無く--

バァン!!!

まるで風船のごとく、広場全体に藁を飛ばして人形は華やかに弾ける。攻撃は人形にのみ作用し、施設は傷ついていない。

実験の成功にパインは胸をなでおろした。

 

その周りでは拍手が起こる。

「パイン・ツリー様すごいです!あのビーム最初は強くないものなのかなって思ったんですけど、藁人形が闘技場中に吹き飛んじゃいました!」

「さ、さすがは至高の御方。ぼ、ぼく杖で斬撃を飛ばすところはじめて見ました!」

「お見事でございます。どれもはじめて見る攻撃ばかりでした。後学のためにぜひ教えていただきたいものです」

めっちゃ褒めてくれるじゃん!ありがとう、照れ臭いよ。

「んん、ありがとう。楽しんでもらえたのなら嬉しいわ」

 

まだ空中をパラパラと散る藁を見上げる。

攻撃の幅は広がった。果たして器用貧乏になるか、使いこなせるのか。すべては鍛錬次第だろう。

戦士職のNPCたちを練習に誘ってみよう。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナザリック側始動。

 

さあ次はアウラとマーレにパンドラを含めて召喚で楽しませようと思ったんだけど、声をかける前に三人に囲まれてしまった。アウラが「お手伝いいたします」と言い、かぶってしまった藁を取り除いてくれたのだ。

「三人ともありがとう」

ユグドラシルの頃と同じ感覚で、藁を払うなんて考えはなかった。気をつけないとなあ。

そう考えながら双子のの頭についた藁を落としていく。パンドラは背中に回っているので藁を取ってやれないのだ。

「ありがとうございます!パイン・ツリー様」

「申し訳ありません、ありがとうございます」

「やらせてくれたら嬉しいな。あと、私のことはパインと呼ん……呼びなさい」

「かしこまりました」と三者の声がする。

 

こうして順番に互いの藁を取り除いた。おかげで空気が和やかなものになり、NPCたちに接する態度が自然体になる。

 

「そろそろみんなやってくるわね」

言葉通り、五十メートルほど離れた場所にゲートが現れた。そしてシャルティアが登場する。輝く髪、白磁を思わせる白く美しい肌、何よりも目を奪われるのはその美貌だろう。少女と女性の間、限られた時間のみ見られる移り変わる美を閉じ込めた結晶、それがシャルティアだ。

深紅のドレスを身にまといゆっくり歩く姿はまさしくお嬢様で、貢ぎたくなるぐらいかわいい。

 

パインは顔のない顔でにこりと笑う。

「(ふふ、私は何年も前から彼女に貢いでいるけどね)」

誰への当てつけなのか、得意気に胸の内側で呟いた。

 

誰にも知られずにこにことシャルティアの到着を待っているとこちらを向いた彼女の顔から表情がなくなった。

なんだろうと不思議に思う。シャルティアは距離を近づけるごとに困ったような表情を深める。すると怪訝そうな表情を浮かべたアウラ質問した。

「どうしたのよ、シャルティア。そんな顔でいつまでもパイン様を見つめるなんて不敬よ!」

「だって……だって……」

答えにくい質問なのか言い淀んでいる。私は好奇心が勝ってしまい、シャルティアに答えるようお願いした。彼女は後ろめたそうに白状する。

 

「パイン様の御胸が、ないんですもの」

 

ピシリ、と空気が固まる。至高の存在を囲むシモベたちの顔はシャルティアの不敬さに怒っていた。そして場違いな笑い声が中心でおこる。

 

「ふぶ、あっはっはっは……胸がないからね、そっかあ」

笑い転げたいくらい面白い。まさかあの迷セリフ「胸がなくなっている」が私に向けられるなんて、ファンとしては嬉しい。いつものシャルティアならば、転移による精神異常など問題はないと判断できる。なんども深呼吸をしてゆっくり話す。

「私は怒ってないよ。むしろシャルティアが無事でよかった……他の守護者には会ったかしら?」

ぽかんと薄く口を開けていたシャルティアの目に理性が戻ってくる。

「いいえ、会っておりません」

「オ待タセイタシマシタ」

闘技場の出入り口からコキュートスが歩いてきた。

「よく来てくれましたね、ナザリックの剣よ」

よく心の中で呟いた愛称をはじめて口にした。コキュートスは顎を鳴らす。

「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方」

彼の口から漏れる冷気に反応して空気中の水分がバキバキと音を立てて凍っていく。彼が傍にいるだけで並みの人間は凍えるがここにいるメンバー、これからやってくるメンバーには冷気耐性や対抗手段を持っているため何かしら困ることはない。むしろ小さな氷の粒は灯りに反射してシャンデリアのようにキラキラと輝く。

「コキュートス、あなたも変わりありませんか?」

「ハイ、健康体デアリマス」

「それはなによりです」

話した様子からアウラたちにも異常はないだろう、残る一人も無事ならいいが。

パインの質問に疑問を抱いた双子が顔を見合わせていた。マーレがおずおずと声を上げる。

「あの、どうしてパイン様は僕たちの健康状態を知りたいのでしょうか」

しばし本当のことを言おうと口が開いて、音を発さず閉じた。今説明するよりも全員が揃ってからの方がいい。

「それは、詳細はみんなが揃ってから話しましょう」

「かしこまりました」

「パイン様、アルベド様とデミウルゴス様が来たようです」

パンドラが言うとおり、闘技場入り口から二人が歩いてくる。アルベドと、その後ろにデミウルゴスがいた。二人は十分にパインに近づくと、深くお辞儀する。

「皆さんお待たせして申し訳ありませんね」

人間の男性となんら変わらない細身で高身長の姿をしているが、銀色の滑らかな甲殻に包まれた尻尾が異形種であることを示している。なにより彼が纏うオーラが邪悪で、パインは少しだけ背筋に悪寒を感じていた。それも気のせい程度の小さなものだが。

「ここに呼ぶべき階層守護者は揃いました。これから話す件は領域守護者にも伝達しておくように、やり方は任せます」

「はっ。では皆、至高の御方に忠誠の儀を」

「(き、きたあ~~~!)」

 

一人ずつ名乗りを上げ、至高の四十一人に忠誠を誓う。

その重圧に耐えられず、私もモモンガさんと同じ道を辿った。つまり混乱から誤ってスキルを解放してしまった。闘技場にはパインが眠る結界内のように花吹雪が舞い散る。花びらは地上に落ちる前にふっと姿を消す。

 

彩られた空を眺めて改めて心に決める。

「(支配者ロールなんて人間らしさが残るこの種族では難しい。それでも私らしく最善を尽くすんだ)」

答えはもう貰っているので、あとは同じように行動するだけでいい。

パインはモモンガのように努めて冷静に、守護者たちに向き合う。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「それでは、今日はこれで解散としましょう。……いつ休めるかわからないから、休息は数時間ごとに取るように。おやすみなさい」

パインはそう言って転移した。同時に花吹雪は消え、辺りは静まり返る。

 

余韻にしたり頃合いをみてアルベドが立ち上がった。続いて他の者たちも立ち上がる。各々服や羽根、尻尾についた砂を払い落とす。

「――パイン様が降らせた花吹雪、とっても美しかったわ」

「マサシク」

「ま、まるでパイン様のような慈悲深い、ボクたちを癒してくれる温かい雨のようでしたね」

「まったくその通りですね。日々鍾愛いただいているというのに、まだまだ慈しんでくださるとは……本当に慈悲深い御方です」

守護者たちは和やかな空気に包まれた。だが、広い視野をもつコキュートスだけが辺りの様子に違和感を覚えた。

「トコロデ、気ニナッテイタノダガ闘技場ハ常ニコノヨウナ姿ナノカ?」

コキュートスは計六つの眼で闘技場をぐるりと見渡す。あちこちに藁が飛び散っておりとても片付いているとは言えない。アウラが両腕を頭の後ろで組む。

「しょうがないじゃん、掃除する間なんてなかったんだもん」

パンドラズ・アクターが頷く。

「確かに、パイン様から藁を払う方が優先でしたからね」

至高の御方のお世話と聞き、セバスがいち早く反応した。

「パンドラズ・アクター様、何があったのでしょうか?」

「パンドラでけっこうですよ、セバス様。パイン様がその御力をお見せになられたのです。さも戦士のごとく斬撃を飛ばし、またマシンのビームのように魔力を圧縮させて照射、藁人形は木端微塵に爆ぜました。スキルを使わずあのような芸当ができるとは私、感服いたしました」

その場にいた者は何度も頷き、いなかった者は羨望の眼差しに少しの嫉妬をのせた。直接お世話しただけでなく、特殊で複雑と考えられる“人任せの魔女”様の、その貴重な力さえも間近で拝見する機会を得たなんて、ナザリック内にもそう多くはいない。

セバスが信じられないという風に目を大きく開ける。

「今日のパイン様の御姿のクラスはマジック・キャスターのはず、なのに斬撃を飛ばすとはさすが至高の御方」

「スキルもなく相手を爆ぜるなんて、まるでペロロンチーノ様を思い出すでありんす。わっちも拝見したかったでありんすえ」

「後学ノタメデアレバ許シテクダサルカモシレン。仕事ガ一段落シタラ願イデテミルカ?」

コキュートスの提案にすぐには応えず、守護者統括に顔を向ける。

「いいでありんすか?アルベド」

「仕事の後であれば文句はないわ。それに追々ナザリックの強化は必須になるでしょうし、パイン様もその事にはお気づきのご様子。私の方から伺ってみましょう。ところで、誰かモモンガ様を見なかった?」

守護者たちは互いの顔を見合わせる。最後にアルベドの方を向いてデミウルゴスが「誰もお姿を見なかったようですね」と言う。守護する階層に至高の御方がやってくれば姿を拝見できずともいらっしゃったことを感じられる。誰も名乗り上げないということは、どの階層にも現れなかったということだ。

アルベドは眉を下げて最後に愛する殿方の被造物に、まるで縋るように声をかける。

「パンドラズ・アクター」

「私にもわかりません。たしかな事は一つ、パイン様にご報告したとおりろぐあうとされた時と全く同じ感覚が最後だということです。魔女様の仰るように、もしかしたらナザリック同様こちらの世界に転移されている可能性はあります」

悪魔が悲し気に息を吐く。

「私も捜索チームにいれていただきたいものだわ。適任者がヘドラ・ファンタズマだと知っているけれども、やっぱり愛しい御方は自らの手で探しだして御守りしたいわ」

「仕方ありませんよ、アルベド。私たち守護者はこのナザリック地下大墳墓を守り抜くことを厳命されました。必ず帰ってくるためには家が必要だ……こう仰られては、ここから離れて探しに行くことは難しい」

「そうね……気持ちを入れ替えるわ。みんなもね」

数人がアルベドと同じように、パインに探索チームに入れてくれるよう願い出るつもりだったのか目を逸らした。

「……では、仕事に取り掛かりましょうか」

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

ナザリックに異常なし――。

その報告に安堵しつつ、一週間ほどパインは奔走した。

消費アイテムの製造をストップし、アイテムの効果が変更していないか実験をおこない、支配者らしい振舞いの参考書や映画などをピックアップし、アルベドたちからの報告書のレベルの高さに悩み、ギルドの指輪を守護者たちに渡せない事を思い出してはバタフライエフェクトにびびってモモンガさんの帰還を願い、ミラー・オブ・ビューイングでカルネ村を探し、三十以上の儀仗兵を減らし、いつでもどこへでも追ってくるメイドの人数を減らし、ギルドメンバー捜索チームを作るために自身の召喚スキルについて研究して……疲れた。支配者ロールは―実際には健康体そのものだが―腰にくる。

「(これがオーバーロードと魔法少女の違いかあ。人間に近いもの、しょうがないよね)」

今は九階層の一室で、ミラー・オブ・ビューイングを使いシモベにカルネ村を監視させている。離れたところで私はのんびりティータイムだ。けっしてサボりではない。こうやって“支配者ロールしながらここにいるだけ”も仕事になるのだ。まあ楽ではある。ちなみにシモベの横にはセバスがいて、 ビシッと立つ彼と同じ空間にいてサボれる者などいないのだ。

 

ここまでの経緯を整理しよう。

パインはアイテムボックスから手帳を取り出してこれまで自分がした行動を読み返す。手帳には日記のように一日一ページで記入できるタイプだ。最初の方のページには週間がバーチカルタイプとなっており、行動をまとめて確認しておきたいパインには見やすかった。

この数日、ニグン率いる陽光聖典に狙われる村を救うべく、奔走していた。最初はカルネ村以外を無視するつもりだったが、いざ目の前で惨劇が起こってしまうと非常に気分が悪かった。そこで村人を助ける方向へ変更した。

隠密に特化したシモベたちに村人を隠させ、そのかわり村人に変化したシモベに殺されたフリをしてもらう。暴行されてしまうことも考え、敵に幻術をみせて一人でいたしてもらった。途中、森の中にいるモンスターたちに彼らを襲ってもらい、どさぐさにまぎれて何人かを攫って拷問にもかけた。

おかげで情報収集がうまくいき、隊長クラスを手に入れられたらさらに情報を手に入れられると、デミウルゴスが約束してくれた。つまり「予習をばっちり済ませたので本番いけます」ということ、ニグンさんから傾城傾国の話を聞ける日も近いでしょう。

 

助けた村人はいつかカルネ村とも交流してもらうことを考えて、かの村から一日程度で行き来できる距離に、なおかつトプの大森林沿いに村を建設している。ナザリック地下大墳墓に近いのですぐに助けにいけるということで、多少安心して村作りに励んでもらっている。

救援チームのリーダーはヒーラーのルプスレギナ・ベータだ。村人はけっしておもちゃではない、客人のように扱うよう耳にタコができるほど言い聞かせた。私の母に「子供は五十回、大人は七回言わないと伝わらないよ」と言われて育った経験からしつこく言い聞かせた。そのためか今のところ報告が滞ることはなかった。

 

善行と悪行、両方をこなしつつカルネ村救出作戦を進める。

 

 

 

【つづく】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

村を救え!

 

「パイン様、またあの一団が村を襲いはじめました」

「わかったわ、ルプスレギナ・ベータを呼んでちょうだい。では手筈どおりに」

セバスに言うと彼は深く腰を折った。

「かしこまりました」

そして村の近くにすでに張っているナザリックのシモベたちに連絡するべく部屋を出ていった。

パインはミラー・オブ・ビューイングを覗きこみ、映し出された先の端に逃げる姉妹を見つけた。

「あ、ここだわ」

「全軍に連絡しますか?」

「いいえ、やる事はいつもと変わらないのだから、必要ありません」

「御意」

板についてきた支配者らしい緩慢な動作で首を振る。

生き残った人だけを助ける、という流れは変わらない。例外はあるけどね……。そうこうしている間にルプスレギナが部屋へ入ってきた。

「では、行きましょうか」

 

目的地は、逃げ惑う姉妹の目の前へ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「――なんだ?」

一人の兵士が異変に気付いた。つられて他の二人組もそちらに目をやる。

エンリは攻撃されないとわかると、固く閉じた目をあけて敵の視線を追いかけた。

 

その先には花が束ねられて空中に浮かんでいた。

そして瞬く間に姿が変わり、一人の女性が現れる。

誰だろう。

姉妹は年齢のほとんどを村で過ごしており知っていることは少なかった。でも、例え王様でもきっと答えは見つからない気がした。

だってこんなに美しいものは生まれてはじめて見た。きっと両親だってはじめて見るだろう。

 

丈が短すぎる白く輝く上着、生地をたっぷり使った赤いドレス、まるで魔法使いのようなつばの広い帽子、真っ白い仮面と真っ白は手袋をつけた姿で、体の凹凸からかろうじて女性だとわかるぐらいだ。

彼女は緑色の宝石がついた二股の杖を手に持っていた。

地に足を付けるとすぐに杖を兵士たちへ向けて振る。

「眠れ」

ガシャン。

けたたましく金属音が鳴った。振り返ると兵士たちが全員倒れている。彼女が言う通り眠ってしまったのかもしれない。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

涙が出て止まらなかった。妹と私は助かったのだ。

「おねえちゃん」

ネムに返事ができず、手を強く握った。

「うう……ふっ、く……」

女性は少しの間動かないでいだが、突然杖を空中に振った。眠らされるのかなと思ったが、どうやら違うらしい。

今度は、空中にフード付きローブが出てきた。まるでその場で魔法で生み出されたそれは、女性が着用しているものよりも劣るが、自分の服より何倍も質が良く高価な物だとわかる。ローブは光沢がない白で、縁取られた金が高価な物であることを証明していた。胸元のボタンは透明で透き通っている。

彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと私たちに近づいて、そのローブを肩にかけてくれた。

「もう大丈夫ですよ。ルプスレギナ、回復魔法をかけてあげなさい」

「はっ」

いつの間にいたのか、赤毛の絶世の美女が杖を持った女性の後ろに控えていた。活力に満ちた浅黒い肌は玉のように輝いており、赤毛は編みこまれている。使用人が着る服に似た衣服を身にまとい、背中には彼女の背丈ほどある大きな……まるで教会の聖印をそのまま武器にしたみたいな物を背負っている。女性の命令を聞いているという事は、彼女の使用人なのだろうか。

ルプスレギナはエンリたちに近寄り、手をかざした。

≪中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)≫

温かな光をともなって魔法が発動する。

「これで怪我をしていれば治ります。ルプスレギナ、あの兵士達を縛って暫く起きられないようになさい」

「かしこまりました」

次に腰に巻いた鞄から微光を発している縄と覆面を取り出した。それらを手際よく兵士たちをまとめて縛っていく。

仮面の女性はエンリ達に説明する。

「これで彼らは無害になりました。では、次に村の方は行きましょう」

「まって、ください」

視線が自分に集まる。深く息を吸って想いを二人に伝えた。

「助けてくださって、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「図々しいことは承知です。でも、どうか村を、お母さんとお父さんを助けてください!あなたしか頼れる方がいないんです。お願いします!!」

妹のネムと一緒に頭を下げる。

女性はすぐに大きく頷いた。

「ちゃんとお礼が言える方は好感が持てます。これを差し上げましょう」

やけに細い手の中には二つの角笛があった。

「これはゴブリン将軍の角笛というマジックアイテムです。吹けばゴブリンの軍勢が現れてあなたを守ってくれます。何かあれば吹きなさい。ご両親は生きていれば助けましょう」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!!あ、あの、それと、お名前はなんとおっしゃるんですか?」

女性は美しく佇まいを正して言う。

「パイン・ツリーよ」

 

 

―――――――――――――――――――

 

やるべき事はクリアできた。

「(はあ、なんとかなったかな)」

 

今は村の中を歩き回りつつ、負傷者がいればルプスレギナに回復させている。途中家の裏手に回り、手帳を取り出してTodoリストにチェックマークを記入する。

エンリ姉妹の救出とアイテムの譲渡。

村人の救出、村長から情報収集。

法国の兵士の捕縛・逃がして情報を持って帰らせる。

 

あとは王国戦士長を待って、法国の覗きにグーパンして、ニグン君ゲットして帰還する。

「よし、もう少し頑張りましょうね。ルプスレギナ」

「はい、パイン様」

頭を下げる彼女の後ろにはエイトエッジ・アサシンが十体身を低くしており、彼らも頭を下げている。加えて、玉座の間で召喚した使い魔よりも下の―下位の召喚で現れた―カニも控えている。村の周りはアウラとマーレに任せて、ナザリックの守りはアルベドに頼んだ。

 

使い魔は、時間経過で消えなかった。死体のような媒体がなくてもずっとこちらにいられ続けるらしい。つまり小説のように大量の死体を求めなくてもいいわけだ。しかしアンデッドの労働力は、かなり便利で魅力的なのでほしい。少し後ろめたいけれど死体は積極的に第五階層で保存してある。

アンデッド召喚はそのスキルを持つシモベたちにやらせている。どんどん召喚はせず、モモンガさんにお願いする分は別に貯めている。パンドラに召喚してもらうと変身をといたときアンデッドが案山子状態になるので、今回は頼んでいない。

 

使い魔召喚・下位で現れたカニは、全体が絵の具でべっとりと塗られたように青い。縦に横に、前後にも大きく一・八メートルほどあった。背中はつるんとまるで磨いた盾のようにツヤがあり鋼のように固い。防御力もそれなりにあるが、さらに魔法への耐性が高かった。片方の腕はシオマネキのように異様に大きいハサミで、こちらは人が二人ほど挟めそうだ。

こちらの世界では十分な脅威になると先ほどの兵士戦で見せてもらったので、今後彼らをメインに召喚するだろうなとパインは考える。中位や上位を召喚したらどんな騒ぎになるか、考えたくもなかった。

 

パインは空を見上げる。もうすぐ夕方から夜に変わる。つまり頃合いだ。

「そろそろ向かいましょうか」

全員が了解の意を示し、シモベたちは周囲に散開した。ルプスレギナを連れて村長さんのいる方へ向かう。

表の道に出るとすぐに村長さんは見つかった、というか彼は私を探していたようだ。

「よかった、パイン様探しておりました」

「すみません、ルプスレギナと二人だけで話したかったものですから。あの、私に何かご用ですか?」

「実はこの村に馬に乗った者たちが近づいてきているそうで……」

村長の眼はおびえていた。またあんな惨状が起こるかもと不安なのだろう。

「武器を所持していましたか?」

「ええ、そうなんです!」

「わかりました。では村人の皆さんは一ヵ所に……そうですね村長宅に集まっていただいて、村長さんは私と共に来てください。ルプスレギナは村人を守って差し上げなさい」

そう指示を出すと、年老いた彼は深く頭を下げて何度もお礼を口にした。

 

準備がすべて完了した頃、数十の騎兵の姿が見えてきた。

馬に乗る彼らの武器や装備に統一性はなく、しかし訓練された動きで村の広場へ進んでくる。まるで傭兵集団だと印象をうけそうな見た目ではあるが、彼らは間違いなく王国の戦士たちだ。

彼らは使い魔のカニを警戒しつつ、二人の前で見事な整列を見せる。一番先頭の男性が前に進み出た。男は村長を流し見ると、私に射抜くような鋭い視線を送ってくる。レベル差ゆえか、私は「(目つき悪いのかな)」程度にしか思わなかった。

男性はやっと口を開いた。

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

彼はこの近隣を荒らしまわっている帝国の戦士たちを討伐するためにきた、と聞いて背後の村長宅ではざわめきがこちらまで聞こえてきた。

村長に「ご存知でしょうか?」と聞くと「噂でしか知りません。商人たちの話では――」と簡潔に説明してくれた。かつて王国の御前試合で優勝した、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人。

うん、事前の情報と変わりないね。

村長さんから説明を受けた時点で、私の方から名乗る。

「はじめまして、王国戦士長殿。私はパイン・ツリーと申します。この村が襲われていたので助けにきたマジック・キャスターです」

戦士長は馬から降りて深く頭を下げた。

「この村救っていただき、感謝の言葉もない」

「気になさらないでください。この近隣を歩くものであれば、ああした脅威は取り除きたいものですから」

「お聞きしたいんだが、あなたは冒険者なのか?」

「……それに近いですね」

実際に今、異世界で冒険してますからね。

「そうだったのか、見たところかなり腕が立つようですな。……しかし、私はパイン殿の名は存じ上げませんでした」

「来てから間もないので、そのせいかと」

「ふむ、なるほど。旅の途中なのか?だとしたら恩人に時間を取らせるのは心苦しいが、村を襲った不届き者について詳細をきかせていただきたい」

「もちろんいいですよ。どうやって私が戦ったのか、そしてこちらの召喚したモンスターについてもご質問がおありでしょう?」

後ろのカニの方を向く。命令したとおり大人しくたたずんでいた。

「あなたが召喚したのか?」

「そのとおりです、戦士長殿」

「そちらの仮面は?」

「私にとって必要なものです。こちらのモンスターを使役できるのもこの仮面があってこそ、できる芸当なのですよ」

「なるほど、まるで国宝級だな」

……そうなの?カニちゃん下位だから大して強くなんて、いやデスナイトが伝説級に値するのだからカニちゃんもこの辺だととんでもない怪物扱いになるんだね。

「ええ、似たようなものです。だからこのものが暴れ出してはいけませんので、仮面は外せないんですよ」

「ならば、取らないでいてくれた方が良さそうだ」

「ありがとうございます、戦士長殿」

少し打ち解けてきた辺りで、そろそろ椅子がある場所で腰を据えて話そうとなったとき、一人の騎兵が凄い速さで馬を走らせてきた。

駆けこんできた騎兵の息は大きく乱れており、ことの重大さを物語る。

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰ってきた!

すべては予定通りに、滞りなく進んだ。

ガゼフと知り合い、彼はニグンとしばらく戦った後に、課金アイテムによって私と位置を交換する。

ニグンと遊んでもよかったが、再びメモと向き合う方が大切なのでさっさと拘束し、アイテムボックスから手帳を取り出して記入していく。

「お前は何者なんだ……」

「魔法少女ですよ」

愕然とする相手を放置して、そのときがくるのが待つ。夜が空を支配したころ、大きく空間が割れた、まるで陶器を割ったように。異変はすぐに元どおりになり、ニグンたちは困惑していた。私は今日という日を滞りなく進める方が重要なので、その様子に気づかなかった。

「よし、用事も済んだし撤収!」

法国からの覗き見に対しパンドラが唱えた対情報系魔法の攻性防壁が起動して、それが合図となりニグンたちの傍に〈転移門〉が開いた。ゲートから僕たちが出てきて大切な情報源をナザリックに運んでくれる。

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ」

ルプスと二人で泣きわめくそれを見送ったら、今度は帰還だ。

「一応、村には声をかけておくべきですね。ルプスレギナ、先導しなさい」

「かしこまりました」

 

 

それから村に脅威は去った事を報告して、「もう夜も遅いからさっさと帰りますね」という内容を丁寧な言葉遣いで言い、別れの言葉もそこそこに村を出た。

 

帰り道の草原にて、後方でサポートしてもらっていたパンダラズ・アクターと護衛のルプスレギナを連れてナザリックへ帰路へつく。

パインはほとんどのイベントを原作通りに進められたことに満足していた。これでうまくいけば法国からワールドアイテムを二つとゴッズアイテムの装備品をいくつか手に入れられるはずだ。漆黒聖典に会うためには、冒険者のブリダを見張り、あのブレインがいる盗賊たちのアジトへ案内してもらう方法が一番いいと思った。冒険者になりンフィーレアが誘拐されるタイミングを狙うことも考えたが、モモンガさんがいつから冒険者になったのか不明なので、彼がまったく関与していないブリダの行動に注目したのだ。

いざとなれば、ナザリックによるローラー作戦で敵を見つけちゃえばいい、と思う。

 

とにかく、大仕事が一つ終わって気分良く家に帰る道中だった。そこに〈伝言〉がきた。

「ーーアルベド、どうしたの?」

何か問題でもあったのだろうか、と背中に冷や汗がつたう。

『ご報告します。至高なる御方、ウルベルト・アレイン・オードル様がご帰還されました』

「……おう」

ロールプレイも忘れて素で返事をしてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

シャルティアに慌てて〈転移門〉を開いてもらい、すぐにナザリックへと帰還した。ナザリック入り口でアルベドに預けていた指輪を返して貰いつつ、彼は自室にいるのだと教えてもらう。

「ありがとう、アルベド。皆とりあえず通常業務に戻ってください。私はウルベルトさんを訪ねます」

 

第九階層、ウルベルトさんの部屋へ近づくとすでに警備の僕がいた。そして扉の前で待機しているメイドさん。名前なんだったかな、ごめんね、まだ覚えきれてないんだ。

「お待ちしておりました、パイン様。ウルベルト様がお待ちです」

なぜ私の帰宅時間がわかるのかは知らないが、さすがナザリックのメイドさんだと思う。外用に付けていたマスクは外して、真っ黒な球体の顔を晒した。メイドは少し目を大きくしたのち、キリッと顔を凛々しくさせる。とても美しかった。

「案内しなさい」

「はっ」

メイドに続いて部屋の中に入った。第九階層のスイートは自室の中に執務室がある。客人が一番最初に足を踏み入れるのは執務室だった。

ウルベルトさんは白シャツにズボンとラフな格好で、応接用のソファに座って何かが書かれた紙を見ていた。

「ウルベルトさん、こんばんは……」

「こんばんは、パインさん。あー、彼女と二人きりで話がしたいんだが?」

「かしこまりました。ご用があればすぐに参上いたします」

そういって彼女は退出した。私はレベル百の戦士の軽やかな動きでウルベルトさんの向かい側に座る。ソファに負担をかけなかったので壊れることはなかった。

「うお、びっくりした」

「ウルベルトさん!どうしてこっちにいるんですか!もう、もう私びっくりしましたよ!!!」

「俺だってこんなことになって疑問だらけですよ」

会えて嬉しい、なぜギルメンが帰ってこられたのか驚き、色んなものが胸で混ぜこぜになり、涙が溢れ出した。と言っても球体の頭では涙なんて出ないが。

「よかった!ギルメンが帰ってきて嬉しいですよー!!!よかったー!」

「そんなに歓迎してもらえるなんて、嬉しいですね。ところで他のギルドメンバーは?」

「モモンガさんがユグドラシルのサービス終了時に残っていたはずなんですけど、なぜかここにいるのは私だけなんですよね……」

「待ってくれ、順を追って話してくれませんか。ユグドラシルのサービス終了がどうしたって?」

パインはできるだけ、これまでの事を簡潔に話した。

ユグドラシルのサービス終了と同時に転移したこと。その時、一緒にいたモモンガの姿は消え、自分はナザリックに残っていること。他のメンバーはいないこと。今は自分がナザリックの経営責任者だということ。

「そして、現在はモモンガさんを探しつつ、この未知の世界を既知に変えるべく冒険してるんですよ」

「具体的には何をしているんですか?」

「モモンガさんの捜索は、アルベドを責任者において僕たちと私が召喚した使い魔たちに任せています。私は前線に出て情報源……つまりこの世界の人々を助けたり捕まえたりして、情報を貰っています」

「助けたり捕まえたりっていうのは?」

「襲われていた村人を助けたり、襲撃者を捕縛して今は第五階層の拷問部屋に放り込んでいます」

「グッジョブ」

 

ナザリック側の話が済んだら今度はウルベルトの番だ。

「俺は、リアルで死んだ。色々あって、まあ今は話したくありません。死んだ後……ここへ転移する前に声を聞きました。ナザリックへ行きたいかって。どうやってその声を聞けたのかはわからないがとにかく俺はあの頃に戻りたくて、頷いた。そしたら円卓にこのウルベルトの姿で座っていました。その後メイドの一体に見つかって、今にいたります」

「死んだ……死んだんですか!??」

「そうです。理由は言えませんよ」

「それはいいですけど、今怪我とか、体に不調はありませんか?大丈夫ですか?」

「それはまったく問題ないな。リアルの頃より快調なぐらいだ。ここじゃ空気も美味いですからね」

「なら、よかった」

ほっと息をつく。今が無事ならそれでよかった。男の方は困惑していた。

「他にも気になりませんか?不思議な声とか」

「あ、気になります」

教えてください、と頭を下げると悪魔はやれやれといった雰囲気で「相変わらずマイペースですね」と零した。

「不思議な声は、多分女性だと思います。声色が高かったので。それ以外はわかりません」

「……神様でしょうか」

「だとしたら、あのとき殺しておけばよかった」

「おお過激ですね」

「悪魔ですからね。神様なんてクソッタレなものは殺してなんぼですよ」

ウルベルトが身を乗り出す。

「あのNPCたちの様子なんですけど」

「忠誠心MAXでしょう?ふふ、すごく重たいんですよ」

「あれは俺たちがギルドメンバーだから従っているんですか?」

「そうです。私たちが彼らにとっては王様のような、いえもっと尊い存在……神様のような存在だからですね」

「神様か、まあたしかに創ったが……神よりも親の気分なんだよな」

ウルベルトさんのため息には同意する。私だって彼らといるのは楽しいが、ロールプレイには限界がある。

そこでテーブルに広げられた紙に目が入った。

「ウルベルトさんは私がここに来るまで何をしていたんですか?」

「転移してからのナザリックの活動情報を見せてもらっていました。アルベドが色々教えてくれましてね」

「アルベドから……」

そういえば今のアルベドってどんな気持ちなんだろう。ギルメン帰ってきて殺意に燃えてたりするのだろうか?うわー!他のギルメンが帰ってくるパターンをちゃんと考えたことなかったからわかんないよ。

早急にアルベドに会う必要がある、私が彼女の表情を読み解けるなんて思えないけれど、とにかく会って話さないといけない。しかし来たばかりのギルドメンバーを放っておくこともできない。ちょっとだけ抜けようかな。

「ウルベルトさん、私ちょっとアルベドに会って留守の間の報告とか聞きにいきたいんですけど抜けてもいいですか」

「大丈夫ですよ。もう遅いですし、このまま解散しましょう」

「わかりました。……ウルベルトさんはこれから何をするんですか?」

「俺は部屋にいますよ。追加の報告書があれば持ってきてくれって言っていますし、それに自室のベッドで寝てみたい」

「そうですか。それじゃ、何かあれば呼んでくださいね。……差し出がましいかもしれませんが、よかったらメイドたちには明日の朝まで下がるように言っておきましょうか?」

「そのくらい俺が伝えますよ」

「いえ、出るついでなので」

「なら、お願いしてもいいですか?」

「いいですよ」

 

そして彼女が去った後、ウルベルトは再び書類に目を通し始めた。ギルド拠点の維持と防衛体制に関して言えば完璧な対応だと思う。

転移してすぐ、俺ならばここまでできただろうか。NPCたちがどこまで考えてやれるのかは不明だが、なんだかこのやり方はパインさんよりもモモンガさんっぽい気がする。

そんなことをぼんやり考えながら、読み進めていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

パイン自室。

執務室はデフォルトで用意された家具や室内の雰囲気はそのままで、数点の壺や絵画を飾っている。客人が見ない部屋はさらに家具を増やして飾っていた。特に、ドレスルームはみっちりとタンスやクローゼットを詰め込み、その中にもアイテム欄が満杯になるまで買い込んだ衣装や調度品を入れていた。

いつか守護者たちの褒美に当てようと思い、良いと感じたアイテムが中に詰め込まれている。おかげでギルドメンバーの誰よりも物を溢れされていた。

アイテム整理しないとヤバイ、そう思ってからすでに半年は経過している。

「夜遅いのに、呼び出してごめんなさいね」

「いいえ、とんでもございません。パイン様」

応接室のソファにはパインとアルベドが座っていた。それぞれの前に紅茶が入れられたカップが置かれ、良い香りを放っている。パインは一口、できるだけ優雅だと思う所作でゆっくりと飲む。そして机の上に置いた。

「アルベド、今日もナザリックを守ってくれてありがとう。あなたたちNPCがいて、家を守ってくれるから安心して帰って来られるわ」

女神が花が咲くように笑った。

「恐悦至極でございます。ですが私たちが至高の御方に仕えるのは当たり前ですので……」

「そうだとしても、いつも感謝していることを伝えたいの。本当にありがとう」

とびっきりの笑顔を向けるーことはできないので最大限に心を込めて言うーと、アルベドは目に涙を浮かべて「もったいないお言葉です」と言う。

さて、ここからだ。背筋がヒヤリとするし、何も得られないかもしれないけど、頑張ってアルベドの気持ちを確かめよう。

今日も「(表情が読み取られにくいアバターを所持していてよかった)」と思った。

「今日は特に助かったわ。だってウルベルトさんが帰って来たんだもの」

ちらりと伺う。彼女の微笑みに変化はない、と思う。

「彼がナザリック地下大墳墓に帰還できたということは、今後もギルドメンバーが帰ってくるかもしれない。モモンガさんの帰還に希望が持てたわ」

「はい、とても喜ばしいことでございます」

「アルベド、これからもナザリックとギルドメンバーを守ってね。私も一緒に守るからね」

笑みが深くなった。今度は星のように目を輝かせている。不安を感じることはないけれどなんだか違和感を感じる。

「はい、必ずやご期待に沿えるよう尽力いたします」

声色に含みはない。もしかして悪いことなんて起きないんじゃないかな?直接聞いてみてもいいんじゃないか?

「ありがとう。ところで、アルベドはギルドメンバーのことをどんな風に思っているの?私はみんなのこと大好きだけど」

「はい、このナザリック地下大墳墓のいと尊き主人であり、正当なる支配者であられます」

正当なる支配者だって!よかった、これは謀反なんて起きそうにないね!

「特にモモンガ様は私の愛する御方でありーーー」

「うんうん」

「パイン様はいつだって我等を愛してくださる慈母のような御方ですわ」

「そうかな?照れちゃうわ、ありがとう」

本当は大変恐縮なのですが、ここは支配者ロールして部下の賛辞を素直に受け入れる。

彼女の言葉を信じてギルドメンバーに危機がないと判断した私は、しばらく談笑した。

 

 

 

【つづく】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

完璧超人始祖

 

ウルベルトの帰還によりナザリックは浮ついている。皆がやる気に満ちて笑顔をさらに見かけるようになった。それはパインも同じだ。もう一人で背負わなくてもいいことが彼女を緊張状態から解き放しってしまった。そして思い立った。

「休みが欲しい」

今日を休日としよう。良いではないか!こちらに転移してから休みなどなかったのだから、自分のやりたいことをしよう。

といってもメイドたちに正直に「休むね」なんて言わない。側で仕える人数を増やされるだけだからね!

「魔女の館に篭ると伝えて、今日の担当メイドさんはこの部屋で待機、いや仕事を言いつけて暇をなくしてあげた方が喜ばれるね。あとはウルベルトさんに連絡入れて……」

自室のベッドの上でゴロゴロと転がりながら考える。リストができたので、起き上がり順次連絡を入れる。

 

 

 

「……私は魔女の館に一日籠ります。用があれば、あなたに渡したアイテムを使用して連絡するように。では、クローゼットのアイテム整理をして……しなさい。」

「かしこまりました!必ずやご期待に添える働きをしてみせます!!」

鼻息を荒くさせて仕事に望む姿に、空振りにならないかと心配になったが、 仕事は単純にアイテムを並び替えるだけなので大丈夫だろう。

私は久し振りに第二の自室とも呼べる施設へ転移した。

シモベたちと挨拶を交わして、館内へとワープする。出入り口となる大きな部屋には相変わらず大きな絵が飾られているが、今回は家族ではなく集合写真のように約二十人近くのプレイヤーが集まった絵に変わっていた。パインはそれを懐かしそうに眺めて、意識を切り替える。

両扉の端にはすでに魔女の館に勤めるメイドが二人待機している。転移初日に会えたクレンチではない。

「開けなさい」

「「はっ」」

扉は音を立てず開かれる。速度を緩めず中に入り、応接用のソファへ一直線に向かった。そこには愛した人が座っている。

「ヘドラ、おはよう」

「おはよう、我が君」

言葉に声に愛が添えられて、胸に届く。はじめは戸惑ったが今では心地いい。愛を贈られるたびに「私はここにいてもいいんだ」と安心できるからだ。

私はヘドラの隣り、できるだけ側に寄り腰を下ろす。

「今日は顔が見えて嬉しいよ」

そっと伸ばされた長い指が優しく髪をかきあげて耳へかけた。くすぐったくて胸が高鳴る。

「キューブの回収にはこちらの方がいいということもありますが……あなたに喜んで貰えて嬉しいですよ」

自然と湧き上がる笑顔を向ける。ヘドラも笑ってくれた気がした。

「喜んでいるとも。身代わりを発動している姿、今の君、魔女である君、すべて愛おしく思っているよ。だから君の用事と私がここに戻る日が被って嬉しい。でなければ、しばらくは会えなかっただろうからね」

寂しそうな感じが言葉端から伝わる。可哀想だと思いつつ喜んでしまう。

「わざと、ですよ。ヘドラがいる日を狙って来ています。あなたに会って、話したかったから」

「天にも昇る心地だ……言葉の熱でのぼせてしまうよ。君は私とどんな話しがしたかったんだい?」

熱に浮かされた声と一緒に溶けてしまいたいが、これから相談事は非常に難易度が高いと思われるイベント戦を予想している。少しクールダウンが必要ね。

「なんでもしたいわ。と言いたいところだけど、今回は仕事の件がメインになるわね。最近の宝物殿の様子はどうかしら」

彼はソファに預けていた背筋をピンと伸ばし、雰囲気が甘いものから固いものに変わる。

「変わりないよ、安全で平和そのものだな。そちらは危険ではなかったかい?」

「まったく。パンドラもルプーもシモベたちもいてくれたおかげで大丈夫よ。目的の情報も手に入ったし」

「目的の情報か。ふむ、そろそろ私の執務室へ移動するかね」

私は頷いた。

「そうしましょう」

 

 

 

ヘドラの執務室と自室は館の二階部分にある。それらは両隣りに設置されており、彼の生活が少しでも楽になるようにと考えられて作られた。

執務室の扉を抜けると、そこそこに広い部屋があった。二〜三十人ほど収容できそうな広さで、中央から手前に応接用のソファ、奥に執務机と椅子、その他にもオフィス向けのキャビネットや本棚が置かれている。

パインは空中に自分の魔法少女としての固有模様を浮かび上がらせる。これは〈転移門〉と同じような効果があり、結界内と行き来できる。

そこから大木のような筋骨隆々の大柄な男性が現れた。姿形はほとんど違うが、計十一人の男性が出てきたところで門が消える。

「おはよう、皆」

「おはよう、パイン殿」

代表して応えるのは一番大柄な男性だ。赤い肌に赤いヘルメット、その上に金の草冠を被っている。白い布地の腰巻に動きやすそうなサンダル、彼の体格に見合った大きな白のマントと随分身軽な服装だった。その見た目はまるで古代人である。

そう、彼はまさしく伝説の時代から生き続ける元神ザ・マンだ。

 

そして彼の弟子である完璧超人始祖たち。

金の顔を持つ壱式(ファースト)、ゴールドマン。

その弟、銀の顔を持つ弍式(セカンド)、シルバーマン。

長く白い髪に全身鏡面で紫の体を持つ鏡の化身超人・参式(サード)、ミラージュマン。

イノシシに似たマスクを被ったこの中では最も人間に近い見た目を持つ肆式(フォース)、アビスマン。

あらゆる痛みを無効化する緩衝材を全身に持つ伍式(フィフス)、ペインマン。

二股に分かれたヘルメットのような頭部の前面が透けて中が見えており、全身の血管が浮き出ている姿が少し不気味な陸式(シックス)、ジャスティスマン。

大岩のような印象を受ける大柄な体、長く伸びた二本の角と一つ目が印象的な漆式(セブンス)、ガンマン。

いかなる攻撃も寄せ付けない輝くボディを持つ捌式(エイス)、シングマン。

漆黒の翼に人間らしいボディ、カラスを模した形の仮面をつけた玖式(ナインス)、カラスマン。

最後は、他のメンバーとかなり毛色が変わる。十一人の中で唯一豪華で華やかな装飾で、ローブ丈のドレスを身に纏った男性だ。その所作は洗礼されており、貴族的な雰囲気を醸し出す。拾式(テンス)、サイコマン。

 

 

以上、ヘドラを合わせて十二名がパインが創造したNPCである。

魔女の館内で働くメイドたち含めなぜこんなにNPCが増やせたかというと、課金ガチャで"拠点のNPCを増やせる"大当たりを引いたためだ。転生者の強運が発動した瞬間だった。

引いたパインは、仲間たちの許可を得て完璧超人始祖たちを創り出した。もちろん趣味と実益を兼ねている。

パインはそのスキルやクラス構成から、敵の襲撃にあった際は宝物殿で世界級を守る役目を担う。そのとき、敵を自らの結界内に引き込みえげつない数の使い魔で相手を消耗させ確実に倒す。

当初は、パインとヘドラと使い魔たちで対処する予定だった。しかしNPCを増員できるならしようと話しが出ていたところに、ちょうどガチャを当てたため完璧超人始祖が創られた。

襲撃者撃退の要となるように創られた彼らは、ヘドラの指揮により能力を向上させ物理と魔法で殴りまくる。パインは回復やサポートに徹する。デバフは使い魔たちの呪いを利用することで、中の上チーム、うまくやれば上の下チーム戦に勝つことができる。

宝物殿以外の場所からでも結界内に引き込めばこの作戦が使えるため、千五百人の襲撃の際はチームを分断でき大いに貢献できた。

ちなみに、なぜ拠点NPCを結界内に設置できたかと言うと、拠点と結界内を繋げたからだ。宝物殿の最奥、世界級がある場所にパインの棺桶を置き常時結界内と繋げることで成立したのだ。これは魔法少女イベントの中でも"魔法少女まどか☆マギカ"のイベントをすべてクリアした者のみが得られるものだ。

ヘドラ含めた始祖たちは、ナザリックの中でもあの襲撃で生き残った者たちとして畏怖される存在であるとパインたちプレイヤーは知らない。

 

「(これで会うのは二度目だけど、やっぱり完成度高くて大満足だわ)」

一度目は第六階層で階層守護者たちと分かれた後だ。様子を見たるためとファン心に突き動かされて会いに行った。その時は健康を確認しただけで終わってしまったが今回は違う。

パンドラを出すにあたり、始祖たちも結界内から出してしまおうと考えていた。キン肉マンの原作に沿り全員が知恵者と設定したことに加えて、さらに頭が良くなるよう設定を書き込んである。リーダーとなる者は多い方が良いと考えての行動だった。

漆黒聖典を倒したらこの子達もナザリックのために働いてもらおう。

「さて、全員揃ったし座りましょうか」

こういう時自分から座らないと皆が座り始めないので、パインは素早くいつもはヘドラが使っているだろう執務机を陣取る。メイドがいないので代わりにヘドラに横に立つよう指名した。しかし、それに異を唱える者がいた。

「別に俺でもかわまんのだろう?」

律儀に手を挙げて発言するのはゴールドマンだ。あまりにも自然体だったのでこちらも素で返してしまった。

「それってロール的にどうなの?」

ゴールドマンは、はたしてパインのそばに立ちたがるだろうか?やりたい事はどんどんやる性質だと思うけど。

「あんたがダメなら変える」

始祖たちの設定文には"それぞれの完璧超人始祖を模した存在である"と書いてある。つまり、自分たちにオリジナルがいることを知っていて、普段からロールプレイを行なっているのだ。

「そう。……うーん、ダメって言うほど"ゴールドマンのイメージ"に離れていないと思うよ」

「ならばこのままやるぞ。……俺でもいいだろう?」

この場合、私が創ったゴールドがヘドラの役割を任されたいのだと結論づけた。というか、その他にないでしょう。

私は頭を振った。

「その意見をのむなら全員でじゃんけんするのはべきだと思うけどいい?」

「反対します」

「ヘドラはそうだよね」

「我らは賛成だ」

「うん、わかるよ」

複数のNPCを持つ難しさを感じていたパインだった。賛成多数ということでじゃんけん大会は幕を開け、結果サイコマンが勝った。

「ニャガニャガニャガ、私の勝ちですね!よろしくお願いします。パイン様」

「おめでとうサイコマン。よろしくね」

パインはアイテムボックスからある書類の束を取り出し、サイコマンに渡す。

「一人一部ずつ受け取ってちょうだい」

全員に行き渡ったことを確認してから話し始める。

「では、これより対漆黒聖典との戦闘イベントについて会議を始めます。会議後、グリーフキューブ生産に移り連携を強化します」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この漆黒聖典って奴等気になるな」

ウルベルトは部屋で一人、新しい報告書を読みながら考える。彼らについてもっとよく知りたいし、パインと話し合いたかった。

今日はたしか魔女の館に籠ると言っていたな。声をかけられた朝から三時間ほど経過している。少し様子を見に行こうか。

今日担当だというメイドに一言連絡を入れて、ウルベルトは第五階層へ転移した。

 

 

氷河に吹雪はない。コスト削減によりそういった金貨が消費するダメージエフェクトなどは一部を残しオフにされている、らしい。

ウルベルトは初めての雪と戯れつつ魔女の館へ飛ぶ。魔女の館へのワープ出入り口には膝丈の雪だるまが飾られており、これでは出入り口が隠させれいないではないかと、ため息をついた。仲間の作ったものならば無下にもできず、壊さないで素通りした。転移門を守る虫系シモベに適当に挨拶を交わして門の上に乗る。

 

景色はガラリと姿を変えた。

広い部屋には、かつてパインと共に魔法少女イベントをクリアしたフレンドたちの絵が壁一面に飾られ、シックでオシャレな家具が置かれている。それらにもあまり目をくれてやらず、両扉を開けた。

途端に騒々しい音が聞こえてきた。

「ほら!ほら!キュウべえ、さっさと金貨出しなさいよ!!!」

扉のすぐ隣り辺り、銀色のスタイリッシュなゴミ箱らしき物に黒いキューブを投げ入れているパインの姿があった。そしてヘドラと十一の筋肉たち。無駄に暑苦しさを感じつつウルベルトはパインの側へ移動する。

気づいたNPCたちは膝を折ろうとするがそれを片手を振って制止し、待機させた。

「こんにちは、パインさん。何をしてらっしゃるんですか?」

「あら。こんにちは、ウルベルトさん。見ての通りキュウべえにキューブを注いでいるところですよ。……そういえばキュウべえは私にしか見えないんですよね」

今ここにいるんですよと、指差す先には何もいない。

「残念ながら見えませんねえ」

「そうですか。見た目は愛くるしい人形なのでサンドバッグにどうかなと思ったんですけど、見えないんじゃ面白くありませんね」

ウルベルトに愛くるしい人形を殴る趣味はなかったので、見えなくてよかったと思う。勧められていたら引く。

「ところで、ちょっと話がしたいんですがそれはいつ頃終わりますかね」

パインはにこっと笑う。

「私もウルベルトさんと話がしたかったんです。これはえーと、キューブを入れて金貨に替えるところまで私がやらなくちゃいけないので、三十分はかかりますね」

パインは魔女の館にある壁掛け時計を見た。

「もうお昼ですし、午後から集まりませんか?できればアルベドや他のNPCたちも交えて話がしたいんです」

重要な案件に関わっているアルベドたちは仕事の引き継ぎがあるので今すぐには来られない。

「それなら時間を開けた方がいいですね。わかりました。午後の三時から……俺の部屋でいいですか?」

「私は構いませんよ」

「では、午後の三時に。……とりあえず今は暇なので見て行ってもいいですか?」

「いいですよー。というか、やっていきます?」

ウルベルトは顎に手をあてた。

このやっていきますというのは、おそらくキューブの生産だ。

グリーフキューブ生産、たしか魔獣とかいうモンスターを倒して得られるのがグリーフキューブ。それをキュウべえに渡すとユグドラシルの金貨やアイテムに変換してもらえるんだったな。

パインはキューブを入れ終えたのか手をパンパンとはたいた。

「いい運動にもなりますよ。まだ魔法を発動してなかったでしょう?」

「いきなり実践ですか?スパルタだなあ」

「違いますよ。ちょうど今舞台は空っぽで何もいないので技の練習できるんです。お望みなら魔獣を投下しますよ」

「とりあえず練習していきましょうかね」

「ではこちらへどうぞ。ヘドラと始祖たちもついてきなさい」

「は、かしこまりました」

計十三人の大所帯で、俺たちは部屋の奥、魔獣と戦闘するゾーンに足を踏み入れた。

ウルベルトはゴミ箱を振り返る。

「あれ、入れたやつ金貨に変換しなくていいんですか?」

「まだまだキューブを入れる予定ですから、今はやらなくてもいいんですよ。それより、ウルベルトさんはお腹減っていませんか?」

「平気ですね」

雑談する姿を見て、ヘドラはフードを深くかぶった。

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの関係

 

「ニャガー!!!」

「ハワー!」

独特な大声が戦場から上がる。十一体のNPCが魔獣という異形のモンスターを、殴り蹴飛ばしていく。離れた所にヘドラが立ち支持を飛ばしていた。いくら魔法とスキルによる支援があったとはいえ、一方的な戦いだ。

「もう少し手加減した方が練習になったんじゃないですかね」

そう言うのは、ウルベルトだ。パインと二人、魔女の館の地下深くの部屋の隅に立っている。魔獣と戦うための部屋は大きかった。五十メートル級で、耐久型らしい大きな体の魔獣十体と戦っても狭く感じない。さらに十体追加されても余裕があるだろう。

パインは眉を下げる。

「もちろん支援なしでも勝てますけど。彼らは喜んでくれましたし、それに怪我負ってほしくなかったし……」

レベル六十台とレベル百での戦闘において、万が一にもレベル百が負けることはない。もちろん、世界級を持ち出されたらその限りではないが、今回はグリーフキューブの効率的に収集することを目的としたルーチンワークの一つだ。プレイヤー戦でもないのに、パインは心配しすぎている。

仲間に対しては抱かなかったが、NPCたちには過剰なまでに反応していた。パインは今日やっと、自らが過保護の心配性であったことを自覚する。

自分がこんな感じなら、ウルベルトはどうなんだろうと考えてある事を思い出した。

「ひえ」

「うわ、いきなりどうしましたか」

引きつった声に驚くウルベルトをよそにパインは慌てる。

「あの、実はまだデミウルゴスにウルベルトさんの帰還を知らせてなくて、ですね。それでやべーってなっているんです」

「ああ、いつも連絡ミスですか。懐かしい」

「私のミスで和まないでください」

現在のナザリックにおいては非常に問題のあるミスをしてしまった。まずウルベルトに謝罪すると、彼は気にしていないと言う。

「実はすでにデミウルゴスとは話したんですよ。昨日パインさんが部屋を出てすぐあいつに連絡したんです」

「そうなんですか!ということは、デミウルゴスはすでにナザリックに帰還しているんですか?」

「いや、帰還はさせていません」

「なぜ?え、会いたくないんですか??」

信じられないと山羊の顔を見る。

「だって仕事中でしょう。ひと段落してからでもよくないですか?」

「ウルベルトさん……」

パインはゆっくりとウルベルトの両肩を掴み、まっすぐ目を見た。

「会ってください」

「でも、この後あなたを含めて会議が……」

「予定変更してください。……お願いします」

 

 

それからすぐ、パインはデミウルゴスに連絡を取り謝罪と至急ナザリックに帰還するよう伝える。忠義厚い悪魔は謝罪を「恐れ多いです」と辞退し、涙ぐんでお礼を口にした。

パインは心の中で「連絡遅れてマジでごめんなさい」と土下座し、今後気をつけるようにと手帳に書き留める。さらにデミウルゴスの帰還と会議の変更をアルベドに伝えておく。これでいいだろう。

「デミウルゴスは数時間後には帰って来れるみたいなので、会ってあげてくださいね」

「わかりました。……それで、俺の護衛にでもすればいいんですかね」

「そこはお任せします。護衛が鬱陶しかったら第七階層の守護を命じればいいでしょうし」

そのへんはウルベルト次第だと言うと、彼は以外だと思ったようだ。

「いいんですか?」

「私はNPCたちと遊んだり話したりしたいと思いますが、ウルベルトさんはそういうの特別好きそうじゃないし。彼らを傷つけない程度に自由にしたらいいと思います」

「ありがとうございます。強要されないことが楽で嬉しいです」

「それはよかった」

魔獣が残り一匹になったところだ。もうすぐ戦闘も終わるだろう。

そのとき、唐突にウルベルトが聞いてきた。

「そういえばパインさんは、ヘドラと結婚しているんですよね」

「ええ、ユグドラシルにあったプレイヤー同士の正式なものではありませんが。モモンガさんに付き合ってもらって真似事みたいなことはしましたね」

「……どんな感じですか?」

「幸せです。愛されて、幸せですよ」

「愛されて幸せか……パインさんはあいつのことが好きなんですか?」

「私は、ヘドラのこと大好きですよ。これからもっと好きになっていくと思います」

「……そうですか」

若干わからないという雰囲気を醸し出すウルベルトはそっとしておき、ラスト一発、魔獣を仕留めたパンチをしっかり目に焼き付けた。

 

 

-----

 

 

次の戦闘からは私たちも参加した。魔獣を三倍に増やしてグリーフキューブのドロップ率を高める。私が参戦することでグリーフキューブはドロップ増加するので、今日だけで多く稼げるだろう。

魔獣を倒す作戦は簡単だ。

まず始祖たちとヘドラが統率する使い魔で敵を足止め、私がメインウェポンの巨大な裁ち鋏で魔獣の下半身を切って動きを封じ、ウルベルトさんが仕留める。これを繰り返した。

シンプルな作戦でパターン化しやすいからこそ、慣れれば作業効率が上がる。敵を倒す時間が回を重ねるごとに早くなり、私たちの連携もいいものへとなった。

 

ちょうど、ウルベルトさんのMPがそろそろ切れるという頃にアルベドから〈伝言〉が入る。デミウルゴスが帰還したらしい。迎えに行こうかと相談するため、ウルベルトさんを見たら肩で大きく息をしていた。私は「魔女の館まで来て欲しい」と伝えておいた。

「ウルベルトさん、デミウルゴスが帰還したので上がりましょう」

「り、了解です。はあ、はあ……これ残量に気をつけないと自滅するな。動きが鈍る」

「大丈夫ですか?少し休んでから上がりましょうか。それとも運びますか」

力持ちならこちらに、と言うと十一の筋肉隆々の男たちがボディビルダーがアピールするようなポーズを各々とりだした。

「もちろん、私でよければ肩貸しますよ」

「いえ、〈飛行〉で動くので大丈夫です。それに、旦那がいる前で嫁さんに肩貸してくれなんて言えませんよ」

「そうですか」

パインはそういうものなのか、と疑問を含めてヘドラと顔を合わせる。相手は首を傾げた。

「そういうものなのでしょうか?」

ヘドラの、このナザリックの忠臣らしい振る舞いは余所行きのものだ。他のギルドメンバーがいる前では言動を変えるよう設定されている。

「……嫉妬しないのか?」

ウルベルトがアイテムを使ってふわりと空中に浮かぶ。ヘドラは左胸に手を置いて答える。

「します。パイン様の側に己以外の、他の者がいたらと想像するだけで胸が焼け尽き、理性が怒りに飲み込まれてしまいそうになります。ですが、パイン様のドッペルゲンガーは私だけ。なので心中穏やかであります」

引っかかる言い方だった。パインは目線だけでそれ以上余計なことは言うなよと願うが、叶わない。

「なぜドッペルゲンガー限定なんだ?嫉妬するべき対象はこの人に近づく相手だろう?」

ヘドラは視線に気づいた。だが、読み違えた。

「いいえ、ドッペルゲンガーのみで良いのです。なぜなら、そういう性癖の御方ですから」

性癖のことならば、ギルドメンバー全員の、周知の事実だと思ったのだ。だってモモンガは知っていたのだから。

「しっー!」

慌てて止めるが、出てしまった言葉は戻って来ない。ウルベルトはそっと、ほんの一メートルだけパインから離れた。

「変態だったんですねえ」

「やめてください。引かないでください」

「おや、言ってはいけませんでしたか。これは大変失礼いたしました」

「いいよ……ちゃんと話していなかった私のせいだから、いいのよ」

パインの肩ががくりと落ちた。

 

-----

 

そういった仲間の、新しい発見をしつつ。また始祖たちからヘドラへ、勝手に女性の秘密を話てはいけないと注意されたりと、賑やかに館の広間に戻る。ヘドラと完璧超人始祖たちはどういう関係になっているのか気になっていたが、どうやら友人の間柄らしい。

 

すでにデミウルゴスは到着していた。広間へ通じる両扉が開くと、悪魔は余裕がある笑みを浮かべていた。しかし土埃被る私たちを見て血相を変える。

「なんということでしょうか!お召し物が……すぐに汚れを」

「後で大浴場に行くから、今はかまわん」

「私も、後でここのお風呂に入るから大丈夫よ」

「左様でございますか。でしたら、私からは何も言うことはございません」

久しぶりに会ったデミウルゴスは、見た目上変わりなく安心した。改めて「おかえり」と、加えてすぐにウルベルトの帰還の連絡が遅れたことに謝罪をする。忠臣な彼はやっぱり「とんでもございません」と頭を下げるのだった。

そうして私たちのやりとりが一段落して。

「おかえり、デミウルゴス。あー、ただいま」

「……第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に。ただいま戻りました、ウルベルト様。そしてお帰りなさいませ」

この日はじめて、デミウルゴスから涙が流れた。

 

 

積もる話は大浴場でするらしい。そのまま二人は魔女の館から第九、十階層へ帰っていった。

残った私たちはというと、デミウルゴスの涙にもらい泣きしてハンカチを濡らしていた。

私、弱いんだよね。ああいう感動ものは特にさ。

感情の波が収まり、始祖たちを労ってから結界の中へ帰らせる。結界の中は住居スペースを完備させているので、彼らの生活には困らない。

 

ウルベルトとの会談は午後からの予定だった。だが、私がデミウルゴスのために時間を取るようお願いしたので、時間は大幅にズレ込んだ。

ヘドラにこれからの用事を伝える。

「お風呂に入った後、グリーフキューブをキュウべえに再び渡すわ。その後ウルベルトさんと会談になってるから、時間になったら教えてちょうだい」

「かしこまりました。会談は何時頃から始められますか?」

「夜の九時になったわ」

「では、一時間ほど前になりましたら、お知らせいたします」

ヘドラの美しい所作の礼を見届けて、パインは数名のメイドを連れて風呂場へ入っていく。もちろん服を脱がせてもらうだけだ。体はさすがに恥ずかしいので自分で洗っている。

 

「(そういえば、ウルベルトさんの話したいことってなんだったんだろう)」

 

 

【つづく】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準備をしよう。

 

 

夜九時、約束の時間。ギルドメンバーの自室に人が集っていた。

部屋の主人ウルベルト、彼の被造物であり巻物の素材を探しを任されたデミウルゴス。ナザリックの内政を担うアルベド、彼女を補佐するパンドラとヘドラ。美しい女性の姿から真っ黒な球体の顔にドレス姿へ着替えてきたパイン、以上六名だ。

長テーブルにギルドメンバーが座り、残りのメンバーは立っている。座ることは辞退されてしまった。

パンドラはウルベルトの指輪を借りて、パインが宝物殿から出した。この会議にはナザリックの知恵者を全員呼びたいと、ウルベルトが言い出したからだ。一体何の話があるのか、パインには見当がつかなかった。

 

ウルベルトが咳払いをする。

「人が揃ったな。では、始めよう。俺が行いたいのは情報交換だな。例えば漆黒聖典と呼ばれる者たちについて知りたい」

パインは内心とても驚いた。そして、やはりこういう状況において表情が見えないというのは自分にとって有利に働くと思った。今の表情を見られたら何か知っていると勘ぐられてしまう。私は動揺からうまく誤魔化せない。嘘だって下手についたら信用が下がってしまう。ウルベルトとの仲に不和を招きたくない。仮に、本当のことを言ったとしても信じてもらえないだろう。おかしな人だと距離を開けられたら悲しい。だから自分の知っていることは隠そうと決めた。

「漆黒聖典が、気になりますか?」

パインは努めて平静を装った。ウルベルトは怪しまず頷く。

「ええ、なんでも一国の切り札らしいじゃないですか。俺たちが警戒すべき未知の存在です。まあ、周辺では最強と呼ばれる王国の戦士長があのレベルなので、考え過ぎかもしれません」

でも、と続ける。

「法国はプレイヤーが作った国らしいじゃないですか。俺たちのように、魔女の館のようなレベリングに最適かつ金貨を延々と補充できる施設があるかもしれない。そうならば、戦士長より強い可能性がある」

「たしかに、そうですね」

彼の言う通りだ。レベリング施設は盲点だった。じゃあ原作より強い可能性もあるのかと、今更気づいた。原作のレベルなんて知らないけれど、うーん、高レベルの場合はどのくらいになるんだろうか。一応、レベル百と仮定して襲撃の準備を内密に進めている。……レベル百以上でした、なんてことないよね?

ウルベルトはアイテムボックスから書類の束を取り出してテーブルに置いた。

「この書類は法国の情報源から得たものをまとめた資料だ。これ以上に、または新しく得た情報はあるか?」

NPCたちは顔を見合わせた後、アルベドが発言する。

「申し訳ございません。現状、その件につきましては新しくご報告できるものはございません」

「そうか、残念だ」

パンドラが声を出す。

「もしお時間をいただけるのであれば、法国へシモベを潜入させ直接情報を手に入れましょう」

創造主の隣でデミウルゴスが首を振る。

「それは先程私も進言させてもらったんだがね、プレイヤーがいるかもしれない場所にシモベを派遣することは危険だと却下されたよ。下手に刺激して戦争の口実を与えてはいけない、とね」

それを聞いてNPCたちは悔しそうに表情を歪めた。私はどうすれば法国の情報をより手に入れられるか考える。

「……知っている人に直接話を聞けたら楽なんですけど」

「そうだろ?」

ぱちん、と山羊の指が鳴る。

「だから、俺は冒険者になるよ」

「えっ危ないですよ」

今さっき未知の存在は高レベルかもしれなくて危ないよねって話したばっかりでしょうが。なぜ自ら飛び込むんですか。

山羊の悪魔は深くソファに腰掛ける。

「いいか?未知の存在にうまく対処できるのは誰だ?それは、未知を冒険してきた俺たちギルドメンバーだろう?」

「そうですね、NPCたちよりかは慣れていると言えます」

「でしょう?……俺たちは、あらゆる方面から情報を得た方がいい。それも早急に。なぜならすでに情報戦で負けているからだ」

その言葉に皆、予想通りなのか落ち着いて聞いている。デミウルゴスは先に話し合ったのか静かだ。私は黙ってウルベルトさんの言葉に耳を傾けた。

「俺たちは、俺たちより早く来たプレイヤーに情報戦で負けている。先に来た方が色々知っているのは当たり前、この地にしかないアイテムを持っているのも当たり前だ。だが、それを仕方ないで済ませる気はない。負けているなら、追い越せるように努力するべきだ」

「その一つが冒険者になって、広く情報を集めることなんですね」

「そうだ。聞けば、冒険者は国に縛られない自由な職らしいじゃないか。様々な国を堂々と行き来して入り込み、生の情報を得られるのは有難い。これ以上にいい職はあるのか?」

「あと思い浮かぶのは商人ぐらいでしょうか」

山羊の頭を振る。

「それは俺向きじゃないな。ふむ、見た目が人間に見えるセバスとプレアデス辺りに任せませんか?」

パインは頷く。

「賛成です。彼らならある程度の敵に対処できるでしょう」

 

それからはサクサクと話が進んだ。

結果、ウルベルトの護衛には影の中に入り込めるシャドウデーモン以外に高レベルの召喚モンスターのハンゾウを数体つけること。そしてタンク役には完璧超人始祖の一人、最も人間らしい見た目のアビスマンをパインは推した。

商人のフリをして潜入するメンバーは、執事役にセバスとそのお嬢様役にソリュシャンが決まった。

 

一段落したところで、次はパインが話し出す。

「あの、私も少し出かけたいんです」

「どちらにですか?」

食い気味で反応するアルベド。優しげに微笑んでいるがどこか余裕がないように見えるのは気のせいかな?

「今すぐじゃないわ。ただ、賊のアジトを見つけたら試したい事があるの」

「何を試されるのでしょうか」

 

「適材適所」

 

 

 

-------------

 

 

「ふー、終わった」

自室に帰ってきたパインは、アイテムの仕分けを行ってくれたメイドをよく褒めてから帰した。それから寝室へ、ヘドラと共に寝転ぶ。

パインは両手足を伸ばしてから、ふっと力を抜く。程よく脱力して気持ちがいい。しかし、隣の気配はカチカチであった。

「ヘドラ、そう意識しないで。襲わないから」

「何?襲わないのか?」

素のヘドラに対してそんな度胸ない、と心の中で嘆く。それから襲われても困ると。

「この体は言わば使い魔の体を乗っ取った借り物ですもの。私じゃないのに、あなたには触れないわ」

「……なるほど。以後、気をつけよう」

何をとは聞かないでおく。それがわからないほど、彼との関係は幼くない。

パインは夫の方へ体を寄せた。

「触れることはできないけれど、こうやってさ、あなたと二人きりで過ごしたかったの。喋ったり、好きな映画を見たり、もっとお互いを知りたい」

パインは、今自分の中で芽生えているヘドラへの気持ちを大切にしたいと思っている。

彼を作った頃は打算的な気持ちだった。自分を都合よく愛してくれる存在、絶対的な味方、そういうものだった。でも、長く接すれば愛着が湧くように。彼を大事なものとして扱うようになった。

彼から愛されるようになって傍にいることが心地よくなって。この場所にずっといたいと、思った。

ヘドラは右手をパインの左手に重ねる。

「私は、映画をあまり見ないから君が選んでくれるか?」

「いいわ。まずは私の好きなアクション映画から見ていきましょう」

ストーリーが明快で派手なアクションは見所が多く、はじめての彼にも楽しんでもらえるだろう。

「(同じジャンルを好きになれたらいいなあ)」

パインは起き上がり、映画のデータを置いてある棚へ歩み寄った。

 

 

 

〈つづく〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パインの部屋

ロイヤルスイートルーム。ナザリック地下大墳墓の奥に位置する場所。至高なる四十二人の居住区であり聖域である。アルベドはその廊下は歩いていた。時々すれ違うメイドに会釈され、それに対して笑顔で返しつつパイン・ツリーの自室へ向かっていた。長い廊下を歩くが、足音はふかふかの赤い絨毯に吸収されるため静かだ。静寂の中でアルベドの心は弾んでいる。なぜなら、パインに呼ばれたからだ。

至高の御方。NPCたちに、自らの持ち物を分け与え続けてくださった。ほぼ毎日会って、大切に扱ってくださった。最後まで残ってくださった。自分とモモンガを結んでくれた恩人、数え切れないほどのご恩がある御方だ。その方の役に立てるかもしれないチャンスとあれば、自然と心は弾み喜びで翼がバサリとはためいた。

 

パインの部屋の前に着く。門番であるコキュートスの配下から鋭い視線を送られるが、これは当たり前だ。主君の部屋に入るものはすべて警戒し、不審な真似をすれば即座に切り落とす。その用心ができてはじめて門番としての役目を与えられる。

アルベドは慎まやかに扉をノックする。十秒後に今日のパイン様当番のメイドが扉を開けた。アルベドはパインに呼ばれた事を伝える。相手は頷いて、少々待つように言うと扉を閉めた。今度は数分間待った。再びメイドが現れて、中に入るよう促される。

 

「おはよう、アルベド」

「おはようございます。パイン様」

挨拶は短めを好まれるので、余計なことは言わない。

愛するパイン様は執務机に座ってらっしゃった。今日は真っ黒なお顔ではなく、女性の姿をしていらっしゃる。表情がわかること、そのご威光をしっかりと感じられるのでこちらの方が私は好きだ。

部屋の中には、メイド以外にエイトエッジアサシンが五体が護衛に当たっている。あまりにも数が少ない。しかし、至高の御方からの命令とあっては聞き入れるほかなかった。だが、時期をみて護衛を増やせないか進言してみよう。万が一もあってはならないのだから。

 

室内は温かみのある部屋だった。ロイヤルスイートルームをデフォルト設定のままに、写真を多く飾っている。壁じゅうに大小様々な写真は、ギルドメンバーと撮ったものからNPCたちとのツーショット、ギルド以外で繋がりがあったプレイヤーたちとの集合写真。ごく最近に撮った物も飾られていた。それらに加えて新しく増えたものといえば、室内には木製で精巧な装飾がされたクローゼットと廊下側のドアから入ってすぐの所に設けられた棚だろう。クローゼットはたしかドレスルームのアイテムを整理するために用意されており、棚はさらに写真を飾るために置かれたと聞いている。棚の写真はパイン様当番のメイドが毎日変えているらしい。今日も、ペストーニャや魔女の館を含めた全てのメイドたちとパイン様が写ったものが飾られている。

「よく来ましたね。早速、あなたとお話ししたいところだけれどウルベルトさんにプレゼントしたい物を思い出してね。少しこの部屋で待っていてほしいの」

「かしこまりました」

ウルベルト・アレイン・オードル様。近々ナザリックの外部にて潜入活動をされる。最も危険な場所に乗り込まれるのだ。パイン様から何か贈られるのは当然だと思われた。

一体なにを贈るのか、その日は浮かれてためか好奇心が刺激された。パイン様はNPCにも気さくに応じてくださる御方で、決してそこに甘えた訳ではない。ただもう少し話がしたかったというのはある。

「ウルベルト様にどのような物を贈られるのでしょうか?」

「変身アイテムの素材よ。私が集めていた物から渡そうと思って……見たい?」

まるでいたずらっ子のように微笑まれる。それがあまりにも、失礼かもしれないが、可愛らしくて頷いてしまった。

「いいでしょう。いらっしゃい」

 

 

 

ドレスルームの奥の部屋。

至高の御方が住む部屋らしくない場所だった。まるで明るい倉庫のようだ。床、壁、天井はどれも執務室と同じなのに、置いてある無骨な鉄製の棚と多くの木箱のせいで実用一辺倒だ。

天井まで積まれた木箱の間をまっすぐに進むと、壁際に引き出しタイプの大きめのキャビネットが見えた。

パインがその一つに手を入れて探し始める。

「アルベドはここに来たことはあったかしら」

「いいえ、ございません」

「ならば驚いたでしょう。面白みがないというか、事務的な部屋で」

「そう……ですわね。パイン様、この部屋には何を置かれているのですか?」

「愛よ」

アルベドは目を見開いた。意外な答えだった。パインの愛はその被造物であるヘドラ・ファンタズマのみに注がれていると、そう思っていた。

引き出しから、抜いた御手には一つの赤い玉があった。血よりも赤く、滴る水よりも輝いている。これが愛の正体なのか?

「これはドッペルゲンガーのみがドロップする素材で、変身アイテムはすべてこれがなければ作れないのよ。綺麗でしょう。私ね、どんな宝石よりもこちらの方が綺麗だって思うの。だってレア物だし、モモンガさんもいいですねって言ってくれたし」

どんどん言葉が普段使いのものへと崩れていくが気にならない。支配者らしい姿も、少女らしい言葉もどちらも尊き至高の存在なのだ。

「それは素敵ですね」

御二方が認めればそれは最高のものだ。アルベドはすべての疑問を捨てて首を縦に振った。パインは興奮して頰を赤くする。

「そうでしょう!ありがとう、アルベド。私の宝箱を見せてよかった。他のギルメンには引かれちゃったから……」

「まあ、どうしてでしょうか?」

「やり過ぎなのがいけないみたい。ドッペルゲンガーだけを狩り続ける姿が狂ってるように思われちゃって、一時期はモモンガさんに心配をかけてしまったわ。それにこの部屋も。宝箱と呼ぶのに内装に飾り気がないギャップとかが良くないみたいね」

顔を上げて部屋を見るパインの目は悲しげだ。アルベドは本心で良い点だと思う箇所を言う。

「……実用的でよろしいかと」

「そうよね。私もそこが気に入っているの。それに飾る時間より狩る時間のほうがよっぽど大事だわ」

「たしかに、想う時間も大切ではありますが、行動しなければ愛は伝わりませんもの」

パインは目をぱちくりと瞬かせて、それから目元をゆっくりと緩ませた。

「ええ、その通りよ。ありがとう。今日、あなたと話せて本当に良かったわ」

アルベドはぶるりと喜びに震えて「身に余る光栄でございます」と頭を下げた。

 

 

 

アルベドを連れて執務室に戻ると、ちょうどウルベルトが応接用のソファに座っていた。

軽く挨拶を交わして、彼の向かいに座る。アルベドは私の後ろに控えた。

アイテムボックスから赤い玉を取り出して、机に置いた。

「ウルベルトさん。これがお渡ししたいものです」

「ほお、赤い玉。聖遺物級の変身アイテムが作れますけど、いいんですか?これレア物でしょう。ドロップするまで苦労したんじゃないんですか?」

「他にもあるので大丈夫ですよ。それに使ってあげないと可哀想でしょう?」

ウルベルトは紅茶を飲む手を止めて、じっとこちらを見つめる。なんだろう。

「……俺には物が可哀想とか、よくわかりませんが、貰えるんですから遠慮なく使わせてもらいます。ところで、あの玉の保管庫をアルベドにも見せたんですか?」

「ええ、そうですよ。実用的でいい部屋だと言ってもらえました!」

「よかったですね」

「はい!」

ウルベルトは紅茶を飲み干してカップを下げさせた。赤い玉をアイテムボックスに入れ、代わりにあるアイテムを取り出した。

「これ、せめてものお礼です」

写真立てだ。中身は入っておらず、形や色は様々である。

「おお、ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね。一枚どうですか?」

「撮りましょうか。今日の記念に」

立ち上がってウルベルトの横に移動する。アルベドとメイドも呼ぶ。私たちギルドメンバーは座って、NPCたちは後ろに立っている。エイトエッジアサシンにデジタルカメラを持たせて、撮ってもらった。

「ハイチーズ。……よろしいでしょうか?」

「見せてちょうだい。うん、いいと思う」

「いいんじゃないですかね?なあ、二人とも」

カメラの画面を見て、至高の存在が良く撮れているかチェックした二人は及第点だと判断して「よろしいかと」と答えた。

それには気づかずパインは嬉しそうに頷く。

「ええ、よく撮れているわ。ありがとう」

「滅相もございません。パイン様」

「よくやった。……俺はこれから鍛治師のところに行きますのでこれで」

ウルベルトが立ち上がり、パインも立って見送る。

「わざわざ寄ってくださってありがとうございました。ナザリックを出るときは教えてくださいね。見送りたいので」

「わかりました。その時になったら伝えますね。素材ありがとうございました。では」

「それじゃ」

 

ウルベルトが去った後。パインがソファの上座に座り、その側にアルベドが座る。彼女たちの前に新しく入れられた紅茶が置かれた。紅茶を一口飲む。

「ねえ、アルベド。ウルベルトさんはどんな格好で外に出かけるか知ってる?」

外に出るメンバーは知っているが、服装までは見せてもらっていない。彼女は何か知ってかなと思って質問したが、美しい悪魔は首を振った。

「いいえ。存じておりません」

一緒だ!

「私も知らないの。だからね、見送る時がとっても楽しみなのよ!一体どんな服装で冒険者になるのかしら。気になるわ」

「ウルベルト様に直接お聞きにならないのは、楽しみを後にとっておくためでしょうか」

「そうよ。その方が面白いでしょう?」

「日々を焦がれて過ごすというのも、楽しいかと思います」

「今、まさにそれね!はあ、楽しみだわ。胸が踊るわ」

ウルベルトさんの人化を拝めるなんて転移してきてよかった。どんな姿で出かけるのか見てみたい。

妄想にふけっていると今度はアルベドが質問してきた。

「パイン様、ウルベルト様は誰を外に連れて行くのか、ご存知ですか?」

「知っているわ。ナーベラルとアビスよ」

「アビスというのはたしか、パイン様が自ら創造されたNPCでしたね」

「そうよ。完璧超人始祖のなかで最も人間らしい見た目をしているし、タンクとしても優秀だから推薦しておいたの。……ついて行きたかった?」

アルベドはにっこりと微笑む。

「いいえ。私はナザリックの内政という大役を任されておりますから。それにパイン様が以前、アルベドだからこそ安心して任せらると仰っていただきました。ならば私は役目を全うしたいと思います」

「アルベド……。今もその気持ちに変わりないわ。いつも助けてくれてありがとう。これからもよろしくね」

アルベドはNPCには珍しく、嬉しそうに笑うと「こちらこそ末永くよろしくお願いします」と頭を下げた。

 

パインは喜んだ。原作ならば、NPCたちは礼を辞退し恐縮するだろう。

だけど、変わってきている。今のアルベドのように態度が良い方向に軟化していた。これならモモンガさんも肩の力を抜いて支配者を振る舞えるだろう。今ならウルベルトさんもいる。男同士、話し合えるならストレスもフリーになるはずだ。

「(モモンガさん、早く戻ってきてください。原作よりもきっと、楽しいことになりますからね)」

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃え上がるは勇気の炎

 

ナザリック地下大墳墓、表層。天気は晴れ。

旅立ちーーー数日後には帰ってくるーーーには、良い朝だった。

「普通ですね。厨二病が足りないんじゃないんですか?剣モチーフのペンダントとかいります?」

「パインさんは俺をなんだと思っているんですか」

「悪魔ですよ?」

「そうですか。煽られているのかと思いましたよ」

人間のような姿をしているパインの前には、人間がいた。

 

黒目黒髪で中肉中背の青年。背は百七十センチ後半。顔はこの世界では普通で特別な部分はない。

質の良いシャツにズボンを着てその上に革の胸当てを装備している。これだけだととても質素だが、手袋やブーツ、アクセサリー類は派手な意匠が施されていた。特に目を引くのが、大粒のスターガーネットがはめられたブレスレットだ。

腰に剣を下げ、腕にマントを持って立っている。

彼の装備はすべて魔法的な付与がされており、やんわりと光っている。

 

この人こそナザリックの主人が一人、ウルベルトが変身した姿だった。

装備品も変身効果によって外装が変更されており、現在の見た目になっている。

 

この変身効果は素晴らしく、かなり性能が良かった。触っても術が解けないこと、毛皮から人間の肌の質感へと触感を騙せること、飲食可能などが挙げられる。

ただし、一部スキルと魔法が制限される。ステータスも大幅に下がってしまうが。

「(まあ、冒険できることを考えればこんなもの大したデメリットじゃない)」とウルベルトは考えている。さらに肉壁となるハンゾウが一体、シャドウデーモンが二体、護衛にNPCが二人ついてくるのだから、この身は安全と言えるだろう。

現在、この場には主人が二名、見送りに来たアルベドと護衛のシモベたちしかいない。

 

 

 

パインは少し考える。

もし、このシャツにズボンという姿でユグドラシルを歩いたら、人間種のルーキーだと思われるだろうな。なぜなら、見た目がユグドラシルの人間種のデフォルトアバターに似ているからだ。

だが、ここは異世界。なので装備品の良さから貴族辺りと勘違いされるだろう。

「その装備なら貴族辺りと勘違いされるでしょうね。質が良く魔法が付与された装備品を身につけていますから」

「そういうもんなんですね。んんっ、来たな」

ナザリックへ入る扉から出てきたのは、変装したアビスマンとナーベラルだ。

タンク役のアビスマンは青い金属のフルアーマーだ。兜は目を覆うが、鼻から下はイノシシを模したマスクが覆っている。鎧は微かに光っていることから魔法が付与されていることがわかる。付与されている効果はこの世界の基準に合わせて大したことはないと、パインさんが言っていた。しかし、一瞬でメインの装備にチェンジできる代物だから、いざというとき便利らしい。

両手に体の半分もあるでかい円盾を装備している。あれで敵を殴るらしい。まんま茶釜さんの戦い方だな。本来の武器はやまいこさんやユリと同じく拳だ。盾を装備したのはパインさんの命令で、敵に偽の情報を掴ませる為だ。

 

ナーベラルはその黒髪をポニーテールのまま結い上げている。だが普段のメイド服ではない。ウルベルトよりも軽装で、魔法の付与すらしていないシャツとズボンとマントのみ装備している。この装備だけでは様々な場面において対応できないと不安になるが、こちらも一瞬でメイン装備に着替えられるらしいので、安心だ。

 

二人は私たちの前で膝をつく。

アビスマンが口を開く。普段のおどけた口調とは違い、真面目に話している。

「お待たせいたしました。パイン様、バッファ様。ご命令通り、親しい者たちと別れの挨拶を交わして参りました」

「そうか」

青年は支配者らしく頷く。それを見てナーベラルはーーーアビスマンの方は顔が兜とマスクに隠れてわからないーーー嬉しそうだ。その表情を見て思い出すのは一般メイドたちである。

「(ナーベもメイドたちのように、物のように扱われた方が支配されてるって感じでいいのかしら?うーん、私はできそうにないな)」

頼まれたとしても無理そうだ。なぜなら大事にしたいから。NPCの気持ちより我を通すところが、モモンガさんと違って支配者に向いていないと感じてしまう。

「では、これよりエ・ランテルに向かう。パインさん、後は頼みますね」

「頼まれました。気をつけていってらっしゃい」

三人とシモベたちは〈飛行〉の呪文で飛び上がり、街の方へ飛んで行った。

姿が見えなくなった頃になってからナザリックの中へと戻る。歩きながら今後のことについて考えていた。

「(さて、ウルベルトさんにはポーションとズーラーノーンの情報とそれらの活用法を書類にまとめて渡した。ぶっちゃけ原作そのままの作戦だけど上手くいくでしょう。だからあちらは任せよう。私は集中しなきゃ!)」

パインはアルベドたちと別れて、魔女の館へ転移した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

二日後。

ウルベルトさんからの定期報告は平和なものだ。ンフィーレアくんと無事に知り合い、こちらの世界のポーションを購入したり。また、ズーラーノーンをさっそく捕獲してイベントを起こすタイミングを狙っていると言っていた。上手くやれば、マッチポンプになってしまうが、冒険者ランクを一気に上げられるのでタイミングを見計らっているのだろう。

もしかしたら風花聖典というスレイン法国の手の者が来るかもしれない事も伝えてある。

 

という事をデミウルゴスに伝えたら、ウルベルトさんはナザリックに帰還となった。風花聖典を捕まえるまでは缶詰にされると聞いている。

それに対して彼は「心配してくれるのは嬉しいが忠誠が重い!」と嘆いていた。

どんまいです……今度愚痴に付き合いますので、この回は守られてください。

そしてこちらはーーー。

 

 

無事に野盗たちのアジトを見つけ出せた。

『パイン様、獲物が動き出しました』

「ーーーわかりました。行きましょう」

 

ついに、その時が来た。

 

ソリュシャンの〈伝言〉を受けて、私とヘドラ、完璧超人始祖たち十名と肉壁となる高位のシモベたちはナザリック表層に集まり、シャルティアが作り出した〈転移門〉へ足を踏み入れた。

 

その先は平原だ。そして草が刈られただけの道が真っ直ぐ伸び、その上に馬車が止まっている。周りは死体だらけだけどまったく気にならなかった。セバス、ソリュシャン、シャルティアの部下であるヴァンパイア・ブライドたちが膝をついている。

「参りましょう。セバス、ソリュシャン貴方達の無事を祈っていますよ」

二人が頭を下げたのを見届けて、私たちとシャルティアたちは新しく部下にした下位のヴァンパイアにアジトへと案内させた。

 

森の中のトラップはすべてネズミたちにくらってもらい、真っ直ぐ進む。おかげで誰も罠にかからなかった。やがて森が開けて、洞窟についた。

「(やったここだ!!!)」

私は興奮したまま、すぐにネズミたちを再召喚し辺りへと散らせる。見つけるのは冒険者グループと漆黒聖典たち。ただし交戦は一切ぜず、あくまでも身を隠して発見にのみ命令を下す。

これで準備は整った。次は支配者としての仕事を行おう。

パインはシャルティアと向き合う。

「シャルティア、ここからの指揮権は貴方に移します。ここにいる者たちを捕らえてみせなさい」

美少女はにこりと笑い、優雅な礼をする。

「かしこまりんした。すべて蹂躙してみんす」

「(いや、蹂躙じゃなくて捕らえて欲しいんです……)」

多少遊んでもいいと言ってあるが、これ大丈夫かな。

そんな私の心配を他所に、彼女は新しく配下にしたヴァンパイアに出入り口が一つしかない事をたしかめると、見張りの男に投げた。凄まじい勢いで飛んだモンスターにぶつかった男は散った。

「(あらーーー!!!?)」

「すとらーいく」

なんて事だ、原作通りじゃないか。

美少女は続いてその辺にあった手頃な石を投げ、二人目の見張りを殺した。

「つーすとらいく、でありんしたかね」

こちらを見てきたので、頷く。シャルティアはにっこりと上機嫌だ。一方でこちらの空気は驚きで凍っている。これをナザリックで見ているアルベドたちもきっと驚いているだろう。

出入口を塞がずに攻撃したのはマイナス評価だ。始祖たちも「あれはマズイよな?」といった表情を各々している。いやサイコマンがわかりやすいくらい動揺していて面白いな。

 

私はシャルティアにヒントを与えないため、全員に顔色を変化させないよう命令する。

「シャルティア、あなたは自由にしていいからね」

「かしこまりんした」

ちなみに途中もネズミたちを使って落とし穴などのトラップも潰して進んでいく。

 

 

 

 

出入口に最も近い部屋を占拠し、それから先はシャルティアたちと〈完全不可知化〉をかけたサイコマンが進む。サイコマンにはシャルティアの行動を見守る役目を言い渡してあるのだ。

三人を見届けている内に室内が清掃されたそうで、中は綺麗になっていた。家具もどこから持ってきたのか玉座らしき豪華な椅子が部屋奥に置かれている。

「どうぞ、我が君」

「ありがとう、みんな」

二十回ほど練習した座り方でそっと椅子に腰掛ける。うん、ちょうどいいクッションの硬さだ。

「うん、とっても座り心地がいいわ。皆も楽にしてね」

「はっ」

各々が部屋の隅か廊下の方へ立つ。私は手帳を取り出して今後の流れを思い出していた。ここしばらくは今日のこの作戦で頭がいっぱいだ。成功させたくてたまらないけれど、その瞬間が来て欲しくない気持ちに傾いたりする。失敗は絶対にできない。

ギュッと手を握っていると、重ねるようにヘドラの手が乗せられた。彼の顔がすぐそばにある。

「なあに?」

「あまり抱え込み過ぎないでくれたまえ」

「わかってる。私一人じゃできない作戦だもの、だからあなたたちを総動員させて……」

「そうではないよ、我が愛しの君」

ヘドラが前に移動し対面する。

「私を見てくれ」

言われた通りヘドラの顔を見た。いつもと変わらないつるりとした顔に、目と口の部分に穴がある。

「不安があるなら、共有させてほしい。苦しさを分かち合えば半分になるだろう?」

それは、私がヘドラに教えた言葉だった。そしてその言葉には続きがある。

「……楽しさを分かち合えば二倍になる。うん、そうね」

目を閉じて自分の不安と向き合う。これの正体は何なのか。

しばらくしてパインは目を開けた。そしてヘドラと手を繋ぐ。

「あのね、怖いの。この作戦が上手くいかなかったらどうしようって不安でたまらないのよ」

ヘドラは頷く。彼と始祖たちにはこれから起こる事を話してある。だから"作戦"といえば何を示しているのか理解してもらえる。

「私やシャルティア、あなたたちに何かあったらどうしよう。ウルベルトさんに迷惑かけたらどうしようって。せっかくここまで準備してきたのに、失敗したらどうしよう。なんて、考えたらキリがないわ」

「完璧主義だね。私はパイン様が無事でアイテムを得られたら何の問題もないと思うよ。NPCは死んでも金貨で蘇る。金貨だって大量得られる手段があるからね」

「わかってる。まずは頭である私が無事であることが大切よ。でもね、あなたたちの事も大事なのよ」

この世界に転移してからは命ある者同士の付き合いだ。ユグドラシルの頃よりも情が湧いてしまった。できれば誰一人も怪我をさせたくない。そんな風に考えてしまう。

パインは立ち上がりヘドラの胸の中へ。ヘドラは両腕で抱き締めた。

「……大丈夫だよ。あれだけ高レベルの魔獣たちと戦ってチーム力を高め、作戦を練ったじゃないか。私たちならやれるさ。そうだろう?」

「ええ、そうね。きっと大丈夫。ちゃんと準備したもの」

そうだ。高レベルのチーム戦を想定してレベル八十後半から九十前半の魔獣たちと戦ってきた。さすがにそこまで強くないと思いたいが、念のためだ。装備だって万全である。

やるだけの準備はしたわ。

ヘドラから離れる頃には不安が剥がれ落ちていた。そして心の底から柔らかく勇気の炎が燃え上がる。

「……やるだけやってみよう」

「その意気だよ、我が君」

そう言う彼の表情は変わらないのに、笑いかけてくれている気がした。

 

 

 

〈つづく〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。