new record (朱月望)
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new record(一回戦)
プロローグ


「よし! これで予選クリアだ!!」

 少年は 人形(ドール)に指示を出し、最後の 敵性プログラム(エネミー)を撃破する。

「意外にしぶとかったけど、慣れたらなんてことはないね」

「戦いに集中しててよく見てなかったけど、よく出来てるじゃないか」

 少年は自分のいる場所を見渡す。

 そこは神聖で荘厳な空間が広がっていた。

「うえっ、なんだよ気持ち悪いな」

 だがその空間の隅に何体もの人形―――否、それは魂のない人の残骸が転がっていた。

「こいつら皆ここでやられたのか……ふん、クズの分際で聖杯戦争に参加するからこうなるんだよ」

 少年はそう吐き捨てる。

「まあ、どうせ本当に死ぬわけじゃないからいいけどね。脱落者が多いほど僕の 記録(レコード)は良くなるし」

 少年はこの闘争に関するある噂を信じてはいなかった。

 脱落者は現実世界で死ぬという暗黙のルールを

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

 どこからともなく男の声が聞こえる。

「聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

 男がそう言うと少年の右手が焼けるような痛みに襲われる。

「いった!? なんだよいきなり!?」

 思わず右手を見るとそこには、三方向に広がる鏃のような紋様が浮かび上がっていた。

「なにこれ? タトゥー?」

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい」

「ふぅん、弾数の限られたボムってことか」

「ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

「なんだよそれ!? 3つあっても実質2つじゃないか。それになんだよ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって、僕がそんなのでビビるとでも思ってんの」

「信じないのならばそれもよかろう。では、最後に君の盾となり剣となる英霊を召喚してもらう」

「やっとか、チュートリアル長すぎるよ。で、どうやるの?」

「地上の聖杯戦争には正式な召喚手順があったらしいのだが、ここではただ念ずるだけでよい」

「ふぅん、じゃあ僕に相応しい最強のサーヴァントを喚ぶとするか」

 少年は令呪のある右手を構え念ずる。

「(誰よりも強く、偉大で、誰にも覆すことができない記録(レコード)を打ち立てた英雄よ……僕の元に来い!!)」

 令呪が (あか)く 輝き、その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す。

「我を喚ぶ者よ……見るがいい、我が槍! そして聞くがいい、我が名を!」

 光の中から朱色の樹槍を携えた浅黒の大男が現れた。

(ローマ)はロムルス、ローマを建国した王であり神祖」

「お前が望むのであれば(ローマ)は全ての戦いに勝利し、ローマが此処に在ることを証明してみせよう!」

 斯くして少年―――間桐慎二はこの瞬間(とき)、ローマに出会った。

「は?」

 

 

 つづく

 

 

 



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決戦まであと―――6日

 都が見える。

 その都は時の流れと共に繁栄と衰退を繰り返し、次第に大きくなる。

 何十年、何百年とその都は存在し続ける。

 世界の中心が此処であると言わんばかりに……

 

 

「ん? 夢か……」

 慎二は目を覚ます。

「えーっと、昨日は予選を通過して割り当てられたマイルームについたら急に眠気がして……そのまま眠ったのか」

「でも他にもなんかあったような……」

「起きたかシンジ」

「あー忘れてた。いや、忘れておきたかった」

 慎二はロムルスの顔を見てうんざりした顔をする。

 昨日、ロムルスを召喚した後にマイルームで二人は会話したのだが、ロムルスの一人称が(ローマ)であるのとロムルス自信がローマの話しかしなかった為に話についていけず、慎二はふて寝したのだ。

「いいかランサー、聖杯戦争を勝ち抜くには僕の言うことだけ聞いてればいいんだ。昨日みたいに一方的に訳が分からないこと喋るなよ」

「分かった。言葉などなくとも(ローマ)はローマであるということだな」

「はぁ、もうマジでワケが分からない。こいつ本当はバーサーカーなんじゃないの?」

 慎二は大きなため息をつく。

「あ、そうだ。たしか2Fの掲示板に対戦相手が公開されてるんだっけ」

「ちょっと見てくるから、お前はそこで待っとけよ」

「うむ」

 慎二はマイルームを出て掲示板に向かう。

「さ~て、僕の初陣を飾る映えある犠牲者は誰かな~」

 掲示板を見る。

 しかし、そこには慎二の名前はあったが対戦相手の名前がない。

「あれ? おかしいな。名前の部分を(デリート)したり 塗り潰(クラッキング)したような形跡はないし……」

「ん? どうかしたかね?」

 振り向くと 神父服(カソック)を着た男が立っていた。

「私は言峰。この聖杯戦争の監督役として機能しているNPCだ」

「お前、昨日の予選でアナウンスしてたやつか。

 どうもこうもないよ。対戦相手が割り振られてないんだからさ!」

「ふむ……少々待ちたまえ……」

 言峰は考えるような姿勢になる。

「―――妙な話だが、システムにエラーがあったようだ」

「はぁ!? しっかりしてくれよ」

「すまない。君の対戦相手は予選をギリギリのところで通過した為に登録が済んでいないようなのだ。

 対戦の組合せは明日にはなんとかしよう」

「予選もまともに通過できない弱小魔術師(ウィザード)が相手なんて締まらないな~」

 残念そうに言いながらも口元は厭らしく歪める。

「それなら、まぁいいや。明日、存分に間抜け面を拝んでやるとするか」

 慎二は笑いながらマイルームに戻る。

「シンジよ、アリーナへ行かないか」

 マイルームに戻るなりロムルスが話しかける。

「あ? まぁ他にやることないし、いいよ。迷宮(ダンジョン)構成(グラフィック)とか見てみたいし」

 

「ローマ!」

 ロムルスが樹槍を振るい、アリーナ内の敵性プログラム(エネミー)を撃破する。

「なんだお前強いじゃないか!」

 お世辞などではなく、慎二の言う通りロムルスは強かった。

 アリーナの奥までやって来たが、出てきた敵は全て一撃で倒し、ダメージを受けても傷ついた風には見えない。

「そうだ! どうせならここでお前の宝具見せてよ」

 慎二は覗き見(ピーピング)している者がいないことを確認してロムルスに言う。

「良いだろう。このアリーナをローマにするとしよう」

「えっ!? ちょっと待て、僕は宝具を見せろって言っただけで……」

「すべて、すべて、我が槍にこそ通ず……」

 ロムルスは樹槍を地面に突き立てる。

「マジで話が成り立たない。本当はバーサーカーじゃないのか!?」

「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌス)』!」

 地面から何本もの樹木が生え、急速に成長しフロアを埋め尽くす。

「う、うわーっ!?」

 目の前に迫る樹木を見て、慎二は思わず悲鳴を上げてしゃがみ込む。

「……ど、どうなったんだ?」

 物音が止み、恐る恐る顔を上げる。

「なんだよ……これ……」

 アリーナの見た目は全面ガラス張りの水族館に似ているのだが、慎二たちがいるフロアだけが世界史の教科書や映画に出てきそうなローマ、ギリシャ風の建物の中に変わっていた。

「うむ。これこそローマである」

「凄いじゃないかランサー! これどうやったんだ?」

「我が槍はローマに繋がっている。つまり現在、過去そして未来のローマでさえも(ローマ)は創造することができるのだ」

「あーよくわかんないけど、その宝具で色々なことが出来る訳ね」

「ふふ、そなたもローマを理解してきたようだな」

 ロムルスは笑みを浮かべる。

「いや、分かんないけど。で、結局それ、攻撃に使えんの?」

「うむ。この圧倒的ローマを受け、ただですむ英霊はそういまい」

「そうか」

 慎二はもう一度、宝具により変化したフロアを見る。

 通常、アリーナに損害を与えてもセラフが早急に修復する。

 宝具により外装が変わることも、セラフはアリーナの破壊と捉えて直ぐに修正されるはずなのだが、一向にその兆候は見られない。

 よく見ると修正はしているのだが、それを上回るスピードでロムルスの宝具が上書きを繰り返している。

 それはセラフの回復すら追いつかないほどのダメージを与えていることを意味する。

「確かにお前の宝具は攻撃面でも有用そうだ」

 慎二は厭らしく口を歪める。

「はは、これなら僕の優勝は確実だね。皆には少しくらい楽しんで貰いたいけど、これじゃ圧倒的過ぎて文句言われちゃうな~」

 まだ見ぬ敵の姿を想像して慎二は笑う。

「あ~決戦の日が待ち遠しいな~」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――5日

「しまった。こんな近くにいるなんて」

 羊飼いの男が狼を見つけ、姿勢を低くし茂みに隠れる。

「直ぐに戻って羊たちを避難させないと……あれ?」

 よく見ると狼は雌であり、赤子に乳を与えていることが分かる。

 ただし、それは狼の赤子ではなく人間の赤子だった。

「このままだと喰われてしまうかもしれん」

 自分がやられるかもしれない、逃げ出したいと思いつつも羊飼いは赤子を助けようと奮い立った。

「うっ……」

 一歩進んだところで羊飼いは狼と目が合い固まる。

「…………」

 すると狼は赤子を置いて何もせずに立ち去る。

「た、助かった」

 羊飼いは急いで赤子に駆け寄り、二人の赤子を抱く。

「お前たち双子か?」

 二人の赤子は顔立ちがとても似ていて一目見ただけで双子と分かった。

「このまま、ほっとく訳にもいかないし……うちに連れて帰るか。妻は驚くだろうが、あれは女神のように優しいから受け入れてくれるだろう」

 俺の嫁になったことが未だに信じられんが。そう呟き、羊飼いは双子を連れて家路につく。

 

 

「うっ……朝か」

 慎二は身体を起こし、ベッドから出る。

「目が覚めたかシンジ」

「ああ、まだ少し体がだるいけど」

 昨日、アリーナから帰ると慎二は直ぐに寝た。

 ロムルスの宝具の使用により、魔力が予想以上に奪われたことが原因であろう。

「シンジよ、この部屋には足りないものがあるとは思わんか」

「あ? そりゃあ足りないものなんて沢山あるだろ」

 マイルームは学校の教室に簡易なベッドを足しただけの殺風景な部屋である。

「流石、我がマスターだ。ここには圧倒的にローマが足りない!」

「は? どういう意味だ……ん?」

 不意に無機質な電子音が慎二のポケットから鳴り響いた。

 音の出所である携帯端末を確認すると『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』と書かれていた。

「ふぅん。やっと、予選ギリギリの落ちこぼれの顔を拝めるわけか」

 慎二は携帯端末から目を離し厭らしい笑みを浮かべる。

「おいランサー。僕は次の対戦者の確認に行ってくるから、ちょっとここに残っといてよ」

 慎二はマイルームのドアを開き、外に出る。

「了解した。戻ってくるまでにこの部屋をローマに作り変えておこう」

「今、あいつ変なこと言ってなかったか? まぁ、いいや」

 ドアを閉め掲示板へと向かう。

(「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌス)』! 」)

 ドアの向こうで何が起こっているかも気づかずに

 

 掲示板に着くと先客がいた。

「へぇ。まさか君が1回戦の相手とはね。

 この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」

 慎二は先客―――岸波白野の隣に立ち、声をかける。

「慎二……」

 白野は振り返り慎二の顔を見る。

「けど、考えてみればそれもアリかな。

 僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の魔術師(ウィザード)ってことだもんな」

「格の違いは歴然だけど、楽しく友人をやってたワケだし。

 一応、おめでとうと言っておくよ」

「それはどうも……」

 二人は本当の友達というわけではない。

 予選において一時的に記憶をなくされていた時に慎二と白野は友人であるという別の記憶を刷り込まれていたのだ。

 それは記憶を取り戻した今でも覚えていて、慎二は自然とその時の距離感で接していた。

「――そういえば、予選をギリギリに通過したんだって?

 どうせ、お情けで通してもらったんだろ?」

「確かに……本当なら、予選の最後で俺は死んでいたけど」

「いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ。

 でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ」

「勘違いなんてしてないさ。俺の弱さは誰よりも知ってる」

「ふぅん。けど、ここの主催者もなかなか見所あるじゃないか。ほんと、1回戦から盛り上げてくれるよ」

「?」

「そうだろう? 嗚呼(ああ)! いかに仮初めの友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけなければならないとは!

 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」

 慎二は陶酔した顔で叫ぶと、いつものにやついた表情に戻って白野の肩を叩く。

「ま、正々堂々戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから」

「…………」

「それじゃあ、次に会う時は敵同士だ。僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか」

 慎二は笑いながら白野の側を離れる。

 

「ほんと、僕は運がいい。強いサーヴァントを引き当てるだけじゃなく、対戦相手にも恵まれてるんだからな」

 慎二はマイルームのドアを開ける。

「うわっ!? どうなってんだ!?」

 マイルームに入ると、殺風景だった教室は赤と金を基調とした絢爛豪華な王室に生まれ変わっていた。

「これでこそローマである」

 ロムルスは部屋の中心にある大きな玉座に鎮座している。

「凄い……けど、こんなチカチカした部屋じゃ落ち着けないよ! 元に戻せ!」

「ははは、案ずるな直に慣れる」

「いや、だから言うこと聞……今度はなんだ」

 慎二のポケットからまたしても電子音が鳴り響く。

 携帯端末を確認すると

第一暗号鍵(プライマリートリガー)を生成、第一層にて取得されたし』と書かれていた。

「たしか二つの暗号鍵(トリガー)がないと決戦に出れないんだよな。よしランサー、アリーナに行くぞ。この部屋のことは帰ってからにする」

 二人はアリーナに向かう。

 

「ははっ、思ったより簡単だったね。まぁ、僕にかかればこんなものかな」

 慎二とロムルスは第一暗号鍵(プライマリートリガー)を取得し、帰路についていた。

「あれ? ちょうどいいや」

 慎二たちの目の前に白野とサーヴァントの姿が見える。

「おいランサー、ちょっと遊んでやろうぜ」

「…………」

 ロムルスは白野のサーヴァントを見て、固まる。

「どうしたんだよ?」

「いや……シンジよ、あの者たちと話がしたいのだがよいか?」

「ははっ、いいぜ。お前もあいつのことからかいたいんだな」

 慎二とロムルスは白野たちに近づく。

「遅かったじゃないか、岸波。

 僕はもう暗号鍵(トリガー)をゲットしちゃったよ!

 あははっ、そんな顔するなよ。才能の差ってやつだからね。うん、気にしなくていいよ!」

「ふむ。奏者よ、あれが此度の対戦者か? 友人と言っておったが、友はもう少し選んだ方がよいぞ」

 白野のサーヴァント―――赤い舞踏服(ドレス)に身を包んだ少女剣士が口を開く。

「あ? なんだよそいつ口が悪いな。まぁ、弱い犬ほどよく吠えるっていうしね。岸波のサーヴァントとしてはぴったりだね」

「そなたの方がよく吠えていると思うのだが……奏者よこやつは道化かなにかか?」

「ちっ、ほんとむかつくな。

 まぁいい。ついでだ、どうせ勝てないだろうから、僕のサーヴァントを見せてあげるよ」

 ロムルスが前に出る。

「ほう、これは素晴らしい。英霊といっても海賊や盗賊といった華のない者もおったが、こやつは良いな。全身にほど よく散りばめられた黄金、そして赤い武具……全て余の好きな色だ。

 ……しかし、どこかで見たことがあるような」

「ははっ、僕のサーヴァント見てブルってんの? なぁ、ランサーも何か言ってや……」

 慎二の言葉を遮り、ロムルスはさらに前に出る。

「そなたローマであるな」

「!? いかにも余はローマに連なるものだが……」

「隠さずともよい。そなたからは皇帝気(ローマ)がにじみ出ているからな」

「お前、余計なこと言……」

慎二がロムルスを静止させようとしたが手遅れだった。

「我が名はロムルス! 愛しい子よ、そのその輝きを見せてくれ」

 ロムルスが樹槍を構える。

「ちょ、お前! なに真名ばらしてんだよ」

 予想外のことに慎二は声を荒げる。

「そ、そんな……神祖さまが相手なんて……」

 だか、慎二よりも驚く者がいた。

「セイバー、どうしたの?」

 セイバーの顔は真っ青に染まり、震えている。

 白野が名前を呼んでも耳に入らないようだ。

「む? これでは話にならんな。帰るぞシンジ」

「はぁ!? なに言ってるんだよ、ここは戦うとこだろ!? こっちの情報だけ渡して何もしないとか意味わかんないよ!」

 慎二は叫んで止めようとしたが、ロムルスは白野とセイバーの横をすり抜けて出口へ歩く。

「ま、待ってください。余の……私の名は……」

 セイバーは振り返ってロムルスに話しかける。

「よい。今のそなたから聴くべきローマの名などない」

「次に会うときまでにその瞳に『原初の火』が灯っていることを願う」

 そう言ってロムルスはアリーナをあとにする。

「ちょ、待てよ! 勝手なことばっかしやがって」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――4日

 双子は成長し青年となった。

 そしてある出来事がきっかけで自らの出生の秘密を知る。

 そして、偽りの王を倒すべく双子は立ち上がった。

 自分たちの本来の地位を取り戻すためではない……幽閉されている祖父と母を助けるためだ。

 顔も知らない家族のために双子は国と戦争を起こす。

 恐怖はなかった―――なぜなら一人ではないのだから

 

 

「…………」

 慎二は目を覚ます。

 部屋を見渡すと、いつもは無駄なほど存在感のあるロムルスがいなかった。

 それだけで、只でさえ異質な王室風のマイルームに違和感を感じる。

「ふん」

 昨日、マイルームに戻って慎二はロムルスに説教したのだが、反省の色が見えず、終いには「僕の目の前から消えろ」と言い捨てて寝たのだ。

 その言いつけは守っているのか気紛れからか、初めて姿を消している。

「僕は用事があるから、そこでじっとしていろよ」

 慎二は誰もいない空間に声をかけ、外に出た。

 

「あら、間桐くん」

 廊下を歩いていると赤い服の少女―――遠坂凛が声をかけた。

「遠坂……今、君と話す気分じゃないんだ。またね」

 慎二は凛の横を通り抜ける。

「あら、あなたのことだから自分のサーヴァントの自慢でもするかと思ったけど……弱い英霊でも引き当てたのかしら?」

「は? 僕みたいな優秀な魔術師(ウィザード)が雑魚を引くわけないだろ!」

 慎二は振り返って、凛に怒鳴る。

「ふ~ん。じゃあ、相性が悪いのね」

「そうさ! 使い魔(サーヴァント)の分際で僕の言うことは聞かないわ、相手に余計なこと言うわ、最悪だよ!」

「あなた、自分のサーヴァントのことちゃんと理解してる?」

「は? 知らないよあんなやつ、話しもまともに通じないし、いつもいつもローマローマって」

「対話が出来なくても、その人のことを知る方法ならあるわよ」

 凛は図書室を指差す。

「これから戦う上で対戦相手のことを知るのは当然だけど、自分の陣営のことも知っておくのは大切よ」

「…………」

 慎二は考えるように俯く。

「まあ、アジア圏有数のクラッカーである間桐慎二くんには必要のないことかもしれないけど」

「な、当たり前だろ! でも、アリーナでせこせこ経験値稼ぎするようなみっともない真似は出来ないし、暇潰しに図書室に行くのも悪くないかな」

 そう言い残して慎二は凛の元を去る。

「はぁ、なんであんな助言みたいなこと言っちゃったのかしら」

「(嬢ちゃんがあのマスターを気に入ってるからじゃないのか?)」

 凛のサーヴァントが霊体化したまま声をかける。

「冗談! あんなの好みじゃないわよ。ただ、あいつがいつもと違う雰囲気だったから調子が狂っただけよ」

「(ははは、そうだな。嬢ちゃんのお気に入りは出会い頭に身体中ベタベタ触った坊主だもんな)」

「な、だからあれは誤解だって言ってるでしょ!」

 一般生徒(NPC)だらけの廊下に凛の叫声が響いた。

 

「ふ~ん。思ったより沢山の情報(データ)があるな」

 慎二は図書室に入り棚を物色する。

「あった!」

 慎二はロムルスに関わる資料を一通り全部集め、図書室の席の一角に座る。

「どれどれ……」

 慎二は本を読み進める。

 

 かつてアルバ国という国ではロムルスの祖父であるヌミトルが王であったが、ヌミトルの弟のアムリウスが王位を欲してヌミトルを幽閉し、代わりに王になった。

 王となったアムリウスはヌミトルの一人娘で姪であるシルウィアを巫女とした。

 巫女は神に体を捧げる聖職者である事から婚姻や姦通を許されず、これで兄の血筋を断絶させようと目論んでいたのである。

 神殿に軟禁されたシルウィアであったが、その美しさを気に入った軍神マルスに見初められる。

 神であれば巫女でも身を捧げても良いと考えたシルウィアは契りを結び、双子の子供ロムルスとロムスを授かる。

 しかし、アムリウスはシルウィアの言い分を認めず、王位を継ぎうる双子の子を殺すように兵士に命じる。

 だが兵士は幼い双子を哀れんで、彼らを籠に入れて密かに川へと流した。

 流された双子は川の精霊に救い上げられ、川の畔に住む雌狼に預けられる。

 やがて、羊飼いが双子を見つけると妻と相談してその双子を引き取ることにした。

 そして双子は羊飼いとして成長した。

 ある時、弟ロムスがアムリウス王の配下と諍いを起こし、兵士に捕らえられて宮殿に連れ去られる。その過程でロムルスとロムスは自分たちがアムリウス王の甥で、幽閉されている先王ヌミトルの孫である事を知る。

 ロムルスは弟と祖父を助ける為に剣を取り、アムリウスと敵対する羊飼いらを率いて王宮へと攻め入った。

 

「あれ? 慎二」

「うぁ、き、岸波なんでこんなとこに」

 読むのに夢中になっていた所為で白野の接近に気づけなかった。

「そうか、僕のサーヴァントのことを調べに来たんだな」

 慎二は読んでいた本を閉じ、机の本と一緒に抱きかかえる。

「残念だけど、そうはさせないよ!」

 慎二は本を持って、図書室を出る。

「調べるもなにも真名はそっちが教えたのに、変なやつだな」

 白野はそう言いながら本を一冊取る。

 暴君と呼ばれたローマ皇帝の本を

 

「ただいま」

 慎二はマイルームに戻った。

 あの後、慎二は本を屋上の隅に隠した。

 図書室の本はマイルームに持っていくことが出来ず、サーヴァントを連れていないためアリーナに行けなかったためである。

「昨日のことは許してやるよ。僕は寛大だからね。でも、2回戦からは勝手なことするなよ」

 未だにロムルスの姿は見えないが、慎二は玉座のある方へ声をかける。

「なんだよ。許してやるって言ってんだから返事くらいしろって! それとも、まだ僕に文句が……」

 すると突然、ガラガラガラとドアが開く音がした。

「ただいま戻った! ん? シンジよそこで何をしておる」

 部屋に入って来たのはロムルスだった。

「お、お前、いつの間に外に!?」

「そなたが起きる前だが」

「はぁ!? じゃあ、最初から部屋にいなかったのかよ!」

「ていうか、なんで僕から離れて勝手に行動できんの!?」

 本来であれば単独行動のクラススキルを持たないロムルスがこうも自由にできる訳がない。

(ローマ)に不可能はない! スキルを持たないのであれば習得すればいいこと!」

 皇帝特権―――本来所有していないスキルを短期間のみ獲得することが出来る固有スキル。これにより、単独行動スキルを習得していたのだ。

「じゃあ、僕の話は聞いてなかったていうのか」

「なんのことだ?」

「知るか! 僕はもう寝る」

「???」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――3日

 双子は王宮にいる兵を倒し、最後には偽りの王を討ち取った。

「よくぞ我が弟を倒し、儂を救ってくれた。我が孫たちよ」

 先王は憔悴しきった声で感謝を伝える。

「儂も、もう年だ。復権したとしてもよい治世は行えない。だから、どうか儂に代わってこの国を治めてはくれぬか?」

 双子は王族の血を持ち、さらには軍神の血も流れているため、その資格は十分にある。

「いえ、私は―――私たちは王位を継ぐつもりはありません」

 双子の兄が返答する。

「なぜじゃ? たしかに今は国が疲弊しておるが、そなたたちなら直ぐに持ち直すじゃろ」

「魅力がないから断るのではありません」

 双子の弟が言う。

「私たちは夢を見たのです」

「永遠に続く繁栄の都を」

「これはきっと神からの啓示」

「私たちはそれを成さねばなりません」

「ですから、貴方が王位に留まって下さい」

 双子は代わる代わる話す。

「分かった。そなたたちは自分の道を進むがよい」

「「ありがとうございます」」

 双子は祖父に背を向け、宮殿を出る。

 二人の後には双子を王と認めた貴族や、彼らの武勇を聞いた兵士達が従っていった。

 そして、双子とその家臣たちは新たな地を目指して歩く。

 歴史に残る国家を造り出すために

 

 

 

 ピピピと鳴る電子音で目を覚ます。

「今度はなんだ?」

 慎二が確認すると

第二暗号鍵(セカンダリトリガー)を生成、第二層にて取得させたし』と書かれていた。

「おい、ランサー!」

「どうかしたか?」

「よし、今日はいるな……暗号鍵(トリガー)を取りにいくから、ついてこい!」

「分かった」

 二人はアリーナに向かう。

 

「はは、今回も楽勝だったな」

 慎二たちは二つ目の暗号鍵(トリガー)を取得し、帰っていた。

 新しいアリーナは敵性プログラム(エネミー)の強さも上がっていたのだが、ロムルスの強さの前では前回のアリーナと変わりはしなかった。

「お? あいつらも来てたのか」

 目の前では白野とセイバーが敵性プログラム(エネミー)と戦っていた。

「どうする? 今度こそ仕掛けるか?」

「…………」

 戦闘が終わり、白野とセイバーがこちらにやってくる。

「おい、きしな……むぐ」

 慎二が白野に声をかけようとしたら、ロムルスが口を塞ぎ、道の端に寄った。

「あれ? 今、慎二の声がしたような……」

 白野は慎二の横を通るが気づいていない。

「(皇帝特権?)」

 慎二の思った通り、ロムルスの皇帝特権により二人の姿は消えていた。

「奏者よ、休んでいる暇はない。次の敵を狩るぞ」

「なあセイバー、少し……いや、かなりハードワークじゃないかな」

「今のままでは神祖さまに追いつけない。だから奏者よ、悪く思うが付き合ってほしい」

「分かった。無理はしないでね」

 二人は慎二たちに気づかず立ち去る。

「ぷはぁ……どういうつもりだよ」

 口を覆う手から解放された慎二はロムルスに訊ねる。

「セイバーの目にはまだ皇帝としての光が戻っていなかった。だからまだ会うことはできん」

「はぁ、意味わかんないよ! ったく、もういい帰るぞ」

「待て!」

「今度はなに?」

「このアリーナにいる敵をもう少し強くすることはできぬか?」

「まぁ、ちょっとくらいならできるけど、どうし……ははぁ、そうかお前も頭が回るようになったんだな」

「ん?」

「隠さなくていいよ。今、あいつらは無茶して敵と戦ってる。そんな時に強い敵が出てきたら、その敵に負けちゃうもんな。

 そして、僕たちは手を汚さずに勝利する。いいね気に入ったよ」

 慎二はアリーナにハッキングしてエネミーのレベルを上げる。

「よし! これでいい。じゃあ、帰ろうぜ」

「……ああ」

 ロムルスはエネミーと戦うセイバーを見て、頷いた。

 

 

 つづく



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決戦まであと―――2日

「なぜですか兄よ! 私の祭壇の方が先に鷲が降り立ったのに」

「しかし、私の祭壇の方が舞い降りた鷲の数が多いであろう。つまり、より多くの神がお選びになったということだ」

 双子は新たな国をどこに造るかについて口論を続け、次第に険悪な雰囲気となっていた。

「しかし……」

「いや、議論の余地はない。私が選んだ地で建国を行う」

 議論はここで終了し、建国が始まった。

 ある日、国境戦を兼ねた城壁の堀を双子の弟が飛び越えた。

「兄よ! 貴方の造る国はこんなものなのですか? 誰でも飛び越えることができる守りでどうやって臣民を護れるのか!」

 弟は兄を挑発した。

「弟よ、お前の挑戦を受け取ろう。さあ、剣を持て」

 そして二人は決闘を行った。

 

 

 

「…………」

 慎二は目を覚ます。

「おい、ランサー……ちっ」

 部屋を見渡すとロムルスの姿が見えない。また、単独行動をしているのだろう。

「まぁ、いいや。今日はこないだの続きを読もう」

 慎二はマイルームを出て屋上へ向かう。

 

 新しい王国を作り上げるために、双子はどのような土地が相応しいか議論を交わした。ロムスはアウェンティヌスの丘に城壁を築くべきだと進言したが、ロムルスはパラティノの丘が適切であると考えていた。

 二人は神の啓示で決めようと話し合い、二つの丘にそれぞれ祭壇を用意した。先にロムスの祭壇には神の僕である鷲が6羽舞い降りたが、少し後にロームルスの祭壇には12羽の鷲が舞い降りた。

 ロムルスはより多い鷹が使わされた事から啓示は自らに下されたと考え、パラティノ丘に街の建設を始めた。兵士達は丘の周りに城壁と国境線を兼ねた溝を掘り、住居や農地を切り開いていった。

 だがロムスは数は少なくとも、先に鷲が舞い降りた自らの方こそ神の啓示を受けたのだと譲らなかった。

 いつしかロムルスはロムスと口論を重ねる様になり、兄弟仲は非常に悪くなっていった。

 そしてある時、ロムスは兄に対する侮辱として国境の堀を飛び越えて見せた。弟の挑発にロムルスは激怒し、ロムスと決闘を行う事になった。

 共に武勇で知られる兄弟であったがこの戦いではロムルスの方が勝り、ロムスは命を落とした。

 ロムスの没後、ロムルスは都市を完成させるとその街をローマと名付た。

 国造りにあたって、ロムルスはレギオー、元老院を作り、 周辺にある他のラテン人都市から次々と移住者を迎え入れ、7つの丘に新しい居住区を築いた。

 そしてこれらを囲む城壁が建設し、今日のローマの基礎を生み出した。

 ロムルスはローマを順調に栄えさせていたが、

 ある日、ロムルスは豪雨の中にその姿を隠した。

 誰かに暗殺されたのではないかと噂になったが、元老院のユリウスがロムルスは神として天に戻ったのだと民衆に伝えた。

 これにより、ロムルスはローマの建国の王となり神祖となった。

 

「はぁ? ワケわかんないね」

 慎二は本を閉じ、不満の声を上げる。

「なんで王様になったのにその地位を捨てるのさ。どうせ暗殺されたんでしょ。それなのに神格化とか綺麗事すぎて、吐き気がするんですけど」

 慎二は本をそのままにして屋上を出る。

 

「あら、どうしたの浮かない顔して岸波君にやられたとか?」

 廊下を歩いていると凛に出会った。

「遠坂か。ふん、あんな素人に僕が負けるわけないだろ! あいつならせこせこ雑魚エネミーを狩ってるよ」

「ふぅん。慎二は行かないの?」

「はぁ? あんな無駄なことして何になるのさ。マスターのレベルは上がるかもしれないけど、サーヴァントには意味ないだろ」

「あきれた。いい、確かにエネミーを倒してもサーヴァントには影響はない。でもねサーヴァントに魔力を与えることで、サーヴァントは強くなる。そのためにマスターも強くなくっちゃいけないの」

「サーヴァントに魔力を?」

「そう。魔術師はね、足りないものは余所から持ってくるの。この場合、サーヴァント自体は成長しないけどマスターが強くなることでより多くの魔力を回し、サーヴァントを今以上に強くできるの」

「足りないものは余所から持ってくる……でも、僕に足りないものなんてないから関係ないね!」

「……相変わらずね、あなた。ここまで教え甲斐がないと怒りを通り越して呆れるわ。じゃあね」

 凛は慎二の前から去ろうとする。

「なぁ、遠坂」

「なに? もう一度、喋れなんて言わないでよね」

 凛は呆れたような声で返事する。

「……夢見るか?」

「夢? そんなもの見るわけないでしょ、常識で考えたら。それとも間桐くんはそんな事も分からないの?」

 電脳の世界では夢は見ない。情報そのものである霊子ダイブでは情報整理のための夢は見れないのである。

「そんなのは僕も知ってるよ! でも、全く身に覚えのない夢を見るんだ……毎日」

「ふぅん。それはきっと、あなたより強い想いがある誰かの夢なんじゃない?」

「誰かの夢?」

「夢と言うよりは人生、生涯って言った方がいいかも。その記憶があなたに流れ込んでるんじゃないかしら」

「誰なんだよ!」

「そんなこと私は解らないわ……でも、面白い噂なら知ってるわ」

「?」

「昔あった聖杯戦争ではね……サーヴァントの夢を見たそうよ」

「それ、ほんとか!?」

「噂だって言ってるじゃない。でも、もしかしたらって思って」

「…………」

 慎二は考えるように下を向く。

「そろそろ時間か……ふふ、じゃあね慎二。また、会えたら会いましょう」

 凛はアリーナに向かう。

「……ああ、もう!」

 残された慎二はモヤモヤした気持ちのままマイルームへ戻る。

 

 

 つづく



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決戦まであと―――1日

 兄は弟を殺し、国を造った。

 街は次第に賑やかになり、気がつけばどこよりも繁栄した都市になった。

 ある豪雨の日に兄は一人で外に出た。

 弟を埋葬した、この国が一望できる丘の上へ。

「今日もローマは美しい」

 兄は自分の国を見ながら呟く。

「もう私がいなくても、この輝きはなくならないであろう。この場所でローマの有り様を見届けたい……ロムス、お前と共に」

 兄は樹槍を突き立てる。

「私は……いや、(ローマ)は此処で永遠となる! ローマがそこにあり続ける限り!」

 兄がそう叫ぶと周りから何本もの樹木が伸び、兄に絡みつくようにして全身を覆う。

「全ては我が国(ローマ)に通ずる! 」

 そして、建国の王は消え、そこにはとても大きな月桂樹が鎮座していた。

 

 

 

「おい、ちょっと待て」

 慎二は目が覚めると同時に、一人で部屋を出ようとしていたロムルスに声をかけた。

「なにか用か?」

「なにか用かじゃないよ、マスターに黙って好き勝手やりやがって!」

 慎二は着替えを済ませて

「いいから僕も連れてけ」 

 ロムルスにそう言った。

 

「はぁ!!」

 セイバーがエネミーを倒す。

「まだまだ!」

その後も破竹の勢いでエネミーを狩り続ける。

「お前、こんなの見てて楽しいの?」

「ああ、ローマの成長と可能性を感じさせるからな」

 二人は皇帝特権により、気配遮断をして白野とセイバーを観察していた。

「いつも、こんなことしてたのか?」

「ああ」

「ストーカーだな」

「ああ」

 ロムルスは顔を崩す。

「お前、あいつらを成長させたくて、僕にエネミーを強くさせたのか?」

「うむ。強くなって欲しくてな」

「勝つ気あんのかよ?」

「無論だ。ただ、あやつもローマである以上、全力で戦って我が槍に還したいのだ」

「よく分かんないけど……わざと負けるワケじゃないならいいや」

 二人は再び、白野とセイバーの戦いを見る。

「…………」

「…………」

「なぁ」

 しばらくの沈黙の後、慎二は思い出すように訊ねた。

「なんだ?」

「なんでお前はローマから突然いなくなったんだ?」

「……あの時点で(ローマ)の役割は終わっていた。これ以上、(ローマ)が居てもローマは進展も後退もしないからだ」

「なんでだよ! お前はその時、一番になったんだろ? 世界に歴史に名を残したんだろ? なら、そこでチャレンジ終了してどうするんだよ!

 最高得点叩き出して満足してゲームを辞めるなんて二流だよ。最高記録を打ち立てたなら、その記録が他の誰かに覆されないように居続けるのがプロだろ!」

「違うぞシンジ。(ローマ)が目指していたものはそうではない」

「歴史で一番の王様になるのが目標じゃないの?」

(ローマ)は弟のロムスと共に見た夢を叶えたかっただけなのだ」

「夢?」

「そう。我が国(ローマ)が世界の中心となり、世界がローマになるという夢を」

「…………」

「故に(ローマ)(ロムス)と共に一本の()となり、世界(ローマ)を見守っていたのだ」

「分かんないよ、そんなこと……」

 慎二は振り絞るように声を出す。

「今まで僕は誰からも見向きもされなかった……家族は僕を跡取りにすることしか考えてないし、知り合いは家柄のことしか考えてなかったからね」

 慎二は心に秘めた想いを吐露する。

「でもある時、暇潰しに始めたゲームでランキング一位になった。大したことなかったけど、それを見た他のプレイヤーたちは騒ぎまくってたよ。記録(スコア)に対するお祝いの言葉、羨望に満ちた声、嫉妬だらけの醜いコメント、なかにはチート扱いするバカもいたけど……その時さ、認めて貰えた気がしたんだ……僕はここにいるって、ここにいてもいいんだって」

「…………」

「だからお前みたいに自分で造り上げたものを譲り渡すなんて出来ないよ」

「……シンジ、何時かお前にも自分を犠牲にしてでも守りたい何かが必ず出来る。その時に後悔しないように行動するのだ」

「…………」

「そうすればお前もローマになれる」

「……だから、分かんないって」

 慎二は苦笑する。

「あーもうどうでもよくなった。ランサー、そろそろ帰るぞ。楽しみは明日に取っておこう」

「そうだな。良きローマを期待しよう」

 二人はアリーナを後にする。

 

 

 つづく



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決戦開幕

 巨大な月桂樹は都を見守り続ける。

 月日は流れ、季節が巡る。

 皇帝が代替わりする度に国は色合いを変え、多種多様な姿を見せる。

 ある皇帝の代に民衆が喜色満面になった。

 その皇帝は人を愛し、人のためにその身を尽くして、民の笑顔の絶えない街を造った。

『我が子よ。(ローマ)はお前を愛そう……例えお前の内なる獣により、悲劇を迎えたとしても……お前は、実に良きローマ皇帝であるのだから』

()はより一層、生い茂る。この先にある未来を期待するように――

 

 

 

「そうか……あいつセイバーのこと知ってたんだな」

 目を覚ました慎二がポツリと呟く。

「それじゃあ、行くとするか」

 そして二人は闘技場に向かう。

 

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ」

 エレベーターから降りた白野に対し、慎二はいつものように憎まれ口を叩く。

「ああ、俺にはまだ戦う理由とかはないけど、セイバーのために戦うって決めたから」

 それに対し、白野は慎二の目を真っ直ぐ見て、言葉を返す。

「ふん、後悔しても遅いからな」

「大丈夫。そうならないために努力はしたから」

 二人は決戦前の言葉を交わした。

「神祖よ……」

 セイバーがロムルスに声をかける。

「私は貴方と戦いたくなかった。今でも貴方に付き従いたいと思っておる」

「…………」

 ロムルスは目を閉じ、その言葉を受け取る。

「しかし、そんな私を貴方は受け入れてはくれぬのだろう。

 だから、私……いや、余は貴方に打ち勝つことで、貴方に認めてもらいたい……余はローマ皇帝なのだから!」

 セイバーは強い意志をその目に宿し、声高らかに宣言する。

「よい、よいぞ! それでこそ我が子に相応しい。さあ、見せてくれお前のローマを! その有り様を!」

 ロムルスは目を見開き、それに応える。

「余は第5代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス! ロムルス、貴方を倒して前に進む!」

 ネロは剣を構え、走り出す。

「来い! 我が子ネロよ。(ローマ)はその全てを受け入れ、応えよう!」

 ロムルスも樹槍を構えて、それに応じる。

 そして剣と槍がぶつかり合う。

 

「はっ!」

「セプテム!」

 二人の戦いは拮抗しているように見える。

「たあっ!」

「マグヌス!」

 しかし、ロムルスの方が確実に押していた。

「『花散る天幕(ロサ・イクティス)』!」

「ローマ!」

 地の筋力では押し負け、魔力を回した攻撃も弾かれてしまう。

 これはマスターの未熟さからではない。

 確かに白野は魔術師(ウィザード)としての格は劣るが、アリーナでの戦いによる成長と魂の改竄により、ネロは生前に近いステータスを取り戻している。

 しかし、たとえネロが全盛期の力を取り戻したとしてもロムルスには勝てない。

 それほどまでの力量差が両者にはあるのだ。

「セイバー! 『heal』!」

 白野は傷ついたネロに回復のコードキャストをかける。

「そうはさせないよ『shock』!」

 それに対して慎二はダメージとスタンを付与させるコードキャストを放つ。

「くっ」

 セイバーは苦悶の声を上げ、その場に固まる。

「ローマ!」

 隙だらけの横っ腹にロムルスは樹槍を振り回す。

「かはっ」

 ネロはそのまま吹き飛び、白野の前まで転がる。

「大丈夫かセイバー!?」

「心配するな奏者よ」

 ネロは立ち上がる。

「しかし、このままでは勝てない……奏者よアレを使うぞ」

「分かった。でも、今のままでは使えない。だから……」

 白野は左手を掲げる。

「令呪を以て命ずる……セイバーに力を!」

 白野の令呪の1角が欠け、それと同時にネロの霊基が満ちる。

「ありがとう。奏者よ」

 この戦いに3角しかない令呪を使ってくれたことに礼を言い、ネロは宣言する。

「我が才を見よ……万雷の喝采を聞け……座して称えるがよい! 黄金の劇場を!! 」

 ネロの呼び声に応え、闘技場は赤と黄金で装飾された劇場に生まれ変わった。

「美しい。それがお前の宝具か」

 ロムルスは驚嘆の声を上げる。

「ランサー、こっちも宝具を使うぞ」

「うむ。……む?」

 宝具を使おうとしたロムルスの様子がおかしい。

招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)……余の宝具の前では、いかな神祖の宝具とはいえ発動できまい。

 では、反撃の時だ!」

 ネロの宝具は固有結界に似て非なる大魔術―――この空間はネロに有利に働きかける。

「(でも、それでもロムルスの宝具なら発動できるはずなんだ)」

 マスターである慎二はロムルスの本当の力を知っている。

「(それでも発動できないってことは……僕が未熟だから?)」

 慎二はその考えを否定しようとする。だが、ネロに押されはじめたロムルスを見て、考えを改める。

「(だったら、どうすればいい? どうすればロムルスは勝てる?)」

 慎二は一生懸命、頭を働かせる。

「足りないものは余所から持ってくればいい」

 不意に凛の言葉を思い出す。

「(いいのか? 少なくとも一回戦で使うようなものじゃない)」

 ロムルスがネロの猛攻に膝をつく。

「悩んでる場合じゃない! 令呪を以て命ずる……ロムルス、その力を示せ!」

 慎二の右手の令呪の1角が欠け、ロムルスは力を取り戻す。

「よい、ならば応えよう」

「すべて、すべて、我が槍にこそ通ずる!」

 黄金劇場の床を突き破り、何本もの樹木がロムルスの足元に現れる。

「これが国造りの槍か!」

「さあ、ネロよ。どちらが真にローマか競おうではないか!」

 二人は改めて向かい合う。

「『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』!」

「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌス)』!」

 原初の火を纏いし宝剣と国造りの樹槍がぶつかる。

 

「これで終わりか……」

 樹槍を降り下ろしたロムルスが呟く。

「ええ、これでおしまいです」

 最後の一合、ロムルスの槍は空を切り、ネロの剣がロムルスの胸を貫いた。

「よい……輝きだった……ネロ、お前はどのの時代のローマより美しい」

 ロムルスは槍を落とす。

「ありがとうございます」

 ネロは剣を引き抜く。

「シンジよ、最後に頼みたいことがある」

「分かってるよ」

 ロムルスの敗北は決まっている。それなのに終了のゴングが鳴らないのは、ロムルスが皇帝特権により戦闘続行のスキルを使っているためだろう。

 それも、あと一分ともたない。

「令呪を以て命ずる……岸波白野に僕の残りの令呪を与えろ」

 サーヴァントが消えてしまうと令呪も消える。だからその前に令呪を譲渡しておきたかったのだ。

 そして、慎二の令呪が二画消え、白野の令呪は三画に戻る。一つは令呪を移植する行為に消費され、最後の一つが白野に譲渡された。

「慎二、なんで」

 白野が訊ねる。

「お前はさ、まぐれで僕に勝ったんだ。でも、次からはそうはいかない。それなのに大事な令呪が一個なくなってちゃさ、勝ち抜けるワケないだろ。だから、僕が助けてやろうってワケ」

 慎二はいつものような憎まれ口で言う。

「だから、お前が優勝したらさ。みんなに言ってよ、僕に助けられたから勝ったんだって」

「慎二……」

「じゃないとさ、ここで死ぬに死ねないからさ」

 慎二は涙を流して訴えかける。

「分かった。俺は慎二のことを忘れない」

「よかった」

 そして二人の間に勝者と敗者を分ける壁が立ちはだかる。

「本当に死んじゃうんだな」

 慎二の身体が黒く染まっていく。

「でも、思ったほど後悔はないな」

「シンジ、そなたも理解したのだな。守りたいものと残していく想いが」

「そっか……お前もこういう気持ちだったのか」

「うむ、それが(ローマ)だ。そして、お前もローマだ」

「ははは、だから分かんないって」

 慎二は笑う。

「でも、やっぱり死ぬのは嫌だな」

「安心しろ。(ローマ)の目が黒いうちはローマを死なせるものか」

「え?」

 ロムルスは手を慎二の頭に乗せる。

「これよりシンジ(ローマ)は大地に戻る! たとえ、月がそれを赦さなくとも、(ローマ)の言葉は絶対である!」

 すると慎二の身体は白い光に包まれ、消失した部位も元通りになる。

「なんで!?」

(ローマ)に不可能などない」

 皇帝特権が成せる(わざ)か、慎二はセラフによる消失を免れた。

「慎二よ、暫しの別れだ」

「おい、お前はどうすんだよ!?」

「元より(ローマ)の肉体は彼の地球(ほし)にない。だから、帰るのは一人だけだ」

「そんな、ロムルス!」

「案ずる必要はない。寂しくなれば空を見よ。大地を見よ。それこそがローマである」

「ロムルス!」

「だから、また会おう」

 ロムルスは優しく微笑み慎二を送り出す。

 そして、慎二の視界が白く塗りつぶされていく。

 

 

 




 エピローグ


「ロムルス!?」
 目を開けると慎二は霊子ダイブ用のポットにいた。
「帰ってきたのか?」
 身体中を触って異常がないか確める。
「地球に戻ってきたんだな」
 アバターではなく、元の8歳の姿に戻っていることを確認し安堵する。
「生存者は……今のとこ僕だけみたいだな」
 ネットで月の聖杯戦争に参加して脱落した者たちの末路を知る。
「うっ、眩し!?」
 一通り調べた後、遮光カーテンを開ける。
 空を見て、少し前まで共にいた男の姿を思い出す。
「僕に出来ることはなんだろうか……どうしたら、あいつを見返すくらいのことが出来るだろう?」
 慎二は今の世界情勢について調べる。
 世界の平和のために人々を管理し、より平等に資源を配給しようとする西欧財閥
 それに対抗するレジスタンス
 さらには無秩序で無軌道な破壊を撒き散らすテロリスト
「僕が知らない間に世界は大変なことになっていたんだな……よし!」
 そして、慎二は決意する。
「あいつが造り出した世界(ローマ)をこれ以上、好き勝手にさせるもんか。西欧財閥とレジスタンスを相手取るのは、かなりキツイけど、レオも遠坂も当分こっちに戻ってこれないなら勝機はある!
それに、何故かあいつが全員倒しそうな気がするしね」
 慎二は友の顔を思い出す。
「さ~て、それじゃ世界に挑んでみますかね!」
 そして少年は新たな記録(レコード)を打ち立てるために行動する。
 (ローマ)が生み出した世界を守るため――
 そして、その想いを受け継ぐために――


 おわり


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黄金の夜明け(一回戦if)
プロローグ


「よし! これで予選クリアだ!!」

少年は人形(ドール)に指示を出し、最後の敵性プログラム(エネミー)を撃破する。

「意外にしぶとかったけど、慣れたらなんてことはないね」

「戦いに集中しててよく見てなかったけど、よく出来てるじゃないか」

少年は自分のいる場所を見渡す。

そこは神聖で荘厳な空間が広がっていた。

「うえっ、なんだよ気持ち悪いな」

だがその空間の隅に何体もの人形――否、それは魂のない人の残骸が転がっていた。

「こいつら皆ここでやられたのか……ふん、クズの分際で聖杯戦争に参加するからこうなるんだよ」

少年はそう吐き捨てる。

「まあ、どうせ本当に死ぬわけじゃないからいいけどね。脱落者が多いほど僕の記録(レコード)は良くなるし」

少年はこの闘争に関するある噂を信じてはいなかった。

脱落者は現実世界で死ぬという暗黙のルールを

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

どこからともなく男の声が聞こえる。

「聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

男がそう言うと少年の右手が焼けるような痛みに襲われる。

「いった!? なんだよいきなり!?」

思わず右手を見るとそこには、三方向に広がる鏃のような紋様が浮かび上がっていた。

「なにこれ? タトゥー?」

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい」

「ふぅん、弾数の限られたボムってことか」

「ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

「なんだよそれ!? 3つあっても実質2つじゃないか。それになんだよ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって、僕がそんなのでビビるとでも思ってんの」

「信じないのならばそれもよかろう。では、最後に君の盾となり剣となる英霊を召喚してもらう」

「やっとか、チュートリアル長すぎるよ。で、どうやるの?」

「地上の聖杯戦争には正式な召喚手順があったらしいのだが、ここではただ念ずるだけでよい」

「ふぅん、じゃあ僕に相応しい最強のサーヴァントを喚ぶとするか」

少年は令呪のある右手を構え念ずる。

「(僕の願いを叶える“力”ある英雄よ……僕の元に来い!!)」

令呪が(あか)く 輝き、その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す。

「よう。あんたが新しい大将(マスター)か?」

「え……ああ、そうだ」

 光の中から現れた筋骨隆々の大男に少年はたじろぐ。

「んじゃあまぁ、よろしく頼むぜ。オレの名は金時。気軽にゴールデンと呼んでくれ」

 大男――金時はにかっと笑う。

「で、大将。あんたの名前は?」

「ぼ、僕は……」

 金髪にサングラスで、いかにもな姿をしているにも関わらず、子供のように笑う金時に面を食らい反応に遅れる。

慎二(しんじ)間桐(まとう)慎二」

「オーケー、シンジ。ゴールデンに行こうぜ」

 斯くして少年――間桐慎二はこの瞬間(とき) 、ゴールデンに出会った。

「は?」

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――6日

 オレは昔から独りだった。

 母親が地元で有名な山姥というのもあるだろうが、なにより金髪碧眼という見た目が人から忌み嫌われる最大の理由だろう。

 人は自分と違うもの、いや異質なものを排除しようとするものだからな。

 オレを対等に見てくれるのは、いつだって動物たちだった。

 オレを一個の生命として向かい合い、寄り添い、時には命のやり取りもあった。まぁ、どんな猛獣も相撲をとればすぐにダチになれたが。

 独りだからって別に辛いとか寂しいと感じたことはなかったが、なんというか言葉にはできねぇが、何かが欠けている気がした。

 誰かオレと対等な――いや、オレ以上のヤツと巡り逢うことが出来たら、何かが変わるのだろうか?

 はっ、らしくなく難しいことを考えちまった。そんなことより、今日はこの山の(ぬし)に会いに行ってみるか!

 動物たちはすっげーでけー熊だって言ってたな。楽しみだぜ!

 

 

 

「ん……夢?」

慎二は目を覚ます。

「えーっと、昨日は予選を通過して割り当てられたマイルームについたら急に眠気がして……そのまま眠ったのか」

「でも他にもなんかあったような……」

「よう、シンジ! ゴールデンな朝だな」

「あー忘れてた。いや、忘れておきたかった」

慎二は金時の顔を見てうんざりした顔をする。

昨日、金時を召喚した後に本戦会場である月海原学園に入ったのだが、ゴールデン、ゴールデンと初めてみる学校に子供のように目を輝かし、慎二を連れ回したのだ。結果、疲れ果てた慎二はマイルームに着くなりベッドに寝入ったのだ。

「いいかバーサーカー。昨日みたいに……」

「おっと、そいつはいただけねぇ。昨日も言ったはずだぜ」

「?」

昨日の連れ回しの件を忠言しようとしたのだが、その前に金時が口を挟む。

「オレっちのことはゴールデンと呼んでくれってな。バーサーカーって響きはなんか黒っぽいイメージでよ、全然ゴールデンじゃあねぇからな」

「はぁ、全然意味が分からないんですけど……」

 慎二はため息をつく。

「あ、そうだ。たしか2Fの掲示板に対戦相手が公開されてるんだっけ。

 ちょっと見てくるから、お前はそこで待っとけよ」

「おう」

「意外だな。ついてくるかと思ったけど」

「なぁに、ちっとやりたいことがあってな」

「ふーん。余計なことするなよ」

「任せとけって」

 いたずら小僧のような笑みを漏らしていたのだが、慎二は見逃してしまった。

そして、慎二はマイルームを出て掲示板に向かう。

「さ~て、僕の初陣を飾る映えある犠牲者は誰かな~」

掲示板を見る。

しかし、そこには慎二の名前はあったが対戦相手の名前がない。

「あれ? おかしいな。名前の部分を(デリート)したり塗り潰(クラッキング)したような形跡はないし……」

「ん? どうかしたかね?」

振り向くと神父服(カソック)を着た男が立っていた。

「私は言峰。この聖杯戦争の監督役として機能しているNPCだ」

「お前、昨日の予選でアナウンスしてたやつか。

 どうもこうもないよ。対戦相手が割り振られてないんだからさ!」

「ふむ……少々待ちたまえ……」

言峰は考えるような姿勢になる。

「――妙な話だが、システムにエラーがあったようだ」

「はぁ!? しっかりしてくれよ」

「すまない。君の対戦相手は予選をギリギリのところで通過した為に登録が済んでいないようなのだ。

 対戦の組合せは明日にはなんとかしよう」

「予選もまともに通過できない弱小魔術師(ウィザード)が相手なんて締まらないな~」

残念そうに言いながらも口元は厭らしく歪める。

「それなら、まぁいいや。明日、存分に間抜け面を拝んでやるとするか」

慎二は笑いながらマイルームに戻る。

「な!?」

マイルームに戻るとその様子が一変していた。

 革張りのソファ、下から上に光が漏れるブラケット。金時の姿も相まって、特定の団体の事務所のような雰囲気を醸し出していた。

「どうだいマスター。最高にCOOLだろ」

 驚いていると、得意満面の金時が横から声をかける。

「初めて来たときから、この部屋にはゴールデンさが足りないと思ってたのよ」

「お前、これどうやったんだよ……まさか!?」

 陣地作成を持つキャスターでもない金時にこのような真似ができるわけがない。

「嘘だろ!?」

 慎二が聖杯戦争に参加する上で、持ってきた膨大なリソースが三割ほど無くなっていたのだ。

「いや~ちょびっと借りるつもりだったけど、凝り始めたらつい、な」

「つい、じゃないよ!? なに勝手にやってるんだよ!」

「まぁいいじゃねえか、細かいことは」

「なにを……」

「使っちまった分もオレが頑張ったらいいだけだろ?」

「ん……まぁ」

「なら、アリーナに行こうぜ。オレの“力”見せてやるよ」

 金時はマイルームを出る。

「お、おい! 待てよ」

 慌てて慎二は追いかける。

 

「吹き飛べ……必殺! 黄金衝撃(ゴールデンスパーーク)』!!」

 周囲の敵性プログラム(エネミー)が一掃される。

「どうだい。オレっちのゴールデンな宝具は」

「……スゴイじゃないか! なんだよ、こんな力があるなら楽勝じゃないか!」

 目を輝かせ、柄にもない声を出す。

「そうだろ。最っ高にゴールデンだろ」

 慎二の顔を見て、金時も得意になる。

「はは、これなら僕の優勝は確実だね。皆には少しくらい楽しんで貰いたいけど、これじゃ圧倒的過ぎて文句言われちゃうな~」

まだ見ぬ敵の姿を想像して慎二は笑う。

「あ~決戦の日が待ち遠しいな~」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――5日

 ある日、オレの母ちゃんが殺されていた。

 鬼女であったためか、武士然とした男が母ちゃんの首を落としていた。

「む、小僧。何者だ?」

 男はオレに気付いて怪訝な顔をする。このような山奥に子供がいるという違和感と金髪碧眼という異質さのためだろう。

「オレは息子だよ。あんたが殺したその人の、な!」

 父ちゃんから貰った(まさかり)を男に振るう。

 この行動は(かたき)討ちというわけではない。実際、人を殺しまくってた鬼女なのだから、討伐されても当然といえば当然だろう。

 だがよ、母親を殺されて何もしないっていうのも不義理ってもんだろ。

「くっ、重い」

 男は金時の攻撃を大鎌で防ぐ。

「貴様も鬼の血が……」

「関係ねぇ」

 フツーの人間じゃ持つこともままならない鉞を連続で振り回し、時には雷を放つ。

 オレの力は母ちゃんを殺した、この男より圧倒的に上回っていた。

 だが――

「なんだと!?」

 男は攻撃を受け流し、足捌きと大鎌の変則的な動きでオレの体勢を崩す。

「“力”は確かにお前の方が上だ。しかし、“力”だけが強さじゃない。お前は技術も経験も足りん」

 倒れたオレに大鎌を突きつけながら、男は声をかける。

「俺は貴様のような力任せの化物に遅れはとらん」

 化物――その言葉が耳に入った途端、拍動が一層強くなる。それと同時に身体が紅く染まる。

「うるせぇ」

「なんだ……ッ!」

 異変に気付いた男が大鎌を振るう。

「!?」

 紅く染まった左腕で、大鎌を受け止める。

 そして、紅い右腕を男の心臓めがけて突き出す。

「あらあら、おいたはそこまでですよ」

 オレと男の間に現れた何者かに右腕が止められる。

 よく見るとそれは女であり、オレの攻撃は女の細腕によって止められていたのだ。

「あら、思いのほか可愛らしい顔ですね」

 女は微笑む。

「ですが、悪い子にはお灸が必要ですね……えいっ」

「ぐはっ!」

 女がオレを投げ飛ばす。

 可愛らしい声を出した割には、地面に叩きつけられる衝撃は凄まじいものだった。

「申し訳ありません。油断したあまりに、ご迷惑をかけて」

 男は女に頭を下げる。

「いいえ、それには及びません。ですが貞光、あなたはこの子に謝らなくてはいけませんよ」

「何故ですか? それは子供とはいえ、鬼ですよ」

「あなたには感じませんでしたか? その鉞に纏う神性を。

 おそらくこの子は龍神に縁のあるものよ」

「!?」

 男の驚きを他所に、女がオレに近づく。

「私たちはあなたの母親を殺しました。これについては謝るつもりはありません。鬼は退治されなければなりませんもの。

 ですが、親を亡くしたあなたに何かしてあげようと思います」

 女はこちらの反応を見ずに淡々と告げる。

 何か言い返してやりたいが、疲弊していて声が出ない。

「そこで私は思いつきました。母を亡くしたのですから、私が母になりましょう」

 何を言ってるんだこの女。

 男を見ると、またいつものが始まった、という顔をしている。

「私の名は源頼光。後のことは母に任せて、今はゆっくり眠りなさい」

 言いたいことは山ほどあったが、女――頼光の言葉通りに眠気に襲われ、瞼が閉じて意識が遠のく。

「ふふふ、可愛い子」

 眠っているオレを、頼光は胸に抱き寄せた気がしたが、オレはそのことを最後まで確かめることが出来なかった。

 恥ずかしかったからじゃねぇぞ。

 

 

 

「うっ……朝か」

電子端末の音で慎二は目を覚ます。

 携帯端末を確認すると『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』と書かれていた。

「ふぅん。やっと、予選ギリギリの落ちこぼれの顔を拝めるわけか」

 金時の方に目をやると、彼はまだ寝ていた。前日遅くまで起きていたためだろう。

「夜更かしの理由が模様替えしたマイルームに興奮してってのじゃなければな」

 慎二は金時を置いて、マイルームを後にする。

 

掲示板に着くと先客がいた。

「へぇ。まさか君が1回戦の相手とはね。

 この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」

慎二は先客――岸波白野の隣に立ち、声をかける。

「慎二……」

白野は振り返り慎二の顔を見る。

「けど、考えてみればそれもアリかな。

 僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の魔術師(ウィザード)ってことだもんな」

「格の違いは歴然だけど、楽しく友人をやってたワケだし。

 一応、おめでとうと言っておくよ」

「それはどうも……」

二人は本当の友達というわけではない。

予選において一時的に記憶をなくされていた時に慎二と白野は友人であるという別の記憶を刷り込まれていたのだ。

それは記憶を取り戻した今でも覚えていて、慎二は自然とその時の距離感で接していた。

「――そういえば、予選をギリギリに通過したんだって?

 どうせ、お情けで通してもらったんだろ?」

「確かに……本当なら、予選の最後で俺は死んでいたけど」

「いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ。

 でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ」

「勘違いなんてしてないさ。俺の弱さは誰よりも知ってる」

「ふぅん。けど、ここの主催者もなかなか見所あるじゃないか。ほんと、1回戦から盛り上げてくれるよ」

「?」

「そうだろう? 嗚呼(ああ)! いかに仮初めの友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけなければならないとは!

 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」

慎二は陶酔した顔で叫ぶと、いつものにやついた表情に戻って白野の肩を叩く。

「ま、正々堂々戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから」

「…………」

「それじゃあ、次に会う時は敵同士だ。僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか」

慎二は笑いながら白野の側を離れる。

 

「ほんと、僕は運がいい。強いサーヴァントを引き当てるだけじゃなく、対戦相手にも恵まれてるんだからな」

 慎二はマイルームのドアを開ける。

「お、シンジ。ゴキゲンじゃねぇか」

「やっと起きたのかよ。

 まぁ機嫌もよくなるよ。なにせ、あれほど平凡が似合う岸波が相手なんだから」

「ほう、知り合いか。ならゴールデンなとこ見せなくっちゃな」

慎二のポケットからまたしても電子音が鳴り響く。

携帯端末を確認すると『第一暗号鍵(プライマリートリガー)を生成、第一層にて取得されたし』と書かれていた。

「たしか二つの暗号鍵(トリガー)がないと決戦に出れないんだよな。よしバーサーカー、アリーナに行くぞ」

「だから、ゴールデンだってば」

二人はアリーナに向かう。

 

「ははっ、思ったより簡単だったね。まぁ、僕にかかればこんなものかな」

 慎二と金時は第一暗号鍵(プライマリートリガー)を取得し、帰路についていた。

「あれ? ちょうどいいや」

慎二たちの目の前に白野とサーヴァントの姿が見える。

「おいバー……じゃなかった。ゴールデン、ちょっと遊んでやろうぜ」

 ゴールデンと呼ぶことに抵抗がないわけではないが、クラスを隠すという意味合いでもそう呼ぶことにしたのだ。

「おう! ゴールデンに行こうぜ」

 金時も満足気に頷く。

「遅かったじゃないか、岸波。お前があまりにもたもたしてるから、僕はもう暗号鍵(トリガー)をゲットしちゃったよ!」

「慎二は相変わらずだな」

 白野は呆れたように反応する。

「あははっ、そんな顔するなよ? 才能の差ってやつだからね。

 うん、気にしなくてもいいよ!」

 慎二は厭らしく嗤う。

「くんくん。何やら海藻類の匂いがすると思ったら、ワカメさんでしたか」

 青い和服を着た、桃髪の狐耳という属性盛り沢山な、白野のサーヴァントが声をかける。

「ちょ、おま、なんだよ! 口悪いな」

 慎二も気にしてるのかムキになる。

「キャスター、いくらワカメっぽい髪してるからって、それは言い過ぎだと思うよ」

「いや、お前もひどいからね!」

「キャーッ! 天然で罵倒するご主人様もス・テ・キ(はぁと)」

「もう、なんだよお前ら! ほんと、ムカつく!」

「COOLになれよシンジ。奴らの思うつぼだぜ」

 金時が慎二をなだめる。

「ああ、そうだな」

「じゃあ、クールダウンしてる間に、オレが(ナシ)つけてくるわ」

 金時が前に出る。

「よう、フォックス。ちょっと挨拶代わりに相撲でも……くっ、お、お前!?」

 キャスターに話しかけた金時が、露骨に目を逸らす。

「どうしましたか?」

「てめー、なんだその恰好は!?」

 目は逸らしたまま、胸元を指さして叫ぶ。

「胸元!! なんで胸元はだけてんだよ!?

 こんなん目のやり場に困んじゃん!?」

「胸元はだけてるのは貴方に言われたくないんですけど。

 なんなら雄っぱい見せてる貴方の方がハレンチですし、さっき相撲に誘いましたよね? 女の子相手にそれはないんじゃありませんか」

「相撲はオレの地元のマウンテン挨拶だし」

 金時はキャスターにたじろぐ。

「お前もダメじゃん。

 もういい。岸波、格の違い見せてやる」

「たく、ひ弱な女を殴んのは趣味じゃねぇが、いっちょヤルか!」

「ご主人様、中身は小学生みたいなコンビですが、私の苦手な脳筋です。

 ここは防御に徹して、得られるだけの情報を手に入れちゃいましょう!」

 一回戦、初の戦いが幕を開けた。

 

「ウラァッ!」

「きゃっ!」

 金時の一撃でキャスターは吹き飛ぶ。

 防戦に徹していたといっても、現在使える呪術『呪相・炎天』を用いて、ただ一方的にやられたわけではない。

 それでも金時は止まらず、力技だけで圧倒したのだ。

「興醒めだぜ、失せな」

 SE.RA.PHによる妨害が入る前に金時はキャスターに背を向ける。

「おい! (とど)め刺さないのかよ!」

 慎二が金時に声を上げる。

「ここで終わんのはつまんねぇよ。まだ2日目だぜ。二回戦まで6日間暇だろ?

 もっと楽しもうぜ、シンジ」

「……それも、そうだな。

 いやだねぇ、決着が早くても凡人たちに合わせないといけないなんてさ。才能があるってのも考えものだよね。

 それじゃあ岸波、決戦までには力をつけろよ。少しぐらい歯ごたえがないと楽しくないからさ」

 慎二は厭らしい笑みを浮かべたまま立ち去る。

 

「キャスター、大丈夫?」

「ご主人様がナデナデしてくれるのであれば、ノープログレム! なんでしたら今夜は一晩中ナデナデしていただいても構いませんよ」

「出会って3日でその距離感はどうなの?」

 白野は真名すら知らないキャスターの言動に呆れる。

「ですが、冗談抜きにちょっとキツいですね。

 単純なレベルもそうですが、相性が悪すぎます」

「キャスターは白兵戦が苦手だから?」

「それもありますが、もっと根本的なところです。

 実際、あの人からは対魔力を感じませんでしたから、呪術は有効ですしね」

「じゃあ、どういうことなの?」

「…………」

 キャスターが珍しく黙る。

「あの人は魔を滅ぼす英雄で、私は……」

 キャスターは悲しげな表情になる。

「私は……人に仇なす、反英霊だから、です」

「反英霊?」

「ようは英雄に滅ぼされる化物、妖怪、怪物の類です」

「キャスターが化物?」

「幻滅されたでしょうか、でも私はマスターのこと……」

「幻滅なんかしてないよ。君の正体が何者であれ、あのとき俺の命を救ってくれたキャスターを信じるって決めたから」

「ご主人様……分かりました。私もご主人様を信じて、マイルームに戻ったら真名を告げましょう。宝具も使わないとあの人に勝てませんし」

「うん。ありがとう」

「真名を聞いて、ドン引きしたら許しませんからね。先程の言葉、忘れないで下さいね」

 いつもの調子に戻ったキャスターが冗談交じりに言う。

「ところで、あのサーヴァントの正体を知ってる風だったけど、心当たりあるの?」

「ええ、見た目だけなら分かりませんでしたが、言葉の端々から漏れた情報と戦い、あとは酒吞ちゃん――メル友の惚気話からですかね。こんなところで役に立つとは思いませんでしたけど」

「???」

「詳しいことはマイルームで。それでは帰りましょう、私たちの愛の巣へ!」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――4日

 あれからオレは頼光の大将に拾われて、生活を共にした。

「金時、準備は出来ましたか?」

 大将はオレに金時という名をつけた、髪の色が由来の安直な名前。金色は好きだから悪くはねぇんだが、響きがいまいち気に入らねぇ。もっと“金”を格好良く呼べねぇもんか。

「準備ならとっくに出来てるぜ、大将。つーか山育ちのオレとしては、このマサカリさえありゃあ(なん)にもいらねぇよ」

 大将についていって、怪異を倒し続けるうちに、四天王の一人っつーことになって、今回も鬼退治に山に行く予定だ。

「金時、私のことは母と呼びなさいと、いつも言っているでしょう」

 母ちゃんが死んでから大将は毎日この調子で、場合によっちゃ泣き落としまでするから質が悪い。

「で、今回行く山の名前ってなんだっけ?」

 話を逸らそうと、別の話を振る。元々聞こうとしていた話題だっただけに丁度よかった。

「はぁ、帰ってきたら今度こそ母と呼んで貰いますからね。

 大江山ですよ。まったく、目的地を忘れるなんて……やはり一人で行かせるのは早いのでは……」

「そんなことねぇよ、ちっと忘れてただけだ。それに鬼の一匹や二匹、どうってことないぜ」

「それが心配だというのです。もし厳しそうなら、母に言って下さいね。任務を放り投げて駆けつけますから」

「そりゃあダメだろ……ところで、鬼の名前ってなんだっけ?」

「目的地だけでなく討伐対象も忘れたとは、これは帰ったら教育が必要ですね」

 大将の表情に冷たさが増していく。これはガチでヤバいやつだ。

「酒吞童子、と名乗っているそうです。名の通り、呑んだくれの醜い鬼でしょうが」

 

 

 

「…………」

 慎二が目を覚ます。

「やっぱりあれは、あいつの……」

「どうしたシンジ?」

「あ、いや、なんでもない」

「? まぁいいや、ところでさ学校の端にある教会に行きてぇんだが、一緒に行かねぇかい。なんだかゴールデンな予感がするんだよな」

「いや、僕はちょっと考え事するから、一人で行ってこいよ」

「つれねえな。ま、いっか。じゃあ行ってくるぜ!」

 金時はマイルームを出る。

「……僕も行くか」

 しばらくして、慎二もマイルームを後にする。

 

「あら、間桐くん」

廊下を歩いていると赤い服の少女―――遠坂凛が声をかけた。

「遠坂……今、君と話す気分じゃないんだ。またね」

慎二は凛の横を通り抜ける。

「あら、あなたのことだから自分のサーヴァントの自慢でもするかと思ったけど……弱い英霊でも引き当てたのかしら?」

「は? 僕みたいな優秀な魔術師(ウィザード)が雑魚を引くわけないだろ!

 現に岸波に圧勝だったしね」

慎二は振り返って、凛に怒鳴る。

「岸波くんみたいな初心者あいてに威張るなんて、器の底が知れるわよ、間桐くん」

「くっ!?」

「で、何を悩んでたの?」

「ちょっと、僕のサーヴァントがよく分からないヤツだから。話しても要領得ないし」

「対話が出来なくても、その人のことを知る方法ならあるわよ」

凛は図書室を指差す。

「これから戦う上で対戦相手のことを知るのは当然だけど、自分の陣営のことも知っておくのは大切よ」

「…………」

慎二は考えるように俯く。

「まあ、アジア圏有数のクラッカーである間桐慎二くんには必要のないことかもしれないけど」

「な、当たり前だろ! でも、アリーナでせこせこ経験値稼ぎするようなみっともない真似は出来ないし、暇潰しに図書室に行くのも悪くないかな」

そう言い残して慎二は凛の元を去る。

「はぁ、なんであんな助言みたいなこと言っちゃったのかしら」

「(嬢ちゃんがあのマスターを気に入ってるからじゃないのか?)」

凛のサーヴァントが霊体化したまま声をかける。

「冗談! あんなの好みじゃないわよ。ただ、あいつがいつもと違う雰囲気だったから調子が狂っただけよ」

「(ははは、そうだな。嬢ちゃんのお気に入りは出会い頭に身体中ベタベタ触った坊主だもんな)」

「な、だからあれは誤解だって言ってるでしょ!」

 一般生徒(NPC)だらけの廊下に凛の叫声が響いた。

 

「ふーん。思ったより沢山の情報(データ)があるな」

慎二は図書室に入り棚を物色する。

「あった!」

慎二は金時に関わる資料を一通り全部集め、図書室の席の一角に座る。

「どれどれ……」

慎二は本を読み進める。

 

「あれ? 慎二」

「うぁ、き、岸波なんでこんなとこに」

読むのに夢中になっていた所為で白野の接近に気づけなかった。

「そうか、僕のサーヴァントのことを調べに来たんだな」

慎二は読んでいた本を閉じ、机の本と一緒に抱きかかえる。

「残念だけど、そうはさせないよ!」

慎二は本を持って、図書室を出る。

「調べるもなにも真名は知ってるんだけどな……」

白野はそう言いながら本を一冊取る。

日本三大化生の一角として扱われる妖狐の話を。

 

 

 つづく



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決戦まであと―――3日

「なんだ、こりゃ?」

 鬼退治のために山を登って、森を抜けた場所に少女――いや、幼女といっても差し支えないような小娘が寝ていた。

「こんなとこで寝るとか、山育ちのオレでも……いや、フツーに寝てたな」

 だが、それはオレの力ありきだし。なにより、ここは鬼が出るのだから放ってはおけない。

「たく、しゃーねぇな……えーっと、こんなとこで寝てると危ないぜ、嬢ちゃん」

「んー? なんやお客さんかいな、静かなとこ探して御殿出たのに」

 少女は目を覚ましたようだ。

「うちの眠りを邪魔したのは頭にくるけど、嬢ちゃんなんて呼ばれたの初めてやさかい赦したろ」

 そう言って、少女は起き上がる。

「ッ!?」

 そこで気付いた。少女の異様な姿に。

「て、てめーなんつー恰好してんだよ!?」

 少女は身の丈以上のブカブカの着物をはだけさせ、その下は真っ裸だった。

「普通はうちの角見て驚くもんやけど、その下見るやなんて、やらしい小僧やなぁ」

「はっ、別に裸見たかった訳じゃ……角? うわっマジだ」

 今更ながら、頭の上についている二本の角に気付く。

「てことはなにか、てめーがこの山に巣くう鬼だってことか?」

「ふふふ、うちも有名になったもんやねぇ。あんさんの思ってる鬼が『酒吞童子』ゆうんやったら、おうとるで」

「子供の姿してるってのは正直ヤリづれーが、まぁいいここでくたばっとけ!」

 マサカリを振り下ろす。この間合いで外すわけもなく、酒吞童子はペシャンコに潰れたと思われた。

「いきなり突っ込むなんて、気が早すぎるわぁ。まぁ、我慢できんゆうんも若さゆえやなぁ」

 オレのマサカリが酒吞童子の細腕に受け止められていた。大将にも受け止められたことはあるが、今の自分はその時以上の力だし、酒吞童子の腕は大将のそれより小さい。にも関わらず難なく受け止められたというのは、かなりのショックだった。

「ちっ、腐っても鬼種っつーわけか」

「腐ってもやなんて失礼やなぁ。長生きしとるとはいえ、見た目は少女そのものなんやから」

 酒吞童子がマサカリを軽く押し返す。

「ぐはっ!」

 それだけでオレは後ろに吹き飛ばされる。

「おもしれぇ、久々に全力だすか!」

 起き上がり、マサカリに雷電を纏わせる。

「そんなにうちを求めてくれるやなんて、嬉しいわぁ」

 そうして、オレたちはマサカリと拳を打ち合った。

 

「ちっ、なんでオレを殺さない」

 長時間戦ったが一向に決着がつかず、疲弊したオレが先に倒れた。

 酒吞童子も疲れているはずだが、息の一つも上がっちゃいない。

「ん? なんでうちがあんさんを殺さないかんの?」

「あ? そりゃあ、オレはお前を殺そうとしたからに決まってんだろ!」

「ふふふ、せやな。いつもやったら、骨まで溶かしてさいならするけど……うちはあんたはんのこと気に入ったさかい、しばらく見ておきたいんよ」

「はぁ?」

 まったく理解ができない。

「ところであんさんの名前聞いとらんかったね」

「オレは……金時だ。坂田金時」

「そうか。じゃあ金時、今日は疲れたやろうから帰ってゆっくり休みぃ。

 元気なったら、また明日遊びにきたらええから」

「何言って……」

「さっきの打ち合い楽しかったやろ? あんたやって、こないな風に終わんのはつまらんやろ」

「…………」

「やから、また明日ここでな」

「……わーったよ。でも勘違いするなよ、オレはお前を退治するために来るんだからな」

「素直やないとこも、ほんま可愛いなぁ」

「うっせー」

 こうしてオレは山を下りる。明日またここへ来るために。

 遊びに行くわけじゃねーぞ。

 

 

 

「ん……あさ「よう、シンジ! やっと目ぇ覚ましたか」……ッ!?」

 慎二が起きた直後、金時が詰め寄る。

「な、なんだよ!? いきなり」

「おう。昨日、シンジがさっさと寝ちまうから、起きるの待ってたんじゃねぇか」

「お前が帰ってくるの遅いから悪いんだろ!! ていうかずっと起きてたの?」

「んなことはどうでもいい。それよりバイク造ってくれねぇか」

「バイクぅ? なんでさ」

「昨日、教会にいるメガネのねーちゃんと話してたら、むしょーに乗りたくなったんだよ。

 ライダーならベアー号持ってこれたんだが」

「なんだよそれ?」

「いいから造ってくれよ。モンスターマシーンをさ。シンジならそれくらいよゆーだろ?」

「当たり前だろ! ちょっと待ってろ。お前も驚くような凄いやつ造るから」

「サンキュー、シンジ。出来たらオレのケツに乗せてやるよ。オレっちのゴールデン・ドライブ味わえるぜ」

「いいよそんなの」

 文句を言いながらも慎二はバイクを製作する。

 

「なんでしょうか……あれ」

 暗号鍵(トリガー)取得のために、新しいアリーナに入った白野たちの目の前に異様な光景が広がっていた。

「えーっと、ツーリング?」

 なぜかバイクスーツに身を包んだ金時がハーレーを乗り回し、敵性プログラム(エネミー)を蹴散らしながらアリーナを周回していたのだ。

「おう、お前らか! 折角会いに来てくれたとこ悪いが、今日はゴキゲンなマシーンに夢中でそれどころじゃねぇんだ」

 白野たちに気付いた金時がハーレーを停車させ、挨拶する。

「べつに貴方に会いに来たわけじゃないんですけどー」

「そうかい。だが、今日はこのアリーナはオレたちの貸し切りだ。トリガー取ったらさっさと帰んな」

 勝手なことを言い、金時は再びハーレーを走らせる。

「そんじゃあカッとばすぜ! ゴールデンドライブ!!」

 周りのエネミーを薙ぎ倒しながら、ハーレーは疾走する。

「……酒吞ちゃんの言う通り、本当に元気な方ですね」

「あれ?」

「どうされましたか?」

「バイクの後ろに慎二も乗ってるなぁって」

「おや、本当ですね。魂が小さくてよく見えませんでした。

 でも意外ですね。あの海藻類はああいうの苦手そうに思いましたが……まぁ、金時さんにムリヤリ乗せられたといったところでしょうか?」

「そうかもね。

 でも……」

 慎二の顔を見て、白野は言う。

「なんかすごく楽しそうだな」

 

 

 つづく



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決戦まであと―――2日

「酒吞、遊びに来たぞ……む? そこの金色の髪に碧い瞳の者は誰ぞ?」

 酒吞との何度目かの戦いが終わり、少し休んでいると、黄色の着物を着た少女が現れる。

「もしや、異国の者か? かかっ、異邦人の贄を用意するとは京の都も捨てたものではないな」

「なんや茨木、相変わらず知らんもんの前では威勢がええな。

 この小僧はエサやのうて、遊び相手や。なぁ金時」

「だーかーら、遊びじゃねぇ。ガチの戦いだ」

「金、時……金時って、あの怪異殺し――頼光の四天王ではないのか!?

 ま、まさか吾らを退治しに……」

「ん? ああ、大将に言われてるのは酒吞だけだが……そういやお前も鬼だな。ならサクッと地獄に送るか」

「にゃんと!?」

「こら金時、あんま茨木脅さんとってや。こう見えて小心者やさかい。

 それにうちという女を前にして、浮気とか赦しませんえ」

「そんなんじゃねぇよ。初めに殺すのはお前だからな」

「初めてはうちにくれるやなんて嬉しいことゆうてくれるやないの」

「るせぇ、休憩は終わりだ。次、いくぞオラッ!!」

 その後、もう一度酒吞とやり合った。

 最近、こんな日々も悪くないと思ってる自分がいる。

 だが、オレは忘れていた……楽しい時間は長く続かないのだということを

 

 

 

「……あれ?」

 慎二は起きるとすぐに金時を探したのだが、見当たらない。

「ん?」

 机の上に置手紙がある」

「なになに……『まだまだ走り足りねぇから、アリーナ行ってくる!』だって!?」

 金時は昨日走った二つ目のアリーナではなく、初めのアリーナに行ったそうだ。

 慎二は怒りのあまり、手紙をくしゃくしゃに丸め放り投げる。

「行くなら僕も連れてけよ」

 ぼそりと呟き、慎二はマイルームを出る。

 

「あら、どうしたの浮かない顔して岸波君にやられたとか?」

 廊下を歩いていると凛に出会った。

「遠坂か。ふん、あんな素人に僕が負けるわけないだろ! あいつならせこせこ雑魚エネミーを狩ってるだろうよ」

「ふぅん。慎二は行かないの?」

「はぁ? あんな無駄なことして何になるのさ。マスターのレベルは上がるかもしれないけど、サーヴァントには意味ないだろ」

「あきれた。いい、確かにエネミーを倒してもサーヴァントには影響はない。でもねサーヴァントに魔力を与えることで、サーヴァントは強くなる。そのためにマスターも強くなくっちゃいけないの」

「サーヴァントに魔力を?」

「そう。魔術師はね、足りないものは余所から持ってくるの。この場合、サーヴァント自体は成長しないけどマスターが強くなることでより多くの魔力を回し、サーヴァントを今以上に強くできるの」

「足りないものは余所から持ってくる……でも、僕に足りないものなんてないから関係ないね!」

「……相変わらずね、あなた。ここまで教え甲斐がないと怒りを通り越して呆れるわ。じゃあね」

凛は慎二の前から去ろうとする。

「なぁ、遠坂」

「なに? もう一度、喋れなんて言わないでよね」

凛は呆れたような声で返事する。

「……夢見るか?」

「夢? そんなもの見るわけないでしょ、常識で考えたら。それとも間桐くんはそんな事も分からないの?」

電脳の世界では夢は見ない。情報そのものである霊子ダイブでは情報整理のための夢は見れないのである。

「そんなのは僕も知ってるよ! でも、全く身に覚えのない夢を見るんだ……毎日」

「ふぅん。それはきっと、あなたより強い想いがある誰かの夢なんじゃない?」

「誰かの夢?」

「夢と言うよりは人生、生涯って言った方がいいかも。その記憶があなたに流れ込んでるんじゃないかしら」

「誰の記憶なんだよ」

「そんなこと私は解らないわ……でも、面白い噂なら知ってるわ」

「?」

「昔あった聖杯戦争ではね……サーヴァントの夢を見たそうよ」

「それ、ほんとか!?」

「噂だって言ってるじゃない。でも、もしかしたらって思って」

「…………」

慎二は考えるように下を向く。

「そろそろ時間か……ふふ、じゃあね慎二。また、会えたら会いましょう」

凛は立ち去る。

「……ああ、もう!」

 慎二はアリーナへ向かう。

 一人で楽しんでいるであろう相方の元へ。

 

 

 つづく



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決戦まであと―――1日

「あれ? 大将じゃねぇか。どうしたんだ、こんなところで?」

 拠点にしている宿屋に戻ると、頼光の大将が待っていた。

「私の方は片が付いたので、あなたを手伝いにね。

 なかなか苦戦しているようだから」

「いらねぇよ。あんな女、一人でなんとかなるぜ」

「女?」

 大将の目が鋭くなる。

「酒吞童子は女だったのですね」

「お、おう」

 思わず気圧される。

「はぁ、遊びは終わりです。これを使いなさい」

 大将は徳利(とっくり)を出す。

「これは?」

「『神便鬼毒酒(しんぺんきどくしゅ)』、神より授かりし鬼の力を封じる神酒です。これを呑ませた後に首を刎ねなさい」

「なっ、それはないだろ大将!」

「鬼あいてに卑怯もなにもありません。いいからやりなさい。失敗は赦しません」

「ちっ、分かった、よ」

 あの目をした頼光に逆らうことはできない。今までの経験上、失敗すると死ぬよりも質が悪い目に遭う。

 ったく、面白くねぇ。

 

 

 

「なあ金時」

「だから、オレのことはゴールデンって呼べって……なんだ?」

 マイルームでハーレーのメンテをしている金時に慎二は訊ねる。

「お前は聖杯に何を願うの?」

「あん? 別にねぇよそんなもん。まぁ、あるにはあるんだが大したことじゃねぇしな。

 ま、この先の戦いで会えりゃ儲けもんって感じのつまらねぇ願いさ」

「なら、戦う理由はないってこと?」

「はっ、戦うのに理由なんて必要ねぇよ。肉と肉がぶつかり、血を撒き散らす、そんな血沸き肉躍るバトルが出来りゃあ十分なわけよ」

「じゃあ、記録(レコード)には興味ないのかよ? 一番になりたくないのかよ?」

「一番になったてな、一緒に居てくれるヤツがいなきゃ、つまらねぇよ。頂点ってヤツは孤高――いや、孤独っつーことだからな」

 何かを思い出すように金時は告げる。

「分かんないよ」

 慎二は泣きそうな声で叫ぶ。

「分かんないよ……僕はいつも一人だったんだから、誰かと一緒になんて……」

「今までオレと一緒に生活してて、本当にそう思ってんのか?」

「…………」

「悩むっつーことは、ほんとは分かってんだろ?

 どうすればいいかなんてよ」

「…………」

「シンジ、つまらねぇ生き方だけはすんじゃねぇぞ。

 人生は短ぇんだから、楽しまなくっちゃな。ゴールデンによ」

 金時はにかっと笑う。

「ふん。なんだよ、ゴールデンって。

 あーあー、つまんない話しちゃったな……なあ金時、気晴らしにハーレー(それ)乗っけてよ」

 慎二も笑って、立ち上がる。

「ああ、いいぜ。ゴールデンだ!」

 

 

 つづく



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決戦開幕

「…………」

「…………」

「ふふ。なに見とるん、小僧?

 ま、うちはいくら見られてもかまへんけどな?」

「……見てねぇ。

 てめぇがオレの前にいるだけだ」

「ふふ。いけずなおひとやわぁ」

 酒吞はいつものような軽口で話す。

「さ、はじめよか。

 もう何度目になるかもわからんけども。

 でも、うちは無粋に争うんは好かんねん。落とすなら力ずくより色じかけや。

 まぁ、あんたはんには通じひんからこの始末やけどな……ああ、いややいやや。首落とさへんと骨抜きにできんなんて、うち自信なくすわぁ」

 酒呑は肩をすくめる。

「……でもしゃあないなあ。だって――戦い(こっち)の方が、小僧に好かれる作法なんやろ?」

「――おう。それがいい。それでいい。

 鬼は邪悪なモンと決まってる。それがテメェとオレの関係だぜ、酒吞」

「よう言うわ。うちの前に一匹、情けをかけて逃がした鬼がおるやろうに。

 ほんま腹立つわ。骨を抜くだけじゃ飽き足らん。骨抜きにした後はうちの金棒でいたぶったるわ。

 それで、これまでの因縁は帳消しやね」

 酒吞との最後の戦いが始まった。

 

「くっ!」

 結局、決着はつかなかった。いつものように五分の戦いをして、オレは地面に膝をついた。

「金時にしては珍しいもん持ってる思たら……」

「!!?」

 酒吞の手には、『神便鬼毒酒』の入った徳利が握られていた。

「察するところ、あんたはんの大将が持たせたゆうところかねぇ」

「…………」

「そないな顔せんといてや。大丈夫やから」

「?」

「短い間やったけど、あんたはんと一緒に居れて楽しおました」

「何を……」

「ほなまたな、金時」

「やめろッ!」

 酒吞は徳利を呑み干した。何が入っているか知っていたにも関わらず。

 そして、酒吞は倒れる。

「やはり教育が必要ですね」

 それを見計らってか、頼光の大将が姿を現す。

「ですが、最後のチャンスを与えましょう

 ……その虫けらの首を刎ね、滅しなさい」

「…………」

「出来ないのですか?」

「いや……やるよ」

 酒吞の頭に近づき、顔が見えない位置に立つ。

「すまねぇ」

 そしてマサカリを振り下ろし、酒吞の首を刎ねた。

「そない悲しそうな顔せなや」

 そう声が聞こえ頭を上げると、首だけになった酒吞が頼光に飛びかかる。

「ッ!? この虫!」

 頼光が刀を構えようとするが、少し遅い。酒吞の牙が頼光の首元に食らいつく。

「なにッ!?」

 しかし、牙は届かなかった。

「我が兜は薄汚い羽虫の攻撃など届きません」

 神より授かった兜により、無傷で済んだようだ。

「しもたなぁ。折角、小僧を縛る女を始末できるおもたのに」

 頼光が刀を抜く。

「ごめんなぁ。もう遊んでやれんで。

 うちはもう相手できんけど、金時、あんたは楽しみや……短い人生を」

 そして、酒吞に振り下ろされる。

「ほな、お先に」

 その呟きを最後に酒吞は両断される。

「バカ野郎。なんだよ、お先にって。勝手に先に逝きやがって」

 最期の瞬間まで笑いやがって――

 最期まで自分の人生、楽しみやがって―― 

 お前の言うことなんざ聞きたかねぇが――

 楽しんでやるよ。今という限りある人生(じかん)を――

 

 

 

「ん……」

「起きたかい? そんじゃ、行こうぜ!」

「そうだな。今日もゴールデンに決めてくれ」

「…………」

 金時はポカンとした顔で慎二を見る。

「へっ、シンジも分かってきたじゃねぇか!

 よっしゃ、望み通り見せてやるぜ。ガチのゴールデンをよ!」

 

「よう、フォックス! 久しぶりだな。少しは(リキ)つけてきたみてぇじゃねぁか」

「それはもちろん。ご主人様にた~くさん愛を注いでいただきましたから」

「へっ、それじゃあ、ちっとは楽しめそうだな」

「酒吞ちゃんともこうして戦い(愛し)合ったんですか?」

「……てめー、酒吞の知り合いか?」

「知り合いもなにもメル友ですとも。なんならこの場に喚びましょうか」

「いらねぇよ」

「そんなに邪険にしなくても、酒吞さんは貴方のこと嫌ってません。むしろ逢いたがっていますけどね

 ……まぁ、目の前でイチャイチャされるのも面白くないので喚びませんけど」

「…………」

 玉藻と金時の会話がそこで途切れる。

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ」

 白野に対し、慎二はいつものように憎まれ口を叩く。

「ああ、俺にはまだ戦う理由とかよく分からないけど、何も分からないまま全てが終わるのだけは嫌だから」

 それに対し、白野は慎二の目を真っ直ぐ見て、言葉を返す。

「……後悔しても遅いからな」

 以前なら戦う理由が無いという白野を見下しただろうが、その言葉から溢れる意志のようなものを慎二は認めていた。

「大丈夫。そうならないために努力はしたから」

 そして二人の言葉を最後に決戦は開幕した。

 

「オラァッ! オラオラッ! なんだよ、逃げの一手か? 成長したのは逃げ足だけか? オラァッ!」

 決戦が始まって、玉藻は攻撃もせずに金時の攻撃を数回躱していた。

「ふーんだ。貴方みたいな脳筋あいてには一生理解出来ないでしょうね……ご主人様!」

「ああ、もう大丈夫。あとは任せて!」

「キャーご主人様カッコ良い! これが初めての共同作業ですね!」

「なに言ってやがる。もう逃がさねぇぞ!」

 金時は玉藻に接近し、逃れられない距離で鉞を大きく振るう。

「『BREAK』!」

 白野が叫ぶ。

「よしキタ。『炎天』よ奔れ」

 炎の柱が現れ、金時の鉞を持つ右腕を焼く。

「なっ!?」

「そこです!」

 そして金時の動きが鈍ったのを見逃さず、玉藻は鏡をボディに当てる。

「なめてんじゃ、ねぇ!」

 金時は鉞を小振りにしてラッシュをかける。

「『ATTACK』!」

「『氷天』よ砕け」

 金時の足元から氷の柱がせり上がり、ダメージと共に動きを止める。

「行きますよー」

 玉藻が接近する。

「ちっ」

 金時はその攻撃を防ぐため、その後カウンターを放つため、身を守る。

「『GUARD』!」

「『密天』よ集え」

 金時の防御を貫くように、大気の渦を巻き襲い掛かる。

「くっ、なるほどな。それがてめぇらの作戦か」

 金時の攻撃を連続して防ぐことは不可能。回避も短時間しか行えない。

 ならば、攻撃が始まる前に攻撃し、その行動自体を崩してしまえばいい。自分が相手の手を読み、それを玉藻に伝える……そう白野は考えた。

「なら、初めの『逃げ』はオレの行動パターンを読むためってとこか」

「ふふん。いかがですか、ご主人様の作戦は。貴方のような脳筋に、その思惑を打破できますか」

 スタン状態の金時に、玉藻は鏡で追撃をかける。

「ちょっと黙ってろよ、お前。『shock』!」

「うきゅっ!?」

 玉藻は横から攻撃を受ける。威力自体大したことはなかったものの、麻痺攻撃のためスタン状態に陥った。

「ゴールデンだぜ!」

 その隙を見逃さず、金時は横薙ぎに鉞を振るう。

「いったーい」

 吹き飛ばされた玉藻がそんな声を上げる。

「お前らさ、僕のこと忘れてない? 超ハラ立つんですけど」

 玉藻にコードキャストを仕掛けた張本人――間桐慎二が腕を組みながら、前に出る。

「たしかに金時(こいつ)じゃ、攻撃の読み合いはムリかもしれないけどさ……

 ゲームチャンプである僕が指示したら、岸波(お前)なんかの平凡な頭で予測できるわけないだろ。

 だから金時、後は僕に任せてくれ」

「へっ、いいぜ。ゴールデンな指示を頼むぜ」

「ああ、任せろ。ゴールデンに決めてやる」

 サーヴァント同士の戦いが、白野と慎二の指示の元、第二ラウンドとして開始された。

 

「キャスター『BREAK』!」

「はいやっ!」

「ゴールデン『ATTACK』!」

「無駄ぁ!」

 白野の予想をまたしても外し、戦局は慎二が優勢になっている。

「ご主人様、このままでは……」

「……分かった。『あれ』を使おう」

 白野が左腕を出す。

「令呪を以って命ずる。キャスター、宝具を開放するんだ。足りない分は僕から持って行け!」

「はい! 頂きますとも、ご主人様の愛!」 

 令呪一画の消費と共に、白野の身体からより濃厚な魔力が玉藻に流れる。

「お? ヤツら切り札出すみてぇだな」

「『宝具』か」

 『魔術師はね、足りないものは余所から持ってくるの』という遠坂の言葉を、慎二は思い出す。

 金時と慎二は様子を見る。本来、相手の宝具を黙って見ているなんて自殺行為だが、彼らはこの先に面白い展開が待ち受けていると信じて疑わず、ただ見守っている。

「出雲に神在り。

 審美確かに、魂たまに息吹を、山河水天(さんがすいてん)天照(あまてらす)

 是自在にして禊ぎの証、名を玉藻鎮石(たまものしずいし)神宝宇迦之鏡也(しんぽううかのかがみなり)

 ……なんちゃって」

 玉藻が宝具の真名開放の言霊を紡ぐ……最後に冗談のような言葉が聞こえたが。

 そして辺りは一変する。

「ゴールデン」

 玉藻の放った呪符が鏡に呼応し輝きだし、辺りを紫紺に染め上げる。そして、どこからか鳥居が現れ、それが無数に立ち並ぶ。

「さて、これからはずっと私たちのターンです」

 いつのまにか、辺りが呪符で埋め尽くされる。

 玉藻の宝具――水天日光天照八野鎮石により、常世の理を遮断する結界を展開され呪力行使に制限がなくなった。

「さあ、この呪術の中で何秒持ちますかね」

 玉藻が攻撃系の呪符を金時に向ける。

「へっ、楽しくなってきたじゃねぇか!」

 この苦境でなお、金時は笑みを絶やすどころか、ますます笑顔になる。

「『黄金衝撃(ゴールデンスパーーク)』!!」

 向かってくる呪術を打ち払う。打ち払い続ける。

 無尽蔵とも思える呪符をことごとく無効化する。

 しかし、金時の雷撃は無限ではない。鉞に充填されたカートリッジを消費して威力を高めているのだから。

「ッ!」

 金時の様子を見て、慎二が思わず右腕を出す。

 いま有効なコードキャストはない。ならば自分も令呪を使えばと思ったのだ。

「(でも、何に使えば……魔力の回復? 身体能力の強化?)」

 遂に鉞のカートリッジが尽きる。

「いや、そうじゃないだろ!

 令呪を以って命ずる……」

 慎二の右手の令呪が紅く輝く。

「我がサーヴァント、金時よ……よりゴールデンに!!」

「!!?」

 本来、このような抽象的ともいえない理解不能の言葉に令呪が力を発揮するわけがない。

 しかし――

「オーケー、シンジ。ゴールデン漲ってきたぜ!」

 肉体のダメージは修復され、カートリッジは再充填、さらに今まで以上の神気(オーラ)を見に纏っている。

「そんじゃあまぁ、ここからはフルスロットルだ!」

 鉞を握る両腕が赤く、紅く染まる。

「全力で行くぜ、フォックス!!」 

 金時は鉞――黄金喰い(ゴールデンイーター)のカートリッジに装填されている全ての雷撃を開放し、玉藻に向かって駆け出す。

「奔れ――砕け――集え――」

 玉藻は駆ける金時の左右、後方にそれぞれ炎天、氷天、密天を束ねたものを放つ。

 単純に攻撃の意味合いも持つが、逃げ場を無くすために放ったものだ。

「いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花……『常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)』!」

 そして、金時の前方に玉藻の所有する最大の呪法を放つ。

「喰らい尽くせ、黄金喰い(ゴールデンイーター)!!」

 『常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)』を打ち払い、身を翻して三方から押し寄せる炎天、氷天、密天も薙ぎ払う。

 さすがに全弾は撃ち落とせず、何発か呪法を受けたがものともせずに駆け寄る。

「なんですと!?」

 そして、玉藻の方を向き直し、黄金喰い(ゴールデンイーター)を大きく振りかぶる。

「触れないでくださいます?」

 しかし、冷静を取り戻した玉藻が『呪層・黒天洞』を八枚展開する。

「ウラァーーーッ!」

「!!?」

 二枚あれば並の宝具すら防げる黒い盾を、金時はガラスを割るように砕く。

「ラァーーーーーーッ!!」

 三枚、四枚、勢いはまだ止まらない。

「ァーーーーーーーーーッ!!!」

 五枚、六枚、雷撃は既に尽きている。

「ーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 七枚、八枚、最後は手を血で滲ませて振るい、全てを破壊した。

「はぁーっ!!」

 そして、もう一度振り上げる。

「しま……」

 展開していた呪符は切れ、新たに呪法を発動させるには遅すぎる。

「っしゃー!」

 さらに玉藻の宝具発動時間までもが終了する。

 そして、金時は――

「えっ!?」

 玉藻は頓狂な声を上げた。

 なぜなら、金時は両腕を伸ばしながら、後ろに倒れたのだ。

「負けだ負け。もう指一本、動きゃしねぇ」

 仰向けに倒れたまま言う。

「ったく、なんだよその様は」

 慎二が金時に歩み寄る。

「すまねぇな、シンジ。無理だったわ」

「たく、カッコつけといてこれじゃあな。でも……」

「ああ、楽しかった」

 金時と慎二はお互いの顔を見合わせ笑う。

「でも、お前に負けるのはすげー悔しいな」

 慎二は白野を見る。

「慎二、令呪(それ)を使えば勝てたんじゃ」

「あ? お前に二回しか使えない最後の令呪を使えって? それは無駄遣いもいいとこだよ。

 頭が良いヤツはこう使うんだよ」

 慎二の令呪が輝く。

 慎二の令呪が二画消え、白野の令呪は三画に戻る。一つは令呪を移植する行為に消費され、最後の一つが白野に譲渡された。

「え、これは……なんで?」

 白野が訊ねる。

「お前はさ、まぐれで僕に勝ったんだ。でも、次からはそうはいかない。それなのに大事な令呪が一個なくなってちゃさ、勝ち抜けるワケないだろ。だから、僕が助けてやろうってワケ」

慎二はいつものような憎まれ口で言う。

「だから、お前が優勝したらさ。みんなに言ってよ、僕に助けられたから勝ったんだって」

「慎二……」

「じゃないとさ、ここで死ぬに死ねないからさ」

慎二は涙を流して訴えかける。

「分かった。俺は慎二のことを忘れない」

「よかった」

そして二人の間に勝者と敗者を分ける壁が立ちはだかる。

 敗者は令呪を全て失った慎二。

「ゴールデンだったぜ、シンジ」

「ふん。どっかのゴールデン馬鹿に当てられただけだよ」

 慎二は金時にそっぽむく。

「この一週間、楽しかったな……」

 金時と居た時間を思い出す。

「でも、死にたくないな……」

 慎二は再び涙を流す。

「ああ? 誰がお前を死なすって?」

「えっ!?」

 既に力尽きたはずの金時が立ち上がり、黄金喰い(ゴールデンイーター)を構える。

 黄金喰い(ゴールデンイーター)には雷電を纏っている。

「お前、全弾つかったんじゃ」

「なんかポッケに一個だけ入ってたもんでな」

 悪戯が成功した子供のように金時は笑う。

「まぁ、残ってたもんはしょうがねぇ。ここで使っちまう、か、よ!」

 黄金喰い(ゴールデンイーター)を振るい、雷撃がSE.RA.PHの生み出した空間を破壊する。

「おら、行け。シンジ」

 できた穴に向かって慎二の背中を押す。

「金時!」

「さっさと行け! ここはオレが食い止めるから」

 金時は背中を向けたまま慎二に言う。金時のいる空間では異常を察知したSE.RA.PHがなにかをしているようだ。

「でも……」

「ガキを守んのは当然のことだ。」

「金時……」

「シンジ、てめーは生きろ。この一週間みたいな楽しい人生(ひび)をな」

 金時は首だけ振り向き、サムズアップする。

「んじゃ、お先」

 金時は背を向き駆け出す。

 そして、慎二の意識は遠のく――

 最期の金時の姿は子供を守る英雄のそれであり――

 また、夢を叶えた子供の様であった――

 




 エピローグ



「金時ッ!?」
 目を開けると慎二は霊子ダイブ用のポットにいた。
「帰ってきたのか?」
 身体中を触って異常がないか確める。
「地球に戻ってきたんだな」
 アバターではなく、元の8歳の姿に戻っていることを確認し安堵する。
「生存者は……今のとこ僕だけみたいだな」
 ネットで月の聖杯戦争に参加して脱落した者たちの末路を知る。
「ったく、なんだよ。お先って、勝手に先逝きやが……」
 どこかで見た光景が重なる。
「あいつもこんな気持ちだったんだな……僕にもできるかな……」
 金時の笑顔を思い出して呟く。
「楽しい人生か……」
 慎二は西欧財閥の同い年の子供たちを思い浮かべる。
 そして遠坂凛の言葉を思い出す。子供たちにの笑顔が消えていると。
「なら、変えなくっちゃいけないな」
 その結果が、自らが所属する西欧財閥を敵に回しても。
「パパもママも怒るだろうな」
 自分に構ってくれたことのない、血の繋がらない小心者の両親を思い浮かべ、薄く笑う。
「まずやることは……」
 これから行う独りぼっちの革命にすべきことを思い浮かべる。
「バイクに乗れるようになることかな……」
 冗談めかしたような本気の言葉を呟き、立ち上がる。
 そして少年は踏み出す――
 子供の笑顔を取り戻すという英雄が歩んだ道を――
 黄金の朝日を背に――



 おわり



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騎士たちの矜持(二回戦)
プロローグ


「これで終わりか……」

 老人が敵性プログラム(エネミー)を撃破し、辺りを見回す。

「結局はここも戦場というわけか」

 老人のいる空間には魂の抜けた残骸(したい)が積み重なっている。

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

どこからともなく男の声が聞こえる。

「聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

男がそう言うと老人の右手が焼けるような痛みに襲われる。

「これは?」

 右手を見るとそこには、大剣(クレイモア)のような紋様が浮かび上がっていた。

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

「ふむ……」

 老人は早速、令呪の使い道を思案する。

「では、最後に君の盾となり剣となる英霊を召喚してもらう」

「触媒はどうするのかね」

 老人は軍人にして電子ハッカー(ウィザード)であるが、元々魔術師の血筋を引く古い家柄の出身で、聖杯戦争の知識を有していた。

「問題ない。地上の聖杯戦争には正式な召喚手順があったらしいのだが、ここではただ念ずるだけでよい」

「……了解した」

 老人は令呪のある右腕を突き出し、念じる。

「この老骨に女王の願いを叶えるに足る力を」

 令呪が 紅く輝き、その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す

「(……しかし、できることなら国のためではなく、一人の『騎士』として戦いに挑みたいものだ)」

 女王の忠節を言葉にする一方で、胸の奥では今は亡き最愛の女性を想う。

「サーヴァント、セイバー。参上いたしました」

 白銀の鎧を身に纏った騎士が老人の前に現れる。

「貴方が正しい道を歩む限り、私の剣は如何なる敵をも切り伏せるでしょう」

 老人は数々の戦場を体験し、どのような危機にも心乱されることがなかった。しかし、白銀の騎士を前に心臓が早鐘を打つ。

「名乗るのが遅れました。我が真名はランスロット。マスター、貴方の名を教えていただけますか」

 それは、高位の存在(えいれい)の圧倒的なオーラに恐れを抱いた訳ではない。

「……ふ、ふふ」

「如何なさいましたか?」

「いや、すまない。ここまで心が高鳴るのは数十年ぶりで抑えがきかなかった。なにしろ、幼少に寝物語で聞いた伝説の英雄に会えるなど……長生きはするものだな」

 老人は一呼吸してから、自己紹介を始める。

「わしはダン=ブラックモア。イングランド王国の軍人であり、名ばかりだが騎士の称号を女王陛下より賜っている」

「これより契約は完了した。マスター、ダン=ブラックモア。これより私は貴方の剣として仕えましょう」

「いや、出来るなら……主従ではなく、同じ騎士として共に戦ってくれないだろうか」

「了解しました。こらからよろしくお願いします、サー・ダン=ブラックモア」

「ああ、こちらこそ。サー・ランスロット」

 二人の騎士は手を取り合う―――仕える主のいない世界で、彼らは誰よりも騎士然としていた。

 

 つづく

 



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決戦まであと―――6日

 丘の上で剣戟が鳴り響く。

「見事な剣技だ。さぞや名のある騎士とみえる。どこの国のものだ? 何故、我が領地に足を踏み入れた」

 青年が金色に輝く剣を構え直して訊ねる。

「いえ、私は誰にも仕えておりません。この地に訪れたのも修行のためです」

「そうか……ならば私の元に来ないか」

「なぜですか? この国の人間ではなく、まして領地も持たない旅人です」

「財や権威に興味はない。私は貴方の腕に惚れたのだ」

 青年は手を差し出す。

「だから、私のものになれ」

「は、はははッ」

 思わず笑みが漏れる。

「? そこまで可笑しなことを言ったか」

 青年はむすっとした顔で問いかける。

「いえ、私も同じ気持ちでしたもので嬉しくて」

 剣を交える時間はあまりにも短かったが、私は青年に心底惚れてしまった。

 この方と共に歩みたい、同じ景色を眺めたいと。運命と云うものがあるなら、今がその時だと。

「そうか。ならば、私の城に来てくれ。正式な手続きを行う」

 青年は部下と馬の方へ歩く。

「そうだ。改めて名を交わそう」

 青年は馬に乗ろうとした寸前、こちらに振り返る。

「我が名はアーサー・ペンドラゴン」

「私はランスロット。故郷では湖の騎士と呼ばれていました」

「これからよろしく頼む、ランスロット」

「はい。どこまでも貴方に仕えましょう。我が王」

 

 

 

 突然、携帯端末から電子音が鳴り響いた。

「夢……か」

「どうかされましたか?」

「いや……ふむ、どうやら次の対戦相手が決まったようだ。セイバー少しの間、留守を頼む」

 ダンは教室のようなマイルームから外に出て、2階掲示板へ向かう。

 掲示板の前に着くと、既に人影があった。

「……ふむ。君か、次の相手は」

 注視するとその人物は幼い雰囲気の少年だった。

「若いな……」

 電子ハッカー(ウィザード)は若い者が多いためダンにしてみれば皆子供に見えるのだが、若いとはそういう意味ではない。

「実戦の経験値も無いに等しい。相手の風貌に臆するその様が何よりの証だ」

「それにその目……」

 ダンは少年の目をじっと見据える。

「……迷っているな」

 少年は初めて人を殺した新兵と同じ目をしていた。

「案山子以前だ。そのような状態で戦場に赴くとは……」

 ダンは少年に背を向け、その場を立ち去る。

「……不幸なことだ」

 最後の言葉は誰に向けたものかダンにも分からなかった。

 

「二回戦の対戦相手を確認した」

 マイルームに戻るとダンはランスロットに話しかける。

「まだ若く、未熟なマスターだ。しかし、一回戦を勝ち抜いた以上、油断はできない」

「そうですか。では、前回と同じように全力で挑むとしましょう」

「…………」

「何かありましたか?」

 自身のサーヴァントの慢心を見せない態度に満足しているにも関わらず、ダンの表情は暗い。

「対戦相手の少年が戦う覚悟のない瞳をしていたものでな」

 ダンの脳裏には戦争に縁のない民間人の顔が浮かぶ。そして、あるの女性の悲しげな顔が浮かびそうになり、それを振り払う。

「いや、なんでもない……む?」

 マイルームに電子音が鳴り響く。

暗号鍵(トリガー)が生成された。アリーナへ向かおう」

「了解しました」

 

「深海のステージは同じだけど、地形も景色も一回戦のアリーナとは違うね」

 新たなアリーナに入り、白野が呟く。

「余はこのようなうす暗い所は好かん。早く賑やかで明るい舞台になってほしいものだ」

 ネロはうんざりとした口調でぼやく。

「して、奏者よ。あの老兵は先にアリーナに入ったと思うが、追いかけて敵の実力を……危ないッ!!」

 ネロは白野に向けられた魔弾を剣で弾く。

「狙撃されている。奏者よ、身を屈めよ」

 ネロは辺りを見回し、狙撃地点を特定する。

「あそこか。奏者よ、あの狙撃手を叩くぞ」

「一度逃げて、立て直すのは?」

「ダメだ。初手は運よく対処できたが次はどうなるか分からん。ならば、この好機を活かして敵を倒す」

「無論、リスクはあるがあの程度の弾では余は倒せんよ」

「分かった。行こう!」

 白野とネロは狙撃手に向かって走り出す。

「相手はアーチャーかな?」

「いや、アサシンやガンナーの可能性もある」

 ネロは魔弾を払いのけながら答える。

「(しかし、サーヴァントにしては威力が低すぎる。それに、なぜ居場所を特定されているのに移動しないのだ? 

 ……まさかッ!?)」

 広いエリアに差し掛かったところで、ネロは立ち止まり振り向く。

「これは罠だ! 奏者よ、帰還し……」

「よい判断です。しかし、気付くのが少し遅い」

 ネロの死角から斬撃が奔る。

「くぅ」

 ネロは間一髪、それを防ぐ。

「見かけによらず、強いのですね。美しいお嬢さん(レディ)

 襲撃者は漆黒の剣と紫紺の鎧を身に纏った、騎士風の男だった。

「狙撃に不意打ち……騎士然とした見た目のわりには随分卑怯な手を使うのだな」

「弓を用いる者が剣の射程外から攻撃するのは卑怯ではありませんし、不意を突かれたのは貴方たちが油断したためでしょう」

 男は剣を構え直す。

「それでは仕切りなおして死合いましょうか……二対二で」

 男の突撃と共に、銃弾が白野の頬を掠める。

「くっ」

「奏者!」

「貴女の相手は私ですよ」

 ネロと男が剣を交える間、銃弾は一定間隔で白野に襲い掛かる。

 白野はそれに対抗する術も見当たらず、回避することに専念する。

「貴女とマスター、どちらが先に決着がつきますかね」

 男は挑発するように言う。

「させぬ!」

 ネロは白野を護るため、早くけりをつけようと剣に力を入れる。

「隙ができましたね」

 大振りとなったネロの手薄になった体を狙い澄ます。

「セイバー!」

 それに気付いた白野が銃弾をものともせず、ネロに駆け寄る。

「『release_mgi』!」

 銃弾が頭上を掠めたが、気にせずに礼装・空気撃ち/一の太刀を使い、ネロに対し擬似的な魔力放出を付与した。

「はあッ!」

「むう」

 魔力放出により加速した斬撃は男の剣より速く、その鎧に一太刀を与える。

 と、そこでSE.RA.PHより戦闘が中断される。

「今の一撃は効きました。貴方たちを過小評価していた……油断したのは私の方だったようですね」

 損傷した部位に手を当てながら、ネロと距離をとる。

「では、私たちはこれで」

 そして騎士は強制退去(ログアウト)する。

「セイバー、大丈夫か?」

 白野はセイバーに駆け寄る。

「…………」

 セイバーは黙ったまま俯いている。

「ど、どこか怪我でも……」

「馬鹿もん!! そなたは自分自身を守らんか!」

 銃撃の中、助けに来たことを怒っていた。

「撃たれなかったから、良いもののそなたが死んでしまったら、余は、余は……」

 ネロは涙を目に溜め、訴えかける。

「……ごめん」

「分かったならよい」

 ネロはそのまま先に進む。

「……だが、助けてくれたのは嬉しかった。ありがとう」

 ネロは呟くように言う。背を向けていた所為で表情は見えなかったが、頭に浮かぶ。

「ふふふ」

「何をしておる、早く行くぞ」

「はいはい」

 確かに白野の行動はマスターとして軽率な行動だったが、ネロを守れたことに後悔はない。

 彼女の笑顔を守り通せるなら、また無茶をしてもいいと白野は思った。

 

「只今、戻りました」

 アリーナから帰還したランスロットがマイルームに入る。

「……彼らの評価を聞きたい」

「セイバーの実力は相当なものと感じました。マスターの危機に動揺しなければ付け入る隙はなかったでしょう」

「……ふむ。では次は本気で挑むとしようか。そのような(がんぐ)ではなく、聖剣で」

 ランスロットが持っていた漆黒の剣が音もなく砕ける。それもそうだろう、その剣は彼の宝具でなく魔術礼装の剣を彼の能力で作り変えた擬似宝具なのだから、彼の技量に着いて行かずにに壊れるのは無理もない。

「いえ、それには及ばない。時間の限られた戦いでは取り逃がす可能性がある。その上で真名を晒すことは敗北に繋がりかねない」

「分かった。では、先程の(もの)より強力な礼装を手配しよう」

 ダンはそれを最後に話を切ろうとする。

「ダン、貴方の評価がまだですよ」

「む? そうだな。聞いたわしが喋らないのはフェアではないな」

 ダンはもう一度、席に座る。

「……あのマスターはもっと臆病だと思っていた。自分の身が大事で、不測の事態に陥ると逃げ出してしまうような者だと」

「だから私は最後に彼が駆け出した時、逃げ出したと思い出口に狙いを定めていた。しかし、彼は窮地に陥ったセイバーを助けるために動いていた」

「わしは誤っていた。彼はまだ未熟で力もないが、困難に立ち向かう勇気と大切なものを守ろうとする意志があったのだ」

「……羨ましいかぎりだ」

 最後は自分に言いかけるような小さな呟きだった。

「すまない。もっと具体的なことを話せばよかったな」

「いえ、ダンの言葉で彼も注意すべき存在と認識しました。現に少年(かれ)には一太刀いただきましたし」

 白野のかけたコードキャストを思い出し、破顔する。

「そうだな。では後日、具体的に彼らの対策を考えよう。強敵として」

 ダンはどこか満足げな表情で言った。

 

 つづく



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決戦まであと―――5日

 城内で王族と騎士が見守る中、叙任式が行われる。

「そなたを騎士に任命する。これより私の剣となり盾となりこの国を護ってほしい」

「はっ!」

 頭を上げ、自身の新たな主を見る。

 その立ち居振る舞いは初めて会った時より力強く、凛々しかった。

 そのまま王の姿を目に焼き付けたかったが、そうはならなかった。

 視線の向こうには生涯一度も目にしたことがない絶世の美女がいたのだ。彼女もこちらを見つめており、視線が絡まりあったまま互いに離れなかった。

「いかがした?」

 王の言葉に現実に引き戻される。

「い、いえ」

 今思えばこれこそが悲劇の始まりだったのかもしれない。

 

 

 

「はじめまして。サー・ダン=ブラックモア。高名な騎士にお目にかかれて光栄です」

 廊下でレオがダンに声をかけてきた。

 背後にはガウェインが不動で直立している。

「こちらこそ。ハーウェイの次期党首殿にこのような場所でお会いするとは……」

「そう驚くこともないでしょう。僕はただ、我々の手に在るべき物を回収するために来ただけです」

 レオはさも当然のように語る。

「万能の杯……聖杯はあなたの者であると?」

「ええ。あれは我々(ハーウェイ)が管理すべきものです。所有権が空席なら尚更だ」

「人の手に余る奇跡は人の手に渡すべきではありません。その管理は王の手にあるべきでしょうし」

「王は人にあらず、超越者であると。……なるほど。貴方なら口にする資格がある」

「だが、それ故に貴方は理想の王にはなれない」

 最後の言葉はダンのものではない。

「貴方には絶対的に不足しているものがある」

 ダンの背後に現界したランスロットが現れる。

「貴方は!? ……また会えるとは思いませんでした」

 誰よりも反応したのはガウェインだった。

「これまた懐かしい姿ですね。貴方のことですから狂気に堕ちていると思いましたが」

「そういうお前も何も変わっていないな。王に妄信し、考えることを放棄した剣」

「私の侮辱は赦しましょう。ですが、先程の言葉は訂正していただきましょうか……レオこそ理想の王だ」

 ガウェインはランスロットに静かな闘志を向ける。

「本当は分かっているんじゃないのか。私と同じ王に仕えたお前なら」

「黙りなさい! 王を裏切った貴方に言われたくはない!」

 ガウェインは激情を抑えきれずに怒鳴る。

「ガウェイン止めなさい。貴方らしくないですよ」

「ッ! すみません。取り乱しました」

 レオがガウェインを誅する。

「ダン、そろそろ行きましょう。これ以上ここにいる理由はない」

 ダンとランスロットはその場を離れようとする。

「最後に……少年王、貴方は常に勝利を収めてきたのだろう。故に貴方は敗北を知らない」

「それは完全ではなく、無欠でもない……そのような者に理想の王の資格などない」

 そのままランスロットは立ち去る。

 

「聞いたか。奏者よ」

 物陰から彼らの会話を聞いていた者たちがいた。

「ガウェインと同じ王に仕えていたということは、あのサーヴァントは円卓の騎士なのかもしれん」

「円卓の騎士?」

「ああ、アーサー王を主軸とした12人の騎士たちのことだ。その誰もが伝説的英雄であり、その実力は並のサーヴァントを凌ぐだろうな」

「つまり今回も強敵という訳か」

「それにもう一つ気になっていることがある」

「それは?」

「そなたは奴の顔を覚えておるか?」

「さっき見たばっかりなんだから、勿論……あれ? どうしてだろう、思い出せない」

「そなたもか……恐らくは奴は姿を認識させない宝具かスキルを使って、正体を隠しているのだろうな」

「正体を隠す……」

「真名を探る手がかりになる。よく覚えておくのだぞ」

 月の聖杯戦争の定石を確認し、二人はその場を後にする。

 

 つづく



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決戦まであと―――4日

 騎士となった私は数々の武勇をあげた。ときには自らの正体を隠し、ときには名誉を貶めることになろうとも、私は騎士として正しい道を歩み続けた。

 しかし、その行動はすべてある女性に向いていたのだろう。

 赦されざる過ちであると頭では理解していても、心は彼女を求めていた。

 我が王よ、貴方はこの罪を赦さないだろうか。罰を与えるだろうか。

 それとも―――

 

 

 

「ランスロット、わしはマイルームで休むことにする」

「大丈夫ですか? どこか体の具合でも悪いのですか?」

「いや、働き詰めというのも戦いに影響が出るだろうからな。君も今日は自由にするといい」

「はぁ……」

「学内を歩いてはどうだ。昨日みたいにかつての仲間や大切な人に会えるかもしれん」

「!! ご厚意、ありがたく受けます」

 ランスロットはマイルームを後にする。

 かつて取り零した大切なものを追い求めて。

 

「む? あやつは」

 白野とネロが校内を歩いていると、人の往来が多い踊り場でダンのサーヴァントを見かける。

「おや?」

 むこうも白野たちに気付いたようで、こちらに近づく。

「今日はあの老兵はおらんのか?」

「ええ、ダンはマイルームで休息をとっています」

「そうか。で、そなたはこんなところで何をしておるのだ?」

「人探しを……運が良ければ生前の知り合いがいるかもしれませんので」

「ほぅ……」

 ネロがサーヴァントの顔をじっと見つめる。

「どうかしましたか。そのような熱い視線で見つめて」

「なに、その男前の面を少しでも覚えられるようにとな」

「美しいレディにそのようなことを言われるのは男として嬉しいですね。貴女が敵でなければそれにお応えしたでしょうが……」

「そなたの宝具故……か」

「ええ、私は他者のために己の正体を隠して武勇を立てました。その時の名残が宝具となったみたいです」

「そうか。だが、些か口が軽すぎるのではないか? そういう情報は隠しておくことだろうに」

「構いません。この宝具は決戦まで顔を隠しておくもの。私が本気で勝負に挑むときには無用のものですから」

 騎士は辺りを見渡し、人通りが少なくなったのを確認する。

「それでは、私はこの辺で失礼します」

 そう言って、騎士は図書室へ移動する。

「他人に成りすまして武勇を立てる……か。

 余には真似できんことだが、たいした行動だな」

「俺もそんな風になれるかな?」

「その必要はない。そなたはそなたのままで成したいことを成せばいい」

「成したいことか……まだよく分からないから、セイバーに相応しい自分になってみるよ」

「なッ!? あ、当たり前だ。そなたは余の奏者なのだからな!」

 ネロは顔を真っ赤にして顔を背ける。

「話はこの辺にして、早くアリーナに行くぞ!」

 ネロは白野を置いて、先に行く。

「待ってよ」

 白野はそれを追いかける。

 今はまだ遠くても、いつか並び立てるように

 

 つづく



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決戦まであと―――3日

「これはどういうことかな」

 私とギネヴィアとの不貞の現場をアグラヴェインとその騎士たちに取り押さえられた。

 遂にこの瞬間(とき)が来た。私の胸中は焦燥はなく、寧ろ安堵していた。こそこそと隠れて王を裏切り、この罪悪感に悩まされる日々は終わるのだと。

「―――所詮は貴女も欲を貪る、(けだもの)、王には相応しくない―――」

 私に対する暴言は赦そう。どんな罰でも受け入れる。――だが、愛する女(ギネヴィア)を侮辱する発言だけは赦せなかった。

 気が付くと私はアグラヴェインとその騎士たちを鏖殺し、キャメロットを離れた。

 

 

 

 二つ目の暗号鍵生成を知らせる電子音がマイルームに鳴り響く。

「それでは向かうとしよう」

「彼らに遭遇した時は」

「正面から迎え撃つ。戦い方は君に任せる」

「了解」

 騎士たちは2つ目の戦場(アリーナ)で少年たちを待つ。

 

「奏者よ、あれを見よ」

 視線の先にはダンとそのサーヴァントが待ち受けていた。

「戦いの準備は大丈夫か?」

「ああ、行こう」

 探索用から戦闘用の礼装に切り替えて答える。

「お待ちしておりました」

 紫紺の騎士が話しかける。

「ふん。今日はこそこそ隠れんのか」

 ネロは不機嫌そうに応える。

「まだ根に持っているのですか」

 騎士は苦笑する。

「当たり前だ! 余のマスターを狙ったのだからな」

「ふ、セイバーからの報告通り、活発なお嬢さんのようですね」

 ダンが笑みをこぼす。

「そなたにも文句がある。顔も合わせず、狙い撃つとは見損なったぞ!」

「すまない。わしの知る戦場はそういうところでしてな。だが、もう致しませんよ」

「ほう。なぜだ」

「正攻法の方が勝率は高いと思いましたので」

「それで、余たちを待っておったという訳か」

「ええ、それでは始めましょうか。死闘を」

 ダンのセイバーが剣を構え前に出る。

「よかろう。余と奏者の実力、思い知らせてやる!」

 二人のセイバーがぶつかり合う。

 

 戦いは一方的だった。

「その程度ですか」

「くぅ!」

 セイバーの剣技は卓越しており、ネロはそれを防ぐことしかできない状態だった。

「(隙ができればッ!)」

 ネロは歯噛みする。

「セイバー! 『shock』!」

 かつて慎二が使っていたコードキャストを用いる。

 その効果は相手サーヴァントにスタンの状態異常を付加するもの。

「よくやった、奏者よ」

 白野が作った絶好の機会を逃さぬよう、ネロは全力で剣を振るう。

 その攻撃は敵のセイバーに大打撃を与える――はずだった。

「残念ですが、私にスタン(そのようなもの)は効きません」

 大振りとなり、がら空きとなったネロの胴を漆黒の剣が貫く。

「な、にぃ……」

 ネロは突然のことに目を見開く。視界は地面を映し、自身が倒れていることを理解する。

 腹部から焼け付く熱さを感じ、遅まきで鈍い痛みが押し寄せる。

「セイバー!」

 白野も何かしようと思うのだが、体が思うように動かない。

「これで終わりです」

「セイバあぁぁぁー!!」

 倒れたネロの首筋に漆黒の剣が振り下ろされる。

「終わりましたね」

 紫紺の騎士が剣を持ち上げる。

 だが、ネロの首は繋がったままだ。

 剣が振るわれる直前、SE.RA.PHによる戦闘の中断が行われたためだ。

「セイバー、無事か!?」

 白野はネロに駆け寄る。

「馬鹿もん! 無事な訳、あるか! はよ治療せんか!」

「ご、ごめん」

 白野はコードキャスト『heal』をかけネロの傷を塞ぐ。

「貴様、なぜスタンが効かん?」

 ネロは先程の疑問を口にする。

「我が『無窮の武練』の前にはスタンに限らず如何なる困難も意味をなさない」

 ランスロットはネロ達に背を向ける。

「故に貴方たちは小細工を労せず、正面から戦うしかないでしょう」

 問題ないでしょう? 貴女は卑怯なことが嫌いなのですから――と言い残し騎士とダンは立ち去る。

 あとに残されたのは言い訳のしようがない敗者の姿だけだった。

 

 つづく



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決戦まであと―――2日

 処刑が決まったギネヴィアを救出すべく、私は仲間を殺した。赦されざる罪だと理解しても、愛する者を護りたいという激情に迷いはなかった。

 だからどうか、我が王よ。貴方も私を罰して下さい。貴方の妻を寝取ったのです。貴方の大事な騎士を殺したのです。その胸に宿る憤怒を、憎悪を、恩讐を私にぶつけて下さい。

 ―――それだけが私の救いなのだから

 

 

 

 ダンが教会を訪れると、そこで白野に出会った。

「これは珍しいところで会いますな。君もクリスチャンでしたか」

「いえ、何の気はなく彷徨ってたらここに」

 白野は苦笑しながら答える。

「君のセイバーはどうした? いつも一緒だと記憶しているが」

「セイバーは昨日のあれから機嫌が悪くて……今もふて寝しています」

「そうか……それは難儀だが、あのお嬢さんなら大丈夫だろう」

 先日のアリーナの時とは異なり、ダンの声は温かい。

「一つ聞いておきたかったのですが……」

 白野は唐突に切り出す。

「あなたはどうして聖杯戦争に参加されているのですか?」

「……既に聞いていると思うが、私は西欧財閥の一角を担うイングランド王国の軍人でな。今回も軍人として女王陛下の命に従ってるにすぎん」

「軍人として?」

 白野はその言葉に疑問を抱く。

「あなたは生き残るためなら、どんな手段でも使う……そんな人物だと聞きました」

「……あの革命家のお嬢さんが言いそうなセリフだな」

「最初に狙撃された時は、俺もそう感じました。でも、先日の戦いではそう感じなかった」

「…………」

「あなたは無防備な俺を攻撃する機会はいくらでもあったし、自身のサーヴァントに加勢する様子が見れなかった。それは、騎士の戦いを貶めないようにしているみたいで、聞いた話と比べると違和感を感じました」

「……そうだな軍務に徹していれば、別の戦い方をしただろう」

 ダンは重い口を開く。

「だが、スコープ越しに君を見た時、妻の面影がよぎったのだよ」

「奥さんがいたのですか」

「老人の昔話だがね……今は顔も声も忘れてしまった。面影すら思い返すことができない

 ……そんな彼女が『このままでいいのか?』と私に語りかけてきた気がしたのだ」

「…………」

「そして、私のセイバーの姿を見て思ったのだ……私もあのような騎士になりたかったのではないかと。

 ……そう思ったら、軍人(いぜん)の自分が見ていられなくなったのだ」

「…………」

 ダンの言葉に白野は返す言葉が出なかった。

 この老兵の言葉は、記憶のない自分には重すぎた。

「……らしくない。つまらない話につき合わせた。老人の独り言と笑うがいい」

 ダンは教会の扉に手をかける。

「良い戦いをしよう、少年。君の目に曇りが生じぬように」

 扉を開けながらもう一度、白野の方を向き言葉をかける。

「わしも、わしに恥じぬ戦いをしよう」

 何者かに誓うように、最後の言葉を呟く。それは人生をやり直す力強い意志が感じられた。

 

 つづく



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決戦まであと―――1日

 結局、王は私を赦した。裁くことも、罰することもなく、ただただ私を赦した。

 私は理想の騎士だから、忠節の騎士だからと。

 人のまま王となった、あの方は最後まで正しく在ろうとした。その胸にあるはずの感情を押し殺して、貴方は悪くないと。

 私が悪でなくて、他の誰が悪だというのか! 私のどこが正しいなどと云えるだろうか!

 この胸を押し潰す罪悪感は日に日に大きくなる。私にはもう耐えきれない。

 このままでは私は狂気の道に堕ちるしかなくなってしまう。

 我が王よ、どうか私を――

 

 

 

「…………」

 いつもの夢と共に目が覚める。

 これがただの夢でないことは理解している。

 そもそも電脳の世界では夢は見ない。情報そのものである霊子ダイブでは情報整理のための夢は見れないのである。

「となると……」

 ダンはある噂を思い出す。かつて魔術という神秘が存在していた頃、地上での聖杯戦争でマスターはサーヴァントの生前の記憶を夢という形で見ていたという。

「まるでファンタジーだな」

 英霊を喚び出し戦わせている時点で十分ファンタジーだが、と呟く。

「ダン、本日はどうしますか」

 ダンの呟きが聞こえなかったのか、ランスロットはいつもの調子で訊ねる。

「明日の決戦に向けて、作戦会議でもしようか」

「アリーナに行かないのは彼らへの配慮ですか」

 力量の差を見せつけられた白野たちはアリーナでレベルを上げているだろうことは想像に難くない。

「さてな」

 そして、ダンとランスロットは明日のことを話す。

「ところで……」

 とダンが切り出す。

「君はアーサー王とギネヴィア、どちらが大事だったのかな」

「……どうして、そのような疑問を持たれたのでしょうか?」

 ランスロットの目はいつになく鋭い。

「君とギネヴィアの関係を赦されたにも関わらず、君たちは添い遂げることなく生涯を終えているので、気になってな」

 夢のことは伏せて話す。

 いくらサーヴァントといえど、プライバシーに土足で踏み込んだとあっては、ただでは済むまい。

「……私は王から赦しを得たことが、赦せなかったのです」

 ランスロットは滔々と語り始める。

「私は罪を犯した。その罪は私の心に大きな傷を付けて、私を苦しめ続けるのです。

 この痛みを取り除くには、それに相応しい罰が必要なのです!

 なのに、私は赦された……胸の痛みはそのままに」

 ランスロットは堰を切ったように感情的に話す。

「すみません。みっともないところを見せて」

「いや、わしも無粋だった」

 暫くの間、沈黙が流れる。

「話が逸れてしまいましたが、私はもしかしたら、王の方が好きだったのかもしれません……

 それに気付いたときには、全てが手遅れでしたが……」

 ランスロットはどこか遠くを見つめながら、ひとりごちた。

 

 つづく



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決戦開幕

 私は夢を見た。

 狂気に堕ち、我が王に剣を向ける――そんな夢を。

 王は私の胸に聖剣で貫いたが、それは私の望む結末ではなかった。

 王は聖杯を獲り、ブリテンを救うなどと云う、王としての理由で私を征したのだ。

 本当に困ったお方だ――しかし、そんな人だからこそ私は供に居たかったのかもしれない――

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 決戦へと続くエレベーターの中は静寂に包まれていた。

「あー黙っておっては、余はつまらぬ。おい、そこな騎士よ。何か楽しい話をしてみせよ」

 じっとしていることが苦手なネロはランスロットに無茶振りする。

「そうしたいのは山々ですが、あいにく話すことがないもので」

「よい。ならば余の質問に答えよ」

「可能な限り答えましょう」

「湖の騎士よ、そなたの聖杯にかける願いはなんなのだ?」

「おや、私の真名が分かりましたか」

「あれほどヒントを出されてはな。相変わらず、そなたの顔はおぼろげだが……で、余の質問に答えんか」

「私は……我が王に逢いたいのです」

「アーサー王にか。それで何をしたいのだ?」

「王に私の命を奪っていただきたいのです」

「何ッ!?」

「私は裁かれたかった、罰して欲しかった。なのに王として私を赦した……それが赦せないのです」

 先日、ダンに語ったことをネロにも告げる。

「私は騎士としてではなく、一人の男として王を裏切った。だから、王ではなく人としての判決が欲しかった。

 だから、体裁や見栄を気にする必要がない電脳空間(ここ)で、怒りで、憎しみで私に剣を向けてほしいのです」

 ランスロットは滔々と語る。

「……なんという、つまらん願いだ。貴様の抱いているものが過ちであることを説教してやりたいが、そろそろ時間のようだからな……」

 大きな音と振動が伝わり、エレベーターが闘技場に辿り着いたことを知らせる。

 エレベーターを降りたネロがランスロットに振り返り、剣を突き出して告げる。

「この剣を以って、そなたを正そう!」

 

 闘技場(コロッセオ)の中央で両者が向かい合う。

「ここで決めるぞ、ランスロット」

「はい。貴女たちにはここで倒れて頂きます。私たちの道のために」

 ランスロットは鞘に収められた剣を抜く。

 その剣は今までの疑似宝具ではなく、光り輝く聖剣だった。

 すると、聖剣の輝きに呼応するかのように、紫紺だった鎧が白銀へと変化する。

 『無毀なる湖光(アロンダイト)』――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と起源を同じくする神造兵装で、その刀身は決して毀れることはなかったと云う。

「それが、そなたの真の姿というわけか」

 変化したのは見た目だけではない。その身体に纏う闘気は一回り大きくなっていた。

「ならばその湖光、余の黄金劇場の前に打ち砕いてみせる!」

 薔薇の皇帝と湖の騎士、二人の戦いが幕を開ける。

 

「…………」

 戦闘が開始されたもののランスロットは動く気配をみせない。

 だが、ネロを見るその瞳は「全力で来い」と言外に告げていた。

「よかろう。ならば見るがいい」

 ネロが左腕を天に掲げる。

「レグナム カエロラム エト ジェヘナ……築かれよ我が摩天! ここに至高の光を示せ!」

「『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』!!」

 ネロの呼び声に応え、闘技場は赤と黄金で装飾された劇場に生まれ変わった。

「余の黄金劇場の中で、以前のように剣を振れると思うなよ」

 そしてネロは駆け出す。敵が慢心しているうちに最大のダメージを与えるべく。

 招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)に閉じ込められた敵はその能力を弱体化される。それは神祖ですら例外ではなく、如何に聖剣で強化されていてもネロの動きに反応できない

 ――はずだった。

「くっ……!?」

「……この程度ですか。貴女の切り札は」

 ネロよりも速い動きで、彼女を叩き飛ばす。

「なぜだ、なぜ余の黄金劇場でそのような動きが出来る!?」

「忘れたのですか? 私のスキルを」

「『無窮の武練』……か」

「ええ、いかな宝具と云えど私の剣技が曇ることは、ない!」

 ランスロットは続けてネロを攻める。

「セイバー! 『gain_con』!」

 白野はセイバーに耐久を上げるコードキャストを用いる。

「感謝する」

 体勢を立て直し、ランスロットから距離をとる。

「ダン」

「ああ、では決着をつけるとしよう……『gain_str』」

 ダンがランスロットに筋力増加のコードキャストをかける。

「む、宝具か。構えよマスター!」

 白野はネロに『heal』をかけて相手の出方を窺う。

「この刃は我が忠節。一切の曇りなく正義を貫く光の聖剣『無毀なる湖光(アロンダイト)』!!」

 ランスロットが剣を振るうと、黄金劇場ですら霞むほどの光の斬撃が奔る。

「こ、これは!?」

 この攻撃を受けると間違いなく死ぬ、回避も不可能。ネロは直感で理解する。

「……ウ…………ス・ス……ート……」

 ネロは手を動かすこともなく、何か呟く。

 そして、そのまま光に呑まれる。

「…………」

 全て終わったと、ランスロットは背を向けダンの元へと歩く。

「まだ終わっていないぞ、ランスロット!」

 ダンの言葉で気付く――勝者と敗者を別ける壁が出現していないこと。そして黄金劇場が健在であることに

「ッ!?」

 煙の中から立ち上がるネロの姿を目撃した

「……驚いた。我が聖剣を受けて立っていられるとは」

 ネロは『無毀なる湖光(アロンダイト)』を防いだ訳でも、受け切った訳でもない。

 ―――『三度、落陽を迎えても(インウィクトゥス・スピリートゥス)

 聖剣の一撃を受け、死を迎える直前に発動し命を繋ぎ止めるスキル

 これを『無毀なる湖光(アロンダイト)』が繰り出される前に使用したのだ。

「ですが、次はない。ガウェインの真似をして、聖剣をあのように使いましたが

 ……真の『無毀なる湖光(アロンダイト)』をお見せしましょう」

 聖剣は先程よりも輝きを増し、限界以上の魔力が漏れ出している。

「最果てに至れ、限界を越えよ。彼方の王よ、この光を御覧あれ!」

 それは先程のようにエネルギーを放出するのではなく、一点に集中させることにより発動させる絶技

「『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!」

 莫大な光を携えた騎士が迫り来る。

「(まいったな。これに耐える手段が思いつかん)」

 『三度、落陽を迎えても(インウィクトゥス・スピリートゥス)』は連続で使用できない。

「(……これで終わりなのか)」

 ネロが諦めかけていると

「(ローマは滅びぬ)」

 ふと、ロムルスの声が頭に浮かぶ。

「神祖さま……」

 そして、満身創痍のネロに極光が振り下ろされる。

 この一撃で今度こそ跡形もなく消し飛ぶはずだった。

「なッ!?」

 ネロとランスロットの間に何本もの黄金の柱が立ち塞がり、聖剣の進行を抑えていたのだ。

 柱が削り取られる度に新たな柱が生まれ、ネロを護る。

 ネロはロムルスの樹木操作を真似して、黄金劇場内の柱を操作したのだ。

「貴様の王は、正しさのために、王として、貴様を赦したのでは、ない!」

 聖剣の輝きが止むのを見計らい、ネロはランスロットに斬りかかる。

「くッ!?」

 宝具解放後の絶対的な隙であったが、それをものともせず剣で受ける。

「貴様が好きだったから、皆が反対したであろう特赦を善しとしたのだ!」

「…………」

 ランスロットは無言で、ネロの斬撃を防ぐ。

「そこを勘違いしたままで、何が騎士か!」

「…………」

「それに貴様は自分自身にも嘘を吐いておる」

「…………」

「貴様は裁きの炎を、断罪の剣を欲したわけではない……」

「…………」

「貴様は、王と供に歩きたかったのだろう。全てが終わるその時まで」

 幾度かの剣戟のあと、ランスロットは剣を(おろ)し、ネロの剣を胸に受け入れた。

「ああ、そうか……」

 納得してしまった。満足してしまった。戦う理由を見失ってしまった。

「我が剣の湖光を曇らせていたのは、私自身の心だったというわけか……」」

 そして、ネロとランスロットの間に勝者と敗者を分ける壁が立ちはだかる。

「ダン、すみません。貴方は勝ち残らなければいけないのに……」

「いや、わしも満足している。君と一緒にいるうちに、本当の騎士になれた気分だったからな」

「貴方は騎士でしたよ。サー・ダン=ブラックモア」

「ありがとう。騎士の中の騎士、サー・ランスロット。貴方が狂気に堕ちずに済んで、本当に、よかった」

 そう言うとダンの全身が黒く染まり、消滅する。

「君たちのお蔭で自らの過ちに気付くことができた、本当にありがとう」

「礼には及ばん。正しき道を提示するのも皇帝の務め故な」

「君たちであれば決勝まで進めるだろう。だから、私の代わりにガウェイン(あのあたまでっかち)を正してほしい」

「無論だ。その想いを引き継ごう」

「それでは、時間だ。さようなら、君たちの未来が光あることを祈る」

 そして敗者は消え去り、その場に勝者だけが取り残された。

 

 




 エピローグ



「……ろ。起きないか」
「ッ!?」
 突然の痛みに思わず起き上がる。
「今は一刻の猶予もない。早く城に戻るぞ」
「えっと、これはどういう……」
「なんだ、寝惚けているのか?」
 青年は呆れた顔をする。 
「私が国を留守にしている間、モードレッドが反旗を翻したそうなのだ。だから卿にも協力してもらうぞ」
「いいのですか、私は……」
「何を言っている、貴方は私の騎士なのだから当然ではないか」
 青年は呆れた顔で言う。
「さあ、私と供に来い。私の騎士、サー・ランスロット」
 青年は微笑みながら、手を差し出す。
「どこまでもお供します。我が王、アーサー・ペンドラゴン」
 そうか、これこそが私の願いだったのだ――

 これはきっと夢なのだろう。醒めると儚く消えゆく夢――
 だが、そんなことは関係ない。
 私は足に力を入れ、立ち上がる。
 そして騎士は王の手を取る――その先に待つのが悲劇だとしても、王と供に進むのであれば、もう二度と大切なものを取り零すことはないのだから――


 おわり


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サイバーゴーストは優しい母の夢を見るか(三回戦)
プロローグ


「あーあ、こわれちゃった」

 白いゴスロリ衣装の人形のような幼女が敵性プログラム(エネミー)を撃破し、呟く。

「お兄ちゃんどこ行っちゃったのかな……」

 何か目的があってこの場所にいるのではない。幼女は予選会場であった校舎から、ある少年を追い、気が付いたらこの場所までやってきた。

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

 どこからともなく男の声が聞こえる。

「あなたはだあれ?」

「私のことはどうでもいい。君の……

 む? これは変わったパーソナルデータだな。ふむ、これは……いや、参加させるのも面白い」

「?」

「ふふ、こちらの話だ気にするな。ではお聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

 男がそう言うと幼女の右手が紅く輝く。

「きゃっ!?」

 右手には王冠の載ったハートのような紋様が浮かび上がっていた。

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

「さーばんと?」

「これから君に召喚してもらう英霊のことだ」

「よくわかんない」

「まあ、理屈はいい。君はただ自身の望む人物を思い浮かべればいい」

「あたしののぞみ……」

 幼女は目を閉じ、考える。

「あたしといっしょに遊んでくれる友達をちょうだい」

 ある少年を思い浮かべ、声に出す。

 すると、令呪が 紅く輝く。その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す。

「(そういえば、パパとママはどこに行っちゃったのかな……会いたいな)」

 不意にそんなことを考えながら、光が収まるのを待つ。

「サーヴァント、ライダー。女神アンドラスタの名に誓って貴女を勝利に……って、あれ?」

 光の中から、凛として現れた女性は頓狂な声を上げる。

「あははは、ごめんね。マスターが思っていたより小さかったから、お姉さんびっくりしっちゃった」

 女性は照れるように笑う。

(あたし)の名前はブーディカ。貴女の名前は?」

「あたしはありす。マ……お姉さん、あたしとずっと遊んでくれる?」

「ん? もちろん! 好きなだけ遊ぼ」

「ほんと! ありがと、お姉さん!」

 

 こうして、不正データとして消去されるはずだったサイバーゴーストと勝利を誓う女王は出会った。

 

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――6日

「あらあなた、また畑仕事を手伝っているの?」

 (あたし)はクワを持った旦那(プラスタグス)に話しかける。

「仕方ないだろ、オレの国民が困ってるんだから」

 彼は汗を拭いながら、爽やかに答える。

「もーまたそんなこと言って、まだ執務が残っているのに……」

「いや~すまんすまん。次は気をつけるよ」

 そんなこと言って、その癖を直すつもりはないのだろう。

 彼はいつも城を抜け出しては畑仕事や土木作業を手伝っていて、(あたし)がいくら怒っても聴いた(ためし)がない。

 政治については(あたし)は専門外だけど相当優秀らしいし、別に執務が嫌いなわけではないらしい。

 何故、仕事を抜け出すのかといえば、民のため。

 なんて表現したらいいか分からないけど、彼は生来のお人好しなのだろう。

「も~仕方ないな」

 (あたし)は彼に背を向ける。

「えーっと、どこ行くんだい? まさか怒ってる?」

 彼は慌てて声をかける。

「そんなの決まってるでしょ……」

 (あたし)は振り返って、彼に笑顔で返す。

「そこの民家に行って、台所を借りに行くのさ。ここにいる皆が畑仕事に力が入るように、うんと大量の料理を作るためにね」

 彼のお人好し(そんなところ)が好きな(あたし)も相当にお人好しなんだろう。

 

 

 

「ママ、ただいま!」

 ありすはマイルームに戻ってくるなり、ブーディカに抱き着く。

 初めは『お姉さん』と呼んでいたありすだったが、最近は母親の面影を重ねて『ママ』と呼ぶようになった。

 ブーディカも初めは『ママ』と呼ばれるのに困惑していたが、今では快く受け入れている。

「ん。どうだった~次の対戦相手(おともだち)は?」

 これで三回戦になるが、ありすは未だに聖杯戦争が死闘であることを理解していない。

 しかし、幼いありすにその真実を伝えるのは酷だと思い、ブーディカは誤解させている。

「それがね、お兄ちゃんだったの!」

「お兄ちゃん……って、あの?」

 それは以前に聞いたことなのだが、その少年は予選会場で誰にも認識されなかったありすを見つけてくれたらしい。

 それ以来、ありすは少年に懐いている。

「うん! それでね、今おにごっこしてるんだ~」

 ありすは屈託なく笑う。

「(聖杯戦争(せんそう)でなければ、知人との再会は喜ぶべきなんだけどね)」

 ブーディカは表情を曇らせる。

「どうしたの?」

「ううん。それじゃ、アリーナ(あそび)に行こっか」

「うん!」

 ありすは走ってマイルームを出る。

「……どんなことがあっても、守ってみせるから」

 そう呟いてありすを追いかける。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 アリーナで待っているとお兄ちゃん――岸波白野が現れた。

「ああ、君がありすの……ッ!!」

 白野に声をかけようとしたが、その後ろにいる赤い衣装の人物に目を大きく見開く。

「そなたは!?」

「……ネロ」

 そう呟くとブーディカは背を向ける。

「ありす、今日は帰ろ」

「えっ、でもお兄ちゃんと……」

「ごめんね。お母さん、ちょっと疲れちゃって……お願い聞いてくれる?」

「……うん、わかった。ばいばい、お兄ちゃん」

「待ってくれ、ブーディカ」

 ネロの静止の声を聞かずに二人は帰還する。

 帰り道のブーディカの顔は今までにない暗いものだった。

 

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――5日

「嘘よ、そんな、なんで? なんでよ!?」

 暴走した馬から(あたし)を護るため、旦那(プラスタグス)は身を庇って轢かれた。

 (あたし)は三日三晩、看病したのだがその甲斐も空しく亡くなった。

 しかし、悲しんでいる暇はない。 

 現状、彼がギリギリのところでローマに支配されないよう手をうっていた。しかし、その彼が亡くなったとなるとローマはどう出るか……。

 今のローマに弱みを見せる訳にはいかない。

「なんとかしなきゃ……(あたし)がなんとかしなきゃ……」

 そう、彼の代わりに(あたし)が王に――女王になれば、ならなければ。

 彼は(あたし)を護って死んだ。ならば今度は(あたし)の番だ。

 (あたし)は彼の愛したこの国を護る――

 

 

 

「ママ、大丈夫?」

 昨日、帰還してからずっとブーディカの顔色は冴えない。

「ごめんね。本当は割り切らなくっちゃいけないのにね」

「あの赤いお姉さんと何かあったの?」

「……うん。とても、大事なものを……とられたんだ」

 ありすには生前のことは話すまいと思っていたのだが、つい口を滑らす。

「わるもの?」

「……うん、そうだね」

 戦争の虚しさ、悲しみを知り、戦いの折の激しさを失っている彼女にしてみれば、過去の因縁は水に流すべきだと頭では理解している。

 しかし、心の奥底には僅かではあるが恩讐の炎が燻っていた。

 それが、最後のところでネロを赦せない原因となっている。

「そうだ。わるものならね……」

 ありすは何か思いついたように声を上げる。

「……首をちょん切っちゃえばいいんだよ」

 悪意など微塵も感じさせず、ありすは提案する。

「えッ!?」

「『わるものは首をちょんぎっておしまい!』ってハートの女王さまは言ってたよ。

 ママもむかし女王さまだったんだよね」

「なにを……」

「なら、いっぱいむちゃを言ってもいいんだよ」

「やめて」

 これ以上聞いてはダメだと本能が訴えかける。

「だからママ……」

 だが、ありすは止まらない。

「もっと自分の気持ちにしょうじきになっていいんだよ」

 令呪が紅く輝き、その一画が消費される。

 ありすは命令した訳でも、強制した訳でもない。ただ、母親(ブーディカ)を想う気持ちが令呪を励起させる。

「何、これ!?」

 胸が熱く鼓動する。焼けるように痛い。焦がれるように燃え上がる。

 今まで燻っていた復讐の炎が心を埋め尽くす。

『いつまで自分を偽るの?』

 頭の中から声が聴こえる。

『本当は憎んでる。恨んでる。殺してやりたいと思ってる』

「やめて……」

『夫を喪った苦痛を、国を蹂躙された苦悩を、愛娘を凌辱された悲嘆を

 忘れたとは言わさない。敵は誰だ。怨敵の姿を思い浮かべなさい』

「やめてよ……」

 頭の中から聴こえる声を必死に否定しようとするが――

「ママ、がまんしないで」

 ありすが辛そうなブーディカに声をかける。

 ありすはブーディカの想いは分からない。

 ただ、地上(いぜん)の自分は、ベッドに縛り付けられて好きなことが出来なかった。自分の思うように生きられない、ブーディカもそんな風になってほしくない。

 その一心でありすは願う。

「ママはママのまま、好きなように生きていいんだよ」

 そしてもう一画、令呪が消費される。

 ブーディカの身も心も黒く染まる。

『――さあ、復讐の時間だ』

 

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――4日

 (あたし)は女王になれなかった。二人の娘たちも王位を継げなかった。

 ローマが女が王になることを認めなかったからだ。

 それどころか、ローマはブリタニアからあらゆるものを奪った。

 領土を財産を、挙句の果てに娘たちの尊厳まで奪った。

 許せない、赦せない、ユルセナイ

 組み伏せられ、娘たちが凌辱される瞬間を見せつけられた時に、(あたし)は誓った。

 如何なる手段を用いても、ローマ(あいつら)に復讐すると――

 

 

 

「なんかへんなゆめ」

 少し前からありすは自身の経験したことのない不思議な夢を見ていたのだが、今回は雰囲気が違っていた。

「いつもはあったかい、ゆめだったのに……さっきのはいやなかんじがした」

 ありすは今まで感じたことがない悪感情に身を震わす。

「ありすー、起きた? 朝ごはん出来てるよ」

 ブーディカはいつもと変わらない明るい声で呼びかける。

「はーい、いまいくー」

「(なにも変わってないよね?)」

 ありすはベッドを出て、食卓につく。

「ありす。ごはん食べ終わったら、アリーナ(あそび)に行こっか」

 ブーディカは不自然なほど明るい笑顔で語りかけた。

 

「……ブーディカ」

「…………」

 そして、再びアリーナ内でネロとブーディカが出会う。

「余は、その……」

「この間はいきなりいなくなって、ごめんね」

 ブーディカは初めて会った時と違い、明るく話しかける。

「ちょっとビックリしちゃってさ……でも、もう気持ちの整理はついたから」

 ブーディカはネロに近づき、手を差し出す。

「そ、そうか。そなたが赦してくれるなら、これから良い戦いをしよう」

 ネロはブーディカの手を取ろうとする。

「赦す?」

 手を取る寸前、ブーディカは魔力で剣を現界させてネロの首を狙う。

「ッ!?」

 ネロはその攻撃をなんとか避け、距離をとる。

「誰が赦すだって? 旦那の死をきっかけに国を侵略し、娘達を辱めたお前たちを赦すはずがないだろ!」

 ブーディカの白い衣装が黒く染まり、その瞳の色が綺麗な碧からくすんだ金に変化する。

(あたし)から何もかも奪った傲慢なる皇帝。お前の全てを破壊して、今度こそ私は勝利する」

「何があった? 生前のそなたは……」

「お前が(あたし)の何を語る!」

 ブーディカは剣を横に振るい、ネロの言葉を遮る。

「今日は挨拶だけにしておく……帰るよありす」

「えっ、うん」

 二人はマイルームへ帰還する。

「今日は遊ばないの?」

「これは遊びじゃない! 戦争なんだよ。だから、敵とじゃれあうな」

 ブーディカはありすを怒鳴る。

「ママ、こわいよ……」

「ッ! ごめんね」

 ありすの怯えぶりを見て、一瞬正気に戻る。

「でも、この戦いが、終わるまで、だから」

 頭の痛みを抑えながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。

「そう、全てが、終わる、その時まで……」

 

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――3日

「なんと!? ローマと敵対するですと!!?」

 デュトットリジズ族長は(あたし)の発言に目を剥いて驚く。

「ええ、これ以上ヤツらの好き勝手にさせる訳にはいきませんから」

 (あたし)はローマに苦しめられている周辺国の族長を集め、ローマに蜂起することを持ち掛けた。

「勝算はあるのですか? あらゆる土地を侵略し、各国に覇権を唱えるローマの歴戦の兵隊を前に、我ら辺境の民族が太刀打ち出来ると?」

 トリノヴァンテス族長が訊ねる。

「勝算などありません」

「なに?」

 トリノヴァンテス族長が不快そうに眉を顰める。

「だが、勝算がないなどという言い訳で泣き寝入りする理由もない!」

 (あたし)は言葉を続ける。

「デュトットリジズ族長、貴方の娘はローマに連れ去らわれて辱めを受けて、挙句の果てに殺された」

「うっ!?」

「トリノヴァンテス族長、貴方の先代族長はローマに逆らったとして民の目前で惨たらしく処刑され、晒し者になった」

「…………」

「ここにいる他の者も、ローマから大事なモノを奪われた筈だ」

「「「「…………」」」」

 この場に集まった族長たちは皆、辛い記憶を思い出して目を伏せる。

「このままだといずれローマに全てを奪われる。そうなる前に戦おう!」

 (あたし)は剣を鞘から抜き、それを掲げて、心に誓った言葉を口にする。

(あたし)たちの家族を護るために、これ以上なにも奪われないために!」

 そして、憎きローマに復讐するために――

 

 

 

「お兄ちゃん、見つけた!」

 廊下でありすが白野に声をかける。

「ありすちゃん、どうかしたの?」」

「うん。ママから、あたらしいウサギの穴(アリーナ)で待ってるってつたえるようにって」

「そうか……セイバーに言っておくよ」

「それでね、えっと……」

「ん?」

「お兄ちゃん、あたしとともだちになってくれる?」

「いいけど、何かあったの?」

「さいきんママがいっしょに遊んでくれなくて、お兄ちゃんたちも『てき』だから近づくなって言われてるの」

「…………」

「でも、お兄ちゃんとは『てき』じゃなくて『ともだち』がいいなって思ったの」

「俺はありすの友達だよ」

「じゃあ、またありすと遊んでくれる?」

「うん。遊ぼう」

「やったー。やくそくだよ、お兄ちゃん!」

 ありすは笑って、ブーディカのいるアリーナへ向かう。

 

「やっと来たか。待ちくたびれたよ」

 二つ目のアリーナでネロとブーディカが向かい合う。

「さあ、始めようか!」

 ブーディカは剣を抜き、ネロに迫る。

「話すこともままならぬか」

 ネロも剣を構え、それに応じる。

「話にならなかったのはローマ(おまえ)の方だろ! 旦那(あのひと)亡き後、王族は私と娘達しかいなかったのに、女王は認められないと国を奪ったじゃないか!」

「あの時は、ああするしか……」

ローマの事情(そんなこと)は聞いていない!」

 ブーディカの重い斬撃がネロを押し出す。

「お前たちの罪を復讐の炎で焼き払う」

 ブーディカは剣を高く上げる。

「『復讐に燃える女神の車輪(チャリオット・オブ・アンドラスタ)』!」

 ブーディカが叫ぶと、彼女の周囲に炎を纏った八つの車輪が出現する。

「行けーーーッ!」

 八つの車輪のうち、四つの車輪はブーディカの周りを旋回し、残りの車輪はネロに向かって回転する。

「仕方あるまい」

 初めて見る彼女の宝具に戸惑うものの、ネロは回避を選択する。

 一つ、二つと紙一重に車輪を躱す。だが、三つ目の車輪は前の車輪の真後ろに位置し、ネロの死角となっていた。

「ッ!?」

 気付いた時には既に遅く、回避は不可能。

 咄嗟に剣でこれを防ぐ。

 衝撃で後ろに吹き飛ばされるが、態勢を崩すことなく車輪を弾いた。

「触れたな」

 ブーディカがそう呟くとネロは異変に気付く。

「これは!?」

 ネロの剣――原初の火(アエストゥス エストゥス)が燃えていた。

 この剣はネロの意思で炎を纏うことが出来るのだが、それとは違う。

 光を呑むような漆黒の炎が原初の火を侵食していたのだ。

「ッ……このッ!」

 漆黒の炎がネロの手に移ろうとしたため、思わず剣を手放す。

「それは恩讐の炎。私が憎んだモノを燃やし尽くす……我が憎悪の火が消えない限り、その炎は消えはしない」

 床に落ちた剣は漆黒の炎に焼かれ、消滅する。

「もう身を守る手段はなくなった」

 ブーディカは剣をネロに向ける。

「死ねーーーッ!」

 残りの四つの車輪がネロに進行する。

「やめてーーーッ!」

 ありすはブーディカに飛び掛かる。

 突然のことにブーディカは宝具の操作を誤り、ネロに向かっていた恩讐の車輪が逸れる。 

「もうやめようよ」

 ありすは悲痛な顔でブーディカに抱き着く。

「どう……して……」

 そしてSE.RA.PHからの介入で戦闘が終了する。

「どうして私の邪魔をするのッ!」

「うっく…ひっく…ママこわいよ」

「ッ!……帰るよ、ありす」

 ブーディカはありすの手を取り、引き摺るようにしてアリーナを後にする。

 

 

 

 つづく

 




※オリジナル宝具詳細

復讐に燃える女神の車輪(チャリオット・オブ・アンドラスタ)
 ランク:A
 種別:対軍宝具
 レンジ:2~50
 最大補足:100
 本来はブリタニア守護を象徴した宝具である『約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)』がアヴェンジャーとして変質した際に、保有スキルである『女神への誓い』と『アンドラスタの加護』が組み込まれた宝具。
 反乱によりローマの支配する都市を焼き払った逸話から、ローマに縁のある人物・物体に対して威力が上昇する。
 また、ローマに縁のあるものが車輪に触れると、憎悪の分だけ持続する漆黒の炎を燃え移らせる。


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決戦まであと―――2日

「これにより、(あたし)たちをローマへ向かわしめ、勇ましさと幸ある未来をご信託ください。

 ヤツらが、犬や狼を御そうとする野ウサギか狐であることをお示しください」

 反乱軍の前で(あたし)は女神アンドラスタに祈りを捧げる。

 そして、懐に入れていた野ウサギを放つ。

 野ウサギは吉兆を告げる方角へと逃げていく。

「女神アンドラスタよ、感謝を捧げます。ひとりの女として、女性である貴女へ……」

 (あたし)は改めて反乱軍に向き直り宣言する。

「今ここに、女神アンドラスタの祝福を得た! (あたし)たちの勝利は約束された!」

「「「「うおーーーーー!!!!」」」」

 群衆は歓喜の声を上げる。

「さあ、征こう! 全てを取り戻し、真の平和を得るために」

 ヤツらに(あたし)たちの苦しみを理解させるために。

 

 

 

「ううー、つまんないよ」

 ありすはマイルームに一人でいた。

 ブーディカはネロを探しにアリーナを駆け回っている。先日のように戦いを中断させないためにありすは取り残されていた。

「お兄ちゃんのところに行きたいな……」

 ありすはブーディカに外に出ないように言われていたことを思い出す。

「……ちょっとくらい、いいよね」

 

「お兄ちゃん!!」

 廊下で白野を見かけ、勢いよく抱き着く。

「ありすちゃん。今日は一人?」

「うん。ママは赤いお姉さんをさがしにいっちゃった」

「そうか……」

 ネロは燃え尽きた原初の火(アエストゥス エストゥス)を新たに鋳造する作業に没頭していた。

 白野も何か手伝いたいと思って、宝剣の材料集めに奔走していた。途中、凛から鉱石を譲り受けるのに宝石を要求されたりと苦労が多かった。

 そして今は材料が揃い、新たな原初の火(アエストゥス エストゥス)が完成するまで白野はマイルームから離れていた。

「だから、お兄ちゃんいっしょに遊んでくれる? その、きのうのこと怒ってなかったら、でいいんだけど」

 ありすは俯きながら恐る恐る訊ねる。

「怒ってないよ。ありすちゃんは何も悪いことしてないし」

 白野は優しく微笑む。

「それに約束したもんね。それに……」

 白野はしゃがんで、目線をありすに合わせて続ける。

「俺たち『友達』だからね」

「やったー。お兄ちゃんありがとう!」

 ありすは白野に抱き着く。

「うん。じゃあ、何して遊ぼうか?」

「えーっと、おにごっこでしょ、かくれんぼでしょ、おままごとでしょ、それからえーっと、えーっと……」

「あはは、それじゃあ順番に遊ぼうか。まずはおにごっこからね」

 そして、ありすと白野はしばらくの間、一緒に遊んだ。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――1日

 (あたし)たち反乱軍はローマ軍がウェールズに遠征している隙を突いて、ローマの支配する都市の一つ、カムロドゥヌムに侵攻した。

 カムロドゥヌムに住むローマ人の多くは退役軍人とその家族で、(あたし)たち反乱軍と戦う兵力はなく、またローマから送られた予備兵力がたったの200人であったこともあり、あっさりと陥落した。

「我らが女王、降伏した捕虜はいかがしますか?」

 臣下が(あたし)に話しかける。

 ローマ帝国では、捕虜はみな奴隷にして死ぬまで()き使っている。

 だが、(あたし)たちブリタニア人はそんなことしない――

(みなごろし)にしなさい」

「ッ!……よいのですか?」

 臣下は(あたし)の言葉に対して慎重に聞き返す。

「ええ、皆の者も聞きなさい」

 (あたし)はその臣下だけでなく、周りにいた仲間に届くように大きな声を上げる。

「憎きローマ人は全て殺せ! 忌まわしきローマ建築は全て焼き払え!

 (あたし)たちを苦しめたローマの痕跡を跡形もなく破壊しろ!」

 反乱軍は固唾を飲んで(あたし)の言葉に聞き入る。

「幼子も老人も迷わず殺せ! 神殿も偶像も関係なく燃やし尽くせ!

 もし、その手が殺人を拒み、火を放つことを躊躇うなら、思い出せ……(あたし)たちが虐げられ、奪われ続けたあの日々を!」

 その言葉で、皆の目に光が灯る。

「さあ、殺しなさい、燃やしなさい……」

 そして、いつか剣に誓った言葉を叫ぶ。

「全ては、××を××ために!」

 その瞬間、反乱軍は歓声を上げ、動き出した。

 ある者は降伏した兵士を縛り首にし、ある者は子供を生きながらに焼き、またある者は女を磔にして無残に殺し広場で晒し者にした。

 全てのローマ人を殺し尽くした後は、建物に火を放ち、跡形もなく更地に変えた。

 これでいい。あれ程傲慢に支配してきたローマには相応しい末路だ――そう思っているのに、(あたし)は笑みを浮かべていない。

 地面に落ちたガラス片に映る自分の顔はどこか辛そうに見える。

 気のせいだ――笑みを浮かべていないのは、きっと復讐が足りないためだろう。

 進もう、次はロンディニウムだ。ネロの築いた新しい都市、そこでより多くのローマ人を殺そう。

 そうすれば、きっと笑えるよね?

 

 

 

「どうして(あたし)の言うことが聞けないの!」

 前日にありすと白野が一緒に遊んでいたことがブーディカに知られた。

「部屋から出るなって言ったよね。敵と会うなって言ったよね

 どうして、私の邪魔をするの?

 いつもそう。みんなみんな私の邪魔ばっかり……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 苛立ち、不満をぶつけるブーディカに対して、ありすは謝り続ける。

 ありすはブーディカが何に対して怒り、自分が何に対して謝っているのかも分からない。

 ただ、元の優しい“母”に戻って欲しくて――

「ごめんなさい……」

 “母”の笑顔が戻ることを願いながら、謝り続けるのだった。

 

 

 

 つづく

 



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決戦開幕

 負けた――ローマに負けてしまった。

 (あたし)たちはカムロドゥヌム、ロンディニウム、そしてウェルラミウム、ローマの3つの都市を滅ぼした。

 しかし、次の都市へ向かう途中――ワトリング街道でローマ軍の強襲を受けた。

 (あたし)たちは数こそ勝っていたが、ローマ軍に熟練の兵士が多かったこと、そしてこちらの武装・戦略が未熟であったために敗走を余儀なくされた。

「ここは、どこ? 娘たち(エスィルトとネッサン)はどこに行ったの?」

 傷ついた身体を起こし、朦朧した状態で近くにいた老婆に声をかける。

「姫さまの娘は二人とも死者の国に旅立ちました。勇敢な最期だったそうです」

 その言葉を聞き、意識が鮮明になる。

 そうだ、(あたし)と共に戦車に乗っていた娘たちは死んだのだ。

 そして負傷した(あたし)は御供に連れられ、イケニの村(こきょう)に戻ったのだ。

 こんなところで時間を無駄にしている場合ではない。まだ、戦わなくては。復讐はまだ終わっていないのだから。

 (あたし)は立ち上がろうと身体に力を入れる――が、老婆がそれを制する。

「姫さま、お帰りなさいませ」

 老婆が慈悲に満ちた笑みで声をかける。

 姫さまという懐かしい呼び名、そして老婆の顔に見覚えが――そうだ、赤子の頃から(あたし)の世話をしてくれた乳母だ。

「これほど傷つくまで戦って……いままで、たいへん辛かったでしょう。

 ですが、もういいのです。姫さまはもう休んでもいいのですよ」

 その声を聞いた瞬間、彼女は、胸の中に熱いものが次から次へ込み上げる。

 (あたし)(あお)い瞳から、いく筋もの涙が頬をつたっていく。

「さあ、姫さまお眠り下さい」

 (あたし)は言われるままに目を閉じる。

 瞼の裏には、懐かしいイケニの村が、楽しげに暮らす民が、(あたし)の足元で遊ぶ娘たちが、それを見守る旦那が――

 ああ、そうだ。復讐に囚われ、戦い続けるあまりに忘れていた――

 (あたし)が願ったものは――

 

 

 

「もう逃がさないよ」

 エレベーターを降りたネロに対して、先に闘技場で待っていたブーディカが話しかける。

「新しい剣を用意したみたいね……忌々しい」

「剣もなしにセイバーは名乗れんからな」

「流石は皇帝、何でも手に入るのね。女というだけで王位を継げなかった私と違って!」

 既にブーディカは目の前のネロを見てはいない。生前の記憶だけが彼女の頭を埋め尽くし、周りのことはまるで見ていない。

「皇帝になり、何もかも奪う貴女。女王になることを認められず、全てを奪われたあたし……教えてよ、同じ女なのにどうしてこうも違うの?」

 悲痛に語るその姿は復讐者というよりも救いを求める亡者のようであった。

「余はそなたが復讐を望むのであれば、その剣をこの胸に受けてもよいと思っておった……

 だが、今のそなたではダメだ」

 ネロは一歩前を踏み出す。

「貴様は余が好敵手として認めた勝利の女王(ブーディカ)ではないのだからな!」

 以前に再会した時とは異なる決意に満ちた瞳で言い放つ。

「……くっ、は、あははは……はぁ」

 スイッチが入ったようにブーディカは(わら)う。

「やっぱり奪うんだ。今度は(あたし)の名まで奪うんだ。あははは!」

 再び狂気を目に宿す。

「ではここから先は剣で語るとしよう」

 ネロは剣を構える。

「殺す殺す殺す……殺す!」

 ブーディカは剣を()り、叫ぶ。

 そして戦闘が始まる。

 

「『復讐に燃える女神の車輪(チャリオット・オブ・アンドラスタ)』!」

 ブーディカは先制攻撃として宝具を展開する。

 今回は八つの車輪すべてがネロに向かう。

「セイバー『move_speed』!」

 それを見越したように、白野は移動速度を上昇させるコードキャストを用いる。

「感謝する。では、行くぞ!」

 ネロは駆け出す。

 強化された動きで、車輪の合間を潜り抜けて、ブーディカとの距離を縮める。

「ブーディカ、貴様は何の為にローマと戦った」

 走りながらネロは問いかける。

「何度も言っている! 復讐のためだ!」

「違う!!」

 八つ目の車輪を躱してブーディカに詰め寄る。

「そなたの戦車は、剣は復讐の道具ではなかった」

 ネロの振り下ろす剣にブーディカは慌てて対応する。

「……それは護る為のモノだったではないか!」

「ッ!?」

 一合、二合と剣を交える。

「民を、家族を、(プラスタグス)が遺した国を、そなたは護りたかったのではないのか!」

五月蠅(うるさ)い! (あたし)は皆を護れなかった……だから、そんな力ない戦車も、剣も、意味は、ない!」

 ブーディカの剣に力が宿る。

「『勝利の女王』なんて呼ばれてさ、勝とうとしたあまりに最後まで戦うことが出来なかった」

 一撃、一撃、次第に剣の重みは増していく。

「最初から復讐することだけを、どれだけ犠牲を出そうとも、ブリタニアを滅ぼそうとも、ローマを殺し尽くすことだけを考えていたのなら、あんな結末にだけはならなかった!」

 ブーディカの猛攻を剣で防ぎ切ることが出来ず、左腕で防ぐ。

「そうすれば、(たと)えこの身が滅びようとも、復讐の炎がローマ(おまえら)を焼き尽くしただろう」

 その左腕のようにね、とブーディカは言った。

 ネロの切り付けられた左腕から漆黒の炎が燃え盛る。

「治療するよ『cure』!」

 車輪ではなく、剣で炎が燃え移ったのは予想外だったが、白野は状態異常を治すコードキャストを用い、冷静に対処する。

 しかし

「なんで!?」

 漆黒の炎は消える気配を見せず、むしろ更に火力を増す。

「この炎は(あたし)の憎悪そのもの……故に消すことは不可能」

 漆黒の炎は毒や火傷といった状態異常ではなく、宝具として昇華された呪いに近い。それ故、解除するには対象者の死亡又は術者の死亡、もしくは対象への憎悪が消えるしかない。

「破滅してでも戦えば勝てた、と言ったな。それは違うぞ」

 ネロが言う。

「そなたが復讐にはしっておったら、ただ一つの勝利も得られなかったに違いない」

「なにを……」

「ましてやローマの敵にすらならなかった!」

 今も燃え続ける左腕をものともせず、ネロは右腕だけで剣を振り下す。

「そなたの力の源は怒りや憎しみに起因するものではない。思い出してみよ、そなたが剣を執った理由(わけ)を」

「…………」

「夫を喪い、国を奪われ、娘を凌辱された、そなたの胸にあったものは―――護りたい。という気持ちではなかったか」

「…………」

「これ以上、何も失いたくない、皆をこれ以上悲しくさせたくない――そう思って剣を執ったのではないのか」

「お前、に、(あたし)の、何が分かる!」

「分からん! だが分かる!

 最期まで民から愛されたそなたは――復讐者などではなく、皆の“母”なのだったと」

 ネロの最後の斬撃がブーディカの胸を裂く。

「それでも、(あたし)、は……」

 しかし、ブーディカは止まらない。

 保有スキルの戦闘続行によるものか、それとも恩讐の念がブーディカの身体を動かしているのかもしれない。

「あれを見よ」

 致命傷を負いながらも再び剣を構えるブーディカにネロは指さす。

「ママ……」

「あの(わらし)にあんな顔をさせるために、そなたは戦っているのか?」

「…………」

「違うであろう。そなたは大切な者の笑顔の為に戦う、強い女なのだから」

「……そう、だったね」

 瞳から狂気は消え去り、衣装も元の白に戻る。同時にネロの左腕を焼いていた炎が消える。

「『約束されざる勝利の剣』――決して星の聖剣ではなく、勝利も約束されない。完全ならざる願いの剣。

 でも、この剣に願ったことは復讐なんかじゃなかったな……」

 ブーディカは強く握っていた剣を落とす。

「なんで忘れてたのかな」

「ママ!」

 ありすがブーディカに駆け寄る。

「ごめんなさい。私がへんなこと言っちゃったから……」

「ううん。お母さんが弱かったからいけないの。だから謝んなきゃいけないのは(あたし)の方……

 ごめんね、ありす。あなたのことちゃんと見てあげられなくて、本当にごめんね。

 でも、これからはあたしが最期まで護るって約束するから」

 ブーディカはありすを抱きしめる。

「ネロ、あんたにも迷惑かけたね。バカな(あたし)に正面から向き合ってくれたこと感謝するよ」

「ブーディカ……」

「もう、なんて顔してんの。勝ったのはそっちでしょ。なら、しっかりしなきゃダメだよ」

 ブーディカはとネロの間に勝者と敗者を別ける壁が立ち塞がる。

「そろそろお別れだね。もし次に逢えるとしたらさ、今度は仲良くできたらいいな……」

 だって、とブーディカは続ける。

「ネロ、(あたし)はあんたみたいな子は大好きだからさ」

 そう言い残して、ブーディカとありすは消えた。

「……余はそなたに憧れておった。

 死ぬまで民から慕われ、愛されておったそなたに。

 余は最期まで愛されていると勘違いしていただけの小娘だったからな」

「セイバー……」

「ただの独り言だ、気にするでない」

 ネロは前を白野の方を向き、言葉を続ける。

「さあ、戻ろうか」

 そして、二人は歩き出す。明日へ続く希望の道を

 

 




エピローグ




「ここどこ?」
 光も音も匂いも重力も感じない空間にありすはいる。
「まっくらでこわいよ」
「大丈夫だよ」
 独りで泣いていると、どこからともなく声が聞こえる。
「だれ?」
 辺りを見回すとありすを中心に八つの車輪が現れ、光が差す。
「最期まで護るって約束したからね。ありすに寂しい思いはさせないよ」
 光は人の形となって、ありすを抱きしめる。
「ありがとう……ママ」
 ありすはそのまま目を閉じる。
 
 行き場もなく、人と触れ合うことが出来ず、永遠に彷徨うはずだったサイバーゴーストは安らかな眠りについた。
 彼女は暖かい、母の夢を見続けるだろう。

 おわり


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夢の果て(四回戦)
プロローグ


「破ァッ!!」

 鋼のような体躯を持つ巨漢が敵性プログラム(エネミー)を拳で殴り撃破する。

「むう。これで終わりか……些かモノ足りんが良しとしよう!

 いや正直、かなーり限界が近かったので助かった!」

 大男は呵々と笑う。

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

 どこからともなく男の声が聞こえる。

何奴(なにやつ)ッ!! (アッラー)か!? 悪魔(メフィストフェレス)か!?

 ええい、姿を見せよ!!」

「私はただの案内役にすぎない。かつてこの戦いに関与した、とある人物の人となりを元にした定型文というヤツだ。

 それにしても、 人形(ドール) も使わずにここまで来るとは、恐るべき愚者(バカ)だ」

「ハーハッハッハ! あまり褒めるな。

 この程度のこと今までの修行に比べたら無・問・題!!

 人形(ひとがた)など使わず突き進めという天啓をニルヴァーナしたまでよ!!」

「なるほど、話にならないことは分かった。

 では、聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

 男の声は事務的に進める。

「む? この輝きは!?」

 大男の右手に御札に書かれているような字体の、荒々しい紋様が浮かび上がる。

「これは、まさに聖痕!!

 ガイアが小生にもっと輝けと福音している!」

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。

 まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい」

「しかし、これはなんと読むのか……阿比留草文字のような、出雲石窟文字のような……

 否!! 読めずともよいのだ。考えるな、感じろ(I feel Do not think)!!」

 大男は話を聞かず、自分の世界に入る。

「ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

 声の男も気にせず、役割(ロール)をこなす。

「最後に君の盾となり剣となる英霊を召喚してもらう」

「おお、遂に小生の夢を叶える使徒を呼び寄せるのだな」

「では、念じるがいい。自身の理想を遂げるに足る英雄の姿を」

「小生の願いはただ一つ!!

 我が神を、三千世界にて唯一の真の神であると知らしめること(なり)!」

 令呪が 紅く輝き、その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す。

「(そして、できることならもう一度、あの神々しい姿を……)」

 大男はヒマラヤで出会った女を思い浮かべる。

 出来れば(ここ)へその女を連れていこうと考えていたのだが、接触を果たす前に意識を無くし、気が付いたらヒマラヤの(ふもと)にいた。

 顔ははっきりと見た訳ではないのだが、門司の中には明確な確信があった。

 あれが自身の求め続けた神であると――

「(最上の存在であること疑わせない凛とした佇まい、この世を照らすような輝く髪……)

 令呪が 紅く輝き、その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて光が差す。

「(そして地母神の如き巨にゅ…)、ぐぎゃあ!?」

 光の中から現れた存在が大男の上に落ちる。

「問おう……貴様が私を喚んだマスターか?」

 褐色の肌に白い礼装を纏う銀髪の女が訊ねる―――大男の踏みつけながら。

「あ、あなたは……」

 大男は顔を上げ、銀髪の女の空虚な瞳に吸い込まれるように見つめる。

「あなた様は我が神!!

 これは奇跡か! 神の復活! まさに復活祭(イースター)

 これはモンジ奮闘記第三章第じゅ、ふがっ!?」

 暴走する大男に女は三色の剣で頭を叩く。

「答えろ、二度はない。貴様が私のマスターか」

「はひ。臥藤 門司(がとう もんじ)、我が神の忠実なる(しもべ)です」

「そうか。我が名はアルテラ……フンヌの裔たる軍神の戦士だ」

 

 斯くして神を求める求道者は文明の破壊者と出会った

 

 

 

 つづく





ここに登場するアルテラはEXTELLAのように遊星の尖兵ではなく、FGO由来のアッティラとして大陸を蹂躙したフン族の大王にて英雄です。
アルテラ自身、巨神と記憶が切り離されており、巨神等ののEXTELLA由来の設定は出しません。


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決戦まであと―――6日

「ぬぅ? ここはどこだ?」

 門司が気が付くと、何もない荒野にいた。

「まさか、最後の審判が来たというのか!? ハルマゲドンか!? パーシュパタか!? ええい、黙示録のラッパは何処(いずこ)!!?」

 門司は地平線に向かって叫ぶ。

「うるさい」

 いつの間にか門司の前に黒い影が姿を現す。

「私の世界に雑音(ノイズ)はいらない……消えろ」

 影は剣を振り、門司の首を刎ねる。

「……ぁ……ぅ」

 声にならない叫び声を上げて、門司は意識を失う。

「私の平穏を奪うな」

 影は無機質にそう言い放つ。

 

 

 

「南無八幡大菩薩ッ!?」

 そう叫びながら、門司は目覚める。

「はぁ、ゆ、夢であったか……」

 門司は先ほど見た夢を思い出す。

「しかし、あれはどういう意味なのか……むむむ、マーラが小生を堕落させたいのであれば淫魔(サキュバス)の一人や二人出てもおかしくない筈、まぁ小生はエロスになど屈したりはしな、ふぎゃ!?」

「朝から鬱陶しい」

 アルテラは慣れた手つきで門司を殴る(剣で)。

「おお、これは失礼しました!

 では、朝の礼拝として我が神に向かって三々九度のサラートを」

「しなくていい。

 それより、次の戦が始まったようだ」

 テーブルの上にあった携帯端末に『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』と表示されている。

「ぬおお、これは不覚!!

 早速、次なる神に捧げる贄を確認して参ります!

 Go West モンジー!!」

 門司はマイルームを後にする。

 

「貴様が小生の相手か」

 掲示板の前に先に来ていた少年――岸波白野に声をかける。

「………ぬるい面持ちをしている。後生戦いとは無縁な、もやし学者を思わせる面構えだな。

 さしたる覚悟も高尚な目的も持たず、欲界に流されるままやってきた流浪者。そんなところかな?」

 小生か? ふんっ。貴様のような流浪者と一緒にされては困る。

 小生は、この浮世で最も尊き目的のために、戦地に赴いている。

 それは……我がただひとりの神を、世界の神とすること! まさにこれこそ浮世のレクイエム!

 貴様も感じるだろう? 小生の全身から溢れる、この修羅にも勝る猛々しき力を!

 ふふふ、だがこれは小生の力にあらず。万能にして優美なる我が神が、脆弱なこの身に与えたもう御力!

 いわば後光! 大天使の羽にも引けを取らぬ、圧倒的な観無量寿経なり!!

 我が神さえいれば、アポクリファも不要であり、ゴリアテも恐るるに足らず!

 鬼子母神すらも凌駕し、世界を浄土へ導くその存在は、ヨハンネウム以上の絶対なるもの!

 これほどの力を持つ神が、小生だけの神であっていいものか?

 否!!!そんなことはデミウルゴスも許しはしない!

 エデンに向かう資格は、全人類が平等に持ちえるものである! 貴様もそう思うだろう?

 だから小生は勝たねばならない。これはいわば因果であり定命なのだ!

 むう、もうこんな時間か。光陰矢のごとし! 月日の関守は小生が引き受けよう!

 では少年、餓鬼道に堕ちぬよう修行を怠るな!」

 白野が何も言っていないにも関わらず、門司は意味不明な内容を言い残し、立ち去る。

「えっと……なんだったんだ?」

「さてな。ただ、一つ言えることは、あれがサーヴァントなら間違いなくバーサーカーであろうよ」

 霊体化したネロがそう答える。

「マスターは狂うていてもサーヴァントは優雅であるといいのだがな」

 次の対戦相手(サーヴァント)に思いを馳せながらネロはひとりごちる。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――5日

「ふむ、またここか……」

 前回と同じ、何もない荒野に門司は立つ。

「なぜ、ここにいる?」

 前に門司の首を刎ねた影が現れる。

「ぬおぉ!? 貴様は……

 いや、よく考えるのだ。ここは小生の夢の中、つまり目の前の影は小生自身!

 つまり! ユング的思考におけるアニマ!! 

 深層意識の中においてペルソナを脅かす、まさにシャドウ!

 さあ、我が心へと還るがい、痛ったーーーっ!!?」

「前にも言ったはずだ。私の平穏を奪うことは許さない、と」

 影は剣を横薙ぎにして、門司の胴を真っ二つに裂く。

「もう来るな……私は一人になりたいから、ここにいる……」

 影の声は相変わらず無機質だが、門司はどこか寂しそうに聞こえた。

 

 

 

「痛たたたたたたー痛い! この痛さ、まさにドレッドノート級!

 小生、修行のためなら針の(むしろ)でも平気だが、夢の中は対・象・外!

 いや、現実でも腹を真っ二つは死ぬほど痛いのでムリではあるが」

 門司は服を捲り、自分の腹部を見る。

「ふうむ、やはり無事であるな。ということは思い込みによるファントムペインか……

 はたまた、人体切断マジックか……」

「お前は黙って考えることは出来ないのか」

 アルテラがベッドから起きる。

 余談ではあるが、この部屋に寝具はキングサイズのベットが一つ。門司はドアの前の床に三角座りで寝ていた。これはアルテラが追い出したのではなく、門司が自主的にそうしている。神と同じ空間にいるだけでも恐れ多い、と出来るだけ離れているのだという。

「おお神よ!! 目覚めましたか。そのお姿はまるで覚者! ブッダの……」

「静かにしろ。私は平穏を、静寂をこそ望む。そう言ったはずだ」

「おお、それは申し訳ない……む?」

 門司はあることが気にかかり、首を傾げる。

「小生の記憶が確かなら、その神託は得ておりませんが?」

「……言った」

「ですが……」

「言った」

 アルテラは被せ気味に答える。

「むむむ。小生とあろうモノが天声を聞き逃していたとは、不覚!!」

 門司は『モンジ奮闘記』と書かれた本に何かを書き込む。

「そろそろ外に行こう。滅ぼさなければならないモノを感じる」

 そう言い放つ彼女の頬は少し赤くなっていた。

 

「むう、あそこに見えるは……」

 アリーナで散策していると、白野たちを見かける。

「小僧! 佛敵に取り組むことなく、このような場所で、何をやっておるか!」

「ガトー……」

「あの暑苦しい男か。今日はサーヴァントを連れているようだが」

 白野はなんとも言えぬ表情で、ネロは呆れたように半眼で門司とアルテラを見る。

「神よ! あれなる者たちが此度の迷える子羊!

 如何なされますか?」

「破壊する……それだけだ」

 アルテラはいつもと変わらぬ冷たい声で言う。

「問答無用か。あの男のように暑苦しく喋るのも困ったものだが、こう淡泊なのも好きにはなれんな。

 まあよい、どうやらあやつもセイバーらしい。ならば剣を交えて語りかけてみるとしよう」

 出会って1分も経たずに剣士(セイバー)二人の戦闘が開始された。

 

「ここまで、か」

 SE.RA.PHからの介入により戦闘は終了する。

「見たか! これこそが我が神の力! あらゆる文明を破壊した圧倒的な力を!」

 門司は高らかに叫ぶ。

「帰るぞ。暗号鍵(もくてき)は果たしたからな」

 それに対して、アルテラがまるでネロたちが見えていないように言う。

 それもそうだろう――先程の戦いでネロはアルテラに手も足も出せず、文字通り眼中になかったのだ。

「はあ! 仰せのままに。

 ではな小僧!」

 門司とアルテラはアリーナを去る。

「くっ、奴の呼吸一つ乱せぬとはな」

 ネロの皇帝特権で習得した剣技を以ってしても、力の差は歴然だった。

「あれは技量云々より、霊基の格が違う。

 どうしたものか……」

「でも、セイバーの宝具を使えば……」

「たしかに宝具を使えば、格上でも打倒しうる。

 だがな、それは奴とて同じこと」

「あっ……」

 アルテラはこの戦いで宝具はおろか、目に見える形でのスキルも使っていなかった。

「一先ずは魂の改竄と、奴の情報を探ろう。

 あの男が言っておったことも気にかかる」

「……あらゆる文明の破壊した、か」

 白野は敵の真名を探る手掛かりを記憶に刻み付ける。

「奏者よ、暗号鍵(トリガー)は既に入手したが、しばらく敵性プログラム(エネミー)を狩るぞ」

「うん。付き合うよ」

 圧倒的な敵が立ち塞がっても、挫けることなく前へ進むことを決意する。

 少年の胸には未だ願望と呼べるようなものはないが、彼女と並ぶために足を止めることはない。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――4日

「あーはっはっは! 三度目となると驚きを通り越して笑えてくるわ!」

 門司は再三、荒野の世界に訪れる。

「どうして、また無の世界(ここ)に来る?」

 いつもの影が目の前に現れる。

「殺されに来たのか?」

 影は剣を取り出す。その瞬間、殺意や敵意とは異なる、冷たい圧力が門司の身体に突き刺さる。

「いやいやいや、待たれよ! 今回は貴様と話がしたいのだ!」

 正直痛いのはもうこりごり、と門司は言う。

「話すことなど、何も……」

「では、まず聞きたいのだが、ここはどこなのだ?」

 影の事情などお構いなしに門司は話しかける。

「ここは、私の中だ」

「むう?」

「物理的でなく、精神的な私の記憶からなる世界……」

「ずっと小生の夢かと思っておったが、なるほどなー」

 門司は辺りを見回す。

「だが、腑に落ちん。記憶の世界だというなら、なぜ何も無いのだ?」

「私は機械だ……人のように考え、感じることはなかった。

 この場所はそんな私の空っぽの心そのものだ」

 影は平坦な声で言っていたが、どこか憂いを感じた。

「それはいかんな、いかんぞ!

 この世の中にはすんばらしい教えがあるのだ! 我が神とか我が神とか!

 ちと待たれよ、いま聖典を……」

 門司が自分の荷物を漁る。

「それはなんだ?」

 影は荷物の中にあった包みに興味を示す。

「む? これは団子だ。聖杯戦争の舞台は月だと聞いて用意したものよ!

 他にもススキや萩、月見バーガーも用意したのだが、はてどこにいったか?」

 影は門司の話もそこそこにじぃっと団子を眺める。

「食うか? 老舗の名店、竹取堂の月見団子。味は保証するぞ」

 言うが早いか、影はモグモグと団子を咀嚼する。

「おいしい……」

 食べ終わると、影は感動したように呟く。

「月見というのは気に入らないが……」

 影は門司の方を見る。

「団子はいい文明だな」

 相変わらず顔はよく見えなかったが、門司の目には笑っているように見えた。

「そうであろう!」

 その笑顔を見て、門司は満足し破顔する。

 

 

 

「……おお! 今日は痛くない! グッド、モーニン! ハレルーヤッ!!」

 大声を上げながら、門司は目覚める。

「?」

 門司は違和感に首を傾げる。

 アルテラは既に起床しているにも関わらず、門司の大声に文句を言ってこないのだ。

「あれ? 神よ、ほっぺに何か……あいたぁ!?」

 アルテラは身近にあった物を軍神の剣に変えて、門司に投げつける。

「なんでも、ない」

 アルテラは頬についていた黒いモノを拭って言う。

 その顔は赤くなっていたのだが、門司は気を失いそれに気が付くことはなかった。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――3日

「こ、れ、は……」

 何も無かった荒野に変化が生じていた。

「どこからどう見ても団子!」

 超巨大な団子のモニュメントのようなものが鎮座していた。

「気が付いたら、ここにあった……」

 影自身も驚いたようで、見入ったままだ。

「は、はーっはっはっは!」

 門司は高らかに笑う。

「な、なんだ?」

 影は門司の奇行に戸惑う。

「おぬしは以前、何も考えず、何も感じない、自身の心は空だと言ったな……

 だが、それは否である! 

 おぬしは機械などではない。好きなものを好きだと思える人間よ。これがいい証拠」

 門司は団子のモニュメントを指しながら言う。

「だが、私は今まで……」

「それは運が……いや、間が悪かったのだろう」

 門司の口調は優しいものへと変わる。

「家族が、隣人が、環境が、時代が、おまえ自身が、何が悪かったわけでもない

 ……ただ、間が悪かった。

 本来感じるはずの感性が、その時たまたまかみ合わなかっただけなのだ」

「間が、悪かった……?」

「だから、そう悲観することもない! 以前に出来なかったのなら、今やればいい!

 美味しいものを食べ、美しいものを見て、心地の良い音楽に耳を傾け、力尽きるまで身体を動かす!

 そしてぐっすりと眠り、いい夢を見ろ!」

 さすれば、と門司は続ける。

「心など簡単に埋まる。何も考えず、何も感じないなどと思っていても、満ち足りた人生になるのだ」

 門司はニカッと笑う。

「ならば教えてくれ……私の心を満たす、そんなモノを――

 私が触れても壊れぬ思い出を」

 

 

 

狩猟数勝負(ハンティング)ぅ?」

 門司とアルテラが二つ目のアリーナに向かう途中、言峰に出会う。

「ああ、残り2日間、君と対戦相手には、防衛プログラム(エネミー)を倒した数を競ってもらうという趣旨だ。

 6日目、その勝者には対戦相手の戦闘データを一つ、開示しようと思う」

「よかろう! 我が神が負けるはずがないからな!」

「よろしい。では、アリーナに向かいたまえ」

 

「ほう。あの小僧たちは先に来ていたか」

 少し先に来ていた白野とネロがうまく連携しながら、エネミーを狩っていく。

「負けてはいられぬ!

 神よ! いざ参りましょう!」

「ああ」

 二人は踏み出す―――別々の道へ

「む?」

「?」

 門司は前の道を、アルテラは左の道を、分かれ道で異なる道を選んでいた。

 

 結果から言うと、この一日は白野陣営の圧勝で終えた。

 言葉を交わすことなく、互いの考えを読み取るチームワーク。日頃の鍛練と絆によるものが今回の勝利につながった。

 対して、門司たちは進行方向から戦闘の指示まで、きちんとした意思疎通が出来なかった。これがバーサーカーであったのなら、サーヴァントが勝手に先行し、門司はひたすら従う、という信頼はなくとも最速で動けただろう。

 こうして、この日は門司とアルテラは初めて敗北した。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――2日

「ほほう。賑やかになったものよ」

 団子だけではなく、様々なモノを模したモニュメントが乱立している。

「興味深い話を聞かせてもらったからな」

 前日に影が興味を持ちそうな食べ物、衣服、玩具などを見せた。

 とりわけ、料理に興味を持っているようだ。試しに自分で料理してはどうかと門司が訊ねてみたことがあるが、『私が手にしたモノは私の意思と反するモノになる』と作ることはしない。だが、それでも新たに知るモノには好き嫌いあれど興味を示している。

 ただ、門司が一番伝えたい独自の宗教は歯牙にもかからなかった。

「今日はこんなものを持ってきた」

 腕一杯に雑貨を抱える。どういう理屈か解らないが、所持品をこの世界に持ち込めるらしい。なので門司は寝る前に購買で色々なものを買っていた。

「それでおぬしはこの中で……」

「なんだ?」

 門司は何かに気が付いたように、ハッと固まる。

「そういえば、聞くのを忘れておったのだが……おぬしの名前を聞いていなかった」

 門司は頭を掻きながら、照れくさく言う。

「いつまでも『おぬし』とか『おまえ』とか呼びにくいからな。

 教えてはくれないか?」

「…………」

 影は困ったように俯く。

「いや、いやならいいのだ……」

「……ッル」

「む?」

「エッツェル……今はそう呼べ」

 俯きながら言う。

「この名は……悪くない……から」

 消え入りそうな声で影――エッツェルはそう言った。

 

 

 

「どうやらこの勝負、余たちの勝利だな」

 アリーナの入り口すぐのところで、四人が向き合う中、ネロが狩猟数勝負(ハンティング)の勝利を宣言する。

 実際、門司たちにも勝利の目がないこともないのだが、それにはこのアリーナにいるエネミーをネロたちに撃破される前に全てを倒さなければならない。

「下がれ」

 アルテラはただ一言で門司を後ろに下がらせる

「?」

 ネロは自分たちに挑んでくるのかと身構えたが、アルテラはアリーナを見据えている。

「目標、破壊する」

 機械的に呟く。

 アルテラの虚ろな瞳がアリーナの全てを捉える。

「命は壊さない。その文明を粉砕する――」

 剣を構えると、三条の光が辺りを塗り潰す。

 そして

「『軍神の剣(フォトン・レイ)』!」

 世界は光に包まれる。

 

「あ、ありえん!?」

 ネロは驚きの声を上げる。

 それもそうだろう。アルテラがアリーナに向けて放った一撃は

「エネミーごとアリーナを消し去った、だと!?」

 アリーナを何もない更地に変えていたのだから。

「これはこれは、また面倒なことを」

 四人の後ろから言峰が現れる。

「あまりNPC(わたしたち)に仕事を増やさないで貰いたいものだが」

「目標は全て撃破した。私の勝利で間違いないな」

「まったく、マスター共々(ともども)人の言うことを聞かない……

 ああ、君たちの勝ちだ。とりあえずはおめでとう、と言っておこう」

 言峰は疲れたように言う。

「では後日、相手の情報を渡そう」

 しかし、今度は悦に入った顔で言った――白野たちを見ながら。

 

「それにしてもあの宝具……」

 門司とアルテラが去ったあと、ネロは腕を組み考える。

「『軍神の剣』と言っておったか」

 先程の光景を思い出し、ネロは苦々しく呟く。

「果たして、あの宝具を防ぐことが出来るのか……」

「大丈夫だよ、セイバー」

 ネロが弱気な声をあげるが、対して白野は心配の色を見せずに言う。

「向こうは俺たちにない力を持ってるかもしれない。でも、俺たちは向こうには無い力があるだろ」

 その言葉にネロはハンティング一日目を思い出す。

「それもそうだな。らしくなく弱気になっておった」

 ネロは改めて立ち上がる。

「それでは奏者よ。鍛練に付き合ってくれるな」

「ああ!」

「青春の一ページ、といったところかな」

「「!!?」」

 突然後ろから言峰が声をかける。

「いつから、そこにいたのだ!?」

「元々、立ち去ってはいなかったのだがね」

 気配は消していたが、と厭らしく笑う。

「それで、なんの用だ」

「ふふふ、アリーナがこの様では鍛練もままならないだろうと思ってね。

 特別に新しいアリーナを用意した。君たちの望みも汲んでエネミーのレベルも上げておいた」

「いやに親切だな。らしくもない」

「審判役として公平性を保っているだけに過ぎないのだが、嫌われたものだ」

 言峰は傷ついた様子もなく、そう言った。

「でも、なんでエネミーのレベルも上げたの?」

 白野は言峰の言葉に引っ掛かりを覚え、疑問を口にする。

「NPCとしては逸脱行為かもしれんがね……」

 言峰はあまり気乗りがしないようだが、観念して言う。

「私としては是非とも君たちに勝ち進んでもらいたい。そう思ったまでだ」

 言峰がどういった意図でその言葉をかけたのかは分からない。

 ただ、AIは嘘を()かないことだけは確かだ。

 

 

 

 つづく



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決戦まであと―――1日

「一つ訊きたいことがある」

 エッツェルは唐突に言う。

「この世界には数多の文明がある。国が、土地が、人種が、言語が、信仰が、人口が、発展が、教育が、差別が、些細な違いで人は数多くの異なるモノを作り上げた。

 果たしてそれら全てに意味はあるのだろうか? 価値はあるのだろうか?」

 エッツェルは滔々と語りかける。

「私は文明(それら)を壊さずにはいられない。

 触れるものは全て壊れ、何もこの手には残らなかった。、

 ただただ壊し続けた。死ぬまで……いや、死んでからも」

 エッツェルは目を伏せる。

「私はその行為に何も疑問を抱かなかった。しかし……」

「今は違うのだな」

 エッツェルの言葉を遮り、門司が言う。

「小生も昔、同じ疑問に行き着いた。

 様々な宗教を学び、教えを極めた時に、ふと気付いた。

 それぞれの教えに矛盾が在り、各々(おのおの)の教えに身勝手な答えがある事を……

 矛盾を抱えた教えでは世界を変える事は叶いはしないのではないのかと」

 今まで悩みなど見せていなかった門司が珍しくシリアスに語る。

「そう絶望していた小生の前に現れたのが……真の神だったのだ!

 聖母マリアを彷彿とさせる美しさ! 不動明王を匂わせる威圧感! あぁ、タージ・マハル!

 刹那に小生は悟った! 我が使命を、我が運命を! ユーアーマイ、マイ、マイデスティニー!

 もはや小生に信ずる教などあらず! 小生が信ずるはただ我が神のみなり!!」

 最初の方は比較的まともな門司であったが、神を語るといつものテンションに戻る。

「だが、そこに行き着いた今でも、小生が学んだ矛盾だらけの教えはムダではなかった。

 全てを見、様々な考えを知ったからこそ、ここに到ったのだから」

「…………」

「故にエッツェル、貴様も様々な文明(モノ)を見ろ。

 見た後で悪だと感じたら、破壊したらいい。

「壊してしまってもいいのか?」

「良い! 小生とて破戒僧である。今まで気に入らぬものはどんな戒律も破ってきた。

 壊してはならぬと縛り付けることなど誰にも出来ぬ。

 エッツェルも気に入らぬものは好きなだけ壊すといい――」

 ただ、と門司は続ける。

(よし)と感じたなら――」

 門司は様々な文明(モノ)が乱立する、かつて荒野だった地へ振り向く。

「こうしていつまでも遺り続ける。

 誰であろうと壊すことはできない」

「壊れない?」

「ああ、だからもっと世界を見ろ―――

 何者にも破壊できない、広大な世界をな」

 

 

 

「ふむ。これが奴らの切り札か。

 ふはははは! 我が神の前では、この程度なんということはありませんな!」

 門司とアルテラは言峰から渡されたネロの宝具を見ていた。

「…………」

 アルテラは門司の言うことを耳に入れず、ひたすら黄金劇場に見入っていた。

 それは半神半人の樹木(やり)を受け止め、神造兵器の光をも耐えきる大いなるモノ。

「これ程の(ぶんめい)であれば……」

 アルテラは決意を胸に翌日の決戦を見つめる。

 

 

 

 つづく



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決戦開幕

「今までありがとう」

「どうしたのだ、いきなり」

 エッツェルは門司に向き合う。

「私は旅に出ようと思う。

 お前のお陰で、世界の見方が分かったからな。

 お前に会えなくなるのは、少し、寂しいが……」

 エッツェルの顔は未だによく見えないが悲しそうにしているのが分かる。

「二度と会えないこともあるまい! おぬしの旅先で小生が修行してるかもしれん、我が神の行く先がおぬしの滞在地であるかもしれん。

 なんにせよエッツェルと小生には縁があったのだ。きっとまた逢える」

「そうか」

 よかった、と彼女は笑った。

 

 

 

「来たか小僧!

 聖戦たるこの地に赴いてきた勇気だけは賞賛に値する!」

 闘技場(コロッセオ)に先に来ていた門司が、エレベーターから降りた白野に声をかける。

「しかし哀れなことよ。

 神からの天命を持つ小生とさえ当たらなければその寿命、少しは永らえたかも知れぬというのに……」

 門司は白野の憐みの表情が見えないのか、そのまま続ける。

「が、しかし!

 だからといって、生に対する執着を捨てることはまかり通らぬ!

 なぜならば! 最後まで希望を抱いて死した魂は必ず輪廻転生の輪に……」

「黙れ」

 ヒートアップし続ける門司をアルテラが鎮める。

「その暑苦しい男を黙らしたことを感謝するぞ、セイバー……いや、フンヌの大王アッティラよ」

「私を知るか」

「ヒントこそ少なかったが、貴様は有名すぎるからな」

 大陸を蹂躙した文明の破壊者、軍神マルスの剣、今までにあった情報を照らし合わせ、その真名に行き着いた。

「だが、我が真名はアルテラだ、アッティラではない」

「む?」

「アルテラ……そう呼べと言った」

「なぜだ?」

「……可愛い響きでは……ない、から……」

「ッ!! 機械的でつまらぬ奴だと思うていたが、なかなか()いヤツではないか!

 胸がキュンと来た。奏者よ、これが“萌え”というやつか!」

「う、うるさい。戦闘を開始する」

 アルテラは頬を紅潮させながら剣を執る。

「ふ、早くも弱点を見つけたの。戦いが終わったら、からかってやろう」

 以前とは異なり、余裕を取り戻したネロも剣を構える。

 そうして戦闘が開始された。

 

「貴様の文明を見せるがいい」

 先に剣を執ったアルテラは仕掛けることもなく、ネロに言い放つ。

「敵の言うことに従うのは気に食わんが、

 まあ、初めからそのつもりだったしの」

 ネロは左手を掲げる。

「我が才を見よ……万雷の喝采を聞け……座して称えるがよい! 黄金の劇場を!!」

 闘技場(コロッセオ)が赤と金を基調とした劇場―――招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)を顕現させる。

「『gain_str』! 『move_speed』!」

 黄金劇場の展開と同時に、白野は筋力と移動速度を上昇させるコードキャストをネロにかける。

「はぁ!」

 さらに皇帝特権で身体能力を底上げする。

「いくぞッ!!」

「ッ!?」

 コードキャスト、皇帝特権によるネロの身体強化。そして黄金劇場によるネロの強化とアルテラの弱体化により、ネロはアルテラを上回る。

「いいぞ。その調子だ!!」

 ネロと白野の作戦は極めてシンプル。宝具には一定のタメがある以上、その隙を与えぬよう連撃を加える。限界まで強化し、圧倒し続けることだった。

 黄金劇場は長時間発動できないため、短期決戦が余儀なくされるが、そうでもしない限りアルテラは倒せない。

「……ッ」

 現状、その作戦は順調である。アルテラとネロの力量は逆転しており、更に白野とネロの言葉を重ねなくとも伝わるコミュニケーションにより、ネロ単体の実力以上の力が出ている。

 このままいくとネロが勝利を収めるだろう。

「軍神の力、我が手にあり」

 アルテラの身体に刻まれた紋様が輝きだす。

「星の声が……私を、満たす」

「なっ!?」

 先程よりも速く、そして重い斬撃がネロを襲う。

 ネロと白野は誤解していた。初戦でアルテラが使っていなかったのは宝具だけではなかったのだ。

 星の紋章――身体能力を格段に上げるEXランクのスキルの存在を予想していなかった。

「くうッ!」

 アルテラは剣を払い、ネロは防ぐものの体勢を崩す。

「少し、期待したが……」

 軍神の剣に三条の光が溢れる。

「しまった!?」

「なにか、防ぐ手段を……」

 ネロと白野が考える間もなく、破壊の力が満ちる。

 それは『神の懲罰』、『神の鞭』と畏怖された武勇と恐怖そのもの。

 数多の文明がこの力により滅亡した。

「滅びろローマ皇帝……貴様の文明はここで終わりだ……」

 その破壊(おわり)を告げる剣の切っ先がネロに向けられる。

「『軍神の剣(フォトン・レイ)』!」

 三色の極光が辺りを包む。

 人類の文明(こんせき)を跡形もなく消し去る無慈悲な一撃。

 その破壊の光が、黄金劇場の装飾を呑み込みながらネロと白野に向かう。

「ダメか……」

 ネロは防御を、白野はアイテムで回復をしたが、光を目を前にしてムダだと悟る。

 例え三度、落陽を迎えても(インウィクトゥス・スピリートゥス)で復活しても、あの光の前では復活している間に何度でもその肉体を破壊するだろう。

 ネロはあまりの絶望に剣を落としそうになる。

「(もう、なに弱気になってんのさ)」

 声が聴こえる。

「ブーディカ?」

「(あんたにはまだ護らなくちゃいけないモノがあるんだろ? なら、諦めたらダメ!

 大丈夫。(あたし)も手伝うから)」

 離しかけていた剣を力強く握り直す。

「余は、まだ、諦めぬ!」

 軍神の剣(フォトン・レイ)が当たる直前、八つの車輪がネロの前に現れる。

「!!?」

 突然現れた車輪(たて)にアルテラは目を(みは)る。

 一つ、二つと車輪がガラスが割れるように砕ける。

「何だ、それは」

 三つ、四つ、ネロを護らんと車輪は廻る。

「貴様の文明にそんなものは、なかったはずだ」

 五つ、六つ、次第に光の威力は弱まる。

「ああ、これは余だけの力ではない」

 最後の八つ目が破壊されたところで、三色の光は消滅した。

「余にもよく分からないのだが、これは貴様にも破壊できないモノなのだろう」

 そして硬直したアルテラに『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』を叩き込む。

「そうか……私にも破壊できないモノが、あったのだな」

 霊核が破壊されたアルテラの身体が次第に消えていく。

「よかった……」

 敗れたというのにアルテラは喜びの言葉を紡ぐ。

 そして安らかな顔で完全に消滅した。

 

「終わったね」

 決戦の緊張感から解き放たれた白野はネロに語りかける。

「うむ。手強い相手だった」

 アルテラのことを思い返しながらネロは呟く。

「しかし、最後にあのような顔をするとは……もっと早く知っておれば愛でたものを」

「はは……あれ?」

 そこで白野は気付く。

「ガトーはどうしたんだ?」

 あの(やかま)しい男が黙って消えるはずがない、と白野は言う。

「さてな。サーヴァントが消えたのだ。マスターも消えただろう」

 ネロは興味なさ気に言う。

「ただ……」

 と、ネロは続ける。

「黙って消える男でないなら、どこか余の知らぬ場所で(やかま)しくしておるのかもしれんな」

「…………」

「ふっ、戯言よな」

 そう言ってネロは闘技場(コロッセオ)を後にする。

 

 

 




エピローグ




「ふがっ! こ、ここは!?」
 門司が目を覚ますと、そこは別世界だった。
 見渡してみると、黄金の摩天楼の上に立っており、眼下には輝く海を思わせる文明の光が灯っていた。
 どこまでも続く黄金の都市。
 空を行き交う霊子のバイパス。
 自分はいま、光あふれる未知の世界にいることを理解する。
「はて、小生は確か闘技場で神の威光を知らしめていたはず……」
 門司は決戦の行方がどうなったのか、思い出せない。
「はっ!! 我が神は何処(いずこ)へ!?
 ついでにここはどこ!?」
「ここはSE.RA.PHとは別の霊子虚構世界。別の天体(ほし)の霊子ネットワークだ」
「その声はエッツェルか。しかし、なぜ小生はここに?」
「……貴様の言う神がムーンセルからここに移ったのだ」
「なんと!? つまり小生は神を追ってここまで来たのだな!」
「そうだ」
「こうしてはおれん! 我が神を探しに……
 そういえばエッツェルは何故ここに?」
「貴様が言っただろ、色々な文明を見ろと」
「ああ、ではここでお別れ……」
「だが、一人では少し不安……なのだ。
 だから、一緒に居てほしい……ダメか?」
「ふむ、よかろう! 神を探す道程と、良き文明を求める旅路、そう違うものでもあるまい!
 新たな宗教に触れるのもまた修行! 神ともはぐれてしまったが、二度あることは三度ある。直ぐに見つかるだろう!」
「では行こう。馬は用意してある。私の後ろに乗れ、ガトー」
 どこからか馬を出し、鞍にまたがる。
「おう! よろしく頼む、エッツェル」
 門司も彼女の後ろに乗る。
「(あれ? そういえば小生、名乗った覚えがないような……)」
 門司は疑問に思ったが、馬が(そら)を駆けると、そんなこと忘れてしまう。



 こうして、自らが定める神を欲した求道者と、良き文明(こわれぬモノ)を探す少女は共に旅立つ。
 その旅路(ゆめ)の果てに何が待ち受けているかは、神にも分からない――


 おわり


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あの日の約束(五回戦)
プロローグ


「…………」

 黒衣の男は最後の敵性プログラム(エネミー)を撃破し、辺りを見回す。

「…………」

 周りには人形――いや、魂の抜けた残骸(したい)が積み重なっている。

「…………」

 しかし、その異様な光景に男は眉一つ動かさない。

 男にとっては死は見慣れた風景――日常であるから。

「おめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。とりあえずはここがゴールだ」

 どこからともなく男の声が聞こえる。

「聖杯戦争の本戦に進む前に君にはその資格と力を授けよう」

 男がそう言うと右手が焼けるような痛みに襲われる。

「……これは?」

 右手を見ると、三本の歪な短剣を思わせる紋様が浮かび上がる。

「それは令呪。聖杯戦争の参加者である資格であり、サーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、先程も言ったがそれは聖杯戦争本戦の参加証でもある。したがって令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意することだ」

「…………」

 男はそれを聞くと、さして興味をなくしたのか、令呪から目を離す。

「では、最後に君の盾となり剣となる英霊を召喚してもらう。

 地上の聖杯戦争には正式な召喚手順があったらしいのだが、ここではただ念ずるだけでよい」

「…………」

 黒衣の男は黙って右腕を出す。

「(…………)」

 男は口だけでなく、頭の中でも何も言葉にしない。

 これから挑む戦も、その目的に必要な義弟のことも。

「(……様)」

 しかし、不意にある女性のことが頭に浮かんだ。

「(『約束』は必ず……)」

 これから始まる戦いの理由を今一度、強く意識する。

 そして、令呪が紅く輝く。

 その輝きが頂点に達したとき、周りのステンドグラスが割れて、この空間の中央に光が差す。

「ッ!?」

 そして光が収まると、彼の喚び出した英霊(サーヴァント)が――

「zzz……」

 気持ち良さそうに寝ていた。

「……どういう、ことだ?」

 感情を出さない男が動揺する。

 自分が喚び出したコレは何なのだ、と。

「むー、寝心地が悪い。具体的には畳から石畳に代わったような……」

 目を覚ました何者かが背伸びをしながら起き上がる。

「グッモーニン! ここは誰で、お前は何処か?」

 現れたサーヴァントは本気で言っているようだ。

「ふむふむ。かくかくしかじか、受信完了!

 つまり、貴様が新しいご主人ということか?」

「……ああ、オレがお前のマスターだ」

 何を言っているか分からなかったが、マスターの確認であろうと理解した男がそう答える。

「ふむ。今ここに契約は完了した。給料三ヵ月分のネコ缶、確かに頂くからな。よろしく頼むぞ、ご主人!」

「……ああ」

 何やら変な物を要求されたが、男は考えないことにした……苦労することには慣れている。

「そういえば自己紹介がまだであったな。

 我こそはタマモナインの一角、野生の狐タマモキャット! ご主人、よろしくだワン!」

 狐なのか猫なのか犬なのか、そもそもタマモナインとはなんだとか、思うことは沢山あったが、男は自己紹介に対してこう返す。

「……オレは、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。貴様が何者でも構わない、ただ私の言うことを聞く道具であればな」

 黒衣の男――ユリウスのサーヴァントを人と思わない発言に対し、タマモキャットは――

「zzz……」

「…………」

 どこまでも自由に、気の向くまま眠りこけていた。

 

 こうして、一つの約束に執着する男と、ブレブレなキャラである事にブレない女――交わることはない彼らは出会った。

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――6日

 不意に下界(した)が気になった。

 特に何があったというわけではないが、米粒のような何かがワラワラと集まっていた所為だろうか。

 あれは何ぞ? と気が付けば声に出ていた。

(あるじ)様、あれは人間で御座います」

 近くにいた使い魔の狐がそれに答える。

 それは知っている。その人間たちが何をしているのかを知りたい。

「主様の意を汲めず申し訳ありません。

 どうやら豊穣を祝っているようですね。同時に豊穣に対して、主様に感謝を意を込めて祈っているようです」

 祈り? 私には何も感じませんが。

「それはそうでしょう。下等な人間には何の力もありませんから。

 奴らに出来ることは想うことだけです。都合の良いことがあれば祝い、悪いことがあれば祈る、自分たちでは何も出来ない下等な種族です」

 そうですか。ところで、彼らは何故顔を歪めているのですか?

「顔を……ああ、あれは笑っているのです」

 笑う?

「我々には理解できませんが、人間は幸せなことがあると、あのような顔――笑顔というのですが、それで感情を他者に伝えるそうです」

 何故、幸せなのですか? 何も力を持たないのに、何が幸せだというのですか?

「さて、私どもには図りかねます。

 差し出がましいことを言うようですが、下等な人間の考えなど理解すること自体不要に思います」

 それもそうだ、と話はここで終わる。

 しかし、人間たちの笑う理由が知りたい気持ちは収まらなかった。

 私は今まで笑ったこと――幸せだと感じたことがないのだから――

 

 

 

「……のだ。目を覚ますのだ、ご主人」

 そんなキャットの声でユリウスは目を覚ます。

「今の夢は……」

「早く目を覚まさないとニンジンが冷めてしまうぞ……むにゃむにゃ……zzz」

 辺りを見ると、キャットが(なぜか)ユリウスの布団の中に丸まって眠っている――裸エプロンで。

「目を覚ますのはお前の方だ」

 掛け布団を引き剥がし、キャットを起こす。

「むにゃ……はっ!? なぜご主人がキャットの部屋に……さては夜這……」

「お前が勝手にオレの布団に……まあいい。もう慣れた」

 キャットといつものやり取りをしていると、電子端末が鳴り響いた。

「む? 狩りの時間か、ご主人?」

「ああ、次の対戦相手が発表されたようだ。

 見に行ってくる。お前はここで待機しろ」

「了解した。朝ご飯を作って待っているから、門限は5時だぞ

 それと、他の女に浮気をしたら相手をコロしてキャットもシぬからな」

 キャットは涙目で訴えかける。

「オレの話を聞いて……いる訳ないか」

「むきゅ?」

 はあ、とため息をつきながらマイルームを後にする。

 

「…………」

 2階掲示板の前でユリウスは先客を見据える。

「ユリウス……」

 次の対戦相手――岸波白野は緊張した声を上げる。

「……いっぱしの目をする。随分と腕を上げたようだ」

 ユリウスは正直な感想を口にする。

「これだから分からんな。魔術師(ウィザード)というやつは。

 肉弾での戦いと違って、僅かな期間で急激に伸びることがある。

 ――だが」

 ユリウスはより一層冷たい瞳をして続ける。

「それもここで終わる。

 世界は――聖杯はレオが手にするだろう。

 イレギュラーは起こらない、決して」

 そう言うとユリウスは背を向ける。

「ユリウスにはないの? 聖杯に願うことは?」

 怖くて今まで声が出なかった白野が最後に訊ねた。

「……オレ自身に願いなどない。聖杯がレオの物になる手伝いをすること、それがオレの存在意味だ」

 ユリウスはその言葉に立ち止まり、振り返らずに答える。

「本当に? 君はレオのことを想っているようには見えない。

 もっと別の……誰かのことを想っているように見える。もしかして、その人のために……」

「…………!!」

 ユリウスは思わず振り返り、白野を睨みつける。

「戯言を……」

 そして再び冷酷な瞳に戻り、その場を立ち去る。

 

「ご主人、帰ったか。

 クンクン、男の匂いがする……つまり、浮気相手は男! 女に浮気をするなと言った(キャット)の抜け穴をつくとは!!」

 マイルームに入ると、キャットが出迎え(?)をした――なぜかメイド服で。

「……アリーナに行くぞ」

「うむ、了解した。キャットはご主人の命令は従うぞ。

 だが、断る! それより先に朝ご飯なのだ! ニボシが冷めてしまうからな」

「……分かった。食べてから行こう」

 電脳世界で食事は必須ではない。そもそも現実世界でもユリウスは一食、二食抜いても構わないと思っている。

 しかし、キャットの作る料理は欠かさず食べている。

 理由はユリウス自身、よく分からない。味が良いというのも勿論だが、食べると何かが満たされるような気がするからかもしれない。

「うむ! では、いただこう!」

「…………」

 二人は食卓につき、手を合わせる。

 ちなみに、朝食にニボシの姿はなかった。

 

「ふむ。あの陰気な男はいなかったな」

 アリーナで暗号鍵(トリガー)を入手した後、帰り道でネロが呟く。

「ユリウスはきっと妨害にくると思っていたけど、杞憂だったかな?」

「いや……」

 帰還用の出口付近で黒い人影が現れる。

「…………」

「遅かったではないか。しかし、サーヴァントも連れずに姿を現すとは慢心したな。

 奏者よ、ここで一思いに……」

「いやいや、それはこちらの台詞よ」

「なんと!?」

 ネロの背後から声が聞こえ、思わず振り返る。

 それを見越してか、ネロの心臓目がけて凶拳が振るわれる。

「くっ!」

 直感的に剣を構えていたので、直撃は避けられたが腕に鈍い痛みが走る。

「お前は……メイドだと!?」

 気配なく後ろに現れて強烈な拳を繰り出したことよりも、襲撃者の格好に驚く。

「いや、どうやって気配もなく余の後ろを取った? まさかそのナリでアサシンとは言うまい」

「ふむ、難しい質問をするな。野生では相手の背中を取るのは当然のこと……貴様が見ていたのは残像だったのだ!」

「野生? 残像? よく分からんが、そなた自身のスキル故なのか?」

「然り、野生と知性がそなわり最強に見える」

「そなたは見目は良く余の好みだが、言っておることがよく分からん」

「その調子ではサバンナで真っ先に死ぬぞ。まぁ……」

 獣耳メイドはネロから目線を横にずらして言う。

「そんな貴様のマスターはここで死んでしまうがな」

「ッ!?」

 白野が胸を押さえて倒れる。

「奏者! 貴様、何をした!」

 現れてから今に至るまで獣耳メイドに動きは見られなかった。

「戦いが始まる前から勝敗は決死(けっし)ていたのよ」

 白野の胸に紋様が浮かぶ。

「呪術か」

「然り。オリジナルは暗殺系の呪術は使いたがらなかったが、キャットはそこんとこ敢えて空気を読まずに使ってみた」

「余計なことを話すな……終わったのなら、帰るぞ」

「うむ。帰ったら報酬にニンジンを所望する」

「待て……」

 ネロの制止の声も空しく、ユリウスと獣耳メイドはアリーナを出る。

「奏者よ……必ず救ってみせるからな」

 刻一刻と生命力が抜け落ちる白野を抱き、ネロは保健室を目指す。

「あのリンという魔術師(ウィザード)なら、奏者を助ける手がかりを持っているかもしれんな」

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――5日

 あれから何度か人間を知りたいと思い、下界(した)に降りようとしたが、使い魔たちに止められた。

 彼らの目を欺く方法はないか、と考える。彼らは四六時中、私の傍にいるわけではない。ただ御殿から離れると、私の気を感じて寄ってくる。心配しての行動だろうが、はっきり言って鬱陶しい。

 ならば、私の力が無くなれば……そう、例えば人間に――

 そう考えたところで、それは名案ではないかと感じた。少しの間、人間を観察しても人間の気持ちなぞ分かるとは思えない。だが、自分も人間になれば分かるやもしれん。

 そうして私は直ぐに行動に移した。

 人間の姿に化け、力を抑え、下界に降り、記憶を失くした。

 後は時がくれば全てを思い出し、天上へ帰ればいい。

 完璧な策だと思った。しかし私は二つの誤算を犯した。

 一つは人間の時間感覚を知らなかったことによるもので、自動的に記憶が戻るのは三百年先であったこと。

 二つ目は人間としての姿――なにも耳や尻尾がそのままだったというわけではない。ただ――赤子の姿だったことだ。

「おや、川の真ん中に……子供か!? いま助ける!」

 初老の男が川に飛び込み、赤子を助ける。

「川の真ん中にいたにも関わらず、藻が揺り籠のようになっていたとは奇跡だな。

 しかし、どこの子だろうか? 恐らく、捨て子だと思うが……そうだな、儂の家に連れて帰るか」

 男は赤子を抱き、川を出る。

「もしかしたら、子が出来ぬことを憐れんだ神様が、儂ら夫婦にこの子を授けてくれたのかもしれんな」

 男もまさか抱いている赤子が神様であるとは思うまい。

「あいつも驚くだろうな。

 そうだ、名前はどうしよう……」

 男はしばし熟考する。

「藻により救われたのだから、藻女(みくずめ)というのはどうだろう」

 そして藻女と名付けられた、神様は老夫婦の元で健やかに、美しく成長した。

 

 

 

「頼む! 奏者を助けて欲しい!」

「ちょっと、何なのよいきなり!? 貴女、岸波くんのサーヴァントよね」

 廊下でネロが凛に詰め寄り、先日の出来事を話す。

「なるほどね。それはきっと、岸波くんの身体から魔力が漏れ出ているのよ」

「どうすれば治すことができる?」

「呪術によって()いた孔を塞ぐか、術者を倒すかしないとダメでしょうね。

 でも、これには大きな問題があるわ」

「それは?」

「まず、孔を塞ぐ方法は術者以上の魔術を行使しなくてはいけないこと。セイバー、貴女に魔術の心得は?」

「余のスキルを使えば大抵のことは出来るが、繊細な治療は出来そうもない」

「まだ脱落していない、キャスターのサーヴァントに治療できる者もいるかもしれないけど、いずれ敵になるかもしれない相手に協力するお人好しは居ないでしょうし」

「そう言う嬢ちゃんも、とんだお人好しだがな。あの坊主もれっきとした敵だってこと忘れちゃいねぇか」

 凛の背後から凛のサーヴァントが霊体化したまま話しかける。

「忘れてないわよ! ただ、あいつがユリウスを倒してくれたら残りの戦いが楽になるからって思って……ちょっと、なに笑ってるのよ!

 そんなことより、貴方の魔術でなんとか出来ないの?」

「ん―ムリだな。オレの魔術は大雑把でよ、物を壊したり瀕死でも生き抜くみたいな戦闘全振りだからな。師匠なら大雑把でも治してみせるだろうが」

「となると、あのメイドを倒すしかないか」

「ええ。本来、『呪い』というのは術者を倒せば消えるものではないの。

 でも、SE.RA.PH(ここ)でサーヴァントが消滅した場合、そのサーヴァントが残した痕跡も全て消える。だから術者を倒せば、この問題は解決するわ。

 ただ、それは厳しいでしょうね」

「なぜだ?」

「それは貴女自身がよく分かっているでしょう? 今、貴女は岸波くんから魔力供給を受けていない。彼にそんな余裕はないものね。

 つまり、貴女は自前の魔力でなんとか現界している……そんな状態で倒せるなんて思っていないわよね」

「……だが、余は奏者を救わねばならない。たとえ十全の状態ではなくともな」

「まったく、貴方たちは無茶ばっかり……これを使いなさい」

 凛は何かの端末をネロに渡す。

「それは割込回路(バイパス)。アリーナの魔力が濃いところに設置すれば、その魔力が岸波くんに流れるわ。そうすれば岸波くんの魔力欠乏も和らいで貴女にも魔力が供給することが出来るわ」

「なんと! 感謝するぞ、凛!」

 ネロはそう言うとアリーナへ走って向かう。

「まったく、セイバーも岸波くんとそっくりね。自分のことより他者を優先するなんて……」

「そういう嬢ちゃんだって、顔も見たことないガキのために聖杯戦争(いのちがけのたたかい)に参加してんだろ? 

 なら、責めることはねーと思うぜ。いや、自己嫌悪の方かな? 

 その悪態は坊主に向けたものでなく、自分に言い聞かせてるのか。で、自分と似てるからピンチになったら、ついつい肩入れしちまう訳だ」

「うっさいわね。そんな口叩く余裕あるなら、さっさと次のサーヴァントに勝利なさいよ!」

「はいはい。ところで、今回の対戦相手って誰なんだ? サーヴァントどころかそのマスターさえアリーナで見かけてないんだが」

「恐らく、こっちに情報を与えないようにしているのでしょうね。

 マスターの名前は……」

 凛はまだ見ぬ対戦相手に想いを馳せながら答える。

「アトラス院の錬金術師(アルケミスト)――ラニ=Ⅷよ」

 

「奏者、待っておれよ」

 ネロは一度マイルームに戻り、白野に割込回路(バイパス)から魔力が流れるよう処置をした。

 その後、アリーナを走り回って魔力の多い場所を探している。

「む、あれか!」

 魔力が溜まっている場所を視認し、そこへ向かう。

 しかし――

「待てども勝ち名乗りがないと思えば、こういうことか」

 魔力溜まりにつく手前にユリウスとそのサーヴァントが現れる。

「マスターを仕留めたはずなのに、そのサーヴァントが満足に動いているとはな。

 ……手心でも加えたか?」

「うむ! 真心を込めて呪殺()っておいたぞ!」

「そうか、では問題ないな。

 では、今回は弱っているサーヴァントの首を獲れ」

「なるほど、狩りの時間か!」

「くっ!」

 今のネロにサーヴァントと戦うだけの魔力はない。必死に逃げ道を模索するが見つからない。

「その前に……そこの赤いの、なぜ力もないままアリーナ(ここ)に来た?

 サバンナリタイヤを有言実行しに来た訳でもあるまい?」

「……奏者を救うためだ」

「ほう、ならば手を引こう。キャッチ&リリースというやつだ」

「なに?」

 疑問を呈したのはユリウスだった。

「何を勝手に……」

「サーモンは脂がのった方が旨い。指チュパしながら待っていてやるから逃げるがいい、赤いの」

 そう言うと、キャットは背を向け立ち去る。

「…………」

 ユリウスも無言でキャットの後を追う。

「助かった、のか」

 呆けている間にキャットとユリウスの姿はなくなった。

「まあよい。では、これをここに……」

 ネロは魔力溜まりに割込回路(バイパス)を設置する。

「よし! 奏者よ、いま戻るぞ!」

 割込回路(バイパス)の起動を確認し、白野が助かったか確かめるべくマイルームへ急ぐ。

 

 

 つづく

 





本来は白野の4回戦前に凛とラニが戦いますが、この話の中では5回戦で戦うようにしています。


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決戦まであと―――4日

 成長した藻女の噂は遠く離れた地域にまで広まった。曰く、どのような男性でも一目見ただけで心奪われる美しい女子(おなご)がいると。

 その噂を聞きつけた天皇がお忍びで藻女を見た。そして一目で彼女が欲しいと思った。

 後日、天皇の遣いが老夫婦と藻女の前に現れた。藻女を側室として迎え入れると。

 夫婦は大層喜んだ。このようなうまい話、断る理由がないだろう。

「断ります」

 だが、藻女は断った。自分が認めた相手どころか顔を知らぬ者の元へ行くことは赦せなかった。

 遣いの者は断ればどうなるか分かっているのかと脅し、両親は頼むから行ってくれと泣きすがる。

「天皇がどれだけ偉いか知りませんが、私を見初めたくせに正面から口説きに来ない臆病者の元など行くつもりは御座いません」

 だが、藻女が心変わりすることはなかった。

「それは申し訳ないことをした」

 突然、今までずっと黙っていた、もう一人の遣いの男がそんなことを言う。

「貴女のような綺麗な方には正面から会いに行くつもりでしたが、どうも恥ずかしくなってしまって……」

 遣いの男は照れ笑いする。

「いったい何を言っているのです?」

「ああ、これは失礼。僕は……」

 遣いの男は腕に巻かれた御札を剥がす。

「鳥羽。自分で言うのもあれですが、天皇をやっています」

 名乗った途端、後ろにいた両親が大きな騒ぎ声を上げてひれ伏す。

「騙すような真似をしてしまい申し訳ありません」

「何故、このようなことを?」

「貴女の言う通り、僕は臆病者なのです……貴女の美しさの前に顔を出す勇気もなく、幻惑の呪符の力を借りてしまった」

 鳥羽は項垂れる。

「ですが、僕は貴女が欲しい。側室でなくてもよい、少しの間だけ僕の傍にいて欲しい」

 天皇という立場にも関わらず、臆面もなく藻女を求める。

 藻女にとって鳥羽の顔立ちは好みだ。その上、地位も財産も天下一だ。

 だが、どれだけ顔が良かろうと、偉かろうと、金持ちであろうと藻女は歯牙にもかけない。

 そして、藻女は答える。

「はい。女官としてなら、貴方に仕えましょう」

 藻女の答えはイエスだった。

 なぜなら、彼女の唯一の好悪の基準――魂の在り方に惹かれるものがあったからだ。

「これから、よろしくお願いします」

 藻女は恭しく頭を下げる。

 頬に染まった赤色を隠すために。

 この時、彼女は初めて恋を知った――その結果なにが待ち受けているかは、神ならぬ少女に予想できる筈もなかった。

 

 

 

「何故、セイバーを見逃した?」

 マイルームでユリウスが訊ねる。

「昨日も言ったはずだぞ、ご主人。若年性のアレか? DHA食うか?」

「言っていない。巫山戯(ふざけ)た台詞なら聞いたがな」

 キャットはネロを見逃した理由をはぐらかし続けていた。

「(今まで言うことは聞かないまでも敵を屠ってきたから赦していたが……こうなれば、令呪を使うことも考えなければならないか)」

 ユリウスは自身の右手に目を向ける。

「その必要はない」

 ユリウスの心中を読んだようにキャットが告げる。

「アタシの大切はご主人だ。バーサーカーであろうと、ご主人を一番に想っている。

 正直に言えば、昨日のことはアタシもよく分からん! しかし、それがご主人のためだと思った、赦せ」

「……そうか。今回は赦す。だが、次はない」

「ありがとうなのだ、ご主人! 

 今日の晩御飯はゴチソウにしよう。何かリクエストはあるか?」

「ない……お前の料理はどれも旨いからな」

「承知した! キャットの気まぐれ満漢全席、愛を込めて……だな!」

 キャットはトラネコ柄のエプロンをつけ、意気揚々と台所に立つ。

 ユリウスに尽くすことが自身の幸せだといわんばかりに。

「こういうのも悪くない、か……」

 料理を作るキャットの後ろ姿を眺めつつ、ユリウスは独りごちる。

 

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――3日

 あれから藻女は宮廷で女官として働き始めた。

 女官になった際、鳥羽から玉藻の前という名を貰った。宝玉のように美しく、大事にしたいという意味を込めたと鳥羽ははにかんでいた。

 鳥羽との交友も良好で、次第に玉藻も鳥羽を求めるようになり、二人は愛し合うようになった。

 気が付くと玉藻は側室となっており、幸せの絶頂といえた。

 しかし、玉藻が幸せになる一方で気になることが出てきた。

 鳥羽の体調が日に日に悪くなっているのだ。

 これを気にした士官の一人が、高名な陰陽師を呼んだ。

「ふむ、成程……天皇様、貴方は物の怪(もののけ)に憑かれています。体調が悪いのも、その物の怪が天皇様の精気を吸っているからでしょう」

「それは……困り、ましたね。その物の怪を退治することは出来ますか?」

「問題ありません。では初めに物の怪を見つけましょう」

 陰陽師は式盤を取り出し、呪言を紡ぐ。

「おや、こんなに近くに居るとは。それにしてもこの気配は……成程、信仰を受けれない格落ちの神が()り所を求めたという訳か」

 陰陽師は得心がいったように頷く。

「天皇様、隣の部屋に入っても宜しいかな」

「側室の部屋のですが、彼女にも、物の怪が憑いているの、ですか?」

「いいえ、そうとは限りません。ですが、覚悟願いたい」

「?」

 陰陽師は玉藻の部屋に入る。

「挨拶もなしに部屋に入るとは何様ですか、貴方は」

「これは失礼。ですが、人のいない部屋に挨拶も不要でしょう」

「は?」

「貴女は人間ではない」

「何を言って……」

「『式』よ、その者の姿を暴け」

 陰陽師は式神を飛ばす。

「ッ!!」

 しかし、式神は玉藻に届く前に消滅する。

「尻尾を見せたな……狐」

「えっ!?」

 気が付くと玉藻の頭に獣の――狐の耳が生えていた。

「玉藻、お前……」

「違います、私は……」

 鳥羽に誤解されないように説明しようと立ち上がると尻尾が揺れる。

「私は、私は……くっ」

 玉藻は逃げ出した。自分が怪異であったからではない、鳥羽に嫌われたくない一心で逃げた。

 行く当てなどない、ただただ人気のない場所を求めて無我夢中で逃げた。

「やっと見つけましたよ、主様」

 人里から離れた丘の上で玉藻は声をかけられた。

 宮からの追手かと振り向くと、そこには狐がいた。

「下界に降りられてさぞや苦労なされたでしょう、おいたわしや」

 狐が喋る――その異様な光景を、玉藻は不思議に思わなかった。寧ろ懐かしいと感じていた。

「ささ、帰りましょう。ここは主様に相応しくありません」

「その前にやるべきことがあります。従僕をここに集めなさい」

 狐――使い魔に慣れた様子で命令する。

 彼女は全て思い出した。自分が何者なのかを――

 

 

 

「久しいな、オリジナル好みのイケ魂よ」

「ユリウスのサーヴァント!?」

 回復した白野が凛にお礼を言おうと廊下を歩いていると、どこからともなくキャットが現れた。

「(しまった、セイバーはマイルームに待機させている。こんなところを襲われたら……)」

「そう警戒しなくてよい、ユリウスは留守だ。ニンジン食うか?」

 キャットは胸の谷間から出したニンジンをむしゃむしゃ食べる。

「息災でなにより。元気ついでに我の話し相手になるといい」

「息災でって、呪術をかけたのは君だろ。今も俺の胸には孔が空いてるし……」

 キャットのあまりの緊張感の無さに、白野は毒気を抜かれて呆れる。

「君は……」

「待て、キャットのことはキャットと呼ぶがいい」

「キャット?」

「うむ。吾輩の名はタマモキャットだワン! 見ての通りキツネだ。故にキャットなのだ!」

「???」

 犬なのか狐なのか猫なのか、白野は首を傾げる。

「タマモ……キャット? 玉藻の前っていう妖怪なら知ってるけど」

「イケ魂よ、それはいけない。その名を言うと見初めら(のろわ)れるぞ」

「既にキャットに呪われてるけどね」

「ははははは。それで、何を聞こうとしていたのだ?」

「ああ、キャットのマスター――ユリウスはどんな人?」

「ん? それは性能(スペック)のことではなく、人格(パーソナリティ)のことか?」

「うん。ユリウスのことが気になって」

「ほう。それは801的な理由か?」

「ヤオイっていうのは分からないけど……

 ユリウスの目には強い意志がある、それはレオを勝たせるためだと思っていた。でも、ユリウスはレオの為に行動しているようには見えない。

 ユリウスはもっと別の理由があると思う……それが知りたいんだ」

「それは本人に聞くのがいいだろう」

「それもそうだね。でも、ユリウスと話せるかな」

「ふ~む。確かにご主人はシャイボーイだからなー」

「シャイなのかな」

「そうだ! ならば、決戦の時に話すといいだろう」

「でも、それじゃあ……」

「すぐに別れてしまう相手と話すことに意味があるのか……と考えているのか?

 だがそれは違うぞ、意味ならあるさ」

「意味……?」

「ああ。そもそもお前がご主人のことを知りたいのは、ご主人のことを救いたいと思っているからであろう。

 救う手段が分からない……故に心に触れて相手のことを知りたい、とな」

「救う、なんて大それた理由じゃないよ……ただ、悲しそうな瞳をしていたから」

「やはり白野は優しいな!」

 キャットは満足そうに笑う。

「そうやって、温かい気持ちで相手の心に触れることで絆が生まれる。

 例え別れてしまっても絆はなくならない。その相手の想いが意志が、自身の胸に刻まれるからな」

「絆……想い……意志……」

「何かに悩んで歩みを止めたとき、後ろを振り向くといい。

 僅かな思い出だろうと、誰かと出会い、語り合い、対立し、分かり合い、そして別れる。

 その一つ一つが自分自身を形作っていることに気付くはずだ。

 そしてそれらは未来へ進む、確かな力になる」

「…………」

「では、そろそろお開きにしよう。少し真面目モードが長かったので眠くなってきた」

「うん。今日は色々話してくれてありがとう」

「うむ。寄り道せずに帰るのだゾ。帰るまでが聖杯戦争(ゆえ)な。

 ここのとこ通り魔リッパーが出てマスターもサーヴァントもヒト吞みにするという、物騒な噂も見た。

 白野も気を付けるといい。では、またな!」

 そう言って、キャットは一般生徒(NPC)に紛れて姿を消す。

「不思議なサーヴァントだったな」

 白野は苦笑する。そして、あることに気づく。

「あれ? そういえば俺、名前言ったっけ?」

 疑問に思ったが、ユリウスに聞いたのだろうと、考えるのをやめた。

 キャットが名前を呼ぶときにどのような気持ちを込めていたかなど、この白野に分かるはずもなかったのだから。

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――2日

 あれから何度も人間たちと対話をしようと試みた。

 しかし、妖怪を退治する目的でやってきた兵達は耳を傾けなかった。

 終いには傷ついた私を気遣った使い魔たちが兵をことごとく(みなごろし)にした。

 そして、さらに私とあの人の溝は深まった。

 私はそれでも諦めず声をかけ続けた。

 しかし、三日三晩降り注ぐ矢の雨にはどんな叫び声も、誰の心に届くことはなかった。

 

 

 

「おや、兄さん。お久しぶりです」

「……ああ」

 廊下でユリウスとレオが出会う。

「兄さんの相手は岸波さんと聞きました。

 岸波さんに勝てそうですか?」

「……問題ない」

「ですが、まだ脱落していないところを見ると、岸波さんも力をつけているようですね」

 レオは薄く笑う。

「……嬉しそうだな」

「はい。彼の実力はどの魔術師(ウィザード)と比べても劣り、一回戦も通過できないと思っていました。

 ですが、マトウシンジやダン=ブラックモアなどの名だたる魔術師(ウィザード)を屠り、兄さんを前にしても未だに生き残っている――大変興味深いです」

「……あいつと戦いたいと思っているのか?」

「えっ、そう、なのかもしれませんね。僕は彼と戦うことを期待している。

 不思議ですね。実力はトオサカリンやラニ=Ⅷの方が上だというのに」

 レオは真剣に思案しているようだ。

「ところで、兄さん。どうして聖杯戦争(このたたかい)に参加したのですか?」

「……お前の護衛のためだ」

「ですが聖杯戦争に参加する以上、参加者同士で直接的な支援は出来ませんよ。兄さんがやっていた闇討ちも、日に日に脱落者が増えるトーナメントでは効果が薄いですしね。

 本来、兄さんは聖杯戦争に参加せず、外部からのハッキングで支援した方が効率的だと思いますが」

「(今回、オレは対戦相手以外の闇討ちはしていないのだが……)」

 元々、レオへの支援を考え、陰で他のマスターを始末する予定であったが、サーヴァントが気紛れなキャットということもあり、それは断念している。

「(まあ、いい……)」

 自分以外のマスターが潰し合うなら文句はない。レオが負けるとも思えないからな、とユリウスは考えるのを止める。

「……何が起きるか分からない以上、使い捨ての弾除けも必要だと思っただけだ」

 ユリウスは話に戻る。

「そうですか」

 自分から話題を振っておいたにも関わらず、レオはさして興味もないように答える。

「では兄さん、そろそろ失礼します」

 レオはそのまま立ち去ろうとする。

「……レオ」

 普段は自分から話しかけないユリウスがレオを呼び止める。

「何ですか、兄さん?」

「……お前は、亡くなった奥様のことをどう想っている?」

 何故、このような質問をしたか、ユリウス自身にも分からない。

 だが、聞かずにはいられなかった。

「特になにも」

 しかし、自分の母親のことにも関わらずレオは素っ気なく答える。

 恐らく、死の理由も誰が殺したのかも知っていての発言だろう。

「……そうか」

 ユリウスはいつもと変わらぬ表情で答える。

「こちらからも、いいですか?」

「……ああ」

「兄さんのサーヴァント、まだ聞いてませんでしたね。

 いったい何を召喚したのですか?」

「…………」

 ユリウスは自分のサーヴァントを思い浮かべ――

「なん、だろうな」

 なんとも言えない顔で苦笑した。

 

 

 つづく

 



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決戦まであと―――1日

「無駄ですよ」

 目の前には私をここまで追いやった元凶の陰陽師が現れる。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。

 私は安倍晴明。貴女の名は?」

「私は玉藻の前」

「それは人に化けていた間の仮初の名でしょう」

「いえ、これは鳥羽様に貰った大切な名です。今の私はそれ以外の何者でもない!」

「その様子を見ると『騙すつもりはなかった』、というのは本当のようですね。

 ……ふっ、ふふ」

「何が可笑しい」

「これは失礼……いえね、こんな皮肉なことがあろうかと思いましてね」

「なに?」

「神は信仰を以って人から力を吸い取り、存在する力を得る。それは神であることを忘れた貴女も例外ではない。

 貴女を信仰――いえ、愛していた鳥羽天皇はより多くの力を貴女に捧げていたのでしょう」

「ということは……」

「ええ。貴女は知らず知らずのうちに愛する者の命を奪っていたのです。

 事件の張本人がどの口を叩いて話し合いたいと?」

「私はただ、人と一緒に……」

「人と人外が分かり合うことなどありませんよ」

 そう言うと、晴明の背後から光る矢が現れて、私の胸を射抜いた。

「それは破魔の矢、それも神をも殺す特製品だ。

 本当は私の手で始末をつけたかったが、宮廷にも面子があるからな。しかし、天皇に恩を売れただけでも良しとするか」

 晴明は私のことなど興味もないような素振りで背を向ける。

 そう、人と神では初めから物の見方が違ったのだ。そんなことも気付かずに、私は……愚かだった。

 無駄なことだった。どれだけ努力しても、どんな力を尽くしても――神が人になれる筈がなかったのだ。

 ――でも、もう一度、もう一度だけやり直せる機会を与えられたのなら――今度こそ最期まで大切な人に仕えよう

 

 

 

「そろそろ話してくれないか」

 マイルームでユリウスはキャットに訊ねる。

「ご主人はアスパラベーコンだと思っていたが、実はロールキャベツ(キャベツなし)だったのだな。

 うむ。教えるとしよう! 上から86、57、84、だ」

 キャットが赤面して答える。

「茶化すな……真名のことだ」

 この6日間、キャットに関する夢を見ていた。

「ん? キャットはキャットであると……」

「タマモキャットなどと云う英霊は存在しない。

 お前は何者だ? 玉藻の前なのか?」

 だが、それはとある妖狐——玉藻の前の生前のことである。

 玉藻とキャットは存在に違いがあると考え、ユリウスは質問したのである。

「あれはアタシのオリジナルだ。まぁ知らぬのも無理はない、キャットはここより少し未来で生まれたのだからな」

「未来……?」

「うむ。かるく千年くらい先のな」

「玉藻の前がオリジナルというのは?」

「……こことは違う並行世界(せかい)でオリジナルは召喚された。

 九尾(ほんき)になれば簡単に勝てるのに一尾(さいじゃく)の状態でな、弱くてニューゲームというやつだ。

 紆余曲折が捻じ曲がり、マスターに恋をしたオリジナルはマスターを救うために修行し、九尾に戻った。そして、404光年を全力ダッシュで時をかける少女し、八次元の防壁をライダーキックでブチ破ってご主人を助けたのだ!

 ……だが、婚期を逃すと思ったオリジナルは八本の尾を切ったのだ! 切られた尻尾がタマモナインとなり、その一本がキャットとなったという訳だ! 分かったか、ご主人?」

「?……ああ」

 正直半分も分からなかったが、これがキャットの限界だと感じたので、これ以上の詳細は問わなかった。

「……もう一ついいか」

「ん?」

「何故、お前はオレに従う」

「一度『主人』として仕えた者には最後まで忠誠を尽くす。それが野生の獣の矜持よ」

「ならば、オレがマスターでなくともいいのか」

「そうだな、ぶっちゃけ誰でもよかった!」

 キャットは悪びれる様子もなく答える。

「だが、ご主人がご主人で良かったと思う気持ちに嘘はない」

 キャットは頬を染めて答える。この想いはブレはしないと――

 

 

 つづく

 



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決戦開幕

「ここにおいででしたか」

「あら、ユリウス。どうかしたの?」

 柔らかい陽が差し込む部屋で、彼女は少年に訊ねる。

「はい、旦那様がお呼びでございます」

「そう――もう、そんな時間なのね。

 あんまり、ぽかぽかと日差しが気持ちよかったものだから、つい時間を忘れてしまったわ」

「さあ、お急ぎを」

「ふふっ、あの人のことはもう少し待たせておいてもバチは当たらないわ」

 彼女は優しく笑いかける。

「それより、ユリウス。あなただって、あの人の息子なのだから、お父様とお呼びすればいいのではなくて?」

「いいえ。私にはその資格はございません。

 ハーウェイの跡継ぎとして必要なものを持って生まれませんでしたので」

 少年は無表情のまま続ける。

「ハーウェイの子はレオ様ただ一人です」

「そう……あの子はどうしてるの?」

「はい。記憶野に直接焼き付ける、新しい学科の手ほどきを。

 魔術理論を基にした情報処理の新案だとか」

「……まだ三つだというのに施術ばかりね。

 ……このところ母親の私ですらめったに顔を見られないわ」

「レオ様はやがて西欧財閥の頂点に立つお方。身につけなければならぬ事も多いのでございましょう」

「西欧財閥――そんな重荷を背負わせてしまって、親としては心苦しいばかりだわ……」

 彼女の顔が曇る。

「――ねえ、ユリウス」

「はい」

「あの子を――レオを守ってあげてね」

「は。私はそのためにだけに存在しておりますれば」

「ありがとう……じゃあ、そろそろ私を殺してくれるかしら」

「…………」

「私だって気付いているわ――レオの後継を盤石にするためには私の存在は邪魔になるものね」

「……申し訳ございません」

「いいのよ……くれぐれも、レオのことはお願いね」

「はっ! この命に換えましても……」

「……………………」

 彼女の最期の言葉は聞き取れなかった。その瞬間だけノイズがかかったように不明瞭になる。

 そして、そのすぐ後、銃声が部屋に鳴り響き、血と硝煙の匂いが辺りを満たす。

「約束は必ず守ります……アリシア様」

 少年の瞳から熱い涙が流れ落ちた。

 

 

 

 決戦の朝、ユリウスは目を醒ます。

「随分と懐かしい夢を見たものだな」

 この一週間、キャットの夢を見ていた。それはサーヴァントとの繋がりによるものかもしれない。

 だが、自分の過去など見れるはずがない。電脳世界では(きおくのせいり)などないはずなのだから。

「不思議なものだな……以前なら涙の一つでも出ただろうに」

 自分の心がどれだけ凍りついているかを実感する。

「最期、アリシア様は何と言っていたのだろうか……」

 忘れるはずがない大切な記憶——だが、何故か最期の一言だけ思い出せない。

 ユリウスが考え込んでいると——

「ご主人、目が醒めたか? 狩りの支度は出来ているぞ!」

 いつもはユリウスより遅く起きるキャットが呼びかける。

「ああ、いま行く」

 ユリウスは黒いコートを羽織り、マイルームの扉を開ける——

 

「未だに胸の孔が()いているというのに、なぜ立ち向かえる」

 決戦の舞台である闘技場(コロッセオ)でユリウスは白野に訊ねる。

「君と話がしたいから」

「……くだらない」

「まぁそう言うな。我が赤いのと()り合ってる間、暇なのだから良いだろう。話し相手になるといいぞ、ご主人。

 では、後は若い者に任せるとして……イクか!」

 キャットはネロに向き合う。

「そなたには奏者を苦しめられた借りがあるのでな。悪いが直ぐに終わらしてくれる!」

殴ッ血KILL(ブッちぎる)!」

 ネロの剣とキャットの拳が交わり、決戦が始まる。

 

「『炎天』よ、笑え」

「むっ!」

 ネロは呪法を防ごうと構えるが、火柱は背後から出ている。

 外したのかと訝しむと――

「そこで昇竜コマンド! 相手はウェルダン」

 背後に気をとられた一瞬の間に、懐に入ったキャットが掌底を放ち、ネロを後方へ吹き飛ばす。

「くっ!? なんと!」

 そして、ネロは火柱に包み込まれる。

「ちぃ、戦いづらい……」

 キャットは体術と呪術を織り交ぜて攻撃してくる。直接的な攻撃から、フェイント、誘導、中には本当に何がしたいのか分からない攻撃、キャットの戦術と思考が全くというほど予測できない。

「ウォーミングアップはこれでいいだろう。

 では……玉藻地獄をお見せしよう」

 キャットは不敵に笑い、更にギアを上げる。

 

「ユリウス、君は何のために戦っている」

「レオを聖杯の元まで無事に送り届けること――それが俺の目的だ」

「……それは、嘘だ」

「……何が言いたい」

「君は弟を見ていない……何か別のモノを求めている」

「……くだらん。俺が一体何を求めていると」

「例えば、愛とか」

「……ッ!」

「ユリウス、君に愛する者はいないのか?」

「……今のこの世界には、愛するに値する人間などいない!」

 感情的にユリウスは言う。彼がここまで気持ちが昂ったのはいつ以来か。

「オレにはお前の考えこそが不可解で、不愉快だ!

 愛するものがなければ戦えない、だと?

 それこそが悪辣だ。

 愛を知るなら、そもそも戦うな!」

 ユリウスは全力で白野を否定する。

 理由は分からない――ただ、白野の言葉がひどく耳障りに感じた。

 

「ご主人たちの方は盛り上がっているな」

「はぁ、はぁ……」

 ネロは膝をついている。それに対し、キャットは息すら上がらず余裕の表情だ。

「ここで終わってしまっては、キャット以上に空気が読めていないぞ」

「う、るさい。余はまだ本気を出していないのでな」

 ネロは立ち上がって強がる。

「出していないのではなく、出せないのであろう」

「…………」

「白野の魔力が廻るようになった今でも、魔力が半分も満たしておらんぞ」

「魔力の流れが見えるのか?」

「ネコ目というやつだ……む?」

 キャットは何かに気付いたのか、シリアスな顔になる。

「赤いの、前の戦いで無茶なコトしなかったか?」

「…………」

 ネロは前回のアルテラ戦、そしてランスロット戦の自分以外の力を思い出す。

 そして、その次の戦いで宝具を使えなかったことも。

「まぁ、答えずともよい。貴様は全力を出せず、我輩は宝具(チート)の限りを使う。ただそれだけよ」

「そうか……だが、宝具がなくとも勝ってみせるさ!」

 ネロは剣に魔力を込める。

「では、こちらも全力でいくぞ……これが手加減だ!」

 キャットは拳を構えそれに応える。

「『花散る天幕(ロサ・イクティス)』!」

「キャット流肉球術――『拳坤一擲(けんこんいってき)』!」

 決着へ向けて、再び剣と拳が交わる。

 

「お前は、本当に何なのだ? どうして、オレに構う? どうして、オレの忘れた筈の感情を呼び覚ます!」

「俺は君を助け――いや、救いたい」

「救う、だと?」

「君は誰よりも畏怖すべき相手だった。

 ……けれど君の戦う姿は、いつもどこか悲しかった。

 凍てつく瞳の奥に、救いを求めて泣く幼子のような君がいる気がして――」

「救いを求めているのなら、今頃修道士にでもなっている。

 もう黙れ。憐れみの押し売りは不愉快だ」

 ユリウスは白野から目を逸らし、キャットを見る。

「児戯は終わりだ。宝具を使え」

 ユリウスはキャットに渾身の魔力を注ぐ。

 これ以上、白野と話していると自身の大切な指針がブレてしまう気がして――

 

「『喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウンセルン)』!」

「『呉越同蹴(ごえつどうしゅう)』!」

 ネロの剣戟をキャットは蹴りで弾く。

「あっちの話は終わったか。では、こちらも要望通り決めにかかるとしよう」

「くるか!」

 キャットの魔力が高まる。

「ガイアが俺にもっと野生(かがやけ)と囁いている……というわけで(みなごろし)だワン! 『燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)』!」

 キャットの姿が巨大な猫っぽい姿に変化して、ネロに襲い掛かる。

「くっ、はぁ!?」

 通り過ぎただけに見えたが、ネロの身体が宙に浮き全身に引っ掻き傷が現れる。

「セイバー!!」

「む? 急所を外されたか。

 しかし、次で終わりよ」

 巨猫に変化したキャットがネロに向き直る。

「何か、ないか……」

 白野は必死に考える――が、打開策が思いつかない。

「ダメか……」

 白野が諦めかけた時、端末からメッセージを受信した音がする。

「これは……!?」

 メッセージには『岸波は相変わらずどんくさいよな、ほんと僕がいないと全然ダメ。しょーがないから手助けしてやるよ、一応友達だしね』と書かれていた。

「慎二……?」

 一回戦で脱落した筈の親友の名前を呟き、添付されているファイルを開く。

 それは――

「慎二が使ってたコードキャスト……」

 その効果は、相手にダメージを与え、スタンを付与する術式(コードキャスト)

「『shock』!!」

 気が付くと白野はそう叫んでいた。

「ニャンと!?」

 術式(コードキャスト)のスタンが決まる。

 キャットの動きが止まり、巨大な猫から元の姿に戻る。

「セイバー!」

「任せよ!」

 その隙を見逃さず、ネロは剣を振りかぶる。

「『喝采は万雷の如く(パリテーヌ・ブラウセルン)』!」

 無防備になったキャットの腹に、渾身の一撃をぶつける。

Good(キャッツ)……ばたんきゅー」

 ふざけた言い方をしているが、立ち直れないほどのダメージを受けている。

 霊基の損傷は致命的。じきに消滅するだろう。

「オレは……まだ死ねない!!」

 ユリウスは魔術(プログラム)を構築し、システムに介入しようとする。

 どんなことをしようとも生き抜いてみせると、強い執念を露わにする。

「オレにはまだやることが……」

「もういいのよ、ユリウス」

 静止の声は白野でもネロでも、キャットでもなかった。

「……ッ!?」

 懐かしい声――忘れもしない大切な人の声に、ユリウスは振り向く。

「あなたは十分に戦った。これ以上苦しい思いをしなくてもいいの」

「アリシア、様……?」

 金髪のロングヘアの女性がユリウスに優しく微笑みかける。

「違う……お前は、キャットか」

「そうです。変化で姿を変えました」

「何故このような真似を……そもそも何故、彼女のことを知っている?」

深淵(キャット)を覗くとき、深淵(キャット)もまたこちらを覗いているのだ」

「……オレがお前の過去(ゆめ)を見ていたとき、お前もオレの過去(ゆめ)を見ていたというのか」

「そうです」

「ならば何故、その姿で現れた!」

 自身の大切な過去に土足で踏み行ったことに激怒する。

「あなたが忘れた彼女の最期の言葉を伝えに」

「なに……?」

「『くれぐれも、レオのことはお願いね……』」

 この言葉は覚えている――いや、忘れられない言葉だ。

 ユリウスは、この命に換えても守ると誓ったのだ。

 そして、そのままアリシア(キャット)は続ける。

「『命に換えてなんて言わないで、自分をもっと大切にして。

  レオのことは大事だけど、あなただって大事な私の子なのだから……幸せに生きて――』」

「……ッ!!」

 ユリウスは長い間、忘れていた言葉を思い出す。

「何故、忘れていたのだろうな……こんなに大切な言葉を」

 ユリウスは白野に向き合う。

「決戦の前にお前は言ったな、何のために戦うか、と

 ……そうだとも。お前の見透かした通りだ。本当はハーウェイや聖杯など、どうでも良かった――」

 そう続けるユリウスの顔は暗殺者のものではなく、苦しみから解放された者のそれだった。

「……幼い頃、まだオレが弱かった頃。たった一人、名を呼んだ女がいた。

 不要ですらない、あってはならないと、生きる価値がないと言われたオレに――

 命の意味を教えてくれた女だ。

 あっけなく死んだがな、あっけなく――

 レオの後継を盤石にするために女は――

 身内からの暗殺で、殺された。

 殺しにきた相手に笑いかけて、レオを、弟を守ってくれ、と言って――」

「ユリウス……」

「それがオレの目的となった。オレは女の遺した願いを叶え――彼女の元に逝きたかった。

 この手を血に染め続けるオレを、人は幽鬼と恐れ、嫌悪した。

 それでも良かった。オレは彼女の願いを叶えようとする自分にしか意義を見いだせなかったからな。

 だが、お前は――オレの意義を壊しながら、オレを救いたいと言った。

 ……何故だ?」

「……君の心に触れたかったから」

 ユリウスにとって初めて聞く言葉。

「オレの……心……?」

「生気のない孤独な瞳。

 冷たく凍った表情。

 けれど、その奥に潜む揺るぎない熱に――

 いつの間にか魅せられていた」

 白野は語る――出会ってから二ヶ月と経っていないにも関わらず、その言葉に迷いはない。

「……そんなこと言われたのは生まれて初めてだ。

 これまでオレの近づいてくる者は、蔑みながら利用方法を算段するか、恐れへりくだるかのどちらかだった。

 だが――そうだ、お前は真っ直ぐにオレの目を見ていたな。

 どんな闇の中でも絶望の淵に立たされても、その瞳には強い光が宿っている――

 オレはそんなお前が妬ましかった。

 ……要するに羨ましかったんだろう」

 そう言うとユリウスは、躊躇(ためら)いがちに右手を差し出した。

「……おかしいか?

 決して褒められた人生ではないが、一人も友人がいないまま逝くのは……情けない話だと、思ってな。

 こんなオレを友と、思ってくれたらでいいのだが……」

 不安そうに震えるユリウスの手を、白野は力強く握る。

「ユリウス、君のことは忘れない――記憶がない僕にできた、大切な友達だから」

「ありがとう」

 ユリウスは憑き物が落ちたように柔らかく微笑む。

「――時間だ。すまんな、面倒な男に付き合わせた」

 ユリウスの右手の令呪が無くなり、生者(しょうしゃ)死者(はいしゃ)を分ける壁が二人に立ち塞がる。

「岸波……?

 泣いて……いるのか、オレのために……

 そうか。そんなものでも、美しく見える時が、あるのか。

 いや――自分のために流される友の涙、だからかな。

 ありがとう、白野。幸せに生きてくれ」

 壁により互いの声は聞こえないが、気持ちは伝わっただろう。

「キャット、お前もありがとう。今まで世話になった」

 変化を解いたキャットに話しかける。

「負けてしまったのに礼を言われるのは面映ゆいな。

 しかし、シリアスな展開が苦手なアタシはこう言おう――

 では、報酬にニンジンをいただこう」

「はは。相変わらず、普段はブレてばかりなのに、ここぞという時にはブレないな」

「それがキャット故な」

「だが、それにオレは救われていたのだろうな。

 お前がオレのサーヴァントで、本当に良かった」

「私も貴方に仕えることができて幸せでした。

 冥府まで共に行けぬことが心残りですが、消え逝く最期の瞬間(とき)までご主人様の傍にいましょう」

 赤い巫女服を着たキャットはユリウスの手をとる。

 そして、二人は消滅する。

 しかし、そこに後悔の色は見えない。

 彼は最期に友を手に入れ、彼女は主人に最期まで仕えたのだから――

 

 

 

 おわり

 




 エピローグ



 暗い、昏い闇の中で目が覚める。
「あ、やっと目を覚ましたんですね~あと一秒でも遅かったら、下半身をミンチにして作ったハンバーグを食べさせるところでしたよ。あ、もちろんそのまま殺さず、何度も復活させて同じ苦痛を与えますけど」
 黒い衣装を着た女が話しかける。よく見ると、保健室にいたNPCによく似ている。
「あれ? よく見ると、私の知ってるユリウスさんとは少し違うような……まぁいいでしょう。
 貴方には私のスパイになってもらいます。
 本当ならここまでするつもりはなかったのですが、先輩とあのキャスターさんを引き離せなかったのがイタイですね~。こうなったら……」
 ああ、オレはまだ岸波の役に立てるようだ。ならば今度はオレが救おう――唯一の友人を。
 何もなかったオレが見た最後の光を
 ――たとえお前が、覚えていなくとも。


 そして月の裏側へ――



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ある日の休日(休話)
ある日の休日 その1


 陣営別の登場人物

 シンジ&ロムルス
 ダン&ランスロット
 ありす&ブーディカ
 ガトー&アルテラ
 ユリウス&キャット



 それはあったかもしれない休日――

 一回戦が始まる前の、最後の参加者が本戦会場(こうしゃ)に辿り着くまでの僅かな時間――

 交わることのなかった五人のマスターとサーヴァント達が織り成す狂奏曲(バケーション)――

 

 

 

「たく、ランサーやつどこ行ったんだよ」

 慎二がマイルームで休んでいると、慎二のサーヴァントであるロムルスの姿が消えていた。

 まだ、聖杯戦争は始まっていないが、サーヴァントの情報が広まるのは避けなければならない。

 あのサーヴァントは見張っていないと――いや、見張っていても無駄だと思うが、真名をあっさりと告げるだろう。

「なんで僕の思い通りにならないんだよ! くそ!!」

 慎二はイラつきを発散させるために、廊下にあったゴミ箱を蹴飛ばす。

「おもしろいかみのお兄ちゃん! ちらかしたら、なおさないとダメなんだよ」

 廊下に散らばったゴミを無視して歩き過ぎようとすると、不意に後ろから声をかけられた。

「誰が面白い髪だよ!」

 慎二はあまりのことに相手の顔も見ずに怒鳴る。

 自分ではイカした髪だと思っているのだが、何故か周りの評判がよくない。その所為か、ある種のコンプレックスのように慎二は髪に反応してしまう。

「てかお前誰だよ?」

 後ろを振り向くと、声をかけた人物――白を基調としたゴシックロリータなファッションをした幼女が立っていた。

「あたしの名前は『ありす』よ」

 白いゴスロリの幼女――ありすはスカートの端を摘み、膝を曲げてお辞儀をする。

「それより、お兄ちゃん。早くろうかをきれいにして!」

「なんだよ、五月蠅いな……」

 文句を言いつつ、慎二はゴミ箱を元に戻し、廊下を綺麗にする。

「これでいいだろ!」

 そう言って、慎二はありすの元を去ろうとする。

「まって!」

 ありすはそんな慎二を呼び止める。

「ん? なんだよ、まだ用があんの?」

「うん。お兄ちゃん、いっしょにおにごっこしよう!」

「はぁ? なんで僕がそんな子供の遊びに付き合わなくちゃいけないわけ? ガキは一人で遊んでろよ」

 ただでさえ子ども扱いが嫌いな慎二である。この誘いは大いに腹が立ち、ありす相手にも乱暴に言い放つ。

「お兄ちゃん、いじわる。そんなんだから、へんなあたまになるんだよ」

「五月蠅い! 遺伝なんだからしょうがないだろ! って、おい!?」

 ありすは慎二に駆け寄ると、手に持っていた電子端末をくすねる。

 それがないと今後の聖杯戦争に支障をきたす。慎二は慌てて取り返そうとするが――

「あたしをつかまえたら、返してあげる」

 言うが早いか、ありすは背を向けて慎二から逃げる。

「僕のことバカにしやがって。待てよ、直ぐに捕まえてやる!」

 ある日の休日、子供二人の鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 つづく



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ある日の休日 その2

「たまにはご主人の料理も食べてみたいな」

「なんだ、唐突に」

 ユリウスとキャットが購買前で昼食の買い物をしている途中、キャットが思いついたように言う。

「そもそも、オレは料理は作らない。あるとするなら……カレーくらいだ」

「ほう。それはますます気になる。ビバ男飯というヤツだな!」

 キャットはユリウスの料理の腕前を知らずに無邪気に求める。

「しかし、材料がない」

 ユリウスの頭の中にあるカレーの材料(レシピ)に足るものが購買には無かった。

「それはキャットに任せよ! 最高の材料を揃えてみせる!」

 そう言って、キャットは飛び出した。

 購買以外に食材があるのか分からないが、キャットは脱兎の如く走り去る。

「ふむ……」

 ユリウスは現在持っている食材を確認する。

 これは購買で買ったものでなく、地上から持ってきたリソースの一部だ。

 軍用のレーション、コショウ、オリーブオイル……もはや食材と呼べるものではないのだが――

「まあ、これだけあればカレーくらい作れるな」

 何故か自身たっぷりにユリウスは言う。

「そこの一般生徒、キッチンを借りるぞ」

 SE.RA.PHの一般生徒(NPC)に言ってから、購買の隣の食堂へ行く。

()ずはこれを……」

 そして、厨房でユリウスは鍋を無視して、ドラム缶いっぱいに胡椒を入れて水とオリーブオイルでレーションを混ぜて煮込みはじめた。

「あの……それ大丈夫なの?」

 ドラム缶から立ち込める異臭に気付いてか、赤髪の女性が心配そうに話しかけてきた。

「大丈夫だ、オレのカレーは絶品だからな」

 そして、着々と黒いコールタールのような何かが生成される。

 

 

 

「う~ん、アレ止めなくて本当に大丈夫かな?」

 カレー(?)を作っている黒い男は大丈夫と言っていたが、ブーディカにはとてもそうには見えなかった。

「本場のカレーはスパイスから作るって聞いたことあるけど、アレで美味しいものが出来るとは思えないし……そもそもアレはカレーなの?」

 ブーディカは黙々とドラム缶で何かを煮詰める黒い男を見ながら思案する。

「ありすも探さないといけないし……」

 食堂(ここ)に来る途中、ありすは『お兄ちゃんと遊んでくる!』と言って、はぐれてしまった。

「そうだ!」

 ブーディカは何かを思いつく。

「私も料理を作ったら、あの人が失敗しても悲しい思いをすることはないんじゃないかな。

 ありすもお腹を空かして、ここに来るかもしれないし……名案ね!」

 ブーディカも厨房へ移動する。

「ねえ、(あたし)厨房(ここ)で料理したいんだけど、いいかな?」

「……構わない」

 ユリウスはいつものような仏頂面で答える。

 そして、ブーディカはユリウスの隣で料理を始める。

 我が子の帰りを待つ母のように。

 

 

 つづく



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ある日の休日 その3

「ローマ!! 遂に完成した、我が牧場が!」

 ロムルスは運動場(グラウンド)を(何故か)牧場へ開拓した。

 そこには、(何処から連れてきたのか)牛、豚、鶏、羊と多彩な動物が放牧されている。

「これでグラウンド(ここ)もローマとなった!!」

 昨日まではただの運動場(グラウンド)であったはずなのだが、如何なる手段を用いたのか、ロムルスは誰が見ても立派な牧場に仕立て上げていた。

(ローマ)は羊を飼っていたが、牛も、豚も、鶏もみな美しい!」

 慎二に黙って、このような真似をしたのも、ロムルスの数少ない癒しを求めた結果。

 誰にも邪魔されず、自分のやりたいことをしたかったのだ。

 何故、牧場なのか?

 いくら神祖と云えど、英雄となる前――羊飼い(にんげん)であった頃の体験は忘れられない。

 純朴な瞳でこちらを見上げる羊たちの愛らしさ、牧羊犬を使い羊たちを追い立てる達成感、黄金色の羊毛を刈る楽しさ、出産に立ち会う感動――

 その記憶は英霊となった今でも大切なものだ。

 きっと、弟のロムスと一緒に駈けた時間であるのも理由だろう。

「これも新たなるローマの輝き! この一時は誰にも邪魔はさせん!」

 新たな家畜たちを交え、ロムルスは休日を過ごそうとすると――

「では、その(あぶら)ののったA5ランクの牛を頂こう」

 背後からそれを邪魔する影が――

「む、貴様は……(ローマ)の牧場を荒らしまわる夜盗か!」

 怪盗宣言し、現れたのはキャットだった。

(ローマ)の目の前で簒奪するとはいい度胸だ。貴様もローマにしてくれる!」

「よろしい、ならば戦争(キャットファイト)だ! ローマとは一度決着をつけねばと思っていたのだ! 正確にはオリジナルと赤いのがなのだが……」

 ロムルスは樹槍を取り出し、キャットは拳を構える。

「ローマ!!」

Good(キャッツ)!!」

 そして二人はぶつかり合う――お互い、戦う理由は忘れたままで

 

 

 

「こ、これは我が神の起こした奇跡か!?」

 運動場が一夜で牧場になっている光景を目の当たりにして、門司は叫ぶ。

「ハレルーヤ! まさに天変地異、やはり神のやることはパないな!」

 どこかずれた感想を言いながら、感動を身体で表現する。

 恐らく、ロムルスの偉業を自身が崇める神の起こした奇跡だと勘違いしているのだろう。

「む? あれは?」

 門司が目を凝らしてみると、異変に気付く。

 褐色の大男と猫耳メイドという異色の二人が戦っていたのだ。

「この、不信心者! 神の庭を荒らすとは、何事か!」

 門司は説教すべく、二人の争いに加わる。

 そして、ローマ、キャット、暑苦しい男による、三者三様の主張による(いさか)いは更なる混沌に包まれた。

 

 

 つづく



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ある日の休日 その4

「あはははは……いたっ!」

「大丈夫かい、お嬢さん?」

 ダンが教会で礼拝を済ませ、外に出ると白いゴスロリ衣装の少女とぶつかった。

「うん。だいじょうぶ」

「それは良かった。しかし、前を向いて走らないと危ないから気を付けるように」

「ごめんなさい」

 少女は礼儀正しく頭を下げる。

「何をしていたのかな」

「ワカメのお兄ちゃんとおにごっこしてたの」

 ダンにはワカメというのがどういう意味で言ったのか理由は分からなかったが、少女に訊ねる。

「その『お兄ちゃん』に遊んでもらっているのかい?」

「ううん、ちがうよ。お兄ちゃんと遊んであげてるの」

「ほう……それは、どういう意味かな?」

 ダンは少女の明確な否定に興味を示す。

「えっとね……ワカメのお兄ちゃん、なんかつまらなそうな顔してたの。

 きっと、ママとはぐれたのね。あたしもそんな時があったから、よく分かるわ。

 だから、さみしくないように遊んであげてるのよ」

「君は見た目以上にしっかりしている」

 少女は子供らしい言葉使いとは裏腹に、芯のある発言をする。

 ダンはそれに関心する。

「ふふふ、あたしだってお姉さんだもの……あ、お兄ちゃんが来た!」

 少女の背後から高校生くらいの青年が走って来るのが見える。

「またね、おじいさん。おはなしたのしかったわ」

 丁寧にお辞儀をすると、少女は転移してその場を去った。

「はぁはぁはぁ……おい、ジイさん。こっちに白いフワフワしたガキ来なかった?」

 息を切らせながら、青年がダンに話しかける。

「先程まで居たが、君の姿を見て逃げてしまったよ」

「なんだよ! ちゃんと捕まえとけよな。ったく使えないなぁ」

 そう言い捨てて少年は立ち去る。

「少なくとも、精神年齢は彼女の方が上か……」

「どうかしましたか、ダン?」

 ランスロットが教会から現れる。

「なんでもない。

 ……それよりランスロット、教会に居た姉妹を口説いていたのか?」

「口説く、だなんて。私は他愛のない世間話をしていただけですよ」

「ならいい、彼女たちは異なるベクトルで危険だ。一方は常識を覆す(ことわり)を生み出し、一方は常識を捻じ曲げる暴力を振るう。

 如何(いか)な円卓最強の騎士と云えど、あの姉妹に手を出すのは止めておいた方がいい。」

「そう、ですね」

 ランスロットは苦々しい顔をする。まるで、先程地獄を見たかのように――

「で、次はどこに行こうか」

「それなら、食堂に行きましょう。今、そこで未亡人が料理を振る舞っているそうです」

「……君の王を探すのではなかったか?」

「ははっ、我が王はいつもお腹を空かしていましたから、食堂にいる可能性が高いと思っただけですよ」

 先程の台詞がまるで冗談だと言わんばかりに、爽やかに言う。

「……そういうことにしておこう」

 そして、二人は天国と地獄な食堂へ向かう。

 

 

 つづく



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ある日の休日 その5

「この匂いは?」

 門司とはぐれたアルテラが食堂から漂う匂いに釣られてやってくる。

「ん? あなたも食べる? ならもう少し大きいお鍋で煮込むけど」

 厨房にいた赤毛の女が話しかける。

「いや、私は……(グーっ)」

 アルテラは赤毛の女の誘いを断ろうとしたら、不意に腹の虫が鳴る。

「OK、いっぱい作るからちょっと待っててね」

「…………」

 アルテラは厨房に近い席に座る。

「ここが、未亡人食堂ですか」

 しばらくして、騎士風の男と老人が食堂に入ってくる。

「すみません。そこの燃えるような赤毛の美しいレディ、少しお話をしませんか」

「えっと、もしかして私のことかな? 私には素敵な旦那さんがいるから、ナンパなら間に合ってるよ」

「むしろその方が……いや、今はそんなことより……」

 コホンと一息つき、騎士が続ける。

「この近くで、身長154cm、体重42kg、金髪の髪を後ろで結い上げ、アホ毛がチャームポイントな、青と銀の甲冑を着た見目麗しい騎士王を見ませんでしたか?」

「え、えーっと」

 赤毛の女はドン引きしているが、騎士は気付かない。

「見た」

 答えたのはアルテラだった。

「本当ですか!? オリエンタルなレディ」

「ああ、アホ毛の剣士なら掲示板の前にいた……」

「Arrrrrrthurrrrrrrrr!」

 騎士は黒い甲冑に姿を変え、走り去る。

「……が、そういえば青い甲冑ではなく、赤いドレスだったな」

「赤いドレスのアホ毛?

 ……まさかね」

 赤毛の女は眉根を寄せたが、勘違いだと思って調理を続ける。

「それではセイバーが帰ってくるまで、わしも待たせてもらおう」

 老人がアルテラの向かいの席に腰掛ける。

「良かったら、あなたも私のブリタニア料理食べる?」

「ふむ。懐かしい香りがすると思えば、わしの郷土料理と同じものかな。そうだな、ご馳走になろう」

「よし! お姉さん頑張っちゃうよ!」

 赤毛の女は袖を捲り、気合を入れてから厨房に戻る。

「たまには、いいものだな」

 アルテラは誰にも聞こえない声で呟く。

 それは自分でも気が付かないような本心からの声であった。

 

 

 

「はーっはは! そうか、聖地はローマにもあったのか! これは盲点」

「なははは。こんな極上サーモンをくれるとは赤いのと違って、ローマは太っ腹だな!」

「そう! ガトーもキャットもローマである!」

 何があったか分からないが、ロムルスとキャット、門司の三人は激闘の末、和解した。

 キャットは2mを超えるサーモンを持っていて満足そうだ。そのサーモンはどこから出てきたのか不明だが……

「それにしても、腹が減ったな」

「む? ではこのサーモンでガトーとローマに料理を振る舞おう! なに、友情の印だ」

「ふむ、ではその料理(ローマ)を堪能させてもらおう」

 そして、三人も食堂に向かう。

 

 

 

 つづく



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ある日の休日 その6

「はぁはぁはぁ……捕まえた!」

 あれから何時間か鬼ごっこを続け、慎二はやっとありすを捕まえる。

「あははは、つかまっちゃった!」

 慎二の気持ちを知ってか知らずか、ありすは反省した風でも悪びれた風でもなく、本当に友達と鬼ごっこをして捕まった時のような、悔しいけど楽しいといった感じであった

「僕、を、からかう、と、どうなるか……」

 慎二は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

「あははは、お兄ちゃんの顔へんなのー」

「う、るさい、あんまり、走ったこと、ないんだから、仕方ないだろ!」

 慎二は息を整えて続ける。

「ほら、捕まえたんだからさっさと返せよ」

「うん。お兄ちゃん、ありすといっしょに遊んでくれてありがとう!」

「お、おう」

 初めは怒っていた慎二も、ありすの純粋な笑顔に慎二は思わず毒気を抜かれる。

「じゃあ、コレかえすね」

「お、おい」

 少女は電子端末を慎二へ放り投げ、走り去った。

「てか、ここどこだよ……」

 慎二は何も考えずに、ありすを追い回した所為で自分がどこにいるかも知らなかった。

「食堂か? ここ?」

 いつも(まば)らにしかいない食堂の様子が、今日は少し違う。

 一般生徒(NPC)だけでなく、聖杯戦争のマスター、サーヴァントが、広くない食堂を賑わせている。

「おお、シンジ! 良いところに来た、こちらに座れ」

 そんな食堂の一角から、ロムルスが声をかける。

「なんだよ、ていうか人多くない?」

 食堂はどの席も満席で、みな楽しそうに食事している。

『結局、我が王は見つかりませんでした……』

『ほう、あれで探してたのか? キャメロットの人探しはナンパのようで、老骨には理解出来んな』

 老兵と騎士の声が――

『もう、どこ行ってたの? 心配してたんだからね』

『ごめんなさい、ママ。ワカメのお兄ちゃんと遊んでて……』

 “娘”と“母”の声が――

『(むしゃむしゃ)』

『おお、神よ! ただ食べてるだけでその神々しさ! まさにハルマゲドン!!』

 黙々と食べる大王と、暑苦しい男の声が――

『むー? ご主人、そのダーク・マターはなんだ?』

『見ての通り、カレーだが?』

 黒い何かを皿に盛った黒衣の少年と、猫耳メイドの声が――

 様々な声が聞こえる。人によって話す内容は様々だが、そのどれもが楽しげだ。

「どうしたシンジ? 早く食べないと冷めてしまうぞ」

 ロムルスは慎二の今までの苦労を知らず語りかける。

「そうだな。今日はムカつくことがあったけど……」

 だが、思い出してみると、それは存外楽しかったのではないかと、今では感じている。

 慎二が今までに経験した休日は、どれも退屈で、何もなかったからかもしれない。

「こういう休日も悪くないかな」

 そして、慎二はスプーンをとり、料理を口に運ぶ――

 コールタールのような何かを――

 

 

 

「セイバー、首を絞められた七面鳥がような声がしなかった?」

「奏者よ、そんなものは放っておけ。そんなことより、いま賑わっている食堂に行こうではないか」

「そうだね。その食堂、料理だけじゃなく雰囲気も良いって話だから楽しみだな」

 

 最後の参加者たる二人が本戦会場(こうしゃ)に訪れる。

 これから、死闘が繰り広げられるのだが、

 ただ一時、この一時だけは誰にも邪魔されぬように――

 

 

 

 おわり

 



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