赤蜥蜴と黒髪姫 (夏期の種)
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第一章 少女と悪魔の晩餐会
第01話「武闘派の幼馴染」


 私の名前は香千屋 爰乃(こちや ここの )

 家業は神社で、お爺ちゃんと二人暮らしの高校二年生。

 容姿は自画自賛になるけど、割と可愛い方だと思う。

 幼馴染曰く、私が通う駒王学園非公式美少女ランキングでも上位にランクインとのこと。

 アイドル顔負けの異常な美少女が揃うこの学園でこの結果は大健闘じゃないかな。

 あまり社交的じゃないのはともかく、まあまあ幸せに青春を謳歌しています。

 特技は家が道場を兼ねている事もあって格闘技。

 大好きなお爺ちゃんに教わった柔と、頑張って手入れを欠かさない長髪がチャームポイントです。

 

「夕麻ちゃんだよ、おっぱいもデカい超絶美少女の夕麻ちゃん! 神様の気まぐれで俺に告白してきたマイエンジェルをマジで覚えてないのか?」

「あのさ、いくら幼馴染でも女の子に向かっておっぱい叫ぶのはどうなのかな……」

「わ、わりぃ」

「そもそもイッセー君が告白された日って、丁度風邪で休んでた時なんだけどね。おまけに夕麻ちゃんとやらは他校生なんでしょ? 私が知りえるチャンスは無いと思う」

「……考えてみれば、お前に報告してないような」

「はぁ、馬鹿は馬鹿なりに考えて行動なさい。君は変態ズの一員として、脳内妄想を現実に持ち込まずニヤニヤするに留めるべき」

「ううう、マジで病院行かないとダメか……」

 

 バッサリと切り捨てられ、すごすごと下がっていく彼の姿は哀愁を誘う。

 呪われているような確立で今日まで学校はおろかクラスが同じな幼馴染は、昔から変わらない変態だ。

 彼、兵藤一誠と言えば校内の誰もが知るエロの権化。もしもイケメンと名高い木場君並みの容姿ならまた違ったかもしれないけど、イッセー君は並よりちょっと良いくらいの三枚目。おかげで女子からは蛇蝎の如く嫌われている。

 そんな彼に美少女の彼女? ないない、それはない。

 エロゲーか何かの夢でも見たのでしょう。

 私としては思春期の男の子なんて大なり小なりこんな物だと思っているので、他の女子の様に特に思う所が無い。

 だから変わらない友達関係を続けていられるんだよ?

 イッセー君はこの有り難味を理解しているのかな?

 

「グフフ、最後の拠り所にも否定されたな。素直に俺達と秘蔵コレクションを鑑賞しようぜ!」

「わーったよ、今日は無礼講だ! コンビニ寄って餌を仕入れたらエロDVDで祝杯!」

「おお、それでこそイッセー。青春をエンジョイしようじゃないか!」

 

 陵辱だの脳内で犯すだの、連呼を続けるのは松田君と元浜君。

 これにイッセー君を加えた三人は、クラスが、学園が誇るチーム変態さんだったり。

 偉い人の言葉を借りるなら”ダメだこいつ早く何とかしないと”級の。

 何だかんだと口だけで害は無いけど、いつお縄になっても驚かない。

 ついつい幼馴染との縁を切るべきか考えてしまう私だった。

 

 

 

 

 

 第一話 「武闘派の幼馴染」

 

 

 

 

 

 月明かりの下で日課のランニング途中、ふと気配を感じて立ち寄った公園。

 そこで私の目に飛び込んできたのは、血溜まりの中で呻く幼馴染の姿だった。

 傍らには黒い翼を生やしたスーツ姿の男が立っていて、何とも分かりやすいピンチの図式。

 よく分からないけど、見なかった事には出来ない。

 そう考えた瞬間、もう私の体は行動に移っていた。

 

「ん、何だ貴様」

 

 ライトセイバー的な光を手に宿したスーツ姿の男は、駆け出した私に気づいたにも関わらず警戒の色を見せない。

 甘い、実に甘い。先手を取らせてくれる慢心に感謝した私は、躊躇せずに男の手首を掴んで呼気を吐き出し柔を仕掛ける。

 肘を逆に極めて関節を砕きながら一本背負いでぶん投げつつ、逆さになって落下してきた頭を全力で蹴りぬいた。

 お爺ちゃん直伝、香千屋流”雷神落とし”ここに完成。

 嗚呼、正当防衛って素晴らしい。合法的に試し斬りを経験できるって素敵。

 ちなみに遊びのない殺し技なので、みんなは真似しちゃダメだぞ☆

 

「大丈夫ですか、イッセー君」

「う……ぁ」

「ぶっちゃけ助からない傷だとは思いますが、駄目元で救急車呼びましょ―――はい? 何か言い残す事でも?」

「う……ろ」

「あはは、アレを貰って立ち上がれるわけ無いって、マジですか!?」

 

 背筋に走る冷たい何かに慌てて振り向いた。

 すると在り得ない事に、よろよろと弱りながらも二本の足で立ち上がる男の姿が!

 少なからず手加減したにしろ、さすがにこのタフネスは想定外。

 完璧に技が成立してにも関わらず、耐えるとか予想してませんって!?

 

「に、人間如きがこの私に逆らうかぁ!?」

「ふう、ジェダイの騎士(仮)はさすがですね。フォースとやらの加護でしょうか」

「上位種たる堕天使に何をわけの分からんことを……そもそも貴様、何処の手のものだ?」

「通りすがりの女子高生です。強いて言うならストリートファイター的な」

「よく分からんが死―――」

「だから敵を目の前にしてペラペラ喋るなと」

 

 お爺様にも褒められたことだけど、どうも私には投げ技に適正があるらしい。

 ぐいっと踏み込み足払い一つで男を中に浮かせ、側頭部に手を当て押し込むように回転を加速。そのままコンクリートの地面と言う無双の凶器に全力で叩きつけても安心できない。

 女の子なので体重は足りないが、地に伏せる男の首を全力で踏み抜いてようやく一安心。

 正確に言うと、これ以上の追撃パターンが私には無い。

 だって普通、ここまでコンボを繋げれば人は死ぬ。

 多分、どんな流派でもここから先はオーバーキル扱いなんじゃないかな。

 とは言ったものの、お相手は堕天使とやら。

 果たしてどこまで通じ……あれ、虫の息? 以外にいける?

 

「ひゅーひゅー言ってますし、肉体の構造も翼を除けば大差が無いようで何よりです。脳をここまで掻き混ぜれば平衡感覚ありませんよね?」

 

 起き上がろうとしては地に倒れ、翼をはためかせても空を舞うことも出来ないその姿。

 今は脳がシェイクされて天と地の区別がついていないけど、回復され空にでも逃げられたら手の打ちようが無い。

 だからツチノコ生け捕りなんて甘い考えは捨てる。

 即座に死ぬまでフルボッコと決断するも、黒い翼は伊達じゃなかった。

 まともに頭が回っていないのに、選ばれたのは最善手。

 男の手に再度宿った光が無鉄砲に打ち出されてびっくり。

 コレはアレですか、俗に言うビームライフル。

 連射速度は決して速くないけど、消し飛ぶ街灯を見て分かる通りかすったら終わり。

 さすがにアレだけやれば回復まで時間もかかると思うし、急がないとイッセー君の命も風前の灯。逃げよう、それしか道は無い。

 投げキャラは飛び道具持ちの、ガン待ち戦術に勝てないのが常。

 ザンギエフ先輩も、波動昇竜の力には無力なのです。

 

「イッセー君、まだ意識あります? 無いね、うん、分かってた」

 

 返事が無い、ただの屍のようだ。いや、まだ死んでないけど。

 さすが男の子、重たいなとか考えながら背負いかけた瞬間だった。

 男と目が合い、照準となる腕もこちらを向いている。

 これは詰みかな、と諦め掛けた私を攻められる人は居ないと思う。

 そんな絶望を迎えたその時だった。

 

「私の管轄で好き勝手しないで欲しいわ」

 

 風きり音と、その直後に起きる爆発。見れば男の片腕は消失し、窮地は逸していた。

 都合よく現れた正義の味方を見やれば、その身を包むのは私も毎日着ている駒王学園の制服。しかもあの容姿……話した事こそ無いけど、あれは上級生のグレモリー先輩?

 

「その髪……グレモリー家の者か」

「リアス・グレモリーよ。私の眷属だけなら百歩譲るにしも、一般人に手を出すとは呆れて何も言えないわ。この場で滅びなさい」

「なっ、俺に手を出せば協定が―――」

「先に違反したのは貴方でしょう、さようなら」

 

 交渉の余地無しに先輩の手から放たれたのは何らかの力の塊。

 例えるならドラゴンがボールな感じのアレに近いっぽい。

 それは獲物を一飲みすると、私じゃ倒しきれなかった男を跡形も無く消滅させてしまった。

 

「土壇場で逃がしてしまったわね……」

「ええと、三年のリアス先輩ですよね?」

「そうよ。聞きたい事は山ほどあるでしょうけど、今はその子が優先よ。後日、迎えを出すから今は何も聞かないでお帰りなさい」

「そうですね、取りあえず救急車でも―――」

「その必要は無いわ」

「確かにご臨終間近とは思いますが、警察の調書を考えると色々まずいのでは」

「いいえ、私が何とかするから助かるわよ?」

「いやいやいや、ここから復活って神か悪魔でもないと無理です。先輩も軽くファンタジーな系統っぽく見えますが、現実見ませんか」

「だって悪魔よ、私」

「はい?」

「こうすれば分かりやすいかしら?」

 

 そう告げると、先輩は背から蝙蝠の翼を伸ばして空へ浮き上がった。

 その手には幼馴染が抱かれ、地獄に連れて行かれる雰囲気が全力すぎる。

 あれですか、魂を引っこ抜いてどうにかするんですね。分かります。

 だって月明かりを背にした先輩は幻想的で人間とは思えない。

 悪魔かどうかはともかく、人じゃないんだなぁと納得せざるを得ない私だった。

 

「……イッセー君も巨乳美人の贄なら本望でしょう。スケベな所はともかく、友達としては好きでしたよ」

「五体満足で返してあげるから安心なさい。っと、これ以上弱られたら厳しいわね。また会いましょう、後輩さん」

 

 ヤバイ、確実に目をつけられた。

 飛び去っていく悪魔をぼんやりと見送る私は、死亡フラグが成立した事を悟る。

 

「……お爺様、天使や悪魔に通用する奥義とか知らないかな」

 

 乾いた笑いを零す私の言葉を聞くものは誰も居ないのだった。




爰乃近影

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第02話「先手必勝」

 昨日はあんな事があったのに、不思議な程良く眠れた。

 やっぱり堕天使だろうが何だろうが、物理で殴れば倒せるって分かったのが大きいのだと思う。

 手合わせした感触では頭を潰せば黙り、主な急所も人と大差がないっぽい。

 それに魔法らしき大火力も、当たれば致命傷なのは銃と変わらない事に気付いた。

 じゃあ恐れる必要は無い。

 むしろ、今まで知り得なかった世界に首を突っ込めた事へのわくわくが止まらなかった。

 何しろ日本に限らず、世界を見渡しても人が神や悪魔を越える事例は数多く存在する。

 なら、私も同じ事を目指そう。

 今は無理でも、いつか人として神も悪魔も超えてみせますよ。

 でも、何はともあれホウレンソウが一番大事です。

 お爺様が出張から戻り次第、事情を説明して稽古をつけて貰おうっと。

 と、ご機嫌で放課後のひと時を堪能していた時だった。

 何やら視線を感じてみれば、イッセー君を伴って男子が近づいてくる。

 クラスが違うのであまり面識は無いけど、爽やかなスマイルと甘いマスクで学園女子のハートを狙い打つ木場祐斗君の事は知らない訳でもない。

 

「香千屋さん、僕はグレモリー先輩の使いでイッセー君と君を迎えに来たんだ。一緒に来てくれるかい?」

「そこに私の求める答えがあるのなら」

「例えば?」

「そうですね、一晩で誰かさんを瀕死の状態から回復させた魔法の正体とかでしょうか」

 

 そう、驚くことにイッセー君は朝から元気に教室で騒いでいた。

 風の噂によればグレモリー先輩と登校してきたそうで、幸せの絶頂の副作用らしい。

 本当はその件について問い詰めたかったのに、授業が終わると同時に消える始末。

 幸いと言うべきか、彼の机にはカバンが残されていたので戻ってくることは確定。

 こうして待っていれば、必ず釣れると踏んでいた私です。

 結果的におまけも付いて来たけど、想定内のイレギュラーだから問題は無いかな。

 どうせ使いを名乗る以上、木場君も悪魔なんでしょうし。

 

「爰乃、それは」

「イッセー君は黙っていて下さい。私は彼に聞いています」

 

 にっこりと笑いかけ、幼馴染の言動を封じる。

 さあ、どう出ますか?

 

「その問いに僕は答えることが出来ない。聞きたい事は部長に頼むよ」

「部長?」

「グレモリー先輩はオカルト研究部の部長で、これから案内するのもその部室さ。それよりもそろそろ移動しないかい? 他所のクラスであまり騒ぎを起こしたくないんだ」

「う、言われてみれば周りが五月蝿いですね」

 

 人外シリーズと知れば、黄色い歓声と妬みを込めた視線を向けてくる女子も黙るのか。

 そもそもにして、木場君にときめかない私です。

 何やら鍛えている風ではありますが、基本的に優男は嫌い。

 立ち居振る舞いから察するに、剣道辺りに手を染めているのかな?。

 油断せずに行こう、私。

 

「なんかウゼェし、先輩も悪い人じゃない。行こうぜ?」

「いいでしょう。何かあったら貴方の責任問題ですからね」

「おう!」

 

 安請け合いはいいけど、そもそも先輩は人じゃない事を忘れてないかな。

 能天気な彼にSAN値を削られた私は悪魔の使いに先導されながら、逃げるように教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 第二話「先手必勝」

 

 

 

 

 

 案内されたのは、今は使われていない木造の旧校舎。

 外見は古ぼけているけど、中は塵一つ落ちていない清潔感で満たされている。

 こんな所を清掃するのは人件費の無駄じゃ……

 そんな事を考えている内に、目的の場所に到着です。

 教室の戸にかけられていたオカルト研究部のプレートを見て思う。

 悪魔が堂々とオカルトを名乗るなんて悪いジョークだと。

 

「部長、お客様を連れてきました」

 

 木場君が中に確認を取れば、女性の声が了解を返してきた。

 私は彼に続いて室内に入ると、いつでも逃げられるように扉の前に陣取ることにする。

 中は広く、奥にはシャワールームらしき物まで見える始末。

 並ぶ家具も高級品っぽいし、学園の弱みを握って好き放題やっている事が見て取れる。

 さすが悪魔、上手い事やるものです。

 

「いらっしゃい、香千屋さん。私たちオカルト研究部はあなたを歓迎するわ」

「それはどもうご丁寧に」

「粗茶ですが」

「結構です、要件を済ませ次第退散しますので」

 

 テーブルにお茶を出してくれたのは、これまた有名人。

 イッセー君曰く、グレモリー先輩と双璧を成す二大お姉様の片割れの姫島先輩だ。

 私がストレートに流しているのに対し、こちらはポニーテールに結わえて剣術小町と言った風。大和撫子を体現する和の佇まいを纏う姿は女の私でも憧れてしまいそう。

 でも騙されませんよ。

 この場に居ると言うことは、こんな形でも悪魔の一派。

 見た目で判断するのは大変危ない。

 香り高い紅茶だって、何かを混入させていないとは限らないし。

 

「そんなに警戒しなくても何もしないわ。長い話になるから、ソファーに掛けなさい」

「未だに半信半疑ですけど、悪魔の言葉は信用に足りません」

「と言うか、逃げ道を確保しているつもりでしょうけど……無駄よ?」

「やってみなければ分かりませんよ」

「だってあなた、祐斗の動きに反応できていないもの」

 

 えっ? と振り向いてみれば、瞬きの間に木場君の姿が消えた!?

 気配を感じて振り向くと、申し訳なさそうな彼の顔が目と鼻の先。

 意識を先輩に向けていた事を加味しても、あっさり背を取られるなんて信じられない。

 

「木場の能力は超スピード。お前は単純に回り込まれたわけだ」

「イッセーのおかげで説明の手間が省けたわ。その気になれば一瞬で方がつくのよ? これが私の提示する信用の証ね。無駄な暴力は趣味ではないの」

「ぐぬぬ」

「まだ不満?」

「……先輩は負け犬ってどう思います?」

「あまり良く思わないわね」

「私は尊敬しますよ。だって戦って負けたから負け犬なんです。負けるのが嫌だからと、挑む事すら放棄した家畜に私はなりたくありません」

「誇りを傷つけたならごめんなさい、そんなつもりは無かったの。最初からこう言えば良かったわ。香千屋さん、あなたイッセーなら信用できるのよね?」

「彼はキングオブ変態ですけど、基本的に嘘は言いませんので。時に先輩、ファーストネームで呼ぶとは随分と親しいんですね。びっくりです」

「それはそうよ、この子は私の可愛い下僕だもの。イッセーには話しておくように言ったけど、その様子じゃ知らないのかしら」

「は?」

 

 何やら連絡ミスがあったらしい。

 ジト目でイッセー君に向ければ、両手を合わせて拝まれた。

 それはさしずめテストを隠していた子供の姿。

 どうでもいいから、さっさと吐きなさい。

 

「じ、実は俺って悪魔になっちゃったわけで」

「ぷりーずわんすあげいん」

「堕天使に殺されかけたの知ってるだろ?」

「むしろ現場に居ましたが」

「あれってようやく思い出せたけど二度目なんだ。初回の時も致命傷でよ、命を救って貰う代償に部長の下僕悪魔に転生してたっぽい」

「ほう」

「今は最下級の下っ端だけど、地道に働いて目指すは上級悪魔。ハーレム王に俺はなる!」

「つまりアレですか、私は愚かにも罠に嵌ったと。身内面して油断させるとは正に悪魔ですね」

「なんか話がおかしくね?」

 

 おかしいのはイッセー君です。

 主の秘密を知った私を始末するべく、虎口に誘い込むとは何たる策士。

 馬鹿と天才は紙一重って本当だったと驚いています。

 

「割と長い付き合いでしたが、この場で絶縁します。馬鹿だ馬鹿だと思っていても、一本気のある信用に足りる漢と思っていただけに残念です」

「ちょっとイッセー、話がおかしな方向に転がっているわよ?」

「コイツって思い込みの激しい部分が厄介なんですよ。爰乃、話をちゃんと―――」

 

 いやらしく伸ばされた手を掴んで、裏切り者を全力で投げる。

 狙うのは案内人。悪魔の力がどういうもの分からないけど、この世の支配者は物理法則だ。男子高校生一人分の重さに速度を与えてぶつければ、どんな相手でも隙が出来る。

 仮に避けられてもそれはそれ。逃げ道が確保されるだけで御の字ですし。

 そして、木場君が選んだのはイッセー君の受け止めだった。

 悪魔の癖に仲間思いとは片腹が痛い。その優しさを人にも向けて欲しいと思う。

 

「か、彼女を止めなさい! 但し、怪我をさせちゃダメよ!」

 

 悪魔の首領は私を生贄か慰み者にしたいらしく、生け捕りがお望みと。

 ですが戦利品としての価値を優先するあまり、中途半端な命令になっていますよ。

 

「玩具にされる位なら死んだ方がマシです。知識欲に釣られた私が一番迂闊でしたが、これでも下準備は怠っていませんよ?」

「きゃぁぁぁっ!?」

 

 話し合いだけで済むとは最初から思っていなかったので、昨日のうちにお守り代わりの聖水を仕入れておいて正解だった。

 夜中に発注して、翌朝登校前に届くとはさすが密林さん。

 ポケットに忍ばせておいたソレを真っ向から向かってきた姫島先輩にぶちまけてみれば、一撃必殺に届かないにしろ酸を被った程度のダメージは通ったらしい

 さすが☆5評価。アンデルセン神父お勧めは伊達じゃなかったようです。

 今が好機と残りを男悪魔ズに飛沫として撒き散らし、苦しむ姿を尻目に一目散に逃げる。

 この様子だと十字架とかも効きそう。次回があれば試す事にしましょう。

 しかし、何とも詰めの甘いゆるい連中ですね。

 ひょっとすると擬態とかでなく、彼らもまた若い子供の固体なのかな?

 私ならもっと上手くや……う、後門の虎がっ!

 

「……行かせません」

「ならば、押し通ります」

 

 小柄な体躯ながら、圧力を感じさせる少女が廊下を塞ぐように構えていた。

 一見小学生にしか見えないロリ枠な彼女でも、敵になるなら容赦はしない。

 構えから打撃を中心にした武術を収めているようだけど、功夫が足りないね。

 お爺ちゃんの朋友みたいに意を消せてないし。

 予告されても気が付いたら殴られているレベルじゃないと、ストライカーとは言えない。

 ほら、そんな見え見えのテレフォンパンチじゃ返されて当然だよ?

 

「体の正中線を狙うのは及第点ですが、そこに至るまでの手順が赤点。もう少しマシになってから挑みなさい」

 

 唸る拳音から察するに見た目に反する強力な膂力ですが、只の暴力に怖さは感じない。

 掴むのも億劫なので、平らな胸に回転を加えた掌を打ち込む。

 これぞ衝撃を浸透させて対象の心臓を瞬間的に停止させる簡易必殺技!

 堕天使と同等のタフネスと想定しても、カウンターで威力を上げているから大丈夫。

 ほら、うんともすんとも言わなくなった。勝った、第三部完!

 

「さて、急いで帰りましょう。使える道具を探して迎撃準備です」

 

 どうせ逃げても身元が割れているので無駄。

 だから私は有利な条件で迎え撃つことを選択する。

 聖水が効くなら国と宗教こそ違えど聖域である神社は苦手だろうし、何よりも世界で一番強いと信じる絶対的なヒーローがそろそろ帰ってきている。

 簡単に殺されてなるものか、その思いを抱いて私は駆けるのだった。



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第03話「誤解の種」

人公の読みが分からないとの指摘を受けたので一話冒頭にルビを追加。
ちなみに香千屋 爰乃は”こちや ここの”と読みます。
はい、午後ティーです。コーヒーより紅茶派の夏季の種でした。


 不思議な事に追撃は無かった。

 やはり聖域的な意味で近づけなかったのでしょうか?

 いやいや、神社と言っても神事をろくに行わないインチキ法人だからそれは無い。

 これで魔を退けちゃったら、真面目に神様を崇めている人に申し訳が立たない。

 お爺様の前に正座で座る私は、謎のバリア効果に悩みつつ話を続ける。

 

「―――というわけで、堕天使と悪魔に狙われています。信じてくれるとは思っていませんが、これは事実です。このまま逃げ回るのは私の性に会いません。まだ早いと教えてくださらなかった”必ず殺す”と書く必殺技を、今こそ授けて欲しいです」

「それは構わんが、物覚えが良いお前でも一日二日で会得出来る物ではないな。それよりも爰乃や。鳥人間コンテストはともかく、悪魔は本当にお前に害を成そうとしたのかね?」

「お爺様もイッセー君の事は知っていますよね」

「うむ、大器を感じさせる愉快な少年だな。最近は顔を見せぬが、元気にやっとるのか?」

「はい、超元気に悪魔になりやがりました。きっと色欲属性と見ています」

「ふむ」

「あやうく彼に騙されて、慰み者でしたとも」

「いやいや、それはないじゃろうて。別に悪魔に転生しようと性根は変わらぬよ。あの少年は色を好めど、汚い真似をしてまで花を摘み取ろうと考える男ではない。お前の早とちりとわしは思う」

 

 あれー、イッセー君ってお爺様の評価高かったんですか?

 確かに何だかんだとフェミニストですけど、納得がいかない私です。

 

「時にお爺様。全く動じず。当然のように人外を肯定するのは何故ですか?」

「言う必要も無いと黙っとったが、わしも人ではないからな」

「え」

「良い機会なのでぶっちゃけるか。わしは大昔に人の世界へ渡り、香千屋の技に魅せられ朋友となった悪魔よ。世話になった初代への恩義と友情に報いるべく、門下として代々の当主に術を伝授してきて早千年と言った所か」

 

 衝撃的なカミングアウトだった。

 

「ここを縄張りにしとるのは現魔王の一族で、グレモリーなる一族の小娘。堅気には手を出さず、筋を通す娘と聞いておる。もう一度事実のみを思い出してみなさい。まず、坊主はどうして悪魔になった?」

「確か大怪我を直して貰う代償に下僕となったと」

「つまり不可抗力。では次に、何故危険だと思った?」

「悪魔の巣窟に誘い込まれ力を誇示された挙句、何もしないなどと甘言を弄してきたので先制攻撃を華麗に決めて撤退を果たした私です」

「通信簿で”人の話はちゃんと聞きましょう”と書かれた悪癖は直っとらんか。端的に纏めれば、事情を説明しようと茶に呼ばれたのに逆上して大暴れ。こうだな?」

 

 言われてみれば友好的だったような。

 でも、猫がお友達になろうと寄ってきた鼠と同じ危機感を抱くのも当然です。

 私@悪くない。神様のいたずらで、勝手に未来地図を描かれても困ります。

 そんな明日を壊すのが、香千屋爰乃のパーソナリティーですし。

 

「相手方の迂闊もあるが、明日にでも頭を下げて来い。お前も嬉々として暴力を使ったのだから非は認めよ。無事だから良いと言うものではない」

「そう、そうなんですよお爺様。都会のちんぴらと違って普通に耐えるんですよ! 手加減無しのフルコンボでゲージ一本減らせないとか最高です。今後はめでたく悪魔になったイッセー君を実験台に励もうと思います」

「程ほどにな」

 

 以前ならわざわざ足がつかないよう都心にまで出かけ、人気の無いところで絡んできたゴロツキを獲物に技を磨いてきた。だって門下生私だけなんだもん。

 別にどこぞの暗殺拳宜しく一子相伝じゃないのに、入門希望すら来た事が無いのです。

 それが何ということでしょう。

 今では手の届くところに無類のタフネスを誇る(堕天使を人外の標準値に据えた私の主観)幼馴染が居るでは在りませんか。

 まさに劇的にビフォーアフター。

 

「今更ながら、気づいた事が一つ」

「言ってみなさい」

「ひょっとしなくても、お爺様は血縁の無い赤の他人ですか」

「お前が赤子の頃どころか先祖の出生にすら立ち会ってきた身故、関わってきた香千屋の者全てを愛しく思っておるがね。しかし、気に入らないのであれば今すぐにでも姿を消そう。なぁに、後見人を含めて不自由無いよう手配は任せ―――」

「それ以上はやめてください。両親を失った私にとって、血の繋がりが無かろうと、生物として違おうと、お爺様は唯一の肉親です」

 

 そう、今も原因不明の飛行機事故で私の両親は他界した。

 親族の誰もが敬遠する中、幼かった私の心を支え養ってくれたのはお爺様だ。

 いかにも剣豪と言った雰囲気が好き。

 鷹のような鋭い眼差しが好き。

 厳しくも優しい最高の師であり、敬愛する父の何を疑えばよいのだろう。

 

「ならばお前が望む限り、わしはお前の祖父であり続けよう。孫娘よ、関わらせたくは無かったが、知ってしまっては後に引けぬ。わしの知る人の世ならざる知識を授けねばなるまい。よいな」

「はいっ!」

「では先ず―――」

 

 こうして私は、望んで平和な日常からスピンアウトを果たすのだった。

 

 

 

 

 

 第三話「誤解の種」

 

 

 

 

 

「あれやこれやは水に流し、仲良くやりましょう。ほらほら、投げたり折ったりしないから仲直りの握手」

「悪魔よりも腹黒い女だよな、お前」

「人がコレほど譲歩しているのにその言い草……かるーく複雑骨折でも如何? お勧めは病院で天井の染み数え一月コース。今ならお安く分割払いも当社が負担しちゃいますよ」

「どこの通販会社だ!? しかもボコられた上に俺が金払うとかねぇよ!?」

 

 この私が頭を下げているにも関わらず、この態度は何だろう。

 小さな頃にガキ大将として刻み込んだ恐怖も、時を置きすぎて風化したのかな。

 放課後の人もまばらになった教室で机を挟み向かい合う幼馴染は、あの頃に比べて体だけは大きくなった。でも、背丈で抜かれようとジャイ○ンポジはこの私である。

 そういえば、引越しで別れたきりのイリナちゃんはどうしているやら……。

 

「なら絶縁しますか。別に好き好んで悪魔と友人関係を続けなくても困りませんし、変態から遠ざかることで得られるメリットも結構多いと思います。長い腐れ縁も今日で終わり。明日から、もとい交渉終了の瞬間から唯のクラスメートに戻りましょう」

「いやその俺としてはこれからも仲良くやって行きたい……」

「そう思っているなら、私に言うべき事はないの?」

「うっ」

「責任を持つ、と保障してくれたのは誰だったかな?」

「……悪魔ルールで正体を大っぴらに出来ねえし、嫌われたくも無かった。お陰であんなタイミングまで引っ張っちまった訳だが……本当に悪かったと思ってる」

「はぁ、もう少し早く話してくれていれば私も余裕があったのに。信用している相手が突然敵側でしたと言われた私の気持ちが分かる?」

「面目ない」

「さすがの私も精神的に追い詰められれば逃げたくもなるよ。今後も親しい仲で居たいなら、極力隠し事は無し。いいですね?」

「わかった。俺はお前を裏切らないし、嘘もつかない。天地がひっくり返ったって約束は守ってみせる」

「その言葉信じましょう。仕方が無いけど、もう少し今の関係を続行しますか」

「おう」

 

 ついつい柔を仕掛けたくなる心を抑え、一般的な握手を交わす。

 ちなみに前半の発言は割と本気。信用も置けない身内は害悪なのです。

 

「そういえばイッセー君、悪魔はレーティングゲームとか言うチェスの真似した模擬戦で出世を目指すんだよね?」

「よく知ってんなぁ。俺は先輩の下で兵士として頑張るつもりだ」

「その割には弱すぎです。チェスは良く分かりませんが、兵士って将棋の歩相当でしょう? それなら格闘技の一つや二つ身に着けて然るべきだと思う。ってことで、週三日位でウチに来なさい。人外にも通じる戦闘術を叩き込んであげます」

「それは願ったり叶ったりだが……ガキの頃に気の迷いで訓練に混ざった時の悪夢がなぁ。って、さてはまた俺をサンドバックやら筋肉メンの練習人形的に扱うつもりだな!」

「習うより慣れろ。結果的に強くなるなら問題ないよね!」

「ああくそ、すげぇいい笑顔だなチクショウ! 俺の夢を叶えるためにもやってやるよ!」

「夢?」

 

 聞かずとも想像出来ますが、再確認しておきますか。

 

「出世して上級悪魔になれば、俺も部長と同じように下僕を持てるんだ。当然、メンバーは美少女から選抜! 合法のハーレム王に俺はなる!」

「どこの海賊王ですか……まぁ、イッセー君らしいといえばらしいですけど」

「爰乃にポーンの席空けとくぜ?」

「せめてクイーンなら」

「マジで!?」

「前提条件として、人間の私にすら手も足も出ない弱小悪魔がのし上がれる訳が。それに万が一成り上がったなら、きっと私よりも強くて美人の悪魔さんも選り取りみどり。わざわざ人の小娘を選ぶと思えないしね」

「言ったな?」

「はいはい、約束は守りますよ。せめて私がお婆ちゃんになる前にスカウトして下さいな」

「チクショウ、こいつ欠片も信じてねぇっ!」

 

 いやいや、微粒子レベルで大悪魔になれると信じていますよ?

 宝くじで一等を引き当てる程度には在り得るんじゃないかな。

 というか私が欲しいなら、せめて屈服させるだけの実力をつけないとダメ。

 

「時に確認ですけど、今ってグレモリー先輩は手隙だと思う?」

「今日は無理だな。夜中にルール無用で好き勝手やってるはぐれ悪魔ってのを討伐するって言われてるし、初仕事の俺へレクチャーやら何やらをしてくれることになってる。俺から話しとくからさ、後日にしとけ。謝りたいって事だけは伝えとくからよ」

「それが良さそうですね。これ以上引き止めても迷惑っぽいし、これで解散しますか」

「おう、また明日。部長たちの怪我も大したことなかったから気にするなよー」

 

 元気に走り去る背中を見送り、私も鞄を手に帰宅の準備を始める。

 今日の夕食は何にしよう。

 深い意味は無いけど、誰かさんの将来を祈願してトンカツにでもしようかな。

 そんな他愛もない事を考えながら学校を後にする私だった。

 

「どうにも嫌な感じですね……あ、豚肉が安い」

 

 スーパーで食材を吟味していた私は、学校を出てから付きまとう気配に溜息を吐く。

 本人は隠れているつもりなのかもだけど、素人ならともかく私には見え見え。

 本当にアレが生きているとは驚きだった。

 さすがに人の大勢居るような場所で、ドンパチを始める気は無いっぽいのが救いかな。

 蛮勇と勇気の違いを理解している私は、迷うことなく携帯を開いた。

 ぐぬぬ、今は倒しきれなくても遠からず地獄に送り返してやりますとも。

 

『どうした?』

『実は先日の堕天使らしき人物にストーキングされています。いつものスーパーに居ますので、出来ればお迎えを頼めませんか?」

『……大人しくゴミ漁りをしておれば見逃すものを、分をわきまえないカラスは羽をもいでくれよう。直ぐに向かう、大人しく待っていなさい』

『はい』

 

 珍しくお爺様が怒っている。これはカラス先生の余命も短そうです。

 携帯を閉じ入り口付近のイスに腰掛けた私は、哀れな鳥人間に合掌。

 ぼーっと買い物客を眺めていると、見慣れない服装の女の子が座り込んで困っている姿を見つけた。

 シスター服に身を包んだ少女はあうあうと涙目でも、床に落ちた髪はキラキラと光るようなブロンド。双眸はグリーンで、私が男なら一発で求婚しかねない美少女だ。

 例えるならイッセー君の部屋の嫁ポスター完全再現。確実にアイドル級の容姿です。

 興味半分親切心半分で近づいてみると、その可愛さがよーく分かる。

 そんな美少女なのに誰も手を貸さないのは何故かと思えば、立ちはだかる言葉の壁が原因でした。

 英語らしき外国語は流暢過ぎて、何を言っているのかさっぱり分からない。

 こんな時は中途半端に言語を合わせようとせず、勢いで押し切るべし。

 どうやら会計のシステムがわからないようなので、身振り手振りを使って説明を試みる。

 決め手は不安を与えないように、終始浮かべる笑顔。

 私先導の元うまいことレジを通れば、美少女ちゃんも有難うございます的にペコペコと頭を下げてくれた。こちらが見えなくなるまで繰り返し感謝を形にする姿はまさに天使。

 清純無垢なシスターなんて漫画の中にしか生息していないと思っていたけど、探せば居ると知った私です。これならラピュタも死ぬ気で探せばあるのかもしれない。

 

「その嫌な気配、さては教会の人間と会っていたな」

「おや、お爺様。悪魔の娘としてマズかったりします?」

「お前は人間だから問題ない。わしら悪魔はちと十字架やら何やらが苦手なだけよ。それより害鳥は追い払った、帰るぞ」

「はい!」

 

 帰路につく私は、まさかこの出会いが後々まで続く長い付き合いになるとは夢にも思っていなかった。



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第04話「縁の下の力持ち」

少しずつズレて行く本編。
先生がしたり顔で説明していましたが、神器とそれ以外の区別ってどうなんでしょうね。
ググっても良く分からなかったので、間違っていても許して下さいな。


「突然の呼び出しを何事かと思えば、いまだに人間の保護者気取りかよ。堕天使の俺が言うのもなんだが、世も末だな」

「御託はシュムハザにでも聞かせていろ。わしはな、大事な大事な孫娘が傷物にされかけて冷静で居られるほど出来とらんのでな。返答によってはこの場で斬る。昔は互角だったかもしれんがな、貴様が研究に現を抜かす間にわしは強くなったぞ? 天秤はこちらに傾いていること忘れるな」

「……その件については悪かった。つぅか、どんだけ人間に入れ込んでんだ」

「あ? 殺すぞ?」

「件の下っ端の処遇はお前に一任し、どんな処遇を下そうともこちらは関与しない。ベノア・アドラメレク、昔の好で手打ちにはならんか?」

「落とし所だろう。仮にも組織の長たるぬしが一人で頭を下げに来たのだ、十分すぎる誠意を示したと思うとる。むしろ他が来ていたらミンチにしていたがな」

「んじゃま、連座制でドーナシーク、カワラーナ、ミッテルト、レイナーレの四名は好きにしろ。要らんだろうが、必要なら兵隊も貸すぜ?」

「くくく、狩りに邪魔者は不要」

「俺に黙って動いた挙句、虎の尾を踏むからこうなっちまうんだ。綱紀粛正を強めるかねぇ……お、悪いな」

 

 粗茶ですがと前置きをしながら玉露をそっと出し、お爺様と向かい合って物騒なことを口走る男を見る。

 見た目で判断するなら年齢は20代。

 チョイ悪系の容姿は売れっ子ホストを想像させるも、実際は斜め上だった。

 曰く堕天使のボスで、ファンタジー世界でも有数の強者らしい。

 そんな大物が何故ウチに居るかと言うと、何とお爺様が呼び出したとの事。

 只者ではないと思っていましたが、随分と偉かったんですね。

 

「時に今更ながら気づいたことがあります」

「何だね」

「私、お爺様の名前を初めて知りました。今の今まで疑問にも思えなかったのは何故でしょう?」

「すまんな、わしの魔法が原因だ。アドラメレクの名前はアレな業界で有名でな? いらぬ面倒ごとを起こさせないためにも、代々の香千屋の者の認識を誤魔化す事にしておる。人外との会談に同席させ、名を教えたのはお前が初だよ」

「ありがとうございます」

 

 私はお爺様の特別。それが何とも嬉しい。思わず笑みが零れそうになるのをお客様の前だからと押さえ込むも、総督さんにはバレていた。

 生暖かい目でニヤリとすると、私の目を見てこう切り出したのである。

 

「時にお嬢ちゃん、”神器”って知ってるか?」

「何でも歴史上の偉人はみんな持っていたとされる規格外の力とか」

「その認識に間違いはない。俺の見立てじゃ、お前さんも内に秘めてるぞ?」

「神話のエクスカリバーとか、グングニル的な物が私に?」

「ちょい認識に間違いがあるな。それらは神魔が使う超常の武器で、神器とはまた違うカテゴリーだ。例えばお嬢ちゃんが言った前者はぶっ壊れた破片を教会が管理しているし、後者もオーディーンの爺が己の武器として所有している。神器ってのは一部例外を除いて個々人が生まれ持って来るものであり、武器に限らない何でもありの後付能力みたいなもんだ」

「実例で言いますと?」

「分かりやすいところだと、無尽蔵に魔剣のコピーを生み出す”魔剣創造”。他にもあらゆる能力を二倍に引き上げる”龍の手”辺りが想像しやすいんじゃね?」

「分かるような、分からないような……」

「まぁ、そんなものだとだけ思っておけば十分だ。明確な分類を尋ねられると俺も線引きが難しい。次に来る時には出来る限りオリジナルに近づけたエクスカリバーを見せてやろう。現物で比較するのが分かりやすいからな」

「ご教授、有難うございます」

 

 見た目に反して人に物を教える才能がある人だった。

 お爺様の信用もあるようですし、抜き差しなら無くなったら頼るのもアリかな。

 

「アザゼル、神器の気配などわしは感じていない。適当なことをぬかすな」

「あのなぁ、俺はこの道の第一人者だぜ? こと神器分野じゃお前の千年先を行っているプロ中のプロ。賭けてもいい、種類や能力はともかく神器は確実に宿っている」

「それを言われると信じるしかあるまい。こんな所で意趣返とはやりおる」

「たかだか神器一つの為にお前を敵にはしたくないから安心しろ。さすがに”神滅具”ってなら話は変わるが、それは九分九厘ありえん。が、何が生まれてくるのか分からない卵ってのは何とも探究心を誘う。少しばかり俺に預けて見ないか? どんな神器であれ、きっちり使いこなせるようにして返すぞ?」

「いらぬ。そもそも神の玩具などに頼らんでも、香千屋の業は天も魔も屠るポテンシャルを秘めておるわ。何より与えられた奇跡より、己の身一つで得た力にこそ意味がある」

「否定はしない。しかし、俺はこうも思う。神器ってのは生まれ持った才能だ。例えば足が速いからと言って俊足を封印する馬鹿は居ない。どうせならその才能を生かそうぜ? ちなみにお嬢ちゃんはどう思うよ?」

「爰乃とお呼び下さい」

「爰乃の意見は?」

「神器とやらも道具である以上、習熟しなければ使い物にならないのでしょう。そうなれば非才の身ゆえ、二兎を追えない私は何かを捨てねばなりません。そしてどちらを選ぶかは言うまでもなく決まっています」

「残すのは積み重ねてきた力、か」

「でも、併用して問題ない類の力であれば話は別です。先ほどの”龍の手”のように、私の体術と相性が合うならやぶさかではないかと」

 

 これが嘘偽りの無い本音。近接投げキャラに槍とか盾を持たされても困ります。

 動きを阻害しない防具や、タメの必要ない飛び道具が理想です。

 

「正体も分からないのに、憶測で答えろってのも難しいか。ま、無理をして発現させても負担が大きい。力に目覚め、それが何かを知ったなら回答を教えてくれ。それくらいならいいだろ?」

「……繰り返すが、色々な意味で手を出せば殺すぞ」

「おお怖い、これ以上怒らせる前に退散しよう。何かあればまた連絡を寄越せ、今回の侘びとして出来る限りの協力を約束するからな」

「はよ帰れ、次に来るときは手土産の一つでも持参しろ!」

「おう、どうせ近々悪巧みでまた来るさ。次は一杯引っ掛けて思い出話にでも花を咲かせようぜ」

「別に貴様と話すことは無いが、どうしてもと言うのであれば考えておこう」

「じゃあな糞爺と爰乃。アザゼルはクールに去るぜ」

 

 薄々分かっていたけど、お爺様ってばツンデレだ。

 口では色々言っても、何だかんだで仲が良いんですね。

 

「無いとは思うが、万が一わしに何かあればあやつを頼れ。連絡は母屋の電話の短縮1番。何を言われようと。出るまで鳴らし続けるのだ」

「はぁ」

 

 何から突っ込んでいいやら悩む私だった。

 

 

 

 

 

 第四話「縁の下の力持ち」

 

 

 

 

 

 来いと言ったのに、一週間を過ぎてもウチへ一向に姿を見せないイッセー君。

 はっきり言って、私はとても憤慨していた。

 リアス先輩とは和解したから、彼が下っ端悪魔のお仕事で忙しいことも知っている。

 しかしながら口約束でも約束を蔑ろにしていいだろうか?

 否、断じて否。

 かと言って力ずくと言うのも、何やら彼が待ち遠しいと思われそうで嫌。

 なので無視する。

 昨日はそんな私に思う所があったのか肩を掴む暴挙に出たので、これ幸いと黙らせた。

 きっと今日も懲りずに話しかけてくるのだろうと手ぐすね引いていたのに、学校の何処にもイッセー君の姿は無い。

 馬鹿は唯でさえ風邪を引かない上、今やインフルエンザすら裸足で逃げ出す悪魔の筈。

 これは何かあったに違いない。

 そう考えた私は、旧校舎へと足を運んでいた。

 すると、目的の部室に行くまでも無く会いたかった人物へと遭遇する。

 

「何やら深刻な感じですけど、何かありましたか?」

「あら、香千屋さん。丁度いいわ、貴方も無関係ではないから話しておきましょう。実はイッセーが何人か連れて教会へ乗り込んでいったの」

「相変わらず突拍子も無いですね、私の知るイッセー君らしくてホッとします」

「……いつものことなのね」

「どうせ女の子が酷い目にあっているとか、そんな感じの安っぽい正義感を果たしに行ったのでは?」

「概ね正解よ。彼の気に入った女の子が堕天使の犠牲になりそうな事を知って、飛び出して行ったわ。下手をすれば悪魔と堕天使間の戦争の火種になりかねない事も知らず……本当に馬鹿な子」

 

 人間だった頃と何も変わらない平常運転だねイッセー君。

 悪魔に堕ちても、やっている事は後先考えないヒーロごっこ。

 ほんとーに仕方が無い。

 リアス先輩も口とは裏腹に助ける気満々みたいですが、こちらもいつも通り本人の知らないところで援護してあげましょう。

 

「先輩、ちなみに問題の堕天使の名前とか分かります?」

「主犯はレイナーレで、配下に数人って所かしら。さすがに全員の名前は不明ね」

「あ、それなら大丈夫です。後顧の憂い無く殺しちゃって下さい。でもって、件の女の子はこちらで確保しちゃいましょう」

「……何を言っているのかしら?」

「ええと、呼んでますよアザセルさんでしたか? そんな感じの偉い堕天使とお爺様の間で話が付いています」

「何ですって!?」

「どうもレイナーレ一派は総督さんにアポ取らないでやんちゃしていたようでして、今や組織からも除名食らったモブ。倒してもクレームとか無いです」

「ちょ、貴方のお爺様は何者なの? と言うかどうしてそんな話に!?」

「そんな事どうでもいいじゃないですか。今はイッセー君を追うべきです。先輩もチェスの指し手なら大局を見ないとダメですよ?」

「……落ち着いたら、お宅に伺っても宜しいかしら」

「お茶菓子を用意してお待ちしています」

「念の為に確認するけど、貴方は来ないのね?」

「ご一緒したくはありますが、ちょっと野暮用がありまして。イッセー君の保護はお任せします」

「分かったわ、グレモリーの名に懸けてイッセーは私が守ります。全て片付いたら連絡を入れるから、大船に乗った気持ちで待ってなさい」

 

 分かりましたと頷くと、真紅の色に彩られた魔方陣を展開。

 ずっとこちらを伺っていた姫島先輩を伴い、あっという間に姿を消してしまう。

 きっと私の言葉の裏づけを取りに向かったんだと思う。

 あ、考えて見れば姫島先輩も神社の娘だったような。

 商売仲間ですし、お爺様と面識があるのかもしれない。

 

「感謝してくださいよイッセー君。お爺様の獲物を譲った貸しは大きいですよ」

 

 そう、本来なら今日この時が断罪の日。

 身内に手を出された大悪魔が、その怒りを発散する予定日だった。

 ここまで間が開いたのは、ひとえに私の未熟が原因。

 香千屋爰乃という人間の小娘が、天を屈服させるだけの力を得る準備期間だった訳でして。

 

『お爺様、実はプランに変更を―――」

 

 他の堕天使はグレモリー一派に任せても、ドーナシークだけは譲れない。

 私はそろそろ動くはずの狩人に一報を入れるのだった。

 

 

 

 - 香千屋神社 -

 

 

 

「お前の言う通り、こやつ一匹のみを捕獲した。念の為確認するが、残りのブロイラーはグレモリーが始末するのだな?」

 

 光る鎖でがんじがらめに固められた獲物を踏みつけるお爺様はご機嫌だった。

 久しぶりのハントがお気に召したようで何より。

 でも、少し物足りなそう。やっぱり全部狩りたかったかと推測する私です。

 

「はい、いつぞやの借りを返すためにも花を持たせたく」

「そうじゃな、ここいらの管理者はあくまでも小娘。わしが私怨で処分するよりも正しかろうて。爰乃や、その気遣いは大切にするのだよ」

「もちろんです」

 

 本当は誰かさんが勇んで乗り込んだはいいけど、ボスが居ないとか可哀想だな思っただけ。

 当初の予定では、ドーナシーク以外お爺様が皆殺し。

 玉座に辿り着いたのに、魔王が既に血祭りとか泣くしかないと思う。

 低レベル勇者のイッセー君じゃ勝てないにしろ、増援を送り出したので大丈夫でしょう。

 囚われのお姫様をゲット出来るか、後は君次第だよ。

 

「では始めるか。準備はよいな?」

 

 大きく深呼吸を一つして頷きを返す。

 湧き水で禊も済ませ、袴姿に着替えた私は戦闘準備万全。

 拘束されていたドーナシークが開放されるやいなや、私は飛び出した。

 

「おい悪魔、本当にこの娘を倒せば無罪放免なんだろうな?」

「約束しよう。ただし、逃げる仕草を見せれば即殺すぞ」

「ならば早く片付け、レイナーレ様の下へ―――」

 

 だーから、これで二度目だよ?

 既に戦いが始まっているのに余所見は死亡フラグ。

 それが許されるのは、カエル飛びでブロッコリーなボクサーだけと思う私です。

 

「かはぁっ!?」

 

 手始めは掌打。

 特殊な呼吸法で生み出した”気”を足首から始まる全身加速で増幅。

 掌の一点から相手の体内に打ち込む内部破壊系拳撃”浸透掌”を放つ。

 これの習得が大変でした。呼吸法は香千屋流の基礎だから問題なかったけど、増幅と収束が難しくて本当に苦労したんだよね。

 でも、その労力は報われた。

 何せ極みに至っていないのに、堕天使すらくの字に折れるこの威力。通常打撃の軽い私にとって、生涯付き合えるベストパートナーと断言してもいい。

 だけどコレで終わるつもりはない。

 崩れた体に柔を仕掛け、獲物を縦方向に半回転。無防備に晒された背中に肘を突き刺す。狙いは脊椎。一撃必殺にはならなくても、後々後遺症が残るガチの急所だ。

 

「うむ、それでよい」

 

 手ごたえ十分。衝撃で射程外まで転がっていく敵に一呼吸できると判断した私は、満足そうに頷くお爺様の声に安堵した。

 期待外れと失望される無様を晒して居ないことに一安心です。

 思わず駆け寄りそうになるも、まだ戦いは終わっていなかった。

 飛来するビームをひょいっと回避すれば、苦しそうながらも立ち上がる堕天使が居る。

 

「ええい、どうして翼が出せぬ!?」

「ハンデじゃよ、ハンデ。さすがの孫も今はまだ空へ届く力を持ち合わせとらん。他の能力は封じておらぬのだから、堕ちたとはいえ天使の教示を見せて見ろ。少なくともアザゼルの阿呆ならそれくらい朝飯前よ」

「あのお方の名を出すなっ!」

「御託は良いからさっさと爰乃のモルモットとなれ。ほれ、わしにばかり目を向けていると、三度目の正直が現実となるぞ?」

「ちぃっ!」

 

 お爺様の言い分はもっともながら、こうも奇襲ばかりでは経験値が溜まらない。

 なので空気を呼んで大人しくしていた爰乃さん。

 こちらに意識を戻すのを待ち、よいしょっと構えを取って迎え撃つことにする。

 

「ビームサーベルも使ってくれませんか? グレモリー眷属の人もそうでしたけど、皆さん揃って動きの起こりが見え見えでちょろすぎます。動作の癖を直さない限り、飛び道具は永久に届きませんよ?」

「くそくそくそっ! 人間如きが舐めた事をっ!」

「素直で宜しい」

 

 時折髪の毛を掠めていく光の刃は、防御方法の無い死神の鎌。

 しかし、私の心に恐怖の二文字は浮かび上がってこない。

 事前に状況次第での介入と、死なない限りどんな傷も癒す”フェニックスの涙”なる回復アイテムを用意してある旨を告げられているが、そんな保障は記憶の彼方。

 生死がかかっているこの瞬間、湧き上る感情は歓喜だ。

 己と相手の命を全てぶつけ合い、強い方だけが生き残るこのゲームは麻薬に近い。

 聞けばレーティングゲームは、死なないだけでコレと同じ事をするらしい。

 東京ドーム地下の闘技場に負けないエクストリームルールには興味をそそられます。

 是非とも混ぜていただかねば。

 その為にも強くなろう。

 お爺様に言わせれば、ドーナシークは雑魚中の雑魚。

 入門編に梃子摺るようでは、人外世界でやっていけるわけがありません。

 

「これが最速? 初手のダメージを考慮しても鈍りすぎでは?」

「だまれぇぇっ!」

「ならば貴方が黙りなさい。フィナーレです、これが本当の雷神落としっ!」

 

 以前との差を実感して貰うべく、全く同じシチェーションになるのを待ってましたよ。

 本能的に加減した初遭遇時とは比べ物にならない速度で手首を捻り上げ、投げの衝撃による各種間接の砕ける音をBGMとして楽しむ。

 そしてフィニッシュ。放置すれば地面に刺さりそうな勢いの頭を全力で蹴りぬいた。

 手ごたえあり、完璧な仕上がりと胸を張っていえます。

 ほら、その証拠にピクリともしてません。

 これが人間相手なら過剰防衛で逮捕でしょうが、そこは大丈夫。

 人じゃないから罪になるわけがない。怖いのは野鳥保護の会くらいだね!

 

「採点はいかほどでしょう?」

「80点。最後の蹴りにも気を乗せねば、真の雷神落としを名乗れんな。ツメが甘くなければきっちり命を刈り取れただけに、残念と言わざるを得ぬ」

「申し訳ありません……って、生きてるんですか? 堕天使ってタフですね」

「だが、背中への肘はアドリブが利いており100点。その齢にしてこの域に達したのは、長い香千屋の歴史でも爰乃が初めてよ。まさに天賦の才。このまま鍛錬を怠らなければ、歴代最強も夢ではないとわしは確信しておる」

「えへへ」

「どれ、後始末はわしがやっておこう。小僧の方にいってやりなさい」

「心配していたことを見抜かれてましたか」

「出来ることならわしも加勢してやりたいが、諸々の事情でそれは出来ん。どれ、送ってやろう。大人しくしているのだよ?」

「はい!」

 

 それは学校で見たリアス先輩とよく似た魔方陣。

 私の体を包んだ光の眩しさに目を閉じて、瞼を開けば全く違う景色だった。

 こちらに転送される寸前にお爺様が

 

「爰乃に手を出して、楽に死ねるとは思うなよ?」

 

 とか言いながら無理やり覚醒させた上でドーナシークの腕をねじ切っていたが、不思議と怖さは無い。

 それだけ愛されている証拠ですからね。

 本人は隠しているつもりでも、取り繕った笑顔の下に夜叉を潜ませているなんてお見通し。

 きっと私には想像も出来ない拷問をした後に、塵一つ残さず消し去るのだと思う。

 と、今はイッセー君でした。

 教会と言えばこの街にはこれ一軒。今にも崩れそうなボロボロ具合も、魔の巣窟と思えば納得出来る。

 さて魔王の城に突入っと。気配を殺してこっそりと入って行くも、戦闘の後こそ見受けられるが誰の姿も見つからない。

 まさか全部終わって皆さんお帰り?

 それはちょっと悲しい……あ、地下への入り口発見。

 転がっていた剣の柄を何となく回収して、足音を立てないように一歩一歩降りていく。

 

「帰ろう、アーシア」

「はい、イッセーさん」

 

 すると、情熱的にお姫様を抱きしめるイッセー君を発見。

 これはエンドロール寸前、ゲームをクリアした勇者へのご褒美タイムだね。

 って、あの子はこの間のシスターちゃん。

 こんな所で縁があるとは思っても居ませんでした。

 部長を筆頭にオカ研メンバー勢揃いですが、このタイミングで合流するのも無粋。

 こっそり立ち去るとしますか。

 そう思った時だった。

 あれー、シスターちゃんと目が合った?

 気を操る修行の副次効果でアサシン級の隠密性能を誇る私が、こうも簡単に見つかるわけが無い。これは偶然。そう、確率論が生んだ事故。

 思わずマスクオブゾロな感じに人差し指を唇にあて、御気にせずとアピールするも時既に遅し。私を見てコクコク頷くものだから、周囲の悪魔が何かおかしいと気づいてしまった。

 でも、まだ慌てる時間じゃない。

 視認されたのは金髪ちゃんのみ。

 慌てず騒がず一階へ退散すると、比較的破損を免れている祭壇の中へと潜り込む。

 

「……誰も居ませんわね」

「アーシア、見間違えたんじゃないのか?」

「い、いえ、確かに親切にして頂いた方が黙っててね的ジェスチャーを……」

 

 最初に上がってきたのは姫島先輩。ピリピリと警戒を隠そうともしないので大変怖い。

 続くのはイッセー君とお姫様。大丈夫、まだ私とバレる筈が無い。

 と言うか、私ってチームグレモリーの味方だよね?

 姿を見せてもバトルに発展しないだろうし、スネークするメリットは何処に……。

 

「本当に第三者が居たなら問題ね。堕天使の残党か、それとも教会の人間か……何れにせよ厄介よ」

「しかし部長、まだこの場に残っているとは考えにくいかと。転送魔法の痕跡が無いなら、超スピードで逃げてしまったと判断するのが妥当では?」

 

 すみませんね、木場君の近くに居ますよ。

 悪魔基準で語られても、人間には荷が重たいのです。

 

「それもそうね。みんな、いつまでも教会に居てはそれこそ問題になるわ。ここは大人しく退きましょう」

「「はい」」

 

 それが最善だと思います。

 ほらほら、イッセー君も王様の命令には素直に従いなさい。

 問題の先送りの様な気もしますが、上手いことシスターちゃんがお国に帰ってくれれば真実は闇の中。私は何も知らないとゴリ押せる未来もゼロじゃないし!

 そんな思いが通じたのか、一向は揃って魔法陣で転移してくれた。

 さすが教会、信じるものは救われる。

 

「はぁ、メタルギアも楽しかったので良しとしましょう。しかし、こんなにも埃まみれになるとは想定外過ぎます……」

 

 ごそごそと這い出て見れば真っ白だった半着は斑模様で、お気に入りの袴も同様の有様。

 自慢の長髪も埃で無残な色合いに……この姿で家まで帰ると思うと頭が痛い。

 外に出て見ると、空はすっかり真っ暗で月明かりだけが眩しい。

 これなら人目にも付かないのでよしとしよう。

 今日という日を振り返りながら私は走る。

 私は上り始めたばかりなのだ、この果てしなく長い何とか坂を。

 香千屋先生の次回作にご期待ください。



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第05話「触らぬ悪魔に祟り無し」

「部長、いざとなれば私達が押さえに回ります。決して無理をせず、引き際を誤らないようにして頂けますか」

 

 朱乃の顔に冗談の色は浮かんでいない。一緒に連れてきた祐斗も意見は同じらしく、目を向けると微かな怯えと共に頷きが帰ってくる。

 かく言う私も、実はこれから会う相手が怖い。

 爰乃が語った祖父の名は、悪魔の中で知らないものは居ないビックネームだったのだから。

 七十二柱と称された上位悪魔の枠外、とある地方では太陽神として信仰された事もある大悪魔アドラメレク。その力はかつての大戦で四大天使の一角たるウリエルすら一騎打ちで打ち破り、神話での敗北を過去の物とするほど。

 滅びの力を受け継ぎ”紅髪の滅殺姫”なんて二つ名を持つ私も、この偉大な悪魔の前では赤子も同じですものね。

 死んだとされていたこの方が人間界、それも私の庭に潜んでいたなんて驚きよ。

 

「後輩のお爺さんにご挨拶へ伺うだけよ。無礼を働かない限り大丈夫だと思いたいわ」

「部長、香千屋さんの系譜だからこそ僕は恐ろしい」

「……そうね。とりあえず爰乃がイッセー達と出かけているだけ火種は少ないわ」

 

 敬意を持って接すれば何も起きないと思いたいけれど、祐斗の懸念も分かる。

 見た目こそ和風美人なのに、自分の道は拳で開く爰乃の源流が温厚と思えないもの。

 でも、ここまで来て引き返すことは許されない。

 私は意を決して香千屋の家のインターホンを鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 第五話「触らぬ悪魔に祟り無し」

 

 

 

 

 

「カラス共を危うげなく倒したか。さすが音に聞こえたグレモリー眷属。若手最強候補と噂になるだけの事はある。わしも爰乃を通じて手を貸した甲斐があったというもの」

「その節はありがとうございます、お蔭様で管轄内での不祥事を防ぐことが出来ました」

 

 事情を聞いた私は、全身から嫌な汗が噴出して止まらなかった。

 堕天使の総督と友人関係を持っている事実だけでも驚きだが、今回の一件に絡んだ理由はそれを遥かに超えたインパクト。

 先祖代々の香千屋家当主を守り育ててきたアドラメレク様は、誰がどんな悪事を働こうと関心を持たない。それこそ悪魔と堕天使で戦争が始まっても同じ。

 これは少なくとも堕天使と悪魔のトップに周知済みであり、中立を保つ条件で人間界での暮らしを黙認する約束を取り付けてあるとの事。

 しかし、万が一にも我が子に害を及ぼすならば話は別。

 誰にどんな迷惑がかかっても、原因を物理的に取り除くと宣言してあるらしい。

 つまり、もしも話し合いの席で理知的な対応をせずに爰乃へ危害を加えていたなら敵認定を受けていた。

 きっと私達は誰も助からず、お兄様が敵を打つべく参戦。

 そうなれば当然のようにアドラメレク様も知己を集めて……堕天使も来そうね。

 考えたくないけど、対応を間違えれば魔界全土を巻き込む騒乱の種となっていたわ。

 今後とも先ず話し合い、これを徹底しないとダメね。

 

「よいよい。こちらとしても一度は爰乃の窮地を救って貰ったのだ、これで貸し借り無しとしよう。すまんが、今後ともアレと良くしてやってくれんか?」

「頼まれずとも爰乃は可愛い後輩ですわ。私が長を勤める部にも在籍することになりましたし、先輩として手本となれるように精進致します」

 

 深々と頭を下げればよいよいと言われ、硬くなる必要は無いと笑われてしまった。

 見た目こそ時代劇に出てきそうな白髪を背に流した剣客は、話してみれば随分と気さくな方だった。

 好戦的な人物像を想像していただけに、私を含めて皆が困惑気味。でも、考えて見れば爰乃も礼儀正しい話せる女の子よね……外見だけは。

 

「時に兵藤君は一緒ではないのかね」

「彼は新たに加えた”聖母の微笑”持ちの僧侶の相手をしています。必要でしたら今すぐ呼び出しますが……何か粗相を?」

「いやいや、坊主とは小さな頃より縁があってな。発現させたと言う赤龍帝の力を試してやろうと思っただけよ。今は”禁手”にも至っておらぬだろうが、さしものわしも”覇龍”を使われてはちと辛い」

「神滅具とはそれほどなのですね……」

 

 ”覇龍”とは何だろう。初めて聞く単語だが、話の腰を折る訳にも行かない。

 後で調べればいいのだし、流しておく事にしましょう。

 

「うむ。何代か前の篭手所有者には、危うく殺される寸前まで追い込まれたわ。他に要注意と言えば”白”と”槍”だな。直接やりあうならばこの三つが怖い。そしてその内の一つを手に入れたリアス嬢は幸運よ。持ち主の資質も悪くなく兵士としては最上級の得がたい駒、大切に扱ってやりなさい」

 

 あら、随分とイッセーは高評価ね。

 愛しい下僕が偉大な悪魔の覚えが良くて誇らしいわ。

 でも、この方の怖いところは最後まで勝てないと言わなかったこと。

 言葉の節々から感じる己への自信が圧倒的だと思う。

 

「あの少年は、はっきり言ってしまえば弱い。今は純粋な人間である爰乃にすら敵わぬ弱さだろう。しかし反面、心が強いのだ。目標さえ見つかれば、そこに向かって折れず曲がらず必ず成し遂げる鋼の意思が真骨頂よ。女子には分からぬだろうが、色を好むのも英雄の素質と思えば問題にはならん。それもまたモチベーションを維持する本人なりのやり方とわしは思うとる」

「……なるほど」

 

 確かにその通り。でも、同時にこうも思う。

 それは下僕の生き様ではない。己を主として、自らの覇道を成す王の資質だ。

 あの子は言っていた。上級悪魔になり、独立して自分のハーレムを築くと。

 朱乃も祐斗も小猫も、誰一人としてそんな事を公言しない。

 まして下僕に成り立てなのに、すぐさまその発想に至ったイッセーはおかしい。

 でも、愚直な彼は決して彼は裏切らないのだろう。

 私の下を離れても必要なときは馳せ参じ、兵士としての職務を全うすると確信している。

 

「赤龍帝にレア神器持ちの僧侶と、誰もが垂涎の的の手駒をリアス嬢は揃えたのだ。豚に真珠と言われぬよう、彼らに相応しい王になれ」

「ええ、それに足を止めたなら下の者に追い抜かれかねません。さすがはグレモリーと言われるよう努力いたしますわ」

「期待しておる。どれ、餞別に眷属へ一つ稽古をつけてやろう。そこのお主、お前は騎士じゃな? バラキエルの娘とセットで力を見せて見よ」

 

 ア、アドラメレク様、朱乃にその言い方はデリカシーが欠けているというか逆鱗に触れています。貴方様が堕天使の総督と縁があるなら、確執を抱えた家庭の事情も考慮して欲しいわ。

 ああもう、朱乃の顔から表情が消えた。何事も無ければいいけど……

 

「……あの男のことは関係ありませんわ。私は悪魔の姫島朱乃、ただそれだけです」

「そうか、ならば朱乃と呼ぼう。気に障ったのなら力を示せ。果たして父親に届く力なのか不安だがね」

 

 やっぱり爰乃の祖父、火に油を注ぐ口ぶりがほとんど同じだわ。

 ええと祐斗は……大丈夫、普通にやる気でよかった。

 さすがの大悪魔も、教会事情にまで掴んでいるわけではないみたい。

 っと、さすがに外でやるのね。私の持ち札最強の二枚がどこまで通じるのか楽しみよ。

 

「傷の一つもつけられたならお主たちの勝ち。褒美に何でもくれてやる。わしは加減するが、死なぬように気をつけるのだよ?」

「アドラメレク様、僕は”魔剣創造”の神器持ちです。使用しても宜しいのでしょうか?」

「許す。女王と同じ程度には本気を出すが良い」

「はっ!」

「朱乃もそれで良いな? おうおう、その殺意に満ちた瞳が答えか。では始めよう、タイミングは好きにし―――いきなりか!」

 

 余裕ぶって顎鬚を撫でるアドラメレク様に降り注ぐ雷の雨。

 そこいらのはぐれ悪魔なら蒸発する本気の一撃を躊躇せずに使用する辺り、朱乃の本気度が透けて見えるわね。

 でも、それだけの範囲攻撃じゃせっかくの祐斗が近づけない。

 感情に任せた悪手じゃないかしら?

 

「一瞬だけ焦ったが、光も乗せていないただの雷ではランプの代わりにもならぬ。舐めているのか? このわし相手に加減をしているつもりか?」

 

 ほら、やっぱり届いていない。

 派手に上がった煙の中から無傷のアドラメレク様が出てきたわ。

 しかも怒らせてしまうというオプション付き。

 離れた私にすらビリビリくる殺気だけど、立て直せるか不安よ。

 

「あのような力に頼らずとも十分ですわ」

「弱者が何を言う。それは強者が格下相手にする気遣いであり、持てるものにのみ与えられた特権よ。堕天使の持つ魔を払う光の力、それ無くして何が雷の巫女か。草葉の影で母が泣いておるぞ」

「母は関係ありませんし、忌まわしい力に頼るくらいなら死んだ方がましです」

「……遊んでやろうと思ったが、気が変わった。もう良い黙れ」

 

 たったの一歩で朱乃に肉薄したのも十分驚きだけど、次の瞬間には開いた口が塞がらなかった。全体の動きとしては前に部室で爰乃が見せた動き。しかし、洗練の度合いが違う。

 これが武の力。拳が軽く触れただけで、私の女王が糸の切れた人形のように崩れ落ちるなんて信じられない。

 バアル家筆頭のサイラオーグも体術が特徴の格闘家だけど、アドラメレク様とは同じカテゴリーに当てあはまらない。

 彼は魔力の才能がなかったから肉体を鍛えるしかなかった。でも、この大悪魔は違う。

 魔力だけで他を圧倒できるのに、そこで満足しなかったのだから。

 聞けば、ざっと見積もって千年は鍛錬を続けてきたとの事。

 強くて当たり前だ。

 おそらく現魔王のお兄様ですら、近接戦闘の一点においては譲るざるを得ないと思う。

 

「偉大な父の思いを踏みにじり、寵愛の証を忌避する小娘にはほとほと呆れた。二度とこの家の敷居を跨がせるな、次にわしの目に入れば殺しかねんぞ」

「……はっ」

「そしてグレモリーの騎士は眺めるしか出来んのか? わしはまとめてかかって来いと言ったはずだが?」

「失礼しました、遅ればせながら挑ませてもらいます」

 

 私と同じように呆然としていた祐斗も、ようやく我を取り戻す。

 両手に魔剣を生み出し、硬さを感じさせないキレのある動きはいつも通り。

 見たところ瞬間的なスピードなら負けていない。

 守りに入れば経験地の差で負けると本人も感じたのか、苛烈な攻めを開始した。

 でも……ダメね。

 

「ほう、見所が在る」

「無手で捌く方がそれを言われますか」

「いやいや、手数は及第点。速さは一流に迫ると保障しよう」

 

 避けて流して弾いて、左右の連激が予定調和のようにいなされ、ありとあらゆる魔剣を生み出しても等しく折られ続ける。

 このまま続けても毛筋のほどの傷もつけられないことは、専門外の私でも一目瞭然。

 おそらく、剣を振る祐斗は絶望を感じているはずね。

 戦いを完全にコントロールされ、遊ばれている心境を思うといたたまれなくなるわ。

 

「しかし、軽い。上級悪魔なら守ると考えただけで通らぬ軽さよ。蟷螂の斧、一寸法師の針、それが貴様の剣の正体。その証拠に防御せずともこの通り」

 

 だらりと手を下げ、無防備なまま二剣を受けるも競り負けたのは騎士の刃。

 特別な素材でもない着流し相手に、甲高い音を立てて砕けた魔剣の結末を私も信じられない。

 

「刃の理想は剃刀の鋭さに鉈の重さ。剃刀だけでは脆く、鉈だけでは切れん。この言葉を忘れず励め若者よ」

「……はい」

 

 一度の反撃もせず、言葉だけで心を折るなんて……

 爰乃に手を出せばコレが敵になる、その事を考えるだけで震えが止まらない。

 でも、これはこれで大きな収穫よ。

 堕天使相手に圧倒した事で、少なからず慢心していた私たち。

 正しい身の丈を教えてくれたと思えば必要な敗北だったと思う。

 こうして文字通り胸を借りるだけの戦いは終わった。

 その後は祐斗が少しばかりの剣術指南を受けた後、爰乃との関係などを聞いた。

 アドラメレク様をして師と仰いだ香千屋流の開祖様、きっと偉大な方だったのでしょう。

 私も同じような出会いに期待して、独学ではなく誰かに師事してみようかしら。

 

「部長、僕は強くなります」

「そうね、私も含めて皆で強くなりましょう。朱乃もいいわね?」

「……ええ」

「正直、アドラメレク様の言った事は尤もだわ。たとえどんな曰くがあろうと、イッセーなら迷わず何でも使う。それがあの子の強さなんじゃないかしら」

 

 私達は彼に学ぶべき事が多いのかもしれない。

 その証拠に強いと評されたのはイッセーだけ。

 あの子と話そう、そして私たちに何が足りないのか知るべきだ。

 

「今すぐ気持ちを整理しろと言っても難しいでしょうけど、自分と向き合うことも必要よ。これは祐斗も同じね。復讐を捨てろとは言わないわ。でも、そこに固執する限り壁は越えられない」

 

 押し黙った二人は、それぞれ捨てる事の出来ない過去に取り付かれている。

 朱乃が父との確執なら、祐斗は聖剣に対する憎しみ。

 でもきっと、その重みさえ捨て去ることが出来たなら高く飛べると思う。

 

「昨日より今日、今日より明日、そうやって一歩一歩進みましょう。ゴールは永久にないけど、それが私の選んだ道。遅れずに付いてきなさい」

 

 いつか羽ばたくその時を信じ、私は空を仰ぐのだった。



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第二章 英雄と龍の不死鳥退治
第06話「決闘はティータイムの後で」


フェニックス編開幕。
爰乃というイレギュラーの参加により、タイムスケジュールに狂いが出始めて……?
果たして猶予を上手く使えるのはどちらの勢力でしょうか。


 どうしてこうなった。

 私は恥も外聞も無く机に顔を押し付け、泣きたくなる気持ちをぐっと押さえ込む。

 微妙な時期に転校生が居ると思えば、貴方でしたかシスター。

 しかも狙い済ましたようにイッセー君と同じクラス。

 誰かがお膳立てしたとしか思えない采配ですよね。

 具体的には学園の大スポンサーらしい赤い悪魔とかが。

 どこぞの土地の管理人宜しく、宝石魔法でも連打して破産すればいいのに。

 

「前に助けてくださり、教会でもお会いした方ですよね?」

「違います、人違いです」

「で、でも、その声も顔も同じだと思いますけど……」

「すみませんが、私はSAN値減少の悪夢に精神的な余裕がありません。アルジェントさんはイッセー君とラブラブしていればいいと思います」

「わ、私はまだイッセーさんとはそんな仲じゃ……」

「開幕でイチャイチャしておいてそれを言いますか……なら、関係を深めてさっくり彼氏彼女の関係を築いては? 自分を安売りしろとはいいませんけど、非モテの彼は甘い言葉一つで簡単に堕ちる筈ですよ」

「イッセーさんはリアス部長が好きみたいですし、私なんかじゃ無理です……」

「なら、お好きにどうそ。とにかく私と貴方は初対面、もしも何らかの恩義を感じているならそういうことにして下さい。おーけー?」

「お、おーけー……」

 

 やっと離れてくれましたか。

 ぶっちゃけ、教会の一件は私の気まぐれ。

 誰がなんと言おうと、見物した事実はなかったのです。

 深い意味は無いのに、イッセー君が絶対に勘違いするので止めて頂きたい。

 と言うか、短期間で日本語ペラペラなシスターちゃんに驚きを隠せない私です。

 これが噂のスピードラーニングでしょうか。

 

「なぁ爰乃、悩みがあるなら聞いてやるぞ?」

「主な原因は、ごーばっくっ!」

 

 なぜか上から目線のイッセー君に堪忍袋の緒が切れた。

 顎を掠めるショートフックを叩き込んで黙らせると、この光景を見慣れていないアルジェントさんだけがあわあわと慌てている。

 こんなの日常茶飯事ですよ? クールになりましょう、クールに。

 

「いい気味だ。美少女幼馴染が標準装備の癖に、学園二大お姉様やらロリ界の巨匠小猫ちゃんとまで仲良くなる裏切り者には当然の末路。胸がスッとしたぜ!」

「まて、むしろ香千屋の拳はご褒美。制裁については、後ほど考えるべきでは」

「さすが深いな元浜」

「余罪として、アーシアちゃんと言う大罪も忘れるな。奴を野放しにしておくと理不尽で俺の頭がヤバイ。後ほど一人くらい紹介してくれるよう交渉し、決裂の場合は友情のツープラトンを決めてやろうではないか」

「異議なし!」

 

 元浜君に松田君、君たちとイッセー君の熱い友情に乾杯。

 二人に比べれば、そこの悪魔が真人間に見える底辺っぷりは笑えない。

 そこを直さない限り永久にモテ期はやってこないんじゃないかな。

 やれやれと溜息を吐きながら目線を動かせば、甲斐甲斐しく介抱を続けるアルジェントさんの姿。イッセー君は、ご主人様よりこっちの天使を選ぶべきだと心底思う。

 

「馬鹿絡みの面倒毎は避けられない星の下に生まれたのかな……」

 

 空の快晴さとは裏腹に、私の心はどんよりとした雨マーク。

 高気圧という名の解決策が来ると信じて、授業の準備を私は始めるのだった。

 

 

 

 

 

 第六話「決闘はティータイムの後で」

 

 

 

 

 

 早いものでアルジェントさん、もといアーシアが転校してきて一月と少し。

 私と彼女はすっかり仲良くなり、今では親友と言える間柄です。

 話してみれば、やっぱり彼女は女神だった。

 その身こそイッセー君宜しく悪魔に落ちていても、優しくて気も利く内面の美しさはいささかも損なわれていない。

 さらに致命傷だろうと平気で直せる神器持ち。

 どう安く見積もっても、至れり尽くせりの女神様としか形容出来ません。

 唯一の懸念は彼女の住居。

 身寄りの無いアーシアは、リアス先輩の下僕悪魔に成った際に面倒を見てくれていた教会と離縁。行く宛てを失い、今後どうするかと思えば、主の指示で兵藤家で同棲生活を始めている。

 彼の両親は大喜びだそうで特に問題になっていないけど、それはどうなんだろう。

 思うに堕天使の一件で活躍したと言うイッセー君へのご褒美であり、敵対勢力から下ってきたアーシアに対するテストと推測しています。

 さすが部長、やることに隙が無い。

 まぁアーシアはベタ惚れでイッセー君も満更じゃないようだし、このままゴールしちゃえばWIN-WINの関係だよ。

 頑張れアーシア、負けるなアーシア。

 部長も嫌いじゃないけど、香千屋爰乃は君を優先的に応援します。

 

「さて、ぼちぼちティータイムのお時間。姫島先輩の入れてくれる紅茶は、ロハなのに美味しいから素敵です」

 

 私はグレモリー眷属に属していませんが、無関係でもないのでオカルト研究会に入部済み。

 今日は一念発起してクッキーを焼いてきた。

 かなり頑張って作ったので、皆さんのお口に合うといいな。

 これぞまさしく放課後ティータイムで爰乃紅茶。

 すっかり通いなれた部室の扉を上機嫌で開くと、飛び込んできたのはイッセー君だった。

 そう、物理的に飛んできたのだった。

 

「……は?」

 

 反射的によけようとするも、苦悶の表情を見てしまったのが悪かった。

 思わず受け止めようと努力したけど、やっぱり重量が違う。

 出会って十年を越える年月の中で初めて押し倒された。

 人の胸に顔を埋めている事に気づいてどうしてやろうかと考えた私だが、どうも様子がおかしい。見れば腹を抑えていて、大絶賛吐血中に驚く。

 原因は何かと部室を覗き込むと、リアス部長と多くの女性を従えた見知らぬ男が激しい眼光をぶつけ合っていた。

 

「ええと、何事ですか?」

「またタイミングの悪い時に来たね。ちょっとしたお家騒動の真っ只中だよ……」

「悪魔同士の?」

「そうだね。端的に言えば、部長が政略結婚を迫られて拒否。断られた側が面子を潰されたと怒って因縁をつけてきたんだ。それに憤慨したイッセー君が殴りかかるも返り討ち、こんな所かな」

「分かりやすい説明で助かります。皆さんお怒りの中、木場君は冷静なんですね」

「顔に出さないだけで僕も相当なものさ。悪いことは言わない、部外者の君は関わらない方が身のためだよ。今なら見なかったことに出来るから……って、ええっ!?」

 

 苦しむイッセー君をアーシアに任せ、私は満面の笑みを木場君に向け立ち上がった。

 笑うと言う行為は本来攻撃的なもので、獣が牙を向く行為が原点らしい。

 きっと今の私はソレを体現できていると思う。

 静かに、しかし殺意にまで昇華した怒りを体中から発散しながら部室に入っていくと、そこに居並ぶ顔ぶれが一瞬だけでも硬直する。

 

「……イッセー君を私にぶつけたのは?」

「え、ええと、彼女よ」

 

 さすが部長、仕事が速くて助かります。

 そこの似非和服が犯人ですか。その手の棍でイッセー君を突いたんですね……

 

「な、何よ?」

「貴方が誰をどうしようと私には関係ありません。でも、人様に迷惑を掛けるというなら話は別。土下座して謝罪するなら許しましょう、そうでないならJOJO的な意味で泣いて謝るまで殴ります。さあ、選んで下さい。私の堪忍袋は時限式、時間がありませんよ?」

「はっ、あなたは唯の人間でしょ? どうしてミラが謝らなければならないのよ!」

「じゃあ軽く腕から」

 

 鼻で笑われた事で、導火線が瞬時に焼き切れる。

 宣戦布告と受け止めた私は、手始めに手首を掴んで腕全体をロック。

 逆方向からの掌打で肘を動かない方向に90度曲げてみる。

 続いてがら空きになった脇腹へと浸透掌。どうもこの気と言うか波紋的な力は悪魔やら堕天使やらに特攻補正が入るらしく、加減したのに肝臓らしき臓器を破裂させた手ごたえが在る。

 余談ながら、肝臓自体に痛覚は無い。

 それでも急所になりうるのは、神経系が付近に固まっているからなのです。これ豆知識。

 さて、もう終わりとか思ってませんよね。

 でも残念、私のエンド宣言は行われていない。

 リバースカード発動、バーサーカーソウル!

 豚の様な悲鳴を無視して転ばせると、あえて急所を狙わず鎖骨を踏み抜いた。

 ドロー、モンスタカード! 効果により粉砕、玉砕、大喝采!

 でも”次は耳だ”と大佐の真似をして、一瞬止まってしまったのが悪かった。

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい爰乃!」

「HANASE!」

「幾らイッセーが怪我をしたからといっても、やりすぎよっ!」

「おや、何やら見解に相違がありますね」

「何ですって?」

「私のソウルに火をつけたのはそんな理由じゃ在りません。見て下さい、せっかく作ってきたクッキーが粉ですよ、粉! おまけに血は落ちにくいと言うのにこんなにべったりと……ぐぬぬ」

 

 私を羽交い絞めする部長にイッセー君の体当たりで砕け散ったクッキーだった物を見せ、さらに上着を染めたどす黒い赤をアピールする。

 確かにイッセー君は心配ですけど、男の子の喧嘩なんて良くあること。

 怪我の度合いはどうであれ、返り討ちにあった位じゃ私は関与しませんよ。

 

「ミラに何をしやがる人間! リアスの手前穏便に済ませてやろうと思ったが、消し炭にしてやろうか!」

「黙りなさい低脳悪魔、人に無礼を働いておきながらその言い草は何ですか。ああ、貴方の言う人間風情に手も足も出ないような小物を飼っているお山の大将でしたね。難しい言葉では通じないのも道理。言い直しましょう、謝罪しなさい類人猿」

「よし、死ね!」

「その喧嘩、買いました」

 

 その身に炎を纏い始めたチンパンから放たれるプレッシャーは強大。

 でも、その程度は涼風の様なもの。

 悪魔である事を明かして以来、修行中のお爺様は本気の殺気を浴びせてくれる。

 つまり、より上位の殺意に慣れつつある私に中途半端な脅しは意味を為さないのです。

 さて、死なない程度に頑張りますか。

 手始めにアザゼルさんが宅急便で送りつけてきた、試作型超高濃度聖水とやらを試してみよう。

 悪魔への使用は大変危険ですって注釈もあったし、効果は期待出来そう。

 そう決めてポケットに手を入れたところで、部長が割って入ってくる。

 

「ライザー、彼女は少しこの世界に関わっただけの人間。本気で手を出すつもりなら大事になるわ」

「冗談は止めろ、今の力はエクソシストか何かだろ」

「グレモリーの名に懸けて本当よ。但し、爰乃の保護者はあのベノア・アドラメレク。この意味が分かるかしら?」

「大戦で死んだとされる化物が生きているとでも言うのか!」

「ええ、先日お会いしてきたわ。話の分かる方だけど、爰乃に手を出すならあの方と敵対する覚悟が必要よ」

「……虎の威を借る小娘が」

 

 尋常な勝負に親は関係ないのに。

 しかしお爺様のネームバリューが、想像よりもずっと凄くてびっくり。

 魔王級とは聞いていたけど、ものすごい有名人みたいで誇らしいです。

 

「皆様、落ち着いてください。この場で争うようなら私も黙っていられなくなります。サーゼクス様の名誉のためにも遠慮等しないつもりです」

 

 そう言いながら揉め事の中心へ姿を現したのは銀髪の美人メイドさん。

 すみません、頭に血が上っていて眼中にありませんでした。

 

「ええと、どなたでしょう?」

「彼女の名はグレイフィア。仮にここに居る全員で挑んでも勝てるかどうか分からない強力な悪魔にして、私の兄の女王よ」

「ああ、それでお猿さんも大人しくなったと。さすが野生、空気を読む能力だけは長けていますね」

「爰乃、お願いだから言葉を選んでくれないかしら……」

「前向きに善処します。それはそうと、先ずはグレイフィアさんの話を聞きますか。私の乱入は想定外でも、こんな展開になることを予測していた様ですしね」

「何故そう思ったのですか?」

「全員纏めて叩き潰せる力を持っているからです。だって付き合いの短い私ですら、望まぬ結婚を強いられた場合に部長がどう動くか想像出来ます。部長のお兄さんは双方に被害を出さないように抑止力を遣わせたのではないでしょうか」

「概ねその通りです。説明の手間も省けましたので、主からの最終手段を提案いたします。お互い自分の意志を貫きたいのであれば、レーティングゲームで雌雄を決するのは如何でしょう」

 

 強者は弱者に従うその論理、実に悪魔的で好感が持てる。

 オールオアナッシング。シンプルで、誰から見ても分かりやすい決着です。

 

「いいわ、ゲームで決着をつけましょう。ライザー、異論はあるかしら?」

「俺は構わない。俺が勝てば即結婚、そう捉えていいんだな婚約者殿」

 

 二人揃ってやる気満々、形だけでも交渉した成果は何処にあるのだろう。

 最初からこうしてくれていれば、私は無関係だったのに。

 

「それでは両者の合意を確認しましたので、私グレイフィアが立会人としてゲームの指揮を取らせていただきます。宜しいですね?」

「それは構わない。しかし、俺は正式なゲームも何度か参加しているのにリアスは未経験。これはあまりにもハンデが大きい。そこで準備期間を与えよう、試合は来月の頭でどうだ?」

「……ハンデのつもり?」

「そりゃそうだ。俺の可愛い下僕に対抗出来そうなのは雷の巫女くらいだが、彼女すら集団戦の経験が無い。負けても後悔の無い様に、力を尽くせるよう準備しろ。君なら一月もあればどうにか出来る、その程度の才能を秘めていなければ花嫁には相応しくないしな」

 

 露骨な嫌味に部長は唇を噛んで無言を貫く。

 文句一つ口にせず耐える姿は正に伏龍。ゲームで空を舞い、その威容を見せ付ける事しか考えていないに違いない。

 

「ああ、そうそう。小娘、お前も参加しろ」

「喜んで」

「どうせ正式なゲームじゃないんだ、かまわんだろ審判?」

「彼女も部外者ではないようですし、認めましょう」

「あの方とて公正なゲームでなら踏み潰してもとやかく言うまい。後ろ盾のない人間風情に地獄を見せてやる。逃げるなよ?」

「そちらこそ」

 

 完全に侮られていますね。

 きっと実力差はライザーの予想通りなんだろうけど、彼は大事なことを忘れている。

 人間は悪魔に比べてあらゆる能力で劣っている事は事実。

 でも、神や悪魔を最後に倒すのはいつだって人間だよ。

 今の私じゃ届かなくても、明日は? 明後日は?

 決して短くない猶予期間を与えたことを後悔させてやります。

 魔法陣の中に消えていくライザー軍団を睨みながら、私はそう誓うのだった。



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第07話「白猫さんと蜥蜴の王」

文庫三冊分をキングクリムゾンして始まる戦力増強。
本編では格上相手に出し惜しむ飼い猫ちゃんですが、爰乃さんは許しませんでしたとさ。


「そんなわけで私はハイキングに来ています。空は抜けるほど青く、豊かな木々からは小鳥の鳴き声が聞こえる絶好の山日和。荷物持ちのイッセー君は如何お過ごしでしょう?」

「そんなわけってのがまずわかんねぇよ!? 俺達はライザーに勝つ為に修行に来たんじゃないのか!」

「皆さんへの説明ご苦労様。では、先輩の別荘目指してちゃきちゃき歩いて下さいな」

「だったら降りろ。唯でさえ皆の荷物持ってるのに、リュックの上に座るとか拷問だぞ!? 重い、超重いって!」

「女の子相手に重いとか、喧嘩売ってるんですか?」

「う」

「分かれば宜しい。ほら、倍以上の荷物を持つ小猫ちゃんにすら追い抜かれましたよ? 男の子の矜持は無いのかな?」

「やったらぁぁぁ!」

 

 土肌の斜面は想像以上に体力を消費したのか、意外に弱っていたイッセー君。

 しかし、プライドを刺激してあげればこの通りです。

 私は彼の背負う巨大なリュックサックの上に腰掛け、流れ出した景色に満足。

 あ、ちなみに私なら余裕です。疲れたとかじゃありませんのであしからず。

 今更この程度の山登りは散歩でしかないので、楽をさせてもらっている次第。

 

「イッセーさんと爰乃さん、仲良すぎです……」

「幼馴染らしいから仕方が無いわ。アーシアだってこれから仲良くなればいいのよ。幸い悪魔の寿命は相当長いから、気長に行きなさい」

 

 後ろで聞こえるイッセー君の嫁候補達の会話は少しばかり心外だ。

 アーシア、安心して。私は人間をやめる気もないし、ハーレムに加わる予定も無いから。

 部長は高嶺の花っぽいし、私の一押しはどこまでも貴方。

 両思いになれるようにこの合宿でも援護するからね。

 

「木場君、イッセー君が次の丘を越えるまでレースしようぜーって言ってますよ?」

「いいよ、負けた方は罰ゲームでいいかな?」

「OK。では、私がスタートの合図を勤めましょう」

「ちょ、俺を無視して何を」

「レディーゴー!」

 

 さすが騎士、早い早い。あっという間の5馬身差ですか。

 

「仮にも香千屋の門下が、そこいらの剣士に負けるとか許しません。もしも遅れをとるようなら、私からもペナルティーを進呈しちゃいます。具体的にはコキャっ的な何かを」

「いやだぁぁぁぁぁっ!」

 

 死ぬとか無理とか泣き言ばかり、そんな簡単に楽にしないから安心しなさい。

 イッセー君は基礎体力が足りないのだから、体を酷使して超回復を目指すべき。

 私の知らない間に手に入れた龍の力、お爺様ですら厄介と聞いています。

 それだけの力を受け止めるには、しっかりとした土台が必要ですよね。

 だからこれは期待の裏返し。

 決して虐めじゃありません、多分きっと。

 

「加速装置スイッチオン、エンジン臨界点へカウントダウン!」

「そんな機能無いからな!」

 

 結局ゴールまでの道のりで、兵士が騎士を追い抜くことは無いのだった。

 

 

 

 

 

 第七話「白猫さんと蜥蜴の王」

 

 

 

 

 

 レーティングゲームまで残り一週間を切ったところで、部長が提案して来たのは全体合宿。

 今までは個々に修練を積み、例外を除いて集まるのは朝練だけだった。

 部長としては最低限の連携を確かめたいらしいけど、私としてはそんな暇があるなら各自の能力を伸ばすべきだと思っています。

 付け焼刃の集団行動は百害あって一利なし。混乱するだけ。

 しかしながら、残り僅かな残り時間を結束を深める為に使うのも悪くない。

 根性論の大好きな私は不承不承了承を示し、山奥の別荘にやって来たのだった。

 意外と豪華な別荘につくやいなやジャージへと着替えを済ませた私達は、時間が惜しいと早速修行に入る。

 イッセー君とアーシアは姫島先輩の魔力講座。それとなく視線を向ければアーシアは魔力の塊を作り出すなどそれっぽい感じなのに、イッセー君は何故か玉ねぎ、人参、ジャガイモと野菜を前に唸っている。

 人間の私には分からない謎の訓練である。

 これまで修行は私がつけていたけど、路線を間違っていなかったのかとても不安です。

 

「……余所見は禁物」

「それを言うなら、せめて一発くらい当てましょう」

 

 私の相手は小猫ちゃん。名目上は組み手でも深刻な怪我すらアーシアが簡単に直せる為、容赦無しのガチンコリアルファイトだ。

 しかし、現代の詰め将棋な格闘技と違って香千屋流は一撃必殺がモットー。

 倒すたびにマイエンジェルを呼んでは申し訳ないので、実は結構手を抜いている。

 その結果分かったことは、小猫ちゃんが器用貧乏だってこと。

 色々な格闘技を使えても、どれ一つとして本当の意味で一流の域に届かない中途半端さ。

 強いて言うなら打撃が得意っぽい程度、とても神魔を殺せるとは思えない。

 

「あえてオブラートに包まないけど、小猫ちゃんってこの面子最弱でしょ」

「!?」

「せっかくの腕力と強固な防御力も、ゴリ押しに使うだけでコレといった特色も無し。私はおろか、木場君よりも弱い上位駒ってどうなの?」

「……イッセー先輩よりは役に立ちます」

「それはどうかな、そもそも小猫ちゃんはイッセー君の成長を知っているとでも?」

「え?」

「私の幼馴染はレーティングゲームが決まったその日から、学校以外の時間全てをウチで特訓に費やしてる。本当ならこんな山奥に来る暇も惜しいのに、眷属の和を乱さないためにこうして合宿にも参加したんだよ?」

 

 ちなみにアーシアも回復役として我が家に入り浸りでした。

 これ幸いと私も技を体で覚えるべくお爺様から愛の鞭を受けた為、怪我人の数は二人に倍増。大怪我からかすり傷まで延々と治療を続けた結果、神器の効率も上がったらしいです。

 攻撃面はともかく、正しい意味で僧侶としての成長を遂げていると言っていいでしょう。

 どうせ部長の配下は超攻撃特化。

 一人くらいフルバックを用意した方が、集団として安定すると思います。

 

「そう……ですか」

「イッセー君には、受け皿さえ大きくなれば神様だって倒せる力が備わっている。さすがに短期間じゃ神様は無理にしろ、鳥頭程度なら互角に渡り合うだけの成長を遂げつつあると思う」

「……」

 

 稽古もアーシアのおかげで寸止めとか温いことはしていないし、時には文字通り死ぬ寸前まで体を苛め抜くこともざら。

 さすがに技の習得は無理ですが、最低限度の体捌きと見切りを身につけた彼は弱兵ではない。

 現にさっきの模擬戦なんて、神器を使わず木場君にあと一歩まで迫る快挙を遂げている。

 姫島先輩の講義が終われば、次は小猫ちゃんとイッセー君の組み手が待っています。

 拳を交えれば、言葉の意味を理解してくれると思う。

 

「変な例え話になるけどね、ジムカスタムって特徴がないのが特徴なの。でもそれは要求を全て高水準でクリアしているから付いた高評価。でも、最低限何でも出来るは何も出来ないと同じ。なのにイッセー君を下に見る小猫ちゃんを私は許せない」

「……っ」

「ねえ、本当に自分の全てを出し切った? 仲間が、主が負けられない戦いに挑むのに、己を本気で高めようとした? 新しい可能性を見出そうとした?」

 

 返事は返ってこない。だから私は口を止めなかった。

 

「イッセー君は命を捨てる覚悟でゲームに挑むつもり。だからあらゆる可能性に縋って、今出来る最善を頑張っているの。表面上は普段どおりの軽さだけど、内面は必死だよ」

 

 鉄面皮からは窺い知れないが、僅かなりとも思う所はあるらしい。

 構えを解き俯く姿からは、己の無力に対する怒りの色がありありと見て取れる。

 

「……香千屋先輩、後で相談したいことがあります。就寝前にお時間を頂けますか?」

「構いませんよ」

 

 その目を見る限り、何らかの覚悟を決めたね小猫ちゃん。

 私は頑張る子が大好きだから、本気で殻を破りたいと思うなら手を貸しましょう。

 ならば今は己の無力を再認識なさい。

 威力を抑えた遊び投げで小猫ちゃんを大空高く舞わせた私はそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 - 夜 -

 

 

 

 

 

 同年代で色々な戦い方をするグレモリー眷属との模擬戦は、思いの他面白かった。

 小猫ちゃん、神器無しの男衆には白星だったけど、姫島先輩と部長の二人には黒星を付けられてしまったのが残念。

 来るのが分かっていても雷は避けられないし、触れた部分が消滅する魔力弾幕も防御が出来ないから困った。これが見た目だけを再現した模擬魔法じゃなかったら、今頃私の体は穴だらけか黒焦げだったに違いない。

 お爺様曰く気を使いこなせば弾くことも可能との事ながら、今の私ではそこまで至れて居ないのが現実です。

 やはり、これからの課題は遠距離対策。

 接近戦なら早々遅れをとらないのに、そもそも近づけないんじゃ話にならない。

 他にも悪魔に標準装備の翼を使われたら、いくら手を伸ばしても届かないわけで。

 模擬線で勝ち越せたのは、色々な条件をつけたから。

 何でもありの環境下なら、誰にも勝てなかったと思う。

 

「難しい顔をしちゃって、悩み事かしら?」

「ええ、先輩方の抜群なスタイルにかつてない衝撃を受けまして……」

「そういう貴方だって均整が取れた綺麗な体よ? 腰から足にかけてのラインがとっても綺麗。私や朱乃みたいに胸が大き過ぎても良いことないわ。肩はこるし、動くときも邪魔だし、爰乃くらいが丁度いいと思うけど」

「そうですわね、殿方へのアピールくらいにしか使えませんもの」

 

 福利厚生が整いすぎの別荘には、温泉まで完備されていた。

 騒がしくも楽しい夕食を終えた私は、お湯に漬かりながら自分の世界に浸りすぎていたらしい。

 部長の言葉で我に返った私の口から零れたのは欺瞞のない本音。

 私だって小さいほうじゃないけど、先輩ズはちょっとおかしい。

 二人揃って100を超えている胸に締まった腰。出るべきところは圧倒的な癖に、引っ込むところはキッチリ細いとは何事か。

 うう、アーシアはどうして居ないんだろう。

 あの子はジャンル的にこちらの分類だ。

 疲労困憊で立ち上がる気力も無いイッセー君の看護は投げ捨てて、是非とも援軍を要請します。

 だって部長はともかく、姫島先輩のお姉さん的妖艶さがヤバイ。

 そっちの気が私にあったなら、コロリと行きそうなエロさなんですよ。

 この際、誰とは言いませんが欲望の発散を許可します。

 木場君でも構いません。覗きに来て、この空気をうやむやにしてくれませんかね……

 

「……私は先に上がっています」

「わ、私も上がろうかな。行こう小猫ちゃん、冷たい飲み物とか最高だよね!」

 

 無言だったから忘れてたけど、君が居たね小猫ちゃん。

 この助け舟のお礼は後で必ず。

 こうして私は、逃げるようにお風呂から立ち去るのだった。

 そしてこれまた何故か準備されたいた浴衣に着替え、涼を取ろうと外へ出る。

 虫の音くらいしか音の無い世界でお茶目にターンした私は、何も言わなくても付いてきた後輩に言う。

 

「話って?」

「……香千屋先輩は仙術をご存知ですか?」

「知ってるよ。お爺様の知り合いに仙人目指している人が居て、八極拳を習うついでに少し教わったことが在るね」

「……先輩の交流関係は控えめに言って異常です」

「悪魔の後輩が言うこと?」

「……確かに」

「話を戻すと、近い事は出来ても同じ事は出来ない感じかな。例えば前に子猫ちゃんに当てた掌打はそっち系だけど、気の練り方は完全に別物。源流は仙術にしろ、ベースボールと野球くらいには差異があると思う」

「……どう違うのですか」

「えーとね、仙人系が世界と一体化する事を目指して外の力を取り入れるのに対して、香千屋が目指したのは己の肉体のみに頼った力の発生法。だから香千屋流を極めても仙人には至れないし、仙術が上手くなるわけでもない。少し脱線したけど、こんな答えでOK?」

「……はい、お蔭様で疑問が解決できました。その上でお願いします、私に香千屋式の稽古をつけて下さい」

 

 なぬ?

 

「実は私、仙術が使える猫の妖怪です。でも……使いたくなかった、使ってしまえば姉のようなってしまう。でも、それじゃダメなんです!」

「と、とりあえず事情の説明から始めようか!」

 

 聞けば小猫ちゃんの姉は、世界の邪気や穢れを仙術により吸い込んでしまい暴走。

 仕えていた悪魔を殺害して指名手配を食らった挙句、行方をくらましてしまったとの事。

 もしも自分が同じようになってしまったらとの恐怖に怯え、仙術を封印していたらしい。

 でも、私の語ったイッセー君の真摯さと己の弱さに考えを改めた。

 部長がライザーに娶られれば、最低でも仲間内に不和が出る。

 下手をすれば姫島先輩やイッセー君が離反し、眷属は内部分裂しかねない。

 唯一の肉親すら行方知れずの小猫ちゃんにとって、グレモリー眷属はまさに家族。

 仲間を失うくらいなら恐怖に打ち勝ち、みんなの役に立ちたい。

 そう覚悟を決め、私に頭を下げに来たのだった。

 だけど、仙術にそんなリスクがあるなんて初耳の私を頼られても困る。

 

「で、似たような力を使う私の出番と言うわけですか」

「……はい」

「似て非なる力の使い方を学んだ結果、何らかの悪影響が出ても知りませんよ?」

「自分の体です。お気になさらず」

「仮にも秘伝を伝えるのだから、貸しは大きいよ?」

「……先輩が死ねというならば喜んで死にましょう」

「軽い冗談なのに重い。じゃあ、いつか小猫ちゃんが上級悪魔になった時にでも何か頼むことにします。この意味分かりますか?」

「……その時が来るまで何があっても死ぬな、と言う理解で宜しいでしょうか」

「物分りが良くて助かります。じゃあ今日は汗も流しちゃったし、レッスンについては明日からにしよっか。私の見解では外の力を無作為に取り込もうとするから問題になると思うので、外気の取捨選択、もしくは私と同じく体内の気のみを使う手法を検討してみます」

 

 私だって今日はもうお疲れモード。

 さすがに夜を徹して訓練とか勘弁したいです。

 

「……体術もお願いします。せめて香千屋先輩を本気にさせたい」

「そっちは得意分野なのでお任せあれ。でも、私の教えは厳しいよ?」

「……イッセー先輩に出来るなら大丈夫です」

「え、出来てないけど?」

「……頑張ります」

 

 幸いイッセー君と違って経験者な分、飲み込みは早いはず。

 ふふふ、期間は短いですが香千屋流に魔改造を施しますよ。

 果たして私に教師の適正があるのか未知数ですが、先輩風を吹かせるのが楽しみです。

 奥義はともかく、汎用性の高い通常技は一通り仕込んであげましょう。

 だから期待に応えてくださいね、初弟子さん。



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第08話「焦りと進歩」

 小猫ちゃんの告白から三日後、私は弟子二人を連れて楽しい山歩きに興じていた。

 朝もや漂う森の空気は清浄で甘く、あえて選んだ悪路は足腰の鍛錬にぴったり。

 せっかくの大自然、骨の髄まで堪能しないと損だと思う。

 

「ち、ちょっとペース速くないか?」

「……私も同感です」

「イッセー君は予想通りの泣き言ですが、小猫ちゃんは野生分が足りませんね。貴方が目指すべきは飼い猫ではなく虎なのに、この体たらくは何ですか……」

 

 私としては流しているつもりでも、彼らにとってハイペースらしい。

 肉体のスペックだけを見るなら人の体は悪魔に劣るにも関わらず、こうして格差が生じるのはひとえに鍛錬の差だ。

 例えばイッセー君、彼は死ぬ気で走ればオリンピックレコードを塗り替えられる力をコントロールできていない。人間の時の感覚が無意識のうちにリミッターをかけているのだ。

 対して小猫ちゃんはといえば、両手両足にパワーリストを装着して居ると言っても基礎力は私の倍以上。たかだか体重が二倍になっただけでへばるとは情けない。

 効率的な体の動かし方を心掛けていれば、そこまで大変な事じゃありませんよ?

 ちなみにパワーと真逆のテニクック重視な私には出来ません。

 他所は他所、うちはうちなのです。

 

「今回は見逃しますけど、朝食後に始める格闘技レクチャーで甘えたことを言ったら奥義の実験台です。何も文句は無いよね? 大事な事だからもう一度言うけど異論なんてこれっぽっちも無いよね?」

「チクショウ、短期間スパルタコースきっついな!」

「……逃げた先輩に返り討ちにあった時の掌打はトラウマになっています。アレが序の口なら奥義はどれほどの威力なのか……考えるだけで恐ろしい」

「よろしい、それでは朝食を待たせない為にもペースを上げて復路開始!」

「さらにアップ!?」

「ちなみに、あまり遅れると罰ゲームが実施されるのであしからず」

「……先輩のほうがよっぽど悪魔です」

「可愛くポーズとっても、発言が台無しにしていると気付けよ!?」

 

 文句ばかりのイッセー君&小猫ちゃんを置き去りにする勢いで私は走る。

 二人はここで全力を振り絞るとこの後の訓練に参加できないと懸念しているけど、ちゃんと対抗策は考えてあるので安心して欲しい。

 アーシアの能力はね、確かに怪我は治せても疲労は抜けない。

 だけど抜け道を見つけたんだ。

 死なない程度の致命傷を与えて神器を使えばあら不思議。

 再生した血も肉も新品、つまり物理的な肉体疲労はゼロ。乳酸なんて知りませんよ。

 あ、精神的疲労は考慮しませんからね。

 ポジティブに精神も鍛えられると逆転させましょう。

 ここ大事、試験に出ます。

 

「視界から消えたら心臓潰しますよー」

「正に地獄っ!」

「……冥界より辛い現世は何か間違っています」

 

 まぁ、頑張っても必要なら潰すんだけどね。

 ハンターから必死に逃げた先が保健所と知らない子羊たちは、必死に走るのでした。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 第八話「焦りと進歩」

 

 

 

 

 

 決戦が目の前だと言うのに悪魔一般教養講座を開催しようとした部長を放置して、木場君も加えたグレモリー眷属前衛チームはフルメタルジャケット顔負けのハードトレーニングを敢行中。

 ふむ、死の淵から回復したイッセー君と小猫ちゃんは、死んだ魚の様な目で頑張っていますね。

 事情を知らない木場君がドン引きですけど、気にしません。

 

「木場君、早さが一級品でもフェイントが足りません。時に視線を使い、何を狙っているか悟らせないようにしましょう。さもないと、自分よりも遅い相手に攻撃地点を予測されてこの通り」

 

 今の私は騎士の仮想敵。獲物は前に教会で拾ったビームサーベルだ。

 得手じゃないにしろ、対抗策を知るために最低限度の剣術を学んでいるから大丈夫。

 死角から切りかかってきた木場君をいなし、空振った所を狙い打った。

 光の剣は悪魔に効果抜群、防具とも呼べないジャージ姿の腹を貫く。

 

「これはっ、手厳しい」

「実戦ならこれでゲームセット。罰として苦手な力への慣れも含めて、そのままローテーションを続行して下さい。想定ケース、手負いの騎士として小猫ちゃんにアタックを」

「ははは……」

 

 ライザーの眷属は、バランス良くフルメンバーが揃っているらしい。

 戦争は数なのに前提条件で負けている以上、こちらは質を上げるしかない。

 部長の作戦は姫島先輩を単騎で運用し、回復役のアーシアは本陣に配置。残るメンバーで突貫するという極めて攻撃的なものだ。

 戦力の分散は愚作だけど、手数が足りないんだから仕方がない。

 おそらく木場君も先行偵察を主な任務として受け持つ筈なので、連携からは除外済み。

 私と小猫ちゃんにイッセー君を加えたスリーマンセル、これを主力に据えるしか無いのが現実です。

 

「小猫ちゃん、鳥頭の女王は爆弾王妃とまで呼ばれる遠距離特化型です。そんな風に足を止めれば」

「きゃぁぁっ!?」

 

 隙を見せた馬鹿がいれば容赦なく撃ってください、そう頼んでおいた姫島先輩の雷撃が小猫ちゃんを直撃していた。

 あれほど一瞬たりとも気を抜くなと言ったのに、猫は忘れっぽくて困ります。

 まあ、こうして体罰とセットで叱咤すれば今日中には学習するでしょう。

 

「そしてイッセー君、君は暫く外れなさい」

「な、何でだよ!?」

「心ここに在らずで何をやっても無駄だよ。はっきり言って邪魔、悩みが晴れるまで近づかないで」

「……かよ」

「はい?」

「……お前みたいに何でも出来て、強い人間に俺の気持ちがわかってたまるかよ!」

「ええ、他人の気持ちなんて分かりませんよ。それが何か?」

「……邪魔して悪かった、少し頭冷やしてくるわ」

 

 突然口論を始めた私たちに気付いた他の面々は、動きを止めて成り行きを見守っている。

 誰も気付かなかったイッセー君の焦りは、長年の付き合いである私にはお見通し。

 ここに来てからかれこれ四日、日に日に焦りを強める彼の姿は哀れみすら覚えてしまう。

 指示以上のオーバーワークで体を壊し、一か八か博打の様な戦い方に頼る。

 表面上は馬鹿をやっちゃったと笑って誤魔化し、周囲にそれを信じさせる狂気。

 水面張力を超える寸前のギリギリ、それが今の彼の現状だった。

 きっとイッセー君は拠り所が欲しいのだろう。

 

 剣で木場君に敵わない。

 

 小猫ちゃんのような格闘センスも無い。

 

 アーシアのように魔力の才能も無い。

 

 何が赤龍帝だ、眷属際弱のお荷物が俺だ、とでも思っているはず。

 私は部下のケアを怠る部長の管理能力が不安で仕方が無い。

 篭手の力を受け入れるだけの下地は十分に作ったと報告済みなのに、手を差し出すべき王は作戦を練るのに忙しいと顔も見せないとは何事か。

 これからするお節介は、せめて腹心の姫島先輩がやって欲しいと切に願う。

 

「イッセー君」

「何だ」

「抱えたものを部長に吐き出すべき。君はあの人に全てを捧げると決めたんでしょ? なら恥かしい部分も堂々と見せて共に問題を共有しないとダメ」

「お前、気付いて……」

「弱さも強さもひっくるめた兵藤一誠を受け入れない王なら、こっちから三行半をつけてやりなさい。さあ、れっつごー!」

「わりぃ」

 

 まったく、昔から手間のかかる男の子ですよ。

 これから人間の何十倍もの人生を共有する仲間と主が出来たのに、100年持たずに居なくなる小娘のサポートが必要な悪魔なんて笑い話にもなりません。

 

「……少し休憩にしましょう。小猫ちゃんと木場君は怪我の治癒も受けて下さい。姫島先輩には再開後の弾幕お願いしたいので、少し打ち合わせいいでしょうか?」

「構いませんけど……」

「イッセー君なら大丈夫です、そのうちケロッとした顔で戻ってきますよ。アレは知恵熱みたいなものでして、重く受け止めなくておーけーだったりします」

「あらあら、何でもお見通しなのですわね」

「腐れ縁ですから」

 

 ニヤニヤと生暖かい目の姫島先輩が思っているような関係じゃないんですが……

 知ってますか、元浜君曰く恋愛ゲームやらラノベ業界での幼馴染は残念枠に収まることが少なく無い風潮を。

 そもそも私はヒロインと主人公の共通友人枠で、攻略対象ではありません。

 

「素直じゃない香千屋さんも可愛いわ」

「だめだこの人、私の話を聞いてない……」

 

 顔を赤らめる姫島先輩はともかく、木場君を直しながらツーカーで済ませた私を涙目で羨ましそうに見つめるアーシアが超可愛い。

 貴方の王子様は、これから一皮向けて帰ってくると思うよ。

 割と性に寛容な部長なので、どんな意味かは知りませんけどね。

 

 

 

 

 翌日

 

 

 

 

 解禁された神器を用いた手合わせでそれは起きた。

 昨晩何があったかのか全てを窺い知ることは出来ないが、スッキリした顔のイッセー君から迷いは綺麗さっぱり消えていた。

 そりゃそうだよね、神器使用を許されただけでこの試合運びなら自信も付くよ。

 

『Boost!!』

 

 赤龍帝の篭手が音声を発すると、イッセー君から発せられる圧力が倍になる。

 

「す、すげぇ、これが爰乃ブートキャンプを過ごして来た俺の力か!まだ倍加いけるな……悪いが木場よぉ、俺は相当強くなってたみたいだぜ?」

「じゃあ、これはどうかな?」

「っと!」

 

 なるほど、これがお爺様も恐れる龍の力。

 炎の魔剣の一撃は交差した腕のガードに負けて砕け、次に生み出された氷の魔剣も防御を解いたイッセー君の裏拳でへし折れた。

 使い手の力を延々と倍に引き上げ続ける効果がこれ程とは思わなかった。

 ぼちぼち30回を超える増幅を超えた彼はまさに化け物。殺すつもりの無い木場君じゃ、火力不足で止められないんじゃないかな。

 そうこうしている内にまたも増幅が終了。魔剣はついに頭突きにすら劣り、直撃しても傷一つ負わせる事が出来ていない。

 そして止めにこれです。

 

「魔力は自分がイメージしやすい形だったな……」

 

 腰を落して両手で花を作るような構えは、世界的にも有名なあの構え。

 時に大魔王を、時に宇宙の支配者を倒してきた国民的必殺技のポーズは私も知っている。

 それは昔からイッセー君が最強と信じて疑わない男の最強の必殺技である。

 

「……イッセー君、それはさすがにまずい。直撃すれば僕が死ぬ」

「木場ならひょいとかわせるさ。だってお前は俺のライバルなんだからなっ!」

「君の信頼が怖い!」

 

 あー、やっぱり木場君がイッセー君が目指す当座の目標なんだ。

 でもね、部分的にはともかく大雑把に見ればとっくに追い越したんじゃない?

 

「くたばれイケメン、ドラゴン波っ!」

「親しくなれたと思っていたのに、そこは根に持っていたんだね!」

 

 放たれたのは、山を一つ消し飛ばして余りある魔力砲。

 試射では巨神兵顔負けの大破壊を見せていることもあり、木場君は必死だ。

 ほんの小さな魔力塊が、篭手の力でチートされた結果がこの有様だった。

 気分はスーパーヤサイ人、この分野で教えることは私には無いね。

 ちなみに結論から言って木場君は生き残った。

 音の壁を破ったのか破裂音が聞こえたし、彼もまた限界を突破したんだと思う。

 死の淵に追いやれば人は伸びるけど、悪魔も同じとは知らなかった。

 そりゃ、地形を変える超必殺技は怖いよ。

 

『Explosion!!』

 

 しかし、伝説の武具といってもこの自己主張は何とかなりませんかね。

 デザインといい技名の読み上げ機能といい、何処の日曜朝特撮ですか。

 せめて全身を覆う変身ならともかく、篭手しか具現化しない辺りに低予算を感じる私です。

 

「イッセー、貴方が弱いのは神器を封じているときだけ。篭手の力さえ使えば次元が違うの」

 

 予想よりかなり強すぎるけど、と呟いた部長の気持ちよく分かります。

 あんなのどうしろと……

 

「この調子で初期値を上げていけば、いつか歴代の赤龍帝に並ぶでしょう。今回のゲームだって、イッセーの攻撃力が状況を大きく左右するのよ?」

「うふふ、弱点の倍加中もみんなでフォローしますので大丈夫。チーム戦で頼りにさせてもらいますわよ?」

「ぶ、部長と朱乃さんが俺をべた褒め……長く辛い修行が報われました! ぶっちゃけいじめの一環とか思って少し恨んでたけどマジごめんな爰乃!」

「ほう」

 

 さらりと私をディスったイッセー君の肩に手を置いてにっこり笑う。

 とってつけたような謝罪を続けてももう遅い。

 今の強大になったイッセー君に私の力が通じるのか、試す意味も込めて柔を仕掛けて見た。

 

「そう簡単にやられるかぁ!」

「はい、死亡フラグいただきました」

 

 なるほどなるほど、強化されるのはパラメータだけと。

 体重に変化なし、皮膚も柔らかいままと言う事は肉体が変質するわけでもない。

 篭手の効果は、一時的に所有者のステータスを書き換えるだけと推測した私です。

 

『Burst』

「あああああ、イッセーさん、イッセーさんがイエス様の逆貼り付けみたいに!?」

 

 破裂と取っていいのかな?

 地面に頭から突き刺さったイッセー君の篭手が発した音声は敗北宣言っぽい。

 まだ私の武は龍を御する事が出来て一安心です。

 でも慢心すればそこで成長は終わり。これからも求道者として頑張ることにしましょう。

 あ、引っこ抜こうと頑張ってるとこ悪いけど、放置でいいよアーシア。

 

「部長、明日からは本来の予定通り連携重視のメニューでチーム力を煮詰めましょう。ゲームがどんなフィールドで行われるのか知りませんが、今のドラゴン波は使えます。前衛で敵を一箇所に誘き出してから一網打尽もプランとして検討してはどうでしょうか」

「……アリね。というか爰乃、貴方はイッセーにどんな修行を施したの? 私の見立ててでは倍加の限界は相当低かったし、祐斗を相手にして勝てるはずも無かったわ。そしてまだ早いと思って施した封印が、知らない所で全部解かれているのが不思議でならないのだけど」

「封印なんて存在も知りませんよ、何の話ですか?」

「無自覚なのね……」

「具体的なトレーニング内容は秘密ですけど、あえて言うなら死んだ方が楽になれる程度のメニューを与えました。そしてイッセー君はそれをやり遂げた、ただそれだけですね」

「……祐斗、貴方も強くなりたいなら香千屋の門を叩いてはどうかしら?」

「それは良い案です。お爺様も木場君を気にかけていましたし、月謝は友達価格にまけてあげます。私は剣を継ぐ余裕も無いので是非とも来てください。と言うか来なさい」

「ま、前向きに検討するよ」

 

 香千屋流は体術メインながら、地味にお爺様は剣術家。

 オリジナル刀術な事もあり、今まで誰にも教える機会が無かったと零した事が耳に残っている。

 技術を未来に繋ぐことが生きがいのお爺様なので、弟子が出来れば喜んでくれると思う。

 

「じゃあ木場君、賭けをしましょう。もしも合宿中に私から一本取れたら今の話は無し」

「いいよ、もともとそのつもりだったからね。君の動きもだいぶ分かったから、そろそろ勝たせて貰おうか」

「男に二言はありませんよ?」

「当然さ」

「なら、明日からはハンデ無しのガチでお相手します」

「え」

「実は小猫ちゃんより軽いにしろ、私も重りつきで修行していまして。ふふふ、必ず殺すと書いて必殺技を本気でお見舞いできると思うと胸が高鳴ります。これは恋に似ていると思いませんか?」

「……香千屋さんのキャラが分からない。多分それは”恋”じゃなくて”変”だと思うよ」

「……まったくです」

 

 静観していた小猫ちゃんまでその言い草は無いんじゃないな。

 まるで私が奇人変人の類のようで実に心外です。

 そもそも厨二全開の魔剣使いと、猫耳ロリ娘がどの口で言いやがりますか。

 私は量産型の女子高生で、ファンタジー世界の住人と一緒にして欲しくありません。

 

「……二人まとめてかかって来なさい。木場君は神器を使っても構いませんよ? 但し、その場合は私もKILLモードを―――」

「木刀で結構!」

「残念です。そして小猫ちゃん、先輩達に猫耳ハイパーモードをお披露目しなさい」

「……まだ未完成で危険です」

「大丈夫、もしも制御に失敗しそうな気配を見せたら即KOしてあげます」

「……分かりました」

 

 木刀縛りの木場君はともかく、小猫ちゃんとの手合わせは楽しみ。

 そこそこ動きにキレも出てきたし、仙猫形態も形になってきているからね。

 本人がおっかなびっくりなので慢心は無さそうですけど、ここいらで真の明鏡止水とは何かを教えてあげないといけません。

 物理的に五感を剥奪して第七感の目覚めの呼び水とか面白いし。

 と、脱線しました。

 とりあえず前衛チームは私が強くして見せる。

 だから最後までデスマーチに遅れずついて来て下さい。

 全ては偉大なるビックファイア様……もとい部長の為に!



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第09話「マテリアルアドバンテージ」

「最後の確認だけど本当にいいのね? 今ならお兄様も来ているし、貴方を保護することも出来るのよ?」

「部長、それは聞くだけ無駄ですよ。コイツが一度買った喧嘩を返品すると、本気で思ってますか?」

「……実はあまり」

「出来ないから爰乃は爰乃なんです。自分ルールを曲げて助かるくらいなら、坂本竜馬よろしく前のめりに死ぬ。この認識どうよ?」

「さすが幼馴染、言葉はアレでも分かってるじゃないですか。この手でライザーと倒し損ねた女を血の海に沈めない限り、今夜は枕を高くして眠れませんよ。それにここまで来て仲間はずれとか、あんまりとは思いません?」

 

 強化した小猫ちゃんを間近で見て、同時に自身の成長も確かめたい。

 戦場と言って差し支えないこのゲーム、見物だけじゃ満足できない私です。

 特に今回は私が買った喧嘩。逃げるわけには行かないでしょう。

 

「それに作戦には私を織り込み済み。各員がそれぞれの役目を果たさないと、勝利は掴めないと思いますが」

「で、でも、爰乃さんは怖くないんですか? お恥ずかしい話ですが、私は怖いです……」

「安心しろ、アーシアも爰乃も俺が守る!」

「こらそこ、安請け合いしない。イッセー君の役目は違うでしょ?」

「男の子として、一度は言ってみたいセリフだったんだYO!」

 

 でも今のは高得点です、アーシアの好感度急上昇な殺し文句だと思います。

 

「とにかく私のことは、今回限りのグレモリー眷族とでも思って下さい。いいですね?」

「……爰乃の為にも絶対に勝つわ」

「期待しています、マイロード」

 

 聞けばライザー一族はもちろん、グレモリー家一同も観戦しているとの事。

 さすが名家同士の婚姻、様々な点でスケールが大きいです。

 しかもついさっき知りましたが、部長のお兄さんは何と魔王。

 これは絶対に負けられない。

 結婚問題も大事だけど、ここで醜態を晒しちゃえば後々まで雑魚と認識されてしまう。

 しかし、元々相手が格上の出来レースで番狂わせを起こせば評価は鰻上り。

 善戦して譲歩を引き出すのも手の一つながら、私も部長も勝つことのみを考えている。

 その為にも私の力は必要だ。これは自惚れじゃないと思う。

 一つだけ不安があるとすれば、それは敵の情報が少ないこと。

 部長が手を尽くしてもライザーの情報は抑えられていたし、私も急用でこの場に来られなかったお爺様にはあえて何も言わないように頼み、特定の誰かを相手にする訓練は受けていない。

 後は野となれ風となれ。初のレーティングゲーム、全力を尽くして頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 第九話「マテリアルアドバンテージ」

 

 

 

 

 

「作戦通り油断せずに行きましょう。リーダーは私、どんなイレギュラーが起きても指示に従ってください。いいですね?」

「……分かっています」

「では状況開始!」

 

 私はお供の小猫ちゃんと、旧校舎の入り口で最後の確認を行っていた。

 舐められたもので、ゲームの為だけに作られた異世界フィールドはこちらのホームである学び舎の完全再現。

 部長とアーシアが待機している部室がグレモリーの本陣なら、ライザー陣営は新校舎の生徒会室。

 私達はせっかくの地の利を生かそうと、相手の予想を裏切るべく行動中なのです。

 ちなみに木場君は、知る人ぞ知る裏ルートで斥候中。

 いやはや、地下までばっちり再現されていて助かりました。

 敵さんも、まさか配水管のスペースに人が通れる隙間があるとは知らないでしょう。

 何せそこは勇者にのみ許された秘密のスペース。イッセー君曰く、色々な覗きスポットへ人知れず移動する秘密のルートとの事ですからね。

 余談ながら、この件については黙殺すると約束済み。

 男のロマンを奪う野暮な女じゃない私です。

 むしろ作戦に生かしてくれ、と情報を提供した彼の潔さを褒めたいと思う。

 

「……祐斗先輩の報告と一致しています」

 

 こそこそと隠れず堂々と体育館に乗り込んだ私達は、斥候の情報通りの戦力が揃っている事にほっとする。

 もしも女王が混ざっていれば、計画が台無しだった事を思えば上場の滑り出しでしょう。

 戦車でチャイナドレスのお姉さんに、私が狙っていた似非和服と双子の三兵士が獲物。

 単純に二倍の戦力比だけど、烏合の衆はあまり怖くない。

 

「兵士は私が受け持ちます。小猫ちゃんは戦車を」

「……了解です」

 

 体育館の舞台から姿を現すと、何故か”そっちがくるのはお見通しだ”と自信満々にアピールされた事が不思議でたまらなかった。

 しかしながら、戦力分析も出来ていない余裕っぷりは逆に好都合。

 猫耳をピコピコ動かす仙猫モードの小猫ちゃんが前口上を無視してチャイナに向かっていったので、対比の意味でもゆったりと急がず焦らず歩を進めることにする。

 

「「解体しまーす!」」

「マグロ解体ショーのノリ!?」

 

 楽しそうに宣言した双子の獲物は、なんと予想の斜め上を行くチェーンソー。

 林業で使いそうなソレを床に当てながら直進してくる姿は軽くホラーですね。

 でも、大型武器に振り回されるのは如何なものか。

 せめて丸太削りアートが出来る程度に、使いこなしてくれません?

 そんな大降りを足捌きでギリギリの回避を選択。

 ドルルと危険な駆動音が耳元を通り過ぎていくのも、耳障りだなあとしか思わない。

 どうせ私にはチェーンソーもナイフも変わりはない。

 どんな武器であれ、一撃で落ちる以上は見た目に惑わされる意味がありませんし。

 

「殺す気満々で、私としても嬉しい限り」

「ちょこまか動いてあたらないよー!」

「覚悟が在るのなら、再起不能になっても因果応報と諦めもつきますよね?」

 

 体が交差した瞬間に叩き込んだのは首への肘撃ち。

 その場から一歩も動くことなく体の捻りと体重移動だけで最大威力を乗せたソレは、一撃で少女Aの戦闘力を奪い取る事に成功する。

 が、堕天使との戦いで人外のタフネスを嫌と言うほど体感した私は、未だ勝ったと思ってすらいない。

 遅れて斬りかかってきた少女Bをやり過ごし、喉を押さえて崩れ落ちかけていたターゲットの頭と顎目掛けて両サイドからの掌打を一瞬ずらして打ち込んだ。

 人に使えば脳に甚大な損傷を起こす”双破掌”。ましてそこに悪魔にとって猛毒の性質を持つ気が込められているのだから、耐えろと言う方が無理だと思う。

 本気で使うのはコレが初だから不安もあったけど、顔中の穴から血を噴出して倒れたので個人的には大満足の結果です。

 

「よくもお姉ちゃんを!」

「慌てずとも、すぐに同じ目にあわせてあげますよ。私は誰であろうと差別しない主義です」

 

 さすがに姉の惨状に動揺したのか、少女B改め少女妹も隙だらけ。

 棒を振り回す猿と同じく洗練されていないお遊戯をかいくぐり、今度はマイフェイバリットの雷神落しでキッチリ地獄送りに仕留める。

 お爺様に指摘された点を修正し、駄目押しの蹴りにもしっかり気を込めたら秒殺でした。

 やはり、技は極めてこそ技。今後も精進しないと!

 

『ライザー・フェニックス様の兵士二名、戦闘不能』

 

 何やら双子が光に包まれたので復活するのかなと身構えていたら、グレイフィアさんのアナウンスと同時に姿が消える。

 予測では生命活動を停止に追い込む必要があると思っていただけに、手間が省けて大助かりです。

 さて、次は私怨を果たしましょう。

 そう思って呆然と立ち尽くす少女に聖女の微笑を投げかければ、何故か真っ青な顔で怯えられた。

 

「な、何なのよあんたはっ! 本当に人間なの!?」

「いつもニコニコ貴方の隣に這い寄る混沌、ココノホテプですよー」

「パクリな上に邪神じゃない! どっちかと言えば死神枠がふざけないで!」

「じゃあお望みどおり命を刈り取りますか。具体的には再起不能と書いてリタイアとかどうです? 貴方にはクッキーと、微粒子レベルながらイッセー君への暴行と言うお得なセット的恨みもありますし……手心を加える余地はありませんよ?」

 

 わざとコツコツと靴音を立てて這い寄―――にじり寄れば、恥も外聞もなく泣き出す始末。

 でも残念、私は昔から苛めっ子です。

 壁を背にして下がれなくなり、ガタガタ震えて許しを請う姿はご褒美なのですから。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「……許して欲しいですか?」

「は、はいっ、何でもします! 何でもしますから殺さないでっ!」

「ではチャンスを与えましょう。貴方の仲間が私の弟子と交戦中なので、もしもそちらの同僚が勝てたなら降伏を認めます」

「ま、負けちゃったら?」

「さっきの双子よりも酷い目に」

「いやぁぁぁぁっ!頑張ってシェン……ラン?」

 

 一縷の希望に望みを託した似非和服、確かミラだったかな? は首を傾げた。

 でも残念。そこには無表情なのに、何処か誇らしげな小猫ちゃんだけが立っている。

 

「惜しい、実に惜しかった。もう少し視野が広ければ、私と貴方の会話以外の音が聞こえないことに気付けたのに。実はとっくに負けてました。アナウンスも流れていたよ?」

「あひ?」

「賭けは私の勝ち。さっそく刑を執行です」

 

 かくしてスーパー爰乃タイムの始まり。

 経過は省略するけど、ちょっとした尋問の後に全身をばっきばっきにしました。

 残念なのは、穿心掌で息の根を止めようとした所で撃墜判定が入ちゃった事。

 まぁ、この微妙な物足りなさはもう一人の獲物で晴らすことにしましょう。

 

「……絶対に天地がひっくり返っても、香千屋先輩を敵にしたくありません」

「味方には優しい私に何を言いますか。それよりも、仙術のコントロールが上手く出来ていて一安心。懸念していた悪影響の方はどうです?」

「……びっくりするくらい何もありません。こんな風に悪い気を遮断できるなら、もっと早くに取り込めばよかったと後悔しています。もしも姉に会うことがあれば、教えて頂いた制御法を伝えてあげたいです」

 

 色々と試した結果、自然から気を取り込む際に清浄なものだけを受け入れることに成功した小猫ちゃん。

 さらに言えば香千屋流の呼吸法も取り入れた事で、内と外のツインドライブ的相乗効果を生み出す副次効果も得ているから恐ろしい。

 一瞬だけ悪魔に大敵な力を内包して大丈夫なのか不安になったけど、考えて見ればフグだって自分の毒では死にません。

 新しく得た力は、確実に小猫ちゃんを強くしたのだと思います。

 だけど、まだ私の方が強い。追いつかれるとすれば、それは地道に功夫を詰んだ数年先の未来ってところでしょう。

 悔しいことは唯一つ。私の十年が、彼女にとっての数年だと言うこと。

 種族間の基礎スペック差に加え、何だかんだと小猫ちゃんの才能は私よりも上。

 果たして何時まで先輩風を吹かせられるのやら。

 複雑な気分の私は先を考えることを止め、大切な今と向き合うことにする。

 

「でも、香千屋流の秘伝は教えちゃダメですよ?」

「……もちろんです」

「この辺の話は勝ってからにしますか。今は作戦を進めることだけを考えて……と、こちら爰乃。部長聞こえてます?」

 

 異空間と聞いたのに、何故か使える携帯で部長を呼び出す。

 ワンコールで出る辺り、王も暇をもてあましていたに違いない。

 

『勝ったのね』

『当然です。それよりも尋問の結果、ライザーは生徒会室に居座っている可能性が高いことが判明しました。ここは予定通り、プランAで行きましょう』

『そうね。イッセーにはこちらから指示を出すから、爰乃は戻ってきなさい』

『まだ喰い足りないのですが……』

「悪いけど、あまり爰乃ばかり目立たれても困るのよ。この意味、分かるわね?』

『……素直に下がります。でも、最後の直接対決は混ぜてくださいよ? ライザーを一発殴らないと気が済みませんからね?」

『その為にも戻れと言っているの。祐斗がそちらに合流次第、爰乃は撤退。騎士と戦車は花火が上がったら前進するように伝えて頂戴」

『現場指揮官了解であります。では、後ほど』

 

 電話を切って私は苦笑する。

 考えてみれば、今回のゲームで香千屋爰乃はイレギュラーの部外者だ。

 主役は二人の王と家臣団なのに、今のところエースが私なのはまずい。

 そんな事を考えていると、外で大きい雷が落ちたかと思えばまたも流れるアナウンス。

 まさか木場君落されたかなぁと心配したけど、今回も敵陣営への宣告で一安心。

 

『ライザー・フェニックス様の女王、戦闘不能』

 

 さすが姫島先輩。与えられた仕事を、きっちりやり遂げてくれましたか。

 私と木場君と小猫ちゃんで女王以外を受け持つ代わりに、遠距離攻撃で有名らしい敵女王をタイマンで狙い打つプラン大成功。完璧すぎて怖いくらいです。

 後はイッセー君が失敗さえしなければ、問題なく勝てるんじゃないかな。

 

「ごめん、少し遅くなったよ」

「いえいえ、幕引きにはギリギリ間に合ったみたいですよ?」

 

 いつものさわやかスマイルで、木場君が床から姿を現した直後の事だった。

 校舎の窓ガラスやら蛍光灯が割れる程の轟音と、足元を揺るがす大振動。

 さしずめ大型爆弾でも爆発した雰囲気ですが、それもあながち間違っていない。

 衝撃で吹き飛んだ外への出入り口から様子を伺うと、新校舎が跡形も無く吹き飛んで瓦礫の山となった世紀末の姿が飛び込んでくる。

 実行犯は、旧校舎の屋上で延々と力を増幅し続けたイッセー君。

 徹底的に強化した魔力攻撃の一発で、敵の陣地を根こそぎ吹っ飛ばしたのだった。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士4名、騎士1名、僧侶1名、戦闘不能』

 

 当初は前衛として私たちについて来ることも検討したけど、最大火力で部内最強の地位に躍り出たイッセー君を奇襲要員に変更して正解でした。惜しくもライザーを取れなかったにしろ、これなら殊勲章はイッセー君の物でしょう。

 

「後は頼みました」

「……イッセー先輩には負けられません。木場先輩と星を稼いできます」

「そうだね、残りは全て僕らで倒す勢いで頑張ろう。行くよ、小猫ちゃん」

「……はい」

 

 残党狩りに転じた二人を見送った私は、踵を返して旧校舎へ急ぐ。

 ライザーが怒り狂って襲ってくるのが早いか、私が先に到着するのが早いのか。

 鳥頭は戦力を分散させていた事で全滅を逃れましたが、逆を言えば徒党を組めていない。

 残存兵力をうちのアタッカーが引き受けている間に頂上決戦を済ませたい所。

 そんな風に考えている矢先、ダッシュする私の上を一匹の鳥が通り過ぎていった。

 それは炎の翼を背に宿し、地上から見ても憤怒に身を任せた事が分かるライザー。

 集合予定の旧校舎屋上からは部長の破滅の魔力と、イッセー君の大砲が次々と放たれライザーを襲うも、火の鳥は避ける様子も見せず最短距離を飛翔する。

 頭を消し飛ばされようが、手足をもがれようが、失った部位から立ち上る炎が瞬時に再生を果たしていく様は正に不死鳥。

 想像以上の凄まじさに、さすがの私も開いた口が塞がらなかった。

 

「甘かった、と言うことですか」

 

 私たちの事前予測よりも遥かに厄介で、どうすれば倒せるのか見当もつかない。

 物理攻撃も効果は薄いだろうし、魔力に対する耐性も今の様子から相当高いと思われる。

 でも、私に出来ることは何時だって組んで掴んで投げるだけ。

 相対して、持てる全てをぶつければ功名は見えると思う。

 屋上で戦いを始めた部長たちに加勢すべく、私は走るのだった。



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第10話「夢のなかのわたし」

 まるで、夢を見ているかのようだった。

 俺にとってのアイツは憧れの王様だ。ふとする度に女らしくなっていく姿に異性を意識していたにしても、俺の認識はガキの頃から何も変わっていない。

 幼稚園の頃から無敵のガキ大将として君臨した姿を見続けて10と余年。

 特別な力を持たない人間の癖に、今や堕天使、悪魔を退けるまでになった自慢の幼馴染が、不思議な事に赤いものを流しながら地に臥せっている。

 ああ、そうだ。

 朱乃さんがライザーの犠牲になった直後、爰乃が合流。

 一発殴ってくると、一人で挑みかかったんだよな。

 俺も部長も、心のどこかで爰乃なら大丈夫と思い込んでいたのがまずかった。

 ここで間違えず、全員で戦っていれば違う未来だったのかもしれない。

 最初の内は爰乃が優勢に進めていたけどよ、ライザーが笑みを浮かべた瞬間全てが反転した。

 爰乃の掌が奴の頭を打ち抜いたかと思えば、そのまま全身から炎を噴出して反撃。

 普通はここで決着だったんだと思う。

 でもあいつは、踏み止まって諦めなかった。

 気力だけで焼けた体を支え、目に光を残し戦意を失わない。

 しかし、愚直に手を出し続けても全て無駄。

 人の形をした炎は、黒の自滅を呆れ顔で眺めるだけだった。

 

「下等種族にしてはまあまあやるが、如何せんフェニックスを相手にするには弱すぎる。ああ、穢れらわしい。猿にこの身を触れさせるとは、俺も堕ちたものだ」

 

 止めとばかりに振り下ろされたライザーの拳が、ついにあいつの意識を刈り取ってゲームセット。

 

『リアス・グレモリー様の特別参加枠、戦闘不能』

 

 頭で分かっていても、心が認めたくない敗北だった。

 絶望的な大怪我を負い転送されていく爰乃を見て、俺はやっと気が付く。

 あいつは年齢相応の女の子だ。

 いつから俺はフィルターをかけて、爰乃を見ていた?

 あんなに小さく脆い少女を、どうして国士無双の豪傑と捕らえていた?

 俺が手も足も出ない伝説の悪魔を相手にして、何故勝てると思い込んでいた?

 

「イ、イッセーさん、爰乃さんが、爰乃さんがっ!」

「……敵を取ってくる。アーシアは部長と一緒に下がっていてくれ」

「は、はい」

 

 こんな時だからなのか、ふと思い出したことがある。

 何かの漫画で弱さは罪だと言っていたが、全くその通りだと思う。

 何せ絶対に守ると遠い昔に約束した一番大切な女の子に、男の俺が守られてしまった。

 それもこれも、俺の弱さが悪い。 

 ドーナシークに殺されそうな時は、命を救われた。

 合宿では不安と焦りを見抜かれ、精神的に支えられた。

 そして今も、不甲斐ない馬鹿の変わりに戦って大怪我を負っている。

 始めに啖呵を切った俺が、のうのうと立っているのに……だ。

 

「なぁリアス、まだやるのか?」

「当然よ、まだ負けたわけじゃないもの」

「諦めの悪い女は嫌われるぜ?」

「軽い男も同じよ」

「なら、頼みの綱の兵士君でも潰してやろうじゃないか。君の気が変わることを期待してな!」

 

 部長はその宣言と同時にライザーを木っ端微塵に吹き飛ばすが、炎を巻き上げて復活する奴の狙いは最初から俺じゃなかった。

 業火が発生したのはアーシアの真下。炎の嵐が吹き荒れた後には、守ると決めたもう一人の少女の姿は無い。

 

『リアス・グレモリー様の僧侶、戦闘不能』

 

 ああ、また俺は守れなかった。

 胸に溢れるのは自分への底知れない怒り。感情に任せてライザーへ立ち向かう俺は、殴り倒される度に一つのイメージが形となっていく事に気付く。

 そんな中、聞こえてきたのは声だった。

 

 ”力が欲しいか?”

 

 ああ、欲しいね。

 

 ”ならば己の限界を規定せず殻を破れ。お嬢ちゃんのお陰で今のお前なら出来る”

 

 どうすりゃいいんだ?

 

 ”お前は単純な男のようだし、さし当たっては怒れ。感情を爆発させろ”

 

 アドバイスありがとよ。

 

 ”なあ、相棒。お前の敗北は俺の敗北だ。勝とうぜ”

 

 ……そういや、誰なんだ?

 

 ”俺はお前さ。炎よりも鮮烈な赤、白い奴に負けないよう使いこなしてくれよ?”

 

「……なぁ、ライザー。俺はちっぽけで弱い、最低の男だったよ。今の俺は赤龍帝どころか、地を這う赤蜥蜴。このままじゃひっくり返ってもお前に勝てないし、一矢報いることも難しいと思う」

「やっと分相応な己に気付いたか。分かったならリアスに投降するように進言しろ。これ以上無駄に痛い目に合いたくないだろ?」

「だから超えるわ」

「何?」

「俺が限界を超える鍵は、いっつもアイツなんだ。高校だって偏差値が厳しいのに、同じ所に行きたくて必死に努力したよ。親や教師が無理だって匙を投げてんのに、アイツだけが手を貸してくれたから奇跡が起きて今の俺がある。そして、今回も切欠は爰乃がくれた」

「おいリアス、君の兵士が壊れたぞ?」

「動転しているのは分かるけど、落ち着きなさいイッセー。あの子達に報いる為にも、冷静に今は勝つことだけを―――」

「勝ちますよ、部長。だから行くぜ相棒。ゴミにはゴミなりの意地があるって事を見せてやろうぜ!」

 

『Welsh Dragon! Over B―――』

 

 俺が誰かとの会話で掴んだ龍の力を開放しようと、篭手に意識を集中したときだった。

 

「なっ!? ”禁手”など許すかぁぁあっ!」

 

 何かに気付いたライザーの叫びと、腹から感じる灼熱の痛み。

 激痛で集中が崩れそうになる所を耐えようとするも、あの鳥頭はさらに拳を捻じ込んできやがる。おまけに内臓を磨り潰すように回転を加えてくるから嫌らしい。

 ま、まだ……だ。口から溢れる血で溺れそうになるが、俺の意志は生きている。

 霞がかった視界を取り戻そうと頭を振り、密着していたお陰で薄っすらと見える宿敵に光を失わない篭手を向けた。

 せっかく爰乃がチャンスをくれて、コイツが力を貸してくれるんだ。

 鳥頭を倒して、みんなの笑顔を取り戻すチャンスは今しかねぇ。

 だからもうちょい頑張れ俺の体。

 なぁ、頼むよ。後ほんの―――少し―――な―――

 

 

 

 

 

 第十話「夢のなかのわたし」

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 大軍を率いて大陸を駆け、その名を不動の物にした男の夢を。

 最初はたった三人で始まった一団が、幾多の戦いを超えて力を増して行く。

 百を数えて千に至り、ついには万を超えて国をも手中に収めた男たちの物語。

 私はその中の一人となり、その全てを凝縮して体験させられたんだと思う。

 彼は最後こそ非業の死を遂げるも、気が付けば神として崇められる始末。

 少し大仰ですけど、英雄に至った男の生涯はとても面白かった。

 

「さすが―――さん。本で読んだだけでは理解できない貴重な体験でした。って自画自賛になるから止めろと? 意味が分かりません」

 

 そして不思議なことに、私は彼と面と向かって話を交わしている。

 

「来るべき時が来たから取り戻せ?」

 

 なんでも上級悪魔を相手にするには弱すぎるから、かつて得た武を引渡しに来たとの事。しかも長年預かったせいで利息が複利で元金鰻上り。全盛期より強いから安心しろと言われても、意味が分かりません。

 しかしながら、何故だかその言葉にしっくり来る自分が居るんですよ。

 確かに彼は商業でも祭られる御方。言い分も分からないではありませんが……

 

「まぁ、力不足は実感しています。そこまで言うのなら、受け取りましょう」

 

 ―――が渡してくれたのは一本の槍。

 力の象徴と言うソレが薙刀に見えるのは、私のイメージが悪いらしい。

 いやだって、あなたの武器と言えばこれじゃないですか。

 色々な作品で美少女にされていることを考えれば、髭のおっさんとして具現化しているだけでも御の字だと思います。

 

「力を貰っても―――のように龍帝に付き従うと確約できません。でも、これだけは約束します。あなたにとって尊敬に足る宿敵のシンボルは、紅蓮装的な意味で不死鳥。それを汚す下等な悪魔は必ず倒すと」

 

 意味が分からない?

 ええと、SDな三国伝でググるとよいかと。

 仮にも私のアーキータイプなら、情弱とか恥かしいので止めて下さい。

 次の再開はあの世でしょうし、その時までの宿題とします。

 それではさようなら、”わたし”。

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・おろ? このじわじわ染み出してくる痛みはいったい?

 

「うがぁぁぁ、こんなに痛くて寝ていられますか!」

 

 目を開ければそこは知らない天井……と言いたい所ですが、勝手知ったる自分の部屋。

 私は碇なんとかポジションではなく、百歩譲っても空気な二号機パイロット枠。

 が、腕に包帯ぐるぐる巻きの姿は量産型無表情林原!

 ボスケテ……お爺様。肉体と精神のサイクロンジョーカーなW攻撃に苦悶していると、鮮やかな金が舞い上がり私の視界を塞ぐ。

 直後に来るのは、上等な女の子が持つ甘い香りと柔らかさ。 

 

「おや、アーシア。押し倒すならイッセー君をお勧めしますが?」

「爰乃さん爰乃さん爰乃さんっ!」

「病んだ……だと」

「病気なのは爰乃さんですっ!」

「そ、そうなの?」

「外見上の怪我は完治しているのに、もう二日も目を覚まさなかったんですよ! 聞いていますか爰乃さん!」

「ごめんなさい……」

 

 怒りと喜びのゲージが振り切って暴走状態のアーシアを宥めすかし話を聞くと、私が燃やされた後に即効でゲームは負けたらしい。部長も姫島先輩も後衛型なのに、壁となるイッセー君が足も出なかった事で総崩れ。ま、私が敵わないライザーを抑えられても困るので妥当な結果でしょう。

 しかし薄々感づいていたことですが、私が無双出来るのは一定以下の雑魚まで。

 特にライザー系の、触れるだけでダメージの来るタイプは無理ゲー。

 当たればそれまでを覚悟した超攻撃特化も、ここいらが限界のようです。

 

「それはそうと、お爺様は?」

「何でも知人と会ってくるとの事でして、後の事は私に任せると行かれてしまいました」

「……怒ってたかな?」

「それが”これも貴重な経験”と笑っていたんです。てっきり殴りこみに行くのかと皆でハラハラでしたよぅ」

「そりゃそうですよ、そもそもアーシアは前提条件を忘れていませんか?」

「はい?」

「私たちが競ったのは、公正なレーティング”ゲーム”です。負けた腹いせに親が首を突っ込むモンスターペアレントはかなり困ります」

「た、確かに」

「それはそれとして、部長はどうなりました?」

「……今日が結婚式の当日です」

 

 この手際、ライザーは最初から勝つ前提で準備を進めてましたね。

 一ヶ月はその為に必要な期間で、こちらへの猶予に見せかけた罠でしたか。

 式場のセッティングに関係者への根回し……そりゃ時間要りますよ。

 そうなると、部長に火の粉一つ浴びせなかった理由も納得です。

 ゲームにせよ、結婚前の嫁に暴力を振るうのは対外的にマズイ。

 戦略も含めて力量の差を読めずに負けた自分のなんと不甲斐ないことか。

 そもそも、こちらの作戦が上手くいっていたのも舐めプだったのでしょう。

 鳥にしてみれば、自分単体でどうにでもなる相手。余裕の駒落ち感覚に違いない。

 これは悔しい。完全にお釈迦様の手の上でドヤ顔するお猿さんじゃないですか!

 

「イッセー君は?」

「隣のお部屋に居ます」

「それはまた近くに」

「イッセーさんも爰乃さんに負けない重症で、二人同時に癒すために間借りしました。ついさっき起きられて、どんな声をかけていいのか……」

 

 あのアーシアが逃げたとなると、事態は思ったよりも深刻ですね。

 悪魔が闇堕ちしても問題は無さそうですが、一つ面倒を背負い込むとしますか。

 

「……気心に知れた仲だからこそ、差し伸べられる手もあると思う」

「……お願いします。で、でも、無茶はしないで下さい。爰乃さんは悪魔のイッセーさんと違って、まだ完治していません。治ったのは表面上だけですからね?」

「活を入れるだけだから大丈夫。お姉さんに任せなさい」

「うう、同じ歳なのに納得しちゃう自分が恥かしいです……」

 

 重たい体を引きずり幼馴染の姿を探すと、一瞬巨大な力を感知する。

 しかもイッセー君のすぐ傍で。慌てて扉を開いて突入して見れば、誰が用意したのか新品の制服を着込んで今にも出かける寸前の馬鹿の姿を発見。

 

「おはよう、フェルプス君」

「俺はスパイじゃねぇよ!?」

「でも、これから呼ばれても居ないパーティーへ乱入するんでしょ?」

「う」

「止めなさい。婚約は両者の合意の上で決まった正当なものです。これは魔王すら認めた正当な権利。それを邪魔する資格は、無関係のイッセーには無いの」

「確かに俺は嫉妬に狂った負け犬だよ。でもな、正しかろうと悪かろうと、許せねぇもんもあるだろ」

「それは賭け事で負けたのに、負け分を払いたくないとごねる屑の理屈だよ。認めたくないもの分かるけど、ライザーは全てにおいて私たちの上だった。部長の親に婚約を認めさせ、絶対に負けない舞台に引きずり込んだ時点で勝負は決まり。大事な事だから何度だって言うよ? 政治力も含めて、力の及ばなかった私たちが悪いの」

 

 実際、ライザーの手腕は鮮やかだったと思う。

 魔王を親族に持ち、強い発言力と莫大な財を持つとされる大貴族グレモリー家は、不当な圧力を受ければそれが誰であれ叩き潰すだけの力を持っていると聞いています。

 なのにそれをしない。つまりライザーが、娘の婿に相応しい男だと認めている他ならない。

 フェニックスも名門らしいし、政略的な意味も含んでいると考えれば妥当ですね。

 詳しい家庭事情は知らないけど、ゴネているのは部長だけなんじゃとすら思う。

 

「……大義名分があると言ったらどうよ?」

「絶対にありません」

「これ、なんだと思う?」

「落書き」

 

 ニヤリと笑う彼は、かつてと変わらない悪戯小僧の顔で一枚の紙を突きつけてきた。

 でもね、魔法陣が書かれただけの紙切れから何を察せと言うの?

 

「ヤベ、逆だ。こっちだよこっち!」

「どれどれ『妹を助けたいなら、会場に殴りこんできなさい』って、不義理を推奨するテロ誘致とか意味が分からない。もしも自作自演だったら、本気で怒りますよ?」

「はっはっは。持って来たのはグレイフィアさんで、書いたのは魔王様らしいぜ!」

「な」

「お前が落書きと馬鹿にした魔法陣も、なんと結婚式場への直通チケット! 魔王で部長のお兄さんが寄越した天下御免のお墨付きだぞ、控えおーろー」

 

 や ら れ た。

 本気で説教しているのに、涼しい顔をしていたのはこの隠し玉が原因ですか!

 おのれイッセー君、こんな屈辱は生まれて初めてですよ……

 この私を道化にするとは中々の策士。座布団一枚進呈です。

 

「……それ一枚で何人分ですか?」

「え、お前ついてくんの!?」

「大手を振ってカチこめるなら、混ぜて貰わないと損ですし」

「俺が言えたギリじゃないんだが、ライザー相手に策はあるのか?」

「同じくらいボッコボコにされたイッセー君は?」

「ある」

「その心は」

「次々に倒される仲間を見てキレちまった俺は、新たな力に開眼したような気がする」

「気がする、じゃダメでしょ」

「んや、相棒が言うには感情の高ぶりが呼び水になって至ったらしい。ま、鍵の壊れた扉をもっかい開けるだけさ。ぶっつけ本番上等っ!」

 

 嗚呼、頭をやられたんだね。脳内にしか居ない相棒とか無いわ。

 そんな都合よく強くなれるなら、とっくにイッセー君は最強だよ。

 やっぱりこの馬鹿は頼りにならない。私がどうにかするしか無いですね……

 

「それはすごいですねー、AIBOすごいなー、遊戯さんすごいー」

「だろだろ? で、お前の奥の手は?」

「実は瀕死から回復することで、セブンセンシズに目覚めちゃった私です。今なら金ぴか鎧すら揃って蟹扱い出来るような出来ないような」

「はぁ」

「開眼した闘士の前にライザーなんてマッチの炎。ちょちょいっと消してやります」

 

 この時のイッセー君は、彼の戯言を聞いた時の私と同じ顔をしていたのだろう。

 だってさ、夢の中で偉人から分けて貰った謎の力が漲ってる、とか言える訳が無い。

 でもね、何故だか確信してるんだ。

 この力を上手くコントロール出来れば、最低でも互角かそれ以上にライザーと戦えるって。

 

「お、お互い敗戦から得るものはあったんだな!」

「そ、そうですとも。やはり日本人たるもの精神論大事ですよね!」

 

 ちなみにお互いの心境はと言えば。

 

 一誠:『性能変わってねぇ爰乃は無視して今度こそ俺が守る。”禁手”の力でなっ!』

 

 爰乃:『根性論のイッセー君を戦わせるわけには行きません。私が倒す!』

 

 この様に互いに相手の言葉を欠片も信じていなかった。

 しかし私達は知らない、それぞれの主張する新たな力が本当に存在すると言う事を。

 生贄の名はフェニックス。

 相手の都合を考えない不条理で一方的な再戦が今始まる。



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第11話「フェアリーチェス」

「ドラゴン使い君、可愛い妹の晴れ舞台だ。派手な見世物を頼むよ」

「……魔王様、もしも俺が勝ったなら褒美を一つ頂けますか?」

「よかろう。悪魔に何かを頼むのなら対価を支払うのも定石。望みを言って見たまえ」

「部長を、リアス・グレモリー様の結婚を無かったことにして、二度と無理強いをしないと約束してください。負けたならこの命を差し出します、だからお願いします!」

 

 学校の校庭よりも広く、天井は遥か高み。

 巨大なシャンデリアやら高そうな絵画で彩られる様はまさに圧巻だ。

 例えアラブの王様でも、こんな会場を用意できないに違いない。

 そんな場所で俺は魔王様相手に土下座をしている。

 転送直後は衛兵っぽい人たちに取り押さえられそうになったが、そこは頼れる仲間が道を作ってくれた。

 最初からパーティーに参加していたのか、みんな正装で実に目の保養だぜ。

 和服が麗しい朱乃さん、ドレスの可愛い小猫ちゃん、タキシード姿が格好良くて敵愾心しか生まれない木場。みんなが足止めしてくれたから魔王様に会えたんだ。

 って、おかしくね? 魔王様が俺を呼んだんじゃなかったか?

 何でそ知らぬ顔で、俺に温情かけてる図柄になってんの。

 ま、まあ、魔王様にも体面があるんだろう。

 フェニックス卿と呼ばれた偉そうなのに”勝って当たり前の勝負で粋がってんじゃねねぇよ”的な牽制もしてくれたし、力を示すだけで堂々と部長を救える道筋も作ってくれたことに感謝しよう。

 

「分かった、ルシファーの名に懸けてその要求を認めよう。まさかフェニックス卿も嫌とはいいますまい?」

「……公衆の面前で挑まれ、逃げるような息子を持った覚えはありませんな。消化試合に等しいこの勝負、波乱を起こさずコールドで終らせて見せましょう。よいな、ライザー!」

「宴の余興として、ドラゴンもどきの焼き物を添えるのも一興。お任せあれ」

 

 余裕だな、ライザーさんよ。

 でも、俺は知ってるんだぜ?

 あの戦いの最後、発現しようとした俺の力に怯えて勝負を焦ったよな?

 つまりお前は”禁手”が怖いんだ。

 

「ちょっとお待ちを」

 

 待て待て、空気読まねぇ馬鹿は誰だ!

 今は俺のターンじゃないのかって、爰乃かYO!

 

「魔王様、前座の押し売りをさせてもらいます」

「ほう」

「身の丈をわきまえぬ人の子が、不死鳥に対しどのようにして抗うか……面白い演目だと思いません?」

 

 やっべ、連れて来るんじゃなかった。

 ライザーに借りがあるのは俺だけじゃないのを忘れてた。

 

「君はベノア・アドラメレクを守護者に持つ、リアスの後輩だったかな?」

「はい、部長には良くして貰っています」

 

 誰の話なんだ?

 よく分からんが、回りのざわつきを見る感じビックネームくさいな。

 

「しかし相手はどうするんだね? さすがに同じ相手の二連戦は興ざめだが?」

「私としてはライザーは赤龍帝へ譲り、同レベルのフェニックス一族を所望します」

「……フェニックス卿、どうされます?」

「ならば我が娘にして、愚息の僧侶たるレイヴェルは如何でしょう。レーティングゲームでは活躍の機会が与えられず、魔王様に力を見せられておりませぬ故」

 

 大変です部長。俺の知らないところで、トントン拍子に話が纏まっています。

 てっきりタッグで戦うと思っていたのに、どうしてこうなった。

 

「お集まりの皆様、聞いての通り面白い対戦カードをお見せ致しましょう。片やフェニックス家の御曹司と赤龍帝。片やご令嬢と伝説の悪魔の後継者。これよりフィールド製作に入りますので、開始までの短いご歓談をお楽しみください」

 

 かなりカオスだが、俺のやることに変わりは無い。

 人の一生には負けることが許されない勝負が幾度もある。それが今だ。

 負けて失うものは部長だけじゃねぇ。

 名士の集まる場で大言壮語を吐いて無様に負ければ、俺の悪魔としての未来も終わる。

 まさに今回の敗北は死と同じ。

 だから、例え卑怯と罵られても手段は問わないと決めている。

 

「イッセー君、渡した秘密兵器の使い所を間違えないように」

「おうと言いたいが、返さなくて大丈夫か?」

「ええ、香千屋流は無手が流儀。何よりも一対一の決闘に道具を用いるような無粋は、私の信条に反しますからね。それに君は他人の心配よりも自分の心配をすべき。イッセー君の敗北は、任せた私の敗北でもあるんだよ?」

「……そうだな。俺はがむしゃらに戦って初めて勝機が見える小物だ」

「それを自覚しているなら大丈夫。出し惜しみ無し、全力全開で頑張りなさい」

「俺の出世ロードはともかく、部長の処女は俺が貰う約束! 鳥頭になんて譲ってなるものか! 絶対に勝つ!」

「……そんな約束いつしたの?」

 

 思わず漏れた本音を聞いた爰乃の目が怖い。

 

「さ、さーて準備準備」

「三分です」

「は?」

「私は、カップ麺が食べ頃になるよりも早く仕留めることを宣言しようかな」

「……冗談だよな?」

「お爺様の名前を背負ってる以上、名誉挽回のためにも圧勝します。超本気ですよ?」

「なにそれ怖い」

「まあ、見ていて下さい。私が約束を破ったことは一度しかないのですから」

 

 自信を瞳に宿らせた爰乃を見て俺は思う。

 どんな手段を取るにせよ、お前は今回こそ勝つだろうよ。

 でも、どうしてもあの光景が離れねぇ。

 染み出した鮮血に汚れた白い肌、輝くことを止めた淀んだ瞳。

 もしも爰乃が同じ目に遭うようなら、俺は生涯自分を許せない。

 今は俺の方が弱いから口が裂けても言えねぇけど、守られるより守る側に立ちたいんだ。

 部長もアーシアも大事だけど、最上位は今も昔も不変だから……さ。

 

「無理すんなよ?」

「体のあちこちが絶望的に痛いけど、誤魔化して何とかします。それより―――」

「ダメじゃん! もう無理してるよ!」

「早く終わらせて時間を作るから、さっきの話をゆっくり聞かせてね」

「ひぃっ!?」

 

 違うんです、俺が要求したんじゃないんです。

 ライザーとのゲームが決まる前日に部長が押し付けてきた権利なんです。

 純粋にやましい心しかないんです。

 ……危なかった、口に出していたら即死だったかもしれん。

 肩をぐるぐると回して悪魔式リング空間に歩いていく幼馴染に、心中で弁解する俺だった。

 

 

 

 

 

 第十一話「フェアリーチェス」

 

 

 

 

 

 会場全ての悪魔から好奇の視線で見守られる中、私は初顔の金髪ドリルと対峙していた。

 しかし、何とも緊迫感ゼロですね。

 ライザー妹が見事なドレス姿なら、私だってイッセー君とお揃いの学園制服という有様。

 とても今から殺し合いを始める格好じゃ無いけど、ずらりと並んだ観客はまるでローマのコロッセオ。戦う舞台に不足はありません。

 

「この間のゲームではお目にかかれませんでしたが、お兄様の僧侶を嫌々ながら務めているレイヴェル・フェニックスと申します。宜しくお願い致しますわ」

「これはご丁寧に。私は香千屋爰乃、ぶっちゃけ私怨でこの場に居る唯一の人類です」

「……お兄様に手も足も出なかったのに、その程度の理由でよく来ましたわね。私とてフェニックスの娘、兄に劣らない力を持っていますのよ?」

「それは重畳」

「悪い事は言いません、一時の恥と割り切ってサレンダーなさい。ここはレーティングゲームのフィールドと違って現実ですの。下手をすれば死ぬとお分かり?」

「私に言わせれば、命を賭けない戦いこそお遊び。レイヴェルさんこそ分かっていますか? 条件はそちらも同じだと言う事を」

 

 挑発的でも、レイヴェルの言葉にはひ弱な人間を気遣う優しさが滲み出ている。

 あのライザーの妹が、こんなに出来た子なんて信じがたいですね。

 ひょっとすると、青と黄の兄妹ロボットの関係かも。

 油の上澄みを使った兄は地球破壊爆弾を鼠に使おうとするくるくるぱーで、人として大切なものばかりが沈んだ底を使った妹が良い子……大体あっているから怖い。

 

「いいでしょう、貴族の嗜みとして全力でお相手しますわ。いつでもかかって来なさい!」

「では、お言葉に甘えて」

 

 構えも取らないレイヴェルにゆっくり近づき、急所をピンポイントで打撃する。

 しかし、分かっていた事ながら全く通用しない。いくら拳打を繰り返そうとも、この子は表情一つ変えず優雅なポーズを崩さなかった。

 壊れかけの体では大した気を乗せられていないにしろ、ダメージ自体は間違いなく通っている。

 それなのに表情も変えないとか、観客を意識したプロレスにしても賞賛に値すると思う。

 本来ならより威力の高い投げ技に持ち込みたい。

 しかし、対ライザー戦で過度の接触は危険と学習済み。

 触れた部分を炎と化して焼いて来る戦術は、私にとって最悪と言っていい対抗手段だ。

 ライザーが使えるなら、レイヴェルも使えると思って間違いない。

 だから、使うとしても要所要所が限界。

 

「気は済みまして?」

「ええ、無形の炎を相手取る面倒臭さに辟易しています」

 

 脳内カウントが丁度一分を数えたところでバックダッシュ。

 少なくない距離を取り、私は覚悟を決めた。

 多分ね、加減出来ないと思うんだ。

 世界屈指の有名人の力が、果たしてどれほどの物なのか把握できていないから。

 

「諦めた、と受け取っても宜しくて?」

「ご想像とは違う意味で諦めました」

「つまり?」

「出来る事なら培ってきた力だけで勝ちたかった私です。ご先祖様なのか、それとも前世なのかは知りませんが、微妙に借り物っぽい物に頼りたくありませんでした」

 

 だけど―――

 

「でも、届かないなら話は別。貴方が遊んでいた様に、私もここからが本気です」

 

 覚悟を決めた瞬間、頭のどこかで歯車が噛み合う音を聞いたような気がする。

 本当は空を飛べるのに、飛べる事を知らなかった鳥の気分が近いのかな。

 血流を通して全身に行き渡る莫大な力は、人でありながら神に至った男の残滓。

 今まで視認出来なかった気も、徐々に誰もが見える黄金の輝きへと変貌を遂げつつある。

 

「ちょ、それは何ですの!?」

「私にも分かりません」

「いい加減ですわね!」

「さしあたって名づけるなら、ハイパーモードが妥当でしょうか。夢の中で貰った力なので超適当言ってます」

 

 私が燐分のように金色の力を纏い始めただけで、何故か観客席が五月蝿くなってますね。

 気のせいか逃げ出す方々も居るような居ない様な。

 困って魔王様を見ると、サムズアップが帰って来たのでセーフらしい。

 

「敬意からあえてレイヴェルと呼び捨てますが、周りの空気的に次の一撃で決着を付けませんか? 横合いから止められるとか、貴方も本意ではありませんよね?」

「う、受けて立ちますわ!」

「ならば予告しましょう、これから仕掛けるのは我が流派の秘奥だと。もしも防がれたなら、潔く敗北を認めます」

 

 本当は直感的に今の私なら炎だろうが何だろうが問題なく投げられると分かってるんだけど、次に控えるイッセー君の為に普段殆ど使わない奥義をチョイスする。

 アレは威力絶大で、体重の軽さも不利にならない唯一の拳技だ。

 欠点は反動。完全に制御できなければ、最低でも肘から先が使い物にならなくるのが何とも等価交換。

 今回は拳が砕ける覚悟で全力を振り絞ろう。

 フェニックス相手にやりすぎるって事はないし、援護と思って割り切らないとね。

 だから、よく見ておくんだよイッセー君。

 君がライザーにアレを仕掛けるシミュレーションを、これから披露してあげます。

 

「フェニックスの炎、消せるものならやって見なさい! 来たれ炎!」

 

 雄雄しく羽ばたいた炎の翼から溢れ出す熱は地獄の業火。

 しかしこんな目に遭うのは初めてなのに、どう対処すればいいのか分かる自分が居る。

 一呼吸で気を最大限に高め、螺旋を描いて掌を放てば赤を切り裂き一本の道が生まれる。

 その先に居るのは、きょとんとするレイヴェル。

 イマイチ状況を把握していないらしい。

 次に動かすのは足。縮地法とでも言うべきインチキさで瞬間的に離した距離を詰め、腹に拳を密着させた所で一言呟いておく。

 

「これで私の勝ちですけど、貴方とは友達になりたいと思います。レイヴェルは私のことが嫌いですか?」

「正面からフェニックスの炎を打ち破った貴方なら喜んで。でも、それもこれも私を倒してからの話ですわ。さあ、不死鳥を超えられるなら超えて見せなさい!」

 

 レイヴェルは、自分の不死力を全く疑っていないんだね。

 幾ら追い込んでも再生を果たす不死身さは、確かに敵に回すと本当に厄介。

 でも、対抗策はあるんだよ。今からソレを証明してあげる。

 そんな決意に燃える私は、寸系の要領で拳の一点に全身から搾り出した力を集約する。

 私にしては珍しく大声を絞り出し、この一撃に全てを込めて技を始動。

 拳を残像が出来るほど激しく振動させ、瞬間的に衝撃波を生み出しながら打ち抜いた。

 

「お、お見っ……くふっ」

 

 血反吐を吐いて前のめりに沈んだレイヴェルの胸は拳の形に陥没。再生の火の粉すら上げず、微動だにしない。

 だけど、それも当然です。拳の威力もさるものながら、衝撃波に神気とでも呼ぶべき聖属性っぽい力を乗せている。

 波となり全身くまなく流されたソレは、悪魔にとって致死性の猛毒です。

 これで無事な悪魔なんて居るはずがない。

 無限に再生するなら一撃で根こそぎ刈り取る。これが私の出した回答だった。

 

「香千屋流……奥…義”深奥砕”、これが貴方の墓標……です」

 

 本当なら槍と化した拳による貫通打撃と、衝撃波に乗せた気をもって対象の気脈をズタズタにする合せ技が、与り知らぬところで異様に強化されていた事に私は驚きを隠せない。

 まあ、その分コストも鰻上り。元々脳のリミッターを外して人の限界にチャレンジするような技ながら、骨は折れ、筋も痛めているのか切れているのやら。右腕一本丸ごとを代償として捧げる羽目になるなんて、予想外の出費ですよ。

 アーシアが居なかったら、完治までどれだけの時間が必要になるか考えたくも無い。

 絶え絶えな呼吸を整え舞台を後にすると、駆け寄ってきたのはイッセー君。

 何やら心配そうですけど、命に別状は無いので安心して下さいな。

 

「腕がぶらんぶらんしてるが、大丈夫なのか?」

「魔法が無ければ後遺症が残るレベルだよ。それよりも時間は?」

「ええとだな、二分四十五秒。予定タイムを更新とかマジ凄ぇ……てか医務室行けよ!?」

「どうせアーシアが直してくれるから後回しで大丈夫。ちなみにレイヴェルがこちらにあわせてくれた事も大きいので、一概に私が凄いとは限りません。それよりも次は君の番」

「お、おう! 俺はそうだな……負けじと五分以内に片付けてくるぜ!」

「……じゃあ賭けをしよっか。君が宣言通りに片付けられたら私の負け。可能な限り願い事を一つ叶えてあげる。出来なければ、イッセー君が何でも言うことを聞くってのはどう?」

「乗った!」

「……抱かせろとか、おっぱい揉ませろとか無しだからね?」

「言わねぇよ、多分きっと」

「否定しない辺り、清清しいと言うか何と言うか。ま、楽しみに待っています。ちなみに賭けに負ければ無期限のサンドバックを想定していたり」

「嫌だ、絶対にノゥ! ちょっくら勝って来るから見ててくれ!」

「はいはい、行ってらっしゃい間男さん」

 

 当然の様に全身にも分散していたダメージが、元々の怪我を悪化させたっぽい。

 無事な箇所を見つける方が難しい体を引きずり、私が目指したのは部の仲間たち。

 最前列に陣取って戦いを見守っていた部長の眷属たちは揃って笑顔である。

 

「……お疲れ様です。先輩の力に限界はないと、改めて実感する凄い戦いでした」

「ありがと小猫ちゃん。でも、少し休ませてくれる? さすがに疲れました」

「アレを疲れたで済ませる君が少し怖い。そもそも、あの力は何だったんだい?」

「私が聞きたいです。とある英雄さんが夢の中でくれた力としか分かっていません」

「……英雄? それは誰かな?」

「中華街に祭ってある神様」

「ごめん、ずっと欧州で育ったからわからないや」

 

 ああ、帰国子女でしたか。染めていると思っていた金髪もひょっとして地毛? と尋ねれば、苦笑しつつ頷く木場君。小猫ちゃんも疎いようで、姫島先輩が助け船を出してくれなければクイズにもならない所でした。

 

「かつて三国時代に生き、並外れた武勇と義を重んじたとされる武将の事ですわね?」

「はい、先輩の想像で正解だと思います」

「その名は美髯公と呼ばれた関羽雲長。もしも爰乃さんが力を受け継いだとすれば、髭の変わりに綺麗な黒髪で代替した”美髪公”とでも名乗られては如何?」

「そんな厨二病っぽい二つ名はいりません。しかも何処かで聞いた様な気が……」

「なら”黒髪姫”では?」

「……この件は後々考えるとして、今はイッセー君を応援しませんか? そろそろ始まるみたいですよ?」

 

 そう言えば、担架で運ばれていったレイヴェルは大丈夫でしょうか。

 手加減しなかった事に後悔はないけど、殺しの処女を友達候補で卒業するとかあまりにも修羅の道。

 まぁリバウンドの大きさから察するに、六割程度の仕上がりと考えれば大丈夫だと思う。

 こんな事になるなら、ドーナシークをきっちり殺っておけばよかったと後悔する私です。

 さて、イッセー君はどう片付けるのやら。

 内面はいつぞやのお爺様真っ青に滾らせてるっぽいし、何処までやるのか楽しみ。

 本当に五分で終わらせられるなら、子分から男の子に待遇改善です。

 頑張れ、幼馴染さん。



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第12話「赤蜥蜴と黒髪姫」

 用意された空間の中央で、俺は宿敵と対峙していた。

 ドリル妹が迎えたまさかの敗北……俺にとっての当然の勝利は、クソ野郎から紳士の仮面を剥ぎ取っている。

 静まり返る観客といい、会場の盛り上げサンキュな爰乃。

 おいライザー、もうお互い言葉はいらねぇよな。

 男らしく殴り合いで決着をつけようぜ。

 

「あれだけの無様を晒しておきながら、昨日の今日で勝てるとでも?」

「思ってねえ」

「は?」

「一つでも許せねぇのに、お前は俺の大切なものを幾つも踏み躙った。だから途中で泣いて許しを請っても止めねぇよ。俺は腸が煮えくり返って居るんだ。勝つとか負けるとか、ゲーム感覚で居るお前とは前提が違う」

「言うじゃないか、こちらとしても連敗して看板を汚すことは許されない。お前がその気なら、俺も灰も残さず焼き尽くすことを宣言しようじゃないか!」

「望むところだ! 行くぜドライグ!」

 

 俺の気勢に応えるように、最初から出現させていた篭手の宝玉が赤い閃光を放つ。

 この間はここで止められた。

 だが、今回はもう誰に求められない。お前の力を借りるぞ相棒!

 

『Welsh Dragon! Over Booster!!』

 

 会場全体を覆う赤い光は、コントロールし損ねた力の余波。流れ込んできた力を明確なイメージの元に支配してやれば、俺の体を鋭角なフォルムの鎧が覆っていく。

 色は赤。篭手も対となって装備され、各所には宝玉を配置。

 背中には、ロボットアニメのブースターっぽい物まで装備されている有様だ。

 気分は変身ヒーロー。さしずめドラゴンレッドってとこか。

 

「お前のお陰で至れた極地、禁手”赤龍帝の鎧”。今の俺を止めたきゃ、魔王様にでも土下座して助けて貰うんだな!」

「……やはりあの時、止めを指すべきだったか。認めたくない事に今のお前は化け物だ。もとより加減するつもりも無かったが、我が炎の前にさっさと散れぇぇっ!」

 

 手の一振りで生まれた業火は、少し前の俺なら即死コースだっただろう。

 しかし、天元突破に辿り着いた今なら話は別だ。

 鎧の力でブーストをかけなくても、はなから限界一杯に増幅済み。

 負けじと掌に魔力の塊を生み出し、相殺を狙って必殺のドラゴン波改めドラゴンショットを放つ。

 って、予想以上にヤバイ! 前に合宿で撃った威力を溜め無しで再現かよ!

 相殺どころか炎を消し飛ばし、攻撃で硬直していたライザーを飲み込んだ魔力波は奴の体を根こそぎ吹っ飛ばす。観客の人は……うし、良く分からんが無事だな。

 これで借りを一つ返せた、完済まで付き合ってくれよ。

 

「さっさと再生しろ。お前の全てを一つ一つ否定して、いかにクズだったか証明する簡単なお仕事を続けなきゃならんからな」

「赤龍帝頼りのガキがぁぁぁっ!?」

 

 あっさり復活したライザーに言いたい事を言う俺だが、実は言うほど余裕はない。

 

『相棒、今のお前が鎧を持続できるのは5分が限度。それも維持コスト以外に力を使えば使うほどカウントは短くなる。焦って決めろとは言わんが、遊んでいる余裕も無いぞ』

 

 分かってるよ。今のは挑発で、最初から長引かせるつもりは無いさ。

 なにせお前も知っての通り、未来の女王にリミットを切っちまった。

 同じ条件であいつが時間を余らせたなら、王様の俺も同じ事をしなきゃダメだろ?

 

『それでこそ我を宿すに相応しい。男の矜恃を守れるよう、俺も全力を尽くそう!』

 

 天を行く赤龍帝どころか地を這うちんけな赤蜥蜴の俺だが、ある意味コレが初陣だ。

 今日も明日も明後日も、死ぬまで共に頑張ろうな!

 と、篭手に宿るドライグと必勝を誓っている間にライザーは復活。

 飛び道具では敵わないと悟ったのか、会場を埋め尽くす程の巨大な炎をその身に集め突っ込んでくる。

 

「龍とて焼く我が一族の至宝、たかがチンケな鎧如きで防げると思うなっ!」

「うるせぇよ焼き鳥! 翼神竜の真似事で吼えるなぁっ!」

 

 さながらどこぞのゴットフェニックスなライザーに当たり負けない為、俺も背中のブースター(?)から魔力を噴かして推進力を得る。

 そしてトップスピードに乗った所で激突!

 互いの顔を拳が捉え、ぶつかりあった力は波動となって会場を揺らす。

 体の芯に響く一発だけどよ、お前はもっと痛いだろ。

 爰乃や子猫ちゃんほど上手くはないが、俺だって香千屋流を学んでるんだ。

 何も考えない力任せのパンチなら、半端なカウンターくらい出来るんだぜ!

 

「不死の力を持つ悪魔でよかったな。普通ならこれで二回は死んでるぞ?」

「……不本意ながら、ここまではお前の勝ちだ」

「殊勝なことで」

 

 がっちり四つに組み合い、力比べに移った所で言葉を交わす余地が生まれる。

 

「しかし、こんなことを幾ら続けても俺は倒せん。どうせお前の力もそう長くは持たないのだろう? このまま消耗戦を続ければ自滅するのは目に見えている以上、俺の勝利は揺るがん!」

「いい読みだ。どうせやる事は変わらんから素直に言うけどよ、後数分で限界を迎えると思う。悪いがそろそろ決めに行くぜ!」

 

 じりじりと熱に焼かれながら、この距離を維持していたのは何の為だと思う?

 ドラゴン波を元気玉に変え、中に閉じ込めれば無限ダメージで勝てると踏んだ俺だ。

 消滅と再生を繰り返させることで精神を磨耗させる勝ちパターンを選ばず、あえて不毛な殴り合いを続けた意味をお前は知らないだろうよ。

 

「やれるものなら、やってみせろ。お前に出来ることなどお見―――」

 

 俺の拳が顔面を捉えた瞬間、奴の口から零れたのは大量の血だ。

 ただ殴っただけならともかく、コイツは効くだろ。

 戦いが始まる前から篭手を出していたのは、爰乃から預かった切札を隠す為。

 これぞ如何なる悪魔にも必殺の効力を持つアイテム。爰乃から借りた、高位の司祭が特別に聖別を与えたと言う十字架を手に忍ばせればこんなもんよ。

 

「馬鹿な!? どうしてお前はソレを手にして無事で居られる!?」

「いやだって、直接触ってねぇし」

「そんな事が出来るはずがない! 見ろ、目にしただけで会場の悪魔が悲鳴を上げるんだぞ? 下級のお前がどうして耐えられる!?」

「いや、普通にいけるんだが……」

 

 例えば触れたらヤバイ真っ赤な鉄だって、専用の手袋越しなら触っても大丈夫。

 それに十字架の聖なる力もよ、放射能みたいなもんと仮定するなら防護服……俺の場合は完全密閉の鎧越しに影響受けるわけないじゃん。

 お前の理屈だと、パック詰めされた劇物を眺めただけで死ぬぞ。

 

『相棒、それは俺が特別なだけだ。赤龍帝の力を具現化した鎧は装着者の属性をドラゴンへと上書きする効力もあるんだよ。だから数少ない例外を、一般論と思うのは止めろ』

 

 まじで? ひょっとして、直接触らなきゃ大丈夫。篭手に刺しておけば収納状態だからいけるだろとか超甘い考え?

 

『……本当はお嬢ちゃんから受け取る時に焦った。篭手の状態でも聖属性耐性があるなんて初めてだぞ』

 

 今後は気をつけます。

 

『是非そうしてくれ。死因がそうと知らずの服毒自殺なら俺が泣く……』

 

 危うく下らない事で致命傷を負う所だったらしいが、結果オーライ。

 俺の規格外っぷりに諦めたのか、これ以上妙なことをされる前に倒しきると宣言して来たライザーと壮絶な打撃戦を開始する。

 さすがに聖属性を上乗せした攻撃には回復が抑制されるのか、徐々に治らない怪我が増えてボロボロになっていく姿を見てここが勝負どころと俺は判断。

 なにせ俺の鎧も所々を焼かれて砕かれ、満身創痍。

 優勢な今を逃せば勝機はねぇ!

 

「やるなぁ赤龍帝……ここまで追い込まれたのは生まれて初めてだ」

「このまま倒れてもいいんだぜ?」

「……気付いていないのか? 徐々に力が衰えてきているお前の負けだ!」

 

 チクショウ、残り時間は?

 

『想定よりも消耗が激しい。もう一分と持たんぞ』

 

 しゃあねぇ。もうちょい弱らせてからと決めていたけど、やるしかないか。

 俺は気付かれないように奥の手を取り出すと、十字架と一緒に握り締める。

 そして練習で培ったイメージを、爰乃が見せてくれた動きで補完。

 わざわざ俺に仕込んだ技の親戚を使ったのは、実際の使用例を見せるためだよな。

 

「お前こそ、この状況を理解してねぇよ。これだから鳥頭は最高だぜ」

「……これはレイヴェルを倒した!?」

「アイツには及ばねぇが、俺なりの努力の結晶を受け取れぇぇっ!」

 

 ドリル妹を葬った技のモーションに入った俺に気付いても遅ぇ。

 左手でライザーを掴みぐいっと引き込んで拳を密着させると同時、右手に残りの魔力を収束。同時に体重移動と各関節の連動で貫通力を持たせ、渾身の力を右拳に込める。

 才能の無い俺は、一ヶ月付きっ切りで教わったにも拘らず何一つ身に付かなかった。

 それでもたった一つ、拙いながら実戦レベルと太鼓判をされた技がある。

 俺の汗の代価、とくと味わえライザー・フェニックス!

 

「くっ、確か……に恐ろしい……攻撃だ。来るのが分かっているのに防御が出来ず、もう少し俺が弱っていたなら体力と精神を削り取られ倒されていただろう」

「どてっぱらに大穴明けられてんのに元気だな……まじすげぇ」

「この俺を相手にここまで戦い抜いた貴様に敬意を評し―――」

「まだ終わってないぞ?」

「な」

 

 爰乃がレイヴェルに放った奥義の廉価版、振動波を発生させない代わりに威力も低い純粋打撃”龍吼”の出来損ないは計画通りにライザーの腹をぶち抜いた。

 技っつーより力任せの腹パンじゃね? と嘆く俺だが、仮にきちんと習得出来ていたとしても最初からコレで決められるとは思ってない。

 そう、本番はここからだ。

 

「負け惜し―――うぎゃぁぁぁっ!?」

 

 腕を引っこ抜く中途に体内で秘密兵器を握り潰せば、言葉の途中で絶叫するライザー。

 俺は拳に纏わり付いた水滴を払いながらニヤリと笑う。

 

「殺しても足りないくら憎かったけどよ、時間制限を知りながら真っ向勝負を続けてくれたお前に毒気を抜かれた。このまま放置すりゃ、さすがのお前でも死ぬと思う。さっさと負けを認めて楽になれよ」

「だれがぁぁっ、貴様などにっ! 俺に何をしたっ! 再生力が働かん!?」

「まぁ、秘密の意趣返しだ。お前だって俺の腹に手を突っ込んで好き放題やっただろ。苦しいか? 苦しいよな? 俺だって死ぬかと思ったぞ」

「おのれぇぇっ!?」

「さて、悲鳴も堪能したしそろそろ止めと行くか。地に落ちた鳥は蜥蜴の餌が相応しい」

「ま、待て、俺とリアスの婚約は悪魔の未来の為に必要な事だ! 今しか見ていない小僧が千年先を見据えた契りをぶち壊しにして責任を取れるのか!」

「難しいことはわからねぇよ。俺みたいな小物はな、目の前の不合理を一つ一つ取り除いて初めて未来に辿り着ける。だから俺は部長を泣かせて、爰乃を汚したお前を絶対に許さない。例え魔王様だろうと、大事な女を傷つけるなら殴るだけだ。じゃあな鳥頭っ!」

 

 体の内外から煙を立ち上らせ床でのたうち回るライバルに別れの挨拶を済ませ、俺はとどめとばかりに十字架を直接ライザーに打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 第十二話「赤蜥蜴と黒髪姫」

 

 

 

 

 

「やれやれ、完全に花嫁泥棒の所業です。このままいけば、最低でも一歩進んだ関係は確定。下手をすると正妻の座に部長が納まる未来も高確率で訪れるような……」

 

 見事な勝利を収めたイッセー君は周囲がまさかの結末に固まる中、混乱が収まる前にウェディングドレス姿の部長を浚ってさっさと姿を消した。

 私から見ても及第点。鎧の力に振り回されている事を減点しても上等の部類です。

 しかし、さすが総督印の濃縮聖水。

 いかに体内にぶちまけたと言っても、不死身のフェニックスすら葬り去る性能はレーティングゲームでの使用を禁じられろうなヤバさですね。

 幸い運用出来る人材が少なそうですし、いざという時の秘密兵器として隠すのが吉。

 イッセー君にも黙っているように伝えておいて正解でした。

 

「あら、それなら私は愛人かしら。それも背徳的でそそられますわ」

「……他の部員はさっさと帰ったのに、どうして姫島先輩は残っているのでしょう」

「悪いことを考えている後輩には、お目付け役が必要だと思いません?」

「何の事やらさっぱり分かりませんね。ちょっとライザーに話があるので行ってきます。先輩が思うような真似は致しませんので、どうぞお構いなく」

「本当に?」

「はい」

「それなら申し訳ありませんけど、リアスの後を追わせて貰いますわ。貴方も主役の一人なのですから、早く顔を出してくださいね」

「用事が済み次第帰ります」

 

 他の部員が部長の転送に乗じて姿を消した中、一人残った姫島先輩はさすがだった。

 まさか、これからやろうとしていることに釘を刺されるとは思いませんでしたよ。

 値踏みするようにじっと目を合せられ、嘘を言っていないと確信されてやっと退散です。

 まぁ、私って有言実行には定評がありますからね。

 但し、解釈は人それぞれ。

 今回も何処までが無茶なのかは、個々人の裁量次第ですよねー。

 先輩を見送りやっと一人になれた私は、限界突破の体を酷使して移動を開始。

 目指すのはこのホテル(?)の医務室だ。

 道筋については相談事と合せて魔王様に確認済み。

 それでも地味に迷いながら目的の場所にやって来た私は、意外にも意識のあったライザーをようやく発見。レイヴェルは……別の場所ですか。

 

「おや、思ったよりも元気ですね。格下と侮っ……失礼、侮らずに本気で戦って負けた気分は如何ですか?」

「黙れっ! 何をしに来た女!」

「借りを返しに」

「なっ!?」

「本来ならレイヴェルなんて眼中になく、貴方を狩りに来たんですよ? まさか嫌とは言いませんよね?」

「お、俺の怪我を見てそれを言うのか!?」

「大丈夫、ざっと見たところ内がぼろぼろなだけで後は綺麗なものじゃないですか。私なんて複雑骨折に靭帯断裂で利き腕が使えません。さらに言えば、全身の至るところがズタボロですよ。怪我の具合だけを見れと、そちらの方がよっぽど健康だと思います」

 

 多分、気付いていない部分も割とヤバイですね。

 気を抜いたら倒れかねないというか、考えただけで痛みが増すピンチっぷり。

 アーシアの言ったとおり、全快していなかった事を改めて実感します。

 

「に、人間よ、目的は何だ? そんな体で俺をどうするつもりだ?」

「魔王様曰く、もう一戦くらいなら異空間を維持してもいいとの事です。せっかくなので私ともリベンジマッチをやりましょう。勝利条件はどちからの戦闘不能で如何?」

「正気かっ!?」

「ええ。いくらレイヴェルが貴方と同格でも、負けたのは彼女ではありません。これから先、貴方と再戦の機会が巡ってくる保障はどこにも無く、顔すら合せるかすら怪しいと思いませんか?」

「確かに……この再会は奇跡だろう」

「なら今やりましょう。幸い条件は五分。むしろ時間を置けば直るフェニックスの力が有利」

「ま、魔王様が認めた……のか?」

「はい、存分に楽しめと」

「……その怪我で戦いを望むとか、何処のバーサーカーだよ」

「褒め言葉ですね。さ、行きましょう」

 

 真っ青な顔のライザーは、狂人を前にしたかのような恐れっぷり。

 貴族なら命と誇りを天秤にかけた場合、どちらに傾くのか知っているだろうに。

 お爺様も言っていたけど、敗北から得るものがあるならばそれは良い。

 重要なのは、そこで諦めず乗り越えることなのです。

 

「ちなみにレイヴェルを例に挙げるまでもなく、今の私なら不死鳥の特性を無視して殺れます。イッセー君の時と同じように、最初から全力で来ないと死んじゃいますよ?」

「ひぃっ!」

 

 刑場に連行される罪人の如くライザーを引き連れ、戻って来ましたパーティー会場。

 そこにはもう数人の事情を知った悪魔の姿しかなく、関係者以外は姿を消している。

 その中の一人、いつの間に来たのか満面の笑顔で破顔しているのはお爺様でした。

 

「サーゼクスに話は聞いた。フェニックスの小娘では足りず、三男坊を引きずり出すとはまさに天晴れ。お前の精神こそ正にますらお。さすが我が孫よ!」

「何時の間にいらしたのですか?」

「今さっきだな。今日も今日とてアザゼルとの打ち合わせが思ったよりも長引き、こんな時間になっていまったのだよ。生で孫の初陣を見逃したと嘆いただけに、このサプライズは嬉しい誤算。どのように舞うか楽しみにさせてもらうぞ」

「はいっ!」

 

 見物人はお爺様、魔王様、フェニックスの偉い人、グレモリーの偉い人にグレイフィアさんの五人だけ。でもこれは非公式の裏試合。歓声が欲しい訳でもなく、どちらが勝つかだけを見届けてくれればそれで十分です。

 落ち着かない様子のライザーが反対側に立った所で準備は万端。

 魔王様の合図でリベンジマッチは始まるのだった。



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第13話「勝利の代価」

 問題。どんな怪我からもあっさり復活する化け物を、どう倒せばいいのでしょうか?

 回答。蘇生する暇も与えず一撃で全殺し。

 

 実効性についてはレイヴェルで証明済み。どこからも文句の出ない正解です。

 でも、他にも正解は無いのかな? それを今から確かめてみましょう。

 

「いぎゃぁぁぁぁっ!?」

「そーれ、もういっぱーつ」

 

 聞く所に寄れば、フェニックスの不死性は精神と密接に関係しているらしい。

 苦手だな、勝てないな、と認めてしまうだけで弱体化するとかしないとか。

 つまり精神力をゴリっと削れば倒せるのでは、と思った私です。

 試しに選んだ手段は痛覚の刺激。以前にお爺様の知人から習った、鞭で打つと書いて”べんだ”を大絶賛実行中だったりします。

 これは全身を水の様に扱うことで、驚異的なしなりを発生。本物の鞭のような打撃を発生させる技術でして、私の得意とする内部破壊と真逆の皮膚を狙い打つ表層攻撃です。

 私も後学の為に食らった事がありますけど、とにかく人の限界を超えて痛い。

 脳に直接響くようなソレは、痛みに反して皮膚が弾ける程度のダメージ。

 私の愛する一撃必殺には程遠い、敵を弄ぶ時にしか使えないニッチさ。

 でも、使いどころを間違えなければ有効でして―――

 

「ちなみに再起不能な腕のお陰で、普段よりも痛み増量中。折れた骨で支点が増えている分、超しなってます。多分これが生涯最高の技の冴えでしょう」

「やめてやめてやめてっ!?」

「いやいや、折れた腕を振り回すのは辛い事なんですよ? 見てくださいこの脂汗、普通の女子供なら発狂するレベルみたいな?」

「先に俺が発狂する!」

「するかどうか実験して見ましょう。よいしょー」

「ひぎぃぃぃぃ!?」

 

 お坊ちゃん育ちで根性の据わっていないライザーは床で丸まり、乾いた音が響く度に悲鳴を上げる愉快なオブジェにビフォーアフター。

 開幕の一発を浴びて心が折れたのか、壁際まで逃げ出し丸くなる始末です。

 痛いよねー、辛いよねー。

 でもね、強い人は余裕で耐えて反撃してくるんだよ。

 女子供にしか効かないお遊戯に怯るとか、情けないと思いません?

 

「魔王様、これって私の勝ちですよね?」

「……いいんじゃないかな?」

「いやいやいや、お待ちを! 愚息はまだ戦えますとも!」

「しかしだねえ」

「ライザー、お前もフェニックスの男ならば戦え! このまま無様な姿を晒すようであれば勘当するぞ!」

「そ、それだけは勘弁下さい。今までのは演技、そう演技です! これより本気を―――」

「せーい」

「ギャーッ!?」

 

 フェニックス親子の会話が癪に障ったので、話の腰を折ろうと一発お見舞い。

 私としてもね、ひっぱたく手も痛いし止めたいんだよ。

 見て下さい、この鬱血して凄い色の腕を。

 深刻なダメージを蓄積しているのはこっちですよ?

 

「はぁ、一度仕切りなおしましょうか」

「ほ、本当か?」

「ええ。またぐだぐだになっても困るので、鞭打も使わないと約束します。だからそちらも、距離をとってチクチク炎攻撃みたいな真似はしないと誓ってください。仮にも魔王様やら親の前。男らしくステゴロの殴り合いで決着をつけないとマズイのでは?」

「その通りだライザー。半死半生の小娘に、これ以上の侮蔑を許すな! 貴様に男の矜恃が少しでも残っているなら、正々堂々と同じ土俵で勝負して勝て!」

「は、はぃぃっ! 小娘―――」

「あ?」

「ココノ様、その提案受けようではないか!」

「下手に出たいのか、上から目線で居たいのか、はっきりしてくれませんか?」

「俺なりの葛藤があるんだよ! とにかくケリをつけるぞ人げ……ココノ!」

 

 うわー、とてもじゃないけど名門貴族のセリフじゃないね。

 お爺様と魔王様なんて、笑いをこらえる作業に手一杯ですよ。

 このコント、傍観者の立場でなら見たかったな……

 

「ふはは、貴様のことは調査済み。レイヴェル戦の力は想定外だがなぁ」

「はぁ」

「ココノの能力は格闘、それも投げに傾倒していることは調査済み。片腕を封じられては、能力を生かせまい。自ら不利な状況を作り上げるた迂闊を呪え!」

「あの」

「何だ」

「レイヴェルを倒したのは何でした?」

「……拳だな」

「左でも同じ技を使える可能性を、考慮した上での発言ですよね?」

「と、当然だろう。時にこれは興味本位だが……実際はどうなのだ?」

「ほらほら、決着を先延ばさないで始めましょうか。行きますよー?」

 

 どうしてこれから戦う相手に、手札を晒してくれと頼めるのか理解に苦しみます。

 頭の痛くなるような事ばかり言う鳥頭に辟易した私は、一方的に始める事にする。

 掛け値なしに私の体の限界は近い。

 全身には一つとして無事な部位はなく、鞭打の多用で悪化した右腕はピクリとも動かない。

 でも、一番困るのが足首。奥義を放つ時にミスったせいで捻挫しちゃったのが痛い。

 それでも顔は平静を保ちながら最後の弾をライザーの胸に押し当てると、イッセー君に負けた記憶がフラッシュバックしたのだと思う。

 炎を宿した拳で叩き落そうと必死に反応するも、それは私の筋書き通り。

 兄弟揃って沈んだ技のモーションを見せれば、必ずそう来ると思っていましたよ。

 

「残念、左では奥義を打てない未熟者でした。貴方のデータ通り、キッチリ投げ技でゲームセット!」

「謀られただと!?」

「何処に嘘の要素が!?」

 

 伸びてきた腕に左腕を巻きつけて間接を極め、手が足りない所は口で代用。

 ライザーの襟元に噛み付いて固定し、勢いを殺さず後方への投げを敢行する。

 同じ手は貰わないと、なけなしの神気で炎を相殺。空中に居る間に体制を整えて、着地と同時に残りかすの気を込めた膝を落せば手ごたえあり。

 投げて、極めて、打つ三拍子の前に、弱っていた不死鳥は羽ばたく事を止める。

 

「少量の気しか使えずともこの通り。仮に炎を用いた防御が上回っていても、結果は同じだったでしょう。どちらが上か理解できましたか? これでも全力には程遠いんですよ?」

 

 考える事を止めたライザーを見下ろす私は、反応出来ないと分かっていても勝利宣言を続ける。聞かせているのは観客、特にフェニックス親なので問題ありません。

 

「フェニックスの偉い人、彼が目覚めたら伝えて下さい。不服があるなら万全の状態での再戦も受ける。但し次は加減無しで殺す、その事を忘れるな……と」

「よかろう」

「それでは限界なので帰ります。お爺様、エスコートをお願いできますか?」

 

 今の攻撃で全てを出し尽くした。もう、幾ら絞っても一滴の雫すら出てきません。

 立っているのも無理な私の現状を見抜いたのか、言い終えるよりも先にお爺様が私を抱きとめてくれている。

 うん、十分頑張った。だから、少しくらい甘えても許されるよね。

 そう思った瞬間、張り詰めた糸がぶっつり切れた。

 そこから先の記憶は無い。

 

 

 

 

 

 第十三話「勝利の代償」

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは何処かの病室だった。

 異様に重たい体を起こそうとしてみれば、全身の筋肉が萎縮して思うように動かない。

 首を回せばバキバキと鳴るし、まるで他人の体の様に感じる。

 

「これは……アーシアが治してくれたのかな?」

 

 点滴の針が抜けないように右手を動かしてみれば、幸いなことに若干の違和感を感じるものの概ね思い通りに動いてくれる。

 他の怪我も同様で、外から見える範囲の怪我は全て完治。

 何とも言えない各所の硬さは、おそらく再生魔法の後遺症じゃないかな。

 同じ素材の部品を組み込んでも、馴染むまでギアは綺麗に回らない。

 元の感覚を取り戻す為には、慣らし運転が必要なんだと思う。

 そんな事を考えながらふとカレンダーを見ると、今日はライザー戦からぴったり一週間後。

 随分と長いこと眠っていたらしい。

 何処の茨姫ですかと自虐していると、ドアノブが動く気配を感じた。

 つい反射的に覚醒前と同じ姿勢に戻して目を閉じるのと同時、誰かが病室に入ってくる。

 

「爰乃さん、まだ意識を取り戻してないんですね」

「アーシアのせいじゃないって」

「でも、でも……」

「こうやって毎日毎日、神器を使いに通ってるんだ。そのうち平気な顔で、ひょっこり起き上がるさ。もしかすると、それは今かもしれないぜ?」

 

 その声はイッセー君にアーシア。何ですかそのシリアスなムードは。

 これじゃ、目を開けるわけにも行かないじゃないですか!?

 

「うううう、爰乃さん、爰乃さんっ! 私の力が足りずに御免なさいっ!」

 

 やばいやばいやばい、とっくに目覚めていると知られるわけには行かない状況ですよ。

 本気で泣いてるアーシアとか無敵にも程があります。

 

「ん?」

「どうしましたか?」

「気のせいかもだけど、爰乃が顔を背けたような……」

「人は意識が無くても動きますし、寝返りくらいは普通です」

「それにさ、露骨に冷や汗かいてね?」

「お部屋が暑いんですね。私、ハンカチを濡らしてきます!」

「お、おう」

 

 疑うことを知らないアーシアが居なくなると、妙な沈黙が生まれる。

 ま、まだ慌てる時間じゃありません。そうですよね、安西先生!

 

「おいコラ。狸寝入りとか止めて、さっさとこっち向けよ」

「にゃむにゃむ」

「……ほう」

「すぴー」

「舐めとんのかぁ!?」

「もう食べられませんー」

「ま、まだ認めねぇ……それならこっちにも考えがあるぞ?」

「すかー」

「今のお前は病院着一枚、この意味が分かるか?」

「!?」

「ぐへへ、まさか反撃しないよなぁ? て、手始めにおっぱいでも揉もうかな!」

「く、ぐーっ!」

 

 嘘を貫くにはリスキー。かと言って言い負かされるのも悔しい!

 本当にエロに関することだけは頭が回る……どうする、私。

 即効で決断しないとほら、もうシーツが重みで沈み込んだ。

 うわー、確実にそこまで来てますよ!?

 危機感を感じた私は、上半身を起こして枕を抱きしめながら言う。

 

「ああもう、分かりましたよ! ええそうですよ、ついさっき起きましたよ! 何か文句でもありますか? あるなら毒リンゴを食べたお姫様の様に、王子様が来るまで惰眠を貪りますが!?」

「逆ギレ!?」

「どうせチキンなイッセー君は、口だけと確信してますけどね、だけど私も乙女なんです。その脅迫は卑怯じゃないでしょうか!」

「ごめん―――ちげぇよ! 何時の間に俺が悪い流れになってんだよ!」

「では間を取って喧嘩両成敗。互いに非は無かった、そうですね?」

「もう、それでいいよ……俺としてはお前が元気一杯なだけで満足だ」

 

 いやその、そこで真面目に応えられると困るというか……

 

「とりあえず、私が眠っている間の話を聞かせて」

「任せろ。お前も気になってるだろう部長だが―――」

 

 彼の口から語られたのは、半ば予想通りの結末だった。

 部長は晴れて自由の身となり、今では兵藤家にアーシア共々居候を開始。

 ファーストキスを貰った、寝る時はいつの間にか裸で潜り込んでくる、等とドヤ顔で口にした件は驚きましたが、アレだけ情熱的な告白をされてグラっと来ない女の子もいない。

 やったねイッセー君、ハーレムメンバー二人目確保だよ!

 ちなみに私とライザーの私闘については、あったことすら知らないらしい。

 このグレモリー資本の人外用病院に運び込まれた経緯も、レイヴェル戦の後遺症と言うことになっているからびっくり。

 

「なるほど」

「ってわけで、我が世の春が来たって感じだ! 部長ってば洋食専門かと思ってたら、味噌汁が旨いの何の。才色兼備で家庭的、マジでライザーに渡さなくてホッとしてる」

「私の親友は?」

「アーシアはアーシアで超可愛い。部長に張り合おうとして、健気に努力する姿は正当派美少女! こう、俺の服をぎゅっと掴んで上目遣いとか最高です。妹が居たらこんなかなーとか毎日思ってるな」

「しかも義理ですらない妹!」

「い、言われて見れば確かに。アーシアは嫁にやらんとか考えてたが、兄じゃないんだよな俺。ハーレムに入ってくれるように頼んでも許されるんじゃね!?」

「でもその発想。ネタにしても、実の妹をハーレムに組み込んだライザーと完全に一致だね」

「……ぐはっ」

「勘違いして欲しくなのは、責めてるんじゃないって事。向こうが下僕に注ぐ愛着なら、こっちは純粋な愛情でしょ?」

「いやその、確かにアーシアは大事だけど面と言われると恥かしいんだが……」

 

 ちょっと落ち着きなさいハーレム王。

 この程度で狼狽するなら、落せる女の子はベリーイージな私の天使くらい。

 部長の様な強制イベントはそう発生しないんだし、先行きが暗すぎませんか?

 

「よし、とりあえずアーシアに告白しちゃいますか」

「!?」

「常日頃からハーレム願望を語っているんだし、OKを貰った後に他の女の子へ手を出しても許されると思う。あ、部長が先の方がいい?」

「ぶ、部長はペットとしての俺を愛でてるだけだし……」

「へたれ」

「ぐ」

 

 こ、ここまで内弁慶だったとはさすがの私も予想外。

 夢が届くところまで来ていると言うのに、この男は何なのだろうか。

 あまりの不甲斐なさに呆れて溜息を吐いた時だった。

 

「……誰も居ないから言うけどさ、お前だから打ち明けるけどさ」

「急に改まって何ですか」

「俺は女の子と仲良くなるのが正直怖い。薄っぺらな関係ならいんだけど、それ以上となると震えが止まらねぇ。もしも拒否されて馬鹿にされたら、態度が急変して離れていったらと思うと、動けなくなっちまう」

「え、何ですかそれ」

「笑えよ、これが普段はハーレムハーレム騒いでる奴の正体さ」

 

 イッセー君は、そんなに弱いキャラじゃなかった。

 どれだけふられても、軽蔑されても、起き上がりこぼしのように無限に立ち上がる男の子だった筈。

 原因は……何だろう。

 

「前に彼女が出来たって、騒いだことがあっただろ?」

「はい」

「その時の彼女はそりゃいい子だった。初デートなんて徹夜でどうするか考えて、面白い話が出来るように無駄に本も読み漁った。その甲斐あって、むちゃくちゃ喜んでくれたんだぜ? そりゃもう浮かれたよ、将来の事すら考えるくらいに」

「続けて」

「でも彼女、夕麻ちゃんは堕天使だった。俺に告って来たのも神器狙い、しまいにゃデート帰りにさっくり殺しに来る始末。その時にさ”おままごとは楽しかった? とてもつまらない時間をありがとう”って言われたんだ」

「その彼女は?」

「死んだよ。俺がアーシアを助ける時に部長が殺した。後一発まで追い込んだら、命乞いして来たんだぜ? アレは冗談だった、貴方のことが大好き、愛しているから助けてって」

 

 いつぞやの件に、こんな裏側があったとは知りませんでした。

 私が見たのは、過程をすっ飛ばしたワンカットだった様です。

 

「……トラウマになったんだね」

「部長も、アーシアも、朱乃さんも、小猫ちゃんも皆好きだ。でも、だからこそ距離を縮められない。このメンバーに裏切られたら自殺しかねないと思う。なぁ、俺はどうすればいい? 教えてくれよ……マジで」

「本当ならカウンセリング行け、と放置するんだけど……仕方がないね。その頑丈そうな心の壁に小さくても風穴を開けてあげましょう」

「で、出来るのか?」

「癒しがアーシアの担当なら、壊す方はこの私の得意分野。任せなさい」

 

 大見得を貼ったはいいけど、これは賭けだ。

 前提条件が成立していなかったらお手上げなのだから。

 

「ねえ、イッセー君。どうしてこの話を私にしたの?」

「他の誰でもない、お前だからとしか」

「私なら裏切らないって確信していると?」

「お前に裏切られてどうにかなるなら、それはこっちに問題があったって事だ。爰乃は正義じゃないが、嘘はつかねぇし仁義は守る。そこに疑う余地はねぇからな」

「つまり、私が確信を持って断言した事象は真実。暴論ですが、この論法に間違いは無い?」

「おう」

「ならば神託を与えましょう。私が近くで見てきた女の子、少なくともアーシアはイッセー君に魂を捧げるレベルの好意を抱いています。もしもふられたら責任を持って……ええと、どうしよう? 何かナイスな案あります?」

「アドリブ効かないな!」

「あーもう、駄目だったら私が彼女になってあげますよ! 何か不服は!?」

「おまっ!?」

「異論はありませんね!?」

「ありません、むしろそれはそれで大歓迎です!」

 

 あれー、私は何を口走ったのかな?

 100%勝てる勝負にベットしたにしろ、掛け金があまりにもアレな気が。

 これではまるで、私がイッセー君に恋心を抱いているような言い方では!?

 

「ってわけで、夏休み前までには告りなさい。OKさえ出れば、トラウマも被害妄想と切り捨てられる位には回復すると思う」

「た、確かに成功体験があれば、悪夢を消し去れるかも!」

 

 よし、流された。

 さすがは望まれて花嫁泥棒をしながら、下僕だから当然みたいな判断をする鈍感男です。

 私がヒロインならイラっときて殴ってますよ。

 

「分かったなら離れなさい。いつまで私の手を握っているつもり?」

「お、悪い。すぐに離れ―――」

 

 感極まったのか、私の手を両手で握ってありがとうを連呼するイッセー君。

 ここまで感謝されると逆にウザく、嗜めた瞬間だった。

 

「イ、イッセーさん……? 何をされているんですか?」

 

 おはよう、アーシア。

 ピンポイントで誤解されそうな場面に入ってこなくてもいいんじゃないかな。

 角度的にはハグに見えるかもしれないけど、事実は違うんだよ?

 

「ア、アーシア、これには事情が」

「ううう、愛の力が奇跡を起こして爰乃さんを起こしたんですね……ああ、神様痛っつ」

「悪魔が神に祈るのは止めなさい」

「って爰乃さん、大丈夫ですかっ!?」

「お陰様で何とか。悪いけど、先生を呼んでくれるかな? すっかり元気だから退院の手続きをしたいんだよね」

「えと、ナースコールを使われては?」

 

 これは盲点。アーシアに座布団一枚進呈です。

 

「ぽちっとな」

 

 私は事をうやむやにすべく、看護師さんを召還するのだった。

 後のことは知りません、フォロー頑張れ赤龍帝さん。



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第三章 堕天使と聖剣の協奏曲
第14話「江戸の華」


「むー、こんなにも元気だと言うのに検査検査と……お陰でせっかくの球技大会を逃してしまいました。でも、もう宜しいのですよね?」

「うむ、わしの目から見ても完全復調。今日からは普段どおり過ごすが良い」

 

 例のハイパーモードもあり、何らかの後遺症が残っていないか病院で検査を受けていた私です。

 入院を押し切り何とか自宅療法に切り替えたものの、毎日病院に通わされる面倒な毎日でしたよ……。

 しかし、それも終わりました。

 人間の医学、悪魔の魔法療法、何れもクリアした私は自他共に認める健康体!

 明日からは学校にも行けるけど、残念なことに学校行事を一つ逃してしまった。

 地味に楽しみにしていた球技大会は、クラスだけでなく部活単位でも対抗戦が行われる花形イベント。

 うう、参加できなかったのが実に悔しい。

 

「しかし、英雄の子孫やら魂を受け継ぐ人って結構居るんですね。自分を特別だとは思いませんが、在り得なくもないと知り驚いています」

「わしの友人にも一人居る程度のレアさだろう。世界規模で見れば100は居ると噂されておるよ。まさかその一人が孫とは思わんかったがね」

 

 そう、夢の話を語ったところ、あっさり受け入れられたんですよ。

 覚醒の仕方は人それぞれであり、決して在り得ない話じゃないとか。

 ただ、珍しいと言われたのは能力のONとOFの任意切り替え。

 普通は英雄そのものとなり、基礎スペックが置き換わってしまうものらしい。

 そうなってしまえば、人の世では強すぎて生き難い。大抵の場合は人外世界に身を移すとの事なので、空気を読んだレア技能を授けてくれた関羽さんに大感謝です。

 

「この力、必ず使いこなして高みへ至ります。今後も未熟者に指導お願いします!」

「それでこそ当代の香千屋頭首。実を言うとだね、初代も同じ力を持っていたのだよ。迷信がはびこる時代ゆえ正体は分からぬが、天狗と呼ばれていた事は確かだな」

「さすがご先祖様」

「じゃろう? 時にせっかくの休み。日もまだ高い故、稽古つけてやろう。奴が編み出し、唯の人には扱えず封印していた奥義の伝授を今日より開始する。心してかかれ」

「はいっ―――と、お客様? イッセー君達かもしれませんし、私が出ます」

「わしは道場で待とう。兵藤君か木場君なら連れてきなさい」

 

 ライザー戦での活躍を経て、イッセー君の評価はさらに上がった。

 今では全身鎧を纏った姿で修行に励み、牛歩でも着実に階段を登る姿にお爺様はいたく感銘を受けていたり。

 対して力不足を悟ったのか、時折通ってくる木場君は未だ丁稚扱いなんですよね。

 両者の間にある差は、きっと心構え。

 お爺様曰く復讐に生きる者特有の悪意を糧に剣を振る木場君と、迷い無く上だけを見て一心不乱にあがくイッセー君は対極的だと思う。

 目的を果たすに足りる力で満足する木場君は、際限なく強さを求めるイッセー君にいつか追いつかれる。

 むしろ禁手に後発で至った事も含めれば、既に追い抜いたとも言えるかも。

 モチベーションの違いが、実際に結果として現れているのが何とも面白い。

 

「仮でも前衛二人が入門したのだから、小猫ちゃんも弟子入りすればいいのに……」

 

 残念なことに、小猫ちゃんだけはうちに来ていない。

 一人で仙猫モードを安定させて見せる、と私に宣言したんですよね。

 つまり好意的に解釈すれば、そのうち門戸を叩きに来ると言う事。

 今は強制せず、いずれ自分から来ると信じて待つのが吉かな?

 

「はいはーい?」

 

 玄関を開けると、そこには二人の少女が立っていた。

 

「アドラメレク殿は―――」

「間に合ってます」

 

 とりあえず閉めた。

 

「ちょ、何故閉める!? 我々は教会から派遣されてきた聖職者だぞ!?」

「当家は神道なので。というか、神社に布教活動とか控えめに言って狂ってます。どうぞお引取りを。下手に騒げば警察呼びますよ警察」

「ポ、ポリスはまずい!」

「……やましい事があると自白しましたね?」

「違う、違うんだ!?」

 

 私の目に一瞬だけ映って消えたのは、首から十字架をぶら下げた白いローブ姿のシスターらしき二人組み。ローブの下はレオタードっぽいですし、何処が怪しいとかを通り越して一切合財全てが不審です。

 鍵をしっかりとかけ立ち去ろうとすると、聞き覚えのある声が私の名を呼んでいることに気づく。

 

「爰乃ちゃん、私だよ私! 昔一緒に遊んだ紫藤イリナだよ!」

「名を騙るなら、もう少し近しい人を使いなさい」

「そのザックリとした切り捨て方、何も変わってなくてびっくり!」

「貴方が本物と言う証拠は?」

「ええと……原っぱの所有権をかけて、野球部と争った話とかでも?」

「いいでしょう」

「あの時はピッチャーの子が高校生のお兄さんを持ち出してきてドヤ顔してたのに、爰乃ちゃんが肩の骨を外して泣かせたよね? 私も怖くて泣いたけど!」

 

 あー、そんな事もありましたね。

 確かイッセー君は爆笑して、その傍らには”やりすぎだよぉ”とかぼやいてたイリナちゃんが居たような居ない様な。

 仕方が無い。本人の可能性が否定できなくなったのなら、顔くらいは見てあげますか。

 と言っても私は悪魔陣営。教会を敵と認識していることに代わりは無い。

 いつでもハイパーモード改め、英雄モードに切り替えられるよう集中して気を高める。

 

「久しぶり、爰乃ちゃん。暫く会わない内に色々あったみたいだね。積もる話もあるし、入れてくれる?」

「その口ぶりだと、諸事情を察していると思っていいのかな?」

「んーと、イッセー君とその仲間達にはご挨拶を済ませてきたと言えばOK?」

「結構です。では最後の質問、イリナちゃんは敵ですか? 味方ですか?」

 

 栗毛の髪をツインテールに結んだ少女にかつての面影を見た私は、とりあえず偽者の線を捨てた。いやはや、すっかり美人さんに成長してびっくりです。昔は少年の様な姿で野山を駆け巡ったのに、今では美少女シスターとはこれいかに。

 でも、回答次第ではこの場で潰す。

 過去は過去。現在を生きて、未来に向かう私に容赦はありませんよ。

 

「爰乃ちゃんのお爺さん次第、かな」

 

 

 

 

 

 第十四話「江戸の華」

 

 

 

 

 

 どうやら招かれざる客らしいので、暴れても問題ない道場へとシスターズを連れて行く。

 いや、別に超電磁砲量産しませんが。

 閑話休題。当然お爺様は既に察知していたようで、傍らには愛刀を忍ばせていた。

 最初は懐かしい顔だと相好を崩したけど、話が怪しくなってきた辺りで怒りの色が前面に押し出されてきましたね。

 

「リアス・グレモリーには話を通してある。ベノア・アドラメレク、そちらも同様の条件を飲んで頂きたい」

「ほう」

 

 イリナちゃんの連れで、青い髪にメッシュで緑を入れた同い年位の少女が要求した話を要約するとこうなる。

 教会で保管していたエクスカリバーが盗まれた。

 犯人は堕天使幹部のコカビエルで、この街に持ち込んだ事が確認されている。

 威信にかけて取り戻すから、一切の邪魔をするな。

 後、事前に送り込んだエクソシストが悉く始末されてるけど、犯人はお前じゃないのか?

 グレモリーは手を出さないと約束したが、お前はどうする?

 との事。

 

「ミカエル様は貴様が中立で無関係だから関わるなと仰ったらしいが、私の上はそうは思っていない。堕天使に組し、幹部級とも繋がりのある悪魔を信用しろと言うほうが無理なのだ」

「……」

「しかしながら、天使の方々へ表立って逆らう事も出来ないので牽制球を投げておく。堕天使コカビエルに手を貸したと判断すれば、我々は貴様を完全に消滅させるつもりだ」

「さては、熾天使が来るのかね?」

「いや、今回派遣されたのは私達だけだ。エクスカリバーに対抗できるのはエクスカリバーだけ。聖剣の担い手二人が居れば貴様とて滅ぼせる、侮るなよ悪魔め」

 

 人の家に土足で上がりこんだ挙句、おぞましいものを見るような目をお爺様に向ける少女……ゼノヴィアと名乗った無礼者に家主は意外にも寛容だった。

 決して言葉を荒げないし、冷めた表情も何一つ変えない。

 

「よろしい、話は全て分かった」

「物分りが良くて結構な―――うぁぁっ!?」

 

 抜き手も見せず、刀を納めるチンという音だけが聞こえた。

 その直後、ドサリと床に落ちたのは少女の腕だった。

 

「ミカエルに非がないことは分かった故、奴に免じて命だけは取らぬ。しかし、このわし相手に舐めた口を叩いておきながら五体満足に帰れると思うとらんよなぁ」

「やはり悪魔かっ! だが腕の一本如きで戦意を喪失すると思っているなら大間違いだ! 交渉は決裂、力を貸せプロテスタント!」

「任せて! 汝我が敵を滅ぼせ、エイメ―――」

「私を無視出来るとでも?」

 

 臨戦態勢に入ったイリナちゃんが懐から取り出した紐を剣に変えたのを見て、私も介入を開始する。牽制の掌打を横合いから叩き込み、そのまま足払い。

 が、対人戦になれているのか掛が浅い。

 最近は才能任せの悪魔ばかり相手にしていたので甘く見すぎでした。

 思わず舌打ちをしつつ、構えを取り直して私は告げる。

 

「お爺様に対する暴言の数々……投げ殺しますよ」

「爰乃ちゃんが悪魔に誑かされてる! なんて残酷なの、これが私に対する試練なのですね! ああ、神よ私をお救い下さい!」

「何ともウザイキャラになったものです。どうせ相方はもう終わり、イリナちゃんも相応の報いを受けなさ―――おおっと」

 

 剣だと思っていたら、いつの間にか形を刀に変えられていた。

 おかげで剣速が想定と違う。思い切って踏み込めないとは厄介な。

 

「その、ちまちま変わる剣は何ですか」

「これはエクスカリバーの一つ”擬態の聖剣”で、どんな形にも姿を変えられるの。昔と同じく格闘メインの爰乃ちゃんには嫌な武器でしょ」

「イリナちゃんの知っている私になら、ですけど」

「強がりはだめ、汝嘘をつくことなかれ!」

 

 時に短剣、時に長刀と変幻自在な武器を使い切っているイリナちゃんは凄いと思う。

 でもね、私は似たようなスタイルの騎士を知っている。

 初見なら少しは困っただろうけど、驚くほどじゃないんだ。

 さくっと潰そうと決め、もう一つの対決に目を動かしてみれば想像通りの展開が広がっていた。

 

「わ、私の”破壊の聖剣”が……嘘だろ?」

「アザゼルが設計に参加し、ウルカヌスが星海の鋼に槌を振るった我が刀。オリジナルとて屠る刃が、高々1/7の性能しか持たぬなまくらに劣る訳が無かろう。もうぬしには飽き飽きじゃ、失せよ」

 

 さすが、当然のように舜殺ですか。

 無礼な異人は両手両足を落され、だるま状態。不思議なことに傷口からは血の一滴も零れていませんけど、そんな大物が鍛えた刃なら当然ですよね。

 確かウルカヌスはギリシャ系の鍛冶神。神造の刃は万物を断ち切るのでしょう。

 お爺様は魔法陣を生み出すと、その中に人体一式を放り込んで拍手を一つ。

 どこぞに無礼者を転送して、スマートな決着を迎えています。

 

「爰乃や、手伝いはいるかね?」

「不要です。この程度の相手に手間取り、申し訳ありません」

 

 武器の射程は分からずとも、使い手は所詮人間だ。

 全体の動きから行動を予測して、ゆったりと距離を縮めていく。

 ある意味、訳の分からない稼働域を持つ悪魔より余程やりやすい。

 なにせ私が磨いてきた技術は、原則的に人を殺すための集大成。

 変わった武器を持った程度で後れを取る香千屋流ではありません。

 

「逃げてばかりは卑怯だよ!」

「イリナちゃんの辞書には、近づいてくる相手が逃げると表記されてるの?」

「殺していいのは、悪魔と異教徒と書かれてるよ」

「答えになってませんが、それなら私も対象ですね。私が継いだ力は中国の神様、関帝の全て。一神教の人間にしてみれば敵でしょう」

「そうなんだ。ごめんね、再会して間もないのにお別れする罪深い私を許して!」

「死ぬのはイリナちゃんですが?」

 

 長剣を横なぎに振るわれたところを狙い、タイミングを図ってその腕を掴む。

 いかに射程が変動しても、扱う人間さえ見切ればどうという事は無い。

 道具は人が使いこなしてこそ相棒。

 武器に使われている様じゃ、私に一生届かないことを知りなさい。

 フィニッシュと、雷神落しに移行した所で制止の声が聞えた。

 

「殺さず捕らえよ!」

「はいっ!」

 

 もはや無意識レベルで止めの蹴りを放とうとする体を押さえ、そのまま落す。

 首が嫌な方向に曲がった事を見届けて、床にキスさせれば一件落着。

 とりあえず頚椎を折らなかったから、死んでは居ません。

 念の為、気絶しても離さないエクスカリバーを奪って……と。

 

「片付きました」

「木場君との経験が生きたか。所詮己の全てを捧げた一振りを持たぬ者は、どこまでいっても中途半端。己の芯が定めぬ多様性は害悪にしかならんのだよ」

「はい、ほんの僅かな重量や形状変化でも使う人間にとって致命傷となります。そして、全ての武器を意のままに運用する事は事実上不可能。下限を揃える代償に、習熟度の上限を引き下げる行為は愚かの極み。魔剣創造に頼る木場君と同じく、絶対の刃を持たない相手は何も怖くありません。それもこれもお爺様の教えあってこそですが」

「持ち上げるな手恥かしい。どれ、こやつも捨ててしまおう。兵藤君と爰乃の友人のようだが問題ないな?」

「敵ならば親であろうと倒せ、香千屋の家訓を私は守りたく思います」

「……英雄の素質といい、お前は生まれる時代を間違えたな」

 

 嬉しそうに苦笑するお爺様は、メッシュ娘と同じ手順でイリナちゃんを消した。

 何処へ飛ばしたのか尋ねると、教会勢力が運営する根城との事。

 感謝しなさいシスターズ。悪魔の情けで生かされた事実を忘れないで欲しい。

 そんな優しい祖父は転がっていたイリナちゃんのエクスカリバーをバラバラに切り分けると、大きい鉄片の中から何かの破片を取り出している。

 

「これでエクスカリバーのパーツが二つ手に入ったか。神棚に納めておくゆえ、アザゼルが来たなら渡してやりなさい。よいな?」

「承りました。その様子だと、お出かけですか?」

「いや、何時来るのかわからんのだ。念の為じゃよ念の為。それよりも、少しばかり騒がしくなりそうじゃな。お前に我が眷属を見せる絶好の機会が来たともいえるがね」

「……まさかさっきの連中が? 敵わぬと理解していないと?」

「来てもらわねば困る。その為にエクスカリバーを奪い、メッセンジャーとして生かして返したのだ。お前も着替えを済ませ準備をしておきなさい。少しばかり派手に遊ぶぞ?」

 

 お爺様が浮かべた少年の様な純粋な笑顔。

 似たような姿を見たのは、確か堕天使狩りの時だったかな?

 つまり、それに順ずる愉快なアトラクションが催されるということでしょう。

 しかも今回は、私も参加が許された。

 それは一人前と認めてくれた証。親鳥が共に飛ぶことを許した証明にほかならない。

 これから始まる教会勢力VS香千屋の一戦を前に、私は胸を高鳴らせるのだった。



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第15話「眷属は飼い主に似る」

 私はお爺様に手渡された立派な友禅に着替えた後、本殿から離れた小さな社の上座に鎮座させられていた。

 おかしい。これから私は、教会勢力との仁義無き抗争に身を投じるはず。

 にも関わらず、何故こうも動き難い時価な芸術品に身を包んでいるのでしょう。

 そして疑問はもう一つ。困惑する私を見つめる二人(?)組はいったい……

 目の前には正座を崩さず見事な姿勢で頭を垂れるポニテ和装の少女と、綺麗にとぐろを巻いて鎌首をもたげる蛇が一匹。

 一応、事前にお爺様の眷属だと言うことは聞いていますよ?

 ですが、どう繕っても初対面。私からアプローチしろと言われても困ります。

 そもそも前者はまだしも、後者に言葉が通じるやら。

 すると私の困惑を察したのか、少女の方から会話のキャッチボールを始めてくれた。

 

「お初にお目にかかります、姫様」

「その呼び方、止めて欲しいのですけれど……」

「何を仰いますか。お屋形さまの騎士たる私にとって、ご息女たる爰乃様は第二の主君も同じ。これ以上に相応しい敬称は御座いません」

 

 ああ、木場君相当ですか。

 騎士と言うよりも武士感全力ですけど、古風さが好ましいですね。

 

「ええと、武士、もとい騎士の人……お名前は?」

「申し遅れました、私は人だった頃の名を河上彦斎。今は転生悪魔の河上弦と名乗り、投資ファンド”アドラメレク・マネジメント”代表取締役を勤めさせて頂いています。以後、お見知りおきを」

「どこから突っ込んでいいやらって、何処かで聞いた名前。ひょっとして有名人でしょうか?」

「当時はそれなりに名を馳せていたかと。主に悪評でお恥かしい限り」

「と、とりあえず質問を変えます。悪魔は自由に姿かたちを変えると聞きますが、本物の女性ですよね? 実は男だったりします?」

「姫様と違いぺったんこでも、一応女で御座います。慣れ親しんだ生前の姿のまま故少々幼くはありますが、戦働きに不足は無いと自負しております。是非とも我が力、直接ご覧になられた上でご判断して頂きたく」

「よ、よきにはからえとか言えばいいですかね……」

 

 私はおろか、姫島先輩よりも見事な黒髪はまさに古き純潔の日本人の証。

 体格も華奢で、全体的に幼い容姿は頼もしいと言うより可愛らしい。

 一言で纏めるなら、避暑地に遊びに来た良家のお嬢様と言った風かな?

 ……腰にぶら下げた大小二振りの刀を除けばですが。

 

「次、我。我、姫様の側、居た。敵来たら食べる、お屋形さま言った。姫様、奇稲田より綺麗。姫様好き、我、守る」

「あ、ありがとう御座います」

 

 かなりの好意をお持ちのようですが、爬虫類独特の感情が見えない目が怖いです。

 蛇さんは何者なのかな?

 今の説明じゃさっぱり分からないので、自己紹介とか欲しい私です。

 

「宜しければ補足を?」

「お願いします」

「彼は戦車の鬼灯。先入観を持たずご自分の目で確かめて頂きたいので名は避けますが、純日本産で最強クラスの龍種とだけお伝えしましょう」

「国産の最強クラス?」

「奴めうっかり比較対象の名前も出しましたし、殆ど答えかと」

「まぁ、空気を読み口にするのは止めておきます。ちなみに守っていたというのは?」

「簡単なこと。そこの鬼灯は端末に過ぎません。本体はこの香千屋神社の地下深くで眠り、敵が領地に踏み込んだ時点で迎撃する任務を帯びています。これは姫様が生まれるずっと前、この場所にお屋形さまが居を構えた時から続く彼のライフワーク。姫様のように人外世界と交流を持つ御方は希少ですし、鬼灯としてもコミュニケーションが取れる分、やる気だとアピールしているのでしょう」

 

 言われてみれば、昔から敷地内で割と多くの蛇を見かけたような。

 遠巻きに見つめてくるだけだったので害はないと放置してましたが、まさか見守っていたとは驚き。

 

「羽根付き来た。我、あいつらまるかじり」

「ちょ」

 

 瞬きの間に姿を眩ませたことも驚きですですが、発言内容も割と危ない。

 羽付き=教会の天使でしょうけど、今回は手加減とか不要なのでしょうか?

 肝心のお爺様は根回しをしてくると消えたきり戻らないし、私が勝手に判断していいものやら。

 

「現在の状況をご説明いたしますと、香千屋神社を中心として鬼灯が広域展開した結界に敵を取り込んだ所でございます。まぁ、気配から察するに中級天使が僅かに混じっている程度。奴だけで十分とは思いますが、念の為に私も配置に付きます。後詰として女王も上空で待機しておりますので、姫様はごゆるりと我らの活躍を見物なさるのが宜しいかと」

「任せます。それで女王さんは、顔を出してくれないのかな?」

「杏はネームド天使が横槍を入れぬように目を光らせる役目と言いますか、鳥頭でアホの子に細かい指示は難しい為、自由にさせている現実が。つきましてはアドラメレク眷属プレゼンツの公演終了後に裏方含めてキャスト全員が挨拶します故、少々お待ちいただきたく」

「最強の手札がアホの子って……分かりました。さすがお爺様の眷属と、私を唸らせる仕事に期待します」

「御意」

 

 この時の私は、イリナちゃんが仲間を連れて殴りこんできた程度の認識しかなかった。

 実際は割と戦争級の規模で攻め入られているのに、軽く話す弦の言葉からそれを窺い知ることは出来ない。

 まさかこんな事になるなんて、と人生初のセリフを吐くまでのカウントダウンは短い。

 

 

 

 

 

 第十五話「眷属は飼い主に似る」

 

 

 

 

 

「……イッセー先輩!」

「お、おう、こりゃやべぇ……何が起きてるんだ!?」

「僕らの行動が読まれて、教会が本気を出したのかもね」

 

 いきなり結界に捕らわれ泡を食って空を見上げれば、十字架のエンブレムを施されたヘリと戦闘機が幾つも飛んでいた。

 それだけなら驚かなかったんだが、どー見ても天使が随伴してるんだよ。

 皆さん揃って必死感を漂わせてるし、これはただ事じゃないって俺でも分かる。

 遠くから聞える花火みたいな音も、その一環に違いない。

 

「んなアホな。俺達のやろうとしてる事って、結果的にはあいつらにプラスだろ? 何より赤龍帝の篭手、魔剣創造、危険物指定の猫又っつーアレなメンツでも所詮は下級悪魔。禁手とか使わずに加減したにしろ、イリナ達に負ける雑魚にアレは過剰戦力だろ」

「……ではコカビエルが発見された、とかはどうでしょう」

「違うんじゃないかな」

「その心は?」

「彼女達も言ってたじゃないか、我々だけでどうにかするって。僕らだけならともかく、魔王の妹である部長に嘘をつくメリットが感じられないよ」

「ってことは、連中が戦力をかき集めなきゃならねえレベルのイレギュラーが発生してるって事かよ」

「多分」

「……これは気のせいだと思いたいのですが、教会の人たちがこのまま真っ直ぐ飛んだ先は先輩の家では?」

「そう、だね。結界の中心もあの辺りだと思う」

「……俺、ちょっと電話してみる」

 

 一応今の状況を説明しとくと、教会からの使者……偶然にも幼馴染のイリナと連れが部長の元へ来た事が発端だった。

 何でも堕天使に盗まれたエクスカリバーが、この町に持ち込まれている事が分かった。

 頑張って探すから悪魔は邪魔をするなと警告され、大人しく了承しようとしたらアーシアを魔女と罵倒しやがった事で一悶着。

 手合わせの名目で一戦交え、まさかの大敗北する失態をやらかしてしまった。

 敗因は珍しく冷静さを欠いた木場。普段の俺みたいにがむしゃらに力でゴリ押した挙句、エクスカリバーの波動に魔剣を折られてゲームセットだった訳よ。

 理由を問い詰めたら、自分はエクスカリバーを使える人間を人為的に生み出す人体実験の生き残りだから怨みがあるとか言いやがった。

 強いっつたって、たかが剣一本の為に大勢を使い捨てるとか意味が分からん。

 天使の系譜じゃなく、悪魔でも優しくて聡明な部長に拾われてマジよかったと思う。

 マジでやってることは、教会の方がよっぽど外道だぜ。

 んで、何とか逃げた木場以外は失敗作と殺処分。

 残った唯一人としては、エクスカリバーの存在が許せないらしい。

 

「木場の力になってやらんと……爰乃か?」

 

 聖剣を葬り去らない限り、仲間の無念は消えない……か。

 その気持ち分かる。そんなもんが無きゃ実験自体生まれなかったんだからな。

 共感した俺は木場に協力を申し出たんだが、何故か小猫ちゃんも付いてきた。

 部長は静観を命じているから独断専行だってのに、ホント仲間意識の強い子だよ。

 かくしてグレモリー前衛部は、イリナに協力すると言う大義名分を得るべくシスターを探している。

 それなのに、気が付けばそれ以上の面倒毎が発生している気がしてならない。

 そして経験上、この手の厄介事の中心にはアイツが居るんだよなぁ。

 

『何の用かな? こちらはかなり立て込んでます。急ぎじゃなければ、後にして欲しい』

「それは……ハルマゲドンを引き起こしてる真っ最中っつー理解でいいのか?」

『大体正解。ほら、今もF22が謎のビームで落ちた』

 

 あってるのかよ!

 

「せ、説明を要求する」

『三行で纏めるね』

 

 教会の聖剣使いが、喧嘩を売ってきたので買った。

 とりあえずフルボッコにして、エクスカリバー奪って追い返したら逆ギレ。

 色々攻めてきたので、アドラメレク眷属が一部集まって全力ではしゃいでる最中。

 

「すげぇ分かりやすいな!」

『見物しに来ます? さすが聖書の国というべきか、米軍の戦闘機とかもガンガン飛んできては落される光景が何とも言えず愉快だよ』

「魔法は何処に!?」

『私に言われても……』

 

 ですよねー。

 って、あまりのインパクトに忘れそうになったが、エクスカリバーをどうしたって?

 

「ってことは、エクスカリバーが手元にあんの?」

『ある、と言ってもいいのか微妙』

「どゆことよ?」

『器は壊れて核の部分だけ残ってる感じ』

「……ちょいと現物を見せて貰っても?」

『誘ったのは私だから構わないけど、他に誰か連れてくる? 事前に知らせてくれないと、鬼灯に食べられちゃうから要注意』

「食われるって何だよ!? よく分からんが、木場と小猫ちゃんと一緒だ。三人で向かうわ」

『忠告。黒い大蛇、剣術小町、鳥のお化けは身内だから攻撃しないように』

「おう!」

『じゃあ待って―――ごめん、一つ追加』

「ん?」

『私自身何を言っているか分からないけど、ありのままを話すから聞いて』

「勿体つけるなよ」

『人型巨大ロボットも味方らしい?』

「お前が何を言っているか分からない」

『大丈夫、私も分かってない。まぁ、自分の目で確認するといいよ……切るね』

 

 リアリストの爰乃が世迷言を吐くとは思えないが、あまりにも話が荒唐無稽過ぎる。

 蛇やら鳥はまあいい。でも、人型巨大ロボって何だよ。

 ガンダムか? それともマジンガーか?

 俺達はファンタジー世界の住人で、SFの住人じゃないんだぜ?

 

「エクスカリバーを確保してるって聞えたけど……本当かい?」

「いやその、木場には残念なお知らせがある。俺達が見た教会のエクスカリバーな、二本とも破壊されたらしい」

「……ちょ、ちょっと待ってくれないか? 誰がそんな事を?」

「お前も薄々は状況分かってるだろうが、イリナとゼノヴィアだったか? あの二人が部長と同じ要求を爺さんにも突きつけたっぽい。後は香千屋の人間がどう反応するか、言わないでも察しろ」

「使い手も死んだね。いやぁ、いい気味だよ!」

「さり気なく黒いな」

「利己的なのが悪魔だから当然さ」

「……それはそれとしてエクスカリバーの破損状況も詳しく分からんし、今から直接確認に行こうと思う。お前も伝聞だけで納得出来ないだろ」

「まあね。それに残骸でも二振が神社に在るのなら、必然的に奪われた残りも集まってくるはず。わざわざ町を徘徊するよりも、拠点に陣取ったほうが効率的さ。そもそもこの状況で教会と手を組むとか、絶対に無理だと思うのは僕だけかい?」

「……私も同感です。下手に接触する方が問題になると思います」

「んじゃ決まりだな、爰乃んとこ行こうぜ!」

 

 こうして俺達は諸悪の根源へと向かうのだった。

 



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第16話「騎士の心得」

斜め上の理由でご立腹のコカビエル登場は次回に持ち越しです。
そしてアニメにより、アザゼル先生も最初から街に滞在していることが判明。
知ってて放置したと言う結論に達したので、その辺は採用する事となりました。


「おやおやおやおや、こーれは久しぶりだねイッセー君! 再会ついでに殺してもいい? 答えは聞いてないけどね!」

「イッセー君はやらせない!」

 

 爰乃の元へ急ぐ俺達は、厄介な奴と遭遇していた。

 いきなり襲い掛かってきたのは因縁深いフリード。

 前にアーシアを助ける際に宣言された通り、マジで命を取りに来やがったよ。

 しかし危なかった。木場が反応してくれなけりゃ、やばかったかもしれん。

 って、その独特の気配……エクスカリバーか!

 

「狙ってたエクスカリバーをあんな所に持っていかれてちょー困っていたら、ストレス発散に付き合ってくれそうな悪魔さんたちが居るじゃないですか。とりあえず、メインディッシュは取っておいて、前菜から食い散らかす俺っちです。死ぬぜー、超死ぬぜー」

「君の相手は僕だ。イッセー君と小猫ちゃんは、手を出さないでくれ!」

「いいですよー、僕ちんのちゃんばらに付き合ってあげますよー。よかったでちゅねー」

「……その余裕が何処まで続くか見物だよ」

 

 さすが俺のライバル。二本の魔剣で攻め立てる姿は鬼気迫るものがある。

 イリナ戦と違ってクレバーだし、これならいけるか?

 

「複数の魔剣所持……わーお、もしかして魔剣創造? レア神器持ちとは中々罪なお方ですこと。だけども、そんななまくらで俺様のエクスカリバーちゃんに敵うと思われたら心外ですぜ」

 

 破砕音を立てて砕ける木場の刃。慌てず新たな魔剣を作り出して対応するが、聖剣には一枚及ばない。

 わざわざ構え直すまで待ったフリードの一振りは、またも同じ結果に辿り着く。

 くそ、これが相性問題ってやつか? これじゃあ手も足も出ないと同じじゃないか!

 

「ははは、怖い顔しても無駄無駄。こいつで切られた悪魔は消滅街道まっしぐら。どんな恨みがあるか知らんけど、死ね、さっくり死ねよぉ!」

「……認めたくは無いが、僕の魔剣は聖剣に及ばないようだ。でも、これならどうだい?」

「あん?」

 

 うお、瞬きの間に木場の姿が消えた。

 確かに合宿で開眼した神速なら何とかなる……のか?

 

「おーう、すげーすげー。すばしっこさが売りと知って俺様びっくり。だから―――」

 

 っ、ヤバイ! 俺には音しか聞えないのに奴には見えてる!?

 風を切って幾本も投じられた魔剣を、一本一本丁寧に打ち落とす余裕まであんのかよ!

 

「か弱い人間の俺様は奇跡の力に頼っちゃうぜ。”天閃の聖剣”力を貸してちょ」

 

 フリードが聖剣をさすると、聖剣がブレだし高周波を放ち出した。

 そしてそれを機に、攻守が入れ替わる。

 幸いというべきか”天閃の聖剣”とやらはゼノヴィアの聖剣のように波動が出るわけでも、イリナのみたいに射程が延びたり縮んだりするわけでもないらしい。

 おそらく効果は単純なスピード増幅。何せ全力の騎士に追い縋る速度を突然出し始めたんだ。これが聖剣の加護じゃないなら、奴は人間を辞めている。

 そして唯一勝ってた超速の世界に踏み込まれた木場は、逃げ回るのがやっと。

 近づけば防御不能の刃に晒され、離れて魔剣を飛ばしても簡単に撃墜されてしまう。

 これじゃどうやっても勝てねぇ……

 手を貸そうにも、邪魔をするなといわんばかりに睨まれるしなぁ。

 

「クライアントをあんまし待たせると怒られっちまうんよ。終わらせちゃおうぜセニョリータ!」

 

 それは素人目でも分かる回避不能の剣閃。

 ほんの一瞬だけ足を止めた木場に凶刃が迫り―――

 

 

 

 

 

 第十六話「騎士の心得」

 

 

 

 

 

「姫様の命を果たしに来てみれば、この時代にセメントな立会いとは実に珍しい」

 

 鋼の打ち合う音が響き、誰一人として感知させずに人影が現れる。

 桜色の和服に赤い袴。纏める帯は紫。

 抜刀姿勢で艶やかな黒髪の尻尾を揺らすのは、俺の知らない少女だった。

 合法ロリの小猫ちゃんと言う実例があるので確証はないが、多分俺より年下だと思う。

 なんつーか避暑地のお嬢様的な儚さで強そうに見えねぇんだけど、聖剣を用いた全力斬撃を止めたからには只者じゃない。

 武器は見た感じ何処にでもありそうな刀なのに、木場の魔剣より強度が高いってすげぇ。

 エクスカリバーの一撃に耐えられるからには、さぞ名のある名刀なんだろう。

 あ、爰乃とはベクトルが違うけど、和風美少女で割と好みです。

 

「……イッセー先輩、この女性は危険です」

「え、助けてくれたじゃないか」

「……自画自賛になりますが、仙術の応用で気配の察知には自信があります。それこそ香千屋先輩が全力で気配を隠しても見つけられるのに、この人は目の前に居ても未だ目視でしか感知できていないんです。存在感が希薄を通り越して皆無。意図的に己を消しているとすれば、相当な使い手と判断します」

「言われて見れば確かに」

 

 すると、俺と小猫ちゃんの視線に気付いた助け舟は苦笑。

 刀を鞘に納めて木場とフリードの間に立ち、こんなことを言い出した。

 

「兵藤一誠殿と、その御仲間ですね?」

「そ、そうですけど」

「それはよかった。無関係の悪魔なら幕末宜しく斬り捨て御免なので」

「さらっと怖いことを!?」

「何のことやら」

 

 み、味方なんですよね?

 

「おいおいおいおい、俺ちゃんのエクスタシータイムを邪魔しちゃってくれて何様なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「……弱いと言う事は幸せですね」

「あん?」

「一つ手品を披露致しましょう。兵藤殿、指を鳴らして貰えますか?」

「こ、こう?」

 

 俺が人差し指と親指を弾いて音を出すと、いきなりフリードの肩から腰にかけて一本の線が浮かび上がる。これが手品? 地味だな、とか思っているとあいつが苦しみだした。

 

「糞女っ! じくじく痛いんですけど、俺様の至高のボディに何をしやがりましたか!?」

「まだ分からないとは滑稽。ほら、動くと落ち―――」

「あああもう、死ねよ! 殺してや……どうして俺様の足が見えるん? おっかしぃぞ? WHY?」

「……僕が君を倒せるチャンスはもう無いから塩を送ろう。君の体は居合いで袈裟懸けに両断された。あまりに剣が早くて痛みを感じる間もなかったんだ。そろそろ感覚が戻るんじゃないかな」

「そんな馬鹿な話があrわk」

 

 死んだーっ!? と、俺は言葉を失っていた。

 雪崩のようにずるりと滑った上半身が落ちても、斬られた本人は気付けないその技。

 早さも技術も、俺が最強の騎士だと思っていた木場の遥か高み。

 遅いかも知れんけど、やっと小猫ちゃんが言いたかったことを理解した。

 この女は出会っちゃいけない死神だ。

 今の俺達じゃ瞬殺されるのが落ち―――ってこの言葉さっき聞いたぞ?

 

「自己紹介が遅れ申したが、私はアドラメレク眷属が騎士の弦。少しばかり身内がハッスルして見境が付いていませんので、皆様をお迎えに参上した次第」

 

 セーフ、味方だった!

 爰乃の言ってた剣術小町って絶対にこの人だ。

 そりゃ警告もするわ。敵意を向けてたら即座に首が落ちてたんじゃね?

 

「……行きましょう先輩方。香千屋の関係者に常識を求めても無駄です。そういうものだと認識して、諦めることが肝要と私は悟りました」

「……だね。悔しい事に僕じゃ勝てなかったと思う。昔の仲間と今の仲間を天秤にかけられないけど、優先すべきは今ここにいる君達だ。イッセー君と子猫ちゃんが無事ならそれでいいよ。それにまだチャンスはある。背後に控えた黒幕を倒すことで僕の復讐は遂げられるからね」

「そうだな。コカビエルにパルパーだかも残ってるんだ。まだまだやる事は一杯だぜ!」

「話が纏まったなら、私の後に付いて来て頂けますか?」

 

 絶命した少年神父から奪ったエクスカリバーを袖に仕舞い込んだ弦さんは、まるで引率の様な気軽さで俺達を導いていく。

 どう見ても収納できないんだが、悪魔的力の一環なのだろうか?

 

「ちなみに、戦車はアレです」

 

 弦さんが指差した先、山から生えるようにして伸びた龍の頭が幾本も暴れ回っていた。

 たまにビームっぽいブレスを吐いて、近代兵器を撃墜してるのは目の錯覚だよな?

 後、天使らしき影がもぐもぐされてるのも、気のせいだと言って欲しいです。

 

「ド、ドラゴン?」

「分類的にはその係累かと。日本でブイブイ言わせてた強力な龍ですが、地域密着型で世界的にはドマイナー。本人もドライグ殿やアルビオン殿の様に覇を目指す性格では無く温厚な神霊なのですけど、少しばかり問題が……」

「俺の相棒と違ってすげぇ良い奴ですね! 何かまずい事あるんですか?」

「まぁ、そのうち分かります」

 

 微妙な顔の弦さんに、俺達は何とも言えない表情を浮かべる。

 どっかの空気を読まないバカ二匹みたいに色んな勢力に喧嘩売ってボコられた訳でもなく、地元で頑張ってたドラゴンなんだろ? 何が問題なんだ?

 

『いやその、確かにその通りなんだが釈然としないぞ相棒。俺達だって若い頃の過ちというか何と言うか、やんちゃしてた時期があってもおかしくないだろ!?』

 

 何やらドライグが文句を言っているが、言い訳がましいので相手にしない。

 普通に歩いているようで、異様に速い弦さんに付いてくので忙しいんだよ。

 そして香千屋神社のある山の麓に到着。

 俺達は理解した。

 叫び声だと思っていた音は龍の声だったのだ、と。

 

「ヒャッハー! 鶏肉美味! 生飽きた、ウエルダン!」

 

 温厚な龍が何で片言の日本語且つ、世紀末なモヒカン風味なんですか?

 意訳すると火炎放射器で汚物は消毒だーって事ですよね?

 真っ黒な鱗に真紅の瞳と合せて超怖いです。

 

「弦さん?」

「この通り鬼灯の奴は、スイッチが入るとこの調子。ああなってしまえば満足するか、敵が全滅するまでハイテンションでして。とりあえずは理性を保っており、味方をどうこうしないのが救いですね」

「そ、そうですか。これが爰乃の言ってた大食漢の鬼灯さんと……」

「私から離れると安全を保障出来ません。距離を置かないよう気をつけて下さい。騎士様も警戒するなとは言いませんけど、半端な敵意は身を滅ぼしますよ? 奴の鱗は私でも手を焼く厄介さ。ヒュドラ真っ青の再生能力も備えていますし、先ほどの魔剣が全力なら相手にもされません」

「これは手厳しい。でも、僕はリアス・グレモリー様の騎士。仲間を守る役目を放棄出来ません。窮地を救って貰って言えた義理ではありませんが、まだ全面的に貴方を味方と判断するには材料が足りていない事もご理解頂けますか?」

 

 木場、お前の高潔さだけは真似出来ねぇよ。

 俺が前にしか進めない愚直なポーンな様に、ナイトは全方向に飛んで敵を滅ぼすのが仕事。

 正直、さらっと零した今の仲間も大事って聞いた時は胸に来た。

 俺に出来ないことはお前が。お前に出来ないことを俺がやる。

 チームとして完成を目指そ……お、なんか来た!

 

「悪魔、発見。弦、殺す? 我、口休め?」

 

 見下ろしてきた鬼灯さん? が俺を見下ろし、虚ろな目を向けてくる。

 あれですね、天使は飽きたからデザートに悪魔も食べたいと。

 

「通達のあった姫様の客人です。手出しは無用」

「我、了解。固体識別完了。善処する」

「私が出ている間に、どれだけ抜けました?」

「ヘリ4、飛行機3、人0、天使0」

「機械は美味しくないからと、サボるんじゃありません。アレイ殿に教わった火炎の制御で、ヘリも戦闘機も一撃ですよね? 手抜きは許しませんよ」

「我、めどい。鉄屑、アレイ落す。我、なまもの専属」

「そのアレイ殿の姿が見えませんが?」

「アレイ、お屋形さま呼び出し。一時撤退」

「大方、威力過多の兵装を運用したのでしょう。お屋形さまが止めるのも当然です」

「電磁投射砲、ヘリ貫通。粒子砲、飛行機爆散。必殺技、結界微破壊。怒られた」

 

 え、何言ってんの?

 

「……まさか禁断のアレは使ってませんよね?」

「我、存ぜず。破壊規模、小さい。我、フルバースト巻き添った。痛い」

「ご愁傷様。まぁ、本人に尋ねます。して、姫様は?」

「最初、我の頭の上居た。アレイ一緒下がった、部屋居る」

「了解です。ぼちぼち打ち止めっぽくはありますが、私が戻るまで真面目に働くように」

「了承」

 

 露骨に聞えちゃいけない単語が乱舞したのは、果たして気のせいだろうか。

 

「それでは気を取り直し、社へ向かいましょう」

「すみません、一つ質問が」

「はい、そこ」

「まさかアドラメレク様は三竦みを解消して、戦争を再開させるつもりですか?」

 

 ナイスな質問じゃないか木場。お前が言わなかったら俺が聞いていた。

 今の兵器っぽいネーミングなんすか? とセットで。

 謎発言を信じれば、どう考えても存在しちゃいけない名称だよな……

 

「その質問には、お答え出来ません」

「平和がそんなにお嫌いですか?」

「そう深読みしなくても結構。私は考える頭を持たぬ一振りの剣。主が定めた獲物を切り裂くだけの道具に、諸事情の考慮は必要ありません。ですので、このような回答にならざるを得ないのです」

「……これは失礼を。僕も同じ立場なら迂闊なことは言えませんでした」

「そもそも戦争を始めたいのであればこんな面倒な真似をせず、眷族総揃って”渦の団”を各所に手引きしつつ、天界と冥界の上層部の暗殺を狙っています」

「そ、そうですか。良く分かりませんが、良く分かりました」

 

 初めて聞く単語だが”渦の団”ってのは、傭兵団とかそれに順ずる物なんだろうなぁ。

 態度から木場も知らんようだし、いずれ部長にでも聞いてみよう。

 

「ここだけの話、ウチの僧侶は広域破壊だけならお屋形さまより強力。都市の一つや二つを簡単に焦土と化すソレが、攻めてきた国家への報復を自粛したと言えば信憑性も上がるのではないかと」

「僧侶の方は……元はどこかの神話体系に属する神様ですか?」

「いえ、ちょっと類を見ないくらい時間を経ただけの付喪神です。アレの言い分ではオンリーワンの実験機故、何処にでも居るとは言えませんが」

「転生悪魔なんですよね?」

「ですよ?」

「……もういいです」

「他に質問は御座いますか?」

 

 先生っぽく問われても、逆に何を訪ねればいいのか分かりません。

 見てよ、小猫ちゃんも困ってるじゃないか。

 

「……では、今にも大きいのを放ちそうなアレはなんですか?」

「へ?」

 

 小猫ちゃんが指差したのは遥か上空、太陽を遮る鳥の形をした影の周りに幾つも生み出された魔法陣だった。

 

「アレはアホ鳥がちまちま狙うのが面倒になった時に多用する、広域殲滅魔法の兆候ですね。私だけなら対象外なので問題ないでしょうけど、皆様方はロックオンされる予感。死にたくなければ、屋敷の敷地に入れるまでダッシュ! 頭が足りなかろうと、鳥の二つ名は”大気の支配者”。伊達や酔狂で付けられた称号ではありません!」

「まじですか!?」

「超マジです。逆を言えば、アレが成立すれば残敵ゼロ確定。皆様の身の安全は保障されたと太鼓判を押しましょう」

「その前にあなた方に殺されるんじゃ、意味がありませんよね!?」

「本気で時間が無いので議論は後に。経験上、発動まで残り一分弱!」

「木場、俺達抱えて行けるか!?」

「無理でも行くしかないよね! 二人とも僕にしっかりしがみついて、 行くよ!」

 

 ここに来て、まさかのフレンドリーファイアとか勘弁してください。

 しっかし、さすが俺達の騎士は凄い。二人も抱えながら早いのなんの。

 景色がすっ飛んでいき、ついにゴールの鳥居が見えるとカウントは残り僅か。

 普段、俺がチャリで登って結構掛かる道を一分かよ。

 本当に頼りになる仲間だぜ。

 

「……間に…合った…かな」

「ギリギリセーフ。ほら、始まりました」

 

 上空から女の子の声で”いっくよー”と能天気な声が響き渡ると、山全体に豪雨の様な雷撃が降り注ぎ始める。しかもこれ、一発一発がライザーの女王を潰した朱乃さん最強技に匹敵するんじゃね!?

 眩しさに目を背けた隙に終わった光の乱舞の結末を確かめようと瞼を開けば、良い意味で予想を裏切る光景が広がっている。

 

「……どうして森は無傷なんでしょうね」

「……僕が知りたいよ」

「魔法なんだし、深く考えたら負けなんじゃないか?」

「たまにイッセー君は真理を言い当てるから侮れない。そうか、魔法だった。それじゃあ納得するしかない」

「……常識を求める愚かさを先ほど語ったばかりでした。すみません」

「褒めてるんだよな?」

 

 こいつらの中で、俺がどういうポジションなのか知りたい今日この頃。

 

「じゃれあうのも結構ですが、姫様を待たせてはなりません。聞けば兵藤殿は姫様と懇意とか。奥の社と言えば、以後の案内不要と思って宜しいでしょうか?」

「ええ、俺を筆頭に全員割と来てるんで大丈夫です」

「ならば私は、領土の最終安全確認に向かいます。九分九厘考えられない事ではありますが、万が一の時は頼みましたよ? 姫様の御手を煩わせた時点で切腹ですからね?」

「命に代えても」

「その言葉、信じましょう。では失礼」

 

 そう言い残すと、霞のように消える弦さん。

 今回も小猫ちゃんは足取りを追えないようで、耳がピコピコと全力サーチ中だ。

 不機嫌そうに尻尾がパタパタ揺れるのも、可愛らしくて素晴らしい。

 巨乳派の俺ですが、愛でるだけなら小さい子もありだね!

 

「……天使や教会系の力はもう残っていません。でも、先輩から不穏な気配を察知。後でシメるので覚悟してください」

「小猫ちゃんが爰乃に似てきた!?」

「……香千屋先輩は、私の恩師ですが何か」

 

 まぁ、かく言う俺も大概に香千屋派閥。

 仲間が増えて嬉しい……のか?

 この際、染まっていない木場も引き込むかね。

 

「なぁ、木場。爰乃も勧誘してたけど、ガチで入門しね?」

「僕にも世話になった師匠が居るんだよ。その人の流派を使う訳じゃないけど、やはり根幹に流れるものは壬生狼の教え。確かに今はアドラメレク様に師事してるよ? でも、教わるのは気概とか心構えだけで十分。ここにはトレーニングの一環で来るのが僕の最善さ」

「そりゃ悪いことを言った」

「気にしなくていいよ。それより、香千屋さん―――姫様がお待ちだ。謁見して剣を賜ろう」

「そうだな、目的はあくまでもエクスカリバー。余所見をしてる場合じゃなかった」

「……気付くのが遅いです」

 

 俺達が深まった友情を拳をぶつけ合うことで表現していたら、あっさり小猫ちゃんに置いて行かれたよ。薄情なんだか、情が深いのか良く分からん娘だぜ。

 勝手知ったる他人の敷地を進む俺は、姫様とか呼ばせている爰乃をどうからかってやろうかとほくそ笑みながら小猫ちゃんに追いすがるのだった。



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第17話「真実の鏡」

 鬼灯の頭の上で大惨事の見物中、お爺様が呼んでいると言われたのがつい先ほど。

 推進器らしき翼を広げたロボットの手に掴まれ我が家まで戻ると、そこには知らない若い男が上がりこんでいた。

 

「……打ち合わせにない事は止めて下さい。どうして俺の仕事を取るんですか。今回のボスは俺って言いましたよね?」

「いやその、つい無礼者にイラっとしてなぁ」

「おかげで目ぼしい敵が全滅ですよ、全滅! 俺の生き甲斐を奪わないで頂きたい!」

「……ぬぅ、すまん」

 

 驚く事に、男はお爺様相手に謝罪を引き出す偉業を達成。

 心の中でその凄さに賛辞を送ると、向こうも私に気付きましたか。

 

「おや、これは爰乃さん。幼少のみぎり以来ですが、随分と大きくなりましたね」

「ええと、何方でしょう? 面識ありましたか?」

「出会ったのは物心着く前、覚えていなくても当然です。名乗り遅れましたが、私はアザゼルの部下のコカビエル。今は東京の小さな劇団の一員としてメジャーを目指し、日々を生きる都民です」

「はぁ」

「来月、ついに俺が主役の舞台が始まります。出来ればご友人を誘って来て頂けると助かるのですが……あ、これ宜しければどうぞ」

 

 受け取ったチケットに書かれているのは、聞いたことも無い劇団の公演予定。

 いや、それはいいんです。興味のある世界ではありませんし、知らなくて当然なので。

 私が突っ込みたいのは、何故に堕天使の幹部が俳優を夢見て上京してきた若者路線に全力投球なのかの一点。

 話を聞く限り魔力とかを使ってインチキせず地道に下積みから頑張ってる様なので、とやかくは言いたくないんですよ?

 でも、コレだけは言わせて欲しい。

 

「お爺様、控えめに言って堕天使という種族は種族全体がこのノリなんでしょうか?」

「うむ、下はともかく上は総じて頭がおかしいな。目ぼしい幹部だと、アルマロスは特撮被れで、サハリエルは改造マニア。そもそも神器を偏執的に弄ることに傾倒した総督が率いる種族じゃよ? 真っ当な精神を持つ上位の堕天使は一握りだけ、とわしは思うとる。おかげで数少ない真堕天使……副総督のシェムハザは胃薬が手放せない毎日を送っておる。奴め最近嫁を迎えたのに、まともに帰れて居ないらしいぞ」

「恐ろしい生き物ですね……そしてシェムハザさん強く生きて」

「これは手厳しい。ですが、欲望を抑えきれずに天から堕ちたのが堕天使です。その粋とも言える俺達が趣味に全力投球なのは必然じゃないでしょうかね」

「じゃな。わしに言わせれば、所帯を持って真面目に働くシェムハザがおかしいわ。そんな生活を望むなら最初から堕天するなと」

 

 いやはや、言われて見れば確かにその通り。

 これは完全に私の考えが足りませんでした。大変申し訳ない。

 品行方正なお坊ちゃんからドロップアウトした不良が堕天使。

 安定の公務員ライフを捨てて、夢に生きても何の不思議もありませんよね。

 

「ちなみに俺は演じると言う行為に取り憑かれた口。いやぁ、虚構を現実のものとしてお客に信じさせるのが楽しくて楽しくて。神は汝嘘つくことなかれと規定しているのに、人は嘘の物語を本物のように見せることで評価されるんですよ?」

「確かに」

「俺もそんなプロになりたい。その思いが結晶になったのが次の演目なんです。一世一代の晴れ舞台、これほど歓喜と恐怖を得られたのはいつ以来やら……」

「ひょっとして、今日は宣伝に来たのでしょうか?」

「違います」

「おや?」

「俺は仕事の傍ら、アザゼルに頼まれてエクスカリバーの回収を行っていました。やっとの事で三本集めて教会の連中を誘き出し”世界の安定を嫌い、総督に独断で戦火を望む狂気の堕天使幹部”を演じようとこの町でスタンバってたら、そこの悪魔がボスっぽい真似をするじゃないですか」

「はぁ」

「そもそも今回の一件は、爰乃さんに完全なエクスカリバーを見せるって理由だけで計画されたんですよ? なのにアポを取ってあるアドラメレク様が、美味しいところを持っていくとか理不尽すぎる! この日の為に用意したセリフの数々が無駄になるとか許せん!」

 

 ストーップ!

 今、露骨に私の名前が出ましたよね?

 まさか、この紛争を生み出したのは私ですか!?

 

「ほれ、前にアザゼルが神器とそれ以外の判別をする実例として”極力完全なエクスカリバー”を見せると言ったじゃろ?」

「……い、言いましたね」

「悪魔と天使を同じテーブルに着かせる為に、出来レースで事件を起こすプランがあったらしいんじゃが、約束を守るべく計画を一部改変してエクスカリバー紛争なるものをでっち上げたわけだ。内容は至ってシンプル。教会で研究されとるエクスカリバーの破片を盗み出して連中を挑発。同時に魔王の妹の管理地で問題を起こして全ての勢力を一箇所に集め、争いの無為さを実感させるというものよ」

「そして、その責任者が俺。本当ならぼちぼち再結合したエクスカリバーを派手に完全破壊させたと見せかけ、核だけこっそり手中に収める頃合でした。そして全て終ったときには、ラスボスとして責任を全部被る筈なのに……」

「そ、それでいいんですか? ブラック企業真っ青の尻尾切りですよ?」

「ところがどっこい。対外的にはアザゼルに独断で動いた処罰として地獄の底に凍結刑を受ける事にされつつ、その実無期限の休暇を人間界で過ごす権利を得る俺です。肝は本当に投獄されているか確認させないこと。ウチの管理下なら、バレる事はありませんし!」

 

 そして、舞台人として我が世の春を謳歌すると。

 なんというマッチポンプ。被害をこうむるのは他の種族だけとか賢すぎませんか。

 

「でも、悪役はお爺様が演じてしまった」

「……これだけ正面から暴れられると、後からのこのこ出て行っても二番煎じ感が酷い。これからどうしたものかとクレーム&相談中なわけで」

「役者が台本に無いからと、アドリブ出来ずに大成できるんですか……?」

「それを言われるとぐう根も出ない。頼りのアザゼルも、釣りに嵌って忙しいと助力を拒否した現実が。今頃はカワハギ狙いで釣針垂らしてるんじゃないですかね……」

「責任放棄して遊び呆けるトップとか……それでよく堕天使の組織が回りますね」

「副総督のストレスを代価に、我がグレゴリは安定を得ていますからなぁ。かれこれ何世紀を跨いで変わらない仕組みですとも、ええ」

「楽しそうな組織なことで……」

 

 しかし、恐ろしいことに責任の一端は私にもあることが判明してしまった。

 義理があるなら果たすのが人情。

 何とか新たに脚本を書き直して、滞りなく物語を終わらせないといけませんね。

 コカビエルさんは当てにならそうだし、私がしっかり完結させるしかない!

 武力ならともかく、文才を試されるのは人生初ですよ……。

 

「では、遺憾ながら私も協力しましょう。とりあえず状況を確認して、今一度シナリオを組み直しますか。お爺様は、現時点における各勢力の動きを調査して貰えます?」

「それは済んでおる。ミカエルは下の暴走をわしが見逃す代わりに何が起きようと黙認すると約束し、サーゼクスも内輪で済ませるのなら目を瞑ると確約した。様は事情を知らない下っ端連中を騙して、上手いことオチを着ければよいだけよ」

「それはナイスな情報です。ちなみにコカビエルさん、使える手駒とかあります?」

「一応、中ボス相当として引き込んだバルパーなる神父が。こいつは人造聖剣使いを生み出す為に人体実験で相当な数を殺している屑でしてね、それとなく勧誘しただけであっさり寝返った愚か者です」

「他には?」

「殺せれば幸せ、と豪語するエクソシスト崩れも一人。確かこれ幸いとバルパーが体を弄り、こちらの持つエクスカリバーを持たせてあったような気が。後は土壇場で俺を倒す役目を帯びた、白龍皇ってのも近々来訪予定」

「エンターテイナーなコカビエルさんに脱帽です。そうなると悪役の数は十分。問題は誰を正義の味方に据えるかですね」

「爰乃さんは如何です? 聞けば英雄として覚醒したと聞きましたよ?」

「動機が弱いかと。と言うか下手にお爺様の身内が片をつけると、いよいよそちらが空気になります。それを避けるためにも、誰もが納得する因縁を持つ人材が欲しい所」

「確かに難しいところですなぁ。主役予定だった聖剣使い二人はもう無理でしょうし……」

 

 済みません、片割れは私が仕留めました。

 そんな後悔をしていると、障子の向こうから声が聞える。

 

「兵藤様とそのお仲間をお連れした事を、アレイは報告します」

「む、意外と早かったな。母屋で適当にもてなし、眷族が離れに揃い次第連れて来い」

「マスターの命令受諾を、アレイは頷きをもって表現します」

 

 ん、また知らない声が。知らない身内がまた増えたのでしょうか。

 どうせこの後に控えた顔合わせで会えるので追求しませんけど、抑揚の無いフラットな感じが逆に印象的ですね。

 

「すまんが話は後じゃ。弟子の相手が終わり次第、また続きを検討しよう」

「俺が顔を出すと揉めそうですしねぇ。客間で待たせてもらいます」

「見つからんように気をつけるのだよ?」

「仮にも聖書に名を残す堕天使、それくらい朝飯前ですとも」

 

 フレンドリーな悪魔と堕天使を見てしまうと、私が何処に属すのかさっぱり分からない。

 祖父は大物悪魔で、魔王とも顔見知り。

 堕天使の総督には何故か気に入られ、たまに家庭教師の真似事をしてくれる間柄。

 ……あれ? ひょっとすると、敵対してるのは教会勢力だけなのかな?

 

「爰乃や、せっかくの艶姿を兵藤君達にも見せてやりなさい。弟子への我が眷属のお披露目も兼ね、離れにて一つ謁見と洒落込もうではないか」

「……私の役回りは、本当にお姫様なんですね」

「うむ。どうせ主と仰ぐならば、見目麗しい少女の方がやる気が出ると言うものよ。いずれはお前が引き継ぐ眷属に、初回くらいは応えてやるのも上の役目と覚えておくが良い」

「勉強になりますって、え? え?」

「落ち着いたら話そうと思っていたが、サーゼクスより余興の褒美として悪魔の駒ワンセットがお前に与えられた。レーティングゲームへの参加も特例として認められた故、移籍を同意した眷属から爰乃が選んだ者を順次譲っていこうと考えておったわ」

「初耳ですよ!?」

「この後のプレゼンを見て選ぶ参考にしなさい。ちなみに今回来なかった眷族は総じて配下というよりも友人故、譲ることは難しいぞ」

「……この話は、もう少し落ち着いた時に聞きたかった」

 

 完全に納得したわけじゃないけど、反論する意味も感じないので頷いておく。

 着物を汚さないようにお爺様の後を付いていく私は、突然の爆弾発言に驚きを隠せない。

 でも、魔王様も粋な事をする。

 これで私も王様。ゲームで遊べるのは大歓迎です。

 最強クラスのアドラメレク眷属から一部を受け継ぎつつ、残りを自分の目で見てスカウトして補強。考えただけでわくわくが止まりません。

 

「鬼灯と弦はお前に懐いている。意を汲み取るのだよ?」

「はい!」

 

 軽くコカビエルさんの事を忘れそうになる私は上機嫌。

 しかし気付く。

 イッセー君達に、過剰包装したかのような姿を見せるという事実に。

 笑われる可能性は十分。そう思うだけで憂鬱になる。

 羽のように軽かった足取りを鉛のように重くしつつ、社へ向かう私だった。

 

 

 

 

 

 第十七話「真実の鏡」

 

 

 

 

 

「こちらになります、とアレイは皆様を誘導します」

「は、はい」

 

 まるでガラス球のような目はどんな感情にも染まらず、言葉にも心が全く篭っていない。

 薄紫の髪をツーサイドアップに結わえ、全身から無機質っぽさを漂わせる人形の様な少女を前に俺達は困惑していた。

 本人曰く、アドラメレク眷属の僧侶で名はアレイ。

 小猫ちゃんの仙術探査では魔力を持たない一般人と判断されたが、さっきの化け物剣士と龍の仲間である以上そんな筈が無ぇ。

 きっと漫画でよくある、真の実力を隠している系列なんだろう。

 

「それでは60秒後に入室する様に、とアレイは告げます」

「分かった」

「アレイは所定の位置に戻ることを皆様に報告します」

 

 目の前でピシャリと閉められた障子の向こうにアレイさんが消えたのを見計らい、俺は仲間に疑問をぶつけることにする。

 

「ロボっぽくね?」

「そうだね。ひょっとすると歳を経た人形……例の機動兵器かもしれないよ」

「神社だしなぁ、そういうの祭られててもおかしくないか」

「……でも、少し気の流れがおかしいことを除けば間違いなく生き物です。ゴーレム等の無機物ではありません」

「上手く化けたのか、それとも僕らの想定外なのか。今は敵じゃないことに感謝して、流されるのが吉と僕は思う」

 

 ここに来るまでに起きた数多くの理不尽のお陰か、木場がいつもの冷静さを取り戻している。

 やっぱ、お前は熱くなるよりこっちが似合う。もう我を忘れるなよ?

 口には出さないが、小猫ちゃんも同じ考えに違いない。

 ほっと胸を撫で下ろし安堵しているのがその証拠だ。

 そんな事をしている内に、指定の時間は過ぎた。

 思えば幾度と無く遊びに来ているが、一度も入った事の無い場所だと今更気付く。

 若干の恐れと期待を抱きながら中に入ると、そこは時代劇で見たような感じ。

 窓一つない空間に蝋燭の明かりが灯され、ゆらゆらとした光が幻想的だ。

 奥の上座には神主っぽい服の爺さんと、見惚れそうなくらい着飾った爰乃。

 普段の活発さは形を潜め、代わりに発散するのは和の香り纏った凜とした可憐さ。

 こりゃ確かに姫様だ。でも100点じゃないのが爰乃らしい。

 外見をぶち壊すような死んだ魚の目が、不本意な本心を如実に語っている。

 

「皆様お揃いのようですし、姫様と兵藤様方に眷属をご紹介致しましょう。先ずはこの私、騎士にして眷属の纏め役を受け持つ河上弦。次は鳥、皆様に名乗りなさい」

「はーい」

 

 爰乃から少し離れて平伏するのは三人と一匹。

 いつのまに戻ったのか、弦さんが進行役を勤めるらしい。

 最初に発言を促されたのは、天使の様に愛らしい小学生くらいの少女だ。

 見るからに好奇心一杯の大きな瞳でキョロキョロそわそわと落ち着かない様子だったが、自己紹介を命じられて元気一杯に両手を挙げて返事をする辺りが実に子供っぽい。

 しかし、こんなに可愛い子を鳥って呼ぶって……弦さんと仲が悪いのだろうか?

 

「アンはね、アンズーって鳥でご主人様の女王なのー。姫様姫様、アンおなかへったー」

「良く分かりませんが、一段落したらお菓子をあげましょう。良く出来ましたね」

「わーい」

 

 爰乃め、まともな会話を諦めて妥協したな。

 鳥ってことは、雷の雨を降らせたのがこの子か。

 天真爛漫っぽいのに、あれだけの事をするなんてちょっと信じられないぜ。

 閑話休題、アンズーがどんな種族なのか分からん。

 木場も小猫ちゃんも首をかしげているので、俺が無知な訳じゃないらしい。

 

「次、我。我、戦車。八岐大蛇の鬼灯。猫、超旨そう」

「食べちゃ駄目ですよ」

「了承」

 

 唯一匹、人型を取らなかった黒い蛇が鬼灯さんか。

 あれだけデカ……って、八岐大蛇かよ! そりゃ強い!

 あまりのビックネームに木場に救いを求めれば、こっちもビックリしている様子。

 小猫ちゃんなんて餌を見るように品定めされて、超警戒してるよ!

 

「最後のシメは任せろと、僧侶のアレイはドヤ顔で立ち上がります」

 

 お、初めてまともそうなのが―――

 

「形式番号GP01X。次世代主力量産機試作一号”アレイオン”搭載、機体統括兼パイロット支援AI”AR-0”は、マスターに次ぐ優先順位第二位として香千屋爰乃、通称姫様を登録したことを報告します」

「……ひょっとして、さっき大暴れをしていたロボの人ですか?」

「この体は、パイロットの残した写真の人物を模して生み出した生体インターフェースユニット。円滑な交渉を行うための仮の姿です、とアレイは同意の意を示します」

「悪魔なんだよね?」

「魔力と呼ばれるエネルギーを宿した存在を悪魔と呼称するのであれば、悪魔カテゴリーに属することをアレイは断言します。次元の狭間より回収して両足に追加された二基の改ゴグマゴグ型魔力炉はその要件を満たし、悪魔の駒により確固たる人格を確立したAIは生物特有の”我思う故に我あり”をクリアした、とアレイは姫様に解説を実施します」

「そ、そうですか。悪魔の駒って万能ですね」

「詳細がグレモリーに漏れても対処不能な子ですので、今回ばかりは補足を。アレイはロードス島の巨人伝説や、戯曲で言うところの機械仕掛けの神の元にもなった、地球圏最古であろう科学の申し子です。何でも別の星団で試験運用中に事故に巻き込まれ、何の因果か古代ギリシアに漂着。パイロット存命の頃は人に協力していましたが、死亡後は自己保存を優先して海底にて休眠。紀元前より幾星霜の時を超えた結果、いわゆる付喪神に変貌を遂げた変り種だったりします」

 

 待て。

 

「……それはつまり、異星人の兵器」

「その通りです姫様。今だ使われている技術の多くはオーバーテクノロジーで、主動力に至っては科学者も匙を投げた原理も良く分からない永久機関。ウチの投資部門が電子取引で無双出来るのも、アレイの演算能力あってこそだったりします。何せ生体演算機とやらのお陰でサイバー戦なら既知世界最強ですから」

「それはすごいですねー」

 

 爰乃のどうにでもなーれがさらに強まった!

 いや、気持ちは分かる。

 長い年月を経た付喪神って割に、超絶新型じゃねえか。

 実はあれか。ガーゴイルの親友が使うような発掘戦艦やら、一万年と二千年前からオープンゲット出来るマシンとかもどっかに眠ってるのか?

 これでUFOの存在が証明されてしまった……本当に世界は広い。

 しかし、鳥の人も含めて化けるのが得意だな!

 後で正体を見せてください。巨大ロボットとか男心をくすぐるんです。

 

「以上が今回集まった女王、戦車、騎士、僧侶のプロフィールになります。如何にお屋形さまの客と言っても外部の人間に内情を開示出来ない為、簡単に名と役割しかお伝え出来ない事をお許しください。姫様が望まれるならばこの弦、何時如何なる時も馳せ参じます故、今はこの位で納得いただけると助かります」

「……忠誠が重たい」

「何か言われましたか?」

「了解しました、と呟いただけです。私はこれからイッセー君達の相手をします。皆さん席を外して貰えます?」

「アレイと弦はわしに続き、今後の経営戦略についての打ち合わせ。鬼灯と杏は、いつものように自由行動。妙なのが紛れ込んだら殺れ」

「我、了解。腹いっぱい、動きたくない。アン、任せた」

「いいよー、縄張りの散歩してくるー。変なのみんな、ばーらばら!」

 

 俺達グレモリー眷属を無視して、アドラメレク眷族は好き勝手に出て行ってしまう。

 あれだな、客として認識されても扱いは最低限。

 敵じゃないだけで、味方でもない感じなんだろう。

 てか、爺さんの発言が一番の驚きっす。経営って、何してるんすか。

 まぁ部長の家も人間界で事業展開しているらしいし、これも上級悪魔の嗜みか?

 

「さて、邪魔者も居なくなった所で話を聞きましょう。何でもエクスカリバーに用があるとか?」

「主に用事があるのは僕だ」

「具体的には?」

「一言で言ってしまえば、エクスカリバーをこの世から葬りたい」

「こちらで確保した分はお爺様が買い手を決めています。事情次第では譲ってもらう事も可能ですし、事情を説明して貰えますか?」

「……君相手じゃ力ずくは無理だね。恥かしい昔話になるよ?」

「人に歴史あり。聞かせてもらいましょう」

 

 今回ばかりは木場が主役で、俺と小猫ちゃんはサポート要因。

 思いつめた表情で過去を語る木場を黙って見守り、爰乃の様子を伺う。

 最初は陰惨な話に眉を潜めていたのに、ある瞬間を境に表情を変えたのは何故だ。

 他の連中は気付いていないが、俺の目は誤魔化せないぞ。

 人差し指を頬に当てるそのリアクションは、ろくでもないことを思いついた時の癖だよな?

 

「……暫く待っていて下さい」

 

 そう言って急に席を外した爰乃を流し見る俺は、経験則から来る嫌な予感が現実のものにならないよう祈るのみだった。



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第18話「聖剣伝説 -プロローグ-」

「コカビエルさん、鴨が葱と鍋を背負ってやって来ましたよ!」

「俺も盗み聞きしていたので驚いてます。神様居ないの知っている俺ですが、うっかり信じそうになる奇跡。これで足りない配役は補填できましたな!」

「ええ、木場君を悲劇のヒーローにって……さり気なく妙な事言いましたね。天使が居るのに神様は居ないんですか?」

「前は居ましたよ。でもここだけの話、大戦で魔王と相打ちってます。だから本当は十字教は祈るだけ無駄。宝くじで一等を引き当てる運があるなら、天使がおっかなびっくり運営する神の奇跡代行システムが応えてくれる可能性かもしれませんがね」

「……夢も希望ない」

「それが天界、冥界、人間界、その他全ての世界に共通する真理。他の神話体系になら神様ごっそり居ますけど、結局力を貸してくれません。どんな事も成し遂げるに頼れるのは己の力だけ。世知辛いもんです」

「平等すぎて泣けます」

「はっはっは」

 

 コカビエルさんと向かい合う私は、脱線してしまった話に流されない様に自身を戒める。

 面白そうだからこのまま聞いていたいけど、イッセー君達を長々と待たせる訳にも行かない。

 

「っと、それはともかく脚本を一本書けそうです。あまり時間を置けば教会がまた攻めてくる可能性もあるので、特に問題が無ければオンタイムの即興劇として進めたいと思います。アドリブ多目になりますが、そこは芸の肥やしと言う事で」

「これは手厳しい。まぁ、聞かせて貰えます?」

「起点となるのは―――」

 

 細かい矛盾は勢いでゴリ押せばいい。

 大切なのはメインストーリーの整合性だけ。

 そう考えた私は、人生初の監督兼役者に全力投球することを決める。

 シナリオの確認を取った感じだと、コカビエルさんも好感触。

 後は自分で敷いたレールを走り抜けるのみっ!

 

「早速私はプラン通りに動きまましょう。アドラメレク様とその一党への通達は頼みますよ? 連絡ミスで殺し合いとかマジ勘弁ですからね?」

「お任せを」

 

 不本意ながら、今回だけはお姫様役を演じきりますとも。

 だから代わりに私の手の上で踊りなさい。

 全ては我が意のままに。

 

 

 

 

 

 第十八話「聖剣伝説 -プロローグ-」

 

 

 

 

 

「……この気配!?」

 

 俺達以外に誰も居なくなった闇の中、いち早くそれに反応したのは小猫ちゃん。

 一瞬遅れて木場も臨戦態勢に入り、さらに遅れて俺もやっと気配に気がついた。

 それはあのライザーすら余裕で上回る圧倒的な圧力。

 慌てて外に飛び出せば、夕暮れの朱を背にして漆黒の翼が翻っている。

 

「悠長な出迎えだったな、グレモリー眷属の木っ端ども。我が名はコカビエル、ここにエクスカリバーが集められていると聞き参上した」

 

 視線が及んだだけで膝が震えるプレッシャーってどんなだよ!

 仮にも上級悪魔とタイマンやって殴り勝った俺が恐怖する存在、禁手までの時間を稼げたとしても本当に倒せるのか自信が無い。

 木場に小猫ちゃんを加えても、多分それほど変わりはないと思う。

 でも、コカビエル……お前は致命的なミスを犯しているぞ?

 

「参上するのは自由かもだけどよ、早く逃げなきゃ死ぬぜ?」

「ほう、貴様が我を倒すとでも言うのか」

「いんや、俺達とお前の間には像と蟻以上の差があるさ。だがな、爺さんの眷属は違う。あの化け物たち相手に、同じことが言えるのかよ」

「……連中と正面から相対すれば、俺とて唯ではすまんだろう。騎士と戦車だけならまだしも、王と女王だけはヤバイ。断固として戦いを拒否する!」

「あっさり認めた!?」

 

 これには思わず苦笑い。

 無言で魔剣を握り締めていた木場と、小猫ちゃんも困惑気味である。

 本拠地に乗り込ん来た癖に、自分からネガルとかありえんだろ。

 そこは空元気でも

 

”我に掛かればうんぬんかんぬん”

 

 って突っ張ろうぜ……。

 

「少年、無理と分かっている事を可能と言い切る方が無様なのだよ。しかし、大人には不可能と知りつつも成さねばならない場合が多々ある。それが今だ」

「策があるって事か」

「そうだ。現状に無理があるのなら、可能なレベルに条件を下げればいい。このようにな!」

 

 コカビエルが芝居がかった大仰な動作で指を鳴らすと、奴の隣に転移の魔法陣が生まれた。

 増援か、そう思ったのも束の間。俺は大きな勘違いを気付かされる。

 現れたのは全身鎧の騎士たった一人。

 しかしその手には、全身を弛緩させた爰乃が抱かれていたのだから。

 

「共通の弱点を突けば、奴らとて大人しいものよ。そもそも、俺がこの場に現れたにも関わらず、誰一人として姿を見せない異常さに気がつかなかったのかね」

「人質か!」

 

 くそっ、帰りがやけに遅いと思ったらこういう事かよ。

 認めたくないが、さすが堕天使の幹部。鳥と蛇が徘徊してる危険マップを易々踏破して、お宝を簡単にゲットは賞賛したいレベルだ。

 ……あれ、でも家の中にも爺さん含めて何人か居たんじゃ?

 少しばかり手際が良すぎないか?

 

「これが頭を使うということだよ赤龍帝。さて、実はエクスカリバーの回収は済んでいる。わざわざ君達の前に姿を見せたのは、メッセンジャーとなって貰うためでなぁ」

「……言うことを聞けば、爰乃を解放するのか?」

「無傷で手放すとも。但し、全てが終わった後にだがね。そうでなくてはアドラメレク一党が、俺を死に物狂いで殺しに来る。それだけは避けたい」

「いやだから、怖いなら爺さんの大事な孫に手を出すなと」

「そ、れ、よ、り、も、そこの聖剣計画の生き残り!」

 

 力技で誤魔化した!?

 

「……何かな」

「バルパーと俺は、明日の満月を待ち駒王学園を根城に暴れる予定だ。奴も失敗作を処分できなかった事を悔やんでいてなぁ。是非とも祭りの前に遊んでやってくれないか?」

「……望む所だ」

「そして下級悪魔のガキ共、帰って主に伝えろ。このコカビエルが新たな大戦の火種を生み出すとな! 手始めにこの街の人間どもを皆殺し、次に縄張り縄張りと五月蝿い犬悪魔と、教会の蛆虫を滅ぼし尽くそう。これぞ我が偉業の始まりよ!」

 

 く、狂ってやがる。

 そんな真似をすれば、堕天使とそれ以外で戦争がマジに始まるぞ。

 共通の敵を攻めるっても、悪魔と天使が仲良く出来るはずもない。

 疑心暗鬼に駆られ、結局全面戦争の未来しか待っていないじゃないか!

 

「手始めに魔王の妹とその眷属を生贄に捧げよう。ああ、待っているが怖ければ来なくても結構。己の領土すら守れぬ臆病者は不要なのでな! ハハハハ!」

「そんなに戦争がやりたいのかよ!」

「俺は三つ巴が解消されて以来、暇で暇で仕方が無かった。アザゼルもシェムハザも、研究できればそれでいいとか甘いことばかり。ミカエルに至っては聖剣を奪って挑発しようとだんまりだ! そもそも不倶戴天の存在と馴れ合って何が堕天使か。温い現状に妥協する日々の中に、生を実感出来る瞬間は無い!」

 

 平和が苦痛か。俺には理解出来ねえよ。

 聖人君子じゃないから、世界から争いがなくなるとは思ってねぇよ。

 でも、やるなら俺の目の届かないところでやれ。他人を巻き込むな!

 

「……先輩、平行線はどこまで進んでも交わりません。これ以上は無駄です」

「僕も同じ意見だ。後はどちらが我を押し通せるかだけの勝負。ここは素直に引こう。戦力をかき集めて対抗しないと勝ち目が無い」

 

 そう言って俺を制止する仲間に頷きを返し、俺は奴に指を突きつける。

 

「俺達が必ずお前の野望を止めてやる。首を洗って待っていろ!」

「それは楽しみだ。伝説の龍の力、是非ともお目にかかりたいと思っていた。ああ、上に助力を求めるなよ?」

「……」

「そうだな、あの忌々しい紅髪の妹姫一党だけで挑んで来い。さもなくば貴様にとっても大切なこの娘がどうなっても知らん。何らかの不幸が訪れた場合、責任は全てお前にあることを覚えておけ」

 

 チクショウ、読まれた!

 相手が悪魔業界における魔王級なら、こっちも同等の存在にSOSを送る予定がパアだ。

 

「さて、そろそろ退散しよう。明日の零時、貴様らの根城にて待っているぞ」

 

 十翼を羽ばたかせ、騎士を伴い空へと上る堕天使は悔しいけど美しい。

 いつか俺も、龍の翼で天に昇る日が来るのだろうか。

 もしも俺が空を舞う誰からも認められる天龍なら、こんな時颯爽と活躍出来るに違いない。

 だけど、地面から空を見上げる蜥蜴はちっぽけだ。

 やっとの事で小鳥を倒して自信満々になってたら、次は手も足も出ない鷹が飛んできた。

 弱い、弱すぎる。

 こんなんじゃ爰乃を超えるどころか、上級悪魔への道も危ういじゃないかっ!

 

『確かにお前は歴代際弱の赤龍帝だ。だが降って沸いた力に溺れず、上を目指す向上心は過去に類を見ない誇れる資質だと俺は思う』

 

 そりゃどうも。

 

『過去に悪魔への転生を果たした宿主は居なかったのだ。お前はまだ若く、人の寿命を遥かに超えた無尽蔵の時間を手に入れている。このメリットは計り知れないぞ』

 

 妙に優しいな。

 

『相棒、俺はお前を高く評価しているんだよ。だから早く天龍に至ってくれ。いくら身の丈に相応しいからと、赤蜥蜴みたいな名を名乗られては俺のプライドが傷つく。せめて本当の禁手に至った時は恥かしい二つ名を返上して欲しい』

 

 俺が一人前と納得出来たらな。

 

『……エロ特化かと思えば妙な所で頑固。本当に変り種だよ、お前』

 

 迷惑掛けます。

 

「イッセー君、呆けてないで君の家に戻ろう。作戦会議が必要だ」

「お、わりぃ。コイツと話してたら、ちょっとな」

「……神器と?」

「話してなかったか? ライザーに負けた後から、神器に宿るドラゴンのドライグと話せるようになったんだ。根は真面目でいい奴でよ、さすが俺の相棒つーとこ」

「はは、さすが別格の神滅具。僕は魔剣創造と会話なんて出来ないよ」

「俺はコレしか知らないから、そういうもんだと思ってたわ」

「意思を持つのは、何らかの魂が封じられている物だけさ」

 

 神滅具のレア度をイマイチ実感出来なかったが、ドライグって希少なんだな。

 

『どんな姿に堕ちても二天龍、全ての力を解放できれば神も魔王も倒せる赤だぞ。そんなインフレ武装が、そこいらに転がっている訳がなかろう』

 

 知識も無い宿主で悪い。ま、お前のアドバイス通り気長に頑張るわ。

 普通の赤龍帝が100年生きられないなら、才能が無くても1000年努力すりゃ追い抜けんだろ。

 知っての通り、俺はコツコツ積み重ねて伸びる子だぜ?

 

『俺が誇れる立派な使い手になる事を期待する。さしあたってはコカビエルに殺されるなよ? 奴は歴戦を潜り抜けた古強者、勝機は万に一つだ』

 

 爰乃が攫われた以上、他人事でも居られない。

 無茶でも何でもやってやるさ。

 

「……先輩、置いてきますよ?」

「ぐあ、ドライグと話すと周りが見えなくなるな。今行くよ!」

 

 俺達はこの時、もう少しだけ冷静になるべきだった。

 孫が捕らわれても姿を見せない爺さん。

 不審者を見逃した鳥と蛇。

 エクスカリバーを奪われた弦さんの職務怠慢。

 よくよく考えれば、不審な事ばかりが起きている。

 しかし、コカビエルの宣言はそれらを吹き飛ばすだけのインパクト。他のことに注意を向ける余力が、一片も残されていなかったのだから仕方が無い。

 頭を占めるのは、グレモリー眷属全体が借りのある爰乃の安否。

 だから誰も気がつかない。

 後にうっかり脚本家が漏らすまで、世界を揺るがしかねない大事件への初遭遇として記憶に刻まれる茶番はこうして幕を開けたのだった。



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第19話「聖剣伝説 -決戦前夜-」

「コカビエルさん、さっきのアレは何ですか」

「アレとは」

「お爺様への苦手意識を漂わせようとして失敗、イッセー君の追及を、際どく乗り切った情けない演技の事です。アレを本番でやらかせば、一発で客がしらけますよ?」

「あ、はい」

「よくぞこの調子で主役を射止められたと、驚くしかありません。主演の不始末は、そのまま全てに波及すると知った上での行動と理解しているんですか?」

「……死んで償いを」

「それを許されるのは素人まで。一度舞台に立ったなら、病気、怪我は勿論、親の訃報が伝えられようとも平然と客を満足させるのがプロ。貴方の目指す役者道とは、それだけ業の深い世界だと思います」

「このコカビエル、感服いたしました。爰乃さん、俺を導いてください!」

 

 貶して落して諭した所、何故か感極まって滂沱の涙をコカビエルさんは流していた。

 私は一般論を口にしただけの、全然テレビも見ない素人です。

 あまり力になれないと思うんですが、それは……。

 

「……茶番は終わったか?」

「むしろこれからが本番。応援の人、貴方の神器は重要な舞台装置です。ちゃんと食べて明日に備え、英気を養って下さい。直接の出番こそ最後だけにしても、下地作りには協力して貰いますよ」

「応援の人ではなく、ヴァーリだ」

「これはどうも。私は―――」

「アドラメレク一派の要人にして、英雄の力を発現させた悪魔業界話題のルーキー。我が宿敵赤龍帝を鍛え、フェニックスの雛を一撃で葬り去った実績は計り知れない。違うか、香千屋爰乃」

 

 クールに私の知らない情報を教えてくれたのは、木場君すら霞む美少年。

 暗めの銀髪と、引き込まれそうなほど透き通った碧眼。何処かグレイフィアさんを思わせる容姿は、大概の女の子を虜にする事うけあい。

 歳の頃は私と変わらないっぽいのに、派遣元のアザゼルさん曰く何処に出しても恥かしくない最高戦力とのこと。手駒不足なので、ホント助かります。

 

「妙な業界で有名になってますね……」

「一つ忠告だ。フェニックス戦で少しばかり派手にやりすぎた為に、一人の厄介な英雄が君に気付いてしまった。敵視されているのか、それとも好意的なのかは分からない。しかし、遠からず奴は君の前に現れるだろう」

「それは楽しみですね。人を殺す技術を千年練り続けてきた香千屋は、他種族はともかく同族に後れを取る謂れはありません。古今無双の英雄? それがどうしましたか? どれだけ強くなろうと、心臓を止めるか首を折れば人は死にます。誰であろうと、何時でもウエルカムですよ」

「力だけなら俺は君を圧倒できると自負しているが、その精神には畏敬の念を抱く。間違いなく君もまた強者、白龍皇たる俺が保障しよう」

 

 白龍皇―――確かイッセー君の赤龍帝と対になる神器の使い手。

 能力は真逆で、対象のあらゆる数値を半減させ続けるインチキ効果。減らした分を吸収出来る補助能力も備えているとかで、どう考えても赤より白が怖いと私は思う。

 

「それはどうも。聞けば赤と白は、どちらかが滅ぶまで戦うのが宿命とか。今回は嫌でも現場で顔を会わせますけど、やはり即決闘を?」

「いや、俺のライバルはまだ弱すぎる。今だ完全な禁手にすら至っていない様では戦うに値しない。彼が最低限のラインを超えるまでは放置するつもりさ」

「ライザーと五分程度。それも諸々の条件付じゃ話になりませんか」

「君なら、この思いを理解できると思うが?」

「そうですね。私は強者が大好きです。だから見た目や性別、それこそ種族が何であれ差別をしない主義。口だけで中身を伴わないのが一番嫌いですけど、イッセー君は前者ですよ?」

「ほう」

「彼は誰が相対しても弱いと断じられるでしょう。でも、同時に”明日が楽しみだ”とも評価されることを貴方は知らない。そんなイッセー君が弱さを受け入れ、自ら名乗った二つ名は赤蜥蜴。手始めに不死鳥を喰らい、地道に成長して赤龍に至る決意の表れだと私は思っています」

 

 そう、そんな彼だからこそお爺様が目をかけている。

 ヴァーリが王道を進む大樹なら、イッセー君は野に生えた雑草。

 しかし侮る無かれ。雑草も、やり方次第では大樹を朽ちさせるもの。

 真っ直ぐ太陽を目指して背丈を伸ばし、足元の大地に深く根を張る幼馴染は温室育ちに決して負けない。持ち前のタフさを生かして地道に勢力を広げることでしょう。

 誰だって最初は弱い。

 分かれ道はそこで諦めるか、それとも諦めないかの違いだけ。

 心が折れない限り、誰にでも強者に至る道を与えられていると私は信じたい。

 

「……友人を侮辱して済まない。だが、お墨付きのお陰で楽しみが増えて実に嬉しい」

「分かって頂けたならそれで結構」

「当代の白と赤は、長い時間を与えられた悪魔だ。ワイン作りでは良質な葡萄ほど熟成に時間がかかると聞く。彼もまた長い年月を経て、誰もが認める極上の赤に生まれ変わると期待しよう。どうせ俺は君と同じく強ければ何でも良い。倒したい相手は両の手では足りず、発展途上を後回しにすることに不満は無いからな」

「私もリストアップされるように研鑽を続けますか。お眼鏡に叶うだけの力を得たなら一戦やりましょうね」

「今直ぐにでも、受けて立つが?」

「望むところ、と応じるとでも?」

「む」

「戦いばかりが人生じゃありません。ほらほら、揚げ物が揚がりましたよ。暇つぶしに台所でぶらぶらしてるなら運んでくださいな」

 

 そう、今は台所で大絶賛調理中。

 さすがの私も、エプロン姿で試合はごめんです。

 コカビエルさんは下拵えから手伝ってくれるのに、ヴァーリは壁に寄りかかって話しかけてくるだけ。そんなに手持ち無沙汰なら皿ぐらい出して下さいよ。

 

「タイミングが悪かったか……」

「一品作ってくれているコカビエルさんと違い、眺めているだけのヴァーリに遠慮なんてしません。働かざるもの食うべからず。悪魔の教育がどういうものか知りませんが、この家に足を踏み入れたからにはルールに従って貰いますよ?」

「……ふっ、アザセルをして未来永劫最強の白龍皇と言わしめた俺を給仕に使うか。くくく、実に新鮮だ。これは生まれて初めての経験だ」

 

 何がそんなに愉快なのか、こらえきれない笑いを漏らす白の人。

 物を頼まれる事に慣れていない様子から察するに。やはりお坊ちゃんなのかな?

 

「エビフライはアンのね」

「我、狙いヒレカツ。鶏、不要」

「つまみ食いしたら怒られるかなー?」

「信賞必罰。我、スネーク続行推奨」

「了解であります!」

 

 隠れているつもりがあるのか無いのか、台所を覗く少女の顔がチラチラ見え隠れ。頭の上には蛇。お腹を鳴らして空腹を全力アピールする姿は、ほっこりする微笑ましさ。

 

「……ヴァーリ、本当にアレが戦いたい強者の一角?」

「そうだ。特にアンズーは曽祖父腹違いの一族。本来なら、真なるルシファーと双璧を成す最強クラスの神鳥だ。アドラメレクの女王はまだ若い固体ではあるが、それでも並の上級悪魔を遥かに凌ぐ強大な存在だぞ」

「あの指を咥えて物欲しそうな子供が?」

「大変遺憾だが、アレとて魔王の血族。俺よりも血の濃い純粋種が弱い訳が無い」

「確かに全体的な配色同じですね」

「……」

 

 言われて気づいたけど、確かにアンも銀髪碧眼。人間の伝承ではアンズーは天使の原型であり、その縁からルシファーと同一視されているとグーグル先生は検索結果を表示してくれた。

 実際は親戚だったにしろ、ルーツが同じなら外見も似るんですね。

 

「子供を待たせるのも酷。ほらほら、一宿一飯と納得して下さい」

「分かった」

「コカビエルさんも、チキンが出来たらお願いします。私は向こうでご飯とかよそって、最後の準備してますので」

「ラジャ。ご期待に沿える一皿をお届けすることを約束しましょう」

「時にトマト系なのは匂いで察しましたが、料理名は何ですか?」

「若鶏のソテー小悪魔風」

「堕天使なのに子悪魔とはこれ如何に。座布団一枚進呈です」

 

 ネタなのか本気なのか判断に苦しむ私は、自分とヴァーリの手に大皿を載せながらリビングへと歩を進める。

 これから始まるのは夕食を兼ねた作戦会議。

 当初の計画は、弦さんによる聖剣神父斬殺が発覚したことで修正が必要になってしまった。

 やはりイレギュラーは、常に起きると想定しないと駄目ですね。

 

「不足するならレパートリー全開で作ります。ちゃんと運ぶ仕事をこなしたのだから、遠慮しちゃ駄目ですよ? 奪い取る気持ちで挑まなければ、全部欠食児童が食べちゃいますからね」

「ああ」

 

 この予測はすぐに的中する。

 やはりというべきか第一弾を運んだ瞬間に平らげられて、調理場にとんぼ返りの私。

 アンを筆頭にフードファイトの様相を見せられ、備蓄食材の全てを使い切る大仕事で挑む事になるのだった。

 

「味には満足しているが、ミーティングはどうなった?」

「あ」

 

 なるようになりますよ、多分。

 

 

 

 

 

 第十九話「聖剣伝説-決戦前夜-」

 

 

 

 

 

 コカビエルの結界により、学園は完全封鎖。

 なのに小猫ちゃんの言によれば校門にだけ穴が開いているとの事で、露骨に弄ばれてる事を思い知らされてイライラが止まらない。

 お陰で部室に集結できなかった俺たちは、学園近くの公園で作戦会議中っす。

 援軍として部長の呼びかけに答えたソーナ会長と、その眷属も参加し対応策を模索中だったが、気がつけば時間だけが進み今や突入するしかない切羽詰った状況だ。

 こうなったのもグレモリーとシトリーの間に出来た、埋めることの出来ない溝が悪い。

 

「私たちは被害を最小に抑えるため、眷属総出で結界を貼ります。出来ることならリアスも魔力供給に参加して、貴方のお兄様に救援を―――」

「それだけはダメ。要求を違えれば爰乃の身が危ないのよ。唯でさえフェニックスの一件で迷惑をかけているのに、ここで見捨てたならグレモリーの名は地に堕ちてしまう。恩を仇で返すくらいなら誇りある死を私は選ぶわ。何より、私の可愛い下僕達は皆やる気よ」

「……個人の感情を優先して、街一つの命運を賭けられません。最低限の損失で安全策を取れるなら、最大公約の利益を優先するのが上級悪魔の嗜みではなくて?」

 

 会長は自分たちの能力を超えた事態に対して上層部への打診すべきと頑なで、部長はコカビエルの要求通り自分達だけで方をつけようと譲らない。

 ただでさえ爺さん達が動けず時間も限られてるってのに、この不毛な言い争いは何だ

 本当に危機感を持っているのか怪しい王達に呆れた俺は、思わず口を挟んでしまう。

 

「会長、そちらが爰乃の身を危うくする行動に移るのなら、俺はシトリーを敵に回すことも覚悟の上。お願いですから余計な真似はしないで下さい」

「……先輩の言う通りです。大恩ある香千屋先輩を見殺しにするとあらば、私も黙っては居られません。例えはぐれ悪魔に落ちようとも、為すべきことを為すと宣言しましょう」

「相手は幹部クラスのコカビエル。本気を出せば、学園どころかこの地方都市そのものを崩壊可能な化け物に本気で勝てると思うの?」

 

 正論なんだがネチネチと……もう交渉打ち切って無視すっか?

 優秀な敵より、足を引っ張る味方のが厄介って話は真実だったんだなぁ。

 

「転成したての下級悪魔が、公式戦敵無しのフェニックスを倒せると会長は予測出来ましたか? 出来ませんよね? でも現実はどうでしたか?」

「それは……」

「ああもう、最初から無理と決めて諦めるならすっこんでろ」

「ちょっとイッセー言葉を慎みなさい! 私はそこまで許していなくてよ!?」

 

 ですよねー、会長って現レヴィアタン様の妹ですからねー。

 悪いとは欠片も思ってませんけど、無礼な真似をしてすんません。

 

「部長。大勢の為に無関係な誰かを蔑ろにする為政者が、俺は大嫌いなんです。会長はテロに攫われた赤の他人なら交渉に応じない癖に、自分の血縁になると掌を返すタイプ。今回だって、姉のレヴィアタン様が同じ立場だったら人質の安全を第一に考えると思います。違いますか?」

「……仮に姉が攫われたなら、それは高度な政治問題よ。少しばかり名を売っただけの人間と比較することは出来ないわ」

 

 それが本音か。確かに冥界の平穏を第一に考えるなら、会長は正しいさ。

 でも、常に模範回答が満点だと思ったら大間違いだ。

 今の発言、爺さんが聞いてたら殺されてるぞ。

 

「イッセー君、これ以上の問答は無駄じゃないかな。準備時間を有意義に使う為にも手早く片付けてしまおう。僕としても宿敵を前にして何時までも平静を保てなさそうでね」

「だな」

「僕は騎士と戦車を引き受ける。小猫ちゃんは兵士を頼めるかい?」

「……では手始めに匙先輩を潰します」

「俺は?」

「君はソーナ会長を仕留めて欲しい」

「任せろ……と言う前に、これだけは言わせて欲しい。巻き込んじまって悪い」

「それはこちらのセリフだよ。元はと言えば僕の私闘に付き合ってもらった様な物さ。何より、君達と一緒なら流浪の生活も面白い。喜んで反逆の汚名を受け入れようとも」

「……私も姉の真似をするだけです。お気になさらずに」

 

 魔剣を構えた木場は本気で俺に同調し、小猫ちゃんなんて早くも飛びかかる寸前だ。

 俺達の本気を悟ったのかシトリー眷属も武器を取り出し臨戦態勢だが、ぶっちゃけ顔合わせを何度かしただけの連中を倒す事に何の躊躇も生まれてない。

 もしも手心を加えるとか甘い考えなら、俺はともかくウチの騎士は無慈悲に首を落すぞ。

 爺さんに仕込まれた”抜いたら殺せ”の心構えは伊達じゃないからな。

 それはともかく、お前らも同じ結論に至ってくれて嬉しいやら悲しいやら。

 ちょいとばかり敵の数は多いが、そこはガッツで何とかしようぜ。

 

「本気なの!?」

「部長。お世話になったお礼に、貴方の気づいていない真理をお教えしましょう。それは人の命は同価値ではないと言う事です。僕にとって香千屋さんは最悪見捨てても構わない存在ですが、二人にとっては違います。先ほどイッセー君が宣言したとおり、彼女の命と世界の重さは釣り合うどころか香千屋さんに傾くのですよ。この意味、身内に格別の情愛を注ぐグレモリーの次期当主なら理解してくれますよね?」

「……それは」

「少しでも共感して頂けるなら、動かずじっとして頂きたい。貴方に好んで剣を向ける恩知らずは一人も居ません」

「答えは変わらないのね」

「……弦さんは正しかった。剣が善悪を憂う無意味さを、本当の意味で理解しましたよ。その上で最後にもう一度だけ問います。我が王よ、どうされますか?」

 

 部長には悪いが、下僕だって人形じゃない。

 譲れない部分でまで、盲目に従うと思っているならそれは傲慢だ。

 前に転生悪魔の雇用条件はどんなもんかと調べたら、無理やり眷属にさせられた人間が少なくなくてびっくりしたよ。

 下僕になった後も待遇はキリは極僅かでピンばかりっぽいし、そりゃ反逆する奴も出てきて当然だと思う。

 部長はそうでもないが、やっぱ悪魔には人間を見下す風潮がある。

 多分俺が最上級に上り詰めても、人間の成り上がりって馬鹿にされるんじゃね?

 いかん、モチベーションが下がってきた。

 最悪でもハーレムは作れる筈だから、ポジティブに頑張ろう。

 おっぱいの為なら、俺はどこまでも頑張れるからな!

 

「……もうちょいで禁手が使えるからよ、それまで頼むわ」

「任せてくれ」

 

 こんな事もあろうかと、既にバランスブレイカーへのカウントダウンは開始済み。

 回答次第では、憧れのお姉様を葬る覚悟は済んでいるぜ。

 朱乃さんは部長に付くだろうけど、目と鼻の先に居る今なら前衛に分がある。

 鎧無しの俺もそうなんだが、どうにもグレモリー眷属は攻撃力特化で防御は薄い。

 やられる前にやれ、そんな風潮が今はあり難い。

 ちなみに木場が前衛を狙うといったのはブラフ。

 交渉決裂と同時に、我らが女王を真っ先に倒しに行く腹積もりに違いない。

 アイコンタクトだけでここまで分かり合える辺り、イケメン王子もいまや親友だな。

 

「……朱乃、貴方はどう思う?」

「身内を見捨てないのが、グレモリーの家訓ですわよね」

「……」

「私に聞かずとも、既にリアスの中で答えは出ているのではなくて?」

「……そうね」

 

 お、この流れは。

 

「ソーナ、結論だけ伝えるわ」

「聞きましょう。名門悪魔に相応しい回答を期待していいのかしら?」

「悪いけど―――」

 

 部長の口が紡いだのは、皆が望む音の羅列。

 それでこそ俺達の王様だと、胸を張れる強い意思の込められた決別の言葉。

 

「助力をお願いして申し訳ないとは思う。でも、やっぱり私達だけでやることにするわ。だから邪魔をしないと誓って結界の維持に努めるか、お引き取り願える?」

 

 お許しも出たし頑張るか!



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第20話「聖剣伝説 -ミドルフェイズ-」

「……ぶっちゃけ、グレモリー&シトリー総出も余裕な俺です」

「らしいですね」

「弦さん扮する黒騎士が何人か削る予定だったにしろ”ここは俺に任せて先に行け”で、八割方は無傷で通す計画でした。じゃないと大人と赤ん坊の喧嘩ですし」

 

 私は溜息を一つ。

 

「このままだと、イッセーは鎧の力を使い切って一般人登場。他のメンツも、共倒れか相応の被害を受けてズタボロでしょうね。そうなれば、ひょっとしなくても私一人で片付くんじゃ?」

「爰乃さんなら、そもそも万全でも行けるでしょう。シトリーは良くも悪くも特化型居ませんし、各個撃破で対応可能ですよ」

「皆さん私の得意な、純人間型ですからねー」

「それだけ戦力に余裕が無いのに、何であいつら仲間割れ始めるんですかね? 特にシトリー。俺の力を恐れる割に、上級ですらない悪魔の結界は無意味と何故に理解しない。俺を簡単に張れる程度の強度で押さえ込める雑魚と、戦力を下方修正する意味が分からんとです」

 

 こっそりイッセー君に仕掛けたアレイ印の盗聴器から流れてくる意味不明な会話を受け、私とコカビエルさんは頭を抱えていた。

 両の指で収まる数しか居ない堕天使の幹部を相手にするというのに、会長は熱血を乗せたスーパー系必殺技を減算バリアで無効化出来ると見積もる始末。

 この余裕は何処から来るのか。

 コカビエルさんならずとも、私も問い詰めてみたいです。

 

「……潰すなら、モブ扱いの会長ですよね」

「ええ、主役はグレモリーの騎士。彼を如何にして輝かせるかが焦点となりますから。それに爰乃さんの身を案じると言う理由付けも考慮すると、やはり退場するのはシトリーが妥当でしょう」

「決まりですね。加減が出来て、空気も読めるとなると……弦さん、頼めますか?」

「御下命、確かに承りました。ある程度は加減しつつ、シトリー眷属を無力化するとの認識で宜しいのでしょうか?」

「それで構いません。状況に応じ、適切な設定をでっちあげる方向でお願いします」

「御意」

 

 そう言い残すと、霞のように姿を消す弦さんは何度見てもおかしい。

 隠蔽術の一端すら見破れない私が未熟なのかと思い隣の堕天使に尋ねると、やはりこちらも感知できていないとのこと。

 近づいて斬るしか出来ないと本人は言うけれど、敵に察知させずに移動できる時点で凶悪過ぎる力の持ち主だと思う。

 

「姫様姫様、アンのお仕事まだー? ひまなのー」

「出番になったら召喚してあげるから、学校内を探検するのはどうかな?」

「たんけん!」

「これはゲームだよ。誰にも見つからないようにマッピングを終えられたらアンの勝ち。ご褒美に甘いケーキを焼いてあげる。分かった?」

「がんばりまーす!」

 

 根城にしている校長室から目を輝かせて飛び出していくアンに一抹の不安を覚えるも、これが一番の取り扱い方だと私は確信している。

 下手に難しい指示を与えるより、最低限のルールを与えて放し飼いの方が最終的な損失は少ない筈。

 まどろんでいた鬼灯の首根っこを掴んで出て行ったし、面倒が減って助かります。

 

「ヴァーリは別室でアレイとチェスを打っているから放置。時に校庭占拠中な神父の作業進捗はどうなってます?」

「アザセルから改修した欠片も含め、遠からずエクスカリバーの再結合が完了との事。全体スケジュールの遅れが予測されるので、主役の登場とタイミングを合わせるのが難しそうです。いやー、到着と同時に完成させて高笑いからの勝利宣言したかったなぁ。今回、出来るだけ負けフラグを立てるのが俺の課題なんで超残念ですわ」

「ノルマは三つ以上、出来ますよね?」

「……頑張ります」

 

 今更ながら、私は何をやっているのだろう。

 不思議なことに、この状況を楽しんでいる自分が怖い。

 やはりあれですか、英雄力の弊害?

 将軍の関羽さんは、場を支配するのが大好きだったみたいな?

 

「いっそ梃入れに、磔にでもなりましょうか?」

「気が引けて頼めませんでしたが、受けて頂けるなら是非とも。魔をアピール出来るよう、逆十字の磔台を速攻で作りますよ!」

「それなら和服は和洋折衷過ぎるかと。手頃な着替えがあったりすると助かりますが……まさか用意してませんよね」

「……実はアザゼルから必要になるかもしれないと、純白のドレスを預かっていたり」

「……読みが深い上司を持って幸せですね。どうせ寸法は私にピッタリなのでしょう?」

「爰乃さんの身体データは知りませんので何とも言えない所ではありますが、ウチのボスはそういう細かい所で手を抜かない神経質な男ですし……おそらくは」

 

 あの人は、何処まで読んでいたのだろう。

 小賢しい小娘の浅知恵では、老獪な賢者の予想を裏切ることを出来ないのかな。

 悔しいけど、人生経験の差だけは埋めようが無いもんね。

 それに、私は搦め手よりも拳骨で押し通るタイプ。

 戦略で負けても、戦術レベルでなら予定調和を上回る事も出来るに違いない。

 

「コカビエルさん、何処かで見ている観客の為にも頑張りましょう。こうなればヤケです。恥も何もかも掻き捨てて、捕らわれのお姫様演じきりますとも。どうせ目を瞑ってぐったりするだけの簡単なお仕事ですし!」

「では俺も心を鬼にして、悪い堕天使役に入り込みます。場の空気を読んで少しばかりの怪我を負わせるかもしれませんが、必ず傷一つ残さず完治させます。申し訳ありません、我慢して下さい」

「ボスが人質に手を出すのは様式美。妙な加減は不審の元なので、致命傷になろうともやりたいようにやっちゃって下さい。但し、DIO様の如く唇を奪うとかは無しで」

「畏まりました、マイプリンセス」

「宜しい」

 

 それから詳細な打ち合わせを終えた私は、与えられたドレスに袖を通しながら外を眺める。

 眼下には初老の神父を中心にして、回収されたエクスカリバー総勢六本が神々しい光を放ちながら浮いていた。

 小躍りしながら作業を進める彼はとても楽しそうで、何とも羨ましい。

 道化ここに極まり。切り捨てられる以前の扱いと教えたら、一発で憤死するんじゃないと思う。

 

『こちら弦、これより目標を駆逐します』

 

 耳に差し込んだインカムからの淡々とした宣言は、メインイベント開始の合図。

 ここまで来たら、上手くやろうとか考えずに楽しもうと思う。

 さあ、イッセー君。この布陣を乗り越えて私を助けられるかな?

 サブイベントにも手は抜きませんからね。

 

 

 

 

 

 第二十話「聖剣伝説 -ミドルフェイズ-」

 

 

 

 

 

「助力をお願いしたのに申し訳ないとは思う。でも、やっぱり私達だけでやることにするわ。だから邪魔をしないと誓って結界の維持に努めるか、お引き取り願える?」

「……そんなに下僕の女が大切なの」

「爰乃は私の友人で、後輩で、親友の貴方に負けない大切な女の子。侮辱するなら誰であろうと容赦しない。まして、命を脅かすなら明確な敵よ」

「つまり、相容れない……そういう事ね」

「分かってくれたなら、どうするのか教えてくれないかしら」

「リアスが自らの心情に従うなら、私も同様に己の信じる道を進みましょう。憐耶、サーゼクス様へ……違うわね、レヴィアタン様に救援要請。事情を説明し、可及的速やかにコカビエルを打倒しうる上級悪魔の派遣を依頼なさい。回線はシトリーの直通を使用、私の名を出す事を許可します」

「ソーナ!」

 

 部長が腹を括った様に、会長も負けじと覚悟を決めていた。

 って、ヤバイ!

 俺は鎧精製のカウントダウン中で動けない、木場に期待するしか―――

 

「主の邪魔はさせません! いざ尋常に勝負!」

「シトリーの騎士か!」

 

 駄目だ、三人に囲まれてる。小猫ちゃんは匙の篭手から伸びた黒い触手みたいのに絡め取られてるし、部長は会長とお見合い中。頼みの朱乃さんは薙刀使いに主導権を奪われて、苦手の接近戦に持ち込まれちまった。

 アーシアは俺の後ろに居るけど戦力外。完全に押さえ込まれた格好だ。

 憐耶とか呼ばれたお下げの子は通信に手馴れてないのかもたついてるが、このままじゃ冥界に報告されるのも時間の問題だろう。

 向こうは時間を稼げば勝ちなのに、俺達は一人でもフリーにすれば終わる。

 どうすりゃいいんだ?

 遠からずチェックメイトが掛かる、そう諦めかけた時だった。

 最初に襲われたのは、木場を囲んでいた三人娘。銀閃が光る度に体の一部が宙を舞い、本人達も何が起きたか分からないまま戦闘不能に追い込まれていく。

 

「……今のは!?」

「おや、少し雑過ぎましたか。それでも僅かなりとも察知できたなら上出来です。はなまる満点を進呈しましょう」

 

 聞き覚えのある声が響いたかと思えば、匙の腕が肩の根元から断たれて神器が停止する。

 何かに気付いた小猫ちゃんは自由になると、即座にロケットのような飛び蹴りを敢行。朱乃さんを押さえ込んでいたお姉さんを一発で昏倒させる快挙を達成である。

 うーむ、フェニックス戦の時より動きが格段にキレてる。

 戦いを一つ乗り越えて強くなったのは、俺だけじゃなかったんだなぁ。

 

「イッセー君はそのまま力を温存してくれ。これなら僕らだけで行けそうだ!」

「悪い、任せる!」

 

 フリーになった木場が朱乃さんの援護を受けて縦横無尽に暴れ周り、お下げちゃんを一閃。何もさせないまま打ち倒してしまう。

 あっという間に形勢は逆転。残るは会長唯一人だ。

 って、そういやさっきの怪現象は何だよ!?

 

「リアス、私の知らない眷族を何時の間に!?」

「……私のじゃないわ」

「白々しい嘘をっ」

「未だに気づかないソーナが鈍いのか、それともその方が凄いのか……きっと後者ね」

「!?」

 

 部長と向かい合う形だった会長には見えないが、俺の目には薄っすらと笑みを浮かべる死神の姿がばっちり映っていた。

 前に見た時と同じ袴姿で背後に立ち、抜き身の刃を首に突きつけて生殺与奪の権利を完全に掌握済み。

 彼女の匙加減一つで、シトリーの王はその命を散らす事になるだろう。

 

「忠義を尽くした熊本藩には裏切られて投獄。協力を断った明治政府からも、冤罪を捏造されて死刑を求刑されました。先の見えない闇の中で仕えるべき主を見つけられず、失意のどん底に落ちた私を破格の高待遇で拾い上げてくれたのはお屋形さま」

「……何を言っているの?」

「大恩ある主がご息女に対し、見過ごせぬ暴挙を働こうとしましたね」

「香千屋爰乃の……こと?」

「コカビエルは我ら郎党を敵に回す愚を犯さない。故にこちらが約定を破らぬ限り、決して約束は違えず姫様の御身は安泰。にも関わらず、馬鹿が横槍を入れてお膳立てを台無する? 殺すぞ……小娘」

「……貴方は何者ですか」

「アドラメレク眷属が騎士、河上弦。死んで償え……と言いたい所ですが、リアス・グレモリーの姫様を第一に優先した心意気に免じて小娘の処遇を任せましょう」

 

 つ、つええ。

 初見で感じた以上に圧倒的過ぎる。

 このままだとシトリーは一人残らず全滅だが、部長はどう場を納めるんだろう。

 下手な庇い立ては、火の粉が俺たちも降りかかることは明白。

 頭を使うのはお任せします、部長!

 

「……彼女は友人ですので、命を取る事は許して頂きたく」

「けじめはどのように?」

「今回の一件から完全に手を引かせ、先ほどの行為により何らかの不利益が発生した場合は責任を取らせます」

「具体的には?」

「アドラメレク様の元に彼女の首を届けます。仮にそれが原因でグレモリーとシトリーの間に抗争が発生しようと、そちらに責任は負わせません。これで足りないのなら、私自身の命も上乗せ致しますが……」

 

 部長、そんな事言っちゃってOKなんすか?

 何といいますか、コカビエルを倒せても状況次第で冥界大戦争の予感がします。

 だってサーゼクス様もセラフォルー様も、超シスコンらしいじゃないですか。

 片方が動けばもう片方も黙っていないでしょうし、両家の魔王様大激突では……

 俺は爰乃さえ助かればいいんですけど、冥界が荒れる点でコカビエル大勝利っすよ。

 

「お屋形さまも、それならば納得して頂けるでしょう」

「では……」

「ですが、お屋形さまは信を違える者がお嫌いです。口約束と軽んじれば、相応の報いを受ける事をお忘れなく。あまり長いも出来ぬ身故、これにて失礼」

 

 嘘つきは殺すと釘を刺し、弦さんは最初から居なかったように姿を消した。

 割と目立つ格好なのに、誰も気づけないってマジ凄ぇ。

 考えて見れば有数の剣士の癖に、誰を何時何処で斬ったのか殆ど記録に無い変り種だ。

 それなのに幕末四大人斬りに名を連ねる不思議な人である。

 きっと犯人不明の殺しが起きたら弦さんの仕業、そんな感じだったのかもなぁ。

 

「ソーナ、聞いての通りよ」

「……分かりました。どうせこんな有様では、足手纏いにしかなれません。どんな結果になろうと、リアスに従いましょう」

「悪いわね。それじゃあ、やるべき事から片付けるわ。アーシア、怪我人の手当てをお願いできる?」

「リアス、ここで無駄な力を消費しては―――」

「少しでも有利に戦える様に、外から結界を張って貰う為の打算よ。傷が治っても魔力を酷使する分、ある意味地獄じゃないかしら?」

「貴方って子は……」

 

 なんか良い話に終わりそうですが、状況的には戦力半減しただけですよね。

 肉体的にも精神的にも疲れたし、シトリー頼ったメリットは何処に。

 

「木場、消耗はどんなもんよ」

「乱入者のおかげで微々たる物。他の皆も似たり寄ったりじゃないかな」

「俺も温存できたし、最悪一歩手前ってとこか」

「多分、彼女はずっと見ていたんだと思う。救出の役割を与えられた僕達に不利益が発生しそうだから介入が始まった、そうでなければ説明が付かない」

「……あの人は怒っていましたから」

「ん」

「……そうでもなければ、私に見つけられるはずがありません」

「怒りの矛先が俺達じゃなくて助かった……」

「……全くです」

 

 一斉に溜息をついた前衛部は、危うい橋を渡っているのだと改めて実感する。

 基本的にコカビエルも、アドラメレクの人たちも全員揃って格上だ。

 彼らの機嫌を損なわず、それでいて予測を裏切る難しさ。

 本当に難儀だ。逃げられるならとっくに逃げている。

 

「イッセーさん、皆さんの治療終わりました!」

「早っ!」

「特訓のお陰です」

 

 制服のあちこちに血の染みを作るアーシアは、凄惨な姿の割りに極めて普通の様子。

 まぁ、それも当たり前。

 木場とのガチンコ模擬戦で、俺や小猫ちゃんもスプラッタ祭りだったんだぜ?

 たまに爺さんに三人がかりで挑む時なんて、仲良く胴体真っ二つに四肢欠落はザラ。

 最初の頃は泣きながら必死に回復してくれたアーシアも、最近はすっかり慣れた。

 常に全力を振り絞っていたからか一度の回復量も見違えたし、頭さえ潰されなければどんな怪我でも治すと言い出す始末。

 同時に複数の対象も癒せる進化したアーシアは、今やあの爺さんすらトップクラスと認める僧侶へ進化している。

 この程度の惨状は日常茶飯事なので、取り乱すはずも無いか。

 

「文字通り、アーシアさんは僕らの生命線だね。下手をすると赤龍帝より欲しがる人が多そうなレア人材だよ。彼女が控えている限り、簡単に死ねないんじゃないかな?」

「そ、そんな、わたしなんて……」

「……先輩が居るから安心して前に出られます。謙遜せずとも大丈夫です」

「そうそう。アーシアが健在なら、どっからでも立て直せるのが俺達の強み。実際、居てくれなかったら何回死んでいたのやら」

「……お陰様で痛み耐性ばっちりです」

「……僕は慣れるまで夢でうなされたよって、それよりも治療が終わったなら学園へ急ごう。別にシトリーを倒しに来た訳じゃないんだよ?」

「そ、そうだった!?」

 

 ま、ウォーミングアップ代わりには手頃だったさ。

 自分達の力だけでもぎ取った勝利じゃないが、その辺は気にしない。

 

「……貴方の眷属って控えめに言って異常ではないかしら」

「……少し前まではそうでもなかったのよ?」

「……そう」

 

 何故か部長が遠い目をしていたが、きっと俺達の成長に感激しているんだろう。

 この調子でもう一戦、勝利の凱歌を響かせてやるぜ!



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第21話「聖剣伝説 -イレギュラーエンカウント-」

 おかーさんに巣立てと言われて、最初はなんとなく空を飛び回っていた。

 たまーになわばりがーとか、だれのとちにーって怒る人も居たけど、みんなぺしっとすれば逃げるから不自由を感じたことはなかったの。

 そんな毎日をずっと過ごして、鳥友達も増えてきた頃だったかな。

 お菓子をもぐもぐしてたら、知らないお爺さんがやってきたのは。

 

「悪魔さん、アンに何かようじ?」

「その前に確認じゃが、現神鳥アンズーたるテトレーの娘で間違いないかね?」

「うんー」

「毎日は楽しいか?」

「……あんまり」

「目的の無い人生だからじゃな」

 

 悪魔さんは、アンの心の中をどうして知っているのかな。

 今までにもアンに近づいてきた生き物はたくさん居た。

 でも、みんなへこへこするか、偉そうにするだけで、ばーんやればいつも逃げていく。

 けど、この人はどこか違う気がする。

 久しぶりにわくわくしたアンは、悪魔さんに向かい合ったのです。

 

「そーなの?」

「うむ、無制限の自由はつまらん。制限があってこそ、価値が生まれるのだ。宝石とて無限にあるのならゴミも同然。ほんの僅かだけ存在するからこそ輝くのだよ」

「むずかしくてわかんない」

「簡単に言うと、わしの下で働け。代償として人生の楽しみ方を教えてやろう」

「えー」

「お前の母親が、定住せずふらふら生きるお前に不安がっておるのだよ。次期アンズーたる一粒種が、こうも空虚ではあまりにも恥かしいとな」

「好きにしろって言ったの、おかーさんなのに……」

「わしはお前の生き方をとやかく言わん。自分の一生、他人に無理強いされず自由に使え。かく言うわしも、他人をとやかく言えるほど真っ当ではないからのぅ」

「うん!」

「しかし、今のままでは無駄に日々を生きて感情をすり減らのみ。鳥の世界は知らんが、悪魔は心の振幅が失われれば大概自殺コース。正に今のお前ではないかね」

 

 そうなんだよね。

 美味しいご飯を食べても、きれいな石を見つけてもふーんってなっちゃう。

 楽しいって最後に感じたのはいつだったかなー。

 景色が灰色に見える前の頃だった気がする。

 

「悪魔さんの所で働けば、楽しくなれるの?」

「おそらくは、な。無理強いはせぬから、お試しでやってみんか?」

「やる!」

「良い返事だ。お前の母は旧知の友、悪いようにせんよ」

「悪魔さん、悪魔さん、アンは何をすればいいの?」

「さし当たっては人間のふりをして世界を回るぞ。どうせアンは自前の翼でしか移動したことが無いのだろう?」

「うんー」

「何事も経験。最低でもユーラシアを出るまでは一緒に居なさい」

「はい、ご主人様!」

「それでよい」

 

 こうしてアンはご主人様の女王だったかな? になったのでした。

 それからずーっと、アンはご主人様といっしょ。

 ご主人様は、たくさんたくさん面白いことを教えてくれた。

 がたごと走る機械は見たことの無い景色を。

 連れて行ってくれたごはんやさんは、お皿もテーブルもぴっかぴか。

 ゆっくりしか飛べない鉄の鳥は、ちょっとつまんなかった……

 でも、ほんの少しの自由時間はぜんぶ自由だった時よりずっと輝いたの。

 

「鳥、我、鬼灯。仲間歓迎」

「アンはアンなの。よろしくね、蛇さん!」

 

 食べ物としか見てなかった、ぐねぐねの友達も出来た。

 

「ステイツに滞在するときは、私を頼って下さい。美味しい食事に綺麗な洋服、テーマパークのチケットまで何でも面倒みましょう」

「わーい!」

 

 うるさいけど、普段は優しいげんとも仲良くなれた。

 

「我輩、世話になった飼い主が天寿を全うするまで合流しないニャ。今は顔合わせだけで失礼するニャン」

「はーい!」

 

 まだら模様の猫さん以外のしもべとは、みんな仲良し。

 いつか、まだ他にも居るって言ってた会えて無い人たちとも友達になりたい。

 みんなのおかげで、アンの世界は昔みたいに色を取り戻せた。

 だから、アンは絶対にご主人様たちを裏切らない。

 ずっと、ずっと一緒に居たいから悪い子が来たら倒すの。

 そしてたくさん過ぎた頃、ご主人様が人間を育てるのに忙しくなっちゃった。

 だからアンは邪魔しないように、一人で世界一周チャレンジを開始っ!

 人の乗り物と徒歩だけで星を一周する旅に出たのでした。

 そんなある日、久しぶりにご主人様の呼び出しが!

 びゅーんして蛇さんの家に行ったら、知らないお姉ちゃんを紹介されたのです。

 

「お腹が減ってるのでしょう? こんなので良ければ食べますか?」

「たべるー」

 

 人間はご主人様と同じ匂い。

 ご主人様の子供だからお姫様なんだって。

 よく分からないけど、美味しいご飯もくれるし、頭もなでなでしてくれる。

 蛇さんもげんも姫様が好きらしいけど、アンも負けない位大好きになりました。

 そんな姫様が、お仕事をくれた。

 がっこうって家を探検して、地図を作ればケーキを焼いてくれるんだって。

 蛇さんも食べるの大好きだから、一緒に働いてご褒美を貰おう!

 

「アン、我眠い」

「ケーキ食べたいよね、ケーキ!」

「巻きつく、頑張れ」

「がんばるのであります!」

 

 色んな部屋をぐるぐる回って、大きさを揃えながら地図をスケッチブックに描く。

 旅のお陰でマッピングは得意なアンなのです。

 結構時間をかけちゃったけど、きっと姫様も褒めてくれる出来栄えなの!

 最後にお外の方を見に行って完成させようっと!

 

 

 

 

 

 第二十一話「聖剣伝説 -イレギュラーエンカウント-」

 

 

 

 

 

 僕達が学校に突入すると、既に戦いは始まっていた。

 先客の正体は破壊の聖剣使い、ゼノヴィア。

 おや、アドラメレク様に殺されかけた割に元気だね。

 これが僕には与えられなかった、本当の奇跡って奴かい?

 てっきりコカビエル相手かと思ったら、相手はワイルドな犬が三匹。

 首は三つに闇夜に光る真紅の双眸。

 イッセー君に薦められて読むようになった漫画に出てきた怪物の親戚かな。

 確証が無いので沈黙を選んだら、正解は部長が教えてくれた。

 

「アレは……ケルベロス!」

 

 忌々しそうに言われても、部長と朱乃さんしか驚いていませんよ。

 八岐大蛇の後だと、いまいちインパクトに欠けると言いますか……

 ほら、小猫ちゃんなんて露骨にほっとしてる。

 無理の後に頑張れば倒せるレベルが出てきたら、そりゃこうなります。

 

「加勢しますか?」

「聖剣使いなら堕天使にも有効でしょうし、恩を売って損はないわね。私と朱乃は後方から支援するわ。祐斗と小猫で援護出来るわよね?」

「……分かりました」

「……命令とあらばやりましょう。しかし、この程度なら二人で十分。部長も副部長も火力はイッセー君と同等以上です。魔力は一滴残らず首魁に使う事を進言します」

「いいでしょう。特訓とやらの成果、私に見せて見なさい」

「お任せを」

「お、俺は?」

「聞いての通り、イッセーは大切な切り札。バランスブレイカーの限られた力を最大限に生かす為にも、ここは待機なさい」

「はい、部長!」

「アーシアは、状況に応じて僧侶の本分を果たすこと」

「わかりました。何かあれば回復の光を飛ばしますけど、祐斗さんも小猫さんも気をつけて下さい。もしも死んじゃったら泣きますからね?」

「……最悪の事態を想定しなくても大丈夫です」

「小猫ちゃん。少しは信じて貰えるように、ささっと片付けようか。獣如き、戦車と騎士の進撃で鎧袖一触だろ?」

「……当然です」

 

 やれやれ、命令とはいえ教会の犬を助ける羽目になるとは。

 でも、利用できるものは全部使うと決めているから感情は殺す。

 何せ堕天使の側に、エクスカリバーの全てが集められているんだ。

 以前は適性を持っていなかった筈のフリードを聖剣使いに仕立て上げたバルパーが組している以上、新しい使い手を用意して間違いなく使ってくる。

 僕には好都合だけど、イッセー君たちには危険な代物だ。

 力を貸して恩を売り、せいぜい彼女には弾除けになってもらわないとね。

 

「……祐斗先輩、犬を中央に誘導します。まとめて行けますか?」

「OK、一網打尽に行こう。実は試したい技があるんだ」

「……楽しみです」

 

 ゼノヴィアが相対するケルベロスの首を一つ落すのを見計らい、僕は両手に魔剣を生み出して投擲。怒り狂って暴れる駄犬の注意を引き付けて一言だけ告げた。

 

「加勢してやるよ、後輩」

「これは先輩、私にすら勝てない身で何が出来るんだ?」

「ルーキー相手に本気を出さなかった年上の配慮に気がつけない辺り、君も大概だな。これから本当の暴力を教えてやろう。巻き込まれないように僕より後ろに下がれ」

「よく分からんが、私もこのままではジリ貧だ。今回だけは従ってやるぞ悪魔!」

 

 人体実験への皮肉が通じないとはね……

 思わず斬り殺したくなる所をぐっと押さえ、ケルベロスを適当にあしらいながら小猫ちゃんの合図を待つ。

 我ながら大人になったと思う。

 少し前の僕なら教会の聖剣使いを前にしたら、命令を無視して剣を向けただろう。

 それもこれも、アドラメレク様とイッセー君のお陰だ。

 気の狂いそうな修練で、如何なる状況にもブレない冷徹な精神を。

 壁を次々と越え続ける親友の背からは、折れない鋼の心棒を。

 今の僕は、単純に復讐の炎を燃やした少年時代を卒業したと胸を張って言える。

 

「……これでどうですか?」

 

 小さな体でケルベロスを吹き飛ばすのは、ある意味で僕に良く似た後輩だった。

 彼女も負けず劣らずの闇を抱え込んでいたのに、気がつけば大きく変わったものだ。

 原因は香千屋さん。

 精神的に引き篭もっていた小猫ちゃんは彼女によって陽光の下に引きずり出され、強制的に外の景色を見せられたんだ。

 内の狭さを知り、大海の広さに驚き、知らない景色が見たいと恐れず漕ぎ出した結果、小猫ちゃんは生き生きと笑うようになった。

 先へ進むために貪欲に力を求め、決して後退しない強さを手に入れた頼れる仲間を僕は尊敬する。

 でも、だからこそ先達として一歩先を進もう。

 つくづく先輩って大変だ。

 追い上げてくる後輩と親友に抜かれない様、立ち止まる事を許されないのだから。

 拳打で強制的に動かされた先、そこは僕に夢中だったケルベロス二匹の密集地。

 犬コロが哀れな鳴き声を上げて団子になるのを見計らい、僕は神器を解放する。

 

「魔剣創造、全開っ!」

 

 地面に触れた平手から魔力を流し込めば、神器が僕のイメージを現実に転化。

 獲物の全身を貫くように大地から数え切れない幾種幾多の魔剣が生まれ、目から光を失ったケルベロスをズタズタに引き裂いても刃の森は成長を止めることは無い。

 いや、ね、本当は止めたいんだ。

 白状すると、コントロールがいまいち出来ない。

 部長との会話で一振りの剣でありたいと心底願った瞬間、突然使えるようになった技だよ? ぶっつけ本番で上手くいくわけが無いじゃないか。

 どうせ学校に向かって伸びているし、仲間に迷惑は掛からないから良しとして欲しい。

 ……そう思っていた次期が僕にもありました。

 

「凄いな……確かにこれでは加減されていたと認めるしかない。暴言、済まなかった。一人の剣士として貴様を尊敬したいと思う」

「日本語が不自由と思い込んで怒らないでおくよ。少しでも恩義を感じるのであれば、コカビエルに傷の一つでも負わせて欲しい。剣士を名乗るなら言葉よりも剣で語れ。そう僕は教わった」

「よかろう。私とて奥の手はあ―――アレは何だ?」

「!?」

 

 校舎の玄関口からフラリと現れた人影が、刃の暴風に巻き込まれた瞬間だった。

 気圧偏差による酷い耳鳴りと同時、制御下にある魔剣が全て粉微塵に砕け散る。

 何が起きたんだ!?

 まさか学校を壊しそうな気配に気付いた部長が手を打った? と慌てて振り向いても、青い顔をしているのは後ろに残った四人も同じこと。

 

「……まずいです、先輩。最悪を通り越して言葉に出来ないレベルのピンチです」

「何が、起きると」

「……先輩も知る災厄の具現が来ます」

 

 旋風が消え行く鋼の残滓を吹き払う前に、小猫ちゃんだけはソレに気付いていたらしい。

 最初は何事かと理解に苦しんだのも束の間、僕は真の絶望を知る。

 

「……今のやったのだーれ?」

 

 風を纏い、破片を握り締めながら向かってくるのは銀髪の少女。

 天真爛漫の笑顔は何処へやら。無表情の仮面を貼りつけ、コカビエルすら凌ぐプレッシャーを放つ姿からは目が離せない。

 気分は腹ペコライオンの前に正座したシマウマかな?。

 嫌な汗が止まらないのは、本能が死を覚悟した表れなのかもしれない。

 

「アンね、頑張ったの。お仕事終わったらケーキが貰える約束なの」

「はぁ」

「でも、色んな鉛筆で書いた地図を剣がズバーンしてぐちゃぐちゃ!」

 

 そ、そうか、紙切れの正体はお絵かき帳か。

 何処のかは知らないけど、マッピングしてたんだね。

 

「……」

「犯人をアンのどりょくのけっしょうと同じ目にあわせる!」

 

 ははは、僕に死ねと。

 おっとゼノヴィア、僕を売る仕草を見せたら殺すよ?

 君も上手いことこの場を乗り切る知恵を出すんだ。

 一蓮托生、死ぬときは道連れだからね?

 

「姫様の友達の人。見てたならアンに教えて? 教えてくれないならめんどーだけど、みんな壊しちゃうよ? アンが守るのはご主人様と姫様と友達だけだからね?」

「す、少し待って欲しい。ちゃんと思い出すから!」

「うん、わかった」

 

 回答次第で例の轟雷か、それに準じた何かが起きる。

 放っておけば、コカビエルも血相変えて飛んで来そうな異常事態だ。

 今はまだ大人しいが、機嫌を損ねると全ての陣営の思惑を無視して盤面を引っくり返すこと請け合い。色々な意味で、取り返しがつかない事態になるだろうね。

 そもそも、何でこんな所に居るのか分からない。

 さりげなく介入してきた弦さんと言い、アドラメレク眷属は手を出さない約束は何処に?

 

「……お前はコレが何か分かっているのか? この気配は尋常じゃないぞ?」

「……コカビエルと同程度の化け物さ。君達が失敗した後、アドラメレク宅を攻めた天使と教徒を一人残らず滅ぼした存在と言えば理解できるかい?」

「……そ、そんなのが何故にしれっと出てくる!?」

「声が大きい」

「す、すまない」

「そもそも、君は状況を何処まで把握している。アドラメレク氏の孫がコカビエルに攫われ、眷族含めて手出しが出来ない事くらいは知っているのか?」

「知らん。何故か私の傷は簡単に癒えたのに対し、イリナの怪我は全然治らくてな。仕方が無いので私だけ街を徘徊していたところ、妙な気配を感じて今に至っている。つまり、よく分からんが化け物が居たので戦っているだけだ」

「つまりイレギュラーか。時にその妙に力の強い剣は何だい? 」

「デュランダルだ。私は元々これの適合者。エクスカリバーも扱えたから任されていただけで、本業はこちらだよ。破壊力なら世界有数の力だぞ?」

 

 こ、この女はさらっと恐ろしい事を。

 切れ味だけなら最強と聞く、悪魔の天敵じゃないか。

 

「まーだ?」

 

 おっと、時間的な余裕は無いんだった。

 言い争うのは別の機会にしよう。

 

「もう少しだけ時間が欲しい。どんな顔だったか思い出せないんだ」

「……あとちょっとだけだよ」

 

 うわーい、目が怖い。

 アレは役に立たないゴミを処分しようと決めた無関心の目だ。

 早く、早く何とかしないと!

 そういえば小猫ちゃんの姿が……ああ、状況を部長に伝えに戻ったんだ。

 君は味方を見捨てて逃げるような子じゃないから、その点は安心出来る。

 

「暇だから、みずたまりどーん!」

 

 プールが圧壊した!?

 

「広い部屋ばーん!」

 

 随分簡単に体育館まで……。

 このままだと、何時僕の番が回ってくるか分かったものじゃない。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 そう、甘言を弄して騙すのが悪魔だ。

 今こそ真の悪魔に僕はなる!



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第22話「聖剣伝説 -メインフェイズ1-」

王と女王の火力は本編準拠。
全てを滅ぼす魔力とは、犬コロの炎に相殺される程度の物らしいです。


 アンの登場を知った私が膝から落ちるのと、コカビエルさんが岩になるのはほぼ同時。

 予想を裏切られることに慣れつつある我々も、さすがに呆気に取られる展開です。

 

「……もう、止めませんかね」

「ダメです」

「何一つ望み通りに進まないとか、呪われてるんじゃないっすか? どうせこれを乗り切っても、また次の問題が待ち受けてるんじゃね?」

「気持ちは痛いほど分かります。でも、途中で投げ出すことは許しません。もしも逃げたなら、夢の舞台を社会的にぶち壊しますのであしからず。後、素が漏れてます」

「……冗談ですよ。俺はプロ、幕が落ちるまで楽屋に戻りません」

「ならば対策を一緒に考えてください。名前を出されるとリカバリー不能なので、それだけは避ける必要があります」

「いっそ、こちらから出迎えに行くのは如何でしょう。最終決戦を前倒して、無理やりのシリアス展開に巻き込み無かった事にするみたいな」

「癇癪を起こした子供は正論が通じないだけ厄介ですよ。 下手に刺激すれば理不尽な大暴れ、三つ巴のバトルロイヤル勃発の可能性が……」

「なにそれ怖い」

 

 こちらから手を出す手段も見つからず、さすがの私もやけっぱち。

 どーして、こんなに胃をキリキリさせなければならないんですか?

 楽しむと決めた矢先にこの展開は、ストレス全開ですよ?

 

「爰乃さん、ここは一つ主役を信じて任せますか。彼の話術次第で打てる手も変わります。今は様子見が最善かと」

「……まぁ、どうせ互いの首脳陣は何が起きてもノータッチ。仮に茶番と知られても笑い話で済みますもんね。無理に動くのも得策ではないでしょう」

「いや、俺は割とイケルと思ってますよ?」

「その心は」

「鳥を懐柔出来ない場合、グレモリーは皆殺し確定。死に物狂いでネゴシエーションすれば、意外と何とかなりますって」

「それもそうですね」

 

 結論は静観。

 何事も最後までやり遂げるタイプの私も、さすがにそろそろ疲れました。

 万馬券が来ると信じて、木場君の閃きに全額ドンします。

 これで手持ちが増えるなら、まだ頑張れる。

 もしも負けたら、ドッキリ成功のプレートを見せて帰りましょうか。

 

「弦さんも、手を出さず待機して下さい」

「御意」

 

 段々と適当になる私達。

 もう、ゴールしてもいいよね?

 

 

 

 

 

 第二十二話「聖剣伝説 -メインフェイズ1-」

 

 

 

 

 

 クールになれ、木場祐斗。

 絶体絶命のピンチは、同時に起死回生のチャンスにも通じる。

 OK、じゃあ状況を確認しようか。

 鳥の知能は、小学生レベルと思っても良いだろう。

 つまり、簡単かつ分かりやすい言葉でなければ通じない可能性が高い訳だね。

 次に落し所を探って見ようか。

 前段から駆け引きの類は無い筈なので、本人の弁をそのまま信じよう。

 ケーキ、彼女はそれを得る機会を失ったと言った。

 でも、注意すべき点はそこじゃない。

 彼女クラスなら、ケーキ程度好きなだけ食べられる立場だ。

 なのに仕事の代価に初めて得られる……これにより特別な物と推測される。

 つまり、可能性は二つに絞られる。

 一つ、単純に手に入りにくい極めてレアな品だった。

 二つ、仕事の成果として得られる褒美であり、ケーキなのは唯の偶然。

 

「……特別なケーキだったのかい? 同じ物が手に入るなら僕が買って来るよ?」

「代わりは無いの! ひ、じゃなかった、お姉ちゃんが焼いてくれないとダメなのっ!」

「そ、そうなんだ」

 

 二番……か?

 一番困るパターンだ。

 子供をあやすように、飴玉渡してのご機嫌取りが通じそうも無い。

 お姉ちゃん、さしずめ弦さんかな?

 手出し厳禁を理解していないようだし、適当な時間潰しを与えたって所だと思う。

 仮に僕がコカビエルに罪を擦り付ければ、矛先は変わるだろう。

 目の前はそれで乗り切れる。

 但し、僕は遠からず真実に辿り着くアドラメレク眷属に何をされるやら。

 それじゃあ意味が無い。寿命が何分か延びただけじゃないか。

 

「ねー、本当はお兄ちゃんが犯人さんでしょ? にせものまけんをたくさん作れる神器の匂いがするよ?」

 

 って、サイン交換の最中にバットが飛んで来た!

 魔剣創造を察知した上で、カマをかけてきただと!?

 知能は低くても、知性は人並み以上。マズイ、読み違えた。

 小手先で誤魔化すと、あっさり看破される気がしてならない。

 ここは一つ腹を括ろう。匂いとか言われた時点で、取り繕うことは無理さ。

 過去に戻れるなら、もう少し剣以外のスキルも磨けと自分に言い聞かせたいよ。

 

「……ゴメン」

「じゃあ、ばーんする」

「悪気はなかったんだ。例えるならキャッチボールをしていたら、手が滑って家の窓を割った様なもの。どうすれば許してくれるのかな」

「ぐしゃぐしゃにするのー!」

「どの道、話が通じる相手じゃなかった!」

 

 駄目だ、彼女の中で有罪が確定している。

 思考回路が単純なだけ、迷いが無くて手に負えない。

 僕は死ぬのか?

 過去の象徴へ手が届きそうなのに、ここで終わりなのか?

 

「待って下さい!」

「んー?」

 

 皮肉な事に、神は僕を見捨てていなかったらしい。

 死神が空気を圧縮し始めたところで、聖女が間に合った。

 アーシアさんがアンさんを抱きしめる様に拘束すると、即座に神器を発動。

 淡い翠の光を少女の閉じられた手に集中させて、何かを試みている。

 敵意ゼロな、温厚派のアーシアさんで本当に良かったよ。

 他の誰かが同じ事すれば、おそらく敵対行為と見なされて殺されていた。

 世の中、何が幸いするか分からないものだね。

 で、何をするつもりなんだい?

 葬式は十字教以外でお願いしたいから、お祈りいらないよ?

 

「これで木場さんを許してあげられませんか?」

「すごーい、お姉ちゃんすごーい!」

「だ、駄目でしょうか……」

「ゆるすー」

「あ、有難うございます」

 

 なん…だと……。

 鳥が興奮して掲げるのは、汚れ一つ無い綺麗な紙切れ。

 描かれた絵も、線の一本すら欠ける事無く完璧に復元されていた。

 

「んーとね、悪魔なんて美味しくないし、すぐ壊れちゃうからどうでもいいの。それよりもどうやったの! おしえて、おしえてっ!」

「あ、あはは、どう説明したらいいのでしょうか……」

 

 君の力は、無機物まで回復させるレベルに辿り着いていたのか。

 何というか禁手を超えて、言葉通りにバランスをブレイクしてやいないか?

 聖母の癒しのポテンシャルが凄いのか、素材が逸材なのか僕には分からない。

 汎用性を考えれば、とっくに神滅具使いを凌ぐ価値だよね。

 ひょっとしなくても、僕らの中で一番インチキなのは君なんじゃ……。

 

「と言う事で、アンさんは納得してお帰りになるそうです」

「助かったよ。しかし、何時の間にこんな事が出来るようになったんだい?」

「えっと、皆さんの怪我の回復に一生懸命取り組んでいたら、いつの間にか服もセットで直せるようになっていました。理屈は私にも分かりません」

「生きるか死ぬかの瀬戸際で気にしたことが無かったから、初めて知る真実。言われて見れば着替えた事が無かったような……」

「はい、神器は使用者の思いに応えてくれる神様の奇跡で―――あうっ!?」

 

 常々疑問なんだけど、祈りでダメージが発生するのは何故だろう。

 祈る行為により何らかの力が発生するのなら、何十億と言う信者が発する力は何処に消えるのかな?

 個人が一瞬脳内で思考するだけで激しい頭痛に襲われる以上、何らかの手段で蓄えて武器に転用すれば聖剣をも凌ぐ対悪魔兵器が完成する筈。

 しないのか、出来ないのか、少しばかり気になるところ。

 

「まったねー、お姉ちゃん!」

「はい、爰乃さんの家でお会いしましょうね」

 

 おっと、女王様がお帰りだ。

 

「こんなもので謝罪にはならないと思うけど、せめてもの気持ちです」

「なにこれ」

「この国で有名な、母親の味が謳い文句の飴玉かな」

「ふーん、ならお姉ちゃんの手品も見れたし帰ろうっと。今度はがーんだからね? もうやっちゃだめだよ?」

「分かりました」

 

 てくてくと学校に戻っていく災厄は、あまーいとご満悦の様子。

 熱しやすい代わりに冷めやすい。それが彼女の本質なんだろうね。

 偶然ポケットに入っていた賄賂で、怒りメーターがリセットされる事を切に願うよ。

 

「き、木場、無事か!?」

「アーシアさんのお陰で何とか……」

「アーシアは俺の女神だからな?」

「大丈夫、親友の女に手を出すほど飢えちゃ居ないさ。知っての通り、こんな顔だから選びたい放題だからね」

「言うじゃねぇか、このイケメン野郎」

「ははは、部長とアーシアさんを囲うイッセー君もこちら側だよ。さよなら非モテの世界。ようこそ持てる男の世界へ」

「そうかー、そうだよなー。実感ねぇけど、ハーレム王の夢が現実に出来そうな状況だもんなぁ。爰乃の言う通り、この戦いが終わったらアーシアと部長に告ってみるぜ!」

「……死なないでくれよ?」

 

 分かりやすい死亡フラグを立てるイッセー君がとても心配だった。

 

「おう、それよりも先を急ごう。割と余裕があったのに気付けばカツカツだからな」

「……気付くのが遅いです。祐斗先輩まで先輩に染まるのは止めて欲しい」

「そんなにキャラ変わったかなぁ」

「……かなり」

 

 それはきっと良い変化さ。

 張り詰めた糸はすぐ切れるし、限界まで研いだ刃は薄く脆い。

 どんな窮地でも冗談を言える余裕がないと、ダメなんだと思う。

 

「この先、また敵が居ないとも限らないから、僕とイッセー君で先行しよう」

「……では私はアーシア先輩を本隊に戻して護衛の継続を。今以上の化け物が出てこないことを祈ります」

「毎度毎度アレ級が出てこられたら、僕の心は折れると思う」

「泣き言はいらねぇから、行くぜ相棒!」

 

 イッセー君と拳をぶつけ合い走り出そうとするも、妙な抵抗が邪魔をする。

 何事かと振り向けば、ハイライトを失った暗い瞳のゼノヴィアが僕の服の裾を掴んでいた。

 存在を忘れてたけど、こんなのも居たね。

 

「……私も連れて行ってくれないか?」

「役に立つのなら」

「立つ、筈だ」

「虚勢はやめたまえ」

「聞き捨てならんな」

「僕はケルベロスとの戦いを見て確信した。君は武器が凄いだけで、肝心の技量はそこいらの異端審問官と大差の無いレベル。どれだけデュランダルが凄まじかろうと、コカビエルに刃が届く日は永久に来ないだろう」

「で、では、その未熟者に負けた貴様も同じではないか!」

「負け惜しみになるから言いたく無いけど、あの時の僕は平静さを失っていた。でも今は違う。迷いを捨てた僕は、二度と感情に支配されない。本来の実力を出せば、二度と負けることはないよ」

「言わせておけ……ば?」

 

 やはり君は未熟な後輩だ。

 イッセー君なら、例え見えて居なくても反応するよ。

 弦さんの真似事で魔剣の切っ先をゼノヴィアの喉を押し込んだ僕は、あからさまなガッカリ感を顔に浮かべて続ける。

 

「これが見えていないんじゃ、到底僕には敵わない。ああ、これは最速じゃないからね? 一流なら油断していても対処可能なスピードに落としてコレだからね?」

「……ここに来るまでは、デュランダルさえあれば誰にも負けない自負を持っていた。しかし、実際は通りすがりの悪魔にすら震えが止まらない体たらく。貴様にすら歯が立たない弱い存在かもしれない。だが、恥を忍んで頼む。私はまだ戦える。足手纏いになるようなら切り捨てて構わないから、決戦へ連れて行って欲しい」

 

 アドラメレク様なら化けることを期待して首を縦に振るだろう。

 でも、僕は違う意味を込めて頷こう。

 

「なぁ、面倒見なくていいなら頭数増やしてもいいんじゃね?」

「君がそう言うのなら……」

「ほ、本当か? この恩は一生忘れない。感謝する!」

 

 よし、これで言質は取った。仮に全てが片付いた後に共闘(笑)が問題になっても、こっそり録音したこのやり取りが僕らを守ってくれる。

 くくく、エクソシストが悪魔に泣きついたなんて教会に知られればどうなるやら。

 これをネタに間諜を一匹手に入れたと思えば安い買い物さ。

 ゼノヴィア、君の人生はもう詰んでいる。

 もしも生き残れたなら、これからの人生全てを捧げて貰おうか。

 そんな愉快な未来目指して走り続けた僕らは、ついに本命の片割れと対面。

 ここまで本当に長かった。

 移動距離は短いのに、この疲労感は何だろうね……ほんと。

 

「随分と遅い登場で待ちくたびれてしまったよ。私の偉業が達成される瞬間に是非とも失敗作君には立ち会って欲しかったが、残念な事に作業は完了してしまった」

「バルパーガリレイっ!」

「見よ、これこれが真なる力を取り戻したエクスカリバーの輝き! 私が幼少の頃より恋焦がれ、膨大な労力と努力の果てに手中とした究極の聖剣だ!」

 

 鞘に収められていた刃が解放されるにつれ、吐き気のする嫌な光が周囲に広がって行く。

 砕けた欠片ですら手こずるスペックだったのに、現存する全ての力を宿しているとすればどれほどのものか。

 しかし、誰が担い手なのだろう。

 フリードの代わりは、見たところ何処にもいない。

 

「イッセー君は皆を連れて先に行ってくれ。この戦いは僕だけのもの、例え神や魔王様であろうと邪魔は許さない。少しでも手を出せば僕はその人を一生許さないだろう」

「……分かった、お前が過去を清算する間に俺もアイツとの約束を果たすぜ。だけど、それには少しばかり力が足りない。さっさと片付けて合流しろよ?」

「できるだけ急ぐとも。時にこれはオフレコの話、おそらくコカビエルの相手を出来るのは鎧を纏った全開の君だけだ。部長を含めた後衛火力はケルベロスの炎にすら相殺される程度だから当てには出来ず、空中戦に持ち込まれれば踏ん張りが聞かない事で小猫ちゃんの攻撃力も半減してしまう。これは僕も同じだけど、武器の形状変化で補正出来るから幾分マシとは思う」

「……部長には聞かせられない話だな。先行してマジよかったなぁ」

「敵が敵なだけに希望的観測を捨てた最悪を想定しているから、もしかすると通用するのかもしれないよ?」

「最初から当てにしてねぇなら、ダメージ通った時にラッキー言えるってか」

「その通り。後、ゼノヴィアは必要なら囮に使うなり鉄砲玉に仕立て上げるなり、君の判断で使い潰して構わない。間違っても彼女を庇う様な真似はしないでくれよ?」

「おう。イリナならつい体を張ったかもだが、昨日今日の付き合いな教会のシスターなら俺の胸も痛まねぇ。悪魔らしく、ドライに割り切るわ」

 

 そう、それでいい。

 どうせ悪魔に転じても、人の手は二本しかないんだ。

 何でもかんでも全てを掴むことは出来ない以上、取捨選択は必要だよ。

 僕の両手が眷属で埋まっている様に、君も大切な女性で塞がっている。

 ひょっとしたらハーレム願望の君だから、ドラゴンの腕もカウントして多くの宝物を掴むのかもしれないけどね。

 僕とイッセー君の会話を聞いていたゼノヴィアが”私の価値とは……”とポロポロ涙を流して居るのは気にしない。

 悪魔に身を委ねたのに、この程度で済むのは僕らが甘いからだ。

 お望みならデュランダルを奪ってポイ捨てしてあげようか?

 

「長らく待たせて悪かったね、そろそろ始めようか」

 

 勝つにせよ負けるにせよ、やっとけじめがつけられる。

 律儀に待っていてくれた宿敵に僕は微笑みかけるのだった。



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第23話「聖剣伝説 -メインフェイズ2-」

「長らく待たせてしまい悪かったね、そろそろ始めようか」

「構わんさ。私は夢の結晶を眺めるだけで、幾らでも時間を消費出来る。それに今生の別れを邪魔するほど野暮ではないのだよ」

「その慈悲があの頃に少しでも……感傷だね。改めて名乗ろう。僕は聖剣計画最後の生き残り、木場祐斗。同志たちを失敗作と処分したお前を絶対に許さない。その首と砕いたエクスカリバーを、皆の墓前に備えられる日を心待ちにしていた」

「私も同じ思いだとも。かつての駄作を人に見られる恥ずかしさがお前に分かるか? この国でいう所の黒歴史。消し去りたい過去の遺物を見つけられたのは、まさに福音。神は私が成した成果を認めてくださり、悪魔を滅ぼせと仰られているのだろう。さらなる忠誠を示すチャンスをお与えになった主よ、私は正義の代行者として必ずやご期待に沿いましょう!」

「……何事もポジティブな人だ」

 

 危なかった。自制心を失って、同じ過ちを繰り返す所だったよ。

 剣の鋼は冷たいもの。

 どんな雑音が混じっても、冷徹に広い視野を失うな。

 バルパーは僕以外が先へ進んでも無関心だが、いつ不意を打つか分かった物じゃない。

 先ずは足止め。

 囮から注意を逸らせないだけのプレッシャーを与え続けるのが今の仕事さ。

 殺すだけなら何時でも出来る。物事の優先順位をしっかり考えろ。

 

「で、僕の相手は何処に? フリードは地獄でバカンスに忙しいと思うよ?」

「目の前にいるではないか」

「……お前が聖剣を扱えるはずがない」

「可能にしたのだよ。聖剣を扱う為に必要な因子の特定は貴様らのお陰で大きく進み、ついには抽出すらも可能となっている。ほれ、これが貴様の同志とやらの成れの果て。フリードと私でほぼ全てを使い切ったので、これが本当に最後の一つだがね。せっかくだ、記念品としてくれてやろう。優しい私に感謝したまえよ?」

「これが、皆の……因子だと?」

 

 足元に転がされた光る球体を拾い上げ抱きしめる。

 エクスカリバーに固執している以上、罠ではないと確信していた。

 そして理屈を超えて分かった。これは苦楽を共にした仲間達の残滓だと。

 体が勝手に涙を零し、胸に広がる喪失感がその証拠。

 僕も部長に助けられなければ、ここに混ざっていたと思う。

 

「研究結果を報告する度に大喜びだった癖に、少し素材の補充を願い出ただけで私を異端指定して排除にかかった馬鹿共が何をやっているか知っているか? 連中め、研究を引き継ぎ、さらなる実験を続行中だぞ。まぁ、ミカエル主導との事だ。被験者から因子を取り出しても殺しはすまい。人道的を気取ろうが、結局搾取している事実は変わらぬのに実に偽善で滑稽。そうは思わないかね?」

「……そう、だね」

「そうかそうか、少しは頭が回るじゃないか取り零し君。褒美に聖剣でその身を消滅させる栄誉を与えよう!」

 

 生気を失った僕へ迫る聖剣を、他人事のように感じる。

 いつの間にか涙は枯れ、今だかつて無い静寂で心が満たされていた。

 曇りない涙で満たされた鏡のように静寂なる泉。そんな言葉が相応しい。

 手遅れになる前に魔剣で刃を受け止め、さらには切り払う。

 不思議な事にフリードの不完全な聖剣にすら及ばなかった神器は、今や当たり前のように桁違いのエクスカリバーと拮抗している。

 これは……この感覚は何だ?

 

「まだ生に未練があるのか、この悪魔めっ!」

「悪魔で結構。お前を葬るためなら何度だって地獄から帰って来るとも。僕は同じ過ちを繰り返さない為に、ここで怨嗟の輪を断つ。ああ、不本意ながら礼を言っておくよ。バルパー・ガリレイ、お前が居たからここまで生きて来られたのだから」

「狂ったか!?」

「極めて正常さ。どうも僕は自分で思っているよりも直情型らしくてね。怒りと悲しみが限界を突き破り、初めてこの感覚に至れた。師匠とアドラメレク様が真髄として伝授してくれたのに、どうしても掴めなかった境地……即ち明鏡止水」

 

 そもそも研究者風情が、付け焼刃の拙い技で本職に勝てると思ったら大間違いだ。

 聖剣の特殊能力でゴリ押そうと、御せない力には何の恐怖も感じない。

 本来なら掠めるだけで並の悪魔を消滅させるハンデは絶大で、フリード戦と同じスペックなら成す術もなくなます切りにされていただろう。

 しかし、僕は超えられなかった壁を一足飛びに数枚乗り越えている。

 変化は心中だけ。身体的には何も変わらないのに、視力の悪い人が始めて眼鏡をかけた様な全能感が凄い。

 

「たかが擬似魔剣如きを何故折れぬ!?」

「たかが、じゃないから」

 

 実際は二度受けるのが限界なんだけどね。

 からくりは簡単。

 二合目を受ける前に、手中の魔剣を新規に上書くだけ。

 勘違いさせる為に試した小細工だけど、見た目が変わらないから上手く行ったよ。

 ほら、威力を上げようとするから雑になる。

 夢中になって、せっかくの多様性も忘れているよ?

 ”天閃”に頼らなければ僕について来れないのも分かるけど、”擬態”で剣先を割って手数を増やつつ”破壊”を利用した面制圧なんてのも一つの手じゃないかな。

 単調過ぎると、パターンが読み易くなるって気付いてる?

 

「少し黙ろうか」

 

 攻撃と攻撃の継ぎ目に割り込み、足を絡ませ尻餅をつかせる。

 この辺が素人の悲しさ。

 結局、ゼノヴィアと同じで武器に振り回されているからこうなるんだ。

 少し前の僕も同じだったんだろうね。

 炎の魔剣に氷の魔剣。果ては風に闇と多様性を売り物にしているのに、どれもこれも半端にしか扱えていなかった。思い出すだけで恥かしい。

 使いこなすとは、武器の性能を100%引き出す事じゃない。

 自分の力を上乗せして、120%の領域に足を踏み入れる事なんだ。

 だから命を預けられる。

 だから剣と一体化出来る。

 そんな全幅の信頼を置ける一振りを、僕もこれから得ようと思う。

 

「ええい、最後の欠片さえ揃っていればこんな事にはっ!」

「負け惜しみは見苦しいよ?」

「負けてなどおらぬわ!」

「なら、その聖剣信仰に凝り固まった心を折る所から始めよう」

「何を……するつもりだ」

「お前が捨てた、僕の過去を受け入れるだけさ」

 

 バルパーが立ち直る前に回収した球体を胸に押し付け語りかける。

 僕一人では聖剣を扱うだけの力が足りなかった。

 それは皆も同じだった。

 だけど、力を集めればそれは叶う。

 忌々しいことに、バルパーがその実例だからね。

 頼む、もしも一片でも心が残っているなら力を貸してくれ。

 僕達を物として扱った外道を一緒に討とう!。

 

「馬鹿め、因子を受け入れるには特殊な手順を踏まねば―――」

「それは君の理屈だ。親友は言ったよ、無茶を通せば道理が引っ込むと。意志の力は時に常識を凌駕すると!」

 

 すると、僕の覇気に応じるようにして球体の輝きが増す。

 そして聞えて来たのは―――

 

 生き残ったから、逃げ延びてしまったからと罪悪感を感じる必要は無いよ。

 君は僕達全員の代表だ。

 たとえ神が居なくても。

 たとえ神が人を見ていなくても。

 僕達はここに居て。

 わたし達があなたを見ている。

 一時も同胞の事を忘れず、こうして宿願を叶える寸前まで来た君を恨む?

 そんな仲間は何処にも居ないよ。

 だから、気兼ねなく受け取って欲しい。

 ほんの僅かな力だけど、きっと君の役に立つ。

 代価が許されるなら一つだけ約束してくれないか?

 この力で今度こそ仲間を守るって。

 まぁ、聞くまでも無いだろうけどね。

 

 命に代えても約束は果たそう。

 

 わたし達が願い、誰もなれなかった素敵な騎士様になってね。

 

 物語の主人公に負けない活躍をするとも。

 

 なら、これでさよならだ。

 こうして話すことは出来なくなるけど、心はいつも側に居る。

 辛くなったら、それを思い出して頑張って。

 

 残念ながら新しい仲間は陽気でね。

 後ろ向きになることを許してくれないんだ。

 

 それは頼もしい。さあ、覚醒の時間だ。

 任せたよ、僕らの代わりに精一杯生きることを。

 

「ありえん、私の研究では絶対に出来ぬことだ!」

「奪った力を無理やり使うのと、託される事の違いをあの世で理解すると良い。今こそ見せよう、これが聖剣因子の本当の使い方だ!」

 

 語らいが終わると同時、球体は僕の体に溶けて消えた。

 さあ、ここからがショータイム。

 左手に使い慣れた黒の魔剣。

 右手には、魔剣と色違いの白い聖剣を生み出す。

 

「先ずはこのままお相手しよう。皆に託された神器”聖剣創造”その身で味わえ!」

「ははは、クズが集まっても結局は紛い物が限界ではないか。偽者では至れない本当の聖剣で打ち砕いてくれるわ!」

 

 神器が通用すると見せ付ける為、あえて足を使わずにそのまま剣を交わす。

 相性問題で不利だった魔剣創造と違い、聖剣創造は同属性の力を秘めている。

 やはりと言うべきか、聖属性同士の激突は有利不利が存在しない。

 勝てる、そう思ったのも束の間、軌道を変えようとした刃がふいに消えた。

 透過現象、そんな力もあったんだね。

 だけど悲しいかな、殺気が見え見え。

 僕は目も向けず実体化した刀身を受け止め、火花を散らした。

 

「……研究者の君は、自分で剣を握ろうとした時点で終わっている」

「天に選ばれしこの身は負けんよ!」

 

 目を血走らせ、しかし肩で息を始めているバルパーは僕から見ても限界だ。

 その気になれば何時でも殺せるけど、絶望を味わって貰わなければ気が済まない。

 

「天に選ばれる? それはこう言う奇跡を起こせる存在の事さ」

 

 聖と魔、対極に位置する力を今こそ一つに。左右の剣を両の手を合わせる事で合一させ、僕が魂をかけるに相応しい一本を創造する。

 

「これぞ聖剣創造と魔剣創造、二つの力を融合させて作り上げた神器”双覇の聖魔剣”。聖と魔の力を同時に併せ持つ聖魔剣を生み出せるこの力の誕生を、君は想像も出来なかっただろ? 想像力の欠如は研究者にとって底の浅さの証明だ。思うに、君は使えない底辺の研究者だったんじゃないかな?」

「ありえんありえんあえりえん」

「君は命を奪わない方法を見つけられず、後進は資料があったにせよ方法を見出した。とんだ道化だね、これでは無駄に消耗した資金と時間が勿体無い」

「黙れぇぇっ!」

 

 それを待っていたよ。

 逆上したバルパーが反射的に放ってきた技も何も無い大振り。

 そこにカウンターを放つ。

 エクスカリバーを覆うオーラは魔剣の波動で弱まり、聖剣は残る聖なる力を素通し。

 二つの属性を併せ持つことで、こんな芸当も可能なんだ。

 結果として彼の刃は、そこいらの剣と変わらない存在に成り下がっていた。

 これが最後の一撃。

 僕は全身全霊を振り絞り、人生最速の連撃を放つ。

 

「僕らの力はエクスカリバーを凌駕したよ」

 

 キン、と儚い金属音が鳴り響く。

 それは最強と謡われた聖剣が砕け散る最後の悲鳴だ。

 同時にバルパーの首が落ち、残された体は鮮血を噴出しながら崩れ落ちる。

 その顔は絶望に染まり、前衛芸術の様な表現に困る表情を浮かべている。

 エクスカリバーを破壊する様を見せ付けた後に、それを理解させる時間を与えて斬ったんだ。これなら皆も満足してくれるよね?

 

「さて、次は今の仲間との約束を果たさないと。待っていてくれイッセー君」

 

 敵を討つよりも先に心の整理が付いてしまったせいか、いまいちやり遂げた実感が無い。

 僕にとって肉塊以上の価値を見出せないバルパーの亡骸は完全に放置。

 新たに得た力を仲間のために振るうべく、僕は剣を掲げるのだった。

 

「……あの騎士、一皮向けましたね。もう少し育った暁にはこの私が遊んであげましょう。さて、お仕事済ませて見物に戻りませんと」

 

 全速を出してその場を去った瞬間、ゆらりと現れた人影が居たことを僕は知らない。

 

 

 

 

 

 第二十三話「聖剣伝説 -メインフェイズ2-」

 

 

 

 

 

「……やっと来たか、リアス・グレモリーとその郎党よ」

「ええ、約束通り私たちだけよ。人質は無事なのかしら?」

「ふっ、アレを見ろ」

 

 コカビエルが顎で示した先、旧校舎の時計の辺りに浮かぶ爰乃の姿があった。

 結婚式で見るような純白のドレス姿で逆さ十字に磔にされ、意識を失っているのかぐったりと動かない。

 随分と高待遇じゃねぇか。

 お前も負けないVIP待遇でもてなしてやるよ。

 

「俺を倒せれば娘は解放される。しかし、失敗すればこの学園を残して街が吹っ飛ぶぞ? 俺の仕掛けた術式はあの十字架を起点に設定してあるからな」

「なっ!?」

「これはゲームだ。但し、やり直しは効かんがね」

「コカビエル、貴方はそうまでして世界を掻き回したいの!」

「言っただろう、俺は戦争を望んでいると。ここまで暴れれば、最低でも火種は起こせる。どの道、貴様らの負けだ。この状況に持ち込まれた時点で俺の勝ちは揺るがん!」

「まだよ、ここで首魁を打てばまだ治められる。可愛い下僕達、行くわ―――」

「おおっと、気が早いぞ魔王の妹。俺もアザゼルに感化されたのか、お遊びが嫌いじゃない。このまま戦えば100%俺には勝てんぞ? だからチャンスをやろう。一服終えるまで俺からは手を出さない、時間内に倒せぬまでもダメージを与えて0を1に変える努力をして見せろ」

「ふざけないでっ!」

 

 いやいや部長、舐められるって最高のアドバンテージっすよ。

 せっかく譲歩してくれるなら、喜んでハンデ貰いましょう。

 確かに部長の正々堂々を愛する姿勢は分かります。

 でも、格上相手に綺麗ごとは通じません。

 俺は勝つ為なら、泥水だって喜んで啜ります。

 汚かろうと、卑怯だろうと、どんな手段だって選びます。

 

「まぁ、好きにしろ。もう話すこともあるまい。悪いが強者の余裕として一本吸わせてもらうぞ」

「……この私を舐めると、一体どうなるか教えてあげるわ」

 

 この期に及んでまだ悠長な事を言っている部長に業を煮やした俺は、主に代わって最善を尽くすべく行動を開始する。

 煙草に火をつけて、紫煙をくゆらせている今が好機なんだから。

 

「朱乃さん、後の事は考えずフェニックス戦みたいな一発をお願いします!」

「うふふ、任せて」

「小猫ちゃんはいつも通り!」

「……了解です」

 

 俺のバランスブレイカー迄のカウントは残り十秒。

 鎧を纏い次第、速攻で殴りに行く!

 

「え? その、イッセー?」

「部長もぼやっとしないで、大きいのを朱乃さんに合わせてぶつけて下さい!」

「わ、分かったわ」

「アーシアは―――」

「分かってます!」

「いい子だ!」

 

 これで最低限の布陣は整った。後は―――

 

「わ、私は何をすればいいんだ?」

「小猫ちゃんの援護! 間違っても味方を攻撃すんなよ?」

「任せろ」

 

 木場にはああ言ったが、コイツってマジに使い道無いな。

 前衛部はお互い行動が読めるから三人同時に仕掛けても邪魔になんねえけど、阿吽の呼吸の取れないゼノヴィアが混ざるのは困る。

 何をするか見えない分、逆に行動が制限されかねないんだよ。

 今は小猫ちゃんしか前に出て無いから問題にってないかもしれんが、木場が合流して俺も混ざりだせばどうなるやら。

 まぁ、いよいよになったら遠くにぶん投げよう、今そう決めた。

 

『相棒、お前も騎士に負けないリアリストの道を歩み始めたな』

 

 今までが甘すぎたんだよ。

 

『良い兆候だ。よし、禁手が可能になったぞ』

 

 おう!

 

『Welsh Dragon! Over Booster!!』

 

 ライザーを潰した時よりも長く、そして有り余るパワーをより使いこなせる様になった俺の最強フォーム。爺さんには通じなかったが、コカビエルは比較対象として格下。そう思うだけで何とかなるような気がするから不思議。

 恐竜を相手にした後に遭遇した鰐みたいな?

 心意気は十分。

 さあ、俺も混ぜろよ堕天使様!

 

「コカビエル、お前に一つだけ聞きたい事がある」

「何だね赤龍帝君」

 

 まだ溜めの終わらない先輩ズの援護はまだにしても、小猫ちゃんとゼノヴィアの防御を考えない捨て身攻撃を受け流すコカビエルはさすがだ。

 すぐにでも殴りに行くべきなんだろうが、その前に一番の疑問を解消しておきたい。

 

「―――やった」

「ん、聞えんぞ」

「爰乃の着替えは誰がやった!」

「は?」

「何だかんだ言ってアイツの正装は和服ばっかだから、フリル多目のドレス姿とか始めて見ました。本当にありがとうございます!」

「こ、これはご丁寧にどうも」

「じゃねえよ! 俺が言いたかったのはそんな事じゃねぇよ!」

「逆ギレとか、ゆとり世代超怖い」

「質問に答えろ!」

「あーうん、ならば、俺がやったと言うべきか。ぶっちゃけ女の乳を揉んで堕天した総督と違い、人の娘、それも年端も行かぬ小娘に興味は―――」

「年頃の娘でリアル着せ替え人形とか変態にも程があるわ!」

「落ち着けーっ!?」

 

 何やら”ちゃうねん”とか聞えた気もするが、風の音に違いない。

 

「つ、つまり、おっぱいも見たり触ったりしたのか!?」

「前言撤回は出来ん……そりゃもう、貴様の想像以上の事を」

「チクショウ、もう殺す! 絶対に殺す!」

 

 苦節十数年。未だに全裸を見た事も無い俺を、堕天使はあっさり超えやがった。

 これが格差社会、現実ってのは非常過ぎる……。

 

「よ、よく分からんが、女が欲しいのか?」

「俺はハーレム王になる男!」

「ならば俺と一緒に来い。選り取り見取り、様々な美女を見繕ってお前に与えてやろう。顔の効く俺ならば、堕天使に限らず様々な種族から選びたい放題だぞ?」

「……詳しく」

 

 あれ、こいついい奴じゃね?

 

「イッセー、涎を拭きなさい! こんな時にどうして貴方はそうなの!?」

「す、すみません。あまりの好条件に一瞬だけ心が揺れまして」

「そもそも私とアーシアが居るでしょう! 堕天使を倒せば何でもしてあげるから、本気で戦いなさい!」

「マ、マジですか!? おっぱい吸ったりしてもいいですか!?」

「それでやる気を出してくれるなら、安い買い物よ」

 

 譲れない物がベットされている時点で交渉は絶対に成立しないのに、断るだけで勝利ボーナスが追加されたぜイヤッホウ!

 小猫ちゃんの蛆虫を見るような目も、アーシアの非難がましい涙目も怖くない。

 だって俺は今、男として次のステージへ登る権利を得たんだからな!

 

「ふふふふ、今の俺なら爺さんにすら一発いいのを入れられるだろう。夢を叶えるためにさっくり死んでくれコカビエル御大!」

 

 鎧になって左右一対となった篭手の宝玉が放つ眩い赤の光は、俺の闘志の高まり応えるようにとてつもない力を俺に供給してくれている。

 相棒、お前も応援してくれているんだな!

 

『……全力で否定したいのだが』

 

 ははっ、この素直になれないドラゴンさんめ。

 

『もうやだこの使い手』

 

 ドライグがどーにでもなーれ、と匙を投げた。

 それでも強化が止まらない辺り、真性のツンデレだと思う。

 

「……赤龍帝とは過去に何度もやりあっているが、女の乳をモチベーションにする話は聞いたこともない。お前はいったい何者なんだ? 本当に赤龍帝なんだよな?」

 

 何故か恐怖の目を向けられる不思議。

 

「俺はリアス・グレモリー眷属の兵士、兵藤一誠! もう会うことも無いだろうが覚えておけ、おっぱいは世界を救う。乳神様は最高だとなっ!」

「まったくわけがわからないよ」

 

 とっくに煙草は灰になり、猶予を終えているのにコカビエルは動こうともしない。

 まぁ、それは俺の身内もみんなそうなんだけどさ……

 

『真面目で努力家だと思っていた俺の純情を返せっ!』

 

 相棒が無機質な声で訴えてくるが、ツンデレの言葉を真に受けてはいけないことを俺はギャルゲーから学んでいる。

 つまりドライグの罵声は勝算の裏返し。ちゃんと分かってるから安心しろ。

 

「行くぜコカビエル、おっぱいの偉大さをその身に刻み込んでやるぜ!」

 

 朱乃さん以外、全員から異常者を見るような目で見られたのは気のせいだよな。

 うん、多分きっとそうだ。そう思いたい。



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第24話「聖剣伝説 -クライマックスフェイズ-」

 俺は腹を抱えて大爆笑。

 こんなに笑わされたのは、何世紀ぶりだろうか。

 アイツを見ていると血が騒ぐわ。

 そう、奴の言い分は全く持って正しい。

 乳に秘められた無限の可能性は、この俺が保障してやる。

 何せ超上級の天使だった俺を、あっさり堕としたんだぜ?

 正に禁断の果実。性欲を持て余すガキが夢中になったってしゃぁねぇさ。

 

「いやぁ、当代の赤龍帝は最高だな! そうは思わないかサーゼクス!」

『ああも己を曝け出せる男が居るとはね。さすがの私も脱帽だよ』

「アレはお前好みだろ」

『かなりね、彼になら妹を任せてもいいとすら思っている』

「おいおい、マジかよ」

 

 アドラメレクの僧侶が配信する映像は、サーゼクスの元にも届いている。

 時に裏方の苦労に涙し、鳥頭の気まぐれには冷や冷や。

 コカビエルの野郎、大根役者から一枚向けたじゃねえか。

 

「それにしても愉快。なぁ、次は俺達で台本書こうぜ?」

『実は手元に”魔王戦隊サタンレンジャー”なる企画があってだね』

「……お前のセンスがたまに分からん」

『”閃光と暗黒の龍絶剣”には負けると思うが』

「忘れろ!」

 

 この野郎、人の黒歴史をあっさり穿り返しやがる。

 若かりし頃は右手が疼いたり、片目に刻印を浮かび上がらせたり、今思い返すと何がなんだか分からない事を格好良いと思ってたんだよ!

 こうなりゃ、今こそ”閃光と暗黒の龍絶剣”をガチで組んでみっか。

 今や俺の手元には、様々な神器から取ったデータがごっそり在る。

 美味しい所だけパクって反映すれば、空前絶後の剣を目指せる気がするぞ。

 打倒、アドラメレクの刀。

 製作に手を貸しておいて言うのも何だが、アレは物理的にヤバイ。

 真似しようにも、モノポールの調達が無理過ぎてなぁ。

 

『これは失礼、総督殿。赤龍帝の熱に私も感化されたらしい』

 

 俺が全体像を俯瞰するのに対し、魔王様は一貫して赤龍帝に焦点を当てている。

 そして見定めた結果、下されたのが信じられない高評価だ。

 あのシスコンが、妹を喜んで譲ると憚らないんだぜ?

 いくらフェニックスの一件で内々には婿養子ルートが確定していたにしろ、諸手を挙げて歓迎されるんだ。

 現グレモリー当主夫婦がどう思っているのかは知らんが、最悪でも魔王な義兄が好意的なら苦労することもねぇよな。

 

『アザゼル、一つ提案がある』

「何だ」

『例のトップ会談、この街で行おう』

「俺も暫く滞在するし、構わんぜ」

『私も忙しい身。こうでもしなければ、彼と会う時間を作れそうも無いのだよ。それにアドラメレク氏には妹が迷惑を掛けている。一度、挨拶に伺いたくてね」

「魔王様は大変だな」

『君が自由すぎるんだ。少しは副総督を労わってやるべきだと思わないのかね?』

「前向きに検討しよう。それよりも、いよいよ終幕が近そうだぞ」

『おっと、見逃すのは勿体無い。集中させて貰うよ」

 

 コイツは割と話せるんだが、たまに説教臭くてたまらん。

 仕事をやらされて好き勝手出来なくなる位なら、俺は速攻で今の地位を捨てる。

 堕天使のスローガンは”強制されたら負け”。

 トップがそれを守れなくてどうするよ。

 

『ふむ、さすがにコカビエルは手に余るかな?』

 

 光の槍を掻い潜るのに失敗して鎧の翼を失った赤龍帝を見たサーゼクスは、少しばかり過大評価が過ぎた事にやっと気づいた様子。

 こいつ、まさかガチで勝てる可能性が有るとでも思ってるのかねえ。

 

「仮にもお前んとこの四大魔王級だぜ? まして小僧は今だ完全な禁手に至っていな―――あれ、ちょっと待て」

『アザゼル?』

「データを信じるなら、瞬間的な出力は上級悪魔真っ青だな。若干信じられん……」

『万に一つの勝機が出てきた、と』

「それでも億に一つだ。ここまでテンションが実力に直結する赤龍帝も珍しい。俺も少しばかり興味が沸いて来た。悪いが先にちょっかいを出すわ」

『但し、私の義弟と思って接する様に』

「あいよ」

 

 画面の向こうで平然と起き上がりコカビエルに飛び掛る兵藤一誠は、自分がどれだけ注目されているのか知らないのだろうな。堕天使と悪魔、双方のトップが名前を覚えている下級転生悪魔なんてお前だけだぜ?

 

『さて、もう一波乱期待してもいいと思うかい?』

「知らんがな。ま、話は後にするか。さっきの提案はシェムハザに検討させよう」

『頼む』

 

 どんな結果を迎えるにしろ、お前達は十分に株を上げた。

 だが悪魔の新進気鋭が兵藤一誠なら、堕天使にだって隠し玉はある。

 サーゼクスにすら隠して来た白龍皇ヴァーリ。

 俺のとっておき、とくと見やがれ。

 

 

 

 

 

 第二十四話「聖剣伝説 -クライマックスフェイズ-」

 

 

 

 

 

 部長の放った最大級の滅びの魔力は片手で弾かれ、間を空けずの天雷も黒翼の羽ばたき一つで打ち消されてしまう。

 通じているのは、俺と小猫ちゃんの拳骨のみ。

 つっても、完全に先読みされて稀に当たるだけなんだけどな。

 やっぱ、最後に頼れるのは純粋な暴力なんだなぁ。

 

「ははは、バラキエルの娘も中途半端に力を継いだものだ!」

「黙れっ、私をあの者と一緒にするな!」

「……頼むからそう悲しい事を言うなよ」

「え?」

「あいつな、未だに嫁さんと娘の写真を肌身離さず持ち歩いてるんだぞ。そして酔う度に、いつもいつも守れなかったと愚痴を零すんだぜ?」

「そう、なのですか?」

「お前も分別の付く年頃なんだから、あいつが悪くない事くらい分かっているだろ。全能とか舐めた事を謡う神でもうっかり死ぬのに、堕天使一人に何が出来る。奴のミスとも言えないミスは、どうしても自分にしかできない仕事の為に、少しだけ家を離れただけじゃないか」

「……それは」

「それとも父親が仕事に出る事は罪なのか? 男親は片時も家を離れないとでも?」

「……普通は早くても夕方まで帰りません」

 

 え、何これ。

 今起こったありのままを話すぜ。ガチンコでやりあい始めたと思っていたら、いつの間にか人生相談にすり替わっていた。

 要約すると―――

 

 色々あって結ばれた堕天使と人間。

 でも、それを快く思わない連中が居た。

 そいつらは、仕事で家を離れたバラキエルさんとやらの隙を付いて嫁を殺害。

 朱乃さんも堕天使の子と言うことで殺されそうになるも、父親が間に合った。

 でも、朱乃さんは母親を守れなかった父が許せない。

 父が堕天使じゃなければ母は殺され無かったし、自分も狙われなかった。

 こうして生まれた確執により、父娘の関係は破綻したらしい。

 いやぁ、朱乃さんって堕天使の血も引いてたんだなぁ。

 ハーフは美人が多いと言うけど、異種族でも適応されるんですね。

 

「もしも罪の意識から逃れられないバラキエルを哀れむなら、ほんの一歩でも構わない。娘から歩み寄ってやって貰えませんかね?」

「……父さま」

 

 いやその、凄ぇハートフルで良い話なんだけどさ。

 お願いしますから、ちゃちな催眠術だと言って下さい。

 俺も人のこと言えませんが、遠巻きに眺めるしか出来ません。

 部長なんて顔を青くして唾を飲み込んでいますよ。

 

「場所と日取りは俺がセッティングする。どんな結果になるにせよ、とにかく一度会ってやって欲しい。繰り返すが、お前の父は一日たりともお前達母娘を忘れたことなど無い。きっと腹を割って話せば分かり合える」

「……はい」

「それでこそバラキエルと朱璃の子よ」

「母をご存知で?」

「友人の嫁だからな。ちなみに俺はお前の出産に立ち会っている」

「あら?」

「アレはちょっと特殊でも良い女だったよ」

「いずれ、話を聞かせて頂いても?」

「うむ、後で名刺を―――じゃない! どうしてこうなった!」

 

 と、突然なんすか!

 つーか、懐から何かビジネスマン標準装備な物を出そうとしましたよね!?

 

「戦いの最中だった! 続けようぜ赤龍帝!」

「お前が言うなぁっ!?」

「俺は悪人、理不尽で何が悪いっての」

「ボスを気取るなら空気をしんみりさせんなよ! さすがの俺もテンション下がったわ!」

「それはそれ、これはこれ。心機一転、気合入れて行こうぜ!」

「あんたのキャラが分からなくなって来た俺です。口調も砕けたと言うか……」

「あ、うん……ゴホン。ならば、逆に問おう」

「何だよ」

「赤龍帝、お前は友人の愛娘を殴れるか?」

「きつい」

「まして、家庭内不和で昼ドラな薄幸美少女ならどうだ」

「無理っす」

「これ以上の問答は必要ないな?」

「おう!」

「……納得するんですね」

 

 おや、小猫ちゃんはご不満の様子。

 

「お父さんとの和解機会を、小猫ちゃんは奪えると?」

「……それを言われると辛い所です」

「どうせ時間制限も無いんだし、少し寄り道をしたっていいじゃねえか。ほんの僅かな時間を割くだけで朱乃さんが幸せになれるかもだぜ?」

「……まぁ、済んでしまった事です。これ以上は問わない事にします」

「コカビエルさんも忘れて再開しよう、って言ってくれてる。仕切り直そう」

「……何時の間にさん付けをする間柄に」

 

 部長は呆然と消沈した朱乃さんのフォローに動いてるし、アーシアはおろおろ。

 さすがの俺も何しに来たのか見失いつつあるよ。

 これでもカウンセリングが始まるまでは、死闘に相応しい戦いしてたんだぜ。

 見ろよこの鎧の破損、至る所にひびも入ってボロボロよ?

 極太の光槍を逸らしたり、ドラゴンショットで応戦したのは何だったのか。

 悔しい事にダメージを受けているのが俺達だけなので、コカビエルさんは新品同様。

 全て幻覚だったとか言われたら信じそうな俺です。

 あ、ゼノヴィアは開幕速攻でKOされました。

 車田先生の勢いで放物線を描いて退場とか、何しに来たのか分からん。

 

「……そちらの要望を聞いたのですから、私の質問にも答えて欲しい」

「良かろう」

「……先輩を攫った時に連れていた騎士は何処に?」

「そ・れ・を・聞・く・か」

 

 ああ、そんなの居たな。

 確かに分かりやすくラスボスの片腕なのに、まだ出て来ないのはおかしい。

 さすが小猫ちゃん、伏兵を見逃さない出来る子です。

 

「……で?」

「……じ、実家の母が危篤で」

「?」

「と、とにかく、我が名にかけて奴の出番は無いと宣言しようではないか!」

「……はぁ」

 

 どんなけグダグダなんだよ堕天使勢力。

 さすがにその理由でお帰りになるとか在り得ないだろ……

 

「細かい事を気にするんじゃない! いいな、絶対にだ!」

 

 そう言いながら焦ったように光の剣を手に作り出すコカビエルさん。

 良く分からんが追い詰められているらしい。

 

「待ってくれ、寄越せと言うならデュランダルを渡す。だから私にも質問のチャンスを!」

「どういつもこいつも……まぁ、仲間はずれも哀れ。聞いてやろう」

「誰も気にしなかったが、神がうっかり死んだというのは?」

「……お前はおかしいと思ったことは無いのか?」

「な、何を?」

「かつての大戦で魔王と上級悪魔を大幅に失ったのが悪魔だ。対して神側はアドラメレクにウリエルを討たれた程度で、その他の上層部を温存出来たとされている」

「ああ」

「なら、どうしてここぞとばかりに滅ぼしに行かない」

「そ、それは……何故だろう」

「待て、その頭は飾りなのか!? 少しは悩めよ!?」

「……ずっと剣を振ることしか考えてこなかったのでな」

「何故にドヤ顔!? ま、まあいい。ここまで来たら最後まで教えてやるさ」

「すまない」

 

 ゼノヴィアの空気読まなさがヤバい。

 さっき迄寝てたのに、飛び起きてきて聖剣差し出すとか逆に怖いわ。

 

「答えは神が魔王と相打ちにより死亡、攻める所の話では無いからだ。おまけに魔王と違って、神は天使が継げる様な物じゃない。故にどれだけ時が過ぎても空位が続き、未だに上は混乱の渦中」

「……嘘だろ?」

「俺はその場に居合わせた生き証人。そもそも嘘をつくメリットが何処にある」

「う……あ?」

「だが安心しろ。神の守護も愛もこの世に存在しないが、神が使っていたシステムをミカエル達が何とか回している。存命の頃に及ばずとも、最低限の祝福は受けられるぞ」

 

 つまり、本来の奇跡もシステムとやらが叶えていたって事か。

 それなら、上層部がそれを使いこなすようになれば元通り。

 その話が本当なら、天界に時間を与えると悪魔的にヤバくね?。

 って、ゼノヴィアがショック受けるなら、ウチのシスターは大丈夫か?

 さすがにこの状況で攻撃してこないだろうと、アーシアの元に駆け寄る。

 すると、そこには平然とした少女の姿が。

 

「ショッキングな情報だけど、平気か?」

「はい、大丈夫です。私は元々代価を求めてお祈りしてませんし……」

「強いなぁ」

「それに、私を救い出してくれたのは悪魔でしたから」

 

 片目を閉じてお茶目に舌を出す仕草が超可愛いです。

 

「それに主が居ても居なくても、私の信仰心に変わりはありません。悪魔が何をと笑われるかもしれませんが、これから先もずっと、ずっと、祈り続けようと思います!」

「頑張れ!」

 

 杞憂でよかった。さすがは俺の女神様だ。ブツブツ呟きながら幽鬼の如くフェードアウトしていった青髪とは違うな!

 

「今の話は各勢力のトップと、極一部の者だけしか知らない機密だ。迂闊に言いふらすと消されるので、取り扱いには注意しろよ?」

「命のやり取りをする相手の心配って、意味が分からないっす」

「細かい事を気にするな。大事な事だからもう一度言うが、忘れるなよ!」

「はいっ!」

「ってことで、本当の本当に今度こそバトル再開!」

「おうよ!」

 

 馴れ合いの連続で忘れそうになるが、俺達は敵同士。

 ちゃんと頭を切り替えないとマズイ。

 ここまでのパターンだと先ずは衝撃波が来る、今の内に体勢を整えねぇと!

 

「―――聖魔剣よ」

 

 俺が身構えるよりも早く、親友の声が響く。

 するとアンに誤爆した技の応用なのか、コカビエルを芯に鋼の花が咲いた。

 堕天使を包囲するのは光の加減で、白とも黒とも取れる不思議な色の剣。

 作り出したのはウチが誇る騎士様か!

 

「遅れて済まない。ここからは僕も混ぜて貰おうか」

 

 涼しい顔してピンチに現れるとか、持ってる奴は違うぜ。

 颯爽登場した木場だけは、何が起きていたかを把握していない。

 つまり一人だけシリアスを続行し、ガチで戦える訳でして。

 

「そっちは片付いたのか?」

「お陰さまで復讐心は全て消化出来たよ。もう、思い残すことは無いね」

「……死ぬのはダメです」

「新しい目的と約束が出来たから、そう簡単には死ねないよ。勘違いさせちゃったならゴメン。これからも僕は小猫ちゃん達と一緒さ」

「……ならいいです」

 

 前に聞いた感じだと、木場と小猫ちゃんは朱乃さんに負けない古株だ。

 恋愛感情は無いと揃って断言されたけど、家族愛的な物はあるらしい。

 二人とも幼くして家族を失った経験者。

 最新の身内を失う事に恐怖しても、しゃぁないと思う。

 

「これで囲ったと思うなら大間違いだ」

 

 木場に感化されたのか、出会った時と同じ威圧感を纏い始めるコカビエルさん。

 あんたやれば出来る子だよ、その調子で頑張―――俺は何を!?

 鋼花を砕いて空へと舞い戻る姿に、思わず喝采しそうな自分が怖いです。

 

「くっ、まさか僕の聖魔剣がこうもあっさりと……だけど!」

「……連携で追い込みましょう。チャンスは必ず来ます」

「おうよ、第二ラウンド開幕だ!」

 

 負けじと蝙蝠の翼で追撃する木場に小猫ちゃんも続く。

 さすがに朱乃さんは戦闘意欲を失っているけど、部長はそうでもない。

 本来なら遠距離も担当する僧侶は、ウチの場合攻撃力ゼロ。

 部長がその役割を果たすしか無い訳で、倒す事よりも空での自由を抑制する様な魔力攻撃を心掛けてくれているのが頼もしい。

 

「……例のコンビネーションで行きましょう」

「了解」

 

 回転蹴りを放つ小猫ちゃんだが、コカビエルには通用しない。逆に足首を捕まれれ、自ら窮地に追い込まれてしまう。

 しかし、これは思惑通り。

 右腕に関節技を仕掛けて気を引けば、僅かなラグの後に騎士が飛び込んで来た。

 

「油断したね」

「悔しかったら本気にさせて見ろ」

「その余裕が命取りさ」

 

 堕天使の幹部は空いている左の指二本で剣を受け止め、まだまだ涼しい顔。

 だけどそれはこっちも負けてない。

 実体が在るのか無いのか曖昧なのが、木場の持つ神器の特性だ。

 あっさり捕まれた魔剣を見限って、瞬時に同じ物を構築。

 円を描くような連続攻撃は俺から見ても隙がない。

 が、それでもコカビエルさんはその上を行く。

 

「貴様がここに居ると言うことは、バルパーは敗れたか。しかし、それで慢心して身の丈を見誤ったか? この程度のコンボでどうにかなると思われたなら大変心外である」

「水滴ですらいつか石に穴を穿つ。僕は届くまで諦めない!」

「所詮は聞いた通りの失敗作。夢物語はあの世で―――くぁっ!?」

「……腕、ゲットです。仙気をたっぷりと流し込んだので、回復は出来ませんよ」

「ナイスだ小猫ちゃん!」

 

 技量で上回るも木場の猛攻に集中を切らしたコカビエルさんは、隙を突かれて右肘を小猫ちゃんに破壊されてしまった。

 正に今が好機。そう思ったのは木場も同じ。

 置き土産に爰乃が使う様な掌をお見舞いした小猫ちゃんが離れるのに合せて、ここぞとばかりに斬りまくる。

 が、それでも堕天使は不動。無事な腕と翼を併用して二剣を押さえ込み、決定打を絶対に通さない構えだった。

 このまま正攻法を続けても無駄と察した親友は、ついに剣術から逸脱を開始。

 どこぞの海賊剣士と同じく三本目を口に銜え頭部を狙い、同時に足元に追加した魔剣を蹴り飛ばす無茶苦茶っぷりだ。

 これにはコカビエルさんも困り顔。

 つうか、こんだけやって頬に薄い切り口一つってインチキすぎるぜ。

 

「面白い、面白いぞグレモリーの騎士! もっと俺を楽しませて見ろ!」

「悪いが僕の出番はここまでだ。やってくれ、イッセー君!」

「何っ!?」

 

 そして、ついに俺のターン!

 

『Boost Boost Boost Boost Boost !!!』

 

 今まで限界だと思っていた力を超えて、手に浮かべた魔力球を増幅。

 コントロールの甘さで篭手の表面が融解を始めているが、もうちょいいける。

 これはもう合宿で山を吹っ飛ばした時の比じゃない。

 何がどうなるのか俺にも分からん。

 

「任せろ、時間稼ぎご苦労さんっ!」

 

 コカビエルさんが、俺に気付くも遅すぎる。

 だって俺はワインドアップからの投球モーションを終えているんだ。

 全体重を乗せて加速した魔力球は、あっさり音速を超過。

 慌てて翼をはためかせた獲物に、狙い違わず着弾する。

 

「逃げるよ小猫ちゃん!」

「……はい」

 

 コカビエルに触れた瞬間、球体は極大に膨張。

 赤の光で堕天使諸共周囲の空間を飲み込むと、鎧が無ければ鼓膜が破れそうな大音響で大爆発を引き起こす。

 ライザー戦までのフリーザ様みたいなデカイ魔力攻撃って、広域破壊が出来る代わりにダメージが分散しちまう。

 だから勉強した。爺さんに教わったのは、外側に力をばら撒かず、内に向かって無駄なく力を使い切る必殺の理論。

 頭の悪い俺はドラゴンショットでしか応用できないし、使うにも時間がかかる。

 だけど、爺さんにすら傷を負わせられたんだぜ?

 お前はどうよ、コカビエル。

 

「やったか?」

「そのセリフはダメだよイッセー君!」

「そ、そうか?」

「……祐斗先輩は心配性ですね」

「君達は楽観的だな!」

「余波だけでシトリーの結界パリーンって砕けたんだ。少しは期待ようぜ?」

「……これで駄目なら打つ手がありませんし、今回ばかりはイッセー先輩と同意見です」

「ああああ、どんどんフラグが強固に!?」

 

 空を覆った黒煙が晴れるにつれ、現れたのは満身創痍で翼の数を減らした男の姿。

 うわ、マジで生きてる!

 

「さ、さすがに今のは驚いたぞ。まさか躊躇無く人質を巻き込むとはな……」

「「「え?」」」

 

 俺達が慌てて爰乃の方を見ると、大変なことになっていた。

 旧校舎は、ほぼ全壊。肝心の眠り姫も、十字架に磔のまま落下している有様。

 俺はコカビエルの底知れない強さと、やらかした大失敗に愕然して固まってしまう。

 やっべ、位置関係を忘れてやり過ぎたか!?

 

「……捕まった立場で言える事じゃありませんけど」

 

 静かな声だが、そこに込められた凄みを俺は良く知っている。

 拘束が緩んだ訳ではないのか、顔だけ向けてくるのが救いかもしれない。

 そりゃ起きますよね。

 寝てる最中に叩き落されるとかブチ切れますよね……。

 

「ここぞとばかりに偶然を装い、恨みを晴らしに来るイッセー君に脱帽です」

「違うんです、釈明をさせて下さい」

「却下」

 

 おかしい、俺は爰乃を助ける為に相当の無茶をした。

 部長に逆らい、会長に啖呵を切り、勝てない相手に喧嘩を売ったよな?

 なのに、いつの間にか捕らわれのお姫様が超怒っている。

 どうしてこうなった。

 

「悪いと思っているなら、早く助けて下さい」

「へ?」

「地面は硬くて冷たい最高のベット。顔に付いた砂がジャリジャリと……」

「お、おう、任せろ!」

 

 あ、あんまり怒ってないのか?

 これ以上、機嫌を損ねないように速攻だ速攻!。

 

「……とばっちりが怖いので、早くお助けしましょう」

「そうだね。せっかくイッセー君が大ダメージを与えたんだ、回復される前に決着をつけよう。この期を逃せばもうチャンスは来なそうだしね」

「そうよ皆、もう少しだけ頑張りましょう!」

 

 割とグダグダだが、やる事は何も変わらん。

 待ってろ、今自由にしてやるからな!



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第25話「聖剣伝説 -エピローグ-」

これにて決着、意外とヴァーリは奇人になりませんでした(私見


 木場が剣を構え直し、部長が残りの魔力をその手に宿した瞬間だった。

 不意に小猫ちゃんが空を見上げ、小さな目を大きく広げる。

 

「茶番は茶番なりに楽しませて貰った。しかし、もう十分だろう?」

 

 空から聞えてきたのは、始めて聞く声。

 他の皆は困惑するだけなのに、俺だけは違う。

 全身を駆け巡る緊張感と恐怖。

 何者だと問う前に、相容れない敵だと本能が警鐘を鳴らしてくる。

 嫌がる体を奮い立たせて首を動かせば、それは向こうからやって来た。

 闇を切り裂く白い閃光が舞い降り、威風堂々と表わすその姿。

 顔をも覆う純白の全身鎧の各所には宝玉が埋め込まれ、背には光の八翼。

 色と形は違うが、俺はこの甲冑を良く知っている。

 

「貴様、何を!」

「アザゼルに、やんちゃする部下を止める様に頼まれてね」

「ええい、邪魔立てすると言うのなら―――」

 

 あのコカビエルさんが反応出来なかった。言葉を言い切る前に、幾多の魔剣を弾き返して来た黒翼が千切れあっさりと宙を舞う。

 

「一度戦いたいと思っていたが、堕天使の幹部というのも大した事が無い。大戦を生き残った大幹部様とやらはこの程度なのか?」

「おのれ白龍皇、アザゼルの飼い犬如きがっ!」

 

 やはりドライグが前に忠告して来た俺の宿敵、赤の対たる白がこいつか。

 そりゃ鎧の色も形も違うのに既視感覚えるわ。

 そして俺が禁手に目覚めたなら、当然こっちも至っていると。

 しかし、本当に何もかもが鏡合せだ。

 赤と白。

 強者と弱者。

 悪魔と堕天使。

 嫌になるくらい因縁めいてやがる。

 

「もっと怒れ、何なら本気を出してくれて構わないぞ?」

「望み通りの一撃をくれてやるわっ!」

 

 余裕を隠さず挑発を続ける白龍皇に、コカビエルさんがブチ切れた。

 俺達には使う素振りすら見せなかった巨大魔法陣を描けば、夜空に浮かぶ星に等しい無数の光槍が出現。

 標的は俺達を眼中に入れない唯一人。幾ら何でもこれは無理じゃないか!?

 しかし、奴は俺に余所見をしながら涼しい声でこう言った。

 

「赤龍帝君、どうせ君は俺の能力を知らないのだろう?」

「……おう」

「赤の能力が所有者の力を倍加するなら、白の能力は相手の力を半減させる」

 

『DIVIDE!』

 

 その音声が響いた瞬間、コカビエルのオーラが激減。

 放たれる寸前だった光の槍も数を半減させていた。

 

「赤の倍加が白の半減で相殺される以上、二天龍の戦いは常に使い手の力が全て。そして、これが君が倒さなければならない敵の力だ」

 

 木場の最速に勝るとも劣らない速度で俺の視界から消え去り、慣性を無視した複雑な機動で奴は飛ぶ。向かう先は当然コカビエルさん。

 

『DIVIDE!』

 

 さらなる半減能力が発動するのと時を同じく、拳が堕天使へと突き刺さる。

 たったの一撃。それだけで俺の全力が届かない伝説の存在が、膝を付いてしまった。

 くの字に折れた腹を押さえて吐しゃ物を撒き散らす姿からは最早脅威を感じない。

 冗談だろ、俺はこんなのを超えなきゃなんねえのか!?

 

「おまっ、もう少し加減を―――」

「打合せを怠ったお前が悪い。俺は指示通りに圧倒するだけだ」

「おのれ、鳥と蛇はここでも邪魔をするのか! はらぺこ共めっ!」

「と言うかチェスで負けていささか機嫌が悪い。これで終わりにしよう」

「それが本音かよっ!?」

 

 最後の会話は良く分からんかったが、白の拳が顔面を打ち抜いてゲームセット。

 ついにラスボス様は、乱入者に敗北を喫してしまう。

 

「これで分かったかな? 今の君では暇つぶしにもならない事を」

「見栄を張るつもりはねぇよ。今は足元にも及ばないって実感中だ」

「ならば強くなってくれ。宿敵が弱いと、対の俺まで評価を下げてしまうのでな」

「見逃してくれんの」

「君は蟻を踏み潰して楽しいか?」

「ちくしょう、軍隊蟻になってやるから首洗って待っていやがれ!」

 

 悔しいが、今の俺に反論材料は一つもない。

 同じスペックの神滅具使いなのに、開いた差がでか過ぎる。

 言いたい事を言える白と、何も言い返せない赤。

 会話の空隙が生まれるが、それを埋める様にして音が紡がれる。

 

『聞いての通りだドライグ。久方ぶりの再会だが、今回はお預けにしよう』

『いいさ、いずれは戦う運命だ。たまにはこんな出会いも悪くない』

『お前にしては大人しい。以前の様な敵意はどうした?』

『アルビオン、そっちこそ敵意が伝わって来ないじゃないか。何があった?」

『宿主が天龍対決よりも他に興味があるのでな」

『こちらも似たような物。執着対象が女と言うのも辛いが……」

『まぁ、決着は未来に持ち越しだ』

『それも一興、今回も勝たせてもらうぞ』

『ぬかせ』

 

 旧知の友人が交わすような気軽さで会話するのは、互いに宿る龍だった。

 認め合っているのが言葉の節々から感じ取れて、完全に格付けの終わっている俺達と関係があまりにも違いすぎる。

 これぞライバルの在るべき姿、本気で羨ましい。

 

「……おっと、一つ忘れていた」

「まだ何かあるのかよ」

「君は女の胸が大層好きらしいじゃないか」

「俺に限らずおっぱいが嫌いな男なんていないんじゃね」

「成る程、確かに胸は母性の象徴だろう。しかし俺は、腰から尻にかけてのラインこそが女性の持つ美だと思う。それについてはどう考える?」

「おっぱいは偉大だが、尻も太ももも素晴らしい。お前は水と空気のどちらが大切か選べるのか?」

「そう来たか」

 

 ……あれ、思ってたキャラと違う?

 

「ラインとか言うなら、脚線美を認める所から初めてみんのはどうよ」

「成る程、深い……足か。そこに注目した事は確かに無かった」

『ヴ、ヴァーリ!?』

「何だアルビオン、俺は今思案に忙しい」

『まさかコカビエルの攻撃で脳を!』

「無傷だが?」

『より深刻じゃないか!?』

 

 何故か白の龍が発狂しそうな声を出している。

 鎧姿で性癖を語り合うとか絵面はヤバイかもしれんが、根本的な部分でコイツが何を問題にしているのか分からん。

 

『ふははは、精神をゴリゴリ削られる世界へようこそ! 歓迎するぞ!』

『!?』

『宿主が知っているならば、お前も俺の使い手の人間性を理解しているな?』

『う、うむ。真剣勝負の途中でおっぱい叫びだす狂人と聞いている』

『ソレと意気投合して女体を語る以上、お前の使い手とて同類だ』

『ぐっはぁ!?』

 

 使い手と違って神器対決は形勢逆転。赤が白を圧倒していた。

 ドライグとアルビオン、二匹の関係性が分からなくなって来た俺です。

 

「最後の最後で益のある話が聞けて良かった」

「俺の方こそ、新しい切り口に新境地が見えて大助かり」

「では、これで失礼する。とにかく強くなってくれよ宿敵君」

 

 最後だけはきっちり締めて、尻の男…ヴァーリだったか? は飛び立って行った。

 コカビエルの身柄は持ち去られてしまったが、割とどうでもいい。

 って、ついつい夢中になったが爰乃はどうなった!?

 

「……遅くなってすみません」

「小猫ちゃんは、馬鹿な事を言い合う誰かさんとは違うね」

「……会長に啖呵を切った時は格好良かったんですけど、いつの間にかこの様です」

「こ、香千屋さん。こんな有様でも、君を助ける為にイッセー君は頑張ったんだよ? 僅かなりとも評価してくれないか?」

「それはそれ、これはこれ。殺されそうになる理由にはなりません」

「その話については、コカビエルを下手に誘導した僕と小猫ちゃんにも責任がある。イッセー君を攻めるなら、僕らにも一部を肩代わりさせて欲しい」

「冗談です、助けて貰ったことでチャラにしますとも」

「それは助かる」

 

 げぇっ、俺だけ蚊帳の外!。

 介抱してるのは小猫ちゃんだし、木場も隣で苦笑い。

 アーシアなんて頭痛に耐えながら、爰乃の無事に感謝して祈ってるよ!

 やはりアレですか、白熱したトークに突入したから放置されたと。

 内容はともかく、伝説のドラゴンが対峙する大事なシーンを無視しないで!

 

「ええと、怪我は無いのね?」

「お陰様でピンピンしてます。証拠として、皆さんこの場で葬りましょうかね」

「本気に聞えるから止めて」

「木場君が何やら強くなってますし、少しばかり梃子摺るかもですけどね」

「……元気で何よりよ。こっちも朱乃が情緒不安定な位で誰も失っていないわ。漁夫の利にしろ奇跡的大勝利ね」

「そうですか。時に部長」

「何かしら?」

「私には攫われた瞬間から、砂を食むまでの記憶がありません」

「つまり?」

「事情は良く分かりませんけど、早くここから逃げる事を推奨します」

「ど、どうしてなのかしら?」

「この音が全ての答えです」

 

 耳を澄ませれば、遠くからお馴染みの音が近づいて来るのが分かる。

 これはまさか……やらかしたか!?

 

「……部長、これはパトカーのサイレンです。イッセー先輩が結界を破壊したせいで、途中から外に丸聞こえ。面倒毎に巻き込まれる前に撤退しましょう」

「そ、そういえばそうだったわね。撤収よ、撤収!」

「ええと、乗り遅れた感が半端無いんすけど―――」

「何時までぼやっとしているの! 行くわよ、イッセー!」

「は、はい。爰乃、言いたい事はあるだろうがとり―――」

「迎えが来たので私も帰ります。イッセー君、後で誠意を持ったOHANASHIをしましょう。どんな言い訳をするか楽しみにしています」

「げぇっ!?」

 

 誰も話を最後まで聞いてくれない悲しさ。

 って、迎え? 爰乃を連れ帰るのは俺の仕事ですよ?

 

「姫さま姫さまー、おなか減ったからかえろ?」

 

 旧校舎の窓を破って爰乃の背に引っ付いたのは、天使の翼を持つ少女。

 一歩間違えれば俺達を絶望のどん底に落していた大魔王だった。

 

「とまあ、この子の世話をしなければなりません。部長、細かな話は日を改めてと言うことで」

「それなら明日の放課後、部室で事情を説明するわ」

「了解です。さあ、大空合体スーパー爰乃発進!」

「いっきまーす! ぎゅーん!」

「ちょ、ゆっく―――」

 

 これからアンの事を、ブレーキの壊れたダンプカーと呼ぼう。

 爰乃に合体した飛行パーツは完璧にスーパー系。ヴァーリのゲッター飛びに負けない勢いで空へと消えてしまった素体少女は大丈夫なのだろうか。

 まぁアイツは頑丈だから、ジェットコースターの一環として楽しむに違いない。

 

「部長、僕は残って野暮用を片付けます。先にお戻りください」

「祐斗?」

「大丈夫、本当にやり残しです。具体的には神父をばらばらに刻む後始末。死体が残っていると面倒でしょう?」

「そ、そう、それは確かに必要なこと……なの?」

「ついでにエクスカリバーも処分を。それでは失礼」

 

 爽やかな笑顔で怖いことを言うもんだ。

 全部片付いたって割りに、まだ恨み辛み残ってるじゃん……

 

「残りのメンバーは私に続きなさい、家に帰るまでが遠征よ?」

 

 それは遠足です。

 そんなツッコミを抑え、俺は朱乃さんが展開した魔法陣へと飛び込む事にする。

 最後の最後で美味しいところを全部持ってかれたけど、全員無事ならそれでいい。

 王子様にはなり損ねたが、それも俺らしいよ。

 明日、朝一番で会いに行こう。

 本当は直ぐにでも向かいたいが、明らかに恥かしさで逃げたんだ。

 空気を読まずに追いかけるのも野暮ってもんよ。

 爰乃は気付いてるっぽいが、これだけ校舎が破損すりゃ学校は休み。

 焦る必要は無い。

 例の件で投げられても、説教されても、それは何時もの日常だ。

 何一つ失わなかったからこそ取り戻すことの出来た、大切な明日を楽しみたい。

 

「イッセーさん、よかったですね」

「これはこれでハッピーエンド。もしもアーシアが同じ目に遭ったなら、必ず助けて同じ結果を掴み取ってみせる。美少女の笑顔の為なら俺は無敵だぜ!」

「ふふふ、頼りにしてます」

 

 ぎゅっと服の裾を掴んではにかむアーシアは大変可愛らしい。

 誰に言われたからじゃないが、もっともっと強くなろう。

 特訓に特訓を重ねて、大事な物全てを守り切れる力を手に入れてみせる。

 立ちはだかるのが白龍皇ってなら、ぶっとばすだけだ。

 千年以内に赤龍帝の名を取り戻すぞドライグ!

 

『そうしてくれ。そして、可能ならもう少し真面目にだな……』

 

 無理だ。性欲を捨てる位なら、潔く死を選ぶのが兵藤一誠。

 あれ、そういやコカビエルってヴァーリが倒した扱いか?

 

『奴が来なければお前は死んでいたさ』

 

 つまり、部長のおっぱいを触ったり吸ったりする件はチャラ?

 

『……勝っていないことは確かだろう』

 

 チクショウ、この恨み忘れんからな。

 

『現実が辛い』

 

 サスペンスドラマの犯人を思わせる切実さで呟く相棒。

 悪いが諦めろ、俺はこの路線を変えるつもりは無い。

 そんなに辛いなら、発想を変えようぜ。

 お前もこっちの道に喜びを見出せばいいんだよ!

 赤龍の名を捨てて、おっぱい大好きドラゴンなっちまえ!

 

『わーわーなにもきこえないきこえないったらきこえない』

 

 やれやれ、素直になれない困ったちゃん過ぎる。

 

『お前にだけは言われたくない!』

 

 志はでっかく龍の王。

 が、歴代の赤龍帝を見てきたお前が太鼓判を押す最弱がこの俺だ。

 過去の継承者と同じ道を歩いても、同じ山は登り切れない。

 つまり、人と違う道を模索して行かにゃならん。ここに異論は無いな?

 

『それはそうかもしれん……』

 

 一応、結果は出してると思う。

 禁手ってのも扱える奴が少ないんだろ?

 神器に目覚めてから一年も経っていないのに、そこそこ使いこなしてるよな?

 

『むぅ』

 

 ドライグ的には目を背けたい理由でも、俺はエロじゃないと頑張れない。

 そもそも好きな女の為に強くなりたいって、そんなに変かね。

 

『格好良く言っても騙されんぞ! ぐへへと欲望丸出しじゃないか!』

 

 さーて、カラスが泣いたから帰るかー。

 

『危うくコロリと行く所だった! 天龍を騙そうとするなんて信じられん!』

 

 好きに言え。どうせ結局は力を貸してくれるのがお前だ。

 相棒、その芸風は嫌いじゃないぜ。

 

『くたばれーっ!』

 

 今日も俺達は仲良しです。

 

 

 

 

 

 第二十五話「聖剣伝説 -エピローグ-」

 

 

 

 

 

「えー、振り返ると色々と粗だらけの公演でしたが、皆様の頑張りで一応の幕引きを迎えられました。本当にお疲れ様です」

「本当に綱渡りの連続でした」

「鳥の暴挙がとにかく影響大きかったっす。アレのせいで戦力削り要因だった黒騎士の出番は消え、意味の無い伏線の末路。スタンバってくれた弦さんには申し訳ないことを……」

「いえいえ、姫様のお世話を出来ただけで満足ですとも。あっ、エクスカリバーの核は総督殿にお届け済み。早速本部に送って改修を始めるとの事でした」

「これはお手数を。まま、一杯注がせてくだせぇ」

「あらら、頂きます」

 

 お疲れ様の意味で、深夜ながら始まったささやかな宴。

 料理と飲み物は、コカビエルさんが事前に手配済み。

 そこに私が何品か追加したので、量が足りないことは無いと思う。

 アンは私のベットで熟睡だし、鬼灯も食べるより飲むことに集中している。

 特に食べる二人が大人しいので私としても一安心です。

 ヴァーリは気に入ったらしい肉じゃがをおかずに白飯をゴリっと消費してますが、この程度なら許容範囲内。ノープロブレムですとも。

 

「しかし白いの、お前さん中々やるではないか」

「俺の目標はグレートレッドの打倒だ。今の力ではまだまだ足りない。これでなかなかと評するのであれば、お前の志が低すぎる」

「確かに上を目指すに越した事は無い。己の限界が見えないのが若さの特権よ」

「成長の止まった老人の言いそうなことだ」

「おいおい、わしもまだまだ現役の伸び盛り。今も上を目指して精進中よ。まぁ、少なくともウリエルを討った当時より強くなっとると応じておくかね」

「そうか、それでこそ強者たるもの。実はコカビエルが不甲斐なかったせいで、昂ぶりを処理しきれていない。一戦願えるか?」

「よかろう。鬼灯や、酒を飲むだけなら結界を一つ張れ。条件は外部からのアクセスを完全に遮断、強度もそれに準じよ」

「承知」

 

 え、何を言い出しているんですかこの二人。

 

「わしは小僧と遊んで来る。お前達はこのまま続けなさい」

「え、あの、その」

「赤は仲間の力を借りて一矢報いたが、白は一人でよいのかね?」

「群れるのは嫌いでね」

「その心意気に免じて、わしも全力で行くかね。死ぬなよ?」

「それは俺のセリフ。アザゼルの友人でも加減はしない、ぽっくり逝くなよ爺様」

 

 これだから戦闘狂は……と言いつつ、気持ち分かりますけど。

 いくらヴァーリが強くても、お爺様なら一捻りと孫兼弟子は信じています。

 さてさて、彼が私の知る最強相手にどれだけ善戦するのやら。

 お酒をご相伴中の身としては、良い肴が転がり込んで来たと喜ぶべきでしょう。

 

「姫様はどちらが勝つと思われます?」

「当然、お爺様」

「俺もアドラメレク様に一票で、弦さんは聞くまでも無し。揃って伝説のドラゴンの事を噛ませ犬程度にしか思っていないのが哀れ」

「ヴァーリ、私の十倍くらい強そうなんですけどね……」

「比較対象が悪いとしか。円熟の達人と伸び盛りの天才、経験地の差が絶望的っすよ」

「おまけにアドラメレク様も天才枠。ヴァーリが勝てるとすれば―――」

 

 コカビエルさんが人差し指を挙げ、何かを言いかける。

 しかし、話の当人達の会話がそれを遮った。

 

「念を押すが、これは遊び。覇龍は禁止じゃよ?」

「分かった」

「万が一にも使う素振りを見せたら、わしも街を吹っ飛ばす覚悟で殺しに行く。呪文を最後まで唱えられると思わぬ事だ」

「やってみなければ分からない、と言いたいが……今回は自重しよう。持って生まれた実力と通常稼働の神器のみで挑むのも面白い」

「宜しい。せっかくの機会を生かし、少しでも何かを得て帰るがよい。フェニックスの涙の貯蔵は十分、死ななければ必ず治そうではないか」

「ふん、御託はもう十分。早く結界深部へ連れて行け」

 

 ええと、これって確実にバトル漫画のワンシーンですよね。

 尻が良いと真顔で語っていた人物に、何が起きたのかな?。

 

「呼ばれて飛び出て中継班参上、とアレイは実況を担当すべく参上した事を皆様にお伝えします。テレビにご注目下さい。鬼灯に持たせた端末より取得した映像を、4Kを凌ぐ画質でかつリアルタイムにお届けする事をアレイはお伝えして悦に入る寸前です」

 

 未だにアレイのキャラが読めない、と爰乃は困惑顔で苦笑いです。

 やはり元が機械なのか、備えた機能を使う事に快楽を感じている節がって始まった!。

 

「さすがチームインチキ筆頭、半減を弾いてるっぽい」

「篭手の倍加も含め、所詮は状態異常のステータス変化。書き換えられる前に情報を破壊すれば理屈でなら対処は可能ですし、お屋形さまなら成し得る腕もお持ちかと」

「普通は出来ないっす。だって俺も無理ですよ?」

「お屋形さまは特別ですから」

「戦いたくないなぁ。戦争とかマジごめんですわ……」

「そうでっと、これは白の起死回生を狙った一手。発想は面白い」

「そこだヴァーリ、仮にもウチ陣営なんだから一矢報いやがれーっ!」

 

 テレビの向こうでは、格ゲーをCG無しで再現する男達が鎬を削っている。

 手に汗握る見応えのある展開ですが、今日は色々在りすぎて疲れが……。

 うつらうつら、コカビエルさんと弦さんの応援の声すら心地良い。

 時計は丑三つ時を回って、いつもなら寝ている時間なのも追い討ちに。

 皆さん元気だなと思いきや、私以外は人外でしたね。

 後片付けは起きてからでも遅くは無いし、睡魔に負けてしまおう。

 そう決めた私は、壁に寄りかかり瞼を落とす。

 お疲れ様……ぐぅ。



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第四章 宿縁と吸血少年の夏祭り
第26話「夏の風物詩」


「本当に悪魔の力っておかしい」

「同感だ」

「改修工事が終わるまで休みと喜んでいたら、一晩で直しやがりますか。突貫作業にしても早すぎますよ………」

「俺も部長に”学校の再開は来年ですかね、ははは”と聞いた時に同じ顔をした。つくづく魔力ってのは万能過ぎる。一時間で完全復旧とか、世の中の工事関係者が聞いたら卒倒するんじゃね?」

「イッセー君が朝イチで来てくれなかったら、まさかの無断欠席でした。感謝として例の件は水に流してあげます。大奮発でしょ?」

「え、マジで? 土下座とかいらねぇの?」

「……君が私の事をどう見ているか分かった気が」

「いやだって、信賞必罰」

「ぐ」

「結局、俺は今回の騒動で特に何もしてねぇ。会長を説得したのは弦さん。聖剣を片付けたのも木場。コカビエルに至っては、ヴァーリがワンパン。感謝しろって言える立場じゃないんだ、これが」

 

 コカビエルさんとヴァーリの見送りがあったから起きていたものの、日が昇り始める前に家を尋ねてきたイッセー君は少しばかり落ち込んでいる様子。

 気分転換になればとランニングに来たけど、いまいち効果は薄いっぽい。

 

「私は感謝してるよ?」

「妙な慰めは止めろ」

「大体、迂闊だった私が全ての根源。それに対して、不必要なほど頑張ったのがイッセー君です。そして、コカビエルを押さえ込めたのは君の力があってこそ」

「随分と持ち上げるが、活躍したのはヴァーリだぜ?」

「部長には悪いけど、グレモリー眷属最強は赤蜥蜴さんです。手札の鬼札が通じないなら、他の誰が挑んでも結果は同じ。白が到着迄の時間を稼いだのは間違いなくイッセー君だと思う。同様にエクスカリバーも木場君に手柄を譲っただけ。違う?」

「……どうだろうな」

「仮にも堕天使の最強クラス相手に善戦した事を誇りなさい。大変な偉業なんだよ?」

「……おう」

 

 ああもう、迂闊な一言がここまで尾を引くとは。

 近々また来るらしいアザゼル先生に、文句の一つでも言わないと気が済みません。

 どうして私がイッセー君のケアまでしなければならないんですか。

 懺悔を担当するのは、シスターの仕事ですよ。

 

「己を過大評価するのもアウトだけど、必要以上に縮こまる必要も無いの。その辺りのバランスを取れるようにしないとダメ。分かった?」

「ちなみに、そんな高評価を得た俺はお前を超えられただろうか」

「百聞は一見にしかず。実際に試してみましょう」

「もしも、もしもだぞ、勝てたらどうする?」

「今日のお昼をご馳走します」

「いいな、それ。アーシア回収して一丁やろうぜ」

「なら、前哨戦にかけっこ勝負。負けた方がジュース奢りだよ」

「おうさ!」

 

 会話を楽しめる巡航から速度を切替。

 瞬発力で勝る私は、イッセー君を引き離しながら加速を始める。

 勝負事で私に勝とうなんて千年早い。

 この後の模擬戦も含めて、絶対に負けないと心に決めている。

 

「私も殺し技を使わないから、イッセー君も飛ぶとかダメだからね?」

「分かったよチクショウ! トップスピードは俺のが上、勝負はこっからだ!」

 

 前は譲らない。

 そう、これからもずっと。

 

 

 

 

 

 第二十六話「夏の風物詩」

 

 

 

 

 

 ぐーてんもるげん、皆様。香千屋爰乃です。

 堕天使騒乱から月日は流れ、何時の間にやら季節は夏。

 思い返すと、イッセー君をフルボッコにしたあの日は大変でした。

 私は純人間だというのに、容赦なく鎧を使ってきたイッセー君。

 ですが基礎スペックを上昇させようと、技術面はまだまだ雑で甘い。

 前々から取り組んでいた新必殺技の投入もあり、当然快勝ですとも。

 ちなみに木場君は薄々気付いていそうですが、地味に一撃一撃が重い。

 特に幾つか伝授した拳技なんて、英雄モードじゃなければ即死レベル。

 果たして何時まで先を走れるのか、少しだけ不安です。

 

「夏休みは俗世を忘れて、修行に打ち込もう……」

 

 で、問題はその後。

 オカ研に対する嘘で塗り固めた状況説明と、矛盾の解消が面倒で面倒で……。

 副部長がフォローに回ってくれなければ危ない所でした。

 ちなみに朱乃さん。コカさんから全部聞いてましたよコンチクショウ。

 色々話した結果、遠からずお父さんも含めた三人で会うことになったとか。

 これも表に出せない話ですし、どんどん裏に傾倒していく自分が怖い。

 アザゼル先生も聞いてないのにペラペラと知っちゃいけない機密を教えてくれるので、そろそろ引き返せない瀬戸際に追い込まれている気がします。

 

「イッセーさん、わ、私の水着……どう、ですか?」

「最高に似合っていて、お兄さん感動です!」

「えへへ、嬉しいです。小猫ちゃんも同じスクール水着なんですよ」

「マスコット的に可愛いと思う。俺にロリコン道は無理くさいわ」

「……一応お礼を言っておきます変態先輩」

「ぐへへへ、お姉様方はまだかなぁ」

 

 だらしないにやけ顔で鼻息を荒くしているのは、言わずとも分かるイッセー君。

 変態さんは、美少女達が身を包む紺色の水着に大興奮の様子です。

 対する木場君は普段と変わらず、無欲な感じ。

 彼の場合、側に居る女の子はそう言った対象に見れないのが原因とか。

 まだ姿を見せない首脳陣は上司、小猫は妹、アーシアは友達の彼女。

 確かにこのラインナップは、手を出し難いかもね。 

 

「イッセー君。花を愛でるのは結構だけど、サボらないでくれよ」

「悪い、ついつい体が勝手にだな。現役高校生のスク水を合法的に視聴出来んだぞ? これは奇跡レベルのレア体験だろ!」

「気持ちは分かる。でも、早く掃除を終えればその女の子達と遊び放題って

ご褒美を忘れてないかな?」

「しゃーない、頑張るか。とりあえず俺はアーシアとこっち側やるわ。木場と小猫ちゃんは奥頼む!」

「現金だなぁ、君は」

 

 そう、私は今プールサイドで読書中。

 他の部員は水着に着替えてプール開き前の清掃中ですが、ちょっとした連絡ミスで私だけ水着を持って来てなかったり。

 なのでパラソルの下、監督業という名目で放課後を優雅に過ごしていたりします。

 掃除は掃除で楽しそうだし、やりたくないわけじゃ無いんですけどね。

 

「少し席を外します。木場君、後は任せましたよ」

「お任せあれ、お姫さま」

 

 モップを剣の変わりに掲げ、陰の消えた笑顔を見せる騎士の人

 姫島先輩もそうだけど、木場君も色々と吹っ切れて本当に良かった。

 これだけでも頑張った甲斐がありましたよ。

 

「あら、何処へ行くのかしら?」

「ちょっと部室へって、随分と大胆な」

「そう? 朱乃も似たようなものだけど?」

「うふふ、水着が無いのなら貸しますわよ」

「趣味が違うのでノーサンキュー。まぁ、イッセー君の悩殺頑張って下さい」

 

 腰を上げたところで、丁度部長達も着替えを終えて現れる。

 部長と姫島先輩は学校なのに、揃って布面積の少なすぎるビキニ姿。

 いやまぁ、グラビアアイドルが裸足で逃げ出すお姿なのは認めます。

 でも、部長は大きな勘違いをしている。

 イッセー君は全裸より、コスプレ系が好きな萌え寄りの性癖。

 おそらく、スク水の方がポイント高い筈ですよ。

 

「部長も朱乃さんも、超エロいです! ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 あ、あれ、読みが外れた? 思わず振り向くと、そこには両手を合わせて鼻血を出しながら拝む幼馴染の姿。

 気持ちは分からないでもないけど、アーシアのフォローしないと後が怖いよ。

 不機嫌そうにむくれちゃって、大変ご機嫌斜めのご様子。

 ハーレム目指すなら、この辺の舵取りを学んだ方がいいんじゃないかな。

 

「ううう、私だって、私だって……!」

 

 揉め事に巻き込まれては叶わないので、フェードアウトする私だった。

 

 

 

 

 

「ついでに例の部屋へ寄って行きますか」

 

 部室を目指す最中、微妙に爪あとの残る壁を見てふと思い出した。

 所詮はオカルト研究会しか使っていない事もあり、完全復旧の新校舎と違ってそこそこしか直されなった旧校舎。

 その影響なのか、開かずの教室とされていた一階の扉がベニヤ板に変更されている。

 前は水密扉とトントンの厳重さが、今では簡単に開けられる木製の板。

 そして、特に入るなとも言われてません。

 天の采配なのか、この瞬間他の部員はプールに大集合。

 ここはレッツ探検と洒落込むべきでしょう、うん。

 

「おや、これは魔法的なロック?」

 

 ”KEEP OUT !!”と書かれたテープを剥がして扉に触れようとすると、見覚えのあるグレモリーの魔法陣が浮かび上がって邪魔をする。

 少し前までならすごすご引き返したでかもですが、私がいつまでも魔法音痴だと思ったら大間違い。

 色々と勉強して、対魔法戦術はバッチリ習得済みです。

 先生曰く、攻撃、防御、結界、封印、全て力技で押し切れば無問題とのこと。

 力こそパワー。魔力に干渉可能な神気の前に、小手先の魔法は無駄無駄無駄っ!

 

「そーれ」

 

 英雄モードで神気を高めれば準備完了。

 誰も見ていないことを確認して、スカートを舞い上がらせながら回し蹴りを一閃。

 封印を扉ごと力技で破壊しちゃう私でした。

 普段は避けられると体勢を崩したり、相手によっては足を取られるリスクが大きいので使わない足技も、ストレス発散には最適。

 うん、たまに蹴りも悪くない。

 投げと拳技に重みを置いていたけど、そろそろ蹴技も修めるべく励みますか!

 

「これは意外と綺麗で、私の部屋より可愛い感じ。部屋の主は女の子かな?」

 

 中はカーテンで閉め切られ、光源は入り口から差し込む蛍光灯の明りだけ。

 外から見たよりも間取りも小さくて、部室よりも狭い程度かな。

 置かれているのはぬいぐるみや、女の子が好きそうな小物ばかり。

 ただ、一つだけ在りえない物が部屋の隅に置かれていた。

 それは棺桶。

 実物を見るのは初めてだけど、ドラキュラのベットもこんな感じだったような。

 普通ならナイス仕込みと笑い飛ばして終わるんだろうね。

 でも、身近に悪魔やら伝説の化け物が闊歩している私は違う。

 警戒度を最大限に引き上げ、どこから襲われても瞬時に反応出来る体勢を確立。

 ゆっくりと近づいていき、棺桶を引っくり返すことにした。

 すると―――

 

「イヤァァァァアァアァァッツ!」

 

 頭がキンキンする声で中身が絶叫しながら転げ落ちて来ましたよ。

 見た目は人形みたいなおかっぱ美少女。しかし、人外の見た目なんて飾り。

 逃げようとする素振りを見せたので、とりあえず足を払って転倒させた。

 仮に吸血鬼と仮定すれば、下手に押さえ込んでも霧やら蝙蝠に転じてするっと抜け出されると考えるのが王道でしょう。

 ならば、古典に従い狙うべきは心臓。

 必殺の一撃を叩き込んで―――あれ、殺気が無い?

 

「と、突然何ですかぁぁぁっ! 何か気に触るようなことをしたなら謝りますぅぅぅ、ゴメンなさいゴメンなさぁぁぁい!」

 

 頭を抱えてガクガク震えながら丸まった姿に、さしもの私も手を止める。

 

「とりあえず黙りなさい」

「ヒィ、ゴメンなさいゴメンなさい」

「次に意味も無くごめんなさいと言ったら、その数だけ指を折ります」

「ゴメって、どうしてそんな酷いことをっ!?」

「……言葉のキャッチボールは諦めました。私の質問に一つ一つ答えなさい」

「は、はいっ!」

「一つ、貴方の名前は?」

「駒王学園一年生、ギ、ギャスパー・ヴラディです!」

「二つ、所属は?」

「リ、リアス・グレモリー様の僧侶をやってますぅぅぅ!」

「三つ、種族は?」

「ハ、ハーフヴァンパイア出身の転生悪魔……」

 

 嘘を吐けるタイプには見えませんが、部長の手駒にしては色々とおかしい。

 コカビエル戦で呼ばれなかったのは何故か。

 そもそも外部から封印された部屋に閉じ込められていた理由は?

 

「四つ、吸血衝動はどの程度? 大佐の大隊と愉快に遊べる程度とか?」

「血、嫌いですぅぅ。あんな生臭いもの、匂いだけでダメですっ!」

「まさかのトマトジュース派!?」

「あ、それなら美味しく飲めます」

「私もトマトは大好きって、それでいいんですか吸血鬼」

「……レバーも食べられない吸血鬼だって、この世に一人くらいいますよぉ」

「ま、まあ、それはそれとして」

「流された!?」

「最後の質問です。グレモリー眷属と言うのであれば、どうしてこんな狭い部屋に封じられていたのか納得のいく回答を」

 

 答え次第では無力化もやむなし。

 そう考えた私ですが、一々小動物的な少女の答えは斜め上でした。

 

「そ、外って怖くないですか? 人に会うのって苦痛じゃないですか?」

「は?」

「お仕事もパソコンを介せば出来ますし、欲しい物も通販で買って魔法で引き込めば手に入りますぅ。お外は怖いので、ここから一歩も出たくありませんっ!」

「落ち着きなさい」

「そして内鍵だけじゃ不安なので、外からもロックしてもらってるだけですぅぅぅっ!」

「引きこもり!?」

「えっへん」

 

 だめだこいつ、早く何とかしないと……。

 

「も、もういいですよね? この間の戦争がトラウマで、浅い眠りしか取れてないんですぅ。寝かせてくださいよぉ……」

「巻き込まれて死ねばよかったのに」

「酷っ!?」

 

 蔑んだ目で一瞥し、私は興味を失ったギャーさんを忘れる事にする。

 自称吸血鬼っぽい悪魔に興味が無いとは言いませんが、さすがにコレは生理的に受け付けられない。いくら温厚な爰乃さんでも、イラっとして手を出しかねないのです。

 

「どーでもいいです、それでは良い夢を。気が向いたらまた来ます」

「来なくていいですっ」

「……何か言いましたか?」

「ひぃっ、お茶とお菓子を用意してお待ちしていますぅぅぅぅ」

「私の好きなケーキはモンブラン。お茶は玉露を適切に入れなさい」

「理不尽な!?」

「あ?」

「ネットでググって満足頂ける様努力しますっ」

「返事は”はい”か”YES”のみ。次にこれを忘れたら部屋ごと爆破します」

「何でもしますからお引取りくださぁぁぁい!」

 

 そんなこんなで、短い冒険は終わりを告げる。

 本当に得る物の無い無駄な時間でしたね……。

 どっと疲れた私は、ドア周りを出来るだけ原状回帰。

 部室で鞄の回収を済ませると、メールを一本入れてそのまま帰路に着くのだった。



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第27話「再起への急落下」

 手持ちの金も尽きて、かれこれ何日食べていないやら。

 街角でお布施を求めればポリスに追われ、やっと辿り付いた教会は既に廃墟。

 公園で手に入る綺麗な水には助かっているが、やはりアレは幾ら飲んでもカロリーゼロ。力が湧いて来ないので空しい限り。

 どうしてこうなった。答えは簡単。全てはあの電話が原因だ。

 

『任務を失敗した挙句、エクスカリバーを奪われたそうだな』

『はい』

『おまけに神が死んでいるのは本当ですか、だと?』

『ありえない話だとは思っていますが、堕天使がそんな世迷言を』

『よかろう、ならば私はこう言うべきだろう。これまでの功績を鑑みて、餞別に誰も扱えんデュランダルをくれてやる。何処へなりとも消えろ』

『は? 司教様?』

『貴様は知りすぎた』

『え、え?』

「ゼノヴィアと言う名のエクソシストは、最初から教会には属していない』

 

 何を言っているのだろう?

 

『虎の巣に兵を送った無能共は揃って地獄に落ち、星条旗を掲げる彼の国では政変に発展したそうだ。そんな陰謀渦巻く劇の中でお前は何も考えず踊り、そして石に躓いた。情状酌量の余地を認め、追手は差し向けない事にしよう。ジャパンは良い国で、外人も多く働いていると聞く。新天地で新たな生活を頑張りたまえ』

『お待ち下さい、それはつまり―――」

『さようなら、ゼノヴィア君』

 

 上司に告げられた決別の言葉。

 その後、何度コールしても電話が繋がる事はなかった。

 一晩は何もする気力が起きず、ぼんやりと空を眺めて過ごした。

 何処で道を間違えてしまったのだろう。

 身内にまで神の不在を証明された今、何を心の支えにすればいいのか分からない。

 

「アーシア・アルジェントが正しかったと言うことか……」

 

 神は居ないのに、魔王は悪魔の上に君臨している理不尽さ。

 そりゃ宗旨替えをしたくもなる。

 あの娘を魔女と笑っていたら、いつのまにか私こそ異端者だ。

 いや、違うか。

 記録から抹消された以上、シスターであった過去すら私には無い。

 残ったものはデュランダルと、実験体に失笑される程度の技量だけ。

 戦うことすら満足に出来ない無能は、一般社会で生きていけない事も知った。

 手持ちの金を頼りに惰性で今日まで生きてきたが、そろそろ終りにしよう。

 気分はルーベンスの絵を前にしたネロ。

 まだ無事だった十字架を前に、苦楽を共にした愛剣で喉を突こうと―――

 

「ああもう、捨てる命なら私が拾います。だから早まらない!」

 

 絶妙のタイミングで開かれた扉から聞える静止の声。夏の真っ赤な夕日を受けながらズカズカと私の元に近づいてきたのは、見覚えのある少女だった。

 彼女は私の手からデュランダルを奪い取ると、そのまま首筋に手刀を一発。

 

「不審者が徘徊していると聞いて来てみれば、またしても面倒毎。犬猫を拾うとは訳が違いますが、これも後始末の一つと諦めましょう。ヴァーリ、家まで運んでくれる?」

「何故俺が」

「用心棒の代金に、お高めのお肉ですき焼きを振舞う事になってますよね?」

「だが、天使が控えていた場合の約束だ」

「昨日の夜中、小腹が空いたと深夜のラーメン屋に付き合った貸しは?」

「分かった、分かったから、これで貸し借りは解消だ。さっさと帰るぞ香千屋爰乃」

「それでこそ男の子。か弱い女の子に重たい荷物を運ばせたらダメですよね」

「ふん、俺の本気を一瞬でも受け止められる化け物が言えた義理か」

 

 意識を失う中、最後に見たのは後光を背負った一組の男女だった気がする。

 彼らが何者でも構うものか。一度は捨てた命、好きに使うがいい。

 アーシア・アルジェントも悪魔に拾われ、人並みの幸せを得たと言っていた。

 願わくば、私も同じ様に新たな人生を歩めれば幸いだ。

 主よ、これで貴方への祈りは最後にします。

 ですが、あと一度だけ、ほんの一度だけ奇跡をお与え下さい。

 

 

 

 

 

 第二十七話「再起への急落下」

 

 

 

 

 

「長いこと生きてきたが、これほど厚顔無恥な人間を見たのは初めてじゃよ……」

「その節は本当に申し訳ない」

「生きていて恥かしくないのかね」

「自決は図った。図ったが、何故か香千屋爰乃に止められたのだ」

「ええとその、成り行きでつい」

「何がなにやら」

「ごめんなさい」

 

 何日お風呂に入っていなかったのか、ホームレス真っ青の姿だったシスターゼノヴィア。

 風呂に叩き込んで着替えを渡し、アンや鬼灯に匹敵する量の白飯を食べさせた。

 この時点で彼女の辞書にプライドの文字は無く、誰に何を指摘されても怖くない。

 不始末のツケで教会をクビになり、身元保証すらも失ったとゼノヴィアは言う。

 我を取り戻した瞬間、土下座しながら何でもするので末席に置いてくれと懇願された時は、さしもの私も困りましたよ……

 しかしながら、拾ったからには最後まで面倒を見ますとも。

 収入の無い私は同い年位の少女を養えないので、お爺様に相談しに来た次第。

 最悪、弦さんの会社で下働きでもと考えた訳でして。

 何にせよ、お爺様の許しを得なければ即終了。

 一度は達磨にした小娘を、どう扱うのか読めない私です。

 

「絶対の服従を誓うと言うのであれば、過去を水に流すのも吝かではない。言っておくが、香千屋の絶対遵守は”裏切り者には死を”。まして、貴様の立場はカーストの最下層。仮にわしか爰乃が死ねと命じたなら、喜んで命を捧げる覚悟はあると思って良いのかね?」

「この場で一言命じて頂ければ証明しよう。手始めに教会との縁切りを行動で示す為、関係者の首を取って来るのはどうだろうか」

「ほう」

「私には素人に毛の生えた剣の腕と、振り回されるだけのデュランダルしかない。今の提案が認められないと言うなら、何でも言ってくれ。出来る限り期待に応えようと思う」

「わしに剣を向けた時と比べ、目の色が違うではないか。そのロックな瞳、嫌いではない。しかしながら我が眷属に迎えるには余りに未熟。今しばらく人として技量を高める必要があるのぅ」

「では!」

「主として最初の命を下す。爰乃をわしと思い、全霊を持って仕えよ」

「はっ!」

「そして爰乃や、お前も王として僕を育てる経験を積む頃合」

「頃合、とは」

「爰乃も遠からず王としてレーティングゲームに参加するのじゃろ? そうなれば部下の不始末は王の責任。僕をコントロール出来ない王は、王たる資格を持たぬと理解しておるか?」

「どこぞの悪魔に聞かせてやりたい話ですね」

「その予行練習、さしずめ企業で言う所の幹部研修じゃな。先ずは扱いやすい同属の下僕、お前の器ならば余裕で受け止められると信じておるよ」

「……ご期待に沿えるよう頑張ります」

 

 気楽な一人旅もこれで終わり。

 何でも自分でやる方が楽ではありますが、下を使う手腕も確かに必須。

 ゼノヴィアは馬鹿正直ですし、社会勉強と思って取り組もう。

 

「剣はわしが仕込む。泣き言は許さんから覚悟せよ」

「王の騎士となれるよう精進する!」

「勘違いしとるようだから言っておこう。お前は良くて兵士じゃよ?」

「ぐす……立派な兵士になれるようがんばる」

 

 あ、落ち込んだ。

 

「鍛錬は明日より始める。今日は英気を養い体調を整えよ。食事、その他のルールは爰乃に聞け。衣食住、何一つとして不自由はさせぬ」

「ご飯が食べられる!」

「わしは役割をしっかり果たすなら、私生活についてとやかく言わん。ちなみに仮免許でも眷属は眷属。給与も出そうと思うとるよ」

「なんと!」

「ハードルを超えられん場合も面倒は見るからな? わしの期待を裏切るなよ?」

「ははーっ!」

 

 ゼノヴィア、高待遇の裏もちゃんと考えた方がいいよ。

 箸にも棒にもかからないと、速攻でクビって事だからね?

 

「わしはこれからサーゼクスと一杯飲んでくる。後は任せるぞ」

「夕飯は不要ですか?」

「うむ、先に寝ていなさい」

「行ってらっしゃいませ」

「それと鬼灯が警戒しとるから問題は無いと思うが、一応伝えておこう。近々、天使、堕天使、悪魔のトップ会談がこの街で行われる。その為に各首脳は既に来訪しとって、護衛も引き連れている訳じゃ」

「つまり、街に出ると人外祭り」

「ここは中立地帯と上も周知しておるが、下っ端は知らん可能性もある。万が一鬼灯が突破されるような場合は、アレイに全兵装使用の許可を出せ。良いな?」

「分かりました」

 

 現在の香千屋神社が抱える戦力は、私を含めず三人。

 一人目は香千屋神社の守り神、常駐戦車の鬼灯。

 二人目はパソコンで仕事をしつつ、自宅待機のアレイ。

 三人目は味方なのか怪しい、夕食時にだけ現れるヴァーリ。

 頼りになる常識派の弦さんは

 

 ”約束を果たす時が来た”

 

 と、言い残して外出中。実に残念です。

 ちなみにアンは、旅番組を見た直後に北海道に旅立ちました。

 

「では、部屋に案内します。着いて来て下さい」

「……まさか個室か?」

「ですけど」

「タコ部屋しか与えられなかった私が個室。まるで夢のようだ」

「現実だから安心しなさい。さあ、早く早く」

「あ、ああ!」

 

 これが生まれ育った国と環境の違いですか。

 さすが質素倹約のシスター。

 これならさほど丁寧に扱わなくても大丈夫っぽい。

 

「時に料理の経験は?」

「配給を食べるだけだった、と言えば分かるか?」

「……これから夕食の準備を始めるけど、手伝わなくていいです。ゼノヴィアはお部屋の掃除でもしながら、適当に過ごしていなさい」

「了解した」

 

 誰も使わない空き部屋に、まるでダメ子を放り込んで溜息を一つ。

 掃除道具を渡した所、さすが奉仕がお仕事の元シスター。テキパキと淀みの無い動きで累積した埃を次々に退治していく。

 さて、私は買い物に行かないと。

 何となくですが、呼んでも居ないのにアザゼル先生がふらりと現れる予感がひしひしと。念の為、少し多めに仕入れをしておきますか。

 ついでに歓迎会も兼ねて、お祝いのケーキも奮発しちゃおう。

 さて、想定される買い物量に対して手が足りない。

 アレイでも連れてっと、誰か帰ってきた?

 

「これはナイスタイミング。ヴァーリ、暇ですか? 暇ですよね?」

「まぁ、手は空いている」

「荷物持ちと書いて、デートに行きません?」

「……俺はカテレアや魔術師共との、無意味な打合せをやっと終わらせてだな」

「朝食に甘い卵焼き追加」

「それは前に出てきた、オムレツの亜種認識で間違いないか」

「多分それ」

「よし、行こう」

 

 例の一件が終わってからも、ホテル代わりにちょくちょく泊まりに来るヴァーリは、意外と味に五月蝿いグルメさん。

 最近は和食に凝っている様で、下手に手間をかけた品よりシンプルな料理が喜ばれる傾向にあることも察知済み。

 とりあえず家庭料理に不満は無いらしく、作り手として助かります。

 何でも仲間のイギリス人が自信満々に作る料理が酷いとかで、ウチに来るときはチームイギリス料理当番の日とのこと。

 曰く伝説の色物、ウナギのゼリー寄せは風評を凌ぐ味だったとか。

 英国人、恐るべし。

 

「遅れてアザゼルも来ると言っていた。さっさと済ませるぞ」

「了解、何軒か回―――って自転車ですからね、自転車っ!」

「こっちの方が早い」

「どっかの鳥と発想が同じ!?」

 

 抱えられ方は違っても、やっていることは従兄弟と同じ。

 嗚呼、帰りもこれですか。

 と言うか、知らない人が見たら攫われてる最中ですよ!?。

 

「行ってらっしゃいませ、とアレイはハンカチを振って姫様を送り出します」

「新入りの世話は任せました」

「新たな下っ端にパシリをさせて楽しもうと、アレイはわくわくを増幅中です」

 

 無表情キャラの癖に、アレイって地味に感情豊かだよね。

 しかし、一瞬で小さくなった僧侶に叫び返す気力が残っていない。

 最近は毎日が波乱万丈すぎて、喜んでいいのか悲しむべきなのか。

 でも、どんなに澄んだ水も流れなければ腐る。

 同じ様に、起伏の無い人生は死んでいると同じ。

 苦しい事があるから喜びがあり、面倒だから達成感を得られる。

 物理的に高度を上げ下げする今の状況はともかく、先の見通せない未来は予定調和の平穏よりずっと素敵だと思う。

 

「ねえ、夕飯の買い物一つに大騒ぎ。面白いと思わない?」

「さあな」

「ノリの悪いことで」

 

 いやいや、無関心を装っても頬が少し上がってますよ。

 強者との戦いだけが人生と言っていたヴァーリも、少しは別の価値観を認めた証拠かな。

 変わらない物なんて、この世には無い。

 だから神も死ぬし、魔王だって代替わりをする。

 私も新しい環境に適応する為に変わっていこう。

 

 さよなら、今日の私。

 

 ようこそ、明日のほんの少し違う私。

 

 香千屋爰乃は貴方を歓迎します。



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第28話「災禍の訪れ」

 最近、爰乃とすれ違うことが増えた気がする。

 何が忙しいのか学校が終わると部室にも寄らずに帰ってしまうので、休み時間しか話すチャンスが無いんだよなぁ。

 俺は俺で会議の件で、何故か家に泊まってる魔王様のお相手で手一杯。

 たまの休みも呼び出しが多くて、遊びに行く暇すらないんだぜ?

 前の日曜もミカエル様からアスカロンとか言うドラゴン殺しの聖剣貰って、その調整に丸一日を費やした。

 けど、これは俺的にOK。作業場所が姫島神社だったから、朱乃さんに甘えて膝枕をして貰えるご褒美を貰えたからな!

 毎回、あれくらいの役得があれば何処にでも行きます。

 悪魔をこき使うなら、それなりの代価を皆さん払って頂きたい。

 

「もう疲れましたぁぁぁっ、部屋に返して下さいよぉぉぉっ!」

「弱音を吐くな。これが爰乃だったら、全力で硬球を投げつけられているぞ」

「その人はセメント過ぎますぅぅ!」

「安心しろ。かなり厳しいが、何処にでも居る現役女子高生だ。口を開く余裕があるなら続けるぞ。どりゃっ」

「イッセー先輩の悪魔!」

「お前も悪魔だよ!」

 

 涙目で必死に訴えるのは、俺の純情を踏み躙った僧侶のギャスパー。

 見た目はスレンダー系金髪美少女の癖に、女装趣味の男だったよチクショウ!

 しかも見た物の時間を止めるレア神器持ち。

 それだけ聞くと凄い戦力なんだが、制御が出来ないときている。

 それは余りにも危険と言う事で、今まで謹慎させていたらしい。

 が、コカビエルの一件で戦力強化が急務と部長は判断。

 合流と同時に特訓を開始し、今に至っている。

 

「おいコラ、アーシア止めてどうする。ボールを止めろ、ボールを」

「急に出来るようになる程度なら、とっくに自由自在になっていますぅぅぅ」

 

 特訓の内容は簡単だ。投げつけたテニスボールだけをピンポイントに止め、投手や見物客には効果を及ぼさないと言うもの。

 ちなみにドライグの加護なのか、ギャー介の停止能力はチラ見程度じゃ俺には通じない。

 木場も聖魔剣を握れば防げるらしいが、アイツは魔王様のお供でやってきた本来の師匠に稽古をつけてもらってる真っ最中だ。

 その人も俺の家に泊まってるんだが、まさかの新撰組だぜ?

 その名もズバリ沖田総司。

 薄幸の天才剣士は、婦女子が騒ぐのも頷ける美形でして。

 弟子が弟子なら、師匠も師匠。イケメン死ねよ……。

 話は逸れたが、そんな訳で俺とアーシアの二人で面倒を見ていたりする。

 せめて朱乃さんが居ればなぁ。

 小猫ちゃんを伴って、ミカエルさんのお供に選ばれてしまったのが実に惜しい。

 あの人ならノリノリで、魅惑の体操服を見せ付けてくれた筈。

 きっと、動く度たゆんたゆんに揺れたんだぜ……。

 アーシアは可愛いけど、おっぱい分は少しばかり足りないんだ。

 

「ぐすっ、ど、どうせ僕なんて人間でもヴァンパイアでもない半端者だから、どんなに頑張ってもこのままなんじゃないかと……ご迷惑ばかりかけてごめんなさい」

「お前な、俺は歴史上最弱の赤龍帝と色んな奴に笑われるピエロだぞ? そんな蜥蜴野郎でも、死ぬ気で毎日鍛錬すりゃあ上位堕天使とだって殴り合えるようになったんだ。俺より恵まれた才能を持ってるギャー介なら、必ず同じ事が出来る。もっと自分を信じろよ」

「せ、先輩」

「後、同じ主に仕える眷属に気を使うな。仲間だろ、俺達」

「こ、こんなに優しくされたのは初めてです。がんばりますぅっ!」

「よーし、連続十球止められるまで続行するぞ。何があっても中断しないからな!」

「えうううううううっ!?」

 

 根性論は全ての基本だ。大よそ、これで超えられない壁は無い。

 でも、誰かこの手の分野に詳しい先生が欲しいところ。

 自分の神器すら未知の部分が多いのに、他のまで手が回らん。

 爺さんは能力こそ知ってても、使い方とか分からんだろうしなぁ。

 後で部長にでも陳情してみっかね。

 

「イッセーさん、次のボールです!」

「さんきゅ!」

 

 アーシアから手渡されるボールを握り締め、俺は指導者不在に悩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 第二十八話「災禍の訪れ」

 

 

 

 

 

 ゼノヴィアを拾ってからの一週間は、激動の七日間だった。

 

 月曜

 菓子折を持って現れた天使長の接待。

 皮肉を込めて、コカビエルさん直伝の小悪魔風チキンを提供。

 残念ながら普通に美味しいと言われてべっこり。

 

 火曜

 魔王様に高そうなお店で深酒を付き合わされた。

 一杯千円オーバーの大吟醸、とても美味しかったです。

 

 水曜

 深夜まで続く総督様の三大勢力講座受講。

 ノリは家庭教師にトライ。

 今後はアザゼルさんの事を、先生と呼ぶことにします。

 堕天使と天使の何とかエルが混ざり合って、何が何やら……。

 

 木曜

 セラフォルーと名乗った魔法少女にコスプレさせられてぐったり。

 しかも実は魔王少女。圧倒的な押しの強さに負けなければ……。

 

 金曜

 遊びに来たヴァーリの仲間らしき孫悟空に挑み、入院コースの大敗北。

 でも、キッチリ置き土産は渡した。

 徹底的に内臓を狙ったから、暫くは何も食べられず血尿が続く筈。

 棒術も何となく分かったので、次は最低でも引き分けたいところ。

 

 土曜

 ファイト一発、フェニックスの涙。

 無理やり回復して、ゼノヴィアの生活用品を買いに東京まで遠征。

 例の劇団に顔を出したところ、打ち上げに勧誘されてしまった。

 カジュアルな服に身を包んだコカビエルさんの顔を見たゼノヴィアが上げた、ムンクの叫びが印象的でした。

 

 日曜

 今日こそはと思っていたら、例の会議の当日と言う不思議。

 深夜に開催されるので、昼間はゆっくり出来たのが救いかな……。

 と言うか、私が出席する意味は何処に?

 しかも引率はアザゼル先生。

 私の陣営が何処なのか教えて頂きたい。

 

「先生、帰っちゃダメですか?」

「おいおい、ここまで来てそれは無理な相談だ。お前は何か聞かれたら”素直”に答えるだけでいい。そう硬くならずリラックスしようぜ」

「”素直”に答えればいいんですね?」

「爰乃は鳥と違って空気を読めるよな?」

「……戦闘に突入した場合、キッチリ守って下さいよ?」

「任せろ。な、ヴァーリ?」

「望ましい展開だな。俺は魔王をやる、ミカエルは任せるぞ」

「おいおい、本人達を前にしてそれを言うかよ」

 

 豪華絢爛なテーブルに座る話題の二人は表情を変えなかったが、それぞれのお供は露骨にこちらを睨んで居る。

 堕天使の護衛がヴァーリなら、天使側は凄い美人の天使さん。

 悪魔はグレイフィアさんが、お茶用台車の脇で待機中。

 完全に一触即発。火薬庫で煙草を吸っている気分ですね。

 

「失礼します」

 

 そんな中、扉のノックの後に部長達が入ってくる。

 イッセー君は私の姿を見て目を丸くして

 

 ”何で?”

 

 と訴えかけてくるけど、それは私が一番知りたい情報です。

 

「知っているかもしれないが、私の妹とその眷属達だ。先日のコカビエル騒動で活躍してくれてね、オブザーバーとして呼ばせて貰った」

「俺もアドラメレクの孫を連れてきている。構わんから会議を始めようぜ」

「そうしましょう。今更説明が必要な相手でもありません」

「それでは先ず―――」

 

 会議は順調に進み、ついにあの件へと議題が移り変わる。

 私に言わせれば、これも茶番だ。

 悪魔と堕天使はツーカーなのに、天使だけがコカビエルさんの戯言を信じる不思議。

 部長が魔王様に促され、一部始終を語り終える頃には眠くて眠くて……。

 ミカエルさんがキレ気味の発言をしていなかったら、コロッと落ちていたと思う。

 

「今回の一件は、俺や他の幹部にも黙ってコカビエルが単独で起こしたものだ。奴の処理は白龍皇が行い、コキュートスで永久冷凍刑を受けさせている。目的と諸々の説明は転送済みの資料を参照してくれ。これ以上の説明は必要か?」

「……本当にあなたは身勝手ですね。しかし、組織として大きな事件を起こしたくないと言う点については信じましょう」

「俺は戦争に興味が無いからな。コカビエルも、その辺りが不満だったんじゃないか?」

「ならば今はこれ以上問いません。私からは以上です」

「次は私だ。アザゼル、戦争を望まないと言うのであれば、どうして神器所有者をかき集める。矛盾しているように感じるのだが……」

「単なる趣味だよ。ここ百年は神器の研究に凝っていて、神が神器を作れんなら俺にも出来ないか模索している。例えば同じ神器でも、能力に差異があることをお前達は知っているか?」

「いや……」

「そんな訳で、平均と統計を取る為には数が居るんだよ。何なら一部の資料を侘びとして送ってもいいんだぜ?」

「ほう」

「それにお前達には言うまでも無い事だが、仮に他を制圧しても面倒事が増えるだけだ。天使の次は北欧か? それともギリシャか? 敵は無限に居るのに、まだ交渉可能なご近所と争うメリットはねぇよ」

 

 先生の言い分は尤もだ。

 単純な話なだけ、事情を良く知らない私でも納得出来る。

 

「それはそうだ」

「ですね」

 

 当然、理知的な首脳陣は首を縦に振る。

 

「んならよ、和平を結ぼうぜ。お前達もそのつもりでここに来たんだろ?」

「ええ、どうせ戦争の大本である神も魔王も消滅したのです。このままだらだらと消耗戦を繰り返すことに、何ら意味はありませんから」

「我らも同じだ。唯でさえ転生悪魔の血を入れなければ種の維持すら困難な現状で、もう一度戦争が起きれば本当に滅びかねん。そうなれば天使も堕天使も同等のダメージを受けて共倒れだ。後に残った焼け野原を、他の神話体系に奪われて全てが終わるだろう」

 

 私とヴァーリ以外のお供は目を丸くしているけど、とても当たり前の話だと思う。

 他の神話とやらが他国で、先生達は一つの国の中で争って居る。

 延々と戦って疲弊した所を狙われたら、そりゃ困ります。

 滅ぼされるにしろ、まだ同じ民族の方がマシ。

 最低限手を取り合えると分かっているなら、同盟くらい結びますよ。

 

「さて、同意も得られたなら細部を詰めよう―――」

 

 先生が事務的な話を始めようとした矢先だった。

 嫌な悪寒と同時、瞬きの間に世界が変わる。

 気がつけば足元には霧らしき物が広がり、私以外に誰も居なくなっていた。

 そんな中、槍を回しながら足音を立てて近づいてくる影がある。

 

「はじめまして、関帝の魂を受け継ぐ者よ」

 

 膝を付き平手に拳を当てる中国系の礼を向けてきたのは、私より少し年上の青年だった。

 学生服の上から漢服らしきものを羽織り、威風堂々としたその姿。

 気配には覚えがある。 

 だけど、何処で感じたのか……それだけが分からない。

 

「誰かと勘違いしてません?」

「俺の待ち人は香千屋爰乃だよ。俺の名は曹操、君と同じく英雄の名を受け継いだ初代曹操の子孫だ。以後お見知りおきを」

「それで要件は? わざわざ呼びつけた以上、内緒話なのでしょう?」

「単刀直入に言おう。香千屋爰乃、我が軍門に下れ」

「嫌です」

「最高の待遇を約束するが?」

「そうですか、貴方は初対面の男にホイホイ付いていく軽い女が好みと。尻軽女がお望みなら、他を当たりなさい」

「気高いその心に、フェニックスを圧倒する武力。それでこそ恋焦がれた運命の交差点。どれ程の黄金を積もうと、君の価値には及ばないだろう」

 

 俺格好良いオーラを放つ自称曹操さんは、おそらくストーカー。

 初めて遭遇するサイコパスに、思わず身震いする私です。

 

「確認になるが”今回”は、まだ誰の配下にもなってないだろ?」

「ええ」

「玄徳とて伏龍を従えるのに三度請うている。勝るとも劣らずの価値を持つ君を、一度で口説き落とせるとは思っていないさ。今日の所はこの顔と名を覚えてくれれば満足だ」

 

 配下になれと言いながら、完全に女として口説かれていますよね。

 顔も精悍で悪くなく、発する覇気は王者の風格。

 精神性を抜きにすれば、好ましい部類かな。

 

「おや、お帰りですか」

「立場上、ここに長居は出来ない。君が居ると聞いたので、無理を押して参上した次第」

「やはり歴史の心残りとして私が欲しいの?」

「魂の記憶に惹かれた可能性はある。しかし、一人の男としての一目惚れが主たる要因だ。この気持ちに偽りは無い」

「……私に寄って来る男はこんなのばかり。なら、一度だけテストをしてあげます。合格出来ない場合は素直に諦めなさい」

「御意」

 

 スタミナ配分は不要。一度の交錯に全てを込める。

 狙いは円熟しつつある縮地を用いた、ゼロ距離に肉薄してからの浸透掌。

 って、英雄モード全開の最速にも関わらず槍の柄に阻まれた!?

 で、でも大丈夫。まだリカバリーは可能!。

 ここ一番で頼ったのは、最も使い慣れた錬度の高い投げ技。

 目を瞑っていても放てる雷神落しに移行しようと腕を掴み―――損ねた!?

 

「なっ!?」

「悪いが君の事は研究済み。その技は何度も見たよ」

 

 思えば初めての経験だった。

 イッセー君と同じく、私もまた常にチャレンジャー。

 私を丸裸にした上で挑んでくる相手は、新鮮で驚きに満ちている。

 

「俺の本分は槍。君を相手に加減は出来そうにもないから、これで退散するよ。ゲオルク、もう十分だ、やってくれ」

「待って」

「呼ばれずともまた来るさ。さようなら、良い夢を」

 

 手を伸ばすも既に遅し。

 霧が濃くなったかと思えば、既に曹操の影も形も無い。

 

「全く、私をどこぞの攻略対象と間違えてませんか?」

 

 悪態をつくが、そこに嫌悪感は不思議と無い。

 悔しい事に彼は合格。最低限のボーダーを越えている。

 それに……正面から本気の愛を囁かれたのはこれが初めて。

 イッセー君は踏み込んで来ないし、学校でラブレターを貰ったことはあっても直接来る男はゼロ。

 自分の口で思いも伝えられないヘタレより、余程良い男かもしれない。

 さて、彼は伏龍を口説き落とす劉帝を気取っていた。

 つまり黙っていても、後二度は来る。

 次回までに、今日のデータを過去の物にしておかないと。

 好きとか嫌いの前に、やり返さないと気が済みません。

 

「……で、ここからどう出れば?」

 

 何も無い霧が満ちる空間に残された私は、思案に暮れるのだった。



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第29話「策謀の空」

魔法使いはアニメ準拠です(


 爰乃が姿を消したのと時を同じく、外の雑魚共が時間停止を受けて凍結。

 俺を含めこの部屋に居る連中には効かないが、邪魔が減るだけ有難―――訂正しよう。ライバル君の仲間の中に、何人か抵抗出来ていないのが混じっている。

 もしも兵藤一誠が無様な姿を晒すようなら、この場で殺していただろう。

 最低限の力を付けているようで何よりだ。

 

「平和が嫌いなのは、俺のダチだけじゃないわな。何時の世も勢力と勢力が手を結ぼうとすると、嫌がる連中は必ず湧いてくる。これは世の必然だ」

「あれは魔法使い……なのか?」

 

 驚愕するサーゼクスの視線の先。窓の向こうでは、無数の転送陣から黒いローブを着込んだ人間の尖兵が湧き出している。

 ちなみに連中の攻撃手段は、棒立ちの姿勢で頭から放つビーム。

 もしくは逆立ちからのビーム。

 誰一人として杖はおろか、武器を使う素振りすら見せない。

 何を言っているか分からないが、当たると問答無用で何処かに飛ばされるらしい。

 三大勢力の兵隊が釣瓶打ちにされる様を見て、俺は思う。

 香千屋爰乃といい、こちらの世界に絡む人間はどうして狂人ばかりなのかと。

 魔術とは何だったのかと。

 

「その通りだサーゼクス。コカビエルは口火を切ろうとしただけだが、コイツらは違う。敵が魔術師だけと思ってるなら大間違い。これはまだプロローグ、本番は始まったばかりだぞ」

「敵は何者だと言うのです」

「”禍の団”。名前くらいは知らんか?」

 

 つまらん話だ。今更な内容をこれ以上聞いていても意味が無い。

 聞かずとも俺はその一員。これから何が起こるか全て知っているからな。

 ちなみに俺が全部バラしたので、アザゼルも事態を把握済み。

 だから、俺の気掛かりは別にある。

 アザゼルは口にしなかったが、爰乃を攫ったのは”絶霧”の力。

 腰巾着のゲオルクが来ているなら、曹操も何処かに居る筈だ。

 連中の参加を、俺は聞いていない。

 

「アザゼル、俺は外で遊んでくる」

「おう、好きにしろ」

 

 奴が爰乃に向ける執着は、異常と言って差支えが無いレベル。

 あの女も唯ではやられんだろうが、約束を果たす前に死なれても困る。

 状況を把握するためにも、拾いに行かざるを得ないか。

 

「そ、それよりも爰乃は何処に消えたんだ!? 攫われ桃姫属性がついたとでも!?」

「おそらくは―――」

 

 赤龍帝、迎えに行くまで君は君で踊れ。

 俺は俺でやりたいように動く。

 そう決めた俺は光翼を広げ、空に上るのだった。

 

 

 

 

 

 第二十九話「策謀の空」

 

 

 

 

 

「―――ってな感じに色んなトコから集められたろくでなしの軍、それが禍の団だ。堕天使もいりゃ、悪魔も在籍。見ての通り、人間もかなりの数が合流した何でもアリのテロリストだわな。首領はさっき話した通りオーフィス。ぶっちゃけ俺ら総出でもキツイ相手だと思うぜ」

「そう”無限の龍神”こそ我らを束ねる者。旧魔王派もその軍門に下りましたの」

 

 この状況を作り出している僧侶をどうにかすべく、フリーで動ける下っ端ズ……赤龍帝、聖魔剣、猫妖怪を送り出し一息。

 俺が男塾宜しく説明してると、今回の責任者が転移してきやがった。

 慇懃無礼に会釈しながら出現したのは妙齢の女悪魔。

 かつてのオリジナル魔王の一人、レヴィアタンの血を受け継ぐ大貴族様だったか?

 

「カテレア・レヴィアタン、何故君が此処に居る。今の言葉はどういう意味かね?」

「聞いての通りです。手緩い現政権を見限り、古き高貴な血を持つ私達が冥界の舵を取る事に致しましたので、そのご挨拶をと」

「……本気か」

「貴方の考えは甘いのです。悪魔が数を減らすと危惧されている様ですが、殺し合った結果に残る最後の一人が悪魔ならばそれで良いではありませんか。プライドを捨て、不倶戴天の敵との共存? そんな真似をするなら滅んだ方が余程マシですとも」

 

 資料で読んではいたが、想像よりも確執は深いらしい。

 他勢力との徹底抗戦を訴え、現政権に表舞台から退場させられたのが旧魔王派だ。

 連中にすりゃ、今回の和平は腸が煮えくり返る思いだっただろう。

 唯でさえ現魔王は、全員過去の魔王の血を引かない家系から就任しているんだ。

 ここまで蔑ろにされりゃ、爆発してもしゃあない。

 なあサーゼクス。せめて一人は正当な血統を、魔王に組み込むべきだったんじゃないか?

 世の中は白か黒じゃない。清濁併せ呑んでこそ政治家だろうに。

 ある意味で先に喧嘩を売ったのは、お前ら現政権だと俺は思う。

 そりゃ勝てると踏んだなら、戦争続行も正解の一つだよな。

 戦略として間違ってるとは言わんよ。

 

「今回は我々の覚悟を見せるべく、この私が皆様のホストを務めさせて頂きます。偽者の魔王に偽善者の親玉。さらにはカラスの総督と、より取り見取り。逃がしませんよ」

「クーデターなら冥界でやりたまえ」

「お優しいことで」

 

 いいぞ、想定通りの展開だ。

 サーゼクスを相手に勝てるとは思わんが、腕の一本位はもぎ取ってくれ。

 俺が見たいのは、先代を超えると言う現魔王の本気。

 人の形すらも捨てると聞く、変異種のデータが是が比にも欲しい。

 そして天使長と護衛のセラフ殿はやはり静観。

 この為に情報差をつけたんだから、動かれては困る。

 コカビエルの奴も良い仕事をしたよ。

 俺とサーゼクスが仲良くなれば、当然ミカエルは外様扱い。

 そこで内ゲバとくりゃ、出来レースを疑うのも当然か。

 余りにも筋書き通りに進みすぎて、思わず笑っちまうぜ。

 

「アザゼル、何がおかしいのですか!」

 

 やっべ、超怒ってる。

 まさか矛先が変わるのか?

 あくどい笑みは俺の専売特許、一々目くじら立てるなよ。

 

「気にするな。優先度的に俺は後だろ? 身内同士でご自由にやり合ってくれ」

「その態度が気に入りませんね。そう言えば貴方もそれだけの力を有していながら、戦争反対の音頭を取る恥知らず。堕天使総督の首、最初に取るのも悪くはありません!」

「そうかい」

 

 土壇場でこの展開か。しかし、降りかかる火の粉は払わにゃならん。

 俺は翼を広げると、溜め無しで光槍をぶちかます。

 窓際全体が吹っ飛んだが、当然奴も無傷。

 どうせ狭苦しい室内から出る入り口を作っただけ、攻撃ですらねえからな。

 

「やれやれ、悪魔ってのは直情的過ぎる。もっと大局を見れないのか?」

「前々からその上から目線が気に入らなかった!」

「旧魔王レヴィアタンの末裔、終末の怪物に人語を解しろと言うのも酷か。いいぜ、俺と一丁プチハルマゲドンと洒落込もう!」

「望む所よ!」

 

 よし、久しぶりに本気を出せる相手だ。

 下を見ればサーゼクスとミカエルが、人界への被害を抑えるべく結界の展開に勤しんでいる。

 つまり周りへの影響を考えず、フルスロットルで遊べるらしい。

 

「くくく、戦争は嫌いだが実戦テストは大好きだ。俺が満足するまで死ぬなよ?」

 

 こんな事もあろうかと、サーゼクスが青くなるアレを持ち込んで正解だった。

 あの女がドーピングアイテムの”蛇”を使った時が勝負。

 自信満々の顔を絶望に歪めてやらないとなぁ。

 亜空間に収めたアレに触れ、感触を確かめる。

 かなりの代価を支払い、手に入れた最後のピース。

 さぞ素晴らしい結果を産んでくれ……おっと、剣で思い出した。

 俺が戦うことにはなったが、動かれるとヤバイ上層部は押さえ込んでいる格好だ。

 最低限の義務は果たしたから、問題にはならんだろう。

 お膳立ては済ませた以上、後はお前次第。

 相手は魔王が認めた最強クラスの騎士だが、それでも勝つんだろ?

 頑張れよ、爺の騎士様。

 

 

 

 

 

 私は高鳴る鼓動を抑え、じっとその時が来るのを待っていた。

 姫様が通われる学び舎の外、彼が異常を感じて飛び込んでくるその瞬間を。

 でも、焦りは禁物。

 先ずは生意気にも凍結を免れた人外、それに寄ってくる魔術師の排除から。

 戦いの舞台に踏み込みそうな者は、等しく皆殺しと決めています。

 だから何時も通り一人、また一人と斬って斬って斬りまくる。

 皆様大慌てですが、銘を持たない貴方達では察知すら無理です。

 そんなこんなで、ついに最後の一人を排除完了。

 これで条件は全てクリア。舞台は整いましたよね。

 

「ヴァーリ、足止めご苦労様です。後は私がやります、下がりなさい」

「ふん、好きにしろ」

 

 彼が来ると知った時から、事前工作に勤しんで来た私です。

 相応の代価を支払うことで、総督殿の協力は取り付け済み。

 お陰でヴァーリと言う、申し分の無い力を借り受けることが出来ました。

 一騎打ちの場を用意する間、しっかり時間を稼いでくれた事に感謝感謝。

 落ち着かない様子ですし、後は何処へなりとも行くが良いのです。

 

「私に御用ですか、黒の騎士殿」

「ええ、遠い過去に交わした約束を果たしに推参した次第」

「はて、私はあなたを知りませんが?」

「今に思い出しますよ」

 

 白龍皇が何処かへ消え、残されたのは剣士二人だけ。

 長い廊下の中央で対峙するのは、だんだら模様の羽織を来た一人の男性。

 私の知る彼よりも少しばかり齢を重ねていますが、間違いなくあの男です。

 かつて京の都で幾度も剣を交え、それでも決着を付けられなかった最強の敵。

 最後の最後まで互いに万全の状態で戦えなかった、唯一の無念。

 それを今なら果たすことが出来る。

 当時の私ならこんなお茶目はせず、即座に名乗りを上げていたと思う。

 でも、精神的に成長したのか退化したのか、彼を困らせたいという欲求が強い。

 だからこんな格好をしている。

 馬鹿鳥のせいでお蔵入りになりそうだった黒の鎧。

 無駄に性能の高い甲冑にあわせ、獲物も剣を選んだのは全てこの為。

 

「懐かしい、実に懐かしい剣筋です」

「……本当に何者ですか」

「一太刀頂ければ話しましょう」

「二言はありませんね?」

「応!」

 

 慣れない剣に苛苛しつつ、私は彼と刃を打ち合わせ続ける。

 さすが、と言うべきか。

 私が使う剣はアザゼルが作り上げた、量産型エクスカリバーの試作品。

 鎧と言うクッションが無ければ私でも触れたくない破魔の剣を向けられても、その表情に怯えや焦りの色は見られない。

 幾ら鎧の重みで技量が落ちているにしろ、一枚も二枚も上を行かれているから凄い。

 新撰組で強いのは近藤、怖いのは土方。他の隊長陣も皆がそれぞれ違うオンリーワンを持っていましたが、剣の才能の一点で彼―――沖田総司の天稟を越える男は居なかった。

 日ノ本の歴史でも最強の人斬集団で頂点、この意味はやはり大きい。

 でも、だからこそ再会出来た。

 沖田が転生悪魔になっていたと知って、どれほど歓喜したのか分かりますか?

 冥界の情勢も少しは知っておくべきだったと、凄まじい後悔をしたんですよ?

 

「その程度の腕で、この私に勝てると?」

 

 そして、ついに鎧を貫かれる。

 彼お得意の三段突。その二段目から先を、避け切ることが出来なかった。

 ですが大丈夫。咄嗟に体を捻り中身はかすり傷。

 追撃の袈裟斬りを際どく空振りさせ、やっと鋼の暴風が止まる。

 やはりこんな重い物を付けての回避は無理。西洋の武具は肌に合いません。

 

「いやはや、何と素晴らしい剣の冴え。柳生とも、剣聖とも違う、実利を重視した壬生狼の牙が健在で一安心。試すような真似をした事を、深く謝罪致します」

「……そう思っているなら本気を出して頂きたい。私も主の元へ急がねばならぬ身。遊戯に付き合う暇はありません」

「ふふ、その顔が見たかった。お互い様でしょうが、人の仕事を邪魔ばかりする貴方に散々困らされた私です。せっかくの機会、おちょくったって良いではありませんか」

「……チッ」

 

 嗚呼、そのイラっと来ている顔を見れただけで報われました。

 でも、もう十分。

 やはり武士の魂は刀、これ以上西洋刀を振るうのも無粋というもの。

 鎧をパージして身軽になった後に、悪魔的収納空間より愛刀を引っ張り出す。

 この重み、やはりコレじゃないと落ち着かない。

 兜を被る関係でアップにしていた髪を下ろし、勝負リボンで尻尾を作り準備完了。

 私の正体に余程驚いたのか、愕然としている彼にお茶目なウインクをしてみた。

 

「お久しぶりです、沖田総司。よもやこの顔、見忘れたとは言いませんよね?」

「え? はて?」

「ちょ、ちょっとその反応は何ですか!?」

 

 予想とは違う反応を返され思わず動揺。

 くっ、まさか沖田も精神を削る術を身に付けているとは。

 さすが結核に肺を蝕まれながらも、維新志士を退けてきた新撰組のエース。

 日々の精進を怠っていませんね!

 

「大変申し上げにくい事ですが、お会いするのは今日が始めてでは?」

「はぁ!?」

「私は貴方の様な女性を知りません。確かに何処かで聞いた声とは思いますけど、恨まれるような真似をした記憶が皆無。ひょっとすると、一時期狩って居たはぐれ悪魔の親類でしょうか……」

「待って下さい。冗談、そう、小粋なジョークですよね?」

「私は真面目が取り得、戯言は口にしない主義です」

「ヒ、ヒント、ヒントを与えましょう。人間だった頃、斉藤やら長倉と仲良く追い掛け回したり、囲んで殺そうとしても無理だった志士が居ましたよね」

 

 あ、コレって殆ど答え。

 

「……桂?」

「それ、逃げ回ってただけの人ですよね!?」

「な、中村半次郎」

「薩摩でもなくっ!」

「まさかの以蔵?」

「幕吏に捕まる、なんちゃって四天王でもありません!」

 

 わ、私は上役を信じて自主的に無抵抗だっただけだし……。

 お縄についてあげただけ、ででですよよっ。

 

「他ですか……」

「居たでしょう、いつも傘を被……た?」

「どうかしましたか?」

 

 致命傷に気付いてしまった。

 まさか、まさかですけど確認しないと。

 

「……ひょっとすると、居合いが得意で小柄な熊本藩士の顔を知らない?」

「ああ、河上彦斎ですか。お前は忍者かと言いたくなる、無口で身軽な剣士ですよね?」

「です」

「彼との出会いは常に夜。おまけにいつも傘を被っていたんですよ? 色白で小柄だったとことしか知りませんよ」

「思えば、今と違ってぼんやりとした明りしか無い時代でしたね。そして私は襲いやすく、逃げ易いからと、暗くなってから動き出す夜行性剣客」

「ははぁ、つまり貴方は彼の子孫か魂を受け継いだ何か。俗に言う英雄ですか」

「近くて果てしなく遠くなりました……」

「私の病が治り次第、真っ向勝負で剣を競うと言う約束を代理で果たしに来たと」

「いえその、本人」

「ご冗談を。あれほどの腕を持つ者が、貴方の様な女性な訳―――」

 

 私の中で何かがプチンと切れた。

 当てるつもりの無い顔を掠める居合いを一閃。油断したのか、見切ったのか、一歩も動かなかった沖田の喉元に刀を突きつけて言う。

 

「二度や三度じゃ済まない死闘を繰り広げた相手を、どうして思い出さないんですかっ! この剣、この技、病床の貴方を見舞って失意の内に投獄された彦斎が私です!」

「た、確かにその動きは河上彦斎! 果物と漢方薬の差し入れ有難うございました」

「それはどうも! それよりも各所に無理言ってこの場をセッティングしたのですから、尋常に勝負なさいっ。今なら万全のコンディションでしょうに!」

「落ち着けぇっ!?」

 

 何もかもどうでもよくなった私は、涙目で抜刀体勢を取る。

 こんな事なら、当時の姿で現れれば良かった。

 仮にも宿命の対決だからと、新調した大正小袖紬とブーツなのに……ぐすん。

 沖田許すまじ。

 そして弟子と判明した木場祐斗、連座制で彼もずんばらりんです!

 まさか姫様が姿を消したと知らない私は、怒りに打ち震えるのでした。



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第30話「破綻する未来絵図」

概ね原作と同じ事をやっているイッセー達の活躍は省略。
ちなみに木場が追加されているので、さらに楽になっている模様です。


「手間を取らせて悪かったね」

「気にするなと言いたい所だが、仮にも英雄を束ねる男が女にうつつをぬかすのは如何なものか。唯でさえヘラクレスを筆頭に、お前を侮る配下も多い。わざわざ弱みを見せるのはやめてくれないか……」

「いやいや、公私を付けた上での行動さ。彼女は強い。仲間に加わってくれたなら、組織とってこの上の無い成果となるだろう。それに英雄のスカウトは、俺の仕事でもある」

「それはそうかもしれないが」

「悪魔や堕天使の寵愛を受けつつも、力の誘惑に負けず人である事を貫く姿勢は俺達の理念の体現だと思う。これで納得できないなら、惚れた弱みと笑ってくれて構わない」

「分かった、分かったから早く退こう。私達は禍の団でも肩身の狭い英雄派。主流の旧魔王派の邪魔をして、難癖を付けられたらたまった物じゃない」

 

 眼鏡を押し上げ、降参のジェスチャーを見せる一の部下に俺は笑みを持って答える。

 

「怪獣大決戦は記録映像で我慢するか。時に我が姫の解放は?」

「安心しろ、遠からず自動で結界が解除されるように仕込んである」

「ならば結構。帰りも頼―――」

 

 かの偉大な魔術師ファウストの子孫にして、神滅具”絶霧”を所有するゲオルク。

 基本的に戦う事しか出来ない俺は、いつもこいつに頼りきり。

 彼が居なければ、俺の行動は成り立たないと断言しても構わないだろう。

 多用な魔術に神器による空間操作。裏切らないと確信を持てる忠誠心。

 その価値は右腕を超えて半身に相応しい。

 そんな彼の肩に手を置こうとした瞬間だった。

 空間が軋み、そこから伸びてきた黄金の腕が友の首根っこを掴んだのは。

 

「ゲオルク!?」

 

 恥かしい事に油断していた俺が反応するよりも早く、腕はゲオルクを歪の中に引きずり込んで姿を消してしまう。

 何者の仕業か全く分からない。

 アレは鎧……そう、ヴァーリと兵藤が纏う物と同じ属性を感じた。

 しかし、彼らの色は白と赤。金はどちらにも属さない色合いだ。

 

「……探そうにも、何から手を付ければいいんだ?」

 

 まさか外で戦闘中のカテレアに泣きつく訳にも行かず、仲間を頼ろうにも魔王と天使長が手を加えたらしい強固な結界を超えて通信できる手段も持っていない。

 困った、大変に困った。

 

「まぁ、ゲオルクなら何とかなるだろう」

 

 さすがの俺も、人外のトップを相手にした連戦をこなせる自信が無い。

 良くて一人、悪ければ何も出来ずに倒される危険性が付き纏う。

 奴らは俺の槍を見た瞬間、確実に死に物狂いで襲ってくるだろう。

 よって、何処の勢力にも発見されない事が第一となるわけだ。

 今は静観し、結界に何らかの綻びが見つかり次第の撤退がベター。

 赤龍帝ならば何も考えずに仲間を助けに走ったかもしれないが、派閥を束ねる身で軽挙妄動は許されない。ゲオルクもそれを分かってくれると確信している。

 だが安心しろ、万が一捕まったなら必ず助けに向かう。

 信じているぞ、我が朋友。

 

 

 

 

 

 第三十話「破綻する未来絵図」

 

 

 

 

 

 歩くだけ歩いて、それでも景色は変わらない。

 心持ち霧が薄くなってきた気もするけど、他に変化を見つけられる事はなかった。

 これはあれですか、無限ループの閉鎖空間。

 脱出の為には、別方向からのアプローチが必要かも。

 

「先生の授業を信じれば、無限とゼロは本質的に同じ筈。つまり何処にも繋がっていないは、何処でも出口に成り得るってこと?」

 

 私が欲しいと曹操は言っていたのだから、このまま日干しにするとは思えない。

 どうせ何処かで見ている筈だけど、出してと頼むのも癪に障る。

 ここは自力で脱出して、嫌味の一つも言ってやらねば気が済まない。

 さて、前段階として他に誰も居ないことは確認済み。

 これなら全ての神経を探知に向けることが出来る。

 目を閉じて意識を外に全て向けて集中。平行して気を最大出力で放ちソナーとして活用を試みた所、意外とあっさり違和感を見つけた。

 手始めに力押しを試しますか。

 結界を風船の一種と捕らえれば、一箇所穴を開けるだけで破裂するよね。

 と言うことで、イメージしよう。

 この右手は、時間も空間も世界さえ貫く万象の矛。

 そう自分を騙しきれ。

 

「ダメ、か」

 

 しかし、そう上手くもいかない。

 手刀は空しく空を裂き、何の手ごたえも返してこなかった。

 だけど完全に無駄って訳でもないっぽい。

 おそらく、足りないのは出力。

 指先にファジーな差異を捕らえたことで、私は確信を得る。

 

「……これも先生の思惑の内ですか。想定しているなら、教えてくれれば良いのに」

 

 実は会議に参加するに当たり、自分の力だけで対処できない事態に陥った場合の保険として一本の短剣をアザゼル先生より渡されている。

 発動すれば莫大な力を得られると聞いているので、正に今の状況下に最適。むしろ、こうなると予測されていたとしか思えないピンポイントさ。

 

「今回はお遊びで攫われてあげた、とは状況が違う。こうしている間にも外がどうなっているか分かりませんし、皆に心配をかけない為にも使っちゃいましょう」

 

 問題は何が起きるのか予測できないこと。

 使えば分かるとドヤ顔ばかりで、一切の説明を拒否しやがりましたから。

 

「結果オーライ上等。お爺様も認める技術者の誇りに期待です」

 

 腰の後ろに納めていた短剣を引き抜き眼前に掲げると、ソレは形を変えていく。

 パーツが分かれ、間から噴出すのは黄金の光。

 ここだ、そんな何かを掴んだ私は力を込めてキーワードを叫ぶ。

 

変身(バランスブレイク)!」

 

 一瞬の閃光が周囲の霧を消し去り、再び薄暗闇が戻ると体が妙に軽い。

 手の中は空。しかし、全身を黄金の鎧が覆っている。

 薄々感づいてはいたけど、先生はやはり厨二病を全力で発症中だと思う。

 デザインは日朝の特撮ヒーロー上位形態。鏡が無いので詳細は不明ですが、バン○イ辺りが商品化すると爆売れしそうな格好良さじゃないかな。

 おそらくモチーフは赤白の鎧。オマージュして改良した”ぼくのかんがえた最強の鎧”って主張をひしひしと感じるのも……まぁ、仕方が無い。

 さて、全ステータスに莫大な補正がかかっているっぽい今ならいけそう。

 さっきと違って、ガラスの引っかき傷の様な歪を視認出来るしね。

 

「香千屋流拳技”鎧貫拳”」

 

 何となく、技名を叫ばなければならない気がした私です。

 穿心掌と基本的には同じでも、掌を閉じて拳を作り使用する関節を一つだけ減らす。

 鎧武者を拳で打ち抜く事を目指したこの技なら、きっと貫けると思う。

 これはイメージじゃなく確信。さあ、行きますか!

 果たして放った拳は虚空に消えた。

 手応えあり。そして次元の向こうに居た誰かをフィッシュ!。

 出来る出来ないじゃなく、無理やり引っ張り込んでみた。

 

「な、何事!?」

「これから幾つかの質問をします。素直に答えて下さい」

「そのまえに状況を―――首がっ、首がっ!?」

「この私が、曹操の仲間を殺すことに躊躇するとでも?」

「違ったらどうする! 三大勢力が勢揃いの状況下だぞ!?」

「証拠隠滅って便利な言葉が」

「待てーっ、そもそもお前は何処の誰だよ!」

「通りすがりの魔戒騎士、もしくは黄金闘士」

「分かる言葉で話せぇっ!」

「ちょっとくすぐったいぞ」

「ギャーッ!?」

 

 拉致った眼鏡の男を相手に、誠意ある交渉が始まる。

 そして五分後。大変素直になった男から得た情報は、満足に足る内容でした。

 眼鏡の名はゲオルク。やはり曹操の部下で、私をここに閉じ込めた張本人とのこと。

 上司にLOVEしちゃった女へ告りに行くから、送迎頼むと言われたらしい。

 まぁ、その辺りの事情はどうでも良いので割愛。

 

「さーて、ぼちぼち出ますか。自分で張った結界なら、放置してもOKですよね?」

「……疑問が一つ。設定が甘かったにしろ、何故に神滅具の能力を力技で突破出来たのでしょう」

「人間、やってやれない事が無い証明かと」

「根性論!?」

「超常現象対策で一番大切なのは、イメージであると私は学びました。神滅具だから無理、そう思っている内は超えられないと思う私です。大事なのは心の有り様、異論は認めません」

「……もういいです。せめて最後に名を教えて頂きたい」

「方々で名乗ると、面倒事が増えそうだから嫌」

「そこを何とか。曹操に”通りすがりのダークヒーローにボコられました”と報告する身にもなってくれ。正気を疑われるとか避けたいんだ!」

「なら、何時か必ず取り立てる貸し一つ」

「鬼か!」

「色々と捻じ切って欲しいなら、最初からそう言ってくれれば……」

「格好良くて女神の如き寛大なお心の人、私の失言を見逃して頂きたい!」

 

 見せたのは、地に頭をこすり付ける平伏っぷり。

 ある意味で大変潔い芸風、嫌いじゃありませんよ。

 

「……曹操にストーキングされる未来に戦慄中の娘、それが私です」

「げぇっ、関羽!?」

「と言うか、一人で閉じ込めた空間に他の誰が居ると」

「いやその、助け出された後に残った方だとばかり」

「納得したならもう十分でしょう? こちらにも都合がですね」

「あ、はい」

「それでは再見」

「待ったぁっ!」

「あ?」

「無理やりこじ開けられたなら、どんなリバウンドが来るか分からん! やられる前に私が解除するわぁぁっ!」

 

 眼鏡が歯を打ち鳴らした瞬間、ぐにゃりと景色が歪んだ。

 何とも言えない感覚に襲われて、ほんの一瞬だけ目を閉じてしまう。

 再び目を開けると、そこは色を取り戻した勝手知ったる学び舎。

 但し、玄関ホール上空と高度が少しばかり高い。

 普段なら楽に着地できるのに、今は不慣れな重量バランスが災いする。

 着地地点を確認する余裕も無く自由落下。結果的に真下の何かを踏み潰してしまった。

 

「ぐっはっ!?」

「ああああ、沖田が沖田が怪しい鎧にっ!?」

「え、弦さん」

「その声は姫様っ!?」

「はい、爰乃です。この姿はアザゼル先生に貰った、神器っぽい何かの効果。先を急ぐので細かい話は後にしましょう。とりあえず敵が来た、この認識でどうです?」

「問題ありません」

「時に、かなり大ダメージなこの人は……?」

「……お気になさらず結構です。こちらで対応致します」

「味方なら謝罪を頼みました」

「敵……ですので…大丈夫かと」

 

 気配を消していたのもまずかった。

 人の死角である真上から全体重を乗せた意図しない飛び蹴りは、新撰組コスな男の背骨を致命的に粉砕。白目を向いて気を失わせてしまう結果を生んでいる。

 で、でも、敵なら大丈夫。

 どうせ曹操関連ですよ。うん、そう決めた。全力で逃げ出す私が最後に聞いた”また決着が付かなかった!”とのマジ泣きは風の音だからっ。

 ゴメン弦さん、獲物を奪って大変申し訳ない。悪気は無かったんだよ……。

 心中で手を合わせながら、向かうのは校庭。

 本当は一番心配しているであろうイッセー君に無事な姿を見せたかったけど、先生が大暴れしている様子が見えたので優先順位を変更している。

 だって鎧の解除方法が分からない。

 快適で不便は感じませんが、感覚が微妙に狂うから早く脱ぎ捨てたいんだよね。

 

「白龍皇は何処で油を売っているのよ!?」

「女の尻でも追っかけてるんじゃね?」

 

 鎧効果であっという間に到着した私の耳に飛び込んで来たのは、凄まじい殺気を放つ扇情的な衣装のOL風悪魔と、何時も通りへらへらと軽い総督様が火花を散らす姿。

 

「本当に貴方は戯言ばかり。追い詰められている現状で、よくも口が立つものですわ」

「勝負事は大逆転で勝利してこそ面白い。もう少し遊びたかったが、教え子も到着しちまった。ここいらで真打登場と行こうじゃないか」

「蛇を飲んだ私に勝てると?」

「勝つさ。知らない奴が多すぎるから言うがな、戦にしろ博打にしろ始まる前に勝敗ってのは決まっている。お前はどれだけの仕込みを済ませた? 下準備にどれ程の時間を費やした? 俺は自信を持って言うぜ、出来る事は全てやったとな」

 

 そう言いながら先生が取り出したのは、意匠の施された一振りの剣。

 先日の授業で教材として見せられ、実際に手にもした世界で一番有名な聖剣だ。

 輝く刀身をゆっくりと晒して行く様は、物語を彷彿させる美しさ。 

 

「そ、その剣はまさか!?」

「そのまさかだ。苦労して集めた欠片を苦心して再結合した、対悪魔の一点ならば間違いなく世界最強、本邦初公開のエクスカリバー完全体。いざとなりゃ交渉材料にと持ち込んだ訳よ」

「……恐ろしい男」

「世界に聖剣は数あれど、悪魔が偏執的に破壊したのは歴史を振り返ってもコレだけだ。果たして魔王級にどこまで通じるのか試させてもらうぞ?」

 

 先生が超楽しそうです。

 てか試すとか言ってますけが、既に実験済みでは。

 お爺様相手に軽くテストした結果、掠っただけでゴリっと力が抜けると聞いてますよ?

 神棚拝めるお爺様が嫌がる波動を、常時だだ漏れの悪魔コロリ。魔王も同席する大切な会談に持ってくるとか、チャレンジャー過ぎませんかね……。

 そんな杞憂を証明するかの様に、OLさんが嫌な汗をかいているのが見える。

 

「わ、私は偉大なる真のレヴィアタンの血を引くカテレア・レヴィアタン! 堕天使如きがエクススカリバーを持ったとしても負けはしない!」

「御託は良いから来いよ」

「舐めるなっ!」

 

 かなりの魔力を纏って飛び出したカテレアさんは、応じるように加速した先生とXを描いて大空で交差。しかし、結果は天と地程に違った。

 先生の一撃が女性を断ち切るだけでは飽き足らず、遥か後方の地面までを抉っているのに対し、悪魔の成果は僅かに大気を震るわせるだけ。

 多分、先生なりの嫌がらせだね。”俺の方が優れているんだ、分かるか?”ってメッセージを込めて相殺したんだと思う。

 

「ウギャァァアァッツ!!!!」

「聞こえちゃいないだろうが。コイツのダメージは、インチキシスターでも手を焼く厄介さでな? 一寸した怪我ならまだしも、致命傷からは絶対に助からんよ」

「きさまきさまきさまきさまぁっ!」

「はははは、その状態からどれだけ生きるか楽しみだ。って夏休みの観察日記っつーの」

 

 鬼だ、鬼が居る……堕天使だけど。

 未だに何がどうなっているのか分からない私ですが、この女が先生に喧嘩を売った事だけは理解できる。私なら絶対に総督を遊び相手には選ばない、だって怖いから。

 そもそも先生は武人じゃなく学者。

 私達が勝利の為に日々の精進を繰り返すのに対し、この堕天使は過程を重視している。

 だから勝利はおまけ。

 エクスカリバー性能検証の結果、悪魔を倒してしまっただけ。

 きっと倒せなくても、それはそれで満足して逃げたに違いない。

 

「唯では死ぬものかっ! 一緒にあの世へお供なさいっ!」

 

 考え事をしている間に動きがあった。

 女悪魔が残った体に怪しげな文様を浮かび上がらせ、両腕を触手へと変化。

 先生に絡み付こうとグロいソレを伸ばすけど、観察対象から目を離す研究者は居ない。

 聖剣の一振りで薙ぎ払い、得意のニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

「おいおい、自爆するなら先に言えよ。サンプル採取はまだなんだが?」

「おのれおのれおのれっ」

 

 今にも憤死しそうな形相も当然です。

 私が同じ立場なら何をしていたやら。

 

「さすがに魔王級のオーバーロードは俺も怖い。悪いがさよならだ」

「この私が―――」

 

 両手でしっかり破魔の刃を握り、振るわれたのは全力の縦一文字。

 左右対称に獲物を断ち切り、断面から一滴の血も流させる事すら無い。

 これぞ最強の対悪魔兵装の証明。

 刃が触れた先から肉体を消滅させる聖なる光は、恐ろしい事に伝播する。

 結果、後には何も残らなかった。彼女が生きた痕跡は、何処にも残っていない。

 

「とまあ、俺が本気になりゃこんなもんだ。どう思ったよ女生徒さん?」

 

 物陰からこっそり見守っていた私の元に舞い降りる先生は、顎に手を当て自信満々。

 気配を消していたのに、よくもアッサリ見つけてくれますね。

 小猫にも見破られるようになってきたし、腕が落ちてきたのかな?。

 

「口だけじゃなかったと知って、若干びっくりです」

「オブラートに包めよ」

「”素直”に答えろと、会議の前に釘を指したのは誰でしたか?」

「こりゃ一本取られた。それよりも大人しく見ていた所から察するに、何が起きているのか分かっていないな?」

「その通り……と言うか、こうなることを予測してたんじゃないかと疑っています」

「お前が攫われる確立は五分五分と踏んでいたよ。だから二重に保険をかけたんだ。そして結果的に爰乃は問題なく対応した。この結果に何の不満がある」

「文句はありませ―――二重? この変身アイテムだけじゃない?」

「間に合わなかったがな」

 

 ぶっちゃけ、先生が私に一から十までを説明する責任無いんですよね。

 お爺様に約束したのは身の安全だけ。

 そこを守っているなら、文句を言う筋合いはありません。

 

「とまあ、それは一先ず忘れろ」

「はい」

「んで、説明の前に実績のある監督兼役者にお仕事の依頼だ」

「聞きたくない……」

 

 私の肩に手を乗せ、逃げる事を封じた堕天使は言う。

 

「俺の書いた台本で、即興劇やろうぜ」

「また茶番のお時間ですか!?」

「そう言うなよ。今回は戦争回避とヴァーリの離反を封じる為に、致し方なく不本意ながら演じざるを得ないんだ。なぁに前回より余程簡単、爰乃なら出来る」

「……断ると?」

「ちょっと和平がぽしゃって、疑心暗鬼のホットな戦争が始まる程度かね」

「やります、やらせて下さい!」

「いい子だ」

 

 私は一生この人外に頭が上がらない気が。

 

「その代わり、何かご褒美下さい」

「おうよ」

「それと鎧を―――」

「ああ、鎧は必要だから解除しない。利用期限ギリまで纏ってろ」

「脱ぎた……はい」

 

 何らかの要因が取り除かれたのか、警備の人外が動き出した黒天の空は騒がしい。

 今、何が起きているのか。

 また、これから何をすべきか。

 何も知らない私は、悪い大人の片棒を担ぐ羽目になるのでした……。



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第31話「停止校庭の紅白龍」

「アルビオン、アレが何だか分かるか?」

『ドライグや私に近い、未知の神器の可能性が高い』

「そうか、お前でも知らないドラゴン系神器とは面白い」

 

 俺がアザゼルと合流を果たした場には、orzのポーズを取る完全武装の不審者が居た。

 甲冑の色は黄金で、デザインも俺や兵藤の親戚筋の様なフォルム。

 アルビオンの推測通り、神器の禁手と見るのが妥当なところだろう。

 さて、今日のメインディッシュはライバル君の予定だ。

 しかし、前菜に金色のスープも悪くない。

 少し腹ごなしに運動でもしておくか。

 そんな風に舌なめずりをしていると、アザゼルが思わぬ事を口にする。

 

「そりゃ、俺が作った人工神器だ」

「ほう」

「お前の鎧を真似てアルビオンの代わりにファーブニルを封じ、擬似的な禁手で赤龍帝に近い能力を再現している。本来なら俺専用に作ったんだが、今は爰乃が着込んでテスト中だ」

「……姿が見えないと思えば、コレがそうなのか」

「コレとか言わない」

「本人は脱ぎたいって騒いじゃいるが、残念ながらコイツは試作品。所詮は使い捨てで、代わりは無い訳だ。身の安全の為にも、解除させる訳にはいかん」

「それは分かった。結局、俺の要求はどう叶えてくれるんだ?」

 

 アザゼルへ禍の団の情報を売り渡した際に、俺は一つの代価を求めた。

 それは今日この場で、赤龍帝との一騎打ちを黙認する事。

 契約は絶対遵守。破るならば義父とて容赦はせん。

 で、幾ら探し回っても見つからなかった爰乃が何故ここに居る。

 途中で発見した曹操はシメたが、少なからず驚いたぞ。

 まぁ、無事ならば構わんさ。

 お前には、ルフェイに真っ当な料理を仕込む大仕事が待っている。

 俺の気に入った味を習得させるまで、断固として死なせない。

 

「カテレアがあっさり倒され、強制停止の下僕悪魔も奪い返された。おまけに白龍皇は姿を消し、今や司令官と切り札を失った禍の団は混乱状態か。さーて、どうすっか」

「俺の知ったことではない」

「そりゃそうだ。だから俺も気を利かせて場を掻き回すべく、念の為にスタンバらせたバラキエルを禍の団側で参戦させている。連中め、まさか味方してくれている相手が敵だと思っていないらしくてな? 拍手喝采で超面白れぇ」

「……あの趣味の悪い覆面堕天使はバラキエルか」

 

 いつの間にか混ざりこんだ堕天使には気が付いていたが、まさか奴とは。

 しかもあの堅物、嫌々かと思えば活き活きと縦横無尽に飛び回っている。

 茶番の嫌いな寡黙な武人が、どういった風の吹き回しだ?

 

「マスクは娘の手製だそうな。正体を隠すために雷光自主規制で光の槍しか使っていないが、あれでも本人は大喜びでマスクを見せびらかしているんだぜ? 気分はネクタイを貰った父親だな」

「知らん」

「そう言うなよ。やっと朱乃と和解して、たまに会える日を楽しみにしている父親だ。さり気なく俺の知らない所で情報漏洩させているのは気に入らんが、朱璃の娘が迂闊なことをするとも思えんから問題無い。器の大きさを見せて見逃すさ」

「前置きはもう十分。長話を続けるなら、俺は行くぞ」

「分かった、分かったから短気は止めろ。結論から言えば戦わせてやる」

「最初からそう言え」

 

 全く、コイツの前段は長過ぎる。

 香千屋爰乃も表情は伺えないが、肩を落して意気消沈の様子。

 さては、お前も色々あったのか……?。

 

「手始めに俺はバラキエルを抑えるフリして大暴れ。派手に流れ弾装って結界にぶちかまし続けりゃ、最強二人は維持で手一杯だろうよ」

「最大の邪魔は入らない、と」

「赤龍帝の取り巻きは、爰乃が引き剥がす。いいか、朱乃とリアスはスルーしても構わんから騎士と猫を押さえ込め。万が一を起こせるのはその二人だ」

「……面倒を見ている私が、彼らの脅威を一番知っていますよ」

 

 俺が一目置く女が、グレモリー眷属程度に負ける筈もあるまい。

 爰乃になら、安心して露払いを任せられる。

 

「んで、一人になった所をお前が美味しく頂くって寸法だ。異論は無いな?」

「ついでに兵藤の力を、極限まで引き出す手段を教えて欲しい」

「爰乃、お前の方が詳しいんじゃね?」

「ええと、彼は身内を狙われる方が辛いタイプ。両親を殺すとか、無事を知らない私を汚すとか挑発すれば、怒り狂って120%の力を出せると思います」

「それで行こう。適当に話をでっち上げるから、追従しろ香千屋爰乃」

「自分で自分を陥める行為は、今回が最初で最後と思いたい……」

 

 禍の団と三大勢力の一大戦場は、激しさを増し混沌を深めていく。

 知らん間にカテレアの配下も増援で来ている辺り、実に好都合。

 さすがの采配だなアザゼル。

 どうせお前の暗躍した結果なんだろう?

 

「爰乃、お前はコイツを持っていけ」

「ま、また厨二臭い剣を。これは光と闇ですか? 良く分かりませんけど、テンプレの如く相反する属性を混ぜたがるの止めましょう。基本的に単一属性特化の方が強く、扱いやすいことは歴史が証明してますし……」

「一周回って老獪すると、これ系の味がやっと分かる。実用性も大事だが、遊び心はもっと大切なんだぜ?」

「はぁ」

「コイツはβ版だが、性能は折り紙つきの実用品だ。どの道正体を隠すなら、拳法は封印せにゃならん。適当に剣でもぶん回してヒャッハーするしかないだろ」

「そーですとも。ええ、そーですとも!」

 

 一晩限りの相棒は、妙なテンションで士気が妙に高い。

 何処と無く自暴自棄を感じるが、特に問題にはなるまい。

 

「私のコードネームは、ミスターTT。忘れて本名呼んだらコロス」

「そうか、宜しく頼むぞ香千屋爰乃」

「……本番で同じセリフ吐いたら、噂のイギリス娘を悪化させますからね」

「了解した、TT」

「宜しい」

 

 おかしい。年齢は俺の方が上で、力も圧倒的な差の筈。

 なのに不思議と逆らえない。

 自然と風下に立ってしまうのは何故だ?

 

「面倒だから、仲違いだけはすんなよ?」

「手綱は私がしっかり握ります」

「任せた」

 

 俺が腹の底から信じられるのは、アザゼルだけだった。

 天涯孤独、親に捨てられ行く宛ての無かった悪魔と人間のハーフを拾ってくれた堕天使に対し、特別な感情を持つのも当然だろう。

 しかし、知識、戦術、この世の全てを与えてくれた義父に、ぽっと出の小娘が並びかけているのが不思議で堪らない。

 恋でも無く、愛でも無い。強いて言うなら親愛か?。

 一切の色眼鏡を通さず俺を見てくれる女は、アイツが始めてだ。

 思えば配下に女は居ても、所詮は部下。壁を何処かに作っている。

 つまり、俺と対等に向かい合ってくれる異性は香千屋爰乃だけ。

 無意識に特別な存在へ格上げしてしまうのも、必然なのかもしれない。

 

「貴方が主役なんだから、私を先に生かせちゃダメでしょ」

「すまん」

「イッセー君も、前に戦った時より相当成長しています。幾らヴァーリが格上だろうと、絶対に侮らないこと。お姉ちゃんと約束だからね?」

「いつから姉になった」

「何となく語呂が良かったので」

 

 嗚呼、それだ。

 掴みどころの無い奔放な姉に振り回される弟分。実にしっくり来る。

 絶対に口にはしないが、これだけは認めよう。

 俺はお前が、相当嫌いじゃないらしい。

 

「舐められない為にも、赤龍帝の次はお前とも決着を付けるとしよう」

「はいはい、また今度」

 

 命がけの”今度”が来ない事を願う俺だった。

 

 

 

 

 

 第三十一話「停止校庭の紅白龍」

 

 

 

 

 

 ギャー介救出後、自由を取り戻した朱乃さんから情報を得た俺は、木場と小猫ちゃんプラスαを連れて外へと全力ダッシュ中。

 部長とアーシアはグレイフィアさんが結界のデコードに手一杯なので、魔王様の護衛代わりと万が一の回復要因として会議室に残してきた。

 ちなみに朱乃さんは、他に借り出されてしまったので別行動。

 何でも強力な堕天使が止まらないとか何とか。

 無事を願っています、副部長!。

 

「またこの三人でカチコミかよ……」

「最近多いよね」

「これでコカビエル級がウエルカムだったら、今度こそ泣くぜ?」

「……その場合は時間稼ぎに徹しましょう」

「だな。手が空けば倒せそうな人材が豊富だし」

「って、ナチュラルに僕のことを居ないものとして扱わないで下さあぁぁぁあい!」

「黙れ便利アイテム一号。俺達の脚に追従出来ない貧弱な自分を呪え」

 

 何だかんだで通常時の腕力は、小猫ちゃんがナンバーワン。小脇に抱えたギャー介を無い物として、巡航速度を維持するボディバランスも素晴らしい。

 さすが空力にも優れた貧乳型。部長達には真似の出来ない芸当だよなぁ。

 それに対して、モヤシマンがマジ情けねぇ。

 ほんの少し走らせただけで息を上げ、女子の手を借りる姿勢が甘すぎる。

 古いと言われようと、女を守るのは男の仕事。

 そして、簡単に泣き言を吐かないのが男の矜持。

 俺達に合流した以上、その辺を叩き込んでやるから首を洗って待っていやがれ。

 べ、別に男の娘詐欺の逆恨みなんかじゃないんだからねっ!

 

「……ギャー君は明日から特訓です。初期のイッセー先輩と同等のメニューから初めて、最終的に現行のレベルに耐えうる肉体作りをさせましょう」

「えううううう!?」

「安心するんだギャスパー君。割と順応出来る、簡単な訓練だと思うよ?」

「き、木場先輩、本当……ですかぁ?」

「胃液を全部吐いてからが本番の走り込みとか温いし」

「ちょ」

「折れた肋骨を内臓に突き刺しながら上半身を動かす中級編はまだ先。ね、これに比べれば入門編は微温湯だろう?」

「だよなー。ランナーズハイって、慣れれば気持ちいよなー」

「病んでます、それ、精神が病んだ狂人の考えですからぁぁぁぁぁ!」

 

 違うぞボーイ。お前だけがそう捕らえていると何故分からん。

 修行は絶対に裏切らない。

 例え伸び悩んでも、常に体を苛めていれば能力低下だけは防げるんだ。

 大は小を兼ねる。力が欲しいと土壇場で願っても遅いんだぜ?

 だから強くなれ。

 前にも言ったが、落第生に出来た事を俺より優れる吸血鬼に出来ない筈が無い。

 まぁ、泣こうが喚こうがやらせるがな!。

 小猫ちゃんも乗り気だし、逃げられると思うなよ。

 

「話は後。ダンスパートナーのご登場だよ」

 

 玄関を走破し、ぽっかりと戦いの止んだ校庭中央に辿り着いた所で木場が剣を抜く。

 待ち受けていたのは、禁手状態の白龍皇と黄金鎧の番。

 コイツは味方じゃ無いのか?

 

「待っていたぞ兵藤一誠。白と赤、因縁の決着を付けようじゃないか」

「一つ確認をさせろ」

「良かろう」

「お前はアザゼルの護衛、つまり体制派じゃないのか?」

「同時に禍の団の一員でもある。だが、俺は政治に興味が無い。だから上で遊んでいる連中が何を囀ろうと知った事か。俺は俺のやりたい事をやるだけさ」

「もう一つ」

「一つでは?」

「伝説の白がケチケチすんなよ」

「……君こそ赤だろうに」

「OKと捕らえたから聞くぞ。ここに来れば会えると聞いたんだが、爰乃って女を知らないか? アレだ、前にコカビエルが捕まえていた―――」

「知っている」

「マジか!」

 

 既に嫌な予感が。

 

「実は君の事を少し調べた。血脈は幾ら遡ろうが、由緒正しい普通の人間。友人関係も、アドラメレクを除いて特別な存在は居ない。何処に出しても脅威と見なされない極普通の男子高校生、それが君と言う人間だった」

「それが、どうした」

「悪魔に転生した今ですら、赤龍帝の篭手以外に何も無い。こんな平凡な設定で、俺のライバルを名乗るのは如何なものだろう」

「何が言いたいんだ、この野郎」

「あまりにもつまらない。つまらな過ぎて笑ってしまったよ」

 

 奴は哀れむように嘲笑いながら言う。

 

「俺は旧魔王の血を色濃く引いている。これだけでも他者を圧倒できる魔力を持っているのに加え、母が残した人の血により偶然アルビオンを宿してしまった。つまり、魔王が神滅具を得た奇跡の事例と言えるだろう」

「マジかよ」

「バックボーンだけで物語が一本書けるとアザゼルに言わしめた、おそらく未来永劫最強の白龍皇。それがこの俺。釣り合いが取れないとは思わないか?」

 

 そ、そんな事言われても何が何やら。

 良く分からんけど最強か、超凄いっすね。

 

「つっても、生まれを今更捏造すんの無理じゃね」

「俺もそう思う。なら、付け加えるのはどうだろう。例えば手始めに君の親を殺す。そうすれば俺は晴れて親の敵。同時に君は復讐者の名を得る事も出来る」

「待て」

「我ながら悪くない考えだ。大切にしている娘だけでは何かが足りないと思っていたが、不足を補う手段が見つかって本当に良かった。ミックスすれば華やかじゃないか! 君もそう思うだろ?」

「待てってのが聞えないのか!」

 

 今、聞き逃せない何かをコイツは言った。

 親父とお袋の殺害予告も許せんが、大切な娘……だと?。

 

「む、悩んだ末の結論が不満か?」

「爰乃をどうした」

「わた、ゴホン、我が教えてやりましょう」

 

 終始無言を貫いていた金ぴかの声は、しゃがれた老人のもの。

 俺は言い表せないどす黒い感情を押えつけ、冷静を装いながら続きを待つ。

 

「小娘はアドラメレクの寵姫と聞きましてね。ちょっとした興味から面白半分に手を出した所、彼女は大変良い声で鳴いてくれましたよ」

「……」

「まぁ、ヴァーリが弄んだ後では少々面白みに欠けましたがね」

「聞いての通り近しい少女を失った君は、設定項目へ新たな一ページを加えられた訳だ。おめでとう、白紙の書物が僅かなりとも埋まって良かったじゃないか!」

 

 言葉の意味を理解した瞬間、真っ白になった頭を一つの感情が支配する。

 それは憎悪。超えちゃいけない一線を踏み越えた悪魔への殺意。

 

「しかしながら、俺も鬼じゃない。殺しては居ないから、万が一にも君が俺を倒せたなら返してやろう。優しいライバルに感謝してくれよ?」

「その口を閉じろ真っ白野郎。一分一秒でも早く死ね。望み通り殺してやる」

 

 口から零れた悪意に応じたのは相棒だった。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!』

 

 いつもとは違う、膨大なオーラが俺の全身を包み込んでいく。

 オーラは次々に鎧へと転化。より強固に、より強力な力を生み出す土台へ。

 鎧の色は、普段よりも鮮やかな鮮血の朱。

 人の形をしたものを、この手で縊り殺すと心に決めた決意の現れ。

 俺があの少女に、どんな想いを抱いていたいたのかを示す証。

 

「君の予想通り、兵藤一誠の力が桁違いに膨れ上がったぞ」

「思わず自らの手で傷物にしてしまった……」

「落ち着けTT。君の担当も怒り狂って何割か増しでお出ましだ。平静を取り戻せ」

「盛った私が言うのもアレですけど、これ以上余計な事は言わないように」

「それを言うなら、何故に俺が顔見知りを陵辱せねばならん……」

「ですよねー」

 

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 唯それだけに支配された俺は、背中の魔力噴出口からオーラを吹き出し加速。

 事実確認なんて片隅にも無い。

 悔しい事に奴の望み通りのリベンジャーとして飛び出すのだった。



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第32話「激情論」

 本気で戦って、始めて知ったことがある。

 やはり、苦手意識等の先入観を持たない彼らは強い。

 仮に私が万全のコンディション、本来のスタイルだったとしても五分。

 それも鎧の力を込みでの計算で。

 つまり、今の私は二人に及ばない証拠。

 長剣の内側に潜り込もうと躍起になる小猫を、剣の波動で牽制。

 どうにか抑えたと思えば、反撃する間もなく木場君の刃が迫ってくる怖さ。

 さすが眷属古参のコンビ。コンビネーションに穴が無い。

 稽古でコレをされていたなら、相当に手を焼いたと思う。

 

「香千屋さんには借りがある。ここで仕留めさせて貰うよ」

「……墓前に敵討ちの報告を届けてみせます」

 

 いやいや、死んでないから。ヴァーリもちゃんと言ってたでしょ!?

 情愛は嬉しいけど、過去の人にされるのはさすがに困ります。

 

「……無視とは良い度胸です」

 

 二人の怒りは凄まじく、この私が気圧されるほど。

 一切の返答をしないのは、防御にリソースを裂かれて余裕が無いから。

 決して君達が思うような意味じゃないからね?

 

「小猫ちゃん、君もそろそろ慣れた頃だろ?」

「……ぼちぼち」

「コレは今までの大物に比べ、比較できない弱さだ。向こうには混ざれそうもないけど、タイミングを見ての奇襲は出来る。片付けてしまおう」

「……了解」

 

 あ、ひょっとして見切られた?

 幾ら鎧任せの拙い剣術でも、さすがに早すぎる。

 こっちはもう少し掛かると言うのに!。

 と、とりあえず距離をとって時間を稼ご―――

 

「聖剣&魔剣創造、全開っ!」

 

 マズイ、そう思う考える前に体が動いていた。

 私を中心に咲き誇る剣の花。

 その花びら一つ一つが、魔剣と聖剣の大判振る舞い。

 茨の園を作り出す木場君の必殺技は、見る分には綺麗でも対処は厳しい。

 切れ味や破壊力は先生に持たされた”閃光と暗黒の龍絶剣β版”に及ばないにしても、数が余りにも多すぎる。

 打ち払う先から無尽蔵に生えてくる刃から必死になって逃げ、それでも全てを防ぎきるのは不可能だった。

 

「ふふふ、ペーパーナイフの方がまだマシな切れ味だなぁ!」

「それはどうかな?」

 

 私が五体満足で戦い続けられる手品の種は、木場君の神器にビクともしない強度を誇る鎧そのもの。

 さすがは黄道と無関係でも黄金鎧。模造刀程度は余裕っぽいです。

 これなら何とかなる、そんな風に気を抜いた瞬間でした。

 

「……大きいの行きます」

 

 気づけば、意識から完全に消えていた小猫が拳の間合いに進入していた。

 あ、駄目だ間に合わない。一発を覚悟した私は、歯を食いしばりその時を待つ。

 繰り出されたのは、小猫にだけ伝授した仙気を乗せる完全版浸透掌。

 鎧の加護と高めた神気で相殺出来た筈が、肋骨を何本か持って行かれただけでなく、肺から空気を全て吐き出す大ダメージが抜けて来る。

 しっかり技をモノにしている点は、師匠観点だと大変誇らしく思います。

 少し前までは殴る蹴るしか出来なかった弟子が、苦手としていた重装甲相手に問題なく戦えている。はなまる満点、成長しましたね。

 でも、敵に回った今だけは未熟で居て欲しかった。

 

「逃げろ、小猫ちゃん!」

「……まだ動く!?」

 

 だけど、香千屋流は私の方が大先輩。事前の動きで先読みは可能です。

 発生する怪我の種類と痛みさえ把握できれば耐えられる。

 それを小猫は理解していない。

 研究される怖さ、私も曹操にされるまで想像もしていませんでした。

 だから今、手の内が暴かれている意味を教えてあげないと。

 掌の射程は、私の手が届く範囲でもある。

 逃げようとする素振りを見せたので髪を掴み、そのまま肘を撃ち下ろしで一発。

 止めとばかりに、こっそりと本家浸透掌を頭蓋に叩き込んだ。

 

「っ……今のは? えっ?」

「まだまだだね」

 

 どうせこれで終わるし、今ので気付かれても大丈夫。

 木場君には見えない角度で掌を放ち、そのまま決め技のモーションに入っている。

 剣のオーラを最大限に発揮する必殺剣”閃黒龍絶”を前に無事で居られる悪魔は居ない。

 そんな触れ込みでしたが、本当なのかと疑心暗鬼な私です。

 しかしながらそれは杞憂。一流の仕事を疑ってごめんなさい。

 これは見事に致命傷ですね。

 特定のポーズから力を溜め、放つだけの斬撃の割に強力過ぎる気が。

 

「……それだけの余力を残していたとはね」

「下級悪魔の割によくもやる。まさか、奥の手を引きずり出されるとは思わなかった」

「饒舌だね、気でも変わったのかい?」

「自慢じゃないが、わた……我は剣が苦手、型通りの動きしか出来ずに四苦八苦していた。だが、それも終わり。こちらも準備が終わったのでお別れの挨拶をと」

 

 今ので考えが概ね纏まった。

 行動パターンも見えたし、残りの微調整も適時行えば何とかっ!

 

「それはこちらセリフだ。申し訳ないが客観的に見て僕の方が力量が上、時間をかけて追い込めば勝ちは揺るがない。違うかい?」

「少し前迄なら、な」

「……貴方が何を言っているのか理解出来ない。剣士なら剣で語ろうか」

「良かろう、拳士として行動にて示そう」

 

 唐竹からの蹴りを防御して、左右に振った後に来る突きをいなす。

 袈裟は……フェイント。本命の背後に発生した聖魔剣を鎧の分厚い所であえて受け、攻撃の手番を奪い返して反撃。木場君の二剣を銀の砂へと返す事に何とか成功っと!。

 そんな私が見せた突然の変貌に、木場君は焦りの色を隠せない。

 

「……この急激な成長は何だ?」

「学ばせて貰った。我が剣は、君の動きを解析して改良したコピー品。今やそちらの動きは丸裸よ。三手先まで読めます」

「この短期間で? そんな馬鹿なっ!」

「それ位出来ないと、永遠に勝てない相手が控えていますので。ほんの少しの余裕さえ得られれば、ヴァーリとて可能ですよ」

 

 おっと、キャラが素に戻りそうでした。

 危ない危ない。

 

「私としては完成度を上げる意味で、このまま続けるのは大歓迎だ。しかしそちらはそうも行かない、違うかね?」

「くっ」

 

 さて、今のハッタリをどう受け止めます?

 剣を用いた木場君への対処法をそれなりに理解した今、遅滞戦闘なら幾らでも付き合えますよ?

 

「さあ、どうする。退くなら見逃すが、放置すれば猫娘は死ぬぞ?」

 

 正直、既に私の目標は全て達した。

 時折確認している赤と白対決も佳境を迎え、全てがエンディングへと収束しつつあるこの現状。どちらに転んでもこちらに損は在りません。

 おそらく今の木場君が選ぶ答えは――― 

 

 

 

 

 

 第三十二話「激情論」

 

 

 

 

 

「……俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない」

「ペラペラくっちゃべってんじゃねぇ!」

「今の君は面白くない。かつて見せた意外性は何処で失った」

「知らねぇよ!」

 

 俺の攻撃は何一つ通じなかった。

 初手のタックルは闘牛士の軽やかさで避けられ、無様に地面へ転がされる。

 殴ろうにも掴もうにも奴の動きは早い。木場を上回る神速についていけねぇ……。

 当たれば大ダメージのアスカロンも、俺の腕前じゃ棒切れと変わらん。

 チクショウ、こんな事なら木場に剣術を習っておくべきだった!。

 学校を更地に変える勢いでばら撒いたドラゴンショットすら届く前に消されちまうし、俺の手札には突破口を開けるカードが一枚も無いのか!?

 

「これが俺のライバル君の限界か。困った、弱すぎる。頭に血を昇らせたのは、失策だった可能性が高いな。今の君は少し珍しい龍属性の上級悪魔でしかないぞ?」

 

 腹に重い拳を喰らって、一瞬息が詰まった。

 ダメージ自体は爰乃の掌と同程度だから耐えられるが、被弾するまで何をされたか全く見えなかったのが問題だ。

 鎧にも亀裂が走ったし、連続で受け続けるとヤバイ。

 

『Divide!』

『Boost!!』

 

『相棒、半減は確かに倍加で打ち消せる。しかし、それはお前の力を維持するので精一杯と言うことだ。時間をかければかける程不利だぞ!』

 

 何時もと違って、時間は俺の味方をしてくれないのか。

 

『むしろ敵だ。奴は半減した力を吸収することを忘れるな』

 

 ってことは、俺がマイナスを打ち消すだけなのに奴はプラスかよ!?

 

『早期決着、これしか勝ち目は無い。まだ動ける今がチャンスだ、一発に全てを込めて叩き落せ! 何もかもを賭けろ!」

 

 あいよ、ヴァーリを殺せるなら相打ちでも上等。

 ついでに防御に回す力も残さず攻撃に回せ。

 足りないなら寿命でも何でもくれてやるから、敵を討たせてくれよ!

 

『……お前の強さは悲壮の真逆だったんだがなぁ。これでは過去の力に溺れた赤龍帝と大差ないじゃないか。以前のゆるい感じに戻れないのか?』

 

 五月蝿い、お前だってシリアスを望んだだろうに。

 御託は良いから黙って力を貸せ。お前にとっても怨敵の白を俺が滅ぼしてやる。

 

『……これもまた運命か。良かろう、最後まで付き合うぞ相棒』

 

「攻撃も単調で、野の獣と変わらない力任せ。せっかく増大した力も宝の持ち腐れで実に勿体無い。これが本当にコカビエルを瞬間的にでも追い込んだ男と同一人物なのか?」

『自滅型の赤龍帝は大概こんな感じだ。その内あらゆるエネルギーを使い果たして死ぬだろう。哀れドライグ、またしても使い手に恵まれなかったか』

「そうか……」

 

 もうヴァーリは俺を見ていなかった。

 腕の一振りで魔力弾幕を放つと、背を向けて一歩を踏み出している。

 ざけんな、上から目線もいい加減にしろ!

 僅かに取り戻した冷静さを怒りに染めて推進器を全開。愚直に最短距離を翔ぶ。

 鎧に魔力弾が炸裂して装甲の一部が弾け飛ぶが、そんなの知った事か。

 油断した今なら届く。振りかぶった拳骨を矢のように放ち―――

 

「馬鹿の一つ覚えが通じるとでも思ったか?」

 

 ヴァーリが展開した光の盾に当然防がれた。

 

「馬鹿でも失敗を重ねりゃ学習すんだよ! アスカロン、出力全開!」

『承知!』

 

 顔への打撃と見せかけて、本命は腹への一発。

 どうせ俺には剣の心得なんてねぇよ。でも、ぶちかますだけなら誰でも出来る。

 押し当てた篭手から、パイルバンカー代わりにアスカロンを射出する。

 凄ぇ、さすが龍殺し。白龍皇の鎧相手に何の抵抗も感じない!

 ははは見ろよドライグ、自称最強君がよろけたぞ。

 

『好きにすればいいんじゃないか?』

 

 何故か冷めたドライグを尻目に、俺は次弾を装填。

 ここぞとばかりに奴の顔と肩をぶん殴り、鎧の破壊を成功させる。

 

「これで少しは目が覚めたかこの野郎」

「……確認する、今のが奥の手か?」

「効いてないのかよ!?」

「つまらん、タネの尽きたマジシャンには退場して貰おう」

 

 ヴァーリの手中に高まる魔力は死亡宣告。悔しい事に終わりを感じちまった。

 チクショウ、これでも駄目かよ……。

 砕いたマスクも瞬時に修復され、腹の怪我も外からじゃもう分からん。

 そもそもこれって簡単に直せるのか、俺には出来ないぞ!?

 

『これが禁手を使いこなすと言う事だ。勢いだけで至っただけのお前と一緒にするな。悪いことは言わん、頭を冷やして今は逃げろ。無駄死にに何の意味がある』

 

 それは出来ない相談だ。

 奴に償いをさせる迄、何があっても退かない。

 具体的にはブチ殺さんと、満足は無理。

 俺の大切な誓いを破る原因となったクズを生かしておけるかっ!

 

『……短い付き合いだったが、波乱万丈で実に楽しい毎日を過ごせたよ。その礼に最後の一瞬まで全力を尽くしてフォローしよう。万が一が起きることを祈れ相棒』

 

 悲観的過ぎやしないか?

 

『奇跡でも起こさないと助からんからな。せめて半減さえ無ければ倍加連打で押し切れる可能性もあったが、アルビオン相手ではそれも叶わない』

 

 ……つまり、俺とあいつの間に大きな差が生まれりゃいいって事だよな。

 例えば俺が倍倍ゲームなのに、向こうは一気に減っていく風に。

 

『夢物語だが、正に其の通り。そもそもそれで勝てない相手は存在しない』

 

 なら、こんなのはどうよ。

 俺は砕いた白龍皇の鎧の一部、青く輝く宝玉を拾い上げてイメージを脳内に描く。

 神器ってのは思いが強けりゃ、ルール無視で応じてくれるらしいじゃないか。

 もしも俺の理想が叶えば仕切り直せると思う。

 

『正気か!? 成功確立は皆無だぞ!?』

 

 俺の考えを読み取ったドライグは制止の声を上げるが、自暴自棄じゃないぜ。

 だって赤と白は属性違いで、本質は同一ってのが俺の推測だ。

 なら、修復可能な鎧の一部を補填可能な素材で補う事も可能じゃね?

 現に聖と魔の融合をダチは果たしている。

 向こうに出来て、こちらで出来ない道理もねぇよなぁ!

 

「なぁヴァーリ、平凡平凡と散々笑ってくれたじゃないか」

「事実だろ?」

「違いない。だから、最後に一つ面白い芸を見せてやるよ」

「ほう、まだ俺の興味を引ける何かを隠し持っていると」

「もしも失敗したなら、それはそれで笑え。だから―――」

 

 ”お前の力、貰うぞ”

 

 俺は手の甲に存在する赤い宝玉を叩き割り、そこへ回収した宝玉を無理やり捻じ込んでドライグへ願う。命でも何でもくれてやるから鎧を”正常”に修復しろ、と。

 

『それ位ならお安い御用だ。その発想力、それでこそ我が主!』

 

 鎧を纏った時と同様の赤いオーラを展開し、失った装甲各所の修復を開始。

 するとどうだろう、右手から湧き出した白いオーラが混ざりこむ。

 そして途端に形容しがたい激痛が、腕から全身へと広がっていった。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 過去最大の激痛はレイナーレに開けられた腹の穴だったが、ギネスを速攻で更新。

 気が狂いそうになるのを意志の力で抑え込み、それでも無様に校庭を転げ回る醜態をヴァーリに晒してしまうから情けない。

 

『勝てぬからと自殺するつもりか!? 服毒自殺と同じ行為だぞ!?』

『主の意向だから仕方あるまい。だが、このチャレンジ精神は今までに無かったものだ。俺が力を上げて、お前が下げる。この繰り返しに終止符を打つ今が好機!』

『我が倍加を為せぬ様に、お前が半減を得るなど有り得る筈が無い!』

『俺も少し前迄同じ意見だった。だが、俺は当代の使い手とその仲間達から一つ学んだ。無茶も無謀も貫き通せば不可能では無いことをなっ! バカは強いぞ、何せルールを知らん!』

 

 褒められているのか、それとも貶されているのか。

 相棒の信頼が精神の均衡を保つ清涼剤となり、俺はついに無限地獄を踏破する。

 正気を取り戻し右腕を掲げて空を掴めば、今までが嘘の様に痛みは消失。少しばかり形を変えた神器は新たな宝玉を飲み込み再生を果たしている。

 そして、鎧が遂げた最大の変貌は背の翼。変化した魔力噴出孔の上に赤い光翼を展開させ、全身の砂を払いながら立ち上がり、外面だけの空元気で俺は言う。

 

「見苦しい姿を晒しちまったが、これが最後の隠し芸だ。お前からコピーした、さしずめ”赤龍帝の烈光翼”。赤へ染まった白翼、これはもう俺のもんだ」

「……先ほどの評価を訂正しよう。普通ならば無駄死にの窮地を好機に変えるとは想定外だ。やはり君は面白い、俺の埒外から差を詰めて来るイレギュラーさを取り戻してくれて本当に嬉しく思う」

「そりゃどうも」

「兵藤一誠、君が限界をさらに超えたなら俺も本気を出そう。もっと俺を楽しませてくれよ赤龍帝! 我が力を本当に扱えるのか見せて見ろ!」

 

 第二ラウンドのゴングが聞えた気がした。



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第33話「純粋で単純なたった一つのこと」

これにて停止教室編終了。
タイトルに居た筈のヴァンパイアとは何だったのか……


 俺は、絶大な力を手に入れた。

 代償は初恋で、いつか告ると決めていた幼馴染の命。

 見ろよドライグ、蜥蜴が龍を追い詰めているぞ。

 最初からコレが出来ていれば。

 もっと以前からこの力を得ていれば。

 ギャー介に言った事は、やはり間違っていない。

 力が足りなかった俺は、跳ね返って来た現実に打ちのめされているのだから。

 

『……気にも留めていないようだが、今の無茶で寿命が千年単位でゴッソリ削れている。いくら悪魔が永遠に近い時間を生き―――』

 

 最低保障が一万年の命だとしても、ほんの一割じゃないか。

 人間換算でたったの十年と少し。

 それを捨てるだけで復讐が果たせるなら安い安い。

 

『さらに言えばこの状態も長くは続かん。赤翼は遠からず消失し、また元の木阿弥だ。驕っている暇は無い、遊ばずに追い詰めて迅速に倒せ!』

 

 任せろ。夢を失った俺に残された最後の望み……果たさずに終われるか!

 それにこいつを棺桶に突っ込んだ後は、金ぴかを始末する大仕事も待っている。

 今やあらゆる点で白を上回った赤だ。終わりにするのも簡単な事だとも。

 蹴り飛ばしたヴァーリが起き上がるよりも早く右手を奴に向け、翼と篭手へと命じる。

 二つの神器が合唱して形作る単語は、魔王の血筋すら圧倒する二天龍最強の言霊だ。

 

『Booster Divide!』

 

 ヴァーリも黙って見ている訳ではない。同じく俺へと手を伸ばし半減の力で相殺を狙うが、赤と白の複合能力は単体の力を遥かに凌駕する。

 ドライグの力でアルビオンの半減が”倍加”。

 つまり、一発で四分の一に落す力を持っている。

 そして俺に届く半減は―――

 

『Divider Boost!』

 

 維持コストと増幅間隔を”半減”した赤龍帝本来の力を止められない。

 

「いつだって皇帝を倒すのはジョーカーの仕事。そして何も出来ない笑われるだけの道化ってのは、ジョーカーと同じ意味。それを忘れて俺を侮ったお前の性根が敗因だ」

「……今日は驚くことばかりだ。まさかこの俺がこうも一方的にっ!」

「この状態になってやっと分かったよ。象が蟻を踏み潰す、強者が弱者を踏み躙る感覚って奴をな! 俺はお前と違って余裕ねぇから覚悟しろ!」

 

『Booster Divide!』

 

 さらなる力の発動で、奴を覆うオーラはさらに激減。

 動きが鈍った所を見計らって、サッカーボールキック。ヴァーリに砂を食ませておく。

 

「今のは仲間の悲しみの分」

 

 ご自慢の翼をアスカロンで引き裂き空中へと打ち上げ、同時に俺も空へと上る。

 狙うのはゲームでお馴染みの両手を組んで放つハンマーナックル。無抵抗のまま地面に叩きつけられ、クレーターを作り上げた仇敵の顔を踏み躙って続けた。

 

「これは失意の内に純潔を散らせた爰乃の分」

「待て、それについては否定を―――」

 

 何か言っているが、ガン無視に決まってんだろ!

 ああくそ、怒りが収まらん。

 蓄積されたダメージも半減させちゃ居るが、怪我そのものを回復出来た訳じゃない。それにクズを殴る度に発生する反作用と、ツインドライブ効果を使う度に失われて行く生命力の損失により半死半生な俺です。

 多分、鎧の下は血と油汗で満ち溢れていると思う。

 結局、自身が強くなっていないからこうなっちまう。

 上げ底、借り物の力は、何時だって使い手をも滅ぼす諸刃の剣。

 今の俺は、細い蝋燭に油をぶちまけて大火を形作っているだけの虚栄だ。

 相棒に言われるまでも無く、タイムリミットが迫っているのことも重々承知さ。

 だが、ボチボチ弱体化も十分。

 その弱った体で、俺の最強必殺を耐えられるか?

 

『Divider BoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 とっくに超えた限界を無視して、さらに倍倍プッシュ。

 全身の筋肉が断裂し、毛細血管が破裂するのも構うものか。

 鎧が外殻として機能する限り、俺の体は精神力で動かせる。

 かつてライザーを潰した拳技で葬るべくヴァーリを無理やり起こ―――せない。

 

「これほどの愉悦を得られたのは、人生で初めてだよ」

 

 どこに体力が残っていたのか、魔力弾をゼロ距離で撃たれて後退する羽目に!。

 さすが痩せても枯れても白龍皇。底力は侮れない。

 こうなるのが嫌だからネチネチ削ったんだが、まだ足りなかったらしい。

 

「アルビオン、今の兵藤一誠相手ならば禁を破っても文句を言われないだろう。勝つ為に覇龍を見せるしかあるまい」

『それはあまり良い選択ではないな。魔力のほぼ全てを失った今の状態で使えば、お前とて死ぬ。何よりもこの瞬間でさえ手に負えない進化を遂げたドライグの覇龍が誘発したなら、問題どころの騒ぎではないぞ』

「俺の最善を超える化け物の登場は、願ったり叶ったりだ。兵藤とて隠し芸を見せたのだから、俺も応じなければ失礼に当たる。思い残しは身から出た錆にしても、宿命のライバルに軽蔑されたまま逝く事のみ。腹を括れアルビオン」

『……共に道を進むと決めた時より覚悟はしていた。せめて末期の唄は私が』

「済まない」

『我、目覚めるは覇の理に―――』

 

 悪魔が念仏を唱え始めた、そう楽観していると相棒の顔色が変わった。

 

『止めろ、何としても覇龍を使わせるな! いくらお前がインチキを重ねても、アレを先に使われれば形勢が引っくり返る! 手段は問わんから決めてしまえ!』

 

 ドライグの声色に余裕はゼロ。俺は引き上げた力を必死に生み出した掌サイズの魔力弾に譲渡し、言葉の意味を確かめる時間も惜しいと全力投球を行う。

 かつては豆粒サイズで山が形を変えた。

 まして今回は、あの時を遥かに上回る増幅をサイズアップした物に与えてある。

 予想される破壊力は未知数。仮に一帯が吹っ飛んでもおかしくない。

 お前を殺した所で日常は元に戻らないが、せめて跡形も無く消滅しろ。

 

『……なぁ、相棒』

 

 どうした?

 

『煽った俺が言うのもアレではあるが、お嬢ちゃんの監禁場所を聞きだす前に消し炭にしても問題はないのか? 巻き込んでお前が殺す羽目にはならんよな?』

 

 ……へ?

 

『まさか、知らん間にお前の中で死んだ扱いになってたり?』

 

 ……陵辱されて息を引き取ったんじゃないっけか

 

『どんな姿であれ勝てたなら返す、奴はそう言ったぞ』

 

 あるぇ?

 

『……異空間にでも閉じ込められて居る事を祈れ。そこいらならアウトだ』

 

 やばっと思うも時既に遅し。

 呪文を唱え始めたヴァーリは、集中しているのか防御の素振りもしやしない。

 殺った、その確信が現実に置き換わるかと思った瞬間だった。

 

「先生との約束で覇龍は禁止。貴方も男なら、死んでも約束事は守りなさい」

 

 突如飛び込んで来たもう一人の敵が、短距離ワープの速さで射線上に割り込んで来る。

 そしてそのまま何処かで見た動きで俺渾身の魔力弾を回転軸に巻き込む形で絡め取り、小脇に抱えていた剣を用いたティーバッティングでホームラン!。

 反発力に耐え切れず剣は半ばからへし折れ、バッターも腕を痛めたっぽいがな。

 大空の彼方で上がった極大の花火を見ながら思う。

 なんつー非常識な奴。親の顔を見てやりたい……と。

 

「上役も動き出し、抗争も終了へ秒読みを開始しています。双方禍根はあるでしょうが、もう子供の喧嘩は止めなさい」

「……しかし」

「割って入らなければ負けている人に、発言権はありません」

「ぐぬ」

「と言うことで、ヴァーリは了承しましたよ」

 

 突然乱入しときながら、勝手に仕切るコイツは何様か。

 これだけでもカチンとしたのに、次の一言でガソリンを注いできやがった。

 

「そちらの知人関係は、アーシアが直せる範囲の怪我人のみ。先生が政治で首脳会談を収めた様に、現場も貴重な実戦を想定した訓練と思って手打ちにしましょう」

「ざけんな! なら、爰乃はどうなる。尊い犠牲と割り切れとでも言うのかよ!」

「その件につきましては、その、なんと謝って良いのやら。悪ノリが過ぎたと反省しています」

「ゴメンで済んだら警察要らねぇよ。俺に拳を収めろと要求するなら、お前ら二人の首を寄越せ。悪魔に無料で願い事を出来るとでも思ったか?」

「……イッセー君、鈍感な君に忠告だよ。これ以上の感情の発露は、冷静になった時に辛くなるから止めた方が」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

「あああああ、ボイスチェンジャーの止め方が分かれば!?」

「兵藤が間抜けなだけだ。俺なら登場した時点で気付いているだろう」

 

 よりにもよってアイツの口調を真似するとか、宣戦布告と取ってもいいよな?

 そういや、他の仲間はどうなったのかと首を動かしておく。

 木場と小猫ちゃんは……いつの間にか居ない。

 残ってんのって、倒れた樹木の陰で震えながら丸まっているギャー介だけか。

 奴は本当に戦ったのだろうか。

 返答次第で許さんから、覚悟しておけ。

 

「言葉が通じないなら、行動で示します。これは不可抗力ですからね?」

 

 ほんの僅か、身内の事を考える意識の間隙を突かれた。

 ゆらりとした動きから肉薄され、伸ばされた手はパーを象っている。

 

『Booster Divide!』

 

 主と違い、しっかり反応したドライグの超半減が発動されて一安心。

 そう思っていたら、やけにゆったりとした拳には効果が無かった。

 当人が放つプレッシャーは激減したのに、優しく触れる動作に力は皆無。

 これ以上何も減らせない自然の動きは、神器との相性が悪いらしい。

 その直後だった。訓練で慣れ親しんだ、内臓をシェイクされる筆舌し難いダメージが俺の体に襲い掛かったのは。

 これはまさか、そう思う暇も無く次いで体が反転。反射的に翼の推進力を利用しての脱出を試みるも、アイツ得意のベクトル操作の前には無駄な抵抗にしかならない。

 反撃も忘れる混乱の中、背中から落されて大の字に青天井体制である。

 

「ヴァーリ、力が残っているから半減お願い」

「分かった、アルビオン!」

 

『Divide!』

 

 俺と合せて八分の一にまで力を削られた結果、黄金の鎧はついにその力を失った。

 金色の粒子となって各部が失われていくと、中から出てきたのは求めて止まなかった幼馴染の姿。ばつが悪そうな顔をしながら、腕を組んで俺を見ろしている。

 外見上何処にも怪我は見えず、着ている制服にも乱れは無い。

 

「じゃーん、爰乃さんでした」

「え、ちょ、おま?」

 

 これは夢か幻か。

 ふらふらと立ち上がり、ぺたぺたと少女に触れてみる。

 何時も大立ち回りを演じる癖に、怪我一つ無いきめ細かなな白い肌。

 ほのかに椿が香る髪は、絹糸の手触り。

 思わず揉んだおっぱいも、手のひらに余るサイズで記憶と合致する。

 

「……本物?」

「何を基準にそう判断したのか、小一時間問い詰めたい今日この頃」

「手触りとか匂いとかのトータルです」

「イッセー君らしいと褒めるべきか、軽蔑するべきか。先に宣言しておきますが、洗脳もされてないし、誰かに操られてもいません。断るに断れない事情があって、茶番に付き合っています」

「え、そ、それじゃあ……今までの会話は筒抜け?」

「……聞かなかったことにする?」

「かはっ!?」

 

 真顔で目を逸らされた瞬間、俺の中で緊張の糸がぶちんと切れた。

 ここまで気力、根性、復讐心の合せ技で持たせてきた俺です。

 本人を前にして恥かしい真似を続けてきたと知った今、穴があったら入りたい。

 思い返せば、普通に愛を囁くより千倍のLOVEをアピールしてしまった。

 酷使に酷使を重ねた体が、自衛策として意識を落したのも仕方が無いと思う。

 

「過程はともかく、よく頑張ったね」

 

 維持出来なくなった鎧が消え去り、膝から崩れた所までは覚えている。

 記憶が定かではないが、確か優しい労いの声と柔らかな何かに抱き止められた気がした。

 

 

 

 

 

 第三十三話「純粋で単純なたった一つのこと」

 

 

 

 

 

 戦闘後の処理やら何やらは、オブザーバーである私の管轄外。都合よく現れた先生にヴァーリを含めて丸投げ……と言うか、部外者ですからね!?。

 さすがに仲間と顔を合せずらい事もあり、待機場所に選んだのは茶道部の部室。

 畳が使える落ち着いた空間は、外の喧騒を遮ってくれるので助かります。

 ここへ来る途中に、私とイッセー君の怪我は回復済み。

 癒し手は野戦病院化している保健室で、八面六臂の活躍をしていたアーシアです。

 拍手一つ怪我人を健康体に戻すとか、そろそろ本気で神の領域ですよね……。

 

『相棒が意識を取り戻した。後は任せるぞ』

「任せて下さい。また何れ、二人だけで話しましょう」

『楽しみにしている』

 

 もぞもぞと動いた頭を据わりの良い場所に戻し、ぼんやりと目を開いた彼が覚醒するのを少しだけ待つ。徐々に脳が立ち上がっていくのに比例して目の焦点が合い、数秒後には大きく目を開いたイッセー君。

 

「おはよう」

「……おう」

「ほら動かない。アーシアが治せたのは怪我だけ。失った体力や魔力、それに生命力は自然回復待ちだよ。先生曰く、どうして生きているのか分からない半死人は安静にしてないと」

「一つの夢が叶った感じなんだが、これは現実だよな?」

「現実の大サービスです」

 

 イッセー君を膝枕しながら、手持ち無沙汰なので髪を撫でる。

 

「ドライグから聞いたけど、寿命を代償にしちゃったんだ」

「気にすんな。何かを犠牲にしなけりゃ、蜥蜴が龍に噛み付ける筈が無い。例えるなら金の代わりに命を支払い武器を買っただけの事だからよ」

「……そんなに私を失ったことが悲しかった?」

「多分、部長やアーシアが同じ目に逢ったとしても、ここまでの喪失感は無いと思う」

「ふーん」

「水を挿された形だが、ヴァーリを倒せた今なら言っても許される……よな」

 

 言わんとしている事がもう分かった。

 だから指でおでこを弾き、言葉を遮りながら釘を指しておく。

 

「自分でも分かっていると思うけど、制御も出来ない力に支えられた強さを私は認めない。はっきり言って今日の君は無様だった。怒りで我を忘れたり力に溺れるだけならまだしも、周りをちゃんと見ていた? 視野が狭くなっていなかった?」

「えっ」

「例えば最初に魔力弾をばら撒いていた時、危うく小猫に当たりそうに何度なったか知ってる? 最後の大きいのなんて、街ごと焦土になる威力だったよね?」

「……そう、かもな」

「私が空に打ち上げなかったら、両親に友達、ありとあらゆる大切な物をその手で壊していた。そんな事も指摘されるまで気付けない状態を誇っちゃダメ」

「……マジかよ」

「強さは武力。武力は暴力を意のままに操るもの。使えば使うほど滅びへと進む力は本末転倒です。だって、死ななければ負けじゃない。無様を晒しても、最後に生き残った方が勝者なんだから」

「……確か、似たような事をライザーん時にも言われたっけな」

「そんな事もあったね」

 

 意気消沈、イッセー君は今の立ち位置を理解したっぽい。

 目を逸らすように顔の向きを変え、泣き出す寸前だった。

 

「千年を捨てて目先の勝利を掴むより、同じ時間をかけて同様の高みに至ろう。それが仮に復讐だとしても、自暴自棄の勝利を死者は喜ばないと思う」

「……肝に銘じるわ」

「大丈夫、ステップアップは私が保証します。例えば最近の組み手、遊びのない掛け値なしの本気で相手している事を知らないでしょ」

「え、まじで? 手を抜いてたんじゃねえの?」

「か弱い女の子を何だと……一発当たればKOされる身にもなって欲しい」

「そかー、強くなってるんだな。ちなみにどの程度追いついたよ?」

「ふふふ、彼我の戦力差を理解するのもお勉強。自分で察してくださいな」

「ケチ!」

「家計を預かる身には褒め言葉です」

「おのれ主婦!」

 

 元気を取り戻したのを見計らって、今回のあらましを語る事にする。

 どうせヴァーリを満足させる為だけの嘘。隠すことは一つも無い。

 

「……俺も、無茶な要求を呑んでまで引き止められる人材になれっかな」

「これからの頑張り次第」

「木場よりも強く……なれ、るかな」

「既に強い可能性が」

「惚れ…た女を振り、向かせ……る……」

「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心。嫌だったら一緒に居ないよ」

 

 いつの間にか遠くで雀が鳴き出す時間になっていた。

 比喩抜きで全てを吐き出したイッセー君は限界。ついに寝息を立て始めてしまう。

 

「これからの事は遊びに命を支払ったお詫び、ご主人様には内緒だからね?」

『そこまで無粋ではないさ』

 

 私は命まで取らないと言う言葉を信じ、体の良いイベントとしか捕らえていなかった。

 確かに結果だけ見ればイッセー君は禁手完全開眼を初めとするパワーアップを果たし、私としても前衛ズとの正確な差を体感することが出来ている。

 でも、現実はどうだろう。

 イッセー君は寿命を失い、暫くは戦う所か日常生活がやっとの体。

 全ては何処かでアーシアさえ居れば大丈夫、そう甘く考えていた私が全部悪い。

 こんな事で償いになるとは思わないけど、せめて形として示したい。

 だから彼の欲しがっていた物、その一部を差し出す事を最初から決めていた。

 そっと手を添えて顔を近づけ、唇を合わせてからゆっくりと離す。

 

「私が誰と結ばれるにしろ、女を自覚してからの初めては君の物。意識が無い状態じゃないと捧げられない、根性なしの女でごめん」

『今回のは半分自己満足だからノーカンとしても、相棒は有力株かい?』

「……さーて?」

『まぁ、お互い特別ってだけでも一歩リードと思いたい』

「飼い主思いのドラゴンな事で」

 

 イッセー君の嫁二人に先駆けて唇を捧げてしまった後ろめたさを感じつつ、私は膝からそっと彼を下ろし窓を開けて外を見る。

 クレーターだらけ、校舎は偶然無事の部室棟を除いて全壊のこの状況。

 認識を阻害する結界とやらが、正常に作用してるのかとても不安です。

 さすがに今日は休みですよね?

 コカビエルさんの時とは違いますよね?

 疑問を解消すべく、アザゼル先生の居るであろう会議室に向かう私だった。



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閑話 IFの代価の夏休み
番外編その一「夏の日差しとデイウォーカー」


前章で空気だった紅悪魔さんを差し置き、ぽっと出のギャー介に脚光が。
彼にもまた別の成長が待っているような居ないような……


 ごーおんだいん皆様、香千屋爰乃です。

 魔法建築界が誇る匠も、あまりの惨状に匙を投げました。

 結果、出資母体であるグレモリー家の圧力で夏休みが前倒しでスタート。

 しかし、冥界旅行の日取りはもう少し先。

 さて、どうしたものか。

 そう考えて得た結論は、旅費で吹き飛んだ貯金の再生です。

 

「ステファニー、ドラミングよ!」

「ホッキョォォォ!」

 

 すてふぁにーのこうげきりょくがあがった!

 

「えーと、アレイ……かえんほうしゃ」

「そのような武器は装備一覧にありません。こっそり近似値のプラズマ収束砲で代用。アレイは気の効く所を、さり気なくアピールします。汚物は消毒だー」

 

 あれいのりゅうしへいき。たいしょうはじょうはつする。

 

「ちょ、ちょっと貴方なんて事をしますの!? 雪分身を先に使っていなかったら、ステファニーが死んでしまう所だったじゃない!」

「まだ一ターン目なのに、バフを使用済みって……」

「事前に強化を禁止するルールは御座いませんわよ!」

「……もうそれでいいです。で、負けを認めないならもう一発撃たせますが」

 

 そんな私が何故ポケモント○ーナーの真似事をしているかと言うと、理由は至って簡単。

 バイト先は海の近くの神社です。

 なら、バカンスも兼ねたいじゃないですか。

 バーベキューに、花火。青春の一枚に収めたいイベントは幾つもあります。

 だけど、とにかくお金が無い。

 いっそテントでも張ろうかと悩んでいたその時、部長との会話を思い出して天啓走る。

 確かテニス部の部長はこちらの世界の住人で、魔物使いの家系とか。

 しかも賭け勝負が趣味のお金持ち。

 うろ覚えながら、これから向かう場所に別荘を持っていると言っていた気が。

 そこで駄目もとの交渉を行った所、以外にもあっさり勝負を受けてくれましたよ。

 ちなみに掛け金はイッセー君の身柄。

 さすがドラゴンタイプ。レアなんでしょう、多分。

 

「ぐぬぬ、陸の勝負はそちらの勝ちで結構!」

「さっさと次行きますよ、次」

 

 勝負方法は、魔物使い伝統(?)のポケ○ン三本勝負です。

 各々が陸、海、空の魔物を持ち寄り、二本先取した方の勝ち。

 私が勝てば夏休み終了まで、該当地域の別荘を自由に使う権利を。

 負けた場合はイッセー君を引き渡し、休み明け間で手持ちに加入。

 本人の与り知らぬ契約ですが、負けなければ無問題。

 とまあそんな訳で、第二ラウンド行きますか。

 

「これ、何です?」

「知りませんの? 歌で人を惑わす人魚でしてよ?」

「ゴリゴリとSAN値が削られる感じが何とも。盤外の精神攻撃止めてくれませんか」

「あまりの美しさに平伏したのね」

「完璧にクトゥルフの住人が人魚って……」

 

 先輩がプールに呼び出したのは、何と足のついた巨大なマグロ。

 産地は大間ですか? それとも養殖ですか? そんな質問を堪えた私は凄い。

 逞しい両足は分厚く太く、強そうな蹴り足はスイマーの理想系。

 で、ここだけの話、キロお幾らなんでしょう。

 展開が読めるからこそ、予防線を張っておきたい私です。

 例え築地の御祝儀相場の大物だろうと、御代は一切支払いませんよ。

 

「おっほっほっ、早く始めないと酸欠で死んでしまいますの。貴方も魔物を出しなさい!」

「その設定が継承されてるのに塩素水大丈夫とか……行け、鬼灯」

 

 腕に巻きつけていた鬼灯(端末)を、プールに投げ込んでスタンバイ完了。

 それと同時に遊戯王真っ青のお嬢様ルールが適用される。

 結果、またしても開始を待たず先輩が動いた。

 

「私のターンっ! エスカテリーナ、ハイドロカノンよ!」

「ギョギョギョ!」

 

 えすかてりーなのはいどろかのん、こうかはいまひとつのようだ。

 

「水遊び好き。我、川と鉄の龍。鮪美味、捕食良い?」

「美味しく召し上がりなさい。鬼灯、かみつく!」

 

 ほおずきのかみつく、こうかはばつぐんだ!

 

「エスカテーリナァァァァ!?」

「げっふー」

 

 先輩の金切り声も当然だと思う。

 騙し絵の様に大きく開かれた顎が、既にぐったりな鮪を一口でペロリ。

 スタッフが骨も残さず美味しく頂きました。

 

「ええと、二本先取した訳ですが……」

「三本目は倍率五倍よ! 何か文句あるかしらっ!?」

「被害が増えるだけだと思いますよ?」

「だまらっしゃい、手塩にかけて育てた愛魚の敵を次で討ちますの!」

「空だけはスルーしません?」

「あら、そんなに自信が無いのね。これは弱点と見ましたわ、少しお待ちなさい!」

 

 待つこと数分。先輩は巨大な怪鳥に乗って戻ってきた。

 お供に二匹同じものを連れて……。

 

「これぞ手持ち最強のダイバード×3! 恐れ慄きなさい!」

「つ、ついに禁手に手を染めるとは。ルール守ってくださいよルール!」

「勝てばいいんですの、勝てば。それに一匹しか出してはいけないと、誰が決めましたの? 論破完了、魔物ファイトレディーゴーですわ!」

 

 温厚な私も、これにはキレた。

 我慢に我慢を重ねたら、要求はエスカレートする一方。

 そろそろガツンとやらないと、先輩の為にもならないよね。

 そこでお絵かき中のアンを振り向かせ、初めて先手を打つ事にする。

 

「アン、鳥と一緒にあの辺のおうちをバーンしちゃって」

「はーい」

 

 あんのきょくしょたつまき、しゅういはめちゃくちゃだ!

 

「もっとする?」

「十分です。後はお話が終わるまで、そこで静かに遊んでいてね」

「アンね、頑張っておそらを書いたの。おうち帰ったら姫様にも見せてあげる!」

「楽しみにしてます」

 

 一瞬で形成されたのは、鋼鉄すら紙くずの様に引き裂く竜巻だった。

 巻き込まれた鳥ズはミンチにされ、風に乗って四散。

 器用に先輩は無事に下ろしてある辺り、アンも芸が細かい。

 ついでに家屋も吹っ飛んだけど、事故だから仕方が無いよね☆

 

「バトル中の被害は気にするな、と先輩が言いました。弁償しませんよ」

「え、いえ、その……さすがにやりすぎでは」

「四戦目行きます? まだまだ手駒は揃えてありますよ?」

 

 嘘ですけど。

 

「私の負けで構いませんわ!」

「それだけ?」

「ごめんなさい。素人に負けるなんてと、つい卑怯な手を……」

「分かっているなら何も言いません。では、約束通り鍵は頂きます」

 

 ちゃっちゃちゃららーん。

 てにすぶぶちょうをたおした。

 べっそうのかぎをてにいれた。

 けいけんちはてにはいらなかった。

 しょんぼり。

 

「アレイはマスターの眷属。指揮権を得た姫様でも無償で働かせられない事をアピールし、仕事の代価として旅のお供を要求します」

「アンも、アンも行くの!」

「別に構わないけど……鬼灯は?」

「我、コロッケ要求。皿一杯希望」

「了解、腕によりをかけて作りましょう」

 

 磨り潰された我が家をぼんやりと眺める先輩を放置して、社へと帰る私達だった。

 

 

 

 

 

 番外編その一「夏の日差しとデイウォーカー」

 

 

 

 

 

「僕とあなたの間に、どんな繋がりがあるんですかぁぁっ!?」

「黙りなさいインチキ吸血鬼。飼い主の許可を貰った以上、契約期間を過ぎるまで私が上司です。生かすも殺すも私次第、ぐだぐだと続けるならこの場で潰します」

「それもいやだぁぁぁ!?」

「ギャー子に与えられた選択肢は ”はい” か "YES” のみ。好きな方を選びなさい」

「ノォォォ!?」

 

 始発の電車に揺られてガタゴトと。有名な江ノ島等に比べると何歩も譲りますが、知る人ぞ知る海水浴場に到着した私たち。

 お供はアンとアレイ。それに加えてギャー子を引きずって来た。

 このモヤシ娘は、先の戦いで木場君と小猫に加勢せず逃げを選んだ根性なし。

 それは無いだろうと思い、性根を叩き直すべく旅に同行させた訳です。

 ちなみに本来は台風直撃だったお陰で人は少なめ。

 これなら人込みに辟易する事も無いでしょう。

 

「そもそも天気予報と違うのは何故!? 中止だと安心した僕の平穏は何処に!?」

「神様の采配じゃないかな」

「僕、悪魔でしたぁぁっ!」

 

 これは嘘。真実はアンによる気象操作が原因だったり。

 大気に関する事ならほぼ万能、低気圧なんてちょちょいのちょい。

 晴れも曇りも自由自在のてるてる幼女が付いている私に死角は無い。

 見て下さい、この雲ひとつ無い真夏の太陽を。

 照り付ける日差しで砂は熱く、潮風が適度に心地よいこの環境。

 吸血鬼の苦手を全て揃えた完璧な特訓場ですよね。

 

「光がっ、太陽がっ、流れる水がっ!?」

「出任せは止めなさいデイウォーカー。貴方が物語的な吸血鬼の弱点を全てクリアした、都合の良い化け物であることは調査済み。嘘はだめですよ、嘘は」

「耐えられても苦手は苦手なんですぅぅぅ」

「仕方が無いですね。初日は慣らし運転と言うことで、外で一日過ごすだけにしましょうか。少しは健康的に肌を焼き、見た目だけでも健康体になって来なさい」

「そ、それくらいなら……」

「では、アンの遊び相手を頼みます。私は別荘とやらの確認と下準備を済ませたら戻るので、引き篭りには出来ない夏を満喫するように」

「は、はい!」

 

 他所の子を預かった手前、五体満足で返さなければらない。

 その点、アンをくっつけておけば生き死にの問題は無し。

 ジョーズが乱入しようが、海賊がヒャッハーしようが全て返り討ちの安心感。

 しかもこの子、何気に創作活動が大好きだったりします。

 さっそく砂を固めて何かの建造を開始しているので、放っておいても大丈夫でしょう。

 そう考えた私はアレイを伴い、本日の宿へと向かう事にする。

 

「拠点の防衛力に不安を感じるアレイは、趣味の一環として監視端末及び侵入者撃退装置設置を姫様に上申すべく目で訴え中です」

 

 母屋は上品な建物で、手入れが十分に行き届いた庭は品の良い空間を演出。

 立地条件も海まで徒歩で行ける好立地で、これぞ別荘と言った風格が素敵です。

 しかし、私とは違う観点で別荘を眺める少女の感想は違った。

 

「機器を目立たない配置にするなら、好きにして良し」

「これは遣り甲斐のある仕事だと、アレイは大奮起。ここぞとばかりに買い揃えた電子機器を、踊りだすテンションで設置すると宣言します」

「アレイが冷静キャラなのか、熱血型なのか、未だに分からない……」

「ロボットだからマッシーンだからー」

「それは、自称マシーンな熱血漢」

 

 何処からか大量の機器を取り出した僧侶は、妙に活き活きとしている。

 出自が出自なのか、機械を愛する僧侶さんです。

 自らの手で電子の結界を作り上げたいお年頃なのでしょう、多分。

 

「掃除と寝床の準備を済ませちゃいますか」

 

 管理人が定期的に維持していたらしく、目立った汚れは無い。

 しかしながら食器の類は一度洗わないと嫌だし、布団やシーツが揃っているかも見て回る必要がある。他にも料理に必要な調味料のチェック等々、泊まる準備は地味に多い。

 どうせお仕事開始まで、日程的な余裕もあります。

 今日は移動日と割り切って、やる事を終えたら私も海に行こう。

 そう考えた私は、面倒事を片付けるべく腕まくり。

 手始めにキッチンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「お城には、おほりが必要です」

「確かに」

「悪い人をほうりこむ、ろーやも必要なの」

「え、そんなことも想定するの!?」

「そして、すーぱーなろぼっとが地下からばーん!」

「せっかく作ったアートがぁぁぁぁっ!?」

 

 私が海水浴場に戻ると、別れた場所からそう離れていない所で二人を発見。

 タイミングが良いのか悪いのか、丁度立派なお城が砂粒に戻る所でしたよ。

 さすが芸術家。作った作品への執着心は皆無って、まさか今までずっと砂遊び!?

 

「何をやっているんですか」

「あ、姫様だ。見て見て、アレイ発進なの!」

「頑張りましたね」

「うん、お兄ちゃんとそうだんしながら頑張りました」

「僕も楽しかったよ!」

「泳ぐと言う発想は無いの?」

「泳げません」

「ほう、なら泳げる様に特訓メニューを追加しましょうか」

「薮蛇だったぁぁっ!」

 

 ほ、本当にインドアな子ですね。

 駄目過ぎて、逆にやる気が湧いて来ます。

 

「とりあえず、海の家で一息入れてから考えましょう」

「確かに喉がからからですぅ」

「それではレッツゴー。不味いラーメンでも頼むと良いでしょう」

「アン、おいしくないのやー」

「様式美と割り切り、雰囲気を味わうのが大人の証。それに実は美味しいかもだよ」

「ならたべるー!」

「僕は焼きもろこしが欲しいなぁ」

「私は焼きイカ派。でも、それはそれで気になる……半分トレードしません?」

「喜んで!」

 

 かくして、私達は遅めの昼食を取るべく移動を開始。

 途中で何組かのDQNに絡まれましたが、全員海へ放り込んでやりましたとも。

 一番人気はギャー子。唯でさえレアな金髪美少女なのに、白いワンピースが華奢な体の線を浮き彫りにして何ともいえない可憐さ。納得の人選です。

 二番手はパーカーを羽織った私。藍の水着はパレオの付いたビキニタイプで、選ぶのに時間をかけた分似合っていると思う。

 でも、被写体として人気なのはアンだった。

 可愛らしいセパレートの水着を着こなし、太陽に負けない笑顔が視線を誘う。

 アーシアが女神なら、アンは天使。男女を問わず、見惚れてカメラを向けられるから凄い。

 お陰で海の家では、頼んでいない品が差し入れされて嬉しいやら怖いやら。

 それでも平気な顔で全てを平らげ、天使は砂浜に舞い戻る。

 たまに休んで泳いでギャー子を海にぶち込んで、日はあっという間に暮れてしまった。

 

「めんどいので今日は大盤振る舞い。店で食べて帰りましょう」

「やったーっ!」

「わーい!」

 

 さすがの私も疲れました。

 食事不要のメールを送ってきた留守番には、気兼ねする必要も無し。

 着替えを済ませ、向かったのはこじんまりとした居酒屋っぽい店。

 部長からギャーの教育費を貰っていなければ、外食なんて不可能でした。

 喉が渇いたら公園で水を飲め、そんな修羅の世界を覚悟していた私です。

 当初の予定は自炊祭りだった事もあり、事前情報は一切無し。

 ここは直感を信じるのみ!

 

「価格も適正、普通に当たりですよねー」

「お魚が新鮮で最高ですぅ!」

 

 結果は、大変おいしゅうございました。

 気さくな親父さんが出してくれた地物の魚介に舌鼓を打ち、ついついアルコールを要求してこっぴどく怒られたのはご愛嬌。

 職業病なんです。

 インチキ神社のバイト巫女でも、神事でお神酒を飲まないと駄目なんです。

 味が分かるようになっても仕方がないじゃないですか。

 だからせめて麦が原料の炭酸ジュースを一杯だけ頂きたいなぁ……なんて。

 

「おさしみおかわり!」

「凄ぇ食いっぷり。これが噂のフードファイターとやらか……?」

「まだまだ食べられるよ?」

「子供だけで金は大丈夫なんだよな? 警察沙汰は勘弁してくれよ?」

「うんー、これがゆーろとどるで同じだけ分あるよー」

 

 ちなみにメニュー全制覇の勢いだったアンは、大変なお金持ちと判明。

 そういえばお爺様の女王ですもんねー。

 フィクションの産物、万札びっしりケースを現実でお目にかかるとは……。

 何気なく寄越したカードも、国際的に通用するブラックカードですよ?

 え、コイツら何処のお嬢様? 的な目を向けられた瞬間を一生忘れないと思う。

 とまあ、ここまでは良かった。

 

「ひぃ、幽霊!?」

「吸血鬼が幽霊に怯えるの!?」

 

 別荘に戻ると、真っ暗な庭から聞えてくるのは抑揚の無いメロディー。

 

「機械を幽霊に定義されたアレイは、デジタルを否定されたことに大変憤慨しています」

「まだ、やってたんだ」

「テストを含め、これからが本番である事をアレイは姫様に報告します」

「ご、ごゆっくりどうぞ」

「イエス、マム」

 

 軽くホラーな展開に身構えるも、犯人はアレイの口ずさむ歌でした。

 日が落ちても大絶賛作業中。徹夜で頑張るとか言われても困ります。

 ま、まあ、本人楽しんでいるので見なかった事にしようかな。

 そんなこんなで華麗にスルーを果たした私は、帰り際にスーパーで仕入れた食材を冷蔵庫に収納。明日の為に下拵えを完遂して、ようやく今日の業務を終える。

 そういえばブルジョワの証、掛け流し檜作り温泉が標準装備でしたね。

 そんな軽い気分で向かった所、どうも先客が居るじゃないですか。

 早寝早起きがライフスタイルのアンは、家に着くなりスヤスヤと夢の中。

 ギャー子と話すのも悪くないと入った訳ですが―――

 

「ええええ、な、なんで爰乃さんがっ!?」

「女しか居な……ほう」

 

 成る程、これは大きな勘違い。

 ギャー子ではなく、ギャー夫でしたか。

 シャンプーを取ろうとした彼と目が合い、ほんの一瞬だけ固まってしまう。

 それでもリカバリーを果たして掛け湯を流し、足を湯船に入れて告げておく。

 

「まぁ、細かい話はさておき明日の確認です。起床は五時、ランニングで体を温めてから基礎メニューを―――」

「へ、平然としてますけど、ぼ、ぼく男ですよ?」

「見れば分かりますよ。何をそんなに慌ててるんですか」

「はだっ、はだかですよね!?」

「巻いたタオルで防御は完璧です。あ、湯船には入れないのでご安心を」

「マナーじゃなくて普通は罵るとか、悲鳴をあげて逃げるところではっ!?」

「片手で捻り潰せる相手に怯えるとか意味が……」

「この人、頭おかしいですぅぅぅ」

 

 思い返すと、アンもお兄ちゃんと言っていた。

 イッセー君達もギャー介やら、ギャー君と呼んでいたのに迂闊。

 少しばかり洞察力不足ですね。

 

「私は女装趣味だからと軽蔑しません。それに、怒ってませんよ?」

「ほ、本当ですかぁ?」

「……イッセー君と長年付き合えている時点で普通の変態なんて」

「……お察ししますぅ。でも、さり気なく変態扱いしましたよね!?」

「事実は事実と受け止めなさい。とりあえずギャー介が性別を偽っていたならともかく、私が勝手に勘違いしただけ。だから、この状況も気にしなくてOK」

「いいんですか?」

「イッセー君の覗き趣味に対して”もっと上手くやれ”と忠告するのが私です。今回は私が悪いわけですし、見たいなら見せてあげようか?」

 

 ねずみ系の小心者と分かっているので、胸元を広げてちょっと遊んでみる。

 女装はカモフラージュなのか、それとも単純な趣味なのか。

 これでこの子の本性が分かる。

 

「ノーサンキュー!」

「そんなに私って魅力が無い?」

「大変お綺麗かとっ! でも、イッセー先輩に殺さるのはごめんですぅ!」

「別に彼女でも何でもないんだけどね。じゃあ、途中っぽいからお詫びとして頭でも洗ってあげましょう。ほら、ほら、おいで」

「じ、じゃあ、せっかくなのでお願いします……」

 

 判定はシロ。

 それに男が好きなわけでも無いとの事なので、ちょっと安心しました。

 可愛いものが好きで、自分に似合うと自覚しているから女装しているとのこと。

 そうだ、今度彼らに引き合わせよう。

 私の知る最強のステゴロ集団、現代の拳王ミルたんとその一味に。

 彼らはゴスロリがユニフォームだし、理念を共に出来る同好の士だよね。

 悪意はないよー、あるないあるよー。

 そんなこんなで会話で時間を潰し、一人になった所で天井を仰ぎながら思う。

 弟子三号の隠しても居ない秘密に偶然辿り着いてしまった。

 こんなにも完璧美少女が男。世界は理不尽に満ちています。

 さり気なく男にナンパの数で負けた敗北感に、その夜はアンを抱き枕に寝た私でした。



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番外編その二「楽しいお仕事」

 想像してたよりも優しい人。

 それが爰乃さんへの印象でした。

 部長達の薔薇の華やかさとも違う、桜の可憐さを秘めた美人さんに頭を洗われて居る最中は、破裂しそうな心臓の音が聞えてるんじゃないかとハラハラ。

 どうしてああなったのかは良く分からないけど、とても天国だったなぁ。

 これで狂人でさえなければ僕もコロリと……本当に勿体無い人ですぅ。

 そんなことを思いながら眠りに就いた僕でしたが、目覚めてからは地獄でした。

 渡されたジャージに着替えて真っ暗な外に出てみれば、先ず始まったのはストレッチ。

 入念に体をほぐしただけで僕の体力は限界。でも、これはまだ序章。

 舗装の上を走るだけでも大変なのに、走らされたのは砂の上。

 必死に足を動かしても、絡みつく砂に阻まれて一向にペースは上がらない。

 

「自分のペースで結構。但し歩く事は許さないと、アレイはデータを蓄積兼検証しながら管理対象を叱責します」

「えうぅぅっ」

「吸血鬼とは血を吸う鬼。その最大の武器は怪力、つまり圧倒的な身体能力とアレイは文献から得た知識でしたり顔です」

「僕は半吸血鬼ですぅぅ」

「つまり半分のスペックは持っていると、自白したも同じ。その証拠を数字として提示可能なアレイは、最大限の効率を目指して実験生物を弄ぶ今日この頃」

「ひどっ!」

 

 もう限界、そう思う度にアレイさんのチョップが飛んでくる。

 恐ろしい事にこの人は、僕に貼り付けたセンサーを元に限界を見極めているっぽい。

 まだいける、そう言われて立ち上がってみると本当に体はまだ動く。

 たまに吐いて、心臓は破裂寸前。それでも決して立ち止まらない。

 だってイッセー先輩と約束した。

 グレモリー眷属の男たるもの、一に根性、二に根性。

 安易な逃げを選ばない誓いを立てている。

 それに爰乃さんからは、部長達とも違うアドバイスを貰ったじゃないか。

 

「私もそうだけど、ギャー夫も筋力を生かしたパワー型じゃないよね」

「……僕、強くなれませんか?」

「なれます。現に私だってそれなりに強いでしょ?」

「むしろ強者枠ですぅ」

「例えば私が目指すのは竹であり、イッセー君やヴァーリが目指す鋼の強さとはベクトルが全然違います。何故か分かります?」

「植物じゃ鉱物に勝てません。ちょっと意味が……」

「例えばこの体。全身の筋量は必要最低限に留め、速さと持久力を優先。しなやかさを最大の武器と設定している訳です」

「は、はい」

「鋼が力を正面から受け止めその硬度で敵を討つのなら、竹は弾性を持って受け流し反発力をもって反撃を行う。威力差はともかく、手段としての優劣はありませんよね?」

「はい」

「非力な女の子が鋼を目指して無意味な努力を続けるのと、持ち味を伸ばして別の角度からアプローチするのなら、どちらが賢いと思う?」

「後者ですぅ」

「伝えたい事は、誰かを真似する前に自分の特性を見直す必要があると言うこと。ギャーは前線で殴りあうキャラじゃなく、中、後衛の特殊支援型でしょ?」

 

 ここへ来て察しの悪い僕も、言わんとしている事に気がついた。

 

「イッセー先輩そのものを目指す必要は無い、そういう事ですよね?」

「正解。集団としての足並みを揃える基礎力は必須ですが、方向性は真似しなくて結構。どのみち短い遠征です。貴方には、効率的な身体操作術だけを叩き込みます」

「頑張りますっ!」

「なら、今は走りなさい。体がどう動くかを考えて、一歩一歩を大切にしつつ、足腰を鍛えなさい。これぞ一石二鳥。努力に勝る鍛錬はありませんよ」

「はいっ!」

 

 そして今に至っていた。

 爰乃さんは自分のメニューを消化する為に砂浜をぐるぐると周回し続け、すれ違う度に頑張れと声をかけてくれている。

 ちなみにトレーナーを引き受けてくれたアレイさんは、何処を見ているか分からないガラス玉の目と抑揚の無い声でウィットに飛んだ指摘をビシバシと!

 

「そろそろ負荷が限界寸前だとアレイは判断。インターバルを入れ、別メニューへと移行する事を指示します」

「はっ、はぃぃぃっ」

 

 渡されたスポーツドリンクを一心不乱に飲む僕は、人生で一番頑張ってると思う。

 つらくて泣きたいけど、地獄を乗り越えていけば無価値と目を背けていた自分に少しでも自信が持てる気がする。

 僕は僕を支えるバックボーンが欲しい。

 イッセー先輩だって、小猫ちゃんだって屋台骨がしっかりしてるから強いんだ。

 僕も今回の旅でそれを必ず手に入れてみせるっ!

 

「次は腕立てをするように、とアレイはリスケしながら命令します」

「何でもどんとこーいっ!」

 

 少しばかりハイになった僕は、やけっぱちに返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その二「楽しいお仕事」

 

 

 

 

 

 よーれっげると、皆様。

 何となくハンガリーな気分の香千屋爰乃です。

 こちらに来て三日が経ち、ついにアルバイトの時間を迎えました。

 仕事内容は、お祭りを控えた神社のお手伝い。

 とても簡単な代わりに、拘束時間の長さが面倒な面倒な単純労働です。

 でも時給換算すると、かなりの高額なので文句は言いません。

 

「さて、これから夜明けまでビジネスタイム。サボるなと言うか、気を抜けば死ぬかもなので集中を切らさず頑張りましょう」

「かかかかんたんなアルバイトじゃなかったんですかぁっ!?」

「募集要項は神職かそれに順ずる一名以上を含んだ妖怪を狩れる人。接客不要、特別な資格も不要、人格すらも不問の楽な仕事じゃないですか」

「えぅぅぅぅ!?」

 

 改めて仕事内容を説明すると、この神社には何年かに一度結界が緩んで封じている大妖の眷属が夜中限定で湧き出してくるイベントが発生することが大前提。

 眷属の目的は、封印の大本である祭具の破壊です。

 例年はこれを阻止する人材が各所から派遣されてくるのに、今年は有資格者でフリーの人員の多くは禍の団に合流。まさかの人手不足を招いてしまったらしい。

 弱体化しても聖なる結界内部での戦いの為、人と関わりのある化け物はほぼ侵入不可。

 悪魔やら何やらの手を借りられない、極めてレアなケースが今回な訳です。

 そして出された求人に引っ掛かったのが私。

 巫女の経験アリ。聖属性攻撃も可能と履歴書に書いたら速採用でした。

 

「そ、そういえば僕って吸血鬼で悪魔なのにどうして平気なんでしょう?」

「特訓で新たな力に目覚めたんじゃないカナー」

「その反応、絶対に理由知ってますよね!?」

「知らないよー」

「嘘だっ!」

「……実は駄目元で、私の血を三食全てに混入した次第」

「初耳ですぅ!?」

「ギャーが血を吸えない理由って生臭さだよね。だから濃い目の味付けで風味を誤魔化しつつ、徐々に慣れさせて行く食事療法を実践した私だったり」

「ぜんぜん気付かなかった! だから僕だけ特別メニューだったんですね!」

「ちなみに徐々神気の込め具合も増やしたけど、特に影響なし?」

「二日目の晩、派手におなかを壊した理由が判明しましたぁぁっ!」

「つまり、それ以降は問題なかったと。実験大成功、やったね爰乃ちゃん!」

「うううううう、美味しかったから怒るに怒れません……」

「まぁ、そんな感じで毒物である神気に体が順応。似たような清浄な空気もへっちゃらになったんじゃない?」

「弱点が一つ減ってよかったと、素直に割り切れない僕ですぅ」

 

 よし、魔改造第一段階完了。

 次は直接吸引出来る体を目指して、騙くらかさないと。

 

「ち、ちなみにアレイさんは入れなかったのに、アンちゃんが平気なのは……?」

 

 背中におぶさり、すやすやと眠る幼女に対する疑問は当然と言えば当然。

 私も最初は騙された口だし、ギャー夫が勘違いするのも仕方が無い。

 

「影響が無くて当然ですよ」

「そ、そうか、超級の魔物は耐えられ―――」

「悪魔じゃないので、そりゃ効きません」

「え、だって、アドラメレク様の女王って聞いてますよっ!?」

「お爺様の女王ポジションなだけで、あの子は神鳥アンズーそのもの。女王って表現はレーティングゲーム基準に合せ言葉遊びですから」

「だ、だからアンちゃんは悪魔の翼で飛ばないのか!」

「転生する意味の無い存在が駒を用いて下僕になる意義は、忠誠を目に見える形で表したいだけの自己満足です。主人と僕の間に揺るがない繋がりがあるなら、それは無意味な行為と思いませんか?」

 

 鎖で繋がなければ逃げられる間柄より、放し飼いでも必ず戻ってくると信じられる関係。

 前にイッセー君が私になら裏切られても良いと言ったけど、これが本当の絆だと思う。

 チェス駒の役割は無条件に従う証には成り得ず、ゲームで役割を示すだけの名誉称号。本来ならヴァーリの様に、王の魅力で部下を率いなければならないんじゃないかな。

 実際、扱いに耐えかねた下僕が主を裏切る事例も少なくないと聞いています。

 人材というものは、獲得するより維持する方が難しい。

 その点を理解しているのか、部長に問い詰めたい私です。

 

「……考えさせられる問題提起ですぅ」

「これから先は独り言だからね?」

「は、はい」

「部長はこの点を勘違いしています。常々"私の下僕”って表現を使いますけど、いまいち主としての器量を見せられていないと思う」

「……」

「ご執心のイッセー君も、命を救われた借りは十分に返しました。本人がそれを自覚した時、彼を引き止める新たな何かを示せるのでしょうか?」

「先輩はお金とかへの拘りも薄いですし、難しい……かもです」

「木場君や小猫もそれは同じ事。これから百年は今の体制が続いても、千年後に無条件の忠義は無理。継続して組織を維持する力を部長は身につけるべき」

「……確かに僕も、ずっと従えるかと言われると怪しいです」

「まぁ、聡い部長の事。その内気付きますよ」

「そう願いたいですぅ」

「さて、無駄話はそろそろ終わり。お客様のご登場前に移動しますよ」

 

 時計の針が頂点で重なった瞬間、湧き上がってくるのは獣の気配。

 それと同時に目を覚ましたアンが、眠気眼で首を傾げて言う。

 

「うー、けものくさい。アンね、約束通りしきちないに入ったのころすよ?」

「よく覚えてましたね、偉い偉い」

「えへー」

 

 これで後顧の憂い無し。

 事前に敵の知能は低く、目の前の障害に群がる性質を持つと聞いているのでスルーされる可能性は低いとは思う。

 だけど、やはり後詰が控えて居ると居ないでは安心感が違います。

 と言うか、アンを込みの戦力として任せられているのが現実。

 私達以外にも複数のチームが雇われていますが、皆さん熟練の山伏だったり高野山の高僧だったりと、そうそうたる顔ぶれです。

 幾らなんでも子供二人に丸投げは難しいですよね。

 紀元前から続く最古の神話に名を連ねる神獣を連れていなければ、こんなに大事なポジションを任せて貰えなかったと思う。

 

「数を相手にする今回、貴方の神器を頼りにしています」

「は、はいっ!」

「でも、間違って私を止めたら殺すからね?」

「しませんやりませんにげませんっ!」

「それなら良し。急造コンビですが頑張りますか」

「よろしくお願いしますぅ」

 

 一般参拝客向けとは違う、本当の御神体を祭る祭具伝へと続く石階段の途中。この為に開かれた広いメイン会場に陣取った私達。

 そこに現れたのは、三メートルを超える猿の群れ。表皮は黒い毛で覆われ、知性を感じない真っ赤な瞳が獣の本能を映し出している。

 

「アレは猩猩と言う種族なんだけど、よく女性を攫ってアレな目に遭わせる女の敵です。捕まったらアウト、その認識を忘れずに」

「ぼぼぼくおとこだし」

「その形で?」

 

 そう、ギャー夫の服装は私とお揃いの巫女服。

 対猿系防御術が組み込まれた、神社伝統の装備です。

 ただ、責任者が”これが巫女さんだよ! ウチの年食ったのとは全然違うな!”と性癖を暴露していた件が不安材料ですけどね……。

 片方は男でした、そう告げたらどんな顔をするのか楽しみ。

 お給料を貰う時に暴露する事を決意した私を、誰も攻められない筈。

 

「基本は吸血鬼の力を用いた援護と牽制。後は空気を読んで自由行動」

「で、でもっ、本当に前衛をお任せしてもいいんですかぁ?」

「私が最近相手にした孫悟空に比べれば、こんなの猿回しの家畜ですから」

「普段なにやってるんだろうこの人……」

 

 ちなみに最終ラインをアンが死守する一方、もう一人の守護者も遊んでは居ない。

 結界外の全てを俯瞰できる某所から、イレギュラーに備えて警戒態勢中だったりします。

 

「ふふふ、無双ゲーをこの身で試したいと思っていましたよ……いざ参る!」

 

 コンディションは万全、身につけた技を思う存分振るうべく先陣を切る私だった。



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番外編その三「呼ばれず飛び出て」

 かりめーら、皆様。

 最近の私はコカビエルさん、ヴァーリ、斉天大聖、他数名に負けっぱなし。

 同年代の急成長もあり、自信を喪失しつつある香千屋爰乃です。

 ですが、この認識が誤っていたことに気づいてしまいました。

 具体的には比較対象が悪すぎたっぽいですね。

 

『別働隊へ恩を売り稼ぎの一部を分捕るべく、押し売りの武力介入をアレイは開始します。姫様に確認、殲滅しますか? それとも支援に留めますか?』

「ご自由に」

『命令を受諾。これより本体による直接火力支援開始を、アレイは宣言します』

 

 お仕事前までは、駆け出しの自分を基準に熟練のプロの強さを想定。

 私で対応可能なら、歴戦の猛者には幼稚園のお遊戯だと思っていた訳ですよ。

 しかし、現実は奇なるもの。襟元に仕込んだ通信機から聞こえるアレイの報告は違いましてね?

 聞けば皆さん押され地味。割とピンチとのこと。

 ひょっとすると給金の高さは巫女さんコスプレによる上乗せではなく、純粋に難易度が高い故の市場相場だったのかな?

 そんな世迷言を考えながら、襲い来る猩猩の一匹をカウンターで一閃。所詮は仮初の存在なのか黒い霧となり霧散するも、後続は先客が完全に消え去る前に手を伸ばしてくる。

 伸びのある跳躍で上から一。正面と左右から二。数はともかく、特に窮地と感じない。

 普通の人間ですら互いが邪魔で同時に三人が限度なのに、猿はさらに体が大きい。どれだけ数が居ても、一度に四も相手取れるなら問題にはなり得ないのです。

 

「ええと、もう少し見学で」

「は、はーい!」

 

 思ったよりも安全マージンが取れている事もあり、指を一本立てて弟子へ釘を指す。

 最も近かった左の猿を正面へ投げて時間を稼ぎつつ、そのまま腰の回転を生かして速度を乗せた掌打を反対側へ連打。最後の一匹の爪をバック転でやり過ごし、ついでとばかりの踵をブチ当てて撃破完了っと。

 人外へ異様な補正を発揮する神気は今回も大活躍。概ね一撃の無双仕様は対悪魔とほぼ同じ。

 これの何処に梃子摺れと言うのか、全く理解に苦しみます。

 強い法力僧とかチートな陰陽師的な人は、二次元の産物なんでしょうか……。

 

「これが一般的な脅威? まさか、人はコカビエルさん級に抗えない?」

 

 投げで崩していた猿の首を踏み抜いて塵に戻した私は、目のつく範囲の殲滅が完了したこともあり、体を伸ばすがてら空を仰ぐ。本来ならウサギさんと雲しか遮るもの無い夜天の月が人型にくりぬかれているのは、彼女がそこに居る証。

 遥か上空、結界が及ばない世界に彼女は翼を広げて舞を踊っている。

 

『FCS正常動作中。マルチロックオンシステム敵勢対象を全て補足。これより全域での殲滅活動開始』

「私はギャー夫と休憩タイム」

「冷えたドリンクはこちらですぅ」

「モンブランは?」

「ここでそのネタを引っ張り出すんですかぁぁ!?」

「冗談です」

 

 手招きするギャーの横に腰を下ろし、飲み物と一緒に渡されたタオルで汗を拭う。

 おや、わざわざ冷やしたタオルを持ち込むとは。

 その気配り、実にマネージャー向けですよ。

 お陰で嫌な考えを頭の隅に仕舞い込む事が出来ました。

 人の限界はそんなに低くない。そう信じたままで居たい私です。

 

『これぞ兵器の本懐。大量虐殺こそ、アレイの望み』

 

 普段と変わらない淡々とした声の中に、僅かながら混ざる喜びの色。リンクされた携帯の液晶の中でディフォルメされたアレイがくるりと一回転し、広げた指を閉じた瞬間だった。

 鋼翼から陽炎を揺らめかせ、やや形を変えた影から放たれたのは色とりどりの光。

 大地を揺らし、物理的な破壊を振りまく姿は本来の意味で悪魔っぽい。

 今も影が揺らいでいるのは、小刻みに射角を調整しているからかな?

 

『周囲への影響を考え、最小威力に絞った光学系兵装のみを選択。現在の残存敵数32。再出現中の固有名称”猩猩”については、次射にて対応するとアレイは報告します』

「打ち漏らした?」

『同業者が交戦中分は、あえて対象外としたアレイです。本来の想定敵はアレイと同サイズの機動兵器であり、人間サイズは想定外。人も魔物も纏めての処分が許されるのであれば、直ぐにでも片付けられるとドヤ顔で回答します』

「クレームが怖いので、そこは穏便に」

『姫様の指示に従い、交戦規定を現行のまま保持する事をアレイは報告します』

 

 ま、まあ既にビームの乱舞に巻き込まれてそうだけどね……。

 私の所は敵がいないので実際の現場を見ていないけど、想像するのは簡単です。

 皆さん驚いただろうなー。

 宗教系の人が混ざっているし、突然降り注いだ閃光を神様の加護やら何やらの奇跡と勘違いされたら面倒くさい。信心の賜物、と増長するとか勘弁して欲しいと思う。

 

「あのぅ、僕らって必要なんですかぁ?」

「不要でしょうね」

「ならこのまま見物―――」

「アレイもアンも万が一の保険であり、主役は私達ですと爰乃は釘を刺します」

「さり気なく物真似とかいらないですぅ」

「突っ込みを入れる余裕があるのなら、明日は一人でいけますよね」

「は?」

「本来のスペックを発揮すれば前衛も行けるギャー夫を、支援ポジションで甘やかそうとする私こそ手緩かった。やはり、スパルタこそ香千屋の流儀。少しでも楽に切り抜けたいと思うのであれば、これからの戦いをしっかり見て勉強する事をお勧めします」

「え、えっ?」

「アレイ、ここ以外を監視して独自判断により攻撃を続行」

『命令を受諾、姫様の邪魔をしない事をアレイは誓います』

 

 遠くから忍び寄る敵の気配に立ち上がり、腕をぐるりと回して準備完了。

 夜明けまではまだ遠く、獣の数に限りは無い。

 

「思考ルーチンとパターンを把握すればこちらのもの。但し、常に想定外は起きると頭の片隅に入れて二割の余裕を保持なさい」

「話が違いますよぉぉっ!?」

「拒否するなら、群れのど真ん中に放り投げるまで。教えた事と自分の能力を組み合わせれば、決して不可能な事ではありません」

「過大評価ですぅ!」

「いやいや、私は無茶は要求しても無理な事を押し付けない主義。客観的に見ればギャーにも出来るタスクですって」

「拒否権がっ、無いっ!」

「せっかくの好機。恐怖を勇気で乗り越えて、一皮向けましょう」

「も、もしも逃げたら……?」

「イッセー君にお風呂の件を暴露する」

「頑張ります、頑張りますから、それだけはやめてぇぇっ!」

 

 私の誠意ある説得が功を征し、やっと首を縦に振り出したダンピールさん。

 最初から素直に頷いていれば脅は……お願いの手間が省けたのにね。

 

「さて、お給料に見合う働きがどのような物かを見せましょう」

「爰乃さんの行動パターンを参考にしてみますぅ……」

 

 単体なら物足りない。しかし、数が居ればまあまあ楽しめる猿の群れ。

 それらは遭遇することも難しい乱戦を経験させてくれる稀有な存在です。

 

「海遊びと同じく、今回も一日の猶予を与えた私に感謝すること。それにほら、今日は何もしなくて良いと難易度を引き下げたじゃないですか」

「代償として翌日の難易度がマジキチになってますけどねぇっ!」

「それはそれ、これはこれ」

「はーい、都合の良い日本語入りましたぁぁっ!」

 

 追い込んでも突っ込みを返せるタフな男に成長したギャー夫に目を細める。

 元々神器を含めてハイスペックな弟子三号のネックは脆い精神面。

 そこが僅かなりとも改善された今、分かり易い形で進化を遂げている筈です。

 本来ならば種族として強力な吸血鬼。その力の一端を発揮すると信じていますよ。

 

「何より故郷に錦を飾る……もとい、何時かは敵地へ惚れた女を奪いに行くと決意しているのでしょう? それなら今回はうってつけの経験です。自分以外全てが敵の環境下で何に注意し、どんな対応が必要となるのか学びなさい」

「……はい」

「失敗出来るのは今だけ。一発勝負で取り返しのつかないミスを起こすより、マシだと思いませんか?」

「ヴァレリーを助ける為にも、勉強させて貰いますっ!」

 

 共同生活を送る中で、ギャー夫の身の上は聞いている。

 生まれ育った吸血鬼社会で血の混ざった忌み子の扱いは酷く、ギャー以外の混血も含めた全員に許されたのは幽閉され日々を無駄に生きる緩慢な地獄だったらしい。

 そんな中、共に暮すハーフの幼馴染が手を貸してくれて脱出に成功。

 結果的には各地を放浪中にヴァンパイアハンターに討たれてしまったが、部長に拾われて今に至るとのこと。

 

「しかし、何度聞いても白龍皇と間違い探しな名前でびっくりしますよ」

「偶然って怖いですよねぇ」

 

 ギャーの夢、それは恩人で初恋の少女の救出。

 力を付け今も捕らわれているであろうヴァレリーさんとやらを助けたいらしい……のですが、格好良いことを言う割りに引きこもり生活だった様な。

 まぁ、人間と比較するのも馬鹿らしい寿命の吸血鬼です。

 私にとっての急務がギャーには百年以内とかのスパンとも言い切れないので、とやかくは言いませんけどね。

 

「足掻いて足掻いて、それでも力が足りないなら私を含めた仲間を頼りなさい。今だけでなく、何れその時が来た時もですよ」

「有難うございますっ!」

 

 覚悟が在るならば、それに相応しい対価を。

 先ずは目の前の問題を解決して、それを証明して貰いましょうか。

 

 

 

 

 

 番外編その三「呼ばれず飛び出て」

 

 

 

 

 

 一日目の戦いを終え、別荘へと戻った時だった。

 無表情のままスキップで先頭を行くアレイに違和感を覚えつつ、徹夜の疲労で突っ込みを入れる気力の無かった私は気にも留めず放置。

 重い足取りで別荘に戻ってみると、そこには意味の分からない光景が広がっていた。

 

「……何が、あったと」

「綺麗なお庭が大惨事ですぅ」

 

 庭師の苦労は水の泡。計算された配置の草花は踏み躙られ、心地よい木陰を作り出していた欅も半ばから断たれる始末とはこれ如何に。

 本来なら犯人探しを始めるべきなんでしょうが、今回ばかりは不要です。

 何故ならアレイの罠に引っかかったのは、この場に居る全員の知った顔。

 足元には見覚えのあるオンリーワンの剣が泥まみれで転がり、持ち主の素性を分かりやい形でアピールしていますからね……。

 

「爰乃、爰乃じゃないか! 身動きが取れなくて困っている、助けてくれないか?」

「その前に、何故そうなっているか説明を」

「マスターから、こちらへ向かうよう指示された」

「もう少し細かく」

「たまには生物を斬って来いと転送魔法でこちらに来たのが昨晩。チャイムを鳴らしても誰も出なかったが、室内の明りに気づいた訳だ」

「常夜灯を明りと言いますか」

「庭から様子を伺おうとしたところ、仕掛けられていた罠に嵌ってしまってな」

「……」

「そして、必死に抵抗した結果がこの有様。アドラメレク眷属の末席に名を連ねていながらの体たらく、大変申し訳なく思っている」

 

 私の呆れた顔を、力不足の証と捉える可哀想な子の正体はゼノヴィアでした。

 景観を破壊した事について思う所も無いらしく、日本で生きる常識が足りていない。

 彼女の中では中東で地雷原を切り抜けた感覚っぽいのが救えません。

 いやまあ、確かに普通のお宅に罠無いんですけど……。

 

「きっちり仕留められて大興奮。いいぞもっとやれ、アレイはアホの子の擁護に回る事をここに宣言。これからもブレるなと切に願います」

「この人、蝶々をキャッチアンドリリースする蜘蛛ですぅ……」

「トラップを突破する力と学習しなそうな単純さ。アレイはこの人材を逃がしません」

「成長させる気ゼロだぁぁっ!」

 

 作り上げた結界も稼働してこそ華。心血を注いだ作品が計算通りの結果を返した事にサティスファクションしたアレイは、全面的にゼノヴィアの肩を持ち、ポケットマネーによる解決を宣言する不思議。

 ぶっちゃけ面倒なので、なるようになれと声を高らかに叫びたい私です。

 気を張っての長丁場の後にギャグ路線とか、止めを刺しに来たとしか思えない。

 

「では、ゼノヴィアの面倒はアレイに一任」

「受諾」

「私はお風呂に入ってそのまま寝ます。後の諸々は全て任せましたよ……」

「ドンと来い、とアレイは胸を張ってご期待に沿う事をお約束します」

 

 何故か捨てられる寸前の子犬的な目をギャー夫から向けられたけど、基本的なトレーナーは最初からアレイに一任済み。

 私が教えるのは専門分野だけ。日々のスケジュール管理は担当じゃないのです。

 

「ひとしきり満足も出来たので、これよりトレーニングに向かう事をアレイは宣言します。被験体二号”ゼノヴィア”も追従しなさい」

「ああ、是非とも同行させて貰いたい。遊びに来た訳では無いからな」

「良い回答だとアレイは満足げに頷きます」

「えっと、そのぅ、ぼ、僕もですか?」

「肯定」

「爰乃さんと同じく、休憩が欲しいですぅ」

「見物客が何を甘い事を言いやがりますか、と惰弱な女装を鼻で笑うアレイです」

「た、確かに何もしてませんけど……」

「納得したならば出発、アレイは振り返らずに海へと向かいます」

「交渉の余地が無いよぉ……」

 

 重たい頭でぼんやりと眺めるやり取りは中々に面白い。

 意外と凸凹トリオの相性は良いのかも知れない。

 

「私はゼノヴィア。アドラメレク様の兵士見習いをやっている。宜しく頼むぞ!」

「ぼ、僕はリアス・グレモリー様の僧侶を勤めさせて貰っているギャスパーです。お、男なので間違えないで下さい。こちらこそ宜しくですぅ」

「そうか、良く分からんが共に頑張ろう」

「は、はいっ!」

「ちなみに私は聖剣使いでな、昔は吸血鬼やら悪魔やらを狩っ―――どうした?」

「吸血鬼も狩れる聖剣でででですか?」

「うむ、デュランダルだ」

「よりによって最強クラスにキッツイの来ましたぁっ! 僕も死ねますぅっ!」

「安心しろ、この身は人間なれど今は悪魔に仕える身。教会に属していた頃とは違い、異種族を色眼鏡で見ていない。そもそもグレモリーは仲間だろ? 敵なら容赦しないが、こうして肩を並べる相手には何もしないぞ」

「ですよねー」

「とまあ、そんな訳で既に転生悪魔のお前には色々と及ばないと思う。訓練でも足を引っ張るかもしれないが、出来る限りの努力をするので多目に見て欲しい」

「僕は貧弱系ですし、大丈夫かと」

「それはそれで問題じゃないのか?」

 

 遠ざかっていくコンビの会話に耳を傾けていた私は、見送りを済ませた所で家へと戻る。

 先ずは汗を流して、次に小さく鳴ったお腹を満たそう。

 ついでに修行組の為のご飯も用意して……眠れるのはお昼前かな。

 

「ただいまーっ!」

 

 そんな事を考えていると、猿が消えると同時に散歩へ出ていたアンが戻って来た。

 手には海水の滴る立派な貝がどっさりと。

 確実に密漁なソレの入手元を問わない私は、極めて正常なのだと思う。

 

「これ使ってごはん! お店で食べたやいたやつ!」

「はいはい、お風呂に入った後ですよ?」

「アンもはいるー」

 

 仕事がまた一つ増えた。

 手間のかかる妹をあやしながら、私は苦笑するのだった。



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番外編その四「もう一人のぼく」

ゆるーく進める筈が、結局本編準拠のガチ戦闘に
どうしてこうなった……


 あーゆぽーわん、皆様。

 そろそろ外国語挨拶も飽きてきた香千屋爰乃です。

 時刻は丑三つ時。前日に引き続き、今日も同じ場所で猿を迎え撃っている真っ最中。

 と言っても今日の私はスーパーサブなので、優雅にティータイム中ですが。

 

「ははは、斬り放題、壊し放題は久しぶりだ。しかも地下墓地でゾンビを相手取った時と違って、一人でも問題なく戦えている! さすがマスターの教えは凄いな!」

 

 ペットボトルに口をつけて喉を潤しつつ、途中参加したゼノヴィアの大暴れを見守る。

 私が円運動をベースに合理を積み重ねるのに対し、ゼノヴィアの動きには無駄が多い。

 でもそれは、本質の違いから来る差異。一概に悪いとも評せ無いのが難しいところ。

 固定の構えを持たず、常にどんな体制からでも最大の一撃を放つ事だけを考えた天衣無縫の……違いますね、本能で動く獣の所作は私でも攻め難い。

 常に動き回って死角を潰し、確実に一匹一匹を葬る動きは野生動物のソレに近いと思う。

 

「細かいテクニックなど不要。力こそパワー! ちまちまとフェイントを学ぶより、分かっていても防げない攻撃を堂々と放てばよいのだ!」

 

 本来のアドラメレク流刀技は、一撃必殺よりも連続した流れの中で必勝を期す詰め将棋。常に二手、三手先を見据えた頭脳戦こそが真骨頂です。

 けれど、肝心の弟子は感覚派の単細胞。同じ真似が出来る筈がありません。

 そこでお爺様が選んだ道は、長所をひたすら伸ばす加点方式でした。

 薩摩示現流の考え方を源流として、とにかく一発で勝負を決める事だけを追求。

 下手に型を仕込まず、天性の勘と思い切りの良さを磨きぬいた聞いています。

 後は実戦を想定した訓練、訓練、また訓練。

 結果として、理性で野生を制御する謎のスタイルに行き着いたらしい。

 私には真似の出来ない芸当ですが、その強さは認めましょう。

 

「ゼノヴィア、沸いている分を片付けたら交代です」

「了解したっ!」

 

 退くならば温存の必要なし。

 そう判断したゼノヴィアは、聖剣のオーラを全力解放。

 約束された勝利の剣を髣髴させる必殺技を放ち、全てを薙ぎ払うのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その四「もう一人のぼく」

 

 

 

 

 

 私も、そして本人すらも失念していた事があります。

 ギャー介は数を頼りにする猿への対抗策として、多くの蝙蝠に体を分散させて一気に停止効果を与えるトリッキーな手段を開眼。時に霧化を用いた緊急回避を見せる等、本当に良くやっていたと思う。

 しかし残念ながら、根本的な問題を解決出来ていなかった訳でして……。

 一匹倒す前に二匹以上が沸き出す悪循環。魔力攻撃も不得手な僧侶さんの攻撃力は果てしなく低く、夜の灯りに群がる虫の増加に処理が追いついていない。

 と言っても先に述べた通り、逃げには秀でた弟子三号。

 泣き付いてきたなら、喜んで代わってあげようと思っていた私です。

 

「いやぁぁっ!」

 

 ついに両手両足を拘束され、貞操の危機を迎えたギャー子さん。

 精神的にも追い詰められているのか、腹の底から搾り出す絶叫っぷり。

 これにはゼノヴィアも飛び出す構えを見せ、私も重い腰を上げようと決断。

 そろそろ飛び出さないと、そう思った瞬間だった。

 ギャーの体から夜の闇より深い暗黒が滲み出し、世界を侵食し始めたのは。

 

「ゼノヴィア、これって一般的な現象ですか?」

「いや、始めて見る光景だ」

「欧州で化け物を狩っていた、中堅エクソシストでも知らない?」

「そもそも吸血鬼の能力にこんな物は無い。まるで意味が分から―――」

「?」

 

 黒に塗りつぶされた夜天に浮かび上がったのは、巨大な赤い瞳。

 その目が妖しく輝いたかと思うと、突如異様な重さが体に圧し掛かってきた。

 救出に備え、神気を高めていたにも関わらずこれですか!?。

 必死に輝きを発して主を守ろうとする聖剣の加護も虚しく、ゼノヴィアは最後まで言い終えることなく完全にフリーズしてしまう。

 とにかく原因を探らないとマズイ。

 敵がうようよする中で、無防備な姿を晒すことだけは避けないと!

 

「もう一人の僕は大人し過ぎる。本当なら出て来るつもりは無かったけど、出来損ない風情に弄ばれるのは我慢がならない」

 

 そんな中、普段とは間逆の自信に満ち溢れた堂々とした声が紡がれる。

 人が変わったギャーが指を一つ鳴らせば、闇の沼から化け物が次々に出現。鰐、狼、果ては龍を模した物まで居て、一匹として同じ形をしていない黒の軍勢があっという間に勢揃い。

 

「僕の可愛い眷獣達、餌の時間だ」

 

 空に浮かぶ目と同じ、真紅の瞳で笑うギャー。

 闇で出来た獣が無音で猿の群れを咀嚼し始めたのを見て、コレは人の敵だと私は確信した。

 動かない体を奮い立たせ、かつてのライザー戦を超えた殺意を胸に灯す。

 流れる血潮は鉛、布の巫女服は鋼作り。

 外部からの干渉により、異常な不調を訴える体は絶不調。

 正直、一人では心許ない敵です。

 出来るならゼノヴィアの援護が欲しい所ですが、構っている余裕もありません。

 今はとにかく時間が惜しい。

 猿の群れが腹に収められてしまえば、次は私達がペロリとされるのも時間の問題ですし。

 その前に一発殴って、正気を取り戻させないと!

 そう決意した私は、ギャーへ続く最短ルートの上に居る一つ目の巨人の背後に気配を消したまま移動。道を切り開くべく掌を打ち込んだところ、上手く内部へと勁が浸透しない。

 外圧への抵抗に必死で攻撃に力を回せていないにしろ、この手ごたえはおかしい。

 触れた部分しか削れない、霧を殴りつけている感覚の正体は一体名何ごと!?

 

「爰乃さん、そんなに慌てたら危ないよ?」

「暴走した馬鹿弟子がそれを言いますか」

「暴走? 極めて平静だけど?」

「既にその物言いが異常です」

「へぇ、意外と僕を見ていてくれてたんだ。でもね―――」

 

 ”爰乃さんが逆立ちしても僕には勝てない”

 

 その言葉を聴いた瞬間、冷や水を浴びせられた気分だった。

 認めたくない現実。この旅で絶えなかった疑念が形になって眼前に居る。

 

「眷獣如きに梃子摺る君は、その辺りの現実を直視して欲しいね」

「……本当に何者ですか」

「僕はギャスパー・ブラディ。但し、神器の元となったバロールと呼ばれた神の断片と融合した別人格だがね。神器は数多の存在を封じているけど、僕達の様に母体内で一部融合を果たした事例は初じゃないかな?」

「つまり、闇ギャスパー」

「その認識で概ね正解。ちなみに爰乃さんは、犠牲を払ってでも守る大切な人物と認識している。ほらほら、僕は敵じゃないよ?」

「……信じても?」

「そもそも裏人格は、表の影に徹するつもりなんだよ。表が不本意な事は基本的にしないし、根っこはイッセー先輩を尊敬しているギャスパー・ブラディと同一さ。この答えじゃ足りない?」

「なら、信用の証に私を神器の対象から外しなさい」

「合点承知」

 

 ギャーが宣言すると同時、ずっと不快だった外圧が嘘のように消える。

 まぁ、率先して危害を加えてこないことは分かっていたんですよ。

 攻撃した巨人も私に見向きすらせず、他の獣も敵意を一切向けて来ませんでしたし。

 

「一つお願いがあるんだ」

「何で―――」

 

 ピシリ、そんな音が聞こえて闇に亀裂が走る。

 ギャーは顔を強張らせて抵抗するけど、彼の力を持ってしても新たな侵食の進行を抑えるのがやっと。徐々に闇は隙間から漏れ出す閃光に蝕まれ、ついには屈してしまう。

 

「わるいやつ、姫様かえせーっ!」

 

 光の正体は極太の稲妻。全身を帯電させながら登場したアンが産み出した神威がその正体だった。

 その声から普段の幼さは消え、瞳に宿るのは鷹の鋭さ。

 かつて木場君にブチ切れた時が可愛らしく見える激怒っぷりですね。

 

「また厄介なのが……」

「しんじゃえ」

 

 問答無用の神鳥は、恐ろしい事に私の安全を全く苦慮してくれません。

 手当たり次第に稲妻で焼き払いながら、ぎゅっと手に何かを集めてギャーへ投擲。

 そ、それは一度だけ見た空気圧縮による衝撃波爆弾!

 防ぐ手段の無い私には、余波だけで致命傷なんですがっ!?

 

「これだから話の通じないガキはっ! 止まれ!」

「そのじんぎ知ってる。みえないとだめ!」

「ちぃっぃっ!」

 

 闇で私をガードしてくれるギャーですが、アンの知識は青天の霹靂らしいです。

 視界を遮るように発生した雲の影響で力を遮られ、無防備な姿を晒してしまう。

 鼓膜を守ろうと体を丸くして耳を塞いだ私に許されるのは、身内を信じる事だけ。

 目を閉じ口を開け、全てを受け入れる覚悟を決めてその時を待つ。

 そして破壊の瞬間が訪れた。

 何重にも纏った闇のヴェールの上からでも三半規管がおかしくなる衝撃を受け、ふらふらと立ち上がった私の目に映ったのは、三つ首の闇竜と純白の巨鳥の睨みあう姿でした。

 

『視線を遮る防護、さては他のバロールと戦った事があるな』

『にかいころした!』

『これだからアドラメレク眷属はっ!」

 

 アンの周囲は常に揺らめき、さながら蜃気楼の様相です。

 ギャーの能力に視線が必須と想定した場合、光を屈折させる空気の膜は致命的に相性が悪いと思う。

 しかもうろ覚えの神話では、バロールはルーのブリューナクに倒されていた筈。

 ブリューナクとは、投げれば稲妻となって敵を死に至らしめる必殺の牙。

 雷を意のままに操れるアンズーは、バロールの成れの果てにとって天敵な気がします。

 

『ぴかぴかばーん!』

 

 空に浮かぶ瞳を封じる意味も込めているのか、何時の間にやら頭上には暗雲が漂っていた。

 そこから一斉に降り注ぐ雷光は闇の異形を次々と焼き尽くし、吹き荒れる暴風もまた、あらゆるものの自由を奪う足枷として機能している。

 ギャー介も負けじと倒される端から獣を産み出してはいますが、雨粒の数を測定できない様に稲妻もまた無数。猿に襲われた時の逆パターンで、処理されるスピードを超えられない。

 

『ええい、デタラメな化け物め。これならどうだい?』

『それもみた!』

 

 闇を大波に見立てた反抗の狼煙は、初見殺しの切り札だったらしい。

 しかし大昔からあっちこっちをふらふらしていたアンの見識は、若者の浅知恵を遥かに凌駕する経験値としてアドバンテージを譲らなかった。

 闇の到達よりも早く産み出されたのは、こちらも全てを飲み込むハリケーンだ。

 

『やみもね、ちっちゃなつぶがあつまったものなの』

『僕の闇を食った!?』

『まえは羽をむしられたけど、そせいをおぼえたからアンにはきかない!』

 

 轟風は波と衝突するも相殺し合う事をせず、ただ闇を内へと取り込んでしまう。

 徐々に黒く染まり、最終的に残ったのは鳥が制御権を残した漆黒旋風。不気味な蠢動を繰り返すソレは、誰が見ても逃げ出す破壊の権化に違いない。

 かく言う私も嫌な汗が止まらず、風に取り込まれない様に足を踏ん張るので精一杯だったりします。

 

「すとーっぷ、二人とも落ち着きなさい!」

 

 身の危険を感じてアピールしてみるも、吹き荒れる風で言葉は届かない模様。

 仕方が無いので闇ギャーの変化した体を駆け上り、中央の頭に飛び乗って言う。

 

「アレを止められる自信は?」

『竜巻だけなら押さえ込めるけど、その間に追撃されれば滅ぼされかねない。僕は百年も生きていない若造で、ある意味コレが初陣なんだよ? あまり多くを求めないで欲しいね』

「なら、揃って生き残る為に協力なさい。私がアンを説得します。接近を宜しく」

『それしか道はないか……しっかり捕まっていてくれよ』

 

 竜巻で仕留めるつもりなのか、さらなる一手間を加えていた事が幸いした。

 攻撃の手が緩んでいた隙を付き、僅かなりとも距離を縮める事に成功した私達は、精一杯の大声を振り絞って訴えかける事にする。

 

「私は無事だよーっ! だから攻撃中止ーっ!」

『あれ、姫様だ。ちゃんとぶじ? そこからおりないとあぶないよ?』

「コレは一緒にご飯を食べたり、砂遊びをしたお兄ちゃんです。味方だから落ち着こうね」

『えー、バロールはやっかいだから殺したほうがいいと思う』

「仲間にすれば頼もしいって事でしょ?」

『うーん……』

「ああもう、覗きに行く予定のお祭りで何でも食べ放題!」

『はーい!』

 

 そいやー、と謎の掛け声を一つ。羽の一振りで殲滅魔法を空の彼方に吹き飛ばしたアンは、人の形に戻ると私に抱きついてきた。

 

「アンね、心配したの。かってにいなくなっちゃやだよ?」

「はいはい」

「で、ばろーるの人」

『なんだい』

「こんど姫様かくしたらころす、てかげんしないよ」

『加減されていたのか……』

「うらぎりものは許さない、それがご主人様のるーる」

『爰乃さんを守っていただけなんだけどね……どれ、僕も解除っと』

 

 纏っていた闇を脱ぎ捨て普段の美少女姿を取り戻した裏ギャーは、アンを肩車しながら私へと歩み寄り頭を下げてから言う。

 

「余計な挑発が事件を招いてしまってごめん。二度目になるけど、ギャスパーは先輩として香千屋爰乃が大好きなんだ。悪意が無かったことだけは信じて欲しい」

「信じましょう。私も可愛い後輩と思えばこそ、こうして連れてきている訳ですし」

「なら先輩、後輩のお願いを聞いてくれないか?」

「先ほど言いかけていた件ですね」

「表の僕は、まだまだ未熟。だから、自分で僕の事に気付くまで内緒にして欲しい」

「賢明な判断でしょう」

「なら、そう言う事で。またお会いする日を楽しみにしています」

「良い眠りを」

 

 私が笑みを返しアンを受け取ると、糸の切れたマリオネットの動きでギャーは崩れ落ちた。

 

「そう言えば、猿ってどうなったの?」

「アンがね、じゃまだったからげんいんのしょうきをぜんぶはらったよ! だからもうでてこないのです!」

「ああ、大本から漏れ出した力とやらを断ったと。良い子、良い子」

「えへー」

 

 つまりお仕事終了。でも、再出現が100%無いとも言い切れません。

 何にせよ、当初の予定通り朝まで時間を潰さないと。

 

「―――ない。どうする爰乃」

「もう終わってるから」

「なん……だと」

 

 一足遅れて解放されたゼノヴィアが、無駄にシリアスだった。

 ギャー子め、説明が面倒だからと引っ張りましたね。

 

「何だかんだと猿も片付きました。後は時間を潰すだけですし、ギャーが起きるのを待ってトランプでもやりましょう。罰ゲームありの大富豪とか、面白いと思いませんか?」

「よく分からんが、全部片付いたんだな?」

「はい」

「ちなみに大符号とやらを私は知らない。スパイゲームか?」

「アンは知ってるよー」

「そうか、アンは賢いのだな……」

「おしえてあげる!」

 

 ついに知能ヒエラルキーで、アンの下に落ち着いたゼノヴィアだった。

 ゼノヴィア、貴方が何処を目指して居るのか私には分からないよ……。

 そんな一抹の不安を覚えながら、私達は寝たギャーを回収しつつ広場へと戻るのだった。



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番外編その五「皇の憂鬱」

 はろーはろー、原点に返った香千屋爰乃です。

 昨晩の大富豪大会は、意外にもルールすら知らなかったゼノヴィアが圧勝。

 二位にアン、三位が私、ビリはギャッと鳴く生き物となりました。

 思い返せば、ゼノヴィアの強運って相当ですよね。

 教会時代に危ない橋を幾つも渡っていながら、大きな怪我もせず五体満足。

 転機となったコカビエルさん騒動でもキッチリ新たな居場所、それも待遇をアップした役職をしっかりと確保している訳でして。

 今回もアンと闇ギャーが気にも留めていなかったのに”偶然”無傷。

 彼女の持つ最大の武器は、聖剣適性でも、異様に精度の高い第六感でもなく、神や悪魔さえ及ばない天性の運のような気が。

 強運だからデュランダルを得られたし、偶然選ぶ選択肢が常に正しい。

 どんな行為にも上方修正が入る特殊技能”天運”。羨ましい限りです。

 

「なぁ爰乃、遊びとは具体的に何をすればいいのだ?」

「泳ぐ」

「それは水練」

「アンを真似して砂遊びは?」

「芸術は分からんし、私に創作活動が向いているとは思えない」

「つ、釣り」

「私は戦士だ。食料の調達は、追い詰められない限りやりたくない」

「じゃあ、肌を焼きながら一眠り」

「いつも外で剣を振っている私だぞ? 当の昔に全身小麦色だ」

「面倒な子ですね……」

 

 昨日でお仕事も前倒しで終わり、今日からバカンスの開始となりました。

 天候は変わらず晴れ。アンの力を借りるまでも無く、抜群の青空が広がっています。

 こんなに余裕があるのも、大幅な収入増のお陰です。

 二日目に他所のチームの分まで働いた事を評価され、特別ボーナスが支給されてうっはうっは。笑いが止まらないとは、正にこのことでしょう。

 後は二日に跨って行われるお祭りを見守り、封印の強化が完了したことを確認すれば就労完了。つまり、一般客は意味のある神事と知らずに来る訳ですね。

 

「そうだ、スイカ割とやらをやってみたい」

「わざわざ買いにいけと……」

 

 そんな訳で海で遊ぶべく繰り出したところ、ゼノヴィアがこの有様でした。

 基本的に服や下着すらも無頓着。連れて行かない限り延々と素振りを続ける仕事人間は、無為な時間をどう過ごして良いのか分からないとのこと。

 

「とりあえず、遠泳勝負でもしますか。沖に浮かんでいるブイまで行って、先に戻って来た方の勝ち。おーけー?」

「うむ、勝負と聞いて俄然やる気が出てきた」

「特に何も賭けませんけど、負け犬と呼ばれたくなければ頑張りましょう」

「よかろう、プライドのアンティは望む所」

「それじゃ行きますよ、レディ―――」

 

 GOの発声に併せ、私達は海に向かってひた走る。砂浜を越えて海水に足を浸し、鯱の浮き袋で遊ぶアンとギャーの横を風の様に駆け抜けた。

 これもまた青春。スポーツと割り切って楽しまないと損です。

 考えてみれば、体力勝負で同等のスペックを持つ女友達が出来たのは初めて。

 だからこそ負けたくない。

 メラメラと対抗心が燃えてきた私は、全力を振り絞って水を掻くのだった。

 

「ふぅ、私の勝ちっと」

「なぁ爰乃」

「はいそこ」

「私達は泳ぎを競っていたと思う」

「何を今更」

「幾ら差をつけられたからと言って、出来るからと言ってもだな……」

「ルールは”規定のポイントを通過した上で戻ってくる”だけ、ですよ」

「ズルじゃないにしても、途中から水の上を全力疾走は如何な物か。ありえない姿を見た一般人が目を丸くしていたぞ?」

「最先端の水蜘蛛装備と言い張れば問題ありません。別に誰かに迷惑を掛けたわけでもなく、ちょっとした曲芸を披露しただけじゃないですか」

「む、確かにNINJAの祖国にして技術立国ジャパンなら普通かもしれん」

 

 あー、外人の認識って今でもそんな感じですか。

 ニンジャスレイヤーが標準だったら怖いデス。

 ドーモ、ゼノヴィア=サン。ハイクヲヨメ!

 

「水の上に浮く原動力は、マスターが常々口にする気とやらの応用か?」

「正解。普段は全身を覆うイメージだけど、今回は反発力を生む為に足裏へ集中させる感じ。例えるなら海水との間にバリアを展開するみたいな?」

 

 私としても言葉に出来ないフィーリングに頼っている部分なので、実際にそうなのかはよく分かって居なかったり。これでも噛み砕いて説明しているとさえ思います。

 この力を扱い始めて初めての夏、初めての海ですよ?

 どうしてもメカニズムを知りたいなら、民明書房に問い合わせて下さい。

 

「へーい、そこの彼女達。俺っちと遊ばね? 連れもイケメンだぜぃ?」

 

 いまいち納得のいかない顔のゼノヴィアの肩を叩き、次は何で勝負するかと思案していると、最早何度目か分からないナンパの声が。

 男の影がチラつかない女二人組は狙い目なのか、子連れだった時よりも声をかけられる頻度が上がったような気がします。

 まぁ、スポーティーな水着が似合う友人は見るからに外人の美人さん。

 夏の輝く美貌には、蛾が集まってくることも必然なのでしょう。

 

「私は構わんぞ」

「お、脈アリ。そっちの背を向けているお嬢さんもどうよ?」

「どうしようかなー」

「付きあってくれりゃぁ、何でもお願い聞いちゃう!」

「男に二言はありませんね?」

「無い無い、超無い。師父に誓って保障するぜぃ」

「ゼノヴィア、今の発言をしっかり覚えておくように」

「うむ、了解した」

「ちなみに私、アザゼル先生のツテで初代孫悟空にチクる事が出来ます」

「……は?」

「そこの所をお忘れなく。ねぇ―――美侯」

 

 そう、私はナンパ男の正体に最初から気がついていた。

 如意棒の使い手にして、ヴァーリの子分たる二代目孫悟空であることを。

 独特の雰囲気とチャラい声。一戦交えて負けた相手の気配を忘れるものですか。

 完璧な営業スマイルを浮かべ、垂れかかる様に獲物に接触。自分が誰にこなをかけたか理解出来ず硬直した隙を突いて右腕をロックする。

 傍目には腕に抱きつく格好ですが、脇腹から急所を一撃可能なベストプレイスです。

 この体勢なら、格上相手だろうと無視できない致命傷を与えられるでしょう。

 

「アド……アドラメ、レックの孫?」

「その節はどうも。対棒術の鍛錬も積んだ香千屋爰乃さんです」

「今の無かった事にならね?」

「うん、無理」

「ノーカン、ノーカン、ノーカン!」

「班長はその主張を通せず地下送りでしたよ」

「何でお前がバカンス来てんだよ!? 学生はまだ学校じゃね!?」

「とっくに夏休みですが」

「ありえん……ありえんって……」

「ゼノヴィア、この男は神仙の類です。ぐだぐだ五月蝿いので斬っちゃって」

「最高の一撃を約束しよう」

 

 不思議空間から聖剣を引き抜いた剣士の目は本気だった。

 街中ならまだしも、ここは玩具を持ち込む余地のある海。

 つまり、コスプレ寄りのデュランダルなら問題なし!

 

「げぇっ、デュランダル!」

「美少女二人に不満があると言うのであれば、こうして追加サービスをしませんと。おっと、下手に動けば私も奥義を撃つのであしからず」

「お前の攻撃は中々治らんから勘弁してくれっ! 俺っちが全面的に悪かった。責任を持ってお嬢様方をエスコートする、させて頂きます。だから拳に力を込めるの止めね?」

「宜しい、手打ちとするので攻撃中止!」

「むぅ、残念」

「また斬る機会はありますよ」

「ねぇよ!」

 

 私としても、水着姿の衆人監視下でガチンコとか勘弁。

 折角のオフに友好的な相手へ噛み付く狂犬は、禍の団にでも行けばいいのです。

 

「私の残る連れはアンとリアス部長……グレモリー眷属僧侶の二人。そちらはどんなメンツですか? どうせイケメンとやらもヴァーリでしょ?」

「おう、俺とヴァーリの二人だけだぜぃ。暇だから、ちょいと遊びに来た訳よ」

「お化けにゃ学校も、試験も何にも無いと」

「前にも言ったけどよぅ、俺っち仏の仲間だぞ? 百歩譲って妖怪分類は認めるが、悪魔でもお化けでもないかんな?」

「天に等しい斉天大聖なのは知ってます。でも、人間から見れば神も仏も悪魔と同類。仲良く揃って人外分類です。そこの所をお忘れなく」

「神が悪魔に堕ちて、忘れた頃にまた戻るってのもよくある話。納得だわな」

「で、そんな危険な仏様と魔王の子孫がナンパに繰り出してきたと」

「言葉にされると、我が事ながらアホっぽい!」

「事実でしょうに」

「うーと、実は色々とショックを受けて陰気臭いヴァーリを連れ出して気分転換に来た。陽の気を全身で浴びて、可愛い女と難しい事考えずに遊ばせりゃ、心機一転出来っかなーってな」

「おや、意外と仲間思い」

「俺っちはチームヴァーリの副官。リーダーのケアから他の仲間への気配りまでしなきゃならん面倒なポジションな訳よ。進んで引いた貧乏籤って感じなんだぜぃ?」

 

 苦笑しながらも、嫌々やっていないことが伺える気安さ。

 自分が担ぎ上げる王の資質を、微塵も疑わない忠義が好ましい。

 私から見たヴァーリは、見た目は大人、中身は子供の迷探偵。

 それでも部下の手綱を握って居られるのは、やはり器量なんだと思う。

 

「ちなみに今宵の宿は?」

「転送魔法で帰れるんだぜ? ノープランに決まってんだろ」

「これも何かの縁。私達のねぐらにご招待します」

「お、マジで? ラッキー助かるわ。悪ぃなカーチャン」

「誰が母さんか」

 

 美侯の頭を一発叩きながら、お昼の為に仕込んでおいた食材について考える。

 幸いにして、お題は手間のかからないバーベキュー。

 うん、帰り際に買い足してじゃんじゃん焼けば何とかいけそう。

 

「私はゼノヴィア。アドラメレク様の兵士を目指して修行中の居候だ」

「お前が噂のダメ可愛い弟子とやらか。俺は美侯。分かり易く言うと、孫悟空の二代目襲名予定っつーとこだぜぃ」

「む、今の評価は誰が?」

「爺」

「そうか、マスターには嫌われていると思っていたが……愛でてくれているのか」

「あの爺は見所が無い奴は眼中にすらいれねぇよ。そもそもよぅ、好きの反対は無関心。傍に置いてる時点で身内扱いだっつーの」

「俄然やる気が出てきた!」

「でもよ、爺の兵士より爰乃の埋まってない席を目指した方が得策じゃね?」

「むぅ、言われて見れば確かに。爰乃に忠義を尽くせば、間接的にマスターの恩義に答えているも同じか」

「その調子、その調子。ま、今日はしがらみを忘れて楽しもうぜ!」

「うむ!」

「んじゃま、ヴァーリを迎えにレッツゴー。細けぇ話は後だ後!」

 

 さすがチーム貧乏籤の面目躍如。さり気なく凹んでいたらしいゼノヴィアを立ち直らせたムードメーカー先導の元、私は砂浜を歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その五「皇の憂鬱」

 

 

 

 

 

 俺は憂鬱だった。

 竜と悪魔の翼を供えた白龍皇の住処は天空。

 海へ潜る趣味は無く、猿の真似をして人の群れに紛れ込むつもりも無い。

 ルフェイの英国料理と、黒歌の作る物体Xから逃げる為、外に出ると言う美侯に連れ出されてやればこの有様だ。

 確かに具すら入っていない癖に不思議と魅力のある焼きソバや、タレが香ばしいイカの丸焼きは未体験の味わい。これだけでも来た価値はあった。

 たまに食すなら、常食の紅い狸、翠の狐にも匹敵する事も認めよう。

 が、それだけだ。

 奴が嬉々として続ける、軟弱な行為に引き込むなと言ってやりたい。

 いっそ帰るか、そう思った矢先だった。

 

「おーい待たせたな相棒。ついにお前さんも納得の美女が釣れたぜーい」

「付き合いきれん……勝手にしていろ、俺は一足先に戻る」

「本当に?」

「くどい」

「そかー、じゃあ俺っちはキャッキャウフフと戯れて来るぜぃ。おーい爰乃、ヴァーリ不参加だってよ。メンツ足りねぇから新入りとやらを連れて来―――」

「待て」

「帰るんじゃ?」

「今、何と言った」

「巻き込んで欲しく無いんだろ?」

 

 美侯の背中越しに見つけてしまったのは、こちらに向かって歩いてくる女達。

 片方はたまに顔を合わせるアドラメレクの下働きだが、もう一人は俺の要人ランキングでアザゼルとトップを争う特別な少女である。

 場所が場所なだけに水着姿も当然なのだが、普段目にするのは制服か和装ばかり。

 思わず目を丸くする程度には、新鮮さを感じてしまう。

 

「……人は誰しも過ちを犯す瞬間があるのではなかろうか」

「落ち着け悪魔」

「五月蝿い、これからの予定を教えろ」

「適当に遊んだ後は、昼飯をお嬢ちゃんがご馳走してくれるって算段だぜぃ。ついでに部屋を間借りして一晩の宿を借り受ける約束を取り付けてもある」

「……」

「赤龍帝との一戦で実質的に負けて以来、元気の無いお前さんだ。親友として送る俺っちなりのエール、受け取ってくれるよな?」

「余計な真似を」

「お前なぁ……恋なのか知らんけどよぅ、悪魔らしく素直に生きんと損だぜ?」

「誰かの言葉を借りるなら、俺は我慢の出来ない子共らしい。そして今も昔もこれからも、俺はこの生き方を変えはしない。これが答えだ」

 

 清清しい笑顔でサムズアップする美侯に、同じ仕草を返しつつ考える。

 この男は微妙に勘違いをしている気がする。訂正するのも面倒なので指摘はしないが、俺が爰乃に抱く思いは邪な感情ではない。多分、きっと、おそらくは。

 少なくとも卑猥な赤と同じ扱いだけは御免被る。

 いつだって白は潔癖の象徴。汚れていないからこそ、白龍なのだから。

 

「時に美侯」

「おう」

「わざわざ遠方より連れて来たのか?」

「そこまで手間隙かけらんねぇよ、偶然だよ偶然。そもそも俺っちがこの場所を選んだのは、封印されても元気な猿の大妖とやらを拝みたかっただけだぜぃ?」

「たまたま爰乃も同時刻に海へ来ていて、偶然見つけてしまった……?」

「ま、片っ端からナンパしてたからよぅ。何時か出会う必然じゃね」

「感謝すべきはラプラスだな」

「神じゃなく、確率の悪魔に頭を下げるのがお前らしいわな」

 

 馴れ馴れしく肩を組んでくる美侯が実に暑苦しい。

 ええい、半裸の男と体を併せても辛いだけだ!

 反射的に魔力を掌に集めようとして、しかしその手をがっしり捕まれる。

 

「こらこら、公衆の面前でそれは御法度。ここは楽しく遊ぶスポットですよ?」

「五月蝿い黙れ、俺は男色疑惑を抱かせた猿を処分せねば気が済まない。邪魔立てするならお前も敵と認定する」

 

 誰かと思えば爰乃か。

 対戦時にも思った事だが、よくぞ技術だけで瞬間移動紛いを実現する。

 人は悪魔に比べて儚い生き物だ。

 しかし弱いから、埋めようの無いハンデがあるから、創意工夫するのだろう。

 それが結果として無駄な努力に終わるとしても、足掻き続ける事を止めない。

 口には出さないが、その生き様に尊敬すら覚える俺である。

 

「お姉ちゃんの言う事が聞けないと」

「だからどうして年上風を吹かせる。実年齢は俺の方が上なんだが?」

「精神年齢は私の方が上です」

「ぐぬ」

 

 同年代と比べて語彙が乏しく、舌戦を苦手としていることは認めよう。

 だがな、俺にだって言い分は在る。

 人格形成で大切な幼少期は、実家で虐待に耐える雌伏の日々。

 その後も中身は子供、道徳無視な総督と仲間達の下で育ってきたんだぞ?

 育った環境が悪かったと、責任転嫁も許して欲しい。

 

「話の最中悪いけどよぅ、俺っちはノーマルだかんな? 誰もが振り返る貴公子より、近くの女の子と仲良くなりたい健康な男子だぜぃ?」

「ではお猿さん、私を見て一言」

「水着がお似合いなグッジョブ! 意外と乳もデケェのな!」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「これで腎臓を潰された記憶がフラッシュバックしなければ……」

「私だってツテが無ければ廃人コースでしたよ……」

「第二戦は、安全にお遊びなスポーツでどうよ」

「親善試合カウントなら」

「ってことで、乗り気じゃない王子様無視していっちょやろうぜぃ」

「無理強いもあれですからねー」

 

 ぐぬ、この流れは……嵌められた!?

 

「……お前達が是非にと請うならば、混ざってやらんこともない」

「んとですね、割とガチで居なくても困りません」

「引く手数多、様々な勢力からオファーの来る白龍皇が不要……だと」

「プリーズと頭を下げるべきは、私じゃないないと思うよ」

 

 教えてくれアルビオン、俺は何処で選択肢を間違えたのだろうか。

 

『ミスを犯したとすれば、イニシアチブを持てない戦いに挑んだ事だろう』

 

 意味が分からんぞ。

 

『私としても人生の機微と表現する事しか出来ない。今後の為にも自分なりの解決策を見つけ、納得のいく結末を迎えるべきと思われるがね』

 

 この龍は肝心な所で頼りにならないから困る。

 赤龍は割と親身に接してくれるらしいので、無理は承知のトレードを申し出たいと考えてしまうのも仕方が無いことだろう。

 閑話休題、今はこの難局をどう乗り切るべきか考えよう。

 俺としては、せっかくの機会を無駄にしたくないのが本音。

 しかし、プライドが邪魔をして素直に頭を下げる事も出来ない。

 これぞ二律背反、本当に困った……。

 

「ああもう、美侯のお世辞に免じて今回だけは私が折れます」

「ぬ」

「白龍皇閣下のお手を、是非拝借させて頂きたく存じます。何卒、哀れな小娘の頼みを聞き入れ、貴重なお時間を割いては貰えないでしょうか?」

「任せろ」

 

 この女と関わるようになって、妙なストレスを感じるようになってしまった。

 腹の奥がキリキリ痛む。

 動悸が止まらない。

 原因不明のダウナー症候群に襲われる。

 と、心因性のダメージは着実に俺の体を蝕んでいると思う。

 しかし、デメリットばかりでも無いのが不思議でたまらん。

 耐える事で得られるメリットは確かに存在し、それを享受した時の幸福感は今までの好き放題生きてきた人生で比肩し得る物が無いからな。

 前に鳥も同じ様な事を言っていたが、ようやく言葉の意味を理解出来た。

 メリハリの無い人生は、間違いなく無意味。

 苦しみがあってこその安らぎであり、困難を乗り越えてこその達成感なのだろう。

 

「爰乃、一つ教えろ」

「はいはい、何でしょう殿下」

「”遊ぶ”とは、何をする行為の総称なんだ?」

「……ここにも不器用な子が居ましたか」

「ウチの子、世間知らずのボンボンでなぁ。友達も居ねぇから……うん」

「その気持ち、同じセリフを吐かれた私には分かりますよ……」

「お互い大変だとしか言えないぜぃ……」

 

 何故かハイライトを失った瞳で握手を交わす爰乃と美侯は、理解出来ない深い部分でシンパシーを得ているらしい。

 親友、俺はそんなに問題児なのか?

 少なくとも方々で狂人扱いされている小娘と違い、常識は弁えているつもりだぞ?

 その辺の認識について腹を割って話そうな?

 

「気を取り直して、お昼まで体を動かしますよ。何をするか決めてませんが!」

「おーう!」

「ヴァーリもテンション上げて!」

「引き受けた以上、全力を尽くそう」

「遊びだからこそ全力全開、その考え方は正解です。でも、魔力禁止だからね?」

「分かった」

 

 結局、何がどうなったのか良く分からん。

 分からんが、ルールの範囲内で勝ちを狙う行為が”遊び”と認識した。

 まぁ、あれだ。既にこの会話が割と面白い。

 無意味な会話も貴重な思い出、深く記憶に刻み込んでおこう。

 

『これが人生経験だ。打算の無い関係が生む感情は千金の値打ちがあるのだよ』

 

 戦い以外で芽生えた新たな”楽”。気の置けない友人達が今のまま変わらない限り、俺も決して仲間を裏切らないとここに誓う。

 

『しがらみを背負う事で生まれる力もある。赤龍帝とて己よりも大切な物を壊された怒りを要因として奇跡を発現させたではないか』

 

 兵藤が持ち、俺には無かった物はそれか。

 

『私は個を貫く求道者の道も否定はしない。しかし、行き着く先は修羅の道。果てに在るのは大概が自滅の末路なのだよ』

 

 ふむ……。

 

『正当なる魔王の血を引き、我が力を得たお前は正道を歩むに足る存在だ。ヴァーリよ、覇道を捨て王道を目指せ。アドラメレクと関り変化を遂げたお前なら、それが出来ると確信している』

 

 考えておこう。

 

『覇龍は覇王の生き様だ。過去に誰一人として為した者は居ないが、王道の結晶……さしずめ王龍を指針とするのも面白い』

 

 大切な今を守りたいなら、覇龍を捨てる事も強さか。

 未来は今の積み重ねだ。

 明日を犠牲にして得た究極は、本末転倒と俺も思う。

 

『お前はまだ若い。この問題は、おいおい考えていこうではないか』

 

 気苦労をかけて済まない、アルビ―――

 

「貴方達と違って、私の時間は短いの。ぼーっとしてないで行きますよ」

「すまん」

 

 俺の手を引いて笑いかけてくる少女に現実へ引き戻された俺は、ふと思う。

 人の寿命は百年程度。対して悪魔の血を引く俺は無限の時間を有している。

 ならば、この出会いは別れを前提とした悲劇なのだろうか?

 タイムリミットが決まっている関係に意味は在るのだろうか?

 距離を縮めれば縮めるほど、辛くなるだけではないのか?

 ふと抱いた疑問が頭から離れない。

 

「何を引きずっているのか分かりませんけど、世の中には答えが無い問題なんて山済みですからね? ヴァーリは真面目すぎるのが欠点だと思う。もう少し大らかになりましょう」

「……」

「後は溜め込まず、ちゃんと吐き出すこと。お姉ちゃんと宣言した以上、時と場所さえ選んでくれるなら、いつでも相談に乗っちゃいます」

「近々、頼むかもしれん」

「了解了解。でも、先ずは頭を空っぽにして遊ぶこと!」

「やってみるさ」

 

 悩みの原因が浮かべる笑顔に救われつつ、俺は考える事を止めた。

 例えは悪いが、人は別れを前提にペットを飼う訳じゃない。

 いずれ砂と消えるからと、愛情を注がない飼い主は居ない筈だ。

 ”いつか”を恐れて”いま”を台無しにしてどうする。

 よくよく考えると、俺とて明日死ぬ可能性は十分に在り得る。

 つまり、別れを恐れる意味は無いのか?

 

「面倒で厄介で得難い女だよ、お前は」

 

 思わず零した愚痴は海風に掻き消されるのだった。



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番外編その六「朱に交わった白龍王」

今回の白と赤の会話を書きたかった為に仕込んでおいた布石をついに消化。
これが影響で二天龍の仲直りは早まる予感がします(


 ビーチバレーなる球技は、俺が思っていたよりも過酷なスポーツだった。

 

「そのボール、消えますよ」

「ありえん」

 

 何がどうなっているのやら、打ち返そうとした手は空を切り

 

「俺っちの波動スパイクは百八式まであるぜぃ」

「バレーに見せかけたテニヌとか、僕もうかえりますぅぅぅっ!」

 

 明らかに度を越えた打ち込みの破壊力は、両手で受けた悪魔が悲鳴をあげるほど。

 例えそれが女装趣味の貧弱君にしても、奴とて人外の端くれだ。

 たかがボールが衝突した程度でダメージを負う筈も無い。

 にも拘らず、バトル漫画なノリで吹っ飛ばされるとはこれ如何に。

 まぁ、この俺が二人分働けば済む。

 恨みはないが、潰させて貰うぞ爰乃。

 

「次で決めます、高めに上げて下さい!」

「おうさー」

 

 カウンター狙いでタイミングを計っていた俺の目に飛び込んで来たのは、コートを遮る網の向こうで躍動感のある大ジャンプを決めた少女の姿。

 そこから間髪居れずに捻りを……待て爰乃、何故に拳を握り締める?

 

「必殺、見よう見まねのサイクロンスマッシュ!」

「落ち着け!」

 

 その時、確かに猛烈な竜巻のエフェクトを見た気がする。

 お陰で得た一瞬の硬直。それを逃さず鼻っ柱にめり込んだ球体は、特効持ちのアスカロン、コカビエル最大の一撃すらも耐えた俺の意識を一撃で刈り取る殺意の塊。

 込められて居たのは、拳打の力を全て委譲された必殺の一撃である。

 つまる所、全力で殴られたと変わらないのだ。

 あえて言い訳をするならば、ハンデと繰り返し自身へ適用させていた半減が悪い。

 ええい、万全ならば耐えられたものを!

 

「大勝利!」

「お嬢ちゃんよぅ、対戦相手を倒すゲームじゃ無いんだぜ……?」

「ウチの変態を早々に沈めた美侯がそれを言いますか」

「そりゃそうだけども」

「まぁ、次からは普通にやりますよ。漫画再現遊びはもう十分堪能しました」

「つうかよぅ、流れ的にヴァーリと組むんじゃねぇの? 何で敵対してんの?」

「ジャンケンの公正な結果にイチャモンつけない」

「俺の王様って博打運ねぇなぁ……あいつだけカイジの住人かよ」

 

 よし、後で殴ろう。

 薄れ行く意識の中聞いた美侯の哀れむ様な声に復讐を誓う俺だった。

 

「ふはは、次はこの私とアンの無敵タッグが相手するぞ!」

「負けないの!」

「誰が相手だろうと全力を尽くすのみ。勝利を重ねますよ、相棒さん」

「……その前にちょいとダチを運んでくるわ」

「パラソルを立てたベースキャンプ放置推奨」

「吸血鬼が膝を丸めて丸くなってるトコな、了解了解」

 

 白龍皇史上初となる無様な無様な敗北は、生涯忘れられそうに無い。

 

 

 

 

 

 番外編その六「朱に交わった白龍王」

 

 

 

 

 

「おい変態」

「その呼び方止めて欲しいですぅ」

「分かった」

「物分りが良くて助かりま―――」

「それでだな変態」

「分かってない!?」

 

 大きな傘が作り出す日陰の下、広げられたシートに腰を下ろすのは敗者の二人。

 つまる所、先の闘争を強いられることになった俺とグレモリーの僧侶だ。

 毒にも薬にもならない会話を続けながらぼんやり眺めるのは、新たに迎えたチャレンジャーを相手取る爰乃と美侯の戦いぶり。

 認めたくないが、鳥と下女は俺達よりも爰乃を追い詰めている風に見える。

 

「見物もこれはこれで面白い、そう思わないか?」

「控えめに言ってプロより派手な超人技の応酬、見応え抜群だと思いますぅ」

「見所はそこじゃないだろう」

「え」

「お前では埒が明かないか。悪いが兵藤一誠に連絡を取りたい、さっさと取り次げ」

「悪いといいつつ、その実は超絶上から目線ですねぇ!」

「殺すぞ」

「コールまでしておきましたぁっ!」

「ご苦労」

 

 一睨みするだけで差し出された携帯を受け取り、呼び出し音が鳴る事数回。

 幸いにも電話に出られる状況だったらしく、ライバル君へと無事繋がった。

 

「久しいな兵藤」

『……はい?』

「実は貴様に火急の要件が」

『その声、ヴァーリかよ! ギャスパーをどうしやがった!」

「隣でポカリをちびちびやっているぞ?」

『そ、それならいいや。とりあえず話ってのを聞かせろ。事と次第では今度こそレフェリー無しでの潰し合いも辞さないぞ』

「安心しろ。これは謝罪と、俺なりに導き出した結論の報告だ。何せ人生初のバカンス中であり、わざわざ波風を荒立てるつもりは毛頭無い。当然、女装侶へも危害を加えないと白龍皇の名に誓って約束しよう」

『俺が家に引き篭もりなのに、そっちは夏のアバンチュールかよ! う、羨ましくなんてないからねっ!』

「まぁ、そんな訳で海へ来ている」

『海かー、俺もアーシア達を連れて行きたいわー。水着最高!』

「うむ、水着は素晴らしい。それで、だ。以前……コカビエル騒動の際に俺は君に乳よりも尻が優位と告げたことを覚えているだろうか」

『試験対策で覚えた公式は忘れても、理念を語ったあの日の事を忘れる訳がねぇ』

「水と空気に優劣をつけられない様に、女性のパーツにも貴賎は無い。この言葉は正しく真実とついに理解した」

『……え、ちょ、ヴァーリさん?』

「揺れて弾んで形を変えるおっぱいは素晴らしい」

『あ、うん?』

「今後は安易な決め付けを止め、常に目線を変えて新たな発見を続けようと思う。宿命のライバルに言うべき言葉ではないが、目を覚まさせてくれて感謝する。それだけを伝えたかった」

『……そちら、魔王の曾孫だかで白龍皇な感じのヴァーリさんですよね?』

「うむ」

『俺のイメージだと、戦闘狂いの硬派なキャラだったみたいな?』

「とある女との出会いが原因で変わった自覚はあ―――済まない、アルビオンがドライグに代わってくれと騒いでいる」

『ちょい待てよ』

 

 急にどうしたアルビオン。

 俺は大事な話の真っ最中なんだが……。

 

『どうした白いの』

『貴様の、貴様の宿主の影響でウチのヴァーリがぁぁぁ!』

『知らんがな』

『正道を歩み始めた満点の主がどうしてこうなった!』

『はっはっは、それこそ俺が達観するまで居た地獄よ。ウエルカム!』

『死にたい』

『先輩としてアドバイスだ。対抗策は二つ。一つは根気よく諦めずに説得を続ける事だが、イッセーは馬耳東風で聞く耳を持ってくれなかった。よって二つ目を俺は採用している』

『……それは?』

『全てを諦めろ』

『偉大なる……二天…龍が?』

『プライドは身を滅ぼす。受け入れると決めた俺ですら、想定外のストレスに心が砕けて錯乱する事が今でも多々ある位だ。個々の出来事に一々反応していると、身が持たないぞ』

『もうやだ』

『俺との決着を付ける前に病むなよ?』

『骨は拾ってくれ……』

 

 知らない間に赤と白の仲が改善されていて驚きだ。

 やはり宿主同士に因縁も無く、憎みあう要素を持たない事が原因だろうか。

 

「おーい、次はメンバーをシャッフルして仕切りなおしますよー!」

「よかろう、パートナーに恵まれなかった事が敗因だったと教えてやる」

 

 語り合いたい事は残っているが、優先度は現場が一番だ。

 両手を振って俺を呼ぶ声に応えつつ、俺は打ち切りの頃合と判断する。

 

『ちょ、今の声って』

「悪いが出番だ。さらば、兵藤一誠」

『何で爰乃が―――』

 

 何やら慌てていたが、構わず携帯の電源をオフ。

 呼ばれても居ない間男君に構っている暇は無いのだよ。

 男は美侯だけで十分。俺の楽園を汚す奴は誰であろうと敵だ!

 

『これは夢、そう、夢。あははははは』

 

 安心しろ、これは現実であると俺が保障する。

 何故に乾いた笑いを零すのか理解できないが、早く正気に戻って欲しい。

 確かに俺は本来歩むべき道を踏み外したかもしれない。

 しかし、だからこそ想定以上の成長を約束されていると確信している。

 例えば、やや気だるい体も―――

 

『DIVIDE!』

 

 今やこんな風に”疲労”だけを半減させて、擬似的に回復する事も出来る。

 特定の何かをピンポイントで狙う発想は、かつての俺に無かった物。

 全てを半減させるより汎用性も高く、一点集中の恩恵で魔力の消費も少なくて済むが、求められる繊細な神器操作と集中力を無意識下に落とし込むのは大変だった。

 

「この人、まさかのむっつりスケベだったぁぁぁっ!」

「口を慎めよ変態。そもそもにして水着とは、他者に見られる前提の装いだ。ならば鑑賞するのも紳士の嗜みではなかろうか」

「紳士は誇らしげにおっぱいとか言いませんよ……」

「洋の東西を問わず良い物は良い。美しい物を愛でて何が悪い」

「そうですねー、ちなみに聖剣使いさんを見て一言お願いしますぅ」

「貴様は足元の石ころに一々感想を抱くのか?」

「アンちゃんは?」

「俺より強いとか苛苛する」

「では爰乃さん」

「麗しい」

「……イッセー先輩といい、趣味の悪い人ばかりですぅ」

「遠まわしに馬鹿にされた事だけは理解した」

「え」

「兵藤との約束は守るが、競技を進める過程で不幸にも起きる事故は範疇外だ。偶然狙い打ってやるから覚悟しろ」

「死刑宣告入りましたぁぁぁ!」

「楽しいスポーツタイムの始まりだ、行くぞ」

「いやぁぁぁっ!?」

 

 パワーはこちらの方が上、抵抗しても無駄だ。

 俺は這ってでも逃げようとする僧侶の足を掴み取り、そのまま戦場へと帰参。

 さて、次のバディは誰になるのやら。

 そんな風に宝くじの当落を待つ気分で居ると、運命は俺に味方したらしい。

 

「俺っちは吸血鬼と組むぜー。チーム妖怪結成するぜー」

「アンはゼーちゃんと!」

 

 目配せをしてくる親友に親指を下に立てて応じるが、しかし心中では逆向き。

 偶然なのか、親類も別ルートを潰すナイスアシストっぷりだ。

 そう、これは消去法による必然。

 俺が望んで選んだ結果ではない。

 

「頑張ろっか」

「相手が誰であれ手は抜かん。呼吸する自然さで勝つぞ」

「頼もしい事で。でも、ここからは仲良くがメインだからね?」

「む?」

「美侯と協議した結果、相手を倒した場合は無条件で敗北となりました。目指すは健全で楽しいスポーツ! 趣旨を取り違えた闘球のお時間は終了です」

「なん……だと」

「作戦名”ルールを守って楽しくデュエル”。おーけ?」

「ぐぬぬ、了解した」

 

 そのフレーズを謡う決闘者は、デッキに無いカードを無限ドローするインチキ使い。

 暗に俺ルールを打ち出せと推奨しているのか?

 そんな細かい事はさておき、血で血を洗わないバトルに意味は在るのか分からん。

 しかし、この懸念は間違いだった事を俺は知る。

 結論だけ述べるなら、これはこれで楽しかった。

 またやっても良い、そう思わされた時点で負けを認めざるを得ない。

 その後もメンバーのシャッフルを繰り返し、太陽が頂点を越えた所でお開き。

 促されるままぞろぞろと移動した先で、昼食タイムを取る事に。

 バーベキューは美味だったが、特筆すべき事は特に無いな。

 強いて言うなら炭熾しで半減を使用すると、突然アルビオンが慟哭した件だろうか。

 最近の奴は情緒が不安定で心配だ。

 カウンセラーに見せる日も近い気がしてならん。

 

「そんなに姫様ばっか見て楽しい?」

「武を学びだした身として、あれは実に興味深い」

「ゆーっくりしたのが面白いの?」

「美侯曰く、見た目より余程ハードなトレーニングらしい。見ろ、二人とも汗が滴り落ちる程度には負荷がかかっている。邪魔をすれば怒られるぞ」

「つまんなーい」

「女装と下女の遊びにでも混ぜて貰え」

「うん!」

 

 ゆったりと、それで居て真剣な面差しで演舞を続ける美侯と爰乃。

 食後の運動にと修練を始めた二人は、素人目ではどちらが優位なのかさっぱりだ。

 大陸系の修行方法で高度な技量を持つもの同士でなければ成立しないらしいが、見物客視点ではつまらん。

 これが見知らぬ他人だったなら、即座に興味を失っていたに違いない。

 何せ誰が見ても興味を引くお笑いコンビが、すぐ傍にいるのだから。

 

「ほぅ、最低限の体捌きは物にしているのか。ならばペースを上げるぞ!」

「掠った! デュランダルが掠りましたっ!」

「当たらなければどうと言う事はない」

「あたってますぅぅっ!」

「安心しろ、峰打ちだ」

「両刃の西洋剣ですからぁぁぁっ!?」

「当たらなければどうry」

「もうやだぁぁぁぁ!?」

 

 感想としては猫と鼠の戯れ。縦横無尽に別荘を駆け回り、見物客を飽きさせないエンターテイメントの正体は腹ごなしと称したハンティングだ。

 聖剣使いが吸血鬼を追い掛け回しているだけなのに、動きが多彩で面白い。

 しかし、俺はここで満足しない。

 厄介払いをかねて送り出したアンズーの投入で更なる混沌を狙う。

 

「アンも混ぜてー!」

「よかろう、共に悪い吸血鬼を捕まえるぞ!」

「「合体」」

「はぁ!?」

「「完成、グレートゼノヴィアン!」」

 

 いやいや、肩車を合体扱いは如何な物か。

 

「ふふふ、グレートな能力を知り慄け」

「アンだけのときよりぜんぶがたくさんよわい!」

「機動力も低下、捕獲効率も半分。私は剣も振るえない」

「頭悪いですねぇ!」

「しかし、やる気は千倍だ」

「弱いほうのギャー君ならよゆーなの」

「私からはこの言葉を送ろう。後処理が面倒だから死ぬなよ?」

「まったくわけがわからないよ、これだから低脳はっ!」

 

 そこから先は当たるか当たらないか、ギリギリを狙った魔力攻撃の雨あられ。

 捕まれば命の無い、リアル鬼ごっこの開幕である。

 しかし、俺にとって阿鼻叫喚は子守唄。

 愉快で痛快なオーケストラを聴いていると珍しく瞼が重いので、座っていた折り畳みのリクライニングチェアに深く身を沈めて目を閉じる事にする。

 俺は悪魔、つまり欲求を我慢するのは体に毒だろ?

 

『DIVIDE!』

 

 降りかかる日差しを手頃に弱め、心地よい潮風に身を委ねよう。

 ここには寝込みを狙う不届き者も多分居ない……と思いたい。

 

「これが仲間を、臣下を信じて背中を預けられる王の道か。確かに一人で最強を目指す覇道よりも暖かく心地よい」

 

 何時の頃からか産まれた、自分以外の誰かを信じる心。

 それは新たなる力として脈動を始めた可能性の塊だ。

 俺はまだ変われる。変われると言う事は、未完成の証明だろう。

 完成してしまえばそこがゴールなのだから、喜ばしい事ではないか。

 まどろみに身を任せた俺は、表情が緩む事を実感しながら眠りにつくのだった。



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番外編その七「メジャーへの挑戦」

当作品では、女王一つ分の駒消費で何でも転生可能とします。
つまり兵士10個分とかのオーバーは無し。
じゃないと~は女王一個で足りるのかみたいな話になる予感。(公式だとタンニーンとか


 祭囃子に人の喧騒。

 遠くから聞えてくる心躍る音の中に。私達は混ざる事が出来ない。

 何故なら、お勤め中だから。

 仕事をさぼって遊びに行く真似は私が許しません。

 と言っても近隣なら何処へ居ても全域が射程内のアンは、身内以外に裏の顔を見せるべきでは無いと判断したギャー夫を連れて食い倒れツアーにレッツゴー。

 代わりに渋い顔で手札を睨むヴァーリと、世渡りの上手さを見せ付けて一抜けを果たした美猴を捕まえてある為、戦力低下は特に無いのです。

 あ、現在の状況を説明すると、お祭り力(?)が正常に結界へ注ぎ込まれるか監視中です。

 と言っても過去に一度も問題が起きた事のない安定したシステムとの事ですし、与えられた役割も万が一の保険なだけ。

 なので、前日に引き続いてのトランプ大会を開催中だったりします。

 種目はまたも大富豪。今回こそ上位を狙う!

 

「さて、私のターンだな。置き土産を残して上がらせて貰うぞ」

 

 そんな事を言いながらゼノヴィアが打った一手は、まさかの革命!

 ま、まあ大丈夫。こんな事もあろうかと3を二枚セットで残してあるし。

 

「貴様、俺に恨みでもあるのかっ!」

「はっはっは、全域に影響を与えてこそ戦略。"こんな事もあろうかと”と返せない辺り、底の浅さを露呈したな白龍皇」

「くっ、三下女が……」

「おいおいヴァーリ、そのセリフはてっぺん取ってから言うもんだぜぃ?」

「一応アドバイス。カードの残り枚数と、各自の手の内を予測する事が大事だね。で、流れたっぽいから私のターン。ジョーカーが全て切れているからこれは確定」

 

 裏返って最強となった最弱を二枚出し。

 

「続いて8、これもルールとして流れる。おやおや、私の手札は残り一枚。上がりっと」

「また俺が最下位……か」

「猪突猛進は駄目だぜい。戦いも含めて一手、二手先を読んでこそ強者だかんな?」

「まったくだ」

「猪にだけは言われたくないと思う……」

 

 勝負どころを、勘で読みきるゼノヴィア。

 他者の手の内を読み、最善を狙う美猴。

 自分なりの勝ちパターンを貫く私。

 常に相手を捻じ伏せようとするヴァーリ。

 私が勝つ事もあるけど、トップを争うのは常に美猴とゼノヴィアの二人。

 自分ばかり見るヴァーリでは、まだまだ相手にならないのです。

 

「ってもよぅ、そろそろ他のやんね?」

「黙れ、俺が勝つまで止めることは許さん」

「へいへい、女子もそれでOK?」

「付き合いましょう」

「私は一向に構わん」

「うっし続行な。早くカードを配りやがれ最底辺の王様よぅ」

「貴様ぁっ!」

 

 龍の誇りとは何だったのか。怒りに震えながらも素直にカードを投げつけてくるヴァーリは、本当に子共だと思う。

 こんな風だから手のかかる弟扱いなんだよ? 自覚ありますか?

 

「これをラスト一戦にすんぞー、各自接待プレイを忘れるなよー」

「ですねー」

「よく分からんが分かった」

「貴様らぁっ!」

 

 激昂するヴァーリを尻目に、淡々とゲームを始める私達だった。

 

 

 

 

 

 番外編その七「メジャーへの挑戦」

 

 

 

 

 

 時刻は20時を過ぎ、懸念されていた締めの神楽も無事終了。

 念の為と雇い主に確認を取り、ついに完全解放となりました。

 そして今、懐も暖かく手の届く場所で一大イベントが開催中です。

 まだまだ宴もたけなわ。参加するしかありませんよね!

 と言う事で、別荘に急いで戻った私はお供を連れてお着替え中。

 せっかくだからと髪を結い上げ、ゼノヴィアと一緒に着付けを済ませる。

 柄は私が防御力重視で魔除けの菖蒲。着せ替え人形には皮肉を込め、知性を意味する水仙をあしらった浴衣をチョイス済み。

 自意識過剰かもしれませんが、何処へ出しても恥かしくない装いだと思う。

 余談ながら私の姿を見たヴァーリは、何故かイッセー君へ連絡した模様。

 

「兵藤、新しい発見だ。浴衣なる服は上品なのに腰のラインが美しく、普段見せないうなじに揺れ動いてしまいそうで恐ろしい」

『控えめに言って狂ったな! 今のお前は駄目悪魔街道まっしぐらだぞ!?』

「貴様をリスペクトしたのだから、俺を貶めるとブーメランで戻っていくぞ?」

『俺は三枚目路線だからいいんだよ! てか、お前には聞きたいことが―――』

「また連絡する」

 

 お相手のテンションは高めで声も大きい。お陰で会話の内容は筒抜け。

 でも、本人を堂々と観察しながら論評するのは如何な物か。

 美猴はそんな王様に苦笑い一つ。ゼノヴィアを連れて先発済み。

 どうもあの猿は、私とヴァーリを番にしようと画策している節があります。

 しかし残念。イッセー君と違う意味で白を男として見ていない私です。

 せめて曹操並の侠気を見せてくれないと、アウトオブ眼中ですから。

 

「ほらほら、女性のエスコートも出来ないの?」

「確かに紳士から切り出すべき事項だった」

 

 ぐいっと力強く手を引いて”俺について来い”とアピールするタイプは初めて。

 昔から先導するのは私の仕事でしたし、これは何とも新鮮です。

 

「やれば出来るじゃないですか」

「俺は陸海空全てを制覇する万能型の白龍皇。不可能は無いとも」

「泳げないと言ってたような?」

「神器と悪魔の翼は、水の中でも有効だ」

「推進力を手と足だけに絞ると?」

「俺とアルビオンは一心同体。ありえない事態を想定してどうする」

「つまり自身の力では無理、と」

「……」

「運動音痴のギャーですら半日も要らなかったので、明日の午前中に特訓しますか。まぁ、嫌だといっても拒否権は与えませんけどね」

「興が乗った―――」

「強制ですが?」

「―――分かった」

 

 ふふふ、仮にも香千屋の敷居を潜った人間に弱点とか許されませんから。

 隠れて教わっているつもりでしょうが、私はまるっとお見通し。

 自分で宣言したとおり、陸海空の全てをカバーして貰いますよ。

 

「ちなみに夕食は作りません。屋台でお腹一杯食べて下さいな」

「元よりその腹積もり」

「てっきりジャンクフードなぞ、と怒るのかと思っていたのに……」

「俺は何処の貴族様だ。タ・コヤーキとやらにオクトパスが入っていないパターンも織り込んである。クレームはつけんから安心しろ」

「妙に偏った知識を……と、そう言えば悪魔が聖域に潜り込んでも大丈夫?」

「兵藤と同じく、概ね俺のメイン属性も龍。そもそも境内に居た筈だが?」

「確かに」

 

 なるほど、ヴァーリもポケ○ン方式。

 ドラゴンと悪魔で、都合の良い所だけをピックアップしてる感じですか。

 むしろ、神仏の美猴の方が縄張り荒らし的な意味でまずい……かも?

 まぁ、その辺は本人に任せましょう。

 神鳥のアンが完全スルーだし、多分問題無い筈。

 

「先ずはぐるりと一周。お祭りの空気を味わいますよ!」

「了解した」

 

 色気の無い会話を続け、ついに石段を踏破。入り口配置の綿菓子屋を物珍しそうに眺める弟分からイニシアチブを奪い返すべく、私は一歩前を行く。

 たこ焼き、お好み焼き、ベビーカステラと定番を抑えつつ、きゅうりの浅漬けを咥えながら先へ先へと進んでいると知った顔を発見。

 何をしているのかと思えば―――

 

「わーい、またお金もらった!」

「アンちゃん凄いなー。僕なんてまた失敗ですぅ」

 

 ケチの付けようのない精密過ぎる出来でカタ抜きをクリアし、店主を涙目にしているのはアンだった。一方で連れのギャー介は失敗の嵐らしく、手元に砕けたカタが散乱。搾取する側と、される側をセットで体現する謎っぷりですねー。

 

「アンね、次はボールをだいでびょんびょんするのやりたい」

「スマートボールかなぁ……僕も細かい作業苦手だし、移動しよっか」

「うん!」

 

 ま、まあ、楽しくやっているっぽいので放置放置。

 私はゆったり見て回りたいし、子供のハイテンションに付いて行けませんので。

 どうせ合流したくなったら、こちらの位置を察して向こうから来ます。

 手間のかからない子供で助かりますよ、ホント。

 

「爰乃、果物をガラス的な物で覆ったアクセサリーらしき物は何だ」

「あれは蜜柑やら苺を飴で覆ったフルーツ飴です。個人的には紅玉を使った酸味のあるリンゴが……ちょっと待ってて」

 

 浅漬けを一息に完食して、小振りなリンゴ飴を口にする。

 果肉まで噛み砕けば、甘みと酸味が程よく舌の上に広がって大満足。

 これならお勧め出来ると、同じ物をヴァーリの手に握らせた。

 

「これは護衛のお駄賃って事で」

「女に奢られる謂れは無いが、対価ならば受け取るのが礼儀」

 

 どれ頂くとするか、と丸のまま口に放り込む姿はさすが男の子。

 どれ一つ取ってもパワーと言うか、スペックが違い過ぎると思う。

 柔よく剛を制す事が出来るのは一定比率まで。

 1が10を打ち破れても、1000の力を逸らす事はかなり難しい。

 

「呆けてないで先へ急ぐぞ、存外時間が無い」

「はいはいっと」

 

 時計を見れば、花火大会開始まで後少し。

 デートっぽく会話が弾んだ事で、想定よりも歩みが遅くなっていたらしい。

 気持ち早歩き。しかし、露天を鷹の目で伺う私達。

 ちなみに途中で見つけたもう一組は、と言うと―――

 

「これがジャパン怪異の巣窟、お化け屋敷か。腕が鳴るな」

「お前は絶対に勘違いしてる。俺っち的には面倒ヤだから入りたくないぜぃ……」

「そう言うな。さあ行くぞ。今宵の聖剣は血に飢えている!」

「そ、そうだ、ぼちぼち合流の時間じゃね!」

「私は花火に興味が無い。戦況を知らせる狼煙の何が雅か」

「お前の価値観は歪んでるなぁ。ま、ある意味で好都合だけどよぅ……」

「安心しろ、寸止めを心掛ける」

「客が迎撃するお化け屋敷って新しいな。訴訟超怖ぇ」

 

 駄目だこいつら、早く何とかしないと。

 思わず時計に仕込んだデスノートの紙片に、ペンを滑らせたくなった私です。

 いやまぁ、時計すらしてませんが。

 この分だと、年少も遊びに夢中で花火の事を忘れてる可能性が大。

 何やら美猴の思惑通りに進んでいる……?

 お釈迦様の掌で馬鹿丸出しだった猿の末裔が、随分賢くなったものですね。

 と言っても、さりとて害無し。

 罠は食い破ってこそ香千屋の流儀ですが、あえて目を瞑るのも一興でしょう。

 そう決めた私は、お供を連れて目をつけていた戦場を目指す事にする。

 見物客も多い花火大会も、この穴場なら誰も居ない。

 参道の入り口で本物の山伏が目を光らせているので、猩猩退治の仲間でもない限り通してくれない絶好の鑑賞ポイントなんですよ。

 

「火薬の配分だけで、こうも炎を自在に操る事が出来るのか……」

「これぞ我が国が誇る伝統芸能の力。日本人は趣味に命がけの民族なのです」

「その生き様は嫌いじゃない」

 

 ドカドカと上がる火の玉を肴に、祭りの戦果を口へと運ぶ。

 自分で作ったほうが安く、それでいて美味しい事は最初から分かっている。

 それでも露天で買ったジャンクフードは特別。隣で空を眺める仏頂面も嬉しそうにパクついていますし、万国、異世界共通でお祭りは人の心に響く何かがあるのだと思う。

 

「アドラメレクに聞いたが」

「何を?」

「フェニックス戦で得た悪魔の駒、ついに使うらしいじゃないか」

「使うと言うか、使わざるを得ない感じかな」

「ん?」

「実は転生悪魔ですらない唯の人間に悪魔の駒を与えるのは、異例中の異例。歴史上初めてのイレギュラーらしいです。魔王様的には下手な中級悪魔より強いし、後見人も大悪魔なのだから問題無いと思って取らせた褒美が保守派に火をつけたらしいです」

 

 一息入れてペットボトルを一口。

 

「ライザー撃破がフロックでないと証明する為に、上級悪魔昇格試験とやらを突破した上で、さらにレーティングゲームの参加資格を問う試合を勝つ。この条件をクリアする事で初めて公式に一人の王様として認められる……そんな状況ですから」

「お前なら一人でも楽勝だろう」

「チーム戦ならイッセー君にすら勝てませんって」

「さすがに数の暴力は無理か」

「チェス駒の数を同時に相手取って勝てる人間は居ないと思う」

「駒の候補はどうなっている」

「んと、女王にアン」

「ソレだけでいいんじゃないのか?」

「いやいや、慢心は駄目」

「お前は石橋を叩きすぎる女だよ」

 

 褒められているのかな?

 

「続けます」

「聞こう」

「戦車に鬼灯。騎士に弦さんと、確認を取っていないゼノヴィアを予定」

「兵士は?」

「無理に枠を埋める必要無いし、特に居ませんね」

「そうか……」

 

 それは悪いテストを、親へどう報告するか悩んでいる小学生の顔。

 何となく言いたい事は察しているけど、助け舟を出すつもりはありません。

 この程度で日和るなら、ここで見限っちゃうよ?

 

「白龍皇のライバルは赤龍帝だ」

「何を今更」

「競うなら同じ土俵、五分の条件で優劣をつけるべきと俺は思う」

「かもね」

「過去の継承者達の経緯やら因縁はどうであれ、俺は兵藤の命に興味が無い。ならばスポーツの観点で上位者となるのも面白い」

「良い考えです。ちなみにサッカーと言うスポーツの世界大会は、ナショナリズムをぶつけ合う国家代理戦争として有名。同様にレーティングゲームも、プライドを賭けた絶対に負けられない物と捉えて問題ないと思う」

「うむ、遊びだからそ心底勝ちたい。俺は昼間にそれを学んだ」

「男の子ですねー」

「そして今、人材を求める者の前に最強クラスでフリーの候補生が落ちている」

「それで?」

「お前が望むのであれば、兵藤と同じ兵士になるのも吝かではない」

「え、ヴァーリみたいに気難しい子は、私のチームに不要ですが?」

「なん……だと」

「私は必要なら犠牲を厭いません。なので指揮官の命令を土壇場で聞かないっぽい唯我独尊系は、どれだけレアで強くてもノーサンキュー」

 

 レーティングゲームのモチーフは所詮チェス。

 駒が差し手の意図しない動きを始めると、戦いにならないからね。

 

「考え直せ……ないのか」

「無理」

 

 あのフリーダムなアンですら、お爺様の命令には絶対服従を誓っていると聞く。

 だからこそ昼間と違ってここだけは譲れない。譲るつもりも無い。

 

「そもそも貴方は王様でしょ? 誰かの下につく事を良しとするの?」

「そう、かも、しれん、が」

「少し頭を冷やそうか」

「むぅ」

 

 さあ、考えなさい。抜け道は幾つもあるよ?

 

「……時間を貰う」

「どうぞうどうぞ、リミットは花火のラストが上がるまで。クライマックス近いから、あんまり時間はないとだけ忠告しておきます」

「承知」

 

 誰に相談するのか知りませんが、私の採点は厳しいですよ。

 見事トライアルを抜け、チーム爰乃入団を果たす事を期待します。



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番外編その八「結成、チーム香千屋」

概ね当初の予定通りの布陣となった爰乃組。
回復担当としてアーシアが欲しい所ですが、いよいよ部長がマジ泣きするので諦めました。


 空に咲く、色とりどりの花。

 これぞ夏の風物詩。日本人は、一瞬の美に心奪われる民族だと思う。

 だからこそ桜は特別枠として愛されているし、花火を見る為だけに遠くまで足を延ばすことも厭わない。

 本当なら私も風流すべきところですが、残念な事にそうも行かないのが惜しい。

 何せ今は採用試験の真っ最中であり、私の役割は試験官。

 悲壮な顔で三歩進んで二歩下がるヴァーリが、交渉のテーブルに辿り着くのをイラッとしながら待っている最中ですので。

 

「予定を繰り上げます。五つ数える間に切り出さなければ不採用」

「話が違うぞ」

「どんな世界でも採用する側が正義です。どうしてもと言うなら待ちますよ?だけど、ストレスを募らせた私の心象は最悪。どれ程素晴らしいプレゼンを疲労しても、聞く耳を持たないと思う」

「悪魔めっ!」

「あいむひゅーまん、おーけー?」

「ぐぬぬ」

「ごー」

「俺は了承していな―――」

「よーん」

「分かった、分かったからカウントを止めろ!」

「はい、それでは答えを聞かせて貰いましょうか」

「……ああ」

 

 圧迫面接開始。

 

「では、志望動機を。確か私が心配とか?」

「そうだ」

「ひょっとして、私へ何か特別な感情を持っているの?」

「……中国武術では先に入門している者を師兄、或いは師姉と呼ぶと聞く」

「呼びますね」

「俺はアドラメレクに師事している。つまり、お前は師姉として敬うべき存在だ」

「ふむふむ、姉ネタをそう拾って来ましたか」

「奴隷も王も、賢者に物を教わる際には等しく頭を垂れる。その範疇には姉弟子への畏敬も含まれているのも道理」

「要約すると、師姉が戦いに身を投じるなら共をするのも弟弟子の義務と」

「そうだ」

「うん、不採用」

「何故っ!?」

「今の話は美猴の受け売りでしょ」

「その通りではあるが」

「内容は及第点。でも、致命的なミスを犯している事に気が付いてない」

「……自由意志の欠如か?」

「分かってるならやり直し。次がラストチャンス」

「……分かった」

 

 そう、欲しいのは是非とも傘下に加えてくれと望む人材。

 こちらからオファーを出した場合も、嫌々従うなら諦めるのが私です。

 内実はともかく、義務感で従うと言うのであれば首を横に振るのも道理ですよね。

 

「いいだろう、小細工は捨てる。例え爰乃がNOを突きつけるとしても、俺らしく真っ向から立ち向かう事にしよう」

「……最初からそうすればいいのに」

「何か言ったか?」

「いーえ?」

「では行くぞ」

「どんと来なさい」

「最初に宣言するが、俺は何としても爰乃の眷属になりたいと思っている」

「その心は?」

「お前の兵士になる事で得られるメリットは三っつ。一つ、ゲームを通じて冥界の強者と合法的に戦える事。二つ、王は下僕悪魔を養う義務がある為、大手を振り居候が許される点」

「ずっと余裕の入り浸りだった癖に、申し訳ないと思う心はあったんだ……」

「うむ」

 

 ご飯のお代わりも自重しない居候が、まさかのストレスを感じていましたか。

 意外と繊細でびっくりです。

 

「三つ目は?」

「嘘偽り無い話だが、内なる声が爰乃を守れと何故か騒ぐ」

「貴方は何処の小学生ですか……」

「欲求を我慢するなと言うのが義父の教え。必要なら立場も身分も投げ捨てるアザゼルの背中を見て来た俺だ。もしも俺の決定に不満を持つ臣下が居るのなら、斬り捨てるべきは王の表層しか見ていない愚か者となるだろう」

「目的の為に手段を選ばない考え方、嫌いじゃないです」

「それでこそ香千屋爰乃」

「アピール終わり?」

「……悩んだが、隠し立ては無用だろう。実はメリットには四つ目があってだな」

「?」

「お前は遊びと言う概念を。そして活動エネルギー摂取以外に、娯楽としての食事を俺に教えてくれた。これらはアザゼルにすら為しえなかった奇跡。闇雲に最強だけを目指すしか無かった俺に射した光だと思っている」

 

 珍しく熱の篭った口調のヴァーリは私の手を握り、真っ向から目を合わせて続けた。

 

「これからも傍に居て、新たな可能性を示して欲しい。認めたくないが、俺はお前の隣に立っていたい……と言う事なのだろうな」

 

 この男は自分が何を言っているのか、全然分かってないと思う。

 これがイッセー君なら中途半端に照れつつなのでしょうけど、ヴァーリは変化球が投げられない。真顔でデットボールを投げ込んで来るからタチが悪い。

 

「……ちゃんと私の命令を守れる?」

「白龍皇の名に掛けて。但し謙るつもりは無い」

「リアス部長みたいな好待遇出来ませんよ?」

「雨風が凌げて、飢える事がなければそれで構わん」

「人間の小娘如きの風下にって、馬鹿にされても?」

「爰乃なら実力で黙らせると信じている」

 

 想定していたパターンの中でも、一番厄介な攻略法を選ばれてしまった。

 純粋と言うか一途と言うか、断る理由の見つからない力技の突破ですよね。

 仕方が無い、及第点としましょう。

 そう決めた私は、握られたままの手を起点に柔を敢行。

 バランスを崩したヴァーリを抱きとめ、ちょっとした悪戯を試みる。

 

「……駒の消費は、イッセー君と同じく兵士全部でしょう。つまり、私の兵士は生涯ヴァーリ唯一人です。これは手付金代わりの良く出来ましたで賞。嫌ですか?」

「子ども扱いに物申したくはあるが……たまになら悪くない」

「ちなみにこれは、アンがとても喜ぶ定番のご褒美だったり」

「同レベル扱いなのか……」

 

 ブツブツ文句を言いつつ、頭を撫でるのを止めろと言わない兵士さん。

 多分ヴァーリは褒められて伸びるタイプ。褒められたくて頑張る子だと思う。

 私のモットーは信賞必罰、上手い事噛み合う未来に期待します。

 

「文句があるなら、男を磨いて見返して下さいな。師姉はその日が来るのを首を長くして待って居ますからね」

「ふん、今にお前から擦り寄ってくるさ」

「はいはい、私も新米キングとして精進の日々です。一緒に頑張ろうね」

「……ああ」

 

 そうこうしている間に花火も終わる。

 これが最後と、盛大な連発で闇を炎で染めあげる様は正に圧巻。

 人生五十年。誰よりも輝いて、残さず燃え尽きてこそ人生。

 

「見応えのあるラストだったと思わない?」

「一枚絵の様に美しかった」

「?」

「気にするな。俺が満足したのなら、それで構わないだろ」

 

 結局、残りのメンバーは誰一人来なかった。

 下界を見れば人の波が大移動を開始しているし、合流はもう難しい。

 仕方が無いので、美猴とギャーにメールを送付。

 別荘で落ち合う事にしています。

 さりとて私も人込みを泳ぐ趣味は無し。

 時間をどうやって潰そうか、悩んでいた時だった。

 

「さっさと帰るぞ」

「ちょ、ちょっと、まさか飛ぶ気ですか?」

「安心しろ、気配の消し方を美猴に教わっている」

「……それなら良し。これが初の命令です、私を別荘まで運んで下さい」

「任せろ」

 

 背中と膝の下から抱えられた私は、光となって空を翔る。

 しかし、私は失念していた。

 気配は消せても、闇夜を切り裂く白龍の翼は健在だと言う事を。

 後日に新聞とニュースでUFO飛来か!? と報道され盛大にむせる事になるのですが、この時の私には知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 番外編その八「結成、チーム香千屋」

 

 

 

 

 

「私の僕にならない?」

「いいよー」

「即決!? お爺様の許可は大丈夫なの?」

「うん、ご主人様もさそわれたらいけっていってた」

「……こうも簡単とは思いませんでした。特に関係は変わらないとは思いますが、宜しく頼みますよ小さな女王さん」

「姫様だーいすき、アンがんばる!」

「ほらほら、ご飯粒を飛ばさない」

 

 立つ鳥跡を濁さず。お昼からの掃除に備えてご飯をかきこむ私達のおかずは、ふらりと覗いた朝市で仕入れた鮮魚を大皿ドンしたお刺身祭り。

 好きなものを好きなだけ取り分けるセルフ海鮮丼が趣向です。

 何せ早朝トレーニング後の午前中は、ヴァーリに泳ぎを仕込んで終わり。

 片付けも楽な料理に逃げた私の選択は間違っていないと思う。

 そんな楽しい昼食の中、気軽にアンへお伺いを立てた私でした。

 結果は見ての通り。これぞ餌付け……もとい人徳の賜物でしょう。

 

「で、次はゼノヴィア」

「騎士か、騎士として拾ってくれるのか!?」

「色々考えた結果、お爺様に習い長所を伸ばすべきとの結論に至りました。なのでスピードは二の次、パワーだけを追求する戦車で引き取ろうかと」

「しかし速度がだな」

「腕力が上がる事で騎士に……私の知る最速の木場君にすら劣らないスピードを体現する術を教え込むから安心なさい」

「難しい事は分からん。が、お前が太鼓判を押すなら可能なんだろう」

「少しは疑う頭を持てないかなぁ」

「神を疑わず、司祭様の言葉は真理。それが私の人生だった。今や神はマスター、親友で尊敬する爰乃が司祭様に置き換わっている。そこに疑問を挟む余地は無い」

 

 まぁ、内弟子で何かと一緒に行動するゼノヴィアは大切な友人です。

 随分と評価されて居る事にびっくりですが、気持ちは良く分かりますよ。

 お互いこれから先も、背中を預けられる関係を維持していけたら幸いです。

 

「生涯一兵卒、上の命令は絶対。この生き方を貫くつもりだ」

「富も権力も望まず、剣士の頂を目指す……それだけが望みですか」

「うむ、場数を踏んでこそ人は成長する。だから存分に使い潰して欲しい」

「つくづく精神性が香千屋の流儀に近い子ですよ」

「私も水が合い過ぎると思っていた」

「ならば、改めて歓迎しましょう”戦車”のゼノヴィア。私の眷属となり、香千屋の剣技っぽい何かを冥界に知らしめなさい」

「御意!」

 

 これで三人目が確定。

 鬼灯と弦さんはお爺様からのプレゼントなので、喜んで付き従ってくれるはず。

 となれば、種類的に席が埋まっていないのは僧侶だけ。

 でも、そこに収まるべき一枠は既に決めてある。

 迫る試験の為にも戦力の拡充は急務ですが、口説き落としたい彼女と顔を合わせるのはもう少し未来の話。

 断られたとしても、現行のメンバーだけで勝てると予想する私です。

 何事も焦らず、ゆっくり進めますよ。

 

「爰乃、俺に比べて審査基準が緩くは無いだろうか……」

「可愛い女の子と、俺様系男子を同等に扱う方がおかしいと思いませんか?」

「ひゃっひゃっひゃ、それを言われちゃ御仕舞いだぜい。俺っちのアドバイスが無けりゃお嬢ちゃんにポイ捨て去れたであろうヴァーリに甘い評価は出来ないわなぁ」

「お前は大きな勘違いをしている」

「おう?」

「貴様に吹き込まれた中華思想は、何一つ役にはたたなかった。窮地を乗り越えたのは俺自身の機転だぞ」

「まじ?」

「お陰で危うく乙女ゲー世界に片足を突っ込みそうに……」

「え、まさか告ったの!? 好きの種類も分かってないお子様が!?」

「ノーコメント」

「おいヴァーリ、お前どうやって攻略したんよ」

「応える義理は無い。そもそも口に物を入れながら騒ぐな」

「ルール無用の残虐ファイターだったヴァーリが正論……だと」

 

 その辺のマナーは私が躾けました。

 

「あのぅ、グレモリー眷属の僕はとても場違い感が……」

「敵じゃねぇし、細けぇ事はいいんじゃね?」

「ですよねー。でもこの話は聞かなかった事にした方が面白そうですぅ。部長達にはチーム爰乃の結成と内情を教えませんっ!」

「分かってるじゃん」

「どうせ事前に情報を掴んでいても勝てません。なら、サプライズな颯爽登場が美味しいですぅ」

「お前さんの外様発言で思い出したけどよぅ、チームヴァーリはどうするんよ?」

「俺の個人戦力として現状を維持」

「あいよー。でも、俺っちは爰乃眷属に加入しないぜ。アウトローとして色んな世界をふらふらしようが仏は仏。悪魔にゃぁなりたくないわ」

「それで結構。美猴は友誼を結んでくれるだけで満足ですよ」

「朋友としてなら大歓迎だぜぃ!」

 

 私は買い物を吟味して決めるタイプです。なので如何に斉天大聖がビックネームでも、残り僅かな空きスペースを即決で埋めるのは避けたい。

 どうせこれから先も風来坊でしょうし、その時が来るまでキープさせて貰いますよ。

 

「時にチームヴァーリって、他にどんな人が?」

「うーとだな……舌と頭のおかしい英雄兄妹と、キャラ付け頑張り過ぎて微妙に痴女っぽい猫娘の三人。前者はアーサー王の末裔の剣士と、とんがり帽子がトレードマークな魔女娘で、後者はインチキ和服を着崩した仙術使いのトリックスター。今度連れてくから邪険にしないでやってくれぃ」

「お茶とお菓子で持て成す事を約束します」

「悪ぃな」

 

 ヴァーリに好んで従う以上、やはり奇人変人の巣窟でしたか……。

 とりあえずアーサー王の子孫とやらと一戦交え、力の差を見極めたい。

 他の英雄がどれ程の力を持っているのか、是非とも体感したいところ。

 

「さて皆さん、さくっと片付けてお家に帰りますよ」

「別に転移魔法で一瞬だ。何を焦る必要があるんだ?」

「移動時間も旅の醍醐味。暮した景色に別れを告げ、電車の揺れに身を任せるのも一興です。無駄を省いて最短距離を生きる人生はつまらない。回り道の最中に見つかる新発見も多いと私は思う」

「心の豊かさは、そんな積み重ねで産まれる物か」

「他の子も異論はありませんねー?」

「「はーい」」

「台所周りは私が担当します。後は各自分担してお掃除開始!」

 

 これがチーム香千屋にとって初の団体行動。

 訪れた時よりも綺麗に片付けるべく、私達は奮闘するのだった。

 

 

 

 

 

「見慣れた町並みを見ると、やはりほっとしますね」

「殆ど出歩かない僕には、逆に未知の景色ですぅ」

「……暇な時は無理やり連れ出すから覚悟しなさい」

「余計な事言っちゃったぁぁぁっ!?」

「不健康な奴め。明日からは、朝のランニングに付き合わせてやろう」

「朝日を浴びながら汗を流す吸血鬼になれとっ!?」

「変り種はどんな世界にも一人や二人居る。大丈夫だ、何も問題は無い」

「体育会系なんて大嫌いだぁぁぁっ!」

 

 駒王の地に再び足を踏み入れたのは、私達三人だけ。

 消えたのはアザゼル先生に会うと途中の駅で下車したヴァーリ&美猴と、謎のトラベラー気質を発揮して別路線で何処かに旅立ったアン。

 彼らは鎖に繋げないアンチェインな生き物だと、今更ながら理解しました。

 基本的にプライベートへ干渉しない放任主義が私のやり方ですが、あまりの暴れ馬っぷりに新米ジョッキーは乗りこなせるのか少しばかり不安です。

 

「ギャーは家に寄って行きます?」

「ではお言葉に甘え―――」

 

 お茶でもと声をかけた瞬間だった。

 ぽん、とギャー夫の言葉を遮るように肩に置かれたのは男の手。

 それは私も良く知る少年、とても良い笑顔を浮かべるイッセー君のもの。

 

「やぁ、ギャスパー君」

「なななな、なんでイッセー先輩がががが?」

「爺さんに帰りの便含めて全部聞いたよ。地獄の合宿とやらの正体もな」

「先輩、僕は何一つ嘘を言っていないと思います」

「認めよう」

「つまり僕に非はありませんっ!」

「話は署で聞こうか。爰乃、こいつは回収させて貰うぞ」

「元々そちらの人員です。ご自由にどうぞ」

「積もる話もあるから、明日お前んち行くわ。昼とか空いてるか?」

「大丈夫」

「んじゃ明日の昼―――って、何故にゼノヴィアが一緒に!?」

「気付くのが遅いぞ赤龍帝」

「また悪魔を狙ってる……のか?」

「むしろ悪魔に仕えている身だ。我が主はベノア・アドラメレク様。神も悪魔も楯突く者は等しく聖剣の錆にする所存」

「斜め上の回答に、頭の回転が追いつかねぇよ!」

 

 最近は疎遠でしたからねー。

 何気にこれが初の顔合わせでしたか。

 

「良く分からんが、さっさと行け。吸血鬼が逃げる素振りを見せているぞ」

「ほほう、良い度胸じゃないか後輩君。時間はたっぷりある、OHANASIしようか……」

「目が怖い、ハイライトの消えた瞳が怖いですぅぅぅっ!」

 

 傍目には仲良く肩を組んで歩いて行きましたが、アレは完全に連行ですね。

 あの様子じゃ、私と一緒だった事を知らなかったのかな?

 部長は知っている筈なのに、何処で情報が途絶えたのやら。

 まったく、告る勇気も無い分際で焼餅を焼くとか笑止千万。

 健気で可愛らしいアーシアの何処に不満が在るんでしょうねー。

 

「さ、私達も帰りましょう」

「うむ、マスターに報告もしなければいかんしな!」

 

 こうして私達のプレ夏休みは終わりを告げた。

 これから迎える冒険の日々を思うと胸が高鳴ります。

 冥界での武者修行と各種試験……必ず満足の行く結果を残してみせる。

 まだまだ夏は終わらない。私の青春はこれからだ!



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第五章 黒髪姫と拳王の舞踏会
第34話「魔王様の地獄」


原作でも上級真っ青なイッセーと木場の昇進に見え隠れするお役所仕事。
とりあえず中級、期間を空けてからの昇進はその証明だと思います。
つまりパワーバランスは

魔王の上級認定<交渉の余地の無い壁<認定委員会的な何かのお墨付き

その他諸々をひっくるめた結果、魔王様の冥界は地獄となりました(


「これは茶飲み話として聞いて欲しい」

「分かった」

「天界から発注を受けた量産型エクスカリバーがな、某所に納品済みな訳よ」

「ほほう」

「商品を引き渡した以上、これから先何があっても俺達の責任にゃならん。ちなみに量産型と銘打ってるが、俺が手作業で一本一本仕上げる工芸品な訳だ。手違いで手に入れ損なったとしても、ほいほい発注に応じられん。つーかメンドイから拒否る」

「横から掻っ攫われると大変そうだね」

「で、だ。話は変わって英雄派の”絶霧”使いをグレゴリ本部へ招待したい」

「本当に神器研究にご執心な事で」

「手の届く範囲に、これだけの神滅具が揃っているんだぞ? 合法的にデータを取れる機会をむざむざ無駄に出来るかよ」

 

 愛しの君が住む街の一角。洒落た喫茶店で顔を付き合わせる総督殿は、禍の団の幹部を前にしても敵意ゼロ。気負うことなくセットのケーキを口に運ぶ事を止めない。

 ヴァーリを通じてコンタクトされた時は罠かと疑ったが、どうも杞憂だったらしい。

 手勢も連れず、ふらりと現れた彼の本質は何処までも純粋な学者。

 成果さえ上がるなら、正義も悪もどうでも良いのだろう。

 

「期間は?」

「三日もありゃ十分だ。素直に協力してくれりゃ、土産を持たせて返すぜ?」

「OK、その条件飲もう」

「交渉成立だな。悪いがこの後に予定が詰まってる。”ゴミ”を片付けといてくれ」

「お安い御用さ。では、こちらの準備が済み次第連絡するよ」

「またな」

 

 席を立ったアザゼルを見送りながら珈琲を一口。

 糖分ゼロの苦味と深いコクに酔いしれつつ、彼との会談を振り返る。

 見識深い賢人との会話は中々に有意義だった。

 冥界、天界、双方の最新情報に今後の動向。そして―――

 

「ご丁寧に警備のメンバーまでリストアップ済み。親切痛み入るよ」

 

 空のカップに添えられた紙片を広げれば、中身は某所に対する懇切丁寧な襲撃マニュアル。

 中身が本物なら、誰でも怪盗の真似事が出来る指南書だった。

 彼は暗に言っていた。

 欲しいのは生きたデータのみ。悪魔と同盟を結んだ天使に作品を渡しても、抑止力として使われるのが関の山。ならば方々に喧嘩を売る禍の団にこそ譲りたい、と。

 それでいて天界からは”煌天雷獄”のデータを受け取りつつ、俺達からも同等の条件を引き出す狡猾さ。

 悪い大人の典型例だが、一団の長として尊敬すべき姿勢だと思う。

 

「さて、我が姫を迎え入れるに相応しい環境作りを始めよう。行くぞジーク、今晩は高慢な鳩共が僕らのディナーだ」

「了解した、人員を手配する」

「死体役に、殺しても問題ない悪魔も混ぜてくれよ?」

「あくどい事で」

 

 念の為にと忍ばせていた英雄シグルドの末裔にして元教会第二位の剣士、ジークフリートを引き連れ僕もまた店を後にする。

 総督殿は護衛に気付いていながら、あえて無視する豪胆さだった。

 しかし、我らはか弱き人間。臆病な位で丁度良い。

 人が神を倒せるのは、慢心に付け込んだ時のみ。

 真っ向勝負は分が悪いのだから。

 

「旧魔王派が幅を利かせる現状を変える第一歩だ。必ず成功させるぞ」

「応っ!」

 

 神も悪魔も関係ない、最後に笑うのは誰かと言う事を教えてやる。

 義は我にあり。

 蒼天の導きのまま、立ちはだかる者は我が槍で等しく滅ぼすのみ。

 

 

 

 

 

 第三十四話「魔王様の地獄」

 

 

 

 

 

 何故誘ってくれなかったと愚痴るイッセー君を、泣いたり笑ったり出来なくしてから数日後。

 ついに私は旅立ちの日を迎えていた。

 旅装束は駒王学園の夏制服。これさえ着ておけば、冠婚葬祭を含めた全ての行事に参加を許される万能の着衣です。

 実は冥界到着後、いの一番に魔王様との面会が組まれています。

 現地で着替える手間を省く為にも、やはり着慣れたこの格好がベストだと思います。

 

「こちらです、姫様」

「無駄に広くて面倒な」

 

 私達―――弦さんとゼノヴィアも含めた三人が居るのは、駒王駅の地下深く。

 冥界の運営する、悪魔専用ホームをうろうろしている最中です。

 悪魔歴の長い弦さんも冥界渡航は初らしく、ガイド不在の手探り状態。

 傍から見ればおのぼりさんと笑われても仕方が無い姿を、第絶賛晒し中だったり。

 ちなみにヴァーリは、禍の団の仕事が終わり次第合流予定。

 アンと鬼灯は正規ルートでの冥界入りが出来ず、別の手段で入国を果たすとのこと。

 そう……招待されたのは、私だけなんですよ。

 部長を通して届けられた招待状を要約すると―――

 

 魔王が許可を出しても、最終決定権はレーティングゲーム実行委員会が持っている。

 本来ならば門前払いではあるが、さすがに上には逆らえん。

 不本意ながら、一度だけ審査をしてやる。

 指定日に魔王領ルシファードまで一人で来い

 恥かしくないならば個人の技量、そして王としての力を見せてみろ。

 ああ、箸にも棒にもかからない場合は悪魔の駒没収なのであしからず。

 

 実はさほど歓迎されていない爰乃さんです。

 なので弦さんは護衛。ゼノヴィアを世話役としてゴリ押し、随伴の許可をもぎ取った次第。

 上級悪魔にして爵位持ちのアドラメレクの愛娘(違うけど)の立場を、前面に押し出さなければどうなっていたのやら。

 さしもの魔王様も、人間嫌いな保守層を押さえ込むのは無理だったのかな?

 だって色々おかしいじゃないですか。

 私個人の力試し + 王の器量を見せろと通達しておきながら、眷属候補の同行を許さないとか意味が分かりません。

 ちなみにイッセー君達も明日冥界へ出立と言ってましたけど、向こうは基本的にノーチェック且つ同行者の制限無しっぽい。

 これぞ格差社会。いっそ向こうに混ぜて貰えば早かった……ような。

 

「意外と普通だな。地上との違いは売店の有無くらいか?」

「飲食物に関しては私が購入済です。とりあえず貴方は落ち着きなさい」

「弦はお堅いなぁ」

「ゼノヴィアが緩いのです!」

 

 刃振るう共通項のお陰か、弦さんとゼノヴィアの仲は悪くない。

 このまま一緒の時間を過ごしていけば、良き仲間となるでしょう。

 王として微笑ましい光景に目を細めながら切符を見せて列車に乗り込むと、四人がけの席を選んで腰を下ろす。

 ええと、実は悪魔の資格を与えると言いつつ螺子にされませんよね?

 999が宇宙へ飛び立つのに対し、冥界行きの電車は地下へとまっしぐら。

 向かう方向はともかく、常識の通じない別世界に連れて行かれるのは同じですし。

 と言うか、他にお客さんゼロの貸しきり状態とはこれ如何に。

 重ね重ね騙されていないか、疑心暗鬼に駆られる爰乃さんです。

 

「列車の移動中は、弁当を食べるのがヤーパンのルールと聞く」

「ヤーパンって……貴方は英語圏の人間ですよね?」

「郷に入れば郷に従うもの。早速飯にしよう、そうしよう」

「これだから異人の適当さはっ!」

 

 しかし、そんな私を他所に護衛たちはフリーダムに警戒心の欠片も無し。

 私も平常心を心掛けないとダメですね。

 どうせ何かが起きたなら、力技で乗り切るだけ。

 交通事故を警戒しながら歩道を歩くような無駄な真似はやめますか。

 それに今回は政府公式のご招待。私に危害を加えて困るのは向こうです。

 

「おいおい、外人にも色々居るからな?」

 

 私が小さく頷くと同時、空いていた隣の席に割り込んできたのは知った顔。

 私の家庭教師にしてお爺様の友人、堕天使総督アザゼル先生が何故に!?

 

「席なら他に幾らでも空いていますよ」

「俺は寂しいと死ぬ生き物でな」

「先生は兎じゃないと思います」

「雑学だが兎は寂しくても死なない。一匹で飼う事に何ら問題は無いぜ?」

「それは兎も角、どうしてこちらに?」

「ノリの悪い奴め。実は俺もサーゼクスとの打合せで冥界行き」

「はぁ」

「爺との酒盛りでその話をしたら、お前のバックアップを頼まれてな。知らん仲でも無いし、引き受けた訳よ」

「私には保護者が居てはつまらないだろう、と言ってた癖に……」

「まぁ、実は偶然同じ便って設定の内緒話なんだが」

「ぶっちゃけましたね」

「むしろ普通に考えて、サーゼクスに並ぶ地位の俺が普通席とか在り得なくね? 普段はお飾りの護衛を引き連れて一両貸切のスイートルームが当たり前だぞ?」

「ですよねー」

 

 無茶な設定は理解しましたが、先生の口がアルミよりも軽いとよーく分かりました。

 

「そんな訳でサーゼクスに引き渡す迄、俺も同伴だ。短い間だが宜しくな」

「爰乃、このチャラい男は誰だ」

「チーム堕天使のヘッドを張ってるアザゼル先生ですよ」

「お前の周りに集まってくる人外は、どいつもこいつも大物ばかりだなぁ」

「否定できないのが怖い」

 

 ええと、小物……小物。一番下級な純人外ってリアス部長かな?

 天使はミカエルさん、悪魔は魔王ズにヴァーリとお爺様。

 堕天使も幹部級しか面識が無……あ、ドーナシーク!

 彼が居たじゃないですか!

 

「最近はご無沙汰だったが、またアドラメレクの所には通う予定だ。ゼノヴィアだったか? 今後は顔を合わせる機会も増えると思う。宜しく頼むわ」

「こちらこそ高名な元天使にお会いできて光栄だ」

「んでよ、今度デュランダルのデータ取らせてくれね? 勿論タダとは言わん。それなりの対価を支払う準備はあるぞ」

「今回の一件が片付いた後でなら、喜んで聖剣を差し出そう」

「いや、ちゃんと返すから。適当に褒美を考えといてくれ」

「と言うか、今なら渡す事も可能だが?」

「おお、じゃあ早速で悪いがちょい貸してくれ」

 

 成る程……保護者とは名ばかり、移動時間の暇潰しが目的と。

 生涯をかけた集大成と豪語する”閃光と暗黒の龍絶剣”の完成度を上げる為に、エクスカリバーだけでは飽き足らず他の聖剣までパク―――オマージュする訳ですね。

 研究第一、終始ぶれない姿勢には脱帽します。

 さすがに手狭なのか、他の席へ移っていった二人は放置。

 弦さんが注いでくれたお茶が、とても美味しいです。

 

「お茶請けもご用意致しましょうか?」

「眠いので結構です」

「姫様は気苦労が多い身。馬鹿鳥も色を覚えた龍共も居ないこんな時位は、存分にお休みくださいませ。アザゼルとゼノヴィアの監督は私が引き継ぎましょう」

「頼みました。少しだけ眠ります」

 

 窓に体を預け、そっと瞼を下ろす。

 内定眷族の中で、唯一全権を委任できる真面目っ子。それが弦さんです。

 他のメンバーが自由奔放なのに対し、たった一人の騎士は主に尽くす事が大好き。

 お爺様曰く、殺せと言われれば赤子だろうと喜んで手にかけ、死ねと命じられれば笑顔のまま腹を切りかねない従順さ。

 さすが封建社会で生まれ育った、生粋の侍と言った所でしょうか。

 欠点は間違いに気付いても、絶対に異論を口にしないイエスマンな点。

 参謀には不向きですが、刀として考えた場合は最高の一振りだと思います。

 

「お屋形さまも仕えるに値する偉大な御方でしたが、やはり美しい姫の為に刀を振るってこそ武士。叶う事の無い夢が現実になり感無量……我が人生に一片の悔い無し」

 

 思えばオファーを出した時の喜び様は凄かった。

 暗殺家業のリバウンドなのか、意外にベタな騎士物語が大好きな弦さん。

 あれから何日も過ぎているのに、枕元に立って私の寝顔を見ては上機嫌になるのが少し重たい。

 仮にトレードへ出すと告げたなら、自殺する未来が簡単に幻視出来る怖さです。

 これが世間一般で言う所のヤンデレ……?。

 杞憂であって欲しいと思いつつ、私は眠りに落ちるのだった。

 その後、4時間程度のお昼寝で第一中継地点となる駅へ停車。

 眠気眼でアザゼル先生にふらふらと付いていったのでいまいち記憶が定かではありませんが、降りた駅はそれこそ東京駅と比べても遜色が無い近代的さだった様な。

 取り合えず、自動販売機はおろか各種テナントも充実しているとゼノヴィアがはしゃいで居た事だけは覚えているから不思議。

 その後は地下鉄に乗り換え、魔王城的な施設にやっと到着した次第です。

 ちなみに受付での手続き等の面倒毎は、全て先生が片付けてくれて大助かり。

 あっさりと執務室へ通され、魔王様との再開を果たせましたよ。

 これだけでも同行してもらった甲斐があると言うもの。

 スパシーバ、アザゼル。さすがお爺様のマブダチ!

 

「遠い所ご苦労だったね、歓迎するよ爰乃君」

「恐縮です」

「本来であれば旅の疲れを落としてから本題に入りたい所だが……」

「委員会が今度は何を?」

「何処で嗅ぎ付けたのやら、既に君の到着を察知していたよ。彼らに言わせれば無駄な時間は一分一秒でも勿体無いとの事でね? 明日の予定を繰り上げ、今から試験を受けろとのお達しなんだ。申し訳ない、私の権限が及ばない範疇だ。無茶な要求ながら応じて欲しい」

「物語の絶対者と違って、現実の魔王は政治に翻弄される世知辛さですか……」

「いやはや、戦争の功績で成り上がった魔王の血を引かない二代目の立場は中々に難しい物だよ。やっと排除した旧魔王派は禍の団に流れて敵となり、身内にも潜在的なシンパは多い。身軽だったグレモリー時代に帰りたいと嘆きたくもなる」

 

 疲れた顔で遠くを見つめる魔王様は、某ジオン独立戦争記のギレン様を髣髴させる。

 独裁者がザク一つ作る為に、各所へ御伺いを立てる不思議なあのゲーム。

 まさか現実を完全再現だったとは思いませんでしたよ……

 悪魔らしく、力こそ正義なディスガイア政治を採用する訳には行かないのでしょうか?

 

「見ろ爰乃、これぞ自分を犠牲にして大衆を導こうとする理想主義者の末路だ。赤い彗星も言っていたが、個人の力で世界を変える事が如何に無理ゲーであるかの証明だろう」

「もう少しオブラートに包んでくれないか……」

「現実を見ていないお前には、この表現でも手緩いわ。幾ら主義主張が違うっても、旧魔王派を一掃して各魔王の首も全員挿げ替えるとか革新的過ぎんだよ。だから反発も食らうし、影でこそこそ動かれる」

「……」

「つうか、魔王の権限が弱すぎるネックをどうにかしろ。下手すりゃ、ちょっとした横槍で不戦の約定も無かった事になりかねんぞ?」

「……昔はルシファーがカリスマだったから問題無かったんだ。私が魔王を引き継いで始めて浮き彫りになったこの件は法改正を急いでいる最中だとも」

「間に合えばいいがね」

「何だと」

「禍の団が事実上の旧魔王派であることは、ウチを含めて天界も周知済み。連中がやんちゃした場合、現政権と関係ないって言い訳は通らんだろうな。言っとくがウチも不利益をかぶった場合、容赦なく賠償を要求するぞ」

「……」

「これは今回の合同会議でミカエルも突っ込んでくる案件の一つだ。頑張れサーゼクス。友人としての立場からはエールを送るが、堕天使総督視点では”こいつら大丈夫か?” と不安の声を送りたい」

「息子には魔王以外の道を歩ませるよ。ストレスで胃に穴が開くこの家業だけはダメだ」

「そうしろ」

 

 何処の世界も政治は魔窟っぽい。

 ちゃらんぽらんな堕天使は、その点上手い事やっているから不思議。

 これぞ三大勢力で、唯一人オリジナルのトップが生き残っている強みですね。

 

「無関係な話を長々として申し訳ない。一応、私と友人のゴリ押しで、悪魔への転生を強制しない事だけは確定している。君は君のまま自由に振舞って欲しい」

「媚びる事無く、香千屋爰乃のルールを貫くと宣言しましょう」

「何れは天使とも異種戦も行う為の試金石、頑張ってくれたまえ。了承してくれたなら、早速試験会場へ送ろう。準備は大丈夫かな?」

「何時でも」

「朗報を期待しているよ」

 

 移動時間に反して滞在時間は僅か10分。

 魔王様が発動した転移の光に包ま、向かうは非友好的な悪魔の巣窟”何とか悪魔試験センター”。

 私の冥界生活は、初日から前途多難の模様です。



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第35話「相対評価」

 転送の光が消えると、そこは何処かのフロアらしき場所でした。

 足元には淡く輝く魔法陣が残っていて、目の前には魔王様とは違う顔が一人。

 首からカードをぶら下げたスーツ姿から察するに、ゲームの運営スタッフの可能性が高そうですね。

 

「ようこそ、ここはグラシャラボラス領の上級悪魔昇格試験センターで御座います。ルシファー様よりお話は伺っておりますので、こちらへどうぞ」

 

 頷きを返し、私達は素直に後を付いて行く事にする。

 石造りの廊下は、頑丈さが伺える作り。

 きっと、実技で何が起きても耐えられる事を想定しているんだと思う。

 

「ねえ、ゼノヴィア。グラシャラボラスって知ってる?」

「知らん。だが、弦も知らぬと言う時点でお察しだろう」

「人外の基本は知名度=強さのパロメータだもんね」

「しかし姫様、私は悪魔常識が不得手。実はメジャーな可能性が在りますので、ゆめゆめ油断なさらぬ様に」

「ですね。何が出てきてもお爺様と同等と見積もった対応をしましょうか」

「それでこそ我が主」

「先手必勝。殺られる前に殺れ、だな」

 

 何故か案内の人の顔が真っ青になっていましたが、何に反応していたのかさっぱり分かりませんね。

 私の立場は、敵地に一人で乗り込んだ特攻隊員のようなもの。

 周囲全てが敵と思わなければ、とてもやってられません。

 そして警戒度を上げて進むこと数分。連れて行かれた窓口で受付を済ませた私は、早速実技を言い渡されて体育館風の場所へと放り込まれています。

 

「お前が魔王に尻尾を振り、上手く取り入った人間とやらか」

「はい?」

 

 私に難癖をつけてきたのは、筋肉の鎧を纏ったプロレスラー系のワイルドな男でした。

 しかも、身長は三メートルを超え。全身に力を漲らせる巨躯は圧巻の一言。

 容赦なく女子供を殴りそうな凶暴さが素敵な、野獣系の体現者ですね。

 

「いやその、事実が歪曲されて伝わっている様な」

「黙れ小娘っ!」

「はいはい、最後まで聞きますよ……」

「身の程を弁えているならば結構。本来レーティングゲームとは、高貴なる貴族の嗜みだった。しかし嘆かわしい事に、何時の頃からか平民やら転生悪魔やらの下種が紛れ込む異常事態を招いてしまっている!」

「競技人口が増えることによるメリットも多いのでは?」

「そんなものは無い」

「はぁ」

「さらに新たに人間を受け入れる? 有り得ぬ、俺は断固として認めんぞ!」

「つまり人の弱さを証明して、合法的に私を排除したい……そうですね?」

「その通り。分かっているなら疾く疾く死ねぇ!」

 

 成る程、彼が現れると同時に扉がロックされたのはそう言うことですか。

 同伴してきた試験官も平然としていますし、完全な出来レースと。

 ひょいっと避けた拳が奏でるのは轟音。刺客に選ばれるだけの事はある。

 

「俺の名はバラク・バラム。正当なる七十二柱の手にかかる事を誇りに思うがよい」

「試験開始と捕らえても?」

「万が一にも、俺に勝てたなら合格だ!」

 

 蹴り一つ取っても、尋常ならざる破壊力と速度。

 余波だけで地面が裂けるドラグソボール仕様には胸が躍ります。

 オーラの様に立ち登る魔力光は防御の役割もあるらしく、様子見で放ったジャブは静電気が走ったような感覚と共に拒絶され、私の拳を寄せ付けなかった。

 これが先生の講義で教わった肉体強化特化型なのかな?

 能力が単純なだけに弱点も少ないと言っていたけど、確かにやり難いですね。

 技術が伴えば―――ですが。

 

「逃げ回るだけが取り得か。これだから人間は!」

「では、下賎な下等生物へ一つお教え頂きたく」

「よかろう」

「高貴なる貴方様は、上級悪魔なのでしょうか?」

「当然だ。俺は名門バラム家の次期当主であり、既に公式戦デビューも果たしている生粋の上級悪魔よ。同期の種馬フェニックスには勝率で劣るが、かつてルーキー三強と呼ばれた事もある新進気鋭の大悪魔である!」

「まさか、まさかとは思いますけど、同期ってライザー・フェニックス?」

「うむ」

「つまり、アレより弱い」

「無知な貴様へ教えてやるがな、フェニックスを倒せる者はそう居ない。俺が弱いのではなく、何やっても再生するチート能力持ちがインチキなのだ……」

「あの、まさか私が悪魔の駒を手に入れた経緯を知らない?」

「人間一人を葬るのに下調べなど不要!」

 

 ゼノヴィア系脳筋はこれだから……。

 

「物理的に教えるしか……無さそうですね」

「意味が分からん。慈悲の心を見せた俺に大口―――っ!?」

 

 本気の掌打を真っ向から叩き込み、僅かながらも降りてきた顎を独楽のように回転させた足で一蹴。

 ああもう、大立ち回りをするならスカートなんて履かないのに。

 本当はまだ繋がるコンボを中断して一歩下がり、乱れた服装を整えながら告げた。

 

「実力を測るべく見に徹していましたが、もう結構です。ぼちぼち攻めに転じますので、何かまだ隠しているのであれば出し惜しみ不要でお願いします」

「……今の一撃は効いたぞ小娘。脆い人間を縊り殺すだけのくだらない仕事と思っていたが、貴様は侮れない戦士であるか。大人気ないと抑えていた我が力、その全てで捻り潰す事をここに宣言する!」

「ちなみに―――」

「ん?」

「ライザーは私に屈しましたよ」

「!?」

 

 美猴よりも遅く、技巧の片鱗も持たない只の暴力。そこに学ぶべき物は何も無い。

 余波を撒き散らす体技は、見た目こそ派手でも恐るに足らず。

 伸ばされた腕を掴んで得意の投げを披露し、主力の右を捻じ切る様にして破壊。

 それでも戦意を落さず向かってきたので膝をカウンターの直蹴りで砕きつつ片手で逆立ちになり、鍛えようのない急所である喉を下から真っ直ぐ突き上げるように蹴り抜いた。

 試したかったのは、課題として重点的に練習して来た足技の一つ”槍鷹”。

 対空にも有効な、強い貫通力を持った汎用技です。

 

「試験官さん、合格で構いませんね?」

「……少し待て」

 

 一瞬浮いて、その後糸の切れた人形の様に地に伏したパワー馬鹿と私を交互に見る試験官は、現実を直視できていなかった。

 人型の人外は概ね人間と構造が同じな為、急所攻撃の効果はばつぐん。

 喉を潰すと同時に頭部へ気を浸透させたのだから、倒れて当たり前です。

 というより、普通は首の骨も折れて即死コース。

 それでも息があるのは、さすが上位の悪魔と言った所でしょうか。

 しかし疑問も残りますね。

 爰乃さんを圧倒したいなら、姫島先輩を筆頭とする手の届かない距離からドカドカ撃てる遠距離型を用意すべきでしょうに。

 あえて得意分野で勝負する意図が全く読めません。

 

「実は息の根を止めていないことが原因で、終了の声が無いのでしょうか? それならそうと言ってくれないと時間の無駄にな―――」

「ココノ・アドラメレク、合格だっ! だから死人に鞭打つ真似は止めろ!」

「その割りに出口が閉ざされたままですけど?」

「開ける、今すぐ開けるからバラムの若様を足蹴にするなぁぁぁっ!」

 

 非難の声もなんのその。きっちり鎖骨を踏み折った私は、制服に付いた埃を払い悠々と光の差し込むウイニングロードを戻るのだった。

 

 

 

 

 

 第三十五話「相対評価」

 

 

 

 

 

 結論だけ述べるなら、試験結果は問題なく合格。

 てっきりこのままゲームに突入かと思えば、そちらは後日執り行うとの事です。

 苦々しい顔でそう告げてきた事務の人から察するに、私の力を甘く見積もっていたと思われます。

 こちらとしても雑魚に興味がない&メンバーも揃っていない状況なので、先延ばしになるのは願ったり叶ったり。

 本来のスケジュールに従い、僧侶のスカウトに向かうとしましょうか。

 そんな事を考えながら来た道を戻ると、落ち着かない様子の弦さんを発見。

 

「姫様、よくぞご無事で」

「無傷の完全勝利です。ぶいっ!」

「この弦、御身にもしもの事があればと不安で不安で。これがお屋形さまの名を背負った訪問でなければ、邪魔者を斬り捨て追いかける所で御座いました」

「ゼノヴィアは軽すぎるけど、弦さんは重たい。足して2で割れないものか……」

「何か仰いましたか?」

「ええと、姿の見えない戦車は何処へ?」

「見物にいらしていたアザゼル様と、軽食コーナーで歓談中ですね。まったく、王の不在に危機感を覚える所か餌に釣られてふらふらと……実に嘆かわしい」

「それがあの子の持ち味です。って、先生来てるんですか!?」

「ご案内致しましょう。こちらです」

 

 弦さんに導きかれた先は、ちょっとした喫茶スペース。

 幾つか置かれたテーブルの一つには知った顔が鎮座していて、こちらに気付いた模様。

 手招きに応じて空いた席に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべる教師へと言う。

 

「お仕事は?」

「これからだが、転送魔法でちょちょいのちょいよ。むしろ俺はお前達を迎えに来たんだぜ? 保護者の思いやりに感謝するべきだな」

「それはどうも。交通費が浮いて大助かりですよ」

「しっかし、拍子抜けって顔をしてるじゃねぇか」

「上級悪魔の標準に設定したライザーは、万全かつルール無用を想定した場合、最大限に事が上手く運んでも五分五分が関の山。それに比べて筋肉達磨は余りにも弱すぎます。あれ、本当に上級なんですよね? トータル性能だとイッセー君以下ですよ?」

「バラムは、巨体に見合うだけの怪力が特徴の名門貴族だぞ。本人も自慢げに語っていた通り、初期七十二柱に名を連ねて今も存続する数少ない家柄のな」

 

 挙動不審だった弦さんから察するに、彼女は私の戦いを見ていない。

 なのに先生はきっちり観戦出来ている。

 いつもながら要領の良い人……もとい堕天使な事で。

 

「先生、そもそも名門の血筋は強さの証明なのでしょうか」

「概ね間違っていない。固有能力が優れていたからこその七十二柱、その力は子々孫々にまで受け継がれる大きな遺産ってのが定説だ。例えばお前の近場ならリアスが居たか。アレが備える滅びの力は真似の出来ない強力な一芸だろ?」

「なるほど……」

「つうか、お前は標準に据えているボーダーがおかしい。言っとくが日頃ボコボコにしている赤龍帝も、聖魔剣も、上級と遜色ない狂ったルーキーだからな。ヴァーリに至っては最強クラスに片足を突っ込んだ化け物で、爺はさらにランクが上。世間様の並ってのはええと……駄目だ、爰乃の周囲には一人も居ない。控えめに表現しても異常過ぎんぞ」

「部長は?」

「お前の中で随分と下に見積もられているリアスが哀れでならん。アレでもグレモリーの次期当主は、今期のルーキー野中で一つ頭の抜けたトップ4の一員なんだぜ?」

「はははは、先生も人が悪い」

「冗談成分を一切含まないマジな話だ」

 

 え、真顔?。

 

「最近はヴァーリ級に勝てない、と悩んでいるのは知っている。しかし、それが普通なんだ。白龍皇史上最強のヴァーリに、一矢報いる事が可能な時点で奇跡と納得しろ。俺の知る最強の人間でも、神滅具をフルに活かし切ってすら爰乃に特殊能力を付与した程度。人の限界はお前が思うほど高くはない」

「……」

「現段階でリアスを格下扱い出来る爰乃が強すぎる。繰り返すがバラムが弱いのではなく、相対的にお前が強いんだ。分かったか? つうか分かれ」

「……喜ぶべき所なのでしょうか」

「速攻で前言を撤回する感じの発言だがな、若者の成長を過小評価する年寄りの戯言と聞き流すのも自由だろう。一般論なんてクソ喰らえ、オリハルコンの壁も打ち破れる事を証明するのも一興。なにせ未来ってのは確定していないから最強なんだ。伸び代を持たない過去の象徴たる俺の予測を裏切って欲しくもある」

 

 会話が途切れたのを見計らい、絶妙のタイミングで差し出された緑茶を一口。

 喉を湿らせた私は、不安そうに見つめて来る弦さんに笑みを返して告げる。

 

「先生の期待に応えられる確証が私にはありません。ですが、最強の定義を塗り替えられたなら素敵だと思います」

「生き様として美しいよな」

「一日半歩でも、足を止めずに進んで行けば何処までも行けると信じたい。私としては大真面目なんですけど、これってやっぱり子供の発想でしょうか?」

「……これぞロートルと伸び盛りの決定的な差か。眩しくて直視出来ないぜ」

「ご立派です、姫様っ!」

「まぁ、この理屈なら白龍や神猿を越える頃にはお婆ちゃんですけどね」

「悠久の時であろうと、この身朽ち果てるまでお供致しますっ!」

「ゼノヴィアは気長と笑いますか?」

「愚問だな親友。お前なら十年もあれば楽勝だな」

「あははは……」

 

 私には仲間が居る。負けたくない幼馴染が、友達が居る。

 諦めない限り道は在ると信じよう。

 水滴だって年月を経れば岩に穴を穿つのだから、試行錯誤を続ければきっと乗り越えられる。

 だから焦るな爰乃。

 貴方は成人すら迎えていない小娘で、あらゆる点で未完成なのだから。

 

「俺に言わせりゃ、他人を引き付ける魅力が最大の武器に見えるがね。爺も言ってたが、本当にお前は生まれる時代を間違えた英雄肌だよ」

「無自覚な部分ばかり褒められても困ります」

「チームの力は率いる王の力。お前がこれから先、他にどんな眷属を従えるかが楽しみでならん。僧侶のアテはあるんだったか?」

「ええ、関羽らしく四神を揃えたいお年頃。次は鳳を射止めます」

「さしずめ鬼灯は玄武。まぁ、蛇も亀も大差ないわな」

「です」

「白虎代わりが気になるラインナップなことで」

「そっちは候補すら居ませんよ。未来の出会いにご期待下さい」

「くくく、それでこそ俺の教え子。爺の育てる喜びってのが分かる気がするわ」

 

 すまし顔で言い切った私を見て、先生は面白そうに高笑い。

 こっちに来て正解だったと拍手を止めない。

 

「んじゃま会議の時間も迫ってるし、さくっと帰るか。観光すんなら首都で下ろす事も可能ではあるが、どうするよ?」

「ホストに夕食会へ招かれていますので、少し早めにホームステイ先へ向かいます。すみませんけど例の場所に送って貰えますか?」

「ちと遠いが任せろ。保護者の観点からもあの家なら安心だしな」

「お願いします。弦さん、ゼノヴィア、ゆるりと参りましょうか」

「御意」

「待ちくたびれたぞ」

「行くぜー」

 

 先生が指を鳴らすと魔王様の時とは違う魔法陣が発生。

 私達は試験会場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 魔法陣を介したジャンプを繰り返す事数回。

 私達は友人―――快く長期滞在を許してくれたレイヴェルの家に到着していた。

 いやはや、本当に助かってます。魔王様は是非にと誘ってくれましたが、さすがにオカ研一同が帰省中のグレモリー家の厄介にはなれなかった私です。

 渡航費用だけで青息吐息。最悪持ち込んだテント暮らしも覚悟していただけに、フェニックスさんちには頭が上がりません。

 レイヴェル曰く空き部屋も使用人も掃いて捨てる程余っているから気にするなとの事でしたが、その言葉には嘘も偽りも無かったらしい。

 さすがはレーティングゲームの普及に伴い、フェニックスの涙が飛ぶように売れた成金の家。

 ヴェルサイユ宮殿が小さく見える、豪勢で巨大なお城には気圧されそうです。

 開かれていた城門を堂々と潜り、色とりどりの花が咲き誇る庭園を抜けて居住区へ。

 

「ごきげんよう、ようこそフェニックス家へ」

 

 奥の扉の前で待ち構えていたのは、多くの使用人を従えたレイヴェルです。

 出会って別れる迄の時間は殆ど一瞬だったのに、気心の知れた旧友に向ける様な心からの笑顔で彼女は私を迎え入れてくれている。

 生死を賭けて拳を交えたからこそ結ばれた縁、大切にして行こうと思います。

 

「暫くの間、面倒をかけます」

「大切な友人の来訪を心より歓迎致しましょう。お久しぶりですわね、爰乃」

「その節はご迷惑を。あの時のダメージは大丈夫?」

「私は壮健……なのですけど…兄が……その」

「?」

「詳しい話はお茶の席で。さあ、お入り下さいな」

 

 どうやらお嬢様は、何かお悩みのご様子。

 義理堅さに定評のある爰乃さんは力になる気満々です。

 待っていなさいライザー、病だろうと何だろうとこの私が解決してあげますからね。

 但し手段を選ばずに、ですが。



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第36話「フェニックスさんちの新人メイド」

フェニックスさんちのメイドは古式ゆかしい上品なロングスカートタイプ。
子安の担当だけ特殊っぽいのは仕様です(


 俺の日常は、あの日を境に一変した。

 グレモリーとフェニックスを結びつける華々しい結婚式、あれを赤龍帝と小娘に掻き回された時から大切な歯車が欠けてしまったとしか思えない。

 例えばレーティングゲームの公式戦は連戦連敗、それも可愛い奴隷達ではなく俺が原因で。

 第一にドラゴンが怖い。

 龍種を見るだけで体が竦み、生命線の炎が見る影もなく鎮火してしまう無様さ。

 しかし、これはまだ格下相手なら恐怖を押さえ込めるからまだ良い。

 致命的なのは黒だ。

 転生悪魔に少なくない黒髪長髪の女、アレを視認した瞬間俺は駄目になる。

 フラッシュバックするのは、瀕死の体で心底嬉しそうに嗤う少女の笑顔。

 泣いても叫んでも脳に直接流し込まれた激痛と、曝け出した無様な姿を見て落胆する父上と魔王様の目が忘れられない。忘れたいのに鮮明なハイビジョン画質でのリピート再生が止まらない。

 気が付くと、いつもゲームを終わらせるのは俺が発するリザインの一言。

 俺はもう堕ちるところまで堕ちたのだろう。

 外に出て奴らの面影を持つ悪魔に出会ってしまえば錯乱間違いなし。

 屋敷から、自分の部屋から一歩も出られない一生を過ごすのだろうか……

 そんな風に考えた時期が俺にもありました。

 しかし―――

 

「今期も豊作だな……初回版を予約してと」

 

 部屋の隅に移動したベッドの上で、布団を被りながらアニメを見る日々は最高です。

 大枚叩いて時空AMAZENNから入手した4Kテレビと各種ゲーム機にBDの山。

 時間と金は腐るほど有るライザー様だ。

 どうせ家は兄貴が継ぐし、このまま引き篭もり生活を続けても困る奴は居ない。

 しかし、人間界のサブカルチャーがこうも肌に合うとは思わなかったな。

 ギャルゲーはリアスの様に裏切らないし、黒髪を避けてもカラフルな色合いのヒロインは文句一つ言わずに可憐な笑顔を振りまいてくれる。

 RPGのボス戦闘も理不尽な横槍が入る事も無い。

 酷い目に遭うのは虚○脚本の魔法少女やら、変身ヒーローだけで十分だろう。

 そんな訳で一週回り、充実した日々と心の平穏を取り戻した俺。

 たまに顔を合わせる家族、特に蛆虫を見るような目を向けてくる妹が怖い事さえ除けば概ね幸せだった。

 

「ライザー様、お食事のお時間です」

 

 そんなある日、扉をノックされると共に聞えてくる女の声。

 時計を見てもまだ夕方、とても夕食の時間ではない。

 腹も減っていないし別に一食や二食抜いても困らないが、追い返すとレイヴェルがネチネチと五月蝿い小言を垂れ流しに怒鳴り込んでくる。

 面倒毎を避けたい俺は、入れと促すも目線はテレビから外さない。

 さっさと何時も通り台車ごと置いて帰れ、そして俺の王国に静寂を。

 しかし、メイドが立ち去る気配は無い。むしろ許可も無く奥までズカズカ入ってきて、究極防具たる羽毛布団を引き剥がしにかかりやがる!

 

「お嬢様より客人が来ているのだから、さっさと出て来い。と言付かって居ります。余計な手間をかけさせないで頂けませんか」

「メイドの分際で俺に意見するか!」

「へたれ鳥の言葉に耳を傾ける気はありません」

「貴様ぁっ!」

 

 大事なコレクションの為にも炎は使えん。

 だが舐めるなよ、痩せても枯れてもフェニックスが使用人風情―――あるぇ、今の声?

 あっけなく床に転がされた俺は、仁王立ちするメイドを足元からゆっくりと見上げた。

 すらりとした足を黒いストッキングで覆い隠し、紺色のロングスカートが続く。

 黒は不吉だからと、俺付きには白のニーソックスを義務付けていた筈では?

 既に嫌な予感しかしなかった。

 

「ききき、聞かない声だが新入りか……?」

「おやおや、顔を合わせるのは二度目ですよお坊ちゃま」

「初対面じゃないだと?」

 

 続く汚れないエプロンの純白にホッとしつつ、ついに俺は見つけてしまった。

 トラウマスイッチとして機能する体の動きに合せて揺れるアレを。

 

「黒髪……だと」

「ええ、手入れを欠かさない自慢のチャームポイントです」

「レイヴェルの嫌がらせもここまで来たか……」

 

 何かもう詰んだ感しかなかったが、俺は二次元に生きると決めた男よ。

 現実から目を背け、結論を先延ばしにすべくペースを落としつつ確認を再開する。

 手折れそうに細い腰を越えて、それなりに実った胸元を通過。

 体つきは悪くない、望むなら抱いてやらん事も無いな。

 さて、最後に顔の美醜でも……見る…か。

 

「お久しぶり」

「あ、はい」

 

 頭にはカチューシャ、記憶と同じ意志の強そうな瞳。凛とした睫。

 何も知らなければ手を出しそうな美人メイドがそこに居た。

 

「メイドさん」

「何でしょう」

「どうしてメイドさんは汚物を見るかのように俺を見下すのでしょう」

「一度は敗れた相手の落ちぶれっぷりに落胆しているからです」

「どうしてメイドさんは妙なオーラを振りまいているのでしょう」

「体質です」

「どうしてメイドさんは拳を握り締めているのでしょう」

「それは貴方を修正する為です」

「女の名前と馬鹿にされるビダンの人の如くですか?」

「はい」

 

 薄々感づいちゃいたが、やっぱり奴だ!。

 今の俺は蛇に睨まれた蛙。自然と正座(アニメで学んだ)を取るのも服従の証。

 テンションがそのまま能力に直結するフェニックスの弱点を突かれた格好だ。

 

「さて問題、私の名前は?」

「こ―――」

「正式名称で略称は不可。間違えるともれなく鞭打を進呈」

「香千屋爰乃様です。マジであの痛い奴は勘弁して下さい」

「ちっ」

「笑顔で舌打ちしやがった!?」

「あ?」

「何でもありません」

 

 もうやだこの娘。

 

「時に爰乃様は、どのようなご用件で当家へ?」

「友達の家に遊びに来ただけですが」

「俺は友達じゃないかと……」

「会いに来たのはレイヴェルですよ。ちなみに暫くお世話になるので宜しく」

「ちょ」

「宿賃として貴方の更正を頼まれた爰乃さん。想像以上のクズっぷりに腕が鳴ります」

「MAZIDE?」

「いぐざくとりー」

 

 やはり三次元は辛い事ばかりだ。

 放心する俺の首根っこを掴んだ爰乃は、俺を引き摺りながら言う。

 

「風紀の乱れは心の乱れ。手始めに身嗜みを整えなさい」

 

 誰にも会わないからと髪はボサボサ、無精髭がお気に召さないご様子。

 爰乃と揃いのメイド服に身を包んだ俺の下僕達に引き渡された俺は、されるがままに風呂へとドナドナ。忠誠心の高い双子が奴に従っている事実に驚かない自分が怖い。

 そういや、最近眷属と会話もしてなかったなぁ。

 さらば穏やかな日常。

 零れそうになる涙を必死に抑える俺は、降りかかる災厄に戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

 第三十六話「フェニックスさんちの新人メイド」

 

 

 

 

 

「わたくしを僧侶に?」

「だめ?」

「人間がレーティングゲームに参加するなんて話は初耳ですわ。本気ですの?」

「後見人は魔王様で、私個人の参加資格も公式に取得済み。後は眷属込みのエキシビジョンで実力を示せば、晴れて委員会公認の王様になれる所まで話は進んでいます。ここまで来て辞退すると思う?」

「もう引けませんわね。時に他の眷属はどうなってます?」

「外でバンダナ剣士さんと仲良く戦ってる聖剣使いが戦車」

「お兄様の騎士と同レベルなら及第点ですわね」

「騎士は、魔王様の騎士とライバル関係の弦さん」

「次は殺ります」

 

 弦さんは、主にだけ着させられないと本職顔負けの使用人姿で物騒なご挨拶。

 私もメイド服なので、メイドにメイドが奉仕する絵面が何とも不可解です。

 

「いきなり凶悪なのを……」

「続けるよ」

「どうぞ」

「後で合流予定だけど、女王に堕天使の総督がチートと言わしめた神鳥アンズーの子供。残る片割れの戦車には、中級天使をフライドチキンとしか見ていない日本最強龍種を配置しました」

「貴方の人脈おかしいですわっ!」

「自分でも異常だと思う」

「へ、兵士は? 兵士は普通ですわよね!?」

「ごめん」

「もう魔王が出てきても驚きませんけど、まさかの神滅具勢揃いとかですの?」

「それ半分正解。本物のルシファーの直系な白龍皇をスカウトしちゃった♪」

「どうしてそれだけのラインナップを揃えられますの!?」

 

 冷静になって考えると、単体性能狂ってますよねー。

 正しくワンマンアーミー。

 こいつ一人でいいんじゃないか、を地で行くメンツしか居ないのが異様です。

 

「爰乃」

「?」

「わたくしが加わっても、海に水滴を足す程度の意味合いしか無いのでは?」

「それを言い出すと、ゼノヴィアと私も同じですし」

「人間ですものね……」

 

 レイヴェルが加入しても、どのみち戦闘力ランキングは変動しない。

 自称アドラメレク眷属最弱の弦さんが壁となり、私とゼノヴィアで独占する下位トップ3の仲間入りを果たすだけなのは確かでしょう。

 

「そんな訳で強いだけの人材は最早不要。私が欲しいのは貴方の様に内面を評価出来る、安心して背中を預けられる朋友のみ」

「わたくしに対する高評価は何処から来たのかしら?」

「ふふふ、その問いはブーメランですよ」

「え?」

「どうしてレイヴェルは、一度戦っただけの私を友人と認めたの?」

「……愚問でしたわね」

「でしょ?」

 

 二人で顔を見合わせ苦笑。

 命を懸けた一戦で互いの本質は見えているのに、今更それを口にするのは恥かしい。

 趣味や嗜好の不一致があるにしても、根っこの部分で好ましい事は分かっている。

 私にすれば弱者を気遣い華を持たせた部分は甘いと言わざるを得ませんが、ノブレス・オブリージュを貫こうとする姿勢は美しいと思いました。

 彼女なら王を立て、最後まで支えてくれると確信しています。

 

「内実はどうであれ、愚か者として嘲笑されるのも得難い経験ですわよね」

「それでも、実の兄のハーレムに籍を置くより健全です」

「ですわね。幸い上は爰乃をきっちり評価している様ですし、器の大きさもこの目で確かめてあります。良いでしょう、この話お受けいたしますわ。宜しくお願い致します、マイロード」

「いずれこの選択が正しかった、と振り返る時が来ると約束します。トレード用の駒はライザーに渡せば良いの?」

「ええ、それで問題ありません。拒否するならお父様に言いつけますもの」

 

 最後に他と違って短い間ですけど、と付け加えて人のまま生涯を全うする事を伝える。

 僧侶相当、一般的な悪魔の眷属にはなれない事実を告げても彼女は態度を変えない。

 それでこそ我が王と、満足げに頷いてくれた事が本当に嬉しい。

 

「チーム爰乃の方針は堅苦しい事無し。最終決定権は私にありますが、盲目的に従わず自分の意見をしっかり述べて下さい」

「イエス、マイロード」

「後、公式の場等の不可避な状況を除いて友人としての立場を上位とします」

「TPOは弁えていますので安心……と言いたい所ですけど、そちらの騎士の目が笑って居ないのは何故!?」

「姫様が”始めて”、”能動的”に口説き落とした小娘の値踏みをしているだけですよ」

 

 刀の鍔先を指で上げては下げる仕草が、苛立ちを如実に語っていた。

 これまで自分以外に主の世話を焼こうと考える眷族は居なかったので、初の理知的な僧侶の登場に危機感を感じているのかもしれない。

 もしもそうなら一部正解。

 鳳には貴族の知識を生かして悪魔業界知識の足りないチーム爰乃の文官と言うか、ゲームのマッチングを含めたマネージャーポジションに収まって貰う予定なのです。

 

「ちょ、爰乃、わたくし何か気に障る事をしてしまったのかしら?」

「弦さんは忠誠心高すぎな人でして」

「まさかの嫉妬ですの!?」

「今までは貴方が好きなので入れて下さい、ってパターンしか無かったから……」

「まさか白龍皇も?」

「むしろヴァーリは一回断った現実が」

「つくづくマイロードは規格外ですわね。普通家を傾けてでも引き止めるでしょうに」

「本人にも言われました」

「強さを重視していない事を、こんな形で証明されるとは思いませんでしたわ」

「では私も一つ理論の実証を。聞けば不死鳥は首を落としても死なないとか」

「死にませんけど、止めてくださいませっ!」

 

 この後自分はお嬢様キャラでありメイドの役割を果たせ無い事を必死に説明するまで、弦さんが愛刀から手を離すことはなかったのはご愛嬌。

 某漫画によれば侍の生きた封建社会の完成形は、一人のサディストとその他大勢のマゾヒストにて構成される物らしい。

 弦さんは間違いなく後者。私が特に無理難題を言わないから、代替行為として身の回りの世話をすることで満足している節がある。

 仕事の少ない楽な環境を与えると、逆に弱る人種が居るから世界は広い。

 王様として、部下のケアもちゃんと考えないとだめですねー。

 

「レイヴェル様、紅茶をどうぞ」

「今度は一転して様付けとか……同じ眷属ではなくて?」

「お嬢様は生粋の大貴族のご息女。すなわち姫様よりランクが落ちても、同等に扱うべきと考えます。まぁ、半分は私の趣味ですのでお気になさらず」

「よく分かりませんが、お好きになさいませ。私は対等と考えて呼び捨てますわ」

「結構で御座います」

 

 自前のティーセットで茶会をセッティングした弦さんは、打って変わって上機嫌。

 自分の縄張りを侵さないと分かったらしく、身内として態度を一片させている。

 これでやっと一安心。そう考えた私は、ついつい後回しになっていた話を切り出した。

 

「ロリ双子に任せたライザーが遅いので勧誘を先にしちゃいましたが、本当に私の流儀で根性を叩きなおしても? 自慢じゃないけど手加減出来ませんよ?」

「結構ですわ。塞ぎこむだけならまだしも、ドラゴンが怖い、黒髪の女が怖いとレーティングゲームから逃げた挙句、部屋に引き篭もって夜な夜ないかがわしいゲームに現を抜かす! 負けを糧にしての再起も考えない! 領民から集めた税を無為に浪費するクズに口で言っても分かりませんの!」

「ストレス溜め込んでますね……」

「これが実の兄でなければとっくに見限っていますわ」

「宿代代わりに、責任を持って何とかしましょう」

「お願いします……」

 

 私がメイドに扮する前のお茶会で聞いたライザーの落日っぷり。

 現物も見て事情も概ね理解していましたが、一番近くで見守ってきた妹の情感たっぷりな告白を改めて聞くと、申し訳ない気持ちが湧き上がります。

 何せ魔王様公認の乱入だろうと、責任の一端を担っているのもまた事実。

 一宿一飯の恩義が無くても、力を貸すべき事件なのですから。

 

「おーい、爰乃。挙動不審に逃げようとした悪魔が居たから捕まえてきたぞ。カーラマインとシーリスは知らぬ存ぜぬでな、一応家主に確認を取って欲しい」

 

 さすがに遅いと思っていた矢先だった。

 体のあちこちから刃を突き出したボロ雑巾の足首を握り締め、子供が人形を引き摺る様な乱暴さで私達の元にやって来たのは我らがゼノヴィア。

 少し離れて西洋風の鎧を身に纏った少女と大剣を手にしたお姉さんが真っ青な顔で追従していますけど、二人ともライザーの眷属ですよね?

 橘さんじゃないんですから、見てるだけなのは如何な物か。

 

「お兄様っ!?」

「何故か妙に弱っていたから楽な仕事だった。自称フェニックスと言う事なので、この程度じゃ死なんだろ?」

「死にはしませんけど……熱っ! 何ですのこの剣!」

「こちらに来る途中でアザゼルに貰った、試作型エクスカリバーとやらだ。オリジナルに比べて特殊効果の大半は失われているが、悪魔が触ると怪我をするぞ」

「そんな物でお兄様を滅多刺しにしたんですの!?」

「ちゃんと生きている。どれ、面倒だが抜いてしまおう。さすがに投げすぎたか……」

 

 列車の中か、それとも私が試験を受けている最中か。

 さすが等価交換がモットーの総督さん。デュランダルのデータを得た代価に、中々良いものを与えてくれたものです。

 以前から聖剣を謎空間に収納していたゼノヴィアにとって数を所有する事は苦にもならない筈ですし、サイドアームズを手に入れて安定度が上がったのではないでしょうか。

 しかし、一体何本貰ったのやら。

 黒髭危機一髪末期なライザーから回収しただけでも8本。

 何となく、まだまだ有る様な気が……

 

「とまあ、こんな感じに無鉄砲なのが戦車のゼノヴィアです」

「よーく分かりましたわ……」

 

 武器を回収すると、次は戦車とやるかーとか言いながら立ち去っていくゼノヴィア。

 お爺様の好意で下手な鎧より強固な防御力を付与された制服を纏っているとは言え、露出した肌には掠り傷一つ負っていないのが凄い。

 自分に合う独自の剣術を会得しつつある今、成長速度は私を凌駕しているっぽい。

 仮にライザー眷属を総なめ出来たなら、本人がライバル設定している木場君を倒す事も可能だと思う。

 ま、相性的に私も無理な爆弾女王に負けると思うけど頑張って。

 

「私の眷属ってこんなのばかり。早く慣れて下さいね」

「わたくし、結論を早まった気がしてなりません」

「そんな事より、ライザーを放っておいても大丈夫なの?」

「フェニックスはこの程度で滅ぶ柔な種族ではありませんわ。でも、さすがに聖剣のダメージは治りが遅いですから……カーラマイン、シーリスと協力して医務室へ運び涙を使って兄を癒しなさい」

「は、はい!」

「分かりましたっ!」

 

 血で着衣が汚れる事も厭わず、王を連れて行く二人の忠義は本物に見える。

 その割にゼノヴィアの凶行を見逃した事を不思議に思っていると、表情から考えを察したのかレイヴェルが答えを教えてくれた。

 甘やかすと駄目人間っぷりを加速させるので、家族会議により手を貸すなと通達されていたとのこと。

 意外と家族円満なフェニックス家、歪みを正すべく私も頑張らないと。

 

「次に逃げればもっと酷い目に遭うと教え込んだ上で、明日から頑張らせますか」

「重ね重ね兄が申し訳ありません……」

「悪いと思うなら夕食を楽しみにしていますよ。地球じゃ食べられない、でもゲテモノとは違う未知の味を振舞って欲しいですね」

「両親が仕事で出張中の今、当主はこのわたくしです。その名に賭けて冥界最高のフルコースの提供をお約束しますわ。だから……兄を見捨てないで下さいませ」

「眷属のお願いの一つや二つ、貸しにも思わないから安心して大丈夫。へたれ吸血鬼もしっかりタフな男に育て上げた爰乃さんの手腕に乞うご期待!」

 

 偶然にも明日は誰とも約束の無い完全フリータイム。

 可能ならさくっと元以上に仕上げて、完全な形での再戦を受けさせますか。

 何処かの筋肉馬鹿とは違う真の上級悪魔の力、今度こそ捻じ伏せてみせる!



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第37話「冥土のお仕事」

 フェニックス領の一角、元は鉱物を採取していたと言う荒地はとんでもなく広い。

 具体的に言えば東京ドーム二桁……むしろ三桁分に届きそうな無限っぷり。

 禿山や露天掘りの後はちらほら残っていても、地平線の彼方にやっと緑が見える不毛の大地は生命の息吹ゼロ。

 誰がどんなテンションではしゃごうと、迷惑がかからないと思われます。

 そう、こんな風に。

 

「逃げんなオラァ!」

「ひぃぃぃぃっ!?」

 

 必死に大地を逃げ回るのは、私の手で翼を封じられたライザー。

 目晦ましの炎を撒き散らしながら、高ケイデンスで足を回す姿は真剣そのもの。

 種族としての強靭さなのか、中々スタミナを切らさないのが憎らしいですね。

 あ、ちなみに羽をもぎ取ったりはしてませんよ?

 只一言、飛べば大事なコレクションを全て燃やすと釘を刺しただけ。

 真っ青な顔で首を縦に振りましたし、約束が反故にされる事は無いでしょう。

 

「どうせ死にゃぁしねぇんだから、そろそろ当てさせろ! 猫だってじゃらされるだけだとストレスで拗ねるんだぞぅ!」

「そんな理屈知るかぁっ!」

「なら、オイラのルールを理解しろやぁぁぁぁっ!」

 

 軽くキレ気味に怒声を響かせるのは、アルバイトに雇った玉龍さん。

 初めて目にする東洋系ドラゴンで、翠のオーラを発しながら空を舞う姿は日本人が古来より書に描いてきた龍の姿そのもの。脳内で流れるテーマソングが日本昔話なのは内緒です。

 広げた顎から放たれるブレスは大地に多くのクレーターを作り上げ、見た目に相応しい実力を持っている事を直に訴えかけてくれる頼もしさ。

 

「げっとぉぉぉっ!」

 

 そんな彼は、ついにライザーを噛み砕く事に成功。

 軽くもぐもぐした後にぺっと吐き出すと、私の元にゆらりと飛んできて言った。

 

「ったく、近頃の若ぇのは逃げ足ばかり……おいお嬢ちゃん、聞いてたよりめんどくせぇから報酬増量。美猴の奴がうめぇうめぇ言ってた海の幸も付けてくれ」

「日本に戻ったなら、吐くまで食べさせてあげます」

「それを聞いてやる気が湧いてきた。ノルマは普通の悪魔換算で10回殺せだったな……残り7回、オイラ頑張る!」

「お願いします」

「玉龍、いっきまーす!」

 

 気分はファイト一発。

 やる気を取り戻した爬虫類さんに手を振る私は、一緒に脱ニート計画の第一弾を見守る友人が何故だかずっと頬を引き攣らせていたので可愛らしく首をかしげてみた。

 

「何か」

「ア、アレをどこから引っ張って来ましたの?」

「友達の孫悟空に強力なドラゴンを寄越すように頼んだだけ、かな」

「わたくし蒼雷龍、氷雪龍あたりと目星をつけていたのにまたネームド! 」

「ひょっとして、玉龍さんも割と有名系……?」

「悪魔に転生したタンニーンを除けば、現存する龍の中でトップファイブの一角。”西海龍童”がアレですの!」

「へー」

「少しは驚きなさい我が主っ!」

「だって怖くないし」

「規格外のマイロードを誇るべきか、それとも嘆くべきか……」

「細かい事は気にせず、今はライザーの事だけを考えましょう。今の話を総合するに、最高の人選だったって事ですよね?」

「ええ、竜王を乗り越えられるなら、ドラゴンへのトラウマは解消されたも同じ。赤龍帝と対峙したとて、体がすくみ上がる事も無いでしょう」

「だね」

 

 あ、滅びの爆裂疾風弾直撃。玉龍さん大歓喜で踊ってますよ。

 言動軽い系ですが、仕事は仕事と割り切れるなら問題ありません。

 余談ながら、給料は本人の強い要望により私が作るコロッケ。

 何でもウチの鬼灯と”美食を追及する龍の倶楽部”とやらで連絡を取り合う仲であり、会合の中で自慢げに語られた私の料理が気になって仕方が無かったらしいです。

 与り知らぬ所で名前が広まっている事も驚きですが、仕事上引き篭もりな鬼灯が見せた意外な社交性の方が度合いとして大きいと感じた私です。

 一度ちゃんとした形で眷属と話す場を設けないと駄目ですね。

 私はびっくりする位、浅くしか皆の事を知らない。

 

「姫様方、そろそろランチのお時間です。如何致しましょうか?」

「ライザーが予想以上に粘る様ですし、焦らず優雅に見守りますか」

「当家のシェフの自信作、どうぞ堪能あれ」

 

 たまに響く地鳴りが本日のオーケストラ。

 メイドと執事を足して割った様なポジションに落ち着いた弦さんの淹れた紅茶の香りを楽しみつつ、レイヴェルがシェフに用意させたバスケットから適当にサンドイッチを一つ掴んで口へと運ぶ。

 うん、美味しい。手作りのマヨネーズがマイルドで、小細工無しのタマゴサンドがワンランク上の味わいですね。

 遠くでライザーが何やら騒いでますが、そっちはそっち。

 せいぜい頑張って下さいな。

 

「俺にも食事を!」

「黙れから揚げの素材。手前ぇがちょこまか逃げ回るから、オイラだって休憩無いんだよ! ぐだぐだ言い続けるならマジで食っちまうぞ! ああもう腹減ったなぁ!」

「餌は嫌だぁぁぁぁっ!?」

 

 ちなみに最終的には玉龍さんへ逆ギレして反撃出来るまでに回復したライザーは、拍子抜けするほどあっさりドラゴンへの恐怖を払拭する事に成功していた。

 冷静になって考えると、イッセー君ってドラゴンと言うか鎧を纏っただけの悪魔じゃないですか。つまり、龍が怖いと言うのは半分思い込み。

 その事実を気付かせてあげるだけで、問題は解決してしまった訳でして。

 これにはレイヴェルも目から鱗。

 赤龍帝の名に兄妹揃って踊らされていたと悔しげでしたよ。

 さて、次は私へのトラウマ対策。

 後半はゆるーく行くから、根性見せなさいライザー・フェニックス。

 

 

 

 

 

 第三十七話「メイドのお仕事」

 

 

 

 

 

「貴方のメイドが遊んでやりに来ましたー」

「呼んでない、帰れっ!」

 

 夕食後に訪れたライザーの私室。当主代行から屋敷内での完全自由を許されている私は、拒否の声を無視してズカズカと入室を果たしていた。

 宣言通り、今日の装いも可愛いメイドさん。

 日本ではお金を払って御主人様から会いに来る所を、無償でこちらから出向いているのに悲鳴をあげるとはこれ如何に。

 

「お黙りなさい御主人様。何をそんなに怯えているのですか」

「ど、どうせ虐めと書いて遊びと読む行為全般なのだろう……?」

「お望みでしたら、相撲部屋真っ青な可愛がりを致しましょう。ちなみに修練の結果、両手どちらでも必殺技を撃てる様になった爰乃さんです。久しぶりに喰らっときます?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 ライザー君は、どうして非武装の女の子を前にして震えているのカナ? カナ?

 末期の雛見沢症候群を発症させている鳥男を見た私は、酷い誤解に困惑してしまう。

 どれだけあの一戦がトラウマなんですか……

 遊ぼうって誘いが、21世紀少年的な意味で捉えられている不思議です。

 やれやれと溜息を吐いた私は、敵意ゼロの菩薩ボイスで語りかける事にする。

 

「落ち着きなさい」

「殴りませんか? 滅多打ちとかしませんか?」

「カウンセリングの一環として、他意も裏も無く遊びましょうってだけです。そもそもにして貴方が傾倒するギャルゲーやらアニメのヒロインと違い、意味の無い暴力を私は振るいません。おーけー?」

「お、おーけー」

「ならゲームでもやりましょう。ハードは揃ってるっぽいし……お、ソフトも中々のラインナップじゃないですか。気張らず楽しみましょうね、御主人様」

「お、おう」

 

 そんな感じで最初は草食をアピールするライオンへの警戒を隠さなかったカモシカでしたが、時間が進むにつれ頑なだった態度も変化。

 ぷ○ぷよから格ゲーにシフトする頃には、すっかりタメ口になっています。

 

「読まれたかっ!」

「CPU相手ならともかく、対人でパターン化された最善手は悪手です。まして相手はフレーム単位での読み合いが日常茶飯事の世界に身を置いていたこの私。ブランクはあれど、ストーリーモードでしか腕を磨いていないルーキーには負けませんとも」

 

 当たり判定の強さに定評のある大パンチをレバーを下に入れて空振りさせ、反応を受け付けない状態のキャラに打ち上げからのエリアルコンボを開始。ピアニストの気分でコントローラーのボタンをリズミカルに打鍵する。

 腕は引退前に比べて落ちたにしろ、代わりに反応速度は格段にアップしている。

 止めの超必に繋げる一連の動作にミスは九分九厘発生しないと胸を張れますが、ライザーはまだ諦めていない。

 コンボが途切れる事を願い、チャンスを待つ姿勢や良し。

 最大限の礼儀とばかりに残りゲージをきっちり削りとってフィニッシュ!

 

「こうも勝てんとは……俺は井の中の蛙だったと認めざるを得ないな」

「ネットも、ゲーセンも、一緒に遊んでくれる仲間も居ない環境を考えれば、中々の技量だと思いますよ。何せこの手のゲームは、負けたくない相手が居ないと上達しないものですし」

「そ、そうか?」

「それにコレは、受験勉強から現実逃避する中学時代のイッセー君と飽きるほどプレイした格ゲーだったり。そう簡単に勝てると思ったら大間違い」

「……つまり貴様を倒せば、人間世界でデビューしても恥かしくない腕前と」

「まぁ、対戦台に座っても笑われないとは思いますね」

「一晩だ」

「はい?」

「指摘された箇所を修正するべく特訓を積む。そのための時間を寄越せ」

「明日は魔王様の好意で若手悪魔の会合見学と、その後にちょっとした試験を受ける為にルシファードへお出かけする事になっています。リベンジを受けるのは構いませんが、何時戻るのか分かりませんよ?」

「百年とは言わんが、十年や二十年の待ちなら苦にもならん。舐めるなよ人間」

「それなら戻りが何時になろうと、必ず挑戦を受けると約束しましょう。自己申告より長い余裕を与えるのですから、私を失望させないで下さいね」

「首を洗って待っていろ。フェニックスの辞書に、二度の敗北の文字は無い!」

「一度なら負けても良い記載あるんだ……」

「実際負けてる以上、取り繕っても仕方が無い。これが妥協点だろう……」

 

 昼間の疲れは何処へやら。

 瞳に炎を宿し、生気を漲らせたライザーは尊大さを取り戻しつつあるように見える。

 

「せっかくですし、謙虚な敵に塩を送りますか。深夜三時のおやつにでもどうぞ」

「ライスボールか」

「米が恋しくて自前で炊いた夜食です。食べなければ捨てて下さいな」

「いや、頂こう」

「感謝の気持ちは結果で返して欲しいですね」

「王座から蹴落としてやるから安心しろ。俺は不可能を可能にする男だからな!」

「はいはい、おやすみなさい」

 

 時計を見やれば、絢爛な姫君も灰かぶりに戻される時間。

 いつもなら元気に活動している時間なのに、さすがは冥界と言った所でしょう。

 フェニックス家の面子を、臣下のレイヴェルを信じられない訳じゃないけど、やっぱり気を緩める事が出来なくて神経が休まる暇が……

 この辺、常日頃から常在戦場で平常運転な弦さんを見習いたい。

 

「お疲れ様です、姫様」

「閉鎖空間かつ拳の射程に居るライザーなら確実に潰せますし、仮にも客扱いのフェニックス邸内で過度の警戒は失礼ですよ?」

「姫様の優しさに弦は歓喜の嵐で御座いますが、護衛の任は譲れません。例え火の中、水の中、何時如何なる時もお傍に控える事こそ至上の喜び。信長公を例にするまでも無く、最後の瞬間をご一緒するのが小姓の誉ですので」

「はぁ……レイヴェルの元に向かいますよ」

「御意」

 

 弦さんは日本人気質で、並ぶのとか大好きなんだろうなーと思う。

 しかも、並ぶ事が目的に摩り替わっている系の駄目なタイプ。

 薄々感づいていたけど、待たされる事がご褒美な忠犬確定ですね。

 これは迂闊に死ねない。

 確実に何の躊躇いも無く後を追う姿が、ありありと浮かんじゃいます。

 想像するだけで恐ろしい光景を振り払い、私は弦さんを従え歩き出す。

 目指すレイヴェルの部屋は遠く、微妙に迷いながら辿り着いたのは10分後。

 ちゃんと起きていたレイヴェルに促されて中に入った私は、さっそく報告を始める。

 

「診断結果は予想よりも軽症。早ければ明日、遅くても明後日には更正出来るかも」

「仕事が速すぎではなくて?」

「これでも色々経験を積んでるからね。例えばこのメイド服も、自分より下の存在だって事を無意識下で認識させる為の小道具。伊達や酔狂で着ている訳じゃないんだよ?」

「そんな策略が!?」

「あったのです」

「と言う事は、兄との遊戯にも意味がありますの?」

「あります」

「その心は」

「子供に苦手な野菜を克服させる方法、その第一歩が何か分かる?」

「いえ……」

「正解はソレを美味しい物だと認識させる事」

「つまり、友好的に振舞って黒髪女は怖くないと思わせるのですわね」

「はい、遊びの形から入って等身大の私がどんな存在かを再認識させます。そうした上でやる気を引き出し、健全な精神へと誘導するのが趣旨かな」

 

 同じ引き篭もりでも肉体面から改造の必要だったギャー介と違い、精神面だけを上向かせれば済むのがライザー。つまり、プライドを取り戻させるだけで良い訳ですね。

 決闘は無理でも、身を削らない遊びでなら戦える。

 そしてそれが何も賭けていないノーリスクのゲームだろうと、リターンマッチを挑めるのなら目的は果たせたようなもの。

 敗北を受け入れ、敵の力を認められたならゴールはもう目の前。

 幸いにしてライザーは脳筋連中と違い、理詰めが通じるインテリ系です。

 一つの切欠から目覚めるのも容易いと思う。

 

「報告は以上」

「ご苦労様ですわ」

「それと念の為に確認だけど、明日の切符は手配出来てるよね?」

「ええ、フェニックス家の専用車両でルシファードの若手会合会場へ責任を持ってお連れ致しますわ。こちらからも確認ですけど、そのまま試験に向かうと言う事で宜しくて?」

「です」

「他の眷族の方々と顔を合わせるのが楽しみですの」

「チームに失望だけはさせませんよ」

「むしろビックネームばかりで、わたくしが失望される側ですわ。それよりも明日はハードスケジュール。そろそろお休みなってくださいませ、マイロード」

「そうします。では、おやすみなさい」

「良い眠りを」

 

 客間に戻りながら考えてしまうのは、明日に控えたチーム爰乃のデビュー戦。

 おそらく委員会も筋肉馬鹿の手痛い敗北を受け、強力な悪魔を相手に選んでいる筈。

 お爺様の名に泥を塗らない為にも手段を選ばず勝ちますが、私程度を歯牙にもかけない強敵が待ち構えていて欲しいと思うのは悪い癖ですね。

 そして対照的に興味の薄いのが、次代を担うとされる名門若手悪魔達。

 部長が上位一角を占める以上、底が見えるというか……うん。

 手始めに彼らを全員潰して回ろうかな!

 考えれば考えるほどやりたい事が湧いてくる。

 気分は遠足前の小学生、これではアンを子供と笑えませんよ。

 

「弦さん、寝る前に手合わせ頼めますか?」

「幾らでもお相手致しましょう」

 

 胸の昂ぶりを押さえ切れない私は、部屋に戻らず騎士と一戦交えるのだった。



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第38話「恋の味」

「伝統に対してとやかく言いませんけど、本当に顔見せだけって……」

「旧家、名門がのさばる世界は古いしきたりが横行するもの。人も華族が似たような行為を好んで行っていたと記憶しております」

「社交界への顔繋ぎと考えれば、無駄ではないと言う事ですか」

「で、御座います」

 

 オペラハウスを思わせるホールの高みに設けられた個室から見下ろす先、そこには名門貴族の子弟が冥界の重鎮達の値踏みを受けている様子が見て取れる。

 彼らは大きく分けて6勢力。

 一つ目は、特に語るべきこともない無い部長と愉快な仲間達。

 二つ目は、見るからに邪悪そうな格好の魔物やら悪魔を従えたチンピラ軍団。

 例えるなら世紀末にヒャッハーするのが生き甲斐って所でしょうか。

 三つ目は、直立不動で居並ぶ人型で統一された一団。

 眼鏡のフレームをくいっと持ち上げて委員長オーラを全開で醸し出す少女が長らしく、規律に優れたチームであることは一目瞭然。

 四つ目は……よく分からない。

 インチキ臭い作り笑いを浮かべる優男を囲むのは、全身をローブとフードで覆い隠した正体不明の何者か。ゲームに備えて余計な情報を与えたくない気持ちは分かるけど、魔王様を含めて多くのお偉いさんを前にしてあまりに失礼。

 後で怒られないのか不安でなりません。

 五つ目は、これまた知った顔。

 って、学校行事で嫌でも顔を合わせる駒王学園生徒会ご一行様じゃないですか。

 ぶっちゃけ女王ですら木場君に劣る弱いチームですし、興味はありませんね。

 会長達に目を向ける暇があるなら、彼を眺めているほうが有意義というもの。

 

「やはり、姫様が注目するのもあの男ですか」

「彼からは、私と同じ匂いを感じます」

 

 私が他の誰よりも目を引かれたのは、黒髪短髪の野生的な容貌の青年だった。

 修練により作り込まれた鋼の肉体、漲る自信から来る安定感と風格は努力の賜物。

 あれは間違いなく私の同類。才能の有無なんて関係なく、どんな無理難題も出来るまでやり続けられる頭のおかしい人種です。

 お供の悪魔も種族も性別もばらばらながら、瞳の色は弦さんと同じ盲信に近いもの。

 何処までも似た境遇が気になって仕方がない。

 アレと戦いたい、戦って勝ちたい。

 一目惚れにも似た感情を抱くのは、本当に久しぶり。

 

「資料によりますと、名はサイラオーグ。バアルなる家の出で、若手最強の称号を持ちながらも魔力をほぼ持たない異端児との事」

「魔力無しで最強?」

「はい、おそらく史上初となる近接格闘のみでのし上がった武人で御座います。しかも悪魔の身でありながら闘気なる力を有しているらしく、魔力を持たないお屋形さまの劣化版と表現するのが妥当かと」

「……所詮は部長程度の集まりと侮っていたら、掃き溜めにも鶴が居るじゃないですか。弦さん、予定を変更します。他の五人は捨て置いて結構、狙うはサイラオーグの首一つ」

「御意」

 

 後で政治の出来るレイヴェルにアポを取って貰おう。

 私の見立てに間違いが無ければ、彼もまた純粋な戦いを欲している。

 多少スケジュールに無理があっても、挑戦があれば嬉々として受けてくれるでしょう。

 

「お父様の話が長くて遅くなりまし―――って、その凶悪な笑みは何ですの?」

「笑ってましたか?」

「無自覚ですのね……」

「実はレイヴェルにお願いが」

「承りますわ、マイロード」

 

 悪魔達が続ける自己紹介と初心表明は最早私には聞こえない。

 時折上がる嘲笑と罵声、驚きの声も他人事と興味を失っていた。

 アザゼル先生にも相談すべきと判断した私は、臣下を連れてその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 第三十八話「恋の味」

 

 

 

 

 

「貴様が爰乃の選んだ僧侶か。足だけは引っ張るなよ?」

「当然ですわ」

 

 何時も通り、上から目線でヴァーリに認められ。

 

「とりさんもとりさん?」

「フェニックスも鳥……ですの?」

「姫さまのためにがんばろうね! うらぎったらドカーンだからね!」

「イ、イエス、マイクイーン」

 

 眼中に有るのか無いのか、アンに釘を刺される。

 

「我、不死鳥食した事無し。足一本、味見了承?」

「だめ、だめですわっ!」

「残念、コンゴトモヨロシク」

「宜しくですの……」

 

 食材として見る鬼灯の舌なめずりに怯えつつ。

 

「私とゼノヴィアの紹介は不要ですね?」

「ええ」

「ならば割愛、姫様の家臣に恥じない働きに期待します」

「フェニックスの名に賭けて、失望させない事をお約束しますわ」

 

 最後に事実上のリーダ格に認められて、レイヴェルが心情的にも正式加入。

 再び訪れた先日と同じ試験会場の控え室。そこには私の眷属がついに勢揃い。

 何故こうも合流に時間がかかったと理由を尋ねると、入国はともかく各々が相当する駒の価値を判定するのに時間がかかったとのこと。

 いかんせん過去に例の無い行為だった為、レーティングゲームの基礎を構築した何とかと言う魔王が直接鑑定しなければならなかったとか。

 ちなみに下された判定は―――

 

 アン    → 女王×1

 鬼灯    → 戦車×1

 ゼノヴィア → 戦車×1

 レイヴェル → 僧侶(判定間に合わずの暫定処置)×2

 弦     → 騎士×1

 ヴァーリ  → 兵士×1(変異の駒)

 

 運良く兵士の駒に誰であろうと問答無用で消費一で済む変異の駒が交じっていたらしく、予想外に駒が余ってしまった不思議。

 レイヴェルのコストも正確に計測すれば一個で済みそうですし、これで手持ちの残りは僧侶×1、騎士×1、兵士×7ですか。

 今後出会う有望株が、このコストの範疇に収まることを祈りましょう。

 

「全員注目、今回のゲームについて姫様よりお言葉を賜ります」

 

 さすがアドラメレク眷属元リーダー。

 手馴れた様子で場を仕切ってくれて大助かりです。

 

「はい、皆さんの新米王様を勤める爰乃です。残念ながら私達は、仲間のスペックも正確に把握出来ていない個の集団でしかありません。無理に連携を考えてぎくしゃくする位なら、今回に限り各個人の判断で好きに動いて結構。但し私が落とされる危険性を考慮して、直掩にバランス型のレイヴェルを残します。おーけー?」

「妥当だな」

「それなら私にも出来る」

「はーい!」

「了承」

 

 チーム唯我独尊が頷いて―――

 

「さすが姫様、適切な判断に感服で御座います」

「そのフリーダムな決断で、何とかなってしまいそうなのが怖いですの」

 

 頭脳担当も問題無しと判断。

 今後もこの路線が続く気がしますが、先の事を今考えても始まらない。

 そもそも実際に動かさないと、どんな不協和音が生じるか分からないからね。

 先ずはやってみよう。

 チームのカラーを決めるのは、それからでも遅くない。

 

「姫様、そろそろお時間です」

「いざ出陣!」

 

 掛け声一つ。

 ゲームフィールドへと繋がる魔法陣に、私達は足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

「……こうも露骨にハンデをつけて、プライドが無いのかしら」

「レイヴェル様、それは視点の相違と言うもの。私に言わせれば我々の戦力を正しく理解しないが故のボーナスステージとお見受けします」

「あのガチガチに対魔・対物の結界に守られた城を落す事がですの?」

「一分ですね」

「はい?」

「相手の情報が無いので憶測では有りますが、おそらく開幕で終わります。まぁ、百聞は一見にしかず。姫様のようにどっしり構えて頂きたく」

「そ、そうしますわ」

 

 知恵袋二人が噛み合わない会話を続けながら目を向ける先。そこには徹底的に守りを固められた、入り口の一つしかない城がでんと聳え立っている。

 私達が転移した先は遮蔽物の無い草原なのに、相手は一戸建て付きとはこれ如何に。

 ちなみに私に与えられた試験内容は単純明快でして、対戦相手を規定時間内に撃破しろと言うもの。つまり、タイムアップもしくは私が落とされると敗北となります。

 普通に考えれると、攻略の鍵は如何に早く進入を果たすか。

 嫌らしいのは、相手が何処に潜んでいるか明示されていない事ですね。

 仮に力で押し負けても逃げ回って勝たせない、そんな意図が透けて見えます。

 しかし残念、正攻法で攻めて来ると思い込んだのが運の尽きですよ。

 

「姫様。我、やる。他不要」

「確かに鬼灯の全力どころか全体像も見た事がありませんね……ここなら周囲への被害とかも無視出来ますし、日本が誇る龍の力を披露して貰いましょうか」

「赤と鋼、選ぶ」

「よく分かりませんが赤で」

「了承」

 

 私の腕に絡み付いていた鬼灯がしゅるりと離れ、体をくねらせながら一気に質量を増していく姿をぼんやり眺める。

 さすがファンタジーの住人、質量保存の法則をガン無視です。

 魔法はインチキ、そう改めて実感しているとスカートを引っ張られる感覚が。

 

「アンもおっきくなっていい?」

「アンはギャスパーとの一戦で十分活躍したから、今回は鬼灯に花を持たせよっか。鬼灯がもういいよーって言うまでステイです」

「うん!」

 

 本当はアンとヴァーリに大きいのを連打して貰う作戦を、少しばかり変更。

 

「と言うわけで、前衛ズも待機」

「騎士は王の命令に逆らわないもの。待機命令、確かに受領した」

「いやいや、ゼノヴィアは戦車だから」

「ぐすん」

 

 我が親友は、まだ騎士に未練があるんですね……

 何らかの信念やら意図があるなら役割を変えてもいいけど、ゼノヴィアが戦車よりも騎士を強請る理由は語感が格好良いってだけでしょ。

 駒の価値としては戦車の方が高いんだから、光栄と思って諦めなさい。

 

「ヴァーリも分かった?」

「ああ、俺も五大竜王に勝るとも劣らぬと聞く龍の力に興味がある。何より穴倉に篭らねば戦う事も出来ない雑魚如きに俺が出る必要も無いだろう。打ち漏らしはゼノヴィアにでも任せて高みの見物さ」

「それは同感。とりあえずお手並み拝見しますか」

 

 これこそ腕自慢の猛者達の強み。未だ相手の戦力も分からないのに、誰一人として余裕の表情を崩さず負ける未来を想像していない。

 雰囲気的に今回は私の出番が無いと思う。

 だけど前線で轡を並べるだけが王じゃない、拳を振るう代わりに見届けよう。

 そして時は来た。開始のアナウンスと同時、神話の魔物に相応しい巨躯で大地を揺らす龍種が八又の首の内、七本でターゲットをロック。

 残る首が見つめるのは彼の信奉する王の姿。

 

「姫様―――」

 

 弦さんが口を開きかけたのを手で静止して、小さく頷きを返す。

 彼の意図は言われずとも分かる。

 チームとしての初陣、その栄えある一番槍にお墨付きを与えて欲しいんだよね。

 しかし言葉だけを返すのも無粋、そこで五本の指で天を指して目配せを一つ。

 

「香千屋爰乃が命じます、我が敵を殲滅せよ!」

「「「「「「「「了承」」」」」」」」

 

 向きを一つに揃えた八本の顎に集うのは、足元に居ても暑さを感じる膨大な熱量。

 球形に収束されたソレを例えるなら、万物を溶かす溶鉱炉でしょうか。

 そんな小型の太陽が、私の振り下ろした手に合せて八連射って。

 しかもどんなからくりなのやら、射出速度が音の壁を突き破るインチキさって何です?

 

『DIVIDE!』

「ばりやー」

 

 どっかんどっかんと一発一発が核を思わせる破壊力で蹂躙した結果、余波で鼓膜を破りそうな爆裂音と熱風がこちらにも吹き荒れそうになるも、最初からこの事態を想定していたらしきアンの大気制御とヴァーリが咄嗟に放った半減がそよ風すら届かせない。

 一瞬で焼け野原になった草原を見るに、防御していなければ全身火傷を負っていたんじゃないでしょうか。

 

『アシュタロン・ヴァサーゴ様の死亡を確認。ココノ・アドラメレク様の勝利です……が、審議中ですので少々お待ち下さい』

 

 背後で大騒ぎしている声がだだ漏れのアナウンスは曖昧ですが、勝利確定だと思う。

 建物と言うか地形ごと根こそぎ消し飛ばした以上、何に対してクレームをつけられるのか私にはさっぱり分からない。

 文句があるなら再戦も受け付けますよ? NRX-0013っぽい悪魔が無事ならですが。

 

「アルビオン」

『何だね』

「我の火山弾、昔弱かった。改良、こうなる。覇龍頼る、駄目。何となく力使う、駄目。仕組みを理解する、大事。人の知恵、有用」

『アプローチの方法を模索しろと?』

「肯定。柔軟、大事。固定観念、捨てる」

『検討に値する助言に感謝する』

「アドラメレク眷属の強さ、そこ。アルビオンも要努力」

『確かにドライグとの戦いも、どちらが如何に早く覇龍に目覚めるかだけを競うレースだったか。ヴァーリよ、覇を捨てる道を選んだお前の正しさが第三者視点でも証明されたな』

「当然だ。過去の白龍皇が敷いたレールを俺は歩まない。俺は俺の道を行く」

 

 そして予想外の収穫は、特に交流も無かった眷属の打ち解けた姿を拝めた事かな。

 馴れ合う必要は感じませんが、互いを認め合って欲しいと思う私です。

 その点他の眷属と比べて力の差が歴然なのに、一翼を任せて貰えるゼノヴィアは凄い。

 精神年齢が同レベルのアンと仲が良いのは分かりますけど、あのプライドの高いヴァーリが露払いであれ任せると言うんですよ?

 一定以上の信頼が無ければ、有り得ない発言だと思いませんか?

 

『し、審査の結果をお伝えします。もう一戦、もう一戦追加です!』

「なら、面倒なのでこのまま続行で」

『では次のフィールドへ―――』

「あまり訳の分からない要求を続けるなら、サーゼクス様に密告しますよ?」

『少々お待ちをーっ!」

 

 結局要求は受け入れられ、すぐさまこの場に新たなチームが投入される事になるのですが、ヴァーリが手慰みに放った範囲型の半減で弱った所に神鳥の姿を取り戻したアンが引き起こした雷の嵐を浴びたと言えば結果はお察しでしょう。

 

「……予想以上に圧倒的で、することがありませんでしたの」

「そう思うなら、私が逢瀬を交わしたい殿方とのセッティングを出来るだけ早くをお願いします。可能ならこの後でも構いませんよ?」

「既に一報いれてありますの。確認を取りますので、少々お待ちを。弦、総督様にも連絡を取ります。わたくしに付いてきてくれるかしら」

「姫様、少々席を外しても宜しいでしょうか?」

「構いませんよ」

「では、また後ほど。吉報をお待ち下さい」

 

 そんなこんなで、試験官に物凄い睨まれながらも合格を掴み取った私達。

 今はちょっとした祝勝会として、レイヴェルが手配したレストランでお食事中です。

 働けなかった分ご馳走してくれるとの事ですが、貧乏な王様で申し訳ない。

 せめて高校を卒業するまでは、多目に見てくれると助かります。

 

「貴様ぁ、何故に俺のフリッターを奪う!」

「のこすともったいない」

「最後に食べるべく温存していたんだが?」

「しーらない」

「よし、兵藤の前に貴様を叩き潰してやろう。表へ出ろ」

「アンはじょうおうだから、よわい仲間をまもるのがおしごと。いじめはだめなの」

「……確かに今はお前の方が実力面でも上位者か」

「うん、なかよくしよ?」

「そうだな。おいウエイター、同じものをもう一皿だ」

 

 仲良き事は美しきかな。

 表面上の小競り合いなら、幾らでもやればいい。

 気の置けない友人関係に遠慮は不要なのです。

 私を中心に左のテーブルがこんな風なので、次に右を向いてみる。

 

「これは何点?」

「70点、岡星レベル。仲間に紹介問題無し」

「私的には十分旨いのに、鬼灯は辛口だな」

「30点以下、女将を呼ぶ。10点以下、我、超激怒。店滅ぼす」

「妥協しない事で」

 

 鬼灯さん、貴方は何処の海の原の雄大な山ですか……って、例の倶楽部を略すと美食倶楽部! なるほど、納得しました。二度ととやかく言わないので、美食道を駆け抜けて下さい。

 でも、私の料理は採点甘めでお願いしますよ……?

 そんな事を考えながら、白身魚のコンソメ仕立てをぱくり。

 もう一戦あるかもしれないので、お酒を飲めないのが実に残念です。

 冥界の白ワインはどんな味や……お、騎士と僧侶が手招きを。

 

「マイロード、朗報です。サイラオーグが晩餐会名目で会っても良いとの事」

「必ず応じると思っていました」

「ですが、さすがに全員で乗り込むのも失礼。わたくしが責任を持って案内を務めますから、他の眷属は帰すのが道理かと」

「護衛に私を同行させないと?」

「格としてはアドラメレク家より遥かに上の大王家ですのよ? 護衛が必要と考えただけで無礼。何よりアザゼル様も同席なさいますし、公式の招待である事をお忘れなく」

「主家の顔に泥を塗る訳には……参りませんね」

「万に一つも有り得ませんが、何らかの事件に巻き込まれたなら命に代えてもわたくしが爰乃を守りますわ。少しは同僚を信じて欲しいですの」

「……分かりました。残りの眷属を引き連れてお帰りを待つ事にしましょう」

「しかしながら、マイロードはサイラオーグと遊ぶ御積り。無傷で返せなくてもお恨みにならないで下さいませ」

「それで構いません。後は任せましたよ、レイヴェル・フェニックス」

 

 意外と物分りの良い弦さんだった。

 もっと粘るのかの思っていましたが、お爺様への迷惑は譲れない一線なんですね。

 さすがストーカー気味と言うかヤンデレでも常識人(謎)、今後もギリギリのラインで踏み止まってくれる事を切に祈ります。

 

「移動時間を考えると、あまり時間がありませんの。さくっと行きますわよ」

「腕が鳴るね」

「先ずは着替えの調達から」

「え」

「わたくしの行きつけがあります。お店はお任せ下さいませ」

「制服じゃ駄目なの?」

「正式な晩餐会ですのよ? ドレスコードは守って頂きませんと困りますわ」

「……全部任せました」

「うふふ、得意分野ですの!」

 

 面倒だなと思う反面、それを上回る期待に顔がにやけてしまうのを止められない。

 アンやゼノヴィアを子供と笑ったけど、私もやっぱり同レベルですね。

 殴り合いでどちらが強いか、それしか頭に無い事を思えばそれ以下かも?

 眷属達が騒ぐテーブルを静かに後にした私は、無意識に拳を握り締めるのだった。



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第39話「獅子と猫」

原作を確認したところ、三大勢力最弱は悪魔とのこと。
地味に弱いアザゼル率いる少数の堕天使軍団(増員無しと明記)より下って……
その辺の理由について、サイラオーグを縮図にでっち上げる予定です。
原作ルートでも放っておけば内ゲバで滅びそうですし、拡大解釈でもない気が(ぁ


 遠くから見えるのに、幾ら進んでも一向に足元に辿り着かない大きなお城。

 迎えの馬車に揺られながら外を眺めてみれば、見る者を退屈させない計算し尽くされた庭園が何時までも続いているから凄い。

 これぞお金に糸目をつけないガーデニングの極地。

 点在する施設すらも風景の一部として利用されていて、これを見物させるだけでお金を取れるレベルだと思う。

 この辺の優雅さと言うか伝統力が、名門の名門たる所以なのでしょう。

 

「ズバっと飛べば、当の昔に着いてるんだがなぁ……面倒くせぇ」

 

 私とレイヴェルが芸術に心奪われているのに対し、向かいの席に座る何千年生きているのか分からない年寄りはドライブに飽きた子供の発言を繰り返すばかり。

 やれやれ、少しはスローライフを理解して欲しいですね。

 先生は少年の心を失わない大人と常日頃から自称していますが、自覚している以上に精神年齢が幼いと思います。

 

「社会的に立場のある方の言葉とは思えませんわ」

「先生は、生まれた時から富と権力を持ったたちの悪い大人ですからね。我慢を知らないから堕天してますし、三つ子の魂百までを地で行くアレな人と認識した方が良いと思う」

「ですが悔しい事に悪魔側も働きたくない引き篭もり、アイドル系、はたまたシスコンを公言する魔王と癖の強い人事ですの。三大勢力の内二つまでが駄目なトップで占められている現状から予測するに、天界の指導者も頭の螺子が緩んでいるのではと邪推してしまいますわ」

「ミカエルさんは甘ちゃんだけど、割と普通でしたよ?」

「知人ですのね」

「以前に茶飲み話を少々。皮肉を言っても気付かない天然さんでした」

「三大勢力のトップ全員から可愛がられているマイロード……」

「ちょっと武術を嗜む、モブな現役女子高生ですが何か?」

「爰乃がその他大勢認定される人間社会って怖すぎですのっ!」

「ですよねー」

 

 でもねレイヴェル、皆さんの認識はベノア・アドラメレクの孫だよ。

 最初にその下地があるから友好的なだけ。

 香千屋爰乃が、自分の力だけで勝ち取った評価じゃ無い事をお忘れなく。

 

「お前らセメント過ぎるわ。せめてオブラートに包むか、本人の居ない所でディスれよ。仮にも一勢力の頭な俺だぜ? 小娘風情を無礼打ちしても問題にならんからな?」

「どうせやらない癖に」

「そりゃ機嫌を伺って心にも無いおべっかを使う奴より、誰が相手でも思った事を素直に口にする奴のが俺は好ましく思うからなぁ。その点で言えばウチの幹部より下は全員駄目だ。あいつら冤罪を押し付けようが喜んで受け入れるイエスマン集団で頭が痛い」

「わたくしとて、公の場であれば美辞麗句を並べますわ。しかし、今はプライベートな時間だとアザゼル様が仰られたではありませんか」

「フェニックスの娘はハートが強いこって。普通は無礼講を宣言されても、取引の有る他社の社長を酷評出来ないぞ」

「神鳥に白龍皇、果ては竜王の一角と、続け様に最強クラスと顔を合わせたわたくしです。すっかり大物慣れしてしましたの。何よりも―――」

 

 ちらりと私を一瞥。

 レイヴェルは様になった所作で頭を垂れて言う。

 

「わたくしが跪くのは我が王、香千屋爰乃唯一人。御身が居られる場で媚びへつらう訳には参りませんわ」

「何それ超格好良い」

「しかし、アザゼル様はやんごとなきお方。フランクさがお気に召さないのであれば、余所行きの顔を見せることも吝かではありません。如何致します?」

「冗談だよ冗談。爰乃と同じく敬意を忍ばせた上での発言ってのは、ちゃんと理解してるっつーの。どうせ嫌でも爺の家で顔を合わせる間柄だ。その調子で頼むわ」

「承りましたわ、堕天使総督のアザゼル様」

 

 あの兄に対して、この妹あり。

 この肝の太さは何処から来ているのでしょうか。

 以前にも脳裏をよぎったけど、やはり猫型ロボットの兄と妹の関係……?

 

「おい爰乃、コレは腕っ節と無関係な部分で貴重な駒。ともすればヴァーリを超える逸材かもしれんから大事にしろよ?」

「私の宰相なのですから当然です」

「その表現は正しい。爺は冥界に無関心で最新の動向に疎く、血筋だけは立派なヴァーリも我関せずだ。他の眷属も力はともかく政治は出来ん。今後もゲームだけだろうと冥界と関りを続ける気なら、家の格も十分、頭も回るお嬢ちゃんの力は必須となる」

「はい」

「サーゼクスの威を借りるだけでは不十分と、試験で分かったかと思う。本当の意味で嫌われ者の人間を悪魔社会から守れるのはお前の僧侶のみ。これ以上言わんでも分かるな?」

「心得ました」

 

 そこまで深く考えずに手に入れた駒が、まさかレーティングゲームに参加するに当たって必須条件だったとは夢にも思いませんでした。

 しかし人の巡り合せも実力の一つ。天の采配に今は感謝しておきましょう。

 

「マイロード、今のわたくしは戦闘能力で他の眷属に劣るかもしれません」

「うん」

「故に力をつけて並び立てる迄は、武官の皆様とは違う面で盛り立てたく思います」

「適材適所だね」

「目指せ文武両道、香千屋爰乃の片翼に不死鳥在りと周知させてみせますの!」

「至らぬなら至るだけ……その思想こそ私が求める精神。実に素晴らしい」

「しかしマイロード」

「何かな」

「お膳立てをした上で言う事では有りませんが、やはりサイラオーグに挑むには手順を飛ばし過ぎかと。例えるなら神滅具を有さない赤龍帝が兄に挑む様なもの。どう甘く見積もっても暴挙にしか思えませんの」

「レイヴェル、猫は犬から目を背ける事は許せても、同じ猫に道を譲る事は出来ないの。それが例えライオンであろうとね」

 

 そこに実力差は関係ないんだよ。

 同族と認めてしまった時点で、退くと言う選択肢は残されていないのです。

 何故なら拳を交えて勝敗をつけない限り、この胸に蠢く感情を消化出来ないから。

 勘違いして欲しくないのは、挑む事に意味のあるオリンピック精神ではないこと。

 私は当然勝利を掴み取るつもりですよ?

 お爺様であれ、ヴァーリであれ、負けても良いと思った事は一度も無いんだよ?

 この辺を理解出来ていないのが付き合いの浅さですね。

 多分、イッセー君なら頑張れと背中を押してくれたと思う。

 

「これが香千屋爰乃の生き様だ。フェニックスの娘、しっかり頭に入れとけよ」

「ああもう、どこまで恵まれた容姿を無視した男前さですのよ。もしも爰乃が男に生まれていたなら惚れていましたわ」

「一本気でブレない女も魅力的だと思うがね。どちらの性別で産まれるべきだったのか、最早存在しない神にでも聞いてみたいぜ」

「好き放題言いますね……」

 

 特に性別を意識せず生きて今の私が構築された様に、仮に男に産まれても似た様な性格の生き物になっていたんじゃないかな。

 と言うか、そもそも女の身に不満は有りませんよ。

 だって男性の特性として筋力と頑丈さを得られたとしても、代償に女性の持つ敏捷性としなやかさを失ってしまうと言う事。

 なら、それは等価。

 与えられたリソースの中で最善を目指す事に変わりはありません。

 何よりも、パラメータに僅かな変更を加えただけで壊せる壁ならとっくに超えています。

 全ては誤差の範疇に収まると思う私です。

 

「それはそれとして、そろそろ到着ですの。人間のマナーで構いませんので、失礼の無い様にお気をつけ下さいませ。何方がいらっしゃっているのか分かりかねますが、フェニックスが足元にも及ばない大貴族の夜会に参加できる格をお持ちである事は確かですわ」

「それはどうかな」

「何か知っていらっしゃいますの?」

「ヒントはホストがサイラオーグって事かね」

「?」

「さすがに語るにはもう時を逸している、答えは自分の目で確かめろ」

 

 

 

 

 

 第三十九話「獅子と猫」

 

 

 

 

 

 優雅で華やかな調べが流れるのは、音の格調に相応しい巨大な空間だった。

 下品にならない程度に飾り付けられた大広間には多くの紳士淑女が集っていて、そこらかしこで歓談の声で部屋を埋め尽くさんと頑張っている。

 帰りたい、一刻も早く場違い感が天元突破なこの場所から姿を眩ませたい。

 遠巻きに陰口を叩かれるのも、侮蔑の目を向けられるのも耐えられるけど、空間を満たす暗黙の貴族ルールでガチガチに固められた世界観は無理です。

 頼みの綱のレイヴェルは挨拶回りに出かけてしまったし、先生も主賓級なので無名の小娘に構っている暇も無い訳でして。

 目立たぬように、壁際のソファーでフィンガーフードを口に運ぶ私は正しく壁の花。

 蝶の寄り付かない造花は、本物志向の皆様と折り合いがつかないのも当然でしょう。

 

「また会ったな小娘」

「舐めた口を利くなら、今度は半殺しじゃ済ませませんが?」

「ぬかせ。先日の敗北は痛手ではあったが、アレは貴様の力を見誤っただけよ。本気を出したなら立場はいつでも入れ替わると知れ」

「確か全ての力を、と言ってた様な?」

「細かい事を気にするなココーノ」

「勝手に人の名前を改変しない。伸ばし棒は不要です」

「む、そうだったか。して、何故にこの場に居るのか答えよ。まさかとは思うが、貴様も出世コースに乗りつつあるサイラオーグに集まって来た蛾の一匹ではあるまいな」

「灯りの事も名前しか知らなければ、お金にも権力にも興味はありません。そもそも生活基盤を人間世界に置く私が冥界の利権に絡むメリットが有るとでも? 中途半端に暗部へ片足を突っ込んで、面倒に巻き込まれるとか勘弁して下さい」

「ならばよい」

「むしろ、そちらこそ羽虫の一匹では?」

「失敬な。名門中の名門たるバラムが、目の前の甘い汁に目を眩ませ誇りを捨てるなど言語道断。俺は、個人的に親交の有るサイラオーグの為に顔を出しただけである」

「格闘家繋がりなら、私も似たようなものですよ」

 

 私に確認もせず隣に腰を落ち着けるのは、何処からとも無く現れた一人の悪魔。

 筋骨隆々の巨躯を無理やりダブルのスーツに押し込むコスプレ姿ながら、その立ち居振る舞いは紳士のそれ。

 初対面の印象で脳筋と決め付けていましたが、その評価を訂正します。

 通常の気を込めただけのカウンターで沈んだにせよ、エアリードのスキルを保有しているだけで上方修正も止む無し。

 せっかくなので暇潰しに付き合ってもらいますよ、バラク・バラムさん。

 

「その言葉で得心した。つまり貴様もこの場でマイノリティーと言う事か」

「人間の時点でアウト。最初から分かっていました」

「そう言うな。何が目的なのかは問わんが、状況を理解していないようだから教えてやろう。話を聞くつもりはあるかね?」

「是非とも」

「うむ、下々に路を指し示すのも高貴なる者の義務である。人の子とは言え、一瞬でもバラムを超えたココノに知を教授してやろうではないか」

「御託はいいから、サクサク進めて下さい」

「では始めよう。前提条件であるが、サイラオーグが異端児である事は知っているな?」

「魔力無しの規格外と聞いていますね」

「そう、そこが問題よ。バアル家の特色たる滅びの魔力を発現できず、肝心の魔力すら皆無。欠陥品と罵られ、一時は母共々辺境の地で飼い殺しの憂き目にあっていたのが奴だ」

「次期当主なのに?」

「本来は、現当主が後妻に産ませた異母弟が継ぐとされていた。しかし、その決定を決闘で覆したからこそサイラオーグは凄い。滅びの力をしっかり受け継いだ弟を、真っ向勝負で殴り倒した。これを奇跡と言わず何が奇跡か」

「バラクさん、一つ質問が」

「聞こう」

「グレモリーの人も滅びの魔力とやらを持っていますけど、それでもお家芸なの?」

「現魔王とリアス嬢の母親がバアル系なのだよ。アレは例外とカウントしておけ」

「なるほど」

 

 バラクさんは熱く語ってるけど、部長と同じ力なら限度は知れている。

 弟さんとやらが同程度の力だと仮定した場合、武の頂を登り詰めたサイラオーグさんならワンパンで倒せない方がおかしい。

 奇跡は、勝つべくして勝った場合に使うべき単語じゃないと私は思う。

 まぁ、空気を読んで口にはしませんが。

 

「そんな訳で公式にはサイラオーグが次期当主だが、魔力至上主義の親族は奴を認めていない。蜜月関係の後援貴族も、内心では疎んでいる内憂外患が今のバアルの内情となる。ここまでがステップ1。理解出来たな?」

「当然ですとも。さあ、続きを」

「ならばステップ2を始めよう。さて問題だ。身内は概ね敵、外にも味方は皆無。一人では何も出来ない。お前ならどうする」

「ああ、だから私や貴方がハブにされるパーティーが必要なんですね」

「その理解で正しい。最後になったが、奴の夢を教えてやろう。血筋優先の社会を、実力主義の世界に変える為に魔王を目指す。単純ながら、極めて困難な茨の道が奴の進むと決めた人生よ」

 

 有名無実になりつつあると言っても、やはり冥界を支配していた旧七十二柱の序列一位。

 その名に群がる甘い汁目当ての貴族は多いらしい。

 特に転生悪魔を筆頭とする新興貴族、彼らにしてみれば孤立無援の次期当主はバアル家に取り入るチャンスなのでしょう。

 やっと先生の言っていた言葉の意味が判った気がします。

 この場の悪魔は大物が僅かで、残りは微妙な家格ばかりと言う事ですね。

 中には二心を持たない悪魔も居るだろうけど、殆どは権力に擦り寄ってきた風見鶏。

 しかし、それでも数は力となる。上を目指す為にどうしても必要な力に。

 互いに打算で塗り固めた表面上の団結を対外的に見せる場、それがこのパーティーの趣旨であり存在理由。何とも面倒な事です。

 そして、今の話を聞いて思い違いをしていた事に気づきました。

 彼は純粋な武人じゃない。

 サイラオーグさんにとっての武とは、夢へと続く獣道を切り開く手段でしかなかった。

 一つでも負けて弱みを晒せば未来が潰えるから負けない、負けられないだけ。

 最強を目指す私と、最強にならなければ先へ進めないサイラオーグさん。

 どちらの信念が重いのか私には分からない。

 ただ、分からないからこそ拳を交えたいと思う。

 

「……素敵な漢ですね」

「中々悪魔を見る目があるではないか。我が友に直接紹介してやろう!」

「既にダンスのお約束を取り付けてあるので結構。全身全霊で踊るつもりですし、サイラオーグさんの了承を得られるなら眺めに来ては如何? 一見の価値はあると思いますよ?」

「おい待て、ダンスとはつまり」

「ナポリ風に言うならAddio Danza、かな」

 

 地方巡業を終えホール中央で淑女達の相手を始めていたサイラオーグさんを見つけた私は、今がチャンスと行動を開始する。

 レイヴェルには自分が戻るまで大人しくして居ろと釘を刺されてはいたけど、揉め事を起こす訳でもないし大丈夫ですよね。

 

「ためになる話、ありがとう御座いました。これで心置きなく挑めます」

「う、うむ」

「さて、手始めに牽制の一刺しでも」

「俺は何も知らないし、聞いていない」

「一曲お相手を申し込むだけですよ?」

 

 音楽の切れ間が間もなく訪れる事を予測した私は、小さくガッツポーズを取って気合を入れると第一歩を踏み出すのだった。



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第40話「柔と剛」

 腹の底を見せない狐と狸を相手取り、しかも延々と続けなければならない茶番劇。重箱の隅を突いて有利な言質を取ろうと目を光らせる連中との会話は、本当にしんどい。

 仮にも魔王を目指す身として、この手の技能は必須になる事も理解している。

 しかし、元来頭の回る方では無い事も事実。頑張らねば。

 不得手な分野だろうと、バアルに相応しい技量を身につけねばならん。

 知識、教養、力、全てを兼ね備えてこそ大王家の嫡子たるもの。

 何よりも病に伏せる母が目覚めた時、成長した姿を見て失望させる訳にもいかん。

 さあ、気を取り直して次は娘どもの相手だ。

 大人との化かしあいが終わりほっと息をつくのも束の間、親の命令で近づいてくる少女達を一人一人丁寧に捌いていく。

 幸いにして数は多くないと、気分を入れ替え無心にダンスを踊ること数人。

 やっと全て片付いたと思って気を抜いた瞬間、それは現れた。

 

「私ともお付き合い願えませんか?」

 

 俺は疲れていたのだろう。気が付けば、目の前に絹の手袋に包まれた手を差し出してくる黒髪の少女が一人居た。

 肩口の大きく開いた青のドレスを着こなし、顔に浮かぶのは自然な笑み。

 下心を感じさせない堂々とした雰囲気には好感を持てるが、俺の知る限り過去の夜会で黒髪の娘は一人も居なかった筈。

 怪しい事この上なしと思いつつ、何処の手の者か判明しない事には無碍にも出来ないと諦める。

 

「喜んで」

 

 大貴族の血縁にしろ新興貴族の関係者にしろ、現状打てる手はこれしかない。

 最後の最後でジョーカー、中々の運気じゃないか。

 

「正式なダンスは初めてですが、アドリブでも誤魔化せるものですね」

「そうなのか?」

「さっぱりも分かりません。なので、そちらに合わせます。リードして下さい」

 

 自分から誘って来た癖に初心者だと?

 まさかの告白に主導権を持っていかれた気分だった。

 しかし、動き出しから次の行動を予測して追従する反応速度が尋常じゃない。

 難解なステップを踏もうと、突然のターンを仕掛けても動じないとかありえん。

 想定される能力は肉体強化……さてはバラムの血筋か。

 バラクの奴が、俺の知らない親族を連れてきたと仮定すれば辻褄は合う。

 

「お名前を伺っても宜しいか」

「香千屋爰乃と申します」

 

 違った。ネーミングルールから察するに、転生悪魔か。

 ならば最低限の接待で十分、早めに切り上げてビジネス相手の元に向わねば。

 

「聞かない名だな。済まないがフェニックスの令嬢との先約があるので失礼する」

「あれ、レイヴェルから話を聞いていませんか?」

「む?」

 

 腰に回していた手を引かれ重心を崩された瞬間、間を置かずに放たれた足払いに下半身を持っていかれた。幸いにして発生したベクトルを打ち消す力を加えられたので傍目にはアクロバティックな動きとしか見えないだろうが、悪意があったなら確実に床へ転がされたのだと思う。

 

「いつもの癖で名を間違えました。こちらの世界での名は爰乃・アドラメレク。レイヴェル・フェニックスの王にして、これから貴方がお会いになる相手だと思いますよ?」

「なん……だと」

「次の曲が始まっちゃいましたね。ここで中座するのも無粋と言うもの、待ち人が良いと言うのですからもう一曲如何?」

「……基礎は掴んだな? 衆目に侮られない為にも難易度を上げるぞ」

「勉強させて貰います」

 

 成る程、この娘が最近噂の人間か。

 総督殿と涙の流通を牛耳るフェニックスの頼みを断りきれずに受けた余興だったが、この調子なら楽しめるかもしれん。

 バラクの奴も打ち負けたと言うし、先の手腕は親の七光りだけでは無い証拠だろう。

 

「手加減は必要か?」

「負けた時の言い訳にしないならばご自由に」

「ならばこれは前哨戦、遅れず着いて来い」

 

 若手最強、そう呼ばれてより挑戦者を迎えた事はない。

 敵の能力は未知数だが、久しぶりに感じる戦いの予感に心が躍る。

 劣等性の俺が才能に恵まれた格上を乗り越えた様に、爰乃とやらも脆く弱いと評判の人間が持つ可能性を見せて欲しい。

 なあ、勝算があると思うから挑むのだろう?

 俺の期待を裏切るなよ?

 

「つまり、踊りきれたなら私の勝ち。その勝負受けました」

 

 爰乃・アドラメレク、貴様は敵として申し分無し。

 例え一撃で終わるとしても、全身全霊を持ってお相手しよう。

 

 

 

 

 

 第四十話「柔と剛」

 

 

 

 

 

「結果オーライは駄目だと何度言えば分かりますの? 幾ら事前にOKを貰っていても、物には段取りがありまし―――聞いているのかしら?」

「エスコートして貰っただけです。私も立派な招待客なのだから、特に問題無いと思います」

「ええ、途中で技を仕掛けなければ小言も言いません!」

「アレは人間世界で一般常識のアメリカンジョーク。レイヴェルの言う通り、人間ルールで共通の話題を作る為にウイットにとんだ手法を取った事の何が問題なの?」

「そ、そうなんですの?」

「社交界では当然のマナーです。話のネタに困ったら、大統領だってやりますよ。そうですよね、アザゼル総督?」

「おいおい、赤ん坊だって知ってる事だろ。今更過ぎて反応に困るぜ」

「人の世は不可解ですのね……」

 

 レイヴェルに見えない角度で親指を立てれば、セコンドの先生もGJとリアクションを返してくれる。

 このちょろさ、マイエンジェルのアーシアに匹敵するんじゃないでしょうか。

 人をからかう趣味はありませんけど、他の面子に弄ばれないか不安でなりません。

 

「向こうさんも出て来たか。お前も準備は出来てるな?」

「ええ、アップも終わってます。一つ揉んで貰ってきますよ」

「奴を全開の爺と思って、最後の一滴まで力を搾り出せ。繰り返すが出し惜しみなし、根性、気力、戦術、何もかもを曝け出しても勝機は薄いぞ!」

「何を今更。言われずともそのつもりです」

 

 パーティーが終わり、先生とバアルの悪魔が合同で構築したレーティングゲームのフィールドは何も無い真っ白な空間だった。

 大王家の嫡子が人間と争う前代未聞の事態なだけに、外部への情報漏えいを防ぐべく過剰なまでの諜報対策が取られた異空間は実用最優先の作り。

 床は強固な石材の感触を返してきますが、詩的に表現すると汚されていない純白の処女雪が降り積もった静寂なる世界と言ったところ。

 日付の変わった今の時間帯も併せれば、すっかり気分はシンデレラ。

 腕を組んで静かに佇む王子が、ジャージっぽい服なのはご愛嬌ですけどね。

 まぁ、灰被りの私も袴姿。妥当なドレスコードだと思います。

 

「待ちました?」

「安心しろ、今来た所だ」

「デートみたいですね」

「前置きも冗談も不要、せっかく時間を割いたのだから楽しませてくれよ?」

「せめて、得られる物の無い不毛な戦いを受けて頂いた謝辞だけは述べさせてくれませんか?」

「何も賭けていないからこそ、本気を出せる場合もある。しがらみを捨て、バアルの名を一時忘れ、無心に拳を振るう素晴らしさ。俺も自己満足の背比べが大好きだ。さあやろう、今すぐやろう、溜め込んだストレスを発散出来る素晴らしい喧嘩をな!」

「ならばレディーファースト、お手を拝借」

 

 お互いに相手の情報を持たない状況下、やはり選ぶべきは最も完成度の高い一手。

 練りこんでいた神気を用いた最速の縮地で、真っ向勝負を挑む事にする。

 瞬間的になら美猴にすら匹敵する瞬発力はさしものサイラオーグさんも想定外だったのか、ガードが間に合わない事を悟り、目を見開いて驚きを隠せていない。

 しかし私が開始前から英雄モードを全開だった様に、彼もまたその身に闘気とやらをキッチリ纏った状態で一騎打ちに望んでいる。

 さあ、私の神気と貴方の闘気……どちらが上か勝負!

 狙うのは恒例の肝臓、一撃で仕留められない相手なら持久戦でじわじわ効いて来る急所から責めるのが吉と判断した私です。

 数々の猛者達を悶絶させてきた必殺の穿心掌、いざ喰らいなさい。

 

「ほう、初撃で俺の防御壁を抜いてくるか!」

「浅い!?」

 

 踏み込みの加速も十分、各関節の連携も申し分ない最高の一撃だったと思う。

 しかし水に手を突っ込む様な抵抗を抜けた先で得られた手応えは、分厚いゴムを叩いた時の猛烈な反発感。接触面から神気を僅かなりとも流し込めたにしろ、とても必殺を名乗れないダメージです。

 相手は牽制のつもりでも、私には致命傷になり得る返しの拳をステップで回避して一呼吸。

 残念な事に、オープニングは取られちゃいましたか。

 

「よく分からんが、脇腹に若干の違和感があるな。お前の技の影響か?」

「人間の英知の結晶を、蚊にでも刺された感じに表現されて驚いています」

「まぁそう言うな。手品はこれだけじゃ無いのだろう?」

「安いカラーボックスとは違う、桐箪笥の引き出しを披露しますとも。そちらこそ悪魔の癖に魔力に頼らない防御膜だけが隠し玉じゃありませんよね?」

「それだけだが?」

「……はい?」

「俺は不器用な悪魔だ。魔力は皆無、扱える力は内より湧き出す闘気のみ。故にこの力を攻防に生かす事しか俺は知らん」

「それは十分な選択肢だと思います」

「俺と戦った者達は、誰もが馬鹿の一つ覚えと罵っていたぞ」

「ええと、風呂敷って知ってます?」

「うむ」

 

 通じる事に驚きです。

 

「アレの使い道って、物を包むだけですよね?」

「そうだな」

「でも布切れ一枚の単純な形状だからこそ何でも包めますし、その気になれば傷口を塞ぐ包帯代わりにも、何かを縛る紐の代わりにだって出来るじゃないですか」

「言われてみればその通り」

「大切なのは、能力の本質を理解して多様性を引き出すこと。上から目線で申し訳ありませんが、せっかくなので私との戦いから学んで下さい」

「敵に塩を送って良いのか?」

「無理やり時間を取らせた侘びですよ。それに性質は違えどサイラオーグさんの闘気とやらと、私が持つ神気は本質は同じ物と感じました。私とは違う視点で新しい活用法を見つけたなら、それは新発見。真似させて貰いますのでお気になさらず」

「面白い、面白いぞ爰乃とやら!」

「やや興を削がれましたがレッツ再開!」

 

 さて、どうしよう。

 彼が続け様に放ってくる拳を神経を磨り減らしながら避け続ける私は、サイラオーグさんのスタイルが概ねボクサーと同じと言う事を頭で理解はしている。

 でも、何千何万回と繰り返す過程で無駄を削ぎ落とされたジャブの弾幕を永久に回避する事は物理的に不可能なんですよ。

 おまけに一発一発が閉鎖空間の空気を震わせるチート威力。

 それだけでも厄介なのに―――

 

「逃げ回っていては勝てんぞ?」

「足捌きから学べと言う優しさですよ」

 

 体格差から来る純粋なリーチの差だけで無く、拳に乗せられた気の効果で射程が明らかに伸びていやがりますよ!

 サイラオーグさんのクロスからミドルレンジは、私にとってのアウトレンジ。

 格闘戦なのに、手も足も届かない距離で立ち往生させられるとか訳が分かりません。

 と、愚痴を垂れていても仕方が無い。

 わざと体勢を崩して右の大砲を誘い、空ぶらせた腕を手首と肘の二点で固定。防御の神気も費やして闘気の膜を相殺しつつ、相手の力も利用した全力の一本背負いを敢行。

 しかし失敗、てこの原理も無視するパワーの差って何ですか!?

 そんな泣き言をぐっと堪え、最悪を想定して用意したセカンドプランをスタート。

 投げの形で一瞬固まった私目掛けて落ちてくる打ち下ろしの左を掻い潜って、やっと来ました私の世界。

 

「またソレか」

「まあ、そう言わず試して下さいな」

 

 初志貫徹、初撃と寸分違わぬ位置へ左手で掌を打ち込む。

 今回もやはり微妙な感じですが、ここからが少し違います。

 左に遅れること一秒以下、ほぼ同時に放った右で左の掌の上から重ね打ち。

 これぞフル装備の武者を想定して開発された浸透掌のバージョンの一つ”鎧抜”。

 二つの波をぶつけ合う事で威力を乗算、如何なる外皮も無視して内部に破壊力を伝える切り札の一枚が返す手応えに満足しつつ、これで終わる相手ならどれだけ楽かと頭を一つ。

 普通は悶絶するダメージを負いながら、平然とお腹目掛けて突き上げられた膝に手を突いて跳躍。反転に上昇速度を乗せての踵を首へと叩き込む。

 本来なら雷神落しに繋げたかったけど、成功確立はゼロ。運動エネルギーをも加えた一本背負いが不発になった時点で、あらゆる投げ技が通じない事は確定事項です。

 立ち技を修める過程で得たっぽい何が何でも崩れないバランス感覚と純粋な筋力を前に、私の得意分野は意味をなさないのが本当に痛い。

 

「面白い、人はこうも動けけるのか!」

「まだまだ入門編、驚くには早いですよ?」

 

 今が好機、そう判断した私は着地と同時に自分の距離を維持しながら精密作業を淡々と続行する。

 溜めを要する奥義級ならともかく、通常の打撃では歯が立たない。

 鎧抜も多量の神気を消耗するため多用出来ない以上、残された手段はたった一つだけ。

 それは徹底的に神気を集約した単発の浸透掌の連射です。

 回避に優先してリソースを割いている現状、通常打撃の感覚で放てるコレしか手は無い。

 集中に集中を重ねて各種臓器、顎先、考えうる限りの急所をピンポイントで狙い、効率よく人体を破壊するルーチンワーク。

 でも、死に物狂いで得た私のターンは王者の介入の前にあっさりと終了してしまう。

 無意識に最適化した故の悪手。リズムから次の手を読んだサイラオーグさんの肘が捉えたのは私の頭だった。

 何もしなければ致命傷。脳裏を過ぎる最悪の事態を回避するべく、考えるより先に体が動く。

 どうにか腕を挟み入れてもまだ不十分。さらなるリスクの軽減として破壊力を少しでも逃がそうと逆方向に飛んだ結果、左腕がへし折れただけで済んでセーフ!

 

「もしもお前が悪魔であったなら」

 

 無様に地面を転がった私を見下ろす彼の目に宿るのは畏敬の色。

 決して上位者が、下位の者に向ける嘲りではない。

 

「もしくは神気とやらを相殺できる能力を俺が持ち合わせて居なければ、万に一つ程度の勝機はあったのだと思う」

「まだまだ序盤戦じゃないですか。勝利宣言には少々早いですよ?」

「悪いが、今の捨て身ですら蓄積したダメージは微々たるもの。人の枠に留まる力で幾ら攻撃を続けても、致命傷にはなり得ない事が証明されてしまった訳だ」

「塵も積もれば山となる。この格言を実践するまで」

「ならば折れぬ心に敬意を表し、我が最強の拳で決着を付けよう」

「わくわくします!」

 

 察するに、掛け値なしに全身全霊を込められた最速の直球が来る。

 まぁ、何が来ようと私に出来るのは回避だけですけどね。

 せめて大技の隙を突いて、こちらも奥義でカウンターを狙いますか。

 

「さらば誇り高き少女、魔王様より名を賜った秘拳で冥府の底へ旅立て」

「既に冥界を訪れている私にそれを言いますか……」

「細かい事は気にするな! これぞ弟より家督を簒奪した秘拳”獅子の爪牙”よ!」

 

 右腕に莫大な力が宿った、そう感じた次の瞬間には私の意識は刈り取られた。

 悔しい事に何が起きたのか知覚出来なかったけど、物理的な衝撃を受けた事だけは確か。

 感覚的には咄嗟の判断で半歩だけ動けた筈。なのに致命傷を負ったのだと思う。

 最後に残る断片的な記憶は真っ青になったレイヴェルを押えつける先生の姿と、砕け散るレーティングゲームフィールドの天井から舞い降りる白いかけらたち。

 後は……何処か遠くで動物の鳴き声が聞えたかもしれない。



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第41話「赤い兎と悪魔の狸」

結果オーライですが、微妙に読み違えている総督のドヤ顔は見なかった方向で一つ。



 サイラオーグの放った必殺技、それは身もふたも無い言い方をしてしまえば全力全開で相手を殴りつけるだけの単純な右ストレートだった。

 但し拳速が音速を超過していて且つ、射程の延長された俺でもきっつい一発だがね。

 本人曰く、一撃必倒を目指した試行錯誤の末に行き着いた境地らしい。

 絶好調ならシャドーで鏡に映る自分より一瞬早く動ける事もあるとかないとか。

 それを聞いた時は、稀にでも光速に届く瞬間があるんじゃね? と嫌な汗が流れたもんだ。

 しかし、本当に恐ろしいのは未だ荒削りである事。

 誰に師事する事無く我流で練り上げた拳闘スタイルは、爺やら仙人をはじめとする完成された技術体系を極めた連中と比べると余りにも無駄が多い。

 悪魔社会だと魔力保有量のカスっぷりから底辺の評価を受けているかもしれんが、最初から魔力を持たない前提で評価してやればS級な気がしてならん。

 研究開発と同じレベルで育成ゲーを愛する俺としては、才気溢れる若者へ適切な指導者を紹介して何処まで伸びるか確かめたい欲求がやばい。

 手頃な所だと爺か。つっても、奴の流儀は総合格闘術。

 どちらかと言えば不器用なサイラオーグとの相性が宜しくないのでアウトだわな。

 そうなると得意の打撃に特化させて―――

 

「離して下さいませ!」

 

 おっと、すっかり忘れてたがフェニ娘を押さえ込んでいたんだった。

 レイヴェルが必死になって手を伸ばす先、そこにはボロ雑巾へとクラスチェンジを遂げた爰乃が気持ち良さそうに大の字でシエスタを決め込んでいる。

 ぶっちゃけアレを相手にして五体満足なだけでも賞賛に値すると俺は思う。

 本能の為せる業なのか、染み付いた修練の結晶なのかは分からん。

 だが、絶対に反応出来ない筈の初見殺しを凌ぐってありえんだろ。

 惜しむべきは俺の用意した脚本を覆せていない事くらいか。

 いやぁ、予想通りの展開過ぎておじさん慌てるの忘れちゃったよ、はっはっは。

 

「お前にゃ見えてないかもだが、ギリで直撃だけは免れたから致命傷じゃない。付随する衝撃波に巻き込まれて、ちょい飛ばされただけだぜ?」

「さ、三回転捻りで空を飛ぶのはちょっとじゃありませんわよ?」

「つーか、構えを解かないサイラオーグを見ろ。戦闘を続行する姿勢を崩さないって事は爰乃から継戦能力が失われていない証拠だろ。勝敗も決していないのにセコンド乱入はちと早い。怒られるからやめとけ」

「……ですわね」

「仮にも保護者を気取る俺だ。本当にヤバくなったら、誰がなんと言おうと止める」

 

 そう、邪魔されては困る。

 なにせあいつを負かす為に散々苦労した俺さ。

 それこそサーゼクスに爰乃を若手悪魔の会合へと自然に誘わせる所から始めて、刷り込み効果を狙ったささやき戦術まで駆使した計画だ。

 寸止めで終わるとかマジ勘弁。

 ちなみにこれまでの長い道のりを振り返ってみると―――

 第一段階は出会いの場の整備。

 これは簡単、機会さえ与えればサイラオーグへ興味を持つのは道理。

 趣味嗜好は読めるので、釣り上げるのは簡単だった。

 面倒だったのは、サーゼクスの意識誘導くらいか。

 続く第二段階はスケジュールの調整。

 幸いフェニ娘がタイミング良くバアルに近づいてくれたから、ここぞとばかりに地位とコネを活用した援護してやったさ。

 結果、スムーズに試合の約束を取り付けさせる事に成功。

 ついでに冥界を動乱させる起爆剤候補生と縁を結べたのも嬉しい誤算かもな。

 山場の第三段階はガチンコ直接対決。

 まぁ、サイラオーグが負ける可能性は元よりゼロ。

 想定より粘られたにしろ、象が蟻を踏み潰す未来に変わりは無かった。

 後は収穫祭たる最終フェイズのみ。

 あと少しなんだから、余計な真似は止めてくれよ……

 外道(褒め言葉)のリゼヴィム程じゃないが、俺もキレると何をしでかすか分からんぞ。

 

「あの、アザゼル様」

「どうした」

「わたくしの気のせいでなければ、マイロードから妙な気配が……」

 

 圧倒的上位者でも、お人形扱いで絶対に本気を出さないアドラメレク眷属では駄目だった。

 リアス・グレモリーとその眷属は力が足りない。

 ライザー・フェニックスは本当の意味で追い詰めることは出来ず。

 期待のヴァーリに至っては捻り潰すどころか、傘下に加わる始末。

 下手な上級悪魔では一蹴され、超級には手も足も出ないから匙加減が難しい。

 

「うっしゃ!」

「な、なにかしら」

「気にするな。アレは神器発現の兆候っぽいな」

「マイロードは神器持ちでしたの!?」

「うむ」

 

 思わず取ったガッツポーズに妙な顔をされたが、その辺はご愛嬌。

 全てはこの瞬間の為に暗躍したんだ。

 苦労が報われた事でテンション上がっても仕方なくね?

 俺の目的は最初から只一つ、爰乃の持つ神器を暴きたかっただけ。

 こうも遠まわしな策を講じたのも、全ては小娘の精神性が悪い。

 あんにゃろう、口では神器を肯定する癖に本音じゃ借物の力と忌避してやがる。

 そりゃ発現しないわ。だって神器っつーのは意志力の結晶なんだからな。

 

「ククク、このお膳立てなら俺の関与に気付ける奴は一人も居ないだろうよ」

「何か仰りましたか」

「ん、逆転ショーになれば面白いと呟いただけだぞ?」

「不謹慎ながら、わたしくしも同じ思いですの」

 

 そこいらの人間ならさくっと拉致って神器を抽出してポイ捨てするんだが、バックボーンの怖い爰乃に手を出す勇気が俺には無かった。

 何せあいつらに喧嘩を売った奴らの末路はそりゃ酷い。

 連中、神だろうが悪魔だろうが等しくルール無用のエクストリーム対応だからなぁ。

 宝物にちょっかい出した事がバレりゃ、例え古株の俺だろうと情の欠片も見せずに淡々と向かって来ると思われる。

 しかし、手をこまねいていても永久に機会が訪れない事は明白。

 そこで俺は考えた。

 自主的に力を欲する状況に追い込めばいいんじゃね? と。

 そして選び出されたのがサイラオーグと言う刺客。

 神器を含む外付けインチキ無し、武器は己の拳一つ。

 爰乃が英雄の力を120%引き出しても届かない圧倒的な性能差。

 目指すゴールが近しいからこそ生まれる対抗意識。

 さすがの頑固者も限りなく同族に近い相手と戦い、力及ばずフルボッコにされたなら打算の天秤を傾けるだろうと予測した俺だ。

 半分賭けだったから、とりあえずタブーを破ってくれてマジ助かった。

 負ける位なら禁忌に手を染める事も厭わない姿勢、嫌いじゃないぜ。

 

「下馬評を覆してこそ我が主。無茶を通して奇跡を掴み取ると信じていますの」

 

 基礎スペックの差を考えるに、神滅具に目覚めたとしても相打ちに持ち込めれば金星だと思うがね。

 ぶっちゃけ勝敗はどうでも良いんだよ。だって俺には関係ないし。

 爺に約束した手前死なれるのだけは勘弁だが、致命傷だろうと鼻歌交じりに完治させられるリアスんとこのインチキ僧侶を召喚する準備は出来ている。

 だから、さっさと俺に新たな地平線を見せてくれ。

 意外性の塊のお前が十把一絡げの神器な訳ねぇよな?

 良い意味で予想を裏切るネタに期待してるぞ。

 

 

 

 

 

 第四十一話「赤い兎と悪魔の狸」

 

 

 

 

 

 真っ白な世界で私を待ち受けていたのは、やはりと言うべきか髭の偉丈夫でした。

 ここへ来るのも既に二度目。警戒する必要も無いので素直に手招きに応じて歩み寄ってみると、何故か容赦の無いチョップを頭に貰いましたよ!

 しかも手加減無用な芯まで響く一発を!

 

「何するんです―――って、それはこっちのセリフ? そこへ直れと?」

 

 何故か逆らえない私は、自然と正座で説教タイムを受け入れてしまう。

 要点だけを纏めた関羽の言い分は単純明快。一言で言ってしまえば出し惜しみして勝てる相手じゃないんだから、さっさと神器を使えとの事でした。

 反射的に顔も知らない神とやらに恵んで貰った力に頼りたくないと反論すると、二発目のチョップが頭上から降ってくる鬼仕様とか……

 それでも主義は曲げられない。

 そんな事を認められるなら、最初から無手を極めようなんて考える筈がありませんよ。

 剣道三倍段の言葉からも分る通り、単純に強くなりたいなら武器を持る方が手っ取り早い。

 同じ時間を費やすにしても、それこそ銃の腕を磨いた方が効率的です。

 だけど私は非効率と笑われようが、非武装の道を貫くと決めています。

 その事を告げると、髭の人は意外にも満足そうに何度も頷いていた。

 彼曰く、只の再確認。

 チョップは軽いジョークですと!?

 って、考えて見れば貴方は私ですもんね。

 すっかり騙されましたよコンチクショウ!

 

「まぁ、プレゼンを受けるだけなら」

 

 とりあえず話だけは聞けと関羽は言う。

 私に宿った神器は、普通の物とは毛色が違うらしい。

 ソレは、先代が現役時代に戦場を共に駆け抜けた半身が姿を変えた唯一無二の神器。

 退治されて神器へ封じられたどこぞのドラゴン達と違い、自主的に神へとその身を差し出した伝説級の馬を素材に作られた特殊装備とのこと。

 最大の特徴は、未だかつて使い手が存在した事の無いレアさ。

 神器の意思により、亡き主が生まれ変わるその時をずっと待っていた……ですか?

 

「やはり貴方の事ですよね」

 

 気が付けば隣で存在感をアピールする赤銅色の巨馬を仰ぎ見て納得。演義を信じるなら齢30を超えても平気な顔で最強の座に君臨し、戦場を闊歩し続けた化け物がそこに居た。

 余談ながら現在でも馬の寿命は25年程度。現役で居られる時間はお察しです。

 どれだけインチキなのか、この事実だけでも分かって貰えると思う。

 

「当代は見る影も無い小娘。それでも私を主人と仰ぐのですか?」

 

 素直な疑問を投げかけると、さも当然だと首を縦に振り顔を摺り寄せてくる。

 大切なのは本質、姿形が変わった事なんて些細な違いなのでしょう。

 何せ些細な願いを叶える為に輪廻の輪から外れた彼の覚悟、それは私に忠誠を誓う眷族を遥かに上回る決意の現れです。

 正直、最初から選択肢は残されていなかった。

 本来ならインチキ性能な神器でも、スペックに関係なくバッサリ切捨てだったと思う。

 しかし人馬一体の極地が示すように、馬は槍や刀以上に一心同体の存在です。

 私的には限りなく自己欺瞞ですけど、北斗の長兄も馬だけはOKじゃないですか。

 辛うじて譲れる範囲である以上、紀元前から現代までの時を越えて再び主の下に馳せ参じた忠臣を受け入れてあげたいと思う。

 と言うか、魂すらも犠牲に再会を望んだ彼を否定する事は私には無理。

 

「ご先祖様、私が間違っていました。確かにコレは私が受け継がねばならない神器です」

 

 せめてドライグやアルビオンの様に特定個人ではなく、継承条件を満たせば誰でも使える仕様なら義理を感じる事も無かった。

 でも彼は私が死んだなら、再び同じ魂が受肉する時を待ち続けるに違いない。

 つまり未来永劫、香千屋爰乃専用装備。そもそも次があるのかすら怪しいのに、今回は不要だから次の”私”を待てとは言えませんよ。

 

「分かったなら、さっさと戻れと?」

 

 聞けば、現在進行形でサイラオーグさんとの試合は続行中らしいです。

 さすが精神世界、走馬灯と同じく時間経過が曖昧な様で何より。

 ライザーの時と違って、チャンスが残されているのが嬉しくて仕方が無い。

 ならば善は急げ。うむ、と鷹揚に頷いた彼を見て愛馬の背に飛び乗る。

 日に千里を駆けるこの子なら、さくっと現実に戻るのも容易でしょうし。

 

「私はお前の魂に残った記憶の残滓。全てを継がせた以上、これを最後に消えるだろう」

「はい」

「後は任せた。我が名に恥じない英雄として生きる事を切に願う」

「残念ながら私は香千屋の爰乃として生を受けました。過去がどうであれ、私は私が目指す道を歩むのみ。それで良いのでしょう?」

「どうせ結果は同じ事よ。それで構わんさ」

 

 必ずそう答えてくれると思っていました。

 大丈夫、貴方の栄光は絶対に汚しません。それをこれから証明しましょう。

 だから行こう、赤兎さん。

 悔しい事に私一人の力じゃ無理だったけど、君の力を加えたフルスペック状態ならサイラオーグさんとも五分に渡り合えると思う。

 新たな時代の豪傑を打ち破り、もう一度この名を天下に知らしめようか。

 

「今度こそ本当にさようなら、かつての私。香千屋爰乃、いざ参ります!」

 

 力強い嘶きを合図に私達は走り出す。

 道は開けた、そう信じて。



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第42話「Round3」

 必中の奥義を外したと言う事実に、俺は少なからず動揺していた。

 原因は二つ。

 一つは右ストレートを不用意に放った際に極められて以降、ジクジクとした痛みを訴えかけてくる肘の影響。爰乃は投げを失敗したと思っている様だが、果たして爪痕を残していた事に気付いているのだろうか。お陰で狙いが僅かに逸れてしまったぞ。

 二つ目は相手の反応速度が神懸っていただけなので、こちらは俺の与り知らぬ領域だ。

 つまり、結論として敵は致命傷を負っていない。

 見た目こそ派手に吹っ飛んでいても、あれは突風に煽られた木の葉と同じ。

 ここまでの応酬で敵の牙が俺の肉を噛み千切れ無い事は確定してるが、鼠とて猫を打ち負かし下克上を果たすパターンもあると聞く。

 まして相手は知恵のリンゴを齧った人間である。俺の思いも寄らぬ方法で反撃してくる可能性が十分に考えられる以上、勝利の確定する瞬間まで僅かな油断も命取りになるだろう。

 現にセコンドのフェニックスも総督殿も何も言ってこない。

 ならば試合は続行中、伏したまま動かないのも誘いの可能性すらあり得る。

 そう結論付けて様子を伺っていると、やはりと言うか少女は当然のように起き上がる。

 

「来なさい、我が永遠の友」

 

 鼠がそう呟いた瞬間、彼女の前に現出したのは細長い布切れだった。

 色は鮮やかな真紅。不思議と特別な力を感じさせないソレは、意思を持つのか独りでに主の髪へと結びつき黒に彩を与えて動きを止める。

 俺も似たような物を持つので分かるが、独特の雰囲気から察するに間違いなく神器。

 ある意味で予想通りの展開、本格的に不味い事になりそうじゃないか。

 まぁ、何であろうとやる事は変わらん。シンプルに殴りつけて黙らせるのみ。

 

「お待たせしました」

「気にするな、単純に俺が臆病だっただけの事よ」

「ならば早速第二ラウンド―――と、その前に一つご報告が」

「む?」

「既にお察しの事とは思いますけど、フェアじゃないので確認させて下さい。見ての通り、ちょっとした神器に目覚めた私です。今からこの子を使っても構いませんか?」

「俺は強者が大好きでな、敵がさらなる力を得るなら諸手を挙げて歓迎する性質だ。何よりも神器は本来人間だけの特権。ならば、俺が悪魔の膂力を産まれ持つと同じ事ではなかろうか。遠慮せずに使って欲しい」

「了解です。それでは、いざ尋常に―――」

「勝負!」

 

 緩急をつけた歩行術からの踏み込みは開幕と同じ切れ味。

 瞬間的な加速だけは俺の上を行く事も認めよう。

 が、同じ手が通用すると思っているなら甘い。

 開眼した神器が何であれ、後の先を取って潰してくれる!

 勇気と無謀を履き違えた行為に落胆しつつ、しかし侮ること無く牽制の左を一つ。

 あっさりと掻い潜られるが、ここまでは予定調和。

 あえて打たせた掌打に耐えるべく腹筋に力を入れ―――

 

「一度あった事は同条件で二度続くと思い込む心、人はそれを油断と言います」

 

 拳の形そのままに俺の腹が陥没していた。

 想定通り互いの気は対消滅。後は我慢出来る程度の勁が来ると思いきや、実際に飛んできたのは俺と遜色ない重さの拳だと!?

 鳩尾―――横隔膜をピンポイントで打撃された事で発生した呼吸困難、それは悔しい事に俺の動きを強制的に止め無防備な姿を敵に晒させる大戦果を上げている。

 正直、敗北を覚悟した。

 あれほど集中を途切れさせるなと念を押したのに、この有様とは情けない。

 結局、俺も他の悪魔と同じく腹の底では人間を下に見ていたのか……

 恥かしさ以上に爰乃への申し訳なさで胸が一杯だ。

 しかし、いつまでたっても追撃は来なかった。

 技量で遥か高みに居る拳士が、瞬間的にでも棒立ちの相手を取り損なう筈が無い。

 硬直から解放された俺は、疑問を解消すべく顔を上げて驚いた。

 彼女が居たのは俺から三歩遠ざかった位置であり、”どうだ”と訴えかけてくる瞳は明らかに俺が回復するのを待っていた証拠。

 

「言い忘れましたが、私も貴方に負けない程度に真っ向勝負を愛しています。なので嫌でも聞いて貰いましょう」

 

 千載一遇のチャンスを捨ててまで、俺の慢心を叱責する揺ぎ無き精神。

 100%の俺を倒さなければ意味がないと言う意思。

 嗚呼、人間と言う生き物の何と眩しき事か。

 

「神器”赤兎の飾り布”の効力により、今やサイラオーグさんに勝るとも劣らない剛力を獲得済み。面倒だから一発耐えてカウンター作戦、は二度と通じませんからね」

「何と詫びれば良いのやら……本当に済まない」

「貴方は人生で始めて得た宿敵。悪いと思うなら私を倒す事で償って下さい」

「チャンスを与えてくれるのか……?」

「意識を失った私も一度負けた様なもの。これで貸し借り無しと手を打ちません?」

「かたじけない」

「さて、ルールを変更して先に二本先取の三本勝負だった事にしましょう」

「互いにポイントを取った最終戦と言う訳か」

「ええ、勝つのは私ですけどね」

「楽には勝たせんよ、何よりも最後に立っているのはこの俺だ」

 

 下手をすれば初黒星を付けられる可能性すら有るというのに、この胸は未だかつて感じた事の無い喜びの感情で満たされている。

 賭けているのは互いのプライドだけの筈だが、文字通り人生を賭けた兄弟への挑戦と比べてすら勝ちたいと願っているこの心境。

 これぞ俺の求めていた闘争だ。これまでも義務として勝たねばならない相手は何人も居たが、純粋に負けたくないと思ったのはこの少女が始めてなのだからな!

 

「香千屋流、香千屋爰乃―――」

「我流、サイラオーグ・バアル―――」

「「参る!」」

 

 決着の時は近い。

 

 

 

 

 

 第四十二話「Round3」

 

 

 

 

 

「……仕切り……直す……か?」

「下手な心遣いはやめて下さいっ!」

 

 開幕で私はやらかしていた。

 具体的には足を縺れさせて転倒、ゴロゴロと転がっちゃいましたよハハハ。

 いやその弁護人の主張としては、自転車の感覚でアクセルを踏み込んだらF1の加速にズドンされたと言いますか……

 ええと、想像して頂きたい。

 赤兎馬は日に千里を駆けると名高い馬業界の一番星です。

 しかも当時の行軍は日が落ちれば終了の短時間さ。

 それも整備されていない山道やら峠を越える前提の話ですよ?

 苛酷な環境下で出した時速はどれ程のもので、馬力は如何程だったのやら。

 そんなモンスターマシンを素材として作られた”赤兎の飾り布”は、赤兎馬の持っていた身体能力を使い手に上乗せする効力を持っています。

 初使用は拳を打ち込む瞬間にだけ発動させたから問題なかったけど、突然出力系統の変化した体を完全制御をしろと言う方が無理だと思う。

 幸いONとOFFだけでなく、細かい力の調整は可能です。

 なのでぶっつけ本番ながら、手探り感覚を掴む事が急務となります。

 

「先行は貰います、私のターン!」

「無理やり流したな……」

 

 私のOSは最大値を英雄モードで最適化済みなのがネック。とにかく徐々に慣らしてアップデートすると決め、脳内でやんわりとアクセルを踏み込んでいく。

 相手に合せて繊細なコントロールを必要とする投げは一時的に封印し、選んだのは打撃戦。

 打っては離れ、離れては踏み込む。

 私がアウトボクサーなら、サイラオーグさんはインファイター。

 完全にボクシングの様相を呈して来ましたが、これはこれで楽しいかも。

 

「なるほど、打ち合えるだけの力を得たと言う事か」

「付け焼刃ですけどね」

 

 クロスした腕で左拳を耐え切った私を見て、サイラオーグさんは嘆息。

 第一ラウンドは掠ると死ぬ感じだった爰乃さんも、今やキッチリ防御すれば拳打を受け止められる頑丈な肉体を得ていたり。

 ”赤兎の飾り布”の効果による膂力の上乗せ、それはイコール振るう力に見合うハイスペックな土台を獲られると言う事。

 具体的には某篭手と同様に、使用者のパラメータを擬似的に書き換えているのかな?

 別段筋肉が増えたり骨の強度が増した訳でもないのに、導き出される結果だけが上昇したパラメータを参照して計算されている感じですね。

 今はギアが低速なのでジャブをブロックした腕が軋みますが、より多くの力を引き出せたならそれも改善されるのでしょう。

 と、そんな事を考えながら逃げ回っている内にぼちぼち感覚も掴めましたね。

 そろそろ反撃を開始しますか。

 

「拳闘ルールに付き合うのもここまで。ここから先は何でもアリアリです」

「元よりそのつもり!」

 

 私が動きを変化させたなら、サイラオーグさんも対人に特化した戦術へとシフト。

 無駄な破壊力を抑えた代わりに速射性を上げた左右のコンビネーションは、控えめに言って弾幕。必殺技未満の通常攻撃が、既に天馬流星拳級とか愉快すぎて笑うしかない。

 さしもの私も全てを回避する事は不可能ですが、残念なお知らせが幾つか。

 サイラオーグさん、貴方の欠点を見つけちゃいました。

 

「くっ……先の行動が読まれている?」

 

 サイラオーグさんの射程は長く、連打による空間支配力の高さも認めましょう。

 でも、射角は狭い。

 私の様に左右に振り回してくる相手に対し、反応がワンテンポ遅れる点がまず一つ。

 腰の入ったパンチは真正面にしか打てないので、これはまずいと思う。

 そしてもう一つ、悲しい事に何処を狙ってくるかもう八割方読めるんですよ。

 そう、こんな風に。

 牽制弾しか当たらない現状に苛々を募らせたのか、本気の一発を打ち込んできた瞬間を狙って縮地を使用する。

 前傾姿勢で拳の下を擦り抜けると体格差を埋める為に小さく跳躍。階段を上る要領で連続蹴りを浴びせつつ、掴みかかってきた手を振り払って着地した。

 でも、まだ終わらない。

 右手を岩の様な感触の腹筋に押し当てて、足の指先から拳に至る関節を全連動。前にイッセー君へと仕込んだ龍吼を全力でぶちかましてフィニッシュ。

 本日二箇所目となる拳の痕は、店長からのサービスです。

 

「……自分の動きに癖がある事を気づいていませんよね?」

「そう、なのか」

「これが一人で腕を磨いてきた弊害。他者からの助言を受けない限り、自ら掴み取った最善は疑えません。是非とも正しい指導者の下で改善願います」

「誰かに頼る勇気……か」

「何も考えない火力ゴリ押し正面突破な連中を、幾ら相手にしても無駄の一言。動かぬ的を殴りつけるよりも、適切な理を受け入れる方が身になると思いますよ」

「貴重な助言に感謝する。手始めとしてお前から学ばせて貰おうか」

「おや、試合を捨てますか」

「いや、宿題として受け取った。今は芸の無いワンパターンと笑われても目の前の勝利が欲しい。手を抜いたつもりは無いが、やはり先を見越して力をセーブしていたのは俺の甘さ。我が究極の拳をもってフィナーレを飾ろうと思う」

「私も神器に振り回される状態での長期戦は望みではありません。名残惜しくは在りますが、そろそろ決着を付けましょう」

「耐えるか避けられたならお前の勝ちだ。どんな結果になるにせよ、また相手願いたい」

「是非に」

 

 暗黙の了解で開始と同じ距離を取り、ここが勝負所と大きく深呼吸。

 やはり戦いは勝敗の分からないギリギリ感あってこそ。

 過去に対戦した格上は、揃って本気を出してくれなかっただけに余計に新鮮です。

 例えば美猴、彼はそもそも本気か怪しい上に断固として顔を攻撃しないフェミニスト。

 ヴァーリは壊れ物を扱う慎重さだし、弦さんも臣下としての立場を崩さない。

 本来なら五分のグレモリー前衛部は、私への苦手意識が災いして本来の力を出せず問題外。

 強いて言うならライザーが有力株でしたが、性根の脆さが……うん。

 その点、サイラオーグさんは満点です。

 接待の一環で受けた模擬戦なのに、取引先の娘を本気でぶん殴れる狂人っぷり。

 九分九厘負けない相手にも慎重さを崩さない精神性。

 何よりも後付装備無し、コツコツと積み上げてきた力だけが武器と言うのが素敵。

 独学が災いしてテレフォンパンチ気味だったり、コンビネーションの組み立てが雑だったりと欠点は幾つもあれど、彼も私と同じく若手で未熟者。

 次に拳を交える時には、今日よりも強くなっていると信じています。

 ……とまあ上から目線で語りましたが、ライトニングボルト(仮)をどうしたものやら。

 肩の動きから狙いを察知する事は可能ながら、視認した瞬間はもう遅いんですよね。

 理詰めでの対処は不可能と来れば、ここは日本人らしく精神論の出番です。

 頑張って避け、負けじと必殺技で応酬しますか。

 

「長き戦いに終止符を打とう。燃えろ闘気、沸きあがれ魔力!」

 

 あの技の弱点は全身全霊を搾り出す性質上、単発であること。

 次の行動に移るまでに産まれる硬直を狙えば、十分に勝機はあると思う。

 だから危険を承知で前に出よう。

 なりふり構わず逃げて回避しても、それは言葉遊びの勝利でしかない。

 敵を叩き潰さず得られた勝利に意味は無いのだから。

 

「露と散れ誇り高き挑戦者よ。”獅子の爪牙”!」

 

 それは正に閃光の体現者。

 スローモーションの世界で理解したのは、やはり回避は間に合わないと言う現実だった。

 しかも初披露の時と比べてさらに速く、半歩を踏み出す猶予すら無い恐ろしさ。

 うん、場当たり的な対応も許してくれませんね。

 じゃあ仕方が無い、リスキー過ぎて選ばなかった禁断のセカンドプランの出番かな。

 

「左が残れば……何とかなるよね」

 

 獅子の爪牙とやらの正体は、射程が伸びただけの超高速打撃と解析済み。

 極限の集中力が生み出した意識だけの加速世界に追従させるべく、脳のリミッターを解除して無理やり利き腕一本を動かすのに一苦労。既に嫌な音を立てる体を後押しして、手首と肩の僅かな回転を利用した最速の拳を打ち出す事にする。

 狙うのはサイラオーグさんの小指一本。入射角を間違えれば全てが水の泡ですが、今の私に失敗する未来は見えていない。

 そして拳同士が接触。狙い違わずカウンターで指をへし折り、最小の力で破壊のベクトルを逸らす事には成功。但しその代償として肩の基部まで完全に壊れましたが、些細な事です。

 若干のラグをおいて飛来した衝撃波を神器全開で我慢し、成功する前提で動き出していた両足が大地を蹴って私を加速させる。

 ホント、時間が残されていないから必死ですよ。

 限界突破の反動と、衝撃波でシェイクされた内蔵のダメージで遠からず私は壊れる。

 甘く見積もって残り十秒、次の一撃で決めないと負けなのです。

 

「―――爪は防がれたが」

 

 あと一歩、それだけ詰めれば死角に潜り込める筈だった。

 今の私なら、もう一度だけリミッターを解除して奥義を放てば勝てる。

 そんな甘い考えを嘲笑うように聞えてきたのは、冷徹なサイラオーグさんの声。

 瞬間的に勝利を確信した私には見えなかった、本当の切り札がそこにはあった。

 

「牙は折れていない」

 

 右手に爪が宿るなら、左には獅子の牙。

 たった一度見ただけの技を看破したと慢心した私は、大きな代償を払う事になる。

 言葉の意味を理解した瞬間、無我夢中で防御を試みるも全て無駄。必殺の拳を完全な形で叩き込まれた事により全身をズタズタにされた今、もう指一本動かせそうに無い。

 

「……あ……う」

 

 私の負けです、と言ったつもりが謎の呻き声として発声されてしまった。

 今はアドレナリン垂れ流し祭りなので実感は無いけど、喉に絡まる鉄の味から察するに致命傷なんだなーと言われずとも分かる。

 

「不服かもしれないが、対ランカー用に隠してきた秘中の秘たる”牙”を晒しても命が在る時点で俺の負けだ」

 

 え

 

「爰乃の様な一流の戦士と戦えた事を誇りに思う。お互い傷が癒えて、万全のコンディションを取り戻せたならまたやろう」

 

 ちょ!?

 

「俺は技巧を修め、お前は神器を使いこなす。万全とはそう言う事だ」

「ふざっけぅ……こほっ!?」

「悔しいか? 悔しいだろう? 俺はもっと悔しいぞ」

 

 ぐぬぬ

 

「次は眷属込みの公式戦で王としての技量を競いたいものだ」

「さいりゃおぐっ」

「俺は一足先に公式リーグへ上る。上で待っているから早く登って来い」

 

 人が言い返せ無い事を良い事に好き放題言ってくれますね……

 

「あの、もう宜しいでしょうか?」

「お前が医療班か。悪いが後は任せるぞ」

「は、はいっ!」

 

 肺にどっさりと血が溜まり始め、ぼちぼち溺れそうな時だった。

 立ち去っていくサイラオーグさんと入れ替わりに現れたのは、誰の差し金か一目で分かるナース服姿の聖女様。そう言えば最近はフェニックスの涙をドリンク剤代わりにがぶ飲みして居たから、アーシアに頼るのも久しぶりだね。

 

「……もぅ、どうして爰乃さんはいつもいつも瀕死なんですか」

 

 弱くて申し訳ありません。

 

「とりあえず、治しちゃいますね」

 

 出ました、サイラオーグさんの対極に位置する究極奥義。

 ウチの神社に通った影響なのか、アーシアは神器を発動させる際に必ず拍手を打ちます。

 元々は邪気を祓う意味合いを込められた行為だし、実は効力に上乗せしているのかも?

 

「さんくす、アーシア。あやうく冥界から地獄へまっしぐらと、訳の分からない旅地に出発する所でした。やはりPTにヒーラーは必須と改めて実感した今日この頃」

「本当に気をつけて下さいよ?」

 

 賢者の石を用いた錬金術師真っ青の再生術は、一気に苦痛を取り除いてくれる。

 全身の傷が癒されれば、とりあえず上半身を起こすだけの気力は回復。

 遠巻きに見ていたレイヴェルやサイラオーグさんの取り巻きが目をごしごしと一斉に擦っていますが、一般人の常識を平気で取り払う天才は意外と多いものですよ。

 例えばサイラオーグさんだって、周囲から不可能と言われた結果を覆していますしね。

 うん、慣れればよくある光景だと思う。

 

「って、そう言えばどうしてここに? やっぱり総督様関連?」

「はい、アザゼル様から夏休み前にお仕事の依頼を受けていました。何れ怪我人の治療を頼みたいと仰られて居ましたけど、まさか爰乃さん絡みの案件とは思いませんでした……」

「お手数をかけます」

「お友達を助けるのは当然です。今回はお仕事ですが、親友の為なら何時何処でも駆けつけます。気兼ねなく呼んでくださいね?」

「大好きです、結婚して下さい」

「イッセーさんが居ますから無理です」

「と、冗談はさておきお礼を―――」

「ごめんなさい、仕事が終わったら直ぐ戻る契約なので……」

 

 死の淵に首までどっぷりな私をひょいっと釣り上げたアーシアの足元には、グレモリーさんちの魔法陣。つまりあれですか、一発限りの召喚獣扱いと。

 そりゃ長居は出来ませんよね。

 

「じゃあまた今度」

「はい、楽しみにしています」

 

 向こうは向こうで色々忙しいのでしょう。

 無理に引き止める方が悪いと判断して、最後に握手を交わす。

 互いに手を振り、ついにアーシアの姿が消えた所で空気を読んでいた従者が口を開いた。

 

「控えめに言って、どうしてピンピンしていますのマイロード。暗褐色で染められたお洋服と血の気の薄い真っ白な肌以外に損傷無しとか意味が分かりませんわ……」

「日頃の行いかな」

「もう何が起きても驚かないと決めたわたくしにとって、その程度の答えは想定内ですの」

「でも、ちょっと血が足りないかも」

「え」

「ごめん、後は任せた」

 

 如何に神の奇跡と言えど、半死人を完全回復させるのは不可能だった模様。

 表面上は珠のお肌を取り戻していても蓄積された精神的疲労は取り除けず、増血が間に合わない事で引き起こされたクラクラ感は気を抜いた私を容赦なく眠りへと引きずり込む。

 

「マイロードを早くお医者様へ!」

 

 落ちる寸前に聞えたレイヴェルの声は、全てを預けるに足る親友の証。

 私は良い友人を多く得られて本当に幸せです。

 そんな穏やかな気分に抱かれながら私は闇に沈むのだった。



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第43話「ヒーローズ・カムバック」

これにてサイラオーグ編終了。


「おいおい、あれだけの激戦を繰り広げた相手を放置してさっさとお帰りか? お前さんの性格ならガッチリ握手の一つでも交わす所だろ。淡白過ぎじゃね?」

 

 そそくさと姿を消したサイラオーグに先回り。壁に背を預けて待ち受けていたら、肝心のお客様は軽く会釈をしただけで通り過ぎようとしやがる。

 見過ごすのも癪なので軽いジャブを入れて呼び止めた俺は、自分の考えが正しいのか検証すべく探りを入れてみた。

 

「俺も忙しい身の上ですから」

「知ってる」

「分かっていただけたなら―――」

「最後の牙とやら、未完成だったんだろ?」

「……」

 

 図星か。

 

「爰乃が左腕を強引に動かして自壊させたなら、お前もぶっつけ本番な博打の反動で全身ボロボロ。早いところ戻らんと、いつ倒れるか分からんギリギリの危うさだ。だから取り巻きも連れずに一人で立ち去った」

「……ええ、立っているのがやっとですよ」

「一言言ってくれれば、お嬢ちゃんに治させたんだがなぁ」

「宣言した条件をクリアされ、なおかつ己の未熟さが招いた自爆で瀕死の体。これだけでも屈辱なのに、その上さらに敵の身内に力を借りろと?」

「お前の性格じゃ無理か」

「恥の上塗りを俺は許せない。爰乃は俺の勝利と思っているようですが、所詮は上っ面だけのまやかしに過ぎません。内容を評価するならば、彼女に軍配が上がるかと」

「試合に勝って勝負に負けたって奴だな」

「はい、体面を保てただけですね」

 

 情報が少なすぎてなんとも言えんが、おそらく爰乃の神器は神滅具に遥か及ばない単純な肉体強化系。過大評価をするにしても、龍の手の上位が妥当か。

 そんな特別な効果を持たない”純粋な人間”。それもコントロールが出来ず神器に振り回されている小娘を相手に、最強の看板を掲げるサイラオーグが苦戦した、してしまった。

 はっきり言って失態以外の何物でもない。

 幸いにして互いに信用できる身内しか居合わせていないため大事にはならないが、仮に今回の結果が外に漏れたならサイラオーグの失脚は確実だっただろう。

 本人もそれを理解しているのか、言葉の端々に自虐が込められているのが分かる。

 

「でも、楽しかった。力をセーブせず真っ白な頭で殴って殴られる純粋な力比べがこれほど充実するとは思いませんでしたよ。互いに敬意を抱き、それでも己が上だとエゴをぶつけ合う……嗚呼、アレは今だかつて味わった事のない至福の味わい」

「薄々分かっちゃ居たが、お前は何処のバトル漫画のキャラだ……」

「?」

「今の発言は忘れてくれ」

「はぁ」

「で、そんな戦闘民族様の今後の予定は?」

「悪魔と無関係なアザゼル様にだから恥を忍んで話しますが、実は次期当主の座を掴んだあの日からどうにもモチベーションの上がらぬ日々が続いていました」

「一つの目標を達成した事による燃え尽き症候群か」

「はい。最終的な夢は魔王の座と定めていても、やはり雲の上の事柄。余りにも先は長く、具体的に何を為せば辿り着けるのか確証も無く……」

「そりゃテンション下がるわなぁ」

「しかし、総督様のお陰で手の届く所に目標が出来ました」

 

 やべ、目が完全に燃えてやがる。

 

「再戦時には神器を使いこなし、俺と同等かそれ以上のスペックを手に入れているであろう爰乃を真っ向勝負で打ち破りたい。さらにはレーティングゲームによる集団戦も挑むとすれば、完全燃焼出来そうなイベント目白押し!」

「あ、はい」

「故に我が宿敵に腕力だけの男と落胆させぬ為にも、さらなる修練を積まねばならないのです。お分かりか!」

「お、おう」

「俺はいつ意識不明となるか分からぬ身の上ですが、どうかお気になさらずごゆるりと滞在して頂ければ幸いです。では、医者を待たせていますので失礼」

「待て、最後に一つだけ。お前にその気があるなら、人間だが名伯楽と名高い拳闘のトレーナーを紹介したい。返事は今度で―――」

「是非に」

「即答かよ! 念を押すが人間だぞ!? それでいいのか大貴族!?」

「確かな指導を受けられるなら、誰であろうと喜んで頭を下げましょう。お忘れですか、俺が目標にしている爰乃もまた人間だと言う事を」

「お前は本当に凄い奴だよ。分かった、先方へ確認が取れ次第連絡する」

「どの道、自己流への限界を感じていた所でした。ありがと……ふぉす」

「メディーック! 早くこいつを病室へーっ!」

 

 表情を変えぬまま頭を下げ、そのまま五体投地に移行したサイラオーグに軽く戦慄。

 やべぇ、悪魔世界に波紋を立てるだけの小石の筈が超気に入った。悪魔の癖に裏表無しの異端児が何処までいけるのか、打算抜きで見たい気持ちが抑えられん。

 

「若さは可能性、伸び盛りの輝きは黄金よりも眩しくて仕方がねぇや」

 

 そういや、シトリーと一戦構える事になった赤龍帝はどうなったんだ?

 あいつにも期待しているので、修行先としてタンニーンを斡旋したのがつい先日。

 今頃は奴の領土で孤独な試練に耐えている頃だろう。

 あのガキは地味に常日頃から美女を侍らしてやがるから、一度女を完全に断つ環境に身を置かせ精神的に追い込む必要があると思うわけよ。

 俺も信奉するおっぱいとは何か、今一度考え直せイッセー。

 もしも答えを出せたなら、必ず次のステージの扉が鍵を開けてお前を待っている。

 代償としてドライグの精神が崩壊するかもしれんがな。

 

「次の見所はガキ共が勢揃いする交流戦。ヴァーリも含めてそれぞれが違う方法で強さを模索する中、誰が最も結果を出すのか楽しみだぜ」

 

 俺の大声に反応して現れた眷属達に恨みがましい目を向けられるが、これでも俺は純粋な味方だからな? さも無駄に会話を長引かせて主を潰したとかの深読みは止めろよ?

 しかし、大人は冤罪如きでいちいち目くじらを立てないもの。

 さて、気を取り直し次は爰乃の回復を待って神器の調査開始。

 仮に性能が微妙であれ、レア度が高いならばそれは最高の素材だ。

 一粒で二度美味しい結果に満足した俺は、上機嫌に立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 第四十三話「ヒーローズ・カムバック」

 

 

 

 

 

 告れてないけど、内情は限りなく彼女に近いアーシア。

 下っ端にも惜しみない愛情を注いでくれる部長。

 後輩として可愛がってくれる朱乃さん。

 冷ややかな視線を向けてくれる小猫ちゃ……あるぇ?

 幼馴染以外の異性に相手にされなかった俺にとって、これだけの美人、美少女が身近に勢揃いする今の生活は正に桃源郷だった。

 しかも今回は夏休みを海外(?)で一緒に過ごすファンタジーっぷり。

 健全な男の子なら、ひと夏の火遊びに期待しちゃいますよね!

 なのに部長の実家に着いて早々、朝から晩まで悪魔業界の知識と上流階級のしきたりやらを詰め込む勉強漬け。

 まだ慌てる時間じゃないと二日目に期待していたら、今度は会長のチームと急遽レーティングゲームが決まっちゃったでござる。

 試合の日取りは約三週間後。休みを返上して修行とかマジっすか部長。

 バカンスって言ってませんでしたか?

 ご褒美のサービスタイムじゃなかったんすか?

 何もイベントが起こらず、夏休み終わっちゃいませんか?

 え、元龍王な転生ドラゴンがトレーナを勤める楽しい楽しいブートキャンプ?

 それって、アザゼルが旅行前に寄越してきたメニューまんまですよね?

 てか、文明の香りゼロな大自然で女っ気なしのサバイバル生活とかありえん。

 黄金伝説かよと愚痴っても、結局は上に逆らえない体育会系悪魔社会。

 かくして始まったのは来る日も来る日も昼夜を問わず怪獣に追い掛け回され、たまに逆ギレして反撃に出たら半沢返しでフルボッコにされる毎日だった。

 飯は自給自足。冥界の動植物知識を持たない俺が山で食えそうな木の実を探して糊口をしのぎ、川から素手で魚を捕らざるを得ないんだぜ?

 もうね、限界っす。

 この際、葉っぱのベットも味付け皆無な粗食も我慢するさ。

 だから爰乃に会いたい、部長の膝枕が恋しい、朱乃さんのお茶が飲みたい、アーシアの頭を撫でたい、誰でも良いから美少女分を補給させてくれぇぇっ!

 

「ついに俺のブレスを跳ね返せるまでに成長したか」

「炎を微塵も怖いと思わなくなったからな!」

 

 しかし慣れとは怖いもので、今ではそれなりに順応しているから恐ろしい。

 容赦なく飛んでくる大火球を、ぶん殴って叩き返すのも当たり前っす。

 どれだけの時間が流れたのか定かじゃねぇが、気付けばお早うからお休みまで特に意識せず鎧を維持出来る様になっている俺です。

 だって鎧を失った瞬間、速攻で丸焼きなコース料理のメインにされちゃうんだもん。

 ……疲れてるんです、キモいと自覚しているので見逃して下さい。

 

「ちと用事があるので今日は終わりだ。明日に備えて英気を養っておけ」

「ういーっす」

 

 そしてまた一日が終わる。

 果たしてここに来てから何日たったのやら。

 俺の体内時計はとっくに狂い、まともに動作していないからさっぱりだ。

 まあ……いいや。

 磨きをかけた妄想力が生む、俺にだけ見える女の子達が優しく労ってくれるし。

 希少成分ジョシニウムを補給できない以上、これで満足するしかないっす。

 あははは、皆が見てるから抱きつかないで下さいよ部長……

 目から零れる汗を拭いとり、目指す場所は秘境の天然露天風呂。

 タンニーンのおっさんも汚い物には触れたくないのか、これだけは用意してくれた。

 効能は打ち身・骨折・火傷・外傷etcと、俺に相応しい万能さ。

 ボロい東屋一つとデカイ岩作りの無骨な湯船が一つしかない簡素な施設だが、癒し効果は半端ない。コレが無かったら、今よりも追い詰められていたんじゃないだろうか。

 両の袖が千切れ、すっかり世紀末救世主ご用達なボロ服を脱ぎ捨てお湯へとダイブ。

 少し熱めの濁り湯はマジ極楽―――ん?

 耳に入ってきたのは水の音。

 湯煙でよく見えないが、水面を揺らしたのは人間サイズの何か。

 野生の獣すら見た事が無い環境で、反射的に身構えた俺を誰も叱る事は出来ないと思う。

 

「言葉、通じますか?」

 

 転生悪魔で階級も最下層の俺は上級悪魔のウケが悪い。

 温泉マニアの貴族様とかは勘弁して欲しいなーと思いつつ、反応を探ってみる。

 ゆっくり湯を掻き分けて近づいてくる事から察するに猿や猪じゃないな。

 さては木場かギャー介のドッキリ―――じゃねえ!

 間を置かずに現れたのは予想の斜め上を行く人物。

 髪をアップに纏め、手ぬぐいで見えるとマズイ場所をガードするその姿。

 兵藤一誠が恋焦がれる少女の一人が、きょとんとした顔でそこに立っていた。

 

「俺の妄想力も極限進化を遂げたのか」

「はい?」

「つまりコレは何をしても許される我が作品!」

「少し頭を冷やそうか」

 

 レッツおっぱい。

 三次元を征服した仮想現実の双丘を揉もうと突貫し、あっさり湯に沈められた俺。

 え、何それ。手首を掴まれただけで投げられるとか再現度高すぎじゃね?

 

「先客はイッセー君だから目くじらは立てないけど、お触りは許しません」

「……香千屋さんとこの爰乃さんご本人でしょうか」

「見間違う程度の付き合いだったと?」

「軽いジョークだって、お前は俺が予約済みの女王候補生様だよ」

「その約束、条件を早く満たさないと賞味期限が切れちゃうからね」

「くっ、超頑張る」

 

 むう、やはり我が力は妄想具現化の高みに至っていなかったか。

 きっと足りないのは勝利のイマジネーション。列車戦隊的な意味で。

 

「質問、いいか?」

「どうぞ」

「ほぼ全裸を拝んだのに……怒ってねぇの?」

「ここって特に指定のない混浴でしょ?」

「無人温泉だしな。俺以外の客を初めて見たわ」

「ならイッセー君は悪くありません。それに最低限の防御は間に合ったしね」

「鉄壁だったよチクショウ!」

「何よりも先生に嵌められたと思う。”普段”は誰も使ってないと言う辺りが罠でした」

「先生?」

「んと、堕天使総督のアザゼルさんが私の家庭教師。教え方も上手いし、私生活の適当さを除けば頼りになる大人だよ」

「それはそれで突っ込み所満載だが、何でさらっと冥界に居るんだよ!?」

「武者修行。と言うか、アーシア、木場君、小猫には同時期に冥界入りするって伝えたけど? まさか聞いてなかったの?」

「初耳だっ!」

 

 ひょっとすると、自分達が知っているなら当然俺も知っていると思い込んだか?

 そこはかとなく意図的な悪意を感じるが……そう言う事にしておこう。

 とりあえず地獄の強化プランを用意したアザゼル、もといアザゼル様。俺は貴方の事を誤解していました。まさかの御計らい、本当にありがとう御座います。

 カップ数がチートな先輩ズと比較すればスモールでも、十分に豊かな乳。普段の運動量が作り出す引き締まった腰と均整の取れた肢体は眼福でした。

 このご恩、兵藤一誠は生涯忘れません。

 

「じゃあ、次はこっちのターン。私は湯治だけど、イッセー君は?」

「この風呂をベースキャンプにして、ドラゴンのおっさん相手に山篭り中。成果はそれなりに出てるからよ、下山したら一皮向けた姿を見せてやるぜ」

「楽しみにしていま―――首を回さない」

 

 さすがに寛容な爰乃も、ジロジロと見られるのは嫌らしい。

 妥協点として選ばれたのは背中合わせと言う微妙な距離感だった。

 当然表情は伺えないが、いつもの笑顔を彼女は浮かべていると思う。

 背に感じる体温は心臓に早鐘を打たせ、同じだけの安心感で胸を満たす不思議さ。

 これは部長にも、アーシアにも出せない積み重ねた歴史の証明だ。

 

「こうやってサシで話すのも久しぶりだなぁ」

「だね」

「ぶっちゃけ、最近の俺ってどうよ」

「かなり頑張ってるっぽい点を考慮して70点」

「仮に告られるなら何点以上の男っすか」

「90オーバーってところかな」

「ううっ」

 

 てか、これって事実上の告白じゃね。少し前までは女王、つまり王に嫁いでくれと遠回しに頼むので精一杯だったのに成長したもんだ。

 

「そういや、結局ボコられて聞けず仕舞いだったんだが……」

「バイトの事?」

「それそれ。んで、ヴァーリが一緒に居なかったか?」

「美猴もセットで一緒に浜で遊びましたが何か」

「まじで」

「まじです」

 

 電話の口ぶりから察するに、あんにゃろうは公私に渡って敵に回った気がする。

 エロ本大好きな俺もNTRの当事者とかやだよ! 自殺もんだよ!

 くっ、これがポっと出のヒロインに主人公を持っていかれる幼馴染の立場か。

 選ばれなかった別ルートで変わらない態度で接するとか拷問だろ……

 全キャラクリアは製作側へのリスペクトだから止められないが、幼馴染キャラは他を差し置いてでも最初に攻略すると兵藤一誠はここに誓います!

 

「水着をガン見したであろう白が憎い」

「人の裸を五分前に見たイッセー君がそれを言いますか……」

「それはそれ、これはこれ」

「自称殻を破ったらしい赤龍帝さんも内面は変化無し。この分じゃ一皮とやらも薄皮一枚かな? 少しがっかりな爰乃さんです」

「いやいやいや、超成長してるから!」

「ふーん、それならこの目で確かめさせて貰いましょう」

「一戦交えるか?」

「いえ、結果で示して下さいな」

「?」

「だって、遠からず会長と試合をするんでしょ?」

「良く知ってんなぁ」

「下馬評を信じるなら、敵味方合せてもカタログスペック最強はイッセー君です。ゲーム形式次第で活躍の場を与えられるかも分かりませんが、どんな形であれ一つでも私を唸らせる何かを見せて欲しい」

 

 難易度かなり高ぇが、男子が惚れた女の前で啖呵を切らずに何時切れってんだ。

 

「……当然、条件をクリアしたならご褒美貰えるよな?」

「具体的には?」

「奢るから、映画に付き合ってくんね」

「んと、折半なら」

「やる気出てきたぁぁぁぁっ!」

 

 俺は目の前に人参がぶら下がっていると無限に頑張れる。

 今まで垂らされていた餌―――ハーレム王の味はまだ味わえないが、爰乃とのデートは手の届く距離に配置された極めて現実的なもの。

 悪いな木場。お前も今頃はお師匠さんトコで研鑽を積んでんだろうが、会長戦のMVPは俺が貰う。むしろ、小猫ちゃんにも朱乃さんにもずぇったいに負けねぇ!

 

「相対的に一枚劣るシトリーに対して勝利はデフォルト。初陣の評価は何時までも付き纏う事を忘れないで、と部長にも言伝を頼みます」

「慢心ダメ、絶対にダメって話か」

「有利なればこそ、浅い川も深く渡れ。この言葉をどう解釈するのか楽しみ」

「兵藤一誠、肝に銘じます!」

 

 今回の俺達は挑戦を受ける王座。今までの俺は負けて当然の相手に挑むチャレンジャーであり、難しい事を考える必要の無い気楽な立場だった。

 しかし、これからは話が違う。

 聖魔剣、赤龍帝、万能回復、雷の巫女、魔王の妹。

 改めて一覧にすると軽くキセ○の世代級のチートな俺達は、例えるなら中学でエース級の選手を集めた何でもアリな私立高ってところ。

 対する会長は若手四天王にラインナップされる強豪でも、ぶっちゃけ無名の選手しか揃っていない公立な感じだろうか。

 爰乃の言う事はごもっとも。

 負ければ、ネームバリューの全てがフロックだったと侮られるわな……

 

「ドサクサに紛れてこっちを見ない!」

 

 テンションの勢いに任せ、下心無しで振り向こうとした所でポカリ。

 地球の表面積に占める海水の比率程度にしか悪意は無かったのになぁ。

 しかしその一発で仕事の話は終わり。

 そこからは他愛の無いお喋りが始まったんだから、結果オーライだと思う。

 誰にとまでは聞けなかったが、爰乃が上級悪魔に完敗した事実にビックリ。

 俺は俺でイッセー危機一髪ゲームを語って大爆笑された。

 うむ、ほんの少し前は当たり前だった日常を久しぶりに取り戻せた気がする。

 会話は迎えのアザゼル様が来るまで続き、残ったのは俺一人。

 親指をグッと立てて”頑張れ”とサムズアップしてくれた総督様、俺は魔王様と同格として貴方を崇め奉る所存で御座います。

 

『気力ゲージも回復したか?』

 

 120%充填完了だぜ相棒。

 もはや俺の妄想に死角は無い!

 

『俺はお前が純情なのか不純なのか良く分からん……』

 

 安心しろ、俺にも分からん。

 断言できるのは、悪魔らしく欲望に忠実に生きると決めた覚悟だけさ。

 

『お前の強みは枠にはまらないオンリーワンの謎力。この事実を甘んじて受け入れたからこそおっぱい連呼も受け入れるし、訳の分からん能力の開発も諦める』

 

 ついに俺と同じ地平線に立ってくれたか、おっぱいドラゴン!

 

『……何が悔しいって、相棒は何だかんだで俺を使いこなしているから腹立たしい。言いたくないが、禁手の常時維持を半年もかからずモノにする時点で優秀だ。俺に言わせれば、ぶっちゃけ人間のスペックなんてS級とランク外を比べても人外から見れば誤差。力に溺れず慢心も稀なお前は、限りない可能性を秘めた赤龍帝なのだと思う』

 

 褒め殺し!?

 

『欠点は白い奴への敵愾心不足だったが、それも解決したろ?』

 

 うむ、ヴァーリは色んな意味でシメる。

 誇り高き血統の人並に、奴が手を引くまで殴る事を止めないぞ。

 

『ならば、やるべき事は一つ』

 

 早急におっさんと互角……もとい倒すくらいの成長は必須だな。

 アイツに勝つにはそれくらいやらんと間に合わん。

 

『それでこそ我が宿主! アルビオンさえ倒せるなら風評被害も気にしな……いよ?』

 

 実は考案中の新技が一つ。

 多分おっさんにも有効な汎用魔法だから、開発に手を貸してくれ。

 

『魔法は不得手とも言ってられん。協力しよう』

 

 俺の予想ではゲームの場に奴も現れる。実力差のあるライバルだが、互いに切っても切れない因縁がある以上必然と言ってもいい。

 なら、最後に戦った日から流れた時間を無駄に過ごしちゃいねぇって事を見せてやる。

 その為にもこの瞬間から頭を切り替えて頑張ろう。

 そして同時に目指せ100点満点。

 左手にアーシア、右手に爰乃。俺は夢を夢で終わらせるつもりは無い!



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第六章 蒼天と偶像の演奏会
第44話「Weiß Schwarz」


 月日の流れは意識の持ち様で、がらりと速度を変えるもの。

 授業の一時間は時計の針が全然進まないのに、遊んでいる時の一時間は一瞬だ。

 そして今回は後者。ご褒美の為に寝る間も惜しんで試行錯誤を繰り返し、気が付けば試合の前日だよチクショウめ。時間が全然足りなかった!

 残念ながらおっさんを越えられなかったが、一朝一夕に最強クラスを倒せるなら誰も苦労しねぇ。少しばかり考えが甘かったと今は反省している。

 だけど、得られた成果はデカイんだなこれが。

 山暮らしで磨き込まれた野生の勘。

 夏休み前と比較にならない鍛え抜かれたこの体。

 さらにドライグがさめざめと泣いたオリジナル魔法も完成度は100%だ。

 基礎パラメータの向上に加え、隠し玉すらも会得した俺に隙は無い。

 

「制服でOKなんですか」

「仮にもゲームを控えた選手ですもの、略式も当然よ」

「部長のドレス姿が見たかったっす……」

「機会はこれから先に何度でもあるから安心なさい」

「楽しみにしています!」

「ううううう」

「アーシアのも拝みたいから拗ねないで!」

 

 野人と化していた身だしなみを整え、それぞれの修行先から集った仲間達と共に意気揚々と向かうのはグレモリー領の大森林。

 そこで開かれる魔王様主催のパーティーにいざ出撃!

 あ、俺達のゲームはその余興―――見世物です。

 冥界の重鎮が勢揃いらしいので、負ければ笑い者街道まっしぐら。

 そんなプレッシャーがかかっているのに、何故か新聞がえらい事になっていた。

 既に勝ち負けを論ぜず、部長がどうやって勝つかが賭けの対象だぜ?

 しかも煽り文句が”立場を弁えないシトリーに紅姫の鉄槌”ってあんた。

 確かに会長は庶民にも学校を発言で、大半の貴族を敵に回したのだろう。

 それにしたってグレモリーがベビーフェイス、シトリーがヒールの役割は如何なものか。

 現代日本で生きる俺の感性だと、何も間違った事を言ってねぇと思うんだがなぁ……

 っと、考え事してる間に着いたっぽいが超スゲェ!

 会場は雲海を貫くバベルの塔真っ青な超々高層三ツ星ホテル。

 湖と見間違えそうなプールは序の口で、どんなスポーツでも出来そうなドーム、大型ドラゴン達が次々に着陸して来る滑走路と、足りない施設が考えられない豪勢さ。

 パーティー会場なんて最上階のフロア丸ごと一つだよ。部屋一杯に着飾った大勢の悪魔と、天国もかくやな上手そうな食事の数々が並んでやがる!

 

「各御家の方々に声をかけられたら、教えた通りにご挨拶をするのよ?」

「大丈夫です部長、俺は一夜漬けが得意。今なら作法もばっちり覚えています!」

「信じているわ」

 

 元々は上流階級現当主の定例交流会らしく、連れて来られている次期当主勢は添え物のようなもの。若者達は若者達で歓談を楽しんでいるが、ぶっちゃけ形式ばらない催ってのが救いと言えば救いだな。

 聞けばグレモリーを初めとする他家とフレンドリーな方々は概ね四次会、五次会まで羽目を外して飲み歩くとかなんとか。

 思わず学生かよ! と突っ込みを入れそうになった俺です。

 

「さあ、挨拶回りに向かうわよイッセー」

「了解っす」

 

 それでもノブリスオブリージュは変わらない。何処へ行っても大人気の部長のお供をしながらフロアをぐるりと一周は必要なんだ。

 赤龍帝のネームバリューは目新しいようで、意外と皆さん好意的で助かったなぁ。

 とりあえず紳士的に振舞えた筈だし、部長に恥をかかせる事だけは無かったと思う。

 しかし精神的に疲れた……部長はこんなのをまだ続けるとか信じられねぇ。

 俺なんて”後は私が”と言ってくれた部長に甘えて隅っこの椅子でぐったりさ。

 側には人込みの嫌いなギャスパーと、華やかな場の苦手なアーシアが座っている。

 朱乃さんは俺の代わりに部長のお供。木場は元気に女性悪魔さん達に囲まれてキャーキャー言われてますけどね……

 やはり全てのイケメンは敵だ。全ての美形は滅んでしまえ!

 

「イッセーさん」

「喉でも渇いた? 何か取ってくるか?」

「いえ、そう言う訳では……」

「?」

 

 何やら困惑顔のアーシアについつい俺も首を傾げる。

 

「小猫ちゃんが顔色を変えて出て行ったのを見ちゃいました。私の勘違いなら良いのですけど、ひょっとすると何かあったのではと不安で」

「……どうせ場違いだし、散歩がてら探しに行こうぜ」

「はいっ!」

「ギャー介、お前は念の為に部長へ報告頼む」

「了解ですぅ」

「よーし、探偵ごっこの始まりだ」

「助手として頑張ります」

 

 小猫ちゃんにとってもここは初めての場所のはず。

 つまり、中途の階層に何があるのか分からないと考えるべきだろう。

 ならば目的地は外の可能性が高い。

 そう考えた俺達は一階まで降りてドアマンに小猫ちゃんの特徴を伝え、条件に合致する少女が現れたかどうかを確認してみた。

 するとビンゴ、一目散に外へと飛び出していった事が分かる。

 仮に一直線で向かうなら目的地はホテルから見て右奥の森……か。

 半分博打だが、ここから先のアテは無い。当たれば儲けものと賭けてみよう。

 

「さり気なくアーシアも体力ついてんなぁ」

「ちょっとだけ頑張っちゃいました。これで置いていかれずに済みますよね」

「いつも一緒なら俺も嬉しいよ。無茶をした時は頼むわ」

「お任せ下さい、魂が欠落しない限り何とかします!」

「なにそれ怖い」

 

 舗装された道を超え闇夜の森へと突入した俺とアーシアは、ペースを落す事無く走り続ける。

 観賞用に植樹された自然の中を駆ける事数分、ついに小猫ちゃんの姿を発見。

 しかし、事情が分からない以上は軽挙もまずい。

 一先ずは距離を取り木の陰から様子を伺うことにする。

 

「あれって誰でしょうか?」

「見た事の無ぇ顔だけど、何処と無く小猫ちゃんに似てる様な……」

 

 小猫ちゃんと対峙していたのは、猫耳を生やした黒い着物姿の女性だった。

 爰乃の様にビシっとした着こなしと違い、あえて肌を露出させる着崩しが何ともエロい。

 大胆に零れ落ちるおっぱいにゴクリと唾を飲み込んだら、手の甲をむくれ顔のアーシアに抓られたよ……とほほ。

 

 

 

 

 

 第四十四話「Weiß Schwarz」

 

 

 

 

 

「ハロー、白音。お姉ちゃんの事を覚えてるかにゃー?」

「……黒歌姉さま」

「何かにゃ?」

 

 幼少期に離別した姉に呼び寄せられた私は、あまりのショックにめまいを覚えていた。

 これは合宿の晩に爰乃先輩から特徴の無い駄猫扱いされて以来の衝撃です。

 

「……その、語尾は、何です、か」

「えっ」

「……あざと過ぎてドン引きです」

「し、白音? 久しぶりに再会したお姉ちゃんへの第一声がそれなの!?」

「……大体にして、そのだらしない格好が信じられません。痴女ですか? それとも露出狂ですか?」

「これは……その、裏社会で舐められない為のはったり……的な」

「語尾」

「あう」

「……中途半端な媚キャラを見ていると苛苛します。せめてその路線で行くなら、最低限徹底してくれないと困りますよ。姉さまは甘い気持ちで萌え業界で生きられると考えてませんよね? どうなんですか?」

「男受けはいいんだよ……?」

「……」

「白音……?」

 

 部長の前に姉妹共々拾ってくれた御主人様の元で転生悪魔になった姉さまは、一気に開花した力に飲まれて血と戦闘だけを求める邪悪な存在(笑)になった筈。

 調子に乗って主を殺し、追撃部隊を壊滅させた闇☆仙猫とは何だったのでしょう。

 はっ、まさか色仕掛けでスルーして貰った!?

 

「……姉さまは、悪魔らしく欲望に生きていますね」

「勝手気ままに生きるのは楽しいにゃー。この開放感を白音にも味わわせてあげようと思って迎えに来たんだにゃん」

「……今の環境に満足していますから結構です。だけど私も今や姉さまと同じ転生悪魔の身。自分の欲望には素直に従おうと思います」

「にゃ?」

「……とりあえず姉さまをフルボッコにして更正施設送へ送ります」

「えー、白音如きがお姉ちゃんに勝てると思っているのかにゃん?」

「……どうせ自分より弱い相手としか戦ってこなかった姉さまが、文字通りの世界最強クラスとばかり戦ってきた私に勝るとは思えませんし」

「泣き虫が言うじゃない」

「……アウトロー気取りの痛い人がそれを言いますか」

 

 巷の評価を信じると姉さまの能力は最上級悪魔に匹敵するとの事ですが、グレモリー眷属基準だと平常運転。むしろ弱い方に分類される相手です。

 能力も良く分からない堕天使幹部、白龍皇、大師匠……彼らと比べれば手の内の分かっている姉さまの脅威度合は高くありません。

 それに上位悪魔全般に蔓延している例の病気をばっちり患っている風ですし、勝ち目は十分。先輩方が冥界の各地で修行する中、わざわざ人間界に戻って大師匠とマンツーマンで過ごした成果の全てをぶつけてやりましょう。

 

「……と言う事で、これは家庭の問題。先輩たちは手出し無用でお願いします」

「美猴も邪魔しないで」

 

 私の背後にイッセー先輩とアーシア先輩が隠れていたなら、姉さまの後ろにはラーメンを一緒に食べに行った事もある孫悟空が控えていた事も最初から気づいています。

 気の流れを読むのは仙術の十八番、素人の隠形が通じると思われるのは心外です。

 

「しゃぁねえ、仲良く見物しようぜ赤龍帝とお嬢さんよぅ」

「誰だよお前」

「ああ、お前さん達とはお初か。俺はヴァーリのダチやってる孫悟空の末裔で美猴っつーもんよ。これからは嫌でも顔を合わせるから仲良くしようぜ」

「ガチで敵じゃねぇか!」

「……あれ、何故にそういう認識なん?」

「他に何があると」

「あーうん、OK。カオスな方が面白ぇし、不倶戴天の一味ってことでいいわ。酒とつまみあるけどいるか? 裂きイカ旨ぇよ? チーズもあるぜ?」

「要らんわ!」

「あ、わたし頂きます」

「アーシア!?」

 

 おや、イッセー先輩とアーシア先輩も蚊帳の外で何も知らない?

 これで白龍皇が爰乃先輩の軍門に下った事と、チームヴァーリはダブルスパイとして禍の団に属している事実を知ったらどんなリアクションを返すのでしょうね。

 うん、今後も与える情報を制限するほうが得策。と言うか美猴もたまに夕飯を囲む仲なのですから、姉が同じチームに居ることをどうして黙っているのか。

 

「この森一帯を結界で外界から遮断したから、どれだけ暴れても外からの邪魔は入らないにゃん。姉に楯突いた妹へどんなおしおきをしようかにゃー。手始めはこれにゃ!」

 

 姉さまから湧き出してきたのは薄い霧。

 やはり得意分野は幻術、特殊効果系。昔と変わらずほっとしましたよ。

 

「対悪魔・妖怪に特化した毒霧よ。もう膝を落すなんてとんだビックマウ―――」

 

 自分は高い木の枝に退避していた姉さまから見れば、私は弱ってへたり込んだかのように見えたかもしれない。ですがそれは大間違い。体を沈みこませたのは膝のばねを溜める為の予備動作です。

 足裏から補助推進として気を放出し、飛び掛ったのは姉と間逆の方向。何も無い空間へと肘を打ち込み、さらに威力を増加させるべく逆の手でさらに押し込む。

 教わっている香千屋流は基本的に駄目押しのオーバーキル推奨、必ず一手間加える料理人気質が素敵だと思います。

 さてゴキっと手応え十分ですが、惜しい事に急所は外した模様。

 実体に触れた瞬間の沈み込むような柔らかさから察するに、これが噂の巨乳防御ですか。

 私には真似できない技法なので、忌々しい限りです。

 

「……挑発して幻を狙わせようとしたのでしょうが、最初からまるっとお見通しです。どうせ姉さまの中では、未だに仙術を恐れる小さな小猫と言うのが私への認識。だけど少し前にトラウマは克服済み。今や私の頼れる武器ですよ?」

「まさか毒も中和できる……なんてね」

「……そしてもう一つの勘違い。姉さまは中距離型のトリックスターが持ち味。本来ならもっと離れた場所から仙術で攻める事で最大限に能力を発揮します」

「褒めても何も出ないわよ?」

 

 追撃の拳打を捌けて居る事で余裕を取り戻す姉さまですが、あえて加減している事に気付いていませんね。格闘技は所詮詰め将棋、この言葉の意味を教えてあげましょう。

 

「対する私は純粋なインファイター。つまり総合力で大きく上回る姉さまも、拳の間合いでは私に劣るのです」

「まだ全速じゃないの!?」

 

 ギアを一つ入れてテンポアップ。

 攻撃の合間を縫い様々な幻術をブラインドにした魔力攻撃を連打して必死に自分の距離に逃げ帰ろうとする姉さまは、残念ながら既に蜘蛛の糸に絡み取られた蝶も同じ。

 仙猫のアドバンテージは魔力や魔法で対処の難しい術式にありますが、同属の同技術を身につけた相手には意味を成さない。

 泣き虫の妹と侮らず全身全霊の騙しあいをされていたら厳しかったでしょうけど、慢心病の患者さんは揃って開幕が甘いので助かります。

 機動力はこちらが上、絶対に離しませんよ黒歌姉さま。

 

「白音の目が完全に狩る側の目だにゃー!」

「……姉さま、猫はハントで生計を立てる肉食動物ですよ」

「妹が―――あいたぁっ!?」

 

 上半身に注意を引きつけ、駄目押しの目潰しをわざと空振り。

 知覚外から足の甲を踵で踏み抜くと、ビクンと震えて獲物の動きが一瞬止まる。

 すかさず腕を引くと同時に脚払いを仕掛け、倒れた所を馬乗りに固めた。

 

「白音ちゃん、な、何をするのかにゃー?」

「……今から告げる選択肢から好きな方を選んで下さい。一つ、礼節を持った大人の女性の振る舞いを心掛けると約束する。二つ、私が満足するまでマウントパンチ」

「優しくて虫を殺すのも躊躇う白音は何処にいったの!?」

「……上品なお姉さまと一緒に心中したのではないかと」

 

 どうせアーシア先輩が側に居ますし、舐めた事を言い出したら頭蓋を砕く勢いでGGG風味のプログラムドライブを無限連打するのみ。

 野良猫を躾けるには体罰が一番早い。次は勝てない可能性の高い相手である事も踏まえ、きっちり苦手意識を植え付けるのが吉と判断します。

 

「三番、姉妹愛で見逃すとか駄目……?」

「……二番ですね、承りました」

 

 指先が妙な動きを見せたので、示威行為代わりに顔の横に拳を振り下ろす。

 グーの形に陥没した地面を見た姉さまの顔色が青くなったのも自業自得ですよね。

 

「……私は慈悲深いので、最後にもう一度だけチャンスを与えましょう」

「淑女を目指します……」

「……信じます」

「ありがとう白音ちゃん!」

「……私だって好んで姉の顔を物理的に潰したくはありませんからね」

「凄く満足そうな笑顔だったような……」

「……成長した妹の腕力を味わいたいなら、最初からそう言って下さい」

「冗談、冗談だから!?」

「……ちなみにこの場限りの嘘八百だった場合、ヴァーリさんに密告します」

「え」

「……私は白龍皇が傘下に入った方の弟子です。そして王様は裏切りを絶対に許さない性格の持ち主。後は分かりますね?」

「……うん、頑張る」

 

 絶望に堕ちた顔を見てやっと溜飲が下がりましたよ。

 可愛い妹の悪戯なんですから、根に持たないで下さいよ?

 

「時に姉さま、やはり禍の団のお仕事で来られたのでしょうか?」

「どうしてそれを!?」

「知らぬは姉さまだけ。チームヴァーリの立場はちゃんと理解しているのでご安心を。ぶっちゃけ美猴ともちょっとした馴染みだったりします」

「さり気なくあり得無い事を言うにゃー」

「語尾」

「い、いきなり直せと言われても難しいよぅ」

「はいはい」

「実はこれから禍の団が仕掛けてくるの」

「……大チャンスですからね。私なら総力戦を仕掛けますよ」

「私は混乱に乗じて参加するって聞いた白音を攫おうかなーって……あれ、美猴と知り合いならこんな面倒な事をしなくても普通に会えたんじゃ?」

「……ですよ。まぁ、私もそちらに姉さまが居るなんて初耳でしたが」

「うわぁぁぁん!?」

 

 姉さまが泣き崩れると、それを祝うかのように祝砲が上がる。

 空を見上げればドラゴンがスクランブルを始め、悪魔達が大慌てで空を舞っていた。

 ホテルの方からもお腹に響く重低音が断続的に聞えて来ますし、中々の規模の攻勢ではないでしょうか。

 

「おーい猫さんや。今回は英雄派がメインだし、形式だけでも魔王派の俺達が居る事でいちゃもん付けられてもマズイ。目をつけられる前に帰ろうぜぃ」

「……言いたい事は山ほどあるから、後で覚えておきなさい」

「怖い怖い。んじゃな赤龍帝、お前さん達も主の下に急ぐべきだと思うぜぃ」

「よく分からんがテロの襲撃なんだな?」

「ヴァーリは無関係だから八つ当たりすんなよ? あいつは堕天使側の人間だかんな?」

「お前達の立ち居地が良く分からなくなってきた……けど、今は部長を守らないと! 深刻な顔して話し込んでる最中悪いが、小猫ちゃんもホテルへ急ごう!」

「……携帯のアドレスは美猴に聞いて下さい。姉さま、次は落ち着いて話しましょう」

「私、指名手配なんだけどにゃぁ」

「ばれなきゃ問題ありませんよ。では、こちらもお仕事ですので」

「行ってらっしゃーい」

 

 とりあえず姉妹の語らいはイッセー先輩の耳には届いていない模様。

 御免なさい先輩、猫が獲物を弄ぶのは種族のギアスです。

 もう暫くこの何時バレるか分からないドキドキを楽しませて貰います。

 

「たまには攻める側に回りたい。つーか、イベントの度に襲われるって何だよ!」

「……気持ちは分かります」

「この分じゃ修学旅行もヤバイ気がする」

「……裏も表も無い学校行事なら大丈夫かと」

「だといいなぁ」

 

 今回は何が相手やら。

 そろそろ死んだ筈の聖書の神が出てこようと驚けそうも無い私達でした。



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第45話「ひとのちから」

 空間から染み出すように現れた禍の団の手際は見事の一言。

 組織だった動きでどろどろの乱戦を作り上げ、次々と防衛戦力を削っている。

 他勢力と事実上の休戦を始めて十数世紀の時が流れた今、世代交代した現役悪魔に大規模戦闘の経験は皆無。全体を見ず勝手気ままな場当たり対応をしても意味は無く、少数の頑張りで局所的な優勢を取ろうと大勢を変えるには至らないのが現実だ。

 つーか、悪魔ってのは元々個人主義の生き物な訳よ。

 しかもパーティーの参加者は他人に従う事を良しとし無いセレブばっかだぜ?

 必死に魔王娘が音頭を取ろうと頑張ってるが、力が強いだけで今の地位についている小娘の言葉が届く筈がねぇわな。

 避難誘導に陣頭指揮。幾ら手があっても足りない状況下、ある意味で最も危険な事態がホテルの最下層にて起きていた。

 妹の心象を少しでも改善しようとセラフォルーが主催したパーティーはぶっちゃけダミー。本命として駒王協定に続く第二回三大勢力トップ会談が行われて居たのだが、前回に引き続きまーた襲われた事でホストの立場はリカバリー不能な所まで落ち込んでいたりする。

 

「騙まし討ち、そう考えて宜しいか」

 

 ウチの副総督がメンチを切りながらテーブルを叩けば―――

 

「我々としても度重なる失態に堪忍袋の緒が切れそうです。いっそ高らかにラッパを吹き鳴らし、第二次最終戦争の開始を宣言しましょうか?」

 

 普段はおっとり、怒りとは無縁なガブリエルまでもが物騒な事を言い出す始末。

 この場に居合わせるのは堕天使から俺とシュムハザ。天使からはミカエルとガブリエル。悪魔からは妙な汗を流すサーゼクスの恒例ガチトップ組だ。

 サーゼクスに唯一追い風なのは、ご立腹してんのが各副官だけなこと。

 ミカエルはガブリエルを落ち着かせようとしているし、俺も形だけの不信感しか見せてねぇからかろうじて会議の形を取り繕えていたりする訳よ。

 

「なぁ、連中の中に量産型聖剣ブン回してるのゴッソリ居るのは気のせいか」

「……身内の恥を晒したくはありませんが、あえて言わせて貰いましょう。そちらから供給された量産型エクスカリバーは人間界の一時貯蔵庫へ保管中に何者かの手により強奪。調査の結果、禍の団所属の悪魔が主犯であるとの確証を得ています。つまり―――言わずともわかりますね?」

「まぁ、俺に難癖をつけないならどうでもいいさ。それにもしも聖剣に意思があるのなら、下手に研究素材として余生を過ごすよりも本分を果たせる今のが本望とも思う」

「私としても飼い犬に手を噛まれる姿を見て溜飲が下がりました。いやはや、自分達で引き込んだ天敵に力を与えつつも放し飼いのブリーディングとは恐れ入ります。こんなに愉快なのはアザゼルの”僕の考えた最強シリーズ”を拝見して以来の痛快さですとも」

「はっはっは、殺すぞ」

 

 そう、所詮エクスカリバーの聖なる波動は天使は勿論、光を武器とする堕天使にも効果は薄い。まして量産型の低スペックとくれば子供の玩具程度の認識でしかない。

 天界としては目処のついた量産型聖剣使いに与える事で教会戦力の底上げを狙った様だが、例えご破算になっても悪魔に対して貸しを作れるなら十分に元は取ったと思われる。

 むしろ悪魔が悪魔を狩るのなら”いいぞ、もっとやれ”と喝采を送る立場だからなぁ。

 つまり、奴らの怒りは表向きだけのポーズでしかない。

 嗚呼、久々に政治をやってる俺様超かっけぇ……静まれ俺の右腕!

 

「……重ね重ね同胞が申し訳無い事を」

「それはどの件についてだよ」

「……全ての事象だ」

 

 せめて敵の正体が曖昧なら良かったんだが、モニターの向こうで馬鹿正直に名乗り上げをしやがった自称トップが割と有名な悪魔だったから手に負えない。

 襲撃者の首魁は前魔王の正当なる血縁、クルゼレイ・アスモデウス。声明も生ぬるい現魔王派がうんたらかんたらと、禍の団関係ない内部闘争を語る始末だぜ?

 しかも他に何かを主張する異種族の姿も無し。

 何処を見ても悪魔、悪魔。各勢力の混成部隊とは何だったのか。

 見えない場所で戦っている可能性は微粒子レベルで存在するにしても、微妙に合流しているはずの堕天使すら居ないってなんだよ。

 これじゃ俺ら、外様を通り越して完全なる傍観者なんだが……

 

「とりあえず、身の安全が保証される限り堕天使的には対岸の火事だから手出しはしねぇ。まぁ、降りかかる火の粉は排除するがな」

「天使側も内政不干渉の原則に従い傍観致しましょう。但し事件が収束次第、悪魔側は我々に譲歩する形で責任を取って頂けますよね?」

「……善処しましょう」

「確約を要求致します」

「……」

「おや、二度と交渉の場を設けたくないのですか?」

「分かり…ました」

「ウチも同じ条件で頼むわ」

「好きにしろ……」

 

 一気に老け込んだサーゼクスを見て俺は昔の同僚とハイタッチ。

 ガブリエルなんてビックリマークを浮かべて困惑してるっつーのに、これだけ腹黒い事に手を染めながら堕ちる気配を微塵も感じさせないミカエルはマジでヤベェ。

 しかーし、火遊びに関しちゃ俺の方が一枚上手。

 お前はイニシアチブを握ったとほくそ笑んでいるかもだが、全ては計画通り。

 堕天使は鳥さんとも獣さんとも仲の良い蝙蝠であるべきと言う理念の下、あえて華を持たせてやった事に気づいていないのが甘さよ。

 こっちは最初から襲撃がある事を把握済み。

 むしろ会議の日時と場所をリークしたのは俺! 曹操とツーカーだぜ!

 クルゼレイはお飾りで、今回の一件は英雄派こそが本当の主役。分かりやすい隠れ蓑を纏った曹操が何を画策してるか知ってるか?

 俺も知らん。本人がサプライズだからと教えてくれなかったからな……

 ただ、愉快な事になると言い切った奴の目は信用に値する。

 ならばチケットを買った客は黙って緞帳が上がるのを待つもの。

 だから俺はコーラとポップコーンを準備して絶対に動かない。

 但し曹操よ、コカビエルの三文芝居と同レベルなら覚悟しとけよ?

 つまらんシナリオなら野次の変わりに爆弾をぶつけてやる。

 それもお前達英雄の根幹を揺るがしかねない最大威力の奴をな!

 

「……さあ、開演のお時間だ」

 

 漂いだした白い霧の中から現れた人物は今宵の主役だ。

 絶霧の使い手を従え、最強の槍を担ぐ堂々たるその姿。

 身構える一同の圧力を物ともせず、不敵な笑みを浮かべた余裕は王者の証か。

 

「ご高名な皆様のご尊顔を、許可無く拝謁する無礼をお許し下さい」

「何者!?」

「名乗りが遅れて申し訳ない。我が名は曹操、禍の団にて人の系譜を束ねる自称”人類の代表”と言ったところでしょうか」

「……我々の首をお望みか?」

「いやいや、この”黄昏の聖槍”を持ってしても相打ち覚悟で何方かお一人が限界。私は天と地の代表が揃うと聞き、除け者にされては適わぬと馳せ参じた次第。当然争うつもりは毛頭ありません」

「……クルゼレイとは趣が違うようですが、どうするべきだと思いますか?」

 

 膝を付き中華式の礼を示す曹操に、ミカエルは困惑している様だった。

 何せ見せ付けられた槍は砕魔無双の名を冠した最強の神器。この狭い会議室は全て射程内である事は確実であり、一撃を貰う可能性は極めて高い。

 万が一にも誰かが倒されたなら、危ういバランスで保たれている三大勢力のバランスは崩れ一心不乱の大戦争が鉄板開催。そう思わせた時点で曹操の勝ちだ。

 もう、奴を誰も止められやしない。

 誰もが簡単に命を奪える最弱の人間風情が天と冥を圧倒していやがる!

 

「……禍の団は旧魔王派を中核とした寄せ合い所帯であり、一枚岩じゃ無いってのは周知の事実だ。敵の敵は味方の格言に従い話を聞いてみる価値はあるんじゃね」

「一理ありますね。サーゼクス、貴方もそれで構いませんか?」

「私は君達に頭の上がらない立場だ。好きにすると良い」

「うし、じゃあニュートラルな立場に居る俺が交渉相手になろう。外は外、内は内、交わすのは言葉の刃に留めような?」

「当然ですとも総督殿」

 

 掴みは上々。このまま楽しませてくれよ!

 

 

 

 

 

 第四十五話「ひとのちから」

 

 

 

 

 

 俺の考えうる最悪のシナリオは、有無を言わさぬ飽和攻撃を受ける事だった。

 悔しい事に地力が違う以上、運を味方につけたとしても副官クラスを倒すのがやっと。人類最大の武器である知恵が通用しなければ無駄死にの結末まであったのだから、こうして同じテーブルに着けた時点で第一ステージはクリアした様なもの。

 今のところ裏で手を組んだ総督殿が裏切る気配を見せないのもあり難い。

 つまらない真似をして捨てられぬよう、道化の立場を弁えて交渉に望むとしよう。

 

「最初に俺が盟主を勤める禍の団”英雄派”についてご説明致しましょう。英雄派とは神話の英雄、英傑の力を受け継ぐ者を頂点とした”人間”の集まりです。主力は無理やり悪魔の下僕に落とされた元人間や、主の非道に耐えかねて逃げ出したはぐれ悪魔達」

「目的はそいつらの復讐代行か?」

「半分はその通り。残りは少し違いますよ」

 

 さて、ここからが第二ステージ。

 あえて一呼吸置く事で注目を集め、俺は手札のカードをオープンした。

 

「そもそも禍の団に籍を置いている理由は同志を集める為であり、別に他の世界が繁栄しようが滅びようが興味はありません」

「世界を掻き回す側がそれを言うのかね」

 

 さすがこの中で唯一被害を被っている悪魔の代表。

 釣り針に躊躇無く飛びついてくれて助かるよ。

 

「それはお互い様でしょうサーゼクス様」

「何?」

「例えば好き勝手に人間を玩具にする悪魔を貴方は罰しない。俺が把握しているだけでもどれだけの人間が犠牲になったか教えてあげましょうか? 現時点で生存を確認している強制転生の下僕悪魔だけで三桁、死亡者は倍以上と推測されるのですよ?」

「対策は始めている」

「しかし注意喚起に留め、罰則は設けなかった」

「……」

「悪魔は人と比べ、圧倒的な寿命や莫大な魔力を持ち合わせた上位の種族であることは認めましょう。しかし、劣ってるからと言って永遠にやられっぱなしでも居られません」

「その為の禍の団加入、そう君は言いたいのか」

「ええ、脅威と見なされるだけの力が無ければ相手にされません。象が足元の蟻に気を使うとすれば、それは蟻が毒を持っている場合だけだと思いませんか?」

「否定はしない」

「であるならば話を一歩進めさせて頂く。我々が悪魔に要求する物は至ってシンプルです。もしも受け入れて頂けるなら悩みの種である禍の団、俺がこの手で潰す事をお約束致しましょう」

「……聞かせて貰おう」

 

 さて、本命の第三ステージ開始だ。

 

「第一に悪魔の人間に対する犯罪―――拉致、殺害等の、誰が考えても悪と判断するであろう行為の全面禁止。違反者には重罪を課し、被害者には相応の保障を徹底する事を魔王の名の下で徹底して頂きたい」

「……続けたまえ」

「これには悪魔と人間が合意の下で交わす契約は該当しないと補足しておきますか。好んで欲望の為に魂を差し出す馬鹿も、職業柄悪魔との交流が不可欠な魔術師も居るのだから当然の措置と俺は考えている」

「ふむ」

「第二に違反者へ課す処分はこちらへ一任」

「同族への温情をかけられては困る……か」

「頭の回転が速くて助かりますよ魔王様。人の守護者が英雄の存在理由であり、現世の終着点。曖昧さを排除した適切な判例を用意致しましょう」

「……人の血を入れなければ悪魔が持たない以上、敵愾心を持った転生悪魔が増える事への歯止めは必要だった。君の提案は実に正論だと私も思う」

「元人間と親の憎しみを植え付けられた次世代の増加を見過ごせば、第二、第三の禍の団が生まれる必然……理解して頂けているなら話が早い。検討していただけますね?」

「君の要求がこれで終わりならば、の話だがね」

 

 最初に俺が暴力に訴えなかった事もあり、元々転生悪魔を厚遇する政策を打ち出していたサーゼクスは警戒の度合いを落としたように感じられる。

 彼の中では話し合いで解決する光明が見えたのかもしれないが、穏便に済む話ならもっと別のアプローチを行うと思わなかったのか? 甘い、蜂蜜よりも甘いぞ魔王。

 

「では最後にもう一つだけ―――」

 

 そろそろ”承”から”転”へ移らなければ、欠伸を隠そうともしない総督殿が飽きて席を立ちかねない。彼の眠気を吹き飛ばし、俺の書いたシナリオの行く末を見てみたいと思わせるイベントを起こす頃合でもある。

 

「時効は一切認めない」

「……は?」

「罪を犯した本人が現存するならば、約定を定める以前に遡り如何なる方法を持ってしても罪を償って頂く。当然、保障についても同条件であるとしましょう」

 

 サーゼクスの笑顔が凍りつき、アザゼルがすっと目を細める。

 天使共は我関せずと微笑を崩す気配は無かった。

 

「その条件を私が飲めると本気で思っているのか!?」

「逆に尋ねますが、仮に貴方が溺愛されていると聞く妹が陵辱され命を奪われたなら”ルールが無い頃の話だから無罪”と言われて納得出来ますか?」

「……」

「沈黙は否定と受け止めましょう。つまりそう言う事です」

「私は……人との融和を……」

「どの道この問題をどうにかし無い限り、悪魔と人間は千年持たずに種族間で争う事になる。今は質の差で我々が滅ぶでしょうが、悪魔も種の維持が出来ないだけのダメージを負うことも規定路線でしょうね」

 

 人は貧弱な魔術しか持ち得ない代わりに科学と言う名の剣を磨いてきた。

 人外世界で最強クラスの我が槍も携帯性以外のあらゆる能力で核の炎に及ばず、一部の特殊な力を除けば魔法とて物理現象として再現する事も可能なのだ。

 もしも後千年時が流れれば、人は更なる力を得るだろう。

 行き過ぎた科学は魔法と同等と聞く。真空を、深海を、星の世界すらも手中に収めた魔法使いが悪魔を駆逐する未来も夢物語ではない。

 閑話休題。

 結論から言えば、俺の提案をサーゼクスが呑める筈が無いと最初から分かっていた。

 何せ人を家畜としか思っていない旧魔王系は概ね粛清対象。

 この時点で無理だと言うのに、情の深さで有名なグレモリーはともかくとして親魔王派の中にも断罪しなければならない貴族は少なくないと思われる。

 これは政権の屋台骨が揺れるを通り越して、社会秩序が崩壊するレベルの問題だ。

 

 

「しかしながらこの場で即決しろと言うのも余りに酷。そうですね、京の紅葉が色づく頃に再度伺います。回答はその時で構いません」

「……」

「決して争いを望んでいない証明として次にお会いになる迄の期間、俺の一党は大人することを誓いましょう。是非とも色よい回答をお待ちしております」

「……分かった」

 

 サーゼクスが魔王の立場で検討した時点で冥界は割れる。

 混乱は弱体化に繋がり、そこに付け入るチャンスが生まれるだろう。

 打ち込んだ楔がどんな花を咲かせるのであれ、戦略レベルでの優位は揺るがない。

 これを切欠として真の目的を叶える為に必要な動乱、必ずや作り出してみせる。

 

「そして堕天使にも同様の条件を―――」

「構わんよ」

「即決ですか」

「お前が言いたいのは俺の神器研究の為に、下の連中がやんちゃしてた件がメインじゃね?」

「その通りです」

「一昔前は技術的な問題で無理やり神器を引っこ抜いて死なせる事も多かったが、今や穏便に機械でデータを取れる様になった訳よ。俺としても無駄に人を減らして、新たなレア神器が世に出る確立を下げたく無い。利害は一致してるだろ?」

「はぁ」

「それにウチの上層部は処罰の対象外だ。仮に罪に問われたとしても示談で済むレベルだろうし、さりとて問題にはならん。なにせ相思相愛で人間と結婚した奴、特撮大好きで日曜日を恋焦がれる馬鹿、人と仲良く汗水流して働く阿呆……こんなのしかいやしねぇ」

「総督殿ご自身も潔白と?」

「俺は理不尽に人を貶めた事はねぇし、神器コレクションも部下が気を利かせて献上して来た時点で無関係。”秘書が勝手にやりました”が通用する人間ルール基準に照らし合わせても、頑張ってグレーと思うんだがどうよ」

「……まぁ、確かに」

 

 漆黒の羽が漂白済みに見える腹黒さ。

 直接手を下さず、ワンクッション挟んで善意の第三者を主張する人間臭さは何だ。

 彼ならば各国の法を丸暗記した上で解釈の抜け道まで熟知している可能性も高いだろうし、仮に法廷で争えば単純な戦闘以上に厄介な相手となるに違いない。

 逆転できない裁判、そんな単語が脳裏をよぎるのも当然だと思う。

 

「お待たせして申し訳ない。次に天界の皆さんにですが……特にありません」

「拍子抜けですねぇ」

「悪い天使は全て堕天使へ堕ちる仕様が守られる限り、天は常に中立以上の存在であると認識しています。今まで通り、やり過ぎない程度の干渉に留めて頂きたい」

「アザゼルと同じく、私もその内容なら喜んで受け入れますよ」

「そうそう、一部では悪魔と手を組んだ天使へ不信を募らせては居ますが、本質の部分で水と油である事実を伝えれば黙る事でしょう。信じて構いませんね?」

「神に誓って」

 

 そう、天使と悪魔が表面上でも和解を達成できたのは堕天使の存在があったから。

 例えるなら天使が酢、悪魔が油、堕天使が卵。

 酢と油をいくら掻き混ぜても分離してしまうが、間に卵が入れば話は別

 マヨネーズという名の駒王協定は、アザゼルの賜物と言っても過言ではないのだ。

 

「では最後にちょっとした見世物を。果たして本当に我々が人の守護者足り得る力を持っているのか、その一端を皆様の目で確かめて頂ければ幸いです」

「……引き上げてはくれないのかね」

「残念な事に全体の指揮を取るクルゼレイは俺達の話を聞きませんし、口だけでないと証明するデモンストレーションは今後の関係の為にも必要不可欠かと」

「……分かった」

「それに悪魔側としても、ここでアスモデウスの血筋を断つ必要があるのでは?」

「……」

 

 よし、黙った。

 

「お見せ致しますのは灼熱の千年戦争を戦い抜いた聖女ジャンヌ・ダルクと、数々の偉業を為したギリシャ神話の英雄、ヘラクレスの勇姿。人が人のまま魔を滅ぼせる証明をご覧下さいませ」

 

 ゲオルクに合図を送ると同時、モニターの向こうで新たな動きが生まれる。

 一つは連鎖する爆発、もう一つは吹き抜ける暴風だ。

 英雄派でも最上位クラスの戦力、伊達では無い事を見せ付けてやれ。



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第46話「偽者と本物」

型月宜しく、カリスマAのジャンヌちゃん。
聖女無双はっじまるよー(




「あーもー、面倒だからサクっと切られて欲しいなっ!」

「ふざけんなぁぁっ!?」

 

 漫画で良く見る飛ぶ斬撃をスエーバックで回避するも、通り過ぎていったエネルギーの残滓に鎧の表面を焼かれる。

 あのタンニーンのおっさんのグーパンを耐える強度を備えた赤龍帝の鎧が、アレの前には普段着と変わらん防御力しか発揮しない恐ろしさ。

 開幕に翼をぶった切られた時点で気付いちゃ居たが、やはりアレはドラゴンにとっても天敵らしい。

 

「なぁ、一つだけ教えてくんね?」

「イッセー君は手のかかる子だなぁ」

「だめか?」

「汝隣人を愛せよ。心の広い私に感謝してよね!」

「じゃあ聞くぞ。なんで教会のシスターが禍の団に合流してんだよ」

「正しい信仰がこっちにあるから」

「は?」

「だって天界は”魔王と相打ちって神は死んだ”と真実を歪める鳥人間達の巣窟になってるんだもん。偉大な大天使様は乗っ取りを受けてもう居ないんだよ」

「え? え?」

「おまけに偽者達は聖書の”異教徒と悪魔は皆殺し推奨”って記載を無視して冥界と同盟を結ぶ暴挙に出たの。これを討たずに何が神の使徒よっ!」

「脳は大丈夫か?」

「とっても清清しい気分。頭も冴え渡っているわ!」

 

 言いたい事は分かるんだ。

 悪魔とズブズブな天使って人間の敵じゃね? と俺も思うし。

 だが、根本的に神様信じてない俺とじゃ価値観が違い過ぎる。

 

「つまり天と冥を敵に回す禍の団は現代の十字軍。その証拠としてかの有名な聖女、ジャンヌ様も属しているのよイッセー君。教会公認の聖人と肩を並べられるこの栄誉、生きてて良かった!」

「その理屈はおかしい」

「これだから無神教の日本人は困るわね……あ、でも、サブカルチャーで定番なコレの銘を伝えれば分かって貰えると思う。見て見て、これぞ前に私が佩いていた断片とは違う完全なるエクスカリバー! 聖杯探索でも大活躍のアーサー王の剣なの!」

「斬られんの二度目だから言われんでも知っとるわ。つーかソレ、アザゼルが完成させたんじゃなかったか? 何でお前が持ってんの?」

「ジャンヌ様に賜ったから出自は知らないわ。大事なのは”約束された勝利の剣”がこの紫藤イリナの手にあると言う事実だけよ」

「お前と話をしていると、漫画に出て来た聖書の背で人の頭をカチ割る牧師を思い出すよ。言葉は通じてんのにキャッチボールが成立しないノリがアレそっくりだ」

「そのアイディアとてもグット。早速やってみるわね!」

「やらんでいい」

 

 その発想は無かったと喜びを露にするのは、木場の一件で再会したかと思えばいつの間にやらフェードアウトしていた紫藤イリナ。

 以前着ていた体の線も露なボディースーツから、学校の制服を思わせるブレザー姿にチェンジしている他に変わりは無く、テンション高めで狂信者っぽさを振りまくウザさも健在です。

 相棒だったゼノヴィアは宗教捨てて秘密道具ゼロの役に立たないド○えもん的な居候生活を満喫してるっつーのに、こいつは何処で道を間違えたんだろうなぁ。

 

「イッセー君を片付けたら、忌々しい魔女の頭を聖書で砕こうっと」

「やらせるかよ馬鹿野郎!」

 

 部長の下へと急ぐ途中で襲い掛かって来たイリナは小猫ちゃんの迎撃を掻い潜り、初手でアーシアの首を狙ってきた。つーか、俺が割って入らなければかなり危なかった。

 コイツは本気だ。ガチで裏切り者のレッテルを貼ったアーシアを憎んでいやがる。

 うむ、マジでアーシアと小猫ちゃんを先に行かせて良かったぜ。

 なにせ主の突撃思考を反映されたグレモリー眷属は、俺を筆頭に攻めに強く守りに疎い連中ばかり。さらに言えば誰かを守りながらの戦いを想定した事も無い攻撃特化チームだ。

 今までは戦闘力ゼロのアーシアを狙う相手は居なかったから問題にならなかったが、今後はそうも言ってられない。

 チームの命運を左右する僧侶を如何にして守るか、真剣に考える時期が来たんだと思う。

 

「ちょっと五月蝿いよイッセー君」

 

 予備動作無しで振るわれた白刃を直感だけで察知した俺は、腕に仕込んだアスカロンで辛くも防ぐも冷や汗ダラダラ。鎧の防御力頼りに前へ前へと出ていた俺にとって、最大の武器が通用しない相手は相性が悪いってレベルじゃねえぞ。

 フリードと同じく聖剣の効果でスピードも木場と同等以上だし、修行前の俺なら手も足も出ずに切り刻まれていたんじゃないだろうか。

 

「アーシアの前に俺と遊ぼうぜイリナちゃん。お医者さんごっことかどうよ?」

「変態!」

「罵倒はこの業界でご褒美です。ひん剥いてエロ祭りだひゃっほう!」

 

 女衆を先に行かせた理由の半分は新必殺技を試す意味もあったり。

 文句なしの美少女で俺の周りには居ないツインテ枠、相手にとって不足無し。

 戦術的にも有利な土俵に相手を引きずり込むのは理に叶ってるしな。

 って事で、イリナにゃ悪いがさっさと片付けさせてもらうわ。

 今こそ高まれ俺の煩悩。具現化せよおっぱい神の神通力!

 右の拳に神の力を宿らせた俺は、顔を真っ赤にして斬り込んでくるイリナの呼吸を盗むのに合せ修復した翼の推進機を全開。防御の構えを見せた幼馴染を無視し、極めて紳士的なソフトタッチでそっと上着に触れる。

 

「手加減する余裕があると思うなら大間違いよ!」

 

 クエスチョンマークを浮かべるイリナは、それでも間髪入れず体格差を感じさせない力強い蹴りで俺を吹き飛ばして怒りを露にしている。

 瞬間的に冷静さを欠いたといってもさすがは対悪魔戦闘のプロ。今の奇襲も余力無しに殴りかかってりゃ、カウンターでばっさりだったとマジで思う。

 

「なぁ、シスターってのは世俗にどこまで汚れてるんだ?」

「時間稼ぎでもしたいの? 旧魔王系悪魔も頑張ってるから援軍は来ないよ?」

「んや、チェックメイトって言葉が通じるのか知りたくてさ」

「私が詰んだとでも言いたいの?」

「おうよ」

「汝嘘をつく事なかれ。面白くない冗談は止めようよ」

「……それは、やっちゃっていいって事だよな?」

「私も殺っちゃうし、構わないわ」

「くくくく……さすがに顔馴染みをひん剥く事への引け目を感じてたが、本人の許可が出たなら良心の呵責も無し! 禁欲生活の果てに掴んだ新たなる可能性を見さらせぇぇっ!」

「……は?」

「爆ぜろシリアス、弾けろ衣類! バニッシュせよR指定!」

「不吉な単語がっ!?」

「喰らえ”礼装崩壊”(ドレスブレイク)!」

 

 小気味よく指を鳴らした瞬間、イリナの着衣が下着を含めて弾け飛ぶ。

 くっ、ガキの頃は男と大差なかった平たい胸が見事な成長をしやがって……

 大きさは並でも形の良いおっぱいに均整の取れた肢体、今だ一ページ目が埋まらない兵藤一誠フォトグラフィーに殿堂入りする芸術です!

 

「な、何よこれ!? ちょ、見ないで!」

「これぞ対象の装備を全て吹っ飛ばし、産まれたままの姿へ回帰させる究極奥義。ふははは、聖なる加護を与えるエクスカリバーすらも例外じゃないぜ! さすがに壊せなかったが回収はさせないから問題無い!」

「最低っ! このケダモノ!」

「イリナ、お前は大事な事を忘れてる」

「な、何よ」

「俺は人間をやめた悪魔、欲望に忠実で何が悪い!」

「くっ、正論だから言い返せないわ!」

 

 この技は対ライザー合宿の折に思いつき、しかし完成させられなかったもの。

 あの頃の俺は美少女だらけのパライソに甘えていたのだろう。

 だから想像力が足りず、果物の皮を剥くので精一杯の体たらくだったのだ。

 が、女を断ち極限状態に置かれたことで俺は進化した。

 会得したのは脳内のイメージを現実に投影する圧倒的な妄想力。そしてこの力を生かせと降りて来たおっぱい神の天啓により、美少女限定で神滅具の鎧を纏おうが、大天使級の聖なるオーラに守られようが関係無しに対象を全裸に貶める礼装崩壊を開眼したのである。

 

「まぁ、なんだ。おっぱいソムリエとして揉まなきゃ嘘だよなぁ」

「……冗談だよね? 幼馴染の女の子に酷い事しないよね? そんな暇があるなら御主人様の下に急ぐよね?」

「部長の脇は同僚の女王と騎士が固めてる筈だから、少しくらい遅れても心配要らないっす。むしろ敵を無力化もせずに放置すりゃ俺が怒られんじゃね」

「!?」

「って事で、やったらぁぁぁっ!」

「いやぁぁぁっ、犯される!?」

 

 安心しろイリナ、確かに思春期真っ盛りの俺はエロい事が大好きさ。

 しかしその、なんだ、童貞ボーイにゃ女の子に触るだけで精一杯。

 ドライグにも”乙女か!”ってツッコミ喰らったけど、そう言う事はちゃんとステップアップした後に両者合意の元でっつーのが理想です。

 だから安心しておっぱい揉ませろ。それ以上は何もしねぇから!

 

「……人が心配して駆けつけてみれば」

 

 両手をわきわきさせなが獲物へにじり寄る俺だったが、蔑みの色を込められた絶対零度の声を受けて反射的に停止。

 いやまさか、そんな筈が。そんな思いに突き動かされ油の切れたロボットの動きで首を動かせば、信じたくない事に可愛い後輩の姿が!

 

「話を聞いて欲しい」

「……どうぞ」

「コイツは悪魔の怨敵エクスカリバーを携えた禍の団のエクソシストさんです。どれくらいヤバイかは木場の一件で小猫ちゃんも知ってると思います」

「……確かに知った顔ですね」

「しかもイリナはジャンヌさんとやらから聖剣を直接賜る程度にエライっぽい立場でしてね? 禍の団の内情を引き出すためにも生け捕りが望ましいと考えた俺です」

「……妥当な判断です」

「そんな訳で武装解除の為、大変遺憾ながら今に至―――」

「……”おっぱいソムリエとして揉まなきゃ嘘だよなぁ”」

「まさか最初から!?」

「……何か釈明でも?」

 

 やばいやばいやばい。

 

「ア、アーシアは?」

「……信用出来る知人に護衛を代わって貰いました。今頃は祐斗先輩達と合流している頃だと思います」

「じゃあ俺たちも早く戻らないと!」

「……誤魔化さないで下さい」

「ですよねー」

「……アーシア先輩を泣かせたくないので、今回だけは目を瞑ります。貸し一ですよレイプ魔先輩。次はきちんと報告しますからね」

「寛大な処置、この兵藤一誠終生忘れません!」

 

 うーむ、小猫ちゃんが夏休み前より一回り大きく見える。

 合流直後と比べて吹っ切れた感じだし、やはり仲違いしていたお姉さんと和解(?)したからなのかねぇ。

 

「……貴方に構っている暇はありませんし、尻尾を巻いて逃げなさい」

「ううううう」

「……これでいつぞやの借りは返しました。決着は次の機会に付けましょう」

「つ、次は負けないんだからっ!」

 

 武士の情けか女の情けか。小猫ちゃんが投げつけた上着で前を隠しながら逃げていくイリナは、それでもちゃっかりエクスカリバーを拾っていく辺りが抜け目無い。

 あれ、これはやらかした? せめて聖剣は確保すべきだったんじゃね!?

 

「……大丈夫ですクズ虫先輩」

「出来れば名前で呼んで欲しい。てか、俺の思考を読んだ、だと!?」

「……チッ。では改めまして顔に出やすいイッセー先輩」

「舌打ちしたよね!?」

「……今やエクスカリバーの紛い物はコモン程度のレアリティーです。使い手も結構な数が徘徊していますし、その内の一人や二人を見逃しても影響はありません」

「え、あれって偽物だったの」

「……気づかなかった事に驚きです。もしも本物なら今頃イッセー先輩は生きていませんよ。そこそこの性能しか持たない贋作だからこそノーダメージで済んでいるのです」

「た、確かに前に腹をブチ抜かれた時はもっと痛かった気が」

 

 パチモノを本物と思い込んでいたイリナが哀れです。

 ひょっとするとアイツって使い捨ての下っ端だったんじゃね……。

 

「……姉の寄越した情報を信じるなら、堕天使が量産した物を禍の団が奪ったとか何とか。ですのでアーシア先輩を侮辱した教会の犬は全裸で戦場を逃げ帰らせ、愉快なピエロとして衆目を集めさせる方が有意義と私は判断しました」

「ね、根に持つタイプだったか」

「……猫は三代祟りますよ。にゃー」

「怖いけど可愛いな!」

 

 さり気ない黒さを垣間見た俺は心底思う。マジ、味方でよかったと。

 なんつーか、やり方が爰乃に似て来たと言うか……染まって来たっつーか。

 元々暖色の色が朱に染まって赤くなったのか、それともダークサイド的な意味で青は藍より出でて藍より青しを地で行ったのかは分からん。

 とりあえず俺の同僚で一番したたかなのは最年少の猫さんで決定だな。

 

「……さて、出遅れた分を挽回しましょうか」

「おう!」

「……部長も居る本丸の安全はセラフォルー様が確保して下さっているとのこと。敵の妨害により連絡不能なため現場の判断にはなりますが、私達は遊撃要因として雑魚を蹴散らしながらゆるりと散歩などは如何ですか?」

「小猫ちゃんとデートかー」

「……色気ゼロですけどね」

 

 やはりグレモリー眷属には挑戦者の立場が相応しい。

 性欲を満たせなかったこの悶々とした気分、スポーツで発散しないとな!

 

「……何よりパーティーでご飯を食べ損ねた分、二次会でお腹を膨らせたいです」

「なら、コレが片付いたら来るとき見かけたメックバーガーとやらに行こうぜ」

「……実はのぼりのマウンテンティムバーガーに興味津津でした。やはり麺をロープに見立てたロッテリ○のラーメンバーガー的な物なのでしょうか」

「黙ってて貰う代わりに奢る。後で確かめようぜ!」

「……Lセットでお願いします」

「おうよ!」

 

 かくして龍と虎は徘徊を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 第四十六話「偽物と本物」

 

 

 

 

 

「オルレアン聖剣団、全軍停止!」

 

 英雄派から選抜された聖剣適合者の軍勢、それがオルレアン聖剣団。

 私が心血を注いで作り上げたこの団は、標準装備として量産型エクスカリバーと抗魔力に優れる法儀礼済み制服を配備されている。

 じっくり時間をかけて訓練を積めた事もあり、装備だけと笑われない程度には高い錬度を有している自負もある。

 唯一の泣き所である経験不足も特に問題にはなっていないし、今の所は曹操の要求するプロパガンダに相応しい戦果を挙げられていると思うの。

 あえて問題点をピックアップするなら、せっかく副団長へと大抜擢したイリナが”ちょっと魔女を狩ってきます”と言い残し単独行動を始めた事くらいかしら。

 腕っ節も強く私への忠誠心も崇拝レベルの子だから、人の話をちゃんと聞きさえすれば非のつけようが無い人材なんだけどね……

 

「ジャンヌ様が先ほど討ち取った悪魔の正体が判明致しました」

「当たりかしら?」

「序列十三位、ベレトの嫡男。序列十五位以上の単独撃破ならば曹操殿もご満足いただけるのではないかと」

「そこそこ梃子摺ったものねー」

 

 今回の襲撃における英雄派の役割は、あくまでも示威行為。

 英雄が上級悪魔を屠る事の出来る存在である事を知らしめる事が寛容なのよ。

 全ては首領の進める交渉を有利に運ぶための布石。今頃はネームドを一騎打ちで滅ぼした私の雄姿に魔王達が驚いている頃かしら。

 

「ついでに現状報告も宜しく」

「はっ、安否不明の副団長以外に脱落者は居りません。怪我も軽症に留まり全員意気軒昂、まだまだ戦えますな」

「……まったく、あの子と来たら」

 

 中級以上を含む貴族の護衛やら、ホテルの防衛戦力やらを真っ向から叩き潰してもこの程度。このまま順当に研鑽を続ければ、例え曹操と袂を分かつ事になってもコレが手札に残る。

 私は裏切られても抵抗せず、甘んじて処刑を受け入れた先代とは違うわ。

 曹操は尊敬に値する指導者だけど、盲目的に信じられる程の聖者でもない。

 だからこそ派閥政治と笑われようとも、私は私だけの力を求め続ける。

 所詮何も考えず暴れまわるだけのヘラクレスはキリギリス。最後に笑うのは冬を越せるだけの食糧を蓄えたアリさんなのだから。

 

「報告、御苑に赤龍帝が出現。旧魔王派本隊に大きな被害が出ている模様」

「あらら、抑えに回る約束のヴァーリは?」

「今だその姿を見せておりません」

「じゃあ放置で。どうせ英雄派への被害は少ないのでしょう?」

「はい」

「悪魔は悪魔同士潰しあって貰います。人間は賢しく漁夫の利を狙うべきよ」

「御意」

「私達はもう少し暴れた後に撤退。さっさと帰って祝勝会をぱーっとやりましょうか」

「では我らが母国の誇るプレステージュ・シャンパーニュをご用意しませんとな。実は既にシェフをパリより呼び寄せておりまして、宴の準備は着々と進んでいる頃かと」

「私が失敗するとは考えなかったのかしら」

「救国の英雄たる貴方の判断はいつも正しい。ジャンヌ様が過ちを犯したならば、それは誰であろうと避けられない運命であったと小官は考えます」

「……そうね」

「そしてその様な未来は統計的に極めて低いもの。故に出陣前より勝利を確信しておりました次第」

「ご期待に沿えるべく頑張るわね」

 

 ああ、重たい。この男の盲目的な献身が重荷で仕方が無い。

 さすがは聖女の追っかけを拗らせて錬金術に傾倒した狂人の末裔と言った所かしら。

 彼は先祖から血と名を受け継いだ当代のジル・ド・レ。私のように魂を継承した訳でもない普通の人間の癖に、初代と同じ妄執を抱く不思議な男なのよ。

 私が現代でジャンヌの銘を継いだ事を聞きつけ現れた彼は、躊躇うことなく英雄派へ合流。持ち前の有能さで成り上がり、気付けば参謀に納まっているから恐ろしい。

 大学生の私と比べて現役高校生と若く、ハンサムで実家は古くからの大金持ち。おまけに才気溢れて気も利く素敵人材なのだけど、ぶっちゃけストーカー気質で気持ち悪い。

 可能ならチェンジを願い出たいレベルながら、残念な事に兵站を含めた一切の面倒事を切り盛りする彼を手放せないのが憎たらしいわ。

 

「さーて、お姉さんもう少しだけ働こうかしら」

「なれば分不相応な野外ステージに我らの証を掲げては如何でしょう」

「そっちの方には魔王級のネームド居ないのよね?」

「確認済みです。航空戦力もタンニーンごとラードゥンが押さえ込んでいますのでご安心を。今回は部下達に実戦の空気を感じさせる事が肝要。無理をしてあたら兵を失う愚作を小官は好みません」

「出来る男は大好きよー」

「光栄の至り」

 

 芸術家気取りの悪魔が立てたステージに私の旗が翻るのは確かに面白い。

 部下を引き連れて進軍を開始した私はとても上機嫌だった。

 そう、この瞬間までは……

 

「これは誘い込まれたのかしら?」

「……斥候の報告を鵜呑みにした私の失態でした。しかし、周囲の魔力反応は規定値内。間違いなく規格外の悪魔がこの周囲に居ない事だけは確かです」

「まぁ、何が出て来ても私が斬れば問題無い……と言いたい所なのだけど」

「何か懸念が御有りですか?」

「普通に考えて、罠のど真ん中でこんなBGMを流すと思う?」

「定石ならば荘厳なクラッシックが定番かと」

 

 私達が観客席側から進入を果たした瞬間、流れ出したのは軽快な音楽。

 そして、アップテンポ調のソレのイントロが終わりを迎える寸前に動きが生まれた。

 暗闇に隠されたステージの中央に多方向からスポットライトが照射され、露になったのはまだ幼い女の子の姿だった。

 小柄で華奢な体と光を受けて輝きを増す金糸の髪。濡れた様に艶やかな瞳にちょこんと乗る鼻は小さく可愛らしい。

 何と言うか、女の目から見ても暴力的に綺麗な娘よねー。

 

「って、これってまさか」

「はてさて、我々の誰がチケットを購入していたのやら」

「アイツらじゃないかしら……」

「後で処分しませんとなぁ」

 

 少女が手にしていたのは武器ではなくマイク。

 装いも戦いとはベクトルが真逆のフリルに彩られたアイドル衣装だ。

 そんな彼女が何をするかと問われれば、それは当然コンサートと私だって答える。

 しかし忘れてはいけない。

 ここは武道館でも横浜アリーナでもなく冥界。

 そして今は戦争の真っ只中であると言う事を。

 幼さの中に凛とした力を感じさせる声が歌を紡ぎ始め、さてはセイレーン系の音波攻撃かと身構える私は、それが杞憂である事を身を持って知った。

 ぐいぐい引き込まれる歌声には魅了されるけど、それは魔力だの霊力だのに頼らない唯の純粋な実力だって素人でも分かる。

 だって顔を引き攣らせてジルが指差す先では、明らかに最初から準備していたとしか考えられないサイリウムを一糸乱れぬ統率で振る少なくない団員の姿があるもの。

 洗脳されるにしても、相当前から仕込まれていた証拠でしょうよ。

 

「……ちょっと目を放した隙に悪魔と裏切り者達で満席じゃないの」

「幸いにしてステージに夢中で戦うどころの騒ぎではありません。が、下手に邪魔をすればどうなるのやら。とりあえず退路だけは確保して様子を伺うのが吉かと」

「せめてもう少し良い席なら良かったのにね。お姉さん、ちょっとご不満かも」

「次はS席をご用意致しましょう」

 

 もう何がなにやら分からない。

 押し寄せた彼女のファン達は行儀良く歌に酔いしれ、しかし熱気を全身から発散させながら偶像の一挙手一投足を見逃すまいと真剣なご様子。

 ねぇ曹操、これも想定内なの?

 私は謎のカーニバルに捕らわれて混乱してるわよ?

 

『みんなー、冥界進出記念ライブに来てくれてありがとーっ!』

 

 あら、今のはオープニングだったのね。

 てっきり清楚な感じかと思っていたら、元気っ娘路線とは驚き。

 どれどれ、歌唱力とルックスは特S級だけど……MCはどうかしら。

 

『実はサプライズとして、特別なゲストさんをお招きしちゃいました』

 

 さてさて何が出―――

 

『はいっ、この方です』

 

 突然ライトアップされたのは私だった。

 空気を読んでジルすらも光の輪から離れる中、やっと私は理解した。

 衆人環視の下でこのジャンヌ様を倒すお膳立て……ふふ、面白い趣向じゃない。

 どんな状況であれ、戦いがお望みなら喜んで受けて立つわよ!

 

『この私の名を騙る偽りの英雄さんこと”自称”ジャンヌ・ダルクさんに盛大な拍手をお願いしまーす!』

 

 はぁ!?

 

『ジャンヌさん(笑)が固まっちゃったから、一先ず次の曲いっくよー!』

 

 彼女が何を言っているのか分からない。

 ぐにゃりと視界が歪む中、この場の支配者たる少女は何処からか取り出した旗をバトンの様に回しながら最高の笑顔で続けた。

 

『ジャンヌちゃんの神器と同じ十八番。はい、それはーっ?』

「「「聖なる御旗の下に!」」」

 

 観客の心を掴んだジャンヌちゃん(?)の背後にバンドメンバーとバックダンサーが現れたのを見た私は無意識の内に頬を抓っていた。

 あれ、おかしいな。普通に痛いわよー?

 認めたくないけど、あの旗に描かれてるのって間違いなく”私”の紋章よねー?

 順風満帆の明るい未来は何処にいったのかしらー?

 ねえねえ、これって現実だったりするのー?

 もう何がなにやら。

 でも、一つだけ分かる事がある。

 えーっとね、本能的に彼女は偽者じゃないと認めちゃったかも。

 ごめん曹操、私はもうだめかもしれない。



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第47話「光と影」

人材が引っこ抜かれたリアス眷属に続き、英雄派も弱体化を開始。
今回の一件が明るみに出る事でスポンサーも減る事間違いなしでしょう(鬼


「ゲホッ!?」

「おいおい曹操君、紳士たるもの常に平常心を保たんと駄目だぜ?」

「こ、これは貴方の仕込みかっ」

「おうよ」

 

 調子の良いヘラクレスとジャンヌの無双に満足げな笑みを浮かべていた曹操も、まさかこんな事になるとは思って居なかったらしい。

 敵から出されたドリンクを疑いもせずに飲む器量を持ちながら、あまりにもアレな事態に自制心が崩壊。口から珈琲を噴き出し、歳相応の素顔を晒す余裕の無さである。

 

「実は常々悩んでいた。お前達は我こそは著名人の襲名者であると声高々に主張するが、その根拠は何だ? 是非とも無知な俺に教えてくれないか?」

「対象となる人物の魂を受け継いだ者こそ英雄ですよ」

「その理屈は通じねぇよ」

「何故」

「じゃあお前は魂とは何か具体的に答えられんの?」

「……無理です」

「ならば科学サイドの見解を述べよう。仮に特別な力を与えてくれる英雄の魂なる物が在ると仮定して、それが―――例えば曹操の魂であると言う証明は現時点で不可能。そして証明できないイコール、只の自己申告止まりの信憑性しか無いと判断せざるを得ない」

「……対象の記憶や知識の断片を得ている場合もある。これを持って証拠と認める事は無理でしょうか」

「アウト。書物に記された事実は誰でも知り得る情報だから意味を成さんし、本人だけが知る秘密も逆説的に証明する事が出来ねぇ」

「くっ」

「つーか旧曹操と現曹操を比較する元データが無いのに、それが同じ物だと言える訳ねぇだろ馬鹿。それは聞きかじっただけの知識で再現した黒い水を、これぞ本物の珈琲とドヤる馬鹿と同じだぞ?」

「こ、これは手痛い」

「べっこり凹んでるトコ悪いが、もう一発追撃だ」

「まだあると……」

「お前も知っている連中を例に挙げよう。例えば関羽を継いだ爰乃なら赤兎馬、ジークフリートを名乗る男はグラム。ある意味で名刺代わりとなる代名詞を持ってる連中は、例え偽者だろうが世間が認めてくれるだろうよ」

 

 一拍。

 

「しかし演義ですら大した武力も持たない人材コレクターな曹操が、異国で異教の聖異物を振りかざす事に違和感を感じない奴は居やしない。嘘だと思うなら”ロンギヌスの槍を装備した曹操が現代に蘇って、ジャンヌ・ダルクやヘラクレスを率いて悪魔と戦う事になりました。実は俺が当人なんですけど信じてくれます?”って誰かに聞いてみろ」

「黄色い救急車を呼ばれそうですね……」

 

 各々の伝説を保有している連中すら、何処まで行っても”自称”の冠は外れない。

 この事実を忘れ、本物になったつもりでいても所詮は欺瞞さ。

 箔付けを怠ったお前達の泣き所を決して見逃さない俺、超かっけー。

 

「しかし、アイツはお前ともジークフリートとも違う」

「……後から出てきたジャンヌの事ですか」

「その通り。負ける勝負が嫌いで、勝てる算段がつかない限り堂々と逃げる俺の秘蔵っ子を舐めるなよ? 何時までも弱点を放置するお前達とは違うんだぜ?」

「貴方はどれだけの切り札を隠し持っているんだ!?」

「必要に応じて何枚でも準備するとも。まぁ、論より証拠。ここからは俺の興行だ。御代は要らんから、心行くまで楽しんでくれや」

 

 お前の失態は優等生過ぎたこと。

 冥界三国志案はそこそこ面白いが、事前に想定したパターンの一つでしか無かった。

 特に見所も無いテンプレな三文芝居で無駄な時間を浪費させられたからには、相応の礼をせんと気が済まんのよ。

 何せ実際に収穫するかどうかは気分次第にしろ、俺はとっくに風雲児のサイラオーグを呼び水にした乱世の種を蒔き終えてる。

 欲しかったのは斜め上の発想なんだぞ? 少しは常識の枠を超えておっぱい神とやらとコンタクトを取り出した赤龍帝のマジキチっぷりを見習えや糞ガキ。

 

「ははは、アザゼルも人が悪い。まさか彼女を連れて来ているとは思いませんでしたよ」

「英雄が乱入してくるのは予想外だったが、お披露目には最適なタイミングだろ?」

「どう考えても全て織り込み済みでしたよね? と野暮なツッコミは致しません。大事なのは結果であり、過程はおまけというもの。今は堕天使に見出され、天使に祝福された聖女が、三大勢力を繋ぐ架け橋となる歴史的な瞬間に立ち会えた事を神に感謝致します」

 

 何も知らないサーゼクスと、俺の裏切りにいっぱいいっぱいな曹操を尻目に、俺とミカエルはほっこりとした顔でアイツの映るディスプレイを眺めていた。

 

「き、君達、私だけ蚊帳の外なのは気のせいだろうか。天使と悪魔を繋ぐ少女とは何だね? そもそも現状すら分からないのだが?」

「サーゼクス、細けぇ話はいいんだよ」

「だから話を―――」

「イッツショーターイム!」

 

 二曲目をキッチリ歌い上げ、万雷の拍手を浴びる少女の第二幕が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 第四十七話「光と影」

 

 

 

 

 

 気が付くと、そこはステージの上だった。

 誰かに連れてこられたのか、それとも自分の足で歩いてきたのかも覚えていない。

 それくらい私の精神は追い詰められていたのだと思う。

 

「さーて偽者さん、みんなが見ている前で白黒はっきりさせよっか」

「ふ、ふん、偽者が言うじゃない」

「えー、まだ粘るの?」

「当たり前よ!」

 

 そう、この娘の正体が何であれ彼女の主張を受け入れる訳にはいかない。

 偽者のレッテルを貼られてしまえば英雄派にも居られないし、手塩にかけた聖剣団も不信感から私の手より離れていってしまう事も明白。

 かと言って分が悪いと背を向ければ偽者であると認めた事になり、論戦の敗北も致命傷となってしまう。

 これぞ避けられず、負けられない戦い。

 

「じゃあジャンヌちゃんと偽者さんを比較してみよーっ!」

「望むと―――なにそれ!?」

 

 少女が合図をすると、背後の大型液晶に”徹底検証、本物はどっち?”とデカデカと表示されてびっくり。

 いきなり主導権を奪われた私は、悔しい事に後手に回るしかない。

 

「先ずは神器から。ジャンヌちゃんのは”聖なる御旗の下に”。見ての通り旗の神器で、効果は味方の鼓舞っ!」

「私は”聖剣創造”。ありとあらゆる聖剣を無限に作り出すものよ」

「んと、それってジャンヌ・ダルクと何か関係あるのかな?」

「……無いわね」

「はい、先ずは一勝っ!」

 

 ま、負けた。

 自分の神器について疑問に思ったことも無かったけど、言われてみればジャンヌと聖剣の因果関係は薄い。確かに彼女は聖剣を佩いてはいたが、銘も活躍の機会すらも与えられなかったソレは騎士の象徴としての役割しか果たさなかった。

 聖処女と言えばやはり旗。

 いかなる戦場でも常に翻っていた百合の花の軍旗こそ代名詞だと私も思うもの。

 

「次はそっちの得意分野いってみ―――」

「言わせておけば、ぬけぬけとっ! この無礼者めがぁっ!」

 

 組織には空気を読めない人間が少なからず混入してしまうもの。

 下手に力に訴えればこちらの立場が悪くなる事も考えず、感情に任せて斬りかかった馬鹿三名の凶行を何処か他人事の様に受け止めてしまった私の反応は酷く鈍かった。

 神器を起動しても間に合わず、取り押さえるにも手が足りない。

 一瞬だけジルのアシストに期待するも彼は客席最前列にまで下がっていた事が災いし、背後からの飛び出しに対して一歩さえ踏み出せていない状況が見て取れる。

 英雄とは、その名に恥じない立派な行動を示す者を指す。

 故に丸腰の少女を配下に斬らせて責任逃れを図る指揮官を人は決して認めない。

 それが特に聖女を自称する存在ならなおさらだ。

 だからお願い、どうにか乗り切って。

 私には彼女の力に期待する事しか許されていない。

 

「全員、手出し無用だよ?」

 

 客席へウインクを飛ばす余裕を見せたジャンヌの対応は迅速だった。

 手にしていたマイクを武器に見立てた両手持ちを取ったかと思えば、次の瞬間にソレは本物の剣へと変貌。堂に入った構えで、挑戦者を待ち受ける姿勢は正に騎士のソレだ。

 って、ちょっと待ちなさい。その見覚えのあるフォルムに漏れ出す圧倒的な聖なる波動……ひょっとしなくてもエクスカリバー?

 しかも量産型でオミットされた擬態の能力を備えてるですって?

 それってつまりオリジナルってことよね!?

 

「リズムが大切なのはダンスも同じ。どんな時でも可憐に舞うのがアイドルのお仕事っ!」

 

 直線的に向かってきた一人目をスカートを膨らませるターンステップで避け、そのまま勢いを殺さず無防備な背をエクスカリバーの腹で殴打。間髪入れず跳躍からの上段斬りを狙う二人目の量産型聖剣を真作の刃で切り落とし、持ち手を反転させつつ同じ軌道で跳ね上げて柄頭での一撃を優雅に見舞う。

 三人目に至ってはあまりにも鮮やかに捌かれた事で立ち止まってしまう有様。そんな彼にジャンヌが何をするかと思えば、にっこり笑って手を握るだけ。

 困惑顔で倒された仲間を拾い戻って行く姿は観客席に闘争とさえ映らなかったのだろう。

 サプライズイベントと捉えて居なければ”いえい”などと言いつつポーズを決める主演女優に拍手と賞賛の声が降り注ぐ訳が無いと思う。

 

「これがジャンヌちゃんの技量っ!」

「控えめに言っても五分と言った所かしら。歳の割りにやるじゃないの」

「だけど武器の差は歴然。使いこなせているのは”破壊”、”天閃”、”祝福”くらいだけど、廉価版には負けないと思うなー」

「悔しい事に禁手を使っても並ぶか怪しいわね……」

「これで強さジャンルでもジャンヌちゃんの勝ち。勝利のサイン、ぶいっ!」

 

 何で挑めば勝てるのか、見当もつかない。

 例えば容姿。どちらの眉目が優れているかを競わず、再現度の高さを争うにしても肝心のジャンヌ・ダルクの容姿がさっぱりも分からない。

 生前の肖像画が存在せず、髪の色すら諸説入り混じる不明瞭な英雄って何なのよ。

 曹操もそうだけど、記憶や知識を受け継いでいない私達って曖昧な存在よね……

 

「続いてはコレっ!」

「WIN?」

「あなたの負けが確定しているプラス、最終宣告でーす」

「毒を喰らわば皿まで。聞かせて貰おうじゃない」

 

 大型液晶に映し出された三文字を見た私は、もうどーにでもなーれとやけっぱち。

 チェックメイトの宣言を心の何処かで待ち侘びていたのだと思う。

 

「実はジャンヌちゃん、教皇庁から二代目認定を受けています」

「はぁっ!?」

「天界のミカエルさんも太鼓判を押してくれたし、アザゼルさんも神器がジャンンヌ・ダルク由来だって鑑定書も発行してくれました」

「外堀が埋まってる!?」

「複数の公的機関認証を受けたジャンヌちゃんに対し、貴方は何を持って本物を謡うのかな? ”何処”の”誰”が”どのように”証明してくれるのかな?」

「あの、その……ええと」

 

 私はミドルスクールへ上がる頃に英雄として覚醒して以来、自分こそが現代に蘇った悲劇のヒロインだと信じて今日まで生きてきた。

 人に好かれる天性のカリスマ性はオルレアンの乙女の証明。

 生まれ持った聖剣を産み出す神器は天に愛された証拠。

 そう、思ってきた。

 

「何よりも、魂なんて不確かなものに頼る貴方は最初から負けているの」

「!?」

「自分がやりたい事をやりたいようにやって、その結果を周囲が評価した上で付けられるのがニックネームだもん。実情を伴わない二つ名は”自称”だと思わない?」

「そう、ね」

「民衆の同意を得られない英雄がドンキホーテ。風車に巻き込まれる前に現実を見たほうが良いと思います」

「……負けを認めるわ」

「はーい、これにてQED。十分の休憩を挟んでライブ再開するよーっ!」

 

 嗚呼、やっと分かった。

 私が彼女に感じた本物の風格は、太い背骨に支えられた溢れる自信が原因だ。

 世界に支持され、押しも押されぬブランドを継承したが為の強さ。

 それを持たないからこそ全てが終わったんだ、と。

 花道を歩むのはこの娘、部隊袖からひっそりと消えるのが私。偽りの王を見限った団員が次々に離れていく中、私ではないジャンヌへの歓声が眩しくて仕方が無い。

 何処で道を間違えたのだろう。

 そんな後悔だけが頭の中で渦巻いていた。

 

「ここからはオフレコだよ?」

「まだ何か言い足りないのかしら」

「うん」

「二度と会う事も無いでしょうから聞いてあげるわ……」

 

 負け犬に何の用か。人気の無い舞台裏の隅で呼び止められた私は、幽鬼も真っ青の死んだ目で輝く太陽へと向かい合う。

 そして好きにしなさいとぼんやり立っていると、耳元に寄せられたのは唇だった。

 

「本物はきっと貴方」

「……はい?」

「ジャンヌちゃんは英雄さん達に共通する脅威の身体能力も、過去の英霊さんとの邂逅経験も持たない只の神器を持った人間だもん」

「!?」

「わたしは先生の誘いが面白そうだったから、周囲の期待を受け入れる器として”ジャンヌ”を襲名した一般人だしねー。この名前も芸名みたいな感じだよ?」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、私は我慢の限界を迎えていた。

 無意識の内に擬似聖剣を作り上げジャンヌを突き飛ばす。

 

「ふふふ、ふざけるなぁっ!?」

「悔しかったら本物が日陰を歩き、偽者が日向を歩く現状を打破して欲しいな。ジャンヌちゃん的にも遊び相手は本気で取り組んでくれる方が楽しいしねっ!」

 

 聖女と認めてやったら、突然魔女としての本性を表した少女に怒り沸騰。

 しかし冷静さを失っては戦いに勝てないもの。

 最後の理性で煮えくり返る内心を押さえ込み、搾り出すように言う。

 

「……ここで無様に騒いでも悪足掻きと笑われるだけ。抗う理由が出来たからには、今日の汚名を受け入れて明日の為に退きましょう」

「その意気、その意気。先生に怒られる覚悟で暴露したんだから、盛大に足掻いてくれないと! 」

「人をおちょくる天才過ぎて逆に尊敬しちゃいそう。次に相見える時はジャンヌ・ダルクではなく、フランセット・アバックとして字を取り戻すべく挑むわ」

「ジャンヌ・ジルベスタインもその挑戦を何時でも受けると約束します。やっぱりライバルが居ないと萌えじゃない燃えないよねフランちゃん!」

「気安く呼ぶ―――え、ジャンヌは本名だったの」

「いえーす! 次のコンサートもチケット送るからちゃんと来てねっ!」

「死ねっ!」

 

 かくして私は全てを失い冥界を後にすることになる。

 しかしパンドラの箱ですら一欠けらの希望は残っているもので。

 

「落ち目の私に着いて来ても損をするだけよ?」

「いえいえ、他がどうであれ小官の女神はフランセット嬢唯一人。なぁに、貴方様ならばジャンヌの称号を遠からず取り戻せるでしょうよ。それに恵まれた環境しか味わった事の無いこの身、ゼロからの再出発に尽力するのもまた一興」

「……その口ぶり、聞いていたのね?」

「副官の務めかと」

「それを知った上でなら好きになさい」

「御意」

 

 農村で天恵を受けたと電波全開でボッチだった先代と比べれば、最初から優秀な副官を持ち自分の為だけに再起を図る私のスタートはイージーモードだ。

 この程度の逆境を跳ね返せないようでは、とても英雄の名は名乗れない。

 

「さし当たっての提案が一つ」

「何かしら」

「最近は禍の団関連の業務で休暇を取得できておりませんでした。スケジュールにも穴が開きましたし、リフレッシュの意味合いも込めて避暑地で羽を伸ばされては如何か」

「そうねー、せっかくの夏休みだものねー」

「ならばスイスがお勧めですな。小官も久々に夏スキーで汗を流したく」

「曹操から軍資金をふんだくる前だったからお金ないわよ?」

「ご安心を。ド・レ家の別荘をロハで使えば問題御座いません」

「桃色の魂胆が見え見えだけど、忠義に免じて乗ってあげる」

「はっはっは、それでは祖国フランスへ退却―――もとい転進」

 

 真贋はどうであれ、英雄からその他大勢に落ちぶれた私に変わらぬ態度を見せるジル。

 ひょっとすると彼だけは最初からフランセットを見ていたのかもしれない。

 近づいてきた動機が何であれ、内面が変態であれ、嬉しくて堪らなかった。

 この場で告白でもされればコロっと行ってしまいそうな私は意外にチョロい。

 

「最後に笑うのは私よ」

 

 奇しくも絶対の敵から身分を保証された私の戦いはこうして始まるのだった。



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第48話「天龍の挽歌」

 素人が政治の世界に首を突っ込めば、大抵の場合において面倒毎に巻き込まれるもの。

 そう信じるが故に窓の外の喧騒を他人事と割り切った。

 冥界の趨勢に興味の無い私は、今回の事件に関わるつもりが一片も無いのです。

 

「只今戻りましたのでご報告致します。予想通りと言うべきか、代えの利かない大貴族の当主達を守らざるを得ない現魔王派がやや劣勢。ホテルへの最終防衛ラインが破られるのも時間の問題と見受けられました」

「最大戦力の魔王少女も、お荷物を背負えば本来の力が出せないと。一度魔王とやらの力をこの目で確かめてみたかっただけに残念です」

「何れその機会も訪れまし―――おっと、もう一つ報告が。道すがら遊撃中の小猫に遭遇しまして、足手纏いとなっていたアーシア様を預かりました」

「その割に姿が見えないけど?」

「本人の希望通り、パーティー会場のリアス様に引渡し済みで御座います。特殊な立場の我々と合流させるのは不味いと判断しましたが、問題でしょうか?」

「適切な対応です。今暫くは静観を続けますから、体を休めて次に備えて下さい」

「御意」

 

 事前に襲撃が在る旨を先生に伝えられていた私は、パーティーに参加せずホテル上階のスイートルームで眷属共々待機。事件の発生を待ち、本職の弦さんを偵察に出した次第。

 まぁ、禍の団の目的は反体制派の力を現政権に見せ付ける政治的アピールとのこと。

 本気の殲滅戦ではありませんし、暴れるのは悪魔達だけで十分。

 私は降りかかる火の粉だけ払っていれば十分でしょう。

 

「転送と通信系魔法が妨害されている今、マイロードの判断は妥当ですわね。鬼灯が守りを固めるこの部屋で下手に動かず、救援を待つ事が得策とわたくしも思いますの」

「結界、完璧。我、太鼓判。アン居れば攻めれた、残念」

「……フルメンバーで無い事が悔やまれますわ」

「同意。ラードゥーン、来てる。倒す、めどい。心底、めどい」

「聞かない名ですわね。強敵ですの?」

「攻撃力微妙ドラゴン。硬い、とにかく硬い。我、最大火力でも微傷」

「貴方でそれなら、わたくしの炎は通りそうもありませんわね……」

「弦、何も出来ない。レイヴェル、普通」

「お気遣い痛み入りますわ」

 

 所詮今日の私は選手ではなく外様のお客様です。

 安全面はホストのレヴィアたんが保障してくれるのに、過剰戦力を連れて押し掛ければ仮にも魔王を信用していないと暗に示す事は明らか。

 不義理を働くわけにも行かず、ライザー眷属全員に勝ち越す事に夢中なゼノヴィアと、お堅い行事にもレーティングゲームにも興味の無いアンは、本人達の意向も汲み取りフェニックス邸に置いて来ざるを得なかった訳でして。

 全ては先生が悪い。何が言い忘れていたですか。

 会場入りした後に突然言われても対抗策は打てませんよ。

 敵に鬼灯をして厄介と評する化け物が混じっていると知った私は、堕天使特有の適当さに思わず溜息を一つ。嗚呼幸せが逃げて行く、と己の不幸を嘆いた時だった。

 

『DIVIDE!』

 

 すっかりお馴染みの宣言が響くのと同時、幾重にも貼られた結界を力技でこじ開けるその暴力。堂々と客室の扉から現れたのは、最早お馴染みの銀髪暴君の姿だった。

 

「探したぞ」

「あれ、禍の団のお仕事は? もう終わりなの?」

「野暮用で参戦が遅れた。俺の出番はこれだからだな」

「じゃあ、出勤前の報告とか?」

「違う」

「?」

 

 ヴァーリは禍の団での地位を守る為、地味にマークされているイッセー君を押さえ込む役割を担っていると聞いている。

 間諜としての役割も大事ですが、やはり因縁の深い二人です。

 再戦を邪魔しては野暮と、ホテル入り前に笑顔で送り出した私に何の用事なの?

 

「お前の力を借りたい」

 

 天上天下唯我独尊を地で行く俺様の口から、他人を頼る発言が零れていた。

 良い兆候だとは思う。だけど、あまりの在り得なさに驚きを隠せない。

 思わず額に手を当てて熱を測る私は、極めて平静だと思います。

 

「熱は無いみたいだけど、頭でも打った?」

「何故にそうなる」

「過去の自分を振り返って、よーく考えなさい」

「それはさておき」

「切り返しを覚えたと喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……」

「時間が無いから話を聞け。これ以上の遅刻はさすがにマズイ」

「はいはい。で、私は何をすれば? 暇潰しに何でも付き合いますよ?」

「よし、ならば俺の言う通りにしろ」

「内容に触れない辺り、嫌な予感しかしませんね。早まったかな……」

 

 コカビエルさんの時は磔にされ、先生の時は自分で自分を貶めた。

 過去の実例を振り返るまでも無く、人外の頼みを聞いて碌な目に遭った試しが無い。

 

「……万が一にも姫様に害は有りませんね?」

「信用出来ないならお前も来い。俺の言葉に嘘偽りが無い事を自分の目で確かめろ」

「毛筋ほどの怪我でも負わせたならば斬る」

「俺とて爰乃を第一に考える兵士だぞ? そんな事になれば喜んで首を差し出すさ」

「話を遮り申し訳ありませんが、わたくしも同行して宜しくて?」

「俺の勝利を称えるギャラリーは多いに越した事は無い。鬼灯、お前も来るか?」

「肯定」

「全員俺について来い。新世紀の白龍皇と赤龍帝の戦いを見せてやろう」

 

 てっきりイッセー君のヘイトを高める起爆剤、もしくは”これが俺の王だ”と自慢されるだけの役割を期待されているんだろうなーとタカを括っていた私です。

 しかし、そんな予測も次の発言で吹っ飛ぶ事になる。

 

「さて、最後のピースたるリアス・グレモリーを拉致ろう」

「は?」

 

 ちょっとこの男が何を言っているか分からない。

 だけど良からぬ予感は在るので、あえて”まさかあんな事になるとは”とは言いません。”やっぱり酷い目に遭った”と愚痴る確信を持つ私は、せめてさっさと終わって欲しいとだけ切に願うのだった。

 

 

 

 

 

 第四十八話「天龍の挽歌」

 

 

 

 

 

 実は俺って強いんじゃね? と錯覚する程に千切っては投げ、千切っては投げ、イッセー無双は続く。稀に遭遇する量産型聖剣使いも技量はイリナ以下。熱湯風呂に体が慣れた後に入る熱めの風呂の如く、大して苦戦しない中ボス程度にしか脅威を感じていない。

 ちなみに小猫ちゃんは

 

「……お互い支援は出来ませんし、ここは別行動でスコアを稼ぎましょう」

 

 と、言い残して既に姿を消している。

 やはり殴る蹴るしか出来ない同型が並び立っても処理能力が上がるだけ。

 せめてオールレンジ型な木場とのタッグなら話は別だったんだと思う。

 つっても、そろそろ雑魚の駆除にも飽きてきた。

 ぼちぼち敵の本隊が攻略中のホテル側に移動してネームドに挑む頃合だな。

 今の俺が何処まで上に通じるか試そう。

 そう決めた俺は、一際大きい花火の上がる空を見上げて獲物を探す。

 するとこれが運命と言うものなのか、奴の方から来やがったんだ。

 光の尾を引きながら飛来したのは宿命のライバル、白龍皇ヴァーリ。

 鎧すら纏わず現れたヴァーリは、空気を読まない気軽さで言う。

 

「久しぶりだな、兵藤一誠」

「顔は合わせてねぇが、何度か携帯で話したお陰で久しさを感じないぞ」

「それもそうか」

「で、まさかトチ狂ってお友達にでもなりに来たんじゃないよな? 最近のお前の言動は控えめに言って常軌を逸してるから、一概に否定出来ないのが怖い」

「安心しろ、俺とお前は水と油。永遠に交わる事のない敵同士であると保障しよう」

「その程度の正気は保っていたか」

「俺は常に正気だが?」

「無自覚って怖いな!」

 

 やはりこの害虫、早めに駆除しないと後々に禍根を残す気がしてならん。

 まだ分岐前だが、幼馴染ルートを邪魔する障害は全て取り除く。

 ハーレム王を目指す端くれとして、その程度の気概は持たないとな!

 

「端的に用件を伝えよう。認めたくは無いが、前回の戦いは事実上君の勝ちだった。だからこそ俺は再戦を挑む。本当の格上がどちらか証明する為に」

「それを言われちゃ逃げる訳にもいかねぇな。俺としても結果はともかく、過程は完全に負けたと思っていたよ」

「それでこそ我がライバル。今こそ真の決着を付けようじゃないか」

「上等だっ!」

 

 勇ましい事を言いつつも、ぶっちゃけ真っ向勝負を挑めば俺の敗北は必死だ。

 悔しい事に前回の勝利は殆ど奇跡。その証拠に寿命を代価に産み出した赤龍帝の烈光翼は、あれ以来一度も発現出来て居ない。

 せめてヴァーリが余裕ぶっこいて昼寝をする兎ならまだしも、一定ペースで進み続ける足の速い亀なのがキツイ。

 俺が成長すれば、その分だけこの男も強くなっているのは確実だろう。

 だが、常に勝率はゼロじゃねぇ。冷静にチャンスを見逃さなければ勝機は必ず在る。

 そんな決死の覚悟を決める俺だったが、どうにもヴァーリから敵意を感じない。

 

「兵藤」

「何時でもいいぜ?」

「俺はホームグラウンドである”強さ”で挑み、そして敗れた訳だ」

「うん?」

「それなのに、またしても一方的に俺の得意分野で競うのはいささか不公平」

「お、おう」

「そこで考えた。メジャーリーガーが野球に特化した存在であるように、君もまた一つのジャンルで名を轟かせる特化型。ならば、そこで勝利してこそ本当の価値があると」

「ちょ、ちょっと待て。俺はずっと帰宅部だし、習い事もやった事ねぇぞ?」

「ははは、君にはアレがあるじゃないか」

「思い当たる節が―――って、ま、まさかっ!?」

 

 確かに兵藤一誠を一言で表現する単語が一つだけ存在する。

 しかし、それは余りにも理不尽が過ぎやしないだろうか。

 頼むからソレを口にするな。

 既に何事かを察したドライグの慟哭が始まってるんだぞ!?

 

「そう、俺は君にエロ分野で挑戦する!」

 

 あー、言っちゃったよこの人。

 

『どらいぐくん、どらいぐくん』

『どうしたんだい、あるびおんくん』

『ぼくがくびをつるにはどうしたらいいのかな』

『あはは、ぼくはもうためしたけどできなかったよ』

『せいしょのかみって、おにだね。いっそほろぼしてくれればよかったのに』

『まったくだね』

『すこしつかれたからぼくはねるよ。めがさめればわるいゆめがおわるとしんじて』

『ぼくたちのますたーとらいばるが、そろってへんたいなわけないもんね』

『またね、どらいぐくん』

『きみとはなせてすこしらくにったよ。ばいばい、あるびおんくん』

 

 神滅具を有する魔王の血統と言う世界のエラーであり、アザゼルが言う所の”僕の考えた最強の白龍皇”が放った言霊は余りにも強烈だった。

 その破壊力は殺しても死なないと悪名高い二天龍の精神を一撃で破壊し、さらに幼児退行を引き起こす副作用まで生んでいる。

 三枚目の俺なら許されるかもだが、超絶イケメンが真顔でコレを言う……だと?

 ありえん、ありえちゃいかんだろ!?

 

「不思議とアルビオンの様子がおかしいが、それも些細な問題だ」

「あ、はい。ウチの子の事も気にしないで下さい」

 

 アルビオンの心を砕き、ドライグに止めを刺したのはヴァーリだが、下地を作ってきた俺に何かを言う権利は無い。

 幾ら呼びかけても反応を返さない相棒よ、俺はお前を信じているぞ。

 だってお前は今まで変態御主人様に耐えて、最後にはおっぱいドラゴンでも構わないと頷けるだけの柔軟性を発揮したじゃないか。

 お前のツッコミが無いと寂しいからよ、早く戻って来いよ?

 

「決戦の舞台は用意してある。着いて来い、兵藤」

「よく分からんが、エロさで俺に挑む無謀さを教えてやるぜ!」

 

 赤龍帝と白龍皇の長い歴史において、史上最低の戦いが幕を開けようとしていた。



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第49話「第二次天龍大戦勃発」

「なぁ、具体的にはどうやって競うんだよ」

「詳細は知らんな」

「は?」

「俺だけが事前に諸条件を知るのはフェアじゃないだろ?」

「そりゃそうだが……」

「だが安心しろ、全てはその道のプロに委ねてある」

「プロ、だと」

「そうだ、その男はお前も知る偉大なる馬鹿。かつて約束された栄華を捨てでも女の乳を選び、周囲の嘲笑を物ともせず世界と戦えるだけの組織を作り出した漢だ」

「……アザゼル?」

「何か不満が?」

「お前のボスが用意する勝負って俺に不利過ぎじゃね?」

 

 俺は当然のアピール。

 

「アレはそんな漢ではない。万が一にも不正や不公平があればこちらの負けで構わんさ」

「まぁ、お前が汚い真似をする訳もねぇか」

 

 手段を選ばん奴なら、今頃リアルファイトでフルボッコだろうしな……

 

「で、会場とやらはまだなのかよ」

「安心しろ、丁度到着だ」

 

 俺達が向かった先は不思議な事に他の場所の戦闘が嘘の様な静かさで、敵も味方も誰一人として近づかない空白地帯の中心部。ネオンの自己主張も激しいカジノだった。

 厳つい顔の警備員をヴァーリが顔パスでスルーしつつ、乗り込んだのは地下へと続く隠しエレベータ。しかし、おかしな事に何時までたっても止まらない。

 延々と続く落下感に不安を覚えた俺は極めて一般人だと思う。

 が、それもついに終わりらしい。

 つーか、液晶を見りゃ何と驚きの地下20階だぜ? 確か核シェルターですら5階も掘れば十分っつーのに、何に備えりゃこんな深さになるのやら。

 人外って凄ぇなぁと思いつつ、先を急ぐヴァーリの後を素直に追う。

 

「この音は何だと思うよ」

「答えは自分の目で確かめれば済む事だ。違うか?」

「そりゃごもっとも」

 

 通路を進むにつれ、徐々に大きくなるのは人の声だった。

 それも一人や二人じゃない、大勢の人たちの上げる大歓声に聞える。

 やや挙動不審な俺に代わり堂々とした様子で行き着いた先の扉をヴァーリが開ければ、そこはまたしても予想の斜め上を行く人外魔境が広がっていた。

 中央に円形の開けたスペースを置き、周囲をぐるりと囲むのは満員の観客席と一段高い場所から下まで伸びる階段が繋ぐ謁見の間風のお立ち台。

 ソレを見た俺の脳裏に電撃走る。

 これは勝者しか生きて出られないオールオアナッシングの決闘場だ。

 見た目の絢爛さに騙されないよう、気を引き締めていかんとヤバイ。

 

「ふむ、見届け人の入りも上々。これでこそ俺達の戦いに相応しい」

「格好良い事言ってる風だが、エロさを競う時点でシリアス無理だから」

「戦いに貴賎は無い。お前は棋士が身を削る思いで盤面を睨みあうチェスや将棋を、真剣勝負と認めないのか? 彼らの戦いは殴り合いに劣らないとは思わないのか?」

「あ、はい。そうっすね、もうそれでいいです」

 

 これだから真面目をこじらせておかしくなった奴は怖い。

 もう、何を言っても無駄なんだろうな……

 こんなにも変な主人を持ってしまったアルビオンに同情する俺だった。

 

 

 

 

 

 第四十九話「第二次天龍大戦勃発」

 

 

 

 

 

「ようこそ、今宵の闘士達。ジャンヌちゃんは君達を歓迎するよっ!」

 

 コツコツと靴音を響かせながら中央の階段を下りて来たのは、中世貴族風の装いに身を包んだ男装の少女だった。

 彼女がオーバーアクションを見せる度に観客席からは声援が上がり、まるで自分こそがこの場の主役だとアピールしている風にも見える。

 

「先ずは今宵のドラゴン対決をジャッジする審査員をご紹介するね」

 

 説明無しかよ、とあっけに取られる俺を無視してジャンヌちゃん(謎)は続ける。

 その場でくるりとターンをしながら指を一つ鳴らせば、地下から現れるのは審査員席。

 紹介に合せてライトアップされる仕様らしく、先ず正体を現したのは一人の老人だ。

 

「女の尻は触るのが礼儀。ヴァルキリーは全員わしの女! 老いて尚盛んな北欧の主神、オーディンが仕事を放り出して冥界に見参!」

「ふっ、お嬢ちゃんのスカートも必ず捲ると約束するわい」

「パンツルックですけどねー」

 

 ちょ、厨二病が大好きな世界観の有名神だと!?

 

「寡黙な武人は防御も鉄壁。どんなプレイもどんと来い! 嫁は女王様だ文句はあるか! 堕天使が誇るMの化身、バラキエルここに在り!」

「娘には内緒で頼む」

「もう遅いかもですけど、わっかりましたーっ!」

 

 おまっ!?

 

「若手悪魔”彼氏にしたい男部門”に彗星の勢いで名乗りを上げた爽やかイケメン王子は仮の姿。”仲間ってのは、僕の思い通りになる人さ”が口癖。思春期真っ盛りがエロくて何が悪い。腹黒むっつり、木場祐斗が光臨だっ!」

「葡萄と一緒にして欲しくないなぁ。僕はもう少し上手く立ち回るよ?」

「じゃあ、目指せ超越者って事で」

 

 木場ぁぁぁっ、どうしてお前がそこに居る!?

 

「おいコラ待てや」

「どうしたんだいイッセー君」

「部長をほったらかしにして何してやがる。ダチ公……事と次第によっちゃ、俺はお前を許さねぇぞ?」

「おや、君の為の舞台なのに知らないのかい?」

「へ」

「部長がここに居るからこそ僕も居る。こうして審査員席に座っているのも、きちんと許可を得た上での話だけど?」

「りありー?」

「僕は”親友”には嘘をつかないさ。大丈夫、どうせ直ぐに合流する事になるから、今は話を最後まで聞く方が得策だと思う」

「そ、そうだな」

「内輪揉めは終わったかなー? 続けるよー?」

「やってくれ」

 

 よく分からんが、とりあえず部長の安否は問題ないらしい。

 ここは親友の言を信じて、情報収集に努めるとすっか。

 

「では、気を取り直しまして……ゴホン。財は一代、衣は二代、食は三代。全てを兼ね備えた魔王の血統はエロスも嗜むもの。メイドを囲わず何が貴族か! 禍の団、旧魔王派閥を束ねるシャルバ・ベルゼバブがまさかの登場だぁっ!」

「雑種共に本当の萌を教えてやろう」

「メイド押しのシャルバさんに質問です。アイドルはダメですか?」

「デビューシングルは予約済みだよ」

「ありがとうございまーす!」

 

 あるぇー、敵の親玉がふつーに参加してるぞー?

 

「そしてトリを勤めるのはダンディズム溢れる純血悪魔の大御所。絶滅淑女を射止めるまでに流した浮名は数知れず。隠し子が現れても認知するからドンと来い! 王道のプレイボーイことグレモリー卿が推参っ!」

 

 って、部長のお父さんじゃないですか!

 

「ぶ、部長のお父様」

「なんだね兵藤君」

「プロフィールにはあえて突っ込みませんが、グレモリー家って冥界の重鎮っすよね?」

「うむ」

「上は真面目に戦争やってるのに、こんな所で油を売ってっていいんすか……?」

「待ちたまえ。むしろアザゼル氏に頼まれて、私が調停したからこそクリーンな戦争が出来ているのだが?」

「え」

「先ずは現魔王派の観点で考えてみなさい。セラフォルー嬢を旗頭とする現政権はクルゼレイ卿の相手だけで手一杯だ。つまり、何時何処に出現するか分からないシャルバ卿、気分屋の白龍皇等のネームドに備える余力は残されていない。分かるね?」

「増援に来られるとピンチっす」

「次に旧魔王派はどうだろう。自画自賛になるが、私は息子や妻には劣ると言っても強力な部類の悪魔。当然動いて欲しくない。そしてそちらに居られるバラキエル氏は歴戦の猛者であり、同時に堕天使の幹部。未来では敵対する可能性の高い堕天使も、内戦に注力する現状で敵に回す愚は犯せない」

「四面楚歌はきっついですもんね」

「そこで用意した折衷案がこの決闘への参加なのだよ。概ね大災害を引き起こす天龍対決の監視を名目として現政権は私を筆頭に王者を含めた一部の上級悪魔を動かさず、内輪揉めを前面に打ち出して非公式会議に来ている他勢力も関与させない。その代わり、禍の団はネームド級を温存して一定の戦果を挙げ次第速やかに退却する。この他にも裏で幾つもの談合が進められているが、他言は無用に願いたい」

 

 突然の真面目な話にやや頭がついてこないが、言わんとしている事は分かる。

 しかし、だ。

 

「……それって魔王様達は知ってるんすか?」

「いや、一部の有識者だけが知る情報だ」

「なんで!?」

「それはだね、息子やセラフォルー嬢が頑なだからだよ」

「は?」

「独り立ちした一人前の男に言いたくはないが、彼ら若者は世界を白か黒の二色で塗り分ける事しか考えていない。例えば、たかが政争で勝ったからと言って、旧魔王直系の一族から全ての領地を全て召し上げ辺境に飛ばす愚行は見逃せない失策だろう。このありえない処置を見た現魔王派の少なくない重鎮は彼らへ同情的な理解を示し、同時に自分達もそうなるのではと怯えている。つまり、冥界が何時までたっても安定しないのは現政権が原因なのだ」

「そうなんすか」

「兵藤君。誰もが認めた初代ルシファーが統治していた頃の完全なるトップダウンは既に終わり、現在の冥界の社会構造は人間世界で言う所の中世に近い事を覚えておいて欲しい」

「まさかの封建社会?」

「そうだ。自分達の領地で経済活動を含めて完結出来る貴族の力は大きく、かつての人の王と同様に求心力の弱い魔王の権力は極めて限定的なもの。今や議会の圧力すらも無視出来ず、彼らの信を失えば放逐されてしまう極めて弱い存在が魔王の正体だ」

 

 RPGの魔王と違って世知辛いなぁ。

 これじゃあ魔王からは逃げられないじゃなく、魔王は逃げ出したいじゃないか。

 

「それに対し貴族達は、各々が家臣団を抱える一人の王の立場だ。そんな彼らへ、名誉職の癖に力だけは圧倒的な若造が強権を発動すればどうなる?」

「反感喰らいます」

「それが答えだ。だからこそ私は旧魔王派を悪と断じない。やり方はともかく、彼らの怒りは至極当然の権利なのだからね」

「もう、何が何やら」

「同時にこうも思う。旧体制から見ればサーゼクス達が為そうとしている事は暴挙だろう。しかし、それは同時に革新ではなかろうか」

「魔王様が何を目指してるか知らないのでなんとも……」

「君も上を目指すならば勉強が必要だな。この件については自分で調べなさい」

「はいっ」

「結論だけ言えばグレモリーやシトリー家を含めた旧家は、サーゼクスにもシャルバ卿にも中立を保つと公言済み。つまり私は両者の折衝役を担う灰色の存在なのだ」

「……あ、だから事件は魔王領ばかりで起きるのかと納得しました。部長のお父様と同じ考えのトコは対象外なんですね」

「うむ、これもリアスやソーナ嬢には教えていない極秘情報。時が来れば私から話すから、今は口を噤んで内密に頼むよ?」

「信頼には応えます!」

「とまあ、難しい話はこれ位にしよう。今はどちらの勢力も冥界を傾けかねない総力戦を望まず、コントロール可能な限定戦争を目指しているとだけ理解してくれれば十分だ」

「人も悪魔もやる事同じか……」

「脱線してしまったが、一人の審査員として今回の対決には期待している。君が娘の兵士に相応しい活躍を見せてくれることを楽しみにしているよ」

「うっす、白龍皇には絶対に負けません!」

 

 そうだよ、下っ端の俺が考えるべきは目先の勝負だ。

 難しい話は出世して、相応の重責を担ってからで遅くはねぇさ。

 今は部長のお父さんに丸投げして―――エロい事を頑張っていいのだろうか……?

 冷静になればなるほど、自分の置かれた状況のヤバさが身に染みるぜ。

 

「もういいですねー? スケジュールも押してますから、これ以上の横槍はガン無視ですからねー?」

「話が進まんから、兵藤を無視して続けろ」

「むしろ次に割り込んでくるようなら、バリ君がガツンとよろしく」

「責任持って殴り倒してやるさ」

 

 どうもこの二人は顔見知りらしく、ハンドサインでやり取りをしている節がある。

 しかし、審査員の顔ぶれを見る限り全体的に有利なのは俺なんだよなぁ。

 シャルバは人の血の混じるヴァーリと確執アリアリだろうから、あいつの味方はアザゼル派のバラキエルだけ。

 大して俺には木場と部長のお父さんがついている不公平さ。

 中立っぽい別の神話があいつに組して、やっと五分ってのは何だかなー。

 

「以上で審査員のご紹介は終わります。続きまして競技内容の説明たーいむ! 皆様、メインスクリーンに注目っ!」

 

 はい、と司会が右手で示せば映し出されたのはアザゼルの姿だ。

 

『最初に断っておくが、これは録画だ。おそらくこの映像が流れている頃はサーゼクスやミカエルと大絶賛会議中だろうから、一切の不平不満は受け付けないぜ』

 

 最初に文句を封じる辺り、嫌な予感しかしなかった。

 

『ぶっちゃけ童貞ビビリの赤龍帝と、やっと思春期に突入した白龍皇にディープな18禁の世界は早すぎる。なのに、エロで競いたいとか言い出したガキの為に俺は悩んだ訳よ』

 

 あ、はい。反論出来ないっす。

 未だに部長やアーシアの裸を見るだけで心臓が破裂しそうですが何か?

 

『熟考の結果、お前達に与える課題はライトなお人形着せ替え対決だ。詳しくは司会に全部伝えてあるからそっちに聞け。めんどいから後は知らん。頑張れよルーキー共!』

 

 フェードアウトしていくアザゼルの吹っ切れたような笑顔が印象的だった。

 

「……ジャンヌちゃんの記憶が確かならば、片や冥界で人気の紅姫、片や一部で注目され始めた黒姫。奇遇にも龍の主は揃って同年代の美少女なんですよねー」

 

 ん?

 

「彼女達は輝きを放つ宝石ですが、新聞紙で適当に包んでしまえば石ころも同じ。宝石には宝石に相応しい包装が必要なのです」

 

 それってまさか―――

 

「勝負は至って単純。用意された課題に対して自分が最も良いと思う衣装で御主人様を彩り、審査員の票を多く集めた方が一勝。これを三度繰り返して雌雄を決するのです」

「待った、そんな話聞いてねぇから手ぶらだぞ?」

「だいじょーぶ。有志一同の提供により、ありとあらゆる衣類を取り揃えてあります!」

「そ、そうなのか」

「その証拠を見せちゃおうっかなー。衣装ケース、オープン!」

 

 何となくは察していたんだ。

 謎のテーマソングと共に競りあがってきた無数の服飾は食材の代わり。

 地下闘技場かと思っていたら、実はアイアンシェフのパクリじゃねぇか!

 

「それでは皆様お待ちかね、第一の課題を発表します。それは夏の砂浜の正装、殿方の視線を集める誘蛾灯の属性を持つ魔性の衣。それ即ち”水着”!」

 

 うっしゃ、部長のダイナマイトボディには最高の調味料。素材の差で勝ったも同然だ。

 このお題ならヴァーリの王も敵じゃな―――王? ちょっと待て、初耳だぞ?

 

「って、お前が誰かの下僕に?」

「下僕と言うか家臣だがな。ちなみにお前と同じ兵士枠に収まっている」

「ははは、ご冗談を。最強カテゴリーのお前が誰かの手下? ありえんって」

「そもそも、あいつは俺よりも強い」

「なん、だと」

 

 堕天使の幹部を歯牙にもかけず、俺の千倍強い龍皇をして強いと言わしめる?

 それって、神か悪魔か鋼鉄のカイザーの類だよな。

 何者かは知らんが、想像するにお得意様のミルたん系の化け物くせぇ。

 せっかくのコスプレ対決、魔王少女系の強くて可愛い女の子である事を祈ろう。

 

「俺に言わせれば、見掛け倒しで中身の無いリアス・グレモリーに命を救われた義理だけで従う貴様の方が理解に苦しむ。兵藤、悪いが俺の黒は紅と比較にならない良い女だぞ?」

「……お前とは女の趣味が合わないらしいな。腕力だけが取り得のゴリラがウチの部長より優れてるだ? 寝言は寝てから言えよ白龍皇」

「どうせ口で何を言っても埒が明かない。どちらのポーンの趣味が高尚で、どちらのキングが魅力的かを周囲の評価で示そうじゃないか」

「ずぇったいに負けねえ!」

「這い蹲らせてやるぞ赤龍帝!」

 

 負けられない理由が増えた瞬間だった。

 

「さぁ、伝説対決も前哨戦からヒートアップ! シャルバさん、何か一言貰えますか?」

「ならば一度言ってみたかったセリフでも」

「その心は?」

「続きはWEBで!」

 

 始まってすら居ないのに、何故か終わりを告げられる天龍対決とはいったい……

 一切の反応を返さなくなったドライグは、何も応えてくれなかった。



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第50話「ULTIMATE or SUPREMACY」

地下で変態共がはしゃいでる中、地上は現在進行形で戦争中です(

※部長の水着はググって出て来たフィギュア準拠です


 まさかのタッグ戦には面を食らったが、まだまだ俺の土俵に代わりは無い。

 お姫様、お嬢様を筆頭に、コスプレ関係は大好物だからな!

 まして定番中の定番たる水着と来りゃ、はっきり言って余裕ですよ余裕。

 部長に似合う布切れは、とっくの昔から妄想済み。

 正直、お題を聞いた時点で勝ったと喝采を挙げたくなった俺です。

 しかし、相手は謎の電波受信中のヴァーリだ。

 侮らずベストのパフォーマンスで迎え撃たなけりゃ、どう転がるか分からん。

 勝負は二本先取。つまり、先手を取った場合のアドバンテージは超デカイ。

 焦らずゆっくり、審査員受けの良い水着の要件をよーく考えろ。

 この無数に並ぶ選択肢の中から最適解を選び出し、勝利を掴むんだ!

 

『おおっと、ここで白龍皇が早くも決断した模様っ!』

 

 なっ、奴の動きに迷いが無い!

 常日頃からグラビアや雑誌の水着ポスターやら何やらで目利を磨く俺が悩んでるっつーのに、どうしてこうも早く確信に満ちた表情を浮かべられる!?

 

「君は優柔不断な男だな」

「ぐぬぬ」

「土壇場でうろたえるのは、常日頃からの精進が足りない証拠だろう」

「はっ、ぽっと出のルーキーが言うじゃねぇか。俺は部長と寝食を共にしてるから、あの人の魅力を余す所なく熟知済み。何でも似合うからこそ、じっくり選ぶのが通の仕事だ」

「ほう」

「拙速より巧遅。特に制限時間を設けられてねぇなら、慌てず騒がずどっしりと構える俺のポリシーになんか文句あんの?」

「一理あると認めよう。しかし、俺のやる事は変わらん。先に行かせて貰うぞ」

 

 少し前迄は手の付けられない猛獣だった癖に、どんな躾を受ければこうなるのやら。

 猛々しいオーラは形を潜め、穏やかな自信を身につけたヴァーリが少しだけ怖い。

 

『赤龍帝は、ビキニのコーナーで長考っぽいですねー』

 

 前に学校のプールで見た布面積の少ない真っ赤なビキニは素敵だった。

 ケチの付けようのないたゆんたゆんなアレは、雑誌の表紙を飾れば百万部コースなエロさ。生半可なアイドルなら相手にならないマーベラスさだったが、俺はあえてもう一歩攻める。

 絶対に負けられない戦いである以上、石橋を叩き壊す慎重さこそ肝要だしな。

 なので俺は黙々と吟味を続ける事にする。

 男が一人で女物の水着を漁ると言う、平時の日本なら速攻でポリスを呼ばれる行為を続ける事しばし。ついに俺は、伝説の鎧にも匹敵する神の衣を見つけたのだった。

 

「ジャンヌちゃん、俺も決まった!」

『はいはーい、じゃあ右手の赤い門に進んで下さいな。貴方の主が首を長ーくして待っている筈ですよー」

「らじゃ」

『ちなみにサイズが合わない時は係員に連絡を。魔法的な力で針仕事をやってくれるプロフェッショナルが控えてるから、気軽にご利用してねっ!』

「魔法って何でもアリだな!」

 

 未だ何者か分かっていない司会に反射的なツッコミを入れつつ、出遅れた焦りから俺は部長の下へ馳せ参じるべくダッシュ。

 色んな世界の美女を見てきたアザゼルが最高級と称した美女に、俺が選んだ水着を加えれば鬼に金棒。さしずめ、悪魔に実印付きの契約書だ。

 こうなりゃ、女神だろうが天女だろうがドンと来い。勝つのは、俺達だ!

 

 

 

 

 

 第五十話「ULTIMATE or SUPREMACY」

 

 

 

 

 

「では、先に準備を終えた赤龍帝から審査を開始する。始めたまえ」

「はいっ!」

 

 中央のお立ち台に姿を現した部長を見て、部長のお父さんは何を思うのか。

 考えちゃいけない余計なノイズを振り払いつつ、俺は隣に並び立つヴァーリに不適な笑みを牽制として入れてからMCを開始した。

 

「俺の主のリアス・グレモリー様は、誰もが認める冥界屈指の美少女。そしてその肢体は、他の追従を許さない悩殺バディーであると皆様もご存知かと思います」

 

 確かに、と頷く一同の同意を確認した俺は続ける。

 

「そんな冥界のプリンセスの魅力を最大限に引き出せる水着はコレです!」

 

 俺の合図に合せシルエットしか見えなかった作品の姿が明るみに出るやいなや、あらゆる男達の視線は部長が独り占めだ。

 

「女の子の水着は、肌色の面積が多ければ多いほど嬉しいと男なら誰もが思うもの。何だかんだとおっぱいを完全ガードなビキニで妥協せず、これ以上削れば水着と認められない限界まで冒険。見よ、このはちきれんばかりの体をキュっと締め付ける水着の妙! 大胆なカットが織り成す尻のライン! 俺の提唱する夏のエロさ、それは俗に言うスリングショットです!」

 

 それは、布と言うよりも紐。選んだ俺が言うのもアレだが、見えてしまうとレーティングに引っかかる部位だけを申し訳程度に隠す、全裸と何が違うのか分からんV字の水着で堂々と人前に立つ部長はマジ凄ぇ。

 止めとばかりに胸の下で腕を組んでおっぱいを強調するサービスに投げキッスとか、確実に男を篭絡するつもりの小悪魔様にぬかりは無い。

 さすが、どんな勝負でも負けたくないと協力を申し出てくれただけの事はある。

 見やがれ、ヴァーリ。下手に細工を弄するより直球のエロは強いんだぞ。

 露骨に下心全開でガン見してくる観客は、俺の選択に間違いが無かった証拠だ。

 どうやって客を取り戻―――あるぇ、見知った顔が混じってね?

 ぱっと見ただけでも、アーシア、朱乃さん、小猫ちゃん、弦さんが一角に固まり、半数が女の敵を見る目を向けている気がする。

 ま、まあ冷静に考えればみんなもこの聖戦を見届ける権利は持ってる……のか?

 これは赤龍帝と白龍皇のドラゴンダービーであると同時に、リアス・グレモリーとまだ見ぬ王の一騎打ちの意味合いも込められていると言えなくもねぇし……

 でも、だからと言って漢の戦いに女を巻き込むのはどうよ主催さん。

 俺、コレが終わったら正座で説教を受ける未来が確定だぜ?

 

『会場の盛り上りから察するに、ファーストアタックは中々の威力! 審査員の皆様のウケも悪くないようですし、これぞ赤裸々帝の面目躍如と言った所でしょーか!』

 

 え、なにそれ。俺って影でそんな二つ名で呼ばれてんの!?

 

『採点を終えたらしいオーディーン翁に話を聞いてみたいと思います』

「ほっほっほ、若さを前面に押し出す姿勢は実に結構。この遊び心、どこぞの口煩い行き遅れな駄ルキリーに見習わせたいものじゃの」

『なるほどー。では、次にバラキエル氏はどーですか?』

「攻めの精神だけは買おう」

『おや、何かご不満が?』

「詳しくは後ほど語るべきだろうな。今はその時ではない」

『以上、審査員さんの一言コメントコーナーでしたー』

 

 バラキエルの浮かべた残念そうな顔の意図が読めない。

 俺は何かをミスったか?

 いやいや、そんな筈は無い……よな?

 

『続きまして、白龍皇のターン!』

「その前に少しだけ時間を寄越せ」

『どぞー』

 

 何が始まるのかと身構えていれば、奴の視線の先には俺が居る。

 

「失望したよ」

「なん、だと」

「君は課題を正しく理解出来ていなかった。だから、こんなにも浅い真似をする」

「浅い?」

「仮にもエロの高みを目指す求道者なら、実物を見て自分で気付け。ジャンヌ、もう十分だ。ブツを出してくれ」

『はいはーい』

 

 ジャンヌちゃんが指を鳴らすと、部長の足元に転送魔法陣が起動。

 部長が何処か―――多分楽屋へと戻されるのに合せ、煌々と輝いていた灯りが落ちる。

 さあ、大口を叩いたライバルのお手並み拝見だ。

 願わくば、俺の不安が的中しない事を祈りたい。

 

「リアス・グレモリーを花に例えるなら薔薇が相応しい」

 

 部長を褒めた?

 

「古式ゆかしい純血種を元に品種改良を重ね、外敵の存在しない温室で育てられた紅華。確かにそれは美しいのかもしれないが、ちょっとした環境の変化にすら適応出来ない脆さは生物として歪に感じる」

 

 あ、ちっとも褒めてねぇや。

 確かに部長はイレギュラーに弱く、苦労を知らない楽観的なお嬢様だ。

 人生を賭けたライザー戦は、下調べ不十分なのに勢いでGOサインを出して敗北。

 他にも俺が赤龍帝だったからセーフなだけで、貴重な兵士の駒を初見の人間に全額突っ込む等の刹那的な生き方には俺も思う所があるからなぁ。

 

「それに対し我が花は、雨にも風にも負けず露地で強く咲く向日葵。単純な眉目秀麗具合で薔薇に劣るとしても、真っ直ぐに太陽を目指す天然の美しさは比較できるものではない」

 

 強い香気で自己を主張する薔薇と、お日様の匂いをほのかに漂わせる向日葵。

 悔しい事にどちらかを選べと問われれば、俺も迷わず後者を選ぶと思う。

 認めたくは無いが、奴と俺の嗜好は極めて近しいのかもしれない。

 

「既にご存知の方も少なくは無いだろうが、改めて紹介しよう。これが人の身でありながら幾多の神魔を従える器量と、体一つで上級悪魔を捻じ伏せる武を併せ持つ白龍皇の主だ」

 

 聞き覚えのあるフレーズに疑問符を浮かべるのも束の間。

 光を浴びて登場したヴァーリの飼い主を視認した俺は、反射的に何度も目をこする。

 頭だけ出してタオルに覆われた少女の横顔は、最も付き合いの長い異性のもの。

 湿り気を帯びているのか、普段よりも碧がかった黒髪はアイツの代名詞。

 俯いているせいで表情は窺えないが、見間違えるはずも無い人物がそこに居た。

 最初は白昼夢か何かだと思った。

 しかし、不思議と幻覚は消えるそぶりすら見せない。

 

「俺の王、香千屋爰乃の魅力は均整の取れた健康的な美しさ。豊満さで言えば堕天使や悪魔に遠く及ばないが、何事もデカければ優れている訳でも無い。大は小を兼ねず、何事にも適量があると俺は確信している」

 

 あ、やっぱり本人っすか。

 

「そして赤龍帝が軽量化を狙うなら、白龍皇は逆を行くのも道理。俺が選んだのは体を大きく覆いつつ、しかし体型補正機能を排除する事で素材への味付けを否定すると言う二面性を併せ持ったスクール水着だ。学校とやらを知らない俺ですらノスタルジックな憧憬を抱く、滋味溢れる味わいこそ至高と提言したい』

『まさかの変態王道路線きたーっ!』

「ふっ、俺の行く道は王道。変化球に頼らず、全ての敵を剛球一本で抑えるのは当然じゃないか」

『超絶美少女ジャンヌちゃんが目の前で着替えても鼻で笑っていたバリ君が、ちょっと会わない間に真性の変態になっている事実に驚きです。いや、ほんと、どうしてこうなった!』

「我ながら良い仕事をしたと―――」

「ちょい待てやぁぁっ!」

 

 反射的に零れ落ちたのは静止の声。

 混乱の真っ只中に置かれた俺は、現実と向かい合う覚悟を込めてヴァーリへ言った。

 

「ヴァーリさんや、アレがお前の王様?」

「そうだ」

「マジで?」

「どこかの誰かは”腕力だけのゴリラ”と評したが、まぁ……美意識の違いと言う事で目くじらは立てない。君は君の選んだ紅姫と戯れていろ」

「クソッ、嵌められた! つーか、何処をどうすればこうなるんだよ!?」

「悪いが難癖に構っている暇は無い」

 

 既にヴァーリの目に俺は映っていなかった。

 

「空気を読まない兵藤のせいで脱線してしまったが、気を取り直して再開だ。爰乃、打ち合わせどおりにやれよ?」

「くっ……」

 

 奴が何を促したのかは分からない。しかしヴァーリを一瞥する爰乃の顔に一瞬だけ浮かんだ葛藤の色はすぐに消え、素直に肌を晒し始めた。

 タオルを脱ぎ捨てぺたんと女の子座りになり、やや上向き加減で作ったのは自然な笑顔。

 恥かしさを内包したはにかみだけでも破壊力抜群だってのに、わざわざ体を濡らして来る心憎さ。水を含んで深みを増したスク水はマットな光沢を帯びた深い紺の色。露になった体のラインが悩ましく、太ももや肩に残る水滴が何とも風流だ。

 悔しいが認めよう。俺が今感じているのは、学校で女子のプール授業を覗きに行った時のドキドキと同質のものだと。ありえない場所で、ありえない物を見せる手腕には脱帽せざるを得ないよコンチクショウ!

 

「さあ、審査しろ審査員。これが俺の全力全開だ」

 

 この時点で俺は自身の敗北を悟る。

 素材の良さに慢心し、プラスアルファを引き出さなかった自分が腹正しい。

 止めとばかりに絶対の味方と信じていたボスの裏切りと言う驚愕の事実を受け、俺の心は散り散りでぐっちゃぐっちゃ。

 何かを言い返さなきゃならんのに、全く考えが纏まらなかった。

 

『あらら、誰も悩まずさくっと判定が出ましたので発表に移りますねー』

「では僕から」

『トップバッターのイケメン王子どぞー』

「僕は自分が一番良いと思うものを、素直に出してきた白龍皇に票を投じるよ」

『赤龍帝の親友がそれで良いんですか?』

「中立の立場に居る以上、私情を挟まないさ。イッセー君には悪いけど二人の作品を比較した場合、グっと来たのは香千屋さんの方だからね』

『なるほどー』

「そもそもスリングショットは露出プレイの小道具だよ? デザイン性も無く、体さえ豊満なら誰が着ても同じ単純なエロさに意味は無いと僕は思う。見なよ、お客さん達も部長に目を奪われたのは一瞬だけ。スク水の意味さえ分からない人からも、唾を飲み込む音が聞えてきそうな雰囲気じゃないか」

『その情報を当然の様に知っている王子にドン引きなジャンヌちゃんです』

「つまり”水着”と言う縛りがある中で、肌面積だけを優先したイッセー君に勝ち目は無かったんだ」

『その理屈で言うなら裸が究極ですもんねー」

「で、そんな姿のリアス部長はエロ本の袋綴じ程度のありがたさ。つまり、お金を払えば何時でも拝める十把一絡げの安さだ。対して香千屋さんは現役高校生のスク水と言う、カメラを向けただけで逮捕される黄金よりも貴重な艶姿を見せてくれている」

 

 か、辛口のコメントなのに、何一つ反論出来ねぇ……

 

「それに加えて決定的な差はプレゼン力かな。何の指示も出さなかったイッセー君と違い”この絵を見せたかったのか”と、容易に想像させる演出に抜かりの無かったヴァーリ氏だ。総評として男心をくすぐるチョイスも完璧。満点評価だよ白龍皇」

「ふっ、分かっているじゃないか聖魔剣。お前となら良い酒が飲めそうだ」

「いずれ道場帰りにでも。但し、未成年だからノンアルコールでね」

 

 はっはっは、と謎の友情を見せるライバルと親友は何なのか。

 君達、俺の知らない所で友達付き合いありそうな感じじゃね?

 爰乃の登場に驚かないし、知ってって意図的に情報隠してたよな木場ぁぁぁっ!

 

『では次にバラキエル氏、お願いします』

「概ね言いたい事は木場君が代弁してしまった故、同じ事を二度言うつもりは無い。その代わり赤龍帝に一つ尋ねたい事がある」

「ど、どうぞ」

「君は本当にアレが最高だと思ったのかね?」

「当然じゃないですか!」

「”不特定多数に好まれる”打算を感じたのは気のせいだと?」

「!」

 

 見抜かれている!?

 

「娘が目をかけていると言う後輩がこの程度……ガッカリだよ兵藤君。もしも私なら、一般受けが悪いと知っていても、内なる声に従って女王様風の黒革な水着を選んだ筈だ」

「くっ」

「自分を偽り、他人の目を気にするだけの男は去勢された雄。エロさを競う戦いに相応しくないと自分でも気付いていたんだろう?」

「……ほ、本当は前に見た下乳が見えて、脚線美も艶めかしい真っ赤なビキニが最強だと思っていましたぁぁっ! 勝ちたくて、完成していた料理の出来が不安で、とりあえず有り難味のあるトリュフやらフォアグラを載せたクズで申し訳ありませんっ」

「それが分かっているなら話は早い。まだやれるな、赤龍帝」

「はいっ!」

 

 これが審査員に選ばれる男達の眼力か。

 学校で変態帝王の地位に居る俺が、連中にかかれば子ども扱い。

 エロ王の頂に上り詰める為には、コイツらを超えなけりゃならんのかよ……。

 

「兵藤君、オーディン様もシャルバ卿も同意見だ。満場一致で白龍皇の勝利だが、次は期待しているよ?」

「はい、部長のお父様!」

「間違ってもやり直せるのが若さの特権。この経験を糧に成長せい、小僧」

「アドバイス、有難う御座いますオーディン様!」

「洋の東西を問わず、旨い物は旨い。料理人を気取るなら、客の顔色を窺う前に”どうだ”と啖呵を切る気概を持て下等生物。次にビクビクとしながら皿を出したなら、即刻その首を切り落とすぞ」

「クソっ、一々ごもっともだよ悪の大魔王さん!」

 

 観客席からも湧き上るスク水コールに打ちのめされ、事情は不明にしろ最大の味方まで敵に回った四面楚歌。俺に投じられた票もゼロと、正に今がどん底だろう。

 だけど、これで心が折れると思ったなら大間違い。

 馬鹿は失敗も多いが、立ち直りの早さだけは誰にも負けないもんだ。

 

「ほう、まだ目は死んでいないか」

「……今はぐっと我慢して諸々の経緯も聞かねぇし、初戦の敗北も甘んじて受け入れる。今のお前を相手にするには、他の事に気を取られる余裕が無いってよーく分かったからな」

「それでこそ俺の認めたライバル。全てを出し切り、がむしゃらに向かって来い」

「おうよ。二戦目は絶対に勝つ! もう二度と浅いなんて言わせねぇ!」

 

 俺は馬鹿だ。その事を忘れ、中途半端に頭を使おうとするからミスるんだ。

 他人の評価を恐れず、我が道を行ってこそ夢は叶えられるもの。

 好きな物を好きと言えずに、ハーレム王なんぞなれる筈もねぇだろ!

 

『そんな盛り上がっているドラゴンズに、次の課題を与えちゃいましょう。心の準備はOK? 部屋の隅でガクブルする覚悟も出来てますねー?』

「「応!」」

 

 どこぞの執事を思わせる文句に、俺は拳を振り上げてやる気をアピール。

 ジャンヌちゃんの語りが始まるのを、今か今かと待ち受ける。

 

『知性ある生物は日常を大切にすると同時に、非日常の訪れを心の何処かで待ち望むもの。冒険小説に胸を躍らせ、勝ち目の薄いギャンブルに身を投じるも良し。突然のイレギュラーに周囲を引っ掻き回される事もあるでしょう。しかし、酸いも甘いもひっくるめて人生です。お二人には新鮮な明日を迎える活力として”非日常”を提示して貰います!』

 

 自由度の高い課題だが、頭の中にはこれしか無いと言う答えが既に浮かんでいる。

 余りにも安直な発想過ぎて共感を得られないかもしれない。

 しかし、ありのままの自分を曝け出した上で負けるならそれも本望。

 むしろブーイングに対し”この良さを分からないとは、これだから一般人は困る”と、上から目線で嘲笑してやるくらいで丁度いいとさえ思えてくるからヤバい。

 

『変態ファイト、レディーゴー!』

 

 落とせば敗退。絶対に負けられない戦いの火蓋が斬って落とされたのだった。



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第51話「特別の意味」

予定よりも長くなりすぎた為、キリの良いところで分割。
原作ヒロインが一人脱落しましたが、因果応報アルヨー(


『聞いての通り、白龍皇はグレモリー&シャルバ卿の名門悪魔ズ。赤龍帝がオーディン翁、バラキエル氏、王子からの支持を受けました。結果、三票を獲得した赤の勝利っ! おめでとうイッセー君、これで三戦目に挑む権利をギリ手に入れたね!』

「はっはっは、さてはジャンヌちゃんは知らないのかな」

『んー?』

「レースってのは先行させておいて、最後にケツから捲るのが格好良いんだぜ?」

『みなさーん、この人はちょっと前の無様を忘れてますよー』

「かさぶたも出来てない傷口に、塩を塗りこむのはやめて!」

 

 情け容赦のないセメントなツッコミは痛烈だが、やらかした事は事実。

 しかし経過はどうであれ、首の皮一枚繋がった事もまた事実だった。

 そんな中で分からないのはヴァーリの思惑だ。

 奴が二戦目に提示して来たのは体操服とブルマのセット。初戦のスク水で薄々感づいちゃいたけど、今回でついに確証を得た。

 すなわち、これらは間違いなくウチの学校指定の物であると。

 俺だって松田が盗撮した写真の横長し品を大切にコレクションしているし、健康美とエロさが共存するエクセレントな服装だと俺も思う。

 だが、今回の課題は非日常。最低でも普段から見慣れている木場の票を得られないと分かっているのに、あえてコレを出して来た意図がまったく読めない。

 一番良いと思っているものを出しただけ、そんな短絡的なら相手なら苦労はしないさ。

 アイツが勝ちを二の次にするなんて考えられん。

 何らかの意図が隠されているに筈なのに、いまいち読み切れないんだよなぁ……

 

「ふむ、二次元と言うジャンルもあるのか。まったく分からないと言うのも情けない、手始めにエロゲーとやら手に入れて勉強しておこう」

「全然応えてないっすね。つーか、勉強言うな」

「君はこの道では先駆者、背中から学ぶ姿勢を見せて何が悪い」

「その狂った余裕が怖ぇんだよ!」

 

 俺は非日常を単純に捉えて、普通に生きていればコミケにでも行かない限り拝めないふともも全開なエロゲーインチキ巫女コスプレをチョイス。

 かなりの露出度にも関わらずギリギリおっぱいが零れない胸部や、見えそうで見えない絶妙な配置のミニ袴が想像を掻き立てる渾身の出来だったと思う。

 他にも色々と思いつくネタはあったが、ヴァルキリーを囲い込んでるっぽいオーディンは巫女とか好きそうだし、原作プレイ済みの木場も件のキャラが好きだと言っていた事でコレを選んだ。そして予想通りの賛同を得て勝利もしたさ。

 そう、これは同じ失敗を繰り返さず自分の好みを前面に出しながらも勝つ為の選択。

 例えれば、好きなラーメン屋が複数ある中からツレの好みに合わせただけ。

 コッテリ系、アッサリ系etc、色んな味付けの旨い店をキープしているなら、どれを選んでもそれは俺にとっての最高に替わりは無い。

 部長のお父さんが求めていたのは、こう言う姿勢だったのだと思う。

 まさかヴァーリの奴、この考え方に気づいていないのか?

 いやいや、基礎スペック全般で上を行く宿敵に限ってそれは在り得ない。

 なんつーか、知性じゃなくて本能的な部分で分かったような気もするんだが……ぐぬぬ、言葉に出来ない自分が口惜しい。

 拾った勝ちは大局的に意味を成さない、戦術レベルの無意味さな気がしてならんのよ。

 

「兵藤、最後の最後で勝負を汚すなよ?」

「……おう」

 

 惑わされるな、俺。

 仮に孔明並の深慮遠謀だったとしても、どの道もう手を打つには機を逸した。

 シンプルに最善を尽くす、この言葉に従うのみ。

 が、何時の世も策士を破るのは馬鹿の読めない行動だから大丈夫。

 ヴァーリが知略の得意な頭脳派かと問われると、俺とは若干ベクトルの違う常人に理解されない馬鹿サイドな気もするが……まぁ、細かい事は気にするな。

 どうせ分からんもんは、いくら考えても分からん!

 

『それでは皆様お待ちかね、最終戦の課題を発表しちゃいますよー!』

 

 俺達のやり取りが一区切り着いたのを見計らったのか、ジャンヌちゃんは良く通る声で会場に呼びかける。

 そして周囲の目を一転に集め、最後の試練を俺達に提示するべく口を開いた。

 

『コンテスト王道の水着と言う穏やかなせせらぎから始まり、意外性の激流すらも乗り切った二枚の花びらは、流れ流れ大河を越えてゴールたる海へと至りました。同様の旅路を終えることでゴツゴツした巨岩すらも角が取れて円熟期を迎える様に、流れを見守った二人の若者も無駄を削り落とし完成形へと近づいた事でしょう』

 

 えっ、これってそんなに高尚なものだったの!?

 少しは精神的に成長したかもしれんが、言うほど劇的に変わってないっすよ?

 

『ならば、この期に及んで縛りを設けるのも無粋。ありとあらゆる制限なしのフリースタイルで、悔いの残さない決着を付けて頂くのが粋ではないでしょーかっ!」

 

 何度も頷く審査員の姿と、観客席から湧き上るシュプレヒコールは肯定の証。

 一部の女衆は”さっさと死ね”と親指を下に向けて喉を掻っ切るジェスチャーを向けてくるが、こればっかりは男の矜持が賭かっているので一歩も引くつもりは無い。

 ロリコンでインド人に憑かれた大佐風に言えば”男同士の間に口を挟むな!”。

 だって、気分は夏休み明けに宿題が真っ白の小学生ですよ。

 どうせ説教されるのが分かってるなら、ギリギリまで遊ばなきゃ損だ―――あれ、ヴァーリって怒られるのか? と言うか、怒れる奴は居るのか?

 王様らしい爰乃が有力候補だが、素直に着せ替え人形の立場に甘んじてる時点で許可を取っている目算が高い。つまり、雷を落とさねえよな。

 次点の総督さんは、主催やってるくらいだし”よくやった”と褒める側だろう。

 ひょっとしなくても、小猫ちゃんを筆頭とする身内に折檻されるのは俺だけっすか。

 おおおお落ち着け、クールになれ兵藤一誠。まだ慌てる時間じゃないぞ。

 これは奴の仕掛けた高度な情報戦に違いない。

 惑わされてペースを崩すな、今だけは確実に訪れる惨劇から目を逸らせ!

 

「どうした兵藤、いつも以上に挙動不審だぞ?」

「べべべ別にテメエの立場が羨ましくなんてないんだからねっ!」

「?」

 

 目の泳いでいた俺を咎める様なライバルの言葉に、思わず本音が零れてしまう。

 チクショウ、やはり何をやっても許されるのはイケメンに限るのか。

 考えてみりゃ俺が女の子に声をかければワンチャンも与えられず犯罪者扱いでポリスに連行コースだが、ヴァーリなら喜んで自主的にお持ち帰りされる未来しか見えない。

 今更ながら、女の扱いこそ二枚目の独壇場だったんじゃね?

 

「ジャンヌ、赤龍帝の頭がおかしくなったんだが……」

『それで平常運転っぽいよー?』

「そうだな、今更の事だったか。手間を取らせて悪かった。進行的には大丈夫か?」

『地上の乱戦はボスと手勢がきっちりコントロールしてるからよゆーだよ。一応混乱に乗じての解散まで織り込み済みだけど、悪いと思うなら結果の見えた延長戦をさくっと片付けてくれると助かります』

「任せろ」

 

 ツーカーな二人のやり取りからも分るとおり、この場に味方は誰も居ない。

 絶望的にやる気をそがれた俺は、足取り重く部長の下に逃げ帰るのだった。

 そして全てが決した後に気付く。

 聞き流していたジャンヌちゃんの発言の意味を。

 

 

 

 

 

 第五十一話「特別の意味」

 

 

 

 

 

 泣いても笑ってもこれが最後。ヴァーリが後攻を選んだ事で先手となった俺は部長と話し合った結果、転送魔法を使わず堂々と花道を進む事を決めていた。

 

「いまだに何がどうなればこんな勝負になるのか分からないけど、勝負事で負けてはグレモリーの名に傷がつくわ。白星を掴み取ると信じて構わないのよね?」

「そのお姿を見てドキドキしない男は絶対に居ないと、この兵藤一誠が太鼓判を押します! 下僕ではなく、一人の男として贔屓目無しに見ても最高です部長っ!」

「なら、自分の選択に自信を持って胸を張り背筋を伸ばしなさい。不安を見て取れるようでは私の下僕失格よ」

「はいっ!」

 

 これだよこれ。俺の王様はこのノリでなきゃ始まらない。

 意外とぽんこつで、しかし高貴で気高いお姉さま。

 立場的にも将来を考えたお付き合いとかは考えられないが、上司とか先輩止まりで単純に可愛がられる関係でなら一生支えてあげたい女の子だ。

 高校の入学式で一目惚れした美貌の先輩は、眺める事しか許されない天上人だった。

 だから憧れたし、彼女になって欲しいと夢に見た事もあったよ。

 だけど高嶺の花は、手が届かないからこそ価値がある。

 手折った時点でそれは何処にでもある花。甘いと信じていた葡萄が、実はすっぱくてマズイ葡萄だったと気付いてしまうのだろう。

 部長が大切な存在である事に疑いは無いが、毎日の食卓に必要な米ポジの爰乃と、まだ馴染みは薄くても朝には欠かせない主食パンなアーシアとは意味合いの違う特別さなんだと思う。

 俺が部長に抱く感情はLOVEじゃなくてLIKE。

 これが、ヴァーリと争う中で見極めた結論だった。

 そんな答えが出たところで、ふと気が付いた。

 今、俺は何を思い描いた?

 部長をどんなイメージで捉えていた?

 

「部長、やっぱり別の衣装に着替えましょう」

「悩み抜いた上での選択なのに、土壇場での思いつきに身を任せるのは危険よ?」

「それでもです。どうせなら初心に帰って、俺が一目で心奪われた部長の姿をみんなに見せ付けてやりたい。だって思い出しちゃいました。俺が目を閉じて想像する部長はいつもたった一つだって事を!」

「もう……時間が無いから急ぐわよ。何を着ればいいの?」

「アレです」

 

 部長が身に纏っていたのは、胸元も大胆に開いた髪と同じ色の真っ赤なレオタード。

 肩と背中は当然の様に露出し、首には付け襟と蝶ネクタイがあしらわれている。

 下半身は黒のタイツで覆われていて、主張の激しい胸元に負けない魅力がたまらない。

 これが何か分からないと言うのであれば、頭の上を見て欲しい。

 そこには心がピョンピョンする兎の耳が踊っているから一目瞭然だ。

 つまりあれです、バニーガールって奴っす。

 この男の夢とロマンが詰まった伝統芸能を、究極完全態グレートモスなプロポーションを誇る部長に装備させれば神をも超える。

 そう信じて送り出そうとした選択自体にミスは無い。

 しかし俺にとっての部長像を考え直した結果、これは一般論の最高でも兵藤一誠の最高ではなかった事に気付いてしまった。

 なら、間違いは正さなければ為らない。

 自分を偽った上での勝利には、何の意味も無いのだから。

 

「本当にコレでいいのかしら? 私的には面白みも無いと思うわよ?」

「奇をてらわず、ありふれているからこそ気を引く場合もあります。安心して下さい、今の部長のお姿こそ俺のイメージするリアス・グレモリーです。この尊さ、きっとみんなも分かってくれると確信していますから」

「ふふっ、普段は見せない男の顔も素敵よイッセー。どうせこれは貴方が主役の戦いだし、妥協せず好きにやりなさい」

「お任せ下さい部長っ!」

 

 あの日、桜の花びら散る中で見た女神様の近寄りがたい美しさ。

 綺麗でもなく、可愛いでもなく、唯々美しいと感じた光景を俺は忘れない。

 始まりにして頂点。手札にある事を気付けなかった最強のカードの準備は万端。後はそれを上回る手役を提示されたなら俺の負けだな。

 俺がヴァーリなら迷わず着物で勝負するが、果たしてどんな答えを出すのやら。

 どんな結果が待つにしろ、待ち時間を楽しむだけの余裕は手に入れた。

 そしてお前のレイズに見合うだけのチップを詰み、コールの宣言も終えている。

 さあ、オープンと行こうじゃないか!



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第52話「極めて近く」

 部長の手を取りながら、好奇の視線を浴びながら歩く。

 気分はチャペルで新婦をエスコートする新郎。敬愛する主に恥を欠かせないよう、慎重に一歩一歩を踏み締める牛歩はご愛嬌だろう。

 それぞれの持ち場へと続く分かれ道にさしかかる瞬間、部長に手を強く握られた。

 不安な気持ちは分かる。しかし、勝算が無ければこんな真似はしていない。

 手を握り返しながら目線を向け大丈夫だと応じれば、帰って来るのは頷きだ。

 

「行って来ます」

「信じているわよ、イッセー」

 

 高鳴る心臓を押し殺し、互角以上の変態力を備えたライバルの下へ。

 てっきり得意の涼しい顔かと思えば、意外にも奴の表情は驚きの色に染まっていた。

 

「そこに行き着いたか。いや……素材の鮮度を考えれば自明の理ではある」

「そんなにコレが在り得ないか?」

「いや、まさか俺と同じ回答に行き着いているとは思わなくてね」

 

 馬鹿なっ、ヴァーリも同じ結論だと!?

 

「考える事は一緒。所詮俺達は同レベルなんじゃね?」

「果たしてそれはどうかな?」

「ん?」

「俺の愛する闘争ならば、結果としてラッキーパンチでダウンを奪おうともジャッジの判定は変わらない。しかし、この勝負は過程も重要だ。”どうして”それを選び”何故”そこに至ったのか。この点を君は軽視している風に見える」

「なん、だと」

「これ以上はとやかく言わず、どんな弁舌をするのか楽しみにしているよ。ほら、出番だぞ赤龍帝」

 

 ぐっと反論を飲み込み、ハンドサインで急かしてくるジャンヌちゃんに促されるまま審査員の前へと移動。

 服装が同じなら、後はそこに込めた思いの強さが勝負を分ける事間違いねえ。例えアーシアにドン引きされても構わん。普段口に出せなかった思いの丈を全て吐き出してやる。

 顔も、強さも、多分財力も劣る俺の最後の砦、スケベ心だけは譲らんからな!

 

 

 

 

 

 第五十二話「極めて近く」

 

 

 

 

 

「俺が部長に出会ったのは、忘れもしない高校の入学式」

 

 あえて本題には触れず語りだす。

 

「桜が舞い散る道を歩いているだけなのに、全然目が離せなかったことを良く覚えています。気品に満ち溢れた立ち居振る舞い、最盛期の桜すら霞む美貌。絵に描いたような美人が本当に居る事を知り、とても衝撃を受けました」

 

 視線の先には少しだけ驚きつつも、すぐに平静を取り戻した部長の姿がある。

 足元はローファーと白のハイソックス。臙脂色のミニスカートにラインの入ったシャツを合わせ、肩には紺のケープを。そして最大の特徴である、前後に燕尾服の裾の様な装飾付きのコルセット系上着を合体させて出来上がったのは、俺や木場に馴染み深い駒王学園女子制服である。

 公立は元より、基本なんでもアリな私立の中でも群を抜いてオリジナリティー溢れるデザインは他県からも人気が高く、量産型な男子制服と比べるとデザイナーのやる気の違いを如実に感じてしまう可愛らしいフォルムを誇っている。

 あえて欠点を上げるなら、デザイン上の問題として胸元が強調される点か。

 つまり貧しい娘さんが着ると、やや残念。

 しかし、逆説的に巨乳にはベストフィットでもある。

 当然口にするのも憚られるサイズな部長には大変お似合いで、腰に手を当て髪をかきあげる様はTHE・先輩。話しかけるなら、敬語必須なお姉さま感が凄い。

 

「それが今の姿、そう言いたいのかね赤龍帝」

「はい」

「ならば、その装いの何処が課題に沿うのか答えよ。エロの一般的な指標である露出度で、第一、第二課題に及びもしないソレの、何を持って頂点と決めたのかをな」

 

 やはり来た。

 先陣を切ったシャルバさんによる想定通りの問いを受け、俺は松田や元浜としか語らった事の無い禁じられた扉を開いて応じることにする。

 

「……俺は水着勝負の際に肌色面積こそ正義と言いましたが、それは誤りだった事に気が付きました」

「ほう」

「あえて肌を隠すことで想像する余地を与え、いざと言う時の楽しみを増幅する喜び。洋物のオープンさより、ふとした弾みでしか姿を現さないパンチラの有り難味こそ俺の求めるわびさびの世界観です」

「ほう、ついに至ったか」

「そして、ハーレム王を目指す俺が女の子とエロい事をする=深い関係になると言う事。しかし、俺も悪魔の端くれです。長い人生を生きる間に、生き甲斐である異性への関心を失ってしまう可能性は十分に考えられます」

「確かにやりたい事を無くし、廃人に転落する悪魔は多いな」

「そんな事態を招かない為にも、常に最初のドキドキを大切にしたい。しなければならないと思うんです。初心さえ忘れなければ、きっと俺はこの情熱を失わない、その確信がありますからっ!」

「よい答えだ赤龍帝。我がメイド愛に通じるシンパシーを感じたぞ!」

 

 メイドさん、いいっすよね!

 個人的にはミニより、ロングなクラッシック型が好み。

 でも、今は他にもっと好きなものがあるんです。

 

「俺にとってのリアス・グレモリー様は、部活の先輩にして憧れの上級生。この関係は、学校を卒業しても一生変わらない永遠の絆です。つまり千年後も、二千年後も、駒王学園の制服を着ている姿が俺にとってのスタンダードであり続けるでしょう」

 

 あれ、何か知らんが部長がべっこり凹んだっぽいぞ。

 俺としてはベタ褒めのつもりなんだが、何処か気に障ったのだろうか。

 まあいいや。どうせ気分を害すのは、こっからだしな。

 

「それに女子高生の制服姿って、それだけで値千金だと思いませんか?」

「幾星霜の時が流れても、その価値に一切の陰りは見せんだろうな」

「夕暮れの教室で、用具室の中で、自分の部屋で、どんな場所にも自然と溶け込みつつ、しかし気の持ち方一つでいかがわしい装いに変貌を遂げる万能文化。現在進行形で高校生な俺にとって、これ以上のエロさははありえません! そして余談ながら、卒業までに学校でエッチな事をするのが俺の野望ですっ! 」

 

 出し切った。もう言うべき事は何も残ってねぇや。

 自分でも言葉にして初めて気づかされた事も多く、やりきった感が半端ない。

 お陰で漠然としていたハーレム王の在り方について、一つの答えが見えたのは嬉しい誤算だ。部長や朱乃さんは駄目で、爰乃とアーシアはハーレムに迎え入れたいと思った理由。そこに気付けただけでも冥界に来た甲斐がある。

 容姿も大事だが、それ以上に内面が大事。

 誰が何と言おうが絶対に信念を曲げない、依存性皆無な女の子が俺の好みらしい。

 

「赤龍帝……いや、兵藤一誠君」

「は、はい」

「下賎な転生悪魔と蔑んでいた非礼を詫びたい」

「え」

「貴殿のお陰で失いかけていた若さを取り戻せた。おそらく今後も敵対関係は続くだろうが、何かあれば頼ってくれて構わん。同好の士として丁重に扱うと約束しよう」

「マジっすか」

「気が向いたら何時でも連絡を寄越せ。私からは以上だ」

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。

 性癖を暴露したら、ライバル派閥の親玉に気に入られてしまった。

 現魔王派に属する俺がっすよ? マジで何を考えてるのか分からん。

 いずれメイド推しを連呼するシャルバさんの家にお邪魔したい気持ちはあれど、裏切り者やらスパイ扱いされないのか非常に不安です。

 かと言って連絡を入れずに放置しても、無礼者扱いされる予感がひしひしと。

 どちらを選んでも進退窮まる、マルチバットエンドルートに入ったんじゃ……

 と、次は部長のお父さんか。頭を切り替えよう。

 

「昨今の夢を持たない若手と違い、しっかりとステップアップ可能な野望を持っているとは素晴らしい。何が蔓延する草食系だ。悪魔なら悪魔らしく、無謀と笑われる欲望を叶える為に生きるべきだと私は言いたい」

 

 熱弁を振るう部長のお父さんに、頷きを返すのは大人たち。

 悪魔も人間と同じく淡白な子供が増えてるんすね。

 でも、当然だと思います。

 だって名家出身以外の下っ端悪魔は、人間の寿命を手に入れる為に四苦八苦しながら契約を取り付けるサラリーマン生活から始まる。

 が、何せ絶対に増加しない砂時計の中身が代償だ。なかなか契約が決まりやしない。

 ビラを幾ら配っても、ドブ板営業に靴底をすり減らしても結果に結びつくとは限らず、俺もお得意様が出来るまではストレスで結構辛かったなぁ。

 力が圧倒的に強い連中はコレを免除されるらしいが、八割がたの新人はこの洗礼を受けると部長は言っていた。

 只でさえ非凡でも平民がのし上がる可能性の低い冥界で、報われない努力を嫌う若者が増えるのも当然のことに感じる。

 そして貴族様のご子息達も、封建社会に守られた地位を受け継ぐだけで大満足。内でも外でも戦争を起こせない事で領土拡張もありえないから、現状維持以上を望む筈も無い。

 そりゃ、誰も肉食系にならんわ……。

 俺は幸いにも神滅具のお陰で出世可能な例外枠に居られるらしいが、果たして何処までいけるのやら。

 伝説の龍を宿してすらこの始末。マジで人間社会以上に世知辛い世の中だよ。

 

「そして、私の拘り抜いた制服を高く評価してくれて実に嬉しく思う」

「まさかあのデザインは……」

「スポンサーたる私の趣味を反映させた結果だ」

「無礼を承知で言わせてもらいますが、金持ちの道楽凄ぇっすね」

「実益も兼ねているから問題あるまい。実際、制服のモデルチェンジ後には当校を志望する学生の数が一気に増えている。兵藤君、これが経営術と言うものだ。覚えておきたまえ」

「はいっ、俺も趣味と実益を兼ねた商売をいずれやってみたいです!」

「それはそれとして、私は少しばかり早合点をしていたらしい。これでは婿入りの話はご破算だな……」

「何か言いました?」

「独り言だから気にせず結構。さて、オーディン翁にマイクを譲ろうか」

 

 これぞ勝ち組。部長のお父さんの紳士っぷりには、憧れさえ抱いてしまう。

 最後の呟きだけは聞き漏らしたが、とりあえず問題にはならんよな。

 

「わしも古参悪魔に勝る年寄りじゃが、エロい心を失わないからこそ現役を保って居られる。熟年夫婦になっても、出会いたての恋人の様な新鮮さを持ちたいという恋愛論は実に美しい。制服への思いと併せて満点の回答だぞい」

「お褒め頂光栄ですっ! これからも精進を続けますオーディン様!」

 

 言葉は淡白だが、北欧の最高神が見せたサムズアップは最高評価の証。

 これは一票ゲットも鉄板だな。

 

「イッセー君が一つ上のステージに上がった事を嬉しく思うよ」

「おう、只の裸に目を奪われていいのは中坊までさ!」

「シトリー戦が終わったら、ギャスパー君も呼んで男だけで語り明かそう。お題はウチの制服の良さとかでさ」

「……そんなイベントもあったなぁ。すっかりヴァーリと決着を付ける為に冥界へ来た気になってたわ」

「分かる、分かるよイッセー君。明らかに目的を履き違えてるよね、僕ら」

「内輪の話はまた後で。今はお互いの役割を果たそうぜ」

「では全部ひっくるめてコメントを一つ。個人的にはニーソも欲しかった! 90点!」

「さすが木場、深い!」

 

 その一言で観客席を鷲掴み。

 何故かカリスマコメンテーター扱いの木場を、少し遠くに感じた瞬間だった。

 

「一戦目のミスを軌道修正し、清廉潔白にスケベ心と純真さを曝け出した様は見事の一言。学生生活を知らぬ私にも制服の良さが伝わって来たぞ」

「お褒め頂き、光栄です!」

「君が本気で望むなら、娘を任せても良いとさえ思う立派な姿だった。お眼鏡に叶わずとも、せめて仲間として朱乃を支えてやって欲しい」

「はいっ!」

 

 大丈夫ですバラキエルさん。朱乃さんは強い人ですし、もし倒れそうになっても俺を含めた仲間が必ず助けます。

 部長と同じ永遠の先輩、それが俺にとっての朱乃さん。

 扱いはずっと後輩止まりでしょうが、絆もまた永遠に断ち切れません。

 だから、一回くらい火遊びしたいなーと思う事くらいは許して下さい。

 部長が東のお姉さま横綱なら、朱乃さんは西の横綱。

 健全な男子が邪な思いを抱くのも当然ですからね!

 

『今日の観客席は元・禍の団英雄派の皆様と、現・禍の団転生悪魔さんが大半を占める事で学生経験者が多いんでしょうねー。皆さん、青春の一ページを思い出したのか、こちらでも大好評っ! これは宣言通り、最後のコーナーでトップをぶち抜けたかもっ!』

 

 当然の結果と言いたいが、残念ながら俺の勝利は確定していない。

 同じ題材を選んだ以上、そこには明確な差が生まれている事だろう。

 勝つにしろ、負けるにしろ、おそらく僅差となる勝負に胸が躍る。

 

「敵ながら天晴れと言いたい所だが、やはり貴様の目は節穴だった」

「そんな馬鹿なっ!?」

「画竜点睛を欠く。この格言を我がライバルへ送ろう。俺の口上を聞き、この言葉の意味を理解して悔しがれ」

 

 何が足りなかったのか、全く分からない。

 しかし、ヴァーリは虚言を吐くような男じゃない事も確か。

 先の見えないトンネルの向こう、絶望へのカウントダウンが始まる。



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第53話「限りなく遠く」

ついにHENTAI編が終結。
筆の進みが悪いシリーズが終わって、やっと一息つけました。
次回より平常運転再開です。


 私は一般的な女子と比べ、大概に理解の在る方だと思う。

 スキンシップ程度のセクハラなら笑って済ませるし、男の浪漫を理解しているから着替えを覗かれても”バレないように、もっと上手くやりなさい”と本気で怒らない。

 究極的には変態行為だろうが、反社会的な思想を持っていようが、節度を弁えている限り否定しないのが私です。

 しかし、今回ばかりは堪忍袋の緒が千切れる寸前。

 これだけの辱めを受けて、良く我慢していると自分を褒めてあげたい。

 

「今回は特に指示は無い。強いて望むとすれば、自然体を心掛けて欲しい」

「分かりました」

 

 と言うか、どうして部長は僕に見世物扱いをされて怒らないのだろう。

 ひょっとして、純粋悪魔と人間の精神構造の違いなのかな。

 目立つ事が嫌いな日本人には、理解不能の世界観です。

 

「全ての準備は整った。勝つぞ、爰乃」

「分かりました」

「赤龍帝への意趣返しに、同じ入場を仕掛ようと思う。手を握っても構わないか?」

「分かりました」

「物分りが良くて助かる」

 

 こんこんと湧き出す怒りを抑える事に必死な私は、少し前から思考を放棄している。

 何を言われてもYESとしか応じないのに、異変に気付かないヴァーリが情けない。

 例え口約束だろうと、腐らず最後まで完遂するのがMYルール。

 が、付き合うのはイッセー君との決着が付くまで。

 そこから先は……私のターンDEATHよ?

 

 

 

 

 

 第五十三話「限りなく遠く」

 

 

 

 

 

「初めに言っておこう。制服は兵藤の語ったとおり素晴らしいエロさを秘めているが、もしもこれが単発勝負なら俺はコレを選ばなかった。真に着せたかったのは和装。一部の隙も無い、静謐な美意識の結晶こそ至高だと確信している」

 

 差を見せる為なのかイッセー君と同じく手を繋いだ仲睦まじい様子で現れた香千屋さんは、僕には見慣れた普段と同じ駒王学園の制服に身を包んでいた。

 さすが美少女ランキングベスト10に名を連ねるだけあり、着る人を選ぶ制服を普段着の自然さで纏う辺りはさすがとしか。

 妖艶なエロさを振りまくのが部長なら、清純なエロさが香千屋さんの持ち味。

 見た目のスペックは好みの差だけで、客観的には五分と五分だろう。

 ま、両者の内面を知る僕に言わせればどちらもノーサンキューだけどね!

 

「その心は?」

「穢れの無い新雪を踏み荒らすのと同様、神聖で美しい物を汚す行為に潜む背徳感は蜜の味。これに胸を高鳴らせぬ男は居ない。脱がす楽しみと併せて二度美味しい点も踏まえ、見た目だけは大和撫子の爰乃にはコレしか考えられないと結論付けた」

「でも、それを選ばなかった」

「当然だ。それでは勝てない」

 

 さすがは白龍皇。イッセー君と違い、ちゃんと趣旨を理解している。

 

「エロの高尚さだけを競うなら、容姿の違う主を巻き込む必要は全く無い。それこそ条件を揃えた女を素材として優劣をつけねば、公平性に欠けた欠陥だらけの競技だったと言えるだろう」

「続けてくれるかい?」

「兵藤は一戦目を料理に例えたが、その発想は正しい。正しいが、そこから一歩踏み込めなかったから間違える」

「その口ぶりだと、僕が補足する必要も無さそうだね。最後まで頼むよシェフ」

「うむ、洋の東西、世界の垣根を越えても料理の本質は素材の旨みを引き出す事にある。その点で言えばリアス・グレモリーの味付けは適切で、グルメの舌も唸らせる深い味わいに仕上がっているだろう。しかしそれは調味料の味だ。例えるなら、生が一番旨い魚を延々と煮込む行為に近い」

「パーフェクトな洞察だ白龍皇。香辛料を大量に使い、骨まで柔らかく煮込んでしまえば冷凍も獲れ立ても味に変わりはない。正にそこに気付くか否か、それが勝負の分かれ目だった」

 

 ま、イッセー君のミスは、これだけじゃないけどね。

 

「人の命は短く、青春と呼べる期間はさらに短い。なら、最も輝く今しか味わえないものを提供するのが真の料理人の仕事だ。なのに兵藤は、百年後でも千年後でも再現できるコスプレを選ぶ愚考を犯している」

「!?」

「聞け、本物とコスプレの違いは現役か否か。素材の持つ最大の特徴、女子高生である事実を忘れてどうする! 缶詰で再現出来る料理は旬のものとは言えんのだ!」

「くっ、見慣れているからこそ失って初めて分かる大切さ。そうだよな、卒業しちまえば見納めだもんな……」

「イッセー君、白龍皇がどうしてスク水、ブルマ、制服と選んだのか分かった?」

「部長なら後一年、爰乃でも後二年程度しか持てない属性こそ最大の付加価値。全ては学生の身分を最大限に生かす為、か」

「それだけじゃないよ」

「え」

「その場その場の発想で服を選んだイッセー君は、和洋中をごっちゃにした乱雑な一品料理の集合体だった。対して白龍皇はキーワードを定めて全体の一体感を出し、コース料理として成立させている事に気がつけなかったかな?」

「ん? ええと……あぁぁ、しまったぁぁっ、そう言う事かぁぁぁっ!?」

 

 例えるなら、イッセー君は町の定食屋。

 作る料理がどれほど美味しくても、基本的にワンオーダー完結型でしかない。

 大胆な水着はカレー。エロゲコスプレは刺身。制服はデザートのパフェ。それぞれ単品ならともかく、セットで出されたら違和感を感じるよね?

 その点を弁えたヴァーリ君が出してきたのは、さしずめ”高校生”を題材にしたフルコース。テーマが明確だからこそ常に次に繋り、得られる満足感も大きいんだ。

 そして考えて欲しい。今を逃せば二度と手に入らない希少品と、機会さえあれば入手の難しくない物が並んだなら、一般心理としてどちらを選ぶかを。

 

「そ、そうか、だからジャンヌちゃんは……チクショウ、二戦目で詰んでたじゃねえか!」

「奇しくも同じ答えに行き着いた君たちだが、これまでの過程と信念が明暗を分けてしまった。親友としては忍びないけど、満場一致で君の負けを告げようと思う」

「異論は……ねぇよ」

 

 何時の世も勝者は天を仰ぎ、敗者は地を見つめるもの。

 万雷の拍手に右手を突き上げて応えるヴァーリ君と、膝から崩れ落ちたイッセー君を見て、この馬鹿馬鹿しくも男の尊厳をかけた戦いは一応スポーツなんだなあと実感する。

 

『けっちゃぁぁく! 長きに渡る激闘を制したのは、身内もびっくりに脳のやられた白龍皇ヴァーリ! 地下闘技場の栄えある王者がここに爆誕っ!』

 

 最初は嫌々引き受けた仕事だったけど、終わってしまえば名残惜しい。

 途中から割と楽しく、ついつい自分でも羽目を外し過ぎたと反省している。

 さて、それはともかくだ。さっさとお暇しないとマズイ。

 その証拠に危険を察知したご同業の皆様は、僕がヴァーリ君の相手を始める前にトンズラ済み。

 なにせ僕が審査員最年少且つ役職なしの下っ端じゃなかったら、もっと早くにこの場から逃げ出している程の危うさ。

 殿を勤めろと命じられた時点で、貧乏籤を引かされたと涙したさ。

 

「もしも俺の勝利に理由を問うのなら、それは強敵が居た事だろう。兵藤、貴様が居なければ、ここまでの高みには至れなかった」

「俺もお前の進化があったからこそ、エロの深遠を垣間見る事が出来たんだと思う。やっぱ俺にはチャレンジャーがお似合い。次は格上と奢り高ぶらず、挑む側として再戦を挑んでやる。その時が来たなら、当然受けてくれるよな?」

「王者はいついかなる場合にも挑戦を受ける。それが義務だ」

 

 何気に君たちって、戦闘は本能型の癖に場の空気を読めない節があるよね。

 どう考えても実績持ちの人食い虎の尾を踏んでいるのに、平気な顔で側に寄れるのか不思議でならない。

 おっと、ジャンヌちゃんが爆弾の起爆装置を押しに向かったようだ。

 悪いけど、とばっちりはゴメンだからもう行くよ。

 グッバイ、チャンプ。

 病院で天井の染みを数えるだけの、簡単なお仕事が君を呼んでいる。

 

『親交を深める馬鹿二人は放置しまして、もう一人の勝者にインタビューを行いたいと思います。今のお気持ちは如何ですか、爰乃ちゃん!』

「最高の気分です」

『ですよねー。ジャンヌちゃんが同じ立場でも、これから与えられる当然の権利に胸が高鳴ります。おっと、先に釘を指しておきますが、KILLはご法度ですよ?』

「前向きに善処しましょう」

 

 僕はこっそりと唯一の退路であるエレベーターへと移動を開始。何時でも撤退できる体勢を作りつつ、最後のショーを見届けようと会場の扉に姿を隠しながらそっと中を覗き見る。

 

「何か爰乃の様子がおかしくね?」

「歴史的な偉業に気が高ぶっているんだろう。どれ、労いの言葉でもかければ落ち着く筈だ。悪いが少し席を外す」

「お、おう」

 

 カウントダウン開始。

 最初に餌食になるのは白龍皇か。

 

「お前のお陰で赤龍帝に一泡拭かせる事が出来た。感謝する」

「つまり、私の出番は終わりだよね?」

「極秘裏のイベントだからな。祝勝会もトロフィー授与も無いぞ」

「そっかそっか。じゃあ……家臣が王様に何をさせたのか、頭を冷やして考えようか」

「それはどう言う―――」

 

 ほーら、やっぱり怒ってる。

 僕は備えていたから問題ないけど、他の人達は違った。

 膨らんだ殺意に会場が黙り、静寂の中を小さな打撃音が木霊する。

 無警戒に歩み寄って来た獲物の隙を見逃さず、角度、速度、共に申し分の無い手刀が後頭部へ炸裂。さしもの白龍皇も、無防備な状態で急所を打たれて一撃で昏倒したね。

 ボクシングでは禁手、下手をすれば障害が残りかねないセメントな技を平然と放つ香千屋さんが心底恐ろしいよ。

 

「ヴァーリィィィッ!?」

「イッセー君もさ、私が度の過ぎた悪ふざけが嫌いな事を知ってるよね?」

「は、はい」

「西洋人的感性を持ち、堂々と肌を晒す事に抵抗の無い部長はいいよ。でも実力勝負のレーティングゲームならともかく、不特定多数の知らない人の前で脱がされ見世物にされるのは我慢が出来ない」

「て、てっきり合意の上だとばかり思ってたん……ですが」

「愚かにも詳細を聞かずに頼み事を引き受けましたとも」

「なら、そこまで怒らんでも―――」

「だから自業自得と割り切り、最後まで付き合いましたよ。後は簡単。退職した社員が元の会社の上司に従う義務を負わないように、雇い主から雇用契約終了の知らせを受け取った私もまたフリー。さんざん受けたセクハラのお礼参りをするのも道理でしょ」

「そんならオーディンの爺さんとかも同罪―――居ねぇ! 知らん間に審査員が全員姿を消してやがる!?」

「あの方々に手を出すと問題になるし、イッセー君達と違ってお仕事の一環だからいいの。本当は木場君くらいはと思ったけど、残念ながら逃げられちゃった。本当に残念」

 

 露骨に目が合った。嫌な汗が噴出するが、幸いにも見逃してくれるらしい。

 やはり持つべき物は友達、助かったよイッセー君。今度お昼でも奢るよ!

 

「爰乃」

「なんですか」

「俺、この後に大切なシトリー戦を控えています」

「ですね」

「見逃してくれませんか」

「ダウト」

 

 花の咲いたような笑顔を浮べる死神は靴底を鳴らしてイッセー君の背後を取ると、右腕を首に滑り込ませてから左腕を使い一気に締め上げる。

 身の危険を感じたイッセー君は暴れたけど、結局五秒と持たずに落ちてしまった。

 この辺、何だかんだと香千屋さんは彼に甘い。

 本気で病院送りのヴァーリ君に対し、裸締めで血流を阻害されただけのイッセー君はノーダメージで意識を失っただけ―――じゃなかった。

 

「会場を沸かせたなら、観客席ダイブもやっておこうか」

 

 情け容赦なく、捻りを加えた首投げで思いっきり放り捨てた!

 これが熱狂の渦中なら結果は違ったのかもしれないけど、突然吹き荒れたバイオレンスの嵐にお客さんは正気を取り戻している。

 結果、イッセー君を受け止める人はゼロ。いい感じにイスを巻き込んで落下し、腕と脚があらぬ方向に曲がる大惨事を招いてしまった。

 うん、やっぱり僕は彼女が苦手だ。今後も敵対せず、しかし味方にもならない中立関係を維持しようと堅く決意したよ。

 

「お砂糖にスパイス、素敵なものだけで出来た偶像がモットーのジャンヌちゃんってさ、本当は仕事を選ぶんだよね。例えば下品なだけのバラエティーや、女の子を玩具にするお仕事はNG。だから爰乃ちゃんの気持ちがよーく分かる。分かるから、徹底的にやっちゃえーとエールを送るよ!」

「ノリノリに見えたけど、実はイヤイヤやってたの?」

「育ての親に頼まれた仕事は断れないもん……」

「ひょっとしなくても、父親はアザゼル先生?」

「いえーす」

「それはご愁傷様」

「波乱万丈で愉快なパパは嫌いじゃないけどねっ! ま、積もる話はまた今度。オフの日に遊びに行くよ。いいでしょ?」

「楽しみにしてます。あ、これが私の携帯番号」

「ほいほい。んじゃ、ここからは女の子のターン! 悪い男をぶっ飛ばせーっ!」

「急造でも私達のユニットが通用する事を、人でなしどもに見せてやりましょう。そう……主犯と同罪のお客様に、日本が誇るOMOTENASHIの精神を刻み込んでやりますとも!」

 

 絶対に近寄りたくない組み合わせ過ぎる……

 

『あー、マイクテスト、マイクテスト。このイベントに不快感を持った女性客の皆様、これより第二部の客席参加型ゲームを開始します。特に賞品は出ませんが、日頃のストレス発散にリアル無双シリーズの主人公として暴れてはどーでしょうか。殺害を除く全ての暴力行為解禁。いかなる免責も負わない事と、どんな怪我を負っても完治させる事を、悪魔と堕天使とその他諸々の偉い人が保証するよー』

 

 限界だ、そう判断した僕は一つしかない入り口に外側から鍵をかけて封鎖。

 聞えてくる声を振り払うようにして、地上へ続くエレベーターへとダッシュする。

 

「……殴りたい放題のバイキングとは気が利いています」

「ふふふ、今宵だけは人斬り彦斎ならぬ抜刀彦。鉄の塊で人体を峰打てばどうなるか、実体験として記憶に留めてもらいましょう」

「それならわたくしは、出口の守りを固めますの。皆様は背中を気にせず、自由に暴れて下さいませ。一致団結して女の敵を一匹残らず倒しますわよ!」

「わ、わたしは、不参加でも、いいですか? 暴力はちょっと……」

「アーシアは私と一緒に見物へ回りましょう。人には不向きがありますし、殿方を分かってあげる女性も必要。こう言う時に懐の広さを見せておけば、きっとイッセーくんもコロリと行くと思いますわ」

「あうう、物理的にコロリと倒れていて、わたしを見ていない気がします」

 

 地獄の釜の蓋が開き、好戦的な鬼達が暴れ始める。

 地上は戦争、地下も戦争。

 今日も冥界は名前に恥じない修羅の国です。

 因果応報だから仕方が無いのかもしれないけど、世知辛い世の中だ。

 早く出世して独り立ちし、穏やかな眷族に囲まれた生活を始めたい。

 自分なりの夢が見つかった瞬間だった。



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第七章 波乙女と火霊の決闘裁判
第54話「幕間」


ストレスで意に穴が開きそうな曹操の暗躍がスタート。
序盤に仕込んだ矛盾(意図しないのもありそうですが)が鍵となる地雷は誰の為やら。


「ディオドラの件で確認したい事がある。クルゼレイ卿に取り次いでくれないか?」

「外出中です」

「その回答は、コレで三度目なんだが……」

「何を仰られても不在は不在。お引取り下さい”自称”曹操様」

「……また出直すさ」

 

 精神的に追い詰められ、冥界から逃げるように禍の団本部へ戻って数日。

 人間と侮られることはあっても、一定の敬意を払われていた俺の立場は最早無い。

 おそらくカラスの親玉の仕業なのだろう。

 いつの間にか英雄への疑惑が蔓延した組織は、掌を返したかのように俺達の派閥への冷遇を開始した。

 代名詞となるコールブランドとグラムをそれぞれ保有しているアーサー&ジークと、百歩譲ってご先祖様と同じ魔法使い枠なゲオルクはまだいい。

 一般人で普通の神滅具使いなレオナルドも扱いはまともさ。

 しかし、だ。

 

『十字教誕生前の、しかも最後まで宗教に被れなかった中華の奸雄が、接点ゼロな聖槍を継承して悪魔に挑むって何だよ。言われるまで気付けなかった俺らも大概だがよ、仮想……もとい火葬戦記にしても笑えないわ』

 

 俺はこんな風に後ろ指を差され。

 

『触れた物を爆発させた挙句、必殺技がバルキリーミサイルなヘラクレス。何処にそんな逸話があるのか教えて欲しいわ。噂じゃネメアの獅子は他の奴が持っているって言うし、どう考えても偽者だよなぁ』

 

 あ、うん。

 人の事は言えないが、それは俺もずっと前から思ってた。

 

『ジャンヌは、本物にメッキを剥がされて姿を眩ませたってさ。お陰で中核戦力だった虎の子の騎士団が、不信感を理由に丸ごと離脱したってよ』

 

 いやいや、アレは酷い罠だから。

 会議の場で見た悪い顔の年寄りたちから察するに、後から出て来た妙に明るいジャンヌこそが偽者。これだけは断言してもいい。

 しかし誰もが認める公的機関がお墨付きを与えれば、それは大多数の本物になる。

 幸いにしてこの戦法が通じるのは、逸話のバックボーンに実在組織を持つ英雄だけ。

 俺を初めとする半分創作世界の住人には通じないが、搦め手として考えればこれほど絶大な効果を与える策は無い。

 

「これからどう軌道修正したものか……」

 

 たった一度しか通じない奇襲だが、それでも打ち込まれた楔の効果は絶大だった。

 俺達に不信感を抱き離れていった同志は少なくなく、こっそり進めてきたオーフィス騙まし討ち作戦も、協力者であるハーデスがこちらの惨状を見て日和る始末だ。

 今の心境を一言で表すなら”どうしてこうなった”に尽きる。

 

「このまま座して待つだけでは屋台骨が瓦解する。下準備は不十分だが、スケジュールを前倒しして切り札を一枚切るしかないか……」

 

 悔しいが、皆の信を失った今の俺に組織の長を務める資格は無い。

 英雄派のこれからを考えれば、求心力を持った新たな旗頭が必要だ。

 そう……磁石の様に強者を惹きつける魅力を持ち、人間として異種族を束ねる器を併せ持つ彼女こそ俺達が頂点に抱くに相応しい。

 本来は客将として招き入れる予定だったが、これもまた運命。

 現在進行形の計画の進捗を遅らせてでも、早々に手を打とうと思う。

 

「ゲオルク、魔王のお膝元から機密を盗み出したい。可能だろうか」

「平時の警備体制を抜けろと? さすがに厳しいな」

「なら、事件を起こして敵の目を他所に向けさせたなら?」

「調査に時間を貰っても?」

「予算と人員は優先して回す。心行くまで下準備を行って構わない」

「了解した。本当に現存するのであれば、必ずや例の物を手に入れてみせよう」

「出来るだけ早く頼む」

 

 拙速かもしれないが、終局図は見えている。

 やり直しの効かない三手詰めの詰め将棋、その貴重な二手目を今こそ打とう。

 俺達は、こんな所で終わるわけには行かない。

 だから、彼女の今を壊してででも必ず手に入れてやるとも。

 愛しの君よ、我が腕の中へ来たれ。

 全ては人の世の為に。

 全ては蒼天の導きのままに。

 

 

 

 

 

 第五十四話「幕間」

 

 

 

 

 

 あの狂気の祭典から二日がたち、延期されていたゲームの日取りもついに決定。

 試合日は明日と通知された私達ですが、慌てずとも準備は万端です。

 先ほど部長の部屋に集まり最後のミーティングも終えていますし、常在戦場の心構えを叩き込まれている前衛部に隙はありません。

 強いて不安要素を挙げるなら、チームとしての連携が甘いこと。

 各個人の性能はシトリーと比べて圧倒的だとは思いますが、根本的にワンマンアーミーの気風が吉と出るか凶と出るか。

 ……しかしながら、どうせ今回も”ガンガン行こうぜ”作戦を指示されました。

 盤上の駒は、棋士に操作を任せて敵を駆逐するだけ。戦術レベルで敗北しても、役目を果たせば責任を問われないので別にいいんですけどね。

 勝つにしろ、負けるにしろ、そろそろ部長には一皮向けて欲しいと思う今日この頃。

 と、ほんの僅か意識を内に向けた瞬間だった。

 世界が回り、そして衝撃が訪れる。

 地面に叩きつけられた事で肺から空気が搾り出され、呼吸が出来ないこの苦しさ。

 咳き込み、涙と涎を無様に零す私を見下ろす影は呆れ顔を浮べていた。

 

「相対中に別のことを考えちゃ駄目。実戦ならこの後に喉を踏み潰して終わってるよ? ちゃんと聞いてる?」

「……すみま、せん」

「なら、よし。続けよっか」

「……お願いします」

 

 混濁した頭を振り、自分の置かれた状況を思い出す。

 そうだ、私は先輩と組み手を行っていたんでした。

 宿舎代わりのホテルに先輩も滞在していた事を偶然知り、頼み込んで相手をして貰っているのに何をしているのだろう。

 

「同じミスをシトリー戦でしないこと。おーけー?」

「……おーけー、です」

 

「じゃあ、課題そのいーち。三分間、私に組み付かれなければ合格です」

「……はい」

「スタート!」

 

 絶妙に加減された投げ技のダメージから回復した私は、これ以上失望させてはたまらないと腰の回転を意識した連打で柳の動きで迫る先輩を押し戻す。

 ここまでは何時もの展開。しかし、ここから先が普段と違っていた。

 夏休み前なら弾幕を潜り抜けようと様々なフェイントでこちらを崩し、そこを起点にして攻めに転じるのが先輩の定石でした。

 が、今日は時に緩急を加え、蹴り技を混ぜ込み、創意工夫を凝らした攻撃が正面から全て受け流される異常事態。威力よりも制圧力を重視した速度重視のコンビネーションが、いまだに一発もクリーンヒットしないって何ですか。

 

「……先輩、この短期間に何がありました? 目に見えて進化してますよ?」

「実戦に勝る修行は無い、ってとこかな。諸事情で実名は伏せるけど、拙い技術ながら腕力だけは天下一品の豪傑と戦えた事が肥やしになったんだと思う」

「……はぁ」

「拳速は小猫のジャブより早く、破壊力は絶好調のイッセー君の百倍。直撃即ゲームオーバーな乱打戦を経て目が慣れたのか、小猫の動きが全部見えてる感じかな」

「……努力が実り、やっと先輩の背中が見えたと思ったらコレとは。少しは後ろを振り返り、必死に追い上げる後続の気持ちも考えて欲しいです」

「先輩として、師として、そう簡単に抜かせませ―――ほら、手を止めない」

「……失礼しました」

 

 ストライカーの私にとって最悪の成長を遂げた先輩は、ムキになってテンポアップした私を嘲笑うかのように全てを裁いてみせる。

 腕力は私が上。なのにこうも簡単にいなされるのは、言い訳の余地も無い技量の差です。

 これぞ本気で鍛えだして一年にも満たない新参と、十年を超える歳月を費やしてきた古参の決定的な違い。

 このまま同等の鍛錬を積んでいけば千年後には誤差の範疇に収まる差ですが、その時には目指した背中は墓の下。

 最盛期の香千屋爰乃を超える事が、後輩として、弟子としての義務だと思います。

 だからせめて、背中だけは見失わない距離を保ちたい。

 そんな願いを込めて一歩前進。読みを外す不合理な一手で勝負をかける。

 

「意表を突く発想や良し。だけど、タイミングを読まれちゃダメ」

 

 こちらの動きに合わせ、先輩が同時に踏み込んで来た。

 相対距離が予想外に縮まり、息がかかる程に接触。マズイ、そう思った瞬間は既に遅い。もう止まらない腕の振りを利用されて、本日二度目の空中散歩が始まる。

 でも、まだっ!

 投げられた事で発生した慣性を、咄嗟に展開した悪魔の翼を羽ばたかせて相殺。

 先輩の頭上で静止した私は、驚いて一瞬固まった先輩の隙を見逃さず反撃に転じた。

 選んだのは飛び蹴り。

 一羽ばたきして得た推進力をそのまま乗せた、落下式のドロップキックです。

 

「悪魔なんだから、飛べるのも当たり前だった……」

「先輩が加減してくれたお陰です。本気だったら、こんな真似は出来ませんでした」

 

 体重も加算した起死回生の一撃は、しかしきっちりガードされてしまう。

 でも、先輩には珍しく尻餅をつく結果を導き出せた。

 これなら成果として十分です。少しだけ溜飲が下がりましたよ。

 

「ねえ、小猫」

「……なんでしょう、先輩」

「アーシアの手は空いていると思う?」

「……兵藤先輩の部屋で本を読んでいましたし、特に急ぎの用事は無い筈です」

「それなら一安心」

「……不吉な予感がするので聞きたくありませんが、どうしてそんな事を?」

「小猫が過去の組み手で一度も使わなかった翼を披露してくれたなら、私も手札を一枚公開しないと釣り合いが取れないよね?」

 

 あ、先輩の目が笑ってません。

 

「……飛行能力は悪魔なら誰もが持つ標準能力。隠し球でも切り札でもありませんから、気遣いは無用です。なので御代は結構、むしろノーサンキュー。受け取り拒否のスタンスを貫かせてください」

「それはそれとして」

 

 手で何かを押しやるジェスチャーを見せた先輩は、頭のスイッチを軽いお遊びから一段階引き上げた様子。

 事前に事後処理を考えている辺り、かなりの本気が窺えます。

 

「実はヴァーリやイッセー君に及ばない性能ながら、ちょっとした神器に目覚めました」

「……えっ?」

「百聞は一見にしかず。あえて能力は語りませんので、直接肌で感じてくださいな。先生以外の身内には本邦初公開、封切の栄誉を後輩に与える優しい先輩に感謝してね」

「……心遣いに涙が出そう」

 

 それが神器なのか、赤いリボンを召喚した先輩に向けて拳を握る。

 何も持たない状態ですら及ばないのに、神器が追加されるとか不合理が過ぎます。

 勝利のヴィジョンが全く見えない絶望的な状況に文句の一つでも言いたい所ですが、突然の理不尽なパワーアップは良くある話です。

 それこそ会長チームだって、ゲーム中にカタログスペック以上の力を目覚めさせる可能性は十分にあります。

 ここは現実的な決戦シミュレーションと思って、環境適応力をアップさせる為の経験地稼ぎだとポジティブに考えよう。

 それにこれは訓練。

 先輩だって、空気を読み明日にダメージが残らない配慮を―――

 

「まだ神器の慣らし運転中だから、加減を間違えたらゴメン」

 

 するつもりは在っても、事故はつきもの。

 こればっかりは仕方が無いと割り切ります……

 

「課題そのに。自分より早い高速型ストライカーの行動を先読みして、後の先を取りつつ主導権を握ってください。クリア条件は私の足を奪うか、戦闘不能に追い込むかの二択としましょう」

「……どんと来い、です」

 

 先輩本来のスタイルとは違う、やけに具体的な条件付けに違和感を覚える。

 仮に神器がそうとしか使えないとしても、それはそれでおかしい。

 あの人は道具如きの為に、主義主張を絶対に曲げない。

 例え得た物が神滅具だろうと、意にそぐわなければゴミ箱へポイ。

 決してストライカーへ転向せず、投げ主体のグラップラーである事を貫くと思う。

 なのに、あえて打撃戦を選んだ。

 そこに何か意図があると考えた方が自然です。

 

「よーい、スタート」

 

 そう言った瞬間、ステップを踏んだ先輩が視界から消えた。

 死角から放たれた拳を、それでも何とか経験則でブロック。弱点だった軽さが嘘の様に消えた重厚さに腕が軋んだ事で反撃は無理と判断。追撃のローキックを体捌きで避けるに留め、脳をフル回転させる。

 軽量級が克服出来ない身体能力の低さ、それが解消されてますね。

 これが神器の効果だとすれば。龍の手系列と想定するのが無難か。

 なるほど、戦車である私と比べても遜色ない腕力は脅威の一言。

 先輩に唯一勝っていたアドバンテージが失われた、そう私は悟る。

 

「こんな感じで行くから」

「……返り討ちにしてやります」

 

 そこから先は、以外にも均衡の取れたシーソーゲームが続く。

 足を使って蝶の様に舞い、蜂の様に刺す暴風を浴びせてくる先輩を、カウンター主体の私が迎え撃つ展開はスリリングで時が経つのを忘れる面白さ。

 まぁ、それもこれも先輩がお家芸を使わないからなんですが。

 

「この予習はきっと役に立つと思う。しっかり勉強なさいな、家猫さん」

「……やはり、そう言う事ですか」

「どちらかに肩入れするのはフェアじゃないからね」

「……向こうには何を教えたんですか?」

「内緒」

「……けち」

 

 香千屋流を封印し、不得手な効率重視の近代格闘術をあえて使う意味。

 それは、直近でそういう相手が居ると言う事に他ならない。

 全ては明日の予行練習。違いますか、先輩。

 

「さーて、もう少し流したらタイムアップ。罰ゲームに必殺技を進呈しちゃいます」

「……絶対に嫌です」

 

 例の一件で白龍皇は病院送り。

 遠目からは無造作に軽く首筋を打った様に見えましたが、実際には首の骨にヒビの入る本気の殺し技だったと黒歌姉さまから聞いています。

 ぼんくら二天龍と同じ轍を踏むべからず。

 私はギアを上げ、カウントダウンの進む時限爆弾の解体に本腰を入れるのだった。



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第55話「流水の蒼」

なにやら面倒臭い話になってきましたが、シトリー優遇は予定通りです。

堂々と人間を攫っても、虐待してもお咎めなしの悪魔社会。
革命主義を抱く変り種が一人くらい混じっていても、許されると信じています(


 試合会場は私達にとってホームとなる、グレモリー居城地下の専用ゲーム場。

 会場にスタンバイ済みのメディアもウチ寄りで統一されていると聞きましたし、さぞ会長側はやり難い事でしょう。

 でも、個人的にはメリットを感じられない。

 だって来ているテレビ局の名前も知らず、この場所に来るのも初めて。

 つまり、外で何を囀ろうと馬耳東風。おまけに地の利も無いのですよ?

 誰が気を利かせたのかは知りませんが、この無意味な優遇措置は余計なお世話。ゲームの世界に政治を持ち込むなと言ってやりたいです。

 

「学園近くのデパートが舞台とは気が利いているわね。私は下のショッピングモールの方を殆ど使わないから構造をよく知らないのだけど、皆はどうかしら?」

「私はリアスと同じ行動範囲ですのよ? 当然、持てる知識も同等ですわ」

「飲食フロアのイートインと、後は本屋くらいしか使ったこと無いっす」

「僕はイッセー君プラス、少しだけ服飾エリアも何とか。車に乗りませんので、屋上及び駐車場はノータッチです」

「……右に同じく」

「わ、わたしはイッセーさんと同じです」

「はっはっは、引き篭もりにお外の話を持ち出されても困りますぅ」

 

 今回作られたゲームフィールドは、駒王に住む人間なら誰もが知る複合商業施設。

 巨大ショッピングモールを中核として、デパートやら何やらがくっ付いた街のランドマークとも言えるべき場所なのですが、改めて思えば意外と全容を把握していないもの。

 かく言う私も興味の在る店しか眼中に無く、知らない場所もちらほらと。

 でも、これは当然。こんな場所で戦う事を想定している方が異常です。

 

「この状況は不味いわ。準備時間の半分を地形確認に割り振り、その上で作戦を検討しましょう。祐斗は小猫を連れて屋上と駐車場、イッセーとアーシアで飲食フロアの再チェックを」

「「「「はい」」」」

「朱乃はモールの前半部分をお願い」

「敵の領土に誤って踏み込まないよう、気をつけて行って参りますわ」

「ギャスパーは蝙蝠に変化して、デパート内部を一通りね」

「りょ、了解です」

 

 ゲーム開始までに与えられた時間は、たったの三十分。

 まさに時は金なり。遊んでいる時間は無い。

 

「……行きましょう、祐斗先輩」

「急ごうか」

「……使えそうな車が残っていれば、爆弾代わりにゲットしましょう」

「小猫ちゃん?」

「……おや、フルスロットル大暴走派ですか?」

「そうじゃなくて」

「……轢き逃げアタックとは熱い。リアルクレイジータクシーですね」

「確かに有効な手……なのが…なんとも。僕は涙が出そうだよ」

「……褒めないで下さい。恥かしいじゃないですか」

 

 そこにある物を活用する、それの何処が悪いのでしょう。

 ぱっと見た感じ本屋さんの雑誌に至るまで忠実に再現していると言う事は、それらを上手く使ってゲームを盛り上げろと運営が推奨している他なりません。

 事前の想定を上回るフリーダムさを発揮し”その発想は無かった”と悔しがらせてこそ一人前。ルールブックが許す、全ての手段を取るのがプレイヤーの義務だと思います。

 

「……私達の側にある店舗で、他に使えそうなネタが在るのはドラックストア。最低でもアンモニアの確保と、在庫があれば青酸カリも―――」

「放送事故になりそうな化学兵器は止めて!」

「……どうして?」

「最近の君は少しおかしいよ! 香千屋さんと付き合いだしてからの小猫ちゃんは、昔の引っ込み思案で温厚だった頃と別人過ぎる!」

「……やれやれ、祐斗先輩も少しは大人になりましょうよ」

「どうして僕が呆れられる流れに!? おかしいよね、絶対におかしいよね!?」

「……ルールの範疇で最大限の努力をする行為の何処が悪いんですか。サッカーを例に挙げてもマリーシアは必須技能として奨励されていますし、ギリギリまで審判を攻める事はスポーツの醍醐味と言うもの。綺麗事ばかり言っていると、お上品な日本代表の二の舞が待っていますよ」

「どうしよう、感情論以外に否定材料が無い」

「……祐斗先輩だって、義務として復讐を考えていた頃は手段を選んで居なかった筈。それと同じ事です。望んでやる以上、細部まで手を抜けません」

「そう、だね。レーティングゲームに限らず、全てのゲームは”やらされている事”じゃなく”やりたい事”だ。出世や名誉がかかっていても、所詮は命を奪われない只の遊び。純粋に負けたくないと思えばこそ、全力投球も当たり前かもしれない」

 

 やっと祐斗先輩も分かってくれた。

 レーティングゲームとは、お仕事であると同時に遊びです。

 お仕事だから成果を求められ、遊びだから120%の本気が出せる。

 私に言わせれば、下手な実戦より余程ガチになれるというもの。

 

「でも、今回だけは少し自重しよう」

「……何故ですか」

「例の”平民にも学校を”発言を受けて、僕らに与えられた役割はベビーフェイスだ。クリーンな戦いをカメラに見せ、大衆が求める正義の味方像を演じる必要がある」

「……確かに毒ガスを使うヒーローにはドン引きです」

「僕らの本気は、いずれ訪れる格上相手にお披露目。それでいいね?」

「……さすが祐斗先輩。それでこそ前衛ズの頭脳です」

「え、僕ってそんなポジションだったの?」

「……目の前の敵に全力投球が信条な私と兵藤先輩に何を求めてるんですか。これからも安全弁の役割をしっかり果たしてください」

「二人の手綱を握るのは大変そうだなぁ……」

 

 王様を支え、部下を統率し、中間管理職として活躍する祐斗先輩は騎士の鏡。

 是非ともこのまま苦労人のポジションで頑張って頂きたい。

 

「ここの見回りは十分だね。次は屋上へ行こうか」

「……そうしましょう」

 

 駆け足に駐車場を回り終え、ふと思う。

 私達が正義を演じるとすれば、会長側には必然的に悪役が割り振られる。

 悪は強い。何せ手段に制限が無い。

 人質を取っても、汚い罠を設置しても、それが悪だと言われればぐうの音も出ない。

 でも会長は、名門貴族の次期当主で魔王の妹。

 プライドの高さと公の立場が邪魔をして、香千屋先輩並のフリーダムさを発揮出来ない―――の? 本当に?。

 地位も、名誉も、明日も捨てて、それでも今日が欲しい。

 そんな特攻精神にも似た覚悟を持たないと、決め付けていいのでしょうか?

 

「……まさか、ですよね」

 

 前に香千屋先輩に言われた事がある。

 喧嘩で怖いのは普通に強い強者より、何をしてくるのか分からない弱者であると。

 果たしてシトリーはどちらなのか。

 私には分からない。

 

 

 

 

 

 第五十五話「流水の蒼」

 

 

 

 

 

 ”建物を倒壊させるような大規模破壊禁止”

 ”試合時間は三時間”

 

 運営により発表された追加ルールは、私に利のある内容だった。

 先ず赤龍帝。最も警戒していたフェニックス戦の大口径魔力砲が封印された今、彼は硬くて攻撃力が高いだけの前衛に成り下がってくれた。

 次にリアス。滅びの魔力は破壊力こそ優れていても、扱う当人の魔力コントロールが拙い。制御を誤れば周囲に甚大な被害を撒き散らす以上、出力の制限も必死。

 朱乃も雲を呼べない屋内ではその真価を発揮出来ず、脅威の度合いはワンランク下がると思われる。

 アーシア、小猫、木場君の三人は本来のスペックを保持していますが、何らかの隠し球が在っても対応出来るので問題無し。

 懸念は外部への露出が少なく、データが揃っていないギャスパー君ね。

 分かっているだけでも停止の魔眼を持っているし、吸血鬼の能力も侮れない。

 不確定要素を排除する為にも、最優先で潰さなければ……

 

『開始のお時間となりました。それでは皆様、御武運を』

 

 ピンポンパンポンと〆る店内アナウンスは開始の狼煙。

 私は準備時間に何度もシミュレーションしたプランを即座に実行する。

 

「定石を好む傾向のリアスは、二手に戦力を分けると推測されます。そこで高速型の騎士は立体駐車場経由、戦車と兵士は店内の最短ルートを選択すると断定。匙と留流子でモールにて赤龍帝を足止め兼吸血鬼の排除。椿姫、翼紗は西駐車場に陣地を構築して迎撃を」

「「「「はいっ」」」」

「巴柄は桃と憐耶の仕込が完了次第、本命側に向かいなさい。念を押しますが、例え隙を見せても狙うのは女王の首一つ。リアスは確殺出来ない限り放置よ」

「「了解です」」

「それでは状況開始。各自の健闘を祈ります」

 

 散っていく下僕達は、一切の疑念を抱かない駒としての役割を全うしてくれる。

 全ては私達が共通して抱く夢の為。

 人間社会で暮し始めて冥界の教育水準が如何に劣っているか知った私は、少なくない平民が教育を受けられない社会構造に一石を投じるべく私設学校の設立を提案した事がある。

 結果、大人たち……両親からすら返って来たのは嘲笑だった。

 それが一年前の屈辱。

 しかし今。三年に進級し、一人前の悪魔としてレーティングゲームの舞台に上がる事を許された私は、誰に憚らず夢を口に出す権利をついに得た。

 例えその結果が貴族社会を敵に回すとしても、冥界を変える為ならそれすらも厭わない。

 人間視点で見れば、千年前の封建社会を固辞する冥界は窮屈で仕方が無いもの。

 転生悪魔を受け入れなければ種を維持できない以上、彼らに住みやすい世界を用意しなければ必ず破綻が訪れる。既に力で押さえつけるやり方は限界なのだ。

 実際問題として、禍の団に所属する悪魔の多くは、虐げられ、不当な扱いを受けた転生悪魔が大半を占める現状を老人たちは正しく認識出来ていない。

 だから私は下から変える。

 その第一歩として知識人を増やし、話の通じる若者を増そうと考えた。

 長く険しい茨の道ですが、私には立場を顧みず賛同してくれた姉さんと、理想を共にする仲間が居る。

 だから堂々とメディアの前で言えたのです。

 

 ”誰もが通える学校を作りたい”と。

 

 魔力の扱いが不得手、身分が低い、それだけで人生が決まる理不尽を是正したい。

 誰もが努力次第で上を目指せる新しい社会体制を作り上げる為、ソーナ・シトリーは悪魔らしく己の欲望に忠実に生きようと思う。

 

「貴方の指定した環境は必ず作り出します。そう、如何なる犠牲を払ってでも」

 

 何とか試合日に間に合ったニューフェイスは、無言で頷き肯定を示す。

 感情を持たない無機質な瞳からはやる気と言うものを一切感じられないが、得意分野で人類史上五指に入るプロフェッショナルへ余計な詮索は無用と言うもの。

 どの道、この切り札がしくじれば私達に勝利は無い。

 だから信じよう、私が選んだ新たな騎士の力を。

 

「会長、こちらも準備の頃合かと」

「分かりました。屋上へ向かいます、共を頼みますよ桃、憐耶」

「「お任せを!」」

 

 手駒の性能差が、戦力の決定的な差ではないと教えてあげましょう。

 友人にしてライバルのリアス・グレモリーよ、私の掌で踊りなさい。



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第56話「黒龍の牙」

ガンプラは自由な発想で作っていいんだ、と偉い人は言いました(謎


 部長の立てた戦術は、本気を出せば誰も追随出来ないスピード型の祐斗先輩、頑丈で多少の抵抗は押し通せるパワー型の兵藤先輩と私の特色を生かして二方面から侵攻。混乱に乗じ、面制圧に優れた部長、姫島先輩、アーシア先輩が敵本陣を叩くと言うものです。

 

『てすと、てすと。聞えてますかぁ?』

「……こちら小猫、問題ありません。おーばー」

『まだシトリー眷属は発見出来ず。調査を続行しますぅ』

「……らじゃ」

 

 いつもなら連絡手段に携帯を使う所ですが、残念な事に冥界は圏外。

 そこで代わりを務めるのはギャー君です。蝙蝠に化ける事で端末を広くフィールドに分散させ、リアルタイムの偵察網を構築しています。

 そして、各チームに張り付いた小蝙蝠を使えば横の連携もばっちり。

 お陰さまで分散していても、チームとしての体を為せるのです。

 

「不気味なくらいに静かだなぁ」

「……祐斗先輩も接敵していません。敵は何処に潜んでいるのやら」

「これって情報戦で負けてる証拠じゃね?」

「……同感です、兵藤先輩」

「時に小猫さんや」

「……何でしょう」

「前はイッセー先輩と、親しみを込めて呼んでくれたじゃないか」

「……そんな時代もありましたね」

「何故に苗字へ変更を?」

「……平然と女性を見世物にするクズと距離を取りたいだけです。むしろ男の甲斐性と笑って済ませた部長と副部長、少し怒っただけで許したアーシア先輩が寛大過ぎかと」

「爰乃も部長と同じく、納得づくで合意してくれていたと思ってんだよ……」

「……ぶっちゃけ、今の先輩の好感度はマイナス街道まっしぐら。身内なので最低限のコミュニケーションは取りますが、仕事以外でのお付き合いは拒否する間柄です」

「マジですか」

「……嘘をつくメリットがあるとでも?」

「ですよねー」

 

 むしろ、どうして元の鞘に戻れると思っていたのやら。

 この人は悪い事をした自覚が無いのでしょうか……

 

「……少しでも待遇を改善したいのなら、今回のゲームで汚名を雪ぐだけの大活躍を見せて下さい。香千屋先輩はともかく、私はそれで少しは見直すかもですよ?」

「超頑張るよ! だから見捨てないでっ!」

 

 これから先も続く長丁場を見据えると、退職も転職も許されない株式会社リアス・グレモリーの同僚を見捨てる事は出来まない。

 何故なら手を貸したくない、助けを頼めない、そんな不協和音のツケを払うのは結局のところ自分。チームの輪を維持する為に、ある程度の不平を飲み込む度量は必要なのです。

 

「……期待していますよ、兵藤先ぱ―――」

 

 肩をすくめるジェスチャーを返し、そろそろゲームに集中をと思った瞬間だった。

 

『リアス・グレモリー様の僧侶一名、リタイヤ』

 

 唐突に聞こえたアナウンスは、想像もしなかったまさかの悲報。

 何を言っているのか分からない私は、兵藤先輩と顔を突き合わせて大混乱です。

 

「れ、冷静に考えて、やられたのはギャスパーだよな?」

「……携帯代わりの蝙蝠が消失しています。確実にギャー君が餌食です」

「まじかよ……」

 

 倒し難い群体だったギャー君をこちらに気取られる事なく無力化した手段は不明ですが、先ず敵の眼を封じる戦術は王道中の王道。私でも取る普通の一手です。

 重要なのは、いきなり部長の作戦が足元から崩れ去ったこと。

 いつもの事と言えばそこまでですが、連絡手段を失った各チームがスタンドアローンで動かざるを得ない事態は想定外過ぎます。

 

「……連絡手段を失った今、リアルタイムでの連携は不可能となりました。私達は他のチームを信じ、後ろを振り返らず前進あるのみ。一人でも多くの敵を葬り去りましょう」

「俺達が暴れて敵を引きつければ、木場や部長側が手薄になる……そう言う事か」

「……攻撃は最大の防御です。さて、手始めに接近中の二人を潰しますか」

「やっとお出ましかよ。で、距離は?」

「……気付くのが遅くて済みません。私も少しばかり油断してたかもです」

「ん?」

「……探査に引っかかっていたのはブラフ。真上ゼロ距離、迎撃を!!」

 

 

 

 

 

 第五十六話「黒龍の牙」

 

 

 

 

 

 天井を突き破って伸びた黒い糸状の何かは兵藤先輩を目指し直進するも、篭手を盾にした獲物の体を貫く事は無かった。

 しかし、間髪居れずに落下してきた人影を今度は防げない。

 重力を味方にした重く鋭い蹴りは、先輩の防御を崩してダメージを与える事に成功。

 きっちり着地も決めて、見栄を切りながら彼は言う。

 

「よう、兵藤。暇だから遊ぼうぜ?」

「誰がお前なんか―――って何だコレ、取れねぇ!?」

「お前と比べりゃ玩具かもだが、俗に言う神器って奴だ。おっと、漫画やらアニメみたいに解説はしないぞ? 効果は自分で考えやがれ」

「ケチ!」

 

 仲が良いのやら悪いやら。強襲してきた敵の兵士、生徒会書記の匙先輩は友人への気安さで兵藤先輩に声をかけている。

 匙先輩から放たれた黒いラインは兵藤先輩の篭手に接続され、力を入れて引っ張っても千切れない強固さ。確か神器の効果は繋がった相手の力を奪う事なので、世間話を装い少しでも時間を稼ぐ作戦なのかもしれません。

 

「……兵藤先輩、ソレを放置していると力を吸い取られてピンチです。どうにかラインを切り離すか、使い手を瞬殺して対処急いで下さい。その間に私は片割れを潰します」

「ちっ、気付かれてたか。そっちは頼むぞ仁村!」

 

 私が構えを取ると同時、開いた天井から二人目が飛び出してくる。

 

「ソーナ・シトリーが兵士、仁村留流子推参!」

「……リアス・グレモリー眷属の戦車、塔城小猫。相手になります」

「同じ一年生同士前々から戦ってみたかったわ、売り出し中の猫さん」

「……駒王学園一年最強の座は渡しません」

「そんな称号要らないよ! この子は番長でも目指しているの!?」

 

 私の敵は、たまに顔を見る程度の間柄。平生徒会員で同学年の仁村さんです。

 私はオカルト研究会、彼女は生徒会と他人レベルの付き合いですが、格闘技を嗜んでいる事は前々から知っていました。機会が在れば白黒を付けたいと思っていたので、こちらとしても望むところ。

 ここでしっかりと格付けをして、誰が頂点なのかを教え込んでやります。

 そう決めた私は、気息を整える為に大きく息を吸い込む。

 拳を交える機会の多い香千屋先輩には、純人間、同属性と言う事もあり、いまいち効果を発揮しない気の力も、対悪魔に限れば圧倒的なアドバンテージを持つ切り札です。

 一撃を入れるだけで気脈を乱し、悪魔の命である魔力を根本から封じるこの力。

 あのアーシア先輩ですら癒すのに梃子摺る特殊属性なので身内には加減して使っていましたが、今日ばかりは本気で練り上げようと思います。

 

「……ふっ!」

 

 私は大師匠や香千屋先輩のような縮地を使えない。

 だから違うアプローチを選んだ。

 息を吐き出すのに併せて溜めたバネを全開。同時に足裏に溜めた魔力を解放する。

 直後に来る膝への負荷は甚大だが、銃弾の速さへ一瞬で到達。大気を切り裂き敵が動き出すよりも早く先手を奪った私は、決して気負わず拳を振るう。

 祐斗先輩に瞬間最大速度なら互角とまで言わしめた加速力は得られた。

 そして、同じ速さで振るわれる刃を私は回避出来た試しがない。

 だからこそ殺った、そう確信していた。

 しかし、そんな考えを嘲笑うかのように仁村さんは笑う。

 

「悪いけど、足の速さには自信があるのよ」

「……なっ!?」

 

 後から動き出したのにも関わらず、彼女は同等以上のスピードで後の先を奪取。まだ攻撃態勢に入る前の私をカウンターで蹴り飛ばすと、親指を立てて勝ち誇るように言う。

 

「私は才気溢れる塔城さんと違い、神器も特殊な能力も持たない典型的なB級転生悪魔。だけど、やり方次第ではこんな結果も生み出せるわけ」

「……ありえない力です。どんなトリックを使ったのですか」

「人間の知恵って奴よ」

「……意味が分かりません」

「妖怪変化には分からないかもしれないけど、人は原則として弱い生き物なの。弱いから武器を作り、技術を磨き、やっと獣と戦える」

 

 不味い、完全に虚を突かれて無防備な状態で喰らってしまった。

 この分だと肋骨の一本や二本は折れているかもしれない。

 痛みが何だ。早く、早く、早く立ち上がれっ!

 

「と言う事で、私も神器で武装しました。まさか卑怯とは言わないでしょ?」

「……神器が流通しているなんて聞いたこともありません」

「ところがどっこい、私の相棒は人工神器。ツテさえあれば手に入るんだよね」

「……じ、人工神器?」

「入手先は内緒。おっと、大人しく寝てなさい!」

 

 私の呼吸が安定し始めたのを見逃さず、容赦のないサッカーボールキックがお腹に炸裂。胃液をぶちまけながら壁まで飛ばされてしまう。

 しかし蹴られた瞬間にはっきりと見えた。仁村さんの両足に装備された銀の脚甲、そこから生み出された力が全身に供給されている。

 十中八九、あれが人工神器とやらで間違いない。

 

「小猫ちゃん!」

「おっと兵藤、余所見は禁物だ。モテ期の訪れているお前だけは絶対に許さん!」

「殺る気の源はそこかよ!」

「男一人だけのハーレム構成は同じなのに、こっちはスパルタで甘やかさない主義の会長のせいで美味しい思いを何一つしてねえんだよ! それなのにお前は学校でお姉さまズやらアーシアちゃんやらとイチャイチャしやがって……くたばれリア充!」

「悔しかったら主様のおっぱいの一つでも揉んでみろ!」

「待て待て待て、下僕にそんな事が許される……のか? からかってんだろ?」

「部長に抱き枕にされる時なんて、素肌の谷間に顔を埋めていますが何か」

「マジで」

「さらに言えば、基本オープンな朱乃さんは裸を見放題」

「ごごごごご冗談を」

「アーシアの膝枕はとても心が落ち着きます」

「健全な癖に一番羨ましいのは何故だろう」

「いいか匙、俺はこの歳になって知った。女の子の数だけおっぱいがあり、一つとして同じものは無いんだ。大事な事だからもう一度言おう。おっぱいは一期一会、これが世界の真実だ」

「比べる以前に誰のも揉んだ事ねぇよ、チクショウ!」

 

 ちらりと兵藤先輩の方を見やれば、何故か優勢な筈の匙先輩がOrzの体勢で号泣中だった。

 どうやら二人は同じ穴の狢。私には理解出来ない世界で勝負がついたらしい。

 

「いやその、先輩も普段は優秀で頼れる人なのよ?」

「……またまたご冗談を。どう見ても変態枠じゃないですか」

「へ、変態じゃないし! 匙先輩は兵藤先輩と違って普通のイケメン枠だもん!」

「……まさか、アレが好きだったりします?」

「絶賛生中継中の面前で言えるかぁっ!」

 

 顔を真っ赤にした彼女は勝負を焦ったのか、慌てた雰囲気で試合を決めにかかる。

 おっと、感情に任せて合理性を欠いた今こそチャンス。

 一撃必殺を狙った胴回し蹴りを回転軸の内に飛び込む事で無効化。同時に体の内側から掬い上げる形で肘を打ち込み、仁村さんを少しだけ空にかち上げる。

 残念ながら回復に全力を注いだ為、気を攻撃に回せなかった。

 本当なら今こそ一気呵成に攻め立てるべきなのだろう。

 でも、私の体に蓄積されたダメージがそれを許さない。

 悔しい事に、まだ足が言う事聞いてくれないのです。

 

「……恋バナはまたいずれ。仕掛けもわかった以上、もう好きにはさせません」

「そうしてくれると助かります。でも、これでやっとダメージもイーブン。勝負はスタートに戻っただけよ」

 

 宣言と同時に仁村さんの姿が視界から消えた。

 見た感じ一歩踏み出す足場さえあればノーリスクで最高速を得られる能力は、同種でもリバウンドの大きい加速術と比べて優れていると認めざるを得ない。

 しかし苦心の果てに身に着けた力と、手に入れたばかりの力では意味が違う。

 所詮貴方は人工神器とやらに頼っているだけ。

 それを今から教えてやりましょう。

 

「……そこ」

 

 背後からの奇襲を振り向きもせず回避。続く脚払いは体の軸をずらして空振らせ、割り込むように反撃を挟む。と言っても反射的なもので、手頃な位置にあった顔面をとりあえずぶん殴っただけですが。

 

「痛っ、ウチのメンバーが訓練を繰り返しても反応できなかったのに、どうして初見の人間が普通に対応出来るのよ!」

「……内緒」

「ここで意趣返し!?」

 

 この戦いを想定したとしか思えない予習がなければどうなっていたやら。

 悔しい事に模擬試験で出された問題が殆どそのまま出題……もとい、例題の方が完成度が高いとか、香千屋学園の指導方針は色々とおかしい。

 緩急を付ける為にあえて静止する瞬間を作っていた先輩に対し、次の行動に移る前に一度止まらざるを得ないストップアンドゴーの仁村さん。

 多分、ちゃんと神器を使いこなせば毎度止まる必要が無いのだと思う。

 おそらくカタログスペックも知っている先輩は十全に性能を発揮した前提で仮想敵を演じたのでしょうが、要求水準が高すぎです。

 どちらにせよ、勝つべくして勝つ事が恩師への義務。

 やるべき事は変わらない。

 

「やっぱりリアス先輩のチームは凄い。悲しいけど、会長の言葉は正しかった」

「……敗北宣言ですか?」

「さーて?」

 

 ネガティブかと思いきや、仁村さんの目から闘志は失われていない。

 この眼は危険だ。意識を刈り取らない限り、何度でも立ち上がってくる不屈の覚悟が籠っている。

 あれは香千屋先輩と同質のもの。敵に回すと最高に厄介な存在であると直感した。

 ふと時計を見ると、針が想定以上の位置で止まっている事に気づく。

 最早混乱を起こすどころか、動きを読まれてこちらが切り崩されている。

 このまま足止めされれば、前衛の居ない部長達がどうなるか分からない。

 

「……会長は何処まで読みきっているのやら」

「お察しの通り、私達は足止め要員。だけど、別にそれだけで満足するほど枯れてもいない。倒せるなら倒す。それくらいは狙いますよ」

 

 厄介だ。逃げる訳にも行かず、だらだらと時間を潰せばどんどん不利になる。

 チームの人数で負けている以上、人員の一対一交換はそれだけでピンチ。

 この分だと祐斗先輩も罠に嵌ってそうですし、一刻の猶予も残されていない。

 気が付くと、立場が入れ替わっていた。

 仁村さんが攻め急いでいるように見せたのは罠。

 全ては私に受身を取らせ、だらだらとした展開に誘い込む布石でしたか!

 これまでの無茶な攻めから一転、安全マージンを大きく取ったヒットアンドアウェイに切り替えた彼女をどう料理したものか。

 こうなれば、せめて兵藤先輩だけでも先に行かせてバランスを取らないと。

 この結論に至った私は、間違って居なかったと思う。

 そう、この時までは。

 

「このままじゃ埒が開かねぇ。出し惜しみは無しだ!」

「させるかよ!」

 

 少し眼を離していた隙に、魔力弾の応酬やら殴り合いやら、まっとうな戦いを繰り広げていた先輩たちの戦いもついに佳境。

 隠密行動に不向きだからと温存していた鎧をついに使うらしい。

 今は正面からゴリ押しが最善手。少しだけ見直しましたよ、先輩。

 

『Welsh Dragon Balance braker!!!』

 

 龍衣へ変化する反動で繋げられていたラインを跳ね飛ばし、ついに最強フォーム光臨。

 こうなってしまえば軽く無敵、そう思ってた時期が私にもありました。

 が、現実は非常なもの。いつもならヒャッハーとダッシュする筈の先輩が、何故か膝を付いて立ち上がれない。

 

「危ねぇ、ギリ間に合ったか」

「ちょ、俺に何を? ありえんくらい調子悪いぞ?」

「遅ればせながら神器について説明しよう。コイツの名は”黒い龍脈”。端的に言えば、接続先の力を奪って弱体化させたり、身内に接続して力を送り込んだり出来る支援用だ」

「いやいや、この吐き気と眩暈は力を吸われたって感じじゃねえぞ」

「正解。今回お前に使ったのは送り込む方。魔力も体力も何一つ奪ってないさ」

 

 ああ、だから先輩は無理にラインを外そうとしなかったんですか。

 

「ひょっとして、あれか? 毒物的な何かを……送り込んだ?」

「正解者に拍手、よく出来ました。商品として兵藤の体に流しそこねた洗剤の残りを進呈。何とテナントで入ってるジャ○コブランドの新製品だぜ!」

「え、マジで? あそこのPBって色々ヤバイんだろ? 俺、死ぬの!?」

「ぶっちゃけ篭手越しだからか、いまいち浸透が悪くてなぁ。もうちょい血管への進入が遅れていたらやばかった。おっと、悪いがコレもルールの許す範疇だ。汚い手段だと俺も思うが、悪い事をしたとは思わない。会長曰く、悪魔なら多分死なないらしいから安心して逝け」

「……くっ、非モテ族の僻みはこの為の時間稼ぎだったのかっ!」

「いや、あれは本音トーク」

「試合に負けて勝負に、勝っ、た」

 

 苦痛で集中が切れたのか、鎧が自動で解除された先輩は詰んでいた。

 止めとばかりに胸倉掴んで持ち上げられて、何の変哲も無いアッパー一閃。

 期待されていた活躍を見せる事無く、赤龍帝はフィールドから消えやがりました。

 

『リアス・グレモリー様の兵士一名、リタイヤ』

 

 ま、まあ、これはさすがに備えろと言うのが無理なパターンです。

 ここまで手段を選ばないとは、お釈迦様でも思いませんよ。

 私が薬局から青酸カリを持ち出そうと提案したのと同じく、シトリーも自軍領土の資源を有効活用しようと考え、そして実行した。

 この分だと、シトリー側にあったホームセンターから何を持ち出しているやら。

 開いた口の塞がらない私は、考えの纏まらない頭で必死に思案する。

 最近汚れてきた私の心は、今更漂白剤を流し込んだところで汚れは落ちません。

 と言う事で、意味がないなら断固として拒否します。

 怪我をして病院送りならまだしも、毒を喰らっての闘病生活だけは嫌です。

 しかしながら、状況は最悪の一言。

 現在進行形で相対中の仁村さんは差しの勝負なら九分九厘勝てますが、一撃必殺な匙先輩の支援を受けられる前提でシミュレーションすると雲行きが怪しい。

 

「搭城さん、次は君の番だ」

「……最低でも、どちらか一人は地獄に送ってやります」

「怖い怖い。よーし仁村、主役はお前だ。好きに動け」

「はいっ、先輩!」

 

 ゲームへ取り組む姿勢が余りにも違いすぎた。

 果たして私が二人を倒せたとして、そこに意味は在るのやら。

 天上から盤面を睨む会長は、既に終局図を見据えて駒を進めている気がします。

 

「……後は任せましたよ、祐斗先輩」

 

 頼みの綱である騎士に、全てを託す私だった。



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第57話「魔を滅ぼす銀の剣」

 二階の駐車場から通路を挟んだ、一階の駐車場へ足を踏み入れた瞬間だった。

 

『リアス・グレモリー様の兵士一名、リタイヤ』

 

 聞えてきたのは、耳を疑うような敗北コール。

 あのイッセー君がやられた? そんな馬鹿な話があってたまるものか。

 彼は瞬殺されるのが規定路線のギャスパー君と違い、この僕の全力を持ってしても倒すのが厄介なタフで粘り強い戦士だ。

 警戒すべき奇襲も策敵特化な小猫ちゃんが居る限り防げる筈だし、何がこのフィールドで起きているのか皆目見当もつかない。

 強いて懸念事項を述べるなら、シトリー眷属は女の子ばかりのチームと言うこと。

 まさかと思いたいけど、何らかのハニートラップに引っかかったってオチかな?

 ははは、さすがに……無い……無いよね?

 うん、これ以上考えるのは止めよう。どんな手段でイッセー君が無効化されたのであれ、ゲーム中に彼が復活する事はありえないし。

 今は只でさえ少ない自軍の駒が減った難局を乗り切る事に集中すべきだ。

 だってほら、お客様がお出ましさ。

 前方に人影を見つけた僕は、靴底から白煙を上げて急制動。愛用の聖魔剣を生み出しながら柱の影に身を隠し、用心深く周囲を警戒する。

 

「ごきげんよう、木場祐斗君。眷属を束ねる女王として歓迎致しましょう」

「おや、女王自らのもてなしですか。これは楽しみですね」

「ご期待に沿えるよう、精一杯頑張らせて頂きますわ」

 

 逆光でよく見えないけど、声の主は副会長で女王な森羅先輩で間違いないと思う。

 一騎打ちならさして怖くない相手だが、問題は後何人潜んでいるか。不本意な事に僕の行動は予測されていたらしく、虎口に踏み込んでしまった雰囲気が尋常じゃない。

 

「幾多の魔剣を自在に操り、今や赤龍帝と並ぶ若手転生悪魔の有力株と名高い最優の騎士。スピードを最大の武器とするテクニック型で、分身、オープンゲット、普通に高回避の三拍子を備えたデビルゲッター2の異名を―――」

「え、なにその二つ名! 初耳ですよ!?」

「確かな筋の情報でしたが……誤りでしょうか?」

「その言い回し、さては香千屋さんが情報源か!?」

「さて、どうでしょう」

「せっかく顔を合わせない期間が続いて安心してたのに、予想外のところで関わって来たよ! 君の担当はイッセー君で、僕は無関係だろ!?」

 

 確かアレイさんがやっていたゲームを眺めていた諸悪の権化が”最大攻撃力も頭打ちだし、性能的に木場君っぽい”と漏らしていたよね!

 って、香千屋さんが犯人ってことは、僕のスペックを詳細に把握されてるんじゃ?

 下手をしなくても、彼女は僕、イッセー君、小猫ちゃん、ギャスパー君の詳細なデータを持っている。それが敵方に渡るとか、冗談でも止めて欲しい。

 この情報は重要だ。一刻も早く部長に報告しなければ手遅れになる。

 こちらの予想外は、向こうの想定通り。

 この図式を書き換えない限り、僕達に勝機は無い!

 

「おや、何故か錯乱した今がチャンス」

 

 森羅先輩の武器は薙刀。射程は長く、槍と同じで剣に対する優位性を持っている。

 槍道五倍段の言葉からも分かるとおり、単純な技量を超えた相性は見過ごせない。

 さあ、来い。それでも僕は負けない。

 生涯の相棒と決めた聖魔剣を構え、先輩の正面へと注意深く移動する。

 大丈夫、今のところ先輩以外の殺気は感じない。

 これなら多少のリスクを覚悟して、僕から打って出ても大丈夫かな。

 そんな覚悟を決めていると、副会長は眼鏡を人差し指で持ち上げてから言った。

 

「先に謝罪しておきましょう」

「謝罪、ですか?」

「私は対魔師の家系に生まれ、義務としての薙刀を学びました。だから剣は所詮道具。手段の一つとしてしか認識していません」

「価値観の違いですね」

「ですから、剣術に拘泥して来た木場君と比べて腕前は未熟。避けられる分の悪い勝負はしない主義です」

 

 嫌な予感がした。

 

「ほんの少しだけ会長の予測を上回る進行速度を見せた木場君に賛辞を。しかし、無駄口を叩いている間に準備は完了しました。やりなさい、翼紗」

「ぽちっとな」

「神器”追憶の鏡”展開」

 

 森羅先輩の前に装飾された大鏡が出現した瞬間、第三者の声が聞えたような気がした。

 直進すれば露骨に罠がありますよ、と主張する神器。見え透いた罠に飛び込むくらいなら戦略的撤退でも構わない、そう判断して後退を決断する。

 しかし、この一瞬の思考時間さえも罠だった。

 進むか退くか躊躇した間隙を突き、駐車場の閉鎖空間に鼓膜が破裂しそうな爆音が鳴り響く。続いて飛び散った無数の何かは、反射的に体を守るように展開した聖魔剣の檻を容赦なく粉砕。体のあちこちに焼けた鉄串をねじ込むような痛みを発生させる。

 何が起きているのかは分からない。が、座していれば命が危うい。

 そこで僕は―――

 

 

 

 

 

 第五十七話「魔を滅ぼす銀の剣」

 

 

 

 

 

 グレモリー眷属の中で、最も脅威と認定されたのは木場君だった。

 奇を衒わない王道の騎士はどんな修練を積んだのやら、人の殺気を容易に見抜き、魔法の雨も、剣戟も容易く回避する技術を有している。

 客観的に見て、彼を正攻法で倒す為には相当の犠牲が必要でしょう。

 そう、正攻法では。

 

「気配も持たず、特定対象を狙わない、機械装置による面攻撃。聖女自ら聖別を施した対悪魔用法儀礼済みベアリング式クレイモア地雷の50連一斉点火のお味はいかが?」

 

 ルールブックを読み返し、その上で運営本部に確認をしたところ、ゲームへの持ち込み制限はゼロ。なら、どうせ私達は悪役。暗黙のルールを破ったところで怖いものは無い、と死の商人お勧めの現代武器を大量に仕入れてみました。

 そしてカタログスペックを信じれば、実地検証で白龍皇の鎧をも穿つこの兵器を駐車場の殺し間に満遍なく設置。何処に逃げようと必殺のキルゾーンを構築し、獲物が網にかかるのを待つ、と言うのが会長の選んだ対騎士戦術。

 想定外の進行速度に起爆装置の準備が間に合わず失敗に終わる所でしたが、幸いにも話術が功を奏して時間を稼げたのが嬉しい誤算。

 これならば作戦のフェーズ1はクリア。願わくばこれで終わって欲しい。

 以降のフェーズは最悪の事態を想定したもので、使わないに越した事は無いのだから。

 

「やったか!?」

「翼紗、今貴方は盛大にフラグを立てましたよね」

「何を仰いますか。通常の爆発に加え、副会長の神器で倍返しのベアリング弾を正面から浴びたんですよ? 耐えられる訳がありません」

 

 ちなみに私の神器は、展開した鏡を壊した攻撃を二倍に増幅して反射するカウンター系。

 今回は自身を攻撃範囲に収め、神器を用いた究極の散弾を撒き散らしてみました。

 

「と言うか気付かないの?」

「何をですか?」

「撃墜のアナウンスが無い事に」

「おお、さすが副会長。賢いですね」

「だめだこの子……」

 

 長身で体術に優れた本能型、それが二年で戦車の由良翼紗。

 ポテンシャルは悪くないのに考えが足りないのが玉に傷な後輩の頭をぺしっと叩き、やはり倒しきれなかった騎士の行方を慎重に探る。

 粉塵が舞い上がったせいで視界は悪く、彼が何処に姿を眩ませたのか分からない。

 資料に寄ればああ見えて直情型らしいので、おそらく撤退は選ばないと思う。

 すると、聞えたのは足音。しかも背後から。

 ありえないと思いつつ振り返れば、現れたのは知った顔だった。

 

「また派手にやりましたね。ボクの出番、まだ残ってます?」

「むしろ、ここからが本番です」

「そですか。なら、仕方が無い。翼紗さんや、会長の為に頑張ろう」

「おうよ、超必死にやったるわ!」

「「いえーい」」

 

 私と同じく対魔を生業とする一族出身。遠い親戚で後輩の巡巴柄は、木場君とタイプの似たテクニック型の騎士です。

 少し前は無名の日本刀を武器にする特徴の無いB級騎士でしたが、プロフェッサーAZSLより供与された人工神器”閃光と暗黒の龍絶刀”を得た事で火力の増強に成功。

 光と闇の混濁した力を宿した刀を自在に使いこなす巴柄は、同属性(?)の剣を振るう木場君と悪くない相性の筈。

 私は他にやる事があるので、二人には是非とも頑張って欲しい。

 

「相手は手負いの獣です。万全の状態よりも危険だと理解した上で対応を」

「「はいっ!」」

 

 さすがの木場君も無傷で乗り切れては居まい。怪我の具合がどうであれ万全のシトリー最強前衛コンビに勝てるとは思いませんが、念には念を。石橋を叩いて壊して引き返すのがチームの流儀です。

 99%では駄目、求められるのは100%の成功率。

 どんな奇跡が起きても、不確定要素を先に行かせる訳には行かない。

 

「剣技でオーラを飛ばせるボクが二番手。先導は翼紗に任せてもいいよね?」

「あいさ」

 

 軽い言動とは裏腹に慎重に歩を進める後輩達は、あれで中々仕事熱心。

 必要なら捨て駒も喜んで引き受けるし、やるべき事をしっかりこなす子なのですよ。

 これなら眼を離しても大丈夫。万が一に備えて神器を防壁として配置しつつ、コンクリートの床に手を這わせ調査を開始。

 会長の予想したものを見つけた私は、奥の手を仕込むべく魔力を放出する。

 これなら上手くいきそうです、と声をかけようとした瞬間だった。

 

「……あ、れ?」

 

 瓦礫を突き破って咲いた剣花を巴柄が切り払い、それに気を取られた翼紗の真下から透明なガラスの刃が生える。

 気付いた時にはもう遅かった。股の間から斜めに脇腹までをを貫かれ、口から零れ落ちる鮮血は致命傷の証だ。

 

「先ず、一人」

 

 五体満足ですらない満身創痍な木場君の姿を視認した私は、ギラギラとした彼の目つきに怖気づいてしまう。

 

『ソーナ・シトリー様の戦車一名、リタイヤ』

 

 そんな私を正気に戻したのはアナウンスの声。

 そうだ、今は行動あるのみ。挽回のチャンスはまだ残されている!

 

「フェーズ2の中間ステップを全て破棄! 最終段階を即時開始します!」

「やっぱり、そうなりますよね!」

 

 ここに至り、本性を現した木場君に出し惜しみは無意味。

 巴柄とアイコンタクトを交わし、私は躊躇いを捨てる。

 勝つのは私達だ。そう、どんな手を使ってでも。

 

 

 

 

 

「さすがは聖魔剣。よくもその体で動ける」

「人体は意外に頑丈でね。僕を止めたければ、頭か心臓を潰す事だ」

 

 刀を受けただけで壊れそうな右手を根性で支え、気力を振り絞り淡々と剣を振るう。

 客観的に見て今の僕は半死人。一度立ち止まれば二度と立ち上がれないから。

 体に潜り込んだ異物が継続ダメージを生もうが、体を捻る度に臓器に突き刺さった骨が出血を強要しようが、全て精神力で捻じ伏せる。

 なに、主観では副会長を倒し、アルジェントさんの元に辿りつく程度の気力は残っているつもりだ。何も問題は無い。

 しかし、ゲームの判定システムがどこまでダメージを許容するか分からない。

 外見的には腕が一本千切れて、片足の膝から下が無くなっただけ。強いて言えば左目と腹の肉も削り取られたけど、傷口は全て炎の魔剣で焼いてあるから大丈夫。

 まぁ、何にせよ砂時計の中身が落ち切るまでの時間は少ない。

 たかがゲームと遊ぶのはやめて、楽しい命の奪い合いを始めようか。

 

「なるほど、これが対魔の剣術。中々に興味深い」

「これぞ西洋剣術とは一味違う刃の理! ボクが継いだ先祖代々の力だ!」

 

 確かに脈々と受け継がれ、改良を続けてきた技術体系には眼を見張るものがある。

 かつてコカビエルと組んでいた黄金騎士が佩いていた剣と同質の刀も脅威だし、道具に振り回されない修練も見事。

 でもね、それでも君と僕の間に決定的な差があるんだよ。

 

「ボクの方が有利なのに、どうしてこうもっ!」

 

 彼女の刃が刻み込めるのは、皮一枚の浅い傷だけ。

 何故そうなるか、答えは簡単だ。

 巡さんの剣は大味過ぎる。例えるならお座敷剣術が妥当な評価かな?

 ぶっちゃけ同じ刀使いでも、弦さんや師匠と比べて手緩いんだよね。

 例えば手堅く肋骨を通して臓腑を抉る師匠の三連片手平突き。

 例えば剣速を限界まで高めつつ、鞘による二連撃を備えた弦さんの居合い。

 動乱の中で殺人技法を純化した人の世と違い、変化を良しとせず昔から変わらない力押しを続ける悪魔を相手取っていた事が原因の一つか。

 元々、人が悪魔を倒す為には堅い防御壁を抜く所から始まる。

 必要なのは火力であり、対人戦闘には余る破壊力が優先された筈。

 しかし、近年増加した転生悪魔は精神構造が人間だ。

 臆病だから無謀に攻めず、相手の弱点を突いてくる狙うタイプが少なくない。

 そんな相手に大技をメインに据えた技術は相性が悪い。

 これは師匠にも言われた事だけど、どんな生き物も首を落とせば死ぬんだ。

 無駄な力は省き、必要な力だけを最速で用いる術が今後の主流になると僕は思う。

 悪いけど火力偏重の巡さんは古く、次代に即した僕には通用しない。

 ……と、言い切れれば格好良かった。

 恐ろしい破壊力を秘めた剣閃が鼻先を掠め、しかも小回りの利かない今のコンディションでは付け入る隙が見当たらない。

 救いは一つ。何をやっているのやら、森羅先輩が介入してこないこと。

 本当に不気味だ。何を考えているのかさっぱり分からない。

 

「仕方が無い、身を切るとするよ……」

「肉を切らせて骨を断つ、それを許すほどボクの剣は甘くない。一撃で骨ごと貰う!」

「いいよ。そら、持って行くと良い」

 

 逆手に聖魔剣を持ち篭手の様に防御を固め、右手を盾に跳躍。

 これを好機と見た巡さんは、刀を大きく振りかぶって必殺の構えを見せた。

 裂帛の気勢を上げながら振り下ろされた刀は混沌の力を纏っていて、直撃すればイッセー君の鎧すらも寸断する事がありありと分かる。

 が、死神の鎌に首を差し出すような行為と分かっていても、僕は決して止まらない。

 脳の血管よ切れてしまえ、と集中に集中を重ね、斬首の刃が腕に触れた瞬間を見計らって刃筋をほんの少しだけずらす。

 刀は剣と比べて切れ味で勝るが、それは正しく運用されてこその特徴だ。

 対象に触れて引かねば斬れず、入射角が変わるだけで威力を半減させられるデリケートなこの武器は、それでも僕の腕を肘の先から斬り飛ばす恐ろしさ。

 だけど、為すべきことは為した。

 本当は僕を両断するつもりで居た巡さんは驚きで眼を見開き、次の一手をどうすべきか迷いの色を浮べている。

 しかし、次があると思っているなら甘い。両手を失った僕には近接攻撃が無理と安堵したのを見切って中空に短剣を作成。必殺の切り札を口で咥え、首の捻りを使い彼女の細首へと全力で突き立てた。

 

「これで二人」

 

 膝から崩れ落ちるのに合わせ、リタイヤを告げる魔法陣に包まれた好敵手を一瞥。

 確実に仕留めた事を確信した上で、最後の仕事をやり遂げようと会長の姿を探す。

 

「……まさか、あの状況から二人を片付けるとは」

「巡さんには梃子摺らされましたよ。惜しむべきは、経験地の不足。彼女達には命のやり取りを学習させるべきでしょう」

「肝に銘じておきます」

「では、決着を」

「そうね」

 

 さて、今度はどんな手でくるやら。

 転がっていた残骸から地雷による飽和攻撃を貰った事は理解した。

 魔剣の防御壁が意味を成さないと分かった瞬間、天井を切り抜いて二階に非難しなければ確実に落とされていあてであろうあの攻撃。

 さすがに小細工は使い切ったと思いたいけど、そう判断させられたとも言える。

 かと言って受身も選べないし……悩ましいところだよ。

 

「わが薙刀の錆になりなさい」

「残念、血を流しすぎて錆の元が足りません」

 

 片足ステップで膝は笑っている。一撃だ、一撃で仕留めないとボチボチ厳しい。

 

「と、思いましたが気が変わりました」

「え」

「さよなら、木場君」

 

 部長から聞いた話では、副会長に遠距離攻撃は無い。

 リーチを生かして中距離からチクチク来る。そう信じていただけに虚を突かれた格好だ。

 そして気付く。僕に背を向け逃げ出した先輩が何かを放り投げていった事を。

 それはオイルライター。

 回転しながら空を舞うソレを見て僕は悟った。

 やられた、道理で非常口の前に移動していた訳だ。

 僕の膝上の高さに落下した瞬間、発生した大爆発が巻き起こる。

 今度こそ逃げられない広域破壊に飲み込まれながら、僕は悔やむのだった。

 

 

 

 

 

「さ、さすがに、やりましたよね?」

 

 全力ダッシュで爆発から逃れた私は、やっと終わったと大きく息を吐いた。

 本館へ供給される天然ガスのパイプが地下を通っている事を利用した、駐車場丸ごと爆破計画は大成功。

 後輩達が時間を稼いでいる間に魔力で臭いを誤魔化したガスを室内に充満させ、結界魔法で擬似的な閉鎖空間を演出。ガスは空気よりも重い為、嗅覚さえ潰せば下から溜まって行く時限爆弾の存在を気付ける者はそう居ない。

 用心深い木場君もその例に漏れず、最後まで気付けなかったようですね。

 最初から捨て駒だった翼紗と巴柄には悪いけど、リアスの二枚看板を取れるなら安い買い物だ。

 さあ、テイクのアナウンスよ早―――く?

 刹那、ショッピングモール内部にまで流れ込んできた粉塵の中を銀光が走った。

 それは猟犬の意地。決して獲物は逃がさないと飛来した牙は、私の心臓を的確に打ち抜きやっと止まる。

 

「いや、はや、リタイヤまで残り二秒って、とこ、かな。これだ、け、がん、ばれば、十分、はたら」

 

『リアス・グレモリー様の騎士一名、リタイヤ』

 

 強制退場を示す魔法の光に包まれて、それでも転送の間隙を縫って現れた敵の姿。端正な顔は焼け爛れ、足代わりなのか魔剣を傷口に捻じ込んだ騎士がそこに居た。

 予感はしていたが、まさかここまでやるとは信じ難い。

 二度の飽和攻撃を全て防ぎきった手腕には尊敬の念すら覚えます。

 でも、まあ大丈夫。

 私は最終防壁で、最悪失う事もシナリオに組み込まれた存在です。

 申し訳在りませんが、後は任せました。御武運を祈ります……会長。

 

『ソーナ・シトリー様の女王、リタイヤ』

 

 心中で主に詫びつつ、私は敗北を受け入れるのだった。



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第58話「Smothered Mate」

色んな所から怒られそうなアレは、デスニードラウンドの回し者。
ハピデス!


『リアス・グレモリー様の騎士一名、リタイヤ』

 

 アナウンスを聞き、思わず拳を握り締める。

 まさか保険の椿姫まで持っていかれるとは思いませんでしたが、一番の難敵を葬り去れたなら安いもの。最悪の範疇で被害が収まるなら御の字です。

 

 兵士5で兵士全てと戦車1。

 女王、騎士1、戦車1で騎士1。

 ノーコストで僧侶1。

 

 駒が等価値なチェスと違い、全体の収支を考えれば出来すぎね。

 決着がつくまでは気を抜きませんけど、お膳立ては全て整いました。

 ずば抜けて優秀な下僕で手駒を埋めずとも、やり方次第で勝てる。下位でも上位を倒しうる可能性を、テレビの向こうに居る多くの下級悪魔に伝えたい。

 

 

「さあ、どうせ勘違いをしているお姫様を奈落の底に叩き落しますよ」

「準備は万端です、何時でもいけます」

「同じく」

 

 ずっと下準備に邁進していた桃と憐耶に頷きを返し、これで最後と私は告げた。

 

「これでチェックメイト……違うわね。スマザードメイトよ、リアス」

 

 

 

 

 

 第五十八話「Smothered Mate」

 

 

 

 

 

「まさか飛車と角を同時に失う事羽目になるとはね……」

「ですが相手の残り駒も僧侶2、兵士5、と大きく数を減らしています。塔城さんも合流出来ないだけで健在ですし、戦力的にはまだまだ大丈夫。父さまの教えを受けて強くなった私の力の見せ場ですわ」

「わ、私もイッセーさんの分まで頑張りますから!」

「二人ともその意気よ。イッセーと祐斗を欠いても、私と朱乃が居れば火力は十分。致命傷以外はアーシアが対処出来ることも考えれば、意外と有利なのは私達だと思う」

「……だといいのですけれど」

「朱乃、何か言ったかしら?」

「独り言ですわ」

 

 親友にこんな事を言いたくないが、水を操るソーナと万物を滅ぼす私ではポテンシャルそのものが違う。

 しかも私には最強の駒たる女王が健在なのに対し、ソーナには平凡な僧侶と兵士しか残っていない。

 つまり、客観的に見て私が負ける要素は限りなくゼロ。

 幾ら策を講じても、最後に物を言うのは質だという証明にならない。

 

「ソーナが分かり易く魔力を発散して位置を教えてくれている以上、お望み通りのエンドゲームに突入します。念の為、罠や伏兵に中止ながら進みなさい。イッセー達の犠牲を無駄にしない為にもポカミスだけは許さないわ」

 

 敵は隠れる事を止め、ショッピングモールの中心で待っていると暗に示している。

 やはり親友も誇りある名門貴族の子弟。ギャスパーの撃破に始まる一連の不可思議なテイク劇はミドルゲームまで。最後くらいは正々堂々と正面対決がお望みらしい。

 

「罠にせよ、探知能力で劣る私達は誘いに乗るしかありませんものね」

「アーシアは私と朱乃の前に出ちゃ駄目よ?」

「ううう、私も戦闘訓練をしておけばお荷物にならなかったのに……」

「それは自分を過小評価しすぎ。貴方の回復力があるからこそ、私達は攻撃に専念出来るの。お医者様が兵隊の代わりに戦う必要は無いでしょ?」

「た、確かにその通りです」

「ウチにしか出来ないゾンビアタックの主役はアーシアですもの」

「とにかく罪悪感を抱いちゃダメ。盾を有効活用して生き残ること。これは命令よ?」

「はいっ!」

 

 アーシアの神器が動く死人を量産する恐怖。それは言葉以上に恐ろしい事態に他ならない。

 と言うか私も模擬戦でこれを味わい、そして絶望の果てに敗北したから良く分かる。

 疲弊するのはこちらだけ。穴を掘る側から埋められる嫌らしさ。

 美意識の欠片も無い泥臭さがネックだけど、火力に乏しい敵には最高の選択肢だと思う。

 私と朱乃は盾としては少し脆いけれど、短期決戦なら十分保つ。

 よし、勝利のヴィジョンは見えた。後は栄光のロードを突き進むだけ。

 そんな事を考えつつソーナの魔力に導かれながら進んでいくと、やはりと言うべきか堂々と一人で待ち受ける敵将の姿があった。

 モールの中央広場に設けられた柱時計の下、円形のベンチに座る親友は穏やかな波間を思わせる落ち着きを見せている。

 手には文庫本を持ち、私達が現れても意に介さず読書を続ける余裕っぷり。

 どんな罠が張り巡らされているとしても、既に朱乃も私もオーバーキル可能な射程内。飽和攻撃を放つだけで確実にテイク可能な状況下で、何を考えているのかさっぱり分からないわ。

 

「遅かったわね、リアス」

「急ぎすぎる悪魔は身を滅ぼすと言うじゃない。汝、急がず優雅であれよ?」

「一理あると認めましょう。ですがこのまま時間を潰していると、可愛い後輩が猫に引っかかれて怪我を負いそうなの。早速で悪いけれど、チェックをかけさせて貰います」

 

 小猫は交戦中と。

 何人足止めしてくれるのか分からないけど、合流は間に合わないわね。

 勝利の瞬間を共に出来なくて少し残念。

 

「詰んだのは貴方では?」

「どうぞご自由にお試しを。どうせここから先は余興、お茶の間に素敵な画を提供して下さいな」

「言われずとも!」

 

 これで倒せなくても良い。今だ私に目も向けないいソーナの注意を引き付けようと滅びの力を打ち放とうとして―――構えた右手が弾けた。

 痛みで蹲った私を尻目に、パタンとソーナは本を閉じる。

 続いて小気味よく指を鳴らして何者かへ合図を送ると、おもむろに立ち上がって言う。

 

「良い仕事です、それでこそ我が騎士」

「騎士……ですって? 貴方のたった一人の騎士はもう倒した筈!?」

「それは古い情報よ。私はこのゲームに最初から騎士を二人投入しているけれど?」

「なんですって!?」

「まったく……昔から敵を侮らるなと口を酸っぱくして言ったでしょうに。まさかエントリー情報の確認すら怠っていたの?」

「くっ!」

 

 馬鹿な、ソーナの眷属は全員が生徒会役員と聞いていた。

 転校生も居なければ、役員席に空きの無い状況下で新人を増やせる訳がっ!

 

「退きなさい、リアス!」

 

 私を見下ろすだけで何もしてこないソーナへ、朱乃の雷光が飛ぶ。

 何時の間にやら父親と和解した朱乃は特訓期間に堕天使最強の武人からお家芸を学び、ついにはアドラメレク様に罵倒された”只の雷”から”光を付与された雷光”へと属性を変化させる事に成功している。

 悪魔にとって致命傷となる力を会得した女王は、単純な攻撃力だけならレーティングゲームトップランカーにも匹敵すると言っても過言じゃない。

 しかも放たれたのは加減無しの最大出力。耐えられる筈が無いわ!

 

「今更何をしても無駄よ。言ったでしょう、詰んでいると」

 

 必殺の一撃は間違いなくソーナを貫いた。そう、何の抵抗も無くすり抜けただけ。

 柱時計を根元から崩壊させる雷光は、一切のダメージを与えられていない。

 

「次は女王を」

 

 淡々と事務的な声が紡がれると同時、今度は唐突に朱乃の胸に大穴が開く。

 飛び散る血肉を見て、やっと分かった。

 これは発射音も聞えない長距離からの狙撃。新顔の騎士は、まさかの銃使いであると。

 よくよく見ればソーナの耳にはイヤホン。胸元には小さなマイクが仕込まれている。

 こちらが人海戦術と剣のアナログに頼ったように、相手は通信機に銃と言うデジタルを利器を活用したとでも言うのだろうか。

 

『リアス・グレモリー様の女王一名、リタイヤ』

 

 立った一発の銃弾如きに雷の巫女が倒される?

 ありえない。嘘だと誰かに言って欲しかった。

 

「アルジェントさんのインチキヒーラーっぷりは重々承知。しかし、回復する間もなく一撃で打ち倒してしまえば何も怖くありません。たまには魔法以外の遠距離攻撃もオツなものでしょう?」

「ソーナァァァッツ!」

 

 感情に任せた魔力攻撃は、またしても意味を為さない。

 気配もある。オーラも感じられる。虚像の類じゃないのに何故なのよ!

 

『リアス・グレモリー様の僧侶一名、リタイヤ』

 

 無常にも響くのは着弾音と、一方的な蹂躙の結果報告だけ。

 自分でも冷静さを失いつつあると理解しつつ、しかし怒りが私を支配する。

 

「こそこそ隠れて銃に頼る騎士とは卑怯な!」

「古来より弓は騎士の嗜み。ならば、発展系である銃に特化した新型の騎士が居てもおかしくはないでしょう。それに狙撃はリスクを伴う高度な戦闘技能です。これを卑怯と言うのなら、武術、魔法、全てが同じ扱いを受けるのではなくて?」

「そ、そもそも誇り高き純血悪魔が人の武器に頼って恥かしくはないの!」

「何を今更。人どころか不倶戴天たる神の遺産を持つ者を、積極的に下僕へと加えるのが悪魔でしょうに。何を使おうが道具は道具、リアスもそう割り切っているのでは?」

「くっ」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 確かにレーティングゲーム上位ランカーの多くは、強力な神器所有者を多く抱えている。

 元を正せば人が魔と戦う為に与えられた神の贈り物が、今では悪魔にとって有益な力。聖剣、魔剣の類も含め、何をどう扱おうと許されるのが悪魔社会の実情ですものね……。

 少なくとも規格外な赤龍帝と聖魔剣を抱えた私に何かを言えた義理は無く、ソーナを糾弾する資格も持ち合わせていない事だけは理解した。

 

「残念ながら彼……彼女? の紹介はまたいずれ。今は簡単なプロフィールだけを教えてあげましょう」

「え、性別を把握してないの?」

「何か文句がおあり?」

「無いけど……」

「本人を目にすればリアスにも分かる事よ。だってアレはムーミン谷のゴルゴ13と呼ばれた化け物と対を成す北欧の妖精。中の人が居ない謎生物ですもの」

「?」

「とにかく、手品の一つも見抜けない無能はここで終わり。貴族らしいエレガントな勝利? そんなものに興味はありません。理想を抱いて溺死なさい」

 

 何処から狙われているのか見当もつかず、さりとてソーナへの攻撃も無効。

 腕の上げる悲鳴を堪え、私は立ちあがる。今は逃げるしかない。そう信じて。

 

「我が騎士スロ・コルッカよ、フィニッシュです」

 

 あ、詰んだ。理屈抜きに直感した私は半ば諦めていた。

 しかし、敗北はまだ訪れない。

 疾風が吹いたかと思えば、力強くお姫様抱っこされて運ばれている。

 現れた勢いそのままに離脱を図るのは、何と小猫。さしずめキャスリングと言わんばかりに王を守る戦車が間に合ったのだった。

 

「……ラインを繋げて勝利を確信した瞬間を狙い、逆にこちらから汚れた気を送り込んで匙先輩を撃破。なのに一年坊主が想像以上に粘ったせいで遅くなりました、申し訳ありません」

「よく分からないけど、助かったわ。何とか力を合わせてソーナを一点狙いで倒しましょう。いけるわね?」

「……はい、直接本体を狙って一発逆転です」

「本体?」

「……部長が攻撃していたのは幻影ですよ」

「そ、そうだったの」

「……幾ら魔力を転送しようと、精神を送り込もうと、気を操る仙猫の目は誤魔化せません。あれは何らかの手段で生み出された偽者。例え滅びの魔力でも水面に写る月を消し去る事は不可能かと」

「……確か複数の術者が必要だけど、立体映像に精神だけを重ねる特殊な結界術があった筈。僧侶の姿が見えないと思えばそう言うこと。随分と高度な手品じゃない」

 

 触れれば分かるのに、飛び道具だけで挑むから騙される。

 ソーナの言う通り、愚かなのは私だった。

 

「……しかし、景気が良い事を言ったのは希望的観測。聞えた名前が本物なら、ぶっちゃけ敗戦濃厚だと思います」

 

 白龍皇にすら平気で噛み付く、負けず嫌いの小猫が白旗を揚げるとは珍しい。

 ソーナの選んだ騎士は何者なの……?

 

「……ほら、やっぱり追いつかれました」

 

 小回りを捨てた直進力で一気に距離を稼いだ私たちの背後。リノリウムの床にみょこっつ、みょこっっと不思議な音を立てて歩み寄って来たのは白い影だった。

 例えるなら白い毛に覆われた二足歩行のディフォルメされた河馬。口も鼻も無く、在るのは底の見えない黒洞の瞳とピンと立った耳だけ。同じ無表情でも言葉の端々に感情が見え隠れするアレイと違い、瞬きすらしない能面は完全にホラーの域に達している。

 背に長大なライフル銃を背負い、手には殺意を形にしたような漆黒の大口径拳銃。何処か硝煙の臭いを漂わせるゆるキャラ的な何かは、遊園地に混ざりこんでも違和感の塊になること請け合い無しだろう。

 

「アレハナニ?」

「……以前、猫の集会でロシア帰りの猫又が言っていました。曰く白い悪魔には近づくな。曰くフィンランドのボン太君はヘッドショットの命中率10割、と」

「つまり?」

「……スロ・コルッカ。それはアーチャー枠で聖杯戦争参加も余裕な人類最強スナイパーの一角です。泣き言が許されるなら、リアルチートで有名なヘイヘさんの同格にバンザイアタックとか無駄死にとしか思えません。勘弁して欲しいです」

「でも、小猫は逃げない」

「……万が一にも倒せれば、逆転の目が残りますからね。やりましょう、部長」

「援護は任せなさい」

 

 逆転のワンチャンス、物に出来なければ私もここ―――

 

「……キリングマシーンに情緒を理解しろと言う方が無理でしたか」

 

 私達が別れのハグを交わし”さあ勝負!”と前を向けば、先ほどの足音は何だったのやら。無音で近づいてきた妖精のハンドガンが眼前に突きつけられている。

 

「やり直しは……無理かしら?」

 

 ターン。

 

 首を横に振った化け物は、躊躇うことなく発砲。脳漿をぶちまける覚悟をするも、襲って来たのは脳震盪を引き起こす凄まじい打撃だった。

 おそらく、全国ネットでグロ画像を流したくないソーナの気遣いなのだろう。放たれたの先程までの鉛玉ではなく非致死性のゴム弾であり、頭が石榴にされる事だけは避けられたらしい。

 

「……ちょ、もう私を撃たなくても勝負は決まっ」

 

 ターン、ターン。

 

 意識を失う寸前、同様のヘッドショットを受けて倒れる小猫の姿を見たような、見なかったような。

 うん、やはり私の持論は間違っていなかった。

 戦いの趨勢を決めるのは個の力。百の雑兵よりも一人の英雄が大切なのね。

 残りの下僕も妥協せず、優れた人材をスカウトしましょう。

 

『リアス・グレモリー様の戦車一名、リタイヤ』

 

 次は戦力を整え、読み合いでも上を行き、必ず勝つ。

 

『リアス・グレモリー様、戦闘続行不能。ソーナ・シトリー様の勝利です』

 

 私のデビュー戦は、こうして最悪の幕引きを迎えるのだった。



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第59話「術なのか、道なのか」

大衆に媚びる戦闘訓練っておかしいなーと、言う事でゲームの考察回。
原作サイラオーグ戦の舐めプが賞賛されるこんな世の中じゃポイズン。


「ねえレイヴェル、これは視聴率の取れる試合だったと思う?」

 

 勝利者インタビューやら何やらの事後作業に興味の無い私は、決着の付いた瞬間にテレビの電源をオフ。背後に控える騎士が入れてくれた紅茶で喉を潤しつつ、向かいのソファで頬を引き攣らせる僧侶へと尋ねる。

 

「そもそも放送事故ですの。シトリーの試合運びは野球のルールに”目を光らせてはいけない”と規定されていないからと、投手が発光して打者の目を潰したようなもの。幾ら有効と言っても、悪魔の本分を忘れた科学かぶれは頂けません。卑怯と言うか、全く理解に苦しむ愚考ですわ」

「でもさ、それは地位も名誉も確立した貴族視点の話だよね」

「?」

「例えばライザーは何となく引き篭もって試合を放棄したり、対戦相手の家柄に配慮してわざと負けても思う所は無いでしょ?」

「当然ですわ。お兄様に限らず名門の子弟にとってのゲームとは、概ね自己顕示欲を満たす為の遊び。大事な試合でもないのに体調不良を押して臨む訳も無く、人間で言うところの接待ゴルフ的な試合で無双する筈もありません。申し訳ありませんが、何を問題視しているのか分かりませんの」

「そこで首を傾げるから問題になるんだよ……」

 

 薄々分かっていたけど、やっぱり生まれついての大貴族と底辺貴族及び平民の間には価値観に大きな隔たりがある。聡明なレイヴェルでこれなのだから、蝶よ花よと育てられたボンボンはお察しですよねー。

 

「ねえレイヴェル。現実に即していないのは分かるけど、辞書的な意味でレーティングゲームの本義とは何か答えて」

「どうしてですの?」

「細かい事は気にせず、王の命令に従いなさい」

「何を今更と思いますが、御下命とあらば仕方がありませんわね。ええと、レーティングゲームとは”数を減らした悪魔を転生により増やし”平和ボケ対策として”死者を出すことなく実戦経験を積む”システムの総称ですの。つまり、来るべき戦争に備えた、軍備の拡張及び錬度の向上こそが本義かと存じますわ」

「うん、お爺様に聞いたのと同じ回答です。満点を与えましょう」

「はぁ」

 

 さて、私の疑問にレイヴェルがどう反応するのか楽しみです。

 

「今の回答を踏まえて質問その二」

「はい」

「形骸化していようが戦争の疑似体験って設定が生きているなら、相手の嫌がることに注力するのも当然の権利。そうすると”汚い”や”卑怯”って単語は褒め言葉じゃないの?」

「う?」

「私は特定環境下の訓練としてルール上の縛りを入れる点に不満は無いよ。中々遭遇しないけど発生しうるシチュエーションを用意し、実地で体験させる行為はとても有意義だと思うからね」

「同意見ですわ」

 

 禍の団がテロリスト紛いの行為を頻発させている昨今を考えれば、今回の試合も施設ごと吹っ飛ばせない重要施設に立て篭もる敵を想定していたと考えれば辻褄が合う。

 攻めを選ぶ部長達に対し、守勢を選んだ会長達は自分達を占拠側と規定。受けの姿勢を貫き、見事本分を果たしたシトリーに落ち度は無いと思う。

 

「結局さ、レーティングゲームの本質は何処にあるんだろうね」

 

 

 

 

 

 第五十九話「術なのか、道なのか」

 

 

 

 

 

「魔王様、私の問いにお答え願えますか」

「レーティングゲームの本質……かい?」

「はい」

 

 微妙な反応の記者会見もそこそこに運営からの召集を受けた私は、冥界の重鎮が集まる会議場へと強制連行。完全アウェーで事情聴取を受けさせられています。

 こうなる事は最初から分かっていましたが、やはり人の科学を主力に据えた点が上層部の逆鱗に触れてしまったらしいですね。

 しかし、私も黙って説教を受けるほど大人しくありません。

 グチグチと嫌味ったらしいアスタロトやグラシャラボラスの当主は相手にせず、妹に似て隙の多い魔王様をロックオン。攻守を入れ替える事に成功して、今に至っているのです。

 

「そもそもレーティングゲームとは、三すくみ状態により遠ざかった実戦を後進に経験させる為の軍事教練です。なればこそ手段を選ばず、どんな場合においても死力を尽くす必要があるのだと私は考えます」

「その通りではあるんだが……」

「そして強きを尊ぶのが悪魔。ゲームの成績が栄達に直結するのもこの為では?」

「そ、そうだね」

「では、どうして私のやり方が問題視されているのでしょう。過程はともかく勝てば官軍、負ければ賊軍。勝負に負けようが、試合に勝てば良いのが冥界の常かと」

「むぅ」

 

 下手に正義感が強いせいで、私の吐く正論に魔王様は逆らえない。

 しかし、黙ってても噛み付いてくる狂犬は幾らでも居るものでして。

 

「黙っていればぬけぬけと。人間の武器如きに頼り、力の研鑽を怠る貴様のやり口を誰が認めるものか!この悪魔の面汚しめ!」

「果たしてそうでしょうか、グラシャラボラス卿」

「何だと」

「ゲーム参加者の多くは、神器持ちの人間を下僕に引き込もうと躍起になっているのが現状です。人の武器を使う私を罵るのであれば、先に怨敵たる神の遺産をありがたがる恥知らずを罰する方が先ではありませんか?」

「ぬ」

「さらに言えばその様な輩は自らの力を磨かず、下僕の力を我が物顔で振るう馬鹿ばかり。

 全く持って救いようがありません」

「まぁ……努力の放棄は悪魔のお家芸ではある」

「しかし、私は違います。自分で言うのもお恥かしい限りですが、徹底的な訓練により魔力操作は若手随一。しかも、どこぞの力任せしか芸の無い凶児と違って品行方正」

 

 眼鏡のつるを持ち上げ、言葉の刃を老害へと突き立てる。

 

「誰から見ても隙の無い模範生たるソーナ・シトリーを不合格と仰るのであれば、お眼鏡に叶う若者は冥界に存在致しません」

「貴様ぁっ、我が子を愚弄するかっ!」

「さて、何のことやら」

 

 私とて名門に連なり、現魔王も排出しているシトリーの娘。どれだけ頭に血が昇ろうと直接手を出す愚か者は居ないと読んだ上で喧嘩を売っている。

 実家への迷惑は気にしない。

 何故ならあの姉にして、この両親あり。試合直後に連絡を入れたところ、最初は反対していた両親もついに折れてくれました。

 どうせシトリーは広大な領地を持ち、他家と断絶してもスタンドアローンで経営を回せるだけの力を持った大貴族。一代くらい無茶をしようが次の世代以降で挽回可能なので、次期当主の好きにやりなさい、と背中を押してくれたから助かります。

 だから自重しません。

 自分の正しいと信じる価値観が、他者のソレと矛盾するなら争うだけ。

 命も賭けないレーティングゲームが戦争なら、この舌戦だって同等以上の戦争です。

 当然、ありとあらゆる手段は許容されますよね?

 

「私からもいいかね?」

 

 ずっと成り行きを見守っていた男が口を開いた瞬間、会議場の空気が一変する。

 曰く魔王と轡を並べ、神と直接戦った第一世代悪魔。

 曰く大王の名を初めて冠した原初の存在。

 幾つもの伝説を体現する初老の名は、ゼクラム・バアル。名誉職の意味合いが強い魔王と違い、実質的に冥界を支配する大王派の顔役と評される天上人の一人だ。

 本来なら表舞台には出てこない黒幕が何故居るのかと言えば、次期バアル家当主のライバルと噂される四強の激突を気紛れで見物に来た……と言うのが表向きの理由ですね。

 会議への参加も物見遊山。そう誤認させた時点で私の術中に嵌っています。

 このお方こそ事前に仕込んだ切り札。勝利の方程式の根幹となる布石です。

 

「初代様っ!?」

「ゲームシステム構築の際に聞いた説明では、正しくソーナ嬢の語った言葉通りだったことを覚えている。それが時を経る間に見世物に変化したのは何故か?」

「私にはなんとも……」

「ならば船頭に聞こう。誰がこの現状を招いた?」

 

 矛先がまたしても魔王様へと向く。

 

「恐れながら、闘争を失った冥界の社会構造が原因かと」

「ほう」

「実質的に戦争が終わった結果、多くの貴族はレーティングゲームを他家と合法的に戦い力の差を広く知らしめる場として利用し始めました。しかしそれもやがて平和に毒され、ルールブックに記載されない暗黙のルールが乱立。気が付けば優雅さや、エンターテイメント性を重視するショーへと変貌してしまったと思われます」

 

 そう、今のレーティングゲームはスポーツ以下のショーでしかない。

 何せ下は出世の為に必死なのに、上は勝敗よりも魅せる試合をやれと言う。

 完全に手段と目的を履き違えた愚考としか思えません。

 見世物を望むのであれば、別の競技を作るのが筋と言うもの。

 

「サーゼクス君、それを理解しながら手を打たないのは何故だね」

「……ゲームが広く普及すれば、次々と生まれる王は下僕欲しさに人間を冥界へと引き込みます。そうなれば必然的に転生悪魔が増加。人口減少への歯止めがかかると予測しました」

 

 初耳の事実ですね。

 なぁなぁで流していたものと思っていたので、少しばかり驚きました。

 

「現政権がレーティングゲームの変質を知りながら黙認し、強く優遇するのは崖っぷちの悪魔と言う種族を間接的に救う為です。背に腹は変えられない……この意味をご理解して頂きたく」

「それは、私の主義を理解した上での発言なのだな?」

「初代様方が古来種直系以外を悪魔と認めない事も重々承知。しかし、君主とて民が居なければ君主足り得ません。平民、転生悪魔、そう言った下々を増やす事は貴族制の維持へと繋がると確信しております」

「一理在ることは認めよう」

「では!」

「しかし、魔王殿は大切な事をお忘れだ」

 

 チェックメイト!

 

「清廉潔白が天使の代名詞なら、悪魔は自分の欲望の為にあらゆる手段を許容する文化を持っている。つまり、悪徳こそが美徳。卑怯だの汚いだのは負け犬の遠吠えでしか無い」

「……」

「しかし、我々とて文明人。最低限度のルールは守るべきだが、やはりそれ以上を求めてはいけない。結果を得る為に許される範疇で、なりふり構わない姿勢はむしろ賞賛されるべきではないのかな?」

「仰るとおり、それが本来の悪魔のあり方です」

「真剣に狩りに勤しむ狼を全て殺し、牙を抜かれた飼い犬同士の遊びを尊んで行けば、いずれ必ずや訪れる他神話との戦争で一方的に蹂躙される未来を避けられんよ。やはり、実戦を想定した模擬戦の名称にゲームと言う単語を用いた時点で誤っていたのだ。エンターテイメント性を要求する大衆向けの娯楽が必要とされるなら、別種目として線を引かねば今回の様に温度差が出ることも必定」

 

 さすが天使や堕天使を相手に屍山血河を築いた武闘派は言う事が違う。

 

「悪い事は言わない。我々が痺れを切らして動き出す前に、システム構築担当のアジュカ君と共に迅速な改革を進めたまえ」

「……畏まりました」

「釘を挿すが、あまり時間は残されていないぞ? 所詮堕天使、天使とのみ結んだ平和は砂上の楼閣。他勢力には無関係なのだから、戦力の低下は即侵攻に繋がると言っても過言ではない」

 

 その通り。

 しかも結んだのは不戦協定だけで、安全保障については不干渉なのです。

 例えば北欧神話が冥界に攻め込んでも天界はノータッチ。

 これ幸いと笑いながら見物することでしょう。

 

「今なら辛うじて間に合う。期待しているよ、サーゼクス君」

「鋭意努力致します」

「老人の小言は以上だが、ソーナ嬢への便宜は分かっているね?」

「御意」

「ちなみに民衆へ一定以上の知性を身に付けさせておくことは、様々な面で未来への布石となる。貴族の駒として有益に活用する為にも、働き蟻に教育の場を与える件は私も賛成だ。せっかくグレモリーは人の世で学園経営に参加しているのだから、人類を模した義務教育期間を設ける等、一度検討してみたまえ」

「人間の貴族社会を打破したのは平民階級の知識人ですが……宜しいのですか?」

「構わん。基本スペックが横並びの人間と違い、悪魔の血統は雑種と隔絶した力を持つ。家畜の分を弁えず、主人に歯向かう虫けらは処分するだけのことよ」

 

 初代様の言葉通り、長い冥界の歴史においても支配者階に匹敵する力を持って生まれた平民は一人も存在していません。幾ら努力をしようが、生まれ持った血統の力には敵わない。有象無象が千や万が束になろうと、結局は一人の強者に踏み潰される儚さ。

 あの無能と評されたサイラオーグですら、結局は努力により成長する別の才能があった事を証明しただけのことなのですから……。

 

「魔王様、初代様の話を踏まえ、聞いて頂きたい話があります」

「君の無罪放免は確定したが……一応聞こう」

「今回のゲームにおける皆様の懸念は”量産可能”な”誰にでも扱える武器”の有効性を示してしまった事にあると思います。もしもこれらの品が平民の手に渡ったら、もしも人間が活用を始めたら。正に想像もしたくない悪夢と言えましょう」

「オブラートに包まなければその通りだ。人間の練り上げた現行の対人外武装は、主に剣や魔法と言った熟練が必要なものばかり。使い手の才能に力を大きく依存し、数を揃えられないからこそ脅威に成りえなかったのだからね」

「はい、至近距離なら天龍の鎧すら抜く地雷、容易に上級悪魔の命を奪う銃、こんな物が当たり前の様に普及してしまえば冥界は終焉を迎えます」

 

 所詮悪魔の防御力とは、種類こそあっても結果的に防護フィールドの堅さに収束する。

 その証拠として地形が変わる魔法を連打されても平気な姉ですら素の肉体は柔らかく、料理の最中に普通の包丁で指を切ることもしばしば。つまりリラックスした無防備な状態なら、ナイフ一本で致命傷を与える事すら可能なのです。

 それでも火器が問題にならなかったのは、やはり破壊力不足と文化の差が原因でしょう。

 平民は人間世界の武器事情など知らないので使おうともしませんし、上級悪魔は基本的に侵攻する側で寝込みを襲われた経験など皆無。来ると分かっていれば防げる程度の物を、脅威と認識していなかったのも必然なのかもしれません。

 が、彗星の如く現れた”誰も”が”誰でも”を容易に葬る去る武器は違います。

 下が上を無条件で打破しうる可能性を示した時点で、そりゃ危険視もしますよ。

 

「ですがご安心を。私が使用した地雷も銃弾も特殊な材料と製法が必須。元より技術的な可能性を模索する試作品の位置づけなので、人の世の如く無作為に拡散する可能性は絶対にありえません」

「そ、そうなのかね?」

「ええ。共に霊験あらたかな年代物の教会から得た銀十字を素材として用い、さらに世界で数人しか居ない聖人級の聖職者でなければ施せない儀式を一発一発施すハンドメイドです。例えばクレイモア一つ作るのに必要な期間は不眠不休で三日程度とか。担当した自称”新感覚偶像系聖女”様曰く、もう一度作れと言うなら戦争も辞さないとのこと」

「まさか、あの小さなベアリングを全て個別に聖別……させたのかい?」

「らしいです」

「君の仕入先はブラック過ぎやしないかね?」

「それはそれとして」

「問題視しない辺りが悪魔の所業だ……」

「銃弾に至っては弾殻にヒヒイロカネを潤沢に用い、装薬も門外不出の特別性。もしも値段をつけるなら一発で城が買える高価さ。私とてお試し価格で供与されていなければ、一戦分の物資を揃える事すら無理だったでしょう。つまり、万が一製法が流出しても材料を揃える時点で詰み。大事な事なので二度言いますが、一般流通は不可能であると太鼓判を押します」

「威力がおかしすぎるとは思っていたら、そう言うカラクリか。正直なところメーカーについては薄々見当がついているが、あえて聞きたい。卸先は……何処だね」

「アドラメレクグループ傘下のAZSL工廠ですが何か」

「知ってた。オリハルコン並に扱いの難しいヒヒイロカネを高精度で加工出来て、しかも教会にツテもある技術屋なんて総督殿以外に居るわけが無い!」

「私としても財布の都合上、今後は騎士の専用装備としてのみ運用する予定です。これなら現行ルールでも許されませんか?」

「それでも買うのか!」

「買いますとも、ええ」

 

 実際は人造神器を初めとする様々な道具を実戦テストする代価として、無償提供されていますけどね。

 閑話休題。こんな秘密道具を使わずとも既に人は神の炎を手中に収めているというのに、今だ好き勝手に人を攫い、慰みものにする貴族の何と多い事か。

 強烈なしっぺ返しを喰らう前に、人を軽んじる風潮を変えなければ成らない。

 その為の第一歩がコレです。

 私が兵器を多用したのは、人間の脅威を知らしめる為でもあるのですから。

 

「ど、どう思われますか、アモン卿」

「他が真似出来ないと言うのであれば、良いのでは?」

「ですな。冷静に考えれば聖剣の波動放出やら、龍が吐くビームが闊歩している時点であらゆる飛び道具は許容されるべきでしょうな」

「いやはや、我々が間違っていたようだ。頭の固い老人ばかりで申し訳ない」

 

 初代様が許可した瞬間から、私の立場は一転していた。

 どうやら賭けに勝ったらしく、会議に参加する元七十二柱がこぞって掌を返す有様がかなり気味が悪くて反吐が出ます。

 自らの信念も貫けず、何が誇りある貴族か。

 私は若輩で愚かな小娘かもしれませんが、彼らよりもマシだと思う。

 そして本題が片付いた会議は、シャンシャンで終わり。

 目上の皆様を頭を下げて見送れば、最後のお仕事が私を待っている。

 

「これでよかったのかね?」

「はい」

「前々から諌言をする場が欲しかったので乗った話だったが、中々に面白い余興だった。戯れにでも得たソーナ嬢の器量も十分、安い買い物だったとしておこう」

「そう言って頂けると助かります」

「私も忙しい身だ。次に顔を合わせるのはサイラオーグが魔王、もしくはそれに順ずる役職に就任した祝いの場と言ったところか。何年先なのかはさておき、滅びの力も持たないにしろバアルの名を冠する男に釣りあうだけの成長に期待している」

「努力は得意分野です。決して立ち止らない事をお約束致します」

「その意気だ。すまないが、この後の予定が詰まっているから失礼するよ」

「貴重な時間を割いて頂き、感謝の極み。このソーナ・シトリー、生涯このご恩は忘れません。本当に、本当に有難う御座いました」

 

 退出していく背中を最敬礼で送り出し、人気の無くなった室内にへたり込む。

 強気を装っていても会議だけで精神と体力は根こそぎ削り取られ、最後の応対に気力も全て持っていかれた私は、腰が抜けたように立ち上がることもままならない有様だった。

 

「上手くいったのやら、失敗したのやら……」

 

 第一世代悪魔であるアドラメレク様に同期(?)の初代バアル様へ渡りを付けて貰い、私の計画に口添えして貰う確約を取り付けられたのは思い返しても奇跡でした。

 代償としてサイラオーグの元に嫁ぐ契約こそ交わしましたが、はっきり言って私程度を差し出すだけで動いてくれるなら破格の安さ。

 どのみちノブレス・オブリージュとして政略結婚は確定でしたし、ライザー系の駄目男と比べれば百万倍マシな伴侶を得たと喜ぶところだと思います。

 

「それでも否応無しに冥界は変わる。私のやった事は無駄にはなりません」

 

 身売りの件だけは眷属でも椿姫以外は知らない秘中の秘。

 果たして匙辺りは何と言うのやら。彼が浮べるであろう面白顔を想像すると、少しだけ心に余裕が生まれてくる。

 気の持ち様で若干回復した私は頬を打ち気合を入れて立ち上がり、スカートの埃を払う。

 とにかく立ち止っている暇は無い。

 スパンの長い悪魔の基準で考えれば、変化が始まるまでに数世紀は必要でしょう。

 つまり、暫くは現在のレーティングゲームで勝ち続ける必要があります。

 そして目の前には私とリアスの試合を皮切りとした、若手四王の総当たり戦が内定していることを姉さんからのリークで知っている。

 目指すは全勝優勝。初見だったリアスはともかく、手の内を見て対策を練ってくる残り三人を打ち破り、フロックでは無かった事を証明してみせます。

 

「次も、その次も、私は絶対に負けない」

 

 天井を仰ぎ、私は決意も新たに拳を握り締めるのだった。



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第八章 気紛猫と似非巫女の井戸端会議
第60話「夏の終わりと鈴の音」


日常へと戻るプロローグ回。
果たして何人が猫のことを覚えているのやら(


「ああもう、この私がこうも追い詰められるなんてっ!」

「ふははは、これぞ極まったフェニックスの力。何時までも小娘の後塵を拝すると思っているなら大間違いよ! この勝負、貰ったぁぁぁっ!」

 

 私のHPが残り二割に対し、敵は六割弱。

 序盤に犯した失策を挽回出来ずに終盤へ縺れ込んだ私のミスです。

 が、ここで素直に負けを認める女だと思ったら大間違い。

 ワンチャンに賭けて鉄壁のガードを固め―――くっ、読み負けた!?

 こちらからの手出しは無いと踏み、通常ジャンプで無造作に距離を詰めて来た敵への反応がワンテンポ遅れる。次に来るのはガード無視の投げ技、私のお株を奪う必殺技が無常にもコンボの起点として発動した瞬間だった。

 こうなってしまえば、後は相手のミスを祈って待つだけ。

 何が悔しいって、これはあの晩の最終戦と同じ展開。但し立場は引っくり返ってますがっ!

 

「これで通算勝敗は50勝49敗。先に50勝へ至ったのはこの俺だ! 潔く負けを認めて、このライザー・フェニックス様を称えろぉ!」

 

 コントローラーをそっと置き”YOU LOSE”の表示が踊る画面を見て溜息を吐く。

 サイラオーグ、バラク、ベオウフル、etc、レイヴェルのコネで実力派と噂される悪魔達との武者修行もつつがなく終え、気が付けば夏休みも残り僅か。

 勝率はともかく充実した休暇でしたが、家に帰る前に果たすべき約束が一つ。

 それはライザーとの再戦……まぁ、格ゲーなんですけどね。

 と言う事で、最終日前日はフェニックス邸にてお泊り。

 夕方に到着し、晩餐会を挟んでついに決闘が始まったのでした。

 結果はお察しの通り、私の負け。きちんと勝負前にプラクティスの時間を貰った上で正々堂々と負けたんだし、この短期間でよくぞ成長したと賞賛しても良いんだけど……

 

「はいはい。ライザー様素敵、超格好良い」

「もっとだ、まだまだ足りないぞ負け犬っ!」

「……舐めた口を叩くなら、次はリアルファイトに持ち込みますよ」

「マジすんません」

「分かれば宜しい」

 

 あまり調子に乗るなら話は別です。

 

「思わず反射的に謝ったが、最終的にはそっちでも借りを返さんとな……」

「私も喉に魚の骨が刺さっているような相手が居るから、その気持ちはよーく分かります。だから、もしも準備が整っているのであれば、今からでも受けますよ?」

「いや、またの機会にする。俺も新しい戦闘スタイルを練り直す期間が欲しいし、何よりも集中力の切れた状態でガチンコはやりたくない……」

「正直に言うと私も眠かったり。出来れば積極的には受けたくなかった……」

 

 開始はシンデレラタイム前だったのに、今や閉切られたカーテンの向こうからは日が差し込み活動を始めた小鳥の鳴き声も騒がしいTHE・早朝。異性と二人っきりの朝チュンは中三の受験シーズン以来だった気が。

 休憩も挟まず、延々と神経をすり減らす真剣勝負を半日続けたんですよ?

 お風呂に入って汗を流したい。

 柔らかいベットで泥の様に眠りたい。

 相手が望まない喧嘩を、わざわざ買う気力は私にも残されていないのです。

 

「解散、するか……」

「うん……」

 

 人も悪魔も徹夜明けのテンションが乱高下するのは等しく同じ。

 一気にダウナー状態に急降下した私達は、これまでの熱戦が嘘の様な淡白さ。ライザーが宿敵に見向きもせずベットに倒れこんだなら、こちらも一汗流す事だけを考えて部屋の外へノロノロと歩き出す。

 

「……なぁ、爰乃」

「んー」

「見送りには行かないから、今言わせてくれ」

「はい」

「妹を頼む」

 

 引き篭もった兄を妹が見捨てないなら、兄も新天地に行く妹が心配らしい。

 

「むしろ頼らせて貰いますよ。何せ預かる僧侶は私よりも優秀なのですから」

「そうか、なら安心だ」

「もう、いいですよね?」

「うむ」

 

 扉を開ければ、そこには直立不動で主を待つ騎士が居る。

 これぞ犬属性の極地。その姿は昨晩別れた時と寸分同じと言う恐ろしさ。

 ちょっと私には真似出来ない所業ですよ。

 

「姫様、湯浴みの準備が出来ております」

「えっと、着替えは?」

「抜かりは御座いません。早速ご案内いた―――」

「ちょっとだけ待って」

 

 これでお別れなら、今を逃せばチャンスは無い。

 言い残しを思い出した私はその場で反転し、扉から顔だけ出して言った。

 

「まだ起きてる?」

「俺は神経質なんだ。部屋が閉じねば眠れんわ! 早く閉めろ!」

「何事でも負けっ放しは性に合わない爰乃さんです。年末に今日のタイトルの続編が出るから、とりあえずそれで再戦ね。次はこちらのホームグラウンドで参加者を加えたトーナメント方式で勝負! 」

「……妹の新居を見物するのも一興か」

「じゃあ、そう言う事で」

「なら、先送りにしたリアルファイトもその時にケリをつけよう」

「望むところ」

「本音で言えば今も赤龍帝は怖いし、貴様も災厄の権化としか見れない俺だ。だが、過去の象徴たる貴様らを倒さねば、何時までたっても前を見れそうも無い。一方的で悪いが、年を越す前に禍根を断ち切ってやる」

「……すっかり立ち直ったようで一安心。次に顔を合わせる時は、フェニックス家のメイドではない、ライザー・フェニックスの宿敵としてお待ちしています」

「話はここまでだ。一眠りするから、さっさと出て行けクソメイド」

「はいはい、お疲れ様でした」

 

 今日も今日とて警戒心を弱めるメイド仕様な私。

 更正にはもうワンステップ必要だと思っていたら、意外にも地力で立ち直りつつあるライザーには驚かされるばかり。

 これなら故郷を離れるレイヴェルの心残りも片付いたようなもの。

 顔を出す約束も取り付けたし、これで心置きなく冥界を離れられるでしょう。

 

「帰りの便に間に合わせるには、ここを何時に立てばいいんでしたっけ?」

「昼餉の前で十分かと。荷物整理も含めて雑事はこの弦が片付けます故、姫様はごゆるりとお休みに下さいませ」

「ついでに眷属の取り纏めも頼めます?」

「お任せを」

 

 これでやっと気が抜け―――

 

「背には大空を自在に舞う純白の翼」

「じゃきーん!」

「腕には防御力を飛躍的に高める龍の盾」

「強固、堅牢」

「これぞ絶対無敵の最終フォーム! その名もアルティメットゼノヴィアン!」

「おー」

「愉快」

 

 なにやら騒がしいと庭に視線を移せば、死屍累々の中で二人の女が対峙している姿を発見。これなら慌てずとも大丈夫。どうせ恒例行事になりつつある、ゼノヴィアVSライザー眷属十番勝負の最終戦が開催されてるだけですし。

 

「ふふふ、これで私の勝ちは揺るがない! アルティメット万歳っ!」

「そうですか、それは凄いですね」

「悪いがお前達に挑戦できるのも今日が最後。最終日だけは手段を選ばず完全勝利を果たし、気持ちよく現世へ帰らせて貰うぞ!」

「おや、隙だらけ」

 

 ポーズを決めて悦に入るゼノヴィアをチャンスと捉えたユーベルーナさんが指を鳴らした瞬間、馬鹿の足元で大爆発が起きる。

 うん、気持ちは分かります。

 勝負の最中に意識を敵から外されたら、そりゃ一発いれますよ。

 

「終わり、かしら……?」

 

 でも甘い。ゼノヴィア単体ならともかく、強化パーツを二つも装着したアルティメットモードをこの程度で落とせると思ったら大間違い。

 以前のアンを肩車しただけのグレートですら無敵だったと言うのに、今回は防衛が本業な鬼灯の力まで加算されているんですよ?

 

「次はこちらの番だな」

「え、無傷? 私って爆破魔法のスペシャリストなのよ? 普通死ぬのよ?]

「当然だ、アルティメットは勇気の証。夢見る力は絶対無敵っ!」

「何それ怖い」

 

 ほら、やっぱり何事も無く煙の中から出て来た。

 グレートの欠点だった両手の拘束もウイングパーツを首から背中にぶら下げる事で改善しているし、後はいつものアレをドカンして決着かな。

 

「ひっさぁーっつ、アルティメットブレイカーァァァッ!」

「通常形態と何が違うの!? 結局ソレしか無いんじゃないっ!」

 

 はい出ました、瞬間攻撃力で最強クラスのハイパーオーラ斬り。

 聖なる力で作られた光の刃が空に屹立した時点で勝敗は決まった。

 ぶっちゃけアンと鬼灯の力を借りた意味があんまり無い感じですが、楽しそうなので深くは追求し無い方向で一つ。

 

「……行きますか」

「お背中、お流し致します」

 

 すっかり興味を無くした私は、結果を見届けることなくその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 第六十話「夏の終わりと鈴の音」

 

 

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に終わるもの。

 懐かしの我が家に戻った私は、遠からず訪日するレイヴェルに明け渡す部屋の準備やら、すっかり忘れていた宿題の消化でてんてこ舞い。

 その他にもちょっとした悪巧みの仕込をしている間に夏休みも終わり、気が付けば体育祭が目の前に迫っている始末。

 最近は全然話を聞いていなかったホームルームもその話題で持ちきりで、誰が何に出るのか自薦推薦を問わず意見が乱れ飛ぶお祭り状態が現在進行形で続いています。

 私は特に拘りも無いので借り物競争担当となり、イッセー君とアーシアは仲良く二人三脚をチョイス。団体戦にも複数エントリーしたし、楽しむ準備は万端かな。

 球技大会を欠席した分も含めて、クラスの勝利に貢献すべく頑張ろっと。

 

「ねえねえ爰乃さんや」

「ん?」

「あの二人を見て思う所はないの?」

「はて?」

「私としては泥沼のトライアングラー。お前達が俺の翼だ! 的展開に期待してるんだけど、そこのところお答え下され」

「今はちょっと距離を置いてるから無理かなー」

 

 直球でゴシップを仕掛けてきたのは、私の数少ない友人の桐生藍華。

 彼女の凄いところは見た目こそ文学少女っぽい三つ編み眼鏡の癖に、あの変態三人組みを普通に受け入れていること。

 猥談もドンと来い、むしろ逆セクハラも辞さないタフな女の子なのです。

 ちなみに仲良くなった理由もイッセー君繋がり。

 彼が居なければ、多分クラスメイト以上の関係にはならなかったと思う。

 

「何があったのかは聞かないけど、そりゃ残念」

「そもそも今は夢に向かって全力投球中。愛だの恋だのを考える余裕は無いよ」

「こりゃ兵藤も大変だ」

「そう言う藍華こそ、ひと夏の甘い出会いとか無いの?」

「婆ちゃんが末に倒れてさ、それ所じゃなかったんよ」

「それはご愁傷様」

「時に爰乃って猫の飼い方とか分かる?」

「小学生の頃に放し飼いで飼った程度の知識なら」

「じゃあ、帰りにスイーツ奢るからちょっとだけ付き合ってよ」

「はい?」

「実は婆ちゃんは今も入院中。暇な学生は親に代わって家に寄り、婆ちゃんの飼い猫の世話をしなきゃなのさ。一応最低限はやってると思うんだけど、不足が無いか一応確認してくんない?」

「まぁ、いいけど」

「んじゃ、放課後は私とデートってことで」

「はいはい」

 

 たまに部室へ寄ろうと思った矢先にコレですか。

 でも特に急を要する用事も無く、呼び出されても居ないなら、優先すべきは身近な人間関係。姫島先輩のお茶は名残惜しいけど、代わりに藍華が奢ってくれるなら無問題。

 それに私とて女の子、たまには可愛い小動物をモフりたい。

 小猫の毛並みは中々ですが、やはり本物とは雲泥の差。物足りないんですよ!

 

「……腕っ節も強くて、腐っても神職関連な爰乃が一緒なら安心だ」

「何か言いました?」

「んやー。それよりほら、授業始まるよ」

「では、続きは放課後に」

 

 何か大切な言葉を聞き逃した気がするけど、今は本業に集中しないとマズイ。

 体育祭前の中間試験も迫るこの時期、授業だけは手を抜けないのです。

 さて、一時限目は英語。

 I decide to do better with my English studies!



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第61話「チェシャ猫の城」

 放課後に見知らぬ土地を自転車で走ること一時間ほど。

 途中でクレープ屋に寄り道したにしろ、中々の距離を走らされたと思う。

 気付けば空も夕暮れに染まる逢魔時。世界の裏側を知らなかった昔ならともかく、神やら悪魔と面識を得た今は少しだけ気が重たい。

 俗に言う昼と夜の境目は、化け物と遭遇する確立が高いと評判の時間帯です。

 出来れば戦闘力ゼロの一般人を抱えてのエンカウントは避けたいところ。

 

「ちょい遠かったけど、ここが婆ちゃんの家。趣あるでしょ?」

「古き良き昭和の香りがノスタルジックかも」

「あれ、爰乃の家って神社付属だから似たような感じじゃ?」

「ウチは何だかんだと道場以外の住居スペースはリフォーム済みで、中身は割と新しい感じだから。見た目が古いのは様式美みたいな?」

「ああ、ひなびた神社を演出したいだけなんだ」

「……参拝客は来ないけどね」

「……努力が報われてないなぁ」

 

 家電はアレイの趣味で最新式。無線LAN環境は勿論、照明もLEDで統一な平成の申し子と、サ○エさんの家を思わせる日本家屋を同一視する方が間違っているんだよ。

 思えば藍華を家に招いたことも、招かれたことも無いから誤解する。

 この辺が親友一歩手前な関係の現われだと思う。

 

「で、ここまで連れて来てから言うのも卑怯なんだけどさ」

「ん」

「お客皆無なインチキ宗教法人でも、爰乃って神職の娘で生粋の巫女じゃん?」

「かもね」

「つまり八百万の神様は身近な存在で、何処にでも居るのも当たり前。全ての問題が妖怪の仕業と言われても、無条件に納得する感じでしょ?」

「その理屈はおかしい」

 

 そもそも件の電気鼠枠な猫の地縛霊の妖怪って、公証の通り妖怪を名乗るだけの幽霊ですよね?

 妖怪成分とは何だったのか。神様、魔王の子孫、伝説ドラゴン、メジャーな人外を身内に抱える目の肥えた私は絶対に騙されませんよ。

 と言うか、平凡な日常の象徴が何を言い出すのかなー?

 

「まあまあ、何も言わずに話を聞いてよ。例えば人間を食べる悪い鬼。これは怖い」

「物理が効くなら別に」

「た、例えば甘い言葉で契約を迫り、魂を掠め取る悪魔。恐ろしい存在だ!」

「物理が有効なら別に」

「あーもう、生贄を要求する竜神ならどうだコンチクショー!」

「物理がry」

「何でそうなるの!?」

「私は神様だってぶん投げる主義。魑魅魍魎ドンと来い派を脅すだけ無駄だよ」

 

 上級悪魔で肉体派なバラクを鬼の標準と設定するなら、負ける要素は皆無。

 悪魔も契約を取る事に必死な時点で下級確定。つまり、恐れるに足らず。

 強いて言うなら竜神枠な氷雪龍、蒼雷龍の徹底的な逃げ撃ちには手も足も出なかったものの、時と場所を選べば倒すことも不可能じゃないと思う。

 つまり提示された仮想敵は、全て私の手に余らない程度の脅威です。

 これぞ私の信奉する物理教の教義、力こそパワー。

 もしも信者を怯ませたいなら、当たり判定の無い幽霊でも連れて来なさい。

 

「じゃあ、何が怖いのさ」

「今は洋菓子が怖い」

「落語かっ!」

「あ、ついでに冷たいお茶も怖いかも」

「グ、グレードの高いクレープを奢っただけじゃ足りないと?」

「たまに珈琲の気分だから、サイズはグランデ以上で宜しく」

「ぐぬぬ、次のお小遣いが入るまで勘弁して下さい……」

 

 よし、次回に使えるお食事券ゲット。

 ここからの展開次第ではスタバで徹底的にオプションを追加した上で、さらに一番高いサンドイッチをオーダーする苦行を積ませるので覚悟するように。

 悪いけど私の雇い賃は高い。猿退治の時給なんて単位が万だよ、万。

 どれだけ盛っても二千円以下に収まる報酬は、友人価格なんだからね?

 

「まあ、それはそれとして」

「それとして?」

「今のラインナップが平気ならさ、喋って尻尾が割れただけの猫程度は愛玩動物の一種ってカウントでしょ?」

「そりゃね」

「実はソレのふてぶてしいのが中に居るんだ。かなり手強いから、相手を宜しく」

「……脳は大丈夫?」

「その反応は予想通り。論より証拠だから、直接見て欲しいにゃん」

「了解だにゃん」

「お一人様ごあんなーい」

 

 自転車を敷地内に入れつつ、念の為にと戦闘モードに頭を切り替える。

 伝聞だけで実際は謎ですが、ガチンコで戦えば猫は人に勝る戦闘力と聞く。

 人型の小猫でアレだけのスペックなら、純猫型はどれ程の敏捷性を備えているやら。

 最悪の事態を想定した私は、野生相手の力比べも悪くないと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 第六十一話「チェシャ猫の城」

 

 

 

 

 

「遅い。早くトイレの掃除を終わらせ、ブラッシングをするニャン」

「あんたさー、普通に水洗を使えるのに何で砂を使うの?」

「これは飼い猫の権利である。そもそも小娘如きが我輩に意見するなど百年早いニャ」

「うっさい黙れ」

「ほう、まだそんな口を叩けるとは驚き。また泣かされたいのかニャン?」

「ふふふ、確かに初戦で暴力に屈したことで格付けは済んだのかもしれない。だけど、今日は対抗策として用心棒を雇ったから大丈夫! さあ先生、駄猫をやっちゃって下さいな!」

 

 座椅子に寝転がる猫を相手取り、醜い言い争いを繰り広げる友人は何なのか。

 確かに流暢に人語を解し、片手で新聞を捲り続ける三毛猫は異常だとは思う。

 しかし、尻尾が一本多いだけで他は普通の猫と何も変わらない。

 特別なオーラも、魔力も、気も纏わない小動物をこの私に殴り倒せと?

 

「ほう、懐かしい臭いかと思えばベノアの所の娘っ子。息災で何よりニャン」

「おや、ひょっとして私と面識が?」

「我輩は諸事情で奴の兵士ポジを引き受けたペーパー眷属だからニャー。身内のプロフィールは把握済みだし、昔気紛れで覗いた際には捕獲されモフられた間柄ニャン」

「その記憶はありませんが、今日もモフモフしてもいいですか?」

「寛大な我輩は、貴様に撫でる権利を与えてやるのも吝かでは無いニャー」

「では失礼して。おお、絹の様に滑らかな毛並みと素晴らしい柔らかさ……」

「爰乃があっさり寝返った! こっち向け私の最終兵器!」

「何だ眼鏡。早く水の交換と、カリカリの補給を速やかに終わらせて来いニャ」

「お前に話しかけてないから。おーい、爰乃さんや」

「どうしたの?」

「化け猫を敵対心ゼロで受け入れてるのは何で? 速攻で和むとかおかしくない?」

「だって猫だし」

「と言うか今の会話がツッコミ所満載なんだけど、どう言うこと?」

「ん、猫さんは何処まで教えたの?」

 

 天下の往来で堂々とチラシを配ってお客を呼び込むイッセー君達を見る限り、特に人外の存在を秘匿するルールは存在しないと思って問題ない筈。

 でも、所詮私は外様。桐生家の情報統制を邪魔する権利を持たない以上、迂闊なことを口走って事態をかき回すことだけは避けないとマズイ。

 ここは年上の年長者(?)の判断を仰ぐのが吉だと思う。

 

「我輩が猫又ってことくらいで、業界の話はノータッチ。どうせ青の孫の時点で無関係では無いし、世界の裏側を暴露しても受け止める程度にはタフな娘だと思うニャ。丁度よいから爰乃が適当に説明しとけニャン」

「ラジャ」

「閑話休題、足を開いて女の子座りを。座りが悪くて落ち着かニャい」

「えっと、こんな感じで?」

「及第点だニャ」

 

 広げた膝の上で丸くなった王様が目を閉じるのを待ち、私は藍華と向き合う事にする。

 嗚呼、これで身近な人間が人外ワールドの関係者でコンプリート。

 諸行無常とは正にこのこと……

 

「ざっくり話すけど、全部真実だからね?」

「大丈夫、ずっと普通だと思ってた猫が化けの皮を現した時点で常識は捨てた。もう何を聞いても驚かないし、何を言われても信じる」

「では第一弾。藍華は面識無いだろうけど、私のお爺様は伝説の悪魔」

「いきなりキッツイの来たわ……」

「で、この猫さんは―――」

「猫言うニャ。我輩はリオン。漱石の作品とは違い、ちゃんと名前があるから気をつけニャさい」

「失礼しました。で、リオンはお爺様の眷属。眷属だから私の事も知ってるし、こうして友好的に接してくれているわけ」

「爰乃もやっぱり悪魔だったり?」

「私は祖先をずっと遡っても純粋な人間だよ。」

「そっか。ま、爰乃は爰乃だから、種族はどうでもいいんだけどさ」

「それでこそ藍華。お爺様を分かり易く解説すると、代々香千屋家を守る守護神みたいな感じ。私の代で両親不在の異常事態が発生したから、保護者を務めてくれてるだけです」

「そう聞くと在りがちな設定かもね」

「では、ここでサプライズ。実はイッセー君とアーシアはガチ悪魔」

「マジでっ!?」

「うん」

「聖書をそらんじ、博愛に満ち溢れた、あのアーシアがデッビール?」

「あの子は正当派シスターから、特に悪事とか関係無しに悪魔へ転生した異例の経歴の持ち主。精神面は今でも聖女様だし、アーメンとか言うのも職業病っぽい。アレって地味に頭痛が辛いらしいけど、癖で止められないんだって」

「神様崇める悪魔ってなんだかなー」

「ちなみにテニス部のドリルさんは人間だけど魔物使いで、ポケ○ントレーナーな罠」

「大丈夫なのかウチの学校……」

「生徒会も含めて学校の有名人は殆ど悪魔だし、概ね大丈夫じゃないと思う」

「ってことはグレモリー先輩も?」

「うん」

「あの人は、どー見ても小悪魔系お姉さま。そんな気はしてた」

 

 自分で説明しておきながら、駒王学園のヤバさを再発見する私です。

 前に深夜のコンビニ帰りに遭遇した鎧武者とフルプレート騎士のカップルもウチの卒業生とか言ってたし、潜在的な狂人がどれだけ巣食っているのか考えたくも無い。

 家から近いと言う理由だけでこの学校を選んだのは、失敗だったような気が……

 

「そろそろ背中だけでなく、耳の付け根を重点的に」

「はいさ」

 

 人外世界の勢力図、オカ研の実態、夏休み前に起きた校舎大破の真実。色々な事を話す合間にリオンの要求に答えつつ、存分にモフる。

 夏場の気温に猫特有の体温が加算され少々汗ばんできたけど、そんなことが気にならない位に猫は良い。偉そうなところも、気分屋なところも、猫なら仕方が無いと怒る気力も起きない。

 やはり可愛いは正義にして最強。私もかくあるべきと言う見本です。

 

「ねえねえ駄猫、そう言えばどうして婆ちゃんの家に居るの? あんたは爰乃爺さまの身内じゃないの?」

「ペッ」

「そんなに私の事が嫌いか!」

「我輩に頼みごとが出来るのは、借りのあるベノアと青だけニャ」

「ぐぬぬ」

「時に藍華、青って誰のこと?」

「婆ちゃん」

「猫は家に憑くって言うけど、リオンは人に憑くんだ」

「強いて言うなら鍋島でやらかした小僧は知己とだけ。これ以上はノーコメントニャ」

 

 って、その名前を出す時点で飼い主への忠誠心MAXじゃないですか。

 お爺様の兵士と言う事は、また敵にすると厄介な能力を保有している筈。

 普通の猫でも三代祟ると言うのに、この文字通りの化け猫は何代祟るのやら。

 意味も無く逆鱗に触れたくないと思う私です。

 

「なら、もう一つだけ聞かせてよ」

「内容次第だニャ」

「母さんはあんたのことを知ってるの?」

「知らニャい」

「じゃあ、何で私にはあっさり正体明かしたのさ」

「気分」

「本当に?」

「……無駄話はやめて、いい加減仕事を始めるニャ。せっかく人手も増えたのだから、ついでに一通りの掃除も済ませニャさい」

「ま、話したくないなら今はいいや。あんたは手伝わないの? 出来るでしょ?」

「我輩が動き回ると、もれなく毛を巻き散らかす本末転倒だとニャぜ気付かない。その歳でこうも短絡的では、先が思いやられるニャー。もっと思慮深く行動しニャさい」

「あーそうですか。なら、婆ちゃんの為に掃除するから外に出て行け妖怪」

「言われずとも散歩に行くニャン。小一時間ほどで戻るから、手を抜くニャよ?」

「はいはい」

 

 そう言い残すとするりと膝から降り、窓を自分の手で開けてリオンはお出かけ。

 残された私は、イラっとした顔の友人を宥めることにする。

 

「動物の言う事を一々真に受けていたらキリが無いよ。ここは大人しくやるべきことをやって、サクっと帰ろ?」

「……そうね。悪いけど手伝ってくれる?」

「奢りの約束を忘れないように」

「うーん、果たして爰乃は安い買い物だったのか、高い買い物だったのか……」

 

 求められていた役割は用心棒っぽかったのに、気付けば家政婦さん

 どうしてこうなったのやら。何故か他人の家の掃除に精を出す羽目になった私は、苦笑いしながら箒を手にするのだった。



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第62話「突撃、隣のリゾート地」

あれだけの施設の癖に、車どころか車庫も無い兵藤家が不思議です(


「偶然とはいえ、ついにあの面倒くさいのと遭遇してしまったか……」

 

 夕食後にお爺様の部屋を尋ね、今日の出会いについて報告。

 すると返って来たのは、思いのほか渋い顔でした。

 

「何かまずかったのでしょうか? まさか実はニセ眷属で騙されました?」

「三毛猫のオスで桐生の家に憑いているのであれば、それは間違いなく我が眷属のミリオン。奴は眷属随一に人間好きで、争いを好まず、知能も高い怠け者。普通に接する限りは人畜無害ゆえ、何も問題は無いな」

「飼い猫ですしね」

「しかし、たかが猫又と侮ってはいかん。アレは心底怒らせてしまえば、わしだろうが、アザゼルだろうが、絶対に勝てん自然災害の類じゃからなぁ」

「え、お爺様が勝てないんですか!?」

「うむ。何をどうしても、永劫回帰の果てに必ず敗北してしまう。そうさな、必要となる時間さえ無視すれば、確率論としてグレートレッドすら倒せるじゃろうよ」

「ど、どれ程の戦闘力なのでしょう……?」

「分かりやすい例を挙げるれば通常性能は防御力を捨て、その分を攻撃力に回した当たり判定の小さい木場君。死に物狂いになっても、総合性能で爰乃を越えぬ程度さな」

 

 そこいらの小娘に劣ると断言しているのにも関わらず、既知世界最強と謡われる赤龍ですら膝をつく可能性があると言うのは何故だろう。

 仮に凄まじい特殊能力を持っていたとしても、完全無欠な能力なんてこの世に存在する訳が無い。それこそ中身を把握しているお爺様なら、対抗策を用意するのは容易な筈。

 なのに、100%勝てないと太鼓判を押すと言う。

 

「意味が分かりません……」

「あれじゃな、百聞は一見にしかず。どうせミリオンは兵士駒一つのローコスト。話を通しておくゆえ、次回のゲームで実際に使ってみればよい」

「そうします」

「ならばあえて何も語らず、口の替わりに稽古をつけてやろう。先に道場へ行っておるから、着替えが済んだら来なさい。よいな?」

「はいっ!」

 

 今は余計なことに意識を割くよりも、目の前の修行に全力を注がないとマズイ。

 そう判断した私は頭から猫さんのことを追い出し、正座を解いて素早く立ち上がる。

 ちなみに今日の重点項目は打撃。

 何故なら宿敵が渡米して、拳を鍛え直していると先生に聞いたから。

 彼の地でボクシングジムを構える名伯楽に師事したと言うサイラオーグさん。基礎スペックだけで私を圧倒した彼が、技術と言う名の武器を手に入れつつある現状がとても嬉しい。

 だからこそ負けられない、負けたくない。

 苦手分野をも克服して、次こそは敗北の味を教えてやりますとも。

 と拳を握り締めたところで、はたと気付く。

 

「……あれ、そう言えば猫さんの名前はリオンじゃ? 聞き間違えたのかな?」

 

 幸か不幸か、廊下で首を傾げる私に答えてくれる者は居なかった。

 しかし、私は遠からず知ることになる。

 名は体を現す、その言葉の意味を。

 

 

 

 

 

 第六十二話「突撃、隣のリゾート地」

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦に匹敵する体育祭の華、部活対抗リレーの練習に汗を流すべく放課後の校舎裏に集まったオカ研の面々は、微妙な表情を浮べて一様に天を仰ぐ。

 見上げた空は今にも泣き出しそうな曇天。

 今から外を走り回るには、少しばかり気分の乗らない天気だと思う。

 だけどそれは、ありがたいことに共通見解だったらしい。

 ちらりと伺った部長の眉は潜められ、やる気はすっかりゼロ。

 てっきり中止の声が上がるかと思ったら、部長は意外なことを言い出した。

 

「仕方が無いわね、今日はイッセーの家で練習しましょう」

「あの家の庭で運動はちょっと……」

「そっか、そういや爰乃は大改装後のウチにまだ来てなかったか」

「え、何時の間に改築したの」

「ライザー戦の直後から増築が始まり、気が付けば隣の家の敷地まで侵食する大改造が完了。今や何でもアリの豪邸と言っても過言じゃないぜ」

「な、何でも?」

「具体的に言えば地下一階にホームシアターと大浴場。さらに全力で暴れようが壊れない特別製トレーニングルームを完備」

「地下!?」

「そして地下二階にはドカンと大会が開けそうな本格プール」

「しかも深い!」

「ええと地下三階は……なんでしたっけ」

「書庫と倉庫よ」

「ありがとう御座います、部長!」

 

 開いた口が閉まらないとは正にこのこと。

 

「イッセー君のお父さんって、普通のサラリーマンだよね? 宝籤でも当たったの?」

「奇跡が起きてもオヤジには無理だ。無理なんだが、世の中には金と権力がが有り余っている人種も居るんだぜ」

「……ああ、そう言うことですか」

「察しの通り、やらかしたのは魔王様だ。部長をウチにホームステイさせるお礼とばかりに、事後承諾&一晩で工事を完了させちまったよ……」

 

 出ました、魔法建築の匠!

 そりゃ学校をあっさり復旧させる彼らなら、一般住宅の改築なんて朝飯前。

 またしてもジェバンニが一晩でやってくれたんですね……。

 

「ちなみに居住空間が拡張されたことで、今やグレモリー眷属は全員イッセー君の家の居候。僕も四階に一部屋貰って快適な日々を送っているんだ」

「私と部長は二階でイッセーさんの両隣のお部屋を頂きました」

「ぼぼぼ僕は今のところ同居人の居ない五階にひっそりと!」

「……私と副部長は祐斗先輩と同じく四階です」

「うふふ、言われてしまったので説明不要ですわね?」

 

 いやまぁ、眷属が主の下に集結するのは当然といえば当然のこと。

 只でさえ物騒な世の中ですし、戦力の一点集中は必要だとは思いますよ?

 だけで水臭い。昼間はおろか放課後にも顔を合わせる友達に、一言も無いとはこれ如何に。

 

「おば様とおじ様が良く許したね」

「あ、うん。挨拶がてらに来た魔王様が催眠術的な何かで洗脳もとい、誠意ある説得で懐柔したからノープロブレム。ヤバイって自覚はあるから、追求は止めてくれ」

「イッセー君が、外道的な意味で立派な悪魔になりつつ……」

「誰も損をし無いからいいんだよ。細かい話はコレで終わり。さくっと俺んち行くぞ!」

「はいはい」

 

 確か最後にお邪魔したのは中学の受験シーズンだったような。

 追い込みの時期は泊り込みも多く、結構お世話になった事を良く覚えています。

 鞄を担いで先導する幼馴染の背中から感じるのは懐かしさ。振り返れば感慨深い思い出が脳裏を駆け抜けていく感覚に、思わず顔がほころぶのを止められない。

 惜しむべくはイリナちゃんが欠け、三羽烏体制が崩れてしまったこと。

 現魔王派のイッセー君。

 イッセー君に返り討ちにされたと言う、英雄派のイリナちゃん。

 そして闇鍋的に勢力図無視で、様々な神話の敵と味方を抱え込む蝙蝠な私。

 道を違えた私達が再び一堂に会す日は果たして来るのやら。

 

「爰乃さん、置いていかれちゃいますよ?」

「少し考え事をしてました。待っててくれてありがと、アーシア」

 

 だけど、大切なのは過去よりも未来。

 この瞬間に大切な仲間を守る為なら、誰であろうと慈悲は無い。

 身内だろうと、親友だろうと、敵対するなら叩き潰すと決めている。

 だから―――

 

「ついにでアーシアの部屋にお邪魔しても?」

「はい、是非とも寄って下さい♪」

 

 イッセー君を筆頭に、オカ研のメンバーとは今の関係を続けたいと思う。

 イリナちゃん以来始めて出来た同性の親友に手を引かれる私は、ふと浮かんだ最悪のシナリオを振り払って前へと進む。

 目指すは半年振りの勝手知ったる幼馴染の家。

 私の大切な心友の棲家に向って、親友と共に向うのだった。

 

 

 

 

 

 -兵藤家-

 

 

 

 

 

 何と言う事でしょう。あの平々凡々な戸建て売りの一軒家が両隣の土地まで敷地に吸収し、冗談抜きで六階建てのビルに変貌を遂げてしまいました。

 但しその代価として、私の記憶にある風景は影も形も残っていません。

 よそ様の家のことだし、私に口を挟む権利は無いことは理解しています。

 だけど、少しだけ悲しい。悲しいけど、分かったこともある。

 これこそお爺様が神社を含めた実家の建物を極力変えない理由。

 積み重ねてきた歴史を守ることの重要性を、実物提示されてやっと理解しましたよ。

    

「爰乃、ぼちぼちバトン渡しの練習だから来いよ」

「ん、了解」

「ぼーっとしてると危ないぞ?」

「さすがに動揺から回復してないの。だってまさかのエレベータで地下に降りてみれば、今度は運動会も出来そうな空間が広がっていたんだよ?」

「そりゃそうだ。先住民の俺ですら、未だに違和感が消えないからな……」

「分かってくれた?」

「あいよと言う前に、一つ確認」

「なんですか?」

「こうやって普通にやり取りをしてるってことは、そろそろお許しを頂けたって理解でOK?」

 

 これから団体競技で一緒に戦う仲間を、個人的感情で避ける訳にも行かない。

 と言うか、イッセー君の変態性は平常運転と割り切っている私です。

 例の件は度を過ぎていたから本気で怒ったけど、実は感情の清算は終わっています。

 しかしこちらから仲直りを提案する訳にもいかず、自然と元の鞘に戻るチャンスを待っていたのは内緒。口が裂けても言えない秘密だったり。

 

「……今回だけですよ?」

「助かる。今度はちゃんと許可を取った上でやるぜ!」

「え、第二戦の予定が在るの!?」

「冗談だよ、冗談……多分な」

 

 ま、まあ、パートナーの了承を得た上でならご自由に。

 

「閑話休題、早く三番手に入ってくれよ。みんな待ってるんだぞ?」

「あ、はい」

 

 物思いに耽っている間に、何時の間にやらアップの時間が終わっていたらしい。

 無意識の内に柔軟まで終えていた私は、置かれた状況をやっと理解した。

 周囲を見渡すと、本番と同じオーバルコースの上にスタンバっている人影が幾つか。

 第一走者の小猫。

 第二走者に私。

 第三走者がイッセー君。

 アンカーは当然、オカ研の顔である部長。

 私以外のレギュラーは各々のポジションに移動を終えていて、何時までも来ない私をイッセー君が呼びに来た……と言うのが現状のようです。

 

「これで準備は万端ね。さあ、不安要素のバトン渡しを徹底的に練習するわよ!」

 

 部長の号令の下、走り込みも兼ねた実戦形式で練習が始まる。

 

「……駆けっこだろうと、負けませんから」

「残念、僕の得意分野だ。勝たせてはあげられないよ」

 

 併走する仮想敵は選抜外の部員達。

 ちなみに木場君と姫島先輩は目立ちたくないからと辞退し、ギャー介はNOT運動と断固として拒否。アーシアも本人の意思で応援に回ることになっているので、レギュラーは実力主義で選ばれてもいないのが面白いところ。

 

「……魔力無しでもさすがに早い」

「速度は僕の持ち味だからね」

 

 余談ながら一般生徒に紛れての参加なこともあり、魔力や気を用いるのは厳禁。

 自分で鍛えた身一つで勝負すると言うのがルールです。

 しかし、これが中々難しいらしい。

 私は英雄モードを封印するだけですが、悪魔は呼吸をするように無意識下で利用している魔力を用いた身体強化を意識的に押さえ込むのが厳しい―――と言いつつ、四苦八苦しているのはイッセー君だけなのが何とも切ない。

 三年生は恒例行事だと経験済みだし、器用な木場君と小猫は余裕で対応済み。

 アーシアとギャー介はそもそも運動音痴枠。制限不要なのもご愛嬌でしょう。

 そんな訳でルールを守れない四番走者のせいで、リレーは中途で取りやめ。

 他のメンバーが自主練に散る中、私と小猫が落第生を教育する羽目になったのでした。

 

「ほら、また魔力を使ってる」

「ぐぬぬ。おっさんとの特訓の成果で上限は天上知らずなのに、一切の補助をシャットダウンするってのが難しい……」

「ではアドバイスを。感じるんじゃない、感じるんだ」

「俺にブルースと同じ能力を求めないで!」

 

 知ってたけど、座禅を組んで目を閉じる幼馴染は昔から変わらない閃き型。

 何をするにしても理屈より先に感覚で理解する本能の人は、コツを掴むまで普通の人の何倍も手間がかかるから大変です。

 

「愚痴るのは結構だけど、どうしても出来ない場合は物理に訴えるから」

「ぶ、物理?」

「具体的な説明は小猫先生からどうぞ」

「……仙猫必殺、気脈爆砕パンチで魔力の流れをバッサリ遮断。生体エネルギーの流れを淀ませることで、強制的に身体機能を低下させるプランを用意しています」

「なにそれ怖い」

「不満なの?」

「当たり前だ!」

「……情けない先輩です」

「クソっ、プレッシャーが辛い!」

 

 力を常時発散させず内に留める技術は、必ずや今後の役に立つ。

 良い機会なので、イッセー君には隠密スキルの基礎を習得して貰います。

 

「では心を無にして、体内を流れる力を感じるところから再スタート」

「無心、無心、無心」

「この隙に私は部長とお話でも。後は任せましたよ、小猫」

「……任せられました」

「え、最後まで付き合ってく―――」

「……かーつ、余計な事を考えちゃダメです」

「ううっ、すんません……」

 

 いきなり集中を乱したイッセー君を襲ったのは、監督の任を与えられた小猫の拳骨。

 不思議パワーを見抜く目にかけては私をも凌ぐ小猫師匠にイッセー君を預け、これ幸いとフォームチェック中の部長の下へ。

 手を上げながら近づくと、部長もこちらに気付いて声をかけてくれる。

 

「あら、もう終わったの?」

「今日は無理ですね。実はイッセー君関係無し、休憩がてらの世間話に来ました」

「私も一休みの頃合だし、お茶でも飲みながらにしましょうか」

「はい、そう言うだろうと先手を打ってあります」

 

 ほいっと弧を描いて放ったのは、運動のお供でお馴染みのスポドリ。

 愛飲する水瓶座の飲料を持ち込んでおいて正解でした。

 

「お茶成分ゼロのアイソトニック飲料なのはご愛嬌ですよ?」

「確かに汗を流した後はこっちよね。ありがたく頂くわ」

 

 壁際に移動した私達は腰を下ろし、木場君が笑顔でギャーを聖剣で追い回す様をぼーっと眺めながらアクエリをちびちびと舐める。

 思い返してみると、部長と二人だけで話すのは初めてだった。

 好きか嫌いかの二択なら前者でも、やはり部長と私の間には価値観と言うか根本的な思想の部分で壁があり、相容れない存在なのは確か。

 普段は緩衝材のイッセー君や小猫が間に居るから意識してなかったけど、こうして二人きりになればそれが良く分かる。

 何せ悪魔業界関連以外に共通の話題すら無い。

 これぞ私と部長の極めて希薄な関係の証明。

 友達の友達は他人であることが、浮き彫りになってしまった瞬間だった。

 

「会長とのゲーム、酷評されたとか」

「ええ……親グレモリーのメディアからすら手厳しい評価を貰ってしまったわ」

「性能差で圧倒しているにも関わらず、敵の策に踊らされての惨敗ですからね」

「また痛いところを突く子」

「しかも会長の教育宣言と戦術を好意的に受け止めた平民階級の後押しを受け、今回のゲームは貴族社会でも評価が二分されたと聞いています」

「不思議とそうなのよね……」

「対外的な影響は大丈夫なんでしょうか?」

「ノーコメントよ」

 

 結局、表立って会長を叩いたのは少数の貴族だけ。

 レイヴェルが懸念した程の逆風は吹かず、むしろ槍玉に挙げられたのは部長だった。

 結果を出せなかった以上、仕方が無いとは思う。

 だけど試合前は正義のヒーローと持ち上げたのに、負けた瞬間悪の尖兵のレッテルを貼り付けて貶めるメディアのやり口は許し難い。

 掌返しの偏向報道は、ライジングサンだけで十分ですよ……。

 

「だけど、挽回のチャンスは直ぐ目の前に用意されているわ」

「噂の六家選抜戦ですね」

「そうよ。その準備として新たな騎士も口説き落としたし、戦術の勉強も基礎からやり直した。同じ無様を晒さず、ソーナへの雪辱も必ず果たしてみせるわよ!」

「応援は任せてください」

「ありがとう。爰乃は眷属じゃないからゲームは無理でも、体育祭なら同じチームとして戦えるわ。

どんなゲームであれ勝利を重ね、共に栄光を掴み取りましょう!」

「はいっ!」

「じゃあ休憩はここまで。当座の目標は部対抗リレーに特別枠で出てくる生徒会チーム打倒なのだから、今は練習あるのみ。いいわね?」

「勿論です。クラス優先にはなりますが、全力を尽くします」

「っと、朱乃が呼んでいるわね。先に行って待ってるわ」

 

 姫島先輩の手招きに応じて去っていった部長を見送り、うーっと背伸び。

 冷えてしまった体を温めるべく、ストレッチを始めながらふと思う。

 さり気なく漏らした新戦力、果たして如何ほどのものやら。

 正直なところ能力を把握しているグレモリーズに興味は無く、消化試合としか見ていなかっただけに嬉しいサプライズです。

 部長ご自慢な切り札の実力を直接確かめる為、私も頑張らないと。

 全ては直近の会談次第。必要なチケットを必ずや分捕ってやりますよ!

 

「……あ、香千屋先輩の上着が捲れ上がってブラが見え」

「マジか!」

「……嘘です。煩悩退散、もう一度最初からやり直して下さい」

「チクショウ、騙された!」

「……先輩がコレを覚えてくれないと集合練習だけでなく、アーシア先輩との二人三脚にも影響が出ます。合法的にイチャつけるご褒美を貰う為と割り切り、もう少し真剣にやりましょうよ」

「そ、そうか、アーシアの体に触れるチャンスなのか! よーし、少しでも早く一緒に練習する為にも頑張ります! 俺を導いてください、師匠!」

「……清清しい程に欲望に忠実な変態さんですね」

「嫌だな小猫ちゃん。ハーレム王仮免の俺がエロいのも当然じゃないか」

「……そうですね」

「つーわけで、死ぬ気で頑張る」

「……人参を目の前にぶら下げない限り、本当の意味で本気を出せない人は嫌いです」

「ふはは、何とでも言ってくれ。例えば偏差値底辺で無理ゲーだった駒王学園合格も、爰乃との学園ライフと言うご褒美があればこその偉業よ!」

 

 何を考えるのも自由ですが、恥かしいことを口走るのはやめなさい。

 

「……どうしてこうも奥手で一途な癖に、ハーレム王とのたまうのやら」

「カレーが一番でも、ラーメン、ステーキ、他の料理だって大好きだからな!」

「……では、陥落した甘いケーキなアーシア先輩は美味しく頂いたんですよね?」

「え」

「……はりーはりー。今何処まで進んでいるのか教えて下さいよ、ハーレム王様」

「手、手を握ったり、俺の部屋でトランプとかやりましたよ?」

「……え、それだけですか?」

「そう、そうだよ、うっかり寝オチして一緒の布団で一夜を明かしたことも!」

「……やれやれ、座禅再開」

「その"無駄な時間を使わせたなコノヤロウ”的な目は何!?」

「……空気が読めるところだけは評価します。さ、早く」

「相手にされないのが一番きついっす」

 

 何だかんだと二人は仲良しに見える今日この頃。

 これなら漫才コンビとして舞台に立つ日も遠くない気が。

 

「あの、爰乃さん。もしもお御手隙でしたら、少しの間だけお付き合いをお願いしても宜しいでしょうか?」

「構いませんよ。二人三脚のですよね?」

「です」

「紐は?」

「ここにあります」

 

 惰性で柔軟に精を出していると、歩み寄ってきたのはアーシア。

 手持ち無沙汰な私は彼女の頼みを了承し、小学生以来の二人三脚に興じることにする。

 互いの足を軽く結んで腰に手を回せば準備万端。私がアーシアの呼吸を読む形でいっちにーさんしーと、ゆっくり歩く所から始める。

 

「その調子だけど、イッセー君は私ほどテンポを合わせられないと思う。その辺は注意して」

「は、はい!」

 

 仲良く外周を走る私達は、多分青春とやらを謳歌している気がします。

 学校生活も順風満帆。友人も人外関係者オンリーにしろ増えた。

 倒すべきライバルに、後ろから追いかけてくる後進も居る。

 武術一辺倒だった中学時代も充実していたけど、これはこれで悪くない。 

 

「そうだ、一つ確認をしても?」

「何でも聞いて下さい」

「アーシアに粘着しているストーカーって、ディオドラ・アスタロトだよね?」

「はい、その人です」

「そんなにしつこいの?」

「昨日も部室にまで押しかけられました。しかも真顔で”僕と君が結ばれるのは運命”とか”僕は君のことを愛しているのだから、君も僕を愛しているのだろう?”と連呼されて気持ち悪いのなんの……」

「災難だね」

「同じ変態でも、寝暗さ皆無でカラっとしたイッセーさんとは大違いなんです」

 

 アーシアもイッセー君が常人の部類に入らないって理解してたんだ。

 恋が盲目と言うけれど、冷静な部分が残っているなら何よりです。

 

「でも大丈夫。遅くても今週中にストーカーは始末―――排除される筈だから」

「えっ、何をするつもりなんですか!?」

「秘密。私の進めているプロジェクトの一環で、偶然アーシアの益になる感じかな」

「教えてくれてもいいのに……」

「兵藤家の変貌を黙っていた罰です。ぜーったいに教えません」

「うー、いじわるさんです」

 

 イッセー君達を驚かせるべく秘密裏に進めて来た計画のネタ晴らしは、幾らアーシアの頼みでも聞くことは出来ませんよ。

 

「さぁ、意識を練習に戻していっちにーさんしー」

「えっと、ごーろくひちはち」

 

 強制的に足を動かすことで話を打ち切り、アーシアの追求を華麗に回避。

 親友に啖呵を切ってしまった以上、最早計画に失敗は許されない。

 目の前に控えた悪巧みの総決算を前に、思わず手に力の入る私だった。



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第63話「プレミアムチケット」

眷属情報は委員会に申請済みですが、相手の素性を探らないのが悪魔クオリティ。
親友の戦力すら把握しないRさん宜しく、Dさんも超適当です。

どうせ人間の手勢だ。ヴァーリ以外は雑魚さ、ハハハ ← 今ここ

彼の明日は、とても明るいと思います。


「条件を再確認しようか。僕が勝てば禍の団に鞍替えした事実を闇に葬り、同時に君の身柄は僕のもの。万が一にも負けた場合はアスタロト家は新人戦を辞退し、参加権をアドラメレク家へと譲渡する……これで間違いないね?」

「ええ」

「僕の好みは教会に通じた聖女だが、たまに趣向を変えて英雄とやらも美味しそうだ。果たしてレア属性がどんな顔で嬌声を上げるのか興味は尽きないよ」

「時間が惜しいので、早く始めませんか?」

 

 制服越しでも胸や腰を舐め回すような視線は気持ち悪いの一言。取らぬ狸の皮算用全開で舌なめずりを止めない男を前に、湧き上がるのは冷え冷えとした軽蔑心だった。

 彼の名はディオドラ・アスタロト。神聖で穢れを知らない聖女を犯すことが生き甲斐と言う、救いようの無いクズの中のクズです。

 

「じゃあ僕は君が呑んだルールに従い、最奥で待っているよ」

「……首を洗って待っていなさい」

「おお怖い。だけど僕が抱く体なんだから、急いで転んで傷をつけないよう気をつけてくれたまえ。中古は嫌いなんだよね、ははは」

 

 私の背後で膨らんだ殺意に臆すどころか、単純に気付いてもいないディオドラが涼しい顔で立ち去っていく様を見ながら思う。

 目の前に居る相手が家猫なのか、それとも野生の虎なのかを見分ける目も持たない時点で不合格。やはり一部の例外を除き、苦労を知らずに育った雛鳥は総じて使えないと。

 

「姫様、不埒者の首を即刻刎ねる許可を。今なら五秒で殺れます!」

「弦さん、ステイ」

「……駄目で御座いますか」

「アレは私の獲物。直接この手で処分します」

「御意」

 

 眷族の中で、最も猛り狂っていたのは弦さん。抑えきれない感情を刀をカチカチと鳴らして現せば、次点のヴァーリも追従する。

 

「ふん、ならば先鋒は俺に任せろ」

「宜しい、存分に蹴散らしなさい」

「俺の物に手を出す意味を教えてやるさ……」

「私はヴァーリの物じゃないと思うけど?」

「……むぅ」

 

 こらそこ、ションボリしない。

 平常心組を見習って、感情を一定に保つ努力を忘れずに。

 

「白龍皇が出るなら私は不要か」

「ゼノヴィアは二戦目以降……なんだけど、存外に落ち着いてるのは何故?」

「爰乃も知っての通り、私は元エクソシスト。メインに狩っていた低級悪魔は犯すだの、弄ぶだのを連呼する下半身直結型が八割だったんだぞ? とっくに様式美と割り切っているので、何も思う所は無い」

「なるほど」

「ちなみに我輩は借りてきた猫。ビジネスなので仕事はさぼらニャイが、他がミスってゲームで負けても知ったことじゃ無いニャ。適当にやるので、鳥とか蛇に期待するニャン」

「うん。猫さんだけ、やる気ゼロと知ってましたよ……」

 

 さすがよそ様の飼い猫。清清しいまでの他人面ですね。

 こちらとしても期待してませんし、予備戦力として役立ってくれれば十分です。

 だけど、悠然と構える怪獣組は違いますよ。

 

「敗北確立セブンナイン。スルー奨励」

「何だかんだと、一番の大人は鬼灯なのかもね」

「姫様姫様、アンも大人だよ? ちゃんと守るからね? どこにも行かないでね?」

「はいはい、墓の下で永眠するまではずっと一緒ですよ」

「うんっ!」

 

 そして両手を空に突き上げる、荒ぶるアンズーのポーズを取る同僚をやれやれと言った目で見守るのはチーム爰乃の参謀さん。

 この中では知性枠の私や弦さんも、大分類では脳筋に分類される生き物です。

 今日の段取りも全てレイヴェルの働きだし、頭脳担当の大切さが身に染みる染みる……。

 マネジメントに対外交渉、今後も全て丸投げするので頼みましたよ!

 

「気を引き締めてと言う前に、既に皆様のヘイトは最大値ですわね。大して強くも無いアスタロト如きに大人気ないとは思いますが、今回ばかりはオーバーキル推奨。主に負けず劣らずクズと評判の眷属共々、これを機に汚物は纏めて消毒ですわっ!」

「レイヴェルが何時になくやる気だ!」

「わたくし、ノブレス・オブリージュも理解しない貴族―――特に女性を玩具にする輩が大嫌いですもの。前々から気に入らなかったゴミ虫を合法的に駆除するチャンスを得たわたくしは、近年稀に見る上機嫌ですのよ?」

「……レイヴェルは良くも悪くも昔の英国貴族風味だよね」

「それはどのような意味ですの?」

「安心して全権を委任出来る部下だと褒めてるだけ。私もディオドラを許せないし、全力を尽くそうと思う。サポート宜しくね、宰相さん」

「イエス、マイロード。御身に勝利の栄光を」

 

 眷属全員の顔を見終えた私は、家臣を伴い決戦の地へ。

 全ては冥界から実家に戻った翌日に告げられた先生の一言から始まった。

 そう、あれは―――

 

 

 

 

 

 第六十三話「プレミアムチケット」

 

 

 

 

 

「名門貴族選抜の新人王争奪リーグ戦?」

「おう、グレモリーVSシトリー戦の番狂わせが原因で急遽決まった。何せ下馬評で無理ゲーと称された五位が、絶対強者の三位を危うげなく喰ったんだぜ? 机上の採点ではありえない結果が示された以上、もう直接ぶつけて優劣を測るしかねぇってよ」

「やはりサイラオーグさんも参加を?」

「あいつのランキングは一位だからな。呼ばれない方がおかしい」

「ですよねーっと、麦茶のおかわりは如何ですか?」

「悪いな」

 

 趣味の為なら親でも売る駄目大人だろうと、恩師は恩師。

 汗をかいた空のグラスに気付いた私は、ポットから麦茶を注ぐことを忘れない。

 

「で、ここからが本題だ。お前、参加してみないか?」

「え?」

「実はランキング四位のアスタロトに付け入る隙がある。そうだな、冷や飯喰らい?」

「……爰乃の役に立てたなら、待遇改善を一考して貰えるだろうか」

「内容次第」

「……これは旧魔王派に接近してまで得た情報なんだが」

 

 例の乱痴気騒ぎ以降、立場がゼノヴィアの下へと落ちたヴァーリさん。

 他の眷属が仲良く食卓を囲む中、一人だけ部屋の隅でカップ麺を啜らされ、女性陣からは冷ややかな目を向けられる真綿で首を締められるような制裁が発動して既に二日目。

 私に言わせればまだ二日目ですが、その憔悴っぷりは尋常じゃない有様です。

 それにしても三日目を待たずして心が折れるあたり、ハードボイルドの限界は知れたもの。

 禁手でどれだけ強固な殻を纏おうと、中身は柔らかい黄身と白身。実年齢よりも幼い精神面が改善されない限り、ヴァーリがクールな二枚目を気取るのは無理なんだと思う。

 

「ディオドラ・アスタロトは表向きこそ現政権に従順でも、実際は禍の団に属して情報をリークする裏切り者だ。親にも秘密にしているこの情報を盾に交渉を迫れば、小心者の奴は必ず乗ってくる」

「ほう」

「後は適当にゲームでも吹っかけて、選抜戦のチケットを奪い取ればしめたもの。お前を抜きにして最強を競う連中を、横合いから殴りつけて振り向かせてやれ」

「うーん、先生はどう思いますか?」

「アリだと思ってなかったら誘ってねえよ。そもそもアドラメレク家ってのは、他の六家に負けない家格。力量もグレモリー以上、バアル以下を示したお前に参加権を与えない委員会が悪いと思わんか?」

「しかし、上がすんなり私の参加を認めるのか疑問ですよ」

「そこはほら、人間の活躍は転生悪魔優遇政策を掲げるサーゼクスの思惑にも合致するから大丈夫だ。アスタロトから推薦さえ取り付けられれば、後はフェニックスの娘っ子がどうにかするだろうよ」

「……話が美味すぎます」

「ゼンイデスヨ」

「と言うか、わざわざお爺様が外出中に話を持ってくる辺りが怪しい」

 

 海千山千の老獪な化け物相手に腹の探りあいで勝てるとは思わないけど、牽制くらいは入れておかないとマズイ。ジト目で見つめて拒否する姿勢を見せると、以外にも折れたのは先生だった。

 

「今回ばかりは裏も無いんだな、これが。強いて言えば個人的に肩入れしているサイラオーグと、可愛い生徒の勝負をもう一度見たいという下心くらいか」

「また嘘っぽいことを」

「マジだって。例えばサイラオーグが今何処で何をやってるか知ってるか? 何と俺の紹介状を持ってアメリカに渡航し、一秒でも惜しいとボクシング漬けの日々を送ってるんだぞ?」

「お、ついに専門家へ弟子入りしたんですね」

「トレーナー曰く不器用で物覚えは悪いが、真摯な姿勢に好感が持てるとか。睡眠時間もナポレオン並に削って基礎練習に注ぎこんでるらしいし、どんな化け物になるのか楽しみでならんわ」

「完成が楽しみですね。私も負けじと修行に励まないと!」

「しかし、そこが問題なんだよ。サイラオーグは聞いての通り現時点では蛹にすらなれていない芋虫状態だし、爰乃も未だ神器をコントロール出来てねぇ」

 

 先生の指摘はごもっとも。

 今の私は大きく分けて通常、英雄モード、英雄+神器と言う三段階の強化形態を使い分けている状況ですが、実は全部乗せ形態の制御が非常に甘い。

 おそらく、使いこなせている力は三割程度。

 じゃじゃ馬を乗りこなしたとは言い難い、発展途上だったりします。

 

「お恥かしい限りです」

「お前の神器は単純で奥深いからしゃーない。オンリーワンだから俺も全然研究が進んでねぇし、責めてる訳じゃないから凹むなって。爺も気長にやれって言ってただろ?」

「……ええ」

「俺が言いたかったのは、一騎打ちでの決着はまだ早いってことだ。発展途上同士が中途半端にやりあっても、不完全燃焼にしかなりゃしない」

「ぐうの音も出ない正論だと思います」

「だから勝負するならチーム戦。前のパーティーで奴の言っていた、王の器量で競う集団戦を一丁やってみようぜ」

 

 拳闘を齧っただけの素人を倒すことに意味は無く、向こうも神器を持て余している私と闘うつもりも無いでしょう。

 しかし、彼と交わした次戦のレギュレーションは眷属込みの総合力勝負。

 直接対決は次々回に持ち越し、盤上で競うのも一興です。

 

「なるほど、確かにこれは半公式戦。舞台としては申し分ないですね……」

「だろ?」

「裏があろうとなかろうと、地位も名誉も不要な私が不利益を被る可能性は皆無。どうせ馬鹿をやるなら、率先して踊らないと損と言ったところですか」

「つまり?」

「決めました、この話に乗ります」

「そう来なくっちゃ。根回しは任せておけ!」

「はいっ!」

「……俺は何をすればいい?」

「お前の出番はもう少し先だな。下準備が済み次第フェニックス嬢ちゃんに同行し、アスタロトを強請る物証兼ボディーガードとして動け」

「分かった」

「爰乃は……まぁ、ゲームには眷属一丸となって向う努力をだな」

「分かってます。現時刻をもって兵士への制裁を解除。情報提供及び情状酌量の余地を考慮し、夕食のリクエストを受け付ける大盤振る舞いまで付けちゃいます」

「……やっと許されたか。ならば肉じゃがと豆腐の味噌汁を要求する」

「りょーかい。次は本気で眷属から叩き出すので注意するように」

「……エロ勝負は許可を得た上での行動の筈。解せぬ」

 

 日差しも強い縁側で夏休み以降の目標を決めた私は、結論を出すと同時に冥界へと飛ぶ。

 目指すはお馴染みのフェニックス家。荷造り中だったレイヴェルの元に押しかけ、新たな一大プロジェクトがスタートしたのでした。

 そこから先は色々在ったけど、ここでは割愛。

 893顔負けの誠意ある説得で追い込み、何とか勝負を受けさせただけのことですしねー。

 以上、回想終了。

 大切なのは私の貞操も賭金に上乗せした、負けられない勝負が始まったと言う点のみ。

 何せ提示されたゲームは無制限の戦力に守られた四つの区画で構成される神殿を、こちらだけ通常戦力で突破。最奥にある教皇の間……もとい、王座でふんぞり返るディオドラを討つと言う黄道十二宮突破スタイル。

 注意すべきは一度使った駒の再利用は不能と言うこと。

 フィールド毎に一戦とカウントされ、手駒がなくなっても負け。

 普通に考えれば余裕で余るとは思うけど、敵の戦力は未知数です。

 何処から誰を引っ張ってくるか分からない以上、駒のやりくりが勝負の鍵だと思う。

 

「さあ、俺の相手はどいつだ」

『君の目の前に居る全員さ。ま、楽しんでいってよ』

 

 第一の宮の入り口に腰を下ろした私は、安心した面持ちで見物を決め込む。

 敵の数は十名程度かな?

 全員フードを被っているから正体は分からないけど、この感じなら大丈夫。

 二天龍の名は伊達ではな―――あれ、そう言えば最近アルビオンの声を聞いてない気が。

 彼も一応私の眷属だろうし、落ち着いたら話をしてみますか。

 

『ちなみに内訳は、女王へプロモーション済みの兵士八に戦車二。如何に君でも数の暴力は覆せないんじゃないかな? お仲間を呼んで来たらどうだい?』

「御託は結構。胸を貸してやるから、キャンキャン吠える前にさっさと噛み付いて来い三下」

『ふん、雑種のルシファーもどきが言うじゃないか。お望み通り、食い千切ってやるよ!』

 

 売り言葉に買い言葉。

 苛立った主の鶴の一声で、彼の手勢は殺意も露に武器を構え出す。

 しかし、既に遅い。

 先に鎧を纏ったヴァーリの右手が持ち上がり、あの言葉が紡がれていた。

 

『DIVIDE!』

 

 さあ、楽しいゲームを始めましょうか。



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第64話「勤勉に目覚めた兎」

妹も暇潰しに兄からゲームを借りて染まっていた模様(


 アドラメレク曰く、俺の弱点は継戦能力の低さらしい。

 最初のうちは指摘の意味を理解出来なかったが、爺やら鳥と何でもありの模擬戦を繰り返す内に嫌でも思い知らされた。

 例え格上だろうと短期決戦、若しくは長期戦でも力を奪い取れる相手なら勝てる。

 が、忌々しいアンズーを筆頭とする神器が通じない連中は駄目だ。

 一発逆転を狙った覇龍で一気に押し切ろうにもののらりくらりと逃げられて、気が付けばガス欠を起こし自滅するパターンの何と多かったことか。

 また、悔しい事に奴らは俺と比べて燃料の使い方が上手い。俺が8の力で10を産み出すところを、馬鹿鳥達は1の力で10を産み出すとでも言えば良いのだろうか。

 おそらく瞬間的な最大出力は五分なのだろう。

 しかし最大稼働の維持時間と、通常時の燃費差が壁なのだと思う。

 

『ぬしの神器をわしらが防げる理由は、漠然と曖昧なものを対象に設定するからじゃよ』

『力を半減させる行為の何処が曖昧なんだ?』

『例えばわしに神器が通じたとして、具体的にどうなる? 力とは魔力か? それとも筋力か? はたまた体力なのかね?』

『……考えたことも無かったな』

『そこが問題なのじゃよ。今のぬしがやろうとしているのは、力を薄く漠然と広域にばら撒いているようなもの。これでは干渉力の低下を避けられず、対抗手段を用意しておる者に通じる道理も無い』

『なるほど』

『全ての力は細く鋭く練り上げてこそ真の力を発揮する。10の力で十箇所を侵食するよりも、100の力で一点集中こそ真髄というもの。これ以上は言わずとも分かるな?』

『行動で示してやるさ。この借りはいつかお前を倒す事で返させて貰う』

 

 言われるまで気付かなかったが、確かに日常生活で活用している半減は”疲労”や”煮込みの時間”をピンポイントで狙い撃ちしていた。

 これぞコロンブスの卵。過去の成功体験から、戦闘における神器活用法に疑問を抱かなかった自分が情けない。

 結局、いつぞやの鬼灯の諫言は正しかったと言うことなのだろう。

 固定観念を捨て、力の使い方を柔軟に模索しなければ見えない境地は確かに重要だった。

 遅くはなったが、お前の言葉はようやく血となり肉となったぞ鬼灯。

 

『楽しみに……と言いたいところじゃが、返済先はぬしの王にしなさい。孫が胸を張って自慢出来る最強の兵士に成長する頃には、自然とわしも越えられる筈じゃからな』

『……リミットはたったの100年程度か。買い被られたものだ』

『期待しとるよ? 出来ぬとは言わんな?』

『くっ、ならば試したいことが色々と出来た。もう一戦付き合え』

『それでこそ白龍皇。夕餉までなら胸を貸してやるわい』

 

 それから試行錯誤を繰り返した今も、力のコントロールで女王に劣っている自覚はある。

 しかし、挑戦を続けた日々は決して無駄では無かった。

 それを今から証明してやろう。

 

 

 

 

 

 第六十四話「勤勉に目覚めた兎」

 

 

 

 

 

 真っ先に一歩を踏み出した戦車二人はスピード型と言ったところか。

 加速性能は縮地習得後のゼノヴィアと五分程度。最低基準値を満たした、中々の早さである事は認めよう。

 しかし、貴様達は既にチェックメイト済み。今更何をしようと遅すぎる。

 具体的に言えば、一人目はもう限界だろ?

 

「きひやぁっつあ!?」

「何っ!?」

 

 俺が開幕で半減させたのは戦車Aの心臓機能。脈動を突然死してもおかしくないレベルに一瞬で落とされた子羊は、俺への道半ばに胸を押さえてのた打ち回る無様っぷり。

 これには戦車Bも驚いたのか、俺への攻撃を忘れて足を止める始末だった。

 

「次は隙だらけのお前だ」

 

『DIVIDE!』

 

 戦車Bが立ち直る前に第二射。

 差別が嫌いな俺は、タッグを平等に扱うことを忘れない。

 当然、今度も心臓の一点狙い。概ね一人目と同じリアクションで崩れ落ちる様を見て思うのは、ちょっと視点を変えるだけで劇的に進化を遂げるアルビオンへの畏敬の念だ。

 過去の白龍皇を知るアザゼルが、誰もその発想に至らなかったと賞賛した”単一対象且つ、単一項目へのピンポイント半減”技術。限定的にしても、アドラメレクにすら干渉可能な時点で並の能力ではない。

 さすがに臓器の狙い撃ちは身内に試す訳にもいかずぶっつけ本番での発動だったが、やはり格下ならば問答無用で効果を発揮することが証明されてしまった。

 これなら使い道は幾らでも在る。新たな力は想像以上に汎用性に優れているじゃないか。

 

「爰乃、爰乃、ヴァーリが借りた漫画の主人公ソックリだぞ! あの白いの、ついにドラゴンだけでなく死神とも契約したらしいな!」

「本当に何処でノートを拾ったのやら。心臓押さえてドクンッとか、言い逃れできない感じにデスサーティーンですよねー」

「後でページを分けて貰えるように頼もう」

「ゼノヴィアの場合、うっかりメモ帳代わりに使って自滅する未来しか見えないから止めなさい。剣はペンよりも強し。そんな神器(?)に手を出すくらいなら、デュランダルの手綱をもっと上手く握る為に労力を割く方がよっぽど有意義です。分かった?」

「そうだな。私の場合、殺したい相手は直接ぶった斬る方が性に合う。むしろ手応えがない分、割に合わないかもしれん」

 

 言葉の意味は分からんが、貴様らは妙な勘違いをしている気がするぞ。

 何だその生暖かい目は。

 ここは賞賛を送って然るべきタイミングじゃないのか?

 

『……君は何をしたんだ? 神器対策は防御術式で万全の筈だぞ?』

「客に手品の種を明かす魔術師が居る訳が無いだろ、馬鹿め」

『クソがっ! 下僕共、何をぼさっと見ているんだ! さっさと殺せ!』

「口汚い言葉を吐くと、お里が知れるぞ自称名門貴族」

『五月蝿い五月蝿い五月蝿い!』

 

 ご自慢の戦車が理解不能の潰され方をされたことに危機感を覚えたのか、馬鹿は一気呵成に数の暴力で押し切ると決めたらしい。

 八名のポーンを三名ワンセットの編成二つ、残りをツーマンセルの計三つに分割。俺に降りかかるのは統率の取れた波状攻撃だった。

 前後左右に空まで使い、以心伝心に獲物に喰らい付くスタイルは実に興味深い。

 個人的には未経験の本格的な多数対一を堪能したいところだが、それはヴァーリ・ルシファーが個人で責任を負える戦いまでお預けだ。

 何故なら今この場は香千屋爰乃の戦場。求められるのは確実なる勝利のみ。

 実験も十分な成果を上げた事だし、そろそろケリを付けるとしよう。

 

『Half Dimension!』

 

 左右の手で一人ずつ兵士共の頭を掴むと同時に全力でぶん投げ、点在していた狼達を一点へと集約させるように場をコントロール。

 そして作り出した隙を見逃さず、間髪いれずに発動させたのは空間への断続的半減効果だ。

 魔力の消費は激しいが、これは加減不可能な鬼札の一枚。

 何せ空間は無抵抗だ。無抵抗である以上、絶対に抵抗は出来ない。

 つまり内包物が神でも悪魔でも当人には一切の干渉を行わないことで、あらゆる防御手段を無視した空間破壊攻撃をダイレクトに叩き込めるのである。

 欠点は発動に若干のタイムラグがあることと、座標に対して仕掛けるので神器発動前に範囲外へ移動されてしまえば意味が無い点。それに空間系の能力に長けた相手には妨害される二点だが、今回の相手なら問題は無いだろう。

 神殿を支える柱が虫掛に消失するのに併せ、哀れな……違うか、俺の大切な王に下卑な笑みを向けた走狗の体もピースの欠けたパズルへと変質が進んで行く。

 分母の倍倍ゲームが極まる頃には、円形に抉れた廃墟と悪魔だった物の欠片が残るのみ。

 残されたのは運良く初手で倒され、戦闘続行不可能の戦車だけ。

 さすがにやる気を失った俺は、空へと判断を仰ぐことにする。

 

「おい、アスタロト」

『な、何だね』

「もう十分だろ? 俺の勝ちで構わんな?」

『あ、ああ』

「ならば結構。次に行くぞ爰乃、さっさと皆殺して帰ろう」

「私の兵士は頼もしいですね。論功褒章は期待して下さいな」

「そう言う事なら、もっと派手に暴れるべきだったか」

「いやいや、私の知らない必殺技祭りで十分に驚いてますからっ!」

「なら良い」

 

 さすがと言うべきか、血痕が散見する地面を平然と進む我が王は頼もしい。

 それでこそ配下と轡を並べて苦楽を共にする、率先して先陣を切る武将型。巴御前も真っ青な前衛系のお姫様だと胸を張れると言うもの。

 

「それではレッツゴー金牛宮。牛の角を折ってやりましょう!」

「「「おー」」」

 

 一応、これは公式なゲームの初陣。万が一にも兵藤と同じ轍を踏む訳にはいかなかった俺は、満足そうな笑みを浮かべた爰乃を見てやっと肩の荷が下りた思いだった。

 

「お疲れ様ですの」

「疲れる前に終わったがな」

「精神的には違うのでは?」

「まぁ、否定はしない」

「ご安心なさい、マイロードは兵士の活躍に満足されていますわ」

「チームの頭脳がそう感じたなら一安心」

「後は後続が初戦を上回る戦果を挙げない限り、一番槍も相まってヴァーリこそが最大評価を受ける筈。試合後は上手くご褒美を強請り、評価ポイントを稼ぐのをお忘れなく」

「なるほど、褒美は物に限らないと言いたいんだな?」

 

 何故か目をキラキラさせて近づいてきたのはレイヴェルだが、付き合いが浅い分何を考えているか分からんのが辛い。

 悲しい事に俺は美猴が太鼓判を押す程度にはコミュ障。他人との距離感が掴めず、場の空気を読めないことには定評のある男よ。

 おそらく俺を嵌めようとか悪気は無いと思うが……コイツの意図は何だ?

 

「わたくし、身分違いの恋とか大好物ですの。応援していますわ!」

「待て」

「マイロードは攻略面倒ですし”一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしい”とか言われても簡単に挫けちゃ駄目ですわよ?」

「お前が何を言っているのか分からない」

「それでは後学の為にも、本拠に戻ったら恋愛の参考資料を貸して差し上げましょう」

「要らん」

「あら、プレイボーイとして名を馳せたお兄様もバイブルと仰っていましたが?」

「なん、だと」

 

 種馬として名を轟かせる、あのライザー・フェニックスが感銘を受けた指南書か。

 一読する価値が在るような、無いような。

 女の扱い方を学ぶ絶好の機会が巡って来た……と、捉えるべきか?

 

「これは善意ですの。強制は致しませんので、気が変わったら何時でもどうぞ」

「少し考えさせて欲しい……」

「ですが、くれぐれも赤龍帝に遅れを取らぬようお気をつけを。まだ時間があると余裕ぶっていると、意外な伏兵に持っていかれるかもしれませんわよ?」

 

 爰乃への好意は自覚しているが、それが愛だの恋だのなのか分からん段階の俺にレイヴェルの後押しは早すぎる。

 何だろう、これなら爺を明日倒せと言われた方が気が楽だ。

 ひょっとしなくても突きつけられた選択肢は”死ぬ”か”殺される”の二択じゃないのか?

 

「と、この話は一旦ここまで。ディオドラなら試合外でも妙なちょっかいを出してくる可能性も十分に在りますし、マイロードの警護に集中致しましょう。宜しくて?」

「任せろ。鬼灯と連携して、不足に備えた万全の体制を取ってやる」

 

 やはり目の前の小さな目標に全力投球こそ俺のスタイル。

 問題を先送りにしただけな気もするが、今はこれでいい。

 そう自分を納得させた俺は、鎧のお陰で浮べているであろう妙な表情が悟られない事に安堵しながら指揮官と共に先を行く王の後を追う。

 早くこのもやもやをぶつける手頃な刺客が来ないものか。

 思わず駄目な願いを抱く俺だった。



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第65話「相克しない五行」

一万文字を超えたので二分割。決着編は土日に載せられる気が。


 こちらの陣容は厚く、常識的な王ならば最低でも複数の駒を投入する圧倒的な兵力。

 もしも僕が受ける側なら、保険の意味も込めて相当の戦力をぶつけていただろう。

 しかし、あの女は僕とは違う考えだった。

 切った手札はまさかの一枚。如何に白龍皇が最強のカードだからといって、イレギュラーを考慮しない無謀な選択だったのではなかろうか。

 だけど、お蔭様で少しだけ安心したよ。

 結果として勝ったから大丈夫な、結果オーライのギャンブル精神は必ず綻びを生む。

 全四戦の長丁場、毎回上手く行くと思ったら大間違いさ。

 

「さて、こちらも負けじと伝説のドラゴンで対抗だ。頼むよ?」

『契約は守ります。その代わり、邪魔をするようなら容赦しません』

「君の足元の蟻は、どうせ替えの利く使い捨ての駒。気に障ったなら踏み潰しても罪は問わないさ」

『では、そう言うことで』

 

 背後から響く木の軋む音を聞きながら、僕は余裕の笑みを浮かべる。

 シャルバ卿に頭を下げて借り受けられた望外の存在、小娘がどう受けるのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 第六十五話「相克しない五行」

 

 

 

 

 

「我、出番。譲らず」

「分かりました。但し敵は騎士っぽいをお供に連れていますし、子蝿対策にゼノヴィアも同伴させることが条件です」

「好都合。我、ラドン専念。ゼノヴィア、必須」

「ならば私が鬼灯に合わせよう。邪魔をしない程度に掻き回すから、こちらを気にせず存分に戦ってくれ」

「否定。ゼノヴィア、プランA要請」

「求められている役目はそっちか。なら、それ相応の準備をしないとマズイな……」

「タイミング、一見了解」

「よく分からないが、大体分かった。ヴァーリ、保険として前に試した聖剣への半減を頼みたい」

 

『DIVIDE!』

 

「……これで良いか?」

「十分だ。では、行こう鬼灯。例の物も出し惜しみ無しで使わせて貰うぞ」

「了解、出陣」

 

 遮る物の無い広く開けた第二の間。その中心に聳え立つドラゴンを象った大樹を見た瞬間、我は久方ぶりに心が沸き立つのを感じていた。

 アレは間違いなく奴だ。遥か昔、何故か邪龍などと呼ばれていた頃の我をフルボッコにして勝ち逃げした因縁の相手を忘れる筈も無い。

 奴の名はラドン。ディフェンスに全てのリソースを割り振った結界術が得意な邪龍である。

 どれくらい硬いかと言うと、装甲フル改造のスーパー系が鉄壁を張りつつ防御。その上でATフィールドな強度を標準で持っている馬鹿っぷり。おそらく弦やレイヴェルならば、手も足も出ない存在ではなかろうか。

 しかし、それでも栄枯盛衰は世の常。風の噂ではドラゴン系定番の人間に倒される末路を迎えたと聞いていたが、やはりそれは誤りだったらしい。かく言う我も巷では討伐されたことになっていたので、まぁ……よくある誤解ではあるのだが。

 

「始める前に確認。あの大きな木を見て目の色を変えたけど、何か因縁でもあるの?」

「肯定。昔、奴に負けた。リベンジマッチ必要」

「そう言うことならこれ以上は聞きません。だから、必ず勝ちなさい」

「命令受諾。我、必勝」

 

 こんな時、細かいことを気にしない上役には助かる。

 あまり強さに執着心の無い我でも、やはり敗北の歴史は汚点だ。供物の酒にやられて前後不覚に陥った件に負けず劣らず、正面からの力勝負で風下に立った宿敵との過去は好んで口にしたくも無い。

 

「……マイロードは配下の自主性を尊重し過ぎます。予定では私と弦の出番ですのよ?」

「でも、やる気って大切だと思わない?」

「まぁ、そうですが」

「ゼノヴィア&鬼灯タッグなら駒の消費も予定の範疇だし、率先して挙手してくれたなら逆に好都合。王様視点でも妥当な判断だと私は思う」

「ちゃんと考えた上でなら異論はありません。王の下知に従いますの」

 

 聞こえてくる会話から、我が戦術プランを崩してしまったことを知る。

 しかしラドンは我かアン、もしくはミリオンでなければ勝負にならん存在。

 面倒なので説明は避けたが、因縁も含めて我が相手にすることこそ最善だろう。

 そんなことを考えながら足元の連れを踏み潰さないよう気をつけつつ、身内集団から抜け出す。

 存外に広い部屋の中を観察しながら進み、間合いを計りながら停止。怨敵と鼻っ面を合わせたところで、我から口火を切ることにした。

 

「ラドン、久しい」

『ラードゥンであると、何度言えば覚えるのですか』

「些事、気にしない」

『これだから千年竜王といい、多頭種は適当で困ります……』

「質問。孤高気取りの汝、何故下僕?」

『あらゆる存在の中で最も優れた種族は我々ドラゴンです。別に悪魔如きに忠誠を尽くしてなどいませんよ。これはそうですね、人間の言葉を借りるならビジネス。少しばかり借りのある組織へ果たす義理と思っていただければ結構』

「了承」

『で、あなたこそ人間の下僕ですか』

「肯定」

『まったく嘆かわしい。そんな性根だから私に勝てないのです。仮にも同じ邪龍カテゴリーなら、プライドを持ちなさいプライドを。それこそ二匹で世界に喧嘩を売った二天龍程とは言いませんが、大人し過ぎるのも罪ですよ?』

「我、人間好き。料理技能、人間最強。食べても美味し」

『相変わらず良く分からない趣味ですねぇ』

 

 ラドン、貴様が思うほど美食道はマイノリティーではない。

 何せ我が主催した”美食を追及する龍の倶楽部”に加入したドラゴンは多く、刺身大好きクロウ・クルワッハを筆頭にして、カレー至上主義のアポプス、中華のティアマット、フレンチの玉龍、和食のセベクと名だたるメンバーが勢揃い。

 彼らは人間の腕を認め、種族の垣根を越えたリスペクトを持っているんだぞ?

 優れている者は種に関係なく認める、これは非常に大切な真理だ。

 この事実を認めないからこそ、ドラゴンは力で劣る人間に討たれていると我は思う。

 ちなみに最近になって門を叩いてきたファーブニルは

 

『アーシアたんのおパンティーハァハァ。ブラ、スク水、思春期の女の子の衣類こそ旨みの究極』

 

 と、舌も頭もおかしい主張を譲らなかったので入会を拒否。むしろ全力で縁を切った。

 ちなみに我関せずのクロウを除き、ネームド会員の総意はギルティ。五大龍王などと呼ばれようと、所詮あの変態は力が強いだけの駄龍。次にのこのこ顔を出したなた、必ずや滅ぼすことを一同で誓ったものである。

 閑話休題。やはり生物である以上、どうせ食べるなら美味しい物を望むのはドラゴンも同じであると証明済み。

 あまりこんなことは言いたくないが、邪龍と言いつつもラドンは植物カテゴリー。極端な話、水と太陽さえあればスクスク育つ自称ドラゴンと、概ね爬虫類ベースの我らは違うのだよ。

 

『おっと、始める前に一応説明を。僕が出すのは騎士二人と、宝樹の護封龍ことラードゥンだ。彼は僕の眷属ではないが、ルールに従い助っ人として参加してもらう。まさか異論は無いよね?』

「構いません。そしてこちらは見ての通り、戦車を二枚です」

『まさか討伐済みと聞いている八岐大蛇を下僕に迎えているとは思わなかったけど、こちらも同格以上の邪龍を用意してある。どちらの伝説が優れているのか、実に興味深いカードだよ』

「飼い犬どころか、レンタルボディーガードを自慢されても」

『ぐぬぬ』

 

 見ればラドンもやれやれ、と頭を振っている。我もしがらみで冥界くんだりまで来ているが、奴もまた見知らぬ誰かに雁字搦めなのだろうか。

 かと言って完全なる自由を得ても、結局は自分に縛られるとアンズーは遠い目で語っていた。

 静寂を愛するオーフィスすら好んで人間の姿を取ることから見ても、意思を持つ存在が完全なるスタンドアローンを達成するのは不可能なのだと我は思う。

 猫の言葉を借りるなら、他者に認識されない自分は存在しないも同じ。

 つまり適度な外部との繋がりは、人生に必要なスパイス。美食と同様に味のアクセントは必要なのである。

 まぁ、我はその点恵まれている。

 家庭の味を提供してくれる姫様と、それなりに気心の知れた同僚に囲まれた現環境は大満足。

 誰かに従うことでしか得られない幸せもある。この意味を、私怨と義務感の合わせ技で教えてやらねば。

 

「先手必勝、我のターン」

 

 敵首魁による試合開始が宣言されたと判断した我は、さっそく仕掛けることにした。

 八本の首から亀の怪獣真っ青のプラズマ火球を発射するが、これは完全に駄目もとの牽制。

 目を赤く光らせて結界を展開するラドンには当然弾かれてしまう。

 

『以前吐いていた炎と段違いじゃないですか』

「宇宙の力、応用」

『う、宇宙?』

 

 仲間よりもたらされた異なる星の異なる科学技術の仕組みを元に作り上げたこの炎でも、やはり硬さだけが取り柄なVITタンクの壁を打ち抜くことは出来ないか。残念。

 が、物理を学んだ我の引き出しはまだまだこれから。

 奴が動揺しているこの間にドンドン行こう。

 

「即ちギャラクシー。我の実験、パート1」

 

 体をまるっと結界で覆われる寸前、呼気を深く吸い込むことで威力を上げた火球を全力斉射×2。初速を抑えた炎弾を魔力コントロールし、軌道を制御して宙を泳がせておく。

 

『またそれですか。今度は結界の強度を相応に上げたので無意味ですよ?』

「否定、NOT通常。YES必殺技」

『ええい、言葉が足りない龍ですね!』

 

 普通の敵は移動するので成功した試しは無いが、今回ばかりは動かざること山の如しを地で行く森の王。持ち前の防御偏重主義も相まって、どんな攻撃だろうと受けに回ってくれるから有難い。

 逃げられる恐れが無い為、これ幸いと焦らず落ち着いて準備。16発の爆弾を奴の周囲180度へと均等配置した我は、起動スイッチを一斉に押す。

 ちなみに寸分の狂いも無く起きた爆発は、中心に向かって力を解放するように指向性を付与済みである。

 

「成功」

 

 うっかり忘れていたが、姫様達は無事だろうか。

 しかし、鼓膜を破りかねない衝撃音を発生させてから気づいてももう遅い。きっとアンかアルビオン辺りが対応していると断定し、一本たりとも首を後ろに向けず結果を注視する。

 発生させたのは通常では得難い貫通力を生む爆縮現象。出来ることなら360度くまなく覆いたかったが、地に根を下ろすラドンにはそれもかなわなかったのが実に惜しい。

 まぁ……爆煙の中から現れたラドンの惨状を見る限り、悪くない成果だ。

 ご自慢の結界を一枚残らずパリンと砕き、金剛石よりも硬い枝を幾つか引きちぎる大戦果。我が人間ならドヤ顔で見下ろしているところだろう。

 

『ま、また、凄まじい技を……さすがに少堪えましたよ』

「我、日進月歩。ラドン、足踏み。差、埋まった」

 

 かつての我はこの障壁を突破出来ずに負けた。

 しかし苦手だったアルコールと同じく、苦手はちゃんと克服済み。日本酒も樽でドンと来い。

 故に今や対結界戦(物理)は得意分野……なのだが、防御を超えられただけで勝てるならラドンは邪龍と恐れられる筈も無い。奴が厄介なのは、何でも防ぐ最強の盾と何でも貫く無敵の矛を併せ持っているからで―――

 

『ほう、では私の攻撃を防げるようになったのか試してみましょう』

 

 来た、と思ったのも束の間。我の首の一つが鋭利な断面を見せて落下していた。

 

『おやおや、防御面は進化していないようですねぇ』

「先手必勝、ノーリスク。防御不要」

『私を相手にして、そう上手く行きますか?』

 

 空気の流れを読んで次の回避を試みるも、そもそも我は機敏に動けるタイプではない。

 胸の肉を円形に抉られるが、ヒュドラにも勝ると自負する超速回復が始まっているので無問題。

 しかし、立て続けに攻撃を貰い続ければ話は別。

 いずれは再生が追いつかず、倒される末路がほぼ確定済みなのが辛い。

 

『やはり東洋の小島で最強を謳ってもこの程度』

 

 ラドンの厳密には攻撃とも言えない攻撃の正体は、任意空間への結界展開である。

 普通は結界の外枠に異物を挟んでの構築は無理なのだが、我の知る限り世界最高の結界スペシャリストはいとも簡単にソレを行うから恐ろしい。

 少なくとも必殺技級でなければ突破できない強度を持つ結界の淵は、最上級の聖剣、魔剣を凌ぐ切れ味を持ち、真円が描く曲線に沿って触れる物を全て両断。弱点とも呼べない弱点は、同時展開数か僅かなことと、ルールを無視した代償なのか維持される時間がほんの一瞬である二点のみ。万能すぎて羨ましい限りだ。

 

「我、諦めず」

『存分に無駄な足掻きを繰り返しなさい』

 

 あえて再生を抑えて足元へ転がしたままの頭を使い、切り札の行方を探す。

 アレは与えられた役割を果たす忠実な番犬。普通の人間なら命を落とす攻防の余波と、我の毒性を秘めた血液が飛び散った地獄の中でも、五体無事に健在であることを確信している。

 敵の騎士は知らん。仮に無事でも、どうせゼノヴィアがとっくに仕留めている。

 結界へ全力で噛み付き、プラズマ火球を絶え間なく撃ち、猛毒を浴びせつつの片手間探索では発見は出来なかったが、逆にこれは好都合。

 壊すと同時に復旧される結界の相手も、五体を切り刻まれる受身も十分。そろそろ不毛な現状を打破し、姫様に力押しだけでなくゲームメイクも出来るところを見せるとしよう。

 

「ジリ貧、認める。性能、ラドン上」

『やっと身の丈を理解しましたか』

「とっておき、進呈」

『また炎熱の派生ですか? それともご自慢の毒素の新型ですか? 最強の盾持つ者の義務として、何であろうと逃げも隠れもせず、きっちり受け止めてあげましょう』

「感謝。雲気在れ。満開、都牟刈大刀」

『……は?』

 

 かつてのゲームで披露出来なかった、赤の対となる鋼の力を解放する我だった。



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第66話「天ノ叢雲ノ剣」

都牟刈大刀の行く末は、高性能を突き詰めた日本製品属性っぽいです(謎


 その昔、若い女の踊り食いがマイブームとして訪れていた頃だった。

 毎度毎度狩に行くのも面倒になりねぐら近くの人里へと生贄を要求していたら、暫くしてブチ切れた神が殴りこんで来たことを良く覚えている。

 素面で争ったならともかく、差し入れされていた酒に潰れ前後不覚に陥いっていた我は敗北。

 辛くも逃げ切ったものの、他所の土地へと移住を強いられたのは苦い思い出である。

 思い返しても腹が立つのは、空気を読まぬ須佐之男命の暴挙だ。

 人間は魚や獣から一方的に搾取する生き物だが、我は食材を譲り受ける度に当時の最先端技術だった鉄のインゴットを与えるフェアトレード制度をいち早く導入。適正価格の対価を支払う現代人っぷりを実践していた。

 お陰で村は潤い、我としても無駄手間を省いて厳選食材を年に一度送って貰えるWINWINの関係だったと言うのに、あの神は人の話を全く聞かない。

 丁度出荷予定だった櫛名田比売も納得済み、むしろ関係がおかしくなるから止めてくれと懇願する我サイド。

 にも関わらずあの娘は俺の嫁、と難癖をつけ騙し討ちを仕掛けて来るとか意味が分からない。

 仕舞いには十拳とか言う肉も切れない鈍器が戦いで折れたからと、我の持つ天候干渉型剣”都牟刈大刀”を強奪される始末。

 神とは何だったのか。高天原のジャイアンの顔を二度と見たくと思う神魔は、大和だけでも雨粒の数だけ居ると思う。

 

『理解不能』

 

 それから悠久の時が流れた後、電子の海で見つけた情報に我は驚いた。

 何故そうなったのか都牟刈大刀は天叢雲剣へと無断で改名された挙句、人間の間で神霊剣などと崇められるまでに出世していたのである。

 確かに純度の高いヒヒイロカネを素材とした、霊力に満ち溢れる立派な剣だろうさ。

 しかし我的には、幾らでも生み出せる量産可能な品でしかない。

 所詮は唯の道具。我の認識はその程度である以上、当然の反応だ。

 我が憤慨したのは、須佐之男命の屑に無断で名前を変えられた件だった。

 すっかり天叢雲剣の名が定着してしまった現在、世間に都牟刈大刀こそが正式名だと訴えても手遅れ。

 キムチの国とは違う正式な起源を持つ我でも、既に捻じ曲げられた真実は元に戻せないのである。

 

『不貞寝』

 

 枕を涙で濡らし苦虫を潰す思いで事実を受け入れた我は、そこでふと気づいた。

 すっかり存在を忘れていた都牟刈大刀……もとい天叢雲剣を有効活用する方法は無いのか? と。

 色々と検討した結果、選ばれたのは聖剣創造のオマージュ。大地より剣を生み出す手法の模倣だった。

 この思い付きを試したところ、これが実に合う。

 我は地龍なので空には干渉出来ないが、地面に面している場所なら無問題。具体的には視線さえ通っていれば、隔絶された結界の内部にすら刃の園を生み出す能力を得られたのである。

 そう、こんな風に。

 

 

 

 

 

第六十六話「天ノ叢雲ノ剣」

 

 

 

 

 

 ラドンの唯一守られていない根元から筍の如く屹立したのは、数を数えるのも馬鹿らしい量の神霊剣。大きさもまちまちなソレらは強固な木皮を苦も無く穿ち木龍を大地に縫いつけ、終盤の黒ひげ危機一髪状態を忠実に再現する決定力を見せている。

 普通の相手ならばこれで致命傷だが、相手はちょっとやそっとでは滅ばないインチキ邪龍だ。

 最大威力の炎で炭にしてやろうと大きく息を吸い込むも、少しばかり時間が足りない。こちらの準備が整うよりも先に結界に動きを封じられてしまった。

 

『いやはや、痛い痛い。危うく滅ぼされるところでしたが、惜しいことに一手足りません』

「肯定。我、及ばず」

 

 これだから植物系の相手は面倒なのだ。

 せめて体の何処かに核でもあれば楽なのだが、ラドンにそんな部位は存在しない。

 破片を一つ残らず消失させない限り、平気な顔で蘇ってくるサバイバリティは勘弁して欲しいところ。

 

『素晴らしい技を見せてくれたあなたに敬意を評し、私も普段は使わない奥の手を披露しましょう。さようなら、霊妙を喰らう狂龍殿。八岐大蛇の名は忘れません』

 

 奴の目が怪しい光を放つのにあわせ、我を覆っていた結界が縮小を開始。

 成る程、シンプルに最大出力の防護フィールドで押し潰す腹積もりか。

 抵抗しようにも内側で大火力を放てば自滅を引き起こし、逃げる場所も奪い取る文字通りの必殺技には脱帽する。

 精一杯の抵抗も空しく徐々に狭まる球体の中で肉が押し潰されていくが、これで詰んだと思ってくれたなら笑いが止まらない。

 どうせ最初から3:7で勝てぬと知っていた。

 しかし、これはチーム戦。

 随伴戦力を歯牙にもかけない貴様と、弱い札でも有効活用を考える我には決定的な差がある。

 完全に意識を我だけに向け、攻撃に全ての力を振り絞る余り防御結界をおろそかにするこの瞬間をずっと待っていた。

 これで1%の懸念も消え、全てのお膳立ては整った。

 タイミングは今しかない。殺れ、ゼノヴィア。

 

「……逃げに専念していなければ、流れ弾やら毒雨で蒸発した騎士共と同様に私も死んでいたぞ。幾ら作戦と言っても、もう少しこちらを気遣え鬼灯」

 

 内容の割に気楽な声が聞こえた瞬間、深海にも匹敵する圧力は霧散。やってくれたかと感謝の思いを込めて同属の方を見やれば、そこには背中から腹にかけてを聖なるオーラにぶち抜かれて悶絶するラドンが居る。

 それを成したのは、我と同格(?)の戦車。持ち前のタフさに聖剣の加護を上乗せすることで苛酷な環境に耐え、ずっと機会を伺っていた布石がやっと日の目を見た瞬間である。

 

『なっ、人間如きが私にこれほどのダメージを!? そもそも何時の間に背へ取り付いた!?』

 

 熟練の技術で認識から消える弦には及ばないが、ゼノヴィアとて似たような能力を保有済み。

 自然と気配を殺し、一撃必殺を狙う姿は正しく野生の虎。

 これぞ本能だけで生きる野生児の面目躍如だろう。

 

「細かいことは気にするな。それより、せっかく保険のお陰で消費エネルギーが半分になっているんだ。普段は出来ないデュランダルバスター二連射を是非味わってくれ」

『デュ、デュランダル?、ゼロ距離でそれはさすがの私でも―――しまった、動けん!』

「馬鹿め、その為の串刺し刑だ。行くぞフィーリング命名、秘剣Lの字斬りぃっ!」

 

 ズドン的な擬音が聞こえそうな二度目の光爆は、縦に割れ目を入れた後に軌道を90度変化。強固と有名なラドンの装甲も、一度内部に侵入されては意味をなさない。

 返す刀で光が失われるのを惜しむように滅多切りを続けるゼノヴィアは、まるで大樹を蝕むシロアリか。

 我も人のことは言えないが、大型種は総じて小物に取り付かれると弱いもの。

 適材適所さえ守れば、格下とて簡単にジャイアントキリング達成可能なのだ。 

 

『ぐぬぬ、聖剣の干渉が邪魔で表皮に結界が張れん!』

「凄いぞデュランダル。そんな効果があると知った主は鼻が高い』

『偶然の成果だったと言うのか!?』

「ま、そうなるな」

 

 何それ怖い。我も初耳の効力だった。

 

『そ、それはともかく、そちらもこれ以上は聖剣を使えないでしょう。保有オーラを使い切った今、そう易々と私は斬れません。振り落としさえすれば私の勝ちだ!』

「うむ、力を回復するまではペーパーナイフ以下の鈍らだな。なので次はコレを使おうと思う」

『え』

「そこいらに散らばる数打物とは格の違う、龍神が全力を込めて作り上げた天叢雲剣・真打を食らえ!」

 

 力を使い果たし押しても引いても斬れなくなったデュランダルをあっさり手放したゼノヴィアは、亜空間の引き出しから一本の剣を取り出す。

 その正体は、こんなこともあろうかと我が与えておいた最新の神霊剣だ。

 これぞ天叢雲剣を最初から与えた、我の生涯で初となる業物である。

 あっけに取られるラドンを無視して振り下ろされたソレは傷口を狙った剣士の手により柄まで体内へ捻じ込まれ、間を置かず能力を発動。

 馴染み深い波動が発せられた瞬間、思わず勝ったとガッツポーズの我だった。

 

『おのれ……この深奥までもが侵食される感覚は、あなたの仕業ですね八岐大蛇!』

「肯定。刃、濃縮毒属性付与」

 

 対ドラゴン特化の毒を持つサマエルには及ばないが、腐っても我とて世界で十指に入る毒属性持ちである。

 天候操作だけでは心許ないと、新型に我自慢の魂をも汚染する毒の力を与えるのは当然の選択だろう。

 破壊力トップクラスの聖剣を持つゼノヴィアに与えることを前提にした為、オーラ斬り等の攻撃能力は最初からオミット。物理的な破壊力はデュランダルに一任し、ゲイ・ボウ的アプローチでの必殺を目指した新機軸に高い評価を頂けてとても嬉しい。

 

「我、敵意無し。投了、推奨」

『くっ、こうしている間にも毒がっ!』

「回答要求。サレンダー宣言必要、人間停止せず」

「む、今度は抜けなくなった。仕方が無い、量産型エクスカリバーでも何とか行けるか?」

『私の負けだ、負けを認めるからもうやめてっ! 聖属性は苦手なんだっ!』

 

 引っ付いて離れない害虫の呟きは、宿主にとっての死刑宣告。

 次なる牙を取り出したゼノヴィアに恐怖を覚えた時点で、奴の心は折れたのだと思う。

 誰が恨みも得られる物も無い同胞との遭遇戦に、好き好んで命を懸けるのものか。

 少なくとも絶対優勢な敵が助け舟を出してくれるなら、我はあっさり降参する。

 これは負けても大事無い戦い。

 グレンデルとは違い、聡明なラドンなら分かってくれると信じていたぞ。

 

「了承。ゼノヴィア、ステイ。剣回収急務」

「……邪龍は裏切り上等な連中ではないのか?」

「ラドン、プライド高い。嘘つかない。怪しい行動、抹殺OK」

「分かった。端役は主役の言葉に従おう」

「感謝」

 

 この人間は馬鹿で単純だが、素直に人の言葉を受け入れる性質を持っている。

 だからこそアドラメレク様も寵愛するし、我もわざわざ専用武装を用意する程度に愛着を持っているのだろう。

 蕪を引っこ抜く要領で天叢雲剣を回収するゼノヴィアを眺めつつ、ラドンへと接近。え、まさか追撃!? と露骨に反応されるが、我にそんなつもりは無いので心外だった。

 

『あなたも混ざれば確実に私を滅ぼせたでしょうに。その為の足止めではなかったのですか?』

「汝に恨み無し。所詮、ゲーム。希少同属、殺傷無意味」

『……しかし、見逃して貰う以上は相応の代価を支払わねばなりません。この辺りの話を詰めたいところではありますが、急がねば拾った命がマズイ。続きは日を改めてということで』

「再見」

『おっと、忘れるところでした。人間、千歩譲って一応あなたにも借りが出来ましたね。八岐大蛇への義理も込め、必要なときに私を呼びなさい。一度だけ力になりましょう』

「借り? 見逃したのは鬼灯だと言うのに、意味が分からない」

『だめだこの生物。ああ、眩暈と吐き気が。早く聖杯の元へ戻らねば滅んでしまいそうだ……』

 

 結局ゼノヴィアに止めを刺されたラドンは、ぐらりと崩れながら転送魔法の詠唱を開始。

 好意は有難いが、馬鹿に婉曲な表現は通じんぞ。

 それと聖杯とやらが何なのか我は分からん。しかし、体内深くに打ち込んだ毒を簡単に除去出来ると思うなよ?

 昔は炎よりも毒がメインスキルだった我の力を甘く見るな。

 

「おい悪魔、私たちの勝利だな?」

『……つ、次の間にはさらなる強敵を配置してある。さっさと来い!』

 

 頭に載せた相棒と悪魔のやり取りを聞く限りこれにて決着らしいが、色々と反省点の残る戦いだった。

 せめて次は一人でも勝てる戦術の構築と、全体的な能力の底上げを達成した上で勝負に臨まねば。

 手始めに付き合いのよさそうなタンニーンを暫定目標に設定し、奴を正面から打ち破れるだけの戦闘力向上を目指そう。

 

「こんな感じで良かっただろうか?」

「プランA達成。満点」

「やっと私も眷属として立派に働けたと言うことだな!」

「肯定」

「活躍の機会も与えられず肩身が狭かっただけに、本当に良かった……」

 

 ちなみにプランAは我が囮になっている隙にゼノヴィアが背後をこっそり取ってドカーン、と言うアドリブ全開のふわふわとした作戦である。

 姫様もアドラメレク様も言っていたが、コレの能力を引き出すには難しい命令は駄目。シンプルな指示を与え手段を一任しない限り混乱してしまう為、これでも精一杯複雑な策なのだ。

 しかし何だかんだと空気を読み、重要なポイントを見逃さない姿勢は嫌いではない。今回の戦いでも、しっかりキーマンとしての役割を果たしてくれた働きは評価に値する。

 

「都牟刈大刀……否、天叢雲剣、褒美。改良、使用推奨」

「うむ。二刀流も視野に入れ、友愛の証を必ずや使いこなしてみせる!」

 

 我も鋼の属性を持つドラゴンの端くれ。どうせ人間に与えるなら、同胞に見られても恥ずかしくない一本を作らねばならぬ。

 今の真打は、その点まだまだ未完成。せめて傷一つ与えるだけで死に至らしめる程度の殺傷力を付与しない限り、技術立国の先駆者としては納得出来る品質ではない。

 そして何時の日か満足の行くゴールデンマスター完成の暁には、現存する天叢雲剣を過去の遺物に貶めてくれるわ。

 後ろを振り向かない前向きな意趣返し、これぞ我なりの復讐である。

 

「我、鍛冶道も志す」

 

 まだゲームは折り返し地点だが、鳥で一勝、万が一の保険を託されたレイヴェルで二勝は鉄板だ。

 敗北の可能性が唯一発生しうる試合を勝利で終えた我は、意気揚々と戦後に意識を移しながら主の下へ帰還を果たすのだった。



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第67話「猫の目」

月が変わってしまう前に、前半だけでも更新。
三戦目は次回決着予定です。


 いやほんと、どうしてこうなった。

 口ではさっさと来いと言いながら、まさか時間を稼ぐ羽目になるとは……。

 中級以上の眷属だけでは怖いと世界最強クラスの助っ人を呼び、しかもダメ押しとばかりに不利な条件を押し付けた僕の目算は果たして甘かったのだろうか。

 客観的に見ても答えは否。普通は邪龍が一匹混じるだけで相手は絶望する。

 まして、相手は若輩の小娘を仰ぐ集団だ。

 常識的に考えて、同世代の赤龍帝を擁するグレモリーだろうが、若手最強と謳われるバアルだろうが、訳の分からない武器を使うシトリーだろうが、全員纏めて小細工無しに正面から叩き潰すことの出来るラードゥンを配置した時点で普通は勝ち確だろ?

 と言うか、何だあのラインナップは。

 ヴァーリだけでも厄介なのに、邪龍をも配下に加えているなんて聞いてない。

 しかも序盤で白龍皇、八岐大蛇とエース級を景気良くぶち込んでくるあたり、未だ見せていない手札にはさらなる強札が潜んでいることは確定。

 通るかっ……! こんなもん……!

 一応僕のシンパを使えば数で押すことも可能だが、おそらく木っ端微塵に吹き飛ばされて終わり。ぶっちゃけこの手段を用いても、勝利のヴィジョンが全く見えない。

 

「これは禁断の手を使うしかない……かな」

 

 これが口約束だけなら、不利を悟った時点で契約を反故にしていたさ。

 しかし堕天使総督と、僕を破滅させるネタを抱えたヴァーリが一枚噛んでいる本件はそれが出来ないと言うか、やると自分で自分の首を絞めるだけ。

 せめてこれが唯の試合ならよかった。幾ら相手が人間でも化け物揃いに蹂躙されたなら言い訳も効いたが、新人戦の切符を賭けた上での敗北はマズイ。

 強請られているネタを口外出来ない為、何故そんなことになったのか弁明も出来ず、他家からは人間に屈した愚か者と蔑まされることは必至。

 つまり手段を選んでいる場合じゃないんだ。

 とは言っても、さすがにコレを使う日が来るとは夢にも思わなかったけどね。

 有難う、随分前に処分した北欧の巫女さん。名前は……うん、思い出せないけど気にするな。特別な玩具でもないのだから、忘れるのも当然さ。

 君から奪……もとい、譲り受けた遺品は、きっとこの日の為の物。

 下手をすればこのゲームフィールドはおろか、近隣一帯が血の海に沈むかもしれないが、そんなこと僕の知ったことじゃない。

 問題はパパをどう誤魔化すかだが……まぁ、知らぬ存ぜぬで通そう。

 願わくばアドラメレク一派が奮戦し、甚大な被害を追った上で災厄を処理してくれれば最良なんだけど、そこまでを人形に望むほど僕は鬼じゃない。

 そもそもアレを駆除できるとすれば、最早僕の手に余る存在と言うこと。

 遅刻どころか欠席も見えてきた二人目の助っ人に頼れない以上、ここでケリをつけて後顧の憂いを断たないと身の安全が危ういので、全滅して貰うのがベターだろう。

 

「さて、腹も据わった。一応、逃げる準備だけはしておくかな……」

 

 異教の魔術文字が刻まれた召喚札を僧侶へと与えた僕は、少しだけ手を震わせながら貴族らしい優雅な所作で下僕へと指示を与えるのだった。

 

 

 

 

 

 第六十七話「猫の目」

 

 

 

 

 

「次はアンね、アンがたたかう! ぎったんぎったんにするの!」

 

 アドラメレク眷属で最も精神年齢の幼い鳥は、見ているだけに飽きて耐えられなくなったんだろうニャぁ。目を爛々と輝かせ、両手を天に突き上げる様は正しく子供。ムードメーカーにしても、猫的に騒がしいのは勘弁。

 と言うか、我輩に言わせれば自主的な労働を望むとか狂気の沙汰ニャ。

 人生とは何者にも束縛されず、如何なる行為も強要されない自由なもの。

 普通の猫などは一日の大半を寝て過ごし、気が乗らなければ飼い猫ですら主人の命令を無視して気ままに日々を送ると言うのに、他の種族はプライベートより仕事を重視する始末。

 本当にワーカーホリックっておっかないニャ……。

 たまに散歩で見かけるグレモリーの猫又は真面目に下積みに励んでいるようニャが、きっと人型に生まれ付いた時点で本質は人間。イレギュラーは統計に不要ニャン。

 が、大変遺憾なことに我輩もアレと同じ立場の勤め猫。

 猫喫茶で愛想を振りまく重責を背負う同輩と方向性こそ違うが、上司の身内の接待、遠くまでの出張、言葉の通じない化け物との殴り合い、と面倒くさい仕事を抱えているのニャ。

 

「最大戦力を最終戦に温存しないのもアレですが、馬鹿鳥を持ち越すと姫様の望む直接対決が望めません。下手をしなくても開幕の一撃で首魁が蒸発すると思われますが……如何致しましょう?」

「仮にここで女王を投入しても王、騎士、僧侶、兵士が最終戦に投入可能。この編成なら連携も取れて掛け算の力を発揮出来ます。どうせヴァーリも鬼灯も自薦した上での参戦ですし、一人だけ自薦を取り下げるのも可哀想だと思う」

「では」

「アン、やっちゃいなさい」

「ありがと、ひめさま!」

 

 実は我輩、鳥の戦闘力をよく知らないニャ。

 何故なら我輩は暴力を好まない平和主義者。弦を筆頭とするバトルジャンキー共と違い、闘争に関わるあらゆる行為に興味がニャい。

 と言うのもこのリオン、こと命のやり取りとなれば絶対不敗。

 何時如何なる場合、何処の誰であろうと絶対に負けない体質を生まれつき持っているので、戦いに関しては極めて大らかだからニャぁ。

 なので周囲が鳥の勝利を疑わないのであれば、采配に異を唱えるつもりは無い……のニャけども、高い精度を誇る第六感に引っかかりを感じる。

 見ての通り我輩は誰もが認める幸福の化身な三毛猫の雄。不幸を事前に排除し、マイナスをゼロ以上に置換する力が直感の形で警鐘を鳴らしてもおかしいことではない。

 これは何かある。経験上断言しても良いニャン。

 

「立候補制ならば、我輩も出るニャ」

「え、アンだけでオーバーキルですのよ?」

「頑丈な堤も蟻の一穴で崩れるもの。戦術的に考れば、ここで想定外の手を打って来てもおかしくないからニャ。保険は事故が起きる前にかけておくものニャよ?」

「……どうなされますか、マイロード」

 

 我輩の挙手に反応したのは、足代わりに肩を借りていたフェニックスだった。

 何事も対話で物事を解決しようとする姿勢と言い、ぱっと見で雑魚っぽい猫にも敬意を払ってくれる態度と言い、地味にこの娘は我輩のお気に入り。

 爰乃も似た感じニャが、アレは究極的には肉体言語に訴える系。原則として戦いを回避するという選択肢を選ばない奴は、火種を持ち込む可能性が高くて嫌いニャ。

 

「確かに何かを仕掛けるならこのタイミングですね」

「本来、玉座に敵を通しちゃ駄目だからニャー」

 

 頭さえ生き残れば勝利の世界において、頂上決戦に全てを賭けるのは愚策。

 魔王は勇者との直接対決を避けられなくなった時点で詰みであり、結果はどうであれ大局的には負け。組織の大黒柱を危険に晒しちゃイカンのニャ。

 なので本音を言えば爰乃もお蔵入りで済ませたいところニャんだが、所詮これは一応ルールの設けられたスポーツの一種。そこまで目くじらを立てずとも問題ニャい。

 

「忠告、有難う御座います」

「同意を得られたようで何よりニャ。聞け、アン。我輩はお前が撃破されるまで部屋の隅で見守り口も手も挟まニャい。その代わり鬼灯のようにパートナーを気遣う必要は不要ニャので、気兼ねせず暴れニャさい」

「はーい!」

 

 我輩を試食と称して丸呑みしたこともある蛇以外が正気を疑う目でこちらを見るが、冥王すら匙を投げた我輩のサバイバリティを甘く見るニャよ?。

 しかし、これも良い機会。どうせ藍華の友人であり、アドラメレクの血族な爰乃、ひいては愉快な仲間たちとは、これから嫌でも付き合っていかねばならニャい。

 ここで一つ我輩と争うデメリットを見せつけ、間違っても喧嘩を挑んで来ないように釘を刺しておくのも先行投資として元の取れる選択ニャん。

 本当は適当に勝つ予定ニャったが、本気を出すとするかニャ。

 

「少しは意欲を見せなさい」

「スポット参戦の助っ人が目立つのは如何な物かと思わんかニャ?」

「おや、今後も姫様の兵士として参加するのでは?」

「愛玩動物に戦力としての役割を求められる職場は真っ平ごめんニャ。我輩はこれから先も悠々自適な猫ライフを送るつもりなので、日本に戻ればおさらばニャのだよ」

「私の姫様に不満が無いのであれば結構。去るものは追いません」

「私のって……お前は本当に犬気質だニャ」

 

 我輩に与えられた使命は、最初から使い捨てのイレギュラー対策。

 そもそも我輩に爰乃の飼い猫になると言う選択肢は最初からニャい。

 何故なら我輩を愛でさせてやらんでもない権を保有しているのは、現時点で藍華のみ。アレが権利を放棄しない限り、我輩は誰の所にも行かニャイ。

 

『次のステージの準備が整った。さあ進んで来い!』

 

 そうこうしている内に、段取りの悪い悪魔の足止めもようやく終わり。

 果たして稼いだ時間の中で、敵がどんな仕込をしたのやら。

 

「毛繕いしてる間に終わらせて欲しいニャ」

「うん、アンがばばーんとやっつけます。猫さんは寝てればいいと思うよ!」

「我輩、騒がしいと眠れんから無理」

「静かにがんばる……」

 

 乱暴で一方的な子供は大嫌いニャけど、幸いにも鳥は気遣いの出来る子供らしい。

 会うのはこれで二度目ニャが、これで大体本質は理解した。

 

「アンズーも守ってやらニャいとな」

 

 尻尾を立てた我輩は、やっと開かれた扉の向こうへ悠々と進み始めるのだった。

 



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第68話「にゃーにゃーにゃ」

 今度のお部屋も前とおんなじ、白くて狭いだけの狭くてつまんないところ。

 せっかくアンの大活躍を見せてあげようと思っていたのに、お部屋に居たのはよわよわな悪魔さんがたった一人でがっかりです。

 

『僕が出すのは僧侶一人。そちらは?』

「こちらは女王と兵士で」

 

 まだかな、まだかな。

 あんなのでもばーんすれば、きっと姫様が褒めてくれる。

 

『健闘を祈るよ』

「清清しいほどに見え見えの罠、踏み潰してあげます」

『それでは試合開始!』

 

 やっていいよと聞こえた瞬間、振り上げた手の中に空気をたくさん集める。ふつーの悪魔ならばらばらになる風を瞬時に作り上げ、よいしょーと投げつけた。

 はい、終わり。後はぼうちょうした空気が元に戻る時のしょうげきはでぐしゃ!。

 ふんすと鼻から息を吐いたアンだけど、魔法が届く前に悪魔さんから感じたへんな気配に気づいて警戒レベルをあっぷ。

 

「我が命を代償に、来たれ魔狼。くびきの鎖を引き千切り、猛威を振るえ!」

 

 攻撃が届くよりはやく、悪魔さんの呪文が終わった。

 地面にほうり投げたお札を核にして展開されて行く魔方陣は、脂の乗ったサーモンがうじゃうじゃいる国で見たことのある術式。アンの羽をむしったラタトスクがこんな感じのを使ってたから、たぶんあってると思う。

 

「犬……ちがう、灰色狼?」

 

 悪魔さんはしっかり殺したけど、もう召喚ぷろせすに影響は無いの。

 くーかんをこじ開けるようにして現れたのは、まず前足。続いて頭が出てきて、体、しっぽ。大きさはケルベロスより少し大きいくらいかな?

 うおおーん、と遠吠えをしながら不機嫌な目でアンを睨み付けてきたのは、とても強そうな狼さん。むかーし知り合ったせっかちオルトロスと違って頭は一つしかないけど、たぶんこっちの方が強い気がする。

 空気がびりびり震える感じは本当に久しぶり。

 最初からするつもりはないけど、手加減しちゃ駄目な相手だっ!

 

「ぴんち、かも」

 

 アンはアンより強いのと、たくさん戦ったことはあるよ。

 だけどそれは遮るもののない空の下でのはなし。

 お母さんもそうだけど、アンズーは遠くからぺしぺしやるのが得意な種族。狭い檻の中では竜巻とか雲を作る場所もげんていされるし、自由に飛び回ることも出来ない場所はだいきらい。

 アンのしなさだめが終ったのか、弦と同じくらいの速さで襲い掛かってきた狼さんの口ががちんと目の前で閉じる。

 きっと一回噛まれたらアンの負け。とりあえず顔をグーしたけど、ぜんぜん平気っぽい。逃げる前に雷を落としてもへっちゃら、しんくーはも爪ではたき落とされちゃった。

 

「代わるかニャ?」

「だいじょぶ!」

 

 猫さんのてーあんは、とっても嬉しい。

 だけどね、猫さんはきっとちーむで一番弱いよ。

 強い人はなんとなく分かるアンが、何にも感じないから間違いないの。

 無駄死にはさせられないから、交代はだめ!。

 

「なら我輩、もう暫し休憩」

 

 立ち上がりかけた足を折った猫さんにほっとしたアンは、きゅうくつな空へと後退。空気中の水分を集めてもくもくを作り、もっと強い雷を準備する。

 うん、やっぱり鳥の姿に戻らないとうまく全力がだせない。

 人間の姿のままじゃ狼さんを倒せないのは分かるけど、大きくなったら羽がつかえて動けなくなっちゃう。

 敵は一足でアンのところに届く肉食獣。壁も天井も足場、アンにはせまいお部屋が、狼さんには丁度良い狩場になってるの。

 

「だうんばーすとも使えない……どうしよう」

 

 ぷらずまかくゆーごーで部屋ごとどかーんは、みんなを巻き込んじゃうからダメ。

 小さいのでぺちぺちを続けて、狼さんが諦めるのを待つしかない気がする。

 よーし、姫さまとやったゲームみたいに逃げうち? を頑張るの!。

 そう決めたアンは翼を撃ち、そして激痛を感じて落下。

 原因は引きちぎられた片翼。唐突にギアを上げた狼さんの爪が、アンの予測を超えて届いちゃった。

 でも、まだ大丈夫。普段から翼のよーりょくより、魔力に頼って飛んでいるアンはぜんぜんへっちゃら。すぐに立ち上がり、準備の整った雷雲からぴかぴかをどかーん!。

 

「やられたら、やりかえすの!」

 

 最大威力の雷を受け、よろけた狼さんに向かってだっしゅ。

 右手に本来の姿から爪の力だけを召んで上乗せ。

 猛禽の爪が四足獣に劣らないことを証明しようと、足元に潜り込んでの大ぱんち。

 胸から首までをずばー出来たけど、思ったより頑丈で見た目より傷口は浅い。

 慌てて右手も出したアンですが、この距離は狼さんの方が一枚上。力を貯める為の硬直を狙われてしまった。

 前足で転ばされて、たくさん張り巡らせた結界をたったの一発で壊される。続けて間髪居れずに大きく開いた口が迫り、アンをガブリ。

 やっぱりこの狼さんは強い。

 ハンデを背負い、逃げられない状況で戦っちゃいけない敵だった。

 不思議と見た目よりも深い傷口から、どんどん力が抜けて感覚はもうダメなあかし。

 まだ全力で抵抗すればいけるけど、それをするとみんなも死んじゃう。

 みんなと遊びたいし、ご飯も食べたい、まだ死にたくないとも思う。

 でもアンが仲間を殺すことだけは、ぜーったいにやっちゃいけない。

 だってアンはみんなを守る女王。裏切り者以外に力を振るっちゃダメなのです。

 

「そろそろ限界だニャ。選手交代、我輩が相手をしてやろう犬っころ」

 

 潔く食べられる決意をしたところで、アンはぺっされた。

 こんじょーで立ち上がって何が起きたのかを見ると、狼さんがまぶたから血を流して下がっていく姿が映る。

 それをやったのは、アンと狼さんの間に立ってふしゃーしてる猫さん。

 ぜんぜん強そうじゃないのに、なんでか安心できる背中に見えたの。

 

「このゲームは公式戦準拠と聞く。参加選手のサレンダーは問題ないよニャ?」

『かまわないさ。下がらせたいならご自由に』

「とのことニャ。誰でもいいからさっさと鳥を回収しニャさい」

「私が」

「さすがは眷属最速、反応がはニャい」

「馬鹿はこちらで何とかしますが、勝負を任せても、信じても良いのですね?」

「未来の飼主候補、その親友の顔に泥は塗らないニャ」

「では、アドバイスを一言だけ」

「うむ」

「ヴァーリ曰く、あれの正体は北欧神話最強の狼とのこと。神をも殺す最悪最大の魔物らしいので、十分にお気をつけを」

「弦、我輩からも言葉を送るニャ」

「はい」

「我輩は同属との喧嘩で負けたことがニャい。故に君臨すれども統治せずを地で行く、猫族の王だとの自負を持っているのニャよ」

「アレは犬ですが?」

「いやいや、犬とは人間の分類で猫目犬科犬族。つまり所詮は猫なんだニャ、これが」

「なるほど」

「分かったニャら、さっさと下がれ。空気を読んで待っていてくれるフェンリルか、ハティ、はたまたスコルか分からニャいが、痺れを切らしては元も子もニャいぞ」

「正しくその通り。武運を」

 

 担がれてドナドナされたアンが涙をぽろぽろしていると、頭をぽんぽんしながら弦が呆れ顔で言った。

 

「姫様の女王なら、それに相応しい振る舞いを心がけなさい。具体的に言うと、たかが腹に穴が開いた程度で泣かないこと」

「傷より猫さんを守れない情けなさで心が痛いの。我慢できないくらい辛いよぅ」

「そうですか」

「アンは負けたことが無いから、どんな時でも大好きなみんなを守れると思ってたけど……違った。力があっても使えなかったり、使わせてくれないことがあるって、弦は知ってた?」

「知らなかった方が驚きです」

「そーなの?」

 

 目からうろこだった。戦いなんて、遠くからどっかんどっかんするか、広い範囲を一気にずばーんのどっちかを選ぶだけの簡単なお仕事。

 それにご主人様の眷属は弦みたいによけるか、鬼灯みたいに流れ弾くらい耐えるから、命令がない限りてきとーでいいと思っていたの。

 

「しかし、勉強になったのであれば安い買い物でした。せっかくあなたはオールレンジで効力を発揮する力を備えているのです。時と場所、他諸々の条件を考慮して、その場に適した戦術を導き出せるよう精進なさい」

「めんどうだけど、やる!」

「では近づいて斬るしか出来ない不器用な侍が、屋敷に戻り次第レクチャーしてあげましょう。本番の新人戦まで、遊ぶことは許しませんからね」

「おにーっ!」

 

 次は何があっても迷いません。にがてもなくします。

 だから猫さん、何でも良いから勝ってください。

 アンに次のちゃんすを与えてください。

 レイヴェルが振りかけてくれたフェニックスの涙を浴びながら、アンは祈るのでした。

 

 

 

 

 

 第六十八話「にゃーにゃーにゃ」

 

 

 

 

 

『我輩の言葉は通じるな?』

『うむ』

『酷く立腹しとるようだが、同属の好で手を引いてくれんかね』

『断る。この身は父だけの牙であり爪であると言うのに、何処の悪魔か知らんが我輩を利用しようとする愚を侵した。しかも用いたのは、父が人間の巫女に与えたはずの召喚札。この身が顕現可能な時間の全てを用いて周辺を灰燼に帰さねば気が収まらんわ!』

『そこを何とか』

『そもそも一人称の被る貴様が気に入らん』

『そうか。時に我輩の通り名はミリオンと言うのだが、聞き覚えは?』

『知らぬ。我輩は現世に疎いのである』

 

 だと思った。我輩は寒さが嫌いな為、雪や氷の多いヴァルハラ方面は足を踏み入れたことも無い。

 お使いで訪れたこともあるギリシアならともかく、顔見知りすら居ない土地じゃこんなもんニャ。

 

『交渉決裂と』

『猫如きが、終末の魔狼相手に意見する方がおかしいのだよ』

『では獣らしく実力勝負。おっと、これは我輩と貴様の一騎打ちだぞ? 決着までは他の連中に手を出すなよ?』

『よかろう。どうせ一瞬だ。そら、行くぞ!』

 

 名乗り上げでのお陰で、やっと敵の名も絞り込めた。

 これが中々死なない神連中を、簡単に殺せると噂のフェンリル様。

 動体視力に優れた猫の目でも追えない脚に物言わせ、我輩を一撃で殺す瞬発力は凄ぇニャ。

 

『口ほ―――』

『口ほどにも無い、と次にお前は言う』

『なんと!?』

 

 ご自慢の爪でミンチに変えた獲物が無傷で声をかけてくれば、そりゃ驚くよニャ。

 

『で、何かしたか?』

『手品が二度も通じると思うな!』

 

 今度はガブリと喰われて、念入りに噛み砕かれ、唾と一緒に吐き捨てられた。

 

『ふぅ、妙な敵だった……』

『そんなに変かね?』

『え、お前、そこにあるのは……あれ?』

『どうせ我輩の爪と牙は、ダイヤモンドを切断するのもやっとのなまくら。こちらから仕掛けるつもりも無いので、何度でも自由に試すがよい』

『何がなんだか分からんが、やったらーっ!』

 

 三度目、左前足により圧死。

 四度目、壁に全力で投げつけられて衝突死。

 五度目、口から吐き出された炎でこんがり焼死。

 六度目、ばらばらに切り刻まれた後に散骨。

 七度目、生きたまま埋められて窒息。

 

 そして迎えた八度目だった。

 

『穴を掘っては埋める徒労感がつらい』

『我輩はピンピンしてるぞ魔狼殿。こうも定番コースではつまらん、音に聞こえたフェンリルにしか出来ない殺し方はまだかね』

『既に全力で神殺しの力を注いでいるんだがな……』

『他の神話体系ですら恐怖の的の貴様がこの程度か。がっかりだよ』

『いやいやいや、どう考えてもおかしいのはお前だろ!神だろうが、真性の吸血鬼だろうが、余裕で滅ぶだけの攻撃を何度繰り出しているのか知ってるか!?」

『責任転嫁はいかんなぁ。自分の言葉には責任を持ちたまえ』

 

 プレッシャーを与える為に意味もなく死体を消したり、コマ送りの中へ突然割り込むようにして姿を現して復活を遂げる我輩である。

 さしものタフなフェンリルも精神的に疲れたのかトーンダウン気味。

 そもそも、怒りと言う感情は意外と持続しないもの。時間を稼いでいれば、自然と落ち着きを取り戻すことは最初から分かっていたニャ。

 

『……我輩の素性は割れているのだし、貴様のことも教えてくれまいか』

『聞かれた以上は答えてやろう。我輩はかつてミリオンと名乗っていた猫族のイレギュラー。ある者は百万回生きた猫と呼び、ある科学者はシュレティンガーの猫と呼ぶ現代神話の主人公が我輩だ』

『?』

『簡単に言うと、我輩は世の理から外れてしまった化け猫。本来ならどこぞのヘラクレス宜しく規定回数のミリオンだけ復活する能力を付与されるところを、誰がミスったのか死ぬ度に残機もリセットされる謎仕様として生誕してしまった』

『それはつまり、絶対に死なないのでは』

『我輩も興味本位で色々試したが、神滅具最強の槍に貫かれても復活。中華最強宝具の雷光鞭でも、一機を奪うのが精一杯だったぞ。おまけに究極生命体の赤石カーズと違ってこんな能力も得てしまったから、宇宙に投げても無意味』

『まだ能力が!?』

 

 目を離していないのに姿を消した我輩を探すフェンリルだが、彼の動きは全て見当違い。

 何故なら探し猫は貴様とゼロ距離に居るのだからニャ。

 

『こんな風に量子力学制御を用いて存在係数に干渉すれば、ありえない場所へ距離を無視した転移も可能だ』

『口の中から声がーっ!?』

 

 人間の間で毒ガス装置猫の逸話が広まるにつれ、近似の能力が我輩に宿ったのも今は昔。

 本来の理論と違い干渉の基点として体の一部が出現先に必要ニャんだが、首までSFに漬かっていることに変わりはニャい。

 その他に諸々の制約があるにしろ、我ながら大概な能力だよニャー。

 

『獣臭っ! 退散!』

 

 唾液が嫌なので、即座に存在確立を弄って在るべき座標を書き換える。

 そして露骨に怯えた目で我輩を見る狼を見上げると、決着の鉈を振り下ろすことにした。

 

『我輩を一度でも咥えた次点で、貴様の体内には我が体毛が混入されている。その気になれば口の中といわず、胃の中、肺の中に出現して致命傷を与えることも当然可能なんだな、これが』

『なにそれこわい』

『既に察しているとは思うが、蟷螂の斧でも柔らかい箇所ならダメージは通る。生きながらにして腸を抉られるのは地獄の責め苦に等しいぞ』

 

 実はこの戦法、内臓の容積に余裕のあるデカブツにしか使えニャい。

 別に隠すつもりはニャイが、我輩の体より小さな場所には転移不可能ニャのである。

 

『……無限に等しい貴様なら、同質の無限や夢幻にも勝てるかもな』

『ゴールの見えない戦いは勘弁なので、絶対に挑まないがね』

 

 ちなみにむかーし我輩の逆鱗に触れた超級悪魔には、24時間365日1秒の隙も与えずに粘着。食事も睡眠も許さず頑張ったところ、奴は半年で精神を病み自決したニャ。

 果たして生命体としての在り方が不明なグレートレッドやオーフィスに同じ手法が通じるのかは不明ニャけども、億単位の年月を続ければ或いは。

 どちらにせよ、好んで事を構えたくニャい相手だと思う。 

 

『閑話休題、純粋な戦闘力で我輩とお前の間に隔絶した差があることは歴然。が、1000対1の戦力差も、一戦毎にほんの僅かだろうと力が削がれるなら話は違う。仮に正面対決だけに限定してもいずれ差は縮まり、最終的に0対1で我輩が勝つ。そんな戦いは空しいだけだろ? お互い直接の恨みは無いんだし、手打ちにしないか?』

『ぬう』

『即決できないなら、気が変わることを祈り胃の中で爪でも研ご―――』

『我輩の全面降伏だっ!』

『ならばさっさとヴァルハラに帰れ』

『こ、この屈辱は生涯忘れん……』

『ほう、今から遊びに行ってやろうか?』

『忘れました。父が何と言おうと生涯逆らいません! 我輩が下で満足!』

『つまり我輩の命令には絶対服従?』

『犬族とは権力ピラミッドに好んで従う生き物。当然である』

『では、我輩がマーキングした人間にだけは手を出すな。他は好きにしろ』

『了解』

 

 腹を見せ降伏の意を示しながら光に包まれていく犬ころを見下ろし、我輩は目を細めて欠伸を一つ。

 いつもなら昼寝の時間に起きているのが大変厳しい。超眠いニャ。

   

「以降は、ルール無用の戦争にでもならん限り関わらないからニャ」

「それは構いませんが……」

「どうした弦、何か言いたいことでも?」

「リオンの能力はともかく、フェンリルが敗走したことだけは分かりますよ?」

「うむ、格付けが済んだからニャ」

「ずっとにゃーにゃー鳴いていたのは何だったのですか?」

「……悪魔も動物の言葉は翻訳出来ニャいのか。知らんかったニャ」

 

 我輩とフェンリルの猫目語会話を誰も理解していなかったらしい。

 道理で皆揃って怪訝な顔をしている訳ニャ。

 まさか弦達の耳には、猫と狼の唸り合いとしか聞こえていなかったとは……。

 

「猫さん猫さん、どうして死なないの? 何で生きてるの?」

「落ち着いたら話してやるから、今は騒ぐニャ」

「あとあと、アンの失敗をばんかいしてくれてありがと!」

「猫は身内に甘い生き物。気にするニャ」

「うん!」

 

 フェニックスの涙の残滓なのか、少し湿った鳥に持ち上げられてやや不快。

 するりと抜け出し、今日の定位置であるレイヴェルの肩へと逃げておく。

 

「ご苦労様ですの」

「眠い」

「今は何も聞きませんが、本拠に帰ったら色々と教えて下さいませ」

「前向きに検討するニャ」

 

 さあ、やることはやった。後は知らん。適当に頑張れ若造共。

 周囲の喧騒を無視して我輩は目を閉じるのだった。



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第69話「三日月の龍」

アニメ影響で、ディオドラのイメージがワカメになry


 初戦で戦力を探り、二戦目でラードゥーン。三戦目でフェンリル、と立て続けの大物で着々とこちらの戦力を削ってきたディオドラ。

 ルーキーズフォーを見回してもバアル位しか勝てる見込みの無い宝玉龍を配置しただけでは飽き足らず、北欧最強を後詰に据える手腕はさすがの一言。この慎重さは、わたくしも見習う必要がありますの。

 

「それでも二枚目の保険、使わずに済みそうですわね」

 

 そんな石橋を叩いて渡る男が準備した最後の切り札。それは最低でもこれまでと同格か、それ以上の力を持った化け物でなければおかしいのですが、実はさほど警戒する必要性を感じないと言うのが本音です。

 わたくし達の顧問的立場にある総督様は、ディオドラのゲートオブバビロンである禍の団を”様々な神話体系から集まったテロリスト(笑)”と諧謔を込めて称しますけど、実際は悪魔が八割、人間が一割、よく分からない人外が一割と言う純冥界勢力であることは、魔王様以外の誰もが認める周知の事実。つまり、邪龍や終末の獣に匹敵する最強クラスがホイホイ出てくるとは考え難い。

 次に消去法で考えた場合、出せる大物で残されている確率が一番高いのは、比率から言っても悪魔の上位たる魔王種となります。

 そう……かつてインドア系研究者気質の顧問にエクスカリバー一本引っさげるだけで楽勝と言わしめた、旧魔王直系で落選魔王な方々の颯爽登場が濃厚なのです。

 

「リオン以外にも何かあるの? 私、何も聞いてないよ?」

 

 サイラオーグ戦で壁を一つ乗り越え、今や上級悪魔とすら互角に渡り合える力を得たマイロード。

 

「僭越ながら、私めも初耳で御座います」

 

 最強と謳われる魔王様の騎士に勝るとも劣らぬ剣技を持ち、一度気配を消せばアドラメレク様ですら気配を捉えられない稀代の暗殺者である弦。

 

「参謀役にだけ授けられた緊急時の策ですの。どうか、お気になさらずに」

 

 そして主の知恵袋にして眷属全体の指揮を担うこのわたくし……レイヴェル・フェニックス。

 もしもこの読みが的中していれば、準魔王級如きに負ける面子では御座いません。

 個人的には最大の山場だったアンの敗北を乗り切った時点で、完全勝利への道筋は成ったとさえ思っていますの。

 むしろ問題は―――

 

「何か用かニャ?」

「高級感溢れる毛皮のマフラーだとは思いますが、さすがに夏場は厳しいものがあります。出来れば今ではなく、秋の終わりごろにお願いしたいですの」

「細かいことは気にするニャ。試合が始まるまで、今しばらくの維持を要求する」

「……乗せてしまった手前、仕方ありませんわね」

 

 わたくしの懸念は、何故か肩に居座るこの化け猫について。

 神鳥も、白龍皇も、おそらく従えている形のアドラメレク様ですら滅ぼすことの出来ない狂気の産物は、ボタンを一つかけ間違えただけで掌を返す潜在的な敵。

 せめてアレイの様に香千屋の家に従順な僕ならば警戒する必要も無いのですが、リオンに限っては忠誠心そのものが無い。

 しかしながら自らの命を何度も奪ったフェンリルを見逃したことからも分かるとおり、本人は至って面倒くさがりな平和主義者。命令権を有する飼い主とやらも爰乃の親友と聞きますし、全面戦争の発生は在り得ない事案だとは思いますのよ?。

 ですが一厘でも敵対する可能性が残されている以上、万が一に備えた対策を練っておくのが参謀の務めと言うものですわ。

 

「そんな怖い目をせんでも、我輩は人畜無害な家猫ニャよ? 棲み付いた家を犯されたり、家人に手を出されない限り、愛でられるだけの愛玩動物から離れるつもりはニャいんだな、これが」

「無限に蘇る時点で、普通のペットのフリは無理かと」

「と言うか”危ないかもしれない”って理由だけで他の生物を危険視するのは、人間と精神性を順ずる種族しか居ニャい。避けられる戦いは進んで避ける温厚な猫族を、お前たち蛮族と一緒にして欲しくないのニャ」

「み、耳に痛いお言葉ですわね」

「だから今は目の前の敵に集中しニャさい。炬燵から逃げも隠れもしない我輩の処遇については、日本に帰ってからでも遅くニャいぞ?」

「……ですわね。不肖このレイヴェル・フェニックス、足元を疎かにするところでした。大変申し訳ありません」

「我輩、陰気で青空も見えない冥界は大嫌いニャ。仕事を早く片付けて、懐かしの我が家にさっさと帰してくれることを期待するニャ」

「承りましたわ」

 

 そうでした、目下の敵はアスタロト。リオンではありませんの。

 頭を切り替えたわたくしは、頬を打って気合を注入。肩をぐるぐる回してやる気満々のマイロードの傍らに立ち、空を仰ぎながら言った。

 

「客人を待たせるのがアスタロトの流儀なのかしら? いい加減姿を現さないのであれば、こちらの不戦勝と見なして帰りますわよ?」

 

 到着した神殿の最奥、玉座が鎮座するゴールに人の姿は無い。

 さては宮本武蔵気取り、そう思ったのも束の間。展開された魔法陣から現れたのは、妙に落ち着きの無いディオドラでした。

 お供はたったの三人だけ。しかも、雰囲気的が普通の眷属っぽい怪しさ。

 

「き、貴族たるもの、優雅なティータイムは嗜みだよ。どうせこれが最後の勝負なんだし、別に焦る必要も無いさ。そうだ、お詫びにティータイムを挟むのはどうかな?」

「……だそうですわよ、マイロード」

「この手の輩には、文句を言っても馬耳東風だと思う」

「真理ですわね」

「ディオドラ・アスタロト、あなたの要求通りペナルティーがどうこうとは騒ぎません。なので、無駄口を叩く前にさくっと始めましょう。異論はありませんよね?」

「品評会で最高ランクを受賞した、取って置きの茶葉があるんだが―――」

「結構です」

「……分かった。僕とて男、正々堂々戦い君を手に入れてみせる!」

 

 それでこそ爰乃。快刀乱麻で、気持ちの良い啖呵ですの。

 

「レイヴェル、弦さん、即効で終らせますよ」

「雑魚の首は、我々にお任せを」

「援護は任せてくださいませ」

 

 時間を稼ごうと言う魂胆が見え見えのアスタロトが、果たして何を狙っているのやら。

 言動に気になる点も幾つか見受けられましたし、ここは初動を抑え目で行くのがベター。余計な時間をかけず、しかし慎重に攻めると致しましょう。

 

「……仕方が無い、始めるか」

 

 最終ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 第六十九話「三日月の龍」

 

 

 

 

 

「アスタロトは今までと違い、投入戦力の明示を避けましたの。念の為、部屋の何処かに伏兵が潜んでいる可能性を念頭において下さいませ!」

 

 開始直後の縮地でKOを狙っていた私は、レイヴェルの警告を聞いて作戦変更。

 炎を撒き散らす移動砲台だけでなく、再生能力を生かした盾としての役割も兼任する僧侶の側に駆け寄ると、胸の前で掌と拳を打ち付けてソナーの様に全周囲へと気を放つ。

 だけど反応は見えている人数分だけ。

 防がれた感触も無いし、特に何も隠れていないっぽい。

 

「一応チェックしたけど、伏兵は居ないと思う」

「ご苦労様ですの。唯の懸念でしたし、思い過ごしはむしろ大歓迎。弦が囲いを破り次第、マイロードも突撃してOKですわよ」

「りょうか―――噂をすれば何とやらかな」

 

 弦さんの本質はワンマンアーミー。同じ駒でもイッセー君や、子猫ちゃんとの連携を念頭に置いたチームプレイ重視の木場君とは運用方法そのものが違う。

 何せ私の騎士は、敵も味方も所在を確認出来ない戦術ステルス機です。

 思わぬところから現れ、一撃を見舞っては姿を消す弦さんのスタイルを生かすには、通常の指揮系統に組み込んではダメ。

 

「やはり弦は、放し飼いでこそ輝く人材ですわね」

「だね」

 

 レイヴェルとも検討した結果、騎士に限って戦闘前にコンセンサスのみを取り、以降は自身の判断で動いてもらう事が決定済み。

 実戦における運用こそ初ですが、さすがは空気を読むことに長け、命令違反は命よりも重いと考えている弦さん。言わずとも取り巻きのみにターゲットを絞る仕事っぷりは、マーベラスとしか言えませんよ。

 

「ぼ、僕の僧侶と女王が瞬殺っ!?」

「ついでに貴方を斬ることも出来ましたが、あえて見逃しました。斬首を否とする寛大な姫様に感謝なさいウジ虫」

 

 刀を納めるチンと言う音が響けば、三人の悪魔が一刀の下に斬り捨てられて物言わぬ骸へと姿を変えている。

 凄いと思うのはその断面。鮮やかな切口は、良く切れる包丁を思わせる美しさ。無抵抗の巻藁でも難しい剣の理を、実戦で発揮出来る辺りが匠の本領ですよね。

 さすがは日本の人斬公式記録でトップを直走る新撰組と渡り合い、それでも生き残って明治維新を駆け抜けた幕末四大人斬の一角。一大ブームを築いた漫画の主人公の元ネタになるのも、納得の腕前だと思います。

 

「ディオドラ・アスタロト、最後はまさかの直球勝負ですの?」

「そうだね、後一分遅ければ正面からの殴り合いだったさ。だけど運命は僕に味方したよ」

「マイロード。妙なものが出て来る前に決着を、早くっ!」

「さあ、ギリギリ間に合ったのなら疾く疾く現れよ。邪龍最強にして禍の団№1の王者! 僕に立ちはだかる愚かな人間どもを皆殺しにせよ!」

「召喚魔法!?」

 

 レイヴェルは目を大きく見開いて驚き、只ならぬ空気を察した弦さんも視認可能な状態で私を守るように居合いの構えから動かない。

 しかし私には魔力の動きは感じらず”まさか失敗した?”と思ったのも束の間でした。

 その男が現れたのは、普通に玉座の裏の扉から。

 馬鹿の仰々しい物言いは、魔法無関係な唯の呼びかけと言う罠。お陰で深読みをし過ぎたレイヴェルなんて、可哀想に顔を真っ赤にして俯いちゃいましたよ……。

 

「少しばかり遅刻してしまったか」

 

 姿を見せたのは一人の男。黒と金でメッシュにされた長髪と、左が黒で右が金のオッドアイの時点でかなりアレですが、服装は容姿に負けない奇天烈っぷり。

 全身を黒で固めただけでは飽き足らず、黒のインバネスまで羽織った姿は、夏と冬のビックサイト位でしか見られない人種のソレ。例えるなら”ガイアが俺にもっと輝けと囁いている”的なファッションを、普段着として着こなすセンスには戦慄しか覚えません。

 

「本当に遅いよ! もしも僕が負けていたら、どう責任を取るつもりだったんだ!」

「……何か勘違いをしていないか?」

「は?」

「俺は強い奴と戦えると聞いたから来たのであって、貴様の様な小僧の軍門に下った訳ではない。あまり舐めた口を利くのであれば、相応の報いを受けてもらうぞ」

 

 しかし、人(?)を外見で判断してはいけなかった。

 見た目こそ魔王少女の親戚でも、精神性は私に近いバトルジャンキー風味。

 彼の目指したものは”俺より強い男に会いに行く”人であって、決してセフィロスではない予感がします。

 

「つ、つまり、僕の指示には従わないと?」

「安心しろ。ラードゥーンを退けてこの場に立っている者達ならば、相手にとって不足なし。きちんと片付けて、お前の望む成果をくれてやる」

「最初からそう言ってくれよ!」

「煩い、殺すぞ」

「ひぃっ!?」

 

 やはり私たちのラスボスは、ディオドラ如きでは務まらない。

 何となく、こうなることは分かっていましたとも。

 

「戦いを始める前に、お前たちの名を聞こう」

 

 体に纏うオーラは、静謐でありながら類を見ない濃密さ。

 過去に相対してきた化け物たちが霞んで見える強者であることを本能で理解した私は、それでも気合だけは負けられないと、唾を飲み込み目線を譲らずに応じる。

 

「香千屋流、香千屋爰乃」

「一貫流、川上弦」

「流派無し。フェニックス家長女、レイヴェル・フェニックス」

 

 弦さんもレイヴェルも、圧力に屈する姿勢を見せなくて一安心。

 これなら戦える。そう思いながら拳を握り締めていると、心なしか嬉しそうな男が何度も頷きながら眩しい物でも見るような目で私を見て告げた。

 

「その意気や良し。力はどうであれ、それでこそ俺が拳を振るうに相応しい性根よ。貴様たちを対等の敵と認め、俺も名乗りを上げさて貰おうか。我が名はクロウ・クルワッハ。邪龍最強にして、今だ敗北を知らぬ戦いの求道者なり!」

 

 先生の詰め込み教育により人外知識を刷り込まれた私ですが、残念ながらその内容は主に天界、冥界を重視する偏ったもの。

 なので、ゑ? っとなるレイヴェルや、ガタっと腰を上げたヴァーリとは違い、クロウと言う名に込められた重さが私には良く分からない。

 

「えっと……世界で猛威を振るった、ブラックフェザーの人よりも危なかったり?」

「その例えは良く分かりませんが、最低でも同じカテゴリーに居る鬼灯やラードゥーンを凌ぐ力の持ち主ですわ。おそらく、今の我々では無駄死に濃厚。引っくり返っても勝てない相手ですの」

「でも、勝算はゼロじゃない。違う?」

「それはそうですが……」

「ならば、私が力を計って参りましょう」

 

 最初に動いたのは弦さん。斬れれば良し。斬れずとも力の一端を見られるだけで十分。そんな捨て駒の覚悟を決めると、即座に行動に移っている。

 銀閃が走ったのは、宣言の直後だった。

 音も無く瞬時に邪龍の死角に移動したかと思えば、放たれたのは悪魔の翼の羽ばたきをも抜き手に加えた史上最速の居合い。軽く音速を超過するその刃は、誰が見ても勝利を疑わない必殺の一撃だったと思う。

 なのに―――

 

「甘い」

 

 切り裂けたのは、たったの皮一枚。刀が体に触れた瞬間、攻撃速度を上回る速さで体を反転させる在り得なさ。

 しかも斬撃をいなす作業と平行し、回転の勢いをそのまま乗せた肘打ちを弦さんの側頭部に放り込むとか訳が分かりません。

 ちなみにここまで、僅か一秒未満。視覚情報が脳の処理能力を超える早業に、私は一歩も動けない無様を晒してしまっている。

 

「……予想を上回る強さですわ」

「……手に余る相手だってことが、よーく分かりました」

 

 あの弦さんが一撃で意識を刈り取られる異常事態を受け、怖いもの知らずの私ですら嫌な汗が止まらなかった。

 

「今の侍は合格点。しかし、速さはともかく軽すぎる。これでは俺の肉は断てんよ」

 

 ヴァーリの鎧を普通に切り裂く刀が軽いと仰いますか。

 

「さて……次はどっちが来る? 同時でも構わないぞ?」

 

 さて、どうしたものか。速さでさえ弦さんに劣る私が手を出しあぐねていると、レイヴェルが懐から何かを取り出しつつ一歩私の前へ出ていた。

 

「クロウ・クルワッハ様、そちらの望みは強大な敵ですのよね?」

「そうだ」

「正直に申し上げまして、マイロードも私も貴方様を満足させられるだけの技量を持ち合わせておりません」

「相手にもならぬから、見逃せと?」

「いえいえ、勝負は勝負。掛け金を吊り上げカードをオープンした以上、投了と言う選択肢は御座いませんわ」

「これは期待出来そうな反応だな」

「はい。わたくしの切る最後のジョーカーは、落胆させないだけの力を秘めていることを保証しますの」

 

 参謀の目に宿る炎は勝利を諦めていない証。宙に魔方陣を描くレイヴェルは、部屋の隅に逃げたディオドラを目で射抜きながら宣言を一つ。

 

「先に言っておきますが、これは公式戦でもルール次第で使える手法。文句は禁止事項で縛らなかった自分を呪いませ」

「召喚魔法? 最強の龍を、使い魔の一匹や二匹でどうにか―――」

 

 なるほど、自分が召喚を切札にしていたから誤解したわけですか。納得納得。

 閑話休題、何を呼ぶのかな?

 ライザーってことは無いと思うけど、期待させてもらいますよ?



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第70話「千年の恨み」

ディオドラはアニメ準拠版なので、これ位が妥当。
果たしてゴンさん(笑)な超弱ロキ一族はどうするべきやら……。

年寄りの因縁については次回の前半パートにて。


 不死鳥の呼びかけに応じたのは、とても見覚えのある御仁でした。

 作務衣の様な白い和服と、それを支える芯でも入っているかのように伸びた背筋。腰には普段は帯びない真剣を佩き、過去に類を見ないほどの上機嫌を見せるそのお顔。

 はい、どう見てもお爺様です。本当に有難うございます。

 

「命の危険を感じた際は即座に呼べと言ったが、正直なところ本当に出番が来るとは思うておらんかったわ」

「ご足労頂き、真に有難う御座います。全ては臣下の力不足が招いた罪。批判は甘んじて受けますので、どうかお力をお貸しくださいませ」

「なに、アレに敵わぬと思うことは恥ではない。互いの力量差を正しく見極め、無駄なプライドに執着せぬレイヴェル嬢の判断は実に的確じゃよ」

「恐悦至極ですわ」

「それにな、偶然にも奴とわしは因縁浅からぬ仲。いずれ決着をつけねばと思っていた宿敵とこうして巡り合えた運命に、むしろ感謝しとるわ」

「それは重畳。そう言って頂けて、気が楽になりますの」

 

 成る程、レイヴェルの切札とはお爺様のことでしたか。

 それなら先ほどの啖呵も納得です。

 だって、お爺様は私の中で最強を司る象徴。どれだけ強かろうと、恐竜の一匹や二匹に後れを取るはずがありません。

 だけど―――

 

「爰乃や、こやつの相手はわしが引き受けよう」

「……どうしてもですか?」

 

 王としての立場で考えると、ここは使い魔と言うルールの抜け道を見つけ、不測の事態に備えたレイヴェルを褒め称えるところ。後のことはお爺様に任せ、安全な後方から高みの見物を決め込むことが賢い選択だと理性では理解しています。

 もしもこれがビジネスライクに召喚に応じた相手なら、また話は違ったと思う。

 だけど、招かれたのは祖父にして師匠のお爺様。自慢の娘を目指す身としては、親へ不始末の尻拭いを頼むことに抵抗を感じてしまう。

 

「お前の気持ちは分かる。しかし他の有象無象ならまだしも、奴は赤龍帝にとっての白龍皇に等しい敵。恥知らずにも親が出てきたと思われようと、最愛の孫の面子を潰そうと、絶対にこの場は譲らん。譲れぬのだ」

「ど、どのような関係なのですか?」

「そうさな……力及ばず敗れた宿敵と言ったところか」

「えっ!?」

「わしはな、バアルの倅に負けた爰乃と同じ立場で長い年月を過ごしてきた。これがどれだけの地獄かお前なら分かる筈じゃが?」

 

 何と言うか、憤死ものの大事件だと思います。

 敗北の歴史もびっくりですが、よくぞ耐え忍んだものですね。

 

「どうして、再戦を挑まなかったのでしょう」

「名誉を挽回する力を得るべく香千屋の門を潜り、血の滲むような修練を経て剣の理を身に着けた頃にな、訃報を聞いてしまったからじゃよ」

「それはきっついですね……」

「正直、目的を見失ったことで無気力に蝕まれたわ。もしもお前たち香千屋の人間と言う心の拠り所が無ければ、今頃は廃人だったと思うとる」

 

 リターンマッチは、挑めなかったと。

 確かにサイラオーグさんの訃報を明日聞いたら、私も暫く引き篭もる程度には凹みます。

 勝ち逃げだけは本当に勘弁。リベンジまでは絶対に元気で居て欲しいところ。

 

「さしずめ今のわしは、死んだ筈のセナを現世で見つけたプロスト。最初で最後かもしれぬこのチャンス、逃す訳には行かんのだ」

「……これも私の弱さが招いた事態。悪いドラゴンはお爺様にお任せして、当初の予定通り王同士の決勝戦に専念する方が良さそうですね」

 

 完全に納得出来た訳じゃない。だけど全てを亡くした私に対し、何不自由の無い生活、惜しみない技術指導、おまけに無償の愛まで注いでくれた恩人の頼みを無碍に出来ません。

 そもそも、与えられるだけの人生を送ってきたのが私。

 些細なことでも喜んで貰えるなら、感情論は二の次として簡単に捨てられる。

 故に逡巡は一瞬。私は笑顔で首を縦に振る。

 

「私もこちらを片付け次第、直ぐにお爺様の応援に駆けつけます。誰にも邪魔はさせませんので、どうかご存分に鬱憤を晴らして下さい」

「……済まぬ」

 

 申し訳なさの表れなのか、髪を梳くように優しく撫でられた。

 最後に頭を撫でられたのは、確か小学生の頃だったかな?

 子ども扱いに喜ぶのもアレですけど、たまになら悪くないと思う。

 

「だ、誰?」

「知らぬなら教えてあげましょう。あの御方こそ今や数少ないアーキタイプの悪魔にして、わたくしの知る最強の悪魔。ベノア・アドラメレク様ですわ」

「アドラメレクと言えば、触るな危険の筆頭じゃないか! 汚いぞフェニックス!」

「邪龍やら魔狼を使役しておきながら、今更ソレを言いますの?」

「いやまぁ、確かにそうだけどさ……」

「わたくしとアドラメレク様は、形だけでも使い魔契約を結んでおりますの。つまり、あらゆる制限を設けなかった今回のゲームでの召喚は合法。最初に宣言致しましたが、公式戦でも利用可能な戦術ですのよ?」

「た、確かに難癖も不可能な完全なる論破……」

「これにてQED。そもそも全ての競技と言うものは、重箱の隅をつついてルールの穴を探すものでしてよ。お分かり?」

「ぐぬぬ」

 

 私がお爺様とのやり取りをしている間、馬鹿の接待は僧侶が担当。

 暴力を用いずにディオドラを追い込む手腕は、貴族の淑女らしいスマートさ。

 レイヴェルの本質は、やはりインテリヤクザなのだと思う。

 

「久しいな、偏屈龍。かれこれ万年ぶりかね?」

「おそらくは」

「お互い面倒な立場に置かれとるようだから、死を偽装した事情はあえて聞かぬ。しかし、顔を合わせた以上は見逃さん。前回の決闘で受けた屈辱、この場で晴らさせてもらうぞ」

「ぬかせ。隠遁生活に飽きて出てきた表舞台……その最初の相手が貴様とは驚きだが、今回も白星を付けるのは私だ。昔と同じくご自慢の剣をへし折り、辛酸を舐めさせてくれよう」

「……奇遇じゃな、わしも貴様の爪と牙を残らず断ち切ってやろうと思っておったわ」

「……やれるものなら、やってみろ」

 

 何と言うか平氏と源氏、ハブとマングースな険悪さですね。

 だけど、お爺様は常に官軍。一度負けようが、最後に勝てば問題ありません。

 私もサイラオーグさんを再戦で破る予定なので、お爺様も頑張って下さい!。

 

 

 

 

 

 第七十話「千年の恨み」

 

 

 

 

 

「ここは狭すぎる。場所を変えるぞ」

「望むところよ」

「待て、待ってくれよ! お前に行かれてしまったら、僕はどうすれば!?」

「俺は元より弱者に興味が無い。雑魚は雑魚同士、好きにやっていろ」

「おい小僧。そんなに爰乃が怖いのなら、ぬしがわしとやるか?」

「あ、はい。お孫様に正々堂々挑ませて頂きます」

「ならば退け。さもなくば斬る」

 

 積年の恨みが積もりに積もったお爺様のテンションは高く、漏れ出す殺気で人が殺せる勢い。これには見物メンバーでさえも無言で道を開け、離れた私ですら一歩下がる有様。

 しかし、いつまでも固まってはいられない。硬直から今だ覚めないレイヴェルの肩を叩き、後は私が決着をつける胸を伝える。

 最後に落ち着きを取り戻すべく、大きく深呼吸。心拍が高揚時程度に安定したところで慣れ親しんだ構えを取り、ディオドラに向かって告げた。

 

「お互い予想外の展開に流された感はありますが、何はともあれ親玉同士の最終決戦と洒落込みましょう。人間の私が戦力を絞ってタイマンを挑むのですから、まさかこの期に及んで仲間を呼んだりはしませんよね?」

「……僕とて元々の高スペックに加え、ドーピングによるパワーアップも済ませている。そっちが妙なペットに頼らないなら、むしろ好都合だよ。彼のアガレスすら圧倒したこの力で―――」

 

 頷きを返した時点で同意を得たと判断した私は、彼が饒舌に喋りだす様を見て躊躇わずダッシュ。手を伸ばせば抱擁さえ出来そうな距離に近づき、息を吐き出した瞬間を見計らって抉りこむようなボディーブローを放っていた。

 

「アガレスがどの程度なのかは知りませんけど、少なくともバアルの腹筋は私の拳を正面から弾く強靭さを秘めていまし」

「がはっっ!?」

 

 それは想像よりも柔らかな手応え。最低でも木場君と同等の筋肉を想像していただけに、思わず何かの罠かと警戒してしまう脆さ。

 体をくの字に折り曲げ、苦悶の表情を浮かべながら後ずさりをする姿は擬態かな?

 一度攻め手を止めて慎重に様子を伺うも、反撃の気配はまるで感じられない。

 私は無言のまま一歩を踏み込むと、次は脾臓目掛けて浸透掌を叩き込んだ。

 

「下級悪魔のイッセー君なら、コレも根性で耐えますよ」

 

 過去の堕天使戦の経験から、人外相手には過剰な位で丁度良いことを学習済み。

 無駄打ちでも構わないと顎を打ち抜き、脳を揺らしておく。

 

「そして貴方が見下す純粋な人間のゼノヴィアは、腕が千切れようと立ち上がって反撃を仕掛けてくるでしょう」

 

 余程近づいて欲しくないのか、瞬時に展開されたのはクリスタルウォール的な防御壁。

 やはりタフですねーと思いつつ、パリンと力技で砕いてさらに前へ。

 足を刈ると同時に柔を仕掛け、地面にブン投げておく。

 

「この、僕が、上級悪魔で、現魔王の血筋の僕が、負ける、はずがっ!」

「まだ心が折れない?」

 

 あれ、加減が甘かったかな?。

 まさか口を開く元気が残っているは驚きです。

 しかし、これ以上の急所攻撃は危ない。命に関わってしまう。

 なので致命傷を避けつつ激痛を誘発可能な場所、具体的には膝を両方とも踏み抜いてみた。

 

「僕の黄金の膝がぁっ!?」

「命までは取りませんって」

「ほ、ほんとう、に」

「ええ。だって公式の場で新人戦を辞退すると明言する、大切なお仕事が残っているじゃないですか。それが終るまでは、誰であろうと貴方の命は私が守ります」

「悪魔めっ!」

「……どうして悪魔の皆さんは、揃って人間相手にソレを言いたがるのかなー」

「この僕を何処まで愚弄れば気が済むんだ! 死ね、死んで償えっ!」

 

 人間換算なら集中治療室送りの致命傷も、悪魔にとってはゲージが赤い程度。事後を考えて色々と自主規制した私が悪かったのか、彼には魔法を行使する余裕が今も残っていた。

 円錐と言うか、ギュルギュル回転するトゲミサイル?

 僅かな時間で生み出された魔力弾が、私を取り囲むように幾つも発生。術者の指が折れた瞬間、明確な意思を持って殺到する。

 もしもこれが姫島先輩の得意とする雷や光と言った、形の無いエネルギーなら危なかった。

 だけど魔力そのものを射出する方式は、冥界行脚の中で対策済み。

 一呼吸入れて神気を充足させ、両の手へと収束。スポンジや低反発素材をイメージした防御膜を生み出し、魔力弾の当たり判定を欺瞞しながら片っ端から掴んでは適当に投げ返す。

 これぞ暴走イッセー君戦の、聖剣ホームランを応用したオリジナル技。

 お爺様にも出来ないと言わしめた、オンリーワンの飛び道具対策っ!。

 

 

「満足した?」

「どうして僕の魔法をポイポイ投げ捨てられるんだよ! 常識的に考えておかしいだろうがっ!」

「自分の限界を、他人に押し付ける思う方がおかしいと思う」

「納得がいかない」

「それよりも無駄な抵抗は止めて、さっさと降参してくれないかな?」

「するかっ!」

「じゃあ、実力行使テイク2」

「ぐげっ」

 

 デモンストレーションとして、肩の骨を外した。

 もしも誠意ある説得が通用しない場合、全身の骨に同様の処置を施す予定です。

 

「もうだめだ終ったどうしようパパに怒られるシャルバに責任を追及され―――」

「……予定変更」

 

 早く片付けてお爺様の雄姿を目に焼けつけたかった私は、泣き言ばかりを垂れ流すディオドラを優しく背中から抱きしめ、キュっと裸締めで落とす。

 仮にもこれはレーティングゲーム。つまり、王を取った時点で私の勝ち。

 後でゴネられても困ると身柄を鬼灯に甘噛みさせ、勝手ながらゲームクリア。

 本当の頂上決戦を見物したくてウズウズしているヴァーリとゼノヴィアを伴い、お爺様達が姿を消した一つ前の部屋へと急ぐことにする。

 

「何時か倒すリストに名を連ねるクロウ・クルワッハは当然として、俺では引き出すことの出来なかったアドラメレクの本気にも興味がある。ラードゥーン、フェンリルと見応えのある試合は多かったが、これこそメインイベント。見逃せないな」

「私だって、お爺様の全力全開に立ち会った経験はありません。複雑な気分ではありますが、最強の邪龍VS伝説の悪魔……正直なところわくわくが止まりません」

「いやいや、マスターの勝ちは揺らがないだろ」

「うん、そこは疑ってないよ」

「ならば見るべきは、弦を越えるという侍の本領。お前も一番弟子なら、盗める物を全て盗む姿勢で勉強させてもらうべきじゃないのか?」

「ゼノヴィアが正論を!?」

「あーもう、三馬鹿揃って物見遊山気分はお止めなさい。不謹慎ですわよ!」

「不満なら、レイヴェルは残ってもいいよ?」

「行くに決まってるじゃありませんかっ!」

「はい、参謀の許可も下りました」

 

 完全に委員長の地位を不動にしつつあるレイヴェルを引率として、タイトルマッチ会場へと向かう私達。だけど、全員が全員楽しみにはしている訳でも無く。

 

「……何で我輩が、むさくるしい雄共の喧嘩を眺めねばならんのニャ。闘争と言うものは交渉の先にある最終手段だと言うのに、目的と手段が入れ替わってるキチガイ共は救いようがニャい。どうせなら相打ちって死ねば万々歳ニャんだがなー」

 

 無敵の駄猫は、家猫の本能なのか人恋しいだけで嫌々付いてくるだけ。

 

「アンね、体がとってもだるーなの。早くおうちに帰って、ふかふかの布団にそいやーしたいのです。すごくおねむだから、早く終らないかぁ……」

 

 やはり神殺しの力を秘めたフェンリルの牙は劇物。表面上の怪我は癒えても、体の芯にダメージが色濃く残るアンは立っているのがやっと。 

 

「元主、勝利確実。未来永劫、敵対可能性皆無。見る必要無し。興味無し。我、体内鍛造作業注力中。NOT見物。姫様の護衛任務と認識」

 

 女王と同じ深手でも、お家芸の自己再生による完全回復を遂げた戦車は、元々他人への興味が薄いことも相まって最初から淡白。特に嫌々と言う感じでもないけど、仕事だから行動を共にする風かな?

 

「遠足の格言からも分るとおり、レーティングゲームも帰宅するまで終りませんの。ディオドラを鬼灯が咥えている時点で闇討ちはありえないと思いますが、心の隙を突かれては見も蓋もありません。各員、その辺を考慮した上での行動を心がけて下さいませ」

 

 そして脳震盪から目覚めない弦さんを背負い、先頭を進むのは中立のレイヴェル。

 私を含む全員が肯定の意を返したことに満足したのか、心持ち足取りが軽い気がします。

 

「有難いお言葉を忘れない内に、みんなで行きますよー」

 

 夏休み最大最後のイベントが始まる。



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第71話「我が剣/拳は無敵なり」

暫く漂っていたアーシア    → 何事も無く無事。
部長が普通に徘徊(アニメ版) → ry

状況証拠から、呼吸可能な空気の完備確定。結界なんて要らなかった(
概ね人類が生息可能な環境が整い、ゴーレムすら漂う”何も無い空間”とは。
入ったら死を意味するアニメ設定、どう考えても拾えない罠。
果たして矛盾だらけの次元の狭間を、どう扱えばいいのやら……。


 今でこそ変わり種の勤勉悪魔と有名なわしも、少し前迄は生まれつきの強大な力を過信して慢心する同属と何ら代わりの無い井の中で蛙であった。

 しかし、それも致し方なかったんじゃよ。

 当時は他神話体系への手出しはご法度だった為、大戦で四大天使の一角を打ち破った時点で天界に敵う者無し。身内に喧嘩を吹っかけようにも、ルシファーを始めとする最強クラスは戦で半数以上が失われてしまう世紀末。

 それでもグレモリーや、バアルを始めとする特級悪魔はおったよ?

 じゃが、連中は厭戦気分で戦う気力を失っておった。

 目先の力比べよりも、存続が危ぶまれる程に激減した人口を立て直すことこそ最優先。世界がどうなろうと我関せずなわしと違い、戦士から政治家に身を窶してでも冥界の未来を守ることを選んだ彼らに喧嘩など挑める筈も無い。

 つまり戦後のあの時期、あの瞬間、ブレることなく戦闘狂だったわしこそ冥界最強。

 誰が何と言おうと、これは揺るぎの無い事実である。

 かくして意図せず最強の称号を得てしまったわしは、するべきことを見失い未知を求めて冥界から出奔。まだ見ぬ敵も多く、渡航制限も緩い人間界への旅立ちを決めたのであった。

 

「神よ、今月の生贄をお受け取りくださいませ」

「どうせ不要と言っても無駄じゃろう。お前たちの好きにせよ」

「はっ!」

 

 そんなこんなで特に目的もなく地球をふらふらと彷徨った挙句、定住したのはアッシリア近辺。当初は強いと評判の魔物を倒してやろうと立ち寄っただけの土地だったんじゃが、偶然居合わせた人間たちに、自分たちを救うべく光臨した太陽神と勘違いされる不思議。

 まぁ贅沢に興味の無いわしも、冥界ではれっきとした屋敷暮らし。

 好き好んで地べたに這い蹲る趣味も無く、請われて悪い気もしなかったので、適当に彼らの神として君臨することを決めたのである。

 そうこうしながら、各地に出向いては腕試しを続けて暫しの時が流れた頃だった。

 後の人生を大きく変える、運命の出会いが待ち受けていたのは。

 

「俺の名はクロウ・クルワッハ。冥界最強の一角と名高い貴殿が人界に下りて来たと聞き、一手ご教授願いたく参上した。返答や如何に」

「是非も無し。邪龍最強の誉れも高い男ならば、願ったり叶ったりよ」

 

 武者修行中であると告げ、わしに挑んできた漢の名はクロウ・クルワッハ。

 奴との戦いは熾烈を極めたが、その内容はプロレスに通じるノーガードの打ち合いと言う低レベルっぷり。互いに己の才覚頼みの力押しと言う幼稚な子供の喧嘩は、今振り返ってみると恥ずかしい限り。何故にアレで最強と思い込んでいたのか、不思議でたまらんわ。

 それでも斬って、殴られ、突いて、蹴られる激闘は本当に楽しかった。

 しかし悔しいことに、当時の力量は四分六分でわしの劣勢。ウリエルと何合打ち合ってもひび一つ入らなかった愛剣をへし折られ、気力や魔力で誤魔化せないダメージを負わされたのは言い訳不能な地力の差。結果的に全てを出し切っても敗北を喫したのだから、単純にわしが弱かったのだと思うとる。

 

「お陰でまた一つ強くなれた。感謝する」

「ぬ、止めを刺さんのか?」

「俺にとっての戦いとは、自らをより高みへと至らせる手段。結果的に死なせることはあっても、抵抗する力を失った相手をわざわざ殺す趣味は無いのでね」

「成る程、そう言う発想もアリじゃなぁ」

「と言うわけで、またいずれやろう。互いに傷が癒え、今よりも強い力を得られた頃にまた、な」

「……貴様を超える力を身につけたなら、こちらから逢いに行くわい」

 

 この世に生を受け、始めて味わった敗北の味はえも言われぬ苦さ。喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる感情を内包する筆舌し難い味だったことを良く覚えとる。

 長らく生きとるが、今だかつてアレ以上の苦しみをわしは知らん。

 しかし、得られたものも大きかった。

 兎にも角にも同じ相手に二度負けることだけは許されぬ。形振り構わず力を求めたわしは、冥界特有の努力格好悪い病からの完治に成功。ゴールデンを目指したフリーザの如く、一心不乱にトレーニングへ励むことを決意したのである。

 そして自主練の末に我流の限界を感じたわしは、修めるべき術を求めて世界を回った。

 しかしこれが存外に難しい。

 西洋、中華、新大陸、幾多の大陸を駆け回っても望む技の担い手が見つからん。

 仕方が無く目先を変え、東洋の小さな島国に足を伸ばしたのが大よそ千年前。

 そこでわしは二つ目の運命と邂逅したのだった。

 運命の名は香千屋萎凋。寸鉄すら帯びず、無手で天に抗う若者である。

 

 

 

 

 

 第七十一話「我が剣/拳は無敵なり」

 

 

 

 

 

 私達がおっとり刀で駆けつけると、やはりと言うべきか決闘は既に序盤戦を終えていた。

 遅れた時間は数分の筈なのに、いったいどれ程の戦いを繰り広げたのやら。

 床の至る所は振脚か何かで踏み抜かれ、壁に刻まれているのは幾つもの斬撃の痕跡。

 見たかった。経過をつぶさに見たかった。これでも全力で可及的速やかにディオドラを片付けたつもりでしたが、これでも遅いって……ぐぬぬ。

 

「……俺の鱗を苦も無く切り裂くか。絶対に侮れない貴様が新たに得た剣だ。甘く見積もったつもりは無いが、余りにも切れ味が鋭すぎる。どんな手品を使った?」

「宜しい。普段は話す相手も居ない故、一つ自慢話を聞かせてやろう」

「武具についての話なら興味深い。是非、聞かせて欲しい」

「ぶっちゃけ、コレは対クロウ・クルワッハを想定して作り出した一振り。偶然得られた外宇宙の産物たるモノポールをメインマテリアルとし、オレイカルコス、ヒヒイロカネ、隕鉄、古今東西の金属にわしの血を加えて合金化したものを鍛冶神が鍛えた業物よ」

「良く分からないが、それは凄いのか?」

「うむ。血を媒介に魔力を供給することで、刀身の接触面に陽子崩壊を引き起こすことが可能となっておる」

「……よーしほうかい? もう少し分りやすく頼む」

「盾と引き分ける矛と違い、理論上は森羅万象を切り裂ける刃と言えば分るかね」

「把握」

 

 イリナちゃんが暴言を吐きに来た際に少しだけ聞いてはいたけど、お爺様は天使とか悪魔世界出身の癖に、SFと書いて少し不思議と読む世界観にドップリ漬かりすぎだと思います。

 最近はドラゴンやら魔物が徘徊する世界に身を置いているせいか、スーパーカミオカンデでも見つけられない磁気単極子を見つけろと言われるくらいなら、いっそトールキン創作のミスリルを拾って来いと言われる方がマシな気がする今日この頃。

 進みすぎた科学は魔法になる、はアレイの言だったかな?

 あの言葉は正しかった。

 親和性の高い二つの技術はいずれ統合され、新たな道へと至る未来をひしひしと感じる。

 お爺様の刀はその象徴。実は歴史に名を残す、世界初の作品なのかもしれない。

 

「つまり、以前のなまくらとは比べ物にならないと」

「である」

 

 気を取り直して集中、集中。今の状況は一見するとお見合い。会話を続けながらもお爺様は腰を落とした抜き打ちの構えで微動だにせず、いつの間にか片腕を失っているクロウも、相槌を入れつつ半身の爪先立ちを維持したまま動くそぶりを見せない。

 

「インターバルだろうか」

「え、凄い攻防を続けてるよ?」

「?」

 

 ヴァーリには消極的千日手に見えるかもしれないけど、良く観察すると摺り足で微妙に動いているし、筋肉の動きや呼吸から先々を読み合っているのも一目瞭然。

 お爺様は徹頭徹尾、隙を見つけて居合いでバッサリ狙い。

 クロウは先読みで初撃をかわし、後の先からのカウンター狙い。

 勝負は一瞬、一撃で十分。そんな気迫が観客にも伝わる煮詰まりっぷり。

 これぞ達人同士の醍醐味。素人受けの悪い玄人好みな試合運びなのが難点ですが、見応えのある勝負だと思う。

 

「大体分ったが、俺のやることは変わらん。例えそれが神を殺す剣だろうと、大陸を練り歩いて完成させたマジカル八極拳で叩き潰すのみ」

「よかろう。結末を見届けるギャラリーも揃った。次で決着を付けようぞ」

 

 ……このシリアスなムードの中で、マジカルって。

 名は体を表すなら、逆もまた然り。

 見た目が厨二だと言うのに、中身は真っ当だと思い込んだ私が馬鹿でした。

 軽い眩暈に膝が崩れ、体勢を整えようとたたらを踏んだ瞬間にそれは起きた。

 私の鳴らした音を契機として、先に仕掛けたのはお爺様。何時抜いたのかも分らない抜刀でクロウを後退させると、切り返してもう一閃。私やヴァーリならこれで終わりですが、そうならないからこそ、お爺様のライバルを名乗れると言うもの。

 クロウは超反応のスエーバックで死神の鎌を避け、その場で空間が軋む程の凄まじい振脚を一つ。肘を下から突き上げるような構えで大きく踏み込み、間髪いれずに必殺のカウンターを放つ強かさ。

 これは私も抱える課題なのでよーく知っていますが、本来素手で刀に挑むのは無謀な行為です。事実、格闘型の勝ち筋は一本だけ。初撃を見切ってかわし、刀の振るえない懐に飛び込んで組み合う以外に道は無いのです。

 つまり、クロウの選択は最適解。

 退かずに前に出るのは、百点満点の答えではあるんだけど―――

 

「マスターの筋書き通りだな」

「ですね」

 

 ゼノヴィアの呟きに私も頷いた。

 何故なら視線の先には敵の初動と同時に真後ろに飛んでいたお爺様が、腰溜めに刀を構えて迎撃準備を終えている姿が映っている。

 目測を違えたクロウは急に止まれないし、リーチの差で攻撃そのものが届かない。

 おそらく、初手の空振りは故意。剣閃を私やゼノヴィアが目で追えている時点で、加減してるのがバレバレです。あえて外して餌を撒き、食いつくのを待っていたと推測するのも必然の流れでしょう。

 

「全て予定通り。直情的な愚かさの代償、身をもって知れ!」

「師父より継いだマジカル八極拳は王の拳。小細工如きに屈すると思うなっ!」

 

 しかし、クロウも伊達に最強の看板を背負っていなかった。

 龍の翼を大きく広げて全開の逆噴射。自ら生み出したベクトルを力技で打ち消しながら、一度ゼロに戻した速度を再び回復するべく二度目の振脚を実施。

 多分、今回は余力を残さない正真正銘の全力なんだろうね。

 最早大地への攻撃に等しい苛烈な踏み足の下には、更なる爆発力を生むであろう魔方陣が展開済み。ゼロ-MAX運動の代価として裂けた太股から血を噴出しながらも、その目に鮮やかな意思の光を宿して彼は行く。

 

「「勝つのは俺・わしだ!」」

 

 

 必殺技を放とうと、こちらも魔方陣を展開して待ち構える侍との接触まで後数秒。

 果たして最後に立っているのは、何れの勇者か。

 そんな風に手に汗握りながら見入っていた私は、ふと違和感に気づいた。

 正体は分らない。だけど、妙な悪寒に突き動かされるように周囲を徹底的に探る。

 だけど、異常を何も見つけられない。

 不安に思って仲間の顔色を窺っても、野生の勘を持つゼノヴィアでさえ何も感じていない様子。

 考えすぎかな? そう思って気を抜いた瞬間だった。

 破綻したのは世界そのもの。

 ガラスが割れるように一斉に砕け散った空間は、唖然とする私を飲み込んでしまう。

 認識が回復したのは、地に足の着かない不思議な空間へ送り込まれてから。

 果たして落ちているのか、それとも登っているのか。

 何も知覚出来ない世界を漂う私は、不測の事態に備えて神器を発動させながら途方に暮れるのだった。



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第九章 姫騎士と武帝の剣戟乱舞
第72話「落花流水」


次元の狭間の定義は、アニメ寄りの適当です。
思いの強さとやらで何でも出来るらしいので、命拾いをした爰乃でした。


 どれほど絶望的な状況であれ、焦らず冷静に思考すれば道は開けるもの。

 なので、先ずは分かっていることから整理しますか。

 置かれた環境の大気組成は、人間の私が生存出来ている時点で地球準拠。気温も肌寒い程度であることから察するに、宇宙空間に放り出された訳ではなさそうです。

 対して目下の問題点は三つ。

 一つ。

 無重力の影響で、三半規管が機能していないこと。

 二つ。

 太陽に順する光源が無い為、視覚が完全に封じられていること。

 三つ。

 空間特性なのか、神器の加護を得た気の防御フィールドすらも抜いてゴリゴリと蝕まれていく体力。

 私は結界関係に疎く全て憶測にはなりますが、そもそもの原因は誰かの策略やら何やらではなく、単純にお爺様とクロウの激突に耐え切れない欠陥フィールドを構築したディオドラにあるのだと思う。

 果たしてゲームフィールドが自壊した場合、通常空間に復帰するのか、それともランダムポイントに接続されるのかは分かりません。

 だけど、授業の一環で先生に聞いたことがあります。

 全ての世界は次元の海に漂う小さな島であり、魔法で異界を作り上げる行為はその一部を間借りしているだけという話を。

 この理論を信じるなら、空間断裂に巻き込まれた者は次元の海……その境界線であり外側でもある狭間の世界に辿り着く可能性が高いはず。

 

「だとすると、お爺様やアンでも即座の救援は無理」

 

 予想が正しければ、無限に広がる大海を漂流する一葉が私です。

 如何に優れた探知能力を備えていても捜査範囲が広域である以上、確率論的に早期発見は無理。下手をすれば即身仏になった私を、百年後にやっと回収なんて可能性も否定出来ません。

 つまり、自力で事態を打開することこそ急務。まだ元気な内に自力で事態を打開しない限り、明日を迎えることすら怪しい窮地に置かれているのだと思います。

 さて、どうしよう。

 対抗策を練る為に自分の中にある引き出しを引っくり返していると、一度だけ似た事例に巻き込まれたことを思い出した。

 それは曹操の策に嵌り、無限ループの異世界に取り残された記憶。霧に満ちた空間は次元の海と同じく”何処にでも繋がっている”場所だったはず。

 なら、脱出方法も同様の手口が使えるのでは?

 そう考えた私は神気を練り上げ、器に溜め込める限界量の蓄積を開始する。

 あの頃と比べて様々な力を身につけた私ではありますが、ゲオルク戦(?)と違い一度の失敗がそのまま命取りに繋がることをよーく理解しています。

 何せ大量の神気を放出する以上、初撃を超える二手目、三手目は、物理的に無理。

 一撃でケリを付けなければ、後はジリ貧の消耗戦との戦いなのですから。

 

「打ち込みの一瞬だけ、防御に回している力も全てカット。失敗を恐れず、例え人生最後になろうと悔いの残らない最高の拳技で勝負です」

 

 狙うべき歪みは見つからない。

 でも大丈夫。どうせ物理法則の埒外は、古今東西を問わず精神力が全てを捻じ伏せるもの。

 自己暗示による意志力の具現化と、それに見合うだけの出力さえ得られれば空間への干渉は決して不可能な行為じゃありません。

 

「これは過去に一度成功している簡単なチャレンジです。私には出来る。そう、出来て当たり前。サイラオーグさんの腹筋より、物言わぬ空間は脆い。そうですよね?」

 

 はい、その通りです。

 

「期待していますよ、香千屋爰乃」

 

 とくとご覧あれ。

 全身から搾り出した全ての力を利き腕に集め、狙うは私のリーチよりほんの少し先。全身全霊を込めた拳の矛先は、脳裏に生み出した世界と世界を分け隔てる壁です。

 壁の強度設定はガラス板。どうせ全ては私の妄想なので、壊せる確信を持てる素材でなければ損と言うもの。

 

「香千屋流拳技……鎧貫拳っ!」

 

 空間が粉々に砕け散るビジョンを見た私は、力の高まりに呼応するかのように近づいてくる強大な気配に急かされる様に拳を振り切るのだった。

 

 

 

 

 

 第七十二話「落花流水」

 

 

 

 

 

「ごばっ!?」

 

 試みは、成功したのだと思う。

 我ながらよくぞ奇跡を起こしたと褒めたいところではありますが、結論的に言うと状況は何も好転していなかった。

 私が放り出された先は水の中。下手をすれば暗黒の世界の方がマシな気もする危険地帯は、何の準備もしていなかった小娘を容赦なく殺しに来る。

 致命的だったのは、防御を解いた瞬間に持っていかれた生命力的な何か。

 その影響で弛緩した体は気管への水の進入を黙認。お陰で呼吸は乱れに乱れ、潜水どころか唯々溺れてもがくことしか出来ない。

 あ、死んだ。酸素不足で頭が回らなくなって来たことを悟った瞬間、そんな諦めが心の中に生まれる。

 だけど最後まで足掻いて、足掻いて、足掻き続けてこそ香千屋爰乃。

 すがれる物を探して手を伸ばし、生存本能に突き動かされながら必死に水面を求める。

 すると、どうだろう。

 誰かが私の手をしっかりと掴み、力強く引き上げてくれるじゃないですか!

 一日に二度も起きる奇跡のバーゲンセールに感謝しつつ、救いの手に導かれるまま急上昇。以外と浅かった水底から顔を出すと、むせながらも貪る様に空気を吸い込んだ。

 

「あれ、何処のストーカーかと思ったら爰乃ちゃん。やっはろー」

「けほっ……コスプレ地獄の司会者…の人?」

「これはジャンヌちゃんのイージーミス。結局遊びにも行けてないもんねー、分からないよねー」

 

 気を練るどころか、神器の維持コストすら支払えない最悪の体調に、限界ギリギリまで低下した体力。立っているだけでやっとの私にとって、交戦と言う最悪のシナリオだけは回避出来たらしい。

 人は見た目だけで判断出来ませんが、金髪美少女救世主から漂うのは平和の匂い。

 過去に変態無双で肩を並べた間柄ですし、敵ではない……と思いたいところ。

 

「改めて名乗るね。わたしは人界、冥界、天界、三つの世界で売り出し中の新世紀超時空アイドルのジャンヌちゃん! 爰乃ちゃんのことはアザゼル社長から聞いているから、そっちの自己紹介は不要でーす。同じ系列に属する人間同士、仲良くやろうねっ!」

「……え、人間だったんですか? てっきり堕天使だとばかり思っていましたよ」

「整形もライザップもしてない、ナチュラルな人間だよ? 天使、堕天使、悪魔、あらゆる人外の誘惑を拒否して、生まれ持った魅力と歌唱力だけで頂点を目指す努力と根性の人、それがジャンヌちゃんなのです。分野の違いはあるけど、爰乃ちゃんと存在のあり方は似てると思うよん」

「……基本方針は完全一致ですね」

 

 彼女の言葉が本当なら、とても親近感を抱く存在だと思う。

 

「自己紹介は、これで十分?」

「以前に聞いた話も含め、ざっくりですが大体分かりました」

「なら、こっちからも質問するよ?」

「どうぞ」

「まず前段になるけど……ここが何処だか分かる? そして、どうやって来たの?」

「実は―――」

 

 いまさら失うものを持たない私は、これまでの経緯を全て話すことにした。

 すると話が進む内にジャンヌちゃんの顔が曇りだし、水から引き上げてくれたお礼を言う頃には目を閉じて難しい表情を浮かべてしまう。

 

「えっとね。見て分かるとおり、ここは身長3m超えも珍しくない悪魔用のプールなんだ」

「納得しました」

 

 余裕を取り戻して自称アイドルを見やれば、確かに泳ぐ気満々の競泳水着姿。建物自体もオリンピックが開けそうな広さの水泳場でしたね。

 

「但し持ち主は禍の団の旧魔王派を束ねる長にして、冥界におけるジャンヌちゃんのパトロンのシャルバ・ベルゼブブ氏。そしてプールも内包するお屋敷の所在地は、ベルゼブブ領の中心部。爰乃ちゃん自身は冥界の政治に無関心な第三者かもしれないけど、サーゼクス氏の覚えも良くて、お友達の赤龍帝も現体制を支持するグレモリー派でしょ?」

「言わんとしていることが分かりました」

「招かれたならともかく、敵対する派閥に近しい人間が領地内に不法侵入はピンチかも。ジャンヌちゃんは身内として全力で庇うけど、守りきれなかったらごめん」

「その時は自業自得として諦めますが―――」

「大丈夫、実家への連絡はお任せっ! 早速あの子に電話、電話っと」

「お願いします」

 

 自分では対岸に住む第三者のつもりでしたが、与り知らぬところで外堀がガッチリ埋まっていたことに驚きを隠せません。

 だってお爺様は公式に中立。部長、会長の勢力ともプライベートを除けば一定の距離を置いていたんですよ?

 ま、まぁ、確かに魔王様には良くして貰ってますけど、それを言うなら私の兵士は現在進行形で禍の団に席を残す旧魔王直系のヴァーリじゃないですか。

 つまり、これで足し引きゼロ。どちらにも属さない明確な証拠だと思います。

 そんな百歩譲っても堕天使陣営の私が、どうしてこうなったのやら。

 

『そんなに悲観するニャ。心底面倒くさいし、昼寝の時間を削られて不快ニャが、ゲームセットの宣言が為されていない以上、契約に従い手を貸さざるを得ないからニャ』

 

 聞き覚えのある声に視線を動かすも、化け猫の姿は見当たらない。

 果たして幻聴なのか、それとも確かにそこに居たのか。

 猫の手も借りたい私ですが、リオンは所詮よそ様の飼い猫です。

 文字通り無いよりマシ程度以上のことを、期待しない方が吉でしょう。

 

「はい、報・連・相・完了っ! こそこそしても始まらないし、心象を良くする為にも堂々と家主へのご挨拶に伺おっか」

「シャルバさんって、審査員席に居た悪魔ですよね?」

「だねー。お互い知らない顔じゃないから、いきなり処刑ーっ!ってことにはならないと思う。それに美少女大好きでちゃんと政治も出来る人だから、交渉の余地は十分残ってるよ」

「そう願いたいです」

 

 水着の着替え兼、ずぶ濡れで体裁の悪い私の外見を直す為、最初に向かった先は更衣室。大変不本意ながら家主の趣味にも合致するらしいジャンヌちゃんの予備衣装を借りて身嗜みを整えた私は、またコスプレ……と溜息を吐いた。

 髪を乾かす合間に聞いた話では、シャルバさんとジャンヌちゃんの関係はビジネスライク。三大勢力共通のアイドルを目指すジャンヌちゃんの、記念すべき冥界初進出興行を取り仕切る後援スポンサーがベルゼブブ家とのこと。

 まぁ、狂乱の宴に居合わせた私には納得の人選です。

 堂々とメイド最高と叫んでいた変態紳士なら、見目麗しい少女しか門を潜れないアイドル業界に進出するのも当然の流れ。驚く要素は皆無ですし。

 

「冥界縦断ツアーは、当たり前だけど大成功。チケット代にグッズ販売、他諸々も併せてベルゼブブ家には相当貢献したし、実はジャンヌちゃんって金の卵を産む鶏なの」

 

 黄金を稼ぎ、堕天使のパイプを繋ぎ、しかも政治的野心皆無。

 そりゃ、ベルゼブブ家でVIP待遇も当然の人材です。

 プールに一人で居た理由もトレーニングの為に貸しきったと聞き、さすがに有得ないと思っていた私ですが、それだけの価値を示しているなら納得も出来る。

 悪魔をも魅了する歌声は、どれほどの物なのか。

 機会があれば、是非拝聴したいものです。

 

「じゃ、行こっか」

 

 色違いの衣装に身を包んだ私たちは、上層階へ向かって歩き出す。

 警備らしき悪魔や、可愛いから綺麗まで揃ったメイドさんを顔パスでクリアし、迷うことなくジャンヌちゃんが進んだ先は書斎。

 壁に配置された書籍は圧迫感を感じない程度。天井から降り注ぐ穏やかな色合いの光に照らされたデスクは年月を経た味のある飴色に輝き、静謐な空間の中で確かな存在感を放つバランスの良さ。

 これぞ出来る大人の個人スペースな部屋に居るのは、これまた誰もが思い描く貴族像を体現した紳士です。

 カジュアルの中に気品を感じさせる装い。パタンと読んでいた本を閉じて優雅に立ち上がったのは、中身を知らなければ完璧とさえ思えるロン毛の男。

 

「何故、香千屋爰乃が居る?」

「実はかくかくしかじかでして―――」

 

 どうせ一度は救われた命。全てをジャンヌちゃんに委ねる私だった。



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第73話「英雄の挽歌」

英雄派考察回なインターミッション。
水増し英雄は、一部を除き名前だけで出番が終わる予定です。


「大変だ曹操、想定外の事態がっ!」

 

 泥の様な深い眠りについていた俺を覚醒させたのは、声に危機感を乗せて非常事態を宣言する腹心の呼びかけだった。

 

「……騒々しい。それは旧魔王派が裏切ったとか、対禍の団に編成されたと噂の選抜悪魔特別チームが強襲して来た的な緊急性の高い話なのか?」

「そう言う話じゃない。今更どうしようもない案件ではある」

「なら、話は後で聞く。せめて昼まで寝かせてくれ」

「珍しく怠惰な」

「俺は体力馬鹿の赤龍帝や白龍皇と違い、人よりほんの少し優れただけの人間でしかない。昨晩は君を魔王城にメタルギアさせる為に、アンチモンスターを率いて大活躍したことは知っているだろ? さすがの俺も、首都防衛隊を相手にぶっ続けで聖槍を振るい続けてグロッキー。使う予定の無かった禁手のリバウンドで全身が痛い」

 

 昨日は以前から準備していた計画の算段がようやくついた為、俺の動かせる手勢を総動員し、とある物を奪取すべく魔王のお膝元たるルシファードを襲撃したのである。

 ちなみに組織弱体化に伴う人員不足と求心力低下により、俺の供回りを務めたのは人間ではなく魔獣創造を用いて産み出した対悪魔特化型モンスターの群れ。まだ未完成で不確定要素の多い試作型ではあったが、想定以上の働きを見せてくれたことは嬉しい誤算だった。

 現時点でこの成果なら、正式採用版を今後の冥界戦役でも主力に据えられる。

 当初の目的を果たしたことに加え、そんな確信を抱けたことも大きな成果だったと思う。

 

「そうは言うがな、そもそもアレは曹操が私事の為に必要とした無理難題じゃないか。恨み言は鏡に向かって言うべきだと思うがね」

「真理だな」

 

 ミクロの視点では、恋路を叶える為だけの作戦に見えるかもしれない。

 が、マクロの視点で捕らえたなら話は別。

 危険を冒してまで得た収穫は、直接的に役立つ神滅具、聖剣の類とベクトルこそ違えど、扱い方次第で冥界を破滅に追い込む可能性を秘めたパンドラの箱だ。

 まだ精査は終わっていないが、ざっと見た限り中身は全て災い。

 流出先が堕天使なら、災いは世界に飛び出さなかった。

 天使でも、箱の底に希望の欠片は残されていただろう。

 しかし、人間の手に渡った場合だけは話が違ってくる。

 

「まぁ、アレの価値は十分理解している。唯の皮肉だから聞き流してくれ」

「お前なぁ……」

 

 気がつけば軽口を叩ける朋友も、片手で数えられる程に減ってしまった。

 メッキの偽者に烙印を押され、故郷に逃げ帰る羽目になったジャンヌ。

 板野サーカス(笑)と後ろ指を指さることに耐え切れず、自主的に二つ名を返上して姿を眩ませたヘラクレス。

 派閥立ち上げの頃から行動を共にしてきた二人に留まらず、魔法使いを含む多くの同胞たちが英雄派に失望して組織を後にしている。

 気持ちは痛いほど分かる。俺とてトップの立場でなければ、当の昔に自分探しの旅に出ていただろうさ。

 しかしアザゼルのハメ手から、多くのことを学べたと思う。

 現代戦において最も重視すべきは情報戦。これは人の世に限らず、人外の世界においても同様だということを嫌と言うほど理解出来た。

 

「さて、ボチボチ目も覚めた。話を聞こうか」

「実は悪い話とかなり悪い話があるんだが、先にどっちを聞きたい?」

「……心の準備の為にも、軽い方からで」

「ええとだな、ウチに属してない方のジャンヌが居るだろ?」

「うむ」

「奴にオルレアン聖剣団が、丸ごと引き抜かれてしまったよ」

「……は?」

 

 え、ちょ? 思わず表情が凍りついた俺だった。

 

 

 

 

 

 第七十三話「英雄の挽歌」

 

 

 

 

 

「実はシャルバから、あの女狐のライブチケットが団員達に送られていたらしくてな? 連中、もう一度だけ真贋を確かめると意気込んで会場に乗り込んだらしい」

「で?」

「結論から言うと、帰って来たのは全員分の脱退届を持った団長代理のみ。これは昨日の話で、俺も事後報告を受けた形だ。既に書類は正式に受理済みと聞いている」

「何でそうなる!?」

「何を言っているのか分からないだろうが、俺も同じ気持ちだ。催眠術だとか、超スピードだとか、そんなチャチな物が通用しないレプリカ聖剣持ちの軍勢が、いきなり掌を返すとかありえん」

 

 いやだってあの騎士たちは、ジャンヌ(禍)が副官とフランスに戻った後も、牙無き者の牙となると言う高い志を掲げて組織に残った高潔な英傑達だぞ?

 それが見た目だけのアイドルにあっさり鞍替え?

 天地がひっくり返る方が、まだ信憑性の高い異常事態だ。

 

「……俺たちが留守にするタイミングを熟知しているあたり、これは悪意を持った第三者が堕天使の仕込みに便乗した形か」

「だろうな。と言うか主犯はシャルバしか居ない。特に言論統制も行われていないことから察するに、向こうは唯の善意で済ませる気だと思われる」

「しかも俺たちは、それに異を唱えられない」

「うむ。シャルバは人間が主役の興行に善意で招待しただけ。そもそも新撰組の様に違反すると処罰される法度が在る訳でもなく、組織への参加・脱退は原則自由と言うのが英雄派だ。例え洗脳されていようと、それを証明出来ない時点で打つ手が無い」

 

 そう、元より英雄派は一枚板とは程遠い寄り合い所帯。人の世の為に働くというスローガン以外の主義主張は個人の自由であり、最優先で尊重すると言うのが基本方針である。

 本音ではトップダウンの強固な組織を目指したかったが、英雄だろうと、英雄だからこそ宗教や人種の壁は余りにも厚すぎた。

 例えば十字教と回教は溝が深すぎて分かり合えず、百年戦争でフランス代表のジャンヌと、イギリス代表のエドワード黒太子の様に、国家間&個人同士の因縁が深い間柄同士が大人しく轡を並べられる筈もない。

 しかも英雄の多くは欧州出身。この呉越同舟の中、設立者とは言え王や指導者揃いの各々彼らからすれば”誰?”と首を傾げる中華王が強権を発動すればどうなるか。それは火を見るよりも明らかだ。

 俺に出来たのは出身が亜細亜と言う中立の利を活かし、利害関係を調整する管理職として体裁を整えることだけだった。

 あまり誇れる話ではないが、思い返して欲しい。

 俺が行動を共にする英雄は、駒王学園、魔王城を始めとする死地に乗り込む時でさえジークフリートとゲオルクだけだっただろ?

 仮にも英雄派を束ねる長が、余りにも無用心だとは思わなかったか?

 

「曹操?」

 

 そのからくりは簡単だ。

 比較的素直なジャンヌ、ヘラクレスも、自己の判断と命令を天秤にかければ必ず前者に傾く規則違反の常習犯。従順なレオナルドでさえ、仲の良いゲオルクの付き合いで曹操派に組しているに過ぎないと言う悲しい現実がその答え。

 ああ、そうさ。忠実な部下として俺に従う英雄は、あの二人の他に居ない。

 誰もが属する派閥の利益を最優先。一致団結? 何それ美味しいの?

 綺麗事で人は動かないと言うことを、嫌と言うほど理解させられた俺だよ。

 ちなみに問題児を例に挙げるなら、お前は慢心金ぴかなのか、ポケット持ちの青狸なのかと問い詰めたくなる量の秘密道具を持つアストルフォで

 

 ”武帝? そやーっ! え、何故殴ったって? いやだって君が打ていと”

 

 と、ハイマットがフルバーストな自由奔放さで人の話をまるで聞いてくれない。

 むしろ、今、どこで、何をしているのかすら分からん。

 あいつはどうして俺達と合流したんですかね……。

 

「おーい?」

 

 三発の回数制限に目を瞑れば、瞬間火力で聖槍にも勝るティルフィングを佩くスウァルフルラーメなど、そもそも味方ですらない始末である。

 何せあの男は、オーディンの血を隔世遺伝で発現した半神半人。ヴァルキリーを侍らせて喜ぶ祖父に、禍の団の情報を横流しする為だけに参入した獅子身中の虫だぞ?

 

 ”余は力こそ貸さんが、知恵なら貸すぞ? 当然、代価は頂くがな”

 

 風下に立つことを良しとせず、北欧系を率いて対等の立場を譲らないあんにゃろうと比べれば、ぼっちで天然のアストルフォが優等生に見えるから怖い。

 二心が無いって大切だと思うのさ……ほんと。

 

「そーそーさーん?」

 

 そして俺のSAN値をゴリゴリ削る三大問題児、最後の一角は輪をかけて酷い。

 人界平和は何処吹く風。所属する目的は英雄派の乗っ取り&冥界勢力とのコネクション作りであることを隠そうともしないあの小娘。

 当初は吹けば飛ぶような極東の弱小勢だった癖に、着々と人を凋略して勢力を拡大。気が付けば他の派閥も無視出来ない発言力を確保している悪夢。そんなダークホースの正体は、忌々しいことに俺より年下の中学生だ。

 奴が掲げた公約は”天下布武”。今世でも魔王を名乗り、木瓜紋を掲げて異世界征服を狙う姿勢は、事情を知らぬ者からすると唯の厨二病だろう。

 しかし、伊達や酔狂で大言壮語を吐いている訳でもない。

 何故なら―――

 

 ”魔王は三千世界に一人で十分。四大魔王とやらは全員潰す”

 

 と、神殺しの武器をせっせと集めさせているあたりに本気が伺える。

 幸い今は趣味の相撲と蹴鞠……もとい、サッカーの監督として全中三連覇に夢中らしく、地球の地盤固めも含めて卒業までは本格的に動かないと言うのが本人の弁。

 仮に俺が三年以内に何も為せなかった場合、結果主義の彼女はどう動くのやら。

 人間の敵は最後まで人間。

 そんな予感をひしひしと感じさせるのは、後にも先にもこの娘だけである。

 

「帰って来い!」

 

 肩を揺さぶられて我を取り戻した俺は、辛い現実に立ち向かうことにする。

 どうせ避けては通れない道だ。

 事実は事実と受け止め、出来ることから片付ける他あるまい。

 

「まだ寝ぼけていたらしい。気を取り直して、さらに悪い話も聞かせてくれないか?」

「本当に大丈夫なんだな?」

「当然だとも」

「と言っても、二点目は曹操個人に関わる大事なだけなんだが……」

「ん?」

「君がご執心の香千屋爰乃が、アスタロトとの非公式ゲームでトラブり行方不明だ。現在進行形でヴァーリを始めとする取り巻きが血眼になって駆けずり回っていることから察するに、まだ身柄の確保には至っていないと思われる」

「そうか」

「……焦ったり、取り乱したりするとばかり」

「彼女は偉大な武帝の隣に並び立つ関帝さ。俺が心配せずとも、爰乃ならばどんな状況下からだろうと自力で乗り越えてくれることを確信している。むしろ、そうでなくては王の后に相応しくないとは思わないか?」

「……歪んだ愛情表現なことで」

「褒め言葉だよな?」

 

 爰乃を失う不安はある。しかし、彼女を守る騎士たちは非常に優秀だ。

 表立って動くことの出来ない俺は、彼らに期待する他に無いのである。

 ならば上に立つ者として、無様にうろたえる姿を見せるだけ無駄。

 泰然と構え、状況を見守ることこそ最善なのだと思う。

 

「報告は以上で終わりか?」

「今のところは」

「ならば、早速シャルバの所に出向こう。今回の件をネタに交渉を迫り、何らかの譲歩を引き出せれば御の字。何らかの形で意趣返しを仕掛けるぞ」

「大事の前の小事に流されない姿勢は立派だな。よし、護衛にジークを呼んでくる。その間に―――」

「正装を含めて準備は済ませよう」

「了解だ。暫し待て」

 

 足早に部屋を後にした相棒をぼんやりと見送りながら背伸びを一つ。

 俺の置かれた苦境が運命なら、爰乃に訪れた災難もまた定められた運命。

 香千屋爰乃、俺は一足先に問題解決へと挑む。だからお前も無事に帰って来い。

 そんなエールを込めて、俺はタフな外交へと向かう覚悟を決める。

 

「二度目の再会は遠からず訪れる。信じているよ、我が愛しの君」

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 事実は小説よりも奇なり。その言葉の意味を。



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第74話「価値観相違」

FGOで開幕ルーラーを引いた影響か、さらにイメージ侵食が進んだジャンヌちゃん。
ま、まぁ、旗の先に穂先が付いているのもふつーですよ、ふつー(謎)


 趣味は何かと問われれば、私は迷うことなく芸術鑑賞と答えるだろう。

 中でも愛するジャンルは実用も出来る陶器。悠久を経ても朽ちることのない不変性を持ちつつ、しかしほんの僅かな衝撃で淡雪のように砕け散る二面性が在り方として大変に美しい。

 思うに、私の美学の根源は滅びにあるのだと思う。

 失われるからこそ尊く、壊れるまでの時間が眩しいと感じる。

 私の美少女好きの原点も正にこれ。

 夏に咲き誇る花が、秋には無残に枯れ果てる儚さに堪らなく惹かれるのだ。

 

「―――ってことなので、本人に悪気はナッシング。貴族の領地への不法侵入は重罪ではありますが、可愛いジャンヌちゃんに免じて目を瞑って欲しいなーなんて」

「……デタラメで信じ難い話だが、事情は概ね理解した。私を狙った暗殺者なら兎も角、香千屋爰乃は事故で迷い込んだ小鳥だ。残飯漁りのカラスならば殺処分だが、飼主の判明しているペットは保護せねなるまい。ジャンヌが嘆願せずとも、客人待遇で受け入れよう。案ずるな」

「さっすがシャルバさん。いよっ、太っ腹っ!」

 

 そして美少女の中でも、短命な種族の希少さは郡を抜いている。

 安易に手で触れることさえ憚られるが、それが見た目だけの毒花となれば話は別。例えそれが優曇華の花並のレアだろうと、迷わず間引くのが私のポリシーである。

 しかし幸いにも香千屋爰乃は、無害で美意識にも叶う可憐な花だ。

 正確に言えば毒は持っているが、それは害虫に対しての毒。他の花を守るハーブの如き働きは私の望む所であり、歓迎すれども疎ましく思うことはない。

 

「聞いての通りだ香千屋爰乃。今回だけは特例措置として、パスポート無しの無断越境、屋敷への不法侵入、その他諸々の罪の一切を不問とする」

「寛大な処置に感謝します」

「その代わり、私を接待したまえ」

「やはりサイラオーグさんの如く、拳で楽しませろと?」

「私を殴り合いで大喜びする脳筋と一緒にするな。丁度仕事も片付き、一息入れようと思っていたところでな。茶飲み話として、貴様の目から見た若手悪魔の評価が聞きたい」

「そう言うことであれば喜んで」

 

 中身を伴う美少女は、種族の垣根を越えた財産だ。

 無闇に手折らず、可能な限り保護することこそ紳士の勤め。

 現魔王派の赤龍帝と懇意だろうが、同派閥のアスタロトに喧嘩を売っていようが、当人が敵対する意思を持たないのなら私には関係ない。

 それはそれ。これはこれ。

 例え香千屋爰乃が背後に誰も居ない政治的配慮の不要なフリーの人間であっても、私は彼女を迷わず保護しただろう。

 但し、見た目が麗しかろうと魔王少女のような連中は許さん。

 年を経て自由に姿形を変えられる連中の容姿など無価値。特に齢数千年を超え、精神も老獪した悪魔の若作りは見ていて吐き気がする。

 せめて外見を最盛期に保つなら、天使の癖に何故か冥界でも女神として崇められているガブリエルの如く、心も体も清らかな乙女であり続けろと私は高らかに叫びたい。

 キャラだけ取り繕った老人を、私は断固として認めんぞ。

 

「そしてジャンヌ、お前にはペナルティーを与えよう」

「細っ腹ーっ!」

「悪魔に取引を持ちかけた以上、対価の支払いを免れられるとでも思ったか? 文句を聞く耳は持たん。間もなく訪れる招かざる客をスマートに追い返せ」

「ぐぬぬ、スポンサーの威光には逆らえない下っ端の立場が悲しい。で、相手は何者です? か弱いジャンヌちゃんが、手も足も出ないような化物とか言いませんよね?」

「安心しろ、客は香千屋爰乃と同じ人間種だ」

「……あー、ひょっとしなくてもSOSOさん?」

「その通り。そもそも奴の目的と推測されるクレームは、私の与り知らぬところで欲を出した貴様の身から出た錆。違うかね?」

「ですよねー。即効でお迎えの準備してきまーす!」

 

 と言うか、曹操の怒りの矛先は主犯に向けられて然るべきだろう。

 私は英雄派に手を出していないし、最初から無関心でさえあったのだ。

 どうせ信じないだろうから当人への説明責任は果たさないが、策を弄して急所を抉ったのは完全無欠にジャンヌの独断だぞ?

 そもそも自前の兵団を要する私が、何故に人如き口説くと思ったのやら。

 悪魔にとっての人は、人にとっての猿と同じだ。

 人が猿を自軍に引き入れないなら、悪魔も人間をあてにしないのも必然。

 立場を弁えていないからこそ起きる勘違いだと私は思う。

 

「対人なら得意分野です。私も行きましょうか?」

「不要だ。お前は、お前だけに課せられた仕事を果たせ」

「失礼、家主様のご意思のままに」

 

 私は人を見下しもしないし、弱者と罵りもしない。

 人間は犬や猫を下等生物と嘲るか?

 牛や豚を家畜と馬鹿にするのか?

 そう、無関心で当然なのだ。

 私が愛玩動物としての少女たちを愛しながら、同時に人ベースの転生悪魔を毛嫌いする理由もここにある。

 ペットが生意気に噛み付く程度なら笑って許せるが、少し知恵と力を付けたからと言って同じ種族・同格の存在であると宣言されるのだけは我慢ならん。

 本音では三顧の礼で冥界に招かれたドラゴンや、他の神話体系からヘッドハンティングした神魔さえも悪魔として受け入れ難いというのに、ぽっと出の元人間が

 

 ”今日から対等の仲間です。ゲームで勝ち、爵位も貰います”

 

 と、冥界社会の表通りを闊歩する現状には虫唾が走る。

 百歩……千歩譲り平民として高貴な血筋に尽くすというならまだしも、貴族の仲間入りを果たそうなど言語道断。

 純潔悪魔の平民が立場を弁えて暮らしているというのに、外様へレーティングゲーム参加権と言う栄達の道を与えた現政権は、先達が必死の思いで作り上げ、安定させた封建社会を崩壊させたいとしか思えない。

 現在の社会を騒がせている犯人が、我々であることは認めよう。

 しかし、一万年後の冥界を滅ぼす立役者はサーゼクスだと確信している。

 戦争を否定し、和を乱すことを嫌い、それでいて世界に紛争の種をばら撒く矛盾を、当の本人と取り巻きだけが気づいていないことが心底恐ろしい。

 転生悪魔の積極的受け入れで内部に亀裂を。

 悪魔、堕天使、天使の同盟締結は三大勢力が手を組み、他の世界への侵略を画策しているのではないか? と他の神話体系に疑心暗鬼を与える土壌を生む。

 本人の意思はどうであれ、結果として内憂外患を産み出しているのは現政権なのだ。

 

「シャルバさん?」

 

 おっと、つい考え込んでしまった。

 花には何の罪も無く、土壌の整備は園芸家の仕事だ。

 政治とは無縁な少女には何も告げず、無聊を慰めて貰うとしよう。

 

「移動する。面白い見世物を見せてやろう」

「はい」

 

 今日の肴はテーブルに飾った黒花鑑賞と、聖女VS英雄の二本仕立て。

 楽しいアフタヌーンティーの予感に、思わず顔が綻ぶ私だった。

 

 

 

 

 

 第七十四話「価値観相違」

 

 

 

 

 

 自分でデザインしたカッコかわいい軽装鎧をインナーの上から身に着け、最後に鎧と色合いを揃えた白い腰マントを装着。指をわきわきさせて手甲のフィット具合を確かめれば、フルアーマーに身を固めたパーフェクトジャンヌちゃんここに爆☆誕っ!。

 だけど、本来は戦う前に勝負を決めるのがジャンヌちゃんの流儀。仕込み無しの正面対決は本来NGなので、何も用意せずにバトるなんてほんとーに久しぶり。

 以前に見たスペック表を見る限り、接戦が避けられないあたりが面倒だなー。

 とりあえず舌先三寸で、有利な条件を引き出す努力でもしてみよっと。

 

「暴れるのは第三庭園にしろ、とシャルバ様より言付かっております」

「いえっさー。死なない程度に頑張ると伝えて下さいな」

「畏まりました」

 

 お客様が現れたことを告げに来たメイドさんの指示に従い、わたしはテクテクと焦らずゆったり鼻歌交じりにバトルフィールドへと向かう。

 気分は巌流島の武蔵。いっそ爰乃ちゃんとシャルバさんの茶会に戻って一服し、徹底的に小次郎のイライラゲージを上げてやろうかとも思ったけど、気の短い見物客を待たせ過ぎると本気で雷(物理)が落ちそうなので自重。アレはガチで痛いのさ……ほんと。

 せめてもの嫌がらせとして、途中の厨房でクッキーをもぐもぐ。

 

 ”ご主人様の茶菓子を!”

 

 と追いかけてくるメイドさんからお魚咥えた野良猫も真っ青な勢いで逃げ出し、次は口が渇いたので使用人の控え室へレッツゴー。

 休憩中だった顔見知りのメイドさんから水を分けて貰い、ストレッチしながら喉を潤すジャンヌちゃんです。

 さーて、ぼちぼち向こうは爰乃ちゃんとのトークも区切りの頃合かな?

 準備運動を兼ねた寄り道もこれにて終了。ここからはビジネスの時間なのさっ。

 ってことで、今度こそ素直に今日のステージへ上がろうか。

 

「お待たせしましたっ! 聖剣団の話はジャンヌちゃんが承るよ!」

「それはつまり、彼らの寝返りは君の仕業ってことかな?」

「いっえーす」

「俺も事を荒立てたくは無い。素直に返す気は?」

「曹操は何か勘違いしてるけど、別に盗んだ訳じゃないもん。ジャンヌちゃんのコンサートに来たお客さんが、自主的に親衛隊へ入隊したいって言い出しただけだし」

 

 ジャンヌちゃん最大の武器であるカリスマ性は、堕天使総督が大統領戦も楽勝と太鼓判を押す問答無用の力。それを歌と踊りと小道具でブーストしたステージを見ちゃったら、精神耐性を持つか、既に何かに心を奪われていない限り信者……もとい、熱狂的なファンに変貌しちゃうのは仕方の無いところ。

 けど、それはこちらの不手際じゃないあるよー。

 そこいらのアイドルでさえ私財をおまけ付き投票券やらグッズに捧げるファンで東京ドームを埋め尽くす求心力を持っているんだから、銀河美少年エクスカリバーァァァン! なジャンヌちゃんの魅力を抑えろという方が綺羅星。

 数少ない洗脳……じゃなかった、笑顔の圧力が効かない曹操には分からないかもだけど、本人たちは心から満足してるんだよ?

 だってほら、可愛いは正義って言うじゃない。

 つまり圧倒的美少女の一挙一頭足は、全て大正義ということ。

 騎士たる者、正義の旗の下に集うことは大いなる喜びだと思うの。

 これにて理論武装完了。

 くず鉄のかかしを伏せてターンエンド、ジャンヌちゃんに隙は無い!

 

「……ウチのジャンヌを貶めた君だ。裏づけを取るためにも、せめて彼らと話をさせて欲しい」

「無理」

「やましい所は無いんだろ?」

「無いよ。けど、騎士団の現所在地は堕天使領の最深部。次のコンサートに備えて、サイリウム振りの猛練習を詰んでいる最中だったり。どうしても会いたいなら、どーぞご勝手に。敵じゃないだけで、仲良しでもない英雄派は歓迎されないと思うけどねっ!」

「そう来たか」

 

 実情はどうであれ、堕天使が掲げるスタンスは禍の団への敵対なの。

 もしも英雄派のボスがのこのこ国境を越えて来た瞬間、これ幸いとキテレツ兵器を満載した変態幹部が遠くからネチネチと安全にフルボッコ。寝返らせたわたしの騎士団も惜しみなく投入して、カウンターの逆侵略を仕掛けることだって出来ちゃうのさトニー!。

 

「だけど ”はい、そうですか”と引き下がれない立場でしょ?」

「そりゃね」

「そこでジャンヌちゃんは、互いに望む物を賭けて博打をしないかと提案します」

「レートは?」

「先ず参加費用として、シャルバさんへの面会を諦めて貰おっか」

「この流れなら主犯は君で、シャルバ卿は無関係らしい。本当は打ち合わせたい案件が幾つかあったが……仕方が無い、その条件は飲もう」

「グッド!」

「ああ、猫やコインを使う種目は無しで」

「ポーカー対決も拒否される流れがっ!?」

「ついでにコンシューマーゲームもNG」

「ですよねー」

 

 いやまぁ、これは突発のアドリブ。

 ブービー君的イカサマを仕込む余裕無かったけどね!。

 むしろ言い出してなんだけど、やっぱりガチンコ勝負やだなー。

 456賽とか、相手の心音をモニターする機械とかガッツリ用意して、相手だけにヒラの勝負を強要する感じのアドバンテージが欲しいジャンヌちゃんです。

 

「そして俺の要求は、言うまでも無く聖剣団の即時返却だ」

「ジャンヌちゃんは聖槍禁手状態のデータが取りたいかも。三日くらいかな? パパの下で大人しくモルモット生活を送ってもらうかにゃー」

 

 唐突に回想に入るけど、わたしはフランス人らしいのですよ。

 らしいと言うのも、赤子の頃に捨てられた孤児院育ちだから。

 多分そのまま普通に生きていても、遠からず自力で這い上がって世界的スター街道爆進は待ったなしだったとは思うよ?

 だけど聖旗を見つけた神器コレクターの総督様に拾われ、文字通り人生が変わった。

 宗教なんて欠片も信じていないジャンヌちゃんが天界までするっと登り、天使から直接聖人認定を受けたのを皮切りに始まった、わたしのシンデレラストーリー。

 ガラスの靴のお陰で、悪魔や、異国の神様の舞踏会でダンスを踊ることが出来た。

 カボチャの馬車に揺られ、様々な異界を見聞出来た。

 意図的に偏向されたにしろ、灰の中から叶えたい夢も見つけられた。

 利用価値を認めた打算の産物にせよ、堕天使は愛着心を持って育ててくれた。

 腹黒で、子供で、汚くて、クズの要素を全て内包した最悪の大人だけど、ジャンヌちゃんはアザゼルお父さんを尊敬しています。

 同時に、返しきれない借りを作ってしまったとも思っているの。

 そんな訳で常日頃から親孝行の機会を伺っているジャンヌちゃんは、目の前に転がっているパパ好みのお宝をロックオン。見逃さず狙い打つぜ!。

 合法的に奪い、プレゼントに仕上げる為なら多少の冒険だって辞さない覚悟だにゃーっ!

 

「呑める条件だけど、それも勝負内容次第だ」

「んーと、曹操の得意分野な一騎打ちは? 具体的には参ったと言わせるか、誰から見ても戦闘不能に追い込んだ時点で決着とかどーさ?」

「そのルールなら乗った。当然、死なせても良いのだろう?」

「オッケーだけど、ジャンヌちゃんの口利きが無い限りファンの皆は戻ってこないと思うよ? 逆恨みされて、反英雄派と化しても責任持たないよん」

「……君は俺を殺せるが、俺は君を殺せないのか」

「さー、ジャンヌちゃん馬鹿だから難しいことワッカリマセーン」

「狐と狸に限って、そう言うんだよなぁ……」

 

 ふふふ、先ずは攻撃力を制限するトラップ発動。

 ジャンヌちゃんは爰乃ちゃんと違って、目的の為に手段を選ぶつもりは無いっ!

 

「それと、これは当然ながらタイマン勝負。”味方”の ”援護”は反則負けだよん?」

「お互いにな」

「ずっと無言でジャンヌちゃんを睨みつけてくるジークフリートと、ファウスト博士にも釘を刺してよ? さすがに英雄三人はジャンヌちゃんも無理ゲー」

「漢帝の名に懸け、無作法はさせない」

「おっけー。ちなみにこれは口約束かもしれないけど、ジャンヌちゃん達の様子はリアルタイムで領主様とお姫様が観戦しています。賭けの反故は、そのまま禍の団での信用問題に繋がるよん。取立ては覚悟してねっ!」

「言い逃れが出来ないように、複数の目を用意済みか。ま、勝てばいいだけの話だろ?」

「自信満々だなー」

「これでも英雄派最強の看板を背負ってる身でね。魔王や天龍ならまだしも、同じ人間には易々と負けられないさ」

 

 この辺は価値観の相違だなぁ。

 ジャンヌちゃんにとっての暴力は、手段であり目的とは違う。

 勝利よりも敗北で得られるものが多いなら、喜んで負けちゃうからねー。

 

「では、これにて賭けは成立。さっそくやろっか!」

「君は存外せっかちだねぇ」

「だってほら、ジャンヌちゃんはウォーミングアップ済み。体が冷える前に始めて、暖気中の曹操ボコりたいみたいな?」

「本当に小細工が大好きな女だなっ!」

 

 小石を積み上げて、知らぬ間に石垣を作る趣味に何か問題でも?

 

「異論も無いっぽいし、このコインが地面に付いたらスタートね。いっくよー」

「文句を言うだけ無駄か。来い、黄昏の聖―――」

「おっと手が滑った」

 

 曹操よりも一呼吸早く相棒を呼び出したジャンヌちゃんは、コインがくるくると宙を上昇している所を狙って、旗を柄に巻きつけた槍モードの神器を一閃。

 コインが自由落下を遥かに超えた速度で地面に激突した瞬間を見計らい、振り下ろした槍を全力で跳ね上げてグサッ……とは行かない。残念、手応え無しだねー。

 さすが自称英雄最強。反応速度はジャンヌちゃん以上っぽい?

 

「ちっ」

「そ、そこまでするのか君はっ! 危うく死ぬ所だったぞ!?」

「宣言したルールには抵触してないよ?」

「いやまぁ、確かにその通りなんだが……」

 

 何事も後手より先手。

 自分のペースに相手を巻き込むことが、勝利への最短ルートだと思うジャンヌちゃん。

 相手の虚を突く為なら、この程度のグレーゾーンは朝飯前なのです。

 

「今のは、ほんのご挨拶。ここからがライブの本番だから、最後まで最前列で楽しんでいって欲しいな。あ、途中退場はもっと大歓迎だけどねっ!」

 

 一番勝算の高い開幕奇襲が失敗したなら仕方が無い。

 ここからはアイドルらしく、観客を意識したエンタメを心がけて戦いますか。

 小細工ならお手の物。トリックスターの真髄を見せてやるにゃー!。



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第75話「秀才とペテン師」

遠くない最終章に向けて、必須アイテム集めその一。


 強くなる為に必要な物は、何時の世もライバルの存在だと思う。

 あいつだけには負けたくない、何としても勝ちたい。

 この思いこそ全ての鍵。

 それを分かっていながら、少し前の私にはこれが欠けていた。

 一応自己弁護させて貰うと、お爺様と言う目標はあったんだよ?。

 だけどそれは

 

 ”いつか、きっと勝つ”

 

 と言う、最終的なゴール地点。

 

 ”今は負けても仕方が無い”

 

 と、心の何処かで諦めていたことも今なら認められる。

 

「良く動く」

「槍術は劣っても、足捌きはジャンヌちゃんが上手っ!」

「独特のリズムに戸惑ってるだけさ。直ぐに慣れて、一槍お見舞いしよう」

「踊り子さんには、手を触れないで下さいってね」

 

 眼下で火花散らす曹操とジャンヌちゃんは、ある意味でサイラオーグさんよりも重要なライバルとして一方的に認定済み。

 だって曹操、ジャンヌちゃんにゼノヴィアを加えた三人は、同種族、同年代、負けず嫌い、の三拍子を兼ね備えた強者たちですよ?

 一光年譲って悪魔に力が及ばないことは許せても、同レギュレーションで最強決定レースを競うマシンに抜かれることだけは絶対に嫌。

 特に一敗地にまみれた曹操。彼のお陰で、どれだけ鍛錬に身が入ったことか。

 今更ながら、イッセー君の事件に巻き込まれたことは幸運だったと思う。

 もし平和なIFルートを通っていれば、同等かそれ以上の力を備えた友人、ライバルたちと出会うこともなく、今この瞬間の私は無かった。

 下手をすればモチベーションを保てず伸び悩み、井の中の蛙で終ってしまったかもしれないと思うとぞっとします。

 

「香千屋爰乃、我々も賭けをしよう」

「賭け、ですか?」

「単純な余興だ。曹操とジャンヌ、どちらが勝つのか当てた方が勝ち。私が負けたなら、上級悪魔とのゲームで切り札になりうる玩具をくれてやろうではないか」

「私が負けた場合は?」

「ウチの制服を着て被写体になりたまえ」

「変態頂上決戦で ”メイド服最高”と叫んでいた人らしい要求ですね……」

「うむ、アレは装いとして究極。デザイン次第で妖艶にも、可憐にも仕上げられる万能性を持ちながら、しかし使用人としての立場を忘れない衣類はそうあるまい」

「その口ぶり、さてはお勤めの皆さんは撮影済みですか」

「最盛期の花をフィルムに収めるのは義務である。怪訝な顔を浮かべているが、私は破廉恥な変態が蔓延するジパングのご主人様と違い、使用人には暴力を振るわず、手も出さない圧倒的紳士。アルバム撮影程度の何が悪いと言うのか」

「その日本像はフィクションの中にしか……」

 

 メイドさんが注いでくれた二杯目の紅茶を口に運んで平静を際どく維持した私は、怪しいアキバ臭に汚染された大貴族様の真顔に困惑してしまう。

 部長やサイラオーグさんについての考察を語る流れで聞いたシャルバさんの自論を信じれば、この悪魔にとっての美少女とは眺めて楽しむ観賞用の花。美しい、愛らしいと感じても、劣情を覚えることは無いとのこと。

 お城のメイドさんが種族も数多な美少女揃いな理由も、ガーデニングの一環として庭を自分好みの品種で埋めたいだけらしい。

 ”YES美少女、NOタッチ” をスローガンに掲げるシャルバさんは、ケチの付けようの無い紳士だとは思う。

 それこそイッセー君の部屋に転がっていた鬼畜エロゲーの主人公とは一線を画しているし、同意を得た女の子を着せ替え人形にして満足する無害さはギリギリ合法……だよね、多分。

 

「冥界遠征中の英雄がフィクションを語ると?」

「正論過ぎて、ぐぅの音も出ません」

 

 漫画やアニメの産物に言われずとも、当の昔にファンタジーへ首までどっぷり漬かった私こそ空想の産物。自覚したのは最近ですが、薄々感付いてましたよ……。

 

「納得したのであれば、この談義はここまで。話を本題に戻そう」

「はい」

「断っても不快とさえ思わないが、どうする?」

「……この勝負、喜んでお受けしましょう」

「ならばレディーファースト。先に選択したまえ」

 

 半分勢いで受けたけど……さて、どちらに運命を託すべきなのか。

 変態王決定戦で、キレのある動きを見せたジャンヌちゃん?

 それとも直接対決で力量を肌で感じた曹操?

 理性は私の上を行った曹操優勢と訴え、直感は何故かジャンヌちゃんの勝利を疑わない不思議。

 もしもこれが生死の掛かった二択なら、即断は出来なかったと思う。

 だけど、今回の賭けはお遊び。

 メイド服に忌避感も持っていなかったし、既に街中を歩くには恥ずかしいアイドル姿を晒している時点でデメリットなど無いに等しい状況です。

 悩まず気楽に初志貫徹。不確かな勘よりも、経験を重視しますか。

 

「決めました、曹操に張ります」

「宜しい、ならば私はジャンヌだ」

 

 正統の槍術を駆使する曹操と、槍をバトン代わりに回転させながら流麗な舞を踊るジャンヌちゃんの勝負は、未だ腹の探りあいが続く序盤戦。

 神器は補佐と位置付ける私と違い、槍と旗の所有を前提としたスタイルを確立しているっぽい二人のこと。まさか禁手に至っていないはずもなく、どちらが先に切り札を切ってくるのか楽しみですね。

 

「ジャンヌへ課した労役からも分かるとおり、一度悪魔と交わした契約は絶対だ。泣いて叫ぼうと、取り立てるものは取り立てる。覚悟しておきたまえ」

「……これぞ悪魔な発言なだけに、代償だけが本当に残念です」

 

 芯の通った変態には、何を言っても無駄。そのことをイッセー君で骨身に染みている私は、これ以上の無駄な追及を完全に放棄する。

 今この場で集中すべきは変態貴族より、何れ戦う運命にあるライバル達の方。

 二人の手札と打ち筋、とくと拝見させて貰いますか。

 

 

 

 

 

 第七十五話「秀才とペテン師」

 

 

 

 

 

 モーションから無駄を削ぎ落とすことで起こりを察知させず、ブルース・リーの提唱するエコノミーライン理論で最短距離を駆け抜けてくる曹操の槍。

 わたしとかパパみたいな目移り好きの浮気者には真似出来ない、膨大な反復練習のみでしか身に付かないその技術は、努力する天才にしか会得出来ない境地だなーと感心するジャンヌちゃんです。

 しっかし、分かっていたけど……これはちょっとマズイ。

 予想より二枚は上手の技量と、幾ら隙を見せても乗って来ない慎重さには参った。

 このままリソースの大半を他に割いた”片手間”の対決を続けていけば、逃げに徹してさえ削られる一方のジャンヌちゃんは何処かでワンミスを犯す。

 そして致命的なチャンスを曹操は決して見逃さない。

 

「何を企んでいるかは知らないが、この調子では禁手を披露する前に終るぞ?」

「アンコールならともかく、公演時間短縮は困るなぁ」

 

 槍から放たれた聖なる波動を、くるっと半回転して華麗に回避。あえて反撃せず視線のフェイントに留めて曹操を一歩下げさせると、これ以上は付き呆れないと顔の前で指を振る。

 相手の土俵で競うのはもう十分。

 時間を掛けた割には不完全だけど、やっと”彼ら”への干渉も成功っ。

 短時間なら騙し騙し使える仕上がりだし、ぼちぼち演舞タイムを打ち切ろっと。

 

「ところで曹操って、ジャンヌちゃんの神器の効果を知ってるの?」

「君に腹芸は通じないし、正直に答えよう。 ”聖なる御旗の下に” だったか? そんな神器は聞いたことも無ければ、見たことも無い。むしろジャンヌから旗の神器と聞いていただけに、槍としても実用に耐えうることを知り驚いているさ」

 

 ジャンヌちゃんの持つ ”聖なる御旗の下に” ……めんどいから聖旗って呼称する神器は、中世の騎士なら当たり前の槍に旗をくっつけた旗槍がモチーフの武器。

 ぶっちゃけ名前だけ襲名したジャンヌちゃんはオリジナルについて書物から得られる以上の知識を持たないから、果たして実際に掲げられた百合の旗が本当にコレだったのかは保障しないよ?

 と言うかそれを言い出すと、曹操の神滅具も大概怪しいけどねー。

 ”黄昏の聖槍” の由来っぽいロンギヌスの槍なんて、本当は下っ端の王大人が死亡確認の為にグサァしただけの何処にでもあるふつーの槍ですよ先生。

 先端がルガーランスの如く割れ、僕らは目指したシャングリラする機能が追加されてる時点で完全に別物だと思うジャンヌちゃん。

 むしろアレを見たわたしは、某大魔王様の持つ”MPを吸って攻撃力を無限に上げる杖”を連想しry。

 ゲフンゲフン。

 まーあれですよ、道具は素性よりも性能が全て。

 大切なことは使えるか、使えないかだけだと思わない?

 

「知らないなら、ファンサービスに教えてあげちゃいます。この聖旗の能力は、所有者が自軍と認めた一定範囲内に存在する味方の各種パラメータを上昇させるバフ系列っ! か弱くうら若い乙女なジャンヌちゃんが、英雄とか言う化物と渡り合える身体能力を発揮出来るのも、神器の効果が持ち主にも適用されるからなのです」

「成る程、本来は集団戦で真価を発揮するタイプと。それなら歯応えが足りないことにも得心が行く」

「納得した? 納得したよね?」

「……嫌な含みだな」

「ってことで、ここからは強みを生かすべくレッツゴー数の暴力。キャストタイムを稼ぐ最後の無駄話に付き合ってくれてありがとーっ!」

「待て、援軍は君の決めたルールに抵触するぞ?」

「それはどーかな。行きなさい、わたしの騎士たち!」

「ハッタリだな、この場に俺たち以外の気配は無い。動揺させ―――ぬぉっ!?」

 

 ちっ、やっぱり防がれた。

 

「取り決めで禁止したのは ”味方” の援護だよん。まさか曹操の腹心が、実はジャンヌちゃんの一味とは言わないよね?」

 

 わたしの声に応じた騎士の正体は、目をグルグルにした複数の魔剣を抜いて斬りかかった北欧の英雄と、カップラーメン大好きな悪魔と契約した先祖を持つ魔法使い。

 いやー本当に頼もしい限りですよ。

 

「取られた言質の真意はコレかっ! 目を覚ませジーク! 俺とお前が争ってどうする!」

「曹操は僕の抱く王。敵であるはずが無い」

「そうだ、冷静になって剣を引け」

「しかし、王は討たれるものだろ?」

「私も同感だ。曹操は親友だが、倒さなければ無礼と言うもの」

「ゲオルクまで!?」

 

 神器戦と見せかけて、実は指輪に形状を変化させたエクスカリバーの制御に全力を注いでいたジャンヌちゃん。

 使うべき機能は言わずと知れた ”支配” の力。前に ”破壊” 、 ”天閃” 、 ”祝福” しか使えないと言ったな? アレは嘘だ。手札をわざわざ晒す訳ないじゃん!

 そもそも真っ先に使いこなす努力をしたのは、とーぜん持ち前のカリスマとシナジーする支配一択ですよ。

 まーそれでも死神なヨン様には及ばず、意思を持つ存在の支配は聖剣を持ってしても難しいのが悲しいところ。

 何時かは完全催眠能力に匹敵する効力に達したい乙女心です。

 そんな不完全な力だけど、広く浅く精神に干渉して認識をずらせば、望む方向を向かせる程度ならよゆー、よゆー。

 特にわたしの歌や踊り、それに百万ドルの笑顔で警戒心を解いた人は蝶カモい。

 狙うべきは心の隙間。

 怒りと憎しみで精神の均衡を崩している二人組みも例外じゃない……と言いたい所ですが、さすがは英雄、それも最強クラスは凄いなぁ。

 

 ”王様を全力で倒すのが下々の礼儀”

 

 とプリセットした筈なのに、どー見ても素直にベストパフォーマンスを発揮していない。

 それが魔剣の加護なのか、魔術的対抗策を用いていたからなのかは分からないけど、体が抵抗しているのか露骨に動きが悪い。これじゃ二人掛りでもあっさり返り討ち確定だにゃー。

 

「俺の朋友にどんな手品を使った!?」

「種を明かすマジシャンが居る訳ないっしょ」

「それもそうか……っと、グラムは止めろ!」

「いやー、万人に愛されるジャンヌちゃんの魅力が怖い」

「……さては聖剣団も同様の手口で洗脳したな」

「さー」

「曹操、私から意識を離すとは迂闊だぞ」

「ええい、敵に回した絶霧はこうも厄介なのか!」

 

 有名な魔剣が猛威を振るい、神器と魔術が要所をフォローするナイス連携。

 曹操も突然の事態に槍が鈍ってるし、予想よりも時間を稼げる雰囲気っぽい?。

 これなら戦果としては及第点。後は神器の効果を謀ったとでも勘違いしてくれればボロ儲けなんだけどなぁ。

 そんな打算を働かせながら遠巻きに内ゲバを繰り広げる三人を生暖かく見守り、ジャンヌちゃんは二の矢を番える準備をしながら観客席に向かってVサインを送ってアピールっ。

 

「では、手も空いたのでここで一曲。曲名はお察し、この瞬間に相応しい歌を選曲しちゃうよー! ミュージックスタート♪」

 

 無骨な戦いばかりでは、エンタメ的に物足りないでしょ?。

 ここはジャンヌちゃんの歌声で気分転換でもどーぞ。

 ついでに良い機会だから伴奏無し、歌唱力が物を言うアカペラを披露し、神器やカリスマに頼らなくても余裕で人を魅了する美声を爰乃ちゃんに聞かせてやるぜーっ。

 

「共にもう一度立ち上がれ、守れ一つの命絶やさぬ―――」

 

 ジャンヌちゃんには背負いきれない夢も、不安な夜も似合わない。

 変幻する継ぎはぎだらけの理想より、確固とした未来絵図を抱いてこそわたし。

 なので、今回も勝利の画はデッサン済み。

 心に燃える誓いの炎を武器に、ジャンヌちゃんはWINNERになる!。



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第76話「カウンター・カウンター」

やっと次回で決着。
ジャンヌの仕込みはバレバレかもですが、予想を裏切りたいなーと思う作者でした。


 ジャンヌは強い。忌々しいが、それだけは認めよう。

 おそらく万全の彼女には、英雄派の総掛かりでも勝てまい。

 何せこの自称聖女の強さとは、地球上で人間だけが持つ特別な性質のものだ。

 一説によれば、人間とは本気の犬や猫にも劣る弱い生き物らしい。

 にも関わらず、生態系の頂点に居られるのは何故か?

 答えは簡単。弱さを自覚するが故に、臆病だから。

 ジャンヌは正しくその権化だろう。

 全ての敵は自分より強いと定義し、例え赤子でも決して侮らない。

 事前調査で相手を丸裸にするのは序の口。

 傾向と対策を練り上げ、弱みを握り、罠を張り巡らせてやっとスタート地点。

 ”勝てる” と確信しない限り、土俵にさえ上がってこない筈だ。

 これがどれだけ恐ろしいことなのか、分かるだろうか?

 英雄最強の看板を掲げるこの俺に、勝つ算段が付いていると言うことだぞ?

 

「殴り倒した……もとい居眠りした朋友が風邪を引く前に終らせたいので、フルコーラスを歌い終えるまでは待てない。そろそろ再開しても構わないな?」

 

 骨の一本や二本は、自業自得と納得しろよ朋友達。

 恨むなら簡単に操られる、自分の心の弱さを恨んでくれ。

 

「どうせ借り物の曲だし、全然おっけー」

 

 石突を足元に打ち付けて音を鳴らし、気持ち良さそうに歌い続ける敵が振り向くのを待つ。

 本来であれば無防備に晒された背中に仕掛けるべきなのかもしれないが、これまでの流れを鑑みるに九分九厘の確立で罠に嵌めるための誘いだろう。

 故に俺は、あえてチャンスを見過ごす。積極的にマイナスを発生させるより、プラスにもマイナスにもならない現状維持こそ最上の手だと判断して。

 既にこの思考すらも誘導されている感は否めないが、絡まる蜘蛛の糸は未だ俺の全身を縛りきっては居ない……と思いたい。

 

「さて、歌姫の美声を聞かせて貰った以上、何か返礼しないと言うのも無粋。素人芸で拙いが、他では見られない隠し芸を披露してやろう」

「目の肥えたジャンヌちゃんなので、中途半端な見世物はちょっと……」

「そう言わずに見ていろ。禁手 ”極夜なる天輪聖王の輝廻槍”!」

 

 ここまでの流れで、ジャンヌの持ち味が直接的な殴り合いに無いことは確定。

 ならば、勝ち筋は在る。

 ありとあらゆるデバフを無効化する槍の効力により、俺はジークのように操られることも無ければ、未だ効果の怪しい聖旗の干渉すら受けることも無い。

 この前提条件がある以上、最終的に物を言うのは圧倒的な力。

 猪口才な仕掛け程度、純粋な暴力で打ち砕いてくれるわ!

 

「ちょっ、直近のルシファード襲撃時は先祖伝来な対神魔特化の禁手 ”真冥白夜の聖槍” で無双してた筈でしょ!? ドラゴンボール召還への仕様変更は初耳なんですけどっ!?」

「その通り。これは本舗初公開の亜種禁手さ。まだまだ調整中で未完成ではあるが、君程度ならこれで十分踏み潰せる。どうせ存在は遠からずバレていただろうし、怨敵の驚き顔を見られたなら元は十分に取れたさ」

 

 やっと狼狽したな、ジャンヌ。

 この天竺由来の天輪王思想を拡大解釈して開発した新型は、特殊能力を備えた七つの宝玉を発現させ、多様なスキルを組み合わせて敵を封殺するテクニックスタイルだ。

 純粋に破壊力特化の ”真冥白夜の聖槍” に比べると一撃は軽いが、敵に回した時のやり難さは段違い。制御可能な宝玉が半数に満たない現状でも、オーソドックスな槍使いが万に一つも勝てる可能性は無いと断言しよう。

 

「……いじわる」

「悪いが僕は君のファンじゃない。狐や狸が舌を出しながら泣き真似をしても心には響かないし、決して手も緩めないことをお忘れなく」

「もう、可愛くないなぁ。そんなんじゃ、爰乃ちゃんに嫌われるよ?」

「この程度で愛想を尽かせる女に懸想するとでも? 妲己も真っ青な性悪女が、鉄芯入りの折れず曲がらずな彼女を語るとはお笑いだ」

「傾国の美女と賞賛されても、ジャンヌちゃんはみんなのアイドルなの。御免なさい、曹操とはお付き合いできません」

「話を捻じ曲げるなぁっ!」

 

 悔しいが、どう頑張っても役者はジャンヌが一枚上だ。

 まんまと乗せられていることを分かっていながら、容易く平常心を乱されてしまうのがどうにも口惜しい。

 

「やれやれ、これ以上は付き合いきれん。俺は言葉よりも槍で語るのが流儀。例え一方通行の会話であろうと、四の五は言わん。尋常―――ではないかもしれないが、俺も自由気ままにやらせてもらおうか!」

「……開き直られるのは、最悪のケースなんだけどなぁ」

 

 方向性が決まったからなのか、普段と比べて妙に体が軽い。

 よもや対魔王級を想定して練り上げた新禁手で仕留め損なうとも思わないが、油断は禁物。決着が付くその瞬間まで、決して慢心だけはしないぞ。

 

「お褒め頂き光栄の至り。行け ”女宝” 」

 

 何気なく放った女宝は対異性戦の切り札。それが龍族だろうが、悪魔だろうが、性別が女である限り、全ての異能を封印する波動を放つ宝玉だ。

 これだけ聞けば最強と思うかもしれないが、実際のところ封じられる時間は僅か七分のみ。しかも一定以上の強者には防がれたりと、叩けば埃がポロポロ落ちる不良品なのが実情だったりする。

 しかしこの欠陥、短期決戦で実力下位のジャンヌ相手なら何も問題あるまい。

 

「さあ、お望み通りの全力だ。思う存分データ収集に励めよ?」

 

 心底嫌そうな表情のジャンヌに対し、穏やかな笑みを浮かべる俺だった。

 

 

 

 

 

 第七十六話「カウンター・カウンター」

 

 

 

 

 

 ”真冥白夜の聖槍” を前提条件にした戦術を練り上げていたジャンヌちゃんにとって、曹操の繰り出した新手は寝耳に水の超絶イレギュラー。

 いやホント、用意した勝ちパターンの崩壊はマズイ。

 またしてもスタート地点に戻って不確定要素に頼るガチンコ勝負? ないなー、それだけはないなー。

 かと言って、保険の伏せカードが発動するにはもう少し時間が必要だし……うーん?

 

「……冷静に考えると、君は俺と同じく神器頼りの非能力者型。ビームが通常弾のグレモリー眷属と違って ”女宝” は無意味だったか」

「ひょっとしてコレの効果は特殊能力対策? だとすると、英雄ですらないふつーの人間なジャンヌちゃんには無駄手間。戦士にマホトーンを撃つ空しさだと思います」

「しれっと偽ジャンヌであることを認めた!?」

「あれ、フランス娘から聞いてない?」

「初耳なんだが」

「それはそれとして、必殺ジャンヌちゃんホームラン!」

 

 速さはそれほどでもない宝玉の芯を食わせ、旗槍をフルスイング。

 これで1/7クリア、そう思った矢先だった。

 

「残念、その程度の揺さぶりは想定内だ」

「ほんとーに可愛くない!」

 

 ふと嫌な予感に導かれて視線を足元に向けると、そこには高低差と速度差を使い一球目をブラインドにして知覚をすり抜けた宝玉がっ!

 ヤバッと思うも、バッティングにより体勢を崩しているジャンヌちゃん。

 これはもう逃げられず、避けられない。

 もしも獲物がバットだったら、最低でも足の一本は持って行かれていたと思う。

 しかーし、私の武器は37インチの物干し竿より長い槍。咄嗟に引き戻した柄を無理やり軌道上に割り込ませ、人類の至宝を殺す気満々の悪意を滑らせるようにして受け流す。

 

「さらに、ここで変化」

「この人でなしっ!」

「君にだけは言われたくないっ!」

 

 曹操が指を鳴らした瞬間、宝玉が槍状に変化するクソゲー。

 もしも ”天閃” で反射速度を底上げしてなかったらお腹を引っ込めるのが間に合わず、マニア垂涎の可愛らしいおへそが大穴に変わっていたよ! 遊び心の足りない男はこれだから嫌だよね!

 

「……咄嗟の判断力にも目を見張るものがあるが、やはり一番の驚きはその神器だな。さすがは聖槍と同じ聖遺物。武器破壊に特化した ”輪宝” を用いても、傷一つ付けられないとは思いもしなかった」

「それって間接的に ”俺の槍、超SUGEEE” って自慢してるだけなんじゃ!?」

「さてさて? そら、口を開く余裕があるなら次をどうにかして見せろ」

「戦略的撤退っ!」

 

 幸い曹操は宝玉を飛ばすばかりで距離を詰めて来ないし、行動指針が固まるまでのらりくらりと時間を稼ぎながら逃げ回るが吉っ!

 幾ら技量で劣っていても、聖剣の加護を受けたジャンヌちゃんの足は木場きゅんにも劣らぬ一級品。この速力で徹底的に受けに回れって、何か後ろで光った?

 

「やあ、ジャンヌ。俺は君のことが大嫌いだが、どうしても抱擁を交わしたいと言うのなら致し方ない。女に恥を欠かせないのも男の務め。我が愛憎を思う存分抱きしめろ」

「!?」

 

 ん? あれ? どうして全力後退した筈が曹操と目と鼻の先に?

 返事をする暇も無く吹き抜ける銀閃を辛くも受け、パニックを理性で押さえ込む。

 同時に旗パーツを大きく広げて視界を塞ぎ、負けじと槍を横薙ぎに振るうことで窮地を脱出っ。

 おーけーおーけー、パニクる前に状況証拠から検証してみよう。

 曹操がモチーフにした神様は、時間属性とは無縁の天輪王。ファンタジー相手に常識を語ると足元を掬われるけど、元ネタと無縁の能力を発現させることは不可能ってのがパパの出した結論だった筈。

 つまり、ジャンヌちゃんはポルナレフされた訳じゃない。

 周囲の気流も乱れてないし、超スピードで階段を降ろされた訳でもない。

 正攻法大好きな曹操の性格上、催眠や洗脳の可能性もゼロ。

 よーし、何となく消去法で答えは分かったぞぅ。

 多分、ジャンヌちゃんは転移させられたんだ。

 

「その真顔が見たかった」

「に、にぱー」

「作り笑いよりも、凛々しい表情の方が魅力的だと思うがね」

 

 お、閑話休題カウンターのチャンス見っけ。

 

「そーそーさんや」

「何だい?」

「今、言い逃れできない感じにジャンヌちゃんを口説いたよね?」

「社交辞令だぞ?」

「でもさ、普通の女子高生が……特にギャルゲー的な意味で攻略中の女の子が聞くとマズイ会話だと思わない?」

「……軽い男と思われる危険性は高いな」

 

 一瞬の動揺を見逃さず、倒れこむようにして胴回し回転蹴りぃぃぃっ!

 

「一芸に特化しないオールラウンダーらしい奇策だが、惜しい。残念賞」

「思惑通りだよん。その仰け反った視線の先をよーく見て。あれ、どこかで見た顔が居るよ? あの子は香千屋さんちの爰乃ちゃんに瓜二つだと思わないかにゃー?」

「!?」

 

 繰り出され続けた手も痺れる重い連撃がピタリと止まり、ジャンヌちゃんと天空のお姫様を交互に見ては、雑多な感情が混ざり合った複雑な表情を浮かべる純情ボーイさん。

 これぞジャンヌちゃんの真骨頂。

 物理の刃は届かずとも、言葉の矢は防御を無視して心にダイレクトアタックなのさ!。

 

「ご紹介致しましょう。彼女は心の友にして、ユニットの相方候補。何気に私より胸の大きい―――あいた!?」

 

 ジャンヌちゃんの頭に投げつけられたのは、勿体無いことにメイドさん手作りのクッキー。

 しかし、お菓子と侮ること無かれ。ピッチャーの手で鋭い回転を付与された小麦粉の塊は、立派な手裏剣にエボリューション済み。

 と言うかコレ、当たり所が悪ければ地味にダメージ大きかった気が。

 少しばかりの個人情報を流出させたからと言って、ツッコミがセメント過ぎじゃないかなっ!

 

「か、仮にも貴様は愛や恋を詞に込めて歌うアイドルだろ! 他人の恋路を遊び道具にする姿勢は、幾らなんでもファンに申し訳ないとか思わないのか!?」

「はっはっは、曹操は漢字圏の癖に知らないのかなぁ?」

「?」

「人の夢と書いて儚い。じゃあ人の夢の結晶な偶像は、時に夢と希望を全力デストロイするのも義務ですよーだ」

「その論法はおかしい! 精神科へ行け!」

 

 おー、予想よりもダメージ大きいね。

 本来の流れでは、神様も余裕で殺せる破壊力の代償として小回りの利かない ”真冥白夜の聖槍” モードを、ジャンヌちゃんの禁手が容赦なく封殺。

 秘密カリバーをブン回してフルボッコにした後に

 

 ”片思いの女の子が観戦している前で、青天井晒すってどんな気持ち?”

 

 と煽る計画だったけど、コレはこれでオーライ。

 ここで爰乃ちゃんの存在を晒すことで体面を重視する曹操は ”卑怯” な手段は選べず、自分で自分を縛るハンデを勝手に背負い込んでくれる筈。

 さっそく動揺の余り宝玉のコントロールが疎かになってるし、恋する若者はチョロいなーと思うジャンヌちゃん。

 これなら、もーちょい露骨に神器を使ってもバレないかな?

 そう判断した私は、ここが攻め時と旗の効力をMAXに引き上げてから地面に突き刺して固定。一番慣れ親しんだ長剣に変化させたエクスカリバーを抜刀し、オーソドックスに正眼の構え。

 曹操が目を丸くしたのを見計らい、ジャンピング真っ向唐竹割りぃぃぃつ!

 

「おっと、試合は続行中なのをお忘れなく」

「神器の次は、報告書にもあった真性エクスカリバーか!」

 

 計算通りわざと防がせて、鼻を突き合わせての鍔迫り合い開始っと。

 さーて、この状況なら答え合わせをさせてくれるよね?

 

「今グイグイ来られるのは……くっ ”馬宝”!」

 

 ジャンヌちゃんの頭上に移動した玉が光ったかと思えば、予想通り曹操から離れた上空に飛ばされた。

 うん、やっぱり対象を任意の場所に転移させる能力持ってたかー。

 おそらく飛ばせる範囲は近距離限定。断定は出来ないけど、障害物の存在しない空間に移動させられたことからウイザードリィ的 ”壁の中に居る” コンボも不可能と。

 

「たっだいまー」

「お呼びじゃない!」

 

 ”天閃”を起動して一気に地面に降り立ったジャンヌちゃんは、ビシっと決めポーズ。

 ここまで盤面が整ったなら、もう行くしかないよね。

 

「ぼちぼち勝利の方程式を再構築完了。ファイナルターンを宣言する!」

「奇遇だな。俺も姫君への謁見こそ急務。決着に異存は無い」

 

 多分、爰乃ちゃん達系力押し大好き組は、相性問題で曹操とは分が悪い。

 しかーし、押しても駄目なら引いてみろ派のジャンヌちゃんは違う。

 だって何処の神様の悪戯なのか、私の得意分野は彼にとっての劇薬だよ?

 

「一応宣言しておくけど、私の主武装は本来こっちだから」

「武器変更は君の自由だが、よもや槍術三倍段の格言を知らないのか? 幾らエクスカリバーが優れた武器だろうと、リーチの差は埋まらないぞ?」

「それは剣として運用した場合の話。ほらほら、答えが知りたいなら得意のビーダマを撃ってきたらどうかなっ!」

「是非も無し。行け ”輪宝”。引導を渡―――何故動かない!?」

「あれれー、おかしいぞー? 何時まで経っても攻撃されないぞー?」

 

 こう見えても敵が発動した魔法効果の奪取どころか、切欠さえあれば英雄さえ操ることが朝飯前な程に ”支配の聖剣” へ特化した神風アイドル・マジカル☆ジャンヌちゃん。

 

 Q:そんな女の子に対して、ファンネル(仮称)を放つと?

 A:サイコミュ・ジャック。NT-D!

 

 ジャンヌちゃんの前でコントロールを緩める行為は、鴨が葱を背負って現れる様なもの。

 介入する隙を与えてくれるなら、通信プロトコルへの干渉も一発でよゆーよゆー。

 あっという間に制御を奪い取り ”さあ、おいで” と念じればあら不思議。

 掌を返した宝玉は、敵を守る勇敢な騎士様に早代わりしちゃうのですよ。

 

「手始めに ”女宝”、”輪宝”、”馬宝” の支配権は貰ったよん」

 

 他を奪っても使い道が不明だし、手を広げればそれだけ集中が乱れちゃう。

 効率を考えると、今は確保を三つに絞るのがベストだと思う。

 

「……本当に俺の命令を受け付けない。さては支配の聖剣を使ったんだろうが、君はいよいよインチキの塊だな。やろうと思っても、常人に出来ることじゃないぞ」

「えっへん。ちなみに忠告。禁手を解いて再発動しても無駄だよ? どうせ曹操とはまた戦う羽目になりそうだし、宝玉を支配する手順は確立してるからねっ!」

「……そうか」

「ってことで、ソードビットっぽい ”輪宝” ゴー!」

「させんよ」

 

 曹操が宝玉を全て消しつつ槍を引いて溜めを作った瞬間、私は待ってましたと ”支配” をカットして ”天閃” に脳内リソースを全て割り振る。

 これなら何とか行けるかにゃー? そんな考えは、蜂蜜に砂糖を混ぜ込む甘さ。

 繰り出された本日最速の直突きは、効率良く人を殺す体の中心狙い。

 あ、避けるの無理だ。

 そう諦めて左肩を差し出すまでに掛かった時間は一秒未満。

 焼けるような痛みを食いしばって耐え、次に繋げるべく即座に ”破壊” を起動。聖なる波動が刀身に満ちるのも待ちきれず、既に追撃の構えを見せている覇王へ力を解き放った。

 

「散々あしらわれて気づいたんだが、実は君の弱点って単純明快な暴力だろ?」

「ノ、ノーコメントっ」

 

 余裕で切り払われたけど、立て直せたから良しっ!。

 

「手札の多さはイカサマの温床で、疑心暗鬼を生む種。そもそも君の得意分野である計略で競おうと思った俺が浅はかだった。ここからは問答無用で滅多刺しだけを考え、シンプルに唯の槍使いとしての俺を見せてやろう」

「攻略ヒロインの前で、人殺しはどうかなーなんて」

「立会いの結果は自己責任。彼女も同じ見解だと信じているさ」

「ぐぬぬ」

 

 爰乃ちゃんも鳥娘を殺す気でブン殴ったらしいから、見解は正しいのがまた……。

 でも、この流れも一応予測の範疇。

 不利なだけの禁手を解除して、力の温存を図るのは自明の理だしにゃー。

 今のところ想定外のイレギュラーは片腕死亡だけだし、後はアドリブで誤魔化そう。

 

「後はアレだ。これは見世物なんだろ? 余興ついでに究極の聖剣と神滅の槍の何れが真に最強なのか、お客様に披露しようじゃないか」

「拒否権プリーズ! ノーモア映画泥棒!」

「却下」

「扱いが雑だーっ!」

 

 最大の武器、言葉が全て流される悲しさ。

 地力勝負に持ち込まれ、策士策に溺れる。

 そんな幻聴が聞こえたような、聞こえなかったような……。



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第77話「勝利者の挽歌」

 第七十七話「勝利者の挽歌」

 

「流れぶった切り、エクスカリバァァァァッッツ!」

「見え見えの大技に頼る辺り、追い詰められている証拠だぞ?」

 

 小細工を捨て本道に戻った曹操は、速く、鋭く、効率だけを追求する正統な王者。

 しなりを利用した予測の難しい穂先が、頭上、足元、正面、側面と、バリエーションに富んだ軌道を描く通常攻撃だけでもキツイのに、基本に立ち返ったことで生まれた余裕が鉄壁の防御を同時に達成するインチキっぷり。

 ほらまた、掠れば蒸発する必殺ビームを余裕綽々に真っ二つ。

 適正レベルの概念を無視するレベルMAXの勇者に襲われたボスの気分がよーく分かる。

 

「目に見えて聖剣の出力が落ちたな。これで次弾は撃てまい」

「それはどうかなー? 実はカートリッジ式で連射可能かもよ?」

「ま、もう一発ある前提で進めるさ」

「キャッチボールが綺麗に決まり過ぎるのも考え物だっ!?」

 

 せっかく用意した最強クラスの鎧も、穂先に力を集中した聖槍にとってはダンボール鎧と同じ扱い。

 丁寧に削ってくる几帳面さんに腰アーマーを持っていかれ、いよいよ防波堤が気休め程度にしかならないと認めるしかないなーと諦める。

 よし脱ごう。キャストオフして、チェンジビートルしよう。

 そう決めたジャンヌちゃんは、曹操が槍を引いた瞬間を見計らって行動開始。

 右手の掌をビシっと開きながら突き出す意味不明な行動で警戒を煽り、攻め気を削ぐことでお見合いを演出。罠か誘いかと悩む隙を突き、楔を打ち込むことに成功する。

 

「タイム、少しだけ戦闘中断!」

「俺に付き合う義理があるとでも?」

「別に嫌なら嫌でいいよ。可憐で、儚く、世界を照らす太陽のような女の子が武器も手放した状況で、一方的にズンバラしたいならどーぞどーぞ」

「……何を、企んでいる」

 

 エクスカリバーをポイっと放り捨て、両手を腰に当てたポーズは隙だらけ。

 くっくっく、正義の英雄様が人の目が在る場所で正道を外れた真似は出来ないよねぇ。

 さーて、交渉の椅子に座って貰いましょうか!

 

「やだなー、企むとか人聞きの悪い」

「謀は君の代名詞だと思うんだが」

「裏表のない清純派アイドルです♪」

「もう、何も言うまい……」

「納得したなら話を進めるよん。えっとね、この試合って一応はスポーツ感覚のゲームだと思うの。なら、この汗で蒸れて来た鎧を脱がせて欲しいなーって」

「反応速度で一歩遅れる対応策として、軽量化を試したいと言う話だな?」

「き、気づいていても指摘しないのがマナーだと思うなっ」

「ふむ」

 

 屁理屈を言わせれば、パパにだって負けないジャンヌちゃん。

 つまり、悩んだ時点で君の負けなのだよワトソン君。

 

「あ、ひょっとして曹操さんはアレですか? 半壊した鎧を着た美少女を追い詰めて ”くっ殺せ” なプレイがお望みみたいな? つまり、まさかのコスプレ派ってことですよね!」

「無条件で三分だけ待つから、冤罪を擦り付けるの止めような!?」

「見て見て、爰乃ちゃんが ”あ、お前もか” 的な諦め顔を浮かべてるよ! やったね曹操様、軽くイッセー君系にジャンル分けされたかも!」

「大丈夫。半信半疑さ、そう、半信……半疑」

「ほらほら、落ち込むチェリーボーイに特別企画。悪魔すら魅了する究極完全アイドルが、史上初の生着替えを披露しちゃうぞー」

「結構です」

「小学生じゃないんだし、照れない照れない」

「死ねばいいのに」

 

 無駄口引き伸ばしも含めて、まずまずの成果。

 まー三分といいつつ終るまでは仕掛けてこないだろうし、回復がてらギリギリまで引っ張ろっと。

 と言うことで、先ずは無駄にポーズを取りながら肩当から。

 歌を口ずさみながら手を変え品を変え、露骨な引き伸ばしで鎧を外していく。

 

「それで終わりだな? 剣も拾ったな?」

「いえすあいどぅー」

「一刻も早く再開―――」

「見て見て、ちゃんとインナーも可愛いデザインでしょ?」

「黙って死ねぇぇぇっ!」

 

 最後の胸当てがガシャリと落ちる頃には、予定時間の三倍が経過していた。

 代償は頬を掠めて吹き抜けた銀の槍に込められた怒り。

 しっかーし、収支は超絶黒字のおーるおーけー。

 色々苦労もさせられたけど、これで布石は全て打ち終えた。

 後は最後のピースを自分の手で埋めるだけってね。

 よーし、ここからはチキンレースだぞぅ。

 エクスカリバー始動。 ”天閃” 、 ”祝福” 、 ”支配” 全っ開っ。

 ここに至ってスタミナ配分なんて考えない。

 勝つ為の片道トランザムで、中華大帝を駆逐するっ!。

 

「鎧を脱ぎ捨てた程度でこの変化。 凄いな、これは驚きだ!」

 

 普段なら即レスのジャンヌちゃんが口を噤むのも当たり前。

 だって今は、それどころじゃないんだよ!

 一度でも足を止まれば曹操にターンが回る以上、攻めて、攻めて、攻め続けないと。

 あ、ジャンプ斬りの着地地点が右にちょっとずれた。ええい、修正っ!

 半歩足を移動させつつ右袈裟斬りを左に跳ね上げ、Vの字を描く二連斬……と見せかけコンボ継続。左手だけを柄から離し、曲げる勢いを利用した唐突の肘を叩き込むも防御の上でダメージは殆どゼロ。

 しかーし、まだまだこれから。

 再び両手持ちに戻しながら、その場で半回転。ダンスで鍛えた美しく、無駄のない足運びが産んだ遠心力を余さず乗せた水平斬りならどーさ!

 

「このペースを維持されると少々マズイが、早くも息が上がってきたと見た。自滅するなら大歓迎、最後の悪あがきを存分に楽しめ似非聖女」

 

 仰るとおり、この選択は命を削る大暴走ですよ。

 壊れた片腕を含む全身を ”支配” で強制的に制御。負荷を無視した ”天閃” による最大稼動は、一秒ごとに体が悲鳴を上げる最低最悪の自殺行為だと思う。

 今はまだ ”祝福” で引き上げた幸運値の加護で運よく大きな怪我には発展していないけど、ガス欠含めて残り時間は僅か。

くーっ、ギリギリの綱渡り感が堪らない!

 

「楽しい舞踏会も、そろそろ終わりだな」

 

 動き続けて数分。蟻の一穴を目指して頑張ったジャンヌちゃん。

 けど、努力は成果を生むとは限らないんだよね。

 単発威力重視も、手数を増やした連激も、混ぜ込んだ体術も、ありとあらゆるバリエーションが一歩届かない。

 ま、この辺は本職と兼業の差だから織り込み済み。

 大切なことは、人類最速で動き続けるジャンヌちゃんに追従させること。

 さーて、根競べ続行。悪手が妙手に化けるまで、死んでも止まらないぞぅ。

 

「見えているのに体が動かない? 呼吸が……心臓が、おかしい…?」

 

 剣の重みに体が流され、ついに精度が落ちてしまった中途半端な突き。

 平凡以下のソレが曹操の脇を抉った瞬間、来るべき時がついに来たと悟った。

 唐突によろよろと膝を着いて呼吸を荒げ始めた敵に対し、ジャンヌちゃんは神器と聖剣の電源を即座に落としながら後退。

 こちらもリバウンドで絶え絶えな息を必死に整え、杖代わりについたエクスカリバーへ体重を預けることで倒れこむことを回避する。

 

「ふふふふふ、我が策成れり」

「当然、君の仕業だよな。どんな小細工を使った? 聖槍の加護をすり抜ける小細工の正体を、立ち上がれもしない俺にご教授願えないか?」

 

 酸欠寸前でクラクラするけど、解説パートは物語の華だからにゃー。

 お望み通りのネタ晴らし、いってみよー!

 

「先ず勘違いを正そっか。ジャンヌちゃんが曹操に付与したのって、何の変哲もないバフだからね? 呪いとか呪詛の類じゃないよ?」

「頭すら回らないコンディションを招くバフがあるか!」

「あー、こっちの神器の効果説明を覚えてない?」

「話がいまいち繋がらないんだが」

「察しの悪いお客様にヒント。エクスカリバーの ”天閃” は、上級悪魔が目で追えないグレモリーの騎士さえも上回る速度を出せる機能です」

「……まさか手放で神器を稼動させ、俺への干渉を続けていたと?」

「いえす、英雄だろうと所詮は人間。本来なら反応出来る筈がないのです」

 

 対象に悪影響を与えず、むしろ益に適う効果を世間では祝福と言う。

 そんな善意を、神様の意思が宿ると噂される聖槍が排除すると思う?

 答えはNO。体力以外のパラメータを全て引き上げたジャンヌちゃんの心づけは、ひっそりと誰にも邪魔されること無くずーっと曹操を超強化し続けていたのでした。ぱちぱちー。

 いやー、神器の発動状態を維持しながら聖剣を振るうのは本当に疲れた。

 頭を使い過ぎて吐きそうですよ。てへっ♪

 

「……異常に調子が良過ぎて、おかしいとは思っていたんだ。自分の限界を超えた力を引き出され、しかも全開で動かされ続けた結果の自滅が答えだろ?」

「大正解。曹操の容態はエネルギー枯渇のハンガーノックですねー」

 

 エンジンの排気量は上がり、しかし燃料タンクの中身だけが小型車のまま。

 燃費の悪くなった状態で暖機運転を延々と行い、その後はゼロヨン仕様の車と併走を続けた結果はお察しの通り。

 意識に反して体は動かず、糖質を補給しない限り復活の見込みゼロ。

 自転車競技の選手が陥りやすいこの状態になれば、最強の英雄でさえまな板の上の鯉も同じなのさっ!

 

「ペース配分を考えない猛攻さえ囮……くそ、一杯食わされた。試合運びは君の完全勝利だと認めざるを得ない」

「その調子で負けを認めるなら、命までは取らないよん。どする?」

「残念。投了して綺麗な棋譜を残すより、泥臭く足掻いて僅かな光明に縋るのが俺の美学。五体満足で愛槍が折れていない以上、投了は有得ないさ」

「そっか。じゃ、曹操の命運もここまでってことで」

 

 芸能世界も裏社会も、舐められたら終わり。

 口だけと侮られれば今後の活動にも響く以上、命を奪うことに躊躇いナッシング。

 殆ど残っていない握力でエクスカリバーを握り締め、これが〆と ”破壊” を起動。

 曹操なら、気力を振り絞った最後の抵抗は十分考えられる。

 だから絶対に間合いには入らない。

 万全を期して、アウトレンジからの必殺技で止めを刺すよーっ!

 

「先に謝罪しよう」

「アイドルの手を汚させてしまうことを?」

「死ぬのは君だ」

「あ、ヤバい雰囲気」

「最早手段を選べる状況じゃない。過去の先輩達も超越者にしか使用しなかった ”覇輝” を、史上初めて普通の人間を対象として発動する踏ん切りもついた。果たして憔悴したこの体が耐えられるのか、それは俺にもわからん。だが、最悪でも相打ちなら御の字さ。俺が転がす最後のサイコロ博打、付き合ってくれよ!」

「追い詰め過ぎたぁぁぁあっ!?」

 

 何か凄い光に包まれ始めた核爆弾へ、本日二度目のエクスカリバァァアッ!

 あ、やっぱり届かず霧散した。

 聖属性の親玉に、同属性下位の攻撃が通じるわけないよにゃー。

 さて、最大火力が通じない時点で手詰まり感がヤバイぞぅ。

 普段なら形振り構わず逃げるけど、爰乃ちゃんを見捨てれば一門に殺される。

 速く死ぬか、遅く死ぬか。どっちも選びたくないなぁ。

 今こそ脳裏に電流走る時。考えるんだ、天才美少女ジャンヌちゃん!

 

「き、近隣一帯ふっ飛ばす勢いの溜めですが、お仲間は逃がさないの?」

「彼らは部下だ。王の手に掛かるなら本望だろうよ」

「好きな女の子を巻き込むのは如何な物か!」

「命の惜しい貴族様が守ってくれるさ。仮に手違いがあろうと、彼女だけは冥府の底から見つけ出して地上へ救い出す覚悟は在る」

「他の説得材料が思いつかない!?」

 

 いよいよ呪文を唱え始めた曹操の決意は固かった。

 言葉も、神器も、聖剣も、今のコレには届かない。

 眺めるだけで吸い込まれそうな光を前にして、進むのか下がるのか。

 

「どうしたものかにゃー」

 

 半ば諦めのポーズで空を仰ぎ見て思う。

 黄昏の聖槍の最大稼動データは、堕天使でさえ正確に把握していない。

 確実に断言出来る事は一つ。覇龍さえ上回る脅威だってことだけ。

 確か ”魔を滅ぼし、神を討ち、人の世の理を守るもの” だったかなぁ。

 素直に文献を信じれば、純人間ならノーダメージにワンチャン。

 いやいや、普段は無害な光も束ねればレーザーだから。

 安易な安心感は絶望の落差。泣くのは自分なのでやめ―――お?

 

「こっちだって、こっち! ハリハリーっ!」

 

 役に立たない聖剣を放り投げ、空に向かって旗をぶんぶん振り回す。

 冥界特有の昏い空に落ちた白い汚点こそ奇跡の証。

 ジャンヌちゃん、神様信じるよ! 間に合うと思ってなかった!

 

「見苦しい、騒ぐな」

「足掻くジャンヌちゃんが無様なら、それはブーメランになるけど?」

「これは失礼。侘びとして、残り時間をアナウンスしてやろう」

「お手数をかけます」

「過去にベストコンディションで試した際には、割とスムーズに覇輝へ至った。しかし、今回は大人気ない主人に槍がお冠でね。今暫くの猶予が君には残されている」

「そっか。なら、天に愛されなかった曹操の勝ちの目は消えちゃった」

「君に大逆転の目が?」

「そんな目が残っているなら、ドヤ顔で勝ち誇ってましたっ!」

「?」

「チェックメイト、王手詰み。盤面の決着が付いていても、無法者が乱入して対局者を殴り倒した挙句にちゃぶ台返し。果たして白星はどちらの手に?」

 

 ぴっと人差し指を天に伸ばせば、そこには真ゲッターを髣髴とさせる出鱈目な軌道で空を翔け抜けて来た白龍が光臨する真っ最中。

 敵意剥き出し。鎧を纏った臨戦態勢なバリ君の狙いは、何を隠そうこのジャンヌちゃん。

 

「状況を簡潔に説明しろ」

「そこで唖然とする曹操は、はるばる冥界まで爰乃ちゃんを追って来たストーカー」

「半端な情報で俺を釣り出した貴様の目論見は?」

「ふ、普段は斜に構えて余裕ぶる兄貴分を、本気で動じさせたかった可愛い妹のお茶目?」

 

 プールで爰乃ちゃんに頼まれ連絡を入れた先は、最近携帯を持ち出したバリ君。

 あえてアドラメレク氏を避けた理由は簡単ですよ。

 同じ義父に育てられた妹分には、兄の恋路をサポートする義務が在る。

 なら、悪い悪魔(冤罪)に囚われたお姫様(賓客)と言う絶好のシチェーションを、恋のステップアップに生かさずどーする。

 そう考え、吟味して伝えた内容は

 

 ”娘の身柄は確保した。無事に帰して欲しければ、一人で迎えに来い”(要約)

 

 と、言うもの。

 こうでもしないと、化鳥やら何やらが押しかけるでしょ?

 要求に従わざるを得なかった、って逃げ道を用意する為に悪役を買って出たジャンヌちゃんです。

 まぁ、深く考えないバリ君は悪質な嫌がらせって感じたかもね。

 余計なお節介って思われるもの嫌だから、あえて思惑は語らないよん。

 どうぞ煮るなり焼くなり好きにしなっ!

 

「そうか、お前達が俺の敵と言うことだけは理解した」

「待て、冤罪だ。俺の狙いはシャルバであって、君が思うような真似は―――」

「駒王学園で拉致紛いに及んだ前科者の言い分を信じろと? 俺はあの時言ったよな? アレには手を出すな。近づくな、と」

「……確約した覚えは無いがね」

「ちなみに曹操さんは、ステージ衣装でドレスアップした爰乃ちゃんを超意識してました。雰囲気的に適当な口実をでっち上げ、思いの丈を吐き出す流れだったと思いまーす」

「話がややこしくなるから、事実の曲解は止めろ!」

「ほう、事実なのか」

 

 よーし、良い流れ。

 

「と言うかジャンヌ。何時の間に呼び寄せたのかは知らないが、味方の加勢を禁じたルールを忘れるな。このまま彼の介入を認めると、反則に抵触した君の負けが確定するぞ?」

「はっはっは、何を仰いますか。聞いての通り今のジャンヌちゃんは、バリ君にとってふつーに敵ですよ。つまり、ルール違反にはならないのです!」

「さっきの戯言が、ここで繋るのか!?」

 

 兄貴分の高いヘイトは、試合と無関係の偶然。

 都合の良い状況で、都合の良いタイミングに現れたのも偶然。

 突如舞い降りた幸運は、日ごろの行いの成果ってことだよね!

 

「悪いが俺は半分悪魔だ。時世の句を読ませる温情を期待するな」

「こうなれば中途半端でも覇輝で―――」

「遅い」

『PINPOINT DIVIDE!』

 

 これぞ産まれ持った生物としての差ってやつ?

 最強の龍皇が全力で放った半減の力には、究極へ至る途中の曹操でさえ無力。

 神滅具のランクより、持ち主の質が重要だってよーく分かる。

 え、ジャンヌちゃん? そりゃ、防げませんって。

 気づけば曹操と仲良くKOされ、青天井ですが何か?

 

「……一撃で沈む? さすがに予定外だぞ?」

 

 バリ君的には小手調べかもしれないけど、こっちは瀕死だったの!

 定番の能力程度、万全なら対策してますよーだ。

 

「こいつらの優先順位は下の下。興も醒めたし、放置でいいか」

 

 それでこそ、雑魚に執着しない古今東西最強白龍皇。

 ダメ押しの魔力攻撃は死ぬって、実はビクビクしてましたぁぁぁっ!

 

「ま、待った」

「ん?」

「麗しの姫君は、テラスで優雅に勇者の助けを待っているぞよ」

「最初から素直に言え」

「天邪鬼のジャンヌちゃんには無理……がくっ」

 

 蓄積した乳酸と、ダメ押しの半減の効果でジャンヌちゃんのライフは皆無。

 頭を上げるのもしんどく、迫真の死んだフリでお見送り。

 本当は、このままスヤァしたいよ?

 でも、ここで白黒付けないと後々がめんどい。

 もう少しだけ頑張るとしますかねー。

 

「ううっ、出来損ないだろうと覇輝は覇輝。何故に奴は外部干渉を?」

「それはそれとして、試合はスコアレスドローでおーけー?」

「……賭けは無効だぞ」

「別にいいけど、騎士団は返さないよん」

「何も失わなかった君と比べ、損失を補填出来ない俺の実質的敗北じゃないか!?」

「また、お買い得な戦力が育ったらスカウトに行くねっ!」

「やめて!」

 

 ふぅ、これで招かざる客の応対も終りっと。

 プライドの高い曹操なら急かさなくても無言で帰るだろうし、そろそろ店仕舞いにしよっかな。

 今日は本当に疲れたよパトラッシュ。少しだけ休んでもいいよね……?

 所詮ここは冥界で、天使がお迎えに来る可能性もゼロ。

 お茶会に送り込んだ新顔が、面倒臭い事態を引き起こしても知ーらない。

 乾いた雑巾から、無理やり雫を搾り出されたジャンヌちゃん。

 もう、限界なのです。

 騒ぎで目を覚ました凸凹英雄が、ご主人様を介抱する声さえ子守唄。

 後は野と慣れ山となれ。そんな心境で、瞼を閉じるのでした。



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第78話「真実の鏡」

 父は初代魔王に比肩する魔力に加え、神滅具さえも備えて誕生した俺を憎んでいた。

 何せ純血の最上位悪魔として誕生した自分は祖父の足元にも及ばない二流。初代と比べるのもおこがましい力しか備えていないというのに、混ざり物の息子は常識外の怪物だ。

 当時は虐待の理由に検討も付かなかったが、成長した今なら聞かずとも分かる。

 あれは劣等感から来る負の感情の発現。戯れで人間に産ませた玩具が創造主を凌駕する異常事態を認められず、自尊心を満たす為にどうしても必要な代償行為だったのだろう。

 

「悪魔の城を見ると、色々なことを思い出す」

 

 対して母は優しかった。そして、純粋に俺を愛してくれた。

 あの人にとっての息子とは悪魔に弄ばれた忌まわしい記憶の結晶だった筈なのに、虐待を受ける俺を、何度も、何度も、庇おうと必死に懇願し続けた姿は今も瞼の奥に焼きついて離れない大切な記憶だ。

 もっとも唯の人間が魔王の直系に抗える筈も無く、無駄な行為だったのかもしれない。

 しかし、それでも俺は救われたんだ。

 父の目を盗んで作ってくれた、塩と胡椒だけの粗末なパスタはこの世で一番美味かった。

 頭を撫でられるだけで、どんな暴力も受け流せる心の平穏を得られた。

 あの人さえ居れば、俺はそれだけで満足だった。

 

「……母さん」

 

 変わらぬ日々が続いたある日、恒例の暴力を振るい終えた父は唐突に言った。

 やはり人間は汚らわしい。あの女は昨夜の内に処分した、と。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は檻の世界を捨て去る覚悟を決めた。

 元より強者たる俺にとって、外の世界を一人で生き抜くことは容易い。

 にも関わらず監獄に留まり続けたのは、守るべき存在が居たからだ。

 俺が抵抗すれば、代わりに母が殴られる。

 俺が出奔すれば、腹いせに母が殺される。

 そう思えばこそ、生贄の羊としての役割を甘んじて受け入れていた俺だ。

 繋ぎ止めていた枷を外してくれるなら、こんな場所に留まって堪るか。

 今は尻尾を巻いて逃げるが、他の世界で力を蓄えた後は覚悟しろ。

 俺から太陽を奪った罪は絶対に忘れない。何時か必ず貴様の命で償わせてやる。

 心に復讐の炎を灯した俺が向かった先は悪魔の目が届かず、隠れ住むに易い人間界の欧州と呼ばれる地域だった。

 しかし短絡的に選んだだけの道行きは、結果的に最適解だったらしい。

 紆余曲折の末に出会った男の名はアザゼル。

 今の俺を形作る上で欠かせない、憧憬を抱くに相応しい大人だったのだから。

 

「行くぞアルビオン。魔王直系の力を図る意味も兼ね、一気に攻めるぞ」

『つまり、ルシファー城攻略の前哨戦だと?』

「そうだ」

『当時の私は見ていることしか出来ず、歯痒い思いをしていた。しかし、今や我ら二人で一つの白龍皇。母君の時と同じ轍を踏まぬ為にも、全身全霊で力を貸そう。いよいよなれば、封じたアレさえ解き放つ覚悟は出来ている!』

 

 無力で弱かった少年は、結局のところ何も出来なかった。

 しかし僅かなりとも成長した今なら、違う未来に辿り付くことも可能だと思う。

 まだまだガキと笑われようと、知ったことか。

 禁手、覇龍、魔法、体術、貪欲に鍛錬を続けて流した汗は、全てこの日の為の布石。

 二度と虐げられない為、神も悪魔も食い千切る鋭い牙はこの身に宿っている。

 

『ううっ……最近のヴァーリは控えめに言ってキチガイ枠で、脳に損傷を負った疑念を払えなかったアルビオンさんです。いやはや、調子を取り戻してくれたなら一安心。やはり我が主はピカレスクですよ。これを機に変態共との縁はきっぱり断ち切って―――』

「無理だ。既に第二回エロス選手権に、暫定王者としての参加が内定している」

『えっ?』

「俺はどんな戦いからも逃げない。爰乃も玉座も、何一つ譲らん」

『ふ、懐が広くなったと喜ぶべきか、それとも妙な遊びを覚えたと嘆くべきか……どんなコメントを返せば改心してくれるのか分からないよドライグ君っ! 僕はどうすればいいの!?』

 

 うーむ、最近のアルビオンは幼児退行気味気味の情緒不安定で困る。

 常用しているドラゴン用精神安定剤は、果たして本当に効いているのだろうか。

 まさか医者の誤診? ぼちぼちセカンドオピニオンを考慮して、別の診療所を探すべきか……?。

 

「む、屋上は無人か。城内に突入する必要が在るな」

『おういえー! れっつぱーりー!』

 

 母さん、俺は貴方を守ることが出来ませんでした。

 ですが、もう二度と同じ後悔は繰り返しません。

 生涯得られると思っていなかった、同じくらい大切な人を今度こそ救います。

 それが俺の償い。墓前に捧げる花束です。

 

「爰乃、アザゼル、ついでのおまけでジャンヌにも敵意を向ける奴らは全員殺す。俺の身内に手を出す意味を、この機会に冥界全土へ知らしめてやる」

 

 愚かにも逆鱗に触れた悪魔を抹消すべく、俺はテラスから場内に踏み込むのだった。

 

 

 

 

 

 第七十八話「真実の鏡」

 

 

 

 

 

 どうせヴァーリは事情を知る役者の一人。別に慌てて合流する必要も無いと判断した私は、試合の趨勢が決まった時点でシャルバさんの要求に従い席を立っていた。

 家主に誘われ向かった先は、大きな姿見の設置された更衣室でした。

 過程は兎も角、勝負は引き分け。つまり双方とも予測を外した共倒れ。

 個人的にはノーゲームで流したい結果ですが、腐ってもこれは悪魔と交わした正式な契約です。

 引き分け時のルールを定めていない以上、見るべきは結果のみ。

 つまり私も負けなら、シャルバさんも負け。

 私は被写体になり、シャルバさんはお土産を渡して決着となった訳でして。

 

「痛み分けで済んだと喜ぼう」

 

 私が自虐する理由は、内容的に読み負けたことに起因する。

 始めにエンターテイメントと宣言されているにも関わらず、ついつい真っ当な一騎打ちと勘違いしたのが最初の躓き。

 見世物なら台本があって当たり前。大番狂わせこそ数字を取る上の鉄則だというのに ”単純に強い方が勝つ” と言う価値観に縛られてしまった。

 

「……愚痴を零す前に、契約を履行しないと」

 

 悪いのは、与えられたヒントを読み解けなかった私。

 どうせ引き分けも温情措置です。

 だってヴァーリがジャンヌちゃんを巻き込むメリットが無い以上、最後の爆発オチはシャルバさんなりの気遣いと考えなければ腑に落ちません。

 そんな優しさに報いられるとすれば、黙って着せ替え人形の役割を果たすことだけ。

 幸いと言うべきか、渡されたメイド服はフェニックス家の物に似た実用性重視のデザインです。

 イッセー君好みの胸元を過度に強調するあざとさは無く、スカート丈も膝まで伸びる安心の防御力。布地は上質且つ縫製も丁寧で、間接の挙動を阻害しない様に調整された肩口等は個人的に好印象さえ受けます。

 

「これなら濡れた学校指定水着や、ステッキを強要される魔王少女のコスプレに比べれば普通―――って、メイド服は十分異常だから! 落ち着こうよ香千屋爰乃さん!」

 

 あれ、ひょっとしてSAN値の基準値が下降線を辿ってる?

 そそそそ、そんなことある訳がっ。

 だって私は何処にでも居る、ちょっと腕っ節の立つ平凡な女子高生。

 女の子のことしか頭に無いイッセー君や、病的な忠誠心が怖い弦さん。一般常識皆無で俺ルール主義者のヴァーリ&アン等々、頭おかしい組とは無縁の良識枠です。

 今の私は多発する巻き込まれ型イベントの影響で、ほんの少し心が疲れているだけ。

 け、決して色物に染められた訳じゃありませんよ? 違いますからね?

 

「……無心です、無心」

 

 余計なことは頭の片隅に追いやり、サイズが合わず無理やり着込んでいた借り物の衣装を上から順に脱ぎ脱ぎ。

 上着から解放されて感じるのは爽快感。潰され気味に圧迫されていた胸周りなので、地味に呼吸が辛かったのは内緒です。

 続いて腰周りが若干厳しかったスカートをストンと落とし、自由な下着姿になったところで強張った体をほぐすべくストレッチを開始。

 全般的な凝りが気持ち緩和される頃には、私の腹もやっと据わりました。

 先ずはベースのワンピースから片付けようと意気込むも、何やら外が騒がしい。

 これは複数人が揉める声かな?

 トラブルはお腹一杯な私は反射的に警戒レベルを上げ、回避重視の半身の構えを取る。

 だけど着替えは勿論、退路確保の窓際移動も間に合わない。

 間髪居れずに響いた耳障りな音は、ドアノブが力任せに回された悲鳴。

 完全なる後手、それが私の置かれた状況でした。

 

「爰乃、無事かっ!」

「はい?」

 

 しかし、私の警戒心は直ぐに霧散する。

 何故なら力強く扉を開け放ち、乙女の聖域へと侵入して来た賊の正体は身内です。

 しかも何を勘違いしているやら、警戒色全開の禁手姿って何ですか。

 彼は困惑して首を傾げる私を尻目にズカズカと歩み寄ってくると、乙女のあられもない姿を堂々と凝視しながらシリアス声で言った。

 

「良し、怪我は無いな?」

「み、見ての通り玉のお肌ですが」

「薬物の投与は? 何か口にした物は? 魔術による呪いは?」

「クッキーとお茶……じゃなくて、先ずは説明を簡潔にお願い」

「ん?」

「はい?」

 

 この盛大な食い違いは何ですか?。

 

「……前提条件の確認だが、お前はシャルバに拉致監禁されていたのでは?」

「違います。ジャンヌちゃんの口添えがあったにしろ、彼は極めて紳士的に私を保護してくれた恩人です。と言うか、何でそんな話になっているの?」

 

 ぴっと人差し指を立てて断言した私を見たヴァーリは、自らの勘違いに気付いたのだと思う。

 鎧を解除して脱力し、額に手を当て天を仰ぐ姿は混乱する子供のそれ。

 安堵、怒り、羞恥、心中に渦巻く感情の色が、外から見ても良く分かります。

 

「……詐欺師に騙された」

 

 搾り出すような声で語られた事情を聞き、大方の事情は理解しましたよ。

 状況証拠的にシャルバさん関与の可能性も無し。

 つまり私が無駄な深読みで気落ちしたのも、あられもない姿を現在進行形で見られているのも、全ては諸悪の根源なジャンヌちゃんの責任ですか。

 あの子は後で絞めよう。そう、物理的に頚椎をギュっと。

 拳を握り締めた私は、部屋の外から何事かと覗き込むメイドさん達に慌てて謝罪。

 目を瞑らせたヴァーリを側に置き、急いで着替えを再開していた。

 

「ヴァーリの過失は殆どゼロだから怒らないけど、覗きは絶対ダメだからね?」

「……すまん」

「反省しているなら、もう少しその状態をキープ」

 

 他人に見られるなら、隙の無い完璧な姿を目指すのが私のポリシーです。

 姿見の前に立って目を凝らし、服装の乱れを最終チェックっと。

 前面良し。背面は……あ、エプロンの結び目が少し汚いから修正が必要ですね。

 うん、これでオールクリア。

 最後に絹の手袋を嵌め頭にホワイトブリムを身につければ、立派なメイドさんの出来上がり。どうぞご覧あれ。

 

「はい、目を開けて良し。お疲れ様です、ご主人様♪」

 

 茶目っ気を出した私はスカートの裾を握り、それっぽいポーズを取ってみる。

 続いてスカートをふわりと浮かせ、くるっと一回転。自分では笑われない程度に着こなせたとの自負はあるけど、やはり写真と言う半永久的な媒体に残されるのは怖い。

 第三者から見た修正点があれば、今の内に意見を述べて欲しいところです。

 

「はい、お色直しを終えた私にコメントをお願いします」

「モノトーン調の装いが、爰乃の黒髪に良く映えている」

「ふむふむ」

「全体的に女性らしい柔らかなラインをアピールしつつ、醸し出される淑やかさが高得点。普段の和装とも甲乙付け難い、魅力的な格好だと思う」

「一言で言うと?」

「似合っている。大変可愛らしい……が、仕えた主から隷属の言葉を聞いて、兵士の駒としての内心は複雑だ。正直、メイドで王な存在の取り扱いが分からん」

「そこで難しく考えちゃうのが、ヴァーリの弱点だよね」

「……対人スキルは苦手なんだ」

 

 不貞腐れ、顔を背けるヴァーリが初々しくて可愛い。

 でも君は私と大差無い年齢の男の子ですよ?。

 その素直さは美徳かもしれませんが、もう少し精神的な成長を目指して下さいね。

 

「では助け舟代わりに、可愛いメイドさんがオーダーを与えちゃいます」

「使用人風情に命令されるとか、新鮮過ぎて咽る」

「ご主人様、ロールプレイは大切ですよ?」

「はいはい、何なりとお申し付けを」

「先ずは大きな騒ぎになる前に移動です。お供をして下さい」

「承りましたお嬢様。事情は尋ねませんので、地の果てまでお連れください」

 

 迎えの馬車ならぬドラゴンが到着した以上、他所様の家に長居は無用です。

 事情を知らずに心配しているお爺様達、そして私の可愛い眷属たち。皆を安心させる為にも、さくっと義務を果たして早くお家に帰りましょうか。

 

「あ、言い忘れてたことが」

 

 一歩だけ先導していた私が不意に足を止めぴっと指を立てる仕草を見せると、ヴァーリは露骨に ”まだ責められるのか” と眉を潜めて不幸街道まっしぐら。

 だけどそれは、大いなる勘違い。

 背中で手を組み、腰を曲げた上目遣いで振り向いた私が浮かべるのは心からの笑顔です。

 

「心配させて御免なさい。そして、駆けつけてくれてありがとう。本当に嬉しかった」

「眷属として、当然の義務を果たしただけのこと。余計な気遣いは不要だ」

「では私も、王としての責務を果たさないとですね」

「む?」

「ゲームにおける一番槍、誰よりも先に窮地の王の下へ馳せ参じた忠義。これらの功に対し、相応しい褒章を与える義務が私には在ると思いませんか?」

「……それを言われると弱い」

「と言うことで、素直に私の気持ちを受け取るように。これは王命ですよ?」

「命令なら仕方がない。何か強請る物を考えておくさ」

「宜しい」

 

 さて、言ってしまったからには引き返せない。

 一人だけ特別扱いを出来ない以上、他の眷属へのご褒美も考えないとですね。

 幸いレイヴェルのお陰で冥界滞在費も浮き、懐事情に余裕はあります。

 どーんと奮発して、皆に喜んで貰えるように頑張ろう。

 

「それでは気を取り直し、参りましょうかご主人様」

 

 踵を返した私は一念発起して王子様の手を取り、ぎゅっと握り締めるのだった。



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第十章 紅白龍の放課後騒乱
第79話「日常は珈琲の香り」


「つ、疲れた……」

 

 着替える気力さえ残っていない私は、ぼふっとベットの倒れこんで目を閉じる。

 思い返してもゲームと違って撮影会は辛かった。

 趣味に妥協しないシャルバさんは厳しく、素人の私に対してポーズに表情、果ては内面に至るまで注文をつけてくる本気っぷり。

 私も仕事である以上手は抜けず、必死に頑張った結果がコレです。

 もう二度とモデル業は引受けない。そう、誓った私でした。

 

「……あの子……なら楽勝……だったんだろうな」

 

 薄れ行く意識の中に浮かぶのは、メイド服を私服の如く着こなすジャンヌちゃんの姿。

 本職たるもの不特定多数を魅了出来て当たり前。

 たった一人を満足させれば良い現場なんて楽勝ですよ、楽勝っ!

 みたいなことを、彼女は余裕綽々のVサインで宣言したんだと思う。

 

「あう、頭が回ら……ない」

 

 もう限界。私に残された最後のHPは帰宅するなり巻き込んだと頭を下げるお爺様を宥めるのに加え、主君の窮地を見過ごしたと真顔で腹を切る構えの弦さんを制止する為に使い果たしている。

 しかも明日は学校。きっちり回復して、元気に体育祭の練習を頑張らないと。

 なので貰ったお土産の開封も、ディオドラの件も、ぜーんぶ後回し。

 精神的な疲労に全面的な敗北を喫した私は、無駄な抵抗を止めて瞼を閉じた。

 

「アンも一緒にねるよ? いいよね?」

 

 意識が朦朧とする最中、布団へと潜り込んで来た何かが耳元で囁く声が聞こえた気がする。

 それは小さく、柔らかく、そして暖かいもの。

 敵意を感じさせず、むしろ甘えるような気配のソレを私は知っていた。

 本能の赴くまま抱き寄せ、感触を確かめるように頬擦り。

 うん、やっぱりこれは最高級の抱き枕。

 誰の差し入れかは知りませんが、有難く使わせてもらいます。

 

「もう、何処にも行かせないから。姫様いないのアンやだよぅ」

 

 それにしてもお腹に感じる水気の正体は何だろう?寝汗かな?

 

「アンは姫様を守るの。その為にめんどーでもドラゴンの王様も、悪魔の偉い人も、天使のてっぺんも、ぜーんぶぐしゃって出来るくらい強くなるよ」

 

 微妙に騒がしい、と無意識の内に音の発生源へと手を伸ばす。

 すると触れたのは、さらさらの糸で覆われた丸い物体。

 これが音源かと納得するも、この抱き枕を放り出すという選択肢だけは無い。

 ならば取るべき対策は一つです。

 

「だから褒めてね? 頑張ってるねって、毛繕いしてね?」

「うるひゃい」

 

 子供を鎮める定番手段、胸で押し潰して物理的に黙らせる作戦を実行。

 うん、一瞬だけ抵抗されたけど静まった。

 寝具は寝具らしく、その調子で朝までよろしくお願いします。

 

「姫様がお話を聞いてない気がするけど、アンは姫様のことがおかーさんみたいに思ってるの。だから、ぎゅーってされるの大好き」

 

 あれ、まだモゴモゴと動いてる気が……。

 

「抱っこしてくれるならアンは幸せ。静かにするよ」

 

 聞き分けの良い子で助かります。

 

「お休みなさい、姫様」

 

 ぐー。

 

 

 

 

 

 第七十九話「日常は珈琲の香り」

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な。謀ったな香千屋ぁぁぁっ!?」

「松田君は良い友人ですが、日ごろの行いがいけないのですよ」

「む、無念」

「おのれ、よくも我が盟友を。しかし俺とてザビ家の一員。無駄死にはしない!」

「その覚悟や良しってことで、遠慮なくぽいっと」

「本番までに一度はエロいことをしてやるから覚えて……ろ、がくっ」

 

 これでチーム最後の壁、松田君と元浜君もブン投げて撃破。

 最後に屹立している棒を指で押せば、晴れて私の勝利っと。

 

「爰乃さん、倒すのは棒ですよ棒!?」

「ちゃんと倒したよ? 何かルール的に問題でも?」

「攻撃も守備も関係なく、無差別に投げ飛ばすことが主目的のスポーツじゃないと思います……」

「効率的な戦術なのに」

 

 私達が行っていたのは体育祭の花形。獲得ポイントも大きい棒倒しの練習です。

 本来は男子の競技だけど、そこは荒事が得意分野の爰乃さん。

 だって棒倒しと言えば、アメフト並の暴力行為が容認されるスポーツ。(主観)

 下手な練習で怪我をされると、クラスの戦力低下を招く可能性が高い。

 どうせ病院送りになるなら、本番で役目を果たしてからがお得だと思いませんか?

 でも大丈夫。そこで私の出番です。

 暴力のコントロールが効かない素人に変わり、人の壊し方を熟知した私が、優しく、壊れない程度に壁として立ちはだかりましょう。

 しかも今ならお買い得なキャンペーン中です。

 私を一瞬でも拘束出来れば、素直に負けを認めるサービスまでつけちゃいます。

 ここは一つ男子の矜持を見せて下さいね。

 

「くっ、このまま胸も尻も揉めずに終わってしまえば、何の為に香千屋を引き込んだのか分からんぞ」

「うむ、やはり魔王相手にワンチャンを期待した我らの甘さよ。ここは現実を見据え、手堅く幸運の女神様にターゲットを移すべきではなかろうか?」

「それだ。さすがはエロゲー攻略の今孔明、恐ろしいまでの神算鬼謀よ」

「待て何処を見ているクズ共。アーシアはマネージャ枠だからな? 事故を装って手を出すなよ? おいコラ、他人面の松田もだよ!」

「な、何を仰いますかイッセー君。冤罪はややややめてくださいよ」

「そうだそうだ。偶然、優しく受け止めて貰う可能性は見逃せよ!」

「腐れ外道どもは死ねっ!」

 

 あ、うん。君達の下心は知ってました。

 だけど武道を嗜む身として寝技やら関節技で、お肌の触れ合いは日常茶飯事。

 セクハラ出来るものなら、怒りませんのでどーぞどーぞ。

 但し磨き抜いた私の防御、果たして抜けられるかな。

 今のところ同年代の男の子で胸やら腰に触れられたのは、サイラオーグさんとヴァーリの拳くらい。普通の、しかもインドア男子には、少しだけ難しいと思いますよ?。

 

「ってか、私って何の為に呼ばれたのさ」

「だって暇でしょ?」

「そりゃ、帰っても猫の相手くらいだけど」

「実は気紛れに珈琲な気分の爰乃さん。リオンの件で確約した奢りの約束、まさか忘れたとは言わせないよ」

「そう言う話なら仕方がない。但し私は男子が天地魔闘されて空を舞う姿を見せられて喜ぶ趣味はないの。接待して欲しいなら、ちゃちゃっと終らせるように」

「大丈夫、その気になれば瞬殺です。それと、アーシア」

「なんでしょうか」

「たまに部員以外のメンバーによるお茶会は如何? 今なら何と、そこの眼鏡が何でも奢ってくれるよ?」

「は、はい、爰乃さんのお誘いなら大歓迎です。お供します!」

「……可愛いアーシアだから許すけど、爰乃は空気を読んでオプション削りなさいよ? サイドメニューに手を出したら殺す」

「大丈夫、今日は新製品の甘いフラペチーノ一点狙い」

「はいはいスタバね。それにしても珈琲の気分とは何だったのか……」

 

 くっ、藍華に牽制を入れられた。

 さよなら、私の可愛いクラブハウスサンド。

 

「はいはーい、揉めてる変態さんチームも聞いて。今日は次でラスト。気合入れて〆の一本行きますよ」

「「「ならば、せめてスカートの中くらいはっ」」」

 

 気付くと二人に取り込まれ、イッセー君まで唱和に参加してる不思議。

 他の男子から向けられる蔑みの視線もなんのその。本当に仲の良いトリオですよ。

 

「五分で片付けます」

「あいよー。今の内に鞄を取ってこよっと」

「あ、私も教室に荷物が。爰乃さんのバックも持ってきますね」

「宜しく」

 

 友人二人を見送りながら、イッセー君擁する男子チームの布陣が整うのを待つ。

 おや、今度の変態ズはオフェンス側ですか。

 手ぐらいなら握ってあげますが、それ以上は期待しないことをお勧めします。

 

「準備はOKですね?」

「「「応っ」」」

「じゃあ行きますよ」

「「「そう何度も投げ飛ばされてたまるか」」」

 

 窮鼠猫を噛むと言うか、家猫が最強狼の心を折った事例をこの目で確かめた爰乃さん。

 特殊能力全封印の手加減は必要経費だけど、気だけは抜かずに引き締めよう。

 そもそもこれは、私にとっても益のある訓練です。

 動きに一貫性のない複数人の行動を先読みし、打撲以上の怪我を与えずに封殺と言うイレギュラーは通常の修行で体験出来ないもの。

 格上との戦いでは得られない、貴重な経験を積ませてもらいますか。

 

「今こそ進化した蜥蜴の力を見せる時。ドライグや悪魔の力に頼らない、素の俺自身でお前を止めてみせる! 勝負だ爰乃!」

「確かにライザー、ヴァーリ、幾多の強豪と鎬を削った経験地は認めます。一昔のイッセー君なら、無意識で捌いた牽制の掌打でKOだったからね」

「だよなぁ。加減された手打にしても、一ヶ月前なら反応さえ出来なかったさ」

「夏休みで一皮向けた?」

「大体はタンニーンズ・ブートキャンプのお陰だ。あれ以来第六感的な勘が働くようになったし、基礎力の向上で禁手の維持時間も延びた。死ぬ気の全力は試してないから分からんけど、今の俺は無制限ルールなら相当強いと思うぜ」

 

 妨害担当の男子をブラインドに使い、抜け目なく隙を伺う姿勢はナイスです。

 しかも絶え間のないラッシュを続けているのに、息さえ上がらないイッセー君。

 この成長っぷり、まさに男子三日会わざれば活目して見よ。

 もしも私が神器に目覚めていなければ、そろそろ危なかった。

 でも残念。私だって足踏みを続ける訳じゃないの。

 だってクイーンはキングより強い駒。王様が守るべきは女王の背中です。

 君が強くなるなら、私はその上を行くが道理なのですよ。

 

「何か知らんがイッセーが妙に強いな。仕方ない、今回はお前に花を譲ってやる。俺の死を無駄にするなよ?」

「松田?」

「やれやれ、松田にだけ良い格好させてたまるかっての」

「元浜?」

「俺じゃなく、俺たちの屍を超えていけ。そして、勝つのだ勇者よ!」

「任せろ。元浜の言を借りるなら "夢はいつしかこの手に届く” だ。こう見えても俺は乳タイプ。そこに登るべきおっぱいがあるなら、最強だぜ!」

「「「ジーク、イッセー! ジーク、イッセー!」」」

 

 くっ、さすがは奇人・変人揃いの我がクラス。

 無駄な団結力を発揮して、全員の目の色が変わりましたか。

 

「くくく、多勢に無勢ならば香千屋とて涼しい顔をしていられまい。何せ貴様は着替えを怠り制服姿。派手に動くだけで最低勝利条件はクリアされる」

「志が低過ぎて悪態も出てきませんよ……」

「と言うことでオペレーション ”ゾンビアタック” 開始っ!とにかく根性で立ち上がり邪魔をして、本命のイッセーが付け入る隙を作るぞ!」

「目算が甘いと思う」

 

 既に本来の目的を見失った背後からの挟撃に対して一閃。背中から二人を同時に落として無力化すると、続いて襲い来る二列目に拳を向ける。

 と言っても、グーはご法度です。

 制服を掴みに来る男子の手を掻い潜り、擦れ違い様に掌を顎を掠めるように打つ。

 これなら軽い脳震盪だけ。若いし、直ぐに起き上がれると思う。

 

「で、誰が誰に何をするんでしたっけ?」

「馬鹿め、当の昔に香千屋の理不尽さは周知の事実だ。半端に脅そうとしても無駄ぁっ」

「酷い評価を受けた……」

「文句は日ごろの行いを振り返ってからにしろっと、呼吸を整える間を与えるな。連続して多方向から攻め続ければ、香千屋とて必ずミスる。ワンフォーオールの精神で頑張ろう!」

「な、何気に元浜君が策士でびっくり」

「この眼鏡は度が入っている。伊達じゃないんだぜ!」

 

 何を言っているのか分からないけど、戦術は的を射た正攻法です。

 気を練らず、意識的にパラメータを落としている現状ならワンチャンあるかもね。

 

「いよいよ俺たちの番だが、少しも息が上がっていないのは気のせいか?」

「それでも行くしかない……」

「まぁ、パターンAだ。打ち合わせ通りにやろう」

「そうだな相棒」

 

 千切っては投げ、千切っては投げ、気付けば残りは後三人。

 静かにチャンスを待つイッセー君は未だ動かず、松田君と元浜君が重い腰をついに上げた。

 さぁ、どう来ます?

 君達の読み通り、普段から鍛えている私はまだまだ元気一杯ですよ?

 

「見よ、中学時代に部活で培った華麗なフットワーク!」

「その足捌きはサッカー部?」

「写真部」

「え」

「様々なベストショットを狙う為に、自然と鍛えられましたが何か」

「何を撮っていたのかお察しですね……」

 

 鋭角な切り返しで迫る松田君の役目は陽動と見た。

 本命はスリップストリーム的な距離を保って影に徹する元浜君ですよね?

 そしてイッセー君も来るなら今しかない。必ず動くから注意しよう。

 

「必殺、等身大抱き枕ホールド!」

「それは生理的に無理」

 

 私を飛び越え、狙いは背後からのベアハッグ。

 でもそんな攻撃が通るなら、当の昔に小猫は私に勝ってますから。

 振り向かずとも敵の位置を把握する私は腰を入れることで元浜君を浮かせ、そのまま肩を支点に半回転。落下時に衝撃を与えないように調整しつつ転がして無力化。

 さて、相方は何をす―――

 

「ふはははは、スポーツを決闘か何かと錯覚した香千屋の負けだ。本職の松田には機材、腕の両面で劣るが、スマホのオートフォーカスの性能も捨てたもんじゃないぞ? 素人でも綺麗に取れるからな!」

「さ、さすがにそれは反則だから!?」

 

 私の目に飛び込んだのは、スマホを構えてヘッドスライディングして来たカメラマンの姿。

 確実に聞こえたカシャっと言う音に対し、理性は

 

 ”大丈夫、角度的に多分撮れてない”

 

 と証言するのに対し、感情は

 

 ”シャッター音=撮影成功じゃない?”

 

 と緊急性を訴えてくる。

 脳内裁判の結果を受けた私の取った行動は、スカートの裾を押さえての逃げ。

 反射的に後ずさり、恥ずかしさで赤くなった顔の涙目ですよ!

 

「卑怯過ぎることは重々承知」

「分かってるなら、最初から止めてくださいよ……」

「悪いが、これしかなかったんだ」

「え?」

「野生動物も真っ青に勘の鋭い香千屋の注意を、一瞬逸らす為にはな」

「しまった、イッセー君は何処に!?」

 

 お風呂を覗いて着替えを盗み見る幼馴染に慣れている私でも、この不意打ちは想定外。

 近年稀に見る動揺に思わず意識が元浜君だけに向いた瞬間、敵は動いていた。

 慌てず騒がず自然体で景色に溶け込み、そっと近づいていたイッセー君が気付けば目の前に。

 駄目だ対抗策が間に合わない。私が無力化するより先にイッセー君の手が届く。

 構えから察するに、イッセー君の狙いは双胴掌を用いた突き飛ばし。

 確かに地面に手を付いた時点で隙だらけ。状況的に私の負けです。

 悔しいけど受身受身。そんな風に考えていると。

 

「やったぜ、おっぱい! ありがたや、ありがたや!」

 

 衝撃は来ず、変わりに感じたのはくすぐったさ。

 ん? と思って首を下げると、そこには両手で鷲掴みにされた私の胸が。

 

「素朴な疑問なんだけど、揉むなら部長副部長の方が楽しくない?」

「いやいや、おっぱいは一期一会だから」

「小猫サイズも?」

「おうよ。お前も知っての通り、俺の座右の銘は ”おっぱいに貴賎無し” 。まな板は感触よりも、眺めて愛でる良さがあるからな!」

「せめて鼻血が出てなかったら、少しは感銘を受けたんだけどね」

 

 堂々とエロを狙うと宣言されていた上で虚を突かれた私が悪いし、ルール的にもグレーゾーンの範疇に納まるボディータッチは致し方のないところ。

 でも、そろそろ恥ずかしい。

 堂々と衆人監視の中での断続的な公衆猥褻は乙女的にNGです。

 

「役得はもう十分ですよね? 怒らないから、そろそろ離れようね?」

「さ、最後に一つだけ答えてくれ」

「内容次第かな」

「温泉での採点は70点だったよな?」

「うん」

「一矢報いた訳だが、加点とか無理……?」

「それ以前の問題です。匙君に完封された試合は私も見ました。あの結果を踏まえた上でプラス査定があるとでも?」

「ですよねー。80点どころか60点台への転落も当たり前っすよねー……」

 

 実は会長とのゲームの黒星は作戦負けだと思っているので、イッセー君への減点が無いのは内緒です。

 だってイッセー君は褒めて伸ばすより、叱られてこなくそと伸びるタイプ。

 失点を取り戻そうと足掻く際の伸びは凄いと経験上知っていますし、嘘も方便でしょう。

 そもそも未だ夏休みの成果を見ていない以上、評価なんて出来ると何故に思ったのやら。

 でも、安心していいよ。

 どうせプラス評価は確定。但しどんな点数が付くのか、私にも分からないけどね。

 

「これで話は終わり。今日は不覚を取ったけど、発想としては面白かった。次の総力戦でも、イッセー君得意の意外性を発揮してくれたら嬉しいな」

「総力戦?」

「何でもありの、ね」

 

 遠からず始まる総当たり戦で驚く顔が楽しみ。

 私は王様としてゲスト参戦しますが、勝負は勝負ですよ?

 そんなことを考えながらぴっと立てた人差し指でイッセー君のおでこを押し、後は任せますと踵を返す。

 

「よくやったなイッセー。死ねっ!」

「リア充死すべし。慈悲は無い」

「何で!?」

「自分の胸に聞いてみろ」

「男の、しかも自分の胸に興味はねぇよ! 爰乃のおっぱいは最高だったけどな!」

「「「地獄に落ちろ勇者様!」」」

 

 復活してきた男子達に英雄様と崇めらるのと同時に殴る蹴るの暴行をイッセー君は受けているけど、これもまた男の子同士の付き合い方なのかな?

 私には理解出来ない関係性ですが、あれだけの結束を見せた彼らです。

 どうせ大怪我もアーシアが治せますし、口を挟まず放置です放置。

 

「イ、イッセーさんが私刑を受けてます! 止めないのですか!?」

「アーシア、あれは友情を深める日本伝統の儀式だって」

「確かに皆さん生き生きした顔ですけど……イッセーさんを除いて」

「藍華の言う通り、男の子の世界に女の子が口を出すのや野暮と言うもの。イッセー君の面子を潰したくないなら、そっと立ち去るのが女の子の優しさだよ」

「な、なるほど。主よ、不勉強な私をお許し下さい……ぁ痛っ」

 

 何時もの様にアーシアをチョロく騙しつつ、藍華が放ってきた鞄を受け止める。

 少し遅くなったけど、まだ日は高い。

 放課後のフリータイムはここから、と女神の背中を押した瞬間だった。

 

「よくも姫様に破廉恥な真似を。悪い虫は直参にして第一の家臣たる弦が許しませんっ! 私が許可します。二度と馬鹿なことを考えぬよう、私に続いてばーんしなさい!」

「待てぇっ、さり気なくヤバイのが混じってるぞ!?」

「はーい、きーっく!」

「ぶべらっ」

 

 居る筈のない部外者の声がぼそっと聞こえたのは、多分きっと幻聴ですよ。

 

「唐突に現れた幼女が、イッセーを仕留めて逃げていったんだが……」

「まったく小学生は最高だな!」

「おい、このロリコン眼鏡も始末しようぜ」

「ば、馬鹿な、裏切ったのか松田ぁぁあっ!?」

「君の趣味が……って、ガルマは香千屋の二番煎じか。つーか、地味にお前だけ無傷だろ? 平等の観点から特別はよくない。そう思わないか?」

「……」

「白目を剥いたイッセーへの粛清はもう十分だ。次は元浜をやれっ!」

「「「サー、イエッサー」」」

 

 どうせ当人達は心配性を拗らせた護衛のつもりなんでしょうが、腐っても駒王学園はグレモリーとシトリーが支配する他人の縄張りです。

 姿をキッチリ消し続けている過保護侍はまだしも、普通に姿を見せたアンは色々とマズイ。

 後で説教をする際には、もっとうまくやれと釘を刺さないと。

 

「日本人って大人しいイメージでしたけど、意外にワイルドなんですね……」

「「ソウダヨ」」

「でも冷静に考えれば、淑女っぽい爰乃さんも大概でした」

「……アーシア、少しお話しようか」

「え」

「そこの力強く頷いた眼鏡も交え、ケーキを食べながらじっくりとね」

「薮蛇来たーっ!?」

 

 専守防衛を旨とする爰乃さんの、何処が色物枠だと言うのやら。

 最近、私への風評被害が酷い気がします。

 問題解決は目の前の一歩から。

 先ずは身近な友人達の意識改革から始めるとしますか。

 

「アンもケーキ食べたい……」

「また堂々と出てきましたね。一個だけですよ?」

「うんっ!」

「弦さんも如何ですか?」

「是非に」

「待った、その人は何処から沸いてきた!?」

「朝からずっと姫様のお側に控えて居りましたが?」

「ガチのストーカーじゃん!」

 

 ニトロ並みの危険物は、せめて目の届くところに置きたい私です。

 いつの間にか服の裾を掴んでいるアンと、適当に声をかけた時点で三歩後ろに直立不動な弦さんの合流は初顔の藍華を困惑させたけど、残念ながらリオンは二人の身内です。

 いずれ出会うことが約束されている以上、顔を合わせるのが速いか遅いかだけ。

 藍華も人外に関わった者として、規格外の不可思議に早く慣れるべきだと思うよ。

 

「藍華さんや、露骨に怪しいと思う気持ちは分かる。分かるんだけど、二人は私の身内でアーシアの知人です。不審者じゃないから安心して」

「まじか!」

「さらに言うと、藍華も他人事じゃないからね……」

「猫か、さては猫関連かっ!」

 

 若干躁鬱でテンションの高い親友は、何だかんだと順応力が高いと思う。

 だって藍華は立ち話もなんだと場所をカフェへと移した女子会(?)でアンの正体を知っても動じず、流れで話した他の眷属たちの種族名を知っても達観する余裕さ。

 それでこそ私の親友。これなら次の長期休暇で予定している、レイヴェル主催のフェニックス領名所観光ツアーに巻き込んでも大丈夫だね。

 

「ふふふ、もう私に怖いものは無い。天国でも地獄でもどんと来い!」

 

 その言葉、忘れないように。

 アイスコーヒーをぐいっと飲み干して宣言した親友に、そっと呟く私だった。



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第80話「破られた平穏」

原作曰く”あまり才能に恵まれない”悪魔が、王の駒でトップランカーとのこと。
個人的にリスク無しの超強化はあれだと思うので、このような解釈となりました。


「……お屋形さまの仰ったとおり、それは絶対使用なさらないで下さい。そのようなおぞましい物に頼らずとも、姫様には我々が付いております」

「不安な顔は止めてください。借り物の力嫌いな私が許せる妥協点は神器まで。これ以上は、何であろうと受け入れませんから」

 

 神器は眷属が産み出した想いの結晶なので、遺憾ながらノーカウント。

 だってこの神器は、ドライグやアルビオンと同じ存在です。

 違いは言葉を発するか、しないかだけ。

 つまり私と元愛馬の関係は、一方的に頼る物でも頼られる物でもない。

 ”赤兎の飾り布” は共に戦うパートナーであり、生まれた時点で備えていた才能の一つであるとの答えは出ています。

 でも、過保護騎士が親の敵を見る目で睨みつけるこれはダメ。

 弦さんと夕食後の洗物を済ませている私が洗剤の横に置いたのは、シャルバさんに持たされたお土産の箱に入っていた悪魔の駒。

 種類はキング。何故か前に魔王様から貰ったワンセットに欠けていた、最後のピースです。

 

『また厄介な物を押し付けられたな……』

『呪いの品の類でしょうか?』

『そうではない。それはな、名門悪魔の凡人を救済する為のお助けアイテムなのじゃよ』

『凡人限定ですか』

『うむ。王の駒はレーティングゲーム上位を、何が何でも名家だけで独占したい老害共が無理やり作らせた物じゃからな』

『え、才能に胡坐をかいたライザーや、史上最低の落ち零れと評されたサイラオーグさんでさえ並の悪魔を寄せ付けない化け物です。そんな血筋が力に直結する悪魔世界、余計な真似をせずとも上位は所謂七十二柱で独占できませんか?』

 

 仮に転生悪魔の最強クラスがゲームへの参加意思を見せても、そこは私の時と同じように無理難題を吹っかけて落とせばいいだけの話。

 残る平民は王への道が皆無ですし、特に裏で手を回す必要が感じられない私です。

 

『そうか、爰乃は次世代が優秀な貴族しか知らんか。丁度良いから教えておくとだな、実は純血の由緒正しい貴族にも、結構な確率で平民真っ青なのが産まれて来る』

『あれ、そうなんですか?』

『考えてみなさい。もしも親の力を超える子や孫が誕生しているなら、悪魔が三大勢力最弱の地位に甘んじる訳があるまいて』

 

 確かに先生曰く堕天使は新規幹部ゼロで且つ、数を増やさない緩やかな滅び路線。

 天使も何とかエルシリーズの二代目を認めず、色欲を欠片でも抱いた時点で堕天使街道まっしぐらな種族欠陥が災いして純血天使の増加はほぼゼロ。妥協案の転生天使でさえ、厳選に厳選を重ねた信者縛りにより極少数のみが迎え入れられる始末です。

 そんな中で唯一多種族をポコポコ身内に引き入れ、しかも婚姻で純血悪魔もそこそこ増やすことに成功している悪魔が、数の優位を無視した最下位な理由は何故か。

 

『ひょっとして、代を重ねる毎に質が下がっていると?』

『うむ、世代が下がる毎に力が弱まる確率が高い。現魔王達の様なイレギュラーはほぼ皆無であり、混血が加速する昨今は状況が加速する傾向さえあるのじゃよ』

『……人間の小娘にさえ勝てないディオドラが、若手最強の一角に数えられる理由がやっと分かりました。比喩抜きにあの程度が有望株なのですね』

『その通り。サーゼクスが和平の道を急いだ理由も、頂点を失い底辺の大きい台形に変貌してしまった冥界を憂いた為だと思うとる』

『悪魔の未来が予想以上に暗い……』

 

 私も実感していますが、所詮人外の戦いは数より質。

 個の力で拮抗しない限り、あっさり蹂躙されてしまうのが辛いところでしょう。

 

『さて、脱線したので戻す』

『はい』

『そんな訳で一定数発生する雑魚貴族に対し、家格に相応しい戦績を収めさせる為のドーピング剤は必要となるのじゃ。これで必要性は理解出来たな?』

『素朴な疑問をしても構いませんか?』

『可愛い孫の役に立つことは、万国共通で爺の楽しみ。遠慮は不要ぞ』

『じゃあ、甘えちゃいます。王の駒が弱者を強者に変えるなら、強者が使用するとどうなります?』

『オーバーフローを起こして命の危険は免れん。恐らく使える限界は、何も持たずそれなりに修行した兵藤君程度じゃろう』

『なるほど』

『実は王の駒の歴史は浅く、生産コストの高さから被験者の長期的な実験データが揃っていない。故に副作用も判明しておらんし、人間への影響は使用した前例が無いため全く分からん』

『事実上の治験患者祭り……」

『王の駒は分の悪い博打よ。間違ってもこんな劇物には頼ってはならんぞ?』

『はいっ!』

『それと駒は少数生産で一部の家にのみ行き渡る物故、他言無用。この話はトップシークレットとして扱うように』

『了解です』

 

 お爺様との会話を反芻しながら、洗い終えたお皿を拭く。

 王の駒の存在をゲームに潔癖を求める部長や会長が知ればインチキと騒ぐのでしょうけど、私はそうは思いません。

 だって生家の力は、足が速い、特別な魔力を受け継いだ、最強の神器を授かった、等々と同じ本人の才覚です。

 もしも王の駒が卑怯と言うのなら、フェニックスの涙を使う部長達も同じ穴の狢。

 資金不足で涙を用意できない貧乏人からすれば、フェニックス家と繋がりを持ち優先的に品物を回してもらえる大金持ちはチートなのであしからず。

 そもそもインチキとは、ルール違反のこと。

 私は使いませんが、ルールブックにドーピングの禁止項目が無いことは確認済みです。

 

「それでこそ我らが主。ささ、家事は家臣に任せて御寛ぎを。この弦は姫様の為に働くことが無常の喜びで御座います。是非、やらせて頂きたく」

「……じゃあ、お願いします」

「在り難き幸せっ!」

 

 ま、まぁ、喜んでくれるなら構いませんけど。

 上機嫌に鼻歌まで奏で始める弦さんに何も言えなかった私は、恒常的に境内の掃き掃除でも頼むべきかと思案しながら台所を後にする。

 エプロンを外し、ラフな格好で目指すは眷属の溜まり場となっているリビング。

 今日は何人居るのか分かりませんが、眷族の顔を見て回る日課を効率よく済ませたいところです。

 

「待った」

「残念ながら、四手前の時点で詰んでいますの。延命は無意味でしてよ?」

「くっ」

「納得したのであれば、わたくしの勝ち」

「も、もう一戦」

「腕の差がここまでですと、指導対局にしかなりませんわ。本気の再挑戦がお望みでしたら、せめてもう少し棋力を付けてからにして頂けます?」

「……分かった」

 

 部屋に入り先ず飛び込んできたのは、タイミング良く決着の付いた棋士たちの姿。

 敗者は肩を落とした渋い顔のヴァーリで、勝者はヤレヤレと手を振る期待の新人ですね。

 

「勝負に水を差して悪いけど、ちょっといい?」

「構いませんわ。勝敗は既に明らかですし、主のお言葉を最優先してこそ眷属と言うもの。それでマイロード、このレイヴェル・フェニックスに何用ですの?」

 

 片目を閉じて悪戯っぽく笑うレイヴェルが我が家にホームステイしたのは、私の帰還に合わせた昨晩のこと。

 本当はもう少し先の筈でしたが、予定を前倒したのはレイヴェル本人です。

 曰く次に不測の事態が起きた際、冥界に居て蚊帳の外は困る。

 一致団結して素早いレスポンスを取る為にも、転居は急務とか言ってたかな?

 実際問題として、私としても頭脳担当が側に居てくれると大助かり。

 常に一手先を見据える姿勢は、私も見習わないと駄目だと思う。

 

「ほら、レイヴェルって引っ越したばかりでしょ? 何か困ったことは無いかなって」

「部屋のインテリアはこれからですが、当座に必要な一式は揃っています。食事も箸とか言う謎の食器に目を瞑れば味は良好でしたし、何事もありませんわね」

「そう言ってくれると、ホストとしても嬉しい限り。雑貨に関しては駅前にお勧めのお店があるから、今度の休みでも一緒に行かない?」

「ふふふ、マイロードのセンスを楽しみにさせて頂きます」

 

 挑戦的な笑顔を浮かべる令嬢を見て思うのは、単純な驚きです。

 お城暮らしの感覚なら犬小屋サイズの我が家を趣があると評し、本来の自室と比べ物にならない狭い部屋を与えられても涼しい顔。

 おまけに気難しいヴァーリと平然とチェスですよ?

 幾ら顔合わせが済んでいると言っても、初日のアウェーでこの余裕は凄いと思います。

 これぞ社交界にも顔を出す貴族様の面目躍如。下手をすると、実は見た目より中身が幼い弦さんより精神年齢が高いんじゃないでしょうか。

 

「そういえば、爰乃も打てると聞いているが?」

「嗜みレベルですけどね」

「なら、一局付き合え。何時も鳥や弦の相手ばかりしているのだから、たまには俺と付き合ってくれても罰が当たらんと思うぞ」

「いいでしょう。但し、歯応えが無くても落胆しないでくださいよ?」

「そこは安心しろ。例えお前の腕が拙かろうと問題は無い。何度悪手を打とうが、現実のゲームなら優秀な駒が力不足を補ってやる」

「……臣下におんぶ抱っこの王様は恥ずかしいですね」

「そう言うことだ。ま、これも勉強と思って掛かって来い」

 

 挑まれた勝負からは逃げないと、小さく頷いて同意を示しておく。

 そして駒を並べ始めたヴァーリの前に座り、残された白の王を掴みながら考える。

 お爺様と打つ将棋と違いヴァーリが持ち込むまで触れたことも無かったチェスですが、こんなこともあろうかと最低限の定石は学習済みです。

 囲いと言う概念がないことに違和感は感じるけど、そこはルールと割り切って頑張ろう。

 

「さて、わたくしは長丁場に備えてお茶でも入れて参りますわ」

 

 観客気分のレイヴェルが立ち上がる中、私とヴァーリは真顔で視線をぶつけ合う。

 遊びだからこそ全力で、何も賭かっていないからこそ面白い。

 そう、今の私達は純粋なる敵同士です。

 ここから先に言葉は不要。言いたいことは、盤面で語るとしましょうか。

 

「色的に先手は私ですね。行きなさい、白龍皇」

 

 カツン、とポーンを動かした音が部屋に響く。

 さて、次なる一手はどう打つべきか。

 思考の全てをゲームに費やし始めた私は、大切なことを聞き逃してしまう。

 

「一緒に行くのは、ポーンとルークだがな」

 

 

 

 

 

 第八十話「破られた平穏」

 

 

 

 

 

 俺にとっての学校は日常の象徴で、人の生を送る最後の拠り所だった。

 松田や元浜とバカをやり、桐生にバッサリ切り捨てられ、程ほどにしなさいと苦笑する爰乃が〆る人間だった頃と変わらない穏やかな日々。

 クラスにアーシアが混ざったり、放課後はオカ研優先と多少の変化はあったけど、一日の大半を過ごす教室での暮らしは入学時から何も変わっちゃ居ない。

 今日も、明日も、明後日も、同じ平穏な日々が続く。

 そう思っていた矢先、奴らは朝のホームルームに突然現れた。

 

「私はゼノヴィ……こほん、瀬野ヴィア。良く分からんが香千屋爰乃の親戚で、実はこう見えてもバチカンで徳を積んだ元シスターだ。得意分野は悪魔退治だが、日本固有の妖怪とやらもバッサリ斬れることが最近分かった。化け物関係で困った時は、気軽に声をかけて欲しい」

 

 桐生の眼鏡がずり落ちる程度に突っ込みどころ満載の自己紹介だが、これでも純人間で美少女だから俺としては無問題。

 飼主の爰乃が首輪を握っているから暴力沙汰も起こさんだろうし、ゼノヴィアについては妥協して受け入れてやらんこともない。

 

「同じくヴァーリ・ルシファーだ。今まで欧州を渡り歩いてきた為、いまいち日本の常識が疎い。君達……特に顔見知りの数人には迷惑を掛けると思うが、宜しく頼む」

 

 問題なのは露骨に俺を挑発中のお前だよ、お前っ!

 知らん間に爰乃の兵士になっている以上、お前もテロ紛いの事件は起こさんとは思う。

 でも、分からん。学歴社会とは無縁のヴァーリが、高校で何を学ぶんだ?

 

「ちなみにゼノヴィアと俺は、香千屋爰乃の家で厄介になっている。つまり彼女は家主の娘で最優先すべき王。何らかの決を取る場合、俺たちは爰乃の決定に従うことを明言しておこう」

 

 え、何それ。同居しているなんて初耳だぞ!?

 こ、爰乃に限って間違いは無いと思うが、何て羨ましい。

 俺が羞恥心ゼロの部長や朱乃さんの裸やら下着を拝んでいるように、お前も爰乃のあれやこれやに遭遇して美味しい思いをしている……のか?

 せめて爰乃を女として見ていない木場やギャー介ならともかく、ヴァーリだけは許せん。

 何故かって? そりゃ簡単だ。

 俺と奴は同じ女に惚れた間柄だ。

 例えば爰乃の風呂上り姿を見て何を思うのか、誰よりも分かっちまうんだよチクショウ!

 

「互いに長い人生だ。卒業までは敵愾心を捨て、仲良くやろうじゃないか兵藤君」

 

 自己紹介を終えた転校生がすれ違い際に告げたのは、事実上の休戦宣言。

 確かに内容は友好的だ。しかし、内情は宣戦布告にしか聞こえない。

 まさかヴァーリが背中から刺しに来るとは思わんが、俺にとって生涯のライバルが同じフィールドに居座るだけで脅威過ぎる。

 つーかこれから卒業までの二年間、勉強、スポーツ、バレンタインのチョコの数等々、日常の全てでイケメン相手に優劣を競うのかと考えただけで憂鬱だぞ、マジ。

 もしもこれで爰乃の心を持っていかれたなら、即効で屋上から飛び降り自殺するね!

 

「アーシア・アルジェント。かつて私は悪魔に身を窶したお前を愚かと断じたが、それは全て誤りだった。死んだ神より、目の前の暖かい悪魔。これこそが ”水は幾ら飲んでもノンカロリー” と同じ真理だったよ」

「よ、良く分からない理屈ですが、とりあえず分かって頂けたなら幸いです」

「本当に酷いことを言ってしまったと後悔している。必要なら土下座もしよう。だから今後は遺恨を捨てて仲良くしてくれないか?」

「頭を下げずとも結構です。種族は変わっても、私の心は変わらず聖職者。神父様ではありませんが、心からの懺悔には許しを与えたいと思います」

「聖女様……」

「こうしてもう一度巡り会えたのも神の思し召し。これからはクラスの仲間として、そして友達として手を取り合っていましょう」

「うむ、改めて宜しく頼む!」

「ゼ、ゼノヴィアさん、もう少し声を小さく……」

 

 赤と白のドラゴンと違って、女の子同士は綺麗に和解してるなぁ。

 時に渦中の中心に居る爰乃さんよ、何故にお前まで唖然としてるんだ?

 まさかとは思うが、お前も知らなかったってオチは無いよな?

 

「どうした兵藤。偶然にも真後ろの席を与えられた俺には、君の行動が丸見え。あまり挙動不審に体を揺すられると目障りなんだが?」

「俺は青天の霹靂にいっぱいいっぱいなんだよ!」

「ふむ」

「ちなみにこれは、お前にも利のある質問だ。学校に潜り込んだ理由は何だ? もしも何らかの策略絡みじゃないなら、少しは俺も落ち着けるぞ」

「そういうことなら仕方が無い。一言で言えば爰乃の護衛任務だ」

「マジか」

「冥界で名が売れ始め、禍の団にも目を付けられている我が王だ。もしも悪意が爰乃を襲うなら、警戒の強い神社以外……つまり学園とその往路の可能性が高いと俺たちは結論付けている。ここまでは理解できるな?」

「おうよ」

「そこで年齢も近く、暇を持て余している俺とゼノヴィアに白羽の矢が立った。一応護衛が主任務だが、アドラメレクから集団生活を学べとも言われている。だから安心しろ。お前達から絡んで来ない限り、好んで争うつもりは無い。戦うとすれば、それは合法の範疇。そう、例えば目の前に控えた体育祭のような催しだけだろう」

 

 ぐぬぬ、けちの付けられない真っ当な言い分だ。

 メンバー全員が偶然にも同じ学校の生徒にしろ、部長も会長も眷属を手の届く所に置いている理由は身辺警護の意味合いが強い。

 なら、自称眷族を従える爰乃とて王の端くれ。その権利があって然るべきだ。

 

「……公式行事は魔力を含む特殊能力禁止の駒王学園ルールに従えよ」

「当然、規則は守る」

「……爰乃も渡さないぞ」

「それ以前の問題だ。実はこの想いがLIKEなのかLOVEなのか、俺自身分からん」

「最大の恋敵と認定していたのに、まだその段階だと!?」

「だから愛を自覚しているのに手をあぐねているヘタレと同じく、暫くは側に居られるだけで満足さ」

「アアアアアア、アーシアには告ってOK貰ってるし! ヘタレ違ぇし!」

 

 アーシアは俺の女神様。おっぱい控え目でも金髪美少女最強ですよ! と思う反面、実はNOを突きつけられた場合に爰乃が付き合ってくれる話がポシャって嬉しいやら悲しいやら。

 それはそれとして、流れで告白同然な会話を何度か交わしてることをお忘れなく。

 攻めの姿勢を崩してない以上、ビビリの腰砕けと一緒にして欲しくないねっ!

 

「騒ぐな赤蜥蜴。授業が始まるぞ?」

「れ、冷静っすね」

「これでも人生初の学校生活に胸躍らせている。横槍は止めてくれ」

「意外と真面目だった……」

 

 分からん、コイツと言う悪魔が何を考えているのか分からん。

 出会った頃のヴァーリは喧嘩上等の硬派キャラだった癖に、気付けばおっぱいは良いものだと真顔で語るわ、エロさで俺に競り勝つわ、何処を目指してるんだ?

 俺が史上初の変態赤龍帝なら、ヴァーリも立派な色物白龍皇ルートまっしぐら。

 好き好んで教科書を広げるルシファーは、未来永劫コイツだけだろうなぁ。

 

「しゃあない、状況確認は昼だ昼。俺もたまには本気で頑張るか」

 

 一時限目は苦手な数学だが、居眠りする姿を宿命のライバルには見せられない。

 勝負だ魔術書(きょうかしょ)。眠りの効果を持つ数字の羅列には負けないぞ。

 毎日は無理でも、せめて初日くらいは……と気を引き締める俺だった。



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第81話「スパイス風味の悩み種」

数話は人間関係の再編成予定です。


「落ち着け!」

 

 思わず声を荒げた俺は、暴挙に及ぼうとするヴァーリの腕を掴んで静止する。

 

「何故だ兵藤」

「多方面から怒られるからに決まってんだろ!」

「意味が分からん。もしもこの中に刺客が紛れ込んでいた場合、ゼノヴィアだけでは不安が残る。俺も傍で警戒し、二重の警戒態勢を引かねば爰乃が危うい」

「いやいやいや、ここは水と平和が無料が売り文句の日本だからな? しかもクラスの女子は人外世界と無縁の一般人だ。物騒なことは九分九厘起きねぇよ!」

「やはり君は愚か者だな。国全体としての安全性は兎も角、堕天使が徘徊し、はぐれ悪魔が潜伏先に選ぶことも多い地域のどこが平和なんだ? まさか被害者の一員である君が忘れたと?」

「ぐぬぬ」

 

 正論だけに何も言えない。言えないが、ここで折れるわけには行かねぇ。

 

「あーくそ、面倒だから直球で言うわ。目的は何であれ、着替え中の女子が満載の更衣室に堂々と入ろうとするのは止めろ! さすがの俺でもやらんわ!」

「やれやれ、サルの裸を見て喜ぶ趣味のない俺に下心はない」

「そう言う問題じゃねぇから! 爰乃にも迷惑がかかる社会的ルールだから!」

「そうなのか」

「どうしても不安なら、俺が発見した覗きポイントを教えてやる。次回からは影からこっそり見守って、ヤバイと思った時だけ実力行使に移ろうな?」

「……くっ、ここは人間世界の先輩を尊重して従ってやろう」

 

 しぶしぶ納得したヴァーリを見て、俺は盛大にため息を吐く。

 事の起こりは体育の授業。男女に分かれて着替えに向かう中、しれっと爰乃の後ろに付いたヴァーリに嫌な予感を感じて呼び止めてみればこの有様だ。

 今に始まったことじゃねぇが、コイツには要所要所で一般常識が欠けているんだよなぁ。

 しかも性質の悪いことに本人は無自覚。普段は爰乃が何か起きるたびに頭を下げているが、今回の様に不在の場合は俺へとお鉢が回ってくるから面倒臭い。

 

「ほら、授業に遅れりゃ爰乃に怒られる。グランド集合なんだから急げ」

「仕方がない。今回はアーシア・アルジェントを信じて学業を優先するか」

「身内の癖にゼノヴィアへの評価低いっすね……」

「戦闘力は認めている。しかし、直情馬鹿が臨機応変に動けるとでも?」

「あー分かる。他に気を取られている間に護衛対象がやられてました、って未来がありありと想像できるわ……」

「それに考えてみろ。もしも下っ端娘だけで十分なら、俺は最初からこの場に居ないさ」

「ですよねー」

 

 同類で融通の利かない戦闘馬鹿がしたり顔で言うな、って言葉をぐっと堪える。

 人のことは言えないが、基本的に俺たちみたいな攻撃偏重型は防衛が苦手だからなぁ。

 やられる前にやれ。攻撃こそ最大の防御。先手必勝こそが真理。

 つまり基本的に後手となる護衛任務は、アタッカーにとっての鬼門な訳だ。

 それは最強の白龍皇様だろうと同じこと。

 特殊な手段で足止めされた挙句、フリーの王様を取られちまうのはヴァーリも同じだと思うぞ。

 

「ちなみに今日はサッカーらしい。ルール分かるのか?」

「これでもフランス、ドイツと渡り歩いていた帰国子女設定。細かい部分は怪しいが、FWなら任せてくれ」

 

 設定言うな。

 

「そ、それはそれとして目立つポジションを要求する奴だなぁ。華麗に点を取った挙句、女子の声援を独り占めされそうで苛っと来る……」

「悔しいなら君も活躍すればいい。得点で勝負するのも面白いな」

「よーし、その喧嘩買った。ウイニングイレブンで磨いた華麗なテクニックを見せてやる!」

 

 それにしても並んで廊下を走る俺たちは、果たして周りからどう見られているのやら。

 水と油、源氏と平氏、そんな感じが赤龍帝と白龍皇の正しい関係だろ?

 なのに何時の間にやら互いに殺意ゼロ。毎日顔を合わせて軽口を叩き合う仲って何だよ。

 色んな意味でライバルなのは間違いねぇが、友達とも言い切れない気がする。

 だけど顔見知りってレベルは超えてるし……むぅ、どう表現すればいいか分かんね。

 

「さて、ノルマはハットトリック。異能を封じたこの体で何人殺れるか楽しみだ」

 

 思案に夢中な俺は、ヴァーリが漏らした不穏な単語を聞き逃したことを少し未来で後悔する。

 松田が突風に煽られたゴミのように吹っ飛び、元浜が真っ青な顔で蹲る地獄。ボールを武器として戦うバトルロイヤルを止める機会は、このタイミングしかなかったのだから。

 

 

 

 

 

 第八十一話「スパイス風味の悩み種」

 

 

 

 

 

「確かにサッカーのルールには人にボールを蹴り込んで退場させるな、なんて禁止事項はないさ。だけどテニヌじゃねぇんだぞ? 選手をゼロにするプレイスタイルは面白かったか?」

「実は俺も何かが間違っていると首を傾げていた。しかし、参考資料では推奨される行為だったと弁明させて貰おう。俺は間違った知識を仕入れていたのかもしれないが、悪意を持っていなかったことだけは理解して欲しい」

「な、何を見てサッカーを覚えた?」

「映画なら小林サッカー。後はサッカーは格闘技と断言していた漫画だな」

「アウトーっ! フランスとドイツ成分は何処に消えた!?」

「だから設定だと。それに突然野球の話を始められても困る。情緒不安定だが、脳は大丈夫か兵藤」

「何時の間に俺が可哀想な目で見られる展開に!?」

 

 放課後の教室で今日も繰り広げられるフリーダムなヴァーリと、実はボケよりもツッコミ体質のイッセー君の掛け合いは、十年来の友達だったと言われても違和感の無さ。

 しかし、さすがは何度も拳で語り合った男の子同士。最初はどうなることかと心配していた私としては、予想を上回る速さで成立した友情にほっと胸を撫で下ろしています。

 

「落ち着こうよイッセー君。幾ら人がまばらでも、あまり騒ぐのは迷惑ですよ?」

「クールですが何かっ!」

「とりあえず被害者の皆さんも擦り傷程度。反省はしていないけど、今後はダイレクトアタックを極力避けると確約させました。本人に悪気もないっぽいし、今回の件はここまで。おっけー?」

「……早いとこ一般常識を身に付けさせないと、精神的に俺の体が持たないぞ」

「前向きに善処します」

「……改善は暫く先か」

「人種も育った文化も違うから、一朝一夕はさすがにね」

「しゃぁない。暫くの間は俺が男子側の目付け役として頑張るから、給料代わりに何らかの譲歩を見せてくれ」

「具体的に言うと?」

「久しぶりにカレーが恋しい。食べなれた母さんのも美味いけど、入試対策でお前の家に缶詰った時に喰わせて貰った味を試合中にふと思い出したんだ。アレをたっぷり振舞ってくれるなら、この先も苦情窓口として頑張れる気がする」

 

 おや、懐かしい話を持ち出してきましたね。

 あれは駒王学園の入試を二月に控えた正月明け、最後の追い込みの時だったかな?

 最後は合宿気分でもと私の家に泊り込み、脇目もふらずに勉強したイッセー君。

 休憩を挟んで朝から晩まで勉強、勉強、また勉強。

 そんなイッセー君に苦手の英語を教えていたところ、無理が祟ったのか頭がパンク。

 見るからに限界だったので、気分転換になればと差し入れたのがカレーだったはず。

 

「何カレーでしたっけ?」

「ビーフ。確か圧力鍋を使ったとかで、やけにゴロっとした肉だった気が」

「それくらいならお任せあれ。バージョンアップした家事スキルの力、久しぶりに舌で実感させてあげます」

「交渉成立だな。今の俺は昔と比べてもさらに食うから、米とルーを倍頼む」

「その辺は抜かりなく。その代わり、残したら許さないからね」

 

 ぐっと突き出された拳に、私も拳骨をコツンとぶつけて交渉終了。

 結構手間がかかる料理なので面倒臭いところですが、やはり背に腹は変えられない。

 だって最長で後二年はヴァーリと一緒に駒王学園へ通うんですよ?

 今の内に躾を済ませないと、長期的に泥を被るのは結局私です。

 せめてイッセー君を見習わせ、許容範囲の問題児に成長してくれることを祈ろう……

 

「……本当にお二人って、ただの友達なのでしょうか?」

「私の育った施設では、性別に関係なく全員が気安い仲だった。幼馴染も同じ時間を共有する身内と解釈すれば、こんなものじゃないか?」

「うーん?」

「と言うかアーシア。彼氏が他の女に尻尾を振るのが許せないなら、嫁として文句の一つも言ってやれ。なーに、遠慮はいらない。グダグダ言うようであれば、私がズバァっとデュランダルをぶち込んで黙らせてやる」

「主曰く左の頬を打たれたら、右の頬を差し出しなさい。すぐ暴力に頼るのはゼノヴィアさんの悪癖ですよ」

「はっはっは、欲望最優先がモットーな悪魔の手先に望んで堕ちた私に今更何を。いずれ爰乃が天寿を全うした暁には、マスターの下で立派な上級悪魔目指して腕を磨く予定だ!」

「誇らしげに言うところじゃないです。アドラメレク様も爰乃さんも悪い人じゃないのですから、ゼノヴィアさんも少しは自重した方が……」

「よし分かった。つまり聖剣を一刻も早く叩き込んでくれ、と受け取っても?」

「違います! そもそも私はイッセーさんのハーレム願望を受け入れていますし、二番目でも十分幸せですからね? 単純に羨ましい距離感だなって思っただけですからっ!」

 

 何やら後ろが騒がしいと振り向けば、教会コンビが珍しく言い争っている。

 あのアーシアが頬を膨らませて怒るなんて、ゼノヴィアは何をしたのやら。

 どれどれと耳だけ向けて話を聞こうとしたけど、生憎邪魔が入ってしまった。

 机に落ちた影に気を引かれ正体を確かめようと振り向けば、被告人側のため一時的に蚊帳の外に追い出されていたヴァーリの顔が。

 手には鞄。帰り支度を終えた姿は、用件を雄弁に語っていますね。

 

「説教はもう終わりだな? ならば先行しているレイヴェルと合流する為にも、さっさと移動するぞ。今日の買出しは時間が命。そう念を押したのは爰乃の筈だが?」

「確かに頃合ですね。ではイッセー君、私は用事があるのでそろそろお先に」

「おうよ。俺は部室に寄って……って、レイヴェル? まさか、いつぞや爰乃が倒したレイヴェル・フェニックスの話じゃないよな?」

「私が新たに迎え入れた僧侶は、ライザーの妹のレイヴェル。今はこっちの世界に来ているけど、無意味に喧嘩を売るのは止めてね」

「まーた有名どころを引っ張ってくる。お前の人脈ってマジなんなのさ……」

「ちなみに今はウチに無期限ホームステイ中です。色々と遺恨はあるだろうから仲良くなれとは言わないけど、せめて挨拶だけはしっかり宜しく」

「ブン殴りたいのは兄貴だけ。妹には恨みもねぇし、その辺は大丈夫だ」

 

 どうせ小猫も知っている話だから、出し惜しみする必要はないよね。

 サプライズは電撃参戦で十分。円滑な人間関係の方が大事です。

 

「悪いが兵藤、本当に時間がない。そろそろ爰乃を返して貰おうか」

「棘のある発言じゃねぇか」

「さてな。悪いがタイムセールに遅れると財務担当が煩いんだ。この続きは後日にしよう」

「タ、タイムセール?」

「狙いは無調整牛乳とLLサイズの卵。この二つがワンコインは、非常にお買い得と言わざるを得ない」

「お、そうだな。強く生きろアルビオン」

 

 果たしてスーパーで特売の白菜を誇らしげに掲げたヴァーリの陰で咽び泣いたアルビオンと、おっぱいを連呼された影響で口数が極端に減ったドライグのどちらが末期なのか。

 個人的には覚えて損のない相場知識を学習している白龍の方が真っ当だと思いますが、こればかりは本人達の価値観の問題。私がどうこう言える立場じゃないのです。

 

「考えてみれば荷物持ちが二人も居るんですよね……」

 

 偶然にも服の買出しに出かけているレイヴェルとの合流地点は、必須となる少しお高いカレー粉を取り扱っているショッピングモール。 

 置いていかれまいと慌てて駆け寄って来たゼノヴィアも無慈悲な量を食べる子だし、これは覚悟を決めて史上最大量の材料を買い込まないと。

 

「ちなみに私もカレーが大好物。鍋一杯くらいは余裕で平らげられる!」

「さり気なく話を聞いたなら、この格言を送りましょう。居候三杯目にはそっと出し」

「待て、私は爰乃の戦車として内定済み。つまり養われるべき立場じゃないか」

「じゃあ下っ端は下っ端らしく、目上が食べた残りを思う存分食べる方向で」

「それは……あんまりじゃないか? マスターや爰乃ならまだしも、米粒一つ残さないアンや鬼灯の後で何を腹に入れろと?」

「半分冗談です」

「半分も本気だった!?」

 

 絶望する大型犬が見せるテンションの乱高下に、ほっこり癒される私です。

 

「俺を待たせるとは良い度胸―――」

「私の人生が決まる大一番だぞ! もう少しだけ我慢しろ!」

「……三十秒で片付けてくれ」

「善処する」

「そんなに要りませんって」

「交渉の余地さえなかった! 私を蜥蜴の尻尾切りした、教会の上層部真っ青のブラック王様だな!」

「香千屋家はホワイトですよ。その証拠に本当は全部冗談で、慌てなくても全員ご飯は食べ放題。福利厚生面で差別はしません」

「信じていたぞ爰乃。それでこそ友人にして我が王だ! ジークカレー! ジーク爰乃!」

「この掌の返しっぷり……うん、今後のゼノヴィアに対する処罰は兵糧攻めにしよっと」

 

 戸惑うヴァーリの手を取り、謎の踊りを始めたゼノヴィアは喜色満面の笑顔。

 普段は物欲を一切示さない癖に、妙なところで執着心が強くてびっくり。

 誰の影響でこうなったのかは察しが付くけど、腹ペコ属性はゼノヴィアにぴったりだと思う。

 

「はい、これで二十秒。全部片付いたチーム爰乃は、街中に向かって進軍開始っ!」

 

 拍手を打った私は、率先して足を動かし一路教室の外へ。

 やっと終ったとげんなりした顔のヴァーリと上機嫌なゼノヴィアを引きつれ、大規模遠征へと旅立つのだった。



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第82話「歴史からの挑戦」

「玉ねぎを宜しく」

「お任せあれマイロード」

 

 静かな台所に響く、トントンとテンポ良い包丁の音。

 私とレイヴェルが並んでワークトップで作っているのは、本日の晩御飯にして大抵の日本人が喜ぶ国民食のカレーです。

 もっとも今日は市販のルーを用いた直球勝負。

 イッセー君リクエストのスパイスから厳選する本格派と比べれば手抜ですが、これはこれで馬鹿に出来ませんよ?

 特別な材料にこだわらずとも、仕込みに妥協しなければあら不思議。

 出来上がるのは一口食べて “旨い” と唸る外食の味に勝るとも劣らぬ、滋味深い家庭独特の味わいですからね。

 

「レイヴェルも中々の包丁裁きだが、私も粉々にするなら負けないぞ」

「デュランダルを抜くのはお止めなさい。それと、とりあえずマッシュな円卓思想はNGですわ」

「そうは言うが、ヴァーリ曰く当代のアーサー王とその妹も私と同じ系譜らしい。彼らは時に茹で、時に蒸し、面倒になれば生でも構わず、全ての食材をすり潰して栄養とすることこそ正しい騎士の流儀と豪語しているそうだ」

 

 手を休めず働き続ける私たちを尻目にふらりと現れたゼノヴィアは、冷蔵庫から取り出した麦茶をぐいっと飲み干してドヤ顔を決める。

 その自信の根拠は噂に名高き騎士王の血脈という悪夢。

 あのハギス、スターゲージ・パイを代表とする、俗に英国面と揶揄されるダークサイドが主食の民族に常識を求める? 正気ですか?

 

「つまり私のような下っ端に限らず、高名な聖剣の担い手さえ奨励する秘伝こそマッシュ。レイヴェルはバッサリ切り捨てたが、これも立派な調理法ではなかろうか」

「なれば、一つ提案があります」

「どんと来い参謀」

「結論から言うと、雑な料理がお好みなのでしょう? でしたらこちらの手間も省けますし、貧乏舌な騎士様の食事はお望み通りの特別メニューをご用意しますの」

「え」

「手始めに安価で且つ英国料理の代表格と言うことで、今日は余りを吹かしたジャガイモのみ。明日も同様のジャガイモ。明後日は口直しに適当なクズ野菜の煮込み。以降は―――」

「待って!」

「聞く耳を持ちません。早速この瞬間からルールを適用し、わたくし達が精魂込めたカレーもお預け。宜しいですわよね、マイロード?」

「カレーはイギリス伝来じゃないかあぁぁぁぁ!」

 

 うん、チームの頭脳に相応しい的確な大岡裁き。

 私が口を開く暇も与えず、一撃で急所を突く姿は面目躍如ですね。

 

「臣下の願いを叶えることは、王様のお仕事……もとい義務。ですが栄養面が不安ですね。そこで補助食品代わりにマーマイトの支給を命じます」

「イエス、マイロード。これで極まったエンゲル係数も幾分か下がりますの。これぞ誰も損をしない三方良し。我ながらナイス大岡裁きですわ」

「悪魔っ!」

「名門中の名門、フェニックスの娘に世迷言ですか?」

「周りに人間が少なすぎる……」

「さて、芽の生えたジャガイモでも見繕いましょう」

「せめて銀シャリ、銀シャリだけは死守!」

「おかずは要らないの?」

「裏山は野生動物の宝庫だからな。特にスズメは肥えていて骨まで旨い」

 

 こ、これだから野性児は怖い。

 予想の斜め上を突破されると、こちらも対応に困っちゃいます。

 

「冗談だから、即座に狩りへ向かおうとするのは止めなさい」

「ほ、本当か?」

「からかい甲斐があるのはゼノヴィアの魅力だけど、猪突猛進な戦車にも少しは腹芸を覚えてほしいと思う王様です。はい、味見名目のトッピング用ゆで卵。教室でも似たような話をしたと思うけど、爰乃政権が続くかぎり衣食住で不便はさせないからね?」

「……王様は悪徳鳥娘と違って優しいなぁ」

「三歩歩けば忘れる鳥頭に罵倒される謂れはありませんの!」

「よくわからないけど、アンはたべるの大好き! あじみときいてっ―――」

「卵愛好、我等参上」

「くっ、余計なのまで来てしまいましたわね!」

 

 さて、騒ぎと匂いを嗅ぎつけてきた子分の為にも急ぎますか。

 うわばみ達が騒ぐ前に卵を二個放り投げつつ、電子音を鳴らす炊飯器に移動。

 ご飯を混ぜながら次の作業に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 第八十二話「歴史からの挑戦」

 

 

 

 

 

 俺がソレを見た衝撃は、人生最大のショックであるアーシアを失った瞬間の絶望と甲乙付け難いもの。それこそ頭が真っ白になり、思考を放棄するレベルの致命傷だった。

 

「イ、イッセーさん。今のって……」

 

 隣で同じものを見た少女が困惑気味の声を上げ袖を引っ張るが、俺としても信じられないというか、断固として信じたくない光景に反応を返すことが出来ない。

 

「爰乃さんが、あの感情を顔に出さない爰乃さんが、見たことのない無垢な乙女の顔ではにかむとか天変地異の前触れですか? あの、イッセーさん? 聞こえてます?」

 

 目の錯覚であって欲しい。

 その思いが、アーシアへの相槌を躊躇わせた。

 何故ならうっかり反応を返してしまうと、これが現実であることを認めざるを得ない。

 具体的には下駄箱から取り出した手紙を胸にぎゅっと抱きしめ、心底嬉しそうな表情を浮かべながら足速に立ち去っていった爰乃の姿。

 これぞリアルNTR。いや、告白もしてないけどさ。

 ずっと恋心を抱いている俺にとって、これ以上の悪夢があるだろうか?

 

「キコエテルヨ」

「もう、しっかりしてください!」

「お、おう」

「いいですか? 珍しくヴァーリさんも、ゼノヴィアさんも居合わせていない今、この事件を解決できるのは私たちだけです」

 

 ん?

 

「あまり不思議な力に詳しくない私には、爰乃さんが精神操作系の攻撃を受けているのか、それとも強制力を持った神器による干渉を受けているのかは分かりません。でも、これは間違いなく敵の仕業です! きっと禍の団とか、恨みを買った悪魔貴族とかの!」

 

 え?

 

「つまり弦さんを筆頭とする病的な……もとい忠誠厚い眷属の方々が気付く前に私たちで対処しないと、黒幕もろとも無慈悲なとばっちりで学校が滅びます! 滅んでしまうんです!」

「奴らの辞書の自重って単語は抹消されてるからなぁ」

「納得していただけたなら、急いで後を追いましょう!」

「あのさアーシア。そこまで焦らんでも、あれはどー見ても部長や朱乃先輩がダース単位で貰い続けているラブレター案件じゃね?」

「何を言っているのですか! 爰乃さんは ”手紙なんて出す暇があるなら、日和らず直接気持ちを伝えに来なさいヘタレ” とバッサリ切り捨てるスパルタ人です。義理立てして、やんわりと断りに行く先輩方と一緒にするのは間違いだと思います」

 

 確かにアイツの本質は男前のヒーロー気質だが、見た目に限れば金髪美少女のアーシアに負けず劣らずの容姿端麗っぷりだからな?

 俺が見てきた限り、中学、高校と、告られるなんて平常運転。そして何時もの様に無関心、もしくは迷惑そうにしてくれれば俺の心は平穏だっただろう。

 でも、今回は違う。

 長い付き合いの中で、恋文を貰って喜ぶ姿は始めて見た。

 そして、満開に咲いた桜のような笑顔も……俺は向けられたことがない。

 

「……色々と言いたいことはあるが、曲解すればアーシアの理屈は正しい。ぶっちゃけ俺は何事も無いと思うけど、念には念を入れて様子を窺うか」

「ですっ!」

 

 鬼が出るか蛇が出るか、はたまた鼠一匹で済むのやら。

 全て勘違いであって欲しいと祈りつつ、俺たちは探偵の真似を始めて―――あっさりターゲットを見失ったよチクショウっ!

 

「……私たちにストーカーの才能はないみたいです」

「いやいやいや、要らないよ!? 落胆しなくていいから!?」

「くすん」

 

 俺達は小細工? 何それ美味しいのがモットーの脳筋グレモリー眷属です。

 中でも特に不器用な俺と、ヒーラー特化型のアーシアだぜ?

 おまけに相手は気配に敏感なお姫様。

 あの浮かれた様子を見る限り気付かれて撒かれた訳じゃないだろうが、前提条件として奇跡の一つや二つでも起きない限りこっそり後をつけるのは無理だって。

 

「色恋沙汰は木場の独壇場。あいつなら居場所の検討もつくに違いない」

「ですね」

 

 最初の一歩で躓いた俺たちは、イケメン王子に電話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 そっと下駄箱に置かれていた手紙の封を解き、先ず疑ったのは己の正気でした。

 ついに幻覚を……と何度も目を擦りつつ素数を数えてみる。

 でも、不思議なことに物証は手の中から消えない。

 いやいやいや、ドッキリですってドッキリ。のこのこ呼び出しに応じれば、誰も現れず待ちぼうけか、指をさして笑われるかの二択のはず。

 だ、騙されませんからね? いや、本当の本当ですよ?

 

「……昨日のカレーが残っているので、晩は楽が出来ますよね」

 

 偶然にも家路を急ぐ必要はない。

 散歩代わりに少し遠回りをしても、それは時間の無駄にはならないと思う。

 そんな自己欺瞞で正当性を確立した私は、下駄箱に忍ばせてあった文に導かれて歩き出す。

 無駄足と自分に言い聞かせ、それでも胸の高鳴りが止まらない。

 すると、さすがは悪魔の実在する世の中。

 神も実在するらしく、ゴールの校舎裏には四人の男女が待っていた。

 但しその装いは個性的の一言。

 強いて似ているとすれば、いつぞや学園に攻めてきた禍の団の魔法使いかな?

 だけど纏ったローブの縫製が全体的に安っぽい。

 お手製にしてもほつれが目立つし、いまいち外見から意図が読めませんね。

 

「くくく、よくぞ逃げずに来たものよ」

「その覚悟だけは見事なものね!」

「けど、その強がりもここまで」

「直ぐにでもそのすまし顔を、絶望へ塗り替えてくれるわ!」

「その口ぶりから察するに、送り主は貴方達ですね」

「「「「その通り。我らこそ人類希望の星、駒王学園四天王!」」」」

 

 止めとばかりに戦隊物を髣髴とさせるポーズを決めた彼らに対して抱いたのは ”ああ、また恒例の” という諦めの感情です。

 いやその経験則で、頭がおかしい方が手強いことは知ってますよ?

 でも、人生初の果たし状からこの展開はさすがに辛い。

 何せ ”昭和の絶滅危惧種がこの学校に残っているなんて!” と胸をときめかせ、子供の様に喜んでいた私です。

 なのに、待ち受けていたのはコスプレ集団。

 表紙にタイトル、本文は場所と時間の指定だけの手紙で優良誤認を誘うとか罠過ぎませんか。

 私が望む不良のボスやら、汗臭い番長へのチェンジを要求します。

 

「あっ、四天王って言いましたよね? つまり上位者が控えて居るのでは?」

 

 繋いだ一縷の希望に縋る。

 奴は四天王の中でも最弱。私を引きずり出すとは―――的な展開がっ!

 

「指摘はごもっとも。しかし、残念ながら諦めてくれ」

「う、嘘ですよね? そんな格好良いポーズとっても誤魔化されませんよ!?」

「くくっ、考えてみろ。宣言通り、俺達は駒王学園系列……具体的には初等部から高等部に在籍する人間の異能者だけで構成された団体だ」

「駒王系列は大学までありますよね?」

「厨二病は高校が限界だろ。酒が飲める年齢でコレは引くわ」

「真顔で言われても……」

「誰もが鳳凰が凶で真になる世界をお望みと?」

「失言でした。タイムマシーンとかノーサンキューです」

「納得してくれて何よりだ。そんな訳で人員は小中高に絞られた上、数少ない能力者の全員が所属してくれる訳でもない。むしろ個人主義が蔓延する昨今、四人も集まったことが奇跡とさえ思う」

 

 リーダーらしき男は溜息をつきながら続ける。

 

「今でこそグダグダな四天王だが、本来は人と化け物の共学が始まった学園黎明期に生まれたガチの制度なんだぜ?」

「と、言いますと」

「ほら、人外って基本的に人間を玩具か何かと勘違いしてるだろ?」

「分かります。私の場合は堕天使でしたが、脈絡なく攻撃されて驚きました」

「一蹴したと聞いているが……ま、いいか。で、息を吸うように襲ってくる級友に業を煮やした当時の先輩方は一致団結。対抗措置として陰陽師やら魔法使いやらの最強クラスが集結し、やられたらやり返す自衛手段を設けた。それこそ牙なき者の牙、駒王学園四天王」

「しかし、そんな崇高な理念も」

「今や規律を重視する正義のデビル生徒会が睨みを利かせ、時代なのか通う人外も温厚で友好的な連中ばかり。特にシトリー、グレモリーの二大巨頭が在籍している昨今は、一方的な揉め事の発生件数なんてほぼゼロ。今後も平和は続くだろうし、ぶっちゃけ要らないよなぁ……」

 

 ああ、この人は現状を把握している常識人だ。

 思えば人として尊敬できる真人間に、この学園に来て初めて出会えた気が。

 見た目だけで色物枠と断定した自分がとても恥ずかしい。

 

「一つ疑問がありあます」

「どうぞ」

「普通の人間である私が、対人外組織に狙わた理由が分かりません」

「いやほら、最近噂の学園最強人類に挑まないと四天王の名が廃る的な?」

「その発想、嫌いじゃないですね。喜んで挑戦を受けましょう」

「快諾してくれて助かる。さて、それはそれとしてグダグダな展開を一度リセットしよう。思えばまだ名乗ってもいないし、様式美を守らせてもらおうか」

「どうぞ」

「俺は四天王筆頭にして ”水霊の将星” の異名を持つ精霊使い。受験を控えているが、特に危機感を覚えず遊びに呆ける三年の水橋将人!」

「その余裕っぷり、さては大学エスカレーター組!」

「ふふふ、どうせ君も同じ穴の狢よ。というかウチの大学部ってランク高いし、無理して他所を受ける必要性を感じない」

「同感です」

「よし、皆の者も続け!」

「二番手は貰った! 高等部二年、土属性を極めし ”土竜の覇者”こと土田竜司とは俺のことよ!」

 

 装いをバサリと脱ぎ捨て、姿を現したのは体格の良い巨躯の男子。

 土、つまり固さが売りってところかな?

 

「三番 ”疾風の舞姫” の風祭舞が推参」

 

 続くは大きな目とお下げが似合う中学生くらいの少女。

 名乗りから察するに、この図書室が似合いそうな文系は風属性。

 でもさ、本当にそのひょろひょろの体で戦えるの……?

 

「最後は僕! 小学校4年で野球部在籍、夢はでっかく甲子園優勝の円野球児。二つ名は ”侵略の火炎” だよお姉さん!」

 

 ああ、ついにリトルリーグが来ちゃった。 

 ローブの下なんてユニフォームだし、もう何が何やら。

 

「「「駒王学園が誇る純人間能力者(有志)の頂点、それが我ら四天王!」」」

 

 曹操のような風格も無く、ゼノヴィアの如き野生も感じない頂点とは。

 雰囲気的に、怪物マスターなテニス部部長さんの方が強いのでは?

 だ、大丈夫。まだ慌てる時間じゃない。

 先輩の本質がまともな以上、全て私の油断を誘うブラフのはず。

 実はあっと驚く聖剣・神器の類の所有者なのでしょう?

 だから油断は禁物。うっかり足元を掬われると、お爺様に顔向け出来ません。

 

「私は高等部二年で、二つ名無しの香千屋爰乃。モットーは性別、種族、一切合切関係なく全力で技を尽くすこと」

 

 脳裏に浮かぶのは敵の力を侮り、惰性で放った得意技をあしらわれた苦い思い出。

 

「誰から来ますか? いっそ全員同時でも構いませんよ?」

 

 敵が頂を名乗る以上、越えるべき壁です。

 意識を切り替えた私は、対魔王級を想定して気を引き締めた。



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第83話「大地の支配者」

 木場が告げた第一候補は校舎裏の一角。

 聞いて納得の定番スポットだったが、何で気づかなかったのやら。

 漫画やエロゲーでお馴染み。ヘビーユーザーの俺なら、真っ先に浮かんで然るべきだろうに。

 

「誰も居ないか」

 

 果たして間に合わなかったのか、それとも単純に外れなのか。

 俺とアーシアが到着した時点で周囲に人影は無い。

 但し、無駄足という訳でもなさそうだ。

 見つけたのは、中心に空いた穴から波紋状に破壊された地面という異変。

 誰かがやらかした痕跡と言うか、何らかの戦いが勃発している紛れもない証拠だったからだ。

 

「イッセーさん、やっぱり何かが起きています」

「ウチの学校は人外も多いし、別件の可能性もあるけどな」

「いえ、爰乃さんの力特有の痕跡が残っています。つまり、事件の渦中に巻き込まれていることは確定です」

「俺には全く分からんが、そんなの分かるの?」

「実は治療することが多い人の場合、バイオリズムを整える副産物なのか感覚で何となく分かるようになりました。ですのでイッセーさん、ヴァーリさんの魔力も見れば判別できますし、特に回数の多い爰乃さんに至っては間違えようがありません」

「そ、そうか。アーシアは多芸だな」

 

 さらっと流されたけど、何気に凄い能力じゃないか?

 患者さん限定っぽいのがアーシアらしいが、使い方次第で化けそうな気がするぞ。

 

「私のことより敵です、敵! 爰乃さんは本気を出せる相手と戦っています!」

「確かに一般人相手にコレはないか」

「です」

「ふと思ったんだけど、電話するのが早いんじゃね?」

「……あ、そんな手もありましたね」

「お互い冷静じゃなかったってことだな。では早速っと」

 

 別に珍しいことじゃないが、鳴りはしても繋がらない

 個人的には偶然と切り捨てたいし、この惨状を見る限り片付いているとも思う。

 しかし、この胸のわざつきは誤魔化しようのない俺の本音。

 本人に話を聞いて、スカッと解決しなきゃ寝覚めが悪くてたまらんな。

 

「駄目、ですか?」

「電波の届く範囲には居るらしいけどな」

「心配です……」

「こうなりゃ乗り掛かった舟だ。まだ校内に居ると信じて、ここからは二手に分かれて探そう。但し何か見つけたら即連絡な。絶対に一人で対処するなよ?」

「どちらかと言うと鉄砲玉気質のイッセーさんの方が不安ですけど……とりあえず分かりました。私は屋上から始めて、校舎内をぐるっと見て回りますね」

「なら俺は外を攻めるわ。つっても学校の結界が無事というか平常運転だから、大事にせずこそっと動く方針は継続で。ゼノヴィアはともかく、フリーダムなヴァーリは抑えられる自信がない」

「……学校の平和を脅かす最大の脅威が身内って」

「……腐ってもアイツは魔王の魔力を兼ね備えた白龍皇。グレモリー&シトリーが束になっても勝てるか怪しい最強クラスだからなぁ」

「……出来るだけ目立たないように注意します」

 

 魔王様に聞いた話を信じれば、堕天使の総督が張り切って整備した結界は完璧らしい。

 曰く絶霧でも直接転移は不可能。不法侵入? やれるならやってみろとのこと。

 おまけに唯一の入り口である校門には多様な機能を備えた監視カメラが幾つも設置され、不審者が紛れ込んでいないか24時間チェック中の鉄壁さ。

 その証拠に、あの弦さんが検知されてお縄になったんだぜ? 鉄壁過ぎるだろ。

 つまり敵が何処からか進入してきた可能性は皆無。単純に相手は生徒だと思う。

 それらを踏まえて最悪の事態を想定すると

 

 嬉しそうに呼び出しに応じた → 気のある相手で害意なし。

 じゃあ手合わせでも     → 口説く相手の好みは当然把握しているので了承。

 バトル開始         → 足場が崩れたし、河岸を変えよう。

 

 の流れが現在進行形で進んでいるのではなかろうか。

 

「ぐぬぬ、ある意味最悪のパターンだ」

 

 想像通りであれば、非常によろしくない。

 呼び出しに応じたことさえショックなのに、おそらく互角以上の強さも備えている。

 うん、あれだ。先ずはお友達からの騒ぎじゃないな。

 俺があいつに勝てる未来が見えないから告白出来ないでいるのに、知らない男がそれを成し遂げつつあるとかどんな罰ゲームだよ。

 

「実はワンパンで決着がついていて、お眼鏡に適わなかったルート……」

 

 空しいから希望的観測は止めよう。

 名探偵に言われなくても真実は一つ。いやでも、観測するまで確定しないのでは?

 走り出したアーシアがうっかり転ぶ姿を見守りながら、微妙に現実から目を背ける俺だった。

 

 

 

 

 

 第八十三話「大地の支配者」

 

 

 

 

 

「先鋒はこの俺、土田竜司である」

「あれ、セオリー通りなら風からでは?」

 

 例えるなら八卦的な意味で。 

 

「土属性は地味だから、率先して目立つ努力をしないと……」

「ま、まあ全員倒すので順番はどうでも」

「くくく、既に勝った気になっているようだが、貴様は土属性を甘く見ている。確かに不遇扱いが多いことは認めよう。しかし、地面に埋まっているものは全て土管轄! そう、星の重さから発生する重力さえも内包しているのが我が力!」

 

 なるほど、言われてみれば土属性は最強かもしれませんね。

 土は大地で地球。極論すれば自然の力を全て含んだ星属性こそがその本質。

 例えば地震。世界中の核兵器をかき集めても及ばない破壊の力は言うに及ばず、地球最大の熱量を秘めた火山だって神様に匹敵する力でしょう。

 でも私的に一番怖いのが鉱石、つまり鉄を操れそうなところ。

 もし血液中の鉄分に干渉可能だった場合、呼吸困難からの酸欠で即詰みです。

 

「欠点の見当たらない、無敵かつ万能じゃないですか」

「その通り。極めれば最強だというのに、土は泥臭いというイメージだけで敬遠される悲しさよ……」

 

 口ぶりから察するに、最低でも黄金の風準拠の体内からハサミやら釘を生成する回避も防御も不可能なインチキ程度は鼻歌交じりのはず。

 宜しい。どうせ定石通り防御もガチガチでしょうし、相手にとって不足なし。

 私の無属性と土属性、どちらが優れているのか尋常に勝負っ!

 

「それでは始めるぞ」

「いつでも」

 

 立派な体格だけを見るなら、相手も私と同じ近接格闘型だと思う。

 でも、それはブラフかもしれない。

 何せ敵は究極のオールラウンダー。重力さえ自由自在に操る汎用型に思い込みは厳禁です。

 ここは焦らず初手は受け。先ずは様子を伺い、チャンスを待つとしますか。

 

「見よ、これが二つ名 ”土竜” の所以だ!」

 

 すると土田さんが選んだのは、予想の斜め上の行動。

 足元の硬い土を砂でも掻き分けるようにして穴を掘り、移動しながら埋め直して痕跡を消していく。

 そしてあっけに取られた私が我に返るころには、すっかり地中へと姿を眩ませてしまっていた。

 あれ、これは色々とマズイのでは。

 思わぬピンチに気付いた私は、スカートの裾を押さえて目線を先輩に移動。眉を潜めつつ、首を傾げた責任者に対してクレームを入れる。

 

「まさか地面に潜っての死角狙いに驚きを隠せません。でも年頃の乙女にとして、先に一言欲しかったところですね。先輩はその辺をどう考えてますか」

「いやその、別に彼は下着を覗くために消えた訳では。彼の名誉の為に擁護するけど、不可抗力で他意はないから。ほんと、マジで! セクハラとか考えてないよ!」

「下心がないなら結構。でも命がけの真剣勝負なら兎も角、お互い空気を読むことが前提な腕試しの場合ですよ? さすがに守るべき一線を越えられると困ります」

「配慮不足は謝るし土田にも後でよく言い聞かせておくけどさ、ぶっちゃけ深読みしすぎだからな?」

 

 さすがの私もスカートの中身はできる限り守りたい。

 特に名前しか知らない異性は……って?

 

「ボチボチネタ晴らしをすると、土田の馬鹿は潜るだけで上がって来れない」

「は?」

「いやだから、誇張なしで事実だけを述べるなら生き埋め。悪いんだけど、救出作業の手伝い頼める?」

「ちょ、ちょっと話が違いませんか? 土田さんって、メタリカとホワイトスネークを足して割ったような凄い能力者ですよね?」

「あいつは厨二全開で、基本的に全て妄想乙」

「ちょ」

「実際に出来るのは片道切符のディグダグだけ。そもそもビックマウスが本当なら、学園最強を通り越して世界でも指折りの強者だろ?」

「た、確かに」

「こんなお遊びサークルに納まってる時点でお察し。正直、真に受けてると知って驚きを隠せないわ……」

「だ、騙された!?」

「はっはっは、まさかのドッキリ大成功! で、こんなこともあろうかと準備したスコップがここに。今なら同じ物がもうワンセット!」

「慣れた手つきとMCですね……」

「自爆は土田の持ちネタだからな」

 

 体は無傷でも心を折られた側は、果たして勝者なのか敗者なのか。

 判断の難しい初体験に、軽く混乱を隠せない私です。

 

「ちなみに放っておくと、明日の朝刊を謎の窒息死体が飾る」

「嫌な脅迫を……」

「そんな訳で手を貸して欲しい」

「……はぁ、私一人で十分です」

 

 トントンと足踏みをしながら、気をソナー代わりに放って地中を探る。

 あ、見つけた。少し斜めに掘り進んだのか、初期位置より気持ち右側に反応あり。

 

「ていっ!」

 

 目星をつけた場所に拳を当て押し付け、一転に集中した全身の力に神器の加護を上乗せ。

 前にイッセー君にも教えた拳技、龍吼を用いての救出活動を開始した。

 力が地面に伝わる中、私が抱いた感想は脆いの一言。

 全然本気を出していないのに地面には予想より大きい穴が開き、しかも想像以上に手応えが無い不思議な感触だけが残っている。

 

「……暴行傷害ならともかく、殺人罪は執行猶予さえ難しいと思うんだ。だから忘れないで欲しい。俺達は普通の人間。君が普段相手にしている悪魔の類と違い、簡単にあの世に送られてしまうことを」

 

 私的にも想定外の破壊力ですが、コントロールは出来てますからね?

 ほら、底の方に土田さんの足がにょきっと。

 範囲を誤差の範疇に収めた以上、完璧な仕事ではないでしょうか。 

 

「大丈夫です。天国に送られたなら天使長とのコネがありますし、仮に地獄でも魔王様に頼み込むのでドンと来い」

「違う、そうじゃない! 君は気遣いの方向がおかしいな!?」

「あ、仏教でしたか?」

「仏教は速攻で輪廻転生だ! 死後の世界の概念がそもそもねぇよ!」

「落ち着きましょう先輩。可愛い冗談じゃないですか」

「真顔だったような……」

 

 そのツッコミの切れ味、私は結構好きですよ。  

 

「それはそれとして、今は土田さんを」

「くっ、その妙な交流関係含めて絶対に後で問い詰めるからな!」

「前向きに検討します」

 

 穴に下りていく先輩を見送る私は、玉虫色の回答でお茶を濁すのだった。



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第84話「聖なる炎」

次で四天王戦は終了です。


 轟々と燃え盛る炎の波と、間欠泉の様に吹き出す氷柱の群れ。

 それらがもたらす暑いんだか寒いんだかよく分からない温度の風は新鮮で、私のテンションは右肩上がり。思わず口の端が自然と持ち上がる楽しさだった。

 あ、今は部室で手持ち無沙汰にしていた木場を拉致っての模擬戦中だ。

 火、水、風、雷、etc、あらゆる属性魔剣を操るグレモリーの騎士は遊び相手として面白く、暇を見つけては挑むのが私の日課だからな。

 

「インチキ幻想を全て打ち砕き、剣の最高峰がエクスカリバーであると知らしめてやる」

「いやいや、君の手に入れたソレって量産型のイミテーションだろ。果たしてオリジナルと寸分変わらない僕のジェネリック魔剣と、数打ち劣化品のどちらが上なのやら」

「折れた方が弱い!」

「それで構わないけど、先ずは目の前のピンチを乗り越えたらどうだい?」

 

 木場の言う通り前回の勝負ではデュランダルぶっ放しで雷撃を凌ぐも、オーラの全力解放に伴うなまくら化が影響して詰み。

 敗因は聖剣ビームを一撃で後腐れなく使い切る性分と理解はしている。

 しかし、所詮私は野生の力押しゴリラ。次に繋げるペース配分を考えられず、直感と本能に身を任せた刹那的な生き方しか出来ないのだ。

 

「応とも。今必殺の左エクスカリバァァァッ!」

「残念、ただでさえ聖魔剣は聖剣に優位なのに、質で劣る量産型で相殺出来るわけが……ん? 左 ? 今、聞き捨てならな―――」

 

 撃てるビームは一発。しかも使った瞬間、便りの聖剣は棒切れ。

 かと言って大技を封じると、か弱い人間は決め手を失ってじり貧の悪循環。

 そんな悩みを抱えた私に転機が訪れたのは、冥界遠征の少し前のこと。

 何時ものように晩飯をたかりに来たアザゼルから、天啓としか言いようのないアルバイトを紹介されたことが解決の糸口だった。

 曰く、量産型エクスカリバーを天然物の聖剣因子保持者に試して貰いたい。

 雑に扱って壊してもOK、今後もアップデート版を無償で供給する。

 その代わり、たまに回収するので実働データを取らせろとのこと。

 これぞ渡りに船。

 やはり神は居ないが、悪魔と堕天使は僕を見捨てないと実感した瞬間だった。

 

「そして、木場には初公開の二刀流右エクスカリバー!」

「ちょ、何処から出した!? そもそも複数所有は聞いてないけど!?」

 

 かくして私の手中には、1ダースのエクスカリバーとデュランダルが勢揃い。

 赤龍帝に張られた “頭のおかしい爆裂娘の派生” レッテルともおさらば。スナック感覚で最大火力をばら撒くようになった私に隙はないぞ。

 さらに言えば天叢雲剣に、フェニックス家から分捕った魔剣やら、気が付くとちょっとした剣コレクターになっている私だ。

 マスターや弦は武器が変わると落ち着かないらしいが、私は気にしない。

 重さが変わろうが、長さが変わろうが、それこそ包丁だろうが刃物は刃物。

 自分が使いやすいように振り回せば、戦い方なんて自然とついてくるからな。

 

「この通り、もう手数では負けないぞ」

「……まだ大量に隠し持っていると」

「残りの数はノーコメント。早速だが、追加カリバーはこちらです」

「エクスカリバーの大安売り止めようよ!?」

「景気よく剣を使い潰すお前にだけは言われたくない!」

「痛いところを突くね……」

「ともかく私のターン! 瞬間火力は猊下を超える、秘剣エックスカリバーァァァアッ!」

 

 木場ご自慢の神器をオーラ斬りで相殺した私は、すぐさま輝きを失った二剣をポイ捨て。

 次の聖剣を謎空間からリロードし、シンプルな二刀流の構えを取った。

 そこから放つのは交差する×の軌跡。思い付きで試したら出来ちゃった技だ。

 これぞ理屈は分からんが相乗効果で威力は数倍ドン。嫌々ながらも試し斬りの的を引き受けてくれた鬼灯の首を、結界の上から三本飛ばした絶対殺す奥の手その一っ!。

 我ながら模擬戦で使うのはどうかと思うが、ぶっちゃけノリと勢いだから許せ。

 

「何、その殺意の塊!?」

「はっはっは、私は誰かさんの大技を正面から打ち破った。まさかとは思うが、逃げないよなグレモリーの騎士?」

「分かったよ! これだから訓練で自重しない君の相手は嫌なんだ!」

「何でもアリルールを快諾したのは木場なのに……」

「ああそうさ、どうせ一発耐えれば終わりと甘い目算を立てた僕が悪いさ!」

「まぁ、私も少し反省している。なので本当は相手が死ぬまでズバァする無限コンボだが、自重して追撃は行わない。安心して防御に専念してくれ」

「大味の火力勝負はもうゴメンだ! この後は剣技縛りにしないと、勝負は打ち切りにするよ!」

 

 地面を砕きながら迫る剣閃を迎え撃つのは、雨後の筍の如く次々と屹立した剣山が放つ鋼の輝き。

 残念ながら普通の人間である私には聖魔剣最大のメリットである光と闇特攻と言う持ち味は生かせないが、聖剣の波動はどう転んでも光属性だ。

 つまり木場なら半減くらいは朝飯前。どうせ口だけの焦りに違いない。

 ほら見ろ、鋼の城は木っ端微塵に出来ても本丸は無事じゃないか。

 

「焦った割に余裕なのがいやらしい。腕の一本くらい、サービスで落とすのが礼儀だと思わないか?」

「……聖剣の癖に無属性のデュランダルだったらマズかったけどね」

「なるほど、当たり前過ぎて気付かなかった」

 

 それでこそ幾度となく挑んだ私を、全て跳ね除けてきた剣士。

 次は忠告に従ってデュランダル&エクスカリバーの合体技をぶち込み、守りを全て剥ぎ取った上で本命の天叢雲でズバァならどうだろう。

 頑丈が売りの木龍さえ泣きを入れた毒なら、さすがの木場も対処は難しいんじゃないか?

 

「君さ、ろくでもないこと考えてない?」

「そんなことは……む、爰乃から電話だ。少し中断だ」

「どうせ訓練、構わないよ」

 

 肩をすくめるライバルには悪いが、下っ端は上に逆らえないのが世の常。

 出来れば面倒なお使いより、カチコミの助っ人とかであって欲しい。

 そんなことを願いながら携帯を開く私だった。

 

 

 

 

 

 第八十四話「聖なる炎」

 

 

 

 

 

「ストライク!」

 

 目算が甘かった。全てはその一言に尽きる。

 私のバットに空を切らせたボールは、軽くメジャー最速を超えるもの。

 しかもその変化は素人目にプロとの差が分からない切れ味で、ちょっと手に負えるレベルじゃない凄さだった。

 

「先輩、我が校の甲子園連覇は確定した未来ですね」

「どうだろう。これは精霊パワーを使っているからで、彼が公式試合で出せる実力じゃない。ま、それでも基本スペックの高さは事実。期待は裏切らないとは思う」

「で、ですよねー。さすがに普段からこんな投球しませんよねー」

 

 何せ四天王の二番手を勤める小学生が投げる球は、文字通り物理的に燃えているアフターバーナー搭載のファイヤーボール。

 分かりやすい属性付与、リスクを感じさせない身体強化を使いこなす球児君と比べ、実はあまり土関係なかったガス欠さんは何だったのか。

 同じ精霊使いですよね?

 精霊さんの愛され方って、そこまで違うものですか?

 

「しかしながら、球児君は普通に天才だ。しかも情報によれば君は野球の素人! つまり彼の得意分野に持ち込んだ時点で我々の勝利は揺るがない!」

「くっ、正直野球に興味なし。自分のストライクゾーンさえ正確に分かりません」

「聞いての通りだが、決して侮るなよエース君。分野こそ違えど、彼女はその道のプロだ。反射神経と膂力だけで場外まで飛ばすことを忘れないように!」

「はい、先輩! 丁寧に四隅を付いて掠らせもしませんよ!」

「その調子で、しまっていこう!」

 

 そこは慢心しようよ小学生。

 ついでにキャッチャー役の先輩も、本職のような安定感を止めて頂きたい。

 と言うか子供相手だからと勝負内容を任せた私に対し、一切の妥協無く自分たちが一方的に有利な野球対決を持ち出すのは如何な物か。

 確かに先輩の勢いに負け、反射的に頷いてしまった私が悪いとは思いますよ?

 でも、さすがに文句の一つを言いたくなる気持ちも分かって欲しいところ。

 

「確かにプロ野球も高校野球も見ませんが―――」

 

 そんな愚痴は兎も角、これでも勝算があるから受けた訳でして。

 球児君が野球に全てを捧げているなら、私だって武の一芸特化型。

 見様見真似のバッティングに固執するから勝ち目が無いのであって、修めた技を環境に適合させれば話は違う。

 そう決断した私は即座に打撃フォームを崩し、普通に野球をすることを諦めた。

 

「パワプロでコールド鬼の異名を取った私の打率は八割越え!」

 

 本業は無手ですが、これでも剣術家の端くれ。

 お爺様の十八番たる居合いは、憧憬から特に力を入れて模倣した私です。

 残念ながら剣客には通じないレベルの児戯ですけど、体の真横を通り過ぎるだけの的を斬るだけなら何とかなるような気が。

 大丈夫、刀もバットも同じ棒っ切れ。やってやれない筈がありません。

 

「やべ、構えが堂に入ってる。嫌な雰囲気だぞ!」

「問題ありません、僕の全力は付け焼刃で打てるほど安くない!」

 

 球児君が投じた二球目が迫る中、私が取るのは左手を発射台に見立てた半身の構え。

 実測で0.5秒、体感は0.1秒で目の前に現れたボールは相変わらず炎を纏っていて回転は見えず、球種の判別は限りなく難しい。

 でも大丈夫。どんな球が来ようと、射程内を通過するのがルールです。

 なので、そこを叩き斬―――そこっ!

 

「冷やりとしたが、シンカーには対応出来ずか」

 

 またしても空振り。

 目では追えている。でも、変化を視認してからでは対応が間に合わない。

 なら、いっそ勘に任せた決め打ち?

 それは駄目。球種の上限が分からない以上、余りにも勝算が無さ過ぎる。

 つまりこのまま続けても、同じ結果が見えていると言うこと。

 

「先輩、一つお願いが」

「ん、負けを認めて降参か?」

「いえいえ、最後まで足掻くのが私のポリシー。アウトが死を意味するなら、最後の一球まで諦めるつもりはありません」

「だと思った。で、お願いとは? 先に無理を通した負い目もあるし、余程の難題でも無い限り受け入れるぞ?」

「やはりバットは慣れません。そこでより当たり判定が狭く、長さも同等の品との交換を要求します」

「さっきの構えから察するに……刀か」

「はい」

「宜しい、その要求を呑んでインターバルを取ろう。道具を取りに行くなり、作戦を練るなり好きにしろ。我々はここで待つので、準備が出来たら声をかけて欲しい」

 

 私の提案を快く受け入れてくれた先輩に頭を下げ、私は携帯を取り出してコールする。

 連絡先は、必要なピース持つ筈のゼノヴィアです。

 彼女に場所を伝え、待つこと数分。

 旧校舎の方から現れた戦車から勝利の鍵を受け取った私は、久しぶりに握った刀の感触を確かめるように一通りの型をなぞった。

 うん……ご無沙汰なのでブランクが不安でしたが、今でも刃が思い通りの軌跡を描いてくれる。

 この剣先まで神経が通っている感覚は、ずっと練習用として苦楽を共にしたこの子であればこそですね。

 

「事情は分かった。しかし武器を全て持ち歩く私だから兎も角、いきなりお下がりで貰った鍛練用の刀を貸してくれと言うのは余りに難題だぞ?」

「こんな無茶振り、私の可愛い戦車以外にしませんよ」

「なら良し。で、それはそれとして野球なんだろ? なら普通の刀よりビームが出せる剣の方が適任だと思うんだ」

「は?」

「ふっ、知らないなら教えてやろう。野球にはバスターなる技が認められていて、首尾よく敵を壊滅させれば点差無視の勝利が成立すると聞く。そしてバスターと言えば、聖剣使い伝統芸能の皆殺しビームの別名だ!」

 

 胸を叩いてドヤ顔のゼノヴィアは、唖然として固まる私を気にも留めずに続けた。

 

「爰乃は聖剣を使えないから、後は代打の私に全て任せろ。全力デュランダルからのクリティカルバスターチェインで、四天王とやらを全員皆殺しにしてやる!」

「手出し無用、黙って見ているように」

「……これはお前の喧嘩だったな。頑張れマイキング」

 

 幾ら国技がカルチョの国で育ったとは言え、さすがにこれは酷すぎる。

 本音ではツッコミと説教を入れたい。

 でも、今はぐっと堪えてノータッチ。

 優先すべきは、身内に切られた集中の糸を繋ぎ直すこと。

 微妙に乱された心を鎮め、次の一振りに全神経を注ぐ準備をしなければ。

 

「話が纏まったなら、試合を再開しても?」

「どうぞ」

「それと、先に遊び玉は使わない三球勝負を宣言しよう。但し球児君も人間。意図しない失投で枠の外に行っても勘弁してくれ」

「その正々堂々さ、種目にも発揮してほしかった……」

「あーあー、聞こえませーん。プレイボール!」

 

 某自称アイドルに負けず劣らずのフリーダムさに呆れつつ、このピンチを乗り切った暁には何でもありルールでぶん投げることを固く誓う私だった。



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