俺達と神達と空想神話物語 (赤色の魔法陳)
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第0章 誰かと思い出と誰も知らない物語
始まりの少し前


 こんにちは。
これから不定期で「俺達と神達と空想神話物語」を書いていきます、赤色の魔法陳です。
 タイトルにもあるように「空想」なので、実際の神話と少し違うオリジナルストーリーや、オリジナルキャラクターのオンパレードなんですが、楽しんでいただけると幸いです。

追記

 わざと心理描写を詳しく書いておりません。ご了承くださいませ。


 疲れた、そう言えば自分の心境は語り尽くせるだろうか。いや、そんな凡人のような感想ではダメだろう。実際は疲れた以外の感情も色々ごちゃ混ぜになった何かがすっと身体から抜けていく気分だ。実に長い仕事だった。両手じゃ数え切れない程の月日が経ったっけ?あまり覚えていない。

 

 血と汗と涙の結晶が文字通り自分の手の中に握られている。この物語がやがて世界の理となり、少年少女が群雄割拠することになるだろうなんて言ったら彼女はどんな顔をするだろうか?驚くだろうか、呆れるだろうか、それとも...

 

「俺の、いや俺達の望んだ世界なら良いんだケド」

 

 背後からこちらへ向かって足音がした。どうやら彼女が来たらしい。俺は手にした物を見られないように隠しながら振り返った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 踊り場にある窓から差し込む光が薄暗い階段を照らし薄汚れた灰色の床を白く染める。その光は空気中の塵に反射してキラキラと輝いていた。そこを一人の女性が通り抜ける。

 

 階段を上る。

 

 一段、また一段と。踏みしめる段数の数だけ想い出が走馬灯のように身体をすり抜けていく。

 

 これまで色々な事があったね。

 

 君と初めて会った時、どこか懐かしい気がした。

 

 初めて仲間ができた時、嬉しかった。

 

 君と一緒に戦った日々、辛かったけど楽しかった。

 

 君と一緒に笑い会った日、心から君を信頼した。

 

 君と喧嘩した日、変な気持ちになった。

 

 そうして、そうしていくうちに私は君を好きになった。

 

 それから私は君を意識するようになって毎日、君に振り向いてほしくてアピールし続けた。

 

 恋とは無縁だった私にとって慣れない片想いは時に辛い事もあった。

 

 それでも君と一緒にいるのが楽しくてずっと一緒にいたいと心から思ったから君から心が離れる事はなかった。

 

「ダメだ、こんな気持ちじゃ」

 

 想い出に押し負けそうな気持ちを振り切り階段を上がる。

 

……あれ、こんなに階段あったっけ?

 

 私の記憶とは裏腹にまだ屋上にはつかない。私が階段を上がるのに逆らうように時間がゆっくりと感じられた。まるで私の背中に付いた何かがこれ以上進ませないと引っ張っているかのように。油断すればすぐに別の想い出が走馬灯のように蘇る。

 

 次にでてきたのは今まで出会ってきた人達に関わる事。仲間だった皆の顔、友達、お世話になった人達、神様達、はたまた敵まで。

 

……いや、何故に敵?

 

 そう自分にツッコミたくなるのをこらえ、少し笑ってしまう。

 

 でもそうなるのも仕方ない。私が今からすることは過去を変える事なのだから。

 

 このまま過去を変えてしまったら、その人達の内何人と会えるかわからない。もしかしたら私だけその人達の事を知っていて、その人達は私の事を知らず、私だけがこの世界に取り残された気持ちになってしまうかもしれない。

 

……それでもいい

 

 そう思えた。いや、そう思う事で強がってるのだろう。

 

 それでもどんな時も考えれば頭の隅に君がいて、今一番後悔しているのは君との関係の事。

 

 私の誕生日だったっけ、君に告白したの、君は子どもみたいに顔を赤くしていて可愛かったのを覚えてるよ。

 

 その後、君に言われた一言に耳を疑ったよ。

 

 君も私の事が好きだったって?

 

 それを聞いた時、はぁっ?ってなったのを覚えてる。私の日々のアピールは何だったんだ‼ってね。

 

 でもとても嬉しかった。行き場のないくらい嬉しい気持ちをどこかへ、誰かへ伝えたかった。(まぁ、本当はそっちから告白して欲しかったのだけれど)

 

 その夜、添い寝したっけ。私は少しだけ期待したけど何もなかったね。だけどただ横にいるだけでとてつもない安心感と幸福感に包まれていた事は覚えてる。

 

 でもそれから君は私にとても優しくしてくれた。それが嬉しくて嬉しくて

 

……ヤバい、気持ちが揺らぐ

 

 そんな気持ちを振り切り、頬を伝う水滴を拭って最後の階段を上った。目の前のドアを開ければ、もう屋上だ。

 

 もう少し君と一緒にいたかった。

 

 君ともっと色んな事をしたかった。

 

 色んな所へ行ったり、キスとか、その先の事とか。

 

 私達ならそんなところまでいける。そう思った。

 

……バイバイ

 

 ゆっくり手を掛けドアを開けた。

 

 そこに広がっていたのは、こんな日にふさわしくない青空と、ある男の子の後ろ姿。

 

 長い髪を整えて、精一杯の作り笑いで声をかけた。

 

「****」

 




いやー、1000文字キツイっすね(笑)
書いていてまだ500文字、あと少しで1000文字!ってなっていて気づいたら1000文字いってました(笑)
自分では少しネタバレし過ぎたかなーと思っています。
この人は誰なのか?
楽しみにしてくださったら幸いです。


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第1章 俺と呪文とまだ始まらない物語
プロローグ


 こんにちは。
赤色の魔法陳です。
 今回から本格的にストーリーを進めていきます。
楽しんでいただけると幸いです。


 空気中に飛び交う埃が日を反射して煌めくのを掻き分けるように階段を昇る。咳き込んでしまわないように制服の袖で口元を塞ぎながら一段一段と踏み締めた。

 

 踊り場を越えて二十段程上れば目の前に見えたのは屋上へと続く古びたドア。

 

 手を掛けただけで軋むような取っ手に手を置きゆっくりとドアを開けて屋上へ出る。

 

 急に目に入ってくる光を遮るように腕で顔を覆い、しばらくして目が慣れると腕をどけて空を見上げる。頭上に広がるのはこんな日にふさわしくない青空。

 

「爽やかに来い、ってことかよ」

 

 二千三百二十二年四月五日

 

 俺が通う私立神聖学園の入学式の日。

 

 今年もこの学校に沢山の後輩が入って来た。まぁ全員と関わることはないだろうが。生徒会長が満足した様子で彼らにオリエンテーションを行っていたのを思い出す。

 

 今は午後、既に入学式は終わっている。

 

 何故今、屋上に居るのか。それはただ単に一人になりたかったからだ。忘れもしない毎年入学式の季節にやってくる、

 

 

 姉貴の命日。

 

 姉とは言っても実姉ではない。姉貴分、いや師匠と言うべきだろうか。結局自分と何歳離れていたのかは定かではないし実力も計り知れなかった。俺よりも遥かに強かったのは理解していたが結局本当のことはわからずじまい。だが見た目の割に歳はとっていたような気がした。

 

 あの人と会ったのは何年前だったか、多数のヤンキー相手に汗一つかかずに制圧した所を見た俺はその技を教えて欲しいと頼み込むと難なく弟子として承諾された。最初の方はお遊び感覚でもう一人誰かを連れていたが、もう一人の方はすぐに顔を見せなくなった。姉貴は俺にとって優しいという訳ではなく厳しかった。俺はよくもう一人の方に慰めてもらった。確か歳上の女の子だったっけ、結局来なくなってからはどれだけ悔しくても誰も慰めてくれる事はないのが普通なんだと実感した。

 

 その姉貴とやらの本名はもう一人の子が言っていたような気がしたがもう忘れてしまった。向こうも俺を名前ではなくガキと言っていたので俺らの間に名前など必要なかったのかもしれない。

 

 姉貴からは戦闘の基本を叩き込まれた。それは俺から志願した事だったが。彼女は古今東西の武術を極めたかのような口振りで時に無口に、時に軽口を交えて俺に技術を教えた。その甲斐もあって今では当初の姉貴のように例え刃物を持っていたとしてもチンピラ程度ならば何人だろうが難なく制圧出来る程の力は付いていた。

 

「おい、その顔は何だよ?俺をからかっているのか?それとも...俺を恨んでいるのか?」

 

 誰もいない屋上でただ一人、青空に向かって話しかける。もはや毎年の俺の恒例行事となっていた。

 

……俺、周りから見れば大分イカれた奴だろうな

 

 誰がどう見てもそうである。だから一人になりたかったんだが。しかも場所が場所なので自殺さえ疑われてもおかしくはない。

 

「心配すんなよ、あんたの弟分(ガキ)、神木 零矢(かみき れいや)はこうして生きてる。あんたの仇を討つのでもなく普通にな。……大丈夫、仇はいつか必ず討つ。だからそっちで休んでな、そっちならラファエルとか、もしくはルシファーとか居たりして?」

 

 仇...姉貴が死んだのは俺の責任でもある。悪い夢のように最期の時を思い出しながら俺は今の自分なら必ず救う事が出来ると考えるようになった。姉貴は殺されたのだ。俺が駆けつけた時にはもう間に合わなかった。そこには息絶え絶えで血だらけの彼女が横たわっていた。

 

 駆け寄って少しやり取りをした後、後ろにいた誰かに投げ飛ばされて気絶した。それがきっと仇である。起きた時には既にそいつはいなかった、姉貴の遺体もなかった。

 

 夢でも見てたのか、たまたま夢遊病でこの場所まで来ただけで帰ればいつも通り厳しい姉貴と会えるのではないかと思った、自分の腕を見るまでは。

 

 まるで自分が出血しているかのようにベットリと乾いた血が付いていた。姉貴が横たわっていた所にも。それで俺はこれが悪夢よりも残酷な現実だと気付いた。こうして簡単に運命とは無慈悲にも俺の目の前から大切な人を奪っていく...何度も。

 

 だから仇を取るために、それ以前にもう誰かを失いたくないという思いでこの五年間がむしゃらに己を鍛え続けていた。たが、果たして本当に成長出来ているのだろうか。後悔と自責に押し潰されそうになる度に軽口で心を軽くしようとする癖も治らないまま、強くなれたと言えるのか。

 

 そんな事を思いながら淡々と独り言を喋っていると背後でドアが開く音がした。

 

……ヤバッ、変な奴に思われる‼

 

 咄嗟に何もなかったように、まるで景色が綺麗だと言わんばかりにおでこに手をかざし、山の方を見る。血生臭い事を考えていた数秒前の感覚とは正反対であり、その転換と緊張から変な汗をかいた。

 

……それにしても俺以外に屋上に来る人なんて珍しいな、新入生か?

 

 そう思って恐る恐る振り向いた__

 

()()()()()

 

……え、何で?

 

 俺が見たのは相手の顔だったはず、なのに何故だ?何故俺の目には青空が映っている?

 

 思考をめぐらせる。たどり着いた答えは一つだった。

 

「もしかして、落ちてる⁉」

 

……ヤバい屋上って5階だったよな。そんな高さから落ちたら...

 

 スプラッシュ、確実に死ぬ。

 

「クソッ、嘘だろ⁉ 嫌だ、まだ、俺は死ねない、死ぬわけにはいかない‼ 姉貴の仇を取るまで、俺はッ」

 

 そんな思いもむなしく、地面は近づき青空は遠のく。

自由落下をしているはずなのに、ゆっくり落ちている気がする。これが走馬灯というやつか。思い出が流れるんじゃないのかよ。

 

……もう無理だ

 

 そう思いながら俺は心の中の最後の希望にすがりつく。

 

「神様ッ、俺をッ‼」

 

 言い終わる前に、全身に衝撃が走った。

 

「おい‼今誰か落ちたぞ‼」

 

「なんだと‼どこだ⁉」

 

 薄れ行く意識の中これが死と言うもので何の前降りもなく理不尽に襲って来るものなのだと自分に言い聞かせる。心の中の神を怨みながら俺は目を閉じた。最後に映っていたのはやはりこんな日に相応しくない綺麗な青空だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

……あれ、ここどこだ?

 

 目覚めたのは薄暗い空間。まるで宇宙のようにどこまでも広がる暗闇。手を伸ばしても距離感が全くわからず何か置いてあるのか壁があるのかすら判別不可能だった。はっきりしているのは今自分が立っている地面があるということと自分の姿だけだ。

 

……何だここ?どこまで続いて...

 

 何か掴めるものでもないかと恐る恐る右手を前に伸ばしていると

 

「お?やっとお目覚めか?」

 

 と不意に後ろから声をかけられ驚き、振り向く。

 

「うわっ、誰だあんた⁉」

 

 そこにいたのは、暗闇の中でもはっきりわかる腰近くまである長い銀髪を細長い指先でいじりながら立っていた妖艶な女性だった。美人なのだろうがどこか近寄りがたい雰囲気を感じる。

 

「あんた、はないだろ。命の恩人に」

 

「え?命の恩人...?」

 

……どういうことだ?というかこの場所は何なんだ?

 

「お前さっき死んだろ?それを私が助けてやったの」

 

「え、ちょっと待て、俺やっぱり死んだの?じゃあ何で俺は今...ってかここどこなんだよ」

 

「当たり前だろ、あの高所から落ちて無事なわけあるか。まったく一度に何個も質問をするんじゃない、質問の多い奴はモテないぞ。いいか?お前は一度死んだ、それは間違いない。だが私の力で生き返ることができたということだ。つまり私は命の恩人ってワケ、はい拍手~」

 

……いや、モテないは余計だしノリが意味わからない

 

「本当か?」

 

「ああ、って言っても信じられないだろうし、まぁ信じてる体で続き話すけど今のお前は仮の体だ。いつまで持つかわからない。だからお前は...」

 

 言っている意味がわからない。こいつ適当に言ってるんじゃないだろうな。

 

「じゃあ結局俺は死ぬのか?」

 

「話の途中だ、静かに聞いてろ。クソッ、どこまで話したか忘れた。とにかくいいか?お前目覚めたら十六時過ぎに学校の近くの占い館に行け、そこで一番の占い師がいいですって受付に言え。後は、その占い師に聞け」

 

 話を遮るのが琴線に触れたらしく煩わしそうに頭を掻いた銀髪の女は説明を省略し、あっち行けと言うように手を振った。話忘れるの早すぎだろ。ってか話の展開が唐突すぎる。

 

……占い館?そういえば家の近くにあってよく広告が家にあったような...あんな明らかに怪しい所興味あっても行かなかったな、って

 

「おい、結局あんたは何者なんだ⁉」

 

「あん?だ、か、ら、あんたはないだろ。私はそうだな...

 

 “神”

 

とでも言っておこうか」

 

“神”と名乗った女性は不敵な笑みを浮かべる。

 

「“神”、だと?」

 

 こいつは本当に神仏の類いなのか俺が怪訝な顔をしていると、話終えて満足したのか

 

「ああ、そういうこと。人が呼ぶには大層な名だろ、じゃあ以後お見知りおきを。チャオ~」

 

 と言って気だるそうに右手を振るとその手を俺に向ける。“神”が右手をかざすとそこから衝撃波のような物が出てそれに触れた俺の身体に衝撃が伝わった。

 

 俺の意識は再び途絶えそうになる瞬間、“神”は倒れた俺の近くにやってくるとこう呟いた。

 

「せいぜい頑張ってくれよ、〇〇〇が選んだんだからな」




 ※ ※ ※ ※ ※ は、時間の経過や、視点の変更の際に使います。
ご了承ください。


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退院

 こんにちは。
赤色の魔法陳です。
 今回は零矢君の悪友と先生が登場します。
ぜひお楽しみください。


「ああッ!何すんだよ⁉」

 

「お前大丈夫か?頭打ったんじゃ?」

 

 目を開き起き上がると見馴れぬ汚れ一つない簡素な白い壁、清潔な布団にシーツが視界に入った。微かにだが薬品のような香りが漂っている。

 

……病院かここ?

 

 そう思い布団を剥がして立ち上がろうとする。何だか俺を呼ぶ声が聞こえた気がするが多分気のせい...であってくれ。いや気のせいで聞こえる声がアイツっていうのも大分気分が悪くなるんだが。

 

「おい、怪我人は安静にしてろ」

 

 やはり気のせいではなかった。とうとうヤバめの幻聴が聞こえ始めたのかと思ったが、そうであった方が良かったかもしれない。そいつの言う通り渋々もう一度寝て、言った。

 

「お前がいるとは珍しいな、真」

 

「悪友が怪我したって聞いて来てやったのに何だよ?」

 

「余計なお世話だ」

 

 俺が寝ていたベッドの隣に立っていたのは俺の悪友と言ったほうが良いのだろう、伊達(だて) (しん)という男だった。  

 悪友、と書けばまるで法に反する事をした仲間とか喧嘩しあった仲という風に思われるだろう。まぁあながち間違ってはないんだが。

 

 少しばかり話すならば一年ぐらい前にこいつととある事情で他校の生徒相手からの喧嘩を買い、警察沙汰になってしまった事がある。因みに否はほとんど相手側にあるが、こちら側が進学校ということもあり厳重注意だけですんだが評判は最悪となった。こいつとはその事件から続く腐れ縁というわけだ。

 

「それにしてもよく死ななかったな、屋上って五階だろ。お前は前から悪運と体だけは強いと思っていたがこんなとこで役に立つとは」

 

 余計なお世話だ。皮肉でも言いに来たのか?お前はお呼びじゃないんだよ。普通目が覚めたら横にいるのはナースだろ、何でお前なんだ。でもこいつなりに心配して来てくれたのかもしれない。それは感謝している。

 

……そういえば

 

「おい真、俺が何で落ちたか知ってるか?」

 

「あー、何か木戸先生が言ってたな。なんだっけ?」

 

 その時病室のドアが開き俺達がよく知る一人の中年の男性が入って来た。

 

「お、噂をすれば」

 

「何の噂をしてたのかな?」

 

 入って来たのは物理の担当教員である木戸(きど) (のぼる)先生だった。噂では四十を越えているらしいが肩幅が大きく、体つきならば体育系と言われても納得できる程だが、対する穏やかな表情や佇まいはベテランの教師という風格を漂わせている。

 

「お、目覚めたのか零矢」

 

「何でこいつが落ちたのかを話してたんすよ。で何でしたっけ?」

 

 木戸先生ならば現場の状況などを警察から聞いているだろうし説明してもらえるだろう。だがこの人は自分の分野となると途中でヒートアップする可能性がある。今それはキツいのでやめて欲しい、俺はそう思った。

 

「はい。俺も当時のことはよくわからなくて。振り向いたと思ったら落ちて、それだけです」

 

「そうは言っても屋上の柵などの設備を警察が調べたんだが、問題は何もなかったし。その時、少し風が吹いてたぐらいなんだよな」

 

……え、じゃあ何で?落ちる原因がないのに...

 

「一応、手が滑って落下しパニックか何かでその前後の記憶が抜け落ちたという結論に達している。屋上は一時閉鎖して、念のため今警察が目撃証言を探してる」

 

「え……?突き落とされた可能性もあるってことですか?」

 

 それでは殺人未遂事件である。俺は何者かに命を狙われていたということだ。思い当たる節はなくはないが殺される程恨まれている覚えは...やっぱり以前一悶着あった他校の生徒だろうか?

 

「まだわからん。あくまでも可能性、ということだ。それにしても下に業者が運んでいた体育用マットがあったとは幸運だったな」

 

「まぁ、こいつは昔からこういう時の悪運だけは強いですからね」

 

……いや、それはない。あの時確かに衝撃は感じたし、あの“神”って奴も俺は死んだと言っていたし...あいつが他の人の記憶を書き換えた?だから俺は業者が運んでいたマットの上に落ちて助かったってことになってるのか?いやそんなわけない、これはフィクションじゃないんだから

 

「どうした?何か心配事でも?」

 

 深くうつむいて考え過ぎたのだろう。木戸先生が心配するように声を掛けてきた。

 

「あ、いや別に。そういえば、俺いつ退院できるんですか?」

 

「奇跡的にも多少の打撲程度で他に怪我はしてなかったから今日中に退院できるが、しばらく学校には来ない方がいいな」

 

「そうですか」

 

……まぁ当然だろう。学校側も狙われているかもしれない生徒を危険な目に逢わせるようなことはしないだろうし、じゃあ警官とかが護衛に...そこまで暇じゃないか

 

「まぁ、一週間ぐらいだし、安静にしてるんだな」

 

「いいなぁ、学校休みとか。ずるくね?」

 

「ナニカイッタカナ?伊達君?」

 

 真...お前というやつは。馬鹿なのか、先生の前で普通それ言っちゃ駄目だろ。しかもこの状況下だぞ、一週間内に殺されたら永遠に休みだ。

 

「い、いえ。何も」

 

「そうか。あ、そうだ。親御さんに電話しておこうと思ったんだが繋がらなくてな。連絡先が変わったとか何か事情があったりとかするのか?」

 

「さあ、俺もしばらく会ってないので」

 

 自分でも表情が変わるのがわかる。二人は例え俺が死んでも来ることはない。声は聞くがここ一年は会ってないからだ。一人暮らしの俺に毎月金を振り込んで来るだけ、どこにいるのかもわからない。帰ってきたとしても深夜で出ていくのは早朝、顔を会わせることもない。

 

 まず前に会ったのはいつだ?入学式はいたし、文化祭も来てたような気がするがどれもこれも一年以上前の出来事だ。二学年に上がってからは面と向かって会ったかどうか。まぁ別にもう慣れたので寂しくもなんともないし構わないのだが。

 

 少し間をおいた後、事情をなんとなく察した先生は

 

「そうか、まぁお大事にな」

 

 と言って、部屋を出て行った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 あれから数時間後俺は退院し、家に帰った。勿論手ぶらではない。いつの間にか置かれていた大量の課題と共に...

 

「物理だけだと思ったら他の科目もあるし、こういうところはちゃっかりしてんだからな...」

 

 流石進学校。受験生に必要以上の課題を与えてくれる。まぁ家に籠ってた方が安全だし仕方ないかと思いながら取りかかりやすいものから取り組み、あの“神”とやらが言っていた約束の時間まで待つ事にした。

 

  ※ ※ ※ ※ ※

 

 それから一時間後、俺は“神”に言われた占い館に行った。結局今の状況をあれこれ考えてしまって課題はあまり進まなかった。

 家は学校と近いので、占い館は俺の家と学校のちょうど中間ぐらいにあった。住宅街に建っているため建物の見た目はドア以外は妖しくはないし、大分前から経営して続けているため評判は良いのだろう。

 

……こんな所普通来ないからな、露店ならまだしも館って...妙に緊張するな

 

 明らかにそっち系の店の雰囲気が漂っているがとりあえず入らなければ始まらないので妖しげな装飾が施されたドアを開け、中へ入った。

 

 そこは奇妙な絵や置物が飾られていてかなり不気味に思えた。入り口の色は赤紫で統一されて、西洋の舘のような雰囲気を感じた。

 

……うわ、何か不気味

 

 受付はこちらという張り紙が貼られており、それにしたがって少し行くと、受付があり俺はそこに立っている従業員に話しかける。

 

「あのー、すみません」

 

 受付だというのにフードが着いたマントのようなものを羽織り顔は口元しか見えていない。唇には真赤な口紅が塗られており魔女といった印象を受ける。

 

「はい、いらっしゃいませ。始めての方ですね。ここは占い師を指名することが出来ますが、どなたからのご紹介で何番の人が良いなどの指名はありますか?」

 

……いや、まだ受けたいも何も言ってないんですけど。訓練されてるんだろうな、この人。ってか指名って大丈夫な店だよなここ

 

 てっきり魔女のような低い声だと思ったがそこら辺のコンビニ店員にいそうな明るい女性の声だった。メニューのようなものを見せられ会員制ではないこと、指名料が発生しない事を確認し先程“神”なるものに告げられた番号を告げる。

 

「あ、じゃあ一番の人で」

 

「わかりました。少々お待ちください...はい、これが番号札ですね。では、この先をまっすぐ進んで一つ目のドアの前で待っていてください。中の者から声が掛けられたら入ってください、お支払いは中の物が行いますので」

 

「はい」

 

「あなたにも占いの神のご加護がありますように」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

 何か宗教じみてるなと思いながら、俺は言われた通りの場所まで行き、ドアの前で待った。番号札は赤く1と書かれているが降霊術系の御札に使っていそうな模様が周りに刻まれていた。

 

 しばらくすると中から、

 

「1番の方、お入りください」

 

という女の人の声が聞こえたので返事をした。

 

「あ、はい!」

 

 俺はドアを開けおそるおそる中へ入った。




 ようやく占い館に行きましたね。
さて今回謎がありましたね。何故なのか?考えて見てくださると嬉しいです。
 次回はついにヒロイン登場です。お楽しみに‼


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天才占い師

 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 やっとヒロイン登場だーーー‼
はい、これが言いたかっただけです。
どうぞお楽しみください。


「ようこそ、占いの館へ」

 

「はぁ」

 

「どうぞお掛けください」

 

「あ、失礼します」

 

 部屋に入った瞬間俺は少し驚いた。呪具のような物が部屋の中に沢山存在していたからだ。

 座っていた占い師は黒いマントを頭から被っており、体どころか顔さえ見えなかったからだ。暗闇から生えたような色白い手には、占い師が着けてそうなブレスレットや指輪の類いは無かった。声からして女性とわかったがやはりどこか怪しい感じがした。

 

 しかし、俺が不思議に思ったのはそんなことではなかった。

 

……何だ?この感じ?見に覚え、いや聞き覚えがあるような声...知り合いか?

 

「して、何を占いましょう?見たところ高校生ですか、占うのはさしずめ勉強や恋愛のことですか?」

 

 実際女運はこれと言ってないのでこのままでは彼女のかの字も無いから実際恋愛面は聞いておきたい気はするが...

 

「いいえ、そんなことではなく」

 

「では何を?」

 

……どうする?あの“神”ってやつ他に何も言ってなかったじゃねーか

 

(後はその一番の占い師に聞け)

 

 それだけでどう話を切り出せっていうんだよ⁉

 

「どうして挙動不審にしているのですか?」

 

「へ⁉いや、別にッ」

 

「あまり言いにくい事でしたら気持ちが落ち着くまで待ちますよ?」

 

 仕方ない、このままでは埒が明かない。もし人違いだったら謝れば良い、そこまで気が滅入ることはないだろう、そう思った俺は覚悟を決めて話を切り出した。

 

「あ、あのッ…」

 

「はい?」

 

「かッ、神様って信じますか?」

 

「...え?」

 

 口に出た言葉がこれだった。これでも何とかコミュニケーションを取ろうと思って考えた言葉ではある。お察しの通り初対面の相手に掛ける言葉がこれなので友達が少ないのも納得出来る。

 

……まぁ普通この反応だよね。唐突に神様信じますかって宗教の勧誘か何かかよ

 

「いや、ここに入った時受付の人が占いの神がどうのこうの言ってたんで」

 

「あ、あぁあの人が。そうですか、あなたは神様を信じるのですか?」

 

「はい‼神様ってこの宇宙を創った存在だし、この大地も空もそれにッ……あ、ごめんなさい。神様の話になると熱くなってしまって」

 

 途中で我に返り、顔が真っ赤になる。とんでもなく恥ずかしかった。初対面の人ににここまで熱烈に語るだろうか?

 

……困らせたかな?

 

 しかし、俺の予想とは裏腹に占い師の反応は違った。

 

「くすっ、ふふふっ」

 

 フードで見えない顔の下で占い師は笑っていた。

 

「え?」

 

「あははっ、あ、ごめんなさい。“神”から新人を連れてくるって聞いていたけど、こんな面白い子だったなんて」

 

 その反応を見て俺の不安は吹き飛び、逆に恥ずかしくなった。

 

「知ってたなら言ってくださいよ」

 

「どんな子かわからなかったからちょっと意地悪したくなっちゃって、ごめんネ」

 

 そう言って占い師は頭のフードをとった。

 

「……ッ」

 

 その動きを間近で見た俺は掛ける言葉をなくしてしまった。

 

「はじめまして♪」

 

……ッ凄ぇ美人

 

 そう思ったのも無理はない。

 

 薄暗い電灯に照らされた赤茶色のショートボブに吸い込まれそうな茶色い大きな瞳、笑顔が可愛らしいと言うよりは少し大人びた雰囲気を醸し出している。

 

 一言で表すなら絶世の美女といえるのではないか、まぁ俺の美女の基準が果たしてあっているのかどうかは別として。だが俺が生きてきた中であった女性でトップの美しさである。背は俺より十センチほど低いが年上だろう。

 

「どしたの?顔赤いよ?緊張してるのかな?」

 

「へッ⁉あッ、は、はじめまして」

 

 覗き込むようにして上目遣いになる彼女にたじろいてしまう。そもそもまともに女性経験を積んでいないのだ。特に歳上に関しては皆無である。

 

……近いッ...ヤバイめちゃくちゃいい匂いがする...

 

「君の名前は?」

 

「俺の名前は神木 零矢です」

 

「へぇー、私は妖美(ようみ) 卯一(ういち)。よろしくね♪」

 

「はいッ‼」

 

 彼女が漢字を教えるように綺麗な指で空中に時を書く。しかしいつになくいい返事だな、自分で言ってそう思った。って歳上と話すのなんて何時ぶりだ?

 

……妖美?妖しく美しいってまさにぴったりのイメージだ...

 

 そんな事を一人で考え一人で納得する。

 

「君、もしかして神聖学園の生徒?」

 

「そうです」

 

「え?じゃあ私の後輩じゃん。私そこの卒業生で今神聖大学に通ってるんだよ」

 

……神聖大学って確か、エリートの中のエリート達が集まる大学だよな。うちの高校からそこに行けるのは上位数名だし凄いな、この先輩

 

 いくつぐらい歳上なんだろうか。流石に彼女に直接聞くほど野暮ではないが。そんなに離れてないだろうし別に聞いても良いのか?

 

「失礼ですけど今おいくつなんですか?」

 

「いくつに見える?」

 

「二十...二?」

 

 そう答えると彼女は少しがっかりした素振りを見せると、

 

「私今年で二十歳なんだけど...そんなに歳上に見える?」

 

「えっ?すいません!」

 

「君は?」

 

「今年で十八です」

 

「じゃあ二歳差だ。どこかで会ってたりしてね♪」

 

 意外と歳は離れていなかった。ということは二年前まで同じ校舎内にいたことになるが彼女のような美人を見たことはない。と言っても上の学年にさほど興味を持っていなかったので仕方ないとは思うが。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

 

「え?どこに行くんですか?あー、えーと、妖美さん?」

 

「えー、妖美さんはなんかヤダな。私と君二歳差なんだからあだ名で良いよ♪私、卯一だからウィッチさんって呼んでよ」

 

……いいのかな?ウィッチだと「魔女」って意味になるけど...

 

「わかりました。……ウィッチさん?」

 

「そうそう。じゃあ私は後輩クンって呼ぼうかな?」

 

 その悪戯っぽい笑顔がとても可愛らしい。もはや何でもいい、呼ばれさえすれば。そう思ってしまう。我ながらチョロい。仕方ないかもしれない、同級生すら相手にされない俺にとって歳上とは憧れの存在でもある...ぶっちゃけドストライクだった。

 

「何でもいいっすよ」

 

「じゃあ後輩クンにしよっかな、ちょっと待っててね」

 

 そう言うとウィッチさんは部屋の隅の電話を取り、電話を掛けた。

 

「あ、妖美です。しばらく休憩します。…え?あー、その子なら来たので占いましたよ。お題?貰いました……あ、はいわかりました。…はい。では」

 

 電話が終わるとウィッチさんは部屋の真ん中を開けるように机などをどかし始めた。だがかなり大きい机であり、女手一つでは全く微動だにしない。

 

「あ、手伝います!」

 

 見かねた俺が手を貸しに入り、しばらくして机をどかし終えると、

 

「あ、後輩クンこの言葉これから何回も使うだろうから覚えといて」

 

「え?」

 

 そう言うとウィッチさんは手を床に当て、祈るように呟いた。

 

「神よ、私達を神域へと誘え……」

 

……何だ呪文か?

 

「『神聖解錠(ディバインアンロック)』ッ‼」

 




 はい。登場したけどまさかの顔だけ。でも絶世の美女です。
 あ、最後のキーワードはこれからよく出ます。意味は字の通りです。
 では次回予告。
次回は再び“神”登場です。そして秘密基地へ……
どうぞお楽しみに。


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秘密基地

 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 今回はたくさんキャラクターが出ます。
どうぞお楽しみください。


 『神聖解錠(ディバインアンロック)』その言葉を言った瞬間床が円状に光り出しそこから俺達の周りを囲むように風が吹き始めた。その白い光はどこか暖かく、力がみなぎってくるようだった。

 

……これは一体...

 

「この光は何ですか!?」

 

「んー、魔法陣の光って感じかな。ま、じっとしててね」

 

 驚く俺とは対象的に慣れているのか彼女は慌てもせず、じっと構えたままだった。徐々に光が強くなりもはや目を開けることもできない。俺は顔を腕で覆い光を遮った。

 

「クッ...ん?」

 

 段々と光が弱くなっていき俺は腕をどけて目を開いた。

 

……暗いな、どこだここ?さっきの部屋じゃないよな、移動した?

 

 目が慣れるとここは先程の占い舘とは違うどこかの部屋ということがわかった。カーペットだった地面は冷たいコンクリートに代わりそれが壁、そして天井へと繋がっている。目の前にドアが一つあるだけの空っぽの部屋だった。

 

「ここは?」

 

「んー、秘密基地の入り口って感じかな。あの言葉言わないと入れないんだよ」

 

「マジっすかッ‼凄ぇー」

 

……いや、こういう近未来的な秘密基地とか憧れてたけど本当にあったりとかしたんだ‼

 

「大袈裟に言うとね。まぁ正直神聖解錠だけでも開くんだけど。後はただカッコつけただけ。ここはまぁ一種の研究室(ラボ)みたいなものかな」

 

 そう言うとウィッチさんは暑そうに先程から仰いでいたマントを脱いだ。

 

「もうこのマント通気性悪すぎて暑いんだよね、夏はマジ地獄」

 

 驚いたことにその下に理科の教師が着ているような白衣を纏っていた。しかし、それよりも俺の目を惹いたのは、

 

……お、大きいな...

 

 ゆったりとして身体のラインがわからないようなマントで全く意識していなかったが白衣の上からでもとある場所がまるで主張するかのように発達していた。

 

……凄いものをお持ちで...

 

「クーラーないとやっていけ...ん、どこ見てるの?」

 

 少し見つめ過ぎたのか不思議な顔で彼女が尋ねる。すぐに目を反らすように無機質な壁へ目を向けた。気づかれてないよな、そういう風に見てたの。

 

「い、いえッ。何も」

 

……同級生にもいないだろ。こんな大きい子

 

 そもそも同級生の女子すらそういう風に見たことないのに初対面でそういう所ばっか見るのは失礼極まりないだろ。男として恥ずかしい行為だともっと自覚を...持たなければ。断じて豊かな...ゴホン、煩悩退散、心頭滅却。

 

「ふ~ん、もしかしてまだ緊張してる?私もね、男の子と話すの久し振りだからなぁ」

 

 一人罪悪感を感じている事など知らない彼女はそう呟くとこっち、と言ってドアの前に行った。そして勿体振るようにノブに手を掛けると

 

「ようこそ‼私の研究室(ラボ)へ!」

 

 そう言って思いっきりドアを開いた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「『主人(ボス)』、お知らせします」

 

 自分の部屋にある男が入ってきた。『(ベル)』というコードネームのついたがたいのいい男だ。彼は三年程前に俺が拾って来た男だった。何でも悪質な宗教勧誘に引っ掛かったらしく、大金を搾り取られた上、家族を失い天涯孤独となって路地裏で暮らしていた。

 

「何だ?」

 

 鈴が自分の近くに来て言った。

 

「実は...#$☆&※」

 

「なるほど...そんな事がってわかるか!誰が#$☆の意味なんてわかるんだよ!」

 

……つーか、今お前どうやってその言葉喋ったんだよ

 

 この通り案外お調子者である。いつも家族に対してこのような振る舞いをしていたであろう男が、引っ掛けられた家庭を壊されるとはなんとも皮肉な事だ。

 

 どうやら俺らに対する接し方も段々昔のように戻っているみたいでたまにそのおふざけに付き合ってやってるのだが、彼の場合近付く死に怯えて心が壊れてしまったかのように錯覚する事がある。

 

「ザザ、ゲゲルゾ、ザジゼルゾ」

 

「いや、そういうどこかの古代戦闘民族の言語じゃなくて、ってか始めるな」

 

「ナヅェワカラナインデェス⁉」

 

「しつけぇよ!どこで調べてきたそんな言葉!」

 

「ハイハイ、ネットの言葉を使ってふざけるのも大概にしなさい。主人もいちいち取り乱さないで」

 

 ある女の声でその場は普通に戻る。その声の主も部屋に入ってきた。『(ラビット)』というコードネームがついたその女はスラッとしたモデルのような体型の美人で妖しげな雰囲気をかもし出している。

 

 鈴とは違いこちらは生を感じさせるような喋り方だった。自らが死ぬ筈が無いという傲慢とも取れる絶対的な自信がその佇まいからも見て取れる。

 

「あぁ悪い」

 

「ところでナ二ヲハナシデェルンデェス?」

 

「お前もか⁉」

 

……何で決めてやりましたみたいなドヤ顔してんだよ...

 

「ハイハイ、冗談です。で」

 

 いや、何が冗談なんだか。キメ顔までしてたくせに。こいつら打ち合わせでもしてたのか、と思うほどタイミング良く入って来たな。まぁ兎があいつ以外に懐く事は無いからただの偶然だろうが。そう思っていると彼女は深刻な顔になりこう言った。

 

「さっきの件でわかった事の報告です」

 

 その場にいる全員が黙り込む。それはつい先刻前に起きた信じられないような出来事であった。

 

「あぁ、あの侵入者の事か」

 

 先刻、組織しか知らないはずのこの場所に人一人を抱えたまま単身で乗り込んで来た者がいた。持ち合わせていたのかこのアジトにある物を盗ったのかは知らないが漆黒のマントに身を包んでいたらしい。

 

 最初に侵入に気付いた下っ端達が対処に向かったがまるで歯が立たず次々に蹴散らされていった。次に知らせを受けて幹部級のメンバーが相手をしようと向かうが指一本すら触れられずに倒されたらしい。

 

 騒ぎが起きている場所を俺が特定し向かった時には既にそこに侵入者の姿はなく、メンバーではない誰かが横たわっていた。

 

 侵入者は俺の存在を知っているらしく、俺が来る前に横たわっている人物を置いて姿を消したという。

 

「鈴の能力で足取りを追おうとしましたがアジト付近には軍隊はおろか人の気配はありませんでした。どのように入って来たのか、どうやって逃げたのかは今の所調査中です」

 

 俺の対応が遅れたのも兎がアジトに戻って来るというので席を外していたのだ。というのもここは俺の能力で出入りが出来る場所である。兎の指揮によって迅速に対応したにも関わらず侵入者を捕まえられない辺り相手も相当な能力者の可能性がある。

 

「我々の居場所が管理局にバレたという事でしょうか?」

 

「だったら一人でしかも手負いを背負って来ないだろ」

 

「その手負いは?」

 

「記憶が無いらしく今は下っ端どもの訓練に参加させてる」

 

「とりあえず例の機械の準備は出来ました。後は…」

 

「『先生(ティーチャー)』だけか」

 

「はい」

 

 そう言えばいつも律儀で召集を掛ければ時間前には来ているのに今日はやけに来るのが遅いな。奴の職業上何か不都合でも起きたのかもしれないな。

 

「じゃ、後は俺が連絡しておく。鈴、お前は最終チェックでもしてろ。お前わかってると思うが今回失敗したら...」

 

「ラジャー、わかってますよ」

 

 そう言い部屋を出て行った。もしかしたらこうやって背中を見届けるのもこれで見納めかもしれない。そう思うと何だか鈴の後ろ姿は物悲しげに見えた。

 

「ふん。まったく呑気なやつだ。ところで兎、お前のとこの隊長はどうした?」

 

「昨日どこかへ出掛けましたよ、花束を持って。毎年どこかに行ってますけど誰かの墓参りですかね?」

 

「そうか」

 

……墓と言えばあの日からもう五年立つのか

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「もう六年だな。母様」

 

 誰もいない平原、城の跡地と思わしき場所に花束を持った少年がいた。金髪のショートカットをした中性的な見た目の少年は持っていた花を風化した壁に寄り掛からせる。

 

「ほら、これ。母様が好きだった椿の花。じゃあ、用があるからまたね」

 

 虚空に向かいそう話すと手を合わせた。

 

「母様の仇は絶対取る。あと、一人だから」

 

 そう言うと少年は立ち去る。あとは椿の花がただ風に吹かれ揺れているだけ。

 

 風が強くなり、暗雲が空を覆う。誰かが置き忘れた時計の針が午後五時を指していた____

 




 色々出ましたね。一体この人達は誰何でしょう?
 ちなみに最後の5年と6年は別に間違ってはいませんので。
 さて次回予告。
ついに零矢君、ウィッチさんの能力がわかります。
お楽しみに。


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聖なる力

 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 今回ちょっと長いです。お楽しみください。


「お前に、神と戦う覚悟があるか?」

 

「...は?」

 

 ______遡ること数分前

 

「うわぁ、凄ぇ!」

 

 俺は目に入った光景に目を輝かせていた。ドアの向こう側に広がっていた部屋には近代的なモニターがいくつも設置されており、パソコンのキーボードらしき物、机、そしてそれら全ての研究スペースを白い証明が照らしている。

 

……え、ここ未来じゃないよな?

 

 そう思うのも難しくないほど先進的としか言いようがなかった。語彙力や経験が少ないため言い表せる言葉が思い浮かばない。周りを見回すと俺達が入って来たドアの他に別のドアがいくつかある。その中で目に入るのは巨大モニターの下にある金色のドア。

 

「あの金色のドアの部屋って何があるんですか?あそこだけ色違いますし」

 

「ん?あそこ?知らない」

 

「...え?」

 

 予想外の反応に驚く。高らかにようこそ研究室へと自らの部屋だとういう様な雰囲気で言っていたため、てっきり物凄い発明品が扉の向こうにあって、それを見せてくれるのかと思ったが、研究室内にある部屋を知らないとはどういう事なのか。

 

「いや、開かないんだよ。まったく。たぶん金色もメッキだしね、本物の金だったらとっくに壊して売ってる」

 

 ジョーク混じりに話す彼女に俺はずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「ここってどこなんですか?窓もないし地上かも怪しいし。そもそも元々何かで使われていた場所なんですか?」

 

「おお、鋭いね。正解、ここは地上じゃないよ。地下」

 

「地下?でも普通に息出来ますけど」

 

 大抵の地下室は酸素が入り込む隙間があるため窒息する事はないと言うのを昔どこかの本で見た気がするが、ここへの移動は光のようなものを使ってのワープであり、地上から直接地下へ降りたというわけではない。地上との境界面が見当たらないが息苦しく感じないのは何故だろうか。

 

「それは私が話してやる」

 

 考え中に急に後ろから聞こえてきた声に驚く。それは聞き覚えのある声だった。後ろに振り向いたと同時に、俺の行動に合わせるように巨大モニターにある女の姿が映し出される。

 

「あんた、あの時の」

 

「そうそう、覚えてるよな。私は...」

 

「あの銀髪ロング‼」

 

「そうそう、私は...って、はあッ⁉誰が銀髪ロングだッ、あんたでもないし、お前“神”って呼べつったろ、“神”って‼」

 

 こんな口悪くても一応俺の命の恩人...ってことで良いのだろうか。しかし何で画面越しなんだ?

 

「ったく、命の恩人になんて口だ」

 

 そこまで悪口言ったわけではないし得体のしれない女を神と崇めるのは普通じゃないだろ。だが気に障ったのなら素直に謝るとしよう。

 

「ごめん」

 

「ん?あ、あぁ意外と素直じゃないか。取り敢えず説明してやるからよく聞いとけ。お前ここまでどうやって来たか覚えてるか?」

 

 相変わらず自分の話題に変える速さが尋常じゃないなと呆れながらも俺はどうやってこの近未来的なラボに来たのか記憶を整理する。

 

「何か光に包まれて...」

 

「そう。その光に包まれてお前はここに来た。考えてみな、今の時代それが出来るのは宇宙工業だけだろ?」

 

「え?」

 

 言われて気づいた。確かにありえない。俺と彼女はあの占い館からここへあの光を通じて移動(ワープ)したことになる。ワープは膨大なエネルギーを必要すると聞いた事がある。その技術を彼女のような一個人が持っているはずがない。

 

「そして地下でも息が続くこの謎の空間、これから導かれる答えは...」

 

 しばらく黙った後で彼女は元気よく言い放つ。

 

「私が創ったってことだー!!」

 

 思いもよらない答えに絶句したのは言うまでもない。というかそんな伏線どこにも張って無かっただろ。こいつがワープの機能でも持っているとでもいうのか。

 

……は?今何て言った?創ったとか聞こえたけど?ってかどうやったらその結論になるんだよ⁉

 

「おい、それってどういうこ...」

 

 その瞬間、けたたましい音と共に一つのモニターが光出した。

 

「え!?何?」

 

 画面には赤い文字でWARNING!!と表示され、続けざまに白文字で『Dominater were detected』と表示される。文の意味は...支配者を探知した、となるはずだ。

 

「しまった繋げっぱなしだったんだ。思ったより早かったなぁ」

 

「ったく、説明まだ残ってんのに。仕方ない。ウィッチ、あれを」

 

「はいはい」

 

 まるで普段通りと言うように二人は淡々と話しながらウィッチさんは研究スペースらしき場所にコードを接続されたまま置いてあった水色の携帯電話のような物を手に取るとこちらに持って来た。

 

「これは?」

 

「これはGod-tell(ゴッテル)。携帯みたいな物だけど色んなことができるんだよ。はい、これはキミ専用」

 

「え...あ、ありがとうございます。携帯ちょうど壊れてたんで」

 

 とても綺麗なマリンブルーがベースカラーとなっているスマホのような物だ。でもネーミングセンスがGod-tellって...

 

「普通の携帯には無い色んな事が出来るんだよ」

 

「どんな事が出来るのか試してもいいですか?」

 

 俺は子どもみたいに尋ねた。彼女はそれを不思議に思いながらも

 

「時間がないけど...いいよ」

 

 と承諾してくれる。

 

「じゃあ...」

 

 俺は彼女と距離を取り電話番号の五のボタンを三回押す。そして右手を上に構え、

 

「変身‼」

 

 と腹部の前に携帯を降ろした。勿論固定するベルトなど巻いていない為エアであるが。すると携帯から赤い光が出て身体全身を包み込み...

 

「『complete』とかならないからね⁉」

 

 出ませんでした。当たり前だろう、普通に考えて出るわけ無いし、そもそも携帯をはめるベルトをしていないし。

 

 しかし無駄に発音の良いcomplete、そして即座に対応出来る知識力、この反応まさか...

 

「えー、なりきっちゃったじゃないですか」

 

「いや、普通そんなことしないでしょ。それガラケーじゃ無いし」

 

 まぁ確かに。高三になる男がここまでして引かれないのが不思議だけど。でも諦めない。それがダメならまた別の。

 

「じゃあ193って入力しても...」 

 

「『ラ、イ、ジ、ン、グ』にもなりません‼」

 

 えぇそれもダメか。後は...

 

「なら、画面をなぞって...」

 

「『ファイナルカメ...』って歩く図鑑にもならないから‼」

 

 ここまで言ったのにも関わらず全て返してくれるとはしかも発音がそれぞれに準拠しているなんてこの人出来る、まさか全部知ってるのか。

 

「っていうかスマホ関連にしてよ!ずらして『トッ●ュウ6号』とかボトル差して『ビ●ドチェンジ』とかあったでしょ!?」

 

「それ一緒にするとライダーなのかロボかわかりにくくなりますね両方『ビ●ド』だし」

 

「あっ、しまった。そうじゃん」

 

……意外にいじりがいがあるかも?

 

「おーい、終わったか?」

 

 彼女の扱い方を模索するあまり完全に“神”の存在忘れてた。夢中になり過ぎるのは悪い癖なんだよな。

 

「あ、ゴメン。で、何だっけ?」

 

「まったく、急がないといけないのに。てか卯一もな!!趣味が合うからってはしゃぎ過ぎだから!」

 

「何を急ぐの?」

 

 すると、“神”はため息をついた後でスイッチが入ったのか本気の顔になり

 

「神木 零矢、汝に問う」

 

 と言ってきた。

 

「何だよ、改まって?」

 

 先程のおちゃらけた雰囲気とはうって変わり緊迫した空気が辺りを漂う。

 

「お前に神と戦う覚悟があるか?」

 

_____そして今に至る

 

「は?神と戦うってどういうこと?」

 

「言葉の通りだ。時間の都合上疑問は受け付けない。もう一度だけ問う。お前に覚悟はあるか?」

 

……そんなこと言われたって訳わからないし、言ってること無茶苦茶だし

 

「これはお前が生き返ることに関わることだ」

 

 そう言われても素直に頷けるわけがない。神と戦って生き返らせてもらうなどという妄言という可能性もなくはないからだ。

 

「無いっていったら?」

 

「保険を掛けるな。生き返りたいなら覚悟を決めろ」

 

 ずるいな、生き返るかそのまま死ぬかの選択肢を二つ出しているように見せ掛けて俺が選ぶとわかっている方に脅しを掛ける。だが

 

「俺は生き返らなければいけない、かたをつけなければならない約束があるからな。例え神と戦うことになろうとも俺は...必ず生き返って見せる」

 

 精一杯答えた。これが自分にとって最善なのかなんてわからない。それでもこの目の前のチャンスにでもすがり付いてちゃんと生き返って姉貴の仇を取る。そう心に決めている。

 

「これが答えだ。時間がないんだろ、俺はどうすればいい?」

 

 今も昔もその考えは変わってないようで心の中で安堵する。変なこだわりだと思われようが俺が憧れるヒーローとはこういう時に迷わず即答し余裕を見せるというものだ。

 

「さっすがウィッチが見込んだ男」

 

「カッコいいよ、後輩クン」

 

(一度決めたことは曲げるなよ?)

 

……あぁ、わかってるよ。姉貴

 

 昔自分が言われた言葉を思い出した。曲げた事は一度もない。何時だって目の前の道を真っ直ぐ突っ走って来た。俺は必ず生き返る。こんなところで躊躇っている暇なんてないんだ。

 

「ところで何で俺なの?」

 

「あぁ、お前を選んだのはお前とウィッチが『聖なる力(ホーリーパワー)』を持ってるからだ」

 

「『聖なる力(ホーリーパワー)』?」

 

……何だそれ!選ばれた者だけの力的な?

 

「そう。ウィッチが『天才(ジーニアス)』で、お前が『双命(ツインハート)』」

 

「俺が双命?」

 

……何かカッコいいな、双命って!

 

「で、それを使ってお前にはGD(ゴッドドミネーター)と戦って貰う。ウィッチ!」

 

「はいはい、じゃあ後輩クンこっち来て」

 

 そして俺達二人はいくつかある内のドアの一つに入った。




 書いていて作者思いました。ウィッチさんマント脱いでなくね⁉
ということで前回の秘密基地を少し編集しました。
 次回やっと神話の世界へ参ります。
お楽しみに。


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次元超越

 お久しぶりです。
赤色の魔法陣です。
 更新が遅れてしまい申し訳ありません。
では、どうぞ。


「ここは?」

 

 広い研究室のような所から配管が張り巡らせられた実験室のような部屋に来た俺はウィッチさんに尋ねた。目の前には巨大な何らかのエネルギーの発生装置のような物が壁際に設置されている。

 

「何だと思う?」

 

「んー、発電施設?」

 

 俺の精一杯の答えにウィッチさんは、

 

「あー、まぁ見えなくもないかなぁ、うん。仕方ない」

 

……間違ってるんですね。その反応的に間違ってるんですね

 

「これはね、『次元超越マシーン』」

 

……何か発電機より凄い答え返ってきたんですが

 

 次元超越と時空超越と何が違うのだろう。いわゆるタイムマシンという奴ではないのか?そもそもタイムマシンだったら一大事だと思うが。

 

「タイムマシン的なヤツですか?」

 

「んー、ちょっと違うんだよ。この機械は異なる次元を繋げることができるの。でもタイムマシンは過去や未来に行ける機械だけどこの機械は神話や童話の世界に行くことが出来て、その世界の人々に触ったり話したりすることが出来る。これがタイムマシンとこの機械との違い」

 

……それってこの世に存在して良いマシーンなのか?

 

 しかし今はそんな疑問を投げ掛けている場合ではないだろう。それを頭の隅に追いやり、事を進める為に答える。

 

「だいたいわかりました」

 

「人ってそういうセリフ言う時はだいたいわかってない時だよ」

 

……見破られてましたか。さすが天才(ジーニアス)。まぁこの説明で全て理解しろと言われても難しい話だが

 

「で、これから何をするかというと、君には神話の世界に行ってもらう」

 

「え⁉神話の世界に⁉」

 

 神話の世界ということは神に会えるということだ。神話好きの俺にとってこれ程興奮することはないだろう。

 

「それがGD(ゴッドドミネーター)って奴と戦う事に関係が?」

 

「そう。そいつらは神力を手に入れようと君や神達を襲って来る。もちろん殺す気でね。それに神達も一筋縄じゃいかない。それがさっき“神”が言ってたこと。君には殺されずに神力を貰って来て欲しい」

 

 そんなゲームみたいに簡単に言うが俺が太刀打ち出来るのだろうか。GDの強さもよくわからない上、神話によっては神力とやらをもらう前に即死させられそうな神などいくらでもいるだろう。

 

「まぁ、なんとなくわかりました」

 

「そう。じゃあそこに座って」

 

 ただただ説明を聞かされそれに頷くだけでまるで口車に乗せられているような気分だが俺は言われた通り『次元超越マシーン』の椅子らしき場所に座った。

 

「どうやって行くんですか?」

 

「まあまあ慌てずに」

 

 待ちきれない俺を彼女はなだめる。そして椅子の下に置いてあったマシンに繋がった管が着いている美容院のパーマをかけるヘルメットのような物を持ち上げる。

 

「これかぶって」

 

 とそれを渡され俺はヘルメットらしき物をかぶった。以外にサイズに余裕がありずり落ちてしまいそうなのを彼女が固定するように俺の顎の下にくくりつけてあったストラップを巻く。

 

 しかし思いの外このヘルメットが重い。少しぐらいなら平気だろうが長時間この体勢だと首を痛めそうだ。それを彼女に伝えるとそうだよね、と言って台のような物を持ってくる。

 

 それを椅子の裏に置くと俺からは見えないが何かしらをいじっているらしい。しばらくするとかなり首が楽になるほどヘルメットが軽くなった。管をどこかに固定したのだろう。

 

 最終チェックというように彼女が俺の前に移動すると頭の上に手を伸ばしヘルメットがちゃんとはまっているかを確認する。だが座ったままの体勢の俺に取って目の前の光景は眼福...いや目の毒であった。

 

 早く終わらないとヤバイと思っているとよし、と声を出した彼女が俺から離れてマシンの制御盤のような物の方へ行き、何かを起動させるように指を走らせた。すると後ろから起動音が鳴り響き、同時に静電気のようなビリッ、バリッという電気音も聞こえてくる。

 

……え?何か嫌な予感がするんだけど

 

「ちょっとビリッってくるかも。でも男の子だし平気だよね?」

 

「え?ウィッチさんそれってどういう...」

 

「行ってらっしゃい」

 

 俺が聞き終える前に彼女がボタンを押すと全身に電流が流れたようなショックを感じ俺は気絶した。薄れゆく意識の中思ったのは

 

……ビリッ、どころじゃないじゃないですか...

 

 というツッコミだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「よう、お目覚めか」

 

 聞き覚えがある声、セリフ。そしてその声の主。俺が目覚めて辺りを見回すとそこは“神”と初めて会ったあの空間だった。

 

「何、また俺死んだの?」

 

「違う、お前は私の次元に飛ばされただけだ」

 

「そうか」

 

……ここは“神”の次元ってことか

 

 先程と“神”がモニター越しだったのはこいつ自身が別次元の存在だったからという理由なのか。だったらこいつは二次元なのかそれとも四次元なのか、それともまた別の三次元の存在なのか。

 

 こいつは一体何者なんだ考えていると“神”がニヤニヤしているのに気づいた。

 

「何だよ?ニヤニヤして」

 

「お前、ウィッチに弱いだろ。さっきも胸ガン見だったもんな」

 

「なっ⁉そ、そんなわけ」

 

 図星で顔が紅潮してしまう。仕方ないだろ、大体異性との距離感もまともにわからないのにあんな綺麗なJDが接してくれているんだ。まともなDKならタジタジになって当然だ。

 

「顔に出てんゾ、以外にムッツリなんだな」

 

「う、うるせぇ」

 

……こいつ俺をからかってやがる

 

「お、そうだ。God-tell(ゴッテル)出しな。良い物やるから」

 

「良い物?」

 

 怪しいなとは思いつつポケットを探るとGod-tellが入ったままになっていたのでそれを取り出した。どうやら所持していたものも全て次元を超越するらしい。でも考えればそうか、肉体だけ超越したら今全裸になってるはずだし。

 

「ほら」

 

 “神”が指を鳴らす。すると目の前に三つの物が現れた。一つはゲーム等でよくみる両刃の剣、一つは鏡、もう一つは壺のような物だった。

 

「そいつの『スキャン』っていうボタンを押してこれらに向けてみな」

 

 言われた通りにGod-tellの『スキャン』というアイコンを押すとライトが光り出し、それを三つのうちの剣に向ける。すると、

 

「は、入った⁉」

 

 光に当たった剣はたちまち粒子となり、God-tellの中に入った。そしてアイテムに剣が追加されましたという旨の説明がGod-tellに表示される。他の物も同様だった。

 

「それはアイテム。お前が困った時に役に立つかもしれないから上手く使えよ。じゃ目瞑れ」

 

 俺は何かされるんじゃないかと疑いながらも目を瞑った。

 

「じゃあな」

 

 という掛け声と共に背中を押された感覚があったと思うと、突如風がすり抜ける。俺が目を開けた時、俺の目に映ったのは“神”のいた真っ暗な空間ではなく、草が風に揺れ、太陽がさんさんと照る青空の元に広がる見知らぬ野原だった_____




 やっと神話の世界に行きましたね。
 次回は、あの有名な神様が登場です。
お楽しみに。


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第2章 俺と和神と天岩戸物語
高天原


 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 今回からはタイトルにある通り、神話の世界での物語となります。
 では、どうぞ。


「え?ここどこ?」

 

 誰もいない野原で一人呟く。吹き抜ける風が気持ちいいのだが周りに人らしきものが何も確認出来ず、正直迷子の気分である。

 

「マジ、ちゃんと説明しろよ。これからどうすればいいんだ?ってかここどこ?」

 

……神話の舞台って言ってたな。どの神話だ?この舞台は

 

「百聞は一見にしかず、見た方が早いだろ」

 

「うわっ⁉」

 

 God-tell(ゴッテル)が喋った。驚いて画面を見るとあの“神”が画面の中で笑っていた。

 

「なんだ、お前かよ」

 

案内(ナビゲート)してやるよ。まぁ話すより集落でも先に探した方がいいな」

 

「あぁ」

 

 俺は集落を探す為、草を掻き分けながら野原を歩いた。日中だというのに道には松明が立てられ近くを通る度暑さで汗が滲み出る。

 

 もしかしたら足下に虫でもいるのではないか、そう考えると足がすくみそうになるのでなるべく考えないようにする。十分ぐらい歩いただろうか、少し離れた所に家らしき物が見えた。

 

「あった、やっとか‼」

 

「そうだな、そこの人達にここはどこだか聞いてみ」

 

 俺は走ってそこへ向かった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「で、何すんだ?」

 

 数分前にこの世界に来た俺達は自分達の背丈よりも大きな岩のすぐ近くにいた。

 

「お前はさっき言った通り行動しろ。お前は私と来い」

 

 仲間の一人が俺に命令するとまた別の一人に声を掛けて作戦の内容を再び話す。

 

……リーダーぶりやがって、まぁいいか

 

「わかった」

 

 その言葉を交わすと俺は分かれて目的の場所へと急いだ。この作戦は何としても成功させてやる...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ここが神様の世界か...」

 

「ボケかましてないでさっさと尋ねろ」

 

 “神”に鋭いツッコミを入れられ俺は家の近くで農作業をしていた人に話しかけた。

 

「あの、ここどこですか?」

 

 その人は白い胴着のような物を着て、首に勾玉のネックレスを付け、長いであろう髪を顔の横にもってきてリボンを縦にしたような形に結んでいる。

 

「どこって、ここは高天原じゃないですか。あなたもその格好なのだからここに住んでるのでしょう?」

 

「え?格好って...」

 

 不思議に思い自分の姿を見る。

 

「えっ⁉何だこの格好!」

 

 やけに動きやすいと思ったら俺の服は白い胴着のような物になっていた。流石に髪はリボンを縦にしたような形に結ぶ程長くはなかったのでそのままだった。その代わり、首には勾玉ではなくダイヤモンドのような宝石が付いたペンダントをかけていた。

 

「ひょっとしてあなた、酔っぱらっているんじゃ...」

 

「そ、そうですね。ちょっと飲み過ぎたかもしれません。し、失礼しましたッ」

 

 変な発言をして怪しまれるといけないのでそそくさとその場を離れた。

 

「で、ここがなんの神話かわかったか?」

 

 先程の家から大分離れた所で“神”が話しかけた。

 

「あぁ、高天原という名前、さっきの人みたいなみずらの髪型、日本神話の世界か」

 

「大正解」

 

 日本神話と言えば大抵の人は八岐大蛇退治や天地創造を思い浮かべるかもしれない。後は伊勢神宮の天照大御神とかだろうか。何にせよもしかしたらそれらの神に出会えるかもしれない。現世ではあり得ない事がこの世界なら可能になる、何て素晴らしいんだ。

 

「そう言えばこの服何?俺着替えた覚えないんだけど」

 

「ん?サービスだよサービス。神話の世界へ行くならまずは形からだろ?転送の際に服をすり替えておいたのよさ。ま、また戻ってきたら元の服に戻してやるよ」

 

 瞬時に服をすり替えれる辺り本当に“神”とは何者なんだろうか。これで奇術師とかだったら拍子抜け、いや最早手品の次元はとっくに越えているか。

 

 そう考えていると、先程の家の近くの方向から悲鳴が聞こえた。

 

「「「「「きゃあぁあぁあぁッ‼‼」」」」」

 

「え、何だ?」

 

 空気を裂くような女性の悲鳴、しかも一人じゃない、大勢の。

 

……もしかして

 

 嫌な予感がした。ここが日本神話の世界なら大勢の女性の悲鳴が聞こえる事件など俺が覚えているのは一つだ。

 

 悲鳴の聞こえた方へ無我夢中に走る。たどり着いたのは...機織り部屋。そこに倒れていた女性に話しかけた。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

 その女性はパニック状態なのか涙を流しながら行った。

 

「う、馬が...皮を剥がれた馬が天井から、いきなり」

 

 嫌な予感が的中した。その女性をなんとか立たせ、安全な場所を探すため外に出る。

 

「ここで安静にしていてください」

 

 近くの木の影に女性を座らせると、俺はもう一度部屋へと戻った。

 

 そこには馬が暴れたような形跡と馬が逃げたであろう、壁に穴が空き、機織りの道具が散らばっていた。

 

 そこに誰かが倒れているのを見つけた。近くによって自分の膝の上にその人の上体を乗せる。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

 応答はない。よく見ると、下半身から尋常ではないほど血が出ている。

 

……これって、やっぱり...

 

 その女性は陰部に機織りの道具が刺さり、もう息をしていなかった。俺はゆっくりとその場に寝かせた。

 

……またかよッ...

 

 目の前で人が死ぬのは三度目である。そうなるたび、自分は救えなかったのかという罪悪感がこみ上げてくる。

 

 もしあの時、離れていなかったらこの人が死ぬ前に助けられたかもしれない。そんな空しさが俺の頭の中を駆け巡った。

 

 その時、頭上から不謹慎な笑い声が響く。

 

「ハハッ、凄い驚き様だったな」

 

 その声の主は空いた天井の穴に腰を掛け、笑っていた。伸びきった黒髪に腰に挿した剣、全てが予想通りだった。

 

「まぁ、姉貴が神力でなんとかするだろ」

 

 その言葉で俺は完全にキレた。俺は倒れている機織りの道具を足場にすると天井付近まで跳びあがる。壊れた屋根に手を掛けて、そのまま腕の力で屋上に上がると見世物を楽しんでいるかのようなその声の主を殴った。

 

まさか攻撃されるとは思わなかったのだろう。その声の主は攻撃をまともにくらい、屋根から地上に落下した。

 

「痛ッ、てめぇ誰に何したかわかってんのか⁉」

 

 しかし、無傷だった声の主は俺に怒鳴った。

 

「あぁ、わかってるさ。須佐之男命だろ。って事はどうやら本当に神話の世界らしい。しかも神話通り胸くそ悪い神だ。遠慮なく殴れる」

 

 俺は屋根から跳び降りると、追撃を仕掛けた。




 今回、少しシリアスでしたね。
 では次回予告、まぁおそらく全部須佐之男命との戦いですね。
 お楽しみに。


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零矢VS須佐之男命(1)

 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 今回からは主にバトルシーンとなります。それと今回視点がよく変わります。気をつけてください。
 ではどうぞ。


 そいつは軽い身のこなしで屋根まで上ると、俺の顔面に拳を入れた。。

 

 俺は無様にも落下し、立ち上がってそいつに()()をした。が、そいつは

 

「遠慮なく殴れる」

 

 と言って、追撃してきた。

 

 そいつの見た目は他の名前も覚えていない神と同じ服を着て、みずらの髪型をしていた。首には見たこともない宝石のような物を掛け、その表情は怒りに包まれていた。

 

 しかし、そのそいつの目はまるで長年の敵を目の前にしたように睨んでいた。こいつと戦った事はないむしろ会ったこともないはず、だったら何で攻撃をしてくるのか。

 

 俺は突き出して来た拳を躱しつつ、そいつの腕を掴んだ。

 

「お前誰だか知らないが、俺の名前を知っているなら俺の姉が誰だか知っているんだろうな?」

 

 身分をわからせようという脅しにそいつは屈する事なく挑発するように言った。

 

「困ったら姉貴頼みか?あんたの姉は太陽神だからってその弟が何でもして良いわけないだろ!」

 

……こいつ黙って置けばッ‼

 

 俺は掴んだ腕を振り回し、反対方向へ投げた。そいつは近くの木に身体を打ち付け衝撃を吸収仕切れなかった木は音を立てて折れ、地面に倒れたそいつは口から血を吐いた。

 

……死んだか?

 

「くッ、やっぱ強ぇ...人間相手とは格が違うか...」

 

 そいつは血を吐きながらも軽口を叩いて立ち上がる。足腰は鍛えてあるのか先程のダメージでも立っているのには全く害は無さそうだった。

 

……ほぉー、生きてるとはこいつただの人間じゃないのか

 

「俺に楯突いたことを後悔させてやるよ」

 

「そうかよ、だったら後悔する前に最初に言わせてくれ」

 

 そいつは口に溜まった血を吐き捨てるとさっきよりも挑戦的な笑みを浮かべ自らを鼓舞するかのように俺を指差すとこう言った。

 

「俺はかーなーり、強い‼覚悟しろ」

 

 その言葉に俺も笑みを浮かべた。

 

……最近はめっきり戦っていなくて身体がなまっていたが少しは楽しめそうだ

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「俺はかーなーり強い‼覚悟しろ」

 

 そうは言って、俺は抱えた不安を抱えた心に活をいれる。背中が腫れているように痛む。先程ぶつかったダメージは意外に大きい。鍛えていたから血を吐くだけですんだが普通なら骨折していてもおかしくなかった。

 

……ヤバいな、予想以上の強さだろ、これはッ

 

 恐らくこれでも本気じゃない、八岐大蛇を退治した伝説がある神のフィジカルならこんな攻撃は序の口だろう。本気を出されたら即死は免れない。

 

「大丈夫かッ⁉零矢」

 

 “神”がGod-tellの中から心配そうに話しかける。

 

「大丈夫なわけねぇだろ、ちょっと黙ってろ」

 

「何一人で呟いてやがる!!」

 

 須佐之男命が大股歩きで突っ込んでくる。その脚は地面を踏む度、地鳴りのような音を響かせていた。俺は構え直したが、すぐに近くの木の幹に手を掛け後ろに回る。

 

「隠れてんじゃねぇ‼」

 

 須佐之男命はその幹に拳を入れると、正拳突きだけで木の幹は爆発したかのようにまるごと粉砕した。

 

……はっ!?どんな馬鹿力だよ⁉

 

 俺は須佐之男命から目を反らさないように更に後退するように木の陰へと移動する。

 

「待て、コラッ‼‼」

 

 しかし須佐之男命は再び地鳴りの音を響かせながら幹を粉砕し木を薙ぎ倒しながら迫ってくる。

 

……どうすれば良い⁉

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ウィッチー、いる?」

 

 研究室(ラボ)のメインモニターに“神”の姿が映る。

 

「何?っていうか後輩クンの案内(ナビゲート)は?」

 

……まさか放っておいたとか、そんなわけないか

 

「いやさ、あの何と言うか」

 

 “神”は長い銀髪の先をいじりながらモジモジと身体をくねらせる。

 

……口調直して、こうしてれば可愛いのに

 

 時々私はそう思う時もある。そもそもこいつが何歳なのかは知らないが性別は女という事だけはわかっているので少しばかり可愛さという物はあった。ほんの少しだが。

 

「新人が須佐之男命と戦ってるんだよね、今」

 

 だが、思いもよらない発言に“神”の可愛さなどどうでもよくなってしまう。

 

「え?...いや、嘘でしょ?私をからかって...」

 

 “神”は首を横に振る。

 

「何で⁉生身の身体でしょ‼何で止めなかったの⁉」

 

「だってあいついきなり...」

 

「とにかく戻って‼私も案内(ナビゲート)するから」

 

 頭の中が真っ白になってしまい、取り乱してしまった。私の悪いところである。しかしこのままでは彼が危険だ。

 

「ゴメン、いきなり怒って...っていないし‼」

 

 謝る対象がいなくなった私は研究スペースからパソコンのような物を持って来て、自分のGod-tell(ゴッテル)つなぐ。そしてGod-tell(ゴッテル)の『コール』のボタンを押し、次元の違うもう一つのGod-tell(ゴッテル)へ掛ける。

 

……お願い、生きてて

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 逃げてる途中、懐に入れておいたGod-tell(ゴッテル)が着信を告げた。俺はこんな時にと思いつつも応答のボタンを押して電話に出る。

 

「はい、もしもし?」

 

「後輩クン?よかった~」

 

 聞こえてきた声に俺は安心感を覚えたと同時に疑問が浮かんだ。

 

「ウィッチさん?どうやって掛けたんですか?」

 

「このケータイは、違う次元にもつながるの」

 

……いや凄いなGod-tell(ゴッテル)。最初聞いた時は名前の酷さに驚いたけど

 

「とりあえず、ヤバそうだから簡潔に言うね。God-tell(ゴッテル)の『メニュー』押して、そこから『アイテム』ってところを押す。そこに『イヤホンマイク』があるはず」

 

 言われた通り、隠れながら一度電話を切ってボタンに押した。するとそこに『イヤホンマイク』というアイテムがあったので押した。すると、『召喚(サモン)』というボタンが出てきた。

 

「あー!よくわからないけどこれ?」

 

 俺はそのボタンを押した。すると、God-tell(ゴッテル)の画面から光の粒子が出て、それが俺の左耳あたりで集まった。それは、黒をベースとした色で赤いラインが入った、要するにカッコいいデザインだった。

 

「聞こえてる?」

 

「はい」

 

「よかった。ならそっちの地形をこっちでインストールしたから言う通りの方向へ全速力で行って。今はとりあえず真っ直ぐ」

 

 俺は言われた通り、真っ直ぐ逃げる。後ろで地響きがしているのでまだ須佐之男命が追いかけて来ているのがわかる。

 

「怖い?」

 

 全速力で移動しながら息が上がった俺の核心を付くような質問を彼女は投げ掛けた。それは俺が感じないように遠ざけていた感情だった。神と戦う事がここまで危険なだと理解していなかった。簡単に“神”の言葉に答えてしまった自分が恨めしい。

 

「本当に怖かったらそのペンダントを壊しても良いよ、そうすれば現実に帰って来れる。代わりに私が行って何とかすれば良いからね。君はどうしたい?」

 

 歳上の威厳を感じさせながら彼女がそう囁いた。確かにこんな四肢を引き裂かれそうな恐怖に怯える事なく彼女に全て任せて俺は生き返るだけの方がどれだけ楽だろうか。今回に限らずこれが何回も続くならばその選択を取るのが一番かもしれない。

 

 だけどその場合、俺が感じた恐怖を全て彼女に投げ出す事になる。今にも殺して来るような神に追われる恐怖、それを彼女に味会わせたいなどという気持ちは微塵も無かった。

 

 彼女は言わば俺の生き返りたいというわがままに付き合ってもらっているだけである。そんな彼女に死闘を要求し俺は何もしないなど出来るはずがない。俺が生き返りたいと望むのだから俺が責任を持ってその恐怖に立ち向かわなければいけない。

 

「俺は...戦います。例え怖くてもそれが俺のすべき事だから」

 

 走りながら彼女に自分の意思を告げると

 

「強いね、君は」

 

 と笑うように彼女は言った。俺はその言葉が称賛の他に何か別の感情もこもっているように感じた。

 

 しばらくすると、集落から離れた人のいない野原のような場所に着いた。辺りには松明の光が輝き影が幾重にも重なっていた。

 

「ここからは助言はするけど戦うのは君、だから一番は和解に持っていくこと。神を人間と同じって考えないで、体力も耐久力も攻撃力も全て向こうが上回る」

 

 周りには身を隠すような岩も木も無い。それでも戦うしかない。戦わなければ生き返れない。それだけだ。

 

「やっと逃げるのを止めたか。死ぬ覚悟は出来たのか?」

 

 追いつかれた俺は覚悟を決め深く深呼吸をすると拳を握り締める。勝てる可能性は少ないかもしれない。だがああいうタイプは一度倒してこちらの言い分を聞き入れてもらわないと和解に持っていくのは厳しいだろう。俺は須佐之男命の方を向いた。

 

「あぁ、出来たさ」

 

 俺は息を深く吸うとボクサーのように拳を構え、言った。恐怖心を静めるように軽口を叩くと須佐之男命へ向かって走り出す

 

「あんたと戦う覚悟がなぁ!!」

 

 その言葉を聞いて須佐之男命は鼻で笑いながら走り出した。

 

「面白い、来いよ!!」

 

 辺りを松明の光が照らす中、俺と須佐之男命の影は激突した。




 (1)ということはまだまだ続きます。あと、これからもしかしたら文章量が多くなるかもしれません。そこはご了承ください。
 では次回予告。
まだまだ零矢と須佐之男命の戦いは続きます。
 お楽しみに。


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零矢VS須佐之男命(2)

 こんにちは。
更新が遅れてしまい本当に申し訳ありません。赤色の魔法陣です。
 今回は前回に引き続き、須佐之男命との戦いです。
 ではどうぞ。


……何事も最初の一手が重要...!

 

 そう思いながら、臆する事なく須佐之男命の顔面に左拳を突きだす。その拳はすんでのところで須佐之男命の左手に掴まれる。

 

……クソッ、なら‼

 

 左足を浮かせ、須佐之男命の右肩にミドルキックをお見舞いする。攻撃を喰らった須佐之男命は俺の左手を放し、左へよろめく。がしかし、

 

……痛ぇ、ダメージ入ってんのかよ⁉

 

 須佐之男命の身体は鉄を蹴っているかのように固くこちらに反動のダメージが入る。

 

……だったらッ...

 

 よろめいた須佐之男命の身体に向かいドロップキックをする。身体が固くても勢いをつければ攻撃は通じると読んだのは間違いではなかったらしい。須佐之男命はそのまま後ろによろけた。

 

……やっぱ、よろけるだけか。それならそれで...

 

 俺は須佐之男命が後ろへさがる度に前へ進みながら動く隙を与える事なく勢いをつけてパンチやキックを連続で撃ち込む。

 

……反撃の隙を与えず連続で攻撃し続ければ、いける‼

 

 俺は攻撃し続けた。そして最後に回し蹴りをして須佐之男命を吹き飛ばした。

 

……よし、これで...

 

 ここまでのラッシュを浴びせればさすがにダメージは入っただろうと思ったが

 

「まさかこれで終わりとかないよな?」

 

 すぐに須佐之男命は立ち上がり、余裕の表情でそう言った。その身体には目立った外傷も見当たらない。

 

……マジかよ⁉

 

「やっぱキツいか...生身の人と神だと体力や頑丈さに差があり過ぎる」

 

 ウィッチさんがイヤホンマイクから話しかける。声からして本当に焦っている事がこちらに伝わってきた。

 

「じゃあ、今度はこっちの番だ」

 

 須佐之男命は右手を天に掲げ、呟いた。

 

須佐之男拳・直打(ストレートナックル)

 

 そして掲げた拳を勢いよく地面に向かって振り下ろした。その一撃で拳を中心に地面がひび割れ、地盤が崩壊し、陥没を始める。

 

……嘘だろッ⁉馬鹿げてるだろこの威力はッ‼

 

 自分が立っていた場所にもひびがまわり地面が割れて崩れ、バランスを崩す。

 

……やべっ‼

 

 まるで地震の時の震央の近くにいるように揺れ、立っていることもままならない。あたりには砂埃が立ち込め、視界が遮られてしまった。やがて砂埃が風に流れ、視界が良くなると見えた風景に戦慄を覚えた。

 

「な、何だよこれ?」

 

 驚き過ぎて声が上手くでない。先程の一撃だけで自分達がいた場所がクレーターのようになってしまったなど夢にも思わなかったからだ。須佐之男命を中心に半径20メートルほどの地形が変わっており、まるで超小型隕石によって出来たクレーターのようになっていた。

 

……ヤバい

 

 そういう言葉しか頭に浮かばない。今、俺の人間としての本能とでも言うべきものが俺に警告している。

 

……俺は死ぬ

 

と。須佐之男命は拳を持ち上げ立ち上がってこちらへ歩いてくる。

 

「まじかよ...これで終わりなんて...俺は...」

 

 足が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。今すぐ逃げだしたいのに身体がいうことを聞かない。

 

……これが絶望、これが死...

 

 屋上から落ちたあの時と同じように避けられない恐怖感が俺の身体の中を駆け巡った。万事休す、そう心の中で観念した時ふとどこからか声が聞こえた。

 

(ガキ、お前諦めるのかよ?)

 

 俺はその声を知っている。嫌になるほど何度も聞いた声だ。教えられた事が上手く出来なかった時、いじけた俺に姉貴に鬱陶しい程言われた言葉だ。

 

(私を超えるって言ったのは忘れたのか?)

 

 この上から目線の台詞も今となっては全てが懐かしい。弟子は師匠を越えるもの、そう信じて疑わなかった俺は彼女の出す無理難題を気合いと努力で突破して来た。

 

(立てよ)

 

 何回同じ言葉を言われたことか。何度奮い立たされただろうか。目の前の敵は自分自身だと何度も教えられ自分に勝つ為にどれだけ苦しかろうが辛かろうが俺はこの脚で立ち上がって来た。

 

(立てよ、お前は負けないって誓っただろ‼)

 

 確かに俺はそう誓った。汚い大人なんかに負けない程の強い力、それを求めて彼女に弟子入りし鍛え抜いたのだから。何も出来ない何も知らない子供のままではなく、何かを知る為に自ら行動するヒーローになる為に。

 

……ムカつくんだよ

 

 子供心の俺には彼女の厳しさを恨んだことさえあった。しかし今ならはっきりとわかる。それは彼女の俺に対する愛情であった事を。今この瞬間のように身体が逃げたいと思う程の敵を目の前にしても立ち向かう勇気を教えていた事を。

 

(立って戦え弟分(クソガキ)ッ‼)

 

……出て来なくていいから、静かに眠っててくれよ

 

 須佐之男命は俺の顔に拳を突きだした。その拳を___俺は受け止めていた。

 

「何ッ?」

 

 動揺を隠せない須佐之男命。とどめのつもりだったのだろう。腕の骨が軋む音が鳴り響く。それを気にせず俺は立ち上がり言い放った。

 

(ほら、立てたじゃねぇか。私の仇討ちの約束、忘れてねぇよな?)

 

「うるせぇよ、姉貴(クソアネキ)‼忘れてるわけねぇだろ‼」

 

 俺は掴んだ腕を引き寄せ、須佐之男命を思いっきり後ろへ投げ飛ばす。不意討ちだったのか重心を後ろへ掛けていなかった須佐之男命をいとも簡単に投げることが出来た。俺は振り向き、言い放つ。

 

「俺はもう誰にも負けねぇ‼姉貴にもお前にも‼」

 

 俺の心から身体から勇気と覇気が溢れだして来るのを感じる。例え死ぬかもしれない戦いでも全力を投じるまでだ。

 

 立ち上がった俺に驚きながらもすぐに笑いを浮かべた須佐之男命は土を払いながら立ち上がると

 

「何だか知らんが吹っ切れたようだな、ならもっと楽しませてくれよ」

 

 と指で招くように挑発する。俺は再び構えると軸足に力を入れ一気に距離を縮めるイメージで地面を蹴った。

 

 俺と須佐之男命の戦いの第2ラウンドの幕が今上がった。




 ちょっとクサかったかな?でも自分では『須佐之男拳・直打』はカッコいいと思ってます。こういう必殺技、また出るかも?
 では次回予告。
___明かされる須佐之男命の過去、零矢との決着、そして謎の組織が動く中、ついに日本神話最大の事件が___
 お楽しみに。


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零矢VS須佐之男命(3)

 こんにちは。
赤色の魔法陣です。
 いよいよ決着の時。そして...
 最後までお楽しみください。


 誰もいない野原で二人の男は戦っていた。片方は自分にたてついた者を倒すため、もう片方は自らが誓った約束のため。激しい撃ち合い。片方が拳を突きだせば、片方が避け、片方が蹴りを入れようとすると片方が蹴り返す。片方が後ろへさがったら片方が前へ進む。

 

 その二人のうち一人の男──神木 零矢を“神”は違う次元から見ていた。

 

「あいつ思ったより良い感じじゃないか」

 

 先程いきなり叫んでから零矢は須佐之男命に対し、優勢になっていた。それを見て、“神”は微笑む。

 

「吹っ切れた感じか。まぁあれなら平気だろ」

 

 “神”は最近退屈だった。自分が見惚れるほどの戦いをする者が最近いなかったからだ。だが、零矢の戦いは自分が満足出来るものだ。こんな時に不謹慎だとウィッチに怒られるだろうと思いながら“神”は言った。

 

「面白いものが見れそう♪」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……何なんだこいつ、さっき吹っ切れてから見違えるほど強くなった気がする。身体から自信と覇気が溢れてくるように。こいつ...何者だ?

 

 先程から劣勢になってきた須佐之男命は考えにふけっていた。自分の前の敵の信念はいったい何なのだと。何がこいつを奮い立たせているのか。何が俺より優れているのか、と。

 

……そんなこと関係ねぇ

 

 しかし、そんなこと今は関係ない。そんな考えは戦いにおいて邪魔なだけだ。目の前の敵の信念が自分よりも強いなら、自分だって強い信念を探せばいい。それだけのはず、なのに

 

うるぁぁぁぁっっっ!!」

 

 止まることを知らないのか零矢の拳は威力もスピードもどんどん上昇していく。しかも闇雲に打ち続けているわけではない。片方の拳を捌き隙になった場所を的確に狙っている。もし一発でも喰らえば須佐之男命が反撃を試みる前に零矢が一方的に蹂躙してしまう程の迫力だった。

 

 何とか反撃の一発を入れようと須佐之男命は考え、拳を両手で捌きながら右足で蹴ろうとするが零矢はすぐに察知し地面を蹴って右側に移動する。

 

 そして今度はその右足で地面を蹴り、二人の間に空いた距離を一気に詰め零矢は拳を突き出し、須佐之男命もそれを迎え撃とうと拳を突き出す。両者の拳は空を切りながら互いの顔面付近に迫った。

 

「強ぇな、お前。名前は?」

 

 互いの拳を互いの手で受けとめながら須佐之男命は自分の敵に問いかけた。

 

「神木 零矢、人間だ」

 

……人間だと?人間が神と同じぐらい強いのか?

 

 須佐之男命は驚き、手を離した。零矢もそれに合わせ、戦闘体勢を解くように手を離す。

 

「ハッ、人間がこんなに強いとはな、驚きだぜ」

 

「全員が強いってわけじゃないけど人間には無限の可能性があるからな。それより...」

 

 零矢は再び険しい顔つきになると問いかける。

 

「あんた、何でこんなことすんだよ?」

 

 それは須佐之男命にとって予想外の問いだった。

 

「わかんないだよ、俺。何回あんたの話を読んでも何であんたがこんなことをするのか。あんた、自分の姉と誓約(うけい)したんじゃ...」

 

「あぁ、したさ。っていうか何で知ってる?」

 

 その問いに今度は零矢が戸惑う。

 

「あー、え~と。違う次元から来たって言っても通じるのか?とりあえず、あんたの話が伝わって本になってる世界から来たんだけど、その...」

 

 零矢は上手く説明が出来ず須佐之男命から目線を外し、明後日の方向を向きながら話す。

 

「要するに、俺のこと知ってるわけだな。昔のこともこれからのことも」

 

「あー、まぁそうだ」

 

……まったくどっちが質問してんだか

 

 須佐之男命は頼りなさそうに頭をかいている零矢に対してそう思った。これがさっきまで互いに殺し合っていた仲かと思うと何だかおかしく感じられる。

 

「話してやろうか?」

 

「何を?」

 

「俺の昔の話。まぁ知ってるかもしれんが」

 

 そう言って須佐之男命は自分の過去を話し始めた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「お前は高天原を、お前は夜の世界を、お前は海原を治めよ」

 

 俺達『三貴神』を生み出した伊邪那岐命はそれぞれの場所を治めよと言った。アマ姉が天、ヨミ兄が月、そして俺──須佐之男命が海を。俺達は言われた通り、それぞれの場所へ向かい、それぞれの場所を治めた。それに満足して、伊邪那岐命は家に帰った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 家に帰った伊邪那岐命は異変に気づいた。海が荒れている。海が荒れることで悪霊がたくさん生まれてしまっている。

 

……どういうことだ?海はスサに任せたはず

 

 しばらくすれば何とかなるだろう。そう思っていた。しかし、月日が流れ何年経っても、海は荒れたままだった。

 

「様子を見に行くか」

 

 そう思い、須佐之男命のところに行った伊邪那岐命は驚愕した須佐之男命が海に向かい泣いていたからだ。大声で泣くせいでさらに悪霊が増えている。

 伊邪那岐命は須佐之男命に聞いた。

 

「どうした?スサ、何で泣いてる?」

 

 その問いに須佐之男命は泣きながら答えた。

 

「うっ、ぐすっ、父さん。なん、何で俺には、ひっく、母さんがいないんだ?」

 

 まさかの答えだった。シングルファザーの家庭である伊邪那岐命にとって答えづらい質問。

 

……思春期かよ...

 

「あー、母さんはな、黄泉にいるんだよ。黄泉で死者を統制してるんだよ」

 

 もちろん、この答えは伊邪那美命が黄泉にいる以外嘘である。しかし、それを信じた須佐之男命は、

 

「じゃあ、俺、根の堅洲国に行く。そこに行けば母さんに会えるんだろ?」

 

 根の堅洲国とは黄泉の国のすぐ近くにある国である。

 しかし、伊邪那岐命はそれを承諾しなかった。

 

「やめとけ、お前には海を治めろって言ったはずだ。それに...母さんに会ってどうする?」

 

 須佐之男命は黙り込んだ。どうやらその先は考えてなかったらしい。

 

「お前、黄泉の国に母さんが何でいるかわかってるんだろ?母さんは死んだんだよ。だからお前に襲いかかってくるかもしれない。だから自分の心だけに思っておけばいい。会って絶望するくらいなら会わない方がいいのさ」

 

 伊邪那岐命ももう一度会いたいと思い、黄泉の国に行ったことがあった。しかしそこにいたのはあの美しく可愛らしかった伊邪那美命ではなく、腐り恐ろしい姿になった化け物だった。それを見て伊邪那岐命は絶望した。だから子供である須佐之男命にそんな思いはさせたくなかった。

 

……こうすることがスサにとって一番いいんだ

 

 そう思った。しかし、

 

「何で絶望したの?父さんは母さんを愛していたんじゃないの?」

 

 須佐之男命は反論してきた。

 

「それはだな...」

 

「父さんの意気地無しッ‼母さんを見て俺が絶望するわけないだろ‼」

 

 最初は子供のわがままとして聞いていた伊邪那岐命も須佐之男命の無知にだんだんいらだってきた。

 

「いい加減にしろッ‼お前はあの国が、母さんがどうなってるのか知らないからそんなことが言えるんだ‼もういい、日本から出て行け、黄泉の国は行くなよ。さぁ、早く‼」

 

 須佐之男命は地面を震わせながら去って行った。しばらくして頭が冷えると、

 

……少々、怒り過ぎただろうか

 

 伊邪那岐命は自分の大人げなさを反省した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……せめて、アマ姉にお別れを言っておこう

 

 そう思った俺は高天原へ行った。しかし、俺を出迎えたのは何百もの矢を持ち、みずらの髪形で弓を構えたアマ姉だった。

 

「えっ、アマ姉⁉何その格好、男?」

 

「私はれっきとした女なんですけど。ってか人前でアマ姉とか呼ぶなよ?何しに来たの?」

 

 はっきりと威圧感を込めてアマ姉は言った。変なことを言ったらすぐに矢を放つだろう。

 

「俺はただ、別れを言いに来ただけだ。別に高天原を攻めに来たわけじゃない」

 

「じゃあ誓約(うけい)しなさい‼」

 

「わかったよ」

 

 誓約(うけい)とは占いのようなもの。

 俺とアマ姉は身につけていたものを一つずつ交換し、水で洗い、噛み砕いて吐き出した。そこから生まれた神で俺の潔白が証明された。

 

「どうよ?」

 

「ご、ごめん」

 

 それから俺は高天原に住むことになった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「それから俺が何しても姉貴は神力でかばってくれた。俺はそれに頼っていたんだな」

 

 須佐之男命は自らの過去を語った。俺はその話は知っていたが生の話はやはり違った趣がある。だが神相手に同情をするのもどうかと思い

 

「そ、そうだな。あんたは自分の役目から逃げてただけだ」

 

 おうむ返しの様に言った。

 

「そう言えばお前、何で俺に怒ってたんだ?」

 

「何でって、あんたが機織り部屋で起こした事件で一人死んだからだ」

 

「そう...なのか。悪い、しっかり反省して弔うよ」

 

 須佐之男命は落ち込んだように言った。どうやら、反省の意はあるらしい。

 

……これで良い...のか?和解って事で

 

 何故さっきまで戦っていたのかわからなくなった。俺はふと自分のを見ると何度も拳を奮い続けていた為、甲は擦りむけ、掌は爪が食い込んで出血していた。空しさを感じながらも手の血を胴着で拭き取ると須佐之男命に手を差し出す。

 

「俺も悪かった。ただの人間があんたに偉そうなこと言って」

 

 須佐之男命では手を握って言った。

 

「お互い様か、あとあんたじゃなくてスサって呼べよ、零矢」

 

 その瞬間握った掌からもの凄い力が自分の身体に入って来たような気がした。身体の芯から沸き上がるような力が熱と共に全身を駆け巡る。

 

「あぁ、スサ」

 

 俺は手を離すとしばらく自分の掌を見つめた。

 

……何だ、今のは?神力?

 

 すると、スサが空を見上げながら不思議そうに言った。

 

「何か、太陽が動くの速くないか?」

 

「えっ⁉」

 

 それを聞いて俺も太陽の方を見る。太陽は異常とも思えるスピードで沈んでいく。直ぐ様周りが真夜中の様に暗くなり、松明の灯りだけが闇に浮かんでいる。

 

「どうなってる?さっきまで昼だったはず」

 

「まさか、これって。ウィッチさん」

 

 俺はイヤホンマイクに話しかける。

 

「多分私が思っていることと君が思ってることは同じ。始まったんだよ...」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「さぁ、始まったぞ!これからGD(ゴッドドミネーター)の作戦を始めよう」

 

 黒ベースに緑のラインが入ったイヤホンマイクに向かい話す。

 

「踊るぞ、俺達のパーティータイムだ」

 

 




 謎の組織の名前がわかりましたね。
 では、次回予告。
──ついに始まる天岩戸の事件。須佐之男命、零矢がその場所に向かう中、零矢の前にあの神様が登場する──
 お楽しみに。


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暗闇の世界

 お久しぶりです。
赤色の魔法陣です。更新が1週間近く遅れてしまい、ごめんなさい。言い訳を言わせてもらいますと、4月の始め頃にこの話を作っていたのですが、春と言うこともあり、いろいろあって、書いていませんでした。楽しみにしていた方申し訳ありません。
 謝罪はこれまで。本題です。今回は某有名ゲームなどにも出ているあの神様が出ます。
 ではどうぞ。


「始まったんだよ...天岩戸の事件が」

 

 ウィッチさんは低い声でそう言った。太陽が沈み、視界が圧倒的に悪くなった。かろうじて近くにいたスサはわかるのだが、夜と言うより、暗闇の中にいるようだった。

 

「ウィッチさん、God-tell(ゴッテル)にライト機能とかないんですか?」

 

「もちろんあるよ。『ライト』のボタンを押せばいいはず」

 

 俺はGod-tell(ゴッテル)を取りだし、ボタンを押す。すると、レンズらしきものの隣から光が出た。

 

……こう見ると普通のケータイだよな

 

 しかし普通のケータイとは比べものにならないほどの強い光だった。俺はこの光に見覚えがあった。

 

「この光って...」

 

「浴びたことあるよね、さっき」

 

 この光は俺とウィッチさんが占い館から研究室(ラボ)移動(ワープ)した時、浴びた光だった。

 

「この光はちょっと特殊でね。普通の光より強いの。だからこっちでマップを見て案内するから須佐之男命と一緒に聞いて」

 

「わかりました。スサ!」

 

 俺はスサに今言われたことを説明した。スサはそれを零矢が信じるなら俺は信じると言って承諾した。

 俺達は案内に従い、まずさっきの集落まで行った。その集落はいくつかの灯篭に火がついていて思ったより明るかった。しかし、そこにいた人々は家にこもっている様子だった。

 

「どうなってる?何が起きてるんだ?」

 

 意味がわからないと言う様子でスサが呟く。

 

……そうか、スサは知らないんだ

 

 俺は説明した。スサの姉の天照大御神がスサが原因で天岩戸に引きこもったことを。

 

「俺のせいで、アマ姉が...悪い零矢、先に行く‼」

 

「おい‼待てって」

 

 もう声は聞こえてないのだろう。須佐之男命は近くに落ちていた枝を灯篭の火につけ、松明のようにして行ってしまった。

 

「追って‼後輩クン」

 

「はい‼」

 

 スサを追おうとしたその時、横目に何か光っているものが映った気がした。

 

……何だ?

 

 振り向くと、いくつかの光が集まっているように見えた。灯篭ではないだろう。俺は光っている方に向かって走った。

 

「ち、ちょっと。後輩クン?」

 

「すみません、ちょっと気になるものがあって」

 

 だんだん近づくとそれは何人かの人が持っていた松明の火の光だった。その人達は誰か座り込んでる人を囲み、声を掛けていた。

 

「どうかしたんですか?」

 

 俺はその一人に話しかけた。

 

「あなたは?まぁいいや、ここにいる天宇受売命が天岩戸の件で呼ばれ、向かう途中で転んでしまって」

 

……え、天宇受売命?

 

 天宇受売命といえば天岩戸の事件の際に踊って神々を楽しませた神である。

 

「えっと、あなたは?」

 

 髪が長く、顔が整った天宇受売命らしき女の人が話しかけてきた。

 

「えーっと...」

 

 この状況で別の次元から来ました、なんて言ったら怪しまれるだろうし、混乱させてしまう。俺はしばらく考えた後で答えた。

 

「通りすがりだ」

 

 この後、その回りにいた人や天宇受売命が、は?という顔でかたまってしまったのは言うまでもない。




 いや、なんで前回暗くなったばっかなのにもう情報が伝わってるんだよ、と思った人。神様です。情報収集能力が人知を越えているんです。ご了承ください。そして最後ボケて終わってしまいましたね。この台詞わかった人いますか?
 では次回予告。
──天宇受売命と共に、岩戸へ向かう零矢。そこに新たな刺客が──
 お楽しみに。


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天岩戸へ

 どうも。赤色の魔法陣です。お久しぶりです。
 待たせてしまって申し訳ありません。今回はいつもの2倍の文章量です。さぁ、また戦闘シーンだ!(ワクワク)
 では、どうぞ。


 その男の方は私に、

 

「通りすがりだ」

 

と言ってきた。

 私は何と言って良いかわからず唖然としてしまった。だけど何故か悪い人ではない、そう思った。女の勘だけど。

 

「痛ぅ」

 

 足首が痛い。転んだ際にひねったのだろう、少し赤くなっている。これではあと四十分程かかる天岩戸までかなりかかってしまう。それにこの状態だと与えられた仕事をこなすのが難しいかもしれない。

 

 どうしよう?お付きの方に運んでもらうよう頼んでみようか?そう考えていると自称通りすがりの男の方が私に尋ねてきた。

 

「天岩戸の場所と方向わかります?」

 

「え?あ、まぁ暗いけど道はわかりますが」

 

 しかし何故そんなことを聞くのだろうか。と言うか普通怪我を負っている人に道を聞くだろうか。もしや自分が天岩戸へ行って私が負傷したことを説明してくれるとか...そんな親切な人間なんだろうか。しかし、

 

「良かった。じゃあ迷う心配は無いですね」

 

「え、それってどうい...キャッ⁉」

 

 私の予想を覆すようにその男の方は私を軽々と横に持ち上げた。

 

「な、何をするのですか⁉」

 

 そんな事をされたことも無いので顔が赤くなり声が上ずってしまう。

 

「こうした方が速いかなって思って」

 

「デ、デリカシーとか無いんですかッ⁉」

 

 私は降ろしてくれるように脚を動かして暴れるが心配無いと言うように男の方は私に笑顔を向ける。少しぎこちない笑顔が目付きの悪い顔立ちとのギャップを感じ、少し可愛らしいと感じた。

 

……可愛い...

 

「...もしかして嫌...ですか?」

 

 少し見つめていたのだろう。私が気に入らないと思っていると勘違いした男の方が聞いてくる。

 

「えッ⁉いや別に‼お気遣いありがとうございます」

 

 少し恥ずかしく顔を背けながら答える。この何とも言えないギャップに大分やられてしまったらしい。

 

「なら案内お願いします。皆さん!俺も一緒に行きますので、出発しましょう!では天宇受売命、しっかり掴まっててください」

 

 男の方は私を抱き抱えたまま、走りだした。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 十分ぐらい走っただろうか。大の大人を抱えて全力疾走しているから流石に疲れてきた。

 

「大丈夫ですか?少々息が荒くなっていますよ?」

 

 疲れているのがわかったのか天宇受売命が聞いてきた。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「でも無理はしないでください。一度休みましょう。他の人がまだ追い付いていないようですし」

 

 振り向いてみて気付いた。他の人の気配が感じられない。暗いので人影も見えない。

 俺はGod-tell(ゴッテル)の光を出し、座れるような場所を探して座った。光を見た天宇受売命は目を輝かせて、綺麗と言っていた。

 しばらくして、天宇受売命は俺に話しかけてきた。

 

「今宵は月が雲に隠れてよく見えません。とても綺麗なのですが」

 

 そう言われ、俺は空を見上げた。確かに雲がかかっていて、その隙間から少し月が見えるぐらいだ。そういえば、こんなに静かな場所で空を見上げたことなどあっただろうか。あったような気がするが、よく思い出せない。

 

俺が感慨にひたっていると、

 

「そういえば、男の方は何者なのですか?ウズメや天照様を知っているようでしたし」

 

と天宇受売命が聞いてきた。

 

「あー、それはですね...」

 

 俺は自分の違う次元から来たことをなるべくわかりやすく説明した。

 一通り聞いた天宇受売命は、

 

「う~ん、ウズメにはよくわからないのです...」

 

と言った。まぁ無理はない。いきなりそんなこと言われても俺だって信じられない。

 

「でもここに来たってことはウズメ達を助けに来てくれたってことで、つまり男の方はとても良い人ってことですね‼」

 

「まぁ、そういうことですね」

 

 物わかりが速いのか天然なのかわからなかったが取り敢えず、信じてもらえて良かった。そう思っていると、

 

「実はウズメ、天照様にあったことはないのです。とてもお綺麗で偉い方とは知っているのですが。だから天照様はウズメにとって太陽そのものなのです。いつも何処かで見ていて照らしてくれている、そう思ってるのです」

 

……太陽か...

 

 かつての俺の太陽と言えば、いつも何処に居るかわからず、自分勝手な太陽と呼べるかわからない人だった。それでも...

 

「だから、閉じ籠ってしまったと聞いた時、悲しかったのです。でもウズメが天照様を天岩戸から出す為のキーパーソンだと知らせが来た時は嬉しかったのですが...」

 

 天宇受売命は顔を下げ、落ち込んだように見えた。

 

「自信が、無くて」

 

 プレッシャーと言うやつだろう。何かをする際憧れの人の前なら尚更だ。

 

「ごめんなさい、暗くなってしまって」

 

 天宇受売命は笑った。いや、笑おうとした。その笑顔は誰からでもわかる程、無理に笑っていることがわかる。

 

 申し訳ないのだが無理に笑っている笑顔程、嫌いな物はない。無理に笑うと言うことは今の自分の気持ちを押し殺して周りの為に笑うと言うことだ。そんな笑顔に何の価値があるのだろう。笑顔と言う物は心からそう思った時に自然とこぼれる物だ。だから...

 

「やめてください」

 

「え?」

 

「そんな無理に笑うの、やめてください」

 

 俺は自然に言葉が出ていた。驚く天宇受売命。それに構わず俺は続ける。

 

「別に無理に笑ってなんか...」

 

「笑ってます」

 

 断言する俺。流石に腹が立ったのか天宇受売命は、

 

「あなたに何がわかるのです⁉」

 

 怒ったように言った。

 

「何でそんな嘘が言えるので...」

 

「俺が違う次元から来たからですッ‼」

 

 俺は天宇受売命の言葉を遮って言った。天宇受売命は意味がわからない、という顔をした。

 

「俺はあなたのおかげで天照大御神が助かったことが書かれている次元から来たんです。つまりあなたが成功するってことを俺が、俺自身が証明しているんです‼」

 

 俺は天岩戸のことを知っている。勿論、天宇受売命のことも。例え自信がなかったとしてもこの神のおかげで太陽はまた登ったのである。

 

「大丈夫ですよ!」

 

 俺は力強く親指を突き立てた(サムズアップ)。天宇受売命は思わず吹き出して笑ってしまった。

 

「何ですかそれ?」

 

 そう、俺が見たかった笑顔はこの笑顔である。心から笑っているという証拠の。

 

「おーい、私達を忘れてるんじゃ」

 

 イヤホンマイクから“神”が話しかける。その一言で自分が言った言葉が全て聴かれていたことに気付き、顔が青ざめた。

 

……き、聴かれてたー‼マイク付けてたの完全に忘れてたー‼え、俺何て言ったっけ?「そんな無理に笑うのやめてください」とか言っちゃったよ⁉

 

「いやー、何かドラマ見てたみたいだったぞ」

 

「そうだね、私は最後まで見るかな」

 

「でも台詞がな、『やめてください』って...ククッ」

 

 イヤホンマイクから二人の笑う声が聞こえる。

 

「いや、あれはその場のノリと言うか...」

 

 俺は必死に言い訳をする。

 

「そんな簡単な言葉だったんですか?」

 

 天宇受売命が話しに割り込んでくる。

 

「うわぁー、マジか。罪な男」

 

「それは傷つくよ、流石に」

 

「そんな、嘘だったんですか⁉」

 

……あぁ、話がごちゃごちゃになってマイナス方向に。天宇受売命、どれだけ天然なんですか...この状況こそもう『やめてください』だよ...

 

「あぁー、もう‼確かに綺麗事だったかも知れないですよ!でもだからこそ現実にしたいでしょ?本当は綺麗事の方が良いんだから」

 

「男の方...」

 

 よし、これでこのカオスな状況を元に戻せる。そう思っていたが、

 

「あ、そう言えば録音してたんだ」

 

 “神”の一言で俺のメンタルはボドボドです。あの銀髪ロング後で覚えておきなさい。あ~、ウィッチさんに幻滅される...

 

「あ、人が」

 

 どうやらそうこうしているうちにお付きの人が追い付いたようだ。遠くに松明の光が見えた。その光はどんどん近づいてくる。やがて近くまで来ると、

 

「良かった。追い付いたんですね」

 

 天宇受売命は声をかけた。すると、

 

「天宇受売命様!無事だったので...」

 

 そのお付きの人はその場に倒れた。松明が地面に落ちて消えかけてしまう。

 

「大丈夫ですか?もうだらしないですね」

 

 俺は落ちていた松明を拾って倒れた人を照らそうとした。

 その時、その人の腰あたりから何か液体のようなものが広がっていることに気付いた。

 

……何だこれ?

 

 暗いせいで赤く見える。しかし、疲れたといえ、流石に動かな過ぎでは?そう疑問に思った俺はその人の背中を照らし、驚愕する。その人の背中には何か貫かれたような穴があり、液体は血だった。

 

……まさか死んでる...?何で...?

 

 そんな事には気づかない天宇受売命は声をかけ続ける。

 

「もう、大丈夫ですか?」

 

「天宇受売命、この人...」

 

 その時、雲の間の月の光に反射したのか、しゃがんでいる天宇受売命の1メートル上あたりがキラリと銀色に光った。

 

……ヤバいッ‼

 

 ドスッと言う音が響き、銀色に光る物──剣が地面に突き刺さる。飛び散る鮮血が辺りを赤く染めた。

 

「クッ...」

 

 俺は咄嗟に天宇受売命を抱えて地面に倒れ、彼女への致命傷は避けた。が、自分の肩にダメージを喰らってしまった。肩に鋭い痛みが走る。持っていた松明は消えてしまった。天宇受売命は何が起きたかわからないという風にしている。

 

「誰だ、テメェ‼」

 

 天宇受売命が危なかったこともあり、口調が荒くなる。

 俺はGod-tell(ゴッテル)のライトで剣の方を照らした。ライトの光と月の明かりに照らされ、人型のシルエットが浮かびあがる。どうやら男のようだ。みずらの髪型に白い胴着のような服。そいつはこの世界の服装をしていた。しかし、胸に光を受けて鈍く光る黒いネックレスをかけていた。

 

「あ?別に名乗る者程のじゃねぇよ」

 

 その男は地面に突き刺さった剣を抜き、

 

「これから死ぬ奴にはな‼」

 

 その場から駆け出し剣を俺に振り下ろした。俺は天宇受売命を左へ突き飛ばし、自分は右に避けた。そいつは剣を振り下ろした後、天宇受売命の方へ歩き出す。

 

「い、いやッ!来ないでッ!」

 

……狙いは天宇受売命か!

 

 俺は火の消えた松明を持ちそいつに振り下ろした。棒はそいつの右肩にヒットした。

 

「ひょっとしてあんたがGD(ゴッドドミネーター)か?」

 

 俺はそいつに問いかける。

 

「だったら?だったら何だってんだ?」

 

 そいつは左手で棒を掴み、へし折った。そして振り向き狭間に回し蹴りを放った。紙一重で俺は躱し、後ろへ下がって間をとる。

 

「俺がそうじゃなくてもお前は死ぬだろ?」

 

……何だこいつ?この自信に満ちた態度、狂気的な言動。GD(ゴッドドミネーター)って一体...?

 

「ハッ、じゃあ相手が悪かったな」

 

 それでも相手が誰だろうと、俺は余裕を崩さない。

 

「あ?」

 

 俺はそいつより自信気に狂気を込めて言った。

 

「俺は不死身だ、残念だったな。近くに来たお前が悪い」

 

 俺は戦闘体勢になる。それを合図にそいつも戦闘体勢になる。

 

「少しは楽しませろ」

 

 そいつは剣を俺に向け、そう呟いた。




 このワイワイやってからのシリアスなシーン...嫌いじゃない。とうとう対決する零矢VsGD。派手にいきたいですね。でもウズメさん、突き飛ばされて怪我増えてるんじゃ...
 では次回予告。
──激しい死闘。須佐之男命との戦いのダメージもあり、負傷する零矢。遂に“神”から授かった『アイテム』を使用する──
 次は戦闘シーンばっかりですね。お楽しみに。


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狂気な心に響く鈴の音

 すみません、更新に約一ヶ月かかってしまいました。誠に申し訳ありません。
 赤色の魔法陣です。バトルシーンです。どうぞ。


 その男は俺に向かって狂気的に呟いた後、構えた。その構えを見て、俺はこの男はただ者ではないと感じた。恐らく何回か実践経験があるのだろう。それが命懸けかチンピラとの喧嘩かはわからないが。

 まぁ、俺達と同じ次元超越者だろう。だが、冷静に考えるとこちらには剣。あいつは素手。リーチの差は歴然だ。それにこの剣は特殊な効果(エフェクト)がされている。つまり勝ったも同然ということ。

 俺は剣を構え敵の間合いに入り縦に切りつける。そいつは左へ避けたので、俺は続き狭間に左へ一閃。そいつは上体を反らし避けた。やはり避けるのに必死なようだ。

 

……少し引っ掛けを入れてみるか

 

 俺は剣を大きく振りかぶった。奴は右に避けようとする。俺は剣を振り下ろすと見せかけて右足で蹴りを入れた。俺の足は奴の脇腹にヒットした...そう思った。

 

「おい、まさか俺舐めらてんの?」

 

 奴は左腕でそれを受け止め軽口を叩いた。奴は左腕で俺の右足を掴む。間髪入れず奴の左足が俺の右手の剣へ伸びる。剣からの衝撃が手に伝わり剣を放した。1メートル先辺りに落ちる剣。さらに奴は剣を飛ばしたその左足を俺の顔面へ加速させる。

 

……この体勢からだとッ...⁉

 

 横顔にヒットする足。しかし無理な体勢だった為か威力はあまりなくダメージはあまり喰らわなかった。

 

「残念だったな」

 

 余裕の表情を見せる俺。しかし、次の瞬間奴の身体が宙に浮いたかと思うと、右肩に強い衝撃を受け左へよろけた。

 

……クッ、何だ?今何が起きた⁉

 

 しばらく考えた俺は一つの結論にたどり着いた。

 

……まさかあいつは左足を軸にして回し蹴りをしたのか⁉

 

 俺の顔に左足がヒットした後、その足を軸にして地面に着いている右足で回し蹴りをしたということだ。そんなこと普通に鍛えてできるだろうか?いや、できるはずがない。

 

……だとしたらこいつは一体...

 

 俺は考えたが途中で考えるのをやめた。そう、例え人間技じゃないにしろ場数が違うこいつに負けるはずがない。戦いを甘く見てる奴に負けるわけがない。

 俺は左足を地に着けて踏ん張る。

 

……こっちは命がかかってんだよ...かけてるものが違ぇんだよ!

 

 そして握りしめた左拳をそいつの腹へ突き出した。ウッ、と低いうめき声を出しそいつは後ろへ下がる。俺は追い撃ちに蹴りを放った。そいつが後ろに吹っ飛んだのを横目で確認してから先程飛ばされた剣の方へ向かった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

……クソッ、油断した

 

 敵に吹っ飛ばされ地に伏した俺の頭には一つの疑問があった。先程から呼吸が乱れ、息が苦しい。確かに須佐之男命と戦い、天宇受売命を抱えて走り、体力の消耗は激しい。しかしここまでなるとは思わなかった。体力には自信があったからだ。しかしそうなるとあまり長期戦にはできない。

 俺は立ち上がり、剣を拾う為に後ろを向いていた奴に一直線に駆け寄って拳を突き出した。しかし、奴は瞬時に剣を拾って俺の拳を避けた。

 

「クソッ!」

 

 すぐさま奴が避けた方へ拳を向かわせる。しかし、その時奴は剣を突き出す構えをとっていた。すぐに避ける体勢に切り替えようとしたが時既に遅し。奴の突きは避けきれなかった俺の左腕を貫いた。焼かれたような痛みが走り、思わず声が出る。しかし、右拳を突き出し何とか奴を突き飛ばした。

 

「ハアッ、ハッ...」

 

 先程よりも息があがる。剣が刺さったままの左腕はだらりと下げ、既に力を入れても動かない。

 

……どうしたんだよ、俺⁉

 

 急に脱力感を感じ、地面に膝を着いてしまう。

 

「ゴホッ、ガハッ、ウッ...」

 

 手を口元に当て、離すとそこには掌いっぱいに赤い絵の具が付いたように血がベットリと付いていた。吐血したらしい。それに血が付いた手を見ているはずなのに目が霞む。どうやら目も異常をきたしているようだ。

 

「男の方⁉大丈夫ですか?」

 

 天宇受売命が駆け寄って来る。もはや俺は天宇受売命を見る余裕もない。それと同時に奴も立ち上がった。ヤバい、とてもこの状態はまともに戦うこともままならないだろう。

 奴が立ち上がったのを見た天宇受売命は、

 

「男の方、少し失礼します」

 

「ハアッ、ハアッ...え?」

 

「男の方なんですし、痛みは耐えられるのですよね?」

 

 そう言うと、天宇受売命は動かない俺の左腕を貫いている剣の柄を持ち、()()()()()()()()()

 

「アッ、ガハッ、ちょっ何を...」 

 

 当然のことながら痛みは容赦なく襲って来る。

 

「え?いや男の方なら痛いのなんて我慢できるのかと」

 

……いや、どれだけ天然なんですか。俺、超痛いんですけど...

 

「大丈夫ですよ、こんなの少しすれば治りますって」

 

……いや、治るわけないでしょ。なんなんですか、さっき突き飛ばした嫌がらせ?

 

 もはやツッコむ余裕もない。天宇受売命はその剣を一振りし刃に付いた俺の血をはらった。その剣先を奴の方へ向け、

 

「あんまりこういうのは持ったことないのですけど...あなたが逃げられるぐらいの時間なら稼ぐことはできるのかもしれません」

 

と宣戦布告した。俺は驚いた。止めようとしたが声が出ない。俺は自分の無力さを呪うことしかできない。

 

「止めてください、って顔してるのですね。でも私は止めませんよ。例え無理だとわかっていても、私の為に戦った誰かの為なら」

 

 よく見たら剣を持つ手が震えている。怖いのだろう。それはそうだ。自分を狙ってきた殺人鬼に立ち向かうのだから。

 

……動けよ...

 

 俺は動かない身体に対しそう思うことしかできない。 奴は天宇受売命へ駆け出す。

 

……動いてくれッ...‼

 

 力を振り絞り上半身を起こす。

 奴は天宇受売命へ拳を突き出し、殴りかかろうとする。余裕を持って躱す天宇受売命。

 

「あーあ、か弱い乙女に戦わせちゃって、罪な男だな」

 

 イヤホンマイクから“神”が皮肉るように言う。そりゃ俺だって戦わせたくないのはやまやまだ。しかし、身体が動かないから逃げることもできない。どれだけ情けないのだろうか。

 

「ねぇ、後輩クン。もしかして息が苦しかったりする?」

 

 先程から息があがっていた俺を不審に思ったウィッチさんが聞いてきた。俺はそうです、と答える。

 

「どういうことだ?」

 

「つまり、原因はあれにあるってこと」

 

……“あれ”?それって何だ?

 

 俺は戦っている天宇受売命の方を見る。それはちょうど奴の剣を躱したところだった。剣は膝の辺りまで伸びている雑草を切る。次の瞬間、その雑草が枯れたように倒れた。

 

「なるほど、効果(エフェクト)付きか」

 

 “神”がわかったように呟く。しかしまだ俺はよくわからない。

 

「後輩クン、God-tell(ゴッテル)の『探査(サーチ)』のボタンを押して画面を自分の身体へ向けて」

 

 俺は動かない身体に鞭打って言われた通り行動する。

 画面に自分の顔が映る。どうやら読み込んでいるらしい。サーチが終わると画面にドクロマークが映り、『毒状態』という表示が出た。やっとわかった。恐らく奴の剣に毒性があり、切りつけられた時に傷口から毒を流した。だから腕に刺さった時に急激に体調が悪くなったのだ。

 

……天宇受売命に感謝しないとな

 

 だがからくりがわかったところでどう仕様もない。

 

……せめて毒さえ完治できれば...

 

 そう考えていた俺の頭に打開策がひらめいた。

 

……そうだ‼アイテム、それの中に何かあるはず!

 

「お前、アイテム使う気か?」

 

 俺の心を読んだのだろうか、“神”が問いかける。

 

「まぁ、確かにこのままだと死ぬ。死んだらどうなるかって思ってるだろ。現実世界に戻されてこの世界から次元を越えて来た者がいなくなるまでこの次元には来れない。つまり、一度戻った場合あそこで勇敢に戦っている女神様の無事は保証できないってことだ。それに私がやったアイテムの有効時間は()()()だ。それが契約だからな」

 

 聞いてもないがペラペラと喋る“神”。しかしどれも重要なものだった。そういうのは先に言っておくべきだろ、とツッコみたくなるのをこらえ聞く。

 

「まぁ、上手に使うことだ」

 

 俺は震える手でボタンを押す。『メニュー』、『アイテム』、そして...

 

「召喚方法はイヤホンマイクと同じ。戦いの邪魔になったらBackって言えば戻る。召喚はSommonって言ってもできる」

 

 選択したのはやけに大層な名前が付いたアイテム。

 

「Summon...」

 

 俺が呟くと同時にGod-tell(ゴッテル)の画面から出る光。その光は俺の手に収束し、画面で見た物と全く同じ見た目になる。茶色の小さい壺のようなそれは紋章が描かれており、神々しさを感じた。そのアイテムの名前は...

 

最強の傷薬(ザ・ストロンゲストオイントメント)ッ...‼」




──正義の魂は再び立ち上がる──

 今回、天宇受売命大活躍ですね。あと今回段落分けを意識したので前の話も編集しました。良かったらそちらも。

 では次回予告といきましょう。

──再び立ち上がる零矢。しかし敵も召喚はでき──

 また待たせてしまうかもしれませんがお楽しみに。


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蘇りし屈辱

 こんにちは。
 赤色の魔法陣です。
 以外にタイトルとかも伏線になってたりしますので予想してお楽しみ下さい。


 まるで駄目だ。反射神経や運動神経は良いのだが剣に慣れてないのが一目でわかる。それに足を気にしながら戦っているので隙があり過ぎだ。軽く腕を払うと剣をすぐに落とした。

 

「さて、覚悟はできたか?」

 

 俺はジリジリと詰め寄る。そして綺麗な顔に拳を...

 

「え?」

 

 振るどころか自分の顔に拳が飛んで来た。よくわからず混乱して拳が飛んできた方向を見る。そこに立っていたのは先程まで地面に突っ伏していた男だった。

 

「お、男の方...!」

 

「何?お前毒は...」

 

 聞き終わるより先に蹴りが飛んで来た。気のせいだろうか、先程よりも威力が上がっているような...

 

「治した。これで」

 

 奴が手に持っていたのは壺のようなもの。アイテムだというのはわかったがどんなアイテムかわからない。ふと、奴の左腕を見ると、

 

……なッ⁉傷が完治しているだと⁉

 

 先程貫いたはずの左腕の傷が完璧に塞がっていて血はおろか傷跡さえ残ってない。となれば、傷薬系のアイテムだと思うが普通ならこんなに早く回復しないはず。あるとすれば高ランクの効果(エフェクト)を付けたアイテムならまだしもこいつが持っているとも思えない。

 

……確かめるしかないってことか

 

 俺は剣を取り、奴に斬りかかる。奴は俺の動きを見切ったようにその一振りを避けたあと、足を突き出してきた。剣を握っていない左手を犠牲にして防ぐ。ゴキリ、と骨が折れた音がした。やはり威力は上がっている。しかし折れた腕を回して奴の足を取り、力を入れて膝の関節を曲がらない方向へ曲げた。バキッ、と音がする。即座に俺は後退する。左腕はもう動かない。しかし、確かめるのはここからだ。

 

 奴は手に持った壺の栓を抜き、折れた足の上で逆さまにした。流れるように出てくる緑色の液体。それは、光の少ない世界に月光のような光に見えた。その液体は奴の足を伝い、足を正常な状態へと瞬時に治した。

 

「Back...」

 

 奴が言うとそれは光となり、消えた。

 これでわかった。傷の治りが早いのはやはり高ランクの効果(エフェクト)を付けているらしい。かなり面倒だ。ならば、こちらもアイテムを使う他ない。既にタネは準備した。

 

 俺は懐からあるものを取り出す。現代で言うスマホのような形をしたそれは、奴が持っている物と能力は同じだが色が異なる。奴は純粋な心を表したようなマリンブルーの色だが俺の、いや俺達のは違う。神に抗うような心を表した漆黒そのもの。

 

「黒い...God-tell?」

 

「「...⁉」」

 

「違うな。そんな名前じゃない。これは『誓いの証』だ」

 

 俺はそう言いながらアイテムを選択する。

 

「俺達GDのな...Summon」

 

 端末から出る光、驚きを隠せない奴の顔。すぐに実体化し自らの首もと、手、足にアイテムが装着される。

 

魔法の鈴(マジック・ベルズ)

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……どういうことだ?

 

 俺は疑問に思っていた。奴も同じ物を持っていたのか。そして...何故さっきから通信の応答がないのか。黒いGod-tellをあいつが出したあとから“神”もウィッチさんも一言も喋らない。

 

……まぁトイレってこともあるかも知れないけど流石に“神”はないだろ...

 

 が、そんな事考えてる暇はない。相手が何か出してきたら、それがどういう物なのか予測する。姉貴から教わった事だ。

 

……首、両手足に鈴か...回復系のアイテム?もし攻撃系なら音とかか?

 

「どうした?来いよ」

 

……挑発か、まぁ絶対誘導だろうが...

 

 俺は向かって行く。

 

……面白ぇじゃねぇか!

 

 似てきてしまったなあの人に、そう思ってしまう。どんな危険にも臆せず立ち向かい決して逃げないようなあの人に。

 

 俺は右、左と連続で拳を突き出すがその全てを奴は読んでいるかの如く受け止める。そして俺のガードが空いている部分へ反撃をしてきた。

 

……読まれてる⁉...いや、違う。多分、攻撃の瞬間の空気の動きがあいつの鈴を揺らし、それを頼りに受け止めてるってことか。じゃあ防御系のアイテムか。

 

 俺は間を取り、考える。

 

(戦いにおいて最も重要な物。それは完全調和(パーフェクトハーモニー)...いや考える事だ。どの状況でも常に考える事。それに限る)

 

 そう言えばそんなこと言ってたっけ。さて、どうするか...

 

「お、考えてるってことは気付いたってことか」

 

……ヤバい、考えてるのを気付かれた...

 

「俺のコードネームに」

 

……は?いやいや、は?

 

「お前が考えてる通り俺のコードネームは『鈴』だ」

 

……おい、嘘だろ?自分でコードネーム言っちゃったよ?もうそれコードネームじゃないじゃん?ってかどうでも良いし

 

「いや、男でベルって...」

 

「いいだろ?」

 

……いやどうやったらそう思える?猫でもそんな名前聞かないぞ

 

「いや、おかしいだろ?つーかそのゴツい身体でベルって全く関係ないじゃん。誰だよ名前付けたの。え、何?罰ゲームであだ名つけられたの?」

 

 俺は思い切り罵倒した。と言うか普通に気になった。

 

……何か罵倒してしているしているうちに表情が暗くなってってるんだけど?まさか本当に罰ゲームとかで...

 

 しかし、暗くなったと思ったそいつは首もとの鈴をそっと指で弾いた。連鎖する揺れ。伝わる音。その音波が無限に続いていく。その音に最初に反応したのは天宇受売命だった。

 

「アアァァァァァッッ‼‼」

 

 響き渡る絶叫。耳を抑え地面に倒れると悶えるように身体をよじらせる。

 

「天宇受売命?」

 

 俺の声が聞こえてないのだろうかずっと耳を押さえながら何かに抗うように苦しんでいる。

 

……音?音で攻撃してるのか?だとしたら奴の鈴は攻撃と防御を兼ね備えたアイテムってことか

 

 天宇受売命の絶叫が響く中、奴は言った。

 

「俺らのコードネームはボスがつけた俺らの名だ。それを罵倒する者は決して許さない」

 

 奴の、『鈴』の目がまた狂気的になった。どうやら奴らにはボスという存在がいてそいつの指示に従って行動してるということだ。つまり、そのボスを倒さない限りこの狂気的な奴が次々やってくるということだ。

 

 俺は奴の前に躍り出て、拳を突き出す。その拳は受け止められたが奴の顔には驚きの表情が浮かんでいた。

 

「何で、何でお前超音波が効いてねぇんだ⁉」

 

 それは言われて気付いた。天宇受売命は耳を抑えているのに対し、俺は耳を抑える程の超音波は聞こえていない。『鈴』の声は聞こえているから耳がおかしくなったわけではない。

 

「そんな事、俺が知るか」

 

 別に格好つけでも御都合主義とかでもない。ただ、自分に効かないのであれば都合が良いと思った。それだけだ。




──その拳で決着をつけよ──

 あ、これ↑はあの漫画とかで最後のコマに書かれてる一文ありますよね。そのイメージです。誰かの台詞とかじゃありません。

 出ました、昭和の名台詞‼...知らないか。
 タイトルの意味は少し後でわかります。
 次回、

──遂に決着の時、そして場面は天岩戸へ──

 さぁ、頑張って書きます。お楽しみに。

 あと、感想超募集です。まだ下手なのでクレームでも結構です。アドバイス頂けると幸いです。よろしくお願いします。


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ペナルティ

 こんにちは。
 暑い日が多いですね、赤色の魔法陣です。
 今回は、とうとう『鈴』と零矢の決着です。リアルタイムで2ヶ月もかかったことに驚いています。
 今回は、『先生』サイドの視点からスタートです。
 どうぞ‼


 零矢と『鈴』が戦っているのとほぼ同時刻、天照大御神が閉じ籠もり騒がしくなっている天岩戸にて。一人の男が自らが手に持った物を暗い瞳で見つめていた。

 男のコードネームは『先生』。『鈴』と同じくGDの一員である。『先生』が持っていた物とは携帯電話のような形をし、GD内で『誓いの証』と呼ばれる物だった。自らの神への怒り、憎しみを誓い手にいれた物である。

 だが、この男がこの物に対する思いは違った。これは自分の命を繋ぎ止めた物だからだ。

 

 GDにはペナルティというルールが存在する。それは特殊な状況下ではない限り作戦で三回失敗した者にはGD内で戦闘能力が最も高い暗殺集団、『死神』の異名を持つ者達に首を跳ねられ処刑されるというものである。しかしそれではメンバーが作戦に参加しづらくなる。そこで彼らのボスが出した提案は作戦が成功したらライフを一つ増やすというのであった。その成果があったのかGDのメンバーは時に怯えながら、ある者は気が狂ったように作戦に参加した。

 

 しかし、作戦を実行するなかで『先生』は三回失敗し、処刑される身になった。処刑される日まで少しの自由が与えられた。『先生』は学校へ赴いた。隠れ蓑として高校教師をやっていたからだ。そこで見つけたのが疲れたのか机に突っ伏して寝ていた学校一の天才少女、妖美卯一だった。彼女は『先生』の教え子であった。頭脳明晰、容姿端麗、才色兼備の誰からも敬われていたであろう彼女は暇さえあれば何かを作っているリケジョ(と言えば聞こえはいいだろう)だった。

 

 ふと、彼女の傍らに目をやると開発途中なのだろうか、携帯端末のような物が置いてあった。その時、『先生』はGD内で言われていた事を思い出した。

 

(何か携帯端末のような媒体に我々が作ったアイテムを収納し、それがいつどこでも取り出せるような物を開発出来れば良いのだが、今はあれの開発が重要だろうし...)

 

 『先生』に考えている時間など微塵もなかった。その場にあったその物を盗み、持ち帰った。その働きが認められ、三つライフが戻されたのであった。

 

 

「おい、どうした?」

 

 仲間からの問いかけに自分が深く考えていた事に気付く『先生』。

 

「あぁ、何でもない。頼むぞ『開発者(ドクター)』」

 

「わかってるさ」

 

 『開発者』と呼ばれた男は軽く返事をし、暗闇に消えて行った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あ~あ、随分とカッコつけてくれちゃって」

 

 通信をウィッチが切った後、しばらくして私はモニターを見ていた。ウィッチは「ちょっと今日もう休むって店に言ってくる」と言って出て行った。まぁあいつの事だから原因はあれだろうが。

 

 モニターの中では零矢が『鈴』と戦っている。零矢は音波が自分には効かないのだろうと思っているのだろうがそれは違う。『最強』の効果がつけられたアイテムには特殊効果が付属する。しばらくの間状態異常無効、攻撃力が上がる。ゲームでいわば無敵時間のようなものだ。つまり、あいつはそういう状態ってこと。

 

 だが、これにより私の疑問は確実になった。須佐之男命を倒し、『最強』の名が付いたアイテムすらすぐに使用できる。やはり零矢(アイツ)は普通じゃない。それに訓練されているであろう『鈴』と互角、いやそれ以上に強い。まるで()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

……ま、関係無いけどね~。私の言う通りに動いてくれれば

 

 そうこうしている内にまた新たな展開になっているらしい。面白そう、と思ってしまう。やはり私の好奇心は異常だな。誰もいない空間で一人そう思った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 月の光が地上で戦う二人を見放すかのように再び雲へと隠れる。それまで地面を照らしていた淡い光は消え、地上は闇に包まれる。その闇に紛れ戦い続ける。

 

……このままじゃ、攻撃出来ない

 

 そう零矢は思う。攻撃しようとしても『魔法の鈴』で気付かれる。不利な状況である。

 

……お前の浅はかな行動など手に取るようにわかる...

 

 鈴は余裕の表情だった。まるで敵の出す音が全て聞こえているかのように。

 

 先手は零矢だった。足下の砂利を掴み、上空に投げる。その音に魔法の鈴が反応を告げる。

 

「上か...」

 

 そう呟いたのを聞いた零矢は、

 

……かかった‼

 

 と心の中で叫び、声のした方向へ移動する。上からの音が鳴れば注意を向けなければならないはず、その隙に一撃を噛ましてやると考えた零矢は大股で音を殺して鈴へと近付き、拳を突き出したが

 

「とでも、言わせたいんだろうな」

 

 その拳は難なく受け止められ、隙が出来た腹に零矢は逆にカウンターを喰らう。

 

……何⁉

 

 地面を転がりながらも体勢を建て直し再びお互いが見えなくなるまで後退して零矢は考える。

 

……『魔法の鈴』は音を感知して知らせるアイテムのはず、それならって思ってあらゆる方向から音を感知させる為に砂利を投げたのにあいつは俺がどの方向からくるかわかっていた。何故だ?

 

 そう考えつつ零矢はもう一度砂利を掴む。そして鈴がいた方向へ投げた。そして自分も駆け出す。

 

……また引っ掛けか?来いよ?

 

 鈴は投げられた砂利を軽く払いのけ、零矢の襲撃をカウンターの蹴りで吹き飛ばす。

 

……あれじゃあ、俺の仕込んだタネにも気付いてないな

 

 鈴は目の零矢に失望する。しかし、その失望は数秒後驚愕へと変わった。

 

「なっ⁉剣がないっ」

 

 己の右腕を見る鈴。その声を聞いて自らの考えが合っていた事に安堵する零矢。

 

……よし‼今ので大体予測出来た。やっぱり俺の位置や大きな動きは何かの方法で把握出来るらしいが剣を盗った時のように最小限の動きまでは感知出来ないみたいだな

 

 態勢を立て直す為にまた後退し鈴の市会から消える零矢。そして頭をフル回転させ、ある作戦を思いつく。だがこれを実行するには少し勇気と痛い目を見なければならないのを承知の上で実行出来る作戦である。

 

……なるべく慎重に...ぐッ...痛ぇ

 

 そうとは知らず零矢が武器を使って攻撃して来るだろうと鈴は予測した。そしてその予測はすぐに現実となった。接近してくる零矢。突き出される剣。それを躱し、カウンターを撃ち込もうとしたが、

 

「後退した...⁉」

 

 鈴の視界に零矢はいなかった。しかしすぐ前までは確実にここにいたはず、消えるなどあり得ないと鈴が思っていた次の瞬間、能力によって上空から急降下する物体を把握する鈴。頭上から零矢の手首に設置していた鈴が鳴り響く。

 

……上か...‼

 

 頭上へ向け、構える。その瞬間、鈴はこの世のものとは思えない殺気を自身の下から感じた。目線を下に向けるとそこにいたのはあり得ない者。

 

「音は上からしたはず...何故気配に気付けなかった⁉」

 

 そこには零矢が左目を銀色に輝かせながら右拳を握り締めて構えていた。

 

「もらった...‼」

 

 拳を振り上げる零矢。渾身のアッパーが鈴の顎にヒットし、その身体さえも浮かせた。うち上がっていく身体と対照的に鈴が見たのは、降下していく()らしき物。

 

……まさか、コイツッ‼切りやがったのか⁉俺から盗った剣で自分の手を⁉

 

 自らの左手を手首の所から切断した零矢は異常な程の痛みに汗を浮かべながら耐えている。そして体勢を戻す。

 

「3...」

 

 重力に逆らえず再び引き付けられるように頭を下にして落下してくる鈴。

 

「2...」

 

 冷酷にカウントする声が響きながら地面に切断した零矢の左手がゴトッと鈍い音を立てて落ちた。

 

「1...」

 

 零矢は小回りをした後で左足を軸にし、右足を振り上げた。その一撃は丁度落下した鈴の胸部へと命中する。

 

 零矢の頭の中に思い出が映る。

 

(いいか、弟分(ガキ)。よく見ておけよ?)

 

 それは自らの姉貴分が生きていた頃の思い出。彼女はアッパーで敵に見立てた大木を浮かすと、小回りをした後で左足を軸にして、右足を振り上げた。そしてヒットした後でまるで空気に溶け入るかのようにこう言った。

 

回し蹴り(スピニング)...‼」

 

 思い出の中と同じ言葉を呟き、零矢は鈴を十m以上も吹き飛ばす。転がり地面に何度も身体を打ち付けた鈴はもう立ち上がることは出来なかった。

 

「がはっ、何だ、今のは⁉」

 

 身体を立たせることも出来ず血を吐きながらもがく鈴。

 

「うわぁ、凄」

 

 一部始終を画面の中から見ていたが棒読みの“神”。

 

「っし!決まった‼っていッてェェッ!」

 

 場違いな程喜びながらも腕を押さえて倒れこむ零矢。

 

「凄い...」

 

 痛みが消え、完全に視線を奪われた天宇受売命。

 

 しばらくして“神”が、

 

「期待以上の成果だな。倒れたあいつのネックレスをとって破壊しろ。それであいつは24世紀へ強制送還だ」

 

 と言ったので、零矢は倒れた『鈴』の所に行き、ネックレスを破壊した。『鈴』の身体が粒子となり消えて行く。

 

「クッ、くそがっ...」

 

 そんな声は零矢には聞こえたのだろうか。零矢は自分の手を探し見つけると、

 

「Summon、『最強の傷薬』」

 

 アイテムを召喚し、口で蓋を開け傷口に液体を垂らす。

 

「ッ...‼」

 

 再び痛みが襲う。その痛みに耐えながら手を傷口へとくっつけた。すると切れた手はつながり痛みは消え、手の指一本一本も問題なく動かせた。

 

「あー、良かった‼治らなかったらどうしようかと思った」

 

「お前、危ない賭けをしたな」

 

 “神”が皮肉るように言う。それに対し、零矢は

 

「いいだろ、別に」

 

と言って、天宇受売命の方を向き、

 

「女神の笑顔を取り戻せたんだから」

 

と言って笑った。それを見た天宇受売命も微笑んだ。その何秒かは暗い地上で唯一笑っていた二人だった。

 

 そして次に月明かりが出てきた頃、

 

「見えました‼あの光、あそこが天岩戸です」

 

 零矢と天宇受売命は天岩戸の付近へと着いた。




──光が閉じ籠っている地へついに到着──

 なんか最後の方、グロかったですね。お食事中とかに見ていた人がいたらごめんなさい。
 とうとう決着しました。え?『鈴』の能力って何だったの?というのがわかるのはこの世界から出た後でしょう。
 そして今回、主人公達の来た世界が24世紀ということをあらすじ以外で始めて書きました。この世界から300以上未来ですね。

 では次回予告。

──零矢と『鈴』の決着がついた頃、天岩戸では

  「お前、何やってんだ?」
     
   須佐之男命再登場、そして零矢達は天岩戸到着

   さらには、

  「何事だ、騒がしいな」

   あの神様ついに登場──

 次回の更新は7月中旬過ぎぐらいになりそうです。お楽しみに。


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光が眠る場所

 こんにちは。
 暑いですね、赤色の魔方陣です。
 暑いので長ったらしい前書きは無しでどうぞ!


──零矢と『鈴』の戦いの決着がついた頃──

 

「準備完了っと」

 

 皆、天照大御神が引きこもりパニックの中で一人怪しく男が笑う。男の見た目は三十代後半ぐらいだろうか、眼鏡をかけボサボサの髪型。このパニックで誰も彼を気にする者はいないが普通に見たらヤバい奴の一言につきるだろう。

 

「周りには神がいるからな」

 

 そうこの男こそ『先生』が言っていた『開発者(ドクター)』だ。彼は神がいない所へまわり、岩戸へと近づく。途中、火を囲みながら話している神達の横を通ると話が聞こえた。

 

「よいか、常世の長鳴鳥をなるべく多く集めよ。伊斯許理度売命は天津麻羅を探して八咫鏡を作れ。玉祖命は八尺瓊勾玉を。天児屋命と太玉命は太占の準備を...後は天宇受売命さえくればいいのですが」

 

 神話通りの思金神の作戦を聞きながら『開発者』は、

 

……そんな作戦立てるだけ無駄だ。今頃天宇受売命は『鈴』に...

 

 まるで哀れだなというように笑い、離れ一人岩戸裏の暗闇へと溶けていく。やがて大きな岩戸の裏側へとまわると手に持った薬品のような物を取り出した。毒液(フォッグリキッド)と呼ばれるそのアイテムは流すとすぐに気体になり、隙間さえあればそこから入り込み充満する液体だ。その毒を吸うと身体が麻痺し数時間は動けなくなる。

 

 つまり、天照大御神が例え出ようとしても出ることが出来ない状況にし、『先生』を待ってこの岩戸の裏側から中へ入り天照大御神を誘拐するという作戦だ。

 

「引きこもったのは良いがちゃんと警戒しておくべきだったな」

 

 『開発者』はそう言い放ち液体の蓋を開けようとした──

 

「おい、お前そこで何してる?」

 

「ッ‼⁉」

 

が、後ろから声を掛けられ危うく液体を落としてしまいそうになる。アイテムを後ろに隠し振り向くと、声の主は『開発者』よりもがたいが良く、髪も長い男だった。

 

「答えろ」

 

 その男は威圧的に問い掛ける。着ている服からして恐らく神だろう。

 

「いやっ、う、後ろから入れるか確認しようと思いまして」

 

 あまりの目付きの鋭さに声が上擦ってしまう『開発者』。咄嗟に思い付いた言い訳はこの非常時に随分と間抜けな答えだった。しかし、直後その男が言うことに彼は固まってしまう。

 

「いや、そういうことじゃない。お前が持っている()()について聞いたんだが」

 

 どうやらばれていたらしい。咄嗟に隠したつもりだったがこの男神の洞察力は人並みではない。そう思った『開発者』は後ずさりを始める。

 

「おい、どこへ行く?」

 

 『開発者』が後ずさりを始め、気になった神──須佐之男命は問い続ける。先程よりも目付きが鋭くなっているように見える。それに恐れをなした『開発者』は逃げることを観念し逆に近付いて行った。

 

「いえいえ、ほんの用事を思い出しただけですよッ‼」

 

 拳が届く範囲まで近付いた後、『開発者』は渾身の突きをかました。訓練されたであろう、その正拳突きは通常の相手なら急所を突かれたことでしばらく動けなくなるだろう。しかし、相手が悪かった。先程それ以上のパンチを喰らった須佐之男命にとっては痒いというような一撃であった。

 

「なるほど、用事とはこういうことか」

 

 突き出された腕を掴み締め上げていく。あまりの力の強さにギシギシと音を立て今にも『開発者』の骨は折れてしまいそうだ。締め上げられている『開発者』の顔は苦痛に満ちている。

 

「俺の戦友(ダチ)の方が強かったな!」

 

 そして掴んだ手を解放すると『開発者』をおもいっきり蹴り飛ばした。身体が仰け反り一回転をして『開発者』は地面に叩きつけられる。口から血が出ていることから内臓にダメージを受けたのであろう。

 

「くそッ...舐めやがって...ぐふッ、痛ぇ」

 

 それでも『開発者』は立ち上がろうとする。しかしその行動は数秒後に出来なくなる。身体が動かない。まるで鉄枷を着けているかのように身体が重い。否、身体が重いのではなく腕に力が入らず身体を起こすことさえ出来ない。何故だと思った『開発者』に一つの可能性が浮かび上がる。

 

……まさか⁉毒かッ、蹴り飛ばされた後に蓋が外れてッ

 

 しかし、時既に遅し。毒は一瞬のうちに全身へとまわり『開発者』の身体は麻痺などの異常を来し動かなくなった。問い掛けただけなのにいきなり殴りかかってきて少し蹴ったら動かなくなった『開発者』を見て須佐之男命は困惑の表情だった。

 

 月明かりが再び岩戸を照らす頃、その裏には棒切れのように転がっている一人の男と吸うと少しくらっとするような気体が充満しているだけだった──

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 俺と天宇受売命はとうとう天岩戸へ到着した。ここまで長かった。『鈴』との戦いから一時間程経過しているだろうか。

 

 天岩戸は思いの外明るかった。光が当たらないところがないようにうまく燭台が並べられていた。だが、それでも儀式のようなものに見えてしまい、薄気味悪さが俺の頭から離れなかった。隣にいる天宇受売命を見ると少し気味が悪そう、という感じの顔だったので大体考えていることは同じなんだなと俺は解釈した。

 

 しばらくすると、一人の神が寄って来て

 

「あ、天宇受売命⁉」

 

と、言ったのを引き金に辺りがざわつき始めた。が、別にそのざわつきは何故今さらこんな所へ来たのか、というような侮蔑の会話ではなくやっと来てくれた、というような歓喜の会話だった。喜ばれている本人の顔を盗み見すると恥ずかしそうに頬を淡いピンク色に染め、頭を掻いていた。

 

「何事だ?騒がしいな」

 

 群衆の中から一人の男神が出てきた。整った顔立ち、まわりの神達の胴着みたいな服ではなく着物のような服を着ている。長い黒髪を後ろでまとめポニーテールのようにしているいかにも高貴な神だ。

 

 「月読命!」

 

 群衆の中から誰かがそう呼んだ。

 

……そうか、この神が月読命なんだ...

 

 三貴神でもある月読命は文献があまりない。故に神話好きの俺でも男神ということしか知らない。いかにもザ・ミステリアスな神様だ。

 

「もしやお前が天宇受売命か?待っていたぞ、思金命が呼んでいたからな」

 

「そうなのですか?では急がないと。男の方また後で」

 

 そういうとそそくさと天宇受売命は駆けて行ったが、途中で一度振り返った。その顔はどこか青ざめていてある方向を向いていた。

 

……え?それってどういう...

 

 俺は天宇受売命の意図をなんとかくみ取ろうと思考を巡らせた。が、その思考はすぐに停止してしまう。

 

「ところでお前は誰だ?」

 

 不意に月読命に話し掛けられたからだ。返答に困ってしまう。こんな大勢が集まり、いかにもシリアスな状況で未来から来ました、なんて言ったところで信じてもらえるだろうか。いや、無理だろう。考えているとまた近くから別の男神が出てきた。

 

「あー、ヨミ兄。それ俺の知り合いだから」

 

 スサだった。実に良いタイミングだ。そんな風に思っていると、無事に再開したのを喜ぶのではなくスサは顎でクイッと合図をした。ちょっと来いっていう意味だろうか。俺と月読命は歩いて行くスサについて行った。

 

 しばらくすると岩戸の裏側に来て、そこには誰かが倒れているのに気付いた。髪がボサボサの男だった。死んでいるのかと思ったが、少し動いている。

 

「おい、零矢。そいつの体を探れ。もしかしたらGDかもしれない」

 

 俺が傍らへ行き、倒れている男の体を探っていると、スサがこの男について話した。どうやら岩戸に何かをしようとしていて話しかけると殴りかかって来たので蹴ったらこうなったらしい。キック力ヤバくね?とか思ったがどうやら原因はそうではないらしい。近くに試験管のような物が落ちていた。“神”は恐らくアイテムだろうと言った。

 

……自滅かよ...

 

 そうこうしているうちにネックレスが見つかった。これでコイツはGD確定だ。

 

「ついてないな、GDさんよ」

 

 俺はおもいっきりネックレスを叩いて破壊した。『鈴』の時のように男の体が粒子に包まれる。その時、その男が呻くようにまるで呪うかのように低い声で喋った。

 

「……クソッ……テメェ、傍観者がッ……身近にある危険を感じずしてその歪んだ正義を振りかざしてろ……いつかお前らを……俺の発明で……殺すまでな...」

 

 まるで恨み節のように男は言って消えた。消える寸前の男の笑い顔はとても醜く得体の知れないような恐怖を醸し出していた。俺は後味の悪さを感じながら立ち上がった。奴が最後に話していた言葉が気になった。

 

……何だ、傍観者って?それにお前らって...

 

 そこまで考えて、俺は一つの結論を導き出した。

 

……もし、傍観者がそういう意味なら...

 

「岩戸の表側へ戻ろうぜ」

 

 スサが言い、俺と月読命は歩き出した。その時に俺はイヤホンマイクの“神”だけに聞こえるように言った。

 

「……だとしたらどうだ?」

 

「面白いな。待ってろ、ウィッチを呼んで来る」

 

 “神”はなるほどなというように笑い、一度通信を切った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「お待たせしました‼」

 

 会議の場所に一人の女神が駆け込んで来る。その表情は汗ばんで疲れているように見えたが、美しさは健在のようだ。

 

「天宇受売命⁉良かった、ちょうど天手力雄命神も来たことですし」

 

 会議には様々な神が集まっていた。鏡や勾玉を持った神。明らかに力自慢だろうなという神。頭がよくキレそうな神。会議の近くで占いをしている神。そして、踊り子の神。

 

「作戦の内容を説明します‼」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「これで役者は揃ったな...」

 

 岩戸付近の背が高い木の枝の上に体をマントで覆った人間が岩戸の方向を見ていた。手にした望遠鏡で色々な神の顔を伺っていた。

 

「なるほど思金神の作戦は今のところ順調で、あのプリンセスは引きこもったままなんだね。ここまでは普通なんだけど...」

 

 望遠鏡の向きを変える。レンズ越しに映ったのは須佐之男命と月読命。

 

「おっ、これは予想外。さてさてどうなるか...」

 

 そして、みずらの髪型をしたネックレスを着けた静観な顔つきの少年。その表情は何か決意を固めたような顔であり、耳に手を当て小声で話しているように見えた。

 

「期待の新人君?」




──全てが天岩戸へと揃う──

 最後の人の言葉みたいですがやっと役者が揃いました。今回ネタ入れませんでした。楽しみにしてくれた人いたらごめんなさい。(いないか...)

 次回予告どうぞ。

──ついに揃う役者達

   「作戦開始ですッ‼」

   岩戸作戦開始。『先生』がその正体を現す。そして、

   「え?何?『チェンジ』って?」

   零矢の戦闘再び──

 後、二、三話ぐらいで零矢は24世紀へ帰還ですかね。
 お楽しみに‼


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The sun in the rock

 こんにちは。1ヶ月ぶりぐらいですか?赤色の魔法陣です。
 なんか英語のタイトルですね。カッコつけてますね(お前の事だろ)。
 それはさておき、今回は全話の中で最長です。今回のお話はこれからも繰り返し使うものがあるのでお見知りおきを。(とか言って神聖解錠とかもう何ヵ月も使ってなくね...)
 どうぞ。


「なるほどね。筋は一応通ってるけど予想が多いね」

 

 “神”から後輩クンの推理を聞いた私はしばらく考えた後でそう答えた。それはちょうど私が仕事場に今日はもう休む、と声を掛け、『研究室』へと戻って来た時のことだった。私はその推理を立てた後輩クンに驚いたがそれよりも驚いたのは彼がGDを既に二人倒していたことだった。思ったより戦闘能力が高いようだ。

 

「おいウィッチ、大丈夫か?」

 

 考え込んでいた私を心配して“神”が声をかける。正直今の私の心理状況はヤバい。敵に盗られた自分の発明品を使われ、ましてやそれで大事な後輩を傷つけられた。それがどれ程の屈辱だったかを覚えている。自分しか作れないから、と過信して作っていた頃の私が憎い。

 

「大丈夫だから行った方が良いんじゃない?」

 

 諭すような口調で“神”に言う。彼女は頷くと通信を切った。切り際に無理すんなよ、という声が聞こえた気がする。

 

……無理するって、普通...

 

 私はため息をつき、食器棚からコップを取り出し、コーヒーを入れる。砂糖をたっぷり入れた甘々のコーヒーだ。たまに友人とかに、そんなに入れて平気?とか聞かれるが、よく頭を使うので疲れるのだ。モニターの前の椅子を引いて座る。憂鬱な気分の中、視線を上げると彼の姿が映る。

 

……帰って来たら何か料理作っといた方がいいか...彼の頑張りを讃えてあげないとね

 

 そう思うと少し元気が出てきた。それにしても今日の占いの運勢は良かったのにこの嫌な感じはなんだろう?そんな疑問を飲み込むように私はコーヒーを啜った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「聞いて来たが先輩ちゃんは予想が多いという意見でしたよ?」

 

 おだてるように“神”が報告する。予想はしていたが、厳しいな。現実に涙目になる。泣きそう、いや泣かないけど。それに俺の推理はどこかの探偵のように証拠を集めて推理を展開するという訳ではなく、思想ばかりの推理である。まさにハーフボイルドだ。

 

 そうこうするうちに岩戸の表側に着いた。やけに騒がしい。月読命が近くにいた神を捕まえて話を聞く。それによるとついに作戦が開始されるらしい。それを聞いた俺は二人に近付こうとした瞬間、

 

……‼⁉...なんだこれ...体が動かない...

 

 俺の体は金縛りにあったように動かなくなった。動け、という命令を脳が出しているはずなのに四肢が硬直している。回りの時間が止まったように感じられ、まるでこの世界で自分だけが取り残されてしまった気分だ。マイクからは声も聞こえない上、辺りも松明の木が崩れる音すらしない。

 

(ダメだなぁ、予想ばかりの推理じゃ)

 

 脳内に直接響くかのように声が聞こえる。近くに気配は感じるが殺気がまるで感じられない。神か?と思ったが時間を止める神など日本神話で聞いたことがない。

 

(そんなんじゃ、しらばっくられて終わりだ)

 

 何を言っているのだろうか。この声の主は誰なのだろうか。そんな疑問が頭の中を飛び交う。

 

(証拠が足りないならそれに見合うactionを起こさなきゃ)

 

 無駄に発音の良い英単語を喋っているその声の主の気配は段々と近付いて来る。

 

(ちゃんと考えればわかるでしょ?残りのGDはお前が他の二人を倒したのが想定外だったはず)

 

 得体の知れない者が近付いて来る恐怖が頭の中を締めている。GDまで知っているということは本当にどういうことなのか。

 

(じゃあお前の想定外のactionで一番困るのは...)

 

 声の主がすぐそこまで迫っている。姿は見えないが動物の本能というものだろうか。心臓が高鳴る。世界に自分の心臓の音が響いてるのでは?と思うほどに。

 

(だ~れだ?)

 

「‼‼」

 

 体が動く。咄嗟に辺りを見回すが声の主らしきものはいない。そんなに遠くには行っていないはず、もしかしたらすぐ近くでこちらの様子を伺っているかもしれない。しかし、今確かに耳元で囁かれた気がした。

 

「おい、零矢。大丈夫か?凄い汗だぞ」

 

 スサに言われて気付く。額に物凄い汗をかいている。何でもない、というと俺は胴着で額の汗を拭った。あの時間は何だったんだろう?まさに一秒にも満たない時間だったのか、それとも何時間も経っていたのだろうか。声の主が言っていたactionとは何だろう。もしヒントなら...

 

 そこまで考えていた時、突然太鼓のような音が辺り一面に響いた。

 

「皆の者、聞け‼今からより天照大御神を天岩戸から出す作戦を開始するッ‼」

 

 その空気を震わせるような怒号が響いた後で静かに笛の音が聞こえて来る。風に溶け入るようなそのメロディーに合わせ、特設ステージのような所に巫女服を着崩したような服装の女神が現れる。霊草を両手に持ち踊っているのは天宇受売命だ。ダンスと言うよりは舞と言った方がいいのだろう。

 

……何と言うか一時間程前に話していた子供っぽい天宇受売命より色っぽいような、いや絶対色気あるだろ

 

 と自分で言えてしまう程、踊っている天宇受売命は妖艶に見えた。

 

「おお、凄ぇ。見に行こうぜ」

 

 その姿に見とれたのかスサが俺の肩を叩き、まるで引き寄せられるかのようにステージの方へと連れていかれる。

 

……action...敵にとって想定外のaction...

 

 そこまで考えとうとう思い付いたactionは一か八かのactionだった。成功率は決して高いとは言えないしむしろ途中でミスをすれば殺されかねない。しかし、それをやるしかない。俺はため息をついた後で息を思いっきり吸って叫んだ。

 

「中止ぃぃッ‼作戦中止ッ‼」

 

 俺の一言で躍りはしゃいでいた神々は固まった。否、天岩戸全体が静寂に包まれた。そして全員の目線が一斉に俺に向けられる。それはそうだろう。作戦をどこの誰かも知らない奴に止められたのだから。

 

「いいかッ‼よく考えろ。責任を放り投げて引きこもる神が高天原を納めてるんだぞ⁉そんなの有り得ないだろ?だったら他の神に例えば月読命とかに任せた方がいい、そうだろ?」

 

 マイクから一体何を言っているんだ、と言う“神”の声が聞こえる。回りの神々も同じだ。その中でしびれを切らしたスサが掴みかかって来る。

 

「おい、零矢テメェ自分が何言ってるかわかってんのか?」

 

 憤怒の形相で俺を掴むスサは神よりも悪魔のようだ。しかし俺はそんなスサの手を払いのけ、続けた。

 

「元はと言えば原因はお前だ。ということで姉弟仲良く下界へ追放ってことで丸く収まるから良いだろ?」

 

 スサの事を悪魔呼ばわりしたがこの状況では悪魔はこっちだろ、と思う。流石に作戦だと言っても非情過ぎる。だがこれで相手がactionを起こしてくれるかは正直神頼みだ。自らが神を冒涜しているのに神頼みとはどれ程都合の良い奴なのか。

 

 そんな考えの中、スサが拳を振りかぶっているのが見えた。それを食らったら怪我じゃすまないだろうなと思っていると...

 

「⁉...グッ」

 

 別の方向から拳が飛んできた。月読命だ。俺はその拳を喰らって地面に倒れこむ。その表情は憤怒までとは言えないが明らかに険しくなっていた。

 

「追放だと?ふざけるな。姉上を探すのにどれだけ時間がかかると思ってるんだ、しかもその間私は高天原を...」

 

「動けないから拐うまでに時間がかかるから...だろ?」

 

 月読命の言葉を遮りながら、俺は断言した。困惑する神々の中で月読命だけは冷静に倒れた俺を見下していた。戯れ言を、的な言葉を言うのだろうか。

 

「何故そう思う?説明してみろ」

 

 違った。以外だなと思ったがここは奴に合わせて言った方が良いと判断した俺は立ち上がり胴着についた土を払い理由を説明し出す。

 

「まずさっきのあんたの言動。神々なら恐らく下界に行った天照大御神も時間をかければ必ず見つかるはずだろ?なのにあんたは何か不満そうだった。まるで自分が探しに行けないからとね」

 

「私は姉上を敬愛している。それならば探しに行きたいと思うのは普通だろ?」

 

 反論してくる月読命。何気にシスコンと認めているようなものだが...姉弟の仲の良さにほっこりするが今はそんなこと感じている暇はない。気持ちを整理して俺は反論に対する反論を語る。

 

「でもさ、天照大御神がいなくなった高天原はずっと夜だろ?それだとあんたがずっと高天原の空を管理しなきゃ行けない。到底探しに行く時間なんてないのはわかっているはず。それなのにあの激昂の仕方。恐らくあんたより他の神の方が探すのは早いはず。八百万も神々がいるんだ、一人ぐらいそういう神がいてもおかしくない...ん?」

 

 そこまで言って、俺は言葉を止めた。

 

……じゃあさっきの時間が止まった感覚も八百万の神々の内の誰かの仕業なのか?しかし、口調的に初めて合ったという感じがしなかったし、この短時間であれほど情報を掴めるか?しかも掴んだのなら思金神に言えばいいはずだ。ということは神ではない()()()ということか。

 

 得体の知れない者の正体を詮索した所で今結論が出るわけでもない。取り敢えず得体の知れない者と仮定し、止めていた話のエンジンを再びかける。

 

「失礼...だから別の理由があると思ったってわけ。自分が見つけ出さなきゃ行けない理由が」

 

 月読命の方を見る。随分と余裕そうな表情だ。何か策でもあるのだろうか。それとも単に俺の推理が間違っているのか。俺は指を立て、

 

「そして2つ目。謎の男を強制送還させた時の奴の言葉...」

 

(傍観者がッ……身近にある危険を感じずして...)

 

「最初は俺への忠告だと思った。でもさ、普通傍観者って何もせずにただ見ているだけの確信犯のことだろ?俺は今にも奴を強制送還しようとしてたんだから傍観者はおかしい。それに身近に...からは俺の方向見てたのに傍観者の時は目線を反らしてたし。でそのあとの身近に...からは忠告だとすると俺の付近に敵つまり自分の仲間、傍観者がいるってこと。スサと戦ってるからスサは違う。だったらあの場にいるのはあんただけってこと」

 

 長い予想を全て言った。結局それは単なる想像でしかない。ここでしらをきられると詰む。正直最後はあの人に頼るしかない。

 

「そして3つ目。それは踊り子さんに聞きましょう?」

 

 岩戸中の視線が天宇受売命に注目する。自分が指名されるとは夢にも思っていなかったのだろうあたふたしていた。

 

「あの時...俺と別れた時振り返って月読命を見たのは何でですか?」

 

「そ、それはですね、私達を襲った人と同じような気を感じたからで...」

 

……マジっすか...

 

 まさかの答えに思考が停止する。てっきり確信があって見ていたのと思ったから。証拠には少し不足する証言だ。まずい。逃げられる、このままじゃ。現に月読命めっちゃにやけてるし。

 

「50点未満だな、そんな予想ばかりじゃ。期待したが所詮その程度か」

 

 呆れたように言う。この状況を楽しんでいるのか?どうするかと思っていると、マイクから懐かしの声がした。

 

「要するに君の予想で月読命を重要参考人にまで出来たんだから、身体検査すればいいじゃん?ネックレスを隠しているならそれで見つかるし。って言うかその予想は当たってるよ。だって50点とかそんなテストみたいな概念こんな時代にあるわけないし」

 

 満点回答ですよ、それ。あいつ口滑らしてるし。身体検査っていう手があったか。俺は問題の糸口が見え月読命に近づいて行く。

 

「以下の予想により、身体検査をさせていただきます。この回答で文句ないよね?」

 

 俺は1メートル付近まで近づくといきなり笑い出した。そして見事だと言った瞬間腰にかけた剣の柄を握り、引き抜いた。咄嗟の斬撃に俺はバックステップでよけ、重症を防ぐ。胸にかすった。間を取った後で自分の身体を『探査』したが異常はない。毒とかの剣ではないらしい。

 

「攻撃して来たってことは認めたってことでいいんだよね?」

 

 俺は月読命、いや恐らくGDの一人に問う。しかし、奴は落ち着いた顔で言う。

 

「それは疑いをかけられて身体検査されるなんて誰だっていやだろ?それに、調べたいなら力ずくで来い」

 

 明らかに挑発である。むしろ身体検査とかわかる時点でここの時代の人じゃないと思うんだけど。さっきの(ベル)と同じ、力に自信があるのかGDは。罠とかあるんだろうなきっと、と思いつつ俺はその挑発を受ける。

 

「良いね、やっぱ俺は考えるよりこっちの方が楽だ」

 

 間合いを詰め、先制の一撃を相手の顔面に叩き込む。さっき殴られたお返しだ。奴は受け身をとってすぐに立ち上がったが、口からは血が出ていた。口の中を切ったのだろう。それを見かけ俺はアイテムを出す。

 

「Summon...『最強の傷薬』」

 

 そう思ったのだがアイテムが出てくる気配が一向にしない。

 

「え?Summon...『最強の傷薬』‼あれっ?何で」

 

「あー、零矢。一時間過ぎてるぞ」

 

 “神”からの言葉で思い出した。アイテムは一度召喚すると一時間後には使用不可能になる。思えば、岩戸に来たり、謎の男を強制送還させたりと時間的に一時間なんてとっくに過ぎていた。苦虫を噛み潰したような顔になる俺。単純に計算外だった。これからは回復不可、相手は剣持ち。他のアイテムを見ると、鏡みたいな物と剣みたいな物。

 

……剣はあるけどどうせ肉弾戦も強いだろうし、一時間でダメージを抑えながら決着つけるのは...

 

 その時、God-tellに謎めいたボタンがあるのに気付く。『変身(チェンジ)』という名前が付いた画面の右上にあるものに目のキラキラを抑える事ができない。

 

「え⁉何?チェンジって⁉やっぱこういうのあるんじゃん。で、フォトンブラッドとか出てきたり...」

 

「しないから」

 

 無邪気に質問した俺はウィッチさんのキツい言葉で意気消沈した。せっかく凄い物が出てきたと思ったのに。言い方が威圧的だったのは気にしない。

 

「喋ってて平気なのか?」

 

 GDが間合いを詰め、縦へ一閃。俺が横へ避けると、読んでいたかのように蹴りを放つ。それが手に当りGod-tellが飛んで行ってしまった。ステージ付近に落ちるGod-tell。拾いに行こうとするも奴がそれを許すはずもなく攻撃の手を緩めない。剣vs素手という圧倒的不利な状況の中俺は防戦一方になっていく。回りの神々は喧嘩と称して楽しむ者もいれば軽蔑のような目を向ける者もいる。勿論、その目線は全て俺に向けられている。誰にも言えない孤独感を噛みしめ俺は...

 

「チェンジはそういうのじゃない...」

 

 否、まだいた。マイクの向こうに、遥か先の次元にまだ自分を見ていてくれる者が。その存在が俺を孤独から解き放った。その存在が俺のやっていることは間違いではないと証明してくれている。

 

「チェンジは自らの精神を神の身体へ移行させる行為の事。それをすれば人間が神の力を得ることができる。だけどその時受けたダメージは全て神側へ蓄積される。どういうことかわかるね?そういう気持ちじゃ心は通わない」

 

 心が通わなければ、神に身体を貸してもらえるはずもない。それならこのまま殺されて強制送還で終わり。そうして俺の神話は終わる。冗談じゃない。俺は生き返る為にここへ来たんだ。こんなプロローグだけで終わってたまるか。

 

「上等ですよ。それを使ってあいつを倒して俺が本気(マジ)だってこと証明してみせる...」

 

 俺は覚悟を決めて奴に向き直る。奴は一瞬曇ったような顔をしたが再び構え直す。間が場を包む。灯籠の光が俺達を照らしている。薪のガタッと崩れた音がした時、俺は動き出した。

 

「はぁぁぁぁっっっ‼‼」

 

 烈迫の気合いと共に奴に向かって行く。大振りの奴の攻撃を躱し脇腹へ蹴りを叩き込んだ。奴がよろけた隙に向きを変えステージの方へ走る。

 

「男の方ッ!」

 

 天宇受売命が手を挙げ叫んでいる。その手ににぎられているのはGod-tell。この時、俺は心を通わせるならこの神しかいないと思った。天宇受売命がGod-tellを投げる。それを掴み、『変身(チェンジ)』のアイコンを押した。

 

「させるかッ!」

 

 奴は剣を投擲する。その剣に俺は胴を貫かれた...かに思えた。

 

「何ッ⁉」

 

 身体が無数の光となって俺は分散した。そして天宇受売命の回りに集束する。そして俺は天宇受売命の身体の中へ入り込んだ。天宇受売命の身体から弾かれるように俺とは別の光が出てきて自動飛行しているGod-tellの中へ入る。

 

「天宇受売命...?」

 

 ポンッとスサが()()()を叩く。

 

「何?スサ」

 

 俺はスサに聞いた。この反応でスサはおろか、岩戸全員が唖然した。




──神にチェンジ...──

 今回はウィッチさんの心情も出ましたね。最後の方にネタを入れましたが軽くあしらわれました...

 気にせず次回予告。

──「御神事、開始...」

   チェンジした零矢vs『先生』
   岩戸対決の行方は      ──

 次回もバトル回。また長いかもしれないです。ではまた。


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ココロカヨワセ

 1ヶ月以上も空いちゃってごめんなさい‼
 赤色の魔法陣です。
 今回は能力発動シーン登場です。バトルシーン多めなのでどうぞ!


 岩戸は事件でも起きたかのようにパニックになっていた。それはもちろん天宇受売命(オレ)が須佐之男命にスサと言ったことである。

 

「天宇受売命が...ス、スサなど...」

 

と言った風にガヤガヤし始めた。むしろさっきの戦いよりも騒いでいるんじゃないかと言うぐらい。

 

「あぁ、俺の事?」

 

「「「「「お、俺‼⁉」」」」」

 

 これにはドン引きである。中には落ち込んでいる神や絶句している神、悪霊がとり憑いたなどと言いお祓いをしている神まで。どうやら天宇受売命は人気だったらしく、そりゃあショックだよなと思った。俺は心の中で天宇受売命に詫びながら向き直る。

 

……身体が軽い...‼

 

 最初にそう思った。恐らく自分の身体より体重が軽いからだろう。あと筋肉量?目線は少し低い。奴と同じぐらいだった背は少し低くなったようだ。身体を見ると、やはり腕や脚が細い。触って見ると予想通り柔らかかった。

 

「あ...あんまり触らないで欲しいのですが...」

 

 びっくりして見るとGod-tellの中に天宇受売命がいた。なるほど、俺の魂がこの身体に入っている間は天宇受売命の魂がGod-tellに入ってるのか。すると、“神”が画面に入って来て

 

「お前、普通にセクハラだぞ...」

 

 ついでにイヤホンマイクから

 

「後輩クン...それはちょっと...ねぇ?」

 

落胆するウィッチさんの声まで。何ですか、俺は変態として扱われてるの?物凄くブラックな気分に浸りつつ俺は気持ちを切り替えるように自分を鼓舞した。

 

「あー‼もう考えるの止めた。おい!GD」

 

 何だ、と言う顔をしている敵に対し余裕を、強さを見せつけるように、声を掛ける。

 

「Shall we drive?」

 

「何だそれは?」

 

 俺に飽きてきた奴が襲いかかって来る。それをジャンプして頭上を越え俺は裏へまわる。

 

「正義の掛け声。良いでしょ?」

 

 カッコ付けるなよ‼と言う女子三人組の声を無視し、足払いをする。態勢を崩した奴が振り向くように斬撃をしようとするがそれを見通し、奴の前に回り込む。

 

「何ッ⁉速...」

 

 奴の腹へ蹴り込む。奴は手から剣を離し、かなり後ろへ吹っ飛んだ。さらに追撃しようと走り出そうとすると、天宇受売命に止められた。

 

「男の方、待って下さい。これ以上は...あの、服が」

 

 俺は自分の服装を見る。天宇受売命の服装は出会った時のような巫女服ではなく、踊り子の服で何と言うかはだけやすい服だった。いや、もう既にはだけて色々見えそうになっている。

 

……うっ...ヤバッ

 

 体に触らないように上着を抑え座り込む。このままじゃ攻撃だけじゃなく防御も出来ない。

 

「何座り込んでんだ!」

 

 奴は起き上がると同時に拳を構え突っ込んで来る。すると今度は奴の身体が横へスクロールしたかのように飛んだ。視点を元に戻すとスサだった。

 

「スサ、お前...」

 

「安心しろ。やっぱりあいつはヨミ兄じゃない。俺にもそれ出来るんだろ。戦うぞ、零矢」

 

 俺はあぁと頷き、天宇受売命の身体から出て元に戻った。そして再び『変身』を押す。しばらくして俺はスサの身体になった。

 

「天宇受売命、ここは任せてステージへ」

 

 俺は奴に向かって歩き出す。目線は戻ったが身体が重い。俺はGod-tellからアイテムの『(ソード)』を召喚する。

 

「御神事開始...」

 

奴は二本の内一本の剣を拾い上げ俺と対峙した。すぐに間を詰め俺は剣を振りかざす。受け止められ、蹴りを叩き込まれたが

 

「何ッ?」

 

「効かないね。オラッ!」

 

 ダメージは全く無かったので蹴り返す。グッという声が聞こえた。相手にはダメージは入っているようだ。そして追い撃ちに回し蹴り。奴が倒れてる間に、

 

「フィニッシュは必殺技で決まりだ...須佐之男斬・突撃(ストレートスラッシュ)

 

 構え剣をですかで突こうとする。奴の身体へ一撃というところでウィッチさんが止めた。

 

「待って‼そのままだと月読命にダメージが入っちゃう。ネックレスを壊さないと‼」

 

 俺は奴の体を見るがどこにもネックレスを着けていない。どこかに隠しているのだ。俺は奴に聞こうとするが奴が答えるはずもないので止めた。

 

「フッ、甘いな」

 

 足払いされ剣を突き出された。俺は動けなくなる。その時、かん高い声が辺りに響いた。

 

「作戦再開ィィィィッ!皆さんステージに注目して下さいィィ!」

 

……思金神か?さすがだな...ん?ちょっと待てよ

 

 俺は動かないまま自分が本で読んだ事を思い出す。たしかこのあと...

 

「後輩クン、移動した方が...」

 

 先に気付いたウィッチさんが俺に囁く。気のせいかわかってるよねというような威圧感が込められているような気がする。出会って数時間だがこの人は威圧込めるの上手いなと思ってしまう。綺麗な薔薇にはトゲがあると言うが正にこの事だよなと思う。

 

 俺は奴の隙を狙い、攻撃して退けたあと、胸ぐらを掴み岩戸と反対方向へ思いっきりぶん投げた。そしてそれを追う。その時、ステージから黄色い歓声が聴こえ、笑い声が聞こえたが天宇受売命の事を思うと無視する事にした。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ステージからだいぶ離れただろうか、ここからだと全くステージが見えない。声も少し聞こえるが何を言ってるかわからないぐらいだ。なんかいかにもライブから抜け出してきたかのようだ。

 

「おい、零矢。お前何でこんな所に」

 

「え?...あぁ、その大人の事情?」

 

 お前子供だろ!というGod-tellからのつっこみはさておき奴の体を見る。

 

……さてと、どうするか。ネックレスを隠してる以上下手に攻撃出来ないし...

 

 隠してるならやはり攻撃の際に探っていくしかないが、それでは隙ができてしまう。どうすれば効率がいいのだろう?

 

「...悩んでる?よね。どこに隠しているかって。そういう時は...」

 

……あるのか?隙が出来ず効率が良い方法が...⁉

 

「殴ってみようか」

 

……え?何ですかそのなげやりな答えは。作ってみようか、みたいなノリでとんでもない暴力発言したよ、この人?

 

 勿論考えがあるんだろうということは百の承知だ。じゃないと可愛いから許されるのだろうか?氷川さん、照井さん来ちゃうよ。

 

「相手の受け身の形を見て明らかに庇ってる所とかに入ってる可能性が高い。そうやって見ていく。だからわざと転ばせた方がいい」

 

「ラジャー」

 

 早速、行動に移そう。まず、俺は剣を放り投げ奴の胸に連続パンチを浴びせていく。勿論手加減でだ。無さそうなので反撃される前に服の襟を掴んで背負い投げをした。膝丈程の草が奴の体を形どるように折れる。汗と土と草の匂いが混ざり気持ち悪い。

 

……背中にもないか

 

 もう一度立ち上がらせようとすると拳をふるって来たので受け止める。すると今度はもう片方の手からも拳が来たので受け止めた。なんだかつばぜり合いのようになってしまう。だが純粋なパワーならスサの方が上のはず。腕を下に下げ頭突きした。よろけた所にキックをしたがギリギリで受け止められた。が、勢いで後ろへ飛ばすことは出来た。

 

……さっき左腹部を庇った...そこか!

 

 全力で走り、宙に浮かんでいる奴の体めがけ、拳を左腹部へ叩き込んだ。何かが壊れるような音が...しなかった。

 

「なっ...⁉」

 

 驚く俺に奴は口に血を滲ませながら嘲笑う。

 

「馬鹿がッ!誰が持ってると言った!お前はただ思い込みでこの神の体を傷つけただけだ!何が正義の掛け声だ、笑わせるな!お前の行動はただのヒーローごっこだ、歪んだ正義を力に替えて暴力をするただのガキだ‼」

 

 醜い、だが非常に腹が立つ。こういう自分を全否定されるのが一番ムカつく。しかし、奴が言っていることは合ってる。俺は思い込みで攻撃し、そして外した。神の体を傷つけた。俺は自分の拳を見る。その拳は返り血がべっとりとついている。すると眼中に手がスッと入って来る。

 

「⁉」

 

「言葉に全て反応する辺り本当にガキだな」

 

 胸ぐらを捕まれて投げられた。体の三倍はあろう大岩に叩きつけられる。痛みが走ったのも束の間、日本刀が頬をかすり突き刺さる。『剣』だ。すぐに奴がその剣を掴み首めがけて岩ごと切り裂こうとする。

 

「...くっ‼」

 

 両手で刃を掴み止める。両手から赤い血が流れ出す。岩を見ると止めている所まで切れていた。奴が更に力をかける。肉に刃が食い込んで痛みに変わっていく。

 

「どうせ、何も知らされてないんだろ?よくわからず妖美卯一に連れて来られたんだろ?教えてやるよ。俺達が使ってるアイテムだって元は妖美卯一の設計だ。俺が盗んだんだよ。それを世間に知られる前に尻拭いしようとあの女は行動していた。お前はあの女に騙されてるんだよ‼ただ自分の失態を人にすがってなかった事にしようとしているあの女にな‼」

 

 更に腕に力が入る。最早悲鳴をあげる気力もない。血が流れすぎたせいで脱力感が襲って来た。しかしここで力を抜けばバイオレントスマッシュ状態になってしまう。

 

「お前は言わば被害者だ。目を覚ませ」

 

 しかし、その一言で力が湧いてきた。俺は被害者じゃない。そう言い返せる自信があったからだ。確かに今の話なら俺はウィッチさんに利用されているのかもしれない。だけど俺は被害者なんかじゃない。この世界に来たのは紛れもなく自分の意思だ。

 

「俺は被害者なんかじゃねぇよ」

 

「そうか、ならば消えろ」

 

 奴は剣に全ての体重をかけるように岩ごと切り裂いた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「……」

 

 私は声をかけることも出来ずただその光景をモニター越しに眺めるしかなかった。

 

「...死んだか?」

 

 “神”が心配そうに私に向かって言う。その心配は後輩クンに向けてか?それとも私への侮蔑の言葉に向けてか?

 

「いいや、まだ生きてる。切り裂かれる前に...」

 

 ガラガラと岩が崩れ砂煙が立ち上る中で須佐之男命──後輩クンが立ち上がる。それを見て確信して呟いた。

 

「わざと倒れるように横に転んだんだと思う」

 

……普通の人間がそんな俊敏な動き出来るだろうか。あの状態ですぐに避ける方法が思い付くだろうか。やっぱりあの子も普通じゃないんだ...

 

 モニターで敵が動く。

 

「どうだ?思わないか。あの女さえいなければ、お前はこんな目に遭わなかった」

 

「あぁ、そうだな...」

 

 後輩クンは血だらけの手を握り締め答える。やはり私は迷惑だったんだな。あの時に占うだけで家に帰せばこの子はこんな目に逢わなかったはず。ただ高校生として友達と笑っていたはずなのに。この子の未来を変えてしまったのは私だ。

 

「お前さえ...月読命に入ってなければウィッチさんはそんな事言われずにすんだ...俺が変な判断さえしなければそんなきっかけ作ることもなかった...」

 

 よろよろと月読命へ近づいて行く。何故そこで私を庇ってくれるのだろう。

 

「お前さえ...いなければッ...」

 

 ガシッ、と肩を掴む。月読命の中に入っている者は動けないのかずっと固まったままだ。

 

「何だ...これはッ⁉」

 

 月読命の両目が白銀に光出す。

 

「何あれ⁉ウィッチ、眼が、眼が‼」

 

 “神”が大慌てで私に報告するがそんな事見ているのだからわかっている。何かの能力が発動するのか?でも敵の言動を聞くに任意の発動ではない感じがするのだが。

 

「離れろ...ッ‼」

 

 後輩クンの左眼が妖しく白銀に光る。直後、月読命の体がブレたかと思ったら分離するように敵の体が出てきた。

 

「えッ!分離した‼なんで」

 

「わかってる‼“神”ちょっと黙ってて!」

 

「怒られちゃった...ってウィッチ、右眼が...」

 

 “神”の言うことをガン無視しモニターをくまなく見る。真下のキーボードを弄り、カメラの向きを変えて見てもやはり分離している。後輩クンの『双命』とは単に()()()()()()のではなく()()()()能力もあるのかも知れない。

 そんな推測をしているうちに敵の体は分離を終え、魂が抜けたように月読命はその場に倒れた。敵の顔はよく見えなかったがすぐに岩に叩きつけられ、後輩クンは右拳を振りかぶり

 

「『須佐之男拳(ストレート)』ォ‼」

 

 敵の腹部めがけ渾身の一撃を叩き込んだ。

 

「『直打(ナックル)』ッッ!」

 

 二つに裂けた岩は粉々に粉砕し、くの字に曲がった敵は岩は愚か、ぶつかった際に木さえもへし折りステージの方向まで跳んでいったところを見ると、とてつもない威力がモニター越しでも伝わってくる。

 

「はぁ、っぐ...はぁ」

 

 疲れたのだろう、後輩クンは元に戻り、よろけながらステージの方へ向かう。まだ完全に奴を倒した訳ではないからだ。元に戻った須佐之男命が倒れている月読命を抱え、後輩クンに話し掛けた。

 

「零矢、大丈夫か?」

 

「あぁ、まだ...終わってない...ぐっ」

 

 体力の限界が来たのか力無くその場へ手をついて倒れてしまった。

 

「クソッ...まだ...終わって無いのに...」

 

 悔しいという気持ちがマイク越しにひしひしと伝わってくる。彼の息づかいが荒くなっていくのも。そんな姿を見て私は...

 

「まだ...アイテムが残ってる。マイクが入ってた所と同じ場所に『現在と未来を繋ぐ糸(コネクト・ワイヤー)』って言うアイテムが」

 

……正直あれを初心者に使わせるのは危険すぎるけど速く追い付くにはもうそれしかない...

 

「Summon...『現在と未来を繋ぐ糸(コネクトワイヤー)』」

 

 後輩クンの両手首に同形状のアイテムが装備される。それは射出機能が付いたワイヤーだ。その強度は念じることで硬さを変え、糸の長さは最大約50mまで伸びる。任意でフックを射出して自分側に引き寄せる又は自分がそちら側へ行く事が可能最大移動速度は100km。高速道路の最大速度ぐらい。要するに体勢を崩したらアウト。

 

「え。カッコいいけどどうすればいいの?」

 

 後輩クンが手首を見ながら立ち上がった。

 

「前に向けて、あそこに届けって思えば良いの...ってあれ⁉」

 

後輩クンがモニターから消えた。不思議に思い、視点を変えると凄いスピードで進んでいる。

 

「のわあぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼‼‼‼」

 

 スピードの割には体勢は安定してる。危なっかしいけど。これを使うとスピードで体が浮くから制御しないと事故ってしまう。しかし彼は体を上手く動かし障害物を避けながら移動していた。30m先の大木にフックは引っ掛かってるらしい。

 

「ぶつかる‼ちょっ⁉外れっ、ろっ‼‼」

 

 直前でフックは外れ、後輩クンは枝を蹴って衝突を回避した。けど、このままだと着地の衝撃で動けなくなる。その時、もう一度後輩クンの左眼が光りズザザザッという音と共にステージ付近までスリップしながら着地した。もちろん私も右眼を光らせながら見ていたが。

 

「この『現在と未来を繋ぐ糸』って名前付けたのウィッチさん?」

 

「...そう...」

 

 すぐ近くに奴はいた。体は腕や足が間接ではないところで曲がっていた。当たり前だろう、むしろ五体がバラバラになっていないだけマシだ。

 

「終わりだ、GD」

 

 その言葉のあと、顔を上げた奴に私達は絶句した。




──『先生』の正体とは──

次回予告

 「俺はあんたの言葉を信じたからウィッチさんの事を信じたんだ」

  

   零矢の信念はいかに?


 ちょっと予告変えて見ました。お楽しみに



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ビリーヴ

 こんにちは。寒いですね。赤色の魔法陣です。
 とうとう『先生』の正体が判明します。気付いている人もいると思いますが...



「あ、先生‼あの、ここわからないんですけど」

 

「ん?ここか?これはこの式を使って出た答えを、こっちの公式に代入して、そのあと...」

 

「あ、あぁ、わかりました‼」

 

「本当か?」

 

「本当ですよ‼ありがとうございます!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「「木戸先生...」」

 

 俺とウィッチさんは驚いた。まさか木戸先生がGDとは思わなかった。

 

「まさか、零矢お前だったとはな」

 

 今、気付いたというその表情はいつもとはまるで違い真面目そうな丸眼鏡を外し、優しそうな面影は微塵も感じなかった。言わば、顔は同じだが感じが違うというようだ。

 

「なんで、先生が...?」

 

 その時、マイクの奥からウィッチさんが言った。

 

「God-tellをスピーカーにして...」

 

 言われた通り、スピーカーにして先生の前に出した。

 

「木戸先生、あなただったんですね...あの時、私の発明品を盗んでGDに流したのは」

 

 何故、ウィッチさんが木戸先生を知っているのだろうとふと思ったがウィッチさんは俺の二歳上だし、木戸先生は五年ぐらい学校にいるらしいから知っていてもおかしくなかった。

 

「疑ってはいたけど、信じたくなかった...違うって思ってた。あの先生が犯人だなんて...」

 

 その冷たく沈んだ声はか細く独り言のように呟いていく。その声は回りの薪さえ耳障りな程弱々しかった。

 

「もう、何も信じたくない...信じれない...私は何を...何を信じてこれから生きて行けば良いんですか⁉信じても裏切りが待っているこの世界で意味嫌われるこの力を持ってどうやって生きて行けと...⁉」

 

 途中で泣き声になり、弱々しかった声は更に弱々しくなった。そんな声のウィッチさんを聞きながら俺は目を伏せることしかできない。彼女の絶望はそれほど大きかった。そんな彼女に何をすれば元に戻るかなんて、俺にはわからない。

 

「違うだろ、言っている事が...」

 

 そんな静寂を絶ち切ったのは先生だった。

 

「だったら何故その男を連れて来た?お前はそこに立っている男を信じたから連れて来たんだろ?」

 

 ウィッチさんは語るのを止めた。ただ荒い息づかいだけがマイクから響く。

 

「なぁ、零矢?お前はなんで俺ではなく卯一の方を信じた?」

 

 俺はこの問いを問題だと思った。いつもと変わらない先生からの問題。なら答えは偽りなく丁寧に答えなければならない。そう教わったから。

 

「俺はあんたの言葉を信じたからウィッチさんの事を信じたんだ。あんたが俺は利用されてるって言った時、俺はそうかもしれないって思った。だってここもわざわざ俺を呼ばず自分で来れば良いから。でもさ、自分の尻拭いを人にさせようってなら『現在と未来を繋ぐ糸』なんて名前付けたアイテム渡すか、普通。魂胆バレバレじゃんか。だから俺はウィッチさんを信じた。自分の過去じゃなく未来へ歩もうとしてるウィッチさんにな」

 

 簡潔な答えだっただろうか。あまり話には自信がないのだが。

 

「そういう事だ。卯一、わかっただろ。別にそんなに絶望する事じゃない。お前は昔からネガティブ思考なんだよ。俺が盗んだのは...悪いと思ってるがお前の発明品なら世界を救えるからと思ったからだ」

 

 そう言った後で先生は俺に目線を送り顎で合図をした。岩戸の方にネックレスはあるということだろう。俺はウィッチさんにその事を話し、ステージの方向へと向かった。

 

……世界を救うって何の事だよ⁉先生...

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ‼‼良いぞ、もっとやれ‼‼」」」」

 

「うわっ、うるさ‼」

 

 ステージは熱気に包まれ、回りは神達に囲まれむさ苦しかった。身動きが取れない。ステージすら見えない。何とかネックレスを探す為に誰かに話し掛けたいが、頼みの綱の天宇受売命はステージだろうし、この人達に話そうとしてもうるさいから聞こえないだろうし、万事休すの状態である。しかし、このままいるわけにはいかず、俺は何とか人混みを掻き分けステージ袖まで行った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

……何だか外が騒がしい

 

 最初はただ太陽が無くなって騒いでいるのかと思ったが、それにしては長く続いている。悲観的な叫び声ではなく笑い声が聞こえるので太陽が無くなって騒いでいるのではないのか。

 岩戸に入って早数時間。外の反応以外は何も変わらず、薄暗い岩の中に自分がいることで中は少し明るくなっている。時折、曲げたままの両足を伸ばしたりして私はこの窮屈な時間を繰り返し過ごしていた。そしてその退屈しのぎとして自分の事を思い出していた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「天照大御神、お前は高天原を治めなさい」

 

「わかりました、父上」

 

 私は天照大御神。伊邪那岐命から生まれた三貴神の一人。弟は二人いる。私は父上の期待に応える為、信頼してくれる皆を裏切らない為に働いた。例え辛くとも笑って頑張った。

 だけど徐々に疲れて来た。皆の期待も信頼も全てはあの伊邪那岐命の娘だから当然だろうという過度な物だったと気付いた。だから私はいつも思金神に愚痴っていた。

 

「もう嫌だよ、思金神~!」

 

「そうおっしゃらずに、頑張って下さい‼」

 

 彼は信頼出来るがこういう所が厳しい。そんな事を毎日毎日やっていたある日、弟が攻めて来た。

 

「何しに来たの⁉」

 

「えっ、アマ姉⁉何その格好、男?」

 

 失礼な弟だ。正装だよ、せ、い、そ、う。

 

「私はれっきとした女なんですけど?ってか人前でアマ姉とか呼ぶなよ?何しに来たの?」

 

 私は日々の鬱憤を晴らすように弟へ問いかける。構えた弓に力を入れ、変な事を言えばすぐに威嚇しようとした。すると、

 

「俺はただ、別れを言いに来ただけだ。別に高天原を攻めに来たわけじゃない」

 

 信憑性は定かではないが占うことだけはしてみるかと思い、弟へ言い放つ。

 

「じゃあ誓約しなさい‼」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 結果、弟の潔白は証明された。少し後味が悪かったがホッとした。せめてもの詫びだと思い高天原へ置くことにした。

 

 思えばこれが間違いだったのだろうか。

 

 私は弟が高天原でやんちゃしたのは全て意味があることだと思っていた。だから何かあればまだ子供だなと思いながら神力を使って直していた。

 

 が、いずれ来るべき時が来たのかとうとう死人が出た。悪戯どころじゃ済まされない。責任を問われるなら弟をここへ入れた私だ。私は誰も来ない内にこの岩戸の中まで逃げて来たということだ。

 

 退屈しのぎと思ったが余計気分が悪くなった。暗いじめじめした所に私のような存在は居づらいのだろうか。まだ外は騒がしい。元はと言えば皆が私に期待を押し付けた癖に、私が籠った瞬間お祭り騒ぎとは皮肉っているのだろうか。取りあえず私はここを出ない。

 

 もし、この暗い世界から連れ出してくれる者が居るなら考えても良いかも...

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「あっはっは!良いですね!たまにはこういうのも」

 

「天手力雄命神...あなた様の仕事はこれからなんですから」

 

「わかってるって!いや天宇受売命、いい身体してるじゃん」

 

「確かに...って何言わすんですか⁉」

 

 何か居酒屋の中みたいな会話がしてると思って来てみたら、二人の青年みたいな神がいた。お酒飲んでるし絡まれたら面倒くさいけど仕方ない。

 

「あの、つかぬことをお聞きしますが」

 

 俺は胸のネックレスを指し、

 

「このような物、もしくはこれに似たような物を見かけませんでしたか?」

 

 すると、キリッとした頭の良さそうな方の神が思い当たるような顔をしたあとで、

 

「さあ、知らんな」

 

と、そっけなく返された。いや、絶対知ってるだろこいつ...

 

「じゃあ、祭りで飾ってある宝石類を勝手に調べさせてもらう」

 

 俺は反抗心を露にし、きびすを返して立ち去ろうとする。すると肩を物凄い力で掴まれた。

 

「おいおい、見ず知らずの奴にそんな勝手なことさせるわけないだろ」

 

 その声が聞こえた瞬間、俺の身体は宙に浮き、気が付くと近くの机の上に叩き付けられていた。ダメージが蓄積している今の俺の身体にこれは辛い。目を向けると筋肉がめちゃくちゃある神が見えた。さっきの頭良さげな神と話していた神だ。

 

「全くだ、物を盗むならもっと上手い言い訳を言うことだ」

 

 どうやら俺を物取りと勘違いしているらしい。いや、待ってよ。俺この世界間接的に救ったようなものなのに褒美どころか仇で返されてるんですよ。

 

「兄ちゃんこっち来な、何か欲しいなら俺を倒してからにしな」

 

……言ったなこの野郎...

 

「じゃあ、倒したら教えてくれるのか?頭良さげな方?」

 

「誰が頭良さげな方だ、思金神だ。まぁ、考えてやっても良いぞ」

 

 交渉成立。って思金神だったのか。作戦指揮してる奴がそんな事許して良いのかと思ったがまぁスルーしよう。早速俺と...筋肉ある神?は酒樽が積まれている所へ来た。と言っても普通に他の神がいる所だけど。

 

「ヘイヘイ、かかって来な、兄ちゃん」

 

 筋肉のある神が挑発してくる。明らかに酔ってるだろ、これ。ふらふらしてるじゃん。俺はすぐに間合いを詰め、手刀で首筋を狙う。しかしガシッと掴まれた。掴まれた左腕がギシギシと音を立てる。

 

……何だこの神⁉力がスサ以上じゃねぇか...

 

「ほれ」

 

 俺は腕を掴まれたまま投げられ鏡が沢山付いていた木にの上部へ激突し、下の酒樽へと落ちた。鏡が木の上から次々と落ちてきて酒樽に当たり割れていく。その拍子に積まれた酒樽が落ちて来た。

 

「あれ?やり過ぎた?兄ちゃん生きてるかー?」

 

「後輩クン!大丈夫⁉」

 

 イヤホンマイクからウィッチさんの声が聞こえる。勿論俺は生きていた。酒樽同士の隙間に落ちたので何とか押し潰されはしなかったが、酒樽が重すぎて動けない。こうなればもう覚悟を決めるしかない。

 

「ウィッチさん、これ何Lあると思いますか?」

 

「推定20kg前後ってとこかなぁ?」

 

 先程の泣き声とは違いいつもの声に戻っていたのを聞いて少しホッとした。

 

……20kgか...重いって言えば重いが、やるか!

 

「何で?」

 

「これもしあいつに投げれば、倒れますかね?」

 

「あぁ、なるほど。かなり飲んでそうだしいけるかも」

 

 さすがウィッチさん。俺が考えていることをすぐに見抜いてくれた。じゃあ持ち上げるか。

 

「何だよ、口ほどでもない」

 

「おい、待てよ」

 

 ガラガラと音を立てて酒樽が崩れる。俺は辛いながらも酒樽を持ち上げて煽るように言い放つ。

 

「ここからがショータイムだろうがッ‼」

 

 俺は渾身の力で持ち上げた酒樽を筋肉のある神へ向け、投げ飛ばした。しかし、力が入り過ぎたのか筋肉のある神の足元へ落下してしまう。ならばもう一個!

 

「とりゃぁぁッッ!」

 

 しかし全く当たらない。やってから気付いたが自分は投げるのはあまり得意ではない方だった。見ればあと一個のみ。

 

「良いのか?余力の無駄遣いだぞ?」

 

「多少の筋肉痛は覚悟の上だ‼」

 

 最後の一個を持ち上げ、少し前方へ歩く。意図に気付いたのか筋肉のある神も近づいて来た。余裕のあるような歩きだ。距離2mぐらいまで近づき俺は酒樽を投擲した。近かった為、相手の顔面目掛けて放物線を描いて行く。しかし、当たったと思った瞬間に酒樽は砕かれた。拳一つで粉砕されたのだ。木片が飛び散り、酒が洪水のように筋肉のある神に降り注ぐ。

 

「ははッ、ざんね...」

 

 言い終わる前に拳を叩き込む。不意打ちなので簡単に飛び、倒れている酒樽にぶつかってまたもや噴水のように吹き出す酒の雨。いや、雨と言うよりは霧に近いのだろうか。いずれにせよアルコールの匂いがするのには変わりない。

 

「痛いねぇ...やっと本気に...ってあれ?おかしいな、上手く立ってられ...」

 

 筋肉のある神がその場で膝をついたのを見て作戦が成功している事を確信した。

 

「あれ、酔ってるのか?...くそッ、そんな倒れる程飲んで...」

 

「教えてあげようか?」

 

 ウィッチさんがスピーカー状態で筋肉のある神に話し掛けた。っていうかそっち側からでもスピーカーにする事出来たんですか...

 

 ささやかな驚きを気付かないように彼女は続ける。

 

「アルコールっていうのは飲む以外にも皮膚や呼吸からも体内に取り込む。あなたは後輩クンの作戦に気付かず身体にお酒を浴びた。酔っ払っていたあなたがそのままアルコールが充満する場所に居続けたら...立つのが困難になるほど酔っ払うでしょ?」

 

 ウィッチさんの説明を聞いた筋肉のある神は悔しがる顔をして言った。

 

「さすがだ...ぜ兄ちゃん...完敗だ」

 

 そして崩れ落ちるように倒れた。無論ただ酔っ払って眠りについただけだが。取りあえずこれで勝負には勝った訳だしやっと思金神に...ってあれ?なんか変な気がする。

 

「後輩クン?」

 

 ウィッチさんに見抜かれたのか聞かれたので答えようとするも何故か頭がよく回らない。というか視界がぐらつく。

 

「ヒックッ...ふぇ?」

 

 口から出たのはそんな言葉だった。ろれつが上手くまわらない。

 

「「え......⁉」」




──作戦の代償──

 次回
    いよいよ二章最終回。零矢は高天原に太陽を取り戻せるのか?



 零矢ぁぁっ‼‼大丈夫かー!って言いたいです。自分で書いててちょっと可哀想だなと思ってしまいますが頑張ってもらいましょう‼
 さてさて、誰か木戸先生覚えていた人います?出たの2、3話辺りですもんね。モブじゃなかったんですよ‼
 次回はやっと終わりです。次々回ぐらいは日常的な話を予定しております。まず現代にほとんど居ないからね‼
 年明ける前に出したいです。例の二人


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太陽

 約束守りに来ました。
 赤色の魔法陣です。なんとか年末に間に合って良かった。これで一年前から考えてたストックは終わりなので次回からは台本無しということで。
 さぁ、前回酔っ払ってしまった零矢はどうなるのでしょうか?それに忘れ去られていますが天照大御神は...
 では、第二章最後の話『太陽』をどうぞ。


…あ~、考えてなかった

 

 目の前に映る光景にため息をうつ。赤くなっている顔、ふらついている足、そう酔っ払ってしまったのだ。あれだけ相手に説明しておきながらその効果はお酒を飲んだことがない後輩クンには絶大だった。取り合えず動けるようだけど大丈夫だろうか?

 

 彼はなんとか歩いて見物場まで戻り、思金神を見つけると、

 

「おい...ック、頭良さげ...勝ったッ...ぞ」

 

と言って思いきり胸ぐらを掴んだ。

 

「なっ...、って何で酔ってるんですか⁉ちょっ」

 

 まぁ、そうなりますよね。何か居酒屋で酔っ払った客に絡まれた可哀想なお兄さんみたいな絵になってる。

 

「どこに...ヒック、あんの?」

 

「あ、天宇受売命が付けてます‼」

 

「あっそ、どけ」

 

 聞きたい事だけ聞き出せたら思金神は投げられた。料理が体にかかる。御愁傷様です。

 

 後輩クンはそのまま千鳥足でステージへ歩いていく。いやいやいや、後輩クン?今の状況わかってて、さっき木戸先生を別の場所に連れてったんだよね⁉何で自分から...後でお話だね。観客席に広がる混乱のどよめき。驚く天宇受売命をよそに後輩クンは一歩一歩近づいていく。

 

「わっ、あわっ、男の方...⁉」

 

「あ、天宇受売命?...ね、ネックレスど...こ?」

 

 後輩クン、急いだ方が良いかもしれない。観客席から異様な殺気を感じる。押しのアイドルに変な男が近づいてきた時のファンのような。

 

「こ、これですか?どうぞ」

 

 天宇受売命は身に付けたネックレスを手渡した。直後後輩クンは糸が切れたようにその場に倒れた。

 

「...後輩クン?...起きてる?しっかり‼...おーい‼ちょっ、誰か水を‼」

 

 私は誰に聞こえる訳でもないのにただ誰もいない部屋でモニターに向かって叫び続けた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「のわっ⁉冷た⁉ごほっ...え?」

 

 水を掛けられ、覚醒した。水が鼻から入った、微妙に痛い。

 

「目、覚めたか?」

 

 少し霞んだ目に映ったのはスサの顔。何だか懐かしいな。背中に違和感がある。起き上がってみると違和感の正体はすぐに判明した。探していたネックレスが粉々に砕けていた。倒れた時に押し潰したんだろう。脆過ぎだろ...

 

「後輩クン、大丈夫?」

 

 またもや懐かしい声。そうでもないか。頭がガンガンする。絶対さっきの酒を浴びたせいだろう。

 

「大丈夫です」

 

「いや、そうじゃなくてあっち」

 

 言われた方向を見ると、観客席にいる神々からの恨みとも取れるような視線の数々。あれ、これマズくね?何かしでかした覚えはないんだけど...逃げよう。

 

 サッと立ち上がりなるべく目を合わせないように横へ、横へ。いや、皆さん目線だけ横に動くの超怖いんですけど。

 

「あっ⁉あんな所にグンダリ‼」

 

「「「えっ⁉何⁉」」」

 

……よっしゃ‼今だ。無駄遣いじゃなかった‼

 

 ステージから飛び降り、右へ走る。神々もすぐに逃げた事に気付き追いかけて来た。いや本当に俺何か酔ってしたのか?覚えてねぇ...

 

「「「よくも天宇受売命に‼」」」

 

 あ~、何か察せたけど、

 

「俺は何も知らねぇよー‼」

 

 ただただ走り続ける。座席を飛び越え、木々を伝い、神々を押し退け、料理を蹴散らし走った。だが何故だろう。さっきまで戦ってただからかこういうのは楽しいと思えてしまう。そのよくわからない感情を抱え俺は逃げ続けた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「あの人、楽しそうですね」

 

「いや、俺には逃げてるだけに見えるけどな、零矢は」

 

「って言うか天手力雄命神、あなたはいつまで酔ってるんですか⁉仕事これからでしょ‼」

 

「あ~、ウップ、気持ち悪...」

 

「えっ、ちょっ、シャイニングストライクはダメだから‼」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「姉上、いつまでそこに閉じ籠っているのですか」

 

 岩の向こうにいるはずの姉に対して問い掛ける。外は騒がしいのだから姉は本当は出たいのではないか?しかし、閉じ籠ってしまったので出るに出られないのだろう。不器用な人だ。

 

「ヨミ⁉あんた来てたの?」

 

 驚かれた。折角来たのに私そんなに陰薄いですか?少しムカついたので意地悪をしてやる。

 

「ええ、貴女よりも貴き神様がいらっしゃったので、御祝いに」

 

 近くの神に目配せする。これで鏡を持って来て、姉の姿を映し姉の気がそちらにいっている間に引っ張り出す作戦だ。

 

「へ、へぇ~。わ、私より貴き神ねぇ~」

 

 あ、効いてる。明らかにプライド傷付いてるな。

 

「見たいんですか」

 

「べ、別に」

 

 あれ?姉こんなにチョロかったっけ?すると、先程目配せした神がやって来て言った。どうやら酔っ払いの乱闘で用意した鏡が全部壊れてしまったらしい。どこの誰だよそんな迷惑な事したの。

 

「連れて来たら会ってもいいけど?」

 

 いやこういう時に面倒くさいなこの姉上は‼しかし、どうするか。ひとまずここは一度退散しよう。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「零矢、お前さっき鏡全部壊したろ」

 

……あ、ヤバ

 

 走りながら“神”に衝撃の事実を伝えられる。って言うか鏡がないと岩戸の作戦が進まないはず。どうにか出来ないか...?

 

「後輩クン、God-tell」

 

 そうだ、アイテムが残ってる!しかも確か鏡だったはず!直後閃光が走り、両脇の木が俺の後ろを塞ぐように倒れた。大きな木なので突破にはかなりかかるだろうから神々から逃げる心配は取りあえずなくなった。切れた木の幹から一人の神が姿を現す。月読命だ。

 

「追いかけっこは終わりだ」

 

「おいおい、俺はあんたを助けたのに捕まえに来たのかよ?」

 

「違う、作戦に使う鏡が酔っ払いに壊されたようでな。天宇受売命が未来人がいると言うので来たのだ」

 

……あぁ、すみません。その酔っ払い多分俺ですね...

 

「あぁ、その点なら代わりがあるから平気だ。じゃあ戻ろうか。太陽が眠る場所に」

 

 俺は『現在と未来を繋ぐ糸』を起動し、月読命を抱えてステージの方へ戻った。戻った直後にGod-tellからアイテムを召喚する。

 

「Summon...『鏡』」

 

 周りに金の装飾が施された鏡が手元に現れた。例えるなら、白雪姫に出てくるような魔法の鏡と言ったところか。それを月読命へ手渡す。月読命は感謝する、と言って握手し岩戸へと向かった。俺も後ろからついて行く。岩戸には思金神、天宇受売命、それにスサや、あの筋肉の神まで勢揃いだった。

 

「姉上、連れて来ました」

 

 そう言うと同時に月読命は全員にアイコンタクトをとる。すると、ゆっくり綺麗な声が暗い岩戸から響いて来た。

 

「あ、会わせなさい」

 

 月読命は鏡を前に差し出した。岩の中から白い人形のような横顔が出てくる。こんな事態だというのに不覚にも見とれてしまう。すると、ヌッと白い手が出てきて鏡に触れようとした。それを見計らい、筋肉の神が太い手で天照大御神の細い手を捕らえた。って言うかこの神、天手力雄命神か。どうりで力強い訳だ。

 

「ハッ、掴んだぜ姫さん」

 

「なッ⁉天手力雄命神?ちょっ、ヨミ‼」

 

 驚いた天照大御神は必死で振りほどこうとするが男の俺でも苦労した腕力だ、簡単には振りほどけない。しかし、天手力雄命神も腰に力が入らないのかこれ以上引き寄せる事が出来ない。仕方ない、やるか。

 

「離し...なさいッ、ってえ⁉...誰?」

 

 まぁ、その反応だよな。見知らぬ男が振りほどこうとしている片手を掴んで引っ張るのだから。こういう状況だから良いが、じゃなきゃ暴漢だからね。

 

「こんにちは、天照大御神」

 

「ど、どうも」

 

 ぎこちない挨拶を交わす。いや、だって他に喋る内容思い付かないんだもん。こういう時なんて言えば良いのだろうか。

 

「突然ですみませんが、俺が貴女の最後の希望です」

 

 真面目な顔で答えて見る。明らかに苦笑いされたんだけど?顔一瞬ひきつったように見えましたよ私には。

 

「実は貴女がここに閉じ籠った理由も貴女の苦労も俺は存じています。それを承知で未来からここに手を伸ばしに来ました」

 

 そう、俺は知っている。この神の苦労を、寂しさを。最初にこの神の記録を閲覧した時、俺は少し似ているものを感じた。周りに誰もいないけれど笑って振る舞うこの神に。だからさっきの言葉は別にカッコつけで言った訳じゃない。

 

「確かに貴女は父親の期待に応えようと自分を演じていたかもしれない。それは貴女が本当に成りたかった自分ではないかもしれない。それでもその過程で貴女を信頼し、仕えてくれる神はたくさんいる。周りを見て下さい」

 

 俺は少しどき、周りが見えるようにした。賑やかなステージ、お祭り騒ぎの神々、そして岩戸に来たスサ達。

 

「これは全て貴女が戻って来て欲しいから、思金神が考えた事ですよ。この神っていうのも貴女の事ですよ」

 

 月読命が俺の隣に鏡を持って来て、俺と天手力雄命神と天照大御神が映るように角度を調整する。

 

「ほら、同じ顔でしょ?」

 

 天照大御神の両目が潤んでいる。早く出してあげなければ。

 

「どうです?希望を見出だせました?貴女は高天原の太陽なんですから、御仕事に戻りましょ?」

 

 そう言って天手力雄命神と息を合わせ力を込める。徐々に体が出てくる。すると、天照大御神の両目からホロリと一粒の涙が零れた。

 

「あ...あっ...痛い。痛い、痛い、痛ぃぃぃぃぃぃっっっっっ‼‼‼‼」

 

 抜けなかった。引っ掛かってるらしい。上半身までは出たのだが。どうやら涙は感動ではなく痛みから来たらしい。もう一度引っ張る。

 

「痛いって...あっ、あぁぁぁっっっ‼‼‼」

 

 メチャクチャ悶絶している。どこに引っ掛かってるんですか⁉

 

「自業自得だろ」

 

 スサが冷たく言い放つ。いやお前なぁ、折角良い感じになったのにさぁ。

 

「はぁっ⁉何て?あなたそこ居なさい!今お姉ちゃんがっ...抜けない...」

 

 あぁ、姉の面目丸つぶれじゃないですか...

 

「って言うか入口ずらせば良いじゃないですか!馬鹿なんですか⁉」

 

 さすが、作戦リーダー。正論だ。俺達は開いた隙間から出すことばかり考えていた。全く現場とは恐ろしいな、簡単な事を忘れてしまう。

 

 こうして5分も経たず天照大御神は無事(?)に出ることが出来ました。めでたし、めでたし...じゃねぇよ!

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「疲れた~‼‼」

 

 岩戸からステージまで戻って来て今は草枕の上。今日は数時間の間に戦って、走ってを繰り返してたな。もうクタクタだ。

 

「こんにちは‼」

 

 視界の上から綺麗な顔が覗き込んで来た。天照大御神だ。岩戸の時とは違い正装というより俺も来てるような胴着みたいな服だ。髪は後ろでまとめていた。大人っぽい雰囲気だったが今だけは子供っぽく見えて新鮮だ。

 

「ど、どうも」

 

 出会った時と逆転したやり取りをした後、俺は起き上がって訪ねた。

 

「その、大丈夫だったんですか?色々」

 

「まぁ、少しのお咎めはね、ありましたけど。それよりこちらこそ弟の事とかありがとうございました。えーっと...」

 

「零矢です」

 

「零矢殿」

 

 んー?何か不自然な気がする。何か改まり過ぎてるって言うか、何か神様にそう敬われると恐れ多いって言うか、ムズがゆいって言うか。

 

「いや、零矢で良いです。敬われるような事してませんし俺人間なので」

 

「わかりました。それでは代わりに私はアマテラスと呼んでいただきましょう。ね、零矢?」

 

 何か無邪気な笑顔が疲れた体を癒していくようだ。天宇受売命といい、アマテラスといい可愛らしい笑顔は頑張って良かったって思えるな。ウィッチさんの笑顔は果たして見ることは出来るだろうか。

 

 すると、いきなりアマテラスが抱きついて来て体勢を崩しそうになった。俺は驚いて固まってしまった。すると、耳元で

 

「ありがとう。私の最後の希望さん」

 

 と呟いて離れるとゆっくりと顔を近づけて来る。おいおい、これってまさか...⁉

 

「あの、邪魔して悪いんだけど」

 

「「‼‼‼⁉」」

 

 スサだった。っていつからいたんだよ...

 

「アマ姉、仕事あるから早く」

 

 そう言ってその場に座り込んだ。恐らくアマテラスが行くまで動かないつもりだろう。もの凄い良い雰囲気に成ったと思ったのに。

 

 仕方ないのでがっちりと握手を交わした。スサの時よりももの凄い量の力がみなぎって来る。そのあと、渋々アマテラスは仕事へと向かった。そして俺は他の神と握手を交わしたあと、岩戸を離れマイクに話し掛けた。

 

「どうやって帰るんですか?」

 

「GDと同じ。ネックレスを壊せば良いよ」

 

 俺はネックレスを握り潰す。何かたった数時間だったし、命の危機がたくさんあったけどなんだかんだ言って楽しかった。だけど24世紀に帰ろう、俺の世界へ。俺はゆっくり目を閉じた。そして体が溶けるような感覚のあと目を開けた。

 

 そこは乙女チックな家具が並ぶ空間だった。取りあえず部屋の物がほぼピンク。そのソファーでくつろいでティーカップを持ち、お茶を啜っている者がいる。“神”だ。

 

「んっ、久し振り...でもないか」

 

 どこかのマスターみたいな事を言ったあとでティーカップをコースターの上に置く。そして向かいのソファーを指差す。座れ、と言う事だろうか。御言葉に甘えて座る。何だかフワフワして柔らかい。気づくといつの間にか俺用のカップが置いてあり、お茶が入っていた。俺はコースターを寄せながら“神”に問い掛ける。

 

「行きはこんなのあったか?」

 

「ここは私の次元だ。何だって創れる。それより

飲んでみな」

 

 俺はお茶を一口啜った。ほんのり甘く感じるがあまり飲んだ気がしない。なんと言うか喉を通る感じがしない。

 

「甘い...な」

 

「それはお前のお茶に対するイメージだ。お前がティーカップのお茶を見て甘そうと思った事が作用したんだ。そのソファーは柔らかいと思ったのか?」

 

「あぁ」

 

「まぁ、よーするに思い込みって奴よ。本当は水はおろか物体なんてここには存在しないんだから」

 

 思い込み...そう言えば何か気になる事があった気がする。でもそれよりも先に気になる事があった。『聖なる力』の事だ。

 

「もしかして敵にも『聖なる力』を持つ奴がたくさんいるのか?」

 

「あぁ、いや、『聖なる力』は特殊でな。ほとんどいないはずだからお前と戦った奴はほとんど『隠された力(ヒドゥンパワー)』だな」

 

 『隠された力』?何でもありかよ⁉能力は『聖なる力』と変わらない...って言うか『聖なる力』も何か統一した力って訳でもないか。

 

 そう考えている内にお腹がなった。そう言えば昼飯食べてなかった。それに運動したからカロリーを大量に消費したんだな。

 

「ささっ、話は終わりだ。餓鬼はおやつ...いや、ディナータイムだろ?」

 

 目の前の“神”の姿がブレていく。何だか視界がグルグルする。疲れたのかと思い目を擦ったらそこは暗い部屋だった。頭にヘルメットが乗ってる。ヘルメットを取り、立ち上がると脱力したようにフラついてしまった。そしてドアを開けると、何時間振りに彼女の姿を見た。

 

「あぁ、お帰り。ゴメンね」

 

 木戸先生の事だろうか。別に失態を知って失望したなんて事はない。

 

「お腹空いたでしょ?簡単だけど料理作っておいたから好きなの食べて良いよ。私も食べようかな」

 

 簡単だけど、といったが肉料理もあるし、煮込んだスープまである。え、女子力大分高くないこの人?

 

「お気に召してくれれば良いんだけど...」

 

 俺はスプーンを取りスープを口に含む。そうだ、肝心なのは味だろ。見た目だけじゃない。この香り、この味...最高かよ...

 

「どう...かな?」

 

「メチャクチャ美味しいです‼」

 

 凄い、ウィッチさんって料理も出来るのか。能力は関係なくてもこの人とんでもなく凄いんじゃないか?家庭的だし、彼氏の一人や二人ぐらい...でも今はそんなこと聞く時じゃないか。それに誰かにご飯を作ってもらって誰かと一緒に食べるなんてなんかとても懐かしくて...暖かいな。

 

「これ何ですか?」

 

「あ、これ?牛に見えて実は鶏肉なんだよね」

 

「マジですか⁉柔らかッ!」

 

「あははッ、子供みたい」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「おいおい、全員強制送還はねぇだろ...随分と痛手だな」

 

 ブラックライトに照らされたどこかの部屋に佇む男『主人』が倒れている男達に話し掛ける。和の世界で零矢と戦った者達だ。

 

「想定外...ですね」

 

 近くにいた女『兎』が応えた。妙にソワソワしている。

 

「『死神(リーダー)』はもうすぐ来ます」

 

「そうか」

 

 その瞬間、まるで部屋に得体のしれないナニカが入って来たような感覚を感じた『先生』達。暗がりで見えずらいがドアが少し開き、そこから何者も寄せ付けない程の殺気が漂って来る。その扉から出てきたのは...14、5歳ぐらいの男児だった。しかし、片手には体よりも大きい鋭利な鎌をひきずっている。

 

「『先生』が2、『科学者』も2、そして『鈴』が3...」

 

 そう呟いたかと思ったら、一瞬で鎌を振り上げ、払った。刹那、『鈴』の体から首だけが分離し、鮮血が辺りを染める。頭を失った体は壊れたからくり人形のように床へ崩れた。

 

「持って行け」

 

 『死神』がそう呟くと背後かマントを羽織った者が数人現れ遺体を回収していった。

 

「んじゃ、ゆっくり休め」

 

 そう言うと『主人』は部屋を出て行こうとしたが扉に誰かいることに気づく。見た目は高校生ぐらいで腰辺りまで延びる長い黒髪をツインテールのように束ね、無表情でこちらを見つめていた。

 

「今のは18禁だぜ、『翠女神(ゴッドネス)』」

 

 『翠女神』と呼ばれた少女はきびすを返すように後ろを向いて冷たく呟いた。

 

「私が...そいつ、殺って来る」

 

 そして乱暴気味にドアを閉めた。

 

「あぁ、ありゃ興味持ったな」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「まただ」

 

 最近頻繁に頭の中で自分が誰かと話しているビジョンが浮かぶ。誰だろう?二人いる。男の人と女の人。二人とも歳上だろうか。

 

「なんなんだよ...」

 

 そう少年は入学式の帰り道で一人呟くのだった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「「ご馳走さまでした!」」

 

 ふ~、美味しかった。もう夜は何も食べなくて良いかな。かなり量があったし。

 

「あ、そうだ!」

 

 そう言うとウィッチさんは立ち上がり、一つの部屋に入ったかと思うとすぐにTシャツを持って出てきて、

 

「ちょっと立って」

 

 と言って裾を合わせたりしたあと、

 

「うん、調度良いし見た目も悪くない」

 

 と言ってそのTシャツをくれた。God-tellと同じマリンブルーの色をしたそれには左胸の所に『神事屋M-S』と書かれ、背中側には大きく『神事屋、参上』と書かれていた。えぇ...

 

「あぁ、それあげる。後ろのは私の趣味だ、良いでしょう?今度来る時はそれ着て来てね♪」

 

 何かこれ着て外歩くのはなぁ...中に着て行こう。それからウィッチさんとGod-tellで連絡先を交換して、最初の占い館へとワープした。

 

「あ、そこ曲がって裏口から出てね。見つからないように気を付けて」

 

「あの...ありがとうございます、色々」

 

 俺が礼を言うと、ウィッチさんはキョトンとした顔で

 

「ん~、まぁ困ってた人助けるのが私達だし、君にはこれからを期待させて貰うよ」

 

 なんて事を言った。天使かこの人は。俺は見つからないように部屋を出ると言われた場所で曲がった。その時ウィッチさんが何か言ったような気がしたがよく聞こえなかった。

 

 外に出ると空は街灯の光を吸い込むような闇だった。God-tellを見ると既に19時を過ぎていた。俺は走って家に帰るとすぐに寝室に行き、そのまま倒れるようにベッドに入り、目を閉じた。




──安堵のねm「はい、ちょっと待った」

卯「ちょっ‼後輩クンまだ次回予告でもないのに」

零「いや、だって俺作者に酔わされて痛めつけられたんですよ。仕返し」

神「確かにな、私なんてキャラ崩壊してるぞ」

卯「まぁ、でも私にもそれは言えるし。って言うかネタがわかりづらくない?」

神「全くだ。それになんだ『赤色の魔法陣』ってどう考えても某魔法使いの基本形体の魔法陣の色じゃんか」

零「だよね、最後のTシャツの言葉に関しては作者悩んだ挙げ句、参上だからね。来年11周年のアレだし、センス無~い」

卯「それ劇中じゃ私の趣味だからね、作者ぜってー許さねぇ‼‼」

神「お前ら...キャラおかしい。って言うかこれはなんなの、後書きだろ?私達は上の小説本文に出たんだしもう終わりで良いでしょ、めんどくさいし、寝るし」

卯「あぁ、年末だし次回予告さえすれば何しても良いらしいよ」

零「って言うかまだ本編春だけどね...年末まで何年かかるんやら...」

神「まぁ、アレだろ。ここで私達がありがとうございましたとか言えばいいやつだろ」

零「何ですかその打ち切り臭漂う感じは...」

卯「まぁ、早く終わらせて宝●※夢ゥごっこしよ♪」

零「良いですね」

神「やはり神は神がやらないとな」

卯「さて、次回予告。どうやら後輩クンの話みたいだね。街巡り?」

神「世界観がわからない人は次の話を一番最初に見てから一話を見てもいいかもな」

零「そう言う事だ。作者も言ってた日常の話だな。だけどウィッチさんにも何か重要な事が...」

卯「えー‼マジか...」

零「ということで今年見て頂いた方ありがとうございました!来年も俺達と神達と空想神話物語をよろしくお願い致します‼」

卯「来年こそは物語が加速していって欲しいです!それに新しい子達も出るらしいのでどうぞ、お楽しみに‼」

神「来年の年末にはこの後書きが新メンバーで荒れている事を願う。またキャラ崩壊や誤字があったら作者に言ってやって欲しい。凹むけど多分直すから」

卯「ということで、来年もこの凸凹メンツで行きましょう...でどうやって終わろうか?」

零「キャッチコピーもないですからね」

神「ここはやっぱ『天才』の出番でしょ」

卯「来ると思ってました。う~ん、どうしよ」

神「何故変身後に頭が痛むのかぁ‼‼」

卯「ちょっ、私抜きで先にやるなんて⁉止めろぉぉぉっっっ‼‼」

零「はい、終わり。作者よろ」

作「ここまで自作自演を読んでいただきありがとうございます。言いたい事はキャラに言ってもらったのでまた引き続きご愛読お願い致します。ではまた次回もお楽しみn「その答えはただ一つ!」ちょっ⁉それ以上言うなぁぁ‼」

?「騒がしい人ですね」

?「...しつこい」

             to be continued...



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第3章 俺と私と間の日常物語
神聖区


 明けましておめでとうございます。赤色の魔法陣です。
 取りあえず急いで書いたので拙いかもしれませんが本年はこれから始めますので、どうぞ。


……あれ?ここどこだ?

 

 目が覚めた時、俺はどこかに立っていた。見つめる先には雲一つ無い澄んだ青空。ここは屋外、どこかの屋上か?

 

「ってまさか⁉」

 

 俺は立て掛けられた落下防止柵へ駆け寄り、そこから下を眺める。間違いない、ここは神聖学園高校の屋上だ。しかも、目線の先は俺が落下して死んだ場所。

 

「何で...?」

 

 動揺を隠せない。俺は家で寝ていたはずだし、それに休養中だから学校に来ようとも思っていなかった。ましてやここは自分が落下した屋上だ。夢遊病にしては出来すぎている。

 

 直後背後からドアが開く音がして振り向く。

 

 誰か...いる。誰だ?そこに誰かいるのは認識しているのに目が霞んだようになって全体のシルエットがぼやける。耳にはノイズが走り、鼓動が早い。この感じは岩戸でやたらactionという単語を連発していた奴が話しかけてきた時の感覚と似ている。

 

 その『誰か』は徐々に近づいて来る。顔には墨で塗り潰されたように真っ黒で口元しか見えない。男か女かもわからない。まして人間かどうかも。

 

 取りあえずこのままではまずいと思い、後ろに下がろうとするが金縛りにあったかのように体が動かない。

 

 気づけば『誰か』は目と鼻の先まで来ていた。俺は力を振り絞り、震える声で話し掛ける。

 

「あんた...誰だ?」

 

 『誰か』は手を顎に当てて悩んだ素振りを見せたあと、しばらくして答えた。その声はボイスチェンジャーを何重にも重ねたように聞こえたが言った内容ははっきりとわかった。

 

「そうだね...

 

    “神”

 

 とでも名乗っておこうか」

 

 その瞬間視界が反転し目の前が真っ青になる。そして段々と校舎の屋上が離れていくのが見えた。間違いない、落下している。地面は徐々に近づいて、そして...

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ぐあっ⁉...あっ!...あ?」

 

 目覚めると自室のベッドの上だった。今のは俺が落ちた時の夢か。シャツを握ると凄い量の汗をかいていた。体が熱い。God-tellを見ると時刻は八時半を過ぎていた。俺は思わず二度見する。熱い汗が冷や汗へと瞬時に変わっていった。

 

「ヤバッ⁉遅刻する‼」

 

 ベッドから跳ね起き、下着、制服を取り階段をかけ下りる。疲れてたとはいえ、こんなに寝坊するとは。一階に着くと直ぐに寝間着を脱ぎ制服に着替えネクタイを閉めた。まだ三十六分、後九分有ればなんとか行ける‼鞄を抱えて家を出て、鍵を閉めたところで気づいた。

 

「あれ?俺今休学中じゃね?」

 

 馬鹿馬鹿しくなり、鍵を開け家に入ってネクタイを緩めた。怪我して休んどけと言われたのに忘れてた。あと、一週間学校行かなくて良いのか、ラッキー。

 

 俺はトーストを焼いてる途中にシャワーを浴び、普段着に着替え、トーストをくわえながらTVの電源をつけた。特にこれと言ったニュースもなく(まぁ気になったのは最近何もないのにいきなり何かが壊れるとか意味のわからないのはあったが)、録画しているものを見ようかと思っても全部一度は見たものだったので暇を持て余していた。

 

 朝飯を食べ終え、高三の割に勉強する気にもなれず、午前中はどこかに出掛ける事にした。ポストを確認しに行くと、新聞が入っていたので開くが内容はほとんどTVと同じ。その代わり、チラシに今日は日用品や食品が特売と書かれていたので、これを買いに行くとしよう。専業主婦か俺。

 

 寒くはないので普段着はこのままボーダーのTシャツとジーパンで軽いショルダーバッグを持って家を出た。

 

 まず、左に曲がり神聖商店街の方向へ歩く。この商店街はこの元の東京二十三区が解体されて新しくこの神聖区が作られた頃からあるらしい。並ぶのは、定食屋やスーパー、駄菓子屋や洋服屋などがある。世は宇宙時代とは言え、こういう田舎みたいなのは別に嫌いじゃない。今回のお目当てはこのスーパー。俺は一人暮らしだから基本ここで日用品は取り揃える。

 

 スーパーに着いて特売コーナーに行くと何も置いていない。まさかの売り切れのようだ。専業主婦って怖ぇ...

 

 仕方ないので馴染みの駄菓子屋で飴を買い、口にくわえながら駅を目指す。あのスーパーはチェーン店みたいなものでここ南街の他にも東街、西街、北街に一つずつある。どれかと言えば東街のスーパーは大きいから先にそっちに行くか。俺は東街行きの電車に乗った。

 

 電車に乗って外を眺めていると目の前に大きな山が見える。これは神聖区の中央に位置する天狗山と言われる場所だ。名前の由来は行方不明者が多いからだろう。この山に夜一人で入ってはいけない、もし入ったら道に迷い二度と出られなくなるとここら辺の子供は小さい頃から聞かされていたらしい。まぁ、俺は聞かされてなく、小学生で始めて知ったが。

 

 そうこうしてる内に東街に着いた。俺は駅から出てスーパーを目指す。この街の有名所と言えばやはりあそこだろう。空に目を向けると他よりも高いビルが見える。美神コーポレーションだ。若くしてやり手の社長、美神(みかみ) 寅次(とらじ)が経営するその会社は他惑星との移動手段となる物や、物流など惑星同士を繋げる仕事をしていて、神聖区の中だと二番目に有名な場所である。社長がよくTVに出るのを見るし。

 

 上ばかり見て歩いているとスーパーは目の前にあった。...が

 

「えっ⁉売り切れ?」

 

 どうやら遅かった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

……彼、何してるかな

 

「どうした、ウィッチ。考え事なんかして」

 

 いきなりGod-tellから話しかけられ、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

 

「ゴホッ、“神”、驚かせないでよ」

 

「いや、別に驚かせた訳じゃないが」

 

 そう言って画面の中の彼女は悪戯そうに笑う。

 

「もしかして?昨日の零矢の事?まぁ、あんな事言ってたもんね。ずぼらなウィッチにもとうとう春が来ましたか」

 

「ハアッ⁉ずぼらじゃないし、春とか来てないし‼」

 

 するとドアをノックする音が聞こえた。おかしいな、休憩中のはずなのに。ドアを開けると占い館の部長だった。

 

「電話中だったか?失礼。しかし、告げなければいけない事があってな。この度我等占い館は火星に出店が決まったのだが移転費用で予算がつきてな、人件費を払う余裕がないからバイトは昼までに荷物をまとめて出ていけ、と言うことだ。七年間お疲れ様、これ今日までの給料」

 

 しばらくポカンとしていたがすぐに我に帰る。要するにクビになったと言うことだ。しかし、問題はそこではない。

 

 私は中学生の時からここの寮が安く(高校になると占い館でバイトという条件付き)住んでいたのに、今日からホームレスではないか。しかも地下に秘密の研究室まで作ったのに。まぁ、研究室は別の場所からアクセスすれば良いけど。しばらく車暮らしか。

 

 私は大人しく荷物をまとめ、礼を言って出た。そして人気のない場所まで行き、

 

「はぁ。Sommon、『赤車(レッド・マキナ)』」

 

 やるせない気で高級車のような見た目をした車を召喚した。それに荷物を乗せ、助手席に座り込む。

 

「こういう事だからしばらくよろしく、『運転手(ファーラー)』」

 

 運転席に乗っている人型アンドロイドにこれまでの経緯を話す。『運転手』は『赤車』の運転手だ。顔は目が大きく凛々しい。アンドロイドと言わなければ人だと言っても気づかないだろう。随分と会うのは久し振りだ。

 

「さて、目的地は...ここじゃない別の街にご飯食べに行こうかな」

 

「...了解しました」

 

 車が発車する。私は外の光景を眺めながら昨日の出来事を思い出した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「君にはこれからに期待させてもらうよ」

 

 本当の事だ。体力、戦力共に申し分ない。これほど期待の新人なんていない。この子がいればGDに対抗できる。まぁ素直に従ってくれればだけど。

 

 私は見送るように彼に手を振ると和の世界で天照大御神が彼に言っていた言葉を口に出した。

 

「私の最後の希望...か」

 

 その言葉は彼には聞こえなかったようだが一番面倒くさい奴に聞かれていた。

 

「あれ~、ウィッチそれどういう意味?」

 

 どういう意味ってそりゃ、私達の最大戦力になり得る最後の希望でしょ。他になんかあるの?

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「...卯一様。卯一様。西街に着きました」

 

 どうやら眠っていたらしい。『運転手』に起こされた。西街か、何食べよう。『赤車』はそのままでも良いが見た目が外車っぽいので誰かに見られるとまずいからしまうか。

 

 全く、こんな自由にどこかに出掛けられるなんて家出した七年前ぶりぐらいか。早く移住する場所見つけないとな。

 

 そう思っていると見慣れた人物が買い物袋をひっさげてスーパーから出て来るのを見掛け、まさかと思い声を掛ける。

 

「もしかして...後輩クン?」

 

 彼は驚いてこちらを向いたがすぐに笑い返した。せっかくだから昼は彼と一緒に食べる事にしよう。私達は安い定食屋に入った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「いや、驚きました。まさかこんな所で知人と会うとは」

 

 四件目のスーパーでようやく目的の物を買えた俺は独特な呼び方をされ、振り向くとやはりウィッチさんだった。

 

「そう言えばどうして西街へ?」

 

「ん?デートかな~」

 

 食べていたラーメンを喉に詰まらせて咳き込む。彼女から水を差し出され取りあえず落ち着いた。

 

「もう、冗談。そんなに驚く?で後輩クンは?」

 

「鬼嫁にお使い頼まれて」

 

 お返しだ。今度は彼女がラーメンを喉に詰まらせ咳き込む。なんか面白いけどこのままだと可哀想なので水を進めた。

 

「冗談です。まだ結婚できる歳じゃないし。一人暮らしなんで買い物に来たんですけどどこも売り切れで」

 

「へぇー、一人暮らしなんだ。ご両親は?」

 

「さあ?外国か、どこかの星かわかりません」

 

「ふーん、なるほどね」

 

 以外に薄いリアクションだった。普通の人は、えー、凄いとか、お前も大変だな、なんて言うのにこんな反応をされたのは初めてだ。なんと言うかありふれているものを改めて聞いた時のような。例えがわかり辛いか。

 

「ウィッチさんは今日あの占いの仕事はオフなんですか」

 

「あぁ、あれね。今日クビになって社宅失ってホームレスになった」

 

 流石にこれは驚いて、喉ではなく気管に入ったかもしれず激しく咳き込んだので店員さんがお冷やを持って来てくれた。普通の会話のトーンで話すので話のインパクトがじわじわ来る。

 

「え?あの研究室はどうするんですか?」

 

「あぁ、あれは別の場所からでもアクセスできるから大丈夫だし、多分人には見つからないと思う」

 

 まぁ、これと言った目立つ物もなかったから見つかる事はないだろう。呪文もあるし。って家はどうするんだ⁉

 

「家はどうするんですか?実家とか?」

 

 すると、実家という言葉に彼女は肩がピクッと反応した。ヤバい、地雷踏んだだろうか。

 

「いや、実は私中学から家出してるんだよね。今更...ね?」

 

 あぁ、俺よりこの人の方が一人暮らし歴長いんだ。確かに凄いしっかりしてるのは年齢のせいだけではなく長い一人暮らしがそれを培っていたのか。

 

 俺達は定食屋を出ると彼女に人気の無い所に行こうと誘われ、トンネル内へ。何かあるのかと思ったら彼女は自分のGod-tellから赤色の車を召喚した。彼女は助手席に乗り込むと、俺に乗りなと言う。流石に運転席ではなく後ろだった。誰が運転するんだ?と思ったらアンドロイドが運転するらしい。

 

「『運転手』、彼の顔認証しといて。また乗せると思うし。で東街ね」

 

「...了解しました」

 

 アンドロイドは俺に顔を向けると目が光りその顔のわりに物凄い不気味だった。その後、車が出発し、窓の外を眺めていると少し動き回って疲れたのか、俺は眠ってしまった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「後輩クン、どこら辺?...ってあれ?寝ちゃったの?」

 

 彼は大人っぽいがこういうところは子供らしい。さっき言ってた通り、両親が近くにいないと人は大人になるのは早いが甘え方をしらないまま大きくなってしまうのだろう。私も、あまり人に甘えない。全部自分でやれる、そう思っている。

 

「どうやら、君と私は似た者同士なんだね。『聖なる力』を持った者同士が出会うなんてそれだけでも珍しいのに...」

 

 そう言えば、私も誰かに甘えた事がある。ずっと昔、小学生になる前ぐらいかな。でも思い出せない。記憶にもやがかかったみたいに。

 

 車内時計を見ると時刻は十四時を過ぎていた。今日の給料も合わせ、財布の残りはもう五万を切っている。今はまだ良いが明後日からは大学があるし、ホテルは取れないだろうから真面目にピンチだ。彼を置いたらすぐにバイトを探さなければ、車暮らしでもキツい。神事屋を再開しようにも本部がないと話にならないし。

 

「卯一様、東街に入りました。零矢様を」

 

 私は後ろを向いて彼を起こす。彼の言う通りに道を進んで行くと、あの占い館が見えた。もう売地と言うビラが張ってある。彼の家は以外にもそこから近くにあった。

 

 彼を家の前で降ろすと、すぐ切り上げようとしたが彼に呼び止められ、振り向く。

 

「あの、家どうするんですか?」

 

「ん~、まぁ車暮らし?」

 

 私は焦りを見せないように振る舞った。仮にも私の方が二歳も年上であるから情けないところは見せられない。だから岩戸でああなったのは私の屈辱でもある。

 

「良かったら...家を貸しましょうか?」

 

 そんな事を思っていたとしても、人は驚きに耐えられないのだろう。今の私はどんな顔をしているだろう。たった一言でまるでPAUSEをされたかの如く私の時間は止まった。

 

「今両親も居ないし、部屋も空いてるので。それにウィッチさんには色々貰ったし」

 

 こんな無償な優しさを提供してくれる人などあった事がない。私は頷こうとした。頷きたかった。しかし、私の本能がそれをさせなかった。

 

……待て待て私、よく考えろ。こんな良い条件なんてある?後輩クンを完全に信用した訳じゃないし。むしろ、一軒家に年頃の男と女が同棲だよ⁉後輩クンも高校生だから家に友達とか呼ぶ事なんて、ましてや彼女とか誘えるでしょ?一人暮らしなら。それなのに私とシェアハウスだなんて、本当に裏は無いのか?まさか、下心があるとか?確かに恋には下に心があるとか言うけど、基本夜は後輩クンと二人きりであって、必ずしもそういう関係にならないとも言い切れないし。下手するとあんな事やこんな事もされてしまうかもしれないし。それに仮にそうならなかったとしても周囲にはなんて説明すれば良いの?親戚って言えば良いのかな?でもこの歳で二人で住むなんて怪しまれるだろうし...

 

「あの...ウィッチさん、大丈夫ですか?頭抱えて」

 

 彼に言われて気づく。私はなんて妄想をしているのだ。もしかしたら本物の親切かもしれないのに私はそれをないがしろにしようとしているかもしれないのだ。反省。しかし、もうそれしかない。

 

「だ、大丈夫だから!で、あれなんだけど、もし借りるならいくらかかるの?」

 

「え?別にタダで良いですよ」

 

「タダ⁉」

 

……いやいやいや、タダはない、タダは‼せめて...

 

「わかった。その代わりタダはダメ!私が掃除炊飯洗濯をやるからそれで良いよね⁉こっ、これは後輩クンが人が良すぎて騙されないか心配だからね⁉タダは簡単に言っちゃダメ!」

 

 落ち着け、私。慌てすぎて口調がツンデレみたいになってる。って言うか、彼が提案しているのに私が提案し直してどうすんだ。

 

 私は彼に半場強引に承諾させ、トランクから荷物を取り出し彼に促されるまま家に入った。




 なんとか、新年に間に合いました。残り数分なので次回予告はカットさせていただきます。内容はまだ今回の引き続きと言うことで少しラブコメっぽいかもしれませんが、今年もよろしくお願いします。


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同棲開始?

 こんにちは、赤色の魔法陣です。新年振りですね。
 いい忘れていましたが3章開幕です。彼らの戦いから離れた?日常ですので、お楽しみに。多分4章は戦いまみれになるので。


「あぁ、終わった~‼」

 

 荷物の移動が終わり、私の引っ越し(?)は完了した。ここは後輩クンのご両親の部屋で彼が掃除して私用の部屋にしてくれた。この家は二階建てで一階にリビングやキッチンや和室が、二階にはそれぞれの部屋や物置がある。私の部屋は二階の階段を上がったすぐ右で、彼の部屋は階段の先を真っ直ぐ行った所だ。

 

 階下に降りる。降りるとすぐ右側に1LDKのリビングがあり、普段はここにいようと思う。彼は私に炊飯関連は全て任せてくれた。どうやら料理は苦手らしい。

 

 リビングには少し大きなTVがあり、その前にテーブル、そしてソファーが置いてある。後は特に目立った物はない(テーブルの上に散らばっていた玩具はあったが)。キッチンはまぁ、いかにも新居って感じだ。あまり使った形跡がないから彼は普段はトースターを使ったりコンビニで食事を済ませているのだろう。

 

 そう言えば彼は何年ここにいるのだろうか。こうして貰って言うのも悪いが、何か彼はこの家の使い方は知っているが自分の家ではない、みたいな気がしないでもない。

 

 って私はなんて事を考えてるんだ。奇しくも家を借りている身ながら。気を取り戻して廊下へ。

 

 この家には一階と二階に一つずつトイレがある。これならどちらかが使えないと困る事もないだろう。続いてバスルーム。脱衣場はそれほどの広さはないのか、と思っていたら浴槽が大きく大の大人が二人は余裕で入れそうだ。占い館のお風呂は小さかったのでここで存分に足を伸ばさせてもらおう。

 

……二人入っても全然平気か...

 

「って何考えてるの!?別に一人でしか入らないでしょ!」

 

 取りあえず一階は見終わったので二階へ戻ろう。と言っても、二階は私の部屋と物置と大きなベランダ、そして彼の部屋だけ。彼の部屋は流石に悪いかな。

 

 しかし、彼は今、足りなくなった夕食の食材を買いに行っているし、少しぐらいなら...良いよね?私は恐る恐る扉を開ける。そう言えば昔、馬鹿兄貴が彼と同じぐらいの年の頃、部屋に入られるのを嫌がっていたがやはり、思春期だったからか?女の私はそう言うのよくはわからないが、扉を開いた先には未知の部屋が待っていると思うと私は好奇心を抑えずにはいられない。私は勢いよく彼の部屋に入った。

 

 だけど、私の期待は大外れで特に何かある訳でもなくやはり、ザ・普通と言った感じだった。普通に勉強机があり、普通にベッドがあり、特にポスターだとかフィギュアだとかはなかった。ベッドの下とか、タンスの後ろとか、本棚とかクローゼットを覗いて見たが、彼ぐらいの年相応の物は隠されてもない。純粋な男の子じゃないのか?と疑ってしまう程何もなかった。

 

 なんだ収穫無しか。と思って自分の部屋に帰ろうとしたその時、

 

「お目当ての物は見つかりましたか?」

 

 背後から声を掛けられてビクッとなる。彼だった。夢中になっていたせいで帰って来ていたのに気づかなかった。

 

「全く、人の部屋に勝手に入るなんて...」

 

「ちょっと、興味本位でね...ゴメン」

 

 彼は呆れているようにも見えたが、すぐに許してくれた。これから暮らしていくのだから細かい事をいちいち気にしない為だろう。

 

 私達は一階に降り、リビングに言った。後輩クンはソファーに座り、録画した番組を見る。私はキッチンへ行き、夕飯の仕込みをしよう。彼は色々な物を買って来たらしい。これだけあれば、たくさん作れるが二人なので張り切り過ぎて作り過ぎるのには気を付けよう。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

……まぁこれぐらいでいいか

 

 取りあえず下準備は終わった。まだ十七時前だし、残りは後で良いや。暇だから私も一緒にTVを見よう。私は二人分のコーヒーを入れ、ソファーへ向かう。

 

「お隣良いですか♪」

 

「どうぞ」

 

 ちゃんと断ってから座った。あぁ、やっとくつろげる。コーヒーをテーブルに置いてから画面を見た。さっきから効果音が凄いなと思ったら彼は特撮を見ていた。まぁ、玩具はそれ関連だったし予測は出来たが。

 

「番組これで良いですか?ウィッチさん、知ってそうだし」

 

「ん、良いよ♪」

 

 実は私も特撮が好きだ。この、何と説明すれば良いか、ヒーロー達はカッコいいし、ヒロイン達は可愛いし、やっぱり数式とかに囲まれていた生活に置いて、多少の感動や興奮、夢を与えてくれるからだ。

 

「あ、この後、敵組織からの戦士が登場するんだっけ?」

 

「そうですよ。良いですよね自分の正義に従って動く戦士」

 

「すぐ自分の組織に利用されがちだけどね」

 

 あぁ、何だろう。この感じ。普段同じような趣味を持つ人が余りいないから一人で呟いてたけど、こうやって共有できる人がいるなんて。やっぱそういう人とは仲良くなりたいと思える。彼はどうなんだろう。

 

「後輩クンは何で好きなの?」

 

「ん~、このシリーズ本当好きで、多分理由としては世界観とか今と全然違うのに思っている事とか共感出来るし。やっぱりカッコいい所かな。男の子だったら避けては通れない道ですし。後、お恥ずかしながら彼女はおろか友達も少ないので、のめり込めるからかな」

 

 彼も夢を与えられた人なんだな。まぁ話で一番気になったのは彼女いないってことだけど。やっぱ気が合うな~。

 

「やっぱり気が合うね、私達」

 

「そうかもしれませんね」

 

 でも気が合うというのは恐らく趣味や環境だけではないと思う。彼は多分まだ知らないと思うが『聖なる力』は『隠された力』とは違う。必ず呪いがつきまとうのだ。『聖なる力』は神から与えられた力。それを人間が手に入れるなど罪深き行為。

 

 だから、これ以上『聖なる力』を増やさない為、要は子供を作らせない為に、保持者は恋愛運が異常な程に下がり、さらには友達すら出来にくい、人間関係も上手くいかないという人生ハードモードになると“神”は言った。しかし、青春真っ只中の彼にその事実を告げるのは酷だろう。

 

 そう言えばそれ以外に伝えなければいけない事があるんだった。神事屋の話。番組もちょうど終わったし話そう。

 

「後輩クン...話があるんだけど」

 

「...はい」

 

 彼はTVを消してこちらに向き直ってくれた。しかも正座。私は恐る恐る話を切り出した。

 

「神事屋の事なんだけど、ネットでホームページを作ろうと思って、でも私一人じゃ全ての仕事受けきれないし、時間も無い。だからかなり辛いかもしれないけど手伝って頂けませんか?勉強は私も協力するから」

 

 私はソファーから降り頭を下げた。自分が何を言っているかなんてわかってる。受験生に対して、家主に対して仕事を手伝えと言っているのだ。歳上として情けないなんて知ってる。すると、いきなり肩を掴まれ体を起こされた。

 

「頭下げられても困ります。歳下なのに。でも本部とか良いんですか?普通本部があってネットとかで受け付けるんじゃ?」

 

 うぅ、痛い所をついて来る。その通り。本部がないとネットを使って頼みたくないとか誰が来るのかわからないから信用出来ないって人からは依頼が来ない。それにこちらにもリスクがある。

 

「だけど、あの研究室を本部には出来ないし、建物を建てるお金も...」

 

「なるほど...」

 

 彼は深く考える。建物はともかく今後の事を承諾してくれるなら気は楽だが承諾してくれないなら私はしばらく彼と生計を共にしなければいけなくなり、彼の負担が大きくなってしまう。

 

「本部建てても良いですよ、それに運動程度なら忙しくても構わないし。勉強よりも大事な事ってありますし」

 

 思いもよらない答えに絶句する。今なんて言った?建てても良い?そんな私みたいに富豪の娘が言うならともかくそんなの一人暮らしの高校生が用意できるお金じゃ...

 

「え、だって...え?そんなお金どこに...」

 

「え?家に。親にも内緒だったんですよね、へそくりみたいだし、多分使い道余りないしどうしようか困ってたんですよ。宝くじの一等賞」

 

「なッ...え?えええっっっッ?た、宝くじィッ?そッ、それってここでやってる...」

 

「そうです、美神コーポレーションの傘下がやってる神聖宝くじ」

 

 いやそれかなりの確率だよ?よりにもよって凄い所からお金来たー...私も何回かやってるけど絶対外させられてるのに...私、彼にとんでもない借りを作ってしまった気がする。

 

「と、言うことで本部は作りますが...タダでは優しすぎるんですよね?」

 

 私はゴクリと唾を飲み込む。これだけやってくれるんだ、並の対価じゃないだろう...

 

「じゃあ...」

 

 何だ?奴隷としてこき使われるとか?それとも...よ、夜の相手とか...

 

「一年ぐらいここに住んで家事全般をやって貰えます?」

 

「え?」

 

 それじゃあ、今の仕事に洗濯と買い物が加わっただけじゃない?そんな私にデメリットが全くと言って良いほど無いなんて...

 

「あ、彼氏いる場合は結構ですし。もし暮らしている内で出来たら出ていっても構いませんけど、嫌ですか?」

 

「いや、彼氏とかいないし別に嫌じゃないんだけどさ、君はそれをやって何のメリットがあるの?」

 

 それが一番気になっている。彼にはメリットが一切無い、むしろデメリットしか無い。そんな事人に対してホイホイとやるなんて普通じゃあり得ない。

 

「メリットですか...昔ですね、知り合い?って言うか師匠って言うかまぁその人から『袖振り合うのも多生の縁、人には優しくしとけ出来るだけな』って言われてまぁそれと、人への親切に見返り、メリットなんて求めちゃいけないじゃないですか。要するに見返りを求めたらそれは正義とは言わないでしょ?ヒーローってそう言う物じゃないですか?」

 

 私は何も言えなかった。ただ一つ自分の中で全細胞が叫んでいるのがわかる。彼は狂ってる。ただヒーローに憧れてる子供なんかじゃない。お人好しなんかじゃない。人としての倫理と言うか、頭のネジが外れてると言うべきか。やはり彼も私と同じだ。

 

 

 普通じゃ無い。異常な人間。人成らざる力を持つあまり思考すら普通の人間から離れていく。

 

 

「それに多分、俺は彼女は勿論、結婚も出来ないんで遺産なんて残すだけ無駄だし。家事も面倒なんでそれがメリットって言えばそうですけどね」

 

「そう...あ、ご飯食べようか」

 

 話を切り上げて夕飯の準備をした。ただただ黙々と。いつの間にか目の前の料理は全て完成していた。ずっと考えていた。ご飯を食べ終わっても、食器を洗い終わっても、お風呂に入っても、寝る時間になって布団に入っても。

 

 彼には感謝しても仕切れない。でもどこか私は彼に興味と同じくある種の畏怖を抱いている。今までそんな人には会わなかったから。

 

 それに私達『聖なる力』保持者はいつその力を手に入れたのか?生まれつきか、誰かに入れられたのか?そもそも『神』は本当に存在しているのか?それは望んで手にしたのか、それとも...

 

 私はいつからこの力の保持者になったんだろう?って言うか私自身昔の記憶が余り無い。

 

 そして呪いによって子孫が残せないなら、人間関係さえ滅茶苦茶にされてしまい変な組織に一生狙われたままなら、

 

 

 

 

 

 

「私達は...今何の為に生きてるんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 独り天井に呟いた言葉は闇の中に消えて行く。時計を見ると時刻は零時を回っていた。眠れない夜は随分と久し振りだ。ホームページ作るか...




──新生活?──


 晴れて新生活開始となりましたね。次回は初の前編、後編となります。お楽しみに。


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猫探し(前編)

 こんにちは、赤色の魔法陣です。
 さぁ初めての前、後編ですね。切り方が変かも知れませんが、そこは許して下さい...
 前回の零矢の発言もそうですが今回のウィッチさんの発言もちょっと...


ジリリリリリリリ‼‼

 

「あぁ、もう!うっさい‼‼」

 

 鳴り響く目覚まし時計のベルで覚醒する。時刻は六時だ。今日は寝坊しなかったな。さぁ、学校へ...行かないぜ。そんなくだらない事を考えていると、誰かが二階に上がって来る音がして、少し間を開けてドアがノックされた。

 

「起きた?ご飯出来てるよ、着替えて降りて来な」

 

 そう言えば昨日から晴れて同棲となったんだった。俺は着替え、寝間着を手に持ち階段を降りて、洗濯機に手にもった物を突っ込み席に着いた。

 

「「いただきます」」

 

 今日は和食と言った感じだ。焼き魚や漬物メインといった感じ。ウィッチさん色んな食事作れるの凄いな。

 

 結局、彼女は1年近く同棲する事に同意してくれた。こんな俺と生活を共にするとは変わり者だなと客観的にも思ってしまったが心の中では家に誰かいてくれる事が嬉しかった。だからと言うか、使いきれないであろうお金を使って彼女にこの家に住むよう提案した。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 考えているとすぐにご飯が茶碗から無くなっていた。おかわりしようと思ったが朝からそんなに食べるのもあれなので、二人で片付けた。

 

 朝食後、俺達は土地を買うために不動産へ立ち寄り、土地を購入した。そして建築会社に頼み、一ヶ月で一階建ての事務所を立てる事を契約した。料金は倍近くかかったが。

 

 しかも、買った土地はあの占い館跡地。まぁあそこには研究室へ入る為の場所があるからそれを死守できたと思えば良いのだが。これでお金はほぼ無くなった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「本当に良かったの?」

 

 自宅で昼食中に彼女は問い掛けて来た。ちなみに今は正午で二人でパスタを食べている。やはり午前中は建設関係で潰れてしまったのだ。

 

「まぁ、約束ですし。まぁ、お金が無くなったのは少し痛手ですが、その分神事屋で稼ぎましょう」

 

「そだね」

 

 なんか共同経営者見たいな雰囲気になりながら食事を続ける。

 

「そう言えば、ネットでホームページとか作ったんですか?」

 

「うん、深夜にね」

 

 どうやら寝る前に既にホームページを作ってくれたらしく、なんともう受付も開始したらしい。仕事早すぎない?

 

 神事屋に依頼が来るとホームページの掲示板に内容が書かれる。そして、管理者だけが見れるようにアドレスが貼ってあるページにとびダイレクトメールを送った後で伺うという流れらしい。

 

 もちろん、何でも受ける訳ではなく法に触れる事、ようは殺人、窃盗等は極力避ける。それに巻き込まれた場合は速やかに相談して対処する、との事だ。

 

「あ、従業員は男、女一人ずつって書いといたから。代表取締役は神谷貢(かみや みつぎ)」

 

 聞いた事の無い名前だ。俺はその名前の人物と会った記憶が無い。むしろ、俺と彼女以外に協力者なんていただろうか?あれ?じゃあもしかして...

 

「わ、た、し」

 

 携帯の中から予想通りの声が聞こえた。やはり貴様だったか、銀髪ロング神。責任者に会わせろとか言われたらどう対処するんだよ?

 

「あ、依頼来てるよ」

 

 携帯の画面が神事屋の特殊ホームページにとぶ。数字が目まぐるしい程に並んだかと思うと、それが一つ一つ意味を帯びた文字へ、文章へと変わっていた。不思議な演出だ。

 

 依頼内容は小学生の男の子からだった。内容は三日前からいなくなっている猫を探して欲しいとの事だ。てっきり極秘ミッションだとかを期待していた俺は拍子抜けしてしまった。

 

「なんか、以外と小さい依頼ですね。これじゃあ、やってる事探偵みたいだし報酬もさほど無さそうですね」

 

「でも、やるしかない。言い忘れてたけど君を甦らせるには、いくつかの神の力を使って神の書をこの世に出現させなきゃ行けない。その為にはこの間行ったみたいに神の時空へとんで神力をもらう必要がある」

 

 神の書か...なんか人類が知らない、いや知ってはならない事が書かれている禁断の書ってとこか。ようは俺が完全に復帰するにはその書が必要って事か。しかしそれとこれと何の関係があるのだろうか。

 

「しかしそんなホイホイととべる訳はない。時空を繋げるのは大変だし、一度繋いだらすぐには閉じれない。だからGDも入ってこれたの。それに繋げるには条件がある。その世界観を書いた本が必要。それも数世紀も存在して真実味を帯びていないと無理。またそれが手に入れにくい物でさ、私達も有名にならないと入れない所とかにあるわけ」

 

 だから、小さい事を積み重ねて、この神事屋を有名にするしかないという事か。まぁ納得はできた。じゃあ、この間の世界は15世紀近く前に書かれた大万呂による『古事ノ書』か。確か初版がまだ博物館に残っているって言われてたし。って確か...

 

「でも『古事ノ書』って数年前に盗まれて現在行方不明でしたよね?何でそんなのウィッチさんが...」

 

「あはは...まぁ、内緒。もう返したし大丈夫...多分」

 

 いやいやいや⁉今気のせいだろうか、思いっきり犯罪臭がしたんだけど⁉え、法に触れる事は極力避けるんじゃなかったっけ?

 

「...それ、窃盗罪ですよね、犯罪ですよね」

 

「平気へーき、裏社会に出回ったのをちょっとした方法で手にいれて、使った後また売って、博物館に匿名で買手を告発したから♪」

 

 もう言ってる事が笑えなくなって来た。まさかと思いTVを付ける。丁度速報で『古事ノ書発見か』と流れて来た。持ち主ははめられた、と証言しているらしい。俺はなんと言うか引きまくって声が出なかった。

 

 俺はとんでもない人に一緒に住もうと誘ってしまったのかもしれない。この人はどれ程、裏の繋がりを持っているのか...

 

 そう考えている間にも当の彼女は依頼に向けて了解のメールを送っていた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 午後2時。僕は待ち合わせのコンビニまで行った。すると、数分後に高級車みたいな赤い車がやって来た。まだ春だと言うのに手に汗が滲んで心臓が高鳴っているのがわかる。

 

 後方のドアが開きその車から背の高い男の人が出てきた。男の人は、助手席の女の人と少し会話をした後、赤い車は走り去って行った。

 

 男の人は僕の方を見て、

 

「少年が今回の依頼主か?」

 

と、恐い目つきで睨んでいるように言った。僕は恐くて泣きそうだったが手を握り締めて、そうですと小さい声で答えた。

 

 男の人は長くもなく、かと言って短くもない黒髪で、目つきが鋭いカッコいいと言うよりは、恐い印象を受ける。光が反射して目がチカチカする水色のTシャツにジーンズ、スニーカーという、仕事という服装にはお世辞にも言えなかった。

 

「あ、自己紹介が遅れたな。神事屋M-S(ミース)従業員、神木だ。好きに呼んでもらって構わない。今回は依頼してくれてありがとうな」

 

 男の人は俺に微笑んだ。恐かった表情が少し緩んだ。案外優しい人なのかもしれない。歳は大学生ぐらいだろうか。それから依頼内容の確認をされ、僕達は当の現場へと向かった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 我が家の飼い猫ミケが居なくなったのはつい一昨日の事だ。夕飯の時間になっても帰って来ず、結局昨日も家には帰って来なかった。

 

 一度も帰って来なかった事は無いので両親は探偵に頼むかと相談していたが、依頼料が高いので悩んでいたところ、この神事屋M-Sをネットで見つけたのだ。

 

 そうこう考えている内にある通りに着いた。最後にミケを見た通りだ。

 

「ここが、猫を見た最後の場所か?」

 

「はい、そこの裏路地に入って行くのを下校中に見ました。でも、そこは悪い人達がよく集ってるって言われてるから入れなくて」

 

 僕は思い出す内に情けなくなってしまって涙が出てきてしまった。もしミケに何かあったらどうしよう、あの時追いかけていれば。

 

 すると頭にポンッ、と手が置かれた。神木さんの手だ。そしてクシャクシャと僕の頭を撫でた。

 

「情報さんきゅ、後は任せな」

 

 この人、普通に良い人なんではないか?彼は僕に先に家に帰るように指示すると、ミケの写真を手に持ち路地裏へと入って行った。帰り道、この世界にヒーローと言う者がいるなら彼みたいな人なんだろうと無邪気に思いながら歩いた。もう不安は一欠片も残って無かった。




──希望を込めて──


 後半は少年視点でした。子供っぽい零矢も少年から見れば大人っぽく見えるものなんですね。
 因みに登場した本はオリジナルです。日常会と思いきや重要な内容を入れてみました。


 次回予告はちょっとはしょって良いですか?ごめんなさい。


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猫探し(後編)

 こんにちは、赤色の魔法陣です。
 前・後編の今回は後編です‼こっちのが長くなった気がしますがそこはご愛嬌。
 スタートの視点は零矢でございます。日常かと思いきやバトルも入ってますので楽しんで頂けたら嬉しいです。どうぞ。


 妙に薄暗い路地裏に足を踏み入れる。太陽光を遮り、ジメジメした雰囲気はいかにも人を寄せ付けないオーラを放っていた。

 

 更に奥へと進んで行く。どこかのアパートの壁はカビたり、苔が生えまくっていて、空気が悪い。すると、猫の鳴き声が聞こえて来た。どうやら一匹、二匹どころじゃない。

 

 鳴き声が聞こえてくる角を曲がって行く。路地裏がこんなに広いなら下手すると迷ってしまいそうだ。するとすぐ近くから声が聞こえた。この角を曲がった先だろうか。

 

 恐る恐る角から顔を覗かせると十数匹の猫達がたまっていた。その中に一匹、写真と同じ猫がいる。ミケだ。

 

 俺は安心して近づいて行った。後はこの路地裏をどうやって抜けるかだ。もう少しで手が届きそうだった時、ふわっと空気が動いたような気がした。

 

「え?」

 

 俺は咄嗟に条件反射で両腕をクロスさせ、顔を覆った。直後、両腕の隙間から見える赤い液体。その正体を体の痛みが教えるまでそう時間はかからなかった。

 

 両腕を見るとTシャツの袖より下は刃物のような物で切りつけられたような痕があった。猫かとも思ったが視界にそれらしいものは捉えていない。

 

 混乱して角まで後退しようとすると何かに袖を掴まれ逆の壁に叩きつけられた。

 

「ガッ...!」

 

 呻き声のような変な声が出た。何なんだ?見えない何かがいるのか?

 

「おいおい、どうやって姿消してんだ...よ?」

 

 言い終わる前に腹に一発入れられた。口から赤い液体が吹き出す。体に力が入らなくなり、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。息がし辛い。俺は力を振り絞ってこの場にいるはずの人に伝える。

 

「ゴホッ...が...み、ヴィッチざんに...伝え、て」

 

 口内に血が混ざって気持ち悪い。鉄の臭いが鼻を突いた。ただ言葉を言っているはずなのに、一言一言を声を発するだけで辛い。

 

「了解、Summon!『イヤホンマイク』‼...ウィッチ、聞こえるか?」

 

 どうやら決死の言葉は届いたようだ。そして最も信頼している人に届いてゆく。

 

「何?今頼まれた買い物中なんだけど‼」

 

 いつものようなテンションで話す彼女に場に合わない笑顔がこぼれる。人が重症だって時にこの人は...

 

 何だか少し力が湧いてきた。恐らく勘違いだろうがいつもの余裕も、無謀ささえも。

 

「え?見えない何か?...それって...後輩クン、『探索(サーチ)』の光を!」

 

 ポケットからGod-tellを取りだしボタンを押す。ライトを向けると、まばゆい光を放って何もない空間に浮かぶ複数の石のような物が見えた。

 

 次の瞬間、石の周りにオーラが発生し異形の物の形を作り上げた。人の背丈ぐらいある大きな体、鋭い牙と爪、目は獲物を見つけたライオンのような狂気を帯びていた。猫に見えるその容姿は一つだけ普通の猫とは違う箇所があった。

 

「尻尾が二本...猫又か」

 

「だったらそいつは人を喰らうよ」

 

 猫又、用は猫の妖怪だ。しかし、何でそんな物がここに?だけど伝説上ではこいつは人を喰らうと言われている。本当かどうかは知らないが用心するに越した事はない。

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。正直まだ腹の辺りが痛い。口から血を吐き出し、臨戦体勢をとった。

 

「GINYAAAAA」

 

 鳴き声をあげ、その鋭い爪を突き立てようと猫又は突進してくる。俺は瞬時にワイヤーを召喚し、上空へ飛翔した。そして上空からのかかと落とし。決まった...かに思えたが、

 

「いっ痛ぅぅッ⁉」

 

 コンクリートのように体が固かった。威力を付けたかかと落としでもこちらがダメージを負ってしまうなんて。猫又はすぐに回転し爪で切り裂いて来る。ワイヤーを縮めてギリギリで避けた。

 

 しかしどうする?負ったダメージはかなり蓄積されているし、攻撃も通じない。

 

「...何だ...期待外れ、か」

 

 今、どこから声がした⁉慌てて辺りを見回すと、屋根の上に人影があった。マントを目深にかぶり表情は良く見えないが、言葉の通り不機嫌なんだろう。期待外れ、と言うことはこの猫又と何か関係があるのか?

 

「期待してくれちゃった感じ?」

 

 俺は挑発するように問い掛ける。しかし、人影は一切動くことなく、

 

「...死ね」

 

 いや、ストレート過ぎるだろ。絶対コミュ症だよ、友達いないよ。

 

「...何かムカつく...猫又」

 

 呼び掛けに応じ猫又が再び突進してくる。やっぱり関係があったか。動きを見切って左へ回避する...が、猫又は読んでいたかの如く左側に攻撃を繰り出してきた。腹を目掛けたストレートを受け止めるが固さ故に威力を殺し切れずまたもや壁へと吹き飛ばされる。

 

「...やっぱりダメじゃん」

 

 ムカつくけど正論だ。このままじゃ一方的に攻撃され続けていずれこちら側が体力切れで負ける。ワイヤーしかない今奴を倒せるアイテムは無い。かと言って周りのものを利用しても固くてダメージは通らないだろう。

 

 そこまで考えて一つの考えが浮かんだ。まだ『変身』があるじゃないか。あれならこの状況を打開できるかもしれない。俺はGod-tellの『変身』のボタンを押そうとしたが寸前でウィッチさんに止められた。

 

「もしかして『変身』しようとか思ってないよね?あれは神の世界観にいたから神の体に乗り移れただけであってこの世界で使ったら、魂だけになって消滅するかもしれないから。それにあの世界は多分偽物だよ」

 

 衝撃の事実を聞きながら俺は絶望感に満ちていた。じゃあもう勝ち目が無いじゃないか。猫又はそんな俺を容赦なく掴み投げ飛ばす。地面を転がりながら俺は上を向いた。

 

 空にはまだ昼だと言うのに白い月が浮かんでいた。それを見て思い出す。

 

 例え俺があった神達が創作された偽物だったとしても俺はあの神達を救ったことに変わりはない。もしその代償として俺を今救ってくれるなら、力を貸してくれるなら。

 

 俺は『変身』のボタンを押す。体が徐々に透けていった。だが怖いなんて感情はこれっぽっちも無かった。猫又が首筋目掛けて爪を向けて来た。イヤホンマイクから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。突き出される爪、それが自分の首を切り裂くより先に...手元に表れた剣で猫又の腕を切り裂いた。

 

 突然の出来事に驚く猫又。否、猫又だけではなく驚いたのは自分自身もだ。体中から力が溢れてくるのを感じる。腰には鞘があり、右手には立派な日本刀のような物が握られていた。これはさっき俺がイメージした月読命と同じような感じだった。

 

「まさか⁉『変身』ってこの世界でも出来るの?」

 

「そう...みたいですね」

 

「でも体は変わってないみたいだぞ、むしろ零矢が月読命に近付いてるみたいだ」

 

 俺は猫又に向き直る。猫又は恐れをなしたのか向かって来ようともしなかった。なら、こちらからお返しと行こうじゃないか。

 

 剣を構え直し、一気に距離を詰め何回も切り裂いていく。猫又の反撃を許さず連撃し足を切り裂き体勢を崩した後で相手の体を踏み台にしてジャンプ。

 

「さあ、終わりにしようか?満月斬り(フルムーンスラッシュ)ッッッ‼」

 

 剣を振り下ろし真っ二つに切り裂いた。断末魔の叫びをあげ猫又は崩れていく。やがてその原形を残さずただの石ころになった。

 

 それを確認し、人影の方を向いた。すると人影は懐から何かを取りだしこちらに向けていた。咄嗟に構えると、何かは風を巻き起こし石ころが吸い込まれていく。

 

...くッ...ん?

 

 やがて転がっていた石が吸い込まれた後、人影は飛び降りてきた...かに見えたが空中で一回止まりもう一度跳躍して視界から消えた。まるでマジックを見ているようだった。

 

 あいつはGDだったのか?そんな疑問を浮かべながら猫を連れて依頼人との待ち合わせ場所へ向かった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 依頼人の家に着くと既に先客がいた。ちゃっかり上がってお茶をもらって飲んでいた。先客は俺を見るやいなや近くに寄って来て、

 

「全く無茶なことしてくれちゃって‼君本当に大丈夫だと思ってたの?」

 

「まぁ、ちょっとはね、でも何でいるんですか?ウィッチさん、お仕事は?」

 

 ウィッチさんは呆れた、という顔をして事の状況を説明する。

 

「あの電話の時の仕事が最後だったの、私は三件も持ってたのに君は随分かかったね。こんなに傷付いて...後でお仕置きだから」

 

 何だか寒気がする。この人のお仕置きとか正直何されるかわかったもんじゃない。でもどこか安心してしまう。一緒に住んでまだ数日しか経ってないのに何故他人にここまで信頼をおけるのだろうか?

 

 懐からミケが飛び出し少年の元に駆けて行く。少年はミケを抱きしめ頭を優しく撫でた。猫もそれに応え顔を擦り付けた。なんとも微笑ましい光景だ。

 

「で、お金の話なんだけど」

 

 前言撤回、なんて悲しい光景だ。感動のシーンはすぐに現実に引き戻された。

 

「内の若手を二時間使ったし、怪我をするほど危険な仕事だった事を含めると、ご料金は占めて一万円ぴったりでどうかな?」

 

 いや、たかが猫探しで一万も取るのはどうだろうか。確かに怪我はしたが、無事な訳だし。

 

「と、言いたいところだけど初めてのご利用なので代金は九割引きで、お茶もらったし更に半額、占めて五百円ですね」

 

 少年の曇った顔はパッと明るくなった。すぐにポケットから五百円玉を出すと彼女に手渡す。彼女は少年に

 

「ご利用ありがとうございました。またのご依頼をお待ちしております」

 

 と言って俺の手を引いて家を出た。後ろを見ると少年が頭を深く下げて、ミケが鳴いていた。俺は頭を挙げた少年に手を振りながら彼女に話し掛ける。

 

「最初からその値段だったんじゃないですか?」

 

「まさか、ちゃんと稼ぐ時は稼ぐものよ。まぁ、今日の収入は一万円とちょっとだけど、初めての日としては十分でしょ」

 

 彼女は俺に微笑む。何か無性に安心感を感じてしまうが気のせいだろう。気付くと、俺は彼女と手を繋いでいた。俺の手は少し血で汚れているのに、彼女は関係なく握り締めてくれた。

 

 俺の安心感はこれなのだろう。彼女は俺を邪険として扱わない。一種の仲間として、同じ境遇の者として俺の手を握ってくれているのだ。俺はそれに母性にも似た感情を垣間見たのだ。

 

 思えば母親とも父親ともあまり手など握った思い出などあまりない。昔誰かと握った事はあった気がするが、多分誰かと手を繋いだのはそれぐらいだろう。

 

……暖かい

 

 そんなぬくもりを感じながら帰路へとついた。あの少年もミケと暖かく眠れるだろうか。そんな思いを感じながらまた歩いて行く。いつもの帰り道には孤独しか感じなかったこの道が食卓が楽しみな道に変えてくれたのは紛れもない彼女だろう。

 

「あ、お惣菜切れてるんだった!後輩クン、スーパーに行こう!」

 

 どうやらまだ食卓には着けなさそうだ。俺は頷くと傷を隠してスーパーへと行った。




──手にしたかけがえのない日常──

 何か日常を書いたつもりなんですが以外にストーリーは進んでます。今回はやはり零矢とウィッチさんの間の絆とも言うべき感情でしょうか、それの芽生えが見えたお話でした。普通に考えれば一週間もまだ一緒に居ないのに信じ合えるのはあり得ないですが似た二人は気が合うのでしょう。

 そろそろ新学期ですね。そろそろ俺達と神達と空想神話物語一周年ですよ!全然進まないですね!でも気長に暇だから見よみたいな感じでも良いので読んで頂けたら幸せなことこの上ないです。

 で次回は零矢学校復帰です。新キャラが出る...かも?


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謎の転校生

零「俺ら何か色々ありましたね」

卯「どうしたの急に?」

零「いや、何か一週間ぐらい忙しくてまるで一年近く感じたんですよ」

卯「えっ?そう言われればそんな気もするなぁ」

神「いやいや、お前達...


   マジで一年経ったから」


卯「あはは、笑えない冗談はよしてよ。だって計算してみなよ。一週間で一年でしょ、つまりこっちの一年で約52年...え?」

零「それかなりまずくないですか?」


 どうなる俺達と神達と空想神話物語?ちなみに本日で一周年‼


 四月十二日。俺は停学が開け神聖学園の土地の中に足を踏み入れていた。時刻はまだ8時。授業までにはまだ時間はあるが、何もようなしに早く来た訳ではない。

 

 八日の猫探しの際の謎の化け物に襲われ、その一部始終をウィッチさんに話すと、化け物は霊子の結晶体である霊石がいくつか組合わさって出来る霊獣と言う物だった。

 

 霊石は人に見つかる事は少ないので高値で売れるらしい。また、再利用も出来る。だからこの世の不可思議な事件はほとんどが霊石を使用した誰かによるものだと言う。

 

 彼女の推察によると、その場で俺が出くわした人物はGDの一員であり、あちらも本気で動き出したから、こちらの戦力を確かめに来たと言うのだ。

 

 だからこちらも戦力増強と言うことで誘って来いと言うことだ。

 

 この時間帯なら部活勢はいない。そう思いドアを開ける。

 

「おはよー‼」

 

「「「うるさい」」」

 

 開幕早々文句かよ。教室にいた三人全員からバッシングを喰らった。一番近くにいた女子が話し掛ける。

 

「あ、神っち停学開けたんだ」

 

 肩までかかる長い金髪、メイクの濃い顔、短いスカートに胸元のリボンを少し緩めだらっとした印章を受ける内のクラスのギャル代表こと間城 可奈(ましろ かな)だ。

 

 彼女は俺の事を神っちと呼ぶ。特に関わった覚えなどないが。

 

「ああ。そう言えば間城ってバイト探してたよな、良い仕事があるって行ったらどうす...」

 

「あ、パスで。同級生に誘われるバイト程怪しいものはないし。つーかあんた働いてたの?」

 

 話終わる前に拒否される。恐らく無理だろうと思い、俺は答えを濁して自分の席に向かう。荷物を置くと後ろからカリカリと何かを書いている音が聞こえる。

 

 眼鏡に整った髪、既に受験に向かってフルスロットルの我が学園トップの得点王、金橋 勉(かなはし つとむ)だ。

 

「あ、あのさ、金橋。お前バイトとかしてみる気は...」

 

「は?何言ってるんですか、僕はこうして勉強しているというのにバイト?停学中に頭おかしくなったんじゃないんですか?」

 

 声が大きいし勘に障る言い方だ。まぁ、どうせダメだろうと思っていたからいいが。

 

……最後は...出来ればあまり関わりたくないのに部類なんだが

 

 俺は部屋の隅の机にヘッドホンを着けながら座って、窓を眺めている男子...黒田 勇(くろだ ゆう)に話し掛ける。

 

「何?」

 

 好きな音楽鑑賞の時間を邪魔され、ムッとした表情で黒田は俺の方を向いた。

 

「あのさ、バイト...」

 

「やだ」

 

 即答かよ...って言うかこのクラスの奴等は最後まで俺に話をさせてくれないの?自己中ばっかかよ⁉

 

「いや、話を最後まで聞いてから...」

 

「どうせさっき他の二人に言ってた事と一緒だろ、何?勧誘でも頼まれたの?停学中にバイトかよ...」

 

……ああ‼どいつもこいつも‼

 

 こいつ何気に正論言って来るからムカつくんだよな。まぁ、関わりたくないっていうのは別の理由なんだが。

 

「用が済んだらどっかに行け、お前と話していると俺も風評被害を受ける。お前は俺にとって壊すものだ」

 

 出たよ。こいつに関わりたくない一番の原因、それはこいつは全てのものの価値を自分にとって守るものか壊すものの二択でしか見いだせないのだ。要するに俺はこいつにとって要らない存在だと言うこと。

 

 俺は呆れて席に戻った。部活未所属の3人なら誰かしら承諾してくれるかと思った俺が馬鹿だった。

 

 正直こういう扱いは慣れてるから別に気にしない。そんなの二年からずっとそうだからだ。

 

 しばらくするとクラスメイトが続々と教室に入って来た。その中で俺より背が高い男子が話し掛ける。

 

「よぉ、零矢!バカンスは楽しめたか?」

 

 伊達 真だ。こいつ挑発してるのか?俺は停学直後に和の世界に飛ばされるわ、戻って来て殺されそうになるわでバカンスなんて程遠かったんだからな。

 

「アルテミスの矢に射られて死ね」

 

「ははっ、久しぶりに聞くな。その言い回し」

 

 クラスメイトから奇異の目が飛ばされる。それもそのはず、俺達二人が風評被害を受ける原因だからだ。学年の中では俺達と関わると不良に絡まれるだとか皆から嫌われるだとかいう噂が流れているらしい。

 

「そう言えばさ、隣のクラスの転校生知ってる?」

 

 人が真剣に考えているのにお前は...ん?転校生?この時期に?

 

「そんな奴聞いた覚えがないが」

 

「そりゃそうだ、お前が停学中に転校して来たんだからな。しかも転入テストは高得点。おまけに美人だしな」

 

 なるほど、随分と物好きが来たものだな。しかし、この学園の転入テストで高得点ってすげぇな。

 

 そんな事を話していると先生が入って来てホームルームを始めた。そんな聞くことでもないか、と思い流していたがある言葉に引っ掛かる。

 

「木戸先生が転勤してもう二日になるが物理は引き続き私がすることに決定した」

 

……え?転勤?

 

 真っ先に和の世界であった事が思い出された。まさか任務に失敗したから消されたとか、しかし二日前と言うことは和の世界から帰って来てしばらく経ってるし、辞職ではなく転勤だから生きてはいるだろう。

 

 ホームルームが終わり、一限目までの十分間に隣のクラスに行くことにした。ドアから覗くとすぐ近くの見慣れない生徒と目が合い、気まずくなって目を反らした。

 

 長い黒髪、青色の瞳、日本人とは離れたような綺麗な顔立ちは見るものを男女問わず魅了してしまいそうだ。

 

 見つめ過ぎたか?と思っていたら真が、

 

「お前見つめ合ってたろ、あれ転校生の破神 霊香(はがみ れいか)」

 

「見慣れないと思ったら彼女が転校生か、破神って珍しい名字だな」

 

 だけど、多分真は気付かなかったかっただろう。見つめられた瞬間にふと覚えた違和感。青い瞳の奥に暗く沈んだようなものが見えた。それに、なんというか殺気のようなものを。

 

……何か闇を抱えてる?

 

 そんな事を思っていると、破神は立って廊下に出てきた。話し掛けて来るのかと思ったが、ただ横を通り過ぎただけだった。その瞬間、風が囁くかのように声が聞こえた。

 

...挨拶と。

 

 パリィン‼と言う響きに我を取り戻す。廊下の窓が割れたのだ。生徒達が次々に教室から出てくる。

 

 すると、割れた横の窓が砕け散った。パニックになる生徒。俺はまさかと思い、God-tellを取り出す。

 

 直後、その二つ横の窓が割れる。階段の方に向かって順に割れていくので階段の方向まで生徒を掻き分け走る。

 

 生徒が居なくなった廊下でGod-tellの光を浴びせると、やはり霊獣の仕業だった。以外に小さく、手に棍棒のような物を抱えている。

 

……ゴブリンか?

 

 霊獣はゴブリンと呼ばれる魔物に酷似していた。猫又と言い、霊獣とはこの世に存在しない魔物や妖怪などを表したものなのだろうか。

 

 ゴブリンはこちらを振り向くと棍棒で殴りかかって来る。俺はしゃがんで攻撃を避けたが、横の壁はひび割れ砕けてしまった。威力は申し分なさそうだ。

 

 棍棒を構え直し、振りかぶるゴブリン。俺は横に避けて反撃を試みたが、ゴブリンは攻撃するのではなく走り去って行く。逃げるつもりだろうか。

 

 今ここで逃げられると被害が広がる。だからなんとしても仕留めなければ。しかしその思いもむなしくすばしっこいゴブリンは離れて行く。

 

……このままじゃ追い付けない...なら!

 

 走りながらGod-tellの『変身』を押す。体が軽い神をイメージしていると、少し重かった体が随分と軽くなった。

 

 横の窓を覗くと、そこにいたのは髪が長く化粧をしたかのような白い顔で、踊り子の色々ギリギリな衣装を来た俺だった。

 

 他人から見るとこうなってるのか、なんて思っていたらゴブリンは廊下の隅の窓を割り外へ消えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「おい、皆!あっちでガラスが割れたって騒ぎになってるぞ!」

 

 静かだった教室にそんな声が響いた。まだ新生活が始まって間もない僕らはまだそんなに仲良くなかったが騒ぎと聞いたら見に行きたくないという事はなく、ぞろぞろと教室から出ていく。

 

 自分も行こうか、なんて思っていたら頭に謎のビジョンが。そこでは裏庭の所の窓から際どい女の人が乗り出して何か叫んでいる。

 

「あ、僕トイレに行くから」

 

 そっちの方が気になったので人目を避けて、その窓が見える箇所まで行った。これまでの事を考えれば必ずさっきのビジョンは現実に現れるはず。すると、

 

「逃がさねぇ‼」

 

 本当にビジョンの通り女の人が出てきた。しかし声が明らかに男だった気がするんだが...

 

 その人はワイヤーのような物を腕から射出した。そのワイヤーは空中で何かを縛るように宙で止まり、その人の方向に引き寄せられていく。

 

 すると、その人は窓から飛び降りた。

 

「え?ちょっ‼」

 

宙返脚(ムーンサルト)ッ‼」

 

 その人はくるりと回転して見事に地面に着地する。僕はホッとして胸を撫で下ろした。のも束の間、僕は木の陰に佇んだマントを被った人物を見つけた。そのマント人間は女のようなその人を見つめている。

 

「やっぱりこの間の奴か」

 

 女のような人はマント人間に向き直る。どうやら気付いていたらしい。

 

「...お前、貴重な霊石を、盗った。そのせいで私、ペナルティ喰らった」

 

 何とも言えないような曇った声。ボイスチェンジャーでも使っているのか?意識しないと言葉の一つ一つを追うのに苦労してしまう。

 

「あぁ、あれね。残念ながら件の物はもう無いよ」

 

「...ふざけるな、殺す...」

 

「落ち着け、ギャラリーがいる前ではあまり良くない、だろ?お互い」

 

 ギャラリーと言われ心臓が強く脈を打ったのがわかった。額に先程まで無かった脂汗が浮き出てくる。こちらに気付いている?

 

「...覚えてろ」

 

 そんな言葉が聞こえた後、僕はすぐさま逃げ出した。

 

 教室に戻っても、授業を受けてもその恐怖は頭から離れなかった。この学校はいったい何なんだろうか?




零「いや後書きとか書いてる場合じゃないから」

神「一周年、なんだよな。私達にとって一週間だぜ?」

卯「ここでお知らせをもらったので予告をさせていただきます‼」

神「どうした、いきなり。予告って言ったって...」

卯「ただの予告ではございません。『先行予告』でございます‼」

零「こんな終わるのか?状態ですが第四章のタイトルを先行公開いたします」

神「すみません~、聞いてないんですけど!台本ください!」

卯「俺達と神達と空想神話物語第四章のタイトルは...私と天使と天界大戦争物語だそうです」

神「作者~‼台本寄越せ~‼」

卯「ええと、読みますね。天界ノ書を手にいれた神事屋は天界へと次元を越えて向かう。そこで待ち受けるのは『翠女神』。零矢は魔王の力を手にし立ち向かうが...」

零「魔王⁉ってかタイトル的にウィッチさんが中心?」

卯「HAHAHA。軽く暴れますよ。ちなみに第四章開始日時は不明です」

零「そしてもう一つ。俺達と神達と空想神話物語番外編、まぁ外伝?の制作が決定!その細工は...二周年記念で」

卯「では二年目もどうぞご贔屓に」

零「ご愛読ありがとうございました」








神「終わっちゃったじゃんかぁ‼‼」


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来訪者

卯「前回、て~んさい大学生妖美 卯一の後輩こと神木 零矢は晴れて停学が開け、一週間振りの高校に行くといつもの日常が待っていたのでありました」

零「あのー、それ大丈夫なんですか?あれですよね、あのあらすじ紹介...」

卯「そ~んな友人関係が心配な人はほっといて、って怪しすぎるなこの転校生。って霊獣まで!やっぱり何かある」

零「何でいきなりノリノリに...(前回出番なかったから?)」

卯「さぁどうなる今回?」


「...そんな事がねぇ」

 

 私は後輩クンの話を聞きながら運ばれてきたコーヒーを飲んだ。ここは駅の喫茶店だ。私が連絡してここで待ち合わせた。

 

 連絡した理由は霊石の事だ。彼は猫探しの際に会った猫又の霊石を一欠片死守していた。それをその日の夕食の日に渡してきたのだ。私はその霊石をある工場に持ち込んだ。もちろん高く売るためとかではない。

 

 彼の話では、今日学校でも霊獣が出たらしい。『変身』で倒したらしいが猫又の時に近くにいたGDらしき人物と出くわしたと言う。そいつは霊石を取り返しに来たらしい。

 

「取りあえず用心するに越した事はないね、特にその転校生。白って訳じゃ無いだろうし」

 

「そうですよね、なんか目が闇を帯びてた気がしますし」

 

 しかし、木戸先生が転勤する少し前からいたということは、代わりとして新しく派遣されたのだろうか。

 

「戦力増強も無理そうだし、明日私が霊石を渡しに行った工場に行こうか、遅かれ早かれ行くことになるだろうから」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 午後四時、私は時間通りに喫茶店に着いた。が、まだ彼は着いていないらしい。遅いな~、と思っていたら彼は息を切らしながらやって来た。

 

「大丈夫?もしかしてまた今日も?」

 

「いえ、今日は何も。用事が入ってしまって...」

 

 なんだ、用事か。ヒヤヒヤさせてくれちゃって。君がいつも通りだから何か安心しちゃうな。

 

「無事で良かった」

 

 私は彼に微笑んだ。彼は私の顔を見るとすぐに目を反らして、

 

「そんなにヤワじゃないです」

 

と、恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。そう言う所は子供みたいで可愛い。

 

「じゃあ行こうか」

 

 私達は喫茶店を出て、電車に乗る。目的地は西街の工場だ。電車に揺られながらふと思う。誰かと一緒にどこかに出かけるなんて久し振りだ。私は行きたい所があれば一人で勝手に行ってしまう。

 

 だが今は横に彼がいる。不思議な気分だ。そんな気分を深く味わう間もなく列車は駅へと着いた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 『神聖西工場』、そう書かれた看板が風化してボロボロに成りつつある石の壁に掛けられている。いい加減建て替えればと来る度思うのだが。

 

 この工場は日用品を作る事を目的にしている。プラスチック製品だとか。スーパーに売ってる日用品は大抵神聖工場の物だ。

 

 では、何故そんな工場に来たのか、何故それぞれの街に工場はあるのに西街なのか。きっと彼は困惑していることだろう。

 

 門をくぐり、事務所に顔を出して挨拶し、従業員以外立ち入り禁止の扉から中に入る。このまま行くと...あ、あったあった。鉄製の扉に侵入禁止の張り紙が貼られている。私は思いっきりノックした。

 

『誰だい?』

 

 どこからか声がする。聞こえるように大声で話す。

 

「私、卯一だよ。新入りと来たの」

 

 扉のロックが解除されたような音がして一枚の扉が横に開くとまた扉があり、縦、横、斜めと色んな方向に次々と扉が開いて道が出来てくる。何回も思うがここは宇宙船か?

 

 私達が道を通り終わると扉はまた閉じていった。彼の驚く顔が新鮮である。しばらく歩いて行くと、カンッ、カンッと何かを叩くかのような音が聞こえ始めそれに徐々に近づいて行く。

 

 角を曲がると白衣の体がガッチリとした大男がハンマーで何かを叩いていた。その大男は私達に気付くと振り返り、彼に

 

「あら?あなたが新入りかい?」

 

と、女性のような口調で話しかけた。私はもう慣れているが初対面の相手に取ってそのギャップは凄まじくしばらく彼はポカンとしていた。

 

「私の説明してないのかい?」

 

 私に聞いてくる。そう言えば、行こうかと言っただけでこの人の説明をしていなかった。

 

「全く...お前名前は?」

 

「神木零矢です」

 

 すると彼の体をじっと観察し、

 

「ふ~ん、あら!以外に良い体つきしてるじゃない」

 

「あ、ありがとうございます。あまり言われた事がないもので何と言えば...」

 

 マジか。彼出会った時も感じたけど以外に筋肉の付いた体形なのだがあまり言われないって周りどれだけ皆筋肉あるの?

 

「なるほど、卯一と似た境遇なのね」

 

 あ、友達が少ないからか。我ながらに失礼だと思うが納得した。心配しないで、私もそうだからね!

 

「卯一が紹介しなかったみたいだから自己紹介を。私は大鎌(おおがま)。卯一にはカマさんって呼ばれてるから好きに呼んでね。この工場で秘密裏に誓石(オリハルコン)を加工してるのよ」

 

「オリハルコン?」

 

 すると、私にそれも教えてないの?と言うように睨んできた。愛想笑いを返すしかない。忘れるんですよ、色々あるから。

 

「まぁ、ざっくりと説明するとGod-tellとかアイテム、それは全て誓石から作られてるの。誓石は代償に応じて特別な能力を持った物に加工出来る。それこそワイヤー、携帯、それに宇宙船とかね」

 

「宇宙船って今ある既存の宇宙船も誓石から出来てるんですか?」

 

「ビンゴ!社会で習ったよね。私達は宇宙進出を目指した結果、日常ではほとんどが三百年近く前から変わらない。それっておかしいよね。そんな技術があるならどれだけ日常を豊かに出来ることか」

 

 彼はうつむき顎に手を当てて考えている。恐らくその結論まで至るにそう時間はかからない。

 

「もしかして...その技術を隠蔽してるんですか?例えば管理局とかが」

 

「ハイハイ、その話はそこまでにしなさい」

 

 せっかく答えに辿り着いたのにカマさんに遮られる。用は、来た理由を言えという事だろう。私は最近二人の周りに起こった事を話した。

 

「学校にも霊獣が...いったい何考えてるのかしらね」

 

 霊獣とは霊石で出来た化け物の事だ。

 

「まぁ、例の物はあと数日で完成するだろうし。ソウに届けさせるわ。それまで頑張ってね、新入り君」

 

「はぁ...」

 

 そう言えば、今日はソウ君を見ない。買い物かな?まぁあの子は人見知りが激しいから居たとしてもあまり見かけないんだけど。

 

 私達は取りあえず紹介が終わったので帰ることにした。帰り際、カマさんに呼び止められ小声で

 

「あまり一人で背負うんじゃないよ、せっかくわかってくれる子が来たんだから。お幸せに」

 

 どうやらまた背負っていることを見透かされたらしい。最後の一文はちょっとよくわからないが。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 私達は工場を出て電車に乗り南街へと戻る。疲れたから家に帰りたいところだがまだ行く場所がある。学校付近を歩いていると彼が、

 

「そう言えば何でカマさんは代わりに誓石に何かしらの代償を払ってくれるんですか?」

 

「それはあの人がそういう『隠された力』だから。だから...⁉」

 

 彼がシッ、と口に人差し指を当てて喋るなと示唆している。口パクで普通に歩いてください、と言っているのでなるべく彼の方を向かずに理由を聞いた。

 

「どうしたの?」

 

「駅か学校からですかね、多分付けられてます。件のGDではないと思いますが」

 

「目的の場所は大型スーパーの裏の道の丁度周りから見えない位置にあるマンホールだから。五分ぐらい別々に行動してそこで待ち合わせで」

 

「了解しました」

 

 私達は二手に別れて目的の場所とは別の方向へ走る。目的の場所は左に曲がるが私は右へ、彼は直進した。

 

 幸い土地勘はあるので色々曲がりながら五分ぐらいかけて目的地まで辿り着くと彼の方が先だった。

 

 私達は無事での再開を喜んだあと、マンホールに向かい一喝。

 

「「神聖解錠ッッ‼」」

 

 光が辺りを包み見慣れた地下室へと一瞬で移動する。いきなり暗くなったので目が慣れなかったが彼はちゃんと居るらしい。

 

「あぁ、変わってなくて良かっ...」

 

 良かった、と言いたかった。ドアを開けたらいつもの研究室だと思っていた。それは変わらなかった。ただ一つ絶対にここに居るはずのないものがあった。

 

「ここ...どこですか?」

 

 神聖学園高校の制服、彼よりも眺めの黒髪で凛々しいと言うよりは可愛らしいという印象を受ける男の子がそこにはいた。

 

「ウソ...」

 

「マジか...」

 

 三者の視点は互いに交わったり反らしたりして約三十秒もの間誰も喋らず、沈黙を破ったのは“神”の

 

「久し振り...ってはぁ⁉」

 

 と言うムードぶち壊しのすっとんきょうな声だった。




──予期せぬ来訪者──

 次回、

  「悪ぃ」

  「今!武器庫‼」

  「なっ⁉いつの間に!」

  「無事に帰れるとでも思ったか?」


            ──プレディクション


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プレディクション

 すみません、遅れました。都合上予告は無しでお願いします‼


……ヤバい、変な所に来ちゃった

 

 駅で、この前学校にいた、女の人(多分中は男)の人と似た声がして後をつけたら何か変な話してるし、走り出すしで、どうしようかと思い、いつもの予知能力を使ったらマンホールに何か呪文を唱えているビジョンが見えたので、それを言ったらこんな場所に来ていた。

 

「いや!でもここ凄い、何と言うか最新みたいな」

 

 大きなモニターに難しそうな器具の数々、金色のドアに澄んだ空気。まるで研究室のような印象を受ける。そんな感情に浸っていると、

 

「変わってなくてよかっ...」

 

 どうやら家主が来たようだ。人数は二人。

 

 片方は赤茶髪のショートカットヘアーで黒い大きな目、誰もが美人と言うであろう顔で普段着の上に白衣を羽織っていた女性。

 

 もう片方は男性で女性より頭一つ分背が高くどちらかと言うとボサボサに見える黒髪に鋭い目付き、カッコいいと言うよりはイカついイメージを受けた。

 

「ここ...どこですか?」

 

 不用意にも道に迷った風に装って訪ねてしまった。いや、無理なのはわかっている。どう迷ったらここに来るんだろう。

 

 僕達の目線は一点で交わり、お互い気まずい雰囲気が続くなか、どこからかすっとんきょうな声が聞こえてきた。

 

「久し振り...ってはぁ⁉こいつ誰?」

 

 声の方向を見ると、モニターに女性の姿が。肩より下まで伸びた銀髪。アニメキャラのような顔立ちと声。今の自分の気持ちを簡潔に表現するなら、

 

 何 だ コ イ ツ は ?

 

 としか表現できない。AIか...?

 

「仕方ない、電気銃(エレキガン)で気絶させるしかないか」

 

 赤茶髪の女性がボソッと呟く。今確かに気絶させると言った。全身に冷たい汗が伝わっていく感覚がする。

 

「後輩クン、よろ」

 

「え...わかりました」

 

 後輩クンと呼ばれた男性が近づいて来る。喧嘩などあまりしないのでよくはわからないがこれは殺気ではないだろうか。

 

「悪ぃ、ちょっと我慢してくれ」

 

……ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい‼我慢って何?ちょっ、僕これから何されるの?あっ!集中しろ、集中しろ!いつものビジョンで...

 

 深呼吸し、気持ちを落ち着かせてイメージする。体が熱い感覚に襲われ、脳内にビジョンが映し出される。そこには左腕を掴まれ、身動きが取れなくなるまでの映像が流れた。

 

 直後、男性はビジョンと同様に左手を掴もうとしてくる。僕は左手を後ろに回し、

 

……ダメージを入れるなら...ここだ‼

 

 思いっきり、股間を蹴り上げた。男性は呻きながらダウン。ヤバい、やり過ぎただろうか。

 

 間発入れず女性がワイヤーのような物を射出してきた。僕がギリギリで躱すと、次は左手のワイヤーを射出してくる。

 

 このままでは避け続けて体力を消耗して負ける。もう一度集中し、ビジョンを見ると背後から銃撃されて倒れる自分の姿が見えた。ワイヤーを射出し続けるのはそこへ移動させる為だったのか。

 

 次々に射出されるワイヤーを避け続けて少し開いているドアの前に立つ。ビジョンではここから銃撃された。

 

「今!武器庫(アーセナル)‼」

 

 女性の掛け声と同時にしゃがむ。ドアの隙間から弾丸が放たれ、僕には当たらずに真っ直ぐ女性へと向かって行った。

 

「えっ、いやいやいや、ちょっ!待っ...アアアアアッッ‼‼」

 

 叫び声を上げ、倒れる。今のが電気銃って奴か。

 

 僕は長居するのは危険だとわかり入り口の扉を開こうとするが、

 

「あれ?開かない」

 

「ハァッハッハッ‼無事に帰れるとでも思ったか?」

 

 アニメ声が耳に響く。コイツの仕業か。

 

「コイツ等がそう簡単にやられる訳ないだろ?」

 

 僕は集中し、この後のビジョンを見ようとする。が、

 

「なっ⁉いつの間に!」

 

 両手両足にワイヤーが巻き付けられている。それは左右の二人から射出されていた。

 

「フィナーレだ、武器庫(アーセナル)

 

 身動きが取れない中、ドアが開いてアンドロイドが銃を構えながら出てくる。僕は観念して目を閉じた。タイミング良く三人の絶叫が重なるビジョンが見えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ぷはっ、ハァッ、ハァッ...え?」

 

「目、覚めたか」

 

 水をかけられ覚醒すると、椅子に座らされて縛られていた。しかし、他の二人も同様だった。

 

「今、何時ですか?」

 

「七時半過ぎだよ」

 

 女性はやれやれといった感じで答えた。疲れているのだろう。が、それよりも気になったのは...

 

……お、大きい...

 

 部屋に入ってきた時もそうだが、縛られているので嫌でも女性のある部分が強調されてしまっている。

 

 言い訳をいうならば別に見たくて見てる訳ではない。面積的に視界に仕方なく入ってしまう訳で...

 

「武器庫‼」

 

 アンドロイドから水を掛けられた。ってあれ?何で男性も掛けられてるの?あ、あぁ同じ理由か...

 

「あのねぇ!少しは欲望を抑えられないの?」

 

 そう言って自分だけ武器庫に縄をほどいて貰っている。僕達はそのままなんですね...

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 何はともあれ、お互いに自己紹介をした。

 

 女性は妖美 卯一、大学生で、男性は神木 零矢、僕と同じ高校の先輩だった。

 

 彼らは表ではいわゆる何でも屋を経営し、裏ではGDと呼ばれる組織が起こす事件を阻止していると言う。どおりでこの場所を隠しておきたいわけだ。

 

「そうだ!多分そいつも聖なる力持ちだ。えっと...『予知(プレディクション)』」

 

 で、このアニメ声が“神”と呼ばれる存在でどういう者なのかは実際のところウィッチさんも零矢先輩も知らないらしい。

 

 GDはほとんどが隠された力持ちで並の人間では歯が立たない。しかし、二人は一般人が持っていない聖なる力を使って対抗している。そして何故か僕もその力を持っている...らしい。どうやらよく見るビジョンはその能力だという。

 

「で、翔?だっけ。お前も狙われる可能性あるかもだし神事屋入らない?」

 

 零矢先輩が聞いてくる。確かにバイト代も出るし、基本楽な仕事内容なのだが危険度が高い。しかし、GDは遅かれ早かれ襲って来るだろうし、何の情報も無いままだと身内にも危険が及ぶかもしれない。

 

 結局色々考えた後、

 

「じゃあ、入ろうと思います。これからよろしくお願いします、先輩方」

 

「先輩だって、可愛い後輩から!良いねぇ、言われないし」

 

「そうですか、ウィッチ先輩?」

 

「後輩クンはさん付けでしょ?」

 

 零矢先輩...せっかく先輩ってつけて呼んだのにあえなくスルーされた。何だか凄い可哀想に見える。

 

「そう言えば二人ってお付き合いされているんですか?」

 

「「へっ?」」

 

 間の抜けた声が重なる。実はずっと気になっていた。と言うか、高校生と大学生だし、カップルでもおかしくはない。

 

 二人はしばらくお互いを見つめ合い、言った。

 

「「いや、確かに同棲してるようなものだけどそう言う関係じゃない」」

 

 そう言う関係じゃなくても凄い言葉が聞こえた気がする。ってカップルじゃないのに同棲なんてするのか?二人とも何か特別な理由があるとか?

 

「まぁ、確かに住んでいるけど、健全な男子高校生が夢見ているものは起きてないし...起きて欲しい?」

 

「まぁ、欲しくない訳では...」

 

「スケベ」

 

「はぁっ⁉」

 

 何だろう、見てるこっちがニヤけてしまう。なんかズレてる感じはするがカップルみたいに仲が良いと思う。

 

「おいおい、痴話喧嘩はそこまでにして...」

 

「「どこが痴話喧嘩だッ‼」」

 

 ヤバい、タイミングが同じ過ぎる。笑い過ぎてお腹痛い。

 

「翔爆笑してるじゃん、早く話を戻せ!」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「まぁ、こんなもんだよね~」

 

 今僕は水色のTシャツの長さをて測って貰っている。手にはGod-tellと呼ばれるマリンブルーの携帯が。僕専用との事。

 

「これでお前も神事屋の一員だし、同じ学校だからよろしくな」

 

 僕は零矢先輩と握手を交わした。何だか高校に入って新たなスタートを切れた気がする。上手く両立出来るかは心配だが、頑張って見ようと思う。

 

 僕は別れを告げ帰路へついた。両親になんて話せばいいか悩んだがありのまま話せばいいか。



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第4章 私と天使と天界大戦争物語
天界ノ書


 諸事情により遅れました。どうぞ。
 あ、新章開始です。


 初めて依頼させていただきます。神事屋M-S様。

 私は南街博物館の三田と申します。

 突然で申し訳ないのですが二十二日の午前九時から午後九時頃まで天界ノ書の展示されているスペース内のガードマンを依頼させていただく存じます。

 人数は三名程いらっしゃれば十分です。

 当日は入館料金は無料とさせていただきますので恐縮ですが受付まで一声お掛けください。

 

                 四月十四日

 

「って言う依頼内容が届いたんだよね」

 

 私は朝ごはんの豆腐に醤油を掛けながら空いた手でGod-tellをいじり、白飯を口に頬張ろうとしていた後輩クンにネットに届いた依頼内容を説明した。

 

 依頼主は書いてあるように南街博物館の者らしい。南街博物館と言えば古事ノ書のあった場所だが、あそこには天界ノ書も保管されている。それよりも依頼される仕事と言えば猫探しとか買い物の手伝いが多かったのに急に大仕事が舞い込んで来たものだ。

 

「...天界ノ書ってもしかして古事ノ書みたいに神の世界観に飛べるんじゃ、確か古事ノ書以前に書かれているって聞きましたし」

 

 おぉ、予習バッチリだね♪その通り、天界ノ書は私達が次に神代の世界に飛ぶ為の本。だからこれは千載一遇のチャンスでもある。

 

「まさか...ガードしたついでに研究と称して天界ノ書を...」

 

 う...そこまで予想済みか。運動能力の高さから体育会系かと思ったけど頭は回るらしい。いや、その考え方は失礼か。

 

 私が明後日の方向を眺めていると彼は呆れたように

 

「いやもうそれただの犯罪じゃ...有名になる前に犯罪者になったら入れる所も入れなくなりますよ⁉」

 

「甘いねぇ、そんな綺麗事じゃ生きて行けないよ?流石に冗談だよ、他にも書物はあるし、今回は下見だよ、下見」

 

 まぁ、冗談って言えば冗談だけどその方法は最終手段としてとらなきゃいけない事も考えなければいけない訳であって。そもそも君を生き返らせる為なんだケド。

 

……犯罪者ねぇ...一理あるなぁ。痛い所を突いてくる...

 

「ともかく丁度三人だし、来週翔君と私とキミで行こう」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 四月二十二日、土曜午前七時。私達は『赤車』で博物館の近くまで行き、人通りの少なく電柱に付けられた監視カメラの死角になる所で車から降りGod-tellにしまったあと、そこから歩いて向かった。

 

「そう言えば、翔。何の部活に入ったんだっけ?」

 

「弓道と悩んだんですけどサッカーにしました」

 

「良いねぇ、うちの高校は強かったし、両立頑張って♪」

 

「はい!」

 

 ちなみに翔君は両親に神事屋に入る事を言ったら、私学だし勉強には困らないから社会見学だと思って励みなさいと言われて許されたそうな。それにしてもサッカー部か、足技がうまくなってくれれば戦力的にも申し分ない。

 

 そんな他愛ない会話をしていると、目線の先に南街博物館の看板が入る。更に歩きエントランス前まで来たのだが従業員がポスターを剥がしたりと忙しく動いていた。

 

「何かあったんですかね?」

 

「盗難とか?」

 

 まさか、と思い回転扉を押して受付まで向かう。しかし、人はいなかった。後輩クンが呼び鈴を連打すると、受付嬢らしき人が奥から出てきたので

 

「あの、依頼された『神事屋M-S』なんですけど...」

 

 と以前から作って置いた名刺を渡しながら尋ねると

 

「えぇと、『神事屋M-S』様ですね。三田から聞いております。その、申し訳ないのですがガードマンは必要なくなりましたので手数料だけ支払わせていただきますので、お引き取りください」

 

 と言って受付嬢はレジからお金を出して数え始めた。

 

「いやいや、何もしてないのに貰うのはおかしいですよ!何かあったんですか?」

 

 私は必死に止める。それはそうだ。働かないでお金を貰うなんてうら...いや、おかしい。手数料と言ったって、受付嬢が数えているのは千円札ではなく一万円札だ。博物館側に何かが起こったのは明確だった。

 

「実は...ガードしてもらう予定だった天界ノ書がこの前の水曜日の夜に保管場所から盗まれまして。職員一同公にならないよう必死に手掛かりを捜しましたが見つからず、現在休館の準備を総出で行っているのです」

 

 まさかの盗難だった。しかも超重要品の天界ノ書。しかし、これはチャンスなのではないか?博物館側より先に見つけてマシーンで神代の世界に飛び神力を手に入れた後で戻す事が出来ればギリッギリ法には触れない。

 

「なら、こんなのはどうでしょう?依頼内容はガードマンでしたが、改めて私達に天界ノ書を盗んだ犯人探しを頼むと言うのは?」

 

 私がそう提案すると受付嬢は悩んだ後で上の者に聞いてみます、と言って奥へ消えていった。しばらくすると白髪混じりの髪を七三分けにした大柄な男性が出てきた。

 

 その男性は三田と名乗ったのでこの人が今回の依頼主だとわかった。しかし何でこんな実績のない団体に実力が伴うであろうボディーガードなど頼んだのか不思議だった。何か裏でもあるのだろうか。疑ってもしょうがないが。

 

「事情は聞きました。お願いしてもよろしいですか?」

 

「はい、喜んで」

 

「恩にきます。こちらへどうぞ」

 

 そうして私達は関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアの向こうへと通され、しばらく進んだ先にあった会議室のような場所に案内された。そこで彼の携帯から一つの動画を見させられる。それは天界ノ書が保管してあった場所の防犯カメラの映像だった。

 

 そこには二人のガードマンが退屈そうに入り口に立っていた。だが二人ともスーツの上からでもわかるほどに屈強な体格なのでもしかしたら空手や柔道の有段者だろうか。

 

 下に書かれた時間が二十時十分を過ぎた頃何やらガードマン達が騒ぎだした。丁度カメラから死角になっているが誰かが立っているらしい。すると画面下にマントを深く羽織った者が表れた。

 

 その者はガードマンの注意をもろともせず、瞬時に一人のガードマンに近づき、手刀の一撃で意識を狩り取った。そしてもう一人がうろたえている間に近づき、こちらは蹴りの一撃で沈めた。そして、カメラの下まで歩み寄るとこちらに何かを投げ...そこで映像が途切れた。

 

「これが十九日の事です。幸い二人とも軽傷で済みましたが、彼らは柔道の有段者です。それを一人で、しかも一撃で沈めるなど、並の者ではないと推測されます」

 

「犯行予告とかは?」

 

「そのような物は一切、ありませんでした」

 

 と、なると怪盗等ではない。一番厄介なのは転売目的の泥棒だ。売られたが最後、天界ノ書は見つかっても犯人はわからずじまい。つまり私達は博物館に戻った天界ノ書を盗む事になってしまう。

 

「わかりました。とりあえず公にならないよう調査します。あ、報酬は後払いで結構です」

 

 三田さんは丁寧に頭を下げてくれた。なんだか探偵になった気分だ。もちろんハーフボイルドですが。

 

 私は監視カメラの映像を自分の携帯へと移す。取りあえずここにいても従業員の人達の邪魔になると思い研究室へ戻ることにした。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 例の画像を拡大し、画質を改良して見たがやはり顔までは映ってなかった。マントを羽織っているので予想になってしまうが、身長は百六十前後というところか。しかし体格から男か女かまでは流石にわからなかった。

 

「んー?」

 

 私の後ろで共に画像を見ていた後輩クンが唸る。

 

「どした?後輩クン」

 

「こいつ、もしかして...」

 

 思い当たる節があるのか彼がその人物の名を言おうとした時、翔君が遮って言った。

 

「学校にいたマント人間じゃないですか⁉」

 

……マ、マント人間?どんな学名?

 

「あの時見てたのお前かよ。えっと、ミケを探した時に遭遇したGDの事です」

 

 学園にも入って来たと言うGDか。となると、犯人は以外に近くにいる可能性が高いかもしれない。特に怪しいのは後輩クンが言っていた転校生だ。三年のこの時期、しかも木戸先生と入れ替わるように入って来た辺り、GDと何か関連性があるのかもしれない。

 

「後輩クン、転校生の名前なんて言ったっけ?」

 

「転校生?あぁ、破神霊香の事ですか?」

 

「その子、どこ住んでるの?」

 

「わからないですよ、そんなの。でも身長は百六十ぐらいあったと思うんですが...」

 

 取りあえず、容疑者最有力候補は見つけた。しかし、十七、八歳で戦闘集団に入るなんてあり得るだろうか?それよりも前から属して戦闘教育を受けている、洗脳にも近い状況なのだろうか。

 

 仮に犯人が破神霊香だとしても三日前に盗まれた天界ノ書を所持している可能性は五分五分か。既に仲間に手渡したかも知れないし。

 

「OK、あまり良い案とは言えないけど後輩クンは月曜から破神霊香をマーク、出来ればこの地域に住んでる生徒に水曜日の十九~二十一時にアリバイがあるかを聞いておいて。翔君は適当な理由付けで家を探して。私はガードマンに詳しく話を聞いてみる。以上、解散‼」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 四月二十四日月曜日。

 

 時刻は正午を過ぎたあたりだ。既にガードマンからの新しい情報は手に入っている。犯人はカメラを壊した後、天界ノ書を持ったまま駅と真逆の方向へ走って行ったらしい。

 

 実際、道端の監視カメラの映像を“神”にハッキングしてもらって調べたが、博物館付近の二台には映っていたがそこからは映っていなかった。監視カメラの位置は把握済みという事か。

 

 と、なるとこの付近の地理に詳しいだろうから近くに住んでるまたは仕事等の用で来てる人物の可能性が高い。その場合候補が多過ぎるが。

 

 因みに後輩クンからの情報は残念ながらこれと言ったものはなかった。十九~二十一時のアリバイなど無い学生はほとんどである。だが翔君からの情報には手掛かりがあった。

 

 破神霊香は神聖学園の通りを挟んだすぐ向かいにある学生寮に住んでいるという。学園は博物館から見て駅から真逆の方向だ。

 

……これはひょっとしてビンゴでは...?

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 同日時刻十八時。

 

 午後に授業が入って無い後輩クンが学生寮に聞き込みに行って手に入れた情報をメモした紙を持ちながら話し始める。

 

「つー事で、聞いて来た情報を言いますね。学生寮で十九日の午後十九~二十一時の間出掛けてた女子生徒は三人いました。破神もその中に」

 

「それで?」

 

「二人は買い物をして袋を持ったまま帰って来たらしいですが、破神は散歩と言って何も持たずに帰って来たそうです」

 

 これはほぼ黒ではないか?問題は手ぶらだったということだが。確かに付近で盗難事件が起き、その事件で盗まれた物と同じ物を持って帰ってきたら自分が犯人だと言っているようなものだ。実際被害届を博物館が出さなかったから良かったものの犯人ならばそのリスクは流石に警戒しているはずだ。

 

 となれば天界ノ書はどこか別の場所に隠して起き、後で取りに行ったという事か。後は決定的な証拠さえあれば確定で犯人になる。何か上手く事が運び過ぎて変な気はするが。

 

「ってよく女子寮でそんな事聞けたね。普通怪しまれるでしょ?」

 

「あぁ、知り合いがチンピラに絡まれた時に助けてくれた人を探しててお礼がしたいからその時間帯に出歩いてた人いますか。って聞いたんです。まぁ、管理者はいきなり目付きの悪い男が女子寮に入って来て何事かと思ったと言われましたが」

 

……うぅ、何かそれはわかる気がする...

 

 初めて会った時からどことなく感じてはいたが彼の目付きはお世辞にも良いとは言えない。普段の顔が少し睨んでいるように見えるし、恐らく本気で睨めば目だけで子供を泣かすことなど簡単だろう。

 

 別にいつも機嫌が悪いわけではなく、彼の感情も豊かなので目で損をしていると言えばそうなのだが...まぁ私は内面を知っているので避けたりなどしないのだが...ちょっとカッコ...コホン、思考が反れたようだ。

 

「で、明日どうします?」

 

「それなんだけど翔君にも協力してもらって...****」

 

「……上手く行けば良いですけどね」

 

「まぁね♪さぁディナータイムよ」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……あぁ、狙撃手・三(スナイパー・ドライ)翠女神(ゴッドネス)だけど、あなたこっちにいるんでしょ?……調べた事があって。……撃って欲しい奴がいる」

 

 用件を伝えた後、God-tellを切る。傍らにある天界ノ書を見つめながら、溜め息をついた。逃げる途中に適当に選んだ民家の倉庫に入れて置いて正解だった。回収の際はその家のインターホンを鳴らし、家の者がそれに応対している間に倉庫に忍び込み回収する。

 

 それを学校の鞄に忍び込ませ適当な参考書のカバーを掛ける。受け渡しは明後日、それまでにこの回収して来た天界ノ書を管理しておかなければいけない。

 

……嗅ぎ回り出したか...動くなら明日か、それともまだ様子見か

 

 首もとのペンダントに触れる。弓の形に形作られた翡翠色のペンダントトップに指先を絡ませる。

 

……久し振りに使うのかな...

 

 ふと、壁にかけた時計を見ると時刻は二十三時をまわっていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「出来たわッ‼何だっけ?名前」

 

GK銃(ゴキラガン)って卯一お姉ちゃん言ってた」

 

「相変わらずひどいネーミングセンスね。じゃあ、明日よろしく」

 

「はーい。眠いからもう寝る」




──それぞれが動き出す──


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裏読み

「前回のあらすじ、『天才』大学生の妖美 卯一率いる神事屋に博物館から天界ノ書を護衛する依頼が届き、向かったのだが、なんと天界ノ書は盗まれていたのでありました」

「あの毎回思うんですけどあらすじだけテンション高くないですか?」

「本編に明るい描写が一切ないからバランスをとってるんです!さて、そのあと犯人探しの依頼を改めて受け、推理していくと、ある人物にたどりついたのでありました」

「そういえば現行ライダーでもまさかのジーニアス出ましたね」

「カラフルだよね♪じゃないし!もう後輩クン邪魔しないで!こうして『天才』の作戦が始まるのでした」

「そう言えば最後のGK銃って何だったんですか?名前がダサ...」

「『フリーズベント』。はい、では本編どうぞ♪」


 四月二十五日火曜、七時。

 

「詰め込んだ?」

 

「一応God-tellに入れ終わりました」

 

 私達は今ラボにいる。天界ノ書を取り返せるかもしれない今日の為に準備をしているのだ。とは言え、実行するのは二人の後輩であり、私は結果を待つだけとなっている。

 

「じゃあ家に戻ってご飯食べよう...気を付けてね」

 

「...はい」

 

 このまま何もなく成功してくれれば何も問題はない。心配なのは戦闘だが、神の力もあるから大丈夫なはず...

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「あの~、破神先輩いらっしゃいますか?」

 

……予想通り変な風に見られてる

 

「あいつなら購買じゃね?」

 

「そうですか、ありがとうごッ、ございましたッ」

 

 ヤバい、緊張して噛んでしまった。というか何で僕が引き付け役なんですか、先輩方...

 

 元々演技なんてやったことが無いので正直めちゃくちゃ怪しい奴に見られてる気しかしない。こんな事ではターゲットに嘘がバレてしまう。

 

 気を引き締め、ターゲットを探す。

 

……えぇと、黒い長髪っと、っていっぱいいるじゃん!まずい、昼休みが終わる前に探さなきゃいけないのに!

 

 するとそこにツインテールにした青色の瞳をした人が歩いて来てぶつかってしまった。その人の財布が落ち、生徒証が顔を出す。

 

「ごっ、ごめんなさい」

 

「……いえ」

 

「あの、落ちました。ええとはッ...破神さん?」

 

 まさかのターゲットに遭遇。この人が...あのマント人間なのか?

 

「……どうも」

 

 生徒証をスッと取って隠すようにしまいすぐ立ち上がって行ってしまう。あぁ、脚白くて綺麗だったな...じゃなくて‼

 

「あのッ‼お話があるんですけど!中庭にでも」

 

 まずい、大声で叫び過ぎた。公開プロポーズみたいなものじゃないか。断じてそんなつもりじゃないですから!悪い事をしていないのに何か周りの目線が気になる。

 

「いいよ」

 

 周りから黄色い歓声があがる。だからそういうのじゃないから!命掛けなんだから!

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 何とか中庭まで連れて来ることが出来た。人目もないし話を切り出すには丁度良い。

 

「あの、寮で聞いてるかも知れませんがチンピラに絡まれた時に助けてくれた人にお礼を言いたくて探してて、破神先輩が凄いその人に似てるんですが...」

 

 もちろんこれは真っ赤な嘘だ。まずチンピラを見たことがまだない。

 

「十九日の二十時頃どこにいましたか?」

 

 すると間髪置かず、

 

「……何か勘違いしてる。……それ私じゃない。違う人。……それに確認するだけでいいのに時間まで聞く理由がわからない」

 

 と、答えられたまずい、痛い所を突かれている。零矢先輩はまだ来ない。このままでは逆に警戒されて、僕も狙われるかもしれない。

 

「……あなた何か理由があるの?」

 

 どうする⁉どうする⁉この人の前で能力を使うわけにはいかない。あぁ、もう!ごめんなさい、零矢先輩。

 

「り、理由と、言うか、僕が何の策も無しにここに来たとでも、思いましたか?」

 

 そう言って三階の先程行った彼女の教室の辺りを指差す。これは話が詰まったら使えと言われた言葉だ。負け惜しみみたい?皆まで言うな、黙っとけ。

 

 どうやらその意図を理解したらしく、校舎に戻ろうとする彼女の前に...零矢先輩が窓から飛び降りてきた。

 

「欲しい物はこれか?ゴブリンごときじゃ俺みたいなのが来たら護衛できる訳ないっての」

 

 先輩は手に博物館で見た天界ノ書と同じ物を抱え、地面に叩き付けたもう片方の手の下には石のような物が転がっていた。タイミングギリギリ過ぎやしませんかね。

 

「……あなた、それを盗った意味がわかってない。……ここにいる私達皆同じ。……人に嫌われる。……だからそれで人を滅ぼす。……だから返せ泥棒」

 

 彼女はその青い瞳で先輩を見下す。その目はここからでもわかるほど殺意と...哀れみのようなものが伺えた。だけど皆同じってどういう事だ?

 

「泥棒はお前もだろ。博物館からこれ盗って、ウィッチさんから技術を盗って、そんなコソ泥集団に泥棒なんて言えるのかよ」

 

「……お前、最初から何かムカつく。……心がおかしくなる。……殺す」

 

 彼女は前に一歩踏み出したかと思うとその綺麗な脚を先輩の顔面めがけて蹴りあげた。瞬間の出来事に思考が追い付かなくなる。

 

「あっぶねぇ」

 

 先輩はその一撃を両腕をクロスして受け止めていた。彼女も彼女だが先輩も先輩だ。反応速度が桁違いである。

 

 が、彼女は受け止められた右足を軸に軽く地面を蹴って左足で先輩の右肩を蹴る。ガード出来なかった先輩は左へ倒れた。今の動き重力に逆らってない?

 

「おいおい、重力無視してんのかよ。だったら...」

 

 先輩は倒れながらもGod-tellのボタンを押す。話には聞いていたが神の力を宿して戦うのだろう。先輩の身体に踊り子のような服が出現して、頭髪が伸びていく。やがて前に見た女の人のような姿に変わった。衣装際どッ⁉

 

「『変身』...天宇受売命」

 

 先輩はボクサーのように足でリズムを取る。

 

「……神力?」

 

 彼女が怪訝そうな顔をする。ってか僕は何で意気揚々と実況してんだ。戦わないと。

 

「ほいよ、翔」

 

「うわっと」

 

 先輩が投げて来た銃を受け止める。ってよりによって『電気銃』か...気絶した経験があるのであまりいい思いはしないが仕方ない。

 

 銃を構え彼女の方へ向ける。タイミングを見計らって引き金を引いた。反動で尻餅をつく。

 

 確実に命中した、はず...そう思ったのに。尚も彼女は普通に動き続けている。気絶する程の電撃を喰らって動けるはずなんてないのに。

 

……だったらもう一発‼

 

 今度は壁に捕まり反動を軽減させて撃つ。寸分の狂いなく光弾は彼女へ向かっていく。彼女は戦いながら光弾に手をかざした。光弾が身体に当たる前に四散する。何で...

 

「お前、能力で見えない壁みたいなの作れるだろ」

 

 そういう事か。なら『電気銃』(こんなの)じゃ相性が悪いな。

 

 乱暴に銃を投げ捨て殴りかかる。が、そんなカッコ良くいくはずもなく、すぐにいなされ手をとられてしまった。

 

 その体型に似合わず、僕は軽々と宙に浮かばせられ先輩に向かって投げられた。攻撃体勢だった先輩にぶつかり転んでしまう。

 

「何やってんだよ...」

 

「ごめんなさい」

 

「……そんな即席のタッグなんかで勝てる訳ないでしょ」

 

 彼女はGod-tellを取りだし、何か操作をしたあと、僕たちに向けた。空中に映像が映し出される。どこかのビルの上からみえる映像の様だ。目の前に大きな学校のような建物が映っている。何故こんな映像を見せるのだろう?

 

「……これ。どういう意味かわかる?」

 

「神聖大学かッ⁉まさか?」

 

 先輩が焦った様子でGod-tellを取り出した。流石の僕もこの意味がわかった。高所からの映像、聞き覚えのある大学。

 

 映像が拡大されていく。映像の真ん中に大きく十字の線が見える。間違いない。これはスコープからの映像だ。そしてその十字の真ん中に映っていたのは...

 

「ウィッチさん?」

 

 予想通り。狙撃手から狙われている。先輩は小声で何か言っていたが、

 

「……そこまで。それ以上何かいじればすぐに撃つよ」

 

 警告され、先輩は諦めた様子でGod-tellを地面に置いた。僕も同じようにする。

 

 裏を読まれていた。僕達ははめたつもりであったが、既に人質を取られていたのだ。まさかウィッチさんまで調査済みとは。

 

「……この女、知り合いでしょ。……ヒーローごっこの終幕がどうなるのか思い知らせてやる」

 

 やはり、僕達にはGDと戦うなんて無謀過ぎるのか?こんな時に狙われている当の本人は子供からアタッシュケースを受け取って後ろを向いてしまった。......ん?アタッシュケース?

 

「……この女、馬鹿ね。……わざわざ背なんて向けて。……撃って」

 

「馬鹿じゃねぇよ」

 

 先輩は場に合わない笑みを浮かべる。え、まさかアタッシュケースで狙撃を弾くとか無謀な事するの⁉

 

 ダンッという音が映像越しからでもわかった。衝撃でウィッチさんの白衣が舞い上がる。それはまるで天使の羽のように、最期を示唆するかのようだった。しかし、その羽が赤く染まることはなく、

 

「方角は南から西へ36度、距離は約700mならここら辺かな」

 

 冷静に狙撃手の位置を呟きこちらを真っ直ぐ見つめる。手にはかなり大きめの銃を持っていた。一瞬の出来事で思考が追い付かなくなる。

 

天才(ジーニアス)だ」

 

 誇らしげに呟く先輩。それとほぼ同タイミングで映像から小さな銃声が聞こえた。コンマ数秒遅れてカメラが崩れ、倒れる。

 

「……うそ?……あの位置からスコープ無しで狙撃なんてあり得ない」

 

 え、狙撃したの?相手も見えないはずなのに?映像が遮断される。先輩は元の姿に戻っていた。

 

「言ったろ、じゃ。天界ノ書はもらってくから」

 

 先輩はそう言って箱のような物を召喚し、その中に天界ノ書を入れた。

 

「退くぞ、翔」

 

 素直に従い、電気銃を拾って後ろを向く。刹那、風がささやくかのごとく小さな声が聞こえた。

 

「……アグ」

 

 直後風の流れが明らかに変わり、形容しがたい感覚に襲われる。その感覚全てが正常に戻った時、予知など関係なく振り向いては行けないという警告が身体全体に駆け巡った。

 

 先輩が僕を突き飛ばす。全ての動きがスローに感じる。そう言えば死ぬ直前には全てがスローモーションになると聞くがこの事なのか。なら死ぬのか、ここで。

 

 思考だけが脳内をめぐっていく。それなのに血液は流れていないのか指一本も動かせない。先輩の方を見ると肩辺りに翡翠の矢が見えた。

 

 それは先輩の肩を掠め赤い液体を飛び散らせる。そして、翡翠の矢は天界ノ書を入れた箱の真ん中に命中した。

 

 箱は爆発四散しその勢いで僕達は壁に叩き付けられた。身体に痛みが走り、もはや動こうなどという気すらしない。

 

「おい⁉翔...しっかり...ろって、...い、かけ...」

 

 先輩の声がどんどん遠のいて行き、僕は力尽きて目を閉じた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 覚醒した時、目の前に見えたのは見知らぬ天井だった。

 

「目、覚めたか」

 

 声のした方へ首を向けると、零矢先輩がいた。頭や腕に包帯を巻き、実に痛々しい印象を受ける。

 

「ここは?」

 

「神聖大学附属病院。救急車で搬送されたのよ」

 

 反対側を見るとウィッチさんがいた。急いで来たのか額には汗が浮かんでいた。

 

「まさか、こうなってしまうなんて...痛い思いさせちゃったね」

 

 ウィッチさんが柵に手を置いて言った。とても思い詰めたように。

 

「いえっ、そんなことは。それより、天界ノ書は?」

 

 これ以上思い詰めないように話題を変える。天界ノ書はどこへ行ったのか?まさか一緒に爆発四散したのか?

 

「箱の中の天界ノ書はあいつが持ってった」

 

「ま、偽者だけどね♪」

 

 偽者⁉すり替える時間なんてあったっけ?

 

 心中を察したのか、ウィッチさんが丁寧に説明してくれる。

 

「あのアイテムは偽箱(ダミーボックス)って言って、中に入れた物を複製し、オリジナルの方は特定の座標に移動させる物なんだよ。どう?凄いでしょ?最高でしょ?天才でしょ?」

 

 どこぞの悪魔の科学者みたいな台詞は聞かなかったことにして、そんな隠し玉を持っていたとは。もはや何でもありだな、でもそれなら天界ノ書は無事か。

 

「学校は一週間閉鎖だってよ。お前は明後日ぐらいに退院できるらしいがな」

 

 警察が来て、捜査をするのだろう。授業などできる雰囲気じゃないからな。ちなみに仕事中の事故ということで、入院代は出してくれるらしい。

 

「と、言うことで。ゆっくり休んでね♪」

 

「後は俺達がやるから休んどけ」

 

 そう言って二人は出ていってしまった。僕の身を気遣ってくれたのは重々承知だが、何だか仲間外れにされた気分だ。

 

 僕は窓の外をぼんやりと眺めた。夕日が物悲しげにベットをオレンジ色に染めていた。




──再び神の世界へ──


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再戦

「天才大学生の妖美卯...」

「それもう終わっちゃいますね、次の更新までには」

「うぅ...そうだね。じゃあ普通に」

「前回、俺と翔の連携により、犯人こと破神霊香から天界ノ書の奪還に成功」

「その際に人質として狙われていた私ですが、新アイテムのGK銃により、狙撃主を撃破。その裏読みにより、戦わずして天界ノ書を手に入れたのだが...」

「って言うかウィッチさんのあの一撃は凄いですね。角度もバッチリだし」

「...翔君⁉あれ、入院中じゃ?」

「前書きは時空が歪んでいるので関係無いですよ」

「メタ発言止めろよ...ってか誰が喋ってるのかわかりにくいんだけど!」

「……そんなことより、私の力であなた達は怪我をおった。……もはや先に力を手に入れる事は不可能」

「何でこいつまでいるんだよ⁉」

「……時空が歪んで...」

「はい、ワイヤーが活躍するお話をどうぞ♪」


「ふぅ、あった、あった」

 

 研究室に戻って来た私達は無事に転送された天界ノ書を見つけた。今回の件で偽箱は壊れてしまったが、あれは元々耐久値が低かったから仕方ないとしよう。

 

「後輩クン、その怪我で行ける?」

 

 翔君ほどではないが、後輩クンも確実にダメージを受けている。その状態で飛んでも失敗する確率の方が高い。しかし、完治するのを待つ時間なんてない。

 

「って言うか、行くしかないんでしょう?大丈夫です。最強の傷薬を持って行けば」

 

 確かにあれはもう整備が終わったから使えるだろう。なら杞憂だったか。

 

 行くと決まれば、事は急げなので早速マシンへと彼を促す。本当は心配だけど、年下相手に不穏な顔を見せる訳にはいかない。ここは信頼して、壊れそうな程の恐怖を作り笑いに隠して。

 

「行ってらっしゃい」

 

 嘘つき。私は結局何も変われないのか。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 凄く澄んだ空気だ。最初に思ったのはそんな旅行者みたいな感想だった。神の国へ旅行なんて随分と洒落てるなと思いながら、おそるおそる自らの服装を見る。

 

 前回は胴着だった。今回は...

 

「ウップス、流石に予想外だわ」

 

 白いワンピースみたいな姿だが、妙に下半身を風が通り抜けていく気がする。え?穿いてないの?

 

 それに背中が重い。一対の腕よりも長く、大きな白い羽が生えて...付いていた。邪魔。

 

 極めつけには頭の上に天使の輪みたいな物が。ってこれ...蛍光灯かよ。もっとあったでしょ、他に。

 

 全ての元凶がGod-tellの中で高笑いをする。いやお前のセンスおかしいだろ。コスプレイヤーかっつーの。

 

「あっはっはっ、ちょっ、お腹痛い。取りあえずすぐそこの街に行ってみ、ふふふっ」

 

 こいつのツボがよくわからないがここまでは前回と同じ。また聞き込みからだろうか?

 

 今回の世界は恐らく天界だろう。天使が暮らしているとされる世界だ。言いようによっては天国とも言えるのだろうか。むしろそっちの方が一般人は納得しやすい。

 

 モダンな外国風の街に近づくにつれ、段々と騒がしくなってきた。って何で毎回街から少し離れているんだ?まぁ街中で何だこの格好⁉とかなるよりはまだマシか。

 

「何かあったんスか?」

 

「はぁ⁉お前聞いてなかったのか?お前はどっちにつくんだよ!」

 

 どっち?何の事だ。って何故怒られなければならないのか。

 

「言わないって事はさてはミカエル派か!ルシフェル派の俺達を偵察しに来たんだな!」

 

 ミカエル派、ルシフェル派?ってまさか天界大戦争か?だから妙に街の中は殺気だってたのか。

 

 それはそうと、この前みたいに神力のような物を貰うなら戦争が始まる前の方が手っ取り早い。戦争中に双方から力を貰うなど骨が折れる話だ。

 

「とりゃぁっっ‼」

 

「うぉっ⁉」

 

 話を聞いた天使が斬りかかってきた。いや、別にどっちについてるとか言ってないでしょ。短気ってレベルじゃねぇぞ。

 

 俺はワイヤーを召喚し、建物の上に先端を引っ掛け飛翔する。が、相手は天使。すぐに背中の翼を使って追い付いて来る。流石、本物。

 

 そんな冷静ぶった事を考えているうちに、普通に叩き落とされた。飛行速度は天使の方が一枚上手だったらしい。

 

 瞬時に月読命にチェンジし、出現した剣を建物の壁に突き刺す。

 

「クッ...止まれぇッ‼」

 

レンガの粉が飛び散り、瓦礫を飛ばしながら地面スレスレで止まってくれた。回りを見ると何事かと天使達が騒いでいた。

 

「すみません、ルシフェル派とミカエル派の決戦地はここからどの方向にありますか?」

 

 すぐ近くで驚いていた天使に訪ねると、おそるおそる右側を指差したので、礼を言ってワイヤーを右側の建物へ向けて伸ばす。そしてスピードを上げる為に天宇受売命にチェンジして、

 

「...縮めぇぇッッ‼」

 

 ワイヤーを縮めさせ、少し助走を着けて地面を蹴る。瞬く間に俺の身体は建物の間を猛スピードで滑空していった。そして、

 

「外れろッ‼」

 

 両脇の建物に固定しておいたワイヤーの先端部分を外し、その勢いのまま空高く飛翔していった。このワイヤー、空飛ぶ為にも使えるとか凄い性能だな。

 

 が、空気抵抗が凄く後ろから天使が追って来ているのか否かが確認出来ない。って言うか喋れない。目も開きにくいので自由落下が始まっているのかさえ確認出来ない。やはり定められた用途以外の使用は危険という事だ。

 

「お前、凄い事してるな。って言うか落ち始めてるぞ」

 

 God-tellからの“神”の声で落ちてるのはわかったが、目が開かないからどうしようも出来ないんだってば。

 

「仕方がない、ほら」

 

 “神”が気遣ってイヤホンマイクを召喚してくれた。やはり、こういう時は天才に頼るのが最善か。

 

「後輩クン喋れないだろうからよく聞いてて!蛍光灯にワイヤーを着けて全力で上に投げなさい!その時絶対に自分側のワイヤーを縮ませるイメージを持って!」

 

 こちらの考えている事は筒抜けなのか?そう思うほど聞きたい事をすぐウィッチさんは答えてくれた。そう言えば前に、

 

(このコネクト・ワイヤーは射出したフックを対象の物に密着させて、引き寄せるor自分をそちらに寄せると言う事が出来るの。普通は対象の物が自分より重いと引き寄せられちゃうけど、フックの内部の仕掛けによって対象の物が自分より軽くても自分をそちらに寄せれるから♪凄くない?天才で...)

 

 とか何とか自慢げに話していたな。よくわからなかったけど、要は対象の物をこの蛍光灯に置き換えて考えろって事か、ってそんなに上手くいくの?前に試した事もないし、ぶっつけ本番はかなり怖いが転落死よりはよっぽどマシか。

 

 ウィッチさんの言葉に逆らうつもりなど微塵も無いので、風圧の中手を動かして何とか蛍光灯にワイヤーを巻き付ける事ができた。続けて須佐之男命にチェンジし、全力で真上に投げる。

 

……縮めッ...

 

 直後、身体が少し上に引っ張られるかと思ったら引きちぎられるような痛みが襲って来た。それはそうだ、重力に逆らう加速度を受けているのだから。

 

 風圧も少し弱くなり、やっと目を開けれるようになると、何も無い平坦な道の上を飛んでいるのがわかった。しかし、少し先に丘陵になっている所が見える。やるしかないのか。

 

 蛍光灯のワイヤーを外し、再び自由落下状態に戻る。取りあえず痛みは無くなった。地面との距離はもう20m程だろうか。

 

須佐之男脚・直打(ストレートキック)ッ!」

 

 丘陵の頂上にスライディングのように着地する...つもりだったが、勢いの余り体勢を崩し、土煙を巻きながら転がり落ちるかのように着地した。

 

「ちょっ⁉大丈夫?」

 

「...大丈夫じゃないッス」

 

 焼けるような痛みを全身に感じる。皮膚は擦りむき血が滲み、身体が上手く動かせない。脚は...多分折れてるだろう。

 

「“神”...傷薬出して」

 

「全く、GDの反応もあったのにもう傷薬使うなんて先が思いやられるな」

 

「おい、待て。GDの反応って?」

 

 さらっと言ったがもうここに入って来たのか。また三人いるならば、最強の傷薬をここで使うのはまずい。ワイヤーがあるし、移動は困らない...さっきみたいな事をしなければ。

 

「君が飛翔する前に出たの。でも反応は一人。まぁ傷薬使うかどうかは自由だけど...」

 

 その時、道の先に紫色の動く物体が視界に映った。獣のようなその姿は以前戦った猫又に見える。否、一匹ではない。その後ろから続々とおびただしい数の霊獣がこちらに向かって歩いてくる。

 

「ヤヴァイんじゃない?」

 

 ゴブリン、グリフォン、オーガにケンタウルス。伝説上の生き物勢揃いかよ。しかも一匹、二匹の話じゃない。その数、実に数十匹。百は軽く越えている。わらわらとまる軍隊のようだ。

 

「地獄かよ、ここは」

 

「……そう」

 

 声を発したのは群がる霊獣の中心にケンタウルスに跨がる一人の人間。それは俺もよく知っている、いやさっきも会った怪我の原因の人物だった。

 

「ちょっと早すぎやしないか?破神...霊香」

 

「……別に、あなたが来るのが遅いから、地獄から軍隊を引き連れて迎えに来ただけ」

 

 本当に地獄だ。さっきまでここは天使がはびこる楽園とばかり思ってたのに。魑魅魍魎はびこる地獄の釜の目の前かよ。

 

「“神”ッ」

 

「あぁ、わかってる」

 

 自動で出てきた傷薬を身体に掛けると、傷が治っていくのがわかる。立ち上がるとすぐに月読命にチェンジし、手元に現れた剣の柄を強く握り締めた。

 

 こちらは剣が一本、相手は数十体。一騎当千とまではいかないがそれでも数は多すぎる。この数は相手した事など一度もないがやるしかない。

 

 霊香が合図を送ると、様々な鳴き声を挙げながら次々と霊獣達が突進して来た。俺は叫びながら、目の前の霊獣を斬りつけていく。

 

 腕や胴体、尻尾に角。斬られた箇所は霊石となって足元にばらつく。それを蹴り飛ばしながら前進し、ひたすら前の敵を斬りつけ、中心を目指した。

 

 飛びかかって来るゴブリンを刺し、その身体ごと別の個体に投げ飛ばし、空を舞うグリフォンの奇襲を躱し、オーガが振り下ろして来る棍棒を受け止めた。

 

 

満月斬り(フルムーン・スラスト)ッ‼...ハァッ、グッ」

 

 回りの霊獣を回転斬りで石へと還すがもはや体力の限界だった。膝をついた俺はオーガに掴まれ、投げ飛ばされた。地面を転がり、立ち上がる前にゴブリン立ちに殴られ、蹴られリンチのようにされる。それを剣で凪ぎ払い、その剣を杖にして立ち上がる。

 

 まだ傷薬がある。どれだけ疲れようと身体が壊れようと、死ぬ前に傷薬さえ使えば元に戻る。立ち上がって前を向くと十数匹のケンタウルスが弓を構えているのが見えた。

 

 放たれる矢をしゃがんで避けようとした瞬間、爆発のようなものが起き、後方へ身体が飛ばされてしまった。受け身を取り、煙が立ち込める場所を凝視すると、霊石が散らばっていた。

 

 が、そこにあったのは霊石だけではなかった。白いワンピースに双方の大きな羽。最初は天使か、と思ったが手に持っている物を見るとどうやら違うらしい。それは見覚えのあるハンドガンと言うには少し大きく、バズーカと言うには小さすぎる物だった。

 

 俺の記憶が正しければ、その武器を使ってたのは只一人だけ。

 

「...まさか...ウィッチさん?」

 

 呼び掛けに答えるようにその人はこちら側を向き、蛍光灯の輪を見せながら悪戯っぽく微笑んだ。

 

「来ちゃった♪」




──天使降臨?──


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GK銃

卯「ビルドロスだねー」

零「あれ?いつもよりテンション低いですね」

翔「まぁ仕方ないですよ」

零「って翔お前今回出るの?」

翔「いないですね、二ヶ月もいないですね」

神「ウィッチ喜べ、今回はお前がでずっぱりじゃん!」

霊「……私もなんだけど」

卯「そう言えば‼...って後半はなぁ。御食事中の方お気をつけてのシーンあるしなぁ」

霊「……取りあえずどうぞ」

零「何でお前が言うんだよ...」


 別に助けに来たつもりじゃない。なんて言う嘘は通じないか。

 

 見ていられなかった。君がボロボロになっていく姿を、逃げたって誰も文句言わないのに果敢に立ち向かっていく姿を。

 

 だから、

 

「来ちゃった♪」

 

 少々顔が強張っているだろうか。笑顔が下手だな、私は。

 

「なぁに?助けに来たのにその顔は?」

 

 何で、と言うより嘘だろみたいな顔を彼はしていた。前、私はあなたに全て任せて研究室に引きこもっていたから、この世界に来たのが嘘だと思ってるのかな?

 

「え...いや、そ...その格好って事は...穿いてらっしゃら...」

 

「なっ...⁉」

 

 反射的に彼の倒れた周りを寸分の狂い無く撃ち抜く。大丈夫当たってない...多分。

 

「ばっ、ばっかじゃないの‼何で助けに来た人に対しての第一声がそれなのさ!この着替えは“神”に言えば変更自由なの‼」

 

 叫びながら背後に発砲する。近付いて来てる事なんてわかっている。こう言うのは待つのが礼儀でしょ。

 

「次言ったらそのペンダント吹き飛ばすからね!」

 

 彼の方を向きながら攻撃の手は緩めない。空から近付こうが、地から近付こうが無駄だ。音や、風、気配でどこにいるかなんて予想できる。

 

「お前、ツンデレ通り越してるぞ。こっわ」

 

「うるさい!チャージして」

 

「りょ」

 

 彼を背に向き直り、私は手にしたGK銃のくぼみにGod-tellをはめ込む。設計図通りしっかりはまった。それをはめることで、God-tellに『充填(チャージ)』の文字が現れる。

 

 試した事はないがまぁこれが実戦でもいいか。予定通り、霊石の結合を弱める弾丸を放つこのGK銃は霊獣に対して絶大的な威力を持つ。私が来たのは、彼にこのアイテムを渡し損ねたからでもあるんだけど。

 

「“神”ッ‼」

 

「OKだ、ぶちかませ‼」

 

 銃口にエネルギーが集まるのを見て、破神霊香が霊獣に退くように合図を出したが、もう遅い。GK銃を両手で持ち胸の前で構える。

 

「「運任せの一撃(シークレット・ショット)ッッ‼‼」」

 

 銃口から出る極太の白いエネルギーが撤退する霊獣達目掛けて向かっていく。反動が凄いなこれ。

 

「大当たりっ!」

 

 “神”がテンション高く告げる。え、はずれとかあるの?必殺技に?だが、エネルギーが命中した場所は戦車でも通ったかのような跡が付き、そこに霊獣はおろか霊石さえ無くなっていた。

 

「……嘘でしょ、百匹近くの霊獣をアイテムを使ったとはいえ一撃で?」

 

「どう?私の発・明・品♪」

 

 しかし、強力だがこの技も使いようかも。霊石まで破壊するとは予想外だった。これ人に当てたら死ぬんじゃないか?

 

 試しに後輩クンに♪と思ったが、これで一発退場されたら洒落にならないのでやめよ。ってか、何考えてるんだ私、助けに来たんだぞ私。

 

 そんな彼は薬で既に回復していたが、今のを見て驚きを通り越してもはや呆れているようだった。わかるよ、馬鹿げてるよね、この威力。

 

「はい」

 

 私は持って来ていたもう一つのGK銃を彼に渡した。因みにGK銃はワイヤーと同じで現実でも使えるアイテムだ。

 

 まだ彼に説明してないような気がするが、現実にも存在しているアイテムは時間の制約を受けない。つまり、神の世界観に持ってこれるアイテムのポケットを消費すること無く持ってこれたのだ。

 

「えっ...もう一つのGK銃?」

 

「君用の、大事に使ってね♪」

 

 因みにGK銃は鎌さんに頼んで4本作ってもらった。残りは翔君用と、後はスペアだ。

 

「無理だったら逃げても良いんだからね」

 

 私は諭すように彼に言う。その年でそんなに使命感を感じる必要なんてない。早く生き還りたいのはわかる、死んだ事はないが心残りがあるなら尚更だ。

 

 でも君が苦しむ必要はない。必要以上の苦痛から逃げたって構わない。生きる為だけに逃げるなら。

 

「無理じゃないですよ、余裕ッス」

 

 また、強がっちゃって。少し可愛いなと思ったけど、まだそう思ってるならこちらにも考えはある。

 

「じゃあさ、GK銃(コレ)霊獣(コイツら)片付けてよ。私は本丸を叩くからさ」

 

 少しは逃げる事を覚えさせた方がいいかもしれない。明らかに不公平な条件を押し付けてみた。これで私は破神霊香を倒す。その後決戦の地まで行き力を手に入れて、彼が戦っていようが先に帰る。

 

 それで助けに来たつもりか、と問われたら言葉に詰まるが可愛い子には旅をさせよ、逃げる事を覚えさせるには良い条件ではないか?

 

 そうしているうちに当の破神霊香はグリフォンに乗ってどんどん小さくなっていった。先に決戦の地まで行くつもりだろう。

 

「じゃあ、よろしく。Summon...『赤車』」

 

「マキナまで持ってきたんですか...」

 

 目の前の敵を倒しながら進むなど非効率的な事はしない。この車で追い付いてやる。では、後輩クン。ご武運を。

 

 ファーラーに頼み最高速度で頭上のグリフォンを追う。道路じゃないからいくら飛ばしても犯罪にはならないのが良い。

 

 このまま先回りしても良いが、結局は彼女と戦うはめになるので取りあえずここらで撃ち落とすか。

 

 気を利かせたファーラーが車の屋根を変形し、風避けに早変わりする。私はGod-tellをGK銃に取り付け、ブレないように風避けのくぼみにはめ込み、構える。

 

「コネクト・ワイヤー!」

 

 先端によく使うワイヤーのフックを模したエネルギーが溜まっていく。外したら気付かれるのでアレを使うか。

 

天才の時間(ジーニアスタイム)ッ‼

 

 緊急事態に使う事がある私の能力。別に何か力が上がるとか操れるとかではなく、集中力と計算速度が人間の限界値を超すだけだ。これで相手の位置、風圧、発砲のタイミングを計算する。...うん、完了。

 

捕縛銃撃(フックショット)ッ‼‼

 

 完璧なタイミングでフック型のエネルギーを発砲する。フックの後に付いているワイヤーを模したエネルギーロープさえ曲がることなく、グリフォンの胴体目掛けてフックが突き刺さった。空中でグリフォンが霊石に還り、破神霊香の身体が宙に投げ出される。

 

 足止めだけならこれで十分だろう。しかし、私は足止めをしに来たわけではない。グリフォンを倒した後でも残っているエネルギーロープを空中の破神霊香に巻き付ける。それから、風避けからGK銃を取り外し、頭の上に挙げる。

 

……ゴメン、ちょっと痛いかも

 

 そして、それを思いっきり振り下ろした。それはエネルギーロープを伝い、破神霊香さえも地面に向かって加速させた。その速さで地面に落ちれば即退場だ。

 

 が、破神霊香は空中で何かを掴み、体勢を立て直して地面への衝突はおろか、まるで天から舞い降りたかのようにゆっくりと着地した。

 

 それを見ながら、赤車とエネルギーロープを元に戻す。後輩クンみたいな化け物だななんて思いながら、上空をサーチすると、薄い壁のような物が見えた。あれを使ったのか。

 

「……危ない」

 

 少し怒ったような声色だった。しかし、その青い瞳にはまだ余裕がうかがえる。相手にも見られていないのかな?

 

「あら、残念。一瞬で現実に戻れたのに」

 

 慣れない挑発を仕掛ける。私こんな悪役みたいな台詞言ったことあったっけ?しかし、彼女は顔色を一切変えずに、

 

「……じゃあ、あなたは痛ぶってから戻してあげる。……トラウマになるほど」

 

 宣戦布告をしてきた。

 

 トラウマねぇ...確かに人には一つや二つトラウマになる出来事がある。恥をかく、絶望する、目の前で凄惨な光景を見させられるなど、誰だってあるはず。勿論私も例外ではない。私のトラウマはいつだって鮮明に目の前に現れる。『天才』の能力のせいで忘れることなんてできない。

 

「私のトラウマ、塗り替えられるかしら?」

 

 笑いながら応えた。今この瞬間の笑顔はうまくいった気がする。満開の悪い笑顔だ。

 

「……こっち側の人?……ならあなた、イカれてるでしょ」

 

「当たり前でしょ?天才って言うのは頭のネジが外れてるのが定義だからね♪」

 

 万人共通の事項だ。これ以上語る必要なんてないだろう。それは相手も同じようだ。

 

 私は電気銃を召喚して2丁拳銃にし、声高らかに宣言した。

 

「さぁ、一方的な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)の始まりよ♪」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 いちいち口数が減らない女だ。前の男と似たようなイラつきを感じる。多分、二人から感じる謎の余裕、なめきった態度。今までの人生を楽しみに費やしてきた奴等なんかに私の気持ちがわかるものか。

 

 確か女、妖美卯一の手にしている武器は電撃を纏った弾丸を放つ銃だったはず。それならば、霊子で壁を作れば避けれる。が、問題はもう片方の銃だ。霊石ごと消した事から、霊石の主成分である霊子も消される可能性は高い。

 

 いや、待て。力を貯めていた時はともかく、連射していた時は一撃で倒せていない事から、一発一発の威力はそんなに高くない。なら...

 

 私は目の前に霊子の壁を作った。無論相手もそれを認知しているようで、注意すべきカラフルな銃の引き金を引いた。目の前の壁が四散する。予想通り、一撃の威力は壁を四散するエネルギーしかないようだ。

 

 続いて三枚の壁を作った。手をかざしていたから、作ったことはわかっているだろうが三枚とは思わないだろう。威嚇のつもりか、電撃の弾を放って来るが壁に当たって砕け散った。

 

 何を思ったのか、電撃の弾を連射して来る。勿論全て四散してしまう。

 

……何が狙いだ?カラフルな銃の方は全く動かしてない。エネルギーチャージをしている?

 

 ようやくカラフルな銃の弾を撃って来た。が、さほど威力は変わってないみたいだ。

 

……遊んでるの?ムカつく

 

 私は二枚目の壁と言うよりは足場に乗り前方へ飛翔する。つまりわざと隙を作った状態になった。敵は待ってましたとばかり両方の銃を構える。どうやら私が急ぐのを誘ってたというわけか。

 

 電気、カラフルと順番に弾丸を放つ。痺れさせてから倒そうと言う魂胆か。目の前に三つ目の壁があるとも知らずに。それで電撃を弾いて、カラフルの方で壁が壊れた瞬間に蹴りを入れてやる。喉元辺りが良いだろうか。

 

 空中でシンバルキックのような構えを取ったその時、身体に電撃が走った。体勢が崩れて落下する。どうして?先に電撃の弾の方を撃ったのに?

 

「天才の発明品に仕掛けが何も無いって思う?弾丸を速くするモードとか」

 

 銃弾の速度を変えれるのか?だから、後で電撃が来たと。敵は電気銃を私に乱射してくる。直撃の痛みさえ少ないものの身体の自由が徐々に効かなくなってきた。壁を作るも、読まれているかの如くカラフルな方を一発撃ち、壊してから電気銃を撃ってくる。

 

「……ふ、じゃけぇ...にゃ...ってッ...‼」

 

「もうろれつが回ってないじゃない?言ったでしょ?ワンサイドゲームだって」

 

 喋りながら手を止める事なく電気銃を放つ。悪魔かこの女は。ヤバい、意識すら朦朧としてきた。嫌だ、こんな惨めに負けたくない。

 

「……ア...グッ」

 

 胸に付けた緑色のペンダントが光る。全てを癒すような緑色の光が、身体の痺れを取っていった。どこか懐かしいような、いやさっきまで隣にいたような暖かさにも似たような感覚。

 

 独りだった私のいつも近くにいてくれた、見守ってくれていた()()がそこにいた。

 

「……お昼振り」

 

アハッ、痺れてるレイカ可愛かったけどなぁ、珍しいね、二回も呼ぶなんて

 

 敵が困惑している。それはそうだろう。姿形が見えない何かと話しているのだから。

 

「……あの態度と胸がでかい女殺るよ」

 

レイカが嫌いそうなタイプだね

 

 緑色の光を放つペンダントが身長と同じくらいの大きさの翡翠の弓矢に変わった。

 

「……魔王解放(デーモンアンロック)

 

 呪文の詠唱と同時に弓矢が弾け飛ぶ。手にはさっきよりは小さく、しかし弧に鋭利な刃がついている弓があった。そして、弾け飛んだパーツがそれぞれ大きくなり、鎧の形を模して、私の身体の周りを取り囲んでいた。

 

「……変身

 

 その掛け声とともに、鎧が一斉に私めがけて飛んでくる。目の前が真っ暗になったと思った瞬間、私の意識は飛んだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翡翠色の(アーマー)?しかも随分とヒロイックな見た目じゃない。腕、脚はパワードスーツのようで、頭には弓のような意匠が所々見受けられる。額には弓が下向きに放たれているかのようなティアラとでもいうようなものがある。

 

 ここまで言ったら某仮面...ゴホッ、うん、みたいだが、一際異彩を放つものがあった。それはその仮面とも言うべきもの。内側にあるだろう破神霊香の顔など見えない漆黒で、目の場所だけが猛獣の如く白く輝いている。

 

やっぱ使いやすいなぁ、レイカの身体

 

「あなたさっき話してた奴?破神霊香はどうしたの?」

 

ボクの中で眠ってるよ、キミが痛め付けたせいで疲れちゃったんだよ

 

 まさか鎧側に別人格があるなんて。しかも変身したら自我は愚か意識まで無くなるなんて。

 

「とんだ欠陥品ね」

 

欠陥品...どうだろうね、ボクに言わせればそれはキミ達の方じゃない?

 

 喋り終わるや否やそれは目の前まで瞬時に移動してくる。咄嗟の出来事で判断が遅れた。

 

「...くうッ...⁉」

 

 たった一押し、突き飛ばされる程の勢いだけだったはずなのに、私はのけぞったように十数メートルほど飛ばされた。頭の蛍光灯が割れ、皮膚に刺さる。

 

 寝たままの体勢で電気銃とGK銃を同時に放つがあの翡翠色の鎧には効いてないらしい。何で?GK銃を喰らえばノックバックみたいな感じになるはずなのに。

 

そんなオモチャ効くわけないじゃん

 

 鎧は手に持った弓を構える。すると、弦のようなエネルギーが弧の両端から伸びエネルギーの矢が現れる。あれが後輩クン達を重傷付近まで追い詰めた原因...

 

 すぐに立ち上がり、横に避けようとするが運動が出来ない私がそんな機敏に動けるはずもなく、

 

「......ッッッッ‼‼」

 

 左足を撃ち抜かれた。今流れている血とは比べ物にもならないほどの量がぽっかりと空いた足から滝のように流れてくる。それから少し遅れて地獄のような痛みが全身を駆け巡った。

 

「んッッ‼...アアッ...ぐ...」

 

 言葉が出ない、今すぐにでも泣き叫びたいのに我慢しなければならないのが辛い。身体からドッと脂汗が出るのがわかる。

 

泣いてるの?かーわいい!良いね、その目。もっと見たいな

 

 すぐに近くに鎧は来て電気銃を拾う、って何で?まさか...嫌だ!それだけは、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼

 

お返し

 

 目を反らす。見たくない。直後焼けるような痛みが足から伝わってくる。

 

「アアアアッッッ‼...痛い痛いッ!...ヴッ、ひ...にぁ...い」

 

 ろれつがまわらない。足がちぎれたように痛い痛い痛い。涙が涎が止まらない、嗚咽と吐き気もまた。私に左足はついているのか?それすらも考えたくない。

 

もうちょっと可愛がれるかなぁ

 

 掴まれて立たされる、もう自力で立つほどの力なんて残ってない。作ったのか壁に寄りかからせられた。

 

 その後杭を打たれるかの如く両手両足に矢が撃ち込まれる。もう痛いとか感じない。早くペンダントを壊してとしか思えない。もう全部投げ出して逃げたい、そんな考えしか頭の中を巡らない。

 

 そんな事を思っていると目線の先──自分の腹部に一本の矢が刺さった。身体の中から何かが込み上げてくる。もはやそれに逆らう気力など無かった。

 

「...ゲホッ...ゴポッ、ガハッ...ハアッ、ハアッ、ハアッ」

 

 下に血溜まりができる。もう死にたい。

 

これまでかな

 

 首筋に鋭利な刃が当てられる。これでようやく...私は帰れる、普通の世界に...

 

バイb...

 

「捕縛銃撃ッッッ‼‼」

 

ッ⁉何このヒモ、うわっ‼

 

 刃の感覚がしなくなった。かすれた目で前を見ると、そこにいたのは鎧ではなく、

 

「...させるかよ」

 

 私が言葉の壁で突き放した彼だった。




──到着──


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逃げない

卯「あれ?またなんか現行とネタかぶってない?」

零「そうですね、ジーニアスと言い、魔王と言い」

霊「ちょっと待って、それまだ本編で言ってないやつ」

翔「何で前書きでネタバレしてるんですか⁉」

神「つーか、何で破神がここのレギュラー化してるのさ」

霊「いや、私本編でずっと出てるし、むしろ時神なんて誰も覚えてないでしょ」

翔「そんな事いったらGDだって忘れられてますよ!」

零「何それ、ゴリラモンド?」

卯「ゲーム、ドクターじゃないの?」

神「いやお前らがボケぶちかますなよ...ほら、本編始まるぞ」


 何とか間に合った。流石に疲れた。あの量は一人用じゃないだろ。

 

 それを押し付けた人の方を見ると、目を背けたくなるような姿だった。見えない壁にまるで生け贄のように張り付けられた身体。両手足、腹部と緑色の矢が杭の如く刺さり、その箇所からは血が滴り落ちている。

 

 左足の脛付近にはぽっかりと穴が空いていて傷口がただれているようだった。見たところそこからの出血量が一番多そうだ。それに口から吐血したのか、下に血溜まりができている。

 

誰かと思ったらお昼の子?

 

 先程吹き飛ばした相手が訊ねてくるが、無視して傷薬を召喚する。

 

へぇ、回復させてあげるんだ。まぁまた痛めつけるけど

 

 無視を続け、手足に刺さった矢を一本ずつ抜いていく。抜く度に傷口から血が出てきて俺の手と服を染める。全て抜き終わると彼女は体勢を崩し俺に倒れかかって来た。大丈夫、まだ息はしてる。

 

キミ達恋人って奴?じゃあ教えてあげるよ、その子の痛がってた顔とっても可愛かったよ

 

 そんな鎧の揶揄する声に耳を傾ける事なく、彼女の頭上から薬をかけてあげる。すると傷口がふさがって血は止まり、流血によって青ざめた表情は気のせいか赤みが増したように見えた。

 

無視してんじゃねぇよ

 

 先程のような軽い口調ではなく、チンピラのような声が背後から感じた。恐らく刃を振り上げているのだろう、がそんな事どうでもいい。

 

 振り向きざまに右足で顔面目掛けハイキックを叩き込んだ。装甲は硬く、むしろこちら側にダメージが入ったと言っても過言ではないが関係無い。

 

 俺は今自分でも抑えきれない物が心中で暴れている気がした。この気持ちを表すならぶちギレと言うのだろうか、目の前のコイツに無性に腹が立って仕方ない。

 

いったいな!!

 

 よろけたもののすぐに体勢を立て直し、次の攻撃へと移ろうとする鎧。しかし、その動きよりも速く俺の両脇腹の横からニュッと顔を出した銃口から弾丸が放たれた。それは直撃し、鎧を後ろへと飛ばした。が...

 

「痛ッ...ちょッ、痛いんですけど⁉」

 

「威力最大だから仕方ないね♪」

 

 弾丸を放った本人──ウィッチさんが仕方なさそうに言う。今、俺は両脇腹を殴られたような感覚がした。まぁ、当の彼女も反動で尻餅をついたのか腰を痛そうにさすっているが。

 

 再び手に持ちっぱなしだった傷薬を頭からかける。勿論彼女にも。この薬の期限はあと数分だし、最終決戦まではもたないだろう。問題はいかにダメージを受けずコイツを倒すか、か。

 

「ねぇ...霊獣は?」

 

「倒しましたよ、一匹残らず」

 

 彼女はハァ、とため息をついた。言うならば言うことを聞かない子供に呆れる親のようだ。恐らく彼女が俺に大量の霊獣相手を押し付けたのは、きっと...

 

「君は...私が考えてること尽く覆してくるね」

 

「それは逃げなかった事ですか?」

 

 彼女の眉がピクリと動く。どうやら当たっているらしい。彼女は怪訝そうな顔でこちらを向いた。その茶色い瞳が俺を睨み付ける。それに臆する事なく話す。

 

「あなたは無理する俺に逃げる事を、諦める事を覚えさえたかったのかも知れませんが、あいにく俺は逃げないので」

 

 嫌みのように聞こえただろうか。さっきより目付きが鋭くなった気がする。

 

「そんなに早く生き返りたいの?」

 

 彼女は起き上がろうとする鎧へ向け、また発砲して体勢を崩させた。そちらを見もせずに。心なしかその銃撃は俺に対しての威嚇とも思えた。

 

「逃げたくないんですよ、自分の事もですけど。あなただって業を背負って必死に戦ってる、無理してる。その人の背中を見送って一人逃げるなんて出来ない」

 

「綺麗事だね」

 

「そうですね...」

 

 それでも高天ヶ原の彼女の必死さを見て、猫探しの後に血で汚れた俺の手を笑顔で握ってくれたのを見て、心からこの人の力になりたいと思った。今までそこまで人に尽くそうと思ったことは無かった。誰かの為に心から動きたいと思ったことは。

 

「でも決めたんですよ、神事屋になった時に。誰かが戦ってる隣から逃げない、自分の事からも目を反らさないって。だからたとえ今日と同じことをされても、俺は貴女から逃げない」

 

 伝わって欲しい。口下手だから難しいかもしれないけど、貴女の横で戦いたいと。だからそんな事しなくてもいいということを。

 

 彼女は再びため息をつく。しかし、今度は仕方ないか、という感じだった。茶色い瞳から闇が消えていく。いつもと変わらない綺麗な笑顔に戻った。

 

 ん、と言って片手のGK銃──二丁拳銃の際に俺から借りたもの──を胸に押し付けて来た。

 

「その綺麗事最後まで突き通す気があるなら...私と一緒に戦ってくれる?」

 

 天使のような微笑みを浮かべながら彼女は問い掛けた。無論、答えはとうの昔に決まっている。

 

「勿論、最初からそのつもりですよ」

 

 俺も笑顔でその銃を受け取る。軽いはずの銃がなぜかずっしりと重く感じた。それはきっと手が疲れているとかそういう理由だけではないだろう。

 

何で!?さっきまでその攻撃は効かなかったのに!

 

 起き上がった鎧が吠えるように彼女に対し問い掛ける。それに答えるように彼女は口を開いた。

 

「あら?言ったでしょ、天っ才の発明だって♪」

 

 どうやら調子も戻ったらしい、これで大丈夫だろう。

 

まぁ、どれだけ種を仕込んでようがボクは倒せないけど

 

「どうかしら?今度は二人よ。さっきまでとは一味違うんじゃなくて?ねぇ、後輩クン♪」

 

 ハードル上げてきますね...まぁウィッチさんらしいと言えばそうですが。何か妙に生き生きしてらっしゃらない?でもそっちの方がやりやすいから困らないんだけど。

 

 すると、彼女が小声でもしGK銃を使うなら右のレバーを手前に引いて、トリガーを最低でも5秒は押しっぱなしにして、と囁いた。そして俺の前に移動しながら左手の銃を魅せ付けるようにクルリと回すと、

 

「さぁ!」

 

 と言って俺の方を振り向きウインクをする。だが咄嗟の行動の意図が読み取れず俺は困惑した。すると彼女が何か口パクで伝えようとしていた。

 

「え、ちょっ。わかんないです」

 

「もう!」

 

 と言って俺の背中を叩く。と言ってもそんなに本気ではなく言わばツッコミ程度の強さだった。

 

「決、め、ぜ、り、ふ!」

 

「あぁ!なるほど!!わかりました」

 

 やっと意味がわかり、彼女も思っている事が伝わったと思い再び俺の前に移動する。

 

「気を取り直して、コホン。さぁ!」

 

「お前の罪を数えろ!」

 

「いや、そっち~!?」

 

 間髪入れず再び彼女がつっこんだ。どうやらまた間違えてしまったらしい。おかしいな、手首のスナップとか意識してやったつもりなんだけど...

 

「他のやつ、それも良いけどさ!別のあるでしょ?」

 

「振り切るぜ?」

 

「違う!」

 

「地獄を楽しみな?」

 

「何故そのシリーズばっか!?」

 

ごちゃごちゃうるさいな!

 

 存在を忘れられていたと思ったのか激怒した鎧が弓を引き翡翠の矢を飛ばす。その矢が何本にも分裂し目の前に迫ってきた。最早避けるのは不可能と見えるが

 

「Summon...紅蓮の(レッド)(ソード)

 

「Summon...(ソード)

 

 彼女が天岩戸の時に俺が使った剣を俺がそれよりも少し大きな赤い剣を召喚し、向かってくる矢を弾いていく。

 

 一発も命中することなく矢を防いだと思い鎧を見ると、既に上空へ向けて矢を放った後だった。

 

 俺は剣を逆手に持ち、駆け出す。その動きに気づいた鎧がこちら側に再び弓を構えた。それを見て右側に方向転換しつつ上空から降り注ぐ矢を避けていく。鎧は標準を会わせようと方向を変えるので全力で走った。

 

 鎧を中心とした円の反対側まで来た俺は、ついに鎧の方へ走り出す。放たれた矢を剣で弾きながら距離を詰め射程距離に入った所で剣を持ち変えて振りかざす。

 

 が、鎧は弓を引いたまま弧で剣を弾き、俺は体勢を崩した。すぐさま、矢の標準を俺の眉間に合わせるが、

 

ッ!?

 

 鎧が一瞬ぐらつく。どうやら彼女が最大威力の弾丸を撃ち込んでくれたらしい。俺は右手の剣を地面に刺し、それと右足を支えとして左足で胴に蹴り込んだ。

 

 やはりダメージは入って無いようだが体勢を崩すには十分だった。自らの体勢をすぐに立て直し、剣を振り下ろす。鎧は弓を構えたが間に合わず斬撃は左肩から斜めに入った。

 

グッ...それ、もしかして...ッ

 

 この剣だとダメージが入るのか?どうやら剣撃が効いているようだ。

 

だったら解放する前に殺るだけだよッ‼

 

「うおッ⁉」

 

 奴の背中から翼が生え、その衝撃で後方へ飛ばされた。そんな能力まであるのかよ、その鎧。

 

 鎧は空高く飛翔し弓を上に構え矢を発射した。

 

降リサカル矢ノ雨(レインアロー)ッッ‼

 

 矢が空中でいくつにも分裂し無数の矢が雨の如く降り注ぐ、かと思いきや矢は鎧の頭上一メートル程で宙に静止していた。まるで時が止められたかのような感覚。

 

な~んて、すぐに降ると思った?

 

 空を見上げ焦る俺を嘲るように響く鎧の声。コイツ、破神霊香の能力を使って矢が降るのを止めてやがる。

 

また逃げられても面倒だし、痛めつけてから串刺しの方が確実だよね

 

 鎧が地上の俺目掛け、矢を放つ。攻撃が上空へ届かない以上鎧の攻撃は全て避けきるしかない。しかも任意で能力が解除できる場合、隙を見せたら即アウト。GK銃じゃチャージ中に気付かれるだろうし、さてどうしたものか。

 

 すると、急に鎧の攻撃が止まった。今度はウィッチさんに狙いを定めたらしい。彼女も十分矢の落下範囲に入っているからだろう。放たれた矢を剣や銃で弾いていてとても反撃はできなさそうだ。

 

さっきまでの軽口はどうしたのかなぁ?

 

 尚も笑いながら矢を放ち続ける鎧。そんな鎧に対し、彼女は俺にも聞こえるように大きな声で言った。

 

「あ~あ‼こんな時に蛍光灯の光みたいに速い物があればあなたを打ち落とせるのになぁ!」

 

 蛍光灯?...そうか、そういうことか!

 

はぁ?意味わかんな

 

 鎧はそう言って矢を放った。彼女はそれを剣で上に弾き銃を構え、矢に対して発砲する。

 

「舐めないでよ♪」

 

 弾を受けて推進力を得た矢は鎧へと向かっていくが鎧はいとも簡単にその矢を凪ぎ払い、再び弓を構える。が、彼女の意図を読み取った俺は弾かれた矢にワイヤーを繋ぎ、上空へ飛翔していた。このワイヤーの特有の性質を生かして。

 

舐めてるのはどっ...

 

「お前だよ」

 

 鎧と同じ高度まで飛んだ俺は無防備な奴の背中目掛け一閃を繰り出す。ウッといううめき声がして、鎧が振り向こうとする前に、心で念じた。

 

……コイツをなにがなんでも叩き落とす‼

 

 左拳に力が集まるような感覚がし、それを全力で奴の背中に叩き付けた。

 

グハッ⁉

 

 落下する奴の姿を横目に対空中にやるべきことはやらなくては。俺は捕縛射撃で、矢を止めている壁を全て壊した。これで矢は俺と鎧に降り注ぐ。後は彼女に任せ...

 

弾丸車(マキナショット)ッッ‼...させるかぁぁぁッッ‼」

 

 なんと彼女はGK銃から赤車を撃ち、それにワイヤーを結び付けて飛翔して来た。落下中の俺は彼女に向かって精一杯手を伸ばす。彼女も手を伸ばして俺の手を掴み赤車の中に引き入れた。

 

 直後降り注ぐ矢の雨。安全な赤車の中でカン、カンと矢が弾かれる音が続く。そして地に着地したような衝撃の後、彼女は俺に掴みかかった。

 

「言ったでしょう、一緒に戦うって!ちゃんと約束守ってよ...」

 

 もの凄い悲しそうな表情で声を荒げる彼女。その瞳にはうっすらと涙も見えた。それを見て俺は自分の約束を意図も簡単に破ろうとした事を恥じた。

 

「本当にごめんなさい」

 

「わかったなら...いいよ。行こう」

 

 そう言って彼女は車のドアを開けた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 ドアを開けると、先程までの野原には幾数もの矢が突き刺さっていた。兵共が夢の跡、まさに戦場だ。だがそこには死体等はなく、ただあるのは落武者の如く立ち上がる翡翠の鎧。

 

「...お前らァァァァッッッッッ‼」

 

 断末魔の叫び声を上げながら弓を持ち、もの凄いスピードで走ってくる。その鎧には所々傷が付いていた。ダメージは通ってるらしい。

 

 射程距離に入った鎧は地面を蹴って飛び上がり、弧の刃で私を切り裂こうとした。私の前に後輩クンが入り、刃を受け止める。

 

「...はぁぁぁぁッッ‼」

 

「グッ‼」

 

 激昂した鎧の勢いに彼が負けそうになる。このままだとまずい。私はアレを使う決意をして、彼からGK銃を掠めとる。God-tellを装着させる場所に私のGK銃の銃口を押し入れ、ライフルのようにする。私の銃にGod-tellをセットし、

 

「行くよ!“神”‼」

 

「了解ッ!」

 

「後輩クン、奴を弾いて‼」

 

 彼は何とか踏ん張って、刃を弾いてくれた。すかさず彼の前にライフルを持って出る。

 

「私を支えて、絶対に離さないで‼」

 

 顔は見えなかったが彼はしっかりと後ろから私の肩を支えてくれた。この必殺技の威力に負ければ二人ともアウト、耐えればセーフ。それでも良い...いや良くない。彼が逃げないように私も逃げない、だから耐えてやる、二人で!

 

「「「運任せの銃撃(シークレットバースト)ッッッッ‼」」」

 

 銃口から極太の銀のビーム砲が放たれ鎧を捉えた。勿論、反作用の威力も凄まじく後ろに吹き飛びそうになる。彼が肩を支えてくれていなかったら仰け反ってしまっただろう。腰が折れそうだ。

 

「「いッけぇぇぇッッッッッッ‼‼」」

 

 気合の叫びと共に耐え続けた。どれだけ経ったのか、やがてビーム砲は終息し、反作用も無くなった。下をみると自分達の足元にローラーでも通ったかのように地形が削れていた。

 

「はずれ...だな」

 

「「はぁッ⁉」」

 

 私と彼の声が重なる。いや、あの威力ではずれ扱いって当たりだったら耐えれてなかったって事じゃん。まさに諸刃の剣だったって事か、こっわ。

 

 ボサボサになった前髪を掻き分け銃を分割する。この技あんま使わないようにしよ。

 

「...んッ」

 

 うめき声がしたかと思うと、鎧が全て剥がれ破神霊香の姿に戻っていた。持っていた弓は見当たらない。遠くへ飛ばされてしまったのか。

 

 意識が覚醒した破神霊香に近づく。こちらに気づいた彼女は自らペンダントを出し、好きにしろ、と言った。

 

 すると、後輩クンが弓を見つけて来て、彼女の傍らにそっと置いた。その弓がまた別のペンダントに変わった。

 

「……アグ、どうして?」

 

「大事な物だろうと思ってな」

 

 しかし、彼の行動は再び敵に武器を渡したという事になり、そんなのタブーである。だけど、

 

「少しいじめちゃってごめんなさいね、痺れてない?」

 

 自分でも訳がわからない事を言っていた。敵を心配している?何で?

 

「……甘い奴ら」

 

 私も彼に少し毒されているのかもしれない。いや、私自身は元々非情になりきれないのだ。本当はこの子も被害者のようなものだから、若い時から死ぬほど苦労している様子に親近感を得たのか。私もまだ十分若いが。

 

「じゃあ、行こうか。後輩クン」

 

「良いんですか?」

 

「もう彼女に戦闘の意思は無いよ、壊さなくてもいずれ自分で壊すよ」

 

 車のドアを開け、私が助手席に、彼が後ろに乗り込む。さっきは戦いに集中していたから気づかなかったが、羽が邪魔だな。取ろう。そうこうして私達は決戦の地へと出発した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 そこは大勢の天使達が、お互いに剣を振るって戦っていた。同族で殺し合っている、まさに地獄絵図だ。こんな状況で力をもらうのはかなり危険だろう。

 

「何か策はあるんですか?ウィッチさん」

 

「実は、誰から力をもらうかって言うのにはヒントがあって、確か『全てを癒す大天使』だからミカエル、ガブリエル、ラファエルの誰かだと思うんだけど」

 

 考えてもわからないし、このまま待っていても彼らの方からやって来るなんてこの状況ではあり得ない。となれば、この戦場から見つけ出すしかないのか。

 

「多分考えてる通り、この中から見つけ出すしかない。だけど戦争に巻き込まれるのは避けれそうにない。だから見つけて力をもらったらすぐに連絡、そして退いて」

 

「わかりました」

 

 俺達は傍らに置いた銃を握り、ドアを開けてそれぞれ別の方向へ駆け出した。倒れている天使や負傷している天使をじっくりと見回しながら、探す。

 

 顔はわからなくても威厳みたいなものでわかるはず。しかし、全くそのような天使は見つからない。傷の手当てでもしに一旦退いているのか?

 

 すると横の方に彼女の姿が見えた。羽がないから周りと違ってわかり易い。向こうもまだ見つかってないのか。

 

 すると、彼女の方も俺に気づいたらしく状況確認のためか走ってきた。

 

「後輩クーン、そっちはど...」

 

 急に彼女の足が止まる。異変はそれだけではない。彼女の腹部から刀身が飛び出していたのだ。一瞬の出来事に思考が止まる。

 

「お前、魔族か?この私、ミカエルも見たことない顔だ。やはり魔族だろ」

 

 彼女の後ろに立っていた天使が彼女に問う。朱色の短髪に鋭い目付き、俺らの単色な服とは違って赤や金等の色をベースとした布を重ねた誰が見ても高貴な服に羽衣のような物を纏っていた。左手には金色の盾...ではない、恐らく天秤か何かを黄金色の鎖で左腕に巻き付けていた。

 

 どうやら羽を取っていたせいで魔族と勘違いされたらしい。ミカエルが剣を抜くと彼女は崩れるように倒れた。

 

「芝居は結構だ。魔族ならその程度の傷、どうって事は...」

 

「何してんだよ」

 

 俺は我慢出来ずミカエルに切りかかった。もう傷薬は時間切れで使用不可能、つまり傷を治すことができない。

 

「ッと...伏兵か?まぁいい」

 

 俺の剣は簡単にいなされ、右腕をとられてしまった。その腕を後ろで締め上げられる。

 

「残念だったな、この腕もらうぞ」

 

 締め上げる強さが上がっていく。あまりの苦痛にうめき声が出たが、何とか剣を地面に投げそれを左手で取り切り上げる。が、その一撃は簡単に弾かれた。

 

「中々やるようだが素人だろ、そんなのに負ける程甘くはないわ!」

 

 自身に満ち溢れたように素早く剣撃を繰り出すミカエルに致命傷を喰らわないようにいなす防戦一方へとなっていく。

 

 やがてあまりに剣にばかり目が行っていたせいで、膝を入れられ、回し蹴りを喰らわせられた。後方へ飛ばされそうになるのをこらえたが、もはや体力の限界だ。鎧の時のダメージもまだ回復してない。

 

……コイツに...勝てない?

 

 たとえ立ち上がってもさっきと同じ攻撃を喰らえば、もう立てないだろう。そしたら力をもらうなんて不可能。破神霊香に持ってかれるだろうな。

 

「ッざけんな...」

 

「まだ立つか、回復もせずに。そうか、この魔族の為か。だがお前らごときが何を背負ってようがこの天界を背負ってる私に勝てるわけ無いんだよ‼」

 

 やっと立ったところに蹴りを入れられ、今度こそ倒れた。もう立てそうにない、敵いそうにない。どっちが天使なんだか。背負ってるものの為に手負いの二人を狙うなんて天使のやる事かよ。そんな奴に負けるのか?

 

(世界は広いからな、私より強い奴なんてウジャウジャいるだろ)

 

 あぁいたさ。GDや神やたくさんなぁ!そいつらに負けねぇって思ってたのに、戦ってきたのにこんな体力切れなんかで大切な人を救えないなんてふざけんなよ!

 

(まぁ、関係無いだろ。自分が負けられないって思うなら立ち向かえばいい話だし、結局お前に足りないのは勇気なんじゃねーの?)

 

 俺は剣を握りしめる。今ここでコイツ倒して力もらって帰る、二人で!そう約束したじゃないか。この身体が少し壊れようと、帰りゃ良いんだ。なら多少の痛みぐらい耐えてやるよ。

 

「ダメッ、後輩クン!君まで動けなくなったら!」

 

“勇気と無謀は違うだろ”

 

「ッ⁉」

 

 彼女の声を遮り、低い声が脳内を駆け巡る。彼女が発したわけでもないし、勿論ミカエルでもない。誰だ?

 

“お前がしてるのは只の無謀な行為だ。それは本当の勇気とは違う。勇気とは自らが滅ぶ代償を持つ力を前にしても怖じけずそれに手を伸ばす事だろう。その力を俺が貸してやる。合言葉は...”

 

 彼女の声が届かない。まるで口パクをしているかのように。しかし謎の低い声は脳内に直接話しかけるように言った。

 

 俺は剣を強く握りしめ、立ち上がりその言葉を呟く。

 

「……魔王解放(デーモンアンロック)

 

 握りしめた剣から眩い赤い光が溢れ出す。燃えるような赤が辺りを包み込み、火が消えるように収まる。その美しくも儚く、邪悪な赤い光は不思議と俺の体力を戻してくれた。否、体力だけではない。コイツに立ち向かうと言う勇気の感情が心の奥底で燃え始めた。

 

 その思いが殻を破るかの如く、剣の装甲が弾け飛ぶ。それらは人魂のように浮かびながら周りを取り囲んだ。こんな時、何と言えばいいのか。そんなのあれしか無いだろう。

 

「変身」

 

 その一言と共に周りの装甲は一斉に身体に集まり、鎧へと変わった。そして顔の前にはガラスのような物が被さり中が黒いガスで満たされていく。顔全体がガスで満たされたが息は出来るし、前も見える。

 

「それが本当の姿か、正に悪魔だな」

 

 ミカエルがそう言ってくるが自分の姿は見えないので何とも言えないが、用はカッコいいって事だろ?

 

 俺はさっきより少し小さくなった剣をミカエルに向けて構える。

 

「心...火を燃やしてぶっ潰す」

 

「やってみろ」

 

 俺は気合の咆哮と共に斬りかかった。




──赤の魔王降臨──


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先輩として

 熱出して更新が遅れました、ごめんなさい。


……あの姿...破神霊香と同じ、鎧?

 

 零矢が纏った鎧は炎のごとき紅蓮の色で、霊香の時とは違い弓や矢の意匠があった場所は全て剣の意匠に置き換わっていた。

 

 クラウンのところには剣が右向きに付いたようになっており、両側頭部には幾重もの剣を扇子のようにしたパーツがヒロイックさを強めている。鎧もこれと言った模様は無いが、呼吸が出来ないほど隙間無く零矢の身体にピッタリとくっついていた。

 

 剣はと言うと、付いていた余剰パーツが外れ、刀幅が少し狭い両刃の刀になっていた。顔は霊香のと同じ漆黒に白い眼、こちらから零矢の表情を伺う事は不可能だ。

 

 それを見て卯一は少し気になる事があった。それは霊香が鎧を纏った際に自我を失い、鎧の人格の方に乗っ取られていたことである。しかし先程の口調と戦い方からしてまだ零矢の自我が失われているとは思えない、個人差、時間差etc.何らかの法則性があるのかと卯一は考えていた。

 

 そこまで考ると腹部の激痛で卯一は一気に現実に引き戻される。集中のし過ぎで忘れられた痛みが再び卯一に襲い掛かる。卯一は強く腹部を押さえた。手の中に収まりきらなかった生暖かい液体が指の間から溢れる。

 

 鎧を纏うまで零矢は劣勢だったが、今はパワーが加わったおかげで零矢の方がミカエルを押していた。卯一の思惑としては零矢にミカエルを退けさせ、ラファエルにこの傷を回復させてもらうというものだった。

 

 零矢はミカエルの剣を全て弾き返し、蹴りや拳でダメージを与えて行く。天使とは言え、連続で繰り出される打撃による猛攻はミカエルに回復する隙を与えない。このままならば、ミカエルは体力が尽きる前に撤退するしかない。卯一は心の中で零矢に声援を送り続けた。

 

 直後、ミカエルは空を舞う一つの影に気づき顔を歪める。その影は満を持したように空から舞い降りた。白髪のオールバックにミカエルとは対照的に紫で統一された衣服。右手には剣をもったどことなくミカエルに似た感じを受ける天使だ。傍目から見れば加勢に見えるがミカエルの反応から別の何かだと卯一は感じた。

 

「...ッ⁉ルシフェル、まさかお前の手先か?」

 

「さぁ、知らないな?」

 

 卯一の予想通りその天使はミカエルの加勢ではなかった。むしろこの戦争を起こした張本人のルシフェルだった。更にヒントにある全てを癒す大天使、つまりラファエルではないゆえ、このまま敵に回るならミカエルと一緒に退ける必要が出てきてしまった。

 

「とぼけるな‼」

 

 しかし卯一の考えとは裏腹に、ミカエルがルシフェルに斬りかかった。卯一はこのまま放っておけば戦いながらどっかに行くのではないかと考え、零矢もそれに気づき、卯一の方へと向き返るが、

 

「逃がすか‼」

 

 と言う叫びとともにミカエルが自らの剣を投擲する。零矢はギリギリで気づき間一髪弾くが、ミカエルは空中で弾かれた剣を掴み斬りかかった。

 

「馬鹿が」

 

 ささやくような声、誰にも聞こえないようにそう言ったルシフェルは右手に魔力を貯め始める。しかし、その言葉を聞き取った卯一が零矢に対して、

 

「後輩クンッ!前見て!」

 

 零矢はルシフェルの意図に気づき、渾身の一撃でミカエルを弾き飛ばして避ける体制をとった。しかし、少し後方を見てそこに踏みとどまった。

 

 放たれた光弾は零矢に真正面から当たった。卯一は衝撃で目を閉じる。卯一が再び目を開けると、鎧は白い煙で包まれていたが目立った傷は無いように見えた。そこでようやく卯一は零矢が自分を庇って攻撃を受けた事に気づく。

 

「貴様...仲間を?」

 

 ミカエルが信じられない、というような目でルシフェルを睨んだ。

 

「だから知らんと言っているだろう。味方の顔などいちいち覚えていられるか、一体ぐらい減っても構わないさ」

 

 それに対しルシフェルは零矢などに目もくれず掌を上に向け、ミカエルに言い放った。

 

「...そこまで堕ちたか」

 

 ミカエルの言葉はルシフェルの怒りを買うのには十分だった。その言葉が合図だったかのようにルシフェルが猛攻を始める。素早い剣技を繰り出し、距離を取られたら光弾を放つ。がミカエルもそれをさばき応戦している。二人共地上では物足りなかったのか羽を広げ空中戦にまで発展した。

 

 取りあえず今なら抜け出せるかもしれない、そう思った卯一は零矢の方を見ると、膝を着いたままピクリとも動かず、ずっと同じ体勢のまま止まっていた。

 

……カッコつけてるのかな?何でそのポーズ?...いや、違う。まさか...⁉

 

 次の瞬間、零矢は何かに取り憑かれたようにゆらゆらと立ち上がると、

 

「ウアアアアアアアアッッッッッッ‼‼‼」

 

 と、咆哮した。瞬時に卯一は危惧していた事が起きた事を悟る。つまり、自我の喪失。そこにいるのは零矢であって零矢でない者。それを表すかのように、鎧の目の部分がギラギラと光っている。

 

 咆哮は空中の二人にも届いたらしいが、二人共怒りの咆哮としか考えず、気にも止めずまたお互いに戦い始めた。それを目で捉えていた鎧は、背中から、禍々しい羽を生やし飛び上がる。二人が気づいた時には時既に遅し、横に凪ぎ払った一閃が斬撃波となり二人にヒットした。

 

 墜落する二人、それを見下す鎧。斬り合いからかなりの実力者と伺える二人を同時に地に落とす事からリミッターが外れ、力が更に上がっているのが眼に見える。

 

……私じゃ止められない...

 

 急降下して着地した鎧は、ルシフェルに狙いを定めて掴みかかる。ルシフェルは苦しそうにもがき、零距離から光弾を放ってなんとか抜け出した。その隙をチャンスだとばかりにミカエルがルシフェルに斬りかかろうとするが、標的を変えた鎧に弾かれた。すっかり三つ巴

になっている。

 

 だがもう天使二人は体力が切れかかっているのか、動きが鈍くなっている。このままでは鎧が二人を一方的に蹂躙するのに時間はかからない。もしそうなれば最悪殺害まで発展すると考えてもおかしくはない。

 

……そんな思い、彼に味会わせない!

 

 卯一の心の中で決意が固まる。やはり自分が残りのアイテムを駆使して鎧を零矢から引き剥がすしかない。しかし意に反して身体は血が足りないのか上手く動いてくれない。

 

 その間にも零矢は二人を戦闘不能になるまで追い詰めて行く。が、急にミカエルの動きが素早くなった。戦いの傷も治り顔色も良くなっている。

 

「間に合ったか」

 

「ギリギリでしたね」

 

「何だよあいつ」

 

 卯一の急に背後から三人の男の声がした。その声の主達は卯一の前まで歩いて来る。

 

 一人は燃えるような赤い剣をもったターコイズのような緑色のロングヘアーで穏やかな目をした、卯一や零矢よりも少し年上に見える天使。

 

 もう一人はアクアマリンのような水色の髪が腰付近まであり、髪止めの代わりに百合の花を着けている落ち着いた雰囲気を受ける年上の女性のような天使。

 

 最後は最初の天使と似た赤い盾を持った茶色の天然パーマで無邪気さが伺える翔ぐらいの年の見た目の天使。

 

 三名ともミカエルと同じ階級なのか、全く同じ服を着ていた。と言うことは、

 

「まさか、四大天使?」

 

「あ?魔族かコイツ」

 

 卯一の呟きに反応した子供っぽい天使がこちらを睨む。まずい、せっかく全てを癒す大天使ことラファエルに会っているはずなのに、疑われたら、零矢を止めることができない。

 

「こらこら、ウリエル。闘争本能を剥き出しにしないで、今はあっち」

 

「ミカエルは回復したがあれはどうする、ガブリエル?」

 

 女性のような天使がウリエルと呼ばれた子供っぽい天使をなだめ、ターコイズの髪の天使がその天使に向かってガブリエルと言ったって事は、このターコイズの天使がラファエルという事になる。卯一は願ってもいない幸運に息を呑んだ。

 

「んー、じゃあこういうのはどうでしょう?私とウリエルでミカエルのサポートを、あなたは回復をお願いできますか」

 

「それ、賛成」

 

「了解だ」

 

 作戦が決まったのか、ガブリエルとウリエルが鎧の元へ飛んで行き、運良くラファエルがその場に残った。卯一はラファエルにこのダメージを回復してもらうにはどうすべきかと思考を巡らせる。

 

「おい、お前。あいつはどんな悪魔なんだ?」

 

 思いのほか、先に口を開いたのはラファエルだった。しかしこの様子だとラファエルも自分を魔族に見ているのだろう、そこから回復してくれるまでに持っていくのは困難ではないか、と卯一は考えていた。

 

「あの子は魔族なんかじゃない...人間なの。天使ならなんとか出来るでしょう?助けてあげて」

 

 かすれるような声で卯一はラファエルに懇願した。回復してくれる見込みが無いなら、現在の戦力で対応するのに賭けるしかない、それが卯一の出した結論だった。

 

「人間...か。ここにいるはずないのにな、自分の事を人間と思っている類の悪魔ならここで止めるべきだな。こう言ったら何だがあの三人相手じゃ助けるのは無理だろうな、お前が後に行くところに先送りされるだけだ」

 

 しかし現実は甘くなかった。卯一は自分が頼んだところで誰も聞いてくれないなど、誰も助けてくれたりしないなど予想していた。

 

 卯一の脳裏に甦る遠い日の思い出。親友が死んだ日。助けてと言う虚しい叫びは雨の中に消え、その後の記憶は卯一の中には無い。

 

 その頃から卯一はあまり人を信じなくなった。しかしあの頃の自分とはもう違うと、強くなったと胸を張るつもりが結局この様で、約束した後輩一人守れないなど変わっていないのも同然だ、と悔しさで唇を噛み締める。

 

 腕に力を込める。叫びたくなる痛みをこらえ四つん這いの状態まで卯一は身体を起こした。

 

「よく回復しないで立てるな、だが出血多量でもう動けないだろ」

 

「人間を甘く見ないでよ...これからあの子が味会う心の痛みに比べれば...こんなの、軽い方よ」

 

……やってやるわよ、一人は慣れてるし。ただ風穴のオプション付きなだけでしょ

 

「心の痛み?堕ちて苦しむ事か」

 

「ふっ、ふふふっ、あはははっ。そうね、このままじゃ彼は確かに堕ちるわ、空想でも幻想でも人を殺したと言う罪悪感に」

 

 明らかに頭が狂ったように嘲る卯一。その足は震え、もはや立っているとは言えなかった。しかし、銃を構えてラファエルに向かって言い放つ。

 

「だけどそんな苦しみはいらない、ずっと自分を縛り付ける物だからよ。だから彼は堕とさせない。私が止める、どんな障害があったとしても。私のようにならないように、それが...」

 

状況とは裏腹に自信満々に言い続ける卯一はラファエルには魔族よりも恐ろしい何かに見えた。卯一はその方向を見ないまま鎧に向かって弾丸を放つ、それはダメージなどとても与えられるようなものではなかったが対象を卯一に変えるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

「先輩として、私が彼にしてあげられる事だからね♪」

 

 

 

 

 

 ラファエルの方に向かって笑顔を投げる。ラファエルは恐怖で身体が動かせなくなった。この状況下で、その状態で、まだ鎧に歯向かう事に。そして卯一は全速力で走った。すぐ後ろに鎧が迫り、斬撃を放つのを紙一重で避け、射撃し反動を利用して距離を取る。すかさず胴に向け数発、それは剣で弾かれたがもはや手負いの動きではなかった。

 

 弾丸が弾かれるなど予想済みであった卯一はニヤリと微笑む。その手からは細い糸のようなワイヤーが後方に伸びていた。今のはワイヤーを張るための時間稼ぎだったのだ。さすがに手負いで分が悪いと理解していた卯一は紙一重で避けてばかりを避け、ワイヤーの機動力を頼るようだ。

 

 鎧が向かってくるのを確認し、後方に張った二本のワイヤーを作動させ、卯一は後ろに移動する。だが、鎧はそのスピードにも難なくついて来た。

 

……ワイヤーのスピードにも追い付いて来るの?だったら...

 

 一度ワイヤーが縮むのを止めて両膝を胸の前まで持ってくる。後方から引っ張られる力が消えた事により、移動するスピードが遅くなり鎧が卯一の目と鼻の先の距離まで近づく。鎧が剣を振るうより先に卯一は両足の裏を鎧に付け、バネのように思いっきり足を伸ばして蹴り飛ばした。

 

「『発条脚(スプリング)』ッッ‼」

 

 急に逆ベクトルの力を受けた鎧は受け身を取るのもままならず土煙をたてながら倒れ込んだ。対する卯一はなんとか受け身を取って着地する。

 

 機転が利いたのもあるが、銃撃以外で鎧にダメージを与える事が判明した。つまり、頭さえ使えばダメージを与え続ける事が出来る、得意分野じゃん、と卯一は確信した。

 

 それに鎧を引き剥がす方法は何もダメージを与え続ける事だけではないかもしれない。もし破神霊香の時と同じなら鎧ごと吹き飛ばしたら良い。だがその場合中身である零矢にも戦闘不能になるほどのダメージが入る事になる。

 

「さすがに油断したぜ」

 

「⁉」

 

 鎧から声が発せられる。勿論零矢の声ではない。零矢よりも少し低い声だった。ふと卯一の頭の中に一つの可能性が思い浮かんだ。鎧も意思を持つと言うのならば話さえ付ければ零矢を解放させる事も可能ではないか、と。

 

「ってことで、本気で殺るぞ」

 

 そんな事はなかった。稀に見る絶対話が通じないという類いだ。そうなると暴力的解決以外方法がない。

 

「...っと」

 

 突然、くらくらと体勢を崩しそうになる卯一。下を見ると、激しく動き回ったせいで出血が激しくなっていた。アドレナリンのおかげでまだ痛みはあまり感じてないが、卯一は限界を感じていた。

 

「後輩...ク」

 

 悔しさと悲しさが込められた手が鎧に伸ばされたのもつかの間、鎧の姿が一瞬にして消えて、気付いた時には剣を構える鎧が卯一のすぐ側に立っていた。鎧は自らの中身を救おうとした人間であろうとも関係なく、機械的に手に持った剣を振り下ろす。

 

「まだだ!」

 

 鎧が剣を振り下ろす前に割り込んだ一つの影、それはターコイズ色の髪をなびかせ卯一に振り下ろされたはずの剣を赤い剣で受け止めていた。火花を散らしながら剣を弾き、ラファエルは今にも倒れそうな卯一を抱え飛び上がった。すぐに追おうとする鎧には追わせまいともウリエルとガブリエルが立ちはだかる。

 

「どういうつもりだ、ラファエル⁉」

 

 魔族を助けた事に困惑したミカエルがラファエルに言及する。ラファエルはしばらく黙ってから口を開いた。

 

「慈悲...だな。こいつはその赤い鎧の者を命を賭けて助けようとしている。最期の願いくらい叶えてやっても良いだろうと思っただけだ」

 

「そいつは魔族なんだぞ!それに鎧を救ったところで俺達に歯向かう可能性だって...」

 

「なら、なぜ先にルシフェルと戦わない?今が絶好の機会だと言うのに、実の兄だからとためらってるのか、ミカエル?」

 

 ミカエルはラファエルの言葉を聞いて口を閉じてしまった。神話上ミカエルとルシフェルは兄弟であるという設定もあると言うが、天界大戦争の時もその繋がりはミカエルを縛り続けていたのかもしれない。それは人間が認知できる事ではない。この物語に生きる者だけが縛られる物だ。

 

「私は慈愛の天使だ、君たちのように戦闘には向いてない。だがな私にも信念がある。これ以上ここで必要以上の犠牲を出したくない。同じだろ、ミカエル?この子達がもし人間ならば私達は守るべき対象を亡きものにしようとしているんだぞ?」

 

 ミカエルは少し考えた後、赤色の髪をクシャクシャと掻いて仕方ないというようにため息を着いた。

 

「...あぁ、同じだよラファエル。もうこれ以上犠牲を出すのはごめんだ。それが、魔族と勘違いされている人間でもな」

 

 話が終わると、卯一はだんだんと出血量が減っていっている事に気付く。身体に空いた風穴をラファエルが回復して治してくれているようだった。やがて、滴り落ちていた血液が無くなると、卯一は支えなどいらず自らの足で立ちあがれるようになった。

 

「そういう訳だ、人間。私達で君の後輩とやらを助けようではないか」

 

 ラファエルが手を差しのべる絶望の縁に立たされた者に対する慈悲の掌が。卯一はその手をしっかりと握り、

 

「よろしくお願いします♪」

 

 と笑って答えた。握った手から力が流れてくる。身体も心も癒す慈愛の力。卯一は前にも似た感覚を味わったのを思い出す、そんな風に体内ににそれは流れ、そして一部となった。

 

 God-tellの『変身』のボタンを押す。身体が光の粒子となり、側にいたラファエルと一つになっていく。

 

 蝶の如く広げられた汚れのない純白の羽、見る者の戦意を喪失させ楽園へと導く天使の象徴。大天使ラファエルがそこにはいた。

 

 元の自分と補色のターコイズの髪をなびかせながら、卯一は身体の変化を実感していた。

 

……ちょっと身体が重いな、まぁ胸が無い分足下は見れるんだけどね

 

「どういう事だ⁉人間がラファエルに憑いたのか?」

 

「私も初めてだからよくわからないけど、その解釈で問題無いんじゃない?」

 

 驚くミカエルにいつもの口調で答える卯一、そしてGK銃を二人の天使と戦闘中の鎧に向かって放った。

 

「次はお前か?」

 

「悪いけど次も私よ」

 

 自らも他人の身体を使う者だからか、言葉の意味を理解したらしく、無駄な言葉を発さずに二人の天使を吹き飛ばし、卯一に斬りかかってくる。

 

 それを右手に握った剣で鎧の攻撃を受け止め、左手の銃で胴に数発撃ち込み反撃する。すぐに斬撃波を放つのを、卯一は後方に羽を広げて飛翔しながら避け銃に携帯端末を取り付ける。

 

 着地と同時に剣を地面に突き刺し、両手で標準を定め、卯一は弾丸を放った。

 

天任せの一撃(シークレットエンジェルショット)ッッ‼」

 

 鎧は素早い動きで弾丸を弾いていたが、地面に着弾した弾丸の爆風に堪えきれず宙へと舞い上がった。そこに、羽を広げて反動を相殺した卯一が剣を抜いて一閃を放つ。

 

天使の斬撃(エンジェルスラッシュ)ッッ‼」

 

「調子に乗るなァ‼」

 

 鎧は不安定な体勢のまま卯一の剣を受け止め弾き返した。予想外の反撃に反応出来ず卯一は倒れ込む。鎧は着地すると早々、禍々しい羽を広げ、

 

「エンジェル、エンジェルうるさいな。そんなに天使が好きなら、今この場でお前を天使にしてやるよ」

 

 と言い飛び上がった。そして右手の剣を天に掲げる。禍々しいオーラが剣に集まっていき、やがて刀身は元の数十倍にも巨大化した。

 

……うそ...あんなの避けきれないじゃん...

 

勇紅神破斬(イェネオススラッシュ)

 

 鎧は掲げた剣を振り下ろす。この瞬間、その場にいた天使、卯一は自らの死を確信した。そして天界はこの鎧によって破壊されると。

 

「……純翠神破弓(アグネスストライク)

 

 不死鳥の如き翡翠の矢が振り下ろされる剣に追突し、拮抗した二つの力が爆裂四散する。その場にいた殆どが何が起きたのか理解が追い付いていなかった。

 

「邪魔すんなよ、アグネス...いや、違うな。人間か」

 

 鎧の光る目の先にポツンと浮かんでいたのは、翡翠の鎧に身を包んだ一人の人物。

 

「破神...霊香?」

 

「……借りを返しに来ただけ、そこの天使にね」

 




──まさかの救援──

次回は年末です


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共闘

「「「「明けましておめでとうござい...」」」」

神「ちょっと早いな‼」

卯「良いじゃない一分ぐらい、誤差よ誤差。これ読んでれば新年よ♪」

翔「僕結局、今年中に出れなかったなぁ」

霊「……私は来年も出るよ」

零「俺来年出番少なそうな予感」

神「ちなみにまた新キャラ来るからな」

「「「「ここに?」」」」

神「まぁ来年のお楽しみということだ」

零「問題は作者の更新なんだが」

卯「その事ね、来年は色々あるらしいからホントのホントに不定期になるかもだしね」

霊「……ネタ切れ?」

翔「多分勉強ですね、リアルな」

神「まぁ書いてもらわないと私達は生きられないし、それこそ忘れられちゃうからな」

卯「でも某映画曰く記憶さえあれば私達はどこへでも行く事ができるんじゃない?」

霊「……それほど誰かの記憶にいるならね」

神「取りあえず今年もよろしくって事だ、皆まとめてな。じゃあ最新話」

「「「「「どうぞ」」」」」




……ここでまさか助けに来るなんてね、さすがに予想外よ

 

 私は心の中で敵が救援に来たことに少し安堵していた。と言うのも、私もヒーロー物が好きだからかつての敵と共闘なんて事は燃える展開であり、敵味方を越えた友情なんて事があるからだ。まぁ、目の前の破神霊香には難しそうだが。

 

「人間如きが‼」

 

「……鎧如きが」

 

 二つの鎧は空中で激しくぶつかりあった。霊香の矢を避けながら鎧は接近し、斬りかかる。それを弧の部分で受け止め、つばぜり合いの後に火花を散らしながらお互いに距離をとった。

 

 だが見てるばかりでは意味が無い。折角鎧を惹き付けてくれている内に打開策を練らなければ、状況は変わらない。

 

 手持ちのGod-tellのアイテム欄には使用済みと書かれた傷薬の他に二つのアイテムが残っている。一つは(アンカー)、設置した場所が壊れるまで刺さり続ける杭だ。もう一つは氷結晶石(アイスクリスタル)、衝撃を与える事で雪の結晶を模したエネルギーが生成され、拘束させるアイテムだ。

 

 杭はおいておくとして、鎧を止めるには氷結晶石を当てる事が条件なのだが、人間の速度を越えたあの鎧に確実に当てる方法がない。仮に誰かを犠牲にして固めた場合、鎧だけに攻撃を当てる事が困難になってしまう。

 

 ここで私は一つの作戦を思い付く。ワイヤーを両手首に召喚しそれを外す。これでワイヤーが二個。そして彼のワイヤーを含めて四個。それだけあれば止める事は十分可能だろう。

 

「グハッ...」

 

 直後目の前に落ちてくる霊香。鎧に叩き落とされたらしく、翡翠の鎧が少し傷を負っていた。しかし、この状態から鎧同士ならダメージが通りやすい事がわかった。

 

「調子乗んなよ、コラ」

 

 私はこのままでは作戦の実行は不可能と判断し、ラファエルの力で彼女を回復させる。その行動に彼女はひどく驚いた様子を見せた。

 

「……何でそこまでするの?」

 

 そう言われたところで戦況的選択と言うしかない。まぁ、少しは慈悲と言えるものを込めたつもりではあるが。

 

「聞いて、作戦があって***」

 

 私は自分が考えた作戦を早口で彼女に伝えた。

 

「……乗った」

 

 思いの外、すんなりと了承してくれた。作戦通り、私と彼女で鎧を挟むように滞空する。そしてタイミングを合わせ、同時に攻撃を加えて行く。

 

 だが、鎧は私達を同時に相手し苦戦する素振りすら見せなかった。華麗に彼女の矢を躱し、私の剣を受け止める。接近した彼女に対して私を投げ飛ばし、衝突させてから斬撃を放った。

 

「「ウワアアッ‼」」

 

 地面に衝突する前になんとか体勢を立て直し、滞空できたがダメージは大きい。鬼のような強さだ。

 

「次はこっちだ‼」

 

 すぐにミカエル達天使が応戦し、追撃は避けた。だが、

 

「ちょこまかと鬱陶しいんだよ‼」

 

 ものの数秒で全員叩き落とされ、墜落する。鎧はゆっくりと地面に降り立ち、周囲を凪ぎ払う。その攻撃で倒れていた天使達は吹き飛ばされ動かなくなってしまった。

 

「後輩クン、強すぎない?」

 

「お前が弱いんだよ!」

 

 斬りかかってくる鎧を剣で受け止めるが、余りの威力と覇気で押しきられそうになってしまう。膝を着き、耐えるが弾き飛ばされてしまった。受け身を取り、自身を回復し、他の天使達も回復しようと手を伸ばすと、

 

「どこ見てんだ?」

 

「ッッ‼」

 

 振り向くと距離を詰めてきた鎧が剣を構えていた。殺られる、そう覚悟したが翡翠の矢が鎧に当たり体勢を崩した。

 

「……今‼」

 

 らしくもなく彼女が感情的に叫ぶ。それを横耳にしながら鎧にしがみつき、

 

「Summon、『現在と未来を繋ぐ糸』‼」

 

 彼のGod-tellからワイヤーを召喚する。それを鎧の手首にはまる前に掴みとった。反撃しようとする鎧に再び矢が当たる。

 

……まずは第一段階成功。お次は...

 

「霊香ちゃん!」

 

 手に持った二つの内、一つを彼女に投げる。

 

「……馴れ馴れしい」

 

 そうは言うものの彼女は受け取り、近くのルシフェルの元へと走る。その間に私が鎧を相手し時間を稼ぐ。これが第二段階だ。

 

 これは彼女こと破神霊香の協力、及び四人の天使の協力が必要だった。そして何より大変なのが彼女で、元は私がミカエル、ウリエル、ガブリエルにワイヤーを渡しに行くつもりが全員が気絶してしまったので回復の時間を有することになってしまった。

 

 つまり、彼女が一人で鎧を相手する時間が長くなってしまう。それに余りダメージを受けると暴走状態になり、そうなったら詰みである。

 

……吉と出るか凶と出るか

 

 策が成功することを祈りながら私は剣を振り下ろした。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「……ねぇ、協力して欲しいんだけど、これ」

 

 そういって私はルシフェルに無造作にワイヤーを投げた。ルシフェルはそれをいぶかしげに見ると、私に投げ返した。

 

「あいつを倒したところで俺らが勝つ確率は低いからな、これ以上動きたくはない」

 

 ニートかよ、という言葉は心に秘め、私はルシフェルを睨んだ。私が言える事ではないが敗北が決まっている、さらに代償が大きい状況で最後まで粘らないでどうする。

 

「……甘い、反逆したいなら身体を張れ。……お前は私よりも未来がある、仲間がいる。……それを裏切らないようにしろ」

 

 そう激励したところで結果は変わらない事は知っている。今の私もそうだ。どれだけ頑張ったところで最早死は免れない。それなら、最後に慈悲をかけてくれた人を手伝いたい、その為に身体を動かす。

 

 私はルシフェルに手を差し伸べる。ルシフェルは苦々しくその手を握る。直後、力が血管を巡るように流れて来た。それがなんだかわからず不思議と手を眺めていると、

 

「血でも付いていたか?で、策って?」

 

「……それを...」

 

 私は妖美卯一から説明された事をそっくりそのまま伝えた。さてと、次は私が戦う番か。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「クッ」

 

 結構キツイ。二人がかりなら鎧の猛攻は耐えれたが一人でいなしきるのは重労働だ。ラファエルの身体だから体力には余裕はあるが。

 

「ハァッ!」

 

 鎧の横から蹴りが入れられる。彼女だった。どうやらルシフェルにワイヤーを渡して来てくれたらしい。華麗な足技で鎧相手に優勢になっているのを見ながら私は気絶した天使達の元へと急ぐ。

 

 その時になった変な気分を振り払うように私は全力で走った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「結構粘るなァ、人間!」

 

「……お前には関係無い」

 

 振り続けられる剣を受け流しながら、己の限界が近い事を段々と感じていた。強力な攻撃を受ける度、意識が飛びそうになるのをこらえ、剣を受け止め続ける。もし一発でも受ければ、意識は乗っ取られてしまうだろう。

 

 自分でも不思議だった。なぜそこまでして妖美卯一を助けようと思うのか。助けられた義理か、はたまた死ぬ前のけじめか。

 

「だがこれで終わりだ‼」

 

 日の光で紅く輝く剣に魔力とでも言い表すだろう力がたまっていく。恐らく繰り出されるのは先程『純翠神破弓』で相撃ちした技だろう。しかし、今から構えたとしても到底間に合わない。これで、私は...

 

天使の一撃ち(エンジェルショット)ッッ‼」

 

 鎧の上体がぐらりと傾く、しかし鎧はまだ倒れずそのままの体勢から剣を振りかざそうとするが、

 

「か、ら、の、発条脚(スプリング)ッッ‼」

 

 それよりも先に妖美卯一の足が鎧の身体を押し飛ばした。土煙の中、某マ●ティキックのような着地を決め彼女は私に手を伸ばした。

 

「待った?」

 

「……別に」

 

 私はその手を握る事なく立ち上がった。一度だけではなく二度までも助けられて気安く手を掴むなんてできない。彼女は私より弱いのに、それなのに。

 

「……これ以上仮を作っても返せないから。……これぐらい大丈夫だし」

 

「そう」

 

 彼女は空を切った手をスナップしてから下げた。私は何故かそれが彼女が鎧に勝てると確信しているかのように見えた。

 

「ふっ..ざけんなァ‼」

 

 鎧が羽を生やし、上空へ飛び上がる。それに合わせ私達もそれぞれの羽で飛び上がった。鎧の撃つ斬撃波を巧みに躱して距離を詰め弓の刃を振り下ろす。

 

 それは火花を散らして鎧の身体を切り裂いた。すぐに鎧の攻撃範囲から離れ引き付ける。

 

「逃げんじゃねぇ‼...あ?何だこれ?」

 

 私に注意が向いている隙にワイヤーが鎧の両手に巻き付けられる。ワイヤーの先にいたのは茶色髪と水色髪の天使。

 

「これぐらい...なっ⁉」

 

 鎧が足を動かそうとすると、両足にもワイヤーが巻き付けられていた。その先にいるのは、朱色髪の天使とルシフェルだ。四人の天使はそれぞれの方向へ力強く引き、鎧はなされるがまま身体を広げていく。

 

「舐めんなァ‼」

 

 が、鎧はそれでも抵抗し天使達は逆に引き寄せられそうになる。そこへ、

 

結晶弾(クリスタルショット)ッッ‼」

 

 彼女がオレンジの大きな銃から鎧に近距離から青白い粒子を纏った弾丸を放つ。それは鎧に当たると同時に雪の結晶の花を開き、巨大な氷柱へと変わっていく。

 

「皆逃げて‼」

 

 それはワイヤーを伝って凍結していく。天使達はワイヤーを外しその場をすぐに離れたが、

 

「うっそ、ヤバッ」

 

 彼女だけ足が氷に捕らわれてしまっていた。そこへ朱色髪の天使が剣で氷を砕いた。

 

「何やってんだ」

 

「ど、どうも」

 

 すぐに後退したので二人ともこれ以上巻き込まれる事はなかったが、できた氷柱を見て息を飲んだ。

 

 それはなんと地面まで根を張り、神が造形したかのような美しさでそこに建っていた。鎧を着ていても涼しいとさえ思えてしまう光景、もし巻き込まれていたら...そう考えると本当に寒気がした。

 

「決めるよ‼霊香ちゃん」

 

「……わかってる」

 

 彼女の呼び掛けで、我に返り私は氷柱の真ん中で固まっている鎧の剣に照準を定め、弓を引いた。それに合わせ彼女は携帯端末を銃にセットし、トリガーを押し続け、エネルギーを溜め始めた。体力的にも一発が限界、外すわけにはいかない!

 

「……純翠神破弓‼」

 

天使の旋風(エンジェルショット)‼」

 

 私が放った翡翠の矢は彼女が放った旋風を纏い、鎧の剣に吸い込まれるように真っ直ぐ飛んでいく。やがて矢が幾本にも分裂し氷柱に亀裂を走らせ、その隙間を縫って旋風を纏った矢が剣の柄を弾いた。

 

 衝撃で氷柱が砕けダイヤモンドダストの如く光を反射しながら崩れ落ちていく。

 

「……back...『翡翠の弓(グリーンアロー)』またね」

 

 私は手短に別れを告げると鎧の装甲を解き、ネックレスを砕いた。落ちてゆく意識の中、羊を数えるように私は命の期限を数えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

……どこにいるの?後輩クン...

 

 崩れゆく景色の中、私は視界の中に彼を入れようと目を走らせていた。氷と共に砕け散ったと言う最悪の事態が感じたがワイヤーがまだ四本視認できるので現実には戻っていない。

 

 と言うのも、こっちの世界で召喚したアイテムはネックレスを壊したと同時に強制的にbackとなるからだ。

 

 私は何度も目を走らせた後にようやく彼を視界に入れる事ができた。彼は氷の塊の中に右手が入ったまま落下していた。

 

「ラファエル、お願い」

 

 私はラファエルから抜け出して元の身体に戻り、彼の風の力を使って飛ばしてもらう。推定距離50メートル前後、それなら...

 

「“神”、使ったアイテムの片付けよろしく」

 

「え、ちょっウィッチまさか⁉」

 

 私は一度自分のワイヤーをしまってもう一度手元に召喚する。そして、銃に端末を装着し画面から『赤車』を選択した。

 

……帰るよ、一緒に

 

「弾丸車ッッ‼」

 

 発射した赤車に瞬時にワイヤーをくくりつけ、その勢いに乗り加速する。車体を風避けにしてワイヤーを縮め後ろから車体に乗り込んだ。

 

「『運転手』‼緊急脱出ボタン押して!」

 

 既に車体は風の勢いを受け減速を始めている。

 

「…ですがそしたら私も...」

 

「助手席だけでいいでしょ‼」

 

「…了解しました」

 

 私は助手席に滑り込み、シートベルトをしっかりと取り付ける。すると助手席の天井が開き青空が映った。そして、身体がふわりと浮かんだかと思うと、私は座席ごと車の外に投げ出されていた。

 

 この装置の面倒くさい点として、緊急脱出にはシートベルトをしている状態でないと発動しないというなんとも律儀な設定ゆえ、こういう場合一度締めてまた外すという二度手間に、ってか説明も面倒くさいよ!

 

「捕縛...射撃!」

 

 ワイヤー型の弾丸をすぐ近くまで迫った氷塊に突き刺し、縮めて氷塊の上にたどり着く。氷ゆえに滑って動き辛いので、“神”が既に戻していた『杭』を使いながら彼の元に這っていく。

 

「後輩クン!ねぇ、聞こえる⁉」

 

 応答はない。仕方ない、ここは彼を助け出して二人で...

 

 

 

 

 

……どうするんだ?落下する中、氷を砕いて脱出方法を同時進行で考えなければならないわけで、何より時間が無さすぎるではないか。

 

「おい、どうするんだ‼ウィッチ!」

 

 考えられる選択で最善な答えは...

 

「ここで二人のネックレスを壊す。落下死する前に」

 

 目的は達成しているし、お互い死んでから戻るよりはその方が痛み無く現実に戻れる。それが私達にとって最善の選択。それが二人で帰る最善の...

 

 

 

 

「それは...逃げじゃないか?」

 

「ッッ⁉」

 

 脳内に懐かしいような声が響き、不意に顔がその声の方を向く。しかし向くことは出来なかった。途中で首が動かない、否、振り向く動作の途中で時が止められているかのような感覚。

 

「約束守らなきゃな?う****」

 

 そこから先は聞こえなかった。気がつくと私はその方を向いていたが勿論そこには誰もいなかった。

 

「ウィッチ⁉どうした?」

 

 私はしばらく呆然としていたが“神”の声でハッ、と我に返り辺りを見渡す。こんな短時間で移動できるはずがない。きっとまだどこかにいる...

 

「目覚ませ!ウィッチ、零矢を助けろ‼」

 

 違う、私が今やることはそれじゃない。後輩クンを助けなければ。私はもう一つの杭を手にして氷を...ん?杭?......これいけるかも

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「もしかして死んじゃった?」

 

「こらこらウリエル。しかし」

 

「無理だろう、あれは」

 

 私が彼女を風に乗せてから何やら色んな事をやってたどり着いたように見えたが、後三秒程で地面に衝突するだろう、そうなれば私でも治せるかどうか...

 

「あ、あれ!」

 

 突如爆発音と共に彼女達がいるであろう氷が爆散する。一瞬光のような物が見えた気がするが?すると煙を突き抜け光の矢のような物が地面に突き刺さった。

 

「あれさっきの、後ろにひもついてるし」

 

 まさかな、と皆が思った次の瞬間。

 

「行けぇぇぇぇッッッッ‼」

 

 再び煙を突き抜けて男を抱えた彼女が飛んできた。

 

「『運転手』‼」

 

 いつの間にか彼女達が落下するであろう場所に赤い物がおいてあり、それから出た布が彼女達を受け止めた。弾力性があるのか彼女達は何回も布の上で跳ねていた。酔わないのか?あんな上下運動して。

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ...ラファエル...あの...この子を」

 

 上下運動のせいで声が大きくなったり小さくなったり面倒くさい。

 

「いったん降りろ」

 

 彼女は渋そうな顔をした後で男を抱えて降りてきた。

 

「人生初トランポリンだったのになぁ」

 

「なんだトラン?」

 

「あぁ、こっちの話だから気にしない...」

 

 急に彼女は男のように倒れてしまった。意識はまだあるが息が荒くなっていた。全く手のかかる人間だ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 少し身体が楽になってきた。周りを見るとラファエルが私に手をかざしていた。回復してくれていたのか。

 

 起き上がれるようにまで回復した後で、後輩クンの方を回復してくれるように頼んだ。顔が青白かった彼だが回復してもらい徐々に顔に赤みが戻ってきた。

 

 やがて目が覚めると、

 

「ん?...ウィッチさん...ってえっ?」

 

 私は彼を膝枕していてその上から覗きこんでいたので彼は自分がどういう状況なのか瞬時に理解したらしく、慌てて頭を起こそうとして私の胸に当たり、そのまま膝に跳ね返された。

 

「ご、ごめんなさい。わ、わざとじゃなくて」

 

「慌て過ぎ」

 

 彼はすぐに起き上がり、顔を赤くして慌てふためいていた。なんか可愛いな。

 

「って言うかどういう風に脱出したの?」

 

「あぁー、裏技?って言うか奥の手って言うか」

 

「最初から使えよ...」

 

 そんな事言われたってあれは体力の消費がおかしいから今のままだと二秒持たないし、本当に奥の手だから普段は絶対に使わないのよね。

 

「まぁ、なんとか助かったし私達は元の世界に帰ろ♪」

 

「良いんですか?」

 

「これから先は私達は関わってはいけない、過去の出来事だからね」

 

 恐らくこれ以上関わると天使側全滅なんてのもあり得なくなさそうなのでここらでお暇しようというわけだ。

 

「じゃ、帰ろうか?二人で」

 

 私は微笑んで彼に手を伸ばした。彼は照れくさそうに、

 

「はい」

 

 と言って私の手を握り返した。彼の手は氷のように冷たかった、だけど私はやっと手に入れる事ができた光のように思え温もりを感じる事ができた。

 

 私達は自分達のネックレスを壊し、光へと還った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「この後、ルシフェルは再び反旗を翻し天使側に反乱、しかしミカエル達に敗北し全員堕落させられる。これはその前にあった物語。神代の時代にも忘れられし話というものは存在して...」

 

「何独り言言ってんの、あんた」

 

 帰ってきたウィッチがお茶と言って勝手に私のソファに腰掛ける。ついでに零矢も同じように座った。似た者同士かよ、こいつら。

 

「はいはい、友達には冷たくルームメートには優しくですか」

 

 そう言って二人にお茶を差し出すと、

 

「そんな訳...ないでしょ」

 

 と言いながらお茶をすすっていた。零矢の方も、

 

「サンキュ」

 

 と言っていた。こいつも心配だったが案外大丈夫なようだ。

 

「飲んだら帰れよ、ったく」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「汗かくわぁ~」

 

「あっちぃ~、ってか痛い」

 

 私達は現実に戻りヘルメットを外したらが身体中凄い汗だった。後輩クンも巻いていた包帯が緩んでいるようだった。時計を見ると既に午後十時過ぎ。

 

「帰ってお風呂入ってから晩御飯かな、洗ってあげようか?」

 

「えっ⁉」

 

「冗談」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「へぇー、失敗ねぇ。そのわりには『翠女神』、お前すっきりとした顔してないか」

 

「私の顔は何も変わってない」

 

 暗闇の中、廃病院のような灯りの元で二人の人間が会話している。しかし、数名がそろりと入って来て『翠女神』の周りを囲っていく。そこには少年の様にも見える男が鎌を引きずっていた。

 

「良いの?殺って」

 

「まぁ、誕生日近いしその日まで猶予与えてやるよ。但し...」

 

 格上と思われる男は『翠女神』に近づき、

 

「変な気だけは起こさないようにな」

 

 耳元で呟き、数名を引き連れて去っていった。残された『翠女神』は顔色一つ変えず、ずっと男が座っていた場所を眺めていた。




──命拾い?──

 次回新章

『僕達と私達と命がけの日常物語』

「……私は生きてて良いの?」


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第5章 僕と私と命懸けの日常物語
執行猶予


霊「……え時間の関係で今回は私一人?……新展開どうぞ。……慣れないなぁ」


(まぁ、誕生日近いしその日まで猶予与えてやるよ)

 

 それから長い夜を越えて。私は学生寮の中に戻っていた。無論今は朝の九時である。

 

 私と同じ年頃の子達は笑いながら学校へ行き、そして真面目に授業を受ける。そんな普通の日課を送っている事だろう。

 

 そこに混じれず遊び飽きて放って置かれた人形のように部屋の隅に私は転がっていた。部屋の中の荷物はもうほとんどない。GDが上手く取り計らったのか部屋の貸し出しの期限は二日後。四月二十八日の金曜日、私の誕生日の前の日までである。

 

 寮には親元と住めるようになったという程で話が進んでいたそうだ。しかも昨日の内に全て電話による対応で。全く末恐ろしい組織である。

 

 恐らく二十九日の夜、いや下手をすれば日中、流石に二十九日になった瞬間なんてことはあり得ないだろうが殺りに来るだろう。ならば、私が取る行動は...

 

「えっ?もう出ていくの?まだ...」

 

「……ええ、お世話になりました」

 

 そそくさと別れを告げ、一ヶ月も居なかった学生寮を地味な深緑色のTシャツに薄い黒のパーカーを羽織り、えんじと白のチェックのスカートをはき、足はスニーカー、サングラスとつばのついた白い帽子をかぶって跡にした。

 

 と言っても行くあても無く、ただ死ぬまでの猶予をどう過ごすか考える為に街に出ただけである。正直お金もない。それぐらい寄越せよ、とは思うが。

 

 二十九日まで後三日、野宿するとして着替えもこれしかないし服を買うお金もない。なぜ金だけ置いていってくれなかったのか、組織よ。先に飢えるぞ、組織よ。向こう的にはそれでも良いのか。

 

 朝ご飯は寮で食べてきたからいいものの、お昼は何か買わなければいけない。恐らくこの星じゃ炊き出しなんてのもやっていないし、残り予算でどうやっていくか...

 

「っ⁉」

 

「うわっ!」

 

 ずっと考えていたせいで曲がってきた人に気づかずぶつかり倒れてしまう。すぐに立ち上がり相手に手を伸ばしたところで、相手が誰なのかに気づいた。

 

「あぁ、お構い無く...って、は、破神霊香さんッ⁉」

 

「……ッ時神翔!?」

 

 こいつ私が病院送りにしたはずなのに、回復がいくらなんでも早すぎないか?まさかこの年で『聖なる力』の能力に完全に覚醒しているのか?

 

 あり得ないし、そんなこと信じられない。私でさえ覚醒に五年かかったのに?こんないかにも現代っ子がそう易々と覚醒するなんて許せない。

 

「あ、あの別にただ偶然会っただけですから、恨みとかないですか...」

 

 慌てふためく彼に拳を腹部目掛けて突き出すがバックステップで避けられた。

 

「いや戦うつもりなんてな...」

 

 続けて左足を蹴り出し、続いて右足で回し蹴り。これも右足を退いて身体を縦にし、その後にしゃがまれ避けられた。完璧に読まれている。

 

「ッ!?白...あ、いやッ!!み、見てないですから!!チラッとだけなんか...」

 

「……うるさい!」

 

 彼の後方に霊子の壁を生成させ、小走りからの膝蹴りでバックステップを誘発させる。彼は私が予想した通りに動いたので、私は足場を形成しそれを踏んでもう一度蹴った。

 

「クッ...‼...痛ぅ」

 

 今度は避けれなかったのかまともに顎にくらい、彼は口から血を流していた。今までの読みは偶然?それとも彼の能力なのか?もし後者なら今のも避けれたはず。

 

「……あなた舐めてるの?……殺すよ」

 

「だって、その...避けると、また見えて...嫌がるから」

 

 戦いの最中に何だその余裕は?本当にイラついて顔面に拳を入れてやろうと思った瞬間、

 

「なんだ?喧嘩か?」

 

「カップルの別れ際じゃない」

 

「最近のカップルは威勢がいいな」

 

 集まっていた人々の声で完全に怒りのエネルギーが無くなってしまい野次馬がうるさくなる前に彼の襟首を掴んで人目の無い所まで引っ張って行った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……ちょっと聞きたい事がある」

 

 バンッ、と壁に手を突き、彼女は僕の逃げ場を無くした。俗に言う壁ドンである。逆じゃないですか?

 

 世の可愛い女性達はこんな風に殺意で満ち溢れたような顔で迫られてるの?しかもこんな人通りの無い道で?誘拐じゃん、拉致監禁じゃん、ナンパってそんな危ないものだっけ?

 

「……聞いてんの?」

 

「は、はいッ!」

 

 しかも機嫌が悪そうだし、仮にもさっき殴ってきた相手である。警戒は怠らない方が良いだろう。

 

「……あなたの能力は何?……(ヒドゥン)、それとも(ホーリー)?」

 

 能力の種類なんてあるの?てっきり『聖なる力』だけだと思ったのに、『隠された力』ってのもあるんですか。って言うか聞いて無いんですけど。

 

「……言わないなら」

 

 片方の手で彼女は僕の顎をクイッと上げた。だから逆ですよ、色々。

 

「……やっぱり、血止まってる」

 

 そう言うと彼女はゆっくりと手を話した。いったい何を確認したんだ?血?さっきの流血のこと?口を袖で拭うと固まった血が絵の具のようについた。

 

「……『聖なる力』の方か...」

 

「ち、ちょっと待って何でわかったんですか?」

 

「……『聖なる力』保持者にはいくつかの特徴がある。……一に身体能力が格段的に上がる。……あなたや神木零矢、妖美卯一、全員当てはまる」

 

 そう言われれば確かに、僕はさっきもの凄いキレのある動きをした気がする。それ以前も予知の能力を使う際は確実に動きが俊敏になっているような気がした。

 

「……二に保持者がその能力を発動する際に右目が光る。これが見分けるのに一番手っ取り早い。『隠された力』の方なら両目が光るから」

 

 確かに前に能力を発動しようとした時にその場に居合わせた他の人になんか目が光ってないかと言われた事があった。

 

「……心当たりある?」

 

「微妙に」

 

「……そう。……そして三に」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「三に傷の治りが常人より早い。これが今わかっている私達の力の事。まぁ二番目の事はまだ確定したわけでは無いけどね」

 

 私達は退院したという翔君の家に行こうと歩いていた。その際に後輩クンがあまりにも傷の治りが早いと言うのでそれに関係する事を教えていたのだ。

 

 しかし、何で彼は翔君より傷の治りが遅いのだろう?傷の程度は同じ、それなら彼の方が先に良くなるはず。それに、彼の能力である『双命』の詳細は未だに不明である。本当に『聖なる力』なのか?彼だけ光るのが左目と言うのも気になる。

 

「ウィッチさん、あれ」

 

「ん?」

 

 彼が指差す方を見ると、道路の反対の路地裏で女性が男性の顎をクイッと上げていた。見るからに逆ナンである。

 

 ただの情事かと思い目を反らそうとして顔を見た瞬間凍りつく。やけに知っている顔だった。片方は今まさに会いに行こうとしていた人物、もう片方は共闘した人物だった。

 

「か、翔君にもは、春が来たんだよ。きっと、ね?つ、強そうな彼女だし、結果オーライじゃん?」

 

「そ、そうですね?こ、これで翔もリア充に...って」

 

「「良い訳あるかッ‼」」

 

 額から冷たい汗が落ちる。それは彼も同じだった。どういう事だ?あの二人に特別な接点など無かったはず、まして相手は敵である。

 

「もしかして弱味を握られて脅されているんじゃ?」

 

「あり得なくないかも、行こ!」

 

 こうして私達は目的を変え、こっそりと路地裏を覗く事に。そこでは霊香ちゃんが先程私が彼にした説明と全く同じ説明を翔君にしていた。GD内でも共通事項なのか。

 

 しかし、何故それを翔君に?考えられるメリットは無いはずである。

 

「えーっと、ここじゃなくて場所変えた方が良いんじゃないんですか?」

 

「……何で?」

 

「あそこ」

 

 話を聞いていると翔君と目が合ってこちらを指差してきた。霊香ちゃんが振り向く前に共に覗く彼の襟首を掴み死角に隠れる。

 

 まさか私達に気づいて翔君は密告したのか?しかも隠れたせいでそれ以降の話が聞こえない。格なる上は、

 

「後輩クン!銃持って」

 

 突撃するしかない。二人いれば霊香ちゃんを逃がす心配はないし、話を聞く事ができる。

 

 私達は合図の後に一気に飛び出し、銃を構えた。

 

「動かないで‼...ってあれ?霊香ちゃんは?」

 

 そこには翔君が呆れた顔で一人立っていて、それ以外には誰もいなかった。彼が翔君に詰め寄り胸ぐらを掴んで問い詰めた。

 

「どういう事だ、翔?」

 

「先輩方がくると面倒になりそうだから逃げてって言っただけですよ、ダメでしたか?」

 

 予知の力を使ったのか。確かにここで戦闘は危険だし、嘘を言っているようにも見えないから翔君の言っている事は本当だろう。

 

「何で彼女と?」

 

「偶然会って、ここに連れて来られたんです。僕にもさっぱりわかりません」

 

 人質としてって事か?目的は『聖なる力』保持者の拉致っていうミッションを与えられたという事か。

 

 しかし、つい昨日一緒に戦った霊香ちゃんが急にそんな事をするようには思えない。恐らく私の思い違いか、もしくは何か理由が...

 

 そこまで考えて携帯のバイブレーションが鳴っている事に気づいた。よりによってGod-tellではない携帯の方である。またあの集まりか。差出人不明のメールには時間と場所が書かれていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「ゴメン、ちょっとヤボ用がね。お昼どっかで食べて、夜までには帰るから」

 

 彼にそう断ってそそくさと現場を後にした。バレる訳にはいかないのだ。この案件は。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「何なんだ、いったい?」

 

 その後翔と別れた俺は一人駅に向かって歩いていた。急に翔を襲う霊香、急に用ができるウィッチさんに謎が謎を呼ぶばかりである。

 

 後者に関しては今日は仕事も入ってないし、大学も臨時休業だから友達と出掛けたなんてことも考えられるが、前者は意味不明だ。現実世界でもとうとう積極的に襲って来るぞという合図なのだろうか?

 

「痛ッ」

 

 未だに傷が痛む。そういえばさっき翔は傷が完治していたが俺はまだ完治していない。無理に神の世界に行ったからか?それに...

 

 ふと前を見ると、金髪の小五~六辺りの少女が数メートル前を歩いていた。外国の子か?と思ったが何故か下駄を履いている。

 

 変な子供も増えたものだなと思っていたら少女のすぐ前にパイプを何本も積んだトラックが停まっているのに気づいた。しかもそれを縛る紐は猫が引っ掻いて既にボロボロになっている。

 

 これはもしかしたらヤバいと思い、俺は駆け出した。金髪の少女は本を読んでいてまだ気づいてない。すると、後二メートル前後で紐がちぎれ、パイプが少女の頭に崩れ落ちる。

 

 俺は飛び込み少女を突き飛ばして彼女を事故から救ったが、代わりにパイプは俺の身体めがけて降り注いできた。また病院かよ、と思ったところで俺の意識は途絶えた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 聞きたい事を聞きそびれた。やるせない気分である。

 

 私は再びサングラスを掛け、なけなしのお金で買ったおにぎりを食べながら、歩いていた。

 

 そういえば昔もそうだった。なけなしのお金で、てに入れた主食を父と分け、あの星を生きてきた。脳裏にそんな思い出が浮かぶ。

 

 あの頃から私は努力し、苦しみここまで強くなった、はずだった。それなのに、時神翔達は才能だけで私に対抗できるまでになった。

 

 完璧に嫉妬だ。そんなのわかっている、わかっているのに。死神部隊には嘲笑われたし、ボスには見放された。そんな私は生きてる意味はあるのか?

 

 足がよろめき倒れる。死ぬのか、私は。こんなところで。誰も見返せずに。嫌だな、死ぬのは。関係ないか、死という瞬間に個人の意見なんか。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

 見知らぬ通行人が声を掛けてくれるが返事をする気力も湧かない。しばらく黙っていると、今度は数人の足音がした。

 

「どけ、オッサン。こいつ俺らの知り合いだから」

 

「そうそう、ただの栄養失調だから、いつもあることだし」

 

 どうやら後から来た数人が初めに声を掛けてくれた人に対して口論を始めたらしい。足下しか見えないがこんな時に助けてくれる知り合いなどいただろうか?と言うか、いつもあるとはどういう事なのか。

 

「ほら、いくぞ」

 

 そう言われて手を肩に掛けさせられ立ち上がらせられる。そのまま、抱えられて徐々に人気の無い道へと、場所へと連れていかれる。

 

 そういう事か。流石に気づいた。こいつらは知り合いでも何でもない、それならむしろ...好都合だ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 あれから一時間も経ってないはずなのに霊香さんは見つからない。あの時、すぐ後で会う約束をしたのだがどこを探してもいない。

 

 仕方ない、能力を使うか。

 

未来透視(フューチャービジョン)‼」

 

 今から数分先の未来の光景を意識的に見る事ができるこの能力。名前が厨二病っぽいのはご愛敬だ。

 

 この能力を使用中は尋常でないほどの集中力が必要なものの、時間の流れが止まる。そして意識だけが精神世界へダイブして未来の光景を見せる。

 

「目標、破神霊香。時間、三分後」

 

 光景を見たら現実に帰還して未来の光景で見た場所を探す。この能力は恐らく時間を指定できてもそこの場所がわからないという点だ。

 

 現実に戻った僕は映っていた路地裏を探す。しかも映像の内容もヤバかった。一刻を争う内容だ。だけど、

 

「地道に探してくしかないのか...」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「美空、今日の予定は?」

 

 高層ビルの最上階、特殊強化硝子で囲まれた部屋の真ん中に置かれた高級なソファーに腰掛け、金の装飾が施された白地のティーカップを眺めながら、美神コーポレーション社長、美神 寅次(みかみ とらじ)は秘書兼ボディガードの鋭鉄 美空(えいてつ みそら)に問いかける。

 

「正午から例の集会が入りましたので、多少予定変更ですね。開発部の見学は延期という連絡をとっておきました」

 

 美空はスーツのポケットに引っ掛けた眼鏡を掛け手帳を確認しながら言った。

 

「なんかお前今日堅くないか?」

 

 美空の口調に違和感を覚えた寅次は彼女に問いかけた。と言うのも二人は十数年来の仲なので社長と秘書という関係でありながら二人きりの時はタメ口で話しても良いというルールを設けているのだ。

 

「集会の際にタメ口なんて叩いたらクビなので」

 

 二人の関係は寅次の両親は承諾している。何故なら彼の両親も彼女とは数十年来の知り合いだからだ。

 

 しかし、集会の場だけは威厳を保っておかなければならない。外から見れば寅次はトップ、美空は部下だからだ。

 

「まぁ、後一時間程ですし、どうせ場所も見つかりにくい所でしょうから...さっさと準備して」

 

「急に戻るなよ」

 

 寅次はさっきみたいに敬語を使って凛としていた方が美人なのに残念だと思いながら立ち上がり、部屋を出て準備に取り掛かった。

 

 対する美空は別の場所に行きスーツケースに入った衣装を確認する。

 

「今回はいらっしゃるでしょうか」

 

 入っていた衣装は白いベネチアンマスクに兎が描かれたマスク。金髪のロングヘアーのカツラにウサ耳のカチューシャ、そしてバニーガールの服だった。

 

「卯一様は」




──知り合い?──


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妖の子

卯「二周年じゃん、過ぎてるじゃん‼」

霊「……絶対忘れてたあの作者」

翔「あの人番外編作るとか言ってたのに未だに情報来ませんね」

零「ストーリーの進行が遅すぎて作るに作れないらしいぞ」

神「何故二周年なのにグダグダなんだ!お前らもう少し喜べよ⁉」


「全くもう、何で急に集まるの年寄り達は!」

 

 ただでさえ無い体力を使い、駅までたどり着いた私はコインロッカーにGod-tellを入れ、鍵を締めた。流石に息があがっている。

 

「えっと、場所は...」

 

「お久しぶりです、卯一様」

 

「うわっ⁉美空⁉」

 

 そこにいたのはSPのようにスーツに身を包みセミロングの黒髪を後ろに纏めた私の()世話役の鋭鉄美空だった。久しぶりと言っても半年ぶりぐらいか。

 

「何でここが?」

 

「寅次様から駅でバテてるだろうから迎えにと」

 

「あの馬鹿兄、家まで調べたの?」

 

 実は美神コーポレーションの現社長、美神寅次は私の兄だったりするのだ。勿論公にはしていない、その為に名字まで偽装しているのだから。

 

「まさか、あの愛くるしい卯一様が男の家に同棲など...相手次第では我が会社は勢力を挙げてそいつを...」

 

「何?あの馬鹿兄貴そんなこと言ってるの」

 

 急に声のトーンを変えた私に彼女は少し眉を動かしたが、すぐにいつもの調子に戻り、

 

「いえいえ、私の意見ですが...」

 

「言うようになったじゃない。だけど覚えておきなさい、私の日常に危害を加えたらどうなるか」

 

 もしこの日常を誰かに奪われてしまったら私はどうなってしまうのだろう?悲しむ?怒る?狂う?なんにせよもう元には戻れなくなるだろう。

 

「申し訳ございませんでした。...そろそろ行きましょうか」

 

 私は彼女に促されるまま、目的地へと急いだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「んっ...病院じゃないな、どこだ?」

 

 目覚めると、どこか屋内にいるのがわかった。木造で爽やかな木の匂いが漂っている部屋に敷かれた布団に俺は寝かされていた。

 

 俺は立ち上がり、近くのドアを開いた。すると、

 

「おいおい...どうなってんだよ」

 

 木々が生い茂り、頭上から優しい光が降り注ぐ森の中に俺はいた。

 

 市街地にいたはずなのに、急に森の中とはどうなっているのか?確か少女を助けて、鉄パイプの下敷きになったはず。夢遊病の類いか?

 

「起きた?」

 

 頭上から声を掛けられ、見上げようとすると何かが降ってきて、着地した。

 

「うおっ⁉何?」

 

 その子はウィッチさんよりもショートな金髪をなびかせて立ち上がった。深緑の少しボロっとした半纏を着込み森の中なのに短パン、それに下駄を履いていた。

 

 その少女は紛れもなく、俺が事故から庇った子だった。ということはこの子が俺をここまで運んだのか?

 

「別に助けてくれなくても良かったのに。代わりにあなたは気絶しちゃうし面倒が増えただけ」

 

 開口早々に可愛いげの無い言葉を連発してきた。なんだこのガキ、自分なら平気だったとでもいうのか?

 

「悪かったな」

 

「全くだよ」

 

 このクソガキ...と思ったが流石に年下相手にキレる程子供じゃあ無い。一応傷の手当てもしてくれたわけだし。

 

「手当ありがとな」

 

 そう言うと少し意外という風な顔をして目を背けた。照れているのか年頃らしい可愛いげのある態度だった。ツンデレとかいうやつなのか?

 

「ただの気まぐれ、特に深い意味はない。大丈夫そうだから早く出てって」

 

「っていうかどうやってここまで運んだんだ?」

 

 そう聞くと彼女はピクッと反応したがすぐそっぽを向き聞こえない程小さな声で言った。

 

「この山には名前の通り天狗がいる」

 

 薄々感じてはいたがやはりここは天狗山だった。しかし噂はよく聞くがまさか本物がいるなんて思いも寄らなかった。霊獣関連か?

 

 それより彼女を助けた時近くにいたのは俺だけ、しかも真っ昼間の中で人に見られずに助けなんて呼べるのか?そう考えると彼女はこの山にいると言う天狗と何かしらの関係があると考えられるだろう。

 

 いや、むしろ彼女自身が天狗...考え過ぎか。

 

「いつまでいるつもり?」

 

 そう聞こえた瞬間、目を覆うような風が吹いたと思ったら、俺は山の外に出ていた。場所を悟られない為に強制転移させられた?これが天狗の力なのか。

 

 トボトボと歩きながら思う。今日は本当によくわからない一日だ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「どこだ⁉どこの路地裏なんだ⁉」

 

 既に能力を使用してからは五分が過ぎている。このままだと今頃あの光景が現実になっていることだろう。大事になる前に止めなければ。

 

 その時、ふと低い呻き声が角の奥から聞こえた気がした。まさかと思い、角に隠れながら日陰の中を見ると、三人ほど男が倒れていてその一人の胸ぐらを漁っている別の人物がいた。

 

「...霊香さん?」

 

 その問い掛けはその人物に届き、ゆっくりと振り返った。少しかすり傷があるが紛れもない破神霊香本人だった。

 

「...何してるんですか?」

 

「……こいつら私が空腹で倒れてた時に知り合いを装ってその場から連れ去って不純な事をしようと企んでたから、抵抗した、それだけ」

 

 抵抗と言っても、それは表向きで実際はほぼ一方的な蹂躙劇だったのだろう。元テロ集団の一員にそんな事をしたのだから生きていられるだけ奇跡みたいなものだ。

 

 彼女の傍らにはナイフが二本とスタンガンらしき物が落ちていて、彼らがそれを使って彼女を拉致しようとして返り討ちにあっているビジョンが思い出された。

 

 もし、僕が早めに見つけていなければ...彼らは五体満足とは言えなかったかもしれないと思うと身の毛がよだった。

 

「……こいつら、そんなに金持ってない」

 

「霊香さん?本当に何やってるんですか!それ泥棒ですよ」

 

「……今さら良いじゃん、襲って来たんだし」

 

 彼女は仕方ない、と言うように開き直った。確かに殺しも厭わなかったであろう彼女からすれば泥棒なんて軽いものかもしれない。しかも正当防衛の後だ。

 

 もしかしたら世間は面白がって、横たわっている彼らに暴言を吐き、彼女に哀れみの目を向ける。仕方ない、襲われたのだから、と。

 

「ダメです、どんな理由があったとしても他人の物を勝手に盗るなんてあり得ない。そう教わらなかったんですか?」

 

 だけど僕は見逃す訳にはいけない。彼女にこれ以上罪を重ねさせない為に。

 

「……教わらなかった、私の周りの大人は奪えとしか。……とんだ綺麗事だね、そんな立場にもなったことが無いような人間が偉そうな口を聞かないで!」

 

 彼女はらしくもなく感情的に答える。見たことがない反応に僕は正直戸惑ってしまった。良かれと思って言ったことが傷つけてしまっていたなんて。

 

 その時、彼女の足下の男が少し動いたと思ったら傍らに落ちたスタンガンに向けて手を伸ばしていた。

 

「危ない‼」

 

 咄嗟に駆け出した僕は彼女を押した。そして足に痛みが走ったかと思うと、思考とは裏腹に地面へと身体が崩れ落ちた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「Hay“神”ここどこ?」

 

「私はAIごときじゃないんだが⁉」

 

 俺は道に迷っていた。と言うのも天狗山から帰されたのは良いが、どうやら北街の方に出されたらしい。住んでる方向と正反対に位置するし、何しろここは廃墟などが建ち並ぶ言わばスラム街みたいなところである。

 

 区長などがよく問題にしてテレビで取り上げてるが正直治安的にも行ったことは一度もない。つまり土地勘が無いのである。

 

「どうやら検索したらもう少し行った先に駅があるそうだ。だがかなり道が入り組んでって聞いてるか?零矢」

 

「ちょい待ち、人に聞いた方が早い」

 

 俺が見つけたのはこの場においては明らかに浮いているスーツを着こんだ女性だった。耳に手を当てて何か話しているから取引か何かだろうか。

 

「あの、すいません」

 

 声を掛けると彼女は話しながらの片目だけでこちらを見ると、すぐに通話を辞め両方の目で睨むように見てきた。

 

 取引の内容を聞いたとか思われてる状況だと本当にマズイ。どう考えても服の下から拳銃とか出てきそうだし。

 

「...良い天気ですね」

 

 逃げよう、そう思ったのは良いが声を掛けたのをリセットするために編み出した言葉が理解不能だった。だってもう16時過ぎである。この時間帯に見知らぬ人にこう話しかけたら俺の方が不審者だ。

 

 俺は相手が口を開く前に横をすり抜けて早歩きでその場から抜け出す。何か後ろで言っているが耳に全く入ってこない。ヤバい、本当にヤバい。殺されるかもと思うと足を緩める事など不可能である。

 

 すると目の前に豪邸であったのか巨大な屋敷が建っていた。道が入り組んでいたとしても直線上に突っ走れば駅である。それにここは廃墟街、さっきの女性みたいな人などほぼいない。それなら不法侵入にもならない。

 

 そう考えた俺は、錆びた屋敷の門をよじ登った。すると背後から、

 

「行かせない!」

 

 という怒号が響いたかと思うと、背中に何か鉄のような物を叩きつけられた感覚がして、俺は地面に落下した。

 

 受け身をとったので大事には至らなかったが振り向くと先程の女性が仁王立ちしていた。何かを投擲されたのか?

 

「違います、急に逃げてごめんなさい‼駅に行きたいだけなんです‼」

 

「そんな見え透いた嘘バレバレです‼」

 

 必死に弁明したが彼女は蹴りかかって来た。それを躱し後方へ下がるが、間髪入れず彼女は攻撃を繰り出してくる。

 

「甘い‼」

 

 そう叫んだ彼女の蹴りが俺の頭を捉える。ギリギリで腕でガードしたが、ゴキリと音がして、脳が揺れる感覚がした俺は崩れた。ふと、自分の腕を見ると明らかに曲がらないところが曲がってしまっている。

 

「いッ‼...てぇ!」

 

 別に骨が弱いわけではないのに一蹴りで腕を折られるとは。どれ程強力な蹴りなのだろうか。もしこれを頭に喰らってたら...死んでたかもしれない。

 

「大分落ち着いているようね、だったらもう一...」

 

 そこまで言って彼女は後ろを振り返った。廃墟の角をずっと見つめていた彼女は、耳に手を当てて、来た、と一言。

 

 直後、彼女の視線の先の廃墟が崩壊する。飛び散るコンクリートを華麗に躱しながら彼女は俺に問い掛けた。

 

「あれがあなたの差し金?」

 

 不思議に思った俺は煙に向かって端末の光を当てる。そこに浮かび上がったのは巨大な狼のような霊獣で口は裂け、足枷が付き、所々ロープで巻かれている。

 

「フェンリル?」

 

 フェンリルは咆哮を上げ、俺達のいる方向へと突っ込んで来た。彼女はそのまま避けたが、俺は突進をまともに喰らってしまい、屋敷の壁を突き破るほどに吹っ飛ばされた。

 

「なっ...⁉グッ!ガハッ」

 

 吹き飛ばされた俺は瓦礫の下敷きになった。一撃で腕意外もどこか折れたらしく、痛みで身体が動かせない。気を失わなかっただけ奇跡みたいなものだ。しかもここも廃墟だから今の一撃が原因で家が崩れることもあり得なくない。

 

 だとしたら今すぐここから逃げなければならない。それはわかっている。だが痛みのあまり身体が言うことを聞かない。

 

「ゲホッ、ゴホッ、ドプッ」

 

 吐血した。それもそうか、あれほど強く身体を打ったならば。そろそろ冷静でいるのも限界が近づいている。

 

「おい...“神”...ゴポッ」

 

 ヤバい、また血が口から溢れる。痛みだけではなく、倦怠感までともに襲いかかって来た。

 

「...ウィッチの場所が駅に固定されて出ない、だけど翔は応答しないけどこの屋敷の内部にいるみたいだ」

 

 何でこんな廃墟に翔が来てるんだ?と言うことは破神霊香もいるのか?しかし、今はそんな事どうでもいい。早く、皆ここから逃げないと...

 

 屋敷が軋む音が響く。崩壊までのタイムリミットはもう残されていない。

 

……ふざけんな‼こんなところで死んでたまるかよ、こんなところで...

 

「うわぁ、凄い壊れようだね」

 

「ッ⁉」

 

 その時、確かに俺の耳にその声は響いた。聞き慣れた声、聞き慣れた口調。幻聴ではない限り、この場にいるはずもない人が崩れた瓦礫の前にいる。

 

「ウィ...ッチさ...ん」

 

 しかし、瓦礫の隙間から見えたのは俺が知っている彼女とは似ても似つかない金髪ロングに白いベネチアンマスクにさらに口にもマスクのバニーガール。

 

 仮装パーティーの会場でもなかったらただの変質者だろ、というツッコミをこらえ再び声を出そうとしたところで彼女は隙間から姿が見えなくなった。

 

 何とかしても彼女に気づいてもらわなければ、そう思う一心で足下の瓦礫を蹴飛ばし物音を立てる。すると、しばらくして誰かの足音が近づいて来るのに気づいた。

 

 そしてそのその足音は俺の胴体に乗った瓦礫を持ち上げてどけてくれた。

 

「こいつかな?例の奴」

 

「演技かもしれないから気を付けろよ」

 

 それは例えるのなら馬と羊だ。別に比喩なんかじゃない。パーティーグッズ売り場にでもありそうな馬の首まで被るマスクに茶色いスーツ、もう一人は音楽家のカツラのような白い髪型に白いスーツ、目先が鋭いサングラスをかけていた。

 

……演技ってなんの事だ?こんな重症なのが演技な訳無いだろうがッ‼

 

 が、今はそう怒鳴るところではない、せっかく助けてもらったのだからそんな事を言っては失礼極まりない。

 

「...あ、りが...とうござい...ゴホッ、ます。早く...ここか...ら」

 

 俺はなんとか身体を起こしたが羊のような男の方に寄りかかってしまった。すると、その人はため息をついたかと思うと、

 

「汚してんじゃねぇよ‼」

 

 腹に拳を入れられた。堪えきれず再び口から血を吐いてしまう。それでさらにスーツが汚れた羊男は今度は俺を振りほどき、倒れた俺に追撃と言わんばかりに蹴りを入れてきた。

 

「グッ‼ガハッ、ゴホッ」

 

 もはや声という声も出ない。身体が熱い、内臓が痛い。早く楽になりたいとさえ思う。

 

「まだ、死んでねぇだろ?誰の回し者だ?あん?」

 

 馬頭の男に髪を掴まれ、首だけ持ち上げられる。呼吸が上手く出来ない。それに視界が赤く見えてきた。

 

 嫌でも死というものが近づいているのがわかる。避けられない絶対的なもの、逃げることなど不可能な全生物において平等なもの。俺は今この瞬間だったというわけだ。

 

 最後に一度だけ、ウィッチさんに会いたかったという気持ちが湧いてきた。ここで死んだら彼女に迷惑がかかるだろうな。悲しんでくれるかな。

 

「黙ってねぇで何とか...」

 

 

 

 

「その手を放しなさいッッ‼‼‼」

 

 響き渡る怒号に、その場にいた全員の視線が一点に集まった。そこにいたのは先程見たバニーガール。その手には拳銃が握られていた。

 

 馬男は俺の髪を放し、両手を揚げて立ち上がる。ここからは見えないが羊男も同じようにしているのだろう。

 

「何?ラビットちゃん、横取り?」

 

 ラビットちゃんと呼ばれたバニーガールは不快と言わんばかりに威圧的な声で銃を突きつける。

 

「そんなのに興味はない、それよりその人は霊獣が原因でこの屋敷に入ってしまった人の可能性が高い事から侵入者ではないと考えられるからよ」

 

「なんか庇ってねぇか?」

 

 羊男が負けず劣らずと威圧的な声色で兎女に話しかけた。彼女は少し固まった後で

 

「あくまで可能性を言っただけよ」

 

 と言った。そして銃を持ったまま馬男に近づき下がれ、と言うように銃で合図を送った。馬男はやれやれと言うように思いの外素直に下がり羊男の方へ行く。

 

「大丈夫?」

 

 兎女は俺に優しく話しかけた。しかし、その隙を利用して素早い動きで馬男は彼女の手を、羊男は俺の首を上げて人質に取った。

 

「なんのつもり⁉病院送りにするわよ!」

 

「やっぱ庇ってるとしか思えないんだよね」

 

 彼女は銃口を馬男に向けようとするが、

 

「おっと、お前がホースを撃とうとしたらこいつがどうなるのかは目に見えてるだろ?」

 

 首を握る手に力が入り、ただでさえし辛い呼吸がさらに困難になってくる。

 

「...わかったから、止めなさい‼」

 

 彼女はそう言って銃を床に捨てて蹴り飛ばした。銃は俺の見えないところまで滑って行き、取りに行く余裕もない事などは容易にわかる。

 

 彼女は馬男の手を振り払い、どこが目だかわからない馬のマスクを睨みつけた。

 

「こんな事をしてただで済むと思ってんの?」

 

「ラビットちゃん、それは身の程をわきまえてから言った方が良いんじゃない?そこまでして庇うってことはこいつと何かしらの関係があるって事でしょ?」

 

 彼女は返す言葉に詰まったのか口を接ぐんでいた。しかし、俺はこんなバニーガールもとい金髪ロングの知り合いなどいない。銀髪だったら端末の中にいるが。

 

「事前報告無しのボディーガードは違反、そう言う規定だよな、ラビット?」

 

「ボディーガードなんて要求した覚えはないし、この子は知り合いでもなんでもないわ」

 

「じゃあここで殺したって何も問題ないはずだよなぁ⁉」

 

 こいつら、日常的にでも人を殺してるのか?何でそんな簡単に人の命を奪おうって思えるんだよ?GDなのか?

 

「大ありよ、例え関係ない命だろうが腹いせなんかで殺される命なんてない‼‼身の程をわきまえるのはあなた達の方じゃなくて⁉」

 

 彼女は馬男と羊男にそう怒鳴った。それは俺が思っていた疑問に対する適切な答えだった。当たり前の事、誰もが学んでいるはずの事、それを誰もが踏みにじる可能性を秘めていること。

 

 もし、この動物人間達がそういう関係であれ彼女は信念を持って動いているのだろうと確信できる。この状況下でさえ俺は彼女がとてもカッコいいように見えてしまった。

 

 だが、俺は知っている。真っ直ぐな正義感が気にくわない奴もいることに。しかもそれが正義感をもつ奴よりも多いことに。そしてそいつらは正義感の持ち主を利用し、人形のように踊るのを裏から嘲笑う。

 

 恐らく、馬男と羊男はそういう奴だ。それはこの状況から良く伝わってくる。だから次にこいつらがとる行動はこの正義感を壊すこと、実力さで真実を曲げようとする。

 

「ダルいな、ラビットちゃんは。この状況でまだそれ言う?本当に高飛車だね」

 

「何とでも言えば?」

 

「じゃあ、言おうか......今すぐ裸になってそこに土下座しろや。じゃねぇと、てめぇの男ぶっ殺すぞ」

 

 本性を現した馬男は胸元から拳銃を取りだし、彼女に突きつけた。同じく、羊男も拳銃を取りだして俺に突きつける。

 

「ほら、どうした小娘兎?時間が無いぞ?フハハハハッ!」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「……時神翔、あなたと私は違う。……もう二度と会うことはない、それで良い。……それで良いの」

 

「霊香さんッ‼...夢?」

 

 どうやら寝ていたらしい。どこかの公園のベンチだった。幸運にも人はあまりいなかったのでヤバい奴だと思われなかったのは良かったけど。

 

 僕の記憶が確かならば、確かスタンガンを喰らって気絶したはず、彼女がここまで運んでくれたのか?じゃあ、さっきのは夢じゃなくて現実?もう意味がわからない。

 

「仕方ない、もう一度...」

 

 僕は能力を使うのを躊躇った。別にもういいんじゃないか。そこまで関わる理由なんてない。まして元敵の一人である。

 

 今までならばそう考えた。でも今は違う。あの人の犯す罪を一つでも減らせるなら、あの無表情の顔が笑ってくれるなら。

 

「未来透視!」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 北街スラム街。まさかここの廃墟に入るビジョンが見えるとは思わなかった。時刻は十六時前。僕一人で説得するしかない。

 

 裏口から入ろうとしたその時、廃墟の回りにスーツ姿の人達が徘徊しているのに気づいた。

 

 未来透視を駆使しながら何とか裏口から入ると、廃墟だと思っていたそこは古い屋敷のようなものに変わっていた。

 

 直後地震のような揺れが屋敷を襲う。崩壊かと思ったがどうやら違うらしい。それはGod-tellを見てわかった。

 

「え...先輩ここにいるの?」




──集いし聖──



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「「「「超大型連休だ!イェーイ‼」」」」

神「半分過ぎたのは言わないのな」

卯「全然気にしなかったわ、私達の大型連休が後何年立てば来るとか」

翔「気にしてたんですね...」

霊「……って新キャラが急に増えすぎ」

零「扱いきれなくなるとかないと良いけどな」

神「それは...作者の技量...」


「なんだか庭が騒がしいな」

 

「どうやら霊獣が現れたようです、(マウス)

 

 (タイガー)と呼ばれる青年...馬鹿兄貴が子と呼ばれる初老の男性...私の父にそう説明した。今回の全体のガードは馬鹿兄貴の当番だからだ。

 

 実はここにいる十二人中、我が美神家は四人もいる。勿論それは他のメンバーにはバレていないはずである。

 

 直後、屋敷全体を揺れが襲った。全員が場所決め役だった(スネーク)と呼ばれる妖艶な女性を見る。実は彼女の正体を知っていたりするのだが。

 

「どうやら侵入者が二人...いや三人ほど入っております。おこがましいかもしれないですが話し合いは延期した方がよろしいかと。残りは若い面子で片付けますので」

 

「ホッホッホ、生きが良いな。じゃあ若いのに任せて年寄りは退散しますかね」

 

 ボアと呼ばれる老人が巳の意見を受け入れ早速立ち上がり、それに合わせて子、(カウ)(ドラゴン)(モンキー)(ロースター)が立ち上がり、馬鹿兄貴が先導して行った。

 

「私見てきます」

 

「じゃあ俺らも」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「うわぁ、凄い壊れようだね」

 

 崩れた壁はまるで何かが投げ込まれたかのようだった。しかし、戦闘中であろうあの美空が簡単にやられるはずがない。なら、考えられるのは霊獣の攻撃の流れ弾だろう。

 

 ふと、瓦礫に目をやると血痕のようなものが見えた。もし攻撃の流れ弾なら血痕は付かないはず、まさか⁉

 

 私は確認のために馬鹿兄貴の元に走った。途中でホースとシープの間をすり抜け、先導を終えた馬鹿兄貴と鉢合わせした。

 

「どうした?(ラビット)

 

「あなたの部下の誰か負傷してたりしない⁉」

 

「はぁ?美空が戦闘中、三班が年寄どもの護衛、それ以外に負傷の連絡は来ていないが...」

 

 ということは先程の血痕は侵入者が運悪く負傷した時の血と考えられなくない。そうするとすれ違った午と未が危ないかもしれない。

 

 私は来た道を全力で走って戻る。だがそこにいたのは思いもよらない人物だった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……全く手のかかる奴」

 

 スタンガンで気絶した時神翔を抱え私はどこかの公園まで来ていた。それにしても何でこいつは私の居場所がわかったのだろうか。

 

 まさか予知系の能力...そんなわけないか。もしそうならあのスタンガンは避けれたはずだし。

 

 そんな事より問題はこれからどうするかだ。昼ご飯代とこいつの手当代で私の財布は完璧に底をついた。もはや駄菓子を買うお金も無い。

 

……北街の廃墟なら少し食べ物が残っているかもしれない

 

 もうここには戻って来ないだろう、だからもうこいつと会うことも無い。私はそう思いつつ彼をベンチに寝かせた。

 

「……ありがとう」

 

 気絶している彼に掛けた言葉は自分でも思っていなかった一言だった。私が誰かに感謝した。それも無意識下で。

 

 死ぬ前にはいつもとは違う物が見えるとはよく言ったものだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「時間がないぞ?フハハハハッ!」

 

 どうやら午は私がなす術が無いと思っているらしい。確かに拳銃は手の届かないところに行ってしまった。しかし、このスーツには銃撃装置が仕込まれている。

 

 つまりすぐに構えて二人の腕めがけ発砲、その隙に後輩クンを救出する。理論上は可能のはずだ。

 

 私は仮面の下で目線を未の方に向け構えるべき腕の角度を計算する。同時に正面にいる午の腕の位置を確認して...

 

「聞こえてなかった?脱げって言ったよね、そのスーツ何か仕込んでるでしょ」

 

 気づかれてる⁉もしそうなら今すぐ...

 

「天才だか秀才だか知らないけど状況が飲み込めないあたりまだガキでしょ」

 

「例えそのスーツに何かあったとしてもこのガキも死ぬ可能性は無くないんじゃないのか?」

 

「ッ‼…………」

 

「黙ってるってことは図星か、ほらどうする?」

 

……脱げば良いんでしょ、この状況で二人とも助かるなら...それで彼が死なないなら、私だけが我慢すれば...

 

 銃撃装置が付いた腕の鎧を取り外し、床に落とす。

 

……別にこれぐらい...これぐらいッ

 

 マスクを外し、ベネチアンマスクを取る。その時下衆な午の口笛が聞こえた。身体中を嫌悪感が駆け巡る。鳥肌が立って手が震えて来る。

 

 つけ耳を取り、胸の衣装に手を掛け、そして

 

 

 

 

「グァッ⁉」

 

 突如響いた低い呻き声に私の手は止まった。気づけば大量の汗をかいていた。

 

「どうした、未...お前⁉」

 

 午が未の方を向いて驚いたような声をあげた。私が未の方を向くより先に未が私の視界の横を飛んできた。そして午と衝突し、二人は倒れた。

 

「女に何させてんだ、テメェ等...」

 

 そこには流血しながらも立ち上がり、午に対して正に鬼のような形相をした彼だった。頭からの出血が目に入り、まるで血の涙のようになり、左目をギラリと白く光らせた彼は見るものに威圧はおろか恐怖を与えるのには充分過ぎた。

 

 激怒した彼の手に『紅蓮の剣』が召喚される。彼が呪文を唱えると剣の装甲が弾け飛び電球に被弾して辺りの光を奪う。その装甲が再び彼に集まったかと思うとそこには紅蓮の鎧を纏った彼が暗闇に浮かび上がっていた。

 

 これからその紅蓮の鎧がさらに返り血によって染まるかもしれない、そんな事が容易く想像できたとしても私に止める権利があるのか?その考えが足枷となり私の動きを止める。

 

 彼は午の上でうずくまる未を蹴り飛ばし、午の胸ぐらをキツく掴みあげた。もがき苦しむ午は彼のボディに蹴りを入れるが傷一つつかない。

 

 彼は空いた手に剣を構える。このままでは屋敷ごと崩壊する可能性だってある。それだけは避けたい、それに...

 

 彼には傷ついて欲しくない、誰かを殺すようなことはして欲しくない。

 

 その思いが私の足枷を外し、身体を動かす。剣を振り下ろす彼の前に入り込み、手を広げた。赤く煌めく剣が目と鼻の先で止まる。

 

「どけ、人間。お前との決着は後だ。それともこの場で切り殺されたいか?」

 

 天界の時と同じこの紅蓮の鎧の持ち主の声。やはり彼の意識は乗っ取られていた。しかしその声に怯んでなどいられない。

 

「どかない!これ以上あなたの好き勝手で後輩クンを傷つけさせてたまるもんですか!」

 

「面倒だな、お前」

 

 鎧が手に力を込め剣を振り下ろす。私はいずれ来る痛みに目を瞑り耐えようとした。しかし、予想とは違い剣は途中で止まっていた。

 

 刃のところに何かが巻き付いている。どうやらそれが鎧の攻撃を止めたようだ。私はこの鞭のような武器に見に覚えがあった。ということは、恐らく私を助けたのは...

 

「行ってらっしゃい、坊や」

 

 直後暗がりから出てきた何者かが鎧にドロップキックをかまし、手から剣を落とす。その隙に私は『紅蓮の剣』を彼のGod-tellに戻し、装甲を解除させた。

 

 風化していくように鎧が塵になり、中に入っていた彼が姿を現した。所々血だらけの彼が倒れる前に胸に抱え込む。どうやら腕も折れているようだし、応急処置が必要なようだ。

 

 彼の服からGod-tellを見つけ出すと『運転手』に繋ぐ。

 

「……先輩?」

 

「?...翔君⁉」

 

「ご用でしょうか?卯一様」

 

 私達を助けたのは翔君だった。今日会うのは二回目である。しかし、驚いている場合ではない。私は『運転手』に位置情報を送り迎えにくるように頼んでから彼に疑問を投げ掛けた。

 

「何でここに?」

 

「あぁ、えっとですね。霊香さんを追っていたら着いたって言うか?」

 

「霊香ちゃんまでここに⁉君の能力、追跡とかにも使えるんだ...」

 

 おおかた霊香ちゃんの行動を予知したってところか。確定し得る未来を見れる能力、それでおいて代償は対して無さそうだけど...

 

「話は終わった?ウィッチ」

 

「巳羅姉、やっぱり。でも何で翔君と?」

 

 暗闇から出てきたのは私よりも少し背が高い蛇柄のドレスを着た女性。わざと目元が見えないように前髪を垂らし根暗な装いをしている。目を凝らすと実は左目に眼帯をしているのがわかる。

 

 その正体は私と同じ大学に通う三年の大津(おおつ) 巳羅(みら)。巳と呼ばれる彼女とは十年来の付き合いでもある。

 

「何か可愛い坊やが歩いてたから捕まえただけ」

 

「坊やって言わないでください‼捕まえたって言ったって、幻想見させられただけですよ」

 

 彼女の能力、幻想(イリュージョン)は自身の設定したテリトリーに踏み入った者に幻覚を見せたりするという事ができるらしい。故にこの屋敷も幻覚無しだと只の廃墟に見えるのだろう。

 

「それよりのんびり話している暇はないわ。この屋敷急遽建て替えたせいで柱もそう丈夫なものじゃないから崩れるのも時間の問題よ」

 

 ふと振り返ると午と未の姿はなかった。逃げたのだろう。逃げるのだけは早いなあの午。

 

「でもまだ霊香さんが中に‼」

 

「坊や今置かれている状況がわからないなら本当に子供よ。逃げる時をきちんと見極めなさい」

 

 巳羅姉に言われた言葉を悔しそうに噛み締めながら彼は後輩クンの肩を担ぎ上げた。

 

「急いで、手口はこっちよ」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……冷蔵庫にも食べ物は無し、只の廃墟か」

 

 あれから北街の廃墟にやって来て食料を探したが、これと言ってめぼしそうなそうなものは見つからなかった。

 

 入ったら突然豪華になったように見えたこの屋敷もどうやら幻覚か何かで豪華に見せられていたらしい。上の階から複数の気配がある。

 

「……早く出るか」

 

 そう思いドアを開けた瞬間...

 

「匂うなと思ったらやはり侵入者か」

 

「ッ‼」

 

 天井から何かが降って来た。犬の剥製のような物を被った四つん這いのそれは素人にも見てとれる程の殺意を剥き出しにしてくる。

 

「……犬?」

 

「干支の(ドッグ)の方だ阿呆、お前が外の化け犬の飼い主か?」

 

「……意味わから...」

 

 直後、屋敷を揺れが襲った。突如来た予想不可能な揺れに体勢を崩した瞬間、自らを戌と言った男は襲いかかって来た。

 

「ッ‼」

 

 咄嗟に空中に壁を作り一撃を躱したが、戌は素早い身のこなしで次の一撃を繰り出して来る。それを見越して、正面から蹴りを入れるが殺気を感じたのか、当たる前に避けられて距離をとられた。

 

「あれ、お前中々できる?」

 

「……黙れ、私の方がお前より強い」

 

「へぇ、言ってくれるなぁ」

 

 戌は頭に来たのか真正面から突進してきた。私は目の前に壁を作り足止めしようとするが、まるでどこに壁があるのかわかるように戌は華麗に躱していく。

 

「はい、王手」

 

 私の懐に潜り込んだ戌は強力な一撃を私の腹部に入れる。壁を生成するのに間に合わなかった私はまともにダメージを受け、崩れ去る。

 

「口だけかよ、脆いな。才能に溺れたガキじゃねぇか、努力が足りねぇんだよ」

 

……ふざけるな...足りないだと?私は組織の中でさえ努力を怠らなかったのに誰よりも頑張ってたのに...妖美卯一や時神翔みたいに才能だけの奴等に...

 

「意識だけは取ってくか...ん?火事か、酸素が薄く...」

 

……負けてたまるか‼‼

 

「……窒息ノ箱(ボックス)ッ‼」

 

 戌の首回りに箱状に壁を作り、密閉する。徐々に酸素が少なくなっていくだろう。そうすれば意識が飛ぶのはそっちだ。

 

「このガキッ...」

 

 四つん這いだった戌が二足歩行で襲いかかって来るが見切れる程遅かった。それにその状態で運動するなど酸素の供給が間に合わなくなり窒息する時間が早くなる。

 

 私はこの瞬間を待っていた。相手が油断した一秒に技を入れる。そのタイミングを何回も練習したからだ。

 

「……二足歩行できるんだ。……どっちが努力が足りないかわかったでしょ」

 

 殴りかかる戌に足払いをして宙に浮かせ、自分はすぐに体勢を戻す。周囲の壁を分解し、そのエネルギーを自らの左手に収束させて破壊力を増幅させた一撃を叩き込んだ。

 

「……霊魂ノ拳(フィスト)

 

 その一撃は戌の身体にダメージを与えるだけでなく、背後の壁をも破壊した。戌は視界から完全に消えた。死んではないとは思うが三階だから落ちて助かるかは微妙なところだが。

 

 再び揺れが襲う。今度は地面が傾いているような感覚がした。恐らく屋敷事態が崩れている。脱出しなければ。しかし、私の足は動かなかった。怪我をしたわけではない。

 

……ここに居れば終われる...誰にも知られず死ねる...

 

 死にたい欲望、自殺にも似たその感情は私を夕焼け色の空の元へと戻さず、崩れ去る暗闇の中に鎖で繋ぎ止めた。

 

 壁に空いた穴から夕日が入っていた。それは徐々に視界から消えていき、暗闇になる。私はようやく訪れる平穏を期待して目を閉じた。



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生きていれば

「「「「暑い~」」」」

神「まだ春だろ、こっちは!」

零「暑さのあまり展開を忘れた」

卯「キミ重症のはずだけど」

零「そういうウィッチさんだってバニー...」

卯「それ別に言わなくても良いよねー?ちょっとこっち来なさい」

翔「さ、さて今回は熱い展開になって...ないですね別に」

霊「珍しく恋愛事情が書かれてるからそこ見てね」


「一班、二班銃撃用意‼」

 

 フェンリルを惹き付けながら私は各班に命令を下す。命令を受けた部下が素早くフェンリルの左右へと移動し、霊子の結合を弱める弾丸を連射した。

 

 前足が胴体から分離し、呻き声を上げながらフェンリルは崩れる。その隙に部下がその巨体をロープで縛り上げ身体の自由を無くした。

 

 私は這いつくばるフェンリルの鼻の先から飛び上がり、鉄の強度まで硬化させた足を首元へ振り下ろした。

 

 フェンリルの首が身体から切り離され断末魔の悲鳴を上げながらその獣は朽ちた。

 

「お仕事ご苦労さん」

 

 首が飛んでいった方向から馴染みのある声がした。虎柄のスーツにタイガーマスク、中身を知っていれば素人のコスプレにも見えなくはない。

 

「どうも」

 

 私の...いや私達の社長の美神 寅次だ。その手には戌を引きずっていた。

 

「ったく、脱出しようとしたらこの戌が上に落ちて来くるし、おまけにのびているし。取りあえず転がしとくか」

 

 そう言ってマスクを取ろうとする寅次に小走りで駆け寄り彼の顔の横ぎりぎり目掛け拳を叩き込む。周囲の悲鳴が上がる中、彼だけが

 

「危ねっ、サンキュー」

 

 と感謝の意を私に伝える。そして最初は不審に思っていた部下達もやがてその意味がわかったようだった。

 

 彼の顔の横、私の拳の先には朽ちたはずのフェンリルの首が口を開いていた。恐らく既に意思は消え暴走状態なのだろう。

 

「形態変化・針」

 

 フェンリルの口の中に入れた手に入れる力の量を調整し、手全体を鋭利な剣山へと変化させて、フェンリルの内部から霊子の結合を絶ち切るように破壊した。

 

 砕け散った霊石の破片が飛び散り地面に落ちる中、偶然にも一欠片が彼の後頭部に直撃し私の額に頭を垂れる形になった。

 

 身長は私が165㎝で彼が175㎝なので周りから見れば彼が頭を下げて私の額に口づけをしたかのように見えなくもない。事実、部下の何人かは歓声を上げていた。

 

 心臓の音が高鳴る。彼の吐息がすぐそこに感じられて夕焼けに染められたように私の頬は紅く火照った。しかし、この数秒にも満たないような間に耐えられなかった私の口から出た言葉は、

 

「邪魔、セクハラで訴えますよ社長」

 

 そんな思ってもいない言葉。それと共に額だけで彼の頭を押し返した。彼は仰け反り、倒れるギリギリで体勢を戻して頭を抱えた。

 

「不用意な事故だろこれは⁉あぁ頭痛ぇ」

 

 そう言った彼の顔は夕焼けには染められていなかった。私だけが勝手に想像していた事を思うと恥ずかしさで再び顔が火照ってくる。

 

 ずっと長い片想い。十年以上足っても好きの一言も言えず、二人とも大人に成ってしまった。若さに任せて言ってみてもいいが恐らくそれは許されない。

 

「帰るぞ、美空」

 

「はい」

 

「何で不機嫌そうなんだよ、謝るってさっきのことは」

 

 それでも、生きていればそのうち言える日が来るのかもしれない。身分の差を越えたドラマチックな展開が。そう考えてると言うことは自分もまた卯一様のように若いなと感じた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 一筋の光さえ見えない闇の中。生きてるのか死んでるのかさえわからない感覚。金縛りのように自分の意思に反して動かない身体。直前の記憶は床が抜けてどこまでも落ちて行く映像。

 

……私にもようやく終わりが来たのか

 

 死角から光が入ってくる。俗に言う天からの迎えというやつだろうか。徐々に光は大きくなりやがて私の顔を照らしてゆく。

 

 少し冷たい風が吹いた後に光の横から顔を覗かせたのは時神 翔だった。まるで失くし物を見つけたかのように安堵した表情をした彼は必死に私の上に覆い被さる瓦礫の破片をどかしていく。

 

……何で...

 

 彼の身体と同じぐらいの大きさの瓦礫を獣の如く叫びながら動かし私を地面から引きずり出した。上手く立てない私の肩を首に掛け彼は耳に付いたマイクに向けて子供のように話す。

 

「見つけました‼大丈夫そうです」

 

……何で...

 

 そのまま彼は話し相手に迎えに来るように手配すると私の方を向いて微笑んだ。よく見ると、身体中の服や皮膚は擦りむけまるで砂埃を被ったように汚れている。余程長い時間この瓦礫の中を探していたのが見てとれた。

 

 私はゴムが外れ半ば血で赤く染まった髪を顔の前に寄せ意図的に彼と目線を合わせないようにした。恥ずかしさなどではない、ある種の恐怖を感じたからだ。

 

 勿論今までだって命の危機による恐怖を感じた事は何度かある。しかし、これはその類いではない別の何か、精神力の強さによる絶対に曲がることのない信念とも言えるべきものがそれを持たない私を嘲笑うかのような恐怖である。

 

 その恐怖も見ず知らず、彼は残酷にも笑い掛ける。耐えられなくなった私は彼の肩から腕を抜き半ば八つ当たりの体で彼を突き飛ばした。

 

 間の抜けたような声をあげ、腰を付いた彼を私は最低にも見下す。そんな私を彼は不思議そうに見上げた。

 

 ぽつり、と空から雫が髪をつたって流れ落ちる。やがてそれが音を上げながら降り注いで来るまで私達はずっとお互いの心情を観察するように見つめあっていた。

 

「……何で私を助ける?生かす?何のメリットがお前にあると言うの?」

 

 先に口を開いたのは私だった。ずっと心の中につっかえていた疑問。私の不機嫌の原因。確かに日中助けてくれたのはありがたい。しかし私は頼んだわけじゃない。簡潔に言えばその真意がわからないのである。

 

「いや...袖振り合うのも多生の縁って言うじゃないですか。流石に放っておけないと思って」

 

 何だ、ただの迷惑行為か。そう言って人を助ける自分を美化する一方的な行為、わかっていたような気はするがその方が断然ありがたい。

 

「……じゃあもう関わるな。私はここに死にに来たんだ。私の事を思うならばどうか放っておいてくれ」

 

 偽善行為を突き付けるように私は彼に言い放った。これで少しは彼に響いたと思ったが彼は少し間をおいた後で口を開いた。

 

「本当に死にたいんですか?食べ物まで探してたはずなのに。霊香さんの言ってる事がやってる事と合ってないっていうか」

 

 言われて衝撃が走る。確かに私は死を求めていたはず、しかし思い返せば明らかな遅延行為をしている。もし本当に死にたいならいつだってできたはず。それなのに生きていると言うことは無意識下で何かが私をこの世に繋ぎ止めていることに他ならない。

 

「……そんな...ことな...い」

 

「本当に?」

 

「うるさいッ‼」

 

 自分らしくもなく声を荒げてしまった。彼は私が感情を表に出したことに驚いたのかしばらく怖じ気づいてしまったように見える。

 

 正直もはや自分らしさというのも無くしてしまった。自分のアイデンティティーさえわからない。だから、辛いから、処刑される日が怖いから、飢餓になるのが怖いから私は死を選ぼうとした。楽な死を求めた...はずなのに。

 

「何で‼何で何で何であなたみたいに平穏に暮らしてる奴ばっか生き残って、私みたいに認められないままの人ばっか消えてくの‼私の人生って何の意味があったの?何で生きて来たの、何で息してるの!……もうわからないの...お願いだから殺してよ。優しくするぐらいなら殺して‼」

 

 呼吸が荒くなり肺の奥底が熱くなる。異常なまでの気持ち悪さを雨の匂いが増幅さえ、堪えていた心の中のどす黒い物を吐き出さなければ、本当に私は壊れる、そう切に思う。

 

 最早頬を伝う物が雨なのか血なのか涙なのかもわからない。私は立っているのも面倒になり膝をついて力なく座る。そんな私に彼は近づいて来てあろうことか胸ぐらを掴みもう一度立ち上がらせた。

 

「簡単に死にたいとか言うな‼人生の意味?そんなのまだ見つかってないだけでしょ?自分ばっか辛いと思って簡単に命を捨てるなら...あなたは永遠に認められないまま終わる」

 

 怒気を込めた叫びが私の頭の中に直接響く。しかし、その声は私の心には響かず、ただ否定することしかできない。

 

「偉そうに言うな‼お前と私じゃ生きてきた世界が違う、価値観が違う。無知のお前に教えるが私達『聖なる力』をもつ者に...未来なんてない」

 

「そんなのただの可能性でしょ?僕らの未来はまだ決まってはいない」

 

 いい加減綺麗事に飽きた私は胸ぐらの彼の手を外しもう一度突き飛ばした。泥水に身体を預けた彼の半分は泥で茶色く汚れる。

 

「何でそんなに未来に賭けられるの?未来なんて不確かな物があるから人は死を望むのよ...私みたいに」

 

 その問いに彼は立ち上がりながら確かな信念を持った目で、私に再び恐怖を与えながら彼は私を諭す。

 

「確かに未来は誰にもわからない、不安を煽り絶望を誘う。それでも...生きていくには未来に賭けなきゃいけない日だってある。そうやって自分達の未来を照らしていくしかないんですよ!あなたはそれから逃げてるだけだ」

 

 何なんだ、この覇気は。一体何が彼をここまで激昂させるのか。前の私ならすぐさま彼の首を跳ねて口を塞いだだろう。しかし、そうしたら私は人間として年下である彼に負ける気がした。いや...最早今の私に暴力面以外において彼に勝てる気はしなかった。

 

 自らの敗北を表すように私は膝を着いた。生きたいと思う時には死が迫り、死にたいと思う時には生が付きまとう。理不尽とはこういうものなのだろう。

 

 瞳から一筋の雫が流れ落ちる。それは雨に紛れ確認することは困難だろう。しかし、それさえも彼は見透かしているように思えた。

 

「あ!いたいた。もう二人とも泥だらけじゃない、喧嘩でもした?」

 

 そこに立っていたのは赤茶色のショートボブ、雨の日に似合わない白衣を纏って白いビニール傘をさし、どこかにやりとした表情の妖美 卯一だった。

 

「はい、タオルと傘。拭き終わったら車へ行きましょう」

 

 私達は差し出された傘をさし、タオルで顔や腕、足を拭いていく。やはり下着まで濡れてしまっていて妙に肌に張り付いて気持ちが悪い。それに髪も泥を含んで匂いがする。

 

 車へと歩く途中、私は彼の隣を歩くのがとても気まずく彼女の隣へと逃げた。すると、彼女は不思議そうな顔をして

 

「……何かあった?」

 

「……別に...今はあんまり話したくないだけ」

 

 彼女は察してくれたのか、そっか、と軽く答えその話題は避けてくれた。彼と他愛のない会話をしたあとで、神木 零矢の様態の会話になる。どうやら彼も来ていたらしく、そこで怪我を負ったが今は安静にしていて取りあえずは大丈夫らしい。

 

 今一人で寝てるから早く帰ってあげないとね、と彼女は子供が待つ母親のように言った。私はふと疑問に思う。寝てるだけなら一人でも問題無いのではないか、と。それに対し彼女はこう答えた。

 

「まあね、でも起きたとき誰も居ないのは寂しいものよ。特に彼はずっと独りだったんだから。誰かが苦しんでるなら誰かが寄り添わなきゃ。それは義務とかじゃないけど...まぁいつかわかるよ」

 

 何だか最後のところだけはぐらかされた気がするが普通の人とはそういうものなのだろうか。同じような場面だったから翔は私を助けた。そこに深い意味なんてのはない。生かされた、それだけの事だ。

 

「やっぱりウィッチさんと零矢先輩って付き合ってるんじゃ...」

 

「彼はルームメイト!私は彼氏なんて...まぁいつかはね」

 

 そう答える彼女の目に少し闇が宿るのが見えた。哀しいと言うよりこちら側のような、やはり天界で私が感じたのは間違いではなかった。彼女も深い闇を抱えて恐らくまだ誰にも伝えていない。

 

……やっぱり皆なにかしら抱えて生きてる、翔も卯一も零矢も。私だけじゃないんだ

 

「さぁ、着いたよ」

 

「失礼します」

 

「『運転手』⁉」

 

 車の前に着いたと思ったら助手席の窓が開き人間の姿をアンドロイドのような物が私の顔に近づきスキャンのような事をした。

 

「何だ、スキャンか。唐突過ぎるよ...」

 

 翔がスキャンされている内に彼女はそう言って扉を開け、私達に車に乗るように促した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

(おい‼姉貴ッ!しっかりしろよ‼)

 

 遠くから声が聞こえる。目の前に映るのは血だらけの少女を抱える少年─六年前の俺だ。大切な人が消えたあの忌まわしき日の映像。今までに何度夢に出ただろうか。呪いのように昔の俺の嘆きが耳から離れない。

 

 あの時の俺は何もできなかった、でも今は違う。鍛え、力を付け成長した。『聖なる力』もある。もう見てるだけじゃない。

 

 ふと、視点が昔の俺と重なる。見るにも痛々しい鮮血が彼女から俺の腕を伝い地面に流れ落ちる。その生暖かい体温が夢の中のはずなのに伝わってくる。

 

 雪のような白銀の髪の毛が汚されるように赤色に染まっていく。毛先だけでなく髪全体が赤色、否見覚えのある赤茶色へと変わっていった。

 

「ウィッチさん...?」

 

 横たわる少女は六年前のあの人ではなく昨日も会った彼女へと変わっていた。髪もいつのまにか短くなっている。

 

……これは夢だ、夢の中だ。本来この映像はあり得ない。俺の身体だって子供のまま...

 

 そこには少女を抱えた時の身体よりも成長し、まるで今の自分と同じような大きさの腕が見えた。

 

「嫌だ!こんなのは夢だ、たちの悪い夢だ!覚めろこんな悪夢!覚めてくれ‼」

 

 口ではそう言っているはずなのに身体が動かない。すると彼女が血だらけの腕を俺の頬に重ねる。あの日と全く同じ行動だった。

 

……やめろ、それ以上言わないでくれ!俺のそばからもう...

 

 あの日と同じ言葉で、同じような表情で綺麗で可憐な魔女は俺に呪いを掛ける。

 

 

 

(零矢...生きて)

 

 

 

「ハアッ!ハァ、ハァ」

 

「ゴメンッ!起こしちゃった?うなされてるから手を当ててたんだけど」

 

 自分の部屋のベットの上で目を覚ますとすぐ側に夢で見た彼女が座っていた。そこで俺は今に至るまでの経緯を思い出した。

 

「傷が開くといけないからしばらくは安静にね。えーっと上着、上着っと。あ、仕事屋の方は心配しないで。私と翔君と霊香ちゃんでなんとかするから」

 

 霊香ちゃんって破神 霊香のことか。何でそういう風になったのか知らないが今は何も考える気にはなれない。

 

 あの夢が俺の記憶を組み合わせたただの映像なら気に止めなくてもいい。しかし、前のように死ぬ前の記憶の可能性がある。だけど、俺はウィッチさんに前に会っていたという記憶がない。

 

「ウィッチさん...俺達前にどこかで会ったことありませんか?」

 

 ふとそんな質問を投げ掛けてみた。彼女はこちらを見向きもせず俺の着替えを用意しながら淡々と答えた。

 

「なぁに、ナンパのつもり?そんな事より早く傷治しなさい」

 

 何か上手くはぐらかされた気がするが...俺は彼女の事をほとんど知らない。もしかしたら既存の知識も当てにならないのかもしれない。

 

 それでも俺はこの人を信じる。この人が俺を助けてくれる限り、例え利用されようとも。この人を夢のようにはさせない。姉貴のように失わせはしない。

 

「了解っす」

 

 いつもの調子に戻って軽く返事をし、俺は再び布団を被った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          「「……ゴメン」」




──重なる思惑──


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Amusements

翔「言いたい事は特に無し!本編どうぞ」


……何をどこで間違った...

 

「え、本当に僕ん家で良いんですか」

 

──遡ること数分前

 

「霊香ちゃんはどうする?後輩クン...あぁ零矢君の家に来る?」

 

 車の中で妖美 卯一に私は問われた。確かに何も考えていなかった。私の寿命は残り三日。何か霊繋がりの番組のあらすじみたいな言い方になった。

 

 そんなことより私が身を置く場所は確かに問題だ。下手すると一緒に死神部隊に狙われかねない。なら、

 

「……いや、こっちにする」

 

 私は時神 翔の腕を掴む。彼はあり得ない、という顔で私の方を見ているが気にせずに続ける。

 

「……一応私は狙われの身だが翔はどこから見ても普通だ、流石に向こうもどこかの富豪や豪傑の家に泊まり込んでいると思うはず。だから...」

 

「それ僕メッチャ危険なんじゃ...」

 

「だから、頼む...私じゃない、翔とその家族を守って欲しい」

 

 相手がもし一人なら私一人で応戦できる。だけど複数の場合、私一人では到底全てを相手することが出来ない。そうしたら彼の家族に危険が及ぶなど目に見えている。

 

「え、良いけど...後輩クンの回復次第かな」

 

「……神木 零矢が協力してくれるとは思えない」

 

 確かに彼は戦力になるだろうが、彼が簡単に協力するとは思えない。彼とは三回も戦っている。そんな相手の死活問題に簡単に協力するような人間などこの世にいるだろうか?

 

「ん~、多分協力してくれると思うけどな。私も付き合いが長いわけじゃないけど、困ってる人を見過ごすことはしないと思う」

 

 そういうものなのか。実際私と彼の間には関わりと呼べるものなどこれっぽっちもない。それなのに赤の他人を救うなんてお人好しにも程がある。

 

 この世にはお人好ししか苦しまないなんて事は数えきれない程ある。それ一つ一つに関わっていたら精神が持たない。だから私はお人好しが嫌いだ。自分の人生を歩めば良いのに、といつも思う。

 

 それでも私は翔のお人好しに救われた。卯一も零矢のお人好しに救われたのだろうか。まぁそうでなければこんなに穏やかな顔で他人の自慢話などしないか。

 

「取りあえず、了解。あ、着いたみたい」

 

 車はごくごく普通の一軒家の前に停まった。薄暗い空の中、窓から漏れる光がどこか懐かしさを感じる。いつの記憶だろうか。

 

 恐らく家族の記憶、何年も前の人並みの思い出。笑顔が飛び交い、暖かな雰囲気が続いていたあの場所はもうない。もう、戻ることは出来ない。

 

 私は彼女にお礼を言い、車を降りた。

 

……ん待って。よくよく考えれば私が泊まりに来たら普通に問題じゃないか?彼女とかでもないのに

 

「え、本当に僕ん家で良いんですか」

 

 しかしこの際そんな事を真面目に考えていたら風邪をひいてしまう。そうなれば襲われた際に全力を出すことは出来ない。

 

「……背に腹は代えられない」

 

「わ、わかりました。では...」

 

 彼が恐る恐る家のドアに手を掛けると、勝手にドアの方が開いて、中から女性がひょっこりと顔を出した。

 

「何だ、翔か」

 

「いやびっくりするから止めてよ、母さん」

 

「だって家の前に豪華そうな車が停まったから何事かと思ったの。って言うかあんた泥だらけじゃない何してた...」

 

 そこでようやく彼の母親は私の存在に気づき、何度か瞬きをした後で私の身体を上から下へ見ると彼に向き直って言った。

 

「え、本当にナニしてたの、母さん怒らないから言ってみな、内容によっては家族の縁を切るかもだけど」

 

「いや、そんな変なことやってないって」

 

「えっ、ヤったの?ちょっと、えー」

 

「もう!誤解が生まれるから早く中入るよ‼」

 

 そうして半ば強引に彼は私を家の中に入れた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ちゃぷん、と言う音と共に身体中に温かさが染み渡ってくる。寮には大浴場はあったが丸腰で他人と一緒に入ることは嫌だったのでいつも部屋のシャワーだったから湯船に浸かるのは久しぶりだ。

 

 手で湯を掬うと腕を伝って湯船へと戻っていく。先程の雨とは正反対の感覚が私の身体から疲れを取っていく様だった。

 

 湯船に沈む自分の身体を見ると、先程の傷や痣はほとんど消えていた。やはり回復能力だけは尋常では無いようだ。髪の毛の泥も取れ、すっかり清潔感を取り戻した。長く入ってのぼせるのも情けないのでここらであがるとしよう。

 

 脱衣所に戻り、用意された服に手を掛ける。下着や、ズボンなどは恐らくあの母親の物なのだろうが上着は男物のようだ。

 

 全ての服を着て鏡の前に立ち髪を乾かしながらふと胸に手を当てる。

 

……何食べたらあんなのになるの...?

 

 少し敗北感を感じていると、ドアの向こうから翔が声を掛けてくる。

 

「あがりました?サイズとか大丈夫でしたか?」

 

「あぁ」

 

「良かった、じゃあホットミルク作ったので後でリビングに来てください」

 

 何だか歓迎されているような気がしてむず痒い。世話になるのはこちら側なのだから何か持ってくるべきだっただろうがあの状況の後ではそんな事ほぼ不可能だろう。

 

……甘えても良いのだろうか...

 

 ドライヤーのコンセントを外し、髪をゴムでポニーテールに纏めながら私は鏡の向こうの自分に問い掛ける。なにせ家族に触れるのが久しぶり過ぎるのだ。図々しくなってしまわないかとても不安だった。

 

 だからなるべく甘えないようにと自分に言い聞かせドアを開きリビングに向かう。この後翔に対して何を言えば正解なのか?お構い無く...他人事過ぎるか。ありがとう、で良いのか...?もっとフレンドリーに...

 

 リビングに入ると翔がこちら側を見て、こちらへと言うようにテーブルの椅子をひいてくれた。それを見て私は何度も心で練習したフレンドリーな言葉を投げ掛ける。

 

「……さ、サンキューでーす」

 

 どうだ、最近の女子高生というものはこう言う風に挨拶をするとクラスメイトが言っていた。これならフレンドリーに思えるだろう。そう自信満々に彼を見ると、掌で口を覆い、

 

「……ブフッ」

 

 と笑い声を漏らした。完全にミスった。恥ずかしさで冷や汗が出てくる。

 

「……忘れろ」

 

「あ、どうぞ...フフッ、さ、冷めない内に」

 

「明日までに忘れてなかったら殺す」

 

 しまった。つい癖でこんな言葉を発してしまった。そんな事を言いたかったわけじゃないのに。こんな時なんて弁明すれば良いのか。暴力の世界で生きてきた私に取って何よりも簡単な年下男子との会話がこんなにも難しいとは。

 

……妖美卯一はどうやって神木零矢と打ち解けたんだ?

 

 もはや同じ女として尊敬の念すら抱ける。大体普通の会話って何だ、どうやれば世間一般的に見て普通というレッテルを貼られるんだ?

 

「何か無理してません?……無理って言うか緊張かな、そんな気がするんですが」

 

 見透かされていたか。まぁ普通こんなにも感情を露にしていたら見透かされるのも当然か。私は自分を落ち着かせるように一気にホットミルクを飲み干した。湯船に浸かっていた時と同じように身体の芯から暖まりだんだん火照って来た。

 

 不思議と気持ちが軽くなった。落ち着きを取り戻し、頭の中がスーっと冴えてくる。いつもの調子に戻ったようだ。今なら先程の発言も謝れそうな気がした。

 

「……かけ」

 

「た、だいま~‼あ、あがった?似合ってるわね、良かった良かった」

 

 気配がしないと思ったら、買い物に行っていたのか。雨で少し濡れた様子の母親はスーパーのビニール袋を冷蔵庫の前まで持っていき、買ってきた物を冷蔵庫の中に入れながら言う。

 

「さっきは泥だらけだったからあまり見なかったけど以外にべっぴんさんじゃない?」

 

「え、あ、ありがとう...ございます」

 

「母さん止めろ、困ってる」

 

 反応しきれない私に対し彼が助け船を出してくれる。確かに褒めてくれるのは嬉しいが上手く受け答え出来る自信など無いから正直困る。

 

「ごめんなさいね、何だか娘みたいで可愛くなっちゃって。迷惑だったかしら?」

 

「い、いえ。私も家族に触れるのが久しぶりなので緊張してしまって...」

 

 それから私は自己紹介や境遇を語った。一応念のためにGD関連の部分だけは綺麗に抜き取って話した。なので彼との出会いは仕事場でということにしておいた。言葉が詰まりそうな時は少し嘘を使ったが、それ以外は本当の事を言ったつもりだ。

 

 因みに彼の父親の名前は針太郎、母親は薫らしい。両方とも働き手で家計を支えているらしい。父親は全宇宙管理局──通称ASMの地球支部で警察を取り締まる課の副部長、母親は広告会社の幹部の一人と中々のハイステータスで、共働きの意味がわからなかった。どちらかの仕事でも食べてくには十分なはずである。

 

「まぁ、二人とも好きで仕事やってるからね。家計を支えると言っても大分余裕はあるのよ」

 

 仕事の楽しみ...そんなもの本当に存在するのか。

 

「まぁ、翔とはそこまで進んでなかったしただの友達ね。何か残念だけどホッとしたわ」

 

 まぁ、普通息子の異性の友達と初対面にあの言葉はどうかと思うが彼女も模索していたということなのか。

 

「あ、そういえば仕事場で遊園地のチケットもらってたんだけど期限切れるまでに行けそうにないのよね。明日学校休みなら二人で言ってくれば?」

 

 遊園地か...行ったことはないが明らかに騒がしそうなあの場所は仮にも狙われの身が行くような場所ではないだろう、だが気晴らし程度ならば良いかもしれない。

 

「……翔、その、一緒に...行こ、行かないか?」

 

「え...あ、はい、ぜひ」

 

 予想外の提案に彼はあたふたしながら答えた。それを見て彼女は、

 

「あら友達よりは進んでる?」

 

 とニヤニヤしながら笑って見ていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「すみません、部屋が無くて」

 

 なぜだか翔と同じ部屋になってしまった。彼はベッド、私は敷き布団である。彼の部屋はアイドルのポスターが貼ってあったりとか、楽器が置いてあったりとかはなかった。玩具らしき物はあったが。

 

 しかし、何だか衣食住を全て用意されて家族の一員となった気分だ。妙に心地が良い。

 

「やっぱりベッドで寝ませんか?」

 

「……誘ってるの?」

 

「いえ!流石に女性を床に寝かせて、男がベッドは良くないかなって」

 

 以外に紳士的だった。まぁ私もそっち方面はよくは知らないのだが。しかし、敷き布団の方が気に入ってしまった私はこれを手放したくはなかった。

 

 彼が起き上がり、私の顔を覗いてくる。まさかこれは...本当にそっちなのか?経験など無いからわからないが...徐々に彼の顔が近づいてくる。私は掛け布団の中で身構えた。

 

「あれ?寝てます?ちょっとトイレ行って来るんでベッドが良いなら寝ててください」

 

 と言って部屋から出ていった。天然というやつなのか?また同じ事をやられても困るので先に寝てしまおう。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「神聖遊園地へようこそ‼」

 

 そんな言葉が明るげなBGMに乗せて告げられる。キュート?なのかよくはわからないがウサギやネコなどの着ぐるみが来場を歓迎してくれる...やっぱりこういうのは苦手だ。

 

 それに...格好が格好なのだ。いつものストレートではなくツインテール──海老の味がするやつではない──それに白いワンピースと洒落ているからだ。

 

 翔はというと、少しクセのある元の髪の毛をまっすぐに伸ばして半袖半ズボンのラフな格好だ。周りから見ればただ遊びに、というよりはまるでデートのようだ。

 

 彼も流石に緊張しているのか笑顔がひきつっている。やはり私とでは不満だったのだろうか?

 

「……翔、私とじゃ...」

 

「い、行きましょう‼」

 

「ちょ...」

 

 彼は私の手...ではなく指を掴み私を園の中へと引っ張っていった。気のせいか彼の耳が赤くなっているように見える。

 

 それから二人でメリーゴーランドやジェットコースター、お化け屋敷などこの遊園地のほとんどのアトラクションを体験した。彼は何度も私に笑いかけてくれたがそのほとんどに私は応えることができなかった。

 

 そして空が夕焼けに染まる頃、私達は観覧車に乗った。

 

「……霊香さん、僕とじゃ楽しくありませんでしたか?」

 

「え?」

 

「あんまり笑ってなかったから」

 

 やっぱり彼も気にしていた。それはそうだろう、遊びに来て、気晴らしとして暗い気持ちを忘れるためにここに来たのに、当の本人はずっと無表情なのだ。失礼極まりないはずである。彼の思いやりも何もかも私は踏みにじったのだから。

 

「……そんな事ない...私は楽しか...ううん」

 

 思ってもないのに、目から何かが零れ落ちる。私は感情が薄い、そんな事わかっている。だから何もないこんなところで、何回も見た空を見て感傷に浸るなんてあり得ない。あり得ないはずなのに...

 

「え、あ、ごめんなさい‼僕何か失礼な事を⁉」

 

「ち、違う...翔のせいじゃ...ない。私は...明後日でもう死ぬから...楽しいなんて、感じちゃいけない、から...」

 

 未練が残ってしまう。贅沢を望めば望むほど、生きたくなる。死にたくない、生きていたい。一緒にいてほしい、一緒に生きてほしい。そんな思いなんて露知らず、アイツ等は殺しにくる。だから...何も感じないで、何に対しても笑わなければ、未練なんか残らないって思ったのに。

 

「……生きたいんですね」

 

「生きたい...生きていたい。翔と薫さんと...妖美卯一達ともっと...もっと」

 

 涙が止まらず、上手く話せなくなる前に彼の胸に顔を埋める。そのまま彼のシャツをつかんで声を殺して子供のように泣いた。そんな私を彼は落ち着くまで背中をさすりながら待っていてくれた。

 

「……写真撮りませんか?」

 

 やっと落ち着いて観覧車を降りた私に彼は問い掛けた。

 

「そういう気分じゃないかもしれませんが、きっと...残るから。ここに来た、ここにあなたが僕といたことは残るから、きっと明日を生きる糧になってくれるから。だから写真...撮りましょう?」

 

「……うん」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「はーい、ご来場ありがとうございます‼では写真撮りますね。カップルですか?青春ですね~‼じゃあ彼氏さんもうちょっと彼女さんと近づいて、彼女さんもうちょっとにこやかに」

 

「……こうか?」

 

「今...霊香さん笑って...」

 

「彼氏さんこっち向いて‼行きますよ、ハイ、チーズ」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あら~、良く撮れてるじゃない。良い笑顔ね。やっぱり笑ってた方が良いわ」

 

 帰って貰った写真を薫さんに渡すと、彼女はとても喜び、お膳立てした甲斐があったと満足げに言った。何だかとても恥ずかしい。写真に写った私は本当に楽しげに微笑んでいた。

 

「ただいま~‼」

 

「おかえりなさい、あなた。この子、翔のお友達ですって」

 

「……最近の高校生は進んでるな」

 

「もう、そういう事じゃないのよ」

 

 そこに彼の父親こと、時神 針太郎が帰って来た。どうやら昨日は夜遅く帰り、今日の朝早く家を出たらしく、私の存在は知らなかったらしい。

 

 彼は私を睨み付けるように眺めると、その険しい顔をくしゃっとして笑顔になり、

 

「家の馬鹿息子をよろしく。麗しき少女」

 

 と冗談交じりに歓迎してくれた。何だか私の来訪を心から喜んでくれているようで嬉しさを感じる反面、申し訳なさも感じた。期限は明後日、そうなれば今日中には真実を話しておく必要があるだろう。

 

 四人揃った賑やかな食事が終わった後、私は遂に切り出した。

 

「お二人にお話があります」

 

「なぁに?」

 

 何だかそわそわして待ってくれているがそういう話ではない。もっと暗い、今までの雰囲気とは真逆の話なのだ。

 

「私は...国際犯罪組織GD(ゴッドドミネーター)の一員です。……殺しも犯罪もやったことがあります。ここにいて、こんな待遇を受ける事など許されてはいけない存在です。かつてあなた方の息子の翔の命さえ狙った事もあります。……ですが、翔に救われて私は罪を償って生きていきたいと思いました。しかし、組織は任務に失敗した私を抹殺しに来ます、それも明後日には。なので、こんな事頼むなんてあり得ない事は重々承知の上ですが、ここでかくまって貰えないでしょうか?」

 

 自分で言ってはなんだが随分と自分勝手な告白だった。こんな奴許すはずがない、大切な一人息子が命の危険にさらされたのだ。どこにその当人を許す親がいるだろうか?

 

 きっと翔ともここまでだ。もう近づかないでくれと言われるに決まっていく。そしてまた独りになって...

 

「僕からもお願い」

 

 彼は机の下に隠れた私の手を強く握り机に頭を着けて頼み込んだ。それを見てさらに私は頭を下げる。自分の事じゃないのに、どうしてここまで...

 

「それって俺達も危険にさらされる、しかも命の保証はない、それにこの子が犯罪者だから警察にも頼れない。そんな状況でこの子をかくまうなんてどれだけ難しいかわかってるんだろうな、翔」

 

「……わかってる...でも!」

 

「母さん、俺三日間ぐらい有給取るわ」

 

「私も取ろうかしら」

 

 その後の予想外の提案に私と彼は呆然となってしまった。二人とも家にいる、それはどういう意味なのか?

 

「何で二人ともこんな時に有給なんて?」

 

「え?そりゃ霊香ちゃんを守る為でしょ?人はいた方が良いし、何より明後日までずっと怯えて暮らすなんて可愛そうでしょ」

 

「俺だって、警察の端くれみたいなものだ、助けてって言った子を助けないでどうする」

 

 まさか二人とも私をかくまってくれるのか?私を守ろうとして、普通の生活を送らせる為に家に残ってくれると言う事なのか?にわかには信じがたい事実が私の脳内をショート寸前まで追い込める。

 

「正気ですか⁉何でこんな私なんかの為に...」

 

「あなただからよ、あなたは翔の大切なお友達。それで理由は十分でしょう?」

 

「それに例え命を狙っていたとしても現に俺等の息子はここにいる。つまり、君が殺さなかったから、君は今この家に来たんだ。だから今度は君を俺達時神家が守る」

 

 何で何で何で、皆天使みたいに優しいのかもう私の汚れきった頭では理解できない。思っていたこととどんどん逆の事が起こっていくような魔法をかけられたかの如く、怖いほど私が本当に心から望んでいた事ばかり物事が進んで行ってしまう。

 

「私はそんなに優しくしてもらっても返す物なんて何もありません。それに...」

 

「返さなくたって良いの!あなたの存在が私達を救ったのもあるんだから。だからそんなに自分を責めちゃダメよ。これまで辛かったなら、これから楽しく生きれば良いじゃない」

 

 私は涙を流しながら薫さんに抱きついた。久々に感情を露にして、私はこの家族を命を懸けて守り抜くと誓った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「明後日の『翠女神(ゴッドネス)』の処刑って何人で行くの?」

 

 薄暗い部屋の中、円卓に座り顔もシルエットさえもわからないほどマントを被った者が他の同じような格好をした者達に問い掛ける。

 

「リーダーが前、四人って言ってませんでした?」

 

「四人...多いな」

 

 そこにまた別のマントの人物が入って来る。既にそこにいた全員がそちらを見て表情を強張らせた。

 

「アイツは魔王装備を持っている、だから四人だ。メンバーは、僕、『(ラビット)』、『天使(エンジェル)』、『音速(マッハ)』で行く」

 

「リーダー直々の出撃、これは俺することないだろ」

 

「リーダー、相手が魔王装備なら私は相性が悪いのでは?」

 

 『兎』と呼ばれた者がリーダーと呼ばれた者に寄って問い掛けた。彼女の能力を知る全員が疑問に思っていたのかボスの方を垣間見る。

 

「お前は、『翠女神』じゃない、多分例のあの女の相手をしてもらう」

 

「手を組んだと...言うわけですか?」

 

「あぁ、我らがボスからその情報が来た」

 

「リーダーがボスって言うとどっちがどっちだかわからなくなるね」

 

「お前らが勝手に呼んでるだけだろ、僕は『死神(ハデス)』の名を持つ者。全てを終わらせる者。お前らも同じ刻印を持つ者。その使命において『翠女神』の首を取る」

 

「回復は任せてくださいね」

 

「俺は走ってれば良いのか?」

 

「私があの女を殺ります。リーダーは『翠女神』を」

 

「では、またその日に会おう」




──束の間の幸せ──




 次は夏明けぐらいです。多分前後編だと思います。


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僕と私の約束(前編)

 夏とジオウが終わりましたがこの世界はまだ春です。やっとバトルパート。


「あ、翔か?一応こっちも装備は整えたが、今ちょっとまずい状況でな。取りあえず明日には間に合わせられるから切るぞ」

 

 そう言ってウィッチさんのGod-tellに掛かってきた翔からの着信を切る。気づけばもう雀が鳴いている、時刻は午前六時半を過ぎていた。

 

 瞼が重い、頭がクラクラする。結局自分は寝たのか寝てないのかどうかわからない。が、少なくとも今俺の傍らに寝ている人はちゃんと寝れたのだろう。安らかで美しい寝顔をしていた。

 

 昨晩、あのやり取りをした後で俺は眠りに着いた。夜、声がすると思って起きると部屋に彼女の姿はなかった。しかし、彼女の部屋から何かうめき声のようなものが聴こえた。

 

 ベッドを抜け出し、廊下に出て彼女の部屋のドアの前へと歩いていき耳を澄ませたがやはり彼女の声で間違いはない。様子を見に入ろうかと思ったが、ただでさえ女性の部屋である。そういう行為とかの場合入って気まずくなるのは目に見えている。

 

 やはり、戻るかと思った次の瞬間、彼女の声で助けて、と聴こえたので俺は後先考えずドアを開けて中に入った。すると、掛け布団を蹴り落としたのか、上に何も掛けていない彼女が汗びっしょりで片手を上に掲げ助けを乞っているようだった。

 

 悪夢にでもうなされているのか、顔や身体を何度も左右に動かし、苦しそうに何度も悶える。流石に見ていられず掲げた手を握りティッシュで汗を拭ってあげた。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい‼...私のせいで...」

 

 うなされた彼女は取り憑かれたかのように何度も謝り、苦しむ。もしや少し前の俺のような悪夢を見ているのかもしれない。俺は何も知らないし、彼女も何も言わないが過去に何かがあってそれが夢に影響している可能性はある。

 

 それに俺が天照大御神の力を手に入れた後も変な夢を見た。彼女はラファエルの力を手に入れたのだから同じ状況が起こっても不思議ではない。そうなると、あの~ノ書と言う本の中の神力を手に入れた時、悪夢を見るという反動が存在することになる。

 

「後...輩ク...ン、行かない...で」

 

 夢の中の彼女が夢の中の俺に助けを求めている。今の俺が何をしても彼女の夢は変わる事はないだろう。だが、今の俺にできる事は...

 

「大丈夫ですよ、ここにいますから。安心してください」

 

 手を強く握る事しかない。これで彼女の不安が少しでも和らぎ安らかに眠れるなら。もしかしたら、あの時も彼女はうなされる俺の手を握ってくれていたのかもしれない。心なしか少し表情が落ち着いた気がした。

 

──そうして朝になったという事だ。途中から記憶があるようでない。寝落ちしたのかもしれないし、していないのかもしれない。だけど気づけば彼女の手も俺の手を握り返していたし、俺もずっと離してはいなかった。それだけは確かな事だ。

 

 しかし、

 

「そろそろ準備しない...と?」

 

 立ち上がろうとしてドタン、と彼女のベッドの上に倒れてしまう。何とか彼女を下敷きにしないように避けたがもう起き上がれそうになかった。徐々に意識が薄れていく。

 

……後で準備しなきゃな

 

 そんな事を思い浮かべながら、美しく眠る人のすぐ側で俺は目を閉じた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「取りあえず食料はあるし、最悪俺か母さんが勝ってくれば良しと」

 

「じゃあついでに霊香ちゃんのバースデーパーティーもしましょうか」

 

「え!...でも」

 

「一年に一回きりの大切な日でしょ。それを命日なんかにさせないわ」

 

 嬉しさで少し心が舞い上がってしまった。誰かに誕生日を祝って貰える事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。目の前に危険が迫っているのになんて不用心な面持ちなのか、と昔の私なら言うだろう。それほどまでに私の心は変化していると言うことだ。

 

 昔の私ならあり得ないはずの幸せ、こんなに感じてしまってバチが当たりやしないかと思うほど私の心は満たされていた。この幸せを終わらせない為に私は戦う、まるで愛の戦士のような覚悟を決めた。

 

「じゃあ、僕がケーキ買って来る!」

 

 そう言って翔はすぐに出掛けて行った。まだ誕生日は明日だというのに。薫さん曰く彼も喜んでいるらしい。しばらく振りにあんなに嬉しそうにしているのを見たから、それもきっと私のおかげだと言ってくれた。

 

 もしかして生き延びれるのかもしれない、妖美卯一も神木零矢もいる。魔王装備も二つある、戦力は十二分にもあるはずだ。

 

 やがて、家の固定電話が鳴り響く。薫さんがそれに応対した。だがしばらくすると徐々に顔が青ざめている。それを不審に思った針太郎さんがスピーカーにすると、そこからは先程の幸せを正面から壊すような言葉が飛び出して来た。

 

「時神翔は預かった、そこに破神霊香がいることはわかっている。三十分後に北街のスラムへ来い、来なかったら命はないと思え」

 

 単なる脅迫電話の類いではないとすぐにわかる。奴らだ。私の居場所などとうにわかっていたらしい。籠城することなど目に見えていて、私以外の誰かが外に出た瞬間人質に取るつもりだったのだろうか。完全に浮かれていた。

 

「……私が行きます」

 

「ダメよ‼明らかな罠じゃないこれ」

 

「それでも、翔を殺させる訳にはいきません」

 

 私は彼から受け取っていた妖美卯一の連絡先を渡し、すぐにここに掛けて状況を説明するようにと二人に言った。

 

 居間にかけられた時計を見る。時刻は午後四時半、向こうについたら丁度夕焼け辺りの時間帯になる。しかもあそこは視界が悪い、何人で待ち受けているのかもわからないので圧倒的不利な状況だ。

 

 それでも、私を救ってくれた彼を絶対に助け出す...例え私の命と引き換えになったとしても。

 

「お世話になりました......行ってきます」

 

「必ず帰って来るのよ」

 

 私はそれに返事をせず時神宅を出た。もう帰る事はできないだろう。だから振り返らず一直線に駅を目指す。帰りたいと思った瞬間、戦闘に隙が生まれる。だから全て振り切るように、置いてくように走った。

 

 駅に着き、改札を通り、閉まりそうになるドアへ駆け込みそこで堪えられなくなって静かに涙を流した。かつて私を拾ったボスはこの世に神などいないと言ったがいたら呪っているだろう。ようやく手に入れた幸せを途中で取り上げるのだから。

 

 それでも泣いてるだけじゃ彼は助けられない。電車を降りると駅の時計の長針はⅩを指している。約束の時間まで残り十分。走ってギリギリというところか。私は翔が無事な事を祈りながら、住宅街を駆け抜けた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……迂闊だった、あんな所で襲ってくるなんて。でも期限までまだ一日あるのに何でこいつらは動き出したんだ?

 

 僕はケーキを買いに外に出てからしばらくして背後に気配を感じた。振り替える前に頭部を強打されて意識を飛ばされ、気がつくと両手足を縛られ猿ぐつわのような物をはめられ、地面に転がされていた。

 

 現在僕の視界には人っ子一人もいないし、気配すら感じないのだが、恐らくどこかに潜んでいるのだろうか?それにこの建物の感じ、前に来たようなスラム街と似ている。もしや北街まで連れてこられたのか?

 

 その時、僕は戦慄が走ったのを確かに感じた。北街、つまり人気のない場所に連れてこられたということは、霊香さんだけを呼び寄せる為である。例え彼女が戦力を持ってようが単身ならそれはたかが知れている、十分対応は可能だろう。

 

 日付をずらしたのは余裕を奪うためか、または対策を完全に立てられる前に彼女本人を手に入れて姿を消すためか。両方の可能性もあるが、後者は完全に当てはまってしまっている。

 

 しかも今朝の電話で先輩方の状況が悪いと聞かされたし、確かウィッチさんは授業が入っているから対策を練るなら早くても十八時過ぎと言っていたから彼女の援護は絶望的と考えられる。それを言うと、一人で来いと言われているなら零矢先輩も絶望的か。

 

 身体を動かして確認すると、どうやらGod-tellは盗られてはいないらしい。だが口や手が塞がれているせいでマイクを召喚できない。しかし何とかして霊香さんが来る前に身体を自由にしておかなければ戦闘に置いて彼女の足手まといになることは確定だ。ただでさえ不利な状況なのにそれは何としても避けなければならない。

 

 藁にもすがる思いで周りを見回すと、近くに以外と大きなガラスの破片があるのが見えた。地面を転がりつつ、その破片で手を縛る縄を切ろうとするがそう上手くはいかない。しかし、そうこうしている内に今までの事が嘘のように簡単に縄が外れた。特に気には止めず足の縄も外し身体を自由にする。

 

……予知しながら脱出して霊香さんと合流を...

 

 その瞬間、生物的本能とも言うべきものが僕に危険を知らせた。予知するまでもなく、何かがすぐそこにいるのがわかる。恐らくそれは人の形をしているのだろうがおぞましいものに感じられた。

 

「解くのが遅い...トーシロだな」

 

「わざと緩く結んであげましたのにね」

 

 前方、霊香さんよりも長い黒髪を携えたスレンダーの目付きが鋭い女性。後方、マッシュルームヘアーで穏やかな印象を受けるグラマーな女性。一見相反した二人だが、共通点は身体を覆う黒いマントと素人でも感じられる身の毛もよだつような殺意。

 

……予知で逃げ切るしか...

 

「おっと、能力は発動しない方が良いぞ」

 

「発動したら殺しちゃいますからね」

 

 予知までは見抜かれてないだろうが発動しようとした事はバレたらしい。だがこの状況下ではどのみち殺される未来しか見えないだろうが。

 

「……今何時ですか?」

 

「ん、十六時五十分、『翠女神』が来るまであと...」

 

 今しかない、僕は脇目も振らず右へ走る。取りあえず相手に隙さえ作れれば後は予知を使って...

 

「グハッ‼」

 

 急に身体の左が痛みを覚えた。気づくと壁に身体を叩きつけられていた。おかしい、僕は走っていたはずだ。右を見ると、長髪の女性が掌をこちらに向けていた。

 

「あ、力入れすぎた」

 

 どういう事だ?普通この体型の女性に突き飛ばされたってこんなにはならない、というかあの一瞬で追い付いたって事なのか?各が違い過ぎる、とても僕が敵う相手じゃない。

 

「あ~、ダメじゃないですか。人質にそんな事しちゃあ」

 

「だって逃げるから...」

 

「私が調教しますから『兎』ちゃんは手を出さないでください」

 

 短髪の女性は僕に手を当てた。すると徐々に身体が楽になっていくのを感じた。これは回復されているのか?やがて傷が完全にふさがり、体力も全快した。これならまた逃げるチャンスはあるかもしれない。

 

「はい、こっち見て」

 

 短髪の女性に顔の向きを変えられる。警戒心を解くためか僕に対して笑顔を向けながら話す。

 

「もう逃げないってお姉さんと約束できるかな?」

 

 嫌というほど子供扱いされているのがわかる。流石にここまで下に見られると腹が立ってきた。しかし、今はその感情に身を任せる事はしてはならない。例え僕を回復してくれたとしても、この人達は霊香さんを殺しに来たのだ。つまり敵である、だから簡単にはいというわけにはいかない。

 

「嫌です、僕は子供じゃない」

 

 僕を人質として使うなら恐らく身の安全は保証されているし、最悪この人が回復してくれるから死ぬ事はない、だったら...

 

 グリン、と急に顔の向きが変わる。その後に頬を鈍器で殴られたかのような痛みが襲った。

 

「いっ⁉たぁッッ‼」

 

 焼けるような痛みに思わず涙が出てくる。ただのビンタがここまで強いなんて思わない。

 

「よしよし痛かったですね、お姉さんが治してあげますからね」

 

 そう言って僕を回復した。まさか、この人...

 

「あれ?涙目ですね。子供だと思ったから優しくしたのに。あれ子供じゃないんでしたっけ。じゃあお姉さんの言っていることわかりますね?」

 

「ふっざけ...」

 

 再び首の向きが変わり同じ痛みが襲って来た。間違いない、この人の調教とは心が折れるまでダメージと回復を繰り返し、自らを上と称する事で自尊心を打ちのめし相手を服従させる事だ。

 

「口の聞き方には気をつけましょうね。はい、どうです?約束できるかな?」

 

 となれば嫌と言わず、かといって服従もせず無言を貫けば良い。絶対に答えないという意思を持ち僕はこの人を睨み付けた。

 

「はい3、2、1」

 

 カウントを始めた。これはまさか...

 

「質問には答えましょう」

 

 再び頬を叩かれる。しかも今回は回復無しで同じ場所を叩かれた。感じる痛みのレベルが違う。顔の半分が焼けているような痛みに地面に倒れ悶える。身体が熱い、顔が動かない。おかしくなってしまいそうだ。

 

「あ~あ、壊れるぞ。その人質」

 

「壊すんですよ、『翠女神』を壊すために」

 

「相変わらず見た目と相反したサイコぶりだな」

 

 どういう事だ?僕を壊して霊香さんを壊す、僕を恐怖で支配してそれを彼女に見せつける、そして彼女の自尊心すら破壊して最終的に殺すという筋書きだろうか。

 

「……ふっざけんな...」

 

「あらあら、まだ叩かれ足りないんですか仕方ないですね、本当は嫌なんですけど」

 

 そう言って僕を起こさせ、再び顔に手を添えた。それだけで頬が痛む。本当は叫んで逃げ出したい、でも霊香さんを殺させるわけにはいかない。彼女が死んだら、あの真実さえ...

 

「はい、力抜いて。せーのっ」

 

「ちょい待ち、御姉様方。『翠女神』のお出ましだ」

 

 叩かれる寸前でいがぐり頭の男性がこの人の手を掴み、叩かれずにすんだ。しかしお出ましということは...

 

「……お前ら...殺す」

 

 そこには今までに無いほど目を見開き殺意のこもったオーラを放ちながら修羅の顔をした翠女神こと霊香さんが立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 たどり着いたその場所で始めに見たのは翔の腫れた顔、その周りにいる死神達。何が起きていたかを瞬時に理解した私は憎しみが限界を超えて自分でもわからない顔をしてこう言っていた。

 

「……お前ら...殺す」

 

 私だけならいい、私だけが傷つくなら。だけど関係の無い彼を狙って傷つけてぼろ雑巾のようにするなら、私は死神さえ倒してやる。

 

 すぐさま彼を掴んだ『天使』の方へ走り出す。しかし、高速化した『音速』の攻撃をお腹に受けて元いた場所よりも遠くへ吹き飛ばされた。

 

 『音速』...確か名前の通り自身を音速の速さまで加速化する事ができる奴だったはず。全力で走ればそれだけで街を破壊できる故、本気の速さではない。まずはこいつの動きを封じない限り近づく事は容易ではないだろう。なら...

 

粘着壁(アヒージョン)

 

 霊子の粘着性を高め、触った物を絡めとるこの壁でカウンターをすれば良い。わざと守りの緩い場所を作りそこに設置する。そして『音速』に対して構えをとった。

 

「カウンターか?やってみろよ!」

 

 再び高速化し視界から消え認識が不可能になる。わずかだが風の動きで近くにいることはわかるが正確な場所までは把握できない。後は手筈通りわざと隙を作り、そこに打ち込ませるだけだ。徐々に風が近づいて来る。悟られないように、慎重に...

 

「私もいること忘れてない?駄女神さん?」

 

 前方にいたはずの『兎』が既に攻撃範囲に入っており私の肩に回し蹴りを入れようとする。咄嗟に前面に対して霊子の壁を作るが、それによって背後に隙が出来てしまった。気づいた頃にはもう遅い。

 

「こっちも忘れてないか?オラッ‼」

 

「ッ‼うわっ‼」

 

 背中に蹴りを入れられ、体勢が崩れ壁の外側に出てしまった。そのまま『兎』の回し蹴りを喰らい地面に転がる。

 

「霊香さん‼」

 

「はい、静かにしなきゃダメよ」

 

 彼を掴んだ『天使』が手を彼の頬に当てると彼は恐怖を感じているようにその手を見た。顔の腫れの原因はあの女か。這いずるように彼の方へ向かおうとすると、『兎』に足で身体を横にされ、蹴りを入れられる。

 

「ぐふッ...ガハッ、ゴホッ」

 

 口から血がにじみ出てくる。こいつら私が手を出せないようにして一方的に蹂躙するつもりか。これだから死神部隊は嫌いだ。

 

粘着壁(アヒージョン)

 

「なっ⁉」

 

 『兎』が蹴りこむ手前に粘着性の壁を生成し片足を拘束し、もう片方を蹴って体勢を崩させる。そして壁を分解した際に出た霊子を右拳に収束させ前に踏み込んだ。

 

霊魂ノ拳(フィスト)ッ‼

 

「グッ‼」

 

 命中寸前で『兎』はマントを使って私の攻撃の威力を下げた。だったらもう一発入れれば良い話である。腕の霊子の結合を解き、次は左足に収束させた。

 

「霊香さん後ろに蹴って‼」

 

 翔の言葉に一瞬耳を疑うが、彼が恐怖の中あの女に気づかれないように能力を使って知らせてくれたのなら間違いはないだろう。すぐに左足を浮かせ、何もいないはずの後方へ蹴りを入れる。

 

霊魂ノ脚(レッグ)ッ‼

 

 それはまるで透明なものにあたったかのような手応えを感じさせた。高速化した『音速』が攻撃を仕掛けようとしていたらしい。蹴りは見事に腹部に命中し、彼を廃墟の壁まで吹き飛ばす。

 

「静かにしなきゃダメって言ったわよね?」

 

「霊香さん次また後ろ‼」

 

 『天使』の警告を振り切り彼は再び私に叫んだ。振り向くと体勢を立て直した『兎』が蹴りの体勢に入っていた。今から対応するには到底間に合わない。

 

「ロー‼」

 

 彼の叫びと共に自分の顔の高さ程に地面と水平に壁を作り、そこに手をかけて飛び上がる。予想通りローキックをしてきた『兎』の足を避け側頭部に蹴りをいれた。

 

 脳に振動が伝わったのか、『兎』はよろけ地面に倒れた。彼のおかげでこの短時間で死神部隊を二人も戦闘不能にまで持ち込めるとは正直驚きである。

 

「え?嘘⁉『音速』、『兎』ちゃん?」

 

 後はあの『天使』とかいうたいそうな名前が着いた女だけだ。あいつだけは流石に半殺しぐらいしてもバチは当たらないと思うのだが、どうだろうか。

 

「もう‼だから回復してから行こうって言ったのに意地はるから‼」

 

「負け惜しみはよせ」

 

「違います~!私達は日課の訓練をしてから来たんです。用は体力がない状態で来たの。ほらっ」

 

 そう言って『天使』は翔を私に向かって投げ飛ばす。それを抱き止めていると、既に彼女は『兎』と『音速』を抱えていて、

 

全快(フルヒール)。はい、いってらっしゃい」

 

 二人を回復した。翔とのコンビネーションでギリギリな状態だったのにそれは相手の体力が疲弊しきった状態でだったので、体力が全快した二人相手には苦戦を強いられるなど嫌でもわかる。

 

「……翔、逃げるよ」

 

 私は彼の手を引き、走り出す。後方からの攻撃なら彼の能力で避ける事はできるし、前に回られた場合は私が対処すれば良い。それに勘と言うのかわからないが嫌な感覚がずっと続いている。あいつら、何かを待っているかのように戦闘を長引かせていたような気がした。もしそうなら待っているのは恐らく...

 

「霊香さん前‼」

 

「今度は鬼ごっこか?俺の足から逃げれると思うなよ」

 

 前方に『音速』の姿が現れる。すぐに臨戦態勢に入るが彼が私の腕を引っ張り後退させようとする。が、体勢を崩すわけにはいかずその場で踏みとどまってしまった。

 

「さっきのお返しだ!」

 

 背後に迫っていた『兎』が私の右肘目掛け、蹴りを入れる。関節が逆に曲がり、鈍い音が響いた。手に力が入らなくなってしまった私は彼を離してしまい、そのまま彼は『兎』に連れ去られてしまう。

 

 すぐに前方に壁を生成して『音速』の動きを止め、振り返って翔を追おうとするが、

 

「させねぇよ?」

 

 すぐに『音速』に回り込まれてしまった。粘着性の壁を生成し再び動きを止めさせようとする。思惑通り引っ掛かってくれたので彼を飛び越えて追おうとするが、

 

秒速100発の弾丸(マシンガンストライク)ッ‼

 

 背後からまるで機関銃に撃たれているかのような衝撃と痛みが全身を襲う。霊子の壁でガードしているものの全ての攻撃をいなす事はできなかったようだ。衝撃と風圧で壁に叩きつけられ吐血しながら地面に落ちた。

 

 その隙に彼は手を引き抜き、身体を自由にすると、すぐに私の近くまで来て、腹部の所から蹴りあげて宙に浮かした。

 

「ガハッッ‼」

 

「そんじゃもう一発...」

 

 蹴りこまれる彼の足に目掛け壁を生成しなんとか動きを止める。

 

「あん?片方止めたところで、もう片方...」

 

……違う。私が止めた理由は防御のためじゃない

 

 彼の後ろにから殺意を押し込めもの凄いスピードで走ってきた影が、彼が振り向く瞬間にみぞおちの辺りに拳を入れて、生成した壁ごと吹き飛ばした。

 

……防御じゃない、サポートのためだ。神木零矢の...

 

「なんだ?テメェ」

 

「破神霊香、話は後だ。翔の方に行け。こいつは俺がやる」

 

「わかった。そいつは速い、気をつけろ」

 

 私は忠告をして走り出す。神木零矢なら足止めぐらいならできるだろう。その間に翔さえ逃がせばなんとかなるかもしれない。以外に蓄積したダメージも大きいし、魔王装備は最終手段と考えるしかない。

 

「逃がすか‼」

 

 しかし、予想通り『音速』は私の前に回り込んで来た。進路を阻まれ私は構えをとる。

 

「ちょっと神木零矢‼何のために来たの⁉」

 

 しかし、次の瞬間まるでワープしたかのような速さで『音速』の後ろに影が回り込んだ。それは巫女服のような姿だったが前に見たのとは違い高貴な雰囲気を醸し出していた。

 

 太陽を模した金色のかんざし、首に掛けられた翡翠の勾玉、戦闘体制の為か腕は捲られ、手首にはブレスレットのように鈴が巻かれていた。

 

「前会ったときより喋るな、お前」

 

「そういう格好が好みなの?」

 

「馬鹿、天照大御神だっつーの」

 

 日本神話の最高神の神力まで継承しているとは、驚きだった。彼は『音速』の肩を掴み動きを制限した後で、私にマリンブルーのGod-tellを投げ渡す。私はそれを受け取ってから再び走り出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ほらほら逃げてるだけじゃ彼女と会えないぞ?」

 

 拐われてからなんとか逃げたしたが、ずっと『兎』と呼ばれる方から逃げる事しかできていない。すると背中が壁に着いた。行き止まりだ。

 

「お前にもさっきのツケ、払ってもらう...」

 

言い終わる前に目の前に何かが落下して来た。天から降臨したかのような白く美しい羽は陰で黒く染まり堕天使のごとき印象を受ける。

 

「その必要はない。私が相手する。ツケは増やすけど、ね」

 

 冷静な表情を見てそれが霊香さんということがわかった。彼女は僕に銃を手渡す。よく見たら電気銃だ。自分の身は自分で守れということか。

 

 彼女の右腕を見ると、やはり普通と反対方向に曲がっており、剣は左手で持っていた。彼女は右利きのはずだ。やはり彼女でもこの状態だと二人相手はキツいという判断だろう。

 

「えぇ?もう戻って来たんですか、速いですね...」

 

 喋り出す『天使』と呼ばれる方に向けて引き金を引く。勿論当てるつもりではなく牽制だ。

 

「は?なめられてるんですか、私」

 

「辺り前でしょ、お姉さんぶったいい年したオバサンなんて僕らの年からしたら超なめますし。そこんとこ調べてから来れば良かったんじゃないんですか?」

 

「ぶっ殺しますわよ、クソガキ」

 

 我ながら凄い煽りだったがとうとう本性を現したようだ。『天使』の方には捕まらない限り僕でも立ち回れる。もう一度牽制の為にすぐ近くに撃ってから、後ろを向いて走る。

 

「くっ、待てクソガキ‼」

 

 廃墟の壁を蹴りながら上手く物陰をに入り相手を翻弄する。彼女が僕の姿を見失っている内にワイヤーを召喚して丈夫そうな配水管に引っかけ、天井に登る。GK銃を召喚してGod-tellをセットしているところで彼女に追い付かれた。

 

「逃げたつもりか‼」

 

 電気銃の方で再び射撃する今度は勿論当てる気だ。しかしマントを使って巧みにながされてしまった。

 

「後十秒‼」

 

 僕は画面を見ながらそう叫ぶ。その視線を外した一瞬で距離を詰められ手首を蹴られて電気銃を落としてしまう。何とかGK銃の方は彼女に向けたが、

 

「歩きスマホなんてしてるからそうなるんだよ」

 

 と言われ、腹部に拳を突き出された。

 

「グフッ‼」

 

 しかしその手を絡みつけるようにして抱え、銃口を合わせる。

 

「引いてみな、まだ十秒たってないだろ!」

 

 その問いかけに僕は笑って答える。

 

「嘘、ですよ運任せの一撃(シークレットショット)

 

 額目掛け銃弾を発射した。ウィッチさんの話によればこれは意識を飛ばす程度の威力、つまりどれだけ至近距離から撃っても死には至るダメージにはならない。

 

 ぐるん、と上半身が仰け反った彼女は力無く倒れる。倒した、のか?僕が自分の手で。

 

「翔!今のは外れだ‼」

 

「え?当たりとかあるの必殺技...」

 

 “神”に聞く前に首を蹴られ、天井から落とされる。ちょうど土の場所に落下したから良かったがアスファルトだったら危なかっ...

 

「ッ‼」

 

 土煙の中から『天使』が現れまた僕の頭にまた蹴りを入れ今度は壁に叩きつけられる。血を吐いて倒れ、相手の方を見ようとするが首が曲がらない。骨がずれてるのか?

 

「いい様ですね、嘘つきの成れの果ては死ということですか。今なら治してあげますよ、私の調教付きですが」

 

 口調が元に戻った。僕が瀕死になって余裕を取り戻したってところか。しかし素直にお願いしますなんて言える訳がない。ただでさえ足手まといな状況で更に霊香さんの足を引っ張るわけにはいかない。

 

「質問に答えないってことは...」

 

 彼女が徐々に歩み寄ってくる。まるで絶望が近づいてくるように地面を伝って砂利を踏む音がする。土と血の臭いが脳から意識を奪うように強烈に感じられる。

 

 しかし、急にそよ風が吹き抜け場の空気を変える。身体が楽になるように、回復されているような感覚。やがて目の前に風が収束し霊香さんと同じような羽を広げた天使が現れる。

 

 ターコイズの頭髪に紅く燃えるような剣、夕焼けにも負けない程の白い神々しい羽を携えたそれは振り向くと、

 

「翔君よく頑張ったね、後は私に任せて♪」

 

 微笑みながら呟いた。その声からそれはウィッチさんということがわかった。もしかしたらここまで飛んで来たのだろうか。

 

 気づくと痛みは引き首も難なく動かせるようになっていた。取りあえず助かった、だが心のどこかで情けないという思いが芽を出す。どれだけ一人で戦おうとしても結局最後は誰かに助けてもらっている。

 

 例え能力さえ持っていても僕には零矢先輩のような運動神経もウィッチさんのような知能も霊香さんのような覚悟も無い。全て中途半端な状態でここに来てしまった。こんな事では誕生日を祝うなど到底できない、守るなんてなおさら...

 

「うあああっっッ‼」

 

 両手の銃を構え発砲しながら『天使』と距離を詰める。しかし、弾丸は全てマントで受け流され銃を蹴り飛ばされる。『天使』は足を上げた状態で腕を掌打の構えにする。どう予想したって、この後僕はこの攻撃を避けられない。結局...

 

 身体の正面から突風が吹き、後ろに持ってかれる。掌打が空を切り、すんでのところで喰らわずにすんだ。

 

「特攻なんてしないで翔君‼」

 

 やはり彼女に助けられたらしい。またしても自分の力じゃどうにもならないのか。誰かの足手まといになってしまうのか。

 

 そのまま彼女は『天使』に対し剣を振るうが余裕で躱されてしまう。素人目にも関わらず剣の扱いに慣れていないように見えた。

 

「あぁ‼もう、使いづらい‼」

 

 彼女は天使の姿から見慣れた人間の姿に戻るとGK銃を召喚して寸分の狂いなく銃弾を『天使』へと当てる。彼女にとっては剣よりも銃の方が使いやすいのだろう。

 

 華麗に銃を回し、着弾のタイミングを絶妙にずらして相手が避ける先に銃弾を当て着実にダメージを与えている。

 

「勘違いだったら聞き流してくれていいんだけど」

 

 相手に発砲を続けながら彼女は僕に話しかけた。

 

「もしかして自分は足手まといになってるって思ってない?さっきの特攻まがいの行動もそれを考慮すれば納得できるんだよね」

 

 発砲を止め、端末を銃にセットする。チャージ中に距離を詰めてきた『天使』に対して着ていた白衣を脱いで前方に投げ、視界を撹乱しその隙にブーツの踵を強く踏んで何かのスイッチを押した。

 

 『天使』が白衣をどかした瞬間に視界から消えるようにしゃがみ、ブースターのような物が露出したブーツの後方からエネルギーを放射した勢いで足払いをする。相手が浮かび上がる程の風圧が起こり体勢を立て直した彼女は宙に浮く『天使』に銃口を向けた。

 

運任せの一撃(シークレットショット)ッ‼

 

 宙に浮きろくに体勢も立て直せない『天使』は頭を下にしたまま、廃墟の壁に叩きつけられた。壁が衝撃に耐えきれず崩れ落ちる。あれが本物の当たりというやつか。

 

「そんなことないよ。君は私達が来るまで霊香ちゃんの命を繋ぎ止めてくれた。恐らく絶望的な状況の中で。それで良いんじゃない?例え他より戦う力が無くても君はその優しさで誰かを助けられるんだから」

 

 崩れた壁の中からさっきのダメージが嘘だったかのように『天使』がケロッとした顔で出てくる。

 

「あれは私が相手するから君は霊香ちゃんをその優しさで助けてあげて♪」

 

「誰を助けるって?」

 

 ドサッ、と僕と彼女の間に何かが落下した。それは、本当に天から堕落した正にその瞬間のような天使、霊香さんだった。

 

「霊香ちゃん‼...ッ‼キャッ⁉」

 

 介護しようとする彼女の肩を掴み、『兎』は後ろに投げ飛ばす。

 

「笑わせる、お前の相手は『天使』じゃない、この私だ‼」

 

 彼女の反応よりも早く『兎』は足を振り上げ、威嚇のように彼女の側頭部で止めた。

 

「……来た。私達のリーダーが」

 

 直後、生物的本能が悲鳴をあげる程の異様な感覚。立っているだけで生命を脅かされているような、これまでと比べ物にもならない殺意。ここまで人の心情だけで相手の感覚さえ変えることができるのかと驚いていると、投げ捨てられるように何かが飛んできた。

 

「ガハッ、ハアッ‼ハアッ‼」

 

「後輩クンッ⁉」

 

 頭から血を流し、息も絶え絶えな先輩だった。先輩が投げられて来た方向から何かが近づいて来る。マントを着たシルエット、背丈は低くそして何よりも気になったのは何かを引きずる音。

 

 それが夕焼けの光に照らされた時、それは鎌ということがわかった。しかしその刃の部分には血の色さえ見えない。あれを使わずに零矢先輩をここまで痛め付けたということか?

 

「執行猶予は終わりだ、処刑を開始する」

 

 戦闘に有利な零矢先輩と霊香さんは戦闘不能、残り二人で相手は四人どう考えても絶望的な状況、この状況でどう約束を守るのか。絶望の時は刻一刻と迫る。



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僕と私の約束(後編)

 約一ヶ月半振りです。台風は大丈夫だったでしょうか。今回はとても長いのでよろしくお願いします。


 人は皆嘘をつく。何かを隠すために。それでも今は隠す事はできない、圧倒的な恐怖と絶望を。

 

 それでもなお、妖美卯一の目の色だけは変わっていなかった。何があってもこの場にいる全員を逃がす、その信念が彼女の心に鼓動を打ち続けている。

 

……隙さえ作れば後輩クンか霊香ちゃんを回復する事はできる、そうすれば生存確率は今よりも跳ね上がるはず

 

 しかし卯一の頭の中に浮かぶ疑問はただ一つ。どうやって隙を作るかだ。零矢や霊香の戦闘レベルでさえこの死神部隊の面々には敵わない。それよりも戦闘ができない自分と翔だけ残されたところで果たして隙を作れるか。

 

……私が何とかしなきゃ

 

「まだ諦めてないのか?この状況で」

 

 『兎』が卯一に対し問いかける。その問いに返すように、

 

「天才を、なめないでよね」

 

「あっそ...本ッ当ムカつく!」

 

 再び足を振り上げるが卯一に同じ攻撃は通用しない。すぐに攻撃範囲から抜け出すようにしゃがみ、頭部への一撃を躱す。しかし、『兎』もそれは予想済みで、振り上げた足を卯一の頭をかち割るように踵落としをする。流石に間に合わないと察した卯一はGK銃でその一撃を受け止めた。

 

 予想よりも重い一撃に卯一の腕に痛みが走るがそんなことを気にしている場合ではない。その足をどかして回りながら後退し、卯一は『兎』へと発砲する。『天使』の時のようにのけ反るかと思いきやかすり傷一つ増えることはなかった。

 

 それを能力の部類と考えた卯一は発砲を続けながら後方へワイヤーを伸ばす。能力の詳細がわからない以上、下手に戦えば不利になるのは目に見えている。ならば『兎』の相手ではなく体力のある内に残りの三人の相手を相手取るのが先決だ。

 

 冷静に分析した卯一は地面に向けて数弾発砲、煙に紛れてワイヤーを作動し、同時にブーツのブースターも作動させ、猛スピードで零矢達の元へと飛翔するが、その場にいた『天使』達三人は上空へ飛び上がる。

 

 卯一が異変に気づき、『兎』の方を見ると無数の瓦礫の弾丸が迫っていた。身体を守るために白衣の裾を全面に広げるが、瓦礫はその白衣を突き破りその下に着た神事屋と印刷されたTシャツさえも突き破って肉をえぐった。そのまま体勢を崩し、卯一は地面に倒れ込む。

 

……通常製品よりも耐久性がけた違いにある誓石(オリハルコン)製の衣類をたかが瓦礫で二枚も貫通はあり得ないでしょ。これが能力だとしたら誓石(オリハルコン)の耐久力を著しく下げるまたは破壊に特化していると予想していい...のかも

 

 卯一自らが盾となったおかげで零矢、霊香、翔の三人は瓦礫を喰らわずにすんだがこれで身体が万全なのは翔一人となってしまった。

 

 再び地上に降りた『死神』が霊香に近寄る。卯一はそれを阻止しようとするが、激しい動きや痛みで体力が切れ立ち上がる事ができない。

 

 その時、『死神』の前に翔が立ちはだかった。この場にいる誰もがこの行動に意味がないことを知っていた。圧倒的実力差、足止めにすらならない。それを一番自覚していたのは翔自身だった。

 

「どけ、お前に用は無い」

 

「お前に無くても僕にはある。霊香さんは渡さない」

 

 それでも敵わなくとも翔は『死神』の前から退かなかった。後ろに横たわる大切な人との約束を守るために。

 

 『死神』が手に持った鎌を振り上げる。避ければすなわちそれは霊香に斬撃が当たる事を意味した。翔は半ば諦めのような気持ちで能力を発動させる。

 

 そして、卯一のいる方向へと手を伸ばした。全員の視線が翔に注目していた為に、その予想外の行動に疑問を持った者全員が卯一の方向を向く。

 

 その方向から飛んで来たのは、琥珀色の槍。動けないままでも卯一は翔に武器を渡すことを試みていたのだ。しかし、その槍は意図も簡単に『死神』によって弾かれてしまう。

 

 翔はその槍が飛ばされた方に手を伸ばした。その隙に『死神』が目を落とすと霊香の姿が消えている。背後から気配を感じて振り替えると、霊香は既に拳に霊子を収束し構えていた。

 

……『翠女神』が動くまでの囮だったということか

 

 だがその拳は片手で簡単に掴まれ直撃はおろかダメージすら与えられない。だが、そこで槍に手が届いた翔が『死神』の胴目掛け、槍を突き出す。

 

 その程度の攻撃で『死神』がダメージを受けるはずはないと、回りの者達は思っていたが予想とは違い『死神』はダメージを受けたようによろけ、霊香の手を離した。その一瞬を逃さず霊香は回し蹴りを叩き込んだ。

 

霊魂ノ脚(レッグ)ッ‼

 

 その攻撃は通ったようで体勢を崩した『死神』は数メートルほど土煙をあげながら移動させられた。しかし、霊香も体力の限界が来てふらつき、その場に倒れる。

 

「この威力...魔王装備か。まさか認知していなかった三つ目の魔王装備すらこんな極小組織が所有しているとはな」

 

 その言葉を聞いた卯一の目に勝機が宿る。

 

……魔王装備すらって、あれが後輩クンや霊香ちゃんと同じ装備...あれに翔君が飲み込まれなければ勝機はある!

 

 『死神』のダメージに『兎』が気をとられている内に卯一はGod-tellを取り出す。

 

変身(チェンジ)、ラファエル‼

 

 『兎』が気づいた際には時既に遅し。卯一は回復をとげ、手に持った剣で一度牽制しながらGK銃を取り出す。

 

……あと、一回だけでいいから持って!

 

癒しの一撃(ヒールショット)ッ‼

 

 零矢と霊香に弾丸を撃った後で、GK銃は役目を終えたかのように破損した。やはり、『兎』の一撃を喰らってからの使用は無理があったのだろう。

 

 一方、その弾丸を受けた零矢と霊香は完全復活を遂げすぐさま起き上がり、霊香は『死神』に零矢は『音速』にそれぞれ対峙した。二人同時にGod-tellからそれぞれ『紅蓮の剣』と『翡翠の弓矢』を召喚する。

 

「「(デー)(モン)(アン)(ロック)」」

 

「え、あ魔王解放(デーモンアンロック)

 

 二人から少し遅れて翔が呟くと、手に持った琥珀の槍に亀裂が入り、装甲が弾けとんだ。夕空に浮かぶ三色の破片。それは光を反射しながら三人の回りを取り囲んだ。

 

「「」」

 

「あ、変身ッ‼

 

 破片がそれぞれ同じ色の武器を持つ者に収束していく。零矢は血の如き紅蓮の鎧、霊香は草木の如き翡翠の鎧、翔は黄金の如き琥珀の鎧を纏った。

 

「面倒なことになったな...」

 

 『死神』はそう呟くと対峙する翡翠の鎧へと向かっていく。手に持った鎌を使用せずマントを翻しながら蹴りを入れるが霊香はそれを腕でガードする。

 

……やはり生身での攻撃では効きにくいか

 

 霊香は背中に掛けた弓を取り出すと、弧に付いた刃で切りつけようとする。それを避けながら『死神』は身軽に廃墟の屋根へと登った。

 

 それを追い霊香も背面から羽を生やして『死神』よりも高く飛び上がる。上空で弓を構え、狂いなく矢を射った。それを手に持った鎌で弾き飛ばし、上空へ斬撃波を放つ。

 

 その攻撃を弧の刃で相殺し霊香は下降しながら矢を連続で射った。それをしながら『死神』のギリギリで旋回し、再び弓を構える。

 

「……純翠神破弓(アグネスストライク)

 

 幾千本にも分裂した矢が『死神』目掛け降り注ぐ。やがてその姿が見えなくなるまで凄まじい音と共に矢が着弾し、廃墟ごと破壊した。

 

 他の死神部隊が『死神』の安否に固唾を飲み込んでいると、立ち込める煙の中からマントが破れ顔が露になった『死神』が立っていた。

 

……あの攻撃を喰らってマントだけって...おかしいでしょ

 

 卯一は慣れない剣を使って戦いながら素顔を晒した少年に疑問を持っていた。その隙を逃さず『兎』は卯一の腹に蹴りを入れた。

 

「グフッ‼」

 

 一撃で卯一は膝を着き上体へ回し蹴りを入れられ『変身』が解除される。すぐに起き上がろうとするも背中を踏みつけられ起き上がる事ができない。

 

「ウィッチさん!」

 

 見かねた零矢が『音速』を殴り飛ばした後に卯一の方へ向かい、『兎』と対峙した。卯一は何とか起き上がる事ができ、物陰に身を隠すが一人劣等感を感じていた。

 

……私にもあの装備さえあれば...

 

 味方三人全員があの魔王装備を使えるのは戦力的には申し分ない。しかしそれは同時に卯一自身が一番戦闘能力において劣ると言っても過言ではない。

 

 先刻翔に対して言ったのは自分に対する戒めでもあった。しかし翔も力を手に入れたことでその自身は失せてしまった。

 

「後輩クン、合図したらどいて」

 

 しかし、特攻などはしない。卯一はまだ余裕があった。これしきのことで拗ねているようではこの状況を生き延びることなど到底できない。卯一は零矢にマイクから指示をすると、予備の為に持ってきた大型の銃を召喚する。

 

 零矢の方を見ると、卯一が空いた分零矢が『兎』と『音速』両方を相手してしている。鎧を纏った分、戦力的には二人相手に拮抗しているように見えるが徐々に押されかけていた。

 

 第一、卯一側のメンバーで『音速』の速さに対抗できるのは零矢の天照状態しかない。唯一対抗できる零矢本人が攻撃力を上げるために鎧を纏っているので、今現在『音速』の速さに真っ向から対処できる者はいない...

 

 そんな事は誰しもが熟知している。だからそれが穴になる。普通なら『音速』の動きを止めなければ『兎』に攻撃を当てる事ができない。

 

 だが零矢が卯一から直線上に二人を引き付けてる間に卯一が銃撃を放てば、少しだけでも『音速』の反応を遅らせる事はできる。それで対処できないなら『音速』に、もし対処して避けられたら『兎』にダメージは通る。

 

……問題はこの考えを後輩クンが読み取ってくれるかだけど...

 

 だが零矢は卯一の合図を待ったまま彼女に背を向けて剣を振るい続けていた。『音速』に攻撃の重心をずらされ、剣が空を斬ったところで『兎』の蹴りが入る。それでも倒れずに半ばやけになりながらも剣を振っていた。

 

……ヤバいな...あの子私の考えに気づいてなさそう、ってか気づいてないなあれは。こうなるともう運良く重なったところを狙うしか...

 

 しかし機会を伺う為に前に踏み出し過ぎた卯一を『音速』は視界の端に捉え、零矢への攻撃を『兎』に任せ卯一の方へ駆け出した。

 

 卯一が気づいた時には既に『音速』は卯一の後ろに回り込んでいて振り向く前に肩を蹴られ、銃を手放しながら物陰から姿を現してしまう。それに気づいた『兎』は卯一に標準を変え、駆け出そうとするが零矢に制止される。

 

 その結果、卯一が『音速』の相手をすることになったのだが天才と言われる卯一でさえ、その速さについていけはしない。()()()()()()()()()()()だが。

 

「Summon!閃光弾(フラッシュボム)赤外線眼鏡(レーザーグラス)

 

 卯一は瞬時に手に召喚したサングラスに酷似した物を顔にかけ、野球のボールより一回りほど小さい物を地面に向けて投げつけた。

 

 ボールから光が溢れ出しその場にいた零矢、『兎』、『音速』は目を開けているのが困難になりそれぞれ顔を腕で覆って動きを止めた。その内に銃を拾い上げ赤外線で位置を確認した卯一は発砲する。狙いは...

 

「…ウッッ‼」

 

 呻くような声を捉えた卯一は当たった確信を持ったが反動が凄まじく後ろへ少し吹き飛んでしまった。やがて光が徐々に薄れて行き、顔を覆わなくても良い光度になって各々の目に映ったのは、顔を覆って倒れる『兎』の姿。

 

「嘘⁉まだ気絶しないの?」

 

 グラスを戻し、驚く卯一をよそに『音速』が様子を伺うと『兎』の手には血が滲み、よく見ると右目から出血していた...いや右目が破裂していた。弾丸が右目を貫き、更に脳を抜け頭蓋骨さえも壊し貫通していた。

 

 瞬時に『音速』は走り出し翔と対峙していた『天使』の腕を掴んで戻って来た。すぐに状況を把握した『天使』は『兎』の命の炎が消える前に回復を試みる。

 

「本物の弾を使って目を狙って気絶で済むとかお前どういう神経してんだ。まぁ、油断した『兎』が悪いが」

 

「......え?...本、物?これが?」

 

 卯一は手に持った銃を眺める。本来誓石で作られた武器は殺傷能力はさほどない。銃の場合貫通すると言うよりは弾くのである。

 

「......知らない

 

「は?」

 

「私は、これが本物だなんて知らない」

 

「何怖じ気づいてんだよ、殺し合いに人を殺す道具を持って来るなんて普通だろ。それともそんな覚悟さえないのにこの場に参加したって言うのか」

 

 零矢と卯一にその言葉が刺さる。事実、自分達の仕事は霊香の防衛、他人を殺める覚悟など持ち合わせてはいない。魔王装備を得てしても、それぞれの固有能力を駆使しても、殺しに来ている相手に手加減しようなど相手が格下でない限り命取りなのだ。

 

 卯一の銃を持つ手が震える。脳裏に浮かぶのは自分の道具で誰かが傷ついた取り返しのつかない日の光景。壊れたビデオのように何度も何度も自分の絶叫のシーンがほんの数秒の間に繰り返される。

 

 気づけば立てる気力などとうになく、腰を抜かしたように座り込んでしまった。自分がどこを見てるのかもわからない、誰が何を言っているのかも頭に入ってこない感覚を卯一は感じていた。

 

 そこに完全復活を遂げた『兎』がゆっくりと歩み寄る。しかし、卯一は微動だにせず虚空を見つめたままだった。

 

「ウィッチさん!」

 

 流石にまずいと思った零矢が駆け出す。不思議と『天使』と『音速』は零矢を止めようとしなかった。

 

「どこ見てんだよ...相手が目の前に立ってんだぞ。現実から目反らして逃げてんじゃねぇよ‼」

 

 『兎』の上げた左脚が卯一の側頭部目掛け繰り出される。それが頭を砕く前に零矢が放心状態の卯一の白衣を引っ張って体勢を崩させ、自分との位置を入れ替えた。

 

「ッ、ぐわああっッ‼」

 

 今までで最も強力な回し蹴りを防御も何もせずに受けた零矢は廃墟の壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。それを見もせず魂が抜けたように動かない卯一を見て、

 

「お前それでもこいつらの頭かよ...おいッ‼」

 

 『兎』が胸ぐらを掴み持ち上げるが卯一は顔色一つ変えない。それを見て『兎』は卯一を心から蔑み、この自称天才を一番簡単な方法で殺す事を決めた。

 

 一方、『天使』が抜けたことで手が空いた翔は霊香が苦戦している『死神』に対峙することになり、予知で霊香のサポートをしつつ、自らも確実に攻撃を当てていった。

 

「まさか、こいつ一人加わるだけで防戦一方となるとはな。組織から抜けてこの短時間でここまでのコンビネーションとは驚きだ」

 

 『死神』は鎌で、霊香の攻撃が致命傷になるのを避け、極力翔の攻撃をもう片方の手でいなしているが、翔はいつどの位置に手が来るのかが見えているので正直押されていた。

 

「だったら先に潰すのはそっちか」

 

 霊香を蹴り飛ばし、体勢を立て直される前に翔に猛攻を仕掛ける。鎌を振り回しながら死角から蹴りや拳を入れる。流石に戦闘経験の差があるため、いくら予知したところで防御が間に合わなければ意味がない。

 

 それに翔には若干の疲労が伺えた。元々予知は落ち着いた状態で集中力がなければ発動できない。それをこの短時間で連発しているのだ。もはや予知してもそれに身体が追い付かない。

 

 たった数秒の遅れを見逃さない『死神』はがら空きになった翔の脇腹に蹴りを入れ、続けて鎌で切り裂いた。

 

「...⁉斬られてない?」

 

 なぜか痛みを感じない。攻撃は確かに当たったはず、そこまで鋭利ではないのか。こけおどしだと言わんばかりに翔は槍を突きだそうとするが、

 

「終わりだ」

 

 『死神』が鎌の持ち手に付いた何かしらのトリガーを押した瞬間、翔の身体に衝撃と痛みが走り体勢を崩してしまった。

 

……何が起きた?攻撃?だとしたらあの速い奴か?

 

 倒れた翔目掛け鎌を振り上げた『死神』に霊香が体当たりをする。が、すぐに体勢を立て直し今度は霊香に鎌を振り回した。

 

 霊香はバックステップで避け、隙ができた所に対して攻撃を入れようとするが、ある種の違和感を感じた翔は予知を発動させる。

 

 そこに映った光景はやはり攻撃を入れようとする瞬間に翔と同じような攻撃を受けている姿だった。

 

「霊香さん攻撃しちゃだめです‼」

 

 翔の言葉を聞いた霊香はすぐに距離を取るが、『死神』がまたトリガーを押すと予知で見たような攻撃を受け倒れる。

 

……あの武器が原因?攻撃を当てた後に時間差でダメージを与える事が可能ってこと...そんなのむちゃくちゃじゃないか⁉

 

 翔は動こうとするが、身体中に痛みが走って立ち上がれない。

 

……鎧の上から受けたはずなのに、身体の方にダメージが入っている。装備しててもその中身に直に攻撃できるってこと?

 

 見れば霊香も立ち上がる事が出来そうにない。絶体絶命である。どうにか卯一か零矢に助けを請えないかとその方向を見ると、零矢は壁にもたれかかり、卯一は放心状態で『兎』に胸ぐらを掴まれていた。

 

「リーダー、こいつを殺してください」

 

「?まぁ良いだろう。よく見ておけ『翠女神』、お前と関わったことで別の誰かが犠牲になる所をな」

 

 『兎』が胸ぐらを掴んだ卯一を『死神』に向かって投げ飛ばす。飛んで来る卯一に対して『死神』は静かに鎌を構えた。

 

止めろおおぉぉぉっっっッ‼」

 

 零矢の絶叫も虚しく、『死神』の鎌は卯一の首を切り裂く。そして崩れた廃墟の跡地に身体が転がりこんだ後、『死神』は鎌のトリガーを押した。

 

 噴水のように辺りに血が飛び散る、夕焼けで赤く染まる廃墟の壁をそれよりも濃い赤がべっとりと張り付いた。

 

「一人目、完了だ」

 

 その光景を見た零矢は力なく地面に倒れ、頭を伏した。砂を握り締め、涙をこらえながら叫んだ。

 

うああああああああッッ‼」

 

 自我の崩壊、暴走の前触れを感じたのは唯一体験がある霊香だった。神代の世界でさえ、いくつもの神を協力を得てしても手こずるような魔王装備。それが現代で暴走などすれば、たちまち先の宇宙戦争のような悲劇が繰り返されることは避けられない。

 

「先輩...」

 

「神木零矢...」

 

 しかし、今の霊香と翔には止めることはできない。止めてはいけないそんな気がしていた。どうすればいいのかわからず、とにかく身体を動かそうと痛みを堪え、起き上がろうとした時、

 

閃光突(シャイニング・レイ)ッ‼

 

 暴走した零矢に向けて光線のような物が二人の後ろから放たれた。零矢は避ける事が出来ず、もろに喰らったことで攻撃を放った人物をターゲットと認識する。

 

変身(チェンジ)、ガブリエル!

 

 そして後ろを見て驚く二人の間を駆け抜けながらその人は同じく驚く『死神』に対し、

 

咲けよ白百合(カサブランカ)

 

 と言うと地面から咲いた美しい白い花が『死神』の周りを囲い蕾となって閉じ込めた。

 

 その間にその脇をくぐり抜け、一直線に零矢の方へ向かっていく。

 

「馬鹿なッ‼何でお前生きて...」

 

変身(チェンジ)、ミカエル

 

 神力を纏いながら背中に生やした羽を使い、零矢以外を吹き飛ばす。暴走した零矢が剣を振るう前に紅く燃える剣を振りかざした。

 

天使の炎斬(エンジェルフレイム)

 

 剣から出た炎は鎧にまとわりつき、その手から剣を奪って装甲を解除させる。そして零矢が倒れる前に脚を入れて地面への強打を避けた。

 

「ウィッチさん...」

 

「……お待たせ」

 

 零矢に対して膝枕をする体勢になった卯一は零矢の頭をいとおしそうに撫でる。それを見た『兎』は、

 

「あり得ない、リーダーがミスをするはずがない。お前どうやって...」

 

「えぇ、確かにミスしてないわよ」

 

「だったら...ッ⁉」

 

 直後辺りを強風が吹き抜ける。砂埃を巻き上げながら吹く風に全員がお互いの位置を見失った。やがてそれぞれの身体が地面から浮き上がる。

 

「え、ちょっと待って私聞いてない‼」

 

「翔、手を伸ばして」

 

「あらあら、『音速』助けてくれません?」

 

「地面に脚が着いてない状況じゃ無理ですって」

 

 様々な言葉が飛び交ったと思うと数秒後、そこにはただの廃墟しかなく、人っ子一人としていなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 急に地面が見えたかと思うと、乱暴に叩きつけられた。

 

「いったぁ...」

 

 そこは草木生い茂る森の中、ここに私達はさっきの風で連れて来られたのだろうか。よく見ると、気絶した神木零矢、妖美卯一、翔が寝転んでいた。男二人の鎧は外れ、それぞれ傍らに武器が落ちていた。

 

「やっと一人目が覚めたか」

 

 声のする方を振り返ると、そこには金髪で教科書で見たような江戸時代ぐらいの子供の服を着た、見た目が小学生ぐらいの女の子が立っていた。しかも森の中なのに下駄で。

 

「いちいち話すの面倒だから私の事が知りたいならそいつら起こして、特に暴走したガキとか」

 

 言われた通り全員を起こすと、開口一番零矢が、

 

「サンキュー、天狗の子」

 

「映画のタイトルみたいに言うんじゃない。私は雨雲(あまぐも) (りん)だ。約束を守っただけありがたいと思え、くそガキ」

 

「後輩クン約束って?」

 

 神木零矢はこの子とした約束について語った。どうやらこの子は天狗で私達の所へ駆けつける前にこの子の元に行き、貢ぎ物(ただのスーパーの団子)を渡して協力を申し出たらしい。

 

 ただの団子で釣られる天狗ってどうなんだと思ったが好物だったらしく、様子を見て助け船を出してくれたとの事だった。

 

「先輩いつの間に天狗と知り合ったんですか、てか本当にいたんですか」

 

「ちょっと前かな、まぁそんな雰囲気出てたし鼻が長くないのは子供だからかなって思って」

 

「おい、さっきから子供扱いするが私はお前よりも歳上だ」

 

「じゃあいくつなんだよ?」

 

「二十一」

 

「えっ...」

 

「私よりも上じゃん」

 

 驚愕する一同をよそにその子は妖美卯一に歩み寄ったかと思うと、

 

 パシッ、

 

「...ッ‼」

 

 頬を叩いた。あまりの唐突さに全員が固まる中、

 

「あり得ない」

 

 とその子が冷たく言い放った。

 

「あの場で戦闘放棄するとか何考えてるの、あなたこのガキ達のまとめ役でしょ。一番の大人が勝機見失って座り込んで、だからあのガキだって暴走したって責任感じてるの?」

 

 妖美卯一は顔を下げた。前髪が顔に掛かって表情を読み取る事が出来ないが口元は微かに唇を噛んでいるように見える。

 

「おい、お前流石に言い過ぎだろ」

 

 零矢が止めに入ろうとするが、

 

「うるさい、だいたいお前だって感情に身を任せすぎなんだよ、そんな一番精神年齢がガキな奴に言い過ぎとか言われたく無いんだけど」

 

「はぁ?何だと!」

 

「もう止めて‼」

 

 神木零矢と雨雲林の言い争いを止めたのは妖美卯一の悲痛な叫び声だった。その場の全員が彼女の方に目線をずらす。

 

 彼女は思い詰めた顔で精一杯作り笑いをしてゆっくりと唇を開く。

 

「...私ね、怖いんだ。目の前で誰かが死ぬのが。仕事柄しょうがないとは言え、まだその覚悟はできてない...できないんだ。私さ、強くないからさ...」

 

 諦めたように自嘲気味に言葉を並べる。彼女以外の誰もが言葉を返す事が出来ない。返したところで彼女をただ傷つけるだけなのは、誰もがわかる。

 

「それでも、このまま続けるならいつかは覚悟を決めなきゃいけない時は来る...時間には甘えない方が良い」

 

 だが雨雲林だけはこの状況ではっきりと彼女に言った。それはきっと正しい、だけど正しさは時に人を残酷なまでに傷つけることがある。

 

 これは私の予想だが雨雲林はそれを考慮した上で発言しているのだろう。紛れもない年長者として。

 

「……そう言えば『死神』達はまだあそこに?」

 

「いや適当に吹き飛ばしたから正確な位置はわからないけど方角的には多分...」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 風が止んだと思ったら四人は空中に浮かんでいた。重力に逆らうことは出来ず、一直線に落下する。

 

「しょっぱ!これ海?」

 

「まさか海まで飛ばされるとは」

 

「リーダーこれからどうするんです?」

 

「どうするも何も海岸まで泳ぐしかないだろ」

 

 そう思い四人は岸に向かって泳ぎ出すが次の瞬間また落下した。突然の出来事だったが難なく受け身を取り、起き上がると聞き慣れた声が聞こえた。

 

「まさかこの四人を退けるとはな」

 

 声の主は四人がボスと呼ぶ組織の頭だった。恐らく彼の能力で海から本拠地まで移動させられたらしい。GD内の全員が把握していることだがボスの能力は空間に関する物である。しかし詳細な事は不明であり、実際底が見えない。

 

「何だったんだ、あの風」

 

「あぁ、多分天狗の仕業だろうな。だがまだ未熟な個体だろう。本当にヤバい奴だったら日本海まで、いや中国ぐらいまで飛ばされてるかもな」

 

 その返答に驚愕した四人はまだまだ修行が足りないと思ったのだった。

 

「それとしばらく『翠女神』の処刑は無し。ある組織からコンタクトがあってな、そいつらの頭は...」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「どうしましょう?もう九時過ぎてるわよ‼」

 

「わかってるが、どうしようも出来ない以上警察に安易に連絡する訳にも...」

 

 その時、玄関のドアが開く音がした。二人はすぐさま玄関へ駆けつけるとそこには傷だらけになった自分達の息子の肩を担いだもう一人、こちらも傷だらけの居候の女の子が立っていた。

 

「翔‼」

 

「大丈夫、ちょっと痛むけど骨折まではいってない」

 

「霊香ちゃんは?」

 

「私も何とか、生き延びれました」

 

「良かった‼」

 

 薫は思いっきり二人を抱き締める。

 

「痛いッ、痛いって母さん」

 

「ただいまです、薫さん」

 

 それを微笑ましく針太郎は眺めながら早く靴を脱いであがるように促すのだった。




 前に話していた番外編を製作中なのでそちらもお楽しみに。


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強さとは

 出すの忘れてた。ごめんなさい。


……そう言えば俺ウィッチさんの好み知らねぇ...

 

 今日の晩飯の為の素材を探しながら俺は悩んでいた。流石に食べられない物はないと思うが苦手な物とかはあってもおかしくはないし、もし苦手な物ばっか食卓に並んだとしたら、あんな事があった後で食べたいとは思わないだろう。

 

……アレルギーとかないよな?だったら無難に卵料理とか...あ、すき焼きとか。ってこれだと俺が食べたい物だろ!

 

 俺は渋々牛肉を売り場に戻す。わかってはいたが彼女が来てから料理は全て彼女に任せっきり、つまり彼女の好みはこれっぽっちもわからないのだ。

 

……俺、ウィッチさんのこと全然知らないんだ...

 

「お前でもため息をつくのか」

 

 急に背後から声を掛けられ驚いて振り向くと、そこには以外にも新妻が買い出しに来たかのような雰囲気で破神霊香が立っていた。

 

「私が買い物に来るのは変か?」

 

「いや、花嫁修業か何かかなと思って」

 

「え?」

 

 案外冗談は通じなかった。言っている意味がわからないと言うように首をかしげ、自分でかごに入れた物を確認していた。何だこれ、パーティーグッズ?

 

「あぁ、これか。実は今日が私の誕生日なんだが、翔の家族が祝ってくれるらしくてそのために必要な物を買ってくるようにお使いを頼まれたのだ」

 

 何だか物凄いどや顔をしている。初めてお使いを頼まれた子供かよ。まぁこいつにとってはこういうのは初めてなんだろうが。

 

「お前は何を買ったんだ、ってまだ何も入れてないじゃないか」

 

 俺はここに来たいきさつを話した。あれからウィッチさんが暗いこと、だからせめておいしい物を食べて貰いたくて何かを買いに来たことを。

 

「私が翔を心配するようなものか」

 

「まぁ、そうだな」

 

「だったら別に何でも良いんじゃないか?心配してるって気持ちが伝われば」

 

「いやそうなんだけど...いやそうだな、悩んでも仕方ない。すき焼きにするぜ!」

 

 霊香は元気だなと半ば呆れた顔をしながらレジに向かった。

 

 それから俺はすき焼きに必要な物を瞬時に集め、ついでにあるものを買ってすぐに会計を済ませ帰ろうとする霊香を引き留めた。

 

「霊香!ほら」

 

 俺はさっき買った駄菓子の詰め合わせを手渡す。不思議に思っている彼女に誕生日プレゼントだ、と言ってほぼ無理矢理に持たせた。

 

「え、ありがとう」

 

 しかし、こう見ると何ら変わらない普通のJKだ。ちょっと抜けているところはあるが、昨日まで命を狙われていたとは到底思えない。

 

「って言うか出歩いて大丈夫なのか」

 

「多分、確定は出来ないが今朝まで何も無かったし向こうの状況が変わったのかもしれない」

 

「死神部隊とやらが行方不明になったからとか」

 

「いや、それは多分違う。あいつ等はボスの能力で本拠地にまで戻ってる。それなのに動かないって事は、私を処刑する以上に何か優先すべき事が起きたって事だと思う」

 

 それから霊香は自分が知る限りのGDの頭の能力について話した。GD達はボスの能力で本拠地に出入りするため誰もその位置を正確には知らない。

 

「お前を信じて良いんだよな?」

 

「私が言っていいことじゃないが信じてくれるなら嬉しい」

 

「なら信じるってことで」

 

 別に信じない理由もないので情報として受け取っておく。相手の頭は空間を操る能力から、ワープなどが可能と言うことか。

 

「そう言えば、お前とウィッチさんはどういう関係なんだ?前に彼女にお前が彼氏なのかと聞いた時に少し暗い顔をしていたから気になってな。恋人と言うやつではないんだろう?」

 

 知らなかった、そんなやり取りをしていたなんて。暗い顔って事は俺をあんまり良く思ってないのか、それとも...

 

「同居人ってところか?お前で言う寮で同じ部屋みたいな」

 

「年頃の男と女が?」

 

 何でこんなグイグイ来るんだ、興味があるのはわかるが質問攻めは返答に困るのでお控え願いたいんだが。

 

「あ、すまない。何か訳があるのかもしれないのにこんなにしつこく聞いてしまって」

 

「まぁ俺もウィッチさんのこと全然知らないんだけどな。食べ物の好き嫌いも趣味とかも過去に何があったのかさえも」

 

 言ってて悲しくなってくる。俺は知らない。翔や霊香達よりも付き合いが長いがそれでも何もわからない。何もわからないのに彼女を信じてる...いやすがってるのか。

 

「笑えるよな、一番近いはずの俺が一番彼女を知らないんだから」

 

 それを聞いて少し考えた霊香はもしかして、と言うように口を開く。

 

「それは一番近いからじゃないか?一番近いから隠して起きたい事がある。信頼されたいから、疑われたくないから。私も最初は翔の母親にGDの一員なのを隠したし」

 

 本当にそうなのだろうか。俺はあの人に信頼されているかもわからない。もしかしたら俺の事を駒としか見てないのかもしれない。

 

「少なくとも彼女はお前を信頼していると思うぞ。彼女はお前の事を語る時、まるで自分の事のように語ってたし」

 

 それなら俺も信じてみても良いのかもしれない。少しは信頼をおかれていることに。すがっても良いのかもしれない。彼女の言う通りにすれば生き返れると。

 

「何かお前に元気付けられたみたいだな」

 

 俺は家の前まで来ると霊香に感謝を伝え、ドアを開いた。もう一度信じてみよう、俺が信じた人を。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「おかえりなさい」

 

「ただいまです」

 

 家に入るとウィッチさんはソファーに座ってTVを見ていた。やっていたのは通販番組だがあまり興味がないのかただ繰り返される喋りを作業のように聞き流していた。

 

「何見てるんですか?」

 

「いや別に、ただTVを着けたら何かやってるかなと思ったけど面白いのがやってなかったからマシなのにしてただけだよ」

 

 何だろう、とてつもなく空気が重い。機嫌が悪いというのとはまた違う雰囲気を俺は感じていた。

 

「ならお話ししても良いですか?」

 

 彼女が首を縦に振ったのを確認して俺は横に腰掛けた。

 

「昨日の話だよね?」

 

 そういう彼女はいつも完璧に整えられた髪の毛が少し跳ね、あまり眠れなかったのかあまり表情も良くなかった。もしかして俺に詮索されるのが気がかりだったのだろうか。

 

 俺は彼女の表情に気を付けながら話を切り出した。

 

「俺は貴女の事を全く知りません、それでも根掘り葉掘り詮索しようとは思ってないです。例え昔何があったとしても、俺は今の貴女を信じてます」

 

 彼女はその言葉を聞いて、少しうつむき気味だった顔をあげた。

 

「ですから話したいと思ったら話してください。それまでは聞こうとはしません。それにきっと受け入れてみせます」

 

 彼女は申し訳なさそうに良いの、と聞いた。俺は深く頷く。その様子に彼女はホッとしたのか少し表情が明るくなった気がした。

 

「それと、ウィッチさんが自分の事を強くないから、って言ってましたが強さって別に人を殺す覚悟とかじゃないと思います」

 

「後輩クンは出来てるの?」

 

 彼女は恐る恐る俺に聞いた。

 

「まぁ、俺が生き返りたいのは復讐がメインってのもありますし、一応は」

 

「そうなんだ、凄いね」

 

「でも俺はそれは強くなんてないと思ってます。過去にこだわってるだけだから。だから俺は過去に何があったとしても、ちゃんと受け止めて、時に後悔に苛まれても前を向いて未来を見てる貴女が強いと思ったんです」

 

 彼女は少し大袈裟だよと言うように手を出して首を横に振った。それでも俺は続ける。

 

「だから、えっとなんて言うか、その強い心で俺を導いてください、生き返るまで」

 

 彼女は手を口に当てたかと思うと少し声を出して笑った。

 

「あははっ、決まらないね、君は。でもありがとう、元気出たわ。年下の君に励まされるなんてね。でも私から言わせると君も十分強いよ」

 

「今俺、励まされてます?」

 

 彼女は首を深く縦に振った。

 

「え、逆じゃないんですか⁉」

 

「あれ、そうだっけ」

 

 彼女はすっかりいつもの調子に戻ったらしく、からかうように作り笑いではなく本物の笑みを浮かべ、

 

「でも言ってる事はカッコよかったよ、後輩クン♪」

 

 そう言って俺の肩を肘でつつく。そして子供っぽい表情から大人っぽい表情に変え

 

「気持ちの整理ができたら話すからそれまで待っててね」

 

「勿論です。じゃあ気分が明るくなったところで通販じゃなくて録っていた特撮を見ましょう!ウィッチさんがこれを好きということは何も知らない俺でも知ってます!」

 

「え、私の好み?あぁ教えたことなかったっけ。そうだね、待ってくれるなら色々私のことも知ってほしいからね。私は本名は美神 卯一で好きな物はアップルパイ誕生日はハロウィーンです。今後ともよろしくね♪」

 

「はいよろしくお願いします...って美神ってまさか⁉」

 

 俺は生まれてからこの名字は一度しか聞いた事がない、まさか違うだろう。あの家じゃないよな、同じ名字ぐらいどこにだってあるだろ、きっと。

 

「うん、美神コーポレーションの美神寅次は私の実兄、つまり私は美神家の令嬢ってこと」

 

 え、あの誰もが知る超有名な大企業のトップの妹、教科書にも名前が載ってた前社長の娘がここにいる...事案だろこれ。大丈夫かな俺、捕まったりしないよな。

 

「そんなに急に距離を取らないで⁉」

 

「いや、急に神々しく見えて、その」

 

「実際肩書きだけで、あの家はもう何年も前に出てるからVIPとかじゃないよ⁉」

 

 VIPと言えば何だか前に馬と羊みたいなやつを相手にしたけどそいつ等が着てる服が高そうだったのを思い出す。

 

「え、じゃあこの前屋敷に行ったと思って目が覚めたら家にいたのって」

 

「あ、あれはただの集まりで変装してして行ったらたまたま君が変装した私と出くわしたのであって」

 

 え、じゃあまさかあの時見た金髪のバニーガールはまさか...そこまで考えて急に鼻血が出てきた。

 

「え、後輩クン?大丈夫⁉」

 

 つまりウィッチさんがあの胸が半分以上見えてる衣装を着てたってことだよな、あの姿ヤバいぐらいエロくなかったっけ。

 

「ちょっ、血がさらに出てきてって大丈夫後輩クン⁉」

 

 どうやら俺の同居人は色々抱えてるみたいだ。少し不安があるが今まで通り大丈夫だろう、彼女に止血されながらそう思った。




 番外編もよろしくっす。


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第6章 僕と預言と箱舟物語
心休まる暇もなく


零「あれ、今回こっち?」

卯「五ヶ月振りだね」

翔「番外編あれで終わりなんですか?」

麗「まだまだ続くよ」

零「ん?“麗”って字違くないか?」

麗(霊)「これで良いか?」

翔「まあ何故なのかは番外編で」

卯「番外ってほどどうでも良いストーリーじゃないよね。ガチガチにこっちの本編に関わって来てるし」

神「作者からすれば冬映画みたいな物なんだろう」

卯「いや、もう冬開けてDVD発売される季節なんですけど...」

零「じゃあ夏映画枠は誰が主役なんですかね」

作「翔だよ」

翔「急に湧いてきてネタバレ!?ってか僕?それより前書き長過ぎでしょ。誰も読まないよこんな前書き!」

卯「だって...今回私セクハラされてばっかだし...それでも良いならどうぞ」

神「投げやりだな...」


 大型連休最後の五月七日日曜日。通常高校生の連休と言えば友達とカラオケだとか恋人とお泊まりだとか魅力的なイベントが盛りだくさん!とかお思いだろうが現実はそう上手くはいかない。大抵が課題に負われるか何もせずに終わるの二択だ。

 

 因みに俺はその二択には入らない。なら翔達と一緒に打ち上げ的なカラオケか?一昨日あんな事件会ったのにそう易々出掛けたりするか。一応針太郎さんが手回ししてくれているお陰で俺達が警察に追われていることはない。

 

 じゃあ恋人とお泊まりか?どの状況で恋人ができるチャンスがあったんだ?わかるなら教えて欲しい。星相手に喧嘩吹っ掛けてたようなものだぞ。お泊まりってなんだ、片道切符で冥王星に永遠にお泊まりしに行くような状況だったし。

 

 そもそもウイッチさんが同じ家に住んでる時点でお泊まりみたいなものだろ。残念ながら恋人では...ない、そりゃまぁそうだったら嬉しいが...じゃない!何を回想しているんだ俺は。彼女は姉みたいなものだし...

 

 じゃねぇ!何か論点がズレてる。答えは...

 

「で、何か考えているが思い当たる節があるのかね?」

 

 重要参考人として学校で校長から事情聴取だ。ロマンの欠片もあったもんじゃない。

 

 校長から聞かれている事はテロリストが学校を占拠した時に俺が警察を呼ぶ訳でもなく無謀にもテロリスト達に立ち向かった件。それに関連して二十五日に起きた爆発の原因なのではないかという事。近くにいたのは俺と翔だけだったからだろう。

 

 テロリストに無謀にも挑んだ件は確保されたメンバーや夏川さんが話したのだろう。現に彼女も学校に呼ばれていたらしく廊下ですれ違った。人形に入れ替わった事はバレてはなかったが急に大人しくなったらしく不審がられていたので適当に言い訳を言っておいた。

 

 警察呼べたら呼んでたし、と言いたいところだがあの状況で呼んでたら他の生徒が負傷していたかもしれないということがわからないのだろうか。

 

 弁明するために俺はテロリスト相手に戦闘経験があり、能力もあるので他の生徒を守るために戦いました、なんて言ったらどうなるか。答えは簡単、漫画の見過ぎだとかアニメの見過ぎだとか言われて痛い奴となる。

 

 というか自分で考えた言葉だがこんな事を言っていたら間違いなく反感を買いそうだ。完全に世の中を舐めている。

 

 話は反れたが二十五日に起きた爆発は俺が原因だが主犯は麗華だ...いやあの頃は霊香か。流石に仲間となった彼女を売る訳にもいかないからこの件は黙秘するしかないだろう。

 

「二十三日の件については知りませんが、テロリスト騒ぎの際に勝手な行動をしてしまったのは反省してます。ただ、彼女の辛そうな顔を見てつい手が出てしまいました」

 

「夏川君に好意を抱いていると?」

 

「いえ、全く。相手が他の女子生徒であれ、男子生徒であれ襲われていたなら助けたつもりです」

 

「フフフ、流石生徒会なだけあるな。書記とはいえその正義感、せいぜい曲がらないように気を付けたまえ。以上だ」

 

 一礼して校長室を出る。嫌みを言うのも大概にしろよ、と叫びたくもなるが何とかこらえた。相手は事情のじの字も知らない一般人である。俺が死人で生き返る為に必死になんて説明したところで...負け惜しみみたいになるから止めよ。

 

 携帯を確認すると神事屋グループのチャットからメッセージが入っていた。俺は事情聴取が終わったという事を伝えるメッセージを打つ。分け合った情報だと次は翔、最後に麗華だ。

 

 取り敢えず家まで帰ってウイッチさんと今後の行動を決めようと思い昇降口までの廊下を歩いていると、

 

「へいへーい、そこの書記~丁度良いところに。これ手伝ってよ~」

 

 後ろから呑気な声が聞こえてくる。どうせ先生から手伝いを頼まれたとかだろう。振り向く必要もなく何か抱えているのは目に見えた。

 

「無視しないで~!マジヘルプ!助けた恩を忘れたの?」

 

 わざとらしく脅すように声を掛けてくるのは我らが学園の生徒会長、 武田(たけだ) 弥生(やよい)だ。圧倒的カリスマ性、迅速な決断力と誰から見ても人を纏めるのに相応しい彼女だが人が良い為に上からの命令には殆ど逆らわない。いわゆる良い子ちゃんというタイプなのだがハッキリ言えば社畜候補である。

 

 ブラック企業なんかに就職することなく早めに結婚して専業主婦とかやった方が向いてるのでは?と時々考えるがセクハラ紛いなので直接口にした事はない。

 

「会長は断る事を覚えろよ」

 

「だってさ、書記の件以降また良い子ちゃんを演じないと先生方の機嫌を取れないし」

 

 それは嫌味か、それとも天然な発言か?どちらにせよ恩を盾にされると言い返す事ができない。全生徒の目標の割にやり口が汚いぞ。

 

「ハイハイ、何を手伝えば良いんすか」

 

「そう言ってくれると思ってたよ~!はい、じゃあこれ校内に適当な間隔を空けて貼って、それ終わったら生徒会室の備品整理、あと今度のボランティアの情報話すから。じゃ、よろ~」

 

 何だか口車に乗せられた気分がしてならないのだが仕方ない、これも仕事の内だ。会長だって文化祭で引退するまではあの演技に付き合ってあげるとするか。

 

 携帯を見るとウイッチさんからメッセージが届いていた。

 

❲今日お昼家に帰って来る?❳

 

 マジで姉か、と思ったが普通に昼飯を二人分作るかどうかってことだろう。今は十時、だが会長の手伝いを全て正午前に終わるかと言われると正直キツい。彼女の美味しい料理を食べれないのは残念だがここは我慢。

 

 そう思ってメッセージを打とうとすると、

 

「携帯やってないで!早く終わらせるよ!」

 

 いなくなったはずの会長が注意してきたのですぐさま携帯をしまう。まぁ空いた時間に打てば良いかと思い作業に取りかかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「う、い、ち~!よっ!」

 

「わっ!?」

 

 用があって大学に来ていると急に声を掛けてきた人物に抱きつかれ私は体勢を崩しそうになる。この展開には馴れているのだが、毎回彼女の体重を支えきれず倒れそうになる。

 

 彼女、大津(おおつ) 巳羅(みら)、通称巳羅姉は私より二学年上の大学四年生。学部は人間心理学部。念の為に言っておくと私より軽いはず。

 

 (スネーク)の時の根暗そうな髪型とは違い長い前髪を左に流し、大きくて綺麗な右目を出して反対に左目を前髪で隠す事によってミステリアスさを醸し出している。髪は黒色のロング。顔は私より美人だし性格も姉御肌と言える...だろう。身長は私より少し高く、見た感じ後輩クンよりは少し低いぐらいだろうか、因みにスタイルはたまにモデルのスカウトを受けるほど良い。

 

 彼女との関係は十年に及ぶ。十二獣の時に知り合って、中学、高校と家出してお金に困った私を援助してもらい、もはや頭が上がらない。なので私も知り合いの中では最も彼女を信頼し、何かあった時は真っ先に彼女に相談しようと決めている...が。

 

「たまたまいたのは幸いだった。さてさてあのガキの事を説明してもらおうか?」

 

 そう言って私の身体をまさぐってくる。色んな事があったせいで連絡を忘れていた。彼女が怒っているのは間違いなく私が彼氏でもない男の子の家に居候している事だろう。

 

「わかった...から、くすぐるの止め...てっ!」

 

 何とか両手の拘束を振りほどき両手で胸を隠すようにする。絶対触られた、しかも重点的に。しかも毎回スキンシップをとってくるが絶対触ってくる気がする、気のせいかもしれないけど。

 

「はぁ、私がスキンシップの時に必ず触っていたその凶器と言えるべき二つの塊をあのガキに触られていると思うと何か悔しいな~」

 

 はい白状しましたー。やっぱり触っていたな私の胸を。まぁ女性相手しかも巳羅姉だからあまり嫌ではないけどそろそろ恥ずかしいから止めて欲しい。

 

「彼とはそういう関係じゃないし!ちゃんと説明するから決めつけないで!あと胸触るの禁止!次やったら巳羅姉呼びから変態セクハラ姉呼びに降格だからね!」

 

「人前でその呼ばれ方は死ねるな。わかりましたよ、もうやんない。その代わり洗いざらい話してね。私はあなたの親代わりでもあるんだから」

 

 彼女はそう言ってウインクをする。何で私に対してだけこんな残念な美女みたいになってしまうんだろう。じっとしてたら本当に綺麗なのに。まぁ彼女が好きでそういう性格にしているから受け入れるべきではあるんだけど。

 

「何か娘の反抗期を迎えた母みたい。うりゃ」

 

 そう言って私の頬をいじってくる。本当にこの人は...

 

「これじゃあふぇつめいできにゃい」

 

「可愛い、家には絶対無い癒しだわ~」

 

 彼氏いないなら猫か犬飼えば、といつも提案するのだが彼女はマンション住みだからそれも厳しい。彼女の実家なら飼えるらしいが性格的に実家に住むわけもない。

 

 彼女の実家、大津家は美神家に比べれば流石に劣るが一般的に富裕層と呼ばれる家系であり、資産家である。と言っても何か運営している訳ではないので次の交代で十二獣の一つをとれなければ家は厳しいと彼女は言っていた。

 

 十二年周期でメンバーが変更される十二獣。そもそも神聖区の治安維持や発展を裏から支えるべく発足した民間組織であり、民間人に不利益が働くような規則を出さないように管理局に圧をかける事が出来る唯一の民間組織である。その為メンバーの殆どが富豪の関係者である。

 

 メンバーは会議中は干支にちなんだコードネームを呼び会う。コードネームによって担当する地域は決まっている。会議は不定期開催であり、前回指定された名前の者の一人が開催地の整備、もう一人が警備を担当する。会議には自分の素性がバレないようコードネームに関連した格好をして参加する事が義務づけられている。

 

 メンバーになる条件は指名の一部に十二支の動物の文字が入っていること、及び各地域への貢献度等によって選出されるが前者を満たすハードルが高く、前任が死亡、又は引退をしない限り覇権を握るのは難しいとされる。

 

 ゆえに大津家は次のメンバー変更で外される可能性が最も高い。その事を必死に阻止しようとしているのが彼女の父親だ。その関係のせいで彼女は生活費を実家から踏んだくりマンションで一人暮らしをしているのだ。

 

「もうっ!説明するから離して。長くなるけど...」

 

 そう言って私は今日に至るまでの出来事を彼女に話した。勿論魔王装備や翔君、麗華ちゃんの事まで。彼女は信頼に値すると思ったからある一部の事実は除いて話したのだ。

 

「零矢って言うんだっけ、まぁ良い奴そうだけど男はいつ狼になるかわからないからね。しかも盛んな時期だし十分気を付けなよ」

 

 と大体の事を理解したらしく私に対して忠告をしてきた。確かに世間一般的に見ればどれだけ彼が無実でもそう思われてしまうのは致し方ないのかもしれない。実際心配になるぐらいにはそっちの気は起こされてないんだが...あでも視線を感じる時はあるか。

 

「わかってる。流石に何もしてこないって信じてるけど、もし何かしてきたら『電気銃』で動きを止めて殴れる程の度胸はあるんで」

 

 そう言って私は胸を張った。例え弟分であっても礼儀は礼儀。倫理観を逸脱するような行動は許さない。本当は住む家を貸してくれている時点でそういう雰囲気になった場合断るべきか悩んでたのは内緒だけど。

 

 そんな事を考えていると携帯にその彼から

 

❲事情聴取終わりました。特に変な事は口走っていません❳

 

 というメッセージが入っていた。直前に変な事を喋らないようにメッセージを送っておいて正解だった。取り敢えずこれで学校側から目をつけられなければ次の神力集めに支障が出ることはない。

 

 何よりまずは当事者である彼と話したいが意外と律儀なので翔君や麗華ちゃんが終わるまで校舎内で待っている可能性がある。時刻は十時前、今は東街の神聖大学だから私は三十分ぐらいで家まで帰れる。

 

「でもその麗華って奴は本当に信頼できるのか?」

 

 でももう少し説明が必要らしい様子なので遅く見積もっても正午までには帰してもらえるだろう。お昼ご飯の準備もあるし。

 

❲今日お昼家に帰ってくる?❳

 

 打ちながら不覚にも母親みたいだなと思ってしまった。彼は弟みたいなものなのに。すると既読の表示が出た。しかし返事が帰って来ない。

 

……律儀だからすぐに返事してくると思ったんだけどな。今手が離せない状況なのかな?早く返事...欲しいんだケド。

 

「やっぱり心配だな」

 

「え、何が?」

 

 なぜか巳羅姉はため息をついた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「麗華さん、大丈夫でした?」

 

 廊下で待っていた翔が校長室から出てきた麗華に話しかける。名前が変わった事もあり、色々と詰問されて大変だっただろうと心配する翔をよそに麗華は涼しげな顔をしていた。

 

「まぁ予想通り名字が変わった事と名前の漢字が変わった事に対して色々と言われたけど家庭の事情で押しきった」

 

 とんでもなく複雑な家庭だと思われていないだろうかと翔は心配になったが麗華が答えた事はあながち間違ってはいない。

 

「でも一番ムカついたのは交遊関係には気を付けた方が良いって言われたこと...何なの?私達のこと何も知らないくせに」

 

「知らないからでしょうね」

 

 翔も同じような事を言われていた。二人に対してそう圧力にも似た事を言ってくるということは、多分零矢の事だろうと翔は睨んでいた。前に聞いた噂通りなら学校が零矢個人を疎ましく思うのも仕方ないとは思うが。

 

 それよりも翔は気になっていた事があった。それは先日の戦いの決着の後の麗華の一言、

 

(私はあなたの支配から抜け出してやる、だから名前も変える!でもあなたとの繋がりを捨てたくはないから名字だけは虹神...アルコバレーノの血を引くものとしてこの名字にしたい...いつか時神に変わるその日まで)

 

「あの時の言葉は何ですか?養子になりたいって意味ですか」

 

「……ばか」

 

 と麗華は小さな声で言ってそそくさと歩いていってしまった。急に機嫌を損ねた理由がわからなかった翔は少し立ち止まって考えたが結論に至るよりも先に

 

「……帰るよ」

 

 と麗華に半ば強引に手を引かれ校舎を後にした。二人は何か忘れているような感覚に陥りながらも仲良く家に帰ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……おい、何で翔も麗華も電話に出ないんだ?どう考えても事情聴取は終わってるだろ!?もう少しで帰れそうだから待ち合わせようとしたのに

 

「書記~終わった?」

 

「後、この荷物上にしまえば終わり!」

 

「じゃあ終わったらこっち来て」

 

 荷物を棚の上に押し上げながら俺は携帯をスピーカーにし、翔か麗華に連絡を取ろうと試みていた。が、二回ずつ掛けたにも関わらずどちらも応答しない。電源でも切ってるのか?

 

「馬鹿だな~」

 

 急に携帯の画面に銀髪の女が映し出される。そう言えば久し振りだなと思いながら会長に聞こえないように小声で何が、と言った。すると、

 

「電話に出れない程夢中なんだよ、これに」

 

 と言って両手を顔の前に持ってくる。掌をこちらに見せたまま中指と薬指を倒しその腹の部分に親指を当てる。幼い頃影遊びでよくやる狐の形だ。

 

 それを両手で作るとその三本の指を顔の前でくっつけるようにした。そして交互に前後に揺らす。

 

 そして再び掌を開き今度は指を交互に組みながら まるで祈るかのように手を握ると指だけをぐにゃぐにゃと動かす。

 

「……は?」

 

「知らんぷりするなよ?年頃なんだしわかってるんだろ」

 

 そして更に指の動きは激しくなっていった。もはやホラー映画に出てきそうな触手を持ったエイリアンのように見えてくる。気持ち悪っ。

 

「影遊びなんて高校生にもなって夢中にやらないだろ」

 

 そう言うと“神”は手をほどきつまんない奴、と舌打ちをして画面から消えた。マジで何しに来たんだあの駄神。

 

……まぁつまらないって事は答えが別にあるってことだよな。待てよ...何かちょっと前に発売したエイリアンを倒すゲームが人気だって聞いたことがある!ゲームに夢中だってことか...

 

「……じゃねぇよ!?帰る時に一声掛けろっつーの!ってかじゃああの狐は一体...」

 

 そう独り言を言っていると、用務室のドアが大きな音を立てて開き会長が凄い剣幕で入ってくる。

 

「何サボってんだ!彼女だか何だか知らんが今は仕事中って...」

 

 そう言って会長は視線を俺の手にスライドする。俺の両手は丁度狐の形を作っており、先程“神”がやっていたように三本の指が重なった先端同士をくっつけていた。

 

「あー、書記...その悪かった。本命の子だったんだろ。その...泣くな、愚痴ぐらいなら聞いてやるから。現実はそれみたいには簡単にはならないから...えーっと強く生きろよ?」

 

 なぜか憐れみの目を向けられた。怒りに来たんじゃないのか。というか何で頑なに目を会わせないんだ会長。何で明後日の方を向いているんだ会長。どうして今ハンカチを取り出すと見せかけて雑巾を差し出して来たんだ会長。ってか別に俺泣いてないし。

 

「ボランティアの件は明日話すからさ...その何て言うか美味しい物食べて良く寝なよ。明日学校来るの待ってるからさ...お疲れ」

 

 そう言いながら雑巾を置いて会長は生徒会室に戻っていった。せめてその雑巾戻せよ、と言いたくなったのを堪え俺は代わりに雑巾を戻して生徒会室を後にした。

 

 去り際に会長が、

 

「諦めんな...星は沢山あるから。またどれか一つを太陽にすれば良いんだ」

 

 と急に親指を立てながら言ってきたが意味がわからないので無視して部屋のドアを閉めた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私の方が先に家に着いてしまった...」

 

 結局後輩クンから連絡がくる事はなく、私は巳羅姉が納得するまで説明をしたあと一人で家まで帰って来た。

 

……既読スルーかまされるとは...お姉さんは悲しいよ

 

 まぁ私が彼の行動を制限するわけにもいかないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。だがどうにも心の奥に引っ掛かっている物があった。

 

……違う、後輩クンは他の男とは絶対に違う

 

 巳羅姉に言われた事が頭の中に再び甦る。心の傷をえぐられたような不快感。単なる思い込みなのに彼にないがしろにされてしまうのがここまで応えるとは思わなかった。

 

 彼にもらった合鍵を強く握り家のドアを開ける。私達は協力関係だ。決してそれ以上の関係になったりしないし、望んだりもしない。

 

 玄関に入りドアを閉めると想定以上に汗をかいている事に気づく。何だか情けないと思いながらも軽くシャワーを浴びて着替えるかと思ったその時、チャイムがなった。

 

 ハンカチで顔を拭き、一度深呼吸をしてからドアを開けた。

 

「お帰り後輩ク...」

 

「えっ、誰あなた?」

 

 そこには彼ではなく見知らぬ夫婦と思わしき男女が立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 嫌な予感というものは今までにもいくつか感じた事はある。この問題の答えは違ったんじゃないか、とかこの後怪我するんじゃないか、など第六感とでも言うべきものである。

 

 しかし今、俺は非常に胸騒ぎがして家に急いでいた。何かはわからないが自分にとって不利益な事が起こりそうなそんな胸騒ぎだった。

 

……ん?あ、ヤバっ!ウィッチさんに連絡するの忘れてた

 

 この胸騒ぎの正体はこれだったのかと納得がいき俺は急いでGod-tellを取り出すとウィッチさんに電話を入れる。

 

「すみませんウィッチさん!連絡遅れてしまって」

 

「今...どこにいる?」

 

 何だか声が小さく覇気が感じられなかった。

 

「もうすぐ家の前に出ますけど何かありました?」

 

「わかった」

 

 そう言って電話は途切れてしまう。不審に思いすぐに家の前まで着くてドアを開けた俺は玄関に見慣れない二足の靴が並んでいるのに気づく。一つは女性用、もう片方は恐らく男性用。どちらも俺や彼女が持っているものではない。

 

 まさか強盗でも入って来たんじゃ、と言う予感がした俺は乱暴に靴を脱ぐと転びそうになりながらもリビングへと続くドアの元にたどり着き、無造作にドアを開けた。

 

 そこにはテレビと机の間に座らされたウィッチさんとソファに座る一組の男女。瞬時に俺はこの二人が胸騒ぎの原因だったと確信した。

 

「座れ、彼女の隣に」

 

 こちらを見向きもせず、ソファに座った男は俺に冷たく言い放つ。俺は鞄を置くと、座っているウィッチさんの隣に座り向かいに座る男の顔を睨んだ。

 

「よぉ、零矢」

 

「お帰り、零ちゃん」

 

……最悪だ、よりにもよってこんな時に親が帰ってくるなんて

 

 そう、この二人は俺の両親。何の仕事か息子にろくに説明もせず世界を、はたまた惑星を跨ぎまくっている夫婦だ。前に帰って来たのは一年以上前、まさか音沙汰なしに帰って来るとは流石に予想外だった。

 

 俺に似て目つきが悪く、軍人かと思うほどにがたいが良いのが父親、神木 零人(れいと)。その隣のセミロングの髪に父親と比べると華奢に見えてしまう身体つきの方が母親、神木 早矢(はや)だ。

 

 二人は幼なじみであり結婚して二十年以上経つが、人生の半分以上はお互い一緒にいるというのが自慢らしい。三十で俺が生まれたから二人とも年齢は四十八か。その割には特に母さんは若いような見た目だ。

 

「さてと、じゃあ零矢の口から隣の嬢ちゃんが何で家の鍵を持っているのか聞かせてもらおうか」

 

 ウィッチさんの方を盗み見ると、彼女も俺の方を向いて困惑していた。それもそのはず、俺は彼女に今日両親が帰って来るなんて言ってない上に完全に予想外だったので伝えることなど出来るはずがない。

 

 それに彼女の事を一から説明するとなるとGD関連の事を話さなければならなくなる。以前も似たような事があった為、それだけは避けたい。そうなると最適解は...

 

「わかるだろ、女だよ。俺の」

 

 父親を睨みながら嘘だと悟られないように言った。彼女設定なら家にいても不自然じゃない。たまたま遊びに来たという言い逃れだって出来る。

 

「まぁ、そうよね。その子も同じ事言ってたし。私達の寝室がこの子用に変わってたもの」

 

 どうやら彼女も同じ設定で乗りきったらしく上手く口裏を合わせられたようだ。まさかそこまで予想済みとは恐ろしい。困惑した表情を見せたのもこの解答に辿り着く為の誘導だったのか。しかし彼女は何だか深刻な顔をしている様に見える。

 

「だが一つ不自然な点がある」

 

 一つ関門を潜り抜けたと安堵していた所に冷たい声が響き渡る。もしや彼女との設定の間で何か矛盾点があったのかとヒヤヒヤしていると

 

「私達が前に帰ってきたのが一年...二年ぐらい前かしら。つまりその期間で零ちゃんには彼女が出来て同棲するまでに至った。しかもこの子とあだ名で呼び合う程、今も仲が良い事が推測出来る。だったら一箱ぐらいあっても良いじゃない?」

 

「何が?」

 

「コ●ドームよ」

 

はあっっ!?」

 

「だってそうでしょ、その歳で出来ちゃうわけにはいかないし。若いんだから盛ってるでしょ。私達その頃はどうだったかしら...」

 

「ちょ、ちょストップ、ストップ!!」

 

 聞きたくない話を立ちながら必死に遮り、俺は再び座った。気まず過ぎて隣を見ることが出来ない。だが彼女も俯き耳まで真っ赤になっている事は横目でわかった。

 

 最悪である。この後の彼女との関係に亀裂が入りかねない事態に陥ってしまった。これだったらただ単に居候と説明した方がまだマシだったかも知れない。何だか時神家の母親と似た物を感じる。

 

あの...その...」

 

 ウィッチさんが震えるような声を出し発言をしようとする。まさかこの状況を打破出来る針の穴を通すような一言があるのではと期待していると

 

対策は...してますじゃない...あッ、してないわけじゃ...あ、うぅ...ごめんなさい...」

 

 確実にオーバーヒートしていた。日頃の彼女からは想像出来ない程の小さな声で自分の言った事に自分で間違いを見つけてつっこんでいる。とうとう恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。

 

 流石に申し訳なく思ったのか

 

「ごめん、ごめん卯一ちゃん。そんなに辱しめるつもりじゃなかったんだけど」

 

「取り敢えずこの人の事はいいだろ!それより何で帰って来たんだよ?」

 

 すると不思議そうにお互い顔を合わせながら

 

「何でって、ここ私達の家だし」

 

「たまたまこっちに帰って来る用があったんだよ。お前の様子を見に来ただけだ、また変な事に首を突っ込んでないかってな」

 

 もう突っ込んでるわ。テロリストと殺り合って国に喧嘩売ったわ...って威張れることじゃないか。本当に心配しにきたのか?

 

(何も言うな。お前は黙って寝とけ)

 

 思い出したように父親の冷たい声が頭に響く。あの時だってそうだ。俺に何も教えてくれないで大人は勝手に解決してしまう。子供の意思など関係ない。

 

 だから俺はこの二人が苦手である。第一、心配なら息子を放ったらかしにするだろうか。連絡先もわからない、生きているかもわからない。年に一度帰って来るかわからない人に心配などしてほしくない。

 

「まぁその様子じゃ、また何かしらに首を突っ込んでそうだから忠告しといてやる。ガキが半端な正義を振りかざしてると痛い目見るからな」

 

 余計なお世話だっつーの、と心の中で叫びながら俺は立ち上がって、大分落ち着いたウィッチさんを促し、鞄を取ると逃げるように二階へと急いだ。

 

 彼女を俺の部屋に入れ、鞄を机の上に置くとすぐに階下に聞こえないようなボリュームで

 

「家の両親が本っ当すいませんでした!」

 

 と彼女に土下座した。彼女は慌てて俺の頭を起こすと、

 

「仕方ないよ、取り敢えず恋人設定で通すしかないし...さっきの私の言葉は聞かなかったって...事で、ね?」

 

 思い出したのか俺との目線をそらしながら彼女は言った。少しだけ開いたカーテンから漏れた光が彼女の顔を照らす。その顔はどこか寂しげな表情だった。

 

「俺と恋人役じゃ嫌でしたよね...嫌な気持ちにさせてごめんなさい。両親もまたすぐに出ていくと思うので、出来たら...まだ家にいて欲しい...です」

 

 わがままだということは百の承知である。しかし、既に一ヶ月が経って彼女の存在はもう俺の生活の中で大きくなっていた。

 

「君とは協力関係だし...住む家も無いからここにいさせてもらうよ。私の事はあまり気にしないでね、折角家族が揃ったんだからキミももう少し肩の力を抜きな?」

 

 そう両手を肩に乗せられながら言われた。確かに他人に家族のいざこざなど本来見せるべきではない。俺も少々ムキになりすぎていた事に気づく。

 

 落ち着いたことを感じ取ったのか、彼女はよし、とだけ言って立ち上がり部屋を出ていった。その余韻の中、俺は思い出した。

 

 彼女は家族にそう簡単に会えないのだ。前に言っていた集会を除いて企業の社長と接触する機会などほぼ無いに等しい。それに美神 寅次に妹がいることは公にされていないことから、何らかの理由で匿われていた可能性がある。

 

 つまり家族が恋しくなったとしても簡単に会いに行くことは出来ないのだ。そんな彼女だからこそあんな風に諭したんだろう。

 

 こんな状況でも自分ではなく俺の事を優先してくれている、そんな彼女に頭が上がらないなと思いながら俺は制服から着替えた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私が約束破ってどうするんだろう...」

 

 後輩クンの部屋から出た私はため息交じりに呟いた。咄嗟に出た言い訳とはいえ、協力関係以上は望まないなんて言った矢先に彼女です、なんて出てしまうとは。

 

 冷静に考えれば年頃の男女が同じ屋根の下で暮らしている時点で...まぁ私がこの家に住ませてもらおうとした最初の時点で危惧していた事が一気に襲いかかってきた感じか。

 

……思ったより自己評価低いのかな、別に嫌じゃないんだけど...そこんところちょっと可愛らしい気も...

 

「って待て待て待て!?何考えてるんだ私?あっ、そうだきっと恥ずかしさでオゥバーフローしてるんだ。ここは一発ハザードフィニッ...」

 

「何してるのあなた?」

 

「ひゃいッ!?あっす、すみません」

 

 廊下ではしゃぎすぎた為、早矢さんの気配に気づく事が出来なかった。変な声が出た後、中途半端に浮かせた右足を恐る恐る地面に着ける。

 

「零ちゃんと似たタイプなのね。あの子が好きになるわけだわ」

 

「きょ、恐縮です」

 

「良かったらお昼ご一緒しても良いかしら?冷蔵庫の中にあるもので適当に作るから手伝って頂けない?」

 

「は、はいっ」

 

 何だか私は早矢さんが少し苦手な感じがした。口調では丁寧に接してくれているがどこか溝を感じる。まぁでも普通自分の家に知らない女が入り込んでいたらそんな風になるか、私だってなるし。

 

 私も彼女の機嫌を損ねて家を追い出されてしまったら元も子もないので、当たり障りのないように常にへりくだりながら彼女に接した。まさか高校時代部活で培った目上の人を敬う技術がここで役に立つとは。

 

 そして無事に料理を終えて家族の食事に私は一人浮いてしまっていたが難なくクリア。零人さんは電話で外に出て、後輩クンはシャワーを浴びに脱衣所に消えた。

 

 そして再び早矢さんと二人になり、一緒に食器を洗っていた。

 

……取り敢えず恋人設定は押し通せたし、品位の欠片もないことは何も言っていない。今のところは完璧!

 

 少し浮かれつつ手早く食器を洗い終わるとそれを棚に戻し、彼女の前に置かれた食器を手に取り拭いていく。

 

「そう言えばまたどこかに行かれるんですか?」

 

「あら、邪魔したみたいでごめんなさいね」

 

「いえいえ、とんでもないです。最初はびっくりしましたけど楽しかったですよ」

 

 食器を拭き終わり彼女の分も含めて棚に戻した。これで全てが終わる。完璧な彼女を演じきった、これで恐らく家を追い出されることはない。

 

「そんな事言って、本当は邪魔だったんでしょ?」

 

 いやいや、と言いながら振り向くと視界に彼女の姿は無かった。しかし急に左手を捻って背中に回して固定し、同時に右肩に手を回され爪を首筋に突きつけられる。

 

「私達がいると零ちゃんを落とせないから」

 

 先程のフレンドリーな声とはうって変わりドスの効いた低音の声色になった彼女が言った。私は声を出そうとするが

 

「私の爪さ、何か塗ってたりとかしたりするかもだからそんなに騒がない方が良いかもよ」

 

 と言って更に肌に触れるギリギリまで爪を突き立てる。冗談ではなく、今叫んだならば躊躇なく喉をかっ切るつもりだろう。

 

 この状況になって気づいた。何故さっき廊下で気配に気づけなかったのか。あれは集中力が散漫していたわけでもない。今もそうだったが明らかに彼女自身が故意的に気配を消していたからだ。

 

「でさ、やっと二人になれたから聞くんだけど、零ちゃんの何を狙ってるのかしら」

 

「何のっ...事ですか?」

 

「だってあなた達別に恋人でも何でもないんでしょ?仲は良いかも知れないけどお互い心のそこまで踏み込んでない、うわべだけの仲良し」

 

 核心を着かれ、私は内心焦りを感じていた。この数時間で私と後輩クンの関係を完全に把握された。それよりも意図も簡単に気配を消せて、相手の背後を取れるなど一体この人は何者なんだろうか。

 

「き、緊張してるから...そう見えただけ...ですよ。離してくれません...か?」

 

「緊張ねぇ...」

 

 納得したのか突き立てていた爪を離し、私がほっとしていると今度は右手も後ろに回され、左手と一緒に背中で拘束される。彼女は左手一本で押さえているはずなのに身動きが取れない。

 

「痛ッ、叫びますよっ!?」

 

「爪の事、忘れないでね」

 

 と言われ突き出した状態の胸に手を回された。撫で回すかのような手付きに恥ずかしさと同時に不快感を感じる。巳羅姉のようにふざけているわけではない、まるで敵を拷問するかのごときプレッシャーを背後から感じた。

 

「本当に彼女なら零ちゃんとこういう事してるでしょ?身体つきは良さそうだから零ちゃんは喜びそうね」

 

「だから、さっき...うっ、から何の事を言って?」

 

「とぼけないで、わざわざこの家に住んでるって事は私達の事か、零ちゃんの事か、単にお金とかの為に派遣されんでしょ?両親不在のこの家じゃほぼ零ちゃん一人だけしかいない。つまり零ちゃんをハニートラップで引っ掻ければ後は芋づる式に...」

 

「本ッ当に何の事ですかッ...私はそんなつもり...ッ!!」

 

 背中で押さつけられた手を更に締められ痛みで言葉が中断されてしまう。恐らく彼女は何かを勘違いしている。私をどこかの組織から派遣されたスパイか何かと思っているみたいだ。

 

 だが普通に暮らしてそんな事を警戒するだろうか。何か隠さなければいけない秘密を持ってる、しかも後輩クンにすら教えない何かを知ってるって事だろうか。

 

 スパイに過剰ともいえる警戒をするなら彼女自身がスパイという可能性もある。又はスパイが身近に潜んでる危険性がある職業...それこそ国家秘密に関する仕事とか。

 

「流石に尋問に対する耐性は出来てるみたいね。だったら...」

 

「ッッ!!!?」

 

 胸を強く握られるように掴まれ痛みが走った。息が荒くなり、頭がぼーっとする。熱があるかのように顔が熱くかなり汗をかいている事がわかった。

 

 逃げるように身体を前に屈めるが結局動けず垂れてきた横髪のせいで更に顔の表面温度が上がる。

 

「息子に近づく危ない蜂は私が対処するしかないわね。あの子はまだ弱い...」

 

「何やってんだ母さん!!!!」

 

 その叫び声のした方を目にかかった前髪の間から見ると、サイズの大きいTシャツとハーフパンツという軽装の彼が立っていた。

 

 彼は私の表情を見て察したのかすぐに私達に詰めより彼女の手を私の身体からほどいた。その弾みで私は彼に寄りかかる形になり、彼の胸に身を任せた。

 

 彼は私を庇うように右足を一歩下げ、私が彼女から離れるようにした。そのまま彼女を睨みながら静かな怒りを込めて言い放つ。

 

「何してんだよ...この人、凄い熱じゃないか」

 

 彼女が私と目を会わせようとしてきたので私は彼の右肩に顔を押し付けた。そのまま彼のTシャツをギュッと握り締める。

 

「はぁ、零ちゃんはゾッコンなのね。それよりその子、本当は彼女じゃないんじゃないの?」

 

「あぁ、そうだよ...でもな、大事な人なんだよ。だから例え相手が親だろうとこの人を傷つけるなら許さねぇぞ」

 

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を言われ頬が紅潮する。身体が再び熱を帯び、鼓動が速くなっていくのを感じる。

 

 そう言えば何で私は彼に抱き付いているんだ?何で私はこの状況で安心感を抱いていれるんだ?頭の中が色々な感情でごちゃ混ぜになりオーバーヒート寸前になる。

 

 普段の私なら絶対にあり得ない。常にクールで平常心、それがモットーの私が今日に限って何回も熱暴走を起こしている。これはきっと身体の不調だ。慣れない人間関係に脳はついていけても身体がついていけないだけだ。

 

「...ウィッチさん?」

 

 でも前から気になっていたが私は何故彼に触れても拒絶反応が起きないんだろう。あれ以来男性に触れられただけで悪寒が走るようになったのに彼は未だにその徴候が見られない。

 

「あのー...」

 

 『聖なる力』だからか?でもその原理なら翔君にも当てはまるはず。彼に触れられた事はまだないけどもしその徴候が見られなかったら...

 

「大丈夫...ですか?」

 

「へっ......ッ!!」

 

 思ったより顔が近かった為、思わず押しとばしてしまった。急に力を受けた彼はそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「ごっ、ごめん!!大丈夫?」

 

「ってて...そっちも元気そうでなにより」

 

 彼を起こすと私は彼女に対して向き直った。相変わらず疑いの目を向ける彼女に私は胸を張りながら

 

「確かに私は彼の彼女ではありませんがあなたが思うようなスパイでも何でもありません。協力関係で結ばれた只の同僚であり、居候です。あなた方の事も知らないし、知りたくもありません。清廉潔白な只の大学生です」

 

 と言いながら目をそらさないように彼女を睨み続ける。しばらく睨み会った後、彼女は深いため息を吐き

 

「はぁ、私の思い違いね。物凄く失礼な事をしてしまったわ、本当にごめんなさい」

 

 と言って頭を下げた。私は慌てて

 

「いえいえ、身元も知らない私が悪いこともありますし。息子さんが心配なのは良くわかります」

 

 と弁明すると

 

「本当に良い子ね、家の娘に欲しいぐらい」

 

 とお褒めなのかよくわからないがそういうものをもらった。やはりさっきまでの行動は疑いから来ていたのだろうか。それにしては手馴れているような気がしたが。

 

「零ちゃん、この子大事にしなさいよ。じゃあ仕事あるからすぐ出るわね。ご縁が会ったら一年後ぐらいにまた会いましょ。アデュー」

 

 と彼に投げキッスをして置いて会った荷物を持って出て言ってしまった。少し具合が悪そうに見えたのは気のせいだろうか。確認の為に外を見ると零人さんの姿も見えない。

 

 二人がいなくなった事を実感すると身体の力がドッと抜けるのを感じた。そのまま近くのソファに倒れ込んでしまう。

 

「マジでごめんなさい」

 

「うん...キミのご両親色々...言って良いのかわからないけどヤバいね...」

 

「会わせたくなかったんですけどね...」

 

 誰か来る度にあんな風になったらこの子人付き合い大変だなと実感しつつ、母親の方は過保護なところもあるのだろう。家の両親も実家を出てもこちらの位置を特定してる辺り、また別のベクトルで過保護だとは思うが。

 

 実際ずっと家に居られると業務に支障が出かねないので、家をずっと開けておいてくれるのは私と彼にとって好都合だった。よくアニメとかの主人公の両親が不在なのはそういう理由なのかと納得した。

 

「連絡忘れてたのごめんなさい」

 

「あー、全ッ然怒ってないからー、次から忘れなければ、問題ないし?もういいよ~」

 

 疲れ過ぎて半ば変なテンションになりながらもソファから起き上がりシャワーを浴びに脱衣所へ向かうのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ん?終わったのか」

 

「一応」

 

 外で待ち合わせていた零人に早矢が合流する。心なしか彼女はとても疲れたような表情をしていた。

 

「名前を聞いてもしかしてって思って尋問形式で調べたけど前屈みになった時にようやく見つけたわ、左耳に三つ並ぶホクロ」

 

 同じ名前で同じ身体的特徴を持った人物が二人の脳裏に浮かび上がる。

 

「美神のところの第二子か」

 

「年も多分同じ、よく零ちゃんと遊んでは泣かされてた()()()()()ね。まさかあんなにグラマーな体型になってたとは驚きだわ。母親似ね」

 

 キャリーバッグを引きずり二人は過去を回想しながら目的地に向けて歩いていく。

 

「美神が娘をこっちに寄越したと?」

 

「そう疑ったけど多分シロ、でも偶然にしてはよく出来過ぎてなくて?」

 

「確かにな。だがあの子が俺達の事も忘れてるとなると零矢の事も忘れてるはずだろ」

 

「まぁあの時は幼かったし、あの事件の後なるべく零ちゃんと会わせないようにしたし...」

 

「それよりお前発作は?」

 

「ちょっと出たわ、零ちゃんを怒らせた時に」

 

「やっぱり駄目か。美神の娘は気になるが、何はともあれ...」

 

 二人はある高層ビルの前で足を止めた。そこには美神コーポレーションの文字が入り口にあしらわれている。

 

「聞けばわかるか」

 

「面と会うのは三年振りくらいかしら」

 

 中に入ろうとすると、スーツを着た黒髪の女性が出てきて

 

「お久しぶりです。お二人ともお元気そうで、案内いたしますね」

 

「美空ちゃん綺麗になったのね、寅次君とは相変わらずラブラブなの?」

 

「えっ...コホン、失礼取り乱しました。ご案内いたしますので社内では()()()()

 

 そう言われ二人は美空にこの会社の最上階へと連れて行かれるのであった。




卯「はぁ~憂鬱」

零「ネタバレ?」

卯「ん、ちょっとね」


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未来科学エキスポ

神「今回どうした?何か恋愛要素入ってるぞ」

巳「青春だね~、てぇてぇ」

卯「巳羅姉!?とうとうここにまで来たの?」

巳「来ちゃった。ん、何“神”って?」

零「あー、それはっすね大津さん...」

巳「よう、零矢。今回はよろしくな」

卯「えっ、何?何で後輩クン?ちょっ、何で~!!」




翔「えっ、僕達は?」

麗「あ、どうぞ」


「あ、麗華!お前昨日帰ろうって電話したのに」

 

 五月十日水曜日、零矢は購買にでも行こうかと授業が終わった昼休みに廊下に出ると、先の授業は移動教室だった麗華と出くわしたので昨日の事を訪ねた。

 

「あー...すまない。私も翔も着信に気付かなくて」

 

「やっぱりか...なんか“神”がこれに夢中だからとか言ってたがこれ何だ?」

 

 零矢は昨日“神”がやっていたように両手で狐の形を作り鼻の部分をくっ付ける。その手遊びが何を意図するのかを瞬時に察した麗華は

 

「は、はあっ!?私そ、そんなことしてないし!あの銀髪め...」

 

 と愚痴を垂れた。零矢がこの手遊びが何を意味するのか麗華に訪ねると

 

「私に言わせるの...?そう言うのはウィッチさんとしなさいよ...」

 

 と言われ蔑まれる。する、というのが引っ掛かった零矢が一体何をするのかと詳しく聞こうとすると、背後から声を掛ける人物がいた。

 

「お、よく来た書記。早速...あ」

 

 生徒会長武田 弥生である。弥生は転校生の麗華を認知しており、麗華も弥生を生徒会長として一応その存在は把握していたがお互いに面と向かうのは初めてだった。

 

「えっと、転校生の破神...」

 

「一昨日から虹神」

 

「あっ!ごめんごめん。あ~この前の電話の?」

 

 と弥生は交互に麗華と零矢を指し、零矢の方に確認の眼差しを向けて来る。電話の相手という意味ではあっているので零矢が頷くと、何かを察した弥生は

 

「うちの書記がお世話になってます。ちょっと口悪いけど優しい子なので」

 

 と言って麗華と握手を交わした。麗華は弥生の行動に一瞬戸惑ったが

 

「いやこちらこそ。書記さんにはいつも助けてもらって」

 

 と言ってからかうように零矢を見ながら言った。そのやり取りを保護者かと思いながら、共通の知り合いがこれ以上関わると面倒な事になりそうだと零矢が二人を離すと、弥生が

 

「どうよ、私のナイスフォロー。あ、これ一つ貸しね」

 

 と耳打ちしてどこかへ去っていった。何のフォローかわからず零矢が首をかしげていると、麗華が少し笑いながら言う。

 

「お前その目付きの悪さで生徒会だったのか」

 

「悪いか?」

 

「いや、以外だなと思って」

 

 それはそうだろう。学年の過半数は零矢の名前を聞くだけで不良だとか反社の繋がりがあるだとか証拠のない噂を話すだろう。いくら転校生で学校内の事情を知らない麗華だって一ヶ月程経てば流石にその噂は耳に入る。

 

 ちなみに零矢は普段の素行は至って真面目であり成績も上の下という優等生という括りに入れてもおかしくはないのだがその成績の良さも、調子に乗ってるだとか教師を脅してるなど言われる始末である。

 

「おー!零矢。それと...えっ!破神さん!?」

 

 だがそんな言われようであっても零矢に普通に接してくれる人物が弥生の他にもう一人いた。零矢と同じクラスに在席し、現バスケ部エースの伊達 真である。

 

「私は虹神、えーっと零矢、この人は?」

 

「こいつは伊達...」

 

「伊達 真です!以後お見知り置きを!!」

 

 零矢の紹介を遮り真が麗華に握手をするために手を差し出す。何だか告白の瞬間みたいな絵面に弥生とは違った意味で困惑しながらも麗華は真に握手をした。

 

 女子の手に触れる事ができて満足したのか真はしばらくその手を見つめていたが、我に返ると零矢に

 

「いつの間に知り合ったんだよ?」

 

 と耳打ちをする。零矢はため息を着くと

 

「お前麗華は止めとけ。ちゃんと可愛い系の彼氏がいるんだから」

 

 と零矢は麗華にも聞こえる声量で言った。その言葉に驚いた麗華は零矢に肘を入れながら馬鹿、と呟いた。そして零矢を引き寄せると

 

「一緒に住んでるって事がバレたら一大事なんだから変なこと口走らないで!そっちもJDと同棲してるってばらされたいの?」

 

「悪い、ってかこいつ相手に流石にそれはヤバい...」

 

「そもそも翔は彼氏じゃ...」

 

「あっ、麗華さん!!先輩!!何してるんですか?」

 

 忠告している最中に当の本人である翔がどこからか割り込んで来た。今の話を聞かれたと思った麗華は頬を赤らめながら

 

「いやいや何でもない、べっ別に私と翔がそういう関係とかそういうのじゃ...」

 

「そういう関係?」

 

「あっ、いやその変な意味じゃなくて」

 

 と弁明するが周りからみれば麗華は完全に恋する乙女のような表情をしていた。初めてあった時はほぼ無表情だったのにすっかり喜怒哀楽を取り戻したなと零矢が安堵していると

 

「何言ってるんですか?僕と麗華さんは一緒に住n」

 

「わーっ、わーっ!あっ、一緒に飯食う約束してたの忘れてた!購買のパン売り切れる前に買いに行かなきゃ!ほら、レッツゴー!!」

 

 禁句を口にしそうになった翔の口を手で塞ぎ零矢は二人を連れて真の前から立ち去って行った。一人輪に入れず立ち尽くしていた真は、

 

「俺が行った時売り切れ間近だったのに、今から行っても無いだろ」

 

 と言いながら戦利品であるラスクを口に含みながら教室へと戻ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「マジで危なかった...お前気をつけろよ」

 

「すみません...」

 

 零矢は翔と麗華を人気のない使われてない机や椅子が並べられたままの屋上の入り口の踊り場まで連れていった。そして階下を確認して誰もいない事を確認すると

 

「取り敢えずお前らが一緒に住んでるって事は学校ではこの三人の中だけの秘密な」

 

「後お前がウィッチさんと同棲してることもな」

 

「あぁ...それも秘密で」

 

 と約束事を決める。昨日の事もあり零矢にとって卯一との関係を探られるのはこりごりであった。しかしそれは他の二人にとっても同じ。

 

 麗華は

 

……翔が彼氏に...と言うかやっぱり私は翔に惚れているのか?

 

 と心の中で自問自答を繰り返していて、翔は

 

……話の内容聞こえてたけど麗華さんがもし彼女だったら...この前僕の顔をガン見してた時にちょっと可愛いって思ったけど...でも僕達は家族だし...

 

 と内心舞い上がり、この場で零矢の存在がお互いが暴走しないための緩衝材だったのだが勿論鈍感な零矢がそれを察する事もなかった。

 

 誰も口を開かない時間が数分流れ流石に全員が気まずさを感じている中、その空気を壊すべく零矢が制服のポケットからGod-tellを取り出すと

 

「この三人でメッセージのグループ作っておかないか?学校内でなんかあった時に、別に神事屋関連じゃなくても連絡用として」

 

 断る理由もないので二人はGod-tellを取り出しながら零矢の端末から来たグループの紹介を承諾する。そんなこんなで各自がそれぞれの教室に戻ろうとした時に翔が零矢に尋ねた。

 

「あの聞いていいかわからないんですけど...先輩過去になんかあったんですか?入学当初から三年の神木っていう先輩は関わらない方がいいとか噂をたくさん聞くので」

 

「私も隣のクラスの神木という奴には話し掛けない方がいいというのは言われた。それに校長の取り調べの時にもまるでお前の事を言っているかのように友達は選んだ方がいいって」

 

 零矢の階段を降りる足が止まる。二学年下にも噂が経っているのは当然とは思っていたが大分深刻そうだと感じた零矢は二人の方を向く事なく

 

「まあ、そういう事だからこれからはお前らに変な噂が飛び交わないように話すのはここだけにしようぜ。会長や真は事情を知ってるから周りに話さないだろうし」

 

 と言って再び階段を降りていった。零矢が抱えている闇を垣間見たような気がした二人はしばらく零矢が立っていた場所を見続けていた。

 

 ふと踊り場に目を戻すと初めて来たにしてはやけにスペースがあり、まるでいつも誰かがここに来ているような雰囲気がしていた。

 

「零矢先輩、もしかしていつもここに来てるんでしょうか?」

 

「あいつが人に尽くしている理由ってまさか、学校では誰かに非難しかされないことの裏返しなのか?嫌われるあまり誰かに好かれたい思いがあって、それで私達を助けて...」

 

「もしそうなら、先輩にとってウィッチさんは」

 

「うん...あいつにとっての初めての理解者だから、あんなに仲が良さそうに見えるんだろう。その一方で彼女も零矢を理解者と認知しているからお互いに依存しているのかもしれない」

 

 これ以上の予想は二人にまた会った時に支障をきたすであろうと判断した翔と麗華はそこから何も喋らず階下へと降りた。そして階段の場所で別れを告げると各々の教室へと重い足取りで戻っていく。

 

 ふと麗華が三組を見ると物悲しげな表情で一人コンビニの袋からおにぎりを取り出して食べる零矢が見えた。あのまま一人にして良いのだろうか。慈悲の念と言うべき物が麗華の中に浮かび上がる。

 

「誰かに用ですか?」

 

 長く居すぎたため、麗華はショートカットの女子生徒に話し掛けられる。咄嗟に話し掛けられ何と返していいかわからず麗華が黙ってしまうと、その女子生徒は麗華が人見知りだと思い申し訳なさそうに謝ると麗華の視線の先を予想して用のある人物を言い当てた。

 

「もしかして神木君?ってことは生徒会に用なのかな。彼、私の隣の席なんだけどこの前のテロ事件の時に助けてくれた良い人だから彼の悪い噂ばかりに耳を傾けないでね。入り辛かったら呼んであげようか?」

 

「いえ、少し考え事をしてただけなので。彼が良い人なのは私も知ってますから、お気遣いありがとうございます」

 

 丁重に断りながら麗華は三組から去って行った。それを見送るように立っていた女子生徒――夏川(なつかわ) 智実(ともみ)は麗華の事を転校生だと思い出し、彼女が転校して来てから事件が立て続けに起こったのにいつ知り合ったのだろうと不思議に思いながらも詮索するのを止め教室に入った。

 

 

 ※ ※ ※  ※ ※

 

 

 放課後生徒会室に五人の人影が会った。

 

 三年はセミロングの黒髪に暑いのかブレザーを脱いでYシャツ姿。頼まれた仕事を完璧にこなす教師から見れば理想の生徒である現生徒会長、武田弥生。

 

 対して制服をきっちりと着込みロングの黒髪に眼鏡と清楚で真面目な雰囲気を受ける格好で、頼まれた事を疑うことなくやろうとする弥生のブレーキ役の副会長、上杉(うえすぎ) 麻奈(まな)

 

 過去に起こした事件以来素行は良いのに目付きが悪く有らぬ噂が絶えないが欠員補助の為に弥生にスカウトされた書記、神木零矢。

 

 二年は、本来の黒より色素が落ちたような茶髪のYシャツ姿、捲った腕にはミサンガやらブレスレットが見える会計(たちばな) 頼斗(らいと)

 

 中華料理店で働いていそうな左右に一つずつあるお団子ヘアーでブレザーではなくベージュのカーディガンを羽織り、少々気だるそうに座っている庶務、(ひいらぎ) (はな)

 

 こうして全員が正式に揃うのも入学式以来である。と言っても零矢が怪我で学校に来れなかっただけで他の四人は集まっていたが。だが召集があったから集まっただけで誰一人口を開けようとしなかった。

 

「えーっと...もう一ヶ月だけど生徒会執行部に入りたい一年生っていない?」

 

 誰も喋らないという静寂を壊す為に弥生が口を開く。それを聞いて麻奈が自分の机の端に置いてある用紙を何枚かめくるように確認してから

 

「いないですね」

 

 と冷たく言い放った。その理由はここにいる誰しもがわかっていた。当人を除く全員がその人物の方に目線をやる。それに気付いた当人はなげやりに謝罪した。

 

「俺のせいなんだろ」

 

 一年生の間で既に広まった噂。大抵の生徒が関わりたくないと思うその当人が所属している部へ入る程、度胸のある者はいなかった。

 

「それしか考えられない」

 

 麻奈が零矢の方を向きもせず言った。そもそも麻奈は零矢に対しそれほど良い感情を抱いていない。欠員補助の為に弥生が入部を進めた時でさえ最後まで断固として反対していたのは麻奈だった。

 

 零矢が執行部に入れたのは弥生の人望の厚さのお陰と言っても過言ではない。不良と囁かれている生徒をスカウトするなど部内どころか教師陣からも反対の声が上がった。それを一人で説得したのが弥生であり、そこから彼女の人望の厚さが伺える。

 

 実際零矢も執行部に入って以降これといった問題も起こすことなくボランティアなどに精を出し徐々に模範的な生徒へと変わっていった。その勤勉さは麻奈はきちんと評価はしている。しかし、零矢が入った事による執行部の信頼が落ちた事は事実であり、これ以上落とさない為には零矢を追い出すしかない。

 

 しかし生徒代表としてそれはやってはならない事である。だから麻奈としては零矢に自主的に退部してもらう必要があった。零矢もこれ以上執行部に迷惑をかけるのを防ぐ為、自分が悪役を買って出てそれを執行部が裁く事で信頼を取り戻させるべきかと悩んでいた。皮肉にも麻奈と零矢の思惑は一致していたのである。

 

「まぁ零矢先輩の噂は俺らが入学した頃からもありましたし」

 

「流石に不良校相手に暴力事件を起こしたのは擁護できませんが」 

 

 二年の二人が擁護とも批判ともとれる言葉を口にする。零矢が入部したのは二人よりも後であり、当時は二年は三人所属していた為一年だった二人はほぼ書記か会計に就く事は確定していたが選挙で当選した弥生が書記に任命したのは零矢だった。その為、庶務となった花は少なからず零矢を恨んでいる。

 

 一方頼斗も零矢を擁護する発言をしたのも零矢が抜ければこの部の実権は女子が握る事になり、男子が自分一人となるのを防ぎたいが信用も取り戻したいというジレンマに挟まれた結果であった。頼斗が尊敬しているのは転校が原因で抜けてしまった男子生徒であり、年が上でも実績では勝る零矢を先輩とは思ってもいなかった。

 

「大体一年次の部活体験週間に見学に行った格部活の備品破壊及び選手に怪我を負わせ、二年次には伊達と共に近隣の不良高校生徒三十人あまりに鈍器を持って暴走し警察沙汰になったあなたをなぜ会長がスカウトしたのかが不思議でしょうがないですよ」

 

「まぁまぁ書記の武勇伝は置いといて」

 

 三人ともなぜ弥生が零矢をスカウトしたのかがわからなかった。三人にとって私学しかも進学校の神聖学園で前述のような事件を起こした生徒が退学させられていない時点で不思議なのだ。聞いた話によれば零矢の両親が学校に圧力を掛けているわけでもないらしい。

 

「今週末のボランティアの件なんだけど、書記にはまだ話せてないけど各自メンバーを募って来た?」

 

 弥生は零矢以外にボランティアに必要な人数を満たす為に二、三人程募って欲しいと伝えていた。勿論会長を含めた四人全員が信頼できる複数の友人をそのボランティアに誘っていた。

 

 週末に南街で開かれる未来科学エキスポは最新の科学技術の説明やそれらの展示品の他に新たに発見された書物や壁画等の解説など文理問わず様々な分野に渡り色々なイベントが催される。勿論推定入場人数は数万人を越えて降り、各高校には十五人程ボランティアが募られた。

 

「今言ったばかりでなんだけど書記は誰か誘う?」

 

「とは言っても...」

 

 零矢にとってそれは酷な質問であった。そもそも零矢誘ったところで承諾してくれるのは真ぐらいしかおらず、真ですらこの執行部内の人物から嫌われている為、流石に申し訳ない。となれば誘えるのは麗華と翔の二人だが自分と関わると二人にも被害が及んでしまうと思った零矢は二人の名前を出す事はなかった。

 

「いないからな...友達少ないし」

 

 その発言を誰も否定する事はしなかった。普通に考えれば当たり前である。例えこんな仕打ちを受けたとしても零矢は自分を今の生活に繋ぎ止めてくれた弥生を裏切らない為に執行部に所属し続けていたのだ。

 

「まぁ取り敢えず流れの説明をするね。当日は八時に...」

 

 その会話を生徒会室の外で耳を立てて聞いていた者がいた。麗華と翔である。二人としては弥生が零矢に普通に接していた事で生徒会では彼は上手くやっているのだろうと推理し仕事の様子を見に来たつもりだったがぞんざいな扱いを耳にし、彼はここでも虐げられてしまっている事を実感した。

 

 零矢の過去の事件は概ね噂通りであった。過去に様々な部活の備品を壊し、大会に出場が決まっていた選手に怪我を負わせたとんでもない野郎が三年にいる。不良相手に喧嘩売った馬鹿が隣のクラスにいる。などというものだ。

 

 二人としては自分達を何度か助けてくれた零矢の事を信じたいが火のない所に煙は立たない上、彼と共にいる時間は執行部の方が長い為、迂闊に口出しは出来ない。このままドアを蹴り破った所で零矢に迷惑がかかって終わりだ。

 

 何か解決の糸口はないかと麗華が考えを巡らせていると翔がドアの横に置かれた机の上のプリントを見つける。そこには未来科学エキスポでボランティアをしてみませんか、と大きな文字でレイアウトされた申し込み用紙の様だった。

 

 二人はすぐに備え付けてあったボールペンを持ってその用紙に名前を書き込み、昼休みに作ったグループに口裏を合わせろという趣旨のメッセージを送る。翔が予知を使って零矢がメッセージを確認する時間を把握し、そのタイミングに合わせて麗華が生徒会室のドアを開けた。

 

 話の途中で急にドアが開き、零矢も含めた全員が二人の方を見て固まった。最初に反応したのは麻奈だった。

 

「破神さん...どうかしたの?」

 

 麻奈は麗華と同じ四組だった。だが特に親しいという事もなくお互いに喋った事もない。麗華と翔が同時にボランティアの申し込み用紙を見せるとここに来た理由を察したらしく

 

「あぁ、私が朝の会で言っていたのを覚えてくれていたのかしら。何となく話し掛け辛かったのだけど同じクラスの人がいるのは心強...」

 

「勘違いしてるようなので言いますが別にあなたの連絡を聞いて参加するのを決めたのではなく、そこにいる目付きの悪い“友人”に頼まれて持って来たんです」

 

「あ、僕もです」

 

 メッセージの意味を理解した零矢は二人が先程の会話を外で聞いていた事に気づく。問題はどこから聞かれていたのかだ。ボランティアの説明なら構わない、しかし過去の事件のところから聞かれていれば二人からも拒絶されてしまうかもしれないという恐怖が零矢の中で沸き起こる。

 

「知り合いだったのね」

 

「バイトの同僚なので。そこでボランティアの件を聞いたので日頃お世話になっている彼の為にも参加しようかと」

 

「なら...彼が起こした事件もご存じかしら。一年の...」

 

「別に?話してもらわなくても結構です」

 

 麻奈の言葉を無理矢理遮るように麗華が声を荒げる。突き放されるような言い方で流石にカチンときたのか麻奈の表情は作り笑いから一変、無表情へと変わった。

 

「先輩の過去に何があったかは知りませんが、僕達は“今”の先輩を知ってます。あなた達のように過去に囚われたりしていない」

 

「過去の零矢がどうであれ私達は今の零矢に助けられた。それでも私達と零矢の絆を絶ち切るような事を教えようとするなら...あなた達がしている事はそんじょそこらで噂を振り撒く無知な大衆と一緒、違う?」

 

「まぁまぁまぁまぁ!これ預かるから、ついでに話聞いていって。書記お茶出してあげて!」

 

 今にも口喧嘩が始まりそうな雰囲気を打破する為に弥生が麗華と麻奈の間に入って二人をたしなめ、空いていた席に麗華と翔を誘導し、仕事内容が書かれたプリントを渡す。そこにお茶を作り終えた零矢がウエイターのように盆を持ってやって来た。

 

「お前ら、昼に言ったろ。俺に関わるとお前らまで変な噂が立てられるって。なのに何で?」

 

 と零矢が二人に小声で訪ねると、二人は

 

「別に噂程度どうだっていいし」

 

「大事なのは今どう生きてるかですし。ね、先輩」

 

 と返し、出されたお茶を一気に飲み干すと配られたプリントに目を通した。零矢は感謝の気持ちを後でこの二人に言おうと思いながら立ち上がると自らの席に戻っていく。それを弥生は微笑みながら眺めると、二人の為に始めから説明するのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 五月十三日土曜、無事に開催された未来科学エキスポの会場内に、ボランティアと書かれた名札をぶら下げた赤茶の髪をした大学生が立っていた。その人物は来る人々にこんにちは、ようこそ、等他愛もない言葉を投げ掛けていた。

 

「妖美さん、休憩入って良いよー」

 

「はーい」

 

 その大学生妖美卯一は軽い返事をした後で首に掛けていた名札を所定の位置に置き、薄桃色の自分のハンドバッグを肩に掛けると外に出て地図を広げた。

 

……著名教授の説明も聞きたいけど、やっぱりお目当ては『箱舟ノ書』の展示かな。取り敢えずどんな見た目なのかとか押さえておきたいし

 

 卯一がこのボランティアに参加したのはこの『箱舟ノ書』の展示目当てだった。このボランティアに参加すれば提示するだけで基本どの講義や説明会等、予約が必要なものも特別席を設けてもらえるカードをもらえる。それは理系生にとっては喉から手が出る程欲しいものだったが、彼女だけは違った。

 

 卯一が『箱舟ノ書』の展示スペースへ向かって大通りを真っ直ぐ歩いていると、背後から声を掛けられた。

 

「よっ、卯一。頑張ってる君に元気をフルチャージだ」

 

 どこぞのエナジードリンクのCMのような謳い文句でただの清涼飲料水を渡される。その人物はロングの黒髪にまるでお節介な怪人が憑依したかのように一部分だけ緑色のメッシュが入っていた。

 

「ありがと、景子」

 

 御門(みかど) 景子(けいこ)、卯一と同じ理系生であり数少ない同学年の友人である。景子にはボランティアの仕事があると事前に伝えていた卯一は説明会を一緒に聴きに行こうと声を掛けていた。

 

「説明会にはまだ時間あるけど?ってか引っ越したんでしょ、今度お邪魔してもいい?」

 

「あー...私行きたい所あるから後でまた連絡するね」

 

 家に来られると零矢と同棲状態になっている事がバレてしまう。卯一にとってそれはあまり知られて欲しくはない事実だ。卯一の頭に以前の巳羅の姿が浮かぶ。あのように色んな人物から責められれば零矢の身が持たないと思ったからだ。

 

「了解。あ、アイツ等も来てたから気を付けなよ」

 

「...わかった」

 

 アイツ等と言う単語を聞いた瞬間、卯一の顔から笑みが消滅した。まるで魂が抜け出して空っぽになった身体のような無表情で卯一はその場を去っていく。

 

……卯一、何とかしてあげたいけど...私達じゃどうにも

 

 悔しさで景子は拳を握り締める。友人の力になりたい、だが力になれる程権力とも言えるべきものを持っていない己の無力さに景子は苛立っていた。

 

 アイツ等と言われてそれが誰を指しているのかを痛感している卯一は身震いするように肘を触る。捲った白い腕は少し鳥肌になっているのに気づき、卯一は慌てて袖を引き下げた。

 

 この広い会場で会うはずがない、そう思った卯一は何とか気を取り戻し、前を向いて歩きだそうとすると

 

「...ッ!!」

 

 運悪く前からアイツ等と呼ばれた人物達が目に入った。向こうはまだ卯一には気づいていない。しかし、卯一の心拍数は跳ね上がり、呼吸も激しくなっていく。

 

……来ないで来ないで来ないでッッ!!

 

 何度も卯一は心の中で叫び続けた。気が狂いそうな程の意識をギリギリの所で平静に保ちながら卯一は肘を握る手を強くする。すると

 

「Be quiet」

 

 と言う発音がして誰かに手を握られた卯一は藁にもすがる思いでその声の通りに息を潜めた。するとすぐ近くまで来たアイツ等と呼ばれた人物達は卯一に全く気付く事もなく脇を通り抜ける。その際に

 

「それにしても是野(ぜの)さん、あの...兎?みたいな名前の彼女はどうしんですか?」

 

「あー、アイツ?今時俺の誘いを断るって珍しいよね...ま、噂振り撒いたお陰で大学には居辛くなってるだろうし、すぐに頭下げにくるでしょ」

 

「それで身体の関係を持つと、容赦ないですね」

 

「ま、今までもそうしてきたし。余裕でしょ」

 

 という会話が聞こえ、卯一の嫌悪感は最高点に達した。今息を潜める為に口を塞いでいなければあまりの吐き気に嗚咽を洩らしてしまいそうだった。まさに吐き気を催す邪悪である。

 

「ウィッチ、少し木陰に行きましょう」

 

 手を握った人物が卯一を木陰へと誘導しベンチへと腰掛ける。そして辺りを見回すと誰も二人に注目していないのを確認し

 

「解除」

 

 と呟いた。すると建物のガラスにうっすらと二人の姿が浮かびあがり、徐々に濃くなっていくと周りの人間と変わらないようにまでなった。

 

「ハァッ...ありがとう、クリア」

 

「お構い無く、今日はウィッチのボディーガードみたいなものですから」

 

 少しフワッとパーマを掛けたブロンドヘアにアメリカ系の鼻が高い美人の顔立ち、透明感のある笑顔が眩しい同学年の教育学部の文系生、クレア・スミレ・エルドラド。本名はクレアだが卯一からはその能力に合わせクリアと呼んでいる。クレア自信もその呼び方は気に入っていた。

 

 クレアの能力は透明化(インビジブル)。身体の表面を周りと一体化する程に透けさせ、周囲の景色に溶け込む事が出来る。周りの人間からは視認不可能だが存在自体が消える訳ではないので触れる事は出来る。

 

 そしてクレアの能力は自分以外にも使う事が出来る。厳密に言えば、クレアが素肌で触れているものは自身が透明化した際にその影響を受けるということであり、実際服だけが浮いているように見えないのはこれが理由となっている。

 

 だがその判定はかなりアバウトなもので例えば卯一の身体に触れた状態で透明化した場合、素肌で触れているのは卯一自身であるため消えるのは卯一だけで彼女の服は消えないはずである。しかし前の通り、卯一は服を含め視認不可能となっている。また、服だけを掴んだ場合も卯一があられもない姿になる事はない。どうやら掴んだ者が着ている物は本人と共に透明化するようである。

 

 クレアの能力を知っているのは今現在二人、卯一と巳羅でありそれ故に是野と呼ばれる男から身を隠す為に普段から卯一には巳羅かクレア、二人とも用がある場合は景子が常に横についている。

 

 元々是野には良い噂など一つもなく親が有名ブランド店『ZENON』の社長であり、何をしても親が揉み消してくれるだろうという環境で育った為、大学内でいくつもの女性に関係を迫り断れば陥れてまで自分の者にしようとするという下劣極まりない奴であった。

 

 被害に遭っても親が親な為に泣き寝入りした女性も多いらしく、大学も圧力を掛けられているせいで取り締まる事が出来ず、半ば野放し状態である。

 

 卯一もその噂は耳にしており、最初は自分と同じ『聖なる力』の保持者なのではないかと疑ったがすぐに聖なるなんて言葉をつけるのには相応しくないなんてレベルではない程に外道という事が判明した。

 

 去年の事である。知り合いを介して接触してきた是野は慣れた口調で卯一に関係を迫ったが、既にその裏の顔を知っていた卯一は完膚なきまでに罵倒して振った。しかしその一週間後帰り際に路地裏に連れ込まれそうになり、抵抗していたお陰で駆け付けて来てくれた誰かに逃がしてもらえた。

 

 それ以来、卯一は友人だった巳羅、クレア、景子に頼み是野を自分に近付けないようにした。しかし、是野の裏の顔を知るその三人以外は誘いを断るなどどれほど高飛車なのか、秀才故に感情などないのではないかと訳も知らぬ輩から色々と噂されているのである。

 

 それに連れ込まれる際に強く腕を握られた事が恐怖として身体に染み付き、男性に触れられるだけで鳥肌になり嫌悪感が沸き上がってくる程に男性恐怖症になってしまった。

 

「午後の自由時間は大丈夫?」

 

「取り敢えず巳羅姉が付いてくれる。それに午後からは後輩の子達と合流するつもりだから」

 

「Boys?」

 

「3分の2はね。でも信頼できる子達だから平気。特にその内の一人の男の子は是野に比べて何億倍も良い子だから...」

 

 卯一の言葉が不意に詰まる。脳裏に浮かび上がるのは管理局に押し入った際に零矢と一緒にバイクに乗った時の会話だった。あの時、自分が不機嫌だからという理由で再び零矢を突き放すような事を言ってしまった事を卯一はずっと後悔していた。それでも普段通り接してくれる零矢に対し、申し訳なさが募っていた。

 

「どうかしました?」

 

「ん...ちょっとね、その子にキツい事言っちゃって。彼、凄く優しい良い子なんだけど私その優しさに甘え過ぎてるんじゃないかないかって...」

 

 その話を笑顔を崩さず聞いていたクレアはまるで探偵を気取るように指を顎に当てて少し考えると何かを閃いたように

 

「ウィッチはその子の事好きなの?」

 

 と言った。クレアとしてはジョーク混じりで元気付けようと思って言った言葉だったが卯一の反応は予想と違っていた。

 

「えっ!?わ、私がすっ、好き!?いやいや...えっ!?」

 

 と必死にナイナイ、とでもいうように卯一は手を横に振っているつもりだったが、クレアから見れば意中の相手を言い当てられて困惑のあまり、必死に否定しようとするただの可愛い女の子に見えた。

 

「いや、でもでももし私が好きだと“仮定”したら好きな男の子からは触れられても大丈夫って事なの?でも結局彼が好きって言ってるようなものじゃん!私達は協力関係で言わば姉弟...そう友人以上恋人未満の“好き”だよ!きっとそれだ!それが最適解」

 

 クレアは彼女の必死の弁明を苦笑いで聞いていた。別に卯一に彼氏が出来るのは喜ぶべき事だ。卯一の事だからきっと内面まで見て惚れたのだと予想出来る。是野の言いなりになるよりは何億倍もマシなのは考えなくともわかる。

 

「元気出て良かった。じゃあ行こうか」

 

「うん...あ、巳羅姉には今の事内緒ね」

 

「OK」

 

 ならば私はその彼氏と卯一が何の心配もなくイチャイチャ出来るように尽力しよう、とクレアは心に誓った。もし是野が卯一の身に何かをしようとしたならばその時は...

 

 クレアはポケットの中の何か金属のような物を握り締める。笑顔が消えないように表情筋に力をいれると空いた手で卯一の手を引っ張って道を進んで行った。

 

……ウィッチの為に私はもう一度修羅に...

 

 そんな覚悟を決めたクレアはそれを卯一に悟られないようにずっと笑顔を崩さないまま卯一の目的地へと向かった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「う~、こんなに人が多いとマフィアとか一人ぐらいいるのかな?」

 

 カジュアルな服装にサングラスをしてエキスポに来ていた巳羅は物騒な独り言を呟いた。今日は特別にこの場に用事が有った訳ではないが、卯一の働いている所に茶々いれに行こうという遊び心で来ていた。

 

 しかし、卯一は休憩中らしく大学生のボランティアが取り締まる受け付けには別の学生が立っていた。よって目的が達成出来ず暇になった巳羅は売店でレモンスカッシュとフランクフルトを買って食べながら大通りをぶらぶらと歩いていた。

 

……卯一に電話してもいいけど、何かばったり出くわしたい気分なんだよね。ってか今頃クレアといるだろうし...ん?あれ、アイツは確か...

 

 別の大通りへ続く道をふと眺めていると見知った顔が学生ボランティアと書かれたギブスを着た青年が見廻りなのか右手で持ったボードを眺めながら立っていた。

 

……アイツ、卯一と一緒に住んでる零矢って奴じゃないか!?アイツもボランティアやってたのか?

 

 高校生と大学生のボランティアは内容が異なる為、当日説明の場で出くわすなんて事は無かった。零矢と卯一はお互い午前中に用があって、午後の限られた時間内なら空いているからエキスポに集合という約束をしていた。しかしお互いにエキスポでボランティアをするとは言っていなかった。

 

 零矢の役目は特定エリアを数人で徘徊し不審物や用救護者がいないかなどであり、卯一は特定の講義の受付確認、エキスポの案内などのヘルプセンターのような役割をこなしていた。二人の活動エリアはかなり離れていた為、お互いの存在にはまだ気が付いていなかった。

 

……暇だし、アイツに卯一の近況を...ん、あの集団はまさか!?

 

 暇を持て余した巳羅は先日掴み掛かったばかりの零矢に話し掛けようと近付いて行くが途中で零矢があるひと方向をじっと見つめているのに気付き、その方向に目を動かすと忌まわしき是野とその取り巻きが騒ぎながら歩いているのが目に入った。

 

……チッ、何で来てるんだよ...どうせあのガキの事だから普段と同じナンパ気分か。親の七光りを受けて育つ事のなにが良いんだか

 

 親に頼るという事が大の苦手であった巳羅は是野が嫌いであった。何をしても親が尻拭いをしてくれる是野と違い、大津家は何か問題を起こしたら存続に関わるほどのギリギリをラインで存在している。勿論、巳羅が問題を起こそうならば家は即座にその生涯に幕を閉じるであろう。

 

 そんな心境であった為、似たような感情を持ち合わせた卯一とはすぐに仲良くなり、巳羅は一人暮らしの彼女の為に学費を負担したりしていた。巳羅にとって卯一は妹のような存在であり、同時に娘のようでもあった。だからその卯一を傷付けた是野は見掛ける度にどう殺してやろうかと考えるまでになった。

 

 だから巳羅は卯一のすぐ近くにいる零矢を完璧に信用している訳ではなかった。男など裏の顔は所詮ケダモノ、気を許せばすぐに襲うに決まっている。もし、零矢が是野と同じなら卯一からすぐに切り離すつもりでいた。

 

……どうせアイツも見て見ぬふりを...ってあれ?

 

 巳羅が離れた場所から眺めていると、零矢は騒ぎながら通行人の迷惑になっている是野のグループへと歩みよっていく。そしてそのグループに声を掛けると

 

「通行人の迷惑となっていますのでお静かに」

 

 と睨みを利かせながら注意する。零矢が着たボランティアのギブスを見て自分より格下の人間だと判断した是野は胸ポケットから札束を取り出すと

 

「お前面倒くさいからあっちいけよ、高校生だろ。これでゲームでも買って...」

 

 零矢に金銭を渡して追い払おうとするが零矢は是野の手をはたき金銭の受け取りを拒否した。宙にばらまかれた札を是野の取り巻きが必死に拾う中、零矢は是野の方を睨み続けながら

 

「誰もが金で動くと思ってるのか。現実にもこういう頭が悪いボンボンなんていたんだな」

 

 と皮肉をいうと是野は顔に皺を寄せながら

 

「お前俺が誰だか知ってんのか?ZENONの社長の息子だぞ!」

 

「知らねぇよ、どこの家が出身とか関係ないし。騒ぐなっていう公共のルール守って頂けますか?」

 

 ヤンキーのような口調と丁寧語を合わせた変な言葉で零矢は是野に注意をし続ける。騒ぎで周りにギャラリーが増え、流石に部が悪いと思った是野は取り巻きに声を掛けると渋々と去って行った。

 

 零矢はギャラリー達にお騒がせしました、と謝ると称賛の拍手が送る中、それを意にも返さず再び業務に戻った。その一連を見ていた巳羅は零矢に対して考えを改める。

 

……なるほど、ああいうちゃんとした男なら卯一がその家に身を置くのも納得出来る...か

 

 是野を追い払った事を誉めてやろうと巳羅が零矢の元に近付こうとすると

 

「もしかして...あの、あ名前わからないんですけど...ウィッチさんの知り合いの人...でしたよね?」

 

「坊や!?何でここに?」

 

 後ろから翔に声を掛けられる。巳羅はサングラスまで掛けて完璧に周囲に溶け込んでいたつもりだったが、翔から見ればまるで有名人のような格好で周りを伺っているようだった。

 

「いや少し騒ぎが起きてるって聞いたので...あれ、零矢先輩ですよね。何かあったんですか?」

 

「話すと長くなりそうだから本人に聞きに行きましょう」

 

 巳羅は翔を促し零矢に話し掛けた。翔が話し掛けてくるのは普段通りだったが巳羅が話し掛けて来たので零矢は驚いて距離を取るように後ろに下がった。

 

「お、大津さんッ?お、お久し振りです」

 

「管理局の一件以来だな、勿論あれから卯一には」

 

「何もしてません!」

 

「そうか」

 

 自分の両親への言い訳に恋人の振りをし、あまつさえ更に進んだ関係だと疑われたがそれを巳羅に言えば以前のように掴みかかられるかもしれない。そうすれば先程よりも騒ぎになってしまう。流石に馬鹿正直にその件を言いはしなかった。

 

「さっきの見てたぞ」

 

「あぁ...見てましたか」

 

「よくやったな」

 

「んッ!?」

 

 巳羅が零矢の頭を撫でる。身長がさほど変わらないのでその光景は姉が弟を誉めるようだった。流石に予想不可能だったその行動に零矢はおろか翔でさえもフリーズする。

 

 巳羅にとっては卯一にする時と同じような感覚でやっただけだが女性に対する耐性がほとんどない零矢は困惑のあまりその手を振りほどいてしまう。

 

 それに巳羅は驚きながらもすぐに慣れていないということに気付きゴメンゴメンと謝った。驚きながらも照れる様子に卯一の面影を感じた巳羅は続けざまに零矢の頬を掴む。

 

「えっ!?ちょっ...」

 

「卯一と感触が違うのか...」

 

 卯一との感触の違いを堪能した巳羅は再び手を離して先程よりも更に軽い口調でメンゴ、と謝る。一連の行動に理解が全く追い付かない零矢はただたじろいていた。

 

「流石に卯一と夜までの関係になっていなくてもこんなスキンシップは取ってるかなって思って」

 

「と、取ってませんよ!!まだウィッチさんの顔すら触った事無いですし!」

 

 巳羅にとっては大真面目に聞いたつもりであったがそのようなスキンシップを取るのは巳羅の中だけの常識であり、それを受け入れていたのは卯一とクレアと景子だけ、男性にすらスキンシップを取った事が無いのに零矢にここまでちょっかいを掛けるのは既に零矢に対して弟のような感情が確立していたからである。

 

 しかし、巳羅の中では一つ疑問があった。若い男女が同じ屋根の下で共に暮らしているのだ。手を出すとまではいかないけれどもちょっとしたハプニングはあるはずだという自論を掲げ零矢をからかい続ける。

 

「...あのさ、一緒に住んでてほら...男子高校生が妄想してそうな事って起きて無い?」

 

「え...?」

 

「例えばさ、トイレに入ったらもう一人が既に入ってたとか...」

 

「家にトイレ二つありますし、お互い鍵掛けるのでそんな事ありませんよ?」

 

「えっ...じ、じゃあシャワー浴びようとして脱衣所で鉢合わせたり...」

 

「どちらかが入っている間はもう片方は食器を洗ったり掃除してるのでそんな事一度も...」

 

「かっ、家庭的だね!な、なら寝ぼけて一緒のベッドで寝ちゃったりとか...」

 

「あ...それはあり...ますね」

 

「「えっ、あるの!?」」

 

 巳羅も翔もどうせ無いと答えだろうると思った質問がまさかのYESだったので不意を突かれお互いの声が重なる。まだ触れあう仲でも無いのに同じベッドで寝たりしたなら起きた時どれだけ気まずいのだろうか、だが零矢と卯一の事なので起きた方が相手に気を遣っているのが想像出来た。

 

「あ、勿論何もしてませんよ!えっと、確か...そう、麗華って子の処刑予定日の前日に都合悪いって言ったんですけどその前の夜、ウィッチさんの部屋から苦しんでる声が聞こえて、心配になって部屋に入ったら彼女が悪夢にうなされて、それで横でずっと看病してたんです。それで朝になって眠気のあまり布団に倒れ込んじゃって、後で彼女に聞いたらびっくりしたけどありがとうって。寝言で大丈夫ですよって言ってたらしくて...ってこういう理由なんですけど...」

 

 まるであらすじのようにスラスラと全貌を話す零矢に馬鹿正直だなと思いつつも内容からして卯一の事を心から心配している事が受けて取れた。管理局の件で巳羅が卯一の助っ人に行った際に零矢に掴み掛かった時に卯一が零矢を庇った事から互いに信頼しあっていることに巳羅は気付く。

 

「お前...そんなにも卯一を好きなんだな」

 

「すっ、好きだなんてそんなっ!ウィッチさんとは大切なパートナーであって、あ、パートナーだと違う意味になるから...協力関係であって好きだなんて失礼な感情は抱いてない...です」

 

 もう図星じゃないか、お互い想い合ってるならさっさとくっついて幸せになれよ、とツッコミたくなるのを二人は堪えながら普段はキツい目線をした零矢が慌てふためいているのを面白がっていた。

 

「安心しろ、好きって感情が失礼な訳が無いだろ。お前が本気なら私がフォローしてやるから。な、後輩クン?」

 

「あ、ありがとうございます...大津さん」

 

「巳羅姉って呼んでよ。姉代わりとして接してくれていいからな」

 

 巳羅が可愛がるように再び零矢の頭を撫でる。悪い気はしないと零矢は思いつつも、自分には兄弟もいないのに姉代わりが三人もいるのはいささか多いのでは、と感じていた。

 

……姉貴にウィッチさんに巳羅姉...何で姉が飽和状態に?でもウィッチさんは姉って言われると...何か同い年のような感じだけど

 

「あの...結局何の騒ぎだったんですか?」

 

 一人だけ話から抜けていた翔が本題に戻した時には既に騒ぎから二十分が経過していた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「いやそれにしても人多いな」

 

「何で俺がお前と一緒にいなきゃいけないんだよ」

 

 エキスポに来ていた黒田勇は同行していた伊達真に愚痴をこぼす。クラスで一緒にエキスポに行こうと真が提案したがほとんどが部活で来られず、部活に属していない間城はバイト、金橋は勉強で空いているのは勇しかいなかった。

 

 そこにたまたま休みだった同じクラスのバスケ部が行くという事になったのだが真以外の部員は全員デートで来れないという。よってこの勇と真という滅多に見ない組み合わせとなったのであった。

 

 二人は一年から三年までずっと同じクラスなので面識はあったがそれほど親しいという訳ではなかった。それもそのはず、いつもクラスの中心にいるような真とクラスの環から外れて一人でいる勇、まるで住む世界が違うのだ。

 

 勇にとっては二年の事件で真の事を零矢と共に危険視していた。そもそも人付き合いが苦手な勇は一人でエキスポに行くつもりだったのに真が半強制的に誘う為、断ると色々面倒だと思い、渋々承諾したのだ。

 

「仕方ないだろ。他の奴らがデェトなんだから」

 

「お前に彼女はいないのか」

 

「いたらお前と来てないだろ」

 

「聞くまでもなかったな」

 

「うるせー!」

 

 真がスマホでエキスポに展示されている物を検索していると、勇は金髪の小学生ぐらいの女児が大通りから外れて人気のない路地の方へ歩いて行った。その先からは会場から出てしまうので展示品を見に来た訳ではなさそうだった。

 

……子供一人で路地裏は危険だろ、親は何してんだ

 

 思わずその子供が通って行った道へと続いて行く。真がようやく有名な展示品を見つけ、それを見に行こうと後ろを振り返った時には既に勇の姿はなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「芸術は爆発だって言うだろ、ド派手にぶちかましてやろうぜ。狙うは『箱舟ノ書』だからな」




ク「次回は私がお邪魔しますかね」





 今日からセイバーです!!楽しみ!!


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爆発する感情

ク「ハロー、皆様」

卯「そんなソ●みたいな口調でこられても...」

巳「卯一に倒されるぞ、“ウィッチ”だけに」

卯「上手い」

ク「だじゃれですか...」





零「え?誰?ちょっ...なんか女子大学生の日常になってるんだけど!?」

麗「私達高校組の立場が...」

翔「あのー、先輩。今回ちょっとまずいんじゃないんですか...」


「それにしても珍しいですね。ウィッチはてっきりこういう物には興味無いと思ってました」

 

「アハハ...意外とあるんだよ」

 

 箱舟ノ書展示エリアにクレアと卯一の姿はあった。頑丈なガラスケースの中で深紅の絹の上に置かれた方舟ノ書を十分以上見つめていた。

 

……表紙がボロボロだけで見た目は天界ノ書みたいな洋書風だな...

 

 元々天界ノ書の中に記された話の一部を切り取って別の本にしたと言われているのが箱舟ノ書である。なので書物の中の設定は地続きらしい。今で言えばタイトルが天界ノ書、サブタイトルが箱舟ノ書であろうか。

 

 勿論今から二千年以上前の作品である為、作者は不明。古事ノ書の名前が似ている理由は天界ノ書に影響を受けたと言われているがまさかそれが現代でノ書シリーズと言われるとは古事ノ書の作者は思いもよらなかっただろう。

 

 実際何故ノ書シリーズで神代の世界に飛ぶ事が出来るのか詳しい事は卯一にもわからない。ノ書シリーズには現代科学では説明出来ない何らかの力があるのかもしれない。

 

 そもそも次元超越マシーンも“神”ありきの機械であり、“神”が協力的だから良いもののもし反逆の意思を示せば神代の時代に飛ぶ事は不可能となり、いくつかの神力を集めて零矢を生き返らせる計画が水の泡になる。

 

 “神”の正体もハッキリしない中、この状況下で零矢の蘇生などほとんど運頼みな状態であった。それでも卯一が零矢に協力するのは紛れもない贖罪の思いからだった。

 

 卯一が過去に後悔しているのは二つ、一つは置いておくとして、残りの一つが親友を助けられなかった事だった。神崎(かんざき) 貴奈子(きなこ)。クレアはおろか巳羅すら知らない卯一の親友だった。

 

 家を出たばかりの中一の時に貴奈子に出会い、それからどこかに一緒に遊びに行ったり、その知り合いに会いに行ったりした。同年代の友達がいなかった卯一にとって貴奈子は唯一気を許せる相手だった。当時は巳羅ともあまり会っていなかった原因もあるだろう。

 

 “神”を見つけて来たのは貴奈子だった。卯一に自慢気に

 

(何か旅行に行った神殿の中に落ちてた)

 

 と言って掌サイズの石板を持って来た。卯一が心の中で神殿から石板持って来ちゃダメでしょ、とつっこんだのは置いておき、それを解析した際に中に存在していたのが“神”だった。

 

 “神”は目覚めた時、既に記憶を失っていた。覚えているのは自分には何か目的がある事、人知を凌駕した力を認知出来る事だった。

 

 目覚めてすぐに卯一を指差すと天才(ジーニアス)と言い、貴奈子を万能(マルチ)と呼んだ。それこそが人知を越えた『聖なる力』であり、地球上に後五人存在し、その能力名を二人に教えた。

 

 もう一つ“神”が覚えていたのは自分が持っている三枚のカードの使い方だった。死者蘇生(リサステーション)と書かれたタロットカードのような物を“神”は三枚所持していた。これを死体に当てて念じれば死者が甦るという代物だった。

 

 友好の証にと“神”は現実世界にそのカードの内の二枚を具現化し卯一と貴奈子に一枚ずつ渡すと、甦らせた人物は完全に生き返る訳ではなく、永遠に仮死状態のままになるから使う時には慎重にと念を押した。

 

 残りの一枚は“神”が所持し恐らく零矢を生き返らせる為に使用されたのだろう。貴奈子は亡くなる前に知り合いを助ける為に既に使用していた。もう一つは...

 

「ウィッチ!大丈夫ですか?」

 

 余りにも長く凝視していた卯一を不審に思ったクレアが声を掛ける。まさかどうやって拝借しようかなんて考えていたなど言えない卯一は少し考え事をしていたと誤魔化した。クレアはきっと是野の事だと思い深く追及しなかったので卯一の思惑がバレる事はなかった。

 

 取り敢えず長居をするとガードマン達に怪しまれる可能性を危惧し卯一はクレアを連れてそそくさと退散する。それから地図を広げると景子と約束していた講義の場所を探していると後ろから声を掛けられた。

 

「卯一先輩?」

 

 振り向くと黒髪のセミロングのボランティアと書かれたビブスを着た高校生らしき女子が立っていた。その髪型に覚えがなく卯一は一瞬固まるがすぐにかつての後輩だという事に気付く。

 

「弥生ちゃん?えっ、久し振り!前はショートカットだったから、大人びたね~!」

 

「あれは先輩に憧れてやってたんですよ」

 

 すぐさま意気投合した二人に邪魔にならないようにクレアは透明化して少し距離をとった。その為、弥生はクレアに気付く事なくよく懐く犬のように卯一に話しかける。

 

「先輩も大人っぽいです!特にその...ここらへんが」

 

 自分の胸を撫でるようにする弥生に、言いたい事がだいたい理解出来た卯一は苦笑いする。何故ここまで懐かれているのかというと、実は卯一は元生徒会書記であり当時一年だった弥生の面倒をよく見ていた為にここまで懐かれたのだ。

 

 だが零矢が入ったのは二年の後期なので卯一の存在を知る由もなく、また零矢が執行部に所属しているのを卯一に言っていない為に零矢は卯一にとってまた別の意味で後輩クンだったりする。

 

 勿論共通の知り合いである弥生もまさか自分がスカウトした同級生と憧れてた先輩が現在同じ屋根の下で暮らしているなど夢にも思っていない。世界は狭いものだ。

 

「執行部の方は大丈夫?」

 

「あぁ...一人転校していなくなっちゃったんですけど欠員は補充しましたし、何とか...」

 

 その時轟音が鳴り響いたかと思うと地震が起きたかのように地面が揺れて二人は立っていられなくなり倒れる。先に起き上がった卯一が周りを見回すと黒煙が立ち込めているのが確認出来た。

 

……爆発!?何で?

 

 卯一はすぐに弥生を起こすと逃げるように促すが、弥生は卯一に共に逃げようと腕を掴んだ。卯一は大学生のボランティアには非常事態に避難する人々を誘導する義務があると告げて弥生を行かせるとバックから白衣を取り出して着込んだ。

 

「早く逃げてください!早く、こっちは安全です!」

 

 慌てて走り回る人々を黒煙と反対方向へ誘導しながら卯一は黒煙が立ち上る方へと進んでいく。その時周りを見たがいつの間にかクレアがいなくなっている事に気付いた。

 

……避難したのかな...ってあれは...

 

 目の前から是野が歩いて来るのが卯一の目に入り、鼓動が速く波打つ。是野は零矢に注意された後、卯一達が箱舟ノ書を見ている間に再び卯一の近くに来ていたのだ。

 

「あれ?卯一じゃんか」

 

「い...いや」

 

 恐怖で卯一は声が出なくなり後ろへ後退りしていく。しかし取り巻きに後ろへ回られてしまい後ろにも下がれなくなってしまった。

 

「今なら誰もいないからなぁ?」

 

 何を意味しているのか嫌でもわかった卯一は倫理観すら逸脱している是野に吐き気を覚える。全身に鳥肌が立ちその場に座り込んでしまった。

 

「何してるんですか!!」

 

 卯一に迫ろうとしていた是野達に駆け付けた翔が声を掛けた。同じボランティアと書かれたビブスの零矢に注意された事を思い出し、気分を害した是野は懐に手を入れるが

 

「なるほど聞いた通りの馬鹿ですね」

 

 と毒を吐き是野を睨む。しかし零矢と違って睨んだとしても是野に対して余り効果はなかった。零矢から聞いたのだろうと思った是野は

 

「口には気をつけろ、彼女と一緒に避難しようと思っていただけだ」

 

「えっ、彼女!?」

 

 予想外の発言に驚いた翔が卯一を見るが、卯一は小さく首を横に振っていた。それを見て普通に気持ち悪いという感情が湧いた翔は

 

「強引な男は嫌われますよ、その人にはお似合いの紳士的な人がいるんで」

 

 と挑発するように呟くと能力を発動させるのをわからせないように一度目を閉じる。そしてすぐに是野に近づくと、翔を離そうとする取り巻きの手を躱しながら卯一の手を掴んで是野から距離を取った。

 

 しかし、翔に手を掴まれた卯一は急に嫌悪感が走り、翔の手を振りほどいてしまう。それに驚いた翔は強く掴み過ぎてしまったと思い謝る。

 

「どうでも良いけど君は信頼されてないみたいじゃ...」

 

 是野が勝ち誇ったかのように話している最中に突然狙撃されたかのように倒れた。慌てた取り巻きがすぐに是野を起こし一目散に逃げていく。何が起こったのかわからない翔が焦る中、卯一はクレアが助けてくれたと気付く。姿を見せないのは翔が一緒にいるからだろう。

 

「クリア、出てきて良いよ。この子は大丈夫」

 

 卯一が虚空に向かって呟くとまるで幽霊のように半透明なクレアが目の前に浮かび上がる。そして徐々に透明から普通へと戻っていった。

 

「Hallo、この子がウィッチの好きな子?」

 

「初めましてですが多分違うと思います...」

 

「ちょっ、翔君に何言ってるの。今の後輩クンには言わないでね!?」

 

 本当に両想いだったと確信した翔はさっき是野に向かって言った挑発が全く間違っていなかった事に気付いて安堵する。するとクレアが翔に手を差し出すと

 

「私が少し離れていた間にこんな事になるとは不覚です...守ってくれてありがとうございました」

 

「いえいえ、巳羅さんに頼まれたので」

 

「えっ、巳羅姉来てるの?ってか会ったの?」

 

「はい、零矢先輩も一緒に」

 

「後輩クンにも来てるの!?」

 

 卯一は心の中でまた掴み掛かられたのでは無いかと気が気でなかったがそれは全くの杞憂であり、実際は自分と同じ姉のような立場になっている事には気付かない。

 

 それに卯一は翔の言った挑発が果たして嘘なのか本当の事なのか判別が出来なかった。嘘ならば良い、だがもし本当ならば一体誰がお似合いなのだろう、それが零矢だったら...なんて考えていると再び爆発音が鳴り響く。

 

 次に爆発したのは入り口の方向だった。避難民が危ないと思った卯一が翔に入り口に戻ろうと声を掛けようとした時、また爆発音がした。今度は意外と近く箱舟ノ書が展示されているエリアの方から煙が出ていた。まさかGDが方舟ノ書を狙っているのではと思った卯一はその方向へと駆け出そうとするも入り口の方にも行かなければと足を止めてしまう。

 

「入り口の方向は零矢先輩と巳羅さんがいます、最初の爆発の方には麗華さんが行ってますから僕達は近くの爆発した所へ行きましょう!」

 

 予知を使った翔がそう促すと卯一はクレアに逃げるように伝えるが、クレアは人手が足りないであろう麗華の方へ行くと行って透明化してしまう。こうなれば最早止める事は出来ないと思った卯一は翔を連れて爆発現場へと急いだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……ということがあって見事零矢は追い払ったという事だ。偉い偉い」

 

「巳羅姉、全部見てたんですか...」

 

 まるで身内の活躍を自慢気に話すように零矢がした事を巳羅は翔に話した。何気に零矢の巳羅に対する呼び方も馴れ馴れしくなっている。これが掴み掛かった、掛けられたの関係とは到底思えなかった。

 

「取り敢えず問題無いなら僕は持ち場に...」

 

 と翔が話している途中に急に爆発音がしたかと思うと遠くから黒煙が立ち上った。瞬時に爆弾が仕掛けられた可能性を導きだした零矢が黒煙の方向へ走り出そうとするのを巳羅が掴んで止める。

 

「テロかもしれないから、客の避難誘導が先だ!向こうには卯一がいるかもしれないから私達はこっちだ!」

 

「それに多分麗華さんも向こうにいるはずです!」

 

 巳羅の提案に賛成した翔が発言し、それを理解した零矢が周りでざわつく一般市民達を入り口の方へ誘導を開始する。それを確認した巳羅が翔に耳打ちする。

 

「卯一が心配だから助けに行ってくれないか?」

 

「えっ、それなら先輩の方が」

 

「ダメだ、多分卯一は零矢が近くにいるとダメなタイプになりそうだからな。互いを気に掛ける余り判断が鈍ったら生死に関わるかもしれない。だから坊やが行って、お願い」

 

 そう翔の肩を掴んで懇願する巳羅に翔は頷いて予知を発動し、卯一がいる場所へと走って行く。それを見送った巳羅はすぐさま零矢に加わり、慌てふためく客を誘導していく。

 

 すると零矢は路地へ続く道の脇に置かれていたバッグを見つけた。誰かの忘れ物だろうか、取り敢えず預かって置こうと思い、中身を確認しようとするが違和感を感じ、God-tellで中身を『探査』すると、中には時限式の爆弾が詰め込まれているのに気付く。タイマーを確認すると数値は残り三分を示していた。

 

「巳羅姉ッ!!ヤバい、ここに爆弾がある!!後三分しかない!!」

 

 その爆弾という一言でギャラリーの顔が恐怖で満ちて行き我先にと他者を押し退けて進む者まで現れてしまう。このままでは更なる犠牲者が出てしまうと思った巳羅は

 

「落ち着け!!慌てないで行動しろ!零矢!!時間ギリギリでそれを上に投げろッ!!」

 

 と指示した。それに応えるように零矢はGod-tell越しのタイマーを凝視し、投げるタイミングを頭の中でデモンストレーションしていると、再び爆発音が鳴り響いた。その場所を探すように零矢が辺りを見回していると

 

「零矢!そろそろ投げろ!おい、全員伏せろぉぉッッ!!」

 

 という巳羅の声で再び自身が持った爆弾に目をやると既に残り二十秒を切っていたのでハンマー投げのごとくバッグを振り回して遠心力を付けて頭上に投げ飛ばし自身もすぐに伏せる。

 

 建物の三階ほどまで上がったそのバッグは最高点に達する直前で爆発し、熱風が吹き抜けた。巳羅の指示で避難する人々が伏せていたのもあって負傷者は少なかったが真下で爆風を受けた零矢は平気なのか心配になりそちらを見ると

 

「いって...着ておくもんだな、これ...」

 

 ビブスは爆弾の破片等で焼き切れていたがその下に着ていた神事屋Tシャツのお陰で素肌へのダメージは完全に防いだ様子だった。

 

「おい、早く逃げろ!」

 

 巳羅が周りに声を掛け始めた時、再び爆発が起きる。その音を聞いた全員は再び慌てだし入り口の方へと走って行った。辺りに人気が無くなったのを確認して巳羅は零矢に話し掛ける。

 

「これ、冗談じゃなくマジでテロみたいだな」

 

「どうやらそうみたいですね。他にも仕掛けられていてもおかしくないですが、狙いは一体...まさか」

 

 零矢の頭に一つの可能性が横切った。この会場には箱舟ノ書が展示されている真っ最中である。箱舟ノ書の展示は午前中だけなので展示されている時間帯を狙って爆発騒ぎを起こしたのなら辻褄が合う。

 

 そう考えた零矢が展示エリアの方へ走り出したので巳羅もそれを追おうとすると二人の前方に覆面でも被ったかのように顔が無くお揃いの茶色いコートを羽織った数人が歩いて来た。

 

 こんな非常時に悪ふざけか、と思った巳羅が注意しようとするのを零矢が止める。不思議に思った巳羅がその数人をよく観察するとコートの隙間に何か液晶画面のような物が見えた。

 

「まさか、爆弾巻き付けてるの?」

 

「自爆テロ...ですかね。取り敢えず気を付けてください」

 

 巳羅を一度自分の後ろへ下げ、零矢はコートの数人に対し戦闘態勢になった事を告げるように構える。コートの数人はそれを気にも止めず二人を通り抜けて入り口の方へと行こうとしていた。

 

 避難した人々に狙いを定めていると確信した零矢は一番近くにいた個体の肩を掴んだが意にも返さず進行し続けるので振り向かせるように零矢が強く肩を引くと振り向いた勢いで腕を叩きつけられた。

 

 零矢が手を離すと再び同じ方向へと進行していく。動く人形の類いかと思った巳羅が一つの個体の前に立ち、歩くスピードに合わせて後ろ歩きをしながらそのコートの前を開いた。

 

 そこには胸部をぐるりと一周するように装置のような物が巻かれており、正面の液晶には残り時間を表しているであろう数字が徐々に減り続けていた。

 

「進行の邪魔をしなければ大丈夫みたいだけど、タイマーが後七分しかない!!」

 

 歩く速度から予測するとこの場所から七分歩けば入り口の外だと零矢は計算した。更に入り口の外で爆発させる事のメリットを考える。あり得るとしたら警察や消防が会場内に入って来るのを遅らせる事しかない。それに会場への入り口は一つではなく脇道からも出入り出来る事を考えれば、それぞれの場所に同じ個体が存在するかもしれないという結論にたどり着いた。

 

 すぐさまワイヤーを召喚すると進行する全員を一斉に捕まえるようにフックに念じた。その意図を察した巳羅が個体同士がぶつかって衝撃で爆発するのを防ぐ為にコートを引っ張って上手く全員の身体を寄せる。

 

 ワイヤーが全ての個体に巻き付いたのを確認した零矢は少しずつ縮めと念じながら自身も後ずさりしていく。掴まった状態でも進行しようとするらしく気を抜いたら零矢が連れて行かれてしまうほどの力に耐えながら、近くの電柱に射出機をくくりつける。

 

「巳羅姉、一旦外に出て注意喚起してくれませんか?」

 

「お前はどうするんだ?」

 

「中から食い止めます、多分同じ奴らがそれぞれの出入口の所にいると思うので。各出入口に近付かないように言ってください」

 

「わかった、気を付けろよ」

 

 巳羅が走って行ったのを確認した零矢は天宇受売命の神力を纏い、巫女服を更に着崩したような際どい服装になると別の出入口に向かいながらイヤホンマイクを召喚する。

 

「“神”、全員にイヤホンマイクを召喚してくれ」

 

「了解...ほら良いぞ」

 

「こちら零矢、中央入り口の近くであった爆発の近くにいる。皆はどこにいる?」

 

「...こちら麗華、ただいま首謀者と戦闘中だ。悪いが切るぞ」

 

「こちら卯一、翔君と一緒に箱舟ノ書を...うわっ!!あっぶな!?取り敢えずこちらも戦闘中!!」

 

「了解しました」

 

 まさか自分以外の全員が戦闘中なのかと驚いた零矢は自分一人で残り六分程で出入口に現れるであろう爆弾を巻いたコート人間達を対処しなければならないのかと焦りを覚えながらどうすれば効率的に対処出来るかを考える。

 

 手持ちのワイヤーは残り一つ、移動は天宇受売命の神力で移動し、諏佐之男命か月読命の神力で打ち上げて爆発させ残り時間がギリギリになれば天照大御神の神力で体力切れを覚悟で走り回って光線を照射、それでも無理なら『紅蓮の剣』で出入口付近を建物ごと切り裂く事を決め、近くの出入口へと急いだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私、巻き込まれ体質でもあるのかな...」

 

 二十秒程前に爆発音がした方向へ麗華は向かっていた。逃げ惑う人々を掻き分けて煙が上がる場所へと走って行く途中で人混みの中に顔が無い不自然な人間を複数見掛ける。

 

……あの人形...いやコピーかあれは確か...

 

「よぉ、翠女神(ゴッドネス)

 

 逃げ惑う人々の最後尾に季節に合わないような茶色いコートを羽織った人物が麗華の目に止まる。その人物は麗華には見覚えがあった。

 

 かつて麗華がGDに所属していた頃、つまり霊香だった頃、GD内には死神候補と呼ばれるメンバーが何人かいた。GDの部隊の中でも並外れた戦闘力を持つ者が配属される死神部隊、配属されれば任務失敗によるペナルティを受ける事がない、下っ端からすれば憧れの部隊である。

 

 だがそう簡単に配属されるわけもない。例えば誓石(オリハルコン)製の武器を無効化したり、味方が受けた傷を瞬時に治したり、音速を越えるスピードで移動出来たりと個々が持つ能力を存分に発揮し、尚且つ戦闘力、物怖じすることない精神力と三拍子揃う事が最低条件である。

 

 そして既存の死神部隊に配属される可能性が高いメンバーを死神候補と呼び、麗華の他に三人程いた。一人は噂程度だが能力の危険性故に追放された者、一人はその圧倒的戦闘力から能力を持ち得ていないまま即座に主要メンバーまで登り詰めた超ルーキー、そしてもう一人が...

 

爆団長(ボンバーマン)...」

 

 レトロゲームの主人公のような名前をした爆団長と呼ばれる男は自身が長となる団を率い、主にテロ用に使う爆弾を製作する技術部の人間であり、その能力名は雑兵(ソルジャー)、伏兵を創り出す能力である。

 

 流石に人間一人まるごと創れるというわけではなく、ある程度の目的をインプットされ、その目的の為にしか動かないという人形を創り出すイメージに近い。その為、どの基盤を組み立てるのかインプットして置けば爆弾の大量生産が可能になる。

 

 能力と自身の技術力を上手く組み合わせた爆団長はそれ故に死神部隊からも一目置かれる存在であった。更に爆団長の名前通り爆団(ボマーズ)という下っ端のメンバーを従えているので部下からの信頼も厚い。群れを作らず個を意識していた麗華とは真逆の存在でもあった。

 

「昔話に花を咲かせたいが今は任務中でね、箱舟ノ書を盗まなければいけないのでな」

 

 爆団長がコートの袖を捲って腕時計を確認すると遠くから爆発音が鳴り響いた。麗華がその位置を確認するとメインエントランスの方向だった。

 

「おや?君は正義の味方になったんじゃなかったか?行かなくて良いのかい」

 

 再び爆音が響き麗華が後ろを向くと今度は箱舟ノ書の展示エリア付近から煙が上がっていた。麗華はその場所に向かおうとするも、もしこの場で爆団長を見逃したら新たな爆弾を設置しかれないと考えその場にとどまって爆団長に対峙した。

 

「私には仲間がいる、信頼出来る仲間がきっと対処してくれるはず、だから私はここでお前を止める」

 

「随分と仲間に依存しているではないか、そこまで信頼出来るとは驚きだよ。まぁ俺も似たようなものか...」

 

 爆団長の両目が白色に輝くと目が錯覚を起こしているかのごとくそのシルエットが重なっている様に見えて来る。すると全く同じ体型をした顔だけが無い人形が出来上がった。

 

 創られたコピーが襲い掛かるのを麗華はバックステップで避けると脇腹に蹴りを入れるがコピーは痛みを感じないのか全く動じることなく肘で麗華の脚を挟み片方の腕で脚を折ろうと腕を振り上げる。

 

 それを防ぐ為に宙に壁を作った麗華はそこに手を置いて重心とし、掴まれていない方の脚を振り上げ側頭部へ直撃させる。痛みは感じていなくともコピーの態勢が崩れたお陰で脚が自由となり、すぐさま着地してコピーが態勢を戻す前に振り向きながら麗華は蹴りを放った。

 

 蹴りをまともに喰らったコピーは爆団長の横をすり抜けて地面に転がるが爆団長はそれに見向きもしない。コピーが受けたダメージはどうやら本体には全く影響が無いらしい。再び爆団長が目を光らせると今度は両隣に全く同じコピーが出来上がる。

 

……コピーだけでも三対一...このまま増やされたら本当に面倒だな、コピー出来る回数に限界は無いのか?

 

 麗華の考えている通り、爆団長のコピーには限界が存在する。コピーを創る為には能力者自身の細胞を触媒としなければならない。故に大量にコピーを創ったならば、身体中のあらゆる細胞がコピーへ移動してしまう為、能力者は生命装置はおろか身体の形を保つ事が出来なくなる。更にそのコピーが死滅した場合、自らの細胞が再び身体に戻るなどという事はない為、永久機関として能力を使用出来るわけではない。

 

 爆団長はこのデメリット故にあまり表立った活動をしなかった為に死神部隊に配属されないままでいた。しかし、今目の前にいるのは組織を裏切った翠女神の名を持つ麗華である。裏切り者の首を持ち帰れば死神部隊に配属される事はほぼ確実、そう踏んだ爆団長は更に二体コピーを生成した。

 

……五対一...アグで一掃したい所だが北街とは違ってこんな場所で魔王装備なんて使って暴走したら洒落にならない...ん?

 

 麗華が『翡翠の弓』の使用を悩んでいると突如God-tellからイヤホンマイクが召喚され、耳に取り付けられた。それは零矢からの通信だった。それを隙だと判断したコピーが一斉に麗華目掛けて襲いかかろうとする。

 

 麗華は先頭のコピーの胸を蹴り飛ばし、後ろに続いていた別のコピーを転倒させると、透明な足場を作り一度空中に避難する。

 

「こちら麗華、ただいま首謀者と戦闘中だ。悪いが切るぞ」

 

 と言って通信を遮断すると真下にいるコピーを眺める。まるで餌に群がる家畜のように麗華に手を伸ばしながらひしめき合っていた。見るに耐えない光景に麗華はその足場を蹴って飛び上がり、群がるコピー達目掛けて蹴りの体勢に移る。

 

 立っていた足場の霊子を右脚に集束させるとそのまま垂直に落下しコピーを踏み潰すように着地した。そしてGod-tellからGK銃を召喚すると残ったコピー達の頭を撃ち抜く。頭に風穴が開いたコピー達は崩れるように倒れるとすぐに風化し、その場には何も残らなかった。どうやら一度壊されるともう身体を保つ事は無理らしい。

 

「流石...こうも簡単に兵隊どもを片付けるとは戦闘力ではあのルーキーと双璧をなすとは言ったものだ」

 

「そのルーキー...私は噂だけで顔も見たことないんだけど」

 

「まぁ俺も素顔は見たことない。だが戦闘力はお前と同等、いやそれ以上かもな。さてと、お前ら」

 

 世間話をしていると麗華の周りにゆらゆらとまた別のコピー達が大勢集まって来る。それらは顔や腕に爆弾のようなタイマーを設置されていた。

 

「話は終わりだ、翠女神を殺れ」

 

 その言葉と共に麗華目掛け走り出すと麗華を捕らえて共に自爆しようと手を伸ばして来る。麗華は先程と同じように空中に逃げようと壁を作るもコピー達は別の個体にしがみついてその高度を上げ、麗華の脚を掴んで引きずり下ろそうとする。

 

 その腕を蹴りながら何とか逃れようとするも、更に登って来るコピー達にとうとう足場から引きずり下ろされ地面に衝突する。麗華は何とか受け身を取るが起き上がると周りは既にコピーに囲まれていた。

 

 コピー達の身体の様々な場所に付いたタイマーの数値が一斉に0を示す。その瞬間麗華の周りは光で包まれ少し遅れて轟音が鳴り響いた。

 

「取り敢えず残った身体の部分でも持ち帰って...ん?」

 

 爆発に巻き込まれないように物陰に隠れていた爆団長が麗華の死亡を確認しようとその姿を現すが爆発の威力で地面のアスファルトさえもえぐれた為、辺りには瓦礫しか見当たらない。完全に吹き飛んだかと爆団長が結論付ける前に黒煙の中から麗華が現れた。

 

「霊子の壁を周りに作ったか...あの一瞬でそれが思い付いたとしてもリスクはあったろうに、女神の名を冠するだけはある」

 

 しかし麗華も完璧に爆発の威力を受けなかったというわけではなく着ていたビブスは所々破けていた。卯一から受け取っていた神事屋Tシャツが無ければ今頃火傷どころではすまなかっただろう。

 

 爆発の寸前で周囲に霊子の壁を生成し自らはTシャツを引き伸ばしてそれにくるまったお陰で髪の毛やビブスが少し焦げたが麗華はダメージを最小限に抑える事が出来た。

 

「ごたくはいい、次は油断しな...」

 

 再び離れた場所から爆発音が鳴り響いた。しかし、予定の時間と異なっている為、爆団長は腕時計を眺めながら焦りを浮かべる。おもむろに携帯を取り出すと爆団長は部下に連絡を取ろうとするも、また別の箇所から爆発音が鳴り響く。

 

……零矢が爆弾を処理しているのか

 

 その爆発の原因にいち早く気付いた麗華は焦る爆団長に向けて召喚したワイヤーを伸ばす。爆団長の腕を絡めとり部下との連絡を阻止したかと思ったが既に電話は繋がっており、電話口から爆発音が響く。

 

 麗華はワイヤーを引き爆団長の腕を締め上げて連絡を絶とうとするが電話口から部下の報告を聞いた爆団長は上手くいったというようにニヤリと笑うと麗華に報告の内容を告げる。

 

「お前の仲間とやらが瀕死状態だってさ」

 

「そんなハッタリ通用すると思うか」

 

「確かめてみろよ」

 

 麗華は疑いながらも通信を回復しイヤホンマイクに話し掛ける。しかし、翔と卯一の反応が一切無かった。まさかと思った麗華は爆団長から目線を外し、何度もマイクに向かって叫び続ける。だがそれも空しく二人の返答は無かった。

 

 何があったのか問い詰めようと麗華が爆団長の方を見ると、そこには本人ではなくコピーがワイヤーに腕を取られていた。

 

……しまったッ!!

 

 すぐに自らの死角へと目線をずらすがそこには既に手に小型爆弾を握った爆団長が麗華に手を伸ばしていた。爆弾を取り付けられると麗華が覚悟した瞬間、何かに吹き飛ばされたかのように爆団長の身体が麗華の手前に移動するように地面に倒れる。

 

……何が起きた...ん!?

 

 直後何者かに肩に手を置かれたのを感じた麗華はコピーかと思い払いのけようとするも

 

「Freeze」

 

 と後ろから囁かれその腕を止めた。振り向くよりも先に横から白い手が伸び、腕に付けられたワイヤーを取り外される。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「静かに」

 

 倒れた爆団長が起き上がり、麗華が構えようとするも爆団長は目の前の麗華が見えないのか辺りを見回し始める。コピーの方も同様に目の無い顔で必死に辺りを見回している。

 

……私が見えていない?

 

「そこの物陰まで移動して下さい」

 

 麗華は半信半疑のまま近くの物陰へと移動すると、そこで初めて自分の肩に手を置いている人物の方を向いた。ブロンドヘアにアメリカンな顔立ちのその女性に麗華は全く見覚えがなかった。だがそれはクレアも同じ。

 

「えーっと...レイカちゃんで合ってます?まさかあっちがレイカって事は無いですよね?」

 

「合ってるけど...え、誰?」

 

「始めまして、もっと早く助太刀するつもりだったんですが、途中であの顔無しに出くわしまして...ウィッチの親友のクレアです。クリアと読んでくださいね」

 

「はぁ...どうもクレ...クリア」

 

 笑顔で淡々と説明するクレアに理解が追い付かない麗華。麗華が考えていたのは先程爆団長が自分達の姿が見えていないような素振りだった事だ。麗華はおろか背後にいたクレアにも気付いていなかった。

 

 そうなればクレアが何らかの能力を使った可能性が高い。早い話クレアも能力者ではないか、という麗華の予想は当たっていた。

 

「私のabilityは透明化(invisible)。素肌で触れている物ごと透明化します。便利でしょう?あなたのabilityって何です...」

 

「そんな事より、今はあいつを止めないと」

 

「それには同感ですがウィッチとカケル...でしたっけ、そっちが心配です。あいつは私が透明化しながら監視しますから、ウィッチ達の方へ行ってください。箱舟ノ書の展示エリアです」

 

 麗華はその提案に頷くことしか出来ずクレアに任せてその場を去っていった。それを見送るとクレアは再び透明化し爆団長の前へ躍り出る。

 

……私のabilityがバレるのを防ぐためにこいつを取り逃がさなければいけませんが...せめて弱点を見つけさせてもらいますよ

 

 クレアは殺気をあまり出さないように爆団長の裏へ回り込む。クレアのことが見えていない上、コピーもクレアに気付いておらず隙だらけの爆団長にクレアはポケットの中の金属を握り締める。

 

 背後から何かを感じ取った爆団長が後ろに振り向くが誰もおらず気のせいか、と行ってコピーを連れて海の方向へと歩き出した。

 

 クレアは咄嗟にポケットから手を出し両手の人差し指を口の端に当てるとクイッと口角を引き上げる。

 

……危ない危ない...笑顔でいないとついつい殺気が...はい、笑顔...よし

 

 声が漏れないよう注意しながら深呼吸するとクレアは爆団長を尾行すべく音を殺しながら歩いた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ケホッ、ケホッ。煙凄...」

 

「なるべく吸わないように口塞いで、行くよ」

 

 卯一に促されながら翔は煙が立ち込めるエリアへと足を踏み入れる。そこには様々な展示品が爆発で吹き飛びそれらを保護していたであろうガラスケースが辺りに飛び散っていた。

 

 金銭に換算すればこのエリアにある展示品だけで数億円はするであろう物が地面に散らばっている中に卯一は箱舟ノ書を見つけ手を伸ばそうとするが

 

「あった!よっ!」

 

 と飛び込んできた何者かに先に箱舟ノ書を拾われてしまう。煙の中から現れたその人物はエキスポに来た客のようにラフな格好をしていた女性でとても箱舟ノ書を回収しに来た関係者では無い事がわかる。

 

「逃げ遅れた一般人か...まぁ顔を見られたら生かして帰すわけにはいかないな」

 

 その背後から同じような格好の男性が現れる。更に煙で視界が遮られ卯一と翔は気付けなかったが周りも何者かに囲まれていた。

 

 そのタイミングで二人の耳にイヤホンマイクが召喚されて取り付けられる。そこから零矢の言葉が聞こえ、そちらに意識を向けていると、周りを囲んでいる者達が一斉に襲い掛かってきた。

 

 それを避けながら二人はマイクに意識を傾ける。次に聞こえたのは麗華の声だった。どうやら首謀者と戦闘中らしい。

 

「こちら卯一、翔君と一緒に箱舟ノ書を...うわっ!!あっぶな!?」

 

 顔が無いような人間かどうかも判断が出来ない者が伸ばす手をギリギリで躱す卯一、そこでGK銃を召喚すると

 

「取り敢えずこちらも戦闘中!!」

 

 と叫んで通信を切り、発砲する。近付いてくる顔無し達の攻撃を躱しつつ一人ずつ的確にエネルギー弾を当てていく。翔も負けじとサッカーで培ったフットワークを生かし顔無し達の拳を避けながら蹴りを入れる。

 

 二人が思いの外上手く立ち回っていた事に本を回収したGD達は驚きながらもこの二人が死神部隊が言っていた邪魔者だと確信する。それならばコピーだけに任せず自分達が首を取って爆団長に捧げる、それが爆団長への恩返しになると考え、懐から預かっていた小型爆弾を取り出す。そしてそれぞれ近くにいたコピーに張り付けた。

 

 爆弾を付けた二体のコピーが他の個体に混ざってジリジリと近付いていくと遠くから爆発音が鳴り響く。それは最初の爆発が起きた方向で卯一と翔は麗華とクレアに何かあったのではないかと心配になるが、続けざまに連続で爆発音が鳴り響く。

 

 GDの二人は爆発が予定の時刻よりも早いことから爆団長が誰かと戦闘しているのではと予想し、コピーに合図をして爆発の方向を向いている卯一と翔に一斉に襲い掛かるように指示する。

 

 咄嗟に翔が予知を行い、コピーが爆発する未来を視る。だがそんな事を露知らず目の前の敵に対応し続ける卯一を放って置けるはずもなく翔は

 

「コピーのどれかに爆弾が付けられてます!」

 

 と卯一に告げると卯一はすぐさま着ていた白衣を脱いで二人とコピー達を分ける様に前方へ投げる。

 

「防御モード!!」

 

 と卯一が叫ぶと瞬時に白衣が二人を囲える程の大きさに拡がり球体の様に二人を包み込もうとするが、完全に包み込む前にGD達は起爆のボタンを押した為、爆風で二人は白衣もろとも吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐわっ!!」

 

「キャッ!!」

 

 翔は景観の為に植えられていた樹に身体を打ち付け、卯一は地面を転がった。爆発の熱は白衣で完全に防いだが身体を樹や地面に打ち付けたダメージは流石にTシャツだけでは抑えきれず二人は意識を失う。

 

 それを見たGDの二人組は数秒前に電話が掛かってきた爆団長に、 邪魔者二人を瀕死状態にさせたと嬉々として報告する。そして完全に息の根を止めようとポケットからナイフを取り出すと二人に近付いていくが

 

「何で私の行く所に湧いて出るのか...」

 

 という声と共に頭上から降ってきた何者かに吹き飛ばされて女性の方は手にした箱舟ノ書を離してしまう。コピー達がその者を捕らえようと向かってくるのを

 

「失せろ」

 

 という言葉と共に吹き飛ばすとその者、雨雲林は気絶している二人に向き直る。恐らくまだ死んでいないと踏んだ林は風を操り転がっている二人を浮かせる。そして物陰から事を伺っている男に声を掛けた。

 

「突っ立ってないで手伝え、勇」

 

 呼ばれた勇は恐る恐る出てくると林から投げ渡された白衣と箱舟ノ書を受け取る。それを確認した林はGDの二人組とコピー達を海の方向へと吹き飛ばすと残った三人を連れて飛び上がった。

 

 浮遊していると先に意識を取り戻した卯一が動こうとするのを林がなだめるとまだ零矢と麗華、他にも知り合いが現場にいる中で私が退くわけにはいかないと言うが、瀕死の状態の卯一が戻ったところで足手まといになるのは目に見えていると林は断る。

 

「はは...そうだよね、私なんて力もないただの足手まといか...」

 

 と呟いているとマイクから零矢の声が聞こえて来た。その声を聞くだけで憂鬱な感情を吹き飛ばしてくれるような安心感を卯一は感じたが、零矢の言葉でその安心感は潰える。

 

「そっちは大丈夫ですか!?こっちは後二ヶ所、爆弾を処理すれば終わりです。最後の一ヶ所は最悪『紅蓮の剣』で何とかします」

 

「待...って、ダメ...魔王装備は使っちゃ」

 

「おい、降りるぞ」

 

 魔王装備を使おうとする零矢を止めようとするも急降下により声が出なくなり、そのまま通信が途切れる。人気の無い場所に着地すると卯一は再び通信を復活させマイクに呼び掛ける。しかしその思いも虚しく

 

変身ッ!!

 

 という掛け声の後で爆発音が鳴り響きノイズが入ったかと思うと再び通信が途切れた。同時刻にある出入口の方から爆発音が鳴り響く。卯一はすぐに巳羅に連絡を取ってその場所へと向かわせた。

 

……何で...何で私の言うことを聞いてくれないの?どうして皆自分勝手なの?私が力が無いから、弱いからそんな奴の言うことなんて聞きたくも無いからなの?

 

 そんな自問自答を繰り返しながら卯一は膝を着くとふと自分の頬に涙が流れているのに気付いた。

 

 もっと力があれば首謀者を捕らえる事が出来たかもしれない。もっと冷静であればどのルートを辿れば全ての爆弾を処理出来ると指示を出せたかもしれない。もっと慎重であれば不審な顔無しどもの動きに対応して気絶せずにすんだかもしれない。

 

 そんな自負が卯一の心の中を真っ暗な闇に包み込んだ。卯一が何よりも悲しかったのは信じていた零矢が自分の制止を振り切って魔王装備を使ってしまったことだった。

 

 林にも言われた通りの力の無さを痛感する。零矢も麗華も翔もクレアも皆が心の奥では力を持たない自分を是野のように嘲笑っているのではないかとまで卯一は考えるようになってしまった。

 

 涙を拭いながら立ち上がると卯一は林の元に行き礼を言うと初対面の勇から白衣と箱舟ノ書を受け取り、気絶した翔を起こす。そして重い身体を引きずるように巳羅に指示した出入口まで歩いて行った。




林「次は私が行ってやろう」


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ぶつかり合う信念

林「満を持して私、参上。クソガキども覚悟しな」

零「口悪い初登場はあんまりよくないだろ」

林「は?」

翔「まぁまぁ、えっと...雨雲さんでしたっけ。かなりお歳をめされていらっしゃる感じですかね?」

麗「それはそれで失礼だと思う」

巳「よっ、林。来てたのか?」

林「おっ、大津...」

巳「年下には優しくしないとな、仲良くしろよ?」

零・麗・翔(そう言えば一番年上はこっちだった...)

巳「あと、大津“さん”な、巳羅姉でも良いけど」

林「くっ...早く本編行ってくれ...」


「あれ、どこに行った?」

 

 金髪の少女を心配して路地裏まで来た勇は少女を見失っていた。そこまで距離は開けていなかったはずだがそこには全く人の気配が無かった。親と合流したのだろうか、それなら心配無いかとその場を去ろうとするとどこからか話し合う声が聞こえて来た。

 

「結晶石三つですね、いつもありがとうございます」

 

「こちらこそ、換金してもらって感謝している」

 

 何かの取引を行っているのかと興味を引かれた勇はその声がする場所を恐る恐る覗くと先程路地裏へと一人で消えた少女が風呂敷に包んだ緑色の石のような物を大人の男性に渡し、見返りに札束をもらっている場面だった。

 

 あの子供闇の取引でもしてるのか、と勇が息を潜めて覗いていると、札束を懐にしまいこんだ少女は男に対し

 

「それよりも下手な尾行はつけないでもらいたい」

 

「え、あれあなたのボディーガードじゃないんですか?」

 

「違う...まさか一般人か?」

 

 自分の事を言われていると確信した勇は足音を殺しながらその場を離れそのまま大通りへ戻ろうとするが、角を曲がった所でその少女が待ち構えていたのに驚き後ろに尻餅を着く。

 

「誰、お前?」

 

「俺はただの学生だけど...」

 

「あ"?じゃあ何でついて来たの」

 

 高圧的な口調で勇を見下すその少女は生意気と言うより瞳の中に哀しみを帯びたような印象を勇は受けた。まるでこちらの世界に足を踏み入れるべきではないと警告するように。

 

「俺はただ子供が一人で路地裏なんて入るから心配になってついてきただけだ」

 

「ストーカーの言い訳にしては良く出来てるわね」

 

「お前子供じゃないのか」

 

「今年で21よ、文句ある?」

 

 小学生にすら見える見た目で実年齢が自分よりも上だった事に勇は驚きを隠せないでいた。思えばつけている時点で厳格のあるような歩き方をしていたし、小学生にしては近寄りがたい雰囲気を出していた事を思い出す。

 

「余計なお世話...まぁあいつらに色々世話してやってる私が言える事じゃないか。お前名前は?」

 

「黒田 勇だ」

 

「勇か、私は雨雲 林だ。これから言うことは秘密にしておけよ、私は...」

 

 林が何かを話そうとしたその時、遠くから爆発音が響いた。それに遅れて逃げ惑う人々の叫びが聞こえてくる。何かの催しではないことをすぐに察した勇は緊急事態が起きたのではないかと推測し直ぐ様大通りへ向かおうとするが、それを林が止める。

 

「あいつら人間じゃない」

 

 林が指差す方向を見るとこの季節には相応しくないお揃いのコートを来た数人が逃げ惑うわけでもなく、歩きながら出入口の方へ向かって行くのが見えた。

 

 人間ではないという言葉の意味がわからず勇が困惑していると見ていたのとはまた別のコートの数人がこちらの路地裏へ入ろうとして来る。林がすぐに勇を連れて取引を行っていた場所まで戻るとそこに既に取引相手はいなかった。

 

 この路地裏は一つの出入口への近道でもある。そうなればこいつらは出入口を制圧でもするつもりなのかと疑った林はコート達の前に躍り出ようとするがそれを勇に止められる。

 

「お前、人間じゃないってどういう事だよ!?何でそんな奴らがここにいるんだ?」

 

「それをこれから調べるんでしょうが!!」

 

「危険だろ、取り敢えず俺達も逃げ...」

 

 再び爆発音が鳴り響き勇は林を庇うように頭を伏せる。その爆発はメインエントランスの位置からでありその路地裏には幸いにも被害は及ばなかった。しかし再び爆発音が鳴り響く。

 

 流石に覆い被さられたままでは動けないので林は勇を気絶させるかと考えているとふと懐かしさが頭をよぎった。

 

(林...私の可愛い娘)

 

 笑顔で林の事を抱える母親が林の頭の中に映る。既に二十年以上前の記憶が何故今甦ったのか理解が追い付かない林は咄嗟に勇を払いのける。

 

……あんな母親...何でッ

 

 林の拳を握る力が強くなっていく。それを見て転んでいた勇はすまない、と声を掛けるがその声は林の耳には届いていなかった。勇がもう一度謝ろうとすると林の両目が光り出していることに気付く。

 

 それに気付くと同時に林の回りに風が吹き出したのを感じた勇は後ずさりするように林から離れる。まさか林も人間ではないのではという疑問を勇が抱いていると深呼吸をして気持ちを落ち着かせた林が風を纏ったかのように宙に浮き、勇と同じ目線になった。

 

「私は天狗だ。お前ら人間が忌み嫌う、かの山の主だ。お前は私に会わなかった、そう思って自らの日常へ戻れ。私に関わってもろくな事がないぞ」

 

 余計な事など何も知ることなく平穏な日常を送って欲しい、そんな言葉を林は言おうとしたが結果として自らを蔑むことしか言えなかった。だが

 

「俺は構わない、あんたは俺にとって守るべきもの...そんな気がする」

 

「意味がわからない...だが、ふふっ。私も人間に毒されているみたいだな」

 

 勇は林の正体を知った所でさほど驚きもせず、距離を置くこともなかった。それを見て林は人間も一枚岩ではない事を感じた。自身の存在を忌み嫌うのではない、受け入れてくれる存在を心の中で求めていた林はそれが既にあることを実感する。

 

「少しぐらい人間の役に立ってやってもいい...ついて来い、勇。もしあのコート人間もどきが爆発事件の犯人なら私が吹き飛ばしてやる...私のこと、守れよ?」

 

「え...あぁ」

 

 吹っ切れたような表情になった林は宙に浮かびながらコート達の後を追跡する。それを追いかけるように勇は走り出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「おいおい、誰か他に倒して回ってるのか?とんだロスだな」

 

 それぞれの出入口へ向かって顔無しの軍団を対処しようと思っていた零矢は行く先々で出入口に到達出来ず足を折られて地面に転がっている個体や、吹き飛ばされたように壁にめり込んだ個体を確認したのだ。

 

 メインエントランスから近い順にそれぞれの出入口を回っていた零矢は残り三分程で半分の出入口を回り終えていた。しかしその内の二つは既に顔無しは倒されており無駄足となった事を零矢は実感する。

 

……後半分、俺が行かなくても誰かが対処しているかもしれない...そろそろ警備隊が突入して来る可能性もあるしここは退くべきか

 

 一度足を止めメインエントランスの方から脱出するべきかと考えていると、最初に爆発が起きた場所の辺りで再び爆発が起きる。

 

……どうする?他の出入口を確認しに行くか、それとも麗華かウイッチさんと翔の方に手助けに行くか...確か箱舟ノ書はあっちの方...

 

 位置を確認するように零矢が方向を指差すとそのタイミングでその場所から爆発音が響いた。その時、無意識にも零矢はその方向へ駆け出していた。自分が今何をしているのかを冷静に考えられる状態になった時点では既に零矢の走る速さは最大速度に達していた。

 

 明らかに人手が足りないのは麗華の方である、それを理解しながらも零矢は自身の想い人の方が心配になるほど冷静さを欠いていた。

 

……頼む...生きててくれ!!

 

 何度呼び掛けても卯一は応答しない。最早ブレーキを掛けることすら出来ず、零矢は爆発地点まで走る。地を駆け壁を蹴り屋根を飛び越え一心不乱にその場所を目指して走り続けた。途中でようやく連絡が復活し一度止まって零矢は卯一の安否を尋ねる。

 

「そっちは大丈夫ですか!?」

 

 しかし零矢がマイクに向かって叫びながら気付いたのは目的地と丁度逆にある出入口の目の前で逃げ遅れたのか少年が転んでいるのを発見する。その脇の壁に爆弾のタイマーのような物が光っているのが目に入った。

 

「待って...」

 

 卯一の声が聞こえる前に今度は逆側に走り出した零矢はGod-tellから天照大御神を選択し、駆け抜けようとするも体力切れのせいで変身がすぐに解けてしまう。

 

 咄嗟に一つ残ったワイヤーを街灯の支柱に巻き付け、それを縮ませることで推進力を得て宙を駆けながらその少年の元へ向かう。もし全ての爆弾が一斉に爆発するならば後一分もない事に気付いていた零矢は辿り着いた所で爆弾を処理する事は不可能だと判断し『紅蓮の剣』を取り出した。

 

魔王解放!!

 

 地面に着地し、推進力を殺さないように走り続けながら零矢は神事屋Tシャツを脱いで叫ぶ。

 

「そこのガキ!!伏せろォ!!変身ッ

 

 零矢は地面に飛び込みながら鎧を装着し手に持ったTシャツを転んだ少年に頭から被せる。そして爆弾の残り時間を確認すると

 

……後二秒!!

 

 直ぐ様その子供に覆い被さるように地面に伏せた。次の瞬間爆発音と共に崩壊した壁の破片が零矢の背中を強打する。それだけではなく壁が崩壊した事により建物が倒壊し零矢の上に瓦礫が降り注いだ。それでも少年を自身の身体で潰してしまわないように腕に力を掛け息が出来るスペースを作る。

 

 やがて崩壊が止まったのか零矢の身体にのし掛かる瓦礫がそれ以上重くなる事はなかった。しかし既にその時点で人間が耐える事など出来ない程の重さが零矢の上にはのし掛かっていた。零矢の腕は既に限界を迎え、脚は圧迫されて感覚がない。

 

「ぐっ、ハァァァァァッ!!!!

 

 背中に乗った瓦礫を気合いで押し上げ零矢は立ち上がると鎧を着たままでは声が届かないのでTシャツを被せたままの少年に出入口の方向を教えるように指を指す。年は泣き叫びながら出入口の方へと走って行った。どうやら腕も脚も骨折しておらず無事なようだ。

 

 しかし零矢が安心したのも束の間、視界が揺らぎ激しい頭痛が襲う。まるで意識を乗っ取るかのような感覚を零矢は覚えていた。体力切れ、つまり装着者に抵抗の意思がないと判断された場合、強制的に身体を乗っ取ろうと鎧が目を覚ます。

 

 それを対処するためには鎧と連動している武器を投げ捨てそこから離れる事だがそれをまだ知らない零矢はただ抗うことしか出来なかった。

 

「止め...ろ!ぐっ...ぐあああああっっっ!!」

 

 意識が鎧側に移ったのを表すように頭を押さえていた手が下に垂れ下がる。そして白い目がギラギラと光り出すと鎧は出入口付近にいる人間を殺戮する為に進行を開始する。

 

「よせ!!零矢ぁ!

 

 出入口から走って来た巳羅に呼び掛けられ鎧はその足を止めるが脅威はないと判断し再びその足を踏み出した。

 

 既に零矢の意識は無いと理解した巳羅がポーチから

発煙筒のような細長い拳サイズの円柱を取り出し側面に付けられたトリガーを押す。すると片方の先端から何かが溢れだし、やがて鞭のごとき長さまで伸びた。そしてもう片方の先端にあるボタンを巳羅が左手の掌に押し付けると

 

Electric!!

 

 と電子音が告げ、鞭全体が電気を帯びる。威嚇するように地面に鞭を叩き着けた後で、それを鎧が剣を握った腕へと巻き付ける。感電により鎧が剣を離したタイミングでトリガーを引く。

 

Electric Burst!!

 

 という電子音と共に鞭の電圧が一気に引き上がり辺りに火花が飛び散った。鎧が痺れている間に巳羅は剣を回収し

 

「Back!!」

 

 と叫ぶと鎧は強制的に零矢から剥がれ剣に装甲が戻って行くと、その剣が零矢のGod-tellへと吸収される。そして鎧の支配から解放された零矢が地面に倒れた。

 

「おい、しっかりしろ!零矢!」

 

 Tシャツを渡していた為、上に何も着ていない零矢を巳羅は抱え出入口へと歩く。巳羅は対処法を卯一からの連絡で聞いたが実践で成功した事に安堵した。

 

 やがて出入口が見えるとそこを警護していた警官に二人は抱えられる。巳羅は怪我をしていないので救護されるのを断り、零矢の手当てを頼むと警官の一人が

 

「君はさっきメインエントランスで注意喚起していた人じゃないか、どうやってまた入り込んだんだ!」

 

 能力を使って再び入り込んだ巳羅は流石に正直に言うわけにもいかず苦笑いで誤魔化した。すると連絡を取り合っていた卯一と翔が駆けよって来る。

 

「零矢先輩は?」

 

「今、あっちで手当てして貰ってる」

 

「じゃあ、巳羅さんが止めてくれたんですか?」

 

「あぁ、何とかな。って卯一?」

 

 巳羅の言葉に耳を傾けることなく卯一はスタスタと零矢が手当てされているテントまで歩いて行く。それを不審に思った巳羅と翔が追いかけると、卯一は手当てが終わったのか身体や頭に包帯が巻かれた零矢に話し掛けた。

 

「何で使ったの...使わないでって言ったでしょ?」

 

「すみません。目の前の事に精一杯で聞こえなくて...ごめんなさい」

 

「ごめんじゃないよ...今回は巳羅姉が助けてくれたから良いものの、暴走したリスクはわかっていたはず...それなのにどうして他の方法を考えなかったの?」

 

 卯一の口調に違和感を覚えた巳羅は二人の話しに割り込んで卯一に事を説明する。

 

「卯一、零矢は爆弾から子供を守る為にあの鎧を使ったらしい。その子供が出てきた時に言ってたからな、だからあまり零矢を責め...」

 

「他の方法はなかったの?天照の力を使うとか捕縛射撃を使うとか、ワイヤーを使えば何通りか対処はあったはずよ」

 

「天照は体力切れで変身出来なくて...捕縛射撃は思いつきませんでした。目の前の子供を助けるには俺が鎧を着て盾になるしかないと...思って」

 

「魔王装備は使用しただけで甚大な被害を及ぼす危険性もあるし、次に使ったら管理局に確実にマークされる。そんな事になったら神事屋はもう続けられない。あぁもう、私がもっと早く言っておけば...」

 

「そんな事言って...いつになったら先に言ってくれるんですか...」

 

 零矢の雰囲気が変わる。これはマズイと察した巳羅と翔が零矢をなだめようとするも、零矢は卯一を睨みながら怒声を浴びせた。

 

「いつまでたっても自分に直接関わりのない情報は後出しで追加して!結局あなたは自分の保身の事しか考えてないんでしょ!?」

 

「何、その言い方!?私はリスクを考えた上で魔王装備を使用するべきだったって言ってるの!!」

 

「なら、子供を見殺しにするべきだったって言うんですか!!」

 

「私だったら他の方法で...」

 

俺はあなたじゃないんですよ!天才で周りを伺いながら人助けなんてそんな器用な事、俺には出来ない」

 

 バンッと机を叩くと零矢は立ち上がり卯一の横を通り抜けてTシャツを返して貰おうと少年を探し始める。残された卯一は血が滲む程強く拳を握り締める。そして振り向くと制止しようとする巳羅を振り切り再び零矢の元へと行く。

 

「私が器用?自分の不器用を棚にあげないでよ。私がどれだけ考えながら行動してるのかも知らないのに自分勝手な事言わないで!!」

 

「じゃあ、箱舟ノ書をさっさと取り返してあなたが少年を救えば良かったんじゃないんですか!!一番近かったんですから」

 

 その言葉が卯一の胸に突き刺さる。まるで自分の力不足を責めるような言い方に完全に堪忍袋の緒が切れた卯一は零矢を突き飛ばす。

 

ふざけんなっ!!私がどれだけ辛いかなんて知らないくせに!!結局君だって私のこと下に見てるんじゃん!!君を選んだ私が馬鹿だったよ!!」

 

「はぁ!?そっちこそいい加減に...」

 

いい加減にしろ、馬鹿共ッ!!!!

 

 言い合いを続ける二人に巳羅がビンタをかます。能力を発動して周りにこの言い合いが聞こえないようにしていた巳羅も流石に我慢の限界だった。

 

 翔という後輩がいる目の前、能力を使用していなければ爆発で混乱している人々の前でこのような醜態を晒す二人を見ていられなかったと言ってもいい。巳羅は二人を交互に睨み付けながら

 

「感情的な言い合いなんて見苦しいだけだ。お互い頭を冷やせ」

 

 と言うと能力を解除し突っ立った状態の卯一を連れてその場を去った。残された零矢を翔が立ち上がらせ二人で少年の捜索へと入る。その間、気まずさが翔の心を覆いつくしたせいで翔は零矢に話し掛ける事が出来ず、ただその肩を担いで歩くしかなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……翔とウイッチさんは無事なのか?

 

 麗華が屋根の上を走りながら箱舟ノ書の展示エリアへ向かっていると、激しい爆発音が周りから同時に鳴り響いた。地面が揺れ、屋根から落ちないように麗華は足場を作ってそこに飛び乗ると、辺りを見回す。

 

……メインエントランスから一番離れた出入口の四つから煙、メインエントランス前の広場からも煙、後はここからだとよくわからないな

 

 どうやらかなり爆弾は仕掛けられていたようで様々な建物が倒壊し、崩れるのを麗華はただただ見ることしか出来なかった。このまま宙を歩いて二人の安否確認に行こうかと思うも、空中だと隙だらけになってしまう為断念し、スタイリッシュに地上に着地すると地割れや瓦礫に気をつけながら二人のいる場所へと向かう。

 

 麗華がその場所に着くと既にそこには誰もいなかった。だが折れかかっている街路樹の幹や、地面に何かを擦ったような跡、壁に叩きつけられたような跡から既に戦闘に何らかの決着が付いていた事を予想する。

 

「零矢、お前まだ場内にいるか?」

 

 ふと零矢に話し掛けてみるも反応がない事に不信感を抱いた麗華はまさか爆発に巻き込まれたのではと危惧し再び呼び掛けるも応答はなかった。

 

……あいつの事だから生きてるとは思うけど...ん?

 

 地面を見つめると、自身が立っている所を含めある一定の範囲の場所だけ砂や埃が無い事に気付く。そしてその両脇の壁に砂が吹き付けられたかのように付着しているのを発見し、何故そうなっているのかを麗華は考察した。

 

……風...そう言えばそんな能力を持っていた奴が管理局の件の時にいたような...そいつが翔達を連れて退避したのか

 

 だとしたら零矢も一緒にいたのかもしれない、連絡が取れないのは通信状況が悪いからだろうと結論付けた麗華はひとまず大通りの方へと戻る。

 

 メインエントランスの方へ行くと爆発の跡地に自分も使っていたのと同じ形状のワイヤー射出機が落ちているのを発見する。

 

……これは零矢のか?何でここに

 

 その時背後から気配を感じ振り向くと半透明な見た目のクレアが立っていた。

 

「Wow...透明化でも気配を察せるなんて。ウイッチ以外にもいたとは驚きですよ」

 

 そう言いながら麗華のワイヤーを手渡す。だが麗華が気になったのはクレアが黒い小箱のような物を複数抱えていた事だった。それを麗華が指差すと

 

「あぁ、これですか?何かあの後で設置された爆弾を全部取り外してきたんですけどどうやって対処するのかわからなくて」

 

 と微笑みながら話した。どうやら先に設置されていた爆弾やコピーに付けられていた爆弾の爆破時間とは異なった時間に設定されているらしくまだ不発だった。

 

 爆団長は再びいくつか爆弾を取り付けた後、海の方の出入口から出ていったらしい。なのでクレアはその間に取り付けた爆弾を全て外して持っておいたのだった。

 

「後どれくらい?」

 

「えーっとですね...後...あ、一分無いです」

 

貸して!」

 

 直ぐ様クレアから爆弾を奪い取ると一つ一つの周りに包み込むように霊子の壁を生成する。そしてそれを離れた間隔になるように地面に置きながら走った。

 

 二人はメインエントランスから脱出しようと決め、走りながら爆弾を全て置き終えると麗華がクレアの手を握る。そして爆発が背後から起こった瞬間にエントランスから外へ出ると、警察が警護しているど真ん中へと飛び込む。

 

 二人の姿はクレアの能力によって見えていない為、そのまま野次馬の中に紛れ込みながらクレアは能力を解除する。

 

「ギリギリ...」

 

「危なかったですね...ありがとうございます」

 

 二人が息を切らしながらメインエントランスの方を見つめているとクレアのポケットに入っていた携帯が着信を告げた。それに出ると相手は景子からで卯一もクレアも連絡が着かなくて心配したという内容だった。

 

 クレアの通話の様子を見ながら麗華は思い立ったように翔へ電話を掛ける。しばらく呼び出し音がした後で翔の声が聞こえたので麗華はほっと胸を撫で下ろした。

 

 取り敢えず合流する事になり、二人は互いに別れを告げるとクレアはその場に残り、麗華は人混みを掻き分け別の出入口の方へと向かっていった。

 

 麗華が翔の言っていた場所まで着くとそこには上半身が裸に包帯を巻かれた零矢が翔に肩を預けながら誰かを探しているのを目にする。

 

「二人とも無事か?」

 

「はい、何とか」

 

 翔の方は顔に擦り傷が目立ち、どことなく背中を庇っているような様子から背中を怪我しているのではと感じた麗華はそれを話すと

 

「悪い、翔。もう大丈夫だ、今度はお前が麗華に肩貸してもらえ」

 

 と言って零矢が翔から自分の腕を外す。折れているのか判別は出来ないがどう考えても零矢の方が重傷だと思った麗華は流石に一人で二人に肩を貸すと記念写真で肩を組んでる運動部の様になってしまうので援軍を頼もうと卯一はどこかと尋ねた。

 

「あぁそれが...ですね」

 

 しかし事を把握している翔が気まずそうにするのを見てまさか病院に搬送されるほどの重傷を負ってしまったのではと麗華は心配になるが翔が事の詳細を説明する。

 

 その会話を耳に挟みたくなかった零矢が再びあの少年を探していると、人波の中からひょっこりと顔を出した例の少年が駆けよって来る。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

「Tシャツ返してくれる?」

 

「はい。じゃあバイバイ」

 

 と礼を言って去って行った。大事になるかと思っていたが案外あっさりと感謝されて終わってしまったが零矢は少年の笑顔を守れただけ良しとし、Tシャツを着ようとするが

 

……鎧見られてるよな...流石に口止めしないとヤバイか

 

 と思い鎧の姿の事を口外しないようにと頼む為にもう一度その少年を追い掛けようとするが聞き慣れた声がしたので後ろを振り返る。

 

「いた!!書記も後他の二人も!良かった~、まだ中にいるかと思って警察の人に頼んでたんだよ」

 

 弥生が息を切らした様に膝に手を付きながら零矢達を見て呟く。すると後ろから他の執行部のメンバーも顔を出した。弥生は避難を終えてから何度も零矢の携帯に電話を掛けていたがそもそも携帯をGod-tellに替えていた為、電話が繋がらなかったのだ。

 

「取り敢えず全員無事で何よりだよ、本当に良かっ...」

 

「良くないですよ会長」

 

 麻奈が弥生の言葉を遮るように発言する。そして怪我をした零矢の身体を睨みつつその前に歩み出る。

 

「私達の仕事に避難誘導はありません、大学生ボランティアならともかく高校生の私達は足手まといになる前に避難するという取り決めです。挙げ句の果てに警察の方々にも厄介になって、本人には電話は繋がらない」

 

「そんな言い方...」

 

 呆れるように話し続けるのを翔が止めようとするも今度は翔と麗華の方に向き直り麻奈は続けた。

 

「大体、あなた達も連絡は着かないし現に怪我もしているじゃないですか。それは爆発で負った傷でしょう、つまり中に留まっていたということですよね」

 

 確かに二人とも携帯にかなりの着信が寄せられていたが敵との戦闘に気を向けていたあまりそれに応答する事は出来なかった。事実を突き付けられ三人とも何も言えないでいると、それが図星だと判断した麻奈は止めを指すように言い放つ。

 

「自分達は正しい行いをしたと思っているでしょうがあなた達がした事は結局他の誰かに迷惑をかけたということです。下らない正義感に刈られて団体行動を乱した事に変わりはない」

 

「いい加減に...」

 

 何も知らない麻奈が冷酷に言い放つのを聞き捨てならなかった麗華が反論しようとするもそこに零矢が声を荒げるように割り込んだ。

 

「俺が悪いんだろ!俺が連絡を怠って中で避難誘導をしていたから、俺が正義感ではなく理性的に動く事が出来る人材に声を掛けなかったから...全部俺のせいだよ...フッ、そう言いたいんだろ?」

 

 自虐的に微笑みながらそう言う零矢に卯一と喧嘩したばかりだという事実を把握している翔と麗華は自棄になっていると思い、他の執行部のメンバーに事を説明しようと試みるも、弥生は零矢の剣幕に押され黙り込み、後輩の二人は無表情を装いながらも厄介者の零矢が消えるかもしれないという事実に微笑を隠せないでいた。

 

「良いぜ、辞めて欲しいなら俺がこの責任を背負って辞めてやる、書記は柊さんが継げば良いだろ」

 

「あなたが責任を取るというならばそれが妥当じゃないんですか?」

 

「何とでも言えよ...俺はもう...」

 

「ワオ、見つけまシタ!!」

 

 二人の会話に突如どこから来たのかブロンドヘアの外国人が割り込み、零矢の腕をとった。

 

「先ほどハ助けてイタダキ、ありがとうございマス。私日本語まだまだ勉強途中ネ、Englishで説明してくれてvery very thank you デス」

 

「え...はぁ」

 

 この人物を助けた覚えがない零矢は困惑していた。麻奈や他の執行部の面々も急に現れたこの人物の世界に取り込まれてしまっている。唯一この人物の正体を知っている翔と麗華は何故こんな片言で喋っているのか不思議でしょうがなかった。

 

「Youのお陰でbombで怪我しなかったデース。Youの誘導のお陰デス。感謝の気持ちでmy heartはfulfil。ですカラ、Don't be angry with him 彼ハ私の命ノ恩人デス」

 

 零矢の手を握りながら片言の日本語でそう話すとクレアは手を話し投げキッスをしながら人混みへと去っていった。呆気に取られる零矢をフォローするべく翔と麗華がクレアに合わせる。

 

「やっぱり先輩の正義感があったからこそ、あの人も助かったんですよね!」

 

「英語で案内なんてなんて優秀な男なんだお前は!」

 

 二人とも片言の日本語で零矢を持ち上げ執行部からの脱退を防ぐ。このままでは零矢は想い人も学校の居場所も全て失ってしまう、それはあまりにも気の毒だと思った二人なりの慈悲だった。

 

「え...俺あの人知らないんだけ...」

 

「誘導に必死だったんですね、人を選ばず助けるなんて尊敬します!」

 

「子供も爆発から救ったらしいし本当に優秀だな!」

 

 いつもと違う様子の二人に零矢は違和感を抱くも必死になっている様子から自分が執行部を辞めさせられないように弁明してくれているのだと気付き二人の話に合わせようとする。

 

「あー...多分助けた、かも。よく覚えてないけど」

 

「流石先輩!!男らしい...」

 

「茶番はよしなさい!!」

 

 流石に不審に思われた麻奈に会話を遮られる。そもそも同じクラスの麗華はそこまで喋る方ではない、それが必死に弁明している時点で何かがおかしいと思ったのだ。

 

「とにかく、この責任は取ってもらうから...行きましょう会長、先生方への説明に怪我人はいらない...」

 

 そう言い残すと弥生と後輩二人を連れて人混みの中へと消えていった。後に残された三人はしばらく沈黙を続けた後全員が笑い出す。

 

「フフッ、翔褒め方が例文みたい...フッ」

 

「そういう麗華さんだって...ククッ、優秀ってことしか言ってない...アハハ」

 

「フハハッ、お前ら...ありがとな」

 

 零矢が笑いながら神事屋のTシャツを着る。そこにどことない哀愁を感じた二人は何も言うことなくその肩に手を当てる。

 

「痛ぇよ」

 

 そう笑う零矢にそれは身体かそれとも心の方かと聞くような事はせずそっと背中を押しながら現場を離れる。

 

 やがて会場から大分離れた所まで来ると、二人は零矢に別れを告げる。零矢はじゃあな、と軽く別れの挨拶を告げると自らの帰路につく。それを見送りながら

 

「今回は私と翔とウイッチさんで神代の時代に行った方がいいかもしれないな」

 

「取り敢えず、ウイッチさんと合流しないと。先輩は大丈夫か心配ですが...何であそこまで喧嘩しちゃったんでしょうね」

 

「怒りは人を忘れさせるからな...私も翔もいつかはそうなってしまうかもしれない。その時は...」

 

「その時は助けてもらいましょう、ウイッチさんと零矢先輩に」

 

 そう話し合う二人を影から眺める人物がいた。銀色の長髪を指でいじり口に含んだガムを膨らませながらその人物は呟く。

 

「怒り...ねぇ。もし君がその感情に囚われた時は私が君を怒りから救いだしてあげるよ...翔クン」

 

 その人物はガムを吐き出すとそれを思いきり踏み潰す。脚をあげると舗装された地面がひび割れ、ガムは消滅していた。それを確認するとその人物はその場を立ち去っていく。

 

「意外と脆かったか~あの二人の絆。邪魔者が消えて良しとしますかね~」




卯「はい、という事で最近寂しい後書きに何かのコーナーを設けたいと思うのですがどうします?」

ク「本編とのテンションの落差おかしくありません?っていうか私達だけで良いんですか?高校生組とか入れた方が...」

巳「大学生組でコーナー持つ感じ?ってかこの三人か、林は大学生じゃないし」

神「フッフッフ、私を忘れちゃ困るなぁ!」

卯(何で出てくるのあの馬鹿!)

ク「Who are you?」

神「えっ...あー、ッスゥー神聖大学の生徒Mって言うんですけどコーナー頼まれまして...ハイ」

巳「本編にこの子出てた?これから出る子?ってか“神”って表示どこかで...」

神「これはですね...神聖大学の頭の神って意味なんですよ...身バレ防止です」

卯「ま、まぁ入れてあげても良いんじゃない。ってかこれ話して今回終わりか...」


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憂鬱に身を任せて

翔「...」

麗「...空気重たいな」

巳「喧嘩中だからね、あの二人が。まぁ何とかなるでしょ」

林「あのまま別れたらどうする?」

ク「そんなネガティブな...まぁ人の気持ちは変わるとはいえあの二人なら大丈夫だと思いますが...」

零・卯「「本編まだ!!!?」」

翔「あっ、すいません!今、やります!どうぞ」


「今回は私と麗華ちゃんと翔君、三人でこの世界に行く。準備は良いね?」

 

 卯一が研究室内で箱舟ノ書を持ちながら麗華と翔に説明する。午前中の爆発事件から時は過ぎ今は十四時。昼食を外で食べ終え帰路へつこうとしていた麗華と翔に卯一から召集がかかった。

 

 ラボに入るのは初めてである麗華を翔が先導し、研究室内に入るとそこには少し目を赤くした卯一が一人待ち構えていた。そして傍らに置いた箱舟ノ書を持ち上げ今の説明に至る。

 

 この提案は二人も予想はしていた。零矢抜きでの作戦決行、零矢と卯一の関係が現在こじれている以上純粋な戦闘力としてはかなり落ちるがこれが最適解のメンバーであった。

 

「おいおい、零矢はどうした?流石に零矢抜きはキツいだろ...」

 

 爆発事件で全員のイヤホンマイクを召喚した以降、誰とも喋っておらず何も知らない“神”が零矢抜きで三人が作戦を始めようとしているのに疑問を持ち声を掛ける。

 

「黙ってて...今回は彼抜きで行く。多分...彼も承知してるはずだから」

 

 卯一の零矢の呼び方がいつもと違う雰囲気になっているのに気付いた二人は、卯一と零矢の仲はもう修復不可能なほどに壊れてしまっているのかと心配になるが

 

「彼も私も...少し距離を置いた方が良い。少なくとも今はまだ...そんな事よりすぐに行くよ、今日中に終わらせる」

 

 卯一は白衣を椅子に掛けると武器庫と書かれた札が掛かったドアを開いてその中へと消えた。そしてしばらくしてGod-tellをいじりながら戻って来ると

 

「あぁ...そっか。二人とも今回が初めてか、何だかいつも通りに行動しちゃった。アハハ...ドジだな、私」

 

 苦笑いを浮かべながら卯一は頭を掻く。その表情に哀しげな雰囲気を感じ取った二人は卯一も零矢に対して声を荒げた事に少なからず自責の念を抱いているのではないかと思った。

 

「君達よりも歳上の私がしっかりしなくちゃね!」

 

 自分の頬を両手でパンッと叩いた卯一はこっち、と言って次元超越と書かれた札が掛かった部屋のドアを開け、二人を中へと案内する。

 

 そこには発電機のような機械が壁際に設置されており、そのすぐそばに椅子が四つ並べられていた。それを見ながら二人は躊躇いながらも順番に座っていく。

 

 卯一はそれを確認すると二人にヘルメットを取り付け位置を調整し制御盤の元までいくと装置を起動させる。二人の身体に電流が流れ意識を失ったのを確認した卯一はタイマーをセットし、自らも空いた席に座ってヘルメットを被った。

 

 ふと横の空いた席を眺める。本来ならばここに一番信頼していたもう一人が座るはずだった事が卯一の心に思い出される。

 

……巳羅姉の言う通りだ...後輩クンもきっと...

 

 自らが犯した過ちを悔いるように涙を浮かべる卯一の元に電流が流れる。薄れゆく意識の中、卯一は再び零矢に会った時必ず謝ろうと心に誓いながらその目を閉じた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ただいま...って返事なんてないか」

 

 帰宅した零矢は靴を脱ぎ捨てリビングのソファーに寝転がった。何をなそうにもエネルギーが必要である為、ソファーの上から起き上がる事は出来なかった。

 

 静かな家、高校生一人が住むには広すぎて孤独感を嫌でも感じていた零矢に取って卯一の存在は大きかった。

 

(仕事だからね、私達家に帰ってこれないから零ちゃん一人で頑張ってね)

 

 元々家を空けがちだった零人と早矢がそう告げたのは四年程前だった。それから必要な分の生活費が口座に振り込まれそれで暮らしていく毎日だった。

 

 誰もいない家で自分で作ったご飯を食べ、温もりなど何も感じないまま布団に入って朝を迎える。そんな無機質な生活を零矢は続けていた。

 

 受験の時も三者面談に親は来ない。受かった時も喜びを分かち合う相手などいない。そんな零矢の心を支えていたのは子供の頃からの憧れのヒーローだった。

 

 日曜日にTVを着ければ出会えるヒーロー、強くカッコよく誰からも愛される、そんな風になりたいと年頃の零矢は感じていた。だから姉貴亡き後も山に入ってはトレーニングという名目で運動を重ね現行ヒーローの必殺技を完コピするまでに至った。

 

 だが現実はそう甘くない。高校に入学し部活体験の際に運命は零矢に牙を剥く。同級生に比べあり得ないほどに鍛えられた零矢の身体能力は常人を逸脱していた。

 

 サッカーボールを蹴ればボールが割れるかゴールポストが曲がるかの二択、竹刀を持てば面の一撃で現役の主将を気絶させ、柔道をすれば投げるだけで相手の骨が砕けた。

 

 超人と言えば聞こえは良いが実際の零矢に対する実際の反応は化け物の一択だった。どの部活からも入部を断られ関わりたくないというようにクラス内でも孤立させられた。現実では零矢は誰からも愛されることなく疎まれてしまう存在になった。

 

(後輩クン♪)

 

 そんな零矢の人生を変えたのが卯一だった。誰も待ってはいないが家に二人で帰る。自分の為に作ってもらった料理を食べ温もりを感じながら布団に入る。

 

 まだまだ疎まれながらも学校では弥生や真や翔や麗華が話し掛けてくれる。卯一が零矢の家に来てからは世界が変わって見えたのは事実である。

 

……言い過ぎたよな...何であんなに怒っちゃったんだろ

 

 沸き立つ怒りを抑えきれず口走ってしまった事を零矢は反省した。卯一にも非はあったとはいえ何も知らない零矢が言った事が卯一を傷つけた事に変わりはない。

 

 零矢が後悔するように顔を押さえているとチャイムがなった。卯一が帰って来てくれたのかと思いソファーから飛び起き玄関へ向かってドアを開けるとそこには巳羅が立っていた。

 

「よっ、卯一に言われて着替えを取りに来たんだ、取り敢えず入れてくれる?」

 

 巳羅をリビングまで通し、零矢はお茶を出す。巳羅は辺りを見回しながら

 

「広いな...両親は?」

 

「年に一度帰って来るか来ないかです...この前帰って来ましたけど、それ以降は会ってません」

 

「そっか...お前も苦労人だな」

 

 巳羅は出されたお茶を飲み干しリラックスするように両手を上に伸ばした後で話題を切り替える為に自分の膝を叩く。

 

「あ、彼女の部屋は上がって...」

 

「あ、着替え?それは後で良いし卯一には最悪持っていってやらないから」

 

「え...じゃあ何で家に?」

 

「お前...後悔してるんだろ?」

 

 巳羅に言われた零矢は思わず下を向いて目線を反らした。やっぱりなと思った巳羅は

 

「頭冷やしてよーく考えれば、結局後悔しか残らない。それなのにあんなに言い合って、本っ当にお前達は馬鹿だな」

 

 と言った。全くその通りだった零矢は何も言い返せずズボンを握り締める。それを見た巳羅は別に責めるつもりはないというように零矢に声を掛けると

 

「あぁ、怒ってる訳じゃない。ただ単に似た者同士だなって思っただけだ」

 

「似た者...同士?」

 

「周りから信頼されるべく努力する所、一人で抱え込む所...そしてお互いを想い合っている所。今日私と良く知り合ったばかりなのに私がそう感じたんだ、きっと坊や達もそう思ってる」

 

 と零矢に告げた。長年卯一を見守って来た巳羅にとって零矢はまるで卯一を見ているようだと感じた。卯一が零矢に気を許したのはおそらく自分と似たものを感じたのかもしれない。

 

「お前達はお互い不器用なんだよ。お互いが相手を失いたくないあまり何かを我慢し続けるからああいう風に爆発した時についつい言い過ぎる。それはただのうわべだけの仲良し」

 

 零矢がその言葉にダメージを受ける。結局自分と卯一は互いに依存していただけなのかもしれない。それがビジネスパートナーとしては相応しい関係だとしても、零矢は卯一とうわべだけで終わりたいとは思っていなかった。

 

「本当は卯一の事、物凄い心配してるんだろ。あいつも同じだ、お前の事を一番心配してる。保身なんて考えられないぐらいにな」

 

「巳羅姉...俺」

 

 謝罪の気持ちで心が一杯になった零矢が思わず声をあげる。それを待っていたかのように巳羅は微笑むと立ち上がってどこかに電話を掛けた。その相手が出ると

 

「クリア、卯一はそこにいるか?」

 

 と威勢良く尋ねるが

 

「いや十四時になるちょっと前に出て行きましたけど」

 

「はぁ!?え...えっ?」

 

 すぐに威勢の良さは失くなってしまう。卯一はクレアについていてもらい巳羅の家に留まらせておいたのだが急用と称して出て行ったらしい。ついて行こうかと思ったが巳羅の家の鍵を持っていないので留守には出来ず外出を許してしまったという事だった。

 

「こっち折角零矢が反省して謝りに行くからそっちに連れて行くっていう歳上ムーヴ完璧だったのに!」

 

「巳羅姉...」

 

「あっ、零矢!?今のはな、本心じゃ無くて、ってか本心は仲直りして欲しいし...」

 

「留守、頼みます」

 

 零矢は険しい顔つきになるとソファーの前に置いたGod-tellをポケットに入れ急ぐように家を出て行った。残された巳羅はまだ通話の繋がっているクレアに

 

「あのさ...こっちも留守番頼まれたから帰れなくなっちゃったんだけど」

 

「ええ!?どうするんですか?」

 

「TVの横にゲーム機あるでしょ?こっちにもあるからそれ繋げてオンラインゲームでもして待つ?」

 

「良いですけど、勝手に使って良いんですか?」

 

「大丈夫大丈夫、妹と弟みたいなものだし私の物みたいなものよ」

 

「キ●バスですか!?知りませんよ、弟に必殺技とか決められても」

 

「あはは...そしたら旧世界に逃げるわ」

 

 と話した後で通話を切り、悪いなと思いながらも備え付けてあったゲーム機の電源を着ける。そして自分の家のゲーム機のIDを打ち込んで登録した。

 

 ふと何のゲームをしているのだろうと履歴を見てみるとその殆どがアクションゲームだったが一番最近の履歴には二人用のRPGがあり、セーブデータを見てみると

 

「案外うわべだけだと思ったけど普通に仲良しじゃん」

 

 キャラがそれぞれ本人に似たように作られており、その名前に≪後輩クン≫≪先輩チャン≫とつけられていた。それをにやつきながらゲームを閉じ、目的のゲームを開く。

 

「早く帰って来ないと全クリしちゃうぞ~」

 

 と良いながら巳羅はコントローラーのボタンを押した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 翔と麗華が“神”の空間内で待機しているとどこからか卯一がその空間内に現れた。それを確認した“神”が三人に向かって

 

「これで揃った...か。じゃあアイテムを...」

 

 と言って実体の無い仮想空間内のアイテムを差し出そうとするが

 

「必要ない、全部入れてきた。傷薬と氷結晶石と吸収珠(アブソーブボール)。他にも実体が存在するアイテムも私のGod-tellに入ってる」

 

 と卯一に一蹴されてしまう。今まで以上に準備が早い卯一に“神”は本当に手早く終わらせるつもりなのだと確信し何も言わず他の二人に目を瞑らせる。

 

「行ってこい!」

 

 “神”がそう言って三人の背中に衝撃波のような物を浴びせる。三人が首筋をすり抜ける風を感じ開眼するとそこは既に薄暗い空間ではなく太陽が照っている屋外にいた。

 

 それぞれが自分が着ている服装を確認すると女性陣は絵画に描かれた淑女の如くスリットの入った白い上着に明度が低い赤のスカートを着ていた。

 

 だが翔は卯一や零矢が天界に行った時と同じ布を巻き付けたような衣装であった。それを見て卯一は

 

「予算削減したな、“神”...私達の服も絵画のものをそのままコピーしたような服だし。まぁ良い...は?」

 

 と愚痴りながら前を見て言葉を失う。服装を気にしていた他の二人もその反応を見て前を向くとまるで天を目指すように造られている塔が視界に飛び込んで来た。

 

「バベルの塔...」

 

「バベルの塔って聞いたことあります。確か天まで届くように人間が造ろうとしたって」

 

 翔と麗華はバベルの塔という単語には聞き覚えがあったが何故そこまで卯一がそこまで驚いているのかはわからなかった。

 

「いやいや、箱舟ノ書ってタイトルでバベルの塔ってあり得るのか?かの有名なパ●ドラタワーの元ネタとされるバベルの塔は大洪水の後に建てられるはずのもの...待って、それなら単に人々の言語をバラバラにする為に降臨した神の力をもらうってことなのかも?」

 

 卯一が独り言を呟いている中、翔は街から出て来たであろう人を見つけ話し掛ける。やはり塔の名前はバベルでありそれを組み立てる為の資源を隣国に調達しに行く所だった。

 

「預言者が大洪水が来るっていうから造ってるのになぁ、等の本人は舟を造ってこっちには全く協力しない、困ったもんだよな」

 

「はは、そうですよね」

 

「お前もサボってないで早く仕事しろよ、動きやすそうな格好してるんだからな」

 

「ど、どうも」

 

 怪しまれないように話を合わせその人を見送ると翔は手に入れた情報を二人に話した。この情報により卯一は更に混乱する事になる。

 

「ノアの箱舟とバベルの塔が同一時間軸内に存在している...どういう事なの?」

 

 卯一は瞬時に仮説を三つ立てた。一つ、自分達が知る後世に伝えられた神話に誤りがある。二つ、爆弾騒ぎで本のページが燃え、焼け落ちた部分の物語がカットされた、または癒着して一つになってしまった。三つ、それ以外の何らかの原因で二つの物語が重なった。

 

 この場合最もあり得るのは二つ目の仮説である。しかし回収した箱舟ノ書には焦げたような跡は無かった。ならばページが癒着したりする事はあり得ない。ならば三つ目の理由の通り何らかの原因で二つの物語が融合したと考えて良いだろう。

 

……タイトル通りなら神力を持っているのはノア。じゃあ向かうのは塔ではなく舟を建築している方...だね

 

「翔君、麗華ちゃん、舟を造っている所へ行こう!」

 

 考えがまとまった卯一は二人に声を掛けると舟を造っている場所を突き止める為、聞き込みを開始した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 卯一達が聞き込みを開始したのと同時刻、爆団長が部下を引き連れ同じ世界に侵入していた。爆団長は塔を見上げると

 

「あれ、箱舟って聞いてたんだけど?」

 

 と後ろにいるエキスポの際にも連れていた二人に話し掛ける。

 

「あれじゃないですか、バベルの塔!ほら、天に届くように造ったっていう!」

 

「馬鹿、そんな事団長は知ってるよ。そういう意味じゃねぇ」

 

 男の方が女の頭を軽く叩く。叩かれた場所をさすりながら女は痛いなぁとぼやきながら男の方を睨んだ。そんなやり取りを見つめながら爆団長は思わずにやけてしまう。

 

 この二人は爆団長の一番最初の部下になった者達であった。下っ端の中でも戦闘成績が最下位を争うほど低く、それでも自分の方が優れていると周りから見ればどんぐりの背比べに見えるような喧嘩を毎日のようにしていた。

 

 仲間内で賭け事をした際の罰ゲームで教育係として二人の面倒を見る事になった爆団長は戦闘技術を叩き込もうかと最初の内は意気込んでいたがそれも三日も持たずに挫折した。能力面が全く向上しないのである。

 

 仕方なく爆弾製作の邪魔にならないようにと念を押した上で自分の作業場に連れて行ったが組み立てにはコピーを使えばいいので正直人手はいらず、変に弄られても業務に支障を来す為、倉庫に閉じ込めておいた。

 

 爆弾を製作しながら爆団長はいずれ来るであろう出撃命令の際に必ず手柄を挙げる為に、あの二人に爆弾を装着させ自爆させることを考え、人間に取り付ける用の爆弾の製作を開始する。

 

 製作を開始してから数日が経過したある日、鍵をかけていた倉庫の鍵が外れ取っ組み合いになった二人が転がり出て来た。お互い叫びながら掴みかかっていたが二人は既に成人している大人だ。

 

 やがて疲れたのかお互いの胸ぐらを掴むのを止めて立ち上がった二人が爆団長のデスクを見るとそこには既に人に設置する爆弾の試作品が出来ていた。

 

 それに興味を示したのか二人は試作品を手に取る。流石に自分達に取り付ける用だとは言えなかった爆団長が二人の手から取り上げようとすると、女の方が

 

「団長、こんなの作れるんだ!凄い」

 

 と感嘆の声を挙げる。続けて男の方が

 

「これなら団長もマスターに認められるな!」

 

 とこちらも感嘆の声を挙げた。自分達が着ける爆弾だとは露知らず喜ぶ二人に爆団長は戸惑いながらも二人の手から試作品を取り上げる。二人は残念がる素振りを見せるとふと思いたったようにお互いを見合い

 

「団長が手柄を立てられるように私達がこれを着けて特攻すれば良いんじゃない?」

 

「それだ!そうすれば団長は昇進して、ついでに面倒を見なきゃいけない俺達もいなくなる、安心して爆弾を作れるな、団長!」

 

 そう発言するのを聞いて爆団長は目的が知られているのかと焦った。だがそれは杞憂に過ぎなかった。二人は自分達の命など全くもって省みてなどいなかったのだから。

 

 二人ともそれぞれ早くに親に捨てられスラム街で幼少期を過ごし、時にはゴミを漁り虫を食べ命を繋ぎ止めた。故に二人にとって命などいつ無くなっても構わない物であった。明日への希望も未練もない。だから努力などしても無駄だと思っていた。

 

 更に親からの愛を知らない二人は褒められる喜びも何も知らない為、二人の精神年齢は子供と変わらず向上心も無いため落ちこぼれになった。それでも自分達が今日まで生きてこれたのは爆団長のお陰であると二人は感謝していた。もし爆団長が教育係として引き取ってくれなければもっと早く誰かの駒として死んでいるからだ。

 

 鍵のかけられた戸の隙間から爆団長が作業している様子を見守り、食事を取る時には倉庫から出て作業場で三人でご飯を食べる。二人にとってここまで恩を与えてくれる爆団長の為ならば自分達の命など喜んで差し出すつもりだったのだ。

 

「団長、出来の良い爆弾を着けてね!」

 

「え、ずりぃ。俺も死ぬなら都市を爆破するほどの爆弾を着けて欲しい!」

 

 自分達の命を嬉々として差し出そうとする二人に爆団長は罪悪感が込み上げるあまり二人を抱き寄せる。そして

 

「すまない...お前達を犠牲にしようとした俺が馬鹿だった...」

 

 と良いながら二人を強く抱き締める。爆団長は既にこの二人に愛おしさを感じていた。試作品を作る度、あの二人を殺して良いのかという後ろめたさを隠して作業していたのである。

 

 三十歳を既に越した爆団長は元々研究者で家族もいた。しかし全く研究所から帰って来ない為に配偶者は浮気をし、子供も連れて行かれた。後からわかった事は子供も自分の子供ではなかったという事だった。

 

 更に研究所すらクビにされ全てを失い路頭に迷っていた爆団長はGDに入り、爆弾製作に取り掛かる。しかし、最初に誰かの作戦に使われた爆弾は不発しペナルティを喰らう。それのせいで受けた評価を払拭しようと爆団長はたった一人で爆弾の製作に打ち込んでいた。

 

 だから例え人知を越えた能力を得ようと優れた爆弾を完成させようと孤独からは逃れられなかった。そこにやって来た二人の存在は鬱陶しいとなんていうのは建前で自分は孤独でないと感じる事が出来るほど大きいものになっていた。

 

 二人が苦しがってもがいているのに気付いた爆団長は腕を緩めると、二人は息を切らしながらも嬉しそうに笑っていた。十歳ほどしか変わらないが自分の子供のように感じた爆団長は二人に

 

「爆弾...作ってみるか?」

 

 と聞くと二人は嬉しそうに頷いた。驚く事に爆弾の製作に才能を発揮した二人はすぐに簡単な爆弾を作る事が可能となり作業効率が大幅に上がった。二人は褒めると伸びるタイプで教えた事をどんどん吸収し、あっという間に専門家レベルにまで技術力は上達した。

 

 やがて二人にコードネームを付けようと思った爆団長は二人に本名を聞くが二人とも名前は無いと答えた。なので両方とも一番弟子ということを考慮し男にイー、女にチーと名付けた。

 

 そして爆団が作られた今、二人は副団長として爆団長の下で働き他のメンバーに爆弾の作り方を教えている。

 

「んー、取り敢えずE部隊は東、T部隊は西な。神についての聞き込みをして一時間後にここに戻ってこい。俺はここで作戦をたてておく」

 

「ラジャー、E部隊俺について来ーい!」

 

「T部隊は私の方ねー!」

 

 まるで遠足に行くかのように部下を引き連れて行くイーとチーに微笑みながら爆団長は近くの岩に腰を掛けた。

 

 もしこの作戦に失敗したらペナルティは二つ、いよいよ後が無くなる。その場合爆団は解散されるかもしれない。爆団長にとって最も心配だったのはイーとチーの二人だった。

 

 二人は専門的な知識があるとはいえ精神年齢がまだ幼い、他の部隊でやっていけるか不安だった。それにあの二人は同時に作業している時が一番効率が良い。取っ組み合っていた仲でもあるのでお互いの事はよく知っているのだ。それに今では二人で家を借りて住んでいて何だかんだいってお互いを支え合っているらしい。

 

 その二人が引き裂かれる事だけはなんとしても阻止したい、だからなんとしてもこの作戦は失敗するわけにはいかなかった。

 

……もし神に関しての情報がなければこのバベルの塔の建築を阻止する為に降臨する神がターゲットになる...奴らがそれを求めているならば最悪この塔を消し飛ばせば神は降臨しない。まずは奴らを見つけないとな...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 街でノアの居場所を突き止めた神事屋の三人は広場で合流しその場所を目指す。風通しの良い翔の服とは違い通気性が皆無の上着にスカートという女性陣は額に汗を浮かべながら手で風を仰ぐ。

 

 やがて豪華客船のように組み上げられている舟が見えてくるとそこで働いている女性にノアは誰かと話し掛ける。呼んで来るというのでそれを待っている間に卯一はどのような設定でいくのかを二人に話す。

 

「私達も舟を造るのを手伝いたいっていう体で行くけど、多分手伝っても乗せてくれはしないから乗せてくれってあまり懇願しないでね。三人の関係は...翔君が二人妻を持っているって事で...」

 

「いや、翔の妻役は私だけで良い。ウイッチさんは私の姉って事でも問題ないと思う。例えばやっと結婚した妹の世話焼きに来ているとか」

 

「え...まぁ麗華ちゃんがそれが良いなら別に良いけど」

 

 何故か対抗心を燃やした麗華に提案をされ卯一はその体でいくことを決めノアが来るのを待つ。やがて先程の女性が男性を連れて来る。

 

「わしがノアだが、何でしょう?」

 

 翔が先程の設定を話し何とか作業に加わろうと試みるも全く筋肉すらついていない翔を見てノアは一体何の役に立つんだと一蹴してしまう。すかさず卯一が組み立てる側ではなく作業を効率的に進める手伝いをすると申し出た為、何とか作業に関わらせてもらう事に成功した。

 

 取り敢えず作業場を見学という事で作業している他の人に声を掛け歩きながら卯一は零矢に言われてしまったように情報の後出しは良くないということを反省し二人にアイテムの使い方や時間制限の事を話す。

 

「時間制限のかかっているアイテムは全員共通だから気を着けてね、誰かが召喚するとその時点でタイマーが作動しちゃうから」

 

 そんな説明を交えながら作業場を一周するとどのように効率化を図るのかを議論する為に三人は与えられたスペースへと向かう。そこで三人はどうやってノアから神力をもらうのかを話し合った。

 

 作業を指示している最中に話し掛けたところで意味は無いと思い、休憩中か就寝前に話し掛け親密になるしかないと結論付け、同時進行で卯一は舟の構図を地面に書きながらどのように組み立てていくかを書き込んでいった。

 

 ふと卯一がGod-tellを確認すると侵入者を大量感知というメッセージが来ている事に気付く。それに驚きながらもすぐに翔と麗華に声を掛け、街へ行くように促した。

 

 そして一人になると『ブルーガン』を召喚する。GK銃よりも更に一回り大きく最早ハンドガンとは言えず両手持ちのブラスターのようなその瑠璃色の銃は北街での抗争の際に卯一が使用した物だった。

 

 自分のトラウマの一つにもなったこの武器を何故持ってきたのか、それは卯一には一つの可能性が思い浮かんでいたからだった。

 

 貴奈子が卯一の元に持ってきたのは“神”だけではない。世界各地を巡っていたという貴奈子は『紅蓮の剣』や『黄金の槍』なども他のアイテムと共に持って来た。それが魔王装備だとわかって持ってきたのかは今となってはわからない。しかしその中にこの銃も存在していた。

 

 普通の銃よりも二回りほど大きく何かを封印するかのように鎧のような物が着いたような見た目。他の魔王装備と同じく色と武器の名称を組み合わせた名前、そして誓石製のアイテムが効かない相手を撃ち抜くほどの威力。この点から卯一はこの武器こそ第四の魔王装備なのではないかと睨んでいた。

 

 もしそうならば神事屋四人全員が魔王装備を所持するという事でありGDも迂闊には手を出せないはずである。何よりも卯一は自分が後方支援だけでなく前衛で戦う事が出来るのが嬉しかった。

 

 これさえあれば零矢も皆も私の力を認めてくれる。そして仲直りをして零矢の隣で肩を並べて戦う事が出来る、そんな夢のような予測を卯一は立てていた。

 

 それにここは現実世界とは違って高層ビルや住宅街もない、暴走の危険さえ除けば実験のし放題であった。それを楽しみにしておきながらも卯一は舟の完成を急ぐ為に図面を書き上げ、それをノアに説明しようと作業場へと歩く。

 

 もしノアに認められて自分が力をもらったならばすぐに二人の援護に行こうと考えながら作業場を目指していると他にも数人作業場を目指すようにゆらゆらと歩いているのを発見する。

 

 当初は酔っ払いかと思ったがその服装が視認出来ると卯一はその考えを改めた。この時代には存在しないはずのコートを着込んだそれは間違いなくエキスポの会場を爆破したコピーと同じだった。

 

 すぐさま銃を両手で構え発砲するが反動で後ろへ吹き飛んでしまう。何とか立ち上がると胴体に風穴が空いた一つの個体が事切れたように倒れるが他の個体は気にも止めず歩き続けている。

 

「Summon!『GK銃(ゴキラガン)』」

 

 ブルーガンが使いにくいと判断した卯一はそれを戻しGod-tellからGK銃を召喚するとコピーに向かって弾丸を連射した。しかし霊獣でもない相手にGK銃を連発したところで全く仰け反りもしない。

 

「だったら...『変身(チェンジ)』ミカエ...」

 

 そこまで言って卯一は手を止めた。この世界は天界ノ書と同じ世界観である。故にミカエルがこの世界にも存在している可能性は十分あり得る。『変身』は対象の神がその世界に存在している場合、その神の身体を借りる事になる。

 

 簡潔に言えば、卯一がこの場でミカエルに『変身』しようものならばたちまち卯一は天に召され地上へ帰って来るのが困難になってしまう可能性があるという事だ。

 

……でもそれなら現実世界で『変身』したら同じ事が起きる可能性もある。だけどそんな事は起きていない、ならセーフ...とは言いきれないよね現実とここでは神に対する概念が違うし...天使だけど。だったらこっちで!

 

 卯一はGod-tellでミカエルをキャンセルすると画面をスライドさせ別の神力を纏おうとするがそこにコピー達と同じコートを手に持った男が姿を現したのでその手を止めた。

 

「ノアって聞こえたからまさかと思って探したがまさか世界観が融合してたとはな。翠女神の仲間みたいなのがいるから塔よりもこっちが正解みたいだな」

 

「GD...」

 

「さてと、出会ったばかりで悪いがそこの貴婦人、お帰り頂こうか」

 

 爆団長の両目が輝き両脇にコートを着たコピーが生成される。その能力を目の当たりにした卯一は爆団長こそが麗華が言っていたエキスポを爆破した首謀者だということに気付く。

 

 爆団長の狙いは塔の爆破から箱舟の破壊に切り替わっていた。舟を壊せばノアは洪水を生き延びる事が出来ない、そうすれば神力を譲渡することは出来ないと踏んだのだ。

 

 もちろんそれは予想済みだった卯一は翔と麗華を呼び戻すかどうか悩んでいた。エキスポには他に部下のような人物を連れていた為、一人で来たとは限らない。塔の事を話していたことからそちらに人員を割いているのかもしれない。

 

「生憎踊り足りないの、お相手して頂ける?」

 

 卯一はスカートを掴んで一礼するように挑発する。卯一の決断はここで爆団長を現実に送り返すことだった。その挑発に対し爆団長は

 

「死ぬまで一人で踊ってろ」

 

 と返すと指を鳴らし、それに反応した両脇のコピーが同時に卯一の元へと襲い掛かる。卯一はすぐにGod-tellをGK銃にセットするとコピー達を銃を使って殴り、左側の個体の腕を掴むと腹部に銃口を当てる。

 

捕縛射撃(フックショット)

 

 トリガーを引くと銃口から飛び出たフック型のエネルギー弾がコピーの身体を貫き消滅する。その反動で後ろへ転倒しそこへ掴み掛かって来るコピーの胸に両足を当てると

 

発条脚(スプリング)

 

 一気に脚を押し出してコピーを吹き飛ばす。何とか立ち上がり爆団長に対して銃口を向けるが新たに生成されたコピーに下から掬い上げるように銃を弾き飛ばされてしまう。

 

 そして他の個体が腕を振って来るのを咄嗟に両腕でガードするも体幹が鍛えられていない卯一が耐えれるわけでもなく簡単に吹き飛んで地面に転がってしまう。

 

「まだまだっ」

 

 と立ち上がってポケットに手を入れるがGod-tellをGK銃にセットしたままだということに気付き落ちている銃に手を伸ばそうとするがその腕はコピーに掴まれてしまう。

 

「放っしなさい!!」

 

 しかし強い力で握られているため卯一はその腕をほどく事が出来ず身体に悪寒が走った。何度か拳をいれてみるがびくともしない。膝蹴りをいれたところでコピーが手をすんなりと離したので銃を拾い上げ再び銃口を爆団長に向け発砲しようと構えるも

 

「引っ掛かったな」

 

 という爆団長の言葉と共に卯一の目の前が爆発し熱気が吹き荒れる。咄嗟に右腕で顔を庇い爆弾を既に仕掛けていたのかと思いながら再び卯一は銃を構えるように左腕を上げるが何故か感覚がない事に気付く。

 

……あれ、落とした...いや、これッ!?

 

 恐る恐る自分の伸ばした左腕を方から肘へとなぞるように見ていく。だが肘から先に腕は無かった。火傷のような痕に微かに見える白い骨、先端から垂れているのが血なのか筋肉なのか判別不可能なものが肘の先に付いている。

 

 目線を横にずらすと少し離れた場所に銃を握ったままの自分の腕が無惨な姿で転がっていた。皮は焼け血だらけになった自分の左腕を目の当たりにした卯一が自分が置かれている状況を理解するのに時間はかからなかった。

 

「いッ!?いやああああぁぁっっッ!!!!私のッ、腕っ...くっ、うぅぅっ!!」

 

 遅れて来た痛みに倒れ込みながら悶絶する卯一、しかし爛れた傷口は風を受けるだけでも激痛が走り、『聖なる力』の回復力でもすぐには治らない。気絶してしまいそうな痛みに耐えながらも卯一は涙ながらに叫ぶ。

 

「Summon!!最強の...傷薬ッ!!」

 

 その叫びに呼応したGod-tellが薬が入った壺を召喚し、卯一の元へ投げ出される。それを取って零矢がやったように腕を戻そうと右手を伸ばすもコピーに突き飛ばされ腕と壺を回収されてしまう。

 

 立ち上がろうとするも両腕に力を描けることが出来ず脚の力で立ち上がるも待っていた光景は壺と左腕に小型爆弾を設置されていた姿だった。

 

「止めなさいッッ!!!!」

 

 そんな卯一の叫びもむなしくコピーは腕と壺を横へ放り投げるとそれを見計らった爆団長は何かのスイッチを押した。直後爆発が起こり、壺は粉々に砕け中の薬も蒸発しきった。左腕も真っ黒に焦げた状態で地面に落ち、炭のように崩れ落ちていく。

 

 利き手の左手を失い、最強の傷薬までもが使用不可能になった卯一は絶望するように膝を着いた。それを見計らったかのようにコピーが卯一の首を掴んで持ち上げる。

 

「翠女神みたいな戦闘派ならともかく頭脳派のメンバーだけが残ってて良かったぜ、これで舟を壊してイーとチーらの元へ戻るだけだ」

 

 最早抵抗の余地も見られなかった卯一は苦しそうに掴まれている腕を掴むも徐々にその力は弱くなっていく。

 

……あんなに威勢良くここに来て...後輩クンに謝る為に頑張るって決めたのに...結局私は何も出来ないまま...

 

 諦めの感情が卯一の心の中に芽生えた時、何者かの声が卯一の頭の中に響き渡った。

 

(憂鬱に心を支配された哀れな子、あなたは結局何も出来ずに死んでゆく)

 

 走馬灯のように周りの流れる時間が遅くなっていくのを卯一は感じ始める。

 

(想い人への懺悔の気持ち、このままでは告げたところで再び突き放されるでしょう。このままずっと晴れることのない憂鬱の中であなたの心は腐りゆく)

 

 絶望を告げるようなその声がするのを卯一は感じながらもそれがどこから響いているのか理解していた。その方向に何とか目を動かすとその声に合わせて銃に装着したままのGod-tellの画面が青く点滅している。

 

(憂鬱に囚われし子、想いを捨てて私の力を受け入れれば他を凌駕する力を与えて差し上げましょう。強大な力を求めし憂鬱の申し子よ、今こそ私と契約し世界を青く染め上げましょう)

 

「Summon...『瑠璃の銃(ブルーガン)』」

 

 震える声で卯一がそう唱えるとGod-tellから召喚された瑠璃色の銃はひとりでに宙を飛び回り卯一を掴んだコピーに向かって発砲すると解放された卯一の右手の位置へと移動する。

 

(あなただけではなく、世界の全てを憂鬱に包み込む魔王の私の名はカタスリプスィ。さぁ、エンドレスに続く憂鬱の世界へようこそ)

 

 最早一人で立つのが困難だったはずの卯一は身体が軽くなったのようにゆらゆらと立ちながら銃を構えると禁断の呪文を口にする。

 

魔王解放(デーモンアンロック)...変身...」

 

 卯一が呟いた瞬間枷が外れるかの如く銃の鎧が弾き飛び、周りのコピー達を吹き飛ばしたかと思うと卯一の周りを取り囲むかのようにして一斉に卯一の身体へと纏わりつく。

 

 卯一の顔前には透明なフェイスカバーのような物が生成され、鎧の中は黒い煙で満たされる。だが煙に包まれながらも視界は良好で息苦しさは全くない。卯一が試しに左手を動かして見るとまるで自分の物かのように脳の指示に従って左手は動いた。

 

「これが私の力...フフッ、私だけの鎧...私の希望」

 

 嬉しそうに卯一は微笑むと左手の甲を相手に見せるように上げ自身が一番憧れているヒーローの台詞を口にする。

 

「さぁ...ショータイムよ」




卯「本編で説明されていなかった事の補完とかする?」

巳「別に良いけど...まぁ裏話みたいな?」

ク「あ、じゃあ私気になってた事聞いて良いですか?」

卯「どうぞ」

ク「ウィッチとレイヤは一緒に住んでるって言ってましたけど手続きしたんですか?」

神「あ、確か未成年と勝手に同居すると誘拐の疑いが掛かるんですよね」

卯「(“神”のキャラがよくわからないけど...)そうだよ、この場合私の両親が警察に被害届を出したら後輩クンは刑事処罰を受ける可能性はあるね」

巳「確か結婚を前提とした同棲なら注意程度なんだっけ?」

卯「まぁ、でも私達そういう同棲じゃないし...(まだ...)、だから居候かな」

ク「それだと世帯主の許可がいるんじゃないんですか?」

卯「一応...もらったけど。前に彼の両親が帰ってきた時に話はした、書かれてないけど」

神「住民票は?」

卯「住み始めて二週間以内だから猫探しの辺りで役所に行ったし表札も一応妖美名義のを追加したよ」

ク「なるほど...書かれてはいないものの居候に必要な事はしていたんですね」

神「そう言えば麗華達の方は...」

卯「それは次回かな、じゃまたね」


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彼女を止めるのは誰か

巳「おいおい、これ暴走してないか?」

ク「ウィッチは止まらない...」

卯「ハザードみたいに言うの止めてもらえます?まだ意識あるんで」

麗「鎧を纏ってから決めポーズって...」

翔「名乗りまでするのは...凄いですね」

卯「そういう痛いとこつかないで...」

零「え、カッコよくないですか?俺は別に良いと思いますけど」

卯「後輩クンッ...!」

林「見つめあってるとこ悪いけどお前ら喧嘩中だろ...ってか零矢今回出番が...」


……おいおい聞いてないぞ、四つ目の魔王装備まで持ってるなんて。確か赤と黄と緑の三つだったはず、だがあの女は青、四つ目を隠し持っていたってことか?でもそしたら元々魔王装備を三つも所持していた事になる。そんな簡単に集められるわけがないだろ

 

 目の前で左手の甲を見せつけるようなポーズを取る卯一に戸惑いながらも爆団長は冷静に思考する。死神部隊からの情報によれば鎧を着込んだ後は装着者の声は聞こえなくなるらしい。もし聞こえたならばそれは装着者ではなく鎧自身の声だという。

 

 明らかに戦闘能力が跳ね上がったであろう敵を目の前にして爆団長は細胞のストックを考えず十人ほどのコピーを新たに生成する。爆団長の懐にしまったペンダントに亀裂が入る音が鳴り響く。流石に現実世界でも大量にコピーを生成した状態でここまで来た為、生命力が限界だった。

 

……イーやチー達に翠女神の相手を任せたいが数で押しきれるかどうか。こういう時に死神部隊が一人でもいてくれれば楽なんだが今は全員地球にいないしな...

 

 個々の能力が魔王装備のそれに匹敵するほどの戦闘力を持つ死神部隊はそのほとんどが地球で活動をしていない。基本的にどこかの星や組織にスパイとして潜り込み、召集が掛かった際に本部に集まっている。

 

 なので基本的に本部にいるのは『主人』だけでありその下となると爆団長など幹部級なのである。しかも爆団長とは違い大抵のメンバーが表の顔を持っている為用も無しに本部に来たりはしない。

 

……取り敢えずこいつをぶちかましてみるか

 

 爆団長は手榴弾のような形をした物を取り出すと付けられているピンを外す。そして次々と召喚しピンを外してはコピー達に渡していく。そして合図で一斉に鎧へ向けて投げつけた。

 

 鎧は微動だにせずに立ち尽くしやがてそれが金属音を出して鎧に当たる。直後鎧の全身を覆うほどの爆発が起き鎧は爆炎に包まれた。

 

 手応えがあったかと爆団長が観察していると煙の隙間から白く輝く二つの眼が浮かび上がった。刹那煙を引き裂いて二つの青色のエネルギー弾が爆団長の両脇のコピーに命中し、首を失った両脇のコピーは倒れて消滅する。

 

……人一人は余裕で殺せるほどの爆弾を十数発当ててるのに全く効かないとは、これはかなりヤバイかもな

 

 爆団長がコピーを盾にするように後退すると煙を押し退けながら瑠璃色の鎧が余裕を感じさせるように歩き出て来る。見せつけるように銃を回転させランウェイを歩くかのような足取りでこちらへ歩み寄る。

 

 爆団長はコピーに爆弾を取り付け特攻させるように命令し、順々に鎧へと向かわせるが鎧は爆団長の方に顔を向けたまま歩みを止める事はせずに近づくコピー達を寸分の狂いなく撃ち抜いてゆく。

 

 流石に分が悪すぎると感じた爆団長がコピーを残して撤退しようと後ろへ走り出すが、それを鎧は見逃さずに逃げる爆団長の脚を撃ち抜いた。悶える爆団長に鎧は告げる。

 

使命を果たせずさぞ憂鬱なことでしょう。私の身体となったこの子と同じその感情に囚われた者は儚くも美しい。ですが私はこの身体の子が更に憂鬱に染まる姿を見たいのです。そのためにあなたを撃ち殺してあげましょう

 

 鎧が喋った事により爆団長は中身の卯一が既に意識を失っている事に気付く。恐らく最初の爆発で意識が飛び、身体を鎧に乗っ取られたのだろうと推測した。

 

憂蒼神破弾(カタスリプスィショット)

 

 そう呟く鎧が手に握る銃に青色のエネルギーが貯まっていく。爆団長は残っているコピーを全て自身の前に連なるように配置するがそれを意にも返さず鎧は引き金を引いた。

 

 銃口から放たれたエネルギー弾は紙を突き破るかの如くコピーの身体を貫いていき、爆団長の眼前まで迫った時、割り込んで来た何かに爆団長の身体は倒され直撃を免れる。

 

「あっぶな、セーフ!」

 

 割って入ってきた者――チーが起き上がりながらそう告げる。その背中には爆団長が移動用に開発したジェットパックを背負っていた。

 

「ごめん、団長!連れて来ちゃった、翠女神」

 

 そう言って指を差す方向を見ると空から翡翠色の羽を広げながら降り立つ別の鎧の姿があった。その人物は降り立つと同時に装甲を解除すると数時間前にも話した爆団長に状況を確認する。

 

「一体どうなってる...あれは誰なの?」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ねぇ~!?繋がらないし!団長通信切ってるでしょ」

 

 部下に愚痴を言いながらもチーは爆団長の為に地道に聞き込みを続けていたがこれと言った情報もなく難航していた。大抵が神とは何かを聞いてもそんな当たり前の事を聞くぐらいなら組み立てを行っている人々に協力しに行けと一蹴されてしまう。

 

 イーにも連絡したがそちらも同じらしく、しかもE部隊は男性メンバーが多い為、手伝わされている真っ最中だという。

 

「もうこれじゃあ翠女神来ちゃうよ~!?」

 

「隊長、あれ!!」

 

 部下の一人が指差す方向を見ると中世の貴婦人のような格好をしている人物が食物を売っている人に何か話し掛けていた。少しばかり浮いた服装をしたその女は紛れもない翠女神だった。

 

 直ぐ様マントをしまって人々に紛れ込むと様子を伺うように仲間内で順番に麗華を観察する。麗華は話を聞き追えると辺りを見回しながら塔の方へと向かって行った。

 

 それを確認したチー達T部隊は一度集合すると武器の確認をし、この場で麗華を強制送還させる事を決意する。

 

 正直数が勝っていたとしても戦闘力は雲泥の差だという事を理解していたチーは一斉にではなく個々にだが間髪を容れず襲撃するという作戦を提案する。

 

 その作戦を受け入れた十人弱程のT部隊は懐に実弾の銃を隠し持ちながら麗華の後を追うべく行動を開始しようとした矢先

 

「探しているのは、私?」

 

 チーの背後からターゲットである麗華の声が鳴り響き、腑抜けた声を上げながらチーが振り向くと先程と同じドレスを着て、額に少し汗が浮かんだ麗華が立っていた。

 

「爆団長の部下達か、大量とはあなた達が共に来ているからというわけね」

 

「一人で任務を遂行しようとして失敗したお前と違うんだから!」

 

「そんな昔話興味ない、すぐにあなた達を強制送還させる」

 

「自信無いけど...やれるもんならやってみ...」

 

 チーが言葉を言い終える前に遠くから爆発音が鳴り響いた。その場にいる全員が爆団長の仕業だと察し、麗華とチーがその方向へ向かおうとするが、麗華の方はチー以外のT部隊に止められる。

 

「隊長は先に行って下さい!」

 

「ここは私達に任せて団長を頼みます!」

 

「了解!皆、頑張って!!」

 

 チーは召喚したリュックサックのような物を背負うと即座に翼のような二本のブレードが飛び出しウイングに変形する。背部からワイヤーで繋がったコントローラーのボタンをチーが押すと、リュックからブースターが露出しチーは空へと飛び上がった。そしてそのまま煙が立ち上る方向へと飛んでいく。

 

 それを麗華はルシフェルに変身して追おうとするもチーを除いたT部隊に囲まれて一斉に銃を突き付けられた。だが向けられた数多の銃口に麗華は臆する事なく

 

「私に霊子製の武器は効かない事、知ってる?」

 

 と挑発するも部隊のメンバー達は

 

「知っている、だからこれは実弾だ。裏切り者のお前を撃ち殺す為のな」

 

 と言ってその手を緩める事はなかった。それに観念するように麗華は片手を挙げ、もう片方の手で胸元のポケットからGod-tellを取り出すと空中で手を離し、地面へ落とす。

 

 そのGod-tellに全員が気を取られている内に麗華は右目を煌めかせながら能力を発動させ全員の銃口に蓋をするように霊子を移動させた。

 

 そして地面に完全に落ちる前にGod-tellを自分の足に乗せると目の前で銃を構えていた女性のメンバーの顔面向かって脚を振り上げGod-tellを命中させる。

 

 不意を着き見事に命中したGod-tellは反動で宙に浮き、女性のメンバーは後ろへ倒れる。それに驚いた他のメンバーが引き金を一斉に引こうとするのに対し

 

「引かない方が良い」

 

 と忠告するがそれに耳を傾ける事なく焦りを覚えたメンバー達は次々に引き金を引いてしまった。直後に銃口内で壁と弾丸がぶつかり合い拳銃が暴発する。

 

 丁寧に両手で構えていたメンバー達は暴発による衝撃で顔に火傷や擦り傷を負い誰もが顔を押さえて倒れてしまう。麗華はこのやり方はあまり良いとは言えないと思いながらも宙から落ちてくるGod-tellをキャッチするとイヤホンマイクと翡翠の弓矢を召喚する。

 

 そして顔を押さえて苦しんでいるメンバー達を楽にさせる為に、それぞれの懐からネックレスを探し当て弧の先端で押し潰すように破壊していく。そして全員分破壊し終えた後で粒子となって消えゆくメンバー達を横目に麗華は変身して空へと浮かび上がった。

 

 マイクの通信で翔に事の旨を伝えながら飛行していると、前方に先に飛行していたチーを発見する。それはチーも同じで麗華がすぐに追い付いて来たことに唖然しながらも通信機でしイーに呼び掛けた。

 

「ヤバイ!こっち翠女神追ってきた!!助けて!」

 

「えっ?あっ、こっからも見えるぞ緑色の奴が飛んでる...ってチー、あいつ止まってねーか!?弓構えてるんじゃねぇの!?早く避けろ!」

 

「避けろって言ったって、こんのっ!!」

 

 チーが上体を反らした瞬間すぐ脇を翡翠の矢が突き抜けて行った。冷や汗をかきながらチーは体勢を建て直し飛行を続ける。

 

 ようやく煙の立ち込める場所が見えたと思った時、そこには瑠璃の鎧に銃口を向けられた爆団長がチーの目に映った。すぐにブースターの威力を上げ速度を増して爆団長に向かって飛び込む。

 

 刹那鎧が放った弾丸が背中をかすめ羽が破損し装置がダメになってしまったがチーは何とか爆団長に弾丸が当たる事は阻止した。

 

 そして続け様に麗華がその場に降り立ち、装甲を解除すると瑠璃色の鎧の正体を爆団長に尋ねた。すると

 

「お前の仲間じゃないのか?貴婦人みたいな格好をした美人だ」

 

 と麗華に呟く。すぐに目の前にいる鎧の正体が卯一だと気付いた麗華は鎧を刺激しないように距離を取りながら鎧を中心とする円の周を回るように移動を始める。

 

「ウイッチさん...お前の装着者は今、どうなってるの?」

 

この子ならとっくに気絶してますよ、体力もない状態で私を纏うなんてさぞかし頭が悪いのでしょう。記憶によれば頭脳はかなり優れているのでしょうが想い人が関われば話は別。どうしても冷静さを欠いて感情的になる可愛い女の子ですね

 

 鎧は装着者である卯一を嘲るように口に手を添えて笑った。その言葉に不愉快になった麗華は地面を蹴って鎧との距離を詰め、手に握った弓の弧の刃で切り裂こうとする。

 

 だがいとも簡単に瑠璃色の銃で翡翠色の弓は受け止められてしまい、空いた右の拳が麗華の腹部目掛け突き出される。すぐに麗華が距離を取った為、鎧の拳は空を切ったが鎧は驚くこともせず麗華に問い掛けた。

 

どうしてアグネスを使わないのですか?

 

「お前ごとき生身で十分だから...」

 

はぁー...本当なんなんですかね。そういってなめるんですか。めんどくさいなー

 

 急に丁寧口調から人間らしい口調に変わったかと思うと鎧は思い切り麗華を蹴り飛ばし、そのまま弾丸を発射する。麗華は壁を作って着弾を防いだがGK銃の弾丸を喰らった時と同じように一発だけで壁を貫通していた。

 

 直ぐ様受け身を取って起き上がった麗華に鎧は

 

はぁー、早く死ねば良いのに。私の力にどうせ手も足もでないんだからさぁ!!

 

 と情緒が不安定になったのか急に激昂したように麗華に向けて鎧は銃を乱射する。麗華は目の前に二重の壁を生成するとやむを得ず解放の呪文を唱えた。

 

魔王解放...変身

 

 翡翠の鎧を纏ったのと同時、目の前の壁が弾丸を受けきれず崩れ去る。その霊子を麗華は自らの右脚に集束させると鎧の弾丸を弾きながら距離を詰めていく。

 

 そして弓を振り上げ鎧がそれを防ごうと銃を構えたのを確認してわざと麗華は当たらないように弓を振り下ろしたかと思うと、地面を蹴りそのまま身体を回転して霊子を纏わせた右脚を鎧に対して蹴り下ろした。

 

 膝を着いた鎧の方を振り向きながら弓を構えて横に一閃し、更に切り上げる。攻撃を喰らって宙に浮いた鎧に狙いを定め麗華は弓を引くと矢を放つ。

 

純翠神破弓(アグネスストライク)

 

 鎧へ向けて放たれた一本の翡翠の矢は空中で分裂し無数となって向かってゆく。勝負あったと麗華だけでなく爆団長やチーも思ったが鎧は瞬時に空へ発砲するとその反動で自らの位置をずらし矢の直撃を避けた。

 

 そのまま麗華に数発発砲しながら着地すると鎧は麗華の手や脚を的確に狙って発砲を続ける。防御として麗華が壁を生成し、弓を引いていると鎧はGK銃を拾い上げ交互にトリガーを引く。

 

 GK銃の弾丸が壁を分解し、瑠璃の銃の弾丸が麗華の鎧に火花を散らす。膝を着いた麗華に鎧は宣言するように

 

だから言ったでしょ、私の力には敵わない。今や私は頭脳明晰、あなたの行動なんて完璧に予測出来る。めんどくさかったけどあなたを殺した方がこの子は憂鬱に染まる、こっちの方が簡単でした

 

 鎧の持つ銃に青色のエネルギーが貯まっていき鎧が引き金を引くとエネルギー弾が麗華目掛けて真っ直ぐに発射されるが

 

「予測は出来ても予知までは出来ない...ですよね」

 

 という声が麗華の脳内に響いたかと思うと、弾丸を空から降ってきた琥珀の槍が貫いて爆散する。全員が槍が投擲された方向を見ると槍と同じ琥珀色の鎧を着込んだ翔が羽を広げて浮いていた。

 

 同じタイミングで今度はイーがやって来てジェットパックを取り外して降り立つ。そして唖然としているチーと爆団長の元へ駆け寄り爆団長へ応急措置を開始した。

 

 翔は急降下して鎧に蹴りを入れ体勢を崩させ地面に刺さった槍を抜いて麗華の隣に移動し手を差し伸べる。しかしその手は何故か震えていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「GDが一人舟の方向に飛んで行ったから追跡する。多分まだ敵がいるかも知れないから気を付けて」

 

 という連絡を受けた翔は建設中のバベルの塔にいた。何故塔にいるのかと言うと聞き込みによって見たことも無い男達が働いているという情報を得たからだった。

 

 その調査の為、作業員に断りながら塔を縛るように作られた階段を登って行くとその途中で耳に手を当てて叫んでいる男を見つける。

 

 その男が向いている方向を見ると緑色の光が飛行機雲のような物を出しながら飛行する物体を追跡していた。それを見てこの男こそがGDであると確信した翔は琥珀の槍を握り締める。

 

「はぁ~、危ねぇ。チーの奴避けたんだろうな...ん?何だお前、さっきからこっち見て...ってお前!?」

 

 通信中に誰かの視線を感じていたイーがその方向を見ると、身体に布を巻き付けただけのような服装をした少年が立っていた。しかしイーはその少年の顔に見覚えがあった。

 

 エキスポで箱舟ノ書を奪い合った際に瀕死まで追い込んだ少年と全く同じ顔だった。こいつもこの世界に来ていたのかと懐から拳銃を取り出して発砲するも、読まれていたかの如く躱されてしまう。

 

……これが噂に聞く力って奴か?

 

 すぐ銃口を翔に合わせるもそれを避けるように翔は段々と階段を降りて行く。埒が明かないと思ったイーがE部隊に声を掛けると壁や足場を作っていたメンバー達が一斉に集結し、翔の逃げ場を失くす。そして一斉に翔に銃を構えた。

 

 流石に同時に発砲されては避けれないと思った翔が槍を地面に置き、両手を挙げる。メンバー達は銃を構えたまま壁側へと移動し、翔を外側へと追い詰める。

 

 少しでも足を後ろへ退こうならばすぐに足を踏み外して落下してしまうだろう。しかし翔は落とした槍を落とすように蹴り飛ばすと自らも背中を下に飛び降りる。

 

 飛び降り自殺を図ったのかとイーが下を見るとそこには翔が空中で琥珀色の鎧を纏っていた。そして地面に激突する前に禍々しい羽を広げ浮かび上がるとイー達がいた足場まで一気に上昇する。

 

 そして槍を構えながら着地すると銃弾をもろともせずメンバー達を薙ぎ倒していく。しかし薙ぎ倒しただけではメンバー達はすぐに起き上がって向かってくる為、翔は迷っていた。

 

……ここでは現実と違って手加減はしなくてもいい...でもそれは人を殺す事と同じ

 

 そんな事を考えながら槍を振るっているとメンバーの一人の男の腹に槍が突き刺さる。すると男の身体が粒子となって飛散した。

 

「……え...っ、あっ...ああっ!?」

 

 槍の先端を見ると血がべっとりと付いていた。そしてじわじわと翔の心に殺人を犯してしまったという感情が沸き上がってくる。

 

 翔はこの世界で現実から来た人を殺したとしてもそれは本当の意味での殺人にはならないと言う事を卯一や麗華からは聞いていなかった。

 

「臆するな!行けぇ!!」

 

 しかしイーや他のメンバー達はたった一人消えただけでは狼狽えもせず動きが止まった翔に対して今度は短剣を取り出して襲い掛かってくる。

 

……人一人死んでるのに何で...何でこいつらは平気なんだ?

 

 襲い掛かる他のメンバーを振り払おうと突き飛ばすと力を入れて無いのにまるで車に衝突したかのようにメンバー達は吹き飛ばされ足を踏み外して落下する。

 

 何人かの攻撃を受け続けながらも翔はもしこのまま自分が殺されたらどうなるのかを考えていた。自分の次は誰が殺されてしまうのか。

 

「殺させない...麗華さんだけは絶対にッ...」

 

 気付けば再び槍を強く握り締め、目の前にいたメンバーの女性の一人の腹に槍を突き立てていた。ふっ切れたのか震える手でその女性を塔から突き落とし、修羅の如く他のメンバーすら確実に殺せるように槍で突き、片方の手で塔から落とす。そして一人残ったイーの喉元に槍を突き付けた。

 

「僕はここであなたを...」

 

 そう言う翔の手は震えていた。初めて人を手に掛けてしまった事実が翔の心を蝕み身体までもを拘束する。その隙につけ入るようにイーは翔に飛び込むと二人して階段を数段転げ落ち、塔から落下する。

 

 このまま翔を道連れに、と思っていたイーの耳にチーの言葉が響き渡った。

 

「爆団長は無事だけどこっちに青い鎧がいて翠女神が戦ってる!そっちは大丈夫?」

 

「翠女神が戦っているって!?」

 

 翠女神という単語を聞いた翔は自らの身体を絞めるイーを突き放すと羽を広げて舟のあった方向へと目標を変え飛行していった。

 

 イーは地面に激突する前にジェットパックを召喚してボタンを押し何とか浮遊する。そして翔の後を追うように琥珀色に光る物体目掛け飛行した。

 

 やがて翔が太陽の光を反射し翡翠色に光る鎧と瑠璃色に光る鎧を見つけると、それは丁度翡翠の鎧に火花が散る瞬間であった。咄嗟に翔は予知を使い、瑠璃の鎧が発砲するタイミングに合わせ槍を投擲する。

 

「予測は出来ても予知までは出来ない...ですよね」

 

 見事槍が弾丸に命中し爆散したのを確認して翔は急降下し鎧に蹴りを放つ。そして地面に刺さった槍を引き抜くと麗華の元まで行き手を差し伸べた。

 

「翔...ありがとう」

 

 そう言って手を握り返す麗華に翔は安心感を覚えると共にいくばくかの罪悪感も覚えた。しかしそれを払拭するように麗華の隣に立ち、敵であろう瑠璃の鎧に槍を構え直す。

 

 太陽に煌めく琥珀と翡翠の鎧が並び立つのを見て瑠璃の鎧は憂鬱のため息を漏らしながら両手の銃を構え、発砲する。

 

 その弾丸は翔に防がれ麗華に切り捨てられる。翔が槍を盾にして距離を詰めるように踏み込むのを見越して鎧は後退を始めた。しかしそうはさせまいと麗華が上空に矢を放つ。

 

降リサカル矢ノ雨(レインアロー)

 

 降り注ぐ無数の翡翠の矢が鎧の動きを制限し、その隙に翔が鎧を自らの攻撃範囲に入れる。

 

はあああああっっっっっ!!!!」

 

 手前に構えた槍を持ち直して振り抜くように横へ一閃し更に唐竹割りのように頭上から振り下ろした。瑠璃の鎧から火花が散り鎧は後ろへよろめく。それに合わせ羽を広げて飛び上がった麗華が蹴りを放ち鎧を地面に転がせた。

 

 立ち上がる鎧に攻撃の隙を与えないように二人は交互に槍で弓で鎧を切りつけた。至近距離から放たれる弾丸を翔が予知を使って受け止め、その隙に麗華が拳を入れる。

 

 いくら天才の身体を触媒にしようと二体の魔王に鎧は劣勢になっていき発砲もままならなくなってしまう。そしてタイミングを合わせて蹴り出した脚を喰らって鎧は再び地面を転がされた。

 

「これで終わりです!」

 

 翔が槍を突き立てると鎧の周りから複数の槍が鎧の身体を突き刺すように生え出し鎧の下半身を完全に固定した。そして二人は同時に飛び上がると鎧に向かって蹴りの構えを取り

 

冷金終幕(エンドオブプスィフロス)!!」「純翠終幕(エンドオブアグネス)!!

 

 同時に必殺の蹴りを鎧に叩き込んだ。鎧は寸前に顔を庇うように顔の前で腕を組み受け止めようとするが、二人の威力を殺しきる事が出来ず後ろへ吹き飛ばされた。

 

 着地した二人は手応えがあったかと倒れた鎧を凝視すると鎧はゆらゆらと立ち上がって額に手を当てて笑いだした。連撃を受け二人同時の蹴りを放ったのにも関わらず鎧は堂々と笑い続ける。やがて、立ち尽くす二人を見ると鎧は

 

何故攻撃が効かないか教えましょうか?

 

 と煽るように聞いてきた。黒い仮面に白い眼のような物が浮かんだその顔には口が無いがさながら笑っているようにも感じられる。

 

私達のこの鎧は装着者の心理状態の影響を受けやすいんですよ。あなた達冷酷(プスィフロス)純粋(アグネス)も同様、その感情の強さがそのまま鎧の攻撃力に比例する。だけどあなた達はその感情を前面に出していない。これでおわかりでしょう、何故私が強いのか

 

 鎧は銃を二人に向けて構えた。

 

私の装着者が抱える憂鬱(カタスリプスィ)、それがとてつもなく大きいからなんですよ♪

 

 立ち尽くす二人に対して鎧が引き金を引く。

 

憂蒼神破弾(カタスリプスィショット)

 

 放たれた弾丸を予知を駆使して翔は真っ二つに切り裂くと、再び攻撃を仕掛ける為に走り出す。しかし駆け寄る二人に対して鎧は微動だにせずただ銃を構えているだけだった。不審に思った翔が予知を使おうべく集中した瞬間

 

「「グッ!?」」

 

 二人の背中に何かが直撃し、二人は体勢を崩してしまう。何とか倒れる前に手を着き顔を地面に打ち付ける事は無かったが予想外のダメージに身体がうまく動かなかった。

 

「何ッ...で!?」

 

「まさか...」

 

 二人が見上げるように鎧の立つ方向を見ると鎧は何故か中腰になって右足を前に出したポーズを取っていた。

 

いやぁ、切ってくれてありがとうございました。もう一発撃たなくてもすぐに弾道を変える事が出来たので楽でしたよ。さてと、じゃあ起き上がる前に()()()()()といきましょう♪

 

 そう話すと鎧は両手を挙げロンダートをし、二人に背を向けたまま空中に飛び上がった。そして空中で身体をひねって足を二人の方向に向け

 

憂蒼終幕(エンドオブカタスリプスィ)

 

 と呟くと鎧の右足に禍々しい青と言うよりは紺の炎のようなエネルギーが集束し、まるでレールを滑るように二人に向かって急降下する。

 

 直撃を避ける為、何とか麗華が手を掲げ霊子の壁を二人の前に生成するが、鎧の蹴りの威力はその程度では抑えきれず壁は崩壊し、その余波で二人は後方に吹き飛びそれぞれの武器を手放し、鎧の装甲が解除された。

 

 蹴りの反動を受けた鎧はそのままバック転をすると中身にそぐわない運動神経でくるりと華麗に着地し、二人の前に歩いて来るとしゃがんだ。

 

 それに対し二人はそれぞれ鎧の足首を掴むが鎧はそれに気にも止めず口を開いた。

 

どうしてここまでこの子が憂鬱に染まってしまったのか、それはあなた達のせいでもあるんですよ。あなた達は強い、そうただ強い。心もその魔王装備すらも持ち合わせたあなた達のそばにいたこの子があなた達を見て嫉妬し、それを持たぬ自分と比べ憂鬱に浸っていたのです。自分勝手ですよね

 

 鎧は二人の手を蹴り払いながら立ち上がり、立ち上がれない麗華の腰を踏むように移動すると痛みで叫びそうになる麗華を気にも止めず自らの口を閉じる事はしない。

 

だから私良い方法を考えました。この子は現実の世界に居場所なんてありませんしこのまま私の鎧の中で眠ってもらいます。だってここであなた達が死ぬ気でこの子を取り戻してもきっとまた私を使って今と同じ状況に陥りますよ、どうせその時にも君達二人は止められない、あの想い人だってそう

 

 今度は翔の上に座るように腰掛け脚は麗華の上に乗せたままにする。

 

あなた達にとっても良い提案ですよ。こんな性悪女なんて忘れて普通の生活に戻る。この子は永遠に私の中で憂鬱だけに染まりながら因果応報のように孤独を味わう

 

 鎧は二人の懐からこの世界に存在し続ける為のネックレスを取り上げるとそれを右手に握り締めたまま左手でGD組に銃を構える。

 

誰かと比べる事のないたった一人だけの理想郷(ユートピア)。あなた達がこの子の事を想うならそれが一番この子にとって幸せではないですか

 

 鎧の提案も一理あるのではと考えた二人は反論する事が出来ず黙ってしまう。その様子を見てからまるで誰から撃とうか悩んでいるかの如く銃口を順番にGDの三人に向けて動かしていく。

 

じゃあ幸せの第一歩としてまずは...カッコいいリュック背負った君に死んでもらいます♪

 

 鎧がイーに向かって銃の引き金を退いた瞬間

 

「危ないッ!!」

 

 と言ってチーがイーを庇うように突き飛ばす。

 

「馬鹿野郎!!!!」

 

 チーが着弾を覚悟して眼を瞑っていたがいつまでたっても痛みが感じる事が無いので眼を開けるとイーとチーの前には爆団長が作ったコピーが盾となって二人を守っていた。

 

 役目を終えたかのようにコピーが消え去ると守ってくれた感謝を伝えようと二人が爆団長の方を向くと、爆団長の身体は光の粒子に包まれていた。

 

 先の鎧との戦いで細胞を使い過ぎていた爆団長は既に限界を越えていた。先ほどの一人が生成出来る最後の一体であり、それを生成した事により爆団長は身体を保っている事が出来なくなったのである。

 

 涙を浮かべながら駆け寄る二人に爆団長は微笑み掛けると懐からカプセルのような物を取り出してイーに手渡した。

 

「後は頼んだぞ、ガキども」

 

 そう言って爆団長は崩れるように光となって消えた。残されたカプセルを握り締めながらイーは泣きわめくチーの肩を抱き寄せる。

 

泣かないでくださいよ、すぐに同じ所へ行けますから

 

 鬼畜にも思える鎧が二人に対して銃口を向けるとその引き金に手を掛ける。止めろと言う翔の声も虚しく銃声が数発鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

ぐあっ!?

 

 しかし鎧の背中から火花が飛び散り、引き金を引いたのは鎧ではない別の誰かだと判明する。すると急にバイクのエンジン音が響き再び銃声がしたかと思うと遅れて鎧の背中にまた火花が散りネックレスを手放した。

 

ぐッ...あ?氷?

 

 鎧が撃たれた箇所にはまるで氷の弾丸を撃たれたかの様に氷が結晶の模様を形取って付着していた。その場にいる全員が辺りを見回すと一台のバイクが近づいて来た。

 

 鎧よりは明るい青カラーのボディのバイクにまたがったライダースーツの上に白衣を羽織りヘルメットを被った人物は鎧に対してGK銃ほどの大きさの横に薄くハンマー付近に謎の装置が付いた銃を右手に構えていた。その右手の中指には水色の指輪をはめているのが見て取れる。

 

そのバイク、この子の記憶によれば本当の姿の青二輪(ブルーマキナ)...

 

 その人物はバイクから降りるとそのヘルメットを外す。

 

「来たぜ...助けに」




卯「はい前回に引き続き本編補足コーナー始めます。今回の議題は麗華ちゃん、ということで本人にも来てもらいました」

麗「上だけじゃなくてここでもこんな茶番を...(あれ、“神”いるし)」

卯「今回は番外編及びこの章の一番始めで描かれた麗華ちゃん周りの問題についてよ」

ク「レイカはカケルの家の養子になったんですか?」

麗「一応養子縁組を受ける手続きはしてる...けど」

卯「麗華ちゃんの年齢だと普通養子縁組だと思うけど、手続きには戸籍謄本と本人確認書類、養親、養子それぞれの印鑑、後は家庭裁判所の許可があれば大丈夫ね」

神「後、裁判所から調査があったりするんだよね」

卯「後、非常に言い辛いんだけど番外編の最後に「いつか時神に変わる~」ってあったけどあれ養子縁組受けたらすぐ変わるんだよね」

麗「あれは...気持ちです気持ち!一応養子と実子は結婚できますし...」

卯「ちなみに申請の仕方はこれで良いんだけど受け入れられるまでに一ヶ月程掛かるの。つまり劇中だと麗華ちゃんはまだ破神霊香名義のはずなんだけど...」

巳「劇中では虹神麗華名義になってると」

神「改名したってこと?ってか本名はレイカ・ディ・アルコバレーノじゃなかったっけ?」

麗「あぁ、本名はそれで漢字名義だと虹神麗華になるだけ。ちなみに破神霊香という名前はGDのボスが付けてそれで星籍を取ったから」

卯「えーっとさ、本編で一回も言及されてないかもしれないけど麗華ちゃん出身星って」

麗「木星ですね、まぁ今時地球以外出身なんて珍しくないですけど」

ク「あ、私も実は天王星です」

卯・巳「「え!?」」

神「何かさらっと新情報が出たけど...ってかこのコーナー最早雑学と化してるな。次回は...一ヶ月更新を休んでから零矢の宝くじ問題の解説でお送り致しますって作者 また休むの!?」


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悪夢を洗い流して

 気付いたら四周年過ぎていた...

 三月十二日が記念日なんですよねこれ。忙しくてごめんなさい。個人的に五周年かなと思っていたらどうやら周年と年目とは意味が違うようで。正しい書き方だと四周年、五年目と言うらしく、もうそんなに書いてるんですね。

 これから一ヶ月に一話ではなく二話レベルでいきたい...まぁあまり期待はしないでください。なんだか先の展開ばかり考え過ぎて現状が進まなくなると本末転倒なんですが...速く書けば解決...それは強引すぎるか。

 五周年と言うことでtwitter開設とかキャラ募集とかを考えたのですが人が集まりそうにないので延期ですかね、密ですし。

 書き始めてなんですがこれ活動報告で書くべきで前書きだとめちゃくちゃ長くてめんどくさい作者だと思われそう。

 え?いつもキャラに喋らせてないか?細けぇことは気にするな。後書きで喋るから見といてね!?

 そんなこんなで五年目、果たして五周年までに予定している新メンバーを出し物語を夏まで進められるのか、その結末は俺が...

神「おい、ヤベーやついるぞ。久し振りにみたらこんな前書きじゃないだろ。もっとテキトーだった気がするんだが?あ、二ヶ月振りの今回喧嘩の後はどうなるのか、どうぞ」


「誰かいるか!!」

 

 時刻は十四時半を過ぎた辺り、俺は巳羅姉と話した後すぐに研究室(ラボ)に向かった。呪文を唱え移動した部屋の扉を開きモニターが飾られた部屋に問い掛ける。

 

 するとモニターに銀髪の女が映り俺と目があった。その女、“神”は俺を見るなり驚いたような顔をすると

 

「お前、どうしてここに?」

 

 と尋ねてきたので

 

「ウィッチさんが出掛けるっていうなら箱舟ノ書を既に手に入れたって事だろうと思ってな。そしたらここに来ると踏むのが最適解だろ?」

 

 と自信を持ちながら答える。そもそも“神”が少し焦っていた感じからして恐らく彼女はここにいるのだろうと感じ取れた。

 

 それにもし神代の時代に行くならば関係性が悪化した俺抜きで行く可能性が高い。その点は少し腹立たしい気もするが今回は完全に自業自得なので表には出さないが。

 

「お前、ウィッチと...」

 

 その瞬間けたたましい音と共にモニターが赤く光り出したが“神”はうるさいと一蹴し、どこからか取り出したのか古典的な赤い丸のボタンを手に持つとそれを押す。するとまるで何もなかったかのようにモニターは正常に戻った。

 

「話を戻そう、お前ウィッチと...」

 

「いや、今のヤバイやつだろ。前にも侵入者の時に聞いた気がするんだけど...」

 

「心配ない、God-tellにも出るから気付くのにそう時間は掛からないだろう...で喧嘩したんだって?」

 

「何でそれを?」

 

「そりゃわかるわよ。いつも『大丈夫かな後輩クン』とか『彼なら心配ない』だの世話焼きまくっているあいつが『彼抜きで行く』なんて言うもんだから、喧嘩を疑うのが“最適解”だっての」

 

 “神”の声真似は恐ろしいほど似ていたが先程の予想が当たっていたことに少し悲しさを感じていた。しかしそれは仕方がないことだ。俺は巳羅姉が来たから良いもの彼女の方は頭に血が上っていたままだったかもしれない。

 

 そう考えて黙り続ける俺を見て“神”は確信したように話し掛ける。

 

「図星だろ、その反応。お前がウィッチに弱いのは知ってるからな。で?喧嘩の原因は?」

 

「魔王装備をエキスポで使って暴走しかけたこと、それに対して俺がウィッチさんに秘密主義は止めて欲しいって言って口喧嘩になった。俺は突き飛ばされたけど」

 

「えっ、あのウィッチがお前を突き飛ばすなんて。フフ、あはははっ」

 

「どこに笑う要素があった?」

 

「あいつも行動がツンデレみたいだな。悪い悪い、そりゃ当事者にすれば突き飛ばされて良い気はしないだろうが、多分それは遠回しに信頼してる証拠だなと思って」

 

「どこが?」

 

「あの秀才が口喧嘩出来る相手がそこらじゅうにいると思うか?あいつだって馬鹿じゃない。常に何かしらを考えて行動するあいつが感情に身を任せたままお前と言い争ったって事はお前はあいつにとって少なからず特別な存在ってことだ」

 

 いまいちその理由がわからず俺がその言葉の真意を考えていると武器庫の扉から『武器庫(アーセナル)』が出て来ると、それに続いて『治療(クラティオ)』、『運転手(アーセナル)』が出て来る。

 

 全員顔がそっくり、いやほとんど同じである彼女らを見分けるのは胸に掛けられた役割のバッジだ。それよりもこうして三人並ぶのを見るのは初めてだった。

 

 彼女らの見た目はアンドロイドと言っても普通の人間と変わらないようであり、機械の部分が露出している箇所は無い。彼女らが着ている服は恐らくウィッチさんの服であろう。その為、このまま外に出てもアンドロイドと見分けるのは至難の業かもしれない。

 

 顔も精巧に造られているのか整った美人であり、髪もカツラかどうかはわからないが長いので先の服装と合わせて性別が無い三人を“彼女ら”と称すのはこの為である。

 

「思ったより鈍いのですね、神木零矢」

 

 『治療』が茶化すように言う。シンギュラリティに達しているのかわからないが彼女らは言動も含めどこか人間味を感じる。

 

「あんな狭い箱に入った仲ですよね?妖美卯一がそう簡単に男と密着するとは思いませんから...そういう事でしょう?」

 

「そうこう言う前に神木様の怪我の治療をして」

 

 『武器庫』が『治療』に注意するとわかっていたようにそばに置いてあった救急箱を持ち上げると俺に座るように促し、既に巻いてあった包帯を新しい物に取り換える。

 

「で、ただ治療されに来た訳じゃないだろ?」

 

「俺を皆が行ってる世界に飛ばして欲しい...ダメか?」

 

「治療が先だな」

 

 願い事を受け入れてくれたのか突っぱねたのかは定かではないが“神”は画面から消える。そして『武器庫』と『運転手』も俺の怪我の具合を確認した後で再び武器庫に戻って行った。

 

 残された『治療』が黙々と俺に処置を続ける。そして全て取り換えた後、背中をポンと叩き終わったという合図を受け取って俺は服を着て立ち上がった。それと同時に“神”が再び画面に姿を現す。

 

「で、行けるの?」

 

「行く」

 

「即答かよ。一応言っておくがあいつが持って行った『瑠璃の銃』は『武器庫』が調べた辺り魔王装備である可能性が高いってさ。もし暴走したら怪我してるお前に止められるの?」

 

 魔王相手には魔王、生身で戦うよりこちらも魔王装備を使って止めるのが一番早いのはわかっている。わかっていてももう一度暴走したら、という事を考えると隠そうとしても腕が震えてしまう。

 

「俺以外の二人が...そもそも暴走すると決まった訳じゃ...」

 

「残念ですが妖美卯一は既に暴走しています」

 

 俺の言葉を遮るように『治療』が淡々と言うと中央のモニターに映像が映る。そこには瑠璃の鎧を纏った彼女と思わしきものが翡翠の鎧を纏った麗華に襲いかかっている場面だった。

 

「あの魔王は憂鬱(カタスリプスィ)、使用者が鬱になればなるほど力を発揮すると言われている魔王装備です」

 

 つまり彼女の心の闇が鎧に力を与え続けているという事か。もし魔王装備がそれぞれの名前に関連した感情を力に変えるとしたら憂鬱に染まった彼女を止めるのは翔や麗華でも厳しいかもしれない。

 

「どうする?確実に止められる保証があるならお前をこの世界に送ってやる」

 

「俺は...」

 

「暴走した鎧を無力化するには手に持った武器を弾き飛ばすか鎧を直接砕くしかありません。その場合中にいる妖美卯一の無事は保証出来ません」

 

 彼女が憂鬱に染まった原因は少なからず俺にもある。だがその呪いを解く為に現実世界ではなくとも俺は彼女を殺す事が出来るのだろうか。

 

 脳裏に彼女とバイクの上で誓った約束が浮かんだ。互いのワガママを聞く、はたから見れば奇妙な約束だ。裏があるかもしれないが既に彼女は俺が生き返る為に今まさに奔走している。

 

 そんな彼女に憂鬱を抱かせてしまったならば、そのまま破滅へと進もうとしているならば、彼女に仲間と思われなくなっても、俺が生き返る事が出来なくなったとしても俺は彼女を...

 

「俺が刺し違えても彼女を止める」

 

 左のモニターの画面に映る“神”に決意を伝えるように見つめ続けると

 

「そう言うと思ってたよ」

 

 と俺を指差す。俺が後ろを向くとそこには服を持った『運転手』と武器を持った『武器庫』が立っていた。

 

「神木様、魔王装備は鎧を砕くよりも武器を鎧から一定距離離す方が圧倒的に楽です。なのでこの水鉄砲(ウォーターガン)をお使い下さい」

 

 『武器庫』はGK銃ほどの大きさの銀色の銃を俺に手渡した。銃口はそれほど大きくないが銃身の割に幅が厚い。しかも普通の銃で言えばハンマーの辺りの左側面に掌のようなパーツが取り付けられている。

 

「普通に撃てばただの水鉄砲ですがこれを指にはめた状態でグリップを握ると水の性質が変わります」

 

 『武器庫』が机に二つの指輪を置いた。一つは青色、もう片方は水色の石のようなものがはめられている。俺はそれらを手に取ると水色の指輪を右手に、青色の指輪を左手の中指にはめた。

 

「言ってないのによく中指にはめるってわかりましたね」

 

「あぁ...そういうものだから...」

 

「ちなみに右が『(アイス)』、右が『(アクア)』の結晶石となっております。あ、氷結晶石(アイスクリスタル)とは違って衝撃を与えても氷柱は生成しませんので」

 

 そう言われても俺は氷結晶石を使用した事がないのでそうなることを初めて知ったが。しかし水鉄砲ならわざわざ『水』の指輪をはめる必要はないのではないだろうか。

 

「『水』でグリップを握ると水が高圧に、『氷』なら水が凝固して氷の一撃となります。また、掌状のスキャナーに指輪をかざしますと更に威力が上がったいわゆる必殺技を撃つ事が可能となります」

 

 なるほど、というかさっきから気になっていた事だが俺は同じようなプロセスを踏む武器を知っている。流石にグリップでも性質が変わるのは予想外だったがこれを開発しようとした彼女の好みが透けて見えた。

 

「ですがこれは水を内部に貯蔵しておりますので限りがあります。それに指輪をはめた手で殴りますと破損の恐れがありますのでお手数ですが蹴りを主体で戦って頂きたいのですが」

 

 もはや玩具に合わせて指示するスポンサーのようになっている『武器庫』を苦笑いしつつ承諾してGod-tellを手渡す。

 

 彼女がGod-tellに水鉄砲をしまっている間、今度は『運転手』が管理局の件で着たライダースーツを手渡してきた。渡されたスーツを見ると負傷した時に空いた穴は縫われて塞がれ、血の跡がわからないほど綺麗な黒色だった。

 

青二輪(ブルーマキナ)の色は既に戻しましたのでお使い下さい。今回はサイドカーはありませんがサポート致します。それと零矢様...」

 

 彼女は近くの椅子に掛けてあった白衣を手に取ると俺に手渡す。間違いない、これはウイッチさんがいつも着ている白衣だ。

 

「卯一様の白衣の天使(エンジェルクロス)を羽織って下さい。ライダースーツでは下にTシャツを着れません。せめてもの防御としてですがこのアイテムは卯一様の最高傑作の一つです、必ずお役に立つと信じております」

 

 俺は服を脱ぎライダースーツに着替えると上から白衣を羽織った。彼女が着ていた時は膝下辺りまで裾があったが俺が着ると裾は膝上になってしまうらしい。

 

 それでも動くには問題なさそうだ。羽織った白衣から少しばかり彼女の温もりを感じながら俺は白衣をキュッと握ると『治療』の方を見る。

 

「え...何ですか?私からは何も無いですけど...」

 

「え、無いの?この流れならあると思ったんだけど」

 

 彼女は呆れるようにため息をつく素振りをすると

 

「包帯が汗で汚れたらまた取り替えてあげますから精一杯無茶しても大丈夫ですから」

 

 と小声で言うと顔を反らし、時空超越マシンがある部屋の扉を指差す。

 

 扉を開くとヘルメットを着けた三人が並んで眠るように座っていた。時折うなされるように身体を揺らしたり眉間に皺を寄せたりする翔や麗華と違い、彼女だけは死体のようにその表情を変えない。

 

 俺が彼女の隣の空いた席に座ると『武器庫』がヘルメットを取り付け装置を起動させる。

 

 ふと横に座る彼女の顔を見ると目尻に浮かぶ涙が見えた。それがこぼれ落ちるように頬を伝って彼女の服の上に落ちる。

 

……必ず救って見せます

 

 そう決意した俺に電流が走る。それを受け入れるように目を閉じ、開くとそこには先程までモニターの画面の中にいた“神”が立っていた。

 

 “神”は何も言わず微笑むと掌をこちらへ向けて衝撃波を放つ。再び目を閉じ、頬を通り抜ける風を感じて開眼すると目の前には天を目指すように塔がそびえ立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「翔様と麗華様のGod-tellを検知致しました。目的地までオート走行で向かいます」

 

 という『運転手』の声がしてから数分後、零矢はバイクにまたがったままそびえ立つ塔を眺めていた。

 

 人間が傲慢にも神に並び立とうと望んだ事で創り出されたバベルの塔は、神によって壊される。職人達の言葉を互いに理解出来ないようにさせ意志疎通が不可能となった人々は建築を止め、そこには風化した塔が残る。

 

 神に並ぼうと一致団結した人々は神によってバラバラにさせられる。弱い者がいくら集まろうが強い者に一度何かを崩されたらそこから連鎖的に崩れていく。

 

 そんな事を考えながら零矢は眺め続けていた。『運転手』がそろそろ到着するので戦闘準備をして欲しいとの通達を受けた零矢は塔に背を向け進行方向に顔を戻す。

 

……もしあの塔が本当にバベルの塔ならば箱舟と同時刻に存在している事になるのか...洪水が起こる前に言語をシャッフルされたら神力なんて手に入れられるのか...

 

 世界観を考察しながら零矢は『水鉄砲』を召喚するとそれを右手に握りながら左手でハンドルを握る。

 

「これより消音モードに入ります」

 

 けたたましいバイク音が風に消え入るまで鳴り止むと戦闘モードになるように零矢は銃を前に構える。

 

 木で造られた巨大な舟の横を抜けると視界の先に瑠璃色の人のような物が見えた。それに狙いを定め零矢が数回引き金を引くと何発かは当たったらしく瑠璃色の物はよろめく。

 

 やがて近づく零矢に気付き瑠璃色の鎧は零矢が乗るバイクの名前を呟く。鎧の傍らに倒れた翔と麗華が思わぬ増援に目を見開いている中、零矢はバイクから降りヘルメットを取った。

 

「来たぜ...助けに」

 

 翔と麗華にもしくは鎧に取り込まれた卯一に対してのどちらとも取れる言葉を呟くと零矢は青二輪をしまうと右足を一歩退き左手の青い指輪を見せるように肩の辺りまで左手を挙げると

 

「さぁ...ショータイムだ」

 

 と低い声で呟き白衣の左の裾をマントを扱うように背後に向けて投げるように払うと鎧に向けて走り出す。

 

 鎧が銃を構えるのを確認すると狙いを外させるべく零矢は身体の重心を一気に右に移動させるとその勢いのまま右に宙返りし鎧を翻弄する。

 

 再び狙いを定めるべく鎧が右手をスライドさせるのを見越し今度は左に重心を掛けアクロバティックに飛び回し蹴りを放つ。

 

 右手を蹴られた鎧が再び狙いを定める前に鎧の身体目掛け氷の弾丸を連射し、仰け反らせた後で再び身体を浮かせながら蹴りを放つ。

 

 鎧に隙を与えない零矢の猛攻を見た翔は零矢の戦闘力に唖然とし、その動きを見た麗華は

 

「エクストリームマーシャルアーツ...」

 

 と感嘆の声を漏らす。言葉の意味がわからなかった翔が麗華に意味を尋ねると

 

「通称XMA、スポーツの一種で武道とダンスなどのアクロバティックな動きを組み合わせる...簡単に言えばかの十四番目の魔法使いが主とする戦術」

 

 それを聞いて翔は理解したが、その戦術を鎧相手に使う零矢に畏怖を抱きつつその動向を見守る。

 

 蹴りで吹き飛ばされた鎧が倒れ込みながらも零矢に的確に射撃するも零矢は白衣の裾を引き弾丸を弾く。直ぐ様立ち上がり乱射するも白衣は意思があるかのように零矢に当たるはずの弾を全て弾いてしまう。

 

 零矢は中距離から氷の弾丸を撃つと再びアクロバティックな動きで瞬時に距離を詰め鎧の身体に回し蹴りを入れるが鎧に脚を取られてしまう。

 

 しかし捕らえられた左脚を軸にして片足で地面を蹴ると右踵で鎧の顔面に蹴りを入れ左脚を解放させると受け身を取り、上半身だけを起こした状態で銃を乱射した。

 

 零矢の圧倒的な戦闘力と戦闘センスを目の当たりにした鎧はこのままでは一方的に蹂躙されてしまうと感じ背中から羽を生やすと風圧で零矢を吹き飛ばしてから上空へと飛び上がる。

 

 上空を旋回しながら鎧は零矢に発砲をし続ける。頭上からの連射に先程まで優勢だった零矢も銃を構える事すら出来ず白衣を使って弾丸をいなすのに精一杯だった。

 

 何とか鎧を視認しようと空を見上げるも零矢に狙われないように鎧は日を盾にする為、照準を合わせる事が出来ない。

 

どうしたんですか?さっきまで優勢だったのに。イェネオスすら使おうとしないなんて

 

 鎧は零矢に紅蓮の鎧を纏わせ、その上で暴走させようと考えていたが一向に零矢が鎧を纏うどころか剣すら召喚しようとしないので『水鉄砲』を取り上げようと銃を撃ちながら降下する。

 

 音で鎧が降りてきた事を零矢は感知したが降下の際に放った弾丸がどこにも着弾していない事に気付きすぐに見回すが放たれた弾丸は宙で軌道を変え、零矢を中心に収束するように降り注いだ。

 

 直ぐ様白衣の袖から腕を引き抜き左手で振り回す事により着弾を防ぐが、その隙を狙っていた鎧に右手を取られ背後に回される。

 

 簡単に暴走させられるように腕を一本折っておこうと考えた鎧は骨が軋む音がするまで腕を締め上げると零矢が両手からそれぞれ武器を手放した。

 

 このまま一気にへし折ろうと鎧が力を入れようとするが握る手に違和感を感じ、目線を下げると何故か腕が水が溢れる程濡れており、掴む手に力が入りにくくなっていた。

 

 鎧の握力が弱まったのを感じ、一気に腕を引き抜いた零矢は左手に『水鉄砲』を握っていた。痛みで武器を手放したかに見えた零矢は先に白衣を落として空いた左手で『水鉄砲』を受け止め、鎧の腕に水を射出していたのだった。

 

「こういう使い方もあるってな」

 

 軽口を交えながら銃を右手に持ち替え掌状のスキャナーに左手をかざし再び左手に持ち直す。

 

Shooting Water!!

 

 電子音がそう告げるのを聞いてから零矢は鎧に対して引き金を引いた。高圧で発射される水を鎧は掌で受け止めようとするが凄まじい威力に受け止める事が出来ず徐々に後退りしていく。

 

 更に零矢が引き金を押し込むとそれに合わせ威力が上がった水がついに鎧を弾き飛ばした。それを確認して零矢は白衣を拾い上げ、自らに銃を向けようとする鎧に向かって投げる。

 

 鎧の視界が遮られすぐに被せられた白衣を取り外すも、そこには既に飛び蹴りを放とうとする零矢が目の前に浮いていた。

 

飛び回し蹴り(ローリング)ッ!!

 

 爪先側に進む通常の回し蹴りではなく踵側に進む回し蹴りで鎧の胸に蹴り込み回転を掛けると召喚していたワイヤーを鎧の身体に巻き付け射出装置を左右に投げ氷の弾丸で地面に固定する。

 

「フィナーレだ」

 

 身動きの取れない鎧にそう宣言した零矢は左手で銃を持つと胸の前に構え右手をスキャナーにかざす。そして鎧を飛び越えるように跳躍すると

 

Shooting Blizzard!!

 

 空中で前転しながら真下にいる鎧に対して氷の弾丸を連射し、華麗に着地を決める。

 

 直前に水を全身に浴び、また地面にも水溜まりが出来ていた事もあり鎧を含む周りの地面ごと吹雪に見舞われたかのごとく凍結し氷塊へと変わった。

 

「Summon!!『紅蓮の剣』!!」

 

 零矢の手に鎧と同じ魔王装備である剣が出現する。こうする事で魔王装備を纏わなくても勝機はあると零矢は考えていたのだ。何の因果か最も得意とするXMA式の戦術で戦う事が出来たのは零矢にとって幸いだった。

 

 凍り付く鎧が握る瑠璃の銃に狙いを定め零矢は走りながら剣を振り上げた。銃を鎧から引き離せば全てが終わる、隣で笑ってくれる卯一が帰って来ると確信していた零矢が剣を振り下ろすも

 

まだまだぁっ!!

 

 鎧は直前で羽を広げる事により自らの周りの氷を砕き銃で零矢の剣を受け止めた。そして驚いて反応が遅れた零矢に左の拳をいれ後方に吹き飛ばした。

 

 零矢はすぐに起き上がり左手に持っていた銃の引き金を引くも水切れが起きたようで閉じられた蛇口のように銃口からは数滴の水しか出てこない。

 

 仕方がなく銃と指輪をGod-tellに戻し剣と白衣で戦おうと落ちている白衣に手を伸ばすもその意図に気付いていた鎧は地面を撃ち抜き、白衣を飛ばして零矢との距離を更に遠くする。

 

どうしてイェネオスを使わないのかと思えばあなた、暴走するのが恐いんですね

 

 指摘された零矢の方を翔と麗華が見ると心なしか剣を握る手が少し震えているように見えた。

 

それもそうですよね。暴走した時にほとんど止めてあげたのがこの子なんですから。今やあの倒れたままの二人に止められる可能性は低い、だからあくまでも武器として使い、鎧は使わないで戦おうとする

 

 零矢の剣を握る手がギリギリと音を立てて強くなっていく。その変化を見逃さなかった鎧は嘲笑うように

 

とんだ臆病者ですね。そんなあなたが勇気の鎧を纏ったところでさほど戦闘力は変わらないでしょうし、良いことを教えてあげますね

 

 というと戦闘を放棄したかのように銃を構えるのを止め、クルクルと回しながら話し続ける。

 

あなたのせいでこの子は私を纏ったのですよ。力があればあなたに認められる、隣で戦えると。健気で哀れなヒロインですよ。あなたが強いせいでこの子は憂鬱になる、あなたがいる限り!この子は憂鬱の呪縛から逃れられない...

 

 鎧は緩急のある喋りで左手を顎に添え、淑女が笑うようなポーズを取りながら零矢を煽り続ける。

 

あなたはこの子の事が好きなんでしょう?だったらあの約束、破れませんよね?つまりどう足掻いてもあなたに勝ち目はない

 

 その罵倒に反論する事もなく鎧を睨み続ける零矢に二人が心配するが鎧は手応えありというように饒舌に提案をし出した。

 

あの二人には提案したのですがこの子をここに置き去りにすればそんな約束反故に出来ます。こんな面倒くさい女なんて忘れれば嫉妬される事もなくなります。この子も誰かに嫉妬する事のない幸せが...

 

「それが幸せってウイッチさんが言ったのか」

 

 しかし鎧の提案を遮るように零矢が口を開いた。先程の自分達のように言い返せなくなってしまったのかと心配していた二人の目には確固たる意思を持っているかのように立つ零矢の姿が映っている。

 

は?だってこれが最適解でし...

 

「そこに本人の意思がないなら、出した結論が周りから見て最適解であっても成り立ちはしない。解の一つかもしくはただの妄言だ」

 

も、妄言ですって?

 

 先程とは一転、零矢の言い分に鎧は狼狽え始める。自らの理念の隙を突かれた言葉に鎧は言い返す事が出来なくなってしまった。

 

「あたかも本人の意思と見せかけて別の誰かが身勝手に決めた結論なんてものは幸せなんかじゃない。それを施行しようものならそれは本人にとって悪夢って言うんだよ!」

 

 零矢の気迫に押されぎみになった鎧は一度考え直し、例えこの場で零矢が自身を論破した所で状況が変わる事はないと気付く。

 

 つまり零矢が言っている事さえも結局は妄言であると理解した鎧は狼狽えるのを止め、自身のペースを取り戻すように

 

何とでも言いなさい。どうせあなたはその鎧を纏って戦おうとしない。何が妄言ですか、あなただって同じですよ。他人から与えられた幸せだってあるはずでしょう。それともあなたはこの子に現実という名の悪夢を味合わせたいのですか?

 

 と言い放つが、零矢も怖じけることなく

 

「俺はその人から逃げないって誓った。例え疎まれようが俺の存在が邪魔だろうが、俺は解決法を共に考え支えてみせる。現実を悪夢だと思わなくなるまで」

 

 と鎧へ言い返し紅蓮の剣を鎧へ向けて掲げる。その時には既に鎧は銃を回すのを止めグリップを固く握り締めていた。

 

こんな女の為によくそこまで...言っときますが例え私を倒してもそう簡単にこの子の憂鬱が晴れるとは思わないことですね

 

「それでも永遠に鎧の中に閉じ込められるよりは良いだろ。惚れた女が泣き続ける世界の方が俺にとって悪夢だからな」

 

 零矢はふとこちらを見る翔と麗華に目線を移す。そして何も言うことなく頷いた。その意味をくみ取った二人は何とか立ち上がると魔王装備を回収しその場を離れる。

 

 再び零矢は鎧へと向き直ると零矢は掲げた剣先を下に向け呪文を口にする。

 

「悪い夢は終わりにしようぜ...魔王解放

 

 それに応えるように剣の装甲が弾け飛び零矢の周りを旋回し始める。大型の剣から一回り小さい両刃に変わった剣を天に掲げ

 

変身!!

 

 と叫ぶと零矢の周りに浮かぶ装甲が零矢目掛けて一斉に集まってゆく。それを見た鎧が零矢に弾丸を放つも零矢は掲げた剣を振り下ろし弾丸を切り裂いて地面に着弾させる。

 

 砂煙が零矢の周りを覆ったかと思うとそれを凪払うように煙の隙間から飛び出した剣が一閃すると、そこには真っ赤に燃え盛るような勇気の鎧である勇敢(イェネオス)を纏った零矢が佇んでいた。

 

 太陽に照らされた黒い仮面に浮かぶ白い眼が真っ直ぐと瑠璃の鎧を見据える。鎧もまた紅蓮の鎧を見据え両者の間に沈黙が流れた。

 

 その沈黙を裂くように先手を取ったのは零矢だった。左足を軸にして地面を蹴ると鎧との距離を一気に詰め振り上げた剣を勢いよく振り下ろす。

 

 鎧はその剣を銃で受け止め、流すが間髪を容れず零矢は左拳を入れた。だが先程まで指輪をはめていた癖が出てしまいパンチの威力がさほど出なかった。

 

 その隙を突いて鎧が零矢の顔面に至近距離から発砲するが零矢は首を傾けて避け左手で鎧の右腕を掴むと捻りながら下に移動させるがそこに鎧の左拳が零矢の側頭部に入れられる。

 

 だが中身の無い左の拳では零矢にダメージは入らず右膝を入れられ鎧は地から足を離す。すぐに零矢は身体を回し鎧の右手を自らの右肩に掛けると背負い投げをする。

 

 鎧は投げられた状態で隙の出来た零矢に発砲しダメージを与えるも背中を打ち付け悶える。すぐに体勢を立て直した零矢はXMAの要領で横に回転しながら寝転んでいる鎧に右脚を振り下ろそうとするが、それを読んでいた鎧は復帰するように起き上がるも

 

なッ!?

 

 先読みしていたかの如く零矢は右脚を振り下ろた体勢のまま右腕を伸ばして鎧に剣を突き刺していた。その突きを喰らい鎧は火花を散らしながら後ろへ吹き飛ぶ。

 

 零矢はゆっくり立ち上がると剣を構え直し近づき立ち上がろうとする鎧に剣を振り下ろした。その剣を鎧は左腕を犠牲にして受け止め、隙だらけの零矢の顔面に弾丸を放った。

 

ハァッ、ハァッ...憂蒼神破弾

 

 無防備な顔面に必殺の一撃を喰らった零矢は意識が飛んだのか剣を手から落とし力無く膝を着く。これで零矢の意識は完全に吹き飛び勇敢(イェネオス)が目を覚ます。

 

(もういいだろ、さっさと俺に意識を寄越せ。越えてはならない一線を越える勇気をお前に...)

 

「まだ...だッ!!」

 

 しかし零矢はイェネオスの言葉を遮り地面に倒れる前に両手を着くと――

 

「今、この場でウイッチさんを救えるのは...俺だけだろ!!!!」

 

 気合いを入れるように自らの額を地面に打ち付けた。血迷ったのかと鎧が驚いているとよろけながらも立ち上がった零矢の黒い仮面には斜めにヒビが入っていた。

 

 やがて白い三百眼が浮かぶ黒い仮面の左側が音を立てて剥がれていきそこから黒煙が漏れ出す。その黒煙の奥には仮面に浮かぶ三百眼に勝るとも劣らない白銀に輝く零矢の左目が確認出来た。

 

あれ...?おかしい...ですよね、何で意識を保ってられるんですか?

 

 只の人間ごときが鎧の支配をはね除けるなどあり得るはずがない、ならばこの人間は一体何なのか。鎧の中に忘れ去られていた恐怖が沸き立った。

 

「…知らねぇよ」

 

 仮面が割れた事により零矢の声が鎧に直接聞こえたかと思うと零矢の拳が鎧の胸に叩き付けられる。その威力は先程とは比べ物にならないほどでたった一発で鎧は遥か後方に吹き飛ばされた。

 

「お前を止められるのはただ一人...俺だ」

 

 剣を拾い上げそう宣言した零矢に鎧は咆哮をあげながら羽を生やして跳躍し零矢の周囲を旋回しながら弾丸を連射するが零矢は手に持った剣に念じるとその刀身を巨大化させ軌道を変えて襲い掛かる弾丸を全て薙ぎ払った。

 

 そして上空の鎧を切り裂くと鎧の羽は砕け地面へと墜落する。それに合わせ今度は零矢が飛翔すると刀身が巨大化した剣を頭上に構え、一気に振り下ろした。

 

 鎧の左肩から右足にかけて一直線に火花が走り鎧は膝を着いた。しかしまだ負けじと立ち上がった鎧が見たのは空を滑るように下降する零矢の持つ剣が今まさに自らの腹部へと斬り込もうとする瞬間だった。

 

ぐああっッ!!

 

 鎧は銃を落とし両手で剣を受け止めるが最早その程度では威力を殺しきる事など出来ない事を察した鎧は呪うように零矢に声を掛ける。

 

グッ...これで終わると、思わない、事ですね。この子が憂鬱に染まる度、私は...ハアッ、再び現れるのですから

 

 零矢が剣を握る手に力を掛けると鎧は覚悟したのか

 

人間に負けるなんて...あぁ、憂鬱...

 

 と呟くのを聞き終える前に零矢は剣で鎧の身体を斬り裂いた。瑠璃色の鎧に亀裂が入り中から黒い煙が漏れ出したかと思うと砕け散るように飛散する。

 

 黒煙の中に卯一が見えた零矢は直ぐ様剣を投げ捨てると勇敢の紅き鎧が風化し白衣を纏った姿に戻りながら倒れ込む卯一を抱き止めた。

 

 卯一は憑き物が取れたかのように顔に赤みを取り戻していた。その美しい眠り顔の頬には一筋の涙の跡が残っていた。

 

 しかし鎧を破壊するほどのダメージを中にいる卯一も受けてしまったが故に卯一の身体は既に光の粒子となって消えかけていた。

 

「...ッ...ゴメン...」

 

 罪悪感を噛み締めながら零矢が詫びるように呟くとふと頬に温かい感触を感じた。目を開くと卯一が残された右手を零矢の頬に当てていた。

 

 卯一は涙で潤った長い睫毛を離すように双眸を開き美しく、同時に優しい顔で零矢を見つめると口角を上げ微笑み掛けた。

 

 その様子はさながら零矢が前に見た悪夢のような光景と酷似していた。それを思い出し零矢は卯一がこのまま本当に消えてしまうのではないかと錯覚し恐怖を抱くも卯一の一言で我に返る。

 

 たった一言、自らが消えてしまう前に一つだけ伝えたい感情。それを絞り出すようにかすれた声で

 

「...ありがとう...」

 

 と卯一は呟くと光となって空中に散華した。フッと軽くなった零矢の両腕は空を抱き、その場には卯一がしまっていたネックレスがポトリと落ちる。

 

 まるで鎧が砕けた時と同じようにマリンブルーのダイヤモンドが砕け散り風と共に流れていった。

 

 虚しさに暮れた零矢が空を見上げるとそこには雨雲が漂っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「先輩...平気だったんですか?」

 

 零矢が散らかした道具を片付けるようにワイヤーや剣を拾っていると、離れていた翔と麗華がそばに来て声を掛けてきた。

 

「いや、無事ではないな...ほら」

 

 零矢が掌を二人に見せるとその指先は少しずつ光の粒子となって空中に消えていた。鎧の必殺技を顔面から受けた後、零矢はほとんど気合いだけで立っていたようなものだった。

 

「……ウイッチさんは...」

 

 そう尋ねる麗華に零矢は少し悲しそうな目をした後、目線をずらす。二人がその目線の先を追うと地面に落ちた瑠璃の銃があった。

 

「先輩...すみません、僕がちゃんと予知していれば...先輩がウイッチさんを殺さなくても...良かったのに...ッ」

 

「お前の所為じゃない...俺が悪かっただけだ」

 

 零矢は翔の肩に右手を置こうとするも手が光となって消え去りそれは叶わなかった。そして自身の身体のほとんどが光となり始めているのに気付く。

 

「時間が無ぇ、ノアの神力を頼む。ノアと心を通わせ継承してくれ」

 

「あぁ、約束だ」

 

 残り時間が少ない零矢の想いを汲み取った麗華が頷き小指を立てる。それを見て翔も同じように小指を立てると麗華の小指に当てた。

 

 それを見て零矢が残った左手の小指を立て二人に重ねる。円陣のようにその手を下に下げると小指を離し

 

「頼んだぜ」

 

 と言うと零矢の身体は粒子となり宙に散華した。そして存在が消えた事を示すように零矢が立っていた場所にネックレスが残り、地面に衝突する前に完全に消え去った。

 

 それを見守るように見ていた翔が

 

「先輩もウイッチさんも一日で喪うなんて...」

 

 と涙を堪えながら呟くと不審に思った麗華が

 

「ん?別に本当に死んだわけじゃない。この世界観から消えただけだ。元に戻れば生きている」

 

 と説明すると翔は目を見開き

 

「え...じゃあ僕が殺したと思ってたGDも本当に殺したわけじゃ無いのか...何だ、良かった」

 

 と安堵のため息をもらす。しかしその解釈では取り返しのつかない勘違いが生まれるのではないかと危惧した麗華は

 

「確かに本当の意味で殺したとはならないが、それでも殺人に当たる行為をした事に変わりはない。それは私もウイッチさんも説明不足だった。だから切り換えが重要...現実とこの世界を混同してはいけない」

 

 と翔に忠告する。それを聞いてそうですね、と軽い返事を告げると気持ちを入れ換えるように翔は立ち上がった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「よっ、お疲れさん」

 

 目を開くとそこには片手を顔の横に上げ声を掛ける“神”がいた。戻って来たという安心感に身体の力がどっと抜けていく。

 

 少しふらついてしまった俺はそばにあったソファに寝転んだ。気を抜いたら眠ってしまうほど体力を使い果たしていたようだった。

 

 そもそも怪我をして万全とは言えない状況で無理に身体を動かしたのだ。まぁ向こうの世界で受けたダメージが現実世界の自分に跳ね返って来ないだけマシか。

 

「おいおい、寝るなよ?お前はもう一つやらなきゃいけない事が残ってるんだから。ほら、待っている人の所に帰れ」

 

 寝転ぶ俺に“神”は掌を向け衝撃波を放つ。ソファに埋もれていくような感覚を受け、目を閉じると重力場がぐるりと回転したような感覚を受け、ゆっくりと目を開けると暗い部屋の椅子にもたれ掛かっていた。

 

 頭に付けられたヘルメットを取り外し立ち上がってストレッチのように腕を伸ばしながら自分が座っていた席の隣を見るとそこに彼女はいなかった。

 

 ふと、この部屋に入るための唯一のドアから光が漏れているのが目に入る。その扉を開け見慣れた円卓がある部屋に入ると、その一席に腰を掛け顔を伏せた赤茶髪の人物がいた。

 

 こんな時、どう声を掛けて良いのか俺にはわからなかった。“神”や真のように気さくならすぐに話せるかもしれない。麗華や巳羅のように同性ならその気持ちに楽に寄り添えるのかもしれない。

 

 だが今は二人だけである。四月から何度も二人きりになる瞬間はあった、しかしその時とは比べ物にならないほど重い空気に押し潰されないように呼吸をするのが精一杯だった。

 

 しかし立っているだけでは何も変わらない。彼女が殻に閉じ籠っているのなら俺がその殻を壊すしかない。俺はそうやって歩み寄る方法しか知らない。

 

「ウィッチさん...ごめんなさい」

 

 口にした謝罪と共に頭を下げる。この言葉を彼女が聞いているかどうかはわからない。だが今の自分がして良いのはこれだけなのではないかと思っていた。

 

「君だけのせいじゃない...」

 

 か細い声が聞こえ、俺が顔を上げると目元が赤く腫れた彼女がこちらを向いていた。その表情を見て罪悪感が込み上げて来た俺は

 

「いや、俺のせいです...何も考えずにあんな言葉を言ってしまって...それが原因でウイッチさんがああなってしまっとするなら、責任は俺にあります」

 

 と再び頭を下げながら話す。すると

 

「やめて、頭を下げないで...後輩クン待っててくれたんでしょ、あの時私がいつか話すって言ったから。その優しさに甘えたのは私...」

 

 彼女がそう言うので頭を上げると彼女はその目に涙を浮かべながら

 

「待っててくれるから、いつか言えばいいからって後回しにして...結局言うのは物事が終わってから。リスク管理が出来ていなかったのは私の方。勝手に憂鬱になって暴走したのは全部...私の力不足だよ...ゴメン」

 

 と顔を下げながら自傷気味に言った。それを見た俺は何かに突き動かされたかのように彼女の両肩を掴み

 

「違う!あなただけのせいじゃない!」

 

 と声を挙げていた。考えるよりも先に身体が動いていた。彼女が自責の念で押し潰されるのを防ぎたかったのかもしれない。

 

「俺が...もう少しウイッチさんの事を理解していれば...もっとちゃんと...見ていたら憂鬱になることはなかったかもしれないじゃ...」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。俺は今まで彼女の何を見てきたんだ?共に暮らしているのに、しかも一度わかっていたはずの心の闇が増大するのを気にも止めなかった。

 

 知らなかったら教えなかった方の責任なのだろうか。社会の中ではそれは基本かもしれない。しかしこの場合はどうなのだろうか。冷静さを欠いた俺が放った言葉が今回の出来事の引き金となった。その事実は変わらない。

 

 周りが見えていなさ過ぎなのだ。魔王装備を安易に使えばどうなるか。自分が犠牲になるだけじゃない、周りが巻き込まれる。だからあの時自分がしたことをしっかりと謝るべきだった。

 

 あの時麻奈に言われた自分が正しい事をしたと思っていても、それは他人に迷惑を掛けた事に変わりはないという言葉は的を得ていた。

 

 俺は彼女の肩から手を放し、目線を反らした。すると急に頭の上に温かい感触を感じる。それは彼女の手が子供をあやすように俺の頭を撫でていたからであった。

 

「ゴメンね...気を使わせちゃって。ダメな先輩だなぁ、私...ゴメンね」

 

 消え入りそうな声で彼女は何度も謝った。俺が強いと思っていた彼女の心は脆く、簡単に壊れてしまいそうで怖い程に弱かった。それを歳上という強がりで隠しながら接してきたのだと理解する。

 

 この人の涙をもう見たくない。そんな思いが込み上げてくる。この人が悲しまないように守りたい。その気持ちは自分勝手でエゴにまみれているかもしれないがそれでも俺は...

 

「あぁ、もう!!暗い、暗い、暗いッッ!!」

 

 唐突に“神”がモニターの中に現れ、二人して驚き身構えてしまう。

 

「ちょっと謝れば終わるだろ、なぁーんでそうどんどんマイナス方向に行っちゃうかなぁ、二人とも反省してるならそれで良いだろ」

 

「いや、でもそんな訳には...」

 

「お前ら面倒くさい!!もう今からお互いに謝るの禁止!!」

 

 と言い放つと無責任にもモニターから消え去る。空気感を強制的に変えられてしまったため何と声を掛けていいかわからず俺はチラチラと彼女の方を見ると、同じように思っていたのか彼女と目が合った。

 

 何だか恥ずかしくなり互いに目を反らす。話の種は何か無いのかと俺が探すと、彼女が神事屋Tシャツのままだということに気づき

 

「あっ、白衣...借りちゃってて、どうぞ」

 

 すぐに白衣を召喚し彼女に手渡す。彼女は受け取ると腕を通さずに羽織った。そして何かを確認するように生地に顔を近づけると

 

「何だかキミの匂いがする」

 

 と言うので俺は汗や血が滲んでしまったのかと思い

 

「えっ!?あっ、ごめッ、あダメだ、えーっと...洗います!」

 

 と再び白衣を受け取ろうと手を伸ばすが、彼女は渡さないというように裾を握り締め

 

「やーだよ♪返してくれたんじゃないの?」

 

 と無邪気に笑いながら立ち上がって俺の手から逃れる。いつもの調子を取り戻したのかと安堵するが、同時に自分の心の中で彼女に対する新しい感情が芽生えたのを感じた。

 

……可愛い

 

 歳上の女性に対してその表現は失礼かもしれない。しかし、今までは綺麗な、美人だと思ってはいたがそれは端から見れば誰もが思うであろう感情だった。

 

 だが、この瞬間だけはその愛くるしさを俺だけに見せてくれているのではないかと錯覚してしまう程、一人の女性としての彼女がそこにいた。

 

 その彼女は今、手を口に当て頬と耳を真っ赤に染めている。その反応を見て俺は思っていた事を口に出してしまったのだと気付き咄嗟に口を塞ぐ。

 

「えっ...あ、うぅ...あり...がと...アハハ」

 

 迷惑だったかと思い即座に謝ろうとするが“神”のルールのせいでそのまま言うわけにもいかず何か言い回しがないかを必死に考えた。

 

 しかし理系である俺の脳内言語の引き出しに遠回しに謝る言葉など入っておらず、頭に手を当てて考えていると

 

「あの...さ、ちゃんと言ってなかったから、言うね」

 

 彼女がそう呟いたので俺は頭から手を放し彼女の方を向いた。彼女は少しの間、目を反らしていたが意を決したのか、大きな黒い瞳でまっすぐ俺の方を見ると

 

「助けてくれて...ありがとね。零矢くん...」

 

 と初めて俺の事を名前で呼んだ。後輩クンやキミと呼ばれ慣れているせいでしばらく放心状態になっていると彼女は恥ずかしそうに顔を反らし何かを呟いているようだった。

 

 そこで放心状態から戻った俺が声を掛けると

 

「えっ、今...」

 

「た、たまにはね!!名前を呼んであげようかなって!そ、そんな深い意味はないからッ!」

 

 強調するように言い直されてしまい、そうですよね、と同意しようと口を開くが心のそこで何かがチクリと胸を刺したような気がしてならなかった。

 

(惚れた女が泣き続ける世界の方が俺にとって悪夢だからな)

 

 先に自分が言った言葉が思い出される。半ば無意識で言ったあの言葉通りなら俺は彼女に惚れているのだろう。巳羅姉から言われた時でさえ強く否定出来なかった。

 

 しかも姉貴のように強さに惚れる憧れのような感情ではなく妖美卯一という一人の女性に恋愛感情を抱いている。

 

 しかし今の彼女と俺の関係は友達以上家族未満、互いの目的の為に利用し合う協力者である。彼女にとって俺はきっと弟のような存在なのかもしれない。はっきり言えば男としては見られていない。

 

 それでも今回の件で邪険に扱われたりしなかっただけまだ良いのだろう。だから決して変な勘違いを起こさないようにこれからも彼女を支えていけるならいつかは...

 

「お久しぶりのツンデレ発言ですね、俺だけ後輩呼びでしたから何か至らない所があるのかと勘違いしてました」

 

 そんな風に出任せを口にして作り笑いをした。




巳「つーわけで仲直りした零矢を招待してまーす」

零「どうも...神木零矢です」

ク「本編ではまだ私と面と向かって話した事はないですが、ここでは関係ありません。今回のお題はズバリ!」

卯「零矢くん...あっ!?後輩クン宝くじ問題です...ちょっそこの女性陣!!ニヤニヤしない!」

神「で、お前どれを買っていくら当たったの?」

零「バラで買ってたまたま...一等は六億でしたかね」

巳「ろ、六億って...換金は?」

零「売場に持っていったら当たってるって言われてそれからその人の指示で銀行に。そこで通帳にですけど...あ、でもその前に別の部屋に通された気が...え、何かおかしいですか?」

ク「今、預金は?」

零「えぇ...えっと一千万もないですかね、神事屋本部でほとんど業者に払っちゃいましたし...」

神「おい、お前まさか...」

卯「今日のゲストは後輩クンでした~。次回は未定です。じゃ後輩クンは先に帰って、私達は取り貯めをするから」

零「えっ...あっさり。お、お疲れさまでした」














卯「前から変だなとは思ってたけど、彼の当選は恐らく裏がある気がする」

ク「それもですけど業者に五億強って豪邸でも立てるつもりですか」

卯「いや神事屋本部は占い館の跡地に建設予定の事務所的なもの、そんな建物に五億なんてかからない」

巳「零矢詐欺に引っ掛かってるじゃないか...」

卯「それは後で私がその事務所に問い詰める。二人とも来てくれる?」

ク「ウィッチ一人じゃ心配ですし、レイヤが可哀想ですしね!」

巳「私も賛成だ。で、話は戻るが確か五十万を越える賞金の受け取りは未成年じゃ無理なんじゃないか」

卯「購入には問題ないけど受け取りには身分証明書と印鑑が必要、未成年ならまず一人じゃ換金できない...それに後輩クンが当たったのは本当に一等?」

神「どういうこと?」

卯「売場で当たってるって言われたって事は彼本人は当選番号を確認していないってことだろうし、それに彼の両親は明らかに同伴していない...なぜ銀行側がそれを言わなかったのか?身分証明書から未成年とわかっているのに...」

ク「あれですかね、本当に一等当てた人とは別にレイヤの番号を当たりと見せかけて本来の手続きではなく賞金を与えた...とか」

巳「何でそんなこと...大体零矢が連番かバラを買ったかすらわからないだろうし...」

卯「いや...わかるかもしれない」

神「え?どうやって」

卯「忘れてたよ...このくじをやっている会社が、家だったことをね...」


to be continued...


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信じること、疑うこと

 一ヶ月前に言ったことを覚えているだろうか。わからない人は前回の前書きを見て欲しい。一ヶ月に二話ペースと書いてあるはずだ。

 だが今はいつだ?丁度一ヶ月じゃないか。一話しか出ていない?期待はしないでとは言ったが普通翌月は二話投稿するだろ。

 作者が新生活に入りまして予想の十倍以上の忙しさゆえにストックすら貯めれない状況になっております。そして番外編もプロローグから進みません。非常にまずいです。

 というわけで生活が落ち着くまでは一話投稿となりそうです。もしかしたら五月の始め辺りにプロローグは出せるかもしれません。あとTwitterは一年以内に開設すると思います。よろしくお願いいたします。


「取り敢えず箱舟は無事みたいですけど残りの二人はどこに行ったんでしょうか?」

 

 箱舟の様子を伺いにきた翔と麗華は先程までの戦いがまるで嘘のだったような静けさに少し違和感を感じながら舟の周りを回っていた。

 

「塔の方に行ったのかも...それより零矢達は大丈夫だろうか。一応人間は二人きりだし...」

 

「それなら心配ない、今頃いちゃついているさ」

 

 二人の仲を危惧する麗華を端末の中から“神”がそれは杞憂だと言わんばかりに発言した。本人に悪気は無いのだが謝罪を禁止されているせいで二人が戸惑っていることはまだ知らない。

 

「いちゃつく...って仲直りしてまさかそのまま...」

 

「二人きりですし...あり得なくはない...ですよね」

 

 もし今通信したら流石に申し訳ないかと思い二人はしばらく自分達だけで考える事を決めこの後どうするべきか意見を出し合う。

 

「ノアの力を継承する...って先輩は言ってましたけど一体どういう事なんでしょう?」

 

「そう言えば...天界に行った時、そこで握手を交わしたルシフェルの力を現実でも使う事が出来た...相手に認めてもらう事が条件なら心を通わせてっていう言葉に筋が通る」

 

「そそっ、正解。じゃあ私あっち行って来るからあいつらにすぐ通信するように言っといてやるよ」

 

 答えを導き出した二人に安堵した“神”はそう告げると画面から消え去った。それを確認すると翔がノアを連れ戻す為、歩きだそうとするのを麗華が止めた。

 

「待って...少し気になる事がある。零矢とウイッチさんと“神”について」

 

「それは僕も少し気になってました。何で力を継承する必要があるのかって」

 

「多分今、向こうと通信は繋がってない...はず。だから手短に纏めると、現実世界で人知を越えた力を手に入れる為に継承したとして、GDを壊滅させた後その力はどうするのか」

 

「明らかに一般人が持つべき力じゃないですよね、ただでさえ『聖なる力』もあるのに...手に余るっていうか。それに魔王装備まであるので正直戦力過多かと」

 

「一国、いや惑星一つを相手取る戦力を保持する事になる。もしそうなったら次は私達がテロリスト扱いになることをウイッチさんが予見しないはずはない。そうなれば...」

 

「GDを相手する以外に何か別の目的があるって事ですか?」

 

「そう考えられる。あの二人が考えている事に私達が協力させられている...のかも」

 

「じゃああの二人がその力を使って世界を征服...そんな事考えられないんですけどね」

 

「私もあの二人は信じたい...二人とも私を信じてくれたから。だから今最も怪しむべき人物は、素性も人間なのかもわからない“神”という人物だと思う」

 

 おおよそ人間とは思えない画面の中にしか存在しない者、次元を越えさせる能力を持ち合わせ簡単な機械にハッキングを仕掛ける事すら可能である。

 

 先の管理局の一件すら虹の王国が映像をハッキングしていなかったとしても“神”ならハッキング可能だったらと思うと末恐ろしい存在なのは明らかだ。

 

 高度に発達したAIだとしても次元を越える能力に説明が出来ない。それにその能力すら能力と言って良いのかわからない状態である。何故ならその力を使えば“神”自体が現実や神代の世界に飛べば良い。

 

 それをしないということはあの空間に閉じ込められているのか、それとも外に出たら何か不都合な事が生じるのではと二人は睨んだ。

 

「“神”が自らの思惑の為に二人を利用していてもおかしくない...」

 

「確証は無いけど...だからまだ“神”にそう易々と気を許す訳にはいかない」

 

 取り敢えず“神”には一定の疑惑の目を向けるという事で話を纏めた二人は作業場に足を運ぶと塔の方に避難していたのかノアを含めた家族が丁度戻ってきた所だった。

 

「少々怪我をしているが大丈夫なのか?」

 

「それに一人姿が見えませんが...」

 

 大柄な男とその妻と思わしき女が二人に話し掛ける。ありのまま起こった事を説明した所で混乱を生むことは目に見えていたので二人は軽く大丈夫だと答え、卯一は旦那の元へ行ったと説明した。

 

 手伝いをしたいと言ったのはそっちではないかとノアは疑問を口にしたがすぐにまぁ良いかと言いそれ以上は言及しなかった。

 

 それも不自然な事ではないだろう。ノアに取ってはこれから滅亡するのを待つだけの赤の他人だけなのだから。所詮は自分が神から受けた啓示を信じられない人間の一人と変わらないのである。

 

 ノアが作業場に戻ろうとするのを見て他の人々も一緒に戻って行った。建造途中の方舟の傍らに残された二人は思ったよりもドライな対応に納得はしつつもモヤモヤとしていた。

 

「信用がた落ち...ですかね」

 

「致し方無し...それよりこの箱舟が完成するまで手伝わなきゃいけないのか?あまり詳しくは知らないが動物も乗せる必要があるなら数日はかかるだろうし...」

 

 そこで二人の頭に同時に全く同じ疑問が浮かび上がった。この後洪水が来るのはわかったとして、その猶予まで後何日あるのか、具体的な日付がわからない。

 

 仕方がないので再び木材を持って舟を組み立てに作業場から戻って来た男に話を聞いた。その男の名はハム、ノアの息子の次男であった。

 

 翔と同じく一枚の大きな布を巻き付けたような服で軽々と肩に大きな木材を抱えたハムは今日は二月の十六日だと応えた。

 

「時間がない...資源も少し足りないしな。あいつら何で塔なんて建てようとしてるのか、まぁ親父の言うことを完璧に信じられるかと言えばその気持ちもわからなくはないがな」

 

 そう言うと建設中の箱舟の中に消えて行った。結局後何日で洪水が起こるのかを聞きそびれてしまったが、手伝いに来ている身なのに洪水の日がわからないとなると反感を買いそうなのでこれ以上は言及出来ない。

 

「日付がわかったからウィッチさんに連絡...して大丈夫か予知できる?」

 

「もし大丈夫じゃない状況だと気まずいんで...二人で連絡しませんか?」

 

「わかった」

 

 二人で召喚したマイクに向かって彼女の名前を呼ぶと少し息が上がった声が響いてきた。

 

「ハァッ、あ、はい!ごめん心配かけた!ナビゲートするからね!」

 

「えーっと...連絡しても大丈夫でした?」

 

「大丈夫、彼のお陰で何とか持ち直せた感じ。本当はキミたち二人にも謝りたいけど後にした方が良さそうだね」

 

 因みに俺も大丈夫だ、という声が彼女の後ろから聞こえてきた。翔と麗華は二人が仲直りする事が出来たのだと胸を撫で下ろした。

 

「洪水が起こる日を教えて欲しい」

 

「一般に普及されている説によれば二月の十七日、ノア達が完成した箱舟に乗ってから七日経ったその日に天と地の水門が開かれるって言われてるの」

 

 それを聞いた二人に戦慄が走る。ハムによれば今日は二月の十六日、箱舟は未だに完成しきってないうえにまだ動物も乗っていない。それなのに明日洪水が起ころうものなら、人類が滅亡する。

 

「思ったんですけど、もし人類が滅亡したら僕達の世界にも何か影響があるんでしょうか?」

 

「それは私にもわからない。神話とは伝承や作り話が多いとはいえ数多の宗教観に影響を与えてるから、その世界観が崩壊した場合、私達のいる現実にも流石に人類がいなくなるまでは行かなくても少なからず影響がある可能性はあるかも...」

 

 今までも零矢と卯一はなるべく世界観に乗っ取った事をしながら神力を手に入れて来た。故に元の神話と異なる展開は想定外だった。

 

(バベルの塔が同時刻に存在している事によりパラダイムシフトが発生したって事...?二つの有名なストーリーが噛み合って絶望的な状況が発生している、しかもこのままだと人類が滅亡するし...)

 

 卯一は深く考えすぎないように一度思考を止め、モニターに向き直り打開策を伝えた。

 

「取り敢えず作業場にある私が書いた舟の構図の所に全員を集めて、残ってる資材の量を確認したらそれで何とか一日で舟の形に持っていく。でも条件が一つあって、魔王装備と麗華ちゃんの能力の存在は明かす必要があるけど、どうする?」

 

「私は構わない。翔はどう?」

 

「それで信頼を取り戻せるんでしょうか...」

 

「信頼は積み重ねる物よ。ノアから神力を受け取るには箱舟をさっさと完成させて洪水に備えましょう」

 

 卯一の提案を受け入れた二人は早速手元に魔王装備を召喚すると作業場の方へ歩み出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「雲行き怪しくなって来たな...チー、泣くなよ...」

 

「だってぇ...っ団長がいなくなったら...」

 

「死んだわけじゃないだろ...」

 

 塔の真下まで戻って来たイーは雨でも降りだしそうな空を見上げながらチーを慰める。チーの頭に乗せた手とは逆の手には爆団長から授けられたカプセルを強く握り締めていた。

 

 悔しいが今の自分達では魔王装備どころか生身の状態でも一人では相手取るのが困難である事をイーは痛感していた。

 

(後から来た白衣の男は特にヤバかった。翠女神と同等、もしくはそれ以上の戦闘力かも知れない。死神部隊じゃなきゃ太刀打ち出来ないかもな...)

 

 ふと渡されたカプセルに目をやると中には紫色の液体が容器の八分目辺りまで入っておりラベルには≪Proto:NIDHOGG≫と書かれている。

 

(開発部が新しく製作した霊獣の試作品か...団長に渡されたって事は何らかの場面で使うのを想定しているんだろうが...)

 

「なぁチー、ニード...ホグ?みたいなの知ってるか?」

 

「ニーズヘッグ?」

 

「そう読むのか。でニーズヘッグって何だ?」

 

「ユグドラシルの根をかじってる奴じゃなかったっけ...勉強苦手だからわかんない」

 

(木の根をかじる...そう言う事か)

 

 何故この霊獣が託されたのかを理解したイーは起死回生の作戦を思い付く。箱舟が存在し雲行きが怪しくなって来たということは恐らく洪水の前兆だと気付いたのだ。

 

(ここで終わってたまるか...翠女神とあのガキを必ず強制送還させて団長に手柄を持って帰ってやる...!)

 

「チー、塔のてっぺんまで行くぞ」

 

「何か思いついたの?」

 

「あぁ賭けかも知れないが」

 

「イーはズル賢いからね」

 

「煽ってんのか。まぁいいや、行こうぜ」

 

 そして二人は天へと続く塔の階段を踏み締めていった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「翔さーん!!そこはまりましたー?」

 

 地上にいる女性からの質問に翔は両手を頭上の上に挙げ大きくマルを作る。そして黄金の翼を羽ばたかせながら降り立つと次の角材を組み入れる為に女性から加工されたパーツをもらい再び飛び上がった。

 

 一方の麗華は舟の完成している前方で霊子で足場を作りアスファルトを箱舟の表面に塗り付けていた。手の届かない高所を麗華が、内部を先程とは別の女性がそれぞれアスファルトで補強していた。

 

「これは明日までに間に合いそうだな、親父」

 

 長男であるセムが木材を運びつつ仕事を監督しているノアに話し掛ける。

 

「まさかあの少年らがまた別の神の遣いとはな...預言者はわし以外にもいたのか」

 

 翔と麗華の二人はノア達に自分達は塔の建設により滞ってしまった箱舟造りを手伝う為に神に遣わされたと説明し、疑う彼らに自らの力を明かして真実味を帯びさせた上で製造を手伝っていた。

 

 結果的にノア達を騙すことになってしまったが箱舟が約束の明日までに間に合うのなら疑っても仕方ないとノアは建築を二人に任せ息子達とその妻達にその手伝いをするように言った。

 

 役割分担はセムが作業場からの木材の運搬、その妻が箱舟の前で翔に受け渡しとそれを組み立てる位置を指示する。ハムは作業場で木材を加工し、その妻は箱舟の内部にアスファルトを塗布する。三男のヤペテとその妻は少し遠い場所にある七つがいずつの清い動物を舟まで先導するという役割だ。

 

 翔と麗華からの指示の後、二時間程の作業で箱舟の全体の九割、全く塗り始めてなかったアスファルトは五割程塗布する事ができた。

 

 一旦休憩をとるために翔が魔王装備を解いて地上に降り立つ。外側からダメージを受けすぎなければ装備したまま暴走の心配をせずに長時間作業できるのかと翔は感心しながら槍をGod-tellに戻した。

 

 雲の流れを眺めながら翔は支給された水を飲み干す。動物の搬入にどれだけ時間が掛かるのかはわからないがこのまま行けば夜までに舟だけは完成するだろう。

 

 問題は神力の方である。零矢の言っていたように心を通わさないといけないのならばもっと親交を深める必要がある。

 

「間に合いそうで良かったですね」

 

 翔は世間話でも、と話し掛けるがノアは黙ったままだった。無反応なノアに気分を害したのか麗華が

 

「何か思うところがあるなら言ってほしい。黙ってるだけじゃわからない」

 

 と言うとノアはその口を開き

 

「お前達も神の啓示を受けれるとはな、てっきり洪水を生き延びるのは我らが一族だけだと思ったのにな」

 

 とため息混じりに言った。

 

「いやだからあなたとは違う神から...」

 

「待って」

 

 弁明しようとする翔を麗華が制す。

 

「キリスト教は一神教、神の概念は複数も存在しない。おそらくこの物語も同じ」

 

 と小声で注意されて一度言葉を濁し、すぐに別の意味で言い換えた。

 

「あなたとは違う預言を受けたんですって。生き残るのはあなた達であってますよ。だからその手助けをしに来たんです。なんなら舟に乗せてもらわなくても結構です」

 

 半ばやけになりながらも翔は弁明するがそれをノアは意にも返さず

 

「何が目的だ?自分達が生き延びることが出来ない事をわかっていながら、生き延びると決まった者の手伝いをする者などどこにいる」

 

 と言った。その発言は的を射ていて思わず翔は黙ってしまうが麗華は

 

「いる...ここに。私達は自分達が信じたものに命を懸けてる。あなたが神の使命を全うしようとしているのと同じように。だから信じてほしい」

 

 と言い返した。その言葉は嘘ではなく本心として麗華の口から出たものだった。自らが信じる正義の為に自分達はノアの力を受け取らなければならない。そう麗華が想っていたからこそその言葉が生まれたのだった。

 

 それに対しノアも何か思うところがあったのか少し俯くと小声で

 

「作業再開だ」

 

 と言うと立ち上がって自身の息子達に声を掛けに行った。残された翔の頭の中には先程の麗華の言葉が残っていた。

 

……信じる正義の為に命を懸ける...僕には、その覚悟があるのか

 

 そんな悩みを浮かべているとポツリ、またポツリと水滴が頭から滴り落ちる。それは世界が水没するまでのタイムリミットが始まった事を表していた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「取り敢えずしばらく連絡はしなくても平気そうだね」

 

 箱舟の説明を終えた卯一は同意を得るように零矢に話し掛ける。まさかあの後で白衣を取り合うように追いかけっこになったところで“神”が戻って来て呆れられるとは思ってもいなかったのだ。

 

「そうですね。料理とか準備しておくんですか?」

 

「んー、今回はいいかな。二人とも親が作ってくれてるだろうし」

 

「そうですね」

 

 自分達にはないものを持っている二人を少し羨んだ。一人で生きると決めた卯一、一人で生きていかなければいけなくなった零矢。今仲直りした事で、再び自分以外の誰かと生きる事が出来る。そう思いつつ互いを見合う。

 

「あ...そう言えばウィッチさんは何でそんなに銃の扱いが上手いんですか?」

 

「私?えーっとね、そのマシンの部屋の隣が訓練場になってるんだけどそこで練習したの。教えてあげるからおいで」

 

 そう言うと『治療』に何か問題があったら呼びに来てと伝え、そのドアの元へ行って部屋に消えていった。零矢がその部屋に向かいながら『治療』の方をチラリと見ると微笑を浮かべながら顎で早くいけ、と言わんばかりに合図をする。

 

 零矢が中に入るとその部屋は先程までいたロビーよりももっと広くガラス張りの奥が学校の教室の約四倍の広さになっており、手前側がオペレート室のようになっていた。

 

 卯一が零矢にGK銃を召喚するように言うと部屋の奥にある扉を開けて零矢をガラス張りの奥の部屋へと入れ、自分は機材が置いてある場所へと戻る。

 

「じゃあまずはあれを撃ってみて」

 

 卯一の声がスピーカーから響き、彼女がボタンを押すと広大な空間の床からアーチェリーで使うような的が三つ出現する。的同士の距離感は三メートル程、零矢との距離は十メートル程だった。

 

 右手で銃のグリップを握り左手を添える。そして真ん中の的に狙いを定めて引き金を引くと弾が的に命中し床へと落ちる。やった、と零矢が言おうとした時

 

「ん~、確かに当たるには当たるけど。その的って枠にはまってるんだけど、今キミから見て右側から外れて落ちたんだよね。少し右にずれてるかな」

 

 と卯一が冷静に評価する。分析した後で零矢に次に右の的を撃つように指示をするが今度は枠の左端に当たって的が落ちた。

 

「あはは...今度はもっと右みたい。でも当てるのは凄いからね!めげずに頑張って!」

 

 今度こそ、と零矢は意気込み左の的に銃身をスライドする。しっかりと狙いを定め引き金を引くと今度こそ中心に当たり的が落ちた。

 

「ん~、今のは合格...かな!」

 

 的が落ちた地面が開き再び別の的が出現する。今度は五つ。再び狙いを定めようとする零矢に卯一は

 

「あ、ちょっとしゃがんでて」

 

 と言うと部屋のドアを開けそこからGK銃だけを的に向け素早く五発の弾丸を発射する。その五発の弾丸はそれぞれの的の中心に狂いなく辺り次々に床との接触音を響かせながら落下した。

 

「え...凄」

 

 十五メートル程離れている場所から連続で五発当てるという格の違いを見せつけられた零矢は絶句するが

 

「慣れれば多分これぐらい...あっ、別に自慢する為に見せつけたわけじゃなくて!その...見本というか...うぅ、ゴメン」

 

 卯一は必死に弁明するも零矢はそれが嫌味に聞こえたわけではなかった。練習すればこのレベルまでに銃の腕前が上がる。その一例を垣間見る事が出来、その心中は興奮していた。

 

「めっちゃ凄くないですか!?能力無しでこの腕前って!俺も練習すれば出来るようになりますかね?」

 

「やる気と根気さえあれば...多分腕は悪くないし君もいけると思う」

 

 その言葉にやる気を出したのか零矢は再出現した的を更に集中力を上げ撃ち落としていく。幻滅させてしまったかと思った卯一だったが零矢には逆の効果だったようだ。

 

 さっきの明るい口調とは売って代わり真剣な眼差しで的を見つめる零矢を卯一はカメラ越しに眺める。その凛々しい表情を見つめながら

 

「惚れた女...か」

 

 と零矢が呟いた言葉を口にしていた。自らが暴走し、零矢が止めてくれた時に鎧、カタスリプスィに対して言っていた言葉。それは鎧に身体を支配されている卯一の耳にも届いていた。

 

 マイクが切れているのを確認しながら顎を手に乗せてカメラ越しではなくガラス越しに見つめると

 

「私もキミに...惚れちゃったんだろうなぁ」

 

 と恋する乙女のように呟いた。家族のような好きという気持ちでいようと思ったのに恋愛対象としての好きになっていた。

 

「今のどうでした!?」

 

 上手く的に当たった零矢が卯一に確認を求めるように振り向く。それに卯一は微笑みながら

 

「今のは花丸あげちゃう」

 

 と親のような口調で答えた。

 

(今はまだ...もう少しだけこの気持ちは抑えないと)

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「雨ひどくなってます!!」

 

「動物まだですか!?」

 

「今やってる!!」

 

「アスファルトあとちょっと!!」

 

「お義父様、中に!」

 

 様々な掛け声が交錯する雨の中、急ピッチで作業が進められていた。既に組み立ては完了しており残りのアスファルトを塗布しながら動物を搬入する。

 

 しかし雨の中で逃げ出そうとする動物も少なからずいるので翔とセムが捕まえて舟の中へ入れる。中では三人の兄弟の妻達がそれぞれ動物の身体の雨水を拭き取り、それぞれの部屋へと通した。

 

……あともうちょっと

 

 外では麗華がずぶ濡れになりながら残りのアスファルトを塗布していた。動物を捕まえるのは翔に任せ、自らは雨でも安定する足場を生成出来る麗華は一人でこの役を引き受けたのだ。

 

……雨か...あの時を思い出す

 

 北街で翔に助けられたあの日、今みたいな雨が私達に降り注いでいた。髪の毛を濡らし心に浸水してくるような雨は今となっては懐かしさすら覚える。

 

……あとは先端の方だけ

 

 少しばかりの寒気を感じながらも麗華は雨に濡れて貼り付いた前髪をどかしブラシを舟に擦りつける。やがてその灰色の隙間から木目が消え、全ての作業が終わると力が抜けるのを感じた麗華は足を滑らせてしまった。

 

……しまった!?

 

 しかし麗華が足場を生成するよりも速く黄金の鎧が舟の陰から飛び出し、その身体を受け止める。その鎧が剥がれ落ちると無表情の仮面の下から現れた優しい顔に麗華は安心感を覚えた。

 

「大丈夫ですか?すみません、麗華さんにばっかり仕事させちゃって」

 

「私は平気だけど動物は?」

 

「何とか地上にいるのは舟に入れる事が出来ました。今はそれぞれの部屋に移すのをセムさん達がやってくれてます」

 

「そう...で、この体勢はいつまで続けるつもり?」

 

 そう言われて翔は麗華をお姫様抱っこの状態で抱き上げたままだということに気付きすぐに降ろす。

 

「す、すみません!!」

 

「いや、別に怒ってないけど...くしゅん!!」

 

「大丈夫ですか?風邪引きますから中に入りましょう!」

 

「うん」

 

 そんなやり取りを舟の入り口から一人、ノアが眺めていた。そこに通り掛かったセムが自分達よりも若い二人を眺めているのに気づき話し掛けた。

 

「まだ信じてないのかよ、親父?」

 

「そう簡単に信じろというのがおかしいんじゃ。わし以外に預言者がいることも、その二人が遅延していたわしらの手伝いをすることも。第一にもう一人いたあの娘は何だったんじゃ...」

 

「あの貴婦人みたいな人は旦那の所へ戻ったって言ってただろ。世界が破滅するその時ぐらい愛してる家族の隣にいられるだけ良いじゃないか。それにもしあの二人の言っている事が出任せであっても塔の建築派ではないだろ、もしそうなら俺達が避難していた時に箱舟を壊していたはずだからな」

 

 息子の言うことも一理あるがノアはまだあの二人の不信感が消えたわけではなかった。大体見た目がまだ少年少女の歳なのに既に婚姻しており、しかも少女の方ははっきりとした信念を持ち合わせている。

 

 あの歳で自分が何の為に生きるのかを理解している子供はそういない。余程凄惨な過去を経験していなければあのような考えには至らない。

 

 そして少年の方も配偶者としてかしっかりとその少女を支えようとしている。理想の夫婦に見えるがいかんせん若すぎるとノアは考えていた。

 

 だがあの二人の不思議な力を持って舟の完成まで漕ぎ着けたのは事実、その二人をこれから水没するであろう場所に置いて行くのは神の預言ではあるがどうなのかと考えていた。

 

 舟に乗せることで監視も出来ると考えたノアはセムに

 

「あの二人を舟に乗せる」

 

 と宣言すると丁度雨宿りをしようと舟に入ろうとしていた二人の前に仁王立ちで迎えると

 

「天の水門は開かれた。じきに地の水門も開かれ地上は水に飲み込まれる。人も動物も作物も建物も全て等しく破滅する」

 

 雨に濡れた翔と麗華が息を飲んだ。二人の髪は額に張り付き水滴は止めどなく頬を伝っていく。

 

「お前達二人に感謝の意を込めてこの舟に招待する。まだやり残した事がありそうだからな。まぁ今はその詮索はしない。早めに暖を取り雨に濡れた身体を温めるんだな」

 

 と言って二人を迎え入れ舟の入り口をセムに閉じさせた。この時既に二人の足下は水溜まりのように水が張っていたのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 机の端に置いてあった携帯が音を鳴らしながら震え出した。画面には景子と表示されていた。プレイ中のゲームのポーズボタンを押し、巳羅はその携帯に手を伸ばす。

 

「何、景子?」

 

「もしもし、巳羅さん?エキスポの爆発の後から卯一に連絡がつかないんだけど知りません?」

 

「あー...」

 

 景子の質問に巳羅は答えを渋る。厳密に言えば卯一が行った場所は知らないのだが零矢が深刻な顔をしていたのを見るに恐らく自分の『幻想』のような能力を使用するべき場所へ行ったと予想できた。

 

 神聖大学で関わりのある女子大生組である卯一、クレア、巳羅、景子の四人のうち景子は能力とは全くの無縁であり、他の三人に比べれば至って普通の凡人である。

 

 故に卯一を是野から庇う時も二人は能力を使用したりするのに対し、景子はただ近くにいるだけとなる。しかし、卯一はそもそも近くにいてくれるだけで安心するので彼女に能力の事は話さない事を決めていて、それを残りの二人も承知していた。

 

 もし能力の事を話せば、景子は力のない自分自身を責めるだろうし、力になりたいと危険を省みなくなる可能性もある。この四人組の中では唯一彼氏もいて普通のJDとしての人生を歩んでいる、それを壊すわけにはいかないという卯一なりの優しさでもあった。

 

 だが巳羅はその優しさに納得はいかなかった。

 

(確かにそれは景子の為にはなるが、お前は景子に嘘を付きながら過ごせるのか?)

 

 過去に卯一にそう質問した時、卯一はうつむき

 

(それでも景子を危険な目には遭わせたくない)

 

 とどこかか細い声で応えた。

 

「ちょっと、聞いてます?知らないなら良いんですけど...」

 

「あぁ、悪い。ちょっと片手間でね。どっかに出掛けるって言ってたから携帯の電源でも切ってるんじゃない?」

 

 何も知らない景子は幸せなのか可哀想なのか、他人から見れば恐らく前者だが当事者である彼女は圧倒的に後者であろう。

 

「ところでさ、今卯一の新居に来てるんだけど場所教えてあげるから来てよ、私一回家に戻らなきゃいけないし」

 

「えぇ...卯一いないのに新居...まぁアリですね。何か持ってく物とかあります?」

 

「ん~、じゃあさパーティーでもする?多分大勢来るだろうし」

 

「何でよくわからない集団のパーティーに行かなきゃいけないんですか...」

 

「まぁまぁ、クリアも呼ぶし」

 

「はぁ、わかりました。お姉さんの言う通りにしますよ...」

 

「ん~、いいこいいこ。じゃ後で」

 

 と言って巳羅は電話を切った。

 

……少しは景子を安心させてあげないとね

 

 何故パーティーなど突拍子もない事を言い出したのか。それは景子に零矢の存在を知らせる事で大学以外でも卯一の支えとなる人物がいるというのを知ってもらいたかったからだ。勿論、そうする事で彼女をお払い箱にするのではなく、彼女が背負う気負いを軽くする為だった。

 

……それにしても遅いな...卯一と零矢、何してるんだか...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ねぇ、一つ勝負をしない?」

 

 私は銃の練習をする彼に話し掛けた。地道に練習しているのもあるが驚異の集中力で徐々に精度が上がっている。私は極とラベルが張られたボタンを押すと扉を開けて彼の待つ部屋の中に入る。

 

 中に入るとけたたましいプロペラ音と共に先程は存在していなかった百を優に越える浮遊する的が存在していた。彼はそれを見上げながら

 

「勝負とは?」

 

 と私に訪ねてきた。それを受け私は淡々とルールを説明する。

 

「君は前か上にある的を狙う。真ん中を当てたら十点他は一点、外したらマイナス一点。対して私は真ん中以外はマイナス十点、真ん中は一点ね」

 

 明らかに私の方が不利なルール。更に床に固定された的とは違い浮遊する的は三次元的にランダムに動き回る。狙いを定めるのは普通の人なら無理だろう。()()()()()()()、ね。

 

「制限時間は三分間、あそこにタイマーが表示されてるからあれを見てね」

 

 だがこのぐらいのハンデならば良い勝負になるかもしれない。今の彼の実力でももしかしたら私に勝てる。だけどおあいにくさま、そう簡単に負けるわけにはいかない。

 

「私が勝ったら私がする質問に必ず答えてもらう。キミが勝ったら......私に何でもして良いよ」

 

「...えっ!?何でも!?」

 

「ん~?今何を考えたのかな~?」

 

 わざとらしく少し屈んで上目遣いで彼を見ると恥ずかしそうに私から目線を反らした。結構からかいたくなるような反応を楽しみたいが、いかんせんこんな体勢をとるのは初めてなので正直腰が辛い。

 

 と言うよりこの反応あまりにも耐性無さすぎではないだろうか。この子そこら辺の可愛い子に同じ事されてホイホイ付いていったりしないよね...それは、イヤだし。

 

 それに私がわざとこんな事を言うのは彼が一線を越えるような事を絶対しないという信頼の確認でもある。まぁ私が勝てば良いのだけれど。

 

「じゃあ、構えて。よーい」

 

 互いに銃を水平に、或いは天へ向かって構える。

 

「ドン!!」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「地の水門...だっけ。地が割れ底から水流が溢れ出す、正に地獄絵図だぜ。なぁチー」

 

「何でカッコつけてるの、イー?」

 

「はぁ!?カッコつけてねぇし、馬鹿」

 

「誰が馬鹿よ、馬鹿って言った方が馬鹿でしょ」

 

「んだと、お前!!」

 

「やるかー?」

 

 未完成のバベルの塔の上で他の人を気にせず二人は今にも掴みかかりそうな雰囲気で睨み合うが降り注ぐ大量の雨粒に二人は毒気を抜かれ二人同時にため息をついた。

 

「なぁ、意味ねぇよ。俺らで争っても」

 

「団長が悲しむだけ。私達が協力しなきゃ」

 

 二人は滑らないように下を眺めると既に家屋の屋根の高さにまで水は上がってきていた。このままだと残り数時間でこの塔は飲み込まれるだろう。

 

「死ぬ時は」

 

「ちゃんと役に立ってから」

 

 二人は互いの手を握り合い眼下の荒波を冷たく見下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時人類は足元に目を奪われている間に空に神が現れていた事に誰一人として気づいていなかった。




巳「というわけで、ここに五億弱あると」

ク「まさか最終的にヤ○ザ関連の事務所に行くことになるとは思いませんでした」

卯「まぁ仮面を着けて行ったとはいえチャカ向けられた時はヤバいなとは思ったけど」

神「え...一話飛ばした?既に事務所に殴り込み行ったの?JD三人組で?」

卯「そう作者が書くの面倒くさいから省いたんだろうけど既に行ってこうしてお金を回収してきたと」

ク「時系列的には四月九日、レイカちゃんが転校していたと判明する前ですね」

神「え?零矢が土地を買った次の日じゃないか。あいつ倍以上したって言ったが元から法外な値段だったことに気づいてなかったのかよ」

卯「そ、おかしいなと思ったけどトントン拍子に購入が決まってしまったから私が二人に声を掛けて取り戻しに行ったの。お陰でキャンセル代や別の業者に頼んだりするのに千万近く掛かったけど五億帰って来たから良いかなって」

巳「まぁ、あまりオススメする方法ではないけどな。クリアの能力があってこそだったし、そもそも私と卯一だけだと顔を覚えられた時にヤバかったし」

神「でもその五億を取ってきたなら零矢の関係者だってわかるからそいつらが本編にも出てくるんじゃ...」

ク「一応、金庫破って五億回収した後で匿名で警察に通報しておきましたけどワンチャンその上の幹部達が来る可能性はなきにしもあらずですね」

神「えぇ...俺神物語ヤ○ザ編...そんな任侠映画みたいなのやらないだろ、多分」

卯「さぁて次回のコーナーは...決まっておりません。作者が決めていることを願ってください、以上解散!!」


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言葉が通じなくても

神「あっ、来ました。作者の赤色の魔法陳が会見場に姿を現しました」

作「この度は更新の頻度が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした!!」

零「質問宜しいでしょうか。前回更新の際、リバイスの強化フォームが出るまでと仰っていましたがすでにバリッドレックスゲノムは登場してしまっています。その件はどのようにお考えでしょうか」

作「はい...正直ボルケーノを強化フォームと捉えるか否かで言い訳が通じるかと思いましたが既にボルケーノすら登場してしまい言い訳できなくなってしまいました。しかし近年の強化フォームとは従来の定義と外れて...」

卯「こちらからも宜しいでしょうか。この半年あなたのツイートからは小説関連の話題はほぼ触れられず、特撮関連以外ではドラマの感想やコト○マン、ご○ぱず、ウ○娘等のツイートしか見受けられません。一体何をしていたんですか?」

作「はい...ソシャゲを増やした事による執筆の時間の消失、この空き時間で書こうと思ってもその時に限ってアイデアは出来ていないのに次の話の概要だけが独り歩きしていってる状態であります。正直ウ○娘にここまでハマるのは予想外で...」

翔「僕の続編はいつくるんですかー!!!!」

麗「出すって言ってた用語集もう一年以上編集してないじゃないですかー!!!!」

作「ちょっ、質問は一人ずつ!!物投げないで!撃つな!?キックもして来ないで!?」

神「暴動です!暴動が起きてしまいました。作者が...あぁ、自業自得ですね。さて続いては半年振りの最新話をお送りいたします。ブラウザはそのままでどうぞ」


 部屋に鳴り響くゲーム終了のホイッスルと共に絶えず鳴り続けていた銃声が消える。その部屋にいるのは二人の男女。

 

 片方、水平に銃を構え重心を傾かないように両手で銃を支えている黒髪の男。眼光は鋭くその様子はさながら犯人に詰め寄る刑事のようである。

 

 片方、鉛直に銃を構えその華奢な手には大きいであろう銃を片手で持っている赤茶髪の女。その目付きは穏やかでさながら追い詰められても余裕を見せる犯人のようである。

 

 部屋の壁の一部が変形する音がし、二人がその方向を見ると丁度それぞれの目の前にデジタル表示の数値が映っていた。零矢の前には3、卯一の前には2と表示されている。これが二人のスコアの一の位の数字である。

 

 続いて十の位の発表だ。ルールの関係上この数字で勝敗が決まると言っても過言ではない。表示された数字は二人とも8、つまり零矢が卯一より一点多いということになり、零矢は思わず

 

「よしっ!!」

 

 とガッツポーズをした。だが相手は普通とは言えない卯一である。その場合、勝敗が決まるのは過言であることを零矢は思い知ることになる。

 

「えっ!?」

 

 十の位の発表で終了ではなく百の位が発表された。零矢はもちろん0、しかし卯一の数字は2だった。つまり卯一が不利なルールであるにも関わらず零矢よりもトリプルスコア以上を記録したということであった。

 

「よし!」

 

 待ってましたと言わんばかりに卯一がガッツポーズをした。それを見て零矢は卯一の課したルールが彼女にとってハンデとして全く機能していないことを理解した。

 

 思い返せば勝った時の特典から釣り合っていなかったのだ。卯一は強制的に答えるという条件の質問、それに対して零矢は卯一に対して何をしてもいいという破格の特典。

 

 零矢の歳を考えればその特典は与えるべきではない。卯一が零矢から好意を抱かれてるというのを知っているなら尚更だ。ゲームに勝ったら自分の言いなりになってもらうと言われたら口約束であるものの従うしかない。

 

 だが零矢は恐らくそういうことを言わない。現に零矢が喜んだのはその特典を手に入れることができたからではなく勝負に勝ったと思ったからである。

 

 つまりこの勝負どちらに転んでも卯一に損はない。零矢は卯一の口車に上手く乗せられてしまっていたのだった。これを策士と言うべきか性悪と言うべきか。

 

「もしかして負けるはずがない勝負を仕掛けました?」

 

 まんまと引っ掛かってしまった零矢が卯一に尋ねると

 

「まぁ...ね。聞きたいことあったし、それに明らかに得があるような勝負には何かしら問題があるんじゃないかって疑って欲しかったし...ゴメン」

 

 流石に自分がした理不尽を自覚した卯一が謝るが

 

「また上手くなったら...勝負してください。次は勝ちます」

 

 零矢は理不尽に怒りを覚えるのではなく勝負に負けた悔しさの方が強かったらしく、そう宣言した。

 

「うん...待ってるね」

 

 そんな歳上の余裕のような笑顔を向ける卯一を零矢は不覚にも可愛いと思ってしまい、照れるように目を反らした。惚れた弱みである。

 

 それから程なくして二人は部屋を出るとモニターのある広間へと戻る。零矢の包帯が汗でほどけかけているのに気づいたクラティオがすぐさま救急箱を開け、零矢を乱暴に椅子に座らせると包帯を取り替える。

 

 その間に卯一はアーセナルから現在の翔と麗華の様子の説明を受け、二人が何とか舟に乗船できたことを知った。

 

 バベルの塔という問題点はあったものの特に今の所問題点はなさそうだと考えた卯一は先程の勝負で手に入れた特典の事を考えていた。

 

 それは零矢が何故自分の事を守ってくれるのかという質問。客観的に見れば零矢が卯一に惚れているのは明白であり、卯一もそれに気付いているのでこれは意味のない質問に思える。卯一は自他共に認める天才でありそれに気付かないはずはない。

 

 だが恋愛未経験の卯一にとって惚れているという言葉の真意を図ることは困難であり、零矢が惚れたのは自分の心の強さにであり、妖美もとい美神卯一自身に惚れたわけではないのでは、と勘繰っていた。

 

……もしかして後輩クン...自分より強いとわかった相手に対して惚れるって言葉を使う子なのかもしれないし...でも何か上手く言えないけど...モヤモヤするんだよなぁ

 

 その単語を自分以外には使ってほしくない、端から見ればおこがましいにもほどがあると思うような気持ちを抱いた卯一はそっと胸に手を当てる。

 

 零矢が誰に惚れてもそれは彼の自由だと理解している。しかし、彼が他の異性にも同じ顔をしているのではないかと考える度、卯一の心はざわついてしまう。

 

……さっき運動し過ぎたから心拍数が上がってるんだよね...きっと

 

 何とか落ち着きと歳上の威厳を取り戻すとそっと零矢の方へ歩みよって行く。それを見たクラティオが何かを察したのか、治療の手を止めそそくさとアーセナルと共に武器庫の方へと戻っていく。

 

「えっ、中途半端なんだけど...おーい、クラティオ?えっ!?」

 

 何故取り残されたのか理解が追い付かない零矢が意見を求めるように卯一の方を見ると、距離がかなり近づいていることに気付き戸惑ってしまうが

 

「ねぇ...さっき私が勝ったから絶対に答えなきゃいけない質問をして良いかな?」

 

 と聞かれ断る筋もないと零矢が同意すると

 

「キミ、何で私のこと守ってくれるの?頼りない先輩だから?それとも歳上の居候だから?」

 

 と卯一は尋ねた。逃げるようにわざと選択肢を出しながら。本当は零矢が自分自身に惚れていて欲しいという気持ちと、強い女性として恋愛感情抜きでの憧れの意での惚れているであって欲しいと。

 

 本当は前者の方が卯一にとってこの上ない嬉しさであるが同時に後ろめたさを感じてしまうからだった。卯一には家の事も、大学の事も、その他諸々の事も零矢が生き返るのにとって障害となってしまう物がたくさんある。

 

 しかも零矢の持つ優しさはいつか自分が生き返ることよりもこちらを優先してしまうかもしれないという怖さが卯一は拭いきれなかった。

 

 だからもし零矢が好きだからという答えだったら断るつもりでいた。それを知らない零矢がその答えを口に出そうとした瞬間...

 

「異常発生です!!急に麗華さんと意思疎通が出来なくなりました」

 

「急に翔の言葉がわからなくなった。どうすれば良いのか教えて欲しい」

 

 ほぼ同時に鳴り響く翔と麗華からの救援依頼。それに驚き二人は瞬時に距離を開ける。もし今の空気が続いたらと思うと二人は気が気でなかった。

 

……正直助かった...心臓バックバクしてた

 

 卯一は深呼吸した後でマイクを装着して二人に話し掛ける。だが

 

「えっ、すみません。もう一回お願いします」

 

「ごめんなさい、わからない。日本語です...よね?」

 

 二人同時に疑問を投げ掛けてくる為、卯一の思考は一旦停止してしまう。

 

「同時じゃなくて交互に喋れる?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 明らかに卯一側からの言葉が二人に通じていない。何を言っても全て疑問点で返ってくる。おかしいと思った卯一は一度最初の交信を思い出す。

 

……お互いの言葉が聞き取れないって言ってたよね...しかも私の言葉を日本語かと疑うってことは...

 

「「言語シャッフルか!!」」

 

「「えっ、何?」」

 

 卯一と零矢の結論が、それに対する翔と麗華の質問がそれぞれ被る。被った卯一と零矢の二人は先程の空気も合ってすぐに顔を反らしてしまう。

 

 言語シャッフルはバベルの塔が崩壊へと進む原因である。それによって人々は意思疎通が不可能となったのだ。今まさに翔と麗華はその状態に陥っている。やはりバベルの塔があったのはそういう事態が起こる事の伏線だったようだ。

 

……どうしよう、こちらからの意思疎通が不可能だし、二人が何語を話しているのかさえわかれば何とかなるかもだけど...

 

 悩んでいる卯一の力になりたいと零矢が案を絞り出す。

 

「メッセージ機能ならどうですか?」

 

「日本語がわからなくなってる可能性があるから無理かも」

 

「なら数字は?」

 

「数字は全世界共通じゃない」

 

「なら写真で...」

 

「そうよ!写真、図を描いた暗号を送れば例え文字が無くても推測は可能...後輩クン手伝って!」

 

「はい!」

 

 すぐに卯一は裏紙を用意すると素早く十二個の正方形を縦四、横三に並べそれぞれのマスに別々の記号を入れていく。そしてその文字と同じものや似た者を用いて文のように書き、それを零矢に撮らせ二人に送った。

 

「これを二人が解いてくれれば良いけど...」

 

 もはやそれを神頼みするしかなく、もどかしい思いを抱きながらも卯一はモニターを睨んでいた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 互いの言葉がわからなくなってからしばらくたってどこからかメッセージを受信したのに気付き二人はGod-tellを取り出す。送信元が誰なのかは字が読めずにわからなかったがタイミング的に零矢か卯一だろうとは感じていた。

 

 そこには二枚の写真。一枚目には十二個の正方形の中にそれぞれ記号が描かれており、二枚目には一枚目にあったのと同じ正方形の中に記号とそれに似て正方形の中に上下左右に記号が寄せてあるものが並べられていた。

 

……どういうこと?まさか私にだけこう見えてるのか?

 

 疑問に思った麗華が翔の方を見ると、翔も確認を取るようにGod-tellを麗華に見せる。そこにはやはり同じ画像が送られて来ているのがわかる。

 

 一枚目に描かれた正方形の中の記号は

 

         ■ ● ▲

         ▼ ★ ◆

         ○ ◇ □

         ▫ ◉ ◦

 

であり白や黒で作られた簡単な図形だった。あまり規則性は見られない記号だったがこれが正方形で囲まれる事で何らかの意味をなすと言うのが推測出来る。

 

 二枚目は一枚目と同じ物と、正方形の中心から上下左右に少しだけずれた記号が並んでいた。略図にすれば

 

 ●↓ □→ ◉← ▼↑ ● ▼↑▫ ▼→

 

 ■← ▲← ▲↓ ▼↑ ■↑ ◉←

 

 ◆ ● ▼↑▫ ▼→ ★→ ◦

 

という感じでこれに正方形が付き、矢印はずれている向きを表す。それぞれの記号間には一定の間隔があることからそれぞれの記号一つ一つが何かしらの意味を持つのだろう。

 

 十二個の記号には規則性が見受けられず並べられた記号は同じ量ではなく、不規則な量で並んでいる。何かの暗号かと二人は思考を凝らすが何の事かさっぱりわからない。

 

 しばらく考えていると再び画像が送られて来る。そこにはリンゴとコップと鉛筆が並んでおりそれぞれ手前に

 

 □← ◉↑ ●↓▫

 

 ●↓ ▼↑▫ ◆↑▫→

 

 ■→ ◉↑ ◆←▫→ ▼↑

 

と記されていた。今度はこの記号と物が対応しているのを表している事に気付き、先に送られて来た二枚目に当てはめていく。するといくつかは当てはまったがまだ内容は見えてこない。

 

 するとまた一つ画像が送られて来て、今度はGod-tellが映っていた。画像の中のGod-tellの画面にはメッセージを打ち込むフリックボードが表示され誰かの指がそれを指していた。

 

 そこで二人は同時に結論にたどり着く。一枚目がフリック入力のそれぞれの行と記号が対応しているのを表し、二枚目以降の上下左右にずれた記号はフリック先を表していたということに。

 

 つまり送られて来た文章は

 

 こ れ を つ か っ て

 

 い し そ つ う を

 

 は か っ て ね 。

 

となる。何だか文字にしてみると脅迫状みたいだし、謎トレみたいなやり方だなと二人は思ったがこれで言葉は通じなくとも意思疎通を図ることが出来る。

 

 二人は床に記号を彫って自分が今相手の言葉が未知の言語に聞こえるということを伝えあった。しばらくすると再びメッセージが送られてくる。

 

 今度は今何が起きているかの説明だった。バベルの塔があった理由、それゆえに自分達の言語が変えられてしまったこと。時間は掛かったが二人はようやく自分達が置かれている立場を完全に理解した。

 

……でも言葉が通じないのにどうやって心を通わせればいいんだ?

 

 今の状況を説明することもまして信頼を深めることも出来ない。何故舟に乗せる気になったのかすら今ではわからないだろう。

 

 翔はそう悩みながらも麗華を連れてノア達がいる部屋へと向かい始める。部屋に着くとやはり皆混乱しているようで互いに何かを伝えようと叫ぶも、受け手がその言葉の意味がわからずそれに対して叫ぶ、その繰り返しだった。

 

 ノア達に現代技術であるフリック入力の暗号が理解出来るとは思えない。どうしたら良いものかと二人が悩んでいるとノアが諌めるように何かを言った。すると騒いでいた他の人達は一瞬で静かになる。

 

 やがてセムを指差すと動物を見てこいと言うように階段を指差した。それが通じたのか彼はすぐに立ち上がると階段を下って行った。

 

 文字を使わなくとも意志疎通を図っているノア達に困惑するも、これは習慣とジェスチャーを交えているからということに二人は気づいた。

 

 家族の中でノアの発言は絶対であり、的確な指示を瞬時に出しそれに指示された者が従う。この時代では家族という団体でしか成せない方法で意志疎通を図っていたのだ。

 

 それならば何か自分達に出来る事はないのかと二人は必死に考え、舟の甲板に出て外の様子を確認しようとノアに上に行くとジェスチャーするも首を横に振られて断られた。

 

 そこで二人は雨と波、そして動物の鳴き声が響き渡る中微かに人の悲鳴のようなものが聞こえるのに気づく。既に舟が地面から浮き上がる程の水位、そんな水位になれば人が生き残るのはほぼ不可能だろう。

 

 つまり外から聞こえてくるのはノアの預言を信じなかった者達の悲鳴だった。思わず翔は助けようと走り出すもノアに止められる。

 

 ノアは首を横に振った。振るしかなかった。外で悲鳴を上げる人々は助けられない。助けてはいけない。何故ならそれがこの物語のルールであるから。二人が箱舟に乗れたのはイレギュラーな展開であり、これ以上イレギュラーを増やしてはいけない。

 

 翔が麗華の方を見ると、翔より先にその事実を理解していた麗華はただ拳を握り締めることしか出来ず悔しさを滲ませていた。それを見て翔は諦めたようにノアに掴まれた腕の力を抜く。

 

 その瞬間だけは五月蝿かった雨音も波の音も動物の鳴き声もひどく静かに思えたのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 塔が崩れだしてから約二十分程、どんどん上昇する水位は既に民家の天井を軽々と越し、眼下には流れる人と塔の破片が波に飲まれていく繰り返し。

 

 耳には塔の残りを削らんと降り注ぐ雨音の轟音と流される人々、落下する人々の断末魔、そして次は自分かという嘆き。

 

 そんな非日常的な状況で周りのどの人よりも大人しく、またはこの状況が飲み込めない子供のようにイーとチーは手を握りながら黙って眼下を見つめていた。

 

 イーは空いた手に持ったカプセルをそっと放すと地面に落ちる前に踏み潰す。カプセルが割れ中から紫色の煙が噴出し、やがてそれが形を成していく。

 

 醜い魚のようなそれは浜辺に打ち上げられた水を求める魚の如く跳ね回るが足場を崩して水の中へと落ちてゆく。

 

 失敗か、そう二人が思っていると眼下で水に溺れる人々を食らい先程よりも巨大になった魚――ニーズヘッグが見え二人は安堵する。

 

 ニーズヘッグは見境なしに人や沈んだ水死体を食らってその体積を増やし、塔へとかじりついて更に多くの命を食らおうとする。

 

 自分達の足場が危ういにも関わらず二人は落ち着いた様子で

 

「翠女神は能力で霊獣を操れるけど他の人は違う」

 

「だから誰でも従わせることが出来て、尚且つ翠女神から支配権を奪われない霊獣...多分その試作品だから...」

 

 呪文のように呟くと縁に足を掛け二人同時に飛び降りる。身体が空気抵抗を受ける感覚が全身に駆け抜け、徐々に眼下の波が近付き、中から待ってましたと言わんばかりにニーズヘッグが巨大な口を開ける。

 

 二人の男女が魚の化物に飲み込まれたのと同時、バベルの塔は音を立てて崩壊し、全て波の中、もしくはニーズヘッグの体内へと消えた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 異変に気づくのに時間は掛からなかった。外から聞こえる人々の悲鳴それが段々少なくなっていた。普通に考えれば体力切れで溺死したのかと考えるが一人辺りの声量は大きくなっている。溺れる寸前の人間からはそんな声は聞こえないはずだと思っていると舟が何かにぶつかって揺れた。

 

「何!?」

 

「塔の残骸が流れて来たんでしょうか?」

 

 翔の考えている事は大方予想できたが麗華は塔から距離があった上、残骸では舟全体を揺らすことなど出来ないはずではと睨んでいた。麗華の予測を裏付けるように再び舟が揺れる。

 

 揺れに耐えることが出来ずよろけそうになったノアを翔が庇い、麗華は固まって座っていた女達の側へと駆け寄る。異変を感じたセム達も戻ってそれぞれの妻の元へと駆け寄った。

 

 男達にその場を任せると麗華は階段を駆け上がり甲板ヘ向かう。それを見た翔も後を追うように階段へと駆けた。

 

 甲板へ出る戸を開け麗華が外に出ると降り注ぐ雨粒が止めどなく甲板を叩き視界もままならない状況だったが揺れを感じた側の縁へと走る。

 

 縁から下を見ると日もなく漆黒の海面に巨大な影のような物を見つける。すると翔が追い付き同じく海面を見るが何も見えない様子だったので麗華はGod-tellを取り出し『探査』のボタンを押してライトを着けた。

 

 翔も同じようにライトで海面を照らすと海中に黒い巨大な魚のような物が映る。それは海中に沈む死体を食らい徐々にその体積を増やしていた。

 

 目を凝らして見ると背の部分に羽のような物が生えているのが確認でき、どう考えても魚類には思えず異様な見た目をしていた。

 

 すぐに写真を取り卯一にその概要を送ると返ってきたメールには

 

(よくわからないけど特徴が似てるのはバハムートとかかな、気を付けて)

 

 と書いてあった。そう言われても二人ともバハムートなど知らず、麗華もバハムートという霊獣は見たことがない。残りのGDの二人が呼び出したのかと思いつつ麗華は操る為に手を伸ばすが

 

……反応しない...違う!?こいつ意思を持ってる、しかもかなり強固な意思...まさか中に誰か入ってる!?

 

 すぐに手を引っ込める。それを不思議に思った翔が怪訝な顔をするも麗華は首を横に振って伝える。すると舟の中から女性の悲鳴が聞こえて来た。

 

 その場を麗華に任せ翔が舟の中に戻ると先程いた場所に水が入り込んでおり、また動物を乗せている部屋まで浸水している様であり、水を舟の外に出すには人手が足りない為、麗華にメールを送ろうとGod-tellを取り出すと先に麗華からメッセージが届いていたらしくその内容は

 

(行ってくる)

 

という一言だけだった。すぐに翔が甲板へと向かうもそこには残っていた麗華の姿は見えず、あるのは甲板を叩きつける大量の雨粒だけ。まるで虹神麗華という人間が最初から存在しなかったかのような錯覚に翔は襲われた。

 

 しかしそれが錯覚ではないという事を示すように海面の下から一筋の光が飛び出す。それはこの薄暗い世界に似合わない光輝く翡翠色、麗華が纏う魔王の矢。その矢が雲を切り裂くように上空へと飛び出して来たのだ。それはつまり

 

……この光も届かない海の中で麗華さんは戦っているのか!?

 

 気配を察知して襲い掛かる霊獣に圧倒的不利な状況下で麗華が一人戦っている事を意味していた。

 

 麗華は魔王装備を纏い自らが放つ翡翠の矢が放つ矢によって相手の位置を捕捉し、間に合わなければ己の鍛えられた感覚によって喰らい付く霊獣を躱していた。

 

 海水の抵抗により身体も十分に動かせない海中にて霊獣の攻撃を躱せば相当な体力を消費するのは明白だ。尚且つ麗華が纏っている魔王装備は使用者の意識が弱くなればその身体を乗っ取ってくる。

 

 そうなれば箱舟を壊しかねない。しかし海中専門の神力は無いため溺れない為にも魔王装備を纏うしかない。よって自身の活動限界を理解している麗華が霊獣の相手をするという彼女の判断は最適解であった。

 

 加えて彼女は窒息しない為に大気を霊子で作った複数の小さな箱に閉じ込め、それをネックレスのように掛けて酸素を得ていた。

 

 今まで魔王装備を使って息切れを起こした事はなく、今現在も鎧の中に海水が浸水してくることはない。完璧な密閉状態で恐らく鎧内部には一定の酸素濃度がある事は推定していたが今回の空気詰めネックレスは念のためである。

 

 再び気配を感じ取り目の前の漆黒へと矢を放ちながら、麗華は霊獣に直接触ることができればどうにかできるのではないかと考えていた。ただしその行動に移るにはそれ相応の覚悟がいることは明らかである。

 

 だがここでやらねば誰がやる。そう思った麗華は口を開けて突進してくるバハムートを身体を捻りながら逃れその体躯に触れた。その直後

 

((殺す。このニーズヘッグで船も翠女神も何もかも殺してやる!!))

 

 重なるような声がバハムートの中から呻くように響いてきた。正確にはこの霊獣はバハムートではなくニーズヘッグと言うらしいが今はどうでも良い。この霊獣の中に少なくとも二人、強い意思を持った者が入っているのが確定した。

 

……こいつを止めるには中の人間ごとやるしかない...

 

 麗華は旋回する霊獣に照準を合わせて弓を引いた。抵抗のある水の中、必殺技を打つなら最低限五メートル以内に近付いてから。それを条件にしつつ気配で相手の様子を探る。

 

……私は信じる物の為に...信じる物の...

 

 だがここで脳裏に時神家で囲んだ食卓がちらついてしまった。相手は霊獣に取り込まれているとはいえ、自分がやろうとしているのは殺人になるのではないかと。

 

 翔にここは現実ではないから、なんて言葉を投げ掛けてしまったのは自分の中で殺人がやむを得ない手段として未だに残っていたからなのではないかと。

 

 そしてその隙を晒した代償は大きく、麗華が照準を合わせようとした時には既に霊獣は目の前まで迫っていて、回避に間に合わなかった麗華の左腕を鎧ごと食いちぎり舟へと追突した。

 

……しまったッ...!!

 

 左腕が失くなったことにより弓を構える事が出来ず、更に破損部分から海水が鎧内に少しづつ浸水していた。また、出血したことにより体力が更に持っていかれてしまう。

 

 浸水に悩んでいたのは麗華だけではない。舟の中にいる翔達も先程よりも水量が多くなってしまい対処に手間取っていた。

 

……このままじゃ沈んでしまう!何か手は...

 

 麗華がGod-tellの画面に浮かべたものは『氷結晶石』というアイテム。記憶が正しければこれは妖美卯一が天界で使用した物。だが威力があまりにも高く天界では空を穿つ程の氷柱を形成していた。

 

 これを使って穴を塞いだところで舟が傾く恐れがあり、中の人すら無事のままでいられるのかといえば望みは薄い。なら霊獣に撃ち込むか、そう思っているとGod-tell内にもう一つのアイテムを目にした。卯一が言うにこれは

 

……『吸収珠(アブソーブボール)』...名前からして威力を吸収するアイテム...なのか?もし彼女が『氷結晶石』と同時に使う前提で持ってきたのなら...これに賭けるしかない!

 

 麗華は霊子を用いて義手を作り弓を固定し、牽制の為に何度か霊獣に矢を放った。今頭に思い付いた作戦は翔の協力が前提であり、麗華が舟の真下で弾丸を放つとほぼ同時に翔が床に向けて珠を投げる。そうすれば舟は氷でコーティングされるだけに留まり中まで侵食はしない...はずである。

 

……気付いて...翔!!

 

 念じながら霊獣を惹き付けながら攻撃を躱しつつ舟の下へと潜っていく。

 

……早く...早く...早く!!

 

 そして何度目かの突進を躱した後で、翔からの合図が耳に入った。言葉を理解できない今、厳密に言えば合図なのかどうかすら定かではない。だが少なくとも今の二人の間の信頼は、言語の壁すら越える事は想定していた。

 

 その想いは舟の上の翔も同じであり、麗華の未来を予知することでその意図を察し、GK銃にGod-tellをセットしていた。画面に映る吸収珠を選択し銃口を床へとむけ引き金に指を掛ける。

 

 そして、麗華が舟の最下部に向けて弾丸を撃つと同時に翔が内から床へ弾丸を撃つ。

 

結晶弾(クリスタルショット)!!」 「吸収弾(アブソーブショット)!!

 

 小さな氷の弾丸が舟にぶつかった瞬間、目にも追えぬ速さで舟の表面が、それにとどまらず周りの海水までもが連鎖的に凍結する。

 

 だが舟全体が氷塊になることはなく威力が吸収されたことにより、当初の目論み通り表面だけを氷でコーティングすることに成功した。

 

 浸水が氷によって食い止められたことを確認した翔は直ぐ様甲板へと向かい麗華を探す。表面が凍結した甲板はさながらスケートリンクの様であり海上では少し凍える程の寒さだった。

 

 余りに舟の中の気温が下がるようでは動物達の命の危険が考えられるが穴の場所以外で火を焚けば少しはマシになるかと考えるほど翔の中にはいくらかの余裕が生まれてしまっていた。

 

 次の瞬間、甲板を飛び越えるようにバハムート、もといニーズヘッグが海面から飛び出してきた。その恐ろしい体躯を暗闇で見せ付けるように頭上を舞う霊獣から滴り落ちる海水を浴びれば翔の余裕などボヤのようにかき消されてしまった。

 

……そうだ、まだコイツが残ってる。それに神力もまだ...

 

 取り敢えず麗華に報告のメールを、そう思った時視界の隅で何かが光っているような気がした。見ると甲板の上にポツリと翔が持っている物と同じ型の携帯端末が何かの上に乗っていた。

 

 海水と一緒に麗華のGod-tellが落ちて来たのか、そう思いながら近づいていくとGod-tellが何の上に乗っているのかがはっきりと見えた。

 

 翡翠の鎧を着けた人間の腕...洪水に巻き込まれて流された人々から千切れたものではない。この腕は間違いなく

 

「麗華...さんの?」

 

 言葉にして確定してしまえばあり得ない程の恐怖とそれと同じ程の憎悪が翔の中に沸き上がって来た。降り注ぐ雨も、気温を下げる氷さえも冷静さを取り戻すには冷たさが足りない。

 

 遅れて甲板にやって来たノアの家族達の方を見ることもなく翔は手元に召還した槍を構えると呪文を唱えようとする。

 

 目の前の雨粒が止まって見える程、翔の感情はどす黒いもので染まっていて...否、雨粒は止まって見えるのではなく無数の水滴が宙に静止していた。それに気付く頃には翔は少しだけ冷静さを取り戻していた。

 

「ようやく我に返ったか」

 

 自身とノア達の丁度中間、白い何かが立っている。幽霊の類いかと思ったがどうやら足はしっかり生えていた。

 

「冷静になったのならいいことを教えてやろう。お前があの化け物を倒すに足りないものがある」

 

 動けない翔をよそにその人物はゆっくり近づいてくる。そしてすぐ横まで来ると耳打ちするように言った。

 

「愛と信頼で大切な者を殺す覚悟だ」




次は番外編の方出す...と思います!


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覚悟の決め時

エラーが出ていたようでTwitterでの告知時間と違っていました。前書きと後書きが全て消失したのでこのまま出します。本編どうぞ。


 すぐ横にいる白い何か。目を動かせばその表情を確かめられるほど近くにいるそれはただ白いとしか言いようのないオーラをまとって、空から落ちてこない雨粒の中立っていた。だが目を動かすことができない。向こう側から一方的に干渉されているような不思議な、そして今の翔にとっては不快な感覚がこの空間内に漂っていた。

 

「お前は誰だ?」

 

 怒りと焦燥により普段より口調が乱暴になった翔がその存在に問い掛ける。その問い掛けに耳元まで近付いていたその存在はクスリと笑うと丁度翔の死角に入るように移動し

 

「私の正体なんて今はどうだっていいだろ?お前の信頼している彼女このままドロドロに溶かされてもいいのか、そこら辺に浮かぶ死体みたいに」

 

 と煽る。それが翔の逆鱗に触れ、怒りで体を動かそうとするのを見てそれは再び嘲るように笑うがその笑いは徐々に止まっていった。身の回りの人、自然法則すら止まったこの時間の中で翔の目が、指が、髪が、そして身体が停止した空間を引き裂くように少しずつ動き出す。

 

「は?なんで...あの二人だってここでは...くッ!」

 

 その存在が指を鳴らしてその場から消えると蓄積されたモーメントが解放され翔は濡れた甲板に倒れこんだ。すぐに立ち上がりあたりを見渡すも降り注ぐ雨粒だけでどこにも先ほどの存在は見つからなかった。急に転んだ翔にセムが駆け寄って支える。立ち上がっても翔はどこか浮かない顔をしたままだった。

 

……なんだよ、愛と信頼で大切なものを殺す覚悟って...僕に麗華さんを殺せっていうのか?

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……ここはどこ?確か弾丸を打った後...喰われた?

 

 薄紫色の空間に丘のようにせりあがった地面、その頂に上半身だけが残った状態で麗華は目が覚めた。地面と一体化したような下半身は動かそうとしても全く反応しない。腕に力を入れようとするも飲み込まれる際に噛み千切られたのか右腕がなくなっていた。すでに両腕がないこの状況でここから抜け出すのは困難だと判断した麗華は周囲を見渡す。

 

 すると左方向に人柱のような二つの物体を発見した。無造作に地面に刺さった二本の柱にそれぞれ誰かが括りつけられている。拘束されているというより麗華と同じように地面と一体化しているかの如く薄紫の肉塊のような地面が足下からこびりついていた。

 

 それはさながら地面に食べられている最中のような異様な光景であり、見る者によっては不快感を示すであろう。だが麗華はその光景に怖じ気づくことはなかった。なぜなら彼女の注意はその光景そのものではなく柱に括りつけられた人物、それはイーとチーであった。

 

……予想はしてたけどやっぱり爆団長の手下の二人...これが霊獣の核になってる。今まで試されてなかっただけで宿主を霊獣に喰わせることで強力な想いを代償にこれ程の力を...

 

 だがその目は最早正気を失っており焦点すら合っていないように思えた。しかし二人とも口元は何かをつぶやいているのかずっと動き続けている。おそらくその内容は甲板の上で聞こえた呪いのような思念だということに気づいていた麗華はその言葉に耳を傾けることはせず、自らの身体をどうすればいいのか考えることに意識を集中させる。

 

……義手を作ったとしてそれを動かせない以上意味がない...それにGod-tellも『翡翠の弓矢』もない。いったいどうすれば、どうしたら翔を助けに行ける!?

 

 だがそんな思惑も関係なく麗華の周りの地面はその身体を締め上げ、知恵を絞らせる隙すらも与えない。このまま捻り潰されて強制送還になるのだけはごめんだと麗華が力を振り絞っていると地面の締め付けが停止した。

 

 だが身体が固定されているのか自由に動かすことができない。動かせるのは頭の回転だけ。極限下における極度の集中常態かと麗華が考えていると背後から誰かの問いかけが聞こえてきた。

 

「もしかして助けに行こう...なんて思ってるんじゃないだろうな?」

 

「誰?GD?」

 

「まさか...一応お前らの...み・か・た」

 

「じゃあなんで身体を自由にさせない?姿を見せろ」

 

「やっぱりあの二人同様普通身体動かせないよな...どうしてあいつだけ...まぁいいや。今のお前が気にすることは私のことじゃない。外にいるあのガキのことだ」

 

 この人を食ったような態度は何だと思いつつも、翔のことを指していることを理解した麗華は耳を傾けざるを得なかった。 

 

「おまえ口では信頼しつつも実際はあのガキのことを信頼してないだろ。あいつにこの化け物は倒せやしない、私が何とかしないとってな。これからずーっと庇い続けてやるのか?」

 

「翔は私とは違う、普通の人間なの!普通に家族がいて普通の感性を持ってる。それなのに私ごと消させろって言うの!?」

 

 つい感情的になってしまった麗華が姿の見えない人物に対して怒鳴るも、目に見えない余裕の雰囲気を醸し出していた。

 

「普通?何言ってんだ、お前もあのガキも、お前の仲間も皆他の人とは違う“力”を持っていながら普通なんてありえないだろ。『聖なる力』なんて持ってる時点でお前らは普通の人間なんかじゃない。強いて言うなら心だけは残念なことに普通だろうな。自らの使命すら理解できていない、いわばクソガキだ。だから私が教えてやってるんだよ」

 

……私たちの使命って何?こいつはいったい何を言ってるの?

 

「心の持ちようをな。もう一回聞くぞ、あいつのこと信じてるのか?」

 

「私は...」

 

 自分が考えていたことはこの人物の言うとうり口先だけだったのかと一瞬でも迷ってしまった麗華は言葉に詰まってしまった。それに呆れたのか背後にいた人物は気配を消すようにしながら最後に呪いのように呟く。

 

「信じてやるなら精々死ぬためにあがいてやるんだな」

 

「待て!!」

 

 麗華が叫ぶもそれ以降背後からその人物の声が聞こえることはなかった。気配が消えたと同時、止まった時が再び流れ出したことを伝えるように身体を地面が締め付け始める。麗華は自らの身体に力を入れつつも“死ぬためにあがく”という言葉の意味を考えていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「愛と信頼...」

 

 白い何かに言われた言葉を呟きながら翔は自らの右手を見つめた。塔の上で戦った時もそうだった。

 

 たとえそれが幻のようなもので実際の世界とは違うとわかっていても、この手で人を殺めたあの感触が何度もフラッシュバックする。雨粒が指先から掌を伝い腕へと流れ落ちてもそこには赤黒いものが残っているように錯覚してしまう。

 

 瞬きの度に濡れた手が雨と血で映り変わる。その手の震えは雨に濡れた身体が寒さという不快感を伝えるサインかそれとも麗華を殺すという恐怖か、錯乱状態の翔にそれを断定できるほどの冷静さを取り戻すには雨だけでは足りない。自分で取り戻せないならば残る手段は他の誰かが自分を冷静に戻してくれることを待つのみだ。

 

 それを計算していたかのようなタイミングで翔のGod-tellにメッセージが入る。解読すると内容は少し前からこちらの行動を映像で見れていたが麗華の映像が見れなくなったために連絡したとのことだった。ナビゲートのもとになる映像はGod-tell付近の状態をスキャンし端末を通じて送られたデータを映像化している。麗華のGod-tellが腕ごと打ちあがってしまったため恐らく映像が動いていないのであろう。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ落ち着くことができた翔が自分を支えるセムに礼のジェスチャーをしつつ甲板に転がる麗華の手に握られているGod-tellを拾い上げる。その画面には先程卯一から送られてきた画像が編集されたものが映っていた。

 

 フリック画面と対応した記号が記された画像の○と◇が丸で囲まれ、それぞれ近くに矢印が ◇↑ ○← のように描かれていた。麗華のダイイングメッセージとも捉えられるこの意味を読み解くのはそう難しくない。メッセージの内容は弓、意味するのは翡翠の弓矢のことだろう。

 

……麗華さんは氷の弾丸を撃った後、喰われるまでにこのメッセージを残したのか。自分の死を覚悟して力を僕に託した...信頼して

 

 画面をスワイプで動かせば遺品のように存在している翡翠の弓矢。それを見た翔は決意を固めるようにGod-tellを強く握りしめる。自身で海に潜むあの怪物を、零矢から託された神の力を手に入れることも一人でやらなければならない。

 

 英雄的状況と言われれば聞こえはいい、だが実際その状況下に置かれたら足の震えが止まらないことを翔は実感していた。だが今の翔にとっては自分にのしかかるプレッシャーよりも、瑠璃色の鎧に乗っ取られた卯一のように化け物に喰われた麗華が半永久的にこの世界に取り残されてしまうことの恐怖の方がほんの少しだけ上回っていた。

 

 その恐怖がプレッシャーから来る震えを相殺...というよりは上塗りをするように止めていく。凍える甲板の上であるにもかかわらず意思を持った熱が翔の身体の中には宿っていた。最早頭上から降り注ぐ雨は冷静さを取り戻させるものではなく、熱すぎる決意の熱を冷ますものに変わっている。

 

 今ならわかる。何故零矢が自身にとって大切であろう卯一を手にかけたのか。自身が非難されようが大切な人の心を守りたい、そういう考えに頭がすぐシフトしたのだろう。囚われた麗華の心をこの世界から解放する、他の誰かでもない自分自身の手で。この信頼に応えるためにも。

 

「やってやる...愛と信頼で大切な人を守るために!!」

 

 そう決意する翔を死角から白い存在が微笑みながら観察していた。

 

「まぁ、こっちは大丈夫...かな」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「そもそも俺って生き返れるんでしょうか?」

 

 覚悟を決めたような目付きをする翔をモニター越しに眺めていた零矢がふと口に出した。今まで三度も次元を越え、死闘を繰り広げてきたが生き返る為の作業と言うよりはGDに対する戦力の増強のような意味合いしか感じられなかった神力集めは零矢の中で大きな疑問点となっていた。

 

「勿論、そう簡単にはいかない。古事ノ書、天界ノ書、箱舟ノ書...こういう別の次元に飛べるような書物には神の力が宿っているって言われててそれを神力って呼んでるの」

 

 そう言いながら立ち上がった卯一は部屋の中でも目を惹く金色の扉の前へと歩き出す。初耳の情報だなと思いつつその歩みを止めるような野暮な質問はせず、彼女の姿を目で追っていると部屋のどこにいても視界の隅に移りこんでしまうような存在感を放つ金色の扉の前にたどり着いた。

 

「『求められし十の神の力揃いし時、全知全能の書へと続く扉開かれし』っていう予言じみたものがあってその全知全能の書があれば人を生き返らせることも出来るんじゃないかってね」

 

 金色の扉に触れながらそう呟く卯一はどこか儚げに零矢には見えた。その表情は二十歳に満たない少女とは思えない決意に満ちたようなまなざしに何かしらの諦観を含めたような表情で、零矢と卯一の人生経験の差のようなものを感じた瞬間だった。

 

「ノアを含めてあと八つ...先は長いね」

 

 それが見間違えだったと勘違いするほど先程の表情とは打って変わって優しく微笑みかけるような笑顔で卯一は零矢に呟いた。

 

「それでも...俺は生き返りたい。生き返ったらきっと...」

 

 何かを言いかけた零矢は途中で口をつぐんだ。だがその握りしめていた拳と少しだけ震える腕に気づいた卯一は詮索するようなことはせず

 

「生き返ったら何がしたいのか見つかったら話してね。それを目指して私も頑張れる気がするし」

 

 そう優しく年上として諭した。それに対し零矢は自信の無いような返事を返すとそっと目線を後ろのモニターに戻す。その後ろ姿を見て年相応の不器用さを感じた卯一は

 

……私に可愛いって言ってくれたけどキミも結構可愛いとこあるけどね...秘密にしとこ

 

 とクスリと微笑んだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 決意を固めた翔は頭の中を整理するために一度瞑想を行う。目的は大きく分けて二つ。一つはこの海の下に潜み今も死体を食らい続けているであろう霊獣を倒し麗華を開放すること。助けられれば運が良いだろうが恐らくは強制送還になる可能性のほうが大きい。

 

 二つ目はノアから神力と言われる力を継承することである。零矢曰く心を通わせることが重要だということだ。ただし今現在の対話が通じない状態で心を通わせるのが困難ということは火の目を見るよりも明らかだ。周りには溢れんばかりの水しかないが。

 

 如何せんこのまま止まっていても埒が明かないなと考えていると、甲板に長くいたため雨によって髭が服に張り付き明るい船内で見た時とは印象が打って変わり見ずぼらしくも思えてしまうノアが黙祷をささげるように目を閉じていた。それは後ろにいた他の家族も翔のそばにいたセムも同じだった。翔が瞑想していたのを麗華が喰われたことによる悲しみを噛みしめていたと勘違いしたことによる行動だった。

 

……少し違う気もするけど悲しみが伝播したってことなのか...誰かの死を悲しむ心は言語をも超える。ならきっと言葉は通じなくとも...

 

 翔は雨で濡れた自分のGod-tellの画面をなぞり琥珀の槍を召還する。日の光がないため鈍い色を放ちながら雫が伝い落ちる槍を持った翔を見てノア達はその意味を汲み取った。自身が麗華の敵を討ちに行くのだと。誰もが死にに行くようなものだとわかっていながら止めようとすることはしなかった。だがノアだけはダメだというように首を静かに横に振る。

 

 その眼差しからはお前まで死ぬんじゃない、という意思が見て取れた。死に急いではいけない。この船の上にいれば生き残れる。目線や表情だけでそれが読み取れた翔は答えるように首を...横に振った。自分が今するべきことは生き残ることじゃない、死に怯えることではない。

 

「僕はあの怪物を倒して、あなた達を生き延びさせます」

 

 誰にも理解できない言語でそう話した翔は踵を返そうとするとセムに腕を掴まれる。驚いて振り向くとセムは翔を抱きしめた。それは今までの感謝の気持ちか、武運を祈る気持ちなのか、そこまではわからなかったが翔はその抱擁に対して槍を手から落とすと背中に手を当てて応えた。するとセムはノアのほうを向いた。そして何かを伝えあうように目線を交わすと、ノアは軽くため息をついた。

 

 ノアの中でずっと引っかかっていた疑問、信じたものに命を掛けることのできる覚悟。口だけの出まかせでこんな若者達にそんな覚悟などない。舟に乗って生き延びた後家畜を盗むために神から預言を受けたとうそぶいていたのだと思っていた。

 

 だが実際はどうだ。この若者達は舟の完成を急いでくれた上に舟に空いた穴をすぐさま塞いだ。言葉がわからず意思疎通も困難な状況下で互いを信頼しあい、あの怪物の相手を引き受けた。そして少女のほうは喰われてしまった。だがそれは少女が言う通り信じるものに命を掛けたという何よりの証拠だろう。

 

 この少年にとって生涯を誓ったであろう相手が醜い怪物に喰われてしまったことは何よりも気の毒であり、本人の憎しみや悲しさは計り知れない。だが彼はそんな気が狂ってもおかしくはない状況下で、聞き取れない言語で話しながらものを伝えようとするその眼が、まだこちらを助けることをあきらめていない決意のようなものを訴えてきているとノアは感じ取っていた。

 

……この若者が本当に神の遣いなのかはわからない。だがこの若さで愛する者を喪う辛さをこらえながらそれほどの決意をもているのなら、その何倍も多く生きているこの年寄りが懐疑的であればせがれどもに示しがつかない。ならセムがみせたようにわしも...

 

 ノアはゆっくりと近付いてくると翔の手を取った。ハグほどではないがノアが自身を認めてくれたのかと翔が思っているとその掌から暖かい何かが伝わってくる。その暖かかさは体温を超して周囲残りや雨の涼しさを消すが不快さを感じさせない優しい暖かさで力が身体に入ってくるような感覚。

 

……もしかしてこれが神力!?

 

 握手を終えた翔がその感覚を不思議に思いつつも槍を拾い上げノア達家族に向き直る。そして行ってきますと告げようと考えた。その時、脳裏にふと浮かんだのは自身の父親が仕事に行く際によくやるジェスチャーであった。警官がするジェスチャーである敬礼で彼らに出陣の意を伝える。その意味ははるか昔の人々には伝わらないはずであるものだったがこれまでの信頼関係からそれは言葉を伝えあうよりも早くその意味を理解させた。それに答えるようにノア達家族は見様見真似で翔に敬礼を返すと、翔はより真剣な顔で槍を拾い上げ甲板の船首に向かって走り出す。

 

魔王解放...変身ッッ!!

 

 呪文を唱えれば黄金の槍の表面に亀裂が走る。刹那爆発したようにその槍がはじけ飛んだ。その中から一まわり小さな輝きを放つ槍が顔を見せる。はじけ飛んだ破片は一つ一つが拡大され鎧のごとき模様を宿す。雨粒を反射するそれは暗い世界を照らす光のように輝いて翔の身体へと向かっていく。甲板を駆ける脚に、身体を前へ動かす腕に、闘志を灯す胸に、隙間を埋めるように装着される。

 

 そして甲板を飛び降りると同時、水上の鳥を狙う鯱のようにしぶきとともに口を開けて飛び出してきたニーズヘッグを翔が視認した時にはもう鎧の最後のパーツである漆黒の仮面が顔に取り付いていた。その黒い仮面に浮かぶ白く光る三白眼越しに敵を見据える翔が槍を横に振れば、その衝撃波は口を閉じようとするニーズヘッグを吹き飛ばす。

 

紫の巨体と黄金の鎧が同時に着水する。地上では光るその黄色い輝きも漆黒の海の中ではその輝きは劣ってしまう。むしろ海中では目印となりニーズヘッグに対し有利に働く。それを理解していた翔は自ら暗闇に誘われるようにそっと目を閉じた。

 

……気配や殺気だけで位置を特定するのは僕にはまだ出来ない...だけど僕にはこの能力がある!

 

 深呼吸をする翔の脳内にビジョンが映し出される。対象は自分、時間は15秒後、左側からニーズヘッグが迫りくる。目を開けた翔が水圧に逆らいながら槍を左へ向ける。

 

 直後暗闇の中から現れるニーズヘッグ。口を開けて周りの海水ごと飲み込もうとする怪物の上顎に構えていた槍が突き刺さった。痛みを感じたのか振りほどこうと暴れるニーズヘッグがその体躯をひねり翔を水上へと放り投げた。

 

 何とか槍を離さず握り締めていた翔が宙で身体を捻りながら海面へと横一閃を放つ。衝撃波が海面に出ていたニーズヘッグのヒレの部分に当たりその身体を構築している霊石となって砕け散った。低いうなり声をあげ苦しむニーズヘッグを眼下に翔は禍々しくも見える黄金の羽を生やし滞空する。

 

 ふと横目に結晶弾によって発生した氷に座礁してしまっているのが見えた。このまま自分たちの戦いに巻き込んで再び舟に穴を開けるわけにはいかない。海面にできた氷塊の上に降り立ち氷を舟から剥がすように槍を突き立てていくと背後から氷が砕ける音が近づいてくる。漆黒の闇が氷を喰らいながら近づいて来る様だった。

 

……コイツ、何でも喰うのか!?

 

 氷の地面から槍を引き抜き割れ目を踏み付けてから翔は氷を喰らう闇へと向かっていく。猛進してくる怪物の手前、氷に槍を突き刺せばその巨大な口の周りに無数の槍が突き刺さるように出現しその突進を止める。だが抑えが効かないのかその動きを止める槍が一本、また一本と折れて消滅していく。そう長くは持たないと考えた翔が先に舟の非難を優先すべく後退する。

 

 幸いにも人間の力を超えた踏み付けにより氷の亀裂は深まっており、もう少し衝撃を与えれば舟は再び水面へと浮かぶことができそうだった。翔はGK銃を召喚すると亀裂の中目掛け何度か打ち込みつつ舟にも弾丸を打ち込んでいく。弾丸に貫通力はなく代わりに衝撃が強くなっているため徐々に巨大な舟を動かし始め、遂に海面へと戻すことに成功した。

 

「よし、次は...ッ!!」

 

 だが振り向いたときにはすでに拘束を振りほどいたニーズヘッグが氷の上に乗りあげながら口を開けて迫っていた瞬間であった。槍を構えようとするのも間に合わず翔は一口で飲み込まれてしまった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……信頼...私は翔を...

 

 謎の人物が背後から消えてから私は壊れたようにそのことばかりを考えていた。実際二人の間に信頼関係はあったはずだ。とんでもない出会いだったはずが翔にその家族に感化され、その家は私の居場所になった。だからその居場所を守りたい。そこにいる翔のことも。

 

 私は自分の信じるものに命を懸けるといったはずだ。その思いは良くも悪くも昔から変わっていない。私が信じているのは私が守ってあげなければいけない翔なのだろうか。

 

 違う。私は守ってなんかいない。ずっと守られていた。あの雨の日も遊園地でも管理局の時も翔は私をずっと守ろうとしてくれていた。戦ったことすらないただの男の子が恐怖など置いてきたかのように。

 

……私は信頼という言葉で自分を騙していただけ、翔は最初から強かった。きっと今だって私を...

 

 脱力感を感じていたはずの身体に熱がこもる。その熱が力となり身体を締め付ける地面に抵抗していく。

 

「そもそも出会いからして私たちは“普通”じゃないか」

 

 身体と地面のわずかな隙間から霊子を滑り込ませ足の周りに収束させる。そして思い切り蹴り上げると地面はえぐれ十数分ぶりの自分の脚を目にした。再び地面の収縮が始まる前に義手を作って支えにし、先に抜いた足で踏ん張りながらもう片方の足を引き抜いた。

 

 立ち上がって前を向けば目に入るのは呪言を吐き続ける二人のGDの姿。この巨大な怪物の核となる為に自らを生け贄にしたのだろう。

 

 思えばこの二人も大切な存在である爆団長を故意ではないとはいえ目の前で失っているのだ。その恨みをこのような形で体現したに過ぎない。

 

 このまま帰ればペナルティを受けるのは確実、だから自分達はどうなろうとも手柄を、そう思って自分達を霊獣に捧げたのだろうか。これではもし私を殺せたとして自力で元の世界に戻るのは困難であろうに。彼らも自身の信念に命を懸けた結果がこのような形となったのか。

 

 もし翔に出会っていなかったら私も同じようになっていたのかと思うと嫌な汗が滲んでくる。自分の大切なものを守るために誰かの大切なものを犠牲にしなければならない。多くの人々の大切なものが危険に晒されないように、この二人がもう一度大切な人に会えるように、今私が取れる最善の選択は...これしかない。

 

 体温も感触すらも伝わらない義手で肉塊のような地面からはみ出す二人の手を掴む。そこから私や翔に対する恨みがあふれ出し、少しでも気を抜けば取り込まれてしまう程の瘴気が漂い始める。

 

 私の聖なる力(ホーリーパワー)である『霊操(ゴーストドライブ)』は霊子を操る能力でありひいては霊獣を操ることもできる。霊獣が人を喰らうという事案が初めてであるため成功するかはわからないが霊獣の意識に干渉を試みたのだ。

 

「ここにいる誰もが元居た場所に帰ろう」

 

 目を瞑りながらそう呟けば自身がニーズヘッグと一体化したような感覚が身体中に張り巡らされる。すでに無くなった腕すらもまるでそこにあるかのような感覚。この一体化が死ぬためにあがくという言葉の真意なのかはわからないが内から制御ができるならば翔にこれを倒させることができる。

 

……改めて信じるよ、翔。私達を助けて...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……声が聴こえる...麗華さんが助けを求める声が。僕が、絶対に元の世界に...

 

 固く閉じられた怪物の口の中から二色の光が漏れ出し、その口から琥珀の槍が翡翠の刃が飛び出す。ニーズヘッグの口部分が砕け散りグロテスクな切断面から黄金の鎧が姿を見せる。右手に琥珀の槍を左手に翡翠の弓を持った鎧は赤と黒の混じった液体が付着しながらも異彩を放っていた。

 

「はあああああああっっっっ!!!!!」

 

 翔が右腕を振り上げ氷に槍を突き刺すとニーズヘッグの真下から巨大な槍が具現化しニーズヘッグを突き上げるようにその巨大な躯体を持ち上げていく。ニーズヘッグはその攻撃を受け入れるように大人しく上昇していった。天を目指すバベルの塔のように伸びていくその槍の麓で禍々しい羽を生やした翔は跳躍しニーズヘッグの上昇速度すら超えて空を駆け上がっていく。

 

 ニーズヘッグより高い位置についた翔が上昇を止め、槍を弓に当て光の弦を槍の柄にかける。弓を引き絞り、手を離すと槍は矢のように真っ直ぐニーズヘッグへ向かっていく。雨粒を弾きながら閃光の様に進む琥珀色の槍は空に浮かぶ紫の巨体に突き刺さる。

 

 まるで天から鎖で吊り下げられたように槍が刺さったことで空中でピクリとも動かず静止したニーズヘッグ目掛けもう一つの閃光が近付いて行く。

 

 突き出した右足に黄炎を纏い、それを矢尻とした一本の琥珀の矢の如きエネルギーを浮かべながら翔は突き刺さった槍目掛け加速していく。

 

冷金神破突(プスィフロススマッシュ)緑射(ベルデ)!!!!

 

 槍の柄に自らの足を当て、押し込むようにニーズヘッグの身体を引き裂いていく。かつて口だった場所から尾まで亀裂が入りニーズヘッグの身体が徐々にこぼれ落ちていった。その躯体を貫いている最中、ニーズヘッグを構成する霊石の固さより少し柔らかい感触の物も何度か貫いたが翔が蹴りを止めることはなかった。

 

 やがて尾の先端から怪物の身体を喰い破るように琥珀色の槍と鎧が飛び出してきた。槍は氷が張る地面に突き刺さったが、少し遅れて落ちてきた鎧の方は着地をミスし転がりながら海へと転落する。それとほぼ同時、宙に浮く風穴が開いたニーズヘッグの身体が粉々に爆散した。

 

 石の破片が音を立てて氷の上や海中に降り注ぎドラムロールにも似たリズムを奏でる。やがてそれが終息すると海面から黒い仮面の騎士が顔を出す。

 

 琥珀の鎧は手をかけながら氷上に登りその変身を解いた。黒い仮面が剥がれ落ち中から現れた翔の顔は少し虚ろな表情を浮かべていた。雨に濡れたままの手は震えながら握り締められていた。




今回キャラが話すネタを久し振りに書きましたが全て消えてしまいました ...この投稿までの内容を保存する機能が欲しいです。


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