【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ (スターダイヤモンド)
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第一部
オレの名は


 

 

 

 

オレは『高野 梨里』。

 

二十歳。

 

176cm、63kg、O型。

 

 

 

『梨里』と書いて『りさと』と読む。

 

今でこそ『正しく呼んでもらえるようになった』が、昔はだいぶ苦労した。

 

大抵の人が『りり』と読み『女の子』と間違えるからだ。

 

古い友人などは、オレを『リサ』とか『リリー』と呼ぶ。

 

そのせいで、一歩間違えたら、その気になって、そっち道に進んでいたかも知れない。

 

この歳になり、ようやくここまでの身体になったが…中学生くらいまでは女子よりも小さく、細かったから、実際、よく「女装が似合う」と言われたもんだ。

 

いや、あくまで、そう言われただけで…したことはない。

 

因みにスペルや発音を気にしなければ、リリーとは英語で『百合』のことを言う。

 

オレと百合の間に、因果関係はない!…と思っているんだか…

 

 

 

…百合…

 

 

 

本当にそっちに進んでいたら、そこそこ意味深な言葉だな…とは思うけど。

 

 

 

それ故、よく名前の由来について問われるが、なぜこうなったのか、オレもわからない。

 

両親に訊いても『なんとなく』『雰囲気で』『そういう顔だったから』とか言って、明確な答えが返ってこない。

 

 

 

それでも5年ほど前までは『なにか隠された秘密があるハズだ』と思っていたのだが…

 

ここ数年は『本当にテキトーに付けたんじゃないか』という考えに変わっている。

 

出世届けを出す際に、書き間違えた…とか、恐らくそんなところだろう。

 

まぁ、名前が知れたお陰で、いちいち訂正することもなくなったし、最近では自分自身、かなり受け入れられるようにはなってきた。

 

 

 

もしオレに子供ができたら、わかりやすい名前を付けてあげよう。

 

男か女か、すぐわかる…誰もが読める名前。

 

キラキラネームなんて、以ての外だ。

 

こういう苦労は当事者じゃなきゃ、わからない。

 

オレは性格的に虐められるようなタイプではなかったが、気が弱い子なら十分、その対象になりえる。

 

 

 

たかが名前。

 

されど名前。

 

 

 

慎重に付けて欲しいと、心から思う。

 

 

 

 

 

余談が過ぎた。

 

オレの紹介を続けよう。

 

 

 

 

 

オレは小学1年生からサッカーを始めた。

 

両親は身体つきも運動能力も、ごく普通の一般人であるため、特にこれといって受け継いだものはない。

 

だから、プロ選手を目指していた訳でもないし、なれるとも思っていなかった。

 

ああいう選手は、ある程度、英才教育というか…親が相当力を入れてバックアップしないと…というのは、誰もが知っているところである。

 

 

 

だが、どうやら、オレにはそれなりにセンスがあったらしい。

 

自慢じゃないが、サッカーを始めた時から、ボールコントロールが抜群に上手かった。

 

 

 

持って生まれた才能というのは、百の努力にも優る。

 

 

 

背は低かったが、脚は速かったので、このボールタッチを武器にしたオレは、次第にFWを任されるようになった。

 

高学年になると、快速ドリブラーとして、注目され始める。

 

ただし、華奢で非力な為、いわゆる『ストライカー』ではなく、敵陣深く切り込みチャンスメイクするタイプ。

 

ドリブルで相手を引き付け、空いたスペースにパスを出す。

 

これが得意のプレー。

 

所属チームが弱かった為、優勝には縁がなかったが…それでも、5年生と6年生の時には、地区の選抜選手となった。

 

その活躍が認められ、中学からは、Jリーグの下部組織に入団。

 

 

 

しかし、その3年間は『成長期特有の膝の痛み』との戦いとなり、思うような結果を残せずに終わる。

 

中学入学時には140cmに満たなかった身長が、平均すると1年で8cmずつ伸び、卒業するころには163cmとなっていた(それでも、まだ十分小さいのだが)。

 

 

 

その身体の成長が、オレのプレースタイルを変えさせた。

 

接触を避ける為、ドリブルで直線的に突っ込むスタイルから、フェイントを多用し相手を抜くプレーへと、徐々にシフト。

 

アタッキングゾーンでのプレーが増えてきたことにより、積極的にシュートを放てるようにもなっていった。

 

元来、ボールコントロールには自信があったオレだが、この頃からキーパーのタイミングを外し、力ではなく、技でゴールを狙うようになる。

 

 

 

それが開花するのは高校に入ってから。

 

ユースチームでトップ下を任されるようになり、レギュラーを奪うと、そこから大会で3連覇、ベストイレブンに選ばれるまでになった。

 

年代別の代表にも選ばれ、高校卒業後、そのままトップチームに昇格。

 

今年で3年目を迎える。

 

 

 

ただし所属チームでは、なかなかチャンスをもらえず、ベンチ入りしても、ロスタイムの出場とか…その程度。

 

歯痒い思いをしている。

 

 

 

そんな中、オリンピックの予選(U-23)では、7試合で4ゴール5アシストを記録。

 

特に…勝てばオリンピック出場決定という試合で『ジョホールバルの再来』と呼ばれる『ロスタイムでのゴール』をあげ、オレの名前は、一気に全国区になった。

 

 

 

 

 

こうして『梨里』という文字は、無事に『りさと』と呼ばれるようになったわけである。

 

 

 

 

 

ところが…

 

 

 

 

 

代表合宿を1週間後に控えたあの日、オレは事故に巻き込まれてしまった…。

 

 

 

…運命ってヤツは、本当に紙一重だな…

 

 

 

つくづく、そう思う。

 

 

 

あの時、横断歩道の信号が赤にならなければ、オレは事故現場から、数十メートル先を歩いていたのだから…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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意識回復




登場人物については、作品の中で紹介していきます。






 

 

 

 

 

助けた相手が『元スクールアイドルの有名人』だった…と聴いたのは、オレが意識を取り戻した翌日のこと。

 

事故からは4日が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、まず医師から『今のオレの状態』について説明があった。

 

 

 

…取り敢えず、最悪な事態は免れたか…

 

 

 

それが率直な感想。

 

ショックがないと言えば嘘になるが、むしろ、その程度で済んだなら、御の字だ。

 

そう思った。

 

オレは決してポジティブ思考の人間ではないが、今回の件については、意外なほど割り切って考えることができた。

 

後悔はしていない。

 

それは『あの時の行動に間違いがなかった』という自信がそうさせているのだろう。

 

 

 

 

 

オレは意識が回復したことにより、ICUから個室に移され、条件付きだが、面会が認められるようになった。

 

話しは普通にできそうだ。

 

 

 

それでも、鎮痛剤やら、なんやらかんやらのせいで、頭はクリアな状態ではない。

 

ボーッとしている。

 

まだ、半分夢の中をさまよっている…そんな感じだった。

 

 

 

真っ先に対面したのは両親だ。

 

オレを気遣ってか、多くは語らなかった。

 

だが、そこは親子。

 

「とにかく余計なことを考えず、治療とリハビリに専念しろ」

と、そう言った。

 

それだけで何が言いたいかはわかったし、オレがどう思ってるかも、理解してくれたようだ。

 

 

 

その後、サッカー協会の幹部と代表監督、チーム関係者が見舞いに来たが…みんな一様に、オレよりも落ち込んでいた。

 

無理もない。

 

全治6ヶ月と聴けば、そうならざるをえない。

 

来月に開かれるオリンピックへの出場は絶望的だった…。

 

いや、どうやっても無理。

 

 

 

…まぁ、サッカーは個人種目ではないから、あとはみんなで頑張ってくれ…

 

 

 

今はそれしか言いようがない。

 

 

 

むしろオレは、自分のオリンピック出場云々よりも、助けた彼女の方が気になっていた。

 

「幸い、かすり傷程度で済んだみたいですよ…」

 

 

 

…そうか…助かったか…

 

 

 

事情聴取に来た警察から、そう聴かされ少し安堵した。

 

こっちは被害者だから、オレが厳しく追及されるようなことはなかった…が…それでも、彼女との関係性だったり、なぜ、その時間にその場所にいたのか…など、根掘り葉掘り訊かれた。

 

あまり気持ちのいいものじゃない。

 

向こうも仕事だから、それはそれで仕方ない…とは思うが、やはり、この職業の人たちとは…できれば関わりたくないもんだ。

 

 

 

彼女の名前は、その時に知った。

 

だが『そういうこと』に『疎い』オレは、そんな有名な人だとは、まるで気付かずにいた。

 

彼女については、あとから『チョモ』が詳しく説明してくれた…。

 

 

 

 

 

警察からは、同時に加害者の話も聴いた。

 

 

 

これは…もう…

 

何をどこに、どうぶつけていいのやら…

 

怒りとか哀しみとか…そんな感情を通り越して…

 

『呆れた』

 

一言で表現するなら、それしかなかった。

 

 

 

あとあと、刑事裁判とか民事裁判とか色々面倒だと思ったが、金で解決できる話じゃない。

 

失った時間は帰らない。

 

 

 

だが止まっていても仕方がない。

 

先に進むしかない。

 

取り敢えず、今、できることをやるしかない。

 

 

 

…先は長いな…

 

 

 

考えると気が遠くなるから、取り敢えず、寝ることにした。

 

まぁ、それしかできないんだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日…。

 

 

 

目を覚ますと、部屋にはチョモがいた。

 

「おじさんとおばさんは、一旦、家に帰る…って。…で、その間、留守を任されちゃった」

 

「…あぁ、そうか…悪いな…」

 

「ほんと。まったく、いい迷惑だわ!」

 

「いいぞ、いなくても。手伝ってもらうことは何もないし。…ってか、普通『生きててよかったぁ!』みたいなセリフ、言わないか?」

 

「言いました!キミが寝てる間に!」

 

「なんで寝てる間なんだよ…」

 

「いいでしょ!いつ言ったって…」

 

「素直じゃないねぇ…。それより大丈夫か?そっちは…」

 

「うん。こっちはこっちでやるから…余計な心配はしないで」

 

「いや、なんにも、することがないからな…。余計なことしか、考えられない」

 

「じゃあ、テレビ…点ける?」

 

「いや…いい…。そもそも首が動かないから…観れない」

 

「音だけでも?」

 

「それならクラシックでも聴いた方がマシだ」

 

「プッ!…聴いたこともないくせに…」

とチョモが笑う。

 

「それはそうだけど…」

 

 

 

 

 

前日に比べれば、オレの頭はかなりクリアになっていた。

 

そのせいか、耳に流れ込む声や物音が、やたらハッキリ聴こえる。

 

身体が動かない分、五感が研ぎ澄まされてるのだろうか。

 

それ故、テレビから放たれる音声は、ただの騒がしいノイズにしか聴こえない…そう判断した。

 

今は遠慮したい。

 

 

 

理由はもうひとつ。

 

 

 

できれば、この事故に関するニュースや、日本代表の話題を耳にしたくない…というのもあった。

 

恐らく、これから暫くは、オレにとって『ネガティブな情報』しか耳に入ってこない。

 

色々な意味で。

 

こっちは『起きてしまったことに、どう向き合っていくか』という状況なのに、当事者でもない人間が「あーだこーだ」と騒ぎ立てる様子は、これまでの経験から容易に想像がつく。

 

 

 

だから、携帯もPCも見たくはなかった。

 

もっとも、身体が動くようになるまで、そんなこともできないのだが…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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その1分、その30秒…

 

 

 

 

 

「それより、キミが助けた人…誰だか知ってる?」

 

チョモは、よっぽどのことがない限り、オレのことを『キミ』と呼ぶ。

 

「一応、警察から名前は聴いたけど…確か、女子大生だったような…」

 

「うん」

 

「大した怪我じゃなかったみたいで」

 

「かすり傷程度だって…」

 

「…らしいね。それならオレも、その人を『突き飛ばした』甲斐があるってもんだ」

 

「そうね」

 

「一瞬だったから、よく覚えてないが、かなり美人だった気がする」

 

「…とか言って、その美人を見つけて、あとを追いかけていったんじゃないの?」

 

「あはは…まさか、そんなこと…」

 

 

 

…半分、正解…

 

 

 

オレの視力はそれほど良くないが、綺麗な人、スタイルの良い人は、遠くにいても判別できる。

 

これも持って生まれた才能なんだと思っている。

 

 

 

 

 

そして、あの時も…

 

 

 

 

オレはジムでのトレーニングを終え、駅へと向かっていた。

 

車の免許は持っているが、特に今は大事な時期…ということで、協会から運転を止められている。

 

 

 

いつもなら、ジムにタクシーを呼び、そこから乗って、家へと帰るところ。

 

それが、この日は、駅まで歩いてみよう…と思ってしまった。

 

 

 

何故か問われても、答えは出せない。

 

「なんとなく」

 

そうとしか、言いようがない。

 

 

 

これが運命の綾というヤツなのだろう。

 

 

 

駅まではオレの足で、5分ほどの道のり。

 

時刻は夜の9時過ぎだが、まだ人通りは多い。

 

走るという選択肢もあったが、別に急ぐ理由もなかったし、行き交う人にぶつかったりしたら、面倒だ。

 

 

 

…たまには、ゆっくり歩いてみるか…

 

 

 

今にして思えば、代表合宿を控え、心にゆとりとか、余裕が欲しかったのかも知れない。

 

必死に昂る気持ちを押さえつけていたのだろう。

 

 

 

そんな中でも、オレの『センサー』はいつも通りに作動する。

 

不思議なことに、その歩道には何十人もの人が歩いているのに、オレの目は『ある一点』にだけ、ピントが合った。

 

 

 

『彼女』は、オレのはるか前を歩いていた。

 

進む方向は同じ。

 

だから、オレが見ていたのは、後ろ姿。

 

 

 

細身の体型。

 

長い手足。

 

首筋あたりで、ひとつに束ねた髪は腰まであった。

 

背筋を伸ばして歩く姿は、気品が漂っていて…一言で表すなら大和撫子…。

 

 

 

視力の良くないオレだが、脳内のモニターには、そんなイメージが投影されていた。

 

 

 

決してナンパしようとか、そんな下心があったわけじゃない。

 

しかし、歩く速度と歩幅の違いなのか…彼女との距離はみるみるうちに縮まっていく。

 

 

 

悲しいかな…

 

 

 

ここまでくると、顔を見てみたい…と思うのは男の性。

 

失礼は承知で、追い抜いてから、振り返ろう…なんて、考えていた。

 

 

 

その矢先。

 

 

 

横断歩道の信号が点滅を始める。

 

少し駆け足をすれば、渡れなくはなかったが、そうしてから顔を拝む…というのは、あまりに『あからさま過ぎる』と思い、自重した。

 

 

 

そう、なんのことはない。

 

この時、渡ってさえいれば…オレは事故には逢わなかった。

 

 

 

これもまた、運命の分岐点。

 

 

 

サッカーに限らずだが『あの時パスを出していれば』『あの時シュートを撃っていたら』と、いうことはよくある。

 

『たられば』…ってヤツだ。

 

それは、自分の意思で決めたこと。

 

ある程度は納得できる。

 

 

だけど…きっと人は、毎日、いついかなる時も、自分が気が付かないうちに、運命というヤツは右に行ったり左に行ったりしているのだろう。

 

朝、起きる時間が1分早かったり、遅かったりしただけで、実は180度違う人生になっているのかも知れないのだ。

 

 

 

ジムからタクシーに乗らなかったこと、歩いたこと、彼女の顔を見ようと思ったこと…横断歩道を渡らなかったこと…。

 

これは全て自分の意思で決めたこと。

 

悔やんでも、仕方ない。

 

 

 

一方で、ジムを出るのが、あと1分…いや、30秒でも遅かったり早かったりしたら、どうだったのだろう。

 

同じ行動をしていても、結果は違っていたハズだ。

 

これは誰にもコントロールできない…

 

それこそ『神のみぞ知る』運命。

 

そう思えてならない。

 

 

 

 

 

事故は突然起きた。

 

まぁ、起こるとわかっていれば、被害に遭うことはないのだが。

 

 

 

 

 

信号が赤になり『オレたち』が立ち止まった瞬間だった。

 

 

 

『ガシャッ!』だったか『バンッ!』だったか…とにかく激しく物がぶつかる音がした。

 

 

 

直感的に「事故った!」とわかった。

 

 

 

その方向に目をやると、車同士が衝突している。

 

その反動で、1台の…黒のレクサス…が、こっちに向かって突っ込んで来た。

 

 

 

ハッとして振り返った。

 

素早く首を振って、味方や相手のポジションを確認するのは、サッカー選手のオレにとっては造作もないこと。

 

その一瞬で、彼女の位置を把握。

 

同時に、彼女の身体が硬直しているのも確認した。

 

 

 

彼女も、車がこっちに向かってくるのは認識していたであろう。

 

だが、人間、危険を感じた時は、まず自分の身体を防御しようとして、丸くなる。

 

身を竦める。

 

 

 

例えば物が落ちてくる。

 

「上!危ない!!」

と言われたら、大抵の人は、手で頭を隠してしゃがみこむ。

 

上を見て、落下物からパッと避けられる人は、そう多くない。

 

彼女も、まさにそんな状態。

 

 

 

「よけろっ!!」

 

それを見て、オレは咄嗟に彼女を突き飛ばした。

 

 

 

 

 

記憶はそこで途切れていた…。

 

 

 

 

 

あとから聴いたところによると…オレの身体はボンネットの上へと撥ね飛ばされ…頭から地面に落下したらしい。

 

 

 

一方、車は…そのまま進み、歩道の植え込みに当たって、ようやく止まった…と、事情聴取に来た警察は、オレにそう言った。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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永遠にライバル

 

 

 

 

 

「キミは『μ's』って知ってる?」

 

一旦、ジュースを買いに病室を出たチョモが、戻ってくるなり、オレにそう訊いた。

 

「ミューズ…石鹸だろ?」

 

「言うと思った…」

 

「違うんだ?」

 

「もう今から4年前になるかしら。『スクールアイドル』『ラブライブ』って言葉が、流行語大賞に選ばれたでしょ?」

 

「あぁ…あったね…」

 

「その時の授賞式に出席したのは?」

 

「そこまでは覚えてない…」

 

「正解は『A-RISE』よ」

 

「A-RISEは一応知ってる…」

 

「逆にA-RISEを知らない人がいたら、会ってみたいわ」

 

「まぁな…」

 

 

 

アイドルとか芸能人とかに疎いオレでも、彼女たちは知っている。

 

3人組の女性アーティストだ。

 

代表戦で国歌を斉唱したこともある。

 

 

 

「A-RISEは、その年の春にメジャーデビューしたんだけど、それまでは高校生で…『スクールアイドル』として活動してたの」

 

「…スクールアイドル?…」

 

「その全国にいるスクールアイドルが目指す大会…それが『ラブライブ』…ここまではいい?」

 

「サッカーで言うところの『冬の選手権』みたいなもんだな」

 

「そうね…。A-RISEは、スクールアイドルとラブライブを世に広めて、認知度を高めた…として受賞したの。だけど、本当は『もう一組』出ることになっていて…」

 

「それが『μ's』?」

 

「当たり!…結局、既に『解散しているから』…っていう理由で、メンバーが集結することはなかったんだけどね…」

 

「そんなに凄いんだ?μ'sって」

 

「μ'sは、ラブライブを目指すスクールアイドルや、ファンの間では『カリスマ的存在』なの。解散から4年が経った今でも、その人気は絶大で…当時のライブ映像は、ずっと再生回数上位にランクインしてるし…特にアキバで行ったラストライブは『伝説』って呼ばれてるのよ」

 

「伝説?…たかだか4年前の話だろ?『ペレ』や『ジーコ』じゃあるまいし」

 

「ペレ?ジーコ?」

 

「いやいや、お前もサッカーやってるんだから、それくらいは知っとけよ!!…まぁ、とにかく、オレに言わせれば、最近は『カリスマ』だとか『神』だとか『レジェンド』だとか、安易に使い過ぎだと思うんだが…あっ!…」

 

 

 

…そう言えばチョモも、かつてはカリスマって呼ばれてたんだっけ…

 

 

 

「すまん。そういうつもりじゃ…」

 

「別に…気にしてないわよ。正論だと思うし…。じゃあ、なんでμ'sがカリスマとか伝説とかって呼ばれてるかというと…スクールアイドル、ラブライブの礎を築いたのが彼女たち…というのが、まずひとつ。μ'sの活躍と努力のお陰で、ラブライブは今、アキバドームで開催されるまでになったの」

 

「なるほど…。それなら、少しは話がわかる」

 

「ふたつ目。キミも知ってるそのA-RISEが『今でも私たちのライバルは、μ's』…って公言してること」

 

「ふ~ん…チョモでいうと『緑川 沙紀』みたいな感じ?」

 

「ちょっと違うかな。確かに沙紀はライバルのひとりだけど、同じチームで一緒にやってるし…」

 

「あぁ、そうか…」

 

「どっちかって言えば…バレーやってた時の『弘美』かな…。私がアタッカーからセッターになった時の…私の目標。…結局、彼女を越えることができないまま、私が違う道を歩むことになって…」

 

「…亡くなったんだっけ…その子…」

 

チョモは黙って頷いた…。

 

 

 

その子は…将来、女子バレーボール日本代表にも選ばれようかという逸材だったらしい。

 

しかし進学した高校で膝を壊し、選手としてプレーすることを諦め。

 

それでもマネージャーとして、献身的にチームを支えていたのだが…。

 

 

 

自ら命を絶ってしまった。

 

 

 

なにが彼女をそこまで追い詰めたのか…

 

オレには知る由もない。

 

 

 

ただ、亡くなる直前、彼女はチョモの所属チームのロッカールームを訪れ、こう言ったという…

 

「私は今でも、あなたのことをライバルだと思ってる。あなたが、私に追い付こうとして、必死に練習する姿が、私の心に火を点けた。あなたがいたから、今の私がいる…。例え、今、あなたのやってることが違っても、あなたの活躍する姿が、私を奮い立たせるの…。またいつか、一緒にバレーができたらいいな…」

 

それが、チョモが聴いた最後の言葉。

 

 

 

オレたちが高3になったばかりのころだった…。

 

 

 

 

 

「A-RISEが、そのμ'sを今でもライバル…というのは…つまり…その時を越えるような、熱い思いをぶつけられるような…そんな相手が今はいない…ってことか…」

 

「…たぶん…」

 

「想い出ってのは、どんどん美化されていくからな…」

 

「そうね…」

 

 

 

チョモは少し間を空けたあと、再び話し始めた。

 

 

 

「μ'sがね、伝説って言われる理由が、もうひとつ。…実は、これが一番大きいと思うんだけど…」

 

「ん?」

 

「『実物』を見た人が、ほとんどいないの…」

 

「?」

 

「彼女たちは海外でのライブを成功させて、一夜にしてスターになった」

 

「あっ!思い出した…そうか…あの娘たちか…はい、はい…当時、人数が多くて、誰が誰だか区別がつかない…とか思ってたっけ…」

 

「彼女たちが、カリスマとか伝説とか…って呼ばれてる真の理由は『さぁ!これから!』って時に活動を辞めちゃったから…」

 

「パッ咲いて、パッと散る…みたいな?」

 

「そう。μ'sの名前が日本中…ううん、世界中に知れ渡った時、もう、彼女たちは解散していた…。だから、ほとんどの人たちが、生で観たことがないの」

 

「『UMA』みたいなもんか…」

 

「ユーマ?」

 

「未確認生物のこと。ネッシーとか雪男とか…要は『幻の存在』ってことだろ?」

 

「その例えが正しいかどうかは、わからないけど…」

 

 

 

「…で?…」

 

 

 

「…で?…って?」

 

チョモは、オレの質問の意味を理解していないようだ。

 

 

 

「今まで、お前の口からμ'sのミュの字も聴いたことがなかったし…それなのに急に熱く語り始めるから」

 

「えっ?」

 

「だから、そのμ'sがどうかしたのか?って訊いている」

 

 

 

「…」

 

 

 

直接、顔は見えないが、きっとチョモは冷ややかな目でオレを見ている。

 

長い付き合いだ、それくらいのことはわかる。

 

 

 

「なんだよ…」

 

「キミも勘が悪いね…」

 

「はぁ?」

 

「キミが助けた人は、そのμ'sの元メンバーなの!」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

オレはチョモの言葉に耳を疑った…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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言葉の重み

 

 

 

 

 

…事故から救った相手が…μ'sの元メンバー?…

 

 

 

「ビックリしたでしょ?」

 

「…確かに綺麗な人だな…とは思った。一瞬見ただけだったけど…なるほど、そういことか…」

 

「ナンパでもしようとしたんじゃないの?」

 

「あのさぁ…そんなことしてる場合じゃないでしょ?時期が時期だぜ!オリンピック前に、そんなことしてるヒマはない!っつうの」

 

「どうだか…」

 

「妬いてる?」

 

 

 

「…バカじゃないの…」

 

 

 

否定も肯定もせず…。

 

 

 

オレはチョモの前でも、平気で「あの人、胸デケーな…」とか言ってしまうタイプ。

 

そんな性格は熟知してるだろうから「彼女が美人だった」と言ったところで、チョモは何も動じない。

 

いや、内心、もしかしたら傷ついてるかも知れないが…今さら自分のキャラを変えられない…。

 

 

 

「それが全治6ヶ月の怪我人に対する言葉かね?」

 

「それだけ元気に喋れるんだし、同情する気なんて、まったく起きない…」

 

「冷たいねぇ…」

 

 

 

…まぁ、こうやって、普段通りに接してくれてることが、どれだけありがたいか…

 

 

 

「それにしても…スゲーな…オレ」

 

「なにが?」

 

「『伝説のスクールアイドル』を救ったんだろ…」

 

「そうね…」

 

「それならサインのひとつでも貰っておけばよかったな」

 

「あとで貰えばいいんじゃない?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「お見舞いに来る…って聴いてるわよ」

 

 

 

「あっ?そうなの?」

 

 

 

…冗談のつもりだったんだが…

 

 

 

「キミが意識を失ってる間も、ずっと病院にはいて、無事を祈ってたみたい。だけど、おじさんとおばさんが、あまりに気の毒になって『今は面会謝絶だから…意識が戻ったら改めて…』って」

 

「まぁな…いてもらっても治るわけじゃないしな」

 

 

 

「そういう言い方!」

 

 

 

「あぁ、わかってるよ…」

 

オレはチョモの言葉を遮った。

 

悪気があって言ったわけじゃない。

 

助けた相手が『そういう人だったのは想定外』だが、誰であっても見舞ってもらうつもりはなかった。

 

 

 

「どうかした?」

 

「いや…サイン云々はどうでもいいんだけど…見舞い、断ってくれないか…」

 

「私が?なんで?」

 

「責任…感じちゃってるんじゃない?その人…」

 

「普通の感覚の持ち主なら…」

 

「…だよな…。オレは別に礼を言って欲しくて、助けたわけじゃないし…。こんな姿見せちまったら…精神的にキツいじゃん」

 

「…う~ん…」

 

「『こう見えて』一応、オレも有名人だしさ。関わると色々と面倒なことになる」

 

「否定はしないわ…」

 

「それに、今は『普通の大学生』なんだろ?」

 

「…うん…」

 

「元スクールアイドルとはいえ、こんなことで注目されても…迷惑なだけだろ」

 

「キミの言うことはわかるけど…」

 

「…けど?…」

 

「直接、お礼くらいは言いたいでしょ」

 

「いらないよ!」

 

「りさとっ!」

 

 

 

よっぽどのことがない限り、チョモはオレの名前を呼ばない。

 

…ということは、よっぽどのことだったのだろう。

 

 

 

「なに!?」

 

「キミが逆の立場だったら?」

 

「ん?」

 

「お見舞断られて、お礼も言えなく…『はい、そうですか』って、納得できる?…人として、感謝の意を伝える…当然でしょ?それを固くなに拒否するのはどうかと思うわ」

 

 

 

「…」

 

 

 

さすがチョモ。

 

モデルであり、アーティストであり、『なでしこ』の代表メンバーでもある彼女と、サッカーしかしてこなかったオレとでは、同い年にも関わらず、人生経験が違う。

 

チョモの半生をドラマ化・映画化する話もあるみたいだが、内容が濃すぎて一筋縄ではいかないらしい。

 

そんなチョモの言葉には、オレを黙らせるだけの説得力があった。

 

 

 

「でしょ?」

 

 

 

チョモはベッドの横に立つと、そう言ってオレの顔を覗きこむ。

 

ひょいと顔を近づければ、キスできそうな距離。

 

だが残念ながら、今のオレにはそれすら叶わない。

 

とにかく身動きがとれないのだ。

 

 

 

「あぁ、そうだな…。ちょっと、先を考え過ぎた…」

 

「わかれば、よろしい」

 

「ただ、もし彼女が来るなら、お前もいてくれないか」

 

「私が?」

 

 

 

「二人きりになったら、恋におちない…とも限らない」

 

 

 

「勝手に…お・ち・れ…ばっ!」

 

 

 

チョモは利き手の左で、オレの額にデコピンを放った。

 

チョモがオレを嗜(たしな)める時の、得意技。

 

しかし、このシチュエーションでやってくるとは思わなかった!

 

 

 

脛椎損傷してる、オレ。

 

全身に電気が走った。

 

 

 

「ぬおっ!…オレ、怪我人だって…」

 

「ごめん、ごめん!忘れてた…」

 

 

 

「そんなわけ、ねぇだろ!!」

…と言いたかったが、ここはガマンした。

 

 

 

今、この状況下では、オレの全治が延びるも延びないも、チョモの左手の力加減ひとつに懸かっているのだから…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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お客様は神様です

 

 

 

 

 

薬の影響もあるのだろう。

 

少し喋り疲れて、オレは知らない間にウトウトしていた。

 

 

 

夢見が悪く、ハッとして目を覚ます。

 

首が動かせないので、周囲の様子がわからない。

 

 

 

「…チョモ?…」

 

「ここにいるわよ…」

 

「あ、いるのか…」

 

「どうかした?」

 

「えっ…いや、別に不安になった!…とかじゃないから…」

 

「ふふふ…強がっちゃって。…やっぱり悔しいんじゃない?」

 

 

 

…しまった!…余計なことを言ったかな…

 

 

 

「…寝てていいわよ…」

 

「いや、それじゃ、お前がヒマだろ?」

 

「大丈夫よ、読書してるし…。ここ、静かだから、すごく集中できるの」

 

「時間…平気か?」

 

「今日は一日空けてあるから」

 

「…悪いな…」

 

「今さら…」

 

 

 

そんな会話をしている最中…

 

病室のドアがノックされた。

 

 

 

オレの代わりに、チョモが返事をすると

「高野さんに、面会希望の方がいらしてますけど…」

と担当の看護師が告げた。

 

 

 

「どなたです?」

 

 

 

事故後、面会したのは…両親、警察、サッカー関係者…そしてチョモ。

 

まだ、チームメイトや友人の見舞いは断っている。

 

『男しかいない』日常を送ってるんだ。

 

病室まで男に取り囲まれても、嬉しくも何ともない。

 

それに「頑張れよ」と励まされたところで、治りが早くなるわけでもないし、オレも相手も…どちらにしても気不味くなるだけ…。

 

せめて、車椅子に乗れるくらいになるまでは…ってとこだ。

 

 

 

そんな理由で、相手次第では、断るつもりでいた。

 

 

 

しかし、看護師は

「『園田さん』とおっしゃる…女性の方です…」

と言った。

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

オレとチョモが同時に声をあげる。

 

 

 

…噂の彼女…

 

 

 

「どうするの?」

 

「どうも、こうも…そりゃあ、追い返せないでしょ…」

 

「じゃあ、OKするわよ」

 

「あぁ…」

 

 

 

「どうぞ…」

 

チョモが答える。

 

 

 

「失礼します…」

 

とても落ち着いた声が聴こえた。

 

そして、そのあとに続く言葉は

「えっ!?…あ…『つばささん?』…」

だった。

 

 

 

チョモには、3つの名前がある。

 

本名と…モデル時代の名前と…今の名前。

 

彼女が呼んだのは、その最後。

 

 

 

ちなみにチョモという呼び名は、このどれにも入らない。

 

恐らく、全世界でそう呼んでいるのはオレだけ。

 

まぁ、それはまたどこかで、機会があれば話すとしよう…。

 

 

 

「あっ!私のことは、気にしないでください。この人の『身内』みたいな者ですから…」

 

『チョモ』こと『つばさ』…は『園田さん』にそう告げた。

 

「は、はい…」

 

「どうぞ、こちらへ。まだ首が動かなくて、横から覗きこまなきゃ、顔が見えないみたいなの」

 

チョモが状況を説明すると、彼女は静かに、オレのそばに来た。

 

「改めまして『園田 海未』と申します…。頭上から、失礼いたします。この度は助けて頂き…誠にありがとうございました…」

 

彼女が深々と頭を下げる。

 

 

 

思った通り、綺麗な人だ。

 

だが、見惚れてる場合じゃなかった。

 

 

 

…この距離はヤバイ…

 

 

 

「…顔、近いよ…」

 

オレのベッドの真横に立ち、身体をくの字に折り曲げれば、当然そうなる。

 

「…!…す、すみません!」

 

彼女は顔を真っ赤にして、直立不動になった。

 

「そのまま、チューされちゃうのかと思った」

 

 

 

「!」

 

彼女はビックリした顔でオレを見る。

 

 

 

「あ、こういう冗談は苦手?」

 

「い、いえ…」

 

 

 

…苦手そうだ…

 

 

 

「園田さん…だっけ?」

 

「は、はい…」

 

「悪かったね…突然、突き飛ばしたりして」

 

「えっ?そんな、こちらこそ…」

 

「かすり傷って聴いたけど、どこを怪我したの?」

 

「はい?…あ、膝と肘を…でも、もう治りました」

 

「そっか、顔じゃなくてよかったぁ…」

 

「えっ…」

 

「その綺麗な顔に傷付けたとあっちゃ、あなたのファンに刺されかねないからね…」

 

 

 

これは本心だ…。

 

 

 

サッカーでもよくあること。

 

例えば、試合中、接触プレーで相手が重症を負ってしまったとする。

 

そうすると、故意でなくても、怪我を負わせてしまった選手は、一生ファン…サポーターから恨まれることになる。

 

ファンやサポーターあってのオレたち。

 

気持ちはわかるけど…何事も節度は大事だ。

 

 

 

恨む、恨まない。

 

許す、許さない。

 

 

 

それは当人同士が、決めること。

 

 

 

その昔『お客様は神様です』なんて言葉があったらしいが、オレから言わせれば、ルールやマナーが守れないヤツは客でもなんでもない。

 

こういうヤツらを野放しにするから、クレーマーが増えるんだよ…。

 

 

 

…と、話がまた逸れた。

 

すぐ脱線するのはオレの悪いクセだ。

 

 

 

「まぁ、なんにせよ。無事でよかった」

 

「その節はなんと申し上げてよいやら…。高野さんは、充分に逃げられたのに…私のせいでこんなことに…。私の反応が早ければ…」

 

「あぁ、それは違う。あの状況で、瞬時に動ける人はいないよ」

 

「でも…」

 

「とにかく、オレのことは気にしないで」

 

「そんなわけにはいきません!」

 

「園田さん?…」

 

「ひとりの人生の…一生を棒に振るような出来事。…その一因を作ったのは、間違いなく私です。ですから、この責任は…」

 

「園田さん…」

 

「はい?」

 

「あなたは大きな勘違いをしている…」

 

「えっ?」

 

「オレが恨むべき相手は、あなたじゃない。車を運転していた、あの『ガキ』だ。これは…オレとヤツとの間の話であって、基本的にあなたは関係ない」

 

「関係ないことは…」

 

 

 

「いや、関係ない!」

 

オレの声は、少しだけ強くなってしまった。

 

すかさず

「りさとっ!」

とチョモ。

 

 

 

「あ…いや、失礼…」

 

「いえ…」

 

「…あなたは車に接触もしていないし、幸い、大きな怪我もしなかった。この件については、オレひとりが巻き込まれた…それでいい」

 

「高野さん…」

 

「実はさ、オレ、あなたのことをナンパするつもりで、声を掛けようとしてたとこだったんだ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「だから、偶然じゃないの…隣にいたのは。それで、あの事故だろ?いいとこ見せよう!って思ったんだね…で、オレも上手く避けられてれば、今頃、違う展開になってたんだろうけど…見事にしくじった」

 

「そうね。バカなのよ、この人…」

 

チョモが、オレの意を汲み、同調する。

 

 

 

「つばささん!?」

 

彼女は突然の乱入に、驚いたように声をあげた。

 

 

 

「この人が勝手にやったことだから、気に病まないで」

 

「そういうこと!」

 

「そう言われましても…」

 

「大丈夫。確かに今はこんな状態だけど、治らない怪我じゃない。復帰してプレーが出来るようになったら、応援してくれ」

 

「高野さん…」

 

「オレは…むしろ、あなたの方が心配だ」

 

「私が…ですか…」

 

「そう…さっきの逆パターン」

 

「えっ?」

 

「オレさぁ…意識的に情報を遮断してるから、今、世間がどうなってるか、知らないんだ。そこにいるチョモ…じゃなかった…つばさからも、話は聴いていない」

 

「そうなのですか…」

 

「まさかと思うけど…あなた、叩かれたりしてないよね…」

 

 

 

「えっ!?…そ、そんなことはありません」

 

彼女が返答するのに、一瞬、間があった。

 

 

 

…正直な人だ…

 

 

 

その反応で、オレは懸念していたことが、早くも始まっていることを悟った…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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交差点…横断歩道…

 

 

 

 

 

「園田さん…」

 

「はい…」

 

「…あなたを突き飛ばしたことは、間違ってなかった…と思っている。…自分だけ逃げていて、あなたが亡くなるようなことになっていたら…オレは一生後悔するだろうから」

 

「…感謝致します…」

 

「唯一の誤算は…オレがしくじったこと!もう少し上手くいくハズだったんだけどね…ジャッキー=チェンのようにはいかなかった」

 

「いえ、あの瞬間、高野さんは…自らジャンプして直撃を避けてらっしゃいました」

 

「へぇ…」

 

「そうでなければ、そのまま車に挟まれていたかと…」

 

「やるねぇ…オレも…」

 

「はい、素敵でした!」

 

「そう…」

 

 

 

…サッカー以外でそんな言葉をもらったことがない…

 

…この状況下で言われたら…勘違いするだろ…

 

…やっぱり、チョモがいてくれて、よかった…

 

 

 

「その上でね…」

 

「はい…」

 

「オレが『一般人じゃなかった』ことで、あなたに迷惑が掛かってしまうことを悔いている…」

 

「どういうことでしょうか?…」

 

「あなたが、オレのファンに『攻撃』されないか…ってこと…」

 

 

 

「!」

 

 

 

「その表情を見ると…既に実害あり…って感じだね」

 

「い、いえ、そんなことはありません!」

 

「園田さん、嘘はいけないよ。そんなこと、ちょっとネットを見ればわかることだ」

 

「ですが…本当にたいしたことでは…」

 

「チョモ…」

 

「はい?」

 

「正直に答えろ」

 

「ん?」

 

「今回の事故について、どういう風に報道されてる?概要を教えてくれ…」

 

「…わかったわ…」

 

チョモはそう返事をすると、スマホで検索して、記事を読み上げた。

 

 

 

《サッカー選手でオリンピック代表の高野 梨里選手が、車にはねられ、意識不明の重体です》

 

《○月×日、午後9時頃、都内の交差点で、16歳の少年が運転していた乗用車が、信号を無視して侵入し、右から来た大型のトラックと衝突。はずみで歩道に乗り上げ、植え込みにぶつかって止まりました》

 

《この事故で乗用車の助手席にいた、同じく16歳の少女が頭や胸を強く打つなどして死亡。運転していた少年は、足の骨を折るなどしましたが、命に別状はないとのことです。トラックの運転手に怪我はありませんでした》

 

《車が歩道に乗り上げた際、信号待ちをしていた男性1人を巻き込んだもようで、意識不明の重体です。男性は男子サッカー オリンピック代表の高野 梨里さん(20)であるとのことですが、現在、警察が身元の確認を急いでおります》

 

《目撃者の話では、高野さんとみられる男性は、同じく信号待ちをしていた女性をかばって、はねられたとのことで…》

 

 

 

「サンキュー…わかった。それが第一報の記事?」

 

「うん…」

 

「さっきも言ったけど、あれ以降、警察から聴いた以外の情報は遮断してたから…」

オレは彼女に向かって説明した。

 

「チョモ、もうひとつ教えてくれ」

 

「なぁに?」

 

「今の記事には、園田さんの名前は出てこないけど…その後、発表があった?」

 

「…私も全部、把握してるわけじゃないけど…たぶんオフィシャルにはなかったと思う…。だけど…」

 

「どこからか名前が漏れた…」

 

「…うん…」

 

「誰がリークしたか知らないけど、まったく余計なことをしてくれるね…」

 

 

 

…あくまでも、オレの私見だか…

 

…この国は『加害者』より『被害者の人権』の方が軽く扱われている気がする…

 

 

 

「オレは警察から、あなたの名前を聴いた。オレにはその権利はあると思うし、当然のことだ。だが、かすり傷で済んだあなたの名前が、表に出ることは、まったく違うと思っている」

 

「そうね…私もそう思うわ」

 

「つばささん?」

 

「私も『こっちの世界』にいる人間だから、そういうことは実感としてあるの。苦しめられたこともあったし」

 

 

 

…チョモのこれまでは、決して順風満帆ではない…

 

…彼女も様々な苦境を乗り越えてきている…

 

…オレが知ってるだけでも、誹謗・中傷の類いは数多くあった…

 

 

 

「想像するに…きっと、オレも最初は被害者として同情されていたに違いない。だけど日が経つにつれて『なぜ避けられなかったのか』『そもそも、そんな時間に出歩いているのが悪い』などと、言われてるんだろう」

 

「そんなこと…理不尽です!!」

 

「理不尽よね」

 

チョモが相槌を打つ。

 

「さらに『あなたを助けたのが原因だ』となると、そのとばっちりが、あなたに向けられる」

 

 

 

「…」

 

 

 

「恐らく『そこにいた女が悪い』…という意見が出てくる…いや、もう出ている…」

 

「…私は大丈夫です!」

 

「園田さん…」

 

「ご心配頂き、ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」

 

「あなたは、今は『普通の女子大生』だと聴いている。こっち側とは立場が違う。オレからは、極力そっちに被害が及ばないように努力するから…」

 

「はい…いや、いいえ…そんなご迷惑は…」

 

「忘れちゃいけないのは、あたなに『落ち度はなにもない!』ということだ」

 

「はい…」

 

「どうか、気持ちを強く持ってください…」

 

「あ、ありがとうこざいます…」

 

「何かあったら、私を頼ってね」

 

「つばささん?」

 

「この人よりは頼りになると思うわよ」

 

「はい…ありがとうございます…。あっ…あの…お渡しするタイミングを失ってしまったのですが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「私の友人が和菓子屋を営んでおりまして…」

 

「あ、それはわざわざ、ご丁寧に…。りさと、お菓子を頂いたわよ」

チョモが紙袋を上に掲げて、オレに見せた。

 

「まだ高野さんは、召し上がるのは難しいかも知れませんので、まずは皆様で…」

 

「『穂むら』のお饅頭ね」

 

「ご存知なのですか!?」

 

「μ'sのリーダーのご実家でしょ?」

 

「はい」

 

「チョモ…なにげに詳しいな…」

 

「キミが疎すぎるのよ」

 

「それはそうだが…」

 

「私はまだ、音楽業界に片足突っ込んでるし…、リアルタイムで注目してたから」

 

「こ、光栄です…」

 

「こっちの世界に戻ってくるなら、それも相談に乗るわよ」

 

「はい…。では、あまり長居しても、お身体に障るかと存じますので、本日はこれにて失礼させて頂きます…」

 

「あぁ…わざわざありがとう」

 

「いえ、こちらこそ…。また、様子をみてお伺い致します…。では…」

 

 

 

チョモによると、彼女は何度も何度も頭を下げて、病室をあとにしていったという…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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穂むらの跡取り

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「海未ちゃん、お帰り!」

 

「お疲れ~」

 

 

 

園田海未は、高野梨里を見舞ったあと『穂むら』へと立ち寄った。

 

穂むらは…言わずと知れた『高坂穂乃果』の実家である。

 

 

 

海未はここに住んでいる訳ではない。

 

故に「ただいま戻りました」という表現は、正確ではない。

 

だが自宅を出て、ここに寄ってから病院に行った…という道筋を考えれば、確かにそういう言葉になる。

 

だから穂乃果も「お帰り!」と返事をしたのだった。

 

 

 

μ'sが、解散して4年余りが過ぎた。

 

 

 

メンバーはそれぞれの道を歩み、全員が一同に会することは、多くない。

 

それでも、穂乃果が家にいるときは、なにかしら理由を付けて、みんなここにくる。

 

穂乃果がいない時は、隣の部屋…雪穂の部屋で寛ぐメンバーさえいる。

 

 

 

彼女たちにとって、自宅以上にリラックスできる場所。

 

それが穂むらの2階であった。

 

 

 

この日は部屋の主以外に、もうひとりいた。

 

 

 

『矢澤にこ』。

 

 

 

にこは高校を卒業後、調理師の専門学校に進んだ。

 

そして在学中に調理師免許や、管理栄養士など数種類の資格を取得する。

 

にこ曰く「芸能活動をする為の『付加価値』」とのこと。

 

 

 

「色々なスキルを身に付けておけば、どこかしらで、なんかしらに引っ掛かるでしょ!」

 

 

 

加えて…『セカンドキャリア』…将来を見据えて『手に職』を付けておくことが必要…そういう判断もあったようだ。

 

 

 

今は

「二十歳を過ぎて『にっこにっこに~』が通じるほど、アイドルの世界は甘くない!」

…とのことで、劇団に入り、ミュージカル俳優を目指して稽古に励んでいる。

 

芸名は『小庭 沙弥』という。

 

近々、端役ではあるが『初めてのステージ』が決まったと、メンバーに告げていた。

 

 

 

彼女は他のメンバーに比べて、わりと頻繁に穂むらを訪れている。

 

劇団の活動と平行して、穂乃果の父から、和菓子作りのイロハを学んでいるのである。

 

穂乃果の母は

「どっちが跡取りなのかしら」

と、自分の娘に向かって、よく嘆いているらしい。

 

 

 

実はこの日も、その勉強をしに、ここに来ており…穂乃果と一緒に海未の帰りを待っていたのだった。

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

帰ってきた海未に、穂乃果が訊いた。

 

 

 

海未はどのような顔をして見舞いに行ったらよいか、悩んでいた。

 

 

 

高野梨里の意識が戻るまでは、ただひたすら、彼の回復を祈っていた。

 

食事も喉に通らず、眠ることすらできないでいた。

 

自分が原因で、相手は大怪我をしてしまった。

それも、オリンピックを目前に控えたサッカー選手。

 

海未の性格上、自分を追い詰めてしまうのは、仕方のないことだった。

 

 

 

だからと言って、他のメンバーも海未に掛ける言葉がない。

 

彼女たちもまた、意識が戻るのを祈ることしかできないでいた。

 

 

 

その想いが通じたのか、梨里の両親から、吉報が届く。

 

事故から3日目のことだった。

 

 

 

しかし、喜びも束の間…新な悩みが襲ってきた。

 

 

 

それは梨里に対して、どのように接したらよいのか…ということ。

 

 

 

助けてもらったことに関しては、誠心誠意、感謝の意を伝える…それは、問題ない。

 

しかし、彼は受け入れてくれるだろうか。

 

不可抗力とはいえ、私がそこにいなければ、こんなことにはならなかった…。

 

なぜ、あの時、すぐに避けられなかったのだろうか…という、自戒の念が、海未を苦しめていた。

 

 

 

怪我については全治6ヶ月と聴いた。

 

他の人ならともかく、自分の口からは安易に「頑張って治してください」などとは言えない。

 

 

 

それでも、穂乃果に

「行くしかないよ。行って、正直に、今の気持ちを伝えよう!」

と励まされ、ようやく出掛ける決意をしたのだった。

 

 

 

 

 

「…お見舞いに行ったつもりでしたが…逆に勇気付けられて帰ってきました」

 

「ん?」

 

「高野さん、私を責めるようなことは、一切しませんでした」

 

「そりゃあ、そうよ。海未は悪くないもの」

 

「…はい。ですが、普通は面会拒否をされてもおかしくない状況の中、嫌な顔もせず…ときどき冗談を交えて、私に負担を掛けまいと、明るく振る舞って頂き…」

 

「へぇ…出来た人だねぇ」

 

「はい、とても優しい方でした。怪我したこと、オリンピックに出られないこと…諸々、相当ショックがあるハズなのです。しかし、逆に私の今後のことを心配して下さり…」

 

「それって…」

穂乃果もにこも、なにかを悟ったようだ。

 

 

 

ふたりとも、海未の名前がネットを中心に広まっているのを知っている。

 

梨里が指摘した通り、そのほとんどがネガティブなカキコミだ。

 

 

 

 

>お前がそこにいなければ、梨里さんはあんなことにはならなかったんだよ!

>隣にいた…って、付き合ってるのかよ!

>梨里さんを利用した売名行為か!?

>どう責任取るんだよ!!

 

 

 

 

「『強い気持ちを持ってほしい』…そう言ってくださいました」

 

「うん、海未ちゃん、その通り!だって海未ちゃんは悪くないんだもん」

 

「そう、そう!気にしない、気にしない!『人の噂も四十九日』って言うしね」

 

「にこ、それを言うなら『七十五日』です」

 

「…うっ!…れ、冷静じゃない…。まぁ、今の世の中、匿名をいいことに、あることないこと、好き勝手に書くから…気にしてたらキリがないわよ」

にこは『かつての自分』を棚にあげ、海未にそう言った。

 

「はい。とにかく、ふたりとも、とても良い方でした」

 

「ふたりとも?」

 

「もうひとりって誰よ?」

 

「あら、言いませんでしたっけ?高野さんの病室に、つばささんがいたんです」

 

「つばさ…って、A-RISEの『綺羅ツバサ』?」

 

「いえ…『シルフィード』の『夢野つばさ』さんです」

 

 

 

「え~っ!!」

 

 

 

穂乃果とにこは、揃って大きな声で驚いた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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明かされた真実

 

 

 

 

「『ユメノトビラ』?」

 

「『夢野つばさ』よ!!」

穂乃果のボケに、にこが素早く反応した。

 

「し、知っているよ…そんな、怖い顔で見なくても…」

 

「海未!なんで夢野つばさが、そこにいたのよ」

 

「なんで…と言われましても…。『身内みたいな者だから、気にしないで』と仰ってましたが…」

 

「身内なわけないじゃない!これは男と女の関係に違いないわ!スクープよ、スクープ!ツーショットの写真とかないの?高く売れるわよ!」

 

「たはは…にこちゃん…」

 

「にこ、不謹慎ですよ!」

 

「…冗談よ!冗談!…するわけないじゃない」

 

「だよねぇ…」

 

「アタシだって、この世界に片足を踏み入れた身、それくらいの分別は付くわよ」

 

「それなら、良いのですが」

 

「でも、ふたりが深い付き合いであるのは間違いなさそうね」

 

「そうですね。…その…男女の関係…かどうかは知りませんが、親しい仲ではあると思います」

男女の関係…と言った瞬間、海未の顔が赤くなった。

 

相変わらず、その方面に関しては、成長していないようだ。

 

「じゃなきゃ、病室にはいないよね!」

 

「えぇ…。それに高野さんはつばささんのこと、あだ名で呼んでらっしゃいましたし」

 

「へぇ…なんて呼んでたの?」

 

「確か…『チョモ』と呼ばれてたかと…」

 

 

 

「『チョモ』?」

 

 

 

穂乃果とにこは、ふたりして、同時に首を傾げた。

 

 

 

「さすがのにこちゃんでも、それは知らないのか」

 

「もしかしたら、花陽なら知ってるかもしれないけど」

 

「わざわざ、今、訊くことではありませんね」

 

「あの子も忙しいから…」

 

「はい…。あ、実はちょっと嬉しいことがありまして…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「つばささんは私たちのことをご存知でした。それもμ'sをリアルタイムで見ていてくれたようで…。かなり、詳しい感じでした。手土産で持参した『穂むらのお饅頭』を見て『穂乃果の実家』だと、すぐわかったくらいです」

 

「へぇ…やっぱμ'sって凄いグループだったんだね。現役のアーティストにまで注目されていたなんて」

 

「そうよ!最強の9人よ!」

 

「にこ…」

 

「アタシの中で、μ'sを越えるアイドルは、未だにいないもの…」

 

 

 

にこは常々、今の世代はビジュアルもテクニックもレベルは上がっているけど『熱さ』が足りない…とこぼしている。

 

それは海未も感じていた。

 

決して自惚れているわけではないが、あの時の自分達は、新しいものを切り拓いていく、冒険心とかチャレンジスピリッツのような…そんな熱量があった。

 

今のスクールアイドルを見ると、その辺りが足りない…と、確かに思う。

 

 

 

海未は黙って頷き、にこに同意した。

 

 

 

「…夢野つばさ…って、私たちと同い年じゃなかっけ?」

ふと思い出したかのように、穂乃果が呟く。

 

「あっ、そうですね…。長く活躍されてるので、ついつい、年上かと思ってしまいますが…」

 

「中学の時だよね、モデルやってたの。とても同い年には見えなかったよねぇ」

 

「はい、大人びてましたね」

 

「だから余計に年上っぽく、感じるんじゃない?」

 

「にこちゃんは、相変わらず見た目、中学生だけど」

 

「ぬわんですって!」

 

「うそ、うそ。小学生でした」

 

「それならいいわ…ってなんでよ!?」

 

にこのノリツッコミを見て、海未は思わず吹き出した。

 

 

 

何年立っても、にこの役目は変わらない。

 

こんな雰囲気が味わいたくて、メンバーは穂乃果の部屋に集まる。

 

 

 

「にこちゃんはどっち派だった?『AYA派』?『さくら派』?」

 

「当然、さくら派よ。AYAのファッションは、絵里みたいなスタイルじゃないと似合わないもの」

 

「穂乃果もさくら派だったんだけどね…。でも、いつかは、あぁいう格好いい服を着てみたいな…って憧れてたんだ。海未ちゃんはAYA派だったよね?」

 

「強いて言えば…です。私は可愛い服など似合いませんから…消去法でそっちが残っただけです」

 

「それが数年後、ミニスカートでステージに立つんだから、人生わからないもんだね…」

 

「私は、あなたに巻き込まれたのですが…」

 

「あはは…そうでした!」

穂乃果は頭を掻いた。

 

「モデル時代のイメージだと、ちょっと冷たい感じだった…と思ったのですが…実際は、とても爽やかな人でした」

 

「そうね。バラエティ番組とかに出るタイプじゃないし、わりとプライベートな部分は、謎に包ふまれてるわね」

 

「これまで、かなり苦労があったようなことも仰ってましたが」

 

「そりゃそうでしょ。なんの努力もせずに生き残れるほど、芸能会は甘くないわよ」

 

「はい…」

そう返事をしたあと、しばらく海未は喋らなかった。

 

 

 

「海未ちゃん?」

 

 

 

「えっ?あ…」

 

「どうかした」

 

「いえ、別に…」

 

「なにか悩みがあるなら言いなさいよ?」

 

「はい…ちょっと今日一日を思い返していたのですが…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「意を決して病室に入ったら、思いもよらない人がいて…その人が夢野つばささんで…ふたりとも本当に優しい方で…逆に励まされて…ふわっとしたまま帰ってきてしまった感じで…本当にこれで良かったのかと…」

 

「かと言って、海未がウジウジしてても…高野さん…だっけ?は、良くならないんじゃない?」

 

「そうだよ!海未ちゃんが、元気でいること!それが大事だよ」

 

「にこ…穂乃果…」

 

「うん!」

穂乃果は大きく頷いた。

 

 

 

「そういえば、さっき穂乃果が『ユメノトビラ』と言いましたが…実はあれ…元々は『ユメノツバサ』だったんです!」

 

 

 

「えっ!?」

 

「衝撃発言!」

 

 

 

「そうなんです。途中まで『ツバサ』だったんです…。当時のノートを見ればわかると思いますが…そのことをご本人伝えるのを忘れてました」

 

「ユメノツバサだったら、まるパクリでしょ。そのまま出さなくて、よかったわ」

 

「いや、にこちゃん、その前に誰かが気付くでしょ」

 

「そうだけどさ…。それに当時、アタシたちにとって『ツバサ』と言えば『綺羅ツバサ』でしょ?わざわざ、ライバルのメンバーの名前をタイトルにしなくても…」

 

「はい。それに気付いて、変更したのですが…」

 

「これも、なにかの縁なんだね…きっと。あとで希ちゃんに訊いてみようか」

 

「今、希は日本にいないわよ!…確か…ペルーじゃなかったかしら」

 

「あぁ、そうだ!えっと…マシュピシュ遺跡?…」

 

「マチュピチュです!」

 

「よく言えるね…」

 

「これくらい、言えて当然です!!」

 

それを見たにこは、ニヤニヤと笑った。

 

「なんですか!?」

 

「やっと、アンタらしくなってきたな…って思ってさ」

 

 

 

「!」

 

 

 

「なるほど…やっぱ海未ちゃんは、穂乃果がいないとダメなんだね…」

 

「調子に乗らないでください!」

 

 

 

海未はそう言いつつも、ふたりと会話をしているうちに、気分が楽になっていくのを感じていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~チョモ~




はい。

『Winning wings』の主役は彼女でした。








 

 

 

 

オレとチョモの関係…。

 

 

 

ありきたりな言葉を使うなら『友達以上、恋人未満』。

 

しかし、オレの両親も公認の付き合いをしていることを踏まえれば…やや後者寄り…。

 

 

 

チョモとは小学生からの知り合いだが、幼馴染みというわけではない。

 

まともに付き合い始めたのは、高校生になってから。

 

かれこれ4年が過ぎたことになる。

 

 

 

きっかけは、サッカー。

 

オレとチョモは師弟関係にある。

 

当然、オレが師匠で、チョモが弟子だ。

 

 

 

チョモの人生は波瀾万丈。

 

前にも言ったが、ドラマ化・映画化の話があるほど、起伏に満ちていて面白い。

 

「面白い」と言うと、当の本人は怒るけど。

 

 

 

 

オレもすべてを知ってるわけじゃないが、彼女のこれまでの人生を、簡単に紹介しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チョモ…。

 

 

 

本名『藤 綾乃』。

 

 

 

父は元陸上選手で、スポーツ用品のメーカーに勤務。

 

母は元モデルで、今は女性ファッション誌の編集長。

 

 

 

小学校3年の時に『近所の友達に誘われた』のと『一番近くにあったスポーツクラブ』という理由でバレーボールを始める。

 

 

 

だが、その1年後…

 

 

 

父親が、飲酒運転のトラックにはねられ事故死…。

 

以降、母子家庭となったが、トラックを所有していた大手運送会社から慰謝料が支払われ、金銭的にはあまり苦労せずに育ったらしい。

 

 

 

『オレとは違って』チョモは『両親のDNAを良いとこ取り』している。

 

入ったバレーボールクラブでは、高い身長、ズバ抜けた運動神経(特にジャンプ力)、さらには『左利き』という特徴を活かし、5年生から『ウイングスパイカー/ライト』として活躍。

 

6年生の時には『オポジット(守備免除のセッター対角/スーパーエース。女子の場合はユニバーサルともいう)』としてチームを引っ張り、県大会準優勝の原動力となった。

 

自身も県のベスト6に選ばれている。

 

 

 

 

 

オレは5、6年とチョモと同じクラスだった。

 

 

 

 

 

サッカーとバレーボール…

 

ともに競技は違えど、同じように『エース』であった為、自分で言うのもなんだが、オレたちは学校じゃ、ヒーロー、ヒロイン的な存在だった。

 

 

 

しかし…

 

 

 

オレとチョモとの間には、圧倒的な差があった。

 

どんなに努力しても越えられない壁。

 

 

 

 

 

それが身長…。

 

 

 

 

 

当時のオレは138cm。

 

チョモは確か…167cmだった…と記憶している。

 

この30cmの差は大きい。

 

 

 

常に上から見られている感覚。

 

バカにされている感じ。

 

 

 

自然とオレは、チョモをライバル視するようになる。

 

今から考えれば、メチャクチャ幼稚だな…と思うけど。

 

 

 

当時のチョモは短髪であった為、どちらかというと中性的で、女子から見れば『格好いい』という形容詞で呼ばれていた。

 

イメージとしては『宝塚の男役』。

 

性格は明るく、勉強もできた。

 

クラスを纏めるリーダーでもあった。

 

それ故、女子から絶大な人気を誇っていた(その人気を妬んだ一部の女子から、陰湿なイジメを受けていたらしいが…なんとか、そこは乗り切った…と言っていた…)。

 

 

 

 

 

男子という生き物は『可愛い子』『気になる子』に、ついチョッカイを出してしまうもの。

 

それはいつの時代も同じだと思うが、その頃のオレたちもそうだった。

 

ことあるごとに逆らっては…しかし反撃され、返り討ちを喰らっていた。

 

身体の小さなオレたちからすれば、ヤツは、まさに『巨人』。

 

可愛いなんて思ったことは、一度もない。

 

ただし、心の奥深くで、どこか『憧れていた』部分があったのかも知れない。

 

あくまでも、今、思えば…だが。

 

 

 

 

 

女子からヤツは『藤さん』と呼ばれていた。

 

誰も『藤』とか『綾乃』とか、呼び捨てにはしていなかった。

 

そう呼ばせないオーラがあった。

 

逆に言えば、対等な立場の友人がいなかったのかも知れない。

 

とにかく、なにもかも突出した存在。

 

 

 

頭も良く、明るくて、リーダーシップもあって、体格でもかなわない(おれ自身は、運動神経だけは互角だと思っていたが)。

 

 

 

 

 

オレたちの…そんなヤツへの、せめてもの抵抗が『チョモ』という呼び名だった。

 

 

 

「藤さん?いやいや、そのデカさは『富士山』じゃなくて『チョモランマ』だろ!」

 

 

 

チョモランマとは、もちろん世界一高い山…『エベレスト』のことである。

 

エベレストと呼ばなかったのは、そっちの方が『通』だと思ったから。

 

ガキの頃の発想なんて、そんなもんでしょ?

 

 

 

 

 

そして、この時に付けた呼び名を、恥ずかしながら、オレは今も使い続けているのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~セッター~

 

 

 

 

チョモは小学校を卒業すると、都内のバレーボール強豪校(私立)に、特待生として進学する。

 

そして、ここからヤツの…ジェットコースターのような歴史が幕をあける。

 

 

 

 

 

意気揚々と乗り込だチョモだったが…入った中学では『チョモランマ』ではなかった。

 

『富士山』でもなかった。

 

そう、彼女より高い身長の部員は何人もいたのだ。

 

 

 

小学生の女子で167cmは、確かに大きい。

 

しかし、ことバレーボールの世界においては、それでは余りに小さすぎた。

 

 

 

一昔前なら、それくらいの身長で戦う日本人アタッカーはいた。

 

柔よく剛を征す…高さとパワーが足りない分、スピードと技で立ち向かっていた。

 

 

 

しかし…

 

 

 

今や女子でも180cm、190cmは当たり前の世界。

 

ややもすると2mオーバーの選手さえいる。

 

日本が本気で世界と戦うのであれば、選手のサイズアップは必須であった。

 

 

 

そこでチョモは入学早々、セッターへの転向を命ぜられる。

 

だが、アタッカーとして勝負したいチョモは、納得しない。

 

なんとコーチに直談判へと打って出た。

 

 

 

「この身長で通用するかしないか…テストもしないで、なにがわかるんですか!!」

 

 

 

この負けん気の強さが、今日までヤツを支えてきたと言っていい。

 

コーチはその『気概』については、認めたようだ。

 

 

 

だが…

 

 

 

「スーパーエースであればあるほど、サーブで狙われる。それ故、レセプション(サーブレシーブ)が下手な選手は、世界で通用しない。だから、今はきっちり守備力を高めろ」

そう説得された。

 

結局

「このあと、背が伸びたら、アタッカーへの再コンバートを検討してやる」

と言われ、その条件を呑むことになった。

 

 

 

それからの1年間は、ひたすらレシーブとトスアップの練習に明け暮れた。

 

 

 

 

 

そのチョモには目標とする…いや、越えなければならない、同い年の人物がいた。

 

 

 

名を『山下 弘美』という。

 

 

 

彼女は、高い守備力と『正確無比なトスワーク』で、将来、全日本入りを嘱望されている、ジュニアの有望株だった。

 

 

 

だが、残念なことに…

 

 

 

彼女は身長が、チョモよりも『10cm近く低かった』。

 

 

 

ある日、彼女は言った。

 

「あなたはいいわよ…一時でもアタッカーだったんだから。私なんて、この身長のせいで、スパイクを打つことさえ許されなかったの。だから私の生きる道はここしかなかった!…いい?『にわかセッター』のあなたに、このポジションは渡さない!渡してたまるもんですか!」

 

 

 

この言葉を聴いて、チョモは自分恥じた。

 

体格で劣る彼女にとって、自分より背が高く、同等レベルの技術を持つ選手が現れたとすれば…それは即ち…『死』を意味する…。

 

それくらいの覚悟でプレーをしている。

 

 

 

自分はどうか?

 

 

 

目の前にある与えられた課題を、死ぬ気でクリアしなければならない。

 

その覚悟はあるのか?

 

そう、まずはこの人に勝たないことには、アタッカーへの挑戦なんて、夢のまた夢。

 

 

 

いつか絶対に追い付き、追い越す!!

 

 

 

小学生時代は、どちらかというと守備は免除されていた為、レシーブは苦手だったが、そう決意してからは「地獄の日々を送った」と、チョモはのちに述べている。

 

 

 

それから1年…。

 

 

 

猛練習の甲斐あって、チョモの技術は確実に進歩していた。

 

紅白戦では、控え組のセッターとして、コートに立つことも増え…身長は1cmも伸びなかったが…ジャンプ力は健在で、ブロックだったり『左利きの利点を活かしたツーアタック』だったりと、攻撃において、弘美とは違う面をアピールすることもできるようになってきた。

 

トスワークについては…セッター一筋で生きてきた弘美にはかなわない。

 

しかし、戦況を見て試合を組み立ていく面白さ…のようなものが、少しずつだが、わかり始めてきた。

 

 

 

 

 

この経験がのちのち、サッカーをプレーするのに活かされることになる。

 

 

 

 

 

セッターに対して、自分の新たな可能性が見えてきた、中学1年の3学期だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~表参道~

 

 

 

 

中学2年生に進級する前の春休み。

 

 

 

部活の完全オフ日を利用し『チョモ』こと…『藤綾乃』は南青山に来ていた。

 

 

 

(一般的な女子と比べて)上背がある綾乃は『サイズが合わないから』との理由で、ガーリーなファッションを避けてきた。

 

そんなこともあり、中学に入ってから、1年365日、ほぼ毎日ジャージで過ごしている。

 

綾乃の母…『久美子』にとって、娘のそれは見るに耐えられなかったらしい。

 

「たまにはオシャレも楽しまなきゃ!それに今の時代、アスリートだって、ヴィジュアルは大事よ!」

と、半ば強引に引っ張ってきた。

 

 

 

この界隈に自分の職場がある為、どの店に、どんな服があるか、久美子は熟知している。

 

南青山から表参道にかけて、数件の店を段取り良く廻り、あっと言う間に、荷物がいっぱいになった。

 

 

 

さすが元モデルで、現ファッション誌の編集長…母が選んだ服に、文句の付けようがない。

 

 

 

…でも、着るヒマがないよ…

 

 

 

両手に紙袋を持った綾乃は、母に感謝しつつも、心の中でそう呟いていた。

 

 

 

母の久美子は「ちょっと、銀行に用がある」と、その場を離れた。

 

綾乃は歩道の脇に置かれたベンチに座り、ジェラートを食べながら、戻るのを待つ。

 

 

 

 

 

その時…

 

 

 

 

 

「写真撮らせてもらってもいいですか?」

と綾乃は声を掛けられた。

 

見ると、そこには2人の男性。

 

絵に描いたような、デコボココンビ。

 

小柄で小太りの中年はカメラを、長身で細身の若者は、大きな板を持っている。

 

綾乃はそれが『レフ板』だと、すぐにわかった。

 

 

 

…撮影?…

 

 

 

「原宿で仕事が終わって帰ろうとしたら、綺麗な娘がいるな…って」

 

「はい、わかるんですよね…そういうの」

 

「どう?1枚、撮らせてもらっていい?」

 

 

 

綾乃は返答に困った。

 

 

 

そもそも『格好いい』と言われたことはあっても『綺麗』などと言われたことがない。

 

だから、これは詐欺なんじゃないかと疑った。

もしくは『ドッキリ』なのかも知れない。

 

 

 

とにかく、この場から立ち去らねば…と思っているところに、久美子が帰ってきた。

 

そして、2人に言う。

 

 

 

「『シゲさん』『マツくん』ウチの娘をナンパしないでくれる?」

 

「久実ちゃん!?」

 

「藤さん?」

 

 

 

なんと2人は、久美子と同じ出版社の同僚だった。

 

久美子のファッション誌がアラサーをターゲットにしているのに対し、2人は『J-BEAT』というローティーン向けの雑誌の、カメラマンとアシスタントだ。

 

「久実ちゃんの娘さんか!…そりゃあ、綺麗なハズだ」

 

「さすがに服のセンスが違いますね」

 

「あぁ、職業柄、遠くからでもすぐにわかる」

 

「それにしても…藤さんに、こんな大きい子供がいたんですね?知らなかったです」

 

「大きい…って、身長のことかしら?綾乃はこれでも、中2よ!」

 

その言葉に「とてもそうは見えない!」と驚く2人。

 

そして「折角だから」と久美子の勧めもあって『記念撮影』をした。

 

 

 

突然始まった撮影会に、たちまち辺りに人だかりができる。

 

「誰?」

 

「モデル?」

 

 

 

…いや、違うんだけど…

 

 

 

綾乃は恥ずかしさと緊張のあまり「笑って」というリクエストに応えられず、逆に少し怒ったような表情で、カメラに収まった。

 

 

 

 

 

しかし、これが一週間後、大問題になる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春休みが終わり、始業式。

 

 

 

綾乃の学年は4クラスある。

 

登校してから、掲示板に貼り出された名簿を見た。

 

つまりクラス替え。

 

 

 

その割り振りに、一喜一憂している生徒たち。

 

半数以上は、知らない名前。

 

綾乃は人見知りではないが、かと言って、初対面の人に馴れ馴れしく話掛けるタイプでもない。

 

それなりの緊張感を持って、教室に入る。

 

 

 

その時…先に中にいたクラスメイト数人から、突き刺さるような視線を感じた。

 

 

 

「?」

 

 

 

顔は見たことあるが、会話したことはない。

 

しかし、単なる初対面だから…という理由だけではない…鋭い視線。

 

 

 

おはよう…と挨拶する綾乃。

 

おはよう…と返答はあった。

 

それ以上の進展はなし。

 

 

 

綾乃はすぐに、クラスメイトとなったバレー部の仲間と合流した為、それ以上の会話しなかったが…

 

彼女たちは、その後もチラチラと様子を窺っているようだった。

 

 

 

…なんか、感じ悪いなぁ…

 

 

 

朝からブルーになる綾乃。

 

 

 

「どうかした?」

 

「えっ?べ、別に…」

 

「それならいいけど…。今日から新入部員が入ってくるわよ!」

 

「そうだね!」

 

「負けないようにしないと!」

 

「よし!頑張るぞ!」

 

 

 

気合を入れ直し、綾乃は半日を終える。

 

このあとは、昼食を摂り、部活だ。

 

 

 

仲間とその準備をしていると…朝のグループのひとりが、綾乃に近付いてきた。

 

 

 

「あなた…確か、藤…綾乃さんだったよね?」

 

「そうだけど…」

 

「やっぱりそうだ!」

 

「なにか…」

 

「ちょっと来て!」

 

「えっ?」

 

彼女は綾乃の腕を掴むと、グループがいる自分の席と引っ張っていく。

 

「えっ?えっ?なに?」

 

 

 

「これ、あなたよね?」

 

 

 

彼女が自分のカバンから取り出し、机の上に置いたのは、一冊の雑誌。

 

 

 

タイトルは『J-BEAT』だった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~有名人~

 

 

 

 

「それは…」

 

机の上に出された雑誌を見て、綾乃は血の気が引いた。

 

 

 

…まさか?…

 

 

 

「『J-BEAT』だよ。それで…ここ…」

 

彼女がページをめくる。

 

 

 

「!」

 

 

 

そこには、2ページに渡り4枚の写真が掲載されていた。

 

 

 

「これ、あなたでしょ?」

 

 

 

綾乃はそれが、先日、表参道で撮影されたものだと、すぐにわかった。

 

しかし、簡単には認めたくない。

 

 

 

…っていうか、聴いてないし…

 

 

 

「えっ?いや…似てる?別人じゃないかな?」

 

「似てるもなにも…」

 

「ははは…ほら、世の中には自分に似てる人が3人いる…っていうし」

 

「でも…ここに書いてあるよ『B学園中等部2年 / 綾乃さん』って…」

 

 

 

「うわっ!」

 

 

 

「どうしたの?」

 

バレー部の仲間が近寄ってくる。

 

「えっ?綾乃?」

 

「うそっ!綺麗!普段のイメージと全然違う…」

 

「いつ撮ったの?読モってやつ?」

 

 

 

「あははは…」

 

 

 

しかし、こうなると笑ってごまかせない。

 

仕方なく、事情を説明する。

 

ただし「掲載されることは知らなかった」と、そこは強く主張した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、お母さん!どういうこと!」

家に帰るなり、綾乃が怒鳴る。

 

母の久美子は、その意味をすぐに悟った。

 

「見ちゃった?ごめんね、私も知らなかったのよ…」

 

テーブルの上には、昼間学校で見た『J-BEAT』が置かれていた。

 

「そんな…」

 

「あまりにクオリティが高かったから、急遽、挿し込んじゃったんだって」

 

「プライバシーの侵害だよ!」

 

「まぁまぁ…」

 

「載せるなんて言ってなかったじゃん!」

 

「わかってるわよ…。でも『綺麗』ってことで掲載されたんだし…怒ることじゃないでしょ?」

 

「うう…」

 

 

 

…確かに『綺麗』と言われて…照れ臭さはあるが、怒る理由にはならない…

 

 

 

「人生の『ほんの一瞬の記念撮影』だと思えば、いいじゃない」

 

 

 

納得はしてないが、載ってしまったものは仕方がない。

 

この日は、それ以上どうしようもなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、思った以上に反響は大きく…

 

 

 

 

 

翌日以降、休み時間に綾乃の姿を見ようと、学年を問わず教室に『見物客』が訪れるようになる。

 

なかには、サインやツーショットの撮影をねだる者もいた。

 

 

 

もちろん、綾乃は

「すみません。モデルでもなんでもないので、そういうのは、ちょっと…」

と、丁重に断る。

 

 

 

そんな、やりとりを見て

「後輩が入って来て、一段と競争が激しくなるっていうのに…随分と余裕ね…」

と綾乃のライバル…山下弘美はそう皮肉った。

 

「そんなつもりは、これっぽっちもないわよ。これは『アクシデント』なんだから…」

 

「いいんじゃない?サインくらい。この先、代表にでもなれば、絶対に書くんだから。今からその練習をしておけば?」

 

「『ヒロリ』…他人事だと思って…」

 

 

 

ヒロリとは弘美のあだ名。

 

2個上の先輩が付けた。

 

身長が低く、幼く見える彼女を…誰かが『ロリータ』と言い始め…それが名前と合わさって、いつの間にかそうなった。

 

本人からすれば、余り、嬉しくないだろうが

「私も小学生の時は『チョモ』って呼ばれてたんだ…」

と打ち明けてから、綾乃と弘美の距離は縮まり、こんな『軽口』が言えるほどの仲になっていた。

 

 

 

 

 

それにしても…

 

 

 

 

この騒動は何日か続いた。

 

たった4枚の写真が雑誌に載っただけで、これほどまで騒ぎになるとは…想像もしていなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~決戦の前日~



ダイジェストでお送りしております。






 

 

 

 

騒動発生から、約一週間。

 

綾乃は突然、校長室に呼ばれた。

 

中に入ると、そこには担任とバレーボール部のコーチ…そして校長。

 

 

 

「これは…藤綾乃くんだね?」

 

校長が綾乃のに見せたのは、例の雑誌…『J-BEAT』。

 

付箋で目印を付けておいたページを開く。

 

「…はい…」

 

それを見て、綾乃は首を縦に振った。

 

 

 

これが理由で呼ばれたのではないか…という、予想はしていた。

 

ただ、こんな重苦しい空気の中に身を置くことになるとは、想像していなかった。

 

 

 

「そうか…残念だ…」

 

綾乃の返事を聴くと、コーチは静かに呟き、そのまま部屋を出ていった。

 

 

 

「藤綾乃くん。…明日は…自宅謹慎とする…」

 

校長の低く、冷たい言葉が部屋に響く。

 

 

 

「えっ?…」

 

 

 

「詳しくは担任の岡野先生から、聴いてください…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「藤…今回の君の行動は…校則違反と見なされる」

 

「校則…違反?…」

 

「我が校は、無許可のバイト活動を禁止している」

 

「バイト活動!?」

 

「同時に芸能活動も禁止している」

 

「芸能活動!?」

 

「明日、君の処遇が審議される」

 

「処遇?」

 

綾乃のは余りに突然の出来事に、聴いた言葉をおうむ返しすることしかできない。

 

 

 

「最悪、退学もありえる…。以上!」

 

 

 

「…」

 

 

 

事態が呑み込めず、校長と担任の顔を、交互に数回見た。

 

だが、ふたりとも押し黙ったまま何も言わない。

 

 

 

「ちょっと待ってください!誤解です!私はバイトも芸能活動もしてません!!」

 

綾乃は耐え切れなくなり、ついに反論をする。

 

「藤のお母さんには、これから連絡するが…話は明日訊く」

 

 

 

「ウソ…でしょ?…」

 

 

 

「残念ながら、ウソではない。…とりあえず、今日は家に帰りなさい」

 

 

 

「家に…帰る…?」

 

綾乃は、そう呟いた。

 

 

 

 

 

そこからの記憶がない…。

 

 

 

気が付いたら家にいた…。

 

 

 

 

 

カギは持っていたが、中には入らず、玄関のドアに寄りかかり、母が戻ってくるのを待った。

 

そうしている間に、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

 

 

 

 

 

綾乃は父親を亡くしてから、人前で涙を見せたことがない。

 

 

 

バレーボールでチームが負けたときも…

 

陰湿な嫌がらせを受けても…

 

卒業式の日も…

 

「泣くのは、お風呂の中」と決めていた。

 

 

 

だから…家に入らず、泣くのをグッと堪えていた。

 

外にいれば、泣くことはない。

 

そう思ったからだ

 

 

 

でも、悲しいのか、悔しいのか…あるいはバカバカしいのか…自分の感情が整理できていないのも事実だ。

 

そして、泣いても何も解決しない…という冷静さが、頭のどこかに…数%ほどあった。

 

 

 

この数%がなければ、綾乃の心は崩壊していたかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聴いたわ…」

 

どれくらい経ったであろうか…母の久美子が職場から戻ってきた。

 

 

 

「お母さん!」

 

 

 

「綾ちゃん…」

 

母は娘をギュっと抱き締めると

「…大丈夫、明日ちゃんと説明するから…。話せばわかるわよ…」

そう言って、綾乃の額に、自分の額をくっつけた。

 

 

 

「明日は助っ人も呼んだし…」

 

 

「助っ人?」

 

 

 

久美子は力強く頷いた。

 

 

 

「綾ちゃんは、何も心配しなくていいから」

 

「…うん…わかった…」

 

 

 

綾乃は極力、平常心を保とうと努力した。

 

いつものよう食事を摂り、入浴して、ストレッチを行い、就寝した。

 

 

 

だがさすがに、気持ちよく眠ることはできなかった。

 

何度も何度も目を覚まし…それを繰り返しているうちに、朝を迎えた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~devil's proof~



森○学園の寄付を巡る問題を見て、思い付いたわけじゃありません。






 

 

 

 

「手元の資料によりますと…藤綾乃さんには、お父様はいらっしゃらないことになっている…かと存じますが…」

 

担任の一言に、綾乃に同席した口髭を蓄えたスーツ姿の男が

「失礼致します。私はこういうものです」

と、名刺を手渡した。

 

 

 

綾乃が校長室で『一日自宅謹慎』を告げられた翌日…の放課後。

 

呼ばれたのは理事長室だった。

 

母の久美子と『助っ人』とともに、3人で出向く。

 

その助っ人が…この口髭の男だ。

 

 

 

室内には、綾乃の担任と校長…そして理事長がいた。

 

 

 

「『J-BEAT』の編集長?」

担任から名刺を手渡された理事長が、口髭の男に問う。

 

「はい『永井』と申します。綾乃さんの肉親ではございませんが、今回の件につきましては、当方の不手際が原因でございまして…。誠に勝手ながら同席させていただければと…」

 

永井は深々と頭を下げた。

 

「わかりました。いいでしょう。…私は当学園の理事長…『横山』です」

 

「よろしくお願いします…」

 

「早速ですが…藤綾乃さんの写真が、この雑誌に掲載されていたことについて、昨日、本人であることが確認されました」

 

担任はまるで、法廷における検察官かのような口調で、話し始めた。

 

 

 

「本案件は、我が校の『無許可のアルバイト活動の禁止』ならびに『一切の芸能活動の禁止』を示した校則に抵触するものとみなし、その処遇については『無期限の停学』が相応であると結論付けました」

 

 

 

「無期限の停学!?」

 

 

 

突然飛び出した言葉に、綾乃も久美子も…そして永井も、思わず大きな声で訊き返した。

 

 

 

「無期限って、どれくらいの期間のことですか?」

綾乃が訊く。

 

「期限はありません…。だから無期限なのですが…」

校長が冷たく言い放つ。

 

「待ってください。それは即ち…『退学』…ということですか?」

 

「永井さん…言葉に気を付けて頂きたい…。退学ではありません、停学です。ですから学校に籍はありますよ…除籍はしません。ですが…当方の許可なくして、登校することは、許されません…」

 

校長は表情を変えずに、静かに言い放った。

 

 

 

「なるほど…そういうことですか…」

 

『退学させた』と『退学した』とでは、受け止め方の印象がまるで違う。

 

つまりは、極力、自分たちの責任は回避したいのだろう。

 

 

 

「そんな…勝手に…」

 

「綾!」

 

綾乃が突っかかりそうなところを、横にいた久美子が制した。

 

「ただし、一方的に決めてしまうのは、フェアではありません。一応、そちらの言い分も伺いましょう」

 

「『一応』…ですか…」

 

永井は一瞬ムッとした表情を見せたものの、すぐに気を取り直して、言葉を続けた。

 

「先ほども申し上げましたが、今回の件は私どもに落ち度があり、綾乃さんは、なにひとつ、過失はありません。確かに、そこに載っているのは彼女であり、それを撮影したのは私どものクルーです。ただし…話せば長くなりますが…それは掲載を目的に撮影したわけではありません」

 

「その場には私もいました。私は…彼と同じ職場で…別の雑誌の編集長をしています。娘と一緒に出掛けた先で、たまたま顔見知りのクルーと逢いました。せっかくだから、写真を撮ってもらおう…ただ、それだけの話です。撮影に関してはそれ以上でも、それ以下でもありません。当然、モデル料など発生していません」

 

「そうなんです!私、載るなんて聴いてませんでした!」

 

「そう…その撮った写真をスタッフが…彼女に断りもなく…無許可で掲載してしまった。そこに彼女の意思はない。つまり、この責任は編集長である、この私にあります」

 

永井はそう言うと、再び深々と頭を下げた。

 

「なるほど…仰ることは、よくわかりました。金銭の授受はなく、また自らの意思で撮影、および掲載を望んだ訳ではないので、アルバイトでも芸能活動でもない…と…こういうことですね?」

 

校長は至って冷静に、論点を整理した。

 

「その通りです…」

 

永井、綾乃、久美子が首を縦に振る。

 

 

 

「では、その証拠を見せて頂けますか?」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「金銭の授受はなく、芸能活動の意思もなかったという証明をしてください」

 

 

 

「…痛いところを突いてきますね…『悪魔の証明』…ですか…」

 

「悪魔の証明?」

 

永井の言葉に、綾乃が反応した。

 

「『消極的事実の証明』とも言う。事象でも現象でも『あること』『あったこと』を証明するのは、比較的容易いことなんだ。しかし『無いこと』『無かったこと』を証明するのは、非常に難しい…いや、不可能に近い」

 

「彼の証言では、ダメなのでしようか?」

と久美子が校長に訊く。

 

「はい。証拠にはなりません」

 

「でも、本当にお金ももらってないし、雑誌に載せてほしいとも言ってないし…ないものはないんです!」

綾乃は必死に訴えた。

 

「そう言われてもねぇ…」

 

校長は困ったそぶりをする。

 

しかし、それが本気でないことは、すぐにわかる。

 

 

 

「情状酌量の余地もありませんか?」

 

永井は…さすがに苛立ち始めていた。

 

ひとつ咳払いをして、気を鎮める。

 

 

 

「その点については…どうでしょう?」

 

校長が、理事長に問い掛けた。

 

 

 

「よく聴いていただけますか…」

 

これまで静かだった理事長が、ゆっくりと話し始める。

 

「我が校は『品行方正』『文武両道』をモットーに、開校より50年余りが経ちました。そのお陰で、これまで大きな『事件』も『事故』も起こさず、やってくることができました。それは何故か?…端から見れば厳しすぎるかも知れませんが…規律を重んじてきたからです」

 

「否定はしません」

 

永井は、ひとつ相槌を打った。

 

「ひとたび、この規律を破る者あれば、この場から退場いただくというのが、この学校の慣わし…。そうやって秩序を保ってきたのです」

 

 

 

「…」

 

 

 

「今回の事案については…なるほど、同情すべき点は多々あろうかと存じます。しかし、この雑誌に写真が掲載されたという『事実』を覆すだけの、証拠なり、証明なり…というのは、残念ながらありません」

 

「では、逆にお尋ねしますが…この掲載は…事件や事故に匹敵するようなことなのでしょうか?」

 

「我が校のモットーは『品行方正』です。永井さん…あなたを目の前にして言うのもどうかと思いますが…この手の類いの雑誌は、無駄に流行を煽り、無駄に金銭を消費させる…その旗降り役だと思うんですよ」

 

「だいぶ偏見があると思いますが…」

 

「いえいえ、これでも時代の流れというものは、理解しているつもりですよ。若者文化を否定するつもりはありません。ただ、この校風には合わない…それだけです。事実、この雑誌が販売されてからの一週間は、ちょっと校内が浮わついておりましてね…」

 

 

 

…それはそうだった…

 

…それは認める…

 

…けど…

 

 

 

「つまり、そういうことなんです。ご本人に自覚がなかったとしても、雑誌に載っただけでスターなんです。そして『私も』『私も』と模倣する者が増える。こういった『気の緩み』が、事故や事件に繋がるのです。これまでも、こういうことが無かったわけではありませんが…いずれの事案についても、同様の処置を取らさせて頂いております」

 

「今回の件に関しては、レアケースだと思いますが?」

「例外はありません。例外も、ひとつ許せば、あれもこれもとキリがなくなります。…そうなると、それは例外ではありません。『常態』です」

 

「理屈はわかりますが…」

 

「それが我が校の方針です。これにご納得いただけないのであれば、自らお辞めになればよろしい…」

 

 

 

…歩が悪いな…

 

 

 

永井は、ここまで苦戦するとは思っていなかった。

完全な誤算だった。

 

 

 

「ただし、ひとつだけ…助け船を出してあげましょう」

 

 

 

「助け船?」

 

理事長の意外な一言に、3人が声を揃える。

 

 

 

「藤さんは…特待生として、我が校に入学している。…確か…」

 

「バレーボール部です」

 

担任の岡野がフォローする。

 

「うむ、バレーボール部ですね…。無期限の停学を免除する替わりに…特待生も解除しましょう」

 

「特待生を…解除?…」

 

「つまり一般生徒として学費を払い、通学していただく」

 

「お金の問題ですか?」

 

「特待生を解除するということは、即ち…バレーボール部を退部していただく…ということです」

 

 

 

「!」

 

 

 

…どこが助け船なのよ…

 

…バレーボールができなきゃ、この学校に通う意味がない!…

 

 

 

…取りつく島もない…ってところか…

 

 

 

「これ以上の交渉は無駄ということですね…」

 

永井の問いに、理事長は黙って頷いた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~引き籠り、始めました~

 

 

 

 

A…無期限の停学。

 

B…自主退学。

 

C…特待生扱いを解除(バレーボールを退部)の上、一般生徒として通学。

 

 

 

綾乃の選択肢は3つ。

 

 

 

Aは単なる『言葉遊び』であり、停学と言いながら、通学できる可能性はゼロ。

 

実質、自主退学を促している。

 

 

 

Bはそれを即決するかどうかということ。

 

 

 

そしてCは…

 

一見、情状酌量したかのように感じられるが…この学校には、バレーボールをする為に進学したようなもの。

 

それができないのであれば、わざわざ、ここに通う意味はない。

 

 

 

いずれにしても、その先にあるのは『退学』という二文字…。

 

3つの選択肢から決断するまでは、2週間の猶予が与えられている。

 

早い話が、それまでに『転校先を見つけろ』…ということだった。

 

 

 

 

 

綾乃は『通達』を受けてから、すっかり引き籠ってしまった。

 

バレーボールを始めてから欠かさずに行っていた、ランニングも、筋トレも、ストレッチも…まったくヤル気が起きない。

 

自堕落な生活…。

 

昼前に起きて、ブランチを摂り、大量に借りてきた映画や音楽のDVDを、一日中観て過ごす。

 

おそらく…物心が付いてから、これまで生きてきた十年あまりの情報量を越えるであろう、映像や音楽を一気に詰め込んだ。

 

 

 

だが、なにも感じない。

 

感動も刺激もなかった。

 

ただ観ているだけ…。

 

 

 

綾乃を心配して、クラスメイトやバレーボールのチームメイトが、携帯に電話やメール、LINEをよこしたが、その返信すらしなかった…。

 

少しでも、バレーボールも学校のことも忘れたかった…。

 

 

 

しかしながら、ギリギリ暗黒面に堕ちなかったのは、志半ばにして逝った父の存在。

 

 

 

…パパがあの世から見てる…

 

 

 

そう思うと、自暴自棄になりそうな心にブレーキがかかった。

 

 

 

「どうしたらいいの?」

という問い掛けに

「自分の道は、自分で決めなさい」

そう言っていた…。

 

 

 

 

 

割りきれるハズはない。

 

それは母の久美子も十分理解していた。

 

 

 

綾乃に落ち度はない。

 

それでも、どうにもならないことがある。

 

 

 

夫を亡くした時もそうだった。

 

 

 

交通事故による不慮の死。

 

 

 

夫は普通に横断歩道を渡っていただけ。

 

相手は飲酒運転…。

 

どこに落ち度があったろうか…。

 

 

 

今でも悔しい。

 

悔しくて、悔しくて、たまらない。

 

 

 

だから、程度の差はあれ、娘の気持ちはよくわかる。

 

自分も綾乃がいなかったら、今のようには生きていなかったと思う。

 

気持ちの整理がついたのは、半年以上経ってからだ。

 

その間の記憶はほとんどない。

 

 

 

 

 

ふと我に帰った瞬間…

 

 

 

 

 

それは綾乃が発熱で倒れた時のことだった。

 

 

 

何日か前から具合が悪かったにも関わらず、母親に心配掛けまいと、素知らぬフリをして、学校へ、バレーボールへ行っていた綾乃。

 

結局、無理がたたり、練習中に病院へと運ばれた。

 

幸い大事には至らなかったものの、この時初めて、娘の存在の大きさに気付かされた。

 

 

 

…母親失格…

 

 

 

何度も何度も自分を責めた。

 

責めて、責めて…たどり着いた答えが『前を向いて生きること』だった。

 

 

 

脱け殻のような半年間を救ったのは、娘の健気な…優しくも強い心だった。

 

 

 

この時から久美子は『母として』『父として』生きる決意をする。

 

 

 

今の綾乃を見て、脱け殻だった自分を重ねる。

 

だが、いつまでもこの状態を続けるわけにはいかない。

どこかで前を向いて歩き出さなければいけない。

 

綾乃は、それができる。

 

そうさせるのは…今度は自分の役目だ。

 

 

 

 

「綾…いい加減にしなさい!いつまで寝てるの!?」

 

「…ん…?…今日…日曜日だもん…」

 

「この一週間、ずっと日曜日だったでしょ!?放電しすぎ」

 

「…うぅ…なにもやりたくない…」

 

「最低限、着替えて顔くらい洗いなさいよ」

 

「…う…ん…」

 

「それと…今日は永井さんに会ってよね。気持ちはわかるけど、誰かを恨んだところで、仕方ないでしょ」

 

永井は、あの日以来、毎日、藤家を訪ねて来ていたが、綾乃が面会を拒んでいた。

 

しかし、さすがに一週間通い詰められるとなると、多少は「申し訳ないな…」という気持ちが、綾乃の中に芽生えていた。

 

「うん…わかった…」

 

渋々ながら、綾乃は了承した。

 

 

 

 

 

すでに選択肢は…B…と決めている。

 

転校先については、地元の公立中学校へ通うこととした。

 

…というより、今からでは、そこくらいしか受け入れ先がない。

 

 

 

問題は…

 

 

 

バレーボールを続けていくモチベーションが、失せてしまったこと。

 

世界を目指していたわけではない。

 

そこまで自分の実力を過信していない。

 

 

 

それでも…

 

 

 

上手になりたい、負けたくないと、上を目指して練習を重ねてきた。

 

 

 

だが今は…

 

 

 

セッターの面白さをわかり始めてきたと同時に感じていた、漠然とした不安…。

 

それは、この1年間、身長が伸びなかったことに起因している。

 

立ちはだかる、10cm…20cmの壁…。

 

これ以上続けても、アタッカーとしてプレーするのは、叶わぬ夢…。

 

 

 

バレーボールを諦めるかどうか…綾乃の心は揺れていた…。

 

 

 

 

 

追い討ちをかけたのは、訪問してきた永井が発した一言だった。

 

 

 

 

 

「うちの専属モデルになって欲しい」

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~再会~

 

 

 

 

永井は、2階からリビングへと降りてきた綾乃の顔を見ると

「今回の件は本当に申し訳なかった」

と謝罪した。

 

いえいえ、お気になさらずに…などと言うのが、大人の対応。

 

それは理解しているが、綾乃にはそんなセリフは言えなかった。

 

「何を言っても、起きてしまったことを元に戻すことはできない。我々は今、ただひたすら謝ることしかできない…本当に申し訳なかった」

 

永井は再び頭を下げた。

 

「とりあえず座りましょ」

と久美子が着席を促す。

 

 

 

「今回の件で我々は『一枚の写真の重み』を改めて痛感した。写真一枚で人の人生が左右することの重みを…ね」

 

 

 

「…」

 

 

 

「綾!いつまでも、そんな恐い顔しないの!いくらなんでも失礼よ」

 

「いやいや、それは仕方ない。そもそもそんなに簡単に許してもらえるような話じゃない」

 

 

 

綾乃は…許すとか許さないとか、それはもう、かなりどうだって良くなっていた。

 

ただ、急に「はい、わかりました!」とは言えない。

 

 

 

…素直じゃないな…

 

 

 

それは自分でもわかっていた。

 

 

 

「色々考えた…どうしたらよいか。そこで、せめてもの『罪滅ぼし』…と言ってはなんだが…」

 

永井は綾乃の目をジッと見つめる。

 

 

 

「うちの専属モデルにならないか」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「いや、うちの専属モデルになってほしい」

 

 

 

「専属…モデル?…私が?…」

 

 

 

…この人…何を言ってるんだろう…

 

 

 

「どういうことですか…」

 

 

 

「まず、ひとつ…モデルとしてのキミの反響が大きかったこと」

 

「反響?」

 

「各方面から、問い合わせが殺到しててね…」

 

「問い合わせ?」

 

「あの娘はどこの娘だ?って」

 

「私が?」

 

「キミはまだ、自分自身の魅力に気付いていないかも知れないが、我々はわかるんだよ、そういうの」

 

「魅力?」

 

「整った顔立ち、スラリとしたスタイル、長い手足、大人びた雰囲気…同年代の娘にはない魅力がキミにはある」

 

「お母さんに似てよかったわねぇ」

 

久美子は自慢気に、ふふふと笑う。

 

「べ、別に…」

 

綾乃はやたら持ち上げられて、逆に気味が悪くなった。

 

「ふたつめ。バレーボールへの興味が無くなっていること」

 

「えっ!どうして?」

 

「それはお母さんから聴いたんだ…」

 

「あなた、この一週間、一回もトレーニングしなかったでしょ?責めるつもりはないけど…情熱が無くなってるように見えるわ」

 

「勝手なこと言わないでよ!」

 

「わかるわよ、親だもん!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「続けるつもりがあるなら、やめないわよ…どんなことがあってもね」

 

 

 

「…」

 

 

 

「まぁ、そこはキミの心の中のことだから…でも、迷っているなら、新しいことを始めてみるのも悪くないと思うが」

 

「だから迷ってるとか、勝手に決めないでください!」

 

「じゃあ、続けるの?バレーボール」

 

「それは…」

 

「ほらね?即答できない」

 

「あ、だから、それは…」

 

「仮に、モデルをやるのであれば、転入先も考えてある…」

 

「転入先?」

 

「聴いたことあるだろ?通称『ゲー校』」

 

 

 

…芸能人御用達学校?…

 

 

 

「心配はしなくていい。マネジメントはこっちに任せてくれれば…悪いようにしない」

 

 

 

「…」

 

 

 

「綾!どこ行くの!?」

 

 

 

「ちょっと、外に出てくる…」

 

「外?」

 

「頭の中を整理したい…」

 

「…そうね…」

 

「そうだな…。これはもちろん、強制する話じゃない。よく考えて結論を出せばいい」

 

 

 

「…行ってきます…」

 

 

 

綾乃は永井の言葉に返事はせず、部屋を出た。

 

 

 

 

 

特に行くアテはなかった。

 

とりあえず、家に閉じ籠っていたから、外の空気を吸おう…そう思った。

 

 

 

そして、近くの公園まできた。

 

決して大きくはないが、ブランコや鉄棒、砂場などがある。

 

対象年齢は小学校の低学年くらいまで…というところ。

 

今も、父娘が逆上がりの練習をしていたり、幼子が鬼ごっこして遊んでいる。

 

サッカーボールでリフティングをしている少年もいた。

 

 

 

…何年ぶりかな…

 

…小さい頃はよくここで、缶蹴りや鬼ごっこをして遊んだっけ…

 

 

 

綾乃は誰も使っていなかったブランコに、腰を下ろした。

 

 

 

…小さい…

 

 

 

綾乃のサイズでは、無理があった。

 

さすがに自分で笑ってしまう。

 

仕方なくベンチに移り、座り直した。

 

 

 

…はぁ…

 

…いきなりモデルだなんて、バカじゃない?…

 

…でも…

 

…バレーボールを続けるかどうか、迷っているのも事実…

 

…どうしよう…

 

…モデル…か…

 

 

 

そんなことを想いながら、綾乃はリフティングをしている少年を、ボーッと見ていた。

 

 

 

 

 

その視線に『オレ』が気が付いた。

 

そして、オレはヤツが誰だか、一目でわかった。

 

髪はだいぶ伸びていたが、ついこの間、ヤツの顔を見たばかりだ。

 

わからないハズがない。

 

 

 

「チョモ?」

 

オレは近づいて声を掛けた。

 

 

 

「えっ?」

 

ヤツは不思議そうな顔をしてオレを見た。

 

誰?っ感じで。

 

 

 

「…チョモだろ?何してるんだ、こんなところで…」

 

 

 

「その呼び方は…高野…くん?」

 

「なんだ、今、わかった?」

 

「えっ!あ…」

 

「珍しいな…こんなところにいるなんて」

 

「高野くんこそ」

 

「オレは結構来てるよ、ガキの頃からここでリフティングしてたし…っていうか、ちょっと会わないうちに、女子みたいな言葉を使うようになったんだな…この間までは高野って呼び捨てだったのに」

 

「なに言ってるのよ…」

 

「ちょっと、立ってみ?」

 

「なに?」

 

「いいから…う~ん…やっぱり、デカイな…」

 

「失礼ね!急になに?」

 

「あ、いや、オレ、この一年で結構、背ぇ伸びたんだけど…まだ、届かねぇな」

 

「そうだね、少し伸びたんだね…。でもね…私、中学に行ったら、チョモじゃなかったよ」

 

「あん?」

 

「…私より大きい人…ばっかりだもん…」

 

「ん?あ、そうなんだ…まぁ、バレーとかバスケとかは、高けりゃ高いほど有利ってスポーツだからな」

 

「…うん…」

 

「でも、チョモくらいのジャンプ力がありゃ、たいした問題じゃないだろ?」

 

「…うん…そうだね…」

 

「その点サッカーは、そこまで身長、関係ないからな…」

 

「…サッカー…続けてるんだ?…」

 

「あ、オレ『マリノスのユース』に入ったんだ」

 

「へぇ…」

 

「将来、日本代表のエースだから!サインしておこうか?」

 

「すごい自信だね…」

 

「そりゃ、それくらいの目標を持ってやっていかなきゃ…」

 

「…だよね…やっぱり、そうだよね…」

 

「ん?なんか、元気ないじゃん…」

 

「えっ?そ、そう?別にそんなことないよ…」

 

「そういえば、出てたな…雑誌…」

 

「えっ?あ、あれ?…」

 

「学校じゃ、その話題で持ちきりだぜ…これって、あの『藤』だよな…って」

 

「それは、ちょっとした間違いで…」

 

「はっ?」

 

「いや、その…」

 

「あ、逆にオレが先にサインをもらっておかなきゃ…か…」

 

「ないない…ないから、サインなんて…」

 

「ふ~ん…まぁ、頑張れや」

 

「えっ!?」

 

「なんか…悩んでるんだろ…」

 

 

 

「!」

 

 

「あ、顔見りゃわかるよ…。チョモはいつでも自信満々だったからな…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「じゃあな、なにかあったら力になるよ」

 

「高野…くん…」

 

「あ、勘違いすんなよ…オレは…ほら、チョモのことライバルだと思ってたから…競う相手がいないとつまらないべ」

 

 

「高野…」

 

 

 

 

それが小学校を卒業してから、一年ぶりの再会だった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~逃げるは恥かな?~

 

 

 

 

綾乃は二週間ぶりに、登校した。

 

いや、今は放課後だから『訪問した』が正しい。

 

教室と部室に残した『所持品』を引き上げる為にやってきた。

 

 

 

短い間であったが、それなりに想い出はある。

 

人前で泣かないと誓っている綾乃でも、少し感傷的になった。

 

 

 

…もう、ここに来ることはないんだね…

 

 

 

ひとしきり、教室の入り口に立ち止まり、中を見回した。

 

新しいクラスメイトとは半分近く、話しもしないで、ここを去る…。

 

 

 

 

 

「藤!?」

 

不意に誰かに呼ばれた。

 

 

 

「あっ…『スミレ』『智子』『菜月』…」

 

 

 

振り向いた先にいたのは、バレーボール部のチームメイトだった。

 

 

 

「辞めちゃうんだって?…学校…」

 

「…うん…」

 

「次のとこでも続けるんでしょ?」

 

「えっ?…あ…うん…まぁ…」

 

「じゃあ、今度は敵として対戦するかも…だね…」

 

「…そうだね…」

 

 

 

…嘘つき…

 

…もうバレーボールは…

 

 

 

「あ、あのさ…それより、心配かけちゃってゴメン…電話とかメールもらったのに、返信もしなくて…」

 

「いいよ、いいよ…仕方ないよ」

 

「それは誰だってそうなるよ」

 

「私は別にいいと思うんだけどな…雑誌に載るくらい」

 

「うん、ありがとう」

 

「あれ…『ヒロリ』が『密告(チク)った』って、噂だけど…」

 

「智子!」

 

 

 

…ヒロリ?…弘美が?…

 

 

 

「だってスミレ…綾乃がいなくなれば、ヒロリはレギュラー安泰じゃない。誰が得するっていえば…彼女しかいないでしょ」

 

「あ、藤、それはあくまでも噂だから…」

 

 

 

「私じゃないわよ!」

 

 

 

「ヒロリ!!」

 

 

 

「聴くつもりはなかったんだけど…通りかかったら、たまたま、あなたたちが喋ってて…。でも、これだけは言っておくわ。綾乃が抜けたら、チーム力がダウンするのは誰が見ても明らかじゃない。私は…綾乃にレギュラーを奪われる気なんてことは、さらさら思ってないけど…チームとして考えれば、誰かひとりだって欠けるのは痛いのよ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「練習相手だって、いなくなる。マイナスしかないわ。ライバルがいなくなって喜ぶ…なんて浅はかな考え、少なくとも私は持ってないわよ」

 

 

 

…彼女はいつだって、正々堂々だった…

 

…疑う余地もない…

 

 

 

「うん、わかってる…ヒロリじゃないよ…。それに、私は別に『誰が言った』とか『言わない』とか…そんなこと考えたことないし…誰だかがわかったところで責めるつもりもないから」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そんなこと言い始めたら、無理矢理、あの日、私を連れ出した親がイケない!…ってことになっちゃうし…そうするとそのキッカケを作った自分が悪い…ってことになるし…」

 

 

 

…どれもこれも、どこかで何かがズレていれば、こうはならなかった…

 

…これが運命なのだろう…

 

 

 

「そう、ならいいわ…。変な疑いを掛けられたまま、一生恨まれるなんて、気分悪いからね。…じゃあ、練習があるから」

 

弘美はそういうと、スタスタと歩いてこの場を去っていった。

 

 

 

「あ、じゃあ、みんなも練習、遅れるといけないし…」

 

「あ、うん…」

 

「じゃあ、また…」

 

「落ち着いたら、連絡ちょうだいね…」

 

「…みんな、頑張ってね!影ながら応援するから…」

 

 

 

そうして綾乃は、教室と部室の荷物を引き揚げると、一年間通った学舎(まなびや)をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悩みに悩み、迷いに迷い…綾乃は結局、永井の提案を受け入れた。

 

 

 

バレーボールから逃げた…。

 

逃げてしまった。

 

それは悔いが残るかもしれない。

 

例え結果が出なくても、最後までやり抜くこと。

 

それが大事なことは充分わかっている。

 

 

 

一方で、新たなことに挑戦する…というのも、別に悪いことではない。

 

ひとつの選択肢だと思う。

 

何かの具合で、神は右に進めと命じた。

 

ならば、今はその流れに逆らわない方がいい。

 

 

 

…自分を納得させる精一杯の言い訳…

 

 

 

右か左か…それが正しいかどうかなんて、誰にもわからない。

 

でも、先がわかる人生なんて面白くない。

 

 

 

だとしたら…

 

 

 

行ってみたい!

 

新しい世界へ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…受けてくれるのか…」

 

綾乃が返事をしたのは、永井と面会した二日後だった。

 

「ありがとう!それならば、これからキミを全力でバックアップする!」

 

「…はい、お願いします…」

 

「明日にも転入手続きをしたいところだが…『ゲー校の芸能科』に入るには、ひとつだけ『条件・資格』が必要だ」

 

「条件ですか…」

 

「それを得るために、明日、うちのオフィスに来てほしい。フロアは違うが、キミのお母さんと同じ会社だから、場所はわかるね?」

 

「はぁ…」

 

「じゃあ、明日11時に来てくれるかな?ランチをしながら、打合せをしよう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲー校。

 

一般的なそう呼ばれているが、正式には『東京芸術文化振興学校』という。

 

当初は日本の古典芸能…落語や歌舞伎、能や浄瑠璃、あるいは日舞や茶華道に至るまで…を保護、維持していくことを目的として、戦後まもなく設立された。

 

生徒は一般教養はもちろんのこと、プラスαとして、古典芸能の知識や専門技術を学び、それぞれの道へと旅立っていった。

 

どちらかというと職業訓練校に近いイメージかも知れない。

 

そして、この学校の一番の大きな特徴は、学費を生徒側で払うのではなく、国が全額負担していたこと。

 

 

 

にも関わらず、生徒は年々減少し、一度は閉校してしまう。

 

この時期、若者の目はアメリカ文化に向けられており、古典芸能などと言うものは、軽んじられていたのだった。

 

 

 

そうした流れのなかで、装いも新たに、十数年後、再出発する。

 

 

 

以前との大きな違いは『芸能事務所、またはそれに準ずるものに所属していることが、ここで学ぶ条件』となったことである。

 

学費は全額、事務所負担。

 

俗な言い方をすれば『芸能人でなければ通えない』のである。

 

 

 

ただし、芸能人であっても事務所が、学校に通わせるほどの価値がない…と判断すれば、学費の負担はしてくれない。

 

故に、途中で事務所と契約を打ち切られた者などは、強制的に退学となる。

 

この状態を『咄家』と呼ぶ。

 

ドロップアウト → 落後者 → 落後家 → 咄家となったと言われている。

 

 

 

自ら芸能界から身を引く場合は別として、咄家になってしまうというのは、本人にとって屈辱以外の何者でもない。

 

つまり、この学校に通っているということは『売れている売れていないに関わらず』、事務所にとって『商品価値がある』ことを示しており、生徒にとっては、それがステータスでもあるのだ

 

 

 

蛇足ではあるが、現在は中等部と高等部があり、それぞれ『芸能科』『普通科』の2コースに別れている。

一説によると『咄家の受け皿』として普通科は設けられた…とも言われているが、今は学費を自己負担すれば、一般人も入学出来る。

 

 

 

芸能科のカリキュラムは、専門的な技術の取得…という部分が、発声や演技、ダンスや音楽へと変化している。

 

そして普通科においても、希望すれば、作詞や作曲、脚本や照明、音響などのイロハを学ぶことができる。

 

この辺りは、普通科と言いながら、他校と差別化が図られている。

 

 

 

 

 

兎にも角にも、綾乃がこの学校の芸能科に通う為には、その『条件(資格)』が必要なのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~浅倉さくら~

 

 

 

 

「よく来たね」

 

永井のオフィスを訪れた綾乃は、その本人によって出迎えられた。

 

受付を抜け、エレベータに乗り、彼らが仕事をするフロアにたどり着くと、応接室に通された。

 

お世辞にも綺麗とも広いとも言えない。

 

「ここは業者との打合せスペースみたいなもんだからね」

 

永井はトレーにコーヒーを乗せると、自ら運んできて

「経費節減!今時の編集長はお茶出しもやるんだよ」

そう言って笑った。

 

 

 

ほどなくして、綾乃の母…久美子も合流。

 

オフィスの近くで早目のランチをしたあと、3人は…とある芸能事務所へと向かった。

 

 

 

「ご無沙汰してます」

 

年配の女性…社長の『原』に、まず頭を下げたのは久美子だった。

 

「まさか、あなたの娘さんを連れてくるとはね…」

 

女社長は苦笑いをして、3人を応接室に通した。

 

永井のオフィスのそれとは違い、清潔感溢れる部屋だった。

 

 

 

原の事務所…『飛鳥プロ』…は業界でも老舗として知られている。

 

所属タレントは決して多いとは言えない。

 

しかし俳優から、歌手、芸人まで、いわゆる大御所と呼ばれるクラスが揃っていて、それぞれが司会、ボケ、ツッコミなどが出来ることから『キャスティングに困ったら、まず飛鳥プロ』と言われている。

 

 

 

久美子はモデル時代、この飛鳥プロに所属していた。

 

 

 

「それがねぇ…突然『結婚します!』って、辞めちゃうんだもの…」

 

「その節は色々とご面倒をお掛けしました…」

 

「まだ『順番を守った』からマシだけれど」

 

「はい、すみません…」

 

久美子は平身低頭だ。

 

「順番?」

 

綾乃が不用意に呟く。

 

「わかるだろ?いわゆる『デキ婚ではなかった』…ということだ」

 

「あっ…」

 

永井の説明に綾乃が頷いた。

 

「私は古い人間でね…『時代が変わった』…と言われればそれまでかも知れないけど、どうしても『節操がない』って思っちゃうのよ…あっ!初対面なのにこんな話しちゃって」

 

「いえ…原社長、そこなんですよ!」

と永井。

 

「先にお伝えしました通り、彼女に関しては、業界のあちこちから問い合わせがありました。その中で敢えてこちらを選んだのは…ここがどこよりも礼節…礼儀作法を重んじる事務所だからです」

 

「ふふふ…永井くん、つまりそれは単に古臭いってことでしょ?」

 

「まぁ、そうですかねぇ。でも私も藤さんも、この一択しかなかった」

 

「はい。単に私の古巣だから…ではなく、それが娘にとって必要だと思ったからです。私も…今は、曲がりなりにもファッション誌の編集長をしてますから、わかるんです…今の娘たちが、いかに、だらしないか…ってことが」

 

久美子は眉間にシワを寄せた。

 

「そうねぇ…だから、うちの事務所は若い子がいないのよ…。みんな逃げていっちゃうの…」

 

 

 

「いるじゃないですか!…『浅倉さくら』が…」

 

永井の声が一段、大きくなった。

 

 

 

「えぇ、彼女だけね…」

 

「そこに、この藤綾乃が加わる…。社長にとっても、悪い話ではないと思いますよ。…語弊があるかも知れませんが、飛鳥プロのタレントさんは、平均年齢が高い。ある程度若い世代を入れて新陳代謝を図らないと、この先、厳しいんじゃないかと…」

 

「あら、なかなか商売上手じゃない…」

 

「偶然にも、彼女とさくらは同い年ですし…良きライバル、良き仲間になるかと…」

 

「…さくらにもヒアリングしたんでしょ?…」

 

「…ははは、さすがお見通しで…。もし、そうなれば『歓迎します』と…」

 

「でしょうね…」

 

どうやら永井は、綾乃が『良い返事をすることを前提に』水面下で色々と動いていたようだ。

 

「まぁ…これだけの逸材をよそに持っていかれるのは、癪だし…ありがたく、このお話をいただくわ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし!まだ、本人の意思確認が終わってないわ…あなたはどうなの、綾乃さん?恐らくあなたが思っているほど、楽な世界ではないわよ。…この世界で、この事務所でやっていく覚悟はある?」

 

 

 

「は、はい!!私、幼い頃からやってきたバレーボールを捨ててきました!」

 

綾乃はやおら立ち上がると、直立不動で話し始めた。

 

「私は母が現役だった頃は、もちろんリアルタイムでは知りません。ですが、その頃の写真とか見たことがあります。自分の母親ながら、すごく綺麗で…ずっと憧れてました…」

 

「初めて聴いたわ…」

 

母の久美子が、横で赤面する。

 

「今回、このお話をいただいて…迷いに迷いましたが…最後は母のようになりたい!って強く思いました!」

 

「綾ちゃん…」

 

「ですから、もし雇っていただけるなら、どんな苦労も耐えてみせますので、どうぞ、よろしくお願いします!」

 

 

 

「蛙の子は蛙ね…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「あなたのお母さんもそうだった。初めてここに来た時も、結婚するって言った時も、まっすぐで力強くて…今、その時のことを思い出したわ」

 

「社長…イヤだ、恥ずかしい…」

 

「わかりました!綾乃さんは、うちで預かりましょう!」

 

 

 

「あ、ありがとうござます!」

 

綾乃と久美子…そして永井は、揃って頭を下げた。

 

 

 

「あ、そういえば…さくら、今、事務所にいるんじゃないかしら?」

 

「はい。実はその時間を狙って、ここにお伺いしました。このあと、うちのスタジオで撮影があるので…」

 

「うふふ…抜け目ないわね…そうね、ちょっと待っててちょうだい」

 

社長の原は、内線を使ってさくらを呼び出す。

 

 

 

ドアがノックされると、社長が返事をした。

 

 

 

「失礼します」

 

部屋に入ってきたのは、紛れもなく浅倉さくら本人だった。

 

学校から来たのだろうか、制服を身に着けていた。

 

 

 

…この人が、小中学生の憧れの的!…

 

…『J-BEAT』のエース!…

 

…やっぱり可愛い!…

 

 

 

背の高さは山下弘美と同じくらい。

 

童顔であるため、制服を着ていなければ、小学生と見間違うかも知れない。

 

 

 

「さくら…話は聴いていると思うけど…」

 

「藤綾乃です!よろしくお願いします!」

 

「浅倉さくらです。こちらこそ、よろしくね」

 

「はい!」

 

「…同い年とは言え、この娘は素人だ。悪いが色々、面倒見てやってくれ」

 

「はい!…えっと、永井さん…藤さんの学校は?」

 

「これから転入手続きをする…。ゲー校だ」

 

「なら、クラスメイトにもなるんですね…。藤さん、最初は色々大変だけど負けないでね!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

こうして綾乃の『モデルへの道』がスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~Project A~

 

 

 

 

「『さくら』と『あや』で…『サクラーヤ』はどうだろう?」

 

「『安さ爆発』っすか?家電量販店じゃないんですから」

 

「ダメか?」

 

「ダメっす!」

 

「じゃあ『桜藤(さくらふじ)』…」

 

「関取みたいですね…」

 

「編集長のネーミングセンスは古いですよ」

 

「そうか?」

 

永井の発言は、ことごとく若いスタッフに却下され、頭を掻いた。

 

 

 

永井は、綾乃の写真を見た時から『J-BEAT』での、モデル採用を検討していた。

 

その過程において、想定外の出来事はあったものの、結果として、その想いは成就した。

 

 

 

そして、その時から考えていたこと…。

 

 

 

それが、浅倉さくらと藤綾乃でコンビを組ませることだった。

 

 

 

『J-BEAT』はローティーン…小学校高学年から中学生を対象にしたファッション情報誌。

 

浅倉さくらは、そのJ-BEATにおいて、人気・実力とも誰もが認める絶対的エースだ。

 

その彼女も中学2年生となり、5年目のシーズンを迎えた。

 

中学の卒業は、すなわちJ-BEATの卒業でもある。

 

つまり、残りは2年。

 

彼女の人気は揺るぎないものではあるが、最後にもう一度、爆発させる為の推進力が欲しかった。

 

 

 

その起爆剤。

 

 

 

それが藤綾乃だった。

 

 

 

相反するふたつの個性を合わせることで、お互いの長所を際立たせる。

 

このふたりなら、それができると永井は直感していた。

 

 

 

 

綾乃のデビューは極秘裏に計画が進められた。

 

 

 

次号は5月発売。

 

いささか間が悪い。

 

だからこそ、いかにインパクトを与えられるかが、大きな課題だ。

 

 

 

社内では綾乃のデビューに向け、特別チームが設けられ、その計画は『Project A』と名付けられた。

 

 

 

冒頭の会話は、その一場面だ。

 

 

 

綾乃は本名ではなく『AYA』という表記で活動することになった。

 

ファッションコンセプトは『Cool』。

 

大人びた雰囲気を、全面に押し出していく戦略である。

 

 

 

そしてコンビ名は『C.A.2』に決まった。

 

『キャッツ』と読む。

 

 

 

弾ける明るさが魅力の『CuteなAsakura』。

 

落ち着いた雰囲気漂う『CoolなAYA』。

 

2人のC.A…そんな意味だ。

 

 

 

ちなみに綾乃は…明るくない訳じゃない…が、前回の撮影時、緊張や恥ずかしさのあまり、上手く笑えず、少し怒ったような顔で写ってしまった。

 

ところが「その媚びない感じがいい」と評価されるのだから、世の中、何がどう転ぶかわからないものである。

 

…ということで『AYA』は『綾乃』とは真逆のキャラ設定となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸々の手続きが終わり、綾乃はゲー校への転入初日を迎える。

 

4月も既に4週目に入っていた。

 

GWも目前だ。

 

 

 

…なんて中途半端なタイミング…

 

 

 

新しい制服に袖を通しながら、綾乃は思わず笑ってしまった。

 

そして、鏡の前でポーズを決める。

 

 

 

…モデル…か…

 

 

 

既に何パターンか撮影を済ましているものの、実感が沸かない。

 

自分がモデルになった…ということも、不思議でたまらなかった。

 

 

 

 

 

学校に着く。

 

久美子は「一緒に行こうか?」と言っていたが、断った。

 

親としては心配なのだろうが、入学式でもないし、それくらい、ひとりで充分だ。

 

 

 

職員室に行き、挨拶をする。

 

担任から「ホームルームで紹介するから」…と、そこで座って待っているよう指示された。

 

 

 

そしてチャイムが鳴る。

 

綾乃は、担任とともに教室へと入った。

 

 

 

綾乃のクラスは全部で40人弱。

 

うち、1/4は欠席している。

 

仕事で休みなのか、サボりなのかはわからない。

 

男女の構成比、ほぼ半々。

 

TVや雑誌で見たことがある顔も、数人いた。

 

 

 

「今日から新しい仲間が加わる。藤綾乃くんだ」

 

「はじめまして、藤です。よろしくお願いします」

綾乃が頭を下げると、まばらな拍手が返ってきた。

 

どうやら歓迎されているムードではなかった。

 

 

 

事前にさくらから聴いた話によれば『ゲー校に入学』イコール『ライバルが増える』ということらしい。

 

活動するジャンルが被る、被らない…は、ある意味、死活問題なのだという。

 

 

 

まばらな拍手の理由はそこにある。

 

つまり綾乃の存在は、自分にとってプラスかマイナスか…まだ、その見極めができていない状況。

 

 

 

「確か藤は…浅倉と同じ事務所だったな…」

 

「はい」

 

 

 

その一言に教室内がザワついた。

 

それで、浅倉さくらが、このクラスでも一目置かれた存在であろうことは、なんとなくわかる。

 

 

 

「浅倉、隣の席、空いてったっけ?」

 

「大柴くんですけど…今日は休みです」

 

「そっか。じゃあ、今日はそこに座っておいて」

 

 

 

…そんな、いい加減な…

 

 

 

綾乃は、口から出掛かった言葉を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~興味津々~

 

 

 

 

「おはよう」

 

席に着いた綾乃に、さくらが声を掛けた。

 

「おはようございます」

 

「綾乃、学校じゃ私に敬語使わなくていいわよ」

 

「えっ?あ、でも…」

 

「このクラスの中では、上も下もないの。変に譲(へ)り下ると『バカ』が付け上がるから、気を付けた方がいいわ」

 

 

 

…バカ?…

 

 

 

綾乃は、さくらの口から突然そんな言葉が飛び出してくるとは思わず、一瞬、面食らった。

 

「ほら、さっそく来たわよ…」

 

さくらは綾乃の顔を見ず、独り言のように囁いた。

 

 

 

「えっと…藤さん…って言ったかしら?」

 

綾乃の元へとやって来たのは…体格の良い女子。

 

背はそれほど高くないが『横幅がある』為、そう見える。

 

「はい、藤綾乃です。今日からよろしくお願いします」

 

「役者?モデル?」

 

「私…ですか?」

 

J-BEATの5月号が発売されるまで、専属モデルになったことは、極秘である。

 

「えっ?あぁ…いや、まだ、その…」

 

「ふ~ん、まぁ、何かわからないことがあったら、言いなさい。色々教えてあげるから」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

綾乃は席を立って礼をした。

 

 

 

「今の、誰だか知ってる?」

 

さくらは正面を向いたまま、綾乃に問い掛ける。

 

「それが…その…見たことがあるような、無いような…」

 

「芸名『島崎 涼子』…本名『島崎 圭』…」

 

「あっ!…」

 

「わかった?昔は天才子役として有名だったけど…最近見ないでしょ?」

 

「ちょっとイメージが…」

 

「かなり…でしょ?不摂生なのか、病気か遺伝なのかは…知らないけど、太ったからね…彼女…」

 

「はぁ…」

 

「事務所は路線変更…コメディエンヌ的な役にシフトしようとしてるんだけど…。もう、昔のようにはいかないのに、本人が認めないのよね…。プライドが高いというか、なんというか」

 

「そうなんですか?」

 

「それに輪を掛けて、下手に芸歴が長いから、全員を『下』に見てるの。…『何かあったら、いいなさい』…なんて真に受けちゃダメよ」

 

 

 

…なるほど…

 

…そういうこと…

 

 

 

「圭だけじゃ…あ、ここでは全員本名で呼ぶから、涼子じゃなくて、圭って言うんだけど…そういうの、多いから」

 

「わかりました」

 

「ほら、そこは『わかった』でいいよ」

 

「あ…うん…わかった!」

 

「はい、良くできました」

 

さくらは、綾乃にウインクして、右の親指を立てた。

 

「さっきも言ったけど、みんな同い年なんだから、売れてる・売れてない、芸歴が長い・短いは関係ないハズなのにねぇ…結構、意識しまくりなの」

 

「はぁ…」

 

「私は事務所の方針で『学業優先』だから、ほとんど欠席しないのね…あぁ、綾乃も社長から言われてると思うけど」

 

「うん…言われた…」

 

まだ少しぎこちないが、綾乃は敬語を使わずに返事した。

 

「そういう例外を除いて、毎日学校に来ている子は…売れてない…って、見られるわけ」

 

「そっか…」

 

「仕事が無ければ、事務所をクビになる格率も高くなるでしょ?そういう状態の人を『前座さん』って呼ぶの。…で、確定しちゃった人は『真打ち』」

 

先に説明した落後者…咄家から派生した言葉だろう。

 

「私も聴いた話だけど、中1で40人が入ったとするでしょ?高3で最後まで残るのは、半分らしいわよ」

 

「半分?」

 

「そう。…確かに、このクラスも1年で3人辞めてるし…」

 

「そうなんだ…」

 

「そういう意味じゃ圭は今、前座さん。位置的には際どいところにいる」

 

「あの人でも?」

 

「シビアな世界でしょ?」

 

「うん…」

 

「だから、綾乃が入ってきたことに対し、嫉妬してるし、その半面バカにもしてる」

 

「嫉妬?」

 

「今、このタイミングで入ってきた…ってことは、綾乃が期待されてる…『これからの人』ってことでしょ?…下り坂の圭にしてみれば、羨ましくて仕方ないわよ」

 

「バカにしてる…っていうのは?」

 

「綾乃が無名で、実績も無いから…」

 

「それは、しょうがないなぁ…実際、その通りだし」

 

「恐らく、他の子たちも、そう思ってる…。そして、注目もしてる。興味津々であなたを見てるわ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「もしかしたら、今月のJ-BEATに、あなたが載ってた…って気付いた子がいるかも知れないけど…誰も専属モデルになったなんて知らない。それがわかった時、どう出るか…」

 

「どう出るか?」

 

「冷静でいられるか、いられないか…人間性が…まぁ、そのうちわかるわ…」

 

「人間性…」

 

「私だって、信用したらイケないかもよ」

 

 

 

そう言った時のさくらの目付きが、あまりに鋭くて、綾乃は少しドキリとした。

 

 

 

「なぁんてね…」

 

さくらは悪戯っぽく笑った。

 

 

 

…モデルの時の笑顔…

 

…でも、その裏には、きっと人知れぬ苦労がある…

 

 

 

綾乃は、さくらの表情を見て、改めてこの世界でやっていくことの厳しさを知った。

 

 

 

「そう言えば、さっき、学校じゃ本名で呼ぶ…って言ってたよね?」

 

「うん」

 

「浅倉さくら…って、本名だったの?」

 

「今さら?」

 

「あ、そうなんだ…」

 

 

 

…ダジャレじゃなかったんだ…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ときどきμ's ~中2の穂乃果、海未、ことり~

参照

#82486
Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~

第29話
ともだち(真姫編)その11 ~真姫ママ~





 

 

 

 

「なに見てるの?」

 

「あ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん。J-BEATの最新号だよ」

 

 

 

GW明けの某中学校の…とある教室…の休み時間…。

 

南ことりの元に、高坂穂乃果と園田海未がやって来た。

 

 

 

2人は、ことりが熱心に見入る雑誌を覗き込む。

 

「本当にことりは、そういう本、好きですね」

 

「確か…その中に、ことりちゃんの親戚がいるんだよね?」

 

「うん。浅倉さくらちゃんは、お母さんのお父さんの、お父さんの、弟の、子供の…」

 

「あはは…遠いねぇ…」

 

「えへへ…だから会ったことはないんだけど」

 

「でしょうね…」

 

「それよりも、今月号はすごいんだよ!」

 

「なにがです?」

 

「ほら、この人!」

 

ことりはジャ~ンと自分で効果音を付けながら、開いたページを見せる。

 

 

 

「!」

 

「!」

 

 

 

穂乃果も海未も、そこに載っているモデルの姿を見て、ハッと息を呑んだ。

 

「綺麗な人ですね…」

 

「…だねぇ…」

 

「やっぱり、そう思うでしょ?この人、ことりたちと同じ、中学2年生なんだって」

 

「そうなのですか?随分と大人っぽく見えますね」

 

「この人ね…先月号は『素人さん』として写真が載ってたの。でも、それが今月号から『専属モデル』になったんだよ!」

 

「おお!それって、シンデレラストーリーだよね?」

 

「そうですね。その話が本当なら『見初められた』ということでしょうか」

 

「相変わらず、海未ちゃんは難しい言葉を使うね…」

 

穂乃果は頭を掻いた。

 

「『AYA』って名前なんだよ」

 

「ちょっとさ、雰囲気が海未ちゃんぽくない?」

 

「どこがですか?」

 

「冷たさそうなところ?」

 

「私は冷たくありません!」

 

「穂乃果ちゃん、冷たいんじゃなくて『cool』…カッコいい!って言うんだよ」

 

「そう!それ!」

 

「本当にわかっているのですか?」

 

「わ、わかってるよぅ…」

 

「でも、海未ちゃんに似合いそうなファッションだよね?」

 

「そうですか?」

 

「ことりちゃんはさ、こういう服、着てみたい?」

 

「着てみたいけど…それより『作ってみたい!』かな?」

 

「デザイナー?」

 

「うん!可愛い服、カッコいい服、あんなのや、こんなの…みんなが見て、喜んでもらえるような洋服を作ってみたい!」

 

「デザイナーになることが夢なのですね?」

 

「ことりちゃんはスタイルいいから、モデルさんでもイケるんじゃない?」

 

「ムリだよ!人前に出るのとか…苦手だし…」

 

「とか言って…将来、芸能人に、なってたりして」

 

「そういう穂乃果ちゃんは?」

 

「私?」

 

「穂乃果ちゃんは、何になりたいの?」

 

 

 

「パン屋さん!」

 

 

 

「小学生ですか!」

 

「なんでよう…」

 

「穂乃果の実家は、和菓子屋さんなんですよ!その娘が、なぜパン屋なのですか」

 

「だから、イヤなの。お饅頭はもう飽きた」

 

「贅沢です」

 

「だったら、海未ちゃんが穂むらの跡取りになればいいじゃん!」

 

 

 

 

「はい!」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「そっか。海未ちゃんが穂乃果ちゃんと結婚すれば、なれるんじゃないかな?」

 

「こ、ことりは何を言い出すんですか!?なぜ私が穂乃果と結婚しなければならないのですか!」

 

「海未ちゃん、慌てすぎ…」

 

「仮に穂乃果が男の人だとしても、それは絶対にイヤです!」

 

「そんな、海未ちゃん…全否定しなくても」

 

「こんなにいい加減な人と、一生連れ添うなど…とても耐えられません…」

 

「そうかな?意外とお似合いのカップルだと思うんだけどなぁ」

 

ことりは、ふたりの様子を見て、ニッコリと笑う。

 

「まぁ、跡取りの話は別として…」

 

「ことりがおかしなことを言うからです…」

 

「ごめんね…。それで海未ちゃんは、何になりたいの?」

 

「私ですか?私は…」

 

「詩人でしょ?」

 

「違います!!」

 

穂乃果の言葉を、速攻で否定する海未。

 

「街でゴザ敷いて『あなたにピッタリの詩を書きます』みたいな」

 

「いるね、ベレー帽被って…」

 

「しません!!ことりまで乗らないでください!」

 

「それじゃ、あの詩はいつ披露するのさ?」

 

「ですから、あれは趣味で書いたもので…あぁ、穂乃果だけには見つかりたくありませんでした…」

 

「それで?詩人じゃないとすると…」

 

「私は…」

 

「わかった!オリンピック出場だ!」

 

「オリンピックに弓道はありません!!」

 

「あるじゃん!」

 

「あれはアーチェリーです。弓道とは似て非なるものです!」

 

「そっか…」

 

「穂乃果ちゃん、それじゃあ、全然話が進まないよ…」

 

「もういいです…」

 

「ごめん、ごめん…。真面目に聴くから…」

 

「私は…私は、いつまでも3人仲良くいられたらいいな…と思います」

 

「え~…それは夢じゃないじゃん!」

 

「ですが…と言いますか、将来どんなことがしたいのか…まだ、漠然としていて…。考古学者などの研究者になりたい…と思ってはいるのですが…」

 

「海未ちゃん、頭良いもんね!海未ちゃんならなれるよ」

 

「ことり…ありがとうございます」

 

「考古学者って…インディジョーンズのこと?」

 

 

 

「穂乃果…どこかに消えてください…」

 

 

 

「うぅ…どうして、こんなに対応が違うのさ…」

 

穂乃果は、ことりに涙目で訴えた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~アフターはギターの調べ~

 

 

 

 

GW明けのゲー校…。

 

 

 

登校した綾乃の挨拶に、クラスメイトが応える。

 

だが、その胸中は十人十色。

 

 

 

羨望の目で眺める者。

 

嫉妬で対抗心を剥き出しにする者。

 

敢えて無関心を装う者もいる。

 

 

 

「綾乃、おはよう!」

 

「おはよう、さくら!」

 

「ふふふ…」

 

「どうしたの?」

 

「周りの顔を見ればわかるでしょ…みんな相当衝撃を受けてるわよ。『Project A』は大成功だったみたい」

 

「…なんか騙してたみたいで、ちょっと心苦しいけど…」

 

「まぁ、この世界は狐と狸の化かし合い…喰うか喰われるか…だからね。特にあなたを『格下』と見ていた連中にとっては、気分が悪いんじゃない?」

 

「はぁ…」

 

「さて、噂をすれば…来るわよ…ボスが…」

 

さくらの目線の先には、島崎圭がいた。

 

「おはよう、藤さん!いや『AYAさん』と言った方がいいかしら」

 

「おはようござ…」

 

「いきなり専属モデルとは…なかなか面白いことをしてくれるわね?」

 

「はぁ…そうですか…」

 

「浅倉も!」

 

「なにか?」

 

「しらばっくれて!」

 

「なに怒ってるのよ?」

 

「ふん!ドッグだかキャッツだか知らないけど、せいぜい頑張ることね。あなたみたいな『ポッっ出』がやっていけるほど、この世界は甘くないんだから」

 

「はい…ご忠告ありがとうございます」

 

「…まぁ、これで立場が逆転したなんて、考えないことね!」

 

 

 

「『お圭!』」

 

さくらの大きな声を出したので、クラスメイトの視線がすべて集まった。

 

 

 

「なによ、浅倉!?」

 

「いい加減にしたら?別に仲良くしろ…とは言わないけど、そうやって先輩風吹かせて、あ~だこ~だはどうかと思うんだけどねぇ」

 

「あんたこそ、カリスマモデルとか言われて、調子に乗ってるんじゃないわよ!」

 

「はい、はい…。『前座さん』で焦ってるかも知れないけど、人に当たるのは良くないなぁ。まずは自分の心配をしたら?」

 

「弱小事務所が、吠えるんじゃないわよ!」

 

「この際だから、ハッキリ言っておくわ。学校の中じゃ、芸歴の長い短いは関係ないから。もちろん事務所の大小もね」

 

「くっ…」

 

 

 

「ホームルーム、始まるわよ」

 

さくらに促され、圭は舌打ちをしてから、席に戻っていった。

 

 

 

「どうかした?」

 

さくらは自分の顔をボーッと見ている綾乃に、声を掛けた。

 

「さくらって、強いんだね…」

 

「そう?多かれ少なかれ、この世界にいる子は、みんなそうだと思うよ。ただ、その主張すべきポイントがどこかは、人それぞれ違うんだろうけど」

 

「前々から、島崎さんはあんな感じ?」

 

「まぁね…。『四天王』って言われてる私が、毎日登校するのが目障りなんじゃない?」

 

 

「四天王?」

 

 

「『J事務所』のジュニア…『田中 成臣』、『Aファクトリー』の15期生で将来のセンター候補…『小野 ルカ』、…そして二世俳優の『井原 龍太』」

 

「名前は聴いたことあるかも…3人とも、まだ会ったことがないけど」

 

「一週間に一度、顔を出すか出さないかだからねぇ」

 

「それだけ忙しい…ってこと?」

 

「まぁ、そうね…で、その3人と…私を含めて四天王…って呼ばれてるの。私はその呼び名、好きじゃないけど」

 

「それと島崎さんの話はどう繋がるの?」

 

「前にもは言ったけど、無駄に芸歴だけ長くて…子役時代からチヤホヤされてきたから、なんでも思い通りにならないと、気が済まないのよ。それなのに自分よりも『後輩』が活躍するから、許せないわけ」

 

「はぁ…」

 

「それで、毎日学校に来てる私を標的に…。目障りで仕方ないのよ」

 

「なるほど…他の3人は学校にいないから…ってことか…」

 

「そこにあなたが加わったものだから…」

 

「それは心中穏やかじゃないわね…」

 

「いつになったら、目を醒ますのやら…」

 

 

 

さくらも綾乃も、事務所の方針が学業優先であるため、平日に休むことは、あまりない。

 

そもそも、2人ともモデル一本なので、そこまで忙しくない。

 

撮影は都内近郊で行われる為、泊まりもないし、土日…いや、放課後でも充分こと足りる。

 

それ故、さくらは知名度のわりには、出席率が異様に高いのだ。

 

 

 

「それより『アフター』は、何を受けるか決めた?」

 

「うん、それなんだけど…永井さんの勧めもあって『ギター』を習おうかと…」

 

「へぇ…そっちに行ったか…」

 

 

 

『アフター』とは、一般の学校でいうなら『部活』のことである。

 

ただし、ここはゲー校。

 

通常授業にも発声やダンスは組み込まれているが、アフターでは、専属のインストラクターから、徹底的な指導が受けることができる。

 

コースは演技、歌、ダンス、楽器の4つ。

 

『部活』である為『入部』は自由だが、仕事の忙しさとアフターへの参加は反比例となる。

 

逆に言えば、さくらのように時間に融通が利く者は、レクチャーを受けない手はないのだ。

 

 

 

中学を卒業したら、J-BEATでのモデル活動は終わる。

 

そのあとは、その上の年齢層をターゲットにした『Super-J』に『昇格』するのが規定路線。

 

だが、さくらは将来、女優になることを見据え、アフターは演技を選んだ。

 

モデルとしてのキャリアも長くなり、表情を造ることに対しては、得意と言えた。

 

それは、つまり感情を表現するということ。

 

さくらは

「私は運動音痴だし、リズム感もないから…消去法で残ったのが演技」

と綾乃に説明したが、芝居をすることが、もっとも自分を活かせると感じていた。

 

 

 

一方、綾乃は…

 

 

 

スポーツをしていただけあって、リズム感はいい。

 

もちろん運動神経は抜群だ。

 

しかし…敢えてダンスではなく…楽器を選択した。

 

 

 

「ギターが弾ける…というのは、この世界で生きていくうえで、大きなストロングポイントになる」

 

「さくらとは違う路線を歩んだ方がいい」

と永井のアドバイス等を受け入れた格好だ。

 

 

 

確かに自分でも、人前で演技をする柄じゃない…とは思っている。

 

楽器は…ピアノ、ドラムという選択肢もあったが「ギターなら持ち運べる=どこでも練習できる」ということで、そうなった。

 

 

 

ゼロからのスタートだったが、去年一年間、黙々とレシーブとトスアップばかりしていたことを考えれば、反復練習もそれほど苦ではない。

 

 

 

永井が綾乃にギターを勧めた、もうひとつの理由。

 

 

 

それは…

 

 

 

「左利きのギタリストは、目立つ!カッコいい!」

だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~かのんと萌絵~

 

 

 

 

季節は巡り、春。

 

 

 

綾乃は中学3年生となる。

 

 

 

進級とともに、4名のクラスメイトが姿を消した。

 

その中には、J事務所の田中成臣の名前もあった。

 

表向きは一身上の都合により…となっているが、実際は素行不良…飲酒、喫煙…が原因で解雇された…というのが、もっぱらの噂だ。

 

まさか、中学生で…と思うが、芸能界というところは、そういうことが起こりうる世界らしい。

 

 

 

「調子に乗ってるからよ!」

 

無事(?)進級した島崎圭は、田中の退学を聴き、そう言い放った。

 

 

 

だが、一般社会に比べれば、比較にならないほど、甘い誘惑が多いのは事実であろう。

 

当然、綾乃もさくらも、社長から耳にタコができるほど「絶対にやってはならない」と指導を受けているが…それでも、明日は我が身と、毎日、心の中で唱えている。

 

 

 

 

 

さくらが女優デビューに向かって着々と準備を進める一方、綾乃も次の活動についての戦略が練られていた。

 

それはJ-BEAT編集部から出向してきた『菊原』が主導となって行い『Project A2』と名付けられたが、今はまだ、公にはできない。

 

極秘計画だった。

 

 

 

 

 

綾乃は、この4月から大きく変わったことがふたつある。

 

 

 

ひとつは後輩ができたこと。

 

高齢化の進む事務所が、若返りを図るべく、新人2名を採用したのだ。

 

 

 

名前は『阿部 かのん』と『鈴木 萌絵』。

 

どちらも中学2年生…綾乃とさくらのひとつ下になる。

 

 

 

 

 

阿部かのんは秋田県出身。

 

身長は161cm。

 

幼い頃から民謡で鍛えたノドを武器に、地元ではコンテスト荒しとして、名を馳せていた。

 

性格はおっとりしているが、自らのセールスポイントは、雪国育ちの白い肌と、自称『Eカップ』という豊かなバストと語る。

 

ただし、それはあくまでも見た目の話で、歌には絶対の自信を持っていた。

 

 

 

 

 

一方、鈴木萌絵は大阪出身。

 

身長は158cm。

 

こちらも地元では有名な、カラオケクイーンだ。

 

かのんが柔であれば、萌絵は剛。

 

パワフルな歌声が特徴だ。

 

父親は千葉、母親が山梨出身とのことで…いわゆる、ステレオタイプの関西人ではないが…ボケもツッコミもできる明るいキャラである。

 

 

 

萌絵も、かのんほどではないが胸が大きい。

 

 

 

綾乃とさくらはともに『B』…。

 

2人は

「まぁ、胸が大きいモデルはいないから…」

と励まし合っているらしい。

 

確かに、読者である女子には、そういう体形は好まれない。

 

 

 

だが、かのんと萌絵は…

 

 

 

まだ、あどけなさは残るが、将来はグラビアアイドルとして、十分やっていけそうなルックス、スタイルである。

 

 

 

しかし、本人たちには、そういう意識はない。

 

ともに(偶然ではあるが)外見優先のアイドルとしてスカウトされた事務所を、断っていた。

 

敢えて飛鳥プロを選んだのは、自分達の実力を認めてくれたからだ。

 

 

 

ふたりのCDデビューは、まだ先。

 

どのようなジャンルで、どうするかは…未定。

 

いや、決まっているが、まだは明かせない。

 

今は「歌の上手い中学生」という位置付けである。

 

 

 

地方出身の2人は、社長宅で下宿することになった。

 

都会に不案内な彼女たちをサポートするのは、綾乃とさくら。

 

どちらも独りっ子である為「妹ができたようだ」と喜んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~駆け抜けた一年~



今話は、超ダイジェストでお送りします。





 

 

 

 

J-BEAT編集部が仕掛けた『Project A』は、目論み通りの成果をあげる。

 

さくらとAYAのファッションコンセプトを明確にしたことにより、ふたりの個性が際立ち『C.A.2』の人気は爆発する。

 

さくらを真似する少女を『サクラー』、AYAを真似する少女は『AYA-X(アヤックス)』と呼ばれ、そのファッションは社会現象となった。

 

 

 

それでもふたりは、その人気に傲ることはない。

 

事務所の方針によるところが大きいのだが、授業の出席率も高く、ともに成績も悪くない。

 

何があっても、常に中立。

 

そんな様子に…最初は綾乃と距離を置いていたクラスメイトも、夏を迎える頃には自然に接するようになっていた。

 

島崎圭は相変わらずだったが、それでも、さくらや綾乃に絡んでくることは、さすがにない。

 

どうやらそれは、得策ではない…と判断したようだ。

 

 

 

いつしか綾乃は四天王と並び称され、同じ時期にブレークし始めた男子2人とともに(合計7人は)『ななつ星』と呼ばれるまでになった。

 

 

 

 

 

先述した通り、ゲー校は中等部、高等部があり、それぞれ芸能科、普通科に別れている。

 

しかし両科の行き来はできない。

 

校舎は同じ敷地内にあるが、その間はフェンスによって完全に分断されている。

 

これは普通科に通う生徒による(芸能科の生徒への)盗撮やストーカー行為を防止する為…と言われている。

 

 

 

その替わり、芸能科の中等部と高等部は、カフェテリア…いわゆる学食…を挟んで建屋が繋がっており、昼食時は中高生関係なく、同じスペースで時間が共有できる。

 

そういったことから、綾乃はさくらに紹介されるなどして、モデル仲間の先輩と交流を持つようになった。

 

事務所は別だが、プライベートでも親しくなり、放課後一緒に食事をしたり、映画に行ったり…ということも増えた。

 

モデルとして、まったくの素人だった綾乃には、こうした遊びも含めて、何もかもが新鮮であり、勉強となった。

 

その経験は確実にモデルの仕事にフィードバックされ…特に『感性』が高められ、単に『Cool』と言うだけでなく、その中でも強弱や明暗を付けることができるようになっていた。

 

 

 

こうして綾乃は、表参道で撮影された『写真』から始まった激動の一年を終える。

 

 

それは、これまでバレーボール一筋で、脇目も振らず練習してきた綾乃にとって、公私とも充実した一年だった。

 

 

 

 

 

浅倉さくらは、中学卒業後に女優デビューする計画の為、着々とその準備を重ねていた。

 

事務所の社長…原も、もちろん本人も…話題ありき、ルックスありきの仕事など望んでいない。

 

やるからには実力で勝負!

 

だから、今の人気にあやかり、数々のドラマ出演のオファーがあっても『時期尚早』…とすべて断っている。

 

中学の残り一年はモデル業に専念し、学校の『アフター』などで、しっかりとした演技力を身に付ける…そう思っていた。

 

「売り時を逃すのでは?」と言う声もあったが、焦って失敗すれば、そのレッテルは一生付いてまわる。

 

挽回するのは容易ではない。

 

 

 

あと一年。

 

 

 

さくらは、再び開花の時を待つ。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~fútbol de salón~

 

 

 

 

綾乃に起きた、もうひとつの変化。

 

 

 

それは…

 

 

 

『フットサル』を始めたことだった。

 

 

誘ったのは、別の事務所のモデルで、ゲー校高等部3年の『山瀬 寧々』。

 

 

 

2000年代初頭は、Jリーグのバックアップもあり(アイドルを中心とした)芸能人女子のフットサルが花盛りであった。

 

合計10チームほどが参加し、リーグ戦も行われていた。

 

較べて今は…その頃ほどの盛り上がりはない。

 

それでも事務所の垣根を越えて、数チームが存在している。

 

 

 

寧々から誘われたのは「バレーボールをしていた」と、何かの拍子に話したのがきっかけだった。

 

 

 

「フットサル…ですか?」

 

「体力余ってるなら、ちょっと顔出してみない?」

 

「えっと…バレーボールなら、そこそこ自信ありますが、それ以外の球技はあまり…」

 

「いいのよ。最初から上手い人なんていないし」

 

「まぁ、それはそうですけど…」

 

「フットサルって、1チーム5人でやるスポーツ…って知ってる?」

 

「なんとなくは…」

 

「これが…コートが小さいから…って、舐めちゃいけないの!意外とハードで…交代選手がいないとキツイ、キツイ…。だから、ひとりでも仲間は多い方がいいのよ…どう?」

 

「…はぁ…わかりました…そういうことなら。でも、本当に期待しないでくださいね…」

 

 

 

綾乃は一年間(授業でダンスなどはあるものの)スポーツとは無縁の生活を送ってきた。

 

もちろん、その期間はこれまで体験したことがない、とても充実した時間だった。

 

しかし、長らく…自らを鍛えて、ライバルと競い合い、戦いに挑んできた身である。

 

少なからず…物足りなさ…みたいなものがあった。

 

離れてみてわかる。

 

 

 

…やっぱり、バレーボールが好きだったんだな…

 

 

 

そんな時に舞い込んできたフットサルの話。

 

 

 

競技はまったく違うが、身体を動かすことは悪くない。

 

むしろバレーボールだと、逆に本気を出しづらい。

 

明らかに『引かれる』。

 

そういう意味からすれば、ゼロからのスタートは、自分に新鮮な刺激を与えてくれるのではないか。

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迎えた初練習の日。

 

フットサル場には、既に10名ほどが集まっていた。

 

全員、20代前半までのモデル仲間。

 

半分くらいは面識があったが、残りの半分は「初めまして」だった。

 

 

 

指導は元Jリーガーの『石井』という男性コーチが行う。

 

 

 

準備運動を済ませると、早速ボールを使った練習に入る。

 

 

 

まずはパイロンを並べて、スラロームしながらのドリブル。

 

足でボールを扱うことが初めての綾乃。

 

コントロールが覚束ない。

 

大きく蹴りすぎたり、パイロンにぶつかったりして、なかなかスムーズに前に進まない。

 

ただ、周りを見ると、半分はそんな感じであった為、少しだけホッとした。

 

 

 

次は2人一組になってのパス交換。

 

しっかりボールを止めて、インサイドキックでボールを転がして、相手にパスする。

 

距離も短く、比較的簡単な練習なのだが、ここでも綾乃は苦戦する。

 

トラップができない。

 

来たボールは足をすり抜けていき、何度も後ろに走った。

 

 

 

さすがにこれはショックだったようだ。

 

 

 

…ここまで、酷いとは…

 

 

 

「はぁ…」と大きく溜め息をつく。

 

 

 

しかし、簡単になんでも上手くいったら面白くはない。

 

下手ということは『伸び代』があるということ。

 

練習をすれば、それだけ、成果が出る。

 

そう思うと、落ち込んではいられなかった。

 

 

 

 

そして次はシュート練習。

 

フットサルはサッカーに較べて、コートもゴールも小さい為、シュートはゴール前でのテクニックが重視される。

 

いかに『ゴレイロ(キーパー)の隙を突いてシュートを撃てるか』…が、勝敗のカギとなる。

 

しかし、それは上級者の話。

 

素人同然の彼女たちには、まず『いかに正確にゴールの枠内にボールを蹴れるか』が求められる。

 

 

 

コーチの石井に『シュートするポイント』を教わった綾乃は、転がってきたボールを、ダイレクトで思いきり蹴った。

 

 

 

「おぉ!」

 

 

 

メンバーが、そのボールの軌道にどよめく。

 

綾乃が振り抜いた右足は、タイミング良くボールを捉え、ライナーでゴールへと飛んでいった。

 

思わずゴレイロ役を務めるコーチの石井も

「ナイ(ス)シュー(ト)」

と声を掛けた。

 

 

 

ここまで『いいとこなし』だった綾乃。

 

しかし、このシュート練習では人が変わったように、低く、鋭い軌道でボールが枠に飛んでいく。

 

 

 

そういえば、綾乃は小学生時代、バレーボールでスーパーエースだった。

 

トスをスパイクするのと…転がってきたボールをシュートをするのと…どこか合い通じるところがあるのだろう。

 

フィーリング?

 

タイミング?

 

言葉では表現できないが、身体が勝手に反応しているのを、綾乃自身が感じていた。

 

 

 

 

 

「あの…次、左で蹴ってもいいですか?」

 

綾乃はしばし、自分が左利きだということを忘れていた。

 

ボールを蹴ること自体、ほぼ初めてに近い状態であった為、周りを見ながらそうしていたら、知らず知らずに右足を使っていた。

 

なんとなくやりづらさを感じていたのだが…ふと、気付く。

 

 

 

…そうだ、私、左利きだったんだ…

 

 

 

…あれ?でも、足にも『右利き』『左利き』ってあるのかしら?…

 

 

 

そんなことを考えながら、訊いたのが、さっきの言葉。

 

 

 

もちろん、石井はダメだとは言わない。

 

 

 

 

 

そして、不用意にOKしたそのセリフが、悲劇を招く。

 

 

 

 

 

「いくよ!」

 

コロコロ…

 

バシッ!

 

どすっ!

 

「ごほっ!」

 

「コーチ!」

 

「…う…ぁ…ぅう…」

 

「大丈夫ですか!!」

 

「…タ…マ…が…ダメ…かも…」

 

「コーチ…」

 

 

 

 

 

何が起こったのかと言うと…

 

 

 

綾乃が左足で放ったシュート。

 

それは、先ほどまでとは桁違いの速さで、ボールが飛んでいき…

 

不意を突かれた石井の急所に直撃した。

 

 

 

いや、その球筋を目で追ってしまい、避け損なったと言うのが正しいかもしれない。

 

 

 

地を這うような…という言葉があるが、まさにそれ。

 

最後は少しホップしていた。

 

なかなか女子では見ることのできない、凄い一撃だった。

 

 

 

…ひょっとして、俺は、とんでもない『化け物』を見つけたんじゃないだろうか…

 

 

 

石井は、股間を押さえ踞(うずくま)りながらも、そんなことが脳裏に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ときどきμ's ~絵里、希、にこの自己紹介~

 

 

 

 

「絢瀬絵里です。趣味は…特にありません。今のところ、入りたい部活とかはありません。これから、探してみます…」

 

それが、のちに音ノ木坂の生徒会長となる…絢瀬絵里…の自己紹介だった。

 

 

 

 

 

4月。

 

 

 

 

この年の音ノ木坂の新入生は、約100人。

例年より、50名ほど少ない。

 

伝統ある学校なのだが、近くにできたUTX学園に人気を奪われているのが原因だ。

 

 

 

 

 

入学式が終わり、ホームルーム。

 

担任から自己紹介するよう指示があった。

 

出席番号(五十音)順で…ということになり、最初に挨拶したのが絵里だった。

 

 

 

…絢瀬さん…か…

 

…綺麗な人だな…

 

 

 

同じクラスになった…東條希…は、絵里に見惚れていた。

 

いや、他のクラスメイトもそうだった。

 

 

 

無理もない。

 

実際、絵里は新入生100名の中で、一際目立っていた。

 

それは『誰もが羨む美貌の持ち主』だからに他ならない。

 

長い手足、完璧なスタイル、碧色の瞳…そして金色に輝く長い髪…。

 

一目で『異国の血』が流れていることがわかる。

 

 

 

ただし、見た目の華やかさと違い、どこか…人を寄せ付けない…そんな雰囲気があった。

 

それは先程の自己紹介にも表れていた。

 

「私にあまり関わらないで…」

 

希には、そう聴こえた。

 

 

 

…ひょっとして、私に似てるかも…

 

 

 

彼女の姿を横目で眺めながら、希はそんなことを思っていた。

 

 

 

ほどなくして、自己紹介は希の番になったが、ボーッと絵里を見ていたので、そのことに気付かない。

 

「東條さん?」

 

担任に名前を呼ばれて、ようやく我に返った。

 

「あ、すみません…私ですね」

 

慌てて立ち上がり、前に進む。

 

 

 

「東條希です。希望の『希』と書いて『のぞみ』と読みます。趣味は読書と…占いです。入りたい部活は…まだ決めてないです…。宜しくお願いします」

 

 

 

恐らく、周りのクラスメイトの倍はしてきたであろう自己紹介。

 

それでも、特に気の利いたことも言えず、淡々と挨拶してしまったことに、終わってから自己嫌悪に陥った。

 

 

 

…あぁ、高校に入ったら積極的にならなきゃ…って思ってたのに…

 

 

 

席に戻って、軽く頭を抱えた。

 

 

 

 

 

希の父は有能な人物で、仕事で大きなプロジェクトが企画されると、その立ち上げ部隊の一員として、現地へと駆り出された。

 

その影響で、希はこれまで5回ほど引っ越している。

 

東京で生まれ、北海道、オーストラリア、奈良、栃木と移り住み、昨年東京に戻ってきた。

 

その父と母は、この春からタイへ。

 

 

 

しかし希は日本に残った。

 

 

 

タイには数々のパワースポットが存在する為(スピリチュアルな世界に興味がある希にとって)『魅惑の地』であることは間違いなかったが「そろそろ落ち着きたいな…」と考え、親元から離れることを選択したのだ。

 

 

 

そういう事情から、希には『幼馴染み』や『古くからの友人』と呼べる人がいない。

 

なにせ、数年もすると、その土地を離れてしまうのである。

 

「また会おうね!」などと約束しても、現実は厳しい。

 

なかなか、そうはならない。

 

 

 

そんなことが解り始めてから、意識的に『友達を作ること』を避けていた。

 

付き合いをまったくしない…ということではない。

 

ただ『親友』と呼ぶような仲間は、不要と考えていた。

 

 

 

…どうせ、すぐに別れちゃうんだし…

 

 

 

だから自ら誘って『何かをしよう』などとは思ったことはなく、ひとり静かに本を読むことが、彼女にとっての日常だった。

 

 

 

 

心境に変化が起きたのは、父のタイ行きが決まった…半年前…のこと。

 

 

 

国内の転居ならいざ知らず、今からタイと言われても…という感じだった。

 

向こうでの生活に不安がある。

 

何年後に帰国するかわからないのも、心配だった。

 

既に受ける高校も決めている。

 

もう、そろそろ落ち着いてもいいのではないか…と思った。

 

 

 

そして…『親離れ』したい時期でもあった。

 

 

 

結局、無理を言って国内に残り、ひとり暮らしをすることを、希は選ぶ。

 

 

 

 

 

そうなると…

 

 

 

 

 

友達のひとりやふたり、居てもいいのではないか…と思うようになった。

 

いや、居たほうがいい。

 

 

 

…このまま『親友』という存在ができないまま、大人になるのは寂しすぎる…

 

 

 

高校進学を機に、自分を変えよう!

 

 

 

それが希の決意だった。

 

 

 

 

 

…見つけた…

 

…私と同じ『匂い』のひと…

 

…自分の殻に閉じ籠って、他人にスキを見せないひと…

 

…絢瀬絵里…

 

…きっとあの人となら仲良くなれる…

 

…きっと…

 

 

 

そして、この日から希の…絵里に対する『ストーカー行為』が始まるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後は…矢澤さん」

 

「は~い」

 

担任に名前を呼ばれた少女は、明るく返事をした。

 

「みなさ~ん、こんにちは~。矢澤にこです!一個じゃなくて、にこ。『ニコニー』って呼んでね!将来の夢は、宇宙No.1アイドルになることです!応援ヨロシクね!ニコッ!」

 

 

 

…最後の最後に、凄いキャラが残ってたわ…

 

…ちっちゃいけど…頭、悪そうだけど…ハートは強そうね…

 

…気持ちを強く持つこと…それは、見習わないと…

 

 

 

 

それが東條希の、矢澤にこに対する第一印象だった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~勝利の女神vs関西の女神~

 

 

 

 

夏。

 

 

 

さくらと綾乃のふたり…『C.A.2』…の仕事は順調だった。

 

さすがに『サクラー』『AYA-x』といったファッションの、爆発的なブームは落ち着きを見せている。

 

それでも、J-BEATの発行部数は落ちることなく、むしろ増加していた。

 

ちょうど海外でも日本の『カワイイ』が注目され始め、その追い風にも乗ったと言える。

 

 

 

さくらはJ-BEAT卒業後の女優デビューを目指し、着々と準備を進めていた。

 

こちらは綾乃の『Project A2』に対して『S.M.A.P(Sakura model→actress project)』と呼ばれている。

 

 

 

もちろん綾乃も、その日に向けて『特訓』を続けていた。

 

 

 

 

 

そんな中、綾乃はフットサルの試合に出場することになる。

 

芸能界の女子8チーム集まっての総当たり戦。

 

関西と九州からも、それぞれ1チームずつ参加した。

 

 

 

数年後には正式に『日本女子フットサルリーグ』が開幕する。

 

人気が下火になりつつあった女子のフットサルを盛り上げようと、久々に開かれた大きな大会だった。

 

 

 

綾乃は…フットサルを始めてから、わずか3ヶ月足らずで、チームの主力選手になっていた。

 

元来、運動神経はいい綾乃。

 

初めは足でボールを扱うことに苦戦していたが『左足』を使うことを覚えてからは、もの凄い勢いで上達していった。

 

もちろん本人の努力もある。

 

家に帰ってからリフティングや、足の裏でボールをコントロールするなど、影ながら練習を重ねてきた。

 

その結果、先輩たちを差し置いて、レギュラーに抜擢されたのである。

 

 

 

フットサルとサッカーでは、コートやボールの大きさ、接触プレーの禁止など、数多くの相違点がある。

 

しかし、一番わかり易いのは、5人でプレーすることだろう。

 

ポジションは『ゴレイロ』『フィクソ(もしくは『ベッキ』)』『アラ』『ピヴォ』と呼び、それぞれサッカーで言うところの『GK』『DF』『MF』『FW』に当たる。

 

綾乃が任されたのは、右のアラ。

 

コーチの石井は、綾乃の左足にある期待を持っていた。

 

その為の起用。

 

 

 

 

 

大会は横浜にあるアリーナで行われた。

 

綾乃たち有名モデルや、アイドル、お笑い芸人が一同に会すること…入場料が安価なこと…抽選で豪華景品があたること…などの理由により、会場は満席となった。

 

 

 

綾乃たちの初戦は関西のチーム。

 

芸人が主体となっているが、プレーは真面目で、歴史もある強豪だ。

 

この大会のオープニングゲームでもある。

 

 

 

多くの業界関係者とファンが見守る中、綾乃たち『Deusa da vitória(デウーサ ダ ヴィットーリア)』と関西芸人チーム『Kami-Goddess(カミガッダス)』…ともに『女神』を名乗るチーム同士の試合が始まった。

 

 

 

だが、開始早々アクシデント発生。

 

 

 

相手チームのゴレイロが倒れこんだのは、ホイッスルが鳴ってすぐのことだった…。

 

 

 

なぜか。

 

 

 

中盤でパスを受けた綾乃が、左足を振り抜く。

 

 

 

その瞬間…

 

 

 

おぉ…という、どよめきが会場から起きた。

 

観戦していた関係者たちも、思わず声をあげる。

 

 

 

綾乃の左足から放たれたボールは、低い弾道でゴールに一直線に向かい…

 

 

 

相手ゴレイロの顔面を捉える…。

 

 

 

そのこぼれ球を山瀬寧々が冷静に押し込み、ゴールネットを揺らした…。

 

 

 

Ddv(デウーサ ダ ヴィットーリア)先制!

 

 

 

「なんだ、今のシュートは…」

 

「日向小次郎のタイガーショットだ!」

 

「いや、松山光のイーグルショットだろ!」

 

「いずれにしても、あんなシュート見たことない…」

 

ざわめく観客たち。

 

 

 

「名付けて『キャノン砲』…いや『K-アヤノ(ん)砲』…」

 

ベンチで石井が呟いた。

 

 

 

うまい!と言いたいところだが、Kの意味は不明…。

 

 

 

 

 

狙い通りだった。

 

 

 

練習で綾乃のシュート力を…まさに『身をもって』体感した石井は、この戦法でイケると踏んでいた。

 

ゴールを決めたのは寧々だったが、ほぼ綾乃の得点と言っていい。

 

 

 

フットサルではあり得ない…セオリーを無視した、掟破りのミドルシュート。

 

コートの狭いフットサルでは『人口密度』が高い為、遠目からシュートを打っても(敵味方関係なく)ボールがブロックされてしまう可能性が高い。

 

しかし綾乃は、長年ウィングスパイカーとして培ってきた『コースを見極める目』…つまり、どこにスパイクを打てばよいのか…を瞬時に判断できる能力…を持っていた。

 

それが、ここでも活かされる。

 

漫画に「ゴールが見えたらシュートを打て」という有名な台詞があるが、綾乃の場合は「コースが見えたらシュートを打て」だった。

 

 

 

仮にシュート自体が決まらなくても、枠に飛べば、そのこぼれ球を狙うことが出来る。

 

そういう意味では、さっきの先制点は理想的な展開だった。

 

 

 

綾乃をアラ(MF)に置いた理由はミドルが打てることだが、もうひとつ。

 

ピヴォ(FW)に置いた場合、至近距離からのシュートは、あまりに危険…そう判断したからだ。

 

 

 

それでも…

 

 

 

「あのキーパー…立ち上がれないけど、大丈夫か?」

 

「バカ!知らないのか?フットサルじゃ、キーパーじゃなくてゴレイロって言うんだぜ」

 

「どっちでもいいよ…あ、担架が運ばれてきた…」

 

「モロ、顔面いったもんな」

 

「かわいそうに…」

 

 

 

…ということで、Kami-Goddessは早くも選手交替を余儀なくされる。

 

 

 

負傷退場した選手が出てしまったことは本意でなかったが、これで綾乃たちは完全にゲームを支配した。

 

 

 

あんなシュートを見せられれば、当然、綾乃へのマークは厳しくなる。

 

逆を言えば、他の選手へのマークが甘くなるということ。

 

綾乃にパスが渡れば、シュートを狙うフリ…フェイントをして、ボールを叩(はた)く。

 

こうして自由にボール回しながら、ポイントゲッターである寧々が、ゴールを狙っていく。

 

それこそが石井の意図するところだった。

 

 

 

 

結局、この試合は6-0で完封勝ちを納める。

 

綾乃の放ったシュートは、初めの1本。

 

得点はゼロ。

 

アシストは1。

 

 

 

しかし結果以上に強いインパクトを残したことは間違いなかった。

 

 

 

たった1試合…いや試合開始1分でAYAこと藤綾乃は、フットサル界において、一躍注目の人となったのである。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ときどきμ's ~花陽と凛の夢~

 

 

 

 

8チームの総当たりで行われる、今回のフットサル大会。

 

初日は4試合戦い、綾乃たち『Deusa da vitória(デウーサ ダ ヴィットーリア)』は、3勝1分で終えた。

 

 

 

注目の綾乃はここまで、ノーゴール。

 

どこのチームも『K-アヤノ(ん)砲』…あれを見せられたら、マークが厳しくならざるを得ない。

 

 

 

それでもシュートを打つチャンスはあった。

 

シュートフェイントを多用し、ゲームメイクに徹した格好になったが…実際は、初戦で相手ゴレイロを負傷退場させてしまったことが頭にちらつき、ミドルを打つのに躊躇してしまった…というのが実情だ。

 

その辺りはコーチの石井も察したようで、試合後、綾乃は何やらアドバイスを受けた。

 

 

 

初日が終わり、その負傷退場した選手…芸人の『山田ベニ子』を見舞った。

 

検査の結果、脳には異常が見られなかったとのことで、一安心する。

 

 

 

ただし、前歯は1本欠けたらしい。

 

「まぁ、これはこれでネタになるから。気にせんときぃ」

と芸人らしい言葉をもらい、綾乃はその気遣いに感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大会2日目。

 

 

 

5試合目となるこの試合で、綾乃の左足が爆発する。

 

 

 

シュートフェイントから、パス。

 

そのまま前に抜け出し、リターンを受け、左足を軽く振り抜く。

 

ボールはゴレイロの脇をすり抜け、ネットを揺らした。

 

実際は力を抜いたコントロールショットなのだが、相手ゴレイロが身構えて、身体を硬直させてしまう為、反応が遅れゴールを許す…という状況。

 

このパターンがはまり、綾乃は寧々とともにゴールを量産、この試合を含め、3試合で8ゴールをあげる。

 

チームは5勝1敗1分で優勝。

 

得点王こそ寧々に譲ったが、綾乃の存在感は十分で、関係者にもファンにも、その姿を焼き付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それをスタンドで観戦していたのは…

 

 

 

中学2年生の『小泉花陽』と『星空凛』だった。

 

 

 

花陽はフットサルには興味はなかったが、無料で複数のアイドルが見られるとあって、親友の凛を誘って足を運んでいた。

 

目当てのアイドルが登場する度、嬉々としてはしゃぎ、こと細かにその解説をする花陽。

 

 

 

一歩間違えれば『ウザい』と感じてしまうところだが、凛はそんな彼女が、愛おしかった。

 

 

 

「かよちん、アイドルを語ってる時は、本当にイキイキしてるにゃ」

 

「あ、つい夢中に…。ごめんね…付き合わせちゃって…」

 

「ううん、大丈夫だよ。凛、スポーツ観るの好きだし。だけど、それよりも、かよちんの嬉しそうな顔を見るのは、もっと好きなんだにゃ」

 

「…ありがとう。凛ちゃんは本当に優しいね」

 

「違うにゃ!かよちんの優しさには敵わないにゃ」

 

「え~凛ちゃんの方が…」

 

花陽はそこまで言いかけて「あっ!…」と、自分の手で口を塞いだ。

 

毎回毎回、同じやり取りをしていることに気付き

「また、いつもの繰り返しになっちゃうね」

と、凛とふたりで笑った。

 

 

 

「それにしても、アイドルって大変なんだね。ただ可愛いだけじゃなくて、こんなこともするんだ…」

 

「うん。一口にアイドルって言っても、数えきれないくらいいるからね。可愛いとか、歌やダンスが上手とかはもちろんだけど、何か特徴がないと生き残れない、厳しい世界なんだよ」

 

「そうなんだ…。凛ね、かよちんがアイドルになったら、またここから応援するね!」

 

「えっ?…花陽が…アイドル?…いやいや、それは…」

 

「ならないの?」

 

「確かに昔はなりたかったけど…花陽じゃ、アイドルなんてなれないもん。可愛くないし、太ってるし、人見知りだし、運動神経ないし…」

 

「かよちん!!そんなこと言うと、凛は怒るよ!」

 

「…ご、ごめん…でも本当のことだから…」

 

「そう思ってるのは、かよちんだけにゃ」

 

「凛ちゃん…」

 

「凛はね、かよちんがアイドルになったら、いっぱい、いっぱい応援するんだから!」

 

「…うん、ありがとう…。あ、でも凛ちゃんは?」

 

「にゃ?」

 

「凛ちゃんは何になりたいの?」

 

「凛のなりたいもの?…う~ん…ラーメン屋さんかな?」

 

「あははは…相変わらずだね」

 

「…ちょっとバカにしてるでしょ?」

 

「そんなことないよ。凛ちゃんの作ったラーメンなら、絶対に美味しいもん!」

 

「まだインスタントしか作れないけどね…」

 

「これからだよ。だって、道具とかなんにも揃えてないんだから…」

 

「そうにゃ!さすが、かよちん!凛の言いたいことが、わかってるぅ」

 

「ふふふ…。あっ!あのね、凛ちゃん。花陽、このサッカー見てて思ったの…。凛ちゃんこそ、アイドルになればいいんだよ」

 

 

 

「…かよちん?」

 

 

 

凛は花陽の額に、自分の手をかざした。

 

 

 

「何してるの?」

 

「熱はないにゃ…」

 

「えっ?」

 

「だって、凛がアイドルなんて…かよちん、突然おかしなこと言いだすんだもん」

 

「おかしくないよ。凛ちゃん、運動神経抜群だから、きっと、ダンスだってすぐに覚えちゃうし…それに、ほら、みんなアイドルって、ちっちゃくて可愛い娘ばっかりだし…」

 

「ちっちゃいのは認めるけど、可愛いくはないにゃ」

 

「そんなこと言うと、今度は花陽が怒るよ!」

 

「かよちん…」

 

「凛ちゃんは絶対に可愛いよ」

 

「そんなこと言うのは、かよちんだけにゃ…」

 

「もう、なんでみんな、凛ちゃんの可愛さをわからないんだろう」

 

「別にいいにゃ。凛はかよちんが可愛いって言ってくれれば、それでいいにゃ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「でも、アイドルの話は別として、これはやってみたいにゃ!」

 

「サッカー?」

 

「フットサルにゃ」

 

「そう、それ…。凛ちゃんだったら、バンバン点、獲っちゃうよね」

 

「当たり前にゃ!スピードなら負けないにゃ!」

 

「そうだよね!」

 

「でも…」

 

「ん?」

 

「あの人はちょっと違うかも…」

 

「あの人?」

 

「あの、ちょっと背が高くて、スラッとしてる人」

 

花陽は凛が指差す方向を見た。

 

「あ、モデルのAYAさんだね」

 

「あの人が…」

 

「そうだよ。J-BEATのトップモデル…さくらとAYA…C.A.2の…」

 

「初めて見たにゃ…」

 

「凛ちゃんも、たまには読んでみようよ!浅倉さくらさんのファッションとか、似合うと思うんだけど…」

 

「凛はいいにゃ…自分の服は自分で決めるにゃ」

 

「まだ、スカートのことを気にしてるの?う~ん、もう何年も前の話なんだから、いい加減忘れようよ…」

 

「かよちんは『女の子』だから、凛の気持ちはわからないにゃ…」

 

「また、そういうことを言う…。あ、それよりAYAさんがどうかしたの?」

 

「えっ?あぁ、あの人、凄くスリムだけど、メチャメチャ『バネ』があるな…って思って」

 

「バネ?」

 

「凛にはわかるんだ。あの人、タダもんじゃないにゃ。絶対に何かスポーツやってたにゃ。凛はあの人と対決してみたいにゃ」

 

「へぇ…」

 

 

 

…あとで調べておこう…

 

 

 

アイドルオタクの花陽でも、モデルまではカバーしていないようだ。

 

 

 

 

 

「じゃあね、凛ちゃん。また明日…」

 

「うん、かよちん!バイバ~イ」

 

 

 

観戦が終わって家路に着いた、花陽と凛。

 

夏休み期間中の為、明日は学校ではないが、一緒に図書館に行く約束をして別れた。

 

 

 

…凛が…アイドル?…

 

 

 

手を振って花陽を見送ったあと、凛は歩きながら、ひとり呟いた。

 

 

 

…にゃ、にゃ…

 

…あり得ないにゃ…

 

…かよちんのバカ!…

 

…凛がアイドルなんて…

 

 

 

…アイドルか…

 

…大勢の前で歌って踊るのって、どんな感じなんだろう…

 

 

 

凛はフリフリの衣装を身に付けてステージに立つ自分を、想像した。

 

しかし、それをすぐに消去する。

 

 

 

…それは凛だって、女の子らしくしてみたいよ…

 

…可愛いカッコとかしてみたいよ…

 

…でもね、無理なんだ…

 

…それはかよちんが一番知ってるでしょ…

 

 

 

…だけど…

 

 

 

 

 

気が付くと凛は、コンビニに寄り、J-BEATを買っていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ときどきμ's ~真姫の葛藤~

 

 

 

 

秋。

 

 

 

『西木野真姫』は放課後の音楽室でピアノを奏でていた。

 

それに聴き惚れるのは、数人のクラスメイト。

 

 

 

真姫が曲を弾き終わると、拍手が起こった。

 

 

 

「やっぱり、いつ聴いても素晴らしいわ」

 

「そう?」

 

「もう、せっかく誉めてるんだから、少しくらいは喜びなさいよう。まったく無愛想なんだから…」

 

「別に、誉めてくれなんて頼んでないし…」

 

「まぁ、そういう媚びないところが真姫らしい…って言えばそうなんだけど」

 

クラスメイトのひとりはそう言って笑った。

 

「ねぇ、それで将来は音大に進むの?医大に進むの?」

 

「えっ?あなたたちには関係ないでしょ」

 

「でもねぇ…興味あるじゃない。医者の娘で、お金持ちで、容姿端麗で、頭脳明晰…ピアノも上手…こんな絵に描いたお嬢様が、将来どうなるのか、気にならないわけがないわ」

 

「何年かしたら、美人女医とか言われて、TVに出てるかもね」

 

「やめてよ。私は外見だけで判断されるのキライなんだから…」

 

「それじゃ、高校はどうするの?」

 

「高校?」

 

「ほら、そろそろ志望校考えなきゃ…でしょ?受験までは、まだあと一年あるけど、そろそろ進路指導もあるし…」

 

「私は音ノ木坂に行く予定…」

 

 

 

「音ノ木坂!?」

 

そこにいた全員が、揃って声を上げた。

 

 

 

「そんなに驚くこと?」

 

真姫は少し不満げな表情。

 

 

 

「えっ!あ…いや…てっきり私立のお嬢様学校みたいなところに行くのかと…」

 

「ママ…母がね、あそこは由緒正しい伝統校だから、礼儀作法も身に付くし…って、やたらに推すの。まぁ、勉強は家庭教師に教えてもらってるから、私は別に、高校なんてどこでもいいんだけど…」

 

「でもさぁ、音ノ木坂って『危ない』って噂でしょ?」

 

「そうそう!年々、入学希望者が減ってて、あと何年かしたら廃校になる…って聴いたことある」

 

「来年廃校になるわけじゃないんでしょ?」

 

真姫は興味ない…と言った口調。

 

それを受けて

「廃校にしたところで、あれだけの場所に、あれだけの土地を放置しておくわけにはいかないから『買い手』が付くまでは存続せざるを得ない…とは聴いてるけど…」

と、その中のひとりが言う。

 

「近くにUTXとかできたしね」

 

「パンフ見たぁ?凄くカッコいいよねぇ」

 

「私はあんまり、好きじゃない」

 

そう言うと、真姫はスッと立ち上がり

「じゃあ、帰るから…」

と部屋を出た。

 

「えっ?ま、真姫?」

 

突然のことに戸惑うクラスメイトたち。

 

 

 

だが…

 

 

 

「いつものことって言えば、いつものことだけど…」

 

「ホント、気分屋なんだから…」

 

「根は悪い人じゃないんだけどね…」

 

「コミュ障ってやつ?」

 

「なのかな…」

 

…などと言われていた。

 

 

 

 

 

真姫は…いつからかだろうか…自分の立場について、葛藤していた。

 

 

 

医者の娘として生まれ、何ひとつ不自由なく暮らしてきた。

 

それどころか、質、量とも有り余る物を与えられてきた。

 

 

 

しかし、ある時、ふと気付く。

 

それが『普通ではない』ことを。

 

 

 

そして、それは親が築いた地位や財産によるものであり、自分の力ではないことを。

 

 

 

確かに高価なものを身に付けてはいるが、それをひけらかすつもりはないし、自慢もしない。

 

「それ高いんでしょ?」なんて言われても、自分が誉められてるわけではない。

 

それよりも頭の良さとか、ピアノの上手さとか、自分の才能や実力を認めてほしい。

 

お金だけの人間と思われたくない。

 

 

 

そんな警戒心から、自分の心にバリアを張って生きてきた。

 

できれば、静かにしていたい。

 

 

 

友達は欲しいと思っている。

 

でも、うわべだけの友達ならいらない。

 

医者の娘などという『ラベル』を無視して、付き合ってくれる友達。

 

 

 

いる…。

 

いない…。

 

 

 

真姫はいつも、それで悩んでいた。

 

そして、相手にそんなつもりはなくても、ついつい、冷めた態度をとってしまい、あとあと自己嫌悪に陥るのだった。

 

 

 

…もっと、素直にならなくちゃ…

 

 

 

それは永遠の課題なのである。

 

 

 

 

 

父親の仕事上、似たような環境の子供と会うことがあるが、誰も彼も『見栄の張り合い』で、正直ウンザリしていた。

 

UTXに進学する生徒は、みんな、そういう人ばかりだと、真姫は勝手に思い込んでいる。

 

 

 

音ノ木坂に進学しようとしているのは、決して母親が推しているからだけではない。

 

なんの柵(しがらみ)のない、穏便な学校生活が送れるハズ…。

 

そう考えたからだ。

 

 

 

しかし…

 

 

 

つい親に甘えてしまう自分。

 

それを否定したい自分。

 

そのアンビバレントな心情が、真姫を苦しめていた。

 

 

 

それはまた『医者になるという規定路線』と『音楽を続けたい』という相反するふたつの気持ちに、どう決着を着けるかという戦いでもあった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~仮面ライダーと覆面シンガー~

 

 

 

 

例年よりも暖かかった冬が終わり、季節は春へと移り変わる。

 

 

 

3月は卒業のシーズン。

 

 

 

ふたりは「また、いつか会いましょう」とJ-BEATの誌面で読者に別れを告げた。

 

 

 

 

 

綾乃もさくらも無事に事務所との契約更新をして、来月から高等部に進むことが決まった。

 

 

 

しかし、ふたりとも、その上位誌にあたるSuper-Jのレギュラーモデルは務めない。

 

 

 

先述している通り、さくらは女優へ転身する。

 

事務所が水面下で進めてきた『S.M.A.P』が奏効し、すでに何本かドラマや映画の出演が決まっていた。

 

その初めの一歩は、清涼飲料水のCM出演だ。

 

さくらは、卒業してすぐ…4月を待たずに撮影の為、海外へと旅立った。

 

 

 

 

 

そして4月…。

 

 

 

 

 

新年度に合わせて、彼女が起用された清涼飲料水のCM流される。

 

いまや、浅倉さくらの名を知らない人はいない。

 

しかし、これまでモデル活動に専念していた為『動くさくら』を見るのは新鮮だった。

 

 

彼女にしてみれば、満を持してのCM。

 

この日の為に、みっちりと勉強してきた。

 

その清々しくも、堂々とした演技はたちまち評判となり、まずは上々のスタートを切った。

 

 

 

 

 

時を同じくして、一際、異彩を放つCMが話題となる。

 

 

 

それはオートレースのCMだった。

 

 

 

日本の公営ギャンブルは4つある。

 

競馬、競輪、競艇…そしてオートレース。

 

以前、トップアイドルがレーサーに転向したことで話題になったが、一般的にオートレースは…4つの中で一番マイナーだと言っていい。

 

 

 

これに対して、協会が勝負に出た。

 

知名度アップと観客数増加を狙って、これまでにない大規模なプロモーション活動を展開したのだ。

 

 

 

夏には、いわゆるイケメン俳優を集めて撮影された、オートレースに懸ける男たちの映画が公開される。

 

近年の邦画は、この手の『マイナー競技』にスポットを当てるのが、ある種の流行りとなっている。

 

この映画もご多分に漏れず、内容はステレオタイプの青春ストーリーだが、素人(特に女性)の入門編としては、それで十分だと言えた。

 

 

 

併せて、CMも何パターンか作られた。

 

 

 

そのうちのひとつが『仮面ライダーたちがレースをする』というものだ。

 

サイクロンやハリケーン、クルーザーやジャングラーに跨がった昭和ライダーたちが、オートレース場でしのぎを削る…というコント仕掛けのストーリー。

 

シュールな映像が笑いを誘う。

※他にウルトラマンver.もあるが、これはもっとシュールである。

 

 

 

そして、もうひとつのパターン。

 

こちらは映画公開を意識した作りになっており、その映像が組み込まれていた。

 

 

 

ここで注目を集めたのは、そのCMで流れている曲だった。

 

 

 

女性ボーカルの美しい歌声とハーモニー。

 

熱い戦いを繰り広げる男たちの映像とは真逆の…まるで子守唄のような優しいメロディ。

 

ことさら音量が大きくなりがちのCMの中で、一瞬『時が止まった』かと錯覚するような…静かな、しかし、確実に心に溶け入る曲…。

 

 

 

歌手名も曲名も公開されていない為、放送直後から協会へ問い合わせが殺到した。

 

だが「まだ秘密です」と、その正体を明かさない。

 

いわゆる『覆面歌手』である。

 

 

 

それを受けて、すぐにネットを中心に正体探しが始まった。

 

 

 

歌声から複数いるだろうことは、容易に想像が付く。

 

では誰か?

 

 

 

現役のアーティスト?

 

往年のアイドル?

 

いやいや実は演歌歌手ではないか?

 

ボーカロイドだろ?…という意見もあった。

 

 

 

ワイドショーでは『候補』と呼ばれる歌手たちの声紋分析まで行い、正体探しは過熱の一途を辿る。

 

それはいつしか、国民の関心事となっていた。

 

 

 

CMが流されてから、半月後。

 

webでフルコーラスが公開されるが、その反響は大きく、アクセスが集中。

 

すぐにサーバーがダウンした。

※営業的戦略により、敢えて公開を打ち切ったという噂もあるが、真偽は不明。

 

 

 

そして日本中が焦れ始めた、まさにそのタイミングで、ついに協会はその正体を明かすXデーを発表した。

 

 

 

次のGW…暦的には飛び石連休の平日になる木曜日…の夕方6時から…ミニライブの形式で行うとのことだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~Xデー…その時μ'sは?~

 

 

 

 

「うわぁ!そうきたか!!」

 

協会が発表した『Xデー』について聴かされたTV局の報道デスクは 、誰しもそう思ったに違いない。

 

 

 

GW中とはいえ、暦の上では…平日…となる木曜日の夕方6時。

 

通常は、ニュースを放送している時間帯だ。

 

 

 

協会は、いまや国民の関心事となっている『覆面歌手の発表』を、敢えてこの時間にぶつけてきた。

 

しかも、単なる記者会見ではなく、本人登場でミニライブを行うという。

 

それは生中継せざるを得ない。

 

他局も同様に考えているだろう。

 

NHKがどう出るか…はわからないが、自分のところだけ録画…というわけにはいかない。

 

 

 

…となれば…

 

 

 

その時間帯における(TVの)占有率は、かなりのものになると予想される。

 

下手をすると、各局の合計視聴率は、70%とか80%を超えるかもしれない。

 

「これこそ、まさに電波ジャックだな」

 

とあるディレクターは、そう呟いた。

 

 

 

 

 

そして当日…。

 

 

 

 

 

マスコミが集められたのは、小さなライブハウスだった。

 

ステージ上には、2本のアコースティックギターと1台のキーボードが置かれている。

 

 

 

18時。

 

時間ピッタリに、進行役の男性が登場した。

 

「大変お待たせしました。それでは定時になりましたので、早速、ライブを開催させていただきます。CM曲の『風の誘惑』、そして映画『オートレーサー』の主題歌『スピードの向こうへ』の2曲です」

 

進行役の男性は、そう案内して袖に捌(は)けた。

 

 

 

 

 

入れ替わりにステージに現れたのは…

 

 

 

眼鏡を掛けた長身と…少しふっくらした色白と…小柄だがスタイルのいい…

 

 

 

3人の少女だった。

 

 

 

 

 

会場が、少しザワつく。

 

 

 

…えっ?誰だ…?

 

 

 

そんな反応。

 

 

 

しかし、一部の人間はその顔を知っているようだった。

 

 

 

彼女たちは、一列に並んで一礼すると、向かって左から長身が左利き用のギターを、色白がキーボードを、そして小柄が右利き用のギターを準備した。

 

 

 

「皆さん、こんばんわ。『夢野つばさ』です」

と長身。

 

「『水野めぐみ』です」

と色白。

 

「『星野はるか』です」

と小柄。

 

「『シルフィード』です」

 

最後は3人声を合わせて言った。

 

 

 

「それでは聴いてください。私たちシルフィードのデビュー曲…『風の誘惑』です」

 

夢野つばさの紹介で、水野めぐみがイントロを奏で始めた…。

 

 

優雅なメロディと、メインボーカルを務める水野めぐみの、やわらかい歌声が会場に流れる。

 

それはまるで、上質なクラシックコンサートを聴いていたかのような時間だった。

 

 

 

演奏が終わると、会場に詰めかけた報道陣から、期せずして拍手が起こった。

 

 

 

「ありがとうございました。それではもう一曲、お聴きください。映画の主題歌…『スピードの向こうへ』です」

 

 

 

次は一転して、星野はるかの…掻き鳴らすような激しいギターリフから始まった。

 

フラメンコを思わせる情熱的なメロディ。

 

メインボーカルの…星野はるかの力強い歌声を、夢野つばさと水野めぐみのギターとキーボードが追いかけていく。

 

疾走感溢れる曲。

 

会場の熱量が一気に上がった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ねぇ、ことりちゃん。この『夢野つばさ』ってさ、モデルの『AYA』って人じゃない?」

 

「うん。眼鏡を掛けてるけど、そうだと思う」

 

「まさか、あの歌を歌ってる人だとは思いもよりませんでしたね」

 

穂むらでTVを観ていた、穂乃果とことりと海未。

 

「華麗なる転身!っヤツだよね」

 

穂乃果は、自分のことのように興奮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん、この人、フットサルの時に見たモデルさんにゃ!」

 

「AYAさんだね!」

 

こちらは凛と花湯。

 

「カッコいいにゃ!カッコ良すぎにゃ!」

 

「うん、スゴいね、凛ちゃん!」

 

「かよちんもいつか、あんな風にステージに立てたらいいね!」

 

「花湯は無理だよ。楽器なんて出来ないし」

 

「それは、練習するにゃ!」

 

「そ、そうだけど…」

 

 

 

…あんなに堂々と人前で歌えたら、どんなに気持ちいいだろう…

 

 

 

花陽はその映像を見ながら、ステージで歌う姿を投影していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えりち、どうやった?」

 

「音楽のことはよくわからないわ…でも…」

 

「でも?」

 

「ちょっと感動したかも…」

 

 

 

「へぇ…」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「えりちにも、そういう感情があるんだ」

 

「当たり前でしょ…私だって普通の人間なんだから…」

 

「にひひ…」

 

「だから、なに?」

 

「そうやって、普段も、もう少し喜怒哀楽を出した方がいいんやない?人間なんやから…。えりちはクールすぎるんよ」

 

「よ、余計なお世話よ…」

 

絵里は希の言葉に、少し顔を赤らめて下を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にこは自宅でその様子を見ていた。

 

音ノ木坂に入学して、すぐにアイドル研究部を設立、自ら初代部長に就任した。

 

同じ趣味を持つ仲間を引き入れ『ラブリーエンジェル』を名乗り、スクールアイドル活動を始めるものの…

 

ひとりは転校してしまい、ひとりは『方向性の違い』から辞めてしまった。

 

アイドルに『なりたい』と、アイドルを『観たい』。

 

アイドルが好きには違いないが、その差は大きかった。

 

進級して、ひとり部員集めに奔走しているものの、ここまで成果なし。

 

そんなときに観たのが、この中継だった。

 

 

 

…確か…あれはモデルのAYA…

 

…ひとつ下だったハズ…

 

…浅倉さくらとならんでカリスマと呼ばれた彼女が、それに飽きたらず、新しいことに挑戦している…

 

…そうよ、落ち込んでる場合じゃないわ…

 

…アタシは諦めないわよ!…

 

…ひとりでも…

 

 

 

にこは、拳をギュッと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして真姫は…

 

 

 

我、関せず。

 

 

 

これだけの騒動にも関わらず、なんの興味も示していなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~シルフィード~

 

 

 

 

日本中の関心をさらった覆面歌手の正体…。

 

 

 

それは『夢野つばさ』『水野めぐみ』『星野はるか』の3人からなる女性…いや、少女の…『シルフィード』というグループだった。

 

 

 

NHKが生中継に踏み切ったことにより、シルフィードのライブは、関東圏内での時間帯占拠率が、実に92%を記録した。

 

制作サイドとしては『狙っていたこと』とはいえ、これだけのプロモーションを『ほぼ無料』で行えたのである。

 

その宣伝効果は計り知れなかった。

 

 

 

ライブは2曲を歌って終了。

 

特にそれ以上の会見は開かれなかった為、この時判明したのは、その姿、名前…そして彼女たちの実力だけだった。

 

視聴者としては『それで結局、誰?』と多少、不満が残ったが…しかし、すぐにネット民たちによって、その人物像が特定される。

 

 

 

何を隠そう彼女たちこそ『藤綾乃』『阿部かのん』『鈴木萌絵』の3人だった。

 

 

 

飛鳥プロが進めてきた『Project A2』。

 

それは、綾乃を歌手デビューさせること。

 

しかもアイドルではなくて、ギターの弾ける『アーティスト』として。

 

今風の言い方なら『ギタ女』である。

 

その為に、モデル活動と平行して、ギターの特訓を重ねてきた。

 

J-BEATの編集長…永井は、冗談めかして『左利きのギターリストはカッコいい!』と言っていたが、すでにこの時には計画が始まっていたのである。

 

 

 

しかし当初は、綾乃ひとり…ソロの予定だった。

 

そこに、かのんと萌絵が加入したことにより、ユニットでいくことへと変更される。

 

こうして綾乃はまる2年、かのんと萌絵は1年、デビューに向けて準備を重ねてきたのだった。

 

 

 

あくまでもシルフィードとしての3人は、夢野つばさ、水野めぐみ、星野はるかであり、年齢等は非公開。

 

しかしモデルとして活躍していた『AYA』こと綾乃の素性は、いち早くバレた。

 

眼鏡を掛けてイメチェンしたものの、やはり彼女の知名度は、他の2人よりは高かった。

 

 

 

だが…

 

 

 

これまで素人だった『かのん』と『萌絵』も、本名、年齢、出身地など、アッという間にネットにアップされていた。

 

 

 

その辺りは事務所サイドも制作サイドも、十分想定内ではあるが、今の世の中『公然の秘密』という言葉は、死語となっていると言っていい。

 

もはや、個人情報などというものは、存在しないのかもしれない。

 

 

 

 

 

実はこのことが、世の中を二分する論議となる。

 

 

 

それは、未成年(綾乃は高校1年生、かのんと萌絵は中学3年生)が(公営とはいえ)ギャンブルの『片棒』を担いで良いのか?…ということだった。

 

 

 

これに対し…

 

 

 

それとこれとは別物。

 

「そんなことを言い出したら、競馬の育成ゲームも未成年はやるな…ということになる」…という擁護派との間で、激しく意見がぶつかりあった。

 

 

 

一方、製作者側の見解はというと…

 

まず、覆面歌手としたことについては、偏見なしで楽曲の良さを知って欲しかったとのこと。

 

容姿や年齢で評価される…それは本意ではない…と。

 

ライブ形式としたのは、口パクやゴーストシンガーではない…と証明する為。

 

加工できない生歌・生演奏は、彼女たちのレベルを示す、最高の舞台だ…と述べた。

 

 

 

半分は本当で、半分は嘘だろう。

 

 

 

かのんや萌絵が飛鳥プロを選んだ理由は、そこにあった。

 

つまり、実力…歌唱力で勝負したいということ。

 

だから、そういう意味では、間違ってはいない。

 

 

 

一方、敢えて情報を出さなかったことにより、話題性を高めたのは確かである。

 

また、各局がニュースを放送する時間にぶつけてきたことも、戦略的な部分が大きいだろう。

 

 

 

 

未成年云々という議論について、コメントを出すことはなかったが、これは世論が味方する。

 

最終的には、歌詞の内容が『ギャンブルを推奨しているわけではない』との論調が多数を占めたのだった。

 

音楽を性別や年齢で差別すべきではない…との意見もあった。

 

 

 

いずれにしても、シルフィードは覆面歌手としての話題だけではなく、実力そのものが、世の中に認められた存在となる。

 

その後2枚同時にリリースされたCDはともにミリオンヒットとなり、音楽業界に新たな歴史を刻んだ。

 

それはプロモーションひとつで、大きな花を咲かせることができるという一例でもあった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~つばさ推しはM?~

 

 

 

 

シルフィードは、デビュー曲を披露した後、マスコミの前に姿を見せることなく、季節は夏になった。

 

 

 

表向きの理由としては、飛鳥プロの方針はあくまで学業優先であることが挙げられる。

 

そこは他事務所と一線を画している。

 

旬を逃せば、売り時を失う。

 

それはわかっていること。

 

しかし事務所サイドとしては『露出過多は飽きられるのも早い』と考え、ギリギリまで『次のタイミング』を窺っていた。

 

彼女たちの人気を、ブームで終わらせない為の戦略。

 

目の前の事象に囚われず、中長期的な計画だと言えた。

 

 

 

だがそれは、ある種の賭けであり、実際あまりの露出の少なさに、業界の内外から批判が出たのも事実だ。

 

放送局サイドとしては、音楽番組だけでなく、トーク番組、バラエティ番組、CM…とにかく出演さえすれば数字が取れる…という思惑が蠢き、右から左から、綱の引っ張り合いがなされた。

 

だが、事務所は頑として応じない。

 

 

 

90年代には『曲はリリースするが、TV出演はしない』という自称アーティストが数多くいた。

 

その為『歌担当』と『ビジュアル担当』『作詞作曲担当』は、それぞれ別にいる…などという都市伝説が、実(まこと)しやかに流れたこともあった。

 

大抵はすぐに消えていなくなった訳だが、当時はバブルのまっ最中。

 

パッと咲いて、パッと稼げた時代だったのである。

 

 

 

それと較べれば、手段は似てるが、目的は違う。

 

シルフィードはまだ十代半ば。

 

これからも長く活躍させる為の、戦略だった。

 

 

 

 

 

夏休みに公開された映画『オートレーサー』は事前の宣伝効果もあって、そこそこの興業成績を上げる。

 

時期を同じくして、その主題歌・挿入歌を含んだシルフィードのファーストアルバムは、これまたミリオンヒット。

 

上半期の音楽チャートは、彼女たちの独壇場となった。

 

そして、この時期に、早くも紅白出場決定の噂が流れ始める。

 

 

 

 

 

秋。

 

 

 

 

 

浅倉さくらが初主演したドラマが放送される。

 

その主題歌はシルフィードが担当した。

 

メインボーカルは夢野つばさ。

 

さくらのバーターがシルフィードなのか、シルフィードのバーターがさくらなのかはわからないが、この辺りのマネージメントは、さすが老舗芸能事務所だ。

 

 

 

綾乃とさくらは、学校では顔を合わすものの、放課後は殆ど一緒に行動することはなくなっている。

 

そういう意味では、間接的ではあるが、久々の『共演』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃の『オレ』。

 

 

 

周りはシルフィードの話題でもちきりだった。

 

既にファンは、その見た目から『夢野つばさ=美カテキョ』『水野めぐみ=フンワリお嬢』『星野はるか=愛ドール』と呼んでいる。

 

 

 

この日はオレのクラスメイトが、数人集まって、その話をしていた。

 

「高野は誰推し?」

 

「えっ?」

 

「シルフィード…」

 

「あぁ…う~ん…特に興味は…」

 

「嘘つけ」

 

「本当だよ…」

 

 

 

…顔見知りだけに『夢野つばさ』と言いたいところだが…

 

 

 

小学生の頃のオレとヤツの関係を考えれば、素直にそうは表明できなかった。

 

「オレは水野めぐみかな」

 

そばにいた友達が口を挟む。

 

「おお!さすがムッツリ!一番の巨乳だしな」

 

「年下だけど優しく包まれたいわ」

 

「わかるわぁ」

 

「え~、オレは星野はるかだな。元気いっぱいの妹って感じで、一緒にいるだけでパワーもらえそうだもん」

 

「あぁ、それな」

 

 

 

「ヤダ、ヤダ…これだから男子は…」

 

それを聞いていた女子が、茶々を入れる。

 

 

 

「なんだよ?」

 

「女子は圧倒的に、つばさ推しよね!」

 

「そうそう」

 

「モデル時代から知ってるし、どうしても肩入れしちゃうよね」

 

「カッコいいよね!まさかギター弾くなんて思ってなかったし」

 

「水野めぐみも星野はるかも、男子に媚び売ってる感が強いもんね」

 

「その点、夢野つばさはモデル時代と変わらず、クールで素敵よね」

 

「名前はダサいけど…。『AYA』の方が良かったね」

 

 

 

…おぉ!相変わらず女子人気は、高いな…

 

 

 

「つばさはないわ。デカイし、性格キツそうじゃん!」

 

「まぁ、綺麗だと思うけど…あれが好きって男は『M』だな…」

 

「だよなぁ…」

 

 

 

「あぁ!?」

 

オレは大きな声をあげてしまった。

 

 

 

「高野…突然どうした?」

 

ちょっとみんな引いている。

 

 

 

「あっ…スマン。多分だよ…多分、そんなにキツい性格じゃないんじゃないかな…」

 

 

 

…ん?なに言ってるんだ、オレ…

 

 

 

「なんで?」

 

「あ、いや、だから…なんとなくだよ…なんとなく」

 

「ひょっとして、お前、つばさ推し?」

 

「Mだった?」

 

「だから、どうしてそうなるんだよ!」

 

 

 

…ただ、知り合いが悪く言われて、腹が立っただけだよ…

 

 

 

…と思ったが、そうなのか?…

 

 

 

…それにしても…

 

 

 

 

 

ヤツがモデルになった時も驚いたが、今度はバンドかぁ…

 

追い付かねぇなぁ…

 

身長は同じくらいになったし、ユースにも選ばれるようになった。

 

けど、ヤツは常にオレの想像を越えて先に行く。

 

 

 

 

 

知らないうちに、オレはヤツに惹かれていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~茶番~

 

 

 

 

12月中旬。

 

 

 

大晦日に行われる紅白歌合戦の、出演者が発表された。

 

 

 

しかし…

 

 

 

そこにシルフィードの名前はない。

 

 

 

 

『シルフィード、紅白落選!!』

 

民放では速報が流れ、新聞は号外が出た。

 

 

 

これまでシングル4枚、アルバム1枚はすべてチャートの1位を獲得し、この年の音楽市場を席巻してきたシルフィード。

 

年末にかけて、音楽界の賞レースでは、新人賞を総なめにした。

 

しかし、授賞式に顔を出すことはなく、コメント等はビデオで済ませてきた。

 

それだけ露出が極端に少ないとあって、ファンならずとも、紅白は生で観られる滅多にないチャンスだった。

 

 

 

しかし、落選…。

 

 

 

世間の落胆の声は大きかった。

 

この日、NHKにはクレームの電話が鳴り止まなかったという。

 

 

 

 

 

だが、それは新たな憶測を生む。

 

 

 

『サプライズゲストでは?』

 

 

 

なるほど、それはあり得る話だ。

 

これまで、何かと極秘裏に動いてきたシルフィード。

 

最後まで何が起こるかわからない。

 

それが大方の意見だった。

 

 

 

さらに、その噂を裏付けるかのように…こちらも各演劇界の新人賞を総なめにした『浅倉さくら』がゲスト出演するとの情報が流れてきた。

 

シルフィードとさくら。

 

この二組はドラマで『共演』している。

 

可能性はなくはない。

 

 

 

…であるなら(就労法の関係で)21時までの前半戦に出演するハズ。

 

俄然、注目が集まる。

 

 

 

 

 

12月30日。

 

レコード大賞の新人賞を授賞。

 

だが相変わらずのビデオ出演。

 

その方針はブレない。

 

徹底している。

 

 

 

 

 

そして迎えた大晦日。

 

19時に紅白歌合戦の放送が始まった。

 

ステージに彼女たちの姿は…やはりない。

 

 

 

番組は淡々と進み、1時間が経過…。

 

「それでは、ここでスペシャルゲストの登場です!」

 

総合司会者がそうアナウンスすると、会場のボルテージは一気に高まった。

 

 

 

「あの『国民的アニメキャラ』が紅白の為に…」

 

 

 

その瞬間「あぁ~…」という声が響く。

 

ブーイングこそ起きなかったものの、かつて登場してこれほど残念がられたゲストがいただろうか…。

 

 

 

会場も、視聴者もジリジリしながら時が過ぎるのを待つ。

 

だが、一向にその気配がない。

 

 

 

諦めムードが漂い始めた20時50分…。

 

 

 

ここで再び司会者が、ゲストを呼びんだ。

 

 

 

浅倉さくらだった。

 

 

 

これは!

 

 

 

一気にボルテージが高まる。

 

さくらへの歓声も大きかったが、この時ばかりは、どうしてもその先の展開への期待の方が大きいように感じられた。

 

 

 

NHKらしく当たり障りのない…つまらないやりとりが交わされる。

 

「…ところで、さくらさんはモデルさんから女優さんへと転身されて、大変なご活躍だったわけですが、ご出演されたドラマの主題歌を、お友達が歌われたとのことで…」

 

「はい」

 

「…呼んで頂けないでしょうかね?」

 

「えっ?今ですか?…」

 

「無理ですか?」

 

「応えてくれるかな…やるだけやってみましょう…『つばさ~』『めぐみ~』『はるか~』」

 

さくらが大きな声で呼び掛ける。

 

 

 

「は~い!」

 

 

 

会場に流れたのは、つばさの声だった。

 

それだけで、どぉぅ…という、地鳴りのような声。

 

 

 

「さくらだよ!」

 

「あ~、さくら!つばさだよ!」

 

「めぐみです」

 

「はるかです」

 

「ドラマの時はお世話になりました」

 

「いえいえ、こちらこそ…」

 

「レコード大賞 最優秀新人賞授賞、おめでとう」

 

「ありがとう!さくらもエランドール新人賞おめでとう」

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとう…って、ごめん。身内の話をしてる場合じゃないんだ。今、どこにいるの?」

 

「えっと、今は…スタジオ」

 

「新曲のレコーディングが終わったところです」

 

「そっかぁ…じゃあ、今から来てなんて無理だよね?」

 

「どこに?」

 

「NHKホール」

 

「…ひょっとして、紅白歌合戦?」

 

「そう」

 

「それは出たいけどね…」

 

「行きたいですけど…」

 

「いろいろ無理ですよね…」

 

「じゃあ、そこからでも歌ってもらえないかな?」

 

「ここで?」

 

「そう」

 

 

 

「会場の皆さん…どうですか?」

 

「歌ってもいいですか?」

 

「聴きたいですか?」

 

 

 

うわ~っという声と、拍手が沸き起こる。

 

 

 

「…わかりました!」

 

「じゃあ、ちょっと準備するので…」

 

「少々、お待ちを…」

 

 

 

3人がそう言うと、ステージは暗転した。

 

 

 

そして…

 

 

 

流れてきたのは、あのCM曲『風に吹かれて』のイントロ…。

 

それと同時にステージ中央にスポットライトが当てられると…

 

 

 

そこにいたのはシルフィードの3人だった。

 

 

 

生シルフィードに、会場が揺れた。

 

 

 

 

ワンコーラスを歌い終える。

 

 

 

「こんばんわ~!シルフィードです」

 

 

 

「皆さんに呼ばれて、NHKホールまで来ちゃいました~」

 

「いやぁ、すごい盛り上がりですねぇ」

 

「このまま調子に乗って、もう1曲いっちゃって、いいですか?」

 

うぉ~!!

 

「それでは聴いてください…『スピードの向こう』」

 

 

 

はるかがギターをかき鳴らすと、めぐみが観客に手拍子を求める。

 

たちまち会場はライブハウスと化した。

 

 

 

「ありがとうございました~!!」

 

 

 

歌い終わりと同時に時刻は21時となり、映像はニュースへと切り替わった。

 

 

 

 

 

実にNHKらしい演出ではあったが、それでも出演したことに対しての評価は高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

シルフィード効果。

 

NHKが彼女たちの出演をギリギリまで引っ張ったことにより、前半戦の平均視聴率は、前年比で5ポイントほどアップした。

 

そしてシルフィード登場時の視聴率は…実に67%を記録。

 

今の時代ではあり得ない数字を叩き出したのだった。

 

 

 

その煽りを受けたのが後半戦で、こちらは逆に、前年比で3ポイントほど落ち込んだ。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~下心、あり~

 

 

 

 

『チョモ』から『オレ』に連絡が来たのは、世間はまだ正月気分が抜けきれていない、1月7日のことだった。

 

オレは元日から『初蹴り』をしているから、あまり関係なかったが。

 

メールに気付いたのは、練習が終わったあとだった。

 

 

 

〉お久しぶりです、チョモです。

〉相談に乗ってほしいことがあります。

〉近いうちに会えますか?

 

〉藤 綾乃

 

 

 

最初はイタズラだと思った。

 

芸能人を装って、メールをやりとりして、多額の金額をせしめる『アレ』だ。

 

そもそも、オレのアドレスを知ってるハズがない。

 

そう思った。

 

だが、よくよく見直してみる。

 

 

 

…チョモです…

 

…チョモ…

 

…ん?…チョモ?…

 

 

 

そんな呼び方を知ってるのは、ほんの一握りしかいない。

 

それも『AYA』でも『夢野つばさ』でもなく、本名の『藤綾乃』名義で送られてきた。

 

 

 

…ということは?…

 

 

 

オレは半信半疑ながら、返信してみる。

 

 

 

〉前に会った公園、どこだか覚えてる?

 

 

 

すぐに戻ってきた。

 

 

 

〉○×公園だよね?

 

 

 

本物だった…。

 

 

 

それにしても、一体どうして?

 

 

 

オレの心は複雑だった。

 

 

 

今や国民的人気アーティストである夢野つばさが、わざわざピンポイントでオレにメールをよこすなんて…

 

何かウラがあるに違いない。

 

 

 

…そうだ、あれだ!…

 

…ドッキリだ!…

 

…ドッキリ?オレに?…

 

…あ~…訳わからん…

 

 

 

…だけど…

 

 

 

…ちょっと期待しちゃうじゃねぇか…

 

 

 

…いや、待て待て…

 

…そりゃあ、確かに昔に比べりゃ女っぽくなったし、綺麗だと思うが…

 

…よく考えろ…

 

…相手はチョモだぞ、チョモ!…

 

…三つ子の魂、百までも…っていうし、性格なんてそう変わるもんじゃない…

 

…見た目に騙されちゃいけない…

 

 

 

オレは、ヤツに多少惹かれつつあることを認めたくない気持ちと、そう思えば思うほど意識してしまう感情との間で揺れていた。

 

 

 

 

 

「お前は乙女か!!」

 

 

 

 

 

オレは自分自身にツッコミを入れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チョモと会ったのは、それから1週間ほど経ってからのことだった。

 

 

 

オレのアドレスは、小学校時代の友人…オレと同じ中学に進んだ女子…から訊いたらしい。

 

 

 

呼ばれたのはヤツの実家だった…。

 

 

 

何年ぶりだろうか。

 

小学校の頃に何かの用で3~4回訪れたことがあったが、それ以来だ。

 

少しだけ迷いながら、ヤツの家に辿り着いた。

 

おぼろ気ながらではあるが、当時の様子を思い出す。

 

 

 

…確か…お母さんがメチャクチャ綺麗で、なんとなくドキドキしたような…

 

 

 

ひとり顔を赤らめる。

 

 

 

緊張しながらインターホンを鳴らすと、そのお母さんの声で返事があった。

 

「はい」

 

「あ、高野です…」

 

「高野くん!どうぞ…」

 

玄関を開けると、ヤツとお母さんが出迎えた。

 

 

 

…ヤベェ…

 

…お母さん、相変わらず綺麗じゃん…

 

…しかも、なんか、いい匂いがするし…

 

 

 

確かオレの母親より、5歳ほど若いはず。

 

どうしても比較してしまう。

 

 

 

「いらっしゃい」

 

「お、お久しぶりです…」

 

「さぁ、入って…」

 

「し、失礼します…」

 

 

 

…なんだ、この緊張感は…

 

 

 

「いつ以来かしら?」

 

「多分…小6ですかね?…発表会の打ち合わせかなんかの時に、お邪魔したのが最後だったかと…」

 

「あったわね…そんなこと…。あ、自分の部屋に行く?」

 

お母さんはジュースとお菓子をお盆に乗せながら、チョモに訊いた。

 

「うん」

 

ヤツはそう返事をすると、オレを自分の部屋へと連れていった。

 

 

 

 

 

オレはヤツに続いて部屋に入った。

 

当時は、バレーボールのユニフォームがハンガーに吊るしてあるだけで、かなり殺風景な感じだったと記憶している。

 

 

 

それが、今は…

 

 

 

すっかり女子の部屋だった…。

 

 

 

薄いピンクを基調としたカーテンやベッドカバー。

 

窓際に並んだ沢山のぬいぐるみ。

 

それと、几帳面に整理されたカラフルなアクセサリー。

 

ドラマのセットか、モデルルームか…。

 

そんな印象。

 

 

 

唯一、壁に立て掛けてある2本のギターが不釣り合いで、違和感を覚えた。

 

 

 

…あぁ、そうか。今やアーティストだもんな…

 

 

 

数年前には想像も付かなかったこと。

 

TVでさえ、生でお目にかかることができない『夢野つばさ』が、ほんの数十cm先にいる。

 

不思議な感覚だった。

 

 

 

「漁らないでね」

 

「するか!」

 

 

 

…と言ってみたものの、そりゃ、物色してみたくなるシチュエーションではあるよな…

 

 

 

「ごめん、その辺に座って…」

 

「あ、あぁ…」

 

オレは促されて、部屋の中央にあるガラスのローテーブルのそばに、腰をおろした。

 

「前に会った時は…モデルになる前だったか…」

 

「うん…」

 

「すごいな…あれから超人気モデルになったかと思ったら、まさかの歌手デビュー…」

 

「まぁね」

 

「紅白まで出ちまうし」

 

「それについては、私が一番驚いてたりして…」

 

「オレの周りでもすごい人気だぜ」

 

「ありがとう…。ちなみに高野くんは誰推し?」

 

「えっ?オレ?…オレは…水野めぐみ?おっぱい大きいし…」

 

 

 

…本人を目の前にして『つばさ推し』とは言えないだろ…

 

 

 

「スケベ!」

 

ヤツはそう言うと、オレを見て笑った。

 

 

 

「それにほら、誰かと違って優しそうだし…」

 

「そうね。私は胸がなくて、性格がキツいもんね」

 

「いや、チョモ…じゃない…夢野つばさは、女子人気高いぞ。ほぼ全員、つばさ推しって言っていいくらい」

 

「それって誉め言葉?」

 

「…のつもりだけど…」

 

「あ、そう…ありがとう」

 

 

 

…なんだよ、随分丸くなったなぁ…

 

…昔なら、こっちが反撃できないくらい強い口調で攻め立てきたのに…

 

 

 

「それより、わざわざ自宅って?」

 

オレは疑問のひとつをぶつけた。

 

「うん、ここなら人目を気にしないで話ができるでしょ?」

 

「あ…あぁ、まぁ…」

 

「自惚れてるわけじゃないけど、外だと色々気を使うし、ゆっくり話せないから…」

 

「なるほど…。ってか、自宅に男を連れ込むことの方がマズくない?」

 

「その為にお母さんがいるんだもん」

 

「ほほう…」

 

「そうすれば、変な気を起こさないでしょ?」

 

 

 

…そういうことか…

 

…いや、そのお母さんにも、変な気を起こしそうなんだけど…

 

 

 

「シルフィードってね、風の妖精なんだよ。知ってた?」

 

「あ、いや…。女子のサッカーチームに、シルフィードってあるのは知ってるけど」

 

「えっ!?知ってるんだ!『大和シルフィード』」

 

「そりゃあ、地元だし」

 

「やっぱり高野くんに来てもらって良かった」

 

「ん?」

 

「実はね、相談はそのことなんだ」

 

 

 

「あぁん?」

 

 

 

「誘われてるの、シルフィードに」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

オレは何を言ってるか、まったく理解できなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~ダイワじゃなくてヤマトだよ~



※本文に登場するチームは実在しておりますが、もちろん本作品とは一切関係ありません。





 

 

 

 

 

『大和シルフィード』。

 

 

 

オレたちの地元にあるアマチュアの女子サッカーチームだ。

 

全国的な知名度は低いが、なでしこジャパンの選手を何名か排出している、知る人ぞ知るクラブ。

※後書きに詳細を記載してます。ご参照ください。

 

 

 

…そのシルフィードに誘われた?…

 

 

 

「キャンペーンガールかなんかで?」

 

「ううん、選手として…」

 

「マジか!」

 

「それが、本当なの…」

 

「いやいや…それはいくらなんでも無謀だろ。そもそも、どうして…」

 

「私ね、今、フットサルやってるの」

 

「あぁ、それは知ってる。…まだ、続けてるんだ?」

 

「うん」

 

「何でもデビュー戦で『えげつないほどの左足』のシュートを放って、お笑い芸人の歯を折ったとか、折らないとか…」

 

 

 

オレはそれを知った時、小学生の頃のヤツを思い出した。

 

ドッジボールで顔面にボールをぶつけられた被害者が、何人いたことか…。

 

だから、リアルタイムで見ていなくても、なんとなく、その様子は想像できた。

 

 

 

「折れたんじゃなくて、欠けたの!」

 

「似たようなもんだろ?その左足は『かのん砲』って呼ばれてるらしいじゃん」

 

「『K-アヤノ(ん)砲』ね。『かのん』だと『水野めぐみ』になっちゃうから」

 

「何の話だ?」

 

「何でもない。…でも、詳しいのね?」

 

「まぁ、一応は…。スポーツ新聞にも載ってたし」

 

「それでね…私のチームのコーチが…元Jリーガーなんだけど…その人が『是非サッカーに挑戦するべきだ』って。『フットサルじゃ、もったいない』…って」

 

「石井だっけ?」

 

「うん」

 

「怪我が無ければ、代表までいった選手だよな?」

 

「そうなんだ?」

 

「それは知らないんだ?中盤の底をやってた選手で、とにかくマークがしつこい…って…おい、全然興味無さそうだな…」

 

「ごめん…」

 

「まぁ、それはいいとして…いくら女子とは言え、そんな甘いもんじゃないだろ」

 

「だよね…」

 

ヤツはうん、うんと二度ほど頷いた。

 

「それで?まさかと思うが『シルフィード繋がり』で、声が掛かったとか?」

 

そんな単純な…と思いつつ訊いてみた。

 

「実は…そうなの」

 

 

 

…図星か…

 

 

 

「大和シルフィードの社長さんが…今はアマチュアチームなんだけど、数年後には『なでしこリーグ入りを目指す』みたいで。『名前が一緒なのは何かの縁だから、一緒にイベントをしないか』って事務所に声を掛けてきたのが始まりなの…」

 

「まぁ、それなら話はわかるが…」

 

「これも偶然なんだけど…私が生まれ育った街のチームだし…」

 

「あぁ、それは確かに…」

 

「それで、たまたま、私がフットサルやってて…名前が『つばさ』で…」

 

「待て、待て!名前が『つばさで』…って…『キャプテン翼』か?」

 

「うん…私はあんまり知らないんだけどね…」

 

「それは『こじつけ』だろ?」

 

「やっぱり?」

 

「普通はそう思う」

 

「そうね…。まぁ、そこから石井コーチの薦めもあって『だったら選手に挑戦してみれば』…って」

 

「強引過ぎないか?」

 

「そうだよね…でも…やってみようかな…って」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「サッカー」

 

 

 

「いやいや…さっきも言ったけど、それは無謀だって。確かにお前が運動神経いいことは認めるし、フットサルでもそこそこ活躍してるらしいことは知ってる。だけど、そんな今から始めて通用するほど甘くないし、それはこれまでやってきた人への冒涜だと思うぞ」

 

オレは少しムッとした。

 

 

 

バレーボール、モデル、アーティスト…フットサル…。

 

ここまでの経歴は見事だと言わざるを得ないが、ことサッカーに関しては、オレの『本業』だ。

 

簡単に「頑張れよ」とは言えない。

 

 

 

それを察してか

「怒るよね、普通…」

と、チョモは苦笑いした。

 

 

 

…なんだよ、その寂しそうな笑い方は…

 

 

 

「いや、怒ってるわけじゃないけど…」

 

 

 

その顔を見て、一瞬、気持ちが揺らいだ。

 

 

 

「ううん、そうだと思うんだ」

 

「まぁ、挑戦する、しないはチョモの勝手だけど…相当、叩かれるぞ」

 

「うん。やるからには全力で取り組むつもり」

 

「そうか…」

 

「でね…」

 

「うん?」

 

 

 

「教えてほしいんだ…サッカー」

 

 

 

「あん?」

 

 

 

「入団は3月なの。だからそれまでに、やれることはやっておきたい」

 

「え…あ…それは構わないけど…なんでオレ?」

 

「だって、今、サッカーの代表なんでしょ?」

 

「U-18の…な。あ、いや、だけど…」

 

「それに前に会った時、言ってくれたじゃない」

 

「ん?」

 

「『なにかあったら力になるよ』って」

 

 

 

…言ったっけ?…

 

…言ったな…そういえば…

 

…っつうか、よく覚えてたな…

 

 

 

「…しかたねぇなぁ…そういう話なら断れねぇな」

 

 

 

…その記憶力に免じて協力してやるか…

 

 

 

「ありがとう」

 

ヤツは正座をすると、三つ指をついて深々と頭を下げた。

 

 

 

「フットサルとサッカーはまったく別物だぞ」

 

「うん」

 

「まぁ、サッカーゲームでもやって、ルールからなにから、ひとつひとつ覚えていくか…」

 

「うん」

 

「時間ないぞ」

 

「わかってる」

 

「責任重大だな」

 

「よろしくお願いします」

 

改めてチョモは頭を下げた。

 

 

 

「ところで、オレはなんて呼べばいい?…つばさ…かな?」

 

「ふたりの時は…チョモでいいよ…」

 

「そうか…。オレからすると、背はそう変わらなくなったから、もうチョモ…っていうほどの差は感じてないんだけどな」

 

「でも、つばさだと、ちょっと…」

 

「了解!それならそれでいいや。オレもつばさだと緊張するし」

 

 

 

 

 

それからオレは時間を見つけて、ヤツにサッカーのレクチャーをした。

 

 

 

 

 

~つづく~

 





※大和シルフィードは、私の出身地にあるサッカーチームであり、当時、そうなればいいな…という願望を込めて書いていましたが、数年後、現実となって嬉しい限りです。


【大和シルフィード】

1998年4月に創設。当初は全員が中学生で構成された。
U-15年代には約70名の選手が所属しており、2013年のU-15選手権の全国大会では3位を獲得した。
日本女子代表の川澄奈穂美や上尾野辺めぐみ、杉田亜未など多くの女子サッカー選手を輩出している。

2012年6月、特定非営利活動法人(NPO法人)資格を取得し、2013年度より加入。
2014年3月1日には日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)への参入を目指し、トップチームを設立。
その際、元日本女子代表の小野寺志保が現役復帰している。

2019年になでしこリーグへ昇格することを目標としており、神奈川県女子サッカーリーグ1部に加入。
2014年11月に行われたチャレンジリーグ参入決定戦にて、2015年からのチャレンジリーグ昇格が決定した。




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Winning wings ~アーティストよりも…~

 

 

 

 

 

2月。

 

 

 

緊急記者会見が開かれた。

 

それは夢野つばさの、大和シルフィード入団発表だった。

 

 

 

社長、監督と共に会見に臨んだ、つばさ。

 

登録名は、そのまま『夢野つばさ』となるらしい。

 

真新しいオレンジ色のユニフォームを社長から手渡されると、カメラマンの要求を受け、高校の制服のブレザーを脱ぎ、ブラウスの上からそれを被った。

 

背番号は『28』。

 

わかる人にはわかると思うが、本家『大空翼』が、バルサに入団した時と同じ番号だ。

 

激しくフラッシュが焚かれ、写真撮影が終わった。

 

 

 

 

 

だが、会見が穏やかだったのは、ここまで。

 

一転、集まった報道陣から厳しい声が飛ぶ。

 

 

 

シルフィードは、マスコミへの露出が極端に少なかった。

 

だから批判こそあれ(3人とも中高生ということもあったが)大きなスキャンダルもなく、これまで過ごしてきた。

 

しかし、成功している人間を見れば、どこかで足を引っ張りたくなるもの。

 

人の心は振り子のように揺れる、

 

この会見では、それが露骨に現れていた。

 

 

 

つばさの余りに無謀とも言える挑戦に、容赦のない、無慈悲な、冷たい質問が彼女を襲う。

 

ここぞとばかりに攻め立てる。

 

 

 

だいたいは、オレが想像した通りだった。

 

つまり『サッカーを冒涜しているのではないか』ということ。

 

 

 

これに対し、つばさは…真摯に、丁寧に自分の想いを語った。

 

 

 

 

 

「まず、名前が同じだということで、社長からお声掛け頂いたのですが…たまたまチームが私の出身地であったりと、なにか『縁』のようなものを感じました。そこで、少しでも地元に恩返しできるのであれば…という想いから、このオファーを受けさせて頂きました」

 

》本気でサッカー選手を目指すんですか?

 

「はい」

 

》音楽活動はどうされますか?

 

「しばらく、お休みさせて頂きます。解散するわけじゃありませんが、今年はそれぞれ、ソロ活動が中心になります」

 

》単刀直入に…人寄せパンダではないかとの声もありますが

 

「はい。承知してます」

 

》その事については、どう思われますか?

 

「ベンチ入りできなければ、私を観に来て頂くこともできません。…お客さんを呼べる、呼べない以前の問題です。なので、まずはそこからだと思ってます」

 

》サッカーをやってる方たちに、何か一言ありますか?

 

「…そうですね…恐らく…いい気分ではないかと思います。…ですが…折角、挑戦する機会を頂いたので、やらないで後悔するするよりは…と思ってます」

 

》監督にお訊ねします。今回の入団について…起用方法含めて、どうお考えですか?

 

「そうですね…。ポジションはFWになるかと思いますが、そこはこれから見極めていきたいと思います」

 

》他の選手への影響などは?

 

「無いと言ったら嘘になるでしょうね。ですが、これくらいのことでバタバタするようなら、精神的に未熟だということ。動じないでほしいですね」

 

》先程、つばささんがベンチ入り云々と仰っていましたが、監督として…例えば…マスコットのような立場で試合に帯同させることは考えてますか?

 

「試合の外…ファンサービスのようなことなら、してもらうことはあるかも知れません」

 

》デビュー戦はいつですか?

 

「私はチームを勝たせる為に監督をしているので、人気だけの選手は使いません。つばさ選手には大いに期待しておりますが、ポジションは自分で奪い取ってほしいと思います。ですから『いつです』などという返答はできません」

 

》つまり、贔屓はしないと?

 

「サッカーの監督は数試合結果が出ないだけで、すぐに解任させられる職業です。そんな余裕はありません」

 

》最後に、つばささん。ファンの方に意気込みを…

 

「はい…。これまで応援してくださったファンの皆さん、関係者の方々、ありがとうございました。この度、夢野つばさは新しいステージ…サッカーというジャンルに挑戦させて頂くこととなりました。もちろん、厳しいご意見もあるかと思いますが、片手間でできることではありませんので、音楽活動を一時休止させて頂き、全力で戦いたいます。どうぞ、よろしくお願いします…」

 

 

 

 

 

実際はもっと長いやりとりだったが、抜粋させてもらった。

 

 

 

ネチネチと、同じような質問を繰り返す記者に、オレは少し腹を立てながらそれを見ていたのだが…

 

感想としては『完璧な会見』だったと思う。

 

余計な演出…例えば、水野めぐみや星野はるかが出てきて花束を渡す…などもなく、非常にシンプルだったことに、好感を持った。

 

 

 

多分『所詮、芸能人だし…』というような誹謗・中傷の類いは出てくるだろう。

 

失敗しても帰るところがある(と思われている)から、仕方がない。

 

それでも、今、この場での決意表面としては、これ以上でもこれ以下でもない。

 

ヤツがこの1ヶ月、どれほど真剣にサッカーに取り組んできたか、練習に付き合ってきたオレにはわかる。

 

フットサルより、サッカーの方がボールはひとまわり大きいが、そういったことも含め、だいぶ前から準備はしていたようだ。

 

 

 

…きっとマスコミもチームメイトも、ヤツの技術の高さには驚くハズ…

 

 

 

そう思うと、自然とニヤけてしまう。

 

 

 

ただ、サッカー選手としてプレーするには、課題が盛り沢山だ。

 

 

 

…ここからその差をどうやって縮めていくかは、ヤツのさらなる努力に掛かっている…

 

…結果がすべての世界…

 

…負けるなよ…

 

 

 

そんなことを思いながら、オレはTVを消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チームの広告塔。

 

それが、まず夢野つばさに与えられた役割だった。

 

 

 

数年後になでしこリーグ入りを目指すチームにとって、実力もさるこながら、運営資金をどう確保していくか…ということが、非常に大きな要素となる。

 

大和シルフィードが夢野つばさを引っ張った『真の目的』は、そこにあった。

 

つまり(いみじくも監督も述べていたが)レプリカのユニフォームや関連グッズを、つばさが『売り子』となれば、その売上額は数倍、数十倍にも跳ね上がるだろう。

 

 

 

例えば、そういうこと。

 

 

 

いやそれ以上に、彼女の人気に伴って『スポンサー』を獲得できたことが、何にも増して大きい。

 

 

 

胸にはCM曲でタイアップした菓子のロゴが入り、背中や袖にもIT関連などのスポンサーが付いた。

 

アマチュアチームに対しては、充分すぎるバックアップである,

 

ちなみに、このCM曲はシルフィードでの活動休止前のラストシングルであり、カップリング曲はチームの公式サポーターソングとなった。

 

 

つばさはチームの『公式リポーター』も兼任することになり、webサイトを通じて情報を発信していく仕事も任された。

 

今後は、まさにチームの顔として、広報活動に勤しむことになる。

 

 

 

だが、つばさは…それを承知で敢えてこのオファーを受けた。

 

 

 

そこにあったのは…自分への挑戦であった。

 

 

 

振り返れば、小中学生のカリスマと呼ばれたモデルの『AYA』も、紅白出場歌手という肩書きを背負うことになった『シルフィードの夢野つばさ』も、自らの意思によって進んできた道ではない。

 

周りにお膳立てされて、導いてもらってきただけだった。

 

 

 

もちろん、自分なりに努力はしてきた。

 

それを恥じるつもりはない。

 

 

 

しかし、フットサルを始めてから気付いたことがある。

 

 

 

それは自分が根っからのアスリートであるということ。

 

 

 

アーティストではない。

 

アスリートなのだ。

 

 

 

スポーツをして、汗を流したあとの充実感。

 

それは『綾乃』にとって、やはり特別なものだった。

 

なににも代えがたい、大事なもの。

 

バレーボールを不完全燃焼で終わらせてしまったことへの、贖罪もあったかもしれない。

 

 

 

だが…

 

 

 

自分が自分らしくある為に…自分の意思として何かに挑戦したいと思った。

 

だから大和シルフィードから話があった時『ここだ!』と感じた。

 

やらずに後悔するのであれば、失敗してもいいからやろう!

 

そう思った。

 

それは綾乃の深層心理に、若くして他界した父親の存在があったのかも知れない。

 

人生は長くない。

 

そう感じているのではないか…。

 

 

 

…人寄せパンダ?…

 

…広告塔?…

 

…そんなことはわかってる…

 

…でも、私の目標はそこじゃない!!…

 

…日本代表…オリンピック…ワールドカップ…

 

…やるからには上を目指す…

 

…立つよ!頂点に!…

 

 

 

会見を終えた夢野つばさは、ユニフォームの襟元をギュッと握りしめて、会場をあとにした…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ときどきμ's ~A-RISE出現~

 

 

 

 

 

夢野つばさが、サッカーチームの入団発表を行ったその日…

 

矢澤にこは、忸怩(じくじ)たる思いで、秋葉原の駅前にある巨大ヴィジョンを眺めていた。

 

 

 

…本当ならアタシが、ここに映し出されるハズだったのに…

 

 

 

にこの視線の先には…

 

 

 

『ラブライブ』優勝チームの『A-RISE』が、軽快なステップでダンスをしていた。

 

 

 

にこの憧れの存在。

 

だが、彼女のプライドを傷付けたのもA-RISEだった。

 

 

 

…今に見てなさい!…

 

 

 

にこの心は、ファンと敵対するライバルとの間で揺れていた。

 

 

 

 

 

遡ること、十ヶ月ほど前…

 

世間では覆面歌手がどうのこうの…と大騒ぎになっている頃、密かにあるイベントの開催が発表された。

 

 

 

それは『ラブライブ』と銘打たれた、スクールアイドルたちの大会だった。

 

 

 

スクールアイドルという…サークルとも部活とも言えるグループは、これまでにも存在していた。

 

しかし、それに対する『確固たる定義』があるわけではなく、各々バラバラに活動している為、世に知られることは余りなかった。

 

 

 

にこも、そのスクールアイドル活動を行っているひとりである。

 

しかし高校に入学してすぐ、アイドルに憧れる『仲間』と共に『ラブリーエンジェル』というユニットを組んだものの…1年もたずして解散。

※詳細は#82486『Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~』の『にこ編』を参照願います。

 

 

 

新たな仲間を探している最中に入ってきたのが『ラブライブ開催』のニュースだった。

 

 

 

全国のスクールアイドルが、そのパフォーマンスを競い合う初めての大会は、ネットに動画をアップして、視聴者からの投票で優勝チームを決めるとのこと。

 

 

 

参加資格は以下の四つ。

 

 

 

プロでないこと。

 

高校生であること。

 

サークル、もしくは部活として活動しており、参加に際しては学校に届け出て、許可を得ること。

 

そして複数人数(グループ)であること…。

※この時点ではオリジナル曲でなくても構わなかった。

 

 

 

スクールアイドルである為には、学生であることを証明しければならない。

 

それはつまり、学校名が公表されること。

 

だからこそ、所属する学校に許可をもらう必要がある…。

 

そんな理屈だ。

 

 

 

しかし…

 

 

 

音ノ木坂のように、伝統的な…言い換えれば古風な学校から、ラブライブ参加の許可を得ること自体、とてもハードルが高い。

 

 

 

いや、それよりも…

 

 

 

一番のネックは、やはり『複数人数であること』ということだった。

 

 

 

1人単独での参加を認めてしまうと、エントリー数が際限なくなる…ということは、容易に想像ができる。

 

それに個人の戦いならば、カラオケ大会でもやればいい。

 

しかし、ラブライブの趣旨はそうではなかった。

 

イメージするところは高校野球…甲子園か。

 

だから個人参加だと『学校対抗』『地区代表』的な意味合いも薄れてしまう。

 

仲間と協力しながら作品を仕上げていく…そんな青臭い…ある意味、大人が『理想とする若者像』が、主催者にはあった。

 

 

 

…ふん!アタシひとりで充分なのに!…

 

 

 

参加資格を満たしていないにこは、そう毒付いた。

 

 

 

辛うじて『アイドル研究部』ではあるものの、今は他に部員がいない。

 

参加するには、急ぎ仲間を集める必要がある。

 

 

 

エントリーの締め切りは、夏休みが終わる8月末。

 

その後、専用サイトにアップされた映像に、閲覧者が投票。

 

最終的に得票数の多かった…ランキング1位のチーム…が優勝となる。

 

 

 

2年生に進級したにこは、新入生を中心に、必死に部員の勧誘を行った。

 

強風でビラが飛ばされても…雨にその文字が滲んでも…。

 

それでも、成果は得られず…

 

無情にも春は過ぎ…あっという間に夏休みも終わってしまった。

 

 

 

にこはこれにより、夏が終わったばかりだというのに、部室に籠り、半年近くも冬眠のような放課後生活を送ることになる。

 

 

 

 

 

ラブライブはというと…エントリーは締め切られ、いよいよ投票開始。

 

 

 

その直後から、とてつもない勢いで票を伸ばしていったのが『綺羅ツバサ』『結城あんじゅ』『統堂英玲奈』の3人組…音ノ木坂とは目と鼻の先にある高校…UTX学院のスクールアイドル…

 

 

 

『A-RISE』。

 

 

 

 

 

にこの最初の印象は…

 

「『シルフィード』の二番煎じじゃない…」

 

…だった。

 

 

 

この時、シルフィードは既に正体が明らかになり、日本中に旋風を巻き起こしていた。

 

 

 

確かにA-RISEの3人は、容姿だけを見れば、雰囲気が似ていると言えなくもない。

 

スラッとした長身の『英玲奈』が『つばさ』、色白で胸が豊かな『あんじゅ』は『めぐみ』、小柄な元気者『ツバサ』は『はるか』…と、それぞれがどことなく『キャラ被り』していた。

 

 

 

…これで、この長身の名前が『ツバサ』だったらモロなんだけど…

 

 

 

冷ややかな目で動画を眺める、にこ。

 

 

 

 

 

しかし、すぐに最初に持った印象を、全面否定することになる。

 

 

 

…スゴいわ、この人たち…

 

…ダントツじゃない!…

 

 

 

途中経過ながらランキングの1位をひた走る彼女たちの、パフォーマンス…クオリティの高さに目を奪われた。

 

 

 

…これがスクールアイドル?…

 

…まるでプロ…

 

 

 

にこは自分の『アイドルスキル』に絶対の自信を持っていた。

 

ルックス、飛びきりの笑顔、愛らしい仕草…歌やダンスがそれほど上手じゃないことも含めて『でも、それがアイドル』…そう思っていた。

 

 

 

だが…

 

 

 

一瞬でその概念を吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

…アタシ、この人たちに一生ついていく…

 

 

 

矢澤にこが、A-RISEに心を奪われた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん、なに見てたにゃ?」

 

花陽の部屋に遊びに来た凛は、机の上に置かれている開きっぱなしのPCを見て、彼女に訊いた。

 

「あ、これ?えっと…『ラブライブ』っていう、スクールアイドルたちの大会だよ」

 

「ラブラブ?凛とかよちんのことみたいにゃ」

 

「ラブライブだよ」

 

「ふ~ん…」

 

「ごめんね、凛ちゃんには興味ないよね?すぐ消すから」

 

花陽は慌ててPCの画面を消そうとする。

 

「見てる途中なら、凛も一緒に見るにゃ」

 

「うん、じゃあ、ちょっと…この『A-RISE』だけ」

 

「わかったにゃ…って、この人たち、誰?」

 

「何を隠そう、この人たちは、あのUTX学院のスクールアイドルなんだよ!」

 

花陽は、なぜか自慢気に言った。

 

「へぇ!スゴいにゃ!!…って…スクールアイドル?」

 

「あはは…だよねぇ…。あのね、凛ちゃん、スクールアイドルとは、基本的に学校の中でアイドル活動してる人たちのことを言うんだよ」

 

「部活?」

 

「う~ん…部活だったり、サークルだったり…ただ単にお友達同士だったり…」

 

「何をするの?」

 

「何って…本物と同じような衣装を着て、同じように歌って踊って…アイドルを疑似体験する…っていうのかな…」

 

「かよちんもやってみたい?」

 

「う~ん…私は見てるだけで充分なんだ…」

 

花陽は両の手を胸の前で組むと、モジモジしながら人差し指を擦り合わせた。

 

「かよちん…」

 

 

 

…凛、知ってるよ…

 

…それは、かよちんが嘘を言うときの癖なんだにゃ…

 

 

 

「あっ、ち…違うの、凛ちゃん!凛ちゃんにも、この人たちを見てほしいんだ」

 

凛が自分の手元をジッと見ていることを悟った花陽は、ひとり言い訳をした。

 

「このUTX学院の人?」

 

「そうなの!!この人たちね、A-RISEって言うんだけど、他のスクールアイドルと較べて、歌もダンスもプロ級で…って…ごめん…つい興奮しちゃった」

 

「ううん、凛はアイドルを熱く語るかよちんも大好きにゃ~」

 

凛はいつものことと、気にも止めていない。

 

むしろ、好きなことに夢中になる花陽を見る方が、凛は好きだった。

 

 

 

…いつか、凛にも、これくらい夢中になってくれたらいいのににゃ…

 

 

 

花陽の顔を見るたびに、凛はそう思っていた。

 

 

 

「凛ちゃん?」

 

「にゃ?」

 

「どうかした?」

 

「ううん、別に…あ、でも、かよちんがそこまで言う…ってことは、相当スゴい人たちなんだね」

 

「うん、なにもかも…今すぐデビューしてもおかしくないくらい」

 

「そうなんだ…かよちんがそう言うなら間違いないね!あ、ねぇ、かよちんもUTXに行けば、この人たちに会えるんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「高校…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「えっ?凛、おかしなこと言った?」

 

「あ…ううん、そんなことないよ…。お母さんはUTXに行けば…って言ってくれてるんだげど…」

 

「ダメなの?」

 

「ダメってわけじゃ…」

 

「だったら…」

 

「うん、そうなんだけど…花陽にはちょっと合わないかな…って…」

 

「なにが?」

 

「校風っていうのかな?」

 

「あぁ、それは凛もわかるにゃ!なんかみんな、意地が悪そうな感じがするもんね…」

 

「そこまでは言ってないけど…。それで凛ちゃんは?」

 

「凛は…かよちんと同じところに行くにゃ!」

 

「花陽は音ノ木坂に行こうかと思ってるんだけど…」

 

 

 

「うん、じゃあ、音ノ…にゃ?…音ノ木坂?」

 

 

 

「う、うん…」

 

 

 

「にゃあ!む、無理にゃ~!凛には無理にゃ~!」

 

 

 

「あ、無理して同じ学校じゃなくてもいいんじゃ…」

 

「…うぅ…酷いにゃ、かよちん!かよちんがいない学校生活なんて、ラーメンのないラーメン屋さんみたいなものだよ!凛には、そんなのあり得ないにゃ!」

 

「う、うん…ごめん…。わかったような、わからないような例えだけど…」

 

花陽はちょっと困ったあと、軽く微笑んで凛に言った。

 

「それじゃあ、凛ちゃん。もう少しだけ、お勉強頑張ろう!わからないところは花陽が教えてあげるから…」

 

こうして、凛の受験勉強はスタートしたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A-RISEが優勝を決めたのは、大晦日のこと。

 

シルフィードが紅白に出演する、数時間前…。

 

にこと…花陽(と凛)は、行き交う人に紛れながら、秋葉原駅前の大型ヴィジョンに流れる『祝 優勝』の文字と、彼女たちのパフォーマンスを見て、地味に盛り上がっていた。

 

 

 

その日、その時、その場所で、3人が居合わせていたことは、数年経ってから発覚するのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~ファーストコンタクト~

 

 

 

 

 

「え~…今日からチームに合流する夢野つばさくんだ。まぁ、つばさくんについては、みんなの方が良く知ってると思うが…じゃあ、自己紹介を…」

 

大和シルフィードの監督…『田北』…が、つばさに挨拶を促した。

 

「はい…。初めまして、今日から大和シルフィードの一員としてお世話になります、夢野つばさです。色々やりづらい部分があるかと思いますが…私自身はレギュラーを獲るつもりで、ここに来ました…」

 

その一言に、聴いていたチームメイトの目付きが厳しくなった。

 

「一日も早く、戦力となるよう頑張りますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

つばさがそう言って頭を下げると、拍手が起こった。

 

 

 

しかし、つばさにはわかる。

 

それが歓迎されたもの…でないことを。

 

つばさ目当ての報道陣がいなければ、恐らくそれは、もっとまばらなものであっただろう。

 

歓迎されている雰囲気ではない。

 

 

 

だが…

 

 

 

つばさも並々ならぬ気合いで、この場に臨んでいる。

 

それは頭を見ればわかる。

 

モデルを始めてから伸ばしていた髪を、バッサリと切ったのだ。

 

それはまるで、小学生時代に戻ったほどの短さだった。

 

 

 

 

 

3月…。

 

 

 

 

 

つばさはチームの始動から1ヶ月遅れで、練習に合流した。

 

今日はその初日だった。

 

 

 

大和シルフィードは、下部組織は年代別に3チームあり、100名ほどが在籍している。

 

その上にあるのがトップチームで…つばさを含めて、30名となった。

 

うち社会人が19名。

 

大学生が8名。

 

つばさを含めた高校生が2名。

 

プロ契約している選手が1名。

 

 

 

…とはいえ、つばさを高校生とカテゴライズしてよいものか…という疑惑がある。

 

年齢的には(ゲー校に在学中の高校2年生であり)次の誕生日で17歳になるが…夢野つばさとして稼いだ年間収入は、社会人と…プロ契約しているチームメイト20人の収入を合計しても、はるかに上回る。

 

やはり…芸能人1名…という区分けが必要かも知れない。

 

 

 

 

 

日本の女子サッカーを取り巻く環境は、相変わらず厳しい。

 

なでしこジャパンの活躍を受け、代表戦こそ、そこそこ盛り上がるが、ではリーグ戦はどうかというと、こちらはサッパリである。

 

女子のサッカー人口は増えているものの、プロスポーツとして成功しているとは言いづらい。

 

代表に選ばれるような選手でさえ、アルバイトをしたりしているのが現状だ。

 

 

 

大和シルフィードの社長は…つばさを引っ張ってきた理由に打算的なところはあるが…一方では、もっと女子サッカーを盛り上げたい…という想いも強い。

 

その起爆剤として、つばさに白羽を立てたのだった。

 

 

 

しかし…

 

 

 

受け入れる側のチームメイトは、そう思っていない。

 

 

 

…芸能人が何しに来た!?…

 

 

 

そんなところだろう。

 

 

 

でも、今は、大勢の報道陣が見ている手前、表向きは穏やかに…平静を保っている。

 

保ってはいるが…

 

 

(自分が撮られている訳ではないことを知っていても)やはり、緊張だったり、照れが出てしまう。

 

強豪とはいえ、昨日まではまったくのアマチュアチーム。

 

マスコミ慣れしていないのは、当然のことだった。

 

 

 

 

 

アップ、ストレッチが終わり、チームはボールを使った全体練習に入った。

 

しかし、つばさだけは別行動。

 

ひとり、フィジカルトレーニングとなった。

 

 

 

当然である。

 

 

 

サッカー経験ゼロの選手を、いきなり同等には扱えない。

 

まずは夢野つばさがどんな選手か、見極める必要があった。

 

 

 

これに対し、不満の声をあげたのは、報道陣だった。

 

折角サッカーの取材にきたのに、ボールを蹴る様子が撮れないのであれば「画(え)」にならない。

 

 

 

「監督!練習、変えてもらえないですか?」

 

「ボール蹴ってくださいよ!」

 

「つばささん、こっちに目線もらっていいですか?」

 

「シュート打つところ、撮りたいんですが」

 

 

 

記者やワイドショーのリポーターが、好き勝手に注文をつける。

 

つばさは、チラリと視線を監督の田北に向けた。

 

頭を掻く田北…。

 

しかし、特に何も言わない。

 

黙々とトレーニングを続けるつばさに、なおも取材陣がしつこく要望を出す。

 

 

 

「え~い!うるさい!!取材をするのは自由だが、練習の邪魔はするな!!」

 

キレたのは、田北だった…。

 

 

 

突然の出来事に、押し黙る報道陣…いや、にわか記者と芸能リポーター。

 

 

 

田北が短気な性格なのは、スポーツ記者なら承知のこと。

 

そして彼らは、つばさをサッカー選手として、取材している。

 

 

 

一方、つばさにあれこれ要求していた連中は…あまりにチームに対する配慮が欠けていた。

 

それに対して田北の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

「面倒くせぇ!つばさ!1本シュートを打ってやれ!」

 

「は、はい!?」

 

「シュート打つところを撮らしてやれって言ってるだよ!」

 

「は、はい…」

 

「ほら、アンタらも。それが撮れなきゃ帰れないって言うなら、撮らせてやるよ。その替わり、その後は静かに願いますよ!」

 

田北の剣幕に押された、にわか記者と芸能リポーターは「はい…」と小さく返事をした。

 

 

 

「緑川!お前がパスを出してやれ!」

 

田北が叫ぶ。

 

「私…ですか?」

 

少し離れたところでボールを蹴っていた、小柄な選手が呼ばれた。

 

「他にいるか?」

 

「…いません…」

 

「なら、いちいち確認するな」

 

「はぁ…すみません…」

 

「つばさは確か…左利きだったな?」

 

「はい」

 

つばさが頷く。

 

「じゃあ、緑川、向こうから蹴ってやれ」

 

「えっ!」

 

「早くしろ!」

 

「はい、はい、わかりましたよ!行けばいいんでしょ?行けば!」

 

「はい!は1回でいい!」

 

緑川と呼ばれた選手は、渋々さっきの位置…ピッチの向こう側へと歩いていった。

 

「まったく、アイツは俺のことをなんだと思ってやがるんだ…」

 

田北は少し苦笑いをした。

 

 

 

どうやら緑川が出したパスを、つばさがゴールに向かってシュートする…そんな構図とするようだ。

 

つばさがゴール前へと移動するのに合わせ、カメラも動き、準備は整った。

 

 

 

つばさが緑川に合図を送る。

 

 

 

「夢野つばさ…アンタの実力がどれほどのものか…お手並み…じゃない…お足並み拝見といきますか!」

 

緑川はボールをセットすると、2歩3歩と後ろに下がった。

 

 

 

「いくよ!」

 

 

 

右足でパスを出した。

 

いや、パスというほど優しくはない。

 

かなり強めのライナー。

 

 

 

…もう!…

 

…意地悪…

 

…だ…

 

…なっ!…

 

 

 

ぱしゅっ!!

 

 

てん、てん、てん…

 

 

 

ボールはネットを揺らしたあと、静かに転がった。

 

 

 

静まり返る練習グラウンド。

 

 

 

ことの成り行きを見守っていたチームメイトも、コーチも、そして取材陣も…つばさが放った殺人的シュートの威力に、言葉を失った。

 

 

 

…なに、今の…

 

 

 

パスを出した緑川も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

今のつばさのシュートをリプレイすると…

 

『もう!』の時に、ボールのスピード、高さを判断して軽くジャンプ。

 

『意地悪』で、胸トラップ。

 

『だ』でボールを地面に落とし、最後の『なっ!』で、左足を振り抜いた。

 

 

 

…なんて正確なトラップなの…

 

…あのスピード、あの高さを簡単に抑え込んだわ…

 

…そして、あの左足…

 

…ハーフバウンドでボレーだなんて…

 

…さらに、あの威力…

 

…合わせるだけでも難しいのに…

 

 

 

…化け物が現れたわ…

 

 

 

奇しくも最後の言葉は、フットサルのコーチ石井が、初めてつばさの左足のシュートを受けた時と、同じ表現だった。

 

 

…夢野つばさ…

 

…ただ者じゃないわね…

 

 

 

これが、のちにつばさのパートナーとなる『緑川 沙紀』のファーストコンタクトだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~緑川 沙紀~

 

 

 

 

 

『衝撃の左足!』

 

『驚異の弾丸シュート!』

 

『魅せた!身体能力の高さ!』

 

 

 

翌日、スポーツ新聞の見出しに、そんな文字が踊った。

 

朝からワイドショーでも、繰り返し、そのシュートシーンが放送されている。

 

コメンテーターからは一様に、そのパフォーマンスの高さに驚く声が聞かれた。

 

 

 

一方、所詮は『練習でのシュート』。

 

騒ぐのは、試合に出て、ゴールを決めてから…との声もある。

 

極めてまっとうな意見だ。

 

 

 

そこで、昨日の『騒動』を受け、撮影はOKだが、練習中のリクエストには一切応じないことが、通達される。

 

その替わり、練習終了後に『応対する』ことで、取材協定を結んだ。

 

 

 

…これで、多少は落ち着くだろう…

 

 

 

監督の田北は、胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

夕方になり、練習時間を迎える。

 

さすがに昨日ほどではないが、それでも、これまでの何倍もの報道陣が詰めかけている。

 

またスタンドには『つばさ見たさ』の、にわかファンが集まっていた。

 

いや『にわか』を否定する訳ではない。

 

それこそが、つばさに与えられた使命のひとつなのだから。

 

きっかけはどうであれ、結果に繋がればそれでいい。

 

 

 

つばさは男女を問わず送られる黄色い声援に、時おり、手を挙げて応えた。

 

 

 

 

 

「緑川…ストレッチ、つばさと組んでやれ」

 

「私…ですか?」

 

「うちのチームに、お前以外、緑川がいるか?」

 

「いません…」

 

「なら、お前だ」

 

「…はぁ…」

 

「まったく、毎回毎回、同じ会話をさせるな…。お前とつばさは同い年だろ?色々と面倒見てやれ」

 

「はい、はい…わかりましたよ」

 

「はい!は1回でいい!」

 

それを見て、周りからは笑い声が漏れる。

 

どうやら、このやりとりは日課のことらしい。

 

 

 

「…っていう訳で、私がアナタの教育係になったから」

 

監督の田北に指示を受けた緑川が、つばさの元へとやってきた。

 

「あ、は…よろしくお願いします」

 

「沙紀でいいわ。私もアナタのこと、つばさって呼ぶから」

 

「はい…」

 

「もしくは、私のこと『ヴェル』って呼んでくれても構わないわ。先輩たちは、みんな、そう呼ぶし」

 

「ベル?…鈴?」

 

「ベルじゃなくて、ヴェルよ!ヴェ・ル!」

 

「ヴェルサーチの…」

 

「そう、それ!なんでそう呼ばれてるかと言うと…つばさは『東京ヴェルディ』って知ってるでしょ?」

 

「…お店の名前?…」

 

「ウソッ!知らないの?」

 

「はい…」

 

「あのね、東京ヴェルディって言うのは…」

 

 

 

「コラッ!緑川!仲良くするのはいいんだが、練習中だ…私語は慎め」

 

沙紀が監督に怒られた。

 

 

 

「つばさのせいで私が怒られたわ…」

 

「あ、ごめんなさい…」

 

「なんてね…。じゃあ、続きはあとで…ということで」

 

「はい…」

 

 

 

…良く喋る子だな…

 

 

 

それがつばさの…沙紀に対する印象だった。

 

 

 

 

 

ちなみに、何故、緑川沙紀がヴェルと呼ばれているか…あとから聴いた説明によると…

 

 

 

Jリーグの名門『東京ヴェルディ1969』。

 

かつてホームタウンが川崎だった頃のチーム名は『ヴェルディ川崎』だった。

 

ヴェルデとはイタリア語で、チームカラーである緑を意味する。

 

つまり『緑の川崎』であった。

 

 

 

そして、これは、まったくの偶然の一致。

 

両親は狙って付けた訳ではないとのことだが…

 

彼女の名前は『緑川沙紀』。

 

 

 

『緑(の)川崎』と『緑川沙紀』…

 

誰が言い始めたか覚えていないが、気付いたときには『ヴェルディ川沙紀』と呼ばれていたという。

 

そこから今はヴェルに。

 

 

 

沙紀自身、自分の名前に入っている『緑』は、結構、意識してきた。

 

好きな色…ではないが、無視できない色。

 

だから、このヴェルというあだ名も、それほど違和感なく受け入れられたという。

 

 

 

…私のチョモより、全然いいわ…

 

 

 

彼女の話を聴いて、つばさは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのつばさをチョモと呼ぶ…恐らく世界で唯一の人間…高野梨里の自宅へは、レクチャーを頼んでからの1ヶ月、ほぼ毎日通った。

 

 

 

まず高野は、つばさに座学を叩き込んだ。

 

サッカーにおけるシステム、ポジション別の役割、動き方などを、ゲームをしながら詳しく教えた。

 

 

 

つばさは左足の破壊力を見込まれて、FWでの登録となるようだが…所々でゲームを止め

 

「これがDFラインを上げるということ」

 

「これがウラをとる…という動き」

 

…などと、逐一説明する。

 

 

 

そして全てのポジションの立場で

 

「この時と、この選手は何をケアしなければならないのか」

 

「この時、ボールを持った選手に、どうアプローチしたらいいか」

 

「この時、どんなプレーをしたら、相手は嫌がるか」

 

…等々、こと細かくレクチャーした。

 

 

 

このお陰でつばさは、ルールを含めて、フットサルとの違いを、かなり理解できたと思っている。

 

 

 

もうひとつは、実技。

 

こちらについては、つばさのボール捌きがあまりに上手くて、逆に高野が驚いた。

 

特にトラップの上手さや、ダイレクトでボールを叩(はた)くそれは、目を見張るものがあった。

 

 

つばさ曰く

「ボールの回転がわかる」

のだと言う。

 

にわかには信じられない話だが、本人によると、バレーボールの頃に、死ぬほど練習したトスアップのお陰らしい。

 

レシーブされて上がってくるボールは、時に不規則な回転が掛かっている。

 

それをドリブル(ダブルコンタクト)せぬよう、見極めているうちに

「どのくらいの力加減で、トスを上げればいいか」

が身に付いたらしい。

 

 

 

サッカーでもそれは同じで、来たボールのスピード、回転を見極めれば、どのくらいのボールタッチで、どうすれコントロールすればいいかわかると言う。

 

 

 

…仮にそうだとしても、それをサラッとやっちまうことが、スゲェよなぁ…

 

 

 

高野は声にはしなかったが、つばさの底知れぬポテンシャルの高さに、少しだけ畏怖の念を抱いた。

 

 

 

ダイレクトにボールを捌ける上手さは、元来アタッカーだった名残だろうか?

 

タイミングの合わせかたが、抜群に上手い。

 

 

 

上記の2点については、文句の付けようが無かった。

 

 

 

 

しかし圧倒的に足りないのことがある。

 

 

それはフィジカルの強さと、90分戦い抜くだけの持久力…そして実戦。

 

 

 

こればかりは、短期集中講座でどうこうなるものではなかった。

 

 

 

それはチームが行った能力テストでも明らかになる…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~羽山 優子~

 

 

 

 

 

「どうだ?」

 

「予想通りでもあり、予想以上でもあり…ですね」

 

田北に訊かれたチームのトレーナー…中村はそう答えた。

 

 

 

つばさが練習に参加してから3日後。

 

チーム全体で体力測定が行われた。

 

田北が気にして訊いたのは、やはり、つばさの結果であった。

 

 

 

「予想通りでもあり、予想以上でもあり?」

 

「はい」

 

「…というと?」

 

「小学生時代、バレーボールをやっていて、特待生として中学に進んだ…と聴いていましたし、フットサルでの実績もありますからね…瞬発力系はそこそこで、反対に持久力系は厳しいだろうな…というのが、測定前の予想でした」

 

「それで?」

 

「ははは…100m走と垂直跳びが…異常でした」

と中村は、大笑いする。

 

「ほほう…そんなにか?」

 

「はい。まず100mですが…12秒5で走りました」

 

「12秒5?」

 

「女子の日本記録が11秒21…10位で11秒45ですからね…素人としては『異常』でしょう」

 

「なるほど」

 

「ちなみに、うちのチームでは緑川沙紀の12秒フラットに続いて、2位のタイムです」

 

「快速ツートップか…」

 

田北はボソッと呟いた。

 

 

 

「続いて、垂直跳びですが…まぁ、これは計測方法によって差が出るので、参考記録程度に聞いてほしいのですが…女子の高校生平均が40cm程度とすると、彼女は60cm跳んでます」

 

「60cm?」

 

「男子高校生並みです。つばさは身長が170cm近くあるので、高さなら『馬場 聖子』にもひけをとりませんね」

 

「『くさび』もいけるのか…」

 

「あくまで、データだけなら…ですが…実戦で活かされるか、どうかは話が別です」

 

中村は注釈を付けた。

 

「…だろうな…」

 

「速さも高さも、ボールがあって、相手がいて、その時にその力が発揮できるか…ってことですからね」

 

「ふむ…」

 

「それとスタミナ系のデータはやはり悪いですね。いえ、それでもチームの平均をやや下回る…という程度ですが…まぁ、90分戦うには、まだまだってとこですね」

 

「なるほど…」

 

「今のデータだけを考慮して、ゲームに出場させるならば、ラスト5~10分。相手のスタミナが切れたところで投入…ぐらいがベストでしょうね」

 

「あとは高さを活かしたパワープレーか…」

 

「対人プレーがどうかというとこですかね。とりあえずこれで、強化すべところ、伸ばすべきところがわかりました」

 

「あとはあの左足をどう活かすか…か」

 

「そこは…監督の腕の見せどころじゃないですか?」

 

中村が挑発するように言った。

 

「…そうだな…」

 

田北をそう呟くと、ニヤリと笑って中村の顔を見た。

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

田北と中村のいるミーティングルームに入ってきたのは『チーム唯一のプロ契約選手』…『羽山 優子』だった。

 

羽山は、中学生までこのチームに所属していたOGで、その後、大学生の時に、なでしこジャパン入りした名MFだ。

 

日本で5年プレーしたあと、フランスに渡る。

 

しかし、アシスト王も狙えるかというほど、好調だった3シーズン目…相手DFの厳しいタックルを受け、選手生命が危ぶまれるほどの大ケガをしてしまう。

 

チームは表向きは慰留に努めたが、復帰には1年以上が掛かる見込みだと知ると、日本に戻りリハビリに専念するよう迫られた。

 

 

 

実質的には解雇あった。

 

 

 

引退も考えた…。

 

 

 

そんな時、声を掛けたのが『古巣』大和シルフィードの社長だった。

 

 

 

なでしこリーグ入りを目指すチームにとって、世界のレベルを知るトップ選手の力は必要不可欠だった。

 

「リハビリ期間中は、コーチとして面倒を見てくれないか?そして、うちのチームで復帰してほしい。その後、万全な状態に戻ったら、海外でもどこでも挑戦すればいい。とにかく、我々は君のプレー、経験、そしてプロ選手としてのメンタルを必要としているのだ…」

 

 

 

羽山は悩みに悩んだ末、そのオファーを承諾する。

 

 

 

ひとつは、古巣への恩返し。

 

そして、ひとつは…代表への復帰。

 

 

 

自分のサッカー人生を、怪我のせいで終わらせるのは、やはり納得がいかなかった。

 

 

 

…もうひと華咲かせるわ…

 

 

 

ここから1年、辛いリハビリ生活が始まった。

 

 

 

その合間を見てはチームを訪れ、コーチとしての指導も行ってきた。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

今シーズン、選手として、ピッチに戻ることとなった。

 

 

 

 

「どうだ、調子は?」

 

部屋に入ってきた羽山に、田北が訊く。

 

「どうでしょう…60~70%ってとこですかね…。ボールを蹴るのに、違和感はなくなりましたが、知らないうちに庇ってることがあって…」

 

「自分自身が、どれくらいできるのか…ってことは、正直言ってワシには判断がつかん。だからお前の場合は『自己申告制』にするからな」

 

「はい、わかりました」

 

「無理するなよ」

 

「ありがとうございます」

 

「それから体力測定の結果が出た。中村くんと数値をよく見て、1ヶ月後に開幕に合わせて、上手く調整してくれ」

 

「はい」

 

「中村くん、よろしく頼むぞ」

 

「任せてください」

 

「それと、もうひとつ…3日後に主力組と控え組にわけて紅白戦をやる」

 

「はい」

 

「そこで…お前は控え組に入ってほしいんだが…」

 

「仕方ないです…」

 

「指揮を執れ」

 

「えっ?」

 

「不満か?」

 

「いえ…」

 

「どちらかと言えば、控え組の特徴はお前の方が心得てるだろう?適任だと思うが」

 

「はぁ…」

 

「そして…夢野つばさも、そこでテストする」

 

「つばさ…ですか…」

 

「どうした?」

 

「私も、あの娘には興味ありますので。…3日後ですか?」

 

「うむ」

 

「では、今日から主力組と控え組と分けて練習させてくれないですか」

 

「ん?」

 

「例え紅白戦でも、負けるつもりはありませんので」

 

羽山はニコリと笑ったが、田北も中村も、それを見てゾクリとした。

 

笑顔の奥に秘められた、決意のようなものを感じたからだ。

 

 

 

「あぁ、わかった…」

 

田北は、やっとのことで、そう返事した…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~紅白戦~

 

 

 

 

 

紅白戦当日。

 

 

 

事前に、つばさがwebサイトを通じて、告知を行ったこともあり、スタンドは地元サポーターや、つばさファンが詰めかけていた。

 

…と言っても、ホームとしているグラウンドはメインスタンドしかなく、キャパも千人程度と決して大きい訳ではない。

 

陸上競技場と兼用の為、ピッチまでの距離も遠い。

 

スタンドの傾斜が緩いこともあり、余計そう感じるのかも知れない。

 

このあたりは、今後に向けて、改善が必要だろう。

 

 

 

それでも、女子のアマチュアチームとしては、この環境は恵まれている方だと言えた。

 

 

 

 

 

つばさは、アウェー用の白を基調としユニフォームを身に纏い、控え組に入った。

 

しかし、同じ高校生の緑川沙紀とともに、ベンチスタートのようだ。

 

スタメンが発表されると、つばさファンからブーイングが起きた。

 

 

 

指揮を執るのは羽山優子。

 

自らの出場は、後半からを予定している。

 

 

 

紅白戦ということで、30分ハーフで行われる旨の場内アナウンスが入った。

 

 

 

 

ウォームアップ、ボール練習を終え、いよいよキックオフ。

 

 

 

笛が鳴る。

 

 

 

前半は、主力組が高いボールポゼッション(支配率)で攻め立てるが…5バックで退(ひ)いて守る控え組のディフェンスを、なかなか崩すことができずにいる。

 

アタッキングゾーンまでボールを運ぶものの、フィニッシュまで持っていけない。

 

シュートを打っても、枠に飛ばない。

 

それはまるで、アジアの格下チームと戦う、日本代表を見ているかのようだった。

 

 

 

逆に控え組も、カウンターのチャンスが何度かあったにも関わらず、スピードに欠け、チャンスらしいチャンスが作れないでいた。

 

そうこうしているうちに、ペナルティエリア内でファールを与えてしまい、PKを献上。

 

これを決められ、0-1で前半を折り返した。

 

 

 

盛り上がりに欠ける展開に、スタンドは沸かない…。

 

自然発生的に、つばさコールが起こった。

 

しかし、まだ出ない。

 

 

 

 

 

後半、先に登場したのは緑川沙紀だった。

 

控え組は1点ビハインドの状況となったことで、システムを5-3-2から両サイドを上げ、3-5-1-1-に変更。

 

沙紀ひとりのワントップにして、中盤を厚く、高い位置から積極的にボールを獲りにいく戦術とした。

 

沙紀が献身的に前からチェイスすることにより、主力組のボール回しの精度が低下。

パスミスが増えてきた。

 

 

 

逆に控え組は、ボールを奪ってから、ショートカウンターを発動させる。

 

沙紀がゴール前へ走り、そこへパスを出す…という動きが見られるようになってきた。

 

 

 

選手もようやくエンジンが掛かってきたのか、徐々にヒートアップ。

 

接触プレーも増え、紅白戦から実戦さながらの様相を呈してきた。

 

控え組ひとっては、ベンチ入り、レギュラー奪取のアピールの場。

 

主力組以上に力が入る。

 

 

 

 

 

そして、後半10分(残り20分)。

 

羽山優子がピッチに立った。

 

背番号は…10。

 

 

 

一昨年までは、なでしこジャパン…日本女子代表。

 

サッカーファンならずとも、一度はその名前を聴いたことがある、トッププレーヤー。

 

 

 

大ケガで引退が噂されたものの、厳しいリハビリを経て、約1年ぶりにピッチに帰ってきた。

 

それも地元のチームに!

 

 

 

スタンドに詰めかけたほとんどのサポーターは、それを知っている。

 

選手交代で彼女の名前が告げられると、大きな拍手と歓声が沸き起こった。

 

 

 

それに呼応するかのように、羽山がいきなり魅せる。

 

 

 

トップ下に入ると、最初のボールタッチでいきなり、ノールックのヒールパス。

 

そのままリターンをもらって抜け出そうとするが、ここはパスが合わずに失敗に終わる。

 

だが、このワンプレーだけ見ても、そのレベルの高さが窺えた。

 

 

 

…ふむ…

 

 

 

反対側のベンチで見ている監督の田北は、思わず唸った。

 

 

 

…やはり、現状は羽山に頼らなければならんのか…

 

 

 

監督としては…上を目指すのであれば、あと数人は彼女レベルの選手が欲しいところだろう。

 

 

 

 

 

後半20分(残り10分)…。

 

選手交代が告げらる。

 

 

 

ついに…つばさがピッチに現れた。

 

 

 

羽山の登場…いや、それ以上の歓声。

 

 

 

登場するだけで、雰囲気を変えられる選手。

 

チームの切り札。

 

ジョーカー。

 

 

 

「実力が伴えば、つばさはその最有力候補だな…」

 

田北は、そう呟いた。

 

 

 

 

 

大方の予想を裏切り、つばさは左のサイドハーフに入る。

 

まだフィールドの大きさに慣れていないつばさには、運動量が多いそのポジションは、体力的に厳しいと思われた。

 

 

 

果たして…

 

 

 

ファーストタッチは、味方クリアのこぼれ球だった。

 

ピッチの左サイドでそれを拾う。

 

すかさず、相手DFが間合いを詰めた。

 

 

 

その瞬間!

 

 

 

「フェイント!?」

 

 

 

『エラシコ』で躱す。

 

ボールをアウトサイドに出すと見せかけて、インサイドに切り込む、フェイントの高等技術。

 

 

 

「おぉ!」

 

このプレーにスタンドが沸く。

 

 

 

つばさは、そのままタッチライン沿いを、ドリブルでスイスイと駆け上がる。

 

対応に遅れたDFがプレスにいこうとした瞬間、つばさの左足が振り抜かれた。

 

 

 

アーリークロス…。

 

 

 

ボールは鋭くカーブを描きながら、ゴール前にあがる。

 

飛び込んだのは…

 

沙紀!

 

だが、彼女の頭にはわずかに合わず、ボールはそのままエンドラインを割った。

 

 

 

あぁ~…という溜め息がスタンドから漏れる。

 

 

 

羽山は親指を立て「ナイスプレー」と言っているが、沙紀は不満顔だ。

 

「なんか決められない私が悪い…みたいになってるんですけど…」

 

「はい、はい!文句言わない!次だよ、次!」

 

羽山は手を叩いて、沙紀を鼓舞した。

 

 

 

 

 

ゲームのリズムは、完全に控え組だ。

 

 

 

羽山が長短のパスを自在に出し、主力組に『ボールの取りどころ』を絞らせない。

 

パスの技術は健在だ。

 

ブランクを感じさせない。

 

くわえて、沙紀が右に左にとドリブルで突っ込み、相手の体力と集中力を擦り減らしていく。

 

 

 

つばさが次にパスをもらった時は、早めにチェックを受け、ドリブルに入る前に潰された。

 

身体を寄せられ、そのまま吹っ飛ぶようにして、ピッチに転がる。

 

一瞬ヒヤッとしたが、すぐにプレー続行『可』のサインを出した。

 

主力組もガチできている。

 

お互い負けられない。

 

『特につばさには』やられる訳にはいかない。

 

 

 

…素人に好き勝手はさせないよ…

 

 

 

DF陣の気合いが入る。

 

 

 

 

 

残り2分。

 

久々に、ボールがつばさに渡った。

 

フリーだ。

 

先ほどと同様、タッチライン沿いをドリブルで上がる。

 

同じことはさせない!…と、クロスを警戒して、間合いを計るDF。

 

 

 

…うん、同じことはしないよ!…

 

 

 

それを嘲笑うかのように、つばさは一転して中へと斬り込み、ペナルティエリアまで近づくと、迷わず左足でシュートを放った。

 

 

 

だが、これはGKの真っ正面。

 

ボールがホップした為、前にこぼしたものの、なんとか押さえた。

 

初ゴールならず…。

 

だが、その距離からでも、威力は充分だ。

 

 

 

…あの細い身体のどこに、そんなパワーが…

 

 

 

GKならずとも、全員が同じ感想を持ったに違いない。

 

 

 

 

 

そして、控え組が1点追いかける展開のまま、迎えたロスタイム。

 

中盤でパスカットした控え組のMFが、そのままドリブルで上がる。

 

 

 

恐らくラストプレイ。

 

 

 

ボールは、右のスペースにいた沙紀に出た。

 

相手DFの人数は揃っている。

 

自分で入っていくには、スペースがない。

 

 

 

その時、彼女の視界に、ファーポストへ走り込むつばさの姿が映った。

 

 

 

コーナー付近から、ハイボールのクロスをあげる沙紀。

 

 

 

つばさが、DFとヘディングで競り合う。

 

空中戦!

 

 

 

頭ひとつ高い!!

 

 

 

先に触れたのは、つばさ。

 

「うぐっ!…」

 

しかし、着地に失敗…背中から落ちた。

 

 

 

競ったボールは、足元へと転がり…そこに羽山が走り込む。

 

 

 

合わせるだけ。

 

 

 

ボールはGKの脇を抜け、ネットを揺らした。。

 

いわゆる『ごっつぁんゴール』。

 

 

 

同点…。

 

 

 

そして、そのままタイムアップとなった。

 

 

 

 

 

つばさは激しく咳き込んでいるが、頭は打っていなかったようだ。

 

チームメイトに手を引っ張られ起き上がると、スタンドの声援に、両手を挙げて応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが終わると、クールダウンもそこそこに、集まった観客に向けてサイン会が行われた。

 

当初はつばさひとりであったが、監督の計らいで、羽山も並んで対応することとなった。

 

 

 

 

 

「ナイスプレー!」

 

小さく呟いた声に気付くと、ヤツは色紙から顔を上げ、オレを二度見した。

 

 

 

「た、高野くん!…来てたの!?あれ、練習は?」

 

「今日は親戚がひとり亡くなった…ことになっている…」

 

「悪いんだ…」

 

ヤツはクスッと笑った。

 

「あとで会えるか?」

 

「…えっ?…あ、うん…」

 

「じゃ、連絡する。…後ろが詰まってるから…また…」

 

「わかった…」

 

 

 

オレは羽山優子にもサインをもらうと、まだまだ続く長蛇の列を見ながら、ふと思った。

 

 

 

…夢野つばさに羽山優子…

 

…つばさと羽か…

 

 

 

…なんか、面白いチームになりそうだな…

 

 

 

 

 

~つづく~

 






ちなみに…現実世界の話。



『大和市営大和スポーツセンター競技場』は、神奈川県大和市の運営する大和スポーツセンター内にある陸上競技場。

1990年4月の大和スポーツセンターの開設に先立ち、同年3月に完成した。

フィールドのサイズは98×65mとサッカーの国際規格には足りないが『日本女子サッカーリーグ』『大和シルフィードのホームゲーム』や『天皇杯』『JFL』『なでしこリーグ1部』『Jユースカップ』など、国内のアマチュア公式戦ではトップレベルの試合が頻繁に行われている。

メインスタンドは2,452人、バックスタンドは500人収容。



そして、畏れ多くも2016年4月10日から

『大和なでしこスタジアム』

…の呼称を使用しているw


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Winning wings ~伝えたいこと~

 

 

 

 

 

「お疲れ」

 

 

 

今日はオレがヤツの部屋を訪れた。

 

 

 

「そっちこそ…。わざわざ観に来るなんて聴いてないわよ。それも練習サボってまで…」

 

「一応、オレは『コーチ』だからな。特訓の成果がどれほどのものか、見届ける義務がある」

 

「ふふふ…偉そうに…。それで点数は?」

 

「5点ってとこかな?」

 

「10点満点で?」

 

「いや、100点満点だ」

 

「うそっ!?」

 

「…うそ…」

 

「 もう…」

 

「まぁ、上出来なんじゃないの?ゴールこそ奪えなかったけど、あれだけやれりゃあ、たいしたもんだよ。正直、いきなりエラシコとか…『はぁ?』って思ったけど」

 

「あれはフットサルでもやってたから…あんなに上手くいくとは思わなかったけど…」

 

 

 

そうなんだ。

 

元々器用なのかもしれないが、ヤツは長身のわりに足技が巧い。

 

フットサルの狭いコートで、相手を抜く技術を色々身に付けたらしい。

 

俺と練習で1対1をやった時も、平気な顔をしてシザースのフェイントを交えてた。

 

 

 

だが、今日の紅白戦は、想像通り弱点も露呈した。

 

 

 

「身体…大丈夫か?」

 

 

 

ヤツは2度ほど吹っ飛ばされた。

 

フットサルは接触プレーが禁じられている故『当り』には慣れていない。

 

これをどう『いなして』いけるのか…今後のサッカー人生に大きく関わってくる。

 

 

 

「最後のプレーは、背中から落ちたから、一瞬息ができなかったけど…ケガはないみたい」

 

「ちっと心配したぞ」

 

「ちょっと?」

 

 

 

…お?なんだ、その寂しげな表情は…

 

 

 

「い、いや…『メチャクチャ』心配した」

オレは即座に言い直した。

 

「でしょ…」

 

ヤツは悪戯っぽく笑う。

 

「なにはともあれ、ケガがなくて良かったよ」

 

「うん…。でも、やっぱりヘディングは苦手かな…。高くジャンプすると、どうしても『スパイク』打ちたくなっちゃうのよね…」

 

「あははは…」

 

「まだ、おでこにちゃんと当たらないし」

 

「それはしかたない。なんでもすぐに全部できたら、苦労しない」

 

「まぁ、それはそうだけど…」

 

「だけど『その高さ』は、結構な武器になる。それは間違いはない」

 

 

 

「不思議な感じ…」

 

 

 

「何が?」

 

「バレーボールじゃ『身長が低い』から…って、セッターに転向させられたのに…それが高いって言われて」

 

「あぁ、そうか…そりぁ、競技が違えばな」

 

 

 

…オレは逆に身長が低かったことが、コンプレックスだったんだけどな…

 

 

 

「…どうかした?」

 

「…いや、なんでもない。それを思うと、ようやくオレも身長は追い付いたかな…と」

 

「身長は?サッカーじゃユースの代表でしょ?日本の代表なんだから、すごいと思うんだけど…」

 

「いやいや、夢野つばさに比べれば、オレの知名度なんて『これっぽっち』だよ」

 

「結構、自分を卑下するんだね。昔はもっと自信満々だったのに」

 

「小学生の時は、ずっと『チョモには負けまい!』って勝手にライバル視してたんで…。正直、スポーツ以外は全敗だったけど」

 

「確かに、やたら絡んできたよね」

 

「絡むとは、人聞きの悪い。勝負を挑んだ…と言ってほしい」

 

「ライバル視…ね…」

 

「ん?」

 

「私のこと…『好きで』ちょっかい出してるのかと思ってた…」

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

…やべぇ!…

 

 

 

…いきなり核心をついてきやがった!…

 

…だけど、その話はまだ早い…

 

…オレの準備ができてねぇ…

 

 

 

「と、突然、な、なにを言い出すんだよ…」

 

「そっちこそ、なに慌ててるのよ…」

 

「あん?あ、慌ててねぇし…」

 

「ねぇ…当時、好きな娘とかいた?」

 

「当時?小学生の時か…えっと…須崎…松宮…紅林…」

 

「なんか、みんなタイプがバラバラだね」

 

「そうか?」

 

「須崎さんは目がクリッとしてて可愛い感じだったし、松宮さんは逆に切れ長の目の美人…紅林さんは…ちょっとヤンキーっぽかったかな?」

 

「…そうだな…。でも、3人とも見た目が良かったことには、かわりない」

 

「そうね」

 

「残念ながら、中学は学区が違って、その後は会えず仕舞い…。今、どんなになってるか…」

 

「彼女とかいないの?」

 

「オレ?」

 

「学校、共学なんでしょ?」

 

「中学の時はいた。すぐ別れたけど」

 

「どうして?」

 

「性格の不一致」

 

「ふ~ん…」

 

「…今は…何回か、告白(こく)られたことはある!…だが、付き合ってはいない」

 

「へぇ…」

 

ヤツは疑っているようだが、ウソではない。

 

「こう見えて、意外にモテるんだぜ」

 

「まあ、スポーツができると『カッコイイ』って勘違いしちゃうのよね」

 

「勘違いってなんだよ、勘違いって」

 

「付き合ってないんだ?」

 

「今は『サッカーに命を懸けてる』んで」

 

そう言うと、ヤツはプッと吹いた。

 

「笑うところか?」

 

「本当にそれが理由?」

 

「…えっと…すまん、ウソをついた。正直に言うと…タイプじゃなかった…」

 

「あ、可哀想…」

 

「でも、見た目って大事だろ?そりゃあ、性格がいいに越したことはないけど…そんなのって、すぐにわからないじゃん」

 

「う~ん…」

 

「例えばだよ…ずっと同じ空間で過ごしてて『あっ、こいつ、ルックスはそうでもないけど、性格は悪くないじゃん…気が合うかも』…とかはアリだと思う」

 

「はぁ…」

 

「だけど、ほぼ初対面みたいな状態で『付き合ってください』…みたいなこと言われても…。そこは第一審査として、タイプかどうかは関わってくるだろ?」

 

 

 

…異論は認める…

 

 

 

しかし、よっぽどの物好きでない限り、まずはルックスありきだろう…。

 

 

 

「チョモだって、同じ性格の人がふたりいたら、自分の好みのタイプを選ぶだろ?まぁ、格好いいかどうかは別として、好みのタイプを」

 

「…そう…かな…」

 

「そうだろ…」

 

「だね…」

 

無理矢理言わせた感はあるが、世の中、そんなもんでしょ?

 

「…で?チョモは?」

 

「えっ?」

 

「彼氏…」

 

「いないわよ…。恋愛禁止だし」

 

「そうなの?」

 

「いや、禁止じゃないけど…ほら、色々あるじゃない?だから…」

 

「あぁ…あるな…」

 

別に誰が誰と付き合おうと個人の自由だが、ファンがいると、そうはいかないらしい。

 

 

 

…現在進行形でなくても、ダメだもんな…

 

…過去に一緒に撮ったプリクラ1枚で、大騒ぎだし…

 

 

 

「『リベンジなんとか』とか怖いしなぁ…」

 

 

 

…やるほうもやる方だけど、撮ることを許してる訳だから、自業自得のところもあるかのな…

 

 

 

「…って、何の話だっけ?あぁ、彼氏がいるかいないか…か。それでも、好きな人はいるだろ?」

 

「格好いい人は周りにいっぱいいるよ」

 

「へぇ…」

 

「学校…芸能人しかいないし」

 

「そうだった…」

 

「だから、マヒしてるかも…」

 

「なにが…」

 

 

 

「高野くんが…ちょっと、いいなな…って、思うことがある…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

…マジ?…

 

 

 

「…って言ったらどうする?」

 

 

 

「…だよなぁ…。そりゃあ…チョモとはいえ、夢野つばさだからな…。そんなこと言われれば、光栄っちゃあ、光栄だけど…」

 

「『チョモとはいえ』は、失礼ね…。夢野つばさとならいいんだ?」

 

「言葉の綾だ…」

 

「あ、でも、高野くんは『めぐみ派』だったんだっけ?おっぱい大きいから」

 

「比較論で言うと『3人なら誰?』って話で…っつうか、本人目の前にして『つばさ』とは言わんだろ?」

 

 

 

「そうなの?」

 

 

 

「当然だろ?そりゃ、これだけ身近にいるんだもん、応援しないわけないじゃん」

 

「そっか…そういう理由…」

 

「何かおかしいか?」

 

「ううん、別に…」

 

「そもそも、お前にその気がないのに、そんな話されても…」

 

「そうだね…ごめん…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

 

 

…なんだ?…

 

…変な空気になっちまったぞ…

 

 

 

「えっと…」

 

「あの…」

 

 

 

オレとチョモは同時に声を発した。

 

 

 

「えっ?あ、なに?」

 

「いえいえ、お先にどうぞ…」

 

「いやいや、チョモから…」

 

「高野くんから…」

 

「じゃあ、オレから」

 

「えっ、それなら私が…」

 

「…って、ダチョウ倶楽部か!」

 

 

 

オレの突っ込みにヤツは笑った。

 

 

 

…すげぇな、ダチョウ倶楽部…

 

…何年経っても、使えるもんな…このネタ…

 

 

 

そのお陰で、少し部屋の雰囲気が緩んだ。

 

 

 

「なにか話があったんじゃない?」

 

 

 

…そう、ここからが本題…

 

 

 

 

「あ、あぁ…実は…臨時コーチは今日で退任しようと思って」

 

 

 

「!」

 

 

 

一瞬、ヤツの呼吸が止まった…。

 

 

 

「まぁ、ある程度、教えることは教えたし。あとはチームのスタッフがいるだろうから…」

 

 

 

「そっか…」

 

 

 

「それに…そろそろ、こうして会うのもマズイんじゃないかと…。さっきの話じゃないけど、噂にでもなったら問題だろ?」

 

「…うん…それは…」

 

「オレはユースに選ばれるようになったし、チョモもこれからスタートだし…今はそっちに集中しないとな」

 

「…そうだね…」

 

「サッカーでわからないことがあれば、連絡しろよ」

 

「うん、わかった…」

 

「じゃあ、そろそろ行くわ。頑張れよ…」

 

 

 

オレは立ち上がった。

 

他にも伝えたいことがあったが、今は言うべきじゃない。

 

そう思った。

 

 

 

「あのね…高野くん」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

ヤツが、オレの腕を掴んで呼び止める。

 

 

 

「あのね…これまで、色々ありがとう」

 

「いいって。将来お前が代表にでも選ばれたら『アイツを教えたのはオレだよ』って自慢させてもらうから」

 

「うん」

 

「ほんじゃ…」

 

 

 

「待って!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「待って…もうひとつ…伝えなきゃいけないことがあるの…」

 

 

「伝えたいこと?」

 

 

 

「さっきの話…ウソじゃないんだ…」

 

 

 

「さっきの話?」

 

 

 

オレは頭の中で、部屋に入ってきてからの会話を、早送りで再生した。

 

 

 

…どの話だよ…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~Love Like(ラブライク)~

 

 

 

 

 

「どの話のことだ?」

 

 

 

「もしかしたら」…と淡い期待を寄せつつ…「いやいや、そんなばかな」…と直ぐに打ち消す。

 

世の中そんなに甘くない。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「高野くんのことを…ちょっといいかな…って思ってること…」

 

 

 

…おっ?…

 

 

 

「…ま、まぁ…ちょっとだろ、ちょっと…たまにはそう思うこともあるだろ…相手がオレだし…」

 

「ううん、違うの…そうじゃなくて…」

 

「そうじゃなくて?」

 

 

 

 

 

「好きなの…本当は…」

 

 

 

 

 

「…マ…ジ…?…」

 

 

 

…淡い期待が…

 

…『気体』じゃなくて『固体』になった…

 

…目に見えなかったものが、形となって現れたよ…

 

 

 

…でも…

 

 

 

「『ドッキリ』ってヤツだろ?どこかにカメラあるんじゃない?いやぁ、参ったなあ…」

 

オレは『放送されることも考えて』大袈裟な仕草で、困ったフリをした。

 

100%ないと思うが、真面目に受け取って、騙された様子が流されるとなると、その後のオレの『沽券』に関わる。

 

一生バカにされる。

 

ここは用心するに越したことはない。

 

オレは振り返り、部屋を見回す。

 

 

 

…どこかにカメラがあるんじゃないか?…

 

 

 

オレは窓際に近づくと、並んでいるぬいぐるみをマジマジと見た。

 

 

 

「何してるの?」

 

「この辺にカメラが…」

 

「無いわよ…」

 

「じゃあ、この机のどこかに…」

 

「無いって…」

 

「この収納ケースか…」

 

「それはダメ!!」

 

ヤツの声が、一際大きくなった。

 

「おお!これか!やっぱり…」

 

 

 

…見つけた!…

 

 

 

引き出しに手を描けようとした瞬間、ヤツは言った。

 

 

 

「…そこは下着が…」

 

 

 

「あ…そりゃ、ダメだな…いや、逆に余計確認したくなったかも…」

 

2割冗談、8割本気。

 

 

 

「…バカ…」

 

ヤツの顔が真っ赤になった。

 

 

 

それは、オレが初めて見た、ヤツの恥じらいの表情だった…。

 

 

 

「あ…えっと…その…なんだ…」

 

動揺して言葉が出ない。

 

オレが向き直ると、ヤツはオレの目を見て言った。

 

 

 

「私ね…高野くんのことが好きだって気付いたの…」

 

ヤツの瞳は、みるみるうちに潤んでいく…。

 

 

 

…惚れてまうやろう!!…

 

 

 

心の中で叫ぶオレ。

 

 

 

「な、なんて顔してるんだよ…」

 

「ついに言っちゃったな…って思ったら…急に…」

 

ヤツは一瞬オレに背を向けると、シャツの袖を自分の目元に押し当てた。

 

「ふぅ…セーフ!危なく、目から汗が流れるところだった…」

 

 

 

…セーフじゃねぇよ、バ~カ…

 

…あんな顔見せられたら、抱き締めたくなっちまうだろうが…

 

 

 

「少し、冷静になれ…。たぶん、あれだ…とりあえず紅白戦まで終わって、少し張り詰めてた気持ちが緩んだんだろ…。今の言葉は聴かなかったことにするから…」

 

オレは再び部屋を出ようと、ドアへと向かった。

 

 

 

だが…

 

 

 

「お願い…ちゃんと話を聴いて…」

 

 

 

ヤツがオレの手首を掴む。

 

 

 

「わ、わかった…」

 

 

 

…冷静になれ…

 

 

 

今度は自分に、その言葉を投げ掛けた。

 

 

 

 

 

「私ね…気付いたの。高野くんが好きだってことに…」

 

「あ、あぁ…ありがとう…なのかな、こういう場合…」

 

「きっと、小学生のころから、好きだったんだと思う」

 

「えっ?」

 

「その時はよくわからなかったけど…」

 

「はぁ…」

 

「ほら、私、大きかったから、男子に怖がられてたし…」

 

「その筆頭がオレだけど…」

 

「確かに『チョモ』とか、変なあだ名つけられるし、それは嫌だったけど…不思議と高野くんには、嫌いになれなかったの…」

 

「へぇ…何でかね?」

 

「たぶん、いつも一所懸命だっからじゃないかな…結果はどうあれ、手を抜かないで、まっすぐだったから…」

「それは…さっきも言ったけど…お前には負けたくなかったっていうか…なんていうか…」

 

「あとね…私、友達もいなくて…」

 

「女子人気、高かったじゃん」

 

「…なのかな…。でもバレーボール中心だったから、あんまりみんなと遊んだこともないし、変に正義感が強かったから、クラスでも、ちょっと浮いた存在だったでしょ?」

 

「浮いた…っていうより、なにもかも、突出してたよ…。スポーツ万能で、勉強もできて、明るくて、スタイル良くて…非の打ち所がないって、こういうことじゃん」

 

「でもね…よく思ってない女子もいたじゃない?」

 

「…いたな…」

 

 

 

チョモは、結構な嫌がらせを受けていた。

 

上履きや笛などが『行方不明』になることは、日常茶飯事だった。

 

ノートがビリビリに破かれていたり、黒板に悪口を書かれていたこともあった。

 

だが、ヤツは学校では、いつも明るく振る舞い、泣いた顔を見せなかった。

 

 

 

やがて相手方は『効果なし』と見たのか、嫌がらせは『鎮静化』していった…と聴いていた。

 

 

 

「あれね、高野くんのお陰なんだよ…」

 

「えっ?」

 

「私には内緒で、いつも探してくれてたでしょ?」

 

 

 

「…記憶にない…」

 

 

 

「ちゃんと覚えてるもん!」

 

「そうだっけか…」

 

「無くなった筆箱を公園で見つけて、家に届けに来てくれたこともあるし…」

 

「忘れた…」

 

「その時に、ね…言ったんだよ…『チョモはなにひとつ、悪くない。だから、絶対に泣くな』…って」

 

「何かの間違いだ」

 

「『だけど、怪我したとか、命に関わるようなことなら話は別だ。何かあったら相談に乗るから』って」

 

「オレが?そんな恥ずかしいことを?小学生で?」

 

「うん…」

 

「『何様だよ』…って感じだな…」

 

「ううん…嬉しかった。あぁ、私にもちゃんと心配してくれてる人がいるんだって…」

 

「…役に立ったんなら、何よりだ…」

 

「その時は、その感情を上手く表現できなかったけど…だから、本当に感謝してるの。そうじゃなければ…命を絶ってたかも知れない…」

 

「おいおい、物騒な…」

 

「そのくらい辛かった…ってこと」

 

「そっか…そこまで追い詰められてたとは知らなかった…」

 

「お父さんにね…『まだ、早い!』って夢の中で追い返されたのもあるんだけど…」

 

 

 

「あ…」

 

 

 

ヤツの親父さんは、6年ほど前に他界していた。

 

それも交通事故という不幸な形で…。

 

オレはまだこの歳まで、人の死というものに直面したことはない。

 

じいさんも、ばあさんも健在だ。

 

 

 

だが、ヤツは…小4で最愛の人を亡くしている。

 

 

 

それだけに死というものがどういうことなのか、よくわかっているのだろう。

 

自ら命を経とう…などとできるハズがなかった。

 

 

 

でも、強い…。

 

 

 

オレは確かに、イジメとか許せなかった。

 

だいたい犯人グループは目星が付いていたし、間接的にやめるよう働きかけもした。

 

 

 

だけど…

 

 

 

仮にオレがそんなことを言ったとしても、実際に泣き言も言わず、耐えてきたヤツの精神力…。

 

 

 

「やっぱり、お前はスゲーわ…」

 

「えっ?」

 

「なにもかも、手の届かない存在だよ…」

 

「手の届かない存在?」

 

「いや、なんでもない…あ、あとで親父さんに線香上げさせてくれるかな…何回か来てるけど、一度もしたことないから…」

 

「うん、ありがとう」

 

ヤツは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

「それでね…」

 

「まだ、続きがあるんだ?」

 

「うん…。その時はまだ、子供だったし…付き合うとか、付き合わないとか…そんなのってよくわからなかったでしょ」

 

「あぁ…」

 

「だけど、あの日…私がバレーボールを辞めるか辞めないかで悩んでた時…偶然、公園で高野くんに会った」

 

「…会ったな…。あれから3年か…」

 

「その時も、あの時とおんなじ言葉を掛けてくれたんだよ」

 

「なんか言ったっけ?」

 

「『何かあったら相談にのるよ!』って…」

 

「社交辞令だよ」

 

「かもね。それでも嬉しかった」

 

「単純だな」

 

「でも、高野くんが、言葉だけじゃないこと知ってるから…」

 

「あの時だって『サッカーの日本代表になる』って宣言して、それ通りになってるし」

 

「まだ、代表ではない。ユース代表だ」

 

「一緒だよ。私は…結局なにもかもが中途半端で…周りの人に助けられて、今、こうしていられるけど、自分の実力で、そうやって登り詰めたんだもん…私にとって尊敬すべき存在」

 

「オレが?」

 

「だから、私がサッカーをやる!って決めたときも、真っ先に聴いてほしかったし…コーチもしてほしかったの」

 

「持ち上げすぎだな…。また『な~んてね…』とか言わねぇだろうな」

 

 

 

「嘘付いてるように思う?」

 

 

 

「…あ、いや…」

 

 

 

「それで、今更ながら、気付いたの…。『私、高野くんが好きなんだ…』って…」

 

「でも、それって『like』だろ?『love』ではないんじゃ…」

 

「うん。愛してるとか、それとは違うかも。でも限りなくloveに近いlike…かな」

 

 

 

…そうか…

 

…そうなのか…

 

…チョモがオレのことを、そんな風に見てたなんて…

 

 

 

 

「あ、いや、でも、何で今?このタイミングは…」

 

「だって、コーチ、辞めちゃうって言うから…」

 

「それは…ほら…」

 

「今、言わないと…もう言えない気がしたから…」

 

「そんな『永遠に会えない』みたいな言い方しなくても…」

 

 

 

…どうする?…

 

 

 

格好つけた方がいいのか。

 

自分の気持ちに素直になった方がいいのか。

 

 

 

 

 

迷った末に出した結論…。

 

 

 

 

 

それは…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~抑えきれない気持ち~

 

 

 

 

ヤツに好きだと言われた。

 

 

オレは…

 

 

 

 

 

「チョモ…」

 

 

「はい?」

 

 

 

「…オレも…お前のことが…」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

「…好きだ…」

 

 

 

 

 

「…うそ?…」

 

 

 

 

 

「この状況で嘘を言うと思うか?…オレも同じだ。ずっとお前が好きだった…」

 

 

 

「…信じられない…いつから?…」

 

 

 

「…小学生の頃から…」

 

「聴いてないよ…」

 

「お前と一緒…。当時は、それが好き…っていう感情だとは気付かなかった。むしろ、お前のお母さんの方が好きだった。ムチャクチャ綺麗だったし…今もそうだけど」

 

「元モデルだからね」

 

「そうなの?そりゃあ、綺麗なわけだ…」

 

 

 

「高野くん…ひょっとして、熟女好き?」

 

 

 

「違ぇ~よ!…違うって!…まず、お前のお母さんは熟女じゃね~し…えっと、その…だから、あれだ!お前のお母さんはそれだけ綺麗だし若く見える…ってこと」

 

 

 

疑惑については、全力で否定。

 

 

 

…だけど、もし誘われたら…断る自信はない…

 

 

 

「…うん、わかった。まぁ、私から見ても、そう思うから、それはそれでいいけれど…。…で、私はどうだったの?」

 

 

 

本題に戻った。

 

 

 

「お前は…お前は倒すべき相手だと思っていた」

 

「倒すべき相手?」

 

「上手く表現できないが…勉強でも性格でも、どうやっても勝ち目がないことは知っていた。オレにないものを持ってるお前が、羨ましかった」

 

 

 

「…」

 

 

 

「だから…なんとか認めてもらいたい…っていう気持ちがあったんだと思う」

 

「認めてたよ、私は…」

 

「今、知ったよ…お前の気持ち」

 

「うん…」

 

「だから、さっき『ライバル視してた』みたいなことを言ったけど…反面、どこか憧れみたいなとこがあったんだと思う」

 

「憧れ?…」

 

ヤツは首を傾げた。

 

「なにが一番そうさせたのか…って言うと…やっぱり身長だな」

 

「…身長?…そんなに気にするものなの?」

 

「あっ!わかってねぇなぁ…そりゃあ、気にするよ。…人によるかも知れないけど…」

 

「特に小学生の時なんて、だいだい女子の方が高いわけじゃん。チビ扱いされるのは、イヤなわけ」

 

「私、そんな扱いしてた?」

 

「直接『チビ』とは言わなかったが、いつも見下ろされてた」

 

「ぷっ!だって、それは仕方ないでしょ」

 

「だから、それはこっちの被害妄想だ」

 

「だよね」

 

「だけど、男なら考えるぞ。彼女が、自分より大きかったらどうなるか。一緒に傘に入るの大変だな…とか、壁ドンとかできないじゃん…とか、お姫さま抱っこしたら、そのままシュミット式バックブリーカーになるな…とか」

 

「シュミット式バックブリーカー?」

 

「抱き抱えられられずに『こうやって、こうなる』ことだ」

オレは方膝を立てて、人をへし折るフリをした。

 

「小学生で、そこまで考えるんだ?」

ヤツは、笑うかと思ったら、逆に真剣な顔でオレを見た。

 

「考えるよ」

 

「そうなんだ…」

 

「だから…チョモは『対象外』にしていた…というか…」

 

「…なるほど…」

 

 

 

「あ~…上手く言えねぇ!…伝わってるか?…」

 

「なんとなく…」

 

 

 

言葉で説明するのは難しい。

 

 

 

「今思うと…好きだったと思う。お前の性格、嫌いじゃなかったし…。でも、素直に認めたくなかった。そうこうしてるうちに、卒業しちゃって…」

 

「そうだね…」

 

「だから、公園で再会したときは、正直嬉しかった」

 

「偶然だったけど…」

 

「あぁ、あそこで会わなければ、そのまま想い出で終わってたんだけどな…」

 

「うん、あんなところで会うとはわなかったね…」

 

 

 

…運命なんて言葉、簡単には信じないが、あの時会わなければ、今はない…

 

 

 

「だけど、お前はバレーボール辞めて、モデルになってるじゃん」

 

「うん」

 

「その瞬間、お前は永遠に手の届かない存在になった」

 

「大袈裟だよ…」

 

「大袈裟じゃねぇよ…」

 

「こっちは張り合えるところはサッカーしかないからな。そしたら、まったく違う分野に行っちまいやがった」

 

「ごめん…」

 

「あ、いや、謝らなくてもいいんだけど…。そんでもって、また、忘れた頃にコーチを頼まれて…」

 

「うん…」

 

「もしかしたら『オレのこと、好きなんじゃね?』とか思い始めて…そうしたら、なんかスゲー意識しちゃって…『あれ?好きだったのはオレかも』みたいな…」

 

 

 

「じゃあ、これって…両想い?…」

 

 

 

「…なのかな…」

 

 

 

「…ホントに私なの?私、女の子っぽくないよ?」

 

「知ってる。優柔不断より、よっぽどいい」

 

「私、束縛されるの嫌いだよ」

 

「大丈夫。オレも嫌いだから」

 

「私…胸大きくないよ?…」

 

「大きくても垂れてたら意味ないし、乳輪が大きいのも好きじゃない」

 

 

 

…何を言ってるんだ?…

 

 

 

さすがに、これはヤツもスルーできなかったらしい。

 

 

 

「ばか…」

 

 

 

再び、ヤツが呟いた。

 

 

 

「い、今のは置いといて…。なんでオレがそんなことを言ったかというと、やっと、並んでも恥ずかしくない背の高さになったから…」

 

「また、身長の話?私はそんなに気にしてないよ」

 

「気にしろよ!こっちはやっと対等な目線で話せるようになったんだから」

 

「…でも、本当に並んだのかしら?」

 

「並んだよ!いや、抜いただろ!」

 

「どうかな?」

 

「じゃあ、そこに壁に背中付けて立ってみ?」

 

「こう?」

 

「お前の頭が、この高さだろ…」

 

オレは自分の掌を、ヤツの頭の上に置いた。

 

 

 

「あっ!」

ヤツが先に声を出す。

 

 

 

「おっ!」

オレもその状況に気付いた。

 

 

 

…近い!…

 

 

 

「これって…壁ドン?」

 

 

 

「…いや…そういうつもりじゃなかったんだが…」

 

 

 

「してみたかったんでしょ?」

 

「してみたかったわけじゃない。…それに…何か違う…」

 

 

 

…あと、10cm身長が足らないか?…

 

 

 

「オレが上から覗き込む形にならない」

 

「ふふふ…そうだね」

 

 

 

理想的な壁ドンではなかったが、期せずして近い状態にはなった。

 

ヤツは壁に背を向けたまま『動かない』。

 

オレも、ヤツの正面に立ったまま『動けない』。

 

 

 

 

 

ふたりの時間が止まった。

 

 

 

 

 

暫くして、ヤツは目を閉じた。

 

 

 

…これは!…

 

 

 

「…チョモ?…」

 

 

 

オレの呼び掛けに、ヤツは小さく頷いた。

 

何が言いたいか、悟ったようだ。

 

 

 

オレは覚悟を決めた。

 

ヤツの唇を見る。

 

こんなに間近で見るのは初めてだった。

 

艶々として、柔らかそうだ。

 

 

 

オレはヤツの頭に手を回し、顔を近づけた。

 

 

 

 

 

だが…

 

 

 

 

 

寸前で止めた。

 

 

 

 

 

「チョモ…今、キスなんかしちゃったら…オレ、それだけじゃ収まらない気がする…。お前のお母さん、下にいるし…」

 

 

 

キスもエッチもしたことがない…わけじゃない。

 

 

 

 

 

だけど…

 

 

 

…相手は夢野つばさだぞ!…

 

 

 

ちょっと怖じ気付いた。

 

 

 

 

 

「…高野くん…」

 

 

 

「…スマン…」

 

 

 

「ううん…なんか、私こそ…ごめん…」

ヤツはそう言うと、その場にドスッとしゃがみ込んだ。

 

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「緊張が解けたら、腰が抜けちゃったみたい…」

 

「なんだ。…らしくないな」

 

「どうせ…私は…女らしくないですよ!」

 

ヤツはそう言うと、壁に手を付き、立ち上がろうとしたが、またよろけて、再度尻餅をついた。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「大丈夫…」

 

「手ぇ、貸すよ…」

 

「ありがとう」

 

オレは右手を差し出し、引っ張りあげると、ヤツは立ち上がった勢いで、全体重をオレに預けてきた。

 

 

 

「ぬぉっと!」

 

 

 

ヤツを抱き止める…。

 

 

 

「すまん、不可抗力だ!」

 

オレはすぐに身体を離そうとした。

 

 

 

しかし、ヤツがオレの腰に回した両腕は、離れない。

 

 

 

「チョモ!?」

 

 

 

「ちょっとの間だけ、こうさせて…。少しだけ、私にも好きな人ができた!…って、実感させて…」

 

 

「…あぁ…わかった…」

 

 

 

…どこが女っぽくないだよ…

 

 

 

オレはリクエストに応えて、一旦は下ろした腕を、肩越しからそっと巻き付けた。

 

 

 

 

 

どれくらいの時間、そうしたか。

 

ヤツは一向に離れる気配がない。

 

 

 

…寝てるのか?…

 

 

 

「チョモ?」

 

オレは呼び掛けた。

 

 

 

「…なぁに…」

 

「あ、いや…動かないから寝たかと思って…」

 

「…寝てないよ…。だけど、なんか、すごく幸せな気分になっちゃって…ちょっと、意識をなくしてたかも」

 

 

 

「は?じゃあ、もっと意識なくしてみる?」

 

 

 

オレの精一杯の照れ隠し。

 

 

 

…「ばか」って言うに決まってる…

 

 

 

 

 

でもヤツは…

 

 

 

 

 

何も言わずに頷きやがった!

 

 

 

 

そうなったら仕方ない。

 

 

 

 

 

 

「許せ…」

 

 

 

 

 

オレはチョモを壁際に押しやると、ついに自らの唇を、ヤツの唇に重ねた…。

 

 

 

 

 

知り合ってから、約6年。

 

初めてお互いの秘めていた想いが、結実した瞬間だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~距離感~

 

 

 

 

 

「どうです?サッカーの方は?」

 

『水野めぐみ』こと、阿部かのんに質問されたのは『夢野つばさ』こと、藤綾乃。

 

「うん、まぁ…頑張ってるよ。でも、ゲームに出られるからどうかは…」

 

「今週末ですもんね…頑張ってください」

 

「ありがとう!」

 

『星野はるか』こと、鈴木萌絵の激励に、綾乃は笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

ここはゲー高のカフェテラス。

 

春休みが終わり、新学期になった。

 

 

 

かのんと萌絵は、高校の入学式を終えて、綾乃と合流。

 

夢野つばさが音楽活動を休止した為、シルフィードの3人が集まるのは、久々のことだった。

 

 

 

 

 

今週末、夢野つばさが所属するサッカーチーム『大和シルフィード』は、地域リーグの開幕戦を、ホームで迎える。

 

 

 

最初は、つばさの挑戦を冷ややかに見ていたチームメイトも、彼女が真剣に練習する姿に、考えを改めるようになっていた。

 

そして、日が経つにつれて、つばさのサッカーに関する才能が開花していく様子に、驚きを隠せなくなる。

 

 

 

…うかうかすると、レギュラー獲られるかも…

 

 

 

そう思わせるほどの実力。

 

周りがショボいのではない。

 

つばさが異常なのだ。

 

 

 

チームメイトの見る目が変わる。

 

そのつばさの存在が『いい緊張感』をもらたし、レギュラー争いは激化。

 

結果、短期間でチームの総合力がアップした。

 

 

 

 

 

つばさの才能にいち早く気付いたのは、キャプテンを務める『羽山優子』だ。

 

 

 

あの左足の破壊力は、誰しもが認めるところだが…

 

それ以上に驚いたのが、パスの正確さと視野の広さだった。

 

 

 

つばさは、バレーボールのセッターをやっていたお陰で、ボールの回転、スピードが把握できるという『特殊能力』を持っている。

 

だから、ダイレクトでボールを捌くときも…それを見極め、どのくらいの力加減で、どこを蹴ればいいのか…が、感覚的にわかるのだという。

 

 

 

加えて…

 

 

 

セッターはレシーブが乱れてポジションを動かされても、アタッカーの打ちやすいところへ、きちっとトスを上げるのが役目。

 

どこからでも、決められた位置にトスアップしなければならない。

 

 

 

サッカーのパスも同じ。

 

 

 

相手の欲しいところに、ボールを出す。

 

つばさに言わせれば「まったく一緒」らしい。

 

 

 

さらに言えば、セッターは相手の陣形を常に見て、どのように攻撃すればいいのかを考えるポジション。

 

敵チームの『穴』を探している。

 

その観察眼…戦術眼とも言えるかもしれない…が、サッカーにおいても活かされている。

 

つばさは敵味方の位置を、瞬時に把握する能力に長けていた。

 

だから、どこの誰にパスを出すのが効果的か…あるいはドリブルで仕掛けた方がいいのか…言葉は妥当ではないかもしれないが『セッター目線』でピッチに立っていた。

 

視野が広いとは、故にそのことを差す。

 

 

 

羽山は、正確無比なパスを武器に、フランスでアシスト王寸前まで登り積めた自分と、同じ『匂い』を、つばさに感じていた。

 

 

 

…この娘は、絶対に中盤の方が活きるわ…

 

 

 

ミドル…いやロングシュートが撃てるのも魅力的だった。

 

 

 

羽山は徹底的に自分の知識、テクニックを叩きこんだ。

 

チームを勝利に導くには、それを出し惜しみしている場合ではなかった。

 

自分の負担を軽くする…マークを分散させる為にも、絶対に必要なことだった。

 

 

 

つばさは、こうしてアタッカーだけでなく、ゲームメイカーというオプションを手にしたのである。

 

 

 

しかし、レギュラーを奪うのには、圧倒的な足りないものがあった。

 

それは一朝一夕ではどうにもならないもの。

 

 

 

持久力だ。

 

 

 

トレーナーの中村と二人三脚で、スタミナアップに励んできたものの、まだ、90分戦えるだけの体力は持ち合わせていない。

 

これは、未だ、克服できていない。

 

現状ではスーパーサブという役割が濃厚。

 

あとは…つばさが、緒戦にベンチ入りできるかどうかは、監督の田北の腹積もりひとつだった。

 

 

 

 

 

「そっちはどう?緊張してない?ちゃんと盛り上げてね!」

 

開幕戦のイベントとして、めぐみとはるかは、試合前にサポーターズソングを披露することになっている。

 

生で歌うのは、年末の紅白歌合戦以来だった。

 

 

 

「任せてください!」

 

「はい、それは、何の心配もいりませんよ」

 

ふたりは、顔の横でVサインを作った。

 

 

 

「ソロのレコーディングは順調?」

 

「お陰さまで」

かのんはにこやかに答えた。

 

「私は、ちょっと遅れてます。どうしても、感情が上手く込められなくて…」

と萌絵。

 

「珍しいわね、スランプ?」

 

「…っていうか、プレッシャーですかね…。これまで3人で歌ってきたから」

 

「でもデビュー前は、ひとりでずっと歌ってたんじゃない?」

 

「それはそうですけど…初めてのソロシングルとなると、別問題です…。それに…」

 

「それに?」

 

「かのんとはライバルになるわけですから、そう思うと、変に意識しちゃって…」

 

「繊細なんだねぇ…」

 

「はい。そうなんですよ、こう見えても萌絵はナイーブなんです」

 

かのんが『代わりに』答えると、萌絵は「えへへ…」と笑って頭を掻いた。

 

 

 

綾乃は2人より、学年がひとつ上だ。

 

初めて会ってから2年が過ぎたが…かのんと萌絵は、綾乃にも…ともに教育係を任された浅倉さくらにも…完全に心を開くことはなかった。

 

当時の彼女たちは、人気絶頂のモデル。

 

だから、どこか気後れや遠慮があったのかもしれない。

 

また、慣れない東京の生活と、デビューに向けて必死だったこともあるのだろう。

 

本人たちに悪気はなかったが、どうしても『先輩・後輩』という立場から離れることが、できないでいた。

 

 

 

いや、上下関係は大事だ。

 

 

 

礼儀作法にうるさい事務所の社長は、言葉遣いも含め、そこは厳しく指導している。

 

 

 

しかし、同じユニットを組んで活動する以上、もう少しフランクに付き合っても良いのでは…と感じながら、ここまできた。

 

綾乃は(学年が違うこともあり)2人の話題に入っていけず…時おり疎外感のようなものさえ感じることもあった。

 

 

 

さくらにそのことを相談すると

「気にすることはないんじゃない?いつかは、慣れるわよ。それでも親密になりたいって言うなら、一週間くらい、合宿でもしてみれば?そうすれば、色々わかるんじゃないかしら」

と言われた。

 

 

 

確かに…考えてみれば、綾乃にも心を許せる『親友』と呼べる人間は、さくらしかいない。

 

のちに『ゴールデンコンビ』とまで呼ばれるチームメイトの緑川沙紀とは…同じ学年である為、仲良くはしているが、まだ『この時点では』プライベートで遊びに行くほどの、関係ではなかった。

 

 

 

…山下弘美…

 

…彼女となら、意外と上手くやっていけたかも…

 

 

 

綾乃はかつての目標であり、ライバルの存在を、ふと思い出した。

 

 

 

…元気にしてるかな?

 

 

 

一瞬、遠い目をした綾乃。

 

 

 

「…綾乃さん?」

 

「どうかしました?」

 

「ううん、なんでもない。大丈夫だよ、萌絵ちゃん。自信持っていこう!かのんちゃんと同じ曲を歌うわけじゃないんだから、比較するとかしないとか、そんなの関係ないよ!」

 

「綾乃さんは、いつもポジティブですよね」

 

「そうかな?それって私が能天気ってこと?」

 

「はい!」

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

「ウソで~す」

 

萌絵は笑って、ペロッと舌を出した。

 

「先輩を…からかうんじゃ…ないの!」

 

綾乃は利き手の左で、彼女の額にデコピンをする…フリをした。

 

「痛っ!」

 

「当たってないから」

 

「ですね…」

 

再び萌絵は舌を出して、ケラケラと笑う。

 

つられて、綾乃とかのんも笑った。

 

 

 

鈴木萌絵は普段から、こんなキャラだ。

 

いつも明るい。

 

ムードメーカー。

 

だけど、時おりナーバスになる。

 

特に思い通りのパフォーマンスができなかった時…彼女の場合、それは歌と演奏なのだが…それが練習であっても、激しく落ち込む。

 

しかし、人前でそれを見せることはない。

 

ひとり、その場を離れ、気分を落ち着かせてから戻ってくる。

 

だから、さっきのように「プレッシャー」だと言って悩む姿など、綾乃は見たことがなかった。

 

 

 

逆に言えば、それは『少し心を開いた証し』とも言えなくもない。

 

 

 

彼女たちが、同じ高校生になったこともあるのだろう。

 

皮肉なことに、3人でいた時よりも、今の方が距離が近い気がした。

 

 

 

「綾乃さん、なにかいいことありました?」

 

「えっ!かのんちゃん、どうして?」

 

「だって、今日は会った時から、ずっと笑顔ですよ」

 

「いつも、そんなに怖い顔してる?」

 

「いえ、そうじゃなくて…なんていうのかな…『幸せオーラ全開!』みたいな」

 

 

 

思い当たる節はある。

 

だが、彼女たちにそのことを話す訳にはいかない。

 

 

 

「そ、そうかな?あ、あれじゃない?久々にあなたたちと会えたから…」

 

「とか言って、好きな人でもできたんじゃないですか?」

 

「あ、わかる?」

と、ここはワザとノッてみる。

 

「いいなぁ…私にも誰か紹介してください…」

 

かのんはそう、うそぶいた。

 

 

 

阿部かのんは、おっとりしているように見られがちだが、実は決して弱音を吐かない、芯の強い少女だ。

 

ほんわかとした外見とは裏腹に、とてもストイック。

 

そして誰よりも冷静で、どこか冷めている…そんなイメージ…。

 

 

 

だが、彼女もまた、少し余裕が出てきたのだろうか…綾乃に対して軽口を叩けるようになっていた。

 

 

 

 

綾乃は、初めてふたりと打ち解けたように感じたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~秘策~

 

 

 

 

 

雲ひとつない晴天。

 

例年より遅く咲いた桜が散り始め、風に花びらが舞う。

 

暑すぎず、寒すぎず、絶好のサッカー観戦日和だ。

 

 

 

4月2週目の土曜日の昼下がり。

 

サポーターが待ちに待った開幕戦。

 

 

 

大和シルフィードが本拠地とするスタジアムには、入場待ちの長蛇の列ができている。

 

 

 

この日の為に、北側に位置するゴール裏(トラックの第3~4コーナー)には、超大型ビジョンが運びこまれた。

 

またメインスタンドしかなかった観客席は、急遽、仮設のバックスタンドが造られ、そのどちらも、チームの並々ならぬ気合を感じさせた。

 

 

 

バックスタンドの後ろには、道路を挟んで、小田急線の電車がひっきりなしに行き来をしており…さらに上空は、市内と綾瀬市にまたがる厚木基地から、爆音を立てながら、米軍機が飛んでいる。

 

 

 

そんな騒音に負けじと、早くも熱心なサポーターが、試合前にも関わらず、チャント(応援歌)を歌い、声を枯らしていた。

 

 

 

混乱を避けるため、開門が30分早められる。

 

無償でタオマフ(タオルマフラー)が配られ、チームカラーであるスタンドはオレンジに染まった。

 

 

 

両チームの選手がピッチに登場。

 

試合前のウォーミングアップが始まる。

 

その中にいる背番号28を見つけると、集まったサポーターから大きな歓声があがった。

 

 

 

そして、いよいよスタメン発表。

 

まずはアウェイチームが紹介され、続いて大和シルフィード…。

 

 

 

アナウンスの度に、サポーターがその選手の名前をコールし、手拍子で盛り立てる。

 

 

 

だが、スターティングイレブンに羽山優子、緑川沙紀…そして夢野つばさの名はない。

 

彼女たちは、ベンチスタートだった。

 

スタメン発表に続き、サブのメンバーがアナウンスされる。

 

背番号28が呼ばれると、スタンドからつばさコールが沸き起こった。

 

 

 

試合に先立ち、行われるイベント。

 

 

 

シルフィードの水野めぐみ、星野はるか…『アクアスター』が、サポーターズソングをアカペラで披露。

 

レプリカのユニに身を包んだ2人は、圧巻の歌唱力で、観客を魅了した。

 

 

 

試合前のこうしたイベントに否定的な、サッカーファンは多い。

 

確かに、バレーボール大会における、某アイドルなどの扱い方を観ていると、そういう気持ちもわからなくはない。

 

本末転倒。

 

どっちを観に来ているんだ?と言いたくなる。

 

 

 

そういう意味では、めぐみとはるかの2人は、チームの応援歌という大義名分があったわけで、決して『受け入れ難し』というパフォーマンスではなかった。

 

大きな拍手で見送られ、ピッチをあとにする。

 

 

 

相当緊張していたのだろう。

 

引き上げる時の、ふたりの安堵の表情が、それを物語っていた。

 

 

 

場内にお馴染みの『FIFA Anthem(別名、ワールドフットボールアンセム)』が流れ、主審を先頭に、両チームの選手が入場。

 

左右のピッチに散った。

 

 

 

市長による『始球式(キックインセレモニーともいう)』が終わり、いよいよキックオフのホイッスルが吹かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大和シルフィードの基本システムは、中盤をダイヤモンド型にした4-4-2。

 

両サイドバックが、いかに高い位置を取れるかが、カギとなる。

 

 

 

 

 

前半は、この絶望的なアウェイ感の中で戦う相手チームの『引き分けでもよし!』という戦術にはまり、無得点のまま、40分が経過する。

 

 

 

 

 

それでも43分。

 

右サイドバックの上がりから、チャンスが生まれ、コーナーキックを得る。

 

このチャンスに、最後はこぼれ球を押し込み、シルフィードが先制!

 

 

 

 

 

ところが…。

 

 

 

 

 

前半終了間際。

 

一瞬の隙を突かれ、同点ゴールを許してしまう。

 

ロスタイムでのプレーだった。

 

時計を気にして集中力が切れたところ、ロングボール1本から上手く繋がれ、GKが振られたところを、ゴール前で合わされ決められた。

 

悔やんでも悔やみきれない失点。

 

 

 

 

 

後半。

 

 

 

大和シルフィードは、同点に追い付いたショックからか、リズムが悪い。

 

逆に、相手チームが前半とは違い、高い位置からボールを奪いにくるようになったことで、プレッシャーが掛かり、凡ミスが増える。

 

何度かゴールを脅かされるが、クロスバーに救われた場面もあった。

 

 

 

 

 

見かねて、後半15分(残り30分)。

 

ついに、ベンチが動く。

 

羽山優子と緑川沙紀…2枚のカードを同時に切る。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

2人がピッチ横で交代の準備をしていたその矢先…

 

 

 

痛恨の2失点目!!

 

 

 

どうやら、この大観衆の前に浮き足だってしまい、ホームの地の利を活かせなかったのは、シルフィードだったようだ。

 

 

 

勝ち越しを狙っての選手交代のハズが、まさかの展開。

 

一転、まずは追い付かなくては…という状況になった。

 

 

 

しかし、監督の田北はそのまま2人を投入する。

 

ポジションは羽山がトップ下、沙紀はツートップの右に入った。

 

 

 

 

果たして…

 

 

 

 

 

勝ち越しに成功した相手チームは、再び、前半同様、退(ひ)いて守り、カウンター狙い。

 

シルフィードは中盤まではボールを回せるものの、前線にボールが入れられない。

 

羽山が徹底マークされ、有効なパスが出せないこと…沙紀の快速を活かせるスペースがないこと…これが苦しい。

 

ジリ貧。

 

 

 

 

 

そうしているうちに、20分経過。

 

スタンドがザワつきだす。

 

 

 

アップをしていた夢野つばさが、ベンチに呼ばれたからだ。

 

いよいよか?

 

 

 

 

 

そして、後半38分(のこり7分)。

 

 

 

 

 

つばさが、ウォームアップスーツを脱いだ。

 

選手交代。

 

 

 

 

スタンドは、先制点以来の盛り上がりをみせる。

 

 

 

 

 

ピッチに入ったつばさは、FWのポジションへ。

 

沙紀が下がり、羽山と並ぶ。

 

ワントップ、ツーシャドー。

 

システムは4-3-2-1となった。

 

 

 

つばさのワントップ?

 

 

 

作戦は明白だった。

 

パワープレー。

 

 

 

つばさの左足の威力については、あまりにも有名。

 

だが、高さに関しては…

 

 

 

 

相手チームは守りを固めている為、ディフェンスラインが低い。

 

前線に張り付くつばさが、オフサイドに掛かるリスクは少ない。

 

中盤では、ボールキープできていたシルフィード。

 

ボールを奪うと、一気に前線へと放り込む。

 

すると、その作戦が適中。

 

 

 

空中戦でつばさが競ることにより、そのこぼれ球を拾えるようになってきた。

 

 

 

 

 

そして、後半41分(残り4分)。

 

それが結実する。

 

 

 

羽山が上げたクロスに、つばさがヘディングで落とす。

 

走り込んだのは…

 

 

 

沙紀!!

 

 

 

多少不恰好ながらも、気持ちでボールを押し込み、ついに同点に追い付いた!

 

 

 

最初の紅白戦では、沙紀 → つばさ → 羽山での得点だったが、今回は逆に羽山 → つばさ → 沙紀で獲った。

 

 

 

ずっと練習していた形。

 

 

 

つばさのオプションのひとつである、高さ。

 

残念ながら、ヘディングで競った際、わずかに相手DFが触れた為、アシストは付かなかったものの、狙っていた形で点が獲れたのは、チームとしても、つばさとしても大きい。

 

 

 

しかし、まだ、同点。

 

 

 

ホームでの開幕戦。

 

 

 

もう1点、どうしても欲しい。

 

 

 

 

 

さて、どうする?

 

 

 

 

 

残り時間はない。

 

相手チームは、こうなると『引き分け狙い』でくることはわかりきっている。

 

これまでに増して、ゴール前でのスペースはない。

 

 

 

 

 

迎えた後半45分(ロスタイム1分)。

 

最後のチャンスが訪れる。

 

クロスをあげると見せ掛けた沙紀が、そのままドリブルで仕掛け、ファールをもらう。

 

ゴールエリアのやや外…距離にして、約20m。

 

ゴールのほぼ正面…若干右寄り。

 

 

 

とはいえ…

 

 

 

シルフィードにはフリーキックのスペシャリストがいない。

 

セットプレーを任されているのは、羽山。

 

直接狙えない距離ではないが…誰かに合わせるのか?

 

チーム最長身のDF『馬場聖子』が、ゴール前へ上がっていく。

 

 

 

相手チームは6枚の壁を作る。

 

間に紛れて、沙紀。

 

 

 

ゴール前に…つばさは…いない?

 

 

 

羽山が右指を3本立て、手を挙げてから、数歩、後ろに下がる。

 

 

 

リスタートの笛が吹かれた。

 

 

 

羽山が助走に入る。

 

 

 

そして右足で蹴った。

 

 

 

放たれたボールは…放物線を描き…いや、描かない!

 

 

 

壁の右端の方へと、コロコロと転がっていった…。

 

 

 

ミスキック!

 

 

 

 

 

誰もがそう思った瞬間だった!

 

 

 

 

 

そのボールに猛然と突っ込む選手がいる!

 

 

 

背番号28。

 

 

 

夢野つばさ!

 

 

 

転がってきたボールを、思いきり左足で蹴り込んだ。

 

 

 

出たぁ!

 

『K-アヤノ(ん)砲』炸裂!

 

 

 

ボールは低い弾道で、ゴールへと一直線。

 

 

 

 

 

ゴーーーール!!

 

 

 

 

 

味方の壁で、羽山の位置がブラインドとなっており、ボールの出所がわからなかったGK。

 

ケアしていたのは上がってきた馬場聖子と、壁の隙間に入った緑川沙紀だった。

 

 

 

しかし、シュートは予想外のところから飛んできた。

 

しかも、もの凄いスピードで。

 

 

 

まったく反応できず。

 

気が付いた時には、ボールはネットを揺らしていた。

 

 

 

あまりにも見事なトリックプレーに、相手チームの選手は唖然とするしかなかった…。

 

 

 

 

そして、この瞬間、タイムアップ。

 

 

 

 

 

オレンジのスタンドが揺れた。

 

その歓声は、小田急線の電車よりも、米軍の戦闘機よりも、大きな音量だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Winning wings ~盾と矛~

 

 

 

 

 

季節は飛んで…10月…。

 

 

 

水野めぐみと星野はるかは、それぞれ春、夏と1曲づつリリース。

 

チャートの1位を交互に分けあった。

 

そして今は『アクアスター』名義で、デュオ曲を発売中。

 

こちらの売れ行きも好調だ。

 

 

 

また、これまで、露出過多を避けるため断ってきたTVは、音楽番組のみ出演を解禁。

 

これまでベールに包まれていた、2人の個性が明らかにつれて、より人気が高まっている。

 

当面、この勢いは止まりそうにない。

 

 

 

 

 

浅倉さくらも同様。

 

女優デビューからの7クールで、5本のドラマ出演。

 

現在放送中のCMは6本を数え『元カリスマモデル』ではなく、すっかり『若手女優』と呼ばれるようになっていた。

 

年末には、初の主演映画が公開されるということで、今はその撮影の大詰め…多忙を極めている。

 

こちらも怖いくらいに順調。

 

 

 

 

 

そして夢野つばさは…

 

 

 

大和シルフィードの、スーパーサブとして活躍していた。

 

 

 

徐々に出場時間も増え…

 

 

 

時には前線でポスト役をこなし…

 

時にはスピードを活かしたドリブルでかき回し…

 

時にはミドルシュートで相手チームを脅威にさらし…

 

 

 

12試合で2ゴール3アシスト…と、数字的にはもの足りないものの、ゲームでの貢献度は高く、チームには欠かせない存在となっていた。

 

 

 

全10チームで争われている地域リーグ。

 

ホーム&アウェイ方式で、計18試合が行われる。

 

大和シルフィードはここまでで、8勝2敗2分で首位。

 

残り6試合。

 

下位チームに取りこぼしをしなければ、優勝…というところが見えてきた状況。

 

 

 

しかし、ここからが正念場。

 

 

 

疲労が蓄積され、怪我人も増える。

 

累積による出場停止選手も出てくる。

 

 

 

だからこそ、つばさや沙紀のようなバックアップメンバーの力が必要とされるのだ。

 

 

 

所属チームがアマチュアということもあり、めぐみ、はるか、さくらほどの派手さもなく、注目度も低くなっているが、つばさはつばさで地味に頑張っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ラブライブ』…どっち勝つと思う?」

 

 

 

なんとなく街が、ハロウィーンのカボチャに占拠され始めた頃、さくらが綾乃に訊いてきた。

 

 

 

多忙であるとはいえ、2人ともまだ学生。

 

学校では顔を会わす。

 

今は昼休み。

 

普段はここに、かのんと萌絵が加わるが、今日は向こうのテーブルでクラスメイトと食事をしている。

 

 

 

「どっちが?」

 

「『A-RISE』か『μ's』か…」

 

「二択なんだ?」

 

「他に選択肢がある?」

 

「う~ん…『一応』4チーム残ってるから…」

 

「『一応』…でしょ?」

 

「あはは…言葉の綾…。綾乃の言葉の綾」

 

「ややこしいから!」

 

2人は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

『ラブライブ』とは全国のスクールアイドルが、そのパフォーマンスを競う大会。

 

今は第3回大会(※あとがき参照)の最中で、東京からは『A-RISE』『μ's』ほか2チーム…の計4チームが勝ち残り、年末に行われる最終予選に向けて、その時を待っている。

 

 

 

第1回大会は…昨年末、日本が『シルフィード狂想曲』に浮かされてる中、ひっそりと開催された。

 

その時の覇者がA-RISE。

 

彼女たちの素人離れした完璧なパフォーマンスは、一躍、芸能関係者の目を引くことになる。

 

この時点で、早くも何社かスカウトが動いた…という噂があったほどだ。

 

そのA-RISEの出現により、ラブライブは『アイドルの原石の宝庫』と呼ばれ、今や芸能事務所が、出場チームを隅から隅までチェックするまでの大会となった。

 

 

 

A-RISEは夏に行われた第2回大会も優勝し、2連覇。

 

絶対的王者…3連覇間違いなし!という立場で迎えた今大会。

 

 

 

ところが、思わぬ伏兵が現れる。

 

それも同じ地区から。

 

 

 

それこそが、彗星のように現れた…音ノ木坂のμ's…だった。

 

 

 

9人の大所帯ながら、その個性を活かした歌とダンスで、A-RISEを脅かす存在として評価されており、この地区最終予選は、事実上『全国大会(本戦)の決勝戦』だとも言われている。

 

 

 

ゲー校にスクールアイドルはいないが、前述した通り、ラブライブ出場チームから芸能界入りする可能性がある為、生徒たちも結構注目しているようだった。

 

幸い、さくらと綾乃はジャンルが違う為、それほど仕事に影響がないと思っているが(…というより、まったく気にしていないが…)同じアイドルとして活動している生徒にしてみれば『明日はライバル』である。

 

嫌が応にも、意識せざるを得ない…というのが、実情だ。

 

 

 

「A-RISEとμ'sかぁ…」

 

 

 

綾乃もラブライブのことは知っている。

 

両者のパフォーマンスも見ていた。

 

 

 

「単純には較べられないなぁ…。同じ曲を歌って優劣をつけるならわかるけど、どっちも個性が違うし…」

 

 

 

…あれ?…

 

…何ヵ月か前に、似たようなことを萌絵ちゃんに言ったっけ?…

 

…正直、どっちがいいとか、悪いとか…そんなのわからないよ…

 

 

 

「最終予選に、どんな曲を持ってきて、どんなパフォーマンスをするか…そのデキがどうだったか…それで決まると思うけど…あとは好みの問題じゃない?」

 

「なるほど…。じゃあ、アーティスト『夢野つばさ』から見て、両チームの評価は?」

 

「アーティストって…」

 

綾乃は自分をアーティストだと思ったことはない。

 

さくらはそれを知ってて、敢えてそう言った。

 

「そうねぇ…うまく言えないけど『盾』と『矛』かしら?」

 

「盾と矛?矛盾?」

 

「A-RISEは2連覇してるし…パフォーマンスひとつひとつは、とてもクオリティが高いと思う。でも、どこか『できあがった感』があるのよね。そういう意味で、守りに入っている…っていうか。無理はしない感じ…」

 

「さすがに鋭いわね…。確かにA-RISEは洗練され過ぎてるかな」

 

「その点μ'sは攻撃的というか、勢いがあるというか…もちろん挑戦者だから、当然と言えば当然なんだけど」

 

「だから、矛なのね?」

 

「イメージだよ、イメージ…」

 

「わかる気がする…。そっかぁ…面白いわね。盾が攻撃を受けきれるか、矛は突き破ることができるか…か…」

 

「個人的にはμ'sに頑張ってほしいけど」

 

「どうして?なんとなくシルフィードとA-RISEってキャラが似てるから?」

 

「違うわよ!よくわからないけど、彼女たちを見てると、心を突き動かされるものがあるのよね…」

 

「わかるかも。一生懸命さが伝わってくる感じ?」

 

「うん。なんだかわからないけど『頑張れ!』って後押ししたくなるような…それでいて、彼女たちからパワーをもらえるような…」

 

「なるほど、なるほど」

 

さくらは大きく頷いたあと、言葉を続けた。

 

「私もμ's推しなんだ」

 

「さくらも?」

 

「実は…この中の『南ことり』って、私の遠い親戚なんだって」

 

「えっ!そうなの?」

 

「私もつい昨日知ったんだけど…父方の遠縁って言ってたかな。家で、なんかの拍子にμ'sの話題になって、そこから音ノ坂の話になって、そうしたら『そこの理事長はお父さんの親戚だぞ』とか言うから『えっ!』ってなって…」

 

「そっか、ことりちゃんって、理事長の娘なんだっけ?」

 

「だから『じゃあ、私、この人と親戚関係にあたるんだね?』って」

 

「なるほど、それは応援しちゃうよね」

 

「でしょ?あっ、あとね、余談だけど…」

 

「うん」

 

「この『絢瀬絵里』っていう人、ウチの事務所、狙ってるらしいよ」

 

「すごく綺麗だもんね」

 

「まぁ、ウチが動くなら、他も動くだろうけど」

 

「もしかした、この中から一緒に仕事する人がいるかもなんだね…」

 

そんな話を聴いたとたん、綾乃は、このμ'sというグループに、俄然、興味が沸いてきたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~







ラブライブの開催数は独自の設定です。
ご了承願います。

※本作の第39話『A-RISE出現』で、第1回が行われたことにしています(従って第2回は、穂乃果が倒れてエントリーを辞退した大会)。




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Winning wings ~この快感をあげたい~

 

 

 

 

 

何年ぶりかの大雪が降った、12月の下旬。

 

それはラブライブ最終地区予選の当日だった。

 

 

 

積雪に対して脆弱な都市の交通網は、完全に麻痺。

 

延期すら考えられる状況であったが、それでも出演者、関係者の熱意がそうさせたのか、雪も弱まり、何とか開催できることとなった。

 

μ'sは、2年生組が会場入りできなくないかも…という事態に陥るも、音ノ坂全生徒の協力もあって、それを回避。

 

そんなアクシデントに見舞われながら、逆にそれで集中力が高まったのか、最高のパフォーマンスで、A-RISEほか3チームを抑え、見事、予選を突破した。

 

 

 

「μ'sか…」

ポツリと呟いたのは、ネットでその様子を観ていた萌絵。

 

「μ'sだね…」

と、こちらは隣にいるかのん。

 

「どっちも良かったと思うけど…テーマとか季節感とかがハマったかな?」

 

「μ'sの方が、お客さんの心を、少し多く掴んだ…ってこと?」

 

「ライブだから…そういう空気感は大事だよね」

 

「私たちはそのあたり、不慣れだから…逆に勉強になったかも」

 

「そうだね…」

 

 

 

水野めぐみ、星野はるかの『アクアスター』は、デビュー3年目の来春、初めてライブツアーを行う。

 

今はシルフィードの楽曲を含む『セットリスト』を作製している最中であるが、目下の不安は2時間の長丁場をこなす体力の有無と、MCである。

 

「あぁ、ツアーの時だけ、綾乃さん、戻ってきてくれないかしら」

普段は元気印の萌絵だが、時おりポロッとこういう言葉をこぼす。

 

「ダメだよ、頼っちゃ。それは確かに綾乃さんがいれば心強いけど…今はダメ。サッカーに集中させてあげなきゃ」

穏やかな外見に似合わず、意外としっかり者のかのんが、彼女を諭す。

 

「わかってるよ…ちょっと言ってみただけ…。私たちだけでも大丈夫だよ!ってところを見せるんだもんね」

 

「そう!それが今まで面倒を見てきてくれた綾乃さんへの、恩返しなんだから」

 

「そういえば、明日って、大和シルフィードの最終戦じゃなかったっけ?」

 

「うん…あ、ねぇ、応援に行かない?」

 

「いいねぇ!たまにはサプライズで!…でも、こんなに雪積もっててやるのかな?」

 

「やるんじゃない?サッカーは雨でも雪でも関係なく、やるハズだよ」

 

「さすが雪国出身者!」

 

それを聴いた秋田出身のかのんは、軽く微笑んだ。

 

 

 

 

 

その大和シルフィードが本拠地としているスタジアムは、人海戦術で雪掻きが行われ、ピッチコンディションは最悪ながらも、試合ができないレベルではない…ところまで、こぎつけた。

 

チームは2節前に優勝を決めているが、ホームで迎える最終戦とあって、多くのサポーターが詰めかけている。

 

白銀の中から現れたピッチ。

 

スタンドを埋めつくしたチームカラー。

 

その3色が、鮮やかなコントラストを映しだしている。

 

 

会場に訪れた萌絵は

「雪の白と、マフラーのオレンジの対比がさ、昨日観た『μ'sのライブ』みたいだね」

と一緒に来たかのんに言った。

 

「ブワ~っと、照明が点くところでしょ?あの演出は、鳥肌が立ったよ」

 

「やっぱり?実はあの瞬間、なんかわからないけど、ちょっと泣きそうになっちゃって」

 

「あ、実は私も…。恥ずかしいから言わなかったけど…」

 

「A-RISEとの差…そこにあったかも…」

 

「それだけじゃないだろうけど、一因ではあるよね」

 

「私たちも、ライブ、色々工夫を凝らさなきゃ…だね」

 

「うん」

 

萌絵とかのんは、サポーターの熱気に包まれるスタンドで、そんなことを話し合った。

 

 

 

 

 

雪上戦用のピンクボールが用いられた試合は、前半で3-0とワンサイドゲームになったこともあり、初めて後半始めからつばさを投入。

 

ファンサービスの意味合いもあったかも知れない。

 

 

 

だが、シルフィードは攻撃の手を弛めない。

 

 

 

羽山とのコンビプレーから、つばさがスルーパスを出すと、ウラに抜け出した沙紀がこれを決めて4-0。

 

日に日に、つばさと沙紀の連携が高まっている…と感じさせるに十分なゴールだった。

 

 

 

これ以上の失点を避けたい相手チームだったが、今度は羽山のクロスに、つばさが豪快なボレーで蹴り込み、追加点を奪われる。

 

つばさはこれで、今シーズンの4得点目を記録。

 

 

 

後半終了間際には、CKでつばさが競ったこぼれ球を、最後は羽山が押し込み、6-0。

 

シルフィードは、きっちり勝ちを収め、今シーズンの有終の美を飾った。

 

 

 

13勝2敗3分の成績で『なでしこリーグ(2部)』へ自動昇格を決めた。

 

来月末には、正式承認されるハズだ。

 

 

 

これだけの成績を残しながら、チームから、得点王、アシスト王は誕生しなかったのは少し寂しいが、裏を返せば、ロースコアの展開でも、しっかり勝ちきれた…勝負強かった…ということだろう。

 

シーズン通してのMVPには、シルフィードの長身DF『馬場聖子』が選ばれた。

 

 

チームの生え抜き。

 

羽山優子が万全でない中、フル出場を果たし、最終ラインからチームを鼓舞し続けた。

 

シルフィード優勝の立役者。

 

この結果は当然と言えた。

 

来シーズンもチームの柱として、期待される選手だ。

 

 

 

試合終了後、チームからサポーターに向けての挨拶が行われ、今シーズンの戦いは幕を閉じた。

 

 

 

つばさの成績は出場14試合(出場時間98分)4ゴール、6アシストだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして大晦日。

 

水野めぐみと、星野はるかは「アクアスター」として、紅白歌合戦のステージに立っていた。

 

ことしはサプライズゲストではなく、紅組として出場して、それぞれのソロ曲からのメドレーを披露。

 

 

 

2人の年内の仕事は、これをもって終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それをつばさは…

 

 

沙紀と一緒に、羽山の部屋で観ていた。

 

 

 

羽山は都内にマンションを借り、独り暮らしをしているが

「年越しそばを一緒に食べよう」

と2人を誘ったのだ。

 

 

 

「去年はあっちにいたんでしょ?」

TVの画面を指差し、沙紀が訊く。

 

「うん。なんか、信じられないけどね…。こうやって観ると、すごいところで歌ったんだな…って思う」

 

「すごいよね、あの人前で歌うんだから。私にはムリ!」

と笑う沙紀。

 

 

 

「でもね『ヴェル』、代表戦になると何万人って中で試合をするんだよ」

羽山がそばを茹でながら、沙紀に言う。

 

 

 

「何万人…」

 

 

 

「グルッと360度から聴こえてくる君が代に、毎回ゾワゾワってして…ちょっとイッちゃいそうになるの」

 

「表現が下品なんですけど」

 

「あはは…ヴェル、ごめん、ごめん」

といいつつ、悪びれる様子はない。

 

女もアラサーになると下ネタのひとつやふたつ、なんとも思わないらしい。

 

 

「じゃあ、その中でゴールなんか決めたら…」

 

「身体の『芯』から地鳴りみたいな振動が伝わってきて…すべての人が私を見てる!って思ったら意識が吹っ飛ぶわ。つばさなら少しはわかると思うけど…」

 

 

 

確かに、昨年の紅白出場時に、似たような経験はしている。

 

だが4万、5万の観衆となると、その何十倍である。

 

ちょっと想像がつかない。

 

 

 

「ほんの少しですけど。でも規模が違いますし、360度ではないですから…」

 

「本当に気持ちいいよ!だから2人には、あの興奮と快感を味わってほしいのよね」

 

「それは…代表を目指せ…ってことですか?」

つばさが訊く。

 

「正解!」

 

 

 

「私たちが…」

 

「代表!?」

 

 

 

「そんなに驚くことじゃないでしょ?」

 

「いえ、ヴェルはともかく、私は…」

 

「あら?つばさは入ってきた時『やるからにはレギュラーとるつもりですから』みたいなこと、言わなかったっけ?」

 

 

 

「…言いました…」

 

 

 

「だよねぇ!同じことでしょ?やるからには代表目指しなさいよ」

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

「今シーズン、あなたたち2人とプレーしてわかったわ。ヴェルもつばさも、それだけの素質は持ってる。私が言うんだから、間違いないわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「本当はもう少しレベルの高いチームで戦ってほしいけど…とはいえ、順番ってものがあるから、まずは私と一緒にシルフィードを1部に導いて。そうすれば、自ずと代表への道は開けるよ」

 

 

 

「はい」

沙紀とつばさが頷く。

 

 

 

「私はもう長くないから…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「やっぱり…膝がもたないみたい…」

 

 

 

「そんな…」

 

 

 

「大丈夫、死ぬわけじゃないし。国内レベルならまだまだ、十分イケるわ。でも、代表復帰は…」

 

「なに言ってるんですか!一緒に代表目指しましょうよ」

 

「ありがとう、ヴェル。だけど自分の身体は自分が一番わかるから…」

 

「羽山さん…」

 

「その替わり、来シーズンは2人にバシバシ、アシストして…ガンガン、いくから!ガシガシ、ゴール決めなさいよ!!」

 

 

 

「あ…はい!」

 

「わかりました!」

 

 

 

「よし!じゃあ、年越しそばを食べて、初詣に行くわよ!」

 

「は~い!」

 

 

 

 

 

~つづく~



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ほろ酔いの海未



今話は、事前に以下を読んで頂けると、内容がスムーズに理解頂けるとかと思います。

もちろん、読まなくても、大丈夫です。

興味がある方はどうぞ…。



※「1」
#82486
Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~

第19話 ともだち(真姫編)
~心の乱れ~


※「2」
#82486
Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~

第34話 ともだち(真姫編)
~ファン第一号~


※「3」
#80532
さざんがみゅ~

第一話
さざんがみゅ~





 

 

 

 

事故があった『あの日』…

 

『園田海未』は、大学の弓道部…の飲み会に参加していた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの同級生が、大学入学と同時に(新歓コンパと称される飲み会で)アルコールデビューするなか、頑なに20歳になるまで、それを拒んできた。

 

海未の誕生日は3月の終わり。

 

つまり、公の席でアルコールを口にしたのは、この春…大学3年生になってから…だった。

 

 

 

 

 

もっとも…20歳の誕生日を迎えた瞬間『飲酒解禁!』とばかりに、半ば無理矢理『悪友たち』から、呑まされていた…のではあるが。

 

 

 

海未は元々、炭酸飲料が苦手だ。

 

シュワッと鼻に抜ける感覚、時間差で込み上げてくるゲップ…。

 

どうも性に合わない。

 

穂乃果にビールを勧められた時も、激しく抵抗したのだが

「ビールはまったく別だから…」

と説得されて、口にした。

 

 

 

結果、見事に騙された。

 

 

 

「穂乃果の言うことは、金輪際、一切信用しません!」

 

 

 

もう、何年も繰り返されている、2人のやり取り。

 

それを、集まった元μ'sのメンバーは微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

海未の誕生会。

 

この時、集まったのは穂乃果のほか、にこ、希、真姫、凛の5名。

 

 

 

メンバーは9人いるが、誕生月は被っていない。

 

その為、誕生会は、ほぼ毎月開催できる。

 

全員揃うことは滅多にないが、基本的に本人含めて過半数の参加があれば、OKらしい。

 

とはいえ、まだ未成年者がいる為、居酒屋などには行くわけにはいかない。

 

穂乃果の部屋に集まって、わいわい騒ぐのが、お決まりのパターンである。

 

 

 

 

「ビールがダメやったら、こっちの方が合うんやない?」

 

『外の世界』では、標準語で会話する希だが、このメンバーの前では『エセ関西弁』を操る。

 

逆に希が標準語を喋ると「気持ち悪い」とか言われるので、敢えてそうしているのだ。

 

 

 

希は買い物袋をガサゴソと漁ると、日本酒のワンカップを取り出した。

 

「渋っ!」

それを見たにこが、大袈裟に驚く。

 

「でも、確かに海未ちゃんのイメージだと、こっちかにゃ?」

凛もメンバーの前では、猫語が出てしまう。

 

「そうね、ワインとかカクテルのイメージではないわね」

 

「未成年のあなたがたには、言われたくないです」

海未は眉間にシワを寄せ、険しい顔をした。

 

「あら、私はあと半月もすれば誕生日だから、今呑んでも、そんなに変わらないと思うけど」

 

「真姫ちゃん、ズルいにゃ!そうしたら凛も呑みたいにゃ!」

 

「こらこら、それはダメやって!その後なにかあったら、穂乃果ちゃんのお父さん、お母さんに迷惑かけるやん」

 

「じょ、冗談よ」

 

「そう、そう、もうちょっと我慢しなさいよ!」

 

「…と、一滴も呑めないにこちゃんが言ってますけど…」

 

「うるさいわねぇ、穂乃果は黙ってなさいよ!」

 

「海未ちゃんが呑まないのなら、穂乃果がもらうね?」

 

そう言って穂乃果は、海未が残した缶ビールを手に取ると、グビグビと一気に呑み干した。

 

「ぷはーっ!」

 

「ありゃ、穂乃果ちゃん、フライングはいかんよ。まずは海未ちゃんやん」

 

「あ、ごめん、ごめん。つい…」

 

「いいです、私は無理に呑まなくても」

 

「まぁ、まぁ…。海未ちゃんも社会に出れば、そういう席も増えるんやし、アルコールが合うかどうかは調べておく必要があるんやない?」

 

「でもさ、希ちゃん…いきなり日本酒はキツいんじゃない?まずは3%くらいのカクテルからにした方が…」

 

「私も穂乃果の意見に賛成。日本人はアルコールの分解能力が、西洋人に比べて低いから、半数がお酒に弱いって言われてるし」

 

「なんで未成年のアンタがそんなこと知ってるのよ」

 

「医者の娘として常識よ、常識」

 

「真姫ちゃん、物知りにゃ!」

 

「ジャーン!期間限定、プレミアムピーチカクテルを買ってきたんだ!」

穂乃果が缶を見せる。

 

「桃…ですか?」

 

「まぁ、これならジュースみたいなもんだから…とりあえず、一口だけ味見してみてよ」

 

「本当に大丈夫でしょうね?」

 

さっき『金輪際、信用しない』と宣言したばかりなのだが、もうそれを忘れたのだろうか。

 

「騙されたと思って、ね?」

 

「はぁ、では…」

 

 

 

コクッ…

 

 

 

「なるほど、ジュースですね!」

 

「でしょ?」

 

「はい、これなら呑めそうです」

 

「ジュースなら凛も呑みたいにゃ!」

 

「だからダメやって!」

 

「うぅ…」

 

「はい!そう思って、にこちゃんと、凛ちゃんと、真姫ちゃんにはノンアルコールのカクテルを買ってきたよ!」

 

「穂乃果ちゃん、やるにゃ~!」

 

「それっていいの?」

心配そうに真姫が訊く。

 

「一応、ノンアルやったら、法的には問題ないハズやけど…未成年の飲酒への興味を導くから、道徳的にはどうか…って感じやったかも」

 

「まぁ、まぁ、細かいことは気にしない!じゃあ、みんな開けて?では…海未ちゃん、20歳の誕生日、おめでとう!カンパ~イ!!」

 

「カンパ~イ」

 

 

 

グビッ…グビッ…グビッ…

 

 

 

「あ、海未ちゃん、そんな一気に呑んだらダメやって…」

 

「ふぅ…美味しかったです!」

 

「一気しちゃった…」

 

海未のいきなりの呑みっぷりに、穂乃果たちは、唖然とした。

 

 

 

「ひょっとして、海未ちゃん、イケるクチなんやろか?」

 

 

 

希がそう呟いた瞬間、海未の顔が、ほんのり赤みが差してきた。

 

 

 

「なんだか、すごく、暑くなってきましたね…」

 

海未は着ていたブラウスのボタンをひとつ外して、手でパタパタと扇ぎ始める。

 

 

 

「おぉ、海未ちゃん…なんか色っぽい」

 

「ほんまやね…」

 

「そうですか?…」

 

「海未はすぐ顔に出るタイプなのね」

と、にこ。

 

「ふ~ん、3%といえども、侮れないのね」

海未が空にした缶の表示を、まじまじと見つめる真姫。

 

「うふふ、身体は正直やからね」

 

「なんか、アンタが言うと、すごく卑猥に聞こえるんだけど…」

 

「にこっち、考えすぎやって」

希はニヤッと笑う。

 

「希ちゃんは、強いよね!なに呑んでも酔わないし」

 

「ん?ウチ?そうやろか?」

 

「顔にも出ないし」

 

「少しは出た方がいいんやけど」

 

「希ちゃんは、酔っぱらったりしないにゃ?」

 

「あは!結構、酔うよ」

 

「へぇ、そうなるとどうなるの?」

 

「アタシも、アンタが酔ったとこなんか見たことないんだけど」

 

真姫とにこが、希に問い掛ける。

 

すると希は両の腕を前に突き出し、掌をパッと開くと、おもむろに指を折り曲げた。

 

 

 

「メッチャ『ワシワシ』したくなる!」

 

 

 

「のわっ!」

 

「ヴェ~~…」

 

にこと真姫は、スウェーバックして、その危機から脱した。

 

 

 

「…って言うか、アンタはいつも、発情期じゃない!酔う、酔わない、関係ないでしょ!」

にこが怒鳴る。

 

「違うんよ、酔うと『メッチャ』したくなるんやって!」

 

「『メッチャ』なんだ」

穂乃果が笑う。

 

「誰か久々に試してみるん?かなりバージョンアップしとるんよ!」

 

「何よ!バージョンアップって!?」

 

「せやから…試してみ…」

 

「するか!この色情魔が!」

 

「ほんなら…真姫ちゃん」

 

「ヴェッ!?なんで私?」

 

「発展途上やった5年前から、どれくらい成長したか、確認する必要があるやん!」

 

 

 

そう、真姫は高校入学間もない頃、まったく面識がなかったにも関わらず、背後からいきなり「攻撃(ワシワシ)」されて『発展途上やけど、大きくなる可能性はあるかな』と言われた『屈辱的な過去』がある(※前書き「2」参照)。

 

 

 

「よ、よく、覚えてるわね…」

 

普通、やられた方は覚えていても、やった方は忘れているものだ。

 

 

 

…やっぱり、この人はいまだに理解不能だわ…

 

 

 

真姫に、かつて抱いた希への印象が、ふつふつと沸き上がってきた(※前書き「2」参照)。

 

 

 

「さぁ、覚悟しぃやぁ!」

 

希の両腕がストリートファイターのダルシムが如く、ヌッと真姫へと伸びる。

 

 

 

「いい加減に…」

と真姫が怒鳴ろうとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

「ブフッ!」

と誰かの…堪えていた笑いが漏れた。

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

「うふふふ…8点途上ですか…ふふふふ」

 

 

 

「海未?」

 

「海未ちゃん?」

 

 

 

「希は面白いことを言いますね」

 

「海未ちゃん?」

 

「…ということは、にこや凛の胸は、8点でなく、0点ですね…なんて…ふふふふふ…」

 

「あ、海未ちゃん、面白いやん!」

 

「こらこら!なによ、0点って!アンタだってこっちの一員じゃないの!」

 

「そうにゃ、そうにゃ!凛をにこちゃんと一緒にしないでほしいにゃ!ちょっとは大きくなったんだから」

 

「凛、アンタねぇ!ミリ単位の話で自慢するんじゃないわよ」

 

「ぷっ!ミリ単位ですって」

海未がとても楽しそうに笑う。

 

「なるほど、今日は『フラット5(※前書き「3」参照)が揃い踏みやね」

 

「ふふふ…そうですね…希とにこ…同じ生き物とは思えませんもね…それにしても、にこの胸はどこに消えたのですか?…二個どころか、一個もないですよ…なんて…」

 

 

 

「海未ちゃん?」

 

 

 

5人は、ここにきて、ようやく彼女の異常に気が付いた。

 

 

 

「あなた、酔ってる?」

真姫が海未に訊く。

 

「酔ってる?…ですって。真姫は面白いことをいいますね」

 

「どこがよ…」

 

「ふふふ…酔ってるかどうかはわかりませんが…ふふふ…いい気持ちですよ…ふふふ…」

 

 

 

…ありゃりゃ…

 

 

 

5人は顔を見合わせた。

 

 

 

…やっぱり、海未も変わってるかも…

 

 

 

真姫はひとり思った(※前書き「1」参照)。

 

 

 

 

 

「まぁ、最初やし…気持ちよくなってるんなら、いいんやない?」

 

「そ、そうね…酒癖が悪いよりはよっぽどね…」

にこが同意する。

 

「海未ちゃん、大丈夫?…って寝てるにゃ!!」

 

海未は座ったまま、気持ち良さそうに、眠りに落ちていた。

 

「しばらく、このままにしておいてあげよっか?」

穂乃果は、海未の寝起きの悪さを知っている。

 

「そ、そやね」

 

穂乃果だけでない、みんな知っている。

 

「でも…海未の誕生会で、本人が寝てる…ってどうなのよ?」

 

「真姫の言う通りだわ」

 

「いいやん、いいやん。それはそれ」

 

「今の内に、海未ちゃんの顔に落書きするにゃ!」

 

「ちょっと、凛ちゃん!それはちょっと…楽しそうやん!!」

 

 

 

 

 

凛と希に悪魔が乗り移った…。

 

 

 

 

海未が目覚めた時には、にこと真姫、凛はいなかった。

 

 

 

…すっかり、寝てしまいました…

 

…ですが、非常にスッキリした気分です…

 

…適度な飲酒は緊張を和らげ、リラックス効果をもたらすと聴きますが…

 

…なるほど、こういうことですか…

 

 

 

穂乃果と希はグッスリと眠り込んでいた。

 

見ると結構な数の空き缶が、並んでいる。

 

 

 

…察するに…

 

…3人が帰ったあとでも、相当呑みましたね?…

 

…まぁ、今日はこのままにしておきましょう…

 

…では、私は失礼します…

 

 

 

そして海未は、物音ひとつ立てずに、部屋を出て、自宅へと戻っていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゃあ~~~!!

 

 

 

 

 

深夜の園田家に、海未の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

家に帰った海未が、化粧を落とそうと鏡に向かった瞬間…

 

凛と希が仕掛けた『メッセージ』に気が付いた。

 

両の頬には『祝』『二十歳』とマジックで書き込まれていた。

 

そして鼻の下には、お決まりのちょびヒゲ…。

 

 

 

…希と凛…ですね…

 

…次会った時には、命はないと思ってくださいよ…

 

 

 

海未は鏡の前で、ニコッと微笑んだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けず嫌いな海未は、その日から、少しずつアルコールを口にするようになった。

 

にこは、体質的に身体に合わないようだが、海未はそこまでではないようだ。

 

初めての時は要領がわからず、一気に呑んで、いきなり酔ってしまったが、毎日、少量ずつ慣らしていけば、大丈夫。

 

根拠はなかったが

「何事も日々の積み重ねです」

と海未らしい理屈に基づくものだった。

 

 

 

こうして、6月を迎える頃には、チューハイなら2杯くらいはイケるようになっていた。

 

 

 

 

 

そして、あの日…

 

 

 

 

昼間、大学の弓道部では、新人戦が行われた。

 

その打ち上げ。

 

今まで、呑めないことを理由に出席を拒んできた海未だが、3年生になり年齢的な言い訳は通用しなくなった。

 

同時に…穂乃果たち以外の人間とも付き合う必要性を感じていた。

 

いつまでも『彼女たちだけ』に依存していると、いつか社会に取り残される。

 

そんな漠然とした不安。

 

海未ほど『我が道を行く』タイプの人間であっても、二十歳を過ぎれば、多少のことは考えるようになる。

 

これから社会に出る以上、周りとコミュニケーションを図ることも大事だと思うようになる。

 

 

 

だから、初めて参加した。

 

 

 

なるほど、こういう席にくると、色々なことが見えてくる。

 

笑い上戸、泣き上戸、怒り上戸…下戸でも盛り上げ上手もいるし、やたら気の回る者もいる。

 

まさに十人十色。

 

呑み過ぎて人に迷惑を掛けるのは、どうかと思うが『飲み会』というものに少しだけ偏見をもっていたことに、反省した。

 

 

 

海未はカンパイの時こそ、ビールを口にしたものの…いや、舐めたものの…あとはサワーをもらい、そのあとはウーロン茶で過ごした。

 

昔の体育会系ほど、一気だなんだ…とうるさくなく、それで十分許してもらえた。

 

 

 

そして、お開きの時間を迎える。

 

 

 

そのまま、カラオケに行く連中もいたが、海未はここで帰ることにした。

 

 

 

…酒は呑んでも呑まれるな…です…

 

 

 

慣れないことをして、酔いが回り、粗相するようなことはしたくなかった。

 

 

 

「では、今日はこれで…」

 

大丈夫?送ろうか?と何人か声を掛けられたが、丁重に断り、駅へと歩き始めた。

 

 

 

…大丈夫です…

 

…足取りはしっかりしてますし、頭も冷静です…

 

 

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

海未も、衝突した車がこっちに向かってくるのはわかっていた。

 

普段なら、何事もなく身を躱(かわ)したに違いない。

 

 

 

だが、動かなかった…。

 

動けなかった…。

 

それをアルコールのせいにする訳ではないが…

 

どっちにどう動けばいいのか、わからなかった。

 

一瞬の判断力が鈍った。

 

その分だけ、反応が遅れた。

 

 

 

 

 

「よけろっ!!」

 

 

 

 

 

隣にいた男性に突き飛ばされた。

 

 

 

そして、その人は…

 

車に跳ねられ…宙を舞い、頭から落ちた…。

 

 

 

それはスローモーションのようでも、コマ送りのようでもあった。

 

不思議なことに、そのシーンはあらゆる角度から、脳内で再生される。

 

横から、正面から…そして上から…。

 

 

 

 

 

そこからあとのことは、あまり覚えていない。

 

モノクロの映像のなか、大勢の人の飛び交う声が、ノイズのように響いていた。

 

かすかに救急車に乗せられたことは、記憶している。

 

 

 

 

正気に戻ったのは、病院に運ばれ、治療を受けて、何時間も経ってからのことだった…。

 

 

 

 

 

~第1部 完~

 






長くなりましたが、ここまでがプロローグですw




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登場人物紹介
【登場人物紹介①】


主な登場人物の設定集です。

本作は時系列的に言うと、第50話はμ'sがラブライブ本大会出場を決めた年末までで、第51話はいきなり現在(3年半後)に飛んでいます。

それを補完する意味も込めて、この設定集では、そこに至るまでの各人のエピソード等を、盛り込んでいます。
※年齢は第51話(現在)時点。

また、本編をスルーして、こちらを読まれる場合、ネタバレになりますので、ご注意願います。

ストーリーが進むに連れて、追記することがあります(いわゆる後付けの設定)。

ご了承ください。





【高野 梨里(たかの りさと)】

 

本作の主人公。

 

 

神奈川県出身

1月3日生まれ(20歳)/O型

176cm/63kg

 

 

『横浜・F・マリノス』所属のMF(#27)/オリンピック(U-23)代表(#7)

 

 

幼い頃から難読な名前と、伸びない身長に不満を持っていた。

 

古い友人からは『リサ』や『リリー』などと呼ばれるが、いまだもって何故『梨里』と名付けられたのかは不明。

 

身長に関しては、幼い頃から小さく(中学1年生時で138cm)常にコンプレックスだった(その後の8年間で40cm近く伸び、今は解消)。

 

 

サッカーは小学1年生から始め、中学からマリノスのユースに入団。

高校卒業と同時にトップチームに昇格。

 

生粋のドリブラーで、俊足を活かした直線的なプレーが特徴だったが、成長期を境に、小刻みなステップで相手を躱すスタイルへと変わった。

キーパーのタイミングを外すシュートが得意。

 

オリンピック代表に選ばれたが、合宿直前に、交通事故に巻き込まれた。

 

 

綾乃とは小学生時代からの知り合いで、恐らく世界で唯一『チョモ』と呼ぶ人物。

 

その綾乃との関係は、本人曰く

「友達以上、恋人未満」

とのこと。

 

 

基本、スケベ。

 

視力はあまり良くないが、ピッチから(観客の)綺麗な女性を探しているうちに、遠くからでも(後ろ向きでも)容姿を判別できる『特殊能力』を身に付けた。

 

好みのタイプは適度に細身で、可愛い…というよりは、綺麗な女性。

プラスαの要素として巨乳、ポニーテール。

ただし、バストはデカければ良いというわけではなく(D~Eカップくらいが理想)、乳輪が大きいのはNGらしい。

 

アイドルや芸能人については、あまり興味がなく、μ'sについても

「見たことはあるけど、顔と名前が一致しない」

と言っているが、恐らく上記の条件であれば『絢瀬 絵里』あたりはストライクゾーンのど真ん中だと思われる。

絵里の乳輪については把握してないが…。

 

 

明るい娘は好きだが、うるさい娘は嫌い。

サバサバした娘は好きだが、ガサツな娘は嫌い。

 

色々、面倒くさい。

 

しかし、それらは、あくまで理想論であり『好きになった人がタイプ』とも言っている。

 

 

愛車はエルグランド。

 

 

好きなサッカー選手は、ベタだが『リオネル=メッシ』。

 

 

 

 

 

【梨里の父(りさとのちち)】

 

梨里の父。

職業は公務員。

 

 

ありとあらゆるスポーツに精通しており、知識だけは豊富。

運動神経は悪くないようだが、特別スポーツ経験があるわけではない。

 

梨里に言わせれば、単なる『スポーツ好きのオヤジ』。

 

 

真面目な性格だが、天然ボケでもあり、特にどこかへ出掛ける際には、必ず(スリッパのまま玄関を出る、行き先を間違えるなど)『なにかやらかす』。

 

 

梨里の命名理由については「何となく」「雰囲気で」などと、明言を避けている。

 

 

 

 

 

【梨里の母(りさとのはは)】

 

専業主婦。

 

料理上手のしっかり者。

煮物が得意だが、梨里があまり好きじゃないのが、不満のようだ。

 

梨里の命名理由については「お父さんに任せたからわからない」と、明言を避けている。

 

 

 

 

 

【藤 綾乃(ふじ あやの)】

 

前作『Winning wings』の主人公。

※現在、公開はしておりません。

 

 

神奈川県出身

2月8日生まれ(20歳)/A型

167cm/50kg

B80(B)/W58/H81

 

 

なでしこ1部リーグ『大和シルフィード』所属のFW(#28)/なでしこジャパン代表(#28)

 

『飛鳥プロ』所属のアーティスト(Vo兼Gt)

 

 

父親は、小学4年生の時に他界。

飲酒運転のトラックドライバーによる交通事故死だった。

 

以後、母子家庭で育つ。

 

 

小学生時代はバレーボールの『左利きの』ウイングスパイカーで、守備免除のスーパーエースだった。

しかし、特待生として進んだ中学では『背の低さ』からセッターへのコンバートを命ぜられる。

 

 

中学2年生から『AYA』名義で、『J-BEAT』の専属モデルとなり、『浅倉さくら』とのコンビ『C.A.2』で一世を風靡する。

彼女の真似をしたファッションは『AYA-x』と呼ばれた。

 

 

高校入学と同時に、バンドスタイルのユニット『シルフィード』の『夢野つばさ』としてデビュー。

その年に紅白出場を果たす。

 

A-RISEの『統堂英玲奈』に似ていると言われたことがある。

 

 

現在はバンド活動を休止して、サッカー選手に転向。

所属チームの『大和シルフィード』は、入団から4年で地域リーグ → なでしこ2部リーグ → なでしこ1部リーグへと昇格。

その原動力となった。

 

チーム1、2を争う俊足で、シルフィードでは主に右ウイングを任されているが、高いジャンプ力と正確無比なパスセンスを兼ね備えている為、状況によっては、ワントップでポスト役や、OMF、SMF、SBに入ることもある。

 

しかしなんと言ってもストロングポイントは『Devil wing(デビルウイング)』と称される、左足から放たれる女子離れした強烈なシュートで、彼女自身は『Beautiful Lefty Sniper(美しき左利きの狙撃手)』の異名を持つ。

 

フットサルで身に付けた足技(フェイント)が得意。

 

スタミナには、やや難がある。

 

同じ年齢のチームメイト『緑川 沙紀』と併せて『なでしこのゴールデンコンビ』と呼ばれている。

 

 

一時期、かつての友人(山下 弘美)の死(自殺)を知り、精神的にも肉体的にもボロボロになるが、『浅倉 さくら』や『羽山 裕子』や『緑川 沙紀』らの支えによって、見事復活を果たした。

 

ただし父、友人と身近な人が亡くなっていることもあり「死」という言葉に対しては、かなりナーバスになっている。

 

 

梨里からは『チョモ』と呼ばれている。

相思相愛なのだが、お互い忙しく、イマイチ『深い仲』になりきれていない。

 

 

父親を早くに亡くしているため、多少ファザコンの気があり、渋めの男性がタイプ。

『永井』に恋心(のようなもの)を抱いていた時期があった

 

 

自動車免許証は取得しているが、車は持っておらず、ペーパードライバー。

 

好きなバレーボール選手は『カーチ=キライ(米)』と『アンドレア=ゾルジ(伊)』。

リアルタイムで観たわけではないが、幼い頃に知り「カッコイイ」と思っている。

 

ちなみにサッカー選手はあまり詳しくない。

 

 

 

 

 

【藤 久美子(ふじ くみこ)】

 

綾乃の母。

 

 

大学時代にモデルをしており、『飛鳥プロ』に所属していた。

 

卒業と同時に結婚。

翌年、出産。

従って綾乃と同年代の母親に比べると、かなり若い。

現在でも美貌は健在で、実年齢よりも10歳は下に見える。

 

出産後、しばらく専業主婦をしていたが、モデル時代の縁で出版社から声が掛かり、編集部に勤務。

今では出世して、女性ファッション誌『EVERY』の編集長を勤めている。

 

10年前に夫を交通事故で亡くしてから、綾乃を女手ひとつで育ててきた。

 

『永井』とはモデル時代からの知り合い。

 

 

 

 

 

【綾乃の父(あやののちち)】

 

享年36歳。

 

 

元陸上の走り高跳びの選手で、インターハイ出場の経歴を持つ。

大学卒業後は、スポーツ用品のメーカーに就職し、広報の仕事に携わっていた。

 

 

長身のイケメン。

 

妻の久美子とは、仕事を通じて知り合い、猛アタックの末、結婚。

自分の身長に釣り合う女性を探していたところ、モデルだった久美子が現れたという。

 

子供も生まれ、幸せな家庭を築いていたが、帰宅途中、飲酒運転のトラックに跳ねられ、帰らぬ人となった。

 

 

 

 

 

【山下 弘美(やました ひろみ)】

 

千葉県出身

享年17歳

 

 

中学時代は、将来を嘱望されたバレーボールのセッターで『アタッカーからコンバートさせられた綾乃』の目標でもあり、ライバル。

 

小柄で童顔だったことから、付いたあだ名は、名前をもじって『ヒロリ』と呼ばれていた。

 

高校に入って膝を故障。

選手を諦め、マネージャーとなるが…。

 

ある日、サッカー選手として活躍する綾乃(つばさ)を、激励に訪れ、

「また一緒にバレーボールができたらいいのにな…」

…と笑顔を見せるも、その翌日、遺体となって見つかった。

 

自殺と断定されたが、遺書は見つかっていない。

バレーボールができなくなったことに対する、精神的苦痛が原因とされている。

一方で、所属チームのコーチによる性的虐待があった…との噂も流れたが、現在に至るまで真偽は不明。

 

 

 

 

 

【永井(ながい)】

 

口ひげを生やした、ダンディーな中年で、雑誌『J-BEATの』編集長。

 

 

中学を『自主退学』した綾乃を、モデルの世界に引き入れた。

 

 

綾乃の母、久美子とはモデル時代からの知人。

彼女に好意を寄せているが、それを伝えられず、今日まで至る。

 

 

 

 

 

【原(はら)】

 

老舗芸能事務所『飛鳥プロ』の女社長。

 

 

礼儀作法に厳しいことで知られ、社員教育も、自らが先頭に立って行っている。

故に、業界からの信頼も厚い。

 

ただし、柔軟性がないわけではなく、聴く耳は持っている。

 

所属タレントの高齢化が進んでいる為、若い人材を求めているが、なかなか自分の眼鏡にかなう子が現れず、苦戦している。

 

そんな中『浅倉さくら』は、綾乃が入るまで、唯一の若手だった。

 

 

綾乃の母、久美子もかつて飛鳥プロに在籍していた為、親子二代の面倒を見ることになった。

 

 

 

 

 

【浅倉さくら(あさくら さくら)】

 

東京都出身

3月9日生まれ(20歳)/O型

154cm/42kg

B77(B)/W56/H78

 

 

『飛鳥プロ』所属の女優。

 

 

冗談みたいな名前だが、本名。

 

元、小中学生のカリスマモデル。

『J-BEAT』では『AYA』とのコンビ『C.A.2』を組んでいた。

 

彼女を真似したファッションは『サクラー』と呼ばれ、一世を風靡する。

 

 

高校入学と同時に女優に転身。

デビュー当初から演技力に定評があり、演劇界における賞を総嘗めにしている。

アカデミー賞では、新人賞、助演女優賞、そして今年は主演女優賞を授賞し、史上最年少で『3冠』を達成した。

 

 

綾乃とは『親友』と呼べる仲で、彼女が精神的にも追い詰められた際には、何かと気を遣い、フォローした。

 

 

元μ'sの『南ことり』は遠縁にあたるが、お互い会ったことはない。

 



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【登場人物紹介②】


主な登場人物の設定集です。

本作は時系列的に言うと、第50話はμ'sがラブライブ本大会出場を決めた年末までで、第51話はいきなり現在(3年半後)に飛んでいます。

それを補完する意味も込めて、この設定集では、そこに至るまでの各人のエピソード等を、盛り込んでいます。
※年齢は第51話(現在)時点。

また、本編をスルーして、こちらを読まれる場合、ネタバレになりますので、ご注意願います。

ストーリーが進むに連れて、追記することがあります(いわゆる後付けの設定)。

ご了承ください。





 

 

 

【阿部 かのん(あべ かのん)】

 

秋田県出身

8月1日生まれ(19歳)/O型

163cm/50kg

B86(F)/W62/H88

 

 

『飛鳥プロ』所属のアーティスト(Vo兼Key)。

 

 

中学3年生でバンドスタイルのユニット『シルフィード』の『水野めぐみ』としてデビュー。

その年に紅白出場を果たす。

 

翌年より『夢野つばさ』の音楽活動休止を受けて、ソロデビュー。

同時に『星野はるか』と、派生ユニット『アクアスター』を結成し、以降、昨年末まで3年連続(シルフィードから数えれば、4年連続)で紅白に出場している。

 

『大和シルフィード』の公式サポーターズソングを歌っている。

 

 

幼い頃から民謡を習っており、ロングトーンが得意。

 

星野はるかとの兼ね合いで、ソフトに歌うが多いが、やろうと思えばハードに歌うこともできる。

だだし、その場合『こぶし』がまわってしまうクセが出る。

 

民謡を習っていた為、三味線が弾ける。

(人前で披露するレベルではないが)尺八も吹くだけならできる。

その他、ピアノ、ギター、ドラムとなんでも器用にこなし、ツアーなどで披露することがある。

 

シルフィード結成時、少しふっくらした体型だった為

「(前に出て動き回るギターよりも)キーボード向き」

と言われ、少なからずショックを受けたらしい。

 

 

チャームポイントは真っ白な肌と、豊かな胸。

デビューから、ひとつカップサイズが上がった。

 

だが、そこだけ注目されるのは本意でないと、いつも露出は少なめである。

 

見た目のほんわかした雰囲気とは違い、かなり気が強く、しっかり者。

 

A-RISEの『優木あんじゅ』に似ていると言われるが、かのんの方が全体的に、一回り大きい。

 

A-RISEデビュー後は、音楽番組などで競演機会も多い。

 

 

 

 

 

【鈴木 萌絵(すずき もえ)】

 

大阪府出身

5月5日生まれ(20歳)/AB型

155cm/45kg

B80(D)/W58/H79

 

 

『飛鳥プロ』所属のアーティスト(Vo兼Gt)。

 

 

中学3年生でバンドスタイルのユニット『シルフィード』の『星野はるか』としてデビュー。

その年に紅白出場を果たす。

 

翌年より『夢野つばさ』の音楽活動休止を受けて、ソロデビュー。

同時に『水野めぐみ』と、派生ユニット『アクアスター』を結成し、以降、昨年末まで3年連続(シルフィードから数えれば、4年連続)で紅白に出場している。

 

『大和シルフィード』の公式サポーターズソングを歌っている。

 

 

(シルフィードの中では)小柄だが、その体格からは想像もつかないほど、エネルギッシュでパワフルな歌声が特徴。

 

幼い頃からダンスを習っており、女子では珍しい『ロック』や『ブレイクダンス』が踊れる。

これらはツアーなどで披露することがあり『ウィンドミル』は一番の見せ場となる(『ヘッドスピン』もできるらしいが、これはスタッフから止められている)。

 

だが、あくまでも歌が本業と考えており『歌って踊れるスタイル』は目指していない。

 

 

大阪府出身ではあるが、小学4年生から移り住んだ為、、いわゆるステレオタイプの関西人ではい。

しかし、多少なりとも大阪の空気を吸って育ったことにより、ボケ、ツッコミをそつなくこなし、ムードメイカー的な役割を担っている。

 

(あまり人前では見せないが)テンションのアップダウンが激しい。

落ち込む時は、とことん落ち込む為、陰でかのんが励ましている。

 

 

A-RISEの『綺羅ツバサ』に似ていると言われるが、萌絵の方が優しい顔つきをしている。

 

A-RISEデビュー後は、音楽番組などで競演機会も多い。

 

 

 

 

 

【石井(いしい)】

 

フットサルチーム『Deusa da vitória(デウーサ ダ ヴィットーリア)』のコーチ。

 

 

『Deusa da vitória』はモデルを中心にした女子芸能人のフットサルチームで、そこのコーチを努める。

 

元Jリーガーで、ハードワークが売りのMFだったが、足首の故障に苦しみ、代表候補になったことはあるものの、Aマッチに出場することなく、現役生活を終えた。

 

 

フットサルを始めた綾乃の『左足の驚異』を体感し、その後チームのエースに育て上げた。

 

彼女が放つ『左足のシュート』の『最初の犠牲者(股間にボールが直撃)』で、悶絶しながらも「化け物を見つけた」と喜んだ。

 

綾乃が放つ、女子離れした強烈なシュートを『キャノン砲』をもじって『K-アヤノ(ん)砲』と名付けたが、広く浸透はしなかった。

※現在、マスコミは『デビルウイング』と呼称している。

 

 

シュート以外にも綾乃の身体能力に、高いポテンシャルを見出(みい)だしおり、女子サッカーに挑戦することを強く後押しした。

 

 

 

 

 

【大和シルフィードの社長(やまとしるふぃーどのしゃちょう)】

 

なでしこ1部リーグ『大和シルフィード』の社長。

 

 

数多くのなでしこ代表を排出している、アマチュアチーム『大和シルフィード』を『なでしこリーグ』に昇格させる為、6年前に就任。

 

 

監督に元日本代表で『仕事人』の異名を持つ『田北』、コーチに大怪我からの選手復帰を目指す、シルフィードOGの『羽山 優子』を招聘。

戦力アップの基盤を作る。

 

さらに当時、芸能人のフットサルリーグで活躍していた『夢野つばさ』を入団させ、チームの広告塔に据えた。

 

 

つばさが地元の出身であること、ユニット名がチームと同じ『シルフィード』であることなどから『縁(えにし)』を感じ、熱心に勧誘。

 

最終的に、つばさが

『選手として相当な覚悟をもって挑戦する』

ことを受け入れた為、入団に至った。

 

 

しかし、当然のごとく、実力未知数、サッカーに関しては素人同然のつばさの入団は

「サッカーを冒涜している」

と関係者・ファン双方から大バッシングを浴びる。

※つばさ自身にもネットを中心に、尋常じゃないほど叩かれた。

 

 

だが大和シルフィードのなでしこリーグ入りは、地元民の悲願でもあった為『人寄せパンダ』と批判されようと、彼女のネームバリューは必要だった。

 

結果、夢野つばさ(或いはシルフィード)とタイアップすることを条件に、多くのスポンサーを獲得。

当面の運営資金を得るに至った。

 

 

一方、社長は代表戦以外に盛り上がらない、女子サッカーの現状を憂いており『スター選手』が現れれば、状況は一変するとも考えていた。

 

その起爆剤が『夢野つばさ』であった。

 

実はつばさを、単なる広告塔とは考えておらず、彼女が所属していたフットサルのコーチからは『なでしこジャパンを狙える逸材』とお墨付きをもらっていた為、実力も高く評価しての勧誘だった。

 

また『トップアスリート → 芸能人』ではなく『芸能人 → トップアスリート』という『逆シンデレラストーリー』を実現させたいという野望もあったようである。

 

 

 

 

 

【田北(たきた)】

 

埼玉県出身

58歳

 

 

なでしこ1部リーグ『大和シルフィード』の監督。

 

 

元サッカー日本代表のDF。

 

熱くなりやすい性格で、現役時代は『瞬間湯沸し器』『カードコレクター』の異名を持った。

 

 

引退後はJリーグのコーチ、監督を歴任。

監督として(それぞれ違うチームで)『リーグ戦』『カップ戦』『天皇杯』を制し、3冠を達成している。

 

 

良くも悪くも『昭和の頑固オヤジ』タイプであり、かなりワンマン。

 

その為、結果を残しながらも、フロント、選手とトラブルになることが多く、1チームに4年以上留まったことがない。

 

 

シルフィードの監督就任に至っては、社長の熱心な誘いに根負けして受諾した。

 

一方、Jリーグほど厳しく結果が求められないため、ある程度好きに采配が振るえるとも考えたようだ。

 

 

シルフィード監督就任後は(チームの積極的な補強も相まって)5年で地域リーグから、なでしこ1部リーグに昇格させた。

 

 

ちなみに今年で6年目に入ったが、もちろん過去最長である。

 

 

 

 

 

【緑川 沙紀(みどりかわ さき)】

 

東京都出身

3月3日生まれ(20歳)/B型

151cm/46kg

B70(A)/W55/H75

 

 

なでしこ1部リーグ『大和シルフィード』所属のFW(#11)/なでしこジャパン代表(#16)。

 

 

チームNo.1の俊足で、同じくトップレベルの持久力を併せ持つ、アタッカー。

しかしドリブルの技術はさほど高くない。

 

類いまれなるスピードと、無尽蔵のスタミナを活かし、前線から積極的にプレッシャーを掛ける…いわゆる『ファーストディフェンダー』としての役割が大きく…味方がボールを奪えば、ゴールに向かって一気に走り出す彼女にパスを出し、カウンターを仕掛けるというのが、得点パターンのひとつである。

 

トップギアに入ってからの加速力は凄まじく、そうなると相手はファールでしか止められない。

 

 

チームメイトからは『ヴェル』とよばれている。

 

これはJリーグの『東京ヴェルディ1969』が以前『ヴェルディ川崎』だったことに由来している。

 

『ヴェルデ』はイタリア語で緑を意味しており、チームカラー。

つまり、チーム名は『みどり(の)かわさき)』である。

『みどりかわ・さき』と『みどり・かわさき』…全くの偶然だが、気が付いた人は偉いと思う。

 

ここから彼女のあだ名は『ヴェル』となった。

 

 

しかし同い年の『夢野つばさ』がチームメイトになってからは、高校生コンビ(当時)として注目され始め、マスコミからは『みどりかわ さき』を縮めて『みさき』の愛称が付けられた。

漫画『キャプテン翼』の『大空 翼』のベストパートナーが『岬 太郎』だったことをなぞらえたもので、今では『つばさ』『みさき』で『なでしこのゴールデンコンビ』と呼ばれている。

 

しかし

「岬くんは主役じゃない!」

と当の本人は不満に思っているようだ。

 

ほかに『つばさき』『さきつば』という呼び名もあったが、前者は『手羽先』を、後者は『某事務所のコンビ』を想像してしてしまう為、自然淘汰されていった。

 

 

夢野つばさには隠しているが、実は弟が、つばさの大ファン。

「知人に頼まれた」

とつばさにサインをもらい、弟にプレゼントしたことがある。

 

 

 

 

 

【羽山 優子(はやま ゆうこ)】

 

神奈川県出身

8月8日生まれ(35歳)/A型

160cm/56kg

B非公開/W非公開/H非公開

 

 

なでしこ1部リーグ『大和シルフィード』のコーチ。

 

 

『大和シルフィード』のOGで、小中学生時に在籍していた(当時は中学生の部までしかチームのカテゴリーがなかった)。

 

大学2年生時に代表入りしてから、ワールドカップ2回(ベスト8、優勝)、オリンピック2回(優勝、2位)出場の経歴を持つ。

 

大学卒業後、5年間日本でプレーしたあと、フランスに渡る。

 

アシスト王も狙えるかという3シーズン目に、相手選手と交錯し『左膝前十字靭帯断裂』(全治1年)の重症を負い、退団。

 

この年に出場予定だった自身3度目のワールドカップは、夢と消えた。

 

 

引退を考えていたところに古巣『大和シルフィード』の社長から声が掛かり(リハビリ期間限定で)コーチに就任。

 

 

翌年、大和シルフィードで選手として復帰。

 

途中出場が多かったが、その中でも全盛期を彷彿とさせる長短の正確なパスで、幾度もチームを、勝利に導き、チームを『地域リーグ』から『なでしこリーグ1部』へ昇格させる、立役者となった。

 

プレーだけではなく、チームの精神的な柱であり、アマチュアのチームに、プロの精神を叩き込んだ。

 

監督の田北も、全幅の信頼を置いていた。

 

しかしながら、怪我の影響は大きく、併せて体力の限界を理由に、昨シーズンを以て引退。

 

今シーズンからコーチに戻った。

 

 

シルフィードのトレーナー『中村』と、年末に結婚することを発表している。

 

 

『羽山 満里奈(はやま まりな)』という、プロサーファーの妹がいる。



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第二部
第一報


 

 

 

 

 

「…心配なニュースが飛び込んできました…。男子サッカーのオリンピック代表で『ジョホールバルの再来』のゴールを決めた『高野 梨里』選手、20歳が…交通事故に巻き込まれ意識不明の重体です…」

 

 

 

アナウンサーが悲痛な顔で原稿を読み上げると、思わずスタジオにいたスタッフから

「えっ!?…」

という声が出た。

 

おそらく、その一報を知った誰もが、同じ反応をしたであろう。

 

 

 

 

 

『夢野つばさ』こと『藤 綾乃』もそのひとりだった…。

 

 

 

 

 

オリンピックの合宿を目前に控え、明日から7日間『リフレッシュ休暇』に入る。

 

その為、つばさは今日の練習を最後に、一旦チームを離脱する。

 

所属する『大和シルフィード』からは、同い年の『みさき』こと『緑川 沙紀』も代表に選出されていた。

 

今や『なでしこのゴールデンコンビ』と称される『つばさ』と『みさき』。

 

2人の息の合ったプレーを、日本中が期待をしている。

 

 

 

練習終わりにはチームメイトから花束が渡され、簡単な壮行会が開かれた。

 

意外なことに、監督の田北の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

手塩に掛けて育てた可愛い娘を、嫁に出す…あるいはそんなシーンを思い浮かべたのだろうか。

 

それを選手が見つけ、冷やかした。

 

「そんなわけないだろ!目にゴミが入ったんだ!」

と、お決まりの言い訳をしながら、その場から立ち去る田北。

 

その慌てふためく様子がおかしくて、みんなが笑い、和やかな雰囲気のまま、壮行会は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

状況が一変したのは、各人がシャワーを浴びたあとのこと。

 

 

 

 

 

 

「えっ!?嘘でしょ?」

 

「なにこれ…本当なの?」

 

「なんで…」

 

着替えを終わった選手が、スマホに入ってきたニュースメールを眺め、口々に呟いた。

 

「なに?なに?…」

 

まだ、それを見ていないチームメイトが、興味深そうに訊く。

 

そこまで、深刻な話だと思ってない。

 

 

 

だが、彼女たちの言葉を聴いて、全員の血の気が引いた…。

 

 

 

 

 

「『高野くん』が、意識不明の重体だって…」

 

 

 

「高野くん…って…マリノスの?」

 

 

 

「…うん…」

 

 

 

「まさか…」

 

「信じられない…」

 

「どうして…】

 

 

 

「交通事故に巻き込まれたって…」

 

 

 

「!!」

 

 

 

つばさが「ハッ」と息を飲む、

 

 

 

「『りさと』が!?」

思わず下の名前を呼んだ。

 

 

 

「そうみたい…高野 梨里…」

 

 

 

 

 

つばさは、慌てて自分のスマホを手に取ると、電話を掛けた。

 

 

 

《お掛けになった番号は電波の届かないところにいるか…》

 

 

 

…出て!…

 

…無事って言って…

 

 

 

だが、無情にも不通を告げるアナウンスが終わり、ツー…ツー…という音に切り替わった。

 

 

 

…そうだよ、今は出れないだけなんだ…

 

 

 

つばさは必死に自分に言い聞かせた。

 

 

 

だが…

 

 

 

「…目撃者の話によると、衝突した車が、はずみで歩道に突っ込み…」

誰かがニュースを読み上げる。

 

「男性は車に跳ねられたあと、頭から落ちたとのことで…」

 

「この男性は所持品などから、男子サッカーオリンピック代表の高野 梨里選手と見られ…」

 

 

 

 

 

その瞬間…

 

 

 

 

ゴトッ…

 

 

 

つばさの手からスマホが落ちた…。

 

 

 

 

「イヤぁ~~~っ!!」

 

 

 

 

 

突然大きな声で叫ぶと、つばさは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「つ、つばさ!?」

 

「大丈夫!?」

 

「どうしたの!」

 

 

 

「り、りさとが…はぁ…はぁ…いやっ…そんな…はぁ…うそ…」

正座の姿勢で前のめりのつばさは、まるで今、走り終わったかのように呼吸が荒い。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、つばさ?」

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 

つばさの呼吸はますます荒く、そして早くなっていく。

 

いつの間にか、着替えたばかりのシャツが、ビッショリだ。

 

尋常じゃない汗の吹き出し方。

 

明らかに、熱を持っているのがわかった。

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 

「誰か『中村さん』を呼んできて!!」

沙紀が叫ぶ。

 

 

 

ほどなくして、トレーナーの中村が、走ってドレッシングルームに飛び込んできた。

 

「つばさ!大丈夫か!」

 

「はぁ…はぁ…わから…ない…はあ…はあ…身体が…はぁ…動かない…はぁ…はぁ…」

 

「わかった!大丈夫だ、意識はある…誰か、水とバスタオルを持ってきてくれ!医務室に運ぶ!」

 

「中村さん!?」

 

「大丈夫、おそらく過呼吸だ」

 

「過呼吸?」

 

「落ち着けば、収まる。ちょっとベッドで休まそう」

 

「でも、どうして急に…」

 

「わからん。喘息でもなきゃ、精神的なものかもしれないが…それより、今は運ぶのが先だ」

 

「あ、はい…」

 

中村はつばさを抱き起こすと、おぶって医務室へと連れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、具合は?…少し眠って落ち着いたか?…」

ベッドに横たわるつばさが目を覚ましたのに気付くと、中村は静かに声を掛けた。

 

「…寝てたんですか…」

 

「少しだけ。…鎮静剤を射った…」

 

「そうですか…」

 

「危ないクスリとか、使ってないでしょうね」

中村の後ろから、沙紀の声。

 

「…ごめん…心配掛けて…」

 

「別に大事に至らなきゃいいけどさ…」

 

「…うん…」

 

「でも、相当うなされてたよ」

 

「…そうなんだ…ごめん…」

 

「何かあった?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「まぁ、なんにもなくて『ああ』はならないな」

中村が口を挟む。

 

「すみません…」

 

「いい精神科医を紹介しようか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そう難しい顔をするなって…。なんでもないなら、別にいい」

 

「困るのよ、しっかりしてくれないと。『岬くん』の相方は『翼』しかいないんだから…」

沙紀なりの激励。

 

 

 

「…うん…そうだね…」

 

つばさには、その優しさが十分伝わった。

 

「ありがとう…」

 

 

 

「いいわよ…お礼なんて…」

沙紀はそう言って、うしろを向いた。

 

だが、すぐに向き直り

「ねぇ…」

と、つばさに声を掛ける。

 

「ひょっとして…高野 梨里って…つばさの…コレ?」

沙紀は親指を立てた。

 

 

 

 

「えっ!?…なんで…」

 

 

 

「そりゃあ…何度も名前…呼んでた もん…」

 

 

 

「!」

 

 

 

「隠さなくったっていいわよ…つばさに彼氏のひとりふたりいたって、別に驚かないから…」

 

 

 

「彼氏かどうかはわからないけど…大切な人…」

 

 

 

「なるほど…。つまり、この事故の話が過呼吸の引き金か…」

中村が呟く。

 

「行くんでしょ?病院」

 

「えっ…」

 

「お見舞い…」

 

「あっ!…でも、どこに運ばれたか…」

 

「そんなの協会に訊けばわかるわよ!」

 

「いや、そんな手間掛けなくてもわかる」

と中村。

 

「えっ?」

 

「ツイッターに出てる」

 

「嘘でしょ?」

 

「救急車のあとを追っかけたバカがいる…」

 

「信じられない…」

 

「その通りだな…不謹慎極まりない」

 

「まったく、なに考えてるのかしら…ほら、つばさ、行くわよ!」

 

「えっ!?」

 

「えっ…じゃないわよ。それがいいか、悪いかは別にして、取り敢えず病院がわかったんだから、行くわよ!」

 

「ヴェル…」

 

「私も付き合うわよ」

 

「だけど…」

 

「なにグズグスしてるのよ!大切は人が生きるか死ぬかって瀬戸際なんでしょ!行かなくてどうす…」

 

 

 

「いい加減ことを言わないで!」

 

沙紀の言葉を遮るように、つばさが叫んだ。

 

 

 

「いい加減なことって…」

 

予期せぬ反応に、たじろぐ沙紀。

 

「死なないんだよ…梨里は。死ぬなんてあり得ない…死んじゃいなけないんだよ」

 

「つばさ…」

 

「死ぬなんて言葉…軽々しく使わないで」

 

「つばさ…」

 

「…どうして…『また』…交通事故なのよ…』

 

 

 

「!」

 

 

 

…そういうことか…

 

 

 

沙紀は以前、つばさの父が事故死しているという話を、聴いたことがあった。

 

 

 

…だとしても…

 

 

 

「つばさ…私はあなたじゃないから、あなたの気持ちはわからない。その人がどれほど大切な人なのかもわからない」

 

「…」

 

「だけど、私なら行く。何がなんでも行く。あとで後悔したくないもの」

 

「…」

 

「彼、闘ってるよ!頑張ってるよ!そばに言って、応援してあげなきゃ!」

 

「ヴェル…」

 

「大丈夫!大丈夫だから…」

 

その言葉に、なにひとつ根拠がないことはわかっていた。

 

だが、今はそれしか言えない。

 

 

 

 

「車…出そうか?」

 

「中村さん!?」

 

「この病院だと…電車なら新宿から廻っても、横浜から廻っても、1時間チョイは掛かる。車なら東名使って上っていけば、半分で着く」

 

「でも…」

 

「デモもストもない。つばさも『みさき』も、有名人だ。公共の交通機関の利用は避けたほうがいい…。こんな状況でサインを求められても、対応できないだろ?」

 

「中村さん…」

 

「意識不明が本当なら、面会はできないかもしれないが、それも『込み』で確認しに行った方がいい。ここにいてもラチが開かない」

 

「中村さん…」

 

「乗り掛かった舟だ…構わん。よし、行くぞ!準備しろ」

 

「すみません…」

 

つばさは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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幸せな最期って

 

 

 

 

 

つばさと沙紀を車に乗せると、中村は一路、高野が運ばれたとされる病院へと向かった。

 

車内はノリの良い音楽が流れていたが

「さすがにそういう感じではないな…」

と、すぐに消す。

 

後部座席の2人は押し黙ったままで、空気が重い。

 

セットしたカーナビの、行き先を案内する声が時おり聴こえるだけで、それがまた静けさを際立たせた。

 

 

 

車が走り出してすぐに、沙紀はつばさが小刻みに震えていることに気が付いた。

 

「寒い?」

 

つばさは首を横に振る。

 

しかし、震えは止まらない。

 

それを見て、沙紀はつばさの右手を引き寄せ、太股の上に置き、そこに自分の手を重ねた。

 

少しでも落ち着かせようとする配慮だった。

 

 

 

 

 

3年ほど前にも一度、つばさがおかしくなったことがある。

 

生気を失っていた…とも言うべきか。

 

とにかく覇気がない。

 

細い身体が、一段と痩せて見えた。

 

 

 

見かねた羽山と沙紀が問い質(ただ)すと

「中学生の頃の友人が自殺した…」

と告白した。

 

 

 

亡くなる前日、練習中のつばさを訪ねてきて、会話をしたにも関わらず、翌日、遺体で発見された…とのこと。

 

遺書はなかったが、現場の状況からして、他殺ではないと断定された。

 

 

 

沙紀も、その友人が来たことは知っていた。

 

自分と同じくらいの背丈で、なんとなく似てるな…などと思っていた。

 

その人が…自殺…。

 

まったく面識のない沙紀でさえ、ショックを受けるのだ。

 

ましてや、それが友人となれば…。

 

つばさの気持ちも理解できる。

 

 

 

 

 

彼女は何の為に、わざわざ、つばさを訪ねてきたのか?

 

 

 

つばさ自身は

「自殺を止めてもらいにきたに違いない」

と言う。

 

そして、それができなかったことを、激しく悔いていた。

 

チームメイトの前では、何事もないように振る舞っていたが、明らかに様子が変だった。

 

そして、問い詰めた結果、そういう話だった…という訳だ。

 

 

 

 

 

自殺を止めてもらいたかった…。

 

果たして、本当にそうだったのだろうか…。

 

 

 

 

 

真相は、闇の中だ。

 

今となっては誰にもわからない。

 

 

 

ただひとつ、言えることは…

 

彼女が亡くなる前の『最後の話し相手』が、つばさであったこと。

 

これは間違いない。

 

 

 

長らく顔を会わせることがなかった彼女が選んだ、最後の相手。

 

 

 

「きっと、止めてほしいとかほしくないとか…そんなことじゃなくて、ちゃんと挨拶がしたかったのよ…。光栄なことじゃない、あなたは選ばれた人間なのよ」

羽山がつばさを諭す。

 

 

 

「光栄?選ばれた人間?」

 

 

 

「いい?自ら命を絶つ…ってことには賛成できないけど…その娘は達成感があったんじゃないかしら」

 

「達成感?」

 

「一日に、何人の人が亡くなるかわからないけど、どれだけの人が会いたい人に会えて、この世を去ることができるしら…」

 

 

 

「…」

 

 

 

つばさの父…藤 綾乃の父も、朝、普通に職場に出掛けた。

 

まったく、いつもと変わりなく。

 

 

 

しかし…

 

 

 

病院に駆けつけた時には、既に霊安室の中で…顔には白い布が掛けられていた。

 

 

 

父は、妻や娘に別れを言うことなく、この世から去った。

 

 

 

「だから…つばさの友達は、それができただけでも、良かったんじゃないかな…」

 

「幸せだった…とでも?」

 

「そうは言ってないわ。でも、少なくてもあなたは『そうでも理由付けをしない限り』納得しないでしょ?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「だって、その娘があなたに『どうしてほしかったか?』なんて、もう、一生わからないんだし…。それとも、あの世に追いかけて行って、訊いてくる?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「まぁ、そういうこと。よく聴くフレーズかもしれないけど、あなたがクヨクヨしてても、死んだ人は生き返らないんだから。あなたはあなたで精一杯生きなさい!」

 

 

 

羽山の言葉には説得力があった。

 

自身も、一時は引退を考えるほどの大怪我を負ったが、必死にリハビリして、ピッチに戻ってきた経験を持つ。

 

だから、つばさには、この『精一杯生きなさい』は、かなり響いた。

 

「あなたは、あなたの為に生きるのよ。決してバカなことは考えないで。あなたが活躍することで、勇気付けられる人がいることを忘れないで!」

 

 

 

…勇気付けられる人がいる…

 

…そうだ…

 

…無謀な挑戦だとわかってて、飛び込んだ世界…

 

…まだ、なにも成し遂げていないんだ…

 

…まだ、なにも…

 

 

 

これを機に、少し前を向き始めたつばさ。

 

『浅倉さくら』らのフォローもあって、何とか立ち直ったのだった。

 

 

 

 

 

…あの時のつばさも、相当ダメージが大きかったけど…

 

…もし、今回、同じようなことになれば…

 

 

 

…サッカーどころじゃないわね…

 

…下手すると、あとを追うことすらあり得るかも…

 

 

 

沙紀は思わず重ねていたつばさの手を、ギュッと強く握ってしまった。

 

 

 

…バカ!何を考えてるのよ!…

 

…勝手に人を殺すな!…

 

 

 

ダメだ、ダメだと首を振る、沙紀。

 

 

 

…それより、つばさと彼の関係…

 

…メチャクチャ気になるんだけど…

 

…『大切な人』って?…

 

 

 

…訊きたいけど、今はムリね…

 

 

 

誰ひとり喋らない中村の車は、渋滞にはまることもなく、東名、首都高を抜け、高野が収容されている病院へとたどりついた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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どうして…

 

 

 

 

中村の車は、病院の正面入口を通過した。

 

「あれ?」

沙紀が首を傾げる。

 

「マスコミが『わんさか』いるところに、わざわざ突っ込む必要はない」

 

「あっ…なるほど」

沙紀はその意味を理解した。

 

 

 

中村は車を、裏側にある夜間通用口へと回した。

 

沙紀が車を降りる。

 

だが、つばさは出てこない。

 

見ると、手に力が入らないのか、シートベルトを外すのに手間取っている。

 

「もう、しっかりしてよ!」

 

「…ごめん…」

 

沙紀が手伝い、車から降ろす。

 

まだ、つばさの動揺は収まっていない。

 

 

 

…頑張って!つばさ!…

 

 

 

沙紀は心の中で叫んだ。

 

だが、弱っている人間にその言葉を掛けるのは、あまり良くないと聴いたことがある。

 

 

 

「行くわよ!」

 

他に思い付く言葉もなく、沙紀はつばさの背中を押すようにして歩き始める。

 

 

 

 

3人は夜間受付の前に来た。

 

「どうなさいましたか?」

 

「『サッカー関係者』だ!急いでる!」

中村は病院の受付担当者にそう答えると、半ば強引にそこを突破した。

 

「以下、同文です!!」

沙紀もつばさの手を引っ張り、あとに続く。

 

 

 

時刻は、夜の11時半過ぎ。

 

事故が発生してから、2時間半…一報が入ってからは一時間半が経過していた。

 

院内の廊下は既に暗く、ところどころ、常夜灯だけが光っている。

 

少し進むとロビー(待合室)が現れた。

 

ここも受付カウンター内の照明だけが灯されており、薄暗い。

 

よく見ると、そこには何人かの人影があった。

 

 

 

バタバタとやって来た3人に、その人影たちが一斉に顔を向ける。

 

 

 

「誰だ?」

その内のひとりが訊いた。

 

 

 

「『大和シルフィード』の『緑川 沙紀』と『夢野つばさ』です」

沙紀はつばさの身体を引き寄せると、カウンターの前に立ち、顔を晒した。

 

だが逆光で、実はあまりハッキリ見えていない。

 

「…と、その『保護者』でトレーナーの『中村』です』

 

 

 

「シルフィードの?どうしてここに?」

 

 

 

「同じオリンピック代表ですから…とにかく居ても立ってもいられなくて…」

沙紀が答える。

 

「あぁ、そうか…ご苦労」

 

あっさり、そんな言い訳が通った。

 

 

 

『そうは言っても』冷静に考えれば、簡単には納得出来ない理由である。

 

いくら同じ代表とはいえ、身内でもなければ、これだけ素早く駆けつけることはない。

 

しかも、女子だ。

 

 

 

だが、この状況下で『下衆な勘繰り』をする者はいなかった。

 

沙紀と『保護者』の中村の存在が、いいカモフラージュになっている。

 

 

 

「状況はどうですか?」

中村が、誰とは言わず問いかけてみる。

 

「…いや…なんとも…。我々もここで待機だ。…まぁ、立ってても仕方がない…その辺に座りなさい」

 

誰かが答えた。

 

よく見ると、それはサッカー協会の副会長だった。

 

 

 

確かに、待機を命ぜられているなら、どうしようもない。

 

3人は空いているイスに腰を下ろした。

 

 

 

時間が経つにつれ、ロビーにいる面子が判明する。

 

日本サッカー協会の副会長、男子オリンピック代表監督、マリノスのコーチ…それから代表とマリノスのチームメイトが数人。

 

全部で10名ほどがいた。

 

 

 

「君たちはどうやって、中に?」

副会長が中村に問う。

 

「向こうから強行突破しました」

中村は、入ってきた夜間受付の方向を指差した。

 

「なるほど…賢明な判断だ。正面から入ってくれば、マスコミの餌食になっていた…」

 

「はい」

 

 

 

中村が運転中に想像したとおり、どうやら正面入口にはマスコミが『わんさか』詰めかけているらしい。

 

だが、ここは病院。

 

一般人も入院している為、病院側が立ち入りを規制しているようだった。

 

ましてや、今は夜。

 

院内で大騒ぎされる訳にはいかない。

 

ごくごく当然のこと。

 

それでも、中の様子を見ようと、カメラがこっちを狙っている。

 

 

 

つばさも沙紀も、顔見知りの男子選手はいたが、軽く会釈をした程度で、それ以上は誰も口を開かない。

 

彼らは一様にスマホを眺めている。

 

もちろん、ゲームをしている訳ではない。

 

SNSやツイッターに入ってくる情報をチェックしていた。

 

「あぁ『3人にも』伝えておく。こちらがOKを出すまで、この件に関するコメントは差し控えるように」

副会長はそう『命令』した。

 

コメントとは、つまり『そういった類い』のことも含めてを指す。

 

 

 

つばさは目を瞑っている。

 

強く握りこんでいる拳が、必死に何かと闘っているように見えた。

 

今は、掛ける言葉がない。

 

 

 

沙紀はそう思い、立ち上がると、少し離れたところに歩いていき、そこで自分のスマホを見た。

 

 

 

その後、事故について、どのような報道されているのか…あまり深くは考えずに、検索をかけた。

 

 

 

そして、沙紀は絶句した…。

 

 

 

…嘘でしょ?…

 

 

 

この事故はどのニュースサイトでもトップニュースで扱われているが…『高野 梨里が意識不明の重体』…という状況は更進されていない。

 

追加情報として、彼のこれまでの生い立ちや、成績などがアップされているくらいだ。

 

 

 

関係者とされる…それこそ『ここにいる面々』の

 

》詳しいことがわからないので、なんとも言えない

 

》無事であることを祈るしかない

 

…などというコメントは載っている。

 

院内に入る前に、マイクを突きつけられたのだろう。

 

 

 

そこまでは理解できた。

 

 

 

しかし、そのあと続く関連ワードは…

 

『死亡』『五輪絶望』『終わった』『ご臨終』『五輪終』『役立たず』『韓国』『暗殺』『女』『μ's』『園田 海未』『誰得』『本間 洋平』

 

…等々が羅列されていた。

 

 

 

思わずゾッとする、沙紀。

 

 

 

…ちょっと、なんなのよ…これ…

 

 

 

恐る恐る、それらのワードが書かれた内容を覗いてみた。

 

 

 

……

 

》重体とか言ってるけど、既に死んでんだろ?

 

》おい、おい、勝手に殺すな

 

》現場にいたけど、即死だったぜ

 

》生きてても、オリンピックは絶望的だな

 

》五輪終わったな

 

》これがホントの『ご臨終(五輪終)』ってか

 

》↑草生えた

 

》喜ぶな!

 

》肝心な時にいないなんで、なんて役立たず

 

》役立たず言うな!

 

》高野なんて、いてもいなくても同じ

 

》同じじゃねーよ

 

》冗談抜きで、高野がいないのは痛い

 

》りさと…

 

》韓国人に暗殺されたんじゃね?

 

》それはない!

 

》なんでもアッチと結びつけるなよ

 

》自作自演、乙

 

》テロか?

 

》女と歩いてたって噂

 

》マジか!オリンピック前にイチャついてるんじゃねーよ、バーカ!

 

》なお、元μ'sの園田 海未の模様

 

》特定早っ!

 

》嘘だろ?海未ちゃんかよ!

 

》だったらいいよ、死んで!

 

》海未ちゃんは無事か

 

》一緒に運ばれた

 

》高野、殺す!

 

》だから、死んでるってw

 

》死んでねーよ!

 

》高野が死んだら誰得よ?

 

》本間 洋平じゃね?同じポジションだし

 

》じゃあ、犯人はヨーヘーだな

 

》傭兵でも雇ったか…

 

……

 

 

 

…見なきゃよかった…

 

 

 

…なによ…これ…

 

…狂ってるわ…

 

…酷すぎる…

 

 

突然、沙紀の目から涙が溢れ落ちた。

 

 

 

…怒り?…

 

…哀しみ?…

 

…哀れみ?…

 

 

 

…わからない…

 

 

 

…でも、ここで私が感情的になっちゃいけない!…

 

…そんなことになったら、つばさが…

 

 

 

沙紀は爆発しそうな気持ちと、得も言われぬ吐き気を堪(こら)えて、口元を押さえながらトイレへと駆け込んだ…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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母、強し

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

沙紀がトイレから出てくると、その前で中村が立っていた。

 

「女子トイレの前で待ち伏せなんて、変態ですか?」

沙紀は中村を軽く睨み付けた。

 

その目は充血しており、明らかに異変が見られる。

 

「『つわり』じゃないだろうな」

 

状況が状況だけに、囁くように話す。

 

「なっ…何を?」

 

「口元を押さえてトイレに駆け込めば…まずは『それ』を疑いたくなる」

 

「見てたんですか?」

 

「見ちまった」

 

「だとしても、そんなわけないじゃないですか…。こんな時に、つまらない冗談はやめてください」

 

「こんな時だからこそ、余計心配なんだ」

 

「大丈夫です…そんなんじゃありません…」

 

「吐いた(もどした)のか?…」

 

「何も出ませんでしたけど」

 

 

 

練習が終わってから、今まで、食事はおろか、水も口にしていない。

 

胃の中は空っぽだった。

 

 

 

「確かにな…お茶くらいは飲んだ方がいい」

 

中村はロビーにある自販機へと歩き出した。

 

沙紀も、そのうしろをついていく。

 

「ジャスミン茶でいいか?」

 

「ジャスミン茶?」

 

「リラックス効果があり、眠りを誘う薬でもある」

 

「眠りを誘う薬?」

 

「知らないのか?『オリビアを聴きながら』」

 

「はぁ…」

 

「まぁ、いい…」

 

中村はジャスミン茶を2本買った。

 

「あとで、つばさにも渡してやれ」

 

「はい…ごちそうになります」

 

自分は缶コーヒーを選んだ。

 

 

 

「それで…どうした?」

 

「私…ですか?」

 

「他に誰がいる?…田北監督みたいなことを言わせるな…。こう見えても一応、トレーナーだから、選手の体調管理は、俺の仕事だ」

缶コーヒーのプルタブを起こしながら、沙紀に言う。

 

 

 

「…これを見てたら、具合が悪くなりました…」

沙紀は持っていたスマホを差し出した。

 

ジッとその画面を眺める、中村。

 

 

 

「なるほど…」

 

「わけがわかりません…」

 

 

 

沙紀がそう言った意味はふたつある。

 

ひとつは書き込まれた内容。

 

もうひとつは、それを見た自分の感情。

 

 

 

「こんな『落書きの類い』は、今に始まったことじゃないし、お前が気にすることでもないだろ?」

 

「わかってますよ…わかってますけど…。私だって、シュート外した時はバカだの、アホだの…死ねだの…言われます。だから、それくらいのことは、慣れてます。でも、これは…」

 

沙紀はそこまで言って、言葉を詰まらせた。

 

 

 

「…酷すぎます…」

 

 

 

「そうか…」

 

 

 

「自分のことじゃないのに…高野くんのことは数回顔を会わせただけで、よく知らないのに…すごく悔しくなって…」

 

「ほう…」

 

「だってそうじゃないですか!まだ、そうなったなんて、誰も言ってないのに!ここにいる私だって聴かされてないのに!」

 

沙紀の声が大きくなるのを、中村は指の前で人差し指を立てて制した。

 

「気持ちはわかる。俺だって気持ちのいいもんじゃない。だが、少し落ち着け…」

 

 

 

「…はい…」

 

沙紀は言われて、ひとつ大きな深呼吸をした。

 

 

 

「自分のことじゃなく、他人のことでそういう感情が沸くってことは、人として、とても大切だ。沙紀にそういう感情があるってことは、誇りに思っていい」

 

「冷静ですね」

 

「当事者でもなければ、関係者でもないからな…今のところは…という注釈が着くが」

 

「えっ?」

 

「『結果次第』で、お前とつばさと…2人のメンタルケアをしなければならない。とてもオリンピックどころじゃなくなる」

 

「中村さん…」

 

「そうならないように祈るしかないんだがな…」

 

沙紀は黙って頷いく。

 

そしてそのまま、一旦は歩きかけたが、すぐに踵(きびす)を返した。

 

「どうした?」

 

「さっきの内容の中で『女がどうの…』ってあったじゃないですか…。あれ、事実ですかね?」

 

「知らんよ…俺に訊くな」

 

「もし、つばさっていう彼女がいながら、そんなことしてたとしたら…」

 

「お前が踊らされてどうする?」

 

「…ですよね…。なんか、もしそうだったら、つばさがあまりに可哀想だな…なんて思っちゃって…」

 

「ずいぶんとつばさ想いなんだな」

 

 

 

「はい、惚れてますから!」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「あ…いや、なんでもないです。何だかんだで4年一緒にやってきましたし、私の力を最大限引き出してくれるのは、つばさしかいないですから」

 

「うまい言い訳だな…」

 

「えっ?」

 

「いや、別に…。まぁ、共倒れにならないように気を付けろ」

 

「あ…はい…」

 

 

 

…なんだか、複雑な話になってきたな…

 

 

 

中村は開けた缶コーヒーを、グビリと飲んだ。

 

 

 

 

 

その時だった…

 

 

 

 

座っていた関係者、選手が次々と立ち上がる。

 

 

 

奥の方から、白衣を着た人物が現れた。

 

 

 

「先生!」

 

「梨里は!?」

 

「どうなんですか!?」

 

「無事なんですよね!?」

 

 

 

矢継ぎ早に、言葉を浴びせる。

 

医師はそれを受け…ゆっくり頚を振った。

 

 

 

「えっ!!」

 

 

 

「あ、いえ…無事ではないです…。ですが…」

 

「じゃあ!」

 

「まぁ、落ち着いてください、今、説明しますから…」

 

医師は「座って、座って」と、いうジェスチャーをした。

 

 

 

「では、高野さんの容態について…あ、今、ご両親には説明してきたのですが…非常に危険な状態…頭を強く打っており、昏睡状態です」

 

 

 

「昏睡状態…」

 

誰ともなく、呟く。

 

 

 

「意識が回復するかどうかは…ここ一晩二晩が勝負でしょう」

 

「身体の方は?」

 

「幸い…といいますか、外傷という部分で言えば、奇跡的に太股を強く打った程度で済んでます。いわゆる打撲です。骨折はしていません」

 

「あぁ、じゃあ、意識さえもどれば…」

 

「ただし…」

 

「ただし?」

 

「車との直撃は避けようですが…頭から落ちており…その結果、頸椎損傷をしています」

 

 

 

「頸椎…」

 

「損傷…」

 

 

 

「それじゃあ、意識を取り戻しても、プレーは…」

 

 

 

「それどころか…四肢に影響が残ることさえ、考えられます…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

絶望。

 

 

 

 

誰もがその言葉を思い浮かべた。

 

それ以外の言葉が見つからなかった。

 

 

 

呼吸すら、忘れる。

 

そんな、重く、静かなロビー。

 

ここだけ時間が止まったようだ。

 

医師もその空気に飲み込まれたかのように、そこから立ち去ることをしなかった。

 

もうすでに、ここでの仕事は終えたハズなのに…だ。

 

 

 

 

 

時を動かしたのは高野の両親だった。

 

 

 

先ほど医師が現れた方から、ゆっくりと歩み寄ると、ロビーに集まっている面々に、まずは深々と一礼をした。

 

「この度は、息子が大変なご迷惑とご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」

 

高野の父はそう言うと、再び頭を下げた。

 

「いえ、いえ、どうか頭を上げてください。高野くんがこのような事故に巻き込まれて…私たちも大変なショックを受けておりますが…とにかく今は意識が回復するのを祈ることしか…」

 

「ありがとうございます」

 

「ご両親もお辛いと思いますが…」

 

「いえ…。逆にこのように皆様駆けつけてくださり、感謝しております。誠にありがとうござます。ですが、…梨里は今、ICUにおり、私たちも中に入ることはできません。いつまで待っていてもアレですし、時間も時間ですので…今日はお引き取り頂いたほうがよいかと…」

 

「いや、しかし…」

 

「皆様も大事な時期であることは、承知しておりますので…。状況に変化があれば、速やかにお伝え致します」

 

 

 

正直、結果がどちらに転ぼうと、顔を見るまでは帰れない…そんな感じだったのだが、ICUから出てこないのであれば、これ以上待っていても仕方がない。

 

心苦しいが、それはそれで仕方ないことだった。

 

 

 

「わかりました。では、私たちは一旦、引き上げます…」

 

「はい」

 

「どうぞ、彼を責めないでください。我々は彼がピッチに戻ってくるのを祈ってますから」

 

「ええ、必ず戻りますよ…梨里は!」

 

 

 

 

 

関係者と選手は、ひとりづつ一礼をしたあと、病院をあとにした。

 

医師も、持ち場へと戻る、

 

 

 

それを見送った両親は「はぁ…」と大きく溜め息をひとつついた。

 

そして、崩れ落ちるようにして、ロビーのイスに腰掛ける。

 

 

 

「お父さん…」

 

「あぁ…」

 

 

 

それだけで会話が成立したようだ。

 

それが夫婦というものなのだろう。

 

 

 

「喉が乾いたな…」

 

父がイスから立ち上がろうとするのを「私がいきますよ」と妻が制した。

 

そして彼女が自販機の方へと振り向くと…

 

そこには、忘れれ去られたかのように、静かに佇む、3人の人影があった。

 

「きゃっ!」

 

一瞬のけぞる妻。

 

だが、すぐに

「ごめんなさい、誰もがいないと思っていたので…」

と謝った。

 

 

 

 

「いえ、こちらこそ、驚かせてしまい、すみませんでした。なんか、帰りそびれちゃって」

 

「あら、関係者の方ですか?これは失礼致しました」

 

 

 

「おばさん…おじさん…『綾乃』です」

 

 

 

「えっ!?」

 

「『綾乃』ちゃん?」

 

 

 

「おばさん!」

 

綾乃はフラフラと歩き出すと、高野の母にしがみついた。

 

それを彼女がしっかりと抱き止める。

 

「どうして、綾乃ちゃんがここに…」

 

「いても立ってもいられなくて…仲間に連れてきてもらったの!」

 

梨里の母は、沙紀と中村に頭を下げる。

 

2人は軽く会釈した。

 

 

 

「ごめんね、梨里が迷惑掛けて…」

 

「迷惑だなんてそんな…」

 

「綾乃ちゃんも大事な時期なのに…」

 

「私のことはいいんです!とにかく、梨里が心配で…」

 

「ありがとう…。本当にありがとう。でも、私たちは、今、何もできないの。顔を叩いて起きるものなら、何度でも叩くけど」

 

「おばさん…」

 

「それとも、綾乃ちゃんがチューしてくれたら、目を醒ますかしら」

 

「白雪姫ですか!」

 

「うふふ…立場が逆だったかしら…」

 

「それで起きるならしますけどね…チュー」

 

「そうしてくれる?私のチューじゃ起きないから…」

 

「…おばさん…」

 

「泣かないの。大丈夫。あの子は丈夫なのが取り柄なんだから。小中の9ヵ年皆勤賞を舐めちゃいけないわよ」

 

「ふふふ…ぐすっ…それ、関係ある?」

 

綾乃は泣き笑いをしていた。

 

 

 

…気丈な母親だな…

 

 

 

中村はその様子を見て、目に熱いものを感じた。

 

 

 

…俺も歳かな…

 

…涙腺が脆くなってる…

 

 

 

中村は沙紀に気付かれないよう、そっとトイレへ逃げ込んだ。

 

 

 

その沙紀は…

 

 

 

鼻水をすすりながら、2人の様子を見ていた。

 

 

 

なぜか涙が止まらなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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海未、運ばれる

 

 

 

 

 

『私』は病院のベッドに横たわっていました。

 

大きな怪我はしていません。

 

落ち着くまで安静にしているように…と指示があったので、それに従っていたのです。

 

 

 

別段、興奮状態にあったわけではありませんが…では、落ち着いたか…と問われれば、返答に困ります。

 

ボーッとして頭が働かない…というのが、正解なのでしょう。

 

 

 

 

 

ですが、事故の瞬間は、鮮明に覚えています。

 

 

 

 

激しい衝突音。

 

こちらに向かってくる車。

 

動けない自分。

 

 

 

そして…

 

隣にいた男性の顔。

 

 

 

その人は、私を見ると「よけろっ!」と叫んで、突き飛ばしました。

 

身体が流されていくなかで…私は彼を見ていました。

 

 

 

不思議ですね。

 

そういう状況にありながらも、私の目は、彼の姿を追っていたのです…。

 

 

 

男性は、走り高跳びの背面跳びのように、身体が反らせながら、ジャンプをしました。

 

うまくボンネットの上に乗ったように見えたのですが…フロントガラスにぶつかり…転がるようにして頭から落ちました…。

 

 

 

その時、私は道路に倒れた状態でした。

 

咄嗟に手を伸ばしたのですが、届きませんでした。

 

いえ、もしかしたら、伸ばしたつもりになっているのかもしれません。

 

 

 

彼が地面に落ちた瞬間、私の目の前は真っ暗になりました。

 

 

 

それ以降の記憶は、断片的にしかありません。

 

 

 

 

突っ込んできた車は、歩道の植え込み…街路樹…にぶつかり、止まっていました。

 

頭には…周りにいた人の悲鳴、叫び声が残っています。

 

 

 

何人もの人に

「大丈夫か!?」

と訊かれたのは覚えていますが、なんと答えたかは定かではありません。

 

 

 

気が付くと私は、救急車の…薄暗い車内のベンチに座っていました。

 

人差し指には、大きなクリップのようなものが付けられています。

 

どうやら、これで脈拍を計っているようです。

 

飲酒後だった為か、それとも緊張の為か、救急隊員の方が

「かなり早い!」

と言っていました。

 

 

 

名前を訊かれ

「園田 海未と申します」

と、それだけはハッキリと答えたと記憶してます。

 

 

 

ですが、連絡先については…

 

やはり気が動転していたのでしょう、誤って穂乃果の自宅の番号を伝えてしまったようです。

 

言ったあとに違和感を覚えて、すぐに訂正しました。

 

 

 

隊員の方が自宅に電話を掛けて、簡単に事情説明して、これから向かう病院を告げてくださいました。

 

「お父さんが、来てくださるようですよ」

 

 

 

…父ですか…

 

 

 

まさか、二十歳を過ぎて父の世話になろうとは。

 

 

 

…情けない…

 

 

 

心なしか、お酒を飲んだということの…後ろめたさのようなものがありました。

 

 

 

 

 

ふと、前方に視線を移すと…

 

そこには彼が横たわっていました。

 

 

 

それまで自分のことに気をとられ、目に入ってこなかったのです。

 

 

 

…情けないです…

 

 

 

自分の視野の狭さに、再び落ち込みました。

 

 

 

 

私と彼は、同じ救急車で運ばれていました。

 

車内では、隊員の方の声と、無線からの声が、交互に聴こえてきます。

 

しかし何を言っているかは、まったくわかりません。

 

頭に入ってきませんでした。

 

ですが、目の前の光景は、ドラマなどで観るそれと同じでした。

 

 

 

バカですね。

 

現実に起こっていることなのに、それを『受け入れられない気持ち』があったみたいです。

 

切羽詰まった状況にあるにもか関わらず

「こういうシーン、観たことありますね…」

などと思っていました。

 

 

 

なんて最低な人間なんでしょう。

 

 

 

自己嫌悪に陥ります。

 

 

 

 

 

時おり、自分の名前が呼ばれます。

 

「私は大丈夫ですから、彼を!」

 

そう答えたつもりでいましたが、果たしてちゃんと届いていたのでしょうか。

 

 

 

私は偽善者です。

 

 

 

なぜなら、今初めて彼の容態を心配したのですから。

 

そして救って頂いた感謝すらも。

 

 

 

それに気が付いたのは、病院に着いてからでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレンが鳴り止み…救急車は病院に到着しました。

 

 

 

彼はストレッチャーに乗せられ、先に出ました。

 

そして、恥ずかしながら、ここで気付いたのです。

 

 

 

…私は彼にお礼をしていませんでした…

 

 

 

慌ててそのあとを追おうと立ち上がりましたが…指にはクリップが付けっぱなしでした。

 

足ももつれてしまい、私は車内で転んでしまいます。

 

隊員の方に

「ここでケガを増やさないでくださいね!」

と冗談混じりに注意されました。

 

 

 

それから私は車椅子に乗せられ、院内に向かいました。

 

 

 

このような状況になるとは、数分前には考えてもみませんでした。

 

 

 

自分が運ばれている姿を、客観的に想像し、とても恥ずかしくなりました。

 

 

 

 

 

目立った外傷は擦り傷程度でしたので、そちらの治療はすぐに終わったのですが

「念のために」

と、レントゲン、CTスキャン、MRIなど一通りの検査を受け、ようやく解放されました。

 

 

 

幸いなことに、私は大事には至りませんでした。

 

 

 

しかし

「今は気が張っているのでわからないかもしれないが、あとから具合が悪くなることもあるので、少し休んでいなさい」

と言われ、ベッドの上にいました。

 

 

 

「園田さん…具合はいかがですか?寒くないですか?」

 

看護師さんが声を掛けてくれました。

 

「寒くはありませんが…お水を頂けないでしょうか…。少し、ボーッとしておりまして…」

 

私がそのように返答すると、水が入ったコップ手渡されました。

 

 

 

「ふう…」

 

冷たいものが身体中に染み渡り、私は少し生き返った気がしました。

 

やっと、頭が冴えてきた…そう感じたのです。

 

 

 

そして思い出します。

 

彼のことを。

 

 

 

「看護師さん、一緒に運ばれてきた男性は…」

 

「えっ!?あぁ…今、治療中よ」

 

「助けて頂いたお礼を言わねば…」

 

「それは無理だわ。気持ちはわかるけど…今は無理よ。また、日を改めてからになさい」

 

「では、治療が終わってから…」

 

「園田さん…残念ながら、今はそういう状況ではないの…。私の口からはハッキリ申し上げられないのだけど…察してくださる?」

 

 

 

「!」

 

 

 

「…その気持ちがあるなら、無事を祈っててあげてちょうだい…」

 

 

 

「は、はい…」

 

 

 

…無事を祈ってて…

 

…と、いうことは亡くなったわけではないのですね…

 

 

 

…とはいえ…

 

 

 

 

まだ、最悪の事態を免れた訳ではありません。

 

私には祈ることしかできませんでした。

 

 

 

 

 

しばらくすると、父がやってきました。

 

タクシーに乗って駆けつけたようです。

 

これまでの経緯を話すと、父は怒ることなく、ただただ安堵の表情を浮かべてました。

 

それを見て、私もホッとしたのか、ポロポロと涙が溢れ落ちてしまいました。

 

 

 

穂乃果がいなかったのは、不幸中の幸いです。

 

彼女だけには、私のこんな姿は、絶対に見られたくないのです。

 

つまらない意地ですね…。

 

 

 

 

 

検査も終わり、容態も落ち着いたとのことで、私はこのあと警察の方から、事情聴取を受けました。

 

もちろん、私は被害者ですから、詰問されるようなことはありませんでしたが、事故の状況を覚えてる限り、お伝えしました。

 

 

 

警察官からは、後日、現場検証を行うとのことで、その時は立ち会ってほしい旨、お話しがありました。

 

 

 

 

病院、警察とも「今日はこれで終わりです」と帰宅の許可を頂いたのですが…

 

 

 

私は帰りませんでした。

 

 

 

彼の容態が気になったからです。

 

それを父に伝えると、素直に了承してくれました。

 

 

 

彼はICUで治療中とのことで、面会は出来ないとのことですが、それを承知でその部屋の前へと向かいました…。

 

 

 

 

 

そこには、彼のご両親がいらっしゃいました。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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梨里の両親と海未の父

 

 

 

 

 

海未は父と共に、ICUの前へと移動した。

 

その前のベンチには、男女の中年が腰かけている。

 

海未は、それがすぐに男性の両親だとわかった。

 

 

 

その姿を見て…足が止まる…。

 

 

 

…私はなんと声を掛ければよいのでしょうか…

 

 

 

男性の容態が気になり、無事を祈りたい…そう思ってここまで来たが、そこに両親がいることは想定外だった。

 

いや、掠り傷で済んだ自分でさえ、父が迎えにきたのだ。

 

冷静に考えてみれば当然だった。

 

 

 

「どうかしたか?」

 

海未の父は、立ち止まる娘に訊いた。

 

「あ、いえ…あちらにいらっしゃるのは、私を救って頂いた方のご両親かと思うのですが…なんとお声掛けしたらよいものかと…。息子さんが生死をさまよっている中『私は無事でした』と、のこのこ顔を出してよいのでしょうか?」

 

「ふむ…海未の言わんとすることもわからなくはないが…まずは素直に、感謝の気持ちを述べなさい。それは人としての礼儀です。そのあとについては…先方の様子を見ながらになさい。場合によっては、気を悪くされることもあるだろう。しかし、それも仕方のないこと…。覚悟しておきなさい…」

 

「はい…」

 

「じゃあ、行こうか」

父は、海未の背中を軽く叩いた。

 

 

 

2人の近づく足音に気付き、ベンチに座り俯いていた中年の男女が、顔をあげる。

 

廊下は薄暗く、ハッキリ顔が見えるわけではないが、お互いの視線が交わったことは確認できた。

 

 

 

先に頭を下げたのは、海未だった。

 

「園田 海未と申します。この度は息子さんに助けて頂きまして…ありがとうございます。まずはお礼をと思い…」

 

「海未の父です。私からも感謝申し上げます」

 

海未と父は、深々と頭を下げた。

 

 

 

すると、ベンチに座っていた2人が立ち上がった。

 

「あぁ…一緒に運ばれたという…。高野の父です。わざわざご丁寧に…」

 

 

 

…高野さんとおっしゃるのですね…

 

 

 

海未はこのとき初めて、彼の姓を知った。

 

 

 

「お怪我はありませんでしたか?」

と母。

 

 

「お陰さまで…。掠り傷程度で済みました」

海未は、恐縮しながら答えた。

 

「よかったわ…大事に至らなくて…」

と高野の母は、胸を撫で下ろす仕草。

 

その姿を見て、海未は胸が苦しくなる。

 

 

 

…いえ、お母様…

 

…私の心配は要りませぬ…

 

 

 

「ですが、その代わりに…ご子息が犠牲になられたと…なんと申し上げてよいのやら…」

海未の父は、娘に代わってそう告げた。

 

 

 

今、この状況の中で、一番ナーバスな部分。

 

その重い話を、娘に切り出させるわけにはいかなかった。

 

ことと次第によっては、彼らが感情的になり、攻撃されるのも、やむを得ないと思っていた。

 

 

 

だが…

 

 

 

帰ってきた答えは、想定のはるか斜め上をいく。

 

 

 

「いやいや、それはお気になさらずに…。助けたなどと大袈裟な話ではなく、どうせ、お嬢さんに見惚(と)れていて、よけ損なったのでしょう。その時に、たまたま、あなたにぶつかって…」

 

「そうですね。偶然そういう感じになったのではないか…と思いますよ」

 

高野の両親は、まったく意に介していないかのように振る舞った。

 

 

 

…たいしたものだ…

 

…普通なら愚痴のひとつも言いたくなるものを…

 

 

 

海未の父は、彼らの態度に感服した。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

「違います!!」

 

 

 

海未は、高野の父と母の言葉を強く否定する。

 

 

 

「彼は間違いなく、私を救ってくださいました。偶然でも何でもありません。反応が遅れて動けなかった私を、間違いなく救ってくださったのです」

 

「そうですか。だとしたら…それは誉めてあげなくちゃいけませんね」

母はニコリと微笑んだ。

 

「えっ?」

 

「悪いことをしたら叱る。いいことをしたら誉める。それが親の役目です。息子が人様のお役に立ったというのであれば…その部屋から出てきたら、誉めてあげましょう」

 

 

 

…どうしてなのですか…

 

…どうして、そんなに冷静なのでしょう…

 

 

 

「あ…あ…あの…」

心配ではないのですか…と言いかけて、口を噤(つぐ)む。

 

余りに穏やかに話をする高野の母に、海未は少し拍子抜けした。

 

いや、その言葉が妥当かどうかはわからないが、逆に何をどう話していいか…言葉が出ない。

 

子供のことは気にならないのか?そんな風にすら見えてしまう。

 

 

 

その海未の、不思議そうな顔を見た高野の父は、意を察して自らそれに答えた。

 

 

 

「私たちも連絡を頂いた時には…それはショックでした。私たちにとっては、たったひとりのかけがえのない息子ですからね…。それと同時に『なぜ、こんな時に!』とも思いました」

 

 

 

海未も父も、まだ、この時は高野の素性を知らない。

 

従って『こんな時に!』の意味はあとから理解することになる。

 

 

 

高野の父は言葉を続けた。

 

「ただ、まだ命を落としたわけではないので、今は私たちが悲観的になっていてはいけない…そう、頭を切り替えました。悲しい気持ちは家に置いてきたのです。ですから…今は…回復を祈る、それだけなのです」

 

「話を聴けば、息子は事故に巻き込まれたとのことで…しかも、他人様を庇ったらしい…とのことでした。事故を起こした人に対して、憎いというか、悔しいというか…そういう感情はありますよ。ですけど、今、ここで恨んでみたところで、意識が回復するわけではありませんから…」

 

高野の母も、その想いを語った。

 

 

 

理屈ではわかっていることであるが、そう簡単には割りきれるものではない。

 

内心…海未のことはともかくとして…忸怩たる想いでいるに違いない。

 

しかし、素振りは見せない。

 

もしかしたら、2人は『こういうことを想定して』申し合わせていたのかもしれない。

 

 

 

海未も、その父も、それくらいのことは見当がついた。

 

それでも、これだけの応対ができるとは…立派と言わざるを得なかった。

 

 

 

「園田さん…とおっしゃいましたっけ?…そういうことで、私たちは、あなたにどうのこうのと言うつもりは、一切ありませんよ。あなたも被害者なのですからですから…。なので、このことについては、どうか、お気になさらずに」

 

 

 

「申し訳ありません…」

 

「逆にお心遣いを頂き、ありがとうござます」

 

海未と父は、深い感謝の念を示した。

 

 

 

「ご迷惑でなければ…私もこちらで、回復をお祈りさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 

海未は元々の目的を、高野の両親に告げた。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「今の私にできるのは、それくらいしかありませんので」

 

「そのお気持ちだけで、結構でございます」

高野の父は、海未の申し出をやんわりと断った。

 

 

 

しかし、海未は食い下がる。

 

 

 

「いえ、どのみち、この時間からでは帰る『足』もありませんし」

 

タクシーを拾えば帰れるが、もちろん、そういうことを言っているわけではない。

 

「ええ、それがどれくらいお力になれるかはわかりませんが、そうさせては頂けませんか。気になさるな…と仰いましたが、受けた恩はお返ししなければなりません。自己満足になってしまいますが、せめて、それくらいのことくらいはさせて頂いても、罰(バチ)は当たらないでしょう」

 

海未の父も、彼女の意見に同調した。

 

 

 

この娘にして、この親あり…。

 

 

 

…なんて思慮深い父子だろう…

 

 

 

今度は逆に、高野の両親が感心した。

 

 

 

「…そうですか…私が許可するとかしないとか、なんともおこがましいですが…そう言ってくださるのであれば…」

 

「そうですね。そのお気持ちはきっと息子に伝わると思いますよ」

 

高野の両親は、揃って頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございます…。では、海未、私は家に連絡をしてくるから…」

 

「あ、私もいきます。やはり、直接、伝えた方が…」

 

「うむ…。高野さん、すみませんが、少しだけ席を外させて頂きます」

 

「どうぞ、どうぞ。ご家族に無事を伝えて、早く安心させてあげてください」

 

「申し訳ございません…しばし、お時間を頂戴致します」

 

 

 

海未と父は一礼すると、電話が掛けられそうな場所を探した。

 

病院内で通話することは、昔に比べ規制が緩くなったとはいえ、既に深夜。

 

どこで喋っても声が響く。

 

 

 

2人はそっと裏口に廻り、外へと出た。

 

ここなら、大声で話さなければ、それほど迷惑にはならないだろう。

 

 

 

父は、院内に入るときに切った携帯の電源を立ち上げる。

 

思った通り、自宅から何度か着信があった。

 

 

 

折り返すと、妻が出た。

 

父は海未が無事であったこと、諸事情により病院で夜を明かすことを、手短かに説明した。

 

最後に、海未が自らの声を聴かせ、園田家への報告は終わった。

 

 

 

 

 

だが、海未は新たに報告すべきところがあることを発見する。

 

 

 

なんの気なしに、バッグに仕舞っておいたスマホを覗いてみる。

 

何度か着信を告げるバイブが響いていたのは知っていたが、状況が状況であった為に、見るのを控えていた。

 

 

 

そして、このタイミングで初めて見たのである。

 

 

 

するとそこには、数えきれぬほどの着信、メール、LINEが入っていた。

 

 

 

 

その大半がμ'sの元メンバーからのものだった。

 

 

 

 

 

…はて…何かあったのでしょうか…

 

 

 

 

 

海未はまだこの時、自分の置かれた立場を理解していなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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カヤの外

 

 

 

 

 

…いったい何があったというのです?…

 

 

 

海未は着信と、メールやLINEのメッセージの多さに驚いた。

 

その履歴の『一番最初』に遡ってみる。

 

 

 

〉海未、事故に巻き込まれたって本当?ケガはないの!?

 

 

 

…21時42分…にこからですね…

 

 

 

μ'sの元メンバーで作っているLINEのグループ。

 

その中に『始まり』があった。

 

 

 

『穂乃果』や『ことり』からではなく、真っ先に『にこ』からというのが、海未からしてみれば少し意外な気がしたが、心配してくれていることに関しては、素直に嬉しかった。

 

 

 

…ですが…

 

…何故にこは、私がこうなったことを知っているのでしょう…

 

 

 

その答えは、にこのLINEに反応した穂乃果たちとのやりとりから判明する。

 

 

 

〉にこちゃん、それ本当なの?(穂乃果)

 

〉海未ちゃんがケガ?(ことり)

 

〉あんたたち、ニュース見てないの?サッカー選手が事故に巻き込まれたってヤツ(にこ)

 

〉ニュース…これか…でも、海未ちゃんの名前なんて出てないよ?(穂乃果)

 

〉海未の話はSNS情報よ。巻き込まれて、一緒に運ばれたって(にこ)

 

〉なんだ、SNSの情報か(穂乃果)

 

〉あてにならないよね(ことり)

 

〉凜も見たにゃ!(凛)

 

〉凛ちゃん!(穂乃果)

 

〉凛は専門学校の友達から連絡がきたにゃ(凛)

 

〉こんばんわ、絵里です。にこのLINE見て、すぐに電話したけど…出ないわね…(絵里)

 

〉私も電話してみたけど…出ないわ(真姫)

 

〉真姫ちゃんも来たのね(穂乃果)

 

〉このLINEにも、反応ないにゃ(凛)

 

〉たまたま、近くに携帯がないとか、見られない状況にあるんじゃないかな(ことり)

 

〉だと良いのだけど(絵里)

 

〉そもそも、その情報が正しいかどうかわからないんでしょ?(穂乃果)

 

〉そうだよね(ことり)

 

〉だから、確かめてるんじゃないの(にこ)

 

〉確かに…(穂乃果)

 

〉まぁ、あんまりみんなで電話しても仕方ないし、代表して穂乃果が連絡するっていうのがいいんじゃないかしら?(絵里)

 

〉うん、わかった(穂乃果)

 

〉海未だってLINEに気付けば、何らかの反応があるだろうし(絵里)

 

〉そうだね(ことり)

 

〉わかったにゃ(凛)

 

〉なんでもなきゃいいけど(真姫)

 

〉大丈夫だよ、海未ちゃんだもん(穂乃果)

 

〉じゃあ、穂乃果よろしくね(絵里)

 

〉任せたわよ(にこ)

 

〉了解!(穂乃果)

 

 

 

…なるほど…

 

…それで、この着信ですか…

 

 

 

希と花陽がLINEに参加しなかったのは、彼女たちは今、仕事で海外にいるからである。

 

 

 

…みんな、私のことを心配してくれているのですね…

 

 

 

μ'sが解散してから3年あまりが過ぎたが、絆の強さは今も変わらない。

 

これを見て、仲間たちの想いに感謝した。

 

 

 

…と同時に頭に浮かぶ疑問と、若干の恐怖。

 

 

 

海未はこのやりとりから、何点かの情報を得た。

 

ひとつは、出どころは不明だが、自分が事故に巻き込まれた…という情報が出回っていること。

 

次にそれが『園田 海未』である…と特定されていること。

 

海未はゾッとした。

 

 

 

…いつ、誰が見ていたのでしょうか…

 

…いえ、事故の目撃者は多数いたのですから、そう考えればわからなくもありませんが…

 

…何故、私の名前がそのようなところに…

 

 

 

無理矢理、推理するならば…

 

 

弓道部の飲み会の帰り道の出来事だ。

 

海未は二次会の誘いを断り、その場をあとにした訳だが…他にも同じように帰宅の途についた部員がいて、通りかかった際に、事故現場に遭遇。

 

その者がSNSに投稿した…というところだろうか。

 

 

 

…だとしても、個人名を載せるのはどうかと思うのですが…

 

 

 

海未は、少し憤りを感じた。

 

 

 

だが、海未はそれよりも、もうひとつ得た情報…そっちの方が気になった。

 

 

 

それは、自分が助けてくれた『彼』が、サッカー選手であるらしい…ということ。

 

 

 

この時、海未の頭の回路が、いきなりバシッ!と繋がった。

 

 

 

…サッカー選手?…

 

…高野さん…

 

…「なにも、こんな時に!」と言った、彼のお父さんの言葉…

 

 

 

…まさか…

 

 

 

…彼はサッカーのオリンピック代表選手!?…

 

 

 

それほどサッカーには興味がない海未でも、高野 梨里の名前は知っていた。

 

オリンピックの最終予選…その運命を分ける大事な試合で決勝ゴールを挙げ、日本を本大会出場に導いた『時の人』である。

 

知らないハズはなかった。

 

 

 

ただ顔までは…

 

 

 

見たことはある。

 

今、思い出せば確かにその人だった。

 

だが、あの時は…

 

暗くて良く見えなかったこともあるが、そんなところに、そんな人が歩いていようとは…

 

想像だにしなかった。

 

 

 

…高野 梨里さん?…

 

 

 

突如、海未背中に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

…あぁ…私はなんてことをしてしまったのでしょう…

 

 

 

 

 

彼が本当に彼が高野 梨里であるならば、仮に意識が戻ったとしても、来月に控えたオリンピックの出場など、とても困難であることは、小学生でもわかること。

 

『被害者が誰であったか』によって、命の重さ、怪我の大きさに差をつけるのはおかしな話だが、それでも、一般人と有名人では、その意味合いが変わってしまう。

 

 

 

高野の父が言った

「こんな時に」

が、胸に響く…。

 

 

 

…そうですよ…

 

…そんな大事な時期に、何故わざわざ、あんなことを…

 

 

 

高野の行動に疑問を抱く、海未。

 

そして、車から逃げることが出来なかった自分に対して、再び激しい後悔が襲う。

 

 

 

さらには…

 

 

 

…そして、私はこんな大事な話を、どうして『にこたち』から知らされなければならないのでしょう…

 

…よりによって、当事者の私が一番最後に知るなんて…

 

 

 

「1本電話をしてもよいでしょうか?」

海未は父にそう断りを入れ、スマホの画面をタップした。

 

 

 

「もしもし?海未ちゃん?」

 

「はい、海未です。穂乃果…寝てましたか?」

 

「ううん、起きてたよ。えへへ、実は…隣にことりちゃんもいるんだよ」

 

「ことりがいるのですか!?」

 

「あ、待って…今、替わるね…」

 

「もしもし、海未ちゃん?ことりだよ」

 

「海未です」

 

「LINE見たかなぁ?みんな、すごく心配になっちゃって」

 

「すみません…私としたことが…。まず事故に巻き込まれた…というのは、事実です」

 

「えっ?」

 

「ですが、幸い大事には至りませんでした。掠り傷程度で済みました。ただ念のために…ということで病院に運ばれて、一通り検査を受けたので…」

 

「そっか…それで今まで連絡がつかなかったんだね」

 

「はい。みんなには多大な心配を掛けました。まさか、こんな騒ぎになっているとは夢にも思わなかったものですから…」

 

「そうだよね…」

 

「それで実は、まだ病院におりまして…ええ、父に迎えにきてもらってますので、それは問題ないのですが…あの、私と一緒に事故に遭ったのは『高野 梨里』さんなのでしょうか…」

 

「…うん…そうみたい…」

 

それも海未ちゃん知らないの?と、ことりの隣から穂乃果の声。

 

「えぇ…誰もそこまでは教えてくれなかったものですから…。そうですか…」

 

「どうしたの?」

 

「はい、高野さんは私の身代わりになって、事故に遭われたのです」

 

「えっ?」

 

 

 

海未は簡単に事故のいきさつを説明した。

 

 

 

「で、でも…海未ちゃんが悪いわけじゃ…」

 

「もちろん、そうなのですが…なんだかやりきれないのです」

 

「気持ちはわかるけど…。あ、とりあえず、みんな心配してるから、ことりがLINE送っておくね!」

 

「はい、すみません。お願いします」

 

「だから、海未ちゃんはもうちょっと、頑張って。明日…あ、もう今日だね…穂乃果ちゃんと一緒に迎えに行くから」

 

うん、うん、海未ちゃん、ファイトだよ!と穂乃果の声。

 

 

 

…この台詞に何回元気付けられたのでしょう…

 

 

 

「はい、わかりました…。では、みんなに連絡のほどお願い致します」

 

 

 

 

 

海未は電話を切った。

 

 

 

 

穂乃果とことりの声を聴き、少しだけ元気がもらえたものの、心に残った重いものを取り除くには、まだまだ不完全な状態だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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長い夜

 

 

 

 

 

穂乃果たちとの電話を終えると、海未は父を見た。

 

「高野さんは…サッカーのオリンピック代表選手でした…」

 

彼は黙って頷く。

 

父はそばで電話の内容を聴いていた為、海未が何を言わんとしているか、すぐに悟ったようだ。

 

「 私は…私は…」

 

『ことの大きさ』を知らされた海未は、身体に震えを感じた。

 

歯が噛み合わず、言葉が続かない。

 

それを見た父は娘を抱き締めると、静かに言った。

 

「海未…。今回の事は、非常に不幸なことだし、残念に思う。しかし、彼が逃げずに海未を助けたことは『彼の意思』で行ったこと。それを知っているのは海未だけだ。先程、向こうのお母様が言っておられたが、彼は人として立派なことをした…。であるなら、私たちは、その勇気を讃えようではないか」

 

「勇気を讃える…」

 

「それができるのは、当事者である海未だけだ。場合によっては『的外れな批判』が出てくるかも知れない。…だが海未に非はない。そんなことになれば、私が海未を全力で守る」

 

「お父様…」

 

「だから海未は毅然としていなさい。そうでなければ、彼が海未を助けた意味がなくなる」

 

 

 

「…」

 

 

 

海未はしばらく言葉を発しなかったが、やがて意を決する。

 

自分の両頬を、二度三度と掌で叩き、喝を入れた。

 

 

 

「わかりました。これも何かの運命なのですね。…であるならば、甘んじて受け入れましょう。園田 海未、逃げも隠れもしません!立ち向かいますよ!」

 

 

 

海未の力強い宣言に、父は娘の頭をポンポンと軽く叩いた。

 

 

 

 

 

院内に入りICUの前に戻ると、高野の両親と医師が話をしていた。

 

さすがに、そこへ入っていくのは気が引け、海未は少し距離をおいて、その様子を見守る。

 

 

 

少しすると、医師がその場を離れていった。

 

海未はそれを見て、両親の元へと歩み寄る。

 

「あ、園田さん…」

 

「先生はなんと…」

 

「今日、明日がヤマであろう…と」

 

「そうですか…」

 

「すみません。今度は私たちが、少し席を外させて頂きます。下(1階)に…息子の職場の関係者がいらしてるものですから、ご挨拶に…」

 

「あ、はい…」

 

「では、失礼…」

 

「あ、あの…」

 

「はい?」

 

「息子さんは…オリンピック代表選手の…高野 梨里さん…だったのですね…。私…さっきまで、そのことを知りませんで…本当にこのような大事な時期に…」

 

「園田さん…事故に巻き込まれたのが、たまたま息子であっただけで、それ以上でも、それ以下でもありません。大丈夫です。息子は必ず戻ってきますよ。私は彼を信じてますから」

 

「…はい、そうですね…」

 

「では、一旦失礼します…」

 

高野の両親は一礼すると、階下へと降りていく。

 

 

 

このあと2人はロビー(待合室)にて、医師と共に『関係者』や『つばさたち』と面会し、現状についての説明を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明ける。

 

今年はカラ梅雨らしく、雨が降らない。

 

日の出と同時に、ジリジリと照りつけるような朝陽が、窓から射し込んだ。

 

明るくなるにつれ、ICUの前にいる4人…海未と父、高野の両親の顔がハッキリとわかるようになった。

 

お互い、一睡もしておらず、さすがに憔悴している感じは否めない。

 

 

 

高野の母が気を利かせて、飲み物を買ってきた。

 

「…どうぞ、お構いなく…」

手を左右に振り、断る海未。

 

 

 

高野の母は、眩しそうに目を細め

「今日も暑くなりそうね」

と海未に声を掛ける。

 

「はい。ここのところ、降っておりませんね」

 

「はぁ…これでまた、お野菜が高くなるわ…」

 

「えっ?」

 

「あ、ごめんなさい。家計を預かる主婦としては、こんな時でも、そんなことを気にするものなのよ」

 

高野の母はフフフと笑う。

 

 

 

それが本当のことなのか…それとも気を紛らわす為に、敢えてそんなことを考えているのか…

 

海未には計りかねたが、何となく後者であるような気がした。

 

 

 

それでも、窓辺から射し込む朝陽と共に、彼女の穏やかな語り口調が、海未の心を明るくする。

 

「大雨は困りますが、それでも梅雨は梅雨らしくあってほしいものです」

 

海未は思わず、そんな言葉を漏らした。

 

 

 

「そうね…どんなものでも、適度な潤いが必要だもの。…特にあなたなんか、まだお若いんだから…睡眠不足と水分不足はお肌の敵でしょ」

 

「…はぁ…それはそうですけど…」

 

「だから…はい!」

彼女は再び、海未にペットボトルのお茶を手渡した。

 

「えっ?」

 

「乾いちゃダメなのよ。身体も、心も。それに、脱水症状なんかになったら大変でしょ?私たちが具合悪くなっても、仕方ないんだから。摂るものは摂らないと…でしょ?」

 

「…一本取られました…では、ありがたく頂戴致します」

 

海未は両手でそれを受けとると、キャップを空け、喉を潤した。

 

 

 

…乾いちゃダメ…ですか…

 

…まるで『愛してるばんざ~い』の歌詞ですね…

 

 

 

海未は『数少ない自分が作詞した曲でない』歌詞の一部を思い浮かべた。

 

 

 

…それにしても、高野さんのお母様はお強いですね…

 

…この状況下で、なんて余裕なのでしょう…

 

…私も見習いたいものです…

 

 

 

笑みこそなかったが、男は男で、思うところがあるのだろう…横を見ると、海未の父も高野の父と、なにやら小声で話していた。

 

 

 

時刻が6時を迎える頃には、院内が『わさわさ』としてきた。

 

海未のいるフロアは静かだが、上下階は朝食の支度やら、朝の巡回の準備やらの音が感じられ、1日の始まりの忙(せわ)しなさが伝ってくる。

 

 

 

ICUには…夜中から、もう何度めになろうか…医師が様子を見に訪れた。

 

「今のところ、変化なしです…」

 

それだけを告げると「では、また、あとで」とその場を去っていった。

 

続いて、看護師が高野の両親と二言三言、話しをする。

 

その輪が解けると、両親は海未の元へとやって来た。

 

 

 

「園田さん、私は一旦、家に戻ります。『着の身着のまま』出てきたもので、色々、やらなきゃならないことがありまして…。園田さんも状況は同じかと思いますので、そろそろ…」

と高野の父。

 

海未は父の顔をチラリと見たあと

「私はまだ…」

と、居残ることを意思表示する。

 

「ありがとう。でも、もう十分よ…。さっきも言ったけど、私たちまで具合が悪くなったら大変ですもの。自分の身体を大事になさって」

 

高野の母が海未を諭す。

 

 

 

海未の父は、そっと彼女の肩に手を置いた。

 

 

 

…これ以上、海未がいても、逆に2人には精神的な負担になる…

 

 

 

この辺が限界だろう…海未の父も、そう判断した。

 

 

 

「長い時間、本当にありがとうございました。意識が回復しましたら、必ずご連絡しますので」

 

「それと、あなたがずっといてくれたことも、ちゃんと息子に伝えますから」

 

「…はい、かしこまりました…。では、申し訳ございませんが…」

 

「いえいえ…お気を付けて」

 

「はい。失礼致します」

 

 

 

高野の両親は、海未の連絡先を訊くと、最後に一言付け加えた。

 

 

 

「正面玄関にはマスコミが詰めかけてます。息子のせいで変な『とばっちり』をくらうといけません。裏にタクシーを呼んで、そちらから帰るとよいでしょう」

 

 

 

穂乃果とことりが病院に来る…と言っていたので、海未は断りの連絡を入れたあと、後ろ髪を引かれる思いで、父と共に、手配したタクシーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

海未の元に、吉報が届いたのは、それから2日後のことだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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当たらず、触らず

 

 

 

 

 

『オレ』が意識を取り戻してから3日目。

 

 

 

とりあえず親父は、仕事に復帰した。

 

おふくろも『病室にいてもやることがない』とのことで、午前中少し顔を出して帰っていった。

 

 

 

オレはといえば…

 

 

 

ほぼ一日中ベッドの上で過ごしている。

 

身体が動かないんだから仕方がない。

 

 

 

できるだけ『くだらない報道』や『代表の情報』は耳にしたくないと、TVやラジオを点けることを拒んでいるオレだが…さすがに何もしないでいることに飽きた。

 

薬の影響からか、うつらうつらと寝てしまうこともあるが、夢見が悪い。

 

今回の事故について、頭の中では割り切っているつもりでも…深層心理…心の奥深いところでは納得していない自分がいるのだろう。

 

 

 

これで美人のナースでもいれば、多少は目の保養…癒しにでもなるのだろうが、現実はそんなに甘くない。

 

これじゃあ、夢の中でも『楽しいこと』など、起こるハズもない。

 

 

 

そのオレを担当してくれている看護師によると、オレが意識を取り戻したことにより、病院に詰めかけていた報道陣は姿を消したとのこと。

 

 

 

…残念だったな、死ななくて…

 

 

 

オレは心の中で、毒づいた。

 

無事を祈ってます…などと言いながら、本当は悲劇を期待している。

 

マスコミなんて…いや、日本人なんてそんなものさ。

 

 

 

そんなことを考えていると、サッカー協会の広報担当者が面会にやってきた。

 

意識が回復して、容態が落ち着いたということで、コメントを発表することになっていた。

 

当面、男とは会いたくなかったのだが、こればかりはどうしようもない。

 

 

 

現れたのは、40~50歳くらいの男性だった。

 

名前は『小野』という。

 

 

 

「どうだい、気分は?」

 

「いいように見えますか?」

 

「絶好調に見えるな…ハッハッハッ」

 

オレはこの一言を聴いて、手強いな…と感じた。

 

 

 

…結構な皮肉を言ったつもりだが…

 

…それに動じず、逆に切り返してきやがった…

 

 

 

報道できないようなコメントを羅列してやろうかと『半分』考えていたが、そう容易な相手ではないと、一瞬で悟った。

 

 

 

「さてさて…冗談はさておき…高野くんの意識が回復したということで『元気です』『頑張ってます』的な言葉を、もらうわけだけど…こういうのは、ある程度、定型文みたいのがあってね」

 

「定型文?」

 

「そりゃあ、好き勝手コメントされちゃうと、色々なところに反響が及ぶから、当たらず触らず…が望ましいわけ」

 

「…へぇ…」

 

 

 

サッカーに関する取材しか受けてこなかったオレにとっては、そんなものなのか…と思うしかなかった。

 

 

 

「例えば…今回の事故を起こした車は『レクサス』だった…ってことは周知の事実だけど、コメントの中でそんな車種の名前なんか出せないでしょ?イメージダウンに繋がるって、すぐにクレームになる」

 

「そんなことは言いませんけどね」

 

「例えばの話だよ、例えばの話。ただ、今回は交通事故だよね…。高野くんが所属するマリノスは、親会社が日産だから、車社会や車の性能を批判するようなことも、避けなきゃいけない」

 

「あぁ、それは確かに…」

 

「同様に、それ以外のスポンサーにも気を遣わなきゃいけない」

 

「面倒くさいですね」

 

「そう、その通り。だけど、よっぽどの物好きでない限り、わざわざ下手なコメントをして『炎上』しようとは思わないだろ?自分の身は、自分で守るのさ」

 

「…なるほど…だから、結局のところ、似たり寄ったりのコメントになる…」

 

「そういうこと。じゃあ、内容が理解できたところで、文章を作っていこうか…」

 

 

 

…で…

 

 

 

できた『作文』がこれ。

 

 

 

……

 

〉こんにちわ。横浜・F・マリノスの高野 梨里です。

 

〉この度は関係者、およびファンの皆さまには、多大な心配をお掛け致しましたことを、まずはお詫び申し上げます。

 

〉また代表やマリノスのH.Pを通じて、非常に多くの方から私に関する応援メッセージを頂き、誠にありがとうございます。

 

〉事故に遭った経緯等については、先にサッカー協会から発表があった通りです。

 

〉トレーニングの帰りに、信号待ちをしていたところで巻き込まれたもので、一部噂されている『女性と一緒にいた』という情報は、事実と異なります。

 

〉その方も、私の隣で信号待ちをしており、同じように巻き込まれた…と聴いておりますが、私自身面識は一切ございません。

 

〉幸い、軽傷で済んだようですし、一般の方とのことですので、できれば静かに見守って頂きたく思います。

 

〉さて、皆さまのお陰をもちまして、私は一命をとりとめました。

 

〉今後については医師と相談しながら進めて参りますが、一日も早く元気な姿を見せられるよう頑張ります。

 

〉最後に。

 

〉オリンピックの出場は叶いませんでしたが、代表メンバーは必ずやメダルを獲得してくるものと信じております。

 

〉身体は日本にありますが、魂は現地に飛んでおり、一緒に戦うつもりで応援します。

 

〉頑張れ!ニッポン!

 

〉横浜・F・マリノス 高野 梨里 #17

 

……

 

 

 

 

 

「本当に無難な文章ですね…」

 

「これでいい。誰も傷つかないし、誰も怒らない」

 

「オレはメチャメチャ怒ってますよ!車を運転していたガキに!」

 

 

 

そう、車を運転していたのは16歳のガキだった。

 

当然、無免許だ。

 

コイツには、言いたいことがヤマほどある。

 

 

 

しかし、それすらも

「だからと言って、ここでのコメントは控えた方がいい」

と小野さんに言われた。

 

 

 

…100対0で相手が悪くても、文句すら言えないのかよ…

 

 

 

まぁ、オレもことを荒立てるつもりはないが、釈然としないのは確かだ。

 

 

 

…あとで、どこかで、爆発しそうだよ…

 

 

 

 

 

こうして、オレと小野さんが作った『作文』は、夕方、マスコミ各社にFAXされたのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~



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サプライズゲスト

 

 

 

 

「高野さん、ご面会の方が見えてますけど…」

 

病室のドアがノックされ、看護師がオレに声を掛ける。

 

「男だったら断ってください」

 

彼女は冗談だと思って笑っているが、オレは至って本気だ。

 

「じゃあ、大丈夫ということで!」

 

オレが許可していないのにも関わらず、ヤツは勝手に入ってきた。

 

代表の広報と、ほぼすれ違いのタイミングで病室にきたのは『夢野 つばさ』だった。

 

 

 

「なんだ…『チョモ』か…」

 

「なんだ…はないでしょ?こうして時間を割いて、逢いにきてるのに!」

 

「あぁ、ありがとな。さすがにヒマしてて…話し相手が欲しかったところだ」

 

「どう?具合は?」

 

「いいように見えるか?」

 

「絶好調でしょ?」

 

「お前は『小野さん』か!」

 

「小野さん?なんの話?」

 

「いや、いい…」

 

さっきのやりとりを見てたんじゃないかってほどの、見事なまでのリプレイに、オレは笑ってしまった。

 

「ほら、元気そうじゃない」

 

「いや、だから、これは別件で」

 

「別件?」

 

「気にするな…」

 

 

 

笑いのツボを他人に説明することほど、野暮なことはない。

 

 

 

「それより、今日はスペシャルゲストを連れてきたよ」

 

 

 

…チョモこそ、楽しそうなんだが…

 

 

 

「スペシャルゲスト?」

 

オレが鸚鵡返すと、ヤツは意外な人物の名前を呼んだ。

 

 

 

「めぐみ!はるか!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「失礼しま~す…」

 

 

 

声を揃えて入ってきたのは…『水野めぐみ』と『星野はるか』だった。

 

 

 

「男の人じゃないからOKなんだよね?」

 

チョモが悪戯っぽく笑う。

 

 

 

「えっ?えっ?どうしてここに?」

 

あまりに突然の出来事に戸惑うオレ。

 

 

 

「私、明後日から代表の最終合宿じゃない?それで壮行会っていうのかな…2人がこのあと開いてくれるって。…で、その前に寄りたいところがあるんだけど…って言ったら、一緒に付いてきてくれて…」

 

「初めまして。水野めぐみです」

 

「星野はるかです」

 

「あ、高野 梨里です。いや、すみません…こんなところにわざわざ…」

 

「いつも、ウチの『つばさ』がお世話になってます」

 

はるかがそう言うと

「別に世話になんてなってないわよ!」

とつばさが返した。

 

「でも…彼氏…なんですよね?」

 

めぐみがつばさに詰め寄る。

 

「彼氏…なの?」

 

つばさがオレに振った。

 

「オレに訊いてる?」

 

「うん」

 

「…まぁ、じゃあ、そういうことで…」

 

「別に2人とも、照れなくてもいいですよ」

と、めぐみ。

 

「そうそう、見てるこっちが恥ずかしくなりますから」

はるかが、それに同調した。

 

 

 

オレとチョモの関係については、ある程度認識しているようだ。

 

じゃなければ、ヤツもここには連れてこない。

 

ヒマをしていたオレにとっては、願ってもないサプライズプレゼント。

 

病室が一気に華やぐ。

 

 

 

…できれば、寝たきりの状態じゃなくて、元気な時に逢いたいねぇ…

 

 

 

「大丈夫なの?騒がれなかった?」

 

「はい。ナースステーションは、少しザワザワしてましたけど」

 

「私はそうでもないんですけど…めぐみはわりとバレるんですよ。やっぱり、みんな最初に胸に目がいくみたいで。そのあと顔見て…『あっ!』みたいな」

はるかは自分の胸元を見てから、つばさの胸へと視線を移した。

 

「こらこら、私の胸は見なくていいの!」

 

「ちっちゃくなりました?」

 

「なってないよ!」

 

「…って言ってますけど、そうですか?」

 

「…オレに言ってる?えっとねぇ…って言えるか!」

 

めぐみとはるかが笑う。

 

つばさも笑っていた。

 

「この人ね『シルフィード』の中で、誰が好き?って訊いたら、めぐみって答えたんだよ。おっぱいが大きいから…って」

 

「昔の話だろ…」

 

「でも、普通に3人並んでたら、今でもめぐみを選ぶでしょ?」

 

「うん」

 

「ねっ?こういう人なのよ…デリカシーがないって…いうか」

 

「正直でいいんじゃないですか?私はムッツリより好きですけど」

 

「おっ!はるかちゃん、若いのにわかってるね」

 

「若いのに…って、私たちのひとつ下じゃない」

 

「この世界にいると、セクハラまがいのことは結構ありますからね…。それくらいの話なら、かわいいものですよ」

 

「まぁね…」

 

 

 

…容姿がいい…ってことも、それなりの苦労があるんだろうなぁ…

 

 

 

チョモからは、あまり芸能界の裏事情的な話は聴かないが(…というより、そういうことをペラペラ喋るタイプではないが)それはそれで、大変なんだろう。

 

 

 

「それより、2人は忙しいんじゃないの?」

とオレ。

 

「はい、今、全国ツアーの真っ最中なんです」

 

「実は、来週から関東で…」

 

「本当はサプライズゲストで、つばささんに出てもらうつもりだったんですけど…」

 

「ちょうど最終合宿に行ったあとで…」

 

 

 

「…って、まだ歌えるの?」

 

シルフィードの活動を離れてから、3年余りが経過している。

 

オレは素朴な疑問をチョモにぶつけた。

 

 

 

「キミならわかると思うけど、サッカーの練習って普段、2~3時間くらいで終わっちゃうじゃない。そのあとの空いてる時間を利用して、ギターを弾いたりとかはしてるわよ」

 

「あぁ、そうか」

 

「高野さんも、やります?ギター?それでシルフィードに入ります?」

 

「へっ?いきなり何を?」

 

「あ、めぐみ、それ面白いかも!『シルフィード with T』みたいな?」

 

「夢野つばさ、水野めぐみ、星野はるか、高野りさと…名前の並びもピッタリだし」

 

「ムリ、ムリ、ムリ!この人、サッカー以外の才能はゼロなんだから」

 

「そこまで強く否定するかね…」

 

「リコーダーで『ドレミファソラシド』吹けたっけ?」

 

 

 

「口笛なら得意だけど」

 

 

 

「…だって!」

 

「人間誰しも、苦手なものはある!」

 

「体育以外に得意な課目ってあるの?」

 

 

 

「…動けないことをいいことに、すげぇ、ディスられてるんですけど…」

 

オレがそう呟くと

「それだけ仲がいい!って私には見えますよ」

とめぐみは言った。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「だから、それくらいで照れないでくださいよ!中学生ですか!」

 

はるかがニヒヒ…と笑い、つばさをからかう。

 

 

 

その時だった。

 

病室のドアがノックされた。

 

 

 

「高野さん、またご面会の方が…」

 

 

 

…ん?今日は忙しいな…

 

 

 

「男だったら断っ…」

 

「女性ですよ!」

担当看護師は、笑いながら、少し喰い気味に反応した。

 

「あぁ、じゃあ…どうぞ」

 

「はい、失礼致します。こんにちわ、園田です…」

 

 

 

入ってきたのは、園田 海未だった…。

 

 

 

「えっ!?…あっ…『アクアスター』?」

 

彼女は『昨日』とまったく同じリアクションをした。

 

 

 

…リプレイか!…

 

 

 

今日2度目の出来事に、オレはひとり、声を押し殺して笑う。

 

 

 

だが、彼女が驚いたのも無理もない。

 

 

 

昨日、オレの病室に『夢野 つばさ』がいたことすら想定外なのに、まさか、その翌日『アクアスター』の2人がいて『シルフィード』が勢揃いしていようとは。

 

今や、オフィシャルでも、滅多にお目に掛かれない、超貴重な3ショットだ。

 

 

 

唖然として立ち尽くす彼女を、チョモが室内へと呼び込んだ。

 

 

 

「どうぞ、こちらへ」

 

「あ、ご迷惑であれば帰ります」

 

「迷惑なわけないじゃない…どうぞ」

 

「…はい…では、失礼致します…」

 

「えっと、この2人は…」

 

「はい、存じております。アクアスターの…いえ、シルフィードの水野めぐみさんと、星野はるかさんでいらっしゃいますよね」

 

「はい、夢野つばさです」

 

「水野めぐみです」

 

「星野はるかです」

 

「3人揃ってシルフィードです!!」

 

 

 

「おぉ!本物だ!」

 

チョモたちのサービスに、思わずオレが声をあげた。

 

 

 

オレとチョモとの付き合いは、どちらかというと『サッカー選手 夢野つばさ』としての比重が大きくて『芸能人 夢野つばさ』として接することは少ない。

 

だから、こんな至近距離で…しかも生で見れて、オレは素直に感動してしまった。

 

 

 

「今日はたまたま、私に付き合っててもらって…。ごめんなさい、驚かすつもりはなかったの」

 

「いえ、私こそ、突然お伺いしたものですから…あ、初めまして、園田海未と申します」

 

「お会いしたかったです、園田さん!」

 

「えぇ、私も!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私たち、μ'sのファンだったんですよ!」

 

「だから、お会いできて光栄です」

 

 

 

「ど、どういうことでしょう…」

 

めぐみとはるかの告白に、彼女は言葉を失っている。

 

 

 

「私がオリンピックに行くからって、彼女たちが壮行会を開いてくれることになって…。でも、その前に、お見舞いに行くって言ったら、じゃあ付き合います…って、そういう流れで2人はここにいるんだけど…」

 

「つばささんが、もしかしたら園田さんと会えるかもしれない…っていうから」

 

「無理矢理付いてきちゃいました」

 

 

 

「えっ!じゃあ、オレの見舞いがオマケなの!?」

 

「はい!」

はるかが即答した。

 

「なんて日だ!!」

 

オレは聞き齧(かじ)ったことのある芸人の決め台詞を叫ぶと、室内が笑いに包まれた。

 

 

 

ただ、彼女…園田 海未だけは、狐につままれたような…キョトンとした顔をしていた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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マニアックな記憶

 

 

 

 

 

「どうかした?」

 

妙に明るい病室の空気に、戸惑っている様子の海未。

 

それを見て、つばさが声を掛けた。

 

「…いえ…あの…皆さんお見舞いにいらしたんですよね…」

 

海未は何となく申し訳なさそうに尋ねた。

 

 

 

シルフィードの3人は、それぞれ顔を見合わせる。

 

その問いに、合点がいったのはつばさだった。

 

 

 

「なるほどね。言いたいことはわかるわ。遊びに来たようにしか見えないものね…でも半分そうかも」

 

「えっ?」

 

「とりあえず『死なない』って、わかったから…『しんみり』しててもしかたないでしょ?病人ならともかく、この通り元気みたいだし…」

 

「おいおい、元気ではないだろ!」

 

「じゃあ、何も喋らないで大人しくしてた方がいい?」

 

「いや、それは…」

 

「ねっ!…って、言うことだから」

 

 

 

「はぁ…」

 

海未は返す言葉に詰まった。

 

 

 

…なぜ、この人たちは、こんなにもポジティブなのでしょうか…

 

…ご両親も、つばささんも…そして当のご本人も!…

 

…ひょっとしたら、穂乃果以上かもしれませんね…

 

 

 

「園田さん?」

 

「はっ!すみません、少し考え事を…」

 

「まぁまぁ、リラックスしてくださいな」

 

「…って、はるか。まるで自分の部屋みたいだね」

めぐみはそう言って笑った。

 

「でも、ほら、知らない仲じゃないんだし」

 

「かなり一方的だけどね。面と向かって会うのは初めてだから」

 

「あの…」

 

「はい?」

 

「先程、お二人は、μ'sのファンです…とか、私に会いにきた…とかおっしゃいましたが…それは一体どういうことでしょうか」

 

「私たちがμ'sのファン…っておかしいですか?」

 

はるかは決して威圧的ではなく、本当に『なんで?』という感じで、逆質問をした。

 

「それはその…私たちがμ'sとして活動したのは、ほんの1年足らずで…それも世間の皆様に名前を覚えて頂いたのは、海外ライブのあとで…ですが、すぐに解散してしまいましたし…」

 

「私はその全然前から、応援してましたよ」

 

「そうなのですか?でも、その時、すでに皆様はシルフィードとして活躍されてらして…そんな方々が素人の私たちのファンなどというのは…」

 

「そんなことないですよ!…ね?」

 

「うん。それは全然違いますよ」

 

めぐみの否定に、はるかが同意した。

 

 

 

 

「ラブライブ…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私たちも注目してたんです、ラブライブ」

 

「皆さんがですか?」

 

「最初は…『ラブライブっていうのが開催されるらしいよ』『全国のスクールアイドルがパフォーマンスを競うんだって』『へぇ…』みたいな感じだったんですよ…私たちも」

 

「だけどその中に『A-RISEっていうチームが、かなり凄い』って、話題になって。ほら、彼女たちって、その時からプロデビューの話があったじゃないですか。『スクールアイドル?ただのお遊びでしょ?』って言ってた人たちも『ちょっとバカにできないかも…』ってなって」

 

「業界全体がね…『次世代アイドル発掘の場』みたいに捉えるようになったんだよね」

 

「うん。私たちは『歌って踊る』っていう方向性じゃなかったから、スクールアイドルに対して、それほど意識してなかったけど、同じジャンルの娘たちは、結構気にしてたよね?だって、もしかしたら、ライバルになっちゃうかもしれないんだから」

 

「でも、ちょっとA-RISEは別格だったかな。彼女たちのパフォーマンスを見ちゃうと、どうしても…ね?」

 

「そうだったのですか。そういう業界の事情みたいなものは、私たちはまったく知りませんでした…」

 

 

 

スクールアイドルをやっていた者の中には『当時の矢澤にこのように』本気でアイドルを目指していた生徒も少なくなかったに違いない。

 

だが、いまだかつて、A-RISEを超えるアイドルは出てこない。

 

そういった意味では、デビュー前から注目され、今も活躍を続けている3人は、やはり特別な存在と言えよう。

 

 

 

…あのA-RISEと時を同じくしていたなんて…

 

…今でも信じられないのですが…

 

 

 

めぐみとはるかにラブライブの話を聴かされて、海未は少しその頃を思い出した。

 

 

 

「それで、誰もがA-RISEの3連覇かな…って思ってたときに、現れたのが…」

 

「μ'sだったんです」

 

 

 

「私たち…ですか」

 

 

 

「はい」

 

海未の言葉に、めぐみとはるかが首を縦に振った。

 

 

 

「正直言うと、私はそこまでラブライブに注目してなかったんですよ。さっきも言いましたけど、やってるジャンルが違ってたので。どちらかというと、はるかの方が」

 

「はい。私は趣味でダンスをやってるので…もちろん、そのアイドルの振り付けとはまったく違うんですけど、勉強にはなるかな…って、色々なチームを見てましたよ」

 

「そうしたら、はるかが『あのA-RISEが挑戦状を叩きつけたチームが現れた』って」

 

「挑戦状…ですか?」

 

海未は身に覚えがない…とばかりに呟く。

 

「あれ?お忘れですか?アキバでA-RISEに煽られて、急遽アカペラを披露したときのこと」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「見てたんですよ、たまたま。ネットで中継されてたじゃないですか」

 

 

 

 

 

『μ's』が『A-RISE』にライブ会場として『UTX』の屋上を提供してもらい『ユメノトビラ』を披露してから、少し経ってからのこと…。

 

アキバで『利き米コンテスト/愛・米・味(あい・まい・みー)』が開催された。

 

 

 

μ'sからは希、にこ、穂乃果、凛…そして花陽が参戦。

 

そしてそこには、なんとA-RISEの統堂英玲奈も、虎視眈々と優勝を狙って参加していた。

 

 

 

決勝に残ったのは…μ'sからは予想通り、花陽。

 

そして、英玲奈。

 

 

 

予選、準決勝を勝ち上がった、2人は激しいバトルを繰り広げる。

 

 

 

その死闘を制したのは…花陽。

 

 

 

彼女はこうしてアキバの『初代お米クイーンの称号』と『優勝商品の新米120kg』を手に入れたのだった(余談だが、のちに花陽はその新米を食べ過ぎて、穂乃果と2人で『海未の強制ダイエットメニュー』の敢行をさせられることになった)。

 

 

 

その利き米コンテストのサプライズゲストとしてライブを行ったのが、地元のスター『A-RISE』である。

 

その時に、何を思ったか『綺羅ツバサ』は、(参加者とその応援で)会場に全員集まっていたμ'sに、1曲歌えと要求したのだ。

 

このプロレス的なマイクパフォーマンスに、盛り上がる観客。

 

 

 

だが、まったく予期していない、突然の挑発に戸惑うメンバーたち。

 

当然、衣装もない。

 

打ち合わせも何もしていない。

 

花陽はこの時、臀部を打撲しており、ダンスは難しかった。

 

 

 

この状況で、なにができるのか…

 

中途半端なパフォーマンスなら、やらない方がいい。

 

 

 

果たして…

 

 

 

穂乃果は受けて立った。

 

にこは

「売られたケンカ、買ってやろうじゃないの!これは最終予選の前哨戦よ!」

と息巻いた。

 

 

 

そして、私服の9人が披露したのが…

 

 

 

『愛してるばんざーい!』のアカペラだった。

 

 

 

奇策と言ってもよいパフォーマンス。

 

 

 

しかし、その歌声は(歌詞の内容とも相まって)観客の心に大きな感動をもたらした。

 

 

 

いみじくもそれは、μ'sが『ただの大所帯ユニットではない』ことを示す、アピールの場となり、一躍、A-RISEのライバルとして注目を集めることなったのだ。

 

 

 

あの時、なぜ綺羅ツバサは自分達のライブの時間を削ってまで、μ'sをステージに立たせたのか、その真意はいまだ謎である。

 

 

 

μ'sを本気で潰そうとしたのか…自分達のライバルとしてふさわしいかどうか、試そうとしたのか…。

 

 

 

ただひとつ言えることは、3連覇確実と言われていたA-RISEにとって、自らがステップアップするための起爆剤に、μ'sが選ばれたことは間違いなかった。

 

 

 

そして、9人は、その期待に違わぬ成長を遂げていったのだ。

 

 

 

 

 

その時の一連の出来事を、はるかは『A-RISEが叩きつけた挑戦状』と言ったのだ。

※詳細は#82486『Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~』の『にこ編』を参照願います。

 

 

 

 

 

「その時から私は、μ'sのファンになったんです。生意気なことを言わせて頂くと、素人なのに凄いパワーを感じたというか…。あぁ、なるほど…A-RISEが挑発しただけのことはあるな…って」

 

「恐縮です…」

 

海未は顔を赤らめた。

 

 

 

名前が売れてからではなく、その前から…しかも、かなりマニアックなシチュエーションのライブを、こうまでハッキリと覚えている人は、そうはいない。

 

いや、いるかも知れないが、面と向かって、そういう話を聴いたことがない。

 

 

 

それがまさか、星野はるかの口から語られようとは…。

 

 

 

嬉さ半分、恥ずかしさ半分といったとこだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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まさか…ね…

 

 

 

 

 

「私は、はるかがμ'sを応援するようになってから、一緒に見るようになって」

とめぐみ。

 

「ありがとうございます」

 

「中でも印象的だったのが、最終予選かな。白い世界から、パーってオレンジに染まっていく瞬間、なんだかわからないけど、泣きそうになっちゃって…」

 

「私も」

はるかが相槌を打つ。

 

「あの時は、アクアスターとして全国ライブをすることが決まった時で…」

 

「でも、私たちライブって経験がなくて、すごく不安を感じでた時期だったんだよね?」

 

「えっ?その前の年に、紅白歌合戦に出場されていたかと…。逆にあれだけのお客さんの前で歌っているのに、不安があるなど考えられないのですが」

 

「その時は3人だったし、勢いだけで歌ってた…って感じで」

 

「2人だけで単独ライブでしょ?3時間も体力もつかな…とか、お客さん飽きないかな…とか…ね?」

 

「うん。それで、μ'sのパフォーマンスを見て、ひとつヒントをもらった…っていうか」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

「演者が最高のパフォーマンスをするのはもちろんなんですけど、観客を満足させるのって、それだけじゃ足りないと思うんです。プラスαが必要なんです」

 

「プラスα…ですか?」

 

「生意気なことを言わせて頂くと、A-RISEもパフォーマンスは完璧だったと思います。じゃあ、勝敗を分けたものはなんだったのか…私はμ'sの方が、少しだけ観客を魅了する力が上回っていたんだと思うんです」

 

「観客を魅了する力…ですか?」

 

「上手く表現できませんけど…強いて言うな『熱さ』ですかね…。A-RISEは淡々と自分たちのパフォーマンスに終始したように見えたんです」

 

「それが悪いとは言わないですし…収録ならそれでいいと思うんですけど…」

はるかが、めぐみの言葉をフォローする。

 

「うん。でも、ライブだからね…。その点、μ'sには私たちの胸を打つ何があったと思うんです」

 

「それが、熱さ…ですか…」

 

「はい」

 

「確かに、私たちもA-RISEに勝ったという実感がなかったというか…。終わってから、穂乃果もA-RISEのツバサさんに訊かれたみたいですけど…。『何が勝敗をわけたのか。μ'sを突き動かしているのはなにか』と」

 

「なんだったんですか?」

 

「すぐには答えが出ませんでした。ですが、やがて気が付いたのです。私たちは自分たちの力だけで、ここまで来たのではないと。多くの方に助けられて、ここまでこれたのだと。それが感謝の気持ちとなり、私たちのパフォーマンスの原動力だったのです。」

 

「『みんなで叶える物語』…μ'sのキャッチフレーズですね」

 

「はい、よくご存じで」

 

「つまり、ライブで必要なこと…それは、いかに集まって頂いたファンの方々と一体になれるか…だと思うんです。それを、あの時μ'sが教えてくれたんです」

 

「私たちはただただ、夢中でしたけど…そう言って頂けるのは、嬉しいです」

 

「それから私は、μ'sの映像は全て観ましたよ。ジャンルは違っても、目指すことは一緒だと感じてましたし、何より、どの楽曲も素敵で」

 

「自分たちで、作詞作曲して、振り付けから、演出まで。同世代なのに凄いな…って。私もめぐみも、楽器は演奏できますけど、そこまで全部はこなせないですもの」

 

「だから、私たちがμ'sのファンだって言っても、全然不思議じゃないんですよ」

 

「恐れ入ります。ですが、私たちも、全部がひとりで担当していたわけではありますせん。作詞、作曲、振り付け、衣装、演出…分業制でしたので」

 

「園田さんは、作詞担当でしたよね?」

 

「はい。全ての曲ではありませんが。先程話題に出ました『愛してるばんざーい!』は、真姫が作りましたし」

 

 

 

「ね?そういう才能の塊の集まりだったんだよ、μ'sって」

 

それまで黙って話を聴いていたつばさが、高野に向かって言った。

 

「あ、この人『μ'sのミュ』の字も知らなかったらしくてね…私が『キミが助けた人は、こうこうこういう人だよ』って教えてあげても『誰?』みたいな」

 

「失礼ながら、そういうことには全く興味がなくて…。そんなに凄い人だったんだね」

 

 

 

「いえ、別に凄いなんてことは…。ただ、私個人がどうこうではなく、確かに集まったメンバーは最高の仲間でした。彼女たちに巡り逢えた私は、幸せ者だと思います」

 

この部屋に入ってから、海未は初めて力強い声で語った。

 

 

 

「あ、ごめんなさいね。2人を連れてきちゃって。迷惑だったかしら?」

 

「とんでもございません。私にそんなことを言える資格はありませんから…。ですが…何故、今日私が来ると」

 

「女の勘…ってやつ?」

 

「えっ?」

 

「冗談。この人のお母さんから聴いたの。今時、あんなに律儀な人は、珍しいって。だから、きっと今日も来る!って思ってた」

 

「律儀などでは…」

 

「それに、私も彼女たちも、園田さんと色々お話ししてみたかったの。もちろん、μ'sのファンだってこともあるんだけど、それ以外のことも…ね?」

 

つばさが、めぐみとはるかに同意を求めると、2人は『その通り』だと、二度三度と頷いた。

 

 

 

「あっ、そう言えば、私も昨日、つばささんに伝え忘れたことがありまして」

 

海未は右手を小さくあげて、発言の許可を得る。

 

「なにかしら?」

 

 

 

「μ'sの曲の中に『ユメノトビラ』という曲があるのですが…』

 

「知ってます!UTXの屋上で披露した曲ですよね?」

はるかが即答した。

 

「さ、さすがにお詳しいですね…」

 

「μ'sの中では、衣装も含めて少しタイプが違いまよね?振り付けも可愛らしくて、全体的にフェミニンな感じで」

 

「えぇ。実は私たち、一旦はラブライブの出場を諦めて、活動も休止したことがあったんです。ですが『もう一回頑張りましょう!』っていうことになり、合宿をして…その時にみんなでアイデアを出し合って作ったのが、あの曲なんです」

 

「それが凄いよね?私とはるかなんて、2人で話し合っても、何も生まれないもんね?」

 

「ね?」

 

2人はそう言ってケラケラと笑った。

 

 

 

「それでですね、作詞は私がしたのですが…最初のタイトルは『ユメノツバサ』だったんです」

 

 

 

「えっ?」

 

つばさ、はるか、めぐみがそれぞれ驚きの声をあげた。

 

 

 

「はい。無意識だったんですが…。完成して、見直している時に気付きまして、慌てて修正したんです」

 

 

 

「別に『ユメノツバサ』でも良かったんじゃない?」

 

「いえ、さすがにそういうワケには。それに『片仮名表記』で『ツバサ』としたならば『綺羅ツバサ』の名前がどうしても出てきてしまいますし」

 

「あぁ、それは確かにそうかも」

つばさはそれを聴いて笑った。

 

「ライバルですものね、A-RISEは」

 

「はい、はるかさん、その通りです。…ですから、昨日、夢野つばささんとお会いしたときは、ただならぬ『縁』のようなものを感じたのです」

 

「『縁』?」

 

「はい。先程、お二人がμ'sの事を語ってくださいましたが、当然ながら私もの皆様のことはよく存じております。特につばさんは、モデル時代から活躍されてらっしゃって」

 

「それほどでも…」

 

「一緒にモデルでコンビを組まれていた『浅倉さくら』さんが、私の友人の『南ことり』の遠縁だとのことで、まことに勝手ながら、私も身内のひとりみたいなつもりで見ておりまして」

 

「そうなんだってね。私もさくらからその話は聴いたわ。会ったことはないけど…って」

 

「そんなこともあって『AYA』さんが『夢野つばさ』さんになった時は本当にびっくりしましたし、そのインパクトが私の心の奥底にあったんだと思います。だから、無意識のうちに曲のタイトルに」

 

「うふっ…光栄ね」

 

「そんな方とまさか、こういう形でお逢いできるとは思っておりませんでした」

 

 

 

「へぇ…あるんだねぇ、そういうこと」

 

「運命っていうのかな?」

 

はるかとめぐみは、ちょっと大袈裟に騒ぎ立てた。

 

 

 

「どうなんでしょうか…。実は、もうひとつございまして…。こちらはいささか『こじつけ』ではあるのですが」

 

「はい?」

 

「私は非公式ではありますが『東條希』と『星空凛』と3人で『リリー ホワイト』というユニットを組んでいたのですが」

 

「リリーホワイト?」

 

「はい。それで高野さんのお名前が『梨里(りさと)』さん…あだ名が『リリ』と呼ばれているとお聴きしまして」

 

「『リリー』と『リリ』…。面白いわね」

 

「それはさすがに…こじつけだろ?」

と高野は笑った。

 

 

 

しかし、内心…

 

 

 

…いや、これが本当に運命で、そんな理由がオレたちを引き寄せたとしたら…

 

…親父、何者なんだ?って話だよ!…

 

 

 

…ってことは、彼女がオレの運命の人?…

 

 

 

20年間明かされていない自分の名前の由来に、常々疑問を持っていた高野。

 

そんなバカと思いつつ、もしかして…と、一瞬心が揺らいだのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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そして誰も…

 

 

 

 

 

「…ところで、高野さん、お具合はいかがでしょうか…」

 

 

 

高野は『いいように見える?』とさっきまでなら答えていたが、訊いてきたのは園田 海未だ。

 

さすがにそうはいかない。

 

冗談を真に受けそうだ。

 

「絶好調だよ」

と答えた。

 

 

 

それを見てクスッと笑ったのはつばさ。

 

『格好つけて…』と言いたげだ。

 

 

 

「ですが、先程、元気ではないと…」

 

「ウソ、ウソ!元気、元気!だって、この病室に『あの』水野めぐみと星野はるかがいるんだぜ。それだけでも驚きなのに、そこに園田さんみたいな美人が加わってるんだから、元気にならない方がおかしいでしょ!?」

 

 

 

「ひとり忘れてない?」

 

つばさはスッと左腕を、高野の眼前に差し出す。

 

指先はデコピンの発射準備がされていた。

 

 

 

「えっ?あっ!…も、もちろんチョモ…じゃない、夢野つばさも入ってるよ」

 

高野は慌てて一言付け足した。

 

 

 

「いやぁ、暑い、暑い!」

 

「ねぇ?窓、開けようか?」

 

 

 

「えっ?」

つばさと高野が同時に声をあげた。

 

 

 

「確かにさっき『照れなくてもいいですよ』…とは言いましたけど」

 

「そんな、見せつけなくてもいいじゃないですか」

 

「な、なに言ってるのよ、ふたりとも…。そんなつもりは…」

 

「あ、あぁ…そんなつもりは…なぁ?」

 

「う、うん」

 

「はい、はい。ごちそうさまです」

 

 

 

…!!…

 

 

 

めぐみのこの一言に『鈍感な』海未は、ようやく気付いた。

 

 

 

…高野さんとつばささんは…なるほど、そういう関係だったのですね…

 

…いえ、そんなことは、わかっていたハズですが…

 

…なんでしょう…

 

…この切ない感じは…

 

 

 

海未は少しだけ、キュッと胸が締め付けられたような気がした。

 

 

 

しかし、それはすぐ、彼女たちに掻き消される。

 

 

 

「やっぱり、私たち、来なかった方が良かったですかね?お邪魔みたいですし」

 

「ちょっと、めぐみ!」

 

「帰ろっか?」

 

「はるか!」

 

「じぁあ、失礼しま~す」

 

「高野さん、お大事に!」

 

アクアスターの2人は、揃って病室を出ようとする。

 

「待って、待って!」

と小走りにあとを追うつばさ。

 

 

 

めぐみとはるかが、その声に立ち止まると、つばさは勢い余って2人を巻き込みながら…そのまま『ドン!』と音を立てて、壁にぶつかった。

 

 

 

間、髪入れず病室のドアが開く。

 

「高野さん!!…のお見舞いの方々!…いくら個室だからって騒ぎ過ぎですよ!」

 

看護師は、人指し指を立て『お静かに』と示した。

 

 

 

「す、すみません…」

 

項垂(うなだ)れるシルフィード。

 

 

 

一瞬、静寂。

 

 

 

その沈黙を破ったのは、海未だった。

 

 

 

「ぷふっ!」

 

 

 

「園田さん?」

 

 

 

「はっ!す、すみません…。なんだか、今のお三方がとても可笑しくて。皆さん、大スターなのに、子供みたいだっものですから、つい…すみません…」

 

 

 

「良かった笑顔を見せてくれて」

 

 

 

「えっ?つばささん…今、なんと?」

 

 

 

「今日、ここに来て、初めて笑ってくれた」

 

「うん、うん。園田さんって、ステージの時にはあんなにイキイキとしてるのに、普段は物凄くストイックな人だ!…とは聴いていたけど…今も変わらないんですね」

 

「そのギャップが魅力なんでしょうけど」

 

「でも…思い詰めちゃダメですよ!…って、私が言う話じゃないか」

 

「はるかさん…めぐみさん…」

 

「そうそう、2人の言う通り。この人も暗い雰囲気なんか望んでないし」

 

「だけど、看護師さんに怒られるほど騒いでいいとは言ってないぞ!」

と高野。

 

「ふふふ…それはゴメン!謝るわ」

 

 

 

「ゴメンね、ゴメンねぇ!」

 

はるかが、突然、栃木弁をネタとする漫才師のギャグを口にした。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「ブフッ!」

 

再び、海未の笑い声が、部屋に訪れた静寂を切り裂いた。

 

それを皮切りに、めぐみが、つばさが…そして高野が笑いだす。

 

 

 

「ちょっと、園田さん!」

 

「す、すみません!急に静かになったものですから…」

 

「今のは、はるかが悪い!」

 

「私?」

 

「このタイミングで、そのギャグやる?」

 

「逆にあそこしかできないギャグでしょ?」

 

「だからって」

 

「うふふふふ…」

 

「園田さん?大丈夫?」

 

「は、はい…皆さん、面白いですね…ふふふふふ」

 

「ツボに入っちゃった?」

 

 

 

 

 

「高野さん!!…お・し・ず・か・に!」

 

再び看護師がドアを開けて、病室を覗き込む。

 

先程より、一段、表情が厳しくなっていた。

 

 

 

「すみませ~ん…」

 

病室の5人は囁くように、謝罪した。

 

 

 

それがまた可笑しくて、今度は全員が、声を圧し殺して、クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

海未はこの空間に、少し『居心地の良さ』のようなものを感じ始めていた。

 

 

 

それはμ'sとして活動していた頃の、騒がしくもキラキラした時間に、一瞬戻ったような気がしたからだ。

 

今ではかなり落ち着いてしまったが、当時の凛やにこ、真姫は毎日のようにからかい、からかわれ、賑やかに1日を過ごしていた。

 

今、目の前で繰り広げられたのは、まさにそんな光景。

 

 

 

…第一線で活躍されてらっしゃるだけのことはありますね…

 

…私たちとはパワーが違います…

 

 

 

海未とつばさは同い年、めぐみとはるかはひとつ下のハズなのだが、すっかり隠居した老人が如く、心の中で呟いた。

 

 

 

シルフィードの3人となんとなく打ち解けた海未は、高野を交えてしばし雑談をして時間を過ごす。

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろうか…

 

 

 

 

 

「そうだ!このあと、園田さんも一緒に壮行会に来ません?」

 

はるかは脈絡もなく、突如、そんなことを言い出した。

 

「えっ!?」

 

「あ、それナイスアイデアかも!別に構わないですよね?」

 

めぐみがつばさに伺いを立てると

「もちろん!」

と、二つ返事でOKを出した。

 

「ですが、ご迷惑では…」

 

「大丈夫ですよ。壮行会…って言っても、そんな大袈裟な話じゃなくて、3人で食事するだけですし…」

 

「場所は抑えてあるけど、別に料理とかは頼んでないので、今からでも全然問題ないですよ!」

 

「しかし…」

 

「遠慮はいらないわ。何か特別な用があるなら別だけど…」

 

「いえ、そういうわけでは…」

 

「実は、A-RISEも呼んでるんで…」

と言い掛けて、はるかは慌てて自分の口を、手で塞いだ。

 

しかし、時すでに遅し。

 

 

 

「えっ!?」

 

驚いたのは海未だけでなく、つばさもだった。

 

めぐみは少し呆れた顔で、はるかを見ている。

 

 

 

「はるか、そんな話聴いてないんだけど…」

 

「内緒の話だったんですけど…言っちゃった…」

 

「A-RISEが来るんですか?」

海未が訊く。

 

「誘ってはいるんですけど、来られるかどうかは…。収録が押さなければ、間に合うんじゃないかな?」

 

「そうですか…」

 

「…というのとで…つばささんは、聴かなかったことにしておいてください。それでA-RISEが来たら『え~、知らなかった!ありがとう』みたいな『てい』で」

 

「いやいや、それは無理があるって。私はさくらじゃないから、そんなお芝居はできないわよ」

 

「うう…」

 

「A-RISEですか…会えるのであれば、会ってみたいですね…」

 

「そうですよね!?」

 

はるかは、自分の失言に喰い付いてきた海未に『意を得たり!』と笑みをこぼす。

 

「はい…」

 

「…じゃあ、OKということで。まだまだ話し足りないから、続きはまたあとにしましょう!」

 

「本当によろしいのでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます」

 

 

 

「…というわけで、そろそろ行くね…」

つばさが高野に声を掛ける。

 

 

「えっ?あ、あぁ…ご自由に」

と返答したものの、彼の表情は寂しそうだ。

 

「すみません、高野さん。お見舞いにきたハズだったのですが…」

 

「構わない、構わない。滅多にない機会なんだろうから、楽しんできてね」

 

「はい。あ、あの…ご迷惑でなければ、明日もお伺いさせて頂きます」

 

「迷惑ではないけど、無理はしなくていいよ。自分の生活を優先して」

 

「はい」

 

「じゃあ、行きましょうか!!」

 

 

 

はるかはツアーガイドのように『エアー』で旗を掲げると、お大事にと言い残し、病室を出ていった。

 

めぐみが…つばさが…そして最後に海未があとに続く。

 

海未は室内を振り返ると、深々とお辞儀をして、静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

 

…うむ…

 

…祭りのあとの静けさとは、まさにこのことだな…

 

…夢のような時間が終わってしまった…

 

…身動きの取れないオレが、4人の美女に悪戯される…という展開を期待したんだが…

 

…世の中そんなに甘くないな…

 

 

 

高野は誰もいなくなった病室の中、ひとりベッドの上で、自分のバカさ加減に呆れ返ったのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 



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ONとOFF

 

 

 

 

 

シルフィードの3人と海未はタクシーに乗ると、病院からさほど離れていない、飲食店が立ち並ぶ繁華街と出向いた。

 

はるかが先頭を歩き、ビルの地下にある隠れ家的な店へと到着した。

 

看板には『Rosso Nero Bianco (ロッソ ネロ ビアンコ)』と書いてある。

 

どうやらイタリアンの店らしい。

 

 

 

「予約した『鈴木 萌絵』です」

 

はるかを出迎えた店員に伝えた名前は、彼女の本名だった。

 

「いつもありがとうございます。お待ちしておりました」

 

入った店はシルフィードとして馴染みの店らしく、店員も誰だかは知っているようだったが、だからといって騒ぐことも、特別扱いをすることもなく、淡々と席へと案内した。

 

はるかが予約した個室は、8人が座れる席だった。

 

「ふふふ…あとから誰か来ますよ…ってバレバレじゃない」

 

つばさが笑いながら突っ込むと

「…ですね…」

とバツが悪そうに、はるかは舌を出した。

 

 

 

A-RISEが来ていないので、4人は固まって座る。

 

主役のつばさは上座の奥に、その対面には『ゲスト』の海未、つばさの隣にめぐみ、その前に本日の幹事であるはるかが位置した。

 

 

 

「先にお飲み物を…」

 

案内をした店員が4人に尋ねる。

 

「綾乃さん、飲みます?」

 

幹事らしく、はるかが取り仕切る。

 

「今日はやめておくわ。オレンジジュースで」

 

「園田さんは?お酒…スパークリングワインとかありますよ?」

 

「いえ、私もオレンジジュースで結構です」

 

「飲めるなら遠慮しなくてもいいんですよ?」

 

「いえ…」

 

「そうですか…。かのんは?」

 

「私も同じので」

 

「じゃあ、オレンジジュースを4つ。それと…これと、これと…これとこれ!全部、人数分で」

 

はるかがメニューを見ながら、迷うことなく、手早く料理を注文すると、店員はオーダーを復唱して、部屋をあとにした。

 

 

 

「『はるか』さんは『萌絵』さん…とおっしゃるのですか?」

 

海未は店に来た時に、はるかが店員に告げた名前を思い出した。

 

「はい!あ、そうですよね…急に誰?って話しですよね…。基本的にプライベートな時間は、本名で過ごしてるんです」

 

「ちなみに私は『かのん』です」

 

「私は『綾乃』よ」

 

「私は『海未』です」

 

 

 

「知ってる」

 

「知ってます」

 

「はい、知ってますよ」

 

3人から突っ込みが入る。

 

 

 

「あ、いえ、皆さんが下の名前で呼ばれるなら、私も海未でいいです…と言いたかったんですが」

 

「あぁ、そういうことですか。『園田 海未』っていう芸名があって『園田 海未』って本名があるのと…」

 

「『園田 海未役の園田 海未』的な…ね?」

 

「なっ!はる…いえ、萌絵さんも、かのんさんも

、なぜそんな話を!」

 

「μ'sファンなら常識ですよ!」

 

「『μ's伝説』に載ってますし」

 

「『μ's伝説』?」

 

「あれ?知りません?誰がまとめたかはわからないですけど、μ'sの歴史から、楽曲、メンバーの裏話等々をまとめたwebサイトです」

 

「聴いたことはあります…。ですが、見たことは…」

 

「へぇ、そうなんですか。でも、案外、そういうものかも知れないですね。自分たちのことは自分たちが一番よく知ってますから…いちいち過去のことなんて見ないですよね…って、じゃあ…今の話は本当なんですか?一種の都市伝説みたいなものかと思ってましたけど…」

 

「えっ?あ、はい、いや…その…はるかさ…ではなくて…萌絵さん…」

 

「無理しなくていいですよ、はるかでも全然平気ですから」

 

「すみません。それで、その…ええ、確かに、昔、そんなことを言ったかと…」

 

「ふふふ…意外と天然なんですね?」

 

「こら!萌絵!それは海未さんに失礼だよ」

 

「いえ、そうかも知れません」

 

 

 

「あの…海未さん」

 

 

 

「はい、なんでしょう、かのんさん」

 

 

 

「ずっと気になってたんですけど…もっと、肩の力を抜いてくださいな。私と萌絵は年下ですし、そんな敬語で喋って頂かなくても…。って、私たち、そんなに緊張させてます?」

 

「そんなことはございません!むしろ、こんなにも距離を詰めて頂いているのに…。ですが、私はμ'sの中にいてもこういう感じなので…決して特別ことではないのです!」

 

「なるほど…噂通り、本当に大和撫子なんですね…」

 

「穂乃果にもよく言われるんです。真面目すぎるとか、堅すぎるとか。ですが、これはもう、生まれ持った性格でして、今更は変えられないのです」

 

「いいんじゃないかな、それで」

 

「つばささ…失礼しました…綾乃さん…」

 

「いいのよ、訂正しなくても」

 

綾乃は軽く微笑んで、話を続けた。

 

「海未さんみたいな人がいたから、μ'sはあの人数でも、ひとつにまとまったんでしょ?それは海未さんに人望があったからだと思うわ」

 

「そういって頂けると、少し救われます。時おり、自分で自分が嫌になるときがあるんです。もっと楽になれればな…と」

 

「息抜きは必要ですよ。だから、今日は楽しくお喋りしましょう」

 

「かのんさん…。はい、ありがとうございます!」

 

海未の顔が、パッとほころんだ。

 

 

 

「ところで、皆さんは芸名と本名を使い分けるのは、大変ではないのでしょうか?」

 

「そうねぇ。大変ではないかな?逆にON/OFFの切り替えができるというか…」

 

「当然メリット、デメリットはありますよ。本名で生活するのって、すべてがバレちゃうわ けですから。でも、だからこそ、下手なことができないってこともあるし」

 

「それなりの緊張感をもって暮らしてるよね?」

 

萌絵がそう言うと、綾乃もかのんも、首を縦に振った。

 

 

 

『仕事以外は本名』

 

これは事務所の…というより、事務所の社長の『原』の方針なのだが、一般生活において『芸能人』であることを理由に、特別優遇されるようなことがあってはならない…というものだった。

 

芸能人だというだけでチヤホヤされるのは、本人の為に良くない。

 

特に若いうちは実力も経験もないのに、周りに流されて、自分を勘違いしてしまうから気を付けなさい…と、厳しく教育されてきた。

 

長らく芸能界を見てきた社長の原にとって、才能がありながらも、天狗になり、若くして金や酒、クスリ、異性関係などで身を滅ぼした人間を山ほど知っている。

 

自身の事務所からだけは、そういった人間を出すまいと心掛けてきた。

 

 

 

だから、浅倉さくらについても『芸名を付けてあげれば良かった』と後悔してしていたらしい。

 

彼女の名前は本名なのだが、あまりに芸名っぽかったので、当時はそれはそれでいいだろう…という判断だった。

 

しかし、どこにいくにも、なにをするにも、その名前はついて回る。

 

本人にそのつもりはなくても、周りが気を遣う。

 

今で言うところの『忖度』だ。

 

結果、仕事とプライベートの区別がつかなくなる。

 

 

 

幸い彼女は、名前を誇示して公私混同をするようなタイプではなかったが、このことを教訓に、綾乃以降のタレントについては芸名を与えることとした。

 

 

 

名前を使い分けることで、スイッチの切り替えができるのが、このことの一番のメリットだろう。

 

もっとも、プライベートだからと言って(芸能人としての)緊張感がなくなっていいか…というのは、また別問題である。

 

こういう時代だ。

 

いつ、どこで、誰が、何をして、どうなったかなんて、芸能リポーターやパパラッチでなくても、簡単にネットやSNSに曝すことができる。

 

それは芸能人である、ないに関わらず、プライバシーの侵害という問題とどう向き合っていくか…という、もっと大局的な話になるのだが…。

 

 

 

「そういうことですか。わかる気がします。私は弓道を嗜んでいるのですが、ジャージで弓を持つのと、袴を身に付けて弓を持つのとでは、全然集中力が違います。つまり、そういうことなのですね?」

 

「うん、多分そうです」

 

「多分って」

と、かのんが笑う。

 

「いきなり弓道が出てくるとは思わなかったから」

 

「す、すみません」

 

「だから、謝らないでください」

 

「すみません」

 

「ほら!」

 

「あっ!」

 

「ふふふ…海未さんて、本当に生真面目なんだね」

 

「はぁ…」

 

「これでステージに立つと投げキッスとかしちゃうんだから、海未さん、素敵すぎます!」

 

「萌絵さん…いや、それは…お恥ずかしい…」

 

海未の顔はみるみる赤くなった。

 

 

 

「失礼します」

 

店員が、飲み物と料理を運んで、テーブルに並べていった。

 

 

 

「それでは、皆さん、グラスを持って…えへん!…我らが夢野つばさのオリンピックメダル獲得祈願と、μ'sの園田 海未さんとの出会いを祝して…」

 

 

 

「カンパ~イ!!」

 

 

 

はるかが音頭を取り、4人はグラスを合わせた。

 

 

 

 

 

~つづく~



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リスペクト

 

 

 

 

 

 

「それにしても、オリンピック代表かぁ。信じられないよね」

 

「日本代表だもんね」

 

萌絵とかのんはピッツァをむしゃむしゃと頬張りながら、綾乃の顔を見る。

 

「そんな食べながら言われても、全然敬意が感じられないんだけど」

と苦笑いしながら綾乃。

 

「そうなんですよ。ここにいる綾乃さんと、サッカーやってる夢野つばささんは別人ですから」

 

「ユニフォーム着てる夢野つばささんは、話し掛けづらいもんね」

 

「そんなこと言ったら、あなたたちだって。何度かライブ前に楽屋に行ったけど、ピリピリしてて…特に星野はるかの緊張感なんて、ハンパじゃないじゃない。お互い様でしょ」

 

「そうなのですか?」

 

「なにがです?」

 

「いえ、そういうことには無縁の人なのかと」

 

「普段はね。でも、実は3人の中で、一番、気性のアップダウンが激しいのが、星野はるかなんですよ。落ち込んでる時なんか、近寄れないですもの。闇の世界に引きずり込まれそうで」

 

「あははは…」

 

かのんの言葉に、萌絵は照れ笑いを浮かべた。

 

 

 

…人は見掛けによらぬものですね…

 

 

 

「海未さん、どうかした?」

 

「いえ、かのんさん。少し安心したというか…。皆さん、芸能界の第一線で活躍されてらっしゃっているのに、でも、根本の部分では、私たちとそう変わらないのかと思いまして」

 

「変わらないよね?」

 

「うん、変わらない。ただし、この人だけは別ですけど」

 

「私?」

綾乃が自分を指差す。

 

「やっぱり、あり得ないですよ。モデル → アーティスト →オリンピック選手だなんて」

 

「違うのよ。オリンピック出場は幼い頃からの夢だったのよ。その時はバレーボールだったけど。それが、ちょっと寄り道して、違うことを経験させてもらって…って話。だから、こっちが本来の自分なの」

 

海未も粗方、綾乃の歩んできた道は知っている。

 

彼女がオリンピック代表に決まった時、連日のようにその報道がなされていたので、逆に知らない人の方が少ないだろう。

 

「何が凄いって、モデルもアーティストも、本意でなかったとか言いながら、サラッとこなしちゃう才能が凄いよね?」

 

「それも一回はトップに登り詰めてるんだから、なお」

 

「それは周りの人たちに恵まれただけ。私の力だとは『これっぽっちも』思ってないわよ。モデルの時は、さくらと組ませてもらったからこその人気だし…シルフィードだって、あなたたちがいてくれたからこそだもの。正直、ソロでデビューしてたら、今、私はここにいなかったかも知れない…」

 

「縁…ですね…」

 

海未はその言葉を噛み締めるように呟いた。

 

「縁…タイミング…そうね。本当にそう。あの時、ああだったら…この時、こうだったら…って考えると…人生、どこでどう変わっていたか、わからないものね」

 

「はい…私も穂乃果が『スクールアイドルを始める』などと言わなければ、あのような経験は一生しなかったでしょうし…」

 

「梨里(りさと)がね…前に面白いことを言ってたわ。例えばサッカーでプレーしてて、ここでパスすべきか、ドリブルで仕掛けるべきか、あるいはシュートを狙うべきか…。そのワンプレーの判断はほんの一瞬のことで…もしかしたら、どれを選択しても、その時はゴールに結び付かなかったかも知れない…結果は同じだったかも知れない。だけど、そのどれかを選んだかによって、数分後の結果は変わるんだって」

 

「難しい話ですね」

 

「哲学的ですね」

 

萌絵とかのんは揃って首を傾げた。

 

「面白い話だと思います」

 

「わかる?」

 

「はい。私たちは、いつ、何時であっても、何かを選択しながら生きているということですよね」

 

「正解!例えば、このオレンジジュース…これを飲もうと飲むまいと、人生が大きく変わることはないと思うでしょ?」

 

「はぁ…」

萌絵は、不思議そうな顔をして、綾乃を見た。

 

「でも、ジュースを飲んだら、トイレに行きたくなって、この部屋を出たら、素敵な人に出逢った…とか、あるかも知れないでしょ?逆に飲まずにトイレに行かなかったら、その出逢いはないままで終わるの」

 

「まぁ、わからなくはないですけど」

 

「逆もありますよね?部屋を出なかったからこそ、得をした…みたいな」

 

「あるかもね。それが運命の分かれ道でしょ?だけど、そんなことは誰にもわからないこと…予想つかないことじゃない。確かに人生において、自分自身で大きな決断を迫られるときがあるけど、そうじゃなくて、日常生活においても、何を選ぶか、どう行動するかで、一分、一秒…運命って変わってるんじゃないかと思うの…って、梨里の受け売りなんだけど」

 

「なるほど、仰る通りですね。私は穂乃果に誘われてμ'sを始めましたが、そもそも穂乃果がそんなことを考えなければ、誘われもしなかった…ということですものね」

 

「でしょ?私だって、母と一緒に買い物に行かなければ、雑誌に写真が載ることもなかったし、それがなければ、モデルになんてなることもなかったんだから」

 

「そう考えると、一言で運命って言いますけど、自分でできることなんて、タカが知れてますね」

 

「だから、私はあなたたちこそが凄いと思うんだ。歌手になりたい!って夢を、そういった運命に流されずに、ちゃんと叶えたんだから」

 

「ブホッ!」

 

突然、誉められた為か、萌絵はジュースを飲もうとして噎(む)せた。

 

「大丈夫?」

 

「…じゃないです…あぁ、びっくりした…」

 

「どうしたの?」

 

「今日は夢野つばさの壮行会ですよ!私たちが誉められても…って話です」

 

「いいのではないでしょうか!お互い尊重し合える仲ということですよね。素敵だと思いますよ」

 

「まぁ、そうですよね。私も綾乃さんのことは、本当にリスペクトしてるんです。さっき、縁だとかタイミングだとか言ってましたけど、本人の努力なくしては、絶対、成功しなかったと思うし」

 

「それはね、かのん…みんな努力はするわよ」

 

「そうかも知れないですけど、ちゃんと実を結ぶ努力をしてた…ってことです」

 

「さらに言えば、サッカー選手になって、日本代表になるなんて…やっぱりどう考えてもあり得ないですよ」

 

「確かに。話は戻りますけど、ここにいる綾乃さんは、私たちの仲間でもあり、お姉さんでもあり…。だけど、サッカー選手 夢野つばさは、スターとしか言いようがないんです。別格の存在なんです」

 

「プッ!ちょっと誉めすぎじゃない?」

 

「だって、今日はそういう会なんですから」

 

萌絵は事も無げに言った。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「もちろん、本心です!本心!」

 

慌てふためいて取り繕う姿を見て、3人が笑った。

 

 

 

「ところで、サッカーの方は…メダル獲れそうなんでしょうか?」

 

海未は一転して、心配そうな表情で質問を切れ出した。

 

「世間では『死の組』などと言われていますが」

 

「一戦必勝…これしか言いようがないわね。正直、苦しい組に入ったのは間違いないわ。ブラジル、フランス、南アフリカ…全部ランキングは日本より上だしね。だけど、それはあんまりアテにならないかも。女子は力が拮抗してるし…とにかく、一戦一戦、全力でプレーするしかないわ」

 

「緊張とかしないのですか?私など…弓道は個人競技ですが…思うように力が出せないことが多々あります。それなのに、個人でなく国を背負うなどとは…とても考えられません」

 

「まだ、そこまでは…。別に国を背負うなんて、考えてないけどね…でも、どうかな?実際にピッチに立ったら、足が震えちゃうかも…わかんないな…」

 

「でも、予選とかで、何万人のサポーターの前で試合してるじゃないですか?大丈夫ですよ」

 

「だといいんだけど…こればっかりは私も初めての経験だから…」

 

「そうですか。こういう時、私たちはなんと言えば良いのでしょうか…。頑張れというのも失礼な話ですし」

 

「いいわよ、頑張れで」

 

「はい、そう仰るなら!日本の為とかではなく、是非、綾乃さん…夢野つばさのやりたいサッカーをしてきて下さい!現地には行けませんが、日本から応援させていただきます!」

 

「ありがとう!そう言ってもらえると心強いわ」

 

綾乃はテーブルの上で、左手を差し出した。

 

「それじゃあ、応援、よろしくね!」

 

「はい!全力で応援します!」

 

海未は、綾乃の手を強く握り返す。

 

ふたりは手だけでなく、目でも握手を交わしていた。

 

 

 

 

 

「ゴメン、遅くなったわ…もっと早く終わるハズだったん…えっ…園田…さん?…」

 

海未と綾乃が、心を通い合わせているところに、個室の戸がスッと開き、姿を現したのは…

 

A-RISEだった。

 

 

 

「ご無沙汰しております」

 

海未は緊張の面持ちで、綺羅ツバサと、優木あんじゅ、統堂英玲奈と顔を合わせた。

 

 

 

反対にその3人は、驚きの表情で、海未を見つめた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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つばさ×ツバサ

 

 

 

 

 

「え~、なんで、あらいずが!?もしかして、わたしのために、きくれたの?うれしい!」

 

「プッ!綾乃さん、それはさすがに棒読みしすぎじゃないですか?」

「あははは…それは、あなたが悪いんでしょ?先に『来る』って教えちゃうんだから…」

 

「そうなんですけどね、もう少し、上手にやりましょうよ…って、なんか逆に向こうがビックリしてますね…。綾乃さんへのサプライズが、A-RISEへのサプライズになっちゃった…」

 

「どうして園田さんがここに?」

 

「は~い!私が呼びました!」

 

綺羅ツバサの問いに、萌絵が手をあげて答えた。

 

「はるかさんが?」

 

「詳しいことはあとにして…まぁ、座ってくださいな」

 

「あ、今、場所を空けますね?」

 

かのんが自分のグラスと皿を持って、席をズレた。

 

「いや、そんなことをしなくても…私たちはここでいいわよ」

 

ツバサは元々空いていた席を指し、かのんにそう言ったが

「まぁまぁ…」

と半ば無理矢理腕を引っ張られ、イスに座らされる。

 

あんじゅと英玲奈も同様のことをされ、並び順は…綾乃(つばさ)、ツバサ、あんじゅ、かのん(めぐみ)…反対側に海未、英玲奈、萌絵(はるか)となった。

 

 

 

店員に飲み物を訊かれ

「同じのでいいわ」

とツバサ。

 

あんじゅと英玲奈もそれを頼む。

 

萌絵も、自分たちの分がなくなったから…と追加注文をした。

 

ほどなくして、7人分のオレンジジュースがテーブルに運ばれる。

 

 

 

萌絵が全員にグラスが行き渡ったのを確認すると

「それじゃあ、改めて…『夢野つばさ、オリンピックでメダル獲ってこないと、許さないぞ!の会』を始めます。カンパーイ!!」

と、再び音頭を取った。

 

「カンパーイ!」

 

「…って、そんな名前の会だったっけ?」

 

「はい、綾乃さん。シルフィードの活動を休んで、これに懸けてきたんですから、それはメダルを獲ってきてもらわないと…ねぇ?」

 

「萌絵の言う通りです」

 

「うん、まぁ、やるだけのことはやるわよ。それより、A-RISEの皆さん、わざわざ、ありがとうございます」

 

「他ならぬ、シルフィードの夢野つばさの壮行会だもの?それは来ないわけにはいかないでしょ?」

 

ツバサは綾乃にそう告げた。

 

 

 

シルフィードとA-RISEの関係は、少し複雑だ。

 

年齢でいうと、上から…A-RISE、夢野つばさ、アクアスターという順になる。

 

一方、芸能界のデビューは早い順から夢野つばさ、アクアスター、A-RISE。

 

綺羅ツバサたちは一番後輩だ。

 

さらに夢野つばさは、カリスマモデル『AYA』として、A-RISEがデビューする3年も前から活躍していた。

 

彼女たちからすれば、年下ではあるが芸能界の『大先輩』だと言える。

 

そういう事もあり、夢野つばさとA-RISEには、少し『距離』がある。

 

アクアスターの2人ほど親密とは言いがたい。

 

だからこそ、今日、3人が来るというのはサプライズだったのである。

 

 

 

実は、夢野つばさとA-RISEが会うのは、これが3回目だった。

 

それは『つばさが音楽活動を休止したのと入れ替わりで、A-RISEがプロデビューしたから』であり…つまりアクアスターの2人とは何度も競演しているものの、つばさと絡む機会がなかったからである。

 

 

 

仕事で一度。

 

音楽のイベントでアクアスターを激励に訪れた時に、楽屋で居合わせたことが一度。

 

それ以外に…すれ違った…くらいのことは、あるかも知れないが、ほぼその程度だ。

 

 

 

その唯一の仕事は、音楽雑誌の企画『シルフィード×A-RISE』の対談で…それも、つばさが『サッカーに専念するから』とオファーを断り続け…オリンピック出場が決まってから、昨年末にようやく実現したものだった。

 

 

 

話題は、お互いの音楽感や衣装・ステージのこだわり、休日の過ごし方から趣味の話まで多岐に及んだ。

 

 

 

進行役のライターが、それぞれの印象について訊ねると…シルフィードはA-RISEがデビューする前から、注目していたことを打ち明けた。

 

そして、自分たちと同じジャンルでないことにホッとした…と素直な気持ちを語った。

 

 

 

A-RISEも、シルフィードと同じような印象を持っていたようだ。

 

ただし、世間に知られるようになったのは、A-RISEの方が少しあと。

 

それ故、かなり苦労もしたらしく、今まで明かすことのなかったエピソードを、初めて述べた。

 

 

例えば…3人の風貌がシルフィードの3人と似ていたことから、彼女たちのモノマネを強要されることもあったらしい。

 

「私たちの方が先に生まれてるのに、なんでシルフィードのマネとか、二番煎じって言われなきゃいけないの?」

とえらく立腹したそうだ。

 

 

 

ツバサはツバサで、名前に関して

「(夢野つばさ人気にあやかって)お前もツバサかよ…」

みたいなことを随分言われたという。

 

その度に

「向こうは芸名、私は本名なの!と反発していたのよね」

…と笑った。

 

 

 

だが

「私たちは私たち。自分たちの歌を、ダンスを突き詰めていこう!」

という想いが、今に繋がっている…とも語った。

 

 

 

その上で

「シルフィードは年上とか年下とか、そういうことは関係なく、尊敬すべきアーティスト。ジャンルこそ違え、私たちに刺激を与え続けてくれる、大切な人たち」

との言葉を残している。

 

更に

「夢野つばさは芸能界においても、スポーツ界においても、唯一無二の存在であり、同じ名前を持つ者として心から応援している」

とツバサは言った。

 

それは社交辞令ではない。

 

彼女の本心だった。

 

 

 

「いつか6人でステージに立てたらいいね」

 

 

 

対談の最後は、そんな一言で締め括られた。

 

 

 

その6人が、ステージではなく、イタリアンの店で集まろうとは、その時は誰も想像しなかった。

 

綾乃が事前に知らされたとしても、A-RISEの参加は、サプライズに間違いなかったのだ。

 

 

 

「オリンピックかぁ…凄いわね…」

 

「あぁ、何故かわからないが、こっちが緊張してしまう」

 

あんじゅは少しアンニュイに、英玲奈はやや男言葉で…その喋り方は昔から変わらない。

 

「どう、調子は?」

 

『ツバサ』は横にいる『つばさ』に問い掛ける。

 

「可もなく、不可もなく…ですね。本番にピークを持っていきたいので、これから徐々に」

 

「なるほど」

 

「明後日から合宿なので、リラックスできるのは、今日までって感じです」

 

「そう…。そんな大事な時に呼んでもらって、逆に光栄だわ」

 

「メダルは保証できないけど…精一杯暴れてきます」

 

「『藤綾乃』じゃなくて『夢野つばさ』で出るんだから、世界に『羽ばたいて』ほしいわ。私もいつか絶対に世界に羽ばたいてみせる!でも、その前に…頼むわよ!」

 

「はい、頼まれました!」

 

綾乃はツバサの言葉に、敬礼をして答えた。

 

 

 

「折角なら、園田さんとアクアスターで、応援歌を作ってあげたらどうだ?」

 

「えっ?私が…ですか?…」

 

英玲奈の唐突な提案に戸惑う、海未。

 

ツバサもあんじゅも…シルフィードの3人も、驚いて彼女の顔を見る。

 

「『何故、ここにいるか?』の理由は、まだ聴いていないが、稀代の名作詞家がこの部屋にいる。ギターリストも、キーボーディストもいる。壮行会ならそれくらいのプレゼントをしてもよいのではないか?」

 

「なるほど…それは面白いですね。英玲奈さん、ナイスアイデアです!」

 

「た、大したことではない…」

 

萌絵に誉められ、英玲奈は顔を赤らめた。

 

「それでしたら… タイトルは『Winning Wings』などというのは、いかがでしょうか?」

 

「早っ!」

 

「もう、できたんですか?」

 

「いえ、萌絵さん、かのんさん…できた…というよりは降りてきた…というところでしょうか」

 

「『Winning Wings』…勝者たる翼…か。夢への翼が、夢じゃなく現実のものとなり…さらにオリンピックでメダルを目指し、勝利をもぎ取る…『つばさ』にピッタリのタイトルだ」

 

「韻を踏んでて、語呂もいいわね」

 

「さすが、園田さん。まったくブランクを感じさせない」

 

「恐縮です…」

 

「ところで、はるかさん。『何故、園田がここに?』…の説明はいつしてくれるのかしら?」

 

綺羅ツバサは核心を突いてきた。

 

「すみません、本来、私は参加する資格などないのですが…」

 

「園田さん、誤解しないでほしいわ。居てはいけない…という意味ではなくて、私たちが最後に会ったのは、もう3年以上前だったから…今、目の前に入るのが、嬉しくもあり、懐かしくもあり…。実は色々な感情が溢れだしてきて、少し興奮しているの!訊きたいことも、山ほどあるし」

 

「右に同じ」

 

「私もだ」

 

「ツバサさん…あんじゅさん…英玲奈さん…」

 

 

 

…なんか私、出る幕ないかも…

 

 

 

萌絵は4人の様子を見て、心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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残りの1割~2割…

 

 

 

 

 

海未がこの会に参加していることについて、簡単に萌絵とかのんが説明した。

 

「色々、驚いたわ。つさばさんと『その人』が、そういう関係にあったこととか…その事故に巻き込まれたのが『本当に』園田さんだったこととか…シルフィードとμ'sのこととか…」

 

「まったくだ」

ツバサの言葉に、英玲奈が相槌を打つ。

 

「サプライズだらけね」

あんじゅも、ゆっくり脚を組み替えながら同意した。

 

 

 

『事故』については、大々的に報じられた為、サッカーに興味がない人でも知っている。

 

当然A-RISEも承知していた。

 

それと同時にネットで目にした『元μ's 園田海未』の名前。

 

一時は『重症である』とか『死亡した』とかの情報が流れ、3人にも動揺が走った。

 

しかし、すぐにそれは『ガセ』だとわかり、胸を撫で下ろしたのだった。

 

だから今『本当に』現場に居合わせ、そういうことになっていた…という事実を聴かされて、彼女たちは少なからず衝撃を受けているのである。

 

 

 

「じゃあ、ネットの情報もあながち嘘ではなかった?…」

 

「そこに居た…ということ以外は、全部嘘ですが…。実は、私も一緒に病院に運ばれており…その方が高野さんであったことや…私の名前が出ていることは、あとから知ったのです」

 

「当事者よりも、部外者の方が情報が早いなんてね…」

綾乃は顔を顰(しか)めた。

 

「余計なことをする者がいるものだな。…今は、園田さんの名前だけでなく、μ'sのメンバー全員、名前が…」

 

「英玲奈!」

 

「あっ!…」

 

その発言を嗜(たしな)めたのは、あんじゅだった。

 

「す、すまん…」

 

「いえ…。μ'sのメンバーに迷惑を掛けてしまっているのは、申し訳なく思っております」

 

「何を言ってるのよ。それとこれとは話が別でしょ?まずは無事で何よりだったじゃない」

 

「ですが、ツバサさん。その代わりに高野さんが…」

 

海未はチラリと綾乃を見た。

 

「本当になんと申し上げたらよいのやら…」

 

「…って、思い詰めちゃうと、精神衛生上良くないんじゃないかなぁ…ってことで、実は今日の壮行会は『高野さんの彼女』である『綾乃さん』が誘ったんですよ」

 

萌絵が綾乃に顔を向けた。

 

「えっ?綾乃さんが?萌絵さんからお声掛けを頂いたじゃないですか…」

 

「そうなんですけどね…発案者は綾乃さんなんです」

 

「そうだったのですか!」

 

「まあ…梨里はああいう性格だから、病室で暗い顔してても仕方ないしね。それに、ほら…私が誘っても、逆に海未さんが気を遣うでしょ?だから、萌絵に…」

 

「でも、私たちが会ってみたかった…っていうのは本当なんですよ!」

 

「ありがとうございます…」

 

 

 

…綾乃さん、芝居は下手だなんて言ってましたけど…

 

…すっかり、騙されましたわ…

 

…それにしても…

 

 

 

海未は自分より辛い立場であろう綾乃の思いやりに、心底感心した。

 

 

 

「そういうことだったの?これで園田さんがいる理由はよくわかったわ」

 

「意外と世の中は狭いんだな」

 

「まさか、そんなところで、繋がりがあるとはね」

 

「はい、私もそう思います」

 

「それで、園田さんは大丈夫なの?色々大変だと思うけど…」

 

「高野さんが、とても優しい方で…とても救われております」

 

「それは海未さんが美人だからよ!」

 

「えっ?綾乃さん?」

 

「そうじゃなかったら、あんなに優しくしないし…そもそも助けなかったかも」

 

「そんな…」

 

「アイツ、スケベだし」

 

 

 

「高野さんは、そんな人じゃありません!!」

 

 

 

「…えっ?」

 

その場にいる誰もが耳を疑うような、海未の大きな声。

 

 

 

「高野さんのご両親を見ればわかります!とても慈愛に満ちた、素敵な方でした。息子さんのことを大変信頼されてらっしゃいますし…そして、ご本人もこれだけのことにも関わらず、愚痴も文句も言わず、逆に私のことを気遣ってくださり…いくらなんでも、うわべだけでできることではありません。人の容姿で命の重さを判断するようなことなど、ありえません!あそこにいたのが誰であっても、絶対にそうしていたハズです!!」

 

「そ、そうね…」

 

海未の剣幕に、綾乃はそう答えざるん得なかった。

 

 

 

…海未さん、それは買いかぶりすぎよ…

 

…相手が男だったら、絶対助けてないから…

 

 

 

…と、いいそうになったところを、綾乃はグッと堪えた。

 

 

 

 

「なんだか、園田さんの方が彼女みたいね?」

 

ツバサが海未の主張を聴いて、ツッコミを入れた。

 

 

 

「はっ!…すみません、綾乃さん!知ったような口を…」

 

「別にいいわよ。海未さんがそう思ってくれているなら」

 

「はい、もちろんです!」

 

 

 

「それなのに、まったく関係ない人たちが、まったく関係ないことで盛り上がってるのは、非常に腹正しい!」

 

そう憤ったのは英玲奈だ。

 

 

 

「それは…『μ's』vs 『A-RISE』のことですね?」

 

かのんの言葉に、彼女たちは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

事故が発生してから、まだ1週間と絶っていない。

 

そんな中、ネットの世界では、ある意味、高野梨里が想像した通りの展開となっていた。

 

だが、それくらいは高野でなくとも、ある程度予想がつく。

 

 

 

しかし今、現在の状況は…

 

 

 

その想定の、はるか斜め上を行っている。

 

それこそが、かのんが言った「『μ's』vs『A-RISE』」なのである。

 

 

 

 

 

オリンピックの希望の星が、突然の事故により、意識不明の重体…。

 

この衝撃的なニュースに、誰もが驚き悲しみにくれた。

 

海外からも同情の声が集まった。

 

それは今でも変わらない。

 

集計した訳ではないが、世間の8割~9割は、彼を非難することはしないだろう。

 

どう考えても被害者なのだから。

 

 

 

ところが…だ。

 

 

 

どこの世界にも『そうは思わない人間』が少なからずいる。

 

仮にそのカテゴリーに属する者たちを『アンチ』と呼ぶとしよう。

 

 

 

彼ら…あるいは、彼女らは、この悲劇の主人公に対して、実に汚い言葉で罵った。

 

それは高野梨里の活躍によって、贔屓の選手の出番が奪われた『サポーター』によるものなのだろうか。

 

それとも彼に対する、個人的な恨みを持つ者なのか。

 

もしくは、成功者が一転、絶望の淵へと追いやられたことに『悦び』を感じる思考の持ち主なのか。

 

自分が『名誉毀損や威力業務妨害で訴えられる』ことを、考えることもできない『幼稚な悪ふざけ』なのか…。

 

 

 

そこには、見るに堪えない『誹謗・中傷・罵詈雑言』の言葉が並ぶ。

 

『火の無いところに煙は立たぬ』というが『根も葉もない噂』が、平然と書き込まれていた。

 

 

 

その被害者の筆頭…とばっちりを受けたのが…

 

 

 

園田海未だった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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始まったバトル

 

 

 

園田海未に非はない。

 

それは普通に考えればわかること。

 

彼女はただ、信号待ちをしていただけだった。

 

そこに車が突っ込んできて…事故に巻き込まれた。

 

唯一、落ち度があったとすれば…その車を、自分自身の力で避けきれなかったことである。

 

しかし、それさえも、非難の対象にはあたらない。

 

その局面に陥れば、誰にでも起こりうることである。

 

 

 

彼女の不幸は、その場に居合わせたのが『高野梨里』であったこと。

 

そして、自身が『園田海未』であったこと…。

 

この2点だ。

 

 

 

マスコミは海未の名前について、一切報道していない。

 

「…ほか1名が、手や足に掠り傷を負いましたが、命に別条はないとのことで…」

 

ニュースとして流れてきた文言は、概ね、こんな感じである。

 

名前どころか、性別すら報じていない。

 

 

 

それでも、彼女の名前が広まったのは…

 

現場に海未を知る者がいたからである。

 

 

 

強いて、もうひとつ海未の『不運』を挙げるとするならば、この者がμ'sの『コアなファン』だった…と思われることだ。

 

日本国内、老若男女、μ'sの名前を『聞いたことある、ない』で言えば、前者の方が多いだろう。

 

ただし、メンバーの顔と名前まで認識している人は少ない。

 

現役でないこと…活動時期があまりに短かったこと…そして人数が多かったこと…それらが主な理由だ。

 

高野も綾乃に、初めて海未の名前を聴かされたとき

「人数が多くて、顔と名前が一致しない」

と言っていた。

 

解散から3年余りが経ち(ネット上ではいまだに人気が高いとはいえ)あの状況で瞬時に彼女を『園田海未』だと断定できる者は、知人かファンか、そのどちらかしかいないだろう。

 

 

 

その者が、何を意図してそうしたのかはわからない。

 

恐らくは、ただ単に『報告』しただけだと思われる。

 

たまたま事故を目撃したら、そこにいたのが元μ'sの園田海未だった。

 

それだけの理由。

 

悪気もなく「有名人(あの、μ'sの園田海未)を見つけた!」みたいなノリで載せたのだろう。

 

『報告』が妥当でなければ『自慢』かも知れない。

 

それが『普通の状況』であれば、まだ許されるだろうが、事故の被害者であることを考えれば、あまりに非常識な行動と言えた。

 

 

 

しかし、その『報告』は瞬く間に拡散する。

 

 

 

そして広まっていくうちに『男と一緒に運ばれた』という『事実』が、根も葉もない噂…デマとなり、そのスピードは加速していった。

 

 

 

まず『高野と一緒にいた』あるいは『彼女のせいで高野が犠牲になった』ということで、彼のファンが海未を責め立てた。

 

もちろん、当人同士はまったく面識はなかったのだが『一緒に運ばれた』という情報が、勝手に『付き合っている』と『変換』され、その印象だけがひとり歩きする。

 

ファンというものは、仮に自分の応援する対象に非があったとしても、素直に認めたくないものだ。

 

つまり、この場合、怒りの矛先は『この大事な時期に高野と付き合っている、空気の読めない』海未へと向けられたのだ。

 

 

 

事実無根である。

 

しかし、一度、付いたレッテルは剥がれない。

 

いつの間にか、2人はカップルにされていた。

 

 

 

海未への攻撃に『アンチ海未』が便乗。

 

μ'sのファンの中でも、いわゆる推しメンはそれぞれ違う。

 

海未に好意をもっていなかった者たちが、ここぞとばかりに、彼女のマイナス面を書き込んでいった。

 

それも、この事故とはまったく関係のないことで…。

 

 

 

逆に『アンチ高野』は、この時期に女と一緒に歩いているヤツが悪い…自業自得だと反論し、これに同調する形で、μ'sや海未のファンが、高野が『海未を奪った』と悪人のごとく騒ぎ立てる。

 

 

 

また、μ'sのメンバーの中では一番『清廉潔白』のイメージが強かった海未に『男の影』が見えたことに対して、幻滅するファンの声もあった。

 

すでにスクールアイドルでもなく、成人である海未が、誰と付き合おうと、一般人には関係ないハズなのだが、熱烈なファンというのはそうではないのだろう。

 

『裏切られた』などの言葉が並ぶ。

 

それだけならまだマシだ。

 

中には2人の殺害を仄(ほの)めかす記述もあった。

 

昔から『恋の病は盲目』などというが、熱心なファンと狂信的なファンとは紙一重だ。

 

実際にファンというよりストーカーと呼ぶべき輩(やから)が、予告通り…あるいはゲリラ的に傷害罪や殺人未遂を犯しているのだから、看過できない。

 

海未も

「極力、ひとりでは出歩かないように…」

と『にこ』から助言を受けていた。

 

 

 

いずれにしても、現実世界で起きたことと、ネット上で語られていることは、事実と大きく乖離している。

 

大半は、それが誤った情報だと冷静に判断していた。

 

だが、そんな不毛なやりとりに眉をひそめながらも、それを真剣に正そうとする者はいない。

 

下手に関われば、逆に執拗に叩かれる。

 

 

 

我、関せず…。

 

 

 

それが今の世の中、一番無難な過ごし方であると言えた。

 

 

 

こうして、この事故をキッカケにした『高野ファン』『アンチ高野』『海未ファン』『アンチ海未』が入り乱れての誹謗・中傷バトルが始まったのだ…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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混沌とした世界

 

 

 

 

 

ネット上のバトルは、当事者のファン、アンチだけに留まらなかった。

 

『μ's』という文字が検索ワードで急上昇すると、それまで鳴りを潜めていた『かつての彼女たちのファン』が堰を切ったように書き込み始めた。

 

 

 

一番多かったのは、μ'sの復活を望む声。

 

本人たちは『やりきって解散した』のだが、ファンからすると『まだまだこれからだったのに!』という想いが強い。

 

(公式ではない)ファンが作ったμ'sの応援サイトなどでは、常にそういう意見はある。

 

しかし、ここに来て『想い出』として胸にしまっていた者たちの中に『μ's復活』の文字が降って湧いてきた。

 

俄然盛り上がる『再結成希望派』。

 

署名を募る動きまで始まっている。

 

 

 

一方『μ'sのファンではあるが、再結成は反対』という意見もある。

 

比率にすれば、半々くらいであろうか。

 

「μ'sは彼女たちが『女子高生』だったことに意味があって、二十歳を過ぎて『劣化』した姿など見たくない!」

などの理由がほとんどだった。

 

 

 

この議論はなにも、μ'sに限ったことではない。

 

解散、もしくは活動停止したバンドやグループには、必ず出てくる話題である。

 

 

 

その場合、一般論として、否定派の方が多い。

 

見た目はもちろんのこと、パフォーマンスのクオリティが『当時とまったく同じ』ということはあり得ず…いわゆる『劣化』によるイメージダウンを怖れるためである。

 

「こんな姿は見たくなかった…」と後悔するくらいなら、見なかった方がマシというワケだ。

 

もちろん(海未に非がないにせよ)、今、ここで再結成の話を持ち出すなど、あまりに不謹慎である…という、至極まっとうな意見もある。

 

高野梨里は意識を取り戻したとはいえ、現役復帰できるかどうかもわからないほどの重症なのだ。

 

それを差し置いてμ'sの再結成…お祭り騒ぎなど、考えられないという話である。

 

 

 

「このタイミングでμ'sがどうこうは、ひとまず置いておいて…好きだったアーティストの復帰の賛否については…どっちの意見もわかりますね」

と萌絵。

 

「うん、わかる…。たぶんμ'sに限って言えば『やるからには』中途半端なことはしないでしょうし、逆にレベルを上げてくると思いますけど、それがファンのニーズに合致するかどうかは別問題ですし…」

かのんがそう言うと、萌絵は二度ほど頷いた。

 

「私個人としては『大人の魅力溢れるμ's』も見てみたいんですけどね」

 

「萌絵さん…」

 

「あ、いえ…気にしないでください。あくまでも個人的な意見ですから…」

 

「確かに、今もμ'sを愛してくださっている方がいらしゃることについては、幸せと申しますか…それは本当にありがたく感じております。…ですが…」

 

「わかってますよ。私たちが同じ立場となったら…やっぱり悩むと思いますし」

萌絵は、海未の言葉を遮った。

 

 

 

今、その話をすべきでないことは、萌絵もわかっている。

 

だが、目の前に本人がいる以上、可能性の有無について、訊いてみたくなるのは致し方ないことだった。

 

「すみません、今の話は忘れてください」

萌絵は、もっと突っ込んで訊きたい気持ちを抑えて、ペコリと頭を下げた。

 

 

 

「問題はメンバーの『プライバシーが荒らされていること』じゃないかしら…。これはなんとかしなきゃいけないと思うわ」

 

「そうねぇ…。さっき英玲奈が言いかけた時、私は止めたんだけど…やっぱり、そこは避けられない…か…」

 

「あぁ。我々とは立場が違う。早いうちに手を打たないと」

 

ツバサ、あんじゅ、英玲奈…A-RISEの3人が次々に口にした。

 

 

 

 

そう、彼女たちの言う通り、ネット上ではμ'sの『復活する、しない』から派生し、各メンバーの現状に対する書き込みが急増している。

 

 

 

『あの人は、今!?』である。

 

 

 

TVや雑誌の企画ならまだしも、ネットユーザーの推測や伝聞に基づく、無責任な書き込みを、A-RISEの3人は憂いた。

 

それはシルフィードの面々も同じだ。

 

そして、そうなったことに関する責任を一身に受けているのが…海未だった。

 

いや、この場にいる誰もが『彼女に責任がある』…など思っていない。

 

見当違いも甚だしい。

 

海未も、周りに諭され、頭では理解しているもの

「…とはいえ、やはり私がこうならなければ…」

と堂々巡りのやりとりに陥ってしまう。

 

 

 

『あの人は、今!?』的な書き込みは以前からあった。

 

なかったわけではない、

 

それでも、これまでは実害が及ぶことはなかった。

 

 

 

それが、この数日で状況が一変する。

 

 

 

具体的、かつ詳細な情報が明らかに増えている。

 

今は玉石混淆…。

 

ニセの情報の中に埋もれていたり『真実を否定する』書き込みがあったりで、上手い具合にぼやかされている。

 

だが、見る人が見ればわかる。

 

 

 

 

 

そして、同時多発的に別の話題が書き込まれる。

 

 

 

『μ's解散の原因は、メンバーの不仲』

 

 

 

誰が言い始めたのか…

 

 

 

これがキッカケで『実は園田海未のシゴキにメンバーが耐えられなかった』だとか『矢澤にこがアイドルに見切りを付けて、裏切った』だとか『誰と誰が絶交状態である』…など、本人たちからすれば、笑ってしまうような情報が、平然と流されている。

 

加えてμ'sの中にも『アンチ海未』がいるように、各メンバーのアンチが『攻撃的な主張』を繰り広げ、彼女たちを取り巻く状況はカオスと化してきた。

 

その内容は、μ'sメンバーのみならず、穂乃果や絵里の妹『雪穂』や『亜里沙』にまで及んでいる。

 

かなり危険な状態。

 

 

 

高野は病室から『オフィシャルなコメント』として

「事故に巻き込まれた女性は、自分と一切関わりがない一般人であるため、そっとしておいてほしい」

と、マスコミ向けに発表した。

 

丁度、今時分、それが公開されているものと思われる。

 

 

 

だが、既に手遅れだ。

 

 

 

ネットユーザーたちの話題は、当事者だけでなく、メンバー…その親族にまで及んでいる。

 

この状況を鑑みるに、果たしてそのコメントが早く出ていたところで、歯止めが利いたかどうか…。

 

 

 

 

 

そして、もうひとつ。

 

 

μ'sの復活の話題と共に、盛り上がっているのが『μ'sとA-RISEの実力はどちらが上か?』という、ファン同士の争いだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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私が私じゃなかった時間

 

 

 

 

 

「μ'sは永遠に私たちのライバル」

 

 

 

シルフィードと対談した際、A-RISEはそんな発言をしていた。

 

それがこの騒動の発端だ。

 

当初はA-RISEのファンも

「彼女たちが言うなら、そうなのだろう」

と受け止めていた。

 

反対にμ'sのファンは

「ずっとそう思っていてくれて嬉しい。ファンとして誇りに思う」

と好意的だった。

 

 

 

ところが…

 

 

 

『μ's再結成希望』の話題が出てきてから、にわかに情勢が変わる。

 

μ'sのファンがA-RISEを叩くようになったのだ。

 

 

 

その根拠はやはり、μ'sが『ラブライブ!』で初優勝を飾った時に、予選でA-RISEを破ったことにある。

 

「μ'sが現役であったなら、今のA-RISEはない!実力差は歴然!早く消えろ!」

などと攻撃を開始した。

 

これに対して

「μ'sはただメンバーが多いだけ。3倍の人数でようやくA-RISEと対等…もしくはそれ以下」

とA-RISEファンが反論。

 

さらに

「『永遠にライバル』って言葉は社交辞令だ」

と続けた。

 

実際はもっと口汚い言葉で互いを罵っているのだが、ここでは省略する。

 

 

 

ファン同士が『代理戦争』を名乗って、激しくやりあってる様に

「まったく、迷惑な話だわ。私たちを勝手に巻き込まないでほしい…」

とツバサは嘆き、ひとつ大きな溜め息をついた。

 

「なるべく見ないようにしているので、細かいところまではわからないのですが…かなり、大変なことになっているのですね…」

と海未も困惑した顔だ。

 

「私たちもそれは同じだ。下手に反応しない方がいい。所詮、落書きにしか過ぎないのだから」

 

「でも、ちょっと度が過ぎるわね…」

 

英玲奈もあんじゅも『頭が痛い』…そんな感じだ。

 

「そうですね…私やメンバーはまだしも…雪穂や亜里沙の話題まで出てくるはのは、頂けませんね…」

 

「完全にプライバシーの侵害ですよ!」

 

「法的手段に出た方が…」

 

「でもね、萌絵、かのん…まだ実害が出てる訳じゃないから、それはなかなか難しいかも」

 

「でも、綾乃さん!」

 

「実害が出てからじゃ遅いですよ!」

 

「それはわかってるけど…」

 

「まずは私たちから発信してみるわ」

 

「ツバサさん!?」

 

「仕掛けたのはμ'sのファンかも知れないけど、私たちのファンも張り合っちゃってるしね…」

 

「私はファンと呼ぶのに抵抗があるが」

 

「中には、便乗して騒ぎたいだけの人もいるかもね。でも、私たちじゃその区別はつかないし」

 

「あぁ…それはそうだが…」

 

「私たちも何ができるか、専門家に相談してみるわ」

 

「綾乃さん…ご迷惑をお掛けします」

 

「やっぱり、看過できないもの。梨里も海未さんも物騒な言葉で脅されて…それがμ'sやA-RISEにまで波及してる…。明日は我が身だし」

 

「えっ?」

 

「たぶん私もオリンピックで結果が出せなかったら『やられる』わ。他の代表選手以上に…ね」

 

「綾乃さん…」

 

「まぁ、そうならないように戦ってくるつもりだけど…。それより、この件は…著しい誹謗・中傷は管理者に頼んで削除してもらうとかしないと」

 

「そうですね。私たちも関係者を当たってみます」

 

「はい」

 

かのんと萌絵が、綾乃の言葉に呼応した。

 

 

 

 

 

「…ところで…」

と切り出したのはツバサ。

 

 

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 

「μ'sの復活は、本当にないのかしら?」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

驚きの声をあげたのは海未だけではなかった。

 

英玲奈もあんじゅも…シルフィードの3人も、質問主の顔を一斉に見た。

 

 

 

「それ、今、訊いちゃいますか?私はさっき、そうしたかったのをグッと堪えたんですけど…」

と苦笑いしながら萌絵。

 

「だって、こんな機会は滅多にないでしょ?今すぐ『どうこう』はなくても将来的にありえる話なのかは、気になるじゃない」

 

「異論はありませんが…ということで、どうなんでしょう?海未さん…」

 

「ツバサさん、萌絵さん…私ひとりの判断で回答するのどうかと思いますが…限りなくその可能性はないかと…」

 

「そう…残念ね…」

 

「すみません…」

 

「でも、寂しくなったりしないですか?あれだけのパフォーマンスをして、あれだけの歓声や拍手を受けて…スパッとやめられるものなんですか?」

 

萌絵の問いに、海未は困った顔をして、返答に窮した。

 

「それは…その…」

 

「すぐに否定しないということは、無いわけでは、ないのだな?」

 

海未の様子を見て、英玲奈が訊く。

 

「…はい。未練のようなものはありませんが…皆さんが活躍している姿を見ると『あぁ、私もこういうことをしていたのですね…』と思うことはあります」

 

「それは園田さんだけなのか?」

 

「どうなのでしょう…」

 

 

 

しばし考える海未。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「メンバーひとりひとりが、今現在どう思っているかはわかりません。なぜかと言いますと…私たちは、わりと頻繁に集まるのですが、一切、そのことには触れないからです」

 

「そうなのか?」

 

「意識的に『避けている』のかも知れません」

 

「避けている?」

 

「μ's…はみんな納得して解散したのですから『仮に誰かの胸にそういう気持ちがあった』としても…今さら、蒸し返すようなことは…」

 

 

 

「その件なんだけど…」

とツバサ。

 

 

 

「はい?」

 

「『9人じゃなければ意味がない』ってμ'sを解散したでしょ?それは私も納得しているの。…でも、そのあとも『スクールアイドルは続ける』んじゃなかったのかしら?あなたたちが不仲になった…とは思ってないけど、どうして活動をやめてしまったのかと」

 

「確かに…それは私も気になってました。μ'sの名前は使わなくても、6人で続けることはできたと思うし…」

 

「…そうですね…みなさんにならお話ししても良いかとは思いますが…でも今日は『夢野つばささんの壮行会』だったかと。私たちのことなど…」

 

「あら、私は全然構わないわよ。むしろ、これまで謎だったことをスッキリさせてくれた方が、気持ち良くオリンピックに行けるから」

 

「綾乃さん…」

 

「ふふふ…なぁんてね!言えないような話なら、無理には訊かないけど」

 

「大丈夫ですよ!週刊誌に売ったりはしませんから」

 

「こらこら…」

 

萌絵の言葉に全員が突っ込んだ。

 

 

 

「ツバサなんて、フッとした瞬間に『そういえば高坂さんは元気かしら』とか言うんだ。どうやら何年もの間、気になって気になって仕方がないらしい」

 

「え、英玲奈!な、なにを突然言い出すのよ!」

 

「恥ずかしがらなくてもいい。事実を言ったまでだ」

 

「穂乃果ですか?相変わらず…ですよ。天真爛漫といいますか…一向に大人になりません」

 

「そ、そう…相変わらずなのね。少し安心したわ」

 

「たまには連絡するように伝えましょうか?」

 

「い、いや…それには及ばないわ…」

 

「ごめんなさい。悪気はないのですが…みんな各々『ラブライブ』『μ's』から離れた生活をしているもので…決して不義理をしているつもりはなく…」

 

「それは理解してるわ。だから、こちらからも連絡はしてないし…」

 

「でも矢澤さんからは、大きなイベントの時には必ず花を頂くんだ。『毎回、毎回ありがとう』と、今度会ったら伝えてくれないか?」

 

英玲奈の言葉に、海未は少し驚いた表情をした。

 

 

 

…にこ…

 

…いまだにA-RISEを…

 

…ひょっとしたら、自分の諦めた夢をこの人たちに託したのかもしれませんね…

 

 

 

「承知しました。伝えておきます」

 

「矢澤さんは…ミュージカルの道に進んだ…と聴いたけど…」

 

「はい、にこだけですね。そちらの世界に進んだのは…」

 

「芸名は…確か…」

 

「『小庭 沙弥(こにわ さや)』です」

 

「『こにわ さや?』…ひょっとして…」

 

「逆から呼んだら『やさわ にこ』…ですね?」

 

「萌絵さん、正解です!」

 

「なるほど、彼女らしいわ。自己プロデュース能力が長けている」

ツバサは大納得といった面持ちで、ふふふと笑った。

 

「自己顕示欲の塊みたいな人ですから」

思わず海未も笑う。

 

「だが、私は彼女のプロ意識の高さは素晴らしいと思っている」

 

「英玲奈さん、ありがとうございます。にこにとってA-RISEの皆さんは憧れの存在でしたから…きっと喜ぶと思いますよ。あっ!そう言えば…初舞台が決まったと言ってました。端役だけど…と」

 

「そう。じゃあ、今度は私たちがお花を贈らないと…。あ、ダメよ、ちゃんと内緒にしておいてくれなきゃ」

 

「あんじゅさん…」

 

「それくらいのお返しはしないと…ね?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「だけど、どうしてわざわざ芸名にしたんですか?『矢澤にこ』の方が全然ネームバリューがあると思うんですけど」

 

「萌絵はわかってないなぁ!なんとかの七光り…じゃないけど、要はμ'sの名前に縋(すが)りたくなかった…ってことでしょ?」

 

「そうですね。にこはああ見えて、大変しっかりしていますので…単体でアイドルになることは厳しいと判断して、ミュージカル俳優の道を選んだのです。さりげなく自分を『矢澤にこ』だとアピールしているところは、彼女らしいといえば彼女らしいのですが…。その一方で、セカンドキャリアのこともちゃんと考えているようですし、穂乃果などと比べればよっぽど…ハッ!すみません…つい、いつものクセで愚痴を…」

 

「いえいえ『素』の海未さんが見れて嬉しいですよ」

 

「お恥ずかしい…。あ、いえ、で、ですから…にこは本当にイチから頑張っていますので、何卒、応援のほどを…」

 

「わかったわ」

 

「絶対に舞台、観に行きます!」

 

「はい。お願いします!」

海未が深々と頭を下げる。

 

「解散してもμ'sはμ's。絆は強いわね…。ネットで流れてる不仲説なんて、問題外ね」

 

綾乃の言葉に全員が頷いた。

 

 

 

「海未さん…やっぱり『元μ's』って看板は重かったですか?」

 

訊いたのは、かのん。

 

6人は食べることも飲むことも忘れて、すっかり話に夢中になっていた。

 

 

 

「私たちはともかく…にこ、絵里、希の3人は大変だったみたいです。高校を卒業してそれぞれ、専門生、大学生、社会人となったわけですが、最初はどこに行っても、何をしても注目されるというか…そういうことは多々あったと」

 

「…ですよね…」

 

「それに比べれば、私たちの学年は卒業までに1年、下の学年は2年空きましたので、そこまでの苦労…といいますか…そういうものは少なかったかと…」

 

「上手くフェイドアウトできた?」

 

「いえ、あんじゅさん…そうは言っても、知ってる方、わかる方はいらっしゃいますので、まったくゼロでは…」

 

「『歌って!』とか言われたりするでしょ?」

 

「…はい…。丁重にお断りさせて戴きますが…」

 

「歌っちゃえばいいのに!」

 

「無理です、無理です!とても人前で歌うなど…」

 

「そうですよね、人前で歌うなんて無理に決まってます…って、やってたじゃないですか!」

 

萌絵が関西仕込みのノリツッコミで、周囲を笑わせる。

 

「ですから…μ'sの活動時期だけが、特別…異常な状態だったんです。違う人格だった…と言ってもよいです。…にこは別としても…他のメンバーは『アイドル』になろうなんて、誰ひとり考えていなかったのですから」

 

「それがアイドル活動を続けなかった理由?」

とツバサ。

 

「全てではありませんが、一部ではあるかと思います…」

 

「じゃあ、他にも理由が?」

 

「はい…」

 

ツバサの再度の問い掛けに、海未は小さく頷いた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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after μ's

 

 

 

 

「一番の要因は、モチベーションの低下だと思います」

 

「モチベーション…ですか?」

 

海未の言葉に、萌絵が鸚鵡返しをする。

 

「はい…。まず私たちがスクールアイドルを始めたのは、母校の廃校阻止が目的でした。A-RISEの皆さんを見た穂乃果が、本当に思い付きで言い出して…」

 

「その行動力とか決断力が、高坂さんの素晴らしいところね」

 

「いえ、ツバサさん。それは褒めすぎです。私はそのせいで、どれだけ振り回されてきたか…あっ、すみません。つい穂乃果のことになると、愚痴ばかりが出てしまい…」

 

「構わないわよ。園田さんが高坂さんを、どれだけ好きか…は知ってるもの」

 

「あ、いえ…それは…」

 

「それで、廃校は阻止ができたんですよね?」

 

「えっ?は、はい!そうです。お陰さまで…」

 

一瞬、ツバサの言葉に顔を赤くして、返答に困った海未だったが、萌絵のフォローに救われたようだった。

 

「そして、次に生まれた目標がラブライブでした。諸事情で一旦はエントリーを断念しましたが…その後、もう一度挑戦することができ、A-RISEの皆さんと戦えて…なんの間違いか優勝までしてしまいました…」

 

「『間違い』などと言わないでほしい。それでは私たちが納得できない。あれはμ'sの実力だ」

 

「英玲奈さん…そうですね…ですが実力以上の『なにか』があったのも事実です」

 

「そうかもね。勢いとかタイミングとか…でも、そういうのを引き寄せるのも実力があってこそ!でしょ?」

 

「運も実力のうち…って言いますしね」

 

あんじゅの言葉を、かのんが継いだ。

 

「勢い…というのは、その通りかもしれません。海外ライブも、アキバでのラストライブも、無我夢中でしたから」

 

「飛ぶ鳥を落とす勢い…ってこういうことだと思ったわ」

 

「その節は…ツバサさんたちにもご協力頂きありがとうございました」

 

「私は…またいつか、ああいうことができると期待していたんだけど…」

 

「…はい…」

 

 

 

「燃え尽きた?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「その短い間に完全燃焼しちゃったんじゃない?」

 

「綾乃さん…」

 

「私はね…バレーボールも、モデルも、アーティストも…全部中途半端に終わってるから、このサッカーはボロボロになるまでやろうと思ってるの。でもμ'sは…その短期間でやりきっちゃったんじゃないのかな?」

 

「仰(おっしゃ)る通りです。3年生の3人が抜けて『μ'sがμ'sじゃなくなった』…と気付かされた時…もう私たちには、新しく何かを始める気力は残されていませんでした…」

 

「精も根も尽き果てた…って感じですか?」

 

「はい、萌絵さん。しかしながら…私たちだけでしたら、どこかで活動を再開していたかもしれません」

 

「…と言いますと?」

 

「新入部員の存在が、大きく方向性を変えました」

 

「新入部員…ですか?…」

 

「私たちの場合、μ'sは『アイドル研究部』という『部活の中』に存在しておりましたので、年度が替わり、部員が新しく入ってくる…というのは、当然のことなのです」

 

「部活…か…」

 

「ただ…私たち9人は…学年こそ違え同じ時期に活動を始めた…いわば『創設者』みたいなものでしたから、実質、後輩を迎え入れるというのは初めてのことで…彼女たちとどうやっていくかが、一番の課題だったのです」

 

「なるほど、なるほど…つまり、新入部員も同じグループで、一緒に活動するかどうか…ということですよね?」

と萌絵。

 

「えぇ…。それが、ひとりふたりなら、それもありえたと思うのですが…10名以上も入ってくるのは想定外と申しますか…いえ、そのような事も考えてはおりましたが…」

 

「あれだけ派手な活躍をすれば、当然の結果であろう」

さもありなん…と英玲奈が呟く。

 

「はい…嬉しい誤算でした。それだけの人数が集まる…ということは、私たちが認められた証しだとも言えますので。…それと同時に、彼女たちを育てなければならないという『責任』が発生しました」

 

「責任?」

 

「目指すべき目標がない私たちと、同じユニットで活動をさせる…ということは、大変な失礼だと思いました。それに生徒会の仕事もありましたし、充分、そこに注力できないのは目に見えてましたから」

 

「いざ自分がその立場になったら…って考えれると難しい問題ですね…」

 

かのんは腕を組んで「う~ん…」と唸った。

 

「それで、私たちは新入部員たちを指導、育成していく道を選んだのです。スクールアイドルは曲も、衣裳も、振り付けも…全て自分たちで作るのが基本ですから」

 

「そうだな」

頷く英玲奈。

 

「穂乃果は生徒会長でしたので、どうしても、そちらの仕事を優先せざるをえなかったのですが…私は作詞、真姫は作曲と歌唱指導、ことりは衣裳デザインや裁縫、凛は体力トレーニンとダンス…そして花陽は総合演出…と分担して指導にあたりました。それはそれで充実した毎日だったと思います」

 

「でも…μ'sのように目立った活躍はなかったですよね?その後輩たちは…」

 

「彼女たちの目標が、必ずしも『ラブライブ出場』『優勝』ではなかったということです。もちろん、そういう部員がいなかったわけではないですが『楽しく、そういうことをしてみたい』という者もいましたし」

 

「ストイックで有名な園田さんとしては、それは『アリ』なのかしら」

 

「ツバサさん、私も鬼ではありませんので…」

 

「これは失礼…」

 

「いえ、実を言うと…花陽に言われたんです。『多様性を認めてほしい』と」

 

「多様性?」

 

「アイドルが好きって言っても、歌うのが好き、観るのが好き、可愛い衣装が好き…曲を作りたいとか、プロデュースしたいとか…一様ではないと。だから、新入生が入ってきた時には、できるだけその人の要望を聴いてほしい…と」

 

「小泉さんらしい考えだ」

 

「はい。彼女自身、幼い頃からアイドルに憧れていて、知識も豊富で…でも内向的な性格から、それを披露することもできず、随分寂しい思いをしてきたようですからね。そういった同じような境遇の人の、受け皿になりたい…というのは強くあったようです」

 

「確かに。私たちは大勢のスタッフに支えられて今がある。そういうことに興味をもってくれた人が、その道に進むこともあるだろうし」

 

「ええ。花湯自身、この経験が活きて、今や新進気鋭の映像クリエイターですから」

 

「それってA-RISEの皆さんが橋渡しをしたんですよね?」

 

「彼女が録ったPVを、一緒に仕事しているディレクターに紹介しただけだ」

 

「そのチャンスをものにしたのは彼女の実力よ」

 

英玲奈とあんじゅは微笑みながら、萌絵に話した。

 

「いつか、私たちも一緒にお仕事するかもしれませんね」

 

「そう遠くない気がするわ」

 

かのんの問い掛けに、ツバサがそう答えた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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えれぱな

 

 

 

 

『夢野つばさの壮行会』というよりは『園田海未と語る会』となった7人の会食は、2時間ほどでお開きになった。

 

最後は年頃の女子らしく「○○のブランドのファションが可愛いよ」とか「○○のスイーツが美味しい」などの話題になり、和やかな雰囲気で終了した。

 

ただ、海未には少し、縁遠い話ではあった。

 

大学生になっても、海未のスリムなプロポーションは健在で…その辺りは女性として、自分自身かなり意識しているところであるが…こと、服装に関してはあまり興味がない。

 

どうしても、地味目で実用的で…なおかつ安いもの…を選んでしまう。

 

従って彼女たちの語る『華やかな』話は、海未にとって異世界のことと等しかった。

 

海未自身は(本人にそのつもりはないが)良家のお嬢様であり、望めば贅沢な生活はいくらでもできるハズだ。

 

しかし、海未の性格上それを許さず、慎ましく暮らしている。

 

シルフィードやA-RISEがいくら稼いでいるのか、海未には知るよしも無かったが…自分がこの世界に入ったら、果たして、どんな生活になるのだろうか…などと考えながら話を聴いていた。

 

 

 

会計は

「主役と大学生とゲストに出させる訳にはいかないから…」

とアクアスターが支払い、7人は地上へと出た。

 

 

 

黒い雲が、月を隠している。

 

もっとも都心のビル群の中にいると、月が出ていようと出ていまいと、明るさはさほど気にならない。

 

心配するのは傘がいるか否かである。

 

 

 

「ひと雨来そうね…」

 

一番先にいたツバサが、空を見上げてポツリと呟いた。

 

「店に着いたときには、そんな感じではなかったがな」

 

「でも少しは降った方がいいんじゃない?乾燥しすぎでノドがやられるわ」

 

英玲奈とあんじゅは手の平を上に向け、雨の様子を確認する。

 

「今年もカラ梅雨で水不足って言いますし」

 

「でも、ゲリラ豪雨はごめんかな…」

 

「なんで降ってほしいとこに降らないんだろうね…」

 

かのん、萌絵、綾乃も空を見上げた。

 

「そうかと思えば、私の田舎は豪雨で田んぼが全滅したって…」

 

「そっか…かのんは秋田出身だもんね」

 

「はい。今年は米不足になるかもしれませんよ」

 

 

 

「そうなんだ!それは大問題なんだ!さぞかし小泉さんも心配していることだろう…」

 

 

 

「えっ?」

 

「花陽…ですか?」

 

 

 

「あっ、すまん。小泉さんは関係ない。米が不足するというのは、ゆゆしき問題だ…と言っただけだ」

 

 

 

シルフィードの3人も…そして海未も、彼女が『利き米コンテストに出場した』ことは知っているので「それはそうか…」という顔をした。

 

しかし、ツバサとあんじゅは「ふふふ…」と笑っている。

 

「何がおかしい?」

と不満げに英玲奈。

 

「英玲奈が本当に気にしているのは、お米よりも小泉さんのことでしょ?」

 

「あ、あんじゅ!」

 

「えぇっ!?」

 

海未はその言葉を聴いて、目を丸くした。

 

「あら園田さんもわりとニブいのね?英玲奈がずっと小泉さんが好きだったこと、気付いていなかった?」

 

「ツバサ、余計なことを!」

 

「さっきのお返し。英玲奈だって『高坂さんのことが…』って言ってくれたじゃない」

 

「くっ…」

 

返す言葉がない。

 

「英玲奈は初めて小泉さんを見た時から…彼女にしたい…って思ってたのよね?」

 

「いや、あんじゅ!それは語弊がある!『もし私が男だったとして彼女にするならば…』という話だ」

 

「似たようなものじゃない…」

 

「全然違う!」

 

「だけど私が『小泉さんて可愛いわね。食べちゃおうかな…』って言ったら、物凄い剣幕で怒ったじゃない」

 

「当たり前だ!あのような純粋な人を、あんじゅのような淫靡な者に、弄ばれるようなことがあってはならないのであって…」

 

「冗談に決まってるでしょ?」

 

「あんじゅのそういう話は冗談に聴こえない」

 

「そう?…だから、あの時『好きだ』って言っちゃえば良かったのに!」

 

「あの時…とは?」

 

「えぇ、園田さん。私たちが音ノ木坂に押し掛けて、ラストライブの準備をさせてもらった時よ」

 

「それはまた、随分前のことですね…」

 

「その時は小泉さんと南さんの仲が、あまりに良すぎて、英玲奈の入る隙がなかったんだけど…」

 

 

 

「…結構、ガチな話なんだね…」

 

「…だね…」

 

萌絵とかのんは、笑いながら一歩後ずさりをした。

 

 

 

「ほら、このようにあらぬ誤解を生むではないか」

 

「別にいいんじゃない?事実なんだから」

 

「ツバサ!」

 

「そうですか…英玲奈さんは花陽のことを…」

と言った海未の口元は、少し緩んでいた。

 

「園田さんまで、私をバカにしているのか」

 

「あのね…小泉さんが撮ったPVを、私たちのディレクターに『売り込んだ』のは、英玲奈なのよ」

とツバサがシルフィードの3人に説明した。

 

「A-RISEが橋渡しした…っていうのは知っていましたけど…」

 

「売り込んだっていうのは…」

 

「良いものは良い!そう思っただけだ。特別、彼女が作ったからだとか…そういう理由ではない!」

 

「でも、ずっとチェックしてたでしょ?小泉さんのこと」

 

「あ、いや、それは…私を負かして『初代お米クイーン』になった人だ。それはいつかリベンジすべく…」

 

「酷い言い訳だわ」

 

ツバサとあんじゅは呆れ顔をした。

 

 

 

「…英玲奈さんの気持ちはわかりますよ。私も危うく花陽に心を奪われそうになったことがありますから」

 

「園田さんが!?」

 

「はい。ですが…花陽を手に入れるのは、一筋縄ではいきませんよ!」

 

「手に入れる?」

 

「希も花陽のことを『ウチのお嫁さんになってや』と公言して憚(はばか)りませんし、さっき話に出たことりとは『花陽ちゃんはことりの大事な妹だもん!』と言っております。にこも負けじと『花陽は私の弟子だけど、妹でもあるの!。それに、こころたちのお姉さんなんだから!』と主張しております。あ…こころというのは、にこの実の妹なのですが…実際、花陽は彼女たちに大変慕われております」

 

 

 

「うひゃあ…花陽さん、恐るべし!」

 

「μ'sは花陽さんがいなければ、こうはなってなかったかも…って話は知ってるんですけど…なんか凄い人なんですね…」

 

萌絵とかのんは前のめりになって、海未の話を聴く。

 

 

 

「それと真姫は、親友として絶大な信頼を置いてますし、雪穂に至っては…姉の穂乃果よりも尊敬しています。あの絵里でさえも、花陽には助けられたと申してます。…この件については、私も詳細はわからないのですが…」

 

「ありゃあ…英玲奈さん、これはなかなかハードル高そうですね!?」

 

「からかうな!」

 

萌絵の一言に、英玲奈はそっぽを向いた。

 

「それ以外にも、花陽は3年時に生徒会長もしておりましたし…全国のスクールアイドルの取り纏めも行っておりましたので、後輩…もしくは学校外からの人気も高く…」

 

「それは知っている…」

 

「なんか、小泉さんがその気になれば、政党が出来そうな話ね…」

 

ツバサが呟く。

 

「あ、言い忘れましたが…星空 凛という最難関がいることをご承知おきください」

 

「もちろん、それもよく知っている