球磨川禊の憂鬱 (いたまえ)
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一話 転入初日

『碧陽学園から来ました、球磨川禊です。皆さん、よろしくしてやって下さい!』


  サンタクロースをいつまで信じていたか。……なんてことは、論ずるに値しないし、世間話にチョイスするのもセンスが悪いと僕は思う。

  クリスマスにわざわざ他人の家に不法侵入して、何かしらの物体を残していく老人なんかむしろ恐怖の対象だし、一体どこの誰に需要があるというのだろうか。と、サンタにあまり良いイメージを持ってなかった僕だからこそ、世界各地でサンタを待ち望む子供たちが一定数いると聞いた時は、正直耳を疑ったよ。

 

  そりゃ、確かにトナカイで空を飛んで世界を股にかけるお爺さん達(たった一晩で世界中の子供たちにプレゼントなる不審物を送りつけることから、複数人いると予想される)は、子供の時分だったならば空を飛べるってだけで尊敬の念を抱かずにはいられなかったものだけれど……

 

  一京のスキルを持つ例の人外。

 安心院なじみと知り合ってからは、ただ空を飛ぶだけの老人なんてショボすぎた。第一、実際に空を飛べる能力を持つのはトナカイさんなんじゃないかとさえ思う。だったら、あの太った白ヒゲのお爺さんは益々無用になっちゃうね。醜いお腹の肉が邪魔で、煙突につっかえるかもしれないし、今日日煙突がついた家も珍しくなってきているし。安心院さんやめだかちゃんと過ごした甘酸っぱい中学時代、サンタさんの事なんか一度も思い出さなかったあたり、僕は無意識のうちにその存在自体を脳の奥の奥にある引き出しへとしまい込んでいたようだ。

 

  人間は忘れる生き物だ。忘却は、神が人間に与えた素晴らしい能力だっていうじゃない?

 

  中学校の授業中、教師が半端な残り時間を有効利用して語ってくれた面白い雑談。小学校時代廊下ですれ違った程度の、名前と顔しか知らなかった同級生。1年前の今日に食べた、きっと美味しかったであろうお母さんの手料理。呼び起そうとしても、ポッカリと抜け落ちてしまって思い出せなくなった過去の記憶。これらは偉い人によると、消えてしまったのではなくて、しまった場所を忘れただけだという。

 

  だとしたら、同級生とかの記憶と、空飛ぶサンタクロースに憧れた記憶は別々の棚に収まっているみたいだ。

 

  中学を卒業して、僕はエリートを抹殺するべく幾つかの高校を転々としていたのだけれど。

  兵庫県にあるとある高校で出会った少女の言動は、僕の記憶の棚をハンマーでガンガン叩き壊すように、幼い頃の【憧れ】や【夢】といった青臭いそれらを思い起こしてくれた。

 

  頼んでもいないのに記憶を掘り起こしてくれたのは、いささか余計なお世話かも。

  おせっかいに対して、懐かしい気持ちにしてもらったのでお礼を言うべきか、叶いもしない夢を再び見せられたから、腹をたてるべきか。迷うところだな……

 

  どういうわけか。その少女は宇宙人や未来人、超能力者というこの世に存在する筈がないものに執心していてね。

  いつも彼女は摩訶不思議を追い求めて行動していたってわけ。

  ありもしない非日常を渇望し、不思議探索と称して市内を巡回する活動も、ウンザリする位やったよ。

 そんな非生産的な活動に付き合わされたら、嫌でもサンタの存在を思い出すってもんさ。

 

  ただ、不思議な魅力を持つ少女の行動や言葉をもってしても、僕が元同級生の顔と名前は思い出せなかったのは、どうでもいい記憶に限ってよっぽど引き出しが頑丈なのか。もしくは、やっぱり引き出しもろとも消えたんじゃないか。短期記憶って言うらしい。

  どうでもいい記憶なのだし、棚の素材や強度、置き場所についてはもういいや。

 

  問題があるとするなら、そう。変にパワフルで、どこか人を惹きつける破茶滅茶な女の子の方だね。かつてポケモンマスターを目指したり、高校生探偵になりたがっていた純粋な気持ちを、よりにもよってこの僕、球磨川禊に思い出させてくれるだなんて、とんだお嬢さんもいたものだ。当時の僕ときたら、恥ずかしいことに。小っ恥ずかしさを感じさせてもらったお礼に、少女の頭を破壊して、脳味噌の一つも見てあげようと試みたんだね。ところが現実は厳しいもので。なんだかんだで邪魔されて、綺麗な脳を拝む事が出来ずじまいになっちゃったのは、今でも悔しいよ。ただ、まぁ、これは後になって知った事だけれど、どうやらその少女は神様だったんだって!なら仕方ないかって感じ。

 

  自分を神だと自覚せずに不思議を追い求めるとか、頭おかしーんじゃねーの?まさに灯台下暗しってヤツ?

 

  だけど、とはいえ。転校して早々、僕に目をつけた慧眼だけは褒めてあげなくもないんだからねっ!

 

 ー転入ー

 

  さて、新天地での新たな学校生活だ。転校って、何回経験しても緊張するよ。サイコロで決めた転入先は、兵庫県の西宮にある高校だったんだけれど、僕は必死に自己紹介を考えて、何度も何度もセリフをかまないように練習していったのさ。

  世の中所詮、人は見た目。ファーストコンタクトの数秒間で、ある程度評価が決まってしまうんだって。寝癖とかつけようものなら、2学期までは寝癖ネタで弄られても仕方がない。要は何事も初めが肝心ってこと。

 

 ん?転入した時期かい?

  4月の末に別の高校を廃校にしたから……確か5月とかだったかな。

  入学からひと月ほど。クラス内ではそこそこ絡むメンツが確立し出す頃だ。一番馴染みにくい時に転入してしまった僕だけれど、しかし孤独を感じる暇はなかったんだ。

 

  どこがお気に召したのか。神様…もとい、涼宮ハルヒちゃんが僕ごときを部活動に勧誘してくれたのさ!

 

  転入初日。その放課後だ。

 僕とハルヒちゃんにとってのファーストインパクトは。

 

  穏やかな放課後。教室に差し込む夕日がノスタルジックな演出をしてくれていて、僕は数人のクラスメートから質問責めされていたのだけれど。

  廊下の方から、喧しくけたたましい足音が聞こえてきたかと思えば、足音の主は僕の眼の前で停止してね。しょうがないからふと見上げてみると、満面の笑みを浮かべて唾と言葉を投げつけて来たのさ。

 

「ねぇ!今日転入してきた球磨川ってあんたのことでしょ?」

 

  えらい美人がそこにいた。

 

  そこっていうか、いたっていうか。

 彼女が遠路はるばる僕のクラスまで自らの足を運んだだけだけどね。

  職員室で転入生の噂を聞きつけた少女は、僕が宇宙人ないし未来人じゃないだろうかと期待してやって来たわけだ。そんなわけあるかい。うん、何を持ってそのような期待をしてくれたのかは、ハルヒちゃんにしかわからないよ。加えて、彼女の期待に応えられなかった自分をぶち殺してしまいたくもなった。だって僕はどこまでも画一的な、無個性で無価値極まりない、どこにでもいる平凡な男子高校生に過ぎなかったからね。

 

  髪に黄色いリボンをつけた美少女に、いきなり至近距離で見つめられるなんて……ついに僕はときメモの世界へ転生したのかもしれなかった。

  しれないだけで、してなかったけど。

 

『やぁ。えーと……リボンちゃんでいいかな?』

 

「いいわけあるかっ!私の名前は涼宮ハルヒよ!」

 

  即否定。なんか涼しげな名前を名乗られたけれど、珍しい苗字だったしよく聞き取れなかった。もう一度聞くのもバツが悪いし、僕はとりあえずあだ名で通してみる。

 

『そう。で、そのリボンちゃんが何か用なのかい?』

 

「は、る、ひ!人に安直なあだ名をつけないでもらえる?定着させようったって、そうはいかないわっ。てゆーか、あんたが転校生なのかを聞いてるのよ!」

 

  リボンちゃんならぬハルヒちゃん(苗字はまた聞き取れなかった)は、目を半分ほど開けて僕を睨む。

 

  余談だけれど、僕は【りぼん】も【ちゃお】も大好きだ。少年漫画には及ばないものの、少女の成長を見守り続けてきた雑誌達には、畏敬の念さえ抱く。少女達にとっての、一種のバイブル。漫画みたいにロマンチックな恋愛をしてみたいと女の子達が夢を見る気持ちがわかるよ。だって、あんなにも心躍る恋愛模様を見せられちゃうんだもの。僕が安心院さんの顔面を剥がしたのも、【ちゃお】や【りぼん】に影響されたからかもしれないね。事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、僕と安心院さんのラブストーリーは漫画よりも遥かに刺激的だったけど。

 

  閑話休題。

 

  不機嫌そうな顔も、美人がやればとても絵になる。思わず後ろからハルヒちゃんを螺子で突き刺し、教室のオブジェにしたい衝動に駆られるぜ。

 

  もっとも。彼女が安心院さんを倒せるスキルホルダーかどうか確認するまでは、いくら僕でも自重するよ。

 

『ざーんねん。いいあだ名だと思ったんだけどなぁ……。で、君がおっしゃる通り、僕が今日からこの学校にお世話になる球磨川禊ちゃんなんだぜ!いやんっ!』

 

  僕が球磨川だと確定すると、ハルヒちゃんは高らかに宣言した。月でも目指しているのかと思うくらい。

 

「喜びなさい?あんたは今から、私が団長を務める【SOS団】の一員になったわ!」

 

  髪をバサっとかきあげれば、鼻腔をくすぐる女の子特有の香りが。シャンプーか、香水だろうか。あんまりスンスン香っていては、新型痴漢とか言われちゃうね。

 

  えすおーえすだん?

 

  なんだろう、聞いたこともない団だった。しかもどうやら、僕は既に加入したみたい。

  一員になってしまったものはしょうがない。

 

『よし、僕は今からSOS団の球磨川禊だ!ハルヒ団長。活動拠点とか秘密基地ってあるのかい?』

 

  すっくと立ち上がり、僕は鞄を肩にかける。高校生活を一ヶ月やってみたものの、可愛い女の子と初日からフラグがたつなんて今日が初めて。……僕は感動のあまり泣いてしまっていた。

 

「ちょ…あんた、もしかして泣いてるの?」

 

  顔を覗き込まれる。

  ハンカチとティッシュだけは何があっても持ち歩くように。江戸時代から伝わる球磨川家の家訓にならい、今日もハンカチは僕のポケットに滞在してくれている。

  すぐに取り出し、慌てて涙を拭く。女の子に泣き顔を見られるなんてかっこ悪いじゃないか!

 

『あははっ、ごめんごめん。まさか僕が、名誉あるSOS団の一員になれる日がくるだなんて。嬉しくって嬉しくって……!』

 

「!!……わかってるじゃない!そ、これはとても名誉なことなのよ。あんた、意外と見込みあるわね」

 

  満足気に頷いたハルヒちゃんと共に、部室のある部室棟へ向かった。中々広い校内。初めて訪れた学校の構造を知っていく事で、なんだかゲームのダンジョンを攻略している時と似た高ぶりが、僕の心を支配する。

 

  古いけれどそれも味わいといえる校舎が、じき使われなくなるのを想像したら……テンションも上がってしまうよ。自分で自分を制御出来なくなりそうな高ぶりは、なんとも言えない快感だ。

 

  道中。

 

「あら、涼宮さん」

 

  眉毛を太くするスキルを持った、朝倉さんとの初対面がこの時だったな。

 

「朝倉……さん」

 

  さっき迄の笑みはどこへやら。

 ハルヒちゃんは少しだけムスッとして、朝倉さんに応対。

 会話の端々から、二人はクラスメイトだと判断出来た。

 

  これから部活?とか、この後雨降るわよ、とか。つまらない会話を二、三してから、朝倉さんは僕に歩み寄ってくる。

 

「あなたが球磨川くんね?私は朝倉涼子。涼宮さんと同じクラスよ。今朝職員室で、先生達があなたの事を話していたの。クラスは違うけど、困ったことがあったら気軽に相談してね!」

 

  人当たりの良い笑顔。

  僕が良く知る、僕の笑顔と同じ類の。朝倉さんはこれから委員会だかで、駆け足で去っていった。

 

  僕とハルヒちゃんは、朝倉さんを除けば特にイレギュラーもなく、部室に到着した。

 

  これまた年季が入った木の扉。部屋のプレートには、紙でつくられた【SOS団】の札が貼ってある。

 

『手作りか…』

「良い出来でしょ?」

『まぁね、趣があるよ。』

 

  僕の、嫌味ともとれる発言には触れず、ハルヒちゃんはドアノブをガチャリとまわした。

 

「やっほーー!!ちゅうもーく!古泉君に続いて、またまたやって来ました謎の転校生!その名も……」

 

『いえーーい!球磨川禊でーーすっ!ぴーすぴーす!!』

 

「「「「…………………」」」」

 

  折角ハルヒちゃんが舞台を整えてくれたものだから、ホラ。のるしかないでしょ?

  部屋の中もろくに確認せずにフレンドリーな挨拶をした僕だったけれど、部屋の住人は皆固まってしまっていた。失礼な人達だ。何かしら反応してくれないと、僕が滑ったみたいじゃない!

 

  ん?古泉君に続いてって…、古泉君とやらも転校して来たのかな??

 

  部屋の中には4人存在してて、一人は窓辺で読書する、地味めの少女。

  もう一人の女の子は、明るい色の髪をもつ、おっぱいの大きいメイドさん。 どうしてメイドさんがここに…?ついつい胸に目線が行きそうになるのを必死で抑える。

  で、男子も二人。爽やかそうなイケメンと……

 

『この上なく無個性な、まさに平凡な男子高校生だった。』

 

「…やれやれ。また変なのが来たな。で?その平凡ななんとやらってのは、俺のことか?」

 

  無個性な高校生君は気怠げな眼差しで僕を見てくる。ううむ、何度見ても特徴がないね。キングオブラノベ主人公って感じだよ。ま、僕から言わせれば、その無個性が既に個性なんだけれど。

 

「そいつはキョン!で、窓際の眼鏡っ娘が有希。おっぱいの大きいのがみくるちゃんで、イケメンが古泉君!」

 

  ご丁寧に、ハルヒちゃんが順繰りに紹介してくれる。なるほど、みくるちゃんに有希ちゃんか。しかし、せっかく紹介してくれるなら、パンツの色もセットで教えてもらいたいね。

 

  って、キョン……?本名じゃないとすれば、あだ名だけは個性の塊だったらしい。僕としたことが、侮っていた。

 

「えっと…、はじめまして。私は朝比奈みくるです。よろしくお願いします」

 

  キョン君の事を無個性呼ばわりしてしまった僕は、罪悪感で窓から飛び降りたくなったけれど、みくるちゃんに呼び止められては死ぬに死ねない。

  天使が下界に舞い降りたのではないかと思うくらい、みくるちゃんは、魅力的な容姿を持っていたね。

 

『うん、しくよろー!僕のことは禊ちゃんって呼んでよ』

「え?あの、その…」

 

  彼女は戸惑いつつ、チラッとハルヒちゃんを伺ってから

 

「…わかりました。それじゃあ、禊ちゃんって呼びますね」

 

  いささかフレンドリーが過ぎたかな?みくるちゃんは頬を綺麗な桜色にして、すすすっと距離をとってしまった。マイケルも免許皆伝したくなるような、見事なムーンウォークだったぜ。

 

  みくるちゃんの可愛らしさを語るには、時間がいくらあっても足りないな。スキルで時間を【なかったこと】にすれば解決だけど、みくるちゃんを語るのに【時間】という概念を消してしまうのはなんともマヌケだよね。

  てことで、次。

 次に近寄ってきたのは、眉目秀麗な古泉君。後のいっちゃん。ズルいのが、声までイケボなんだ。非の打ち所がない。

 

「古泉です。先日、貴方同様転入してきたばかりの新参者ですが、よしなに」

『古泉君ね、オッケー!』

 

  美女が3人に、オマケにイケメンも1人。

 

  なんだか、これからの学生生活が楽しみになってきたぞ!

 

『……おや?』

 

「………」

 

  大切な団員たちとの顔合わせ。

  有希ちゃんだけが、しばらく経っても液体ヘリウムのような目で僕を見つめ続けていた。さては惚れたかい?

  これは、有希ちゃんルートへのフラグかもしれない。

  夕日に照らされた有希ちゃんはどこか神々しく、絵画の住人みたい。凄いな、美少女ってヤツは。だって、いとも簡単に芸術になってしまうのだから。恵まれた容姿に産んでくれた親への感謝を忘れてはならないぜ。ある意味、見た目も才能なのだとしたら、ここにいる美男美女達も【エリート】って言えるかも。

 

  僕が北高に来て……いや、SOS団に来てまずやるべきは、ここにいるみんなを殺すことかな。

  思い立ったが吉日とも言うし、善は急げだ。とりあえず螺子を取り出そうとすると

 

『……あら』

 

  あろうことか。

  幽体離脱?金縛り?

  身体がピクリとも動かなくなっちゃったんだ。なんてタイミングでかかるのか。脳と身体が切り離されたみたい。いくら念じても身体は言うことをきかない。電池が切れたコントローラーでラジコンを動かそうとするなら、電池を換えればそれでいい。しかし、困ったことに僕の脳に電池はない。

  日頃の運動不足が祟ったかな?

  螺子も満足に取り出せず、この上なく歯がゆい思いをさせられていると

 

「どうかしたのか、球磨川?」

 

 ポン。

 

  背後から、キョン君が背中を叩いてきた。触れられた途端、スイッチが入ったように身体の制御が戻る。

  なんだったんだろ?今の。

 

『……んーん、なんでもないよっ!キョン君でいいかな?よろしくね!』

 

  僕はキョン君の手をガッチリと掴み、ブンブンと上下に振る。

  けっしてキョン君の存在を忘れていたわけじゃないんだ。男なら、無個性な男の子より可愛い女の子とフラグを立てたいでしょ、どうせだったら。有希ちゃんとみくるちゃんに夢中になっていた僕を責められるヤツがいたら名乗り出て欲しい。

 

「ああ、よろしく。」

 

  こうして無事、SOS団の一員になれたのさ。緊張しまくりだった転入初日がつつがなく終わり、今日だけは自分にご褒美をあげようと、僕は帰りにエロ本を買ったのでした。

 

『巨乳もいいけど、やっぱり貧乳も良いね。貧乳はステータスだ』

 

  学生服で18禁コーナーをウロつく僕を店員さんがイヤらしい目で見てくる中、負けずに一番好みの本を探す。

  妥協は何も生まないからね。いつだって、球磨川禊は真剣そのもの。何人たりとも邪魔はさせないよ。

  だからかな。初めて試合に出た桜木花道ばりに、僕は視野が狭くなっていたみたいだ。

 

「……貴方は誰?」

 

  ボソッと。風にかき消されてしまいそうに小さい声が、すぐ隣から聞こえてきた。

 

『あれー??有希ちゃんだ!有希ちゃんもエロ本?』

 

  声は窓際の眼鏡っ娘、長門有希のものだった。見た目からは想像できないけれど、彼女は意外にも痴女キャラだったのか。

  ここは男として!一緒に本を選んであげる位はしないとね。

 

『有希ちゃん、どういう系の本が好きなんだい?僕も一緒に選んであげる』

 

「違う」

 

  違った。

 

「貴方は誰?」

 

  再度同じ質問。おいおい、君はロボットなのかい?

 

『僕は球磨川。球磨川禊だ。それ以上でも以下でもない、ありふれた高校生さ』

 

「……そう。」

 

  有希ちゃんの目が、眼鏡の奥で敵意を放っているのを察せない僕ではない。思い返せば、部室で会った時から変な視線を寄越してくれていたし。でも、予測出来ようが回避出来なきゃ意味もない。

 

  ベキャッ。

 

  有希ちゃんのチョップが、僕のか弱い頭蓋骨に食い込む。

 

『……ぁっ……!!』

 

  声にならない声はご愛嬌。

 

  ズリュリュリュリュ。

 

 グシャリ。

 

  次の瞬間には、僕は床のシミになったらしい。らしいっていうのは、その事実を人から聞いただけだからだよ。

  有希ちゃんの手刀は、頭蓋骨から下降したみたい。順調におへそ辺りまで両断された僕の身体は、もう少しで真っ二つになりそうだったんだって!お腹の辺りで止めてくれたのは、有希ちゃんの良心かな?

 

  グロテスクな死因を語ってくれたのは、言うまでもない。

 

  大好きで大好きで堪らない、安心院さんだぜ。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

  やぁやぁ、球磨川くん。

 死んでしまうとは何事じゃ。

 

  おっと、不機嫌そうな顔だね。そんな悄気るもんでもないだろうに。

  女子高生に殺されるなんて、日本全国津々浦々でも、恵まれた死因なんじゃないかな?マニアともなれば、女子高生に殺される為にお金を支払うレベルだ。むさい男に殺されるより、万倍恵まれているよ。

 

  ん?そこじゃない??

 

  ああ、成る程。この教室か。気になるかい?ま、君の脳の処理速度を遅らせてまで考えるような価値はないさ。ここはここ。生徒も教師もいない、単なる空き教室だ。

 

  だけれど球磨川くん。とはいえ球磨川くん。むしろ球磨川っち。

 

  なんにせよ、ここで君の冒険は終わってしまったようだぜ?

  なんせ死んじゃったんだから。

 うん。つまり、この教室は死後の世界だと思ってくれればいい。

  【安心院さんを倒そうキャンペーン】も終了だ。今回だけは君に同情するよ。ラスボスどころか、裏ボスレベルの存在がいる高校に、よりにもよって転校してしまったのだから。

 

  有希ちゃん?あぁ、違う違う。

 彼女は……なかなかプリティな経歴ではあるけれど、裏ボスではないよ。

  つまり、君はボスでもなんでもない、普通の可愛い女の子に殺されたんだよ。

 

  なおさらショックがデカくなっちゃったかな。

 

  さてと。こらからどうする?

  死んでしまった球磨川きゅん。

  この教室で、未来永劫僕と二人っきりになるか、存在ごと抹消されるか。

 

  ……もしくは。女神様にでも会って、別の世界に行ってみるか。

 

  嘘だよ。女神なんかいる筈ないだろ。

 

  そういえば、箱舟中学で僕の顔面を剥がしてくれた時、新たなスキルを覚えたみたいじゃないか。【手のひら孵し】を下敷きにした、実に君らしいアレだ、アレ。

  そのスキルを使えば、あるいは生き返る事も可能なのではないかい?

  おっと。悪平等な僕に助言をさせるだなんて、君も罪な男だぜ。

 

  ……なんちゃって。

  助言されて素直に従うような性格じゃないよな、君は。それでも、今日この時この場所に限っては、ありがたく助言を受け入れるべきだ。というか、受け入れるしかないだろ。

  よもや、本気でこの僕と過ごしたいワケでもあるまい?

 

  ……それも悪くないか、だって?

  わはは。照れるじゃないか。

 

  いいかい?そんなものは、君が老衰死するか、スキルを失って生き返られなくなってからでも十分なんだよ。

 

  いいから、何も言わずに帰りなさい。今日は珍しく強引な安心院さんだけれど、気にするんじゃない。

  僕だって女の子なんだし、いつまでも年頃の男の子と二人っきりはマズい。身の危険も感じるし。エロ本屋に行ってきたばかりの君は、色々とアレだろうしね。

 

  くれぐれも、有希ちゃんを襲ったりするんじゃないよ?

  もっとも、経験もまだなお子ちゃまに、女の子を襲う勇気なんてないか。

 

  怒るなよ。褒めてるんだから。

  そういうのを大事にする男は、意外と好印象だぜ?年齢が行き過ぎると、また話は変わるけれど。

  君くらいの歳なら、普通だよ。

 

  下品な話はこれくらいにして。

 

  仮に生き返れても、君はどうせ、少ししたらここにやって来そうなもんだけれど。

  とりあえず、まずは一旦束の間のお別れとしゃれこもう。

 

  球磨川君の北高ライフ、心から祈っているよ!

 

 ………………………

 …………………

 ……………

 

  そして。

 

  僕は生き返った。

 

  僕自身の身体から溢れ出た血液も。

  こそぎ落とされた肉や骨も。

 

  全て、みんな、最初から殺人がなかったみたいに、綺麗さっぱり消えていた。

 

『有希ちゃん。さっきぶり!』

「………」

 

  この時の有希ちゃんの顔は、死ぬまで忘れない。

  感情のない機械が、無理やり感情を植え付けられたような。そんな顔だ。

 

「……どう…して?」

 

  確かに死んだ筈なのに。と、続けたかったのだろう。だから、それさえ汲み取って質問に答えてあげた。

 

『いやいや。しっかり、ちゃっかり死んだとも。君のお陰でね』

 

「……どうして」

 

  生き返ったの?と、続けたかったんだね。すっかり、僕と有希ちゃんはツーカーの仲。

 

『人間ってさ、世界に70億とかいるんだって』

「………知っている」

 

  だからどうした。と、有希ちゃんは話を逸らされたことに立腹みたい。

  有希ちゃんの言いたいことはわかるのに、僕の言いたいことは伝わらないんだ。なんだか裏切られた気分だな。

  ブルータス、なんてね。

 

『だからさ。それだけいれば、一人くらい生き返ってもおかしくないでしょ?イエス様だってそうじゃないか』

「………」

 

  それっきり。有希ちゃんは何も言わなくなってしまった。にらめっこしてても、僕の負けは確定だろうから、本来の用事。すこーしだけエッチな本でも買ってかえるとする。

  所持金によっては諦めなくてはいけないから、制服の内ポケットから財布を取り出した。

 

「……動かないで」

『で、でた……!これが、これこそが。有希ちゃん。君が時を止めたんだね!?』

 

  さっきも、部室で同様の現象が起きた。僕の体は微塵も動かなくなってしまう。犯人は有希ちゃんだったのか。

  運動不足説が外れてホッとしたような、原因が判明してがっかりしたような。

 

  まあいいさ。

  原因がわかったのなら、それを【なかったこと】にしてやればいい。

  幸運にも、僕にはそれが出来る。

  いや。ついさっき出来るようになったと言うべきか。

 

『悪いね。僕の拘束を、なかったことにした!』

 

  晴れて自由の身になれたよ。

  このスキル、こういうのにも対応してるんだ。だからって、感慨も何も無いけれど。安心院さんを倒せないなら、あまり、それほど意味はない。

 

「嘘」

 

  またまた、有希ちゃんの貴重な驚き顔。うーん、何回見ても可愛いぜ。

  嘘、か。確かに、嘘みたいなスキルではある。ちょうど良い。有希ちゃんに名付け親になってもらおっと!

 

『いいね。嘘って単語は禊的にポイント高いぜ。てことで、ワンポイントのアクセントに採用させてもらったよ』

 

「何のこと?」

 

  有希ちゃんはすっかり戦闘態勢に。僕が何をしたところで、有希ちゃんには勝てないってのに。

  もう飽きてきたし、僕は財布を取り出してそっぽを向いた。

 

  中には野口先生ただ一人。

  まだ定期券も購入していないから、これが無いとマイホームに帰れなくなっちゃう。

 

『あーあ、うっすい財布だよ。これでは僕の好きな裸ワイシャツ本が買えないじゃないか。悲しいけれど、帰るしかないね。』

 

  依然として、身構えたままの有希ちゃん。そんなに警戒しなくても。

 

『じゃあ有希ちゃん、また明日とか!』

「………」

 

  まだ慣れない電車での通学。スマホで乗る電車を調べながら、駅へ向かう。サイコロで決めたにしては、まぁまぁ面白い学校そうだ。

 

  いつの間にか、早歩きがスキップになってしまった程度の振る舞いは許して欲しいんだぜ。




『やれやれ。これで有希ちゃんは僕に惚れたんだね。やれやれ。ハーレム主人公はつらいぜ。やれやれ。』


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二話 何者

『男性キャラみんながホモに見える昨今、如何お過ごしでしょうか?僕は元気です』


  転入初日から眼鏡っ娘に身体を両断してもらえるなんて、幸先が良い。女の子のか細い可憐な腕が、自分の肉体を縦横無尽にかき分けて行く感触は筆舌に尽くしがたいよ。しかも申し訳ないことに、僕の汚い血液が返り血として、有希ちゃんの可愛い顔に飛び散ったんだとしたら……妄想が捗っちゃって困る。更にボーナスで、あのクールな顔で淡々と死体を処理されたとなると、こちらも殺され甲斐があるってものだね。汚物を扱うみたいに僕の死体はゴミ袋か何かに詰められていくんだ。流れ作業のように。まあ、途中で生き返っちゃったから、有希ちゃんの後処理は中断されてしまったのだけれど。生き返っても、前の死体は残ったままとかだったら萌えるのにね。アホ面で死んだ自分の死体を、美少女が目の前で片付けてくれるサービス。ううむ……女子高生お散歩に成り代わる、秋葉原の名物になるんじゃない?企画書ってどこに持っていけばいいのかな。

 

  そんなこんなで有希ちゃんへの感謝は尽きないものの、肉体や精神に痛みが無かったわけじゃない。切り裂かれれば痛むし、軽くトラウマでもある。エロ本を諦めた一人寂しい帰路、理不尽に殺されたムカつきがようやく追いついてきたみたいで、なんとなく道端の石ころをサッカーよろしく蹴りながら歩いてみることにした。家に着くまで蹴られれば、豚さん貯金箱を壊してでも、明日こそエロ本を買うってご褒美を決めてね。男の中の漢な僕は、有希ちゃんに仕返ししようだなんて考えないのさ。あったとしても、見ず知らずのその辺の誰かに八つ当たりするぐらいだよ。

  途中何度も石ころをロストしそうになったけど、どうにか家まで徒歩2分の地点にたどり着けたんだ。我ながら良くやったと喜びもしたさ。学校潰しは置いといて、この黄金の左脚をサッカー部で役立てるのも悪くないかな、とかって妄想をしていたところで。

 

「ふっ。イレギュラーはつきものだが、コレは警戒するまでも無いな」

 

  いきなり。金髪を真ん中分けにした、ニヒルな青年に話しかけられてしまった。つーか、誰?まさかもしや、新手のナンパかなぁ。可愛い顔をしてはいるけれど、僕って男なんだから、青年にナンパされても嬉しく無いぜ。

  僕の心境なんかおかまいなしに。青年は何が楽しいのか口角を上げたまま、僕との距離を縮めてくる。

 

『んーと、何処かで会ったかな?』

 

「いいや。キサマとはどの時間平面上においても、今日この時が初対面だ」

 

  時間……なんだって?なんだか面倒くさい厨二病患者に絡まれてしまったな。

 

『いきなりエンジン全開だねっ!まぁ、嫌いじゃないけどさ』

「キサマとの邂逅はこれで確定してしまった。全く、どうして僕が……」

『なんの話?』

「気にするな。少なくとも、この時代を生きるキサマには関係ない」

『……お、おっふ』

 

  だったら君はいつの時代から来たんだい。

  タイムスリップごっこが彼のマイブームなのかな。だとしても、一言くらい誘い文句があって然るべきだろう。そしたら、僕だって付き合うのはやぶさかじゃない。いきなり役になりきれなんて、ハードルが高すぎる。それこそ役者でも呼べって話だよね。

 

『ごっめーん!僕、そういう、人に聞かれて死にたくなるお遊びは卒業しちゃってるんだよね。やるなら、自室でコッソリとやってよ。禊ちゃんからのためになる忠告だぜ!』

「……ちっ」

 

  ニヒルな青年は、なんだか不愉快そうに眉をひそめる。僕に正論を言われたからか、僕の付き合いが悪かったからか。彼の不機嫌の元はわからない。

 

「くだらん。僕はもう行く。せいぜい、つまらん偽物と馴れ合っていればいいさ」

『ほんと、口から出る言葉ほとんどが拗らせてるねー』

 

  青年は去っていく。別れ際のセリフまで厨二病まっしぐらとは……

  髪型をオールバックにしていた頃の善吉ちゃんとウマが合いそうだ。

 

『……僕も帰ろっと!』

 

  彼に早く厨二病仲間が出来ると良いなぁ。現状、あまりに痛々しくて目も当てられないし。家の前で遭遇したってことは、彼はご近所さんかもだし。早く引き取り先を見つけ出して欲しい。運が良ければ、そこいらの中学生とかが相手してくれると思う。

 

  ま、誰でも良いから八つ当たりしたい気分だった僕と相対しておいて、無事で済んだだけ僥倖だけど。

 

  エル・プサイ・コングルゥ。なんちゃって!

 

 

 ◇◇◇

 

  北高自体は目が飛び出るくらい偏差値が高いかと聞かれたら、そこまででもないのだけれど、存外エリートないしエリートの卵はいるのかもしれないね。我らが団長ハルヒちゃんは、団を創るまではあらゆる部活動に体験入部し、各部門で才能を見せつけていたみたいだ。天才って、彼女みたいな人種を言うんだろうな。有希ちゃんなんか、人間には不可能な腕力で僕を殺し、その上無表情という、到底一般人とは呼べないキャラを披露してくれたし。

 

『そうこなくちゃ、面白くないぜ』

 

 てな感じで、当面の僕の目標は彼女達二人に絞られたわけ。けれどみんな気づいてる通り、有希ちゃんを潰すには尋常じゃない苦労が必要でね。一年生の五月から、僕は東奔西走する羽目になっちゃったってこと。

 

  それでも、SOS団で過ごした年月、歳月は僕という人格を形成するのに多大な影響を与えてくれたよ。あ、良い意味でね。

  波乱万丈な高校ライフを今になって振り返れば、辛いこともあった筈だけれど、不思議なことに残ったのは楽しかった記憶のみ。なんて素晴らしい学校だったんだと、しみじみするぜ。ただ、僕が箱庭学園に……その前に水槽学園か。まあ、転校したっていうことはつまり、ハルヒちゃん達と共に学んだ北高は、きっと廃校になっちゃったんだろうね。悲しみもあるけれどそれよりも、僕の苦労が報われたようでなによりさ。

 

  ー転入二日目ー

 

  バタバタと慌ただしい転入手続きなんかをやっていると、これも社会人になった際役立つのかな?なんて思えてくる。学校生活なんて所詮、社会人の予行演習みたいなもんだし。ともあれ、今日も今日とて職員室に書類を提出しなくちゃいけないみたい。

  家を出て、カバンの中に大切な書類が入っているかを確認しながら歩いていると。

 

「よっ、球磨川」

『あら、キョン君じゃん!おっはー』

「ああ、おはよう。朝からテンション高いな」

 

  SOS団一の凡夫、キョン君のご登場。気怠げな目は相変わらずに、北高前の勾配に息を荒くしていた。

 

「しかし、お前もよくこんな坂道がある高校を選んだもんだ。慣れるまではキツいと思うが。」

 

  心底ウンザリといった様子のキョン君。

 

『確かに、体育なんて不必要な位の運動量だ。だけれど僕は、自分が振ったサイコロでこの高校を選んだから、文句は無いよ』

 

  キョン君の言うように、これじゃあちょっとしたハイキングだ。カバンが重い日なんか、自衛隊の訓練かよってツッコミたい。炎天下ともなると、貧弱な僕は死をも覚悟しなくちゃ。生きてはいても、死と隣り合わせ。人間のあり方そのものじゃないの。毎日決死の覚悟で登校するって、中々にシャレオツかも。

 

「なんだと。球磨川お前……サイコロで高校を決めたのか?冗談だろ?」

『うん。冗談だよ!』

「……お前の冗談はちっとも笑えん」

『ありゃ。』

 

  それは残念。

  キョン君と僕の笑いのツボは違うみたい。それからは無言が続き、しばし拷問みたいな坂を歩いた。大の男二人がフゥフゥと息をあがらせ、ようやっと校門までたどり着くや

 

「おっそーい!キョンに禊、二人ともSOS団の自覚があるのっ!?」

 

  校門付近には、僕たち以外のSOS団メンバーが勢ぞろいしていて、そしてなんだかハルヒちゃんはご機嫌斜め。

  何か悪いことでもあったのかい?

 

「キョン君、禊ちゃん、おはようございますぅ」

 

  みくるちゃんの笑顔は、荒んだ心に涼風を呼び込んでくれる。心なしか、身体の疲労もとれた。ひょっとして、みくるちゃんってマイナスイオンを放出してたりする??見るもの全てを虜にする微笑み。僕はこの時の為に生きてきたのかもしれないね。

  横を見れば、キョン君も同様に癒されていた。罪な女だぜみくるちゃん。僕というモノがありながら、さ。

 

「おはようございます、朝比奈さん。ところで、今日はイベントでもあるんでしたっけ?」

 

  キョン君がメンバー勢ぞろいの理由を問いただす。うん、実は意外と僕も気になってたんだ。

  聞かれたのはみくるちゃんなのに、横からずいッとハルヒちゃんが顔を割り込ませて。

 

「昨日言ってなかったっけ?団員も増えてきたことだし、ここらで一回校舎内をローラーして、不思議を見つけようって決めたじゃない!」

『……聞いてないよ』

「あっそ。じゃあ今言ったからそれでいいわね。ホントは三十分前に集合予定だったから、今朝はもう時間がないの。誰かさん達が遅刻したせいでね。キョンに禊、今度の喫茶店はアンタ達が払いなさい!」

 

  じゃ、また放課後ね!なんて言いつつ、ハルヒちゃんは昇降口に吸い込まれていった。キョン君もやれやれと後を追い、みくるちゃんと有希ちゃんも各々の教室へと向かう。

 

『律儀に僕たちを待たなくても良かったんじゃないかい?ねぇ、古泉君』

 

  嵐が去った後の静けさに耐えかねたってわけでもなかったけど。

  僕は僕同様に取り残された、爽やかスマイルのいっちゃんに水を向ける。

 

「んっふ、そうですね。しかし団員の到着を待つのは、涼宮さんらしくもあります」

『らしい、ねぇ』

 

  僕より少し前に転入してきたばかりの古泉君がハルヒちゃんの人柄を語った点について、違和感しかないものの、大人な僕は別段指摘もせず。

 

『僕らも行こうよ、ボチボチ予鈴だ』

 

  優等生然として、古泉君に教室へ行くように促してあげた。

  僕個人としても、転入二日目から遅刻は印象がよくないよね。だのに。

 

「ところで、球磨川さん。貴方は何者なのでしょう?」

 

  古泉君に引き止められてしまったのだった!

  しかし、有希ちゃんといい古泉君といい、そこまで転入生が気になるのかい?僕としては、しつこいようだけれどハルヒちゃんのパンツの方が気になるぜ。

 

『質問の意図がわからないかな』

 

  何者かとか、漠然とし過ぎだよ。

 哲学かなんか?そういえば、ちょっと前にそういう小説を読んだっけ。

 

「では、聞き方を変えましょうか。貴方はこれまで、どこの学校に通っていたのですか?」

 

  なぁんだ。ありふれた質問だ。僕のルーツをまとめて、何者かと訊ねたわけか。一応、昨日の時点で僕はスキルの練習も兼ねて、これまでの経歴を【なかったこと】にしてみたのだけれど。それを。僕の個人情報が消えた事実を、単なる生徒に過ぎない古泉君が知る由もないだろうから……この問いかけは単純な好奇心かな。

  そうそう。経歴を消したのは、これから学校潰しを繰り返していった場合、いずれは不審がられるからだよ。厄病神とか言われて、転入拒否されても堪らない。

 

『ううむ、前にいた学校か。確か北海道だった気はするけれど……正直、一ヶ月しか通ってなかったから。ごめん、ド忘れしちゃったよ』

 

「……そうですか。なるほど」

 

  ひょっとして、何かを疑われてる?酷いなぁ、僕は事実しか口にしていないのに。まあ、冤罪には慣れっこだし、疑惑くらいはへっちゃらさ。

 

「今は、そういうことにしておきましょうか。いずれ又、お話する機会を設けられるでしょう。その時までに、思い出して頂ければ結構です」

 

  古泉君はパチリとウィンクして、校門を後にする。

 

『うん、お安い御用だよ』

 

  意味深な古泉君との問答。

 

  この時点でSOS団のメンバー達が只者ではないと予想できていれば、また違った結末を迎えていたのかもね。至極残念な事に、僕が彼らの正体を知るのはもう少し後になってから。

  何も知らない無垢なる僕は、特に引っかかりを覚えもせず、授業にせいを出すのだった。



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三話 死闘

  時折、授業を受けていると自分の中にいるもう一人の自分ってヤツが話しかけてくる事がある。別にエア友達のともちゃんがいるとか、僕が二重人格だって言いたいのではなくて。日々生きていく中で、僕たち人間は周囲に気を使ってしまい、本音を言えない状況におかれているでしょ?親友同士、気の置けない関係であっても、相手を傷つけたりしないよう最低限気を使うわけじゃん。で、人間である以上僕もそこは例外ではない。ここ、大事だからもう一度言うね。僕にだって、相手を慈しむ心はあるんだよ。いくら過負荷の球磨川禊でも、いわゆる空気ってものを読んだりする場合もあるのさ。

  ゆえに、普段抑えている思考と言えばいいのか、秘めた欲望とも呼べるものが、眠気で思考が停止しかけるとやって来るんだ。

 

  今は国語……高校からは現代文とか古文に呼び方が変わるみたいだけれど、とりあえずその授業中だ。

  黒板には、先生と呼ばれる人物と、Kと呼ばれる人物が女性を取り合う昼ドラ全開の何かについて、考察が書かれている。みんな真剣な顔で授業にのぞんでいるけれど、僕としては、教科書にキャラクターの挿絵が無いからイマイチのめり込めないよ。これ、ニセコイやいちご100%ではダメなのかい?Kさんの苗字が【球磨川】だったのなら、もうちょっとやる気も出たのに。負けるところも僕っぽいし。……まぁ、そんなものはどうでもいいよね。

 

  大切なのは。今、進行形で僕に訴えかけてくるもう一人の僕。内なる球磨川禊。

  さっきから、『とっととハルヒちゃんを螺子伏せようぜ!』とか、『有希ちゃんをなかった事にしよう』とか。容赦の無い提案をしてくるんだ。けれど、これは紛れもなく僕の本音でもあり、困った事に実に魅力的な囁きだ。

  出来るものなら、やりたいぜ。

 

  いつも無駄に偉そうなハルヒちゃんを押さえつけて、目をくり抜いてあげたら、彼女はどんな反応をするんだろう。不思議を求めて爛々とした眼球は、きっとガラス玉のようにキラキラと輝くんじゃないかな。自身の目玉の美しさに、ハルヒちゃんは恍惚の表情を浮かべるかもね。真に美しいモノは、目に見えないところにあるって、彼女も気づくんじゃないだろうか。宇宙人や未来人にも劣らない、この世の美しさが人体にはあるんだ。片目を失う程度でそこに気付けるのなら、安いものだと思わないかい。今流行りのコスパが良いってやつ?ちょっと違うか。

 

  ん?なかった事にも出来るし、僕の目をくり抜いて見せたらそれでいいんじゃないかって?ははは。そんなの、痛いから嫌に決まってるじゃーん!情けは人の為ならずとか聞くし、心を鬼にして、身を悪魔に捧げてでも、【ハルヒちゃんの目をくり抜いてから治す】って選択肢を選ばせてもらうよ。

  情けは人の為にならないっていうのは真理だよね。【他人に厳しく自分に優しく】な僕の座右の銘にも一致するし。よしんば、巡り巡って自分に良い行いが返ってくるのであれば、他人に親切にする無駄極まりない行動にも、一考の余地はあるけどね。人生そんなに上手くいくものか。

 と、 あまり目玉や眼球について語ると、僕がジョルジュ・バタイユみたいに思われちゃうから、ここまでにしとこう。

 

  さっきは相手を慈しむとかご大層なセリフを吐いてみたけれど、やっぱり撤回するよ。結局のとこ、僕が自分の本心にそって行動しないのは、何を隠そう長門有希ちゃんがいるからさ。実際、入団した時に僕は素直な気持ちでみんなを殺そうとしたでしょ?でも、有希ちゃんに時を止められてしまったと。要するに、有希ちゃんを殺すまではやりたくてもやれないってことだね。有希ちゃんの拘束に対してはスキルが有効みたいだけれど、未だ彼女の底が見えない。有希ちゃんそのものをスキルで消せるか試すのも悪くはないけれど、どうせやるなら徹底的に潰してあげないと、有希ちゃんに失礼だ。それには彼女の弱点とかを知りたいところ。

  刑事は事件の手がかりを足で稼ぐって右京さんも言っていたし、準備段階として、差し当たって有希ちゃんのスキルを解明するとしよう。時を止めたり、腕力をあげた要因を。

 

  深層の僕は『ちぇっ、つまんなーい。エリートはとっとと殺しちゃうに限るのに』と言って、蜃気楼のごとく消えてしまった。去り際の、魂からの一言は酷く僕の心に突き刺さり、授業が終わるまで頭の中に繰り返し響いてくれた。ふむ。しゃくだけど、悔しいけど、反吐がでるほど同感だ。

 

 ー昼休みー

 

  学生にとって束の間の休息。各自お弁当を食べたり駄弁ったり。校舎の陰で不純異性交遊する輩も見受けられる貴重な時間。

  穏やかな日差しが降り注ぐ教室。5月の陽気とそよ風のコンボは、ちょっとしたスキルよりも眠気を誘うよ。クラスメイト達は授業が終わる5分前から、既にお休みモードへと移行していた。そうしたみんなの不真面目さ、嫌いじゃないぜ。

 

「起立。ありがとうございましたぁ」

 

  日直がお決まりな授業終了の挨拶をするや、僕は教師よりも早く教室を飛び出すと、真っ直ぐSOS団の部室へ急いだ。何故かって?それはもう、憎くて愛おしくて堪らない有希ちゃんに、1秒でも早く会いたかったからさ。弱点を捜すなら、やはり直接観察するのが効率的だからね!

 

 ◇◇◇

 

『オッス!キミ長門!…て、おや?』

 

  現実が恋愛シミュレーションゲームだったら、部室に行く前に有希ちゃんが不在だってわかったのかもね。

  結果として、僕の全力ダッシュは無駄足になっちゃった。こうなるなら、別の場所に有希ちゃんを捜しに行くか、いっそハルヒちゃんルートを攻略しておけばよかったぜ。

 

『なんでここに君がいるのかな?』

 

  それでも我が部室では、有希ちゃんは居なかったけれど、かわりに違う女の子が窓際で読書していた。

  およそ10センチくらい空けてある窓からそよ風が吹き込んで。

  ツヤのある長く青い髪が、悪戯っぽく揺らめく。

 

「うふふ、なぁに?私じゃご不満?」

 

  ご不満なもんか!ちょっとばかし眉毛が太いだけで、溢れ出る母性は世の男性諸君を引き寄せることだろう。

  というわけで、部室には何故か朝倉さんが居座っていた。

 

『いやいや、ただ珍しいなって。だって朝倉さんはSOS団に関係ないよね?』

 

  読みかけの本を閉じ、テーブルに置く朝倉さん。

 

「そうね。私だってこんなに早く行動するつもりはなかったのよ。みんなみんな、アナタの所為なんだから」

『……僕の所為?なるほど、君が言うなら、それは僕の所為なんだろうね』

 

  朝倉さんが唐突に何かの罪を僕に背負わせてきたのだけれど、身に覚えも当然無いけれど。真実うんぬんは関係無く、僕はあらゆる冤罪や二次被害を受け入れることにしているんだ。

  愛しい恋人のようにね。

 

「意外。でも認めるってことは、やましい事がある証拠よね?」

 

  不敵な微笑み。朝倉さんは音も無く立ち上がると、右手を後ろに隠して何かを取り出す。さもなければ、お尻が痒くて掻きむしっているのか。

  女の子がボリボリお尻を掻くのを、お行儀悪いなんて僕は言わないよ。むしろ、道行く女性はもっと全面的に公衆の面前でお尻を掻いてくれても構わないんだぜ。

 

『朝倉さん。君が何故僕に怒っているのかは検討もつかないけれど、ここはひとつ許してはくれない?』

「許す?アナタ、自分が許されると思っているの?ふふ、愚かな人間。」

 

  そっかぁ。朝倉さんは許してくれないようだね。なら仕方ないか。

 

『じゃ、死ねよ』

 

  なんでだろう、朝倉さんは絶対の自信があったらしく、率直に言って隙だらけだった。気持ちの悪い微笑みがとにかく気に食わなかった僕は、彼女の顔面に巨大な螺子を撃ち込んであげたとさ。

 

  過負荷を挑発した朝倉さんが悪い。

  偉そうな奴って、それだけで誰に何をされても文句は言えないでしょ。

 

  しかし……

 

「……痛いなぁ。女の子の顔を傷つけるなんて、紳士とは言えないわよ?」

 

  彼女もまさか、すべてをなかったことにするスキルを持っているとでも言うのかい?僕のプレゼント、巨大な螺子は何処かへ消え去り。

  朝倉涼子は元気な姿でそこに存在していた。

  ぐぐぐ…と、とても気持ち悪い動きで立ち上がる。壊れた笑顔も相まって非常に不気味な雰囲気を纏っちゃってる。

 

『失礼な人だ。殺されたら、ひとまず死んでおくのがマナーでしょ!君の方こそ、淑女とは言えないね』

 

  「残念ね、貴方とは良い同級生になれそうだったのに。これでお別れ」

 

『お別れ、か。女性に言われると傷つく言葉ベスト3にはランクインしてそうだ』

 

  朝倉涼子。君は如何なるスキルを所持してるのさ。それ、安心院さんを倒せそう?

  僕はもっともっと君のことを知りたいのに。気持ちを汲んでくれることなく、朝倉さんは取り出したナイフで僕に切りかかってきた。やっぱお尻を掻いてたわけじゃなかったのか。

 

  とてつもない速度。部室の端と端にいたにも関わらず、彼女の動きは目で追えなかった。朝倉さんは恐らく、二つのスキルを所持しているのだ。回復系と、肉体強化かな。

 

  刹那。

 

  廊下から僕らの間に割って入り、朝倉さんのナイフを受け止めた人物が現れる。尋常じゃないスピードの朝倉さんを止められるなんて、もはや人外じゃない?

 

「……貴女は!」

 

  朝倉さんが目を見張る。

 

  登場した助っ人は、本物の文芸部員。エロ本屋に足繁く通う、むっつりスケベの長門有希ちゃんその人。確かに昨日の腕力を考慮すれば、今の芸当も納得だ。なんて頼もしい!

 

『有希ちゃん!僕を助けに来てくれたのかい!?』

 

  クールレディな彼女は、眉ひとつ動かすことなく。

 

「違う。貴方から、朝倉涼子を護るため」

 

  朝倉さんを、僕から庇う位置に立ち塞がる。

 

  『……なん……だと』

 

  とか驚いた振りをしてみた。けれど。

 

  僕に味方してくれる存在は、過負荷を除けばこの世のどこにもいないから、有希ちゃんの発言は妥当だね。

 

「床からも攻撃を仕掛けられるのね、球磨川君。油断していたわ」

 

  朝倉さんに斬りかかられた際、僕だって無抵抗ではいないさ。朝倉さんの眼前には、床から生えた螺子が刺さる寸前で停止していた。

  有希ちゃんが止めに来なければ、確かに朝倉さんは僕の反撃を喰らっていたはずだ。

 

  がっかりだよ、SOS団仲間の有希ちゃん。君だけは、僕を信頼してくれると期待していたのに。

 

『興が乗った。有希ちゃん、君に名付けてもらったスキルを見てくれよ』

 

  思い通りにならず、むしゃくしゃする展開だ。これは、何かしてストレス発散するしかないようだね。

 

  そんなわけで、今更だけど思い出した、昨日殺してもらった恨みを。

 おあつらえ向きな。第三者である朝倉さんにぶつけるとする。

 

  僕は朝倉さんに手を差し伸べた。

 

「なぁに?球磨川、仲直りの握手?」

 

『あはっ!それも良かったかもね。けど、もう遅いや』

 

  次の瞬間。部室には、僕と有希ちゃんだけしか存在しなくなる。

  朝倉涼子がこの部屋にいた証明は、カランッ、と床に落ちたナイフのみ。

 

『そういえば、有希ちゃんが名付けてくれたよね。僕のスキル名』

 

「……朝倉涼子の消失を確認。復旧は………不可能」

 

『そりゃそうだ。朝倉さんは【なかったこと】にされたんだし、元々無いものを直すなんて出来ないでしょ』

 

  【大嘘憑き(オールフィクション)】……朝倉涼子の存在を、なかったことにした。

  無論、これは正当防衛さ。先に手を出してきたのは朝倉さんだよ。

  つまり、僕は悪くない。

 

『あースッキリした!で、有希ちゃん。僕は購買にでも行くけど、君はどうする?』

「……いい」

 

  振られちゃった。小腹も空いてきた事だし。気分転換が出来た僕は、階段を飛び降りて、購買のメロンパンを買い求めるのだった。




『僕がことわざの意味を間違えているって?ははは。いいんだよ、ようはカッコつけなんだから。それを言われたら、括弧も外さなくちゃいけないじゃないか」


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四話 『別に無いけど。』

「やぁ、くまがわくん、くまがわくん。スモークチーズはあるかい?」

『くさいし、なかったことにしたよ!』


  20xx年現在。テレビに新聞、ラジオにインターネット。目移りしてしまうくらいに、大小様々な情報が飛び交うご時世。日進月歩で技術は進歩し、ついには人工知能が人間を凌駕してしまうまでに至った。特にインターネットなんかは、携帯の普及と共に一気に身近な存在になった今日この頃。僕たちの耳には、山籠りでもしない限り、毎日何かしらのニュースが入ってきてしまうよね。その影響なのか、テレビやラジオはまだしも、新聞はとらないという家庭も増えてきているのではないだろうか。若者のなんとか離れ、とか言って文化の衰退が危惧されているものの、科学が発展した代償だとしたら、受け入れるのも一興かもね。

  手軽さって点では。スマートフォンなんかは一長一短で、分別わきまえた大人ならばともかく、無垢な子供でさえ簡単に世界と繋がってしまえるのは、メリットよりもデメリットの方が大きいんじゃないかな。ま、子供に携帯を持たせる親が、しっかり目を光らせていれば良いだけなのだけれど。教育に悪影響を及ぼすなら、携帯電話を持たせなきゃ良いのか?って聞かれると、それも微妙なんだ。今時は小中学生も楽じゃないらしく、学校生活とかで、携帯を持っていないと話についていけなかったりもするっぽいし。かく言う僕も、携帯は全機種持っていたりする。

 

  そんな中で。情報化社会の良い面ばかりをプッシュして、悪いところからは目をそらすように誘導するマスメディアによると。

 

  どうにも近頃物騒みたいだ。

 

  先日も、日本のどこかで無差別殺傷事件が起きたとテレビで報道されていたし。北海道のある高校が、突然廃校になったって話も聞いた。なるほど物騒極まりない。でも正直、この【近頃物騒】って単語は僕が幼少の頃から延々と言われ続けている気がしなくもないけど。なくなくないけど!じゃあ。近頃って、なんだろうか。

  額面通りに受け取れば、この世の物騒さはドラゴンボール並にインフレしている事になってしまわないかな。僕の幼少時代が物騒力139だとしたら、今は53万くらいかな?

 

  しかし。【近頃】がゲシュタルト崩壊しそうだった僕としては、昨日と今日、有希ちゃんや朝倉っちに殺されたor殺されかけたイベントには助けられたよ。

  ほぼ初対面の女子生徒に身体を両断されたり、ナイフで刺されかけるとは。なかなか出来ることじゃない。やはりテレビは嘘をつかないな。長年の疑問だった物騒のインフレは、僕が身をもって証明したぜ。

  これこそが、物騒力53万の日常なんだね。超エキサイティングって感じ。

 

  まだまだ、世の中捨てたものではない。面白きこともなき世は、インフレが続く限り、自動で面白さが増していくのだから。僕の老後は今よりも更に刺激的な毎日が待っている事だろう。想像するだけでも絶頂しそうだぜ。

 

  それほど女の子と接する機会を持たない僕は、学生らしくなく流行に鈍感だったわけだけれど。今時の女子高生は、見ず知らずの人間を殺すのがブームなのかな。殺した相手の死体を、自撮りと一緒にSNSにアップしたりするんだろうか。

  ならば。有希ちゃんの手伝いをしてあげたんだし、ミーハーと呼ばれればそれまでだけれど、僕も流行の最先端を走れているって認識で良いよね?ただ。贅沢は言わないけど、僕の死体を撮影したら、アプリか何かで綺麗に修正してくれると嬉しいぜ。

  僕の死体、超盛れてね?みたいなアピールしたいじゃない!

 

 ◇◇◇

 

  さて。朝倉さんとの情熱的なコミュニケーションで心が満たされた僕は、陽気に鼻歌なんかを歌いつつ、購買でメロンパンを買って自分の教室へと戻っていた。

  階段の上り下りは、登下校時の坂道に比べたら屁でもない。三年間登校した暁には、そんじょそこらの一般人よりも屈強な足腰を手に入れていると思う。

 

  上級生の教室があるエリアに差し掛かった辺りで。

  偶然、SOS団専属のメイドさん、朝比奈みくるちゃんが廊下の反対側から歩いて来るのを発見した。

  部室以外では普通に制服姿な彼女は、隣に女友達を引き連れている。

  よく、女の子は自分よりも可愛くない同性とつるみ、相対的に綺麗に見られようとする、なんて囁かれるけれど。みくるちゃんは例外かな。

  だって、隣にいる友達も超がつく美人だからさ。

 

『やあやあ、みくるちゃん!よもやこんなところで出会えようとは。乙女座の僕には、センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられないぜ』

「ふぇえっ!?」

 

  僕がいきなり声をかけちゃったもんだから、みくるちゃんは一瞬驚いた表情を見せる。でも、相手が僕だとわかったら、平生の優しい表情へと移行した。

 

『落ち着いてみくるちゃん、僕だよ』

「禊ちゃんだったんですね。突然だったから、少しビックリしちゃった」

『ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ。で、何?みくるちゃんもお昼ご飯を買ってきたのかい?』

 

  小さな手には、購買のビニール袋が握られている。中には菓子パンと午後の紅茶が入ってて、みくるちゃんの食の細さが不安になってくる。

  メロンパンのみの僕にどうこう言われたくは無いだろうけどさ!

 

「うん、そうなの。友達と一緒にね」

 

  言うと、待ってましたとばかりにみくるちゃんの隣人が一歩前に出て

 

「こんにちはっ!君が禊君かぁ、みくるから話は聞いてるよ。昨日転校してきたばっかりなんだってね!あたしは鶴屋って言うにょろ。よろしくっ!」

 

  ハイテンションなお姉さん。鶴屋さんの第一印象は、それに尽きる。

【にょろ】ってのは、日本語だっけ?

  言うのよ、を噛んでしまったとか。

  いずれにせよ、こういう元気ハツラツな女性は当然僕の守備範囲内だ。

  目には目を。僕もハイテンションで応じるとしよう!

 

『はじめまして鶴屋さん!昨日付けでSOS団の団員になった球磨川禊でーすっ!みくるちゃんとは2歳の頃からの幼馴染で、ベランダ伝いに毎日部屋を行き来して遊んだりもしてました!好きな女の子のタイプは鶴屋さんです!今後ともよろしくー!!』

 

「おぉっ!?禊君、みくると幼馴染だったのかー。あたしみたいな喧しいのが好みなんて、結構かわってるね」

 

  鶴屋さんはシュバ!シュババ!っと身振り手振りを交えながら、がははって笑う。笑いやがる。

  白い八重歯がキラッと光り、彼女の笑顔をより引き立たせた。

 

「ち、違いますよぉ。禊ちゃんとは昨日が初対面ですぅ!」

 

  みくるちゃんは本気で鶴屋さんが僕の嘘を信じたとでも思ったのかな。割と真剣なトーンでの訂正。

  そんなに僕と幼馴染は嫌かい?……嫌か。

 

「あっはっは!みくるってば、慌てちゃって可愛いなぁ!ちゃんと、冗談だってわかってるよ。……そんなわけで禊君。あんまりウチのみくるをからかわないでくれると助かるっさ!この子は純粋だからねー」

 

  みくるちゃんのほっぺをプニプニとつつける特権は鶴屋さんだけのもの。

  僕がつつけば即お縄だ。

  ま、柔らかい頬の感触を楽しめずとも、美少女同士がコミュニケーションをとっているだけで眼福だからいいけど。

 

『んー。他ならぬ鶴屋さんの頼みなら無下には出来ないしね。みくるちゃんをからかう趣味はもうやめるよ!』

「お、素直だねっ。お姉さん関心!これからも、みくるをよろしく!この子は禊君より年上だけど、頼りないのはわかるでしょ?」

『うん。団活中のみくるちゃんの安全は僕が保証するよ!』

「ふえぇ……。二人とも、私を置いて話を進めないでぇ……」

 

  僕の頭を撫で撫でしてから、鶴屋さんはみくるちゃんと共に教室に戻っていった。正直、今の撫で撫では効いた。この学校を廃校にしたくない思いが、数ミクロンくらい増えたかもしれなくもない。鶴屋さん、か。覚えておくとしよう。

 

 ◇◇◇

 

 ー放課後ー

 

  放課後ティータイム。僕はえっちらおっちら、健気にも部室に足を運んだ。

 

『ノックしてもしもーし!』

 

  部室には、有希ちゃんと古泉君。それからキョン君が既にやって来ていた。キョン君と古泉君は、昼休みにここで人が殺されかけていたことは知らないのだろう。呑気この上ない。なんなら、朝倉さんが消えた事実も明日くらいまで気がつかないんじゃね?

 

「こんにちは」

 

  古泉君の安定にこやかスマイル。

  有希ちゃんは僕に一瞥だけくれて、すぐ読書に戻ってしまう。目線を頂けただけ、良い方かな。

  それから。

 

「よう、球磨川。良い機会だし、ちょっとそこまで来てもらえるか?」

『おや、なんだい?改まって』

「少しな」

 

  キョン君から呼び出しを受ける。

  なんだろう。借金の催促かな?借りた覚えは無いのだけれど。

  特に断る理由も無いので、抵抗もせず後を追ってみる。

  キョン君は屋上の入り口で足を止めた。いかにも、誰もこなさそうな場所。人気がないところで、一体何をするつもり!?

 

  僕は咄嗟に両手で胸板あたりを庇う。が、待てど暮らせどキョン君が僕を襲う様子は見られず。

  ひとまず、僕の身体が目当てではなかったみたい。それもそうか。

 

  キョン君は一度ため息をついて。言葉を選ぶように尋ねてきた。

 

「なぁ球磨川。この際だからハッキリ聞くが。……お前も俺に、何か言いたい事があるんじゃないか?」

 

  どこか思いつめたような。

  僕の返答次第では、己の人生が左右される。そう言いたげなキョン君の顔。いきなりどうしたのさ。

  ちょっと大袈裟なオーラ出しすぎだってば!

 

 とはいえ、僕が……キョン君に言いたい事か。んー。

 

『別に無いけど。』

 




『強いて言えば、僕がすべてをなかったことに出来たり、昨日有希ちゃんに殺されたけれど生き返ったり、昼休みは朝倉さんに殺されかけたり、その内ハルヒちゃんを螺子伏せようとしていたり、最終的にはこの学校を廃校にしようと企ててはいるけれど……。キョン君はきっと興味ないよね!』


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五話 球磨川ドッキリ作戦?

『古泉くんとキョンくんの名前をネットで気まぐれに検索してみたら、何故か女の子になってたりしたけれど……』

「んっふ、困ったものです」


  言いたいことがあるんじゃないか。

 キョン君はキメ顔でそう言った。

 

『キョン君、急にどうしたんだい?【言いたいことがあるんじゃないか?】だなんて!……さては。君ともあろうものが、深刻な顔をすれば自分の望む情報が得られるなんて、都合の良い、MAXコーヒーよりも甘い考えは持ってないだろうね?』

 

「MAXコーヒー?」

 

  誰もこない、屋上へ続く階段の踊り場。僕とキョン君は缶コーヒーの一つすら無い状況で向き合っていた。全くもって気が利かないよね……人に足労願うのならば、最低でもジュースは用意しておいて欲しいものだ。男の子との会話イベントなんて無価値なモノに付き合わされる、僕の気持ちも汲んでくれよ。なんなら、寛大な心で飲み物程度こちらで準備しても構わなかったけれど、こうも急ではそれも叶わない。結果として、僕は若干の手持ち無沙汰を感じつつキョン君に応じるのだった。【立ち話もなんですし】的な決め台詞でマックやらを奢ってくれそうな雰囲気でもないから、僕の意識としては早々にこの会談を切り上げる方向へシフトしつつある。ご褒美も無い男子との会話は、もはや苦痛でしか無いのだし。逆に料金を取りたいくらいだよ、僕と30分トークで1500円とか!おっと!これは安すぎるかな。

 

  さてと。今僕は人生で初めての呼び出しをくらっているわけだけれど。フラグの一つも立っていない状況での前触れも無い呼び出しに戸惑いながら、何事かと身構えてみたものの、逆に、呼び出した側であるはずのキョン君から説明を求められた。【言いたいことがあるなら言えよ】と。率直に、わけがわからない。僕はせいぜい頭上にクエスチョンマークを浮かべるのが関の山で。【ありのまま、今起こった事を話すぜ!】的な例の名ゼリフを言える状況を意図して作り出してくれたのなら、ジャンプファン的には感謝感激雨あられだ。でも。……どうせそうじゃないんでしょ?キョン君は素で僕が物申したいと思ったんだよね?

 

  本来であれば、呼び出した側が握るはずの主導権をこちらに委ねるような。なんとも気持ちの悪い問いかけをされてしまい、僕はといえば肩透かしをくらった気分でさえある。

 

  古泉君に、有希ちゃん。それからキョン君。ついでに、朝何とかさん。みんな、僕に色々質問し過ぎじゃない?しかも各々、質問の内容は漠然としてるときた。転校生が珍しいからってさぁ、質問責めの度がすぎるとそれは最早イジメだよ、イジメ。わからない事でも、聞くのはせめて自分なりに考えてからにして欲しい。ただ【なんで】とか【どうして】って聞くだけなら、もの心をつく前の子供にだって出来るし。

 

  この流れを読むならば、次はみくるちゃんかハルヒちゃんに質問される展開が予想されるな。やれやれ、先が思いやられるぜ。僕以外の団員プレゼンツ、球磨川禊ドッキリアワードでもしてるんじゃないだろうね。文化祭とかで、僕の間抜けなリアクションをビデオで流すのは勘弁だよ。キャラ的に、僕は逆ドッキリを仕掛ける二枚目が合ってると思うし。

 

  そんなこんなはさておき、キョン君への僕の返答は、苛立ちもあって、いささか厳しくなってしまった。

  せっかく友達になれたのに、これは嫌われてしまったかもしれない!

  ……とか。建前上、今後の付き合いを危惧したけれど。

 

「いや、すまん。俺の思い過ごしだったようだな。何もないならそれで構わん。……わざわざこんな場所まで歩かせて悪かった」

 

  意外な事に。僕が、特にキョン君に伝えるべき言葉を持っていない事実は、キョン君的には嬉しいようで。僅かに明るくなった表情で謝罪してきた。ん、待って。君は何か情報を得たかったんじゃないの??どころか、僕に言い分が無い方が嬉しいのかよ。まさかだよ。だったら初めから聞かなきゃ良くない?更にこの呼び出しの意味が消えていく。

 

  イマイチ、どこがお気に召したか把握出来ていないけど……なんにせよキョン君自身、この誘いが唐突だった事は認識しているみたい。

 

『へえ、迷惑だって自覚はあったんだね』

「そりゃ、そうだ。急過ぎたって気がしなくもないしな」

『確かに急だ。あとさ、これから下校で坂道を降るのがわかっていながら、屋上前まで階段の昇り降りを強いたってポイントも反省してくれよ』

「わかっているさ。それも含めての謝罪だったんだがな。生憎誠意を見せようにも持ち合わせがないんだ。次回の不思議探索の際には、喫茶店代くらい

 なら出してもいいが…今日のところは、勘弁してもらいたいね」

 

  何だろう。昨今の若者は、すぐにお金で解決しようとするんだから!悪い癖になる前に、改めた方がいいぜ。

 

『おいおい、やめてくれよ。何も僕はお金で解決して欲しかったわけじゃない。そういうの嫌なんだ。友達同士じゃないか、僕達はっ!』

「あ、ああ。俺としても、買収じみた真似は好むところじゃないが……確かに、友人への対応ではないな」

 

  全くもってその通り。お金で友情は買える?って聞かれれば、答えは否!だ。ただし例外で、僕との友情だけは買えると付け加えておこう。

 

「ん。なら、俺はハルヒとは友達じゃないのか…?」

 

  途端、ブツブツと小さな言葉を紡ぎながらふさぎだすキョン君。おやおや。今の言葉からして、ハルヒちゃんにはいつも金銭的な援助で誠意を見せていたようだね。これはいけないな。二人の間を割くのは意図しないよ。

 

  関係ないけど、男女間での金銭的な援助って聞くと少し嫌らしく感じちゃうのは、僕が思春期だからだろうか。

 

『でもまぁ、キョン君的に奢らないと気が済まないと言うのなら、甘んじようかな』

「一瞬でもお前の言葉に感動しかけた俺を殴りたい!」

 

  友人間での、お金のやり取りは嫌いだ。これに嘘偽りはない。ただ、ハルヒちゃんとキョン君にはまだ仲睦まじく、よろしくやっていて欲しい。僕ごときの戯言で喧嘩するようにも思えないけれど。折角ヘンテコな部活動までやる仲になったんだ。出来れば、来る日までドップリと仲良しこよしごっこに浸っていて貰いたい。

 

 だってさ。

 

 その方が。

 

 ……台無しにしがいがあるってものだから。

 

「……わかったよ。奢ってやるさ、近いうちにな。じきにハルヒが来そうだし、この辺にしとくか。お前に秘密が無いって証拠が足りて無いのは気がかりだが、取り敢えずは言葉通り受け取らせてもらうからな」

 

  腕を組み、階段を静かに降りだしたキョン君。不承不承、といった感はあるけれど、僕の返答に納得した様子。ちょっと待って、なんでキョン君が不満気なのさ。いきなり呼ばれた僕の立場がなくなるじゃ無いか!それと、部室に帰りそうなオーラを出すのが早くはないかな!こっちは、呼び出された意図さえも把握していないんだぜ?ヒントも無い状況で読者を置いてけぼりに、快刀乱麻の如く事件を解決してしまうコナン君か、君は。質問してからの自己完結は、僕がこの世で嫌いな物ベスト3には確実に入るね。何かを言いかけておいて、「やっぱ何でもない」、とかのたまうのもNGでお願い。

  せめて、どんなおバカな質問にも付き合ってくれる池上さんぐらい歩み寄ってくれたのなら、こちらとしても安心なのに。

 

  ……もう少し、さっきの言葉の真意を探りたい。それと、僕には全然秘密なんか無いってところも印象付けておいたほうが、今後動きやすそうだ。

  どうにかキョン君が口を滑らせるよう、少し戯けて見せようか。

 

「球磨川?戻ろうぜ」

『待って。わかったぞ!!』

 

  僕は右手で指ぱっちんをしてから、長年の謎が今まさに解けたと言うくらい大げさに声を張った。

 

「わかった……って、なにが」

 

『……もしかして今の質問は、何か壮大な前振りだったとかっ!?』

 

「ん、前振り?」

 

  キョン君はピクリと眉をひそめ、足を止める。

  ようし、興味は引けたみたいだ。

 

『君は実は秘密の組織のエージェントで、正体を隠しつつ、この学校に秘められたとある事件の手がかりを探す極秘ミッションに付いている……みたいな感じだったりしない?』

 

「………なにを言い出すかと思えば」

 

  話は少し戻るけど。

 僕の性癖はノーマル。女の子のパンツをこよなく愛する、健全な男の子だ。だから人気が無いこの場でキョン君に肉体的辱めを受けずに済んだのは僥倖だとはいえ、もしも彼が学校生活やプライベートのストレスを僕の肉体で癒せるのなら、この身くらい幾らでも差し出すつもりではいたさ。下品な話に聞こえるかもしれないけど、僕は友達想いの男なんだ。ましてや、同じSOS団の仲間なのだから、このくらいの愛情はあって然るべきだよね。ま、これは単なる例えに過ぎないわけだけど…

 

  キョン君が僕を呼びつけた理由は謎のままでも、彼がどうやら問題を抱えているのは確かなようだ。廃校にする目的を達成しやすくなる為とか、他意も存在するけれど、それを抜きにしても。

  友達想いの僕としては。身体云々はともかく、敢えて戯けて見せて、自分は特に秘密も持たない一男子高校生だとアピールし、キョン君の不安を取り除いてあげたつもりだったのだけれど。

 

「お前実は、知っていてからかってるんじゃないだろうな。だとしたら、球磨川。お前の人間性を疑わざるを得ないが」

 

『あれー』

 

  何故だかキョン君の僕に対する猜疑心がますます深くなってしまったらしい。どこか、彼の地雷でも踏んだかな。

  さっきは秘密が無いって言ったら喜んだ癖に、自分に容疑がかかると不機嫌になるのかよ。

 

  【知ってる】と、彼は言った。

 

  どうにも、僕の知らない重要っぽい事情がキョン君の周りを渦巻くように存在するらしい。でなければ、こんな意味ありげな返答が返ってくるはずないじゃん。仲間はずれにされるのは、いつもの事だからと割り切れるけれど。

 

  とはいえ知的好奇心って奴は抑えが効きづらく。とても気になって昼も寝られないぞ、困ったなぁ。一体、どんな謎がこの団には蠢いているのだろう。どこぞの魔人探偵ならば、ヤコちゃんの首根っこを掴んででも解明する筈だ。

 

  だけれど僕は摩訶不思議な道具も使えないし、キョン君に口を割らせるほど心理戦に長けてもいない。この場では、質問しようがはぐらかされて終わりそうだ。

 

『あ、キョン君待ってくれよ。手の一つも繋いで帰ろうじゃないかっ』

 

  さまぁ◯ず並みにモヤモヤしながらも、僕はキョン君を追いかけて一旦は部室に戻るしかなかった。

 




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六話 なんでも無い日

『キョン君?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど、僕負けないよ』


  みんなが少年少女の頃は憧れた存在だったであろう、とっても大好きドラえもんが誕生するまで、なんと早くも100年を切っているのは知ってるよね?未来の世界のタヌキ型ロボットを、まさか知らない人はいないって前提で話を進めさせて貰うけれど。22世紀は、今を生きる人々の九分九厘が死に絶えている気の遠くなる未来に違いは無い。それでも。いざ100年と言われてみれば、聞こえ方ひとつで随分近くに感じないかな。

 

  持ち運べるドアで、地球外も含め何処にでも行けたり、小さなプロペラを頭に装着するだけで空を自由に飛べたりっていうのは、あと数年で成人を迎える僕にとっても心躍る話さ。ただし実際問題、タケコプターは構造からして実現不可能みたいだけれど。夢も希望も無いよ……。あのサイズのプロペラで空を飛ぶほどのエネルギーを生み出すには、首が捻じ切れる以上の回転を要するんだって。そんなの、僕が【大嘘憑き】をオートで使用しない限り実用化は不可能じゃんか。首が飛んでは戻り、飛んでは戻り。およそ自由とは言い難い光景だろうね。

 

  どっちかと言えば。ドラちゃんに頼るまでもなく、なじみえもんだったならば、即座に夢を叶えてくれそうではあるかな。

 

  夢あふるる22世紀はとっても魅力的で、それこそ何時間でも語っていられそうだけど……僕が伝えたかった事は他にある。

  そうだね。要は、それだけテクノロジーが発達している世界から見て、現代はたったの100年前って認識なのに、解明されていない謎が随分と多くはないかなってところだ。

 

  ナスカの地上絵、ストーンヘンジ。

  マヤ文明にメソポタミア文明。こうした謎は世界中にごまんと溢れているわけで。なんなら、海底なんて未知の世界じゃないのかい?宇宙にしたって、人間がプロキシマまで行くメドさえ立たないし。まずはその辺を解明すればいいのに。不思議を今から探したりするよりも、ブレークスルー・スターショットに携われる大学に進むのが現実的だろうね。

 

  と、SOS団団長に提言したくなるのを必死で堪える僕の気苦労なんか、知った事ではないとでも言わんばかりに。ハルヒちゃんが夏の花火に匹敵するスマイルで言った。

 

「今週の休みも、不思議探索をするわよ!」

『不思議探索……?』

 

  聞きなれない単語。僕はうっかり聞き返してしまう。

  ハルヒちゃんはビシッと、人差し指を僕に突きつけて。

 

「そ!市内をぐるっと回って見て、何か不思議が転がっていないかを探すの!」

 

  なんとも愉快で素敵な活動内容を説明してくれたのだった。

  西宮市に、第二第三のストーンヘンジやナスカの地上絵があるとは到底思えないけれど……

 

  いや、そう言えば。5月の某日だっただろうか。転校してくる前に、軽く西宮について検索したんだけども。その時見つけた記事で、とある学校のグランドに、突如謎の地上絵が現れたって奴があった。およそ3年前に起こった事件だったっけ。平和な学校の敷地内に、一夜にしてヘンテコな地上絵が出現したようだ。あれの出処が真に謎なんだとしたら、存外あり得るのかなぁ。不思議ってヤツは。

 

  ただ。正直それの製作者は、今僕の目の前にいる気がしなくもないけど。なくなくなくないけど!

  何故なら。近所だし、この娘ならそのくらいぶっ飛んだ行動をとってもおかしくないよね。

 

『なるほどっ!それはそれは有意義な休日の過ごし方だ。果報は寝て待てなんか、時代遅れだもんね。やっぱり今時の高校生は、自らの手で不思議を見つけるべきっしょ!つーかこれからっしょ!みたいな?』

「そのとおーり!禊、あんた新入りにしては飲み込みが早いわっ。これからもその調子で精進すること!いいわね?」

『うん。任せてくれよ!』

 

  ハルヒちゃんに褒められたぞ!母親にすら褒められた事がないから、賞賛とかされること自体に慣れていないんだ。キョン君に有希ちゃん、あまりこっちを見ないでくれるかな。絶対、今僕は顔を赤くしちゃってるよ。恥ずかしいなぁ……

 

「不思議探索か。球磨川が増えたことで、丁度二人一組になるな」

「ですね。3つにグループを分けられるので、効率もより上がるでしょう」

 

  古泉君とキョン君は、異論を唱える気も無いようだな。

  すっかり、貴重な休みを団活に浪費するよう教育されてしまっている。そして古泉君。君はハルヒちゃんの言うことに異を唱えられないギアスでもかけられているのかい。キョン君は全面的にハルヒちゃんに服従してる感じではなさそうだけれど、古泉君は最早下僕オーラさえある。イエスマンなんて、今時流行らないぜ。

 

「そのような呪いをかけられた覚えはありませんが……。僕が休日をどの様に過ごすのか、判断しているのは僕自身です。心配には及びませんよ」

『そっかそっか!うん、君が言うなら間違いないんだろうね。ようし、これで安眠出来そうだ。ホラ、僕って結構心配性でしょ?古泉君がハルヒちゃんに弱みを握られて、無理やり言うことを聞かされているんじゃないかって不安になっちゃって』

 

  古泉君は肩をすくめ

 

「まさか。涼宮さんとの不思議探索は、未熟なこの身に新たな発見をもたらしてくれる事があります。こちらから、お供させて下さいと頭を下げたいくらいですよ」

 

  そんなものかな。ま、どーでもいーけど。ていうか、偉そうにいきなりご高説されても困るなぁ。君が何を得ようと失おうと、僕はアウトオブ眼中なんだよね。

 

「ふんっ!失礼しちゃうわ。私が無理やりみんなを連れ回すなんて、するはずがないじゃない。団長と一緒に活動出来るのがどれ程の幸運なのか、今週末になれば禊にもわかるはずよ。せいぜい、前言を撤回する羞恥心に備えることね!」

 

  プンスカと、頭上に湯気を発するハルヒっち。おおう、なかなかに虫の居所が悪そうだ。ホルモンバランスの乱れ?まさか、もう更年期なの?或いは、何か悪いことでもあったのかい?人間、主に女の子は、ムスッとしているよりは笑った顔のほうが可愛いのに。

  どうして団長様が不機嫌になってしまったかは、皆目見当もつかないからほっとくとして。

 

  これまでに、何かしら不思議探索の成果はあったんだろうか。

  それだけ自信満々なのであれば、一つや二つは不思議を見つけられたんだよね。これで実績がないなら、とんだお笑い種だ。

 

「……そんなに簡単に見つかるのなら、そりゃ不思議でも何でも無い。そうじゃないか?」

 

  知らぬ間に。卓上に将棋盤を用意していたキョン君。いつも、団活ではボードゲームで暇を潰しているのかな。

 

  駒をカチャカチャと弄りつつ、遠い目でそう語る姿は、どこか仕事に疲れたサラリーマンを連想させた。高校一年生が放つにしては重々し過ぎるオーラには、過負荷の僕をもってしても気圧された。そんなキョン君に免じて。しょうがないから、はなで笑うのは勘弁してあげよっと。

 

『……確かにね!キョン君の言うとおり。僕は不思議を舐めていたよ。たかだか高校生に発見されるようでは、謎でさえ無い』

 

  ハルヒちゃんは僕の発言に満足したのか、「そう、そうなのよ」とかなんとかつぶやきつつ。お茶に口をつける。

  待ってくれよ。ハルヒちゃんさぁ、なんだい?そのお茶は。

 

「なにって、みくるちゃんに淹れてもらったに決まってるでしょ?」

 

  決まってるんだ。

 

  ハルヒちゃんは、見せつけるようにその後何口かズズッとお茶を含んだ。

 

  ずるいよ。僕にもくれないかな、みくるちゃん!

 

「うん、勿論。順番だから、ちょっと待っててね」

 

  後に聞いた話だと、メイド服に身を包んだみくるちゃんは、団長から優先してお茶を淹れる役割が与えられているのだという。

  なんだそれ、と侮るなかれ。

  みくるちゃんの淹れたお茶は、芳しくも雑味のない逸品だった。

  その才能、茶道部あたりで活かす道もあるでしょうに。みくるちゃんには、明日から「超高校級の茶道部」と名乗る権利を差し上げてもいいね。

  メイドはほら、既にいるからさ。

 

「朝比奈さんのお茶は天井知らずの美味しさだ。球磨川が夢中になるのも頷ける。しかしな、せっかく時間もある事だし、良かったら将棋でも指してはみないか」

 

  天にも昇る心地。食を極めるとは、こういう事なのかもしれない。美食倶楽部の榊原さんも認めるであろう究極の緑茶を堪能していた僕に、キョン君が挑戦状を叩きつけてきた。

 

『ふっふっふ。キョン君、僕のティーブレイクを邪魔した罪は重いんだぜ。君には、黒星という名のお仕置きをプレゼントしてあげるよ』

 

「おや、球磨川さんは随分と自信があるようですね。腕に覚えがあるのですか?」

 

  時計係を颯爽と買って出た古泉君は、僕の態度から将棋経験者だと推測したらしい。

  結論から言えばノーだよ。そもそも

 

『僕レベルともなると、勝ち負けなんかに拘らないのさ』

「と、申しますと?」

 

  将棋って、飛車や角って駒が強いんだ。これは、やった事がない人でも知ってるよね?大駒と呼ばれるコレらを如何に活かして勝つのかが大切なんだけれど。

 

  僕的には、強い駒を使って勝ってもなんら達成感を得られないワケで。

  動きとして、一番弱い駒。【歩】に執着するのさ。

 

  実際に指し始め、にわかに戦いが始まったあたりで。一旦、キョン君が手を止めた。

 

「変わった戦法だな。大駒があんまり働いていないじゃないか」

『そうかい?大駒ばかりに気を取られていると、足元すくわれるぜ?』

「……いや、そうでもないぞ」

 

  パチッ。

 

  かん高い駒音が部室に響く。

  キョン君が放った一手は、僕の王様を丸裸にするような一撃だった。

  正々堂々というか、まさに王道なカッコいい一手で、僕の姑息な戦法を正面から叩き潰す。

 

  自分の分身みたいに弱い歩に、最も高い価値を持たせてしまっている僕の将棋は、最終的にはキョン君に蹂躙されるしかなかった。

 

  大切にしていた歩がキョン君に取られ、次のターンにはその歩が裏切って僕の急所を責めてくる。

  前のターンまで味方だったにも関わらず即座に寝返るとは。腐った性根をしているあたり、そこも球磨川禊っぽい。

 

  だからこそ。

 

  『まだ終わらないよ。歩の真価はこれからだ!』

 

  歩は、一マス前にしか進めない。

  使い捨てることが前提の哀れな駒さ。

  しかし、だとしても歩は、相手の陣地に入った途端猛威を振るう。

  長い道のりを経て敵陣に突入した歩は、飛車や角の次に強いとされる、【金】って駒と同じ動きが出来るようになるんだぜ。

 

「ふむ、球磨川さんの戦法は実に興味深いですね。あまり重要では無い駒達が、各々の個性を発揮して、最大限働いている……。ある意味難しい差回しと言えるでしょう。お見事です」

 

  歩が裏返った存在。いわゆる、【と金】。これまでは単なる雑魚に過ぎなかった歩でも、と金になれば途端に相手は無視できなくなるってわけ。このと金を作る瞬間に、僕は心を奪われる。

  落ちこぼれが、エリートと同格になれる。将棋がつまらなくないのは、これがあるからだ。

 

  トランプで例えると。ポーカーならワンペア。大貧民(大富豪)だと【3】を活かして戦うのが、僕なりの流儀ってヤツだね。

 

「こういう狙いだったか」

 

  キョン君が眼を細める。

 

『中々、刺激的でしょ?』

「ま、正直ハッとしたがな。しかし球磨川、お前は大駒を蔑ろにし過ぎたな」

『あはっ、やっぱりか』

 

  結局、僕は元々自分のモノだった駒で追い詰められてしまった。

  と金作りに夢中で、大駒の守りを疎かにしちゃったみたい。

 

  キョン君の手に渡ったエリート達は、獅子奮迅の働きで僕の王様を追い詰めていった。やっぱり、いくら雑魚が頑張っても、エリートには敵わないや。

 

 友に裏切られて死ぬ感覚も手軽に味わえるからこそ、将棋ってヤツはここまで人気があるのだろうね。

 

  終わってみれば、僕の人生の縮図が、盤上に出来上がっていた。

  一縷の望みも無い、何処へ行っても負けるだけの世界が。

 

『あーあ!勝てなかったかぁ』

 

「ていうより、球磨川の自爆にも近かったがな。飛車を守るべきだろ」

 

  敗者への情けか。僕の悪手をキョン君は咎めるけれど。

 

『……飛車なんかどうでもいいよ』

 

  そんな指し方は、僕の自尊心が許さない。許すものか。

 

「……ん?何か言ったか?」

 

『いーやっ?なんにも?』

 

  キョン君の耳に、僕のぼやきは届かなかったようで。……別にいいさ。

  気にしてなんかいないよ。

 

  例えゲームであっても、雑魚がエリートに一矢報いる事に価値を見出す。この考えに共感してくれる【過負荷】は、きっとどこかにいるだろうから。

 

『それよりホラ、今度は古泉君もやろうよ!』

「いいでしょう。球磨川さんにならば、僕でも勝てるかもしれませんね」

 

  どうやら将棋で古泉君は、キョン君にいつも負けているらしい。

  だったら、僕だって負けてられないや。

 

  キョン君が時計係を代わってくれ、僕と古泉君の戦いが始まった。

 

  お互い弱すぎたのか、勝負がつく前にハルヒちゃんによって今日の活動の終わりを告げられてしまったけど。

 

  結局、僕らは不思議のふの字も探さずに、ボードゲームだけで時間を消費してしまったけれど。

  これで良かったんだろうか。

 

「さあ、戸締りするから皆早く出なさいっ」

 

  団長の号令によって、みんなが部室を出て。

  ハルヒちゃんがしっかり施錠を確認する。団員全員がその様子を見守り、無事に鍵がかかると。

 

  ハルヒちゃんはテンポよく僕の前までやってくるや

 

「今日は将棋やってたみたいだけど、SOS団の活動は毎日がこんな緩いわけじゃないからっ。勘違いしないでよねっ!」

 

  腕を組んで、そんな事を言った。

  それもそうだ。ボードゲームだけに精を出すなら、ボードゲーム研究会にでも改名するべきだし。

 

 眉を吊り上げた 団長は、どこか不機嫌そうに忠告してくると、クルッとターンして階段に走って行く。ひょっとして、仲間に入れて欲しかったのかな。

 

  僕がハルヒちゃんの精神に幸あれと祈る傍で。

 

「んっふ、すみません。僕はこれからバイトなので、お先に失礼しますよ」

「古泉君、気をつけて下さいね」

「はい。ありがとうございます、朝比奈さん」

 

  古泉君がバイト先へ急いで行った。

  高校生の身分で、バイトしているんだね。なんだか大人っぽいなぁー!

 

『どんな所で働いてるんだろう?少し、ついてってみようっと!』

 

  僕は古泉君の背中を追って走り出す。

 

「あ、おいっ。球磨川!」

 

  高校生活で体験してみたい事の一つに、実はバイトがランクインしている僕は、古泉君の働きぶりを参考にしようと、後を追う事にした。家に帰っても、晩御飯までは暇なのもあるし。

 

  何故かキョン君に呼び止められたような気もしたけど……気のせいかな。

 

  勤務先は、スーパーかコンビニか、はたまた飲食店か。古泉君なら、どれもそつなくこなしそうだよね。

 

 

 

 

 

 

 




『この学校、体育はブルマなんだね。これだけでも転入してきた甲斐があるってものさ。有希ちゃん。上は長袖ジャージで下はブルマっていう、伝統の格好をやってもらってもいいかい?一瞬、はいてないようにさえ見えるその姿たるや、現代では絶滅危惧種並みの扱いだと思うのだけれど。それはそれとしても、体操服に映えるのはやっぱり有希ちゃんくらいの貧乳だよね』
「球磨川禊の情報連結を解除」


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七話 閉鎖された世界で 前編

  我が国日本には国民の義務として「教育を受けさせる」というモノが存在する。これは大人が守るべきルールであって子供の側からしたら勉強するもしないも自由なのだけれど。子供視点では教育を受ける権利こそあれ、義務は無いし。でも、その自由意思とは関係なく、全国の中学校では基本的に生徒のアルバイトを許してはいないみたいだね。学生の本分は勉強なんて言うように、バイトすれば本業の学業が疎かになると危惧されているのが禁止の理由らしい。一部の例外として牛乳配達や新聞配達はあるそうだけれど……まあ大概の学生は高校生になってようやく好きにアルバイトが出来るようになるってことを僕は言いたい。

 

  古泉君はSOS団の活動が終了するやいなや「バイトがある」とか言いながらそそくさと帰路についていき、バイト先が気になって気になって辛抱堪らなくなった僕は、今現在彼の後をこっそりついていっちゃってるのでした。古泉君も一般的な日本の学生なんだし、彼は恐らくバイトを始めて間もないくらいだと思う。転入前に違うバイトをしてた可能性はあるけれど、今の学校に来てからは初の仕事場だろうね。だからこそ、あれだけ意気揚々と自発的にバイト先へと嬉しそうにスキップ混じりで向かったってわけだ。お金を自分で稼ぐ、そうした社会活動に参加できることで自尊心が満たされているのかもね。

 

  我らが北高には。スポーツをはじめ、音楽に美術系、各委員会などなど。バラエティに富んだ部活動がたくさんあって、多くの学生は二度とない青春を何か一つの物事に一心不乱に打ち込んだりするのが割とよく見るパターンだろうけれど。SOS団随一のイケメン。古泉一樹君は部活だけでは飽き足らず、どうやらアルバイトとの二刀流に挑戦しているようだった。欲張りさんめ!一度しか無い人生なんだし、ともあれ古泉君がやりたいようにやれば良いんだろうけれど。活発な彼に刺激されたのか、なんだか僕も二刀流でメジャーに挑戦したくなってきたよ。となると、今すぐにでも野球部へ入部するべきなのかもしれないな。高校生から野球を始めてプロになった人もいるんだし。

  野球といえば古今東西マネージャーとの恋物語がつきものだから、南ちゃんを甲子園へ連れていくべく、僕の双子の弟であるところの【(そそぎ)】には、交通事故で他界してもらう必要もあるね。おっと!南ちゃんは最終的にはマネージャーではなかったかも。

 

  とまぁ、このように。巻き戻し不可能な貴重この上ないモラトリアムをどう過ごすかって点では僕もまだまだ決めかねている最中で。SOS団で面白おかしく過ごす道もあれば。それこそバイトでもして仕事に汗を流し、そこで出会った年上お姉さんと恋愛に発展する可能性を追う道も選択肢としてなくは無い。

  なんだって学校以外の異性との繋がりというヤツに強く心惹かれるんだろうか、高校生ってのは。同級生が知らない大人な女性との交流。響きだけでもう昂りを抑えられそうに無いよ。え?安心院さん?

  ……なるほど言われて見たら僕しか知らない大人(?)な女性に該当する可能性が僅かばかりあるようだな。ただ、あの人に限っては例外も例外さ。みんなだって内心わかっているだろ?

 

  差し当たって。今日この時は、古泉君のバイト姿を拝ませてもらうとするよ。彼の働きぶりを見て、僕もアルバイトに手を出すべきかの決断の一助とさせてもらおうかな。

 

「ええ、ええ。今日はそちらでしたか。では、僕もこれから向かいます。ご迷惑をおかけしますが、森さんには先に対応して頂けると助かります。……はい、では後ほど」

 

  携帯で通話しながら、夕暮れの人混みを縫っていく古泉君。この方向は、駅でも目指している感じかな。会話の内容はわからないけれど、バイト先で何かしらトラブルが発生しているような口調だったね。「今日はそちらでしたか」とか口にしてたけれど、どちらなのかな。僕は一体、おいくらの切符を買えばいいのだろうか。

  ……なんてね。電車で追跡する際も、今は便利になったものさ。だってICカードにチャージしておくだけで乗り換えも楽々になっちゃったんだから!ひと昔前なら、対象に合わせて余裕を持って、少し値段が高い切符を買ったりしなきゃ行けないところだよ。そう思うと、今ってかなりストーカーに優しい世界になったものだ。かがくのちからってすげー!だね。

 

  僕が慌てて、いつ頃を最後にチャージしていたかあやふやなICカードを財布の奥底から取り出したところで。

 

『……ん?タクシー乗り場?』

 

  すっかり電車で追いかけるつもりだった僕の出鼻をくじくように、古泉君はタクシー乗り場へと進行方向を変えた。

  しかも、乗り場で待機していたタクシーでは無く、少し離れたロータリーに停車していた黒塗りのタクシーに乗り込む。なにさ、予約でもしてたわけ?なら、学校前まで呼べば良かったのに。先頭でドアを開けてウェルカムしたタクシーの運転手さんが可愛そうじゃないかっ!

 

『っと、このままだと見失ってしまうね……』

 

  せっかくなので、古泉君をウェルカムしてスルーされたタクシーに、僕が乗り込むことにする。

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

  ふかふかのようで固さもある。けれど座り心地は良いシートにお尻を沈め、僕は運転手さんに一礼した。メガネをかけた、この道何十年のベテラン運転手さんみたいだ。助手席の後ろに自己紹介のプレートがあるから、名前と顔をセットで覚えられた。何々、運転手は田丸圭一さんか。良い名前だ。僕の今後の人生では一切必要無いだろうけど、覚えておこぉーっと!安全運転で頼むぜ、田丸さん。

 

「どちらまで参りましょう?」

 

  にこやかに、後ろを振り返る田丸さん。

『前のタクシーを追って頂戴!』

「……かしこまりました!」

 

  僕の、ドラマでよく聞くおふざけとも取れるセリフに、田丸さんは全く顔を引きつらせたりせずに了承してくれた。なんなら、僕がそう言うのを待っていた感さえあった。田丸さんは華麗なクラッチ捌きでロータリーを後にする。加速のスムーズさは、さすがプロといったとこかな。気を抜いたら寝落ちしてしまいそうだよ。チャーリーブラウンか誰かが、【車の後部座席で眠れるのは子供の特権だ。】的な発言をしていたけれど、大人になろうが。後部座席で眠りたいならタクシーに乗ればいいんじゃね?

 

  にしても古泉君。バイト先までタクシーとか、とんだブルジョワなんだね。てゆーか、バイト代とタクシー代が相殺しちゃわないのかな?お父さんがタクシー運転手で、送り迎えしてくれてるって説ならまだ理解は出来るけど!

 

 ー45分後ー

 

  タクシーに揺られること、小一時間。先導する古泉君が乗車したタクシーが路肩で停車した。……やっと停車してくれた。いやはや、よもや高速道路に乗っちゃうとは。これは幾ら何でも予想の斜め上だったかな。一体全体、何十キロ走ったのやら。料金メーターには、目を逸らしたくなる数字の羅列が。うん、僕の所持金をゆうゆう超えているぞ、どうしたものか。

  そもそも、バイトにしては通勤時間かかり過ぎだよね。帰りも同じ時間をかけて帰ると考えると、僕は古泉君にバイト先の変更を真っ先に提言したい。この金額、しかも往復分を稼ごうとするなら、ホストとかじゃなければ不可能でしょ。

 

『……あれ?』

 

  車に若干酔って、タクシー料金にも目眩を覚える僕の気苦労を知ってか知らずか。古泉君はニコニコ顔で、なんと後続の僕が乗ったタクシーまで歩み寄ってきた。田丸さんは呼応するように、料金未払いにも関わらずドアを開放して。そのまま古泉君が、後部座席に乗った僕へ手を差し伸べてくれた。

 

「やあ、球磨川さん。こんなところで会うなんて、えらく奇遇ですね」

『……あれれ、もしかしてもしかすると。古泉君ってば、僕の尾行に気がついていたのかい?』

 

  だとしたらやや驚きだ。これでも、気配を消して後をつけていたのに。古泉君の他に、周囲に気を配る人間でもいたなら話は別だけれど。たかが高校生に、護衛なんていないだろうし。あと、ドアを開ける前に田丸さんが古泉君と意味深にアイコンタクトした気がする。まさか、このタクシーも古泉君が予約済みだったとか?

 

「んふっ。それも含めて、少々お話ししたい事があります。よければ散歩でも如何でしょう。車酔いには、風を浴びるのがオススメですよ」

 

  話しながら、何やら真っ黒いカードを支払い用の端末に通した古泉君。すると、メーターの数字はリセットされる。

  なんだい、その、高校生が持っていてはいけなそうなカードは!それよりもそんなカードがあるなら、僕に裸エプロン本の一つや二つ、買ってくれてもいいんじゃない?

 

「残念ですが、これは使える場所が限られていますので」

 

  ニコニコ笑顔で、古泉君はブラックカードを胸元にしまい込んでしまった。本当に残念だよ。

 

『それで古泉ちゃん。というか、一樹ちゃん。なんなら、いっちゃん。君のバイト先はどこなんだい?学校帰りに寄るにしては、いささか不便だと思うのだけれど』

「ついてからのお楽しみにですよ。しかし、球磨川さんを失望させる事は無いかと。ただ、今後貴方がアルバイトに精を出すか、SOS団の活動一筋になるか。そのご決断をするにあたり、参考となるかどうかは保証しかねますが」

『へぇ?』

 

  僕が古泉君を尾行した動機までバレてら。あれ、これはひょっとすると心を読む系のスキルでも使用しちゃってるかい?まあ、こっちからの質問は、彼のお話しとやらを兎にも角にも聞いてからだね。

 

『それでそれで?古泉君の話って何かな。思い返せば、こないだキョン君からは逆に【話があるのか?】なんて尋ねられてしまったけれど。話があるとは言いつつ、君もまさか僕にお話しさせようって魂胆ではないだろうね?』

 

  古泉君はここに来てようやく、微動だにしなかった笑顔を引きつらせ。

 

「なるほど……。あの日、彼が球磨川さんを連れ出したのはそういう事でしたか」

 

  なんだか、いきなり思考モードに突入されてしまった。と思いきや、すぐさまスマイルを取り戻して古泉君は歩みを再開した。

 

「球磨川さん。涼宮ハルヒさんについて、どう思いますか?球磨川さんにとっての涼宮さんとは、どういった存在なのでしょう」

 

  神妙な面持ち。まるで、好きな女の子が被ってないか探りを入れているような聞き出し方だね。ハルヒちゃんを、さては好きなのかな?いっちゃんは。

 

「魅力的な人だとは思いますが……。そういう恋愛感情はひとまず置いてもらって。球磨川さん、貴方が彼女に近づいた理由を教えて頂きたいのですよ。以前、校門でもお話しさせてもらいましたよね?貴方の存在は謎に包まれていると。」

『あー、いずれ話す機会がってヤツ?今日がその日ってワケ?』

「正直申しますと、球磨川さん。貴方はとんだイレギュラー因子なんです。本来なら、ここにいる事さえおかしな存在……。それが貴方です」

『え?うわっ、それはいくら僕でも傷ついちゃうよ。存在を全否定されるだなんて。あまりの悲しみに、世界を消し去りたくなってしまいそうだぜ』

 

  長門有希ちゃんに命名してもらった僕のスキル。

【大嘘憑き】なら、世界そのものをなかったことにできる。

  悲しい時、一般の人はよく「この世から消えたい」という思考に陥ると聞く。過負荷な僕から言わせてもらえば、自分が消えても世界は何事もなかったかのように続いていくのは業腹でね。だったら世界もろとも消すのが正解でしょ。

 

「すみません、言葉選びを間違えたようですね。決して貴方を否定しているのでも、責めているわけでもありません。ただ、貴方のことをもっと知りたいのですよ。同じ、SOS団の仲間としてね」

 

  またホモか。

 

  いや、そうでは無いと願う。キョン君も古泉君も、誤解されるような発言は控えた方が良い。

 

「ですが、その前に。まずは僕自身を知ってもらう必要があるでしょう。一方的に情報を開示しろというのは、フェアではありませんし」

『もっともだね。』

「手始めに、僕のバイト先を見てもらいましょう」

 

  タクシーを降りて、5分は歩いたかな。古泉君と僕は、寂れた公園の入り口にやって来ていた。門限が遅めの児童たちがボールやら縄跳びやらを使って、各々放課後をエンジョイしてる最中みたい。でも、おかしいよね。なんだって、ここに連れて来たのさ。

 

『……公園がバイト先なの?』

「半分は正解です。球磨川さん、すみませんが目を閉じてもらえないでしょうか?」

 

  真剣な顔で言われてしまう。

  別段、断る理由もないから従うけどさ。

 

  僕が目を閉じると。古泉君は僕の手を握って、公園に入ろうと引っ張った。エスコートされるがまま、公園の中に入ったであろうポイントで。

 

「もう、目を開けていただいて結構ですよ」

 

  ゆっくりと瞼を上げれば。僕の瞳には、ひたすらに灰色の世界が写り込んだ。

 

『……これは!?』

 

  今の今まで遊んでいた子供達は消えて。車の騒音も、聞こえてこない。音も無い世界に、僕らは二人立ち尽くしていたのだった。




「みっちゃん!南を甲子園に連れて行って!」
『確かに僕はみっちゃんだけども……。それだと、諦めの悪い男みたいだね!あさくらって名字も、眉毛さんを連想させるぜ』


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八話 閉鎖された世界で 後編

『いじめカッコ悪い。実に良くない』


  ビルも木々も何もかもが、色あせてしまった世界。さっきまでの喧騒は何処へやら。車の音も、子供達の声も聞こえない。人類が滅びた後の世界に迷い込みでもしたんじゃないかと疑わしくなる程度には、人の営みを感じ取れない無機質な空間。寂しいような、悲しいような。終わってしまった世界に、気がつけば僕と古泉君の二人だけが佇んでいた。はて。この空間に来る直前の記憶を辿ってみても、彼に言われた通り目を閉じて数歩歩いていただけで、僕は異世界に行くようなスキルを使っていなければ、持ってもいない。だというのに、別世界にやってきてしまったのは一体全体どうしたわけ?

 

  太陽の光も、頬を撫でる風も感じられない不気味な世界でも、古泉君は戸惑い一つを見せなかった。なんなら、自分ちの庭を歩くみたいに何処かへと歩を進め出した。視線だけで僕に付いてくるよう促しながら。

 

  この、非日常感溢れる灰色空間は、ちょっと普通じゃない。肌に触れている空気一つとっても、何か違和感を覚える。

 

  ……わかった。さては、これがモニタ◯ングってテレビ番組だね?もしくはドッキリア◯ードか。ま、どちらでも目に見える違いは無いから気にしないけど。いつも家では漫画ばかり読んでいるから然程テレビに詳しくない僕でも、ピンときたよ。

  古泉君。君の仕掛け人人生はここでお終いのようなんだぜ。いかんせん、ドッキリを仕掛けられた僕が冷静さを保ってしまっているわけだからね。とはいえ、失敗したなぁ。真に古泉君の友人を名乗る為には、目を開けた瞬間オーバーリアクションでもするべきだったかも。いっそのこと、カメラさんにカットサインを出してTake2を撮影してもらったほうが懸命だろうか。

 

  ドッキリ失敗の様相を呈してきて、内心とても焦っているであろうに、健気にもスマートさを保ちながらどこかの雑居ビルへ入って行く古泉君。懸命な彼の背中を見守りつつも、僕は無言で失態を恥じた。なにしろ、せっかく古泉君が僕の為にドッキリ仕掛け人になってくれたというのに。愚かな球磨川禊ときたら、初見でドッキリだとカンパしてしまったのだから、スタジオの皆さんも興醒めだろうさ。

  ……この際だ。作戦変更して、ここで古泉君の頭に螺子を刺してあげようかな。別に頭じゃなくて心臓だって構わないけれど。そしたらほら、逆ドッキリのていでどうにか視聴率を稼げるじゃない?極彩色が欠けているこの世界なら、古泉君がブチまける鮮血はとても輝くと思うんだ。画面映えも考慮した、これはナイスアイデアだぜ。

 

  古泉君は階段をひたすら昇っていく。ここまで何も喋らないのは演出の一貫なのかな。はたまた、古泉君がテンパってしまい、セリフが飛んだかだね。誰か、ADさんとかがカンペで古泉君に指示を出してあげたほうがいいと思うけれど。階段室に二人の足音だけがやたらと響く。放送事故になりかねない時間は、仕掛けられ人とでも言うべき僕の心臓をもキリキリと痛めつけてくる。僕でこれなら、仕掛けた側の古泉君は、心臓麻痺並みのダメージを負っているかもしれない。

  なんとか心労から解放してあげたいけれど、このまんまじゃ、ドッキリ大成功プラカード係の人が一生出てこれないよ。

 

  しょーがない。ならば、僕自ら助け船を出すとしようっと!

  思い立ったが吉日。やや時期尚早な感じは否めないけど、さっきの逆ドッキリ案を実行に移そう。僕は後ろ手で螺子を取り出し、古泉君の後頭部をロックオンした。

 

 ……その、直後。

 

  くるりと、古泉君は屋上へ続く扉の前で踵を返す。おっと危ない。あと数秒遅ければ、螺子を構えている様をバッチリ目撃されていたぜ。ドッキリも、逆ドッキリも失敗しては、古泉君は登校拒否してしまうぐらいの傷を心に負っていたところだ。だって、きっと彼は親や親戚一同、友人達にテレビ出演する旨自慢していたと思うし、ブルーレイに録画しちゃってるかもだし。

 

  僕は悟られないよう、行き場をなくした螺子を元の場所にしまう。

 

「球磨川さん。ここまで、あまり驚いてはいないように見受けられますが……この世界はお気に召さなかったでしょうか?」

 

  古泉君は「んふっ」と吐息を漏らして、なにやら困り顔で聞いてきた。

 

  ちょっと古泉君!?それ、言っていいの?番組的に。いや、いいはずないか。

 ……これは完璧に放送事故だな。

 

  ええい、もはやどうにでもなれだ。

  僕はカメラを意識せず、アドリブで返すことにした。

 

『驚いていない、と言えば嘘になるよ。ただ、いささかインパクトが弱かったかな。もっとわかりやすく世界が変化していたなら焦ったかもしれないけれど、肝心の、変化を実感するまでに時間を要したからね。その間に心が落ち着いてしまったのさ。』

「それはそれは。いえ、僕のような凡人からすれば、先ほど程度の変化であっても十二分に驚愕するべき事態なのですが……。球磨川さん、貴方には相当な適応能力が備わっているみたいですね。それとも、たんに肝が据わっているのでしょうか」

 

  くすくすと、僕がことの外落ち着いている現実が面白いらしく、古泉君はずっと笑顔のまま。いや、笑ってる場合じゃなくない?仕掛け人さん。

 

「……では。第二フェイズに移行しましょうか。今度はきっと、平静ではいられないと思いますよ」

『なんだって?』

 

  なるほど、二段構えだったんだね。少し安心したよ。古泉君……もとい、演出家さんはさぞニヤケている事だろう。ナルトに出てくるグラサンの蟲使い君がごとく、奥の手は最後まで取っておいたというわけか。

  惜しむらくは、次に何かがあると古泉君が周知してしまったことだ。ひょっとして、彼は仕掛け人に向いていないよね。SOS団内でサプライズパーティーを企画する際には、主役と一緒に古泉君にも内密にするよう、心掛けるとしよう。

 

  で?ドアの向こうになにがあるっていうの?

  酷だけれど、事前に知らされていては驚きたくても驚けないよ。どんなに怖いお化け屋敷でも、タネも仕掛けも知っている製作者は驚くはずないでしょ?

 

  予告の有無。既知か未知かはとっても大切でね。

 

  昔。ゲームボーイで遊んだポケモンのライバルは、予告も無しに、唐突に画面外から現れては戦いを挑んできたものさ。心臓に悪い、多くのトレーナー達のトラウマにもなった強制イベントだけれど、ポケモンの残りHPが少なかったり、セーブしていない等の要因もあって、それはそれはスリル満点のバトルを楽しめたよ。絶対に負けられない、是が非でも勝たなくてはいけないプレッシャーが良い感じのスパイスになったりしてね。ま、僕はいっつも負けていたけれど。それが、時を経て3DSともなった今じゃ、「〇〇で待ってるから、回復してから来てね!」みたいに待ち合わせをしてくるまでに至った。まるでハラハラもドキドキもしない親切設計。デートのお誘いじゃないんだからさ。ともすれば、ときメモで待ち合わせ場所を間違えるかもしれない恐怖の方が面白く感じるくらいだぜ。

  そんなお手軽でお気楽なライバルとの戦いは、時間がなくてバッファが大好きな社会人にはありがたかったりもするのかもしれないけど!

 

  されど古泉君、君はダメだ。エンターテイナーとしては二流だよ。僕は社会人でも無ければ、アマガミをプレイしているわけでもないのだから。ここはビシッと、しっかり怖がらせてくれなくちゃね。最高のリアクションを取るためには、あえて下調べをしないって、どこかのユーチューバーも言ってたぜ。

 

「さて球磨川さん。この先は、ちょっとしたスペクタクルですよ。」

 

  よくある、屋上への鉄扉。たかがヒンジのついた鉄板を隔てただけで、その先にスペクタクルがあるだなんて。今の僕的には期待するのも憚られた。

  ギイィ……と、錆びついた蝶番が軋み、高所の恩恵によって阻むものが無くなった視界には。何処までも色のボヤけた世界が広がっていた。予想以上でも以下でも無い、さっきまでの灰色空間が地平線まで続く。

 

『おっと』

 

  だが、それだけじゃない。

 

『なんだい?アレは……!』

 

  さんざん、今さら驚かないだの興が削がれただのとフラグをコツコツと建設してきた僕の目には。つい先刻までは存在していなかった、ある異形の姿が映り込んだ。

 

「さすがの球磨川さんも、これには驚いたようですね」

『いやはや、降参だ。あんなのを見て驚かないのは、天上天下安心院さんただ一人だよ……』

 

  全長が、ビルほどはあるかという人型の化け物が。灰色だらけの世界において、青白く輝きながら立ち尽くしていた。

 よもや特撮映画ばりの巨人を見せられるだなんて、いくら僕でも……いや、僕だからこそ、白旗を上げざるを得なかった。

 

 ◇◇◇

 

「神人。神の人と書いて、我々はアレをそう呼んでいます」

『神…か。だいそれているね』

 

  素直に驚いたよ。あんな超常現象は、テレビの企画なんかで用意できるもんじゃない。CGでも無ければ合成でもない。確かな質量を持って、そこにいる。アレが神だと、隣の少年は言った。まさか、とは思うけれど。否定する程の材料を、僕は持ち合わせていなかった。

 

「アレは、涼宮さんが創り出したモノです。」

『……え?ハルヒちゃん??』

 

  いきなりどうしたんだい、古泉君。ここにきて茶化すような真似は遠慮して欲しいのだけれど。この場にいないハルヒちゃんが、関係あるはず無いでしょ。

 

「そう思うのも無理はありません。ですが、事実アレは涼宮さんが生み出しているのです。もっと言うなら、この世界そのものが、彼女によって創造されています。……にわかには信じがたいでしょうが」

 

  ここで信じられる人間がいたら、是非とも僕に紹介して欲しい。そのような人間なら、詐欺にかけやすそうだからね。オレオレ詐欺やワンクリック詐欺。ひと昔もふた昔も前の手口でも、あっさり大金を支払う人種に違いない。

  つまるところ、君の話は普通の人間が理解出来る範疇を大きく超えている。

 

  古泉君は巨人と距離を詰めるように、屋上を自由に闊歩する。あの物理法則を無視した巨人とコンタクトをとるには、フェンスだけでは心許ないにも程がある。

 

「涼宮ハルヒが不機嫌になると、この世界は現れる。そうする事で、彼女はストレスを発散しているのです」

『……ふぅん?』

 

  意外とつまらないネタを引っ張るな、このイケメンは。うん、ハルヒちゃん推しなんだな、きっと!

 

「突拍子もありませんが、事実です。なんなら、僕に理論的な説明をしろと言われても出来ません。ただ、そういうものだとわかってしまうのだから仕方がないとしか」

『……えっと。真剣な話、君は僕の信用を得たいとは思っているんだよね??』

「もちろんです。ここに貴方をお誘いしたいのは、僕の抱える事情を理解してもらい、親交を深める為ですから。そして、僕はいつもほどほどに真剣なつもりですよ」

 

  わかったよ、そんなに言うなら付き合おう。

  この世界はハルヒちゃんによって創られましたと。まあ、意味不明だけれど。そういうものだと認識しておく。

 

  でも仮に、……仮にそうだとするとだ。

  この世界を創ったとして、それが何だというのさ。いや、世界を創っていることそれ自体は、大変凄いと認めるのもやぶさかじゃないけれど。ストレス発散にはどう繋がるのかってはなし。プラモデルのように、精巧な1分の1スケールで地球を創るのがハルヒちゃんのブームなのだろうか。となると、現段階では塗装までいってないってことか。この世界は色あせているのではなく、これから色づくってわけね。じゃあ、どうせなら塗装も終わった頃に連れてきて欲しかったよ。

 

「ほう。プラモデルに例えるとは、中々的を射てますね。……球磨川さんの言葉を借りるならば、この世界は、涼宮さんが創る等身大のジオラマと言えるでしょう」

『へえ、そうなの』

 

  そうだとしたら、あの青白い巨人は明らかに縮尺を間違えているな。普通は人間サイズにして、家の飾りにするべきでしょ。あれではまるで某漫画に出てくる使徒じゃないか。至急人造人間を用意してくれるのなら、僕が目標をセンターに入れてスイッチを押してあげなくもない。

 

「んっふ。神人こそが、この世界の主役なんですよ。なくてはいけない存在です。そして球磨川さん、貴方の認識は正しい。アレの意味は、まさしく怪獣と言って差し支え無い」

 

  百聞は一見にしかず。古泉君は、ご覧くださいと神人を指差した。困惑しながらも僕のつぶらな瞳が神人を捉えたところで。

 

  屋上を出てからずっと立ち尽くしたままだった神人が、右腕を大きく振りかぶる。

  本来なら、重力によって細い二の腕はブチ切れて自由落下する定めだけれど。青白の巨躯はこともなげに頭上で腕を制止させると、今度は重力の恩恵だけを受けて手近なビルに振り下ろした。なんでもありか。万有引力なんかクソ喰らえって感じ?

 

  恐らくは鉄筋コンクリート造であろう高層ビルは、神人の一振りで粉微塵に。

  なるほどね。とりあえず神人は、ビルを3分で平らにできるどこかの60パーセント弟よりもハイスペックなようだ。

 

「創造と破壊。涼宮さんはこの世界を神人に破壊させる事で、ストレスを発散しているんですよ。現実世界でやらないだけ、慈悲があると言えます。」

 

 化け物が目の前で破壊活動をしていても、古泉君は冷静だ。この子は、なにがあれば焦るのかな?

  ていうか、そんな危険な場所に僕を連れてきたのはどういう了見だい?もしかして僕は、古泉君の手の込んだ自殺に付き合わされてるのかも。死を覚悟しているからこそ、悟ってる系?

 

  ともあれ、破壊活動を続ける神人は、少しずつ僕らのいるビルに近づいてきている。このまんまではお陀仏だ。三十六計逃げるに如かずだよ、古泉君!

 

「安心してください。アレが怪獣だとすると、倒されるのが世の常でしょう?」

『はい?』

 

  悠長な。誰かがいつか倒してくれる保証がどこにあるのさ。事は切迫してるんだぜ?

  僕はぼっ立ちした古泉君を見捨てて逃げる選択をした。もう彼は諦めよう。階段室まで走り出そうと、左の足を浮かせると同時に。

 

  古泉君を覆うように。赤いバリアの様なモノが出現した。それはバチバチと電撃みたいな音を立てて、彼の身体を外界と隔離する。

 

「では、行ってまいります」

 

どこへ?と、僕が尋ねるよりも前に。

 

  にこやかに微笑むと、バリアごと古泉君は屋上から勢いよく飛び立ち、神人の元まで飛んでいった。これは、彼のスキルなのかい?

 

  古泉君が飛んだ先を目で追うと。他のビルからも似たような赤い球体がいくつか現れて、それらは俊敏な動きで神人を翻弄する。赤い球が神人の周囲を高速回転する度に、青白い肉体はブチリと千切れ落ちる。多分だけれど、他の赤い球も人間なのだろう。そして、古泉君と連携している点から、どうやら皆んなは仲間らしい。

 

戦況としては……なんだかよくわからないけれど、古泉君達が神人をおしているみたいだ。まさか、古泉君自身が戦うとはね。道理で余裕なわけだ。

 

  トドメとばかりに。全員で神人の頭部を切断すると、不気味な巨体は跡形も無くこの世界から消え去った。

 

『なんだ、神人って弱いんだな。まるで……』

 

 

僕みたいだ。

 

  弱い神人が強い者達に蹂躙される光景は、僕的にはけっこうショッキング。光の粒子になってしまった可哀想な神人に対して、僕はご冥福をお祈りすることしか出来ずにいたのだった。

 

 ……いや?まてよ。今の僕には、神人を救うだけの力があるんじゃないか?

 

  ふと、おニューのスキルを使おうと右手を伸ばしてみたけれど。神人とやらの存在自体を理解していない僕では、うまく生き返らせてあげられなかった。

 ごめんね、神人ちゃん。

 

  程なくして戻ってきた古泉君と言えば。

 

「お待たせ致しました。怪獣は、無事倒されましたよ。それから……この世界は、神人が居なくなったことで存続する理由を失いました。間も無く、崩れるでしょう。」

 

命がけの戦いをしてきたというのに、特に疲労した様子もなく。

 

「ヒビが入っていく空なんかは、結構綺麗ですよ」

 

神人消失に伴うこの空間の崩壊を、絶景だとでも言うように目を細くして楽しんでいた。

 

  怪獣を倒して平和を喜ぶ、ヒーローのような笑顔が、そこにはあった。



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九話 神とは

『いろいろな重要イベントを発生させ忘れている僕だけれど、ギャルゲーの場合はバッドエンドまっしぐらだよね、これは。でも、これはゲームじゃない。僕に限ってトゥルーエンド以外はありえないんだぜ』


  閉鎖された世界からの帰路。エンジンの作動に伴い、一定のリズムで座席が揺れて、高速道路を照らすランプが等間隔で過ぎ去っていく。スマホの地図アプリでも開かない限り、今僕らを乗せて走るタクシーがどこにいるのかなんてわからない。ただ、兵庫県のどこかであるとは思う。すっかり夜の帳が下りたことで、日中以上に場所がわかりづらい。見知らぬ街ってさ、やっぱり気味が悪いよね。隣に座る古泉君は一仕事終えてどこか満足気だけれど、僕的には眠気と格闘するので精一杯だ。ちなみに、この眠たくなる現象には名前がついていて、ハイウェイ・ヒプノーシスだか言うらしい。主に運転手の眠気を誘うもののようだけど、後部座席だって眠いものは眠いのさ。いっそ古泉君の膝を枕にしてみるのも悪くなさそうだ。程よく鍛えてありそうな彼の膝は、枕の役目を十分に果たしてくれることだろうし。ま、どことなく身の危険を感じるから、実行はしないけどね!

 

「……3年前です。」

 

  僕に膝を見つめられているのを知ってか知らずか、古泉君が口を開く。

 

『3年前?』

 

  ていうと。僕がまだ純情な男子中学生だった頃だな、懐かしい。あ!今日この頃の僕も無論初心だけれどね。それはそれとしても、めだかちゃん達と過ごした輝かしい日々は、まだ昨日のことのように思い出せるよ。で、3年前がどうかしたのかい?いっちゃん。

 

「僕が。……いえ、僕たちが先程の特殊な力に目覚めたのは、今から3年前に遡ります。ある日突然、僕らは自分が能力に目覚めた事と、その使い方について知りました。」

『なるほど。君のスキルは誰かに与えられたタイプだと。ふーん、つまり君達にスキルを譲渡するスキルを持った何者かがいるってことか』

 

  安心院さんのスキルの一つに、人にスキルを貸し与えるものがある。それと似た感じかな。けれど、誰が一体なんの目的で古泉君達にスキルをあげたんだろうか。自分のスキルを人にあげるのは、基本的にメリットよりもデメリットのほうが多い。喜んで自らスキルを渡す存在なんて、平等主義者くらいなものだって認識なのだけれど。もしくは、古泉君達にスキルを分け与えたのも、安心院さんだったりして。

 

「素晴らしい。拍子抜けするほど、理解が早いですね。……いえ、僕としては助かるのですが、球磨川さん。まさか貴方にも似たような経験があるのでしょうか?」

『ないよ?』

「おや、それは意外な返答ですね。今の受け返しは、かなり超能力に詳しくなければ不可能だと思ったのですが」

 

  前触れもなくスキルを習得してるだなんて。あるわけがないじゃないか、そんなの。目が覚めたら自分の中に謎の力が芽生えているとか、怖すぎて想像もしたくないよ。スキルってやつは、苦労して手に入れるからこそ意味があるのであって、人から譲り受けたりしたって愛着の【あ】の字も湧かないぜ。楽して得た力というやつは、多くの人は簡単に行使してしまうものだしね。お金しかり、スキルしかり。証拠に、僕は【はじまりの過負荷】には愛着があるけれど、安心院さんから譲り受けた【手のひら孵し】そのものには、そこまで入れ込んでいないんだよ。

 

『古泉君さぁ。さっきの超能力がある日いきなり暴走する可能性って、考えたことがあるかい?』

 

  そう、例えば僕の中にある新たなスキルのように。気をぬくと、世界そのものを無かったことにしてしまいかねないとかさ。

 

「いいえ。その点については考慮するまでもありませんから」

『へえ?大した自信だね。』

 

  今日この場ではともかく、能力が発現した数ヶ月は不安が生じても変じゃない。むしろ危険性を考えないほうが不自然なくらいでしょ。

 

「それなりの根拠があるんですよ。僕がこの力を信頼するに足る、ね」

 

  古泉君は得意げにこちらを伺う。

 

『その根拠って?』

 

  気になるといえば気になるから、仕方がないので聞いてあげた。

  古泉君が続けた言葉は、ここまでくると想像の埒外ってほどでもなかったけれど。しかし少なからず、僕の中の価値観を変えるだけの何かは確かにあった。

 

「涼宮ハルヒによって、この力は与えられたのです」

『な、なんだってー!?』

「冗談ではありません。球磨川さん、貴方は既に彼女が具現化した奇跡を目の当たりにしています。ならば、さらに不思議の一つや二つ追加されても、違和感はそれほど感じないのではありませんか?」

 

  古泉君は性懲りも無くハルヒちゃんの名前を出してきた。いや、違和感ありまくりだけど。ありまくりんぐって感じだよ。

 

  するとなにかい?ハルヒちゃんには、閉鎖空間を作り出して自由に出入りできるスキルと。神人を生み出すスキル。更には赤い玉になれるスキルがあって、オマケにスキルを譲渡するスキルもあるっていうの?単なる普遍的な女子高校生にしては欲張りセットが過ぎるってものさ。

 

  僕の、信じられないといった表情を笑顔で受け止めて。古泉君は前髪を人差し指で弄びつつ

 

「そうです。人では到底なしえない事ばかり。有史以来、彼女のような人間はいない。我々の組織が調べた限りでは、ですが」

 

  有史以来?安心院さんがいるじゃん。古泉君の組織とやらがどの程度の規模かはわからないけれど、案外捜査能力がないんじゃない?

 

 ……いや。でも安心院さんは、人間では無いか。だから除外したわけね、納得。

 

「しかし、この世にはどんな奇跡を起こしても不思議ではない存在がいますよね?人間では不可能だとしても、その存在ならば不可能も可能にしてしまうような。」

 

  うん、これは安心院さんだな。

 

『ぁ…』

「そう、我々はそのような存在を神と呼びます」

 

  【安心院さん】と発声する前に答え合わせをされちゃったぞ。シンキングタイムを設けてくれないだなんて、古泉君にはドッキリ仕掛け人の才能も無ければ司会者としての才能も無いと見た。

  今度の回答には自信があったのに。もっとも、古泉君が用意していたアンサーとは違ったみたいだな。神になるスキルを持つ安心院さんなら、正解みたいなものだろうけど。なんなら、複数正解を認めてくれてもいいくらいじゃない?

 

『ハルヒちゃんが神だって?謎の空間を作り出し、怪物を生み出すだけでは、全知全能とは程遠いように思うけれど』

 

  事実だよね。神様って、もっと凄いイメージだよ。別世界を生み出すのだって大変素晴らしいとはいえ、神は言い過ぎ感がある。せいぜい、ドラゴンボールでのカリン様くらいじゃね?

  おっと。カリン様だと仙豆が便利過ぎて貢献度が高いから、やっぱりミスターポポにしとこっと!

 

「これは失礼しました。涼宮さんを語るには、兎にも角にも彼女が持つもっとも強大な力について話しておくべきでしたね」

『あ、まだあるんだ。そうこなくちゃね』

 

  ここまで、乗りかかった船だ。いっそどこまでも突き抜けてくれた方が面白いよ。なんだったら、安心院さんを倒せるかもしれないレベルだと嬉しいかな。

 

  果たして。古泉君の言葉は。

 

  「涼宮ハルヒには、願望を実現する能力がある」

 

  僕の予想をちょっぴりだけ上回る、しかし想像の範疇程度の、なんとも微妙なものだった。

 

『へぇ、すごいね』

 

  落胆が過ぎたかな?言葉も態度も、あまり凄いとは思っていないのが丸わかりな代物になってしまった。

 

「涼宮さんは非日常を渇望しています。宇宙人や未来人、超能力者のような存在が現実にいて欲しいと願った。だから僕がここにいる。」

 

  うん。超能力者がいて欲しいとハルヒちゃんが思ったが故に、古泉君は力を与えられたってことね。願望を実現するスキルを発動して、現実に超能力者を生み出したと。そういう線か。要するに古泉君の能力は、直接スキルを貰ったのではなく、ハルヒちゃんがスキルを行使した結果生まれた副産物ってわけだな。世界の方がハルヒちゃんの願いに帳尻を合わせてくれるなんて、なんとも便利だね。

 

「長門有希や朝比奈みくるも同様に、涼宮さんにいて欲しいと願われたから存在しているのです。考えても見てください?我々のような超能力者や、朝比奈みくる。長門有希のような存在が都合よく一堂に会するかのように登場するでしょうか?」

 

 ……うん?ちょっと待ってよ。超能力者である古泉君はまだいいとして。有希ちゃんやみくるちゃんの登場はどうしたことだ?それもハルヒちゃんが、同じ部活のメンバーに貧乳メガネっ娘と巨乳ロリっ娘がいて欲しいと願った結果なの?

 

  ノーマークだったヒロイン達の登場に僕が目を白黒させていると。古泉君は「しまった」みたいな顔をゼロコンマ数秒した後に、気合いでいつものイエスマンスマイルを取り戻した。

 

「んふっ、これは失礼。どうやら、その様子だと僕が一番乗りだったみたいですね。いえ、いずれお二人からもアプローチがあるでしょう。その時にでも、僕の発言の真意がわかると思います」

 

  ……ふむ。有希ちゃんやみくるちゃんにも、ハルヒちゃんに願われる要素があるってことかな。

  せいぜい、腕力が強いくらいしか有希ちゃんの取り柄は無いし、みくるちゃんに至っては特別注目すべき点さえ見当たらないけど。

  近いうちにアプローチがあると古泉君は言う。

 

  長門有希ちゃんに、朝比奈みくるちゃん。今回みたいな不思議体験ツアーが、あと二回もあるってこと?あ、キョン君も入れたら三回か。……そういえば、眉毛の人も僕にちょっかいかけて来たのは、あの人ももしかしてハルヒちゃんに関係ある人だったのかな?無かったことにしちゃったから、たとえ関係があっても最早関係ないけどね。

 

  話込んでいるうちに、気がつけば自宅の前までタクシーがたどり着いていた。

  えっと、住所とかって何処からバレたのかな。別にいいけれど。

 

  僕は戸惑いつつ、開いたドアから自宅前に降り立つ。

 

「今日はありがとうございました。これで少しは、僕の事情を知ってもらえたかと思います。球磨川さんには第二のイレギュラーとして、出来れば僕の味方になって欲しいと考えています。情報過多でお疲れ様でしょうから、今晩は早めに就寝なさって下さい」

 

  また放課後に。

 

  古泉君はそう別れを告げて、タクシーに乗ったまま小さくなっていった。

 

  第二のイレギュラー…?僕をそう呼んだけれど、一体なんのことかな。第二ってことは、第一もあるとか?

 

  しかし、ハルヒちゃん。

  君が持つのは願望を実現するスキルか。なんだいそれ。フワフワした説明で、具体的な効果は不確かだけれど。僕にとって一番大事なのは、そのスキルで安心院さんを倒せるかどうかだ。けどなぁ……。どうせあの人なら、平気で上位互換のスキルを持っているんだろうな。

 

『……いやいや。否定から入るのはよくないね』

 

  まずは、情報収集だ。明日さっそくハルヒちゃんと戦って、スキルの見極めをしなくては。

  その前に、ハルヒちゃんにどんなスキルか聞いてみよう。一方的に情報の開示を求めるのはフェアじゃないね。ま、鉛筆や消しゴムを無かったことにして僕が先にスキルを披露すれば、不公平でもないだろう。

 

  長距離のタクシーで眠さ最高潮なこともあって。僕は古泉君の言いつけ通り、いつもより1時間は早くに布団へと入ることにした。

  適度な疲労感によって、目を閉じて数秒で眠りの世界に誘われていくのは喜ばしいのだけれど……もうちょっと布団の中でまどろみたかったような気もして、少し勿体無さも感じる睡眠導入となった。




「古泉。あまりにも説明を簡略化し過ぎです。」
「すみません森さん。このあたりの説明は、読者の方なら数十回と聞いている筈なので簡単にと思いまして。」


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十話 密談

 古泉君との、ドッキリ閉鎖空間観光ツアーから一夜明けた今日この頃。僕はハルヒちゃんが持っているらしい、何やら凄いと噂のスキルについて調べる気満々で、なんとか歯を食いしばりながらも辛く苦しい学業に勤しんだ。

 昨日。古泉君の口からは神であるかのように説明された我らが団長様だったけれど、出会ってから日が浅いとはいえ、僕個人としては少なくとも神っぽさをハルヒちゃんから感じた事はない。一度しか無い青春時代を、よりによってオカルトなんかに費やしてしまう残念なJ Kという印象でさえある。彼女の何処に古泉君が絶対的な信頼を置いているのか、それこそが謎と言えるぜ。だって、神様が不思議を探すっておかしいじゃん。不思議だと思う事象を持つ存在を神と呼ぶのは違和感バリバリって感じ。自分で創造したんじゃないの?って言いたくなるよ。

 いや、ひょっとするとそれこそが暇を持て余した神々の遊びってやつなのかもしれないけれどっ!

 

 兎にも角にも、ハルヒちゃんの持つスキルが嘘偽り無くそれ程大それているならば、土日を費やしてまで不思議探索をする必要は無いわけだ。セルフサービスで、どうぞお好きなだけ不思議を生み出してくれていいのだから。ましてやほら、僕って土日は家でゆっくりとジャンプを読み返したい人種じゃん?数年分のジャンプは自室のクローゼットに保管しているのだけれど、アトランダムに選んだ号からおもむろに読み返す行為程の高揚を、西宮市を散歩する活動からは感じられないと思う。連載が終了してしまった漫画や、今やジャンプの柱となっている漫画の、冒頭部分の手探り感を読むのって、タイムスリップでもした気分になれておトクだよね。絵の上達具合を再認識できるのも面白いし。

 と、これは当時の僕の考えだけれど、今現在の僕ももちろん同じ気持ちさ。……何が言いたいのかというと。みくるちゃんや有希ちゃんがそれぞれ違った方法でタイムトラベルないしタイムリープしていた事がある。これで、過去に遡ってジャンプを読み放題じゃん?と、普通は考えるよね。でも。その遡った時間平面上には今現在のジャンプは当然無いわけで。過去に飛んで過去のジャンプを読んでも、それは単にその時代での最新号を読んでいるに過ぎないってことさ。

 最新号が出ているこの時点で、過去の話を読むから良いんだよ。つまり……未来人だのタイムリープだのに、僕はあんまり魅力を感じないかな。

 

 でも、まあ。

 

 みくるちゃんに初めて彼女が持つ秘密を明かされた時には、ワクワクしなかったと言うと嘘になるけども。タイムマシンがあるのなら、現実に未来からトランクスがやってくるかもしれないからね!

 

 ◇◇◇

 

 古泉君プレゼンツ、閉鎖空間ツアー翌日の放課後。僕は急ぎ足でハルヒちゃんとついでにキョン君がいる教室へ向かっていた。

 

 同じ学年である為、教室はすぐそこ。教室に入るなり、クラスメイトが見守る中ハルヒちゃんに『ハルヒちゃんって神様なんだって?』と聞こうと試みた僕に。ついてない出来事が目の前で起こった。

 

「ほらキョン!グズグズしてる暇は無いわよっ」

「おい、ハルヒ!今度は一体何を思いついたんだっ!?」

「い・い・か・ら、ついてきなさい!」

 

 団長と団員その1が、ネクタイを引っ張り引っ張られ、僕が来た方向とは逆の廊下へ旋風を残しつつ消えていってしまったのだ。

 

『あ、あー……』

 

 木の葉の黄色い閃光を連想させる速度で二人は消え去った。僕も、大きな声を出せば引き留められたとは思うけれど、どうせこの後部室で会う事を考慮すれば。何もここで声帯に負担をかけてまで呼び止める必要は無いと判断した。

 ハルヒちゃんとキョン君が、このまま体育倉庫にでもいって、閉じ込められイベントが発生しなければだけど!

 やっぱり、高校生の男女が高確率で遭遇するであろう体育倉庫イベントって予約制だったりするのかな?僕が読んだ恋愛漫画では殆どの主人公達が経験してるのだけれど、あれってやっぱり作者さん達の実体験でもありそうだよね。でもないと、赤の他人である大勢の作者さん達が同じような話を書くわけがないもん。作品を書く上で、きっと自身の恋愛経験から話を作ってるに違いない。僕も恋人が出来たあかつきには、その娘と二人で体育倉庫に閉じ込められないとダメなのかな。いわゆるお約束ってやつ?暗黙の了解?

 しかし、校内全体のカップルやその手前の男女がイベントに遭遇しているとなると、季節問わず日替わりで閉じ込められていかないとスケジュールがパンパンにつまっちゃうと思わないかい?まさか、二組同時に閉じ込められるワケにもいかないし。そんなんじゃムードもへったくれもない。あるいは、先生の誰かが体育倉庫閉じ込め係みたいなものに任命されていて、監視カメラとかでカップルが侵入したのを見るや施錠しに向かっているとか!予約制のヨミが当たっていたとしたら、体育祭や文化祭などの行事がある日は、数ヶ月前から予約しておかないと即完売しちゃうだろうねっ。僕も、その頃には誰かしらとお付き合いが出来ていると予想して、今から職員室に予約しに行こうかな。なんてっ!

 

 ここで。

 

 寂しくハルヒちゃんらの背中を見送っていた僕に、嬉しいお知らせが。

 

「あ、良かったぁ。禊ちゃん、ここにいたんですね。もう部室に向かっちゃったかと思いました」

『おやみくるちゃん。君とは校内で高確率で遭遇するね!さては、僕をストーキングしていたりするのかな。だとすると、罰ゲームである可能性がかなり高いようだ。僕なんかをストーキングするのは、人生においてこの上ない時間の浪費だから、罰ゲームにはうってつけだもんねっ。鶴屋さんとの賭けにでも負けたのかい?』

「ふぇっ!?違いますよ、ストーキングなんてしてません!禊ちゃんと、少しお話しがしたくて会いに来ちゃいました」

 

 部室専用のエンジェル、朝比奈みくるちゃんの降臨だ。それも、僕と話がしたいという。ストーキングする罰ゲームを強いられていたわけじゃないようで一安心だけれど。……ええと、今度はみくるちゃんにラッセンの絵を売り付けられたりはしないだろうね。

 あと、出来れば僕をストーキングする事が時間の浪費ってところも否定して欲しかったかな。自分で言っておいてなんだけれどっ。

 

『僕と話がしたいの?わざわざみくるちゃんにご足労頂かなくても、部室で会えたのにっ』

「あ、えっと。部室だと長門さんや古泉君がいるから……」

 

 もじもじと、スカートの端をつまむみくるちゃん。

 

『つまり、その二人がいると出来ない話なのかな?』

「うん……。それと、涼宮さんにも聞かれたくない話なの」

 

 ふーん。ハルヒちゃんにも、か。しかし、古泉君曰くあの子は神様だから筒抜けかもしれないぜ

 

「えっ!?禊ちゃん、古泉君から涼宮さんについて何か言われたの?」

『まあね。ハルヒちゃんが神様とかなんとか。彼は新手の宗教に入信してしまっているようだから、付き合うときには一線を引いた方がいいみたいだな。出会ったばかりの僕にも理解を示す様促してきたし』

「それは……古泉君に悪気は無いと思うけど……」

『みくるちゃんこそ、古泉君の素性を知っていそうな口ぶりだね?なんなら、古泉君も君の隠し持った何かを知っていそうだったな。あ!もしかして二人は元恋人だったりするかな?かな?』

「え!え?そんな事ないですよぉ。私なんかと恋人だなんて、古泉君に失礼ですぅ」

 

 そうだろうか。みくるちゃんの見た目であれは、この世の大多数の男性は付き合いたいと考えると思うのだけれど。まあいいや。ハルヒちゃんとの直接対決を前に、少しでも情報が増えるのは望むところだよ。敵を知り己を知れば百戦殆うからずと言うからね。

 

『ま、二人の過去はさて置き。みくるちゃんの話とやらを聞こうか』

 

 ……僕と二人きりでしたいという話を。

 

「はいっ!あの、少しだけ場所を変えてもいい?」

『いいよ。遠慮しないで、少しと言わずだいぶ変えたって構わないぜ』

「じゃあ、書道部の部室までついてきて欲しいの。今日は部活がお休みで、誰も来ないから」

 

 書道部室、ねぇ。これはまた、随分と古風な。でも、どうして書道部の予定を把握しているのかな?

 

「ふふっ。こう見えて私、涼宮さんにSOS団に誘われる前までは書道部員だったのよ」

『なるほど、だからか。納得したぜ』

 

 書道部室はみくるちゃんが言うようにもぬけのから。僕たちは適当な椅子に腰掛けて向かい合う。

 

『勝手に、所属していない部活動の部室に入るのってなんだか背徳感があるね。』

 

 誰もいない部室で男女が二人きり。これは、体育倉庫イベントに並ぶ出来事じゃないかしら!

 浮かれる僕はお構い無しに。みくるちゃんはいつものポワポワした雰囲気を最大限に留め、真面目な表情をして語り出した。

 

「ねぇ、禊ちゃん。話をする前に聞きたいんだけど」

『ん?なんだい改まって。』

 

 声のトーンを何段階か下げたみくるちゃん。やっぱり君も僕に何かを聞きたいんだね。団員達との会話から予想はしていたけれど。

 

「私が未来から来たって言ったら笑う?」

『時をかける少女!?』

 











『今僕が欲しいのはマイフォークだ。スプーンはもう持ってるからね!』


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十一話 時間平面




『じゃあ……エキゾチック物質、見つけてくださいや』






 未来から来たっていうみくるちゃんの発言は、果たしてジョークなのかな。さては、先日の金曜日に再放送していた映画を見て影響を受けてしまったんだね?わかるよ。僕も時かけは何度目かの視聴であってもついつい見入ってしまうほど好きだからさ。

 誰にも秘密で時間遡行している主人公が、ある日親友から唐突に「お前タイムリープしてね?」と聞かれた際の、心臓をキュッと掴まれたような感覚は堪らないぜ。親に内緒のイタズラがバレたような、なんともヒヤリとするあの感覚が。

 

 わざわざ誰もいない時間を見計らって書道部室まで赴いてあげたのに、時かけごっこに付き合わされるのは拍子抜けではあるものの、ここは男として!のってあげるのが優しさでしょ。

 

『わかった!みくるちゃんも、きっと僕にそう聞いて欲しいんだね?映画のワンシーン再現的な遊びがしたかったのなら早く言ってくれよ。それじゃあ早速聞いちゃおっと。準備はいいかな?みくるちゃん。』

 

「え?」

 

 

『……お前、タイムリープしてね?』

 

 

 僕は絵を見る為に過去へまでやって来た少年になりきって、少しばかり低音イケメンボイスを意識して名台詞を放った。ボソリと言葉を呟くと、数秒の沈黙が部室を支配する。

 

 ……………………

 

 うん。みくるちゃんは間の取り方が上手いんだな。さてと、彼女はどんなセリフを繋げてくるのだろうか。あるいは、タイムリープをする為に今にも走り出すのかな?彼女のどんな返答にも対応可能なように、僕はあらゆるパターンを想定する。万が一みくるちゃんが部室の窓から身投げしても、スキルがあるから問題ないし、思う存分やって欲しい。

 

 が、みくるちゃんが演技で返してくれる事は無く。

 

「えっと。禊ちゃん?私の話聞いてましたか?未来から来たって、言ったばかりじゃないですかぁ」

 

『聞いていたともっ。全く、君も大概映画が好きなようだね。こんな人気のないところまで僕を連れてきたのも、映画の人物になりきっているのを他人に見られたくないが故だったとはね』

 

「全然話が噛み合わないですぅ……。ううん、ひょっとしたらこれでいいのかも……?」

 

 僕が快く時かけごっこに参加してあげようと思ったのに、みくるちゃんと来たら失礼にも一人で物思いにふける。むしろコチラがテンションを上げ始めたところにこの仕打ち。みくるちゃんには女王様の才能がありそうだ。ロイヤル的な方では無い女王様だね、この場合。上げて落とす、飴と鞭的な。いや。……みくるちゃんほどの美少女にムチで叩かれるのは、人によっては飴と飴かもね!

 

 冷水をぶっかけられたような気分になった僕は、これならハルヒちゃん達を追いかけるべきだったかと後悔しつつ

 

『何やら思案している最中申し訳ないのだけれど、時かけごっこをするつもりが無いのなら僕はハルヒちゃんの元へ向かってもいいかな?彼女に聞きたいことがあってね』

 

「あ!それはダメ。涼宮さんのところへは行かないで欲しいの」

 

『ダメ…?それはまたなんでだろう。』

 

 なりきりごっこには不参加の姿勢だったというのに、みくるちゃんは僕を引き留めたい様子。まるで、僕とハルヒちゃんの接触を避けたいかのよう。うーん、どのみち団活で顔を合わせるんだけどなぁ。ついでに、僕って天邪鬼だからダメと言われればやりたくなってしまうんだぜ。

 

「そもそも私が未来から来たという発言は、別に映画の名言とかじゃ無いんですよ?禊ちゃんに早とちりをさせてしまったのは私のせいですけど」

 

『うん、そうだね。僕が時かけのワンシーンを思い浮かべてしまったのは、全部が全部思わせぶりなみくるちゃんのせいであって、僕は悪くない』

 

「ふえぇ……そんなにハッキリ言わないでください……」

 

『それで?ならばどうして未来から来たなんて発言したのかな。リーディングシュタイナーの能力を持つ僕に、まさかダイバージェンス1パーセントの壁を越えろとでも?』

 

 タイムリープマシンさえ用意してくれるのなら、そのぐらいはお安い御用さ。

 

「リーディングシュークリーム……?禊ちゃん、今は食べ物の話はしてないよ?」

 

 おっと!みくるちゃんには伝わらないゲームネタを挟んでしまったようだ。ある意味、アニメを見てるのではと思える返しではあったけれど。僕としたことが、レディーの会話を遮るなんて男が廃るぜ。ささ、気にしないで語ってくれたまえみくるちゃん!

 

「私、あんまり人に物を説明するのが得意じゃないから、上手く伝えられるかわからないの。それでも、聞いてくれますか?」

 

『もちろん構わないぜ。みくるちゃんには部室でお茶を淹れてもらってる恩もある。』

 

 妄想ノートの中身を聞くくらい、わけはない。

 

「私が未来から来たと言っても、いつ、どの時間平面から来たかは言えません。過去の人間に未来の情報を伝えるのは厳重に制限されていて、仮に私が話したくても話せないようになっているの。」

 

『タイムパラドックスだね、俗に言う』

 

 未来を変えてはいけないのだ!ってやつ

 

「我々の時代では解決済みですけど、そう理解してくれて構いません。そもそも、時間というのは連続性のある流れのようなものではなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねた物なの。」

 

『……ようするに、みくるちゃんとしてはエヴァレットの多世界解釈がお気に召さなかったと?』

 

 今時の流行りとしては、多世界解釈なんじゃないかと僕なんかは思うのだけれど。

 

 みくるちゃんは困ったように笑い

 

「ええと、そうね。アニメーションを想像してみて?あれって、まるで動いている様に見えるけど、実際には一枚一枚の静止画でしかないでしょ?時間もそれと同じ。時間と時間の間には断絶があるの。限りなくゼロに近い断絶なんだけどね。だから、時間と時間には本質的に連続性が無い」

 

 そうなの?

 

 この球磨川禊としたことが、少々みくるちゃんのぶっ飛び脳内についていけてないらしい。日本語で喋ってくれているのに、違う国の言語かな?ってなるくらいには、脳を素通りしていくぜ。

 

「つまり、この時間平面で私が何をしたところで世界は変わらないの。今の私は、パラパラ漫画の途中に書かれた落書きみたいなもの。次のページには描かれていない存在。私がこの時間平面で何かをしたところで、何百ページにも及ぶパラパラ漫画のストーリーは変わらないでしょ?」

 

 なんだろう。僕の頭が悪いからか、みくるちゃんのオリジナル設定がイマイチ飲み込めない。仮にこの時間平面とやらでみくるちゃんが僕を刺し殺したとして、次の時間平面では僕は生き返っているのかな?

 

 みくるちゃんが僕を刺した段階で、僕が刺された世界線と、刺されなかった世界線に分岐するって考えのほうが馴染むのはこれもタイムリープものの創作物を読み過ぎたからかな。

 

 まあ、みくるちゃんの中ではそういう設定なんだろうなと、僕は無言で頷く。

 

「……私がこの時間平面に来た理由はね、涼宮さんにあるの。」

 

 ハルヒちゃん?

 

 古泉君といいみくるちゃんといい、ハルヒちゃん大好きかよ。

 

「今の時代から三年前に、大きな時間震動が観測されたの。我々は調査をする為に時間を遡ったのだけれど、不思議な事に三年よりも前の時間に遡れないのがわかって驚いたわ。時間平面と時間平面の間に大きな断層があるのだろうっていうのが結論。でも、どうしてこの時代にだけそんなモノがあるのか謎だった」

 

 いや、そこまで来たら文脈的にも原因は涼宮ハルヒちゃんなんじゃねーの?なんせ神なんだし。そう言えば、古泉君が意味不明な力に目覚めたのも三年前だと言ってたな。これを偶然と片付けるにはちょっと無理があるかも。

 

「禊ちゃん、凄く察しがいいんですね……!そう、まさに涼宮さんが時間の歪みの真ん中にいたの。でも、時間平面に一人の人間が干渉出来るだなんて到底信じられない。だから、私は涼宮さんを調査する為にも身近で観察する為に派遣されたんです」

 

『なーるほど!でも待てよ?それならそうと、ハルヒちゃんに教えてあげれば良くない?不思議探索とかに駆り出されるのもダルいし、今からでも今の話をしに行ってあげようよ!』

 

「それは……禁則事項で不可能なの」

 

『禁則事項なら仕方ないね。』

 

 そこは、タイムパラドックスポイントなのかな。

 ま、みくるちゃんには無理でも、僕には可能だけれど。後でみくるちゃんとわかれたら、ハルヒちゃんに教えてあげるとしよう。

 

「これが、私がここにいる理由。信じて貰えなくてもいいの。ただ、知っておいて欲しかっただけ」

 

 みくるちゃんは言い終え、僕に説明をするという目的は無事達したのか安堵の息をつく。

 

『そう?んじゃ、書道部室を出ようか。そろそろ部員か顧問か、誰かが来ちゃうかもしれないし!』

 

 たまにあるよね。日曜日なのに学校へ行く準備をしてしまうことが。もしかすると、曜日感覚の狂った部員がやって来る恐れがある。

 なるほど、SUNDAYじゃねーの!

 

 僕は、妄想をひとしきり聴き終え、みくるちゃんが満足したのを確認するやドアノブを捻る。古泉君は曲がりなりにも能力を見せてくれたから説得力もあったけど、みくるちゃんのは完全に自己申告に過ぎず。まあ、今度機会があれば僕を過去か未来に連れてってくれたなら信じてあげても構わないかなって感じ。

 

「あ、……待って!」

 

 小さな手に、僕の右肩が掴まれた。

 

『……なんだい?』

 

 振り返ると、困り眉のみくるちゃん。

 

「禊ちゃん……貴方は一体……」

 

 何者なんですか?って?

 

「本来、この時間平面には……」

 

 おやおや、みくるちゃんもか。みーんな、僕を謎の人物扱いしてくるなぁ。まるで、この世界に存在してちゃいけないみたいじゃんか!

 

「ううん、なんでもない。ごめんね、引き止めちゃって。今日は話を聞いてくれてありがとう。今の話は無かったことにしてもいいからね?部室では、私に対して普通に接してくれたら、それで十分だから」

 

 何か言いたげだったにも関わらず、グッと飲み込んだ様子。

 

『なんだかよくわからなかったけれど、承知したよ。みくるちゃんによろしくするのは、僕の血のつながらないお姉ちゃんであって欲しいところの鶴屋さんにも約束したからね。任せてくれよ!』

 

 僕は右手をサムズアップさせ、書道部室を後にした。

 

 ドアが閉まるまで背中に突き刺さっていたみくるちゃんの視線が、僕が本来はこの時間平面にいるはずの無い人間だと言いたげな感じもしなくもなかったけれど、きっと気のせいだよね!

 

 それに、もしも万が一!僕がこの時間平面にいない不思議な存在であったとしてもっ!

 

 ……みくるちゃんの理論なら、未来にはなんの影響も無いのだから構わないでしょ。

 

 

 

 










時間平面論にしろ多世界解釈にしろ球磨川の存在はヤバいと思うのだが


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十二話 ベイカーベイカーパラドクス

 自分が所属していない部活動の部室に入るのはただでさえ緊張するものだというのに、そこで同じ団に属する女の子と二人きりになるってシチュエーションは少女漫画でもあまり見ない。てっきりみくるちゃんから告白されるないし、いきなり大人の階段を昇るような展開が待ち構えているものだと思い込んで心の準備をしていた僕は、時間平面なんちゃら的な話をされただけに終わって心底ガッカリしつつ文芸部室を目指しトボトボと歩いていた。

 

 あれ……?そういえば、みくるちゃんの口にしていた【時間平面】という耳なれない単語にはなんでだか聞き覚えがあるぞ。僕は渡り廊下の窓から見下ろす、学校の敷地内を舞う木の葉を目で追いながらも、それが誰の発した言葉だったか思い出す。確か、金髪に染めた髪を真ん中分けにしていて、ニヒルな口調がやたらと似合っていた厨二病発言ばかりをする青年がいたような……。なんなら、僕の新居付近で出会った事からご近所さんなんじゃないかとも予測した人物が。

 

 みくるちゃんのオリジナルと思われた時間平面という言葉を、他にも使っている人間がいる事実。偶々?それとも。

 

『なんていうことだ。名前が思い出せないぞ……君は、誰だ?』

 

 人を馬鹿にしたような、口元を歪ませる笑顔が特徴的な青年の、肝心の名前が出てこなかった。ほんの何日か前に会ったにも関わらず名前を忘れてしまうだなんて、僕はなんて薄情な人間なのだろう。

 思いがけず、田舎育ちの女子高生と何の前触れも無く身体が入れ替わってしまった新宿育ちの男子高校生みたいなセリフが口をついた。

 

 ある人物の顔や年齢、職業に家族構成など、様々な情報はスラスラと思い浮かべられるのに、大事な名前が出てこない現象には名前がついていて、ベイカーベイカーパラドクスという。

 僕はまさに今その状態。

 

 ちなみに、パン屋(baker)のベイカーさんの、職業は分かるのに名前が出てこないってジョークがこの変わった現象名の由来らしいぜ。

 

 でも待てよ?よくよく振り返ると。

 

『名前、名乗ってなくね?あの青年。』

 

 文芸部室の扉までたどり着いたところで、僕は彼が名前を名乗っていない可能性にもたどり着いた。

 

 なぁーんだ!

 

 僕が薄情だとか、記憶力が悪かったわけじゃなくて安心したぜ!

 

 これで胸のつっかかりもとれて、お気楽に団活にいそしめるというものだ。今日こそは古泉君に将棋でリベンジを決めてあげようか、それともみくるちゃんの緑茶を味わって、茶葉の種類を当てるゲームでもしてみるか。 

 

 ハルヒちゃんにキョン君、みくるちゃんはまだ在室していないだろうから、いるとしたら古泉君と有希ちゃんかな。

 

 そろそろ錆が原因で回らなくなってもおかしくない程年季あるドアノブを掴む。

 

『お、有希ちゃんだけか。』

 

「そう。」

 

 僕が部室のドアを開けたことにより、窓から入って来たであろう5月のぬるい風が通り抜けていく。有希ちゃんはチラッと僕を見るやすぐさま分厚い本に視線を戻した。

 彼女はいつもなんの本を読んでいるのだろうか。その本の内容が面白いかどうかはともかく、厚さだけならジャンプにも匹敵するね。もっとも、面白さではジャンプの圧勝だけれど!

 

 しかし改めて見ても、読書が似合う女の子だな。同じ読書キャラとして、ここは負けていられない。

 

 僕は一番廊下に近い椅子に落ち着く。その流れで、教科書の代わりに詰め込んでいるジャンプを鞄から引っこ抜き、有希ちゃんの反応を伺いつつ読書に勤しむとする。そのうちハルヒちゃんらがやってくるまでの間、束の間のフリータイムなんだし有希ちゃんにも文句は言われないでしょ。

 

 僕が、今読みたい気分の漫画がどこに掲載されているのかを巻末の目次で探し出したところで。有希ちゃんがあれだけ熱中していた読書をパタリとやめて隣にやって来た。えっと、……何か用事?

 

「これ。……貸すから」

 

 これからジャンプを読もう!って時に、なんだかSFっぽい表紙の辞書(小説)を差し出されてしまった。いやいや、分厚過ぎない?それ。

 

「読んで」

 

『いや、今日はジャンプを過去5週分読み直す日だから遠慮しておくよ。あ!勘違いしないで欲しいのだけれど、別にその小説が分厚過ぎて読む気が失せたとかじゃないから気にしないでくれよ』

 

「……そう」

 

 有希ちゃんは何処となく残念そうに小説を胸元に引き戻した。うん、気持ちはわかる。同じSF小説を読んでも、読み手によって受け取り方は千差万別であり、感想を言い合うところまで含めて読書というやつは素晴らしいんだっていうのは理解しているよ。有希ちゃんはパリピとは言い難い雰囲気の文学少女っぽいし、感想を言い合える友達が欲しかったんだろうね。……でも、時代は何と言っても電子書籍じゃん?僕の部屋には、未だに引越しの荷物が満載の段ボールがあって足の踏み場にも困るぐらいでさ。そんな立派な本を借りても飾る場所が無さそうなんだ。

 

 え?だったらジャンプも本では買わずに電子書籍で買えばいいのではって?……とんでもない!本というものは紙のあたたかみが大事なんじゃないか。1ページ1ページを指でめくるあの感覚も含めて、本を読むと言えるよ。僕は新しい本の匂いも、古本屋さんの独特の香りも、どちらも好きな人間でね。端末をただスワイプしていくだけなんて味気ないにもほどがあるじゃないか!

 

「……これなら、どう?」

 

 有希ちゃんは僕の好みを把握していたのだろうか。今度は小説じゃなく、結構前に読んだ赤◯ジャンプを差し出して来てくれた。下手したら10年とか前のものじゃない?

 

『えーっ!?有希ちゃん、君の家はもしや集◯社だったのかい??こんなに前の赤◯ジャンプを保管していただなんて、シンプルに驚きだよ!小説の代わりに差し出して来たってことは、つまり貸してくれるってことだよねっ!?』

 

 更に驚愕なのが、10年も前に買っていたものとは思えないぐらいに状態が良かった点だ。僕なら読み返しすぎてページの端が多少折れちゃったりしていそうな年月にも関わらず。

 無条件で飛びつき、僕は有希ちゃんの返答を待たずに赤◯ジャンプを受け取らせて頂いた。

 

「今日、読んで」

 

『モチのロンさっ!ようし、こうなっては仕方がない。真面目な僕としては不本意ではあるものの、今日のところは部活をサボって、帰りにポテチとコーラでも買って部屋に篭り読書するとしようかな!有希ちゃん、心配せずともポテチを食べる際には割り箸を使うから安心してくれよ。』

 

 きっと、僕の目は誕生日にゲームを買ってもらった小学生よりも輝いていたことだろう。

 

『くっ……!カバンがパンパン過ぎてチャックが締めにくいぞ……!』

 

 すっかり有希ちゃんがSFの世界へ帰ったのを尻目に、僕はギチギチとカバンにジャンプを詰める作業に苦戦。

 

「みんな揃ってるーっ!?今日も今日とて、SOS団の活動をスタートさせるわよっ!!」

 

 チャックが無事にしめられた頃には、残念ながらハルヒ団長が現れる時間となってしまっていた。金魚のフンみたいにハルヒちゃんの背後から現れたキョン君と、寄り道でもしていたのかみくるちゃんも一緒だった。

 

『ハルヒちゃん。来て早々で申し訳ないのだけれど、今日実はお腹の調子が悪くてね……』

 

 僕の脳内には赤◯ジャンプを読むことしかない。仮病を使ってでも、読みたいものがそこにはあるんだから。お腹をさすりつつ腹痛を訴えてみた。

 

 ハルヒちゃんはうろんげな眼差しをくれてから

 

「はあ!?禊、SOS団の団員たるもの健康管理も大事な仕事なのよ!とりあえず今すぐにトイレに行って来なさいっ。大体はトイレ行けば治るのよ。それでも痛いようなら、もう一度私に報告しなさい。いいわね?」

 

 流石は我らが団長様。団員の身体を気遣う優しさを持ち合わせていらっしゃる。だとしても、この時ばかりは余計だな。すんなり帰宅を促してくれれば良いものを。

 

『……そうしてみるよ。』

 

 当然、今のは嘘さ。トイレになんか寄らず、最短距離で帰らせてもらうぜ。

 

「キョン、アンタもさっさと出なさい!みくるちゃんが着替えられないでしょっ」

 

「へいへい。その前にカバンくらい置かせてくれって」

 

 ため息をつきつつ、床にカバンを放り投げたキョンくんは僕に追従するように廊下へ出てきた。え?今、何て言ったのかな。

 

 着替え?

 

 廊下に締め出された形になったキョン君が僕の疑問に答えてくれる。

 

「朝比奈さんがメイド服に着替えているんだよ。ハルヒの趣味なんだが……あの人は律儀に、毎日部室に来てから着替えているんだ」

 

 これまでは、みくるちゃんの方が僕より早く部室にいたから、いつ着替えていたかなんて気にもしてなかったや。

 

『あれ?なんか急にお腹治ったかも。不思議なこともあるもんだ。ハルヒちゃんに報告しなきゃいけないぐらいの不思議だぜ』

 

「球磨川、お前って案外わかりやすいヤツだな」

 

 僕とキョン君は入室許可が出るしばしの間、ドア越しに聞こえてくる衣擦れの音に耳をすましていた。

 

 キョン君、わかりやすいとは心外だね。ていうか、本当に今このタイミングで突然お腹の調子が良くなっただけなんだからっ!まるでそれじゃあ、みくるちゃんが扉一枚隔てて着替え出したから仮病を治したみたいでしょ。やめてくれよ。

 

 わかりやすいといえばむしろ、今日のみくるちゃんのパンツじゃないかい?書道部室で数分しゃべった際にこっそりと仕草を観察させてもらったのだけれど。あの声の調子に、表情、身のこなしから察するに。

 

 あの水色のスカートで隠されているパンツは、白のレースとみた。







『ところでと言えば更にところで!ちなみにみくるちゃん。君の知り合いに金髪真ん中分けニヒルほくそ笑み時間平面野郎っていないかな?』

「だ、誰ですかぁ?!それぇ」



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十三話 朝倉涼子殺人事件 前編

「それにしてもよ!全く不可解なこともあるものよね。あの生真面目委員長全開な朝倉さんが、誰にも別れを告げずに転校しちゃうだなんて」

 

 みくるちゃんが無事に女子高生からメイドにクラスチェンジしたことで、僕とキョン君はやっとこさ部室への入室を許された。部室棟の廊下には、他にも様々な部活動の生徒がいるわけで。何をするでもなく、扉の前でぼっ立ちしていた僕とキョン君は目立つのなんの。これは少々業腹なのだけれど、我が校におけるSOS団の立ち位置としては、その活動内容の不明確さから謎の部活動と噂されているようなんだ。元々の文芸部を、つまり有希ちゃんを。ハルヒちゃんが半ば強引に吸収したような形で、部室までもを不当に占拠していると思われているらしい。これは失礼極まりないぜ。由緒正しいSOS団に、そんな無礼な噂を流すだなんてさ!ちなみに、あんなにエロ本や読書が好きな有希ちゃんが元は文芸部員だったのは、意外でもなんでもないよ。

 

 こうした情報を提供してくれたのは、団員その1であるキョン君なのだけれど、誤解とはいえ部外者達に謎の団と認識されてしまっている以上、扉の前に立ち尽くす僕らを見る通りすがりの目が、やや冷たいというか不審な人物を見ているように感じられたのはある意味納得だ。

 今気づいたのだけれど、これ、もしかしてみくるちゃんの着替え待ちの度に見せ物のような気分を味わわなきゃいけないってことかい?下手すれば毎日になってしまうのではないだろうか。いっそのこと、みくるちゃんが制服の下にメイド服を着て授業を受けてくれれば、この問題は解決しなくもないけど!或いは、僕らが毎日扉の前に佇んでいれば、そのうち通行人も慣れて、誰も気にしなくなるかもね。なんだったら、みくるちゃんが僕らの目の前で気兼ねなく着替えてくれるのが最もスマートな解決策だけれど。

 

 で。冒頭のセリフは、僕とキョン君が腰を落ち着けみくるちゃん特製のお茶を一口含んだあたりでハルヒちゃんが叫んだものだよ。

 

『朝倉さん?聞き覚えが無い名前だな。転校しちゃったことが、そんなに不思議かい?』

 

 誰だか良くわからないけれど、僕はハルヒちゃんの話題に乗っかってあげた。これからSOS団の活動がいよいよ始まるぞって時に、開口一番朝倉さんって人の名前を出したからには、きっと今日一日ハルヒちゃんはこの話がしたくてウズウズしていたに違いない。僕や古泉君の5月の急な転入が、ハルヒちゃんにとっての【謎の転校生】ポイントだったみたいだけれど、その例にならえば。突然転校していった朝倉さんもまた、謎と呼ぶべき存在のようだな。

 

「私とキョンはクラスメイトだったんだけどね。明るくて面倒見の良い人で、友達も沢山いたのよ。そんな子が何の前触れも無く転校していくと思う!?少なくとも、親しい友人ならお別れ会くらい開くのが普通よ。ていうか、禊も朝倉さんと喋ってなかった?アンタが転入してきた日、SOS団の部室まで来る途中で会ったじゃない」

 

 転入初日……ねぇ。うーん、朝倉さんがもしも僕と会話しながらスカートをたくし上げてパンツを見せてくれていたのなら、コンマ1秒で思い出せているはずなのだけれど。記憶に残っていないという事は、残念ながらその人はパンツを見せてくれていないようだな。ハルヒちゃん、過去ばかり振り返っていては前に進めないんだよ。やはり、SOS団の団員たるもの、常に未来を見据えて行動するべきじゃないかな。初対面でパンツを見せてくれないような、それも、転校してしまい二度と会う事のない女子に、僕の貴重な脳細胞を使ってまで覚えておく価値は無いよ。二度と会うことが無いなら、パンツを見せてくれる機会も当然無いわけだしね。金輪際。

 

「はぁっ!?初対面でパンツを見せてくる女子なんて、この世のどこを探してもいるもんですか。むしろ通報モノだわ。そりゃ、もしそんな女子がいたらある意味記憶には残るでしょうけど。……ま!確かに朝倉さんて当たり障りの無い世間話しかしてこない印象だから、禊が覚えてないのも無理ないわね」

 

 ずずぅー!と、ハルヒちゃんが緑茶を啜る。

 

「ハルヒが不思議がっている理由を一応捕捉しておくとだな。うちのクラス担任……岡部というんだが、岡部教諭も朝倉の転校は朝になるまで聞いていなかったらしいんだ。朝倉の父親を名乗る人物から、電話一本で転校する旨を伝えられただけみたいでな。通常、転校するなら相応の手続きが必要だろ?必要な段取りを全てすっ飛ばしての転校なもんだから、ハルヒにとっては事件になっちまったってわけだ」

 

 キョン君は、岡部先生にインタビューしに行くハルヒちゃんに職員室まで同行させられていたようで、不思議ポイントをわかりやすく説明してくれる。なるほどね。聞けば確かに、不審な点ではある。けれど、事件というにはまだ大袈裟感も否めないな。単に親が手続きとか苦手なタイプの人だったのかもしれないし。かく言う僕も、学校の提出物……主に宿題は、当日の朝までやる気が起きないタイプさ。

 

「それだけじゃないわっ!朝倉の転校先は、なんとカナダなのよ!キャ・ナ・ダ!もう、胡散臭すぎて堪らないわよ。しかも、【朝倉さんに手紙を送りたい】って理由で岡部にカナダの連絡先を聞いてみたんだけど、それも岡部は把握してなかったってわけ!こんなことあり得る?!いいえ、あり得ないわ!もう、間違いなく何かあるに決まってるわよ」

 

 目を爛々と輝かせる団長。彼女の中では朝倉さんが何かしらのトラブルに巻き込まれたのが確定しているみたいだな。なるほど、カナダか。親が重犯罪でも犯して、国外にまで逃亡する必要があったのかと勘ぐりたくもなるね、それは。ところで、カナダってどのへんだったっけ?都道府県の位置すらうろ覚えな僕に、いきなり外国の話をされても困るよ。

 

「というわけで、今日の活動内容は朝倉の住んでいたマンションを調査することよ!幸い、古い住所は岡部から教えてもらえたことだし。ひょっとしたら、彼女の自宅には隠滅しそこねた犯行の証拠なりがあるかもしれないもの。古泉君は掃除当番かしらね?だとしたら、もうすぐ姿を見せるわね。みんな、それまでに帰宅する準備をなさい!」

 

 ハルヒちゃんからの、帰宅準備命令。カナダまで朝倉さんを捜索しに行くとか言い出さなくてよかったよ。

 

「ええっ……私、今メイド服に着替えたばかりなのに……」

 

 あわあわと、みくるちゃんが再度着替えるべきかと制服のかかったハンガーを見つめる。が、椅子に落ち着いたばかりの僕とキョン君に再び廊下へ出ろとは言い難いらしく、その体勢で固まった。

 

「ハルヒ、本気か?さっきも言ったが、朝倉の転校は父親を名乗る男からの電話一本で決まったんだぞ。言っちゃ何だが、それが本当の父親からだったのかさえ怪しいと俺は思う。岡部は何故か不審には思っていないようだったが、クラスメイトとしては警察に事件性がないかだけでも調べて欲しいぐらいなんだが」

 

 住んでいたマンションで、朝倉さんが悪い人に捕まっている展開をキョン君は恐れている様子。そうなると、野次馬根性でお部屋に向かった僕らは女子高生を犯罪に巻き込むような凶悪犯とハチ合わせる危険だってあるわけだね。下手したら、僕らも人質の仲間入りしかねない。

 もっとも、こちらには腕力自慢の有希ちゃんがいるわけだし、成人男性の一人や二人なら彼女が一捻りすれば終わるけれど。

 

『あれ、朝倉って……』

 

 よぉーっく思い出してみたら、そういえば僕にこの部室で斬りかかってきた女の子がそんな名前だったような。

 

「……」

 

 有希ちゃんが何やら非難するように僕を見て来ているけれど、気のせいかな。なんだい、朝倉さんの存在を忘れていた僕を責めているの?無かったことにしちゃったんだから、覚えてなくても何ら問題なくね?

 

 それはさておき、仮にキョン君の説が正しい場合。あの戦闘能力を持つ朝倉さんを監禁可能な犯人って、一体何者?スーパーサイヤ人2になった悟飯の動きをも止めた、界王神様に登場願わないと監禁はちょっと難しいんじゃないかな。

 

 あーあ。キョン君が変なこと言うせいで、僕まで行きたくなくなってきたぞ!なんなら、下校するならそれはもう部活終わりといっても過言ではないし、僕には有希ちゃんから赤◯ジャンプを読めという指令が下されてしまっているから、朝倉さんちに行くのは遠慮しちゃおうかな。やっぱり腹痛がぶり返したパターンも使えなくはない。

 

「キョンに禊。いつまで座ってんのよ!みくるちゃんが着替えられないじゃないのっ」

『うん、やっぱり追い出されるよね!当然、わかってはいたけれど』

 

 なにはともあれ。みくるちゃんには着替えさせてあげなきゃ始まらないので、僕とキョン君はまたもや廊下に立たされることになった。お情けで、各々の湯呑みだけは装備を許されて。テスト0点がアベレージののび太君でも、こんなハイペースで廊下に立たされた経験は無いんじゃないかな。

 

 校内での体力づくりを練習メニューとした運動部達が目の前を走り抜けていく様子を見守りつつ、僕らは刻一刻と冷めていく緑茶をチビチビと味わう。みくるちゃんが淹れてくれる緑茶は、海原雄山や山岡さんでも絶賛間違いないレベルで美味しい。ただ、一つだけ欠点があるとするなら、総じて熱々ってとこだね。そんなの、過負荷的観点では欠点でもなんでも無い。でも、これから日増しに暑くなっていくのを加味したら、そろそろ水出しという手もあるんじゃないかな。今度、水出し用のポットでも購入して、それでみくるちゃんにお茶を淹れてもらおう。

 

「朝倉が突然来なくなった。それだけでクラスがざわついたんだが、まさか転校しちまったとはな。俺も、ハルヒの憶測を否定出来るだけの材料を持ち合わせちゃいない。一女子高生がカナダへ即日転校なんてのは、まあ、まず考えられん。朝倉がハーフで、両親のどちらかがカナダ出身とかならギリギリ理解出来るがな」

 

 アスファルトが溶けそうなぐらいの猛暑、一日のくだらない授業を耐え切ってから飲むみくるちゃんの水出し玉露。ガラスのコップに、氷でも浮かせてキンキンに冷やされた鮮やかなグリーン。その美味しさはどれほどのものか。数ヶ月後には確実にやってくる素晴らしい夏を妄想し、思わず喉をゴクリと鳴らした僕の横では、キョン君がブツブツ言い出した。いきなり現実に引き戻さないで欲しい。

 

『朝倉さんって、ハーフだったのかい?僕の記憶が正しければ、カナダの血は、彼女の見た目からは感じ取れなかったけれど』

 

「朝倉がハーフやクォーターといった話は、入学からこっち聞いたこともないな。自分で言っておいてアレだが、両親の出身がカナダって説は無いね。」

 

 ふうむ。となるといよいよ、朝倉さんの転校理由がわからないな。赤◯ジャンプも無論恋しいけれど、僕って謎解き漫画も結構好きな人間だから、みんなに同行して朝倉さんちにお邪魔するのもやっぱりアリかもね。さっきまではキョン君が物騒な発言をするからテンション下がっちゃっていたものの。しょうがないからこの球磨川禊が、高校生探偵に今からでもなってあげても良い。有希ちゃんも、流石に明日までに赤◯ジャンプを読んでおけば怒らないでしょ。

 

 しかし朝倉さん。まさか、【大嘘憑き】でなかった事にされただけでイジメと勘違いしちゃって転校したとかは無いよね?弱いものの味方日本代表である僕が、誰かを虐めるだなんて天変地異が起きようともあり得ないぜ。イジメ、カッコ悪い。

 

「おや?お二人が廊下にいらっしゃるということは、もしやまだ朝比奈さんが着替え中なのでしょうか。」

 

「遅かったな、古泉。またバイトでも入ったんじゃないかと思ったぞ」

 

「んっふ。今日の僕は、正真正銘掃除当番だっただけですよ。」

 

 1年9組の教室をピカピカにして来た古泉君が重役出勤。これでメンバーは揃ったね。

 

『んじゃ、バイトも無いみたいだし古泉君も参加でオッケーかな』

 

「参加……と、いいますと?」

 

『朝倉さん殺人事件の犯人を、これから突き止めに行こうってハルヒちゃんが言うんだ』

 

「殺人事件とは、穏やかではありませんね。朝倉さんとは、涼宮さん達のクラスにいた女子生徒でしょうか」

 

「そうだ。昨日早退したかと思えば、今朝になってカナダに転校したときたもんだ。ハルヒがワクワクするのも頷けるだろ?球磨川がいう殺人事件って線はあり得ないだろうがな」

 

「……成る程。そういうことでしたか」

 

 たったこれだけの説明で、全てを理解した風な古泉君。ニッコリと笑顔を作り、僕の隣で壁にもたれかかる。

 みくるちゃんのお着替えを待って、僕らSOS団は全員で朝倉さんの自宅を目指すこととなった。

 







カナダの場所ぐらい球磨川でも知っとるだろ…
そして犯人はお前じゃ!!


読み返してても、球磨川の思考が支離滅裂でおかしなりますわ


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十四話 朝倉涼子殺人事件 中編




ツンデレ……いいよねやっぱ






 

 

 北高から朝倉さんの家へ向かうSOS団一行は、少し遅めに下校を開始したであろう一般生徒に紛れて長い下り坂を降っていた。ハルヒ神を先頭に、超能力者、未来人、剛腕文学少女、一般人、過負荷の順番で歩いてみると、我が団がヒエラルキー構造だった事に気付かされる。今の僕ではキョン君を一般人だと断言出来る根拠が薄弱だけれど、そのカーストが過負荷よりも下では無い証明は球磨川禊の存在で事足りるので、他の団員のヒエラルキーの高さや低さが変わることはあっても、最底辺が僕である事に変わりはない。厳密にはヒエラルキーとカーストは使い分けられるべきらしいのだけれど、いずれにしても僕の立ち位置には変化が無いのだから気にしないよ。

 

「んんっと……こっちかしらね!」

 

 ハルヒ団長は住所がメモしてある紙と睨めっこした後、信号機で現在地が何丁目かを確認しつつ僕らを先導してくれる。小走りになったハルヒちゃんと距離が出来たタイミングで

 

「こっちは……長門の住んでるマンションじゃないか」

 

 聞き捨てならないセリフを言ったのは僕の次にヒエラルキーが低いキョン君だ。今、とんでもない発言をしたよねっ

 

「いきなりどうした、球磨川。」

 

『いやいや!そういうキョン君こそどうしちゃったのさ。入学して一ヶ月しか経っていない段階で、同じ部活動の女子生徒の家を把握しているだなんて、いささか以上にルートが進みすぎじゃないのかい?と◯めきメモリアルの世界では、3年間の高校生活を経てようやく告白にこぎつけるっていうのにさっ』

 

 主に、伝説の木の下で。

 

「偶々、邪魔する機会があったに過ぎん。お前が想像するようなイベントで無かった事は確かだ。」

 

 キョン君はやれやれと手を額に当て、首を横に振った。この子は自分がリトさん並みのフラグ建築をしている自覚が無いのかな。有希ちゃんの自宅を把握してたってだけで、もうキョン君が転ぶついでに有希ちゃんのスカートに顔を突っ込んだって驚きはしないんだから!僕は。

 ていうか、下校イベントなりで家の場所を把握していただけかな?と考えたのも束の間。お邪魔までしちゃっているとはね。これはいよいよ言い訳出来ないよ。

 団内での不純異性交友は厳罰の対象である可能性が極めて高いので、どのような対処をすれば良いのか僕みたいな平団員ごときでは判断がつかない以上、ここはハルヒちゃんの御下知を賜らなきゃいけないな。

 僕は早歩きでハルヒちゃんの隣まで距離をつめるや

 

『えーと、ハルヒちゃん。SOS団において、団員同士の不純異性交友は果たして許されるものなのかい?』

 

 僕の発言を聞いた斜め後ろの古泉君が、何やらピクリと肩を動かす。団長殿は僕の遅めな歩調にあわせてくれる。

 

「後ろでチンタラ歩いてると思ったら、唐突ね。そんなの許されるわけないじゃない!いいかしら禊、耳の穴をかっぽじって良く聞きなさい?恋だの愛だのなんて、所詮は人間の生殖本能から来る不要な感情に過ぎないわ。私も中学時代は色々な男と付き合ってみたけれど、どいつもこいつも普通の人間でしかなくて、結局は恋愛感情を精神病の一種なんだと認識したわけ」

 

 ハルヒちゃんは地図を仕舞ったばかりの手で、人差し指をチッチッチと振る。人間の本能を不要と切り捨てるとは、僕の想像以上の返答だ。けれどどうやらハルヒちゃんには彼女なりの根拠があっての発言らしい。にしても、中学時代から恋愛経験が豊富だったとは、少しばかり意外だな。謎ばかり追いかけているあまりに、恋愛は未経験なのではと勝手にイメージしちゃっていたぜ。聡明な彼女なら、経験した事が無いものを批評するとも思えないので、恐らく中学時代にそういう経験も積んだのかな。ハレンチなっ!

 

 今現在、脳科学的にも解明されていない恋愛のメカニズムを精神病で片付けてしまうのは、安心院さんに絶賛片思い中の僕としては少し寂しい。しかも、生殖本能と恋愛感情、これは必ずしもセットというわけでは無さそうなものだけれど。そうじゃないと、顔面を剥がされて死体も同然の姿となった安心院さんに好意を抱いた僕は一体なんなのか。実は僕こそが、真の愛の体現者なのかもしれないね。あるいは、ネクロフィリアの素質が僕にはあったのかもしれないけれど。

 

「勘違いしないでよね。ウチの団員だから、許さないってだけよ。そこいらの有象無象同士が貴重な今という時間をつまらない恋愛ごっこで浪費しようが私にとってはどうでもいいの。ただ、SOS団にいる以上はそんな無駄な時間があるのなら、血眼になってこの世の不思議を探しなさい!ってはなし」

 

『なるほどね。ありがたい団長のお言葉、胸に深く刻み込んでおくとしよう。』

 

 会話をしてみて、ハルヒちゃんが中学時代に付き合っていた男性達とやらがいずれも彼女を夢中にさせられるだけの魅力を備えていなかったのだなぁと素直に感じた。いずれにしても、僕らはまだピカピカの高校一年生。いつの日かハルヒちゃんにも本当の恋愛を知る時がくるのを願うよ。それこそ、相手の顔面を剥がしたくなるくらいの。

 

『なんにしても、それじゃあキョン君が有希ちゃんのお家にお邪魔していたのはSOS団的にやはり許されないという判断でいいわけだ。』

 

「はあっ!?ちょっとキョン!!どういうことよ。アンタまさか、禊の言う通り有希の家に転がり込んだんじゃないでしょうね!」

 

 おっと!僕の言葉を聞くや否や、ハルヒっちが今や最後尾となったキョン君の胸ぐらを僅か数秒もかからず掴み上げた。恐ろしく速い。僕でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「ぐっ…!はなせ、ハルヒ。長門の家には一度行ったが、恋愛だのなんだの、甘酸っぱい要素はこれっぽっちもあるものか!」

 

「誤魔化そうったって、そうは問屋が卸さないわよ。いい?16歳の思春期真っ盛りな男女がおうち訪問イベントなんてしようもんなら、高確率でキスの一つや二つしてるのよ!間違い無いわっ」

 

「それは誰がどこで取った統計だっ!断じてそんな事実は無い。そもそも、何故俺が転がり込んだ前提で話を進めているんだ?あれは長門が……」

 

「有希のせいにしようっての?男のくせに往生際が悪すぎるわ。まさか、ベールを脱いだばかりの我がSOS団に、早くもこんな情けない不祥事が起こるだなんて。団長としては引責辞任ものよ」

 

 締め上げられるキョン君。これは大変だ!彼が団のルールに抵触したばかりに。ここは、共犯の有希ちゃんが助け舟を出すべき場面では無いかい?と思ったものの、有希ちゃんは通常営業。無表情でキョン君とハルヒちゃんのやりとりを観察しているだけだ。自分は中学時代にただれた学生生活をしておいて、キョン君が有希ちゃんとキスした疑いがあるだけであそこまで首根っこを掴むハルヒちゃんは、中々に自分勝手だな。

 

 古泉君は腕組みをしながらも、いつものにこやかスマイル。チラチラと腕時計を気にし出したのは今日がバイトのシフトだからかい?みくるちゃんも「ふぇぇ…」と眉を困らせるばかり。ここをおさめられるのは、やっぱり団の頭脳的ポジションな僕だけのようだ。

 

『あー、ハルヒちゃん。確かに今回の一件は記者会見を開くべき不祥事ではあるけれど。ここは一つ、僕の顔に免じて許してはくれないかな?』

 

 キョン君が有希ちゃんちに行った事実をリークした僕が言うのもなんだけど。僕に免じるほどの顔があるのかという疑問もつきまとう。

 

「今はSOS団存続の危機と言っても過言ではないわ。このバカキョンには猫耳つけて魚咥えさせて、塀の上で猫と魚の奪い合いをさせないと気が済まないのよ」

 

 途轍も無くユニークな罰だねそれは!いや、ていうか猫耳キョン君とか誰得なのさ。

 

 もっとも、ハルヒちゃんの怒りの度合いが今の発言から大体の予想をつけられたかな。無論彼女もキョン有希コンビがキスやアレやコレを確実に行ったとは考えておらず、自分のいないところで団員二人が密会的な行いをしていたからご立腹の様子。嫉妬に近い感情なのだろうか。除け者にされた事も面白くないってわけだね。となると、うまい落とし所さえ見極められたら今日は古泉君も出勤せずに済みそうだ。

 

 何より、ここでこれ以上やり取りが続けば帰りが遅くなってジャンプを読む時間が無くなっちゃうじゃない!

 

『ふーん。要するにハルヒちゃんはさぁ、焼き餅を焼いてるわけだ!キョン君と有希ちゃんが、自分のいない所で仲良く二人きりで遊んでいたのが許容出来ないと。だから、そんなにも凄い剣幕でキョン君を責め立てているんだねっ』

 

「……は、はぁ!?そんなわけないじゃない!」

 

『団長としての責務から、それ程の怒りが沸くと?とてもそうは見えなかったぜ』

 

「団長としての責任感に決まってるでしょ!団員の管理も私の仕事なんだから。や、焼き餅とか……この私が焼くわけないわ!」

 

 ハルヒちゃんは掴んでいたキョン君の胸ぐらを放り出すと、今度は僕の真前までやってきて整った顔をこれでもかと近づけて声を荒げた。

 

『と、いうわけだけれど……キョン君としてはどう思う?』

 

 胸元を掴まれた影響ですっかり細くなってしまったネクタイの結び目を直すキョン君。ここまで乱れたら一度解いた方が早いと判断したようで人差し指を結び目に差し入れつつ、ハルヒちゃんを見つめて

 

「焼き餅……?ハルヒが?」

 

 あり得ないといった様子での発言。その言葉を受け取るや、ハルヒちゃんはプイッと顔を背け

 

「馬鹿ねっ!そんなわけないって何度も言わせないで。ほらほら!朝倉さんちが見えてきたわよ!」

 

 指差す方には、少し周囲より高めなマンションが。言いつつ、エントランスまで駆け出した。

 

 あまりにもわかりやすく、ハルヒちゃんはこの話題を打ち切った。

 

「命拾いしたぜ。球磨川、頼むからお前はもう少し考えてから発言してくれ」

 

『いや。悪いのは有希ちゃんちに行った君でしょ。僕に責任を押し付けないでくれよ!』

 

「……まあ、なんだ。俺も、お前の側で不用意な発言はしないよう心がけるとしよう」

 

 敬虔なるSOS団員な僕としては、団員の不祥事は見過ごせない。僕からも、せいぜい健全な学生生活を君にお願いしたいところだよ。

 

「球磨川さん。先程はお見事でした。涼宮さんの神経を逆撫でする事なく、怒りを鎮めるとは。」

 

 何故か古泉君から讃辞が送られてきた。いやいや、大したことはしていないよ。というか、ハルヒちゃんの心の弱点を見抜くくらい児戯に等しくないかな?特に、この僕にかかればね。

 

「おかげさまで、今日はバイトに行かなくて済みました。もしも涼宮さんが今後も機嫌を損ねる機会があれば、是非とも貴方に場を収めて頂きたいものです」

 

 んっふ、と前髪をつまみカッコつけてるけれど、人頼みとは情けない。僕だって、何も慈善事業が趣味では無いのだし、今だって早く帰りたいからってだけで。

 

「俺としては、そもそもハルヒを焚き付けないで欲しいのだが……」

 

『ほら!とっととハルヒちゃんを追いかけようぜ!』

 

 僕は団長にならい、小走りで高級そうなエントランスを目指した。

 

 僕らがハルヒちゃんに追いつくと、マンション常駐の管理人さんに朝倉家の引っ越し情報を聞き出している場面だった。後から口を挟むのは円滑な情報収集の妨げにしかならないと、僕ら残るメンバーは判断する。年配と言える外見の管理人さんは、現役女子高生と会話出来るのがよほど嬉しいのか、朝倉さんに全く関係ない世間話までもをハルヒちゃんに振っている。眉を引き攣らせてはいるけれど、情報の為にはご機嫌取りも大切だし、ハルヒちゃんも無下には出来ない。

 

「涼宮さん、なんだか刑事さんみたいですね」

 

 大人と話す時のハルヒちゃんは、とても礼儀正しく失礼が無い。営業マンのような言葉遣いにみくるちゃんが感心したような声を上げた。確かにね、古泉君が乗り移ったかのような態度はいつものハルヒちゃんからは想像がつかない。それは、管理人さんも上機嫌にもなるだろう。礼儀正しい可愛い女子高生が相手してくれるのでは。

 

 団長殿が話を聞き終えるまでの隙間時間が勿体無いな、これは。

 

『そうだ!』

 

 僕はおもむろにカバンから有希ちゃんより借り受けた赤◯ジャンプを取り出して、一作品でも読み進めようとジベタリアンと化す。

 

「禊ちゃん、制服のお尻が汚れちゃいますよ?」

 

 みくるちゃんは、お行儀の悪い子供を叱るようなトーンで注意してくれた。恐らくは、マンションの居住者から北高へ【お宅の生徒がエントランスにたむろしている】との苦情が入るのを恐れて僕に立ち上がるよう促したのだろう。だけれどもさ。仁王立ちで赤◯ジャンプを読む辛さたるや、学校に苦情が来てでも座り込みたくなるよね。なんせ重量があるものだから、腕の疲れで内容に集中出来ないのでは元も子もない。

 

 まずは好みの絵柄の作品があるか、軽い気持ちで僕がジャンプをバラララとめくっていくと。

 フワッと、一枚のしおりが風除室内へと舞い落ちた。間違いなく、赤◯ジャンプに挟まっていたしおり。

 

『おおっと……』

 

 これはきっと有希ちゃんのしおりだ。ジャンプにしおりなど使うだろうか。しおりを挟みたくなる程の名シーンが、どれかの漫画にはあったのかな。

 僕がそのしおりを拾い上げると、そこには

 

【午後七時 光陽園駅前公園にて待つ】の文字が。

 

 有希ちゃんを見ると、彼女もこちらを見つめていた。……どうやら、デートの呼び出しらしい。ジャンプに挟めたりせず、直接口で言えば良くないかな。

 高校生の待ち合わせとしては遅めな時間設定だな。キョン君の次は、僕まで狙う気かい?なるほど繋がったよ。こうやってキョン君も呼び出されたわけだ。んで、のこのこと有希ちゃんの部屋へ誘われるがままお邪魔したってわけね。やっぱり、あの二人の間には何かあったんだと確信するぜ。

 この間、本屋のエロ本コーナーに彼女がいたのはやっぱりエッチな本を買いに来てたんだね。有希ちゃんってば、むっつりスケベの極地なんだから!もうっ!

 同じ団の男の子となると、誘わずにはいられないって感じ?

 

「……違う。……そうじゃない。」

 

 どことなく、僕を見る有希ちゃんの目は残念なものを見るような、そんな瞳だった。

 












『有希ちゃん、僕のオススメの裸エプロン本をよければ貸してあげようか?』
「だから違うって言ってるだろ馬鹿やろー!」
『千秋ちゃん!?』


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十五話 朝倉涼子殺人事件 後編

ようやく球磨川のおかげで物語が崩壊しそうで、私は満足です!



   





 少年ジャンプは、巻頭から順番に全作品を読むに限る。世界中に存在するジャンプ読者の中には、御目当ての好きな漫画から読む人もいれば、巻末の漫画から読み進める人もいる。悲しい事に、自分の趣味では無い漫画を読み飛ばす人も少なくはない。

 では何故僕が上記の読み方をするようになったかと問われたら、理由はとてもシンプルだよ。子供の頃から漫画が好きで好きでたまらず、世の中にもっと漫画の素晴らしさを広めていきたいと考えて編集者になった、いわば漫画のプロ達が【ジャンプはこの順番で読むのが一番面白い!】【掲載順をこうすればもっと売り上げが伸びる!】と考えに考え抜いた結果が、今週の掲載順なわけだからね。これからアニメ化するような知名度の上がってきている作品。長年連載してきてマンネリ感が否めないものの、安定した面白さの作品。他作品とコラボして話題をかき集めている作品。ジャンプにはありとあらゆるジャンルの、珠玉の漫画達がひしめき合うように連載されている。一説では読者アンケートの結果によって掲載順が決定しているとも言われているけれど。まあ、僕のようなジャンプマニアはそうした編集者の意図さえも楽しんで向き合うのさ。

 

 と、赤◯ジャンプもこのケースで冒頭から読み始めた僕だったのだけれど。

 

「みんなっ!待たせたわね」

 

 あろうことか3ページ目に差し掛かった段階でハルヒちゃんが我ら団員の輪に帰還してしまった。どうにも、ギチギチに詰まったカバンから取り出すのに時間をかけすぎたようだ。あと、有希ちゃんのしおりに気を取られたのも痛いタイムロスだったな。

 

「ちょっと!団長である私が情報収集してる間にジャンプ読むだなんていい身分ねぇ」

 

『これはこれはハルヒちゃん。ずいぶんご機嫌ななめだね』

 

「もう話になんないわ!あの管理人。朝倉さんちの鍵を渡してくれってお願いしたら、それはセキュリティの関係もあって難しいって断ってきたのよ?こっちは、突如としていなくなったクラスメイトが事件に巻き込まれていないか心配でわざわざ足を運んだっていうのにっ」 

 

 読み切り漫画の3ページだと、まだ起承転結の【走】にも満たない。なんなら【土】程度しか進行していない読書の手を止めざるを得ないとは。管理人さんには、あと5分はハルヒちゃん相手に会話を引き伸ばして欲しかったものだね。パンツの話という鉄板ネタを出し惜しみしたのかな?さては。僕なら初対面の人間相手でもこの話題だけで2時間は潰せるというのに。【いい天気ですね】と【休みの日は何して過ごしますか】に並ぶ日常会話の常套句だぜ、パンツは。【ダミー紐パンの存在意義】でそこらの大学生にグループディスカッションさせたら、あまりの白熱ぶりに妥協した結論すら出ないのは間違いない。

 

「セキュリティか……それはそうだろう。元々、マンションの管理人室には合鍵も置いてないだろうしな。で、朝倉の引っ越しについては何か有益な情報を得られたのか?」

 

 腕組みをしたキョン君がたずねると

 

「全然ダメね!朝倉家がここの分譲マンションを現金で一括購入した話と、管理人が両親の姿は見かけたことないってぐらいしか聞き出せなかったわよ」

 

 現金一括購入……ねぇ。朝倉家が資産家であり、両親がカナダ在住で、娘の為に高校近くのマンションを買い与えた可能性が考えられるな。マンションを一括で購入してたったの二ヶ月で引っ越す理由は謎だけれど。

 

「……たしかに、言われてみればカナダへの転校話は頷けるかもね、禊の言う通りなら。でもよ?それならそれで、もっと安い1Kとかのアパートなり借りたら良く無かったかしら。ここのマンション、さっきも言ったように分譲よ?立地もいいし高いのよ!娘に3年間仮住まいさせるにはコスパ悪いんじゃない?」

 

 事前に家賃の下調べもしていたのかい?ハルヒちゃんも僕と同じく、高校生探偵を目指してると言わんばかりの調査力だ。君ならきっと、米花町でも生き残れるだろうぜ。

 

「では、涼宮さんとしては管理人さんの話に少々引っかかるわけですね?……客観的に見て、不自然ではあります。高校に入学したばかりの娘にマンションを購入したと仮定して、頻度はどうあれ親がその様子を定期的に見に来るのが普通ではないでしょうか。例えカナダ在住であったとしてもです。高校生活も安定しはじめた二学年、三学年ならばいざ知らず」

 

 どこか納得いかない様子のハルヒちゃんに、古泉君が考えを整理させてあげようと誘導する。

 

「そう!そうなのよ。そりゃ人んちの家庭の事情って色々あるでしょうけど、こんな立派なマンションを買い与える時点で娘に関心が無いとは言えないわ。オートロックだし、女の子の一人暮らしを危惧してもいそうね」

 

「……カナダからはそう簡単に様子を見にこられない。だからこそセキュリティのしっかりしたマンションを買ったんじゃ無いのか?俺にはそこまで気にする点は無いように思うが」

 

 キョン君としては、ここいらで調査を打ち切りたいみたいだな。僕だってジャンプの4ページ目に移行したい気分だし、一度仕切り直すべきかもね。

 

『なんにしても、ここにこれ以上とどまっても部屋に入れないんじゃ意味がないよね。いったん、喫茶店にでも場所を移さないかい?僕とキョン君は校内ローラー作戦に遅刻した負債もあるわけだし』

 

 借金はさっさと返済するに限る。土曜日だか日曜日に行なっている不思議探索の際、午前中から喫茶店に行けば何杯のコーヒーを飲まれるか想像し難いけれど、今日のこの夕暮れ時であれば、みんな一杯ずつドリンクを飲んだらお開きになる可能性が極めて高い。今喫茶店を提案したのは、我ながらナイスじゃないかな。

 

「それもそうね。禊とキョンの奢りで、紅茶でも飲む事にしましょうか。管理人とたくさん話したもんだから喉渇いてたところよっ。いつもの喫茶店で休みましょう」

 

 管理人さんの視線も気になるので、僕らは議論に花を咲かせつつも風除室から抜け出し、SOS団行きつけのカフェとやらに河岸を変えた。

 

 ◇◇◇

 

『ここがみんなで良く来る喫茶店かぁ。』

 

 場所は喫茶店内。僕らは6人という、カフェを利用するには多めな人数でテーブル席を占拠していた。西宮北口駅の北改札出口から歩いて3分に位置する【直火式自家焙煎】がウリの珈琲屋さんは、僕なんかが入店しても良いのか不安になるほどオシャレでシックでエレガントな喫茶店だった。高校生の分際で個人経営の喫茶店を行きつけにしているとは、バイトしている古泉君はまだしも、他の皆んなは月に幾らお小遣いを貰っていることやら。コンビニで百円のホットコーヒーを入手し、公園のベンチに腰を落ち着けた方がお財布にも優しくてかなり地球に優しいエコじゃんって気はするけれど。

 

「私はこれにするわ!」

 

 僕とキョン君の支払いだというのに、ハルヒちゃんは遠慮もせずにロイヤルミルクティーとパンケーキを注文しだした。いきなり予想外の注文だね!ハルヒちゃんだけで1250円を突破した伝票を尻目に、そういえば先日、キョン君が僕に喫茶店を奢ってくれる約束をしてたのを思い出す。ええっと、つまり……

 

『今日の支払い、やっぱ全部キョン君でいいってことかもね』

「いいわけあるかっ!お前なぁ、ハルヒが高いもん注文した途端に支払う気無くすのやめてくれないか」

『ええっ!?だってキョン君が言ったんじゃ無いか!今度喫茶店で奢ってくれるってさ』

 

 約束を破るだなんて信じられないよ!一体どういう教育を受けたらこんな人間になっちゃうんだろうね。

 

「ええいわかった。球磨川の飲んだ分は負担してやる。だが、それ以外の会計は半々だぞ?いいな」

『オッケー!僕のパシフィックオーシャンのように広い心で、それで良しとしてあげよう』

「いや、それは太平洋でいいだろう……」

 

 キョン君は不承不承、僕のブレンド代分多く支払ってくれることに。ま、これくらいで今日のところは勘弁してあげようかな。なんせ、キョン君にはこの後付き合ってもらわなきゃいけないんだから!僕にとっては気が重い、有希ちゃんとのデートにね。

 

「そういえば気になったんだが、長門も朝倉と同じマンションに住んでいたんだな。お互い同じ高校なわけだし、面識とかは無かったのか?」

 

 僕と同じくブレンドコーヒーを二口啜ったキョン君は、その向かいの有希ちゃんに問う。家が近くなのは知ってたけど、建物まで同じだったんだ。へえー?僕をナイフで襲った朝倉さんと、その朝倉さんを僕から庇った有希ちゃんが同じマンションに、ねぇ。これは奇遇だ!

 

「……面識はある」

 

 一定のリズムでダージリンティーを飲んでいた有希ちゃんは、皆んなの視線が集まれば手を止めざるを得ず。クラシックな店内BGMにかき消されそうな声で最低限の返答。

 

「その言い方だと、それ以上の間柄では無さそうだな」

 

「………………」

 

 無言の返答。それは肯定かい?僕の攻撃から身を挺して庇う程度には仲良かったんじゃないのかな。

 

「有希、朝倉さんがカナダに引っ越す話は聞いてなかったわけ?」

 

「ない。」

 

「そう。ま、知ってたらもっと早くに私に伝えてるもんね。同じマンションに住む有希から、もう少し事件の真相に近づけるかなって期待したのに、手詰まりね」

 

 ハルヒちゃんがパンケーキを頬張り、それをミルクティーで流し込む。ラーメンと白米じゃないんだから、今時のJKがその食べ方はどうなのさ。

 

「男のくせにネチネチ細かいわねー。パンケーキを食べたら、口の中の水分が持っていかれるじゃない?それに、ミルクティーの微かな渋みと甘みが、パンケーキの甘みとマリアージュするわけよこれが」

 

 言いながら食べる手は止めず。

 

 結局、この日はハルヒちゃんがパンケーキを完食するまで待って、僕の予想どおり解散とあいなった。

 

「みんな各自、今日は家に帰って朝倉さん事件に対する意見をノートにまとめなさい!明日の放課後、部室でみんなの考えを見させてもらうから。キョンと禊!特にあんた達二人は真面目に書く事。いいわねっ」

 

 うん、やるわけないじゃんそんなの!

 

 ハルヒちゃんはスイーツを食べて満足したのか、機嫌を直して帰路についた。古泉君とみくるちゃんも、軽く別れの挨拶をしてから帰っていく。

 

 ……これで本来であれば、家でゆっくり読書の続きを楽しめたというのに。僕はこれから、有希ちゃんとの待ち合わせに向かわなくちゃならないらしい。出会ったその日に自分を殺した相手との待ち合わせって、結構嫌なもので。しかし、もうすぐ19時なんだよね。どうして嫌なことが待ち受けていると時間が早く流れるんだろう。

 有希ちゃんもおそらく、家には戻らず待ち合わせ場所へ向かって僕を待つようなルートでいなくなった。

 

 行けば、もしかしたら殺されるかも。いや、殺されるのは良いんだけれど。その後で、嫌なやつに会わなきゃいけないのが嫌っていうか。

 

 だから僕は、先ほどから考えていたプランを実行する。

 

 僕のコーヒー代だけで済ませてあげた借りは、返してもらわないとね。

 

『ねえキョン君!この後、もう少しだけ付き合ってよ。』

 

 帰ろうと、自転車の鍵を解錠していたキョン君の背中に僕は声をかけた。

 

「ん?それは構わんが……でもお前今日長門に誘われていたよな?」

 

『そうなんだけどさ、ちょっと気が乗らないんだ。なんせ、待ち合わせに向かったら有希ちゃんに殺されちゃうかもしれないからさ!』

 

 一回殺されてるからね、実際!

 

 僕の発言を聞いたキョン君は、信じられないといった感じで目を見開き

 

「長門が、お前を殺す理由があるようには思えんが」

 

『僕もそう思うよ。でも、有希ちゃんにはあるのかもしれないね。ホラ、知らないうちに恨みを買っていたなんて話は良く耳にするだろう?杞憂ならそれでいいんだけれど、お願いだからついて来てくれるかい?それこそ、今度の喫茶店はキョン君のコーヒー代を僕が支払うからさっ!』

 

 生きてればね。

 

「お前の冗談の中でも、殺す云々は過激過ぎないか?……まあ、いいか。俺も長門ともう少し話がしたいと思っていたところだ。それほど時間もかからないだろうし」

 

『ありかとう!キョン君なら来てくれると思ったぜ。それじゃあ、有希ちゃんも既にスタンばってるみたいだし、早速向かおうか』

 

 キョン君は付き合ってくれる気になったみたい。自転車に再度鍵をかけると、僕と共に待ち合わせ場所へと向かってくれた。なんだいキョン君、案外君は優しいヤツじゃないか!

 

 ハルヒちゃんに少なからず好意を寄せられているのも頷ける。さっきのアレ、ハルヒちゃんは結構本気で焼き餅やいてたっぽいし。

 

 そんな、神の如き力を持ったハルヒちゃんに気に入られた君だからこそ。僕より先に、有希ちゃんに呼び出されてお家にまで招待された君だからこそ。

 

 ……有希ちゃんへの人質にはもってこいだ。

 

  彼女の出方次第では、コーヒー代を出してくれたキョン君を殺しちゃうかもしれないのは気が引けるけれど、そうさせてるのは有希ちゃんなのだし……つまり、僕は悪くない。

 











もうすぐクリスマスですが、サンタのバルーンなんかを見かけるとワイズマン伍長を思い出して泣きそうになりますよね。

バーニィ、忘れてないよ

ってなる


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十六話 長門邸にて 前編


 
アラサーOLハマーン様のPV、カミーユの声が衰え知らずで感動しました


















 

 

 僕とキョン君は再び朝倉さんが住んでいたというマンションへ向かう。その前に、有希ちゃんが待ち合わせに指定してきた駅前の公園を目指さなきゃいけないのだけれど。何度も同じ道を往復するのは通学でいじめ抜いた足腰を更に追い込み、拷問とさえ感じる苦行だよ。どこかの国ではかつて拷問の一つに穴を掘らせて、その穴を再度埋めさせていたそうだね。何の意味もない作業を行わせることで、肉体だけでなく精神的なストレスも与える隙の無さ。拷問としてはこの上ない。ハイダリ収容所にだけは、過負荷であるこの僕でさえ行きたいとは思えないな。

 しかし、だとしても有希ちゃんの住居に合法的に存在させて貰えるのなら、この行為にだって意味はあるのかもしれないね。

 

「……球磨川。長門の家に行けば、恐らくだが時間を無駄にするだろう。だが、俺たちは文芸部室を不当に占拠していると言っても過言じゃ無い立場だからな。多少は文学少女の脳内妄想に付き合う義務があると思うんだ」

 

 キョン君。……君ってば独り言のように人に話かける悪い癖があるようだね。ブツブツと唐突に言葉を紡がれても反応が遅れてしまうって。しかも内容が、あろうことか有希ちゃんちでの楽しいひと時を【無駄】だって? おいおい、女子高校生のお部屋に招かれる体験であれば、何があろうと無駄なわけないだろう。それこそ、例え有希ちゃんちにラドムスキー所長がいたとしても僕は喜んで肉体労働するってもんさ。ブラジルまで掘った穴だって埋めてみせるぜ。

 

「一応、な。俺も一度長門の家に呼ばれている身だ。これから球磨川が長門にどんな話をされるのかも想像がつく。なら、先にお前には忠告しておかないと、後になって責められるのはごめんだからな」

 

 もう! それだと僕がまるで人をすぐに非難するような人間みたいじゃないか。安心してよ、僕は有希ちゃんにどんな話をされようと、キョン君を責めたりは絶対にしないからさっ

 

「二言は無いように頼むぞ」

 

 キョン君が決め台詞である「やれやれ……」を繰り出す。どちらかというと古泉くんの方が【やれやれだぜ】ってセリフが似合う気がするのは、声質の問題だろうか。君には【ハッピーうれピーよろピくねー】って感じの台詞のほうが似合うと思うぜ。

 ……それはさておき。

 

 甲陽園駅前公園。そのベンチに有希ちゃんは読書をして待っていた。いや、ほぼ同じタイミングで喫茶店を出たのだから、ハードカバーの書物を読んでまで潰す暇は無いとわかりそうなものじゃないかな! ともすると「お前ら歩くのおせーわ、待ちくたびれたわぁ」といった感じの無言の抗議なのかとさえ勘繰ってしまう。いやいや、有希ちゃんに限ってそんなような腹黒属性は持ち合わせていないとは思うけれど。もしくは、おとなしめの口数少ない文学美少女が内心では悪態つきまくりのドSなのだとしたら、一部の界隈では人気だったりするのかもね。

 

『有希ちゃん、おまたせ! それじゃあ早速君の家に向かうとしよう!』

 

「…………」

 

 僕は駆け足で有希ちゃんの眼前へ急いだのに、彼女の興味はキョンくんの様子。パチパチと瞬きさせた瞳は、ややしばらく彼を覗き込んだ。

 

「あー、俺もな、ちょっと球磨川に付き添いだ。……邪魔か?」

 

 ポリっと頬を人差し指で掻きながら、斜め上に目線をやったキョンくん。有希ちゃんはその一言でパタンと本を畳めば、スクッと立ち上がって

 

「…………いい」

 

 歩き出した。これはまた、コンビニやレジの店員さんが困る受け答えベストファイブなお返事の有希ちゃん。レジ袋いりますか? や、温めますか? の返答に「いいです」は咄嗟だとイエスノーが分かりにくいよね。日本語としては正しくても、だ。ただ、キョン君は「一緒に来ても良い」って意味なのだと即座に理解出来たようで。確認する事もなく、僕と一緒に有希ちゃんの後ろをついてきた。

 

 それから僕たちは、さっきも来たマンションのエントランスへ。オートロックを開け、エレベーターに乗ったら向かうは7階。最上階とは、ひょっとしなくても長門家も上流階級だね? さては。

 708号室前で足が止まったところから、ここが目的地みたいだな。

 

 淀みない動作で解錠し、男子高校生二人を招き入れてくれる。ふむ、ご近所さんが見ると僕たちはどんな関係に思われるんだろうか。

 タッチやH2でお馴染みの、女の子一人に男の子二人な仲良し三人組だと思ってくれるといいのだけれど。だって、如何わしい三角関係だと誤解されては球磨川禊のブランドイメージに傷がつくからね! 

 ん? H2に関しては正しくは四人かな? 

 

『お邪魔しまーす! さてと有希ちゃん。まずはじめに、君のパンツが収納されているタンスってどこにあるんだい? 兎にも角にも、それを確認しないことには進む話も進まないと思うのだけれど!』

 

「…………」

 

 スルーされる。或いは、僕がパンツやエロ本を探す行為を黙認してくれるという意思表示だったりする? 

 ともあれ、間取りを確認してからのほうが有希ちゃんの部屋がどこなのか検討をつけられそうだし、リビングへ向かう彼女に一旦は大人しくついていくことにした。

 

 僕は有希ちゃんちがどんなインテリアで統一しているのか、アレコレ頭の中で想像しつつ勝手にイメージを膨らませる。北欧風とか、和風とか。こういう高級マンションなら、フランク・ロイド・ライトのフロアスタンドが似合いそうだ。……などと妄想して足を踏み入れた女子高生のおうちは、一言で表すとミニマリストな今どきスタイルを体現したお部屋だった。

 

『カーテン無いけど!?』

 

 ちょっと待ってくれよ、有希ちゃんこと長門さん。これじゃあ、君の着替えがご近所さんに丸見えなんじゃ無いかい!? むしろ、見せつけてるとでも言わんばかりに無防備だよっ。こんな事をされては、僕の今後の休日は、有希ちゃんちが偶然見えてしまいそうなその辺の路地でジャンプを立ち読みする趣味に割かなくちゃいけなくなるだろう! 

 

「言いたい事はわかるが、落ち着け球磨川。俺もこないだ来た時には驚いたもんさ」

 

 カーテンがない窓。時計もカレンダーも無い綺麗な壁。あるのは、だだっ広いリビングの中央にコタツだけ。

 

 あまりに無味乾燥。普通女の子の部屋っていえば、ぬいぐるみがあって、写真やらポスターやらが沢山の、ファンシーメルヘンキューティーフローラルであるべきでしょ? もっと言えば、そこまでするならコタツすらいらなくない? 

 

「遮光は必要ない」

『カーテンは必要不可欠だよ!? 遮光だけじゃなく、近隣の視線も遮らないとダメじゃないかっ』

 

 まさか、この僕にツッコミ役を強制してくるとは。この子は中々やり手だ。油断していると、その内僕のアイデンティティであるところの華麗なボケを錆び付かせてしまう恐れさえあるね。

 

「お前がツッコミ担当だろうがボケ担当だろうが、どっちだって構わんさ。それより長門、球磨川を呼んだってことは、話があるんだろ?」

 

 ちゃっかり仕切り出すキョン君。ええと、僕の扱いが日に日に雑になってないかい? それも、女子高生の部屋にカーテンは必要だという至極真っ当な意見を述べたんだからさ。せめて君も有希ちゃんがこの後すぐにでもホームセンターへカーテンを買いに走るよう、セールストークするべきだと思うのだけれど。でないと、このマンションの敷地内で覗き魔が発生してしまう未来はそう先の事じゃない。

 

『とりま、僕も暇じゃ無いし。いいよ、有希ちゃんの話とやらを聞いてあげようか』

 

 この際だ。気になる事は、まず有希ちゃんの話が終わってからまとめて指摘するとしよっか。出来る男は、いちいち相手の話を遮らないものだし。パンツ探しはそれからゆっくり行えばいいのさ。なにせ、パンツは何処にも逃げないのだからね! 

 

「これから私が話すのは、涼宮ハルヒのこと。そして、私のこと」

 

『ハルヒちゃん……?』

 

「そう。……上手くは言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」

 

 聞くよ。女の子から話があると言われて聞く耳持たないような男じゃないって、君も知っているだろう? 

 

「……涼宮ハルヒと私は、普通の人間じゃない」

 

 うん。なんか、古泉君的にはハルヒちゃんは神様らしいよね。ついでに言えば、有希ちゃんにも何かしらのハルヒちゃんに気に入られるポイントがあるんだとか無いんだとか? 

 

「古泉一樹による説明は概ね正しい。この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。それが私」

 

『なるほどね! だから、あの腕力だったわけだ。僕を両断した手刀、あれはスキル由来では無いってことだね? それに、君が人外だというのが不思議を望むハルヒちゃんに刺さる属性か。しっくり来たよ』

 

 乃至は。ハルヒちゃんに望まれたからこそ、君という存在が生まれたのか。

 ……朝倉さんを庇った時の高速移動、そしてあの腕力。なるほど、人間では無いのなら納得。

 

「ちょ、ちょっと待て球磨川! 信じたのか!? 今の話を」

 

 信じるも信じないも、僕はこの目で見た事実を受け入れてるだけさ。実際、有希ちゃんには一度頭蓋骨からお腹までチョップで両断されていてね。これで普通の女子高生ですってお話されたほうが信じられないよ。

 

「両断……? 長門が、お前を? それもチョップで、だと……」

 

『まあね。か弱い女子高生に殺された訳じゃなくて一安心ってところかな、僕としては!』

 

「……長門の話から始まって、これ以上俺の理解が追いつかない事態は避けて欲しいのだが」

 

 なんか、キョン君が頭を抱え出した。そんなにわかりづらいポイントがあったかい? 有希ちゃんが宇宙人ってだけじゃない。

 

「だけって、お前なぁ……。ひょっとすると、他にも知ってるのか? そういう存在を」

 

『まあね! 他にもって、誤解を招く表現だね。この世の中には配り歩くほどいるぜ、人ならざる存在は』

 

 あたかも宇宙人の数が少ないか、存在しないものみたいに聞こえてしまうよそれじゃあ。人間ではあるものの、所持スキルによって化け物顔負けレベルの戦闘能力になっちゃってる奴もいるんだし。可愛く美しく可愛い女の子の見た目をしていてる化け物とかも、ね! 

 

『で? 話はそれだけかな。だとするなら、僕は有希ちゃんのパンツ捜索に移らせてもらうぜ』

 

「この部屋に、貴方の探し物は無い」

 

『な、無い……!? 無いだって有希ちゃん!? 君という人がパンツを穿いていないって宣言になってしまうんじゃあないかなそれは!』

 

「情報操作によって衣服の構成が可能」

 

 おおっと……

 

 これはこれは。この銀河を僕に断りも無く統括しているらしい情報統合思念体さんとやらのパンツにわかっぷりが露呈しちゃったね。宇宙人を生み出せようが、銀河を統括出来ようが。女の子が一度は着用したパンツが洗濯されて、丁寧にたたまれたのちに敷き詰められた収納の素晴らしさ。そんな常識問題さえわからないようでは、本当に銀河を統括出来ているのかあやしいもんだ。

 色とりどりのパンツが整理整頓されている光景が、引き出しを開けた瞬間目に飛び込んできた時の衝撃、驚愕、興奮、恍惚。それをまずは知るところからが、銀河の統括のスタートなんじゃないかい? 

 

「………………」

 

 黙ってしまう有希ちゃん。沈黙は肯定と取られるって何かの漫画でも言ってたことだし、有希ちゃんにもパンツクローゼットの素晴らしさが理解出来たんだと考えて大丈夫そうだね。

 

「球磨川球磨川。すまんが俺としては、長門がお前にチョップしたあたりの話が気になって仕方ない。そのあたりを詳しく説明してくれ」

 

『ああ、その話ならもう終わったぜキョン君。今、僕と有希ちゃんはパンツをタンスにしまうのか、それともクローゼットに広々と収納するのか、若しくはドラム式洗濯機で乾燥まで終えたパンツを、わざわざ収納する事なく洗濯機からそのまま取り出して着用するのはセーフなのかって議論に移行しているよ。僕的には当然それはアウト判定でしか無いけれど』

 

「お前と長門の間に、そんな議論は一切行われているものかっ! 長門は無言じゃないか」

 

 キョン君は女の子のパンツに興味が無いのかい? 

 

 有希ちゃんが、ここで僕の意識を向けさせようと熱い緑茶を淹れて差し出してくれた。

 

 有希ちゃん、君からもキョン君に僕たちが如何に有意義な議論をしているのか、教えてあげてくれよっ

 

「していない。聞いて」

 

 ん? 有希ちゃんがおススメしたいパンツの収納場所をかい? 

 

「そうじゃない。涼宮ハルヒについて」

 

 ハルヒちゃんのパンツの収納場所の話だったんだね! 僕とした事が、今時JKの会話のテンポについて行けないとは。これは猛省して然るべきだ。

 

「……違う」

 

「仮に、長門が宇宙人だったとして。長門を介して俺たちとコミュニケーションをはかる情報……なんとかがいたとして、だ。パンツの話で話の腰を折りまくる球磨川はどう思われているんだろうな……」

 

 キョン君は今日何度目かのやれやれを言いながら、有希ちゃんが淹れてくれた緑茶をひと啜り。

 

 ……そんなの、今頃有希ちゃんをパンツに無頓着なキャラ設定にした事を後悔しているに決まりきってるじゃないかっ!

 









あれがカミーユ・ビダン!





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