中立者達の日常 (パンプキン)
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本編
序幕


「彼女」の意識が、身体の冷たさと雨音によって目覚める。

 

「…ん」

 

頭を起こし、調子を確認。雨によって服越しに身体が冷えているが、問題は無い。体内時計で約1時間の仮眠を取っていたと認識。天候、雨。視界、問題無し。気温、低温。風速、右に約2m。

 

(状況、問題無し)

 

頭に被るフードを再び深く被り直して双眼鏡を取り出し、3500m先の建物を覗く。彼女が今やっているのは張り込み。目標が出てくるまでひたすら待ち続け、出てきた所を暗殺する。とどのつまり、彼女は暗殺者であり、狙撃手。その為にわざわざ森の中に1日以上潜んでいる。

 

(確認)

 

40分後、目標の男が複数の護衛と共に建物から出現。傘をさしている所為で顔は見にくいが、出てきた直後の一瞬で顔を認識。

そして彼女は目の前にある火器を構え、スコープを覗く。

 

それは、個人で運用するには余りにも巨大な「砲」。全長は180.7cm、口径は30mm、重量21.73kg。その砲の名は、超遠距離用携行型スナイパーカノン 「ハルコンネン」。

その威力は、「特級危険種」と呼ばれる化け物を1発で仕留められる程。それを人間に向けるならば、どうなるかは明白だ。

 

しかし、彼女はそんな事は御構い無しに狙撃の態勢に入る。

 

(風速、右2m。距離3470m…)

 

スコープ越しから見える情報を元に素早く、かつ正確に弾道計算を行い、照準補正。距離が3470mも離れているとなると、0.1mmの調整ミスや計算ミスも許されない。

しかし、彼女ばこんな事は何百何千とこなしてきた。経験値は十二分に積んでいる。

 

(──今)

 

そして必殺のタイミングを見極め、引き金を引く。それに連動して撃鉄が振り下ろされて雷管に直撃。化学反応によって炸薬が爆発し、轟音と共に30mm弾が撃ち出された。同時に尋常ではない反動が彼女の肩にのしかかるが、難無く受け止める。

撃ち出された30mm弾は、風による弾道影響と距離による速度減衰を受けつつも、正確に目標の左胸部に命中。その威力は心臓を貫くだけに留まらず、その運動エネルギーは上半身を粉々に吹き飛ばした。

 

(命中、確認)

 

スコープ越しから目標の死亡を確認した彼女は立ち上がり、ハルコンネンに付けられているベルトを身体に通すと、すぐさま逃走を開始。

幾ら3km離れていようが、音は確実に聞かれている。捕捉される前に離脱するのが狙撃手としての鉄則。

20kgを背負っていて、尚且つ森の中にいるとはとても思えないスピードで駆けてゆく。

数分後、目標の護衛が彼女を完全に見失うのはとても容易だった。

 

 

 

 

 

 

帝国内中央部にある帝都。更にその中心には千年続く帝国陛下が常在する宮殿が存在する。

その中の一室に、帝国大臣のオネストはいた。

彼は今、椅子に座って何時ものように極厚のベーコンを食べている。そのせいでメタボボディとなっているのだが、今もこれからも彼は一切気にしないだろう。今も彼の圧政によって死んでいく民達と同じように。

 

「来ましたか」

 

開けていた窓から一話の鳥が室内に入り込み、その鳥は迷い無く机に着地した。オネストはその鳥の足に付いていた筒を取り、中から紙を取り出す。そこにはこう記されていた。

 

『ウォーリーへ

目標達成。報酬は満額、テンペストへ。

ジャッカルより』

 

「…ふむ」

 

それを見たオネストはすぐさまメモを取り出し、報酬の支払いの了承と次の依頼内容を書き綴る。そしてそのメモを丸めて筒に入れ、再び鳥の足に付けて外に返した。

 

(…彼女(ジャッカル)は本当に扱いやすい。彼女が受け持てる物ならば、必ずやり遂げる)

(だからこそ恐ろしい。革命軍は敵視してしますが、彼女はあくまでも「傭兵」。金さえあれば、どの立場でもその力を提供するのですから)

 

 

 

 

 

 

「♪〜」

 

オネストからの依頼を完了して報酬を受け取った彼女は、上機嫌で昼間の帝都に足を運んでいた。完全にプライベートな状態で赴いている為、その格好は正に「何処にでも居そうな美人」の印象でしかない。

最強の暗殺傭兵として革命軍と一部の帝国側の人間に恐れられているジャッカルだが、本名は勿論、その素顔を見た者は帝国側を含めても誰一人居ない。それだけでなく、人種、出身地、年齢、特徴。ほぼ全ての素性が不明。だからこそジャッカルは表舞台に堂々とその素顔を晒す事が出来る。何故ならば、誰もジャッカルの正体を知らないのだから。

 

閑話休題(それはさておき)

 

今は完全に印象に残るだけの一般人(暗殺者)である彼女は、依頼の報酬を使って買い物を始める。お気に入りの服装店に行くのがいつもの予定だが、今回は「予約」がある。

向かったのは帝都北部にある大衆レストラン。ランチタイムから少々ズレている影響で所々の席に空きがある。其処に入った彼女は適当なテーブル席に座り、ショートケーキを注文する。

待つ事数分。彼女の後ろの席に一人の人物が座る。その人物もまた、適当な料理を注文した。

 

「…随分と機嫌が良さそうね。姉さん」

「あら、分かる?」

「チラッと顔色見たわ。他の連中には分からないだろうけど、今にも鼻歌歌いそうだったわよ」

「正解」

「………暗殺者が表舞台で鼻歌歌うって」

「狙撃が得意な傭兵なんだけど、私」

「帝国にいる人間は誰も信じないわよその言葉」

「違いないわね」

 

背中合わせで決して顔を合わせていないのにも関わらず、二人は仲睦ましく会話を続けて行く。

 

「…で、最近の首尾はどう?」

「新入りが一人入ってきた。名前はタツミで、私と同年代。どっかの地方からのポッと出なんだけど、中々面倒い雰囲気なのよねぇ…アカメとブラート曰く帝国将軍級の器を持ってるって」

「その二人が?珍しい事もあるわね…何処で拾ったの、そんな人材」

「依頼先で巻き込まれて、真正面からアカメと斬り合って生き残った所を誘拐。まだ暗殺者としては素人だから育成中だけど」

「へぇ…そんなのが入ってきて、益々ナイトレイドは安泰ね?」

「どうせ潰すんでしょ?この前の………何だっけ?」

「オールベルグ?」

「そうそう」

「依頼が来たらそうするわ。あの時は一人逃したのが痛かったけど、次は完全に潰す。傭兵にとって、信頼は報酬と同じくらいに大事な物だからね」

「…普通傭兵二人がやる事じゃないわよ、暗殺組織潰しなんて」

「そういう文句は依頼元に言いなさい。最もそんな事は聞かないでしょうし、それをやった当人が言ったってねぇ…」

「…そりゃそうよね…」

 

ウェイトレスがジャッカルの注文したショートケーキを配膳。それを一分と掛けずに完食したジャッカルは席を立った。そして会話相手の横を通る瞬間、一言だけ伝えてその場を後にした。

 

「次は二ヶ月後、三番地で会いましょう。マイン」

 

それを聞いた人物、「マイン」は若干声色を変える。

 

「…あそこの料理、好きじゃないんだけど」

 

彼女こそ、帝国内においてジャッカルの正体を知る唯一の「例外」であり、唯一の「教え子」であり、唯一の「家族」でもある。

 

 

 

 

 

 

(マイン)姉さん(ジャッカル)は正確に言うと義理の姉妹。私と姉さんが出会ったのは、私が幼少期だった時。当時から帝国は複数の異民族による侵略を受けて、異民族の差別が横行化していた。西の異民族のハーフだった私も巻き込まれて、その日暮らしも出来るかどうかの一線を過ごしていた。そして、疲労と空腹で路地裏に倒れてた所に姉さんが現れて、拾われた。最初こそ猫の様に気を立たせて姉さんを警戒してたけど、今じゃ私にとっての唯一の家族。何で拾ったか聞いてみた事はあるけど、姉さん曰く「傭兵の勘が働いた」って。 …理由はちょっとアレなんだけど、あの時姉さんが通りがからなかったら死んでたのも事実だし、感謝してる。

拾われてから数年後。姉さんが傭兵である事を私に明かして、万が一の自衛の為に姉さんから戦闘術を教わり始める。ていうのがその時の表向きな理由で、本当は私一人でも自立出来る様にしたかったらしいのよね。実際、姉さんはそれまで単独行動で依頼をしてたから、私は姉さんの枷でしかなかった。それは私も十分に分かってたから、姉さんの教えに全力で食いついてた。で、最終的には私も姉さんと同じスタンス(狙撃重視の戦闘スタイル)に落ち着いた。姉さんと違うのは、私は近接戦闘はてんで駄目なのに、姉さんは普通に近接戦闘をこなせる所。

 

そんなこんなでやってたら、姉さんから「貴女()はどうしたい?」って聞いてきたから私は即座に「姉さんに着いて行く」って答えた。寧ろそれ以外は考えられなかった。姉さんに会ってなければ革命軍に入ってたかも知れないけど。

その日以来、私も姉さんの依頼に同行する事になった。最初は姉さんが私の狙撃をサポートしてたけど、1年後には私が姉さんの狙撃をサポートし始めた。 …なんだけど、私の存在が全く騒がれないのは正直ムカつく。姉さんは革命軍じゃ(名前だけ)有名なのに、私の事は全然知れ渡ってないもの。まぁ実際、狙撃=ジャッカルが成り立ってたからしょうがないんだけど…

でもそのお陰で、私が革命軍に潜入してても全く気付かれてないのはありがたいわね。定期的に姉さんと会って革命軍の情報を流し、そしてその情報を帝国に売り付ける。

…唯、暗殺部隊のナイトレイドじゃそんなに情報入って来てくれないのよねぇ…実際、情報料は小遣い程度にしかならないし。まともな収穫は帝具 浪漫砲台パンプキンが私に適合した位ね。

 

 

「………イン、マイン?」

「…ん、何?アカメ」

「いや、何かボーッとしてたが…食い足りないなら私の分も分けようか?」

 

…だからって肉の塊1個を分けようとするな、大飯食らい。

 

「大丈夫、ちょっと考え事してただけ」

「そうか」

 

今は、潜入先のナイトレイドの食堂でメンバーと昼食を食べてる。その内の半数が賞金首だけど、顔バレしてないから勿体無いのもいるのが残念ね。ナイトレイドの主力は元帝国暗殺部隊のアカメと、元帝国兵士のブラート。頭領は元帝国将軍のナジェンダ。この三人を消せば、ナイトレイドは崩れる。

けど、それは今じゃない。ナイトレイドは帝都での活動を本格化してきて、名が広まり始めてる。そうなれば当然、帝国から姉さんに依頼が来る。それまでは貴方達に付き合ってあげる。

 

潰すなら、美味しくなった時にしなきゃね?




ジャッカル
帝国と事実上契約関係にある女傭兵。
狙撃と射撃の実力に限れば右に出る者はなく、特に超遠距離用携行型スナイパーカノン ハルコンネンによる超遠距離狙撃に関してはジャッカル以外には成し得ない芸当も可能。かといって近距離戦闘が不得意な訳でもなく、必要となったら2丁拳銃による銃撃戦も展開する。
殆どの経歴が分かっておらず、人種や出身地、年齢、本名さえも不明。何処で生まれ、どうやって帝国まで来たのかは、彼女しか知らない。ジャッカルはコードネームであり、本名ではない。
女性である事は分かっているが、常に全身と顔を隠すフード付きの薄いコートを纏っており、帝国内にてジャッカルとしての素顔を見た者はたった1人…彼女の唯一にして一番弟子であるマインのみ。

マイン
ジャッカルの相棒であると同時に、ジャッカルの義妹。
幼少期にその身をジャッカルに拾われてから、共に行動をしている。
ジャッカルから射撃の技術を教え込まれており、その腕は天才的。しかし、ジャッカルの域にはまだ届いていない。マインが狙撃を担当する時はジャッカルが観測手となり、逆にジャッカルが狙撃を担当する場合はマインが観測手を務める。
現在は革命軍の暗殺部隊であるナイトレイドに潜入しており、ナジェンダから帝具 浪漫砲台パンプキンを入手。情報をジャッカル経由で帝国に流し込むスパイ活動を行なっている。
ナイトレイドメンバーとの関係性は一見親密そうにしているが、時が来れば容赦無く撃ち殺す準備は完了している。彼女にとってナイトレイドとは「ケチな金づる」であり、姉よりも大切な物では無いのだから。


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マインの一幕

マインの射撃技術は、ジャッカルの教えによって習得した。


-月-日

うん、なんて言うか、うん。ド天然(シェーレ)が本当に面倒くさい。性格は寧ろ好きな方なんだけど、天然が本当に面倒くさい。料理を任せれば焦がすわ、掃除は逆に散らかすわ、買い出しは砂糖と塩を間違えるわ、洗濯は私ごと洗濯するわ…

…前者3つはまだ納得出来なくも無いのよ。そこはまだ良いんだけど、何で私ごと洗濯したの?「服」と「服を着ている人間」をどうやったら間違えるの、ねえ。生きてたから良かったけど、完全に想定外だったから本気で死を覚悟したわ。というより溺れて死にかけた。潜入してる以上、バレて殺されるのは覚悟してるけど、天然でうっかり殺されるとか姉さんに顔向け出来ない。

…今回ばかりは恨むわよ、ド天然。

 

 

 

○月○日

大飯食らい(アカメ)(レオーネ)が誘拐してきた。もう少し正確に言うとナイトレイドの依頼先で巻き込まれて、大飯食らいと斬り合った所を生き残ってスカウト(強制)された。名前はタツミで、どっかの地方からのポッと出。憧れの帝都に来て早々、暗殺組織に連れられるなんて不運過ぎるわね…まぁ、そんな事は私の知った事じゃないか。

聞いた話だと帝都に出稼ぎに向かう最中、盗賊に襲われて早速仲間と離れ離れ。帝都に着いた直後、不運にも獣に騙されて全財産持ってかれて、仕方なく野宿しようとした所に目標に拾われた所、これまた不運に私達の襲撃に巻き込まれて誘拐。 …不運過ぎるにも程があると思うんだけど。

タツミの身柄に関しては取り敢えず、夢想家(ナジェンダ)が戻ってくるまで暫定的にナイトレイドのアジトに置いておく事になった。ただ、私は一つ言いたい。

 

暗殺組織がそんなノリで良いの?

 

 

 

×月×日

夢想家が帰ってきたから、早速タツミに関しての話が行われた。今のナイトレイドのメンバーは私、夢想家、大飯食らい、獣、ホモ(ブラート)、ド天然、ド変態(ラバック)。正直私からしたら増えると面倒くさいんだけど、結局夢想家の説得でナイトレイドに加入。

その直後にオネストが依頼した(と思う)異民族の傭兵がアジトを嗅ぎ付けた。すぐさま総出で潰したんだけど…三流もいい所。下手したら四流以下ね。良くあんなので傭兵やってられたわね…姉さんの面汚しが。

兎にも角にも、後数日後には姉さんと会える。楽しみでしょうがないわ。

 

 

 

△月△日

今日は姉さんと会った。やけに機嫌が良かったけど、多分依頼の報酬がいつもより良かったんでしょうね。聞いた話だと、一週間の間に反大臣派の政治家一人と革命軍の幹部二人が姉さんに狙撃されたらしい。流石姉さん、としか言いようが無いわよホント。

…姉さんって何処までの無茶振りまで行けるのか気になる。私を拾う前にも幾つかの暗殺部隊を一人で潰してたらしいし。

 

 

 

◻︎月◻︎日

タツミがナイトレイドに入ってから数週間経った。今は大飯食らいとコンビを組んで暗殺を学んでる。同時に炊事担当になってるんだけど、タツミの料理中々美味しいよのね。ついついおかわりしてるけど、ちょっと体重が気になるわね…

 

P.S.

タツミのあだ名が決まらない。他の連中はすぐに決めれたんだけど、単純に個性が飛び抜けてるからだし…決まらなかったらそのままでいいか。

 

 

 

○月×日

タツミが私とコンビを組む事になった。私が依頼をやってる間に帝都警備隊隊長のオーガを単独で暗殺したらしく、一端の暗殺者の顔になってたわね。まぁ私の方が先輩だから、帝都の市勢調査(と評したショッピング)でこき使ってやったけど。最後に生意気な事行ってきたから1発殴ってやった。案外Sっ気あるのかしらね、私。殴られた時のタツミの表情を見て、思わずにやけそうになったわ。

ついでに帰る途中、公開処刑の場に出くわした。タツミはその光景を見て顔を青ざめてたけど、あんなものはまだ優しい方。精神面なら姉さんの尋問の方がよっぽどヤバイ。 …姉さんの尋問訓練は本当に地獄を見たわ。

 

P.S.

明後日、ナイトレイド総出で依頼を行う。目標は大臣の遠縁(という名のほぼ無縁)に当たる男、イヨカル。悪いけど、死んでもらうわ。

 

 

 

 

 

 

作戦当日。私達は帝都からやや外れた所にある、イヨカルの豪邸前に張り込んでる。

今回の作戦は単純明解。私とタツミが居る狙撃ポイント(高台の木の上)から目標を狙撃。狙撃後はすぐに合流ポイントへ向かい、追っ手迎撃チームと合流する。

…よし、パンプキンの最終確認終了。問題無し。

 

「…この距離なら普通に届く。自室から出てきたところを撃ち抜くわ」

「俺の役目は狙撃後の護衛だな、任せろ!」

「期待してないけどね」

 

…さて、と。ここで私が失敗したら笑い話にもならないわ。

距離、997〜1034m。高低差、27〜29m。天候、晴れ。視界、問題無し。気温、常温。風速、無風。

 

「…出てきた」

「え…どこだ?」

 

目標視認。速度低速。同時に同速度で進む非目標を12人確認。内2人は目標の至近距離。

 

「標的じゃない人達も出て来てるぞ」

「で?」

「でって…どう狙撃するんだよ」

「関係無いわ」

 

最終修正。距離1014m、高低差−27m。照準完了、呼吸停止。

 

ファイア。

 

…ヘッドショット。誤差0.2cmか、帰ったら私も含めて再調整しなきゃならないわね。

 

「仕留めた。さっさと合流地点に向かうわよ、タツミ」

「え、あ、おう!!」

 

 

 

 

 

 

「…歩きづらい」

 

確かに合流地点までのルートは最短距離なんだけど、木の根っこがそこらじゅうに飛び出てるのがウザい。突っ走った方が速いんだけど、私の護衛役としているタツミを置いてく訳に行かないし。

 

「追っ手はもう全滅かな?」

「相手は皇拳寺で修行した連中、サクッとは行かないんじゃない?」

「帝国一の拳法寺か…大臣の縁者にもなると、護衛の質もヤバイな」

「血縁の力でやりたい放題…そういうのは一番気に入らないわね」

「…」

 

…分かりやすい顔してるわね。

 

「「昔何かあったのか?」って思ってるでしょ」

「えっ!?」

「顔に出てたわよ。 …ま、簡単に説明してあげるわ。アタシは西の国境付近の出身で、異民族のハーフ。その時から異民族の差別があって、私もそれを受けて来て、その日が生きられるかどうかの子供時代だったわ。革命軍は西の異民族と同盟を結んでる。革命が成功して新国家になれば国交が開き、多くの血が混ざり…アタシみたいな思いをする子はいなくなる。もう二度と、誰にも差別はさせないわ」

「…マイン」

「そしてアタシは革命の功労者として、莫大な報奨金を貰ってセレブに暮らしてやるわ!」

「………………」

 

ま、それが「ナイトレイドのマイン」って訳。単純明快で分かりやすい設定でしょ?

…ようやく森林地点から出たわね。合流地点も目と鼻の先。

 

「もうすぐ合流地点、任務達成ね」

「報告するまでが任務だぜ!」

「アカメの受け売りね。確かにそうだけど、ね!!」

 

パンプキンを即座に構えて背後に発砲。後ろから奇襲しようとして来てた男の心臓部を撃ち抜く。撃ち抜かれた男は、何が起こったか分かってなかったのか、呆気ない顔で倒れ、死んだ。

…やっと現れてくれたわね。ちょっと前から張り付かれてて鬱陶しかったんだから。

 

「なっ…いつの間に!?」

「さあね。どっちにしろ、ちゃんと護衛役として最後まで機能しなきゃ完遂とは言えないわよ。タツミ」

「うっ…」

 

そんな訳で、特に何の問題も無く作戦は終了。その後皆に革命軍からの報酬が渡った訳だけど…しょっぱい。姉さんの平均報酬の3割しか無い。遠縁とはいえ、大臣の縁者なんでしょ?せめて4、5割は持って来なさいよ。個人の依頼がしょっぱいのはしょうがないけど、革命軍は資金が潤沢にあるでしょ。全く…そんなんだから、姉さんも帝国の依頼しか受け持たないのよ。




その習得方法は単純明快。「反復練習」、「実地練習」のみ。


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首取られザンク

ジャッカルとは、特級危険種の一種に分類される肉食生物。体長120cm前後と危険種の中でもかなり小柄。特筆すべき特徴は骨をも噛み砕く強靭な顎、肉を容易に切り裂く鋭い爪、あらゆる大地を高速で駆け抜ける事が出来る脚力、他環境への適応能力、そして高い知能。
個々の力は弱いが、集団行動及び集団戦を得意とする。中でも有名なのは「他の危険種が狩った獲物を横取りする」という行動である。
高い機動力と高度な集団戦の組み合わせは、他の危険種ではまず見られない能力。時と場合と環境によっては、漁夫の利によって横取り相手をも狩るというケースや、規模が大きく統制が取れた群れだと特級危険種を真正面から狩るというケースが見られる事も少なくない。
以上の事により、ジャッカルは個々の力が評価、分類される危険種の中でも例外的に特級危険種と認定されている「危険種殺し」でもある。

余談ではあるが、とある傭兵のコードネームの由来もこの生物の名であると推測されている。


「今回の目標は、帝都で噂の連続通り魔だ。深夜無差別に現れ、目に入った者の首を次々と切り取っている。もう何十人殺されたかも分からん」

 

今回の標的は首切りザンクか…いつもよりかは気合い入れないとならないわね。何せ、いつも殺るような連中とは一味違う。

 

「その内の三割が警備隊員なんだろ?強ぇな…」

「間違いなく首切りザンクだろうね」

「なんだソレ?」

 

…割と知名度は高い方だと思うんだけど、首切りザンクの名は。

 

「あんた、ホントど田舎に住んでたのね」

「スミマセン、私にも分かりません」

シェーレ(ド天然)は普通に忘れてるだけだと思うわ」

 

ホント、フリーの時はよく暗殺稼業やってこれてたわね。つくづくあんたの事が不思議でならないわ。

 

「それで、どんな悪党なんだ?そいつは」

「元々は帝都最大の監獄で働いてた首切り役人だったらしいわ。大臣が政治を取り仕切ってから、毎日命乞いする人間の首を切り落とすようになり始めて、何年も続けてるうちに首切り自体がクセになったそうよ」

「…そりゃおかしくもなるわな」

「そういう意味じゃ、首切りザンクも大臣によって生み出された被害者よ。で、監獄で斬ってるだけじゃ物足りなくなって辻斬りに」

 

これだけなら話は簡単なんだけど…今まで処理出来ていなかった理由は、首切りザンク自身が「帝具持ち」であるという事。千年前の帝国が生み出した48の超兵器の一つを保有している以上、大抵は帝具持ち同時でない限り、とても歯が立たない。

 

…まぁ姉さんなら、そんな事関係無しに撃ち殺せるけどね。

 

 

 

 

 

 

同時刻。

帝国内に存在する複数のアジトの一つに、ジャッカルはいた。

 

「さて…どうしようかしらね」

 

そう言う彼女の手には、3つの依頼書があった。

一つは帝国から。一つは帝国市民から。一つは帝国市民に扮した「革命軍」から。

ジャッカルは帝国以外にも依頼を受け取るルートを複数用意してあり、そこから個人や組織などからの依頼を受け持っている。

 

(帝国からは、離反の兆候が見られるナカキド将軍及びヘミ将軍の暗殺。帝国市民からは、巷を騒がせている首切りザンクの抹殺。革命軍からは、大臣派である政治家の暗殺)

(とりあえず革命軍の依頼は却下。それらしい文章で隠してるけど、こんな見え見えの罠に引っかかる程馬鹿じゃないわよ、私は。帝国の依頼は…やっぱり時間制限付きか。とはいえ、まだ余裕があるから幾らか後回しに出来るわね。首切りザンクは特に期間指定はされてなく、報酬は前払いで既に受け取っている。既に断る選択肢は無い)

(優先順位を付けると首切りザンク、将軍暗殺。特に首切りザンクは、ナイトレイドの標的になる可能性が高い。万が一横取りされれば折角の前払いを返却しなきゃならない…首取りレースね)

 

(そうとなったら、さっさと見つけ出して殺りましょ。報酬をナイトレイドに取られるのは癪だわ)

 

行動指針を定めた彼女は、すぐに準備を始める。

いつもの仕事着(フード付きの薄いコート)を羽織り、隠し武器庫を解放。ハルコンネンと30mm弾を取り出し、ハルコンネンの尾栓を垂直に回転させて解放、30mm弾を装填し閉鎖。安全装置を掛けてベルトを肩に通す。更に予備弾薬を2発、コートの下に仕込む。次に、2丁拳銃「カスール&リドリー」を取り出してマガジン、初弾を装填。ホルスターにしまい、更に予備マガジンを3本ずつ、これまたコートの下に仕込む。カスール&リドリーを使う機会自体は滅多に無いが、「不測の事態」が起きる可能性はゼロではない。準備し過ぎて損をする事は無い。

武装の準備を終えた彼女は、次に帝都の地図を広げ、捜索ポイントを大まかに決定する。幾らジャッカルといえど「個人」である以上、「組織」で動くナイトレイドには捜索力は劣る。なので最初から大まかにポイントを絞り、最初から偵察範囲を限定化する。其処に首取りザンクは現れるのか、それともナイトレイドに遭遇するかは完全に運次第だが、其処は今まで積み上げてきた傭兵の経験値と勘でカバーをするしかない。

 

(…大体はこんな感じか。後は実地で調整ね)

 

そして全ての準備を終えた彼女は、アジトから外へと踏み出す。まだ太陽の光は明るい。今の内に帝都に忍び込んで偵察ポイントの微調整、及び移動ルートを想定する。

下準備の段階から、既にジャッカル(傭兵)の「戦闘」は開始されるのだ。

 

 

 

 

 

 

満月の月が照らす、真夜中の帝都。その中の建物の屋上より、彼女はハルコンネンのスコープを覗いていた。

 

(…現在も目標は現れず)

 

目標(首切りザンク)及びナイトレイドの推定行動開始時間は1時間前に到達。帝都警備隊も行動を活発化されており、予断が許されない緊張状態が帝都を包んでいる。彼女は2時間前から複数の偵察ポイントで目標を捜索している。

首切りザンクが保有している帝具の情報は、帝国より提供されている。名前は「五視万能 スペクテッド」。能力はその名の通り、視界情報的アドバンテージを使用者に与える。五つの能力の内判明しているのは「遠視」のみであり、複数の能力同時使用は不可能であるという事のみ。全ての能力が判明されている訳では無いが、彼女からすれば何も判明されていないよりは全然マシだ。

彼女の考えでは、遠視能力による最大捕捉範囲は最低でも5km。更に高低差による視界拡大も考慮すると7〜8kmと想定。そして警戒態勢にある帝都内に不規則に現れるという事は、少なからず遠視能力による偵察を行なっていると予想。更に効率的な偵察を行うとなると、帝都でも特に高度が稼げ、容易に到達出来る建物は自然に絞られる。後は、予測捕捉地点を立てて待ち伏せるだけだ。

 

(此処に居るのはナイトレイドのみ。移動ね)

 

一定時間が経過したのを体内時計で把握し、静かに、かつ迅速に建物を飛び移って次の偵察ポイントへと移動する。既に偵察ポイントを一周し、二週目へと突入。現在の偵察戦果は、ナイトレイドが最低でも4人以上で活動している事実のみ。肝心の目標は、影も形もない。

 

(久し振りに、予測が外れたかしら)

 

そんな事を考えてる内に、次の偵察ポイントに到達。すぐさま屋上の縁でしゃがみの姿勢に入り、ハルコンネンのスコープを覗いて偵察を開始。高度が稼げる建物の屋上を重点的に捜索するが、目標は一人。忍耐力との勝負だ。

 

不意に、時計台の上に佇む男性の後ろ姿をスコープに捉える。

 

(──BINGO。距離4370m、高低差+18m、風速左8m〜右3m、ここからの狙撃は無謀ね)

 

そのまま監視を継続するが、彼女の存在に勘付いた様子は無い。寧ろ、何かに気を取っているような雰囲気が出ている。

 

(目標が興味を引くとしたら、恐らくナイトレイド。遠視能力で捕捉したか)

(…丁度良いわね。少し泳がせてみましょう)

 

 

 

 

 

 

 

時は進む。

首切りザンクは、ナイトレイドメンバーのタツミを目標として行動を開始。スペクテッドの能力を用いてコンビのアカメと距離を離し、交戦。タツミを事実上戦闘不能にするが、殺害前にアカメが救援に到達。此処に帝具持ち同士の死闘「帝具戦」へと移行。

最初こそは互角の戦闘を展開したが、やがてスペクテッドの能力を破られた首切りザンクが不利へとなり始め、最終的に切り札であった「幻視」能力さえもアカメに破られ、両腕の仕込みブレードの耐久力も限界を迎えた。

 

「ぬぅああああ!!死んでたまるかあああ!!」

 

首切りザンクの咆哮が周囲へ響き、最後の攻防が始まる。

ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。次々と繰り出される双方の剣技は、確かに決定打に欠ける。しかし。

 

(なます切りにする前に、俺の剣が…!!!)

 

首切りザンクの武器は既に限界。ヒビの入った剣で極めて耐久性が高い帝具(村雨)と打ち合っていれば、どうなるかは明白だ。

アカメが繰り出した切り上げによって、遂に首切りザンクの剣が粉々に破壊。同時に両腕も高く舞い上がり、余りにも無防備な隙が生まれる。

 

「葬る──!?」

 

首切りザンクにトドメの一撃を刺そうとしたアカメの視界に、異常が映る。それを捕捉したのは最早奇跡、偶然と言って良い程幸運な事だった。何故ならば、アカメでもほぼほぼ点でしか映らなかったのだから。

戦いの場より、600m前後離れた廃墟の屋上。其処に、巨大な「砲」を構えた何者かが見えた。

 

砲炎。

 

「くっ!!」

 

アカメは回避行動としてすぐさまバックステップ。首切りザンクはアカメが突然取った行動に呆気を取られた表情を見せ、それが最後の表情となった。

次の瞬間、飛来した砲弾が首切りザンクの胴体を貫通して粉々に吹き飛ばし、更にアカメが一瞬前までいた地点の地面に着弾し、爆ぜた。首切りザンクの上半身は粉々となったのだが、不幸なのか幸運なのか、頭部と両腕及び下半身はほぼそのまま残った。頭部と両腕はそのままの地面に落下し、残った下半身も己の血の海に沈む。

 

「なん、だ!?」

 

倒れていたタツミが驚愕の声を上げる。アカメ自身も、表情には出していないが冷や汗を流していた。回避出来たのは良かったものの、もしあの時点で気付かなければ、自身もザンクと同じ末路を辿っていたのは明白だった。そして明らかに帝都警備隊でも無い完全な第三者であり、完全な不確定要素。可能ならばザンクの帝具を回収したかったが、見晴らしが良過ぎる此処では余りにもリスクが伴う。いつ次の攻撃が来るか分からない以上、アカメの行動の選択肢は一つだった。

 

「タツミ、逃げるぞ!!」

 

此処から直ちに逃走する。帝具「一斬必殺 村雨」を納刀し、負傷して動きが制限されているタツミを抱えようと駆け出した。

 

 

 

「あら、それは残念ね」

 

 

 

しかし、その選択肢さえ彼女は潰しに掛かる。

 

(速い──!?)

 

条件反射に近い形で村雨を抜刀、声の方向(後方)へと身体を向け、構える。其処にいたのは、暗闇に溶け込むかのように存在感を薄めた、フードを被った人物。背中には巨大な砲を携行しており、一見すると隙だらけ。しかし、それはあくまでも「側」の話だ。

 

「…何者だ」

「まずは何事も、自己紹介が最初じゃない?第一印象はその後の関係に大きく関わるわよ」

「…」

「ハイハイ、分かったわよ…初めまして、悪名高いナイトレイド。私の名はジャッカル、唯の傭兵よ」

「…お前がジャッカルか。我々の標的である以上、葬る」

「あらら、仲良くしようって雰囲気でもないか…まぁ良いわ。どっちにしろ、ちょっと興味も出たし」

 

そう言いながら全く落胆した様子のない声色で、ジャッカルはカスール&リドリーを両手に持つ。

 

「私をあまりガッカリさせないでよ?態々貴女の土俵で戦ってあげるんだから」




ハルコンネン
ジャッカルの代名詞とも言える超遠距離用携行型スナイパーカノン。
口径30mm、銃身長170.2cm、重量21.73kgと、大砲を無理矢理個人でも扱えるようにしたかのような狙撃火器。
装填方法は中折れ式を採用し、30mm弾1発を装填可能。射程も約4kmと長大であり、尚且つ長銃身による高い命中精度と弾速によって超遠距離狙撃を可能とした。オプションに倍率変化スコープを装備。
特級危険種を一撃で仕留め得る火力ではあるが、発砲時の反動は常人の肩の骨を粉砕するレベル。その為、並みの人間が扱える代物ではない。

カスール&リドリー
ジャッカルが近距離戦闘を行う際に扱う大型の2丁拳銃。
口径はカスールが45口径、リドリーが50口径。装弾数は双方7発ずつの計14発。銃身下部に小型ナイフを装着しており、白兵戦を行う事も可能。


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詭弁と詭弁

傭兵は、常に「中立」であれ。
暗殺者は、常に「非情」であれ。
いつ如何なる時も、真の味方は「己」のみ。
汝らは、それが理解出来るか?
汝らは、それを覚悟出来るか?

汝らは、果たして「暗殺者」と名乗れるのか?


「ん〜…確かには「ソレ」はあるけど、ねぇ…」

「…ッ!!」

 

舐められている。それが、ジャッカルに対してのアカメの感想だった。

戦闘を開始してから数分…既に何度も攻防は行われているが、その差は見えていた。手加減無しのアカメに対し、ジャッカルは鼻歌混じりに、幼児をあやすかのような気軽さでこなしている。それも純粋な近接武器ではなく、大型拳銃(カスール&リドリー)に装着された「銃剣(小型ナイフ)」で。

アカメの武器は、極めて強靭な耐久性を誇る帝具の一つ「一斬必殺 村雨」。その二つ名の通り、村雨に切られた者は例外無く死亡してきた。村雨の刃には「呪毒」と呼ばれる呪いが宿っており、傷口から呪毒が流れ込めば数秒で心臓発作を起こし、即死する。解毒方法は存在せず、その威力によって如何なる生物であっても一撃必殺を誇っている。対してジャッカルが使用している銃剣は帝具という訳でも無く、特別な素材を使っているという訳でも無い。軍でも使われるコンバットナイフを、大型拳銃のオプションパーツになるように改造しただけだ。武器性能の差、攻撃スピード、攻撃間隔。様々な要因が高レベルに揃っている以上、ジャッカルの銃剣が砕けるのも、それこそ首切りザンクよりも容易に可能だろう。しかし現在もそれは起こっていない。それは何故か?

答えは簡単。ジャッカルはアカメの攻撃を「受け止めている」のでは無く「受け流している」。しかし、それは言葉とは裏腹に極めて困難だ。一回一回のスピードや多数、アカメ自身のパワーもそうだが、何よりも銃剣の耐久性の低さがある。力任せに受け流そうとすれば、銃剣はあっという間に役に立たなくなるだろう。が、ジャッカルはアカメの力に逆らわず、そして優しく軌道を逸らすようにアカメの猛攻を受け流している。それも容易にかつ連続で、アカメを観察しながら。

 

「そこ」

「ぐっ!!」

 

0.04秒という隙間を縫い、ジャッカルの右手に握られたリドリーから50口型弾が発射。至近距離から発射された拳銃最強クラスの弾丸をアカメは回避出来ず、右腕に命中。弾丸は右腕の筋繊維をズタズタに引き裂き、貫通。アカメの右腕から力が抜け、アカメの攻撃が緩む。数多の攻撃の後、ジャッカルが仕切り直しと言わんばかりに距離を取る。アカメは左手のみで村雨を構え直す。

 

「流石、元帝国暗殺部隊。確かに速さはある、力もある、技術もある。だけど…筋が無いわね」

「…何が言いたい」

「一つ聞くけど、貴女って如何して暗殺部隊(帝国)からそっち(革命軍)に身を転じたの?暗殺するなら、そのままでも適任の場所じゃない」

「私の心が、そちらが正しいと決めたからだ。己の信じる道を歩んだまで」

「…ああ、そういう事。成る程ね…」

 

アカメの言葉を聞いたジャッカルの声色が変わる。それは先程まで見せた事の無い、明らかな「落胆」を秘めていた。

 

「そりゃ筋も鈍る訳ね、暗殺者がそんな下らない信念を抱いてたなんて。ナイトレイドも、所詮「民の味方」とかをほざく偽善集団か…」

「…私の仲間まで愚弄するか」

「なら尋ねるけど、全ての帝国の民は貴女達に「助けてくれ」と言ったかしら?そして今、帝国の脅威と化している革命軍。もし彼等の革命が成功したとしても、本当に「民に優しい国」は作れるのかしら?貴女達は、本当に「全ての民の思い」を理解しているのかしら?たかだがそんな事で、貴女達は「赤の他人」を助けようと思えるのかしら?」

「…それは」

「一つだけでも確信していないからこそ回答は遅れる。そんな偽善に命を賭けるなら、私は「(中立)」の為に命を賭けるわ。だって私は死にたくないもの。 …素質はあるだけに本当に残念ね、貴女が私の仲間じゃない事が。貴女が「暗殺者(非情)」にならなければ、貴女(暗殺者)(傭兵)を殺せない。ナイトレイド(偽善者)(中立者)を殺せない」

「…興が冷めたわ。ザンクの帝具は貴女達にあげる、私の依頼は既に達成されているから。せいぜい頑張りなさい、貴女達の下らない信念(夢想)の為に」

 

ジャッカルはカスール&リドリーを仕舞うと、大きく飛び上がって近くの廃墟の屋上に着地。そのまま屋上を飛び移ってアカメの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

ジャッカルはそのままの足でアジトに戻り、武器と仕事着を仕舞ってソファーに腰を下ろし、テーブルに両足を置いた。そして、盛大に溜め息を吐く。

 

「下らない事言ったわねぇ、私」

 

下らない事とは勿論、アカメと交わした言葉の数々。アカメとの僅かな会話と戦闘中の観察によって、アカメの本質を僅かながらにも見抜いたジャッカル。しかしそれは、ジャッカルからしたら「異常」の一言に尽きた。

 

(アカメって元々帝国の暗殺部隊所属なのに、なーんであんなにご立派な信念を掲げて、尚且つ生きた目をしてるのかしら。まるで無垢な子供…いえ、だからこそあんな下らない信念を掲げてる訳ね。勿体無い…私が育てたならそんなものは「持たせない」。「他人の為の偽善」よりも「自分の為の中立」の方がよっぽど効果がある。そして極限に無駄なプレッシャーを省き、極限に己を研ぎ澄まし、極限まで「自分」の為に「他人」を切り捨てる。究極的に「自分」の為だけに行動出来た瞬間に、初めて「二流(偽善)」から「一流(中立)」へと昇華できる)

(革命軍の人材採用者は馬鹿ね。『暗殺者は常に「非情」であれ』、これが出来なければ暗殺者としての「一流」には絶対になれない。競合相手とはいえ、オールベルクを潰したのは完全に失敗ね…報酬の良い帝国の依頼とはいえ、蹴っておけば良かったわ)

(…マイン()が仮面を被り続けるのも苦労する訳か。二流以下は中途半端にしか出来てない。だからこそ無駄な「信念」を探す。だからこそ無駄な「目的」を探す。そして「これで良いんだ。これが正解なんだ」と思い込んで、ボロボロな偽りの刃を持つ。そんな連中にわざわざ足並み揃えなきゃならないとなると、どれだけの精神的疲労があるのやら…これが終わったら十分に休ませましょう)

(どちらにせよ、ナイトレイドには期待外れね。 …いや、革命軍にオールベルクのような組織がある方が珍しいか)

 

一通りの考えを済ませたジャッカルは、妹の気苦労を思いながら一夜を過ごす事となる。

 

 

 

 

 

 

「以上だ」

「…そうか。ジャッカルが…」

 

同時刻。ナイトレイドのアジトに帰還したアカメとタツミは、ボスであるナジェンダに一連の報告を行なっていた。負傷したアカメの右腕は既に手当てされており、包帯が巻かれている。

 

「何にせよ、よく戻って来てくれた。ザンクの件もそうだが、ジャッカルの貴重な情報を持ち帰ってくれたのだからな」

「…ちょっといいか?ジャッカルって一体…」

 

二人の会話に挟み込んで来たタツミが、疑問を投げかける。

 

「…そうか、まだタツミには説明していなかったな。ジャッカルとはお前とアカメが遭遇した傭兵のコードネームだ。唯の傭兵ならば気にかける事は無いが、奴の手によって多数の革命軍幹部と寝返った元帝国の者達が暗殺されてきた。当初は革命軍も取り入れようとしたか、結果は全て失敗。今は革命軍の最重要目標の一つとして数えられているが、奴の素性を知る者は居ない。帝国側にもな」

「帝国側も?」

「ジャッカルはかなり用心深い。本名はおろか、人種、出身地、年齢、素顔さえも不明。どんな武器を使い、どんな戦術を使うかさえも分かっていなかった。ジャッカルに狙われた者は、全員がその命をジャッカルに奪われたからな。そう言った意味では、タツミとアカメは「初めて」の生存者だ。それが例え、見逃されたような形でもな」

「そんなヤベェ奴なのかよ、あいつ…」

「…ああ。その上、私も完全に見誤った。ジャッカルの実力は想像を遥かに超えている」

「奴が帝国側としている限り、革命軍は常に奴の脅威に晒される。その為にも一刻も早い排除が望まれている」

「ナジェンダさん!!」

 

その時、ナイトレイドメンバーの一人であるラバックが部屋に駆け込む。

 

「どうした、ラバック」

「マインが帰ってきてます!」

「…待て、シェーレはどうした?」

「分からない。だけど何かあったのは確かだ。マインが負傷してる」

「…何かあったのかは直接聞こう。案内してくれ、ラバック」

「はい!」

 

時は無情に進んでいく。全てを置き去りにするように。




駆け足になってしまった今回。これ以上の描写が自分には難しいのは反省点…


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会合

マインにとって、(ジャッカル)と金以上に大切な物は「存在しない」。


首切りザンクの件から数日が経った。私は今、アジトのホールで行われる緊急連絡を待っている。

 

(…)

 

前回の首切りザンク暗殺に、ナイトレイドは六人を動員した。本題は大飯食らいとタツミが終わらせたけど、それだけで終わらなかった。その時にコンビを組んでいたド天然と離脱していた最中、帝具持ちの帝都警備隊員に発見され、帝具戦に入った。

 

…結果はシェーレ(ド天然)の死亡。帝具「万物両断 エクスタス」は帝国に渡り、私自身も両腕を折られた。

 

まぁ、ド天然が死んだのは別に構わない。(賞金)が減ったのは良くないけど…まだ三人いるから十分リカバリー出来るし、左腕の骨はくっ付いた。問題は、私の顔がバレて「手配」された。つまり、姉さんとの帝都内で合流が不可能になった事に直結する。

 

(…とんでもないヘマしたわね、ホント)

 

帝都内に行く事も不可能。かと言ってわざわざ姉さんのアジトまで出向くには距離があり過ぎる。私の正体がバレれば、姉さんにも不利益な事が起こる以上、下手な行動は出来ない。一応こうなった時の想定は組んでたけど、正直こうなって欲しくなかったわね…

そんな事を考えてる内に、夢想家から緊急連絡の内容が語られ始める。

 

「一つ、「二つ」の地方チームとの定期連絡が途絶えた」

『!?』

 

え、二つ?一つじゃなくて?

 

「地方のチーム?」

「帝国は広い。私達(ナイトレイド)が帝都専門の分、他の地方で仕事をする複数の殺し屋チームがあるんだ」

「二つ目は一つ目に関係する。連絡が途絶えた地方チームの調査の結果、片方はジャッカルにやられた。それも極最近だ」

 

…えちょっと待ってこの短期間でいつの間に二つ目を潰してたの姉さんそんな事聞いてないんだけどどういう事なの高額報酬独り占めとか羨ましい帝国空気読みなさいよ私と姉さんが一緒に出来るタイミングで依頼送って来なさい馬鹿ああもう私だけ物凄く損してるじゃないいや此処にいる時点でもとんでもなく損してた──

って違う違う、そうじゃないわね…

 

「…また奴か」

「これで幾つやられたんだ?私が覚えてるだけでも結構暴れられてる様な気がするんだけど」

「四つ目だ。もう片方もそうだったら五つ目になる」

「とりあえず、アジトの警戒をより強める必要があるね」

「ああ、結界()の範囲を広げてくれ」

「そして三つ目。エスデスが北を制圧、帝都へ戻ってきた」

 

げ、もう戻って来たの?半年どころか2ヶ月で戻って来られたか…この状況でエスデスが帝都に居座ると余計に動き辛くなるんだけど…

 

ああもう…如何して悪い状況が一気に重なってくるのよ。神様は私に何か恨みでも持ってるの?正直に言ってくれたらお礼にぶっ殺してあげるのに。

 

 

 

 

 

 

緊急連絡が終わった後、私は自室に向かってる。

 

…エスデスの問題はまだ良いわ。やっぱり私の手配書が問題ね…次の姉さんとの情報共有までの日数は3日後、しかも場所は五番地(帝都内)。片腕が使えない状態で向かえば「どうぞ私を捕まえて下さい」って言ってる様なもの。しかも今はエスデスの拷問も付いてくる。姉さんに関する事は吐かない自信はあるけど、わざわざ捕まるなんて馬鹿は出来ない。だけど帝都での接触が出来なくなったから…十一番地以降(帝都外の接触ポイント)を使わざるを得ないわね。 …正直こうなるまで忘れかけてたんだけど。

…私の部屋の前に着いたか。特に何も思うことは無く、部屋に入ってドアを閉じようと振り返って

 

「ッッッッ────────!!!!!!!!!?」

 

思わず大声で叫びかけた口を左手で無理矢理抑える。思いっきり動かしたからくっ付いた所が痛んだけど、そんな場合じゃない。

 

 

何故なら、開いたドアに隠れるように潜んでいた姉さん(ジャッカル)がいたから。

 

 

…………割とマジで心臓止まりかけたわ。下手なドッキリよりも万倍タチが悪い。

私がそうしている間に、姉さんは静かにかつ素早くドアを閉じる。

 

「ッビックリしたぁぁぁぁぁ………!!!!」

「私も貴女を驚かせるつもりは無かったのよ、すまないわね」

「ていうか、何で姉さんが此処にいるの!?外にはド変態の警戒網が…」

「時間はかかったけど、ある程度パターン化されてたから突破出来たわ。本当はナイトレイドが使ってる出入り口を見つけたかったけど、そんな暇も無いし」

「…姉さんが潜り込めるなら、私の怪我が完治したら此処で奇襲するのもアリじゃない?」

「いや、流石に無茶よ…私達だけで複数の帝具持ちと真正面から殺り合う勇気は無いわ。生憎不可能な事は「絶対に」やらない主義だから」

「それよりマイン」

 

ピラ、と姉さんの右手にあったのは、私の指名手配書。

 

これ(指名手配書)、どういう事か説明してくれるわよね?」

 

 

 

 

 

 

「…なるほど、ね」

 

マインから一連の報告を聞いたジャッカルは、壁に寄りかかったまま腕を組んで思考を回す。

 

「ごめんなさい、姉さん…」

「…相手は帝具持ち、真正面から殺り合って生きて帰れただけでも上々よ。可能なら手配されるのは避けるべきだったけど、今それをグチグチ言っててもしょうがないわ」

「…うん」

「とりあえず、貴女はこのまま潜入を継続。このタイミングでボロを出す訳にいかないし、怪我の治療を最優先しなさい。手配書に関しては考えておくから」

「分かった」

「…さて、これで悪い話は終わり。一つ良い知らせがあるわ。漸く来たわ、組織潰しの依頼が」

「ホントに!?報酬は!?」

「一万。しかも賞金首は別腹よ」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 

ジャッカルの言葉を聞いたマインは、刹那に脳裏を支配した感情(歓喜)を表すように全身が震え、その表情は恍惚し、そして満面の笑みが浮かぶ。

 

「イイッッッッわねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………!!!!一人頭で千六百枚!!流石最恐の暗殺組織、散っ々私を煩わせてくれただけの金になってくれるわ…!!」

「…やっぱり随分と苦労してたのね、マイン」

「当たり前に決まってるでしょ。何が嬉しくて二流の連中に合わせなきゃならないの?姉さんだから喜んでやってるけど、他のグズが頼み込んでたなら即ぶっ殺してやるわ。それでいつ殺るの?私としては一分一秒でも早く、姉さんを殺そうとしたクソ野郎(大飯食らい)をぶっ殺したいんだけど」

「さっきも言ったけど無理。帝具持ち六人相手に真正面からの強襲は愚の骨頂、何にしても弱体化が必須。二流とはいえ、ほぼ全員が帝具持ちの組織である以上、今迄の様には出来ないわ」

「ッチ、そう簡単に掴ませてくれないってワケね…」

 

「…上等よ。久しぶりに大金を掴んでやるわ」

 

「…幸い、依頼条件は無期限及び方法問わず。中々難しい依頼だけど、必ず達成するわよ」

「ええ!!」

「次の接触は十二番地。直接の接触は避けるから、メモを隠しておいて。最大限の隠密を心掛けなさい。此処からは本格的にチャンスを探るわよ」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

マインとの情報共有を終え、無事にアジトに帰還したジャッカルは頭を抱えていた。その理由は勿論、マイン()が指名手配された一件。

指名手配された以上、マインの顔は既に帝国全土に割れたと言っても良い。そしてそれを行なったのは紛れもない「国家」。盗賊などと言ったグズの集まりとは違い、世界の中でもトップクラスの権力と信頼を持つ「組織」だ。対して何方も最底辺である「傭兵」では、「対等」な交渉のテーブルに着かせるには、一筋縄どころか不可能と言っても良い。しかも帝国の実質支配者は、幼い子供を皇帝(操り人形)に仕立て上げた切れ者のオネスト大臣。そんな者と下手に交渉に挑もう物ならば、交渉内容そのものが既に「弱み」。あっという間に首輪を付けられる事となるだろう。

 

ならば、此方も「弱み」を握れば良い事だ。

 

相手は民に圧政を掛け、複数の異民族と反乱軍と戦争をしている立派な「戦時中(末期的)」の国家。その手の方向から手を入れれば、「第三者()」に知られなく無い事など大小関係なく簡単に出てくるだろう。後は交渉人(オネスト)に対して効果絶大な弱みを選別し、それを交渉のカードにする。

勿論、それだけで此方が望む結果が引き出せるとは思っていない。他にも様々な方向から探るが、最終的にはジャッカル自身のアドリブ力(舌戦能力)次第。

 

(…どっちにしろ、まずは動かなきゃ話しに成らないわね。最近の帝都の動きもあるし)

 

北の異民族早期制圧、エスデス将軍と三獣士の早期帰還。そして不確定情報ではあるが、エスデス将軍を筆頭とした特殊警察の設立。

僅か数日で帝都の動きが目まぐるしく変化し、ジャッカルの予測を外れ始めた。特に懸念なのが、不確定情報である特殊警察。まだ詳細は不明だが、帝具使いが主力という情報もある。もし依頼で敵対する事になれば、それ相応の準備と戦略でなければ成らないだろう。

そしてそれを確かめるならば、やはり己の耳と目以上に信頼出来る物はない。

 

(行きましょうか、帝都に)




ジャッカルにとって、妹と己の命以上に大切な物は「一つしか存在しない」。


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証明終了

時間の無い中で設定の練り直しをしていたら、一ヶ月以上経過してしまっていた…こんな感じの不定期更新でやっていきます。
それでは(迷走気味になった)本編、どうぞ。時系列は竜船編です。


──────────────────────────
ジャッカルが最も評価する(愛する)人間は、───である。


「…御免なさい、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?一言一句、無駄なく正確に、「嘘なく」ね」

 

帝都の繁華街の裏路地にて、仕事着を着込んだジャッカルは一人の情報屋と接触していた。その情報屋とは、普段からそれなりの関係を持っているのだが…肝心の情報屋は顔色を青ざめていた。それも当然だ。彼の依頼主(ジャッカル)は、明らかに機嫌を悪くしているのだから。

 

「…い、依頼された情報は掴めなかったんだ。だけどちょっと待ってくれ、これは」

「無駄なくと言った筈よ?十数秒前の事も覚えてられないの?」

「…!!」

「言い訳は要らない。私は貴方の能力に見合う依頼内容と報酬を用意し、貴方はそれを許諾した。貴方自身も分かっている筈よ、こういう世界での「失敗」の意味を」

「…」

 

カチャリ、と情報屋の眼前にリドリーの銃口が添えられる。

 

「っ、待ってくれ!!もう一度だけ、もう一度だけチャンスをくれ!!」

「こういうケースの代償は「命」と対価交換って決めているの。例えどんなに小さいミスでも、「他人」のミスで私も道連れになるのは御免だから。だけど…」

 

情報屋へと向けられていたリドリーを下ろしてスライドを引き、廃莢口から勢い良く飛び出した50口径弾を左手で掴み取り、情報屋に突き付ける。

 

「この弾丸一つで簡単に貴方の命は奪える。けど一度の失敗でそれなりに有能な人材を潰す程、私は馬鹿じゃない。何より「金」と「情報」、そして「時間」も無駄に掛かる。今回のミスは見逃してあげるわ」

 

その一言を引き金に弾き飛ばされた50口径弾は情報屋の足元に落ち、コロコロと地面を転がった。

 

「但し失敗報酬はそれ一つ。また同じミスを犯した時、今度は貴方の眉間に埋め込む。次の依頼の成果は期待させて貰うわよ」

 

これ以上情報屋の返答を聞く気は彼女に無く、そのまま路地裏の奥へと歩いていってその存在感を消す。それを青ざめていた顔で見ていた情報屋は、張り詰めていた気が四散した影響で、思わず壁に背を預けてズルズルと腰を抜かした。何故ならば、数年前から、「その手の世界」における不文律が追加されている。

 

──ジャッカル(中立者)を怒らせてはならない──

 

唯この一文のみであるが、それは強力な不文律として存在している。

 

 

 

 

 

 

「…」

(…ねぇ、この気まずい空気何とか出来ないの?)

(それが出来たらこうなっていないわよ)

 

数刻時間を刻んだ頃。帝都内で情報屋との接触及び噂話の収集等による情報収集を終えたジャッカルは、とある飲食店に赴いていた。

その店は店員一人と店長の計二人の姉妹従業員しかおらず、小さな通りにひっそりと立っている隠れ店。しかも現在は「営業時間外」となっており、普通ならば客は居ない。それもフードを深く被って素顔が一切見えない人物など、不審を通り越して即時退店を促すレベルだろう。しかしそれをされる所か、彼女が腰掛けているテーブル席に全く近寄っていない。

 

理由は単純。営業時間外にするように指示したのがジャッカルであり、二人の従業員はそれに従っているだけ。

ジャッカルと二人の姉妹は、言わば「上司と部下」というべき関係。より正確に言うならば飲食店自体が「受付場」であり、姉妹は「依頼仲介人」。ジャッカルが作り上げたネットワークの一部であり、姉妹にとっての絶対的上位者であるジャッカルに逆らう理由は存在しない。ちなみに姉妹が近寄っていないのは、単純にジャッカルが近寄りがたい雰囲気を出しているだけである。(本人にそのつもりは一切ないのだが、如何せん素顔が見えていない以上気付くのは無理だろう)

テーブル席に腰掛けるジャッカルに、なるべく刺激しないように遠くから見守る二人の姉妹従業員(依頼仲介人)。音を立てる事も無く、暫くその状況が続くだろうと思われたその光景は、以外にもすぐに終焉した。

 

カランカランとドアの鈴を鳴らしながら入店した、眼鏡を掛け、一つの鞄を持った一人の男性。入って周囲を見渡してジャッカルの姿を認めると、迷う事も無く向かい側の席に座った。

 

「御免なさい、待たせたかしら?」

「問題ないわ。偶々こっちの用事が早く済んだだけよ、Dr.」

 

着席一番にまさかのオカマ言葉をかましながら謝罪の言葉を向けた男の名は、「Dr.スタイリッシュ」。帝国に於けるあらゆる研究関連の第一人者であり、特に生体研究に関しては右に出る者は存在しない。しかし帝国らしいというべきか、実験体による苛烈な実験を平然と行い、己の目的の為に大勢の他者の命を捧げるマッドサイエンティストでもある。

 

「それで、今回の呼び出しの要件は?」

「…例の件についてよ」

「…! それは、つまり…私が思っているので間違い無いのね?」

「ええ。長い時間が掛かったけど、漸く結論が出たわ」

「…資料は勿論、此処に持ってきてるのよね?」

「此処にあるわ」

 

スタイリッシュは持ってきた鞄を開いてかなり分厚い黒色のファイルを取り出し、テーブルの上に置いてジャッカルに差し出す。

 

「コレに、貴女が求めていた「答え」が書かれてある。膨大な量になったけど、此処で読み切って頂戴」

「…………」

 

差し出されたソレをジャッカルは無言で受け取る。その手は、僅かに震えていた。

 

「…………フゥーッ」

 

大きく深呼吸をしてファイルを開く。其処にあったのは、百ページを軽く超える膨大な資料。しかも見やすく工夫されてるとはいえ、それでも1ページ1ページがかなり濃い内容となっている。どう考えてもそれをしっかり理解した上で読破しようと試みるなら、確実に日をまたぐ事は確定的だ。だがそんな事実を打ち破るように、ジャッカルはパラ、パラと凄まじい速度でファイルを読み進めて行く。そしてこれはジャッカル自身も気付いておらず、スタイリッシュもじっくりと見なければ気付かなかった事ではあるが、ジャッカルの両手は再び微弱に震え始めていた。しかし其処から感情を読み取る事は難しい。

 

「……………」

 

パラ、パラ、パラ。パラ、パラ、パラ。誰も言葉を発せず、唯ファイルを捲る音だけが響く。それが終わったのは、1時間半後。

最後のページを読み終え、ファイルを閉じてテーブルに置く。

 

「………成る程、ね。Dr.、コレの信頼性はあるのよね?」

「私も何回も再確認したけど、結果は全て同じ答え。それにこんな結論が嘘なら、私は立派な小説家になれるわよ?」

「…」

「貴女の仮説は正しかった。けど、確実に私達以外には信じられる結論でもない。「実例」はあるにはあるけど…余りにも突拍子で、余りにも非現実的」

「でしょうね。私自身も、最初こそはそんな感じだったわ」

「…それにしても全く驚いてないわね、貴女」

「私からしたら、このファイルは唯の「再確認」。ほぼほぼ確信してたから。そういった意味じゃ、貴女の方がそうじゃない?」

「さて、どうかしら?」

「…ま、その通りね。私達の関係はあくまでも「協力」、不必要な詮索は必要無い。このファイルは如何するの?」

「直ぐに処分するわ。このファイルが無くなれば、コレは私と貴女の「(記憶)」にしか無くなる。そして決して他言はしない。それが貴女の条件でしょ?」

「覚えてくれて何より。報酬は其処に突っ立ってる姉妹に預けてあるわ」

 

ジャッカルはテーブル席から立ち、ソワソワしている姉妹を余所に店の出口へと歩き出す。

 

「…ねぇ、ジャッカル」

 

そしてドアを開けようとした瞬間、スタイリッシュが声を掛けて制止させる。それに応えるように、ジャッカルは動きを止めた。

 

「何かしら?Dr.」

「…答えたくないなら答えなくて良いわ、これだけは質問させて頂戴」

「…」

「…貴女は、一体「何者」なの?」

「愚問ね」

 

スタイリッシュの問いかけに、ジャッカルは失笑混じりに返答する。

 

 

 

 

「私は────────」

 

 

 

 

決して後ろへ振り向く事無く、しかしその言葉は重く。それを断言し、ジャッカルは外へと姿を移した。返答を聞いたスタイリッシュの表情は、何かを考えてる様な難しい表情を浮かべている。

「…………成る程、そういう事ね。そう考えると、確かに貴女らしいと言えば貴女らしくもあるのかしら」

 

思考する事数分。スタイリッシュは一つの結論を導き出したのか、そういって表情を緩和させる。その表情は納得した事を伺える。そしてスタイリッシュも、この店に留まる理由は一つのみに固まった。後はそれを済ませるだけだ。

 

「ねぇ、貴女達。ジャッカルの言っていた報酬を預かってるらしいわね。何処にあるのかしら?」




ジャッカルが最も侮蔑する人間は、皇帝である。


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事実は小説よりも奇なり

23日21時頃、2度目のタイトル名及びあらすじを変更しました。



──────────────────────────
ジャッカルにも、かつて家族や友人と呼べる者達は存在した。


「よぉ、マイン」

「良かった、完治したか」

「…何やってるの?」

「鍛錬の手伝いをな。いつまでもやってるし」

 

両腕の骨折が完治し、鈍った身体を戻す為に訓練所に着いた私の視界に入ってきたのは、背中に大飯食らいと獣を乗せて腕立て伏せをしているド変態とタツミ。 …この距離からでも汗臭さが伝わってくるんだけど、よく大飯食らいと獣は平気で居られるね。いや、最初から居るのなら慣れてるか。

 

「…インクルシオは凄え勢いで体力が削れる。兄貴(ブラート)のように使いこなすようにするにも身体を作らない、と…!! 今のままじゃ、透明化も一瞬しか使えない」

 

…ふーん、中々良い顔してるわね。少し前までは全然青かったのに、今じゃ一端の目をしてる。 …もしかしたら予想より早くインクルシオを使いこなされるかも知れない、か。

 

「…にしても、ラバの汗まみれは珍しいわね」

「男の子が二人だけになっちまったからな。流石に頑張らなくちゃと思ったわけよ」

「そう言っても、腕立て回数はタツミの半分以下だからな」

「それは仕方ない」

 

 

「私とレオーネでは、体重に大きな差がある」

 

 

…………こ、の大飯食らいは…………女のタブーを簡単をいとも簡単に踏み抜くわね。 あー、獣に思いっきり頭ブン殴られてる。 …って、自分で殴られた原因分かってないの…?

 

「揃ってるな」

 

…夢想家?

 

 

 

 

 

 

「革命軍本部まで遠出?」

「ああ、三獣士から奪取した帝具を届けるんだ」

 

…これは姉さんに報告ね。帝具使いの存在はかなり厄介だし。運ばれる帝具は二挺大斧 ベルヴァーク、軍楽夢想 スクリーム、水龍憑依 ブラックマリン。どれも癖が強いけど、スクリームの戦闘価値は間違いなく戦略級。直接の攻撃能力はほぼ無いけど、敵の士気を削ぐことも出来れば、味方の士気を高揚させる事も出来る。少数対少数の「戦術」ならスクリームは有効的じゃないけど、多数対多数が基本の「戦略」なら、スクリームは間違いなく最強クラスの帝具。つまり「革命軍」と「帝国」のパワーバランスに「直接」関わり得る、他の帝具には無い特徴を持ってる。

可能ならスクリームだけでも破壊したかったんだけど…もう無理ね。今度の機会に回しましょう。

 

「本部へ行く目的は、メンバーの補充も兼ねている。即戦力で此方に回せる人材となると、期待は薄いがな」

 

………折角二人死んでくれたのに、また増えるかも知れないの?まぁどっちにしろ、最大戦力だったホモには劣るだろうけど…ここ(ナイトレイド)の特色を考えると、増えるとしたら十中八九帝具使いよねぇ…

あ、一瞬だけ胃がキリッて痛みが走り始めた。これで何度目かしらねー、胃がストレス反応起こしてるの。しかもいつもより痛い…

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

 

(…あの情報は本物だった訳ね)

 

ジャッカルは帝都のとある場所にて腰を下ろしていた。その手には二枚の紙が握られており、そこには依頼主(オネスト)が書き記したある情報が書かれていた。

 

(エスデスは対ナイトレイドの特殊警察「イェーガーズ」を結成。複数の帝具使いによる帝具戦を前提としており、その戦力は私設部隊としては間違いなく最強…ま、詳細まで教えてくれる訳無いわね。で、本題は………イェーガーズとの協力路線?クライアント(依頼主)も無茶言ってくれるわね…幸い方法に関する明記はされてないし、利用出来る所は利用させて貰いましょう)

(そして…)

 

もう一枚の紙に目線を移す。その紙には「エスデス主催 都民武芸試合」と大きく書かれていた。

 

(確か、ナイトレイドから帝具が流れてた筈。となると…これの目的は帝具の適合者が居ないかを見切る場って所かしら。存外のんびりとしてるわね)

 

目線を上げると、それなりの大きさの闘技場とほぼ満員の観客席が映る。闘技場には、斧を持った男と刀を持った侍が武芸試合を繰り広げている。しかしジャッカルはそれに一切目を向けず、その先、ジャッカルから見て反対側にある観客席の最上部を見る。

 

(…こうして直で見るのは初めてか。帝国最強を見るのは)

 

其処には、帝国最強の二つ名を持つ最強の将軍「エスデス」が居た。彼女は一人用のソファーに座り、やや眠たそうな表情をしながら武芸試合を静観している。隣にいる青年の返事も適当にしている辺り、既に現在行われている試合の評価は済ませているようだ。

 

(可能性を考えると、隣の青年と司会者はイェーガーズの構成員。此処の警備はほぼ無いように見えるけど…恐らく観客席の中に紛れてるわね)

『東方、肉屋カルビ!西方、鍛冶屋タツミ!』

「…タツミ?」

 

司会者から思わぬ単語が出て来た事に反応し、闘技場へと目線を移す。そこには筋肉質な大男と、静かに佇む少年がいた。

 

(…顔と名前の両方が一致、間違いなくナイトレイド。如何してこんな所に…いえ、私と同じ(敵情偵察)って所か。となると…)

 

第三者に気付かれない程度に、軽く周囲を数度見渡す。そして、ジャッカルの第六感が一ヶ所を指した。

 

(見つけた。 …レオーネ…と、ラバックだったかしら。 …妙ね、敵情偵察ならばこれに参加する必要は無い。寧ろ参加する事によって手札がバレる事は、暗殺者として避けるべき事。何かそこまでする目的が…?)

 

ナイトレイドの配置に、ジャッカルは傭兵(暗殺者)としての違和感を感じ取る。すぐさまナイトレイドの意図を考えるが、どれもこれもメリットは殆ど無い愚策ばかり。とても実行できるような物では無かった。

 

(…)

『そこまで!!勝者、タツミ!!』

 

観客の大声援が立ち上がる。ジャッカルはそれに合わせ、笑顔(偽り)を浮かべながら幾ばくかの拍手を送る。すると、不自然に声援が留まり、視線が1箇所に集まり始めた。

その視線の先には、闘技場へと降りるエスデスの姿。

 

(…?)

 

エスデスとタツミは2、3程度の会話をし、ふとエスデスは右の胸ポケットを探り始める。褒美を直接渡すのか、と考えたものの、褒美を入れておくに胸ポケットはかなり不自然だ。

そこまで考えていたジャッカルだったが、次の瞬間には強制的に思考を中断される。

 

 

…胸ポケットから取り出した「首輪」を、タツミの首に掛けたからだ。

 

 

「…………は?」

 

全くの想定外な展開に、思わずジャッカルは声を出す。それはこの場を見ている全員に共通している事だった。そんな状態の観客達(第三者)の事を全く気にせず、エスデスはタツミを引きずり始める。同然タツミは抵抗するが、次の瞬間には気絶させられて抵抗を失い、そのまま連れていかれた。

残されたのは、出来事に全くついて行けてない者達。

 

(…一体、どういう事…?まさかアレだけでナイトレイドだと判別した?それこそあり得ない。確かに一般人とは言い難い格闘術を見せたけど、それだけで暗殺者と判別する事は絶対に出来ない。他に何か理由が?勧誘するにしても、強引に連れて行く理由も無いし…そもそもナイトレイドの目的は何だったの?向こう側も、まさかこんな事になるとは絶対に思っていない。逆に言えば、ナイトレイドは目的を達成出来ていない可能性がある…けど、三人共特に不審な動きを見せる事は無かった…)

(………………)

 

ジャッカルはジャッカルで、脳裏でこの一連の推測を整理し、並べ立てていく。しかしその全てが繋がる事は無く、それどころか支柱となる「点」さえ朧げ。

この場では全くこの一連の真相を掴むことは出来ない。そう結論付けたジャッカルは、無言でこの場から去っていった。

 

 

…完全に余談だが、ジャッカルが立てた推測は悉く外れていた。というのも、その推測の前提は「暗殺者」と「兵士」としての推測ばかりで、真実はそこまで深く考えてなかった(単に賞金が欲しかっただけだった)り、全く考え付かなかった事(タツミに一目惚れした衝動)という、何とも阿保らしい真実だっただけである。




しかしジャッカルからすれば、家族や友人の在り方は「異常」だった。
そしてジャッカルの家族や友人からも、◻︎◻︎◻︎◻︎(ジャッカル)の在り方は「狂気そのもの」だった。


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逆鱗

※注意※
本話は前最新話の「凱旋」を削除、今後の展開を大きく変更して再投稿したものです。
脚本や設定を見直した結果、このままではコンセプトを考えると大きな「蛇足」になると判断し、「凱旋」の削除及び再投稿を行う事にしました。
今後も亀ペースでの投稿になりますが、よろしくお願いします。


(…結局、エスデスのあの行動の理由は不明のまま。宮廷内までの情報は流石に浮き上がらない)

 

(あの後、イェーガーズは二度出動。一つは山賊の砦を壊滅、一つはフェイクマウンテンへ。二回目の出動の際に、タツミはイェーガーズからの離脱に成功。その後ナイトレイドに回収され、アジトへと戻る…)

 

(…此処で、(ジャッカル)はどうするべきか。ナイトレイドか、イェーガーズか、それとも一時離脱…)

 

(イェーガーズはどっちにしろ宮廷内を拠点としている上、依頼目標ではない。結論からして優先度は低い。となると、実質的に私が取れるアクションは二択。どっちを選んでも殆ど差異は無いだろうけど…)

 

(………)

 

 

(……………………)

 

 

 

(…………………………………ふむ)

 

 

 

 

(決まりね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満月の夜、月夜に照らされる、ナイトレイドのアジト。

普段は風と虫のさえずりが周囲に響くだけの静寂な空間だが、今日は違った。

 

地を蹴り、駆ける音。一つや二つではない。数十の数が、ナイトレイドのアジトへと駆けて行く。

 

その姿は奇妙な風貌で、仮面を被った人間達。そして明らかに常人離れした身体能力。その者達の後方、その姿を見守る数人の男達。その中心にいたのは、眼鏡を掛けた一人の研究者。

そう。今行われ始めたナイトレイドの急襲の首謀者は、Dr.スタイリッシュ。イェーガーズのメンバーの一人である。

 

「戦闘員がアジト内に突入しました」

「さぁ、ショーの始まりね…ゾクゾクするわ」

 

Dr.スタイリッシュの右手に構える男が、Dr.スタイリッシュの手駒である強化兵達の状況を知らせる。それを受け取った彼は、静かに笑みを浮かべていた。

だが、彼は誤算をしてしまっていた。それは、ある意味ではどうしようも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、早いが此処でナイトレイド…マインの視点に移そう。彼女は今如何してるかと言うと、自室のベッドにて安眠による癒しを身体全体で味わっていた。

そこに、唐突に割り込んできた不協和音(襲撃音)

 

「…」

 

その音を聞いて目が覚めない筈が無く。ムクリと、マインは無表情でゆっくりと身体を起こした。

 

 

まず結論から言おう、彼女は半端なく「ブチギレて」いた。

 

 

原因は大きく分けて三つ。

まず、長い潜入生活による多大なストレス。彼女からして「二流」であるナイトレイドに合わせて生活するだけでも、彼女にとっては猛烈なストレスとなっていた。何よりも(ジャッカル)に滅多に会えない事によるストレスが内7割以上を占めている。潜入自体は姉による頼みだからこそある程度は割り切っている。だがシスコンでもある彼女にとって、姉に会えない事自体が拷問に等しいのだ。

そして、そんなシスコンな彼女にとって赦しがたい事態が発生した。ジャッカルとアカメの戦闘である。戦闘になった経緯の根本は、ジャッカルがアカメに興味を持ったからであって、先にアカメがジャッカルに斬りかかったという訳ではない。だがそんな事は彼女にとってどうでもいい。重要なのは、アカメがジャッカルの命を狙ったという「事実」のみだ。それを知った瞬間、彼女は潜入がどうとか関係なくアカメをブチ殺したい衝動に駆られていた。幸いその境界線から0.01mmで押し留めたが、その時にもう少しストレスが重なっていたら暴走は間違いなかっただろう。

一つ、今回の襲撃。

今まで語った通り、胃薬が幾つあっても足りなさそうなストレスを抱えてる彼女だが、そんなストレスを吹き飛ばす時間があった。お風呂、睡眠、姉との接触である。勿論姉に会えればもうその時点で彼女が溜めに溜め込んだストレスは銀河の彼方まで吹っ飛ぶだろう。しかしそんな事の為にちょくちょく会いに行ける筈もなく。なのでお風呂で十二分に力を抜き、睡眠でリラックスして身体をスッキリさせている。

…が、今回の襲撃でそんな天国の時間は終わりを告げた。しかも自分から切り上げたのではなく、向こう側がら無理矢理と。

この時点で、今までギリギリ耐えていた堪忍袋の尾が切れた。いや、「切れる」のではなく「木っ端微塵」になったというのが正しいかもしれない。

 

 

…ドアを蹴破って来たDr.スタイリッシュの強化兵の攻撃に対して、顔面に強力なカウンターパンチを完璧に決めれたのも、確実にそのせいだろう。

 

 

カウンターを決められた強化兵は場面を巻き戻るかのように吹っ飛び、頭を壁に叩きつけられて絶命。そんな強化兵を一切気にする事なく、彼女は置かれていた大型ケースからアサルトモジュールを付けたパンプキンを取り出し、組み立てた。

 

「…ナイトレイドへようこそ。盛大に歓迎してあげるわ」

 

両手にパンプキンを持ち、ドアが壊れた入り口から廊下へ出る。当然と言うべきか、数十人の強化兵が両側がら接近して来ていた。

それに対して彼女は、一方法へゆっくりとパンプキンを構え、反動に備える。

強化兵が駆ける。

 

「だから死ね」

 

ガチンという音と共に引き金が引かれたその瞬間、マインを中心に破滅的な弾幕が投射される。

 

その投射量は「秒間240発」。例を出すと、最近帝国で試作されている多砲身機関砲(ガトリングガン)投射量(秒間50発)の約5倍に当たる。

 

いくら威力が低いアサルトモジュールであろうと、そんなレベルの弾幕を廊下という閉所で投射されるなど、強化兵からしたら堪ったものではない。更にその反動は両手持ちでも到底制御出来るものである筈でも無く、狙いはメチャクチャ。だからこそ余計に回避が困難となり、強化兵は次々と蜂の巣にされて行く。いや、蜂の巣ならばまだマシだ。中にはあまりにも被弾し過ぎて「肉片」にさえなってしまう者もいる。

僅か数秒で右手を殲滅し、一瞬だけ投射を停止。その一瞬で半歩分身体をズラしてパンプキンを後方に照準。そして再び投射。

秒間240発もの弾幕によってこれまた蜂の巣、もしく肉片にされて行く強化兵。

 

戦闘開始(虐殺開始)から7秒。数十人いた強化兵は、全員蜂の巣(肉片)へとその姿を変えていた。更にアジトの廊下も、秒間240発の弾幕に曝された影響で、広範囲に渡って銃痕が走っている。

 

「…」

 

パンプキンに目を落とすと、異常な投射量の弾幕を放ったモジュール(銃身)から超高温の煙が排出されており、異常な負荷が掛かった事を物語っている。

 

「…少し感情的になり過ぎたわね。これじゃ、アサルトはもう使えないか…」

(にしても、此奴等は一体?帝国所属にしては色々と可笑しい。異民族でもこんな大勢が、今の帝都付近で活動出来る訳が無い。残る可能性としては、帝国の私兵部隊…少なくとも暗殺部隊のそれじゃない)

(…ま、いいか。誰であろうと此処までしてくれたんじゃ、ナイトレイドは黙ってない。殲滅するだけね)

 

 

 

 

 

 

Dr.スタイリッシュと、彼に造り出された強化兵によるナイトレイド急襲。最初こそは虚をついた為に優勢だったが、現状況は加速度的に悪化している。

アジトから約1.5km離れた場所にて、スタイリッシュの改造偵察兵「耳」からの報告をDr.スタイリッシュは受ける。

 

「…カクサンがやられました。歩兵も4割以上やられています」

「あらやだ…誤算ね。こうなったら、仕方な──」

「…!?空から何かが近づいて来ます!!」

「空から…?それはどういう」

 

刹那、空に鈍く響く風切り音。

 

「…あれは、特級危険種のエアマンタ…!?」

「人が乗ってます…元将軍のナジェンダです!!他にも2名程乗ってます!!」

「特級危険種を飼い慣らして乗り物にするなんて…なんてスタイリッシュなの!!」

「いやそんな事言ってる場合じゃありませんよ!?」

 

場違いな発言に偵察改造兵「鼻」がつっこむが、次の瞬間。Dr.スタイリッシュは笑みを浮かべる。

 

「…確かに、ナイトレイドの戦力は更に増えたわね。此方側の戦力は削れてるけど…何ら問題は無いわ、寧ろ好都合。纏めて実験材料にしてあげる。私の切り札でね!!」

 

そう言って、ポケットから取り出したスイッチを押し込む。

 

「耳、状況はどうなってるかしら?」

「少々お待ちを………………新たにトビーがやられ、歩兵はあと1割です。ナイトレイドは空を除いて一箇所に固まりました。 …たった今、トローマもやられました」

「より好都合ね。さっき散布した切り札その1、超強力な麻痺毒にやられるといいわ」

「………………麻痺毒の効果を確認。インクルシオ以外てきめんに聞いています」

「当然ね。特級危険種の毒使い「スコーピオン」の素材をふんだんに使った貴重品、これで効かなかったら困るわ。インクルシオの鎧は、如何やら毒もかなりカットしてるみたいだけど…まぁでも、身体に浸透するのも時間の問題よ」

「…!?エアマンタから一人降りてきます!!」

 

Dr.スタイリッシュは、自身の切り札の一つの効果を受けて余裕たっぷりの表情を浮かべていたが、偵察改造兵「目」の報告にその表情を一変させる事となる。

 

「あの高度から…?それに空からなら、下の状況もある程度解ってる筈。何かある所に態々飛び込むなんて…」

「なっ…!?新しく来た奴が、歩兵達を薙ぎ払っています!!」

「馬鹿な、生物である以上毒が効かない筈が無い!!」

「…未知の帝具かも知れないわ」

(帝具の種類が分からない以上、下手な戦闘は危険過ぎる。とはいえ、今ここで撤退するのも勿体無いわね…)

「…だったら」

 

Dr.スタイリッシュは、新たにもう一つのスイッチをポケットから取り出す。

 

「これ以上研究材料は要らないって事で、こうして」

 

カチリとスイッチを押した瞬間、偵察改造兵以外の全ての改造兵が爆発。その威力はDr.スタイリッシュからはっきりと見える程。

 

「ふふふ…新作爆弾「C4」の人間爆弾verよ。これで一丁あがりね」

「……………あの助っ人…人間型の帝具、帝具人間です!!爆弾の効果ありません、再生されました!!」

「…!?」

「スタイリッシュ様、此処がバレました!!」

 

しかし、その威力であってもナイトレイドの新メンバーを打倒するには足りず、更にはナジェンダの慧眼によって居場所が判明される。この瞬間、状況は「最悪一歩手前」から「明確な最悪」へとシフトした。

 

「ッ…仕方ないわね!!此処は一旦逃げるわよ!!」

(生物型の帝具には毒は効かない…身体の何処かにある核を砕くか使い手を如何にかしない限りは)

 

瞬間、後方からの風圧によって吹き飛ばされる。

 

「…当然だけど、意地でも流す気は無い訳ね…」

 

急いで起き上がるが、既に逃走を図るには遅過ぎた。

視線の先、約20m先に立つ、ナイトレイドメンバーの帝具人間「電光石火 スサノオ」。

 

「っ…ご安心下さいスタイリッシュ様!!」

「我らは、将棋で言えば金と銀!!必ずお守りします!!」

 

そういって構える「目」と「耳」。しかしDr.スタイリッシュの考えは、本人達とは全くの真逆だった。

 

(…いやいや、無理でしょ。偵察用のアンタ等が勝てる相手じゃないわよ。何より相手は人間型帝具。私の得意な搦め手(毒系)が通用しない最悪の相手…ずるいわよそういうの!!)

(…こうなったら、腹をくくって…)

「危険種イッパツ、これしか無いわね!!」

 

覚悟を決め、Dr.スタイリッシュはポケットから一本の注射を取り出し、自身に躊躇無く打ち込む。その変化は、急速に進み始めた。

まず、背中を中心に肥大化。数瞬後には更に加速度的に肥大化しつつ身体を形成していき、足、股間、胴体、腕を形成。首元に当たる部分にDr.スタイリッシュの上半身が存在し、更にその下に巨大な口が形成。

 

「これは、一体」

 

瞬間、巨大な手が「目」と「鼻」を掴み、握り潰した。そしてその成れの果てを、何の躊躇も無く口へ放り込む。そして最後にへたり込んでいた「耳」も食い、それを栄養源としたのだろう。更にDr.スタイリッシュの変異が進む。

より巨大に、より人型に。僅か30秒程度で起こった出来事だが、明らかに状況は変わっている。

 

Dr.スタイリッシュは、全長50mにも及ぶ巨大な人型の人造危険種へと変貌していた。

 

(これが私の切り札(スタイリッシュ)!!私自身が危険種になる事で、お前達を蹂躙する…!!)

「さぁ、貴方達(ナイトレイド)も私の栄養源に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ゾクッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

し、て……………………?」

 

刹那、膨大な殺気がDr.スタイリッシュを貫く。

 

汗が吹き出る。

 

身体が動かない。

 

呼吸が止まる。

 

視点が定まらない。

 

冷静な判断が出来ない。

 

殺気の方向は、明確な程に分かる。左後方1、2km。

 

いや、正確に言えば殺気では無い。怒気があまりにも膨れ上がり過ぎて殺気へと昇華されているだけだ。

 

そして、その人物は。人造危険種(Dr.スタイリッシュ)のみを注視していた。

 

「Warum "magst du" ist "menschliche Figur"?」

 

今となってはナイトレイドも、アジトの存在も、全て「どうでもいい」。そんな些細な事など、彼女からしたら後でどうとでも出来る。

 

「Es ist nur für den Menschen, Formen, Gedankenschaltungen, Intelligenz, Instinkte, Psychologie, alle von ihnen zu haben.」

 

彼女の目の前に、彼女の逆鱗を蹴り上げた汚物が目の前にいる。

 

「Gefährliche Arten, die Menschlichkeit nicht nachzuahmen. Es ist äußerst unangenehm für Sie, minderwertig zu sein, dass Sie eine untergeordnete Art sind. Deshalb bin ich ...」

 

その始末に今は集中しよう。それは彼女を形成する根本の「最優先事項」。それが目の前にあるならば、以外の全ては有象無象へと成り下がる。

 

「Als "menschliche Spezies" und nicht als "Jackal", zerschlage ich dich ohne Gnade.」

 

そして、彼女は絶対の殺気と共に駆け出す。速く、疾く。その接近に、漸くDr.スタイリッシュも防衛本能のままに動き出す。スサノオに背中を向ける形となるが、殺気の存在と比べると天の地の差だ。

 

 

ナイトレイド急襲戦は、想定外の「三つ巴」となる。




一部の文章はGoogle翻訳を使用しております。


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Menschliches Rennen

気が付いたら約半年も経過していた…ノロノロペースだなー…

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Beastfully Gliedmaßen auf den Boden legen, sterben wie Tiere, baissiert wie sein Körper und Abscheulichkeiten mir gegenüber. Damit bist du der einzige Weg, um diese Sühne zu sühnen.

Glaube nicht, dass es mir entkommen wird. "Ich" bedeutet nicht, dass "wir" die Todsünden nicht übersehen können, die den Stolz der Menschheit verunreinigt haben, die große sündige Opferung dieser großen Sünde der menschlichen Rasse, die die Menschheit gelästert hat.


「アアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

人造危険種(Dr.スタイリッシュ)の雄叫びと共に振るわれる、超大の右手拳。その狙いは、高速で大地を駆けるジャッカル(人類)。木々に隠れて姿は見えないが、その身体から出てくる殺気で厭という程に位置が分かる。故に、一切の躊躇無く振り下ろした。

全長50mから振り下ろされる巨大な拳の運動エネルギーは計り知れないが、少なくとも常人が受ければ刹那も経たずに地面と拳のシミと化すだろう。

 

「Langsam」

 

だが其処に居るのは「唯の人間」に在らず。ならばその通りに逆らうのは至極当然。

拳が到達する1秒前。刹那、今現在の3倍(・・)の速度で十数歩駆ける。あまりにも速いせいか、足をつけた地点の地面は割れ、捲れ上がっている。

其処に超大の拳が着弾。と同時に(・・・・)、ジャッカルは立ち止まって背中に掛けていたハルコンネンを右手のみで即時照準、発砲。爆音と相応の反動によって超音速を得た30mm弾は、一寸狂わず人造危険種の首部に命中。「対危険種大口径弾」として位置付けられているだけの事もあり、たかが分厚いだけの皮膚と骨を容易に貫き、喉仏に小さな穴を開けるに至った。

 

だが、それだけだ。

 

ジャッカルが使用する30mm弾は、危険種を一撃で屠る事の出来る威力を持つのは確かだ。だがそれはあくまでも「急所を正確に貫いた場合」という前提に限られており、今回はその前提ではなかった。故に人造危険種は倒れない。更に現在のジャッカルの手元にあった30mm弾は、たった今発射した一発のみ。つまり、ジャッカルは人造危険種に対して有効な火器を失った事を意味する。

残されたジャッカルの武装は、大型2丁拳銃カスール&リドリーのみ。45口径と50口径、マガジン4本、計28発。たったそれだけで、50mもの人造危険種と。

 

 

「オオオオオオッ!!!!!」

 

ナイトレイドを、果たして凌げるのか。

スサノオは、考えるよりも先に身体を動かしていた。それは根拠でも理屈でもない。現在(いま)より千年前、己が(電光石火 スサノオ)である事を確立したその時より刷り込まれた、「人間型帝具」としての本能が今まで無い程に叫んでいた。

 

「この生物」を生かして返してはならない。

 

その本能のままに、スサノオはジャッカルに向けて全力の攻撃を放つ。此奴を生かしておけるか、生かしてなるものか(・・・・・・・・・)。ただその一点のみ。

だがしかし、彼女の言葉を持って、敢えてこれを断言しよう。

 

 

 

 

 

──たかが人間型帝具(人造危険種)ごときが驕るな、と。

 

 

 

 

 

「⁉︎」

 

スサノオは、目の前で起こった事実の理解に数瞬を必要とした。

間違いなく己の最大の速度で放った。間違いなく己の最大の力で放った。間違いなく己の最大の技量で放った。間違いなく、全てにおいて最大の攻撃を放った筈だ。

 

なのに何故、目の前の女は左腕一本で何事も無かったかのように(・・・・・・・・・・・・)受け止めているのだ?

 

それを思考する暇も無く。スサノオはその攻撃のカウンターとして放たれた回し蹴りを腹部に受け、水平に大きく吹き飛ばされ、何本何十本もの木々をへし折りながらジャッカルの視界から消えた。

 

「Nun, da ist kein düsteres Hindernis.」

 

ジャッカルが喋っている言葉は、少なくとも帝国とその周辺ではまず聞かない言語。帝国どころか、帝国の東西南北を囲む異民族の言語にも全く類似していない。Dr.スタイリッシュさえも把握していない言語故に、意味を知る者は此処には彼女を除いて誰一人としていない。

 

「Dein Ende ist nur eins.」

 

最早只の打撃武器としか機能出来ないデカブツ(ハルコンネン)から右手を離し、放棄。そしてその右手で、異形と化したDr.スタイリッシュを指差す。

 

「Es gibt nur Tod.」

 

異国の言語で放たれる言葉。しかしDr.スタイリッシュの警笛は最大限まで鳴らされている。

故に、人造危険種は二度その拳を振り下ろす。更に左腕を振り上げ、もう一撃を振り下ろす予備動作を完了し。

 

 

 

衝撃波(ソニックブーム)

 

 

 

──次の瞬間には、その巨体が吹き飛ばされ、宙を浮いていた。

 

 

「え」

 

考える暇も無く、吹き飛ばされた巨体は仰向けに倒れ、数秒の時間を掛けて地面を滑る。

最早、理解の範疇に収まらない。

何が起こった?何が起こっている?いや、本当は何が起こっているのか、理解出来ている。

理解出来ているからこそ(・・・・・・・・・・・)理解が出来ないのだ(・・・・・・・・・)

ジャッカルが行なっている行動は至極単純。「素早く避け」、「素早く駆け」、「素早く飛び上がり」、「素早く打撃を与えている」だけだ。

ただし、誰にもその姿を捉えられない速度で、全長50mの巨体を吹き飛ばす力で殴り飛ばした、という注釈が付くが。

 

「…」

 

パキパキと殴り飛ばした右手の関節を鳴らしながら、人造危険種へと近付くジャッカル。チラリとナイトレイドのアジトを見るが、向こう側から乱入する様子は無い。

人造危険種に向けられている膨大な殺気は、間接的にナイトレイドも受けている。そして人造危険種を一撃で吹き飛ばしたその光景を見て、指揮官のナジェンダはジャッカルを「帝国最強であるエスデスと同等以上の脅威」と見做し、直ちにアジト周辺からの退避を決定。スサノオを回収し、迅速に退避行動を開始していた。

故に、ジャッカルは第三者の乱入を気にする必要は無い。今のジャッカルの敵は、恐怖に染まり上がったDr.スタイリッシュのみ。

 

「何なのよ…一体何なのよ、貴女はぁ‼︎」

 

人造危険種が立ち上がるのを、ジャッカルは妨害しない。妨害する必要さえ感じないのは、その傲慢さ故か。

 

「Es ist ...それはこっちの台詞よ、「人造危険種(スタイリッシュ)」」

 

否。

 

「貴方が目指していた、始皇帝が遺した『私達』への対抗策の一つ、「至高の帝具」の再現。まぁその目的自体は別に構いはしないわ。ただ図体がデカいだけの玩具なんて、一つや二つあっても対して変わりはしない(・・・・・・・・・・)のだし」

「私が言いたいのは、その方法。生物兵器なら兎も角、我が身を只の化け物へと変質させる?」

 

 

「──巫山戯るな。そんな方法、『私達』が許す訳がない」

 

 

徹頭徹尾、その感情は「憤怒」の一色のみ。

 

「そしてどうあれ、貴方は『私』への明確な宣戦布告を行った。だからこそ、私は「私」の為に貴方を殺す。それだけよ」

「そこに慈悲とか、そんなものは存在しない。だからこそ──」

 

二度目の衝撃波。

空中を駆け、空気を蹴り、突き進む。その速度は最早誰にも分からず、誰にも捉えられる事を許さない。

人造危険種は、思わず巨体の背中の管を複数本出現させるが、やはり遅過ぎる。

 

「無様に死ね」

 

彼女は、既に巨体の頭部に露出しているDr.スタイリッシュの目の前に居て。

 

 

 

只の、拳の一撃で、跡形も無く粉砕された。

 

 

 

──それが、己の身体を人造危険種へと変質させたマッドサイエンティスト、Dr.スタイリッシュの、あまりにも呆気ない最期であり。

突然に始まった蹂躙劇の、余りにも早過ぎる幕切れだった。

 

 

 

 

 

 

轟音を立てて、Dr.スタイリッシュの亡骸が仰向けに崩れ倒れる。

残されたのは、何事も無かったかのような静寂と、過去に出来事があった破壊跡。そして、水平線より登り来る朝日。

そしてそれを作り上げた一人、ジャッカルは己が倒したDr.スタイリッシュの亡骸の上に腰を下ろしていた。

 

「…」

 

アジトに目を向ければ、最高速で離脱を図る特級危険種「エアマンタ」が見える。アレを落とせば、間違いなくナイトレイドは大打撃を与える事が出来るだろう。

しかし、今は気分が乗らない。だから見逃す。どうせ潰すのだから、今だろうが後だろうが、変わりはしないのだから。

 

エアマンタが遠ざかっていくのを見届ける彼女は一人、独白する。

 

「…本当に度し難くて、それでもなお麗しいものね」

「結局『私達』がどれだけ否定しようが、貴方はソレを目指した。その結果がコレだったとしても、貴方は確かに、その本懐の一片に辿り着けた」

「その点は、確かに認める事が出来るわ。Dr.」

「…『私達』とて、最終的には次世代を担う『者達』が現れれば蹂躙される運命。結局は『私達』にその時が来るまで、『私達』は戦わなければならない」

「全く、私は後どの位戦わなきゃいけないのかしらね。いくつもの危険種を殺しても、いくつもの人類を殺しても、いくつもの国家を滅ぼしても、何人もの『□□□(私達)』と出会ってきても(殺してきても)、この世界は『私』に戦い続ける事を定め続ける」

 

 

彼女はフードを脱ぎ、恐らく始めてジャッカルとしての素顔を晒し、その言葉を紡いだ。

 

 

「「あの日」から12年…早く私に追いつきなさいよ。成長した貴女を、早く見たいわ」




Es gibt nur einen Gedanken an sie. Wenn es "die Zukunft der Menschheit" ist, wird sie nichts opfern.
Auch wenn es zum Beispiel "selbst" ist.


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邂逅

俺が彼奴と出会ったのは、単なる偶然だ。偶々旅路が重なっただけの、旅仲間に過ぎなかった。

だが何ヶ月も共に旅をしてりゃ、それなりに彼奴の性格やらも分かってくる。

彼奴は誰よりも強く、誰よりも孤高で、誰よりも孤独で、誰よりも臆病だ。
一体どんな環境で育ってきたのか、俺には全く見当もつかねぇな。

一つ言えるのは、確実に「誰よりも舞台を大暴れ」してくれる。こんな面白い奴は二人もいねぇ。

だからこそ、俺は彼奴を誘う事にした。俺の仲間になってくれる事も願って。

『悪いけど、それを受け入れる訳にはいかないわね』

…まぁ、受け入れる訳が無いってのは分かりきってたが。

彼奴は、何処までも頑固な奴だからな。


Dr.スタイリッシュを粉砕した数日後の、帝都の郊外。

そこに広がる自然とは全く懐かない、物騒な銃声が響き渡る。

 

「22」

 

両手に持つカスール&リドリーの全弾を発射し終え、再装填。生き残った一匹が殴りかかるが、逆に回し蹴りで迎撃。拳を破壊して怯んだ所を、再装填を終えたリドリーの50口径対危険種銃弾で頭部を破壊。

 

「23」

 

頭部を撃ち抜かれた最後の一匹が倒れると同時に、カスールの再装填も完了し、この戦闘は終結する。

 

「…これで周囲の掃討は完了ね」

 

今回、ジャッカルがオネスト(帝国)より受けた依頼は、「帝都周辺に現れた、新型危険種の駆逐」。その内容を要約すると、以下の通り。

 

 

一つ。最近までは密林や鉱山に出現する程度だった新型危険種だが、先日村へ侵入。住民数名が犠牲となった。

一つ。依頼目標の新型危険種の特徴は、姿形が人間に近く、群れで行動。個々の身体能力も高い。

一つ。新型危険種の殲滅の為、既に帝国軍部隊及びイェーガーズが出動している。接触した場合は協働し、確実に駆逐せよ。帝国軍部隊及びイェーガーズへの協働の通達は此方で行う。

 

 

ジャッカルはこれを受け、森林地域にて新型危険種の駆逐を行なっている。既に23体の討伐を完了し、各装備の残弾を確認。

ハルコンネンの残弾は3発、カスールの残弾はマガジン4つの28発、リドリーの残弾はマガジン4つの27発、全残弾58発。

かなりの頭数の危険種を相手に取る為、弾薬は多めに持ってきているとはいえ、既に28発を消費している。どうやら相当数の数が未だに残っているらしく、そう考えるとややこの弾数では心許ない。

 

さて、どうする。

ある程度狩った後に弾薬補充に一度戻るのも選択肢には入るが、個人的ではあるがそれは不愉快だ。しかし弾薬が切れれば、それはそれで少々都合が悪い。

 

「…」

 

気配。

右手9m先の木に向けて、ハルコンネンを照準。

 

「5秒以内に姿を現しなさい。これは一度のみの警告よ」

 

安全装置を解除、引き金に指を掛ける。彼女の警告が無視されれば、一瞬後にそれは肉塊の一つとなるだろう。

故に、身を隠していたその者はあっさりとその姿を現した。ジャッカルと同じく、フードを被った男が一人。

 

「やれやれ…相変わらず獣、いや、それ以上の嗅覚を持ってやがるな」

「…成る程、あんただったのね。シュラ」

「ああ、俺だ。 …だからよ、その物騒なモンを下ろしてくれねぇか?こっちはヒヤヒヤしてしょうがねぇ」

「敵か、味方か。はっきりと言いなさい。それで変わるわ」

「俺の思ってる事が当たっているなら、その何方でもない。これで満足か?」

「…OK。理解したわ」

 

これが、帝国に於ける二人の「悪友」の邂逅となる。

 

 

 

 

 

 

シュラと名乗った男とジャッカルは、横並びに森林を歩いていく。第三者からその素顔を見られないよう、二人共外套に身を包んだまま。

 

「まさか此処に腰を据えてたとはな。お前(ジャッカル)の話を耳にして思わず驚いたぜ」

「私がどうしようと、それは私の自由よ。それと、私のテリトリー外ではジャッカルと呼んで頂戴。本名で呼ばれると始末が面倒だわ」

「ヘイヘイ。しかし、ここらにいる危険種は一体何なんだ?野生にしちゃ器用な事をしやがって…」

「それを解き放った貴方が言う台詞?」

「…さて、なんのこった」

「帝国に作り上げた私の情報網で、貴方とDr.スタイリッシュに一定の関係があるのは掴んでる。そしてDr.スタイリッシュの死と貴方の帰国は、多分だけど偶然同時期。そしてもし、貴方がDr.スタイリッシュの実験場に入れるとしたら…刹那主義の貴方が、面白そうな玩具を使わない筈が無いわよ?」

「…相っ変わらず、そういう所は鋭いよなぁお前は。で、お前はどうするつもりだ?」

「別に何も。私が受けた依頼は「新型危険種の殲滅」。それを放った者に対しては契約外よ」

「そいつは良かった。 …じゃ本題に行こうか」

 

そう言ってシュラはジャッカルの前に回り込んで振り返り、彼女の前に立つ。彼女もまた、シュラの前に立ち止まった。

 

 

「単刀直入に聞くが、お前、この国をどうする気だ(・・・・・・)?」

 

 

 

目を細めながらそう紡がれた言葉。ジャッカルはそれに対し、シュラから見える表面上は何のリアクションも見せない。

 

「先に言っておくがだんまりはやめてくれよ。ある程度はお前の性格から考えりゃ分かってるが、ハッキリ言わねぇと俺も困るんだよ」

「…今は特にどうこうするつもりは無いわよ。かといって、此処も限界は目に見えてるけどね。圧力で無理やり蓋をしても、いつかは器そのものが崩壊する。今がその数歩手前」

「…」

「そうなるのなら、私もすべき事をするだけよ」

「お前一人でどうにかなるもんか?今までお前が潰してきた国とは、此処(帝国)は違ぇぞ」

「たかが帝具なんていう道具と、それを扱う一個人に依存するだけの違いよ。寧ろ潰しやすいわ(・・・・・・・・)

「…あの時と変わってねぇか。全く、お前以上の破滅主義(・・・・)は見たことねぇよ」

「多少定義は違うけれど、博愛主義(・・・・)と言ってほしいわね。私以上に人類を愛してる(・・・・・・・)のは誰一人として居ないわよ?」

「ハッ、あの時と全く変わりゃしてねぇって訳か…それなら数年程度で良い。俺に時間をくれよ」

 

突然の願いにジャッカルはその意図を理解出来ず、僅かに目を細める。

 

「…刹那主義とは思えない発言ね。何をするつもり?」

「細かい所はこれから考えるが、少なくともお前に不利益な事にはさせねぇよ」

「…まぁ、好きにしなさい。貴方が何をしようが貴方の勝手だし、その過程で私と敵対するなら、貴方を撃滅するだけよ」

 

話は終わりと言わんばかりに、ジャッカルはシュラの横を通り過ぎて森の深くへと歩き出す。

 

「あぁ、あともう一個聞きたいんだが。『インテリオル』、この言葉に聞き覚えはあるか?」

 

『どうする、このまま放っておいたら何をするか分からんぞ』

 

『そうなる前に首輪を付けるべきよ』

 

「…」

 

『どうやってだ? …いや、そういう事か。確かにそれなら、私達にも信頼を寄せてくれるかも知れないな』

 

『ええ。明日からやってみるわ』

 

「少し記憶を探ってみたけど、聞き覚えは無いわね」

「…そうか。妙な事を聞いたな」

 

今度こそ話は終わり、シュラもジャッカルとは反対側に歩き出す。

 

これが後にどのような影響を及ぼすのかは、まだ知られることでは無い。

 

ソレをもう一度聞くなんてね…どれだけ腐っても私の生まれ故郷、か…反吐が出る。




私が彼と出会ったのは、単なる偶然。偶然目的地が重なっただけの、旅仲間に過ぎなかった。

だけど何ヶ月も共に旅をしていれば、それなりに彼の事も分かってくる。

そして、私は堪らなく歓喜した。彼は『私』と同じという事実を、私は理解出来た。その事実が、堪らなく嬉しかった。

例え『私』がいなかったとしても、人類は終わっていないという希望(確信)が、其処にあった。私が思い続けていた事は、決して無駄では無かった。

『俺と一緒に、俺の故郷へと来ねぇか?お前と俺なら、あの場所で退屈する事は絶対にないからよ』

だからこそ、私は彼と共に行くのは出来なかった。

私には、私が始めた事が未だに残っていたのだから。


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生への渇望

Dr.スタイリッシュの急襲、ジャッカルの乱入によって帝都地帯のアジトを放棄したナイトレイド。

新メンバーのスサノオ、チェルシーを加えた一行は帝都から南東約800km離れた場所に存在する、秘境マーグ高地に仮アジトを設置。個々がそれぞれやるべき事をこなし、新しいアジトの立地が見つかるまで練度の向上を図っている。

 

それから1ヶ月が、経過。

 

「…」

 

マインは仮アジトにある天然温泉に入浴し、身体をリフレッシュさせつつも、ふと己の姉に関して思考を回していた。

 

(…あの時の姉さん…怖かった)

 

マインはジャッカルに拾われて10年近く経つが、Dr.スタイリッシュを倒した時に見せた、あれ程の怒気と力を見た事は無い。初めて見た一面とも言えるが、マインはその姿に恐怖を感じていた。

 

(…ッ)

 

それを自覚した瞬間、マインは自らを罰した。(ジャッカル)の内が何であろうとも、己が愛する姉だという事実に変わりはない。なにより「家族」に恐怖を感じるなど、あってはならないのだ。

 

(やめよやめ、こんな事考えるんじゃなかった)

「ふぅ…」

 

考えを打ち切って目を閉じ、全身の力を抜いて湯船に身体を委ねる。丁度いい湯加減で身体が温められ、静かな環境が時間の感覚を鈍らせる。

 

(…………………)

 

暫しの間その状態が続き、そろそろ身体も程良く温まってきた頃。新たに一つ、温泉へと近付く足音をマインの耳が拾う。

 

「相変わらず、マインってお風呂入ってる時は随分とリラックスしてるよねー」

「少なくとも私は、お風呂以上に身体が癒せるのは睡眠以外無いわよ。アンタはそう思わない?」

「私は他にもあると思うけどねー。マインを弄り倒したりとか」

「うっさい」

 

マインに声を掛けたチェルシーは、湯加減を確かめつつ湯船へと入り、マインの隣に着く。

 

「…何よ」

「べっつにー」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべるチェルシー(新メンバー)に、マインは面倒くさそうな雰囲気を感じ取る。

というのも、チェルシーは隙あらばマインを弄っているので、ある意味厄介な存在として認識しているのだ。そしてそんな奴が、すぐ横でニヤニヤと笑っている。どう考えても良い事は起こる訳が無い。

 

「…」

「〜♪」

「…ああもう面倒くさいわね。何か話でもあるの?」

「あー、崩れちゃった…良い表情だったのになー」

「ブン殴るわよ」

「キャー暴力はんたーい(棒)」

「っ…!」

 

ピクリとマインのこめかみが動く。

 

「っとと、本当に殴るのはやめてよね」

「そうさせようとしてるのは一体何処の誰かしらねぇ?」

「私ね」

「…」

「分かった分かった。話すからその振り上げた拳を下ろして欲しいなー」

「…ふざけた話だったら覚悟しときなさいよ」

 

呆れつつも話を聞く体勢を取る。同時に、チェルシーもその笑みに隠していた本題を口にした。

 

「それじゃ、真面目な話をするとねー」

 

 

 

「『其方』に私も移りたいんだけど、どうかな?」

 

 

 

 

ゾクリと、マインの全身に寒気が走った。

 

「…はぁ?其方って何の事よ」

「無理にトボける必要は無いよー?元オールベルクの実力とコネを舐めて貰っちゃあ困るなぁ」

 

そう言ったチェルシーの表情は相変わらず笑みを浮かべている。しかし、目が全く笑っていない(・・・・・・・・・・)

 

「…………………」

「…………………」

 

沈黙。

 

「…ッチ、いつから気付いていたのよ」

「それは秘密ー。で、返答はどうかな?」

「私一人で決める事じゃないわね」

「ウッソだー。私が思ってる程度ならこの程度の事、すぐに判断してると思うけど?マインってとことんお金にがめついし、何より帝国から賞金が掛かってない私が味方になるって言ってるんだから、一番有難いと思ってるのは、実は貴女じゃないかな?」

「…」

「沈黙は肯定とも言うよー?」

「…アンタってとことん、人をイラつかせるのが得意よね」

「人を弄るのは私の楽しみだからねー。こうでもしなきゃやってられないし」

「…疑問なんだけど、何故私の事を彼奴らに伝えなかったの?立場上、私は立派なスパイよ?」

「マインの後ろには十中八九ジャッカルがいる。此処でマインを殺した所で、ジャッカルは止まるはずもない。沈みかけの泥舟に居続けるより、不沈の甲鉄艦に移ろうと思うのは当然だと思うなー」

「仲間を見限って、自分だけ助かろうって魂胆ね…」

「アッハハハ!あんな奴ら、最初から仲間だなんて思っちゃいないって」

 

そう笑うチェルシーの目は、明らかな侮蔑が込められている。それを見たマインは、少しの興味が湧く。

 

「彼奴ら、ジャッカルから命からがら逃げた私を向こうの勝手で組み込んで来て、冗談じゃないわよ…私はそんなつもりは全く無いってのに」

「…?オールベルクは中立寄りの革命軍側の立ち位置だった筈。なら組み込まれるのは仕方ないんじゃない?」

「オールベルクの皆がジャッカルに殺されて、アジトが火の海に包まれて、そしてジャッカルに狙われて無かったら何の文句も出なかったでしょうね。けど、今はもう違う(・・・・・・)

 

 

「…死にたくないのよ、私は」

 

「…」

 

極めて小さい声量で呟かれた言葉。

しかしジャッカルによって身体能力を限界まで引き上げられたマインの聴力には、十分過ぎた。

そして此処に至って、漸くマインはチェルシーの心理を理解する。

 

彼女は最早、心を折られた敗残兵(女の子)だ。

 

オールベルクを壊滅させたあの日、チェルシーは既に二人の脅威にはなり得ない状態へと成り果てていた。

ならば此処でどうしようとも、最早問題は無い。さて、二人の利益足り得る選択肢は何か。

 

(…てなると…実質的に一つね。動き易さも考えると)

「その様子と、其方の提案だから心配はあまり無いけど…裏切りは無しよ?」

「…!」

「但し、それを本当に受けるかどうかは私が決める事じゃない。そして、仲間を切って私達の下に来るなら…まぁ、相応の覚悟をしときなさいよ。それじゃ、私は上がるから」

 

マインはそう言って風呂から上がり、残るのはチェルシーただ1人。

 

1人きりとなったその時、抑えていた全身の震えが止まらなくなり、堪らず両腕で己の身体を抱きしめる。その表情は恐怖に染まり、先程までのチェシャ猫の様な雰囲気は全く残っていなかった。

 

「…分かってる…分かってるわよ…!」

 

チェルシーの脳裏に浮かぶのは、火に包まれたオールベルクのアジト。そしてジャッカルともう1人に手も足も出ないまま、無残に殺されてゆく仲間達。

 

その光景は、元々は只の町娘だったチェルシーの心に、トラウマとして深く刻み込まれていた。

 

「…生きてやる、絶対に、生き残ってやる…!私は…私は死にたくない…!どんな事をしてでも、私だけは…!」

 

そして彼女が抱いた渇望は、それまでの全てを裏切ってでも尚上回り、彼女の精神を崩壊させるまでに至りかけていた。





























死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない


あんな奴に誰も敵う訳が無い、あんな、あんな化け物に、だけど私はオールベルクで、ナイトレイドで、革命軍で、ターゲットで、ああ、ああ、私は狙われる、あの死神に、あの怪物に、私は殺される、いやだ、いやだいやだ嫌だイヤダいヤだいヤダいやダイやだ、私は、私は生きる、いきてやる、あんな死に方なんて絶対になってなるもんか、私は生きる、生きる、生きる、どんな手段を使ってでも、仲間を裏切ってでも、あの化け物に平伏してでも、化け物の足を舐めてでも、私は、私は生きる、生きなきゃいけない、だって私は、私は死にたくない、生きなきゃ、死なない為にも、私は生きる、ああ、でも、私、ああ、助けて、誰か、私は、私は、私が、私で、なくなるのが、分かる、だから、私、やだ、私、生きる、生きなきゃ、でも、私、仲間を、皆んなを、裏切る、だけど、そうしなきゃ、私は、私は、いやだ、でも、死にたくない、生きる、私だけでも、あは、だって、私、死にたくない、助けて、私、皆んな、あはは、裏切ってでも、生きる、そうしなきゃ、私、私、死んじゃう、やだ、死んじゃう、死にたくない、死なない、絶対、死にたく、でも、だめ、いや、あははは、皆んな、皆んな、死んじゃう、結局、私も、皆んなも、いや、いや、イヤ、イヤ、イヤ







タスケテ


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舞台へ

「…ていう感じ。ナイトレイドは新たに2人追加したけど、結局こうなる(離反者)って馬鹿よねぇ」

「…決定ね。ナイトレイドを潰す場所はキュロク。最終的にはイェーガーズと共同で叩けるようにしたいわね」

「えー…私達の取り分物凄く減るじゃない。それになんでキュロクなの?」

「キュロクなのはその時になれば分かるわ。報酬に関しては3人取るだけでも十二分な量よ。それに私達が活躍し過ぎる(・・・・・・)と、イェーガーズとの関係が色々とややこしくなりかねないわよ」

「…チッ、イェーガーズも潰せれば良かったのに」

「それと…チェルシーに伝言を頼んだわよ」

「内容は?」

「そうね…」


チェルシーの裏切りから、更に数週間が経過。

帝都でのほとぼりが冷め、ナイトレイドは元の帝都アジトへと帰還。緊急任務の新型危険種の排除を完了し、新たな大型任務の説明が一同に行われている。

 

(…キョロク、か。いよいよね)

 

その内容を説明すると、「安寧道」と呼ばれる宗教団体が近い内に、帝国に大して武装蜂起する。革命軍はこれを利用し、本格的に蜂起を開始。これをきっかけに帝国を打倒する。

しかし安寧道内部は現在蜂起派と反蜂起派に分裂しており、反蜂起派のリーダー格である教主補佐「ボリック」は帝国スパイである事が判明。ボリックは教主を暗殺し、安寧道を掌握する事を目的としている。

ナイトレイドはボリックによる安寧道掌握を阻止する為、キョロクにある安寧道本部へと移動し、ボリックを暗殺し、安寧道の武装蜂起を促す。これが今回のナイトレイドの主目標である。

副目標は、キョロクに移動すると同時にイェーガーズを帝都外に誘導。打撃を与え、戦力を漸減させる。

 

そしてジャッカルとマインはナイトレイドからチェルシーを引き抜いた上で、キョロクにて可能ならばイェーガーズと共同し、ナイトレイドを壊滅させる。

 

(姉さんは既に、安寧道に関する情報を掴んでた訳ね…そして、その情報から革命軍の動きまで予測した)

 

改めて、マインはジャッカル(己の姉)の恐ろしさを再認識する。

まるで未来を見ているかのような先読みの精密さ、そしてそれを支える異次元の実力。

マインは幼き頃から育てられた故に認識出来なかったが、チェルシーの様子を見て漸く正確な認識を出来るようになった。いや、正確には認識するにはハードルが余りに高過ぎた、と言った方が良いか。

 

(…)

 

どちらにしろジャッカルはキョロクに移動し、そこでナイトレイドは壊滅する。これは既に決定事項となった。

チェルシーにアイコンタクトを送る。

向こうもそれに気付き、僅かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

説明が終わり、一同が解散した頃。マインとチェルシーは少々離れた所で再度合流していた。周囲に2人以外の気配は無い。

 

「貴女の提案は通ったわ」

「…!」

「ただし、条件付き。伝言があるから、しっかりと聴きなさい」

「『別に貴女を引き入れなくても、私達は何のデメリットも発生しないし、わざわざする理由も無い。それでも引き入られたいなら、貴女が此方側に来るという確固たる意志を見せる事が絶対条件』」

 

 

「『キョロク到達までに、マイン()を除いたナイトレイドメンバーを1人、貴女の手で殺しなさい』」

 

「…っ」

「これが、貴女の引き抜きの条件よ」

「…つまり、ロマニー街道でイェーガーズとの戦闘中に暗殺を行えって事ね…」(それ以上に、私達の動きも完璧に読まれてる…)

「ま、気張りなさい。どちらにしろ、生き残らなきゃ意味無いわよ」

 

 

 

 

 

 

帝国最東端、秘境ツェルト。

数多くの危険種が住み着き、火山噴火などの数多くの自然現象が日常的に発生しており、帝国内でも屈指の危険地帯である。

その地は余りにも危険過ぎる故に、人間は誰一人として近づく事は出来なかった筈だった。

 

しかし今は、その中を進む1人の人間がいる。

 

先程も火山の小噴火が起こり、高温が周囲を包み込んでいるにも関わらず、その人物は汗一つとしてかく事もなく歩みを進める。

しかしその先に、ドラゴンの危険種が空より降り立った。

その危険種は秘境ツェルトに於ける生態系の頂点に位置する特級相当の危険種であるが、周囲の環境の過酷さによって認知されていない、名前無きドラゴン(危険種)である。

縄張りに他の生物(人間)が入ってきたのを見て、降りて来たのだろう。不機嫌そうにグルルと喉を鳴らし、威嚇の姿勢に入っている。

 

「…」

 

(彼女)は目の前に立ちはだかったドラゴンを一見して立ち止まり。

 

 

 

 

 

 

ドグン゛ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「ギュアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

 

刹那。ドラゴンは悲鳴を上げて仰け反った後に地面を這い、無様に空を飛んで逃げ出した。いや、それだけではない。周辺に存在したありとあらゆる生物が、一斉に(彼女)から逃げてゆく。

その人物は、外見上は何もしていない。ただ「力の差」を、ドラゴンとその周辺に見せただけだ(・・・・・・)

 

「…」

 

そして、何事も無かったかのように歩みを再開する。その人物にとって、今はこんな場所で時間を食っている場合では無い。

その人物は幼き頃、大切な物を失った。しかし、今は最早その復讐が目的では無い。

復讐よりも遥かに大切な目的が出来た。最早この問題は(彼女)1人の問題では無い。寧ろ「全ての始まり」でもあったのだ。

一分一秒でも早く止めなければ、アレは無辜の人々に向かってその牙を振るい続けるだろう。それだけは、何としても阻止せねばならない。それを知ってしまったからこそ。

 

「…まだ先、か」

 

故に、(彼女)は進み続ける。その身に秘める、絶対の殺意と復讐(救世)の刃を研ぎながら。

 

 

 

 

目的地は、キョロク。




そして配役は揃う。結末は一つの運命の元に集い、時間の針は進み始める。




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そして彼女は生き残る

私は、死にたくない。


ロマニー街道。

帝都と東の都市 キュロクを繋ぐ要衝路であり、現在までの帝国を支え続けている重要インフラの一つである。故にロマニー街道付近の危険種は殲滅されており、通行する人こそ少ないが、帝国に於いて最も安全な街道とも言われている。

しかし今日、ロマニー街道中央部に位置されている荒野は、帝国を覆う(イェーガーズ)(ナイトレイド)による戦いの場となる。

 

「…しっかし、遠いわねぇ…」

 

その火蓋を切る役目となったマインは、ナイトレイドのリーダーであるナジェンダが仕掛けた罠によって分断した、イェーガーズの一隊が通過する道から約3km離れた凹型の峡谷頂上にて、伏せた体勢で狙撃の準備を行なっている。ナイトレイドの作戦は、待ち伏せ地点にイェーガーズの一隊が到達後、マインの狙撃を合図にスサノオが奇襲。二段構えの奇襲で戦力を漸減した後、総戦力で殲滅する。

単純だが、しかしこれ以上の作戦は無い。

 

「大体…3100m。風は右に7m…風も強いし、勘弁して欲しいわね」

 

3km台に於ける狙撃の経験はマインには少なく、やや不安があるのは避けられない。

 

「自信が無いなら、(ジャッカル)が代わってあげましょうか?」

「冗談言わないでよ、姉さん。あの馬鹿達の無茶振りでも、私の仕事よ?」

 

しかし、だからといって姉にそれを譲る選択肢は無い。これ(射撃技術)は、(ジャッカル)より授かった、「マイン」という今の自分を構成する、大切な物。それを自らの手で汚す事など、マインは絶対にしない。

…そして、何の事も無いようにマインの隣に居るジャッカルの両手には、未装填のハルコンネンが握られており、狙撃スコープでマインの狙撃地点を偵察している。

 

「…それにしても、姉さんはなんでそんな簡単にド変態…ラバックの警戒網を難無く突破出来るの?」

「そうね…何事も経験かしら。経験という名の成長は、人類が持つ最大の強みよ?」

「…解せない…」

「来たわよ」

「!」

 

2人が覗くスナイパースコープの視界に、峡谷を馬で駆けるイェーガーズを捉える。と、同時にマインは狙撃態勢へ移行。ジャッカルはマインの狙撃のサポートに入る。

 

「数は3人、手前からα(ボルス)β(ウェイブ)γ(クロメ)に目標指定。距離3500m。40km/hで移動中。狙撃目標の指示」

「γ」

「目標γ、了解。距離3300m、依然40km/hで移動」

「…」

「…全目標、降馬確認。距離3100m、高低差-147m、5km/h。風速右4〜7m」

 

ジャッカルからの情報を元に、照準と同時に弾道計算を補正。相手は3100m先、マインにとっては未経験の狙撃だ。しかし失敗は許されない。狙撃は「奇襲」の要素が強み、同一対象に対して二撃目を前提に行うなど愚の骨頂でしかない。

不安がない、といえば嘘になる。しかしそれと同等以上に自信もあった。いままでの狙撃の経験値に裏打ちされたそれは、確かに直感していた。

 

(──当たる)

 

引き金を引いた。

 

そうすれば当然の如く、パンプキンの銃口からエネルギー弾が発射。音速を超えて、目標と定めたクロメのこめかみへと飛んでいく。重力、風、距離、その全てが計算通りであり、全くの誤差も無く、およそ音速で飛んで来たソレを。

 

クロメは着弾の直前に気付き、躱してしまった。

 

「なっ…!?」

「…へぇ、あれを避けるのね」

 

始まりの一撃こそ外したが、ナイトレイドの初撃作戦そのものは妥協点。マインの狙撃により注意を取られた隙に奇襲した、スサノオの一撃により吹き飛んだウェイブは物理的に戦線離脱。今からナイトレイドが相手取るのは、2人のみ。

 

「さて…これで茶番劇が始まったわね。台本通りに進めれば私達は被害無しに、確実に報酬を受け取れる、いつも通り簡単でつまらない仕事」

「今回はその報酬が高いから良いんじゃないのよ、姉さん。フルで分捕れないのは少し勿体ないけど」

「そうね…じゃあ、私達も動きましょうか」

 

やや気怠そうな声色で発したジャッカルの言葉。それにマインが気付く事は無く、彼女達は動き出した。

 

その視界に、イェーガーズ(クロメ)が召喚した超級危険種 デクスタールを映しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…始まった、な」

 

キリキリ、キリキリ。戦場から離れた木の幹の上で、糸が軋む音が響く。自身の手に伝わる感覚を気にしながら、木々の中に潜む(ラバック)は呟いた。

俺はナイトレイドのメンバーの一人であり、今作戦に於いては、戦場付近に立ち入る第三者の侵入の監視役を担当している。俺自身の戦闘力はそれなりにある。けどナイトレイドの中では低めに位置しているのと、俺の持つ糸の帝具「千変万化 クローステール」は強靭な糸で多様な汎用力を持っていて、罠や侵入者を察知するセンサーとしても機能する事も出来る。その能力で戦場に近付くイェーガーズ、第三勢力の排除もしくは撃退する役目を受け持った。

 

(しかしさっきから凄い振動がするな…それ程激しい戦いって事か…しっかり役目を果たしてみせるよ、ナジェンダさん)

 

戦いの振動で少し身体を揺らしながら、ポリポリと頬を掻きながら、思考を回す。

 

(そんで…この旅から帰ったらそろそろナジェンダさんに告白とか)

 

 

 

────スタッ。

 

 

 

着地音。右、至近。

 

(えっ)

 

思わず振り返る。

 

「─」

 

其処には、此処には居ない筈のチェルシーが居て。右手には、針が握られていて。

 

 

 

────ドッ。

 

 

 

 

(えっ?)

 

首に激痛が走って、身体に力が入らなくなって。

 

「ごめんね」

 

一瞬で後ろに回り込んでいたチェルシーが、何でか謝罪の言葉を口にしていて。

 

 

 

「私の為に、死んで?」

 

 

 

背中に衝撃。身体が俺の脳の命令を受け付けなくて、只々呆然と身体が重力に従って落ちていくのを、遅く感じる時間で感じていて。

 

衝撃の勢いで身体が回転して、俺が居た場所に居るチェルシーが見えて。

 

(何、で)

 

ふとそう、思った。

 

 

 

────グシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

「…呆気ない物ね」

 

そう言って、(チェルシー)は下に居る「ラバックだったモノ」を見下ろす。

私が殺した方法は簡単。まず、帝具「変幻自在 ガイアファンデーション」を使って鳥に変身。クローステールを範囲が及ばない上空からラバックに接近、降下。着地出来る高度になったら変身を解いて着地し、首を針で一突き。背骨の神経を貫いて身体能力と心肺機能を機能不全とし、念の為に突き落としてトドメ。

これで、終わり。

 

もう私は戻れない。私は、明確にナイトレイドを裏切った。

 

そして証明した。私のジャッカルへの忠誠を。私の意地汚さを。私の生存欲を。

 

これで、私は生き残れる。ジャッカルに殺されなくて済む。私は助かる。

 

「…これで良いんでしょ?」

 

思わずそう、呟いた。こんな独り言、意味なんて

 

 

 

「ええ、チェルシー。貴女は見せてくれたわ」

 

 

 

いきなり聞こえた、声。そして同時に感じる気配。ああ、この神出鬼没。間違いない。間違える筈も無い。

 

「…ジャッカル」

「貴女は一切の躊躇無く、仲間だった人間を殺した。只々「自分だけでも生き残りたい」という自己中心的な思想を元に、貴女は私にソレを見せてくれた」

 

ラバックの横に、私に見えるように現れた彼女は、少しだけ手で頭のフードを押し上げて、私を見る。私と目線が合った気がした。それだけで、わたしのぜんしんがこおったようにちのけがひいた。

「上出来よ。貴女を認めるわ、私の味方(・・)としてね」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の心は安堵に包まれた。足の力が抜けて、思わず膝をつく。そして目を閉じ、胸に手を当ててこの気持ちを噛み締めた。

これで私は助かった。あの光景の中死んでいったオーズベルクのように、ナイトレイドもジャッカルとマインの手で壊滅するだろう。だけど私は生き残れる。私も、ジャッカルの味方となったから。

 

再び目を開けてジャッカルを見ると、ラバックからクローステールを回収していた。…いえ、正確にはクローステールを身に付けていた。

 

「それ、貴女が使えるの?」

「便利そうだからね。使える物は何でも使う主義よ?」

 

そう言って指先を動かして、彼女はクローステールの感触を確かめている。繊細に動かしていたと思ったら、時より大胆に手を動かして。

 

「…練習台は…あれで良いか」

 

そう言って、近くにあった別の木に目線を向けて、右手を一振り。

するとクローステールが、その木を一刀両断。斜めに切られたその木は、ゆっくりとズレて落ち始める。

 

「〜♪」

 

そして楽しそうに、ジャッカルは両手を動かす。それに合わせて、クローステールは繊細なコントロールの下に木をバラバラに解体していく。

 

「…」

 

その光景を見て、私はジャッカルの新たな恐ろしさを認識していた。

ジャッカルはその力もそうだが、それと同時に恐ろしい程に適応能力もある。普通、適応する帝具でもしっかりと使いこなすには数ヶ月の訓練を必要になる。完璧に操ろうとすれば、更に時間がかかるのは当たり前。

だけどジャッカルは。彼女は、たった2分程度(・・・・・・・)でクローステールを完璧に操っている。

 

「…化け物」

「化け物とは心外ね」

 

私から吐き出された言葉に、ジャッカルは否定の言葉を口にした。既に木は解体し終わって、木があった場所には粉々になった木の幹と葉が山のように積もっていた。そして、彼女は私に振り返り、私を見た。

 

 

「私は間違いなく「人類」よ?細胞一つ、血の一滴さえ取っても、何処までもね」




ロマニー街道に於ける戦闘の結果
ナイトレイド
損害:ラバック(死亡)、チェルシー(裏切り)、レオーネ(重症)
残存戦力:5人
イェーガーズ
損害:ボルス(死亡)、骸人形数体(損失もしくは損傷)
残存戦力:5人
ジャッカル
損害:マイン(狙撃のプライド、服)
戦利品:千変万化 クローステール、チェルシー(変幻自在 ガイアファンデーション)
新規加入:チェルシー
残存戦力:3人


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到着と顔合わせ

前回の後書きを少し修正しました。


帝都の遥か東に、キュロクという街がある。

その街は、豊富な地下資源により経済的躍進を遂げ、現在では帝都の次に豊かな街であるとも言われている。近年、帝国の中でも大きな規模を持つ宗教団体「安寧道」の宗教施設が多く建設され、独自の文化を持つ巨大都市へと姿を変えつつある。

この街、キュロクと安寧道。この二つの存在が舞台となり、ナイトレイドとイェーガーズ、ジャッカルの対決場となった。

 

 

 

 

 

 

ある日の夜。キュロク中心部、安寧道本拠地。

その中にあるパーティー会場にて、ある者達によるパーティーが開催されていた。

 

「まさか帝国最強と言われるエスデス将軍が来てくださるとは、心強い事この上ありませんな」

 

その中に、安寧道教主補佐 ボリックとイェーガーズのエスデス、ウェイブ、クロメ、セリュー、ランが対面していた。

ボリックは帝国(大臣)が送り込んだスパイであり、教主を暗殺する事によって安寧道を掌握して武装蜂起の阻止、そして教主を神化し、安寧道を己の物にせんとしていた。イェーガーズは教主暗殺の時までボリックを護衛し、安寧道の武装蜂起を阻止する為に派遣された。今こうして対面しているのも、顔合わせと挨拶を兼ねている。

 

「このパーティーは私の忠実な部下しか居ません。どうぞ安心してお楽しみ下さい」

「大臣に受けた指令はお前の護衛だ。部屋をいくつか借りるぞ」

「もちろん。 …私の屋敷は退屈しないと思いますぞ」

そいつら(女達)にはまるで興味はない…が、天井裏から私達を覗いている奴等とは会ってみたいな」

 

そう言ってエスデスは天井に目線を向けた。ウェイブとセリューは驚いて、クロメとランはエスデス同様冷静に天井へ目線を上げた。

 

「流石、お気付きでしたか」

 

パチン、とボリックが指を鳴らす音を合図に、天井裏から男女4人が飛び降り、ボリックの右側に降り立つ。その反射速度の速さから、実力の程も垣間見える。

 

「此奴らこそ、教団を牛耳る為に帝国より預かった暴力の化身…皇拳寺羅刹四鬼です」

 

皇拳寺羅刹四鬼。

帝国最高の拳法寺と名高い「皇拳寺」の中でも最高クラスの実力を持つイバラ、スズカ、シュテン、メズの四人で構成された、大臣直属の戦闘集団である。

 

「ほう…帝都に居ないと思っていたが、ここに居たのか」

「将軍様が来て下さったお陰で、護衛に専念していたこの鬼達を攻撃に使う事が出来ます」

「待って下さい!」

 

ボリックの言葉に、正義感の強いセリューが一歩踏み出して意見する。

 

「この街に、帝具を使うナイトレイドという悪のチームが潜入している可能性があります!そいつらと戦うのに、帝具無しではっ!?」

 

その時、セリューの首筋に軽い衝撃、そして気配。

 

「心配はいらねぇよぉ。俺達は生身で帝具使いを倒した事もあるぜぇ。こんな風にさぁ」

「いつの間に…」

 

セリューが後ろに視線を向けると、ついさっきまでボリックの右側に居た羅刹四鬼の一人、イバラが首筋に手刀を据えていた。

 

「私達が回収、大臣に送り届けた帝具は五つ」

「幾ら帝具が強力であろうとも、使う者は生身の人間である事は変わらん」

「なら、勝ちようは幾らでもあるって事だね」

 

そう、彼等は帝具を使わずに帝具使いの討伐経験を持つ、数少ない実力者でもある。帝具使いに対抗するには帝具使いを必要とすると言われているが、彼等はその例外に位置する者達だ。

 

「羅刹四鬼は大臣お抱えの処刑人。言葉通り、腕は確かですぞ」

「へっへ、そういう事。あんたらはこの屋敷でのんびり酒でも」

 

瞬間、ゾクリとイバラの全身に悪寒が走る。パキッという音と、己の首筋に走る冷たい感触。後ろに、氷の剣を生成したエスデスがいた。

 

「お前達も、実績があるとはいえ油断しない事だな」

「…へえ〜凄ぇ、流石エスデス将軍だぁ」

(大事な持ち駒である此奴らが来てるのにも関わらず、私まで出向かせるとはな…余程ここ(安寧道)を重く見ているか、大臣)

 

氷剣を消しつつ、エスデスは大臣の思考を推理する。そして、その時にある事を思い出した。

 

「…そういえば、もう一人傭兵が派遣されると聞いていたが?」

「ああ、ジャッカルの事ですな。まだ姿を見せていない辺り、まだ此処には到着してないようですが」

 

 

 

「私の事なら、此処に居るわ」

「えっ!?」

「…!」

 

 

突如、ボリックの左後方から各人の鼓膜に届いた声。ボリック達が驚いて振り返ると、壁に背中を預け、丁度右手に持っていたケーキの一切れを食べ切る所のジャッカルが、其処にいた。

当の本人は、驚愕の視線など気にせず、手についたクリームを舐め取る。

 

「パーティーのデザート、楽しませてもらったわ」

「…此処まで気配さえも悟らせないとはな。お前が、話に聞くジャッカルか」

「ええ。こうして顔を合わせるのは初めてね、エスデス将軍。私がジャッカルよ」

「お前ともいつかは会ってみたかった。是非ともそのフードに隠れた素顔を見てみたいものだな」

「丁重に断らせて貰うわ。第一私が受けた依頼は「ナイトレイドの殲滅」、貴女に私の素顔を見せる事は契約外であり、私の素顔を見せる時は、私が信頼する者と相対する時だけよ」

「さて…挨拶も済んだ所だし、私は独自に行動を取らせて貰うわ。共同とはいえ、私の戦い方は貴方達と横に並ぶようなものじゃないから」

 

そう言って、ジャッカルは天井裏へとジャンプし、姿を消した。

 

 

「…取りつく島も無し、か」

 

 

 

 

 

 

(これでナイトレイド、イェーガーズ双方の残存戦力は把握した)

 

(私達の手札も揃った)

 

(後は場所とタイミング。万が一イェーガーズに邪魔されようものなら)

 

 

 

(容赦無く、消す)



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生存欲

その時、彼女が出した結論は至極単純だった。


ロマニー街道の戦闘の後、私達(ナイトレイド)はキュロクに到着した。先の戦いでラバックが首を落とされた状態で発見された事で、残りのメンバーは私とチェルシーを除けば四人。順調に数を減らしてるわね。まぁ、士気はシェーレの時みたいに然程落ちなかったけど。

そして(マイン)は今、タツミと一緒にキュロクの街に出向いている。

 

「此処まで帝都から離れてると、手配書も出回ってないみたいだな」

「イェーガーズが配ってるかもしれないわよ、油断は禁物…何してんの?」

 

横を向いたら、いつの間にかタツミはソフトクリームを二つ購入し、その一つを私に差し出してきた。

 

「そりゃ分かってはいるけどさ、あまり張り詰めても危ないんじゃないか?もっと自然体でいよう」

「…まぁ、一理あるか」

 

私がヘマして指名手配されなきゃこんな事にならないもんねぇ…あ、このソフトクリーム美味しい。

 

「とりあえず、この街をもっと把握しなきゃ話にならないわね」

「今度は東の外側を回ってみようぜ。エスデス達が警護してる中心部には近づかないようにな」

「そうね、聖堂付近は担当になったチェルシーに任せましょう」

 

 

 

 

 

 

(顔や名前がバレてないとは言っても、それでも怖いっていうのは変わりないんだけどねー…)

 

キュロク中心部にて、そんな愚痴を心の中で呟きながら、チェルシーはナイトレイドとしての偵察を進めていく。周りに溶け込む為、適当な変装を施しており、見た目は他地方からやってきた旅人だ。(普段着の上からジャケットを被っているだけなのだが、存外問題が無かった)

 

(幸い、この街は迷路みたいに入り組んでるのに加えて、人も多い。紛れ込んで簡単に探りやすいし、万が一の時にはこの入り組みを利用して敵を振り切れそうかな…)

(取り敢えず、その為にもとことん調べよっか。私が生きて帰れる為にもね)

 

人々の活気の中へと消えていくチェルシー。その姿を、建物の上から見ている者達がいた。

 

「ねぇシュテン、彼奴周囲を探る動きをしてない?アタシの勘が敵だって言ってるんだけど」

「何より足運びだな。それなりに修羅場をくぐってきた者の動き…気を付けているようだが、儂には分かるぞ」

 

羅刹四鬼、メズとシュテン。

ナイトレイドを含め、革命軍は羅刹四鬼のキュロク入りという大きな誤算をしていた。当然、まだ羅刹四鬼の存在を感知している筈もなく、その備えは皆無と言えた。

 

「じゃあ、クロだね。殺しちゃおうぜ」

「違うだろメズ。「魂の解放」と言え」

 

空に浮かぶ太陽は沈み始め、赤灼けに染まり始めた。暗殺者の舞台となる夜になれば、羅刹四鬼の狩りが始まるだろう。その時、キュロクの人々が知られざる内に革命軍の血が流れるのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

チェルシーが刺客の存在に気付いたのは、数時間後の事だった。

地形の把握を終え、ふと周囲を見渡した時に見えた、建物の屋上の人影。そして背筋をなぞった「死の気配」。己が狙われているのは、確信的だった。

 

(絶対に一人じゃない…あと一人か二人は何処かに居る。だけど私が気付いているのを向こうに気付かれたら、隙を見せた瞬間にすぐに殺される。どうにかしてさりげなく、だけど確実に逃げないと…)

 

既に日は傾き、空は暗く、漆黒に染まりつつある。それに合わせるように、人の行き来も疎らになり始めている。夜にもなれば、人々は家へと帰り、静寂がキュロクを包み込むだろう。その時、チェルシーを狙う刺客は殺しにかかるのは確実だ。

それまでに何としても、彼女は刺客を振り切って逃げなければならない。そもそもチェルシーの技量は「暗殺」に特化しており、「戦闘」などは全くの専門外なのだ。街中で刺客に襲われる事自体がほぼほぼチェルシーの死に直結しており、故に焦っていた。

なるべく自然に、しかしほんの少しだけ速くなった歩みでキュロクの郊外の通り道を歩き、何本かの交差点で曲がっていく。

 

 

そしてもう一本の道を曲がった直後、チェルシーは其処で初めて気付いた。

 

 

(………あ、ヤバイ)

 

 

焦りから、誤って人が行き来しない郊外の裏通りに、辿り着いてしまった事に。

 

 

────ゾワァッ!

 

(やっぱ、り…!)

 

全身で感じ取れた死の気配で、彼女は確信した。最早、刺客は夜を待つ必要など無くなったという事を。

それを裏付けるように、先の曲がり角から人影が出る。僅かに差し込むだけとなった太陽の光だが、同時に白く輝く月の光でよく見えた。女性…否、それは彼女にとって今一番会いたくない敵の一つだった。

 

(羅刹、四鬼…!)

 

壊滅したオールベルクに所属していた頃、帝国の要注意リストの中に並べられていた先頭集団の一つ。顔は完全に把握していた為、目の前に現れた羅刹四鬼はメグである事は、すぐにわかった。

 

(てことはっ!?)

 

一人のはずが無い、そう結論付けていた自身の推測が外れている事を願ったが、残念ながら的中した。すぐに後ろを振り返ると、逃げ道を塞ぐように道の真ん中に立つ羅刹四鬼の一人であるシュテンが仁王立ちで立っていた。

 

(…!)

 

状況は最悪。

場所はキュロクの裏通り、敵は羅刹四鬼の二人。位置関係はチェルシーの前後を挟み、逃げ場は無し。チェルシーが持つ道具は帝具の変身自在 ガイアファンデーションと暗殺道具の針一本。

 

状況を鑑みれば、最早突破方法は無し。死、あるのみ。

 

「…ッ!」

 

状況を把握して、思わず一歩後ずさる。余計にシュテンに接近するだけだ。

羅刹四鬼が歩き始めた。一歩、また一歩。ゆっくりと、恐怖を味わわせるように。

 

(い、やだ、いやだ、いやだいやだいやだ!)

 

全身に冷や汗が流れ、思考が焦りで鈍り、身体が震える。脳内のアドレナリンが大量分泌。目の瞳孔が開き、心臓が張り裂けそうな程に鼓動し、呼吸が速くなる。思考を回す。

時間がスローモーションになったかのようになった。アドレナリン大量分泌による思考速度の上昇だ。思考を回す。

ゆっくりと、何倍も遅くなった羅刹四鬼が近付いて来る。思考を回す。

逃走方法が思い付かない。どう逃げても彼女には死ぬ未来しか見えない。思考を回す。

詰み、チェックメイト、ゲームオーバー。彼女の思考がその一点に染まり始めた。思考を回す。

人間である彼女に、この死から逃れる方法は無い。思考を回す。

 

 

 

(────あ)

 

 

 

見えた。

それは、普通ならば絶対に実行不可能な方法。ましてや普通の人間ならば思いもつかない方法。だけれど、彼女にはそれを叶える方法がある。

ならば、あとは実行するだけだ。

 

「フゥー…」

 

大きく息を吐き、覚悟を決める。被っていたフードを外し、ポケットに忍ばせていたガイアファンデーションを右手で取り出す。

それを見た羅刹四鬼のメグが、初めてニヤついた笑みを崩した。

 

「…シュテン」

 

歩みを止め、チェルシーの行動に警戒する。後ろのシュテンも同じ結論に至ったようだ。

帝具というのは、形は様々だ。時には武器ではないような帝具も存在する。そして、チェルシーが取り出したのは見た目は唯の化粧品だ。だがそんなものをこの状況下で取り出す人間など一人も居ないだろう。故に結論は一つに固まる。この女も、帝具使いの一人である事に。

それを指し示す様に、チェルシーは右手を振った。すると一瞬で煙が発生し、チェルシーの全身が煙の中に消えた。

しかしそれはほんの一瞬の事。二、三秒程度で煙は晴れた。

 

 

 

しかし、其処に居たのは人間では無かった(・・・・・・・・)

 

 

 

体長は120〜130cm前後と小柄。四つ足でそれは立ち、尻尾は天に立つ程に逆立っている。見た目はパッと見ると狼に近いだろう。しかしメグとシュテンは全く違う結論を出していた。

それは、特級危険種として知られている生物。個々の力は弱けれど、然し侮るなかれ。己の武器と高い知能に裏打ちされた絶妙な集団戦で強大な危険種をも狩り得る、自然界の狩人。

 

 

 

 

「ウォォォォオ───────────ン!!」

 

 

 

 

人々は、その危険種を「危険種殺し」ジャッカルと呼ぶ。




「人間」で敵わなければ、「人外(危険種)」に成れば良い。


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臆病者の戦い

特級危険種 ジャッカルは骨をも噛み砕く強靭な顎、肉を容易に切り裂く鋭い爪、あらゆる大地を高速で駆け抜ける事が出来る脚力、他環境への適応能力、そして高い知能による集団戦が特徴と言える。
しかし生態の全体が解明しきれていないが故に、あまり知られていない特徴も存在する。


「ウォォォォオ───────────ン!!」

 

静まり返ったキュロクの裏通りに、獣の鳴き声が響く。その鳴き声の主は、ガイアファンデーションによって特級危険種 ジャッカルへと姿を変えたチェルシー。その前後に立ちはだかるは、羅刹四鬼のメグとシュテン。

 

「ほぅ…」

「へぇぇ、やっぱり帝具使いだったんだ!」

 

特級危険種の姿へと変化したチェルシーを見てシュテンは関心を示し、メグは嬉しそうに再び笑みを浮かべ、双方構えを取る。特にジャッカル(特級危険種)となったチェルシーの構えは正に「獣」そのもの。

身体全体が屈みつつ上体が地面に付かんばかりに沈み込み、鋭く尖る爪はそのエネルギーを抑え込む為に足の地面に食い込む。口からは鋭い牙を全く隠さずに歯軋りの音が響き、その鋭い目はメグを捉え、正に今噛み殺さんとばかりだ。

 

「グゥゥゥ…!」

「どんな帝具か全く分からぬが…何、使用者が死ねばなんら問題は無い」

 

チェルシーが帝具使いと判っても尚、メグとシュテンの自信は崩れない。帝具使い5人をその身で倒してきた実績が、それを支えているのだ。

グググと、徐々にチェルシーの爪が深く食い込み始める。いよいよ、その姿勢から生み出されているエネルギーが抑えきれなくなってきてるのだろう。

 

「さぁ、来なよ?」

 

チェルシーの正面で構えるメグが、挑発を掛ける。それが、合図だった。

 

 

──ドゥッ!!

 

 

蓄積していた運動エネルギーを前方に全開放。瞬時に最大速に到達したチェルシーがメグに向かって突撃する。メグはそれに対し、右手で手刀を形成。皇拳寺の壮絶な修行によって手に入れた、人間を超える身体能力でもってチェルシーを迎撃する。引き絞られた右腕。瞬間、右肩からゴキンと嫌な音が響くと同時に手刀を突き出した。距離はどう考えても射程外であり、そんな攻撃は一見無意味に思える。しかし、彼女の右腕はそれ以上に伸び始めたのだ。

これが羅刹四鬼が手に入れた力。皇拳寺の壮絶な修行に加え、寺の裏山に生息する棲息する危険種 レイククラーケンの煮汁を食べ続けた事により、人間の限界以上の身体操作を可能としている。限界以上の伸縮性も持っている為、格闘戦とは思えぬリーチを持つ。

その力によって放たれた手刀の一撃。チェルシーの速力も相まって、一瞬後にはチェルシーの顔面へと直撃するのは間違いなかった。

が、チェルシーはその一瞬前に僅かに右にサイドステップする事で其れを回避。身体の毛に当たりながら、しかし確かに手刀を回避。そしてそのまま防御姿勢へと入ったメグへと突撃攻撃

 

 

 

するかと、メグとシュテンは思っていた。

 

 

 

チェルシーはそのまま、メグの横を通過。速度を緩める事なく逃走を開始する。

思わず、一瞬呆気に取られる二人。

 

「…逃がさないよっ!」

「まさか、そのまま逃げようとはな…だが逃がさん、お前の魂を開放してくれる!」

 

が、すぐさま追跡に入る。しかしその速度はほぼ同等であり、油断すればすぐにその姿を見失うだろう。

 

そう、チェルシーは最初から「逃走」する事しか考えておらず、戦闘など全くの論外であった。

幾ら人間より強い危険種に成ろうとも、その技量は微塵も変わらないのだ。一対一でもまともな戦闘にならないのは目に見えているのに、一対二。当然勝機などあるわけが無い。チェルシーの最優先は「生存」の一点。ならば答えは逃走あるのみだ。その考えは、戦いから逃げて汚い泥を啜る臆病者の考えでもあるだろう。

 

だが、構わない。

 

彼女は只々生き延びたい。彼女は只々死にたくない。

オールベルグがジャッカル(傭兵)によって壊滅したあの日。苦楽を共にしてきた仲間達が無残な肉塊へと成り果てた。仲間達が死んでいく中、自分だけ生き延びてしまった。彼女は仲間達を裏切ってしまった。彼女は、強大な敵の前に屈し、戦う仲間達を置いて逃げ延びてしまった。その事実を、自分一人で責め続けた。涙を流して慟哭し、心が折れ、精神が病み、人格が崩壊したその時。

 

チェルシーという一人の人間は「裏切り者」となった。

 

自分が生き延びる為なら何人でも殺そう。何回でも裏切ろう。何回でも見捨てよう。その為なら何度でも汚い泥を啜り、強者の靴を舐め、どれだけ無様な姿を晒そうが生き延びてみせる。

その為に彼女はナイトレイドを裏切り、ラバックを自らの手で殺し、オールベルグを滅ぼしたジャッカルという絶対強者の下に付いた。

だからこそ、彼女は死ねない。死ぬ訳には行かない。此処で無様な死骸を晒すものならば、彼女が自らの手で殺したラバックの命は、あの日見捨てたオールベルグの仲間達の命は全くの無意味と化す。故に彼女は生き延びる為に、逃げるのだ。

 

仲間だった者達を殺し続けてきた(見捨て続けた)「裏切り者」というカルマをその身に背負って、彼女は生き延び続けなければならない。

 

故に、彼女は逃げる。キュロクの裏通りを駆け、背後から羅刹四鬼が迫る。スピードは緩めず、出し得る最速を維持。アドレナリンの多量分泌でスタミナの少なさは誤魔化せる。たとえ限界が来ようとも、それを突破する。筋肉痛など知る事か。

目の前に建物が迫る。大きく跳躍、不足分は壁を蹴って補い、屋上に到達。屋上を高速で飛び移り、キュロクの郊外を駆け続ける。

メグとシュテンも、諦めずに追跡を続ける。世界で最大48人しか同時に存在しない帝具使いを逃す気はないらしい。

しかし、中々追いつかない。相手は人間ではあれど、帝具によって擬似的に特級危険種、それも危険種殺しと呼ばれるジャッカルに姿を変えている。その小柄な身体から発揮される身体能力の高さは、危険種の中でも随一を誇る。幾ら人間の枠から外れる力を持った羅刹四鬼とは言えど、簡単に追い付ける物では無いらしい。

だが、チェルシーの速度は徐々に落ちつつあった。アドレナリンによってスタミナの少なさは誤魔化せるとはいえど、それも限界というものがある。少しずつ、確実に羅刹四鬼の射程内へと入りつつあった。

 

が。その前に、遂にはキュロクの街から飛び出し、森林地帯へと進入した。

木々が高速で迫り、落ちていた速度が更に落ち込む。そうなれば大して速度が落ちていない羅刹四鬼に追い付かれるのは当然の事。

 

「ぬぅぅん!」

「キャン!?」

 

横に回り込んだシュテンの一撃。全体重を掛けて放たれたそれをチェルシーは避ける事が出来ず、左腹部に直撃。右前方に身体が吹き飛び、背中上部から木に衝突。しかし勢いが殺され切れず、衝突起点から激しく回転して落下し、地面に叩きつけられて激しく転がった。

たった一撃。しかしその一撃はチェルシーを行動不可に陥るには十分な威力だった。ガイアファンデーションが自然に解除され、元の人間の姿へと戻る。

 

「ゲホッ、ゲホッ…!」

 

地面に横たわったチェルシーは吐血した。シュテンの一撃と木の衝突、地面への叩きつけによって何本かの骨が折れ、内臓にも少なくないダメージが入っている。そして手足が今までの逃走による無茶によって筋肉が激しく痛み、まともに動かす事すらままならない。更に頭を強く打ったのか、脳震盪を起こして意識が混濁する。

 

「はぁっ…はあっ…」

「あー、やっと止まった…全く、速すぎっしょ。そのままトドメ刺しちゃっていーよ」

「応」

 

シュテンの左手がチェルシーの首を掴み取って締め上げ、そのまま抵抗出来ずに空中へ持ち上げる。気道が塞がれ、呼吸困難に陥る。

 

「がっ……あ……」

「長く苦しませるつもりは無い、現世を彷徨う迷い子よ。儂がその魂を開放してやろう」

 

首を絞める力が強まっていく。やがてそれは限界を迎え、チェルシーの首を折るのだろう。チェルシーに最早抵抗する体力も、方法も無い。

間違い無く、ゲームオーバーだ。

 

 

 

 

彼女一人だけならば。

 

 

 

 

 

────サ。

 

(…ん?)

 

違和感に気付いたのは、手持ち無沙汰だったメグだった。

遠くから、草を掻き分ける音が聞こえる。キュロクの近くとはいえ、様々な生物が生息しているのには変わりが無い。故に、最初は然程気にする事も必要性も無かった。

 

────ガシャガシャ。

 

(…いや、違う!)

 

しかしそれは間違いであった事に気付く。その音は極めて高速で、尚且つ此方を包囲するような形で(・・・・・・・・・・・・)接近してきている。明らかに複数。それもかなりの数だ。

 

────ガサガシャガシャガシャ!!

 

「シュテン、囲まれてる!!」

「む…!?」

 

構えを取り、周囲に気を張り巡らせながらシュテンに警告を飛ばす。それに気付いたシュテンが周りを見た時。

 

────ザバァッ!!

 

シュテンめがけて、一つの影が凄まじい勢いで飛び出す。その着地点は、正にシュテンが立つ地点だ。

咄嗟にチェルシーから手を離し、後ろにバックステップする事で回避。メグと背中合わせとなり、その正体を見やる。

その生物は、再び倒れ込んだチェルシーを庇うかのような位置に佇み、その殺意は微塵も隠す気配無し。

 

 

 

「グルアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

「危険種殺し」と名高い、特級危険種 ジャッカルは敵へと怒りの咆哮を上げた。

真の自然界の狩人が、人間に牙を剥く。




危険種殺しは非常に仲間意識が強く、仲間と認めた者の匂いと声、そして血に「酷く敏感」だ。


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生きる為

投稿した後に気付いた。
今日が祝(?)二周年であるという事に。


彼等の、その日の狩りは大成功を収めた。

特急危険種一体に見事完封勝利し、その肉は全て彼等の胃の中へと送り込まれ、翌日の運動エネルギーと化すだろう。その為にも、今日は最早動く必要性は無くなり、彼等の縄張りにて身体を休めていた。

自然豊かな森の中、彼等はそこで静かに眠ろうとしていた。身体を丸め、目を閉じれば容易にそうなるのだろう。一頭、また一頭とそうなってゆく中、遂にはリーダー格である彼も眠る為に目を瞑る。

 

 

 

────────!

 

 

 

その直前、彼等の耳に届く音。

超音波として遠方にまで運ばれてきたそれは、彼等の脳を瞬時に覚醒させ、そしてその音を聴くには十分過ぎる音量と時間があった。それにより、彼等は確信する。

 

仲間(同胞)が、助けを求めている】

 

その後の行動は極めて迅速。全頭がすぐさま声の方向へと走り出す。その最中にリーダーを先頭に、そして子と雌を内側に編隊を組む。その姿は森に隠れて見える事は無いが、もし広野などならば、その長方形と三角形が混成された見事な並びが見えたのだろう。

聞こえた声は僅かに一つ。逸れの仲間か、それとも群れが全滅したか。敵は何か、正確な場所はどこか。何一つも分からない。しかし、彼等には仲間(同胞)を見捨てるなどというという選択肢は無かった。それは一重に、彼等は仲間との絆が強く、そして信頼している。

故に、危険種殺しである「特級危険種 ジャッカル」は危険種殺しへとなり得た(・・・・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

 

 

走り出してから、数分が経過した。

編隊を少しずつ広げながら高速で進むが、声の主の位置は分からず。それどころか、遂には人間達の縄張り(キュロク)の目前まで迫りつつあった。彼等は、人間の恐ろしさを知っている。単体ならば自分達よりも遥かに弱いが、それ以上に「物量」と「知恵」がある。彼等の遺伝子は、舐めてかかって押し潰された同胞達の末路を見てきた同胞の光景を、確かに刻み込んでいた。

リーダーは一つの決断に迫られていた。選択肢は二つ。

 

1.人間達の縄張りを迂回し、編隊を分離させて周辺を捜索する。

2.犠牲を覚悟で人間達の縄張りへと突入し、窮地に立たされている仲間を探し出す。

 

まず1。これは時間は掛かるが確実に仲間を見つける事が出来る。しかし助けを求めている仲間に、果たしてその時間があるのか。2は1よりも遥かにリスクが高い。突入自体は可能ではあるが、人間の報復の威力は良く知っている。下手を打たずとも、何れ全滅してしまう可能性は極めて高い。更に突入したとしても、確実に仲間を見つけられる保証などどこにもないのだ。選択肢は実質無かった。

 

しかしある要因が、この決断を変更する事となる。

 

 

────スン。

 

 

 

「!」

 

鼻腔を僅かに擽った、しかし確実に伝わるフェロモンの匂い。即座に全頭はフェロモンの残滓を辿り始める。同時に編隊の間隔を調整し、戦闘態勢へと移行。変わらず森の中であるにも関わらず、それは見事な編隊運動である事に変わりは無い。

 

確実に濃くなってゆくフェロモン。そして敵であろう、二つの異なる匂い。この匂いの違いを彼等は識別した。

 

前方、遠方より僅かに聞こえた衝突音。その音を拾った群れは即座に反応。中央部は速度を大幅に落とし、左右は逆に速度を上げて分離。包囲を築き始める。

 

後300m。包囲が完了。同時に、僅かな血の匂いを一部の個体は拾った。

 

後100m。リーダー格の個体が突出。いの一番に突撃を開始する

 

後10m。強烈な匂いの元、彼はジャンプ。先制攻撃を行う。

 

0m。先制攻撃は失敗。敵を目視。人間2体。他に人間1体を確認するが、彼の頭脳は即座に敵ではないと見抜いた。強烈に残るフェロモンがそれを示していた。

 

 

 

人間の存在は、確かに恐ろしい。

しかし仲間(同胞)を、仲間(同胞)が認めたそれを見捨てる程彼等は冷酷ではない。故に彼等は怒る。故に彼等は、敵を許さない。

 

 

 

 

 

 

(物量)(強さ)

それは戦いの勝敗を決める二大要素である。

勿論理想的なのは、敵に対して(物量)(強さ)の両方が圧倒出来る事である。しかし現実的ではないとは言うまでも無いだろう。故に戦術や武器などの幾多幾千、幾万幾億の「搦め手」が生み出されてきたのだ。

しかし結局の所、(物量)(強さ)が極めて重大な勝敗要素であると言うのには変わりがない。一騎当千の強さを持つ強者がいたとしても、文字通りの「数千数万の物量」の前には押し潰されるだろう。しかしその数千数万の物量も、一騎当千の強者が数十名揃えば、「質が数を押し潰す」なんて言う事も、極めて困難ではあれど決して不可能であるとは断言出来ない。

現にその象徴として例えることが出来るのは、世界の何処かに今も生息する超級危険種。常人にとっては、彼等の一挙手一投足が最早「災害」そのものである。攻撃などしようものなら、容易に地形を作り変え、人の営みなどは容易に吹き飛ぶ。そんな生ける災害でも、その個体数は極端に少ない。正確な数字は今も尚測れていないが、大多数の意見では「個体数が3桁を超える事は無いだろう」とされている。つまりは半分絶滅危惧種であると同時に、強さ()(物量)を押し潰せるケースは極めて、極めて稀であるという一つの証拠でもある。

 

 

さて、今回の闘争の主役は人間が2人(メズとシュテン)と『危険種殺し(ジャッカル)』87体。

質は皇拳寺輩出の達人、羅刹四鬼であるメズとシュテンが大幅に上回る。しかし数は圧倒的に『危険種殺し』が上回る。正に質と数の激突。

 

「グルアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

先制攻撃を行ったリーダー格の個体がメズとシュテンに向けて咆哮。それは威嚇でもあり、己に付き従う同胞への合図であった。

 

瞬間、86体の『危険種殺し』がメズとシュテンへと向けて突撃を開始する。それは一体一体がほんの僅かに間隔を開けた連携であり、そして前後左右から襲い掛かる包囲攻撃。

すぐにメズとシュテンは迎撃(防御)に回る。手加減無し、全力を以て彼等に立ち向かう。が、それは間違いであったと数瞬後に悟る事となる。

 

2対87。

そう、そもそも根本的な話をすれば「物量」が違い過ぎる。質が大物量を上回るのは、極めて困難であるという事実を忘れてしまった彼等は取る最善策は、戦う事ではなく「逃走」であり、それを選ぶべきだった。

 

二人の迎撃戦は、僅か2秒で破綻する。当然だ。たった二人で86体による、前後左右からの波状攻撃を防ぐには手数も人数も、そして実力が致命的に足りなかった。

最初の綻びは、8体目を捌ききった瞬間だった。8、9体目がメグの右腕、左肩に噛み付き、その勢いのまま体重が軽かったメグを押し倒す。

この時点で迎撃力の半分を喪失し、決定的な死角が生まれた。其処を突かない筈もなく。

後続がメグと仲間達を飛び越え、シュテンの死角から襲い掛かる。シュテンはメグが倒れた事こそは認識していたが、果たしてそれに対応出来るかどうかと言えば、否である。

14、5体目が隙を突いて右脚、腹部にその牙を突き立てる。特に右脚に噛み付いた個体は咬合力が一際強かったのだろう。ミシミシと右脚の骨が軋む音が響いた直後、なんと右脚を食い千切ったのだ。

当然、右脚を食い千切られたシュテンもバランスを崩し、転倒。この瞬間、メグとシュテンは対抗手段を失った。

 

倒れた哀れな獲物(人間)に群がる獣達。断続する悲鳴(断末魔)。響く咀嚼音。

簡単には死なせない。出来うる限りゆっくりと、急所を外しながら喰らう。グチャグチャと皮膚を食い破られ、その下に隠されていた筋肉、骨、血管、内臓が段々と体外へと露出していく。しかし死ねない。未だにその苦痛をその身で以て味わい、死よりも尚苦痛であるソレを味わい続けていく。

 

 

 

(────ざまぁみろ)

 

 

 

その光景を、チェルシーは倒れた身体を僅かに動かして見ていた。

この流れは彼女が仕組んだモノ。万が一、自分が追い付かれた時の保険(道連れ)として即興で用意していた。彼女はガイアファンデーションの特性を最大限に引き出す為、あらゆる生物の生態を独自に研究してきた。故に特級危険種 ジャッカルの生態を誰よりも知っており、そして彼女はそれに賭けた。

結果は見ての通り。彼等は『危険種殺し』の二つ名に恥じぬ実力を見せ、見事に羅刹四鬼の二人を討ち取るに至った。

 

しかし彼女は、同時に己の命も諦めていた。

 

 

────ザッ。

 

 

(やっぱりねー…)

 

チェルシーに近付く一体のジャッカル。それは彼女にとっては当然の事であろうとの認識だった。仲間を助けに来れば、居るのは人間3人だけ。仲間も見当たらず、唯々敵しか居ないと見ても何ら不思議もない。だからこそ、彼女は此処からの生還を諦め、目を閉じた。これから襲う苦痛から僅かな時間、目をそらすように。

 

しかし、結論から言おう。

 

 

────ペロ。

 

 

彼女が思う未来図は、訪れる事はなかった。

 

「いっ…?」

 

傷口を舐められ、その痛みに思わず目を開け、入ってきた光景に思わず驚愕する。

『危険種殺し』が不安げな雰囲気で、チェルシーの傷口を舐めている。予想だにしなかった事に脳裏は疑問符で埋まり、そして彼女は一つの事実を確信する。

 

(生き残っちゃった、か。)

 

ハァ、と大きく溜め息をつき、深呼吸。大きく息を吸い、痛む身体を起こし始める。

 

「い゛っ、だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………!!」

 

瞬間、全身に激しい痛みが走る。それは常人ならば即座に再び地に伏せるような、身体が引き裂かれたと錯覚するような激痛。しかしチェルシーはそれを耐え、ゆっくり、ゆっくりと両足で立ちきる。しかし全身の激痛は変わらなく襲い続けており、その両目からは涙がポロポロと零れ落ちる。

 

「…ありがと…心配しなくて、大丈夫」

 

傷口を舐めていた『危険種殺し』に礼を言い、背を向けて彼女はゆっくりと歩き出した。

死に損なった彼女が取る行動は、『生還』。此処で死ねないのならば、まだ生き続けなければならない。それが、彼女が生き続ける原動力であるのだから。



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剥がれる仮面

ナイトレイドはアカメとチェルシーの帰還、イェーガーズはランの帰還により、その日の夜に何が起こっていたのかを双方は把握した。

イェーガーズはナイトレイドの存在が確認出来た事により、より警戒を強め、ナイトレイドは重傷を負ったチェルシーの戦線離脱、及び多数の情報員、偵察員が羅刹四鬼に殺された事により、動きが鈍る。

 

こうして何も状況が動かない膠着状態が生まれ、2週間が経過する事となった。

 

 

 

 

 

 

「はーぁ…なんでアタシがこんな手の込んだ変装をしなきゃならないのよ」

「深刻な密偵不足なんだ、俺達で情報収集しないと情報が不足するだろ。それとも地下でトンネル掘ってる姐さん(レオーネ)スーさん(スサノオ)と代わるか?」

「だったらこっち(偵察)選ぶわ」

 

ナイトレイドのマイン、タツミは即席の偵察員としてキュロクの情報収集を終え、キュロク外れの遺跡群にて変装を解き、帰還準備を行なっている。

タツミはフードとサングラスを外し、マインは服の上に来ていた外套を外し、メイクを落としてボサボサにしていた髪の毛をいつも通りの髪型に整える。割と簡単な変装と言えばそうであるが、第一印象を変えるだけでも、他人は案外認識出来ないというものだ。

 

「…まだ顔がヨゴれてる気がするわね…ちゃんとメイク落ちてる?」

 

此処で、マインはメイクが落ちきったかどうかを確認する為に立ち、向き合って座っていたタツミに顔を近付ける。その為にタツミは必然的にマインの顔に注意が集中する。

 

「ん、あ……ああ。し、しっかりと落ちて」

 

 

 

────ズガァン!!

 

 

 

刹那、一発の銃声が響いた。

 

その数秒後、動きを止めていたタツミの身体が動き出し、右手を左胸に押し当ててその視線を下げた。

故に彼は己の右手から、正確には左胸から大量に流れ出る血液を、血液で汚れていく己の服と身体を見ることになった。そして口からも血が流れ出始める。

 

「マ………イ……ン?」

 

それが、タツミの発した最期の言葉となった。

身体の力が抜け、ゆっくりと前傾姿勢へと移行。それは止まる事なく、その身を地に横たえた。その数秒後、身体から流出していた血液が周囲の地面を汚し始める。

 

「おやすみなさい。そこで良い夢を見続けてるといいわ、永遠にね」

 

そして、マインは左手に握られていたリボルバーの銃口をタツミの頭部に合わせ、もう一度引き金を引く。再度銃声が響き、タツミの頭部に新しい穴が一つ開く。そして銃口から吹き出る硝煙を振って払った。

 

S&W M500。それがリボルバーに名付けられた名称であり、それを開発した本人の愛銃の一つである。拳銃としては恐らく世界最強の実弾を取り扱う回転式拳銃であり、その強力さ故に信頼性が重視され、通常6発の装弾数は5発となっている。しかしその装弾数減少をしても尚有り余る火力を保持しており、距離4mから2cmの木板を複数用いたテストに於いて、1発で木材17枚を貫通するという結果を得ている。これは他の実弾拳銃の約2倍に相当する結果であり、如何にこの拳銃が強力であるかという資料の一つとなっている。当然、その威力に相当する反動は大きく、常人が其れを扱うのは困難である。が、困難であれば彼女はこれを愛銃としてはいない。

 

カチャリとシリンダーがスイングアウトし、発射した2発の薬莢を廃棄。新たな弾薬を装填し、スイングイン。M500を仕込み場所にしまい、一瞬タツミの死体を見るが、すぐに興味を失う。そしてタツミが座っていた横に置いてあった、帝具 パンプキンを格納してあるアタッシュケースを手に取り、開封してパンプキンを組み立てる。数分掛けて全ての調整が完了し、その場を離れようと一歩踏み出す。

 

その時、先に使用したM500とは異なる火薬の匂いを感じ取る。即座に警戒レベルを最大に引き上げた彼女は、戦闘態勢を取って振り返り。

 

 

 

────ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!

 

 

 

眼前に、目を覆わんばかりの砲撃が飛来してきた。

 

「!!」

 

即座に迎撃を捨て、回避行動。全速力で右後方へと退避。退避行動を開始して3秒後、砲撃が着弾し始める。無論退避を続けるマインの周辺にも着弾し、爆風、破片、石片、崩れ落ちる岩、爆ぜた土。それらがたった一人に向け、あらゆる方向で連続的に襲いかかる。

 

(滅茶苦茶に、撃ってくるわね…!!)

 

不意に砲撃が止み、砲撃によって生まれた土煙から脱出。

幸い、直撃弾は無し。五体満足で済んだ為にそのまま全速力で退避を続ける。しかし砲撃が止んでいたのは僅かな時間のみ。すぐに砲撃が再開された。

迫り来る砲弾と多数のミサイル。速度を落とさず、回避運動とパンプキンによる迎撃を行う。しかし如何せん数が多い。直撃しそうな攻撃のみを迎撃しているが、回避行動を主にしている。絶えず周囲に着弾する砲撃によって、マインの服や身体に傷と汚れが付着していく。

そして逃走方向に岩壁が立ち塞がり、袋の鼠と化す。が、マインは此処で速度を落とさず、全力で跳躍。十何メートルもの高さまで飛び上がり、岩壁を更に蹴り上げて壁を垂直に登る。そして登り切った所で身体を前転し、僅かに前進。岩の頂上へと着地する。

 

(…OK、撃ってこなくなった。射程外ね)

 

すぐさまアタッシュケースを開き、スカウター型スコープを取り出して装着。周囲を探る。

 

(…居た、けど…アレを仕留めるのは厳しいか。速い上に距離もあり過ぎる。羅刹四鬼のラス1を此処で仕留められない上に、増援を呼ばれるのは確実)

(で、あの無茶苦茶な砲撃を撃ち込んできた奴は…セリュー・ユビキタスか。他に敵は……居ない)

(さて、敵の戦力も把握した所で…どうしましょうかね。セオリー通りに考えるなら、増援が呼ばれる以上素直に逃げるのが正解なんだけど…)

(………借りを返せないまま二度も無様に逃げるのも癪ね。決めた、此処で殺る)

 

考えをまとめ、パンプキンの安全装置を解除。下方に見える敵に視線を向ける。

其処には、見たことも無いような重装備を身体に装着したイェーガーズ、セリュー・ユビキタスと魔獣変化 ヘカトンケイルがいた。

不意に、ヘカケントイルが巨大化。何を思ったのか、主人であるセリューの上半身に噛み付く。その光景に思わず驚くマインだが、それ以上の驚愕を数秒後に行うこととなる。

 

セリューの上半身に噛み付いたように見えたヘカケントイルだったが、すぐに吐き出し始めた。しかしそれはセリューの上半身だけに留まらず、超巨大な物体をも吐き出した。

 

「…何アレ、アレも武器の一つっていうの?」

 

その名を、「十王の裁き」の一つ、変成弾道弾。

Dr.スタイリッシュがセリュー専用武器として開発した兵器であり、一部にはオーバーテクノロジーをも混ざりこんでいる。変成弾道弾もその一つであるが、変成弾道弾に関しては本来の使用意図から考えて、間違っても一個人に向ける武器のそれではない。

しかしセリューはそんな事も構わず飛び上がり、マインに向けて発射。ロケットブースター4基による膨大な推進力で以って、その兵器はマインに向けて突進して行く。

 

「デカイ的でしかないわね」

 

マインはパンプキンによる迎撃を実行。彼女の精神エネルギーによって生まれたエネルギー弾は、変成弾道弾の中枢まで貫通、破壊するに至るには十分過ぎる威力を誇った。

結果、変成弾道弾は空中爆発。巨大な爆発によって双方の姿が搔き消える。

すると、マインの立つ岩壁にウインチが突き刺さり、爆煙を突き破ってセリューと、犬型になってセリューの左肩にしがみ付いているヘカケントイルが突撃してくる。

再度迎撃を開始。単発で発射されたエネルギー弾はセリューに向けて飛来して行くが、着弾前にヘカケントイルが突出。刹那で巨大化し、文字通りのセリュー(主人)を護る肉壁となり、パンプキンの弾丸を防いだ。

 

「チッ…」

 

迎撃の失敗を悟り、すぐに後退。距離を取った直後、ウインチで突撃していたセリューが飛び上がり、岩壁の頂点に着地。被弾のダメージで犬型に戻ったヘカケントイルもセリューより少し離れた場所に落ちる。

 

「直接断罪しにやってきたぞ、ナイトレイド!」

「久しぶりね、セリュー・ユビキタス」

 

壮絶な笑顔を浮かべるセリューに対し、マインには表情らしい表情は無い。

 

「お前も仲間のように捕食してやる。お前も所詮コロ(ヘカケントイル)のおやつにしかならない、あの眼鏡の女でもそうだった。お前もそうなれ」

「そうなる気は無いし…何でアンタが勝つ前提で話を進めてるのかしらね?気に食わないし、ムカつくし、何より「あんな奴と仲間だなんて思われてる」事に滅茶苦茶イラつくわね」

「…?」

「今から死ぬアンタには特別に教えてあげるけど、私は革命軍なんてのになった事なんて唯の一度も無いわよ?あんた達(帝国軍)あの連中(革命軍)に付いていく気は一片たりともありゃしないわ。私が付き従うのは、あの人だけ。「正義」やら「悪」やら、「権力」やら「プライド」やら、そんな下らない話を延々とやってる奴等なんて知ったこっちゃ無いっての」

 

面倒くさそうに吐き捨てるマインの表情は、徐々に鋭くなっていく。

 

「で、なんだけど。アンタは私を殺したがってるし、私もアンタに両腕折られた借りを返せてない。そんでもってアンタは絶対にあの人の邪魔になる」

 

 

「だからまぁ、簡潔に言って此処で死ね。私の全力でアンタを潰す」

 

 

そう言って、マインはパンプキンの銃口をセリューに向けた。



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弱者(暗殺者)から強者(傭兵)

彼女は金を愛し、義姉を誰よりも愛している。


「…ふん、話は終わりか?」

 

銃口を向けられているにも関わらず、セリューは余裕のある表情で返す。その背後に、自己修復を終えて再度巨大化したヘカケントイルが起き上がる。

 

「コロ、5番。そして腕!」

 

ヘカケントイルはセリューの右腕のアンカー部分を口に含み、腕がさらに巨大化。ヘカケントイルがセリューの右腕を解放した時、アンカーであったそれは閻魔槍(ドリル)へと換装されている。

 

「悪は愚かだな、コロ(ヘカケントイル)に修復の時間を与えるなんて…行くぞコロ!!」

「…フン」

 

その咆哮を合図とし、セリューとヘカケントイルはマインへ突撃を開始。同時にマインはパンプキンによる弾幕を展開。全弾をセリューの盾となっているヘカケントイルの胸部へ集中し、打撃。その火力にヘカケントイルの突撃は止まり、苦しい悲鳴を上げ、地面を抉りながら後退して行く。

そうなれば当然、修復能力など持たないセリューの突撃も止まり、射程的優位に立つマインの独壇場に入る。

 

「なんだ、この威力…!?」

「愚か、ね…これは「ハンデ」よ。コイツ(パンプキン)の本来の性能の6割も引き出せないとはいえ、本気のアタシの力を舐めんじゃないわよ」

 

その僅かな会話の間にも、パンプキンの弾幕はヘカケントイルの左胸部に収束。肉体を抉り、急速に蓄積されて行くダメージに左肘と左手が地面に突く。

 

「堪えろ、コロ!!こんな射撃、長い間出来る筈…っ!?」

 

その瞬間、セリューは一つの事実を思い出す。ヘカケントイルの力の源であり弱点でもある「核」の位置。

「左胸部の中心部」。つまりは人間に於ける心臓の部分だ。そして、マインは正確に左胸部を集中砲火している。

つまり、それは。

 

(まさか、バレている!?)

 

思わず、マインがいる前方を見やる。ヘカケントイルが体勢を崩しているせいで僅かに見えるその顔は、余裕の表情のソレ。焦りも何も無く、確かに確信を得ているソレであった。

セリューの顔に、焦燥が浮かんだその瞬間、遂にヘカケントイルの分厚い肉体に隠された核が体外への露出を開始。即座にマインは反応し、照準を核に向けた。

 

狂化(奥の手)ァ!!」

 

一切の躊躇無く放たれたセリューの叫び。ヘカケントイルの聴覚は正確に主人(セリュー)の叫びを認識し、実行する。

核より過剰なエネルギーが放出され、限界以上の全能力を解放。それまでのダメージが高速で修復され、過剰エネルギーによって一部皮膚が変形。より戦いに適し、より攻撃に適し、より防御に適し、より主人を守護する為に適した兵器と化す。

大きく見開かれた両目が、マインを捉えた。

 

(チッ…)

 

パンプキンによる弾幕射撃を中止。耳栓で両耳を塞ぎ、狂化直後に放たれるであろう咆哮に備える。

直後。

 

 

 

 

「ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

耳を耳栓で塞ぎ、更に両手で覆っても尚鼓膜を突き破れそうだと錯覚しそうな程の大咆哮。かつて、帝都で戦った際にはこの大咆哮をマトモに受けて隙が生まれ、結果的にマインは両腕を折られ、標的(シェーレ)が死亡する失態を犯した。

だが、二度目は最早通用しない。対策を充分に取ったマインに隙は生まれなかった。

 

大咆哮が止まぬ間に、大咆哮によって音を搔き消しながらセリューが再突撃。大咆哮を続けるヘカケントイルを踏み台とし、上から閻魔槍で串刺しにせんとする。が、直ぐにマインはパンプキンを構え、照準。引き金を引いた瞬間。

 

────(閻魔槍射出)!!」

 

セリューは閻魔槍に仕込まれた射出機能を起動。仕込まれた僅かな発射火薬を点火し、右腕から高速で射出された閻魔槍は、パンプキンによる弾を受けながらも真っ直ぐマインへと向かって行く。

 

「ッ!」

 

思わず驚愕の表情を浮かべたマインは、右にダイヴ。着地体勢を一切考慮せずに行ったお陰で、閻魔槍は地面に突き刺さる。が、これだけでは終わらない。

突き刺さった直後、射出機能発動と同時に安全装置が外れた信管が作動。発射火薬とは別に、内部に仕込まれた爆薬に点火。大爆発を起こした。その威力と爆風によってアタッシュケースとパンプキンを手放してしまったマインは大きく吹き飛び、崖下へと転落して行く。

 

「くぅっ…!」

(マズ、よりによって一番の火力(パンプキン)も吹き飛んだ…!けど取り敢えずは!!)

 

空中で体勢を立て直し、着地に備える。数秒後、尋常ではない両脚の負荷と共に接地。地面を削りながら急減速し、止まる。

その着地衝撃によって両脚が痺れ、僅かな間行動不能に陥った。

 

(ユキビタスの方が厄介ね…対策を取りやすいヘカケントイルと違って、新しい武装くっ付けられたら初見で避けなきゃならない。後幾つのビックリ兵器があるのやら)

(…両脚が着地の衝撃で痺れて動けない、その上パンプキンも後方5、60m先。今来られると…)

 

 

────ガシャン!

 

 

「まぁ来ない訳が無いわよね!」

 

マインが上を見上げると、右腕をアンカーへと換装し、腰に外した義手を付けて崖を勢い良く滑り降るセリューを捉える。

すぐさまマインは唯一手元に残っているS&W M500を構え、セリューは口内に仕込まれた銃器を展開。

発砲は、同時。

 

 

ズガガァン!!
ドドォン!!

 

 

異なる二種類の銃声。交差する四発の銃弾。

マインの銃弾はセリューの左腹部に着弾し、大量の血が吹き出る。そしてセリューの銃弾はマインの腹部に命中。服を貫通し、相応の衝撃がマインの身体を貫く。

 

「グッ…!!」

「まだ、だァ!!」

 

しかしそのダメージでは双方を倒すには至らず。セリューは滑り降りる前にアンカーを切り離し、代わりに義手を再接続。負傷に構わず、着地と同時にマインへと突撃。マインは突撃するセリューを見て再度の発砲は間に合わないと判断。S&W M500を後方に投げ捨て、その勢いで拳を握りしめ、振りかぶる。

 

「撲殺刑だっ!!」

「うっさい死ね!!」

 

ノーガードの殴り合い。先手は大きく振りかぶったマインの右拳がセリューの頭部に炸裂。しかし反撃に、鼻血を吐き出しながらもセリューのアッパーがマインの腹部に着弾。防御など一切考えない、無謀な殴り合い。全ての攻撃が命中するダメージレース。

 

「ッラァ!!」

「ガハッ!?」

 

競り勝ったのは、マイン。たった数秒ながらも、大きなダメージを双方に与えた攻防は、マインが放った右ストレートで終了した。セリューの胸部へと命中し、その威力によってセリューは大きく吹き飛ばされる。

 

(感触的に、確実に胸骨は逝った…今頃肺に胸骨は突き刺さって苦しんでる筈)

「ッ…」

(こっちも、内臓が少しやられた?けどこの程度なら問題無いか。とっととトドメ刺した方が速い)

 

袖で口から流れた血を拭い、太腿に仕込んだ小型ホルスターから、細長い筒を取り出す。横に取り付けられたレバーを抑えるピンを抜き、代わりに右手でレバーを抑える。吹き飛ばしたセリューを見やった。

 

「キュアアアアアアアアアア!!」

 

完全修復を終え、狂化されたヘカケントイルが崖から飛び降り、マインに向かって拳を振り下ろす。

直前で気付いたマインは痺れが取れきれてない両脚を無理やり動かして回避。そして筒をヘカケントイルの口に向けて全力投擲。見事にそれは口内に入り、喉の先へと入り込んで行った。

しかしたかが筒。そんな事も気にせずにヘカケントイルは行動を継続。左手を伸ばし、満足に動けぬマインを捕らえる。

 

「…」

「キュアアアアアア!!」

 

ヘカケントイルは勝利の咆哮を上げ、マインを握り潰そうと力を込めた瞬間。ヘカケントイルは体内から異常な熱を感じ取る。

いや、違う。「体内が焼かれている」。

 

「ギュ……ガ……ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!?」

 

ヘカケントイルは堪らずマインを手放し、胸部を掻きむしって苦しみ、もがき始める。その口からは白い煙が立ち上り始めた。

 

「コ…ロ…?」

 

肺と腹部を貫く苦しみに耐えながらも立ち上がり、その様子を見ていたセリューが、思わず名を呼んだ。しかしヘカケントイルはそれも構わずのたうち回り、遂には胸部に穴が空き、そこから炎が立ち上る。

 

「如何かしら、体内から身体が焼かれる痛みは?秘密兵器の「焼夷手榴弾」、存分に味わいなさい」

 

焼夷手榴弾とはマインが設計図を書き上げ、ジャッカルを経由してDr.スタイリッシュが開発した兵器である。通常対人用として扱う手榴弾(爆弾)とは異なり、これはあくまでも「対物用」。白リンと呼ばれる素材を燃焼する事によって生まれる膨大な熱量は、鉄でさえも溶かしきる威力となる。マインはこれを証拠隠滅用として一個だけ隠し持っていた。

しかし今、それは生物型帝具(ヘカケントイル)に牙を剥き、体内にて1000〜2000度もの大高熱で以て体内部を焼き、細胞を溶かし、全身に広がって行く。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアア、ア……ア………………」

 

そして遂に、その業火はヘカケントイルの核をも溶かし、二度と動かぬ骸へと変えた。

 

「……さ、ま、貴様ァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

その最期を見たセリューはその怒りに身を任せ、両腕の義手を外して体内に仕込まれていた銃器を展開。

刹那、マインの姿が消える。そして次の瞬間にはセリューの眼前に立ち、両腕から飛び出た銃器を掴んで上に振り上げ、握り潰す。そして膝蹴りをセリューの腹部に打ち込み、流れるように回し蹴りを背部に打ち込んで背骨を粉砕、身体を捻って地面に叩きつけた。

 

「あんたの負けよ、セリュー・ユキビタス」

 

それが、戦いの終わりだった。

 

「ゲホッ、ゲホ…ふ、はは、ハハハハハハッ!」

 

しかしセリューは絶望する訳でもなく、嗤った。

 

「「正義」に負けは無い!何がなんでも、「悪」は滅する!!」

 

「正義」の狂信者は、敗北を認めない。故に、彼女は禁断の一手を躊躇無く打った。

 

「五道転輪炉…!」

 

ガチリと、セリューの脳内から鈍い音が響いた。しかしその音は小さく、マインには届かない。疑問の表情で、しかし警戒の体勢でセリューを注視する。

 

「…?」

「…後30秒。ククク」

「…自爆」

 

セリューの意図を察して、マインの表情が歪む。それを見たセリューは、狂笑の表情を浮かべた。

 

「そうだ。これ(五道転輪炉)ドクター(スタイリッシュ)から授けて貰った対悪最終兵器。頭にコレがある限り、私に負けは無い!」

 

己の命と引き換えに、確実に目の前の(マイン)を滅する事が出来る確信があるが故に、セリューの自信は揺るがない。得意げに放たれたその言葉は、マインに絶望を与える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの頭の中にあるのね、わざわざ教えてくれてありがと」

「…え?」

 

事は無く、逆にマインの発言と行動によってセリューの表情が凍りつく。

セリューの言葉を聞いたマインは、逃げるどころか逆にセリューに近付き、蹴り上げてセリューを仰向けにしたかと思うと、そのまま馬乗りになって右腕の服の袖を捲り始めた。

 

「何を、何をしようとしてるんだ…?」

「爆弾の解体作業だけど?」

 

セリューの疑問に呆気なく答えたマインは、袖を捲り終えた右腕を振り上げ、手刀を作って狙いを定める。

狙うは、セリューの頭部。

 

「ヒッ…や、やめ」

 

振り下ろす。

絶妙な力加減で放たれたその一撃は、瞬時にセリューの頭蓋骨を粉砕。鈍い音と共に、マインの右手がセリューの脳を破壊しながら頭部内に入り込んだ。

 

「さて、何処にあるかしら?」

 

右手を動かす度に、セリューの身体はビクビクと陸に打ち上げられた魚の様に暴れ、口からは言葉にならない声が漏れ出る。

そしてお目当ての探し物(五道転輪炉)が見つかり、しっかりと右手に持って引き抜いた。その瞬間、一際大きくセリューの身体が震え、二度と動かなくなった。

脳梁と血に塗れた右手に握られた五道転輪炉の形は球状。中心に細長いディスプレイ画面があり、その画面にはカウントダウンが映し出されている。

残り時間、20秒。

 

「さて…」

 

此処からは全くの未知数、彼女の直感の赴くままに進められる。

まず、初手はディスプレイ画面の粉砕。左端だけを割ったディスプレイ画面を取り除き、内部の配線を露出させる。

配線の数は6本。内1本はディスプレイ画面に繋がっている。

此処でディスプレイ画面のカウントダウンを再確認。残り14秒。

 

「こういうのはね…一気にブチ抜けば良いのよ!!」

 

そして露出させた、ディスプレイ画面に繋がっていた配線を除いた5本の配線を鷲掴み、躊躇無しに思いっ切り引き抜いた。

ブチブチと引き抜いた後、直ぐにディスプレイ画面を三度見る。

カウントダウンは、映っていなかった。

そのまま数秒待ち、爆弾が起爆しない事で爆弾の解体成功を確信した。

 

「ふー…」

 

大きく息を吐き、緊張状態を解く。セリューの服を破って、汚れた右手を拭き取りつつ立ち上がり、武器とアタッシュケースの回収に歩き出した。

 

(やっぱり近接戦闘なんてするもんじゃないわね。私の腕前程度じゃ、ユキビタス程度でさえ無傷で立ち回れない。反省と改良の余地あり、か。にしても…)

「備えあれば憂いなし…ねぇ」

 

セリューの銃弾を受けた部分に手を触れ、感触を探る。すると、着弾した箇所には明らかに硬い感触が服を通して伝わってきた。服と素肌の間にあるソレは、衝撃こそ貫通したが、銃弾そのものはしっかりと受け止めていた。

 

「ホント、防弾繊維様々よ…滅茶苦茶痛かったけど、銃弾が入るよりは万倍もマシか」

 

こうしてマインとセリューのリベンジマッチは、マインの勝利で幕を閉じた。

 

「…そういえばタツミの死体と帝具、原型残ってるのかしら?こんな事したんだし、死体吹き飛んでて帝具だけが残ってれば嬉しいんだけど……」




故に己と姉の前に立ち塞がる者には、一片の慈悲も容赦も無い。

────────────────────────────
マインとセリューが戦った場所より、2km離れた地点。
其処に、羅刹四鬼最期の1人であるメグは居た。

「…………ぁ…………ぁ……」

瀕死の状態、だが。
身体は岩壁にめり込み、全身には激しい打撲痕が刻み込まれ、内臓の一部は破裂し、手足の骨は折れ、目は虚ろ。最早死の運命からは避けられないのは、誰の目から見ても明らかだ。
しかし、皇拳寺の修行によって鍛え上げられてしまった身体は、容易に死ぬ事を許されない。

「苦しいだろう?」

メグの虚ろな視界の中心には、1人の人間が立っている。しかしそれが誰であるのか、最早酸欠となった脳は数秒前の記憶でさえも認識出来ず、声色の特徴でさえも捉えられない。姿形も虚ろな視界では捉えることは出来ず、唯々惚けた表情と思考で見る事しか出来ない。

「痛いだろう、解放されたいだろう、死にたくないだろう、生きていたいだろう?それが、お前が残酷に殺してきた人達の苦しみだ。憎しみだ、呪いだ」
「お前がその自己満足の為に一体何人の人を殺してきたかどうかは、匂いで大体分かる。あの時から忘れられない、大っ嫌いなクソみてぇな匂い。彼奴程の匂いはお前からは匂わねぇが、それでもお前をそうさせる程には十分過ぎる」
「お前みたいなどうしようもねぇ、救いようがない連中が今を生きる人達を殺していく、未来を生きる為に頑張ってる人達から奪っていく。…なぁ、どうすればお前みたいなゴミ屑共に対して「気の毒」と思える?テメェが今までしてきたであろう事、テメェに殺された人達をの事を考えると、これくらいが妥当…いや、寧ろまだまだ足りねぇな。こんな程度じゃ」
「もし死後の世界があるってんなら、お前は確実に「弱者」に成り下がるだろうよ。其処でお前は…いや、お前みたいなゴミ屑共には殺されてきた人々の断罪が振り下ろされる。その苦しみで以て、漸く人々はゴミ屑共を赦す事を考え始めるだろうな」
「…フン、まだ生きてやがるのか。ホンット、手前らはゴキブリみてぇな生命力だよな。しぶとく生きようとして反吐が出る。めんどくせぇからトドメを刺してやるよ。続きは死後の世界で、存分に味わいな」

「それじゃあな、ゴミ屑。手前らに来世なんて甘っちょろいものがありませんように」


────ゴキリ。


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作戦会議

それは束の間の平穏。それを過ぎれば、誰が死んでもおかしくない。


「レオーネとスサノオが進めていたトンネル掘削だが、大聖堂手前までの開通が完了した。いよいよ、ボリック暗殺ミッションの決行だ」

 

あー…遂に其処まで来たのね。後で姉さんに報告して計画の最終確認しないと。

 

「内部協力者による情報によると、標的(ボリック)が大聖堂で夜通し祈りを続ける日があるという。それは明後日、密偵との報告とも一致している」

「その夜、決行するという訳だな」

「その通りだ、アカメ」

 

 

「だけどボス(夢想家)、地中からの侵攻はイェーガーズも読んでるんじゃない?…というより、それを想定した警備でも何らおかしくはないわよ」

「ああ、その通りだ。だから此処は二つのチームを編成する。一つは、トンネルを通って強襲する陽動班。メンバーは私、スサノオ、レオーネの3人」

「被弾覚悟、回復力や防御力が高いチームだな」

「イェーガーズが迎撃に来るだろう。が、相手にする必要は無い。とことん引っかき回し、生き残る」

「もう一つのチームは陽動班とのタイミングをずらし、本部から回してもらったエアマンタ(特級危険種)を使い、空から大聖堂に突入。立て直す隙を与えずにボリックを討つ。マインとアカメの2人だけだが、頼んだぞ」

「了解、ボリック暗殺のみに集中ね」

「ああ、相手の戦力は強大だ。だからこそ狙いを絞る。今討ち取る必要が無いならば、恐らく今の戦力でもエスデスと相対出来るだろう。彼奴の得意分野は攻撃だ、護衛となれば全力を出す事は出来まい」

「其処に付け入る隙があるかもね」

「…懸念事項を言うならば、ジャッカルだ」

「ジャッカル…あの傭兵も居るのか?」

 

この大食らい(アカメ)、名前聞いただけでムカつく顔するんじゃないわよ。ホントぶっ殺したい…けど、姉さんの頼みもあるからなぁ…

 

「密偵の情報によると、僅かながらに存在が確認された。奴も立ちはだかるなら、エスデス以上に警戒した方が良いかもしれない。奴の戦闘能力は未知数、真正面から戦ったケースはアカメの一件以外に無いからな」

「…何が立ち塞がろうが、ボリックは必ず葬る」

 

…雰囲気的にもお開きね。

さぁて、ナイトレイドの戦力は4人。対してイェーガーズの戦力も4人。そして私と姉さん。

…私も賞金首なんだし、計画次第で上手く立ち回らなきゃね。

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドの作戦会議より翌日。

 

 

「こうしてお前と話す機会が出来るとはな、ジャッカル」

「私も同意見ね。で、態々そんな無駄話をする為に貴女の借り部屋に私を招待した訳じゃないでしょう?」

 

大聖堂から少し離れた、安寧堂教者達の住まう住宅施設の一室。其処に、エスデスとジャッカルは居た。

エスデスは窓際の椅子に腰掛け、ジャッカルは部屋のドア近くの壁に背中を預け、エスデスと相対する形で立っている。

 

「勿論。…お前は、ナイトレイドがいつ動くと考えている?」

「明日ね。教主補佐様が月一やってる祈りの日、其処を襲撃しなくていつ動けばいいって話よ」

「だろうな。私達は奴の警備だが、お前はどう動くつもりだ?」

「大聖堂の入り口で待機しとくわよ。態々標的が来てくれるんだし、何より手間が省ける。で、貴女に渡しておく書類があるんだけど」

 

そう言ってジャッカルは、丸めて纏めた二枚の書類を取り出し、エスデスの横のテーブルの上に投げ渡した。エスデスはその書類を手に取り、読み始める。

 

「…ほう?」

 

エスデスの表情が動き、興味深く見つめる視線を一瞬ジャッカルに向ける。その書類には、要約すればこう書いてあった。

 

一枚目:大臣命令による、ナイトレイドメンバー:マインの指名手配解除

二枚目:明日実行される、ナイトレイド撃滅の計画

 

「この資料を見れば、どうやらナイトレイドのマインはお前の仲間らしいな」

「その認識で構わないわ。前々からスパイとして潜らせていたけど明日無くなる上、指名手配解除の手違いで貴女達(イェーガーズ)に無用な敵対関係を作る必要もない」

「…この計画書、お前とマインの二人掛かりで完封するような内容だが?」

「彼女からの情報を統合すれば、現状のナイトレイドなら私とマインで壊滅出来る。順調に進めば貴女達イェーガーズは、警備をしてるだけで任務完了よ」

「…」

 

会話を続けながら書類を読み終えたエスデスは、再度視線をジャッカルに向ける。

 

「何か?」

「…いや、其処まで言うならばやってみると良いさ。其処で奴等が倒れるならば、所詮其処までの奴等だったというだけだ」

「そうね。それじゃあ、話す事も無くなった事だし、こっちはこっちで明日の準備をしておくわ」

 

話を切り終え、ジャッカルはドアから退室する。エスデスは、ジャッカルが去っていった部屋のドアを見ながら、思考を回していた。

 

(…何か隠しているな。奴の仲間がスパイとして潜っていたならば、情報は筒抜け。戦力を削り、壊滅させるチャンスは前に幾らでもあっただろう。態々私達と歩調を合わせる必要など無い筈だ。だが何を隠している?隠す理由は何だ?)

(…まぁ良い。奴は仲間ではないが、まだ敵でもない)




「…まぁ、こんな感じね」
「…姉さん、私達が活躍し過ぎると都合悪かったんじゃないの?これじゃ私達が主役なんだけど」
「あの後考えてみたんだけど、イェーガーズとゴタついても結局は問題ないって判断したわ。イェーガーズが敵になるんなら、その時は殺すだけだし」
「まー…確かにそうね。お金にならない仕事はあんまり好きじゃないけど」
「そうなったらお気に入りのパフェでも奢るわよ」

────────────────────────────

ナイトレイド残存戦力:4人
ナジェンダ、スサノオ、レオーネ、アカメ
所有帝具:電光石火 スサノオ、百獣王化 ライオネル、一斬必殺 村雨

イェーガーズ残存戦力:4人
エスデス、クロメ、ラバック、ラン
所有帝具:魔神顕現 デモンズエキス、死者行軍 八房、修羅化身 グランシャリオ、万里飛翔 マスティマ

第三勢力残存戦力:2人
ジャッカル、マイン
所有帝具:千変万化 クローステール、浪漫砲台 パンプキン

笆遺毎笆遺毎:?蜷
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接敵と裏切り

遂にこの時は来た。


ボリック暗殺決行日、深夜1時。

大聖堂手前まで開通したトンネルを通り、ナイトレイド陽動班のレオーネ、ナジェンダ、スサノオの3人は闇夜の中、大聖堂へと進んでいた。大聖堂外周の警備兵達は、レオーネが百獣王化 ライオネルの瞬発力を活かして無力化。安全を確保した上で大聖堂屋上へと上がり、中庭に侵入。当然、中庭には其れ相応の数の警備兵がいる為に見つかる。が、陽動班の目的は正にそれだ。

陽動班は警備兵の大群を物ともせず、容易く蹴散らして行く。

本命は後に到着する強襲班、アカメとマイン。空からの奇襲を成功させ、標的(ボリック)の首を取る為にも、陽動班によってイェーガーズの注意を引き付けなければならない。

 

しかし、この作戦は決行前より瓦解していた。

 

「エスデス将軍、大変です!賊が、賊が数名突然中庭に現れました!」

「やはり来たか、ナイトレイド。…情報通りだな。クロメ、ラバックはボリックを徹底マークしろ。決して離れるな」

「「了解」」

 

一つは、イェーガーズに全作戦工程が漏洩していたという事。

 

一つは、ナイトレイドに裏切り者(潜入者)が居た事。

 

「…これだけ騒ぎを起こそうが、中から出てこないか…」

「逃げた可能性は?」

 

そしてもう一つは。

 

 

「それは無いわね。態々貴女達だけの為に逃げる必要は無いんだから」

『!』

 

 

帝国に名を轟かせる、彼の傭兵が居た事だ。

 

 

 

 

 

 

 

大聖堂中庭にて、睨み合う4人。

3人の視線に貫かれながらも、ジャッカルは全くの自然体でナイトレイドと真正面に相対していた。

 

「お前は…」

「貴女達と顔を合わせるのは初めてね。まぁ分かってるだろうけど、私がジャッカルよ」

「…」

 

ジリ、とスサノオは誰よりも早く構える。いつかの時、彼女と相対した時の記憶が蘇る。あの時、確かに己の意思で行動したとはいえ、何か、ソレとは違う意思が働いたのも事実。それ故にスサノオから見た彼女は得体の知れぬ人物であった。

…いや、正確に言えば今相対している全員が同じ思いであった。

 

「…そこ、退いてくれないか?そうしてくれた方が私らは非常に楽なんだけど」

「お断りよ。第一、私の受け持った依頼はナイトレイド撃滅。私が見逃す理由は皆無よ」

 

ジャッカルの周囲にクローステールが展開。それによって月夜に照らされた糸群が、ジャッカルの周囲をふわりと浮遊する。

 

「クローステール…お前がラバックを殺したのか」

「ええ、そうね。使いやすかったから有り難く頂戴したわ。例えばこんな風にね」

 

瞬間。ジャッカルは両腕を大きく振るい、更に両手指の操作によって浮遊していたクローステールがレオーネ、ナジェンダ、スサノオに向けて高速で殺到。それと同時にナイトレイドは散開。それぞれ僅かに進行方向をズラし、クローステールを避けながらジャッカルに向けて突撃する。

が、ジャッカルは素早くそれに対応。一部のクローステールを槍状に纏め、射出。超高速で放たれたソレは、回避しようとしたスサノオの腹部に命中。更に其処から一部が分離。地面に縫い付いてスサノオを行動不能に陥れる。

その僅かな時間で、レオーネはジャッカルに接近を完了。百獣王化 ライオネルの恩恵を存分に利用し、獣の瞬発力で以って右方からジャッカルへ回し蹴りを放つ。更にレオーネの攻撃より僅かに早く、ナジェンダは右腕の義手に搭載された射出機能を起動。ワイヤーの音を軋ませながら高速でジャッカルへと飛来する。敢えてジャッカルの視界内で攻撃する事により、レオーネの強力な一撃を命中させる確率を上げたのだ。

 

「ふふ」

 

しかし、それさえも彼女には通用しない。

レオーネの回し蹴りはジャッカルの左手によって受け止められるどころか、左手一本でレオーネの身体を振り回し、飛来していたナジェンダの右手を弾き、地面に叩きつける。そして流れる様に右手にリドリーを持ち、連射。至近距離から発砲された50口径弾5発は正確にレオーネの胴体に全弾命中。両肺と胃を貫通するその射撃に加え、クローステールの追撃によってスサノオ同様に身体を地面に縫い付けた。その縫い付け方は、胴体を中心に数十箇所をクローステールが身体を貫通させているという、極めて激痛を伴うやり方。それ故にレオーネは余りの激痛に言葉も発する事も出来ず、固定された身体が激痛を逃れる為に暴れ、その為に更なる激痛が襲うという無慈悲な悪循環を味わっている。

 

「…これで二人は獲った。たった十秒程度でこの体たらくってどういう事かしら?元ナジェンダ将軍」

「ぬ、うぅ!!」

 

ブチブチと、スサノオは無理矢理クローステールを引き千切り、地面の固定を解除する。そして刺さっていた残りのクローステールを引き抜き、再度ナジェンダの盾になるような位置で相対する。

 

「…ふむ。腐っても生物型帝具、唯固定するだけじゃ脱出は容易ね」

「黙れ。今の一攻防でお前の危険性は把握した。お前は、此処で倒れなければならない」

「それは私じゃなく、貴方達ナイトレイドよ。第一…………」

 

不意に、ジャッカルの言葉が途切れる。その不自然さに警戒しつつも観察すると、気付く。外套に身を包んでいた故に気付くのが遅れたが、彼女の視線はナジェンダとスサノオを注視していたのでは無い。「二人の上方」を注視していた。

 

「…大分無茶な登場の仕方するわねぇ。構わないけど」

 

その言葉と同時に、ナジェンダとスサノオの周囲を影が覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡って、1時間前。

キュロクより約1km離れた荒野にて、アカメとマインは作戦開始時間を待っていた。二人の足となるエアマンタは地表に着地して待機しており、アカメとマインはそれぞれ手頃な岩に腰を下ろしていた。

特にこれといった会話は無く、アカメは鞘から抜いた一斬必殺 村雨の状態を、マインは浪漫砲台 パンプキンの最終確認をしていた。

そんな少し奇妙な雰囲気の中、時間を確認したアカメは村雨を鞘に格納し、立ち上がる。

 

「…そろそろ時間だ。私達も行こう」

「ええ」

 

一言ずつの会話。しかしそれで十分であり、アカメがマインより早くエアマンタに向けて足を進めていた。

マインは気付かれぬように途中で立ち止まり、静かにパンプキンの照準をアカメに合わせる。

そして、引き金を引いた。

 

「────ッ!!」

 

その瞬間、僅かに漏れ出てしまった殺気をアカメは察知。素早い右へのステップでマインの一撃を避けた。

が、それを見たマインは即座に連射。アカメは全速力でそのまま弾幕を掻い潜りながら、己の身体を隠し切れる岩の陰へと隠れた。

 

「…チッ、しくった」

「…どういうつもりだ、マイン」

「どうもこうも、「こういう事」よ。アカメ」

「………何故、裏切った?何がお前をそうさせたんだ?」

「……ふ、フフ」

 

 

 

「フフフ、アハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 

アカメから放たれた言葉を聞いたマインは耐え切れずに微笑う、笑う、嗤う。

そして彼女は満面の笑みを浮かべながら、今まで自身の心の底に溜め込んでいた言葉の数々を吐き出し始めた。

 

「なぁに自分に都合の良い解釈をしてるんでしょうねぇ貴女は!!私が裏切った!?そんな訳ないでしょう!?そもそも私が、好きであんたらみたいな有象無象に付き従ってる事自体が凄く、ものすっっっっっっごく疲れる重労働だったわ!!そもそも誰が嬉しくて二流共に合わせて暮らさなきゃいけないのよ!?あの人の頼みじゃなかったらアンタらごとすぐにブチ殺してたわよ!!アンタらにはホンットに私をイライラさせる才能があるわね!!」

「ああ、嗚呼、でも今日は今までのクソッタレな日々の中では最良の日だわ!!漸く(暗殺者)(傭兵)で居られる!!こんな開放感は生まれて初めての感覚よ!!その点だけは貴女達には感謝出来るわね!!他はどうしようも無いくらいにムカつく事だらけな奴等だったけど!!それに…それに………!?」

 

その時、マインの様子が更に豹変し始める。パンプキンを取り落とし、身体が震え始め、瞳孔が大きく見開き、己の身体を抱きしめる。

 

「アハ、アハハハ!!あぁ思い出した!!貴女そういえば姉さんに刃を向けたわね!?貴女如きが、クソのようなお前が、姉さんを殺そうとした!?」

「許せない、許せない、絶対許せる訳無い!!あの日、唯々腐りに腐って裏路地に惨めに死ぬ筈だった私を姉さんは手を差し伸べて救ってくれた!!何の価値も無い、ゴミ同然だった私に価値を見出してくれた!!私の汚れきった姿を「綺麗だ」と言ってくれた!!屑同然だった私に「愛情」を「力」を、「家族」を教えてくれた!!何もなかった私に、「素敵な世界」を見出してくれた!!そんな姉さんを、殺そうとしたァ!?」

 

 

「ふざけるな、ふざけるなふざけるなフザケルナ巫山戯るな巫山戯るなぁ!!」

 

 

「姉さんの敵は私の怨敵!!姉さんを殺そうとした奴は全員ブチ殺す、この世の生き地獄を味あわせてやる!!」

 

最早マインは、おおよそ正気ではない。身体は震え、両目は充血し、口からは涎を垂らし、ギンギンに見開いた目が岩陰から覗いていたアカメの顔を捉える。

 

「アンタは絶対に逃がさない、此処で姉さんを殺そうとした大罪を清算しろォ!!!!」

 

その瞬間、マインはパンプキンを蹴り上げてグリップを掴み、照準を碌に合わせず引き金を引く。しかし所有者(マイン)の感情によって増幅された精神エネルギーによって、それは今までとは大きく異なる攻撃形態を見せる。まるで剣を思わせる形状の銃身から、太く巨大なレーザーが展開。それは膨大なエネルギーをもって、あらゆる存在を融解させる致命の砲撃。

それが終わらぬ間に、マインは縦に振るう。結果としてその砲撃はまるで鞭のようにアカメが隠れる岩へと向かって行く。勿論アカメは横に再度飛んで回避。その数瞬後、アカメが隠れていた岩は砲撃に呑まれ、その存在を消失させた。

 

「葬る!!」

 

アカメは、村雨を抜いてマインへと斬りかかる。彼女(マイン)は最早敵、仲間ではない。ならば障害は切り払わねばならない。

 

「アハ、ハハハハハ!!アンタが私を殺す!?私がアンタをブチ殺してやるわ!!」

 

マインは、パンプキンを再度アカメへと照準する。彼女(アカメ)は絶対に許されない怨敵だ。ならば絶対に此処で殺さねばならない。

 

 

帝国を裏切った暗殺者、革命軍を裏切った暗殺者(傭兵)

裏切り者同士の戦いが始まった。




後は、本当の自分自身を曝け出すだけ。


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茶番の終わり

遂に、この時は来た。


「逃げるなぁ!!」

「…!」

 

パンプキンより放たれる死の鞭。大振りで向かって来るそれを、アカメの機動力であれば回避は容易い。しかしその破壊力は凄まじく、砲撃が飛んでいく度にマイン周囲の地面や岩壁が抉れて行く。その破壊力と射程は極めて脅威であり、アカメの接近を許さない。

今現在は遠中距離から、パンプキンによる一撃必殺の大火力砲撃を連発するマインが優勢だが、アカメの武器(帝具)である一斬必殺 村雨の射程内へと接近されれば、形勢は一気にアカメへと傾くだろう。

何故か。それは村雨の持つ能力「呪毒」にある。程度の大きさに関わらず、村雨による一太刀によって肉体が傷付けられたのならば、即座に呪毒が体内に侵入、侵食。数秒もすれば呪毒は心臓部に辿り着き、直ちに心肺停止に陥れる。その致死確率は100%。所有者のアカメさえも例外では無い、「対生物」としての能力は48個存在する帝具の中でも最強である。

 

故に、アカメは如何にマインに近付いて必殺の一撃を当てるか。マインは如何にアカメに必殺の一撃を受ける前に仕留められるか。

この戦いの最も大きな要素は、その一点である。

が。もう一つ極めて大きな要素が、この戦いには存在する。普段は起こり得ない、イレギュラー。

 

 

────シュウウウウウ。

 

 

それは、パンプキンの銃身過熱。

 

(…やはり、あの砲撃には限界があるな)

 

パンプキンの砲撃は、確かに大火力であり脅威である。しかしそれはパンプキンにそれ相応の負荷が掛かるのは当然の事であり、連発などしようものならばその負荷は凄まじい事となる。

結果、パンプキンの銃身に膨大な熱量が発生。それは煙をも立ち上らせ、負荷限界が近づいている事をアカメとマインに示していた。

 

「………チッ」

 

またしても砲撃を躱されたマインは、煙を立ち上らせるパンプキンの銃身を見て攻撃を中止。即座にアカメは攻撃に転ずる。

最高速に乗り、駆ける。何処でもいい、一太刀を入れることが出来れば裏切り者(マイン)は生き絶える。己を待つ仲間達が手遅れになる前に。

 

「…葬る!!」

 

移動速度と射程内に合わせ、村雨を振るった。マインは銃身過熱のパンプキンを捨て、右手を左腕の袖の中に入れてすぐに抜き取り。

 

 

 

────ガキィィン!!

 

 

 

村雨の一太刀を、防いだ。

 

「私が、近接戦闘に疎いと思ったら大間違いよ」

「…仕込みナイフか」(それも、かなりの強度…)

 

マインの右手に握られていたのは、刃渡り6cm程度の小型ナイフ。村雨の強度とアカメの実力ならば、容易く折れてしまいそうな心細さのソレは、見事に村雨の一太刀を防ぎ、刀身に罅一つも入らずに拮抗している。

 

「パンプキンは使えなくなったけど、アンタを仕留めるには十分よ」

「…お前の言う姉とは、ジャッカルの事か?」

「私が勝手にそう呼んでいるだけ。夢想家(ナジェンダ)にくっ付いて来る前に、私は姉さんに拾われたのよ。私の全てを、姉さんから学んだ」

 

マインは拮抗を解き、下がる。そして左手も右袖の中に仕込んである小型ナイフを取り出し、両ナイフを逆手に持ち替える。

 

「アンタも、似たようなもんでしょ?ゴミ溜めみたいなクソの場所から引き上げてくれた恩人に付いて行くだけよ。私は姉さん(ジャッカル)、アンタは夢想家(ナジェンダ)。たったそれだけの違い」

「…ジャッカルの元から、離れる気は無いか」

「無いわね。私は「赤の他人」を無償で助ける気にはならないし、姉さん以外の人間が何人死のうが知ったこっちゃないわ」

 

ゆらりとマインが右足を踏み出し、アカメも村雨を構えた瞬間。

 

 

────ドゥッ!!

 

 

マインの左足が設置していた地面が爆ぜると同時に、瞬間的に最高速に到達。それはアカメが予測していた速度を大きく超過し、接近する。

 

「なっ…!?」

 

アカメは即座に防御を選択。振るわれた右手のナイフの一閃を弾く、が。マインはその勢いと速力を転換。目に捉えられない速さで身体を1回転しつつ、アカメを中心点に円を描くように動いて後方に回り込み、更に突きの一閃。移動速度を上乗せさせた攻撃は、アカメが反応しきる前に左肩に命中し、骨と筋肉を貫いた。

ナイフを抜けば、ブシュウと勢い良く血が流出し、アカメは苦痛の声を漏らした。

 

(…速い…!今まで戦ってきた、誰よりも…)

 

アカメが冷や汗を流す中、マインは血に塗れた右手のナイフの刀身を一度舌で舐めとった。

 

「貴女に選択肢をあげる。一つ、大人しく降伏して私の拷問を受ける。一つ、抵抗して私に無様な姿を晒し、私のオモチャになる。時間が無いからさっさと決めて」

 

状況は劣勢。エアマンタは先程の砲撃によって上空に退避しており、降りてくるまでもう少しの時間が掛かるだろう。

アカメが取った選択は、抗戦。エアマンタ抜きでは作戦は全て破綻し、即ちそれは革命の失敗を、仲間達の死を意味する。彼女は現段階で仲間達を見捨てられる程に非情では無かった。

 

「…あ、そう。なら死ね」

「────ッ!!」

 

一瞬で懐に潜り込まれる。やはりアカメの予測を上回る速度であり、その瞬間を捉えられない。紙一重で下がり、躱す。しかしマインはその勢いのまま斬撃の乱舞を繰り出す。小型ナイフという軽量武器故に高速かつ数多く放たれる攻撃に、アカメは防戦一方。なんとか反撃に転じようとするが、辛うじて放つその攻撃は余裕を持って回避されるどころか、カウンターを受けて傷を増やすばかりだ。

更にペースを上げる猛攻。アカメは堪らず下がり、再び距離を取る。

 

「ふー…まともな一撃入れさせてくれないわねぇ」

 

大きく息を吐き、呼吸を整える。幾ら優勢であろうとも、一太刀入れられれば自身の死は免れられない。故に太刀筋には最大限の警戒が払われ、相応の集中力を必要とする。

アカメも一撃必殺とはいえ、その猛攻によって攻め手が欠けている。時間を掛けて集中力を削り、隙を作ることが出来れば仕留める事は出来るだろうか、しかしそんな時間は無い。

 

時間は、確実にマインの味方であった。

マインは構えつつも、動かない。時間を掛ける必要は無い、のんびりと時間を掛けて仕留めれば良い。対してアカメは動けない。攻め手が無く、尚且つ時間も無い。表情こそ冷静だが、しかし焦っている。

その時。上空に退避していたエアマンタが、危険(砲撃)が無くなったと判断し、先程まで居た待機地点に再び着陸した。その場所は、二人から見て三角線状の地点。

 

刹那、アカメは再び走り出した。しかしそれはマインではなく、エアマンタに向かって。

 

(マズッ…!!)

 

反応が遅れたマインも直ぐに追うが、遅れた分の距離がある。

アカメの狙いは逃走。此処でマインを仕留める為に掛ける時間は無く、逃げるチャンスがあるならば逃げるに越した事は無いのだ。

 

「行けっ!!」

 

村雨を鞘に仕舞って飛び乗ったアカメの声に応え、エアマンタはふわりと浮き始めた。アカメが振り返れば、パンプキンを拾わず、小型ナイフをしまって走ってくるマインが見える。

 

そしてその勢いのままにジャンプした瞬間、エアマンタは垂直方向に飛び始めた。

 

「ぐうっ…!」

 

アカメはエアマンタにしがみ付き、垂直に押しかかる重力加速度を耐える。そして垂直上昇が終わった瞬間、アカメの視界にピンクの物体が高速で垂直に飛び上がっていくのを視認した。

 

「!?」

 

見上げればエアマンタの尻尾の先端から手を離し、此方に向かって飛んでくるマインの姿。その速度から立ち上がるのは間に合わない、右横に転がって回避。マインも体勢が整わず、背中からエアマンタに叩き付けられる。その瞬間、エアマンタはキュロクに向けて高速で飛行を始めた。

 

「ぐっ…!」

(今!)

 

落ちた衝撃に一瞬呼吸を詰まらせるマイン。アカメは瞬時に膝立ちになり、村雨を抜刀。胸部に向けて、その刃を振り下ろす。その凶刃に対し、マインは左手に再び小型ナイフを抜き持ち、刃の腹で受ける。

 

再び甲高い音と主に、一瞬の拮抗。しかし此処でマインは左手で村雨の峰を掴み、確実にアカメの力を受け止める。刃はギリギリマインの右肩を掠める危機一髪。

 

「ッ…!!」

「こ、の…!!」

 

アカメはエアマンタの飛行による風によって、マインは体勢の悪さによって、双方が全力を発揮出来ず。更にマインが村雨の峰を掴んでいる為、動こうにも動けない。その間にも、エアマンタはキュロクの大聖堂に向かっている。

 

此処でマインは思い切って、村雨の峰を掴んでいる右手を全力でアカメに向けて突き出す。そうなれば必然的に村雨はアカメの胸部を強打し、アカメの力と体勢が一瞬抜ける。その隙にエアマンタと村雨の間をすり抜け、膝立ちと同時に左手にも小型ナイフを抜き取り、突きを繰り出す。しかしアカメも直ぐに立ち直り、その突きを防御した。

 

此処で、二人に想定外の事態が発生する。

 

 

────ギュオオオオオオ!!

 

 

 

「「!?」」

 

エアマンタが突如断末魔を響かせ、急降下を始めた。

実は先程の拮抗の際、二人は気付いていなかったのだが、村雨の刃が僅かにエアマンタの肉体を傷付けていた。その深さは僅かに数ミリセンチメートル。しかしそれでも村雨の呪毒をエアマンタに流し込むのには十分であってしまった。結果、僅かに入り込んだ呪毒が遅れながらもエアマンタを侵食していき、多大な時間差でエアマンタの心臓に到達。エアマンタを死亡させ、急降下に至らせた。

 

そのスピードに攻撃どころでは無く、、二人共しがみ付くので精一杯。強風が吹き荒れる中、マインは何とかエアマンタの墜落先を推測する。

 

(…このままだと、大聖堂の中庭に墜ちるわね…!都合良いっちゃ良いけど、この勢いは都合悪い…!)

 

元の高速度と急落下のスピードが合わさり、後十数秒後には墜落するのは確実だ。このままの勢いでは、確実に無傷には済まない。故に二人がとった行動は、最善では無いが最適解でもあると言えるだろう。

 

 

────ズダァン!!

 

 

墜落の2秒前。二人は殆ど同時に墜落していくエアマンタから全力で跳躍。少しでもその勢いを緩和する事を図る。しかしそれでも、その勢いは決して緩やかではない。

二人の視界内には、自分達より速い速度で墜ちていくエアマンタと、それを避けようと走る「仲間達」が見えた。

 

2秒後、大聖堂中庭に大きな墜落音が響いた。

 

 

 

 

 

 

「────イン、マイン」

「っ………姉、さん。ごめんなさい、こんな形で来る予定じゃなかったんだけど」

「でしょうね。私もあんな方法では来るとは思わなかったわよ」

 

墜落の衝撃で気を失っていたのだろうか。若干の記憶が飛んでいるのを感じつつ、マインはジャッカルに助け起こされる。

 

「で、どうだった?」

「アカメは仕留め損ねたけど、それなりに傷付けてる。武器はナイフ二つとM500。パンプキンは追い掛ける時に置いてきちゃった」

「十分よ」

「残りは?」

「ナジェンダ、スサノオ、アカメの3人。レオーネはエアマンタの墜落に巻き込まれたから…まぁ良くて肉片ね」

 

墜落の衝撃で立ち上っている土煙が少しずつ晴れてくる。まだ敵は見えない。

 

「…姉さん。彼奴ら大聖堂の中に逃げ込んでるんじゃない?目的は私達じゃない、あくまでボリックを殺せば良いんだから」

「中庭から外に出れる所はさっきクローステールで封鎖したから、それは無いわね。私を殺しでもしなきゃ、此処から出れやしないわ」

 

刹那。土煙を突き破って頭部に黒角を生やし、胸部の核を黒く染めたスサノオが突撃。超高速で「飛来」し、ジャッカルに向けて飛び蹴りを放つが、寸前で身体を逸らし回避。

 

「禍魂顕現…!」

「スサノオの奥の手か…マイン、アカメとナジェンダは任せたわよ」

「分かった」

 

マインはジャッカルの指示を果たす為、スサノオが突撃してきた方向へと向かい、土煙の中に姿を隠した。ジャッカルはクローステールを操る鉤爪を外し、スサノオと相対する。

 

「さて、貴方は此処で破壊させて貰うわよ」

「…貴様は此処で殺す。ナジェンダと仲間達の為にも、千年前より承ってきた使命の為にも。『貴様達』のような存在を、消す為にもな」

「…へぇ」

 

スサノオは右手に大剣 天叢雲剣を顕現し、構える。対してジャッカルは自然体だが、纏う気配は闘志。

 

「その口振りからするに…既に千年前からその概念は存在してた訳ね」

 

その瞬間、スサノオが攻撃。核からエネルギーを抽出し八尺瓊勾玉を発動。高速移動によって瞬時にジャッカルへ接近し。

 

 

 

それ以上の速度で横に回し込んだジャッカルによって殴り飛ばされる。

 

 

 

(っ!?)

 

スサノオが体勢を整える前に、更なる追撃。またしても刹那の間でスサノオの至近距離に現れたジャッカルの回し蹴りを頭にマトモに受け、天叢雲剣が手元から離れ、身体は壁に激突する。

 

「とはいえ所詮はその程度、か…『私達』を相手取るには全く力が足りない。その程度で『私達』を殺せると思う事自体が間違いよ」

 

コツリと、甲高い金属音と重たい銃声の中に混じってジャッカルの足音が響く。その声色は怒りを堪え、震えている。

 

「『私達』に対抗する為に造られた48の帝具。其れ等が所詮こんな物…やはり技術は邪魔以外の何物でも無いわね」

 

身体が埋め込まれた壁を無理矢理破壊し、そして再び八尺瓊勾玉を発動。過剰なエネルギーを供給し、限界以上の速さを引き出す。その速さは遂にジャッカルの反撃を許さず、ジャッカルの胸部にその拳を到達させた。

 

響く轟音。

時が止まったかのように、ジャッカルも、スサノオも動かない。

 

 

しかし刹那、目にも映らぬ速さで放たれたジャッカルの右拳がスサノオの核に命中。

 

 

何か硬いものがヒビ割れる音と共に、再びスサノオは吹き飛ばされ、大聖堂西棟の壁を突き破り、姿を消した。

ジャッカルの足元には、粉々に砕けたスサノオの核の破片。

 

弱点()を露出させた開発者を呪いなさい」

 

呆気ない決着。呆気ない最期。

ジャッカルはそんな事は全く気にせず、マインの戦闘の援護に向かう為に振り返る。

 

 

 

────ズガァン!!

 

 

 

響く銃声。

振り返れば、マインの握るリボルバー拳銃(S&W M500)から放たれた銃弾によって倒れるアカメの姿を捉えた。

 

「見事ね」

「あ、姉さんも終わった?」

「ええ。…一応聞くけど、殺した?」

「生きてるわよ、一応だけど。二人共このままほっといたら死ぬけど、まぁどっちでも良いでしょ」

 

マインにとって、その末路には大した興味は無い。興味があるのは、報酬の数だけだ。

 

「はーぁ………これでこのクソみたいな依頼も終わりね」

 

漸くキツく縛られた生活から脱する事が出来る事実に、マインは溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────何だかクソみてぇな匂いがすると思って来てみたら」

 

二人の耳に届いた、聞き慣れない(聞き慣れた)声。

 

「驚いた、今までで一番匂いやがる。まるであの時嗅いだ匂いみてぇだよ」

 

いつの間にか其処にいた。大聖堂南棟の屋上に立っている、一人の人間。その姿と声色は女性だが、口調は男勝り。

 

「……で、だ。まぁ状況は見ての通りだろうがよ」

 

その女性は、ジャッカルを見やる。その目は侮蔑、そして疑問。

 

「テメェは誰だ?テメェから漂うその匂い、少なくともそんじょそこらの連中から出せる濃さじゃねぇ。一体何をやらかしてきた?」

 

マインも突然現れた女性に警戒を強めつつ、ジャッカルに視線を向け、驚いた。

ジャッカルが自らの姿を隠す外套に手を掛け、何の躊躇も無く脱ぎ取った。

 

「姉さんっ!?」

 

思わず声を荒げたが、もう遅い。

帝国に名を馳せてから、義妹(マイン)を除いた誰もが見た事の無い正体が、月夜に照らされて白日の下に晒される。

 

 

「これで、分かるでしょう?」

「……………あぁ、成る程な。そりゃあそんな匂いがする訳だ、そりゃあこんなにムカつく訳だ…!!」

 

ニコリとジャッカルは女性に笑みを向けて両腕を広げ、女性はジャッカルの姿に表情を歪ませる。

ジャッカルは慈愛を。女性は憤怒を。

相反する感情が、堪らなく溢れ出す。

 

 

「久しぶりね、メーヴ!!」

「久しぶりだなぁ、シルヴィ!!」




貴女をずっと、ずっと待ち続けていた。
貴女を待ち焦がれていた。
貴女を、愛している。
貴女が来てくれた事が、私は堪らなく嬉しい。
だって、漸く私が待ち望んでいた時が来たのだから。
さぁ、私に貴女の全てをぶつけて。私に、貴女の成長を見せて。
私を、██████。


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