グラブル短編 (夜未)
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ヴィーラに愛されてガチャが引けない

 

 

 一つの騎空挺の甲板の上で、一人の青年が手すりに身体を預けながら大きな溜息をつき、底の見えない()を見下ろしていた。

 

「はぁ……」

 

 再度、大きな息が吐き出される。

 その主、グランサイファーを拠点とする騎空団の団長であるグランの瞳は何故か淀んでいた。

 どうやら、絶不調とでもいうような体調なのだろう。

 心なしか普段はその小さくも仲間たちにとっては頼もしい背中が煤けて見える。

 

 「おいおい、どしたってんだよグラン……」

 

 そのような姿の相棒である彼を心配したのだろう。一匹の小さな爬虫類、いや、小さなドラゴンのビィが呆れるように顔をしかめて、彼に尋ねた。

 グランにとっても親友、或は己の半身のように思っているその小さな相棒へと顔を向けた。

 

「9本……」

 

 幽鬼のような顔で、彼はそう呟いた。

 

「んん? なんだよそりゃあ?」

 

 全く訳がわからなかったビィは頭の上に疑問符を浮かべている。

 実際、彼もこれで全てが伝わるとは思っていない……というか、ちょっとした高次元の話なのだから伝わろうはずもない。

 それでも彼はそこに少しばかりの補則を入れた。

 

「ここ1年で手に入れたあるSSR武器の数だよ、ビィ」

 

 SSR武器。

 それは騎空団の誰もが焦がれ、喉から手が出るほど欲しているものの一つである。

 読みはダブルスーパーレア、或はスペシャルスーパーレア等々あるが、ここでは関係のない話なので捨て置くとしよう。

 

 さて、そうした補則を入れたことで、ビィもグランの話す次元を理解していった。

 その上で、ビィはまたわけがわからなくなってしまった。

 

「いったいそれがどうしたってんだよ? オイラ達が強くなってんだぜ? 溜息つくようなことなのかぁ?」

 

「強くなる……か」

 

 その言葉を受けて、グランの目の焦点が徐々に遠くなっていく。

 

「おい……グラン? おーい、大丈夫か?」

 

「そうだな。俺たちの騎空団は確かに強くなったよ。光属性、火属性、土属性に至っては理想的とすら言える布陣を整えることが出来るようになった」

 

「ん? まぁ、そうだな……」

 

 ビィはグランのその言葉に少し違和感を覚えたが、なんとなく突っ込み辛さを感じてやめた。

 

「風属性や水属性は少し隙があるかもしれないが、まぁ、それでも指名権を使ってこれから無くしていけばいい」

 

 指名権とは、本来誰が仲間になるか神の意思によって決まるところをこちらの望んだ仲間が来てくれるようになる権利である。

 当然、相応の費用はかかる。

 

「おいおい、ならどうしたってんだ?」

 

 ここにきて本格的にグランの言わんとすることがわからなくなってきたビィは少し震えた声で尋ねた。

 段々と目から光がなくなっていく彼が怖かったからだ。

 

「あぁ。別に俺たちの財産はそれほど豊富ってわけじゃない。だからここ一年で放出した魔法のカードだって大した量じゃないだろう」

 

 しかし、全く会話が噛み合っていなかった。

 また、どこまでも続く空へと顔を向けてグランは話続ける。

 会話のピッチングマシンである。

 放った言葉に何を返されても反応を返さないグランに、ビィは仕方なく彼の言いたいことを言わせておくことにした。

 

「召喚石が噛み合わないことは覚悟していた。揃っている布陣に大して全く関係のない石が来るなんて知ってたんだ。だからこれはそんなに問題視してない。だいたい、島を回っていればある程度のやつは捕まえることが出来るしな」

 

 ここで特大の溜め息をつき、グランはポツリと呟いた。

 

「問題は……闇だ」

 

 そう言われて、ビィは闇属性の仲間たちの何がいけないのか少し考えてみたが、なにも思い付かない。

 先ほどグランが語っていた理想的とすら言える布陣だったと記憶していたし、なにより、練度や組み合わせに至ってはこの団で一番の戦力になっているだろう。

 

「ビィ、俺が駆け出しの頃、指名権を使って一番初めに来てくれたのは誰だった?」

 

 突然の顔をこちらに向けての質問にビィは少しを驚きながら記憶を探った。

 

「えーと、確か、カリオストロ……だったか? 」

 

 その答えに満足そうにグランは頷いた。

 自らTSおっさんを、それも初心者の段階で選ぶとは、彼の業の深さが伺えたが本人的には満足していた。

 

「あぁ。そうだ。カリオストロが来てくれた、まぁ、俺が誘ったんだが……。更にその後、ほぼ間を置くことなくその時にやっていた強い仲間を引き寄せてくれる期間にユエルと出会って、そして……」

 

 そこでグランの言葉は止まった。

 ビィは恐らく、この団での最古参の話をしているのだろうと思い、今もカタリナの傍で微笑んでいるだろう彼女の名前を口にする。

 

「ヴィーラが来たんだよな! いやー、初めて会ったときはオイラ、あの濃さにびっくりしちまったぜ!」

 

「……二本だ」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもないよビィ。そうだな、そうだったよな……」

 

 かなりなんでもありそうな雰囲気だったが、彼は相棒のいっそ痛々しさすら感じるその様子を見て、追求をやめた。

 怖かったのだ。

 

「それからまた幾つか時が過ぎて、たまにSSR武器確定の時にはまた石を砕いて、段々仲間が集まっていったよな」

 

 一気に時間を飛ばして話すグラン。

 彼には小さな相棒と会話しているようで、その実していなかった。

 なんとも哀れな状態である。

 

「そして、それまでも、何度かおかしいな、とは思ってたんだ。けど、それが決定的におかしいと確信したのは、黒騎士の時だ」

 

 黒騎士。

 それはグランが騎空団としてそれなりに慣れてきた頃に仲間になってくれることが出来るようになった人である。

 ちなみに、今や完全なネタキャラとして板についたオイゲンを父に持つという、悲しい過去がある。

 

「あの時、確かに黒騎士は来てくれた……。それも剣を二本も持って」

 

 グランが彼女を仲間にした時、彼女はブルトガングを二本もって現れた。

 正直複雑な気持ちだったが、それと同時に更に複雑にさせる要因があったので、まだ耐えることが出来た。

 

「ヴィーラ、黒騎士、と揃ったとき、俺は神のご意志を感じたよ。もはや俺が指名権を使ってヴァンピィを誘うことは必然的だった……」

 

 そのすぐ後に仲間が誘いやすくなる祭り……いわゆるフェスでアゾット剣が出た時は思わず吠えかけたが、それと同時に出てきた武器でいよいよ吠えることすら出来なくなった。

 

「いいんだ……別に。武器が被るなんてよくあることさ。二本目や三本目が出たとしても大丈夫。重ね合わせて力を高めることが出来るし、後々を思えばそうやって精練していったほうがいいから、むしろ被ることも悪いことばかりじゃない……限度さえ越えなければ」

 

 グランの声は、一度そこで止まった。

 それまで空を見ていたグランの顔は俯いている。

 微かに震えてすらいる彼が心配になり、ビィは近寄って声をかけた。

 実は今まで少し怖かったので離れていたのだ。

 

「な、なぁ、おい。大丈夫かよ?」

 

 優しく声をかけてくれた小さな相棒のその言葉を契機に、グランは雄叫びを上げた。

 

「9本!!!」

 

「!?」

 

 突然の本数の発生にビィは口を開けたまま止まった。

 

「ラストシンが9本!! 祭りの時は必ずおまけとばかりについてきて、ピックアップや属性別もなんのその、期待した虹色の輝きはだいたいラストシン! 3個目あたりで虹色だったら召喚石か……と落胆していたあの時に戻りたいよ! 仲間が増えるわけでも召喚石で底上げになるわけでもないただの武器が9本!! 引いたSSRの数に見合ってない仲間の数に違和感を覚えだしたのはいつからだ!? 俺はいったいいつからヴィーラピックアップを引いてるんだ? もう勘弁してくれ! 最終上限解放が来たとしても飽和してるぞ!」

 

 それまで溜め込んでいたものが彼の口から一気に漏れていく。

 

「黒騎士が剣を二本もって出てきた?

 可愛いもんさ、その時、虹の輝きは三つあった。勿論それはラストシンだった!

 ヴァンピィちゃんが指名された次の瞬間にはまたアゾット剣を拾ってきた?

 その時アゾット剣共に出てきたラストシンに俺はそんな些細なことどうでもよくなった!」

 

「足りない風属性を強化しようと属性ピックアップを引けば何故かラストシン!

 流石にそんなことないだろうと武器ピックアップで剣の時に引けば当たり前のようにラストシン!おまけでシンもついてきた!」

 

「呪われてるのか俺は!? 積もり積もってラストシンが9本だ! もう指名権以外なにも信じられなくなってきてる! 最近ではフェスがきてもラストシンが怖くてなかなか手が出せなくなってきてるんだぞ!」

 

「それなのに神々が選んだランキングのトップはヴィーラ!

 頭おかしいんじゃねぇの!?

 何がいいんだよヴィーラの!」

 

「いっそ育てきってないからこんなことになってるのかと考えて、苦労して集めた紙を使って初の上限レベルはカリオストロにしようと思っていたところを諦めてヴィーラにしたよ!

 勿論その次のフェスで出てきたのはラストシンだった!

 他の騎空団の団長にも半ばネタにされてるんだぞ俺は!

 何が悲しくてヴィーラがうちの団で最強になってるんだ!?

 あぁ、俺が悪かったね畜生!」

 

 言いたいことを言い切ったからか、グランはぐったりとしながら最後に一つ呟いた。

 

「うちにカタリナさんは最初期のカタリナさんしかいないよ……」

 

 そんなグランにビィはなんと声をかければいいのかわからなかった。

 まさか、こんなに追い詰められていたとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「ま、まぁ、いいじゃねぇかグラン。なんだかんだでヴィーラは強いしよ……」

 

「ヴィーラ本人の問題じゃない、ヴィーラの武器が問題なんだ……。ラストシンなんて大して役に立たない(グラン君の偏見です)モノが大量にあっても困るんだよ」

 

 また特大の溜め息をついて空を見上げながら黄昏始めたグランに、ビィはやれやれと首をふって船内に戻ろうとドアを開けた。

 

 ヴィーラがいた。

 

「あら、見つかってしまいましたね」

 

「おわぁっ…むぐっ!……むーっ!」

 

 先ほどの話の中核の突然の登場に思わず悲鳴を上げかけたビィの口がヴィーラによって塞がれる。

 

「静かにしてくださいな。バレてしまうでしょう?」

 

 そう言うヴィーラの視線はこちらに背を向けて黄昏ているグランの姿がある。

 

「こう見えて、私、団長さんのこと嫌ってはいないんです。いえ、むしろ好きなのかもしれません。勿論、お姉様への愛と比べれば業火と火花ほどの差ですが」

 

「それでも、団長さんが他の方とお話する姿を見るとシュヴァリエが邪魔をしろと無言で囁いてくるんです。あ、勿論、私の隣にお姉様がいらっしゃればそのような些事に露程も価値を見出だせませんが……」

 

「私が一人の時にそういった姿を見て気分を害してしまうのは、団長としては如何なものでしょうか?

 当然、よくありませんよね。

 ですから、そう、これは私のためと同時に、団長さんのためでもあるんです。

 いつか、熱い衝動で団長さんを斬り殺してしまわないためにも」

 

「仲間は必要最低限で良いでしょう?」

 

 ビィは恐怖した。

 グランへと感じた恐怖とは比べ物にもなりはしない。

 口を抑えつけたままこちらに笑顔を向けてくる彼女から感じるのは得体の知れないものへの怖さだ。

 いったいいつからグランとの話を聞いていたのか、また、どうやって新たなる仲間の出現を防いでいるのか。

 わからないし、わかりたくもなかった。

 とりあえずこれ以上笑顔を向けられるのが怖いので必死に頷く。

 

「物分かりのいい爬虫類は嫌いではないですわ」

 

 そう言って解放されたビィは、もはやテンプレな台詞を言うことすら出来ずにすごすごと体を丸めて船の中に戻っていく。

 無性にルリアと話して癒されたかった。

 最後に振り返ると、黄昏ながら空を見上げるグランの口が動いたのが見えた。

 

 新しい仲間が欲しいな……

 

 哀愁漂うその後ろでは、何処から用意したのか、椅子に座り優雅に紅茶を飲みながらそんなグランを眺めているヴィーラがいる。

 その口元はニヤニヤと笑みを浮かべ、恍惚な表情をしていた。

 不意にポンとビィの羽に誰かが優しく触れる。

 前を向けばラカムが優しく笑っていた。

 そして、首をふってビィの背に手をやり船の中へと誘導していく。

 

「強く生きろよ。グラン」

 

 ラカムの諦めの混じったその言葉が、妙に耳に残った。




 ヴィーラに投票した人は手を上げて~
 勘弁してください(´;ω;`)

 作者の一番好きなキャラはミムルメモルちゃんです。


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