月の死後にゲーム好きの高校生がデスノートを拾ったら (マタタビ)
しおりを挟む

出会い

初投稿なので至らない点があるかもしれません。原作が好きで勢いで書いちゃいました(^^)一応頭脳戦のつもりです


  これはあの世界を巻き込んだキラ事件から五年後の話。1人の少年の元に再び死神が舞い降りた。

 

  「なんだこれ?」

 

  朝陽 煜(ひかる)は学校からの帰りに道に落ちた黒いノートを手に取った。

 

「Death note、直訳して死のノートか、、、かっけえええ!!え!?ナニコレ!超ヤバイんだけど!」

 

  それは真っ黒なノートで表紙にはただDeath noteとだけ書かれていた。周りを見渡してから誰も見ていないのを確認すると、煜はそれをこっそりカバンの中に入れた。煜はウッキウキで家に帰った。

  家に着くと一目散に部屋にこもった。煜の部屋は二階にあるため急な階段を登らねばならない。ゲーム機や漫画で散らかった狭い部屋に入るとノートをかばんから出した。1ページ目を開くと使い方まで丁寧に書いてある。これ作ったやつすごいなと思いながら英語の説明を苦労しながら読んでいく。

  このノートに名前を書かれたものは死ぬ、なんて身もふたもない内容だ。さすがに少し興醒めしたが、試さずにはいられなかった。だが死んでほしい人間もいないし全く関係のない人を殺すなんてことは煜にはとても出来ない。そこで煜はインターネットで死刑になるような罪を犯した指名手配犯を検索し、名前を書くことにした。これならもし本当に死んでしまっても良心は痛まないし何より何人も人を殺した犯罪者なんて死んだほうがマシだと思った。

  煜は名前を書いた後、すぐには死んだか確認出来ないことに気付き、その日はノートにそれ以上触れることなくいつも通り過ごした。

  次の日いつも通り遅刻ギリギリで学校に行き、いつも通りの1日を過ごし、いつも通り家に帰って来た。

  ノートのことなど半分忘れていたが、ふとリビングでテレビをつけると、昨日煜が名前を書いた指名手配犯が死体で発見されたという報道がなされていた。

  煜は唖然とした。こんなことが本当に起こるなんて思っていなかったのだ。煜はテレビを消すのも忘れて部屋ふらふらと部屋に戻り、床に放っておいたノートを震える手で拾い上げた。そこには確かに煜の字であの犯罪者の名前が書いてあった。本当に人を殺してしまったのか?寒気が止まらない。煜はもう一度ノートの説明を読んでいくうちに五年前のキラ事件を思い出していた。

 

  「キラの裁きってこれでやってたんじゃ...」

 

  「その通りだ」

 

  「へぶっ、う、うわぁ!」

 

  声のした方を向くとパンクファッションをした背が高い化け物が立っていた。おまけに肌は真っ白で口は耳元まで裂けていたのだ。

 

  「そんなに驚くなよ。俺はそのノートの落とし主、死神のリュークだ」

  その化け物はいたって普通に声をかけてきた。

 

  「死神?じゃあ返すから命だけはっ」

 

  声が裏返った。

 

  「いやいや、ノートを拾った時点でそいつはお前のもんだ。どう使うかは好きにしな。」

 

  煜は臆病な性格だった。そのせいで小学校時代は酷いいじめを受けたこともあった。そんな彼が目の前の出来事をそう簡単に受け入れられるはずもなかった。

 

  「おいお前〜大丈夫か?って気絶してるじゃねーか。やれやれ、こいつ、ちゃんと俺を楽しませてくれんのか〜」

 

  煜は泡を吹いて倒れていた。煜にとってはそれほどの衝撃だった。

  すでに西の空に傾き始めた太陽を見ながらリュークはいささかの不安を感じていた。

 

 

 

  「ふぅ」

  煜はペンを離し身体を椅子の背もたれに預けた。目の前のノートには人名が一面に書かれていた。すべて犯罪者の名前だった。 もちろんあの日からしばらくは人を殺してしまったという罪悪感に悩まされた。

  だからこの行為はその罪悪感から逃れるための逃げ道を見つけただけだったのかもしれない。

 

  「しかしおどろいたなー、俺を見て気絶しちまうほど気の小さいお前が月と同じことをするとはなぁ」

 

  なぜか嬉しそうな声でそう言うとリュークはりんごをかじった。

 

  「そのライトって人はキラのことなの?」

 

  「ああそうだデスノートを使って世界を変えようとしたんだ、面白かったぜ〜最後はあっけなかったがな。あんな奴にノートを拾われた俺は運が良かった」

 

  「やっぱりすごい人だったんだね、そしてその人のおかげで僕は救われたんだ」

 

  当時煜をいじめていたクラスメートはキラに粛清されるのを恐れ、いじめをやめたのだった。

 

  「僕はキラの意志を継ぐんだそして犯罪のない世界を作る」

 

  「ククッ、これは面白くなりそうだ。ただ最初に言っておくが、デスノートを使った人間は幸せになれないらしいぜ」

 

  「それでもいいんだ僕の幸せを犠牲にしてでも世界が平和になるなら」

 

  煜は強い決意をもってそう言った。

 

 

 

  再び現れたキラによる粛清が始まって一週間、ついに世界はキラの復活を認めた。事態を重く見た各国の代表は今やLに代わって世界一の探偵として認められているニアにこの事件の解決を依頼し、そのための資金や調査員、捜査の拠点を提供すると約束すると同時に、世界にこのことを発表した。

  そしてここはアメリカにある対キラ組織SPKの本部である。

 

  「今回の殺人も前回同様ノートによるものとみて間違いないでしょう。問題は未だに新たなキラ、仮にNキラとでも言いましょうNキラがどこにいて何をしているのか全く手がかりがないことです。キラは日本人でしたがNキラも日本人だとは限りませんし、第一裁かれている犯罪者の七割がアメリカ人です。」

 

  ニアはそう言い終えると手元のパズルをいじり始めた。だからと言ってNキラがアメリカ人だとも限らない、ほとんど手がかりがのない中で捜査は早くも行き詰まっていた。

 

  「ひとついいですかニア」

 

  捜査員の1人のアンディが声をあげる。

 

  「もし私がNキラなら裁く犯罪者をわざわざ自分のいる国の人間に集中させません、当然その国のものだと疑われるからです。つまりNキラはアメリカ人の可能性は低い、そう言えるのではないでしょうか」

 

  「確かにその通りです。しかし、それだけではアメリカ人ではない、とは断定できません。そんなことはみんなわかっていることでしょう」

 

  捜査員全員に疲労の色が浮かんでいた。一向に進まない捜査状況にみんなイラつきはじめていた。そもそも何を調べればキラに行き着くのかさえわからない、つまり何をしていいかわからないのだ。

  それでも殺人は行われるのだから全力で阻止しなければいけない。そんなジレンマの中での捜査だった。

 

  「皆さん今日はもう家に帰ってもらって結構です。身体を休めて下さい」

 

  副指揮官を務めるジェバンニがこの状況を察知し、指示を出した。

 

  「いいですね?ニア」

 

  ジェバンニは有無を言わせぬ調子だった。

 

  「はい、どうせこのまま会議を続けていても意味はありません」

 

  ニアはうつむいたまま返事をした。

 

 

 

  その2日後、今日は世界的な人気を誇るゲーム、ポンスターハンターの最新作が発売される日だ。今月は月初めにボケットモンスターも発売されており煜にとっては忙しい月だった。

  少し前に世界一の探偵、ニアがキラ事件の捜査に全力を挙げるとテレビで言っていたが、そんなことはどうでもいい。バレるはずがないのだから。

  この日をどれだけ待ち望んだことか。このために煜は朝の四時から店の前に並んで買ってきたのだ。今日は学校もサボって一日中ゲームをしてやると前から決めていた。

 

  「でもよぉ煜なんで2つも買う必要あったんだ?ゲーム機本体も、お前、持ってるだろ?」

 

  リュークが不思議そうに聞いてくる。

 

  「決まってるだろ。リュークに僕の狩りを手伝ってもらうためさ」

 

  「えーやだよめんどくさい」

 

  「面白いよ?やらないとか人生の半分損してるよ?」

 

  「俺死神だから人生じゃねーし。まあ少しくらいならやってやるか」

 

  その一時間後、リュークは煜とともに人間界の大人気ゲームにどハマりした。

 

 

 

  翌日、 対キラ組織SPK本部

 

  おかしい、昨日を境にNキラの裁きがピッタリと止んだ。どういうことだ?今まで毎日のように犯罪者を裁いていたのに。

 

  ニアはひとり捜査本部に設けられた自室で頭を抱えていた。

 

  前にも一度だけ裁きが止まった日があった、一体何をしたいのか全く読めない。裁かない期間を設けることに意味があるのか?

  いや待て、裁かないんじゃなくて裁けないとしたら?むしろそう考えるほうが自然ではないだろうか?じゃあどういう理由で裁けなくなったんだ?ノートをなくした?

  いや、ありえない唯一殺人の証拠となるノートをなくすはずがない、ではなぜ?やはり意味がわからない。ニアは困り果てた。捜査を進める方法すら思いつかない。

 

「困っているようですね」

 

  そんな声が聞こえた気がしてニアは部屋の反対側を見た、そこには見覚えのある黒いノートが落ちていた。

 

  (!?あれはデスノート!なぜこんなところに?)

 

  ニアは床に落ちたそれを手に取り、再び前を向いた。そこにはニアが予感した通り死神が立っていた。しかし、その死神になぜか懐かしさのようなものを感じていた。

 

  「...L、ですね?」

 

  人間とは似ても似つかぬ姿となっていたが卓越した能力を持つ人間の独特の雰囲気、いわばオーラのようなものがその死神からは発せられていた。

 

  「はい、月君に負けたままでは癪だったので死神大王にお願いして死神になり、月君の最後を見届けたのです」

 

  淡々とした調子でそう応える、Lだけに。

 

  「しかしなぜ今更私の前にあらわれたのですか?」

 

  「今起こっているキラ事件を解決するためです」

 

  「それで私にノートを…でも今のあなたなら死神の目でノートの所有者を見つけることは容易いはず」

 

  「いや、いくら死神と言えど70億人全員を確認していくのは骨が折れるなんてものではないです。それにそんなやり方で解決させたくないです」

 

  負けず嫌いな Lらしい理由だった。

 

  「確かに。ですが残念ながら捜査はほとんど進んでおらずNキラのおおよその居場所さえ掴めていません」

 

  「そうでしょうか?」

 

  「えっ?」

 

  「ニアは今、Nキラの裁きが昨日から止まっていることで悩んでいたのでしょう。しかし、この前にも1日だけ裁きが止まっている日があります」

 

  「その通りですが、それだけでは居場所の特定など」

 

 ニアは反論しようとしたが、Lはそれを遮るように話し出した。

 

  「そうですか?実は大きな見落としをしているんじゃないですか?

  最初に裁きが止まった日は世界中で発売されているゲーム、ボケットモンスターの日本での発売日。そして今回裁きが止まった日は世界的な人気を誇るポンスターハンター最新作の日本での発売日です。

 つまりNキラは日本人または日本在住のゲーム好き、という仮説を立てることができる」

 

  「でもそんなことで裁きを止めるでしょうか?」

 

  「今回のキラは日によってかなり殺害する人数が違います。つまり計画的と言うよりは、行き当たりバッタリに裁きを行っている。ゲームに夢中になり裁きを忘れるということは十分に考えられます。まぁこれはあくまで仮説なのでそれを確定させることが必要です」

 

  今まで考えもしなかったことだった。さすがLだ、自分が気づかなかったことに軽々と気づく。やはりLを超えることなどできないのだろうか?

 

  「ニア?どうしました?」

 

  「いえ素晴らしい推理です。流石はLといったところですね。早く捜査員にこのことを伝えましょう」

 

  「ええ、それから私のことは誰にも言わないほうがいい。混乱を招く恐れがあります。あとなんか甘いものありますか?死神界のものはどれも苦くて口に合わないんですよ」

 

  「そこの冷蔵庫にショートケーキがあります。どうぞ」

 

  ニアは小さな敗北感に支配されつつも、捜査を進める上でこれ以上ない助っ人を手に入れ、少し複雑な心境になっていた。

  これで捜査は進むだろう、しかし、自分は何もしていない。これではLを超えるという目標を達成することなど到底出来ない。次の策はLより先に考えるんだ。どうやってNキラを絞り込むか、Lは前のキラ事件で夜神月の負けず嫌いな性格を利用しテレビを使っての絞り込みに成功した。

  相手の情報を最大限に活かすのだ。Nキラはキラを崇拝していながら裁きを下す数やその有無は日によってまちまち、行き当たりばったり、死亡時刻をあやつれるにも関わらず自分が書きたいときに名前を書いているあたりこちらの捜査には恐らく無関心、ゲームが大好き、これらのことから何か有効な一手を打てないものか。行き当たりばったり、ゲーム好き、こちらの捜査には無関心ーこれだ。

 

  「L、面白い作戦を思いつきました」

 

  「何ですか?」

 

  「ゲーム会社に協力してもらい、人気ゲームの次回作を日本の地域ごとに時期をずらして数量限定で先行販売しましょう。ゲーム好きなNキラなら食い付く可能性はある。これで裁きがもう一度止まればNキラはその地域の人間、いや、そのゲームを買った人間である可能性が極めて高くなります」

 

  「確かに、それなら容疑者をそのゲームを買ったものに限定出来る。裁きが止まった時点で販売をやめ、購入者一人一人の行動を追えばNキラにたどり着く。よく思いつきましたね」

 

  「Lの使った方法を応用しただけですよ。やはり私はまだLには遠く及ばないようです」

 

  それより、とニアは切り出す

 

  「早くこの作戦を実行に移しましょう時間をかけるほど犠牲者が増えます」

 

  その後すぐにその作戦が伝えられた。捜査員たちはニアの大胆な作戦と推理に驚きつつも、やはりこの状況を打開することが出来るのは世界一の名探偵しかいないと確信した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捕捉

 

  「よっしゃああ!!裏ボス撃破ぁ!」

 

  ゲーム機を片手に煜とリュークがハイタッチする。

 

  「やったな煜これで最強装備が作れる。それにしてもお前勉強や運動はダメなのにゲームとなるとホントつえーな今回もお前のプレー冴えてたぜ」

 

  「いやいやリュークのサポートがあったから倒せたんだよ一人じゃ無理だった」

 

  「やめろよ照れるじゃねーか」

 

 普通の人はキラがこんなことをしているとは思わないだろう。はっきり言って煜は余裕を感じていた。夜神月のように相手の挑発に乗り、倒そうとしない限りデスノートでの殺人がバレるはずがないからだ。少なくとも自分が犯人を見つける側だったらどうすればいいか見当もつかない。

  それでも気になる点はいくらかあった。一つはキラに対する世間の態度が前のキラ事件とは明らかに違うのだ。以前は表立っては言わなくてもインターネットを見ればキラの支持者が大半を占めていたが、今はキラは悪だとする者とキラ支持者が半々という状態だ。

  これは何とかしなくてはと思った。たとえ捕まることがなくとも全世界の人々に認めてもらってこそ平和な世界を築くことが出来るのだ。もっと多くの悪人を裁くか?いや、それでは根本的な解決にはならないし、犯罪者は遅かれ早かれ皆殺しにするつもりだ。リュークに相談することも考えたがリュークは人間がデスノートを使っているのを見て面白がっているからそもそも平和な世界などには興味がない。相談してもめんどくさがられるだけだろう。

  そんなときふと付けっ放しのテレビの内容が目に入った。下校中の小学生児童にナイフで斬りかかり死傷させた疑いで捕まっていた容疑者が心神喪失状態ということで不起訴となり釈放されたところだ。その容疑者は暗い笑みを浮かべて建物から出てきた。世論は当然この男を死刑にすべきだと主張したが、すでに決定してしまってはここから変えることは難しい。

 

 許せない。煜は強い怒りを感じた。こういう奴がいるからデスノートは、キラは必要なんだ。今すぐにでもお前を裁いてやる。煜は名前を書き、テレビを見つめた。

  38、39、40秒画面の中の男が苦しみだし、ほどなくして息絶えた。場は騒然となっていた。さっきまで静かに現場を伝えていたアナウンサーが興奮気味にキラの仕業ではないかとまくし立てている。これでいい悪は滅ぶべきなんだ。

  次の日、いつものようにインターネットでキラについて調べると今までと少し様子が変わっていた。キラの支持者が明らかに増えている。

 

  「本当にありがとうございますキラ」「ああいう奴がいる限りやっぱキラの裁きって必要だよな」「マジで犯罪者はキラに全滅させてもらえ」

 

 こういった意見がインターネットに見受けられ始めていた。あの事件は世間の注目度が高く、犯人に非難が殺到していたからだろう。煜はこれだと思った。まずは世間から強く非難されている者から消していき少しずつ認めていってもらうのだ。煜は神などになりたい訳ではなかった、ただ世界を平和にしたかった。それをする方法がデスノートであるというだけなのだ。

 

  「煜〜最近はやたら熱心にノートを書いてるな」

 

  「うん、人々の理解を得つつ僕が日本にいることをバレないように殺すには結構頭を使わないといけないからね」

 

  「大変そうだな。でもボケモンもポンハンも全クリしてやることねーし最近暇だなー」

 

  「そのことなんだけどリューク」

 

  「ん、なんだ?」

 

  「このチラシ見てよ」

 

 煜は朝、たまたま新聞に挟まっているのを見つけてきた広告をリュークに見せた。

 

  「おっこれ面白そうじゃん」

 

  「でしょ!しかも三日後に関東限定で50000本だけ先行販売されるんだ」

 

  「マジかよ!?てことは手に入れるのは厳しくないか?」

 

  「そんなことないだろう?リュークが買ってきてくれればいい、お金は渡すから」

 

  「めんどくせーなーでも確実に手に入れるにはそれが一番いいか」

 

  「見つからないように気をつけてね」

 

  「ああ、任せろ!!」

 

 このときリュークはすでにゲームにどハマりしており一人、いや一匹のゲーマーになりつつあった。

 

  (あのゲームソフト本当は予約して買わないとダメなんだけどお金はちゃんと払うし、こうでもしないと手に入らないだろうからな。)

 煜は少し嫌な感じを受けつつも自分を納得させた。

 

 

 

 SPK本部ニアの部屋

 

  「今日ですねパズカミの関東での発売日」

 

  「ええ、もしNキラが関東にいれば今日結果が出るということです」

 

  「私もやることにしました」

 

  「え?」

 

  「このゲームはオンラインで他プレイヤーとチャットしながら協力プレイができるんですもしかしたらNキラと話せるかもしれません」

 

  「というのが建前でやってみたかっただけでしょう」

 

  「あ、バレてました?」

 

  「そんなことをしてもあまり意味があるとは思えませんからね」

 

  「ニアもやりますか?」

 

  「しません。大体今そんなことしたら、連日進まない捜査でイラついているSPKのメンバーに殺されます」

 

  「物騒ですね、わかりました一人でやります」

 

 そういうとLはハードに電源を入れ始めた。

 

  (Lは一体何を考えているんだ?最初に来たときはキラ事件を解決するといっていたのに私の捜査に口出しもせずただ見ているだけだ。

 確かにこの作戦が終わるまで何もすることはないといえばないが)

 

  2時間後 SPK捜査本部

 

  「今日はまだNキラの裁きはありませんねニア」

 

  「はい、しかしまだ裁きが行われる可能性はあります。引き続き犯罪者の不審死がないか注意しましょう。ところでパズカミの売れ行きはどうだったんですか?」

 

  「完売ですよ、すごい人気だ。購入者の情報を得られるよう完全予約制にしたにも関わらず当日はどの店でも人が凄いことになってました」

 

  「そうですか。では監視カメラの映像から怪しい人物を見つけるのは難しそうですね」

 

  「いえ、店内は厳しく入場規制した上に入店者には整列してもらい予約を確認してから商品を渡させましたので、店内の監視カメラからなら可能だと思います」

 

  「ジェバンニ...」

 

  「何ですか?」

 

  「グッジョブ」

 

  「はい」

 

  その後二日間Nキラの裁きは止まった。

 

  「これは..」

 

  「決まりですね、自分で言っておいてなんですがこんなに上手くいくとは思いませんでした。とりあえず購入者の情報と全ての店の監視カメラの映像を確認しましょう。それから他にも何か気づいたことや気になったことはどんなに小さくてもいいので私に報告して下さい」

 

  「わかりました!」

 

 そう返事をする捜査員達からは息を吹き返したかのようにすばやく動き始めていた。ニアはようやく本格的に捜査が進んだように感じていた。だがこれからどうやって五万人の中からNキラを探し出すか、それがまた大きな問題となって自分の前に横たわっているのも事実だ。これからどうするか、そんなニアの思考を遮って一人の捜査員が声を上げた。

 

  「ニア、2人だけ予約していたにも関わらずゲームソフトを手に入れられなかった者がいます。」

 

  「手に入れられなかった?予約していたのでしょう?」

 

  「ええ、しかし確かにあったはずのソフトが消えていたのだそうです。ソフトにはナンバーが振り分けられており予約の時点で何番のソフトを渡すか決まるのですが14444番と14445番のソフトが無くなっていたそうです」

 

  「どの時点で無くなっていたのかは分かりますか?」

 

  「トラックに積み込む時に確認したときは確かに全て揃っていたようです」

 

  「では盗まれたのはそれ以降になりますね」

 

髪を弄りながら呟く。

 

  「盗まれた?なぜそう言い切れるのですか?」

 

  「そう考えた方が面白いじゃありませんか、徹底的に管理していたはずです、ただ失くしたというのは考えにくい」

 

  「それはそうですが」

 

 捜査員のアンディは何か言いかけたが、すぐに遮られた。

 

  「14444番と14445番のソフトはどの店に運ばれたものですか?その店のトラックから販売するところまでのすべての監視カメラの映像を確認します」

 

 ニアの指示ですぐに映像の確認は行われた。

 

  「これはトラックからソフトを降ろしているところですね」

 

  「ええ、一つの箱に千本のソフトが入っているので二人掛かりでその箱を店内に運んでいます。」

 

  「このトラックの駐車場には誰かが入ることは可能ですか?」

 

  「難しいと思います。周りは高い塀で囲まれていますし入口にはゲートと2人の警備員がいますからね」

 

  「分かりました。あっ14000番から14999番のソフトが入った箱が見えますね。このときはまだあるのでしょうか」

 

  するとニアの言った箱の上側がひとりでに開き、ソフトが2つ、宙に浮きそのまま飛んで行ってしまったのだ。ちょうどハコをハコんでいた2人がいない間の出来事だった。

 

  「信じられない」

 

 誰かが言ったのを皮切りに捜査本部が混乱し始める。

 

  「皆さん落ち着いて下さい!」

 

 ジェバンニが声を張る。そしてニアが話し始める。

 

  「驚くのも無理はありません。私も予想外でした。おそらくこれは死神の仕業でしょう、というかそれ以外に説明のしようがない」

 

  「その死神というのはデスノートに憑いているという化け物のことですか?」

 

 アンディが困惑気味に尋ねる。

 

  「そうです。そしてNキラにとっては死神を使うのが一番手っ取り早く、そして確実にソフトを手に入れられる方法だった」

 

 静まり返った部屋は捜査員の困惑を顕著に表していた。

 

  「14444番と14445番のソフトの現在位置は分かりますか?」

 

  「私が調べておきましょう」

 

 ジェバンニがすすみでる。説明はなされたものの混乱が収まりきらないため、その日の捜査はそれで解散となった。

 

 

 

  男が二人ともいないときを狙ったかのように動き出すゲームソフト。そしてそのまま宙に浮かんでいく。ニアはそこで映像を止めた。

 

  「どうです?死神はいますかL?」

 

 ここはSPK本部のニアのために用意された部屋だ。

 

  「最初に言ったとおり、私が死神であるから分かることは教えることができません」

 

  「その力を使えば早く事件を解決させられる。犠牲者も減るはずです」

 

  「そうです。しかし、だからこそ生きている人間が事件を解決しないといけない。デスノートがある限りこれからも同様の事件が起こる可能性はある。そのときにまた、死神の力を借りられるとは限りませんからね」

 

 そう言い終わると、Lはシュークリームを食べることに集中し始めた。

 まあいい、ニアはそう思った。盗まれたソフトの位置が分かれば、Nキラの居場所も分かる。そのあとは証拠となるデスノートを見つければこちらの勝ちだ。ただ気を付けなければいけないのはNキラにこちらの動きがばれ、ノートの所有権を放棄されると面倒だという点だ。

 捜査員に尾行させるにしても、こちらからは見えない死神にまでばれないようにするのは難しい。そもそも外でノートを使う可能性は低いのだ。家をキラにも死神にも勘付かれないように捜査する方法を考えなくてはならない。

 それだけがNキラ逮捕の最後の関門だと思った。そのことをLに伝えみる。

 

  「そうれすねぇ」

 

 クリームを器用に舐めている。

 

  「知り合いか家族に協力してもらえばいいんじゃないです?」

 

  「いい考えですがこちらを裏切る可能性があります。そうなれば非常に厄介です」

 

  「じゃあ絶対に裏切らない知り合いを作りましょう」

 

  簡単そうにLはそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

接近

 捜査員たちの活躍により、例のソフトの位置が判明した。パソコンの画面には日本の関東のとある住宅街の住所がうつされていた。そこに住んでいるのは現在高校2年の青年、朝日 煜とその母親、朝日 朋子だった。父親は現在、単身赴任中で地方にいる。ジェバンニが昨日一晩で調べてくれた結果だ。

 

  「怪しいのは断然高校生のほうですね」

 

  ニアがそういうとアンディがなぜかと聞いてくる。

 

  「主婦と高校生どちらかがゲーム好きです。あなたならどちらだと思うんですか」

 

  ニアが返すとアンディはそれ以上何も言わなかった。とりあえず容疑者は1人になった。ここからばれずにノートを確保するにはやはりLの言っていた通り絶対に裏切らない知り合いを作るのが確実に思えた。

 

  「ジェニファーに日本で潜入捜査をしてもらいます。朝日 煜の高校に、転校生として」

 

  ジェニファーはワイミーズハウスの現在のトップ、優秀な頭脳を持ち、ニアがL以外で認めている数少ない探偵だ。

 

  「ジェニファー、入って来てください」

 

 ニアが呼ぶと、まだ幼さを残した少女が部屋に入ってきた。

 

  「これからみなさんの捜査に協力させていただきます」

 

  硬い表情のまま少女は言った。

 

  「しかし、いくら優秀と言えどまだ16歳。1人では不安です。アンディに保護者として一緒に行ってもらいます」

 

  「私ですか?!」

 

  「ただしアンディはジェニファーの捜査に手を出さず、保護者としてのみ生活してもらいます。余計なことをして勘付かれれば終わりです。くれぐれも気を付けてください」

 

  アンディに行かせるのは不安だという顔を隠しきれないでジェバンニが他の者を用意しようかとニアに耳打ちしたが、

 

  「結構です。私はアンディに行ってほしい。

 アンディ、できますね?」

 

  「はい!もちろん!必ずノートを確保します!」

 

  「ええ、余計なことは絶対にしないでください。ジェニファーに指示されたとき以外、捜査員として行動することは禁止します」

 

  ニアはそれだけ言うとさっさと自分の部屋に戻った。

 

  「ニア、あのジェニファーという少女、可愛いですね」

 

  「L、私は今あなたを少し見下げましたよ」

 

  「...冗談です」

 

 

 

 三日後

  煜はいつもより30分ほど早く目が覚めた。

 

  「おはよう、リューク」

 

  「お、今日はいつもより早いじゃねーか」

 

  「うん、昨日の話の続き、教えてよ」

 

  煜は一昨日から前のキラ、夜神月の話をリュークから詳しく聞いていた。

 

  「昨日は確か月さんが魅上 照に偽のノートを持たせたところまでだったよね」

 

  「めんどくせえなぁ〜」

 

  「もう少しでおわるって昨日言ってたじゃない。今日の帰りにりんご買ってやるから」

 

  「分かったよ、仕方ねえなあ」

 

  煜はリュークが話すのを、学校へ行く準備をしながら聞いた。

  「煜ー朝ごはん出来たわよー」

 

  階下から母の呼ぶ声が聞こえた。

 

  「すぐ行くよー」

 

  煜は鞄を持って下の階へ降りた。

 

  「おはよう、今日はすぐにきたわね」

 

  「僕だって毎日ギリギリなわけじゃないよ」

 

 もっとも8割くらいの日はギリギリなのだが。

 

  「昨日、お隣に引っ越してきたクラークさん、アメリカから仕事でこっちに来たって言ってたけど日本語上手だったわ。煜はそのときいなかったけど、今度会ったらちゃんと挨拶するのよ」

 

  「分かってるよ。じゃあ朝ごはん食べ終わったからそろそろ行ってくるね」

 

  「気を付けてねー」

 

  母がいつものように言う声を聞いて煜は家を出た。

 

  「外国人かー今度、英語教えてもらおうかな」

 

  「ククッ、お前英語が一番出来ねーもんな」

 

  「まだ僕がノートの説明を四苦八苦して読んでたこと覚えてるの?」

 

  「あれはなかなか面白かったぜ」

 

  「うるさいなぁ」

 

  煜は道端に落ちている空き缶を拾ってゴミ箱に入れた。

 

  「なんだか今日は学校に行きたくないな」

 

  「それ、毎日言ってるぜ」

 

 煜の重い気持ちとは裏腹に木立が朝の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 校門をくぐり教室に続く廊下を歩く。いつもと変わらない光景だ。

  そんな煜の後ろで、男が一人ほくそ笑んだ。

 男は油断した煜の背後に気づかれる限界まで近づいた。

 

  「ひっかるくーんおっはよーう!」

 

  西谷 夕斗は背後からいきなり煜に抱きついた。

 

  「うわっ!やめろよ気持ち悪い、びっくりしたじゃん」

 

  「そんな冷たいこと言うなよ。それよりさー今日来るって言うアメリカ人の転校生、超かわいいらしいぜ!」

 

  興奮気味に話す夕斗を押しのけて教室にはいっていく。

 

  「ふーん、そうなんだ」

 

  「なんだよその反応、嬉しくねーの?」

 

  「だってそんな可愛い子僕たちには見向きもしないよ」

 

 諦めたような悟ったような口調で煜は呟いた。

 

  「たちは余計だよ、たちは!」

 

  夕斗が笑いながら返す。そうこうしているうちに、チャイムが鳴り、担任が教室に入って来た。

 

  「今日からここの生徒になるクラークさんを紹介します、どうぞ入って来てください」

 

 はい、と言って入って来たのはブロンズのロングヘアーに高い鼻、まさに西洋人といったような容姿の持ち主だった。

 

  「アメリカから来ましたアリス クラークです

 アリスって呼んでください」

 

  少し照れるようにニコッと笑ったのを見て、煜は瞬きができなくなった。周りのヒソヒソ話さえ聞こえなかった。

 

  「ええ、じゃあ君の出席番号は3番だから、朝日の隣だ」

 

  ええー俺の隣にしてくれよと夕斗が喚いている。

 

  「だったら朝日と結婚でもして苗字を変えるんだな」

 

  担任がそう言うとみんなが笑ったが、煜はそれどころではなかった。あの子が隣にくる、どうしようなんて話しかけよう。よろしくとかでいいのか?でもそれだと普通すぎる。そんなことを考えているうちにアリスが隣に座った。

 

  「よろしくね煜君」

 

  「あ、えっとよ、よろしく」

 

  煜は顔が熱を帯びていくのがわかった。後で夕斗とリュークになんと言われるのだろう。もう1人の冷静な自分がそんなことを考えていた。

 

  そして帰り道

 

  「それにしても今日はいいもんが見れた」

 

 リュークがやたら嬉しそうに話しかけてくる。ほらやっぱり、煜はなぜか笑いそうになった。

 

  「もういいだろ、りんご買わないよ?」

 

  「あああ!ごめんごめん」

 

  あの後一日中、煜は横にいるアリスが気になって全く授業に集中できなかった。髪が揺れるたびにいい香りが漂ってきたし、一度目が合ったときは完全に顔が真っ赤になったのを自覚した。あんなにドキドキしたのはノートを拾って以来だった。

 そういえば前にニアがキラ逮捕のため動き出したとニュースで言っていたが、あれ以来なんの報道もされていない。まあ捜査のしようがないのだろう。そのことについてはあまり深く考えないようにしていた。

 

  「煜くーん!」

 

  その声を聞いて煜の心臓はキュッとなった。

 

  「あ、」

 

  「アリスでいいよ。私の家、煜君の家の隣だから一緒に帰ろう?」

 

  これは夢なのか?女の子と、しかもこんな可愛い子と一緒に帰れるなんて。

 

  「うん、いいよ」

 

  煜はできるだけ明るくそう言った。アリスが左側に並んだ。

 

  「私、日本に初めてきたけどいいところだね」

 

  「えっ?日本語そんなに上手なのに?」

 

  「これは日本のアニメを見てたおかげかな?

 それに、こっちの授業についていけるように日本語を勉強しなさいってパパに言われてたからすっごい頑張ったんだよ」

 

  「本当にすごいよ。僕なんか英語が苦手でどんなにやっても覚えられないんだ」

 

  アリスが日本に来たのが初めてというのに驚きながらも、これだけスラスラと話せている自分にもっと驚いていた。

 

  「じゃあ今度私が英語を教えてあげようか?」

 

  「えっ?いいの?」

 

  「もちろん。あっ、家に着いちゃったね。じゃあまた明日ね。バイバーイ」

 

  バイバイと振り返して見送った。明日もあの子に会える、そう思うと学校も悪くないなと煜は思った。

 

 ジェニファーは煜が家に入るのを確認してから自分の家に入った。

 

  「ただいま」

 

  「おかえりなさい、ジェニファー」

 

  「だからこっちではアリスと呼んでっていったでしょう?」

 

  靴を脱ぎ、アンディを睨む。

 

  「ああ、すみません」

 

  「それと、私とあなたは親子ということになってるんだから話し方にも気を付けて。この瞬間も死神に見られているかも、常に監視されていると思った方がいいわ」

 

  「わかったよアリス」

 

  「うん、じゃあ私、シャワー浴びるから、気を付けてねパパ!」

 

  ジェニファーが奥に入っていった。アンディはため息を吐いた。なんで私があんな小娘にいいように使われるんだ。私がちゃちゃっと捜査すればデスノートなんて一発で見つかるというのに。ニアの指示で捜査員としては絶対に動くなと言われていなければなぁ。アンディはイライラしながらも晩御飯の準備を始めた。

 

 その頃、 煜は自分の部屋でぼーっとしていた

 

  「おい煜ゲームしようぜ」

 

  「……」

 

  「おい煜」

 

  「あ、ああごめん。今日の裁きと勉強が終わったらね」

 

  「しっかりしろよ。どうせあの女のこと考えてたんだろ」

 

  「うん、本当に日本に来たのが初めてなのかなって思ってた」

 

  「それはお前が英語できないから僻んでるだけだろ」

 

  「それは関係ないだろ。まあいいや今度英語教えてもらえるんだし」

 

  だが煜は、このとき自分がすでに追い詰められつつあることに気づいてはいなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

察知

 ジェニファーは髪を拭きながら部屋に入りパソコンの電源をいれた。程なくして画面が明るくなった。

 椅子に座りパソコンに文字を打ち込む、一見でたらめな文字の羅列に見えるがニアとジェニファーの間だけで通じる、法則性をもたせた暗号だった。死神にパソコンを覗かれるかもとニアが考えたのだ。普通の人が見ても内容を知ることはできないだろう。文字を打ち終わり今日の結果を報告するとパソコンの電源を切り一息ついた。

 あの煜という青年、今日見た限りでは普通の高校生に思えた。しゃべっていても特に特別なことは感じない。事前にNキラかもしれないと考えていなければまず疑いもしないだろう。

 ジェニファーは彼女の長い髪を指先でくるくると弄ぶ。まずは仲を深め、家に自然に入れるようになるのが一番の近道だろう。その時にうまく盗聴器を取り付けられれば死神との会話からノートの隠し場所が分かるかもしれない。

 だが無理は禁物だ。焦って勘づかれてしまえば終わりだと思ったほうがいい。慎重に慎重を重ねて行動していこう。

 

  「アリスーご飯できたぞー」

 

  アンディが呼んでいる。昼は会社員、夜は主婦のような生活を続けているアンディ、捜査員としては使えないが彼の料理はなぜかとても美味しい。

 

  「はーい」

 

  アリスは部屋を出ていい匂いのするリビングへと向かっていった。

 

 

 

 

 

  ソフトクリーム、それは至高の食べ物。口にすれば甘いバニラの香りと幸せなフレーバーが広がる。そして食べ進めていくうちにたどり着くワッフルコーンとの相性、それはまるで運命を約束された恋人たちのように混じり合い、優しいハーモニーが産声をあげる。

 

  「L、聞いていますか」

 

  「ええ、聞いていますよ」

 

  「最近、お菓子を食べているだけで何もしませんね」

 

  「後はもうジェニファーがノートを確保してくれるのを待つだけですからね」

 

  もう解決したかのような口ぶりで話している。この事件が終わったらLはどうするのだろう。もしニアが所有権を放棄しなければ死ぬまで一緒にいなければならない。そんなことをする気はないが、Lがどう思っているのか聞かずにはいられなかった。

 

  「どうですかねぇ。食べ物がまずすぎるので死神界には戻りたくありませんが。ニアが死ぬまで憑いていても構いませんか?」

 

  「嫌です」

 

  「そうですか。まあ今はキラ事件を解決させることを考えましょうよ」

 

  さっきまでと言っていることが矛盾している気がするが、一つだけ分かったのはLはしばらく死神界に戻る気はないということだった。

 

  「ジェニファーからの報告ではまだ怪しい点は見つかっていないようです」

 

  「まあ、当然といえば当然ですね。月君も私以外には誰にも疑われていませんでしたし。怪しい点がないということはジェニファーが捜査員だとばれていないということです、今は彼女を信じて待ちましょう。そう時間はかからないはずです」

 

 

 

 

 

  煜は軽い足取りで学校に向かっていた。アリスが転校してきてから3日が経っていた。昨日は近くの図書館で一緒に勉強をしたのだ、と言ってもほとんど教えてもらうだけだったが。今日もアリスに会える。そう思ったとき煜は背後に嫌な気配を感じた。しばらく気づかないふりをして相手に十分に近づけさせ、振り返ると同時にカバンを回して相手にぶつけた。

 

  「いってぇ!」

 

  「やっぱり夕斗か」

 

  「いきなり何すんだよー」

 

  「それはこっちのセリフだよ。また後ろから抱きつこうとしてたろ」

 

  「いいだろそれは。それよりさーお前アリスちゃんとどういう関係なのー、昨日部活の帰りに見ちゃったんだよねー、一緒に歩いてるところ。転校してきたその週の日曜日にいきなりデートかー」

 

  「ちがうよ。あれは一緒に勉強をしてただけだって」

 

  「またまたー金曜日も一緒に帰ってたくせにーお前も隅に置けねーなー。でも、俺もあの子にガンガンアタックしていくからな。今日は部活オフだし、帰りは俺も一緒に帰るからな!約束だぞ忘れたら夕斗怒るからね!」

 

 謎のオネエ口調で一方的に約束して夕斗は学校に走っていった。しばらくするとまた後ろから足音が近づいてきた。

 

「煜ーおはよう」

 

  「おはよう。あ、そうだ今日の帰り夕斗も一緒に帰るって言ってたよ」

 

  「ふーん」

 

  興味なさそうな返事をしてアリスは煜の横に並んだ。

 

  「昨日の英語ちゃんと分かった?」

 

  「え、うーんまあまあ」

 

  一応返事はするが英語のことよりもアリスと喋ったことのほうがよく覚えているくらいだが、そんなこと言えるはずがなかった。

 

  「本当に分かってるのかな?」

 

  アリスが無邪気に笑って茶化してくる。

 

  「あっもうこんな時間だ早く行かないと遅れるよ」

 

  煜はこの話題から逃れるため、小走りを始めた。

 

  「あっ逃げるなー」

 

  煜を追ってジェニファーも走り出した。

 

 

 

 

  3時間目の授業が始まることを告げるチャイムが鳴った。ジェニファーはちらりと煜のほうを見る、本当に煜がNキラなのか。

 もちろんニアが仕掛けた作戦もなぜ自分が煜を調べているのかもよく分かっているが、煜と話せば話すほど彼が普通の高校生に思えてならない。Nキラの裁きは昨日も行われた。煜がNキラだとすればジェニファーの隣の家でまさに殺人が行われていたということになる。

 ジェニファーはとても歯がゆい思いをしていた。早くノートを見つけたい。焦りは禁物だが、何か確証が欲しかった。今日、動いてみるか。もう一度煜のほうを見ると今度は目が合った。

 

 

 

 

  「でさー今日の体育のサッカーで煜、何もないところで転んでみんな大爆笑だったよホントあれは見ものだったなー」

 

  「ちょっと!それは言わない約束だろ」

 

  「そうだっけ?ていうかアリスちゃん聞いてる?」

 

  「え、ああうん、聞いてるよ。煜、運動も苦手なんだね」

 

 ふふっと笑いながらアリスがこっちを見る。

 

  「運動もってどういうこと!?「も」って!?」

 

  「だって英語全然ダメだったじゃん」

 

  「あーそうそう煜って他の教科はともかく英語はホントダメだもんなー」

 

 他人事のように言っているが実は夕斗も英語が苦手だ。

 

  「西谷くんは勉強得意なの?」

 

  「えっそれは、まあまあ」

 

  「えーなんだか朝の煜みたいな言い方だなー」

 

 そう言いながらアリスはチラチラとこちらを見てくる。

 

  「そんなことよりアリスちゃん、俺のことはしたの名前で呼んでくれていいよ」

 

 夕斗、必死に話題を変えようとしてるの、バレバレだぞ。

 

  「じゃあそうするね、夕斗くん」

 

  「ああ、そうきたか」

 

 夕斗は急に元気をなくしたように立ち止まった。

 

  「俺こっちだからまた明日ねー」

 

 夕人はふらふらとやる気なさそうに手を振ると、こちらに背を向け、夕日に向かって歩いて行った。

 

  「帰っちゃったね」

 

  「うん急にどうしたんだろう」

 

 遠ざかっていく友達の背中は寂しそうに見えた。

 

  「煜?」

 

  「ああ、僕たちも帰ろう」

 

  「ねぇ、今日、煜の家にお邪魔してもいいかな?」

 

 その言葉に煜は耳を疑った。

 

  「え、、家にくるの?」

 

  「ダメかな?」

 

  煜は自分の部屋にある一番の秘密に考えを巡らせていた。デスノートは自分の机の引き出しの中だ。どうせ誰も入っては来ないと思って夜神月のように見つからないよう対策などしていない。

 でもこれはチャンスだ。今まで女の子とこんなに親しくなったことがあったか?この先なれるか?いやこの機会を逃したくはない。

 部屋に入れる前に少し片付けると言ってノートをベッドの下に滑り込ませておこう、そこならまず見つからないだろう。

 

  「いや、僕はいいけど部屋散らかってるから少し片付けてもいいかな?」

 

  「分かった。じゃあ一旦家に帰ってからまた来るね」

 

  煜とアリスは一旦別れ、それぞれの家に帰っていった。

 

 

  ジェニファーは思わぬ進展に喜んだ。

  これはまたとないチャンスだ。こんなに簡単に家に入れるとは思わなかったが、これを逃す手はない。カメラを仕掛けるとさすがにばれそうなので超小型の盗聴器を仕掛けよう。

 仕掛けるとすればベッドだ。その裏にでもセットすれば、仕掛ける瞬間さえ見られなければまず見つからないだろう。死神にもだ。これで死神との対話でも聞ければ、しめたものだ。ジェニファーは思わずガッツポーズをしそうになった。

 

 

  煜はガッツポーズをした。アリスが家にくる、それだけでウキウキした。デスノートも隠したし、部屋も綺麗にした。準備は万端だ。

 

  「煜ぅー最近構ってくれないからリュークさみしーい」

 

  「やめてよリュークまでオネエ口調で」

 

  「だってよ〜あの女がきたらゲームもリンゴも禁止だろ〜」

 

  「そりゃそうだよ。でも僕がそわそわしながら話してるの見て面白がってるだろ」

 

  「まあ確かにこれはこれで面白いな」

 

 ピンポーンとチャイムがなった。

 

  「あっ、来た。じゃあアリスがいる間はおとなしくしててね」

 

  「分かってるよ」

 

 煜は一階の玄関まで行きドアを開けた。

 

  「いらっしゃい、上がって」

 

  「お邪魔しまーす、煜だけ?」

 

  「うん多分母さんは買い物に行ってるから」

 

  「じゃあ今は二人っきりなんだね」

 

 煜はドキッとしたがすぐに二人と一匹だということを思い出した。

 

  「そうだね。僕の部屋、二階に上がってすぐだから先に行ってて。お茶持っていくよ」

 

  「ありがとう」

 

 ジェニファーはそう言って二階に上がって部屋に入った。いきなり一人になれたが、死神が見ているかもしれない、だが仕掛けるときはどちらにしろそれなりのリスクがある。今しかない。ジェニファーは思い切ってベッドの横の床に座り手を後ろにして盗聴器をつけた。

 ほんの2秒ほどしか掛からなかっただろう。もし死神が見ていても分からないだろうという自信があった。これでいい、このまま部屋をくまなく探したいがそれは出来ない。煜がお茶を持って上がって来た。

 

  「はい、お待たせ」

 

  「ありがとうね」

 

  アリスがそう言ってお茶を飲んだ。

 

  「なんで今日、急に家に来たのか、分かってるよ」

 

 煜がそう言うとアリスがむせた。

 

  「うっ、え?!」

 

  「これでしょ」

 

 煜は一冊のノートを見せた。

 それは昨日、アリスと一緒に勉強したときに使ったものだった。

 

  「僕が昨日、全然分かってなかったから」

 

  「そ、そうだよー。ってやっぱり昨日、分かってなかったんじゃない」

 

  もうっとアリスが呆れたように言った。

 

「じゃあ今日は徹底的にしようね」

 

  アリスがにっこりと笑った。

  煜はそれから二時間ほどみっちりしごかれたあと、やっと解放された。

 

  「どう?これで覚えたでしょ。これだけやれば頭が覚えてなくても身体が覚えるよ」

 

  「そうだねさすがに疲れたー」

 

 煜はぐったりとベッドに体を投げ出した。

 

  「でもね、煜。まだ今日の宿題が残ってるんだよ」

 

  「うう、忘れてた。わざと言わないようにしてたでしょ」

 

 ふふ、とアリスが微笑んでいる。

 

  「さあ、やりましょう手伝ってあげるから」

 

  そんな恐ろしいことをしても可愛らしく見えてしまうから不思議だ。

 

「じゃあもうひと頑張りしますか」

 

 煜はシャーペンを取り出し、また一時間ほどかけて宿題を終わらせたのだった。

 

 アリスが帰ったあと煜はデスノートをタンスの裏から取り出そうとした。ベッドの下におこうと思ったが直前で思い直してやめたのだ。そのとき、煜のiPhoneが振動し始めた。どうやら電話が掛かって来ているようだ。

 

  「もしもし」

 

  「煜ーおれだぁー」

 

 夕斗の情けない声がiPhoneから流れ出した。

 

  「夕斗か、急にどうしたの?電話なんて珍しい」

 

  「煜、俺はお前が羨ましいよ」

 

  「なんだよ、急に」

 

  「気づかなかったのか?アリスちゃんは俺に全く興味なかった。でもお前はちがう。授業中だってあの子、お前のことしょっちゅう見てたし、煜のことは煜って呼ぶのに、俺のことは夕斗くんだぜー」

 

  どうやら夕斗は愚痴を言うために電話をしてきたらしかった。夕斗はあれで結構モテる、それだけにアリスが彼にまったく興味がないというのはショックなのだろう。

 

  「仕方ないよ今回は僕にツキが回ってきたと思って諦めるんだね」

 

  「クッソ〜いい気になりやがって〜。まあ仕方ないか〜。じゃあ、これからは応援してやるからなんかあったらすぐに俺に相談してくれていいぞ!じゃあな」

 

 一方的に電話がぷつっと切れた。すかさずリュークが話しかけてくる。

 

  「なあ、もうリンゴ食ってもいい?」

 

  「ああ、それにしてもアリスって本当に可愛いなぁー僕のこと見てたって言ってたけどどう思ってるんだろう」

 

  「なあ煜」

 

 リュークがリンゴをかじりながらさっきとは違ったトーンで言ってくる。

 

  「死神の目の取引の話、覚えてるか?」

 

  急になんだ、もちろん覚えているが今の煜には必要ないし、残り寿命の半分なんて代償は払いたくなかった。

 

  「なんでそんなこと言うんだよ」

 

  「あの女の本当の名前、知りたくないか?」

 

  「どういうこと?」

 

  「俺にはあいつの本名が見えてる、それはお前が知ってる名前とは違うってことだ、つまり偽名ってことだな」

 

  「え?」

 

 煜は一瞬固まった、感情をなくした石の塊にでもなったかのように。そしてすぐに疑問が浮かんだ。なぜ?なぜ彼女は偽名を使っているのか。

 煜は様々な想像をした。実は有名な家のお嬢様で身分を隠している、逃げてきた犯罪者一家、海外からのスパイ、煜は笑った。どれも無理がある。

 ただ一つを除いて。

 煜はその可能性を考えないようにしていたが、どうしてもそこに行き着いてしまう。

 彼女はキラの捜査をしていてデスノート対策に偽名を使っている。どうやって煜までたどり着いたかは今は置いておくにしても、それが一番筋が通るように思えた。

 夕斗に興味がなく、煜ばかり気にしているというのもそれで説明がつくのだ。それにあの日本語、初めて日本に来たにしてはうますぎる。煜はどんどん膨らむ嫌な予感を抑えきれなかった。

 やっぱりそうなのか?そんなの嫌だ、嫌すぎる。煜は本気でアリスのことを好きになっていた。まだ捜査員と決まったわけではない、可能性で表せばきっと1%程度だ。何か事情があって偽名を使っているんだ。煜は自分にそう言い聞かせた。

 

  「おい煜、どうする?」

 

 取引はしない、煜はそう決めていた。

 

  「ちょっとコンビニに行こっと」

 

 煜はそう言って家を出たあと、コンビニには向かわず近くの公園に行き、ベンチに座った。さすがに7時を回ると人の姿はなかった。

 

  「おい煜、なんで無視するんだよ」

 

  「アリスが捜査員だったらあの部屋はもう、監視カメラや盗聴器が仕掛けられているかもしれない。もちろん僕は彼女が捜査員だなんて思いたくないけど」

 

  「え、それってこれから家でリンゴ食ったりゲームしたりできなくなるってことだよな?」

 

  「うーん、やっぱりいいよ」

 

  「え!?いいの?」

 

  「うん、ただノートの隠し場所に関することは話さない、それだけでいい」

 

 ノートさえ出て来なければ煜は絶対に捕まらない。アリスが捜査員だとして、煜を疑っているなら、もうそれは煜がキラだということがバレていると考えたほうがいい。

 ニア、世界一の探偵がキラ捜査に全力を挙げるとテレビでやっていた。天才探偵は僕の思いつかないような方法でキラを絞り込み、ノートを見つける最後の締めとしてアリスを送り込んだ。

 でもなぜ?ノートを確保するだけなら僕を捕まえて、尋問して場所を吐かせた方が早そうなのに、わざわざ僕にバレないよう、ノートを見つけようとしていることになる。いや、煜はリュークから聞いた夜神月の話を思い出していた。僕がノートの所有権を手放さないようにするためだ。

 もし僕が所有権を手放せばそれは相手にとって非常に厄介なことだろう。煜はアリスを捜査員と前提して考えを進めている自分に気づき、嫌になった。だが万一のことを考えて行動しなくてはいけない、何せ相手は世界一の探偵だ。

 煜は昨日まで考えもしなかった状況にあるのだと自覚した。どうやってニアの捜査をかわすか。とりあえず煜はアリスは捜査員かもしれないと自分が気づいていることに気付かれないようにしようと思った。これだけが今の煜にとって相手の裏をかくための材料だった。

 

  「今まで通り何も気づいていないふりをするんだよ、そしてしばらくアリスの様子を見る。まだ捜査員と決まったわけでもないし」

 

  煜はそう言って立ち上がった。あたりはもう真っ暗で寒くなってきた。リンゴと暖かい飲み物でも買って帰ろう。

 

  「なあ、煜」

 

 リュークが珍しく真面目なトーンで話しかけてきた。

 

  「どうしたの?」

 

  「俺は、もしお前が月だったらあの女が偽名を使ってることを教えなかっただろう」

 

  何が言いたいんだ?

 

  「どういうこと? 」

 

  「つまり、あれだ俺はお前にいなくならないでほしい。お前がいなかったら一緒にゲームできねーし、お前と話すのが楽しいんだよ」

 

  アリスならともかく、リュークにそんなことを言われても嬉しくない。

 

  「だから俺はお前の味方をすると決めた。まあ、ニアの名前をデスノートに書いてくれなんて頼みは聞く気がないがな。だが、できることはやってやる、感謝しろよ」

 

  そう言い残すといつも付いて来るくせに、家に向かって先に飛んでいってしまった。

 

 

 

 その頃、ジェニファーは煜の部屋の音声を聞いていた。今のところ友だちと電話で話したあとコンビニに行っただけで怪しい点はない。しかし、男というものはちょろい。少し愛想をよくしてやればそれだけですっかり油断してくれる。

 アリスとして高校生活を送るのは思っていたよりも楽しかったが、ジェニファーは夕斗はもちろん煜にもNキラとして以外興味はなかった。ノートを見つければアリスとしての生活も終わる、結構気に入っていたキャラだったから少し寂しいが仕方ない。10分ほどすると煜が帰ってきた。ジェニファーは部屋の音に集中する。

 

  「晩御飯を食べ終わったらゲームでもしようかリューク」

 

 リューク?友達か?それともまさか死神?

 

  「そうだね、はいリンゴ」

 

 友達らしき声は聞こえない、ということは死神と話している?

 

  「いや今日はもうノートに名前は書かないよ」

 

 ノート、名前、決まりだ。デスノートのことを死神と話しているんだ。話し振りからすると盗聴器にも気づいていない、部屋にノートがあるのか?

 いいぞ、そのままノートの隠し場所も話してしまえ。

 しかし煜は晩御飯を食べるため下の階に降りていったようだ。まあいいだろう、これならそう時間はかからずノートの隠し場所についても話してくれそうだ。もう煜と仲良くする必要もないが、急に冷たくなって怪しまれたら本末転倒だし、もう少しアリスとして付き合ってやろう。

 もともと人を騙すのは好きだ、自分の手のひらの上で愚かに踊り回る操り人形を見ているようで気分がいい。天才も死神も私の思い通りに動かしてやる。

 

  「アリス〜勉強してるのか?晩御飯できたぞ〜今日はハンバーグだ!」

 

  アンディが呼んでいる。

 

  「ハンバーグ?やったー!」

 

  アリスはイヤホンを外し、下の階に降りていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

発覚

 アリスがきてから二週間、煜が捜査員の可能性に気づいてから一週間と少し経っていた。

 その間彼女が捜査員だというそぶりはまったく見つからなかった。やっぱり僕の思い過ごしか。そうであってほしい。でも、もうこれ以上アリスを疑い続けているのは耐えられなかった。

 そろそろこちらから動こう、煜はあれからアリスが捜査員かどうか確認する方法をいくつか考えていた。

  煜はその日、帰ったあと家を出て、学校の裏山で罠を作り始めた。これでアリスがこの罠に引っ掛かれば、残念だが彼女は煜にとって敵ということになる。煜は偽物のデスノートを箱に入れた。箱の蓋をあけると、昔ネットでこっそり購入した睡眠ガスが噴出するように簡単な仕掛けを施した。あとはこれを近くにある小学生のとき秘密基地にしていたぼろぼろの小屋の中におけば準備完了だ。あそこなら人はまず来ない。来たとしてもこんな汚い箱を開けて中身を見ようとはしないだろう。この中にデスノートが入っていると思っている人間以外は。煜はその箱を持って、腐敗した木材が散乱する小屋に入り、できるだけ見つけにくいように置いた。そして一定の距離で木に目立つ十字の傷を付けて帰った。

  次の日学校に行くと昨日に引き続き、今日も夕斗は教室にいなかった。どうやら今、猛威をふるっているインフルエンザの餌食となったようだ。

 

  「おはよう、煜」

 

  煜が席に着くと、すでに来ていたアリスが明るく声をかける。

 

  「おはよう」

 

  煜は彼女の顔を見た。この子が捜査員、とてもそうは思えない、いや、思いたくない。

 

  「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

  「うん」

 

  「え、嘘なに?」

 

  アリスが手で顔を拭う動作をする。

 

  「取れてないよ」

 

  「どこよ、取って〜」

 

  「無理だよ、鼻だもん」

 

  煜が笑いをこらえながら言う。

 

  「もうっ面白くないからっ」

 

  かなり恥ずかしかったようだ。顔が赤くなってる。自然なやりとりに思えた。しかし、もう一人の冷たい自分はこれが演技だったら恐ろしいと感じていた。隣の女子グループの会話が聞こえてくる。

 

  「あの二人また楽しそうに話してるよ」

 

  「付き合ってるのかな?」

 

  「相思相愛ってやつ!?」

 

  「え〜朝日くんのどこがいいんだろ〜アリスちゃん可愛いのにもったいな〜い」

 

  相思相愛か、ある意味当たってるかもなと煜は心の中で暗く笑った。

 

 

 

 

  その日、煜の部屋の音を聞いていたジェニファーはイヤホンに手を当て、耳を澄ました。どうやらついにノートの場所を話しそうな気配だ。

 

  「リューク、そろそろノートが切れそうだね、また取りに行かないと」

 

  ノートが切れる?デスノートはページがなくならないはずだが。

 

  「そうそうあの山だよ学校の裏にある。

 え?迷わないかって?大丈夫、小屋までの道に生えている木に印をつけて来たから。箱に入ってるから見つからないし、最高の隠し場所だよ」

 

  なるほど、恐らくノート本体はその小屋に隠し、必要になったらページを切り取って家に持ち帰り、使うというわけだ。使い終われば紙として捨てられるし、見つかっても言い訳しやすい。煜にしてはなかなか考えている。

 

  「でも今日はいいや、明日取りに行くことにするよ」

 

  つまり今日はその隠し場所に行かないということか。もしかしたら隠し場所を変えるかもしれないし、今日行ったほうがいい。これでついにデスノートを見つけられる。ついにNキラの殺人の証拠を手に入れられるのだ。

 焦る気持ちを抑えつつ、ジェニファーは素早く出かける準備をして家を出た。

 

 煜はアリスが家を出るのを煜は二階の窓から見た。しかも彼女は山のほうに向かっている。

 まだだ、まだ彼女が捜査員と決まったわけじゃない。煜は家を出て、小屋に先回りすることにした。余裕を持って着くために走って山の入り口まで来た。

 

  「おい煜、もしあいつが捜査員だったらどうするんだ?」

 

  それはまだ考えていなかった、煜にとって大事なのは彼女が捜査員なのかどうかだった。

 

  「そのときはそのときで考えればいい」

 

  煜は山の入り口から続く道にには入り、少し進んだ後、脇の獣道を印をつけた木をたよりに走って行く。かなり目立つ印だが、これだけ見ても誰も気にもしないものだ。さらに進んで行くと小屋が見えて来る。走って来たからアリスはまだ来ていないだろう。

 煜は小屋の入り口が見えるように草薮の中に身を潜め、腕時計を確認する。アリスが家を出て7分ほどが経っていた。歩いてくればあと3分ほどで着く頃だろう。

 煜は彼女が来ないことを祈りながら待った、だが彼の祈りはどうやら天に届かなかったらしい。徐々に足音が近づいてきた。そこにやってきたのは間違いなくアリスだった。やはり彼女は捜査員だったのか。煜は力が抜けるのを感じた。

 ここへ来るということは煜の部屋での会話を聞くことが出来た、つまり盗聴器を仕掛けられていたということだ。リュークにすらばれずに。

  やがて小屋の中から人が倒れる音がした。煜の作った仕掛けが作動したのだろう。煜はしばらく小屋の中から物音がしないかを確認して中の様子を見に行った。中を覗くとアリスが倒れていた。これからどうするか、とりあえず起きてから抵抗できないように手足を縛ってから考えようと思い、煜が一歩足を踏み入れたときだった。

 

  「動くな」

 

  煜は驚きのあまり声をあげそうになりながらも、ゆっくりと後ろを見た。後ろには今まで気配すら感じなかった、だが、間違いなくそこには拳銃を構えた男がこちらを睨みながら立っていた。その男はアリスの父親、アンディ クラークだった。

 

  「クラークさん?なんでここに?」

 

  「君も分かってるだろう?Nキラ逮捕のためだ」

 

  Nキラ、というのはどうやら新たなキラである煜のことのようだ。

 

  「キラ?何を言ってるんですか?僕はただここに隠していたものを取りに来ただけですよ?」

 

 煜は怯えた声を出した。アリスも捜査員なら当然この男も父親というわけではなく、捜査員の1人なのだろう。とてもまずい状況だ。どうすればいい?煜は考えた。どうにかしてこの状況をくぐり抜けなければ。

 

  「とぼけるのはよせ、その箱の中に入っているのはデスノートだろう!」

 

  こうなったらヤケだ。やるだけやってみよう。

 煜は箱の中身を取り出した。

 

  「これがそのデスノートというものなんですか?」

 

  「そっそれは///」

 

  煜が手にしていたのはエロ本だった。箱の中身を偽のデスノートにしていてはこういう事態になったとき言い逃れができないと思って中身をこんなものに変えていたのだ。

 

  「どうですか?これでも僕がキラなんですか?」

 

  「いやっしっしかし、アリスがもし君が家を出たら死神にも一応気を付けて尾行し、自分に危害が及びそうだったらそのときは状況に合わせて動いてくれと言っていた。だから私はてっきりついにデスノートの隠し場所が分かったのだと」

 

  そういうことか。アリスは賢い。事前にこれが罠かもしれないと勘づいていだ、そしてちゃんと対策をしてやって来た。だが、それも虚しい努力に終わるだろう。こいつは間違いなく馬鹿だ。冷たい自分がそう判断する。こいつなら言いくるめられそうだ。そういうゲームだと思ってしまえばいい。

 

  「僕はただこれを見られたくなかったからこんなところにこんな仕掛けをして、隠していたんです。アリスは何かを勘違いしてここにクラークさんがいうデスノートを隠していると思ったんじゃないですか?」

 

  アンディはすでに銃を下ろしていた。

 

  「だとすると私はとんでもないミスを...」

 

  「それよりどうしてアリスはこの場所が分かったんだろう?それになぜクラークさんは銃を持っていて僕をキラなんかと間違えていたんだろう?」

 

  「それはニアが君を、いやっそれは言えない。だが、君の持っているゲームソフト!あれは死神を使って盗んだものだろう!?それは分かっているんだぞ!」

 

  そういうことか。煜は全てを理解した。あのゲームはニアが仕掛けた罠だったのだ。おかしいとは思った。あんな人気ゲームが地域限定、数量限定で先行販売されるなど。煜がゲーム好きということを利用したに違いない。予約していない人間がそのソフトを持っているのはおかしい。つまり煜が怪しまれる要因となった。ゲームのナンバーやオンライン情報から煜の住所を特定、捜査員を送り込んだのだろう。

 

  「クラークさん、あなたちょっとおかしいんじゃないですか?死神だのデスノートだの、さっきから訳のわからないことばかり言っている」

 

  まだこいつからは情報を得られそうだ。1人でペラペラと喋ってくれる。

 

  「そんなことはない!ほら見てくれこれが証明だ」

 

  アンディが見せたのは警察手帳だった。これで2人が捜査員ということは確定か。

 

  「ちょっと見せてください」

 

  「ああ、いいとも正真正銘本物だ」

 

  煜はアンディの本名を確認した。

 

  「確かに本物みたいだ。でもいいんですか?

 僕に捜査員ということがばれても。今までこんなに回りくどいことをニアや他の捜査員がしてきたのに」

 

 煜は追及を続ける。立場が最初とは入れ替わっていた。

 

  「あの、このことは誰にも言わないでくれ」

 

  その言葉が聞きたかった。

 

  「じゃあもうあなたは僕がキラなんかじゃないと分かってくれたんですね?」

 

  「ああ、分かった」

 

  「分かりましたこのことは誰にも言いません。アリスは僕が連れて帰ります」

 

  「すまない」

 

  アンディはトボトボと帰っていった。やっと邪魔がなくなった。煜は眠っているアリスを見た。彼女はアンディのようにはいかない。アンディはとりあえず本名と顔が分かる、いつでも殺せる。煜はアリスの体を拘束した、だがそこからどうすればいいのか、彼にも分からなかった。

 

  ジェニファーはゆっくりと目を開けた。あたりは暗い、立ち上がろうとしたが体が言うことを聞かなかった。だんだん意識がはっきりしてくると自分が拘束されているのが分かった。そうだ、自分はノートのありかをついに見つけ、箱を開けたのだ。そして中に入っていたガスを思い切り吸い込んでしまった。

 

  「目が覚めたかい?」

 

  煜がペンライトをつけた。

 

  「煜?私、どうしてここにいるんだろう?」

 

  「もう演技する必要はないよ。アンディからすべて聞いた。彼はもう僕のことを信じて家に帰っていった」

 

  あの無能め。どうやったらこの状況から煜を信じるんだ?しかもそれだけでなくすべて話してしまっただと?私を置いて帰っただと?ふざけている。

 

  「私が捜査員だってどうやって気付いたの?」

 

  「リュークが教えてくれたんだ。君が偽名を使っているって。それに君の日本語は少しうますぎたよ。僕へのアプローチも露骨すぎた」

 

  死神はそんなことまで教えるのか?所有者に対しても非協力的なんじゃないのか?完全に油断していた。煜が死神の目を持っていないということは裁かれた犯罪者を見れば分かったが、まさかそんなところからバレるとは。

 

  「私をどうするつもり?」

 

  「本当の名前を教えてほしい」

 

  「殺すつもりなの?」

 

  「分からない。君は演技だったんだろうけど、僕は君を好きになってしまった。だけど僕にとって君はとても危険だ、だからどうしていいか自分にも分からない。僕はただの君の名前を知りたいだけかもしれない」

 

  この言葉を聞きジェニファーはまだ完全に逆転の機会を失ったわけではなさそうだと思った。

 

  「私の名前、知りたい?」

 

  「うん」

 

  「うーん、そうだなーじゃあもう一回好きっていってくれたらね」

 

  煜はこの言葉に大きく動揺したようだ。男とは本当に簡単に扱える。まあ今回ばかりはそれに感謝しなければ。

 

  「す、好きだよ」

 

「ふふっありがとう。私の名前はね、ヴェネーナ A ホワイト。私の本名を知っているのはニアと煜、それから死神だけだね。あと、ニアからはジェニファーって呼ばれてる」

 

 ジェニファーは本当の名前を煜に教えた。どうせ偽名を使ってもバレるからだ。

 

「君の名前はヴェネーナ A ホワイト」

 

「そう、それで煜はどうするの?」

 

  ここまでやればそう簡単には殺さないだろう。ううん、この男は心底私に惚れている。殺すことなんてできない。ここから一気にたたみ掛けよう。

 

  「ねぇ煜、私ねーー」

 

 ジェニファーはそれ以上何も言うことができなかった。煜がデスノートを取り出したからだ。

 

  「ちょっと待って!まだあなたに言いたいことがあるの!」

 

  「もう君の演技には騙されない。さようならアリス」

 

 煜は素早くペンを走らせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

計画

 煜はクタクタになって家にたどり着いた。時計の針はすでに11時を過ぎていることを教えてくれた。煜の母親が玄関まで来た。

 

  「煜!こんな時間までどこにいってたの?」

 

  怒ったような安心したような声で尋ねる母親を見て少し心が痛んだ。

 

  「ごめん、ちょっと友達の家に遊びにいって、気付いたらこんな時間になっちゃったんだ」

 

  「それにしても連絡の一つくらいするものでしょ。心配したのよ、次からは気をつけね」

 

「母さん、本当にごめん」

 

「分かればいいわ。ご飯は机の上にあるから食べたら早く寝なさい。明日はテストでしょ」

 

  煜はこれからのことを思うと本当に申し訳ない気持ちになった。だがやらねばなるまい、平和な世界には僕の力が必要だ。

 

  「分かった、次からは気をつけるよ」

 

  煜は靴を脱ぎ、母の横を通り抜けて自分の部屋に入った。扉を閉じて深呼吸をする。ごめんね母さん、僕は親不孝な子どもだ。でも僕にしかできないことなんだ。

 そしてニア、君を生かしておくわけにはいかない。君は思っていたよりも恐ろしい存在だ。今まで悪人以外を殺したことはないし、殺したくはなかったが、僕が見つかってしまっては本末転倒。今回ばかりはやむを得ない。相手は世界一の探偵だ、だが負けるわけにはいかない。そのために何もかも犠牲にする覚悟はできている。それに煜には強力なパートナーができている。

 

  「リューク、さっき話した作戦、ちゃんと覚えてる?」

 

  僕は夜神月とは違う。彼には天才的な頭脳と類い稀な身体能力、そして人の心を掴む天性の魅力があったが、僕にはない。でも僕は夜神月が持っていなかったものを持っている。仲間だ。しかもただの仲間ではない、最強の味方だ。

 

  「ああ、覚えてるさ。しっかりやってやるよ」

 

  今までのどんなときよりも頭が冷たく冴え渡っていた。ニアとその部下を全員殺す。そのゲームが始まったのだ。

 

  「じゃあ頼んだよ。僕はデスノートの所有権を」

 

  煜は目を閉じた。

 

  「捨てる!」

 

 煜は目を開けた。

 なぜこんなことをしていたんだろう?そうだ、確かアリスと山で...ダメだよく思い出せない。ああ、いけない明日は試験があることをすっかり忘れていた。早く勉強しないと。しかし体があまりにも疲弊していた煜は風呂にも入らずベッドに倒れこんだ。

 

 

 

 

「白雪姫は毒リンゴを食べさせられたとき、最初は警戒して手を出さなかったのですが、リンゴ売りに扮した王妃が半分食べてみせたところ、油断してリンゴをかじってしまったそうです」

 

  ニアはうんざりした。最近Lが何をしたいのか分からない。ジェニファーからいい報告はまだない。大方、何もないのがLには退屈なのだろう。

 

  「それがどうしたっていうんですか」

 

  「いやね、その毒リンゴというのが半分は白色で半分は赤色なんです。そして王妃が食べたほうが白色、つまり毒がないほう。そして赤色のほうには毒が入っていた。でもなんで半分白くしたんでしょう?全部赤色でも問題なさそうなのに。まあ王妃はその時点では白雪姫に勝ったと言えるでしょうが知っての通り最後は不幸な人生の終わり方をしました」

 

  「私ならどちらにしろ絶対に食べませんけどね。それに今はどうだっていいじゃありませんかそんなこと」

 

  しかしLの表情は真剣に見えた。

 

  「いえ、これは私が生前解けなかった謎のひとつです。でも死神になってから気づいたのですが白いほうにも毒が入っていた可能性がある」

 

  「そうですか。白い毒リンゴの謎、解けるといいですね」

 

  「ニアに託しましょう。いつか答えを聞かせてください」

 

  なぜそんなくだらないことを考えなければいけないんだ。キラ捜査は報告待ちといえど、ニアは他にもいくつかの事件を掛け持ちしていた、Lの言葉に構う余裕はなかった。早くノートを見つけてしまえばいいのだが。そんなことを思った矢先、部屋のドアがノックされた。

 

  「ニア、大変です!ジェニファーの死亡が緊急用の端末から知らされました!」

 

 ジェニファーの手首には脈をとる腕輪をしている。ジェニファーが死ぬか、もしくはそれが破壊されるとニア達の元にそれが知らされるのだ。ニアは立ち上がった。ジェニファーが死亡?まさか殺された?本名を知られたというのか?

  とにかく煜がNキラであることは間違いない。

 

  「ジェニファーほどの者があれだけ慎重にことを進めていたのに」

 

  ニアは驚きを隠せなかった。死神の目を持っていたのか?だがあれは使用者にとってもリスクの高い代物、それに殺されている犯罪者から見て持っていないと断定したのだ。だとすれば自分で気付いたのか。どうやら自分はあの少年を甘く身過ぎていたようだ。

 

  「もうこちらの捜査はバレているでしょう。直ちに朝日 煜を確保しましょう」

 

 ニアは思わず唇を噛んだ。

 

  「ノートの所有権を放棄していたらどうしますか?」

 

 捜査員が尋ねる。

 

  「記憶が消えたからといって罪が消えるわけではありません。なんとしてでも我々でノートを手に入れ、記憶を復活させた上で自白をとります」

 

  「わかりましたアンディに連絡して日本の警察と協力して直ちに朝日をとらえるよう伝えます」

 

 

 

 煜はダッシュで家を出た。試験の日に限ってこんなギリギリに起きるなんてついてない。

 昨日、夜遅くまで出歩いていたのが一番の原因だ。そんなことを思い出しながら角を曲がったときだった。突然後ろから目隠しをされ数人の男に体を縛り上げられた。

 

  「何するんですか!?」

 

  煜はパニックに陥って暴れたが、虚しい抵抗に終わった。

 

  「朝日 煜を確保しました」

 

  男の一人が誰かと連絡を取っているようだ。

 煜はそのあとさらに猿ぐつわをかまされ、車に乗せられて移動させられた。

 実際には1時間ほどだろうが何時間も座っているような感じがした。一体何が起こっているんだ?この人たちは誰だろう、僕はこれからどうなるんだろう、もう学校には戻れないのか、母さんと父さんにも会えなくなるのか、それらのことが頭の中をいつまでもぐるぐると回った。

 車で移動したあとどうやら飛行機に乗せられ、体の自由を奪われたまま今度こそ何時間も座っていた。いつしか眠ってしまい、目覚めると今度はまた車に乗せられていた。

 なんとかしようと口をもごもごさせるが一向に効果がない。もうダメだと煜が諦めたとき、車から降ろされ建物の内部に入っていくのがわかった。多分地下だ。そして体中を調べられたあとやっと目隠しと猿ぐつわが外された。

 

  「ここはどこなんですか!?あなたたちは一体何者なんだ!?」

 

  煜は周りの男に聞いたが、返事はなかった。

 

  「ニア、どうやら記憶は失っているようです」

 

  するとニアと呼ばれた男がスピーカー越しに無表情な声で返した。

 

  「やはりそうですか。わかりました、独房に入れておいてください」

 

  「わかりました」

 

  煜は何が何だか全くわからないまま閉じ込められてしまった。一体なんなんだ?僕が何をしたっていうんだ。こんな仕打ちを受ける覚えはない。自分はただの平凡な高校生だ、煜はそう訴えたが男たちの目はとても冷たいものだった。

 

 

  ニアは部屋に戻り、ドアを荒々しく閉めた。

 

  「血圧が上がりますよ落ち着いてください」

 

  黙れ、一からやり直しだ。また多くの人が死ぬ。これで落ち着いていられる方が異常だ。

 

  「すぐに犠牲者が出るに違いありません。次はどんなやつがノートを手にするかによりますが、怪しいと思ったらすぐに身柄を確保し、持ち物を全て調べます」

 

  「本当に落ち着いてください。また同じ失敗を繰り返すつもりですか?」

 

  「じゃあ何かいい方法でもあるっていうんですか!だいたいあなたはキラ事件を解決するなんて言ってたくせにここに来てからこちらの捜査を眺めているだけではありませんか」

 

  ニアは自分がこんなに取り乱していることに自分で驚いた。

 

  「すみません、言い過ぎました」

 

  下を向いたまま謝る。

 

  「落ち着きましたか?」

 

  「はい」

 

  ニアはが返事をしたとき、誰かがドアをノックした。

 

  「誰ですか?入って来て構いません」

 

  失礼します、と言って入って来たのはアンディだった。

 

  「本当に申し訳ありません!」

 

  アンディはそう言うと床に手をついて謝罪した。

 

  「私が奴の口車に乗せられ、すべて話してしまったせいで全部めちゃくちゃにしてしまいました。どんな形でも責任をとるつもりです」

 

  アンディの肩が震えていることにニアは気付いた。

 

  「頭を上げてください。今さら悔やんでも仕方がない」

 

  アンディはそれでも罪滅ぼしのために何かできることはないかと聞いてきた。

 

  「とりあえず本名を知られてしまったので、すでにノートで操られている可能性がある。23日間は独房で生活してもらいましょう。それがあなたに与える罰です、いいですね?」

 

  アンディは尚も謝りながら了解したと返事をした。

 

 

 

 

  それから3週間と数日後。デスノートの切り取ったページに死ぬ時間を書いていき、名前を書く欄だけが見えるように切り取った白い紙を上に被せる。こうして作り上げた署名簿を男は満足げに眺めた。

 

  「おい、死神。これで本当に私に反対する市民が消えてくれるんだろうな」

 

  「ああ、あとはあんたを辞めさせるための署名活動だとか言ってそこにそいつらの名前を自分で書かせればいい」

 

  男はにやりと笑った、これで解職からは逃れられそうだ。男の名は神森 慎太郎、市議会議員だ。神森はいわゆる親のコネで今の地位まで上り詰めた。

 だが小さい頃から親に甘やかされ、欲しいものはなんでも手に入るものと勘違いしている。ついには政治資金に手をつけ、その疑惑が今、世間で取り沙汰されているのだ。

 

  「私に反対するものがどんな目に合うかわかれば、馬鹿どもも静かになるだろう」

 

  「ああそうさ、あんたには俺がついてる」

 

  「リュークとかいったな、本当に助かったよ何か褒美をやろう。何がいい?」

 

  まるで王にでもなったかのような気分でリュークに聞く。

 

  「じゃあリンゴをいっぱいくれよ」

 

  「リンゴ?まあいいそんなものでいいならいくらでもやる」

 

  こんなに安いものでこの力が使えるならこれほどいい話はない。神森は再びその顔に気味の悪い笑いを貼り付けた。この作戦を実行するのが楽しみだ。

 

 

 

 

  「そうですか、はい、わかりました」

 

  ニアは受話器を置いた。

 

  「何か進展があったようですね」

 

  その通り、進展はあった。だがニアの顔には喜びの色はなかった。

 

  「今回の犯人は相当な馬鹿です、それどころか今までのデスノート所有者の中で最悪のクズですね」

 

  ニアが受けた報告はまさに耳を疑うものだった。日本の市議会議員を辞めさせるための署名活動に参加したもの全員が死亡したというのだ。当然、疑わしいのはその議員、神森慎太郎だ。

 

  「ちょうど神森は政治資金横領の疑惑がかかっています。かなり強引ですがそのための捜査だと言ってすぐにやつの周囲を調べさせるよう指示しました」

 

  「そうですか、今回はすぐにノートも出てきそうですね」

 

  だからと言って失われた命を取り戻すことはできない。それを分かっているからこそ次の犠牲者を出さぬよう、落ち込むのではなく冷静にノートを回収しなくてはならない。

 

 2日後、再び部屋の電話が鳴り始めた。ニアが報告を受ける。少し驚きの表情を見せるが、すぐにまた二、三言指示を出すと電話を切った。

 

  「忙しいですね」

 

  Lがニアの顔を見て心配そうにした。

 

  「ええ、神森の自宅を捜索したところ書斎の机の上にデスノートらしきものが見つかったそうです。しかもノートを触ったものには死神が見えたそうです。神森を逮捕し、ノートはこちらに送るよう指示しました。これで朝日にノートを触れさせて記憶を戻し、自供させれば今度こそ事件は絶対に終わる」

 

  「そうかもしれません、ですが強く忠告しておきますが『絶対』という言葉ほど当てにならないものはありませんよ」

 

  「そんなことはそんなことはわかっています」

 

 そうそう言ってニアが自分の部屋を出たときアンディと廊下でぶつかりそうになった。

 

  「おわっ!あ、ニア、すみません」

 

  23日経っても死ぬことはなかったので捜査に復帰していたのだ。

  「いえ、こちらこそすみませんでした」

 

  ニアはすでに本部の部屋に向かいながらそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒

 煜は捕まってから何日経ったのか覚えていなかった。その間同じ部屋に閉じ込め続けられていた。食事の時に皿を持ってきてくれる以外、人と会うこともなかった。頭がおかしくなりそうだ。そんなときドアが開いた。

 なんだ?まだ食事の時間ではないはずだ。

 もしかして解放されるのか?煜は期待して入ってきた男にもう出られるのか聞こうとしたが、男は黙って黒いノートを差し出してきた。触れてみろ、ということらしい。

 わけがわからないが何をされるかわからないので煜はおとなしくノートに触れた。

 その瞬間煜の脳に直接電流が流れるような強烈な衝撃が走った。そして煜はすべてを思い出した。すべてを理解した。なぜ自分はここにいるのか、自分は何と戦っていたのか、何をしようとしていたか。

 

  (計画通り!!)

 

 ニアは必ず僕に自供させるためにノートを触らせると思っていた。だからわざと馬鹿な奴を選んでノートを持たせるようにリュークに指示したのだ。そうすればすぐにノートが回ってくる。

 ただしアンディをもう一人の仲間に確実に操らせるため煜が捕まってから23日後にノートを持たせたのだ。完璧だ。ここからは僕の番だ。このゲームには負けない。そのとき部屋に取り付けられたスピーカーから声が流れてきた。

 

  「思い出しましたか?自分が何をして、なぜここにいるのか」

 

  ニアだな、ああ思い出したとも。もう勝ちだと思っているだろうがそんなに簡単にはやられてやるか。

 

  「うん、思い出したよ」

 

  「では自分の罪をすべて話してください」

 

  煜は少し黙った後、こう言った。

 

  「明日まで待ってください」

 

  煜はデスノートに名前を書いたあと必ずそのページを切り取って燃やすようにしていた。

 つまりあらゆる状況証拠は煜をキラだと言っているが、肝心の物的証拠は一つもない。煜が自白しない限り法的に裁くことは不可能。

 

  「なぜです?こちらにはあなたを待つ義務も理由もない。無駄な時間稼ぎはやめて、さっさと自分がキラだったと認めなさい」

 

  「無理だ。僕はキラじゃない」

 

  「まだそんなことを...!」

 

  「キラに操られていたんだ!今はまだ話せないけど、明日知っていることすべてを話す!だから待ってくれ!」

 

  煜はできるだけ必死に見えるように訴えた。ニアはこれがどういうことか考えるだろう。

 それが煜の狙いだった。

 

  「わかりました」

 

  「ありがとう。あと記憶を失わないようにノートの紙切れだけでいいから触れさせていたい」

 

 しばらくして再び音声が流れて来た。

 

  「そうですね、では腕輪をつけてもらいましょう。その裏にノートの切れ端を貼り付ければ常に触れている状態になる。ただし腕輪は絶対に外さないでください。そして常に捜査員を交代で1人そばにつけさせます」

 

  「わかったそれでいい」

 

 

 

 

 

 

 

  「いいんですか?」

 

  捜査員の一人が不安そうに尋ねる。

 

  「いいんです。どうせあそこでは煜自身は何もできません。何か作戦があるようですが、逆に利用して決定的な負けを突きつけてやりましょう」

 

  アンディがニアの顔を覗き込んできた。

 

  「なんですか?」

 

  ニアが聞いてもアンディは何も答えずただ部屋の中を歩き回るばかりだ。ニアはもうこの男のことはあまり気にしないようにした。

 

  「取り敢えず朝日が何を考えているのか探り当てる必要がありますね。何か切り札を隠し持っている可能性も十分にあります」

 

  ニアがそういうと本部に再び緊張感が戻った。

 

 

 

 

 

 

 その日、男は自宅に戻るとすぐにPCの電源を入れた。無表情のまま画像を添付したメールを送ろうとしたときだった。

 

  「そこまでだアンディ!」

 

  男は捜査員に包囲されていた。

 

  「それをどうするつもりだった!?」

 

  アンディが送ろうとしていたのはニアを含む捜査員全員の顔写真だった。

 

  「ニア、やはりアンディはキラに操られていました」

 

  「やはりそうですか」

 

  ニアは電話越しに少し考える素振りを見せたあとこう言った。

 

  「すべてわかりました。今から私のいうとおり動いてください」

 

  ニアはそういうと受話器を置いた。

 

  「どうして23日たったはずのアンディが操られていたのか気になりますね」

 

 Lが呟く。

 

  「それは今アンディが写真を送ろうとしていたもう一人の仲間に朝日 煜がアンディを23日たったタイミングで名前を書かせたのでしょう」

 

  「その仲間はアンディの名前は分かっても顔はわからないはず」

 

 Lがまだ何かひっかかるように言ったが、ニアにはもう煜の作戦はすべて理解した。そんな細かいことはすでにどうでもいいことだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

  煜は顔を上げた。煜が記憶を取り戻してから1日経った。だが誰もこない。当たり前だ。みんな死んだのだから。もうすぐ煜の仲間がここに来る。アンディがこの場所を教えたはずだ、中に入るのもアンディが手引きする。

 今から来るのは狂信的なキラ信者だ。頭は良くないがキラのいうことは何も疑うことなく実行する。

  やがてその男が現れた。

 

  「か、神よ!!」

 

  男は煜を見るなり感激したようにそう言った。煜は勝利を確信した。

 

  「ああ、よくやってくれた。あとはここを抜け出すだけだ。独房の鍵は持ってきてくれたかい?」

 

  「はい!今お助けします」

 

  ついに煜は独房から解放されたた。

 

  「ありがとう本当に助かったよ。君の名前は?」

 

  「ショーン テイラーです」

 

  「そうかじゃあ行こうか、ショーン」

 

  煜が出口に向かって歩き始めたときだ。

 

  「行かせません」

 

  なんと死んでいたはずの捜査員たちが息を吹き返したように立ち上がり始めたのだ。

 

  「な、なんで!?」

 

  ニアが煜の前に移動した。

 

  「初めまして、ニアです」

 

  「どうして!?お前たちはショーンに殺されたはず!」

 

  「ええ、本来ならそうなるはずでした。しかし、アンディの様子がおかしいと気づいた私は彼を監視しました。すると驚いたことに私たちの顔写真をそこにいるショーンに送ろうとしていたのです。おそらくショーンは死神の目と本物のノートを持っている。神森が持っていたのは中に本物のデスノートのページを挟んだ偽のノート、だからあなたは常にページを身につけていないと記憶を維持できない。そしてショーンはアンディから送られてきた私たちの顔写真を見て、本物のノートで殺すつもりだった。ショーンと神森には死神を通して指示を出したのでしょうね。死神をも仲間にするとは恐ろしい」

 

  煜は唇を噛んだ。やはりニアは強敵だった。こんな作戦では騙せなかったわけだ。ニアがさらに続ける。

 

  「私はその作戦を利用してやることにしました。ショーンに公表されていない死刑囚の顔写真を送り、私たちが死んだと思わせた。さらにわざとアンディを操らせたままにし、ショーンをここに迎え入れさせた。そして彼はあなたを神と呼んだ。決まりです、お前がキラだ」

 

  煜は頭をふらふらさせながらニアと捜査員一人一人の顔を見て、不敵な笑みを浮かべ、こう言い放った。

 

  「そうだ、僕がキラだ」

 

  全員の表情が強張る。

 

  「ショーン、ノートは持ってきたか?」

 

  「はい!言われた通りに!」

 

  「爆弾は?」

 

  ショーンがニヤリと笑い、上着を脱いだ。彼の腹にはいくつもの爆弾が巻き付けられていた。

 

  「よくやってくれた。おいニア、お前たちのうちの誰かが少しでも動けばこの爆弾を爆発させる!」

 

  煜は自分の第一の作戦が暴かれることはある程度想定済みだった。だから保険のためにショーンにはリスクを冒してもらい、爆弾と本物のノートを持ってきてもらったのだ。さすがに捜査員たちの顔からは血の気が引いていた。

 

  「よし、お前の力でこいつらを皆殺しにしてやれ。一人ずつ名前を読み上げてノートに書いていくんだ。おい!動くなといっただろう!?」

 

  捜査員たちはどうすることもできなかった。動けば爆発に巻き込まれて死に、動かなければノートで殺される。絶望的な状況だった。

 そうしているうちにもショーンが名前を大きな声で読み上げながら書いていく。

 

  「ネイト リバー!ジョージ....」

 

 そしてついにショーンは全員の名前を書き終えた。

 

  「よし、最初の名前を書いてから何秒たった?」

 

  ショーンが腕時計をみる。

 

  「32,33,34,35,36,38、、」

 

  煜がニアの方を向く。

 

  「僕の勝ちだ、ニア」

 

 だが、40秒経っても何も起きなかった。

 

  「な、なんで!?」

 

 ショーンが信じられないという顔で煜を見た。

 

「か、神!!私は、仰せのままに!」

 

「何も起きないのは当然です」

 

  ニアが口を開いた。

 

  「本物のノートはここですからね」

 

  ニアは漆黒のノートを取り出した。

 

  「ショーンが持っているのは偽物です」

 

  煜がたじろぐ。

 

  「馬鹿な!どうやって!?ショーンに渡したのは正真正銘本物のノートだった!」

 

  「ええ、ですが、ジェバンニが一晩でやってくれました」

 

  煜はあまりの驚きに膝から力が抜けた。

 

  「ジェ、ジェ、ジェバンニだと?」

 

  「はい。PCのメールアドレスからショーンの自宅を特定し、精巧な偽物と取り替えたのです。捜査員全員にノートを触れさせておいたおかげで死神も確認できる、つまり逆に死神に気付かれないように行動することができた。ちなみに爆弾も爆発しません。さらに言うと私たちが死ねば、ここで録音された音声がインターネットで公表されます。逃げ道はない」

 

  「そんなチート能力ありかよ」

 

  煜は膝をつき、うつむいた。体が小刻みに震えている。

 

  「終わりましたね、ニア」

 

  ジェバンニが声をかける。

 

  「ええ、これでやっと、」

 

  ニアがそう言いかけたときその言葉を遮るようにLがこう言った。

 

  「いや、多分終わってません」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別れ

  「え?」

 

  ニアはあまりのことに声を出してしまった。

 

  「どうかしましたか?」

 

  捜査員が心配そうに声をかける。

 

  「いえ、大丈夫です」

 

  終わってないとはどう言うことだ?そうして煜の方を向いたとき、ニアは驚愕した。なんと笑っているのだ。体が震えていたのはそのせいだった。負けておかしくなったのではない。勝利を確信した笑いだった。

 

  「あははははは!聞いたか!?ジェニファー、トドメをさせ!」

 

  「ジェ、ジェ、ジェニファーだと?」

 

  「そうだここのコンピューターはすでにジェニファーの手に落ちている。さすがはワイミーズハウスNo. 1の天才だ、誰にも気付かれずここを乗っ取った!ここに録音された音もすべてジェニファーには聞こえている!お前らが死んでもインターネットには公表されない!さらにジェニファーはノートを持っている!」

 

  そんなはずがあるか。ジェニファーは死んだはず。ノートもニアが持っている。それに誰にも気付かれずここのコンピューターを乗っ取っただと?

 そんなチート能力ありかよ。だがもし、煜の言っていることが本当なら相当まずい。ジェニファーはニアを含むすべての捜査員と面識がある。しかもさっきショーンが名前を読み上げたせいで全員の本名が分かる。

 

  「今度こそ僕の勝ちだニア」

 

  やがて捜査員が苦しみ始めた。ニアは自分の負けを理解した。

 まさか『絶対』に裏切らないように送り込んだジェニファーが裏切っているとは思いもよらなかった。ニアは過去を振り返った。確かにジェニファーは正義感に溢れているわけではなかった。むしろ自分のためだけにその能力を使っていた印象さえある。

 Lなら気づいていただろうか?その可能性が1%でもあれば徹底的に調べていたのだろうか?もしかしたら今までニアに対して何かヒントを与えてくれていたのではないのか?そしてLとの今までのやりとりを思い返したときニアは自分がLを超えられなかったことを知ったのだった。

 だがおそらく煜もジェニファーに殺されるだろう。彼女は全てを欺き、騙し、自分だけがノートを手にするに違いない。

 

  「L...すみま..せん」

 

  ニアは薄れていく意識中で最後の力を振り絞り、そう言った。

 

  「ニア、残念です」

 

  Lは少しだけ悲しそうな顔をしてそれだけ言うとどこかへ飛び去っていった。

 

 

 

 

 

  煜は倒れたニアからノートを奪い取った。勝ったのだ。僕の勝ちだ。

 

  「うまくいったね煜」

 

  しばらくしてジェニファーが現れた。

 

  「ショーンもよくやってくれたけどもう不要だから殺しておいたよ」

 

  煜はジェニファーの方を向いた。

 

  「名前を書いたノートのページは処分してくれた?」

 

  当然だと言わんばかりにジェニファーは頷いた。

 

  「あと一つ仕事が残ってるけどね」

 

  「え?」

 

  驚く煜を気にもとめずジェニファーはノートに煜の名前を書き、それを見せた。

 

  「ごめんね。これで本当に終わり」

 

  煜は怒りを感じるよりも悲しくなった。やはりジェニファーは最後にこうするつもりだったのか。煜はあの小屋でのことを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

  「もう君の演技には騙されない。さよならアリス」

 

  煜はそう言ってペンを走らせた。

 

  「そんな」

 

  ジェニファーが絶望した。

  だが、煜は名前を最後まで書いていなかったのだ。そのノートはもともと箱に入れていた1ページ目だけが本物の偽のデスノートだった。こういう時のために1ページだけ本物にしておいたのだ。

 しかし、

 

  「だ、だめだ書けない」

 

  煜の手は名前を書き終わる途中で止まっていた。

 

  「煜、書いてないの?」

 

  「うん」

 

  ジェニファーはこのとき煜の仲間になると言ってきた。私を信じて、あなたの力になりたいのと潤んだ目で訴えてきたのだ。煜はその言葉を信じたふりをした。

 そしてそのとき持っていたノートをジェニファーに渡した。それから煜とジェニファーはニアとその仲間を殺す方法を考えた。それは上手くいった。煜が記憶を取り戻したときすでにジェニファーは捜査本部の監視カメラをハッキングしていたのだ。

 煜が記憶を取り戻したことを確認すると、煜から渡された死の直前の行動が細かく記されたノートの切れ端にアンディの名前を書き、それを燃やして処分した。

 そして神森とショーンには中のページだけが本物の偽ノートを渡し、リュークで二人を操った。

 ここまでがジェニファーが知っている作戦。だが煜は一つだけジェニファーに嘘をついた。実はショーンに渡したノートこそが本物で、ジェニファーに渡したノートは1ページ目だけが本物の偽ノート。

 煜がジェニファーの名前を書くふりをしたのはそのとき煜が持っていた、「エロ本と入れ替えた偽のデスノート」をジェニファーが本物だと思い込んでいるか確認するためだった。

 

 

 つまり、

 

 

「そのノートで僕は殺せないよ」

 

  煜は静かに言った。

 

  「何を言ってるの?ニアたちはこれで死んだのよ?わかってる?」

 

  ジェニファーは馬鹿にしたような声を出した。

 

  「うん、1ページ目だけが本物だからね」

 

  煜は自分が手に持っているノートを見せた。

 

  「君が偽物だと思っているこのノートが本物のデスノートだ」

 

  「ククッさすがは煜だ。ゲームになると冴え渡ってる、その上容赦ねぇ。ワイミーズハウスNo. 1の天才に圧倒的勝利だ。お前の狩りをサポートできて本当に面白かったぜ」

 

  いつの間にか側に来ていたリュークが囁いた。

 

  「ああ、これで裏ボス撃破だ」

 

  煜はなんの躊躇いもなくジェニファーの名前をノートに書いた。

 

 

 

 

 

  ジェニファーは煜が名前を書く様子をぼんやり見ていた。二度までもこの私が出し抜かれた。煜に協力したのは当然その方がデスノートを手に入れて、ニアを殺しやすいと思ったからだ。私の頭脳とデスノートがあれば、何の誇張でもなく世界征服も夢ではなかった。

 なのにこんなやつに。

 

  「さよならヴェネーナ A ホワイト」

 

  「くっ」

 

  こうなったら少しでも私を殺したことを後悔させてやる。ジェニファーは煜をそっと抱きしめ、その唇に口付けをした。

 

  「煜、大好きだったよ」

 

  ジェニファーは微笑みながら息絶えた。

 

 

 

 

 

  煜はジェニファーの亡骸を抱いたまま目に涙を浮かべた。

 

  「ああ、あああ!」

 

  涙が止まらなかった。一体自分は何をしているんだろう?

 

  「おい、泣くなよ俺たちの完全勝利じゃないか」

 

  それでも煜は泣き止まなかった。あの小屋でジェニファーを騙すことを決めたときにアリスへの気持ちも捨てたはずだった。どんな犠牲を払っても構わないと思った。なのになぜこんなに悲しいんだ。さっきのキスもジェニファーの演技だ。そんなことは分かっている。でも、アリスとの思い出が走馬灯の様に蘇った。

 

  「おい煜!さっさとここを出ないとさすがにやばいぜ」

 

 リュークが焦った声を出す。

  煜は涙を拭いた。煜にはまだやらねばならないことが残っている。

 

  「分かった。いくよ」

 

  冷たくなったジェニファーを横たえた。

 そして、煜はペンを持ち、''平和な世界''に向かって旅立った。




最終話でした。今まで読んでくださった方、お疲れ様でした!至らないところもあったかと思いますが楽しく投稿させてもらいました。本当にありがとうございました!!また次があるかは分かりませんがネタが思いつけば書くかもしれないのでそれまでしばしの別れです^_^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕斗君の憂鬱

お久しぶりです。この話は本編のサブストーリー的な感じで後付けで作りました。笑
本当に久しぶりなので色々矛盾が発生しているかもしれませんが、かるーい気持ちで読んで、暖かく受け入れてください。


  「あの、私、夕斗くんのことが好きです!付き合ってください!」

 

  放課後、 校舎の陰、靴箱の中にあった女の子からの来てほしいという置き手紙、この三拍子が揃えばこうなるのは夕斗にとっては至極当然のことだった。背が高く、誰が見ても認める爽やかな容姿を持ち、人当たりもいい夕斗には小学生の時から自然と女の子が集まってくる。

  今日、夕斗に告白してきたのは一年生の吹奏楽部に所属する子だ。男子の間で可愛いともっぱら噂になっている子だ。幼めのルックスに艶のある黒髪のロングヘアー、背が低い割には胸が大きく、少しおっちょこちょいという男の好みを詰め合わせたような子だった。クラスは違うが、夕斗も何度か見かけたことがあった。そんな女の子に告白されれば大抵はOKを出すだろう。しかし、

 

  「ごめん、俺、今は部活に集中したいから付き合うわけにはいかないんだ」

 

  夕斗はあっさりと交際の申し込みを断った。

 

  「私、夕斗くんの邪魔にならないようにするから、本当に好きなの!」

 

  少ししつこいな。夕斗は心の中で毒づいた。ここまで言われれば普通は嬉しくなるものだろうが、夕斗は違った。

 

  「俺は部活の片手間に恋愛するなんて器用な真似は出来ないし、何より君に失礼だと思う。だからここではっきりと断らせてもらうよ」

 

  「分かり、ました」

 

  女の子は少し傷ついたような顔をして俯いて夕斗の前から去っていった。今まで生きてきた中でフラれたことがないのだろう。私に告白されて断る男がいるはずがないと、ある意味たかを括っていたに違いない。何度も女の子からの交際を断ってきた勘でそんな邪推をして夕斗もまた、帰路に着いた。

 

  「あんな可愛い子からの申し出を断っちゃっていいのー?」

 

  夕斗が歩いているといつのまにか側にいたアイスが話しかけてきた。

 

  「ふん、あんなやつ興味ねーよ。それより外では話かけんなって言ってるだろ、お前と話してる時の俺はただの独り言を呟いてるあぶねー奴なんだから」

 

  アイスは自称「天使」で数年前に夕斗が、名前を書いただけで人を殺せるというおかしなノートを拾ってから見えるようになった。

  アイス自身は天使を自称しているが、見た目はどちらかというと悪魔だった。青白い肌で、ガラスのように光を透過する四枚の大きな翼を持ち、いつ使っているのか怪しい鞭のような武器を持っている。

 

  「でもーアイス的には今まで夕斗に告白してきた女の子の可愛さランキングで言えばトップ3には入ると思うけどなー」

 

  真っ赤な口紅を塗ったような肉感のある唇にスラリとした指をあてながらアイスは夕斗に並んでついてくる。

 

 

  「だからー俺が興味あるのは一人だけだっていつも言ってるだろ?」

 

  夕斗は少しイライラしながら自宅の扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。

 

  「ただいまー」

 

  誰もいない室内に向かって声を出す。母親は昼間はパートで家を空けており、夕方に一度帰ってきて夕斗のために食事を作り、夜にまた仕事に行くという生活を、父親が死んでから続けている。決して裕福ではないが、母は辛そうにすることなくハキハキと毎日を送っている。夕斗はそんな母親にいつも感謝していた。

  夕斗の家は煜の住む住宅街から少し離れた場所に立地する団地のマンションの一室だ。夕斗は自分の部屋に入るとすぐに机に向かって今日1日の授業の復習を始めた。

 

  「また勉強するの?アイス構ってくれないと拗ねちゃうよ?」

 

  甘えた声ですり寄ってくるのが鬱陶しい。

 

  「うるさいって。また一週間無視されたいのか?」

 

  「え、それはやだ。お勉強頑張ってね」

 

  前のお仕置きが相当効いていたのだろう、アイスはすぐに大人しくなった。

  しばらく勉強を続けているとただいまーという声と共に母が帰ってきた。

 

  「夕斗、また勉強?」

 

  居間から訪ねてきた。

 

  「うん、試験が近いからね」

 

  「そう、でも頑張りすぎて体調崩したら元も子もないからね、夜更かしはしちゃダメよ」

 

 

  「分かってる」

 

  短い会話を終えると夕斗はまた勉強に集中し始めた。母親が夕ご飯を作り終わってまた出て行く音を聞いてさらに1時間、ようやく夕斗はペンを置いた。時計を見ると8時前だった。

 

  「そろそろ飯を食うかー」

 

  「もう話しかけてもいい?」

 

  アイスが嬉しそうに近寄ってきた。

 

  「別にいいけど」

 

  夕斗は見向きもせずに応えて、晩御飯を食べ始めた。

 

  「ねぇーアイスのノートはもう使わないのー?」

 

  「あんな恐ろしいもんもう二度と使ってたまるか」

 

  夕斗は思い出すのも不快だといった風に吐き捨てた。

 

  「ふーん、はじめの1人はためらいなく名前を書いたのにね」

 

  夕斗が名前を書いて殺したのは他でもない夕斗自身の父親だった。父親はまだ夕斗が小学生に上がる前に会社をクビになってから次の仕事に就くこともなく、毎日酒を飲み、家族に暴力を振るうどうしようもない男だった。

 

  「俺がそうすると分かっていてノートを見つけさせたんだろ」

 

  「まあ、そうだけどね。でもそこからどうなるか見たかったのに全然使わないじゃん。使わない人間の方が珍しいからそれはそれで興味あるけどね」

 

  アイスが形のいいアーモンド形の目で夕斗を覗き込んできた。瞳が大きく、さらに紅に染まっているのに、宝石のルビーを連想させるほど澄みきった目を見つめると、なにもかも見透かされそうで空恐ろしく、夕斗は顔を背けた。

 

  「もう、照れなくてもいいじゃん。まあ、こんなに美人じゃしょうがないか」

 

  「照れてねーし、美人ってなんだよ。そもそもお前は人じゃねーだろ」

 

  「ねぇ、サラダのプチトマト食べてもいい?」

 

  「スルーかよ、まあいいや勝手に食えよ」

 

  夕斗が許可を出すとアイスはさも美味そうに目を細めてトマトを食べた。

 

  「おい、口の端に汁がついてるぞ」

 

  「えっ、もう恥ずかしい」

 

  そう言うと、アイスは長い舌で器用にトマトの汁を舐めとった。

 

  「お前って恥ずかしいって概念持ってたんだな」

 

  「え?」

 

  「なんでもない」

 

  夕斗は突っ込むのが面倒でそれ以上は何も言わなかった。実際、アイスの服装は人間界の基準で言えば充分「恥ずかしい」に当たるものだった。

 肩が露わに出て、豊かなバストを隠そうともしない胸元の大きく空いたキャミソールのようなものを一枚と、下は太ももが大きく露出するようなホットパンツだけであとは裸足というとんでもない格好だった。

 

  「さて、飯も食ったし、勉強するか」

 

  夕斗はご馳走さま、と呟いて立ち上がった。

 

  「また勉強するの?」

 

  「そうだよ」

 

  「なんでそんなに頑張るの?」

 

  「前にも言っただろ、勉強して、いい大学行って、警察のお偉いさんになるんだよ」

 

  夕斗は自分で確かめるようにそう言った。

 

  「なんでそんなの目指すの?警察官でも別にいいじゃん」

 

  「いいか、俺は少しでも偉くなって金を稼いで、母さんに楽をさせたいんだ。しかもそれだけじゃなくて、俺自身の夢としてこの国の犯罪を少しでも減らしたいんだよ」

 

  「まあ、立派ねぇ。でも、そんなに抑え込まないで、もっと欲望に素直になってもいいのよ?」

 

  アイスはクリーム色のセミロングの髪をくるくると弄びながら夕斗の耳元で囁いた。

 

  「ああ、もう鬱陶しい。皿洗いと居間の片付けやっといてくれ。あと、勉強するからしばらく話しかけんなよ」

 

  夕斗はアイスを手で払う仕草をして勉強机に向かった。

 

  「あと、全部終わったら部屋にいてもいいけど気が散るからいいって言うまで透明化しといてくれよ」

 

  「もうーそうやっていいように使って」

 

  ぶつくさ言いながらもアイスは素直に従って、夕斗の皿を洗い始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕斗君の憂鬱 2

  「夕斗くーん、朝ですよー」

 

  夕斗はその声を聞いて目を開けた。まず最初に目にあったのはアイスの顔のドアップだった。

 

  「おい」

 

  「ん?」

 

  「どけろ」

 

  夕斗が冷たくそう言うと、アイスはふわりと透明な翼で羽ばたいて体から降りた。

 

  「ちょっと、どけろってひどくない?朝起こしてって頼んでるのは夕斗なのに」

 

  スマホを見るとピッタリ6時半だった。いつも6時に目覚ましをセットしているがそれでも起きられないことがよくあった。

 

  「だからってのしかかれとは言ってないだろ馬鹿」

 

  寝起きの不機嫌さも相まって口が悪くなるのはいつものことだった。

 

  「のしかかってるんじゃないよ」

 

  「じゃあ何なんだよ」

 

  「なかなか起きないからたっぷり一分間目覚めのキスをしてるだけです」

 

  なぜか自信満々で胸を張りながらかました衝撃のカミングアウトを聞いて夕斗は洗面台にダッシュした。

 

  「そんなに慌ててどうしたの?」

 

  「次やったら二度と口聞かねえぞ人外」

 

  夕斗はゆすいだ口を乱暴に拭いた。

 

  「なんでよ、それはいやだ。ごめんなさい」

 

  それから謝り続けるアイスを無視して朝の準備を終え、夕斗は学校に向かった。

 

 

 

  通学路で前方に煜の姿を見つけて夕斗は心を躍らせた。まだ煜は夕斗に気づいていないようだ。夕斗はほくそ笑んだ。今のあいつは、油断している。今ならいける。息を殺し、すぐ後ろまで近づき、

 

  「ひっかるくーんおっはよーう!」

 

  夕斗は煜に抱きついた。

 

  「うわっ!やめろよ気持ち悪い、びっくりしたじゃん」

 

  「そんな冷たいこと言うなよ。それよりさー今日来るって言うアメリカ人の転校生、超かわいいらしいぜ!」

 

  夕斗は数日前に部活仲間から仕入れた情報を煜に教えた。

 

「ふーん、そうなんだ」

 

  煜の返事はあまり気乗りしないものだった。

 

  「なんだよその反応、嬉しくねーの?」

 

  「だってそんな可愛い子僕たちには見向きもしないよ」

 

 諦めたような悟ったような口調で煜は呟いた。

 

  「たちは余計だよ、たちは!」

 

  夕斗は笑いながらそう言った。煜が転校生に興味がなさそうで少し安心した。教室について煜と話しているうちにチャイムが鳴った。夕斗にとって一番楽しい時間の終わりを告げるチャイムは忌々しいものだった。

 

  「もうホームルーム始まるのかー」

 

  夕斗はしぶとく煜のとなりの席に座っていたが、早く戻らないと怒られるよ、と煜に言われて仕方なく自分の席に戻った。

  担任が教室に入ってきて転校生を紹介することを伝えた。呼ばれて入ってきた転校生はまるで人形のように整った顔立ちだった。自己紹介して照れるように、はにかむのを見て、夕斗はあざといな、と心の中で呟き、鼻で笑った。そうしてふと煜の方を見たとき、ヒヤリとした。煜の目があの女に釘付けになっていた。

 

  「ええ、じゃあ君の出席番号は3番だから、朝日の隣だ」

 

  煜の隣だと?許せん。なんとか異議を申し立てねば。

 

  「ええー俺の隣にしてくれよ先生!」

 

  「だったら朝日と結婚でもして苗字を変えるんだな」

 

  担任が茶化してそういうとクラスに笑いが起こったが、夕斗はそれどころではなかった。

  煜が顔を赤くしてあの女と喋っている。それが許せなかった。なんとしてでもあの二人を引き離さねばならない。夕斗は心の中で強く決意した。

 

 

  「はぁ」

 

  部活が終わり、仲間と別れて1人で家に向かう途中、夕斗は思わずため息をついた。

 

  「どうしたの?元気ないわね」

 

  能天気にアイスが話しかけてくる。いつもなら鬱陶しいが、今日だけは愚痴を聞いて欲しかった。

 

  「そりゃため息もでるだろ。煜のあの惚けた顔見たかよ。あの女絶対に許さねえ」

 

  「ちょっと目が血走ってるよ。そこまであの煜って子が好きなの?」

 

  やや引き気味でアイスが疑問を口にする。

 

  「ニンゲンって男は女を好きになって、女は男を好きになるもんだと思ってたんだけど」

 

  「うるせえ、愛に性別は関係ないんだよ!俺は煜が好きで、煜は俺のものなんだ!」

 

  「うわぁ」

 

  「なんだよ」

 

  「なんか、すごいね」

 

  こんな奴にどう思われようと知ったことではなかった。とにかく、夕斗は煜にあのアリスとかいう女を諦めてもらえる作戦を考えることにした。

 

  「どうすればあいつと煜を引き離すか考えるぞ」

 

  「そんなに引き離したいならノートであの子を殺しちゃえば?」

 

  アイスの目が妖しく光る。

 

  「そうだな、もちろんそれは最終手段として最初から視野には入れてある」

 

  「…」

 

  「どうした?」

 

  夕斗は黙ってしまったアイスを見返した。

 

  「いや、ちょっとあんたが怖かっただけ」

 

  こんな奴に怖いと言われればおしまいだなと考えつつも、家に着いた夕斗は第1の作戦を思いついた。

 

  「まずあの女に煜の駄目なところを教えて幻滅させる。そうすれば煜への興味も失って、煜も諦めるだろう」

 

  「まあ、頑張ってねー。私はいつでも夕斗の味方だからなにかあったらいつでも言ってね」

 

  語尾にハートマークが付きそうな甘えた声でアイスがそう言ったのを夕斗は聞き逃さなかった。

 

  「そのことなんだけどさ、アイス。俺は明日から土日の間部活で煜の様子が分からないからあの女が煜に近づいてないか見ておいて欲しいんだけど」

 

  「え、それは…」

 

  アイスが珍しく露骨に嫌そうな顔をした。

 

  「どうした?嫌なのか?」

 

  「嫌っていうかさ、煜も持ってるんだよね」

 

  持っている?どういうことか夕斗にはよくわからなかった。

 

  「夕斗と同じようにデスノートを持ってるの、それで私と同じような死神があの子にもついてるのよ」

 

  朝に続いて夕斗にとってショッキングな事実であった。

 

  「え、じゃあ、ああいうノートは何冊もあるってことか?それにお前死神だったのかよ」

 

  「あ、いや、私は天使だよ?でも、夕斗の言うようにデスノートは何冊もある、人間界に存在できる冊数は決まってるけどね」

 

  煜もノートを持っていたなんて、夕斗はそこまで考えてある恐ろしい可能性に思い当たった。

 

  「なあ、もしかして今起こってるキラの粛清って、煜がやってるのかな」

 

  「んー、分からないけどノートを使えばできることは確かだね」

 

  「だよな、じゃあもし俺がノートを持ってるってことを煜が知ったら…」

 

  それ以上言うのは恐ろしくて、とても言えなかった。

 

  「でも、まだ煜がキラだって決まったわけじゃないじゃん」

 

  煜についてる死神は前のキラについていた死神と同じやつだけど、とはとても言えず、アイスは気休めを言った。

 

  「私がそれも含めて見てきてあげようか?」

 

  あまりにも夕斗が落ち込んでいるのでそう声をかけてしまった。

 

  「ああ、頼んだもちろんあの女のことも気をつけてくれよ」

 

  「了解!」

 

  「それとさ、煜にも死神がついてるって言ってたけどそいつには見つからないの?」

 

  「その点は大丈夫!私は死神の中でも特殊で透明化できちゃいますから」

 

  「ふーん、やっぱりお前死神なんだな」

 

  アイスがカマをかけられたと気づいたときにはもう遅かった。

 

  「あ、だから私はあくまでも天使だよ?」

 

  「分かったってとりあえずこの土日は頼んだぞ」

 

  夕斗は笑いながらそういうと、勉強机に向かって今日の復習を始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕斗君の憂鬱3

  夕斗は歯ぎしりした。

  今日は日曜日、夕斗は部活の帰りだった。そのときに見てしまったのだ。煜とあのアリスとかいうあばずれ女と図書館のある方角から仲良く話しながら歩いているのを。嫉妬の吐息が食いしばった歯の間から漏れ、強烈な怒りがアリスに向いていた。

 

  「あのー夕斗君?」

 

  不意に後ろから声をかけられて夕斗はそのままの表情で振り返ってしまった。

 

  「ひっ、ごめん何か気に触ることした?」

 

  夕斗に声をかけたのは同じクラスの桃原 ちひろだった。夕斗は素早く笑顔を取り繕って、何事もなかったかのように振る舞った。

 

  「え、別に怒ってないよ」

 

  「そう、すごい怖い顔してたからびっくりしちゃって」

 

  「あーごめんごめん、今日の練習でヘマやらかした奴がいて監督にすげー理不尽に怒られてさ、それ思い出してたわ」

 

  「あはは、なにそれ」

 

  夕斗の言葉を信じたのか、ちひろは安心したように笑った。

 

  「ところで俺に何か用でもあったの?」

 

  ちひろは少し考えてから用ってわけじゃないんだけど、と切り出した。

 

  「あそこ歩いてるのって煜君とアリスちゃんだよね、コンビニ行った帰りに見つけちゃってさ、こっそりついてってたら夕斗君がいたから」

 

  「ふーん、二人はどこから歩いてきてた?」

 

  「多分図書館じゃないかな、一緒に勉強してたんだと思う。でもずっと二人で歩いてるしあっちは確か煜君の家の方だし、もしかしてそのまま家まで行っちゃうんじゃないかって」

 

  夕斗はなんでもなさそうに聞いていたが心の中は穏やかではなかった。今すぐノートにアリスの名前を書き殴ってやりたい衝動に駆られた。

 

  「ねえ、一緒に尾行してみない?私すごく気になっちゃって」

 

  ちひろはクラスの中でも情報通でこの手の話には目がない。好奇心が体からにじみ出ているようだった。夕斗としても是非尾行して事の顛末を見届けたいと思ったし、ちひろとは仲良くしておいて損はないと判断した。

 

  「たしかに気になるなー。詳しくは明日煜に聞くとしてもここは友達として見届けてやらないとな」

 

  こうして、二人の尾行は始まった。

 

 

 

 

  アリス、もといジェニファーは二人の尾行者がいることに気づいていた。彼らはたしか、同じクラスの西谷と桃原だ。あれで隠れているつもりらしいが、尾行の基礎も踏まえていないやり方に思わず笑ってしまいそうになる。もっとも、隣を歩く煜はそんなことには気づいていないが。おそらく同級生の色恋沙汰の行方が気になるといったところだろうか。全く、平和な頭の中だな。ジェニファーはそんな彼らを見下したが、同時に少し羨ましくもあった。

 

 

 

 

 

  「結局、夕斗が尾行してたなんて私信頼されてないの?」

 

  家に帰ると、アイスが不服そうに詰め寄ってきた。

 

  「いや、お前は最初から信用してないから傷つかなくていいぞ。それに、自分の目で見ておきたかったんだよ」

 

  夕斗はいつになく不機嫌そうに自室の椅子に腰をおろした。

 

  「明日もし、あの女が煜から手を引かないってんならこのノートの第2の犠牲者になってもらう」

 

  「私が言うのもなんだけど、仮にも警察の上官を目指すあんたがそんな私欲のためにノートを使っちゃっていいの?」

 

  「煜のことに関しては別問題だ」

 

  夕斗ははっきりと言い切った。

 

  「そもそもなんでそんなに煜って子にそこまで執着するのかが私は不思議なのよね」

 

  アイスはいつもの癖で髪の毛をいじりながら翼と胸を揺らして、仰向けの状態で宙に浮いている。

 

  「言ってなかったっけ、俺が中学生の時の話」

 

  「そんなの聞いたことないよ。教えて」

 

  興味津々といった風にアイスは食いついてきた。

 

  「まあ、俺たちが初めて出会ったのは入学式が終わった後、教室に集められたときだったな。みんな小学校からの知り合いとか、新しくできたばかりの友達なんかと喋ってて結構騒がしい感じになってたんだけど、一人だけ席に座ってるやつがいたんだよ」

 

  「それが煜だったってわけね」

 

  「いや違う。そいつに話しかけたのが煜だったんだよ。ねえ、一緒に話そうよって」

 

  夕斗にとってそれは驚くべき発見だったのだ。

 

  「ああいう風に一人でいるやつってさ、普通は気にも留めないんだよ。俺もたまたま目に入っただけだったし。そんなやつと喋っても楽しくねぇって心のどっかで思ってるんだ。結局俺たち人間はそういう損得勘定の中で生きてる。でも、煜は違った。何も考えない、ある意味無責任なほど純粋な優しさだったんだよ。それが俺には異質だった、ある意味怖かった。そういう無垢なやさしさは使い方を間違えればとんでもないことになる。しかもそれに本人は気づかない」

 

  いつになく饒舌な夕斗はその後も小一時間ほど煜と仲良くなった経緯や魅力を長々と話し続けた。

 

  「これが俺と煜の出会いだったってわけ、で、ここからが長いんだけど…」

 

  「ちょっと待って」

 

  アイスは慌ててまた話し出そうとする夕斗を押しとどめた。

 

  「ま、まだ話すの?」

 

  「いやこれからが本番なんだけど」

 

  「それはまた今度聞く。あんたが煜のことをどれほど好きなのかはよく理解したわ」

 

  「それは良かった」

 

  夕斗は満足気に頷いた。少し機嫌が直ってきたのだ。

 

  「よし、今日はさっさと寝て、明日に備えるか」

 

  夕斗は話を聞き疲れてぐったりしたアイスにそれ以上構うことなく、明日の用意を始めたのだった。

 

 

 

  翌日、いつものように登校中に煜を見つけた夕斗は後ろから近づいたのだが、煜に勘付かれてカバンを顔に叩きつけられるという手痛い反撃を食らってしまった。

 

    「いってぇ!」

 

  「やっぱり夕斗か」

 

  「いきなり何すんだよー」

 

  「それはこっちのセリフだよ。また後ろから抱きつこうとしてたろ」

 

  「いいだろそれは。それよりさーお前アリスちゃんとどういう関係なのー、昨日部活の帰りに見ちゃったんだよねー、一緒に歩いてるところ。転校してきたその週の日曜日にいきなりデートかー」

 

  「ちがうよ。あれは一緒に勉強をしてただけだって」

 

  「またまたー金曜日も一緒に帰ってたくせにーお前も隅に置けねーなー。でも、俺もあの子にガンガンアタックしていくからな。今日は部活オフだし、帰りは俺も一緒に帰るからな!約束だぞ忘れたら夕斗怒るからね!」

 

  夕斗はそれだけ話すと先に走り出した。もっと話したかったが、今日は日直でいつもより早く教室につかないといけないのだ。

 

 

 

  その日の4時間目、授業科目は体育だ。冬ということもあって、男子はグラウンドでサッカーだった。

  夕斗と煜は同じチームだった。サッカー部である夕斗にはボールを持っていない時でも二人のマークがつけられていた。それでもパスをもらってひとたびドリブルを始めれば、数人がかりでもなかなか止められない。だがやはり、ゴール前まで来ると守備の人数も増えて一人ではどうにもなくなる。攻めあぐねていた時、夕斗に人数を割きすぎてガラ空きになった逆サイドから煜の声が聞こえた。

 

  「夕斗こっち!」

 

  夕斗がパスを出そうとした瞬間だった。

 

  「え、うわっ」

 

  何故か煜が何もないところで転んでしまった。そして夕斗がそれに目を奪われている隙にボールは奪われてしまった。

 

  「いててて」

 

  「おい煜、大丈夫か?」

 

  夕斗は手を差し出して、煜を立ち上がらせた。

 

  「ごめん、急に足がもつれちゃったみたい」

 

  「なんだそりゃ。このことをアリスちゃんに言ったらどう思われるかなー」

 

  夕斗は少し意地悪な笑みを浮かべた。

 

  「え、ちょっとそれはやめてくれよ」

 

  「じゃあさ、今日、食堂に行くんだけどそれに付き合ってくれたら黙っといてやるよ」

 

  「はいはい、分かったよ」

 

  煜は諦めたように笑って返事をした。

 

 

 

 

 

 

  「でさー今日の体育のサッカーで煜、何もないところで転んでみんな大爆笑だったよホントあれは見ものだったなー」

 

  「ちょっと!それは言わない約束だろ」

 

  「そうだっけ?ていうかアリスちゃん聞いてる?」

 

  「え、ああうん、聞いてるよ。煜、運動も苦手なんだね」

 

  その日の放課後、夕斗は宣言通り、アリスと煜と一緒に帰っていた。ここで煜に幻滅させて、手を引いてもらう。それが夕斗の作戦だった。

 

  「運動もってどういうこと!?「も」って!?」

 

  「だって英語全然ダメだったじゃん」

 

  「あーそうそう煜って他の教科はともかく英語はホントダメだもんなー」

 

 他人事のように言っているが実は夕斗も英語が苦手だ。

 

  「西谷くんは勉強得意なの?」

 

  「えっそれは、まあまあ」

 

  「えーなんだか朝の煜みたいな言い方だなー」

 

  朝だと?この女、朝も煜と一緒にいたのか。

 

  「西谷くんは勉強得意なの?」

 

  「えっそれは、まあまあ」

 

  「えーなんだか朝の煜みたいな言い方だなー」

 

  危ないもう少しで思考が飛んでぶん殴るところだった。このままではまずい、話題を変えなければ。

 

「そんなことよりアリスちゃん、俺のことはしたの名前で呼んでくれていいよ」

 

  俺としたことが話しの貼り方が少し不自然だ。夕斗は内心失敗したと思った。

 

  「じゃあそうするね、夕斗くん」

 

  「ああ、そうきたか」

 

  煜のことは馴れ馴れしく呼び捨てにするくせに。夕斗はすでに自分の作戦が失敗するであろうことを予期していた。

 

  「俺こっちだからまた明日ねー」

 

  夕斗は諦めて、二人を残して家路に着いた。煜もアリスと喋っているときは楽しそうだったし。俺なんかがいくら煜のことを好きでもやっぱり煜にとって俺は友達なんだろうな。

 

  夕斗は家に帰り、部屋の布団に倒れこんだ。

 

  「あら、今日は勉強しないの?」

 

  珍しく落ち込んでいる夕斗を見て、アイスは少し心配そうだった。

 

  「ああ、今日はもうなんかいい」

 

  「何かあったの?」

 

  「だいたいわかるだろうけど、あの二人を引き離すのに失敗した」

 

  夕斗は元気なく答えた。

 

  「それは残念だったね、でノートを使うの?」

 

  「いや使わない。もう諦めた。アリスが死んだら煜も悲しむだろうしな。俺はもうあの二人を応援することにしたよ」

 

  うつ伏せのまま絞り出すような声で夕斗は泣いた。人生で初めての失恋だった。

 

  「もう、男の子なんだから泣かないの」

 

  アイスが慰めても夕斗は泣き止まなかった。

 

  「うるせえ、死神に何が分かるんだよ!てゆーかこの際、女に産まれたかったわ!」

 

  「いや、私は天使だからね?っていうかそんなどうしようもないこと言ってないで元気だしなって。ほら私のプチトマトあげるから」

 

  アイスはそう言ってどこからともなく、茶色くしなびた謎の物体を取り出した。

 

  「なんだよこれ」

 

  「プチトマト」

 

  「いや、どう見ても違うだろ」

 

  夕斗は思わず吹き出した。

 

  「はい笑ったー私の勝ちー」

 

  「あぁ、はいはいもう勝ちでも負けでもなんでもいいよ。それよりアイス付き合え」

 

  「え、それって告白?」

 

  「違う、今日一晩中俺の愚痴に付き合えってことだよ」

 

  こうして夕斗は半ば自暴自棄になり、一晩中アイスと喋り続け、寝不足が祟って一週間後にインフルエンザの餌食となったのだった。

 

 

  母親が家にいないため、夕斗は一人で、いや、一人と一匹でインフルエンザと戦うことになった。

 

  「はい氷」

 

  夕斗の額に心地いい冷たさが伝わった。

 

  「ああ、ありがと」

 

  「死神の看病も悪くないでしょ」

 

  「やっぱり死神かよ。しかもこれ氷じゃなくてお前の手じゃねーか」

 

  「いや、私は天使!氷の天使アイスなのだ!」

 

  アイスの声が頭に響いてクラクラした。

 

  「分かったから静かにしろ。もうお前の手でいいや気持ちいいし」

 

  「もう、素直じゃないなぁ」

 

  アイスは満更でもなさそうに夕斗の看病を続けた。

 

 

  その頃、煜がキラとして、ニアとの戦いに挑もうとしていることを夕斗は知る由もなかった。

 

 

 

 




終わりです。なにも考えずにただ書きたいように書きました。笑
夕斗にはできれば今後もノートを使わずに夢を叶えて欲しいですね。それでは最後まで読んでいただいてありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。