ボブの聖杯戦争 ~F/sn Unlimited Lost Works~ (黒兎可)
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Unlimited Lost Works (改訂版)
プロローグだったZe!
まず己自身が、英雄として他者から呼び出されることはあるまい。
何かの拍子で自身を知ったとしても、その在り様と、所業と、後に残るものを考えれば当然、そんなことは誰からも望まれず、許容されもしない。
故にこの身は永遠に人類史に従属する外郭でしかない――――正義の味方を目指したかつての己の。
だが、しかし。俺にとって幸か不幸というのは別にして、今のところ同時代、同場所に共に呼び出されたことはない。ないはずだが、だからこそ目の前の光景が理解できなかった。
呼び出されたこの場所には、見覚えはないはずだ。ないはずなのだが、しかし何かが引っかかる。その引っかかりは、呼び出した誰かを見て核心に至った。
「やっちゃったことは仕方ない。反省。
それで。アンタ、なに?」
なんとも酷い言い草だが、どうやらこの娘が、俺を呼び出したらしい。荒れ果てた、おそらく俺の召喚に失敗した結果荒れ果てたこの場所。またとんでもない誰かに呼び出されたものだが、さて、状況を察するべきだ。
少なくとも俺が呼ばれたのだ。効率的な殺戮の末の解決が望みだろう。
年代は二十一世紀初頭といったところか。それにしては屋敷が古いように思うが、周囲の空気のこの嫌な甘ったるさ、平穏さが俺に時代を告げる。自身が青春を過ごした事のある同時代だというのが、またなんとも皮肉なものだ。
この平和さに一擲を投じたのは、はてさていかなる大魔術ゆえか。
ぼんやりと意識すると、召喚に際して与えられたらしい知識が脳裏をめぐる。聖杯戦争ねぇ。万能の願望器ねぇ。
……しかして同時に、やはり自分が召還されたのがイレギュラーだと知識面から理解できていしまうのが、またなんとも嗤えて来る。
本来ならば、この場に立つべきは、この紅い少女にふさわしい弓兵だったろうに。腐り果てたこんな有様が呼ばれた時点で、どう考えてもまともじゃない。
まともじゃないからには、そうである理由がある。
「あの時」は女という怪異そのものが原因だったように、本来召還されるべき誰かがいたはずだ。
そして……、嗚呼、そうだな。腰に引っかかるこの宝石は。中に何も込められていないこの宝石こそが、少女との縁であったのならば。
「俺は、こんなものを持っていた記憶がない」。
であるとするならば、俺が召還されうる条件から考えれば。……異なる歴史の果てに、かつての己とこの少女とには縁があったということだろう。
――――――。
いけない。また時間が経過してしまった。
気が緩むとすぐこれだ。まったく、時間が果てしない。
学校の屋上から小娘を抱えて飛び降りる。背後への銃撃は慣れたもの。
――――――。
「アーチャー。手助けはしないから――貴方の力、今ここで見せて?」
おっと。短時間ながらまた時間が飛んだか。
だがしかし。眼前の同類、といっても反転はしていないが、それを見ながら切り札を準備。詠唱し、投影した弾丸内部に世界の起点たる剣の欠片を込める。
槍は、早い。
正直打ち合い自体はやり辛いわけでもないが、その代わりといってはなんだが弾丸に対する反射が激しい。決して当たらない、ということではない。ただ飛び道具に対する反応が明らかに、通常攻撃よりも過敏に察知しているというべきか。
そういう加護でももっているのだろうか?
嗚呼、なるほど。こいつはそういう英霊か。この「狗」の殺し方には王道があるが、生憎俺の心根では全く成功すまい。
だったら簡単だ。弾丸が当たり辛いだけ、というのならば。そもそも弾丸との距離を詰めてしまえば良い。
――――――体は剣で出来ていた。
投影した薙刀が砕ける。当たり前といえば当たり前だが、そこまでの強度も今は必要ないだろう。
すべては起点さえ打ち込めれば。
起点さえ打ち込めれば、あとはそこに世界を展開するだけで良い。
強いて言えば相手の眼前で詠唱を、心の在り様を完成させ、詠わなければならないという制限が存在するくらいか。
……?
誰かいるな。だが関係あるまい。この場所で完成させれば、俺の後方はともかく、あれくらいの距離なら「一緒に殺せる」。
だが残念なことに、俺よりも先に察知したのか、狗は第三者を食い殺しにいくようだ。
追えと言われれば追うが、もはやそこに俺自身の積極的な意思は介在させる必要はないだろう。
目撃者は殺す。
俺がやるか奴がやるかと言う程度の違いでしかない。
だからマスターの言葉に、適当に返答しておく。
――――――。
ダメだ……。なんでさ。相変わらずというべきか、また時間が飛んだ。苛立ちを覚えないわけではないが、しかし嗤うしかない。
見覚えがないはずの小民家の手前。
ここで聞こえる稲光。ほとばしる、生命の奔流。その息吹。
――――嗚呼、これはいつのことだったか。
俺の記憶にはない。だが、俺の霊基は確かに「覚えている」。本来呼ばれるべきだった誰かこそが。
だからこそ、嗚呼――――――。
見に覚えがないはずの、黄金の少女を前に。俺は、意味もなく嗤い、涙を流した。
ボブ召喚→セイバー遭遇まで
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その夜、運命に出会わなかったはずだったYo!
こちらを邪道だと斬り捨てる黄金の彼女――――騎士王の姿は、見るだけで何故か眩しい。
ただ、そのせいで戦力が鈍る事はない。眩しいならば眩しいなりの戦い方があるというだけだ。少なくとも、そんなもの俺には関係ない。
あの槍持ちの狗を退けただろうことは容易に予想がつく。それだけの圧であり、またそれだけの戦士だ。くさっても光の御子と呼ばれたクー・フーリン。それを相手に立ち回る彼女は、並の英雄ではないだろう。
しかし、それに待ったをかけるのは小僧。
小娘――――俺を召喚した小娘も様子がおかしいと判断したのか。一歩前に出て、様子を窺う。
そして、俺達は察した。あの小僧は、完全に素人。
こと聖杯戦争に関して言えば、無知もいいところ。
只それに対して、セイバーを召喚した小僧に対する小娘の態度が、明らかに柔らかすぎるだろう。
「ふぅん……、そういうことね。
――――アーチャー、悪いけどしばらく霊体になっててもらえる?」
「……くく、そうかそうか。マスターはああいうのが好みか。じゃあ仕方ないな、それじゃ戦意も失せるか」
「――――ちょ、何バカなコト言ってるのよ! そういうんじゃないってわかってて言ってるでしょ、アンタ!」
霊体になりながらからかってみれば、明らかに熱のある反応。これには身に覚えがある。覚えがありすぎて良い記憶が欠片もないのだが、まぁ悪い記憶とて欠片も思い出せないのだからおあいこということにしておこう。
反転してもしなくても、女運はなかったんだろうが。
しかしなるほど。ならば腹は決まった。
敵である小僧に対してそう接するならば、俺の腹は決まっている。
状況説明のため教会に出向いた俺達だったが、しかし教会か……。聖杯自体、ルーツはかの聖人に由来するのだから、そこまでおかしいことではないのだろうが。
「アイツに自分のサーヴァントなんて見せたくないし。しばらくここで待機してて、アーチャー」
護衛も連れずに、あんな苦虫を噛み潰したような顔をしながら中に入っていく様は恐れ入る。おまけにそんな内心を小僧相手におくびにも出さないのだから、なかなかご執心のようだ。……せっかくだし、何かあっても狙撃できるようにライフルを用意しておこう。
さて。
「……何用か、アーチャー」
ぼんやりと何事か考えていた黄金の彼女が、俺の視線に気付く。今にもその、霊体になれないからと着せられたレインコートを脱ぎ捨てて襲いかかってきそうな勢いだ。
これには肩をすくめて現れる。
随分嫌われたものだ、と思いつつも、顔は一ミリたりとも動かなかった。
「どうやら、ここの神父に俺の事を開示したくないらしい。この場で『待て』と言われてしまったので、やることがないんだよ」
「周囲の警戒をしないのか、貴方は」
「いや、屋敷の時とは都合が違うからな。ここは非戦闘地帯と言えるし、お前も居るんだから、そこまで肩肘をはる必要ないだろ。
常に最大パフォーマンスを追えば、その分どこかで、ほころびが出るものだ。サーヴァントだろうと人体の再現に他ならない以上、無茶をする必要はないな」
半分本心、半分おためごかしを語り。ならば何故、私を見ていたのか。そう問いただされたので、目を閉じ嗤った。
「なぁに、眩しいな、と感じていたまでだよ」
とっさの言い訳ではあるが、実際問題その通りなので隠すことではない。
「……髪の色のことでしょうか?」
なんでさ。
いや、それ、素か?
何かのカマかけにしても、もっとマシなのがあったろうに。
だが――。
「――――――わからん。だが、感じてしまったものは仕方ないだろう」
「…………敵と馴れ合うつもりはない」
「あー、別に世辞を言っている訳ではない。正直、人体、とりわけ女体の美醜はもうよくわからないからな。
ただそうでもないと、涙が流れた理由に説明が付かないからなぁ」
「?」
実際のところ、俺自身も不思議で仕方がない。とうに、あの時。「つまらない」と吐き捨てられた時点で、俺の人間というカタチに対するこだわりは、とりわけ女に関しての認識はもはや美醜とかで判断するものでさえなくなっていたのだが。そんな自分が眩しいと、しかして目を逸らすことができなかったというのは、何かしらの合理的な説明がつけられてしかるべきだ。
普段通りでない、異常であるというからには、そこには何かしら理由があるはずなのだから。
「それに、だ。馴れ合う馴れ合わないというのは、俺たちが決める事ではないだろ」
「?」
「使い魔は使い魔らしく、だ」
「…………なるほど。邪道な貴方だが、その意見は確かに真っ当だ。
しかし……、アーチャー。
貴方のマスターが、私のマスターと同盟を組む可能性があると、そう考えているのか?」
同盟、ねぇ。本来対等なもの同士の間でしか成立しないだろうその概念だが。
だが、これには苦笑いを浮かべるしかない。
「さっき」セイバーと話し初めて、もう「二ヶ月」は経過している。「今日」召還されてから既に「二十年」はこの土地にいることを思えばまだまだ短い時間だが、結論に誘導するのはそろそろだろう。
「嗚呼。現状その方が効率的だろうし、どうやら俺のマスターは、そちらのマスターに含みがあるようだからな。何か理由一つあれば、ころっと提案でもするだろう。もっとも強情だから、素直に言い出しはしないだろうが。
そうだな――――――そういう意味では、先ほどの言葉を世辞と受け取ってくれても構わない。多少なりとも、会話を円滑にすすめるためのな」
「根回しにしては、随分やる気がありませんね」
「そりゃ、そういう風に出来ていないからなぁ、俺は」
「……」
「機嫌、損ねたか? なら……そうだな。一つだけ、良いバッドニュースを教えておこう」
どっちですか、と少し調子が崩れるセイバーに、姿を消しながら、俺は嗤った。
「――――――――――俺のような「反転」を召喚する聖杯なんぞ、絶対にまともな代物ではない。勝ち残ったところで、間違っても願ってはくれるなよ?」
それはそれは、きっと最悪の結末が引き起こされるだろうからな。
もはや嗤うしかない結末は、酷く、出来の悪いものだろう。
しかし、長い。
小娘の話はまだ終わらないか。仕方ない、投影したライフルの整備でも――。
――――――――。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
「ッ!?」
おっと、気を抜いてるところではなかったか。
何故俺は弓なんて持っている。そして、何故それを、こんな怪物相手に狙撃武器として使用している。確かにこちらの方が、本来得意といえば得意ではあるのかもしれないが、そんな王道とは完璧に見切りをつけたのが俺なのだから、記憶が飛んでる間の俺は、よっぽど参ってるのだろう。
いや、しかしチャンスかもしれない。
下方が川であるような場所での戦闘は、白兵戦には不向きだ。
小娘にもその情報だけ流し、俺は敵の誘導に入った。
とりあえず、橋の上は邪魔だ。アーチの上からならば俺が狙う側とすれば独壇場といえるが、こんなデカブツが足場にいたのでは、おめおめ狙撃もできやしない。
おまけに――――なんでさ、これは。一撃一撃が重すぎる。かの地球を支える巨人ほどとは言わないまでも、ヒトガタをした生物モドキが出せる瞬間最高出力をはるかに凌駕している。
隙を見て川に飛び込もうと考えていた自分を悔やむ。嗚呼、一撃で。咄嗟に投影して身体の前に構えて庇いはしたが、それでさえどれほど効果があったことか。
あっという間に殴られ、殴り飛ばされ、川に落ち。しかも落下した後も余波が続き、川底の壁面に背中をぶつけられた。
「――――――ッ」
体内の「防弾加工」が牙を向き、内側から身体の表面を傷つける。
落ち着け、まだ「自爆」するときじゃない。それは何もかもなくなって、やぶれかぶれになった最後の手段だ。
しかし、なんて威力してやがる。動きはするが右腕の感覚がないぞ、こいつ。
川底に沈みそうになるのを、救命胴衣とアンカーを投影し、その場に留まりながら上昇。川から顔を出したら、橋に向かってワイヤーを投影。「身体が本来覚えている」ような潜入工作の通りに、巻き上げて上に上る。
アーチの上まで腕力だけで上り、ライフルを投影。
「……さて」
目標は――――黄金の彼女。
彼女を起点に、あの怪物もろとも、狩る。
「我が骨子は捻り狂う」
投影した弾丸を放ち、内側から構成を破壊して、爆散させる。これでも出力は弱い方だが、さて。
……ほう、小僧が彼女を、セイバーを庇ったか。
だが、これはこれで好都合。
白い娘自らが名乗ったサーヴァント、「ヘラクレス」が立ち去った後に降り立ち、当初から決めていた腹の通りに行動する。
「アーチャー……、アンタねぇ」
こちらに怒ろうとした小娘だが、目を見開いた。嗚呼、なるほど。案外思っていたよりも、この小娘も邪道の世界を知っているらしい。
「ちょ、待ちなさいアンタ!」
「ぐ……、何をしている、アーチャー……!」
「知れた事。効率良く敵を駆除しようとしているだけだ」
立ち上がれないセイバー。その有様では眩しさもいくらか半減だ。
「あれは、嘘か」
あれ?
いつのことか。……もう随分と昔のことのように思うが、そういう台詞を吐きうるのは、同盟云々の話だったろうか。
「昔の話を持ち出してくれるなよ、セイバー。
嗚呼、マスターが目の前で死ぬのは忍びないか。なら、お前が動くな。……何、俺のマスターを手にかけるよりも早く、こちらの弾丸はお前のマスターを蹴散らすさ――――――」
――――体は剣で出来ている。
左の側に起点の弾丸を込める。今、ランサーから起点を抜くのは特策かどうかは知らないが、まぁ、この場合は優先度の問題だろう。
動けない相手だろうがなんだろうが、俺はいつものように引き金をひくばかりで――――。
「待てって言ってるのが、聞こえないのかアンタは――――――!」
……なんでさ、この強制力は。
いや、まさかとは思うが。この小娘、英霊に対する絶対命令権をあっさり使用でもしたのか? いやいや、まさかそんな、そこまで頭の出来が悪いわけではないだろうに。
セイバーが驚いたような顔をしているが、こっちだってそんな余裕はない。
両手を下ろしながら、まさか、というか、呆れるを通り越して無表情のまま見やる。
「念のため聞くけど、アンタ何しようとしてるの」
「駆除だ」
「……そう。でも何のために? 今、衛宮くん、ひいてはセイバーを失うっていうのは、貴方の言葉に合わせるなら効率的じゃないと思うけれど」
効率的か。嗚呼、マスターはどうやら勘違いしているらしい。
いくら戦力として期待できても。いくら相手を人間的に信用できたとしても。
「マスターの言葉に合わせるなら、心の贅肉だ。
アンタは、ソイツに状況を説明した後、言ったな。これ以上は情が移る? 馬鹿が。とっくに手遅れだろうにそんなもの。
アンタはお人よしが過ぎる。魔術師としては、という接頭語が付くが、いざ必要がなくなったとしても、簡単にその男を切り捨てる事は出来ないだろうさ。
嗚呼、仮に倒したとしても『殺す』までは出来ないだろう」
「……そんな訳、ないじゃない」
そんな訳があるのだ。
だって、なぜなら俺がそうなのだから。
そしてえてして、そういう時の結果はロクなことにはならなかった。
「いや、それが出来る人間ではないさ。三つ子の魂、いくつまでもだ。
俺が言うんだから違いない」
腐っても「元・正義の味方」とやらだ。出来そこないの理想をかかげるのは、いくらかこなれている。
だが、何故そんな俺の、当然ともいえる言葉にそんな苛立っているのだろうか。この小娘。
「……確かに、その言葉に合理性は認めるわ。でも、私の意見に取り合わないってどういうことかしら。彼らを生かすことと殺すこと。メリットとデメリットは天秤でつりあうと思うけれど?」
「嗚呼、カタチの上だけはな。だが、それで気を抜けば生前、俺はあと何年かは早死にしたことだろう」
「経験則って言いたいわけね……。記憶が曖昧だ、みたいなこと言うくせに」
言ったか? ……いや、言ったかもしれないが、どうだったか。
だが、まぁ結論はかわりない。
「どうせ君は、そこまで効率的にはなれまい。人間ってのは、それが良いんだ。駆除するにはそっちの方が都合が良いぞ、マスター」
「――――あ、」
これも所詮は、「守護者」に守られるか、狩られるかでしかないあわれな糞袋の一つだ。
「目の前で殺されるのが忍びない、と言うのならば、弾丸だけで留めておこう。……嗚呼、いっそのこと、」
「あったまきたぁ――――――!
いいわ、そんなに反抗的なら、首輪付けてやろうじゃない!」
……は?
なんでさ、ちょっと待てコイツ。何を呪文を唱え始めている。何を魔力を練っている。何をそんな、妙な決意をかかげていやがる――――――!?
「は――――な、なんでさ……!? まさか、」
「そのまさかよこの礼儀知らず!」
馬鹿じゃないのかこいつ !!?
「ば……、待て、正気かマスター!? こんな無駄なことで、令呪を使うヤツが……!」
「うるさーい! いい、アンタは私のサーヴァント! ならわたしの言い分には絶対服従ってもんでしょ――――!?」
右手に刻まれた刻印の、二つ目が、輝き、霧散し、そして俺の身体に違和感を覚えさせる。
か、考えなしか――――――、こ、こんな大雑把なことに令呪を使うなど……!
「「「…………」」」
俺もセイバーも、呆然と小娘……、否、「マスター」を見ていた。
ばつが悪くなったのか、マスターは顔を赤くして、そっぽ向きやがった。
凛ちゃんから事情説明→バーサーカー戦まで
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魔術師な Activity!
我らが士郎くん「なんでさ、なんで気付かないのさ、こんなに自分が目立つってことを……」
麗しき冬木の虎「学校にはいれられないから、新都で遊んできたら? セイバーちゃん」
「――――ずばり、女なのだ」
「……は? なんだよ氷室~」
「それも、ずばぬけて美人と聞く。異国の少女だったそうだ」
「だから何の話だって――――」
「蒔ちゃん、だから今朝の、後藤くんとかが叫んでたのじゃない?」
「あー、あれか! あの金髪の美人さん!」
………………。
思わず頭が痛くなってしまったこの状況、一体何が悪かったのかしら。自分のサーヴァントのことなんて無視して、考えていた通り同盟でも組んだ方がまだマシなことになったんじゃないかと思うくらいには、士郎の状況は酷かった。
聖杯戦争――――魔術師たちの生存競争に巻き込まれた衛宮士郎は、私に言わせれば素人に毛が生えた程度でしかない。
昨日だって死にかけて。でも何故か、意味のわからない何事かによって回復。今の私と彼は、水面下では敵同士というところだ。
休戦協定を結んだのでひとまずは安心だが、でも、そんなのいつ破棄されるかはわからない。もちろん必要が来れば、私とて覚悟は出来ている。
……ただ、そんな私の内心なんて知るよしもないだろうことは、もう、言わなくても存分に理解できた。
「アーチャー」
『――――言いたい事はわからなくもないが、まぁ、素人にしてはマシな方だろう。
もっとも、本人が主体的にそう提言したのならな』
「セイバーに押し切られてってことか……。充分ありうるわね」
というか、きっと正解だ。
ようやく私のことを主だと認めた、このサーヴァント。姿は見えないまでも、私の言葉に一応は、鼻で嗤わず受け答えしてくれる程度にはなった。
そんなアーチャーと何を話しているかと言えば、今、完全に教室の一角、一部の話題をかっさらって久しい衛宮士郎が連れていた美少女についてだ。
彼が召喚したサーヴァント、セイバー。
まぁ、確かに美少女だし、鎧を解けば威圧感もなく。しかしそれでも目を離すことができないくらいのカリスマを持っている。
そんなの連れた状態で、わざわざ朝、学校に登校とくれば。目立たない方がどうかしてる。
「由紀っちとは正反対のタイプだよな。どっちかって言えば……、ウルトラヴァイオレット?」
「?」
「蒔の字、タイトルだけでは逆に難解だ。ここは綾香嬢の女子力(語彙)に期待しよう」
「女子力なら美綴さんなんか適任だと思う。眉毛だって――」
「だー止めんか! その話は!
って、一体なんだってこんな、みんな集まってわいのわいの話してるのよ」
「んー? あ、そういえば弓道部は方向が反対か。
由紀っち、説明面倒なんだけど……」
「はなしてあげようよ~」
「そういえばユキといえばユキノシタです。肉厚、苦味もうすく食べ応え充分。苦手なヒトにも是非是非おすすめです」
……。
「沙条さん、流石に話題が飛びすぎてるんじゃない?」
思わずつっこんでしまった自分がわずかに恨めしいけれど、彼女は彼女で「おっとうっかり」とか口元を押さえた。
確信犯のくせに。
いえ、でも彼女が確信犯だからこそ、ある意味で今の私達は立場がデリケートなことになりえないのだけれど。
軽く事情を聞いて、訝しげな顔をする弓道部主将、美綴綾子。
「衛宮がそんなの連れられるのか……? タイ、藤村先生の目があるってのに」
「目撃者多数。これで事実が幻なのだとしたら、この学校、校庭の地下に毒ガスでも埋まっているのではないか検分することを推奨したいな」
「マジで!? 私達、ZOMBI! になっちゃうの!? どーしよう遠坂ぁ、私達、ビューディフォゥ・デッド・ボディ★ として全国的に指名手配されちゃう!」
「なんで私にふるんでしょうか、蒔寺さん? っていうかそれ、単なる死体じゃない。指名手配されないんじゃないのでしょうか? ほら、ああいうのは報道規制がありますし」
「そうだぞ蒔。そもそも、ゾンビとはブードゥー由来の刑罰だという事情は知っているだろうに」
「う、うるせぇ! あれはもはや別ものなんだよ、ゾンビウィルスっていうのは明らかに人類絶滅させにかかってるんだよ!」
「まぁ安心しろ、もしそうなったら全員、私が弓で射抜いてあげるから。同級生のよしみでさ」
「うわ、鉄の女!?」
「なんだよ、確実に頭やるから痛みも残らないって」
「さすが武術家、血も涙もない」
「え~、そうかなぁ。友達だからこそって、優しさからくると思うけどな~」
「どちらにせよ死んでるんだし、意味はないわね」
「っていやいや、なんでみんな毒ガスがある前提で話を進めてるの!?」
あ、沙条さんがツッコミに回った。
そして私も、聖杯戦争中は彼女らの安全のために距離をとるというスタンスがものの見事に崩されてしまっていた。
パンを片手に席を立つ。……嗚呼、ちょっとだけ憂鬱。このオトシマエはどうしてくれようか。せいぜい士郎を盛大にからかってやると計画しつつ、私は教室の扉を開けた。
「ユキノシタヲ・タベルノデス……、ユキノシタヲ・タベルノデス……」
「や、止めろー!」
「さすが綾香嬢、豹相手に洗脳攻撃とは恐れ入る」
「あー! それ英雄史大戦で見た!」
……うん、背後があまりに平和すぎるっていうのも、なんというか、割りに合ってないというのを感じざるを得ない。
少しだけ恨めしい目を向けるも、しかし一瞥するだけで、沙条さんはあの飄々とした猫を被り続けていた。
「こっちは昨日、さっそく二戦目を向かえたってところなのに……」
どうにも気が抜ける。
気が抜けるけど、学校に「結界」が張ってある以上は、警戒を緩めてはいけない。
『で、マスター。今日の行動予定は』
「……特にないわね。この間、結界に対していやがらせは続けたけど、あんまり効果が見込めないし。むしろ目立ってしまってる士郎のところに行った方が、なにかアクションがあるかもしれない」
『なんでさ』
「なんでって……」
『目立ってるということは、マスターが相手に正体をつかまれる可能性も高いということだ。それを押して、あの小僧のところにいくメリットは?』
「当たり前じゃない。貴方はともかく、私は士郎、というよりセイバーの能力を低くみてはいないわ。貴方の言葉に合わせるなら、効率的でしょ?」
『否定はできんが、肯定もできんな』
アーチャーの言わんとしてることも、わからないではない。
だけど、それを明確に答えとしてやるつもりだってない。
――――昨晩、新都近くの橋の手前の公園で。
ライダー、慎二を後一歩というところまで追い詰めながらも、突如現れた眼前の相手のせいで逃がす事になってしまう。
まぁ、それでもそこまでシャカリキになってはいないので、それはどうでもいい。
「ほぅ、かような小物は相手にするほどではないか」
「で、何かしら? 間桐の元締めさん。貴方たしか、冬木の地を離れていたかと存知ましたけど」
「カカ、なに、老骨をいじめてくれるなよ、遠坂の」
間桐臓硯――――ある意味腐れ縁の間桐慎二、その祖父にして、間桐の魔術師として当主。
同じ魔術師として、一目みただけで目の前の相手が弱っている、否、劣化してるというのは察していた。
「質問に答えなさい」
「何、この老いぼれとて人の子ということよ。己が成せなかった望みを時代に託す程度には、そのことに楽しみを見出す程度にはな」
「よく言うわ。『そんなになってまで』生きながらえることを選択した貴方の台詞ではないわよ」
「――――して、慎二をどうするつもりか? 遠坂の」
かか、と老獪に笑っていた男の目が、鋭く細められる。
「…………どうもしないわよ。書物を取り上げて、魔術なんかと無縁の状態に戻すだけよ。
それが当たり前なんだから」
「ほぅ……。なるほど。これでは慎二程度では相手にならんな。
だが、本日ばかりは見逃してもらおう。あれとてわずかに一戦目ですぐさま敗退となれば、我が間桐の名にも傷がつく」
そんなことを言いながら私の目の前に立つ間桐臓硯。だけど。
「――――ッ!?」
この異様な風体の弓兵が、そんなのを放置しておくことはないだろう。
でも、私はアーチャーに静止をかけた。
「いいわ。今夜だけは見逃してあげる。でも次はないから、そのつもりでいなさい」
「く……、いくらなんでも、PTA会長の膝っ小僧めがけて、いきなり銃撃するというのも存外にじゃじゃ馬な」
「ちょっと、やったの私じゃないでしょ!?」
臓硯の非難、私からすればいわれのないそれに対し、アーチャーに叫ぶ。
「嗚呼、これをじゃじゃ馬と言い張れるあたり。アンタ、相当に『堕ちてる』な」
「――――はて、何のことかな?」
そんなアーチャーの嘲笑には、間桐臓硯はタヌキのようにとぼけた。
「少なくとも士郎は私より慎二とは仲が良かったはずだし、注意喚起くらいはしてもいいんじゃない? 休戦協定だからって、お互い接触しちゃいけないとは言わないんだから」
「…………」
「何、不満?」
「いや」
アーチャーは言葉を選ぶようにして、そして。
「―――断末魔の浴びせようのある相手だよ、アンタも」
全くもって、主人と認めた相手に対しても口が減らない男だった。
イッセーから士郎キャトる→学校にマスターがいることを教える→間桐の家について軽くレクチャーする
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Unlimited Lost Works (改訂前)
プロローグだZe! その1
「やっちゃったことは仕方ない。反省。
それで。アンタ、なに?」
「開口一番に言うことがそれか。
――やれやれ、これはまた俺も、とんでもないマスターに呼び出されてしまった」
黒い外套のソイツは、やれやれ、なんて口調でため息を付いた。そして無言。ただその言葉だけを呟いた後は、何にも言わない。
……断言しよう。コイツ、コミュニケーションをとるつもりなんて絶対ない。
姿形は人間と変わらず、しかし放つ気配は完全に人間のそれを超えている。精霊に匹敵する亡霊、とはいい得て妙だ。無言のまま、居間を滅茶苦茶にしたまま男はこちらをじっと見つめている。
「――」
その在り様に、魔力とその存在感に圧倒されている場合じゃない。あれは私のサーヴァント。なら、きっちり頭を切り替えていかないと。
「貴方は私のサーヴァントで間違いない?」
「不本意ながらそうだろうな。もっとも、ここまで乱暴な召喚は初めてでね。状況の説明を求めたいくらいだ」
「わたしだって初めだから、そういう質問は却下するわ」
「そうか。だが、俺が召喚された時点で君が目の前に居なかったことくらい、説明してくれても仏罰は当たらないのではないかね? 正直、こう掃除のしがいがありそうな荒れ果てた部屋を見ると、もにょる」
何よ、もにょるって。そもそも私が召喚に失敗したのがいけないのだが、目の前の男とてその共犯者、みたいなものである。こっちの方が反応に困る。
いや、でもそれについての説明は――。
「ん? どうしたマスター」
ぼんやりと、そいつは呟く。
中途半端な召喚だったせいか、どうにもこいつ、目が胡乱だ。まどろんでいるような、そんな気配さえにじみ出ている。
「……マスターだとは認めてくれるのね」
「嗚呼。残念ながら、そういう契約であるらしい。そこに主義、主張などは介在しない。
どちらがより優れているか。共に戦うにふさわしい相手であるかなど、瑣末な問題だ」
「……何よそれ、貴方、一応、英雄でしょ? 少しはこだわりみたいなものがあるんじゃないの?」
「生憎と、それを持ちうる境遇ではなかったというだけだよ。
いや、持っていたのかな? 持っていたのかもしれないが、さて……」
仏頂面で、視線を空中にさまよわせる男。褐色の肌、刈り上げられた白髪、金に濁る瞳と、容姿だけで言えばかなり異様な風体をしている。その座りの悪そうな態度に、何故か傭兵のようだ、と連想した。
そして……何故か知らないけど、無性に腹が立つ。
「それで?」
「……何よ、それでって」
「いや何。お嬢さん。我がマスターたる君が、一体、俺に何を求めるかということだ。殲滅か? 焦土か? 略奪か? それとも惨殺か?」
「ちょっとちょっとちょっと! 何言ってるのよアンタ――」
突然物騒なことを口走り始めた男に、慌てている自分が不思議だった。魔術師たるもの、手を血に染めることは普通にありうる。にもかかわらず、まるで「今日は天気がいいですね」みたいな程度の口調で語る、目の前の男の言葉を。何故か遮らなければと、口が勝手に動いていた。
ふむ、と。少しだけ不服そうに男は眉根を寄せた。
「……弱きを助け、強きを挫く、とは言わないようだが、なるほど。思いの他、
何? だったら話は単純だ。――君はこの屋敷に引きこもっているが良い」
「――――」
何言ってんの、コイツ。
「嗚呼、言い方が悪かっただろうか? 何分、慣れていなくてね。
俺を運用するにあたって、最も効率が良い方法だ。一つ、具体的な指示を俺に与えない。一つ、戦闘方針は俺に任せる。一つ、俺の周りには近寄らない。一つ、ターゲットをあらかじめ絞り込んでおく。
それだけやってさえくれていれば、何、そう時間も掛からず
「――――」
何だろう父さん。何か理由も見当たらないんだけど、私、ちょっと。
「……私のことをマスターだと認めるくせに、その言い様は何なの? 要するに、私の意見は取り合わないってことでしょ? どういうコトかしら」
「嗚呼、気に障ったのなら謝ろう。すまないマスター」
かつてこれほど、空虚な謝罪の言葉を口にされたことはなかった。
「だが、性分と言えば性分でね。これは戦争だ。なら、戦争の素人を巻き込むのは効率的ではない」
「足手まといだって言いたいわけ?」
「いや? 確かに未熟な点も在るだろうが、それだけが全てではないのだろう。その自信に見合うだけの何かがあるのかもしれない。
だが……、なんでかな、何でだろうな。わからないな。どうしてだろう。
男は、本気で不可解そうに頭を傾げる。綾子が前に宿題を忘れたときのような、そんな仕草だ。
ふぅ、と一息つく。どうやら、相手にこちらを侮辱するような、見下すような意図はないらしい。それが分かって、多少冷静さを取り戻した。そう、優雅たれ優雅たれ。落ち着くのよ遠坂凛。こんなところで、うっかり令呪を使用しようとするなんて、心の贅肉よ。だめな方の。
「……で、念のため聞いておくけれど? その方針じゃないと貴方、戦えないなんて言わないわよね」
「嗚呼、もちろん言わないさ。今の俺はあくまで、君の守護者だ。この時代に合わせればボディーガードといったところか? クライアントの払いさえ良ければ、多少の融通は利かせるさ」
不満があるのか、どこか自嘲げに男は鼻で笑った。
「……とりあえず場所を変えましょう」
私の提案に、男は何も言わずに立ち上がった。よく見れば、服の所々に
分からないと言えば、このサーヴァント自体わけがわからない。態度、物腰、発言からして反英霊――悪を成すことで正義を知らしめた、そういった英霊である可能性が高いような気もする。ただその割に、ぼんやりとしたその目が時折、どこか優しさを帯びてこちらを見ているような気がするのだ。遠坂凛が混乱するのも仕方がないだろう。以上の要素からして、このサーヴァントの由来に欠片も心当たりがないのだから。
「あ、そういえば。あなたセイバーじゃないの?」
「剣は持っているが、生憎そこまで秀でてはいないな」
「ドジったわ、あれだけ宝石をつぎ込んでおいてアーチャーか……」
私の言葉に、男はニヤリと。今まで見せなかったような表情をした。
「まさしくドジだな、マスター。いや、この場合は『決定的なうっかり』とでも言い換えれば良いか」
「な――――っ」
何故か。今の一言だけは、明らかな侮辱が乗っていたのがわかった。だって、こっちが思わずかちんと来たのだから。
っていうか何よ決定的なうっかりって。いや、自覚が全く無いわけではない。ないが、こうもニヤニヤと、してやったりみたいな言い回しをとられると、余計に頭に血が上る。基本的に無感情だろうこの相手に、コレほどのことをされるようなコト、しただろうか――あっ。
「……もしかしてだけど貴方、『セイバーじゃないのかー失敗したー』っていうのに、カチンと来た?」
「……何のことだ? マスター」
誤魔化すのが下手なのか、途端にまた無表情に戻った。
ここまで露骨な反応をするヤツも、珍しいと言えば珍しい。
不意にくすり、と笑っていた。
「なら、さっきの言葉が頭に来るのなら、それを撤回させてくれるかしら? ――この聖杯戦争を通して」
「……やれやれ。まぁ、難儀なマスターを持ったものだ。だが俺にそれを求めるというのなら、是非もないだろう。嗚呼良いさ、せいぜい己の失敗に後悔すると良い」
にやり、と。さっきの笑いともまた違う、どこか親しみを覚えるような笑みを男は浮かべた。仏頂面でなく、ずっとその表情をしているのなら、もっと親しめるだろうに。
そして、ふと思い出した。
「そうそう、まだ聞いて居なかったけど、貴方どこの英雄なのよ?」
「国籍で言うなら日本だ」
その即答に、私は唖然としてしまった。
「優雅さに欠ける表情だな、マスター」
「……いや、だってアンタ……」
ウソを言っているわけじゃないだろうけれど、いや、でも。
「どっからどう見ても、”ジャズでマブなフレンズのボブ!” って感じじゃない、貴方」
「…………何故だろう、特に理由はないはずなのだが、いささか不愉快な気分だ」
「いや、ごめん、今のナシ」
「そうしてもらえると助かる。こちらも好きで、こんな、ラッパーのような格好をしている訳ではない」
気にはしてるんだ、それ。
謝りながらも、謎の動揺が心中を駆け巡る。
嘆息しながら、彼は言葉を続けた。
「だからそもそも、これは君の失敗だ。何を間違えたか、『こっちの』俺を呼び出してしまうというのだから、いささか酷いと言えるんじゃないか? うっかり、ここに極まれりだ。
「アンプル? っていうかこっちの?
……貴方、何かの英霊の別な側面が呼び出されたってことなのかしら」
「当たらずも遠からず、といったところだ。
そうだな、あえて俺に名を尋ねるのならば――」
そしてアーチャーは、まるで嘲笑うかのように。
「――正義の味方。その腐り落ちた
何故だろうか。その言葉に、嫌な感触を覚えた。
エミヤ「人をその、海外映画の吹き替えに出てきそうな面白黒人ラッパーを見るような目で見るのは止めたまえ!」
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プロローグだZe! その2
「名前など、とうの昔に置き去りにしてきた。いや、崩れ落ちたというのが正解か」
理解の追いついていないこちらを慮ってか、いくばくかアーチャーの説明が柔らかなものになる。こんな仏頂面の彼に、まだそんな感情が残っているのかと。何故か遠坂凛は、そんな直感を得た。
「正確には、正しく召還されている俺ならば、その名前にも意味はある。しかし今の俺には、瑣末な問題だ」
「……どういうこと? いまいち要領を得ないんだけれど」
「文字通りだ。……土地柄のせいか、おぼろげながらに引っかかり程度は自分のことを理解できるが、それ以上に形容するのは難しい。
オレにはもう何もない。かつての理想も思想も溶けていっている。……まぁ、反英霊のカテゴリーと言っていいだろう」
自嘲するように少しだけ口元を歪め、そしてまた無表情に戻る。
「かつて……確かに俺は、英雄らしい理想も、思想も、行動もあったような気がする。
だが、今の俺に語る事は無い。というのも、思い出せないからだ」
「……つまり、貴方は」
「――正規の俺は、大衆が望んだ何か。それを背負わされた英霊だろうさ。
しかして今の俺は、そこから余計な物が腐り、削ぎ落とされた跡に過ぎない」
嗚呼、だから外郭なのかと。おそらく、この英霊は本来、もっと分かりやすい英霊――英霊らしい英霊なのだろう。しかし召喚の失敗に際し、その英霊が持つべき英霊らしさを失った状態で呼ばれてしまったのだ。心当たりがないのも、姿形が異様に感じるのも、それが原因なのだろうか。
二面性を持つ英霊は、確かに数多く居る。こう言っては何だが、日本の織田信長だって、庶民に優しい面と武将としての厳しい二面性が併せて言い伝えられている。
そこをいくと、この英霊は後者のみで呼び出されてしまったのだ。例えるなら戦力だろうか。嗚呼なるほど、確かに「力」の側面のみで召喚されてしまったなら、己自身が何であるかと心当たりを挙げるのは難しいのかもしれない。
そう認識し、嘆息した。彼に謝罪の言葉を投げかけるも、
「興味はない。瑣末な問題だよ」
これである。終始無表情に語る様から、どうやら本気で何とも思っていないことだけは伝わる。
「……わかった。しばらく貴方の正体に関しては不問としましょう。
それじゃさっそく仕事だけど、アーチャー?」
「さっそくか。それで、敵は――」
何処だ、なんて続けるアーチャーに、ぽいぽいっとホウキとチリトリを投げつける。
「……む?」
「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任持ってキレイにしておいてね」
「――――」
呆然とすること十秒。無表情のまま何も言わなかったアーチャーは、意外なほど露骨に深いため息を付いた。
「マスターはサーヴァントを何だと思っている」
「使い魔でしょ? ちょっと扱いに困るけど」
「……頭が悪いのか、性根が悪いのか」
ちょっと! と、流石にその暴言は聞き捨てならなかった。
どこか悔しさを滲ませる表情をしながらも、しかし数秒とたたず無表情に戻り。
「……まぁ良い。これも必要経費だ。せいぜい月のない夜には気を付けろよ、マスター」
でもすぐさま、してやったりといった風にニヤリと笑う辺り、コイツも充分良い性格していた。
※
……体が重い。半分以上持っていかれたような感じがする。流石に私が朝に弱いから、というだけが理由ではないだろう。
「魔力が戻るまで一日ちょいか。今日はならし運転ってことにしよ」
冬の寒さをセコンドに付けた二度寝の誘惑を開始三秒でパーフェクトノックアウトし、姿見の前で全身をチェック。魔力が半分ほど回復していないことを除けば、異常らしい異常はない。
昨日、アーチャーを召喚したという事実を再認識。
「……あいつ、
本来なら、サーヴァントを最強の使い魔たらしめるものが宝具――逸話が形を成した魔術そのもの。だというのに、あのアーチャーはそれを瑣末なことだと切って捨てているのだ。
「まぁ非はこっちにあるんだし、何とかやっていくしかないか……って――」
居間はすっかり元通り。せめて瓦礫くらい片付けさせようと思っていたくらいだったので、ここまでされると感心を通り越して感動さえしてしまう。そういえば召喚された時、もにょる、とか意味深なことを言っていた。アイツも召喚された時、部屋を滅茶苦茶にしたことに思うところがあったのかもしれない。
「日はとっくに昇っている。生活習慣の乱れは、効率的な戦闘を妨げるぞマスター」
「…………」
何ということもないように、昨夜と変わらず無感情、無表情に語るアーチャー。
ただ、今のアーチャーの格好を見て二の句が告げなかった。
「……おはよう。心配されるほど平常時から乱れてるわけじゃないわ。体内時計くらい融通が利かせられないわけでもないし」
「なら安心だな」
「それと、何、それ?」
「嗚呼。エプロンを着用するのは、一般的な掃除風景だと思うのだが違うか?」
そりゃ違いはないだろうけれど。大掃除の時とか、ふきんとかマスクとか色々装備したりするのが確かに一般的だけれど。何故かそれを、この異国人然とした佇まいの男に言われるのは、釈然としないものがある。
確かに出身は日本だと語っていた以上、何一つおかしなところはないのかもしれないが。でも想像してもみて欲しい。疲れたサラリーマンのような表情こそしているが、気持ち、ラテン系じみた印象も受けるような格好なのだ。おまけに褐色の肌。そんな男が、何を間違って私の桃色のエプロンなんか付けているのか。本人はそれをそつなく着こなしているように見えるのも、筆舌に尽くしがたいものが在る。
「なるほど、本調子ではなさそうだな。睡眠をとって疲れが出たのだろう。いくらマスターが優秀な魔術師だからといっても、無理は禁物だ」
無感情に言いながら、その手は何故か粛々と紅茶を淹れている。よどみのない仕草。そそがれる紅が上等なものに見えるのは、決してティーカップが高級だからとかではないだろう。
「…………」
色々とつっこみ所はあるんだけど、まだ本調子じゃないのか、不思議と横槍を入れる気にはならなかった。傭兵然とした態度と物言いのくせに、何故かその一連の動作は洗練されていて、無駄がない。
「とりあえず呑め。目が覚めるぞ」
「……まぁいいけど。疲れてるのも事実だし、もらうわ」
だから、なんで音も立てずにティーカップを差し出してるのよ。眼前のサーヴァントに対して、印象がぶらぶらしている。
まぁ混乱していても始まらない。とりあえず一口だけ口を付けた。
――――あ、おいし。
「目が冴えたか」
そしてお気に入りの茶葉の香りで満たされた私の多幸感は、一瞬で無表情に現実に引き戻された。
タイミングの問題か、虚を突かれたように、びくりっと背筋が震えた。
「……何ていうか、心臓に悪いわね、貴方のその物言い」
「嗚呼、失礼。随分久々に感じるからな」
「お茶の話? なんだか妙に手馴れてるみたいだけれど」
「そうではないさ。それは、理由は分からないけど、出来てしまうというだけだ。……なんでかな、少し目頭が痛む……。
いや、そうじゃなくてだ。強いて言うなら会話だ」
「会話……。それは、貴方の召喚に関する話?」
似ているが少し違う、とアーチャーは頭を左右に振った。
「会話など必要としないからな、元来俺たちは。
詳細は追々にしてもらいたい。今話すのも効率的ではないからな」
「どういうこと」
「マスターは、一度に英霊の全てを理解しようというのか? それこそ、時間がいくらあっても足りないぞ」
「そりゃ、確かにそうかもしれないけれど……。それでも、自分の戦力がどういうものなのかは把握する必要があると思わない?」
その言葉に、少しだけアーチャーは目を見開いて、くつくつと押し殺したように、ニヤリと笑った。
「なるほど、確かに道理だ。なら、話せることだけ話しておこう。
――この時代からすれば、俺は近・現代の英霊のようだ。刀剣、重火器、どちらにも精通している」
「は?」
「そしてまた、多少は魔術を齧った身でもある、らしい」
「いや、らしいってアンタ」
「そこ勘弁してくれ。……元来、俺は語るべき素性が
「召喚が不完全だからというより、貴方が『そういう存在』だからってこと?」
「その認識で構わない。ともあれ、この聖杯戦争のシステムにより、辛うじて自己を把握できているにすぎない。俺自身が持つ要素と照らし合わせて、まぁ、そうだろというだけだ。
専門職でもなければ、インターネットがどうやって動いているかなど把握していないからな。そのようなものだ」
なるほど、つまりは現代の知識を在る程度吸収した状態で、サーヴァントは現世に呼び出されると言うことだ。
そしてその知識を、自分の持つ知識とに照らし合わせて話しているに過ぎないと言うことか。例え話はすごくよく理解できる。
となると……。
「知名度補正はほとんど望めなさそうよね、たぶん。もし貴方の自己申告が正しければ、私みたいな無関係者が知っていない時点で大分マイナーだもの」
「む……」
「でも、決してマイナスばかりじゃないかもね。貴方、宝具は使えるのよね」
「嗚呼。そしておそらく、マスターの予想通りだ」
つまり、この英霊は宝具を解放したところで、その正体を特定されることがかなり難しいということだ。知られて居ないということは、そのぶん力が落ちるということでもあるけれど、同時に一点突破的な破壊力を持つ可能性があるということなのだ。
「だが、語るのは後にさせてもらいたい。何分、威力の調整が利かないからな。あまり乱発を強要される類のものではない。
……何、破壊力だけは保証しよう。こと対人戦に限って言えば、俺の宝具ほどえげつないものもあるまい」
「説得力あるわね……。いいわ、それについては追々確認していきましょう。
じゃ、出かける支度をして? アーチャー。街を案内するから」
「支度か。……どうやらマスターは、根本的なところで誤解しているらしい」
「?」
その後、アーチャー本人からサーヴァントが霊体であることを改めて思い出させられ。特に気にせず、守護霊のようにして移動できると認識したものの。
あまりに会話がとんとん拍子に進んだものだから、私はすっかり忘れていたのだ。
いまだ自分が、このサーヴァントに名前さえ名乗っていないということを。
※
アーチャーと契約して、二日。
街を案内している最中、敵のサーヴァントに見られていたり。ビルの屋上にいる時、
朝、おおむねいつも通り学校に行くつもりで、その方針をアーチャーに口にした。
「そうか」
返答はそれだけだった。当たり前のように護衛をする、くらいの認識はあるのだろうけれど、それにしたって無感情に過ぎる。てっきり「効率的じゃない」くらい反対されると思っていたのだけれど……。
と、目をとじて、にやりと嗤うアーチャー。
「何、マスターは一度決めたことを簡単に覆す人間ではない。ならば逆らうより流れに身を任せるが自然だ。過ぎ去るまでやり過ごすが吉だ」
「何かな、私、自然災害の類みたいに言われた気がするんだけれど」
向こうも私の性格を把握してきたのと同様、私もここ二日間でなんとなく、このサーヴァントのことがわかってきた気がする。
自分を道具として使えと、そういう態度であることに徹している。でも内心みたいなものが時々、してやったりみたいな嗤いに見え隠れしているのがちょっと癪だけれど、でもこちらの成すことには基本的に首を縦にしか振らない。
一見するとやりやすい相手のように思えるかもしれないけれど、これはちょっと危ないかもしれない。
時々、辛辣というか悪辣というか、そういったのとは別に見え隠れするやわらかさからして、悪い奴じゃないんだろうけれど。でも、それだけで信頼できる相手なのかといえば話は変わってくる。本心が透けて見えないということと等しい。
要するにこのサーヴァント、未知の領域が多すぎる。
そういう意味では、早くも遠坂凛は自分の失敗を呪っていた。
「ちょっと、何なのよアーチャー ……!」
『……何故だろう、俺に八つ当たりするなよ』
学校の正門をくぐりながら、二人してそんな軽口をたたきあう。もうじきHRになろうという時刻なのだけれど、学校に張られた不穏な結界に、私は動揺していた。魔術師たるもの、人目につくような作法をとるべきではないという認識が、ちょっと瓦解しかかっている。
『完全にではないが、準備は着々と進んでいると。ふむ……』
ふん、と私は鼻を鳴らす。魔術師である以上はキレイごとを口にすべきではないかもしれないが、こんな下種な結界を張った魔術師相手には、しかるべき報いを与えてやら無いと気が済まない。
一日を終えて結界の下調べ。
結界の効用は千差万別だけど、突き詰めればそれは、内と外を分けるものに分類できる。内に作用するものか、外に作用するものか。今学校に張られているそれは、内側の生命を脅かすもの。最も攻撃的な結界の一つだろう。
個人でなく場所に作用する以上、それなりの対魔力を持つ魔術師とかなら平気だろう。ゆえに、その意図は明白と言える。信じがたいことに、そいつ、学校中の人間すべてを標的として狙っているのだ。
「――とりあえずこれで七つ全部ね。でも……」
屋上に張られた結界の起点。私の手にさえ負えないそれに、アーチャーは呟いた。
『効率的だな』
「……」
まぁ、言うと思ったわよアンタなら。悪態をつきたいが、その前に釘を刺しておく。
「アーチャー、貴方たちってそういうもの?」
『……御推察の通りだ。霊体にとっての肉とは、魂、ないし精神に該当する。取り入れれば取り入れるほど、銃装が増えるようなもんだ』
「タフになるってわけね。……つまり、この結界を張った奴は、学校中の人間の魂をエサにしようとしていると」
『不服そうだが、効率的でもある。実力が劣る場合、装備も兵糧も多いに越した事は無い。しでかした相手は、よっぽど人間を道具扱いしているらしい』
「……それ、癇に触るから。二度と口にしないで、アーチャー」
くつくつと、何故かアーチャーは楽しげに声を上げた。
『だろうな。マスターはそういう人となりだろう』
「――――」
何が嬉しいのかはよく分からないけど、とりあえず邪魔するくらいにはなるだろうと、陣を消そうと左手を向けて――。
「――なんだよ、消しちまうのか? 勿体ねぇ」
「――――っ!」
咄嗟に立ち上がり振り返る。給水棟の上、10メートルの距離を隔てた屋上で、そいつは私を見下ろしていた。いっそ親しみさえ覚えるような目で、青い、獣のような男はみつめてくる――。
「――これ、貴方の仕業?」
「いや? 小細工を弄するのは魔術師の仕事だ。
オレ達はただ命じられるまま刃を振るうのみ。違うか? そっちの兄さんよ」
『見えてる――っ、やっぱりサーヴァント……!』
「で、それが分かるって事はお嬢ちゃんはオレの敵ってコトでいいのかな?」
背筋が凍る。軽口を交わすこの男と、ここで戦うことだけは絶対にしてはならないと理性が告げ――。
「――ってオイ! いきなり逃げんじゃねぇよ!」
動揺から回復するより先に、アーチャーが私を担いで、屋上から飛び降りた。夜闇に溶ける漆黒の外套。ひらひらとゆれるそれを目にして、小さくなっていく2メートルの凶器を出現させた男を目にして、どうやら荷物とかお米でも運ぶみたいな担がれ方をしていると理解した。
状況的に、一瞬屈辱を感じ、頭に血が上る。場違いなその情動で、逆に私は冷静さを取り戻した。
「アーチャー、校庭!」
「確かに遮蔽物は少ないな――ふんっ」
言いながら、アーチャーは背面に手を構えた。
その手には――白い銃が握られていた。拳銃と言うには大型の。しかしそれでも片手で扱える程度の重量に見える。おまけに
後方を見ずに狙撃するアーチャー。しかしそれは、今まさにフェンスから飛び降りようとするランサーの顔面めがけてのものだった。たまらず槍で叩き落とすランサーだったが、それで丁度、距離が稼がれる。
降りて、走り、突き放すことまではできなかったものの、多少は開けた場所に出たと言える。アーチャーの飛び道具が、多少なりとも扱いやすいだろう開けた場所に。
「へぇ――」
曇天の夜。アーチャーの両手には、微かな月光を反射する一対の銃が握られていた。
それを見ながら、楽しげに真紅の槍を振り回すサーヴァント。
「いいねぇ、そう来なくっちゃ。話が早い奴は嫌いじゃない」
「ランサーの、サーヴァント――――」
「如何にも。そういうアンタのサーヴァントは……、アーチャーか? 随分邪道なモン使うじゃねぇか」
二人の間合いは5メートル。ランサーの得物は2メートル近い。加えてあの様子、3メートルなんて距離は簡単に埋めてくるだろう。
「いいぜ、好みじゃないが出会ったからにはやるだけだ」
「――――」
アーチャーは答えない。殺すべき相手に語る事などないと、その、
何故、何もしないのか。……どうやら私も、こと戦闘ではまだまだ素人らしい。アーチャーはただ、私の一言を待っているのだ。
近寄らず、私はその背中に言う。
「アーチャー。手助けはしないから――貴方の力、今ここで見せて?」
「――――ク」
それは嗤い、だったのか。私の言葉に答えるよう、口元を吊り上げ、黒い兵士は呟いた。
「
ランサー「毎度毎度、簡単に殺されてたまるかってんだっ!」
言峰「まぁフラグは立っているようだがな」
ランサー「あぁん?」
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プロローグだZe! その3
アーチャーは何事かを呟く。眼前のランサーへと警戒しながら、まるでそれが、古い慣習を持つ民族が戦闘前に捧げる祈りであるかのように、ぽつぽつと、沈めて言う。
渦巻く神風――先に仕掛けたのはランサーだった。
黒と、白の銃剣を手に、アーチャーは見下すようにニヤリとする。
「ハッ――!」
獣の扱う槍は、まさしくそれ一つで嵐のごとき暴威。
奔る刃、流す一撃。繰り出される槍の突きを、アーチャーは銃剣が刃にて逸らす。
「ッ――――!」
アーチャーは、白の側の引き金を引く。見た目の軽さに反し、重い音が連続で鳴り響く。
しかし、槍の間合い二メートルという距離感をものともしないはずのそれは、そのことごとくを槍で潰される。当然、と言えば当然か。そも、それはかのランサーの領域である。その要塞は、踏み入るものを討ち落とすに足るだけの武勇があるからこそ実現するものだろう。
加えて、ランサー本人が距離を詰め、アーチャーに前進を許さないことを遠坂凛は、おぼろげながら見切っていた。
白の側が、アーチャーの手から弾かれる。
「なるほど、アンタは『そういう』英霊か」
「はッ、今頃だ弓兵――――!」
何を察したのか理解できていないものの。しかし銃撃を途端に止め、アーチャーは接近戦に転じた。
銃という後方に徹したアドバンテージを捨てる。その上、長柄の得物にとって、間合いを詰める事は自殺行為だ。わざわざ同じような領域から、わざわざ踏み込むだけの理由を感じ取れない。
「――――う、そ」
けれど、そんな定石はどうやら人間の範疇でしかないらしい。五体いずれもを自在に狙う矛先を、無感情に、無骨に往なし、時に己の刃をぶつけるアーチャー。残像さえ霞む高速のやりとり。火花が散る、というのが冗談でもなんでもないことを、私はこの目で見ていた。
一撃それ自体が必殺の威力を持つだろうランサー。しかし物言いが決して尊大でなかったことを証明するかのように。
「――――!」
眉間に迫る穂先を既に弾き、ランサーの槍もかくやという速度で踏み込むアーチャー。
槍の特出した、「払い」による防御――それをまさか、邪道としか形容できない得物でされるとは思わなかったのだろう。
にやり、とランサーの表情が変わる。それを機に繰り出される連撃は、先ほどの比にあらず。軌道を逸らしにかかるアーチャー。その黒い側の銃剣の刃が、砕かれる。
「間抜けが――!」
「――――!」
既にその槍は、人を超えし彼らの領域にあっても、必殺の速度となっていた――。
「っ――――」
甘く見たのは私たちだ。あの槍に、定石など通用しない。あれは、ただ速いというにあらず。巧いと言うべきだ。徐々に後退を迫られるアーチャー。
援護を――――アーチャーの援護をしなくてはいけないというに、声が、出ない。
自分の欠点として、狙いの甘さを自覚しているからこそだが、しかし。
しかし、正直に言えば私は見惚れていた。
「これが、サーヴァントの戦い……!」
ただの魔術師――
これが、サーヴァントの戦い。これが、英霊を使役する聖杯戦争。
それ以外が魔術の上にあるからこそ、
刹那。
一瞬のうちに放たれるランサーの一撃は、まさに閃光だった。肉眼視さえ敵わない、その三連を。
白と黒の、持ち手が赤く錆びた薙刀のようなものが払う。
「――――!?」
「この距離なら、矢避けは関係ないな?」
そう言い、はらった流れのままに刃の砕けた黒の銃剣を、ランサーの肩にゼロ距離で当て、狙撃。迸る赤い閃光は、先ほどのもの以上に「重みが違う」。ランサーもそれは同様だったらしく、ここに来て初めて苦悶の声を上げた。
しかし、鋭く視線を戻すランサーは、やはり獣の類だ。つられる様に槍の速度は上がる。薙刀で払いながら都度、狙撃を折り混ぜるアーチャー。しかしそれは、ことここに来て違和感を覚えるほどに「当たらない」。せいぜいが目くらまし程度だが、それさえものともせず速度を上げるランサーの突き。
かまいたちというのが、自然現象だと言われていつ以来か。ともかく、二人の刃はまさにその類だ。近づくだけで、魔術師だろうが何だろうが、巻き添えで八つ裂きにされることだろう。
わずかに一瞬。
しかし見ている私にとってみれば、息が詰まるほどの時間。
瞬間瞬間で、攻めと受けが切り替わる二人。どういう訳か、アーチャーの武器は時折、腐ったかのように錆びつき、もろく砕け散る。だがそれも一瞬。次の瞬間にはその手には薙刀があり、ランサーはその一瞬に毎度、理解が出来ない。出来ないからこそのわずかなタイミングを、アーチャーに押される。
ことここに至り、かの騎士は己の油断を認めた。
眼前の得体の知れない兵を、侮るだけの余裕がないことを理解したのだ。
金属の音が遠くなる。
仕切り直しをするためか、ランサーは大きく間合いを離した。……その体運びの速度一つ取っても、速い。アーチャーのそれが、まだ人間が到達しうるだろうそれであるならば、ランサーのそれは、イキモノとしての根本が違うと言わんばかりの速さとしなやかさ。例えるならば、豹だ。
「……あれだけ砕けてもまだ有るか」
困惑しているだろうランサーに、私も気持ちの上では同じだった。
あの似非神父の話じゃ、英霊が持つ切り札はただ一つ。それぞれが絶大な力を帯びたその武器は、おいそれと、次から次へと取り出せるものではない。眼前のランサーで言えば、間違いなくあの槍こそが
だとするならば、やはり。彼が取り出した武具は、確かに名の有るものなのかもしれないが。その身がアーチャーであるならば、弓矢ないし、別な何かであるべきなのだ。
「……」
アーチャーは特に面白くもなさそうに、ランサーの方を見ている。
「いいぜ、聞いてやるよ。テメェ何処の英雄だ。
鉄砲、二刀、薙刀。全部併せ持つなんて邪道、聞いた事がねぇ」
と、ここでアーチャーは例の、嫌な嗤いを浮かべた。
「……知らん。
しかし、『矢避けのルーン』か。とすれば槍使いとしての実力から逆算すれば、該当者は絞り込める。――さっきの弾丸は中々に利くだろ? なぁ光の御子」
「――――ほぉ。よく言ったなアーチャー」
瞬間、背筋が凍った。
ランサーの体が動く。今までとは違う構え。うがつように下がり、ただその眼光が、獲物をとらえた獣がごとき獰猛さを孕む。
「――――ならば喰らうか? 我が必殺の一撃を」
「必殺か。……間抜けめ、もう既に勝負はついている」
何? と怪訝な表情を浮かべるランサーを前に。アーチャーはまた、言葉を紡ぐ。
「――――
紡がれる言葉の意味は解することが出来ないまでも、明らかにそれは、最初の一言に連なるそれだ。
「――――
クッ、とランサーの体が沈む。同時に茨のような悪寒が、この一帯を蹂躙した。
周囲に満ちていたマナが凍りついたように動きを止める。
「――――
今この場、呼吸を許されるものはヒトならざるものだけ。
槍を構えるランサーと、何かを準備でもしているようなアーチャー。
「――――
ランサーの持つ槍は、紛れもなく魔槍の類だ。それが、今か今かと迸る瞬間を待っている。
「――――
まずい、やられる。
あれがどんな宝具なのかは知らないけど。アーチャーはやられる。これほどの直感なんて、初めてで信じられない程だけれど――。
アーチャーの敗北が。必殺の一撃が無表情な彼を射抜く姿が思い浮かぶ。
なのに――そこまで予見できているというのに、私は彼を助ける事さえできない。私がわずかでも動くことが、この均衡を崩すことに繋がるからだ。
だからこの戦い、アーチャーの敗北を止めることが出来るとしたらそれは――――。
「――――誰だ…………っ!!!!」
ことここに至って、「決定的なうっかり」とやらで見逃していた、偶然の第三者に他ならなかった。
きっと今、間抜けな声を上げたことだろう。
ランサーから放たれていた殺気が消え。急ぎ去り行く足音。わずかに見える、男子生徒の学生服。
生徒? まだ学校に残っていたっていうの……!?
「そのようだな」
やっぱりというべきか、無感情にアーチャーはこちらを見る。
失敗した、と愚痴る私にさえ、安定して反応を示さない。
「失敗した……。あっちに気を取られて、周りの気配に気付かなかった。
……ってアーチャー、アンタ何してんの」
「見て判らないか? マスターの指示を待ってる」
「……んな訳ないでしょ、ランサーどうしたのよ」
「合理的なことに、消しに行ったよ。目撃者を残しておく謂れもないだろうからな」
一瞬、あらゆる思考が停止した。
追ってと言えば、やはりというべきか特に何ら感情を浮かべる事も無く、私の指示を受けるアーチャー。間抜けな自分に悪態を吐く前に、私も走る。
目撃者を消すのは、現代、オカルティズムを基調とする魔術師の基本と言い換えても良い。だからいままでずっと、そんなこと起こらないようにしてきたっていうのに、なんだって今日に限って……!
月明かりからも見放された校舎の中。アーチャーは無言で、生徒を見つめている。充満する、鼻に付く匂い。生ぬるい「何か」を感じて、思わず首筋に嫌な汗が垂れる。それが血の、死の匂いなのだと思い知らされた。
アーチャーにランサーの後を追わせて、私は彼を抱き起こす。
幼い時分に覚悟した、死と隣り合わせの世界。この道に善悪は意味を成さない。あるのはただ、他人と己の血のみ。
あの槍で心臓を一突き。破裂した心臓。とても助かると思えない彼を見て――しかしそれでも未だ死んでいない彼を、せめて私くらいは看取るために。
震える手のまま。何度もあったことなのに、何故か震える手のまま彼に手をやり。
うつぶせだった顔が、こちらを向き――。
「――――――――」
後頭部を、ハンマーで殴られたような。
「……止めてよね、なんだってアンタが――――」
私は、頭に来ている。なんだってコイツが。よりにもよってコイツが。サーヴァントらしく鮮やかに仕留めたランサー。そんな被害者であるコイツが――――どうして、今日、こんな日、こんな時間に学校に残っていたのかと。憎たらしくって仕方なく……!
ぼんやりと。桜の顔が脳裏を過ぎり。
いつかの遠い夕暮れが、私に覚悟を決めさせた。
※
家に戻って、アーチャーの報告を聞く。少なくとも彼はランサーのマスターを特定するに至らなかった。よほどに用心深いマスターなのだろうとは、私たちの一致した見解。
「もっとも、それ以上にもはやアレの命は、俺の手中だ。……視界に入ればな」
「視界?」
なんでまたそんな微妙な……。そういえば戦闘の後半、なにやら詠唱めいたことをしていたような気がする。本人いわく魔術をかじっていた、とのことだし、何か罠を張っていたのだろうか。
「まぁ、どうせそのうち話してくれるんでしょ? なら今はいいわ。
とりあえず一息つきましょ? お茶淹れてくれるかしら」
「それは構わんが……。マスター。首飾りはどうしたんだ?」
「飾り? 嗚呼、ペンダントね。もう使っちゃったし、忘れちゃったみたい。
まぁ、お父さんとの思い出が他にないって訳じゃないから、別にいいんだけど――」
「なんでさ。そうじゃないだろう。自分がそれについてどう考えているかなんて、何故気付かないのか……」
くつくつと。またあの嗤いを浮かべて、アーチャーは、忘れてきた私のペンダントを取り出した。表面には、何かで削れたのか、少しだけ黄色みがかかった削れがあって、当然魔力も何も残っていないけれど、でも。
「多少
「……ありがと」
「何を大切に思うかは個人それぞれだ。……間違っても、無くしてから気付くことがないようにな」
何故だろう。その言葉だけ妙に、アーチャーらしくない声音だった気がする。無感情に、何事にも諦観しているかのような様子ではなく、もっとこう、頼りがいのあるような。
でも、それはきっと錯覚だ。だってほら、もうまたいつもの無表情。
改めてペンダントを見て。アイツを助けるために、父が私に残した力を、私が胸を張れる使い方をしたということを再認識して――気付いた。
私、アイツの記憶をいじってない。つまり未だアイツは目撃者。
加えてランサーは、私たちとの戦いより目撃者の排除を優先した。
あの好戦的なサーヴァントがそういった行動をすると言うことは、つまり相手のマスターの方針がそれだということ。つまり――。
あれから三時間。間に合う、間に合わないを検討するより先に、私は走り出す。アーチャーも、紅茶の準備を一旦中断して、すぐさま私の後を追ってきて――。
幸い、アイツの家は知っていた。
一度も遊びに行った事もないし、遊びにいくようなこともなかったけど、桜とかから聞いてはいた。
「……」
アーチャーは何か言いたげにして、でも何も言わず。でも嗤っていることだけは、ひしひしと伝わってきた。態度が言っている。余計な苦労を何故自分から背負いに行くかと。
それでも、私は辿り付く。
午前零時。人気のない、広い日本家屋。隣接した家も少なく、有事の際でも察知が難しいだろう。
シンと静まり返った空気。
サーヴァントがいることが、アーチャーから感じる闘気からも察することが出来た。
「飛び越えて倒すしかない! その後のことは、その時に考える――――」
アーチャーに指示を送ろうとしたその時――太陽が落ちたような光が、塀の向こうから迸り。
「――――くは、はは、ハハハハハハハハハッ! どうやらマスター、お前、相当面倒なことを引き起こしたみたいだぞ」
一瞬、アーチャーが狂ったように笑い、そして私を嗤い飛ばした。
「うそ――――七人目!?」
「喜べマスター。ついに数が揃ったじゃないか、カハハハハハハハハハハ――――!」
何がおかしいのか、アーチャーは狂ったような笑いを止めない。
私もまた、理由は違えど正常な判断力を失っていた。
だから、嗚呼、またしてもこんな抜けを披露する事になる。
一陣の風が吹き、飛ばされそうになる。
アーチャーが例の薙刀みたいなのを構えなければ、それこそ私が一瞬で消し飛ばされていただろう。
踏み込んでくる剣風。
現れたる少女騎士の、文字通りに見えない一撃。
それを受け、アーチャーは狂ったように、嗤いを浮かべ。
「――――――――」
どうしてか、その目からは涙が流れていた。
ノッブ「わっしの出番と聞いて!」
青ニート「それ前回、一瞬で終わってますから」
ノッブ「是非もなしぃ!?」
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その夜、運命に出会ったYo! その1
何かおかしなことをした記憶はない。強いて言えば、シンジが多少不機嫌だったこと。桜に手を上げていたあたり、よほどアレが応えたと見える。
だからという訳ではないが、どうせ暇だからとシンジから押し付けられた雑用をこなす。一通り掃除を終え、そしてついでとばかりに全体に手を出し。時刻は中々に遅い。
風が出ていた。
あまりの寒さに頬がかじかむ。冬でもそう寒くはない冬木の夜は、今日に限って妙に寒かった。
ごく当たり前のように帰り道、つまり校庭を回る。
そして、俺は見てしまった。
それを見て、近づけば近づくほど、音は大きく勢いを増し。
本能的に危険でも察知していたのか、隠れながら足をすすめていたことが功を奏したらしい。
音源を見て、意識は凍りついた。
何か、よくわからないものが居た。
黒い男と青い男。
時代錯誤とかを通り越し、冗談みたいなほどに物々しい武器を手に取った両者。その二人は、文字通り「斬り合っていた」。
理解できず、視界で認識できず。目の前の状況に、脳が正常に働かない。
ただ、一目でその在り様を痛感させられた。こいつらは人間じゃない。おそらくヒトガタをしたナニカだ。魔術の素養だとかそんなもの関係ない。あんなもの誰が見たって判る。そも、人間はああして動けるように出来てはいない――――。
最近頻発しているらしい、冬木の怪事件が脳裏を過ぎる。だが、そのせめぎ合いを前にして、衛宮士郎は足が動かない。両者がお互いに向け振るう武具そのものが、まるで自分にも突きつけられているような、そんな錯覚と共に。
やがて音が止まる。そいつら二人は、距離をとって向かい合い。
青い方のソレに、吐き気を覚える。養父にも見せられた周囲から魔力を集める行為。それを数千倍にも濃い密度で行っているかのような、いっそ嫌悪感を覚えるほどの。
だが、相対する黒い男も負けてはいない。いや、外見上は何もしてないように見えるが、しかし衛宮士郎にはわかる。あの男の言葉が、既に青い男の中に「溶けてしまった」何かを、ゆさぶり起こすように言葉を紡いでいる事を。
緊迫した状況。息を殺していた俺は、ふと、運悪く視線を動かし――――見知った顔を、とらえてしまった。
「遠坂……?」
「――――――誰だ!」
青い男の視線が、じろりと俺を捉えた。
相手の体が沈んだのを見た瞬間、そこからはもう、無我夢中だった。足が勝手に走り出す。体の全てを逃走にふり。気が付けば校舎の中。それが下策だと、混乱していた思考でも把握は出来た。だが、それでも追跡してくる気配を感じず、一息ついてしまったのが悪かった。
追いかけっこは終わり。
運が悪かったと、突如現れたあの青い男は、衛宮士郎の心臓を槍で刺した。
一撃で意識が霞む。ただの一刺しで活動を停止した心臓。感覚がなく、ふらふらと意識が定まらず。
例えるなら喪失。自分以外の世界そのものが無くなってしまったかのような。
知ってる。十年前から知ってる。死に行く人間の感覚。男の言葉も遠く、自分の体も遠く。
やがて走って来たのは、誰の声だったか。
――――――やめてよね、なんだって、アンタが……!
押し殺した悲鳴のような、そんな声が聞こえた気がする。
悔しげに奥歯を噛み、どうしたらいいかさえわからないというような、その声。聞き覚えのある声は、でもこういう言葉を聞いていなかったような感覚でも……、だめだ、思考がまとまらない。
ただ、苦しげな声と――最後に、すがすがしささえ感じるような、そんな自嘲したような声が聞こえたような気がする。
呆然と目が覚めたのは、それからどれくらい経ってからか。頭痛が激しく思い出し難いまでも、胸の痛みが、衛宮士郎の身に起こった事を忘れさせない。ただ、起き抜け最初にしたことが現場の隠蔽というか、自分の血の事後処理じみたことだったのは、まだそれだけの判断力が残っていた証拠だろう。
実際、俺は家に帰れた。
桜も藤ねえもとっくに帰った後。居間の畳に転がり、深呼吸しようとして止めた。胸を膨らますと、ひびが入るように心臓が痛い。……穴の空いたそれが、癒えていないのだから当然と言えば当然か。正直トラウマだ。しばらく夢に見るだろう。胸に槍が刺さった残滓とでも言えば良いだろうか。
ただ今の状況からして、誰かに助けられた、という認識と。その相手のものと思われる赤い宝石だけを手に持っていた。
そして、今の状況を分析しはじめた丁度その時。家の結界が、侵入者を知らせた。
あの青い槍使いだった。見られたからには殺す。あの時の言葉に、嘘偽りはなかったらしい。
手近にあるもの(ポスター)を強化し、土蔵まで距離を稼ごうとあがいた。……まぁ、大した効果はなかった。ぎりぎり、それでもボロボロになりながらようやく距離を離すことが出来たという程度で。
「もしやと思うが、お前が七人目だったのかもな。ま、だとしてもこれで終わりなんだが――――」
意味を判別することが出来ない。だがそれでも、男の構える槍が、衛宮士郎に齎すだろう破滅は理解できた。
いや、理解できただと?
……ふざけている。
そんなものは認められない。こんなところで意味も無く死ぬわけにはいかない。
殺されて、助けられた。助けてもらったからには、簡単には死ねない。
俺は生きて、義務を果たさなければいけないのに――――死んでそれを放棄することなんて出来ない。
そんなこと関係無く振り下ろされるだろう「死」に、怒りを抱いた。そんな簡単にヒトを殺すことに対して。そんな簡単に俺が殺されることに対して。一日に何度も殺される、そんな馬鹿げた話からしてふざけている。
嗚呼もう、本当に何もかもふざけていて、大人しく怯えてさえいられず。
俺はこんなところで、意味も無く。
お前みたいな奴に。
殺されてやるものか――――――――!!!!!!!!
そして、その慟哭に。
それは魔法のように現れた。
「へ――――――?」
眩い光の中。背後から現れた
風を纏い。光をまとい。
現れるなり、少女は男の槍を打ち払い、深く斬りこんだ――――。
驚き何かをつぶやく男に、彼女は手に持つ「何か」を振り抜いた。
火花が散る。たたらをふむ槍の男。不利と悟ったのか、獣のような俊敏さで土蔵の外へと飛び出し――――。
退避する男を威嚇しながら。彼女は静かに、こちらへ振り返った。
「――――問おう。貴方が、私のマスターか」
問われた言葉の意味もわからないまま。衛宮士郎はただただ、彼女に見蕩れていた。自分だけ時間が止まってしまったかのような。先ほどまで体を占めていた死の恐怖はどこぞに消え、ただ眼前の彼女だけが視界の中心にあった。
ただ出会いがあった、というだけ。
おそらくは一瞬。一秒もなかったろうほどの時間。
でも、彼女の姿は、たとえ地獄に落ちても鮮明に思い返することができるだろう、嗚呼それは――。
うろんな言葉しか返せなかった俺を、彼女は見据えていた。
※
俺をマスターと呼んだ少女。彼女は当たり前のように槍使いに向かい、切り結んだ。それこそあの黒い男のごとく、その不可視の武器を叩き付ける。
じれる槍使い。やがて仕切りなおすように距離を取り。
「――――どうしたランサー。
止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私から行くが?」
「……はっ、わざわざ死にに来るか。それは構わんが一つ聞かせろ。
貴様の宝具――――それは剣か?」
「――――さてどうかな。
斧かもしれない。槍かもしれない。いや、もしかしたら弓かも知れんぞ、ランサー?」
「くく、抜かせ
今回の弓兵は、とびきり邪道だぞ」
会話を交わす槍使いと少女。見逃すつもりはない、という彼女の言葉を受け、彼はやれやれと頭を振った。
「ったく、こちとら元々様子見目的だったんだぜ? 肩には『妙なものを』流し込まれるわ……。
サーヴァントが出たとあっちゃ、長居するつもりもなかったんだがなぁ」
ぐらりと。男の構えが変わる。俺はアレを知っている。空間が、光景が歪む。
あの時と同じだ。見覚えがあるそれに、衛宮士郎は動けない。
対する少女は、顔を厳しくしながらも、剣……らしきものを構え、相手を見据える。当然のように、俺が口にするまでもなく相手の危険度を理解しているのだろう。
筆舌に尽くしがたい、コマ飛びのような動き。少女の足元目掛けて投げられる槍は。
「――――――
ありえない軌道を描き、彼女の心臓目掛けて、矛先を変えた。
しかしそれでも、苦しげな声を上げながらもその指向性をそらす彼女は、やはりヒトではないのだろう。
ただそれでも、今までかすり傷一つ負わなかった彼女がだ。胸の中央を逸らしたとは言え、おびただしい血を流している。
「呪詛……? いや、今のは因果の逆転か――――――!」
「――――躱したな、セイバー。我が必殺の一撃を」
地の底から響くような、射殺さんとせんばかりの表情。
そんな男の言葉を聞き、彼女は何かを察したらしい。
「ゲイボルク!? ……御身はアイルランドの――――」
「ったく、こいつを出すからにゃ必殺でなくちゃヤバイってのに。
有名すぎるのも考え物だなぁ。……己の正体を知られた以上、どっちかが消えるまでやりあうのがサーヴァントのセオリーだが……。あにくうちの雇い主は臆病でな。今の状況で帰って来いなんて抜かしやがる」
「逃げるのか、ランサー」
「嗚呼、追ってくるのなら構わんぞセイバー。ただし――その時は決死の覚悟で追って来い」
ランサーは塀を飛び越え、止める間もなく消え去った。
わけもわからず。本当に訳も分からずだ。
セイバーを名乗った彼女の説明のほとんどが、俺にはちんぷんかんぷんで理解できていない。ただわかっていることは、たった今彼女が「外敵が二人」と言った事と、「数秒で倒しうる」と言い放って塀を跳躍していったことだけだ。
「外に敵? ……って、まだ戦うってのかお前――――!」
息を切らして、慌てて閂を外して飛び出る。
叫び、夜闇に目を凝らして。……すぐ近くで物音がした。
――――それは、一瞬の出来事だった。
見覚えのある黒い男と、セイバーが対峙している。
狂ったように嗤う男は、セイバーの一撃を受ける。薙刀、と言って良いのか……。独特な形状をしたそれが、赤く錆びつき、砕かれる。そのままセイバーの刀身は止まらず、男の体を横に凪いだ。
「――――」
不可解な現象だったためか。セイバーの顔が、一瞬唖然とする。
男は嗤いながら、砕けなかった薙刀の上半分、黒い刃をセイバーに振り下ろす。
「くっ――――」
篭手で受け、わずかに体勢を崩した彼女に目掛け、そいつは銃を振るった。……いつの間に持っていたのだろうか、右手には黒い刃ではなく、白の、刃の付いた大型拳銃。それをトリガーのあたりで回転させながら、刃でえぐると同時に、狙撃。
「セイバー!」
よけきれなかったのか、腕に数発受けたセイバー。それを見て思わず声を上げていた。
セイバーとそいつの視線が、俺の方を向く。一瞬驚いた表情のセイバーと……、何だろう、まるで十年来の友人が変わり果てた死体にでもなった姿を見たような、能面のような表情となった黒い男。
その一瞬で、セイバーは銃を払い、衛宮士郎の方に飛ぶ。
こちらの眼前で、見えない何かを構えた。
「シロウ。下がって。……サーヴァントとしての格はともかく、それを覆すだけの技量はあると見受ける。
しかし確かに、貴方は邪道だ。アーチャー」
見れば、男の持っている銃の、刃の箇所は赤く、さびついていた。数秒も経たずにボロボロと刃こぼれし、崩れ。しかしほんの一瞬で何事もなかったかのように修復されている。
そんな黒い男は、能面のような表情を止め、仏頂面になった。その無表情が、本来その男の普段の顔なのだろう。
「武器のことか、出で立ちのことか。……まぁ、何だろうとどうでもいいか。
ただ『本来より安定している』ことには感謝しよう。マスター」
言いながら、いつの間にか両手の拳銃は姿を消し、右手にはまたあの薙刀のような、両端に黒と白の刃がついているもの。
本来、それはキレイなものなのだろうが……、どうしてか、俺には醜悪な何かに見えた。理由なんてない。ただ、「作りたいから作った」としかいいようのない。そんな在り方が、まるでそれを守るために、辛うじてでも守るために姿形を変えてしまったかのような。そんな直感を覚える。
持ち手の箇所は、すべて赤く錆び付いている。
それに力を入れ、無理に折り砕き、両手にそれぞれ構える男。
「――――」
男は何も言わず、ただたたずんでいる。しかし隙のようなものは皆無だ。俺だけでなく、セイバーも近寄るための隙を窺っている。
「何がどうなってるってんだ、一体……?
なんなんだよ、サーヴァントって…………っ、あの槍も、セイバーも」
思わず口からこぼれる悪態。「正規のマスターではない」とセイバーには言われたが、そもそもそれ自体が理解できていない。衛宮士郎にとって、ここは未知の領域だ。
「――――ちょっと良いかしら、そこのマスターさん?」
そして、嗚呼、そういえば。
黒い男の背後。あの時、校舎で青い男と戦っていたコイツの後ろには、確かに、彼女が居たのだ。
「お、おまえ、遠坂……!?」
「ええ、こんばんは。衛宮くん」
にっこり、と極上の笑みで返してくる彼女、遠坂凛。
これは参った。見間違いとかじゃなく、本気で学園の優等生、アイドルのような彼女からそんな、何気ない挨拶をされてしまっては。ただでさえ現実感が薄い出来事が、なおさら嘘みたいに思えてくる。
でも事実、衛宮士郎の心臓は槍で壊され。俺の目の前にはヒトの形をしたナニカが二人並んでいる。
「驚いた……。まさかとは思ったけれど、貴方、魔術師だったのね」
「え? あーえっと……、つまりその、ってことは遠坂も?」
「むしろ、なんで判らなかったのかと言いたいところだけど、まぁいいわ。元々隠すようにはしていたけど、今更って感じよね」
いや、何故だろう。そうもはっきり言われると、混乱しているこっちが間抜けみたいじゃないか――――。
「シロウ」
不可解そうな顔をするセイバーに、知ってる奴だと説明。もっとも、それでセイバーの態度は何一つ変わらない。
「……セイバー、剣を下ろしてくれ」
「何を言うのです。彼女達は敵だ。ここで仕留めるべきだ」
「敵? 大体俺、そこからよく判っていないぞ」
「ふぅん……、そういうことね。
――――アーチャー、悪いけどしばらく霊体になっててもらえる?」
なっ、と、セイバーが困惑する。
アーチャーと呼ばれた男は言われるがまま、特に何ら反発もせず、武器を下ろして――――まるで幽霊のように、姿を消した。
「――――ちょ、何バカなコト言ってるのよ! そういうんじゃないってわかってて言ってるでしょ、アンタ!」
そして何故か、遠坂が突然怒鳴った。
「はぁ、まあ良いわ。不満はあるけど従ってはくれるみたいだいし」
「遠坂、今の……!?」
「いいから。……で、そこのセイバーさんはいつになったら剣を下ろしてくれるのかしら」
「敵を前に下げる剣はありません」
「貴女のマスターは下げろって言ってるのに? へぇ、最優のサーヴァントともあろうものが、そんな簡単な命令に逆らうって言うんだ」
「――――――――」
ぎり、と歯を噛んだ後。セイバーは剣を下げ、手のひらから力を抜いた。それで剣は仕舞われたのか、彼女から殺気が消える。
「じゃあ、そういうことで……。
中で話をしましょう。どうせ何も解ってないんでしょ? 衛宮くん」
「へ? あ、いや、ちょっと――――」
静止をかける間もなく、さらりと言って遠坂はずんずん門へと歩いていく。
「待て待て、一体何考えてるんだおまえ……!」
「バカね、色々考えてるわよ。だから話をしようって言ってるんじゃない。
衛宮くん、突然の事態に驚くのもいいけど、素直に認めないと命取りって時もあるのよ?」
今がその時だと、優雅に、だけれどどこか剣呑に言ってのける遠坂凛。
反応が出来ないこちらを見て、彼女は上機嫌そうに笑った。
「判ればよろしい。それじゃ行こっか。衛宮くんのお宅にね」
……なんかすげぇ怒ってるな、アイツ。
去り際の彼女の背中を見ながら、そんなことを察した。
いや、しかし、それにしたって今の彼女の様子は、学校に居るときとイメージが……。
「マスター。何故追撃しなかったのです」
「? どうしてだ?」
と、セイバーが不満のありそうな声で俺に言う。
「今のは絶好の機会だったはずです」
「って、お前、今の流れで背後から襲えって言うのかよ……。そんなことは止めてくれよ」
「そんな事とはどのような事か。
……貴方は無闇に人を傷つけるな、などと理想論を挙げるのですか?」
「え? ……いや、そりゃ出来る限り争いは避けるべきだけれど、襲ってきた相手に情を移すほどお人よしじゃないぞ、俺」
「では――」
「そうじゃなくて、だ。
セイバーは女の子なんだから。そういうことするもんじゃない。怪我だってしてるなら尚更だろ」
「――――」
毒気を抜かれたように、唖然とするセイバー。
どうした? と確認すると、おずおずと。やや警戒するように俺の後ろに続いた。
「ふぅん……、そういうことね。
――――アーチャー、悪いけどしばらく霊体になっててもらえる?」
「……」 ←霊体になる
『……くく、そうかそうか。マスターはああいうのが好みか。じゃあ仕方ないな、それじゃ戦意も失せるか』 ←念話
「――――ちょ、何バカなコト言ってるのよ! そういうんじゃないってわかってて言ってるでしょ、アンタ!」
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その夜、運命に出会ったYo! その2
「なに? じゃあ貴方、素人?」
居間にたどり着いた俺たち。まず最初に遠坂が、部屋が半壊していることに文句を言い、あっという間に窓硝子を直した。
そのことに純粋に驚いていると、少しだけ剣呑な顔をしながら色々と聞かれ、その結果言われた言葉がこれだ。
一応、強化の魔術くらいは使えると自己申告すると、遠坂はやれやれとため息をついた。
「――――はぁ。まったくなんだってこんなヤツにセイバーが呼び出されるのよ」
「……む?」
「ま、いいわ。もう決まったことに不平をこぼしても始まらないわね。
……じゃあ話始めるけど、衛宮くん、自分がどんな立場にあるか判ってないでしょ?」
そして、遠坂は話し始めた。
聖杯戦争――――万能の願望機、聖杯をめぐる、七人の魔術師と七人の
いきなりで、全く理解が及ばない。及ばないまでも、でも既にそれを認識するだけの事実を知っている。……というより。
何十年かに一度、聖杯がこの冬木に現れる。それにより七人の魔術師が選ばれ、サーヴァントが与えられる。
人類が担保しうる、最上位の
「とにかく、マスターになった人間は自分のサーヴァントを使って、他のマスターを倒さないといけない。そのあたり理解できた?」
誰がそんな悪趣味なことを始めたのか。そんな詳細については、監督役から聞けと言われた。
ある程度、彼女が話す範囲を終えた後。視線をセイバーにふる遠坂。
「さて、衛宮くんから話を聞いた限りじゃ、貴女は不完全な状態みたいね、セイバー。魔術師見習いのマスターに呼び出されたのだから、当たり前って言えば当たり前でしょうけど」
「……貴女の言う通り、私は万全ではありません。
シロウには私を実体化させる魔力もない為、霊体に戻ることも、魔力の回復も難しいでしょう」
「……驚いた。そこまで酷かったこともだけど、正直に話してくれるなんて。どうやって弱味を聞きだそうかなって程度だったのに」
「貴女の目は欺けそうにない。なにより、こちらの手札を無理に隠すよりは、シロウにより深く、現状を理解して貰った方が良い」
「客観的な視点ってヤツね。おまけに風格充分と。……あぁもう、ますます惜しいっ! わたしがセイバーのマスターだったら、こんな戦い勝ったも同然だったのに!」
む、と思わず声を上げる。何だよそれ、俺がふさわしくないって事か?
「当然でしょへっぽこ」
心ある人間なら言いにくい事を平然と言ったぞ、今。
しかも自覚はなさそうと来てる。学校での優等生然としたイメージが、音を立てて崩れて行く。……さすが一成、確かにコイツは、鬼のように容赦がない。
「さて、話がまとまったところで行きましょっか」
「? 行くってどこへ?」
「聖杯戦争をよく知ってるヤツのところに。
衛宮くん、聖杯戦争の理由について知りたいんでしょ?」
「それは当然だけど……、けれど、何処だよ。もうこんな時間なんだし、あんまり遅いと生活習慣が乱れるだろ」
「なんか、どこかで聞いたようなことを言うわね、貴方……。
大丈夫、新都の方だし、急げば夜明け前には帰って来れるわ。それに明日は日曜なんだから、夜更かししてもいいじゃない」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
今日、既に色々あって疲れているから、少し休んで落ち着いて情報を整理したいだけなのだが……。
「なに、行かないの? 衛宮くんはそう言ってるけど、セイバーは?」
「ちょ、ちょっと待て、セイバー関係ないだろ。あんまり無理強いするなっ」
「ん? あ……、へぇ、なんだ。もうマスターとしての自覚あるんだ。
わたしがセイバーと話すのはイヤ?」
「そ、そんなことあるか!」
俺が言いたかったのは、過去の人間が現代に呼び出されたって右も左もわからないだろうに、ということで。いきなりそんな話を強行するのはどうなのかと。
だけれど、それはセイバー本人の口から否定された。人間の世の中であるならば、サーヴァントはあらゆる時代に適応できる。だからこの時代のことも知っていると。
「シロウ。私は彼女に賛成です。
貴方と契約したサーヴァントとして、今の何も知らないような状態は、看過できない」
「……わかった。行けばいいんだろ、行けば」
彼女の言葉とその視線に、衛宮士郎の身を案じる穏やかさがあったから。否定した手前、素直に言えなかったが、それでも行く事には決めた。
……それと、場所を聞いた時の遠坂の顔が悪い顔をしていた。
こいつの性格、絶対どこかに問題があるぞ。
※
教会の入り口にて、雨合羽を頭から羽織っている彼女。鎧姿の風体が目立つ、ということでかぶせられたものだったが、彼女のマスターの体格に合わせられているためか、案外とすっぽり綺麗に収まっている。
この場所で、セイバーが衛宮士郎を見送って幾ばくか。あの少年は話を聞き、果たしてどのような決断を下すか。
素人だから、というような理由でなく、彼が悪人の類でないことくらいは理解できた。……女性であるというだけの理由で、己よりも格上の相手であろうと守るという意識が働くあたり、平和ボケがすぎるところもあるが。
だからこそ、あえて語らなかった。……常なるサーヴァントのルールから外れることも理由ではあったが。前回の聖杯戦争について。その折、エミヤ、という名前に心当たりがないわけではない。
他人の空似だろう、とタカをくくることは出来るが、しかし同時に、自身の直感が「それはない」と告げていた。
あのキリツグに、彼のような子供が居たのだろうか。……ありていに言って、前回のマスターとの相性は最悪に近かった。アイリはまだしも、キリツグの立場からすれば自分のような存在を認めることが出来なかったということもあったのだろうが。
しかし、最後のあれだけは、決して許すことはできない。
「……何用か、アーチャー」
そして、そんなことを考えていると、じっとこちらを見つめる視線を感じる。おそらく遠坂凛の、あのサーヴァントだろう。
問われ、肩をすくめながら、無表情にあの男が現れた。
相変わらず異様な風体。そして、腰の裏には……あれは、ライフルだったか。キリツグが使っていたものよりも、長距離の射撃を想定していることが窺える。
「……」
姿を現してからも、彼はじっとセイバーを見つめる。質問の答えを待ちながらも、微妙な居心地の悪さを感じるセイバー。彼女のかつて戦った
しばらくすると、アーチャーは口を開いた。
「どうやら、ここの神父に俺の事を開示したくないらしい。この場で『待て』と言われてしまったので、やることがないんだよ」
「周囲の警戒をしないのか、貴方は」
「いや、屋敷の時とは都合が違うからな。ここは非戦闘地帯と言えるし、お前も居るんだから、そこまで肩肘をはる必要ないだろ。
常に最大パフォーマンスを追えば、その分どこかで、ほころびが出るものだ。サーヴァントだろうと人体の再現に他ならない以上、無茶をする必要はないな」
淡々と語るアーチャー。
ならば何故、私を見ていたのか。そう問いただせば、彼は目を閉じ、口をゆがめ、嫌な風に嗤った。
「なぁに、眩しいな、と感じていたまでだよ」
「……髪の色のことでしょうか?」
「なんでさ。
いや、それ、素か?」
呆れられたような言葉に、彼女は少しむっとする。
いや、実際のところカマをかけていた――確かに彼女自身の宝具は、「生命の奔流」と言って差し支えがない光を放つ。それゆえ眩しいと形容するのは正しいのだが、このサーヴァントがそれを知っているのかと、相手の様子を窺っていた。
が、どうやらアテが外れたらしい。何とも言えない、微妙なそれは、間違いなく彼女を馬鹿にしている。
もっとも、そんな言葉も表情も、すぐさま無表情に戻った。
「――――――わからん。だが、感じてしまったものは仕方ないだろう」
「…………敵と馴れ合うつもりはない」
「あー、別に世辞を言っている訳ではない。正直、人体、とりわけ女体の美醜はもうよくわからないからな。
ただそうでもないと、涙が流れた理由に説明が付かないからなぁ」
「?」
そんな言い訳をするアーチャー。口ぶりからして、セイバーに説明するつもりのあるような言い回しではない。
ただ、淡々と彼は続けた。
「それに、だ。馴れ合う馴れ合わないというのは、俺たちが決める事ではないだろ」
「?」
「使い魔は使い魔らしく、だ」
「…………なるほど。邪道な貴方だが、その意見は確かに真っ当だ」
アーチャーが言わんとしているのは、つまりマスターたちのことだろう。彼らが今後、どう動くかでサーヴァントたる自分たちの関係も左右されるということだ。
ただ、セイバーは意外に思って彼に問う。
「……アーチャー、貴方のマスターが、私のマスターと同盟を組む可能性があると、そう考えているのか?」
セイバーが彼を邪道と評するのは、何も風体や武装に限ったことではない。そも、その戦い方が邪道だからだ。
武器本来の使い方をせず、作り換え、壊し、あまつさえ狙撃武器で殴り、こちらの想定の裏を欠くようなそれ。いわゆる王道でないそれを、邪道と評したランサーはなるほど、確かに戦いに生きる英雄だ。
その戦法を誇るでもなく、
だからこそアーチャーが、そんな甘い予想を考えることが意外だった。
だが、これには彼も苦笑いを浮かべた。
「嗚呼。現状その方が効率的だろうし、どうやら俺のマスターは、そちらのマスターに
そうだな――――――そういう意味では、先ほどの言葉を世辞と受け取ってくれても構わない。多少なりとも、会話を円滑にすすめるためのな」
「根回しにしては、随分やる気がありませんね」
「そりゃ、そういう風に出来ていないからなぁ、俺は」
口ぶりにはかなりの確信が篭っているが、どうやら彼の方にも困惑があるらしい。お互い災難だったな、と言う彼に、しかしセイバーは答えなかった。
「……」
「機嫌、損ねたか? なら……そうだな。一つだけ、良いバッドニュースを教えておこう」
どっちですか、と少し調子が崩れるセイバーに、姿を消しながら、アーチャーは言う。
「――――――」
そして言われたそれに、彼女は目を見開き。
衛宮士郎たちがこの場に戻ってくるまで、セイバーは身動き一つ出来なかった。
※
「……今一度、誓いましょう。貴方の身に令呪がある限り、この身は貴方の剣だ。
貴方の敵を討ち滅ぼし、貴方の身を警護する」
「打ち滅ぼすっていうのは、ちょっと物騒だな。……まぁ、よくわかんないけど頼む」
言峰……、あの似非神父の話を聞き、決心は固まった。教会の前で待っていた彼女の元。戦う意思を伝え、ともに握手を交わす俺たち。
……冷静になってみると、色々おかしい。冷え切った手で、出会ったばかりの少女とこうして契約じみた言葉を交わしているのが。
「ふぅん……、仲良いじゃない。さっきまで話もしなかったのに、大した変わりようね。
サーヴァントのことは、完全に信頼したってワケ?」
唐突に声をかけられ、俺とセイバーはびくりと体を震わせた。
いや、まぁ確かにこれから一緒にやっていくんだから、そういうことになるのか……?
「そ。ならせいぜい、気を張りなさい? 貴方達がそうなったのなら、わたしたちも容赦しないから」
「あ――――――ん?
なんでさ、俺、遠坂とケンカするつもりはないぞ」
「ケンカってアンタ……」
全く、連れてきた意味がないじゃないと。遠坂凛は衛宮士郎に嘆く。
「まぁ良いわ。情が移ると面倒だし、ここからは別々に帰りましょう」
と、背後に控えていたアーチャーが言った。
「――――――マスター」
「何? わたしが良いっていうまで、口は出さない約束でしょ?」
「それもそうだが、街に戻るまでは一緒だろ」
「? そりゃあ、そうだけど。それが何?」
「重要な、長くなる話は、別れ際で充分だ。二度三度話すのも効率的ではない。
それに夜道でサーヴァントに襲われないとも限らない。ここはいっそ、二人そろって帰るのがいいんじゃないか?」
「いや、ないでしょそんな、いくらなんでも――――」
「ほぅ? つい先日の戦況を甘く見たミスを忘れるとは、やれやれうっかりも極まってるなぁ」
「あ、あれは―――――――って、うっかり言うの止めなさいよ、ちょっと!」
アーチャーの言葉に、何故か遠坂は怒鳴り返す。……嗚呼なるほど、家の前での時も、たぶんこんなやりとりがあったんだろう。
くつくつと嗤いながら、アーチャーは続ける。
「それに、君としてもそっちの方が都合が良いんじゃないか? そういう事情なのだから」
「? ……っ、っ!!!!!!!
ば、バカ言ってるんじゃないわよ、このぉ!」
少し間を置き、何かを察した遠坂はアーチャーに拳を振り上げる。でも相手の方が上手なのか、何とも言えない笑みを浮かべながら姿を消した。
「あったまきた、アンタ家に帰ったら覚えてなさいよね!
全く……」
「あー、遠坂。とりあえず帰らないか?」
きっ、とこっちの方を向く遠坂の表情。貴方もアーチャーと同じこと言うわけ? とでも言わんばかりのそれだ。いや、確かにあの皮肉げなヤツの言う事に賛同するのもどうかとは思うが……。
「教会を出るとき、言峰が言っていたろ? 夜道には気を付けろって。兄弟子なんだし、心配して言ったんじゃないのか?」
「いや、あれアンタに言ってたでしょ」
「でも俺たちに両方に当てはまるだろ」
「あーのーねぇ……。魔術師ならそんなもの警戒して当然だし、大体……。
いや、もう良いわ。疲れた」
街に戻るくらいまでなら面倒見てあげるわ、と。そんな嬉しい事を言ってくれる遠坂。
坂を下る途中、あの監督役の話題になった。
「そういえばアイツ、お前のサーヴァントのこと知ってるのか?」
「知らないと思うわ。教えてないもの。……あのね衛宮くん、自分のサーヴァントの正体については、誰にも教えちゃ駄目よ。たとえ信用できる相手だろうと、早々に消える事になるわ」
「……?」
「サーヴァントの来歴のことよ。どんなに強くったって、戦力を明かしたら寝首をかかれちゃうでしょ。
だから家に帰ったら……いや、いっそ衛宮くんは教えて貰わない方がいいかも」
「なんでさ」
「隠し事できないもの、貴方。なら知らない方が秘密に出来るじゃない」
「それくらいの駆け引きは……」
「はいはいはいはい、私の
いや、ボブて。
「貴方他に良いところあるんだから、駆け引きなんて止めなさい?」
「……」
なんでか知らないが、照れる。そんな俺を見て、遠坂は楽しげに笑った(ただ絶対悪いこと考えているぞ、あれ)。
ただ数秒後。丁度、橋の上あたりか。
突然顔を真っ赤にして、きっとこちらに向き、指を付きつけた。
「か、勘違いしないでよね! こんな期間限定サービス、今日一杯までなんだから」
「え? あ、ありがとう。……でいうより、あれ? そもそも何で遠坂は、俺の面倒見てくれたんだ?」
「…………何も知らない素人相手に勝って、増長する趣味もないわ。フェアじゃないし、バランスがとれないのよ、そんなの」
「……ああ、遠坂、いいヤツなんだな」
俺の言葉に、は? と頭を少し傾げる。一方、セイバーは何とも言えない生暖かい目で俺の方を見てくる。
「何、煽てたって手は抜かないわよ?」
「そんなこと判ってる」
ただ今までのやりとりとか、俺の受けた感じとかを総合するに。コイツ、自分が言ってる魔術師らしい要素と正反対の余分が多すぎだ。
「知ってるけど、でも、敵にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」
「な――――――、と、とにかく! サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。
そうすれば命だけは助かるんだから」
だから、そういうところも含めてたぶん、遠坂凛は遠坂凛なんだろう。
気は引けるけど一応聞いておく、と返すと、またもや謎のため息。
「せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったら、それでお終いなんだから」
くるりと背を向けて歩き出す遠坂。
だが――――幽霊でも見たかのような唐突さで、彼女の足はピタリと止まった。
左手が、ずきりと痛む。
「――――――ねぇ、お話は終わり?」
幼い声が夜に響く。
歌うように、現れた少女。そしてその背後に伸びる影――――。
ほの暗く青ざめた、月光のキャンパスで描かれた世界に、いびつなナニカが立っていた。
「――――――バーサーカー」
俺の耳に聞こえたのは、遠坂のそんな呟きと。
「――――まさか、イリヤスフィール?」
押し殺すように呟かれた、セイバーのそんな声だった。
「はいはいはいはい、私のボブ(仮)見て何だコイツって顔浮かべてる時点で説得力ないから、それ」
『……おいマスター、その形容は著しく俺の尊厳を傷つけているぞ。
聞いているのかマスター!』←念話
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その夜、運命に出会ったYo! その3
橋の上の邂逅。ほんのわずかに見覚えの在る少女は、こうして会うのは二度目だ、と言った。
その無邪気さに、背筋が寒くなる。彼女はあまりに背後の異形と不釣合いで、まるで悪い夢だ。いや、本当はそんな生易しいもんじゃない。バケモノ。視線さえ合わないのに、そこにあるだけで身動きがとれない――――。
「――――驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」
睨む遠坂凛にも、衛宮士郎同様の絶望。しかして、そこには確かな気迫が感じられた。
「アレは力押しでなんとかなる相手じゃない。アーチャーは――って、え!?」
呟く声に対する指示に、しかしアーチャーは聞かなかった。
突如姿を現したかと思えば、薙刀のような――――いや、違う。あれは、弓だ。黒い、しかしどこかボロボロの弓を手に、わずかばかり離れながら、矢を番える。アーチャー、というからには持っていてもおかしくないだろうが、しかし見ていて違和感があった。
一目見て、その矢のいびつさに気付く。赤い持ち手のその剣は、しかしその用途からして投擲武器であるらしい。放った後の軌道に寸分の乱れも無いことから、それが窺える。
「っ――――――!」
「うそ、効いてない――――!?」
だが、その程度の狙撃はいかに正確であろうと用を成さない。バーサーカーの肌を貫通する事は無い。
狙いが時折、マスターたるイリヤにそれるも、それを庇うバーサーカー。無意味であろうに、しかし弓矢での狙撃を繰り返し続ける。
しかし、徐々に橋から離れる動きを見て、遠坂凛はその思惑に気付いた。バーサーカーの視線が、徐々にアーチャーに合わさる。
「……なるほど、確かにこう狭い橋の上じゃ、セイバーも戦い辛いでしょうね」
しかし、これに対して少女は怒りを抱いた様子はない。どこか愛しげに自分を守る巨腕をなでて、くすりと笑った。
「しつけがなっていないのね、リン。
……はじめまして。イリヤよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「アインツベルン――――」
「――――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
息を呑む遠坂の反応に満足してから、少女、イリヤは歌うように、背後の異形に命令した。
巨体が飛ぶ。
狂戦士と呼ばれていたモノが、アーチャー目掛けて飛びかかる――――彼女のマスター目掛けて優先的に攻撃していたせいだろうか。
「……なるほど、そういうことね。
衛宮くん、逃げるか戦うかは貴方の自由よ。でも出来るんなら、このまま逃げなさい」
「えっ――――」
「今、アーチャーはバーサーカーを橋から釣り出している」
叫ぶ巨体は止まらない。遠坂のサーヴァント目掛けて追走する。アーチャーは嗤うように、とんとんと躱し、離れながら狙撃しているが、無駄だ。あんなもの、長時間持つはずはない。
「曰く『下方が川であるような場所での戦闘は、白兵戦には不向きだ』とか言ってるけど、なるほどって感じよね。……アイツ、足場を壊されて私たちが一網打尽になるかもしれないの気にしてるのよ。
まぁ、あれ相手にどうこうできる気もしないけど。ともかく、被害は押さえるわ。貴方たちが逃げても、それくらいは何とかするから」
言いながら、遠坂は宝石をいくつか握り、足を強化。俺の静止を聞かず、バーサーカーたちを追う。
気付けば、イリヤの姿もない。
「――――マスター、指示を」
「――――――」
俺が行ってどうなる物ではないと判ってる。
それでも――――。
「ああもう、そんなの決まってるじゃないか……っ!!
追うぞ、セイバー!」
それでも、バーサーカーを相手にしたら、遠坂たちは殺される。それが判っているから、震える背中を抑え付けて、俺も彼女の後を追う。
「シロウ、先に行きます」
頼む、と言うこちらに、セイバーは首肯して併走を止めた。やっぱり、彼女は風か光だ。一陣の嵐となって、遠坂の横すら過ぎ去る。
だが、追いかけた先の光景は酷いものだった。
「ぐっ……!?」
アーチャーの武器は、いつのまにかあの両刃薙刀モドキに変わっていた。バカか、なんでバーサーカー相手に近接戦なんかを。
いや、違う。例えばセイバーがバーサーカーを相手取っているのなら、また事情は変わるだろう。でもアイツ一人で引きつけるとなると、どうしても、一度追いつかれた距離を離すことが出来ないんだ。だってそうすれば、遠坂一人が的になってしまうから――――。
「セイバー!」
多く言葉を交わさずとも、セイバーは俺の意思を酌んでくれた。不可視の剣を構え、アーチャーの援護に回る。
が、既に遅い。
払われ、転がったアーチャーに対し、巨人は止まらない。振るわれる大剣を、ボロボロのナギナタで受け止め――――。
「う、そ」
遠坂の、呆然とした声が聞こえる。
そんな彼女の言葉にも、何の意味もない。バーサーカーの追撃を受け止めたアーチャーは、そのままボールのように弾き飛ばされ――――川に投げ出され、姿が見えなくなった。
「うそ、そんな……!
アーチャー! ――――――――っ、サーヴァントが気絶するほどの一撃ですって!? どんな腕力してんのよ!」
「――――――――――!」
ぎろり、と向ける視線を遠坂に変えるバーサーカー。
手に宝石を構え、何か呪文を唱える遠坂。だが駄目だ、そんな程度じゃバーサーカーには傷一つつけられない。
あれはそういう英霊だ。技術や技能がどれほど優れていても、武器の質が劣るならその防御には届かない――――何故かそう悟り、俺は遠坂に叫んだ。
空気が震える。
岩塊そのものと言えるバーサーカーの大剣を、しかし遠坂が受ける事はなかった。
「っ――――」
「ちょ、え、衛宮くん!?」
敵の一撃に、口元を歪めるセイバー。そこへ旋風じみたバーサーカーの大剣が一閃する――――!
轟音。
大気を裂きかねない鋼と鋼のぶつかり合いは、それさえ、セイバーの大敗で終わった。
やはりというべきか、受け止めたものの、セイバーはそれごと押し戻される。
標的が遠坂をそれたのはまだしも、だ。姿勢が崩れたセイバーに、追撃する鉛色のサーヴァント。灰色の異形は、それしか知らぬとばかりに武器を叩き付ける。
避ける間もなく剣で受けるセイバー。……武器が見えようと見えまいと関係ない。全身全霊で受け止めなければ、そこには死しかない。故に優れた剣士といえど、セイバーは受けに回らざるを得ない。
ひたすらに耐えるのは、相手の隙を窺っているからだろう。
だが、その狂戦士にそんなものがあればの話。
黒い岩盤は、それこそ嵐のようだ。あれほどの異形をもってして、その全てがことごとくセイバーを上回る。技術があろうと何だろうと関係ない。圧倒的な力そのもので、技の介入すら許容しない。技巧とは欠点を補うために見出すもの。そんな弱点――――あの巨獣には存在しなかった。
「――――逃げろ」
嗚呼、バカだ。彼女を差し向けておいて、俺は今更そんなことを呟く。
あれには勝てない。このままでは、あの少女が殺される。
だから逃げてくれ、と言うに。
体はともかく、頭だけは麻痺していないらしく。繰り返される死の嵐に後退する彼女は、今度こそ、防ぎきれぬ、終わりの一撃が――――。
セイバーの体が浮く。致命傷を避けるために自ら受けたにも関わらず、もはや力を押し殺す余裕さえなく。
肩を押さえながら着地するも、すでに肩には赤い血が。
「――――――あれ、は」
俺は大事な事を失念していた。いかに優れていようと、セイバーは連続三戦目だ。加えてランサーに穿たれた傷がまだ――――――。
腕を庇うセイバーに、バーサーカーは暴風のように斬りかかり――――。
「――――!」
遠坂の呪文と共に、バーサーカーの背中が弾ける。迸る魔力量から、直撃したそれは散弾銃に近いそれだろう。
だっていうのに、それさえ無意味。セイバーのように魔力を無効化してるんじゃない。アーチャーと同じで、純粋に効いてないのだ。
「なんてデタラメな体してんのよ、こいつ!」
「……っ」
それでも苦しげに戦おうとするセイバー。
それを見て、体を縛っていたものが経ち切れた。逃げろ、と叫ぶも。しかし彼女はそれを聞いて、一瞬俺の方を見て――――退かず、敵うはずのない敵へと立ち向かった。
終わりのない嵐。
彼女の体は沈み。
勝ち目のない戦いを続ける姿に何を感じたのか、異形は吼え――――――。
防ぎようがないほどの一撃。完全に防ぎに入ったセイバーさえも、なぎ払った一撃は今度こそ完全に吹き飛ばしていた。
鮮血が散っていく。もはや防ぎようも無いそんな体で。
「っ、あ……」
彼女は意識のないまま立ち上がり。
「え、アーチャー?」
――――――――――
不意に、そんな声が聞こえたような気がした。
意識がないまま立ち上がる彼女。
そうしなければ残された俺が殺されると言う様に。
セイバーを切り伏せたバーサーカーは動きを止めている。俺や遠坂さえ目もくれず、いつの間にか背後に居た、命令を待つ。
「あは、勝てるわけないじゃない。わたしのバーサーカーは、ギリシャ最大の英雄なんだから」
「!? まさか、」
「そう、そこに居るのは『
あなたたち程度が使役している英雄とは格が違う、最強の怪物なんだから」
少女は愉しげに目を細める。それは、トドメをさそうとしている愉悦の顔だ。
だが――――俺はそんなことさえ、気にしている余裕がなかった。
周囲を見渡し、気付いた。先ほどの橋の上。アーチの上方。
背後、数百メートルは離れた場所。屋根の上でライフルを構える黒い兵士の姿を見た。
「――――――」
嗚呼、今更になって気付く。奴が距離を離した真の目的はコレだ。高所から、狙撃を構えることだ。さっきの「死んだフリ」だって、究極的にはこれを狙ったものだろう。イリヤの意識が及んで居ないことから、その作戦が明確な意図を持って組み立てられたものだと理解できた。
吐き気か、悪寒。ヤツが構えているのは銃だ。それこそ、最初に見たそれと違いはそこまでない。火を持って鉄を話す小型の大砲。直撃したところで狂戦士に傷一つ負わせられないだろう。
――――悪寒が止まない。その内部に込められたものは、単なる弾丸でなく、もっと別な何かであり。その殺気は、バーサーカーだけに向けられたものではない。
遠坂は困惑している。俺と彼女以外、きっと誰も気付いていない。
足が動く。
俺は――――倒れる誰かを、見捨てる事は出来ない。
衛宮士郎はそういう生き方を選んで来た。なにより――――自分を守るために戦ってくれている少女を、あんな姿にしておけない。
「いいわよ、バーサーカー。再生するみたいだから、一撃で仕留めて」
「――――――」
「こ――のぉおお…………!!」
全力で駆け出し。
あの怪物をどうにかできずはずもない。ただ、今こちらに向けられている絶対的なソレから、ただ彼女を庇うために。
「――――な、シロウ!?」
セイバーを庇うように、横薙ぎに倒れて、組み伏せ。そのまま覆いかぶさって。
バーサーカーの刃が、俺の背を割いて。
「――――――”
わずかに頭上を走る、針のように長い弾丸。
「が――――はっ」
瞬間、あらゆる音が失われた。
背後に感じる熱と、光と。
セイバーの、目を見開いたそれと。
驚く声が聞こえた。でも、聞こえただけだ。
歯を食いしばることさえ出来ない。致命傷を受けた体に、この圧は堪える。
意識が途絶える。今度ばかりは取り返しが付かないと、理解していた。
ランサーに殺された時から数えて、仏の顔も三度までだ。
俺には、遠坂のような武器はない。張れるのはこの体一つのみ。だから、庇うってなれば、こうなるしかないんだろうけど――――。
位置からしても、角度からしても、決して見えるはずはないというのに。
淡々と、アーチャーの顔はただただ、無表情だった。
※
「ふぅん、見直したわ、リン。やるじゃない、貴方のアーチャー。
いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに――――へ?」
どこからか聞こえるイリヤスフィールの声は、いきなり余裕を失った。
でも、そんなの遠坂凛だって似たようなものだ。
「……あ、あんた何考えてるのよ! わかってるの、もう助けるなんて出来ないっていうのに……!」
もう聞こえていないだろう、空ろな目。半眼に光はともっておらず、切り裂かれ、焼かれた背中はとても見ていられない。私でさえ、ために溜めた
退け、とアーチャーの声が聞こえた。さっきまで川に投げ出されてから途絶えていた声が、突然頭に響いた。
困惑するまでも無く、衛宮士郎は走り出し、セイバーを庇った。……今思えば、何かを感じたのかもしれない。弓道部でもよく見かけていたのだから、そういう「狙撃」する側の何かとか、見抜けるのかもしれないけど、そんな適当なことは後回し。
呆然としているセイバー。こっちだって似たような状態なんだから、全く。それでも駆けつけて、抱き起こすくらいの余裕はあった。
でも。
「――――あの爆発で、耐え切るって言うの?」
アーチャーの最後の狙撃。それは、小規模ながら太陽に等しかった。ただそれを受けてさえ、体を焼きながらも、徐々に、徐々に再生するその様は、もはや形容することさえ馬鹿馬鹿しい。
「……もういい。こんなの、つまんない」
ぼんやりと聞こえるイリヤスフィールの言葉は、果たして何に向けて言ったものか。
私に、次会ったら殺すとか言いながら立ち去っていく彼女。
焼ける、橋の岸。
呆然としながらも身を起こすセイバーに、私は叫んだ。
「衛宮くん、そっちに寝かせて! ……ああもう、絶対足りないけどないよりマシでしょ!」
「! え、ええ」
驚きながら、セイバーはやけにすんなり私の言う事に従った。そんなの構いはしない。なりふり構わず、ありったけの
頭のどこかで冷静に、何をしたって無駄だっていう認識はある。あるのだけれど、でもどうしてか手は彼を助けようとするのを止めない。……心の贅肉よ。きっと。でも、明らかにここまで意識してるのは、なんでだろうかと――。
「――――マスター、退け」
そして、そんなことを言いながら――――アーチャーは両手に銃を構え、私の背後に現れた。
「アーチャー……、アンタねぇ」
だが、怒ろうとした私にも、いつも通りの無表情。そしてそのまま、拳銃の先を衛宮士郎に向ける。嗚呼、それだけで彼が何をしようとしているのか、察してしまう自分の人生が呪わしい。
「ちょ、待ちなさいアンタ!」
「ぐ……、何をしている、アーチャー……!」
「知れた事。効率良く敵を
無理やり立ち上がろうとして、でも力が足りずに動けないセイバー。体の回復に魔力を回しているせいか、別な事情かは知らないけど、でも、間違いなく今の彼女に、アーチャーの弾丸を、マスターへ向けられたそれを防ぐ手立てはない。
セイバーはちらりと私を一瞥した上で、再びアーチャーの方を見る。
「あれは、嘘か」
それを見て、アーチャーは嗤った。
「
嗚呼、マスターが目の前で死ぬのは忍びないか。なら、お前が動くな。……何、俺のマスターを手にかけるよりも早く、こちらの弾丸はお前のマスターを蹴散らすさ。
――――
黒い、左手の側を構えながら呟くアーチャー。……私は知っている。あれは、ランサー相手にアーチャーが張った罠。本人の自己申告が正しければ、それだけでサーヴァントの生命を握れるだけのナニカ。
そして、それをセイバーの眉間に向け、引き金を――――。
「待てって言ってるのが、聞こえないのかアンタは――――――!」
嗚呼、やっちゃった。
思わず全力で叫び、それに強い意思が篭っていたから。その言葉に、令呪が乗った。
アーチャーは無表情のまま、静止する。
セイバーが驚いたような顔をしているが、こっちだってそんな余裕はない。
特に気にした様子もなく、アーチャーは両手を下ろす。当たり前だ、令呪で衛宮くんを殺そうとするのを縛ったとはいえ、今のセイバー相手に警戒する必要はないとばかりの様子だ。
落ち着け、私。深呼吸をしてから、アーチャーに聞く。
「念のため聞くけど、アンタ何しようとしてるの」
「駆除だ」
「……そう。でも何のために? 今、衛宮くん、ひいてはセイバーを失うっていうのは、貴方の言葉に合わせるなら効率的じゃないと思うけれど」
そう、そうだ。あのバーサーカー相手に、アーチャー一人で立ち回るのには限界があることをさっきのことで知った。知ったならば、接近戦最大戦力のセイバーをみすみす手放す必要が何処にあると言うのだろうか。
でも、アーチャーはそれを鼻で嗤った。
「最優の英霊? そんな愚図に召還され、本来の性能の一割さえも発揮できない不良品が?
……やれやれ、我がマスターも殊の外、頭の中は甘味で出来ているらしい」
落ち着け、私。怒鳴る前に聞くことがある。
「例え衛宮くんから魔力が通ってなかったとしても、正面からバーサーカーを相手に出来る戦力なんてそうは居ないわ。それをみすみす手放す必要性がないと思うけれど。
それに……、こういってはアレだけど、衛宮士郎は人間として信用できるわ」
彼は知らないことだが、少なくとも私はそう考える。やはりそれにも、セイバーは口を出さずに目を大きくした。
アーチャーは、それにも嗤う。……段々とそれに呆れが混じってきている気がしないでもない。
「言う必要があるか? 心当たりがないとは言わせないぞ。
マスターの言葉に合わせるなら、心の贅肉だ」
「――――――」
「これ以上は情が移る? 馬鹿が。とっくに手遅れだろうにそんなもの。
お前はお人よしが過ぎる。魔術師としては、という接頭語が付くが」
嗚呼、なるほどね。言わんとしていることが見えてきた。
「いざ必要がなくなったとしても、君は簡単にその男を切り捨てる事は出来ないだろうさ。嗚呼、仮に倒したとしても『殺す』までは出来ないだろう」
「……そんな訳、ないじゃない」
「いや、それが出来る人間ではないさ。三つ子の魂、いくつまでもだ。
腐っても英霊だ、と主張したのだろうか、このボブ。
……いや、サーヴァントとして考えれば確かに、筋は通ってるのかもしれない。おまけに効率的だ。コイツはつまり、現時点においての戦力より、将来的な弱点の排除を優先したということだろう。
確かに合理的だ。……もし仮にこの場で殺さなかったとしても、セイバーに爆弾を仕込んでおくのは、将来的にもプラスかもしれない。
でも、何故か私はそんな考えに、腹が立った。
「……確かに、その言葉に合理性は認めるわ。でも、私の意見に取り合わないってどういうことかしら。彼らを生かすことと殺すこと。メリットとデメリットは天秤でつりあうと思うけれど?」
震える声で一応訊いてみる。
「嗚呼、カタチの上だけはな。だが、それで気を抜けば生前、俺はあと何年かは早死にしたことだろう」
「経験則って言いたいわけね……。記憶が曖昧だ、みたいなこと言うくせに」
「言ったか? ……いや、言ったかもしれないが、どうだったか」
その様子が何より問題なんじゃない、アンタ。自分の言葉、一字一句全てを覚えておけとは言わないけど、その様子はやはり、明らかに異常だ。
普通、この流れでセイバーたちを追撃しようとはならないだろう。そんなのフェアじゃないし、何より――――。
「どうせ君は、そこまで効率的にはなれまい。人間ってのは、それが良いんだ。
「――――あ、」
コイツ、マスターなんて言いながら、欠片も私のことを主人だと認めちゃいない。
「目の前で殺されるのが忍びない、と言うのならば、弾丸だけで留めておこう。……嗚呼、いっそのこと、」
「あったまきたぁ――――――!
いいわ、そんなに反抗的なら、首輪付けてやろうじゃない!」
もう容赦なんてなしだ。こんな捻くれモノ相手にかけてやる情けなんてあるものかっ……!
「は――――な、なんでさ……!? まさか、」
「そのまさかよこの礼儀知らず!」
全く、傭兵を気取るなら傭兵らしく、クライアントの意向はきっちり反映しろっての……!
呆然としているセイバーを横目に、私は腕を振り上げ、唱え。
「ば……、待て、正気かマスター!? こんな無駄なことで、令呪を使うヤツが……!」
なんでかその慌てようは、今目の前で倒れている誰かにちょっとだけ似ている気がして。
でも、そんなこと構いやしない。
「うるさーい! いい、アンタは私のサーヴァント! ならわたしの言い分には絶対服従ってもんでしょ――――!?」
右手に刻まれた刻印の、二つ目が、うずく。
「か、考えなしか
ふん、怒鳴られたって後の祭りよ。
大体、私だってこんなに一気に令呪二つも消費することになるなんて、考えてもみなかったっていうのに。……おまけにその理由が、結果的にコイツが言わんとしている問題に直結しているし。
もう、コイツなんてボブでいいわ、ボブで。絶対今後、散々それでいじってやるんだから。
刻印が消費され、魔力が飛び散り。
「…………」
アーチャーもセイバーも、呆然と私を見ていて。
思わず羞恥とばつの悪さで、顔が赤くなった。
セイバー「リンは、その、信頼に足る人物かと思います」
アーチャー「・・・なんでさ、なんでさ」
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Oh! 魔術師の行動原理 その1
五年前の冬の日。
始まりの夢を見た。
だっていうのに、その色は赤茶けていて――――。
あれ? どうして。
どうしてキ×××の顔に、まるで、カッターで切り裂いたみたいな瑕が――。
※
「……う……、口の中、まずい」
濁った血の味と共に、どろっとした空気が呼吸と共に出た。
目を覚ますと、見慣れた自室。
「――――」
なんでこんなことになっているのか、いまいち不明。ただ顔を洗いに起き上がった瞬間、眩暈がして、立ちくらみを起こした。
一通り終えて、居間に到着。
「――――おはよう、衛宮士郎。勝手に上がらせてもらっている」
――――。
座布団に正座しているのは、アーチャーだ。首からダンボールに「ぼぶ」と書かれたカードを下げて、それでも無表情のまま。……嫌がらせだろうか。服装の印象は和的というか、仏教的なニュアンスもあるものの、容姿の問題で明らかに場にそぐっていない。困惑する俺に、男は嗤った。
「マスターならそろそろ来る。客間を勝手に使わせてもらったが、それくらいは大目に見ろ」
「……遠坂が? というかお前、どうして」
「やれやれ、昨夜の一件についての理解が足りないとみえる」
昨夜? と言われてから思い出した。
吐き気が戻り、体がばらばらになるような痛みを思い出す。
って、おかしいぞこれ。
俺、ほぼ即死だったじゃないか?
「ヘンだ、なんだって生きてるんだ? 俺」
「大方、
「妙なもの?」
「お、はよう……、顔洗ってくる……、
と。俺たちにそんなことを、うろんな声で言いながら、半眼、酷い顔を片手で隠しつつ、飛んだ撥ねたしている髪をそのままにして、のそのそと歩く彼女が居た。
……。
ナニカ今、妙なものが居間の前を横切ったような。
「アレではない。断じてアレではない」
俺の内心を察してか、ひたすらに無表情を貫くアーチャー。……本人は嫌がっているみたいだから、せめて俺はアーチャーって呼んでやろう。
まぁともかく。しばらく経ってからこちらに帰ってきた遠坂は、いつも通りのぴんしゃんした姿に戻っていた。……うん、俺は断じてあんなものを見ていない。学園のミスパーフェクト……、は若干崩れ掛かっているが、見ていないったら見ていないのだ。
「衛宮くん、起きたんだ。じゃあ、昨夜の一件について謝罪を聞かないと、落ち着けないわ」
「謝罪?」
「自分がどんな無茶したかってことよ。フンッ」
「何言ってるんだ、あの時はアレ以外、方法なんてなかったろ。それに、アーチャーだって――」
「ボブのことはどうでも良いの。ペナルティは与えたから。
でも……、ごめんなさい」
ぴくり、と目を閉じた眉根が動いた辺り、言いたい事はあるんだろうが、いつものように皮肉を飛ばしてくることはない。どうやら本当に、何かしらのペナルティを負わされているらしい。
……いや、ていうかボブって。ペナルティの一環だろうか、それ。
「でも、そもそもマスターが死んだらサーヴァントだって消えるって言ったでしょ? だっていうのにサーヴァントを庇うなんてどうかしてるわ? 貴方あの調子だったら、アーチャーの一撃がなくても出たでしょ。
……まったく、身を挺してサーヴァントを守るなんて無駄以外の何物でもないって解ってるの?」
「いや、庇った訳じゃない。ただ助けようとしたら……」
もちろん、あの怪物相手にそんなことをすれば死ぬだろうと考えてはいたが、それはそれだ。
勘違いしてるみたいだけど、と前置きし遠坂は続けた。負けることが死ぬ事に繋がる。一人で生き残れると認識させようとして教会に連れて行ったのだと。そうすれば、最後までやりすごせるだろうと。
だから、それに気付かずバーサーカーに向かって行ったこっちに苛立っているのかと。
でも、なんでそれに遠坂が怒るのか。関係あるのだろうか。
「関係あるわよ! このわたしを一晩も心配させたんだから!」
「途中で寝落ちしていたから、客間に寝かせたが」
「ボブは黙って」
「む……! む、……」
ぐぐ、と口走ろうとしたアーチャーが無理やりに動きを強制されてしまっているようだ。あれは、一体何なんだろうか……。
「けど、そうか。世話になったんだな。ありがとう」
「――――ふん、解れば良いわよ。
じゃあ本題に入るけど――――」
手始めに昨晩、あの後どうなったか確認。なんでもあの後、首から上を再生させつつバーサーカーは立ち去ってしまったらしい。そして何故か俺の体は勝手に治り始め、意識が戻らないそんな俺をここまで運び今に至る。
ここで重要なのは、傷を完治させたのは俺自身――あるいはセイバーに由来しているということ。
とにかく無茶はしないこと。セイバーの力を借りて、彼女の力を減らし、傷を回復させながらあまつさえ戦わせることになるのだから。
「次は真面目な話だけど、いいかしら?」
「遠坂がここに残った本題ってヤツだろ。いいよ、聞こう」
これからどうするのか、という遠坂の問いに、俺は答えられなかった。そもそも聖杯なんてもの、俺は要らないのだ。欲しくないもののために命を張るのはどうかと思う。
「サーヴァントが無償で人間に従うなんて思ったの?」
と、そんなことを言ったらまた遠坂に怒られる。サーヴァントたちは、どうやら聖杯を報酬に現世に呼び出されているらしい。万能の願望機があるから、サーヴァントは呼び出されマスターに付き従うのだと。
「だから、サーヴァントはマスターが命令しなくても他のマスターを殺しに……、殺しにかかる。聖杯を手に入れるのは一人だけだから、自分たち以外の手に渡るのを許容できないのよ」
そして聞いた話をまとめると。……どうも俺は、聖杯そのものには興味はないが、聖杯戦争で犠牲が出るのを許容できないらしい。物理的な被害のみならず、サーヴァントを強化するために魂を喰らうようなことさえするやつがいるかもしれないと聞かされれば。
そして、遠坂から挙げられたのが次の提案だ。
「……休戦協定?」
「そ。共闘戦線でも良いかなと思ったんだけど、うちのボブがどうもお気に召さないらしくてね。……最低でも、あのバーサーカーが倒れるまで、お互い潰しあうのは止めましょうって事」
「いや……、いいかげんツッコまないで来たけど、流石に違和感あるぞ。
何だよボブって。アーチャーのことだろ?」
「あら、貴方もそういう印象なんじゃない。
いいのよ。今日一日はペナルティよ。あの時、たまたま宝石のストックが残っていたから事なきを得たけど、一歩間違えれば私だって巻き添え喰らってたんだから。なのに、何て言ったと思う?」
『――――なぁに、マスターの悪運を信じたまでだよ』
「ぜぇったい何も考えてなかったわよ、コイツ。じゃなければ、私が行動不能になるくらいのダメージを負えば、いちいち指示を仰がないでも動けるかー、くらいに考えてたんじゃないかしら。
申し開きはある? ボブ」
「…………」
なるほど、まぁ、そのペナルティがボブ呼ばわりというのだったら、まだ可愛い方なのかもしれない。
でも、今のやりとりを聞いて確信した。コイツとは相容れない。生きる目的というか、方向性が違いすぎるような、そんな直感を得てアーチャーの方を見た。
逆に向こうは、まるで針の穴に糸でも通すみたいに、目を細めてこっちを見てくる。
「……判った。その話に乗るよ。正直、遠坂とは戦いたくないしな」
「また昨日の……。まぁいいわ。じゃあ、そういうことだから」
ふあああ、とあくびをしながら立ち上がる遠坂。
ついでに正座していたアーチャーも、顔色一つ変えず立ち上がる。
「それじゃあね。次に会っても……まぁ、今まで通りに。
後のことはサーヴァントにでも聞きなさい」
そして見えなくなる遠坂の後を歩きながら、アーチャーは一瞬振り返り。
「惣菜を一つ作ってある。……マスターからの侘びだ、受け取っておけ」
と、そんな爆弾発言を残して行った。
あー、とりあえず……。
「あれ……、おかしいな、あの格好なんだ。居ればすぐに判りそうなものだけれど」
居間から出てそう言いつつ辺りを見回すが、屋敷のどこにもセイバーの鎧姿は見当たらない。遠坂に言われた通り、セイバーから話を聞こうと屋敷の中を探している。
いやそもそも、マスターだなんだと言いはするが、俺はセイバーのことについて何一つ知らない訳だし……。
「――――ッ!」
静まり返った道場に、セイバーは居た。
その姿は、昨日までの彼女と違う。板張りに座っていた彼女は、鎧を纏っていなかった。
「…………」
彼女に合う上品な服装。
凛と背筋を伸ばしたその姿を見て、言葉を無くした。そして同時に理解する。亡霊だろうと何だろうと、彼女は神聖なものなのだ。なら――――この先、間違った道を歩む事はないだろう。
改めて声をかけて話すと、思わず戸惑ってしまう。それくらいに彼女は、とんでもなく美人なのだ。昨日で知ってたつもりだったけど、今更に思い知らされた。
「シロウ。昨夜の件について言って起きたい事があります」
「?」
「貴方は私のマスターです。その貴方に、あのような行動をとられては困る。戦闘は私の領分なのですから、貴方は自分の役割に徹してもらいたい」
「あれは仕方なかっただろう。ああでもしなきゃ、お前が死んでたぞ。ちょっとでもタイミングが違えば、そもそもお前が殺されてた。そんなのは駄目だ」
「……? 貴方は出会ったばかりのサーヴァントに、身を張るほど心を許していたのですか?」
「いや、だって。これからよろしくって、握手、したじゃないか。一緒にやっていく相棒なんだから、それくらいは当たり前だろう。
それに、女の子を助けるのに理由なんているものか」
「――――」
一瞬、虚を衝かれたように目を見開き、目を閉じ、セイバーはこちらに向き直った。
「あー、でも、ともかく助けてくれて助かった。運んでくれたのもセイバーだろ? ありがとう」
「……何故、目を合わせないのですか、シロウ」
それは、仕方ないと思っていただきたい。だって、そんな真剣な目で見つめられても、こう……。
「……それはどうも。サーヴァントとして当然ですが、感謝されることは嬉しい。貴方は礼儀正しいですね」
「いや、別にそんなこともないぞ、俺。嫌いな奴ははっきる分かるだろうし」
「いえ、キ……、何でもありません」
何かを言いかけて、セイバーはそれを飲み込んだ。
だが、今はそれよりもはっきりさせなきゃいけないことがある。
俺がセイバーを呼び出したのは偶然であること。
マスターとしての知識も力もないこと。
「わかりました。ですがシロウ。貴方に敗北は許さない。
――――何より、聖杯を手に入れるため。私の望みを叶えるためにも」
凛として語るセイバーの言葉に、俺は遠坂の言葉を思い返していた。
※
「で、その服どうしたんだ?」
「凛がくれたものです。霊体に戻る事ができませんから、せめて人目につかないようにと。それが何か?」
「え? あ、うん、何というか……、似合ってるなって思って」
「えっ……」
「あ、いや、えっと、昨日の鎧! あれってどうしたんだ?」
「武装の有無については自由なので、この服装の時は外してます」
サーヴァントについて、それぞれ七つの
とりあえず、二人で夕食。……会話が進むなんてこともなく、とりあえずテレビを点ける。
ニュースで流れてくるのは、アーチャーの起こしたあの爆発だ。……ガス爆発ってことで処理されているけど、これ、どう考えてもおかしいだろ。この辺りは、遠坂の言っていた魔術協会とかいうところが手を回しているのだろうか。
「……、…………、…………」
ちらり、と横目にセイバーを見る。
セイバーは黙々と食事を進めている。上品で、器用に箸を使っているあたり剣を振るっていた少女とは思えない。そして、手を付けてない料理に手を運ぶたび、こくこく頷いていたりする。
「……美味いのか?」
「……ええ。実に見事な味付けです」
それは良かった。なんとなく気恥ずかしくなったが、思わず笑う。でもセイバーも受け答えながら顔をほころばせるものだから、直視していられない。
いや、いかんいかん。気を取り直して……。
「で、セイバー。今後の行動方針なんだけど」
とりあえず、俺に出来そうなことといったら無い。今まで一緒の学校に通っていた遠坂のことさえ見抜けなかった俺に、今更マスターがどうのと見抜ける気はしない。
強いて言えば、気付かれないようにするだけだ。
学校にだって、今まで通り。
「学校……、シロウは学生なのですか?」
「遠坂もだぞ。……って、あ、そうかセイバー生徒じゃないんだから、学校には入れないか。
……学校に行ってる間、うちで待機してもらうしかないか」
「……学校に行かない、という選択肢はないのでしょうか、シロウ」
「それ、絶対怪しまれるぞ。……それに、あれだけ人がいる場所っていうのも、そうはないぞ? 魔術師は秘術を隠すもの。日中はあまり活動しないはずだ」
「ですが……、凛のサーヴァントが言っていたように、甘い見通しは危険です」
「? セイバー、いつの間に遠坂と仲良くなったんだ?」
俺の言葉に、セイバーは少しだけ目を大きくした。
「凛から聞いていないのですか?」
「何の話だ?」
「……そうですか。ええ、仲良くなったというより、好感が持てる相手だったということです。
凛は、信頼に足る人物かと思います」
「……いや、あれがか?」
脳裏で笑う遠坂は、札束を扇子代わりにして「オーッホッホ」なんて笑いながら、膝を付く俺の背中に座っているイメージだ。
「無論、条件はあるでしょうが、彼女の人柄は悪性のそれではない」
「まぁ、それはそうなんだろうけど……」
「でしたら、私から一つ提案が」
頭を傾げる俺に向かって、セイバーは立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張り。
「――――――学校の行き帰り、私が護衛をするというのはどうでしょう。幸い、『スーツならばあります』」
「…………」
どこのSPか、と。
得意満面のセイバーに、却下と伝えたのは言うまでもなかった。
ケリィ「……(まさか僕のスーツを使うつもりじゃないだろうな、この騎士王)」
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Oh! 魔術師の行動原理 その2
昨夜、桜から「明日は来れない」と連絡が入っていた。
藤ねえもどういう訳か、今日は朝から姿が見えない。結果的にセイバーと二人で朝食をとるということになる。
「……」
セイバーは未だに機嫌が悪い様子だ。
いや、明確に不機嫌だと言われているわけではないのだけれど、この無言が重圧に感じられる。のは、少なからず彼女の意思が伝わってるせいだろう。
と思っていたのだけれど、衛宮士郎に彼女は不安げな視線を向けた。
「…………シロウ、どうなされたのです? 先ほどからため息が多い気がするのですが」
「えっ。そうか? いや、そんなつもりは……。仮にそうだとしてもセイバーのせいじゃ……、あ、いや、半分はそうだな」
「何故です」
「だから、昨日言ったろ……」
思わず顔を背けながらも、手元の料理に意識を集中させる。……料理中でよかった、気を抜いてたらぼっと顔が赤くなっていたろう。魔術の鍛錬を思い出し、深呼吸。
ことのはじまりは昨夜。セイバーと今後の方針について話し合っている時。時間も遅いから明日にしようと寝室に向かった時のこと。
「……」
「……」
「……あー、セイバー?」
無言で俺の部屋まで付いてくるセイバー。その表情は真剣そのもので、今までと何ら変わりなかった。
何をしているのか。問いには、睡眠中は最も警護すべき対象だと言われた。曰く、
「睡眠中にキャスターの魔術などで操られでもしたら、いくら私でも距離が離れていては対応できない。貴方もその危険性は自覚するべきだ」
確かに、てんでそういう対策は出来ないのだけれど。それでもセイバーは女の子。しかもすこぶる美人と来ている。同じ部屋で寝れるわけなんかない、と冷静に(※実際は大慌てで)反論をすると、冷めた目でじっと衛宮士郎
を見つめ、ため息を付いた。
結果的に妥協案として、隣で寝るコトにしてもらった……。
ただ、それで衛宮士郎が落ち着けるかと言えば、否だ。彼女の小さな寝息で、ありありとその寝ている姿が想起で来てしまい、いっこうに寝ることが出来なかった。
今後もこれが続いていくのかと思うと少し気が滅入るけれど、それは諦めるべきだろうか……。
「結構なお手並みでした、シロウ」
昨夜に引き続いて和食を出してみる。箸を器用に使ってセイバーは炊き込みご飯を綺麗に食べてくれた。この表情を見る限り、少しはお気に召していただけたようだ。
「さて、と……、ん、セイバー?」
入り口に手をかける俺の背後で、セイバーが何故か靴を穿く。
なんとなくその意図がわかり、衛宮士郎は問い正した。
「その、なんだろう」
「外出するのなら同伴します。サーヴァントはマスターを守護するものですから、一人で外を歩かせるなど危険です」
「やっぱりそうきたか……。だが、これは譲れないぞ?
でもセイバー、マスターってのは人目につく事を避けるんだろ? なら昼間から、人気の多い所に仕掛けて来るコトはない」
「承知していますが、万一ということもある。加えてシロウはまだ未熟です」
「だからって四六時中一緒って訳にも――――」
「ですから、昨夜も言いました」
「い――――――――いやいやいやいや」
ばかな、そんなこと出来るわけないだろうと思わず言った。……無言の圧力に負けて彼女の妥協案を呑んでしまったものの、流石に学校はそうもいかない。
いや、考えていて気付いた。学校どころの話じゃない。桜や藤ねえに何と説明すればいいのか、と。……たぶん二人を巻き込まないためには、彼女を隠しているのが一番なのだろうけど。でも、こんな良い表情で食事をとってくれるセイバーを、隅に追いやるのも何か違う気がする。
「でもともかく、そんな調子でずっと出歩いたら、魔力なんで一気に減っていくんじゃないか?」
「……確かに減ってきますが、私の魔力の母数から考えればさほどではありません」
「いや、だったらリスクは減らすべきなんじゃないか? それだといざ戦闘になって、四六時中出歩いていたのが原因で戦えなかった、なんてなったら本末転倒だ」
「む…………、弁が立ちますね、マスター。昨日が嘘のようです」
俺もそう思ってるけれど、それだけ昨日のは堪えたと言うことなのだろう。実際問題、セイバーのリスクは減らしてあげたい。
それに――――。一昨日の光景が頭をかすめる。衛宮士郎はどうやら、この女の子に傷ついて欲しくないらしい。
ともかく帰ってきてから話そうと、無理に言って家を出て、しばらく。
……学校までは歩いて三十分。そこまで急ぐ距離ではないのだけれども。どうしてか足早にならざるを得ない。
原因は、アレだ。後方、俺のお古の黒いキャップに見覚えのあるマフラー、ジャージという出で立ち。下があのスカート姿というのが絶妙な違和感を感じさせる。
なんだろう、あれで変装しているつもりなのだろうか。確かに親父のスーツを着られるよりは違和感はないかもしれないが、そもそもそういう問題ではない気がする。そんな闇夜にまぎれて同属を討たんとする決意に溢れたような、そんな格好である必要が無い。
というか、あれだけの短時間でよくそれだけの服を探し出せたものだ。
「…………セイバー、家で待っていてくれって言っただろう?
マスターの言う事が聞けないのか?」
放っておけば間違いなく学校までついてくる。その確信とともに、思わず俺は口を開いた。
足を止めて振り返ると、セイバーは一瞬、目を大きく見開いた。気付いていないと思っていたのだろうか。
「わ、私は、セイバーなどではありません。アル――――、通りすがりの謎の剣士です」
少し慌てたように、そんなお茶目を返された。どこがお茶目って、自分で「謎の」とか名乗っちゃうあたりが。
一瞬くらっと来た。脱力しかけたけれど、気を取り直して。
「それで、その、謎のXさんは一体どうしてスニーキングなんて真似を?」
「さて、勘違いをしているのではないでしょうか。私は私の目的地があって歩いているだけです」
ほうほう、あくまでシラを切るか。良いだろう、ガマン比べだ。
それじゃあ、と彼女を無視して学校まで前進。
坂を下りきっても、背後にはもちろん、セイバー改め謎のXさん。
「……いいかげん戻ってくれ。これ以上はちょっと迷惑だぞ?」
「――――――――」
何が気にくわないのか、Xさんは無言で抗議してくる。
このまま無視して進んでも、どうせついてくるのだろう。
さて、そんな光景を周囲に見られたら、一体何が起こるだろうか。
…………。とりあえず、後藤はあんぐりとするだろう。
既に通学路手前。これ以上はいくら何でも、目立つ。いや、どっちにしても目立つというのが正解だろうか。
「……Xさん」
「…………」
「…………はぁ、わかった。じゃあ、一緒に学校まで行こう。そうすればおまえだって、学校が安全だって判るだろうし。
それと、無視して悪かった」
えっ、と、少し困惑した様子のセイバー……、じゃなかった、Xさん。
と思っていたら、帽子を手にとっておそるおそるこちらを見てくる。どうやら謎のストーカー剣士は辞して、普通の剣士に戻ってくれるらしい。
「ほら、そうと決まったら口裏を合わせよう。そうだな……」
「それでしたら、考えてあります」
「?」
「私は切嗣の親戚。観光……、のため日本に来た折、切嗣のつてを頼って貴方の元に。
そして切嗣から以前、自分に何かあった時はシロウを頼むと言われていた」
その、観光の後の間がちょっと気になったけれど。でもその設定なら、セイバーのサーヴァントとしての態度に違和感はなくなるかもしれない。
桜や藤ねえにも、紹介するときに使わせて貰おう。……いくらなんでも、ずっと顔を合わせないようにするというのは、現実的じゃないだろうし。
「でも、あれ? セイバーって、なんで親父の名前を知ってるんだ?」
「……そうですね。その話は、家に帰ってからでお願いします」
「そうか。……何だ、あんまりヒトに聞かれたくないことなのか?」
「あ、いえ。シロウにでしたら、話すのもやぶさかではないと言いましょうか。
……ですが、表では誰の耳が立っているか判ったものではありません」
そういうものか、と納得して歩き始めた。
前方は生徒たちで賑わっている。七時半過ぎはこの坂の人口密度が最も高い時間帯だ。
そんな中。予想していた通りと言えば通りなのだけれど、セイバーと一緒に歩いていようものなら、そりゃ周りから奇異の目で見られもする。
「……シロウ、何故、先ほどから注目されているのでしょうか」
しかも、本人に自覚なしと来た。こう、確かに違和感がないわけじゃない。その品の良いスカートに俺のジャージ姿という取り合わせは、ちょっといただけない。
かつて藤ねえをして「おばちゃんくさい」と言われたようなそれは、母親が子供のジャージを着用して買い物に出ているようなスタイルに近い。ちなみにそれを言ったネコさんと即日ヒートアップしてた。
ただ、そんなことは別にしてセイバーは綺麗だ。金砂の髪、宝石のような瞳。そんな見慣れない少女が、通いなれた日常の中に現れるのだから、その異物には興味津々でしかるべし。
「周りを見ればわかるだろ? セイバーが珍しいんだよ」
「はぁ……、その程度のことで?」
「この時間帯はヒトも多いし、仕方ないと言えば仕方ないか」
わかんないやつだな、とは言わない。あと今更ながら、間違いなく今日の目撃情報は、美綴か桜経由で藤ねえに伝わるだろう。絶叫と共に俺に襲い掛かるタイガーの姿が幻視される。なら先手を打つべきだろうか。
周囲の視線にさらされながら、校門を通らず俺は校舎の裏側に回る。職員とか用の裏口の方からなら、セイバーを入れても問題はないだろう。
「――――」
「セイバー? なんだよ、怖い顔して」
「いえ。シロウを見ていたのではありません。
ただ、魔力の残滓が強いもので、驚いただけです」
魔力の残滓?
言われても理解できていない俺に、セイバーは少し微笑んだ。
「と言っても、凛もシロウと同学年なのでしょう? 彼女ほどの
「入る前からセイバーに感知されるのか。……あいつも結構ドジなんだな」
「――――っ」
? おや。セイバーが何故か、今の俺の言葉に少しだけ笑いを堪えたような、変な声を上げた。
「……いえ、気になる気配はありますが、とりあえず危険はありません」
「だから危険なんてないって言ったろ? でも、そうだな。……とりあえず藤ねえにだけ顔見せしとこうと思うから、そしたら一旦家に帰ってくれ」
「フジネエ?」
「藤村大河。昔から世話になってる、冬木に出没する虎……、じゃなかった、姉みたいなのだ」
裏口から上がり、セイバーには来客用のスリッパを履いてもらう。
マフラーを外しながら、セイバーは校舎を冷静に観察していた。
「おはよう、衛宮」
そして職員室までの道中、こちらに声をかけてくる柳洞一成に応じる。と、当然ながら一成もセイバーを見て、少し訝しげな表情になった。
「衛宮。つかぬ事を訊くのだがおまえの後ろにいる女性は何者だ?」
「えっ? あー ……」
「初めまして。セイバーとでもおよび下さい」
その後、流石に自分で考えていたためかするすると、ジャガイモの皮でも剥くように設定を語るセイバー。
「あー、とりあえず日本に不慣れだし、家に一人にしておく訳にもいかなくてさ」
「なるほど。……衛宮のお父さんのお知り合いでしたか」
あっさり納得する、人見知りが激しいはずのこの生徒会長。
うむうむ、と一人何故か納得している。
「ふむ……。まぁ、問いただすまでも無い。大丈夫だろう」
「珍しいな、一成が初対面の相手でその態度は」
「何を言うか、これでも寺の飯で育った身だぞ。ヒトの良し悪しくらい見ぬけんでどうする。
……まぁ、あの化生めとは逆の方に秀でていらっしゃるからな。素人でも見抜けるさ」
では程ほど遅れぬように、と言いながら立ち去る一成。
「さて、問題は……」
そう、そして丁度そのタイミングで、職員室の扉が開く。
授業開始のチャイムが鳴るまで、わずか十分。果たして一成の一言を守る事が出来るか否か。
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Oh! 魔術師の行動原理 その3
臓硯「ほぅ、かような小物は相手にするほどではないか」
凛「で、何かしら? 間桐の元締めさん。貴方たしか、冬木の地を離れていたかと存知ましたけど」
臓硯「カカ、なに、老骨をいじめてくれるなよ、遠坂の」
職員室から会議を終えて出てくる先生たち。会議が終わったのは、ホームルーム七分前。
平然と外に出てくる先生たちと違い、何故か周囲をきょろきょろと野生動物がするように見回しているのが藤ねえこと藤村大河。そのレーダーにひっかかったらしく、藤ねえは俺たちの方に急ぎ足で来た。
「あら衛宮君、こんな時間に職員室に居るなんて珍しいわね。遅刻するわよ?」
藤村先生は鏡の前で十回くらいその言葉を唱えるといいんじゃないですかね。
「ちょっと用事だよ。加えて、私的な用事でもある」
「ん、なになに士郎? お姉ちゃんも士郎も時間、あんまりないけれど?」
「そりゃそうなんだけど、こと切嗣に関わる話だからな。俺もおいそれと、軽くは扱えない」
「切嗣さんの? んー、どゆこと?
っていか、その子、知り合い?」
うちの生徒じゃないわよね、とセイバーをさして頭を傾げる藤ねえ。俺の口調が砕けているのに注意が来ないのは、あくまで学生の衛宮士郎ではなく、衛宮家の衛宮士郎としての用事だからか。そして背後のセイバーも、こくり、と頭を下げた。
「転校生なんて訊いてないし、道に迷ったヒトとかだったら、わざわざ連れてくることもないし?」
「いや、それが俺もちょっと弱ってて……。端的に言うと、親父を尋ねて来たんだ、あの子」
「切嗣さんの? んー、つまりどういうこと?」
むむむ、と難しいことを考えてるような藤ねえ。一応、まだ教師の体裁を保ててはいる。
とりあえず、セイバーが考案したでっちあげを話す。と「あー、まぁ切嗣さんだからね~」と、訳知り顔で頷いた。よし、ここまでは成功だ。
問題は次のステージへ。
「なるほどなるほど? で、流石に家に一人で置いておくのは気が引けたと士郎らしいかなー。後のことあんまり考えてないあたり、余裕ない感じ?」
「あー ……、まぁ、そんな感じ。
で、とりあえず――――」
「んー、ネコのところにでも預けちゃえば?」
「いや、コペンハーゲン、バイト先だから。ネコさんに突然、誰だかわからない子預けるって暴挙して、普通にバイトの時顔を出す勇気ないから……」
「んー、そうなると難しいわねー。授業見学とかも今日じゃないし」
お、おお? 話が何かおかしな方向に動いている。このままセイバーを衛宮家に泊めるというように話を持って行きたかったのだが、藤ねえの頭の中では、セイバーを日中どうするかというところに焦点が絞られていた。
「んん~、申し訳ないんだけどセイバーちゃんには帰ってもらうしかないかな~?
あ、でもそのまま帰るっていうのもアレじゃない? ほら、お小遣い! これで新都の方で遊んでも来れば? あ、でも変なヒトにはついていっちゃ駄目よ?」
「シント?」
「そうそう。セイバーちゃん日本語、多少できる? なら大丈夫。冬木って結構、外国語できるヒトいるし。
いざとなったら、ここの名刺のところに行って、藤村大河の紹介だーって言えばなんとかしてくれるから」
とか言いながら、藤ねえはセイバーに万札と、自分の実家&コペンハーゲンの名刺を手渡す。すごい、手馴れてる。まるで空港で混乱している外国人に、観光先でも案内するガイドさんのようなそつなさだ。外国語教師としてのタイガーの実力を、衛宮士郎は甘く見積もっていたのかもしれない。いや、この場合は普通に教師としての性能かもしれないけど。
シロウ、とセイバーの目が俺に訴えかけている。
悪いと頭を下げる他ない。もともとそういう話だったし、セイバーには一度帰ってもらうほかないだろう。見ればタイガーが短時間とはいえ、懇切丁寧に学校から家までのルートと、新都までのルートを教えている。
「……まぁ日中なら大丈夫か」
そう思ったりしながら、セイバーを学校から出し、気が付くとホームルーム一分前。
急いで教室に向かいながら、ああこれは、家に帰ってから一波乱残ってしまった……、と少し頭を抱えた。
後、シンジは今日休みだった。
※
昼休み。一成と昼食をとろうと生徒会室へ向かっている途中。中から書記の、可愛らしいけれどちょっと愛想が不足している感じの子にお辞儀されて、その向こうに一成が見えた。どうやら
軽く手を上げると。
「げ゛ッ」
何だ、そのリアクション。
「な、何故に遠坂と一緒にいるのか衛宮士郎!」
「え?」
「はい、どうも。カエルでもふみつぶしたような声で、随分とご挨拶ね」
振り返ると、いつの間にか遠坂凛がそこに立っていた。手にはビニール。ひょっとして、俺と前後して購買で買っていたのだろうか。
「く、こっちに来い衛宮! 遠坂の近くにいたら毒がうつる、毒が!」
「え? あ、ちょっと――――」
「あら、それは困るわね。私、衛宮くんに用事があるんだけど」
「と――――!?」
腕を引かれる俺の腕の反対側を捕まえる遠坂。状況的には腕に抱き付かれているようなものなのだが、不思議と今の俺の心境は警察に連行でもされるような何かだ。というか、突然のその言動に頭が真っ白になる。
赤面するのを抑えられている自信が無い。
空回っている俺を無視して、遠坂と一成は言葉の刃で小競り合い。
「な――――――、何を企んでいるこの女狐め!」
「あら嫌だ、企むなんて人聞きの悪い。私、ちょっと朝のことで聞きたいことがあるんだけど」
「今朝……? セイバーさんのことか」
「あら、知ってるのなら話が早いわね。彼女、私とも知り合いなの。で、衛宮くんに色々聞きたい事が出来たから、ちょっと貸して欲しいんだけど」
「貸す貸さない、ではない。衛宮は道具ではないのだ。
全く、だから貴様のように、そこのところをわからず、便利屋のように使い倒すような輩が出てくるのだ」
「憤ってるところ悪いけど、結構真面目な話。だから、行くわよ
へ? と。聞き慣れない呼ばれ方に変な声を上げると、一気に遠坂の引っ張る力が強くなる。
バランスを崩しそうになるのを矯正して、無理やり遠坂は俺を引っ張って行く。背後で一成が色々文句を言っているのが聞こえるけど、それも長くは続かない。遠坂の表情が、事の他真面目だったからだろう。
屋上に付くと、遠坂は「こっち」と慣れた様子で人目に付かない、風があんまり来ない位置へとガイドしてくれる。周囲を見渡せば他の生徒はおらず、そっちの――――魔術とかの話をするには、確かに持って来いのところであった。
「で、何だよ遠坂、聞きたい事って」
「んー、その前に少しいい?
今朝は色々お疲れ様って感じだったわね。クラス別でも、一時間目明けた後の騒ぎはこっちまで聞こえたわよ?」
くすくすと。手で顔を覆って浮かべる笑みは、極上に悪い笑顔だ。むっとする俺の様子を見て楽しんでいやがる。
そう、裏口からセイバーを送って、藤ねえと一緒に全力疾走して教室に入った後。授業開けに周囲から質問攻めにされること必須といった状態だった。のらりくらりと交わすのも、まぁ色々限界があって、とりあえず親戚のヒトだという話だけを広めるに留められたのが、我ながら意外と言えば意外だ。
「自業自得なんで、何も言う事はない。というか、友人の後藤くんに至っては今朝の記憶を忘却していたらしい」
「あら、なんで? その後藤某くん」
「人間、信じられない、信じたくない現象を目の前にすると自分の記憶をうんたらかんたら」
「そこまで衝撃を受けるようなことなのかしら……? まあ、それくらいセイバー美人ではあるけれど。
でも、途中までとはいえサーヴァントを連れてこようとはしたんだ。へぇ~ ……」
「……何だよその顔」
「別に?
案外冷静に状況を把握してるんだなーとか、連れてきても魔術師としての実力不足でどうにも誤魔化せなかったんだなーとか、そんなこと思ってないわよ?」
なら口に出して言うなよ。まぁ、その表情からおおむね、そんなことだろうとは思っていたけど。
「意外と言えば意外かしら。貴方、平和ボケかましてサーヴァントを家に置いてくるくらい言いそうなものだったけど」
「平和ボケっておかしいだろ、平和ボケって。魔術師は昼間、目立つようなことはしないだろ? それに今朝の様子見ればわかるけど、セイバー、目立つ」
「まあ、そりゃね。普通の輩なら」
「だから本当は家で留守番して欲しかったんだけど……」
「んー ……、まぁ、言いたい事はあるけど黙っておくわ。同盟組んでいる訳でもないし、あんまり言うとアーチャーがまた拗ねるから」
「拗ねる? ……、そういう遠坂のアーチャーはどうしてるんだ?」
「いるわよ? 今は敷地内を調べてもらってるけど。基本的にサーヴァントは霊体で活動できるんだから、身辺警護は当たり前よ」
「見えないボディーガードみたいなものか」
「どっかで聞いたようなたとえね、それ。
それはともかく……。士郎。貴方、放課後はどうするつもり?」
「どうするって……。とりあえずセイバーに、学校を案内するつもりだけど」
露骨にため息をつく遠坂。こう、出来の悪い教え子を持ったスパルタ教師みたいな、そんな感じの態度だ。
「……あのね、一応私たち、休戦してるとはいえ敵同士なんだから、おいそれとそういうことを答えない」
「あ、いや、悪い。ついクセで」
「別に悪くはないわよ。無警戒ってだけ。あとクセって何よ、クセって」
「いや。何か遠坂の聞き方が、頼みごとでもしようとしているような感じに思ったから……」
きょとんとした顔になる遠坂。口元を押さえながら「そういう訳じゃないわよ」と言って、そして俺にとって衝撃的な事実を語りだした。
二日前から、この学校に結界が張られている。人間の体に影響を与えるようなもので、今でもみんなから元気を吸い出している。
言われて確かに、二日前から感じている違和感に思い至った。セイバーも魔力の残滓がどうのこうのと言っていた気がする。
「つまり、学校にマスターがいる?」
「そういうこと。学内に魔術師が、って意味では知らないわけじゃないけど、貴方みたいな素人がマスターになる場合もあるから、簡単にイコールで結び付けられないけど。でも今回は確証はとれてるし」
「いや、俺が素人だって言い分には異論があるんだが……。
って、待った、遠坂? 魔術師がいるって、うちの学校にか!?」
驚く俺に、指を三本立てる遠坂。と、何か思い出したように、その指を一つたたむ。
「私の知る限りでは二人よ。うち一人は間違いなく無関係だけど。
で、昨日もう一人と戦ったわ」
「は!?」
「驚くことないじゃない。聖杯戦争中なんだから、夜出歩けばサーヴァントに当たる確率も高いわ。
まぁ、あれだけ杜撰だったから簡単に見つかったっていうのもあるけど」
「杜撰?」
「人間を襲わせてたのよ。サーヴァントを強化したかったのか、未熟なのかは知らなかったけど。特に結界らしい結界もはらずに通り魔じみた方法で」
苦笑いを浮かべる遠坂凛に、衛宮士郎は躊躇いがちに。
「……誰なんだ、そいつ」
遠坂は果たして、興味もなさそうに言った。
「シンジよ。間桐慎二。
どういう訳かライダーのマスターだったわ」
「っ――――――」
その言葉に、俺は気が付くと手が震えていた。
頭が麻痺しているような――特にその光景を見たわけではないにも関わらず。俺の頭の中には、遠坂とアーチャー。そして半笑いを浮かべてこちらを見てくるシンジの映像が浮かんだ。
「――――殺したのか、あいつ」
「衛宮くん?」
手を握りしめる。精神が凍結する。目の前でその蛮行が行われたわけでないにも関わらず、怒りを感じる理性がとびかけている。
こちらの様子を見て、遠坂は苦笑いとため息をついた。
「本人はそのつもりだったみたいだけど、幸い私達が間に合ったから。
大丈夫、被害者の女性は生きてるわよ。目覚め一発目であの似非神父と対面になる不幸はあるだろうけど」
面倒だったからアイツに投げたし、と遠坂は肩をすくめる。ほっと一息つく俺に、でも遠坂は訝しげな視線を向ける。それ以上何も言わないまでも、その目は何か気になる。
「何だよ」
「……別に?
そうね。せっかくだから教えておくわ。間桐は魔術師の家系で――――」
遠坂の説明を聞いているうちに、少し。ほんの少し違和感を抱いた。
桜が、昨日の夜に衛宮家に来れないと連絡を入れていたことに。
「おお……!」大判焼き*4個
「くっ……、」激辛麻婆豆腐*1皿
「ふむふむ……」醤油ラーメン*3杯
「なるほど、速い」牛丼*2杯
「これは……、雑……、」ハンバーガーセット*1セット
「ライスボールも中々」おにぎり*10個
「斬新な……」アイスクリーム4段*4個
「シロウも作れるのでしょうか?」ドーナッツ*30個
「酒かすですか? タイガも飲むのですね」甘酒*6杯
「な、何故、ほとんど変わらないように見えるのにガウェインの調理とここまで異なるのか……!」ポテトサラダ*3箱
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恋のLove☆Love★Typhoon! その1
「団体競技?」
「ん。うちの学校は運動系に強いんだ。
他の相手と得点を競い合うスポーツってコトで。いま校庭を奔ってるやつらだって、五十メートルを何秒で走れるかって得点を、時間を競ってる」
そんなことをセイバーに説明しながら、自称冬木の黒豹が疾走しているのを見る俺たち。ほう、とセイバーが関心してるような態度だ。
と、せわしなく校庭を眺めるセイバー。
「何か探しものか?」
「え、いえ。……以前少しだけ見た競技があるのですが、それがあるかと」
「セイバーがやってみたくなったスポーツってことか。テニスとかなら裏側にあるけど」
「い、いえ、テニスではないのです。冷静に考えれば、この敷地に収まる競技ではなかった。
ただ、昔、剣で似たような球遊びをして咎められた……、からかわれたことがあって、懐かしくなってしまったというか……」
「?」
「い、今の発言は忘れてくださいマスター! 次の場所をお願いします」
放課後、裏側の入り口で待っていたセイバーを回収して、学校を案内する事にした。
遠坂から聞いた間桐の話と、学内に他にマスターがいるかもしれないという話。それらを踏まえて、セイバーも学校内を確認することは、積極的に納得していた。
……お陰でますますセイバーが、学校でも俺の護衛をしようという意気込みをしてしまった気がするけど、そこまで気を回せない。結界の起点を探すことが出来ない以上、俺達は後手に回るしかない。
重要なのは、もし何か起こったときに、俺とセイバーとでどれだけのヒトを助けられるか、ということ。
この話をセイバーにしたら、少しだけ呆れたようにため息をついた。
学校に結界が張られている、という現状に、気がたっているセイバー。でも、何故か俺の教室を教えたら、不思議と眉間の皺がとれていた。
手始めに教室。生徒会室。裏側の林を回って校庭。
そして次が最後の弓道場。
さて、桜は居るだろうか……。
「あれ、衛宮だ。なに、見学にでも来た?」
「――――」
気心の知れた知人。弓道部主将・美綴綾子は俺の顔を見ただけで、その用件まで看破してのけた。
「お疲れ。お察しの通り、久々に顔を出したってところだけど……」
「おお! じゃあ射ってく?」
「そんな一本いっとく? みたいに言われてもなぁ……。
そうじゃなくて、ちょっと家の関係で」
「ん?」
と、ここで美綴、俺の背後のセイバーに気付く。
ちょっとこっちこっちと俺の体を引っ張ると、内緒話でもするように耳元に近づいて、
「衛宮、何者よ彼女。すごい美人だけど。……って、なんか氷室とか沙条から色々聞いた、今朝、騒がしかったときの目撃情報に類似してるけど。金髪で美人さんで、なんかジャージ着てるって。
知り合い?」
どこにでも情報通はいるらしいが、目撃情報とやらが正確なあたり、セイバーの容姿はやっぱり目立つのだろう。
「説明すると複雑なんだが、そういうことにしておいてもらえると助かる。ついでにあいつが部室に入ってもみんなが騒がないように言い含めてくれると恩に着る」
「……オッケー、その交換条件は気に入った。あとでチャラってのはナシだからね」
「りょーかい。セイバー、行くぞ」
「あ、はい」
美綴の後に、少し遅れて俺達は続く。
「……あれ?」
ふと見回すと、桜がいない。
部屋の中央で君臨する我らが冬木の虎に接触する前に、セイバーを紹介しておこうと思ったのだけれど、珍しく間桐桜――つまりはシンジの妹の姿はどこにもなかった。
藤ねえは忙しそうにしながら、俺とセイバーに軽く声をかけた。どうも、何か手違いがあったらしく、色々と藤ねえが部員たちに引っ張られていた。
「じゃ、わたし稽古つけてくるから、いるなら二人ともぼけーっとしてなさい?
あ、でも弓持ちたくなったら遠慮しないでいいからね。士郎はわたしの教え子だし、人一倍、成ってるんだから」
「? シロウは弓術に長けているのですか?」
「そうよー? 離れてしばらく経ってるけど、たぶん今でも持ってかるく構えたら、すいすいすいーって中てちゃうんだから」
いや、持ち上げて貰っているところ悪いのだが、決してそれは弓の腕という訳でないのを俺は知っている。
毎日日課として行っている魔術の鍛錬。その結果が、弓を射る際のそれに近いからこそ影響が出ているだけだ。
藤ねえの言葉を否定すると、ふと、藤村大河は教師らしい顔になった。
「ふぅん。……でも士郎、毎日弓を構えるコトだけが稽古じゃないのよ?
弓に礼を尽くそうっていうケジメもいいけど、たまには素直になっときなさい?」
射所に引き返していく藤ねえ。
「……大河は良い教育者ですね」
セイバーの微笑みを浮かべた感想に、否定するところもない。ただ、どうして士郎は構えないのですか、と問われても、返答できる答えを持ち合わせてはいなかった。
それでも、少し後に来た美綴に言わせれば、今の俺は意外なのだそうだ。
「なんだ、俺、弓に飽きたように見えてたのか?」
「ええ。だってアンタ、一回しか的外さなかったじゃない。わたしが弓道部に入ったときから、衛宮はとにかくバケモノみたいに巧くて。射も全部綺麗で、皆中以外知らないって顔してて。
それでね、あーコイツ、こんなに巧いともう何も思わないんだろうなーって。弓持たなくても会心に入れるんだから、むしろ弓こそ余計なんじゃないかって」
弓道とは、すなわち自分を殺す道。己を透明にして、自然と一体と成る境地を指す。
言うなればソレは、儀礼、儀式にのっとり、自己を別な何かに改造する魔術の鍛錬方法に他ならない。
「釈迦に説法だけどさ。
これって矢を的中させるのはおまけで、本当はそこに至る心構えを得るための道じゃない。術じゃなくて道って言うんだから」
「道、ですか……」
「そそ。でも逆に言えば、弓道っていうのは弓がなければその境地に辿り付けない。剣道とかも近いところがあるけど、なんにせよ、自分がそこに至るために武術を通る訳だから。
……そのあたり、衛宮は退屈だったんじゃないかって思ったわけよね。私達は、矢が当たらないとその心構えが出来てるか――――綺麗になったか判らない。
けど衛宮は、その行方なんてどうでもいいタイプよ。
『術』を突き詰めれば、誰だって当てられる。
でも、本当のそれは中るのよ。技術関係なく」
剣道も、と言われて、セイバーも何度か頷く。美綴のその言い回しに、どこか腑に落ちたところがあったのかもしれない。
だが、俺はそれにおいそれと賛同したくない。
「……そんなことないけどな。俺だって、的を射抜くために射場に立つんだから」
「だから、それよ」
「む――――?」
困惑する俺に、セイバーが微笑んで言った。
「……綾子たちと、シロウの見ているものが違うと言いたいのでしょう」
見ているものが違う?
「そう、そんな感じ! えっと、セイバーさんだっけ?
だから、衛宮は『見てる』んでしょ。的に当たったっていうのがわかってから、その後に指を離してるって感じ」
「何言ってんだ、それ。つまり、弓が当たったところを想像してから指を離してるって?
それって、普通のことじゃないか」
「そりゃ、誰だって想像はするでしょ。でも『中る』っていうのを『視ている』訳じゃない。
それって、自然と一体になってるってことだから。無の境地とか、そういうヤツ」
……ふむ。見れてる、云々は実感が沸かないが、無の境地に関しては頷ける。
自己を消して回路を成すという修練は、まさにそれに近いかもしれない。
「衛宮は透けやすいってコト。つまり欲が足りない。もっと強欲で自己中で我侭になれ。若いうちから達人になってもつまんないでしょ。
今日来てない、どっかのワカメを見習えとまでは言わないけど、少しは楽しいコトでもやったら?」
言葉に詰まる。楽しいこと……。どうしてか、それが思い当たらない。セイバーが不思議そうな顔を俺に向けるのに気が付かないほど、俺は答えを探すことが出来なかった。
「ほら。そんなんだから桜を苦労させてんのよ。若い内からそんなんだと、年とってから『出せなく』なっていくんだし。そーゆーの甲斐性なしって言うのよ。わかって?」
「最後のは似合わない……、が、まいったな。同級生に老後の心配をされるレベルか、俺」
「だって衛宮、笑わないでしょ」
――――――――――――――――。
「え――――?」
美綴は微笑んだまま。
でも、少しだけ時間を置いて、笑い飛ばした。
「……だから、合宿の話。みんなで騒いでたとき、衛宮だけ私のとっておきのネタでも笑わなかった」
「それは、つまり?」
「それをまだ根に持ってるってワケなのよ、これが。
いつか返してやるから、覚悟しとけってこと」
きっぱりと、ライバルに笑い掛けるように美綴綾子はそう笑って、この場を後にした。
日も落ちてきたので、弓道場を後にする。部活動もお開きとなった。
冬場だから日が落ちるのも早い、というのもあるが、最近の物騒な事件を考慮してのことだろう。
「あ、そういえば美綴。桜は今日どうしたんだ?」
「風邪だって聞いてる。明日には回復してるって聞いてるけど、知らないの?」
「いや、昨日来れないって連絡はあったんだけど、それ以上は何も」
「ふぅん? じゃあね。私、職員室に鍵持ってくから」
一足先に足早に去る主将を見送ってから、セイバーと一緒に正門を出た。
藤ねえには用事があるから、といって先に帰ってもらっている。
「で、今日一日どうだった?」
セイバーに感想を聞くと、真剣な顔でこう答えた。
「…………やはり、シロウの調理が一番落ち着きます」
「――――」
それは、昼食のことを言っているのだろうか。思わず笑ってしまいそうになると、セイバーが真剣な顔で俺を見てきた。
「笑いごとではありません、シロウ。今の私にとって、食事は貴重な魔力源です。ヒトをそう、食い意地が張っているように扱われては困る」
「いや、ごめんごめん。うん、そうだな。気をつけるよ」
「む――。何かマスターの態度には釈然としないものがありますが、まあ、良いです」
ふぅ、と一息つくと、下ってる途中の坂から、学校の方を少しだけ振り返る。
「確かに、学校に通うのは危険です。
でもマスター。貴方にはどうやら、必要なことのようだ」
「む――――?」
どうやら、それがセイバーが出してくれた結論のようだった。
「しかし、それとこれとは別問題。シロウが学校に通うのはともかくとして、学校が安全でないことは別問題です」
「うっ……。わかった、何か対策を考える」
「それが賢明です。でなければ、登下校のみと言わず、私にも考えがあります」
何だろう、その恐ろしげのあるフレーズは。
何が起こったとしても、衛宮士郎の心が休まる結末には程遠い気がする。
真剣にどうしたものか……。んー、休戦中ということだし、とりあえず遠坂に相談でもしてみるか……?
「あ、すまないセイバー。少し帰りに寄るところが出来た」
「それは構わないのですが……」
「どうした?」
「シロウは、もう射らないのですか?」
「ん――――そうだな」
少しだけ遠いどこか――今は見えない何かを視て。
「……落ち着いたら、やってみようかと思う」
「――――――ええ、それが良い」
俺の言葉に、何故かセイバーは、聖杯戦争とか、そういうことは関係ないような笑顔を浮かべた。
そして道中。桜の様子を窺うために間桐家へ寄りかかった際。
「――――――」
入り口に、ショートカットの、眼鏡を掛けた、穂村原の女子生徒が立っていた。
ボブはたぶん次回に出番。
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恋のLove☆Love★Typhoon! その2
眼鏡の女生徒……、よく見ればちょっと大型のリュックを背負っていた彼女は、間桐の屋敷へじっと視線を向けていた。と、しばらくすると「よしよし、ちゃんと付けてる」とご満悦そうに頷いた。
「あんな神霊クラスのが来ていたから様子見てみたけど……、うん、まぁとりあえずいっか。
えっと……!」
と、向こうが俺たちに気付くと、目を見開いて驚愕の表情。
「か、かわいい……!」
「――――?」
どうやらその視線、セイバーにロックされている模様。
しばらく俺たちの姿をじっと見た後、慌てたように彼女は、俺たちの反対方向に走って行った。何がしたかったのだろうか。色々と謎が尽きない。
「……いえ、そんなはずは」
「どうした、セイバー」
「あ、いえ、何でもないのです。きっと気のせいのはずですから」
何故かセイバーも、彼女に対しては微妙な反応だった。もっとも、すぐきりっと普段通りの表情になったので、大した事じゃなかったのだろうと俺も判断する。
「シロウ。こちらの家は……?」
「嗚呼、桜とシンジの家だ。桜については、説明したな?」
無言で首肯するセイバー。桜から電話があった段階で、セイバーに彼女のことは話してある。
「家だけじゃなく、学校にも弓道部にも顔を出してない。加えてシンジがマスターだった。
遠坂の言った通りなら、桜は後継者ではない。つまり魔術師ではないはずだけれど……」
「とすると……」
「シンジは、気が立つと回りに当たるんだ。
ひょっとしたら、桜が来れなかったのがそのせいじゃないかと思って」
だから、様子を見に来たということだ。幸い外見上、洋館の間桐家に異常はない。電気だっていつもの通り、桜と慎二の部屋に――――。
「――――もし。なにか、この家に用があるのかね」
「っ……!? シロウ、下がって」
咄嗟に振り返ると、セイバーが俺を庇うように前に出ていた。
夜の明かり。虫の鳴き声に紛れるよう、その人物は立っていた。見慣れない老人。よほど高齢だろうに目には覇気が溢れ、枯れ木のように小さな体に不釣合いな威圧感。セイバーともまた違う、向き合うだけで気圧される威厳がある。
「サーヴァントまで連れているとなると、昨夜の遠坂の娘の後続か……。
やれ、なるほど。さぞ名のある英霊とお見受けした。これほどのサーヴァント、過去の戦いにおいて一人現れたかどうか」
「……」
「さて、となるとワシは死ななくてはなるまいか。まぁ可愛い孫たちを守るためじゃ。カカ、肉親の情とは命取りよの」
……驚いた。
見た事のない老人は、肩を振るわせながら、セイバーと対峙する。位置関係からすれば俺たちを挟む配置になっているが、その言葉、態度は、間桐の家を守ると言い張っているようだ。
そして今の言い回しからすれば、聖杯戦争のことも、サーヴァントのことも全て知っていて、おまけに。
「セイバー、下がってくれ。その爺さん、顔見知りじゃないがおそらく」
「いけません。この男は人間ではない。話すことなどなく、聞く事などない筈です」
「……セイバーがそれだけ言うんだから、たぶんそうなんだろう。でも聞かなきゃいけないことがあるんだ。頼む」
「……」
わずかに体を引くセイバー。道は譲らないが、老人と向き合うだけの機会はくれるということだろう。
「衛宮士郎だ」
「臓硯じゃ。苗字は名乗るまでもないか。さて、戦うでないならば、聞きたい事でもあるのか?」
間桐臓硯は、片方の目を大きく開けて俺を見据えた。
「……遠坂から聞いた。なんたってシンジがマスターになったんだ。あいつ、魔術師じゃなかったんだろ?」
「ほ、何を尋ねるかと思えば。かようなこと、答えるまでもなく。
あやつをマスターに選んだのはワシだ。見た通り現役から退いて久しいのでな」
「……マスターを譲った?」
「お主と同じだ、衛宮の跡継ぎよ。
己では敵わぬ夢を、後継、弟子に託す心情は理解できよう」
いまいち相手の言葉に理解が及んで居ない。遠坂は言った。マスターは原則、魔術師がなるもの。ならアイツは……。
「マスターの権利を譲り渡した、ということか」
セイバーの言葉に、くつくつと老人は嗤った。
「嗚呼。だがそれも、昨晩無駄になってしまったがな」
※
「……ビンゴ」
夜の巡回――――――――新都周りを捜索し、その帰り道。
唐突に聞こえた悲鳴。覚えの無い力強い魔力の余波。
頬を叩き、疲れた自分のスイッチを切り替える。魔術師にとって、回路を回すことはエンジンを噴かすことのようでもある。それはいついかなる時でも――――学校で優等生をやっている時でも、いつでもその切り替えは出来る。
だからこそ、丁度善かったのだ。……まぁ、問題といえば、相手の方。結界のけの字も張られた形跡がなく、明らかに、その手際は素人のそれ。大莫迦野郎もいいところだ。アーチャーに「本来の戦い方」を指示した上で、私は前に出る。ある意味、私が囮になるようなものだ。本来なら悪手でしかないのだけれど、でも、相手が相手だったからこそ、私はこの悪手を選んだ。
漏れ出ている魔力は、まるで芸術家が塗りたくった目に悪いペインティングがごとく。こんなの、出来の悪い衛宮くんだって判るに決まってる。
「――――」
思わず舌打ちしてしまう。その光景を、私は気に入らないと断言する。
会社帰りの女性だろうか。どこにでも居そうな、といえば語弊はあるかもしれないけど、それでも一般人であることに変わりはない。
そんな女性の首に、牙を付きたてるはサーヴァント。黒装束に身を包んだ女の存在は、明らかに夜の公園の中で浮いたものだった。
つう、と頬に流れる血。……女は、ヒトを食っていた。アーチャーと以前話した通り。血に紛れ、そのサーヴァントは文字通り、彼らの「食事」をこなしている。
「――――――へえ、誰かと思えば遠坂じゃないか。中々悪くないシチュエーションだ」
「慎二……っ」
手に古い魔導書のようなものを携え、間桐慎二はにやりと笑った。
「ま、僕もどうかと思うけど仕方ないだろ? お前だって手ごろな獲物を探してたんじゃないの?」
「ふざけないで。……この際だから、なんでアンタがマスターになってるのかとか、その手に持ってるもののことだとか、そういうのは置いておいてあげる。
……学校の結界もアンタの仕業?」
「? はは、まさか。気付いているだろ? 遠坂。
学校にだってマスターはもう一人居るさ。魔術師は僕だけじゃないんだろ?」
「よく言う」
あんな、ちょっとボケボケなメガネっ子すら見抜けないくせに、何をいっちょまえに言っているのだか、この男は。
そんな自分の能力のなさすら自覚せず、シンジは得意げな顔で私に言う。同盟を組まないかと。一人よりも二人の方が効率的だろうと。
「……」
『――――個人的な見解だが、あれはクズだ。言葉に重みが無い。要するに、吹けば飛ぶ』
アーチャーの言葉が聞こえるようだ。……嗚呼、私とは別な理由で、アーチャーならこいつの言葉を断るだろう。
でも、だからあえて、私は私なりの言葉を使う。
「お断りよ」
断られるとは思って無かったのか、シンジの表情が歪む。何故だ、と。サーヴァントも連れずに来ているように見えている事もあってか、シンジは自分が優位に立っていると錯覚していたのだろう。だから、この状況でも私に高圧的に言う。
ただ、正直そんなことはどうでも良い。
魔術さえなければ、人畜無害にしか成れないこんな男のことなんか。
私が苛立っているのは――――。
「――――魔術師うんぬん以前に、そういう態度は、ヒトとしてどうかしてるって言ってんのよ!」
その言葉と同時に、アーチャーの弾丸がシンジの胴体目掛けて放たれた。
マスターとしてこの場に居る以上、殺されるだけの覚悟は出来ているだろうと判断する。だからこその一発。
でも、流石は英雄の一種か。アーチャーの弾丸から、シンジを庇うように前に出るサーヴァント。腕に弾丸を受けるも、手に握る武器を落とす気配は無い。態度は冷静そのもの。反対に、シンジは酷くうろたえていた。
距離を詰め、アーチャーが拳銃を構えながら降りてくる。褐色、白髪のそりこみ、何とも言えない服装。動揺以上に、軽く放心している。さしものシンジも、その異様な風体に面食らっているらしい。
「――――」
二つの陰がぶつかり合う。アーチャーは瞬時に両手の獲物を二対の刃に切り替え、相手に斬りかかる。
響く剣戟。斜に構えたアーチャーと、めまぐるしく地面を駆ける相手のサーヴァントは対象的だった。
アーチャーはじっと、目を見開き相手の動きを見る。まるで何か、映像を己に焼き付けているかのごとく。女の動きは私の目にも止まらず、当然、アーチャーも簡単には追えない。それでも急所に当てさせず、斬り往なしているのは白兵戦の経験値ゆえか。
敵は長い髪をなびかせ、獲物を追い詰めるよう畳み掛けてくる。
「は! なんだ、ただの木偶の坊じゃないか! ハズレを引いたね、遠坂!」
その認識が甘いことを、シンジは気付いていない。
「必要以上の犠牲を好まない」とはアーチャーの弁。でもアーチャーは「私の方針に従っている」現在においても、隙があれば効率的に「虐殺」に走ろうとする。それはつまり、アーチャーにとっての「必要最小限の犠牲」というものが、あってないようなものだということだ。
それが示すことは、つまり、私が制限をかけて初めて「戦闘になっている」ということ。
初めから、言い訳さえ成立するなら、コイツは誰彼かまわず殺し、全てを解決しようと走るだろう。
私が援護をしないのと、シンジが援護を出来ないことは意味合いが異なる。
だって、絶えず今もこうして、アーチャーから「邪魔だから手出しをするな」と視線を送られているのだから。
「――――」
何度目かの短剣を受け、アーチャーの刃が砕ける。どういう訳か、アーチャーの武器は時間経過と共に錆び、ぼろぼろと崩れていくらしい。
高速で襲いかかってくる敵相手に、その状態は大変よろしくない。
「いいよ、構わないから決めちゃえ、ライダー! 爺さんの言いつけは守ったんだから――――」
「――――そうか、ライダーか」
へ? と。黒い影が早まった瞬間、アーチャーはそんなことを言って。二刀の柄を結合する。――――錆びた鉄が融合し、ナギナタのようなそれになり。
さも当然のように――――当たり前のように、ライダーの体をとらえ、斬り捨てた。ごろごろと転がるライダーは、ちょっとヒットの時の球に似ている。
「…………えっ? 嘘だろ
――――ぶッ」
その隙をついて、思いっきり、私はシンジの顔面をぶん殴ってやった。
後ろでアーチャーはつまらなさそうな表情でナギナタを消して、両手に例のバヨネットを構える。
「ランサーから『抜いて』こちらに『撃ち直した』が、意味がなかったな。
いかに優れた英霊でも、使い手がクズならクズにしかならん」
「っ……! この、さっさと立って戦え死人……!」
ライダーを罵倒するシンジを無視して、アーチャーは銃を構える。
ひっ、という声をあげて、シンジが動きを止める。
「――――――」
引き金に指をかけるアーチャーは、何も言わず、こちらをちらりと一瞥した。
……なるほど、要は、私に言えということか。私が明確に、アイツを「殺せ」と。そう指示を出せと言いたいのか、このサーヴァントは。
でも――――それも仕方ないことかもしれない。
「シンジ。今更泣き言は聞かないわ」
そういう理屈を振りかざした以上、私は容赦することはない。聖杯戦争というルールで戦う魔術師には、ひとしく、その覚悟があってしかるべきだ。非道を成そうが何を成そうが、結局最後は勝って生きるか、負けて死ぬかの二つに一つ。
「た、た、立てライダー、お前の主人は僕だろう! 犬のくせに主人の言いつけが聞けないってのか……!」
「……頭の出来まで悪いと見えるな」
「な――――っ」
だん、だん、と。
銃口をわずかに逸らし、ライダーの両足を撃ち抜くアーチャー。苦悶の声を上げるライダーに震えるシンジを、アーチャーは嗤っていた。
「幸福な王子とて、自分さえ失われたら何も与えられない。
わかるか? お前の頭と同じだ」
「ぼ、僕の頭がどうしたって……!?」
「無いものねだりだよ、お前は。できない事を認めろ。嗚呼、認めないならそれはそれで嗤ってやるさ。みじめだなぁ、お前は。
何の意味もなかったなぁその人生には」
少し意外な気分だ。唐突にライダーを狙撃した、まではまだコイツならやりかねないと思っていたけど。でも今の言葉は、何か明確な意思が感じられた。わずかに怒りと、言うなれば……、自虐だろうか。シンジのことを嘲笑いながら、その実、どこかその声音は、自分に対する諦めのような響きを帯びている。
「死ね。腐って死ね。マスターも異論はないな?」
「ひ――――! 立て、動けライダー ……! どうせ死ぬんならこいつを道連れにして消えやがれ……!」
「そこまでだ。どうやらおまえでは宝の持ち腐れだったようじゃな、シンジ」
そんな場に、しわがれた老人の声が割って入った。
※
「じゃあ、桜は――――桜も、シンジと同じようにマスターなのか?」
「む――――これは異なことを。そのようなことはシステム的にあり得まいに。どうやらおぬしの父親は、まともな教育をしなかったようじゃな」
「――――」
ちょっと、待て。
なんでそこで、オヤジの話が出てくる。
俺の疑念をよそに、老人は続ける。魔術は一子相伝が基本。よほど大きな家で無い限り、後継者以外にはその術を与える事はないと。
「兄が使い物にならなければ妹を、とも考えもしたが、既に勝敗は決した。今更、何も知らぬ孫を駆り出す必要もなかろうよ」
「じゃあ、桜は……」
「当然、何も知らぬ。家のことさえよくわかってはおらぬだろう」
「なら何で今日、二人そろって休んだんだ」
「ん? ああ、たまたまじゃ。
シンジは多少荒れているから今は『お灸を据えて』いるところじゃ。桜に関しては単に体調不良だが……、まぁ、そのうち戻るだろう」
どこまでその言葉を信じて良いものか、判別がつかない。
にかり、と。そんな俺の心情を察してか、老人は笑った。
「なぁに、これでもPTA会長じゃ。親代わりの爺として、多少は気を利かせておる。
聞きたい事がそれだけなら、失礼するぞ、衛宮士郎くん。今日は帰りたまえ。……嗚呼それから、言えた義理ではないが、うちの孫たちと善くしてやってくれ」
話は終わったとばかりに、俺たちの横を通り過ぎる老人。セイバーが立ち位置的に、俺をずっと庇った状態でいるのは、それだけこの老人に対して得体が知れないからだろうか。
見かけとは裏腹に、軽い足取りで老人は去って行った。ただ、その立ち去り際。
「――――それより衛宮士郎君。アインツベルンの娘は壮健かね?」
俺にとって意味の分からない言葉に、セイバーは視線を鋭くした。
中々炸裂するタイミングのないボブの宝具
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恋のLove☆Love★Typhoon! その3
「あれ、セイバーちゃんいつ帰るの?」
間桐家を後にして、セイバーと少しだけ一緒に買い物をした後。何故か得意げな顔で「これは中々です」と大判焼きを押してくるのに、思わず表情と懐が緩んでしまったこともあって、帰るのが遅くなった。不満そうな藤ねえだったものの、セイバーの顔を見て表情が一変。お客様に対する対応なのか、虎が猫を被った。
「御同伴に預かります、大河」
「いいわよ、セイバーさん。夕食を囲むヒトは多い方がいいしね?」
そんな流れで、冬場だというのにざるそばと天ぷら盛り合わせというメニューを展開し、夕食を食べた後。「桜ちゃんから、熱が下がったから明日来るってー」と、こたつで丸くなるタイガーの言葉を聞きながら、何故か大量にあるみかんをまとめて持っていく。
「?」
「こうやって食べるんだ、セイバー」
初めてみるもののように、何故かセイバーの手つきは不自然だ。こう、小さい頃に初めて卵のカラを割ったときのような、あれに似てる。
おっかなびっくりといった様子のセイバーを見るにみかねて手助けしようとした、そんなタイミングでの藤ねえの発言だ。
「帰れるわけないだろ? うちに来た時、無一文だったんだぞ、セイバー」
当たり前のように返す俺。対する藤ねえは、無表情になってから小首を傾げた。
「ん、つまりつまり?」
思い至らないタイガー。いや、あえて思い至らないように自意識を調整しているのかもしれない。やはり避けては通れない。ここは……。
平然と、いつも通りに言おう。何も特別なことじゃない。親父を頼って来たお客さんに対する対応なのだから。
「いや、だから。しばらく面倒を見るってコトになったから」
そこでようやく、藤ねえは「衛宮家で面倒を見る」=「一緒に暮らす」という意味合いだったと理解。
翌日、桜もセイバーと初めて遭遇した時に引き起こす、石化したような沈黙が場を支配する。
……当然だろうが、構っている余裕はない。今の俺は、なれない手つきでみかんの皮を剥くセイバー専用サポートマシンなのダ。フルエルユビヲオサエテ、ムイテアゲルノヲオタスケスルゾ。
「し、シロウ、これは本当に大丈夫なのでしょうか……!」
「いや、力を入れすぎなんだって。もうちょっと力を抜いて――――」
「そんなのダメーーーー!」
……っぅ~~~~!!!!
耳が、耳が! キーンと!
「いったいどーしちゃったのよ士郎ってば! 確かに切嗣さんを頼って来た子を一人放り出せないけど、なんでそう即決しちゃうのよ、なんでさ! お姉ちゃんに相談してくれてもいいじゃない!」
「いや、だってここ、旅館みたいに広いし、いいかなーって」
「いいワケないでしょ! そういえばだけどセイバーさん? あなた、一体何のためにここに来たのよ!」
う、と。思わず俺の息が詰まる。聖杯のために、とかそんな裏事情を当然藤ねえに明かせるはずもない。
だからといって、事前の口裏合わせを超えた質問を投げかけられているわけで、それに対してセイバーが器用にかわせるかは知らないし――――。
「……さあ。私は切嗣の言葉に従っただけですから」
――――あ、どうやら合わせられたようだ。
「む、どういうこと?」
「必要最小限以上は、人間として駄目なほどに色々切り詰めていた。そんな切嗣が、シロウのような子供を育てられたというのは少し驚きでしたが……。でもだからこそ、ここに来た際、シロウを守るようにと言われた理由もわかります。
貴女もそうなのではないですか? 大河」
今のセイバーの言葉に、藤ねえが「うっ」とつまる。
俺も……、似たような反応をしていた。今のセイバーの言葉には、確かな確信に満ち溢れた親父の実像が透けて見える。でも、それはおかしい。セイバーはサーヴァントであり、だからこそ十年前にこの地にいたはずはない。ないのだからこそ、この言い回しに違和感を感じる。
いや、感じるからこそだ。セイバーは何故か、親父の名前を知っていた。
導き出される結論は――セイバーはもとから、親父のことを知っていたということになる。
「この身は、シロウの剣だ。その言葉を撤回するつもりはありません、大河」
反論することなど誰にできよう。そしてセイバーのその言葉は、事実、彼女が持つ絶対の真実なのだから。
さしもの藤ねえも反論できない。が、しばらくしてからキッとセイバーを睨んで。
「……いいわ。そこまで言うんなら、腕前を見せてもらうんだから」
なんて、よくわからない言葉を口にした。
※
慣れはしたけど、この匂いが不快なことに変わりはない。
新都、某所の一角。収容された従業員五十人ほど。
そのほとんどが男で、すべてが、糸の切れた人形のように散乱していた。
「……アーチャー、なんの香だろう。わかる?」
「東洋圏の加工じゃないな。示威的にこうしてるとなると、セリ科の、愛を破壊するとかいうヤツか」
「それってドクニンジンでしょ? ……って、ああ、そゆコト。
男に何か怨恨でもあるのかしらね、この惨状の仕掛け人は」
窓をアーチャーに開けさせて、倒れている連中を確認する。息はある。この分なら、今通報しようが朝発見されようが、そこまで違いはない。
血の匂い。錆びた鉄の匂いがコートに移ってしまうことに、表情が歪む。来る前にアーチャーから「別な外套を用意するといい」と嗤われて言われていたのを無視していたらこの状況。自業自得といえど、何故か癪だ。
「それで、流れは柳洞寺か?」
「……そうね。あんなお飾りの寺とはいえど、何故か
「となると、キャスターだな」
「そうね」
とうてい人間業のそれではない、というのは私とアーチャーとの一致した見解だった。
「となると、おそらく街一帯は視られていたか。……この間は失態を演じたか」
「失態? バーサーカーを追い返したときのこと? あれはあれで、まあ、最後のさえなければ悪くなかったと思うけれど」
「どうだろう。無駄にこちらの手だけをさらし続けたとなると……。少なくとも、衛宮士郎くらいは殺しておくべきだった」
「こだわるわね、アーチャー。何か理由でもあるの?」
「同属嫌悪……? さて、よくわからん。
なんにせよ、失態に違いは無い」
このアーチャーが近代、現代の英霊だというのは、自己申告のみならず、その武具一つとってみても明らかだ。アレンジが効き過ぎていてもはや何が何だかというような様相を呈してもいるけど、それでも根底に流れる技術は、産業革命後の流れを汲んでいる。
とすると、ひょっとしたらだが。彼の磨耗した記憶の根底に、衛宮士郎と関わる何かがあるのではないだろうか。
皮肉げに語るアーチャーに私は鼻を鳴らした。
「……
アーチャーが何をしたのか。どんな宝具を用いたかは不明だ。だがそれを、火薬庫のごとく扱い爆裂させるその蛮行。
弾丸に加工されたそれは、明らかに常軌を逸している。一体何があれば、そんなことをしようと考えられるのか。効率主義と言いながらも、その実、己の身を削っているようにも思えなくも無い。
「……今夜はもう戻るべきだ。まだ序盤と言えば序盤。毎夜連戦も、後に響く」
「――――――キャスターを追うわ。寺に戻る前に片を付ける」
「そうか」
例の、嫌な笑いを浮かべてることがわかる「そうか」だった。……出来ないことはやらない。確かにそうは言った。加えてアーチャーに命令を強制する様に言いもしたけど、彼の合理性も充分承知している。
でも、これは別だ。追いかければ尻尾くらい掴めるだろうし、それに。
「……喧嘩売らないと気が済まないのよ」
「……最も倒すべき相手を見逃した挙句、俺の首までつかまえて休戦協定を結ぶんだから、さぞ立派な魔術師様だろうよ、マスターは。
まぁ、だから払いが良いんだろうがな」
余計なお世話よ、と嗤うアーチャーに言いながらも、ふとその言い回しに疑問を抱く。
「前から気になっていたんだけど、アーチャー。貴方の言う払いの良いっていうのは、どういう意味なの?
別に私、貴方に魔力以上の給料は与えていないし」
その口ぶりは、聖杯そのものを指し示してのことでもないだろう。とするならば、彼は何に対してその感想を抱いているのか。
私の疑問に、アーチャーは一瞬顔を真顔にしてから。
「……ある意味、一番の報酬だろう。本来の俺ならば。
俺に――――」
――――俺に、守護者として振舞うなと縛ってくれることはな。
どこか金色に濁った目で遠くを見ながら、アーチャーはそう呟いた。
※
戦いは終わった。
「なんでさ、何ともひどい有様じゃないか」
「うう~、呆れないでよ士郎ぉ~」
ぐったりと倒れる藤ねえを前に、正座をして瞑想するようなセイバー。座った姿勢一つとっても息の乱れ一つ無く、藤ねえとは完全に状態が反転している。
風雲急を告げるような効果音を背負って、道場まで俺とセイバーを連れ出した藤ねえ。
腕を見る、と、無理に引きつれて来たかいもなく。それはもうけちょんけちょんに、一休さんのとんちもかくやという勢いで、虎は退治されてしまっていた。
「しろーは私が守るんだから」と息巻いていたのが、かなり意気消沈している。
「セイバーもお疲れ。何か飲むか?」
「いえ、おかまいなく」
「遠慮はよくないぞ? 冬場だって汗はかくんだから」
「あ、いえ、ありがとうございます。でもそうではなく……」
何かを躊躇うセイバー。その視線が藤ねえと俺とで行ったり来たりして、俺たちは事情を察した。
「ふ、ふんだ! セイバーちゃん確実に殺る気だったでしょ! わたしわかるもん、
この程度、汗をかくほどではなかったという言外の意思表示に、藤ねえがべそかきながら爆発した。
そしていつの間にやら、セイバーさんがセイバーちゃんに変化していた。
「……確かに怖かった」
「……あ、いえ、そういったつもりがあった訳ではなかったのですが。大河の技量が思いの他、高かったので、つい」
だからそれが怖い。セイバーはもう少し、自分が人類史に名を刻む剣士の一人である自覚を持った方がいいのかもしれない。
「と、とにかく命が惜しかったら夜這い朝駆けとか禁止禁止、絶ぇっ対禁止!
セイバーちゃん襲おうものなら開幕地獄・死して屍拾うものなしなんだからっ!」
「その心配は無用です大河。シロウの命令であれば私は従うのみです。私からすすんでシロウに手を上げる事は、決して」
「むむぅ? セイバーちゃん、なんだか今すごーい微妙なこと言わなかった?」
「とりわけ何も」
セイバーが不穏な発言をする前に、藤ねえを帰す。どうやらセイバーの腕を見て、滅多なことは起こらないと判断してくれた……、らしい。らしいというのは、あの猫じみた目がまた何か企んでいるように感じたからだ。
とりあえず今日の所は引き下がってくれるだろうが、明日以降どうなったものか……。
「うーん……。しかし、何なんだろうな、あの、シンジの爺さんが言っていたの」
アインツベルンの娘は壮健か。
何故わざわざ、あんなことを俺に問いただしのか。……そもそも、俺とあの、イリヤスフィールという子に関係はないはずだ。
そう思って、問いかけてみると。
「………………」
と。セイバーは難しそうな顔でこちらを見据えてきた。
「セイバー? なんだ、おまえ何か知ってるのか?」
「……知っています。ただ、逆に問いますがシロウは、あの発言を受けることに、覚えがないのですか?」
「そりゃ、初対面と言えば初対面みたいなものだったし」
「…………そうですか。では、切嗣から何も聞かされてはいないのですね」
瞼を閉じて。セイバーは何事かを思案する。
「……凛が警戒している以上、こちらも教会に出向くのは得策ではないのでしょう。
ならば、一旦は私が知りうることを話すべきですか」
「セイバー?」
不意に、脳裏を過ぎる親父の顔。
あの夜。俺が生き方を決めたあの夜。
何故か時折――――セイバーと契約して以来、時折、金色の亀裂が入る、あの夢。
――――――――僕はね、正義の味方に――――。
そしてセイバーは、俺に対して――巻き込まれただけだったはずの俺が、決定的にその立場を変える言葉を言う。
「――――私はかつて、衛宮切嗣のサーヴァントでした」
次回もたぶん修羅場
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接触事故ⅮⅠE! その1
ボブ「何を探るんだ?」
凛「再度現場に行ってみてってこと。調査したのが夜間だけだったから、見落としがあるかもしれないし」
ボブ「わかった。じゃあ……」いそいそと、サングラスを取り出す。
「いや、待ってくれ、セイバー、それは――」
困惑する俺に、セイバーは淡々と語る。
「私が聖杯戦争に参加するのは、今回で二度目です。
前回の聖杯戦争のおり、切嗣はマスターの一人でした。私は彼に召喚され、最後まで勝ち残りました」
「――――」
待て、それじゃ何か?
親父は前回の聖杯戦争でマスターで、その時にセイバーを呼び出して、戦って、それで――――。
――肉の焼ける音。夜がただれる匂い。
あの、惨劇を生み出した、その一人だったっていうのか? 親父が?
「――――嘘だ、ならなんで、言峰は、切嗣は俺に何も言わなかったんだ……っ」
「……あの神父が生きているのですか? シロウ」
目を見開き、セイバーは愕然としたように俺を見る。
「あ、ああ。教会に行ったろ? あの時、俺に事情を説明してくれたのが言峰だ」
「……。是非は後で考えます。
しかし、切嗣が貴方に何も言わなかったことは、私の知るところではありません。結局最後まで、彼と私は相容れなかった」
ぼう、と遠い目をするセイバー。
「……私の願いを否定した彼と、その子の貴方を引き合わせられたというのは、何か、因果を感じます」
「親父が、……、聖杯を否定した?」
「ええ。切嗣は聖杯を求め――――――――万能の願望機を、私を、裏切った。
あの時ほど、令呪というシステムを呪ったことはありません」
苦悶の表情を浮かべるセイバー。胸元に拳を握る姿から、抑え、しかしあふれる感情。
親父は……、いや、あの切嗣が破壊したのだ。不要だと判断して破壊したのなら、それは聖杯が争いのもとだからだろう。セイバーに令呪をかけてまで強制した理由は分からないが、俺は、そう信じられる。
「いいえ。シロウにこう言うのは、酷かもしれない。ですが、この開放的な屋敷と、当時の閉鎖的な彼は、あまりにかけ離れていた。
……ええ、彼は、魔術師でした。まごうことなく」
己の願望のため。目的のために手段を選ばず。
「切嗣は、平和を願った。彼にとって、私の宿願でさえどうでも良かったはずです。
彼と交した言葉さえ、私は、三度あったかなかったか」
そこまで徹底していると、もはやそれは、相手を一個の人格とみていない。まるで、道具だ。使い魔という意味では外れてないのかもしれないけれど――――でも、あの親父がそう振舞っていたというのなら。何か、決定的なすれちがいがある気がする。
でもそれ以上に、セイバーの語る切嗣は、俺の知らなかった切嗣だった。
的確であり、周到であり、蛮勇であり、無情だった。機械のような振る舞いを。
「非情に徹する事は、間違いではないでしょう。ですが……、心がわからない。心がわからないわけでもないだろうに、それを踏みにじる行いさえする。私とて、そこまで外道のようなふるまいは出来なかった」
「――――」
「切嗣は外来の魔術師でした。いかなる経緯があったか、そこまで私も詳しいわけではありません。
しかし――――――彼は、アインツベルン、聖杯戦争のきっかけたる家の一つに雇われた」
「アインツ、ベルン――――」
そして、セイバーは言う。
「彼は、アインツベルンの家に血を注いだ。……かの家に、かの家の後継者に、彼の血が混じっている。
アイリスフィールの娘たる彼女には、おそらく。先ほどのあの問いかけが、そこに秘められただろう意図が、私の直感とずれていないのなら」
「それじゃあ――」
「イリヤスフィール・フォン・アインツベル。彼女は――――衛宮切嗣の娘。貴方が彼の息子ならば、姉にあたるはずだ」
「――――」
立て続けに齎された言葉に、衛宮士郎は正直、実感が持てなかった。
「アインツベルンが、切っ掛け?」
「語るならば、凛の方が的確でしょう。ですが……その宿願は、世紀を大きくまたぐはずだ。
イリヤスフィールが、何故、貴方と敵対するかは分からない。ひょっとしたら、彼女に似せたホムンクルスの可能性もなくはない」
「……そうか、親父だ」
イリヤ……、あの子は、親父の娘だけれど。でも、そこには親父が居なかった。ならば、十年。十年、アインツベルンの家で育った彼女からすれば、俺は、裏切り者の息子だ。許されるはずはない。
「……」
セイバーは押し黙り、俺の反応を窺っている。表情を見ればわかる。今の話は、セイバーにとっても愉快な事柄じゃない。でも、話してくれた。……俺の疑問に答えるために。俺の抱えた違和感に応えるために。
切嗣の顔が浮かぶ。よく海外に行っては、楽しんだ様子で帰ってきて。でもどこか、表情に疲れが見えた衛宮切嗣の顔が。
「……理由はどうあれ、俺は戦うと決めた。
他のマスターが何を考えているかなんて、関係ない。十年前のようなことを起こさないために、俺は戦うだけだ。
――――悪いな、話したくなさそうなこと、話させてしまって」
「え? あ、いえ。……こちらこそすみません、シロウ。
どうやら、少し、当たってしまったようだ」
「いや、セイバーに当たられたって仕方ない。俺は親父が、そんなことをしたのには理由があったはずだって思うけど、それでもセイバーが、目の前で望みを絶たれたことに違いはないんだから」
「――――――」
目を伏せるセイバー。まるで今の話を、失敗したと思っているようだ。
馬鹿だな、とわらうことは出来ない。確かに色々、衝撃的な事実が多かった。でも、そのことでセイバーが胸を痛めるのは、ちょっと筋が違う。親父がセイバーの文句に答えないんだ。だったら、俺は少しでも代わってやるしかない。
「それでも、悪いと思うのなら」
「……?」
「一緒に戦わせてくれ。セイバーが俺を守るんなら、俺もセイバーを守る。
セイバー一人だけを戦わせられないし――――何より、俺にだって戦う理由はあった」
「――――――――――」
セイバーは答えない。道場の空気は、冷たいまま。
でもしばらくして、頭を下げる俺に。
「……まったく。ヒトの話を聞いているようで聞いていないというか。
そこも、親子と言えばいいですか」
「え?」
いや、確かに。次にセイバーが無茶をしようとしたら、間違いなくそう言ったはずだけれど。
「今更、何を言うのですかシロウ。
この身は既に、貴方の剣となることを誓ったはずだ」
微笑み、セイバーは手を差し出す。
「その代わり、私からも条件を。
時間が許す限り、貴方には剣の鍛錬をしてもらいたい。それを認めるなら、私も認めましょう」
首を左右にふるまでもなく。
セイバーの手をとり、俺は改めて、自分の意思で聖杯戦争に望む。
……まぁ、今のセイバーの言葉が「擬似的な死を何度も体感する」ことを指し示している、と気付くまで、時間がかかりはしたのだけれど。
※
「あの、藤村先生……」
「ごめんねー? 桜ちゃんの気持ちもわかるけど、切嗣さんを尋ねて来たのなら、そのね……。それに、こんな可愛い子一人放り出したら、日本の恥でしょ? 最近なにかと物騒だし」
うそつけ、昨晩あれほど反対していたじゃないか、と思わず突っ込みを入れたくなった。なったけれど、それはひとまずおいておく。
早朝。後輩の間桐桜は、二日ぶりくらいに衛宮家に来ていた。
隣の部屋で寝るセイバーの息遣いに眠れず、土蔵で魔術の鍛錬をして寝落ち。久々に感じるけれど、ほんの数日前までその通りだったように、桜が起こしてくれた。
「桜、体調はもう大丈夫なのか?」
「バッチリです。たーんと食べられ――――! き、聞かなかったことにしてください!」
と、衛宮家の食欲魔人その2(なお1号は藤ねえ)は、頬を赤らめながらそんなことを言う。いや、まぁ桜は確かに食べているけど、弓道部で体力も使ってるし、別にそこまでおかしなことでもないのだけれど。
二人して朝食を作って、テーブルに並べる。「ちょっと変り種です」と得意げに仕込んだものを持ってきた桜の手によって、俺も初めて調理するようなものが出来上がった。
「おっはよー、しろー! 桜ちゃーん!
おお、なにこれ? 朝から生でとは見慣れぬこのメインの食材は?」
「おはようございます、シロウ、大河」
「――――――――」
そして、セイバーを見て石化する桜に、事情を説明して今に至る。
未だ調理を続けながら、俺は桜に謝罪をしていた。
「あー、桜、すまない。勝手に話が進んでて」
「何のことを言ってるんですか? 先輩。きちんと何に対して謝っているか言ってくれないと、答えてあげません」
「うっ……、あー、すまない。
桜も家の一員なのに、勝手に話を進めてしまって悪かった」
と、一瞬桜が驚いたような顔になり、慌てたように皿洗いを続ける。
「へ? あ、はい、わかりました。その辺は、もういいです。
先輩、困っているヒトは助けちゃいますからね。藤村先生のご実家に預けたりするよりも、確かに……」
「藤村組はなぁ……。
あー、それで、申し訳ないんだけどさ。仲良くやってくれると、嬉しい」
「? はぁ、セイバーさんとわたしが仲良くすると、先輩が嬉しいんですか?」
「助かる。桜に無断でセイバーの滞在を決めちまったからさ。だから、桜が怒るのも当然なんだけど……。
けど、そのあたりを大目に見てくれて、セイバーを気に掛けてくれると、なんというか」
「セイバーさんというより、わたしにうれしい?」
口にするのも恥ずかしいので、頷くだけで答える。
桜はふっと、やさしげな表情を浮かべた。
「……はい。わかりました。
私はちょっと苦手ですけど、藤村先生があの様子ですから、大丈夫だと思います」
変なヒト、怪しいヒトじゃないというような意味合いを込めてのその言葉に、ほっと俺は安堵して。
「……ん、何、あの様子?」
桜の視線を辿って、思わず頭を抱えた。
視線の先では、子供向け番組をかけながら、セイバーに藤ねえが日本語というか、日本の文化(?)を教育しているようだ。ただ番組がいかんせん子供向けで、何か間違った日本観を植えつけてしまいそうでもある。あ、あと今、ライオンのロボットが変形したところを見て、セイバーが愕然とした表情になった。何があったのだろう。そんなにショッキングな映像だったろうか。
メガネをかけた、本を持ったヒロインみたいな子が、騎士風のロボットに守られている映像。まぁ騎士風といっても、そのロボット自体がデフォルメされたライオンが変形したみたいな、独特なそれだったのだけれど。
「……独特な食感ですね。はごたえがあります」
「タコは大丈夫ですか? セイバーさん」
「はい。日本で食した食材の中でも、群を抜いて変わった食感だと思います。
……ですが、正直に言うと箸は疲れます。銀食器より扱いに優れた道具だとは思うのですが」
「あ、セイバーちゃんそれソース。かけるのこっち、ソイソース。あと士郎、もう一杯!」
「あの、先生? 朝練に参加されるなら、少し控えた方がいいと思いますけど……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。食べとかないとお昼まで持たないし。
桜ちゃんも朝連の後、おにぎり食べてるじゃない」
「――――! せ、先生、いつからそれを!?」
「ダメよー、年頃の女の子が朝二食なんて。体重計の悪魔がコンゴトモヨロシクしちゃうわよー?」
「か、間食は時々だけですっ、いつもしてるワケじゃありません!」
「あれ、そうなのか? 朝食、いつも一合多いものだからてっきり――」
「っせせせせせせ、先輩も知ってたんですか!?」
「? 桜、空中に手を振ってどうしたのですか?」
いつもより二倍は騒がしい朝食。そんな中で不意に、ニュースを藤ねえがかける。流れてきたニュース。五十人を超える被害者。またもやガス漏れ事故だと予想されるが、それを見るセイバーの目は厳しい。
言うまでも無く、これはサーヴァントがらみ。マスターがらみの事件なのだろう。……何故か現場の映像、野次馬にまぎれて、黒いジャケットを羽織り、釣り道具を持った、金色のキャップを付けたサングラス姿の、冬木一「ボブ」という呼称が似合いそうなボブの姿が画面隅に映ったような気がするが、きっと気のせいだ。あんなところでそんな意味も無くいる必要もないだろう、きっとアーチャーの空似だ。
片付けを済ませて玄関に出る。
藤ねえと桜は朝練のため、一足先に登校に向かっていた。
そしてセイバーは、昨日と同じように、家を出ようとする俺の後ろに付いてきて――――!?
「せ、セイバー? な、なんだそれ」
ヒトの目が集まるのは、昨日の段階で証明できた。あれじゃ自分から襲ってくれと言っているようなものだとか、そんなことを言おうとした矢先にだ。
「昨日探して、見つけました。……おそらく、アイリスフィールのものでしょう」
少しだけ得意げになるセイバーの格好は、昨日とはまた違っていた。遠坂とかが付けていそうな赤いマフラーに、黒いコート。下に着用している服装は……、セーラー服? 紺色の服に、白いセイバーの足がまぶしい。思わずすい付けられる視線を上に上げる。
くい、と伊達メガネを持ち上げるその様子は、一体何なんだろう。
「これで私も、どこからどう見ても文学少女というものではないでしょうか。先ほどのアニメーションのように」
「……」
どうやら藤ねえが施した日本文化の教育は、全然良い方向には働かなかったらしい。
セイバー「ところでシロウ。この服はどうも、アイリスフィールが着用していたようなのですが、何故、私にぴったりのサイズなのでしょう。これでは、彼女の身体では肉体の隅々がぱつぱつに、無駄に強調されてしまうのではないでしょうか。日常行動には向かないはずなのですが」
シロウ「――――――」
それは、むしろ日常行動に向かないのが良いというか、おそらくそういう用途だったのだろうというか。
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接触事故ⅮⅠE! その2
輪転する力の循環は、既に崩壊に向かっていた。
俺の目の前に浮かぶそれは、この場の多くの命を世界からか削り取ることを万人に約束していた。
だから、俺はこんなところで引けない。
こんなところで、無意味に、大勢の命が奪われる瞬間を、見過ごすことなんて出来ない。
――――脳裏を過ぎる、月夜の誓い。運命の夜。
不意に、そいつが「手を指し伸ばした」。手、というにはあまりにお粗末で、あまりにおぞましいナニカ。
それは、俺の求める答えを知っていた。
それは、俺が求めた、そのものだった。
だから――――――。
「――――――それで、誰も泣かずに済むのなら」
俺は躊躇いなく、そいつに自分を委ねる事が出来た。
――――欠けた夢を見る。
手の届かない夢を見る。霞み行くつながりに手を伸ばし、そっと目を開き。
何のために戦い、何のために走り続けたのだろうか。蒙昧に混乱し、混線した認識と映像。いつもその起点は同じ。多くの命が失われる場所で、その原因に目を向け。
『――――――それで、誰も泣かずに済むのなら』
伸ばされた手に、そいつは、当然のように応えた。
自分の意味を売りわたし、誰にも己の裡を語らず。周りから見たら妖精か宇宙人。とんだ偏屈か変わり者。おまけに肝心なことを全然話さないから、無慈悲な人間とさえ思われただろう。
そいつの目的は、だから誰にもわからない。
少なくとも、知っている者は周りにはいない。
英雄とかいう位置づけに押し上げられたって、色々なものを背負うようになったって、決して語ることのなかったこの動機。
話すまでもなく、そいつは最後まで不気味にしか映らなかったんだろう。理由がわからない。救いの手を差し伸べる原理がまるで理解できない。そんなの不安にならないわけはない。だから、何か一つでも持っていけばよかったんだ。アイツは。
富。名声。我欲。激情。愛――。
そんなわかりやすいものを掲げるなら、あんな結果は待ってはいなかったんだから。
願いの報酬は、いつも裏切り。すくい上げた物は砂のように、手のひらから零れ落ちて行く。
それもいつか慣れて、そいつは笑わなくなった。
だってそいつにとっては、ただ、助けられるだけでよかったんだから。それがそいつのやりたいことだったんだから。
その最初の理由なんて、もう、思い出す必要だってなくなったんだから。
――――そんなことが何回も続いた。殴りたくなるような感情がこみ上げた。
そいつは最後まで語らなかった。
――――馬鹿じゃないかと、本気で思った。
長い長い、気が遠くなるような道のりの中。何が正しいのか定かでなくなってしまっても、ただの一度も、最初の願いを踏み外さなかった、その奇跡に。
泪さえ流させる、その奇跡を起こしてしまったそいつに。
そして、だからこそ――――願いを踏み外さないために、斬り捨ててきたからこそ。そいつは、とびきり性質の悪いものに引っかかった。
※
昼休み。
生徒会室から帰ってきて、じき五時限目。次の科目の準備をしていると、机の中に妙なものがあった。
「なんだ、これ」
―――――覚えの無い紙切れ。発掘されたそれには、デフォルメされた猫のイラストが描かれていて。
そして、定規で引かれた線で、以下のように書かれていた。
――――――放課後の弓道場裏 雑木林。来るべし。朝の事怒ってないから。
来なかったら××(殺す)帰ります。
「……」言葉が無い。万一に備えて筆跡を変えているのだろうか、これは。「……遠坂、だよなこれ」
朝の事、怒っていないっていってるし……。今朝方、結局断れず校門まで着いてきたセイバーと登校すると、珍しく朝早かった遠坂。セイバーの格好に一瞬あっけにとられたものの、俺の姿をみとめると、何故かこう、妙に苛立ったオーラを出していた。
嫌な予感を覚えて逃走を計り、今日一日は何事もなく平和だったはずだ。セイバーの分の昼食だって用意したし、後は家に帰って……、と、本来ならそんなくらいの意識のはずだ。
正直、こんな脅迫状はなかったことにしたいが、最後の一行が気になりすぎる。斜線が透けて見えるのまで計算していないだろうに、こういうところまで妙にドジっぽいというか。しかしこう、言い表したくない何かが出ている気がする。
でもまぁ、気は乗らないが、遠坂と会話できるのは助かる。
何分、学内での安全対策を考えないと、いよいよもって来週から「イギリスからきました、セイバーです」とか言って、藤ねえのお古を持ち出し、転校して来かねないような迫力がある。それはそれで見ては見たいけど、それはそれ、これはこれだ。
ともあれ、既に夕暮れの放課後。
約束の時間、アイツが何を企んでるかは知らないが、生徒の残った校舎だ。万一なにかあってもここまで逃げれば良いだろう。まっとうな魔術師なら、まず人目につくようなことはしないはずだ。その点、俺は遠坂を信頼している。
深山町はその名の通り、山中に出来た町。当然坂も多く、中には小さな山に続いた道もある。学校の通学路だってそんな道の一つで、ここは丘の上だ。
何が言いたいかというと、学校の裏手は未開拓の雑木林ということだ。セイバーをしてつまらなさそうな様子を見せるくらいには、ヒトの手が届いていない。
「?」
「あ」
と、そんなことを考えていると、一人の女生徒とすれ違う。ショートカットに、メガネの上から大きなゴーグルをつけ、何やらピンセットとか持って腰のホルダーに採集しているような、こう、異様な雰囲気だ。
今日はリュックを背負ってないみたいだが、見覚えがある。でも向こうは「どうも」と頭を下げるだけで、足早に弓道場の裏を後にした。
――で、ともかく。
山登部とかも滅多に足を踏み入れないその奥で、一人、ご機嫌ななめな大魔人の姿があった。
「――――」
どうしようセイバー、俺、すごく帰りたい。
思ったところでどうしようもない。こんなことでセイバーは呼べないし、かといって引き返せばそれこそ終わりだ。脅迫状の主は、休戦協定とか容赦なく狙撃してくるに違いない。
かといって近寄ることもはばかられるため、この場から声をかけてみる。
「あー、遠坂、来たぞー」
「……」
「おーい! 聞こえないのかー、遠坂! 手紙の通りに来たぞ!
……おい遠坂!」
「き こ え て る わ よ!
そっちこそ、大声でヒトの名前連呼するなーーーーーーっ!」
わざわざこちらまで突撃してきて、怒鳴る遠坂だった。
「すごいな遠坂、俺の時より反響大きいぞ」
「へ? あ……嘘、弓道場まで聞こえたかしら……」
舌打ちして後ろに下がる遠坂。
「まーた調子狂わされたわ、ホント……」
「? 大声出したのがそんなに恥ずかしかったか?」
「そんな小さなコトに怒ったりしないわよ、この、送り羊!」
「なんでさ、なんだよ送り羊って。普通、狼じゃないのか? そういうの」
「擬態じゃないんだもの。狼を返り討ちに出来る突然変異種とかよ、きっと」
「もはやそれは羊でさえないんじゃないか……? こう、バフォメットとか、ジュプニグラスとか」
「マイナーなの知ってるわね貴方……。
まぁいいわ。逃げずによく来たわね、士郎」
遠坂の言葉に、衛宮士郎は思わず苦笑い。
「あんな物騒な脅迫状送られたら、無視できるわけないだろ」
「は? ちょっと、何よ脅迫状って」
「いや……、誰が見ても脅迫状だろ、アレ。俺以外のヤツが見つけてたら、一発でタイガー召喚案件だ」
「しょ、しょーがないでしょ、あんまり時間なかったんだし、伝言頼んだら絶対目立つし。用件だけ書くしかなかったのよ」
それにしては全体的に、迫力がにじみ出ているというか。
「で、一体何の用だよ遠坂。今朝の様子、世間話をするって感じじゃなかったけど」
「それは……」
遠坂は、俺をじっと見つめる。……何故だろう、そんな訝しげな視線でも、見つめられるとドキドキしてくるのは、流石に学年のアイドルとでも言うべきだろうか。
しばらくしてから「……なんでこれが」と、何か残念がるような声を上げた。
「(でも、アレはたぶん、そういうことよね)」
「遠坂?」
「あ、うん、なんでもないわ。こっちの話だから。
でも衛宮くん? セイバー連れてくるのはいいけど、途中までじゃ結局意味がないわ。逆にうかつな行動になってるわよ。自分はマスターだって喧伝しながら、肝心の学校で無防備なんだし」
「それはセイバーにも言ってる……、って、あれ? 遠坂、俺を心配してくれた?」
「そ――――、そんな訳ないでしょ、アーチャーみたいな言いがかりは止めてよね。
私が呼び出したのは、そのことでよ」
「そのこと?」
「そ。衛宮くんはセイバーを学校に来させたくない。でも、学校内での安全は確保されていない。そんなところかしら」
ふふん、と手で顔を覆って、悪い笑顔を浮かべる遠坂。知ってる。知らないけど知ってる。これ、絶対ロクなこと考えていないやつだ。
「……否定はしない。というより、むしろその話を遠坂に相談しようと思っていたところだった」
「あら。じゃあ渡りに船じゃない。
それなら、この契約書にサインなさい?」
ひらり、と。どこからともなく取り出された一枚の用紙。達筆な英文と和文で記されたその書類。
「……ボディーガード契約書?」
「そ。今は私の警護もしてるアーチャーだけど、契約すれば貴方の方も守ってくれる。これなら単純に、学内において貴方も鬼に金棒。
――――まさに遠坂・マネーイズパワーシステム!」
そのすごく頭が悪そうなネーミングと、「うぉっしゃあああ!」とでも言わんばかりの遠坂の表情はともかく。
「正直、すごく助かる。助かるんだが……、支払いについて何も書いてないんだけど、そこはどうなんだ?」
「あら。だって貴方、私が本気で取り立てたら何が起こると思ってるの?」
「?」
「私、ここの土地のオーナー。在住している魔術師、お布施基本。おーばー?」
頷きたくない良い笑顔。俺じゃなきゃ見逃しちゃうネ。それだけ短期間であっても、遠坂の表情がわかるようになってきたのが、良い事なのか悪い事なのか……。人間的に魅力的な面を知ると同時に、俺の中の優等生像は、ロンドンに遠征に出かけたらしい。きっと向こうで討ち死にして、戻ってくることもないだろう。
「……えっと、つまり?」
「そ。空手形をよこせって言ってるの。あーもちろん、交渉決裂したらその場で切ってもいいわよ。その場合、それまでの分で妥当な取立てをするから」
「遠坂が取り立てとか言うと、しゃれになってない感じがするのはなんでなんだろうな……。
でも……、そうだな。そうしてもらえると助かるよ」
「じゃ、契約成立ってことで」
だけど、と俺は前もって宣言する。
「セイバーの令呪をよこせーだとか、裏切れだとか、そういうのはナシだ。それは呑んで貰う」
「あら、へー、ちゃんとマスターとしての自覚が出てきたんだ。ふぅ~ん」
「……なんだよ、その笑いは」
「べっつにぃ。
んーじゃそうねぇ……。まず最初だけど」
「え!? まずって何だ、まずって」
「言ったじゃない、空手形だって」
契約が続く限り、士郎は私に借りっぱなしってことだから、と。得意げに、楽しそうに指を立てて笑う遠坂だった。
「てはじめに、明日からお昼を謙譲するがよかろぉお。士郎、料理が上手らしいじゃない?」
「……はいはい、お姫様の仰せのままに……」
誰さ、誰からの情報だよと問い返す気力も無く。
諦めて肩を落とす俺を、何が楽しいのか遠坂はやっぱり笑っていた。
「うんうん、士郎の反応は良いわよね。飾ってない感じで、実にわかりやすくて」
「う、うるさいぞ、このあくまめっ」
「はいはい。
あ、そうだ。ボディーガードついでにだけど、衛宮くん、一つ教えておくわ」
と、急に真面目な顔になる遠坂。
「最近、冬木で起きてる昏倒事件だけれど。あの事件、引き起こしているマスターは柳洞寺にいるわ」
「!? 柳洞寺って、あの柳洞寺だよな」
「ええ。厄介な相手だから手を出すのなら気を付けなさい。命までとらずとも、無差別にヒトを襲ってるわ。
ってことは、それが出来るだけの実力を併せ持ってるってことだから」
下手に手加減しているんじゃなく、計画的に手を抜いている、と遠坂は語る。
「契約結んでいきなり死なれたんじゃ話しにならないし、これはサービスだと思っておいて。なんであんな辺鄙なところなのかってのは、ちょっと気になるけど……。
まー、どんなに魔力を蓄えても人間が扱える分はたかが知れてるから、しばらく傍観するべきだと思うけれど」
それじゃあね、と手を振って雑木林を後にする遠坂。
……俺も家路に踏み出そうとした瞬間、何故か「うひゃああ!?」とかいう、変な悲鳴が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
※
深夜。衛宮家の庭にて。
「柳洞寺にマスターがいると。
……確かに、あそこに至る竜脈に作為的な何かを感じます。あの寺院を押さえれば、その程度の魔術は造作も無い。魔術師がいることは間違いないのでしょう」
「造作もない?」
「ええ。あそこは、落ちた竜脈――地脈の中心点の一つです。この地域の命脈が流れ落ちる場所ですから、そこに手を加えれば、労力なく効率的にヒトの魂を集められるでしょう」
セイバーに遠坂から聞いた情報を話すと、それに対して確証のある返答が得られた。
「しかし、あの山はサーヴァントにとって鬼門です。正面突破以外の進入を阻む結界がある。軽はずみな侵攻は避けたい」
「鬼門?」
「あの山には、自然霊以外を排除する結界が張られている。生身の人間に影響はありませんが、私たちにとっては……」
「それじゃあ、セイバーたちは中で戦えないってことか?」
「能力は低下するでしょう」
流石は人類史の英雄。そんじょそこらの幽霊とは格が違うようだ。もっとも、それでも十全とはいかないらしい。
「内側を除けば、寺に続く山道のみその限りではないと聞きます。もとより、完全封鎖すれば気の流れが淀んでしまう」
「つまり、正面突破しかないと。……でも、そんな手の込んだことをするマスターだ。罠が無いとは言い切れない」
「いえ。その必要はありません。早々に決着を付けるのならば、正面から力で踏破するのみです」
「……確かに、民間人に被害が出ている。一刻も早く止めなくちゃいけない。
でも、だからこそ慎重に行きたいんだ。相手のマスターと、どのサーヴァントを連れているかの確認。今日の作戦目標はそうしたい」
セイバーがそういうからには勝算もあるのだろう。だけれど、俺の脳裏には今でもあの時のセイバーの姿が映る。バーサーカーに切られ、血を流し、今にも体を崩しかねなかった。そこにアーチャーの狙撃が加わっていたら、どうなっていたことか。
情けない話だが、今の所、俺はセイバーを援護できない。初めての稽古は夕食後、三時間ボロボロにされただけだ。それでも動ける程度の打ち身に留まっていたのは、セイバーの腕の成せるところか。
「何故です、マスター。初めから無傷での勝利など、我々にはない」
「バカ言うな! ケガしてもいいなんて、そんな話あるか。セイバーは俺から魔力供給を受けられないんだ。いくらセイバーがすごい英雄でも、今はまだその時じゃない。無理して共倒れになったら、それこそ本末転倒だろ」
「む――――――」
「言ったろ。一緒に戦うって。セイバーは放っておくと、行くんだーって思ったところまで真っ直ぐ進もうとするからなぁ……。なさけない話、俺がマスターなんだから、セイバーは本調子じゃない。それは理解しているな?」
「……判りました。判断はシロウに委ねます」
しばらく黙った後、冷静な目でこちらに答えるセイバー。葛藤の時間が長かったことが、彼女が無理に納得したことをこちらに思い知らせる。
「ありがとう。って、色々いったけど、俺は戦闘経験が少ないからな……。俺の判断が正しいか、間違っているか。思ったコトがあったらその時に言ってくれ」
「わかりました。その時は忠告を。
それならば、忠告するのみでは、貴方のためになりません。シロウの判断が間違っていたときは、私から、なんらかのペナルティを負ってもらう事にします」
「……む、具体的に言うと、どんなさ」
俺の言葉に、セイバーは藤ねえを思わせるような、含み笑いとしたり顔を足したような表情になった。
「さあ、それを口にしてはつまらない。数少ない愉しみですから、私だけの秘密にしましょう」
「……なるべく、後に引かないような内容で頼む」
というか冗談でないと困る。この感じは……今は帰った藤ねえだが、セイバーに与える影響は良くも悪くも大きいようだ。
緊張感を上げ、意識を切り替える。
マスターとして、セイバーの足手まといにならないように。今はその意識で、セイバーの後方から状況を見て、指示を出すのだ。
そして、至る。柳洞寺の階段。
「――――」
「確かに、これは」
門へと至る階段は長く、風は山頂付近だというのに生暖かい。
「空気が淀んでいる。風が死んでいる」
異様な雰囲気である、ということだけは俺も理解できる。一成と一緒に来た時には感じなかった何かが、今あの山門の向こうから発されていることくらいは判る。
「シロウは私の後ろに」
「ああ。ちゃんと見てるぞ、セイバー」
「……ええ。それでは、下手な格好は見せられない」
少しだけ微笑み、セイバーが俺に先行する。大きく距離を離さず、つかず離れずの位置で俺達は前進する。
そして頂上。あとわずかというところで、そいつは現れた。
「――――!」
セイバーが見えない剣を構える。
俺は一瞬体がこわばる。
さらり、という音がするほどに自然体。信じがたいほどに隙がないくせに、向ける視線はただ「興味」のみ。敵意がない。
「侍の、サーヴァント?」
セイバー。ランサー。アーチャー。バーサーカー。どれもこれも西洋、ないしは西洋文化圏に準じている存在だと思っていた。アーチャーも、個人的にはアメリカあたりと思ってはいるけど、それだって大元を辿ればイングランドにいきつく。
だから、完全に日本の文化圏のサーヴァントの存在に、大きく驚かされた。
セイバーも戸惑っている。そりゃ、自分以外にあんな剣を持った存在がいるから、当然かもしれない。もっとも、後で聞いたところによると「話にしか聞いた事の無かった侍を初めてみたから」という理由だったらしい。
「……シロウ、気を付けて。
あのサーヴァントは、異常だ」
「…………異常?」
「英霊らしさがない。ランサーのような矜持もなければ、バーサーカーや、あの邪道なアーチャーでさえ持っていたはずの宝具も、魔力さえほとんど感じない」
にもかかわらず、セイバーが踏み込めない。セイバーほどの達人をして、足を留まらせる何かがあの侍にはあるということか。
それにしても、あの刀は長い。長すぎる。間合いが狂う上に、坂の上からとなると圧倒的にセイバーが不利だ。弓と同じで、高所をとった者は場を広く支配することができる。
何か違和感を感じる。あの長さには、何か所以があるはずだ。人目で名前を知りうる以上に、何か別な。
「…………訊こう、その身は如何なるサーヴァントか」
「――――
柳洞寺を守るサーヴァントは、あっけなく、歌うように応えた。
ボブ「・・・来たか」
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接触事故ⅮⅠE! その3
「何を――――」
「何を、とは無粋だな。立会いの前に名を明かすのは風流であろう?
それがかように、見目麗しい相手ならばなおのこと」
佐々木小次郎――俺でさえ聞いた事がある。物干し竿と呼ばれる長刀をふるい、古い時代、並ぶものなしと噂され続けた剣士だと。
だが、宮本武蔵と並んで語られるかの剣士。セイバーとはあまりにかけ離れた存在だ。
「しかし、
アサシンの刀からは、ランサーの槍のような威圧感を感じない。剣士として英霊に奉り上げられたにも関わらず、その宝具は刀にはないと来ている。
「……まいりました。名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼です。
シロウ、すみません」
へ? と。一歩前に出て、セイバーは口を開き――。
しかし、アサシンはそれを止めた。
「無粋なマネをしたのは己の方だったか。そのようなことで敵を推し量りはせぬ。
剣を持つものにとって、敵を知るにはこれのみで充分であろう。
違うか、剣士のサーヴァントよ」
「な――――」
重苦しい表情で、名前を名乗ろうとしていたセイバー。それを遮らせて、アサシンは笑った。
「真名など知らずとも良い。英霊らしい信念が薄いと聞こえた。なるほど確かに違いはあるまい。
言葉で語るべきことなど皆無。もとより、サーヴァントとはそのようなものであろう?」
名乗りを止め、剣を構えるセイバー。それで良いとアサシンも構え。
「サーヴァント随一の剣技、見せてもらわねばな――――!」
そして銀光が、はねる。
交差する剣先。幾重にも混在する剣線。太刀筋、火花、激突音。
瞬間的なそれは、俺でさえ目に追えないセイバーのそれ。上段に位置したアサシンは、それを一歩も引かず。セイバーもまた、一歩も近づけず。
都合十数回目となる踏み込み。冗談みたいな長刀を苦も無くふるい、セイバーの進撃を防ぎ切るアサシン。いや、そんな生易しいものじゃない。セイバーの剣戟が稲妻なら、アサシンのそれは疾風。重さ、早さ、すなわち雷光のごときそれを、しなやかに受け流す。返す刀は速度を増し、セイバーの首に迫る。
一撃に対し紙一重。そのセイバーの一撃を、更に間髪入れず迫るアサシン。
「くっ――――」
直線的なセイバーのそれに対し、アサシンのそれは曲線的な動きだ。大振りにならざるをえない。ならば一撃ごとに隙が生まれるかといえば、それもまた否。
見惚れるほどに美しいアサシンの戦い方。とうてい俺なんかでマネできる気がしない。あれは、あれだけに終始人生を捧げ、文字通り最後の一滴まで注いだからこそ見える世界だ。
セイバーが攻め切れない。
長刀は構造上、懐に入られると受けが難しい。にもかかわらず、アサシンの技量がそれを許さない。
「――――見えない剣というものが、これほど厄介とは思わなんだ。
ふむ、見れば刀を見ることさえ初めてであろう? 私の剣筋は邪道でな。まず一撃で首を落としに行く。それをここまで防ぐとは、嬉しいぞセイバー」
「……生憎と、邪道は貴方一人ではない」
「ほう? それは興味深いな。さぞあの『女狐』めは苦労するだろうがな」
にやりと笑いながら、山門の向こう側に一瞬視線を送るアサシン。
「しかし、目測はついた。刀身三尺余、幅四寸ほど。典型的な西洋剣か」
「な、なんでそんな――――」
「セイバーのマスターよ。こんなもの大道芸であろうよ。邪道ゆえ、かような業ばかり巧くなる」
どこか自嘲げな声を出すアサシン。だが、なまじ魔術の鍛錬に打ち込んでいるせいか、理解できてしまう。それを見切るだけの経験もなく、しかし、その上でなお成せるということが、どれほど異常なことなのかを。
間違いない。このアサシンは、文字通りその技量だけで英霊となったモノ。
ゆえに宝具――――逸話は、あれになるだろう。
セイバーの挑発にすら笑い、余裕を持って語る。
重さと力で叩き切るか、速さと技で断ち切るか。そして――セイバーに手を抜くなと言う。
「私が貴方に手加減しているとでも」
「していないとは言わせない。……剣を鞘に収めたまま戦とは、舐められたものだ。私程度では本気を出すまでもないということか?」
「鞘……」
もし、アサシンの言うそれが、セイバーの剣を不可視たらしめているものであるのならば。もとより実体が存在するからこそ、セイバーはあえて、自分の真名を俺に明かさないのだ。
応じないセイバーに、アサシンは少しだけ、視線を剣呑にする。
高さの利を捨て、セイバーと同じ高さに。
「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」
さらりとした言葉に、俺とセイバーが直感した。
それは真実。アサシンが降りてきたのは、自分たちにとって好機でも何でもない。
咄嗟に剣を構えるセイバーには、アサシンのその一撃よりも速く動く意思が在る。表情を見ていればそんなことわかる。それに、実際セイバーの技量だってそんじょそこらの比ではない。
だからこそ、間合いに踏み込んではいけない。
アサシンの構え。そして、その時の刀のひらめきを見て、悟った。それは伝承に伝え聞く一撃とは異なる。その秘剣は、それ以上に異なる理屈のもとに動いている。
「秘剣――――」
「――――――セイバー、踏み込むな!」
俺の言葉よりも先に、セイバーの動きはそこになく。
「――――――燕返し」
瞬間、疾風より稲妻が落ちた。
※
「――――やっと来たか」
そんなことを言いながら、アーチャーは様子を窺いつつ、寺の中に進入する。ステータスが落ちるとはいえど、それで問題が生じるのは「戦う」からこそ。もとよりこの弓兵は偵察兵をかねる。セイバーたちに気付かれず、というのも無理な芸当ではなかった。
もっとも。
「あのアサシンは気付いていた可能性が高いが……。仲は悪いのだろう。
マスター、聞こえているか?」
『ちょ、ちょっと待って……、あれ、スイッチってこれでいいの?』
「なんでさ……。嗚呼、機械の扱いに関してはドがつくほどに素人かこのポンコツめ」
『も、もとはと言えばアンタがいきなり買ってきて、作ったりするのがいけないんでしょうが!
一定の合理性はあるから賛成してあげたけど!』
単にイヤホンで電話をしようとしているのみ。アーチャーが昼間、新都の偵察帰りに、電気屋で買ってきた代物を加工し、簡単な通信端末を作った。わざわざマスターごと境内に入るより、こちらの方が安定して戦えると判断してのことだったが、思いのほか、彼のマスターは機械と相性が悪いようだった。
まぁいいと、それ以上の言及はせず。
『……大丈夫よね、セイバーもいるんだし』
その発言は聞かなかったことにして。
山のふもとで待機している、というマスターを信じ、アーチャーはゆったりと歩を進める。
――――闇に沈む境内。
その中心に立つシルエット。陽炎のように揺らぐ陰は、段々と、魔法使いらしい姿となる。一目でアーチャーはその正体を看破しえた。
「キャスターか。そろいもそろって、どいつもこいつも判り易い」
「――――ようこそ、私の神殿へ。
歓迎はしないわ。門番はどうしたのかしら、アーチャー」
はん、と鼻で笑う。入り口にて最初、アサシンが出現したことに何ら感想を抱かず撤退。彼のマスターの仕込みか、ほどなくしてセイバーが現れ、交戦。その隙を縫って、この場にアーチャーは現れた。
苛立ちが見え隠れす彼女だが、そんなこと興味は無い。人体、とりわけ女体に関して無関心となった彼だが、その根底にある意識においても、女の激情に対する面倒くささは抜けていない。いないからこそ無視する、というのが、今の彼のありかたに順じた行動ではあるのだが。
キャスターの背後に現れる、骨の傭兵。人間の形すら成していないそれらの元が何であるか、マスターが気に病みながら戦っていたのをアーチャーは知っている。が、知っているが、それがどうしたというのが彼のスタンスだ。もとより、善悪自体に価値観を見出せない体である。彼の意識は、目的行動の遂行にのみ終始していた。
「陣地形成。……なるほど、随分豪遊しているようだな。我がマスターが見たら、鼻血を流して文句を垂れるところだ」
『ちょっと、何が言いたいのよアーチャー! マイクしゃべれない時あるけど、そっちの会話丸聞こえなんだからね!』
「あら、それは失敬ね。ええ、お察しの通り。ここは私の神殿で――下界の供物は、ほどよく頂いているわ」
そんな風に会話しながらも、アーチャーはいつの間にか、右に構える白い銃剣に、何やら言葉を呟く。聞こえないほどのささやきであれど、しかし、何らかの魔力の動きを察するキャスター。
「一つの場所に、二人のサーヴァントが居を構えるか」
「ふ――――、ああはは! なんだか面白い解釈をしているのねアーチャー!
私があの犬と協力している、みたいに言われるのは、不愉快を通り越しているわ!」
アーチャーの変化しない態度に、しかしキャスターは警戒を強める。腹を抱えて笑いながらも、その実、一寸たりとも彼女自身に隙は無い。ひるがえって言えば、今の、サーヴァントならば事情を察し、憤るべくところにおいてさえ態度が変わらない。その一事を持ってして、この英霊を計ることが難しいと彼女はとらえた。
『ど、どういうこと?』
「システムの穴を利用した……、ルール違反か」
「ルール違反とは失礼ね。魔術師がサーヴァントを呼び出すこと自体、なんの不都合があるのです!」
冷笑を浮かべたまま、黒いローブの魔女が告げる。遠坂凛は自体を把握し、そして冷や汗をかく。
つまり、今、セイバーと戦っているアサシンは、キャスターによって呼び出された存在。そして、今の状況をみるに、彼女は独力での戦力が足りないが故に策をめぐらしたのだ。目を、魔力を、守りを。そして――。
「となると、大方、次はセイバーを狙うか」
「ええ。だって、あんな技量のない坊やがマスターなんですもの。あのバーサーカー相手に正面から斬り合える戦力は惜しいわ。
貴方ごときでどうこうされはせずとも――――」
くすくすと楽しげに笑うキャスター。アーチャーはそれを見ながら、拳銃を空に掲げて――――。
「――――
引き金を引いた。
空に向かって放たれた、球形の弾丸。しかし一定の距離を稼いだ時点で、それは広がり、爆発した。
例えるなら爆弾だ。音越しで状況の見えない遠坂凛には把握できない。出来ないが、音のすさまじさが判る。それが何を成しているか、本能で理解する。
爆発し、飛散するそれは無数の剣戟だ。礫のように砕けた巨人の一撃。一欠片一欠片が、人間を圧殺しうる巨人の大砲。
アーチャーの周りに集まり始めていた骨の兵士たちを砕きながら、その攻撃は寺に迫る。
「っ――――――様、!?」
いつの間にか、上空に移動していたキャスター。彼女は必死な顔をして、寺に対して降り注ぐ礫を見る。
瞬間的に両手を構え、わずかな言葉を呟く。それだけで光の盾が出来上がる。一流魔術師でさえ起動にどれほどの時間がかかるだろうか、その魔術。街より溜めた魔力を用い、境内から寺そのもに向かう礫を阻む。
しかし、その礫はただの砕けた瓦礫にあらず。アーチャー本人以外は知り得まい。――神代。人であり神であった大英雄。かの者が本来なら矢として放つそれ。現時点においては、単なる棍棒として用いられうるそれを、擬似的とはいえ本来のそれに近い使い方をしているのだ。
さしものキャスターも、一瞬一瞬の重さに、集中力が切れたのだろう。降り注いだ礫が消えるころには、境内に降りて、肩で息をしていた。
「あ……、アーチャー ……、」
「ふむ。……認識を改めよう。お前は『自分以外に対して悪を向ける』ではなく、『自分と家族以外に悪を向ける』か。もっとも、マスターを守ろうというスタンスにおいて、お前は俺よりまっとうな英霊だ」
嗤うアーチャー。会話の最中、唐突な攻撃に、遠坂凛は唖然とする。いや、確かにこのアーチャーらしいと言えばらしいのかもしれないが、それにしても酷い。異様な破壊力をもったさっきの弾丸とか、寺院への被害について考えてなかったのかとかは後で問い詰めるとして。キャスターの憔悴具合がマイク越しに聞こえる程だ。同情はしないが、それでも同情したくなるところはある。
「前言を、改めるわ……。その一撃……!」
「流石に気付くか。だが知らない。そして死ね。
――――
構えているだろう黒い銃。
「先に言っておけば、例え目の前のお前が幻だろうと何だろうと、関係ない。その時は背後に貫通して、今度こそ寺がどうなるか知った事ではない」
「――――ッ!」
今度こそは文字通り、誰の邪魔も入らない。静止の声を第三者が上げる判断をする暇も――――――。
『――――――衛宮君!?』
そんな遠坂凛の目前で、衛宮士郎が斬られた。
※
「シロウ……!?」
聞き間違えようの無い声がした。
言われて、視界が回復する。
ぬるり、と血に濡れた背中の感覚。痛みは一瞬だけなく、そして断続的に広がり、石段に倒れた。
セイバーが俺を抱える。と、どこからか、俺の名前を叫ぶ声。
「――――んの、莫迦! 一度で何で懲りないのよアンタは! アーチャー!」
遠坂だった。俺を抱えて一歩引いたセイバーと、アサシンの間に割って入りこそしなかったものの、下方から指先を構える。魔術師がサーヴァントに勝てる道理はないと言いながらも、しかし遠坂は構えを解かない。
もっとも、アサシンはそんな様子じゃなかった。
「ほぅ……、一太刀、しかもかすっただけか。
中々に無粋だったが、なるほど。流石はセイバーのマスターというところか」
何故か関心するように頷くアサシン。気が付いたら――無我夢中で気が付いたら、俺の右腕は斬られていた。セイバーを後ろに退かせようと、その程度しか考えていなかったはずなのに、この体は当たり前のように、またもセイバーとアサシンの間に割って入っていたらしい。
腕は……、大丈夫、繋がっている。開閉も出来る。これなら、帰る頃には繋がっているはずだ。
「……最悪のタイミングだ、マスター」
と、どこからともなくアーチャーが現れる。腕を組み、あからさまに嫌そうな表情を浮かべながら、遠坂の手前に。
「ほう? その様子、女狐めは充分驚かせて来たようだな」
「嗚呼。止めをさせなかったのが残念でならん。求道者風に言えば、間が悪かった。
……? なんだろう、頭が痛いぞ」
顔をしかめるアーチャー。それを見て、かかと笑い飛ばすアサシン。サーヴァント2対に対して1対という構図であるにも関わらず、その態度には余裕がある。
いや、違う。戦うならば余裕はないはずだ。だとするならば結論は一つ。
「アサシン。……何故、追撃をしなかった」
「それこそ無粋よ。張り詰めたその顔、つい愛でてしっただけよ。
今宵はこれで充分。立ち去るが良い、セイバー」
このアサシン、どうやら俺たちを見逃すつもりらしい。戦意がなければ、緊張することも警戒することもないのだろう。
「……ちょっと、貴方、本気?」
「おうさ! 日がな一日、見下ろし、待機するだけの毎日だ。このような機会、みすみす逃すつもりはない」
いっそみやびやかに、遠坂の言葉を受け流すアサシン。
「今の状況では満足な戦いは望めまい。私とてそれは惜しいのさ」
「…………わかりましたアサシン。貴方との決着は、必ず」
「期待させてもらうぞ、騎士王」
俺を抱えながら、引き返すセイバー。と、当然のように「私も行くわ」と遠坂が続く。
「アーチャーは……、背後を警戒しておいて」
「……好きにしろ、まったく」
そしてアーチャーは、悪態を付きながら姿を消した。
次回、ボブとセイバーのダブル文句
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戦闘お姉さんSexy-Flash! その1
凛「それは、まぁ、ごめん」
ボブ「フン、普段からそれだけ可愛げがあればな」
凛「何よ、どーゆー意味?」
「ホント、でたらめな回復力よね……。アンタ絶対、何か犠牲にしちゃいけないもん犠牲にしてるわよ」
衛宮士郎の身体の異様な回復について、やはり不可解という表情の遠坂凛。
そんな顔をされたって、何も返答できないぞ、と言う俺に、遠坂はやはり不満げだった。
「って、どこまで付いてくるんだ? 遠坂」
「家までに決まってるじゃない。貴方はアサシン。私はキャスター。お互い情報交換といきましょう」
そんな風に当たり前のように言いながら、当然のように先行する遠坂。その後ろで、アーチャーが「処置なし」とばかりに苦笑いを浮かべて、物も言わないのが不穏だ。鍵を開けると、勝手知ったるといった様子で、上がりこむ。まだ二回しかきていないだろうに、随分とそのすわりが様になっているのが異様だ。まぁ、その外見で風体では日本中、どこにいっても大体は違和感まみれだろうけど。
柳洞寺を後にしてしばらく。遠坂は俺たちと別れた。そのまま合流することもないだろうと判断して家に帰り、包帯をセイバーに巻いてもらったのがさっき。
そして丁度そのタイミングで、呼び鈴がならされて今に至る。
「シロウ?」
「あ、セイバー。ちょっと手伝ってくれ」
「はぁ……。何を?」
「お茶。夜だし、眠くなるだろ?」
困惑するセイバーにカップなどを用意してもらいながら、ティーバッグの紅茶を開ける。
湯を注いで、「四人分」持っていき、居間に運搬。
「あら、悪いわね」
「……粗茶しかないのか」
余裕を持って一口飲む遠坂と、香りを嗅いで嫌そうな表情のアーチャー。なんだ、紅茶に何かこだわりでもあるのだろうか。
「そりゃ、アンタがいれたのに比べたら酷いものかもしれないけれど。でも雰囲気を察して紅茶を出す辺り、私は評価するわよ?」
「まだ緑茶の方が良い茶葉があるだろ。ここ日本なんだから」
「それは、日本に対する偏見ってものじゃないかしら。私の家はないし」
「大方、マスターの血筋は純粋な日本のそれではないのだろう。わびさびからかけ離れている」
いや、そのアーチャーの日本観も色々おかしい気がする……けど、表情があからさまに嗤っているので、半分以上は冗談だろうか。
しかし、このアーチャーがそういうことが出来る、というのには、何故か腹が立つ。なんだ、この違和感。
そんな俺の横で、自分の湯飲みに口を付けたセイバー。
「……もう、あんなことは止めてもらいたい。シロウ」
「? あんなことって――」
「貴方が、私を仲間だと考えてくれている。サーヴァントとして嬉しくはあります。
だが――――私を庇って死に行くようなことは、するべきではない。それでは本末転倒だ」
「それは――――」
「正気ですか、貴方は! サーヴァントはマスターに使役され、守る者です。我々が傷つくのは当然であり、私たちは呼び出されたものにすぎない……。
勝つために呼び出されるのです、マスター」
「……」
同感だ、といわんばかりに、アーチャーが腕を組み、目を閉じて、無言で頷く。何度も何度も。遠坂が一瞬、居心地が悪そうな表情になったのが視界の隅に映る。
ただ、そうは言われても――――俺の脳裏によぎるのは、ボロボロになったセイバーの姿だけ。
「そういうことじゃない。ただ……、あんな姿になって欲しくないってだけだ」
「あんな姿……?」
「もっと単純な話だ。ようするに、俺は、えっと――――、と、とにかく! 女の子が傷つくのはダメだ。そんなの、男として見過ごせない」
「サーヴァントに性別など関係ないし、そもそも武人たる私を愚弄するか!
訂正を、シロウ……!」
目じりを上げて詰め寄ってくるセイバーだが、それに押されるわけにはいかない。
「誰が訂正なんてするか! 強くったって女の子だろ! つまんないコトに拘んなバカ!」
「バ――――、そういう方がバカなのですシロウ! この身は既に英霊、性別など瑣末なこと、そう扱う必要はない! 一度はっきりするべきだ!」
「瑣末なもんか! 大体、俺が嫌だ!」
だってそれでは――結局何も変わらないじゃないか。
無力な自分を守って”誰か”が傷つくのが嫌で。だから、救うのは自分の役割だ。そのための「衛宮士郎としての」生涯なのだ。だから――――。
「笑止な。ランサーの時のことを忘れたのですか。私がいなければ、間違いなく貴方は殺された。
サーヴァントを侮るべきではない。貴方は――――」
平行線は交わる気配はない。向かい合う俺とセイバーは、半ば意地になりはじめている。
「……大した話ではないな。フン、先の展開が見えた」
そんなことを言って、突如席を立つアーチャー。
「どこ行くのよ?」
「マスターが見えない場所だ。このままだと、うっかり脳天をぶち抜きたくなる」
「あら、それは困るわね。ってことは、私がやろうとしていることにも見当はついてるんだ」
「…………」
「見当がつく、ということは、その思考に至るための下地があるってことよ。――――アーチャー?」
「――――フン」
アーチャーと遠坂のやりとりで、俺たちの緊張状態が一瞬緩む。
その背中に、何か耐えるような視線を向けて、嘆息する遠坂。と。
「あくまで第三者目線からだけど、セイバー? 士郎は別に、貴女を侮っているわけじゃないわ。そのあたりを誤解しちゃうと話が進まないから、ちょっとだけ口を挟ませてもらうわ」
「凛……? それはどういうことですか……?」
「んー、よーするにね。衛宮士郎は純粋に、貴女が傷を負うのを嫌がってるのよ」
献身と善意の塊、と俺を評する遠坂。
「そうでもなければ、あんな簡単に自分の体を前に出せなんてしないわ。
自分じゃサーヴァントに勝てないって判っていて。自分じゃ絶対かなわないって頭で判っていて。それでも、あんな莫迦するんだから。それはもう、自分の中の尺度と、セイバーとを天秤にかけたら、もう当然ってくらいにセイバーの方に振り切れるってことじゃない。
要するに、士郎は自分のコトより、貴女の方が大事なんでしょ」
「あ……、う?
いや、そう言われてみれば、そういうコトに、なる、のか……?」
「アンタの中では、自分より他人の方が大切だから。なんでかは知らないけど、そうらしいから、別にその結果、自分が死んだって構いやしない」
判ったような口をきく遠坂。
唖然としたように、言葉の続かないセイバー。
「いや、決して、そんなつもりは……」
「はいはいはいはい。そういうのはボブ一人で間に合ってるから。
で、さっきの口ぶりからして、士郎に鍛錬でもしてるの? 貴女」
「……ええ」
「実戦に付け焼刃は意味がないってわかってるんだろうし、ということは慣れさせようってことかしら。
あー ……。じゃあ、いいわ」
ふふ、と指を立てる遠坂。表情がどこか、昼間に見たあの顔だ。
「じゃ、私からは魔術講座にしとくか。そうすれば、もう少しマシになるでしょ」
そんな、とんでもない発言をぶちかましてきやがった。
俺もセイバーも、これには驚く。
「……な、何よ。別に、これくらいしないと貸し借りの割に合わないってだけなんだから」
「貸し借り?」
「バーサーカーのときと、あと今日の分。
セイバーが足止めしてくれてなければ、アーチャーの狙撃は上手くいかなかったろうし。今日も貴方たちがアサシンを足止めしなければ、キャスターに深手を負わせることは出来なかった」
そのことに対する対価よ、と。にやりという風に笑みを浮かべる遠坂。
「言っておくけど、休戦協定の間だけだから。
何か不満?」
「あ、いや、そんなことはないけど……、いいのか? それ」
「まー、アーチャーからすれば心の贅肉でしょうね。見たくないっていって逃げちゃうくらいだから。アイツも効率主義だー合理主義だーって言いながら、好き嫌いが激しいみたいだし」
「いや、そうじゃなくって」
「私のことは気にしないで。言ったでしょ? ただのエゴよ」
だからどう? と言ってくる遠坂。
俺よりも先に、セイバーが頭を下げた。
「凛がそうしてくれるなら、私も剣のみに集中できる」
「いいっていいって。見返りがないわけでもないみたいだし。
じゃ、解散しましょうか。明日から色々忙しくなりそうだし、情報交換もそこでしましょう」
「?」
そんなことを言いながら、立ち去る準備をする遠坂は。
「――――だって、誰かがそうでもしてやれば、
何故か俺を見て、何事か小声で呟いた。
って、いや、俺は何もさ……。状況は更に混迷を極めるよ。
※
――――熱い。
――――熱い。
――――苦しい。
――――痛い。
――――目が、痛い。
そこで――――初めて、その光景と正面から対峙した。
みんな置き去りにして、耳をふさいで歩いて。赤い世界の中で。
遠く町が燃えていて。消すことさえできないそれは、十年の歳月を遡る。距離ではなく、それは時間が遠いのだ。
子供心に、生きている自分が、呼ばれているのを感じていた。――――お前も死ねと、何かに呼ばれていることに。
それにしても、熱い。
酷く熱い。なのに恐ろしく寒い。
一周回って、おかしくなるような肌の痛み。
だけど――――それは、果たして何が原因だったのか。
空には黒い太陽があった。あべこべな世界なのだから、それくらい不思議じゃないと思っていた。
だけど逃げ出した。怖くなって逃げ出した。あれにくらべれば、周りの火なんてなんでもなくて。そんなの、むしろニンゲンらしいと思って、だから、逃げて。
あれに捕まったら、もっと怖い所に連れていかれてしまうって判ってしまっていたから。
開けた空を見上げる。
雨が降るとしって、伸ばした手は、力尽きて――――。
※
――――光が差し込む。
閉じた瞼ごしに感じる朝。布団にもぐった体に寝返りをうたせて、陽光から目を背け――――。
「……?」
あれ、いま、ぼんやりと何か見えた気がする。
布団の横。寝ている俺の真横に、同じように何か、こう、酷く場違いなものが転がっていたような――――。
「って、セイバー!?」
「……よかった。起きましたねシロウ」
少しだけ、ほっとしたような様子のセイバー。じゃなくて。
「な、なんで俺の横っていうか、こんな、近くで寝てるんだおまえ、ちゃんと隣の部屋があるだろ――――!?」
「いえ、もう朝ですし。……それにシロウが、何かうなされていたようだったので」
うなされていた、か。……心当たりがあるというか、心当たりしかないというか。
ただ、ただいま絶賛、衛宮士郎はピーンチ! である、
「わ、わかったけど、ちょっと待った、とりあえず離れろ!」
「? やはり調子が――」
「だ、大丈夫だから、こら、布団の上に乗るな――――!?」
俺の絶叫空しく、セイバーは起き上がりながら、少しだけ馬乗りになるように俺を覗きこみ。
そして、足が。
ただでさえ近づかれると緊張するってのに、こんな朝っぱらから真横に寝転がられるなんて、ショックで死ぬ。
「シロウ……? あ――――――――」
その、あからさまに何かを察したような反応を止めろ。
こら、昨日まで性別がどうのこうの言っても照れも何もなかったのに。なんだ、その妙に反応に困る表情は。赤らめないで、頼むから。
「……とりあえず、引いてくれ。たのむ。こっちの精神が崩壊する」
「……気を遣います」
一瞬躊躇った後に向けられる、この満面の笑みのなんと慈悲深いことか……! できればそっと、この朝の十数分をなかったことにしてもらいたい。
「セイバー。何かリクエストあるか?」
「あ……、それでは、卵を」
「卵ね、了解」
「…………何か手伝うことがあれば言ってください。無理をなさらず、マスター」
キッチンで調理中、セイバーはふとテレビを付ける。音からして、藤ねえがセイバーに教えた朝方にやってる、短時間のアニメーションだ。一体どこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。ちなみに、確か前に生徒から没収した漫画雑誌を俺の部屋に持ち込んできたことがあったが、それはきちんとお引取り願ったりしたこともあった。
途中で桜が来訪して合流。
「おはようございます、先輩。今朝はもうやっつけちゃったんですか?」
「ああ。だいたい片付けた。藤ねえもそろそろだろうし、盛り付け手伝ってくれ」
「はいっ。……うわぁ、すごい沢山!」
「へ?」
言われて、妙に大量のキャベツを千切りにしていたことに気付く。
「残りはお昼かなぁ……」
「おはようございます、セイバーさん。昨日はよく眠れましたか?」
「はい。といっても、この屋敷には慣れているので問題はありません」
「あ、そうですよね。確か、以前に滞在したことがあったんでしたっけ」
そして、桜とセイバー二人だけの会話というレアな光景を目撃したり。
「――――桜」
「はい? なんですか先輩?」
「慎――」
そして、今まで訊いてなかったこと――慎二のことを聞こうとして、止めた。
「――いや、なんでもない」
「え? はい。
……あ、それより先輩? 今は兄さんに関わらないであげてください」
「なんでさ」
「兄さん、この間の夜からおかしいんです。お爺様が夜遊びを咎めたって言って、そこからずっと気が立ってるようだから。先輩にも迷惑がかかってしまうかもしれません」
「――――」
桜の様子からして、あの老人は嘘を言ってはいなかったのだろう。
桜は何も知らない。家そのものにまつわる秘密を知らない。なら――果たして、あんな状態の慎二と一緒に暮らすことは安全なんだろうか。
「っていやいやいや」
浮かんだ考えに、頭を左右に振る。慎二の凶行がもし桜に及びそうになっても、あの祖父なら累が及ばないようにしてくれるかもしれないし。そもそも、俺の家もそこまで安全といって良いかは微妙な気がしている。既にランサーにより、居間だって一度は壊されているのだから。
「へえ、桜ちゃん今、おじいちゃん帰って来てるんだ」
「はい。とはいっても、普段は奥でまったりしてるんですが」
「まぁ、PTAの会長さんだもんねー。そう長く開けはしないかー」
朝食の際、藤ねえが来てくれたおかげで、暗くならないで済んでよかった。黙々と食事を進めるセイバーと、桜の様子を気遣ってくれる藤ねえ。……どうでもいいが、本当にあのおじいちゃんはPTA会長だったらしい。確かにそのつながり、俺には全然ないけれどさ。なんでさ。
「藤ねえもたまには、家で親孝行したらどうだ? 爺さん、かまってもらえないって泣いてたぞ?」
「お父さんなんかほっといても死にゃしないんだから、いいの!
あ、そうそう士郎。美綴さんケガしたって聞いてる?」
「初耳だな。深いのか?」
「大丈夫。軽い捻挫。で、なんか学校帰りに変なヒトに襲われたそうよ? スパーッって勢い良く逃げて、最後に転んじゃったみたいだけど」
「……そうか、大事にならなくてよかった。俺はてっきり――」
「暴漢など、綾子なら一撃といきそうですね」
「せ、セイバーさん、それはちょっと……」
桜も桜で、その意見には同意している気配だったが、おいそれと頷けないのだろう。
「あ、そうそう藤ねえ。俺、今日学校休むから」
「……え、お? 学校休むって、士郎どこも悪くないでしょ?」
玄関で思い出したように言う俺に、桜も驚いたような表情。藤ねえの当然の疑問に、さてどう答えたものか。少しだけセイバーの方を見て、意思を固める。
「いや、体調が悪いのは事実なんだ。古傷が痛むっていうか」
「ダウト」
「まあ、半分は。でも、それで勘弁してくれ藤ねえ」
何も学校が嫌だということではなく。今はやるべきことがあって、そちらを優先したいだけ。
最終的に、藤ねえは折れてくれた。
「おっけー。でも士郎、ケガで休むんだから、あんまり外出歩いちゃいけないわよ?」
「あの、それじゃ失礼しますね? 先輩。お大事にしてください」
「部活、張り切りすぎるなよ? 朝連は適度に流して、無理すんなよ。何か美綴に言われたら、俺に貸し一でいいっていっとけ」
「あ……、はい、それなら主将も喜びます」
がらがら、と音を立てて玄関が開かれる。
ぺこりとおじぎをして玄関を後にし――――。
がん! と、豪快に扉にぶつかっていった。
「さ、桜ぁ!? 大丈夫か!?」
「あ、っ~~~~はい、だいじょうぶ、れす。せんぱいにはなひなんてみられたら、しんじゃいます―――ー」
「ほんとうに大丈夫なのか? 今、完全に倒れたように――――」
「え? おかしいな、そんなコトないですよ? 私、不注意だっただけで……、って、は、恥ずかしいです」
それじゃ改めて、と。藤ねえに続いて練習に出向く桜。
「シロウ、桜の視力は悪いのですか?」
「ん、そんなことないぞ? 両目ともに1.5はあったはずだ」
「はぁ。……先ほどの様子、まるで先が見えていなかったように思えたのですが……」
「?」
その違和感に引っかかりを覚えながらも、俺達はそのことをさほど重要視していなかった。
セクシー戦闘お姉さん「桜ぁ!?」
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戦闘お姉さんSexy-Flash! その2
ちびデブ(カエサル)
ちびボブ(ボブ)
というのが唐突に脳裏を過ぎったです。
「シロウは、剣術を習ったコトはないのですか?」
「ああ。藤ねえに教えてくれって言ったり、
「……きっと、シロウの身を案じたのでしょう。昔から無茶をしていたはずだ」
む、と。否定できない俺に、セイバーは少しだけ胸を張って、目を閉じて笑った。
鎧姿で竹刀を手に取るセイバー。道場に差し込む光。ぼんやりと見れば違和感まみれではあったけど、しかし剣を構える姿勢は一切の違和感を感じない。確か西洋剣って、盾と剣を両手にそれぞれ持つのが基本だったと思うのだけれど、セイバーのそれは、ひょっとしたら女性だったから、力を出すためにということなのかもしれない。
まぁ、そもそもセイバーの技量なら、盾などなくとも避けられるし。むしろ一撃の威力を上げるために両手持ちということも、充分に考えられるのだけど。
「しかし前も思ったけどセイバー、その格好、疲れないか?」
「は? あ、いえ。マスターが戦う意思を養っているときに、鎧を纏わないのは失礼にあたるかと」
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
訝しげに俺を見るセイバーに、少し苦笑する。
「確かに、鎧姿の方が気合は入るけど、気が済まないって訳じゃない。セイバーが動きやすい格好で良いし、何より魔力を使うだろ?」
「それもそうですが……、となると、あの服装で剣を振るうのはおかしくはないでしょうか」
「なんでさ。似合ってるからおかしくはないと思うぞ?」
「……? 理解しかねます。凛からもらった服では、戦闘には耐えられないと思うのですが」
「その格好で戦うな、ばか。女の子には、そういう服のが似合うんだから、それでいいんだ」
「!」
竹刀を手に取り、セイバーはまじまじとこちらを見つめてくる。様子がちょっとおかしい気がする。なんだか、俺の方に意識が集中していないっていうか。
「……わかりました。では」
と、一瞬で鎧が溶けて、いつもの服装に。ところで今まであんまり気にしてなかったけど、意外とその服はリボンが多い。遠坂の趣味、なんだろうか……。
そんな雑念を抱えながら、戦闘。……俺からすれば戦闘。
結果は、まぁ、押して知るべし。無為に何時間もついやして、やっぱり突破口は見えない。
「貴方は、魔術師としてはともかく、戦士としては悲観したものではありません。
ですが間違えてはいけない。貴方は全てが充実した状態でなければ、サーヴァントと戦いにさえならない。最悪の状況では、戦うという選択自体が間違いだ」
「つまり、逃げろと?」
「そういうコトです。シロウの戦いは、自身と状況、その双方を万全に調整することから始まるのです」
「合理的というか効率的というか……、納得」
倒れたまま伸びをして、上半身を起こす。
「――――」
そんな俺に、何故かセイバーは微笑む。
「ど、どうした?」
「いえ。それでも一日前に比べれば疲弊度合いが違うと思いまして」
「そりゃ、あれだけ打ち込まれればなぁ……。
そもそも作ったり直したりする方にしか感心がないから、あんまり道具使ってケンカするの苦手だったんだよな」
「作る、ですか」
不思議そうに見つめてくるセイバー。あー、そういえば、セイバーには見せた事がなかったか。
「昔、『投影』なんかやったせいかな。こう、構造を見たり、考えたりするのが結構楽しい。そのものの歴史とかを読んでるみたいで」
「なるほど。シロウは職人か、賢人のようなことを言いますね」
「職人って訳でもないんだけどな……。強化の魔術の時にも、解析は必要になってくるし。って、賢人?」
「はい。酷い
その時だけ、何故か苦虫を噛み潰したような表情をするセイバー。何があった。
しばらくの無言。まだ体の痛みが抜けないのを察して、セイバーも再開とは言わない。行儀良く正座する佇まいは、本当、綺麗だと思う。
異性として、という意味じゃなく、在り方として綺麗だと思う。
そんな彼女が戦いを肯とすることには、やはり違和感がある。
今、ここには自分とセイバーしかいない。何か話すにはいい機会だし、ここは――――。
「……第四次聖杯戦争って、どんな感じだったんだ?」
「――――はい? 何か言いましたか、シロウ?」
「え? あ、いや。その、前の聖杯戦争にも参加していたって言ったろ? セイバー。だったら当時、セイバーがどんな戦い方をしていたのか聞いてみたくって。何か参考にできればと思って」
「はぁ。確かに、それは答え辛いわけでは……、…………」
最初は思案するように。段々と苦悶を浮かべるように変質していく表情。
「あー、悪い。言いたくないことがあるなら、それはいいんだ。
「いえ、シロウの意見は正しい。ただ、貴方が参考に出来そうなものかと言うと、色々と……」
そんなに外道なことしていたのだろうか、
「そうですね。魔術工房の爆破に始まり、騙し打ち、スケープゴート。挙句の果てに××に××××――」
「業が深い……」
「ええ、とっても」
そこで満面の笑みを浮かべるあたり、セイバーに蓄積されている切嗣への暗い感情がうかがい知れるようで、色々と不安だ。
「あ、でもそうですね。乗り物には何度か乗りましたか」
「乗り物?」
「ええ。セイバークラスのサーヴァントは、対魔力の他に、騎乗の
今もある程度は乗りこなせますが、当時は更に上を行く状態でした」
「ふぅん。ちなみにどんな?」
「戦闘でいうのならば、一番大きかったのはライダーとバイクでカーチェイスしたことでしょうか」
えへん、と胸を張るセイバー。
ら、ライダーと……?
「ええ。キュイラッシェ――編みこみ鎧として使用している魔力を、そのまま大型車両に注ぎこみ。更には風王結界をまとわせ、そりゃあもう大立ち回りでしたとも!」
よくわからないものの、なんだかとんでもない状態だったというのは理解できる。
なるほど、セイバーは乗り物に強いと。となると、今、うちで提供できる代物といったら買い出しとかに使うようなママチャ――――。
不意に、脳裏でママチャリに乗りながら、全力でランサーを追い回すセイバーの図が思い浮かぶ。
なんだろう、違和感しかないのに勝てる気がしない。
「し、シロウ? なんですその顔は」
「なんでもない――――っ、っ。
セイバー、始めよう。休憩はもういいよ」
ひょい、と落ちていた竹刀をひろって、立ち上がるセイバー。と、くきゅるる、と間の抜けた音が道場に響き渡った。
「空腹のようです。鍛錬に夢中で気が付きませんでした」
「そういえば、もうお昼か。
ささっと材料とか、ソースとか買ってくるから、セイバーは居間で休んでいてくれ」
「シロウ、外出するなら私も付き添いますが」
不意に、再び脳裏を過ぎるちゃりんこライダーなセイバー。
「……ですから、何ですその表情は。言いたい事があるならはっきりするべきです、マスター」
「い、いや、本当に大した事じゃないんだ!
大丈夫、真昼間から襲いかかってくるヤツはいないし、セイバーがいたら逆に目立つんじゃ」
「でしたら変装を、」
「あれを変装とはみとめないでござる」
「ござ……?」
シークタイムゼロ、脊髄反射で即答したよ。
「大体目立つとは言いますが、既に一度、私は町を放浪しています。今更ではないでしょうか」
「そういわれればそうかもしれないけど……」
結局、セイバーに押し切られる形で、二人して自転車を漕ぐことになった。上はジャージで首にはマフラー。頭にはキャップといつか見た謎のストーキング剣士姿。
「~~♪」
そこに自転車を漕ぐためにか、どこからか取り出したホットパンツ姿というのが中々に刺激が強い。冬場だというのに特に気にした様子も無く、セイバーは楽しげに自転車を漕いでいる。説明をした覚えはなかったのだけど、存外、楽しそうだ。
流石に昼間ということもあり、交差点には買い物帰りの主婦さんも多い。そんな中で、ママチャリを駆る少年少女というのは結構場違いな感じもした。
「シロウ、大判焼きを! 残存兵力はわずかです!」
「それ、今、新しいの焼いてるみたいだから後でな」
そんなやりとりをしながら、一通り買い物を済ませる。二人分の昼食の材料と、大判焼きとか和菓子。セイバーからのリクエストで、目玉焼き用に卵とか、色々。
「ところで、何を作るのですか?」
「ん? ああ、キャベツ切りすぎたから、藤ねえでも簡単に作れるシンプル料理。通称、お好み焼きを――――」
――と。特に何か理由があったわけではないのだが。
「――――が―――ー、だから――――」
「ダメじゃ――――、セラに見つかっちゃうわよ?」
「うん、それは、こまる」
背後から何やら、聞き覚えのあるような声が聞こえる。正確には、会話しているもう片方に覚えがあるというか。
なんだろうと振り返る。
「ケーキ、みんなの分?」
「そうそう! 結局セラだって、食べたがってるんだから、買って行けばいいのよ」
「うん。セラ、よく来てる」
そこには。
看護師さんみたいなメイド服を着た女性と、銀の髪をした幼い少女の姿が。
「な――――!」
「シロウ!?」
セイバーが咄嗟に俺の前に構えたお陰で、自転車を倒すことこそなかったものの。
こちらの反応を見て、少女、イリヤスフィールは「あ、シロウだ!」と、楽しげに手を振ってきた。
「「……?」」
イリヤからは、夜のあの時と違い殺気のようなものが感じられない。セイバーもそれは同様なのか、納得がいっていないような顔をしている。
「よかった、生きてたんだね。お兄ちゃん」
「何のつもりですか、イリヤスフィール!」
「? あれ、セイバーやる気なの? でも、お日様が出てるうちに戦っちゃダメなんだから」
め! とセイバーをしかるような口調で、イリヤは指を交差させる。どう見ても年相応の、幼い少女の仕草だった。
「そう身構えなくていいよ? 二人とも。今日はバーサーカーも置いてきたの。
今は、リズに見つかっちゃったけど、ケーキで懐柔してるところだし」
「む」
イリヤの背後の、メイドさんだろうか……? ちょっと片言っぽいしゃべりをする彼女は、俺たちに一度頭を下げた。
そんな彼女に「先に帰って!」と言ってから、イリヤはこちらの方に駆けて来て。セイバーが間に挟まるカタチにはなったが、それでもイリヤは頭を傾げて、笑った。
「ね、お話しよ? わたしね、話したいコトいっぱいあったんだから」
「話?」
「フツウの子供って、仲良くお話するものなんでしょ? だから、お話」
「……」
脳裏に過ぎるのは、セイバーが話してくれた事実。彼女が、切嗣の娘かもしれないってこと。
外見からして違和感はあるが、だったらなおのこと、話しておきたい。
「シロウ?」
「……わかった。俺も話したいことがないわけじゃなかったからな」
「うん! それじゃ、あっちの公園にいこ? ちょうど誰もいなかったから!」
そんなことを言いながら、俺たちをせかすイリヤ。
「セイバー、何かあったら頼む」
「何かあったらって……、正気ですか!? シロウ」
「嗚呼。言ったろ?
「それは……」
セイバーは、下を向き、眉を寄せる。失敗した、と何か表情が物語っているようだ。
だけれど、イリヤに戦意がないのが本物だと直感しているのか、結局止められることはなかった。
※
「それで結局、切嗣については話題にも上がりませんでしたね」
「ダメだ、いざ話すとなると話題を選んじゃって……」
つーん、とした目で見てくるセイバー。
それでも、とりとめもない話題の応酬でわかったことがある。切嗣について確かに知ってる口ぶりだったけど……、それでも、今日、俺に敵意を向けては来なかった。
さっき話したイリヤは、マスターじゃなかった。
それだけは確かだ。
「悪い、セイバー。昼食が遅くなっちまって」
「いえ。……やはり、シロウに話したのは失敗だった」
「? それって、オヤジのことか」
「はい」
「なんでさ。俺、嬉しかったぞ?」
「ですが……、それで貴方を危険にさらしてしまっては、本末転倒だ」
「いや……。確かに今日は、イリヤと話したけれど、戦いの場ではまた別だぞ?
あいつがマスターとして戦うなら、きちんと止める。何も変わらないじゃないか」
「止める、ですか……。
貴方も筋金入りだ、シロウ」
嘆息するセイバーからは「打つ手ナシ」と言わんばかりの態度を感じ取った。
「さて、じゃあとりあえずホットプレートを――――、ピンポン?」
「シロウ、来客のようですが」
ちょっと行ってくると断りを入れて、小走りで玄関に向かう。
この時間、夕方、誰かが尋ねてくるなんて珍しい。藤ねえはチャイムなんざ鳴らさないし、なにより合い鍵持ってる。誰だろうか、一体。
挨拶をしながら玄関を開けると。
途端。
「――――――」
「――――――」
ばったり思考が停止した。
ぴりぴりしている遠坂と見詰め合うこと数秒。
「な、なんで?」
「学校。休むなんて聞いてなかったから様子見。学校内での契約を、いきなり無視されるとも思わなかったし」
それって、あれか。学校内でアーチャーに、遠坂だけじゃなく俺も守って貰うっていう例の。
「大丈夫なの? 貴方」
「あー、とりあえずは大丈夫。昨日の今日だし、今日はセイバーにみっちり授業してもらいたかったってだけだから」
「昨日の今日って、むしろ普通は……。まぁいいわ。ところで、なんでエプロン姿なの?」
「これから昼食」
「え!? うそ、そんなにセイバーと打ち合って立ってわけ?」
事実は少し違うのだが、イリヤのことをいう訳にもいかない。そこは適当にぼかしながら、のらりくらりとかわしていると。
「ふぅん。衛宮くんの料理、ちょっと興味あるわね。私ももらっていい?」
「興味っていったって、お好み焼きだぞ? って、あ、おい――――」
「昨日の残り物とかもあるでしょ? 少しでいいから、何か食べさせて」
「そんなに俺の料理の腕が気になるのか……?」
「もっちろん! 相手の戦力は分析しないと」
何を分析するというのだろうか。
「っていうか、太るぞ?」
「なによ、失敬ね貴方! いいのよ、毎日じゃなしい、それくらいのヘルスコントロールは出来て当たり前よ!」
そんなことを言いながら、ずかずかと家に上がりこむ遠坂。……って、いやいや、なんか、とんでもない状況じゃないのかこれ!? 学園のアイドルで同学年の女の子だぞ、遠坂!!?
動揺している俺に、苦笑いを浮かべた声が聞こえる。
「――――察してやってくれ、セイバーのマスター」
どこか気だるげなそれは、間違いなくアーチャーのそれだ。……なんでだろう、どうしてかこいつの声を聞いていると、こう、気分が鬱屈してくる。
「……何を察しろって?」
「マスターの名誉なんぞ関係ないから話すが、少し気が立ってるのだ。今日は昼を抜いている上に、帰り際に絡んできた男子生徒をぶん殴って帰ってきたからな」
「穏やかじゃないな、それ……。何だったんだ?」
「人畜無害な生徒だったよ。
だがまぁ、癪には障ったんだろう。俺もよくは覚えていない」
「? なんでさ、今日のというか、さっきの出来事なんだろ?」
「キッチンタイマーで計測していない時間なんて、俺にとっては膨大すぎる」
いまいち言っている言葉の意味がわからない。
というか昼を抜いてるって……?
「要するに、お前が作ってくるだろう弁当をアテに――――」
「アーチャー! 余計な事は言わない!」
「――――む! っ、っ、……」
そして遠坂の言葉に、何故か過剰に反応するアーチャーだった。
で。
ダンダンと豪快に肉を捌く。キャベツだけは山のように用意してあるし、ホットプレートの準備も充分。卵もちょちょいちょかき混ぜて、てんかすその他もろもろボウルに開けて。
「よし、ぶた玉はこれでいいとして、後は……」
「シーフードは待ってろ。今、海老に包丁を入れている」
……で。
何故か今、俺の隣にアーチャーが立って、俺の作業を手伝っている。
遠坂が突如「いいかげんセイバーもお腹空いてるだろうし、二人で準備すれば早いんじゃない?」なんてのたまいやがってからに、アーチャーも俺もしぶしぶ協力する形に。
にしても、エプロン似合わないなコイツ……。別段、字面からして変なところはないのに、映像として組み合わせるとこうも違和感を撒き散らすのだろうか。
しかし、海老の頭の落とし方とか、殻の剥ぎ方とか、包丁の入れ方とか、明らかに技量は俺よりはるか上だ。とてもじゃないが、神話とかの英雄が持っている技能じゃない。
「お前、どこの英雄なんだよ。明らかに素人の細工じゃないぞ、それ」
「知らん。なんでかな、体が覚えているというか……。ほら、味見はお前がしろ」
「なんでさ」
「
「?」
アーチャーは眉間に皺を寄せて、不可思議そうに肩をすくめる。すくめながらも手作業にはよどみがなく、それが一層シュールだ。
「俺としては、もっと雑な方が楽なんだが」
「ハンバーガーとか?」
「ああ。焼いて挟むだけ。効率的だろ。いつどんな時間でも、一人で好きに食べられるし、味も関係ない」
「味は関係あるだろ。というより、流石にそこまで食事に効率性を求めはしないが……」
そしてやはりというか。何故かこのアーチャーとの会話は、大した会話でなくとも気落ちさせられる。まるで、手塩にかけて育てた子犬が、交通事故で引かれて死んでしまったような、そんな縁起でもない気分になる。向こうもそんな感じなのか、表情は優れない。
ただ、それでも饒舌なのは、色々と溜め込んでいるストレスがあるせいかもしれない。……時折、遠坂の話題で嗤うので、どう考えてもそこが原因みたいだけど。
「栄養をとるんだったら、ちゃんとした料理の方がいいだろ。それに、みんなで食卓を囲んだ方が合理的だ」
「なんでさ」
「それこそ、なんでさ。栄養は取った方がいいし、なにより、食事は賑やかな方が楽しいし」
「これはまた異なことを言う。
前者はともかく、後者は食事に求めているものが違うな」
「む――――?」
頭を傾げながら紅しょうがの準備をする俺に、アーチャーは少し嗤った。
「合理的、効率的とは言うが、突き詰めれば前者は自己中心的な考え方で、後者は楽観的な考え方にしか過ぎない。今の話でそれを振りかざすのは、あまり意味がない」
「? なんでさ。意味が繋がらないぞ?」
「繋がるぞ。
どっちにも、何に対して理に適っているか、効率が良いのか、という視点が欠けているからな」
……イカを解体しながらそんな話をされても、俺はどんな顔をすれば良いのだろう。
アーチャー本人も嗤っているので、何とも反応に困る。
「組織と構成員に当てはめてみろ。
組織からすれば、合理的なのは『短期間に低コストで高い成果を上げる』ことで、効率的なのは『最初から最後まで従業員が勝手にやって勝手に終わらせて、問題を発生させず成果を納入する』ことだ。
だが、従業員からすれば真逆になる。『いかに組織の方針を自分の都合にあわせられるか』、『いかに自分に被害が及ばない範囲で、単純作業化し、問題が発生しても組織に引き取って貰うか』だ」
「それは……、なんか、穿ってるぞ?」
「極論だからな。だが、究極的にはそうなる。
お前がさっき挙げた話は、この意味からすればまた別だ。それぞれ全く異なる合理をもって食卓に臨んでいることになるからな」
「なんか、すごい修羅場みたいだな、そう言うと」
「人生そんなもんだ。
……強いて言えば、従業員の都合が一切みとめられない場所だと、従業員が段々と磨耗していくってくらいか」
一通り捌き終わると、アーチャーは姿を消す。どうやら最初に言ったように、本当に食事をとるつもりはないらしい。
でも、なんでだろう。
「あら、三種類あるのね、へぇ~」
「……シロウ?」
「…………なんでもない」
最後のあいつの言葉。
それだけは、妙な実感が篭ったような、そんな疲れた表情と声音だった。
本日のおしながき・・・
・おこのみやき
・ぶたたま
・めんたい
・シーフード
・野菜炒め(昨夜残り)
・煮物(昨夜残り)
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戦闘お姉さんSexy-Flash! その3
居間:
セ「は! やっ!」
シ「それだと焼けてもバラバラになるぞ、セイバー。
こうやってやるんだ」
セ「さすがです、シロウ」
リ「……緊張感ないわね、貴方たち」
屋根上:
ボ「……わずかに聞こえる音からして、焼き目が足りないな。セイバーのマスター」
昼食もそぞろに、アサシンとキャスターの話をする俺たち。
「並じゃないわね、あのアサシン。それもう、第二魔法の域じゃない」
「第二魔法?」
「そ。魔術とは異なる、本物の神秘よ。
魔術っていうのは、等価交換の原則を持って、この世界にある『結果』を再現する神秘よ。
対して魔法っていうのは、その更に起源にある、根源から直接引き出される神秘。結果とか、そういう次元のものじゃないの」
「科学と超能力みたいなものか?」
「うまい例えね。万人が観測できる科学と魔術を同列に扱うのは微妙だけど、概念的には近いものよ。
――――魔法は、魔術で再現できないからこそ魔法なの。そして第二魔法っていうのは、並行世界に干渉する力。
つまりそのアサシンがやったのは、並行世界に、可能性として存在する異なる攻撃を、この世界に呼び出して同時に使った、ってことになるのかしら……。とうてい人間の技術じゃないわよね」
というか、あー、と。何故か遠坂は頭をかかえる。
「煩いステッキのこと思い出したわ。あー、あれも第二魔法由来って話だったかしら」
「?」
「なんでもないわ。でも、そう考えると難しいわね。
キャスターの溜めている魔力量は尋常じゃなかたわ。拠点をかえられたとしても、今度は不意打ちは通用しない。
そこにアサシンの守りが入るんだから、たまったものじゃないわね」
「剣士と弓兵が同時に戦場に出るようなものですね」
「それだけ聞くと、俺たちが組んで戦えば、なんとかなるんじゃないか……?」
「難しいでしょうね。なんでか、うちのアーチャーはこと貴方に関して、妙に警戒してるみたいだし」
「なんでさ」
俺の反応に、遠坂が頭を抱える。セイバーは苦笑いのようなものを浮かべた。
「そーゆーところが原因なんだけど……。まぁいいわ。貴方はそこがいいところなんだから。慎二と違って」
「? あ、そいえば今日、慎二と何かあったって聞いたけど」
「ナックルパート御見舞いしてきたわ」
「なんでさ!?」
「物言いが気にくわなかったからギッタンギッタンにしてやってきただけよ。
『負けたわけじゃない』『爺さんに取り上げられただけだ』って言って。『衛宮は使えないから、休戦なんて止めてとっとと倒そう』って、同盟組もうなんて言って来たわ。いいかげん煩かったから殴って黙らせたけど」
「いくらなんでも短気すぎるだろ、それ……」
「なによ。いっとくけど被害者は私の方よ?」
それにしても、なんでわざわざ、ピンポイントで俺の名前を決め打ちしてくるのか。
「さあ。ライバル意識でもあるんじゃない? アイツ。
貴方の方が魔術師に向いてる、間桐慎二は人畜無害だって言ったから。同盟組むんなら、半端なマスターじゃなくて衛宮くんの方がいいって言ったし」
「……俺の方が向いてる?」
「ええ。私の見立てじゃね。それが良いことのなのか、悪い事なのかは別にして」
「なんでさ。いや、純粋によく意味がわからないというか……」
むっとした表情で俺を見る遠坂。ちらりとその視線が、虚空のどこかに向けられる。
だが、それは色々まずいだろ。その言い回しは致命傷だ。
「けど、不思議って言えば不思議かしら。性格的に誰かと協力なんて考えなさそうなのに、私に言ってくるんだから」
「……いや、不思議でもなんでもない」
「?」
「慎二にとって、お前は特別なんだよ。
あいつ、元々魔術師の家系なんだろ? なら、似たような血筋だけれど、未だに立派に魔術師の血を継いでいる遠坂がいるんだ。意識しないわけにはいかないだろう」
「あら、対抗意識燃やして、出し抜こうっていうの?」
「いや、だから……、憧れてたんだろうって」
スマン、シンジ。と、内心で両手を合わせ、友人の名誉を地獄にくべる。時に察しが悪い相手と話している場合、友誼より効率が優先されることもあるのだ。このあくま、純真無垢な男子の敵には違いない。
そして、ここまで言ってようやく理解したのか、困惑するように慌てる遠坂。と、うーんと唸りだして。
「……あー、思い出した。一年のころ、アイツに告白されてたわ。私」
「あっちゃぁ……」
「うわー、どうりで懲りずに話しかけてくるわけだ。納得したわ」
「……俺の内心には同情しかわかないんだが、その反応だと、返事は」
「まあ、そういうことじゃない? 忘れてるくらいだし。
私、相手から勝負をしかけられても乗れないっていうか。基本自分から攻めて行かないと」
「…………お前、じゃんけん弱いだろ」
「え!? うそ、なんでアンタもそんなこと知ってるのよ!?」
口ぶりからしてアーチャーからも同じ指摘を受けたのか……。そりゃ感性的丸出しに先出しが好きだったら、さぞ後だしには弱かろう。
「まぁいいわ。とりあえず、士郎にも魔術を教えなきゃいけないんだけど……。工房ってどこ? 貴方」
「工房……」
「何、その反応」
「いや、一応土蔵の方で鍛錬をしてるんだが」
「んん……、なんだか先が思いやられるわね……。とりあえず見ておくわ。貴方はここに居て。一応病み上がりなんだし」
遠坂が席を立つと、セイバーもそれに続く。「休戦というだけであり、水面下では敵対状態ですから」とはセイバーの弁。もっとも、そのセイバーをして安静にしていろと言われるくらいに、俺は落ち着きがないのだろうか。
夕方。そろそろ桜が来てもいいころだというのに、いっこうに来る気配は無い。
「大丈夫か、桜。この間、体調崩してたし……」
と、居間の電話が鳴る。セイバーも遠坂もいない状況で、俺は受話器を取った。
「はい、衛宮ですが」
『よう衛宮。今日休んだみたいだけど、体の調子が悪いのかい?』
くぐもった笑いが混ざった、シンジの声。
「シンジか? 何か用か、話すことなんて……、あー、ご愁傷様」
『おいお前、それは何に対する反応だ? 一体何の話をしてるんだ!?』
大慌てのシンジ。聞けば、ちょっと声色がおかしい。少し引きつったようになっているしゃべりかたは、おそらく頬をガーゼなどで覆って話しにくいからだろう。経験があるので、その状態については理解できる。理解できるからこそ、遠坂の言葉が事実だったことを理解して、なおいっそう掛ける言葉が無い。
『うちの爺さんに、お前もマスターになったって聞いたからね。ひとついいことを教えておいてやろうと思って』
「いいこと……? いっとくけど、一応病み上がりなんだ。昨日の夜、アサシンに斬られた。後日に出来ないか?」
『へ……、へぇ、なるほど、それで負け犬みたいに逃げ帰ったと。は! やっぱりシロートは使い物にならないね』
「いや、そういう問題じゃなく……。まぁ、今日はどんまい! お互いお大事にってことだ」
『だからさっきから何だその、つかまり立ちをしそうな赤ちゃんでも見守るようなテンションは!
いるのか? まさかそこに遠坂がいるってのか!?』
「いや……、…………」
『曖昧に濁さないでー!? そこ重要なところだろ!!』
時に、何をどう答えてもロクな返答として機能しない状況がある。俗に言うやぶへびってやつ。
「まぁ、切迫する理由はわからんわけじゃないが……。
今、席を外してるから、あのあかいあくまの愚痴くらいなら聞くぞ?」
『あかいあくまとは言い得て妙だね……。じゃなくて!
へぇ、ちょうどいいことを聞いた。――――なぁ、二人だけで話がしたいんだ。今から学校に来いよ、衛宮。もちろん、サーヴァントや遠坂には内緒でね』
「いや、だから……」
遠坂にこっぴどい仕打ちをされた直後のこの反応。明らかに興奮状態にあるしゃべり方。
「悪いけど、後日にしてくれないか?」
『後日? へぇ――――桜がどうなってもいいんだ、お前』
――――――――。
「桜をどうした、慎二」
『あ? どうしたって、学校だよ。今日来てなかったから気付いてないだろうけど、桜は倒れてね。
おかげで僕の準備もはかどったから、マシだけど』
「準備?」
『ああ。
まぁ、無事だとは思うよ? 物騒なことを言わないで欲しいな。可愛い可愛い僕の妹なんだからさ。どうもするわけないだろ?
――――お前が一人で来るなら、な』
言葉に、嫌な感触を覚える。
「……回りくどいのはいい。手っ取り早く用件を言え」
『いいねぇ。肝心のところで物分りが良いところは好きだよ、衛宮。
――――場所は学校だ。いいかい、くれぐれも一人で来るんだ。いいかげんカタを付けようじゃないか。どっちが、より優れているのかってさ!』
がちゃり、と勢い良く電話が切られた。
一度だけ室内を見回し、書置きを残す。シンジが出した条件。何かあったら俺からセイバーを呼ぶこと。とりあえずそれだけをまとめて、俺は走り出した。
「――――どこに行くんだ」
と、玄関でアーチャーが腕を組んで待っている。
「どこだっていいだろ!」
「ふむ。……なら、買い物に行ったと解釈しておこう」
立ち去る俺に向けて、アーチャーは嗤いながらそんなことを言った。
※
放課後、まだ辛うじて夕暮れ。
授業が終わってから時間がそこそこ経っているとはいえ、まだまだ生徒も残っている。自習だったり、部活動だったり。グラウンドの方で蒔寺から嫌味というか、野次を飛ばされながら教室に向かう。
特に場所を指定されたわけじゃないが、3階に上がる。当然のように廊下は無人。
そして――――そこに居た。
「桜!」
黒いサーヴァントを従えたシンジ。その手にはナイフと、桜の首元を押さえている。ナイフは少しでも手を狂わせれば、そのまま桜の首を裂くだろう。
「おまえ――――」
はじけかける思考を押さえつける。焦るな、衛宮士郎。状況は最悪。何をしたところで、選択は、桜の命を担保にしている。俺のミスは桜の死に直結するのだ。はやるな、落ち着くんだ。
怒りに任せて一歩足を踏み出したものの、それ以上は進まずにいられた。
「――――賢明ですね、セイバーのマスター。
こちらに近づけば、彼女の無事
桜は俺にとって、日常の側の象徴みたいなものだ。
だからこそ、今の状況に桜が巻き込まれているというのが、許せない。
「シンジ――――!」
「思った通り来たな、衛宮。お前のことだから、馬鹿正直にするとは思ってたよ」
「……なんでそんなコトしてるんだ、お前。
お前が憎いのは、俺とか、遠坂とかであって、こんな手段とらなくても呼び出されれば、ここまで来たんだぞ―――!」
家族は守るべきものだ。妹は守るべきものだ。
そんな――――”俺が助けられ無かったものを”――――。
「お前、本気でそんなことやってんのか、シンジ!」
「当然だろ。本気だからここで待っていたんじゃないか。
わからないなぁ衛宮。お前、僕と戦うつもりで来たんじゃないだろ?」
「……さっきまではな。そんな状況見せられて、冷静でいられるかってんだ」
「へぇ? 頼れる兄貴としちゃ、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
桜は俯いている。気を失っているわけじゃないだろうが、視線が定まっていない。
桜は事情を知ってしまったのだろうか? いや、そんなことはいい。今は――――。
「どうすれば桜を離す、シンジ」
「そう睨むなよ、衛宮。お前が誠意を見せるなら僕も応えるよ。約束する」
「約束は守れよ、シンジ」
「ああ。僕らの親交に誓って」
今のシンジとの付き合いだけを見ればずいぶん薄っぺらいように感じるかもしれないが、俺たちの仲は存外、長い。友達でいた時間が長いからこそ、今の言葉には虚飾はないだろうと判断する。
「で、何をするんだ? 生憎、料理くらいしかできないが」
「いや、衛宮が料理上手だっていうのはもういいよ、桜からも口すっぱく言われてるし……。
ケリをつけるって言ったろ? でも、ただのケンカじゃ僕が勝つのは当たり前だし。魔術でっていうのも不公平じゃないか。僕は魔術師じゃないんだし。
だから公平を期して――――ライダーとステゴロしてもらうよ」
「――――言ってくれるじゃないか」
生身でサーヴァントと殴りあうとか。そんなの普通、死ねといってるようなもんじゃないか。
「なに、手加減するようには言ってある。
ま、うろちょろされるのも目障りだから、二、三本、骨折らせてもらうけど。簡単には倒れるなよ?」
ライダーは素手のまま。武器らしいものも、乗るようなものも持ってない。正面から向かい合う俺でさえ殺気のようなものも感じないので、手加減らしきものはする気のようだ。
「何がしたいんだ、お前」
「決まってるだろ? ――――単にお前を、ぶちのめしたいんだよ!」
ライダーの体が跳ね――――。
「――――やさしく行きます」
そんな言葉と裏腹に、俺の体は簡単に弾けとんだ。
・シロウが立ち去った後
居間:
ボブ「・・・・・・」シロウの書き置きを処分する
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麻婆豆腐を食べYo! その1
セ「シロウはまったく・・・!」
リ「・・・アーチャー、何か隠してない?」
ボ「隠してはいないぞ」(処分はしたけど)
リ「そう。・・・なら、私たちが居間に帰ってくる間に何があったか、話してもらおうじゃない」
ボ「!!?」
肩の根元から、骨ごと吹き飛ばされる衝撃。
「っ、ぐ――――」
顔を防ぎに入った腕ごと。はじけてはいない。バラバラになどなっていない。代わりに体が耐えられず宙を舞った。ただ完全に麻痺して、感覚がない。
素手じゃ話にならない。何か、片っ端から強化しなければ。
セイバーは言った。俺はサーヴァントに勝てるはずないと。最善の状態を作るコトこそ必須だと。
なら少しでもと――――回路に熱を入れ、薄い学制服を鉄のごとく。
そうでもしなければ、やさしく、と言われた所で次の一撃で終わってしまう。
ライダーは俺が立ち上がるのを一応待っているらしい。シンジは相変わらず嗤っている。ふと、黒いあの顔を思い出す。シンジのそれは、アーチャーの嗤いと違うように感じるのは何故だろうか。
「お覚悟を」
「っっ――――!」
両腕が使い物にならなくされる。動くには動くが、痛覚と触覚が消し飛んでいる。この鈍い反応じゃ、ライダーの攻撃に対応するのは難しい。
ライダーに容赦はない。一切の無駄なく拳を繰り出してくる。無機質な機械のごとく、認識できる速度のそれじゃない。
意識だけでも奪われないようにと、頭に意識を集中させ、守る。
それをどうとったのか、がら空きの胴体ばかりを攻撃してくるライダー。……悶絶するくらいには痛いが、それでも腕をやった程のそれではない?
おかしい。いくら筋力が最低か、それより一つ上であったとしても、ニンゲンの尺度に当てはめられるはずが無い。シンジの指示どおり手加減してるのか?
いや、俺が意識を失わないようにしてるのだろうか。
「――――、っ」
だが、気のせいで無ければ。迫力がない。こと戦闘に意識を向けた時の、サーヴァントが発する魔力に比べて、このライダーのなんと力不足なことだろう。
どういうカラクリかはしらない。だが――――これなら『効率的に』、シンジを出し抜くチャンスがある――――!
「どうした、それで終わりか衛宮? そんなんじゃ全然、格好つかないじゃないか!」
前のめりに倒れこむ俺を嗤うシンジ。
ライダーはわずかに身を引いて、俺の反応を窺う。
「硬いのですね、貴方は」
――――倒れて、たまるか!
思い出せ。己は何を目指すかを。思い出せ。己は何を果たさなきゃならないかを。
ライダーの腕をつかみ、強引に体を持ち応えさせる。どういう訳か、ライダーはそれをはらわない。
「――――! いいぞ衛宮、お前本当におもしろいぜ!
面白いついでに、こんなのはどうだ? ――――ライダー!」
頭に血が回ってない。それでも、意識を保たなければならない。
タイミングはシビア。一歩間違えるだけで、アイツの手元は狂う。だから――――セイバーを呼ぶタイミングこそが、この場において一番重要なそれだ。
だからこそ、叫ぶシンジのそれに、俺はすぐに対応できない。
何かの本を取り出したシンジは、それをなぞり、ライダーに命じ。
「――――”
眩暈は唐突に。
吐き気をともなって、体を打ちのめす。
視界は赤く、感覚は逆しまに。血流が反転するように、体の熱が暴走するように。足がもつれ、再び倒れそうになる。
校庭をみれば、まるで校舎のみが切り取られたかのように真っ赤な世界で。
知っている。倒れている生徒たちの姿を。
知っている。まだ息はあれど、救いを求めて痙攣する姿を。
知っている。無残に倒れ、命をくべられるその有様を。
知っている――――いつかの、赤い残骸を。
「あ……、ぐっ、」
吐き気が強くなる。それでも冷静に、倒れているヒトガタを見る余裕はあるらしい。だから、てらてらと、ヒトが解けていく光景が目に入っても、そこから視線を逸らさないではいられるらしい。
止めろ。
「気に入ってくれたかい? 衛宮。その蒼白な顔が見たかったんだ。
いったろ? 話したかったことって――――この結界、敷かせたのは僕なんだ」
「兄、さん……っ」
桜も桜で憔悴しているように見える。でも溶けるほどではないのは、シンジの近くにいるからだろうか。
嗚呼、セイバーが感じていた違和感はこれか。
おかしそうに嗤うシンジ。
「――――――止めろ」
「自分の立場わかってる? ほら。
それに、大体これは僕の力だ。僕が、衛宮を、ライダーで、ぼろぼろにするための力だ。わかってる? そこのところ」
それで、こっちも。心底思い知らされた。
合理的だ。アーチャーはいっていた。合理はつきつめれば自己中心的になると。……たしかに合理的だろうさ。これは。
「でもまあ、このまま続けても同じことの繰り返しだ。そろそろ飽きて来たし、最後は、パーフェクトなKOで締めようじゃないか!」
「……同じ?」
シンジに言われて、違和感に気付く。今の自分たちの立ち位置に。何故、わざわざ、ライダーの腕を引いて、立ち位置を入れ替えたと言うのに、アイツはそれをどうとも思っていないのか。
「――――距離は五メートルほどです。貴方の我慢強さに、感謝を」
「え?」
今、何といった、このサーヴァント――――。
終わりだ、と、にたりと笑うシンジ。
ライダーが俺の手を振り払い。
――――蹴り飛ばされる。
背中を蹴り飛ばされ――――しかし、それは急所を狙ったものではなかった。
「――――」
体は鉄くずのように麻痺している? 否。腕の感覚が「戻ってきてる」。セイバーと契約してからの回復力が、ここに来て効いて来ていた。
だからこそ、俺も理解した。
この状況を作り出したのは、シンジじゃない――――。
「いいぞ、もう手加減なしだ! 殺せライダー!」
「っ……!? 兄さん、やめ……!」
答えは、果たして、予想を裏切らず。
ライダーは長い髪をなびかせ、一歩踏み込み。今までと比較にならない一撃を――――。
歓喜の声と、悲鳴を聞いた。距離は――――近い。落下する感覚。胸の中央に穴でも開いたんじゃないかって痛み。
だが、生きてる。
今のは、殺すための一撃じゃない。だからこそ――――この状況を作り出した、ライダーに応えよう。
間合いは万全。
落ちる直前に体を反転させ、ノータイムで姿勢を正し。
「終わりだ」
「え?」
ナイフを手で掴む。これくらいは回復する確信があるからこそ――――いや、なくても掴んだかもしれない。麻痺していれば違ったかもしれないけど、痛みが尋常じゃない。
だが、それ以上にやることがある。
残った右手を振り上げ。未だ困惑するシンジの顔面を殴りぬいた。
ぐらり、と倒れる桜を引き寄せ。
あらん限りの意思をもって、告げる――――――――。
「っ――――来い、セイバァァアアアア!!!!!!」
令呪が輝く。輝き、色が一つ失せる。
同時に俺の目の前に出現する、ひずみ。ひびが入り、それらは虚空を貫き――――――。
文字通り、それは魔法だった。波紋を突き破るように、銀の甲冑を身にまとったセイバーが飛び出してきた。
「ま、マスター!?」
現れたセイバーは、シンジを守るように立つライダーに切りかかる。つばぜり合いも数秒なく、距離をとり、俺たちを背後に庇うセイバー。
「――――説明してる暇は無い。状況、わかるなセイバー」
「シロウ……? どうして、このようなことになっているのです!? 体を――――」
「治るから、後でいい。ライダーを頼む。お前でしか倒せない」
「莫迦を言ってはいけない! いくら回復にすぐれるとはいえど、貴方の身は人間なのです、シロウ!」
「そうだとしても、順番が違う――――! 先にやるべきことがある」
「ですが……。
いえ、わかりました。ライダーはここで倒します」
ライダーに向けて走り出すセイバーに、シンジを止めれば終わる。深追いはするなと言っておく。
廊下を走る。視線の先には書物を構えるシンジ。
「わからないかなぁ? 衛宮じゃ僕には勝てないんだよ――――」
放たれる陰の刃。地面から上り立つ三つのそれ。
だが――――そんなもの、当たる訳はない。セイバーの速度にくらべて、そのなんと遅いことか。
流石に手ぶらじゃ不利か。交しながら、ボロボロになった上着を脱ぎつつ。
「――――
魔力を通す。雑念など振り払っているためか、息をするように投影は成功。ねじった服は当然のように棒状の物体へと変化する。
「ひぃ!? な、お前――――!」
「シンジ!」
追撃の三つ。距離をつめたそのうちの一つに、急造のそれをぶつけ、はらい、走る。袖の部分が完全に千切れたが、構いやしない。
今、この場で俺ができること――――現状を覆す、一番の決め手。
「――――――――
遠坂とあの老人は言った。シンジは令呪を与えられているだけだと。
ならば、それに該当するのは、シンジが持つものしかない。
サーヴァントは、魔術師からの魔力供給がなければ存在できない。どういうカラクリかはわからないが。一番手早い方法は、サーヴァントとシンジのつながりを断つことだろう。
だから、俺は。
「――――
切嗣に止められていたそれに、手を出す。今、確実にシンジのそれを破壊できる武器を作り出すために。
連想したのは、小型のナイフ。本を破壊するだけなので、大型な武器でなくていい。
ひぃ、と言いながら、自分を庇うように本を盾にするシンジに。
貫通。
まるであっけなく、本は、破壊される。
と同時に。その切り口から火が吹く。
「な、なんだ、これ――――――」
シンジの驚く声。でも、それ以上に。
「――――――ライダー、止めてぇぇえええっ!」
そんな桜の、ありえない絶叫が響いた。
※
色が、戻る。血の赤から、黄昏の赤に。
「桜?」
動けないでいる。振り返ったままの姿勢で固まる俺。セイバーもまた、見えない剣を下ろして呆然と驚いている。それは、そうだろう。一瞬の間に、ライダーが桜を抱きかかえて、俺とセイバーの間に着地したのだから。
立ち上る魔力は、既に、別物。嗚呼、サーヴァントだ。これはサーヴァントだ。さっきまでのそれとは、根本から異なっている。
「大丈夫、です、せんぱい……、一度張った場所には、簡単には、もう……っ」
「桜」
力つきかけているような桜に、しかし、ライダーは明らかに気を使っている。似たような目を、俺は知っている。さっき、俺の状態を見たセイバーのそれだ。
結界は、完全には収まっていない。その理由が、おそらく、ライダーが桜を気遣っているからだろう。
だからこそ。否応にでも認識させられてしまう。
「……問おう、ライダー。貴女は何をしている」
「――かように。サーヴァントとして、マスターを守護しているだけです」
――――桜が、マスター?
「な、馬鹿言うな、お前は僕の――――」
「シンジ。令呪は資格者の身体に刻まれるもの。私は、その身に聖痕を持たぬモノを、マスターと認めた事は一度もありません」
「な――――お、前」
「桜が作った
どういうことなのか、と。
理解が及んで居ない、そんな状況で。
「――――そういうコトだったのね、ライダー」
当然のように、遠坂が階段を上ってくる。アーチャーが背後で、ナギナタを構えている。
「どういうことだよ、一体。遠坂」
「……おそらく、逆なのでしょうシロウ」
「逆?」
「ええ。話したでしょ? 間桐の血は、既に廃れている。だから魔術師が新たに生まれはしない。
だからシンジは絶対マスターになれないはずだった。だから、間桐臓硯にライダーは召還されたものだと思っていた。
でも、よく考えればもっと簡単だった。だから逆なのよ。
臓硯は手を下すまでも無く――――」
遠坂は、少しだけ苦笑いを浮かべて。
「貴女の方がマスターとして選ばれていた。そうでしょ? 桜。――――間桐の正統な後継者たる貴女ならば」
喉が、動かない。
言葉の意味を把握できない。
なんで? どうして、そんなことになっているのかと。
「…………」
桜はただ、体を小さくしているばかり。
「偽臣の書。……令呪を消費し、その権利を『魔力を持たない第三者に』ゆずりわたすことが可能、と。まぁそんなところね」
「……」
「くそ、もう一度だ桜! もう一度、僕に支配権を――――」
「無理です、シンジ。
なにより、書物は家にあるのでしょう? 今、桜から令呪を取り上げたところで、私は完全に解放され、貴方に従う必要性がなくなる」
「な――――――――! くそッ」
悪態を付くシンジに、桜が声をかけ。
「もう、止めましょう? 兄さん」
「――――桜、お前、今なんて言った?」
「兄さんは……、約束を破りました。先輩を殺さないって言ったのに!」
確かに、シンジは明確に、俺を殺せとライダーに指示を出した。
そして――――シンジは嗤った。
「なら、時間稼ぎくらいはしろよ?」
ぱきん、と。桜の近くで何かが割れる音。
悲鳴を上げる桜と、逃げるシンジ。それを追おうと走る俺とアーチャーだったが。
――――耳につけられていた飾りが砕けた桜。こぼれた液体のようなそれにより。
「桜――――」
「動くなこの莫迦!」
いつのまにか、アーチャーは俺の肩を掴みそのまま後ろに付き飛ばす。
「離れてろ。
「エサ? なんだよそれ、おまえ一体――――」
――――瞬間。
弱まってた結界が、活動を再開した。
「な――――んだ、こ、れ――――」
呼吸さえできない。焼かれる様な痛み。
「ライダーが結果を切ってなかったのが原因ね。……、威力が桁違いに上がってる」
「な――――」
「シロウ!」
セイバーが駆け寄り、倒れかける俺を支える。
眼前では、アーチャーが当然のように斬りかかり、ライダーがそれを抑える。立ちはだかるライダーと衝突しつつ、一旦、お互いが距離をとった。
「記憶にはないが、覚えがあるぞ? ……ここで目覚めぬ眠りに落ちるが幸いか」
「アーチャー! ダメよ!」
「……ッ、世話の焼ける!」
「させません。今の私を、以前の私と同じく考えないことです。
サクラが喰い尽くされる前に、貴方のマスターを私がもらいうけます」
「まて、なんなんだ、これ?」
「暴走しているのよ、あの子」
「はぁ!?」
「詳細はわかりませんが……、この結界、動かしているのは桜なのでしょう。
アーチャーとライダーの口ぶりからして、理性でどうこうできるそれではない」
セイバーの言葉も、理解が及ばない。
が、そうこうしているうちに――――アーチャーの動きが、止まる。
「……やっぱり覚えがあるみたいだ。アンタ」
「そうですか。私が石化させた方々に、貴方のような
「うそ、石化の魔眼……!?」
「っ――――離れろ、このへっぽこマスターども! 本命が来る!」
腰まで石となりつつあるアーチャーは、声を荒げる。
その向こう、ライダーの奥から、赤黒い波紋が広がりつつある。
遠坂の動きが鈍い。
「――――」
死ぬ。俺より強く魔眼に魅入られているせいか、遠坂も動くことは出来ない。
セイバーも遠坂と同じくらいには、動きを阻害されている。
そして――ライダーはさっき、何といった?
その視線は、遠坂に向けられている。一直線に。
「――――、く、いけない、シロウ!」
セイバーの静止を聞くよりも前に、既に体は動いていた。
「え?」
当たり前のように、遠坂を突き飛ばす。その方がきっと、効率的だと判断したんだろう。なんと、なんと楽観的な。
そして――――俺は、轢かれた。
「シロウ――――――――!」
セイバーの叫び声と。
「そんな、い――――いやぁーーーあああ…………!!!」
桜の絶叫とがこだまし――――桜は倒れ伏した。
一方その頃、弓道部にて
冬木の虎「く・・・、みんな・・・、早く救急車呼ばないと・・・、誰か・・・」
????『――――力が欲しいか』
冬木の虎「え? こいつ、頭の中に、直接・・・!?」
????『バビロニアの神々の力が欲しいかニャ?』
冬木の虎「なんでバビロン限定? ――――ガクッ」
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麻婆豆腐を食べYo! その2
看護師「よく頑張りましたね、先生! さすがの体力です!」
冬木の虎「ありがとねー……。んー、おっかしーな、通報したとか、他の生徒の搬送手伝ったとか、そこら辺の記憶がすっぽり抜けてるんだけど……」
夢を見る。欠けた夢を見る。
それがたぶん、衛宮士郎にとっての死のイメージ。
動かなくなり崩れ去るヒトガタ。助けを求めど、誰一人手を差し伸べられぬ時間。いっそ消えてしまえば楽になれる。
朦朧とした意識がそう訴えかけるほどに。
それでも、手を伸ばした。明けない赤い夜に手を伸ばした。一歩も歩き出せない己は、ただ空の遠さに、何か感想を抱いて。
そして消えかけた意識を。地面に倒れるはずだった手を。
「――――――生きてる。生きてる……。
生きてる――――――!」
俺の手を掴み。
「ありがとう……、ありがとう……!」
何度もそう言って。
目の前の相手が。死に瀕している自分が羨ましく思えるほど。何度も何度も、何かに感謝するように。
「――――君だけでも、見つけられて、良かった…………!」
その表情が語っていた。一人でも助けられて、救われたと。
――それが転機。
死を受け入れていた心は、生きたいという心に反転して。何も考え付かなかった虚に、助かったと言う喜びが注ぎこまれて。
その後、気付けば病院に居て、男――衛宮切嗣との面会を経て。俺は衛宮士郎になる。
それが十年前。
そこからの衛宮士郎は、衛宮切嗣の後を追っていた。
ああなるしか思いつかなかった。助けられたからということじゃない。あの時の顔がうらやましくて。だから、その幻影を被ろうと思った。
そうなれる自分を、目標にして走ってきた。
いつかは自分も、あの時のような笑顔を浮かべられるなら。
それは、どんなに、救われるかと希望を抱いて――――。
――――希望を抱いて。嗚呼、俺は。一体、何をしたのだろうか。
金色のヒビが、入る。
※
「シロウ……? 目が覚めたのですか!?」
慌てたセイバーの顔が、俺を覗きこむ。なんでこんなに近く感じるのか、よくわかっていないけど。それでもセイバーは、当たり前のように俺の顔を覗きこんだ。
「体はどうですか? シロウ」
「体? ……特には、何かということも」
「そうですか――――それは、良かった。本当に」
セイバーは心底、安心したように息をついて、柔らかに笑った。まるで、俺の無事を喜ぶように。
その意味が分からず。でも何故か嬉しく、視線をそらす。
場所は自宅。時刻は十時をまわっている。
「外、暗いな」
「外、暗いな、ではありません! シロウ、貴方には言いたい事が山ほどある……!」
と。先ほどまでの表情が一変して、ものすごい剣膜で迫ってくるセイバー。状況がわからない。セイバーの顔が、上下逆さまに反転している。
「私を置いて敵の誘いに乗ったこと、一人で無茶をしたこと、自分の体を気遣いもしなかったこと……!
わかっているのですか、結果貴方はまた死に掛けた! こうして私を追い詰めて、何が楽しいのです……!」
「あ、いや……?
すまない、どうも頭が固まってる。でも、とにかく悪かった。落ち着いて、話そう」
「私は落ち着いています……!
ですが、シロウの意識が朦朧としている理由もわからないではない」
目を閉じて、セイバーの手が、そっと俺の頬に触れる。ひんやりとした感触。やわらかなそれに、現在の状況を理解する。
――――膝枕されているみたいだ。
大声を出して飛び退いて、壁に激突する。
「し、シロウ? どうされたのです、今の見事な動きは」
「あ、あ、あー、いや、なんでもない? うん、なんでもないはずだ。
でも……」
果たして一体何がどうなって、今のような状態になっていたのか。今ここで、セイバーに膝枕されていた理由なんててんで見当もつかない。
今日一日、何をしていたのか――――。いや。いや?
回路が繋がり、血が回る。
「――――! セイバー、学校は!? 桜は!?
俺はあの後、一体――――」
「大丈夫です。学校には教会からフォローが入ったそうです。凛の言葉ですから、信じて良いでしょう。大河も運ばれましたが、意識はあるようです。
一部の人間は、後遺症は少なくないでしょうが……、それでも、生きています」
「そうか……、そうか」
「桜は、あの神父が観ているようですが」
ならば、この後の行動は決まっている。
「シロウ。意識が戻ったといえど、貴方は重症だ。今は安静にしているべきだ」
「だけど、桜の様子を見に行きたい。たぶん、遠坂もいるんだろ?」
俺の記憶には、あの事実が刻まれていた。桜がライダーのマスターであるという事実が。
「確かめなきゃいけない。聞かなきゃいけないことが、まだある気がする」
「……。わかりました。
では、私も意識を固めます」
少々お待ちください、と、セイバーは少しだけ席を外す。立ち上がり、少しだけ体の動作範囲を確かめていると、セイバーは戻ってきた。
「その、服――――」
セイバーは、黒いスーツを着用していた。
まるで、切嗣が旅行に出かけるときに着ていたような、黒尽くめのそれ。
「――あの神父に遭うのならば、こちらも、警戒を万全にしておきたい」
その言葉から、嗚呼、これが第四次の時のセイバーの衣装だったのだろうと判断する。あえてそれを今、持ち出すと言うことは。それだけ自分の気持ちに、隙を出せないと言うこと。
「……そこまで警戒するような相手なのか、言峰は」
「彼は、前回の聖杯戦争参加者であり。切嗣が最も警戒していた相手だ。
加えて、凛も彼を信用していない。アーチャーを彼の前に出さないのもそれが理由だそうです」
だからこそ、今一度緊張感を持って、と。
そんなセイバーに、よろしく頼むと俺は手を差し出した。
教会までの道。俺よりも一歩先んじて歩くそのセイバーの仕草は、戦闘中以外は考えられない様子だった。
「――――ふぅん」
歩いていると、メガネをかけた、スーパーのレジ袋にレトルトカレーを大量に持った女性に、すれ違い様じっと見られたり、といったことはあったものの。道中こそ何もなく、一応、教会についた。
と、ここでセイバーが。
「シロウ。私が前回の参加した記憶を持つサーヴァントであることは、伏せてください。本来、それはイレギュラーなことです」
「そうなのか? ……わかった。ってことは、セイバーも着いて来るんだな」
「ええ。
……前から直感していた。ここは、本来貴方が来てはいけない場所だと」
その意識の変化は、一体何に拠るものなのか。俺に推し量ることは難しい。
扉を開けると、遠坂が俺たちを見とめて、ほっとした表情になった。
「どう、なんともない?」
「ええ。相変わらずです」
「まったく……、まぁ今更よね。苦労するわよ、セイバー」
「……それは貴女もではないでしょうか、凛」
「わ、わたしは、別にそんなんじゃないし。第一、桜なんてもっと前からでしょ」
「…………二人して何の話をしてるんだ?」
俺の率直な疑問に、セイバーと遠坂はため息を付いた。なんでさ、こう、息ぴったりなのか。
長いすに座り、状況を聞く。
「桜は?」
「綺礼が診てるわ。あんまり、良くは無いみたい」
遠坂を襲ったものは、桜の魔術だったらしい。
ライダーが何かをするより前に、桜のそれが先に動いた。――体を、槍のようなそれが何故か貫通しなかった結果、車に轢かれた様に俺は跳ね飛ばされた。
あの時、桜が放ったそれは、遠坂から魔力を吸収するためのもの。
間桐の特性、”吸収”をもってして、貫通し、根こそぎ魔力を奪い去ろうとしたらしい。
魔力は、生命力だ。例え貫通しなかったといえど、それをいくらか奪われたなら、重症だった俺が倒れるのも道理だ。
「……貴方に一撃与えたって知って、あの子、自分に攻撃したのよ」
「…………それは、」
「桜は、今、危険な状態よ。あの緑の液体、イヤリングに入ってたそれのせいかは知らないけれど。
ライダーもさっきまで居たんだけど、もう居ないわ。きっとシンジが、またマスターになったってことなんでしょうね」
時間稼ぎ、とシンジは言っていた。つまり、そういうことなのだろう。
液体の洗浄と状況の分析を、言峰が現在並行でやっているらしい。
だったら、聞くなら今だ。
「――遠坂。訊きたい事がある」
「でしょうね。……いいわ。隠してた意味も、もうなくなっちゃったしね。
桜のコト?」
ああ、と頷く俺に、いつもの調子で遠坂は続けた。
「――――発端は随分前。この地に根を下ろしてから、間桐の血は、魔術回路の遺伝に支障をきたした。日本の土が合わなかったのかはわからないけどね。
そして、慎二の代になって、ついに魔術回路そのものが消えうせた。
……魔術師としての間桐の歴史は、そこで終わった。大本の理念を継承することもなく、外部からの受け入れを拒否し続けてきた結果ね」
「子孫の代ごとに、魔力がどんどん落ちて行ったってことか?」
「ええ。
……落ちぶれていってから弟子をとろうとしても、今更そんな、名前しかないような名門に来る魔術師はいなかった。だから、マキリの歴史はそこで終わる筈だった」
筈だった、というからには、そうじゃない何かが起きたと言うこと。
それで諦められるような家でなかった、と遠坂は続ける。
「……衛宮くんのところは特殊だから知らないだろうけど、元来、魔術師の家系は一子相伝。跡継ぎ以外に家の魔術を継承することはまずない。
もし兄弟だったら、どちらかを後継者にして、もう片方を普通に育てるとか、養子に出すとか。まぁ色々あるわね」
「……桜は、養子ってことか?」
そして。それを語る遠坂の横顔で。その表情で。俺も、嫌でも察してしまう。
「……衰退した間桐に養子をとるアテなんかない。そうなった間桐が、古くから盟約を結んでいた遠坂を頼った。
だから、どういう思惑が父さんにあったかは知らないけど。
私が『遠坂』になって――――桜が『間桐』になった」
私、一つ下に妹が居たのよ、と。
そんなことを、今更のように、当たり前のように言う遠坂。
「それから、あの子は間桐の後継者だからって。まともな方法では遭えなかった。……十一年前の話よ」
その言葉に、どれだけの感情が込められているかは分からない。でも合点はいった。あの時、遠坂がアーチャーを止めた理由。
「遠坂は……、桜を傷つけたくないんだな」
「……でも、私たちは魔術師。
もしこのまま桜が暴走し続けて、無差別にヒトを喰らう外道へと堕ちるのならば。その時は、私が処理する」
「な――――お前がそんなこと口にするな! 実の姉妹なんだろ!」
「あの子は間桐の娘。十一年前からとっくに。
それに……、逆に言えば、肉親だからこそよ。それこそ貴方に関係のある話じゃない」
「それじゃあ――――、それじゃ、お前が辛いだけじゃないか!」
俺の言葉に。遠坂は一瞬、呆けたように目を見開いて。
「何をしている。手術は済んだが、患者は未だ危険な状態だ。
騒ぐなら外でするがいい」
教会の奥から、言峰が現れる。
思わず同時に口を開いて、立ち上がって、桜の容態を聞く俺と遠坂。
「……まったく、いがみ合っているのか息が合っているのか。おまえたちは判らんな――!」
と、言峰の視線がセイバーに向けられ、一瞬だけ大きく目を見開く。
「……その服は、お前の趣味か? セイバー」
「いいえ。ですが、衛宮の家で見つけた際、何故か」
「嗚呼、成る程。『座』には多少とも記録が残るということか。全く……。
では、座れそこのマスター二人。間桐桜の容態を説明する」
俺達が座ったのを確認してから、言峰は手を上げて笑った。
「簡単に説明すれば、あの体には刻印虫が混入している」
「……?」
「知らないか。まあ、本来は宿主から魔力を喰らい、存命を発信する程度のものだ。使い魔としては最低位といっていいだろう。魔術で作られた監視装置といえる」
「……ふぅん、つまり、それであの臓硯は、桜を監視してるってこと?』
「おや? あれの主が間桐臓硯といつ決まったかな?」
「あの爺以外に、そんな悪趣味なことするやついないって言ってるの。
いいから結論を言ってちょうだい。桜は助かるのか、助からないのか」
遠坂の顔には、焦りが合った。一刻も早く桜の容態を俺に知られまいと言う。
「気が早いぞ、凛。私はお前のみならず、そこの少年にも説明を求められている。彼にも理解できる必要はあると思うのだが?
さて、衛宮士郎。凛はこう言うが、どうする?」
「……知らなきゃいけない。順序だてて、頼む」
それは、今まで傍にいて気付いてやれなかったからこそ。訊かなきゃならないと、俺のどこかが告げていて。
隣のセイバーが、どこか悲痛な表情を浮かべたことにも気付かず、俺は言峰のそれを促した。
その虫は、桜の神経の中で育てられた一種の魔術刻印。
普段は活動を停止しているが、ひとたび作動すれば、桜の神経を侵し、魔力を糧として動き続ける。
「嗚呼、だから……」
「暴走状態、というのがそれだ。体内の刻印となった虫が徘徊し、生命力たる魔力を蝕んだ。半日も供給無く続けば、あの身体は死んでいたろう。魔力が空となったならば、次はその肉体をこそ虫に食われるということだ。どれほどの不快感を示すかは語るまでもないだろう。吐き気だけで死に至るほどに。
その点で言えば、先ほどまでの状態は驚きだ。わずかながらでも、意識がある反応を示したのだから。
どういった理由かは、本人に訊かねばわかるまいが」
「――――」
ぎり、と。起こした歯軋りは自分のものだ。
俺は一本の魔術回路を成すだけで、全身を汗だくにしている。桜はそんなものじゃない。何十倍も。俺がおいそれと、推測していいものじゃない。
「……待って、作動すればって言ったわよね。じゃあ――――」
「あれは監視役にすぎない。薬物は虫を目覚めさせる程度のもの。本来はある条件のみを理由として、制裁として活動するよう設定されているらしい。
膠着状態に陥っているのも、それが理由の一つだ」
「……それは、どんなだ?」
「凛からの話を聞くに明白だ。
聖杯戦争を放棄すること。それが刻印虫の制約だろう」
嗚呼、だから今は落ち着いたということか。
シンジがマスターになるということは、間接的とはいえ桜が聖杯戦争に参加しているということになる。意思の所在は桜にないが、虫が課した制約には違反していない。
「……つまり、桜は自分の意思で聖杯戦争を降りられないってことか」
俺の言葉に、言峰が頷く。
「私が行ったのは洗浄だけだ。精神と魔力を呼び戻す作業はこれからになるが、成功する見込みは低い。
幸いなことに、今、ここには第三次聖杯戦争後、事故的に持ち込まれた『とある聖人の右腕』がある。これを使えば、虫の侵攻を抑えて治療することは出来るだろう。だが、そのためには――何もかもが足りない。
サーヴァントに回している魔力さえ、こちらに回す必要がある」
桜が、聖杯戦争で戦えなくなる状況が必要になる。
それは、つまり。
「待って綺礼。令呪が残っていたら、マスターとしての資格は残っている事になるわよね。だったら――」
「そこも対策はある。先ほど言った『右手』を用いれば、虫の活動を抑えられると言っただろう。
持って、二週間。それまでに聖杯戦争が終結すれば――――」
「……そっか。聖杯戦争自体がなくなれば、もう虫の制約は関係ない。
だから、桜を教会で保護しているうちは、あの子が死ぬことはない」
「そういうことだ。
結論を言えば、二週間以内に聖杯戦争を決着できれば、助かる見込みはある。それで納得はいくか? 衛宮士郎」
遠坂が、あからさまにほっとした表情を浮かべる。だけど、すぐに考え込むような素振りを見せる。
「……待って。だったら結局、あの爺に桜を操られうる状況を残すってことにならない?」
「確かにそうだが、今回に限っては異なるだろう。
なにせ、あの妖魔は戦闘用に、間桐桜を調整していない。間桐慎二をマスターとしたのも、そのあたりが所以だろう。元々、己の家の後継として、血を、回路を成すために調整していたようなものだ。使い潰すほど耄碌はしていまい」
「……誇りを示せ、といっていたわね。慎二に」
「――――――どちらにしろ、この聖杯戦争を終わらせる必要がある。そういうことだな」
嗚呼、と頷く言峰。
「彼女の手術は、彼女が敗退し次第、努力しよう。
今は薬物を洗浄し、麻酔をかけた状態だ。身体の回復と虫の摘出はこれから行う」
「「な……!」」
セイバーと俺の反応が重なる。抱いている印象は一緒なんだろう。この男が本気で、桜を助けるといっていることの異常さ。
「……どういう風の吹き回しよ」
「死なすには惜しい、というだけだ。これでも監督役だ。保護を求められたマスターを、守ろうと言う意思はあるさ。
まぁ、本気で回復させたいのならばそれこそ、聖杯にでも願うことだな」
「――――任せるわ。手術が済んだころにまた来るから」
そう言って、席を立つ遠坂。と。
「まぁ、そう慌てるな。見ればお前たち、あまりに忙しくて夕食が未だだろう。
腹を空かした子羊をそのまま返すのも忍びない。冷めてしまったが、私の奢りだ。存分に喰らうが良い」
とか、そんな意味の分からないことをほざいて、再び奥に引っ込んで。
再び現れたその様に、俺も、セイバーも、遠坂も、微動だにできなかった。
言峰は、おかもちを持っていた。この神父が出前をとっているという画面さえ想像がつかないが。考えてもみてほしい。この場に置いて、そのおかもちに「泰山」の二文字が刻まれていること。一見さんお断り必須、商店街の魔窟。ちびっ子店長の謎中国人さんがふるう十字鍋により、ありとあらゆる食材が紅蓮に染まる、あの泰山。
俺が中華料理を苦手とする一因――なお切嗣は結構好きだったみたいだけど――。つまり、辛い。すごく辛い。
舌を楊枝で、墓所のように付き立てられるた上で塩ぶちまけられるくらいに辛いそれ。
そんな中でも、もっとも頂けない麻婆豆腐。舌を溶かすほどの地獄を、六皿ほど取り出し。折りたたみ式のテーブルを展開して、その上に載せて。
「――ふぅ」
マイれんげと思しきそれを取り出し。
なんか、神父が、マーボー喰い始めた。
「「……」」
言葉がない。なんであんな、煮立ったマグマじみたものを食べているのか。放たれる刺激臭に遠坂さえ鼻を押さえ、セイバーは顔をしかめながら。
そしてそんなものを、ものすごい勢いで、額に汗にじませながら、飲み物さえ持たずに修羅のごとき気迫で。
「もしかして……、美味しいのでしょうか、シロウ」
「……」
言葉の無い俺の反応をどうとったのか、セイバーもまた手を出さず。
「――――」
「――――」
視線が、神父と合う。
言峰は、先ほどまでと何らかわりなく重苦しい目で俺たちを見回し。
「……食わんのか――――?」
「「「食べない――――!」」」
全力の返答。完璧な意思疎通を見たネ。
槍「(おい、六皿あるなアレ。まさかとは思うが……)」
金「(我に訊くな……、訊くな……)」
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麻婆豆腐を食べYo! その3
?『極小虎聖杯』
虎『ごくしょうと・・・、 Could you mind repeating that?』
?『困ったときにこれを使うのニャ。そうすると・・・』
虎『そうするとどうなるんです?』
?『――――ャッニャッニャッニャッニャッニャッニャッニャ――――。
心配するコトはニャい』
教会を立ち去りながら、遠坂、セイバーと今後のことについて話す。むろん、桜についてだ。
「治療に関しては、言峰を信頼するしかないし。それに……、今更、俺がどんな顔をすればいいってんだ」
「シロウ……」
「俺は、桜の傍にずっと居たんだ。なのに何も気付いてやれなかった。
なら今、そんな俺が出来る事っていったら、桜を受け入れてやれるコトくらいだろ。だから、桜が帰ってこられるように、万全の状態にするんだ」
「ふぅん。つまり、衛宮くんの聖杯戦争のご褒美ってところじゃない?」
そんな風に、楽しげに言う遠坂。
「聖杯戦争が終われば、桜が帰ってこれる。桜が貴方の日常だっていうなら、日常に帰る為に戦うってコトにならない?」
「……日常に帰るっていうのは、ちょっと違うと思うぞ? 遠坂。
だって、もう桜は魔術師だって隠さなくていいんだ。お前だってもう、そういったしきたりがどうのこうの、言ってるどころじゃなくなってるだろ」
「そ、それは……」
珍しく困惑する遠坂に、してやったりと笑みを浮かべる。が、それで逆襲に遭わないとは思わなかったのが俺の運のつき。このあかいあくまは、一歩上手を行く。
「ふぅん……。
じゃあ、つまり、衛宮くんは私にも、毎日家に来て欲しいってことなんだー」
「――――!? は、はぁ!?
な、なんでそうなる、お前」
「そりゃそうでしょ。学校でだってあんまり顔を合わせられないんだし、そうなったらプライベートな時間を使うしかないでしょ?
だったら、桜が貴方の家に行く以上は、出入りしなきゃいけないじゃない」
「う……、それは……」
「じゃ、手始めに私も侵りゃ……、もとい、準備を開始しますか」
「おい、今、何て言いかけた」
いや、それ以上に遠坂が常習的に、俺の家に入り浸る事になるというのに抵抗感があるのだが……。
とか思っているうちに、俺の家。とくに何もなく「鍵開けて?」と待機する遠坂に、もう何も言うまい。
「じゃ、今日は私が作るわ?」
「は? 作るって……」
「衛宮くん、確か中華料理苦手なのよね。セイバーも?」
「いえ。美味しいものならこだわりはありませんが……、あの麻婆豆腐はいただけない」
と。ものすごく、苦渋の選択を迫られたみたいな顔になるセイバー。
「セイバー、あれ、もしかして……」
「はい。大河にもらったお金で、少々」
「何の予備知識もなくあれって、冒険したわね、貴女……。
でも、大丈夫。桜から聞いてるわよ? 衛宮くん中華料理に苦手意識あるって。ふっふーん?」
にやり、と笑う遠坂は、そのままキッチンに入る。手伝うと言うと「待ってなさい、士郎は」と当然のように返された。
「三日連続で死に片足突っ込むんだから、少しくらい気を抜きなさい。それに」
「それに?」
「それは、後のお楽しみ、と……。じゃ、簡単なのからいくわよ」
こたつに返されてしまった俺を見て、セイバーがほほえましそうに笑う。
「なんだよ」
「いえ、なんでも。
それでは、私からも一つ」
「?」
「いいかげん、シロウは無茶をしすぎです。なのでペナルティを負ってもらいます」
「……そういえば、そんな話もしたっけ。で、何をすればいいんだ?」
セイバーは真剣な顔で、こう言った。
「――――今日は土蔵へ抜け出さず、きちんと布団で就寝してください」
ペナルティ、といいながらのこの言葉。明らかに俺を気遣ったそれに、流石に否とは言えなかった。それでもシンジを探さなくてはと、頭は眠りを拒否するだろうが。
なお、遠坂のチャーハンと麻婆豆腐は、悔しいくらいに美味かった。
胡椒と山椒を使い、あの灼熱のような赤さが抜けるだけで、中華料理の可能性を垣間見た気がした。
※
体を起こしてふとんをたたむと、セイバーが隣の部屋からこちらに入ってきた。
丁度、びしり、と左肩に
「おはようございます。シロウ――――、シロウ?」
「あ、おはよセイバー。
……さすがにまだ治りきってはいないみたいだ」
昨日のそれは、一昨日とかに比べてもっと大きく、殻の内外を損傷するものだった。バーサーカーの時よりはマシかもしれないけど、それだって限度がある。
外に視線を向ければ、曇り空。日差しに力強さは無い。
「セイバー、いつもより早いんだな。まだ寝てる時間だと思ったけど」
「……私とて好きで眠っているわけではないのですよ? シロウ。魔力の温存をしているだけであって、サーヴァントは本来、睡眠を必要としません。緊急時のために寝ているのであって、今はその例外です」
「? 緊急時って、なんでさ。
まぁいいや。朝食作ったら呼びにくるから、それまで休んでいてくれ。今日も、セイバーの力を借りることになるだろうし――――」
「……自覚がないのですか、シロウ」
セイバーは唖然とした後、目を鋭くして遠慮なく言ってきた。
「そもそも、貴方は安静にしなければならない体だ。貴方が優先すべきことは、部屋で休み、体を癒すことです。
それが判っていないとは言わせません。
休息が必要なのは、間違いなく私ではなく貴方だ」
「……ありがとう。でも、部屋には戻れない。
今日中にシンジを捕まえないといけない」
「何故ですか。今日中とする理由がありません。桜の限界が二週間だとしても、急ぐ必要がない。
貴方はそれこそ、自分の傷を癒してから臨むべきだ。それからでも遅くは――」
「順番が違う。セイバー。
どれだけの人間が犠牲になったか、お前、わかるか?」
俺の言葉に、セイバーは視線を揺らがない。
「……死にはしなかったかもしれない。でも、中には一生、傷跡を残した人間もいたはずだ。
あんなことが起こって、そこに居合わせて、俺には防ぐことが出来なかったんだ。命を救ったって、誰一人として助けられなかった。
起きてしまったことを無かった事にはできんだ。だから――二度と起こさないためには、動くしかないんだ。
だから、俺の体なんて後回しだ」
「――――」
「シンジのやつが何をするかは、おまえだってもう予想がつくだろ。わざわざ逃げるために桜を犠牲にしたんだ。またあんな結界を張られる前に、ライダーを倒す。サーヴァントが居なくなれば、シンジは何もできないし、桜も安定するはずだ」
「……貴方は、本当にそれだけのために戦うと?」
「桜だけじゃない。シンジには、責任をとらせなくちゃいけない。そのためにも、ライダーと切り離す必要は在る。
それに――犠牲者を出さないために行動するなんて、当たり前のことだろ」
「…………そうですか。シロウがそう言うのならば、私は従うだけですが」
言いたい事を抑えたような、そんなセイバーの口調。
居間に行くと、遠坂からの書置きで「貸し一よ!」というのが残されていた。後が怖いけど、今は考えないようにしよう。
胃腸にも良いものと考えて、とりあえず米を水にかける。俺の体調に合わせて良いといわれたので、消化しやすいようにおかゆを準備。
うめぼしとか、味噌とか味付けに四苦八苦しているセイバーのフォローをしながら朝食。
「ところでシロウ。私はライダーの情報を、ほぼ持っていないに等しいのですが」
「あー、そうだな。一対一の戦いでなら、セイバーはまず負けはしないと思う。
俺もシンジも魔術師じゃないから、たぶん戦闘は一対一だ。だけど……」
「あの魔眼。それと、宝具ですね」
セイバーはそう言いながら、おかゆを一口。
「セイバーは、ランサーの時みたいに、あのライダーの心当たりはあるのか?」
「……はい。シロウも聞いた事があるはずです。
おそらく、彼女の真名はメドゥーサ。ヘラクレス同様、ギリシャ神話に語られる反英霊です」
メドゥーサについての説明は、なるほど確かにあの英霊の能力に合致しているかもしれない。
桜の吸収という属性と、血を吸うという逸話にも合致する。最後にはペルセウスにこそ倒されたものの、あの姿はそれに至る以前のものということだろうか。
「魔術か、幻想種か。
ライダーという以上、おそらくはそれに関するものなのでしょう。第四次のような形もあるかもしれませんが……」
「……前のライダーって、どういったものだったんだ?」
「……果てがありませんでした」
セイバーは、少し遠い目をする。
「彼の王の、王としての在り方が十全に正しいとは考えません。ですが、彼には私になかった一つの結実を持っていました」
「……?」
「すみません。ですが、多くは語るのを止めていただきたい。
どちらにせよ、あの時、ライダーの背後から放たれようとしていたものは、直撃すれば私でも危険だ。そう直感しました」
セイバーの直感は、未来予知のそれに近い。実物を目の当たりにしていないでも、こう直感するからには必ず理由があると思うべきだ。
しかし、とすると……。
「……まぁ、それでもおそらく、私の宝具よりは…………」
「セイバー、どうした?」
「え……? あ、いえ、何でもありません。ええ、どちらが優れているかなど、追求するのは騎士にあるまじき思考実験と言いましょうか、はい」
「じゃあ、方針だ。
大前提として、ライダーが宝具を用いるまえに倒すこと。ないし、ライダーに使われる前にシンジを倒すこと」
学校は今日、休校。意外と元気そうな藤ねえにかけた電話によれば「流石に昨夜、みんな倒れた直後だからねー」とのこと。
見舞いに行きたいが、今はそれもガマンしなくちゃいけない。なので、こうして声だけでも聞けるのはありがたかった。
『士郎も気をつけるのよ? ちゃんと家で勉強してるのよ』
「ん、わかってる。元気そうでよかったよ。
じゃあ、また――――」
『――――あ、ちょっと待つニャ? シロウ』
……にゃ?
「どーした藤ねえ。虎からネコに宗旨換えか?」
『ふっふーん。気付けに一杯してるから、出来上がっているということにしておいて欲しいニャ』
「欲しいって、それ完全に出来上がってるじゃないか不良教師」
『ニャハハ、さて、ちょっとだけ真面目な話ニャ』
「?」
どうも藤ねえなのだが。受話器を切ろうとした瞬間から、その声音がなんだか変な気がする。喉を痛めたりしているんだろうか。
『――――今がおかしい、というのを理解しておくニャ。セイバーちゃんも、シロウも、何かするならそれを理解しておくニャ?』
「……」
何故だろう。まるで俺達が何をしているか、しようとしているか察しているようなその声音。
「……人に言う前に藤ねえの方こそだろ? 声変だし、とりあえず休むんだ」
『ニャハ! そうニャ。どうせしばらくして起きたら、藤村大河はクールに全てを忘れ去っているはずだし』
「?」
『じゃ、またニャ~』
がちゃん、と電話を切って。俺とセイバーは坂を下る。
「シロウにはアテはあるのですか?
いくら私がサーヴァントの気配を探れるとはいえ、ある程度は近づかなければなりません」
「ああ。たしかにアイツが何もせずに隠れている場合は、探すのは難しいかもしれない。
でもあいつの性格から言って、昨日の今日で大人しくしているはずはない。おまけに、あいつは俺と同じでサーヴァントに魔力供給できない。とすると――――」
「ライダーのマスターではなく、結界を探すのですね」
「それなら俺でも探れるし、場所も特定できるだろ。
学校を参考に考えれば、大きな建物で、人間が沢山集まるところ。そこに居るはずだ」
「……驚きました」
「俺だって考えなしじゃないぞ? セイバー」
間桐の家で、シンジの気配もライダーの気配もない。あの老人については知らないが、それは後に回そう。今は一刻も早く、シンジを捕まえないといけない。
新都までバスで出て、手当たり次第にビルを廻る。
比較的大きいものから、見て廻っているが、今のところコレといった手応えはない。昼食を適当にとって(なおセイバーからは「ハンバーガーは雑です」と、少し不満そうな評価をもらったりもしたが)、継続。
何件目かを廻った時点で。
「……シロウ、こちらに」
「? どうした、セイバー」
そうして手を引かれる先――――見覚えのある、果てた野原。木々が生い茂るそこは、
何もないのにどうして、と問えば、セイバーは怒ったように言う。
「いいですから、ベンチに座ってくだい。後、黙って私に身を任せること。おーばー?」
「そんな、遠坂みたいなことなんで言うのか……。
わかったから、そんな怖い顔は止めてくれって」
言いながら、ベンチに座る。と――――。
と――――。
一瞬だけ、意識を失いかけた。
違和感を覚える。みれば、額も、体も、汗にまみれていて。真冬だってのに、この状態は何だ?
意識した途端。体中にきしみを覚える。金属と金属とがぶつかり合ってるようなそれは、間違いなく、治りきっていない傷が疼いているということか。
「……っ! ……、」
「深呼吸さえ出来ない。立ち上がることさえ出来ない。
……ここまでになって、ようやく自分の状態を理解しましたか」
「……すまん、シンジたちを追いかけるって言ったのに、いきなり。すぐ動けるようになるから、しばらく待って――――おわ!?」
と。俺の有無を言わさず、隣のセイバーが俺の肩を引き、そのまま倒した。
状態としては、セイバーの膝の上に頭が乗る状態。俺の髪をすくセイバーの指先。即頭部に感じるセイバーの感触に、鼓動が跳ね上がる。
やばい、ちょっと、これは――――。
「私が注意しているのは、そんなことではありません。……まったく。どう言っても無駄のようです」
「いや、あの、だからセイバー……? なんで、こんな状態に?」
「横になっていた方が落ち着くと判断しました。ただでさえ、貴方の体はほぼ連日、傷に犯されている。その自覚をしてください」
「……面目ない」
「それから。昨日、こうしていた方が何故か傷の治りが早かったので」
「傷の治りが……?」
大真面目に応えるセイバーに、少しだけ体の緊張が解ける。
そういえば、俺の回復力はセイバーから、なんらかのエネルギーをもらっているんじゃないかと遠坂が仮説をとなえていた。ふとした疑問から、その話をセイバーにすると。
「え? あ、いえ。そのようなことはないと思います。私自身、魔力は余剰に消費していませんし」
「そうなのか?」
「ええ。……?
いえ、あの。私と契約することで回復力が上がっている、というのならば、可能性は一つ……。いや、でもそれは……、――――」
「セイバー?」
「……なんでもありません。この仮説を検討するのは現実的ではない。
シロウの回復力については、また後日考えるとしましょう。今は、呼吸を整えてください」
微笑むセイバーと顔を合わせられず、でも状態的に動けないので、めいっぱい目を閉じて、深呼吸。少しだけセイバーの匂いが入ってきて、なおのことそれはそれで大変だったけど、それでも呼吸を繰り返す。賢明に、賢明に呼吸を繰り返して――――。
――――胸に開いた虚のことを思い出した。
場所が悪かったのかもしれない。でも、だからこそ。自分があの時。倒れたのは単に休もうとか思ったんじゃなくて。手足が動かなくなるくらいに、傷を負ってしまったから。
だから、取り乱さなかったんだ。もう助からないって判ったし。まわりもみんな、そうやって息絶えたのだから。
それでも助けを求めようとして、手を伸ばして――――。空を見上げて――――。
切嗣が、心底嬉しそうに笑って。感謝の言葉を述べて……?
あれ? おかしい。そんな胸に開いた傷の感触なんて、俺は覚えてないはずだ。
目を開けて、胸元に手を中てる。
記憶にあった、そんなものは確かにない。あんな傷があったら、いくら切嗣が助けてくれても、俺は死んでいたに違いない。
「……」
「…………って、おわ! 夜になってる!?」
「ええ。ですがその甲斐あって、シロウの顔色は良くなっている」
「ひ、人が悪いなぁ。休んでる暇ないって言ったろ? 起こしてくれて良かったじゃないか」
体を起こす俺に、セイバーは少しだけ、いたずらっぽく笑った。……知ってるぞ。この顔は藤ねえがするやつにそっくりだ。
「休むこともまた戦闘です。それに、もとより寒くなってきたら起こすつもりでしたので」
「まぁ、確かに体の調子は良いけど……。なんでそんな楽しそうなんだ?」
「いいえ。少し、生前のことを思い出しました。あれはたいそう愛らしかった」
そう語るセイバーの手の動きは、まるでペットでもあやすようなそれだった。……あー、さっきの俺ってその扱いだったのだろうか。
でも、ここで眠っただけであんな残像を思い出すのだから……なんとなくそれが、癪に障った。
「シロウ?」
「あー、いや。……どうせ休むなら、ここじゃないところが良かったかなって。ここは、嫌な思い出がありすぎる」
「嫌な思い出?」
「セイバーには少し話したっけ? 覚えて無いけど」
改めて、セイバーに語る。俺が切嗣の養子であること。元はここで暮らしていて、聖杯の大火災に飲まれ、それまでの全てが、家族が、妹が焼け落ちた。
「だから、あの時、シロウは――」
「あー、でも、セイバーや親父に恨みがあるとは言わない。言ったろ? そうしたことには理由があったんだろうって思ってるって」
「…………貴方が犠牲者を出すまいとするのは、それが理由ですか?」
「え? いや、それは……。どうだろう。それももっともだけど、たぶん、もっと単純だ。
切嗣に助けられたあの時さ。俺、死を覚悟してたっていうか、本当にこう、胸の中ががらんどうだったんだ。そんな時に助けられて、ただただ嬉しかったんだ。
けど、自分だけ助けられたっていうのは居心地が悪かった。俺だけ助かってみんなここに居るっていうのは。
ただ一人、俺だけ助かって――それって、みんなを犠牲にしてるようなもんだろ」
「……」
「けどまぁ、起きてしまったことは変えられない。だったらせめて、これからのことを防ぐべきだ。
あの時のようなことは起こさせない。それこそ、また起こしてしまったら、犠牲になった人たちに合わせる顔が無いだろ」
だから、理由としてはその程度なのだ。
そんなことよりシンジを探さないと。セイバーに声をかけ、オフィス街に向かおうとすると。
「…………」
「セイバー? どうしたんだ?」
「……シロウは、今朝、順番が違うといいました。貴方は同じ言葉を繰り返す。常にそのとき、自分のことはすべて後回しだ」
「…………?」
「だから、今、確信しました。貴方には、自分を助けるつもりが初めからないのだと。
……自分より他人を優先する。立派ですし、貴方の憧れたそれではあるかもしれない。ですが――シロウはもっと、自分を大切にすべきだ」
それだけ言って、セイバーは俺に先行する。
「――――」
何故かその時。俺は、返す言葉が思い浮かばなかった。
教会:
桜「先輩が……、他の女と、いちゃいちゃしてる……、」
金「寝言でここまでとは……、妄執よなぁ……」
言「セイバーとかもしれんぞ?」
金「たわけ・・・、かようなこと、起こるわけあるまい! フハハハハ!」
槍「(慢心してらこの英雄王)」
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73VS88VS77VS61! その1
乗「言わなくてもわかることでしょう?」
凛「あーはいはい、そーゆー話は後々」
イ「ふんだ。ライダーなんかより、リズが一番なんだから!」
挑発のごとく放たれた魔力を追い、セイバーは、彼女のマスターと共にオフィスビルへ。一部、広い敷地に「工事中」と書かれたそれを抜けて、一つのビルのもとに。
そこで結界の違和感を感じた直後――――上空から短剣。
「シロウ――――!」
すぐさま魔力を鎧に転換し、彼の頭上で弾き返す。
下で待機していてくれ、と彼に言葉を残し、地面を蹴る彼女。そのまま壁面を駆け上がりながら。セイバーは己の剣を構える。
ライダーとセイバーでは、条件が異なる。地上を離れたこの戦闘は、セイバーの望んだところではない。頂上まで上りきるか、さもなくば堕ちるか。
巻きつくように動き回るライダーに、重力はないように見える。
対し、セイバーはひたすらに駆けるしかない。
足を狙われようと、剣で弾く。
手を合わせて理解する。瞬発力も、技術も、彼女はセイバーに遠くは及ばない。だがことこの場において、それは拮抗するに至っていた。
「――――どうしたのですか、セイバー。余裕がないですね」
加えて、決定打を避けるライダー。反撃する様子を見せる彼女に、しびれを切らすセイバーだが。
ライダーの手によって作られた状況は、彼女の意図どおり、最後まで向かう。
「――貴女のマスターには、桜を助けていただいたようです。
だから、貴女は優しく殺してあげます」
だが――不利な状況とはいえ、今更引き返す選択肢は無い。ライダーはもとより、ライダーのマスターも放っておけないのだ。どちらも、衛宮士郎が望んだことである。
無論、彼は彼女に望んだわけではない。
でも……、仕方がないではないか。
サーヴァントとしての自身も呆れてはいるが。あの愚直なマスターに、これ以上傷ついて欲しくないと。彼とそれこそ、鏡合わせのように思ってしまったのだから。
それゆえに、屋上に達し。
「セイバー!」
「シロウ……!? どうしてここに――――!」
下に置いてきたはずの彼の姿を見て、戸惑いを覚え。そしてその戸惑いさえかき消すほどの直感が、自身の意識を焼いた。
闇夜を照らす、鮮やかに輝く天馬。
その在り様は、神代から続く一つの神秘。――完成された幻想の一つ、
ライダーはそれに乗り、こちらに急降下――――!
「く――っ」
背後でシロウと、ライダーのマスターのいい争いが聞こえる。
本来ならあらゆる衝撃を軽減するはずの、自身の鎧。盾たる風王結界でさえ、その衝撃を緩めること適わず。
受身を取る余裕さえなく、空中で旋回し、息を付く暇なく滑空が続く。
追撃をする間もない。己をなぎ払い続ける、その獣。それに刃を届かせることさえあたわず。
その劣勢においても、しかし、セイバーは反撃の機会を待つ。獣である以上、決して殺せない相手ではない。自身に残された勝機は、ライダーがその手綱をあやまるかどうか。
「―ー――さすがですね。セイバー。マスター同様、見かけによらず頑丈です。
ですが、これで終わりです。……桜を生かす為、潔く消えなさい」
「……ふん。予想はしていましたが、まさかそんなモノを持ち出してくるとは思いませんでした。ずいぶんと業が深いようですね。ライダー」
幻想種。文字通り、幻想の中にのみ生存を残すモノ。在り方そのものが神秘であるがゆえに、その存在だけで魔術を凌駕する存在。
神秘は、より強い――より長く続くものに打ち消されるのが理だ。ゆえに、ヒトの身で魔術をいかに鍛えようと、はるか太古より続く彼らにとって、その程度は争うに値しない。
「ええ。私が操るのは、あなた達が虐げてきた仔たちだけ。……もとより、この身はそうあってきたのだから」
そして、その口調こそが当初のセイバーの予想を裏付ける。
天馬自体はそう強力な幻想種ではない。だがあれは異なる。神代より続いたその存在は、既に幻獣の域に達している。それだけで竜に匹敵するといえる。
例えるなら、その一撃は、巨大な城壁がこちらを狙って、高速で激突してくるようなもの。回避することさえ出来まい。
だが――名を唱えてない以上、彼女の宝具はその獣でさえないのだ。
ゆえに、相打ちだろうと勝てるはずだった。
衛宮士郎さえ、この場にいなければ。
ここに来たことへの怒りよりも、何よりも。彼の目に浮かぶ、自身を案じるそれ。……思えば初めから。自身が優れた騎士であると理解しながらも、そう扱おうとはしなかったその視線。
「どの道、桜が生きるには。貴方たちを殺すか、私が殺されるか。
ならば、お好きなほうを選びなさい」
黄金の手綱が、天馬に巻かれる。それにより、彼女の意思により、悠然とした天馬が猛る。
空を仰ぐ。翼がはためき、こちらから距離をとり。まるでそれは、流星のごとく。
――例えこのままセイバーが生き延びようと。衛宮士郎が生き残れる道理は無い。ゆえに出来る事といえば、全力をもってして魔力を放ち、あの獣ごと主たる彼女を斬り捨てるのみ。
「――――風よ」
もはや迷いはない。
先のことなど考えるべくもない。
今はただ――誓いの通り。自身のマスターの剣たるべし――――。
風の鞘を、幾重にも重ねられたそれを解き放ち始めるセイバー。
「”
だが。
「――――
ライダーが、その宝具を解放することはなかった。
彼女の顔面の半分から――――刃が、せり出していた。
いや。顔面だけではない。それは、彼女の右腕から始まっていた。――――空中で、体内から。無数の剣がライダーを食い破って、世界に表出していた。
「な――――」
構えていた剣をもち、しかし意識を切り替える。
ライダーのそれは、志向性を失っている。放つべきそれを間違えてはいけない。
常勝の剣ではない。――今、闇雲に放てば、それこそかの流星が、地上のどこに落ちるか定かでさえない。
ゆえに、セイバーは選択する。
「
イメージは、テレビで一度だけ見た、野球選手のバッティング。
どうしても両手で獲物を握ると、直線的にしか振る事のできなかったセイバーだが。しかし当たり判定が暴風と化している今、そこは関係ない。
からめとられたライダーの体は、そのままうねり、上空へ持ち上げられた。
空中で、ライダーの崩壊は続く。内部より生まれる無限の刃により、既に腕は消し飛び、顔面は半分がなくなっている。
欠けた仮面に驚愕の目。だが、それさえもう数秒と持つまい。飛散する血が、肉が、魔力が、なによりもその終局を物語る。
そして、ついにはもはや、ヒトガタの原型さえ留めない。
弾け飛び、そこに残ったものは、剣の塊だ。真っ赤に染まったそれは、しかし、そうであってなお己の侵食を止める事は無い。刃は更に空中で伸び、膨らみ――――――夜の空を、赤く染める。
「な……、なんだ、あれ」
衛宮士郎が呟くのも無理はあるまい。
赤く、紅い。果ての無い空。尋常ならざるほどに、その赤は空に似つかわしくない。
浮かぶ歯車は、果たして何を意味するか。それさえも真っ黒に焦げ、細部の形状さえ曖昧。
そして――――空中から、その赤の空から、無数に、錆びた剣が落ちてくる。真っ赤に染まったそれは、まるで空がそうあるべくと言い表しているかのように。
「――シロウ!」
とっさにセイバーが飛び出し、衛宮士郎を庇う。運が良いのか悪いのか、剣は彼女たちに落ちる事は無く。
「あ、シンジ! 待て、今行くと危ない――――」
衛宮士郎の静止を聞かず、急ぎ足で逃げ出す間桐慎二。だが、彼からしてもそれどころではない。
自身を庇った彼女。傷こそなかったものの――セイバーは、酷く憔悴していた。
鎧が解ける。
状況に対して、理解が及ばない。ただ、そうであっても――彼は彼女を抱える。苦しげに吐息をもらす彼女を。
※
「終わったぞ、マスター」
「……」
「……どうした? そんな、寝大仏が大仏の鼻クソでも売り始めたような顔をして」
「どんな顔よ!」
アーチャーの物言いに、思わず怒鳴りはしたけど、相手の顔をみて驚いた。こいつ、今回は何故か真顔だった。今の言い回しは冗談でも何でもなく本気だったということだろうか。
それはともかく、上空の惨状を目の当たりにする。四散したライダー。赤黒く染まった空。それも数瞬で溶けて消えはしたものの、それが齎した威力と、状況と、あとえげつなさに只呆然としていた。
「そう引かれてもなぁ。
俺は、マスターの要望どおりに応えたつもりだが……」
そう、確かに要望通りではあったんだけど。遠坂凛が言った通り、アーチャーは「彼らを助けた」のだったけれど。
衛宮家を出た後、彼女はランサーの調査に出向いた。今、最もマスターの正体が不明瞭なサーヴァント。であるがゆえに、調べ物をかねて新都に出向いた彼女である。
そこで、多少なりとも確信に近い情報を得て、その帰り際。
空中に、輝く幻想の獣が舞うのを目撃。
「……、アーチャー、あれ」
「A+といったところか。……成る程。元を正せばかの幻獣、悪鬼たる彼女の血から呼び出されていたか。とすれば、この経緯も当然か」
「当然か、じゃないわよ!
ということは、今、上に士郎たちがいるのよね」
「だろうな」
何ら感慨もなく応えるアーチャー。
「……」
「お互い潰し合ってくれている分には、漁夫の利を狙うのが効率的だと思うが? マスター」
「……アーチャー、わかってて言ってるでしょ」
「俺としては、アンタがそんな態度をとっているのがいまいち理解できないが。
……なんだ? それ、本来のマスターの性格ではないだろ。いつからそんなに甘くなった」
誰から悪影響を受けたか、と。その視線が薄められて、屋上へ向く。……言わんとしていることはわかる。確かに最近、私はどうかしてるとは思う。
だけれども。そもそも原因は――――。
「……アンタが、あんなもの見せるからじゃない」
「どうした?」
「なんでもないわ」
あくまでも呟く程度に留めておく。
マスターとサーヴァントは、契約した時点でパスが通る。それゆえ、お互いの意識が無防備の時に、記憶が混濁することが在る。つまり、夢でお互いの過去を覗き見ることがある。その気になればシャットアウトできるらしいのだけど、あえて、私は見続けた。ちょっとした興味もあったし、コイツが「正規の召喚じゃない」と言い張る以上、その本来の召喚における、正体の糸口をつかめないかと考えた。
それが、悪かった。
だから……、だから、私は衛宮士郎を気にする。
コイツがもう、例え記憶があったところで「認識できない」ような状態になってしまっていても、だからこそ、その起点があまりに似通っているように見える彼を。
この、冷静そうでいて、どこか現実感がないような顔の理由も今では納得している。人体、とりわけ女体の美醜がわからないと言い張る元の心情も、おぼろげながら察している。
だから、だからこそ――。どうしても、コイツが元々志していた何かを。それが、意味なんてなかった訳が無いと、肯定してやりたくて。
「……なんとかならない? アーチャー」
「……そうだな。確かあのライダーには……、『溶かしたまま』だったな。
加えて今、上空は俺の視界だ。使うには問題あるまい」
何をしようというのか、というのについて確認はとらなかった。この距離からで、宝具を使うと言い張ったのだ。
そして、許可を下せば――――アーチャーは目を閉じ、更に、声を曖昧模糊としたものへと。
――――
語られる言葉は、所々聞こえない。それだけアーチャーが小声だからだ。ひょっとしたら、それは早い所、詠唱を終わらせるためとか、そんな理由もあるのかもしれない。
そして、放たれる。
その言葉は、私にはこう聞こえた。
「――――UNLIMITED LOST WORKS」
ライダーが爆発四散した。
……。感想が出てこなかった。
「ところで呆然としているところ悪いが、マスター。エンカウントしたぞ」
「えん……? って、嘘!?」
そして、私の眼前。
いや、どっちかって言えば私たちの方が、いくらか離れた場所にいるんだ。だからこそ、――私たち同様、ビルの屋上を気にしている、バーサーカーとイリヤスフィールが正面に居ると言える。
「あーあ。せっかくセイバーが宝具を使うかもしれなかったのに。そしたらシロウ、もう戦えなかったのにねー」
「……」
「んー、なんだか煩い音が聞こえるね、バーサーカー」
「――――くそ、くそ、くそ! なんだよ、なんだよあのグロいの!? あんなデタラメあっていいのかよ……!」
階段を転がり下りて来たのか、慎二が壁に激突しながら、地面を転がって来る。
バーサーカーにぶつかり、何故か殴りつけて。……何やってんのよ、あの男。
「……本当はしたくないけど、止めるわよ、アーチャー」
「……ここまで払いが良すぎると、いっそ笑えて来るな」
言いつつ、アーチャーの表情は嘲笑一択。
「ダメよ、マキリの蛆虫さん。敗者には逃げ道なんてないんだから」
イリヤスフィールはどこまでも楽しそうに笑う。
そして、シンジが自分の殴りつけているものが何であるか理解するのを待ってから――――。
「――――
棍棒が慎二を叩き潰す前に、アーチャーの狙撃が早かった。
砕けた弾丸の雨あられを前に、え? と声を上げるイリヤスフィール。
さすがのヘラクレスであるからしてか、その礫さえ、剛腕で阻む。当然のように、慎二を潰す作業より、マスターを守るほうを優先させた。
その隙を縫って、アーチャーがシンジの背広を引っ張って、かついで持ち上げる。退避するときに背中を見せていたけど、どうやらその弾丸には関係ないらしい。
「うそ、だって、それって、バーサーカーの――――」
何を驚愕しているのか、イリヤスフィールはアーチャーの方をじっと見つめている。
アーチャーは特になんら感慨もないような表情。
「……また会ったわね、リン。
それから、アーチャー」
「…………」
やっぱり、アーチャーの金色の視線はここでないどこかを見つめている。一方、慎二はバーサーカーを見上げた時点で気を失ったらしい。まぁ、それはそれで幸せなことなのかもしれない。
私はといえば、イリヤスフィールの視線に負けじと、見つめ返す。
「一週間は経ってないと思うけど、相変わらずねイリヤ。」
「そんな建前を振りかざすような性格じゃないでしょ、リン。貴女、病気? よろしければ、アインツベルン製の霊薬とかあげるけど」
「いらないわよ、そんな。それに、私は充分正気よ。
――こんなんでも桜の兄ってことになってるし。それに、『人畜無害な一般人』を見殺しにしたっていうのも、後味が悪いじゃない」
「徹底してるわね、リン」
いたずらっぽく笑うイリヤは、アーチャーを一瞥して。
「でも、残念。もうちょっとでシロウを私のものに出来ると思ったのに」
「? どういうこと、貴女」
「あら、リンは聞いてないのね? 聞いていないのならいいわ。ええ」
くすくす、と、見た目の年齢に反して妙に艶っぽい視線をこっちに向けるイリヤに、何故かかちんと来る。背後でアーチャーが嫌な嗤いを浮かべているのが手に取るようにわかるけど、それはともかく。
「今日は引いてあげるわ。せいぜい、セイバーの手当てをしてあげることね。
――どうせアーチャーじゃ、バーサーカーは倒せないんだし」
去り際の一言には、絶対の自信が込められていて。
でも、それを聞いても。アーチャーの視線はどこかぼうっとしていて――――やはり、磨耗した個人として、他人事にしか聞こえていないように見えた。
狂「…………」お嬢様、あの弓兵の容姿、よく見ればどこか彼と似ているように思うのですが、と言いたいけれど、狂っているため言語化できない。
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73VS88VS77VS61! その2
神父「はは。英雄王、それは皮肉かね? 私としても思うところがあってやっているに過ぎない。いざという時の保険だ。――かの老人も、むげにはできまい」
AUO「ほう?」
神父「それはそうとギルガメッシュ。ランサーはどうした」
AUO「たわけ。お前があんな時間にかの紅蓮の豆腐を注文なんぞするからだろうに」
兄貴「(・・・てめぇが、全部、押し付けるからだろ・・・)」ガクッ
「――――朝、だ」
ゆっくりと瞼を開ける。
あれほどあわただしかった二日間も、とりあえずは一段落というところか。
体の痛みは完全に引いている。
「よし。んじゃ、朝飯を作ると――――」
立ち上がろうとした矢先、違和感に気付く。息を吐いた時点で、顔がまるで、何かで拘束でもされてるような違和感。右側は問題がない。
触ってみたところで異常はない――――。いや。それどころじゃない。
「む……?」
感覚がない。左の顔に触れているという感覚と、左手そのものに感覚がない。もしかして、と思って左胸をつねっても、同様。辛うじて立ち上がることができるくらいか。
「立てるだけマシだな。よかった。これなら朝食を作れ――」
「良かったではありません、シロウ」
「おわ!?」
と。思わずそんな叫び声を上げるくらいに、全く気付いていなかった。
セイバーが居た。……いや、居るのは当たり前といえば当たり前。部屋が隣なんだから、ちょっと顔を出せば出てくるのは当然、なんだけど……。
「お前、なんで……って、あー、そっか、俺がやったのかこれ」
今更ながらに思い出した。昨晩。ライダーと戦って倒れたセイバーを衛宮の家に運んだ際。
ちょうど、家についた時点でセイバーは目を覚ました。本人いわく、急激に魔力を使ったから、軽くショートしたみたいな感じだったそうだ。
俺との契約がちゃんと結べてないせいだということらしく、それについては頭を下げるしかないのだけれど。それ以上に、俺がセイバーを気遣った。
「ですがシロウ。ライダーとの戦いの直後というのもありますが、このまま寝るというのは――」
キャスターにでも襲撃されやしないか、と心配だと言い張るセイバーに。今はなおのこと、警戒が難しいかもしれないと言い張る彼女に、だったら壁を一旦取ろうといって。結果、今、俺とセイバーとの部屋は一つの大部屋になっていた。
昨日は俺もどうかしていたんだろう。どぎまぎすることもなくぐっすり寝て、そして今日起きたらこの状況。
「……あー、セイバー、ばっちり聞いてたか?」
「ええ。もう、これ以上ないというくらいにばっちりと。
大体、表情を見て貴方の異常に気付かない人間はいないでしょう」
と、自分の顔面の左側をおさえて、ちょっと変な顔をつくるセイバー。つまり、微妙に俺の表情の作り方がおかしいと言っているのだろう。
「すまないセイバー。そんな訳なんで……」
「いえ。私も覚悟はしていました。本日は――」
「ベーコンと卵くらいしか準備できそうにないけど、いいか?」
「――――? え、作るというのですか? シロウ」
驚いたような顔になるセイバー。何を当たり前のことを聞いているんだ。
「いえ、てっきり朝食は抜くものとかと」
「ばか。それじゃセイバー、腹を空かせるだろ? いくら沈黙を美徳とするセイバーでも、朝食を抜いてそれは維持できないだろうし。
大体、昨日、セイバーが倒れたのは魔力不足が原因だろ? だったら、とてもじゃないけど申し訳ないし」
「それについては、決して、」
「あと、藤ねえにまで隠しとおせない」
「……それも、そうですか」
俺のいい分に釈然としないところがありそうな感じだ。でも、最後の最後で藤ねえは効いたらしい。桜がいればもっとまともなものを提供できたのだけれど、生憎、今、一番重症なのは桜だ。おそらく言峰が治療中といったところだろう。どうなったかは……、今夜あたり聞きに行くべきか。
「まあ、後はそうだな。学校だってしばらく休みだし、セイバーに稽古つけてもらうにしても、お互い腹が減ってるって、ちょっとマヌケじゃないか?」
「そうですね。お腹の虫をならしながら、というのも中々、失笑でしょう。
……その状態で、なお訓練をしようというのですか、貴方は。はぁ……」
しぶしぶ、とりあえずは納得してくれたみたいだ。
さて、と立ち上がろうとすると、セイバーが反対側から支えてくれる。
「……でしたら、料理は私が手伝います。指示を、マスター」
そんなセイバーに卵をかき混ぜるのを手伝ってもらって(お陰で目玉焼きじゃなくてスクランブルエッグが作れた)、朝食。クラムチャウダーはできあいのものを用意して、野菜を適当にカットする(セイバーに抑えてもらいながら)。それぞれ三皿分、居間のちゃぶ台の上に広げると、一見して何事もないような朝食に。
「「いただきます」」
いつも通り、こくこく頷きながらトーストとかサラダとかを食べるセイバー。
「簡素でも、シロウの調理はきめ細かいですね」
「いや、そこまで気を使ってるわけじゃないぞ? ……、あ、多少は気を回してるか」
なにぶん、小さい頃からかの大虎が、意外とグルメなことを言い出すこと少々。切嗣もたまに悪ノリして要求が上がることもあったので、少しくらいは意識せずとも、調理を良くしようというクセが残ってるのかもしれない。
でも、うん。
和食も似合うけど、洋食を食べるセイバーはこう、自然な感じだ。
そして、久方ぶりな静かな朝食に、何故か違和感を覚えていると。
「や、おっはー士郎! って、あれなに? 今日はぶれーくふぁーすと?」
嗚呼、藤ねえがまだ来てなかっただけか。って、ぶれーくふぁすとって単に朝食じゃ……。言わんとしていることはわかるけど。
何故か黒いスーツに身を包む藤ねえ。アイスコーヒーを飲むと、セイバーにも挨拶をしながら、缶ジュースでも飲むがごとくクラムチャウダーを一気飲み。この猛獣の食道には、きっとCNT並の強度があるのだろう。
「セイバーちゃんもおっはー。昨日帰れなくてゴメンね」
「おはようタイガ。今日はこれから、どこに?」
「ん? ちょっとお仕事……、じゃないか。単にお見舞いにねー。ほとんど昨日で終わったから、上手く行けば午後にはのんびりできるなりー」
「嗚呼、だからスーツなのか」
藤ねえは意外と、教師である、という立場はきっちり弁えている。弁えているので、保護者のヒトとちゃんと面会するようなタイミングでは、こうして正装をすることも珍しくない。
重症者はほとんど居ないらしい、というのを聞いて、少しだけ息を吐く。
「個人差はあるけど、大体は回復したはずよ。四階……、一年生の子たちで残っていた子が、ちょっとね」
「……ごめん、悪い事した」
「世は全てこともなし。士郎が気にすることじゃないわよ。……あさってにはまた登校になるけど、三年生は自主登校扱いだろうしね。みんな休むんじゃないかな」
「それにしても、藤ねえも無事で良かったよ」
「ニャ? そりゃ、まぁ、バビロンの加護ついてるし」
「それ、確か虎じゃなくて豹だぞ藤ねえ」
「ニャハハハハ。
それは置いておいて。セイバーちゃん、もしかして外国じゃ有名な達人さんなの? 士郎ここのところ、びっくりするくらい別人なんだけど。技術的にはともかく、こう、らしい感じになってきたっていうか。まだ二日くらいなのに」
流石に詳細を語るわけにもいかないので、ここはお茶を濁すほか無い。
「こう言うのはいささか不愉快ですが、シロウは自分に合った戦法を探すべきだ。体は出来上がっているのですから、あとはいかに巧く動かすか」
「そうそう、士郎ってばずーっと鍛えてきたんだから、そっちはしっかりしてるのよね。なんでか本人にあんまりやる気がなかったんだけど」
「たしかに、あのような場所があったのなら鍛錬にも身が入るでしょう。加えて大河のような良い対戦相手もいたのですから。例え剣道を倣っていなかったとしても、手ほどきは受けてきたのでしょう」
「あ、それ違うよー。セイバーちゃん来るまで、あそこは剣道場じゃなかったんだから」
と、藤ねえの言葉に目を見開くセイバー。よっぽど意外だったのだろうか、それは。
確かに親父が死んでからは使わなかったから。時々掃除はしていたけど、セイバーと練習をするのに久々に手入れをしらくらいだし。
「あと、その流れからいって昔の話は止めろよな。朝っぱらから後ろ向きだぞ」
「ふーんだ。セイバーちゃんも知りたいわよね?」
「え? あ、シロウの幼年期の話ですか」
そこ、先周りして潰したのに蒸し返さない、蒸し返さない。
セイバーはそれこそ、きらん、とでも言うように目をひからせ、あくまで冷静に「興味がある」と言い張った。嗚呼、なるほど、今回のペナルティはそれですか……。
否と唱えることもできず、俺は藤ねえがある程度満足するまで、昔語りを許す羽目になった。
※
――――そして、欠けた夢をまた見る。
無銘のまま、奉り上げられたそいつの記憶。最後まで理解もなく、最後には後悔することさえ出来なくなった、ある男の物語。
騎士というにはあまりに未熟で、でも、高潔さだけならそう言っても良かった、そんな男の過去。
簡単な話。そいつはどうかしていた。力の使いどころを終始間違えて、最後には壊されてしまった。
綺礼もよく言うけれど、情けは人の為ならず。バランスが必要なのだ。力っていうのは本来、自分の願いを叶えるもの。循環するからこそ、次のサイクルへ向かうのだ。
それがないってことは、補填がされないってこと。いずれ力尽きるに決まっている。散々、
そんなんだから、そいつは色々なものに色々な裏切りを見せられて、救ったうちの誰かの手によって、その生き方にさえ嗤われた。
……とにかく、とにかく頭に来るのだ。頑張って、凡人のくせに、最初に願った小さなことを、血を流しながら成しえた奇跡があったっていうのに。
その奇跡に裏切られて、そいつはそいつで居られなくなってしまったなんて、笑い話にもならない。だから、そんな生き方に妥協して――――そいつは、そんなんでも満足して死んだ。
他人の人生に口を挟むつもりはないけど、その一点だけは認められない。
魔界だ。魔界に、男は立っていた。
そいつの救った中に、とびきり性質の悪いのが居た。自身が被害者であり、同時に加害者。大衆の欲望のはけ口である代わりに、自らの欲望を大衆でもって慰めるような、そんな魔性。
男は、運悪くそれを見つけてしまった。……「間が悪かった」と、労うように笑われはした。でも、なんでそんな言葉を投げかけられているか。当事者になったそいつにはわからなくて。既に新しく「埋め込まれた」それのせいもあったかもしれない。
そして。
自分の救ったものが――救うために成してきたこと全てが、最初の一念から全てを否定するようなことになってしまった。
自分の後始末を自分でつける。そのために、鉄とした――既に外側が腐りかけていた心を武器に。
自分が守るために、守りたかったものが全てが、男に襲いかかった。それは、そいつの過去であったし、未来でもあった。
殺してさ中。どんどん、当初の在り方からずれていって。最後の最後で、その願いさえ、踏みにじられて。
――――後に待つ地獄なんて、それこそもう、特になんら希望も絶望もない。
だってほら――――殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して、ニンゲンという形を救うために幾千幾万と殺して殺して、呼び出された場に居る、本来守りたかったものを殺して。
それを何度も何度も、記憶が磨耗する程にくりかえしたって――――もう、ソイツにはその違いもわからなくなってしまったなんて。
それでも悔恨の念だけは、どこかで忘れず、呪いのように残っているなんて。
わたしにそれを、知る術はない。
だから、言える事は一つだけ。
結局最後は、唯一信じた理想にさえ裏切られて――だから、そいつは名前が無くなった。
「あっちゃあ――――――」
体がベッドから、ぴくりとも動かない。
「……これでも別側面ってことなのよね。あれ。ってことは、本物も酷いんでしょうねぇ」
やり辛いなぁ。
マスターとサーヴァントは霊的に繋がっているから、睡眠時にお互いの記憶が紛れ込むことがあるとか、教えてくれれば良かったのに。いや、良かったって言うか、下手すると気付いていないかもしれない。
あいつの記憶の中では、全ての順番があべこべで、記憶と認識が途切れ途切れというか、ツギハギだらけっていうか。一番最後にあったものが、最初のあいつが、壊されたときのそれで。
……なんかこう、新宿みたいなところで隕石蹴散らしていた映像があった気がするけど、それはおいておいて。
これでも別側面だというのだから。……英霊らしい英霊なんてものじゃない。きっと在り方だけで言えば、正規も含めてどっちも反英霊って言って違いはない。
なにせ、正義を成すためにヒトを殺すのだ。
でも、そんなんでもアイツが究極的には望んだことだっていうのが――――。
「……女難ってレベルじゃないわよね。そりゃ、ニンゲンそのものに興味がなくなるか」
でも昔、わりと熱血漢だったのが意外というか。
道端でヒップホップしていたとか、流石にそこまで妙なことを考えてはいないけど、昔はもっと素直だったっぽい。
ま、それもあんな人生送ったあげく、死後もこんな目に合わせられてるんだし。確かに性格歪むわね、と。
……口ぶりだけでも笑ってないと、あいつと正面から顔を合わせられない。
朝の準備。服装を整えると、紅茶をアーチャーが当然のようにいれる。もはやツッコミも不要なエプロン姿。今日も休みなので、登校時刻の十五分といわず、もっとぼけぼけでもいい。
「…………」
特に方針に口出ししてくるようなこともない。実際、色々考えているようでコイツはあんまり考えていないのだろう。なにせ、長期間に渡って思考が連続しないのだから。その場その場で最適化されているっていうのは、納得ができる。
思えば、士郎を最初に殺そうとしたときのそれも、唐突ではあったけど、コイツからすれば最適なそれだったのだろう。
「……」
「…………」
……で。
だから、なんだろう。私が妙に意識しているせいか、いつものようにただ立ってるだけのアーチャーを見て、なんだかうざったいっていうか、うっとうしいって言うか。
「…………今日、お昼くらいに衛宮くんの家にいくから。護衛お願いね」
「そうか」
そんな、何ら感想も抱いていないような反応。そして沈黙。
「……」
「……」
「…………夜は教会に行くわよ」
「そうか」
これも、それ以上の反応がない。
「ねぇ、アーチャー。念のため聞きたいんだけど、なんで夜、教会に行くっていってるかわかる?」
「知らんな。忘れた。おおよそ終わった事なんだろう」
「……昨日、貴方が倒したサーヴァントは?」
「昨日? おかしなことを言うなぁ。確か
「……昨日、貴方が宝具を使ってライダーを倒したのよ。ランサーと戦ったのは先週。
全く、よくそれで、今までなんとかなってたわね」
正直、ここまでとは思ってなかった。まだ一週間と経たないにも関わらず、アーチャーの認識は、世界は、私とここまでずれていた。
「苦労をかける」
おまけに、それしか言わない。それでも持つ程度の情報しか記録できないっていうことに、コイツは何か感想を抱くべきだ。
「……令呪を使えばなんとかなるの? 貴方のその記憶力っていうか、認識能力っていうか。記憶はあるみたいだし、そこの繋ぎ方だけでもどうにか出来ないのかしら」
「半々といったところだろうな。妙な命令に使っているのだから、こんなことに使うべきではないさ」
「はいはい、いつもの嗤いどうも。
ちなみに貴方、自分にかかった令呪は何かわかる?」
「…………逆らうな、というのが、あったようななかったような」
どうしたらいいっていうのよ、これ。
「ちなみに、私の名前は?」
「知らないな。済まないが」
「凛よ、遠坂凛! たぶん衛宮くんとの会話でも出てたでしょう!」
っていうか、一度、どっかで呼ばれた気さえする。
なのにどうしてこう……。
あ、何故かこれについては、真剣に申し訳なさそうなアーチャー。流石にマスターの名前を忘れるっていうのは、彼も問題があると思ったのか。
それ以前のところに問題だらけよ、と言ってやりたいのを抑えつつ。
「……まぁ、もういいわ。話さなかったってことは、戦闘には支障がないんでしょ?」
「嗚呼」
「じゃあ、その前提で聞くけど。アーチャー。
貴方の宝具は何?」
私の言葉に、アーチャーは。
「固有結界――――もっとも、十秒も持たないが」
そんな、かなりとんでもないことを、平然とのたまった。
虎「あら、葛木先生もお見舞いですか? って、そちらの方は・・・?」
魔「ドーモ、ハジメマシテ。同僚=サン。
虎「アイエエエエ!?」
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73VS88VS77VS61! その3
魔妻「宗一郎様、正直どちらでもあまり変わりありません。それより……。なんでしょう、アレ」病院の窓硝子に張り付く謎のナマモノをみて、困惑。
先生「あんなものが出ている映画がやるとか、生徒から没収した雑誌に書いてあったな」
魔妻「あれが映画に!?」
ナマモノ「にゃ・・・、にゃにか失礼にゃことを言われた気が・・・?」
「こゆ、固有結界ってアンタ……?」
遠坂凛にしてみれば、アーチャーのその発言は意味がわからないどころの騒ぎじゃなかった。
10秒持たないと言いはするが、固有結界……?
固有結界……魔術の到達点の一つ。悪魔を摸倣した、魔法に最も近い境地と説明されることもあるけれど、それは文字通り、自分のイメージで世界を侵食するという技術だ。
結界自体は心象風景を反映するので、任意で操作する事は出来ない。
そのかわり影響範囲は空想具現化のそれを超える。言うなれば、特定領域のみ異世界を召喚するような技術だ。
「嗚呼。本来、正規の俺は固有結界を起点とした魔術を使うことが出来た。未だに俺の戦闘スタイルも、それに応じている。
どこぞの聖女なんかが行えば火が世界を埋め尽くすことになるだろうが、まぁそんなものだ」
「でも、それって変じゃない? 固有結界なんでしょ、なんで10秒しか持たないって……」
「だから、俺が正規じゃないからだろ。
……元来、あれは心象風景を成すそれだが、わかるだろ? 俺の心象風景とか言われても」
――――あ、納得した。
今のアーチャーの認識は、様々なものがごっそり抜け落ちていくそれだ。だとしたら、その上に形成されている人格の不安定さは押して知るべきか。
「そもそも作り手に対する敬意とか、そんなものもないしな。まともに使い物になるのが十秒もないのだから、結局ただの鉄屑と一緒だ」
「ってことは、銃弾に組み込んで、相手の体内に潜ませるってことでいいのかしら。
そして、相手の体の中から外側に向けて、固有結界を起動する。10秒の持続時間を克服するには、確かに他に手はないけれど……、そりゃ、内側から世界が炸裂するんだから、大体のものは抵抗することも出来ず死ぬしかないでしょうけど……」
「そういうことだ。お陰で弾丸と銃の形状の投影について、理解が深まって多少、技能が上がってる」
「ともあれ、『中が空洞だろうと』弾丸の形になっていれば武器の劣化も多少抑えられる。だからこうして無理やり、刀剣を弾丸の形に圧縮して使っている。
外側を強化しておけば、弾丸の状態のまま長期保存も可能というお手ごろ仕様だ」
「……なるほど。近代武器使ってる英雄な貴方が、なんで魔術なんてって思ったけど。
そういうカラクリだったのね……。全く、つまり貴方、本来なら魔術師だったってこと?」
「魔術使いが的確だろうさ。
いや、でも、そうかも分からん。固有結界だけ継承しただけかもしれない」
嘘だ! とは言わない。コイツ、過去の自分の記憶自体が曖昧だから、本気で考えてるみたいだし。でもコイツの生前から考えれば、きっとそれは独力で獲得したものだろう。
むしろ重要なのは――――。
アーチャーに、固有結界の特性を聞いた。返答としては……予想外というか、もうわけがわからないような類に特性だった。
「なるほど……。だから、さっきみたいな説明をしたのね。遠回りじゃない?」
「そうでもない。むしろ、逆に効率が良い」
そんなことを言いながらティーカップを片付けるアーチャー。と、何故か空になったポットを傾けて、何も出てこないのに「む?」と不可解そうに目を細める。
ひょっとして、私に今いれたので、中が空になったのを認識していないのかしら。……いや、挙動的に、そもそもいれたことを忘れてる?
「さっきもらったから大丈夫よ。後で片付けて。
さて……」
そうすると。私が出来ることなんて、あんまりないことになってしまう。
そもそも才能がないっていうのは、指導のされ方からして察してはいた。そして、その完成品たる現物を前にして、気持ちは更に確信に至る。
だから、違いに気づいてしまったからこそ、私に出来る事は少ない。
でも――――。
「まぁ、やるだけやってみようかしら」
宝石を取りに、自室へ戻りながら。私はそんなことを呟く。
そうだ、やるだけやろう。
だって――――結末が、このアーチャーなんて、いくらなんでもアイツが報われなさすぎるから。
※
「シロウ。大河の置いていった本は読まないのですか?」
時刻は午後一時を周ってしばらく。
お互いに休憩をとっていると、セイバーがそんなことを俺に言ってきた。
セイバーの視線は、藤ねえが置いていった雑誌に向けられている。
「いや、そんなこと言われても……。大体、なんでさ、日本刀専門雑誌とか」
そう。藤ねえがもって来たのは、日本刀についてあれこれ書いてあったり、レプリカの通信販売の広告とかが載っている類の雑誌。こたつの上に、出かける前に「あ、シロウ、置いておくから気になったら読んでみれば?」とか言って、投げ捨てて行った代物だ。
ちなみに刊行年数が古いので、藤ねえの家にあるゴミとかがらくたの類の一種だと思っている。
「読んだところで、どうしろって言うんだよ」
「アサシンの武器についての理解など、深まるのではないですか?」
「そうは言ってもなぁ……。西洋剣についてとか、そっちのことも書いてあればちょっと違ったんだが。
アサシンのあれは、アイツ自分で邪道だって言っていたろ? 基本的な戦い方とかは、日本刀の根底に通じてるところだから変わりは無いけれど、狙っていることとかが別だから、そういう意味じゃ剣道はあてにならない」
「そうなのですか?」
「一目見ただけでわかる。あのリーチの長さは、もう、槍のそれだ。ランサーと違うのは、その全体が一つの刃物だってこと。点であり、線であるっていうのが日本刀の骨子だから。
西洋剣は逆に、その骨子は鈍器とか、棍棒に通じるところがあるだろ? 力で叩き切るっていうのは、切れ味よりも力で、地面とか壁とかに向けてエネルギーを叩き付けるって動作になるし。
刃物の切れ味を使って、こすって斬るっていうのとは、そういう意味じゃ真逆だ。アサシンだって言っていたろ? だからどうあがいても、力に対しては受け流すしかなくなる。
でも正直、俺からすればどっちの境地もあんまり理解できているほど腕が無い。だったら今は先生をしてもらってるセイバーの方を研究した方が……って、どうした?」
「あ、いえ……。
シロウは、刀剣に詳しいのですね」
「そうか? 言ってることはアサシンとそんなに……」
「ですが、貴方のそれには理解があります。一日のみの見識ではない」
「まぁ、そりゃ、多少はあるかもしれないけど」
確かに小さい頃から、こと刀剣に関しては関心が深かったけれども。
だけれど、相対すると、理解できてしまうことがある。例えばあのアサシンが、セイバーにとどめでもさすようにしたあの構え。それとあの刀を見た瞬間、アイツの成そうとしている全てが理解できた。
だからセイバーを間合いから引かせたし、俺も「三つ目」は逃げられなかったけど、ぎりぎり回避できる位置取りには入れたんじゃないかと思う。
「日本刀ねぇ……」
ちらりと視線をふると、販売されるレプリカのもとになった、名工の刀。
ふと、それを見ていると。昨晩のライダーの最期が脳裏を過ぎった。
「何やら浮かない表情ですが、シロウ」
「ん? ああ、アーチャーの宝具のことを思い出してな」
「アーチャーの?」
「ライダーを倒したあれだ。確認していないけど、アーチャーで間違いはないはずだ」
「――――!? それは、しかし……。何故、あれがアーチャーの宝具だと?」
「消去法かな……?
まずランサーじゃないっていうのは確定しているとして、バーサーカーがあんな魔術じみたものを使えるとは思えない。アサシンはそもそもそんな細かい事は出来ないし、かといってキャスターなら、わざわざあんな風に体内から爆発させる、みたいな手間を入れる必要はない。
最終的に剣に帰結していたけど、本質は『相手の体内』から『外側に炸裂する』っていう要素なんだと思う。
とすれば、まず最初に相手の体内に術を潜伏させる必要があるんだろ?」
「……なるほど。弾丸ならば、それも容易だと?」
「あいつの弾丸は、ライダーに打ち込まれたって話を聞いたし。それに」
――それに。セイバーごとバーサーカーを殺そうとしたときの、あの時の弾丸。
その指し示す名前が元来、剣であることに、俺は自覚的だった。
「……あ、客みたいだ。たぶん遠坂かな……?
いってくる」
「はい」
玄関の戸を開けると、なんだかこの世の終わりでも見たような顔をした遠坂凛が立っていた。……、なんだその顔。すっごい半眼だし、口がひんまがってる。
「ど、どうした遠坂……?」
「……いや、なんでもないわ。ボブとっちめてたらお昼の時間過ぎていたってだけ」
あ、これは怒ってるパターンだ。アーチャーのことをボブ呼ばわりしている時、たいていはロクでもないことになっている。
「悪いけれど、お昼の余りとかってある?」
「それは、なんとなく予想していた。だから我が家はこれからお昼となる」
「……え?」
もともと、遠坂がこの間、俺の昼をあてにしていたというような話をアーチャーがしていた。なので、もしかしたら今日も似たようなことになるかと思い、俺とセイバーは先に作ってあったおにぎりだけを食べて、一時半までは遠坂を待っていることにしていた。
なお、俺はおにぎりを準備するつもりはなかったのだけど、ああも物欲しそうな顔でテーブルの上を見ているセイバーを見ると、待てを持続させることは難しい。良心が痛んだ。
「そんな訳で、本日は効率的にお弁当なり。……どうした?」
「……いえ、なんでもないわ。
ありがとう、衛宮士郎くん」
そんなこんなんで昼食をとる俺たち。ようやく、といった感じでセイバーは、相も変わらずもぐもぐと。
そんな最中――遠坂の目が、一瞬だけ、まるで観察するかのように、じろりと俺を視た。
※
「大丈夫? 苦しいでしょうけど今の状態を維持していれば少しずつ楽になっていくわ。もっとも、熱は持つでしょうけど。
いい? 魔術師と人間の違いは、魔術回路があるかないか。加えてそのオンオフが出来るか否かってところにあるの。ほら、そこに電気ポットあるじゃない? 魔術師はそれ。普通のヒトはお湯を保温はできるけど、温めることは出来ない」
指を立てながら、動けない俺を視て遠坂は指を立てる。
「お湯をわかすスイッチの有無は、もう構造の問題。個人では簡単にどうこうできる問題じゃないでしょ? いい? 貴方は素人だけど回路は確かに存在する。つまり適正はあるの。だから一度でも体内に生成するなら、後はスイッチの入り切りさえすれば良い。
何がいいたいかわかる? ――――士郎は毎回新しく作って、それを自分に組み込んでいる。
本来、『作った』後は切り替えられる鍛錬をするの。長年間違って鍛錬して来た貴方のスイッチは閉じている。こうなっちゃうと体が使い方を忘れてるんだから、無理やりにでも使い方を思い出させなくちゃいけないでしょ?」
離れの二階。
遠坂から魔術について教えて貰う、ということで、客間として使うこともある離れを利用する事にした。土蔵は「論外だし、それに……」とか何か意味深な反応をされて、またセイバーの同伴は「どうせ士郎、落ち着かないんじゃない?」と悪戯っぽく言われた。反論できないところが悔しいが、事実なので甘んじて講義を受ける。
それで。まず強化の術をしてみろ、と言われて実演して。嘆息と同時に差し出された紅いドロップのような――宝石を呑まされて、今に至る。
体が思うように動かず、修行の失敗した時のそれを思い出す痛みに支配されている。
「……さっき呑まされた、宝石は、それか……?
それはわかったけど、この熱さだけでもどうにか……」
「……やっぱり、自分をコントロールするのは上手いのね。
いい? 今の士郎が元の状態に戻りたいのなら、貴方自身の力でオフにする方法を思い出さなきゃいけない。
といってもスイッチそのものは、体の方が勝手にオフにしようとするのよ。だから、その感覚を掴んで、いかに早めるかってことね。簡単でしょ?」
「知らん……、わからん」
「アーチャーみたいな言い回しは止めてよね……、貴方がやると洒落にならないんだから」
「……?」
「なんでもないわ。
ん……、投影って聞いたこと無い?」
強化は、持つ要素の拡大。
変化は、持つ要素の拡張。
そして投影は――――要素の複製。
「もとからあるものに手を加える技術じゃないわ。無から有を作り出し、一時的にこの世界に現存させた状態にする……、言うなれば、劣化品のレンタルね」
「レンタル……?」
何故だろうか、その表現に違和感がある。
「魔術っていうのは、基本的に、この世界に在る某かの要素の再現。その原則は覚えてるわね?
でも、長時間は維持できない。修正力が働いて消える。魔力で成した物体だから、また魔力に還元され霧散するって事ね」
使い捨ての魔力。劣化品。おまけに0から1を成すため難易度、消費魔力ともに高し。
同等の精度の強さを、剣で求めるなら。1の強化魔術に対して、投影ならば11で効かないことだろう。
「割りに合わないって、そういえば親父にも止められたっけ」
「そりゃ、止めると思うわ。
だけど……」
「?」
「……ねぇ士郎。この間、土蔵見せてもらったわよね。
あの時思ったんだけど――――貴方の投影したものって、『消えないの?』」
「? そりゃ、まあ、作ったんだから消えはしないだろ」
俺の言葉を聞いて、遠坂ははぁ、と深いため息を付いた。
「あのねぇ……。知らないって怖いわね。私相手じゃなかったら、今頃どっかの試験管でサンプル品扱いよ、貴方」
「穏やかじゃないなぁ……。なんだよ、それ」
何故かめがねを取り出し、装着して目を細める遠坂。
「貴方のお父さんも、聞いてなかったら私だって気付かないところだったわね……。
いい? 投影の魔術っていうのは、架空のものなの。想像で編んだそれは、すぐに消えてしまう。あくまで一事しのぎの代用品としてしか成立しないっていうのが、本来の使い方。おーばー?」
「……? イメージでくみ上げるっていうのは、わからないでもないけど……。
魔力ってのは粘土だろ? 一度カタチになったものなら、消える事はないんじゃないか?」
「そんな訳ないじゃない! 魔力っていうのは、体内でしか存在しないものなんだから、魔力を物に通したりして、スターターを準備しないと自然干渉できないんじゃない。私だってそれこそ、宝石もどきみたいなものを魔力で作れなくも無いわよ? でもそれだって、外に出した魔力だから消えるし、そもそも『宝石みたいな形をした魔力』でしかない。
それを本物に近づけるのが投影の魔術。おーばー?」
ふむ。なるほど、だから親父には効率が悪いと言われたのか。
「つまり、魔力で作ったものは劣化している。また自壊するってことか」
「そういうこと。人間のイメージなんてのは穴だらけなんだから、本物どおりになんて作れない。
10の魔力で剣を作り出すより、10の魔力で剣を強化した方が何百倍も持つし、威力だって大きく跳ね上がる」
「なのに、なんで俺のはそうじゃないんだ?」
遠坂は、そこで思案するように一度押し黙り。
「…………貴方のそれは、きっと、順番が逆なんだと思う」
「順番が、逆?」
「たぶん……、貴方が作り出すものは、その根底が『本物』なのよ。だから劣化しないし、性能も落ちない。投影っていうプロセスを経由して、貴方の中にあるイメージを直接呼び出してる、みたいなことかしら……」
「なんでさ。って、そんなの聞いた事もないぞ?」
「まぁ、あくまで仮説よ。実行に移すのは危険だから、間違っても宝具なんか投影しようとは思わないことね。
……きっと、貴方は”剣”という属性と相性が良い。
だから、慎二に向けて振り上げたナイフが『完全に只のナイフとして』今でも存在してる」
言いつつ、どこからともなく見覚えの在るナイフを取り出す遠坂。刃の部分に巻き物がされている。
「正直、そっちについては無理よ。私、投影魔術なんて使えないから」
「そうなのか? これ、らくがきするみたいなものだから強化なんかよりよっぽど簡単なんだけど……」
「だから、それ他の魔術師に言ったら殺意を抱かれるレベルよ!
全く……。だから当面、強化の魔術について練習していきましょう。貴方の投影についてはリスクだってまだわかっていないことが多い。だから、今は」
言いながら、もってきていたバッグを開き、中から、明らかに積載量につりあわないくらいにランプを大量に取り出し。
「とりあえず、スイッチが入っているうちに強化の練習をしてみて。
夜、桜の見舞いにいくまで余裕はあるから、大丈夫よ♪」
そんなことを言いながら、こちらに極上と言うべき笑みを浮かべてきた。
虎「あれ、バビロニアの使徒さん? 何やってるんですかー!」病院1Fから、2Fの窓に張り付くナマモノをみて
ナマモノ「濃厚かつ一方的なラッブの気配を感じ、生態観察中にゃ」
虎(?)「そーゆーのは大体、馬に蹴られて死ぬニャ?」
ナマモノ「ってゆーより、人格切り替わらにゃくても素で驚かず受け入れているのが、凄いというかにゃんというか……」
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美的感覚が壊れたMaiden! その1
神父「嗚呼。ご老体。貴様にとっても、決して損な話ではないと思うが」
操桜「しかりしかり。いいだろう、ならば桜の身を、しばらくここに預けよう。もとよりシンジが一度は潰えた身。せいぜい馬券程度の愉しみとしておこう」
神父「馬券を買っている図が想像できないが・・・。まぁいい。それよりも体を動かしているのだ。ほれ、食事を――」
桜「それは・・・、いらない、です――」操桜「む!? 無意識に拒否をしよったぞ、この娘!」
神父「・・・そうか」麻婆のレンゲを、諦めて自分の口に運ぶ
ランプ三十に対して、成功は三。
そのうち魔力が通ったまま維持できたのは一つ、という状況に、遠坂は頭を抱えた。
「三パーセント……。まぁ成功しないよりはマシね」
「なんだよ。言っとくが、こっちは四十度はあるんだぞ?」
「わかってるわよ。でも、今後はその状態を維持しなくちゃいけないんだし、気をつけなさい?
それよりも……、そんな状態でも成功したっていうのは、ちょっとは褒めてあげる。てっきり全部失敗すると思ってたし」
「? なんでさ」
「貴方の回路は、たぶん、剣の属性に特化したそれなのよ。だからそれ以外のものをさせようとすると、どうしてもロスが発生する。
ナイフに限らず、剣の属性を帯びる投影なら貴方はトップを狙えるかもしれないけど、そのかわり他の要素が駄目ってことね」
「む……」
「それはそうと……。士郎、さっきからどうしたの? 貴方、表情の作り方が変だけど」
……。流石にバレたか。だけど話すほどのことじゃない。宝具を使おうとして気絶してしまったセイバーほどじゃない。これくらいは、ガマンするべきだ。
適当に話を濁すと、丁度、日が沈み始める頃合。「そろそろかしら」という遠坂に促され、俺たちは教会へ向かった。またもやスーツ姿のセイバーに不思議そうな遠坂。だったけれど、これにはセイバーは。
「あの服は、シロウが似合うと言ってくれましたから」
「ああ……。へぇ、ふぅん」
「……なんだよ」
「べっつにぃ? でも、ならあの似非神父のところに着て行くのもね」
とか、意味のわからないことを言われたり。
――――教会の扉を開く。
カーペットの先にはまた簡易テーブルとおかもちが置いてあって、一体何が行われたのかが容易に想像がついた。みれば、どんぶりが複数転がっている。……もしかしてあの神父、たまたま来た一般人とかに振舞ったんじゃなかろうか、あれ。
「来たか」
そして、そんなテーブルの上に置いてある皿から、最期の一口とばかりに食べ終えた言峰。おかもちにどんぶりを入れて、「少し待っていろ」とか言いながら協会の外におかもちを置いた。
「栄養偏るわよ、綺礼」
「理解はしているさ。だがどうにも、ここのところ連日無理が続いているのでね。
先日は空が赤くなった現象の後始末にも追われたので、気分転換というやつだ」
「う゛」
「どうした? 凛」
にやり、と愉しげに顔をゆがめる言峰に、遠坂は嫌そうに顔をゆがめた。
「そ、そんなことより! 桜どうなったのよ。
間違いなくアーチャーが撃破したんだから、手術はしたのよね?」
「嗚呼。手は尽くした。これ以上、私に出来る事はないさ」
肩をすくめながら、腕を少し回す言峰。と、そんなアイツの様子を見て、遠坂が何かに気付いた。
「え――――ちょ、アンタ魔術刻印どうしたの? 麻婆のインパクトで一瞬気付かなかったけど」
「見た通りだ。治療に全て使った。言峰の家はもともと魔術師の家系ではない。受け継いだ刻印は消費型だ。
格の落ちる令呪と思えばいいだろう」
「つ、使ったってアンタ……」
「? どういうことだ?」
理解の及んでいない俺に、かいつまんで言峰が説明する。
代々継承する、魔術師の家にとっての歴史。それ一つで特定の魔導書といえる、一子相伝の家宝。
「それを、お前……」
「なにせ十一年分の膿の摘出だからな。根こそぎ食われても意外ではなかろうよ」
「――――」
遠坂の反応からしてわかる。高価とか、そんな次元の代償ではなかったはずだ。
なのにコイツは、自分のそんな財産を全て、桜の治療のために売っぱらったのだ。
そんな俺たちの様子に、言峰はくつくつと嗤った。
「だが、話はそう簡単ではないのだがな」
「――――へ?」
「アンタがそこまでしたって事は――――」
「いやなに、邪魔が入ったのだ」
言峰が、なげかわしいとばかりにため息を付く。
「”聖人の手”を使えば、中枢、心臓に組み込まれた虫も置換することが出来た。が、大部分を取り除き、内側に手をかけようとした織。かのマキリの妖怪そのものが出てきて、止められた。
ご丁寧に間桐桜の体を介してな。これ以上、マキリの血に危害を加えるなら、この身もろとも破壊すると」
「それって――――」
「私に出来た事は、臓硯と交渉をして、これ以上負担を増やすのを止めて貰うよう説得することだけだった。
傷みを和らげ、影響力を下げたところで、神経に根付いた虫が暴れれば無駄骨だ。ゆえにかの娘を介した際に、詳細を聞きだした」
「聞きだしたって……」
つまり、それは――――。
「以前、二週間持つと言ったが、状況が変わった。期限はおおむね半分を下回る。……そうだな、今から数えて七日以内だ。
丁度、二月の後期に入る直前といったところか」
「な……、なんでだ?」
「もともとの状況は何ひとつ変わっていない。実生活に影響はないが、かの老人の出方次第というのは変わらず。
そしてこれは誤算だったのだが……、ライダーの敗退後、令呪を回収することも不可能のようだ。マスターの権利を奪われる、というのもそれなりに大きく、虫の制約に引っかかるらしい」
それは、つまり。
桜の意思は、そこにはないってことか。
「だが、悲観するほどでもない。聖杯戦争が終われば、導火線に火のついたままの爆弾が、いつでも導火線に火がつけられるような爆弾くらいにはなる」
「それ、ほとんど違いないじゃない」
「大きな違いだぞ、凛。火がついていないということは、放置しておけば無害だということだ。
状況次第で出方を変えるだろうが、かの老人は一応、間桐桜という体を丁重に扱いたいらしい」
俺も、遠坂も沈黙する。丁重に扱いたいとは言ったが、それはつまり、間桐臓硯が桜を手放すことはないということだ。……考えてもみれば当たり前か。自分の家を、魔術を、後に続けさせたい。その妄執こそが未だに、魔術師でさえなくなったシンジさえ縛り付けた。桜の生き方さえ大きく歪めた。今更こんな小事一つで、変化するようなものではない。
もっとも、言峰は苦笑いを浮かべる。
「何も悲観することはない。前回の聖杯戦争とて、合計すれば十一日で終了したものだ。
持久戦をとり、徹底的に戦闘から逃げる組でもない限り、いずれ決着はつく」
「いずれって――!」
「既にライダーは倒れた。残る六騎のサーヴァント。そのいずれもが、いつまでも大人しくしている筈は無い。
間桐桜を助けたくば、躊躇いなく、敵のサーヴァントを屠れ。敵の魔術師を殺せ。何一つとして、聖杯戦争の根底からは変わらぬ。
これは――――魔術師同士の殺しあいだ」
躊躇えば、桜の命などないだろうと言って嗤っている。
その目は、俺のことを見ているようで――――実際は違うのだろう。
「むしろ今回は運が良いのだ。かの間桐臓硯が本気で聖杯戦争を引っ掻き回せば、我々とてその渦に翻弄されることとなったろう。
そういう意味では、今回は状況がマシなのだ」
「何だって、そんなこと言ったって、それじゃ全然――――」
「あの娘を救いたくば、それこそ十一年前にどうにかしてやるべきだったのだ。
さもなくば、お前か凛、そのどちらかが聖杯に至れ。他に道はあるまい」
そう言った言峰に、遠坂の表情が一瞬、曇る。そりゃ当然だ。アイツはそれこそ、妹があの老人の家に引き取られる瞬間に立ち合っていたのだろう。苦悶とも、後悔とも、怒りともつかないそれを堪える表情は、簡単に感情を読み解けない。
「あれは、お前が望むような日常の象徴ではない。
間桐により汚された、魔女ということだ」
その言い回しに苛立ちを覚えて――でもそれは、今まで気付くことさえ出来なかった、俺への罰なのだと、理解してしまった。
※
「――――
遠坂は言った。俺の本質は剣にあると。投影を介して、この世界に剣を現出させると。
ならば、俺がするべきは強化だけではない。――そう考えたのは言峰の言葉を聞いたからに他ならない。
桜を助けるためには、当然サーヴァントと戦わなくちゃいけない。早期に戦わなきゃいけない。決着をつけなきゃいけない。
だとすれば、仮にセイバーがサーヴァントと戦うのなら。当然俺は、俺一人で、おそらく俺よりも上の魔術師と戦わなきゃいけないはずだ。
だからこそ、日課の鍛錬の際。実際に投影はしないものの、投影を意識した工程を、大きく含む。
形状の骨子を理解し。その思想を理解し。
今まで強化の際に行っていたそれを、投影のために作り変える。もとより作り変える事はないからこそ、スイッチを入れる形に。
昨日あった麻痺は、今日には既に引いていた。原理はよくわからないが……、たぶん、ちゃんとスイッチを入れられるようになったからってことなんだろう。
遠坂は言った。今まで使ってなかった回路の使い方を思い出させると。
とするなら、昨日の麻痺は、ちょっとした筋肉痛のようなものだったのだろう。
そのままセイバーと朝に鍛錬し、昼食の準備がてら買い物に出かける。
「……」
一人で買い物をしていると、気が滅入って来る。あえて一人にしてくれとセイバーに頼んだこともあったのだけれど、頭が理解できない。
桜が今までどんな目にあってきたのか。昨日の、言峰の口から語られた程度でも、おぼろげながら理解できる。
俺だって魔術師だ。だから――。桜は救いを求めていたんだ。なのに、俺に知られまいと振舞ってきた。
そんなこと、どうして気付けなかったのか。
桜は笑っていた。それが本物かどうかなんて、どうだっていい。
正義の味方になりたいって、そう考えている俺が――――あんな風に笑いながら、抱えていた傷みをわかってやれなかった。それだけでもう、自分を殺したくなって来る。
間桐の家が桜に何をしたか。
……あの老人の言葉を全面的に信じた。なんて間抜け。無関係なんてありえるわけがないじゃないか。
ならば間桐臓硯は、俺の敵だ。正義の味方は、皆のために戦わなくちゃいけないんだから。
でも、そしたら桜は――――。
「――シロウ、あそぼ!」
「……イリヤ」
買い物をしていると、唐突に背後から抱きつかれた。イリヤだ。
楽しげに笑うイリヤ。その無邪気さが今は辛い。
「そんな態度、女の子に失礼だよ?」
「……イリヤ。悪いけど、今、そんな余裕ないんだ。遊ぶんなら、一人で遊んでくれ」
「ええー? せっかく一人で会えたのに、それじゃつまんないもん。
だから、遊ぼうよー」
だから。
そんな余裕なんてないって、言ってるだろ。
今の俺の心境のせいもあるかもしれない。だから――笑っている誰かのそれが、みんな、みんな桜のことを笑ってるように感じて――――!
気が付いたら、強引に振り払っていた。呆然とするイリヤを前に、自己嫌悪が上ってくる。
「……、ごめん」
裏表のない彼女に当たってしまった。そのことに、後悔しかわかない。相手がマスターだろうとなんだろうと、衛宮士郎の中ではやはり二の次なのだろう。
そんな俺の手を引いて、イリヤが。
「ごめんね、シロウ」
……。
なんで、イリヤが謝るんだ?
「お前、怒らないのか?」
「なにがあったか知らないけど、追い詰められてるときに一人ぼっちは、さみしいもん。
シロウ、どうせセイバーには話して無いんでしょ?」
「……」
「キリツグも、そうだったのかな……。
わたしもね、そうだったから」
多くは語らないイリヤ。でもその目が、どこか遠く、異国を見ているような錯覚を俺は抱いた。
「わたしはバーサーカーがいてくれたから。だから、バーサーカーはわたしのサーヴァントなの!」
頭ではわかってる。桜を助ける事は出来ない。
間桐と戦えば、桜を救う事も出来ず、結局は死人が出るだけ。せいぜい衛宮士郎に出来るのは、現状維持というくらい。
でも、それだって、もし何かの拍子で桜が暴走すれば――――正義の味方に下せる決断は、そう多くない。
だけど。
「……俺は」
俺は、だから。
一番最初のそれを、口にする。
「周りのみんなを、守りたいんだ。この目に映る、身近なヒトも――――見知らぬ誰かも」
今の俺を形作るそれを、口にして。
あれ?
体が、動かない。
「――――可哀想なシロウ。ずっとそうやって、キリツグみたいな顔をして生きていくのね」
イリヤはそんなことを言いながら、公園のベンチに俺の体を、無理やり座らせ。
「無駄だよ、シロウ。守りもなにもないんだから、簡単に金縛りにあっちゃうんだもの。
そうなったらもう動けないわ」
「なに、を……、」
「そんなシロウに、自分自身を殺させなんてしないわ。
だって、そんなことしたら、わたしが来た意味なんてないんだもの。シロウには――――シロウのままでいてもらわないと」
にこりと笑うイリヤ。そして――――視界が途切れた。
手足の感覚は抜け、視覚は意味を放棄し。
……完全な闇に落ちながらも、俺の意識は途切れず。
それでもやがて、そんな状態にあることを体が認めず。やがて考える事が停止し、思考が眠った。
BAD END
######################################
タイガ「はい、こんにちはー! ちょっとした手違いで最悪の結末に至った貴方の最期の希望! タイガー道場でーす!」
イリヤ「助手の弟子一号でーす!」
タイガ「さて、今回の失敗はなにかね? 弟子一号」
イリヤ「はい! ずばり、身辺警護大事ってことであります!」
タイガ「ほうほう。まあわかりやすく言っちゃうと、セイバーちゃんを自宅に置き去りにしてるっていうのが駄目ね。士郎の心境は察するけど、頼りになるパートナーは引きつれていないと。
だけれど、切嗣さんみたいなことを言ってないのに、イリヤちゃんどうして士郎をキャトったの?」
イリヤ「行きつく先は一緒よ。だってこのままだと、シロウはシロウ自身を殺しちゃうんだもの。しょーがないじゃない。心は硝子のままじゃないと、腐っちゃうのよ?」
タイガ「うわぁ、なんか核心ついてるっぽいこと言ってるような言っていないような・・・?」
イリヤ「わたしとしては不満はあるけど、それでもシロウがシロウでいるなら、セイバーも先輩もいないと――――」
ジャガ「だけど、私、私、この裁定には異議を申し立てるニャ?」
イリヤ「え、なんで?」
イシュ「でも士郎、生きてるから」
ブルマ「マジっすか先輩!? なんか衣装も豪華になってるぅううう!?」
タイガ「おー、なんか今神託があったぞ? そんなわけで、また次回~? って、あれ、これ本編中道場みたいね」
※次回も普通に続きます
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美的感覚が壊れたMaiden! その2
「――――――――はっ……!?」
なんか、すごく変なユメを見たっていうか、今のはまさか死後の世界……!? 金星の赤いあくまが、なんか、シガレットくわえてた気がするが……。
と、気が付くと、なんかとんでもない場所にいた。見知らぬ部屋。豪華な天蓋つきベッドに足首まで埋まりそうな毛の長い絨毯。石造りの暖房に、直に刻み込まれた壁の模様。どれをとっても、昔話に出てくるようなお城だ。
朦朧とした意識のなか、思索。確か……イリヤに身動きを封じられて、そのまま。
「……縛られてるな」
案外と、俺は冷静だった。あんなわけの判らないユメ……? のせいか。いや、もう半分も重い出せないのだけれど、こうなったのは間違いなく、セイバーを連れていなかったせいだというのは理解している。
椅子に座らされて、縄で手首を縛っているようだ。体はしびれて腕も動かせない。
時計もなく、時間を計ることも難しい。
もっとも外は既に日が落ちていて、半日以上は経過しているはずだ。
「……
腕を縛る縄を解析する。……これならナイフを投影できれば、切ることが出来そうだ。問題なのは、今のこの、不安定な意識の状態で成功させられるかってこと。ここ一番での魔術には強いものの、失敗は許されない。
なにせ、ここは完全に敵地だ。
体に溜まった俺じゃない魔力を抜いていると。
「あ、やっと起きたんだ。……無駄よ? 強化しか使えないシロウがいくら頑張ったところで、縄は解けないわ?
無理するから血なんて吐くのよ。ほら、だいじょうぶ?」
「――――」
そうか。イリヤは知らないのか。だったら、投影については考えるのを止める。今は逃げ出す算段よりも、目の前のこの少女について考えなくてはならない。
扉をあけて、いっそ楽しげに現れたイリヤに肝を冷やす。丁寧にナフキンで俺の口元を拭うが、手つきがなれていない。
「……ここ、イリヤの住処か?」
「そうだよ? ここは森のお城の、私の部屋。
樹海の中で周りに何もない。街まで何時間だってかかるし、絶対に邪魔も入らない」
「まわりくどいな。何がしたいんだ? イリヤは」
俺の訝しげな言葉に、イリヤは不思議そうに言った。
「だって、シロウは特別だもん。他のマスターは殺すけど、シロウだけは特別」
「それは……。俺が、切嗣の子供だからか?」
「そ! なんだ、知ってるんじゃない」
にまり、と。
その表情は、マスターとして相対したときの油断ならないそれで――同時に、その幼子のような見た目とは想像も付かないような、複雑に入り乱れた何かが窺い知れた。
「キリツグは迎えに来てくれなかった。家族を、私を、お母様を裏切った。だから殺しに来たの。
だけど、キリツグはいなくて、シロウしかいなかった」
「……だから、俺を殺すって?」
「そう思ってたの。でも気が変わった。シロウを殺さないでいい方法を考えてたの。
だから――――シロウ、私のサーヴァントになりなさい?」
十年も待ったんだもの、簡単に殺しちゃうなんてつまらないでしょ――――?
そう微笑み、俺の脚の上に座るイリヤ。楽しげなその目が求めるものは、その指し示す言葉の意味は、きっと俺たちが知る意味とは違うはずだ。
だけれど、引っ掛かりを覚える。
切嗣は――――少なくとも俺を拾ってからの切嗣は、あの性格だ。陽気で、人一倍明るくて、楽しんで、残りの人生を謳歌して、それこそ正義の味方みたいで。
そんな切嗣だったからこそ、俺はその背中を追いたくて。
だから――――そんな切嗣が、自分の娘を一人、置き去りにするだろうか。
「イリヤ。切嗣は――――」
「だーめ。今はシロウの話をしてるんだから」
駄目だ。話を続けられない。話を続ける気が無い。
人差し指を立てて、会話をふさぐイリヤ。じろりと微笑む目には、底知れない残酷さが灯っている。
「もう一度だけ聞いてあげる。
シロウ――――わたしの物になりなさい」
瞬間。
視界に、金の亀裂が入った。
「――――、な、何!?」
城が揺れる。
まるで爆撃みたいな音と振動。うそ、と目を見開いて、イリヤが俺から飛び降りる。
亀裂なんてなく、視界はいつも通り。一瞬、目を覆ったそれに違和感を抱きながらも、首だけはイリヤを追う。
「アーチャー……、まさか、つけられてた?
でも、そんなわけないじゃない。サーヴァントが『この私を』出し抜ける道理なんてないのに」
――再びの振動。
「――――っ、リズ、逃げなさい! シロウは待ってて?
バーサーカー!」
叫びながら、イリヤは窓から飛び降りる。
何がどうなっているのか。考えるのは後回しだ。
「
一刻も早く抜け出すため、最短の方法を取る。
すなわち、両手の間に刃を投影。そのまま出現と同時に、縄を切断する。
「……?」
違和感を覚えるほどに、すんなりと成功した。一度投影したからか、それともスイッチを入れる練習をしたからか。
ともかく、ふらついて壁に手をつきながらも、なんとかドアへ向かおうと――――。
「誰か来る?」
まずい。もしこの屋敷の人間だとすれば、二重の意味でまずい。俺が縄から抜け出したということと、投影したナイフを見られてしまうこと。その双方に危機感を抱いて、椅子に座り、再度しばられているように見せかけて――――。
「――――無事ですか、シロウ……!」
「――――」
目が点になる。セイバーが、都合が良すぎるようなタイミングで現れていた。
「縛られているのですね? すぐ解きますから、そのまま――――」
「あ、いや、縄は解けてる」
とりあえず捕まったふりをしていたと説明してから、感心したようなセイバーの手をとる。
「セイバーだよな? 俺の幻覚とか、イリヤの魔術とかじゃなく!」
「な! シ、シロウ、待ってください、その……」
「うん、本物だ。……あれ? けど、どうしてここに?」
バビロンの啓示でも受けたのだろうかと、何故かそんな意味の分からない思考が過ぎる。
「そ、そんなこと言うまでも無いでしょう。貴方が囚われたのなら、サーヴァントたる私が助けに来るのは当然ではないですか」
「あ、いや。どうして俺が捕まったって知ってるんだよ。
いや、それより、今外は――――」
「それよりも先に言っておきたい。貴方の心情を慮って一人で行動させるも、なぜこう易々とイリヤスフィールに拉致され、監禁されてしまったのですか!」
「え? あ、それは……」
「この件に関しては、何らかの謝罪をしてもらわなければ気がすみません。それと……、? どうしたのですか、シロウ」
「…………いや、落ち着いた」
俺に気を遣ってくれていたのか。桜のことで悩んでいた今朝の俺に、セイバーはいつものように接してはこなかった。明らかに一歩引いて、俺のしたいようにさせてくれていた。
でも、そうじゃなかった。……考えれば当たり前だ。衛宮士郎に出来ることは、まず一歩一歩、近くのことからなのだから。
悩むのは後回しだ。今は――――聖杯戦争に勝たないといけない。
勝って、桜をしばる今の状況を何とかしないといけない。
「ありがとう。お前が来てくれて、本当に助かった」
「あ、いえ……、ええ。と、当然のことです」
少しだけ視線を上に逸らすセイバー。こころなし、照れてるようにも見えなくはない。
ともかく、後はここからセイバーと外に出るだけ――――――。
……って。嗚呼、そういえば表でアーチャーが暴れてる、みたいな話があったっけ。
だから視界に、遠坂さん家の凛お姉さんが見えても、決して不思議ではないのか。
「ふぅん。なんだ、思ったより元気そうじゃない」
「遠坂……? そういえば、なんでお前まで」
「もともと、アーチャーが貴方がここに連れ込まれるのを見ていたのよ。
で、セイバーが気付くよりも先に情報共有したって訳」
「なんでそんな――――」
「まぁ、アーチャー的にはアインツベルンの拠点がわかればそれで充分だったみたいだけど……。少し気になることもあったから。
それより、アーチャーが時間を稼いでる間に逃げるわよ」
セイバー、遠坂と一緒に廊下に出て、不覚にも開いた口がふさがらない。なんだ、この、豪華さと広さ。
「見とれてる場合じゃないわよ。外は一面森の奥なんだから、急がないと日が上るわよ」
「ってことは、深山町から車で何時間かかるんだ!?」
朝日が昇るまでに森を抜けなくてはいけないと、遠坂は言う。
話を聞くに、おおよそ半日……はかかっていないか。それでも日付は変わっているので、丸一日。
「面目ない」
「いえ、そのようなことはありません。イリヤスフィールにとらわれど、未だ生きているということは。貴方が決して屈しなかったということだ。
……最悪、貴方が死んでいるものと覚悟して、この城に足を踏み入れました。だから、ここで貴方と再会できて良かった」
……そっか。
「だったら、ちゃんと帰らないとな……」
言いながら、屋敷の裏口へ向けて走る俺たち。
と、ふと気になる事がある。
「遠坂。アーチャーは?」
「……後で来るって言っていたから。今は、逃げるわよ」
何も言わず――遠坂は、『刻印のない』手を覆い、握り占めていた。
※
「――――――!」
「――ッ!」
紅い弾丸を放つアーチャー。それを正面から叩き潰すも、弾丸は「ありえない角度をもって」、ヘラクレスを穿つ。でも、それさえほとんどダメージがないというのだから、状況はあまりに酷い。
荒らされた正面の入り口。アーチャーの狙撃によってボロボロとなったその場所において、二体のサーヴァントは対峙していた。
「
巨人に向けて、黒き弓兵は銃を構える。
「――――
放たれた煙のごとき弾丸を、当然のようにとらえ叩き潰す狂戦士。
砕け散り、霧散するそれを見て、アーチャーは肩をすくめた。
「なるほど。……同種の攻撃には耐性が出来るということか」
「そうよ。もう『毒も』通じないわ。
いくら腕にAランクをもってして穴を開けたところで、一度進入を許したものを、バーサーカーが残しておくわけ無いじゃない」
呟きながら、アーチャーは弾丸を変える。
「――
「正面から叩き潰しなさい! バーサーカー!」
唸り弾けとんだ巨体に、接近を許すアーチャー。だが、
「――――
光線としか思えないような、そんな弾丸は、バーサーカーの上半身を大いに抉り飛ばす。
いや、もはや弾丸ではない。放たれた直後、あまりの威力のせいか、弾丸が「弾丸の形状を保てず」、自壊して、巨大な槍に変化。そのままバーサーカー目掛けて飛来した。
その威力は、もはや殺人光線としかいいようのない。一撃は、さしものバーサーカーをして想定外だったのか。振り被った腕そのものを消し飛ばし、肩の根元から溶かした。
地面に、岩の大斧が落ちる。
「これで――――ッ!? チッ」
だけど、それさえぬか喜び。
未だにヘラクレスの腕は再生を続ける。
引きながら、アーチャーは悪い冗談だとばかりに嗤った。
下ろされる豪腕が、アーチャーの体をえぐるように殴る。それだけの衝撃に、アーチャーは弾け飛ばされる。
もっとも、その時の音にイリヤスフィールは違和感を抱く。
「……? アーチャー、貴方は……」
バーサーカーの感じた違和感と、同種のそれ。
アーチャーの肉体。その強度が明らかにおかしい。バーサーカーのそれは、余波だけで並のサーヴァントを戦闘不能に追い詰めることが出来る武器だ。だからこそ、直撃をくらってなお立ち上がれるというのに、違和感があり――――どちらかと言えば、そう、まるで鉄でも殴っているかのような。
そして、見た。
その肉体の状態が、あまりにも異なることに気付いた。
黒い肌の下。割けた内側に、金色の何か――――まるで金継ぎか何かのようなそれ。それによって繋がれたものが、無数の、錆びた刃であることに。
刃の先端が蠢くようなそれ。アーチャーの割けた肌の下から覗くそれは、明らかに彼の体が、人間のそれと異なることをあらわしている。
「流石に、このクラス相手にはキツいな」
竹束、という盾がある。戦国時代、火縄銃を防ぐために考案されたそれ。火縄銃に対して効率化された、竹で編まれた盾である。火縄の弾丸が竹を貫通することが出来なかったからこそのそれだ。
そも貫通力のある攻撃を防ぐ手段は、その貫通できないだけの厚みを持つことに他ならない。戦地で土嚢や人塁などが有効だったのも、それに由来する。
なれば、この弓兵はその身の内に、幾千幾万もの刃を重ねる。
並の攻撃の貫通を許さず、直接打撃ならば相手にさえ傷を負わせる。故に本人でさえそれにより傷を負う――――そういった諸刃の「防弾加工」こそ、この男の在り様そのもの。
『――――俺が囮になろう』
アインツベルの森に入った時点で、アーチャーはさも当然のように提案した。
もとはと言えば、当たり前のように衛宮の家に来訪した折に異常に気付く凛とセイバー。ほどなく公園で買い物袋を発見する三人。
セイバーの証言から、相手はイリヤスフィールだろうと当たりを付け、かの城を目指して来たのだが……。こと作戦を打ち立てる前に、アーチャーがそう断言した。
『……なんで?』
『当たり前だろう。かのヘラクレス、その身体に宿る宝具の正体すらロクに掴めない。いくら戦略兵器のごとき力をこちらで確保していようとも、使いどころを間違えれば全員死ぬのが戦争だ。
その点で言えば、セイバーは温存しておくべきだ。間違っても俺と一緒に戦わせるのは頂けない』
『む……?』
何故かアーチャーの言い方に不服を覚えるセイバー。いや、確かに彼女の宝具は解放さえすれば、それこそ並の英霊で歯が立たないほどのそれではあるのだが。いかんせん、そんな「聖剣をぶっ放するだけ」みたいな不敬な言い回しをされたように感じたのだろうか。
『それに、もしセイバーが失敗した場合、間違いなく彼女は撤退できないだろ。霊体にさえなれない、魔力供給とて充分でない。ならば結論は目に見えている』
『……確かにそうなるわね。でも、見つからないで進入することなんて出来ないの?』
『やはり経験不足と見える。森に入った時点で敵の陣地だ。既に情報が漏れている以上、何をしたところで足止めは必要になる。
だから、マスターたちが逃げるまで俺が時間を稼ごう』
そんなことを当たり前のように言う弓兵に、遠坂凛は違和感を覚えた。当然だ、時間的に連続性のない思考を持つこの英霊が、突然こんなことを言い出すからには、何か別な理由も在るに違いない。
そんな彼女の意図を察してか。アーチャーは皮肉げに、嗤いながら言た。
『召喚されて一週間は経ってるのか? 覚えがないが、判ることはあったよ。
アンタがあんまりにも払いが良すぎて、お陰で理解させられた』
払いが良い――守護者としての効率的な振る舞いを求められない。それが過ぎるとかつて嗤いながら言っていたこのアーチャーは、しかしそれを理由に結論を悟ったと言う。
『遠坂凛は、聖杯にかける望みはない――――強いて言えばその過程にこそ意味を求める。戦いがあるからこそ、当然のように勝つことにこそ。嗚呼、優雅にだったか? そして誇らしく勝つこと。
つまるところ、戦闘民族みたいな条件分岐を辿ったんだろ、この莫迦が』
『ば――――、いえ、もっとマシな言い方ってもんがあるでしょ!?』
だが否定しないあたり、彼女にとってそれは真実の一つである。正式に、その悲願を彼女は継承していた訳ではない。それは文字通り、前回の聖杯戦争の最中に絶たれてしまったものである。……まぁ、まさか弟子に背後から騙し打ちをされたと、この場の誰しもが思いはしていないが、それはさておき。
『だったらこの場合、条件が変わる。アンタの行動まで制限する権利は俺にない以上、アンタを死なせないことが、すなわち契約上の勝利だ』
『ですが、そんなことをすれば――』
『無論、死ぬつもりはないさ。だが決めるのはマスターだ。
セイバー。それにどの道、このマスターがそう黙って指を咥えているタマか? 例え俺を失ったとしても、余裕さえあればお前のことをあのマスターからぶんどって、殴りこみかけるくらいはしそうだぞ』
『アーチャー。貴方良い性格になってきたわねぇ』
『払いは良くても不満はたまらない訳じゃないってことだ。
だが、結局決定権はマスターにある。どうする?』
「
「え?」
瞬間、アーチャーの姿を捕らえられなくなるイリヤスフィール。空間に、緑色の靄がかかったように見える。
バーサーカーとてそれは同様。振り下ろす先を失った岩斧が、しかし標的を鋭敏に探る。
照明も光を失い、暗闇に包まれる一帯。
――――
――――
その時点で、アーチャーは覚悟を決めていた。
よもや、ここまで今の自分で対応が出来ない相手だとは想定もしていなかった。……逃げるくらい問題ないだろうとタカをくくっていた訳ではない。
だがそれ以上に、今のこの身にとって、慣れない戦いだった。
――――
戦場において、常に一人。始末人としての彼は最小効率で事態を収束するべく、手を血に染める事を躊躇しない。
――――
――――
だからこそ、誰かを守りながら――意識しながら戦うという選択肢が、事の他厄介で。
その指針に従って行動しているだけで、常に、頭に亀裂が入るような錯覚を覚える。
それこそがクリティカルに、彼の在り方を抉る。
――――
だが、だからどうしたというのがこの男の在り様で。
既に涙が流れるこの状況においても、それでも、思考は相手を倒すために最適化。
己の力量のみで殺すこと適わずとも、それに至る伏線は、いくらでも散りばめられている
――――
見えない視界で放たれた弾丸。
敵マスター目掛けて撃たれたそれを、的確に見抜き、庇うバーサーカー。正気でなかれど狂いはしていない、その在り方を見て再び失策を悟るアーチャー。
その体は既に、一度「螺旋剣」の弾丸を受けている。故にこの弾丸とて、その身を貫通するに至らず。
「
だが、今回においてはそれこそが狙い。
「――――
弾かれた弾丸が炸裂する。――炸裂する世界は、決して狂戦士を殺すことは出来ない。だが、その閃光は紛れもなく、かの英霊の足を止める。
その時点で準備を始める――――赤き荒野は時間と共に白化し、磨耗する。
だからこそ、瞬間的に選択肢はない。
これを放つ以上は、決死である。
故に胸に刃を構え、つながりを絶ち、今一度持てる自分の全てを。
「――――
嗚呼、だからこそ。
この弓兵は――その切り札が、一体何に由来するものなのかさえ気付かず。
銃口から放たれる、黒き極光の剣は――――地上に落ちた星のごとく、最果ての剣の世界に解き放たれた。
※正確には|極光堕ちし遥か黄金の剣《エクスカリバー・ヴィヴィアン・イマージュ・モルガン》だが長すぎるので、必要箇所以外は省略している
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美的感覚が壊れたMaiden! その3
短い時間ながら、戦いは終わった。
結論から言えば、傭兵たるかの弓兵の姿は薄れる。その身は既にほとんどを費やし、浮かぶ嗤いさえ余裕はなく。もう実体さえ保てない。
それでもなお、敵の前で消滅する事を嫌ったのか。体を消し、この場から去ったろうかのサーヴァントに、イリヤスフィールは苦々しい表情を浮かべる。
「――――信じられない。なんだったのよ、アイツ」
絢爛を誇っていた広間は既に廃墟も同然。イリヤスフィールを気遣うメイドの一人が金切り声を上げ、もう一人が「大丈夫」と気絶し掛かった相方を慰める程度には、全く酷い有様。
時間にして一時間も掛からず。
不動の巨人を見るイリヤスフィール。
その巨人――――いや、もはや巨人と形容できるだろうか。だが徐々にそれは、己の肉体を取り戻しかけていた。
黒き光の奔流――星の息吹の模造品たるそれ。
ただの一撃。しかしそれに都合、八度は身を焼かれたろうか。正常に再生しうる可能生ごと、その身は既に五回殺されている。
再生しかかる上半身が、一瞬、わずかに変色する前の肌色を見せるほどに、それは、概念からしてかの狂戦士を殺していた。
「――――得がたい相手だった。故に、わずかに惜しい」
「……!? ば、バーサーカー?」
突如として聞こえた、深く落ち着いた声。それに驚き振り返るも、しかしその目はもはや理性を欠いている。おそらく再生の途中で、一瞬、狂化が途切れた瞬間があったのだろう。
ありとあらゆる攻撃を無効とする大英雄の宝具をして、都合、五回は殺された。手段こそ少なく、最期のそれがなければまだ二度ほどか。だが、事実としてかの傭兵は巧く立ち回った。
だが、真に驚くべきは。
「……投影使いの英霊なんて、知らない」
多彩な戦術。かつ、ヘラクレスを傷つけうる英霊であるにも関わらず、その正体が依然として知れず。その在り方こそが異常と言えば異常か。
外側の完治は成した。が、完全に回復するまでには三日は要するだろう。だがそれを待てる程、彼のマスターは冷静ではない。
日が昇るには、まだまだ先は長い。
長いが――――しかし。
丁度、再生しきったバーサーカーの頭部が、爆裂する。驚くイリヤスフィールだが、その原因に心当たりはあった。
もはや姿の見え無くなったアーチャーの置き土産か――――最期の最期でもう一つ、持って行かれたという事実に憤慨する彼女。脳裏に浮かぶ、あの嫌な嗤い。
「――――でもいいわ。この借りは、シロウにたっぷりとってもらうんだから」
だが、イリヤスフィールの認識は完全ではない。頭に血が上っているのみならずだろう。それには、かのアーチャーの意識誘導が見え隠れする。
本来なら消えて、何処かへと還るはずのアーチャーの気配が――未だ、そこには至っていないということに、気付いている様子がないのだから。
※
「あ、そうだ。士郎」
「? 何だ、これ」
遠坂が、突然俺に手渡してきたもの。三つのそれは、錆び付いた弾丸のようなもの。
「アーチャーの弾丸よ。いざという時に使えって渡して来たけど……、あげるわ」
「え!? いや、それは――」
「いいのよ。どの道、宝石魔術を使いながらそれを使うなんて出来ないし。たぶん――貴方なら使い方、分かるんじゃない?」
移動中、そんなあたまがとうふになるようなことを言う遠坂。さっぱりそれについて説明をしない以上、自分で解析しろとでも言いたいのかコイツ。
ただ、そんな遠坂は不意に足を止めた。
手を覆い、顔を伏せ。それが何を意味するか、察っせられない俺たちではない。
「あの、ぼんくら……、帰ってくるんじゃなかったの……」
だからこそ。そんな遠坂を見て、俺は当たり前のように言っていた。
「お前だけでも逃げろ、遠坂」
至極当たり前の判断だった。だが、遠坂はお気に召さないらしい。
「――――は、はぁ!? 何言ってるのよ、アンタ!」
「わかってるだろ。イリヤの狙いは俺だ。だったらサーヴァントが居なくなった遠坂が、俺たちと一緒に戦う必要なんてない。殺される必要なんてない」
「殺されるって、アンタ……!」
「いや、違うな……。遠坂には話してなかったか。前回の聖杯戦争で、親父はアインツベルンを裏切ったらしい。だから、アイツはたぶん俺を狙うんだ」
「衛宮のお父さんが……、だから、士郎にそれを清算させようっていうの?」
「ああ。だけど、それだけじゃないはずだ。だから俺は言わなくちゃいけないことがある。――――戦ってでも、話さなくちゃいけないことがある。
でも、それに遠坂を巻き込むのは筋が違う。それは単なる我侭だ」
「だ、大体、そんなこと言ったって――――」
「イリヤは必ず止める――最悪、道連れにする」
状況次第では、それだけの覚悟を持つ――持たないと、アイツと正面から話すことさえ難しい。それだけ彼我の間には隔絶した差がある。
俺の言葉に、遠坂が「道連れなんて出来るわけないじゃない、貴方」と冷静に言う。
「――――
だから、都合三度目になるそれを見せる。……基本的なことは変わらない。ナイフを作ったのだって、元を正せば構成を理解し、何もないところにイメージを付与するだけ。
脳裏に浮かぶ、アーチャーの使っていた黒い弓――――。一度しか見た事はなかったけれど、思いのほか、あの出来の悪そうな弓でも、再現は出来たらしい。
遠坂は悟る。強化しか使えなかった衛宮士郎と、投影が使える衛宮士郎とではその根本が異なることを。……その気になれば限界を超えてでも、イリヤを止めることが出来てしまうと。
「――――士郎、それ……、ああ、もうっ!」
「……言っておくけど、俺は逃げないからな。もしお前が逃げないっていうなら、セイバーに言って無理やりにでも連れ出してもらう」
『――――――そう。シロウも結局、私を裏切るのね』
口ぶりは落胆。でも声音は微笑が混じる。
イリヤの声を聞いて、俺たちは張り詰めた。
「ちょっと、待ちなさい士郎! 貴方、自分がどんな無茶苦茶言ってるかわかってるの? ちょっと!」
遠坂を振り払って、俺はセイバーと走る。
「出来る限り距離をとるぞ、セイバー」
「……」
セイバーは無言のまま、何かを堪えるような表情に違和感を覚える。てっきりセイバーにも、遠坂のように止められると思っていたのだから。
「どうしたんだ? セイバー」
「……シロウ。私は反対です。凛を一人にしたままということに」
「なんでさ」
「わかりますか? もし仮に、我々が倒れた際。凛を守るものは何一つとしてないということになります。
仮に凛が逃げる事に失敗した場合、もう手の撃ちようがない――」
「だから、三人で戦う方が良かったって? だけど、それだって同じだ。バーサーカーとセイバーが正面から戦っている時、イリヤは俺に何もしないけど。でも遠坂相手だと話は変わってくると思う」
「一理在ります。ですが、どちらにせよ程度の差です」
「程度の差だからこそ、遠坂には逃げてもらいたい。……殺される必要もないやつが、殺されなきゃいけないような所にいる意味はない」
それは、あの火の記憶。
いくつもの嘆きを浴びたからこその条件分岐――。衛宮士郎にとって、それ以外の選択はとれない。
それを聞いて、深く、セイバーはため息を付いた。
「全く。……その頑固さは実に貴方らしい」
「セイバー?」
「でしたら、私も切り札を使います。それをして、ようやくあの英霊と戦うことが出来るでしょうから」
「! よ、止せセイバー、そんなことをしたら、お前、消えるんじゃないのか!?」
「一回程度なら問題はないでしょう。それに、シロウ――」
ふっと微笑み、セイバーは俺を見る。
「私も、貴方に消えて欲しくはない」
「――――」
それは、言葉を返すことを忘れるような微笑で。
「意外ね。もう観念したの? シロウ」
セイバーが先行し、イリヤとバーサーカーとに刃を向ける。背中が語る。ここより前は死地。決して前に出てくれるなと。
距離は40メートルもあるかないか。
イリヤの後ろには、当然のように狂戦士の影が立つ。月夜に照らされたそれは、普段にもまして魔的に感じられる。
「いいわ。今まで見逃してあげたけど……、それもこれでおしまいなんだから。
リンはどうしたの、シロウ?」
「別れたよ。アーチャーが倒れた以上、アイツがこの場に残る意味はない」
「……ふぅん、庇ったんだシロウ。私の味方はしないで、リンの味方はするんだ」
少しだけ目が細められる。そこにはいくらか嗜虐的な感情が乗っていた。
その口ぶりは、やはり、俺に――いや。衛宮切嗣への執着と、愛憎が宿っているようで。
「イリヤ」
「なに、命乞い? するなら情状酌量の余地はあるけど?」
そんなイリヤに、俺は言う。
「――親父は晩年、ほとんど魔術が使えなかった」
俺のその言葉に、ぴくり、と無表情がゆれる。何が言いたいの、と語る目に、俺は続けた。
「切嗣は、俺を拾った後。ある程度、一人で大丈夫になってから、何度も、何度も海外に出てた。そのたび、帰ってくるたび、楽しそうに見えるよう振舞ってたけど――今思えば、空元気というか。空回っていたような気もする」
「……何が言いたいの?」
「切嗣は、イリヤに会いに行っていたんじゃないか?」
「――――うそ!」
俺の言葉に、そう叫び返すイリヤ。でも、その表情が、段々と不安定になっていく。俺は知らないが、何か、イリヤの中でその考えは、引っかかるものがあったのだろうか。
「……なぁ、イリヤ。本当に戦わなきゃいけないのか? 俺たち」
「うるさい……、できないのよ、お爺様の言い付けだもの。
バーサーカーのマスターである限り、私は、他のマスターを殺して勝利しなくちゃならないんだから」
苦い表情を浮かべるイリヤ。明らかに、その心中には動揺があった。
「……シロウこそ、屋敷で私が言ったこと。ちゃんと答えるんなら、聞いてあげてもいいんだよ?」
「――――駄目だ。俺は、聖杯戦争を終わらせる。イリヤがマスターを辞めないって言うのなら――バーサーカーを倒してでも辞めさせる」
瞬間。
イリヤの顔に刻印が浮かび――――いや、顔だけじゃない。離れていてもわかるほど、イリヤの令呪は俺たちと比べ物にならないくらい巨大なそれで。全身に行き渡ったソレは、痛々しいなんてものじゃなかった。
「そう。なら、今日は一人も逃がさない――――砕け、ヘラクレス」
イリヤの、その声に。呼応するよう巨人が吼えた。
嗚呼、それだけで――それだけでわかってしまう。バーサーカーの絶叫と共に、巨人は叫び。ありとあらゆる圧力が増すことを。
肌で感じるこの危機感だけは、どうも疑いようは無い。あれは、触れる事さえ危険なものだ。力量など計るまでもない。さっきのそれと、感じる重圧が何桁も違う。
「そんな、理性を奪っていただけで、凶暴化させていなかったとでもいうのか……!?」
「――寄るものは千切り、捨てなさい。眼前のそれは、難業など何一つとしてないのだから。バーサーカー!」
再びの咆哮。
爆音と共に大地が振動。
セイバーの剣戟にも余裕がない。間合いが違う。威力が違う。速度が違う。基本的な体力の桁が違う。
腕を振るうだけで放たれる剣風を相殺するだけでさえ、あのセイバーの体がきしむ。
まるで採掘機だ。そんなもの、正面から打ち合ってどうこうなるものじゃない。
魔獣に立ち向かう、彼我の差など意味を成さない暴力を前に剣を手に取るもの。――古い時代、英雄とはこういうもんだったのだろうと、直感的に理解させられる。
だが、肝心のセイバーはどう見ても本調子じゃない。ライダーの時にさえ、わずかながらでも宝具を解放しかけたのもあるだろう。
当然、俺の攻撃など通るまい。だけど、注意をそらすくらいは――――。
「
「へ?」
イリヤの驚いた声が聞こえる。が、構いやしない。脳裏に過ぎるは、最初の夜。バーサーカーにアーチャーが放っていた剣。赤い持ち手のそれは、見た目に反して投擲を主体とするそれだと。直感的に理解が及ぶ。
ソレを横にし、番えて、放つ。
だが、こめかみに命中した矢のごとき剣は、根元から逆に粉砕された。
注意をそらすどころじゃない。意に介しさえしないほどか、あれは――――!
「え……、だって……っ!
バーサーカー、セイバーを早く殺しなさい!」
何かに動揺しているようなイリヤ。
だが、そんなことに気をかける余裕さえない。――力不足。衛宮士郎の独力では、今はなにをやっても通用する要素さえない。
この弓では駄目だ。槍でももはや貫けはしまい。敵と同じ武器だから良い訳でもない。
もどかしい。成すべき手段が見えているというのに。未だ衛宮士郎はあれに手を伸ばすことが出来ない。本当に指を咥えて見て居るしか――いや、そうなのだろうか?
バーサーカーの動きには、本来なら存在しえない何かが見て取れる気がする。狂戦士にあるまじき形。それは、本来、戦士としてのバーサーカーの名残。直感的に、その一部を察知するが、しかし、それをもとに構築する事は未だ適わず。
「セイバー……!」
バーサーカーの斧剣がなぎ払う瞬間。未だセイバーは押されているように見えて、鎧を除いた破損や損傷をしていない。そしてその温存を、今一時、この場で解き放つ――――!
咆哮するバーサーカーだが、懐のセイバーから逃れる術はない。風を纏った剣で、なお深く踏み込み斬り払う――――!
信じられない。あの巨体が、数メートルも弾き飛ばされる?
――そしてそんなタイミングで。氷の雨が、バーサーカーに降り注ぐ。
「私が自分で立った舞台なのよ――今更、こんなことで降りてたまるものですか!」
突如現れた。叫ぶ声は遠坂。セイバーに弾き飛ばされた方角の後ろから現れて、当然のように呪文を叫ぶ。逃げろと言ったのにこれだ。完全に俺もイリヤも予想だにしていなかった。
避けて、とバーサーカーに叫ぶ。叩き落とすのにわずかに失敗した巨体の腕を一つ潰す。
「まだまだ!」
そして、二つ。バーサーカーに至近距離から打ち込まれる宝石の弾丸は――――その胸部に風穴を開けた。
瞬間、こちらに飛び跳ねる遠坂。あれは、確実にバーサーカーの命を削った。
だというのに。
「――――うそ」
煙の向こうには、脈動する心臓が――いや、ソレを瞬間的に覆うように、骨が、肉が、形成されてていく。
「……ふふ、うふふ、あははははは! 見直したわリン、まさか1度でもヘラクレスを殺すなんて!
でも残念! せっかくシロウが庇ったのに、逃げなかったのは『底抜けにお人よしの』貴女らしいけど、裏目に出たわね! バーサーカーはそれぐらいじゃ消えないんだもの!
十二回は死なないんだから」
それを聞き、遠坂も、俺も悟る。大英雄たるヘラクレスは、ヒドラの弓を持たず、巨大な岩を武器としていた。ならば、今ありうるヘラクレスのシンボルは、その肉体をおいて他にない。
「十二の難業を超えた英霊は、褒美として不死を与えられた。……つまり、十二回は自動的に、蘇生魔術が重ねがけされてるってことなのね」
「ええ。だから簡単には死ねないの。自身が乗り越えた『死』の回数程度は生き延びる事を強制された、神々の呪い――――
バーサーカーの命はあと四つ! 今のが五倍はあれば、削りきれたかもしれないのに」
イリヤの声はよく聞き取れない。
ただ、得意げな声を上げる彼女に――――セイバーは、剣を構えた。
「――――五倍もあれば、削りきれると言いましたか。イリヤスフィール」
風が解かれていく。
セイバーを中心に吹き荒れるそれは、疾く嵐へと変貌し――――。
「ならば受けるが良い、大英雄。
星の息吹。生命の奔流を――――!」
封が解かれる。幾重にもされていた風の鞘を払い、セイバーは剣を、抜き放った。
「うそ、でしょ? あんなのって――」
「え?」
俺も遠坂も、反応を返すことが出来ない。
我が目を疑う。見えなかったはずのそれが、確かに見える。
嵐のごとき風の帯を溶かし。露になったそれを構え、セイバーは再生途中のヘラクレスへ。
収束する光。荒らぶる黄金。
その手に煌くは、俺がどんなに手を伸ばしても届く事のないだろう――永遠に、遥か黄金の剣。
バーサーカーの懐に踏み込み、その体に向けて刃を立て、振り下ろす。
「――――――――
文字通り、光の柱だった。触れる物を例外なく切断する、幾千もの光の斬撃。束ねられたそれは、一つの線となり、バーサーカーの胴体を飲み込む。
……放たれた閃光は、巨人の体を内側から貫通し、空に立ち昇った。
光の波動。その余韻が、未だに森を焼き。しかし程なく収束する。
だが、それよりもだ。ぐらりと揺れるセイバーに駆け寄り、俺はその肩を抱き止める。
敵前だからか、セイバーも意識を失うまいと、睨み付けるようにヘラクレスを見て。
「――それが貴様の剣か、セイバー」
もはや不動と化した巨人は、重い声でそう問いかけた。
「これは
――エクスカリバー。イングランドに存在したとされる、騎士の代名詞として知られる王の剣。
おそらくサーヴァントの中でも最強に入るだろう宝具。それこそが、彼女の正体を示すそれだろう。
それを受け、バーサーカーは表情さえ変えず。
「一度は防いだ聖剣だ。だが、本質は幻想であったか。
――――見事。何度我が身を焼こうと、耐えることすら出来ぬ光よ」
ざらりと。切り裂かれた傷から、砂粒のごとく形を失っていく。
「だが精精、忘れるべくもない。
その極光は、一度堕ちるかもしれないことを」
滅びの言葉には、感情が乗ることもなく。狂戦士は大気にその形を霧散させた。
イリヤ「(投影に、エクスカリバーなんて・・・、じゃあまさかシロウは――。でも、なんでまだ、『還ってきてない』の?)」
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魔女の誤算Ka? その1
「終わったわよ。和室に寝かせたけど、あの分じゃしばらく目を覚まさないでしょうね」
遠坂に礼を言いながら、俺は朝食の準備をする。遠坂いわく「朝はとらない主義」なのだそうだけど、それでも作らせてくれと頼んだ。
「まぁ大したことなんて、もう出来ないわ。宝石もあと二つってところで脱落しちゃったし、なによりセイバーも回復させられないんだから」
「それでも、遠坂が居てくれたのは助かる。俺だけじゃどうしようもなかったからな」
「……莫迦ね。貴方だって薄々感じてはいるんでしょ?
このままじゃセイバーが消えるってことくらい」
「一発だけなら大丈夫とか言ってたんだけどなぁ」
「何ていうか、貴方たちって本当そっくりよね。セイバーも、貴方も――」
アイツも、というような呟きが聞こえた気がした。それよりも、事態は深刻で。
現在のセイバーは、ほとんど空っぽ状態。あれだけの魔力をもってして放たれたそれは、明らかに魔力をほとんど消費させてしまった。
消えようとしている自身を留めるため、必死で抗っているセイバー。
「サーヴァントにとっては外的ダメージよりも魔力切れの方が深刻な問題、だっけか」
「ええ。霊体であるサーヴァントに肉を与えるのは魔力なんだから。
消えないために魔力を送る必要があるんだけど、貴方はそれが出来ないでしょ?」
現状、一発の切り札。それをバーサーカー相手に放ったセイバー。
「理解できてるわね? 方法は二つ。マスターが魔力を補填するか、サーヴァント自らが魔力を補充するか」
「……後の方は駄目だ。セイバーも望まない」
「そのための令呪なんだけど……、貴方もそれはしないわよね」
呆れたように、でもどこかほっとしたように笑う遠坂。
「でも、現実問題無理はあるのよ。時間はないわ、士郎」
決断は俺次第だと言いはするが、限界はそう遠くない。残るサーヴァントは3騎。そのうちアサシンとキャスターは共闘している。
そんなの相手に、宝具の使えないセイバーが戦って勝てるかは、怪しいところがあるだろう。
「でも、まさかアーサー王だったなんてね。女の子だったっていうのには驚いたけど」
聖剣、エクスカリバー。担い手たる英霊は、英国における英雄の代名詞。
「ま、それは一旦置いておくわ。あんまりいぢめても良い結果は生まないでしょうし。
私としては、どうするかが気になるんだけど。あれを」
「あれ?」
「和室で寝てる物騒な子供のことよ。放っておけって言ったのに、連れてきたのは貴方じゃない」
嗚呼、イリヤのことか。
バーサーカーが消えて、消沈した声を出して、イリヤは気を失った。セイバーも倒れてどうしようもなくなった時、目覚める様子のなかった彼女も放っておけず、家まで遠坂に連れてきてもらったのだ。
言峰に預けろ、としきりに言うが、でもあの神父のもとに預けるのも何か違和感があり、今は和室で眠らせている――。
「教会に預けるか、今のうちに令呪を剥奪しとくのが正解な気もするけれど」
「な、なんだよ。だってほっとくわけにもいかないだろっ。イリヤはまだ子供なんだし、それに……」
それに、イリヤは親父の娘なんだ。だったらなおのこと、言峰に預けてはおけない。
「もちろん、イリヤがしてきたことを全て許すってことはない。でも、それじゃ終わりがないだろ。自分のした事を悔やめるようになるのなら、俺は助けるべきだと思う」
しばらく俺をじろっと睨み付けてから、遠坂は深くため息をついた。
「なんだよ、セイバーみたいな反応しやがって」
「そりゃセイバーもこんな反応するでしょうよ。でも……、貴方が『ああならないためには』、必要経費なのかもしれないわね」
「?」
「いいわ。こっちの話だから。マスターを殺すためじゃなくって、戦いを終わらせる為に戦うっていったっけ。
でも、これだけは言っておくわ。――私は、アーチャーのことを帳消しにするつもりはない」
俺と遠坂の間の空気が、固まる。
互いの顔を見据えたまま硬直する。
そんな時、戸が開けられた。
「その必要はないわ。リン」
「イリヤスフィール……!」
息を呑む遠坂に、イリヤは呆れたように手で制した。
「待ちなさい、別に戦う気はないわ。だからいきり立たないでくれない?
……ほんと、おなじレディとしてはずかしいわ。たしなみってものがないんだから」
「な、なんですって……!? 年下のくせに」
「あら、それはどうかしら?」
へ? と意味がわかっていない遠坂の反応。まぁ、あえてイリヤもそこを追求するつもりはないのか、すぐにこの話題を切った。
「――――礼を言います。セイバーのマスター。敵であった我が身まで気遣うその心遣い、心より感謝いたしますわ」
カテーシーを伴って俺に頭を下げるイリヤ。呆然とイリヤを見つめる俺と、胡散臭そうにイリヤを見る遠坂。
と、イリヤが右手を上げ――――。
「――――え? ええっ!? ちょ、イリヤスフィール、アンタ正気!? っていうか、こんな一瞬で出来るなんて――」
「正気も正気よ。丁度余りがあったし。
元々、私が仮に負けたらシロウか貴女にあげるつもりだったんだから」
と。イリヤはにこりと余裕そうに笑う。
遠坂の驚きももっともだ。だって――――、その手には、再び令呪が浮かび上がっていたのだから。
「流石に全部はあげられないから、せいぜい一画だけだけど。ないよりはマシでしょ」
「……どういうつもり、アンタ」
「必要があってのことよ。今回の聖杯戦争だけの特別なんだから。
『イレギュラーは少ない方がいい』のよ。余計な混乱は最小限にしたいの」
そんな意味のわからないことを言うイリヤ。だが、イリヤが何をしたのかは明白だった。
イリヤが、令呪を一つ遠坂に譲ったのだ。……それが、一体何を意味するのか。
「一つ残しているのは、言わなくてもわかるでしょ? 貴女なら」
「……つまり、本気でアンタは」
「貴女となんか違うんだもん。……わたし、バーサーカー以外のサーヴァントと組む気なんてないんだから」
その言葉には。遠坂でさえ意外そうな反応をするほどに、真実、虚飾が乗っていなかった。それは同じように、マスターとしてサーヴァントと命を預けあったからわかるものだろう。
それに、とイリヤが続ける。
「『私を確保しておく』ってことの意味を、もう一度考えたらいいんじゃない?」
「――――それを成立させるためには、セイバーが万全な状態である必要があるわ」
「ええ。だから、リンはその準備をしなさい。絶対なんだからね!」
ふああ、と欠伸をするイリヤ。もう少し寝るから、とふらついた足取りで、来た道を戻っていく。
場所がわかっているのか、わかっていないのか。ちょっと心配だったので、後で様子を見に行こうか。
「……妙手といえば妙手ではあるわね。
でも、あの反応からして……、まぁ、確かにあんまり気の進まない方法だから、確かにそうなんだけど」
「? なんだよ遠坂」
「べつに。
仕方ないけれど、まぁ、人を襲わせないでセイバーに魔力を送る方法。私がサポートできる範囲で三つあるわ。気が進まないというか、貴方がワガママを覆しそうにないから言うんだけど」
「三つ?」
「一つは共有の魔術。……本当なら士郎が覚えてセイバーに魔力を与えればいいんだけれど、今回は私主導でやることになるわ。時間が1日くらいはあるでしょうから、今回私がやろうと思うのはこれ」
いい? と目配せで確認してくる遠坂。
「それはいいけど……。他の二つって何だよ」
「簡単に言えば、貴方とセイバーとのパスを完全に通しなおすのよ。たぶん、パスが不完全なんでしょうから」
「だから、具体的に……」
「――――ッ、で、デリカシーってもんを考えなさい貴方!」
いまいち要領を得ない遠坂だったが、やがて観念したように話しだした。
「……セイバーと士郎の魔術回路を新しくするには、霊的な意味合いで、重要な交換が必要になるわ。
サーヴァントとマスターが聖杯の力を借りている以上、それに匹敵するか、ないしは別方面から強い結合を生み出さないといけない。
その方法が二つ。
一つは、魔術回路の移植。貴方の魔術回路をセイバーに移植する方法」
遠坂は言う。それは張り巡らされた神経を引きちぎることに等しいと。
「成功すれば、士郎の魔術回路はセイバーに奪われる。喪失感や苦痛は当然として――貴方は二度と、魔術師として完成する事が出来なくなる。だからオススメはしないわ。
そしてもう一つは……」
ただ、途端にやはり口を濁す。ためらいがあるようなそれに、どこか羞恥が含まれている気がするのは気のせいだろうか。頬に朱が段々とさしてくる。
「遠坂?」
「ああもう莫迦、セクハラにしかならないじゃない、こんなの!」
「せ、せく……!? 穏やかじゃないな」
「そりゃ穏やかじゃなくなるわよ、全く!
…………もう一つは」
「もう一つは?」
「………………………………………………抱けばいいのよ」
言われて、一瞬意味が分からず。
羞恥が一周まわって、もはや怒鳴ることさえしなくなった遠坂の解説が続く。
「霊的なそれだけじゃなく、貴方たちは、肉体的にもパスが繋がってるのよ。だったら、そっちの方から魔力を与えればいいってことよ。魔力とは生命力。だから、つまり――」
「いや、遠坂、言ってて恥ずかしくないのか?」
何を血迷ったか、そんなことを言ったその時の俺をぶん殴りたい。いや、言い訳すれば俺も混乱していたのだろう。だがその一言は、紛れもなく、悪魔召喚のトリガーに他ならなかった。
「――――――――アンタが、それを、言うなぁああああああ―――――!!!」
この後しばらく、あかいあくまが衛宮家に召還され。原住民は成す術もなく、機嫌が直るまでひれ伏す他なかった。
※
遠坂が準備のため、一旦家に戻るといって。……結局、昼を過ぎても謝り倒しても、なかなか機嫌が直ってくれず、四苦八苦。なんとか今の状態にこぎつけただけでも奇跡といっていいかもしれない。
イリヤはやはり、足取りがふらついている。
「大丈夫か? イリヤ」
「だいじょうぶ……。下手に”裁定者”なんて呼ばれてるものだから、調子がおかしいだけ」
そんな、微妙に意味の分からないことを言ったりもしたけれど。安心させるよう微笑んで、布団で寝息を立てている。
さて――。お盆を持ち、セイバーの寝室に入り、枕元に座る。
「――――――」
桜を助けるために、今回、セイバーにはかなり負担をかけてしまった。
あの時、もしバーサーカーを仕留め切れなければ。それこそセイバーは、自分のことなど構わず、もう一度聖剣を使ったはずだ。
だけど、その選択肢しかなかったということに、俺は後悔しかない。
でも、どうすればいいというんだ? ――――今回は遠坂が助けてくれるから、まだいいかもしれない。でも、今後また今日みたいなことが起こらないとも限らない。
――不意に、セイバーの姿が脳裏を過ぎる。
あの剣とは別の、黄金の、装飾がされた剣。いまは既に失われた、彼女の剣。
「――――し、ロウ?」
気が付くと。うっすら目を開けて、セイバーが俺の手を握っていた。
大丈夫か? と言う俺に、弱ったように笑うセイバー。
「すまない、セイバー。
……今、遠坂が協力して、魔力を与える準備をしてくれてる」
「凛が? ……そうですか」
セイバーの反応も、どこか胡乱で。それがますます、胸を締め付ける。
「シロウ」
「? なんだ、セイバー」
「その……、食事を、食べさせていただけませんか? 流石に、空腹です」
「それは予想していたから、準備はしてきた」
セイバーの体を起こし、おかゆを手渡す。少しだけおぼつかない手元を心配して、手を覆ってやりながら、セイバーの動きを補助する。
「―――――――」
「どうした?」
「へ? い、いえ、何でもありませんとも、ええ」
少し慌てたように、れんげに息を吹きかけて食べるセイバー。
とりあえず完食してくれたのを見計らい、片付けようとして――――――――。
「――――ッ、シロウ!」
咄嗟に立ち上がるセイバー。
瞬間、空気のよどみに気付いた。……何故今まで気付かなかったのだろう。そうだ。帰って来てから、結界が一切起動していなかったということに――――!
ゆらり、と影を払い。現れたのはローブの女。
部屋の戸を開け、出現したそのサーヴァント。
「あら、中々悪くない部屋じゃない。装飾品が少ないのが頂けないわ」
「……キャスター!」
手のお盆が落ちる。――それもそうだ。キャスターが俺の首に手を回し、背に指先を付きつけ。いつでも殺せるとセイバーにアピールしているからだ。
「無用心よ坊や。魔術師であるなら結界にはもっと力を入れないと」
「……何が目的だ、キャスター」
「なに、単純な話よ。
――――貴方たち、私と同盟を組むつもりはない?」
そんなことを言うキャスターに、よく言う、と内心で毒づく。
残るサーヴァント3騎のうち、2騎がキャスターの側にある。にもかかわらずこの言いぶり。
「あら、それはちょっと情報が古いわね。……何者にかはわからないけど、アサシンは既に殺されたわ。
そうなると、私はあのランサー相手に一人になる。条件的に不利だと思わない?」
「……だから、我がマスターを狙ったか」
「ええ。
貴方は面白いわ? 坊や。過去五回において、貴方のようなマスターは居なかったはず。それに――貴重なサンプルですもの。殺さずに手に入れたいわ」
「サンプル?」
「――――――実体を失うことなく存在し続ける投影。神代の時代においても、そんな芸当はお目にかかれないわ。
それにセイバーのサーヴァントも居れば、負ける事はないでしょう。バーサーカー亡き今、保険にもなるし」
「保険?」
「あら、気付いてないの? セイバー ――――」
キャスターは、少しだけ楽しげに断言する。
「――――”
だったら手数は多くて損はない」
「な――――」
ルーラー? 意味を理解していない俺は別にして、セイバーは驚愕で目を見開いている。
「私は主の命に背いてここまで来た。そこまで貴方たちを評価してるのだから、こちらの熱意も信用できるのではなくって?」
「く……」
「だから無駄よセイバー。貴女が万全なら、そもそも私だってここには来なかった。
条件としては破格よ。それに――――今この街は私のもの。あなたのその怪物じみた宝具だって、今の私なら何度だって扱えるわ?」
それは。
ほぼ無尽蔵の供給。街の人間を燃料にするという言葉と同義。
故に――――それは。無関係の人間をいいように使って無敵だと誇るそれは。誰かの犠牲の上でなお笑い続けるというそれは。
「あら、話を聞いてなかったのかしら? 貴方たちにも損はないはずだったけれど」
「うるさい。俺はお前とは組まないってだけだ」
「この状況でそれを言えるっていうのが、もう凄いわね。そこだけは尊敬してあげる。
惜しいわね。聖杯を手に入れられるマスターは一人だけだもの、他のマスターと手を組む必要はないということかしら?」
「違う。そんなもの関係ない。俺は、お前みたいなのを止めるために聖杯戦争に参加したんだ」
「――衛宮くん!」
ばん、と。俺の部屋の側から、遠坂がこちらに現れる。明らかに急いできたことが分かる様子だが、一体どうやって察知したというのだろう。
だけど、この魔女はそんなこと関係なく嗤う。
「ふふ――――あはははははは! 心にもないことは口にするべきじゃないわよ。若い頃の私じゃないんだから。
聖杯なんて関係ない? 本当にそうなのかしら。
だって――貴方は聖杯の犠牲者なのですから」
――――貴方は誰より、聖杯を誰より憎んでいるのではなくって?
心が、ぎりりと氷付いた。
「調べたもの。知ってるわよ? 貴方は十年前の戦いで、炎の中で全てを失って。
死を待つだけだった貴方は、魔術師に助けられた。
だから本当はこの家の子供じゃない。
にも関わらず、関係なんてなかった魔術師にさせられて、今でも苦しんでいるのではなくって?」
「――――――」
機械的に、脳裏を過ぎる火の記憶。
「……うそ。士郎、今の話――」
「貴方の気持ちは痛いほどわかるわ? 誰だって不当に、幸せを奪われて恨まずにはいられない。貴方には復讐者たる資格がある。清算を果たす権利がある。だから、貴方を仲間にしてあげてもいいの。
復讐なさい、衛宮士郎――そのあり方でさえ、聖杯はきっと肯定するわ」
「……世迷言を。サーヴァントが最期の一人になるまで、聖杯は現れない」
「いいえ。そうでもないみたいよ? キャスターである私には、おおよそ、この儀式のカラクリが読める。きっと貴女が協力してくれれば、それくらいの蛮行はまかり通るわ」
息を呑むセイバー。俺たち全員が察した。今のキャスターの口ぶりに嘘はない。
俺たちの知らない何かを、キャスターは握っている。
「さあ、これが最後よ。――手を組みなさい、衛宮士郎」
「――――断る」
嗚呼、それでも。
それでも俺に選択肢はない。
衛宮切嗣から継いだのだ。俺は、自分の意思で魔術師になったのだ。だから――言っている事がいくら正しくても。嘘がなくても。平気で他人を使い捨てる事が出来るコイツと、手を組む事なんて出来ない。
キャスターは「あら残念」と軽く言った。でも、その声音にはそれなりに、心底残念そうなものが含まれて――。
「なら二人とも、私の道具になりなさい」
振り上げられた短刀が、俺の腕を割いた。
旦那「どうされましたか? 藤村先生。職員会議中ですが」
豹虎「なんか今、シロウが大変な目にあってる気がしたニャ!? いや、手を出せないのがもどかしいぃ……!」
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魔女の誤算Ka? その2
まずい事になった。最悪の状況と言っても良い。
キャスターの腕に、令呪が浮かび上がっている。――士郎の腕のそれが消えている。
この二つの状況からして、既に最悪と言っても良い。
「シロウ……ッ」
状態が完全に理解出来てない衛宮士郎と、痛々しい表情を浮かべるセイバー。あまりにも、あんまりな流れに、私は内心で頭を抱える。せめてアーチャーが残っていてくれたら……。ない物ねだりはしないけど、それでも、一瞬思ってしまうくらいに詰んでいた。
「それが貴女の宝具って訳ね」
「ええ。攻撃力は単なるナイフ。だけれど、ありとあらゆる魔術を、契約を、なかったことに出来る」
そんな武器自体の逸話はない。だが、その逸話に該当する魔女はいる。神代の魔術を扱い、裏切りの魔女とそしられた彼女。
「アンタ、セイバーを――――」
「ええ。これで、仮に
「――条件がある」
そう。だってのに。コイツは言う事成す事、なんでこう変わらないのか。それが安心できるときもあるけど、間違いなく今は、不安しか生まない。
「あら、何かしら?」
「この場で、俺とセイバーだけを連れていけ。他には何も手出ししないと約束しろ。
少なくとも今、ここにいる遠坂やイリヤには絶対だ」
「シロウ――――っ」
この魔女にとって、衛宮士郎とセイバー以外は眼中にないでしょう。だから、この提案をキャスターが無視する事はない。最低限、その程度の義理ならば通すということではなく。セイバーと士郎を手に入れた魔女にとって、私の事なんて文字通り障害でさえないのだから。
だから――――。
※
「あはははははは――――なるほど、坊やらしいわね! ええ良いでしょう。この場に限っては、その話を聞いてあげてもいいわ。
よかったわね、貴女。坊やがこんなお人よしで」
「士郎――アンタは、なんで自分を一番に大切にしないのよ!」
「え?」
「自分より他人が大切とか、そんな建前とは別に、自分は担保にかけちゃいけないのよ。そんなことを無視して、どうでもいい他人を助けようとする。
確固たる自意識があるくせに、なんで、なんでアンタは自分をないがしろにするのよ――――」
俺の言葉に、遠坂は何故か、そんなことを叫ぶ。
当たり前の判断。自分の力不足が招いた状態。ならば、今とれる最大限のことを最小効率で行うべきだというのが俺自身の判断で。
「そんなことしてたら、アンタ、いつか燃え尽きて、壊れるじゃないの!」
――――莫迦な。壊れるなんて、そんなことはない。
胸を張って生きるために、助けられなかった誰かを助けようと――――。
なのに、どうしてそんな顔をするのか。まるでこの先。衛宮士郎の行く末が報われないものだと知って、止めるかのような懸命な。
「それには私も同感ね。でも、残念。貴女がそれを知る事はないわ」
意識に断裂が入る。キャスターの魔力が、俺の意識を圧迫する。それでもなお意識を失わないように、歯を食いしばり。
しかし、もう立ち上がることが出来ない。
「いいでしょう。その条件は受けてあげる。
茶番はこれでお終い。――――貴方はこれから」
「――――
凛と響く声は、甲高い少女のもの。
途端、はっとした顔になるキャスター。
「防ぎなさい、セイバー!」
「――――ッ」
輝くキャスターの腕。その光に反応して、セイバーは戦闘を強制される。瞬間的にキャスターと俺の目の前に立ち――――こちらに飛んでくる、無数の、剣のようなナニカを切り裂く。
障子を破壊し、無数に飛来する刃。輝くそれを、セイバーは命令されてからは的確に叩き切っていた。だが、そもそも彼女が立つ以前のそれに対しては、何一つ効果がなく。
「ー―ッ!? この、小娘!」
怒りに声を荒げるキャスター。実際、その剣の――――いや、『針金で出来たような鳥』のうち、何羽かは、キャスターの体を切り裂いていた。
うち一つは、決定的なそれだった。体を抱きかかえ、柱に寄りかかり、動くことが出来ないでいる。ただそんなキャスターに手を出すことは、セイバーが守りに周っているので不可能だ。
「――、士郎!」
遠坂が俺に目掛けて足を踏み出すが、でも、それさえセイバーの敵対行為にカウントされるのか。剣を構えるセイバーの後姿。
「止めろぉおお――――!!!」
「――――ッ!」
無理やり、なんとかそれは踏みとどまるセイバー。遠坂も足を止めたお陰で、セイバーは切りかからないで済んだ。
状況は最悪だ。いや、キャスターが気付きさえしなければ奇襲は成功していたはずだった。
「あら、気付かれちゃったか。
せっかくわざと、距離をとって作ったんだけど……。やっぱり接近するのに、時間がかかっちゃうのが問題よね」
「イリヤスフィール……!」
現れたイリヤに、キャスターが舌打ちする。セイバーの驚いた声が聞こえて、その相手を俺も認識する。
遠坂が唖然としてる。それだけ、彼女が使っている、あの、銀色の鳥が異常なのだろう。
「何、これは……、バーサーカーのマスターね、貴女。
どうして坊やにかくまわれてるのかしら」
「当たり前じゃない。――家族は一緒にすごすものよ」
その言葉の声色は、少女のものではなく。明らかにどこか、遠い、もっと別な視点が混じったような声の気がした。
「――――Angf」
キャスターが呪文を唱えようとした瞬間、再び鳥が動き出す。今度は刃ではなく、鉄砲のように形を変える。
驚くべき事に――イリヤはその操作を、何一つ介さずに行っていた。言葉もなく、動作もなく。ただ泰然と佇んでいるのみで。
……まぁ、冬場とはいえ浴衣姿で泰然としているところは、なんというか、少し場違いな気もしたのだけれど。
そして放たれる狙撃は、弾丸ではなく、雨のように細いもの。セイバーが切り飛ばしても、うち何本かは後方に貫通。線でなく面でないと受けられないと悟り、不可視の剣にまとう風を変化させても、少しばかり遅かった。
喉を押さえ、血を吐く。それでもなお生命活動らしきものを続けられるあたり、このキャスターも一応サーヴァントではあるということか。
「シロウを置いてきなさい、コルキスの魔女。
いくら貴女でも今の状態で私と正面から戦えると思ってるのかしら?」
「……ッ、今のは、プロセスが存在しない? 省略している訳でもなく!?」
キャスターの言葉に、うそ、と唖然として手で顔を覆う遠坂。両者をして驚く要素が、今の発言にあったということだろうか。
「そんなことは後回しよ。せっかく二択で聞いてあげてるんだから。
シロウとセイバーを両方とも手に入れようなんて、強欲もいいところよ。裁定者を相手に貴女、敵に回りでもするつもり? 滑稽だわ。
「…………あら、そうなの? よくご存知なのね貴女。
でも、そういうことなら――――セイバー」
そして、キャスターは二つ目の命呪を――。
「――私が瀕死になったら、そこの坊やに最大火力でエクスカリバーを撃ちなさい」
「――――」
場の空気が凍った。間違いなく、イリヤの攻撃が封じられた。
「アンタ、士郎を人質にしようっていうわけ?」
「ええ。どういうわけか、あなた達はこの坊やを庇おうっていうみたいだから。
坊やもあなた達を庇おうとしてるし。まったくキレイよね。キレイすぎて――――反吐が出るわ。泥まみれの靴で踏み潰してやりたい」
今度こそ動け無くなった全員を前に、キャスターは俺の襟首を掴み――――今度こそ、視界が暗転し。
嗚呼、なんだか最近多いなと。場違いなことを考えるくらい、現実感がなくなった。
※
みすみす逃がしてしまったことについて、今更どうこうということは考えない。
あの状況じゃ、士郎もセイバーも助かった上で、キャスターを倒すというのは難しかった。そこは当然理解している。いくら不平不満があったところで、覆しようがない。
深手を負ったキャスターに、一旦、家を出ろと言われた。大方こちらに追跡させないためなんでしょうとは思ったけど、まさかいきなりこんな形で、我が家に舞い戻ることになろうとは。
それに、問題はそれだけじゃない。
「……イリヤ、でいいかしら」
「ええ、構わないわ。どの道、シロウが長く付き合う相手になるんでしょうし、フルネームで呼ぶのも長いわ」
そんな意味深なことを言いながら、イリヤは周囲を見回す。
「ふぅん。でも、士郎の家よりは大きいじゃない。お母様の結界が張ってあって、小さいけどあれはあれで悪くはなかったけれど」
「あんまりうろちょろしようとか考えないでよね。それより……、聞きたい事がいくつかあるんだけど」
「何?」
「ルーラーって言ったわよね。どういうこと?」
私の言葉に、イリヤはくすりと笑った。
そして――顔つきが変わる。
「――その名の通りよ。ルーラー。つまり裁定者の英霊。
聖杯戦争における七騎から外れる、例外のクラスの一つ。第三次聖杯戦争において、アインツベルンが召喚を検討していたサーヴァントの一つよ」
「検討って……」
「能力、権限は聖杯戦争というシステム自体に対するカウンターの一つ。本来なら聖杯自体が、聖杯戦争に異常を来した際に召還され、聖杯戦争の形式を守るために動く存在、みたいなところかしら。厳密な召喚条件は、もう少しニュアンスが違うのだけれどね。
聖杯によって召還されるから、原則、マスターを必要としない。あと、その権限において、サーヴァント全ての真名を看破し、全ての英霊に対する令呪を2つまで使える」
それゆえ、原則は聖杯以外に召喚は出来ないと語るイリヤ。
……そんなものを無理やりにでも参加者として召喚しようとしたっていう時点で、だいぶロジックエラー起こしていそうなものだけど、それは一旦置いておく。
ルーラーが聖杯戦争の形式を守る、というのなら。今回のキャスターの行動も頷けなくもない。なにせ、サーヴァントがサーヴァントを召喚するという禁じ手さえ行い、大規模の人間から生命力を集めて至りさえするのだから。
「まぁ、普通に聖人がルーラーとして召還されていれば、キャスターの警戒も正しいとはいえるんだけど……。確かにそもそも、なんでルーラーが召還されたのかもわかっていないから、論じるだけ無駄ね」
「? ルーラーはキャスターを敵視しないってこと?」
「しないというより、わからないってところかしら。そこの裁量はルーラー本人に割り振られているところだから。
それにそもそも、ルーラーが呼ばれた段階を考えると、ライダーやキャスターに何らペナルティがないことが違和感あるわね……。もっと淡白な死生観持ってるんじゃないかしら」
ただ、そう上手く事は運ばないらしい。嘆息せざるを得ない。
「んー、つまり、今回の聖杯戦争は何か異常があるってことよね? それって何かしら」
「わからないわ。流石に聖杯戦争のシステムそのものにまで、考えは及ばないわよ。それこそ『反転した属性を強制された英霊』が、通常召喚でもされたりしない限りは」
「――――あ」
「どうしたのかしら、リン」
「あ、えっと、ううん、なんでもない……」
そういえば、散々あのアーチャーは言っていた。自分は正規の英霊じゃないと。
……いや、でも、あれって別側面ってことでしょ? 属性が反転した英霊? そんなの、人間がどうこう制御できるようなものじゃないじゃない。そもそも意図的に召喚できるものじゃないでしょ。
そういう意味じゃ、アイツはまだ正気が残ってたし……、でも、そう考えて見ると、記憶も曖昧だし、ボブだし、もう色々滅茶苦茶だったと思い直すこともできるというか。
「本来なら厳重に隠匿された存在のはずなんだけど……、自力でそこまで至ったってことは、やっぱり聖杯戦争のシステムについても、本当に把握してるのかしら」
「? システムって……。それも問題があるわよね。キャスターが把握したとか言っていたけど、どういうこと」
私の問いに、イリヤは遠い目をして。
「言葉どおりの意味よ。そもそも本来、聖杯を成り立たせるのに生存競争はいらないの。
聖杯の役割は、サーヴァントの魂を回収する事。それのみに特化していれば、極端な話、魔法瓶の水筒だって構わない。魂の容れ物として大きければ問題はないわ」
「回収……」
「サーヴァントは聖杯を介して召還される。その後、聖杯を通って帰ること。聖杯の機能は、英霊という膨大な魔力七つを集め、統括し管理すること。
それに……、さっきので、薄々、貴女も察してはいるんでしょ? リン」
「……ええ。まだ半信半疑なところもあるけれど」
アインツベルンは聖杯の器を提供する家。とするならば、その管理下に聖杯自体があるとみて良い。
にもかかわらず、イリヤにはそんなもの気にする素振りはない。おまけにさっきの魔術――キャスターの言葉が正しければ、それは、結果だけを願い、過程を省略する行為に等しい。
そんなことを成立させうる奇跡を、私は一つしか知らない。
「シロウには、まだ内緒にしていてね。
――わたしは聖杯。初めから人間でなく、そういう風に調整されたホムンクルス」
それを語るイリヤは、やっぱりどこか悲しげだった。
「……貴女の調子が少し変なのも、それが原因ね」
「ええ。魂は人体に一つのみ。
クラスという殻を失った純粋な英霊の魂なんて、一つ取り込むだけで、体内で嵐が生まれるようなもの。それを最終的に七つ集めるのが役割だから――わたしの魂が残る余地なんてない。完成すればするほど、余分な機能は消えていく」
既に敗退したサーヴァントは、3体。
今は辛うじて人間の機能を維持できてるのでしょうけど……、これが半分を超えてくれば、段々とその限りではなくなってくるはず。
「……そう。とすると、貴女を遊ばせておくことは出来ないわ。士郎を助けるのに、ネコの手だって借りたいところだし」
「ちょっと、ネコなんて言わないでよね? 私、あれ嫌いなんだから」
ぷんすか、とこれには見た目相応の少女らしい反応を返すイリヤに、思わず笑った。
「でもそうね。雑魚の掃除くらいだったら私が対応できるわ。キャスターがセイバーを御そうとしたのも保険なんでしょうから、たぶん最後の最後まで使いはしない。
それにいくら膨大な魔力を担保していたって、回復には一日二日はかかる。それまでに何とかしないと――」
「士郎がどうなってるかわからないわね。
……最悪、投影用の礼装に改造しようとしていても驚かないわ」
私の言葉に、なんだ、とイリヤは笑っていた。
「? どうしたのよ」
「別に。やっぱりリンもそう思ったのね」
「…………その話は後回しよ。ともかく作戦を立てないと。場所だってどこに行ってるか――」
「それなら推測は立つわ。もうキャスターからすれば、聖杯戦争の障害は表立ってはないんだから、唯一警戒すべきはルーラーのみ。
とすると、たぶんシロウの屋敷は直してからどこかに逃げるでしょうし――」
私とイリヤの考えは、ここに来て一致してるらしい。衛宮士郎を助ける以外の選択肢が、今の私達にはない。
だからこそ、紅茶をいれて一息つこうとしたタイミングで。
「――――!? う、うそ!?」
いきなり家の結界に干渉してくるものがあったのだから、そりゃ、腰も抜かしかけるというものだった。
ᚨ ᚺ ᛗ
???「こんなもんだろ。しっかし嬢ちゃんも、意外と回りくどい感じに作ってるなぁオイ」
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魔女の誤算Ka? その3
月光が照らす視界。天井から差し込む光に、ようやく、俺の意識が覚醒する。入り口という入り口、窓には封がされている。
日の恩恵を受けると、周囲の景色がようやく判る。うちの蔵とは違うけど、見覚えがある。妙に物の配置が乱雑なのは、ネコさんの仕業か。
俺の知る中で、こんな光景を持つ場所は一つしかない。
「――――シロウ」
ふと、声をかけられて顔を上げる。上げるのだが、視界が所々、はっきりしない。
いや、視界がはっきりしないと言うより、中途半端に包帯みたいなものが巻かれているというか――うっとうしいと思って取り払おうとしても、腕が動かない。何かで拘束されているらしい。
「少し待ってください。シロウ。今、それだけでも解きます」
静寂に包まれたこの場所で、少しだけひんやりとした指先が、俺の頬を撫ぜる。どこか気遣うような、いつくしむような。そんな悲しげな目が、包帯の隙間から見えて――。
顔を拘束していたそれが、破壊された。
「セイバー?」
「…………よかった、まだ、意識はあるのですね」
泣きそうな顔でそんなことを言うセイバー。その服装は、普段のセイバーじゃない。白いドレス姿は、いったい誰の趣味だというのか。似合ってはいるのだけれど――でもどこか、この騎士の在り方を侮辱しているような。そんな意図があるような錯覚をした。何より、ここに絶望的に合っていない。
不安定な思考のまま、無理やり言葉を出す。
「教会……、白……?」
「シロウ?」
「あ、いや、何でもない。俺は一体――」
と、そこでようやく思い出した。そうだった。確かキャスターの襲撃に遭い、俺とセイバーとの契約は切れてしまったのだ。
だというのに、なおセイバーは、俺をこんな目で見てくれている。
「すまない、セイバー。俺が……」
「いえ。それでも、シロウが無事で嬉しい。……そう長くはなかったとしても、最期まで、貴方の剣であれるのなら……。私こそ、不甲斐ない。結局、今の状況は……」
セイバーとしても、今の状態が不本意なんだろう。俺にそう言いながらも、自分の足元を見つめて、苦い顔をする。
「そんなことはないぞ、セイバー。だけど、水掛け論だ。お腹空いてないか?」
「はい? あ、いえ。食事はもう必要ないのです。キャスターのパスが繋がった以上、あちらから供給されていますので」
「そっか。それは、正直に言って良かった」
「あの、ですが……」
「?」
「その、決して! シロウの食事が美味しくないというようなことではないのでしてですね、ええ!
今の状態であれ、やはり貴方の作る食事が一番落ち着くと思います」
何故か慌てたようにそんなことを言われて、正直、反応に困った。ちょっと緊張感が抜けた。でもそれが、ちょっとだけ嬉しかったのは事実だ。
「そっか。まぁ……、作れるといいな。
――――キャスターはどうしてるんだ? セイバー」
「イリヤスフィールの攻撃のせいで、休息をとっています。……それが功を奏しました」
「功を奏したって?」
「こうしてシロウと会話出来たのですから。
――少し動かないで下さい。シロウ。ちょっとした手品をします」
手品?
言いながら、セイバーは俺の両腕を拘束する植物に手を伸ばす。おそらくそれも何らかの魔術で作られたものなんだろうが――。
ぱきり、と当然のように破壊した。
「……手品?」
「タネも仕掛けもありません」
いや、そりゃ、ないだろうけどさ。
いや、明らかにこう、ツタというか幹というか、かなり太いそれの撓み方とかが尋常じゃなかったというか。
「対魔力です」
それ以外の解答はないとばかりに、胸を張って、堂々と言い切るセイバー。そのまま俺の脚の拘束も、同じ要領で破壊した。
「……って、何やってんだ、セイバー!? お前、今のは――」
「このくらいならばキャスターには気付かれないでしょう。
……今の内です、シロウ。逃げてください」
そう。セイバーは意識的に、キャスターの命令に背いている。おそらく令呪は重ねられていないだろうけど、それは後々、彼女の立場を弱くするに違いない。
にもかかわらず、衛宮士郎に逃げろと言う。
「逃げられるか、ばか! セイバー一人、こんなところに置いていけるか! 格好だって、その……、寒そうだし」
「え? あ、え、ええ、確かにこう、少しばかり凛から頂いたあの服に比べれば、その……。
――オホン。シロウ。そういう話ではないのです。何より、貴方はここから逃げなければならない。さもなくば――」
顔を伏せて、直接言葉にするのを濁しているセイバー。なんだろうと周囲を見回すと、所々、メスとか医療器具のようなものとか、片手で抱えられるくらいの巨大な試験管みたいなものが見えたりとか。
「……さもなくば、貴方は思考のみの
それこそ、何度謝り続けても悔やみきれないと。表情に幸せさを欠片も感じさせないように言った。
「だけど、それじゃ――」
「行って下さい、シロウ。おそらく私が出来る、最後の守りになります――」
言うまでもなく、ここは柳洞寺。キャスターの本拠地であり、アサシンが姿を消した場所。
考えて見れば、一成たちとここ数日会っていないこともあって、現在の寺の状況が読めない。
だが、セイバーはチャンスだと言う。キャスターが動けない以上、今逃げるしかないと。それは俺に、セイバーを置いて逃げろということ。
「……わかった。
でも、必ず助けに来るからな」
「シロウ……」
俺の言葉が空々しいのは、自分が一番感じていることだ。それがどれほど実現する可能性が低いか、俺自身が一番承知している。でも、その意思を忘れてはいけない。それだけは、それだけはこの身の証明に他ならない。
「――――」
だからこそ、倉庫から外に出る。入り口へ周るにはお堂を抜ける必要があるのだけれど――――。
「――――葛木先生?」
扉を開けたそこには、葛木宗一郎――隣のクラスの担任たる男が立っていた。
いつものように、感情のみえないような佇まいのまま。一成が兄のように慕うこの男は、やはり顔色一つ変えない。
明らかに静かな寺において――人の気配を感じないほどに、恣意的なまでに静かなこの場において。佇むその姿はやはり異質で。
「衛宮か。……成る程。キャスターが色々、勝手に動いているのか」
「――――!? アンタ――」
今の言葉を聞いて、でもいつもと変わらない態度であるが。
……魔術師らしさは感じない。マスターとしての気配も感じない。遠坂やシンジ、イリヤのように、聖杯戦争を戦い抜こうという意思さえ感じない佇まいだが。
間違いない――キャスターのマスターは、この男。
そして同時に、この男に見つかった時点で脱出はもう不可能だ。背後でセイバーが息をのみ、戦闘態勢に入ろうとするのを制する。
「葛木。アンタ……、操られてたりするのか?」
「その質問の出所はなんだ、衛宮。言ってみるがいい」
「……アンタがどうやってマスターになったかは知らないけど、アンタはまともな人間のはずだ。なら、キャスターのやってることを見逃せるはずはない」
「――――通常、善良な人間ならばキャスターを放置できない。それだけのことをしている。
にも関わらずマスターである私がキャスターを放置しているのは、彼女に操られているからと考えた訳だな」
その様子は、キャスターが何をしているかを知っていないようで。でも、俺がその説明をする前に、手で制した。
「だが、……、他人が何人死のうが、私には関わりがないことだ。
全ての人間は無関係。何をして、どう巻き込もうが結果は変わらない」
「な――」
「先ほど、そちらは言ったな。私は魔術師などではない。
ただの、そこいらにいる朽ち果てた、殺人鬼だよ」
そんなことを、教壇に立つときとなんらかわりない様子で語る男。
もっとも傀儡というのは当たっているがな、と、少しだけ肩をすくめて言った。
「ならば問おう。キャスターのマスター」
セイバーが、俺の隣に立つ。
「セイバー?」
「……状況は判らないが、お前は、キャスターと同類か」
「その質問には、近くかの魔女が答えるだろう。だが、一つ聞きたい。
傀儡でありながらも、操られることなく、貴様は何故この場に立つ。聖杯に、かける願いがあるというのか?」
衛宮士郎は、参加する事で己の望むあり方に近づける。
だがそれに対して、葛木宗一郎は何を望むのか。……俺のように、全て表情に出るわけではない。だけども。傀儡でありながらと問うセイバーは、どんな意図があるのか。
少しの間沈黙し、やがて葛木は答える。
「――――願いを叶えてやりたいと思った、というのは間違いか?」
返答は、あまりにも意外なものだった。
「キャスターのってことか?」
「私は自分というものを、育てなかった人間だ。自分という欲が薄い。
そんな私が、あれの願いを叶えてやりたいと考えた。それが願いでなくて何だ?」
「だが……、キャスターが欲するのは、おそらく自由であるはずだ。自らの手のみに聖杯を治め。それを、何故――」
「それは願いではない。己の命や、自由、尊厳が欲しい。守りたい。それは単に願いでなく、生命としての義務だ。原始的欲求として、人間は生物的に、己の快と楽を追求する傾向にある。それを除いてなお、キャスターには求めるものがある。
――あれは帰りたいのだ。単に、幸せだった
いつもと振る舞いが変わらない。ただ、男は語る。
「あれ自身、気付いてはいないだろう。本当に欲しいのはそれだけで、自由など求めてはいない。
遠い過去。自分が今の自分に至らなかった頃。そこで感じていた幸福こそが、望んでいるものだろう」
「――――」
嗚呼、それは。確かに、この男の語るその言葉に嘘偽りはないだろう。それは確かに願いだ。気が付くと、俺はセイバーの横顔を見ていた。
セイバーは目を伏せ、苦い表情をしていた。悔恨だろうか。パスが繋がっている訳でもないのに、そんなことを思えるくらいにはセイバーの顔を見ている自負がある。でも、それが何を考えてのことなのかを理解できるほど、俺はまだ彼女と繋がれていなかった。
「私は、人間であることを放棄した」
――――体は剣で出来ていた。
「生まれた土地に問題はあったが、それでも選択したのは私だ。そう生きることが自分の責任だと。
だから、あるべき所にあったものは、そう還さなければ――。それが、正しいことだろうと私は思う」
「……アンタが考える正しさって、何だ?」
そのまま葛木は、普段の教師のようなままに、続けた。
「善悪が等価に見える以上、選択の責任の良し悪しを問うことは出来ない。ならば、それに後悔をしないことだ。例えどれほど間違えた選択であったとしても――どれほど悲惨な結末に至ったとしても」
俺も、セイバーも言葉を続けられず。
気が付くと、俺の意識は刈り取られていた。
※
「なるほど……、無理だな」
――例えるなら、それは祭壇だった。
一人の女――躯なのか、生きているのかさえ定かではない。それを生贄のように中心に奉ったようなそれ。
周囲に広がる陣は、女を中心として広がったものである。――嗚呼、解析するまでもない。この陣は、その女の魔術回路で構成されている。
一つの人体から放たれた神秘を用いて――未だ手に届かない神秘を再現しようという。これは、そういう祭壇。
たまりかけているような光は赤黒く。空気は濁り、風は封殺され、壁に滲む水滴は毒の色に染まり始めている。
「光苔さえ反転させるか。嗚呼、この光景だけでも馬鹿らしい。
が、しかし馬鹿らしいだけで今の俺には何も出来ない。ならば取れる手段は何だろうなぁ」
男は呟く。既に消え掛かってる理性を繋ぎとめ。繋ぎとめた結果、その道筋がぐちゃぐちゃになり。しかしそれでも、その思考だけは辛うじて連続していた。
それが、その男の存在意義。それが、その男が目指していたもの。
本来なら至る事のなかった、守護者としての極致の一つ。無銘を名に冠することで、他者の概念さえ取り込み、己さえ底上げすることは出来ずとも。局所的とはいえ、今の男は『本来の意味での』守護者だった。
形を固定していた外郭はほとんどが既になく。ここにあるのは、剥き出しのツギハギのみ。
内に徘徊する無限の世界さえ、もはや男にとっては意味がない。
彼は強制されている。己の在り方と、使命を遂行するための合理性を。効率性を。
「とりあえず、
……嗚呼、それでも駄目だったら、そうだな」
洞窟の裂け目から現れて。男は街を見下ろし――。
「――まぁ、そんなに難しい仕事じゃないな」
うすら嗤いを、その、金色のツギハギだらけの顔に浮かべた。
リ「手助けをしたい、ねぇ。……ランサー、聞くけどそれは貴方のアイデア?」
ク「いや、俺のマスターからの指示だ。一人きりの身としては協力者が欲しいらしい。いまのうちなら、上手くすればマシな状態のうちに叩けるだろうとな。
それに嬢ちゃん、あの坊主を助けたいんだろ?」
イ「別にいいんじゃない? リン、お似合いよ」
リ「意味わかんないっての、何が言いたいのよ何が!」
ク「ははははは――!」
リ「ちょっと! 協力者になろうっていうのに何よその態度!」
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自爆Dynamic! その1
イ「当たり前よ。シロウを助けだすのなら、お金は惜しまないわ。遠坂と違ってアインツベルンはそういうの困ってないんだから」
凛「う、うちだって・・・、本当はもっとあったはずなのに・・・、おかしいなぁ、あの神父がそんなミスするとも思えないし」
葛木が学校に行ったらしい。
そんなことを言いながら、キャスターは俺の両腕を再度縛る。
「ええ。マスターの教え子ですもの。良心は咎められないかもしれませんが、後味は悪いでしょうし。今の内に済ませてしまいましょう」
「?」
無理やり起こされた俺は、いまだに意識が不安定。ただ周囲を見渡せば、隅で、セイバーが動けないでいるのがわかる。体を這うようなそれは、俺の腕にあったそれに似ていて。
「セイバー?」
「あのサーヴァントは、坊やを逃がそうとした。ならそれ相応の罰は必要でなくって?」
「お前――――――」
「あら? ……あら、あら、あら?
ふふ、なんだそういうこと。安心なさい? セイバーは私にとっても貴重な戦力。最期の最期までは使ってあげるのだから、そう無茶には扱わないわ」
くすくすと、見透かしたように笑うキャスター。フード越しで表情は見えず、そのからかいは不快だ。ただ、その言葉は真実なのだろうと判断できるくらいには、こいつは合理的に動いている。
「あの子には『私をマスターとして受け入れる』と令呪をかけたわ。――よっぽど抵抗力があるのでしょうね。まだ自我が持っているなんて、すごいじゃない。
――もっと啼かせたくなるけど、それは後回し。いえ、それよりあの子も、貴方にすることを見ていたら、きっと良い声を上げてくれるわ」
そう言いながら、キャスターは日用品のマジックを取り出す。なんでそんなものが? と意味がわからない俺を無視して、額に線を引く。定規のようなもので長さを計りながら、徐々に点を打っていく。
「安心なさい? どうなってるかなんて判ったら辛いでしょうから、それくらいは配慮してあげる。
ただ光景だけは目に入るでしょうから、そこだけは簡便なさってね? ――――まぁ、それが何を意味するか、判断できるようになる頃には――――」
「――――や、めろ――――」
セイバーの静止の声が聞こえる。が、その直後に苦しむようあえぐ声が聞こえて、俺もセイバーの名を叫ぶ。
「そこで見ているといいわ? そして諦めなさいセイバー。貴女が既に誰のサーヴァントなのか、はっきり判らせてあげる。
あ、でも
言いながら、キャスターは短剣を取り出す。周囲に立ち上がった骨のような使い魔たちが差し出すグローブを手に付け、マスクをつけ。まるで何か、手術でもするような格好になり、刃を振り被る。
その刃は何だろう――セイバーに使ったそれとは形が異なるが。しかし、それは彼女が今使えるものではないということだけは判る。なぜなら、それは対になる概念が元になったもの。故に、それをもってして疵を与えるのならば、宝具としての意味を成さない。
「――――――?」
それをキャスターが振り被った瞬間、空気に違和感が生じる。
その直後、倉庫が爆発した。
「おいおいおっかねぇな、嬢ちゃん。だが思い切りが良いのは気に入ったぜ!」
「後は任せるわよ、リン」
いや、厳密にはそうとしか思えないほどに、豪快に破壊されたが正解か。破壊の爆音にまぎれて、なんか聞き覚えのある、にしてはありえない組み合わせの声が聞こえた気がしたけど。
あまりに突然の破壊力にキャスターでさえ結界を(小規模ながら)張り、使い魔たちは消し飛ぶ。
セイバーはあんぐりとしながら、その破壊の主を見ていた。
「――――って、うそ!? 計算間違えた!
士郎、セイバー、大丈夫!!?」
……この、いきなり出現と同時に味わう安堵と、何を間違えたんだという微妙な頭の痛さ。
慌てたように、土煙にゲホゲホ言いながら現れたのは、遠坂凛。俺達を見て安堵すると、途端に表情を変える。この切り替えの速さはさすがというべきか、直前の失敗をなかったことにしたいのだろうか、というべきか。
「来たわよキャスター。色々考えたけど、貴女には消えて貰うことにしたわ」
「――ふん。いまどきの魔術師は皆こう猪頭なのかしら。人がこれから工房らしい作業にいそしもうって時に。さっきのといい、優雅さが足りないのではなくって?」
「――――くっ」
言い返せない遠坂。
「行きなさい、セイバー」
「――――」
セイバーが、申し訳なさそうに、苦しい表情を浮かべながら立つ。さっきの爆発の直後、鎧を装備してたらしい。ただ表情はわずかに令呪のせいで苦悶に歪んでいる。
と――――。
「悪いけど、こっちも手ぶらって訳じゃないわ。
――行くわよ、
「――――」
息を呑んだのは果たして誰か。俺とセイバーは間違いないが、そこにはキャスターも含まれていた。
現れたのは、いつかどこかで見覚えのあるあの男。赤い槍を肩に下げて、セイバーとキャスターの方を薄く睨んでいる。
「ランサー……、」
「よぉ、どいつもこいつも久しぶりってか? そこのお前さんはどーも長生きしすぎみてぇだけどよ」
キャスターが、明らかにランサーの姿に動揺している。薄ら笑いを浮かべるランサーは、かなり余裕があるようだ。いや、考えて見れば全てのサーヴァントに対して、一度は戦闘を挑んで逃げているのだったか。とすれば、この動揺は、俺達以上にキャスターがかつてこっぴどくやられたことを示すか。
「どうして貴方が――!」
「協力関係ってヤツだ。まぁ安心しとけ。別に今回のことで、後々まで情を持つようなことにはならねぇし。
元はと言えば、そっちに二体も集中したのが原因だ」
いや、そもそも。クー・フーリンはルーン魔術の使い手としても名が通っていたはず。戦士としての能力に咥えて魔術師としても卓越しているのならば、文字通りキャスターにとって相性は最悪なのかもしれない。
「じゃあ、手はず通りに頼むわよ、ランサー」
「それは良いが大丈夫なのかい? 疑う訳じゃねぇが」
「あら、ならなおのことじゃないかしら? 正面からでそうならば、ってところよ」
「へっ、つくづくアンタがマスターじゃねぇのが持ったいねぇ」
……む?
なんだろう、遠坂が敵同士のはずのランサーと仲良くしてるように見えるのが、何だかちょっともやもやするような。
「じゃあ、……ありがと」
「おうよ。
しっかし、マスターもサーヴァントも、いいじゃねぇか。青春って感じで。だがセイバーよ。お前さんには同情するぜ」
「…………侮辱か、ランサーっ」
「いやこれ本心だ。お互い、『二人目』には頭を悩まされちまってるみたいだし。
それでもお前は、どこぞの金ピカ裁定者サマと合ってないだけマシだろうさ?」
二人目? 金ピカ? ランサーが妙な言い回しを取った瞬間には、セイバーは斬りかかっていた。
「――――当然、偉く必死だなぁオイ」
笑いながらも、受けたのはさすがと言うべきか。セイバーの返しを槍で流したランサーは、そのまま大きく距離を開ける。しかし遠坂よりも後方にいかない位置取りは、上手いとしか言い様がない。
「こう言うと嬢ちゃんには顰蹙だろうがな、俺は別に坊主を助けに来たとか、おまえを無力化するとか、そんな高尚なこと考えてる訳じゃねぇんだ。元より、そんな理由なんかねぇ。
――数少ないこの身に許された自由だ。おまえみたいなのと殺し合いをする。それだけのために俺は現れた」
言葉自体に偽りはないのだろう。それがこの、光の御子が目指したもの。この英霊にとって、おそらく初めてとなる”本気”の戦いなのだ。
英霊としてふさわしい戦い。武人として当然の望みか、しかしそんな望みさえ今の今までこの男には与えられなかったのだ。ランサーからすれば、いくらでも滾ってしかるというべきだろう。
「――いいでしょう。ならば今は、御身ごと叩き斬るのみだ」
「よく言った――そんじゃまぁ、行きますかねぇ!」
――閃光のごとき槍と、正面から立ち向かうセイバー。
振り被り回転するセイバーと、半身をひねるランサーの突きとが激突。正面から弾き合い、しかし距離をとらずそのまま接近戦を始める両者。
一撃一撃が見えないというものじゃない。セイバーの剣が不可視である以上に、ランサーの動きがもはやニンゲンの目で追えるものじゃなくなっていた。
荒れ狂う様は暴風。ないし、機関銃のごときそれだ。……おまけに浮かべる表情は獰猛で、酷く楽しそうなそれ。
だが、対するセイバーも尋常じゃない。ほぼ篭手先の動きしか見えないが、その一撃一撃が、強引にランサーの手を押し、攻め方を奪い狭めているのがわかる。なまじセイバーと打ち合う経験をしたせいか、流れを俯瞰できている。
突きに対してはその内側の間合いに入り込み、払いに対しては反対方向から強引に叩き付ける。それを支える速度をバックアップしているのは、彼女の身に満ちる魔力と令呪か。いまだキャスターを守る、という風に制約されたそれが働いているらしい。
その動きだけで、自分とキャスターとの、魔術師としての格の違いを思い知らされる。
「――――ハッ、いいじゃねぇか。
加減なしで正面から打ち合えるなんざ、願ってもねぇぜ――――――!!!」
更に加速する両者。と、後方でも、どこかで聞こえる金属音に意識が逸れる。
それにキャスターが反応し、忌々しそうに顔をゆがめた。
「チッ――あの小娘!」
「あら、優雅さなんてどこに行ったのかしら、大先輩!!」
「――――!?」
遠坂とキャスターの魔術師としての技量は当然、かけ離れている。その差を埋めるために、相当無理をしたのだろうことは途中の流れを見ていれば容易に想像がついた。
だが、そっちはそっちでかなり戦況が一変していた。
というか、ぱりん、とかいう音が聞こえた。思わずあんぐりするくらいには驚いている。
遠坂の拳がキャスターの守りを貫通していた。
「魔術師のくせに殴り合いなんて……!」
「おあいにくさま……! 今時の魔術師ってのは、護身術も必須科目よ――――冲捶、プラス、アンセット!」
踏み込むと同時に一撃。さらにインナーマッスルの動作だけで衝撃を加算。
弾けとんだキャスターに向けて、その踏み込んだ足を軸に回転。さらに踏み込み、頸を連ねる。
体勢を取り戻しかけたキャスターに、両手を床につけ、キャスターの膝元まで屈みこみ。とんでもない速度で足払い。突然視界から消えて足払いされたと勘違いしただろう。
「きゃ――――!?」
「大浙江、オルタ、プログレス……、ぶっ飛べ!」
回転を止めると同時に、その勢いを全て腕に残し、横方向からなぎ払うように腕を振るう。その一撃に、たまらずキャスターは壁まで飛ばされた。
「取った! セイバー、士郎に斬りかからないよう、ちょっと耐えて――――――て!?」
だが、遠坂も俺も、見通しが甘かった。
セイバーが全力で戦えるような状態という、その事実の意味を理解していなかったらしい。
「――――
眼前に映るは、上空に打ち上げられたランサー。驚くべき事に、槍を握っていた左手は今、丁度俺の目の前に落下してきた。
空中に打ち上げられたその周囲には、嵐のような風がまとわりついている。嗚呼、セイバーの、風の宝具に囚われてしまったのだろうか。その様はいつかのライダーを思い出させる。
そして、その打ち上げた瞬間。風の鞘から解放された聖剣に、一気に魔力を乗せて叩きこんだのだろう。当然、バーサーカーを相手にしていたときほどの威力は見込めないが――――だが、あれはかの大英霊をして、七度その身を滅ぼすもの。例え威力を制限されたところで、どうして、その直撃をして致死でないと言いきれるか。
「――――悪ぃな、嬢ちゃん。坊主。
アンタの名誉も晴らしてやれなかった――――
朝焼け、雲りの空を晴らすよな光の柱をして、それでも半身が残るのはこの英霊の戦闘技術の成せた業か。しかし、それも意味はなく。胴体が地面を跳ね、数秒後には光として消えた。
「――――ッ」
瞬間、遠坂の体が動く。セイバーがキャスターを庇うよう剣を構えて走りだした時点で、その判断が出来るのはさすがというべきか。
咄嗟に顔を守って後ろにとんだ瞬間、黄金の剣の「面」が、胴体をなぎ払った。
「っ――――!」
俺とは正反対の方に付き飛ばされる。
「……あら、やっぱりまだ抵抗できるのね。でも結局は同じなのだから、早い所殺してあげるのが慈悲というものではなくって? セイバー」
「シロウ……、凛……、私は――――」
セイバーは、泣き出しそうな顔をした。内にどれだけの葛藤と、どれだけの怒りがあることだろう。
再び表面に出てくる、目に見えるほどの呪いの戒め。セイバーをして声を荒げるだけの威力があることに、今一度、令呪というシステムの強制力をまざまざと思い知らされる。
「……今のは危なかったわ。
でも残念ね。――――殺しなさい、セイバー」
「――――――動くな、そこの全員」
この絶望的な状況下で。しかし、何かが現れる。
その声は聞き覚えのあるもので、しかし、その姿の異様さは見知らぬものだ。
原型は残っている。黒ずんだ肌。白く、剃り込まれた頭。長身に黒い外套を腰に下げているのは、まだわかる。
意味が分からないのは――――全身に走る金色の
「宗一郎様――――!」
葛木を肩にぶら下げ、塀からこちらを見下ろしていること。
「アー、チャー?」
何かがおかしい。その直感にかられてか、遠坂がそう男に尋ねる。嗚呼、だけれども。俺は何故か、そいつがどう答えるのかを知っている気がした。
「――――誰だ? アンタ」
男は平然と、そう言って嗤った。
山を出た直後
葛「・・・」
――――I am a born of my sword...
葛「・・・っ!」ぐさり、と何かが刺さった感覚と共に、その場に倒れる。
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自爆Dynamic! その2
「アーチャー、消えてなかったの……?」
唖然としながら、しかし誰だ、と返されたことには驚きのあまり反応できないのか。遠坂凛は、男をただ見上げるばかり。
「魔術師のサーヴァント。これはお前のだな」
半笑いを浮かべながら、アーチャーは塀から飛び降り、歩いてくる。セイバーが剣を構えるのさえ完全に無視し、その視線はキャスターのみを見据えている。
対するキャスターは、明らかに動揺していた。
「貴方、そんな馬鹿な――――! いくら弓兵といえど、マスターを失ったサーヴァントがこんな長期間――」
どんなに否定しようと、目の前のこれが現実だ。いかなる手段か、マスターとの契約が切れた後も、この英霊はその存在を維持していたのだ。
もっとも、真実はかなりあっけない――アインツベルンの森に住まう、悪霊の性を帯びた獣。その生き胆に加え、彼が「何故か」見つけることの出来た、明らかに今回の聖杯戦争に関係していない礼装。それらを駆使し、ひたすらに消滅することのみを避けるため、余分なものを積極的に削って行った――その果てがこの姿である。
誰に分かるはずもない。だが、何故か衛宮士郎だけは一目でそのありようを知ることが出来た。
――なぜならば。その体は既に、数え切れないほどの剣が蠢くそれであったのだから。
こと刀剣に関して、著しい理解を示すことの出来るからこそ――衛宮士郎は、そのアーチャーの本質をわずかに悟る。
錬鉄の英霊。それにしてはあまりにお粗末な出来であるが、今この場にいるものは、以前の彼から余分な――つまり、人間じみた箇所が削ぎ落とされたそれであると。
例え己が「死したところで」、無理やりにでも動かすそれは。
いかなる程に効率的判断に基づいているのか。直感的にではあるが、セイバーも悟る。既にその霊基さえボロボロで。果たしてそれは、偶然のたまものか。あるいは「自ら生存のために削ぎ落としていった」ものか。
だが。
「……なるほど。無茶をしてるからこそ、貴方は万全というわけでもないのね。
それで、私のマスターに何をしたのかしら、アーチャー」
「毒を打った」
「――――――――」
ごくごく当たり前のようにそう返す、この男。キャスターの口元が怒りに歪むが、セイバーを差し向けることはしない。未だ遠坂凛によりつけられた疵が回復に至って居ないことと。アーチャーが明らかに、盾のように男をぶらさげていることが原因。
セイバーの表情にも動揺が浮かぶが、アーチャーは無表情のまま。
「毒性自体は遅効性だが、意識は失う。
そこで本題だ。――――死ね」
当然のように銃剣を構えるアーチャー。見ればもう片方の手は、葛木の首を掴み、絞めにかかっている。キャスターからすれば完全に詰みの状況だ。わずか一手で、このサーヴァントならば首をへし折れるだろう。実際、その言葉どおりに躊躇なく実行するだろうという圧を、この場の誰もが感じている。
「この――――外道!」
「人間相手に、サーヴァントまで使役して襲い掛かるアンタが言うか。さぞ生前は箱庭の中で、ぬくぬく育ったのだろうな」
「何を、知った風な口を――――」
「知らん。だが死ねと言っている。どうする?」
「…………ええ良いでしょう。貴方がそのつもりなら、私にも考えはあります。
セイバー」
「…………ッ」
キャスターの言葉に従い、セイバーが剣を構える。
アーチャーとセイバーは両者、にらみ合い。お互いに動けず、俺も遠坂も身じろぎさえ出来ない。
「要らないのか?」
「そうね。欲しくて欲しくて仕方がないけれど――――貴方とて、今、私に脅迫されていることがわかって?
貴方がマスターを殺した瞬間、このセイバーの宝具は、確実に貴方を斬り殺すわ」
「嗚呼、多少頭は使っているのか」
「ええ。その言いようは後でいくらでも、どんなに謝り倒しても後悔できないくらい後悔させてあげましょう。
――――さて、ならどうするのかしら? アーチャー」
「こうするさ」
と。
この展開を予想していたように、あっさりと葛木を手放すアーチャー。もっともそれは「突き飛ばした」というが正解で。がしかし侮ることなかれ。それはサーヴァントの腕力によって突き飛ばされたということだ。何ら強化もされていない常人が頭から転べば、死は免れない。
「宗一郎――――」
慌てて飛び出すキャスター。それに銃口を向けるアーチャーに、セイバーが斬りかかる。
「セイバー、殺しなさい。一思いにやっては駄目よ。
マスターにこんな陰険な手を使ったのですもの、ええ。たっぷり、時間をかけて『削り殺して』あげなさい」
苦い顔をしながらも、セイバーは斬りかかる。
それに対し――――銃剣さえ構えず、腕を盾にするように構えるアーチャー。だが。
「な――――、貴方は、」
金属音が鳴り。腕から無数の剣先が飛び出。流石に直接受ければ、切断されるということなのか。だが、その強度は鎧のごとし。そんな異様な状態で受け流し、銃の側面で殴る。頭頂部からえぐるようなものであったが、しかしそれでも倒れないのは彼女のタフネスの成せる技か。だが当然予想していたように、彼女が向き直るよりも前に、足元に狙撃しながら後退。
爆発した腕の内側に、剣先が収縮して戻っていく。
以前にも増して異様なアーチャーの様子。
「これで――――」
だが、そんなことに目もくれずにマスターの治療にかかるキャスターである。取り出したのは、セイバーと衛宮士郎の契約を断ち切った短刀――――
アーチャーの口ぶりからして、おそらく魔術的な毒物なのだろうと判断してのこの対応である。ありとあらゆる魔術、制約を初期化する――威力は見た目どおりナイフ程度しかないにも関わらず、一点に特化したこの性能のために、彼女は今の今まで独りで生きながらえてきた。
故に、その能力に対する信頼も大きい。なにしろ己自信のシンボルなのである。当然、その目論見は上手く行くはずだった。
「――――えっ」
だが――――。彼女の宝具が魔術を破壊した途端。更に、その腕に抱えられた男の顔色は、悪化した。青白かったそれが、土色へと変貌した。
わけもわからず混乱する彼女に、前方から男の声が重なる。
「――――嗚呼、良かった。虚像でなく実像か」
瞬間、はめられた、と察するにはいささか遅く。
なぜならば――彼女の頭上には、一つの鎌が。
――――
嗚呼。まるで当然のように紡がれる、そんな呪文。
当然のように、鎌は魔女の胴体に深々と刺さる。フードが外れ、美しい女の顔が見える。もっとも胸元から跳ねた、おびただしい血に染められているが。
しかし。ここに至り。もはや死は避けられまい疵を負いながらも。女は微笑んで、もう一つのナイフを取り出した。
「魔術でない毒――――ならば、こちらが妥当でしょう」
衛宮士郎の頭蓋を切開しようとしていた、その短刀。あらゆる魔術を破壊するそれとは異なる形状と、属性を帯びたそれは、今の彼女が振るうには似つかわしいものではない。
だけれど――女は当然のように、その短刀を男に刺した。
「残念です。せっかく望みが見つかったのに。
――――――嗚呼どうか、貴方が傷つかぬ世界でありますように」
色が変わる。女の表情にどこか、童女のような面影が入り――変質しきってしまったそれであっても。その短刀は、おそらく本来の機能どおりに男を癒した。
顔色が青白い程度に回復する。それを見て、アーチャーは嗤った。
「実物の毒。回復魔術の重ねがけ。混乱した状況のくせに、毒物の方をクリアするとはな。
だが意味はない」
「アー、チャー……ッ」
セイバーは、俺に向けてエクスカリバーを振り被っている。だが、その姿勢のまま動かない。――必死に抵抗しているのは、一目で理解できたが。それを素通りし、アーチャーは、彼女に刺さった鎌を手に取った。
「――――あぁああああああああああああああ!!!?」
女の絶叫が木霊する。それも当たり前と言えば当たり前か。
明らかにアーチャーがそれを手に取った瞬間、女の存在が揺らぎ、消えていく。
「魔力を、吸ってるの?」
遠坂の言葉が全てだ。あのアーチャーは、キャスターから魔力を喰らっている。
数秒も経たずに、この場にはキャスターのフードだけが落ちる。それを見て、アーチャーは舌打ちをした。
「……なるほど。街から吸い上げてる方は喰えんのか。とするとやはり、プランBかな?
いや、その前に」
――――頭痛がする。ヤツが口にした言葉が、吐き気を伴って脳髄を打ちのめしてる。確かに奴は言った。同じものなどない筈の呪文――俺の、自己暗示を。寸分たがわず口にした。
「アンタ、何してるの?」
「? なんでさ。何故話さなければならない」
アーチャーの乱入は、あまりに意味不明すぎた。キャスターを殺し。その魔力を吸い。それは果たして、消え掛ける己の存在を保守するためのものか。だが、それならば再びサーヴァントとして契約を結べば良いだけの話。アーチャー自身に認識はなくとも、知識がないわけではないのだから、それは決してありえない選択肢ではない。
「この際、なんでアインツベルンの城から今まで消えなかったのかとか、それは聞かないけれど。
なんで――――その鎌をセイバーに向けてるのかって聞いてるの」
だが、アーチャーはそんな手段はとれない。
彼女の語ったものに、合点がいったとばかりに、アーチャーは半眼に目を細めた。
「嗚呼、なるほどそういう関係か。なら疑問も当然か。
だが、なら都合は悪くないか。こっちが駄目なら、アンタも使ってやる」
「――――ッ、使うって何よ、アーチャー?」
アーチャーは。男は。他にとれる表情がないとばかりに、無表情のまま。
「――――セイバーも。お前も、そこの小僧も。守護者らしく、
「――――は?」
理解が追いついて居ない、かつての主に男は続ける。
「気付いていないか? ここは、『悪性腫瘍』が出来かけている。早期に駆除するのが一番効率が良い。俺向きの仕事ではあるが、生憎とこれだからさ。
残念ながら、腹を満たさないとどうにも出来なくてね」
だから、つまり何か。
この男は、そのために俺達を「魔力にするために喰らう」と言っているのか?
「……アーチャー、貴方は……」
膝をつき、震えながらセイバーがアーチャーに声をかける。
面白くもなさそうにそれを見つめ返す男。
「もし、私達で『足りなければ』、どうするというのです?」
嗚呼。何故だろう。どうしてこんなことを考えるのか。俺は自然と、次にそいつがどう答えるかを知っている。
「――――腫瘍なのだからな。全体のためには、器官ごと摘出するのが次点で効率的だ」
「つまり、貴方はこの街を――――」
「殺し尽くして焼き払うさ。アレも起点とエサがなくては、育ちようもあるまい。『どれが苗床なのか』分からない以上、全て殺すさ」
遠坂が息を呑む。セイバーがアーチャーを睨み付ける。
そんなセイバーだが、全力とは言いがたい。聖剣はともかく、鎧を維持する事さえままならない。それに何ら感情を抱くこともないまま、アーチャーは――――。
「止めろ――――」
嗚呼、それだけは。
それだけはさせまいと。
元より己はそれを誓い、彼女の手をとったのだから。
――――不意に脳裏を過ぎるそれは。いつか見た、彼女の剣。今は持たぬ、王の黄金の剣。
アーチャーのそれが、引き金だった。そうである確証もない。そうであって欲しくもない。だが、負ける訳にはいかないのだ。
ならば――作るしかないだろう。この場を、この男を打倒できるだけのそれを。
模造品で構わない――今あるだけ、ありったけの最強を。
元よりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路であるはずなのだから――――!
「――――
全身は発火したように熱く、左手は爛れたような感覚。手に握る重みは、実体を伴い。
跳ね起き俺は走る。――剣そのものに意思でもあるのか。
「おおおおおおおおおお!」
「何?」
完全に予想外だったのか。アーチャーはそれこそ身動き一つせず、俺を見ていて。
だからこそ、黄金の剣は吸い込まれるように、止まることなく―――――そいつの左腕を切断した。
「な――それは、私の……!?」
セイバーの声が聞こえる。嗚呼、それはそうだろう。これは、今はなき彼女のもの。
咄嗟に俺を蹴り飛ばすアーチャー。受けた結果、振り抜いた剣は硝子のように散る。
何故か。あの剣を模したのならば、砕ける筈はない。だが、それを埋めるものは何か――――。
体勢を立て直しながら、もう一度。いつか見た夢を元にイメージをしようと。手を出して構えると。
「――――――――は、は、はははははははははははははははは!!!
嗚呼、なるほど、そういうことか!!! なんでさ! いや、しかし、ははははははは!!!!」
アーチャーは途端。狂ったように腹を抱えて笑った。
セイバーも俺も唖然とし。なぜか、遠坂だけ辛そうに視線を逸らして。
「通りで土地勘があった訳だ。そうか。だが、ならば好都合だ。正直そろそろ、正規の
「な――――」
瞬間。アーチャーは駆け寄り、俺の首を掴んで持ち上げ。そのまま寺の向こうへ、猛烈な勢いで走り出した。
「待ちなさい、アーチャー! シロウをどうしようと――――――」
締まる呼吸のせいで、セイバーの静止の声も段々と聞こえなくなってきている。
「――駄目よアーチャー、それだけは駄目! だって、それは――――――――」
士郎! と。叫ぶ声は遠坂のものか。
まだ辛うじて俺の意識が飛んでいない中。
「――――」
わずかに見えたアーチャーの顔は。珍しく嘲笑の類でない、「皮肉げな」笑みだった。
某所にて
??「……魔術師殿。状況が読めませぬ」
??「カカ、安心せい、わしもさっぱりじゃ。だがしかし、キャスターの殻ごと破壊されるとはな……。いささか面倒になったわい。これは、教会の案に乗るのも一興か」
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自爆Dynamic! その3
葛木先生を急いで病院に運んだ後。私達は一度、衛宮くんの家に向かった。
酔っ払った藤村先生が出迎えてくれて……まぁ、その後の私の言い訳は割愛する。正直、ほとんどイリヤが「私も住む!」と言い張ったことに対する暴動の方が大半だったし。
まぁ、そのイリヤだって突然倒れて。そっちの看病にやっきになるあたり、この人は士郎の姉のようなものだと思った。
そんなこんなんで、藤村先生が力尽きて寝静まった頃。
「へぇ……、士郎の部屋の隣で寝てるんだ、ホントに。へぇ……」
「む…………、何です、凛。その、明らかに何か含みのある態度は」
なんでもないと笑いながら、どこか不安そうなセイバーを観察する。本人の希望もあって、例の似非神父から嫌がらせのごとく送られ続けたあの服を着ている。顔色は良好。まぁそれも当然と言えば当然なんだけど。
「……感謝します。凛。今私が留まれるのは――」
「あー、いいわよ、それ。どうせそのうち、頃合をみて士郎に返すつもりだから」
「え?」
「桜は綺礼がおさえてるでしょうし、イリヤはそもそも復帰するつもりもない。なら、優先度的には私か士郎かになるんだから、たぶん大丈夫でしょ。
……なに、意外?」
意外そうな顔をするセイバーに、私はただ笑うばかり。
今、セイバーは私のサーヴァントになっている。あの場で倒れたイリヤと、葛木先生とを運ぶためにも、また戦力的にもどうしたって必要だったので。お互い悪い仲でもなかったから、契約したところで険悪にはならないけれど。
「イリヤじゃないけど、私も、なんだかんだアイツは嫌いじゃなかったしね」
「…………それは、ああなってしまってもですか? 凛」
「――そうね。嫌いじゃないけど。頭には来てるわ。単に士郎を攫ったとか、そういう理由じゃなくてね」
セイバーは気付いているのかどうか。いや、情報が足りなすぎるから気付いてはいないかもしれない。
そう思いながら、私はあるものを取り出した。
「? それは、シロウの」
「そ。アーチャーが連れ去り際に、士郎が勢い余って落としたもの。
それでこっちが――アーチャーから手渡されたもの」
士郎の方には、わずかに魔力が残っている。疵だらけの、アーチャーの方とは違う。見た目だけじゃない。その意味合いが異なる。
「使われたからには意味があるのよ。『使った私が言うんだから』間違いないわ。
てっきりあの時、失くしたものだと思ってたんだけど」
「……ひょっとしたら、凛。貴女がランサーからシロウを……?
とすると――――!」
馬鹿じゃないのかと。そうだ、本気で頭にきたのだ。確証が取れる前からどうしようもなくて。それが確信に至った今じゃ、もう問答する理由さえない。
頑張って頑張って。凡人のくせに努力して、血を流しながら成しえた奇跡があった。
なら幸せにならないと嘘だ。
多くのヒトを幸福にするために自分を使ったんなら、そいつらが束になってかかっても負けないくらい幸せにならないといけない筈だ。
けど。生前も死後も、そんな報酬は与えられなかった。
奇跡の在り方さえ自分で否定させられて。死んだ後でさえ、守護者として使役される。
守護者はあらゆる時代から呼び出される。――現在、過去。そしてまだ見ぬ未来からでさえも。
……だから、悔しくなる。誰だって救われない。かつての夢を見る側も。それさえ忘れた残骸を見る側も。変わり果ててしまったその在り方に、胸を痛めるだけなんだから。
「誰かのためになろうとした。そんな大莫迦の結末を、わたしはもう知ってる」
望んで守護者となった。死した後も誰かを救えるのならと。生前に救えなかったまだ見ぬ誰かに手を指し伸ばして――悪い運命から救いだせると。
でも。生前にその生き方さえ壊された男は、そのかつての希望からも裏切られ続けた。
あいつが呼び出されるのは、いつも地獄だった。彼らが呼び出される、人間が滅びるときはいつだって人間の手で。
だからこそ。誰かの泣いている顔を見たくないと。見捨ててきた誰かのためにと願った少年は。
永遠に泣き顔を見続け、見捨て続けるしかなくなって。
それが嫌で、嫌で仕方がなかったから――そんな人達を殺したという重責が常に重石になっていたから。いっそ効率的になってしまった。
考えれば当たり前の話。がんの手術とかと一緒だ。患部から侵食するのなら、対策は二つ。外科的に手術するか、患部自体を切除するか。
アイツは、そのために患部ごと切除する道を選べるようになった。――そうすれば、効率的に、「誰かを助けることが出来るのだから」。
だっていうのに、開き直ることが出来なかった。あくまでも悪でしかないって、だからあいつは嗤うのだ。
いくら理想に裏切られたって――そんなことより、効率的に動ければいいのだから。
体は剣で出来ていた。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を超えて不敗。
ただ一度の敗走もなく、
ただ一度の後悔さえない。
溶けた人形は独り 剣の丘で錆を拾うのみ。
故に我が生涯の意味は問わず。
その体はもう、鉄屑になっていた。
「なんなのよーって。胸をぽかぽか何度も殴ってやりたくなってさ。
……私は苦労したことはない。だから資格はないかもしれないけど、その傷みと努力を信じてる。報酬がないなんて間違ってる」
「凛……」
「だから放っておけなくて。だから――私は私が信じたように突き進む。それくらいじゃないと、あいつが認識できなくなってしまった、そんな人生の意味も、再認識できるんじゃないかってね――――」
その結果がこれなのだから、呆れて笑ってしまう。
「……とにかく、アーチャーの行きそうなところを探すわよ。セイバー」
決して取り越し苦労じゃないはずだ。だってあの時、あいつは言ったのだ。
この俺が出来ない以上、やるのはお前だと。
…………あいつが一体、何を危険視してるのかは分からない。ひょっとしたら、あいつがやっていることの方が正しいのかもしれない。
でも。それでも。
誰かを救うために行きついた答えが、「そんなの」なんて。それだけは絶対に間違っているんだから――――。
※
「……?」
まどろみから覚醒して、すぐさま現状を思い出す。思い出すくらいには酷い状況だ。
手足の感覚がない。動かないし痛い。椅子に縛り付けられている上、猿轡までかませられている。
おまけにどんなカラクリか、魔力も生成できない有様。
がらんどうに壁も、何もかもが崩落したこの場所。見覚えはないが、心当たりはあった。イリヤの城だ。――ボロボロになってから、使用人たちともども城からは退去したらしいというのは聞いていたけれど。
と。左肩に、誰かが手を沿え。
「――――――――体は、剣で出来ていた」
そんな、普段なら英語を使っているそれを。あえて日本語で呟いて――。
途端、全身に激痛が走った。
「な――――!? あ、が、――――」
親父から教わった修行。失敗時の傷みに似通っているが、桁が違う。小規模な豆電球に、いきなり落雷が落ちたような錯覚。全身の回路という回路、神経という神経が悲鳴を上げる。
まるで何か異物を挿入されているような――いや? でも、それがもし本当に異物であるのなら。「ここまでの傷みを」覚える筈はない。
「ああ――――――安心した。
どうやら錯覚ではなかったらしい」
男は嗤う。俺を見ながら、自分を嗤う。
段々と傷みが引いていく。異物はどこにもなく、
「――――!」
「落ち着いたようだな。
……さわぐな。今とってやる」
面倒そうな声をあげながら、アーチャーは俺の口元を引っ張り、猿轡を無理に外す。
「アーチャー、お前――――!」
怒りの声を上げる俺なんて無視して、アーチャーは当然のように、持っていた包み紙を開く。出てきたのは白いバンズ、チーズと分厚いソーセージの挟まったそれ。焼きたてなのか香りが香ばしく、嫌でも食欲をそそられる。
「食っておけ。当分食えるかわからんぞ」
「何言ってるんだ、お前」
「嗚呼、なるほど。俺に食わせられるのは嫌か。だが我慢しろ。生憎ここには、借金でアラヤから取り立てられる魔術師も居ない。キレイどころもなくて残念だったな」
本当に何を言っているんだろうか、コイツ。
あんぐりと口を開いていると、問答無用にハンバーガーを突っ込まれる。むせるとちゃんと背中を叩いて、飲み物を飲ませる丁寧っぷり。正直ちょっと気持ちが悪いレベルだ。
このアーチャーがそんなことをするということもだが。なによりその左腕は、完全に治る気配がないのだから。
「――――」
肘よりいくらか上の位置から下にかけて、あの出来そこないの黄金の剣で切断されたまま。傷口は、まるで生き物が何かのように剣の先端が蠢いている。どうやらそれが傷口を塞いでいるらしいが、きちりきちりと音を立てるそれには、嫌な感覚がある。
「食べ終わったな。なら、しばらくは大丈夫か」
「なんだお前。一体、何がしたいんだ?」
俺の問いかけに、アーチャーは嗤う。
「何。俺も効率的ではないと思ってるんだよ。そもそも街を壊滅させたところで、アレを止めることが出来るかは半々といったところだろう。ならばあれごと破壊してしまうのが正解だが、生憎今の状態では、そもそも疵すらつけられん」
「何を壊すって言うんだ? お前」
「
「……渦?」
「英霊の魂を導く、その出入り口と例えればいいか? よくは判らんが、その向こうに『妙なものが』居る。
おそらく俺が呼ばれたのは、あれが原因だろう」
「お前が呼ばれたって……?」
肩をすくめるアーチャー。口元が嫌そうに歪む。
「……何の因果か、この身は反転した身だ。通常、英霊の属性が反転して召還される場合は、同一人物の別側面が強調されるという意味合いが強い。
だが俺の場合は事情が異なる」
「反転……、何がいいたいんだ、お前」
「わからないか? 正規の俺は――――何があったところで、反転した性質を受け入れられないということだ。
喜べ、衛宮士郎。お前の望みは叶ったらしい」
その言い回し――どこかで聞き覚えのある言い回しに、俺は嫌な感触を覚える。
切っ掛けはいくらでもあった。だが、その結論には決して至るはずはなかった。
でも、それでも。
「俺に宝具はない――強いて言えば、己が持つ唯一の魔術こそがそれにあたる。この身は錬鉄。一度見た刀剣を、無限に貯蔵する果てのない荒野」
――――体は剣で出来ている。
心象風景を展開し世界を汚染する魔術――固有結界。
「もっとも、この有様のせいで数秒と長く持たない。おまけに魔力も足りず、展開さえままならない。
だからこそお前に目を付けた。
……なにせ俺の固有結界は、他者に譲り渡したことはなかったからな。別な時代に、同じものを持つものはいない」
「なんだよ、それ。それじゃあまるで――――」
まるで俺が、その固有結界を持っているみたいじゃないかと。
その言葉を紡ぐ前に、男は嗤った。
「今、俺とお前との間に擬似的なパスを繋いだ。
それを起点に、これより俺の世界は――『お前の世界を侵食する』。未熟なお前に、俺の世界は使えない。結果――幾千、幾万の剣が、その内より爆発することになる」
俺の世界。
その言葉が、この流れで指し示すものは、一つしかない。……一つしかない。
なんでコイツを見ると、こう、鬱屈した気分になるのかが判らなかった。でも今、なんとなく理由を察して来た。
「――人助けの果てには何もない」
それは、諦めではない。諦める事さえ忘れてしまい。
「――他人も自分も救えない、意味のない人生だ」
その意味さえ磨耗し、かすれ、理念を忘却してしまったからこそ。
その行き着いた先が、間違っているとか以前に――直視したくなくて。
「せいぜい今の内に精神だけでも、理想を抱いて溺死していろ。
――――『
口ぶりだけで嗤いながら、アーチャーは真顔で俺を見下ろした。
そう。つまりそういうこと。
英霊、エミヤ。
無銘と標榜しながら、その骨子がいくら壊れようと。未来の自分。未熟な衛宮士郎がもがき続け、その理想の果てに立つ姿の一つ。反転していると言った以上、他にも何かあるのかもしれないが――――少なくとも、この男が俺の行く先の一つ。
それを前にして、俺は叫ばざるを得なかった。
「――――他に手段はなかったのか! お前――」
「知らん。そもそも、他の手段なぞ判らん」
もう少し外側がマシだったらなぁと肩をすくめるアーチャー。
「必要なことだからだ。例えその場所が何処であろうと――相手が俺自身であろうと、例外はない。
『効率的ならば使う』までだ。
それとも何か? 衛宮士郎はヒトを助けるために、自分を勘定に入れていると?」
諦観でさえない。他人事のように、すべてを勘定に入れず、その俺は淡々と語る。
「入れてないだろう。実は俺もだ。知ってるだろ。
だから別にいいだろ。
俺は、俺を殺す。――街一つと引き換えに全人類の生命が保障されるのだ。効率的な駆除だろう」
面白くもなさそうに淡々と語る。それで気付いた。こいつが嗤うのは、相手をコケにしてるとき以上に――――きっと、こんなに変貌した自分に、どこか自虐しているそれなのだろうと。
「わかったら眠れ。次に目が覚める頃には――きっと『何も判らなく』なっているだろうけど」
そう言いながら。どこか親しみさえこめるようにアーチャーは言い。――――俺の呼吸を片手で塞ぎ、落とした。
虎「全く。事情はしらないけど、イリヤちゃんだっけ? そんなに無茶してると、士郎が帰ってきても遊べないぞ?」
ロ「うー、それは困るけど――――、待ちなさい、貴女、何?」
虎「ん? なにって、イリヤちゃんそんな高圧的なしゃべり方はいけま――」
ロ「タイガに聞いてるんじゃないの。なんでそんな変な召喚のされ方をしてるのか聞いてるよの――――
虎(?)「……」ふふふ、とネコミミらしき何かを生やしながら、不敵な笑みを浮かべる
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吹き抜けるBlue Sky のごとく! その1
――そんな泣きそうな顔のまま、これからずっと、自分を騙して生きていくのね。
出来の悪い夢を見ているようだ。裏切れない過去など、一体この身のどこに残っていたのだろう。裏切らないその心は、一体、何を望んでそうなろうとしたのだろう。
――――今のお前は××××だ。それが勝てない筈がない。
心が鉄になった。
だけれども、
誰も傷つかない世界なんてない。
誰も傷つかない幸福なんてない。
都合がいい理想は、この世界のどこにも有りはしない。
――――知らない。俺は知らない。
万人に差し伸べられる救いの手。誰一人として分け隔てなく向けられる天使の微笑み。本質的に「何も持たない」集まりを見る。それだけには、何も感じなかったはずだ。
だが気付いてしまった。志向性のないそれが、一体何を来たしているのかを。
――――知っている。俺は知っている。
多くの人間が危険視した。当然だ。何も意思を持たない、力だけあるナニカが勝手に集まったのだから。そこには本質的に何もないとしても、それが宗教という形をとっていたのならば、話は別。
ただ一つも悪意はなく。ただ一つの理念もない。
――――知りたくない。俺は知りたくない。
あれは言った。誰も彼もが被害者なのだと。あれは語った。全ては愛のためだと。だがそも、あれにとっての愛とは何に向けるものなのか――。あれにとって、求道に乗るべき人間とは何なのか。それに考えが及ばなかったから、失敗したのだ。
失敗した。失敗した。失敗した――――。
――――知っているはずがない。俺は知っているはずがない。
だから、手を向けるしかなかった。彼らを救いたい。彼ら無辜の人々が、幸福であるようにと。そのために俺は俺自身を捧げた。捧げた俺自身は、だが――彼らを手に掛けざるをえなかった。
彼らは、あれを殺されることを願わなかった。だから、彼らは俺を殺しにかかった。
だけど、それは構わなかった。元より見返りなど求めた立場ではない。だからこそ、俺は、俺は――――。
――――あんなことのために、正義の味方を目指したのではない。
殺すのは簡単だ。蟻だ。どんなに頑張ろうが、薬を撒けば一網打尽。より強大なナニカが蹂躙すれば、欠片も残らない。結果、もろかった。全てがもろく、死んだ。
その頃には、既にこの身体は壊れていた。鉄は意味を失い。仏の欠片はそれでもなお、己を最適化し。
――――つまんない。
拗ねたような声が、反響する。嗚呼。だから。あれはそうなった俺を見て、嗤いながら落ちた。ばらばらになった死体に、何度も何度も、彼らが浴びせるべきだった制裁を加え。むごたらしく絶命してなお。あれの声は頭の中に響く。残る。嘲笑う。
――――鉄の心など、人間が持つものではなかった。
地獄を見た。地獄はとうに知っていた。
地獄を作った。地獄はかなり簡単に現れた。
――魔界を見た。それは、俺が選ばなかった選択肢。
だが、結局のところ。殺す必要なんて本当はなかった。当然だ。「100を生かす為に1を殺す」のとは訳が違う。「1を殺す為に100を殺す」なんてことが起こってしまった。
その後にこの身がどうなろうと構いはしなかった。だけれど――殺したことは肯定できなかった。
正義の味方が救えるのは、正義の味方が味方した相手だけ。
だから、憎かった。八つ当たりのような感情だ。あれが憎かった。あれに従った彼らが憎かった。そんな状況を作り出した世界が憎かった。
何より――誰の味方でもなく。未だこの場に立つ自分が、何より憎かった。
それはもう、正義の味方なんかじゃない。
何人をも、何をも憎む心は――――悪でしかない。
だから、もう、名乗る事は出来ない。正義でない以上、残ったのは「悪の敵」であるという事実だけなのだから。己は、既に己をも敵と捕らえている。
嗚呼それは――――――なんて、贋作。偽りのような人生。
――――私、アンタのこと結構好きだったのよ?
殺した。好きだった奴も。守りたかった奴も。皆を守れれば。そのために――悪を討てれば。
悪さえ討てるのなら――――――
だからこの偽りのような人生に意味はなく――気が付けば、中身は腐りきっていた。
※
日は沈もうとしている。
午後、私達はアインツベルの城に向かった。もとから現在、冬木の土地でサーヴァントがしのべる場所は殆どない。私の家などの霊地はおさえられてると考えると、現在、空隙があるのはそこ。
意識が辛うじて戻ったイリヤに確認をとれば、おそらく、森に住まう獣を喰らってるのだろうという。
「アインツベルンの森の狼は、宝具が不完全だったとはいえバーサーカーの腕に噛み付けるくらいなんだから。それなりに強い悪霊の気を帯びているわ」
「あのバーサーカーの腕に!?」
とかいう衝撃的な事実も教えられたりしたけれど。イリヤが私に対して、こんなことを言い出した。
「……アサシンの魂が、中途半端?」
「ええ。最初は消化が中途半端だって考えていたんだけれど、そうじゃないみたい。降臨には問題ないとは思うけれど、不可解といえば不可解なのよね。
まるで無理やり、摘出されたような――――」
「凛、イリヤスフィールは何の話をしているのです?」
「それは、シロウもそろってから話してあげるわ。
どうせ最後の最後だもの。ただ、一日二日は猶予が欲しいわ」
最後? とセイバーと一緒に疑問を浮かべたけれど、そういえばそうだった。
「7騎のサーヴァントのうち、ライダー、バーサーカー、アサシン、キャスター、ランサーは倒れているわ。
もう残っているのは、アーチャーとセイバーだけじゃない」
「――――あ」
そう、今の今まですっかり忘れていた。ランサーには本当に悪い事をしてしまった。残り4騎だったサーヴァントは、あの場で2騎にまで落ち込んでしまったのだった。
ともかく。アーチャーが倒れれば、いよいよもって聖杯が現れる事になる。イリヤもそれを判っているからか、士郎には謝らないといけないと笑っていた。
私は、どうしたものだろうか。
ともかく、今は士郎の救出を優先する。
「着いたわね。じゃあ確認よ、セイバー」
「はい。……アーチャーとの戦闘は私がします。シロウの救出は凛が」
「万が一、もっと異常事態があったら私達で一緒に戦闘。……ああまったく、作戦なんて作戦じゃないじゃない」
せめて宝石の予備でもあれば……。いや、悔いても仕方ない。
城門を潜り、廃墟となった大広間を見る。
黄昏に染まりかけるこの場所。その、上の階の踊り場に。当然のように士郎が座らせられていた。下から見える程度には両腕、両足など縛られているのか動かず。頭は下を向いて、微動だにしない。
だけれど、すぐに走り出すことはできなかった。
「――――誰だ、アンタら」
冷め切った声。私達の眼前に、当然のように現れるアーチャー。……左腕が本来あるべき場所は、毛皮に覆われている。嗚呼、一目で分かる異形は、狼の前足か何かだろう。たぶん腕がないと私達と戦えなかった、という認識なんでしょうけれど。それにしたって、見た目からして痛々しかった。
「また忘れてるのね、アーチャー」
「不的確な呼び方だが……、俺の知り合いか」
「そりゃ知り合いでしょうとも。……衛宮士郎は生涯、これを持ち続けた」
言いながら、私はペンダントを取り出す。アーチャーと、士郎の両方を。金色の疵がついている方を見て、アーチャーは訝しげにこちらを見た。なんでそれを持っている、と目が語っている。
「私の父の形見――私が士郎を助けた時に使ったもの。命を救われたアンタは、なんとなく誰かに救われたってのを察して、だからこれを手放す事はなかった。
これが二つあるってことは、そういうこと――そうでしょ、士郎。貴方が名前を忘れたって、そこに居る士郎であることに違いはない。
貴方は士郎よ」
「……嗚呼、なるほど。『誰か』は判らんが該当者は理解した。
ということは何か? これを取り戻しに来たとか、そういうことか。嗚呼、なんとなく思い出したような気がする」
言いながらもアーチャーは表情を作らない。その様子は、柳洞寺で出会ったときよりも人間味に欠けたものだった。
「で? どうするんだ。
ここでやる以上は、俺も容赦はしない」
「容赦しないって、何をよ。貴方、状況がわかってるの? 貴方が見つかった時点で、勝ち目がないことくらい判ってるでしょ?
貴方の残りの魔力で、セイバーと一騎打ちなんて出来るわけないじゃない」
「嗚呼。この俺が戦えばそうだろうがな。だが。
――要は、戦うのが俺でなければ良いんだ」
え? と。
私達が声を上げる前に――士郎が椅子から立ち上がった。
「――――」
視線まではこちらに向けず、士郎は階段を下り始める。
「シロウ、何を……!?」
「え――――」
そして気付いた。士郎の視線が定まっていない。夢遊病とか実際に見た事はないけど、そんな表現がしっくりくる感じで。
手のひらに錆付いた弾丸を一つ握って、こう口ずさんだ。
「――――
何をしてるのか、と言葉を出すことも出来ない。次の瞬間には、士郎の両手には一対の剣。アーチャーが時折使う、拳銃に投影されている刃と同様のそれ。あの薙刀を分割そたもの。両儀、白と黒の文様。よく見ればそれが夫婦剣だと判別できる程度に変化したそれを見て、アーチャーは驚いたように言った。
「『改造』する技量がないからな。そのまま投影した方が効率的か」
「――――なぁ」
そんなアーチャーの方を見て、士郎は――
「どこまで壊していい?」
「喉と胴体は残しておけよ。『仕上げに使えなくなる』と、ここまで調整した意味がない」
「そりゃ、最高に頭の悪い状況だな。料理の最期に、余計な塩を振りかける程度には。詳細は後で教えてくれ」
何が愉しいのか、アーチャーと……いいえ。二人の士郎は嗤い合う。
その様子が明らかにおかしいことに、セイバーも、私も、二の句が告げなかった。声も違う。体格も違う。だけど浮かべている表情も。これではまるで――――。
「アーチャー、貴方はシロウに何をした――――!」
「見て判らないか? 少し、俺になってもらった」
「……そっか。固有結界は継承できるもの、だったわね」
「凛?」
嗚呼、とアーチャーは肩をすくめる。
今の言い回しと、士郎の様子からおおよそ見当がついた。固有結界とは、術者の心象風景。世界を塗りつぶす基盤となるそれは、術者同士にしかわからないが継承が可能らしい。……心のありようを継承するというのが、どんな意味を持つかは知らない。
だけれど、それが当人同士の場合は別だろう。
「貴方、見せたのね。貴方が辿った過去を――」
「パスを繋いで結界を繋いだだけだ。何を見たのかは知らんが……まぁ、違いはないだろう。心象風景が同化するってことは、そこに至るプロセスを辿るって事だ。
――今、この『腐りかけ』は、完全に俺ではない。おそらく正気は断絶した状態だろう。覚えがある。つまり、少なくともこの場において。魔術師としては劣るだろうが、これは俺だ」
肩をすくめて嗤う士郎。その表情の作り方が、確かに、事実、アーチャーのそれと一緒すぎて、私はかける言葉が出てこなかった。
「シロウ――」
「悪いなセイバー。死んでくれ。――俺の目的を果たすために」
あまりに異常事態。当初の予定通り、本当なら私達が一緒に戦うべきだ。だというのに、セイバーは私に下がるように言ってきた。……明らかにセイバーに余裕が消えている。嗚呼、それもそうか。二振りの刃を振るう士郎は、まるで別人。所々の型にアーチャーが拳銃を振り回していた時のそれに近い物があるのが、その技術の正体を思い知らされる。
今、丁度振り被った片方の刃。セイバーの不可視のエクスカリバーが胴体を凪ごうとすれば、もう片方の刃で逸らしつつ、正面から叩きつける。どれも今までの士郎らしい動きじゃないのだろう、セイバーはかなり困惑していた。
アーチャーが言った通りだ。――今、この士郎はアーチャーと同じ。
だったら戦う以上、私は、士郎を殺す覚悟を持たなければいけない。……契約をしていないアーチャー同様の発想と行動をするのならば、これは危険な魔術師に違いない。冬木の管理者として、放っておくわけにはいかない。
だから、その選択肢を先に送るために、セイバーは私を参加させようとしないのだろう。
アーチャーは姿を消さない。今の深手を負ったアーチャーなら、私でも辛うじて接戦できるかもしれない。でもそれをすることが出来ない。
今、アーチャーと士郎の固有結界は繋がっているのだろう。だったら――アーチャーが消えた時、士郎にどんな影響が出るかが未知数すぎる。最悪、部分的に正気じゃないらしい士郎が、完全に狂ってしまう可能性だってある。
「――――ッ、何故ですシロウ。私には分からない。
アーチャーの記憶を見たのなら、貴方は死後、守護者としての記憶を見たはずだ。人類を守護する英霊が何故、こんな――――」
「――――守護の概念が違うんだよ、セイバー」
切り結び、距離をとり。悲痛な表情で問いかけるセイバーに、士郎は嗤いながら……、泣きそうな顔で答える。
「違うんだ、セイバー。守護者は『ヒト』を守るもの。霊長を守るんであって、人間を守護するものじゃない。
少なくとも俺が見た記憶では、生前も、死後も――守りたかったものを守れた記憶がないんだ」
「シ……ロウ……?」
「ああ。確かにいくらかの人間を救いはしたらしい。自分に出来る範囲で多くの理想を叶えたし、世界の危機を救ったことだってあった。
だけどな。――理想通りの正義の味方の背後には、おびただしい数の死だけが残った」
……私は、それを知っている。
「殺して殺して殺し尽くして。己の理想を貫くために多くの理想を殺して。殺した人間の数千倍の命を救ったよ」
「――――っ」
「王様なら分かるだろ。幸福を感受できる椅子の数は、いつの時代だって決まっている。
俺は、思い出せないほど戦ったさ。争いがあると知れば命を賭して、求められるままに。だけど――何を救おうと、救われなかった相手っていうのは出て来るんだよ。
生きている限り、救いたい命の数は増えて。争いは止まず。
ただこの身は――――俺が知りうる限りの世界で、誰にも泣いて欲しくなかっただけなのに!」
言いながら、士郎は嗤った。大声で、腹を抱えて。狂ったように。
その様子が、いつか、アーチャーに聞いたあの質問の回答を思い出させる。
「嗚呼、だから殺すんだろうなぁ! 俺だってそう思ってしまったから!
間違ってることは分かってる。だけどさ、被害を最小限に抑えるためには、いずれこぼれる人間を速やかに殺すしかなかったんだよ。
誰も悲しませないようになんて口にしながら、何人かの人間には絶望を抱かせて――――! 生前も、そして死後も! 機械的に、効率的に!」
「シロウ、貴方は……」
目を背けながら、セイバーは躊躇いがちに言葉を続ける。どこかその声には、悔恨みたいな色が滲んでいた。まるで誰か、私の知らない誰かにさえ含めて宛てた言葉であるように。
「……守ったはずの理想に、裏切られ続けたのですね」
「……」
それを。
二人のシロウは、はたりと。表情を殺して聞いた。
?「しかし魔術師殿。私が未だに現界しているのは不都合なのでは」
?「何ら問題はない。勘違いをしてはいかんぞ? おそらくギルガメッシュは倒れるだろう。さすれば個数はきっちり揃う。
いつの時代も、理不尽な裁定に抗うは少年少女の愛と勇気だ」
?「……失礼、魔術師殿らしからぬ発言に見受けられる」
?「何を言う。(蟲との)絆の力こそ我らが家の力ぞ。カカカ」
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吹き抜けるBlue Sky のごとく! その2
「英雄は幸福の体現者だ。欲望、道徳、思想。自分自身を含めたな。それに遭遇した者を、ヒトビトは英雄と呼ぶ。自らのそれを語れぬ英雄は英雄とは呼べず、都合がいい舞台装置にすぎないだろう。」
「なら、貴方はそんな舞台装置だと?」
「否定はしないよ。元より俺は、それを捨て去った立場だ」
「ふぅん。ですがそれでは――――つまらないのではなくって?」
「……昔、君と同じようなことを言う女性がいたよ」
「あら、気が合うでしょうね。どうしてそんな美味しくない生き方をしているか、さぞ問い詰められたことでしょう」
「それも懐かしい思い出かな。――――結局、最期まで答えを返すことはなかった」
「否定はしない。だがその顔は違うな」
アーチャーがセイバーの言い様に口を出す。さっきの言葉のどこに、アーチャーの琴線に触れるところがあったのかは分からないけれど。それでもアーチャーは淡々と、私達に続けた。
「俺を見て、笑うべきだ。俺がこうなったことで、平和を享受できる人間が一定数居るという事実に安堵するべきだ。
なにせ、俺はこうなったことに後悔なんてない。それは、
「アーチャー……」
「おかしなところは何一つない。これが本来、俺が望んでいた姿だったはずだ。何を悔いる事がある。
生前の想いが腐り落ちたところで、俺は人間を救えている」
アーチャーは当然のように語る。軋む心も何もないように。
でも――それは、だからこそ悲劇だ。だってアンタは、その失ったものの中に、本当に助けたかったものがあったはずなのだから。後悔がないんじゃない。アーチャーは、後悔することが出来ないだけ。後悔するために必要な多くのヒトを、彼はあまりに殺しすぎた。
顔を知る誰かを殺して殺して――顔も知らない誰かを救いすぎて。
でも、それだって説明はつかない。
「ねえ、士郎」
セイバーを手で制して、私は前に出る。
驚いた表情をして止めようとするけれど、私の眼を見てそれを止める。何か策があるんだって判断したのかしら。……はっきり言うと、策ってほどじゃない。
ただ、根本的な前提を間違えていることに気付いたのだ。
私達が、今、何と相対するべきなのかということに。
「どうした、遠坂」
まだ正気が欠片でも残っているのか、士郎は私にいつものように声をかけてくる。表情もこころなし、生気を感じるようになっている。
「アンタは、後ろにいるアンタが何をしようとしてるのか知ってるの?」
「詳しくは知らない。やることだけ判ってれば、詳しく知る必要もないだろ」
「それは……、どうしてよ。だって判ってるんでしょ? アンタ、それで死ぬのよ?」
「――どうしても何もないだろ。それで助けられるんなら。
助けたいって思った。だからやるだけだ」
私達が今、この場で戦うべき相手は、目の前の
アーチャーの目的の鍵は士郎なのだ。なら――士郎がまだ士郎であるうちに、アーチャーになりきってしまう前に、妨害する事は出来るはずだ。
出来ないはずはない。他でもない、アイツのことをずっと夢で見続けた私なら。
「……そう。前から思ってたけたけれど、口に出して言うわ。
貴方の生き方は酷く歪よ、士郎」
「歪?」
「アンタが自分のない、ただ生きているだけの人間なら別にいい。でも、自分のある貴方が、自分をないがしろにするなんて出来るわけがないのよ。
そうじゃないと壊れるから。――――そんなことを続けた結果が、今、貴方が抱いてるそれなんじゃないの? そこに居る、行きついた果ての貴方なんじゃないの」
「――――――――」
士郎はただただ、驚いたような顔になる。まるでロボットみたいに、何度も何度も繰り返す。
違う。俺は、そうならないために。助けられなかった誰かを―――ー。
「セイバーも。シンジも、桜も、イリヤも、それに私も。どんな関係性だって、貴方は自分を勘定に入れてない。
……だから言ってよ。キャスターが言ってた、十年前に何があったのかを。アンタがそんなになっちゃったのは、それが原因なんでしょ?」
「凛……」
嗚呼、なんで。なんでこんな泣きそうになってるのかな私。
セイバーは私を見た後、士郎を悲しそうに見るだけ。士郎は、ただ、首を左右に振る。
「――違う。俺は、ただ助けられただけだ。あれは原因なんかじゃない」
「……キリツグにですね、シロウ。
ですが、それだけではない筈だ。……凛の言う通りだ。貴方は自分を助けるつもりがない。
あの時のようなことを起こさせないと、貴方は言った。それは――――貴方一人が助かったことに、後悔があるからではないのですか?」
「――――――――」
士郎は何も言わず、こっちに斬りかかって来た。セイバーが防御に動かなかったのは、既に私が強化の魔術を走らせたのを理解したせいか。肉体の強度を鉄くらいに上げて、肘撃。振り被った一刀は私の肩口を過ぎ、しかしもう一本はきちんと腹部の防御に回しているあたり、手馴れてるって言えるかもしれない。
だけど――まだまだ、アーチャーの域には至って居ない。人間が理解できないような速度で振るわれず、私が往なせる程度であることが。
それが、少しだけ私に希望を持たせる。
「貰ったんだ、俺は」
それでも、あの士郎が私の拳に対応できている時点で、おかしいと言える。綺礼に教わったせいもあって、部分部分、八極拳の域に留まらないこの動きに喰らい付いているのだから。
ただ――やっぱりアーチャーのそれだ。その投影には、亀裂が走る。
「誰も助けてくれなかった。誰も助けられなかった。見捨てて歩いて行くしなかった」
士郎はそれこそ、何ら感情もないように続ける。いや感情もないようにじゃない。それは、ただただ、レコードが記録されている情報を再生するような、そんな無機質さ。事実だけが淡々と垂れ流されているだけ。
「地獄を見たんだ。でも、そんな中で――助かってくれって、泣いてくれたんだ。生きてて良かったって、笑ってくれたんだ。
だから思ったんだ。そういう場所で、助けてくれるヤツがいるってのは、なんて――――――なんて素晴らしい、奇跡なんだって」
だからもう、それしかなかったと。士郎の声には、段々と熱が篭る。段々と、顔が朗らかになって行く。
「救われたのは俺だけだった。だから、次は俺が、助けられなかった人の代わりに、みんなを助けなくちゃいけないんだって思ったんだ」
「――――――」
セイバーは、遠い目をして士郎を見る。士郎の言葉を否定できないらしい。
考えて見れば、当たり前なのかもしれない。英霊の触媒がない召喚の場合、サーヴァントは召喚者の性質に拠って呼び出される。士郎がそうであるなら、セイバーにもその壊れ方が、似たような何かがあってもおかしくはないかもしれない。
だから、私は二人に断言する。それがおかしいと。助かったならまず自分を大事にしろっていうの。
「――――アンタだけが助かったっていうのは、ただの偶然なのよ! 死んだ人達にも、アンタにも責任なんてない! なら、後はそんなこと頭の片隅に追いやりなさい。
それだけ酷い目に遭ったのなら、後は幸せにならなくっちゃ嘘でしょ! それじゃ、何したってアンタが報われないじゃない――――――!」
叫ぶ私の一撃に、とうとう刃が砕けて。
士郎の攻撃がゆるやかに収まっていって……。私もそれにつられて、段々と攻める気がなくなっていく。
最期には。私達は両手を下ろして、見詰め合っていた。
「――――――」
士郎は、ぼんやりと宙を見つめる。そこに何かがあるわけでもないでしょうに、でもその目は、何か、いつかの光景を見ているようで。沈黙が場を支配する。セイバーも私も、アーチャーさえ何も言わず。
「ありがとな、遠坂」
え? と。
返す言葉を失った私に――――士郎は、いつものような気の抜けた顔で。でも、一度だって浮かべた事のなかったような、満面の笑みを浮かべていた。
そのまま士郎は、私に背を向ける。その先に、不意に私は何かを見た気がした。あのアーチャーではない、どこか別な形を。果てのない荒野を目指す、未来を――――。
「判ってはいるんだ。俺がどっか間違ってるって。
でも、それを聞く事は出来ない。――――確かに俺が何か間違えていても。この願いが、間違いのはずがないんだからな」
――――――誰かを助けたい。その想いは決して間違いなんかじゃないと。
ありったけの確信を込めた言葉に、頭にくると同時に――――私は、酷くほっとしてしまった。
「…………何をしてる?」
今まで黙ってたアーチャーが、訝しげに士郎を見つめる。そりゃそうか。士郎は今、両手に持った剣を、アーチャーに向けて構えている。
「俺の先におまえがいるっていうのは、正しいのかもしれない。おまえは、ずっと後悔してるんだから」
「何?」
「後悔が出来ないんじゃない。後悔を『理解する』ための基本骨子が壊れてるだけだ。――理解できなくても、お前はきっちり後悔してるはずだ。アーチャー。
だって、ほかならぬ俺が言うんだから間違いないだろ」
自嘲げに嗤うそれには、アーチャーのような色がある。でも、それでも――――。
「だから、ようやく判った。
俺は後悔なんてしない。
目の前に立つ少年は、衛宮士郎だった。
「だから俺達は別人だ。
お前が俺の行き先の一つだって言うんなら、絶対に俺は別な道を探してやる。お前が選べなかった道を。その先に例え
ただただ、士郎は士郎だった。
物言いは多少ひねくれてしまっているけど。もう大丈夫なんだと思えるくらいに、その背中は士郎のものだった。
※
――こんな男、今の内に死んでしまった方がいいと。
アーチャーに見せられた過去のせいか。俺の胸の内にはそんな後悔だけが去来していた。
自分の守りたいもののために大勢を殺し。その先で、守りたい物さえ殺して世界を守るようになり。最後にはなんら感情も認識できないようになるまですり減らし、死人のような失われた存在となってまで蘇り、殺し続けた自分を見て。
吐き捨てるしかなかった。それしか贖罪する方法がないと。
自分が死ぬ事で大勢が救われるなら――それが出来るなら、いっそ死んでしまえと。
それが当たり前なんだと思っていた。でも、だけど。
そんな俺を見て、セイバーは悲しそうな顔をしていた。理想に裏切られた俺を見て、痛ましい感情を抱いていた。
こんな俺を見て、遠坂は泣いていた。涙を流しそうに、心が泣いていた。
後ろを振り返った時、アーチャーの顔が、まるで自らの死を望んでいるように見えて。
だから思った。違うと。――この赤い空が。雲に覆われた、濁った世界が例え行き先だったとしても。
今の生き方を正しいと信じてきた。アーチャーがああなってしまったように、それは出来の悪いニセモノで、取り繕いきれていない解れたもので。それこそ基本骨子の想定からして甘い投影のようなもので。
得られるものより、失ったものの方が多かった時間だったはずだ。
でも、だから――。
こんな形で、終わらせるものじゃない。その今までを。幾度の悲しみを、なかった事にしちゃいけないんだ。
後悔する未来があっても。その果てで何もかも捨て去ってしまった未来があっても――。
絶対にこの想いは、間違いなんかじゃないんだから。
「…………そうか、
つまりこの
足を進める。ちらりとセイバーを見たアーチャーは、無表情のまま、何ら構えをしない。
「セイバーも遠坂も、手は出さないでくれ。これは、俺がやらなきゃいけない」
「シロウ――――」
出来るはずだ。今の俺なら。
なにせ一度は、あの俺とて目指したはずなのだ。正義の味方を。泣いて欲しくない誰かの為に戦うことを。
だったら――――その「原型」を、俺が構成できないはずはない。
砕けたのは足りないからだ。俺自身のイメージが、至るべきところに及んで居ないからだ。
だったら、やることは決まっている。決まっていることを「知っているはずだ」。
「――――
挑むべきは、未来の自分。只一つの妥協も許されない。
創造理念鑑定、基本骨子想定、構成材質複製、製作技術摸倣、成長経験共感、蓄積年月再現、創造工程凌駕――――――――
「ぐ、があああああああああ!」
本来俺の知り得ないそれを幻想しろ。本来の形を思い、成せ。
その果て、ここに幻想を結び、剣と成す――――――――。
左腕の感覚がはじける。構いやしない。
両手に握る剣を、剣を――――!!!!!
「干将莫耶。……その精度では久々に見るか」
アーチャーが呟く刀二つ。もはやそれは、崩れる事はあるまい。
だから、俺は向かう。俺であって、俺でない未来に。
「――――――はっ」
両手の剣を投げる俺に、背後で驚いた声が上がる。
だが、アーチャーは当然のようにそれの片方を掴み取る。……流石に俺なだけある、当然、どう使うのかまで把握できているのか。本人は投影するだけの余力がないはずだ。だからついでとばかりに、手に取った干将を振り被る。
だが、そんなことに気をとられるわけにはいかない。
すぐさま干将莫耶を投影し直し、脳天に向けられたそれを受ける。獣の腕は動かないのは、ひょっとして単に重量合わせのために接合したからだろうか。
「――――
瞬間、アーチャーの動きが加速する。嗚呼、それもそうか。刀だけ手に取ったところで、その技術まで模倣しているわけではない。だから一度、俺の投影したそれにそって、干将莫耶の技術を呼び出したのだろう。
なにせこれは、英霊エミヤが最も好んで投影した武装。相性が良いのか、最もコストが少なかったもの。
腐ろうが改造しようが、これに拘っていたのは効率が良いからだ。
「くそ――――っ」
「――――――」
体格のせいもあるだろうか。明らかに相手の方がボロボロだっていうのに、それでもその技術は俺を上回る。腕一本の干将で、戻ってきた莫耶を撃ち、あまつさえ俺の左腕を切り裂く。
剥げた服。飛び散る血。その隙間から見えたのは、色の大きく変色した左腕。
投影するたびに、身体全身が持って行かれるような感覚。砕かれこそしないが、アーチャーの連撃は確実に俺を削る。俺の連撃に比べて、アーチャーの方が未だに上に立っている。
弾き飛ばされて、床に転がって。
「終わりだ。眠れ。そして無意味に果てろ」
だけど、この足を止めるわけには行かない。
このままじゃ足りない。衛宮士郎に出来る投影では、その投影を破る事は出来ない。おそらく一時とはいえ、このアーチャーが投影を出来たなら俺以上の精度を誇るはずだ。呼び出せる技量とて、俺よりも格段に上だ。
まだ、足りない。もっと、もっと先に。
担い手のいない剣の丘を、それを超えたその先に――――――俺だけが担い手たる世界が。
「――――
当たり前のように呟いていた。この一回で終わっても悔いはないと。俺に出来るありったけを、剣に注ぎこみ――――――――。
「――!?」
俺の干将が砕けるが、そんなの知った事ではない。左手に握る莫耶に、ありったけ、俺の持てる世界を注ぐ。目の前の俺がやっていたように、武器を起点に、自分の世界を注ぎ――――刃の内に走らせ、展開する。
振るった剣は、ヤツの干将を砕いた。――重みが違う。この剣は今、俺の世界そのものだ。例えどれほど出来が悪く、未完成の世界でも――只の投影が、より強い
「ここが――
瞬間的に現れた拳銃。嗚呼、投影する余裕が全くないわけじゃなかったのか。
だけれど、止まるわけにはいかない。
右手に持ち変えて、振り下ろされる刃を左で庇い。
「だったら――それを超えて、先に行く!」
雲の向こうに青空がまだあるように。
お前が俺の限界だっていうなら――――俺が、その先にいってやる。
激情のままに貫いた刃。胸に刺さるそれを見下ろすアーチャーは。
右に構えた拳銃を撃つ事もなく。ただただ呆然としたように、俺を見ていた。
――――
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吹き抜けるBlue Sky のごとく! その3
ここが行きついた袋小路。己の辿った道の果て。
例えどのような運命を辿ろうと、己が一体何であるのかという事実が変わるわけでもない。所詮はただのまがい物。本物の煌きに追いすがる事も出来ず、必要のない精神性を斬り捨てた。
不可逆のはずの、決して戻り得ない結末。
己に近づいたところで未だに目の前のこれは未熟。使えないならば魔力と
相手は己を否定するが、己は決して相手を否定しない。もとよりそんな念は、過去に置き去りにした。例え置き去りにできなかったのだとしても、己の中を滅茶苦茶にしたのだ。今更どう繋がる事もない。
失った物は帰って来ない。磨耗しきった感情は、手を伸ばしても届かない。
――――斬りかかる体は、目に見える以上に満身創痍。己の世界を受け入れるということは、「今は辿っていないはずの」世界を己の内側に格納するということ。容積を超えたそれは、その身の内で既に動き始めている。
でも――――次の一撃は、今までのどのそれよりも重かった。
砕かれた刃。弾丸を媒介にした以上、元は己が提供した投影が原型のはずだ。だからこそ、だろうか――。一方通行だったはずのパスが。刃が砕かれた瞬間に、まるで堰を切ったように雪崩れ込んでくる。
ありえないと。未だ認識することのできない、その未熟な世界をありえないと。
――――望んだ正義の味方など、何処にも居ないと。
歪な願いで心が砕けることは明白。にもかかわらず。どうして今一度、こちらに刃を向けたのか。
果てろ、と。認めろと。こうするしかないと――――こうするしかなかったんだと。
それは、誰に乞うた許しだったか。
それを理解していたのは、果たしてどちらか。――ツギハギを埋めるように、刃は、溶ける。
既に瀕死の肉体と、既に瀕死の精神と。
お互いが振るう刃は、しかしそれでも差があり、開きがある。
故に――――少年は、自らの心を手に振るうことを決意したらしい。
正規の要素が残っているからこそ、辛うじて投影が使える今の自分だ。本来、腐った精神ではまともな形を維持する事さえ困難。弾丸に己の心を宿すのは、あくまで他にできることもなく――贋作にすらならない、出来そこないの世界でも「使えた」から。
悪い夢だ。――古い鏡は、今、割れようとしている。
砕かれた刃に変わる物を掴み、構える。あるのはただ、全力で搾り上げる一声。
「――――――!」
刹那。
その叫びが、焼きついた。
胸に刃が刺さったその瞬間に――――空が、わずかに晴れた。
「――――――――」
当然と言えば当然か。この自分の歪んだ心に、正常だった心が刺さったのだ。無色の水を汚すように、自分を少年に注いだにもかかわらず。今度は完全に、真逆のことをされてしまったらしい。
だがそれでも。雲間から差し込む光は星の煌きのごとく。
濁ったこの場所を、わずかに洗い流すがごとく。
「――――嗚呼――――――――」
アレは誰が想い、誰が受け継いだユメだったろうか。安心したその顔に、何を誓ったか。何を覚悟したか。
忘れようとしても忘れきれなかった――そんな星のような煌き。自分が見惚れたのは、その気高さが美しかったから。あまりに眩しかったから。
誰もが幸せであって欲しいと――その岐路に立たされてなお、選んだ選択に。大切なヒトたちを殺し、それでも知らぬ誰かの笑顔を守れたらならと。
出来そこないのままに、目に見える悪を殺して周っても。そうせざるを得なくなるほどに、生き方が追い詰められたのだとしても。
死した身体でさえ、それをなお超えて。抱いた想いが既に意味を無くしてしまっていたのだとしても。
それでも――――それでも、その先があるというのなら。この雲を晴らすような、そんなまだ見ぬ
「―――――――なるほど―――」
――この赤い空にも意味があった。
吹き抜ける青空を前に――――俺は、間違えてなどいなかったのだ。
「――――――――――――――眩しい訳だ」
だったら、この涙に理由は要らない。
この身が悪であることは、永劫、変わる事はないが――――それでも。積み重ねてきた全てを背負う、この身を、なかった事になどしてはいけないのだから。
※
「―――――――嗚呼なるほど、眩しい訳だ」
目の前の男の胸に刺さった剣は。まるで元からそうであるかというように、ザラザラと散り。いくらか男の胸の傷跡の中に残った。
そのまま、刃が這い回るように傷を塞ぐ。
そんなバケモノじみた有様を目の前に、しかし俺は、もう緊張はしていなかった。
決断してしまった、という実感がある。
今しがた。わずかに自分の全身を貫くような、強大な向かい風を幻視したような気がする。
だが、構うまい。俺は超えると誓ったのだ――――その程度、着いていけなくてどうする。
「あ――」
ただ、そう意気込めるのは心だけらしく。実際気付いてはいなかったが、左腕は折れて、足だって肉がいくらか削れてる。どういう基準か、骨より肉の回復が早いような感じがする。だからどうしたという話なのだが、要するに足の方が回復したのに倒れたのは何故かという話だ。
……単純に緊張の糸が切れただけなんだろう。
そして、そんな俺を背後から抱き支えるセイバー。
半眼で、いつものように文句をつけてくるのが遠坂。
「シロウ――――ここからは私が、」
「いや、いいんだセイバー。
俺は、もう戦う意味はない」
そう、何気ないように声をかけたのは俺じゃない。
目の前のアーチャーが、少し困ったような笑いを浮かべている。――悪い夢を見ている。鏡に映った俺の有様はなんとも酷いような容貌で。だっていうのに仕草は全く変わっていないのだから。
「アーチャー、アンタ……、胸、大丈夫なの?」
「なんでさ。追求するところがおかしいだろ――遠坂」
「えっ――――」
その物言いは。その態度は。何から何までが男の外見からは異常で。だっていうのに、俺達は何故か、そのことに違和感を抱かなかった。
言葉からは毒が取れている。まるでもう、それを紡ぐ必要がないとばかりに。
「正義の味方か。……なんでか、涙が出てくるな」
声の響きはどこか暖かでさえあって。
「……答えてください。アーチャー、貴方は――」
「…………聞いてくれるなよ、セイバー。なんだか、お前を見てるとこう、申し訳ない気分になってくるんだよ。
後悔とか、不甲斐なさとか……、なんでかは判らないが」
「記憶は、完全には戻ってないのね」
「戻ってないんじゃなくでだな。その……、えっと……。
あー、何て言ったらいいんだか……。おい、俺、説明頼んだ」
「なんでさ、我ながら軽いぞ……」
ついさっきまで殺しあいをしていたと思えないほどの豹変ぶりだ。だが、なんとなくわかった。さっきまでの俺がアイツだったように――今のコイツは、俺なのだ。
なんでこう言いよどむのか、その理由を俺は知っている。
目の前の俺は、セイバーを守ることが出来なかった。セイバーは、気が付けば消えていた。
暴走した桜を、救う手立てがあの時はなかった。だから殺さざるを得ず――結果、遠坂と最期の最期できっちりと殺し合うことになった。
相手が事情を知らないとはいえ、合わせる顔がないんだろう。
いや、むしろ知らないからこそなおさら立つ瀬がない。
ただ言いたくはないが、俺だってコイツのせいで、その被害は被っている。つまり。
「俺だってお前なんだから、なおさら説明できるわけがないだろ。それくらい判れ、この馬鹿」
「な――――貴様、俺を超えると言ったのだろ!? だったら、これくらいの苦境は軽々飛び越してみせろよ! それでも正義の味方目指してるのか、オイ」
「なんでさ! おまえ、さっきまでの原型が完全になくなってるぞ。
まぁ遠坂もセイバーも……、古傷をえぐるみたいなことになるから、今は止めてくれると助かる」
「えっ? あ、はい」
素直に俺の言葉に応じてくれるセイバー。もっとも、
「へぇ……。うん、じゃあ貸し一つね? 士郎♪」
愉しげな表情から一転し、満面の笑みを浮かべたこのあかいあくま。俺達はそろってため息をついた。これは絶対、後々、どんな手段をとってでも聞かれる運命に違いない。
目の前の俺でさえこの反応なのだ。
どうやらエミヤシロウは生涯、遠坂凛に頭が上がらないらしい。
「で? なんだか『正直になってくれた』ところ悪いんだけど。貴方、何をしようとしていたの?
てんでそこのところがはっきりしなかったから、全然話が展開していかなかったんだけど」
気を取り直したように、冷静に会話を再開する遠坂。セイバーも同意という意見を示していた。
「何をしようとしていた、か。……説明はしていたつもりだったんだがな。
理解されなかったということは、俺が、説明するための知識を欠いていたと考えるのが妥当か。
捕足を頼む」
「いいわよ。
それで? 守護者から一瞬とはいえ開放された貴方が、街一つなかったことにするくらい危険なものって、何なの?」
アーチャーは一瞬、セイバーの顔を見て。申し訳なさそうに笑った後――――。
「え――――」
誰しもが、アーチャーの語る脅威に耳を傾けようとした。その緊張は、逆に言えば戦闘に対する緊張の欠損。
空から繰り出された剣は複数。その雨に、全く気付かなかった衛宮士郎の身体は串刺しに――――。
弾け、転がされる。
「――――」
突き飛ばされたのは1メートル程度。俺だけでなく遠坂まで、ついでとばかりに蹴り飛ばしていたようで。腰を抑えながら、助けられた事実よりも不満そうな遠坂だったが。
目の前には――――串刺しになった、壊れた俺。
「……とっておいて正解だったな」
それを、痛いとも何とも言わず、面白くなさそうに視線を向ける。何者、と恫喝するセイバーの声が、広間の二階に向けられていた。
それは、黄金の男だった。
金色の甲冑で武装したその男は、沈む太陽を背に、酷薄な笑みを浮かべていた――――。
夜が訪れる。
俺も、遠坂も二の句が継げない。既に見て判るように、明らかにこいつはサーヴァント。だというのに、全く心当たりもなにもない。
強いて言えば、8人目のサーヴァント。
まさかルーラー? と遠坂が呟く。
「さて、
「――そんな、馬鹿な、何故貴方がこの場にいるのです――――
親しげに言う男に、セイバー一人が睨み。その言葉に、俺も遠坂も驚きを隠せない。
アーチャー? だが、俺達の知るアーチャーはこの場で串刺しになっている男に違いない。だというのに、これは――――。
「何故も何もなかろう。杯は我が物、起源はウルクにありて。今更その忘れ物を取りに来たところで、何がおかしいか」
「ふざけたことを。いや、そうじゃない。そもそも――――」
「今、その先を口にするのは止めておけ。我とて今は興が乗らぬ故な――――」
セイバーを見つめる蛇のようだった目は、アーチャーを中心にとらえ、いっそ憎悪こそみなぎらせるように変貌した。
「――――――下らぬ。実に下らぬ。真作が存在せぬばかりか、それに迫ろうということさえ諦めた出来そこないが。気に入らぬ。本来ならば「過程だけでも」評価するべきだが、それすら及ばぬ。我が宝物庫を振るうことさえ分不相応だ。
だが今宵、贋作者へ至る道筋が出来ただけで、それは許してやろう――ぬ?」
「――――――――
いつの間にとったのか、三つあった弾丸から、アーチャーは一つとっていたらしい。
そしてそれは――それを砕いた瞬間、ヤツの身体が劇的に変化した。
刺さっていた武器は抜け落ち、穴などなかったように再生。
金色の亀裂はほとんどが補修され。失ったはずの腕は、獣の腕を覆うように現れ。背中には、何故か刻まれる赤い数字。
翻る黒い外套。服装はどこか、遠坂のサーヴァントをしていたときよりも現代的でない、「らしい」ように見えるものになっていて。
「外側と魔力が補填されても、いいかげん
で? 次はどんな手品を見せてくれるんだ」
その表情は嗤ってはいるが、でも、どこか不敵なそれで――まるで皮肉屋が浮かべているようなそれで。声音ににじみ出る余裕も、何故か不思議と、しっくりくるものだった。
「たわけ! 我が宝を、奇術師風情の大道芸とのたまわったか!
セイバーを迎えるには確かにこの場はちと貧相ではあるが――――それ以上に煩わしい。
我が
再び撃ちだされる無数の、弾丸のごとき武装の数々。
それらに対して、再生した左腕の莫耶の銃から。
「
――――
当然のように、そんな風に「盾」の弾丸を撃ちだした。炸裂したそれは、重なった七つの花弁。
黄金のサーヴァントが怒りで我を忘れているからか、その攻撃は直線的で。それを正面から、ほぼ完全に封殺している花弁の盾。
唖然としている俺達に、アーチャーは苦笑いを浮かべて言う。
「少し足止めをする。今のうちだ」
嗚呼、そうだな。なんとなく、この状況で俺がどんなことを言うか、俺自身が一番わかっていた気がする。
ちょっと、と怒る遠坂に、戦う意思を見せるセイバー。そんな二人のうち、セイバーの肩に手を置く。
「シロウ?」
「行くぞ。セイバー。この状況で、出来る以上、俺は『止めたって聞くわけがない』」
「さすが、よく判ってるじゃないか」
嗤うアーチャー。いや、字を変えた方がいい。ニヒルに笑うアーチャーは、「盾もそう長くはない」と断言する。
「何。俺が倒れたところで、すぐ聖杯戦争が終わる訳ではないだろう。どちらにせよピースは足りない。
それにだセイバー。あれを打破するには条件がいる。それは……、あー、こんなことが思い出せない」
今のは俺にもわからない。俺だってアーチャーの記憶、全てを共有しているわけではないのだ。
「ともかく、今は時ではないし――正規の俺でなければ、アレは正面から打破は難しい。
現状、拮抗してるわけじゃないんだ。勘違いするなよ、遠坂凛」
「でも……、だけど……!
それじゃアンタは、結局、やってることが――」
また私に見捨てさせるのかと。あの時と違い、令呪で守りをかけることも出来ないのだと。……嗚呼、思い返せば、どうしてバーサーカーから逃げていたとき、既に令呪が消えていたのかということについて、今更ながらに思い当たった。
あの時、遠坂はアーチャーに「生き残れ」と令呪をかけたのだろう。それは自ら契約を切った――自分のありったけの魔力を敵にぶつけるため、「マスターの魔力を喰らい尽くさないため」にした――その後も。令呪を受けたという事実が、この男を今の今まで生き残らせたのだと。
「そういう意味じゃ、もう何度も、俺はおまえから命を救って貰ってる。
だったら、俺がそうしない理由はないさ」
「――――――」
「それでも何か思うのなら……。いや、それは後にしよう」
今にも泣きだしそうな――いや、でも、こらえ切れていないその目に。
「――――時間を稼ぐとは言ったが、別にアレを倒してしまっても構わないだろ? マスター」
放たれたとんでもない強がりに。マスターと己を呼んだ男に。遠坂はそれを堪え、胸を張った。
「……ええ、構わないわ。きついのをお見舞いしてやりなさい、アーチャー!」
「なら、期待に応えるとしよう。
――――
――――嗚呼。それは。
万感の想いが篭った言葉であり。他人事のような言葉でもあり。
そして同時に――――この男から、俺達への。この上ない別れの言葉でもあった。
※
「倒す、と言ったか。
くはははははっはは――――――!!!!! 滑稽よ、これぞ道化よ! まさかその類の才能があったとはなぁ出来そこない風情にも!
褒めて遣わそう。我が宝物の雨を受け切った事は! この二つをもって何か褒美をとらせてやらねばなるまいな。飴でもやるか?」
心底、馬鹿にしたような物言いではあるが、実際に飴を取り出して見せてくるのがこの英霊である。わずかに調子が崩れるのを感じながら、アーチャーはその男を見て、納得した表情を浮かべた。
「なるほど。こりゃ、『アレ』に呑まれても不思議ではないか」
「――――なんだと?」
「いや、なんでもない。気にするな、どの道長くはない」
自虐するよう笑う弓兵。いくらかその表情も、在り方も守護者としてのそれではなくなったが、本質的に腐ってしまったその立場を崩すことは出来ないらしい。
そして、先ほどから眼前の英雄が、己の何が気に入らないのかもおぼろげながら理解している。
「不遜なもの言いだな、この我に向かって」
「そりゃな。若造って年ではないが、
何、俺も馬鹿になってみようと思ってな。お前が何をしようとしてるかは知らないが――本能的にか判るよ。結末は俺以上にロクでもなかろう。ならば、その前に『悪』の退治に挑戦してみようとね」
「は――――掃除屋が汚れる前に来るとは、阿呆の極みだ!
もはや飴をやるのも阿呆とみた」
「その口ぶりだと、本気の本気でくれるみたいな口ぶりだな」
「たわけ! 当然であろう。だが今ので帳消しだ。
――
「さぁ? 悪いが本当には知らないんだ。色々、混線している立場でね」
「まぁ良い。ならば貴様が嫌というまで、その身をバラバラにして聞きだしてやろう。我が蔵には、無理に傷を直す
表情を愉しげに歪ませる黄金のサーヴァントに、しかし、黒い弓兵は何も答えず。ただ下を向き、口を動かす。
ぬ? と。その異変に英雄王が気付くには、わずかな猶予。だが、この英霊は元来、守護者としてきわまったナニカ。
「――――
ただ――その詠唱はわずかにかつてと異なっていた。
「――――
故に、放たれた弾丸が描く世界は。赤き歯車、担い手のない剣の丘。雲間からわずかに差し込む、生命の奔流のごとき光と、青空。
「貴様――」
「これは、単純な時間との戦いだ。
俺が
腐った精神性は、わずかながらにかつての憧憬を取り戻し。故にわずか一時、この場限りといえどその成す幻想は、今まで自身を超える。
「もはや真も嘘も関係ない。
――――ついてこれるか、英雄王!」
「一撃で首を落とすか、じっくりと首を斬られるか――好みの方を選ぶが良い!」
隔絶されたその世界で――――雨霰のごとく、お互いの刃が激突した。
凛「・・・で、何でイリヤはそんな子供向けの特撮番組なんて見てるのよ」帰ってきて一言
イ「あら、面白いわよリン。丁度これなんて、主人公が青くて剣を使うし」
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一時のYou & Me... その1
この丘は、見た記憶がない。だけれど識っている気がする。俺であって、俺でないナニカの記憶。
勝利の余韻もなく、自分とうり二つの顔をした誰かを見下ろし、天を見上げる。
これは夢じゃない。変えようのない、誰かの現実。
輝かんばかりの、理想に生きた――冷たい過去。
悪戯っぽい魔術師の言葉に、当然のように頷き。剣を抜いた時から、彼女は人ではなくなった。
終わらされたと、俺は思った。幼さを残した少女はその瞬間に消え去り、王としてのみ存在を許された。
父に代わり、多くの騎士を束ねる主となった彼女――アルトリア。ちっぽけな願いを胸に、騎士を志た彼女は、その生涯を一変させた。
王の息子として地を治め、騎士を束ねる。男である方が不都合がないからこその振る舞いは、文字通り己を鎧に覆うような生涯。その身が女であると知っていたのは、彼女の認識では父と賢人のみ。
聖剣の守りにより不老不死となった彼女は、少女と疑われても決してその追求を許さなかった。
ただ、ひょっとしたら関係なかったのかもしれない。戦場においてかの騎士王は常勝。蛮族の侵攻に怯える民のため立ち上がった騎士の王であることに違いはなく。つまり、王が何者であろうと、その職責を果たしてくれるならなんだって良かったのだ。
王は公平だった。常に正しい選択をする、誰よりも理想的な王。
国のため。民のため――――戦いのため必要ならば、そのための準備で、民の、国の一部を斬り捨てる事にさえ躊躇わないほどに。
故に、彼女ほど多くの人間をあやめた騎士はいないだろう。それについてどう思っていたのか、俺は判らない。
戦場を駆ける勇士に迷いはなく。王座にあるその目に憂いの一つもなく――――だから、王はヒトではなかった。ヒトの感情をもっていれば、ヒトを守る事は出来ない。生真面目に、律儀に、その誓いを守り抜いた。一つの狂いもなく国を改め、罪人を罰し。いくつもの命を奪って――――。
――――完璧を求められたはずの彼女は。それでも、理解をされなかった。
嗚呼だから、誰しもが彼女に不安を抱いたのだ。王として完璧であればあるほど、ヒトの感情が感じられなければ感じられないほど。その治世が果たしてどこに向かうのかということを。
名のある騎士が城を離れる事にさえ、何も変わらず粛々と対応する。――理想を背負った美しい彼女は、独り、それでも変わらない。
剣を抜いた時より、そんな感情を抱くことを罪だと感じた。
なんでか――俺はそれに、既視感を覚えた。
奇跡の代償に――――最初の想いを。ただ手の届く人々を守りたいという感情を捨てなければならなかった。
それにどれほどの苦悩があったなど、傍から見てるだけでは知るよしもない。流れる時間の中、彼女に親しげである誰かさえ居なかった。華々しい円卓も、彼女が現れるだけで厳粛な沈黙が支配する。
偶像として容認されることを認めた時点で――――心を治められなかった彼女はまた、誰からも、人間としての自分を望まれなかった。
長く孤立するその生涯で、彼女はよくやった。よくやりすぎた。私情を挟まなかった治世は、だから、いつかの破綻が約束されていたのかもしれない。
でも、そんなこと関係がない些事だった。
終わりの、最果ての丘。荒れ果てた国への無念を抱き、彼女は望んだ。
そして――――慟哭した。裏切られた彼女は、結局、その在り方にさえ裏切られ。
今まで泣かなかったから、その声はあまりに悲痛で。聞いた事もないくらい、華奢な少女でしかなくて。
「王になるべきは――――――私ではなかった」
……確かにあいつは強くて、戦いが巧かったかも知れないけれど。でも、それでも向いていたとは思えない。
最初からそれが勘違いだったんだ。まわりのヤツラも、竪琴とか雑な料理とか関係なく、どうして誰一人、そのことをあいつに教えてやらなかったんだと。そんな怒りを抱いて。
※
「え 道場 、まだ私 鍛錬を続け か !?」
「ど バ ヘンな 、俺」
「 鍛錬 う と勝手に思 した」
####################################
「セイバー……?
――――痛っ」
言葉が遠い。それに対して疑問符を浮かべた瞬間、唐突に、胴体がなぎ払われた。
……って、あれ、ここは道場――――――。
####################################
「シロウ――――――?」
ちゃぽん、という音。
湯船に視線を移した途端、そこにセイバーが居て、言葉が出なかった。
すまないとか、そんな言葉が喉から出てこない。おかしい、何で今、俺はこんな場所にいるというのだろう。
セイバーも唖然としたように、口をわなわなさせていて。
視線を逸らすと、俺の左手には赤い刻印が、再び浮かんでいた。
脱衣所に下がりながら弁明というか言い訳というか。断じて動けなかったのは、セイバーに見惚れていたからじゃない。
湯船に見えた華奢な――あれだけの戦いをしていたのが嘘のような少女の身体に、衛宮士郎の頭は完全にパンクしていた。
「……勝手な申し出なのですが、今は席を外してもらえないでしょうか」
視線を逸らすセイバーの表情には、怒りの感情はない。困惑と、羞恥と。
「サーヴァントに性別は関係ないのですが、その……」
「セイバー、怒ってないのか?」
「湯浴みをしたいというのでしたら、それを縛るつもりなどありませんが……。
ですが、その……。このように見苦しい身体、貴方に見て欲しくはない」
そんなことある筈はないと。そんなことはないほどにセイバーの体は女の子のものなんだと――――。
なんて答えてその場を離れたか、自分でも判らない。頷いて、なんか言って、慌てて閉めたことだけは、手の感触に残っていて――――――――。
#######################################
食卓には夕飯の跡がある。
流しには五人分の洗い物。何故かある満腹感と、居間でテレビを見るイリヤ。
「タイガは家に帰ったわよ、シロウ」
「イリヤ?
あれ、なんでそんなことを?」
「シロウが聞いたんじゃない。タイガが夕食を食べた後、みかん片付けないでどこに行ったんだって」
そういえば藤ねえの姿を見てない。
なんでだろう。記憶を辿ってみる。
……。
…………。
……………………。
…………………………………………まぁ、無事なのだけはわかっている。
「まあ、いいや。とりあえず夕食は済んだんだな」
「ええ。あとはゆっくり休むだけよ、シロウ。
だけど、それもいいけど、いいの? 行かなくて」
「行かなくてって、何を――――」
思い出そうとして。
吐き気がする。考える事をエミヤシロウの肉体が拒絶している。明らかに今の自分がおかしい自覚はある。時間が飛びすぎている。遠坂の姿を見た覚えがない。藤ねえの姿をみた覚えがない。そもそも帰ってきた覚えがない。セイバーとまともに会話したのが、風呂場だった記憶しかない。
なんだこれはと。それを追求しようとして――――。
違和感が。
視界が歪んで。
痛みが走って。
「――――シロウ。思い出せないことは思い出さないで。それは忘れたんじゃなくて無くなったもの。穴をいくら掘り出しても、出てくるのは苦痛だけよ」
「え?」
聞いた事のないような、でも、どこかで聞いた覚えのある、イリヤらしくない声音。
「凛がセイバーとパスを繋ぎ直したの。それでも精度は中途半端だけど、繋がっている限り回復してる。でも『アーチャーの記憶』を切除し終えるまでは、それが続くわ。
貴方まで在り方を強制される必要なんてないの。シロウ」
「イリヤ?」
そういわれて。
撃鉄が落ちるように、唐突に、複数の武具の存在が俺の内側を過ぎる。目が覚めるようなそれは。
「……!」
「アーチャーの瑕は、シロウが持っているものじゃないから、回復しようってしてるの。貴方に残るのは、『ほんのちょっとの選択の違い』と、アーチャーが持っていた、いくつかの武器だけ。
そうしないと、シロウが壊れちゃうから」
「イリヤ……?」
「聖杯は不完全。降ろすためには黄金のアーチャーを倒さないといけない。ルーラーは様子見のために放置。
それだけ覚えてれば、凛はしばらく気付かないと思うわ。そのうちにはきっと、回復するでしょうし――桜は間に合うわ、シロウ。
細かい事は、回復してからセイバーに聞くといいわ」
##################################
「そう。ならいいんだけど――。
士郎。貴方、体でどこか壊れちゃったところとかない?」
目の前に遠坂が居た。唐突だった。離れの部屋で、いつのまにか遠坂仕様に改造されている。
嗚呼、やっとわかった。おかしいのは時感覚というより、俺の認識の方だ。アーチャーの固有結界が俺の一部を侵食した結果、俺もアイツみたいに、認識できない記憶というか、時間が発生しているんだろう。
イリヤのいってる通りなら、そんなにかからず治るらしいが……。
……壊れたところ。いや、これは話すわけにはいかない。ちらりとカレンダーを見ると、まだ二日経っただけ。
桜のタイムリミットまで、あと五日。
とりあえず意味が分からないという風に問い返すと、呆れたように遠坂がため息をついた。
「あのねぇ……。いい? アーチャーの能力は、腐っても貴方が行きつく先のそれなのよ。つまり、今の貴方なんかが手を出せる領域じゃない。あれだけ滅茶苦茶したなら、背中とか腕とか、所々壊死とかしてても驚かないわ。
限界なんて軽々しく超えたんだから、それなりに無茶の代償はどこかで負うのが普通よ」
「いや、特には……。
なんか変わったっていえば、左腕くらいだな」
ただ特に壊れているという訳じゃない。袖をまくって見せると、検分するように顔を近づける。
いや、待ってくれ。いくら慣れてきたって言っても、この距離の近さは緊張するぞ、おい。
「……確かに、腕の機能に異常があるわけじゃないみたいね。というよりも、肌が焼けたみたいになってるのは……あー、だからアーチャーの肌はあんな色になってるのね。たぶん構成から変わっちゃってるんだわ。
だけどホントふざけた身体。セイバーとパスを繋ぎ直したっていったって、あっちの回復とは別な何かよ。これ。強いて言えば……、アーチャーのあの、刃の身体みたいなものなのかしら。
身体は剣で出来ている、だっけ? あながち自己催眠でも何でもないのかもね、士郎は」
「い、いや、それは判ったから離れてくれると……」
「ん? 判ったっておかしいじゃない。私、核心については――って、ははぁ……」
「おい、こら、離れろって。っていうか、額に手あてたって熱なんてないぞ!」
「ええ、そうみたいね。どっちかっていうと酔っ払ってる感じかしら」
「……確信犯め」
男の純情を弄ぶやつは、地獄に堕ちて反省してこいっ。
「ま、冗談はこのくらいにしておいてあげるわ。
なんだか手遅れ感はあるけど、それは全部終わってから考えましょう」
「?」
そしてなんだか妙な言い回しをとる遠坂。
「で、士郎はどうするの? あの金ぴかのことはともかく、今回の勝者は貴方達よ」
「そういう遠坂はどうするのさ」
「そうね……。まぁ、見届けてあげるわ。これでも
「酷い言い草だな、それ……。いや、そう言われても願いなんて、正直……。
参考までに、遠坂はどんなのなんだ?」
「え? え、えっと、それは……」
そんな真剣な目で見られても、と少し困惑気味の遠坂。一体、どんな願いだというのだ。何かやましいことでもあるのか。
いや、違う。何故か俺は確信を持って断言した。
「……遠坂、お前、『ただそこに戦いがあるから』とか、そんな理由で参加しただろ」
「――――――! あ、アーチャーねアイツ! このこのこの!」
「わ! なんでさ、俺に当たるなよ!」
「うるさい! アンタ達同一人物なんだから、結局一緒よ!」
いや、俺はあいつになるつもりはないので別な世界の同一人物とか、そういう表現が妥当だと思うんだけど……。いや、でも詳しく思い出せはしないけど、この妙な察しの良さは、確かにあの俺の影響なのかもしれない。
「…………まぁいいわ。参考までにだけど。
アーチャーにも聞いたのよ。その質問。そしたら何て答えたと思う?」
「そんなの、聞かれたって困る。というか……」
「――――笑ってたわ。それこそ、大笑いだった。狂ったみたいにね」
「…………反応できない」
「ま、そうよね。でもね? 自分を悪だーとか、そんなことを言って自虐してるようなアイツが大笑いするんだから――――それはきっと、誰が聞いてもおかしくなるくらいに純粋で、真っ直ぐすぎるものだったんじゃないかって思うの」
そんな、こう、母親が子供を見守るような目で見られても困る。遠坂らしくないその表情に、なんだか身体がおかしくなる感覚がある。
「……俺より、セイバーだ」
とりあえず、強引に話題を変える。
ついさっきのように、見た夢のことを思い出せる。
泣いていた彼女のことを。あれは、何に対しての慟哭だったのか。
……いや。違う。わかってるような気がする。心のどこかで、何を見落としているのかを。
「セイバーがどうしたの? シロウ」
「うん。とりあえず、明日はデートする」
――――さっきまでの空気はどこにいったのか、遠坂がとんでもなく失礼な感じに呆然として、爆笑。
いや、冷静になって考えればわかっていたのに、なんで口走ったんだ、俺。
腹を抱えながら俺の肩をばっしんばっしん叩いてくる遠坂。
「はは、あはははははは! ちょっと待って、どういうルートを辿ってそんな発想に――、ひひ、ちょっと、すごいってば、すごいワガママっぷりよ士郎!」
「……なんかこれ、今までで一番酷い扱いじゃないか?
でも、聞きたいことがあるんだ。でも普段の流れのままじゃ聞けないし――」
「それでデートってところになるのが、なんともアレよねー。ひひ……、わかった。
がんばんなさい。それくらいぶっ飛んでなきゃ駄目なのかもしれないけど――――好きよ、貴方達のそういうところ」
そんな風に、穏やかな表情を浮かべて。当然のように俺の背中を押す。
「お、おう、頑張る」
別に他意があってのことではないのだけれど。なんだかそう言われると気恥ずかしさが沸いてくるというか――――。
でも、目の前の遠坂の微笑みなんて見たら、首肯する以外の発想なんて沸いてこなかった。
剣「では、シロウは―――――ー、」
杯「明日にはほとんど回復してると思うけど、色々話してあげて。私が話してもいいんだけど、ある意味、合わせる顔がないから」
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一時のYou & Me... その2
デミヤ「いや、俺とアンタ初対面だろ。なんで育ち具合が判る」
??リ「そうでもないわよ? キリツグの子供だっていうなら、私にとっても子供だし、何より『現役』じゃない?
それに、『今の貴方』となら色々仲良くできると思うのよ」
デミヤ「仲良くの意味が違うだろ仲良くの意味が。俺、知ってるぞ。アンタが『何なのか』。性根が腐ってるな本当に」
??リ「ええー!? これでも私、相談室で先生やってるのよー! みんなのお悩みに乗ってあげてるのよ?」
デミヤ「もはや何も言うまい。だが・・・嗚呼、反転して呼ばれるだけの理由はあるわけだな、ホントに・・・」
??リ「あー、でもティーちゃん元気にしてるかしら。なんだか『アレ』が出て行ったからなー」
「デート、とは、あれでしょうか。タイガに見せられたアニメーションにあった、主人公にヒロインが連れられて、逢い引するという、あの」
言葉の選び方が悪かった自覚はあるけど、セイバーがストレートにそんなことを言うものだから、こっちも対応に困った。
聖杯戦争も終盤……、と言って差し支えない頃合。あんな夢を見た以上、セイバーと話したいことも出来た。だからそれを聞くために、少し環境を変えたい、というのが表向きの理由。
それを、なんでためらいなくデートと口走ったのかがよくわからない。脳裏で一瞬、ニヒルな感じの笑みを浮かべたい衝動にかられたあたり、
そして言って気付いた。藤ねえが居なくて助かった。
「あら、藤村先生に感謝しないとね、士郎。貴方、きっとセイバーが概念を理解していなかったら、四苦八苦したんじゃない?」
「う、うるさいぞ! っていうか、そんなんじゃなくてだなぁ――――」
と、言い訳というか、表向きの事情を振りかざそうとした瞬間。
「――――そうですね。私も、そういうことではなく、シロウと話したいコトがあります」
お? と遠坂がニヤニヤ笑うのを受けて、そんなこんなで俺とセイバーは出かける事になった。イリヤはまだ目を覚まさないこともあって、トラブルらしいトラブルはない。
そしてバスに乗り込んだ途端。
「あいつが、前回のアーチャー?」
「ええ。……彼との最後の対面が、あの火の海を生み出す直前でもありました」
当然のようにそんな話を始めるセイバー。英霊エミヤを襲ったあの黄金の英雄について、セイバーがいくつか教えてくれた。
あの英霊から前回最後の折り、求婚を申し込まれたとかいう情報はあったけど(セイバーが全く乗り気じゃないのが納得と同時に何故か安心したけど)、話の問題としてはそこじゃない。
「この世界に受肉している以上、ありえる可能性としては聖杯なのでしょうが……」
「前回、セイバーが破壊したって言ってたな」
「ええ。ですが、それはおかしい。聖杯はあの時点で完成はしていなかったはずだ。
ならばと考えれば……。キャスターが言っていた通り、この聖杯戦争の仕組みに、未だ私たちの知り得ない何かがあるということでしょうか」
「……で、セイバー。その話たぶん、アーチャーと戦った直後に家に帰ってきてから一度、俺にしたよな」
「ええ。凛の居ない状況で話したところで、二度説明することになりますから」
「つまり?」
「シロウの認識が、狂った状態だったと理解しています。
……大体、私が気付かないと思っているのですか、シロウ」
むっと、腕を腰に当てて、不満そうに唇を尖らせるセイバー。
どうやらバレているらしい。俺の記憶にある範囲では、セイバーが気付いているような素振りは見当たらなかったけれど―――――!
脳裏に昨日か一昨日かの、浴場での映像が。
セイバーの一糸纏わぬ姿が、脳裏をえぐる。
思わず咽る俺に、少し心配そうなセイバー。
「あー、すまないセイバー」
「いえ。ですが、回復しつつはあるようですので、そこは安心しています。しかし、何故――――――!? いえ、そんなはずは」
「セイバー?」
「いえ。なんでもありません、シロウ。
アーチャーの正体の特定には至っていません。あらゆる宝具を湯水のように持つ以上、絞り込むコトは出来なかった」
「一瞬しか見てなかったけど、あれ全部本物っぽかったしな」
「……! シロウは、そう思うのですか?」
「ああ。って、なんでだろ……。って、いや明白か」
そういえば明白だ。未熟といえど、英霊エミヤが俺である以上は持ちうる力も同様。一度目にした武具ならば、特に剣の類であるならば、本質の一旦を理解しえないことはないのだから。
「とすると、あれはそういった英霊の宝だとか、そういうのを蒐集できるような存在だったってことになるのか? とすると、あー、該当しそうなのがいたな。まだ早計かもしれないけど」
俺の出した名前を聞いて、セイバーは一瞬驚き、そして微笑んだ。
「全く。貴方には驚かされる。私やキリツグたちが、十年前に挑んだ問いに、そんな方向から答えてくるというのは」
「いや、半分以上ズルみたいなものだろ、これって。
お、着いたな?」
新都の駅で降りると、平日ということもあってかまだそんなに店が開いてない。それでも一部のカフェとか本屋とかのシャッターが動き出している。
そういえば、簡単に平日休むことに躊躇いがなくなってきてるな……。いや、これも後数日の辛抱ということで。
「じゃあ、行きたいところってあるか? セイバー」
バスから降りたセイバーに聞くと、何故か呆然とした表情で俺を見て、周囲のパークを眺めた。
「は――――? あれは、凛にシロウの状況を気づかれないようにするため、話し合いの場所を移動するための方便だったのではないですか?」
「なんでさ。
言っただろ、デートするって。それに、せっかく街まで出たんだし、何もしないっていうのも合理的じゃないだろ」
「ならばまず、ここまで出向いてくること自体合理的ではないと言いますか。何も言わず着いて行った私も私でしたが……。
シロウ、笑い方が凛のアーチャーのようです。見ていて何か、嫌な感触を覚えます」
「おっと、悪い。
んー、じゃあそうだな。どこから行こうか……」
よし、とセイバーの手を握る。感覚的には、アーチャーの矢からセイバーを庇ったときくらいの軽さで、俺としてはそれは信頼の証しのつもりだったのだけれど。
「し、シロウ! その、何故手を掴むのでしょうかっ」
「時間も勿体無いしな。せっかく来たって言っても、せいぜい今日の日中だけだし。早足になるだろうから、逸れないためにはこっちの方が効率的だろ?」
「え……、いえ、その、効率的といいますか、その……!」
セイバーの返答を待たず、俺は足早に走り出した。
※
これは、間違ってもデートではない。俗に言う真剣勝負とか、デスマッチとかいうやつだ。
困惑した表情から一変、あのサーヴァントを探さないといけないと方針転換しそうになるセイバーをなだめて修正して。結果、不機嫌なまま調子をとりつつ時間が経つ。
いや、まぁそれが続いたのも午前中の話。セイバーの機嫌が、遠坂にすすめられた喫茶店で昼食をとったあとに回復してくれたことで、多少こっちに天秤が傾いた。風が吹いている。勝負はまだ付いちゃいない!
そもそも勝負なのか、何の勝負なのかという命題については、証明するつもりはないのであしからず。
ただ――俺が話そうと思っていた話を、切り出すタイミングがなかった。いや、言い訳だ。正直なところ、そのことを言うより、こうしてセイバーと遊んでいたほうがいいと思ってしまった。惜しいと思ってしまった。
「なっ――――、シロウ、ここは」
「街で一番品揃えがいいぬいぐるみ屋。どうだ?」
「ここは……、愛らしい」
ががーんと立ち尽くすセイバーを見られたりするのが、新鮮だったりする。
好きな動物を聞けば、ライオンとか豹とかが愛らしいと返答が返って来たり。と、言われて不意に、脳裏で小さいライオンを可愛がる騎士王の姿を幻視する。
「……シロウ、何ですその表情は? なにか、いわれのない怒りを覚えるのですが」
「あ、いや、わるいわるい。でなんでライオンなんだ?」
「…………昔、預かっていたことがありましたので」
そっか、と、思わず微笑みながら話を聞く。
話しながらも、セイバーは既に手近なところにあったライオンのぬいぐるみにロックオン状態。両手で抱え上げ、目と目を合わせてにらめっこというか、硬直。
……店の最深部から入り口まで一時間弱ほど。主な利用客たる女の子たちの数とか、定期的にフリーズするセイバーとかに神経をすり減らして。
でも、最終的に紙袋を手にセイバーは嬉しそうに笑っていた。
うん。その笑顔はいい。
「……シロウ、どうしました? 何か良いことでもあったのですか?」
「そうか? まぁ、確かにいいコトがあったから、ニヤけちまったかもしれないっていうのは、否めない」
「いいコトですか?」
「そうだよ。今みたいなセイバーの笑顔が、見れて良かったなって。
ほら、セイバーが笑うときって、大体周りの誰かに向けた表情だろ? だから今みたいな、セイバーのためだけの笑顔っていうのが、なんか好きだ」
「……難しいですね、でも、そうですか。
私も、シロウが笑顔でいてくれた方が嬉しい。貴方が笑顔でいてくれるなら、それで充分です」
穏やかな表情を浮かべられて、不意に遠坂の言葉が脳裏を巡回する。理性的な目的意識戦艦が、思春期特有のリビドー魚雷によって撃ち落とされようとしているのがよくわかる。
ただ、間違えてはいけないと頭のどこかが警鐘を鳴らす。引っ掛かりをどこかに覚えることに。
そしてそれは、遠からず今日の終わりの引き金を引く。
「……まったく、今日のシロウはどうかしている。最終的に、貴方がまだ本調子でないということで、休息ということで納得はしましたが。明らかに貴方はこういったことに慣れていない。
なぜ、そんな場所ばかり選ぶのです。それではシロウが疲れてしまう」
「いや、だって、女の子にはそういう場所の方が似合うだろ。デートって言い出したのは俺なんだし。
それに、セイバーがいるから大丈夫だ」
「? 特に戦いを求められるような場所はなかったかと思うのですが」
「なんでさ。いや、素か?
そうじゃなくて、セイバーみたいな美人さんが隣にいるんだから、妬まれこそすれ場違いだってことにはならないだろ。道中だって、嫉妬されてる感じはあったし」
「な――――なにを馬鹿なっ。
非戦闘時だからといって、特別、私を女性扱いなどする必要はありません」
「いや、特に何も変えてるつもりはないんだけど……、いつもと俺、違うか?」
呆然と、何かに気付いたセイバーは。小声で、何か後悔するような声音で呟いていた。
時刻は夕暮れを過ぎて夜。……こりゃ遠坂から色々言われるな。セイバーと俺とで選んだぬいぐるみで、機嫌を直してくれることを願いたい。
帰りは歩きたい、というセイバーのリクエストにそって、一緒に橋の上を歩いて帰る。
思えば、イリヤと初めて戦ったのも、ここが切っ掛けだったっけ。
川の瓦礫の山を見て、前回の聖杯戦争の話をしてくれたりもしたけれど(おかげでエクスカリバーの扱いに慎重にならざるを得なくなった)。
月の光に照らされるセイバー。周囲に人はなく、ビルの光を川が反射している。やや強い風が吹いて、セイバーの髪を揺らし。
――――そんな幻想的な、今にもふと消えてしまいそうな気がしたから。俺は、腹をくくった。
「今日、楽しかったか?」
「……そうですね。新鮮でなかったとは言えません。一時とはいえ、責務を忘れてしまいそうなくらいには」
その声には――――遠い景色を眺めるような、距離感が。もう手を伸ばしても届く事のないものを見るような、そんな憧れが含まれていた。
「セイバー」
「なんでしょう」
「『生きてる』って、そういうことだ」
「――――えっ?」
だから、もう一つの理由を話す。最初からは流石に言えなかった、そんな、どうしようもないような。
「『今を生きてる』って感じてもらいたかったんだ。例えサーヴァントでも、今が、この先があるんだってことを。新鮮だって思ったんなら、それは、お前が今、ここで、この時代に生きて感じたことだろ。
だったら――――それを、願ったりは出来ないのか? セイバーは」
「それは――」
「だって、お前はもう充分頑張ったんだから」
「…………シロウ、貴方は、ひょっとして」
言葉には出さなかったが、それが雄弁に物語っていたはずだ。
丘の上での慟哭は、明らかに彼女が当時、獲得したものじゃない。きっとそれは、その時、その場「ではない」何処かで得た感情だったはずだ。
願いは変わらず。でも、その慟哭の最期に漏れた一言は。決定的に、彼女の望みが歪んでしまった証し。
「……聖杯を手に入れるのは、私の義務です。それを条件に、私は、この身ををサーヴァントとして捧げた」
その言葉の意味を、後に遠坂から聞いて驚かされることにはなるのだけれど。ただ何が起きていたかだけは、うっすら俺には理解できていた。
カテゴリー的には、セイバーは未だ生者。過去、あの丘の上で、聖杯を探すためありとあらゆる場所へ探索に向かう。
その一つが、冬木の聖杯戦争。――前回の、第四次聖杯戦争。
はじまりの願いは、きっと変わらない。
「私の望みは、私の救えなかった国を救うこと。
それが、私が果たせなかった責務」
だけど、そのために――――。
「……そのために、お前は消えようっていうのか」
王になるべきは、私ではなかったと。それはつまり、アーサー王の剪定の否定に他ならない。
国を救えなかった自分を悔いて。行きついた先が、自分以外ならば救えたのではないかという、そんな想い。
ただ、それじゃ意味がない。
例えその結果、歴史から切り離されてなお、セイバーが英霊として残ったとしても。彼女が戦い抜いたことを、その傷みを、孤独を、悲しみを――勝利を、嘘にすることだけは出来ないのだから。
過去のやり直しに意味なんてないのだから。だから――――。
「シロウ?」
「聖杯は、セイバーが戦って手に入れるんだ。だったら、それは、その奇跡は、お前のために使うべきだ。
おまえはもう充分すぎるくらいに、果たしてきてるじゃないか。じゃないと――」
――――お前が報われないじゃないか、と。
せめて今から、新しく始められないのかと。
「……凛のようなことを言うのですね。シロウ。
しかしそれは、私が貴方に言うべき事です」
「なんでさ。セイバーが、俺に?」
「凛とは、また少し違いますが」
こくりと頷き、しかし視線を合わせないセイバー。
「サーヴァントは夢を見ない。ですが……貴方と私の結びつきは、以前より強くなっている。
凛が急ごしらえで結び直したパスですが、以前のものに比べれば大きい。精神の結びつきはより強固になった。……貴方が私の過去をみたように、私とてそれは同じだ」
「何を、見たっていうんだ?」
セイバーはほんの一瞬だけ、俺を痛ましいものを見るような目で見た。
「……大きな、火事。伸ばす手を見ずに、前進する視界。
ボロボロで、心の底から歓喜するキリツグの顔」
嗚呼、そうか。その静かな目が、何よりも見てきたものを物語っていた。
「……なんだ。あれを夢に見たのか。
そりゃ何ていうか……、すまん」
「謝られるようなことではありません。それに……。いえ、今はこれは止めましょう。
シロウ。以前にも言ったことがあると思います。貴方は自分を助けるつもりがない。私も凛も、酷く危ういものだと思っています」
「危ういってなんだよ。そりゃ、お前らか見たら色々なところが危ないだろうけど」
「そういう一面的なことではありません。
……貴方の生き方は、私に似ています。アーチャーが貴方だと知り、なおさら確信しました。例えあのアーチャーと同じ道を辿らなかったとしても、このまま進めばどうなってしまうか。私には判ってしまう」
「セイバー?」
「キャスターが言ったこととは異なるでしょう。貴方は恨みなど抱いてはいない。恨みなど、抱けるはずもない。
だから言います。――――貴方が、衛宮士郎が衛宮士郎になる前に、起こってしまったことは貴方のせいではない」
それは、遠坂からも言われたような気がする。
「咎を負うべきは貴方ではない。貴方には、償うべきものなどなのです。
『自分の命を、助けるものの勘定に入れて良いのです』」
――――――――。
セイバーの顔がぼやける。視界がぼんやりとしてるのは、それだけ心のどこかが動揺してるということだろうか。
「……けど、今更どうにかできることじゃないんだ。見捨ててきたものも、失ってしまったものも、戻らない」
「ええ。ですから、貴方は苦しんでいる。『今ここ自分が居る』ことが、罪の意識となっている。
キリツグに憧れたのも――そんな貴方が、後ろ暗いその在り方から開放されるために、どう生きられたら良いか考えたから、ということなのではないですか?」
美綴だったかが、そういえば言っていたか。俺が笑った事がないと。……自覚はないのだけれど、俺の過去を見たセイバーがそう言うのなら、そういう見方もあるのかもしれない。
俺は単に、キリツグの救われた顔に憧れた。抜け落ちた心の穴を、その想いだけで埋めた。
だけど、抜け落ちたってことは、いつまで経ってもその穴が開いた事実が変わらないって事もであった。
「……貴方がそのせいで、今を生きることが出来ないというのなら。あの過去が、貴方を永久にそこに縛り付けるのであれば。
――私は聖杯を手に入れなければならない。けど、それはシロウにも当てはまる。
貴方は、貴方が幸福をつかみとるために、聖杯を使って良いはずだ」
「……じゃあ、セイバーは。
「当然です。元より、この身は戦うためのもの。王の誓いを守るために差し出した以上、それ以外の使い道など許されるはずはない」
「だから、ああ……、なんだってお前は、そう自分に言い聞かせるみたいに言うのか。そんなんだから、周りも額面どおりに鵜呑みにするんだ。
お前は元々戦いに向いてなかった。そもそも戦いを嫌っていた。その言い訳は、お前が、お前自身をごまかすために使っている言い分でしかない」
「…………いくらマスターでも、それ以上の侮辱は――」
「止めてもいいさ。でも、事実のはずだ。でなければ『侮辱』にはならないはずだ。冷静じゃなくなくなるってことは、それだけ揺さぶられるところがあるってことだ」
怒りを噛み殺すように、鋭い視線を俺に向けるセイバー。
だけれど――――その目が、驚いたように見開かれる。
「シロウ――――泣いて、いるのですか?」
言われるまで気付かなかった。とっくの昔に、目から溢れるそれは止まる気配を知らない。
だけど構いやしない。今、俺が、コイツのマスターとして言ってやらないといけないことは。言わなければ鳴らないと。
例えそれが、そのせいで、自分のどこかが軋むのだとしても。
「起きてしまったこと、なかったことには出来ない」
だからこの涙はきっと、俺であって俺でなかった何かのもの。
はかなく、眩しく思いながら守れなかった彼女への。
嗚呼、わかってしまう。彼女のその苦悩は。例え子供のような我侭だとしても、俺にはどこか理解できてしまう。でも、だからこそ。
「変える事が出来るのは――生きてる先のことだろ、セイバー」
「……それは、今に生きている者の特権です」
セイバーは手すりに身体を預け、星空を見上げる。
俺から逃れるように、しばらくそのまま動かず。
「私の今は、刹那の白昼夢。夢はいつか覚めるのです。シロウ。良い夢も、悪い夢も」
「――――――」
「貴方がそう決意したように、私にも譲れない夢がある。それは、確かに絶望的なものなのかもしれない。
だから――――」
何も言わず、沈黙が続く。
セイバーは申し訳なさそうに。俺は、涙を拭って。
「……帰るか」
「……シロウ、あの――――」
何か言いかけるセイバーの手を取る。驚いたように声を詰まらせるセイバーのことなんて無視して、俺は歩き出した。こうでもしてないと、きっと、いつか気が付いたらふと「また」消えてしまいそうな、そんな怖さが胸の内を占めていた。
セイバーの手は少しひんやりとしていた。その手を、少しだけ強く握る。お前は今、ここに居るのだと。
ついてくるセイバーの足取りは、少しだけ不安定というか。時々転びそうになってくるというか。橋を降りて公園に出て。
「…………」
「……セイバー。ひょっとして疲れたか? 足取りが悪いみたいだけど」
「え? あ、いえ、そのようなことはありません。この程度は大した事では。
ただ…………」
少しだけ躊躇うように。でも、なんだかすごく嬉しそうに言った。
「……シロウの手は、その、温かいなと」
「――――――」
邪念なんてなかったはずなのに、一発で頭が真っ白になった。
なんだかロクな返答ができなかったと思うけど、セイバーは微笑んで、何も言わずについてきてくれる。
全く、どうしたっていうんだ。この心の念は、アーチャーの後悔と、セイバーの過去に納得がいかなかったからこそのものだっていうはずなのに。
これじゃまるで――――――。
胸の内側に渦巻く複雑な感情を、分析しようとしていると。
「――――こら、何をしている。
――――出会ってはならないものに、出会ってしまった。
「ギルガ、メッシュ……っ」
ほう、と。鎧を纏っていないそいつは、呟いた俺を見てにやりと笑い。
「二度目とはいえ、王の名を違えず悟るとはな。
良い。贋作者のなりそこないといえど、この場で、口を開くことを許そう。――――セイバーのマスターよ」
泰然と、いっそ暴虐なほどに不遜なことを言い放った。
ティーちゃん(2■歳)「およ? 何か今、デジャブが・・・」職員室でお茶を飲みながら
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一時のYou & Me... その3
我が剣を援け、――――――――」
「シロ、ウ」
不思議と鳥肌は立たない。舞い上がっていた意識は一瞬で冷やし塊り、冷徹に相手を倒すための方策を探っている。セイバーの重ねた指が、強く握られるのを感じて、それは更に深くなる。
セイバーが俺を守るように、俺はセイバーを守る。最初にした約束で、一度は守れなかったそれ。混線した記憶でも同様だったそれを、俺は撃ち破らなければならない。
勝筋自体は見えている。
だが――――それは俺も、
理解できる。目の前の英雄王がどういった英霊であるか、記憶のどこかに引っかかっている。それが何に由来する記憶なのかさえ定かではないが、その在り方を眼前で察知する。
こいつはあくまで蒐集家、ないし強奪者。最古、世界が一つだった時代にあらゆる宝を手中に収めた。だが、自らの武具として仕上げる事はしていない。あれだけの宝物。あれだけの最強の武具を、弾丸のように射出するのが良い例だ。その点で言えば、ギルガメッシュのそれはアーチャーの戦い方と似ている部分もある。
決定的な違いは、それが何であるのか。
贋作か、真作か。
だが、例え贋作であれど真作と打ち合えない道理はない。ゆえに己の世界さえ展開できたのならば、勝機はある。
だが、それが出来ない。
あの未来の俺は、作り手への理解が大きく空洞で、世界自体が断絶しているから。
今のこの俺は、作り手への理解が足りず、魔力が足りず世界を成せないから。
「ギルガメッシュ……ッ」
「ふむ。……いささかこそばゆいな。よもや
愉しげに笑いを噛み殺すギルガメッシュ。その視線は、セイバーと俺を見て、わずかに苛立ちを含んで居るように感じた。
無遠慮な赤い目は、美術品を品定めしつつ――――それについた汚れを、心底憎むような。
「……シロウ、なんとしても初撃だけは防ぎますから、その隙に――――」
「いや、無理だ」
「は――――?」
元よりアイツが現れた時点で、逃げると言う選択肢は出てこない。
逃げる、という行為をとった時点で、どちらにせよセイバーはヤツの手に落ちるだろう。
今のセイバーではあの男には適わない。そもそも性質が違う。軍隊としての戦力に近いあの男に、戦士としてのセイバーが適う通りはない。人間相手ならそれは別だが、こと英雄同士。
そしてそんな展開は承諾できない相談だ。
救えず、キャスターに奪われ。今度は眼前の英雄王と来たものだ。嗚呼まったく、一筋縄じゃいかないにも程がある。
だが、俺はアイツとは違う選択肢をとると誓ったのだ。ここでセイバーを投げ出して、おめおめと逃げ変える事などどうして出来よう。
「……理解に苦しむ。なぜそこの屑にばかり気をとられているのだ。
おまえ程の英霊ならば、我に下ることがどれほどの価値をもつか判るだろうに」
「――――世迷言を。この身は騎士であり、その王。貴様の軍門になど下る言われはない!」
「そうか? しかし、それ以前にその身は女。主に頭を垂れ、仕え、尽くす幸せもあるだろうに。何ゆえ拒む。
道理の判らぬ
「き、貴様――――」
「憤るな。ならば教えよう。我は裁定者。時に北風であるならば、太陽が見えるも道理よ。
我が物になるというならば、この世の全てを与えてやろう。守護者などにならず、死に逝く運命に戻る事もない。誇れ騎士王。お前には、それだけの価値があると認めよう」
「…………だったらアンタ、仮にセイバーを手に入れたとしても、それでどうするんだ?」
ほう? と。ギルガメッシュは眉間に皺を寄せながらも、愉しそうに嗤う。
「誰が割って良いと言った、セイバーのマスター」
「アンタが言ったんだ。口を開くのを許すと」
「たわけ。我の口説きを邪魔することまで許した覚えはないぞ。
しかし、妙な事を言うな。続けてみよ」
「アンタは収集家のはずだ。だったら、アンタの審美眼は確かなものだろ」
シロウ? と。セイバーが不安そうに俺を見る。
言われて自覚する。俺の顔は今、確かに「嗤ってる」。それこそあのアーチャーのごとく、目の前のギルガメッシュに対して、滑稽だと感じている。
何故こんなことがわかるのか。というよりも英雄王本人が判っていないのか。
武器の扱い方を見ていれば、そんなもの一発で理解できるだろうに。
「そんなアンタが、仮に軍門に下ったセイバーを見て、どう思う」
「ぬ?」
「見た通りセイバーは、アンタなんて願い下げって感じだ。アンタはそんなセイバーに価値を見出した。
だったら、そうじゃなくなったセイバーを見て、どう思うんだ」
と。くつくつと小声で顔を覆いながら嗤う英雄王。次第にそれは大きくなり、ついに哄笑となった。
「く――――ふ、ははははははは!
なるほど確かに道理よなぁ。思わず納得してしまったぞ
だが、それは一度手に入れてから考える事。花は散り際こそ美しきもの、それもまた悪くはなかろう。
成しもしないことを考えては、駄女神に笑われる」
「――――世迷言を。
貴様と共に生きるなど、気を違えてもありえません」
「よい。ならば聖杯を手に入れた後、その身に聖杯の中身をぶちまけてくれよう。
さすればマスターなど不要となる」
満足げに嗤う男に、セイバーは目的を問う。
「目的か――問答の時と変わらぬと言えば代わらぬが、心持がわずかに異なるか。
あれは元より我のもの。そして――――我だけが使うと決めたものだ」
「聖杯を――――貴方が使うだと?」
「そう。十年前、貴様のお陰で浴びた『あの泥』。あれが何であるかも、下らぬが理解はした。
この世界は面白いが、同時に度し難い。再び俺が君臨するのに、効率的に使ってやるさ」
「……時を経た結果、得たものが支配欲か。
見下げ果てたな、アーチャー」
「貴様とて、その勝利の剣を他者に振るわれては、腹立たしいだろうよ。騎士王。
俺も同じだ。我が財は等しく、我のみが好きに使うべきだ」
そう言いながらセイバーを見る目は、まるで、彼女もまた自身の財宝だと言ってるかのようで。
それに、苛立ちめいた感情がわいてくる。
閃光と共に戦闘態勢に入るセイバー。
斬りかかる彼女に対し、当然のように黄金の鎧を身に待とうギルガメッシュ。
「よい。刃向かうことを許すぞ」
セイバーの不可視の剣。その上での連続攻撃は、早さもあいまって追いつけるものではない。一撃の腕力は言うにおよばず。魔力を乗せたセイバーの力は、はるかに俺たち人間を凌駕する。
対するギルガメッシュは、常に顔面を守るのみ。
しかし、その鎧は瑕一つつかない。軋みはしているのでダメージは通っているはずだが、それにしても、一体どんな強度をしてるんだ。
「――――
呟きながら、弓と、武具を投影する。今ならギルガメッシュの意識はこちらに集中していない。
骨子も理解も未だ足りないその宝具は、しかし今、この場で作り出すのに適したものでもあった。
つまり、今の俺でも連発できる程度には。
「セイバー!」
俺の叫びに応じて離れるセイバーと、訝しげな顔をして腕を下ろす英雄王。
その顔が、わずかに驚きに染まる。
――――
かつてアーチャーも弾丸と成して使ったそれを、矢のように細めて投影し、構える。中身はスカスカ。宝具としての完成度はとうてい高くない。
わずかな隙を狙っての狙撃。……そういえば言われたっけ。俺は「当たる」事実を視てから矢を射っていると。確かにそれが違わないと思わせる程度には、その一撃はギルガメッシュ目掛けて放たれた。
名を呼び、中身を暴走させる。それによって、初めてヤツを傷つける程度に昇華される――――。
「おのれ――――――貴様まで刃向かうことを許した覚えはないぞ、セイバーのマスター!」
言いながら、背後より大剣を出現させるギルガメッシュ。……いや、大剣というレベルではない。巨大な螺旋を描くそれは、カラドボルグの
コレで少なくとも、俺の投影はヤツの原典に適わないことが証明される。
「失せろ。――――
「はぁ!」
俺に意識をとられた瞬間、セイバーが斬りかかる。嗚呼、茶茶を入れている自覚はあるが、逆に言えば「茶茶を入れることが出来る程度には」なったのだ。
ギルガメッシュに宝物庫を使わせないよう、セイバーは生まないよう攻撃に入る。もしタイミングが出来れば、俺が狙撃。
これなら、いける。防戦しながら徐々に後ずさるギルガメッシュに、そう考えた瞬間。
「――――――思い上がるなよ、小僧。天の鎖よ!」
「!? な――――」
瞬間的に、俺とセイバーの身体に鎖が撒き付く。解けないようなものではないが、身動きを一瞬とられるのは事実。
その間で――――ギルガメッシュは、ナニカを抜いた。
途端。感じた事のなかったほどの悪寒に襲われる。
現れた剣は、どんな伝承にも聞いた事がない。形状、理念、骨子、何から何まで解明できないそれは、剣であったが――しかし剣という概念を内包していないようだった。
「起きろ、エア――――」
「ッ! シロウ――――」
円柱の剣は、吠える。刃が、三つの歯車が回る。
すかさず鎖を断ち切ったセイバーが、俺の前でエクスカリバーを解放する。
両極端な構図だ。片や風を払うことでその姿を放ち、片や風を巻き込むコトでその刃を成す。
「――――
「――――
放たれた二つの衝突。吹き荒れる烈風。
粉々に散る生命の奔流。新星のごとき熱風は瞼を焼く。
身体が吹き飛ばされかけるが、幸か不幸かヤツの鎖が俺をこの場に縛り付ける。
衝突はどれほど続くか。拮抗していた激突は、やがて閃光につつまれるセイバーの背中で終わりを見る。
眼前で崩れ落ちるセイバー。
死んでると思えるくらいにズタズタで。でも、頭のどこかが冷徹に、消えて居ない以上は死んでいないと断言する。
英雄王の哄笑が高く、焼けた大気を超えて空に届くかのように響く。
何が愉しいのか。倒れたセイバーをみようともせず、ただ、ヒトの成した幻想を笑っていた。
「相殺するコトさえできなかったとは拍子抜けだぞ。やはり海魔相手にエアは勿体無かったということだな。
しかし、そうだな。少しは手加減してやるべきだったか。なにしろ相手は女子供だったのだ!」
耳障りな笑いを聞けど。鎖を解いた俺の選択肢は決まっていた。
「さて、では王の寵愛を与えるとするか。多少汚れてしまったが、いずれそんなもの関係ないくらい『正気も蝕まれよう』――――ぬ?」
立ち上がろうとする俺に、疑問符をつける英雄王。
投影――――エクスカリバーは作れない。俺に成せるのは、せいぜい、セイバーにとって失われてしまった選定の剣。
セイバーが叫ぶ声が聞こえるが、正直、頭が理解できていない。どこかに亀裂が入るような感覚が走るあたり、これは、本来エミヤシロウの限界を超えた行為なのだろう。
ギルガメッシュの言葉も理解できない。ただ忌々しそうな表情を浮かべながら、俺の一撃を受ける。
そんな折、取り出した一つの剣。骨子は違うが、理念、背景があまりにも似通うそれは――――。
「子は親には勝てぬ。転輪するごとに劣化する複製ならば、
視たものの衝撃が、わずかに俺を正気に戻す。
次の瞬間には、ごろごろと転がりセイバーの目の前に。
やっぱり何を言ってるか判らない。だけど、こんなに近くにセイバーがいることが、すごく安心する。
傷を負った胴体がきしむ。まるで金属のような感触を覚えるが、嗚呼、そういえば遠坂が言ってたっけ。
動くのはわずかに右腕。左腕の感覚はイカれている。肩から腹に掛けてばっさりと。
何も聞こえない。聞こえているが判らない。そのせいか意識が遠のいていく――――。
ただ振動で、ギルガメッシュが近寄ってきていることが分かる。
……右腕に力を込め、切断されかけた身体を起こす。両足はろくに力も入らず、身体を動かす
一瞬、セイバーの泣きだしそうな顔が見える。
ギルガメッシュが嗤う。何を言ってるのかわからない。
ただ、酷く頭に来てはいた。こいつは結局、セイバーを自分の宝物と同列にしか扱っていない。価値がなくなれば斬り捨てる、王の傲慢さがおよぶ物としかみていない。
無理やりに置きあがろうとすればするほど、傷みが走り、傷から中身が毀れていく。
そのお陰か、ようやくセイバーの声が聞こえた。
「やだ――――シロウ、止めて、それ以上はダメだ……! こんなことで死なれたら、私は――――」
死ぬのが怖くないわけじゃない。ヘラクレスの前でセイバーを庇ったときだって、それは頭で理解したつもりではいた。
キャスターの取引の時だって、セイバーの意思の自由を保障できるように意識していたように思う。
思えば今日のデートモドキだって、もとはといえばセイバーの願いがあまりに希望がないものだと思ったからで。
でも、それを支える根幹は、何だ?
この、自分はどうなってもいいという彼女に対する、苛立ちの根底にあるものは?
嗚呼、なるほど。
酷く周り道をした気がする。こんな、当たり前の、簡単な感情に行き付かないなんて。
なんてことはない。正義の味方になるなんて言いながら、とどのつまり、俺は誰かを慈しむなんてことをしてこなかったのだ。
セイバーは、自分の命の重みを知れと俺に言った。
遠坂は、それが当たり前で、そうじゃないと壊れると叫んだ。
そういう人間なら、きっと幸せになれる。幸せになって、他の人間にその幸せを分けられる。
言われなくても、俺には穴が開いている。大事なところが抜け落ちて、それを無理やり埋めたつもりでいる。そんなんだから、行きつく先の一つがアレになる。
――――でも、だから。自覚した今、その穴に、星の煌きのごとき、見下ろす彼女の姿が入り込む。
例え何度地獄に落とされようと、決して忘れる事のないだろうその美しさを。ただ鮮やかに駆け抜けた、その生涯を、理想を。
だから、守らないと。孤独だったその理想が――――最後に、誇れるものだったのだと、胸を張って言えるように。
「ごめんな。それでも、お前をあんなヤツには渡せない」
「シロウ……、優先順位を間違えないで欲しい。この期に及んで、私の身など――――」
「――――大好きな、一番好きな奴さえ守れないで。
何が、何が、正義の味方だ――――!」
「――――――――」
息を呑む気配がする。振り返る余力はない。音が遠い。色が見えることが幸いで、まだ辛うじて相手を識別できる。
何事か言いながら、剣を振り上げるギルガメッシュ。
自然と俺は、左腕を構えて、右手を添えた。こうするのが自然なことだと、頭のどこかが理解している。左肩、アーチャーから固有結界の侵入を受けたあたりが、きしむ。
意識がかすれる中。
――――真に重要なのは、剣ではなく鞘なのだよ、少年。
誰の、言葉だ?
聞き覚えがあるような、聞き覚えのないような、そんな声。悪戯のようなそんな言葉に、脳裏に過ぎるナニカのイメージ。
エクスカリバーにこそ及ばない閃光が迫る中。
「――――航するは星の内海。夢遠き、春の楽園――――」
巻き込まれるセイバーのことを考えると、自然と、そんな言葉が出て――――。手には、剣のようで剣でないナニカ。
違和感を覚える前に、気が付けばセイバーが俺の手をとり――――。
――――気が付けば、光が止む。
傍らのセイバーと、眼前で、わずかに血を流すギルガメッシュ。しかし殺意を持ったまま、ギルガメッシュはこの場から立ち去る。
崩れ落ちる感覚の中――――しかし、気が付くと肉は繋がり、傷口はみるみるうちにふさがっていた。
音も次第に返ってきて、セイバーの声が聞こえる。
ふわりとやわらかな感触に包まれる。無理に魔力をひねり出したせいか、いますぐ眠りを欲する精神は。
「――――やっと気付いた。シロウは私の鞘だったのですね」
「……これ、普通、立場逆じゃないか?」
そんな愚痴をこぼしながら、いつくしむような、安心するような、大切なものを愛でるようなセイバーの声を聞きながら――――。
########################################
「あれ?」
気が付けば、見慣れた天井。
「シロウ? もしやまた、記憶が……」
「あ? えっと、そうみたいだけど……。ギルガメッシュが逃げて、それで……?」
「あれからずっと倒れて、先ほど起きたところでした」
「ずっと俺の手当てを」
「いいえ。傷は塞がっていたので、汗を拭く程度です。
凛はかなり驚いていましたが、傷が塞がっているのを確認して今は寝て居ます」
「そうか。……じゃなくて。お前だってケガが酷かったんだから、そんなことしなくていいんだ」
「……同じことを言うのですね、シロウはやはり」
「え?」
「つい、今、丁度同じことを言われたところです」
くすり、と笑うセイバー。洗面器の中の氷水にタオルをつけしぼり、汗をかいた身体を噴いてくれる。とうか、俺、上裸。少し気恥ずかしい。
「で……、その格好は……」
追求するのが躊躇われたけれど、でも、どうしても聞かざるを得なかった。
――――セイバーは、冬場とは思えないような薄着をしていた。
闇に浮かぶ白い身体は、あんまりにキレイすぎて、よこしまな気持ちが入らないほどで。
「おかしいでしょうか? この格好は」
「い、いや、そんなことはないけど……、困ってるというか、その。
なんだってそんな……、か、風邪引くぞ」
「――――いいえ。
シロウ」
セイバーが俺の頬に手を当てて、うるんだ目を向けてくる。
距離が近すぎて、エミヤシロウの思考はショートしていた。
「今の貴方は、外郭だけを繋げた状態。未だ完全な回復には至っていません」
「……え? え、えっと」
「時間をかければ回復はするでしょうが、それではおそらく、桜のタイムリミットに間に合わない。凛の繋ぎ直したパスでは、貴方の内側までの回復は不十分です。
ですから――――私と今、パスを繋ぎ直してください」
それしか方法はないのですと、セイバーは頬を赤らめながら。
遠坂の言った言葉が思い出される。サーヴァントとマスターのパスを繋ぎ直す方法。一つは時間がかかる以上、選択できず。一つはそもそもやりかたがわからない。
とすると、残る選択肢は一つしかなくって。
つまり、それは、俺がセイバーを――――。
「お、おい……! ヒトの気も知らないで……っ」
「あの、やはり嫌でしょうか?」
「そんな訳あるか。そんな訳ないから、困ってるんじゃないか」
いつもなら「マスターなのですから、必要ならば命じてください」くらい言ってのけそうなセイバーも、不思議と強制するような素振りは見せず。
でも、それが更に俺の内をかき乱す。
「俺は……、お前が好きなんだ。だから、そういうことに迫られてじゃなくて。
もっと、ちゃんと、お互いがちゃんと触れ合うためにしたかったっていうか……」
「…………乙女のようなことを言うのですね、シロウは。
ならば、不本意ですが私から言わなければいけませんか」
「セイバー?」
セイバーの両手が、俺の頬に添えられる。
照れたように微笑みながら、セイバーは。
「でしたら、こう考えてください。
そういうことを抜きにして、シロウ――――」
段々と顔を近づけて、ささやくように。
「――――今だけ、私の時計を動かしてください。
剣を抜いた時から、止まったままの
――――例え、ひとときのユメでも構わないから。
やわらかな感触を覚えると同時に。俺は、セイバーに合わせて目を閉じた。
花「――――王の話をするとしよう」
息「いや、テメェどうやって座に干渉してきてんだよ!」
花「聞きたくないかい? リアルタイムの王の話」
息「(絶対ロクなこと考えてないだろ、コイツ)」
※両者ともに直接の出番はありません
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今は全て遠きAvalon その1
月の光がわずかに。重なった影は一つ。
彼女はもう、少女に戻って良いはずだと。どれほど罪を重ねても、それでもなお、たった一人のその誓いを。そんなものを抱いている彼女を放って置けないと。
言い訳のごとく、今を、あくまで俺の気がすすまないならと言い張る彼女。
「貴方の身を守り、聖杯を手にすることです。それ以外のことなど、考えられない。
そうでしょう? だって貴方は、この戦いを終わらせるために、戦うと選んだのだから」
――――嗚呼。俺はそれを、裏切ることができない。
「…………明日になったら、良い考えも浮かぶかもしれません」
朝になったらいつも通りと、そう強がる彼女に。それでも、今のひとときをもう少しだけと。
拒まない彼女の身体を抱きしめる。今にも消えてしまいそうな、そんな幻想的な少女を。
夜はいずれ明ける。
自覚のない、不可逆の言葉であったとしても。お互いはお互いに、今は手を繋ぐ。全てが終わった後に、彼女の手をにぎっていられるかなんて、わからないまま。
※
朝食をとる習慣はこの家に来てから出来たものだけど、最近はなれたものなのか、自然と身体が起きようとしてくれる時がある。特にそれが、心配事をかかえてる時なんてなおさらだ。
「んん……、と。着替えよ」
パジャマを脱いで私服を装備し、和室へ向かう。どこへ向かうかって言えば、まず家主というか士郎のところ。
昨日、あの金ぴか(ギルガメッシュって聞いてびっくりしたけど)と戦ったらしく、その体はあまりにボロボロのはずとかなり焦った。でも実際は、少なくとも表面上は無傷に見える。
「つまり、またあの回復能力を使ったってこと? いい加減、カラクリがわからなくて恐ろしいわね……」
「いえ。心配することはありません。これに関しては、やはり私に由来したものでした」
「セイバーに由来するもの?」
「――――私の鞘、と言えば、凛なら察しがつくでしょうか」
そういわれて、つい二日前に士郎に言って聞かせたことを思い出した。アーサー王が不死身だった理由。無限の治癒を与える宝具。
彼女の最後の戦いの際には、失われていたとされるそれ。
「おかしいじゃない。なんだってそんなものが士郎の中に?」
「ギルガメッシュのことを説明した際、凛にも話したと思います。私はカテゴリ的には生者に属する。故に他の英霊と根本は異なる」
「?」
「英霊は、最盛期の肉体と最盛期の精神をもって元来、召還されるものです。条件は英霊ごとに分岐することでしょうが、私の場合なら槍と、剣と、馬と、そして鞘をもった頃でしょうか」
「確かにそれは貴女の最強の時だとは思うけど――――って、あー、そっか。
つまり、セイバーはまだ生きているから、その『生きている時代の』装備をもとに召還されるってことね」
「ええ。ですから、この鞘は『現世に実在する』ものなのです。
前回の聖杯戦争の際は、これを触媒に召喚されました」
「……納得。通りで衛宮くんが貴女を召還できたわけね。ずっと疑問に思ったけれど、これならつじつまは合うわけね。
私とアーチャーでいうところの宝石みたいに、士郎とセイバーは鞘で繋がったと」
「ええ。……しかし、少し聞き捨てならないところがあります。例え鞘がなかったとしても、私はシロウに呼ばれたことでしょう。それほどに、彼の理想の追い方は私に近い」
「あら、失言だったかしら?
いやそんなつもりはなかったけど……。ん? あ、へぇ……」
「…………なんです、凛」
「別に? ただ何ていうか。
士郎はセイバーのことしか見てないし、セイバーは士郎のことしか見てないんだなーって思って」
「~~~~、り、凛! 私とシロウは、サーヴァントとマスターの関係です! その言い回しは誤解を――――」
「あら? 主と従者がお互いに慮ってるってだけで、別に今のはなんでもないことだったと思うけど?」
「あっ……」
「ま、それは一旦おいておいてあげる。そういう場合じゃないしね。
――――好きよ、私。あなた達のそういうところ」
それならたぶん、鞘の回復力でなんとかなるでしょうと。あくまで士郎を一人で看病したがってるセイバーを残して、私は寝て。まぁランサーのマスターに関する情報が、ある程度集まったからというのが理由といえば理由。
思えばあのランサーは不可解な点が多かった。聖杯戦争に何か異常があるというのなら、そういう「穴」みたいなものは徹底的に調べないといけないと考えたから調査したんだけど……。
でも、流石に様子見くらいはしないといけないでしょうと、まぁ当たり前といえば当たり前の思考で、士郎の部屋を軽くノック。
返事はない。
「開けるわよ、しろ――――!」
そして、ちょっと、赤面した。してるかどうかなんてわかんないけど、流石にこれは照れる。気付かれないよう声を押し殺して、じっと彼女を見つめた。
「ん……、……」
寝てる。セイバーが寝てる。髪を解いて、士郎の枕を抱き閉めて、冬だってのに薄着で。上から毛布がかけられているのが、ちょっと前までここに居ただろう誰かさんの気遣いを感じさせて、まぁらしいなと、普段通りみたいなことを考えた。
というか……、んー、まぁ、考えるのは止め止め。
少しだけ険のとれた、緩んだ表情のセイバーに笑いを押し殺しつつ、戸を閉める。
「じゃ、自分の分は自分でご飯作らないとね。すぐ何か食べたいし。
セイバーはたぶんもっとぐっすりでしょうし……。イリヤは食べられるかしら?」
士郎が台所にいないとなると、どこかに出かけてるのかしら? 昨日の今日で遠出するほど頭は悪くないはずなので、そこまで心配せずイリヤの部屋の戸を開ける。
眠っているイリヤの顔が、わずかに赤い。熱を帯びているのは、いよいよ限界が近いってことでしょうか。
流石にちょっと足りないとはいえ、この様子からして既に聖杯自体を下ろすことは出来るんでしょうし。
「って、時間もうお昼近いわね。……全員寝坊かしら。なら士郎、食材でも買いに行ったのかしら。
これ、士郎がタイムキーパーみたいになってて何か嫌ね」
でもまぁ、士郎は士郎で少しだけ、自分の幸せを探して地に足を付け始めたみたいだし。これはこれで歓迎するべきことなのかもしれない。
士郎もセイバーも、笑ってるならそれでいい。
でも、もし仮に――――全てが終わって。またアイツが元に戻りかけたら。その時はどうしよう。
「…………任されちゃってるしね。流石にその時は、私が一肌脱ごうかしら」
去り際、アーチャーから士郎を託されたのは、私とセイバー。
セイバーが補えないんなら、私がなんとかしないといけない、というくらいには、ちゃんと意識している。
と、そんなタイミングで丁度、セイバーが縁側にいるのを見かけた。あら、これ入れ違いだったかしら。居間の方から出てきたみたいだし。何やってんのよ士郎、お昼、私が全員準備しちゃうわよ?
……? あれ?
そう思っていたのだけど、もうちょっとだけ様子を見て見たくなった。だってセイバーってば、視線を少し下に向けて、足をぶらぶらさせて、不満げというか物思いにふけってる感じというか。
その仕草にこう、所謂乙女センサーとやらが反応してしまったのだから、私は悪くないと思う。
セイバーは視線を上に上げる。空を見て、微笑んで、何事か呟く。
…………長い。もうかれこれ十五分くらいそうしてる。
そしていい加減、士郎が帰って来ないのがおおかしい。馬鹿じゃないんだから、そんなに長い間家を開けるコトはないでしょうし……。
諦めて、声をかけた。
「セイバー。士郎がどこいったか知らない?」
「――――り、凛!?
な、な、なんでしょうか? 私は別に、シロウの軍門に下ったワケではないんですからね!!?」
猛烈な勢いで、ぜんまいじかけのおもちゃもかくやといわんばかりの機械的な暴れっぷりを披露して立ち上がって、転ぶ。
あらあら、すごい動揺っぷりね……。もしかしてお邪魔だったかしら?
でもホント、二人とも判りやすい反応するわよね。……今どっかで「アンタも似たようなもんだ」って嗤われた気がするけど、そんな
「ま、からかうのは後にしておいて。冗談抜きで士郎がどこにいってるかわからない?
イリヤの熱が上がってるみたいだから、私の家から色々機材をとってきたいんだけど、その間見ていてもらえないかなって思って」
「イリヤスフィールが?」
「……士郎には黙っていて欲しいみたいだから言わないけど、イリヤもそろそろキャパオーバーよ。
いくら規格外だっていっても、それでも一杯一杯のはずよ。
あの子はね、聖杯戦争が進めば進むほど壊れていくように
「それは……」
「イリヤのことはとりあえず置いて置いて。
ランサーのマスターについて、情報共有するわ」
「?」
疑問符を浮かべるセイバーに、私は続ける。
元から持っていた情報――――魔術教会から派遣されたはずのランサーのマスター。その家に調査に出向いて。結果的に見つかったのが、女の左腕と、多量の出血跡。
おそらく既に、彼女は殺されている。それも、聖杯戦争が始まる前から。
サーヴァントを倒さず先にマスターを殺し。そしてサーヴァントを奪い取った人間がいる。
「あくまで原理的な話で確認したいんだけど、マスターじゃない魔術師が令呪を奪ってもマスターってなれるものなの?」
「……いいえ。令呪の移植でさえマスターかサーヴァント、どちらかによるものだけです。凛が私をシロウに再び譲った時と同様です。
令呪を奪っただけで、マスターになることは出来ない」
「じゃあもう一つ。令呪が残っていて、かつ、サーヴァントが残っているのなら、そのマスターはいつでも契約を結べるのかしら」
「え? あ、はい。そうですね。断定はできませんが。受肉したギルガメッシュが残っていることを考えると、聖杯戦争が終わってもおそらくマスターの権利自体は――――、では、まさか、凛?」
あー、それ以外ないか、あっちゃー。
でも、そういう前提ならランサーが様子見に徹していたのにも納得がいく。あくまで戦って、正体がバレたところで問題のない偵察兵と、本命の戦闘兵。
前回から残ってるマスター。……。
「……凛、シロウがどこにいるか知りませんか?」
「……え? んー、どうかしら」
断定できないけど、これだけ時間を空けているなら、ありえるとしたら教会かしら。桜の様子でも見に行ったのかと思ってそう言うと。明らかにセイバーは動揺した。
何か言峰教会に含むところがあるのかしら。
「あの教会に、一人で――――?
……あくまで直感なのですが、あそこは、空気が淀んでいる」
「穏やかじゃないわね。その表現って、何か、キャスターの時を思い出すっていうか」
「特に、あそこはシロウにとって鬼門だ。どうしてか、そう――――!」
「え?
ちょ、ちょっと、セイバー!?」
教会に向かいますと、突然塀から跳躍するセイバー。……いやいや本気すぎるでしょ、明らかに普通の焦り方じゃないわよ。
「……何が起こってるの?」
明らかに普通の事態じゃない。あのセイバーの取り乱しようは異常だ。ともすれば、まるで士郎が死に目にでも遭っているかのような焦り方――――。
そこまで考えて、ようやく気付いた。
「……残ってるじゃない、前回のマスター」
そうだ。何故考え付かなかったのか。お父様と一緒に聖杯戦争に参加し。士郎のお父さんと同じく生き残り、そして未だに存命を続けている男。
何よりも身近すぎて、全然そういう意識が働かなかったけど――――でも一度そうだと考えると、なんだか、色々つじつまが合ってしまう。
士郎をそそのかしたことも。あのセイバーの警戒具合も。
そして何より――――私にアゾット剣を渡したときの、あの表情を。
「綺礼……」
ちょうどそんな時、玄関の呼び鈴が鳴らされる。誰よこんな時に、と焦って出たのが災いした。
「――――――御免。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン嬢はご在宅か」
その男を何と形容しよう。
巨大な男。腕が長く、全身が黒く。顔にドクロのような仮面を付けた。
一目で威圧されるこの感覚。アーチャーやセイバーには及ばないものの、しかし人間ではないと直感的に悟ることが出来る程度の威圧。
――――まるで、サーヴァントの出来損ない。
勢いで戸を開けてそう判断し、咄嗟に腕で胴体を庇う。その判断は正しかったのか、次の瞬間には私は壁に叩き付けられていた。
「……なるほど。
貴方ね、イリヤを回収しに来た、『アサシンの半分』」
「確かにこの身は、不完全な霊基を元に呼ばれなおした存在だが。しかし慧眼、恐れ入る」
「よく言うわ。で? このまま私も殺すって訳?」
「そのような命令は受けてはいない。
――――むしろ、貴女は予備であると聞く。何かあっては、魔術師殿に顔向けが出来ない」
断定。黒。
あー、そりゃそっか。つまりコイツ、丁度セイバーがいなくなるのを見計らっていたってことね。おまけになんで今日動いているかと言えば、綺礼が士郎に決着を迫っているからと考えて間違いないでしょう。
ちゃきり、と短刀を取り出すサーヴァント。
「しかし令嬢殿。殺すなと言われているが、反抗されれば、それ相応の対応はとらせて頂く。
五体満足ではあるが、歯向かえない程度には『刻ませて』頂く」
「……まあ、元より私も選択肢なんてないようなものだし」
立ち上がり、無駄だと判っていても、指を立てて相手に向け。
「常に優雅に――――ボッコボコよ!」
「……失礼、優雅さを感じない台詞に思う」
ガンドを狙いながら、一気に強化をかけて、走った。
※セイバーの声は、全体的に少し高くなってます
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今は全て遠きAvalon その2
桜「・・・姉さん、ずるい・・・」むにゃむにゃ
凛「そんなことより、追うわよ、桜・・・」むにゃむにゃ
虎(?)「いやいや帰ってきて早々、壁にひびとか血痕とかってニャ・・・。せめてもうちょっと後始末してから行くべきだニャ、セイバーちゃんもシロウも」
どたどたと聞こえる足音に、うつらうつらしていた意識が覚醒する。
ちょっと遅いわよ、と言ってあげたいけど、向こうも向こうで大変だったとは思うので、それについては何も言わないでおいてあげようかしら。
実際、大変なのは見て判る。私の血で汚れた居間を呆然と見ながら、桜を背負ったまま走ってきたあたりなんかとくに。そんな士郎だって、どう見ても本調子じゃない。
いや、でも安心したせいで、ばか、くらいの軽い罵倒が出てきた。実際、もうちょっとで気絶するところだったので、助かったと言えば助かった。
しゃべるな馬鹿って私のことを言いながら、桜を下ろすのを忘れてあたふたする士郎。セイバーが冷静に桜を受け取ってくれたから一安心だけど、やっぱり頭に血が上ったりすると、コイツ、視野狭窄になるわね。
まぁ、手当ては自分でしたから医者は呼ばなくていいんだけど。
血は自分で止められるから、腕と、腹に開いた穴もなんとかはなる。……まぁ強いて言うと、一瞬何故か士郎の首筋にかぷりとかじりつきたい、みたいな衝動が出てきたことが不可解だけど(別に私、吸血鬼じゃないし)。
ただ、そんなことよりイリヤを守れなかったのが一つ。
「イリヤが言っていた、アサシンの半分。
今、聖杯に足りない0.5分の力で呼ばれたサーヴァントよ。たぶん、言峰に味方してる」
「遠坂、お前……」
「なんで予想ついたのかって? そりゃ、流石に予想もつくもんでしょ。それにしても失敗したなー」
流石にサーヴァント相手にどうにかなるとは思ってなかったけど。それでも半分程度なら引き分けられると見積もっていた自分が甘かった。
いえ、宝石を使いきってしまっていたのが一番の悪手か。
……まぁ説明してるときの様子から、流石に手当てをされはじめているのは仕方ないかしら。正直、今のままだと説明に割く体力が足りないから、助かると言えば助かるし。
まず一つ目。イリヤが今回の聖杯の器であること。
七騎の魂の受け皿となったとき、イリヤはイリヤとしては自壊する。あの子の心臓は、そういう類の魔術回路。聖杯であるが故に、術の発動において過程、プロセスだけが飛んで結果だけが返ってきている。
これには動揺していたけど、でもどこかで納得してるようにも見えたのは私の錯覚かしら。
2つ目。場所はおそらく柳洞寺。霊地の条件として、今確実に空白であり、なおかつ「あれ」があるのだから、おそらく間違ってはいない。それにあの場所なら、簡単には外に魔力が漏れる事もないので、つまり判りづらい。
士郎もこの予想には同意していた。元は教会で対決したらしいので、ならばいつまでもそこに引きこもって居ることもないだろうって判断みたい。
「じゃあ最後――――
「……ああ。それでも俺はアイツを倒さなきゃいけない。
桜を助けてもらったりもした。だけど、アイツの信念に対して、俺は引くことは出来ない」
……即答か。じゃ、一つ選別。別に死ぬつもりなんてないから言い回しがおかしいかもしれないけれど。儀式用の剣を士郎に手渡す。
銘は、アゾット。お父様を送った後に、綺礼から手渡された短刀。
宝石にくらべれば微々たるものだけど、それでも、気が向いた時に魔力を込めていた。ないよりはマシでしょう。
このまま使わないのも癪だし、これで、投影のタシにでもすればいい。そのまま使ってもいいけど、まぁ、個人的にはそのまま使ってくれた方が色々清々するところもあるんだけど。
あはは、それにしても、もう、眠くて眠くて……、血が欲しい。貧血気味っていうつもりであって、断じて私が吸血鬼だとか、そういうんじゃない。
「……と。最後に、士郎?
やるからには絶対勝ちなさい。そして、死んでも生き残りなさい」
「なんでさ。どっちだ」
「明日の朝、私が起きた時にくたばってたらタダじゃおかないってこと。
それが無理だっていうなら――――今の自分を全部、ことごとく凌駕しなさい。貴方がイメージを糧とする英霊になるのなら、手始めに、最強の自分にでもなりなさい!」
そしてそれが最後の気合とばかりに。体力の限界を感じて、私の意識は落ちた。
……桜の声で「ズルい」とか聞こえたような気がしたけど、たぶん、混濁した意識が聞かせた幻のはず。大体、何がずるいっていうのか。
※
言峰教会で俺は見せられた。傷を切開すると言い、あの男はまざまざと見せ付けた。
誰も助からなかった。誰も助けることさえしなかった。あれだけの大勢の願いが、かなえられはしなかった。――――ただ生きたいと。死にたくないというその願いを。
だったら、それをかなえられた自分が、それを背負うのは当然と。そうでもなければ、とても後ろ暗く、前など向いて歩けないと。
だから、セイバーに言われた事も間違いじゃない。実際、必死にエミヤキリツグの背中を追った。空っぽの心でも前に進まないなんて許されないと。だから、思い返すことさえしなかった。それまでの自分はもう、死んだようなものなのだと――――あの時、エミヤシロウが生まれるより以前の自分に蓋をして。
それが辛くなかったと問われれば――――間違っていると思ったことがないかと問われれば。
言峰はいっそ慈愛の篭った声で言った。やり直すことを望めると。俺も、彼らも救うことが出来ると確信に満ちた声で。
――――俺の考えないようにしていた、同じ地獄から
彼らほどではないだろう。思わなかったときは決してない。何もかもが悪い夢で。でも、それはずっと、今でも、目が覚めない。現実と受け入れても、誰も傷つかず、何も起きなかった世界があるというのなら――――――――。
――――だけれ、ど。
「死者は蘇らない。
起きたことはもう戻せない」
死者を蘇らせることも、過去を変えることも、そんなことを望めない。
奇跡などありえないと自ら口にするたびに、心が軋む。でも、それでも答えは変わらない。当たり前をつかむ、そんな奇跡でも――――起きたことは、嘘に出来ない。嘘にしちゃいけない。
あの涙も、傷みも、記憶も、この悪い夢でさえも。何もかもが消えてしまったら、一体、その思いはどこに行けばいいというのだろう。その痛みや重さを抱えて進むことが、失ったものを残すということじゃないのだろうか。
ヒトは死ぬ。いつか俺だって、必ず死ぬ。でもだからこそ、残るのは痛みだけじゃないはずだ。
輝かしい何かが残るから――だから、あの死に縛られるだけじゃなく。俺が親父の思い出に守られているように。
置き去りにしたもののために、俺は、そんな願いを望む事ができない。
だから俺は、彼女の鞘を返した。彼女を勝たせるために。 ギルガメッシュと真っ向から撃ちあって勝てなかった以上、勝利に聖剣の鞘は必須。だから、そのつながりを返した。
聖杯を必要ないと、迷いなくあの場で断言した彼女に。
「――――」
嗚呼。きっと今、全部忘れて俺と逃げてくれと言えば、セイバーは何も言わずに従ってくれる。そんな気がする。でも俺達は何もいわず、ただこの階段を上る。
破壊という手段でしか願いをかなえられない願望器。それを拒絶したのは確かに正しかったのかもしれないが。それ以上に、セイバーが、かつての自分を受け入れたことが嬉しく。そして、その過去を胸に抱き、戻ると決めたことが悲しく。
――――夢はいつか覚めるのです、シロウ。
思い返せば、短い時間だけど、沢山思い出があった。嗚呼、アーチャーが涙を浮かべた理由がわかる。どれもが眩しくて、今更ながら直視するのが辛いほどに。
でも、それでも。戦う目的を変える事は、俺達には出来なかった。
彼女を知った。自分を知った。自分の果てを知り。それでもなお前に進むしかないと。
それでも――――そうだからこそ、嗚呼。
ここから先、何をやっても別れの言葉にしかならない。
だから、ありったけ。自分の中に立ち込める誘惑も、何もかもを抑えて。
「セイバー、行こう。これが最後の戦いだ」
「……ええ」
無言で頷くセイバー。そこに感じる信頼に、強い意思に、俺も後悔はすまい。彼女がそう想ってくれるのなら。この選択も、決して間違いのはずはないのだから。
赤い光か境内を包んでいる。発生源は寺よりもはるか奥。
この空気の感覚は、間違いなくあの火の記憶そのもの。だが――――その奥に「何かがある」。あの、虚のようなものから落ちる黒は、目に見えるほどの呪い。魔術師のはしくれでも、それが人間にだけ作用する毒であると悟った。
「――――待ちわびたぞ、セイバー。
昼間はあの女に邪魔をされたが、今度こそ頃合ぞ」
ギルガメッシュの指す女とは桜のこと。あの時、逃げることがとても出来そうにない状況の中。倒れそうになりながらも現れた桜が何らかの魔術を使い、逃げる隙を作ってくれた。
あれも何かの呪いだったのだろうか……。だがどちらにせよ、桜も既に限界が近い。
ギルガメッシュはセイバーだけを見ている。セイバーも当然のように構える。
「我に勝てぬと知った上でなおその気概。それでこそ貴様よ。
宴の終わりにふさわしい。どう組み伏せてくれようか。だが――――そこの小僧。邪魔は要らぬ。言峰なら祭壇で貴様を待っている」
「そうか。ありがとう」
「……!? よ、よりにもよって感謝の言葉だと、貴様……?」
鳩が豆鉄砲でも食らったみたいな顔をしたギルガメッシュを尻目に走る。俺の背中を、セイバーが後押しするように見守る。
境内の奥に指しかかった時点で、飛び交う死闘の音。
寺の裏側の池にたどり着く。本来ならそれこそ神様か、妖精でも棲んでいそうな美しい池なのだが――――元が美しいからこそ、あふれ出る呪いに汚染されたそれはいっそ醜悪。
中空の虚。
「よく来たな衛宮士郎。此度の聖杯戦争で、唯一、勝利者と呼べるマスターよ」
――――――俺じゃない記憶が紛れ込む。
イリヤは聖杯として調整されたホムンクルス。ゆえに「杯」として完成すれば彼女としては崩壊する。だが今の段階なら、あそこから外せば、まだ猶予はある。
言峰はいった。彼女によって支えられる虚から落ちる、泥こそが願いと。
「これの奥、人間を呪うためだけに生まれ出ようとしている。
無色の呪いを、これほど醜悪に変質させてしまうものが」
「……言峰。アンタの目的は何なんだ? 正直、俺には理解できない。どう考えてもアンタは俺の敵のはずだ。でも桜を助けたときの真摯さとか。明らかに、それだけじゃない気もしている。
警戒こそされてはいたっていっても、遠坂からの親愛も本物だった」
「土地をうっかり一つ売ってしまっても、未だに関係が続いているのは僥倖だよ。つくずく親子共々、身内には甘い。
間桐桜を助けたことは、私にもメリットがあったのだよ。しかし……、その様子。あの時、あれが何をして我らの元から逃げおおせたか、理解はしていないようだな。クククク」
「?」
「もし仮に、この場を踏破したのだとすれば。遠からず理解できるだろう。そのとき、懺悔を聞く者は誰もいないだろうがな。まぁそもそもそのつもりもない。
しかし、目的か……。そうだな。この呪いを完成させることか」
「呪い?」
「聖杯の奥に蠢くこの呪い。未だ世を侵し尽くして居ない、形ある『悪』。これならば、私が未だ出せずにいる答えを出してくれるかもしれない。そのような希望が、胸の内にあることは否定できまい」
「そんなもの、生まれる前から悪に決まっているだろ。お前が今、悪って言った。それ以上に、聖杯が悪であるなら、それはそれ以外の何物でも――――」
「お前たち親子はそこを勘違いしている。良いか? そも、生まれ出でぬ赤子は無垢なるもの。原罪すら負われる事のない、すなわち罪科に問えないもの。
故に――生まれながらに悪であるものはない。これが生まれし後、何を考え、何を成すか。初めから望まれなかったこれだからこそ――――その果てに、私の求める答えがある。
この願いが罪だというのならば、私は、我が
要するに、こいつは、自分のその問いの回答を得たいがためだけに、こんなことをしていることになる。
その結果、何が起きようと。どれだけの人間が犠牲になると、関係ないのだ。
もはやわかりあえない。飛来する触手のようなそれさえ、交すことが難しい。言峰は言う。俺とアイツとでは生きた年数の重みが違うと。何かで掛け算でもしない限り、追い着けはしないと。
親父さえ内側から呪い殺したというそれは、もはや俺では避けられない。近づく以前に、弓矢の投影さえ間に合わず――――。
「――――
頭が破裂する。
アーチャーの記憶に侵食された時の比じゃない。暴力的なまでの「お前は悪だ」という怨嗟。全身にくらいついた泥は剥がれず、容赦なく俺の生命を奪いにかかる。五感が消し飛びかけ、この世の全ての業。罪科が見える。
この闇に囚われたものは、決して殺されるんじゃない。自分自身が感じるその苦痛で、食い潰されてしまう。
だが――――親父を殺したのがこれだと。衛宮切嗣を殺したものがこれだと?
――――身体の撃鉄が打たれ、回路が切り替わる。
こんなものを、親父は何年も背負わされてきたっていうのか? こんな声に圧倒され、想いを果たせず死んだと。
正義の味方になりたくて。それが出来ないからこそ奇跡に頼ろうとして。その奇跡からも裏切られた後、俺なんかの答えに満足して、良かっただなんて頷いたと?
だったら――――立たないといけない。キレイごとじゃない。俺が正義の味方になるのなら。なにがあっても、悪には負けることは出来ない。
――――その結果、貴方がどんなに苦しいとしても?
だって誓ってしまったのだ。俺はこの先に行くと。壊れてしまった俺自身がとれなかった選択肢を抱いて、先に進むと。
――――でもキリツグがそうであったように、貴方の願いもまた、果たされることはないでしょう。
知ってる。たぶんそれは、知ってるはずだ。だって、あれは反転した俺。正規の俺、あれとは別な歴史を歩んだ俺であっても。エミヤシロウがあの場にたてるということは、すなわち、世界に自らを売り渡した事実だけは変わらない。
だから、一歩。一歩。とにかく前へ、前へ、前へ――――――。
――――なら、『貴方の形』でもいいのかもしれないわね。
「な――――、馬鹿な、何ら小細工もなく、振り払ったというのか?」
歩みきって、そのまま駆け出す、わずかに身体に纏わり付いた泥を落としながら、剣は背中に。
正面から走る俺を愚かだと嗤いながら、言峰は更に大量の毒を仕掛ける。
左手を意識する。令呪が残っている限り、セイバーとの繋がりは切れて居ない。これがあるかぎり、彼女は未だ生きている。
大丈夫。セイバーはギルガメッシュを倒す。
その時に、ちゃんと手を上げてむかえてやらないと、たぶん怒られる。
だから、――――ここで、おまえを倒す。必ずイリヤを取り返す――――。
この身を呑み込まんとする呪い。だが、何故か不思議と前進は出来る。嗚呼なるほど。形は違えど、あのアーチャーもこれに近い責め苦を味わっていたからだろうか。耐性ということなのか周囲に飛び交う無貌の怨嗟さえ、不思議と聞こえない――――否。
音が断絶する。視界が不安定になる。前進しているのか後進しているのか、時々判らなくなる。
既に身体も精神も満身。
でも、それでも、俺は歩みを止めない。
ただただ前進を邪魔するこれを打ち払うため――――ただ一つ。自分の行く道を照らした、彼女との繋がりを、この場に現す。
「航するは星の内海。夢遠き、春の楽園――――」
どこかから聞こえる彼女の声。
今ひとたび、俺と彼女の言葉と、願いは、重なる。
「――――――”
ボブ化経験のせいで、若干アンリ耐性が強いシロウくん
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今は全て遠きAvalon その3
剣「0レンジ、カリバー!」
「――――アゾット剣……?」
自分の胸にささったそれを。炸裂したそれを、不思議そうに見る言峰。
遠くに焦点が合っているようなその様子。セイバーの鞘で聖杯の泥を退かせ、走り。遠坂から預かったアゾット剣を突き刺し、炸裂させ。
セイバーもぎりぎりなのか、今、不思議と投影できるイメージがわかない。泥のせいもあるかもしれないが、かなり精神力も、体力も持って行かれた。
言峰は、俺に問う。
「どこで、拾った?」
「拾ったんじゃない。預かったんだ。遠坂から」
「――――――」
深く息をつき、ぐらりと、対峙してから一歩も動かなかった身体が、傾いた。
「そうか。思えば、これは因縁のある凛に手渡したのだったな。あれはたしか十年前か。
気丈に振舞う顔も悪くはなかったが――――なるほど、懐かしい。回顧する程度には、私も、衰えたか」
ぐらりと倒れた神父は。しかしその表情はどこか晴れやかで。まるで門出を祝う、普通の神父のような納得がある表情をしていた。
倒れたまま、そのまま、泥の内に沈む身体。
「……」
結局、この男のことは最後まで理解できなかったけど。それでも、お前のことは忘れない。求めるものこそ違ったが、俺に少し似た、がらんどうな中身を持った男を。
倒すべき敵がいなくなったことで、いよいよ残るは、あの虚。頭上にあいた黒い孔。
あふれ出る泥こそ止まったものの、空洞自体は閉じる気配なく胎動し続ける。
「――――って、イリヤ!?」
ぐらり、と落ちるイリヤを抱きとめ、ボロボロになったジャージを着せて寝かせる。とりあえず命に別状はなさそうでほっとするけど……。それは、家に帰ってから考えよう。大丈夫、遠坂が看ればきっと目を覚ます。
境内の威圧感も消えた。最後に見たのは生命の奔流の光。令呪越しに感じるセイバーに、この戦いの勝利を確信する。
もう誰も、こんな馬鹿げたことのために争う事はない。
舞台が終わった以上、あとは役者が身を引くばかり。
聖杯戦争が終結すれば、サーヴァントは姿を消す。
別れは済んでいる。なら、後は幕を引くのみ。
夢は覚めるのだ――たとえ、どれほど覚めたくない、美しい夢であっても。
黒い孔を見上げる。膨大な怨嗟と共に、何か、俺に語りかけてきたようなその孔に。ことこの場において、恨んでるとか、憎んでいるとか、そういう感情は沸かなかった。ただそれでも――――これを壊すことだけは、決めている。そう、俺達は誓ったのだから――――。
そして、彼女はやってきた。座っていた俺を見下ろすように。出会った時と何もかわりない、まっすぐな、美しい姿で。鎧こそなくなっているものの、沈みかけている月を背に。
何も言わず差し出される手をとり、立ち上がる。ほんの目と鼻の先に、彼女の顔があった。
それでも、俺達は言葉を交さない。もう交す必要はない。
やるべきことは、もう、一つだけ。
――――聖杯を破壊する。
「――――
驚いた顔をするセイバー。一瞬その顔が、認識が揺らいだが、それでも俺はあえて手にする。黄金の剣――――彼女を選んだ、その剣を。
「言ったろ。一緒に戦うって」
「――――――はい」
共に一歩、一歩、前進。
やがて間合いに入ったのか足を止め、セイバーが俺の手に自分の手を重ねる。ともに腰のあたりに振り被るように構える。
聖杯を破壊すればセイバーは消える。いや、自らの意思で聖杯を求めないならば、セイバーはそもそもサーヴァントになることはない。自らの意思で世界との契約を断つということは、彼女は永遠に、遠い春の楽園で、夢を見る事になるはずだ。
「――――命令を。マスター。貴方の声で聞かせて欲しい」
自らの意思で契約した以上、セイバーは自分の意思では聖杯を破壊できない。だからこそ、最後の命呪を使えと言う。ことこんな構えた体勢になってまで、ここに残ってくれ、と。心のどこかが、その未練を叫ぶ。
だけど、それは、死んでもできない。
どれほど報われずとも、生涯、理想を守り通した――――それを美しいと感じ、守りたいと願ったこの身は。
自らの意思で、ふたたび眠りに着くと決めたその意思を、台無しにすることは出来ない。その誇りを、一時の
「――――セイバー。責務を――俺達の願いを、果たそう」
――――溢れる光。
セイバーが主体的に振り抜いたそれは、切り上げるように空を焼き、跡形もなく孔の存在を消し飛ばした。
あれほど酷く変色した池も、いつの間にか普段通り。寺もいくらか消し飛んだところはあるだろうけど、ここほど酷くはないはずだ。なにせこの山頂だけ、一部分完全に荒野となってしまったのだから。
その光の跡の隙間から、日が昇る――――地平線に指す輝きが、ユメの終わりを告げるように。
黄金の剣が、示し合わせたように形を消す。
――――終わったのか、と彼女は言う。
――――もう何も残っていない、と俺は返す。
――――約束を果たせてよかった、と彼女は笑う。
――――よくやってくれた、と俺は笑う。
言葉が途切れ、彼女は俺から数歩離れる。
――――最後に一つだけ、と彼女は堪える。
――――どんなことだ、と俺は強がる。
「――――貴方を、愛している」
俺の名を呼び。振り返って、全く後悔なんてないような声で。
それだけ言い残して。一瞬の風と共に、あっけなく。一面の荒野だけを残して彼女は消えた。
きっとこうなんじゃないかと、どこかで思っていた。出会いが唐突であったのなら、きっと別れだって一瞬だと。
何を呟いたか――――その呟きに、後悔を抱いてはいけない。失くしたもの、残ったものを胸に抱き、その荒野に一歩、踏み出す。
この光景を忘れぬよう。黄金に輝く、彼女が駆け抜けた草原に似たこの光を。
※
「――――」
暗かった土蔵に差し込む光。扉を開けて声をかけたのは、桜だった。
「おはようございます、先輩。そろそろ時間ですよ?」
いつもより三十分早く起きた、という彼女の証言を聞いて、はたと気付いた。藤ねえが監督するという名目のもと、イリヤと藤ねえと桜と、四人で寝起きするようになったこの家だけど。圧倒的に藤ねえに問題があるのは間違いなく、俺は叩き起こすために走る。
昨夜遅くまで作業していたんで、
「ちょっとサクラ! 今日はわたしがシロウ起こすって言ったじゃない!
それにそもそも、貴女、あんまり無茶すると――――」
十分で戻ると言い残して走ると、イリヤと遭遇。
何故か怒りながらサクラに文句を言いに土蔵に向かうイリヤだが、こういう光景はそう珍しくない。
リズとセラ(イリヤのメイドたち)からタイガー共々、イリヤをしばらく頼むと言われた。国に帰らないと言い出したのが根本的な理由だが、何より城の改修工事が終わっていない。バーサーカーとアーチャーが戦って、アーチャーと俺が戦って、アーチャーとギルガメッシュが戦って……、そんなこんなロクな目に合わなかったせいか、ちょっと、地盤の方から調整が必要になってしまったらしい。
その間、ホテル暮らしで篭りっぱなしなんていやー! と叫んだイリヤだった。
「くれぐれも、くれぐれもお頼み申し上げます。
いえしかし藤村様はともかく、衛宮様になど何故わたしが頭を下げねば……(ブツブツ)」
「セラ、わがまま、よくない」
「な――――――元はと言えばリーゼリット! 貴女が味方をしないから、私が孤軍奮闘することになって――――」
……まぁ、メイドさんの方はメイドさんの方で色々あるらしく、イリヤがいるせいか時々家に来て、料理を振舞って自慢げな顔をしたり、桜にあっと驚かされたりといったことはあるにせよ。
城が戻るまでの間は、扱いは藤村組預かり。少々イリヤが押しているようだけど、相性は悪くないみたいだ。
それは桜に対してもと言える。ちなみになんで桜が我が家で居候してるかといえば、ちょっと驚くべきことにシンジの働きかけだった。
「なんか爺さんが妙なことを企んでるみたいだし、しばらく衛宮のところで預かって貰えよ。爺さんも、別に文句は言わないみたいだし」
「兄さん……」
「大丈夫だよ。何かあっても爺さんは僕には興味ないし。これを機に、僕も何か、真面目に進路とか考えようかなって」
聖杯戦争終了後。退院したシンジとはまた話すようになった。それは以前のようにとは、まだ完璧にはいかないが。でも、それでも少し、卑屈さみたいなものが抜けたように感じることはある。
ちなみに退院といえば美綴もちょっと前に暴漢に襲われていたらしいが、何故かアレ以来、メガネをかけた背の高い、長髪の女性を見るとびくり、とするようになっていた。なんだろう、ちょっと意味が分からない。
しかし、藤ねえを叩き起こして居間に向かった先。やっぱり力関係はイリヤの方が上みたいだ。
「うぅ、なんでさぁ。臨時ボーナスあげたのに、どうして起こしてくれなかったのさぁ……」
「当然よ。タイガを待ってたらわたしまで遅れる、ちゃんと起こそうとするとタイガより『あっち』の方が先に起きちゃうし。そもそも日本から離れない理由の一つに、それもあるんだしね」
「なんの話?」
「こっちの話。わたしのことよりも、タイガはライガに貸してもらったお金の返済を考える事ね。給料日、五日前なんでしょ?」
「お、お爺様ぁ!?」
その歳になってまだ御爺さんからこづかい貰ってるという事実は置いて置いて。ことタイガーに向けるイリヤの悪魔っ子っぷりは、どこかの誰かさんを彷彿とさせるものがあった。
一足先に出た桜に続いて、俺と藤ねえも出る。
驚くべきコトに、俺たちが聖杯戦争をしている最中で勉強して、先月、免許をとった藤ねえがスクーターに乗り走る。遅刻が革命的に減った事実から、一部でロケットダイバーとかロケットタイガーとか、そんな別名が追加されたのを本人は知らない。
あれから二ヶ月。
変化は意外と些細で……、いや、明らかに些細じゃないこともあるけれど、それを除けばさほど変わらず。
少し成長はしたつもりだけど、それでも見違えるような自分になったわけじゃない。流石に
「――――おはよう士郎。奇遇ね、朝から顔を合わせるって」
「おっす。今日は晴れてよかったよな、遠坂。桜もさいてるし。
去年なんてアレだったし」
「あー、割とここ近年って気候がヘンだしね。地球寒冷化?」
「温暖化な。それ、ちょっと情報古いぞ遠坂」
「う、うるさいわね、学校の図書室で調べた程度の情報しか知らないわよ!」
と、ここ最近よくニアミスする遠坂が手を挙げる。今まで頻繁に出くわすことがなかった分、奇遇という言い回しには違和感があるような、ないような。
「出くわすって、貴方ね……」
「何、妙なことを言ったつもりはないさ」
「それ、アーチャーみたいだから止めてくれる? 言い方から嗤いかたまでそっくり」
「え゛? あ、いや、そんなつもりは……。でも、俺と遠坂の家って反対方向くらいだろ? だったら遭遇するには、同じくらいのタイミングで家を出る必要があるじゃないか。
そう考えると、遠坂の登校時間が変わったと考えるのが妥当というか……。大丈夫か?
下手に朝弱いところを不特定多数になんてみられたら、オレサマ、オマエラ、ミナゴロシくらいするだろ」
「し、しないわよそんなの!
まったく、人の起床時間なんてどうでもいいでしょ、どうでも。あんまりナマイキ言ってると、面倒見てあげないわよ?」
「すみません、それはご勘弁を……」
と、このように我が師匠は色々とアレである。
聖杯戦争が終わった後、どういう風の吹き回しか遠坂が俺の魔術を見てくれることになった。藤ねえも家に泊まるようになった関係で、時々、遠坂の家に出向いてという条件は着くが。
でもまぁ、大体その時は桜も一緒に行くので、結構ほほえましかったり何だり。
歩きながらそんな会話を交わしている。今の所、人だかりは見えない。以前、一成が臨時で引っ越した際に送りつけられたらしい写メール(なお遠坂は、自力でデータフォルダを探すことさえできなかった)の話題とかをしながら。
眼下の町並は、すっかり春の趣に変わっていた。
「なに、そんなにバイト入れてるの? 私のところに来る時間も含めて、休む暇ないじゃない」
「え? いや、今週は休みもらってる。
弓道部の新人歓迎会をやるっていうから、シンジに誘われた。せっかくだから、イリヤも連れて遊びに行こうかと」
「中々すごい度胸よね、貴方……。平気な顔してイリヤを連れて行く辺り、大物だわ」
「なんかまずいか? イリヤも喜ぶと思うんだけど」
「そりゃ暇つぶしにはなるでしょうけど、セイバーを連れて行ったときよりまずいと言えばまずいでしょ。
……そういうことなら、私もフォローに行くわ。慎二には悪いけど」
「それはありがたい」
と、遠坂は唐突に。
「そういえば、士郎は弓やらないの? せっかく行くんだし」
「その言い回しは、美綴あたりから何か聞いてるか?」
「あと桜と藤村先生。せっかく上手いのに全然やらないんだーって言ってたから」
なんという包囲網。いや、この俺が知ってる範囲に俺を知ってる身内が多いというだけの話なのだけれど。
でも――――いや。そういえば、そんな話をしていたっけか。
「……そうだな。じゃあ、今度は久々に、やってみようかと思う」
「今度?」
「嗚呼。『今度は』、な」
「ふぅん……。じゃ、ちょっと期待しておいてあげる」
「――――けど、ちょっと意外だったな」
不意に、そんなことを切り出す遠坂。
何がだと問い返すと、口元を押さえて。
「……うん。正直、士郎はもうちょっと落ち込むって思ってた。
しばらく立ち直れないだろうなって思ってたのよ」
流石にそこまで言われれば、何を、誰を、指した言葉なのかはわかる。
「アーチャーのことがあって、大分ダメージを受けていたときにアレだったでしょ? その後のことなんて何も考えられないってくらい、猪突猛進だったけど。
でも、それでも翌日には案外ケロっとしてたでしょ? その時に、こいつ大丈夫かなーって思ってたのよ」
「なんでさ?」
「こう、何て言ったらいいのかしら。次の日、買い物に出かけたりするときにあっさり事故に巻き込まれて死んじゃうようなっていうか。友達の結婚式に向かったら、突然誰かに刺されて死んじゃうような、そんな雰囲気だった」
「なんだそりゃ。なんで平気なのに、あっさり死ぬんだよ」
「そういうこともあるの。人間、一生涯の目標があっさり叶っちゃうと、ぽっくり逝っちゃうこともあるのよ。
心を満足とか充足感が占めてるときに、赤信号なのに車が突っ込んできたり、自分で刑務所に送った犯人が脱走して目の前に現れたりするんだから」
「……すまん、例えが難解すぎる。大往生?」
「ニュアンスは近いかもね。短くとも、後腐れがないんだから。
だから逆に心配だったっていうか……。むしろ派手に落ち込んでくれていた方が、安心できたっていうかね」
だったら、そんなに落ち込んでいたら慰めてくれたのだろうか。
「そりゃ、士郎にならするわよ。でもその前に、背中に蹴り入れて先にしゃきっとさせるけど」
どうやら、どうあがいても遠坂は遠坂であるらしい。
でも、というか、アレ? 何か今、とんでもない発言を聞いてしまったような気が……。
「じゃあ、もう未練はないんだ。セイバーがいなくなっても」
空を見上げた遠坂の呟きに、俺は少しだけ苦笑い。
「……全くないって言ったら、嘘になるかもしれない。
でも、セイバーを送り出したことに関して、後悔はない」
強がってるわけじゃない。自分が幸福にならなければと言われた以上、俺は、俺自身が未練に思っているかというところについて、もう正確に把握は出来ない。
でも、あの時の選択は、間違っているはずはない。それだけは――――唯一、正しいことなのだから。
だったら、そこに未練はない。
俺と、あいつとの間で。あの時、あの最後までに、すべてがあったのだから。
だから、今でもあいつの部屋だった隣の部屋に、デートの時に買ったライオンは飾ったまま。もう少しだけ、その残滓を残しておきたい。
きっと、彼女を夢に見ることだけはこの先もずっと。
いつか記憶が薄れて、何もかもを忘れてしまっても。それでも――――この想いだけは、ずっと覚えているはずだ。
俺の言葉をきいて、なんでか楽しそうに笑う遠坂。足早に坂を駆け上がり、早くしろなんて言う。
見上げる空は、遠く、青く。
こんなにも近いのに、手を伸ばしても届かない。
それでも、掴むことができなくても、胸に残ったものがあるはず。
いつか消えゆく面影であったとしても、同じ時、同じものを見上げたのだから――――きっと、遠く離れたとしても、そのつながりだけは信じられる。
――――だから、今は走り続けよう。
踏みしめるこの足跡が、いつか、何かの答えに至ると信じて。
※
戦いは終わった。
「あら、久しぶりーセイバー」
……?
「って、え?」
呆然と、彼女は思わずそんな声を上げてしまった。
視界に映る光景がまず異常だ。元来、カムランの丘で力尽きるべきこの身。だが実態はどうだ。何だろうこの、己のマスターが学校を更に古くしたような構成の部屋は。
そこで何でこう、机を挟んで「彼女」と対面しているのか。
というか、壁にかかった「外道」と書かれた額縁はいったい……。
「…………アイリスフィール?」
「どうもー。ここではアイリ師匠って呼んでね?」
「あ、え、え?
何をふざけているのです、アイリスフィール。それ以前に、何故貴女が。というよりも、そもそもここは何処で――――」
「――――
「アーチャー?」
現れた男に、セイバーはますます困惑する。
己よりも前に脱落したこのこの男が、何故、このわけのわからない場に現れるのか。いや、しかしこの教室風の部屋の中においても、果たして何故ここまで違和感を感じる風体なのか。
「俺だけじゃないぞ。『何人か』残ってる。……かの魔女のように自力で脱走したのもいれば、どこぞの趣味の悪い王様のように問答無用で取り込まれたのもいるがな。
元より規格が大きすぎることもあったが、さすがはアイリ師匠というところか。『ここにおいて』はほぼ無敵だな」
「それは、どういう――――」
「ホントよねー。
唯一希望を持てたメディアさんはギルガメッシュのせいで逃げちゃうし、こっちのシロウくんが唯一の希望というか」
がた、と。セイバーは椅子から立ち上がり、距離を取る。
不可視の剣を呼び出し、構える。己の見知った彼女でありながら、己の見知った彼女では絶対にしないだろう笑みを浮かべる彼女に。
「アイリスフィール、貴女は……、いえ、『おまえは何だ』?」
「だから、『もう一度入れ直す』みたい。
――――貴女は高潔な騎士だったけど、その満足では、
気が付けば、セイバーの足元にはどこかで見た黒い――――これは、聖杯の虚のそれか。いや、それとも「桜が自分たちを、教会から逃がす際に使った」ナニカか。
――――俺のような「反転」を召喚する聖杯なんぞ、絶対にまともな代物ではない。勝ち残ったところで、間違っても願ってはくれるなよ。
最初に出会ったころ。バッドニュースだと、そう言ったアーチャーの言葉が脳裏を過ぎるセイバー。
「完璧な世界じゃないらしいけれど――――『私は、かく望まれし』存在だから。
でも、イリヤが来なかったことは嬉しいわね。ティーちゃん、ちゃんとやってくれたのかしら」
そしてそれ以上に恐ろしかったのは、その影が、アイリスフィールの足元から伸びていること――――。
この影の、よくないものの感覚は、以前、どこかで。
例えば、あの燃え盛る街――――――――。
「く――――!? では、これは……」
「ごめんなさい、セイバー。キリツグもシロウくんも、その選択は正しかったけど――――今回は、別な誰かの方が上手だったようね」
薄れていく意識の中で、事実に気付いたものの。いかに嫌悪すれど、脱出するために魔力を振り絞ろうとしても、もはやこの手に力を成す事は出来ない。
契約は切れた。自分と彼とは――別れは既に済んでいるのだ。
「――――シロ、ウ」
胸のうちに抱えていた我侭を振り払い、なお自分の背を押して、送り出してくれた彼に。最愛のかのマスターに懺悔をしながら、やがて――――望む英霊のカタチが変わり。
「……見るに耐えんな」
瞳は
BAD END
######################################
タイガ「…………」
イリヤ「…………」
タイガ「…………はっ、げ、幻術か!? ってこれ、一体どーゆーことなの弟子1号!」
イリヤ「お、押忍。師匠。どうも、フラグの立て方をちょっと間違えたみたいです。リンの」
タイガ「ってそっちかよ!」
イリヤ「そもそもリンのアーチャーが、どうしてこんな変なことになっているかっていうのが、そもそもの問題っていうか・・・。最初の時点で異変に気付いていれば問題はなかったはずなんだけれど」
タイガ「んー、まぁ確かに、デトロイトでラップ一本に搾って、ブッディズム被れなボブ感は漂ってるけど、別に遠坂さん、シロウがディスコで踊り狂ってる写真とかを触媒には使っていないわよね」
イリヤ「そんなもの使っても、せいぜいどっかの映画監督が物好きで出てくるか来ないかってくらいじゃないかしら。知らないけど・・・。っていうか、シロウ、そういうことやるの?」
タイガ「ともかく! えーっと、一応救済用Q&Aだし、アドバイスらしいアドバイスを考えないといけないのかしら」
イリヤ「考えるまでもないでしょ。シロウたちは生きてるんだから。例えセイバーたちがどうなったとしても、未来を作っていくのは今を生きる者の特権なんでしょ?」
タイガ「それはそうなんだけど、なんというか釈然としないというか、私の師匠が結局未だあのままなのかなーっていうか・・・」
イリヤ「まぁ、お母様でなくなったら次はシロウだろうし、痛し痒しね」
タイガ「ん、なんでシロウ?」
イリヤ「それじゃあ、また次の道場で~」
タイガ「あ、ちょっと弟子1号? なんか見覚えがあるような、ないような、なんとも言えないネコっぽいのが入ってきたんだけど」
イリヤ「押忍! あれは、Fateルート第2回の道場で追い払ったナマモノであります!」
ナマモノ「仕事しろジャガー!」
タイガ(?)「語尾はちゃんと守るんだニャアアアアア!」
※次回も普通に続きます
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サンド☆Witch★ガンド! その1
????「当たり前ですよ、サブタイトル見てないんですか?」
??「何、私は登場予定があるらしいがな」
????「アチャ男さんは黙っていてくださいましっ」
そうしてまた、衛宮切嗣を夢に見る。
懐かしい天井。病院の真っ白なそれ。俺を助けたあの男は、俺が引き取られると言った時、最初にこういった。
「――――うん。僕は、魔法使いなんだ」
「――――うわ、爺さんすごいな!」
「爺さ……、いや、まぁいぃや」
子供心ながらの一言に、男は苦笑いを浮かべていて。そして実際、衛宮切嗣の言葉は嘘ではなかった。
そんな男の人生を、俺は背負った。
男が救えなかった娘と出会った。男が毛嫌いした彼女と出会った。男が決断した望みにふれた。
だからこの身もまた、男の跡をおうように歩くだけのはず。
そのはずだが――――何かひっかかりを覚える。
正体がわからないこの違和感は、きっと、何も「はじまってさえいなかった」からだろう。
だが、聖杯戦争は終わったのだ。この夢に、その先はない。聖杯が消えた時点で、全ての英霊は自力で限界するだけの魔力を担保できない。だから何か問題があっても、あの時、彼女が放った生命の奔流で全てが終わったはずだ――――。
――――だというのに、嗚呼。
頭の片隅に残るこのしこりは何なのだろう。
行き詰った先の俺――――俺が至る到達点の一つから受けた影響だろうか。未だ冷静に、冷徹に、見逃すなと警鐘を鳴らしているような。
「……っ」
重い扉が開く音。たてつけが悪いので、ちょっと無理やりに開けている感じの聞きなれた音。
差し込んでくる光を背に、彼女は俺を見て微笑んだ。
「先輩、起きてますか?」
「今、ちょうど。おはよう、桜」
「おはようございます。
先輩、鍛錬もいいですけど、早く起きないと藤村先生に怒られちゃいますよ?」
楽しげに桜は俺に聞いてくる。寝ぼけた頭で胡乱な返事を返しながら外に出る。
季節は春先。空気がまどろんでいて、気を抜くと意識を持って行かれそうになる。
「あー、ごめん桜。また朝の支度――」
「いいんです。先輩、あれからもっと張り切ってるんですから。朝はゆっくりしてください。
これでもお世話になってる身ですし、それに、朝食でしたら私の独壇場なんですから!」
えっへん! と胸を張る桜。ついこの間、イリヤをして「やるじゃない桜!」と仰天せしめたことが自信に繋がっているのだろうか。
「最近の先輩、色々とすごいことを一人でやってるみたいですし――――、先輩、その腕!?」
ん? と思い、桜の視線を辿る。嗚呼そういえば。作業着がわりに作務衣を着ているせいもあってか、今はかなり判りやすいところまで左腕が出ている。
アーチャーから固有結界を流し込まれた際から、今まで。投影をするたびに、徐々に徐々に左腕の皮膚が変色していってる。遠坂いわく「生え変わっているようなもの」とのことだけれど、それだっていまいち意味はわからない。あまり無茶をするな、ということだと念を押されはするが、だからこその鍛錬。限界の見極めと、限界を引き伸ばすための鍛錬だ。
「大したことじゃないさ」
「それって、でも……、聖杯戦争で……」
「いいんだ。でも、見られると藤ねえから言われるな……。今はイリヤだって居ないし、フォローも弱いか。
片付けてから着替えるから、先戻っててくれ」
「はい、お待ちしてます、先輩」
立ち去る桜を見つつ、つい数日前のことを思い出す。
城の改築案を出すからと、セラがイリヤをほぼ無理やり引きつれていったのだ。のっぴきならない言い回しのようにも見えるが、実態としてはまぁ、いつものノリである。イリヤの我慢が何日続くかというところで、明日は土曜日というお日柄だったりする。
なんとなく明日の朝一が読めるような、読めないような……。
片付けを終えて今に向かうと、もう準備が完了していた。流石に一年半くらい続けているせいか、手馴れたもの。我が家の食欲魔人その3(藤ねえをはじめ降格し、1位に関しては永久欠番)はその実、我が調理場の弟子でもあるのだった。
しかし、なんだこの。普段はあんなにもやかましい藤ねえが、正座をして、神妙な面持ちで、うんうん、と何度も食事中に納得するような頷き方をする。かの食欲魔人その1を連想する挙動に、少しだけ辟易し――――気付いた。
「……藤ねえ。とろろのところにオイスターソースは頂けない」
「え、うっそだぁ、バレた!」
醤油のラベルとソースのラベルが取り替えられていたこの手法、丁度二ヶ月前に一度味わっている。今年で二十五のくせに何をするのか、と言ってやりたかったけど、まぁ、藤ねえだと言えば藤ねえである。
「むむ……、士郎がなんか、切嗣さんみたいな顔してる」
「何、他意はないさ」
「先輩、口元がその……」
「おっとっと……。っていうか、今回に関してはされる言われがないんだけど……」
「ふぅんだっ! 学校で遠坂さんとオツキアイしはじめたんじゃないかなんて噂が流れてるのに、釈明のしゃの字もしない悪い子なんて、知らないよーだ!
あ、じゃあ二人とも遅刻しないようにねー」
切り替えが早すぎる。あっという間に食べ終えると、休む間もなくとっとと家を後にする藤ねえ。
「なんでさ。って、いつにもまして急いでるな藤ねえ」
「それは、ほら。しばらく弓道部、新入生もいらっしゃいますし。藤村先生、最初くらいはいい格好しないとってことでは……」
嗚呼、納得。
でも地があのタイガーなので、おそらくその仮面は一月と持つまい。
テレビのニュースも、あれから変化はない。ないというか、聖杯戦争中があまりにも異常事態すぎたというのもあるけど……。って、地元の映像でいうと、柳洞寺が未だに再建中だって映像が流れる。
あの日、あの時。セイバーとギルガメッシュ、俺と言峰との決戦の場だったこともあって、寺は結構ダメージを追っていた(主にセイバーとギルガメッシュの宝具のせい)。いや、必要があったことだとは思うのだけど……今現在、教会に新しく派遣された神父さんが悲しそうな目をして事後処理にあたってるのを見ると、少し申し訳ない。
家を後にして、ふと思い出したように桜。
「それより先輩? 姉さんと付き合ってるっていうのは……」
「あー、デマだよデマ。お互い、その方が楽なところもあるから放置してるっていうのもあるけど」
「楽、ですか?」
「うん。流石に学校で魔術に関する話をするのも、簡単にはいかないだろ? 特に相手は遠坂。何をやったって噂されるし、興味本位で覗かれたら暗示が面倒だって言ってる」
「姉さん、そういうところものぐさなところありますからね……」
いや、そもそもものぐさとか、そういう概念の話ではないのだとは思ってるけど。生憎、二月前の出来事が強烈すぎて、いまいち何が問題なのかを指摘することが出来ないでいる俺だった。実際問題、遠坂の学校での立ち位置からして、「そういう関係」であるとなればデバガメをされることはまずないというのは大きい……、いや、どこぞの黒豹あたりはそれでも我関せずな気がしないでもないけど。
今日は美綴が仕切ると言っていたらしく、桜は俺と一緒に学校に向かう。しかし弓道部の練習があるのが原因とはいえ、こうして二人そろって登校というのは中々珍しいというか……。
「おはよ、二人とも。珍しいわね桜が一緒なんて」
と、そんな風にさらっと声をかけてくるのが、渦中のあかいあくまである。
いつものように挨拶を返そうとすると、何故か桜が、ががーん! とショックを受けたように立ちすくんでいた。
「おはようございます、と、遠坂先輩? 珍しいって何ですか?」
「? そりゃ、桜が士郎と一緒に登校しているところなんて、全然見かけないし」
「それって、つまり、遠坂先輩は先輩が普段一人で登校しているところを見てるってことですよね! しかも、きっと、毎日!」
ええ!? と腰に手をあて、驚いたような、困惑したような様子の遠坂。かくいう俺も反応に困る。
何がそんなに問題なのか、桜は見たこともないような元気さを発揮していた。
「ダメですよ! その気がないのに、そんなことをしたら!
そんなだから先輩たちが付きあってるなんてデマが流れるんですから! 遠坂先輩も、先輩の反応を見て楽しむ理由もあるのかもしれませんけど、ちゃんと事情の分かる相手には説明しないといけないんですからね!」
「え、ええ。そりゃ、まぁ……、だからって沙条さんとかに言うような話でもないけど」
桜の勢いに押されて、遠坂も返事が胡乱だ。
沙条? という名前に覚えのない俺と桜。まぁ名前だけ、全く聞いてないわけじゃない。穂村原に通う魔術師、その3。たまに美綴あたりの口からも名前を聞かないでもない。
ちなみにその話については、シンジについても、一応俺から事実無根だとは説明してある。もっとも、その視線に多分に同情めいたものが含まれていたような気がするのが、こう、やるせなかった。
「でも、それっておかしくない? 士郎は私の弟子なんだし、師匠である私がちゃんとみれるような環境を整えるのは至極当然というか」
「え? だって、そんなの……、外堀が埋まってるような……」
「外堀?」
「え? ふぅん……はは~ん?
でも、それを言ったら桜なんてどうなるのよ。毎日毎日通いつめて、今じゃ同棲しちゃってるじゃない。藤村先生とイリヤだっているけど」
「~~~~~~!? ね、姉さん!!?」
あ、こらえきれなくて地が出た。滅多に遠坂のことを「姉さん」と呼ばない桜なのだけれど、感情が色々振り切れているせいかそんなこと気にしていないらしい。
そして、周りこむように俺を盾にするのを止めてもらいたい。体は剣で出来ているものの、既にこの身から盾は失われているのだ。
そしてきっと、今かわされている話は色々オソロシイナニカのはず。
「げげぇ、桜!?」
と。丁度、弓道部の練習終わりらしいシンジと遭遇。顔があからさまに引いているのは、ここ最近のシンジと桜の力関係をあらわしているような気がしないでもない。
「あ、おはようございます兄さん!」「よ、シンジ」「おはよう、間桐君」
「あ、あ、あ、ああ、おはよう。それじゃ僕は先にいってるから、後でな衛宮――――」
急ぎ足になるシンジを、桜が慌てて追いかける。
「あ、逃げないで下さい、兄さん! 今日の分のお弁当、ちゃんと作ってきたんですから!」
「いい加減、諦めればいいのにねシンジも」
「ま、男心は複雑っていうことで……」
というかそもそも、シンジに関しては遠坂がどうこう言っていい話ではない気がする。
「あら、何かしら衛宮くん。今すっごく失礼なこと考えなかった?」
だから、笑顔が、怖いんだって。
それはともかく。……まっとうなきょうだい、とはいかないまでも。あちあらはちらで、お互いに関係改善を計ろうと、おもに桜が動いている形だ。魔術から身を引いたシンジは少し憑き物が落ちたようで、俺ともいくらか、また愚痴を言いあえる関係に戻りつつある。
「でも、お弁当とは考えたわね。あれなら嫌でも目に付くし、士郎もいるから捨てたりもできないでしょうし」
「だろ。中々悪くない作戦だと思ったのですが軍曹」
「ほほぅ? ……なるほどね。はぁ。士郎立案ね」
シンジはまず身内のスパイを疑うべきね、と、ふざけたような遠い目をして、遠坂は笑った。
※
「時に衛宮よ」
「どうした一成」
「普段通り昼食を生徒会室でとってくれているのは構わぬのだがな。それでも言いたい事はある」
「あー、ごめんな。後輩が仕事中に、部外者が室内で食事って言うのも――」
「いや、それは衛宮だから構わん。
問題なのは――――何故に遠坂がいるのかということだ!」
ずびし! と。弁当を食べる俺の横で、サンドウィッチをつまむ遠坂を指差す一成。「行儀悪いわねぇ」と軽く答える遠坂を前に、なんだかやっぱりヒートアップする一成。
「ええぃ、そもさん! まず何故貴様がここに」
「あら、別に変な話じゃないでしょ? 私と衛宮くんの仲なんだし」
「それが事実無根であることくらい、修行僧に片足突っ込んでいない俺でもわかるわ!」
「ま、まぁまぁ一成。一応食事中だし、ほら」
「ええぃ、衛宮も衛宮だ、一体どんな弱味を握られて――――」
「そこはアレよ。惚れたほうの弱味というか」
「だから事実無根だと言ってるだろう!」
「あら、それもそれでどうなのかしら。ねぇ士郎?」
そんな風に、にこりと微笑んでこられても、俺としてはリアクションが取りづらい。というか、普通にリアクションがとれない。人間、どう答えてもいかように相手の都合よく解釈されて、回答する意味がなくなるタイミングがある。俗に言う薮蛇というやつ。
いや、まぁ、単純に遠坂はいいやつだし、きれいだし、こんな風に迫られて悪い気がするやつは少ないだろう。それが学園のアイドルというネコの皮を被った擬態の下であるという事実はおいておいて。
……脳裏で一瞬「な!?
「でも、すまんなえっと……」
副会長であるらしい男子生徒(本当は書記だったのだが、副会長をやるはずだった女子生徒が諸般の事情から無理になったので、交代で副会長になった彼)に声をかける。単純に事務作業に追われている様子だったので、無駄ににぎやかにしてしまって謝罪をした。まぁ「大丈夫」だと本人は返してくれたから、ここで昼食をとらせてもらったんだけど……?
「……って、あれ?」
「もしかして、彼、寝てない?」
「ぬ? 嗚呼、仕方ない。
「あー、そういえば聞いた事あるわね。穂村原のムーンウォーカー」
「いや、何だよその呼び名って……」
「士郎だって、穂村原のブラウニーなんて呼ばれてるじゃない。でも、ほら、呼び名が藤村先生規模じゃないからいいんじゃない」
「そりゃ『冬木のブラウニー』なんて言われたら、絶対、あの虎なんてレベルじゃないが……」
「おい、起きねば食事の時間がなくなってしまうぞ! 目覚めぬかっ!」
と、声をかけられた服会長。目を細めて微動だにしなかったものの、流石に肩を叩かれると。
「――――――フランシスコ・ザビ……!」
「「「!?」」」
瞬間、場に激震走る。
もっとも、数秒も経たず正気を取り戻して「お手数おかけしました」と頭を下げてきた。
「……面白い寝言だったわね、今の」
「あ、いえ、すみません。ゲームの実装希望キャラでして……」
「角隅もやっているのか、アレを。氷室たちが遊んでいるのと耳にした覚えはあるが……」
話していて思ったのだけど、どうもこの副会長、俺と遠坂とのゴシップまがいの話なんて全く知らない様子。その割に発言のところどころに愉快なところがあって、何というか……。
と、がらがらがらと生徒会室の扉が開かれる。
「――――――フランシスコ・ザビ……!」
「「「!?」」」
「二人目!?」
再びの激震に、遠坂のツッコミが冴え渡る。
「な、何をやっているか霧島くん」
「あ、お疲れ様です。会長、ザビエル」
「聞いていても止めてくれ、妄言だ……。あとお帰り」
副会長にそんな風に声をかけるのは、生徒会の書記さんだった。今の軽い様子を見てるに、チーム仲は悪くないらしい。
「いやでも、今代は色々大変ですからね。こーゆー地味な努力が実を結ぶと言うか。
私も伊達に、文化部と運動部をかけもちしてる訳じゃないですし」
「あら、大変って?」
「遠坂先輩も美綴代表共々、一枚噛んでいたと聞いてますけど。ほら、例の予算関係の」
嗚呼、と納得する遠坂。何があったんだよと聞く俺に、一成と副会長の彼は何ともいえない表情を浮かべた。
「……俺が生徒会長に就任してから、部活動の予算関係で頭を悩ませているのは知っているな」
「確かに、何度かそんな場面は見たな……。遠坂が出てきて、何かうんうん唸っていたような」
「あら、失礼ね。私は私の視点で、合理的な見解を示したまでだけど?」
「お陰で余計に話がややこしくもなった! まぁ一時とはいえ効果がなかった訳ではなかったが……。
まぁともあれ。前生徒会の方針を覚えているか?」
「あー、会長と副会長が婚約発表したっていうので、その」全部とはいわないが、かなり飛んだ。
「あまりにインパクトが強すぎましたからね、あれ……」
「フランシスコ――――」
「だから止めてくれ。妄言だ」
「そもさん。その時の方針として、まぁ、明るく、みんなで楽しく、というテーマを掲げていたのだ。端的に言えば、その場の空気と勢いに乗るような、そんな方針だったわけだ」
「で、結果としてそのノリのままに、予算を適当に分配してしまって……」
はぁ!? と。思わず大声を出してしまったのは仕方ないだろう。遠坂でさえ「仕方ないわよね」というような困ったような笑みを浮かべて、一成を初め生徒会メンバーは無表情。後始末に追われていることが察せられる。
「あー、そうか。つまりそれで偏りが出たって事か」
「教師陣やPTAも少し力や知恵を貸してくれて、ある程度持ち直したのだがな……。間桐会長には頭が上がらん」
そして、なんとも表向きはちゃんとそれらしい活動をしている、あの老人の話題が出た。
「実際問題、私が交渉に周る関係もあって、あとは個人的な事情もあったんですが、そういう訳で今は書記をやってます」
「なるほどねぇ……。ところでなんだけど、角隅くんと霧島さん? ひょっとして二人って、双子だったりする?」
「「それは、どうして?」」
「え、いや、だって、なんか無駄に息ぴったりというか。さっきのアレも、単なるおふざけにしてはそろって真に迫ってたっていうか……」
「「ヒトをプラナリアみたいに言わないでください」」
そしてどうやら先代生徒会長たちとはまた別ベクトルでも、今代生徒会もなかなか濃いメンツがそろっているらしかった。
????「――――女人なら誰でも良いと言うのか、貴様」
シロウ「!? あれ、今、寒気が・・・」
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サンド☆Witch★ガンド! その2
役所の子「ふむ。しかし、そもそも三人も居るなどと爆弾発言を投げられてしまっては、ますますだな・・・。まぁ一人は除外するとしても」皿の上のベーコンをひろい一口
????「・・・どうしてシーフードカレーのモダン焼きなのに、生地がパスタ・・・? カレー舐めてるんですか・・・?」
セイバーと打ち合うようになってから、我が家の道場は道場らしさを手に入れた。具体的にいうと以前よりしっかり手入れをするようになったし、時折手合わせをすることもある。
それはセイバーがいなくなってからも同様で、そういう意味じゃ、ここが静かな場所に戻る事は今しばらくはないだろうと思う。
具体的には。
「は――――っ――――!」
竹刀で打つのをさけ、時に受けて払い。
「そこ――――っ!」
「ひぐっ!?」
遠坂が当然のように、俺のみぞおちに一撃を入れたりするような。
日も沈んで、珍しく遠坂が俺の家に来ている。「そういえば士郎がどれくらいやれるのかって、みてなかったと
思って」とは本人の弁。
実際のところセイバーほどでないにしろ、俺を見事にボロボロにしてくれるあたりは流石に容赦がない。
「まだまだ。私、踏み込みしか八極使ってないわよ。
士郎は武器持ちなんだから、もっと粘る!」
「いや、リーチの内側に入られるとどうにも……。なんていうか、素手だからかモーションが早いんだよな」
「はやい?」
「ああ。なんていうか、こう、呼吸が違うっていうか。ここで踏み込んでくるか! って感じ」
立ち上がりながら説明する俺に「あー、確かにそーゆーのあるかもね」と遠坂。
「剣士の間合いというか、そういう領域よりも徒手空拳は薄い分、まず近寄ってから攻撃に移る速度が違うかもしれないわね。あんまり意識はしてなかったけど……。
って、何? もう一本?」
「うん」
竹刀をもう一つとる俺に訝しげな顔をしつつ「まぁいいけど」と、遠坂も再度構えた。
単純な話として、一本より二本の方が強いとか、そういう話ではない。
そろそろ「こういう方法を覚えるべきだ」と、俺の中の俺じゃないような、直感めいた何かがささやいているというだけだ。
打ち合う感覚は、やはりセイバーに稽古をつけてもらっていた時とは色々と違う。
もっとより、俯瞰的に見れているというか――――しかし、流石に回転させたりは出来ないのがお約束というか、構造上の問題というか。
流石に道場で二丁拳銃を振り回すようなのは邪道すぎるし、剣をしっかり投影できる俺がわざわざ拳銃にこだわる必要はないのだから。いや、まぁ、あんなのどう考えたって格好良いに違いないのだけれど。
ただ、そういうイメージが頭の中にも、肉体的にもわずかながらに残っているのか。体の動きは案外軽く。
「――――」
腕をあわせて回転させ、距離をとりながら足を進める遠坂。
「……なるほど、距離感がかわったわね。どっちも剣だけど、ある意味、片方が盾になると」
今までの状況を分析するに、遠坂にえぐられるよう転がされる時は、大体決まって打ち込みの直後に懐に入られてというパターンが多かった。ならば打ち込んだ後に、すぐ次の動きへ移れる様に出来ないかと考えて、二本。
セイバーだったらきっと、そんなの関係なく受けられてしまうのだろうケド。二本というのはやっぱり、意外と自分の戦闘形式には合っているらしい。
「だったら、私も少しやり方かえていいわね」
「へ?」
まぁもっとも、戦闘経験自体が足りて居ない事実に変わりはないのか、遠坂が構えをかえて、使う技を変えただけで簡単に打ち破られてしまうのだけれども。
……身体全体をつかって、刃を背中で受け流すってどういう動きだよ、ホント。
胸部に両手の平が合わさって、吹き飛ばされて転がる。
「そろそろ休憩にしましょうか。流石に二時間近く続けてると、私もつかれてきたし」
「同感。だけれど、あれ、そんなにもう経つか……?」
「興が乗ってたんじゃない? ほら、士郎も男の子だし、熱中すると、他の事が見えなくなるんじゃない?」
それにしても、と遠坂は手を口に当てて何かを考える。倒れている俺の立ち位置からして、ちょっと頭を傾けるとミニスカートの中が見えそうな気もするのだけれど、どういう魔術かニーソックスを穿いた脚以外は全て暗黒空間に包まれているような感じだった。いや、そりゃ積極的に覗こうとか思っているわけじゃないので、当たり前といえば当たり前なんだが。
しかし何というか……。美人で、勉強もできて、魔術師として一流で、おまけに物理的な攻撃力も充分満点という。なんなんだろうコイツ、才色兼備というにはうっかり度合いがそれを許さないし。
「何、士郎なにか変なこと考えなかった?」
「か……、考えてない。変なことではないはず」
「そ。なら何? 師匠を前に隠し事なんて出来ると思わないことよ?」
笑顔でそういってくれているところ悪いが、剣に関しては一応、セイバーが師匠ということになっているので、そこは訂正させてもらいたい。
「あとは、単に遠坂のそれ、八極拳なんだっけ? 一体どこで覚えるタイミングがあったのかって」
「ああ、それは簡単よ。これ、綺礼仕込みだもの」
――――――――。
「え?」
「だから、綺礼。今は亡きあの似非神父。
なんでも、元々は代行者だったかしら……? そっちで活躍しているくらいには、物理的にも強かったらしいのよ。アイツ。そもそもアイツが使ってたのって、魔術と武術の融合体みたいなものだったらしいけど」
「なんだそのマジカル八極拳」
「上手い事いうわね。俗っぽくいうとそうなるかしら。
士郎の話じゃ、最後まで終始拳を振るわなかったみたいだけど、それってきっと、聖杯の維持に気をとられていたからってことじゃないかしら」
「あー、ところで先生、代行者って?」
あ、と。流石にわかっていないことを察してなかったらしいけど、どこからか丸メガネをとりだして、すちゃっとかける。普段とはまた違う、ちょっとだけインテリジェンスに磨きがかかった状態で、得意げに話を始めた。
「私も専門って訳じゃないけど、聖堂教会そのものに対する認識として、士郎はどんな感じ?」
「あー、確か異端審問会みたいなところだったっけ……?」
「ニュアンスは間違ってないわ。聖堂教会が旨とするのは、普遍的な宗教の教義に違反するコト。
例えば吸血種とかみたいな、あからさまにそういうのとかね。
それらを消し去り、神秘をあまねく管理することを宗とするのが聖堂教会。代行者っていうのは、その中のさらに『物理的な方法をとる』異端審問官。悪魔祓いならぬ悪魔殺し、救済を目的とするのでなく殲滅を良しとするってところ」
「穏やかじゃないな……」
「元来、悪魔祓いが祓うことしか出来ないのは、造り、壊すのを成すのが偉大なる存在に限られるからよ。だからそれらに代行して、超越者の成すような壊すことを行うから代行者っていうの。
ちなみに他にも騎士団とか、埋葬機関とか、秘蹟会とかがあるわね。たぶん覚えて居ないでしょうけど、似非神父がこっちに来てから所属してたのは秘蹟会の方。聖遺物の管理、回収が目的ね」
頭に入ってくるような、入ってこないような……。
ただどちらにしても、頭に留めておく必要はありそうだ。俺が将来的に、吸血鬼とかを相手取るようなこともあるのかもしれないし。
「それはそうとして、士郎。さっきのアレってアーチャーのイメージ? 二刀流とかそういうのは抜きにして」
あー、やっぱりわかるか。
「セイバーほどじゃないにしても、やり辛さっていうか、そういうところがね。
思えば今の士郎がこれなんだから、あんなになってもセイバーと渡り合っていた以上、独力でそこまで上り詰めたってことなのよね……」
そう感慨深げに、遠い目をしながら俺をみる遠坂。まるで今の自分についても言われているような気がして、気恥ずかしいやらばつが悪いやら、どんな顔をしたらいいか。とりあえず顔を背けて、上げることが出来ない。
と、道場の扉が開かれる。
「二人とも、夕ご飯の準備できました」
「あ、ありがとう桜」
「って、先輩!?」
倒れる俺に駆け寄る桜。大丈夫大丈夫と手で制して立ち上がると、桜はこれまた意外なほどの元気さを見せて、遠坂に噛み着いた。え?
「遠坂先輩! 倒れるのは流石にやりすぎです!」
「え? いやだって、武器と徒手空拳で戦う以上、どうしても徒手空拳の方が不利だから、どうしても一撃が重くなるのは仕方ないのよ。それは士郎だって折りこみ済みだし」
「そういうことじゃないんです!
いくら聖杯戦争が開けて一月経ったからって、先輩、まだ本調子じゃないんですから! どうしてそれなのに、わざわざ拳闘なんてするんですか!」
おっと! 桜、それ以上いけない。
え、と驚いた表情から一転して、遠坂が俺に詰めよる。
「士郎、あんたもしかして……。ちょっと脱ぎなさい、上」
「はぁ!?」「姉さん!!?」
「変な意味じゃないわよ、あ~もうやかましい!
ほら……。やっぱり、薄々やってるかもしれないとは思ってたけど、まさか本当にやっていたとは。そこまで士郎が莫迦じゃないと思ってたけど、やっぱり筋金入りなのね」
遠坂は無理やり俺の上着を脱がせると、露になった左腕を見て呆れたようにため息を付いた。
「大分変色が進んでるわね、アンタ。あれほど私の見ている前以外でやるなって言ってるのに、投影の練習なんてしてるの?
いい、もう一度言っておくわ。アンタは一度、『あっちの』影響を直接受けた。だからその投影には、本来、今の貴方が扱いきれないレベルのものが混じっている。誰かがフォローに回って精度とか、状態とかを観察しながら慣れて行くのが今の訓練段階よ。
そりゃ、貴方の『世界』はかつてに比べてクリアになってるでしょうし。回路だって正しく動作してるんだから、投影自体は上手くいくでしょ。
でも勘違いはしないこと。魔術なんて、簡単に術者の限界を超えてしまうもの。おいそれと回復できた、聖杯戦争の時とは勝手が違うんだから」
「すまん、それは、注意する」
「注意するだけじゃないの!
まったく……。桜、ちゃんとコイツのこと止めなさい? また無茶するから」
遠坂に怒っていた桜が一転して、今度はしきりに頷いていた。どうやら味方が居ないらしい。ちなみにイリヤはある程度黙認しているのか、俺の様子を見ても何も言わなかった。
「壊死はしてないみたいだけれど、感覚はあるの? 士郎」
「流石にそこまでやばかったら、遠坂に最初から見抜かれてるだろ? お前なんだかんだで俺のコトよく見てるんだし」
「そ、そりゃあ不甲斐ない弟子が何か失敗したら、師匠の責任だし」
「わ、私だって先輩のこと、ちゃんと見てます!」
「それについては反論ないわね。今後ともブレーキよろしく、桜」
「はい、遠坂先輩!」
嗚呼美しきかな姉妹仲。唯一の難点は、向かう先が明らかに俺を貫通しそうな勢いであるというくらいだ。
少し待ってなさい、とため息をついて、遠坂が席を外す。
必然、桜と二人きり。
……? なんだろう。桜がちらちらと俺の方を見ては視線を逸らす、を繰り返している。って、いや、流石にその視線に気付く。
「悪い桜。今、着替えるから」
「あ、いえ! そういうことじゃないんです、本当に……」
「?」
「……先輩、前はなかったのに、所々に傷が……」
いかにセイバーの鞘の効果で身体が治ろうとも、流石に傷跡のあたりの色実は少し異なる。それゆえにか、こうやって肌を直に見られると、かなりの傷跡が見受けられる。
といっても、よく目を凝らさないと判らないくらいなので、そういうことなら桜はやっぱり、俺をしっかり見てくれているのだろう。
「あんまり気分良くないだろ。ごめんな、これ」
「先輩……、やっぱり、聖杯戦争で?」
「だな。でも、別に大したことじゃない。セイバーのお陰で死ぬようなことはなかったし、何より、桜を助けられた。
またここに戻ってこれたんだから、こんな傷、大したことはない」
「え――――」
驚いたように硬直する桜。と、再び道場の戸が開けられ、遠坂が帰って来た。
「早いな。で、……何だ、それ」
「はい。今後、私がいないところで投影をするんなら、最低限これを左腕に巻きなさい」
手渡されたそれは、赤い帯のような布だった。どことなく、何故か見覚えがあるような、ないような。
「綺礼の遺品ってことで、使えそうだからかっぱらってきたわ。
「……なんで左腕なんだ? いや、色が変色してるからっていうのは、なんとなくわかるけど」
「んー、話を聞く限り、貴方に干渉したボブの――――」
「それは、止めてくれ。本気で止めてくれ」
正体を知ってからだと、そのいじられ方は居たたまれなさ過ぎる。
「あら、じゃあデトロイト被れの方がいい?」
「どっちもどっちだ」
俺と遠坂のやりとりに、桜が疑問符を浮かべているが、説明するつもりはない。そんな、未来の自分の名誉のために足掻いている過去の自分のことなんで、誇れるようなことでもないのだ。
「まぁともかく。アイツが貴方に干渉した時、左肩に手をおいたって言ったでしょ? だからたぶん、発露の仕方に偏りが出たんじゃないかしら。左肩が起点になった分、世界の側に『貴方の世界』が発露する際、左を経由するんでしょう。
その証拠に、士郎。右腕の方はなんともなかったでしょ?」
「確かにそうだけど……」
「だから、一旦はこれを使いなさい。本物のアーチャーの投影とかに耐えられるほどではないにしろ、今の士郎くらいだったら、普通の投影の影響を最小限におさえてくれるはずだから」
ただし、と注釈をつける遠坂。
「原則は私か、イリヤが見ている前ですること。影響を抑えられるだけであって、あくまで根本的な解決じゃないんだから。そんな状態で無茶な投影を繰り返したら、言うまでもないわね?」
「りょ、了解……」
ともあれ、そんな流れで居間、夕食に向かう。
今日は朝夕二回とも、桜に手間をかけてしまって申し訳ない……。しかし、夜用に事前に仕込んでいた煮魚と味付け卵を上手い事とり回してくれているあたりは、流石に阿吽の呼吸というところだ。
ほんのりゆずの香りがするのにおっかなびっくりな遠坂と、そんな様子にちょっと楽しげな桜。
何となしにテレビを付けると、ローカルなグルメ系の番組が流れていた。
「鍾馗か。あそこのお好み焼き、しばらく食べてないなそういえば……」
「藤村先生、一度お好み焼きを作るのに失敗してから執念燃やしてますからね」
「何、食べに行くと文句でも言われるの?」
「食べるに食べられんというか、話を聞かれて涙目になるというか……」
「あー、なるほど。確かに、いじめっ子みたいな感じになるのは嫌よね」
……。え?
あの、遠坂さん?
「……何よその目。言いたい事があるならはっきりしなさい、はっきり」
「あ、いや、なんでもない。
……というか、あれ、これって氷室だったっけか?」
「沙条さんまでいるじゃない。世間って狭いわねぇ」
テレビでは、見覚えのある女子生徒二人が、メガネを曇らせながらお好み焼きを食べている。……と、その奥でカレーもんじゃ的な何かをつまんでいるメガネの女性と、テレビ画面内だけでもメガネ率100%だった。誰かの陰謀だろうか。
――――と。
「やーただいまただいまー。意外と会議長引いちゃって~。
士郎、ごはん!」
「お帰り、藤ねえ」
「「お疲れさまです、藤村先生」」
おっと、恐ろしいほどユニゾンする桜と遠坂。
桜から手渡されたご飯を受け取ると、きょとん、と、首を傾げる藤ねえ。
目の前の光景に違和感を抱いているのに、それが何かわからずもやっとしているような。そんな様子のまましばらく食べて。一杯ちょうど平らげるくらいにしてから、俺に耳打ちした。
「って、どーしてこんな時間に遠坂さんが士郎んとこにいるのかーーーーーー!!!!」
――――タイガー、緊急警報。
という、耳! 耳がッ!
「どうしてって、衛宮くんの家で、可愛い後輩の桜の夕食をご馳走されてるのですが。
そういう藤村先生こそ、勝手知ったる様子だとは思いますが、チャイムもならさないのはどうなのかと」
「うっ……、わたしは、この家の監督役なんです。
それに、衛宮くんとはお父さんから任されてるから、家族も同然なのっ!」
例のうわさのせいか、藤ねえの遠坂に対する警戒度は高い。
「そうなんですか。では改めて。
お邪魔しています藤村先生。本日は一緒に帰ってきて、衛宮くんの『勉強』を見てました。
夕食後、ほどなく帰るのでご容赦ください」
「むむぅ。そ、そんな真面目で礼儀正しい女の子アピールなんてしたって、先生は騙されないんですからねっ!」
ふしゃーといわんばかりの藤ねえの様子に、しかし余裕をもって優雅に微笑むあかいあくま。一体何を企んでいるのかという点では怖いところだが、下手に口を挟むと藪から出てくる蛇を虎がキャッチしてしまう。
まぁ、藤ねえさえ当然のようにひらりとかわす遠坂である。
その後のやりとり、結末は語るべくもない。
「的確に急所をついてくるその攻撃スタイル……、くぅ、こんなボクサータイプな教え子だとは思わなかったよぅ」
「なんだよボクサータイプって……」
色々とツッコミを入れたいところはあったものの、夕食が終わるとその虎対あくまという異種格闘技も一旦終了とあいなり。
玄関まで見送りに行く俺と桜。
「じゃあ、士郎は今日言った事を充分注意すること。桜も注意しなさい。
それと」
「?」
「――――士郎。明日デートいかない?」
「「ええ!?」」
どうしてこのタイミングで、そんな火種を投下して来るのか。
桜「ダメです! 絶・対・ダメ――――!!!!」
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サンド☆Witch★ガンド! その3
「で、デートって、俺と遠坂が!?」
「そこまで驚くこと? 大体、今でも学校で二人きりで昼食とることだってあるじゃない。魔術関係の話をするときは人払いもするわけだし」
「いや、だけど――」
これは、そういう問題じゃない。何か言い返してやりたいところなんだが、あんまりにも堂々とされすぎていて言葉が出てこない。
いや、そもそも普段二人きりになるっていったって、聖杯戦争の時の延長上のような感覚が続いているので、そんなに意識しないで済んでいるというのはあるのだけれど。自主的というか、主体的に遊びに行こうなんて誘われるとかは、完全に想定していなかったというのもあってか、思考が沸騰している。
元々、遠坂には憧れていた部分があるので、気恥ずかしさを覚えない訳はない。
「大体、どこに何しにいくってんだ?」
「隣街までよ。買い出しって言っておけば、まぁ、藤村先生からのツッコミもかわせるんじゃないかなってー」
「いや穴だらけだろ、いくら何でも……。というか、どうしてまずデートなんて」
「そういう気分だから。別に構わないでしょ?」
「そんなのダメーーーー!!!!」
――――ッ!? だから、耳がっ!
藤ねえのような叫びを上げる桜に、両耳を押さえる俺。普段ならそれを気遣う立場は桜のはずなのだけれど、どうしてか余裕がないのか、俺の様子など完全にスルーの様子。
「ダメです、ダメですったら!
姉さんとデートなんて、そんなの、絶対ダメーーーー!!!!」
桜は何故か、猛烈な勢いで遠坂に詰めよる。
と、それに対して遠坂は微笑んで。
「ああ、じゃあ桜も来る?」
あまりに軽い様子でそう返すものだから、俺も桜も呆然としてしまった。
「イリヤまで居ると流石に大所帯だから難しいけれど、三人くらいならいいんじゃないかしら。
それに桜がいれば、藤村先生への言い訳も少し楽だしね」
「え、えっと……? 遠坂先輩、なんで……?」
「あら、桜は士郎とデートするのはいやなの?」
「――――!? い、いえ、そういうことを言ってるんじゃありません!」
「ならいいんじゃない?
士郎も、桜とデートしたいでしょ?」
その聞き方は、遥か遠き妖精の国に膨大な誤解を与えてしまう表現なので、どうにかしてもらいたい。
いや、まぁ、遠坂と出かけるというのとは別なベクトルで意識してしまうこともあるが……。
「じゃ、明日の朝早くに来るから。ちゃんと準備しておいてね」
爆弾を落とすだけ落として、そのままひらりと手を振る遠坂。扉を抜けた後「どうしたの桜ちゃん? すっごい大声だったけど」と藤ねえが現れるまで、俺達は何も言えなかった。
「……すまない桜。ちょっと、説得してくる」
「え? 先輩!?」
「藤ねえはそれとなく頼む!」
「あ、ちょっと士郎! 何よその扱いは――――」
桜に一度断りを入れて、走る。
追いついた先の遠坂は、まるでこちらが来るのを判っていたように、電柱に背を預けていた。
「あら、まだ何か用事?」
「待ち伏せしていたヤツの台詞じゃないだろ、それ」
「でしょうね。だって、狙ってやったことだし。ここまでくれば、桜には聞こえないでしょうしね」
くすくすと笑いながら、でも、遠坂はすぐに目を細めて、真面目な表情になった。
「……何だ、デートって、こうやって俺を釣り出すための口実か?」
「正確にはちょっと違うかしら。デートに行くつもりがあるのは本当だし。
ただ、主目的が違うのよ。士郎と遊びにいくのも目的ではあるけど、桜と遊びに行くのも目的だったから」
「えぇ……っと、つまり、はじめから三人で出かけるつもりだったと?」
「正解!」
少しだけ楽しげに微笑む遠坂。だったら、はじめからそういえばいいだろうに……。
「だって、そうしたら士郎と二人っきりで話が出来ないじゃない」
「あー、つまり、わざとああいう言い方をしたのは事実と。でもデートには出かけるのは確定事項と……。
なんでさ、一体何がしたいんだよお前」
「んー、こういう言い方は変かもしれないけど、桜の様子を見たくてね」
「?」
「正確には――――『あの後』の桜を見たいのよ」
遠坂が言ったそれが、何を指し示しているのかはなんとなく察した。
「最初はあんまり意識してなかったんだけれど、桜と話してると、たまーに様子が変っていうか。ぼうっとしてるっていうか、熱っぽいときがあるっていうか。
すぐに元通りにはなるんだけど、やっぱり一度バランスが崩れたっていうのが大きいじゃない? いくら綺礼が施術したとはいえ、完全に排除はしきれていない。だったら、何か不調が起きていてもおかしくないと思うのよ」
「…………」
「何か心当たりでもあるの? 士郎」
「いや。
でも、だったらやっぱり、ちゃんと本人に言うべきだぞ。それ。あれじゃ桜とまたこじれるだろ」
「仕方ないじゃない。私は遠坂で、桜は間桐なんだし。
いくら姉妹だって言ったって……、そこのしきたりはあるんだから。私から積極的に、桜をまとめてっていうのは言えないのよ」
つまり……、桜が俺の付属品みたいな扱いである、という流れになって、はじめて遠坂的に誘うことができるということか。
しかし、なんでそんな回りくどい……。
「仕方ないじゃない! 私も桜も立場は後継者なんだから。その時点で家族とか、そういう縁は切れてるのよ。
だから学校で桜と最初に話しかけるのだって、かなり苦労したんだから」
「……そこの事情はよく判らないが、まぁ、わかったってことにする。
考えれば、臓硯の虫が桜を監視してるんだったな。そういう理由でも、遠坂が警戒するのは当たり前か」
言うなれば、遠坂は桜の様子を、外に連れ出して観察しようとしているのだ。間桐臓硯の側からすれば、あまり気分の良い話ではないだろう。それを、遊びに連れ出すという名目で、しかもある程度桜から自発的に行動させることで、カモフラージュすることが出来る。
相手も一応は保護者というか、PTAとかではきちんと仕事はしているのだから、子供同士が遊ぶという風な建前がある以上は、能動的に止めはしないだろう(実際、桜の居候を認めたのは臓硯だったのだから)。
「……そこまでは、考えてなかったけれど」
と思ったら、そういう肝心なところでいつも抜けているクセが発動していたらしかった。いや、それが悪い方向に働いていないから、今回はいいんじゃないだろうか。
「じゃ、せいぜい楽しみにしてなさい」
そう得意げに胸を張る遠坂は、いい姉なのかもしれなかった。
※
「――――
イメージするのは、常に最強の自分――――。
両手に持つは、黒と白の夫婦剣。根本的な骨子の理解が甘いと知ってから、武器そのものについて調べるようになった。するとどうだろう、一つだけ確実にわかったことがある。黒く壊れたあの俺は、きっと作り手に対する敬意なんて微塵も抱けなかったのだろう。
だってたった2月といえど、あれから大部分のアイツの記憶が抜け落ちた俺でさえ、時折、こんな効率的でないことをやって何になるという思考が過ぎる。大量の剣を見て、中身がスカスカだろうと
だが、そういう問題じゃないという認識がどこかにある。――――俺はあいつとは別な道を選ぶと決めたのだから。だったら、まずは今見えているものを、見えているなりに極めるところから始めるべきだろう。
……まぁ、遠坂たちにバレたらきっと相当なペナルティなんだろうけど。
いや、それは別にしても、腕に巻いたこの聖骸布、思っていた以上に効果がある。解析の段階でも、アーチャーに流し込まれる以前に近い感覚で行えたのだ。投影は若干痛みが走る程度に抑えられている。この調子なら、そのうち痛みもなくなってくれるのではないだろうか。
「――――先輩」
深夜。土蔵で鍛錬している最中だっていうのに。桜は朝のように、俺にそう声をかける。
慌てて剣を隠して見上げると、桜はゆらゆらとこちらに近寄ってきた。
様子はおかしい。私服、といっても藤ねえのお古を着まわしているらしいのだけれど。この様子は……嗚呼、またあれか。
「先輩、また、私――――」
高熱にうなされている様に、足取りは不安定。転び掛けるのを、剣を手放して抱き止める。心なし、こういう突発的なことに慣れたしまった変化が、なんとも複雑だった。
桜の具合が悪い理由を、俺は知っている。
あれは、聖杯戦争が終わって一週間も経たなかったころ――――シンジに桜を預かってくれと打診された直後のこと。
イリヤも藤ねえも寝静まった折、桜は俺の部屋に来て、同じように倒れた。
普段の桜らしくないほど、艶やに見えるその様子。本人がどれほど拒否をしたのだとしても、桜は本能的に、それを拒否することが出来ない。
だから、当たり前のように、俺は指先を少し切る。
流れる血を差し出すと――――桜は口にふくみ、舌でなめる。
わずかに呑むだけで、桜の身体が落ち着き、熱のようなそれじゃない、人間的な温かみを帯びてくる。
初めての時は驚かされたけれども。流石にかれこれ二月もこうだと、勝手みたいなものがわかってくる。
最初、桜は拒否していた。泣きそうになりながら言った。
血筋の違う遠坂桜を、間桐の魔術師として仕立て上げるためには、あの老人は桜の身体を改造した。結果として、桜は恒常的に、体内の虫に魔力を――――生命力を食われている。
それにより桜は間桐の魔術回路じみたそれを体内に成す事に成功しているのだけれど。成功させられているのだけれども。結果として、魔力が足りずにこう不安定になる。
魔術師の身体――特に体液は、よく魔力が溶けている。
イリヤを血は飲めないと。呑んではいけないと。あんなか細いイリヤから血をもらおうということは、性格的に出来なかったらしく。最終的に俺の方に来るようになっていた。
桜の身体には、未だに爆弾がある。ひとたび起動すれば、遠坂が義務として桜を殺しにかかるくらいには、大きな爆弾が。
「すみません、先輩……」
いいって、と笑い掛けても、桜の表情は浮かない。
「前は、押さえられていたんですけど、でも……」
「やっぱり、一度暴走したのが原因か?」
「そっちはもう、大丈夫なんですけど……、いえ、根源的には一緒なんですけど……。
こんなのだと、姉さんに嫌われてしまいますよね」
「なんでさ?」
「……魔術は基本的に、用途を定めないものでしょ? 何をもって何を成すか、というところまでは限定されていない。
けど間桐の魔術は違います。これは、最初から”他人から奪う”ことに限定されてるんです。他人の痛みしか糧にせず、喜びを還元する教えがない」
「……桜、それは――――」
二の句が告げなかった。
嗚呼、そういえば言っていたか。魔術師から生命力さえもらえれば、手段は本来なんでも良いのだと。俺の血液だってその手段の一つなんだから、他者から奪うという思想が根底にある以上、その流れも必然なのか。
ただ、その話を妙に遠くから、冷静に眺めている自分がいる。
俺の胸元にのの字を書いて、桜は寂しげに微笑む。
「あ、でも、そんな顔しないでください。教えは厳しかったし、決して愉快なものではなかったけれど、先輩が思ってるほど辛いものではなかったですから。
それに……、辛さで言ったら、先輩には適いません」
「俺?」
「今でこそ、まっとうな修練になっているけれど……、以前の先輩がどんな修練をしていたか、見ちゃったこと、あるんです」
「それは、また……。あー、その、見た感想とか、どうかな。
いやその、親父以外で初めてあの鍛錬を見てもらったっていう感じだし、ちょっと気になるっていうか」
桜は満面の笑みを浮かべた。……苦笑いだった。
「えーっと……」
「……何、それは、赤ということでいらっしゃいますでしょうか?」
「あはは、それなら、姉さんのイメージカラー並といえるでしょうねー」
真紅。真っ赤か。まいったぞ、姉貴に似ていないようで充分姉妹じゃないか、桜や。
「けれど、わたし、一度しか見てないんです。怖くて怖くて、もう見てられなかった」
「怖くて?」
「何度も何度も止めなくっちゃって思ってました。
先輩の鍛錬は……、自分で自分の喉に剣を刺しているような。そう言えるくらい、危険なものでした。
魔術は体に覚えさせるもの。……決して、毎回、そのためだけに回路を発現させるものじゃありません」
「……そりゃ、そうだな。遠坂からスイッチを入れるって教わるまで、そういう考えはなかったな……」
なんとなく、おぼろげだけれど理解はできる。切嗣が何故そんな無茶苦茶なことを俺に教え込んだのか。
きっと俺は、あれから生き延びて居なければ、その痛みで投げ出したはずだ。投げ出さずに続けたのだとしても、聖杯戦争が起こらなければきっと、ずっとそれだけを続けていて。
そうすれば、どうあがいても魔術師らしい魔術師にはなれない。
俺が魔術師になることに反対していた親父らしいといえば親父らしい。
自分を殺すようなそれを毎晩、誰のためでもなく行い続けた。頑なに、ずっと一人きりで。
善悪どちらだろうと、一度心に誓ったことは最後まで守り通す。
「だから、私や姉さんなんかより、先輩は強いんです。それは魔術回路でも魔術特性でもなくて、心の在り方が純粋だから。
そんなの、実は出会った時からわかってたんですよ?」
「ぁ――――その、」
そんな顔でしんみり言われたら、反論とかが出てこない。照れながらなんていい返したのかわからないけど、桜は嬉しそうに微笑んで、まっすぐ俺を見つめている。
「ですから、先輩――――」
土蔵からの去り際。
「私がもし悪い子になったら――――先輩が、止めてください」
その言葉を、少しだけ寂しそうに言った。
桜 士郎 凛
というサンドウィッチ
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Don't 振り返る若さ! その1
?ビ?「あっ」
?ビ?「奇遇ね」
ザ??「うん」
?ビ?「……ひょっとして、私達って前世本当に双子だったりするのかしら」
ザ??「よくわからないけど、ここまで発想が近いとむしろ同一人物とかの方がしっくり来るのでは?」
「士郎?」
「――――――?」
土蔵にて。いつものごとく桜が起こしに来たのかと思って目を開けると、そこには遠坂が居た。
おかしいな。なんだろうこの光景は。さらりとこちらを見下ろして、不機嫌そうに半眼の遠坂。
ぼうっとした頭で二三度瞬きし、嗚呼夢か、と再度瞼を閉じる。
「――――って、何二度寝しようとしてんのよ、アンタ!」
「おわ!?」
背筋に電流が走るような痛みを感じて、思わず立ち上がる。と、遠坂はそのまま俺の襟元を引き寄せて、鼻先がくっつきそうになるくらいの距離で怒鳴ってきた。
「アンタ、だから性懲りもなくまた投影してんでしょ! これ以上やるっていうのなら、私にも考えがあるんだから、覚悟しなさい!」
「こ、これ以上て一体――――」
と。ここで段々と頭がはっきりしてきて、今の状況が夢でもなんでもないという認識が出来る。遠坂との顔の距離の近さに、感じる感触とかに飛び退きそうになって、でも遠坂がそれを許しはしない。
「だ、大体遠坂、どうして!?」
「何、私が起こしに来たことがそんなに変だってこと?」
「いや、そういう訳じゃ……、いや、そういう訳だけど」
「言ってる事前後で矛盾してるじゃない。士郎、寝ぼけてる?
簡単に言うと、桜が藤村先生の朝食準備しているのを見計らって、暇だから来たのよ。そしたらこのザマなんだから、そりゃ怒りもするわよ」
言われて周囲を見渡せば、大量の干将莫耶の山。
そういえば、投影するだけ投影して、そのまま力尽きたんだっけか……。
「まぁ、それについてはもういいわ。後々どんなに後悔しても仕方ないようなことにしてあげるから」
「なんでさ。いや、その、出来る限り周囲への被害が少ないやつで頼む……」
「大丈夫よ。それくらいは士郎の甲斐性でなんとかなる程度にはしてあげるから。
でも、桜が寝た後にされてちゃ、流石に難しいわね……」
ぶつぶつと何かを検討しているらしい遠坂。その恐ろしい光景は別にして、俺は抱いた違和感の正体に気付く。
つまるところ、なんで朝に弱い遠坂がこんなに早くこっちに来ているのかということ。ひょっとして徹夜でもしたのだろうか。
「あ、そういえば。さっきリーゼリットから電話きてたわよ」
「リズから?」
「うん。確か……」
一度咳払いをしてから両手を合わせてスカートの手前におき、無表情になって遠坂は言った。
「イリヤ、逃げ出せなかった。
セラ、新しい作戦を立てた。イリヤも、しょけん。私もしょけんだから、かわせなかった」
「……似てるな、意外と」
こういう小芝居には、何故か結構力を入れる遠坂だった。
それはともかく、そんな訳で。
朝食と書置きを残して早々に移動を開始した結果、時刻は未だ十時を周っていない。
明らかに不慣れな俺や桜に、遠坂は得意げに笑った。
「とりあえず、桜、行きたい所とかある?」
「へ!? わ、私は……、先輩が行きたい所だったら」
「ふぅん。じゃあ、士郎は意見ないわね?」
俺に意見を窺わないあたりが、流石に遠坂だと思う。というか、既にそこら辺全く慣れてないあたりは把握されているとみていいだろう。
と思っていたら。
「あら、そうでもないかしら。セイバーとデートした時、そういえば士郎が一応先頭だったのよね。
面白かったところとかってある?」
「んな!?」「ええ!?」
唐突に、今まであえて意識してなかったような話題を出す遠坂と。それに何故か過剰に反応する桜。「あら知らなかった?」みたいな軽いノリで、桜にセイバーと俺がデートしたコトを明かす遠坂。
「うそ、先輩……」
「じゃ、そういうことなら士郎に先導してもらうかしら」
「出来るか、この状況で!?
だ、大体、あの時だってそもそも、俺もセイバーも全然なれてなくてだな……」
「その割にはセイバーの部屋にあったライオンのぬいぐるみを持ってきてるわね。たぶん、セイバーの代理ってことなんでしょ?」
代理って言い方は絶対意味が違うとは思うが、まぁ、その意見は否定できない。
実際、あの時買ったこのぬいぐるみを持ってきているのは、セイバーも一緒に遊びに連れていってやりたかったという俺の意思の現れに違いはないのだから。
「ま、そういうことなら二人とも、私の意見には絶対服従ってことでいいわよね?」
「物騒な言い方するなよ……」
「ぜ、絶対って言っても限度がありますから!」
「あら、それくらいは当然じゃない。二人とも私のサーヴァントじゃないんだし、百パーセント本気にはできないでしょ」
「……」
つまりなにか? こいつのサーヴァントの場合は、本当に絶対服従だってことか。
今更ながら、あのアーチャーがよく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた理由に思い当たる。この何とも言えない心境は、あいつと今の俺とで完全に共有されたことだろう。
「じゃ、行くわよ? ほら桜も反対側を」
「は? 何を――――って、えぇ!?」
遠坂が唐突に、俺の左腕に抱き着いて来る。呆然としてる俺と桜。だったがやがて何かを察したように、決意を表情に秘めて桜がその反対側の腕に抱き付く。
「こ、これでいいですね遠坂先輩!」
「ちょ、二人とも何やって――――」
「こうしてると宇宙人の写真みたいよね。
じゃ、とりあえず直進ね」
そんな風に連行されるかのごとく、本日のデート? ははじまった。
一番最初に服を見て周る事に。
……、早速だが俺の場違い感がすごい。別に女物専門店という訳じゃないのだけれど、桜と遠坂が楽しそうにしているのを目の当たりにして、こう、反応がうまいこととれない。
「でも先輩、基本的に予算で服を選んでいますから……」
「最大のネックはそこなのね。そりゃ経済的でしょうけど、デート服くらいはちゃんとしたものを選びたいわよね」
「ええ!? えっと……」
「桜はそういう意見、もっとはっきり言っていいのよ?」
「遠坂先輩……」
「だそうよ、士郎」
「って俺の話か、今の!?」
「ほら、これなんか似合うんじゃない? チョイ悪みたいな感じで」
「なんで上から下まで完全に黒一色なんだよ!? いや、まぁ格好良い気はするけど……」
「遠坂先輩、これは胸元がちょっと……」
「あら、この着こなしがいいんじゃない。桜も、士郎の鎖骨が見えた方がおいしいでしょ?」
「遠坂先輩!?」
「いや、何の話をしてるんだよそれ……」
と。遠坂たちの服を選ぶより、俺が着せ替え人形と化すという混沌とした事態が発生する。
それだけで消費時間は二時間近く。小さい頃、藤ねえに引っ張られて親父と一緒に周ったときを思い出す。
げんなりしたい心境をやせ我慢して、二人に連れられ。
「で、喫茶店か……」
対面の席に遠坂と桜。それぞれスポンジオレンジとマンゴーラッシュ、あと座席中央にデビルズサンデーが鎮座しているというこの状況。一人黙々とサンドウィッチを齧っている俺に対して、遠坂は余裕そうな表情。
「先輩、大丈夫ですか?」
桜の気遣う表情に、大丈夫と笑う。
気疲れして気落ちしてる訳ではないのだが、ただ単純に、セイバーと昼食をとったときのことを思い出してしまうというだけで。
ちなみに俺の右横には、ライオンのぬいぐるみと一緒に、セイバーがかつて頼んだスポンジオレンジが一つ。
「ほら、士郎も一口。
あーん――――」
「と、遠坂先輩!?」
「あ、ごめんごめん桜。ほら桜も一緒にスプーン持って」
「え? あ、えっと……、え、え、は、はい!
先輩? あ、あ~ん……」
眼前に迫る長いスプーンと、そこに乗ったケーキとマンゴー相手にどうしろというのか。
いや、食べたけど。混乱して判断力の低下した脳みそには、辛うじて甘いくらいしか認識できなかった。
昼食の後も色々出回ったけど、目立つ目立つ。
そこそこヒトの居る駅前。本屋に入ったり、クレープ買ったり、またショッピングモールに入ったり、雑貨を見たり……。朝一番みたいに両腕に抱きつかれはしなかったが、しかしそれでも目立つ目立つ。遠坂の色合いが赤で目立つというのもあるけれど、それ以上に、二人そろって明らかに美人なのだ。姉妹だから当然といえば当然かもしれないが……、後々のことが少し怖い気もしないではないような。
でも、とりあえず桜が楽しめているのなら良いだろうと判断する。
「どう?」
そんな風に眼鏡ショップ内で、くいっとメガネをかける遠坂。赤い、フレームが上についていないそれは、たまに遠坂がかける先生風のそれとも違って似合っている。
似合っているが、ストレートに褒められるだけの余裕は既にない。
「桜はこれかしら。こう……、うん、知的知的! いいじゃない、ナース服とかも似合いそう」
「それ、コスプレになってますから!
あの、どうですか先輩?」
「う……、似合ってる、と思うけど……」
こう、教師風の格好とかも似合うような気がする。
なにせ普段から真面目というか、品行方正な桜なのだ。メガネをかけると、こう委員長的な気質が出ているような気がする。くしくもそれは、セイバーとかに装備させても同様の印象を抱くということだろう。
じゃあ士郎はどれかしら、と桜と遠坂が二人そろって探し始めた瞬間のことだった。
「――――では、衛宮先輩にはこれを推します」
ぬっと、背後から現れた手が俺にメガネを一つかけさせた。黒いフレームのそれを見て、遠坂と桜が絶句。
「な……、すごい、冗談抜きで似合ってる。っていうか……っ」
「先輩、これは……は、反則です! こんなのダメです!」
明らかに二人の反応が過剰だ。
「っていうか、貴女、えっと……」
「霧島です」
そして、再びぬっと、俺の背後から現れた彼女。生徒会の現書記である霧島だった。
ちなみに彼もいます、と指を指せば、その先のベンチの上で、いつものように副会長たる角隅がうつらうつらしていた。
「あら、デート?」
「いえいえ。生徒会の仕事終わりに完全に別れて、寄り道をしたらたまたま合流しただけです。その後に寄ろうとしていた目的地も一緒だったので、たまたまです」
「やっぱり息ぴったりなんじゃない、あなた達……」
「それはともかく、衛宮先輩も隅におけませんね。遠坂先輩は噂に上がっていましたけど、まさから間桐さんまでとは……。ぬふふ、軽く爆ぜれば良いと思います」
「いや、そういうんじゃないからな? というか爆ぜろって……?」
なんだろう、その数年後にでも流行りそうな言い回しは。
あんまり詳しい話、例えば遠坂と桜が実は姉妹だとか、そういう話を突っ込むわけにもいかないので、どうしても説明は要領を得ないものになってしまうのだけれど。
一旦メガネを外そうとすると、しかし突如、霧島がストップをかけた。……いや、なんでさその、愕然とした表情は。
「ダメです、外さないで下さい、というか外すな、それがないと魅力が9割消えてしまいます!」
「口調滅茶苦茶になってるぞ……。というかそれ、ほとんど眼鏡の魅力じゃないのか?」
「今後もそれを着けてくださるというのなら、別に私を先輩に捧げても構わないレベルで似合ってますから!」
何だその、俺が眼鏡をかけることに対する妙な食いつきっぷりは。
というか、女の子がそういうこと言っちゃいけません。
「それはダメー!」
桜からも当然のようにストップがかかると、霧島さんは口元を「ω」みたいなようにして、ぬふふ、と笑った。
「しかしお二人とも、多少は私の意見に同意するところがあるのでは?」
「「…………」」
いや、なんでそこで黙るのか。何だろうその眼鏡への愛は、誰かの陰謀でも働いているのだろうか。
その後、角隅くんが「邪魔になるから」と彼女を引きつれて離れてくれたので、再び遠坂が主導権を握るコトに。
と、そんなタイミングで空は雨天。
「あー、これじゃ出歩けないわね」
「残念です」
「急に雨か。弱ったな、傘とか準備してなかったぞ?」
「んー、さっきの家電ショップのテレビいわく、もっと遅くなれば晴れるみたいだし……。
あ、じゃあこういうのはどう?」
そう言って遠坂が指差したのは、珍しくヒトの少ない映画館だった。
……不意に、セイバーのデートの時には寄らなかったなーという記憶が過ぎる。
「俺はいいけど、藤ねえに連絡入れないとな。
どれくらいのやつを見るか?」
「んー、桜どれが見たいとかあるかしら・」
「へ? えっと、じゃあ……」
そういって、桜が指差したのは……、明らかにホラー映画だった。日本のホラー映画で、呪われた家屋が出てくるらしいってやつの。
はて、桜、そういうのが好みだっただろうかと、ロードショーを見てるときの桜の趣味を頭の中で検索する。
「…………桜、露骨すぎない?」
「へ? な、何のことですか!?」
「いや、士郎はいまいち気付いてないみたいだけど……。ま、いいわ。
じゃあ行きましょうか」
そんな風にして、俺達は映画館に入る運びとなったのだが……。遠坂がいやな感じに笑いながら顔を手で覆っているあたり、また絶対、変なコト考えていやがるな、これは。
まぁそう思ったところで、現時点で俺が理解できなきゃ、回避する術はないのだけれど。
虎「切嗣さん、士郎ったらなまいきにもデートなんてしてるのよー。ちゃんと成長してるって反面、ちょっと寂しいかなー」微笑みながら、墓に線香をあげ手を合わせる。
虎「さて、帰りますか……って、あら?」
メリィ「た、助け……ッ」森の方から現れる。
虎(?)「――――ダメにゃ。君は既に一度、グレーを突破しているニャ」ネコミミを生やし、かなり冷徹な目で。
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Don't 振り返る若さ! その2
「あの、ね――――遠坂先輩、夕食はみんなでつつけるようなものにしようと思うんですが、苦手なものとかありますか?」
「特には。んー、じゃ私、麻婆豆腐でも作るから」
デート終わり、雨上がりに帰宅すると、当然のように夕食の準備に参加する遠坂。本日どうやら俺の出番もないようなので、久々に居間でテレビを眺めてる。
そんな光景を藤ねえもまた珍しそうに見て、そして俺に耳打ちした。
「士郎、あれ大丈夫なの? 桜ちゃん、緊張してるみたいじゃない。遠坂さんのこと。
主に外敵として」
なんでさ。
「外敵ってことはないだろ。少なくともあの二人、仲は良いほうだぞ?」
「その割りにはぴりぴりしてるじゃない。野生のカンを使うまでもなく」
いや、どっちかといえばピリピリしてるのは藤ねえの方というか。遠坂に口で勝てないとわかってから、ことあるごとにトゲを放つ辺り、新種の怪獣か何かだろうか。
「特におかしな流れもなかったしな。遠坂が、せっかくだし何か作ろうかといって、桜がそれは私の仕事だーって言って。だったら二人そろって作ってみたらって流れになったんだ」
「それ、提案者は士郎でしょ。そりゃ二人とも逃げられないか……。
っていうか遠坂さん。本格的に衛宮入り狙ってる?」
「知らないって。っていうか何さ、その、衛宮入りって」
「説明しよう! 衛宮入りとは!
主に今の桜ちゃんや私のような状態のことを指すのだ」
単なる居候ってことらしい。藤ねえの発言により、謎単語がマテリアルに追加されるかされないか、この俺には確認する術はない。
それはともかく。
「でも桜ちゃんやり辛いんじゃないの? 士郎だって、自分のなわばりに知らない獣が『がおー!』って陣取っていたら、決闘挑みたくならない?」
「ならない。なんでもかんでも、そうやって野生動物みたいに考えるの藤ねえくらいだぞ?
それに、桜は遠坂を姉のように慕ってるんだ。うまくいかないわけはない」
「んん~、どれどれ?」
俺の発言に思うところがあったのか、藤ねえは二人の様子を観察する。
「……あら本当。遠坂さん、ツンツンしてるけど桜ちゃんのこと、すごく気に掛けてるわね」
「で、桜は桜でそれが気になって、いつもはしないミスをしてる」
いつも以上にぶっきらぼうな振る舞いをする遠坂と、細かいミスをいちいち指摘され続ける桜。
「あ~、なんか、昔の士郎思いだすな~。いじめっ子の女の子に喧嘩挑んだときみたいな。あれも仲良くなりたかったけど、恥ずかしかったからああしてた感じだし。女の子の方が」
「すまん、記憶にない」
ただ、藤ねえの言ってることは大体間違ってない。つまるところ、二人そろって仲良くなりたいのだけど、そのきっかけがないというか、恥ずかしいのだ。
遠坂に好きになってもらいたい、嫌われたくない桜と。そんな桜に姉らしく振舞いたい遠坂。
「でも、そういうところは不器用なのね、遠坂さんって。
いや、年齢相応ってところかしら」
「でも会話が長く続かないな。……おーい桜! ちょっとこっち来てくれ!」
遠坂と話し合ってる最中、話題を継続できずちょっと寂しそうな桜に声をかける。丁度、炒め物の順番的に少し余裕がありそうというのを見計らってだったので、特に問題なく廊下に着いてきてくれる。
一方、藤ねえはといえば、いつもの動物的な悪巧みを思いついたような表情をしつつも、俺の好きなようにさせている。大方、俺の好きなようにさせて、遠坂の弱味? でも握れればとか考えているんだろう。
「先輩、外に何かあるんですか?」
「ちょっと内緒話な。遠坂には聞こえないことが重要」
「姉さんには言えないコト?」
「ああ。作戦を一つ与えよう、軍曹」
「ぐ……? は、りょ、了解であります、隊長!」
こうしてちゃんと小芝居に乗って来てくれるあたり、桜もまだまだ余裕のようだ。
与えた作戦は大したものじゃない。だが、反応からしてこっちが思っていた以上に恥ずかしがりやなリアクションだった、
こう、遠坂は自分のことに関してはすごく鈍感だし、だからこそ桜の意思をめいいっぱい伝えてやらないと、まず自覚しない。だからこれは、そのための第一撃。
お互いがお互いを想いあっているということを理解させるために、必要なのだから。
居間に戻ってきた俺に「さって、お手並み拝見っかな~」と白々しいく小声で言いながら、わくわくとキッチンの方を観察する藤ねえ。どうせうまくいくに決まってる。
案の定。
「――――あの、やっぱりおかしいですか? 姉さん」
「お――――お、おかしいコトなんてないけど、そういう風に、呼ばれたことないから驚いただけよ」
顔を赤くして、にやつきを隠しきれないでいる様子が、背中を向けていてもありありと想像できる。ただ桜が「姉さん」と呼ぶようになっただけだが、これもまた効果的面で。
「青春してるわねー。しかし、遠坂さんそういう趣味があったとは……」
「違いますからね? 藤村先生」
そして、あかいあくまはどうやら当然のように地獄耳を装備していたらしい。
※
「じゃ、しろー! 遠坂さんちゃんと送っていくのよー!」
ことの他、タイガーは文句を言わずに俺が遠坂を見送るのに文句を言わなかった。聖杯戦争のときのような異常事態は起こっていないものの、されどまだ二ヶ月。ちゃんと用心に気を配るあたり、あの虎も虎でちゃんとした教師なのだ。……今、べろんべろんになって桜に介抱されている点は見なかったことにして。
ちなみに桜は桜で「昼間は無理を言っちゃいましたから……」と遠慮するような言い回しをしていた。そう揶揄されると、まるで本当に俺と遠坂とが付き合ってるみたいな風に聞こえるのだが……。まぁ、敵? を騙すにはまず味方からとも言うので、そこはノーコメント。
「で、どうだったんだ?」
主語、目的語を省略した俺の一言に、遠坂凛は目を細めた。
「――――確認したいことがあるんだけど、いい? 士郎」
「ん、何だ?」
「あなた、桜に魔力を供給してるでしょ」
確認、といいつつもその言葉には明らかな確信が満ち溢れていた。
言葉が出てこないでいると「ま、そうよね」とため息をつく遠坂。
「昼間はそうでもなかったんだけど、夜、っていうか夕方くらいからかしら。桜、明らかにぼうっとしている時が増えてたわよ」
「ぼうっと?」
「熱っぽいっていったらいいかしら。でもすぐ調子が安定してっていうのを何度も何度も繰り返してね。
映画館で士郎の腕に私共々抱き着いていたときだって、あれ、アンタに悟られまいと顔を下にずっと下げてたじゃない」
「いや、待て、あのタイミングでそんなこと、認識する余裕なんてないぞ!?」
映画館でのことは、とりあえずなかったことにしたい。ホラー映画なのに幽霊が平然と出てくるタイプの映画だというのもあってか、今までとはちょっと驚かし方の種類が違うせいか。桜は妙に怖がって俺の腕を引き、遠坂は明らかにからかうように俺の腕を引き。中心の俺は映画どころではなかったという、惨憺たる光景があそこには展開されていた。
「料理の時だって、後半、皿を割ったりしたときなんて完全に目が見えてなかったんじゃないかしら」
「それはいくらなんでも……」
「あの症状って、桜が学校で暴走する直前のそれと同じだったのよ。っていうことは、桜の魔力が足りてないってことに違いはないじゃない?
だったらどこかから、足りない分を補填する必要がある。そしたら消去法で、士郎以外いないじゃない」
「正解だけど、あー……」
「まぁいいわ。士郎的に、そこまで重大事に思えなかったってところかしら」
言われれば、確かにそうだと思う。一度バランスが崩れたせいで、桜の魔力が少し足りなくなるのを俺が助けてやってた、くらいの認識だった。
だが、遠坂の考えは違った。
「いい? いくらアイツが似非神父だっていったって、聖杯戦争の監督役としては間違いなく優秀な神父だったのよ。そのアイツが『持ち直す』って言った以上、今の持ち直していない状況はおかしいの。
ってことは、考えられることは二つ。
外部から魔力を奪われているか、内部に魔力を奪う何かがあるかってこと」
「内部に?」
「そ。これは士郎のことをふまえて思ったんだけどね?
前回の聖杯戦争がどんなものだったかわからないけれど、英霊の宝具には、形を失ってさえその性能を維持できるものがあるっていうのなら。間桐の家の秘術でも、埋め込まれていたっておかしくないじゃない。
それにそもそも、慎二が言ったんでしょ? 臓硯が何かやってるから、桜を預かってくれって」
「そうだな。
だったら……、怪しいのはそれか」
「ええ。っていうより、十中八九間違いないわ。
そうなると、ちゃんと調査をして……。しばらく士郎も桜に気を付けなさい。事実上、あの娘は臓硯の操り人形で、一歩間違えれば全部筒抜けだし。何かあったら、私達で決着をつけないといけない」
――――――。
「なによその顔。言いたい事があるならはっきり言ったら?」
「ケンカ腰になるくらいなら、はじめから物騒なこと言うな。桜だって、好きであんな身体な訳じゃないんだ。お前だって分かってるだろ」
「わかってるわよ。でもだから、半端な態度はとれないんじゃない。それこそ付け込まれる隙になるし……、そもそも、私がどうこう言えた口じゃないのよ。
あの子があの家でどんなものを受けてきたのか――それを見たところで、遠坂の私はとやかくいうべきことじゃない」
「遠坂……」
「姉妹とか、先輩後輩とか。それ以前に私達は魔術師なのよ、士郎。
私が臓硯に対してこだわっているのも、あくまで
言いながらも、遠坂の語調は段々と強がってるように力んでいく。表情も険しく、こちらの言う事なんて聞きやしないだろう風に。
……瞬時にどうからかうか、という最適解が浮かぶのは、アーチャーの影響だろうか。
いや、考えないでおこう。
「まったく……。じゃあ、好きにしろよ。どっちにしたって、桜に気持ちは伝わってるだろうし」
「え――――」
「お前って特に、自分にとってどうでもいい相手は関心すら持たないだろ? なのに桜に対して厳しい態度をとるってことは、それだけ桜が大事だってことだろ。口にはしないけど。
だったらもっと仲良くなれよ。昼間みたいに桜が遠慮してるのはまだいいけど、夜みたいに、どっちもぎこちなくなるのは、なんか違う」
「……あのねぇ。状況的にぐだぐだになってるけど、本来、家同士はほとんど敵みたいなものなのよ。
それに、今更どうやって仲良くなれっていうのよ。アンタ」
「今のままでいいんじゃないか? 自信もてよ、藤ねえでさえ『あー、ホントにお姉ちゃんみたいね~』って言うくらいには、ちゃんとしてるし。
俺から見ても、いいお姉さんだぞ。遠坂」
捨ててきた過去。辛うじて覚えている家族構成の中。妹がいたような記憶がわずかにある俺の言葉なのだから、実際のところ多少は説得力はあってほしい。
実際のところ、遠坂は顔を赤くしてそむけ、何もいわずに早足になった。
それに追いつこうとこちらも足早になり――――。
「――――――え?」
覚えのある視線に、感覚に、足が止まった。
「――――?」
感じたのは俺だけではないらしい。遠坂も含めて。俺達二人はそろって、足を止める。
――――いつか上った坂の上に、闇が、ある。
生暖かだった空気が一気に凍りつく。初夏を忘れ体感は二月、聖杯戦争の頃のような張り詰めた感覚。
心臓は高鳴りながらも、しかし心拍はさがる――否。時間の感じ方が、遠い。
何かよくないものが近くにいる。
関わってはならないが、逃げても無駄だと逃走することが出来ない。
「――――きゃっ」
だが聞こえた少女の声に、俺も遠坂も、わずかに正気を取り戻し、視線がそちらに向く。
いつも登校するときに、俺と遠坂とで遭遇する交差点。坂を下り学校へ向かうその経路。ちょうどその一部で――――転んだ異国の少女を追うように、その”影”はいた。
少女は震えながら立ち上がり、走ろうとする。でも違和感がある。空間でも歪んでいるような、そんな錯覚を覚える。
黒いクラゲのような、帯の集まりのような。しかして影が直立しただけのような立体感のなさ。
だが、そこにあるだけで目を離せない威圧感。
この感覚は、どこかで――――。
懐かしい感覚。何故か「思い出せそうな」その感覚。であると同時に――ここ最近でも、見たような。
「――――アンリマユ」
自然とその言葉が出てきたのは、果たして。脳裏に言峰の姿も過ぎる。
俺の一言に、遠坂が唖然としたように”影”を二度見する。
異国の少女は、必死に逃げようとする。だが、進めない。――理由がはっきりした。その足元は、既に影が伸びている。巻きついたそれに捕らえられ、黒ずみ始めている足先。
「――――――ッ!」
「――――は? ちょっと、士郎!?」
うねり始めた”影”が、さらに己を伸ばそうとするのを。嗚呼、なんでか俺は「知っている」。「知っているような気がする」。
だから当たり前のように少女の前に立ち。手には剣を投影し、打ち払おうとして。
「 の スターさん……!?」
声が聞こえない。
剣を投げるよりも先に、得体の知れないそれに飲み込まれた。
剣「…………やはり、貴方は変わらぬか」
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Don't 振り返る若さ! その3
遠坂が何か言ってるかもしれないが、わからない。
生憎と、体は波かなにかに攫われたような、そんな感覚。だがそれにしては熱を感じる。水にありえないこの泥、さしずめ連想するのはコールタール。生命を育む海ではありえまい、この重圧感。
だが、中に入って確信した。
これは――――聖杯の泥と、同じものだ。
この気持ちの悪さも、倦怠感も、何か言葉が出てこなくなるような薄気味の悪さも、何もかも嗤い飛ばしてしまいたくなるような、この不快感も。
だが……不思議と、前よりも楽に思う。
その証拠に、気が付けばこの意識は、自分の肉体へと早く帰って行った。
「 郎、士郎……!」
慌てたような声で、意識がはっきりしてくる。
熱を持った体は何か覚えがある。頭もぐらぐらとし、吐き気があり、流石に立つのは難しい。
「目、覚めた? 大丈夫、わたしがわかる……!?」
「……平手打ちは止めてくれ、遠坂。大丈夫だから。
あの、クラゲみたいなのはどうなった?」
「クラゲって……、まぁ確かにそんな感じだけど。
消えたわ。士郎があの子を庇って倒れたと思ったら」
身体を起こしてもらって、腕を確認。足元に転がる投影の感じからして、あの影は物理的な侵食はしないとみえる。
とすれば……。
「遠坂。俺、どれくらい倒れてた?」
「十秒くらいかしら。どうしたの?」
「いや……」
十秒、十秒か……。言峰と戦ったときほどでないにせよ、それでも俺の体感は明らかに十秒を超えている。かなり長く絡められたあの感覚は……、アーチャーの固有結界が侵食していたときの感覚にも近いかもしれない。
そんな風に一人確認をしていると――――背後から、
「良かった……! 本体に障らなかったとはいえ、ちゃんと意識があるなんて……!」
そんな言葉を重ねる少女に、遠坂は指を向けて、表情を険しい物にする。
「待って。あなた、何? さっきの黒いやつに追われていたみたいだけれど……、って、え?」
「おい、遠坂?」
「いや、だって……、う、うそでしょ!?」
警戒を重ねていた遠坂だったが。だが、言葉を重ねることもせず、何かを理解したように困惑しはじめた。
そして俺は、とっさに遠坂を庇った。
「え?」
身体が動いたのは、一体何に由来する直感か。さほど幸運という訳でもないので、これはきっと、アーチャーの経験――。
いや、違う。この指し穿つような殺気。どんなに息を潜めていたところで、瞬間的に肌が感じるこの怖気は、一度はこの身を殺したことがあるそれだからだろうか。ともあれ、なんにしても俺の直感も多分に含まれるこれは――――。
二刀を再び手に取り、遠坂を背後に庇いながら。眼前、「赤い槍」を放ったそいつを見る。
塀の上から飛び降りて、槍を引き抜く。白いフードを被った、黒い服の男。所々に彩られた青が、もとの男の姿を連想させる。
全身に走る、赤黒い
「はっ、流石にかわすか。坊主」
聞き覚えのある飄々とした声。こちらを見て獰猛に笑う――――目は、濁った金色。
俺も遠坂も、その男には見覚えがあった。すなわち――――クー・フーリン。第五次聖杯戦争、
「ランサー……、よもや、貴方までとは――――!」
「おいコラ聞き捨てならねぇぞ? お前がそんなんだから、俺までまた起こされて『こんな』にされちまうんだ。
お陰で全然、戦士らしい愉しみがないんだぞオイ」
半眼、嫌そうな声を出しながら、少女に吐き捨てるランサー。
遠坂はそんなランサーに、やはり言葉がない。
「なんで、ランサー……? だって貴方は――――」
「おう嬢ちゃん、あん時は悪かったな。意外とあの王様強くってよ。
ただアンタのことは気にいってんのは本当だから――――――ちょっと退いちゃくれねぇか? みすみす『勝ちを急ぐ』必要のない勝負をしたくないんでね」
ランサーは、やはりあの影に追われていた少女を見据えたまま。
状況が読めない。だけれど――――このままランサーに、少女を渡すわけにはいかないと。俺の中の、いや、もっと根幹的な何かがそう叫ぶ。正義の味方としての考えよりも、より原始的な。そう、強いていえば、あの影だ。
あの影に今、この少女を手渡したら。何かが致命的に終わってしまう。
そしてその直感は、目の前のランサーを見てますます深まっている。――このランサーからは、あの影と同じものを感じるのだから。
「貴方には悪いことをしたと思ってるわ。ランサー。私が巻き込んだ結果、貴方はみすみす勝てた勝負を捨てさせてしまったかもしれない。
だけれど――――、それ以前に、なんで貴方は今ここにいるの!? 聖杯戦争は終わったはずでしょ!」
「…………悪ぃ。そりゃ話せないことになってる」
とっさに動き、言いながら放たれたランサーの一撃を、ぎりぎりで受け流す。黒い刀身がきしみ、わずかに欠ける。それを無視して払い、ランサーに投げつける。
少しだけ驚いたようにランサーは笑い、数歩下がった。
「お前、今、遠坂を殺すつもりだったろ」
ランサーの槍は、それそのものが強力な呪いを帯びている。セイバーの鞘の加護でもない人間が、おいそれと受けていいようなものじゃない。
俺の言葉に、ランサーはけらけらと腹を抱えて笑った。
「そうカリカリすんな坊主。ちょっと急いじまっただけだ。
なんせまだ俺も時間制限があるんでな。早い所勝たないと面倒なんだわ」
言いながら再度、槍を構えるそれは。いつかのセイバーと対峙していたランサーを思わせる。
取り出した赤い聖骸布。腕に巻くくらいは、相手も待ってくれるらしい。状況が状況だからか、遠坂も止めはしない。
立ち上がり、肩のあたりで布を縛る。莫耶を構え、前方を睨む。
「お気をつけください。かの光の御子は、極光さえ覆いし闇の手にあります」
「それって、うそ、まさか反転してるの!?」
少女の告げる言葉に、遠坂は大声を出す。
反転……、遠坂に聞いた限りだと、あのアーチャーのようなものか。本来の在り方と別な側面が呼ばれている。とするならば、その眼光が睨むのは戦いにおける冷静さよりも、勝つために自身の振るまいさえ道具に使う冷徹さか。
「もっとアンタは、気持ちが良い戦い方を選ぶ奴だと思ったけどな」
「気持ちが良い戦いなんてねぇよ。戦って、勝つか、負けるかだけだ。
だーからこういう喚ばれ方は嫌なんだよなぁ……」
ただ、そうであっても「嫌だ」と、今の自分に判断を下しているのは何故か? ……いや、明白だ。このランサーは、あの聖杯戦争の記憶を持っている。つまりは「完全に新しく召還された存在ではない」ということだ。
それが何を意味するのかは分からない。でも、その考えに至った時、なんとなく、考えたくない予感がした。
「――――獲物を持って考え事とは、ちょっと舐めすぎだぞ、小僧?」
「――――士郎!」
だが、襲いかかってくるランサーのそれに、
楽しげな視線が、ちらりと俺の背後にも向けられる。いいぜ一緒にかかって来いよ、と全身が訴えているような有様だった。
「アンタも余裕だな」
「アん? ――――おぉ!」
そして、背後から「戻ってきた」干将を、辛うじてかわす。フードの一部が切れたあたり、防御力までは以前と変わらないのだろう。
しかし――この状況、明らかに不利だ。
遠坂は聖杯戦争の時点で、あれらの高い魔力を秘めた宝石を使い尽くしている。俺も俺でアーチャーの弾丸が一つ残っているが、肝心の使い方、その記憶が抜け落ちている。
笑いながら槍をこちらに放つランサー。干将を再度投影し、亀裂を修復しながらそれを受ける。
――――交差する凶器。時折放たれる呪いさえ、気にせず戦う獣のような男。
防戦に回って、やっと。それも遠坂が隙間をカバーするようにして始めて拮抗状態が成り立っている。
いや、均衡じゃない。徐々にこちらが押されている。投影も長くは続かない。嗚呼、はっきり言って相性最悪だ。あのアーチャーなら弾丸を使って距離を調整したり、ないしは固有結界を打ち込むなりして対応できるのかもしれないが、こちらは両手の武器を維持するだけで手一杯。
英霊相手に打ち合えるほどに、この身は未だ完成されていない。
「ぃぐ――――っ!」
「ほらほら、どうしたどうしたどうした!?」
辛うじて目で追えていたのが何かの間違いであるかのごとく、その槍はもはや人体で対応できるそれではない。
赤い点――――いや光の一閃か。相手の全身含めて、もはや既に不可視の領域に加速しつつある。
このままではいずれ押し切られる。だったら、今もてる最大の力で――――。
「
いや、ダメだ。
今、セイバーの剣を投影すれば、間違いなく負ける。ただ強い武具を投影すれば良いということじゃない。その武器を最大限使いこなして、はじめて追いつける相手なのだ。
意図的に隙をつくって、そちらに誘導してやっと防げるといったぐらいなのだから、これはもう、エミヤシロウが頑張ってどうこうできる次元の腕前じゃない。
ただ、それでも防ぐことだけはしなければならない。
研ぎ澄ませ――想像しろ。常に最強の自分を。あらゆる過程を凌駕することを。
「――――見直した。ちょっと前とは大違いじゃねぇか」
セイバーからも、うまくいけば一本とれると言われたレベル。だが、あくまでそれは単なる正攻法で勝てないと言われてるに等しい。
槍をいつか見たように構えるランサー。距離をとられても、こちらから近寄るコトはできない。そも、防戦に回った際にには槍の方が有利。この伝説的な力を前に、自ら攻め入る愚を冒すことはできない。
遠坂も俺も、いい加減、息が上がっている。
「だが悪いな。ちぃとばかし、遊びすぎた。――――先にあばよと言っておく」
そして、民家の屋根の上に飛び乗った瞬間。全身の震えが、完全に止まる。生理的なそれから、何からなにまで。まるで五感が氷ついたかのように。
恐怖? 畏怖? いや、そんなことは関係ない。重要なのは、それを、ランサーが後退したことで感じたというその事実。
何が、来る――――?
「さっきの褒美だ。教えておいてやる。
”
「――――――――」
瞬間、両手の剣を取り落とす。背後で「士郎?」と疑問符を浮かべる遠坂に意識を向ける余裕すらない。
逸話をこそなぞるのなら、あの宝具の使い方は本来、「あれ」が正しいはずだ。てっきりセイバーの性別のごとく、脚色が入ったものなのかと思っていたが、そういうわけじゃないらしい。
遠坂も少ししてから気付いたようだが、少し遅かった。
「手向けだ。
―――――――――
伝説に曰く、その槍は敵に放てば無数の鏃をまき散らしたという。
ならば、それはもとより投擲するための武具。暴威のように蹴散らす威力を兼ねた、心臓を狙う――――敵を決して「生かさない」ための槍。
故に、必殺。
元来、逃れる術はない。
だが、何故だろう。俺は、これを防げるものを知っている。
「――――
脳裏に過ぎる映像は重なった花弁の障壁。しかし、それでは形を成す事が出来ない。
時間はない。ならば、とにもかくにもその創製を辿れ。あの銃から、干将莫耶の形を呼び戻せたのだ。
出来ないはずはない。
出来ないとは、言わせない――――。
「――――
花が開いた。巨大な障壁。城壁の概念を内包する巨大な花。
花弁は四つ。それを見て聞こえる、息を呑む声。
「ちょ、士郎!? 貴方、そんなの投影したら――――!?」
足りない。絶望的なまでに足りない。
留まった槍。その回転さえ、このまま押し留めて置くことは不可能に近い。絶望的に、俺の魔力で成せる壁の数が少なすぎる。
残り、二枚。
「ぬ――――ぬあああああああああああああああ…………!!!!」
ただ、それでも気合を入れて踏みとどまる。
全魔力を、ありったけを込めて――――視界に亀裂が入るのも。腕が消し飛びそうになるのも無視して。
「――――何故邪魔をした。貴様」
弾け飛んだ腕。
痛みを感じることさえない程に、傷は酷い。
それでもあの少女や遠坂に傷がいっていないのを確認して、少しだけ安心する。流石に暴風までは防げなかったせいで、二人とも飛ばされて転がってはいるが。少なくとも呪いを受けた様子はない。
そんなことよりも。
今、ランサーは何といった?
「――――――」
眼前に立つ何者か。
こちらに向きなおった姿は、いつかの月下のそれのようで。
顔面には、仮面。死体のように白い肌と、色がぼやけた金髪。
鎧は黒く汚染されており――放つ雰囲気は、堕ちた極光というべきか。
予想はしていた。ランサーの様子を見た時点で。
でも、だからこそ信じたくなかった。
「……っ、」
少しだけ息を呑み、彼女はこちらから視線を逸らす。
「時間だ。今はまだ、これ以上の召喚は『持たない』だろう」
「へっ、そりゃそうかい。でも、だったらとっとと殺せば良いだろうに」
「戯れるな。私が本気で戦った場合、負担は貴様の比ではないのだ」
「おぅ、怖ぇ怖ぇ。それじゃ『そういうことに』しておいてやるよ」
嗤いながら、何処かへと文字通り消えて行くランサー。
そして、彼女はもう一度だけ俺を見下ろして。
「セイバー ……」
「……すまない、シロウ」
それだけを聞いて、背後で遠坂が声を荒げたのを聞いて。そこで一度、視界が暗転した。
オルタニキ(ランサー)は、気持ちメガテン風味な格好を意識しています
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混迷Lyric! その1
士郎が、花弁の盾を投影した。
それはアーチャーが以前投影したものを彷彿とさせ、でも明らかに様子が異なる。あちらが直列に重なった障壁だとするならば、こちらは広がった、文字通り花開いたようなものだった。
ただ一つだけわかることがある。こんな宝具クラスのものを投影して――――しかも、剣の範疇から逸脱したものを投影して、士郎がまともでいられるはずなんかない。ランサーの投擲を抑えられるだけの魔力を回せるはずなどないのだから、そこで無茶をすれば、当たり前のように限界を超えるだろう。
セイバーの鞘を返却した以上、それに対する回復も見込めない。だっていうのに、当たり前のように士郎は盾を使う。
ただし――――それは絶対的に持たない。花弁が一枚に欠けた瞬間、少女と私は跳ね飛ばされる。
でもぎりぎり踏ん張れたのは、それでもなお士郎が盾としてその場で腕をかざし続けていたことと。
「――――
聞き覚えのある、そんな彼女の厳かな声だった。
士郎のアイアス、その最後の花弁が消し飛びかけたその瞬間、猛烈な暴風がランサーのゲイボルクを弾く。彼の手元に戻ったそれを見上げ、黒い鎧の、セイバーは剣を片手に。
「時間だ。今はまだ、これ以上の召喚は『持たない』だろう」
「へっ、そりゃそうかい。でも、だったらとっとと殺せば良いだろうに」
「戯れるな。私が本気で戦った場合、負担は貴様の比ではないのだ」
負担……。それは、一体、何に対しての?
「おぅ、怖ぇ怖ぇ。それじゃ『そういうことに』しておいてやるよ」
飄々と去るランサーと、士郎に振り返るセイバー。
「まさか、セイバーまで……って、何を!?」
セイバーが士郎に歩み寄りながら、片手をかかげる。そのままシロウの頭を掴むように手を下ろすのを見て、私はガンドを撃った。
当然、セイバーにそんなものが効くとは思っていない。あのランサーの様子と似たような有様で、なおかつ士郎と契約していたときよりも、格が違う。供給されている魔力が高く、全体的な能力も底上げされていると考えるべきだろう。
それでも士郎から注意をそらせられれば、他にやりようはある。
――――ただ、そのガンドは彼女に当たらなかった。
いいえ、そんな生易しいものじゃない。薄い、金色の霧のようなものが彼女たちを包んだかと思うと。ガンドがそのまま幻影でも相手にしているように、蜃気楼のごとく彼女の肉体を通過して、背後の塀に刺さった。ちらりと一瞥し、セイバーは嗤う。
「凛も相変わらずだ。行動と感情の結びつきが強すぎる」
「ッ……、ホントにセイバーなのね。そんな露骨な言い方はしなかったと思うけれど」
あのランサーと同じ。こんなところまで。
ただ、それでも顔についた仮面ははがれない――――背後から黒い魔力を散らしながら。黄金の境界より、こちらを見据える。
「だったらなおのこと理解できないのよ。セイバー、あなた、士郎を殺すつもりだったわよね? それはどうして?」
「――――今の私は、シロウの剣ではない。他に理由は必要か」
「ええ、必要ですとも。マスターが士郎じゃなくて、サーヴァントが貴女じゃなければ、私もこんなことを言ったりしないわ」
だって、士郎にとってセイバーは特別で。それはセイバーだって同じなのだ。
だったらこそセイバーが士郎を殺しにかかる理由がわからない。あの黄金の境界が何なのかさえ意味がわからない。わかっていることは、少なくとも私がどうあがいてもセイバーを傷つけることが出来ないということ。
「つまり……、士郎は貴女を、送り出せなかったってことになるわね――――」
挑発。軽いジャブ程度のさぐりに対して、セイバーは殺気を放つ。思わず息が止まる。首に剣をつきつけられているようなこのプレッシャー。
「――――いくら貴女といえど、次はない。凛」
なるほど。やっぱり士郎は特別なのね。
どうあっても隠しようのない程に、私の言葉に対する苛立ちを浴びせてくるセイバー。このセイバーは、やっぱり反転しているのかもしれない。以前のセイバーなら、もっと自省的な反応をしたのでしょうから。
ふと、セイバーは自分の周囲の黒い魔力を見て、驚いたような表情。黄金の境界が瞬間的に消し飛ぶ。一体どうしたのかしら。
「………裏目に出ましたね、騎士王。色々言ってますけど、彼には甘いのですね。その様子だと、そもそも――――」
「黙れ『キャスター』」
キャスター?
セイバーの言葉に、思わず背後の少女を振り返る。ショートカットの、ちょっと幸薄そうな愛らしい少女。一目見た瞬間にサーヴァントであるという懐かしい直感があったものの。いや、キャスター? 別な英霊が召喚されているのかと思ったけれど、セイバーとランサーのあの様子。加えて、さっき明確に士郎を「セイバーのマスター」と呼んでたことからして……。
このキャスターは、やはり第五次のキャスターと同一の存在。彼女もまた別な側面で呼ばれたとうことだろうか。でもそれにしては、こう……。
「毒に対して抵抗力がある程度の分際で、条理に逆らうのも甚だ悪し。
ヒトは殺されれば死ぬのだ。時が経てば老い、善が悪に染まればそれもまた同様」
「……ええ。私の責任でないとはいえ、条理に反している自覚はあります。だからこそセイバー。誰よりそのことをわかっているでしょう貴女が、そんな有様になっているのが、悲しいです」
くつくつと、セイバーが肩を震わせる。
「根がそれで、ああなるのか貴様は。いや、違うか? あれも、そして貴様もどちらも等しいものであると」
「――――”ανάπτυξη”――――」
その一言の詠唱とともに、キャスターの姿は変わる。短い髪のあどけない少女から、長い髪を後ろに纏め上げた少女。こころなし、気色が良くなり――――なにより、服が王女らしいものになった。
「ならば散るか?」
「ええ。ここが引き時でしょう。英雄王も、私にこんな役をふったのは無茶がすぎると思っています」
微笑みながら、一瞬だけちらりとこちらを見る幼いキャスター――――でも。わずかなその一瞬の視線に、見覚えがあるような鋭さを直感。身なりは幼く、精神は捻くれているように見えないけれど、それでもキャスターはキャスターなのだと認識させられる。
その口がわずかに動く――――任せて、と。
「確かに今、私が消えることは危険きわまりませんが。でも、貴女たちが呼び出されたことから、『警告』は残せたと思います」
「そうか?」
「ええ。だって、貴女はマスターと、彼女を殺しはしない。後ろのお嬢さんに、貴女は追撃するつもりはないでしょう?」
「……」
「どさくさに紛れてこのヒトを回復させようとして。でもそれに失敗した貴女は、私が倒された後、唯一この場でそれを果たせそうな彼女を殺せない。
この坊やさんに……、明らかに他のヒトに対する対応と異なりますよね、騎士王。
私に言わせれば、あのアーチャーとは違います。貴女はそんな有様でも、まだ正気です」
「何がいいたい?」
「恋っていいですよね♪」
セイバーが、無言でエクスカリバーを構える。
「止めてください冗談じゃないんですよ。だって、女の子はいつまでたっても王子様を待っていますから。自分を守るために身を挺してくれる殿方なんて、貴女からすればそれこそ初めての相手だったでしょう?」
「どの、口が、言うのか」
こればっかりはセイバーにごもっとも。実際、セイバーを奪ったのはキャスターだし、そのキャスターにセイバーのために自分の命を投げ出しかけたのも士郎だった訳だし。
「ですから、私が言いたいのは――――取引をいたしませんか?」
む、とセイバーの纏う気配が変わる。上段に構えたエクスカリバーを下段に下ろした。
「何を取引するというのだ?」
「ですから、彼女と、彼のことです。
私が今、彼を助けます。だから今日ばかりは、二人を見逃してはいただけませんか?」
人差し指を立て、姿形の変わったキャスターは提案する。
「貴様に一体、何の特がある」
「特はありません。でも損にはなりません。……これでも気にしてるんですよ? 大人の私が、あなた達にその、大変迷惑をかけたってことについては」
「…………」
無反応のセイバーと違って、ちょっと反応に困る私。だって、いや、そりゃいくら純真無垢みたいな少女らしい様子を見せられたところで、キャスターだし。でもあんなに含みを持たせて「任せて」とこっちにメッセージを送ってきたにもかかわらず、このある意味では正攻法の願い。こういうあたりは、少女らしいといえるのかもしれない。
ただそれでも、えーって思ってしまうのは私の心が汚れているからかしら。
「―――ー嗚呼、そこを読み違えているなキャスター」
「なんですか?」
「確かに、
だが、それらはあくまで私の判断だ。請われて行うものではない。
王とは、竜。吹き荒れる嵐だ。故に」
セイバーの、こちらに見える口元は、嗤っていた。
「何も起きぬうちにこの場で首を撥ねることの方が、シロウを想うなればこそ救いなのでないかとも、思っている」
「――――――」
「だが良いだろう。一度は救おうとしたのだ。その程度で目くじらは立てない。
それで心置きなく――――シロウを斬ってあげられる」
矛盾したようなことを当然のように言うセイバー。仮面越しのせいか、なんとなくだけどセイバーも自分が何をいってるのか、何をやりたいのかわからないんじゃないだろうか。
明らかにセイバーは、彼女よりも上位の存在からの命令を受けている。
でもそれに対して、多少なりとも恣意的に反乱しようとしているように思うのは、私の気のせいだろうか。
反転してるが故に、アーチャーのような恐ろしさを漂わせてるって言うのに。だってほら。シロウって呼ぶ時だけ、少し声のトーンが高いのだから。
「……見るに耐えないですね」
少しだけ悲しそうな表情をした後、キャスターはいつの間にか手にしていた杖を振りかざし。
「――――
それはいつかアーチャーが使っているのを見た宝具。
そして、その効果はまさしくあのキャスターが最後の最後で葛木に使ったそれ。
その軌跡が光の尾を描き、士郎に注がれる。
ぐらりとキャスターの身体が傾く。
「……っ、あれ?」
「ほぅ。約束は守ったか。ならば逝ね」
シロウの声を聞いて、片手だけでエクスカリバーを振り被るセイバー。
キャスタは倒れて、息も絶え絶え。ことここに至ってようやく、キャスターは本気で私や士郎を逃がすためだけに「任せて」と言ったのだと悟った。
でも、悟ったところで手遅れ。ガンドのために構えをするより早く、エクスカリバーはキャスターの首を――――。
「――――っ」
振り下ろされるエクスカリバーが、途中で軌道をかえた。
空より注がれる剣の雨。……見覚えがあるような。アーチャーが最初、バーサーカー相手に弓を持ち出したときに使っていたそれ。綺礼もときおり、手に持っていた覚えがあるそれが雨霰のごとく落ちる。
うっとうしそうにそれを払いのけるセイバー。
ただ、最後だけは違った。
「はあぁッ!」
「――――!」
いつの間にかセイバーの懐に潜り込んでいた(本当に視認できなかった)、修道服の女性が。サマーソルトキックを、エクスカリバーを振り終えたセイバーに向ける。下手するとランサーとかを平然と超える速度の移動に、セイバーも驚愕を露にしていた。
「流石に重いですね……」
あえなく一撃を受け、強引に弾き飛ばされる。それでもたいして距離が開かないのは、突如現れたシスターの側の問題というより、あのセイバーの甲冑とかの重量の問題かしら。
今の一撃で仮面が割れる。――――その目はおおよその予想通り、金色に染まっていた。
そして、シスターの一言がカンに触ったのか、むっとした顔になった。
「……」
無言が怖い。
「あはは、あくまで対人ないし対軍レベルかと思って出て来ましたけど、ちょっと失敗でしたかね」
対するシスターも冷や汗を垂らしながら、眼前のセイバーを見据える。
セイバーは……剣を消した。
どろどろと、セイバーの足元の影が変質していた。
ちらりと私の方を見るセイバー。
「運が良いか、悪いか。定かではないが、この場では時間切れのようだ。凛。
――――恨むぞ。これで結局、シロウに『アレ』を見せることになってしまった」
「アレ?」
「呼ばれた時点で『あの星』にアーチャーは囚われた。……なれば、シロウを関わらせるべきではないのだ」
目を閉じて、そのままセイバーは影に呑まれ、消える。
周囲から完全に殺気が消えた時点で、ふぅ~、と大きく息を吐いて、シスターが壁に背を預けた。
「いや、危なかった。……防戦でぎりぎり負けるくらいですかね、アレだと」
「あ、貴女は……?」
「あー、いえいえ大したものではないですよー。ちょっとしたモンスターハンターということで一つ」
「は?」
「詳しいことは……(投げちゃいましょう)、沙条綾香からお聞きになられてください。冬木の
私は私で仕事がありますので……」
そう言いながら、ちらりと、彼女は倒れている士郎の方――――その左腕に巻かれた赤布を見て。
「……ひょっとしたらですけど、もっと広範囲の聖骸布の方が効果的かもしれませんね」
そんな意味深な言葉だけを残して、再び目の前から消えた。……いや、今度は辛うじて目で追えた。電柱の上に上ったかと思うと、民家の屋根と屋根を行き来して、どこかへと走っていく。
つまりさっきの、セイバーでさえ視認させなかった移動速度は、まぎれもなく単なる身体能力そのものだってこと……?
「どんなバケモノよ」
思わず口をついて出た言葉に苦笑いが浮かぶ。まぁいい。細かくはとりあえず、手っ取り早く沙条さんを問い詰めよう。ちょっとだけ聖杯戦争前、思惑に協力してあげたこともあるんだし。
それよりも。再び気絶したらしい士郎の隣に倒れるキャスター……、消えかかっているものの、まだ辛うじて原型を留めている彼女の傍に膝を下ろす。
「……アーチャーの、マスター」
「状況が全く読めないんだけど。読めないからこそ成立する取引もあると思うのよ。キャスター」
私の意図を察したのか――――キャスターはわずかに微笑んで、頷いた。
ナマモノ「ニャ、どうしたニャ仮主人」
虎(?)「いや、そういう風になったかなーと思ってねー」
ナマモノ「よくわからないニャ……。それにしても仮主人は、獣成分が減ってきてるニャ」
虎(?)「いや、そろそろ私も本腰入れないといけないかなーって気がしてきたような。今後の人間関係に影響しない程度に? お陰で弟子を召喚できないんだけど」
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混迷Lyric! その2
虎「ど、どしたの桜ちゃん怖い」
――――白い視界は、薄目に差し込む光のせいか。
わずかに眩しさを感じて瞼を閉じても、ちりちりと感じるこの温かさ。季節が移り変わっていることを改めて認識させられる。朝日といえど、温かいからわずかに熱い。
寝返りを打ち、顔を背け。何故か感じるこの不自然なクッションの弾力に違和感を覚える。
「ん――――?」
枕のそれじゃない。具体的にいうと、ちょっと腰が痛いのと、無駄にふかふかと頭を静めてくるこれは、なんだろう、椅子のクッションみたいな感じがする。
そんな違和感を覚えていると、ぼんやりと、視線のようなものを感じる。感じるというより、微妙な居心地の悪さみたいなものを背中に覚える。まるで誰かに観察されているような。我が家に生息する虎とかではまずやらないだろうその挙動。桜なら観察するまでもなく起こすだろうし、イリヤなら布団に潜り込んできたりもする。
だからこそ、この観察される感覚には違和感がある。
「…………」
振り返り、目を開けると。
「ひゃっ!」
「な!?」
見覚えがあるような、見覚えのないような少女が俺を覗き込んでいた。
あまりの距離の近さに動揺が走る。なんとなくセイバーともこういうことがあったような記憶が過ぎるが、それはさておき。
俺が起きたのを確認すると、少女は部屋を走って出て行く。そして扉の向こうから、聞き覚えのある声が苦笑いを浮かべていた。
「変身していた時の貴女はどこに行ったのよ。もうちょっと堂々としてたじゃない」
「あ、あれは、一周回って開き直ってるだけなんですっ」
「あら、そうなのね。ちょっとした興奮状態ってやつかしら……何故かしら、頭が痛いわ。おかしいわね、まるで自分で自分の首でも絞めてるような感覚が……」
そんな訳のわからない会話をしながら、遠坂が現れる。「おはよ、士郎」なんて軽く手を振る様からは、普段の朝一晩に対する弱さが見られない。かなり珍しいものを拝んでいる気がする。
「じゃなくて。な、なんだって遠坂がこんなとこで――――」
「こんなとこで、じゃないわよ。ここ私の家よ?」
と、言われてようやく気付く。どうやら遠坂の屋敷の居間、ソファーのところで寝かされていたらしい。
「一応聞いておくけど、何があったか覚えてる?」
「……? あー、えっと……ッ」
瞬間、脳裏を過ぎったのは――――。
「セイバーは……! 遠坂、セイバーはどうなったんだ!?」
「……予想はしてたけど、やっぱりそこから聞くのね。
というか、近い近い近い! 肩掴むな鼻当たるわそんな真っ直ぐに見るな!」
思わず反射的に、遠坂に掴みかかる勢いで接近していた。
「わ、悪い……。
って、えっと……」
遠坂から離れると、自然、視線は隣の少女に向かう。セイバーが着用していた服とは違い、どことなく夏をイメージさせるノースリーブを着る、ショートカットの少女。
彼女についても気になるが、とりあえず。
「あー、とりあえず、昨日の話を頼む」
「いいわ。ちゃんと頭も回ってきたわね」
いつかのように満足げに微笑んで、遠坂はかいつまんで昨晩のことを説明した。
なんでも気を失った後。セイバーは俺を殺そうとしたらしい。それにこの少女が割って入って、なおかつ俺の傷を直してくれたそうだ。
……そしてその後、謎のシスターが介入してセイバーが追い払われとか何とか。流石に状況が読めなすぎることと、一旦俺の介抱をかねて、遠坂の家に運び込んだらしい。
で。
「……お前、キャスターなのか!?」
「ええ、坊やさん」
あどけない笑みを浮かべる彼女に、二の句がつげない。俺の知るキャスターのイメージが脳裏を過ぎるが、そのどれともこの少女とは一致しない気がする。
「衛宮くんが何を考えてるか大体想像はつくけど、あのキャスターとはちょっと違うわよ。歳が若い姿で呼ばれてる分、あっちほど捻くれていないわ」
「ひ、捻くれ?」
「そ、その言い方はちょっと……」
「あら事実じゃない。まぁでもランサーとかと一緒で、あっちの記憶も継続して持ってるみたいだから、改めて自己紹介とかはしないでも大丈夫よ」
「いや、それでもちょっと待て、キャスターだろ? ってことは……」
あの宝具――――裏切りの魔女の生涯を示す、全ての魔術を破る刃をどうしても連想するのだが。
「それは大丈夫よ。このキャスターは、それに該当する逸話に至っていないから、使える宝具も異なるの。そもそも魔術師としてもまだ未熟な時代だし。
だけど、士郎もそんなキャスターの宝具で助かったんだから、少しは感謝しときなさい?」
「? なんでそんなこと、お前が分かるんだよ」
当然ともいえる俺の疑問に。
「そんなの、私がキャスターと契約したからに決まってるじゃない」
とか、そんな爆弾発言を返してきよってからに。
「――――――は?」
遠坂の言ってる言葉の意味を、一瞬、理解できない。
ほら、と向けられた手の甲。そこに浮かび上がる赤い印。それを見て、ようやく理解する。
「士郎を助けて消え掛けていたのよ。マスターがいない状態のまま彷徨っていたみたいだし、むしろ何でもっていたのって感じよね。自己申告が正しければ、今回は魂喰らいめいたこともしていないみたいだし」
「いや、そもそもなんでキャスターが小さく……」
「その話は後でしてもらうわ。生憎朝食の支度はできないから、先にお茶でも淹れようか。
士郎はプレーンでいいとして、キャスターは?」
「あ……、では、その、砂糖とミルク、多めに」
ふふ、と微笑ましそうに笑い、遠坂は一旦キッチンへと消えて言った。
少女と化したキャスターと二人きりというこの状況。ショートカットの、素直そうな印象を受ける少女でしかないが、しかし確かにあのキャスターの面影がある。これが、一体何をどうしたらああなってしまうのか……。
しかし、お互い落ち着かない。少なくとも遠坂が契約したくらいだ、大人のキャスターとは違ってまともではあるんだろうけど、色々と過去にあったことが脳裏を過ぎるので、おいそれと話しかけ難い。
「――――」
キャスターもキャスターでそれを察しているのか、微妙に申し訳なさそうな顔をしていて、ますますお互い言葉が出てこない。
自然と、視線は周囲を見回すことになる。
既に何度かお邪魔したことがあるとはいえ、遠坂凛が毎日暮らしているこの場所。いつもとは違い、朝日が昇る光景に現実感が薄い。端的に言えば、頭がぼうっとしている。
「緊張しているのですね、坊やさん」
「……その坊やさんっていうのは止めてくれ。なんか変な感じがする」
「あ、はい、すみません……」
ふとキャスターが声をかけてくれたが、なんとなくその言い回しは嫌な記憶が過ぎる。反射的に言った言葉に、すぐさま引き下がるキャスター。再びの沈黙が気まずい。
「二人とも、にらめっこしてるんじゃないんだから」
呆れたように遠坂が割って入ってくる。当然のようにソファに座る俺の隣に腰を下ろす。そのまま紅茶のカップを置いてくるのだが、どうにもこうにも肩が接触したり、ふんわりと髪から甘い匂いが漂ってきて、困った。
「あの、お嬢さん……、少し刺激が強いかと、セイバーのマスターに」
「その言い方、貴女の今の容姿で言われると中々変な気分ね……。まぁアーチャーのマスターじゃなくて、貴女のマスターになったんだから、呼び方は強制しないけど」
すさまじく甘ったるそうなほどに砂糖を入れたミルクティーを一口含んだキャスターに、苦笑いを浮かべる遠坂。というか、刺激って言い方はよくないと思います。
一瞬不思議そうな顔を浮かべた遠坂だったけど、すぐさま隣の俺を見て、いつものごとく嫌な感じの笑みを浮かべた。手で顔を覆い隠すそれは、またよからぬナニカをたくらんでるかおだ。
「なんだよ」
「べつにぃ?
それはそうと、そういえば士郎って紅茶とか淹れられるのかしら」
と、何故かそんな意味の分からないことを聞いてくる。
「淹れられるのかって言われれば淹れられなくはないだろうけれど、そんな専門じゃないぞ。知ってるとは思うが、衛宮の家は基本緑茶だし」
「あーごめん、そういうことじゃなくて。前にアーチャーが、私よりも上手い具合に紅茶を淹れてきたのよ。だからちょっと対抗意識を燃やしてるってわけ」
「……それ、俺に燃やしたって意味ないぞ、たぶん」
俺とアイツが同じ道を歩まないとか、それ以前の問題として。ちょっと癪だが、そこら辺の技術は絶対、未だ俺の方が劣ってるはずだ。
ただ、そういう問題じゃないのよ、と遠坂は意地悪く笑う。
「今の時点で士郎に勝っていれば、このまま同じくらいの上達度合いでいくなら、アーチャーにだって勝てるってことじゃない」
さいですか、と諦めたように苦笑いをしてると、キャスターが何とも言えないような目で見てきていた。小動物でも愛でるような慈愛に満ちた微笑は、愛らしいと同時に何故か違和感を伴う。……別に俺の心が汚れてるとかいうわけじゃなく、きっと、それだけ印象に強い出来事だっただけだろう。
「何よキャスター、文句があるなら言って御覧なさい」
「い、いえ、そんなおそろ……、そんなことはないですよ。ただ、仲がいいんですね、坊やさんとお嬢さん」
「…………」
慌てていたせいだろうけど、やっぱり、なんだろうこの妙な感覚。
「私も同感だけど、もう諦めたわ。キャスターも以前の記憶が残ってるみたいだし、名前で呼ぶのは気が引けるんじゃない?」
とりあえず、これについては一旦保留。
「左腕を見せて」
キャスターの宝具によって昨日、俺は傷を修復されたらしいけれど。念のためどうなっているかを確認したいと遠坂。言われるままに袖をまくり、腕を見せる。……なんかいつもより距離が近いような気が……。
「驚いた。肌の褐色、ちょっと減ってるじゃない。貴女の宝具の効果? キャスター」
「そうとも言えるかもしれません。……」
「ふぅん。でもそっか。考えてみれば、魔術を壊すってことも、傷を癒すってコトも、どっちも『元来あるべき姿に戻る』っていうプロセスなのよね」
何故かひとしきり納得した様子の遠坂は、自分の紅茶を一口。
「さて……、じゃあ、士郎もとりあえず大丈夫そうだし。本題に入るわよ」
改め、俺達はキャスターに向き直る。……どうでもいいが、このキャスターの服も遠坂の私服なのだろうか。
「そこ、変なコト考えない!
じゃあ、聞くわよ? 聖杯戦争は終結したはず。少なくとも士郎とセイバーが聖杯を破壊して、聖杯戦争は終わったはずよ。
なのに、なんで未だにサーヴァントが現世を彷徨っているのかしら」
「――――――」
キャスターは俺達を見回し、少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。
「……お嬢さんたちは、既にどこまで聖杯戦争について理解しているかわかりませんので、そこからかいつまんで説明しようかと思います。
アサシンを召喚した段階で、本来の私は聖杯戦争のシステムに違和感を抱いたようです。いかに英霊の手による召喚といえど、佐々木小次郎の召喚には違和感があった。いくら不正な召喚と言えど、まがい物が誂えたかのように呼ばれるのはおかしい」
「まがいもの?」
「私が召喚していたかのアサシンは、本来、彼が名乗った名のものではない。その逸話の皮を被るだけの素質のあった、ただの亡霊。……良きにしろ悪しきにしろ、人類史の外に座する魂のそれではありません。
そして、アサシンを利用して何者かが『新たにサーヴァントを召喚しました』。その外法、抜け道が存在した時点で、これが十中八九、魔術師側の都合にあわせて作られたものだと理解したようです」
「おおむね当たり、だとは思うんだけど……、なんでそんな伝聞みたいな感じなの? キャスター」
「その……、あちらの私とこちらの私とでは、厳密には立っている線が違うみたいで。記憶の継承も、100パーセントはうまくいっていないみたいなんです。
違う形で再召喚された、というのがニュアンスとしては正解なのかもしれません。なので、どうしても我がコトであるという感覚が薄いといいますか」
アーチャーみたいなものね、と何故か納得する遠坂だが、生憎とこっちはよくわかっていない。
「つまり、召還された結果に大きな間隙があるってことでしょ? 同じ霊基を使い回しているから同一人物ではあるけれど、そこに乗っている人格の乖離が大きいぶん、英霊としては別な側面のような状態になっている。
アーチャーでいうなら、まともに固有結界を使用できなかったのは、その当たりが原因じゃないかしら」
「マザーボードとかが同じでも、乗ってるOSが違うから仕様に違いが出てくる、みたいなものか?」
「ま、まざ……? その例え私わかんないわよ」
「私もですが、そこまで外れてはいないかと。
まぁ、ともかく、異常に気付いたからこそ私は凶行に走ったようで。その……、ごめんなさい」
深々と頭を下げるキャスター。
「それは……今はいい。それより話を続けてくれ」
「そうね。あの時の分はきっちりアーチャーがケリをつけてくれたし。
本題は、大人の貴女が倒されてから、かしら」
「はい。ですがその……」
と。キャスターは非情に困ったような顔になった。もとが愛らしい分、ちょっと抜けた印象を受けるけれど、そういう問題じゃない。ああでもない、こうでもないという呟きからして、何かを表現する方法に困っているようだ。
「どうしたの?」
「その……。はい。そのまま言うのが正解でしょうか。
私達は敗退した後、一度、聖杯の『駅』のようなところに行くんです」
「「駅?」」
それって、なんだ。電車とかバスとかが走ってくるようなものなのか? なんとなくセイバーがお金を入れて走るライオンの遊具に乗っているイメージが過ぎる。ちょっと楽しそうだ。
「駅といっても、そういう駅じゃなくって……。中継地といったらいいでしょうか。
そこを介した後、英霊としての自我が解けて、座に戻る記録と成り下がるようなんです。実際、私も一度そうなったようですね」
ポータルとか、そういう風に言った方がニュアンスとしては正解らしい。遠坂とイリヤから聞いた、聖杯戦争におけるサーヴァントの魂の扱い。言峰さえいっていた。英霊の魂をこそ聖杯を成すために必要とするものであり、いうなればそのエネルギーこそが聖杯を聖杯たらしめる。
だが、ならばなぜキャスターがここにいるのかということになる。俺とセイバーが聖杯を破壊したのなら、あの時点で全ての英霊の魂は、聖杯に留まるコトはないはずだ。
「それが、問題でした。確かにその通りです。
本来なら私達は、純粋なエネルギーとして消費されるべきだったんでしょう。でも――――だからこそ、捕らえられました」
「捕らえられた?」
そして、キャスターは決定的なことを口にする。
「――――この冬木にあるもう一つの聖杯に、私達は捕らえられました。
そしてその聖杯が、聖杯たることを望まなかったからこそ。エネルギーだった私達は『置換』され、再びサーヴァントとしての肉を得るに至りました」
???「くしゅッ」
???「ほぅ、サーヴァントでも風邪を引くか、アサシンよ」
???「いえ。そもそも我が一族としても、そのようなことは」
???「なれば誰ぞ噂でもしているか。カカ、しかし『アレ』もよく堪える。かれこれ2月だ。これはもしや、本当に成すかもしれんぞ」
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混迷Lyric! その3
イリヤ「いいのよ、セラ。ごめんね、貴女を理由にしちゃって」
セラ「いえ、私のことなど別に問題はありません!(衛宮様のところに行くのは問題ありありですが……)」
イリヤ「もう少ししたら落ち着くと思うから。そしたらまだしばらく、士郎には気付かないでもらえるだろうしね」
セラ「お嬢様……、そこまでして、衛宮様と一緒にいたいと?」
イリヤ「だって、もう士郎には私しかいないんだもの。せめてリンたちに任せられるって確信するまでは、私も無理しなくちゃね」
「――――――」
もう一つの聖杯。キャスターは確かにそう言った。
聖杯たるイリヤから発生したそれは、俺とセイバーで打ち砕いた。つまり――――今、あれがもう一度出来かけているということか?
「待って。言ってる意味がよくわからないわ」
キャスターの言葉に、遠坂が待ったをかける。
「聖杯がもう一つある。いいわ、そのことは後回しにして考えてあげる。だけど、『聖杯が聖杯たることを望まなかったから』っていうのが、よく判らないわ。仮にそれが一つの人格を持つ誰かであったとしても、聖杯として完成していけば、人間の機能は自ずと外されていくはず。
だっていうのに、本人が望まなかったからってそんなこと、おいそれと可能だなんて思えないわ」
「……そこは、私にはよくわからないのです。
でも少なくとも、私はこう聞きました」
――――「聖杯でない」という状態を維持できるのなら。もう一度、無理やり入れ直せば良い。
「それゆえ、英霊たちは多くが反転させられました。『聖杯の完成を望む』ナニカが傀儡とすべく、
アーチャーはもともと反転していたこともあり放置で、私はそもそも反転するまでもなく、負の要素が強かったので……」
「英雄王、ギルガメッシュはどうなったんだ?」
俺の言葉に、キャスターは苦笑いを浮かべた。
「彼は唯一、その『呪い』をほとんど受けない存在でした。それゆえ唯一、私達の中であれに勝ちうる存在でした。だからこそ唯一、強引に『解かされました』。ただその際――――私に若返りの薬を投げ、『外』にはじき出しました」
――――色が異なれば、この黒き杯より逃れることも容易かろう!
「結果として私はルーラーを頼りながら、現世をさまよう事になりました」
「……よく判らないけど、要するに、ギルガメッシュだけは反転してないってことね。
そして、貴女が出てきたのっていつから?」
「外にはじき出されたのは2月前でした。そこからは……長かったです。
ひたすら寺で、かつて私が作っていた陣の残りを食みながら、ルーラーが気付くのを待っていました。……場所を動くわけにもいかなかったので、その。動いてしまうと、魔力の供給先がなくなってしまうので」
かつてキャスターが集めていた魔力を食べながら、2月。
「まぁ、肝心のルーラーには、助けてくださいと言っても拒否されたんですけどね」
「……そうだ、それも聞かなきゃ。ルーラーもサーヴァントよね。だったら聖杯戦争が終わった時点で消えてると思ったんだけれど、どういうことなの?」
「そこは、なんとも。ただ裁定者であるせいなんでしょうか……。きちんと聖杯戦争が終わってなかったということなのか、未だに、この街に残存しています」
「そう。会う事はできない?」
「…………召喚形式が特殊なのか、おそらく、貴女たちでは」
「そう。
でも、貴女を拒否したっていうのは……」
「…………召還されたルーラーにとって、今回の聖杯戦争はイレギュラーであっても、聖杯戦争が『異常をきたして終わる』という状態では未だにないようでした。私が一度、やりすぎたことも指摘されました。
以上の観点から、預託令呪を1つ頂き、街まで下って来ました」
そして、あの影に襲われたと。
外に出されて山に居たということは、イリヤの聖杯が出現したのが柳洞寺だったことに関係してるのだろうか……。いや、何か違和感を覚える。忘れてはいけないようなことが、何か一つ。
―――― ここは、『悪性腫瘍』が出来かけている。
アーチャーの言葉が脳裏を過ぎるが、ダメだ、つながらない。以前なら何かに気付けたという確信があるが、聖杯戦争が終わってから、段々とあのアーチャーの記憶が抜け落ちつつあるせいか。
「というか、預託令呪?」
「あ、士郎は知らなかったっけ。本来は聖杯戦争の監督役が持つ……というか、預かってるものよ。
未使用の令呪が残ったり、なんらかの理由で残存したりした場合、監督役に令呪が託されるの」
「監督役……、言峰?」
「そのはずよ。でも、なんでルーラーがそんなもの……」
「すみません。私にはよく判らないのです」
困ったように頭を下げるキャスターに、遠坂は半眼になる。
「……まぁ、それもいいわ。じゃあ、あの影についてだけど」
「私にはよく判らないのです」
「…………まぁ突然襲われた側だし、それもいいわ。じゃあ、2つ目の聖杯について――――」
「すみません。私にはよく判らないのです」
「……………………アンタねぇ」
使えないわね、と遠坂が小さく愚痴る。びくり、とキャスターの方が震えて、俺に助けを求める目を向けてきた。うん、今にも泣き出しそうだ。
「遠坂、流石に理不尽だぞ? それ」
おそらくセイバーが居ても俺と同意を得られたろうし、アーチャーなら鼻で嗤っていることだろう。
悲しそうな表情で遠坂を見つめ、しかしそれ以上のリアクションがとれないキャスター。
「な、なによ、そりゃ言いたくもなるじゃない! こっちは手がかりどころか、そのとっかかりさえない状態なのよ?
まぁ、その事情を把握できていないことは一概に貴女のせいってわけじゃないし、本来の貴女でも把握できていなかったことかもしれないから、使えないって言ったのは悪かったけど。ごめんなさい」
段々と尻すぼみになる遠坂はともかく。
「……まぁいいわ。分かった情報がない訳でもないし。少なくとも、今起こっていることは第五次聖杯戦争の延長上の出来事。そのこと自体は間違いないようだし」
「だな。
あと、聖杯についてならイリヤに聞くのがいいんじゃないか?」
「っていうけど士郎、ここ一週間イリヤ缶詰め状態じゃない。本当に話せるの?」
「…………後でリズに電話を入れてみるか」
いや、そういえばこっちも違和感といえば違和感がある。
「じゃあ士郎はそっちを当たって。
私達は犯人に直接中るから」
「犯人?」
「決まってるじゃない。臓硯よ」
本格的にやる前にディーロさんにも連絡入れたほうがいいかしらね、とか。そんなことを呟きながら、遠坂は肩をすくめる。
ちなみにディーロ爺さんっていうのは、本職の司教で、言峰不在の教会で現在、代理の監督役をしている。……とはいえど、あくまで代理というか、本当の意味での聖杯戦争の監督役をしているわけではないのだけれど。
事後調査が主目的の相手なので、そういう意味では、これからあることに関しても話す必要はあるのかもしれない。
「って、なんでそんな」
「純粋な消去法よ。まず、遠坂の場合は聖杯に手を出せる技術も何もあったものではない。次にアインツベルンだけど、何かあればそれこそイリヤからこっちに情報が回ってくるか、さもなくばイリヤ自身がどうにかするでしょ。
となると、唯一情報が出てこないのって、間桐だけじゃない」
「それは、中々暴論が過ぎるというか……」
「それに忘れたの? 聖杯戦争の途中、あの似非神父と臓硯は何か話し合いをしてるのよ? それが桜に関することだけだなんて、私は思わないわ」
「――――――――」
そういわれれば、確かに怪しくはある。というか、他に犯人候補と呼べるものがないともいえるかもしれない。なにせ言峰こそが第五次において、聖杯を正しく理解し、俺達の前に最後に立ち塞がった敵なのだから。
そんなアイツが、わざわざ聖杯に強い執着を持つ臓硯と話したのだ。何かあったとしても、不思議ではないかもしれない。
「って、調べるっていったって、それこそどうするんだよ」
「直接、間桐邸に乗り込むわ。言ったでしょ? 遠坂と間桐は、聖杯戦争開始の折から縁がある」
「お前、それ敵の本拠地につっこむってコトだぞ!? いくらキャスターがいるからって、待ち伏せされてたらどうするんだ!」
あちらにセイバーがいるかもしれない、という状況なのに、なんでこんな平然と言うのだ。
「なに驚いてるのよ。本人がいると決まってる訳でもないし、逃げるだけならキャスターでも対応可能だと踏んでるからこそよ。それにそもそも主目的は調査だし――――あっちには慎二がいるしね」
「それが一体……」
「少なくともキャスターは、あの老魔術師と面識はない。少なからずその『もう一つの聖杯』は臓硯の近しいところには存在しないでしょうし、マスターでもない人間が聖杯を御せるとも思えない。
くわえて私は、聖杯戦争中に一度あれと対峙してる。その時点で力量は計れてるわ。はっきり言って、臓硯は敵じゃない。魔力のほとんどを肉体の維持にあてているから、攻撃手段がほとんどないのよ。
そんなワケだから、待ち伏せされたところで高が知れてるし。むしろ事情を話せば、慎二だって協力的になってくれるかもしれないじゃない」
「後半のは、一理ある……」
少なくとも聖杯戦争後。マスターでなくなったシンジは、多少なりとも以前のシンジに戻りつつある。
邪険にあつかってるところもあるが、そもそも本当に桜がどうでもいいのなら、俺の家に桜を預けようと判断はしないはずだ。
「問題としては、士郎が動く範囲は桜に気付かれない範囲でないとってことなのよね……。既に妙なことが起こっているのを私達が認識した、という事実は、桜を介していくらでも知れるだろうし」
と。そんな遠坂の言葉で気付いた。
「……なぁ遠坂。そういえば、桜に連絡って……」
「…………あ」
表情がコロコロと変わるが、最終的に頭をかきながら笑う。満面の笑みだ。珍しい仕草だけれど、その挙動がすべてを物語っていた。
「遠坂、いくらなんでもそれはないだろ……」
「し、仕方ないじゃない! 士郎は倒れるわキャスターは契約直後でも倒れるわだったし! 一人で二人分運んで士郎介抱して、キャスターの服選んだりしてたら気が付いたら朝だったわよ! 悪い……?」
「まぁ、ありがとう。
わかった。桜には俺が言いに行っとくよ。電話あるよな?」
肩をすくめて立ち上がり、身体を伸ばす。
「やっぱり、相性は良いようですね」
くすり、と。キャスターが俺達を見て微笑んだ。
※
「じゃあ先に行ってるから、士郎は鍵とかお願いね」
とか軽い調子で家を出て行く遠坂。……いや、まぁ確かにそこら辺は一応教わってはいるのだけれど。問題はそういうことじゃなくてだな。まぁ、今更とはいえそこはツッコムべきなのだけれど、実際問題アイツがそこら辺を意識しだしたら、きっと今頃俺の体と心はボロボロなので、こと非常事態においてはスルーさせてもらう。
とりあえず最優先で、まず自宅に電話。藤ねえはたぶん昼まで寝ているだろうと判断して、やはりその予想はビンゴだったと察する。
『はい、衛宮です』
「あー、桜? 俺だ。悪いな、朝早く」
『先輩ですか!?』
やはりというべきか、慌てたような桜。謝りながら向こうの状況を聞くと、こっちとは別な意味で修羅場になっていたらしい。
『藤村先生が「むぁっさっかー、遠坂さん家にお泊まりかー!? 許セン、トゥ!」とか飛び出していきそうだったので、ちょっと大変でした』
「それは……、すまない」
『いえ。でも実際、昨日はどうしたんですか?』
「……あー、説明が難しいというか……。
細かくはそのうち、遠坂から聞いてくれ。だけど……、すまん」
俺が言葉を濁したのを聞いたせいか。桜がはっとしたように、声色を変えた。
『……すみません、先輩。わかりました。姉さんから聞きます』
「……」
桜自身、おそらく自覚はしているはずだ。自分が一歩間違えれば、あの老人のスパイになりうることを。だからこそ俺が終始、言葉を濁したのを聞いて、それがあちらに聞かれたくない情報だと察したんだろう。
こういうところを察してくれるのは、助かるのと同時に申し訳ない。
「桜――――」
『それはそうと先輩? 昨晩はどこに泊まったんですか?』
「……えっと」
『先輩、別に私、変なことは聞いてません、よ、ね?
せ、ん、ぱ、い――――――?』
時々、俺はこの世で桜が一番怖い。
声は笑顔。しとやかな桜が脳裏に浮かぶものの、その姿は絶対的に、こちらの嘘を許さないそれで。そして何か、言い知れぬ威圧感を同時に放つそのイメージは……。
と、ドアのベルが鳴る。
「あ、すまん。ちょっと待っててくれ」
『え? あの、先輩――――』
急な来客に助けられた、ような気がする。すまん桜と心中で頭を下げながら受話器を置いて、玄関に回る。
しかし廊下が長い……。間桐の家ほどじゃないにしろ、自分の家じゃないところで一人という状況も手伝ってか、中々に心中穏やかじゃないのも理由の一つだろう。
ともあれ扉を開ける。
門の向こうに一人。
「って、あれ?」
なんだろう。見覚えがある気がする。水色のブラウス姿が遠坂と対象的なイメージで、メガネをくいっと上げて、俺を見てくる。
そして背中には、何故か小形のリュックサック。なんだろう、短パンにストッキングという格好なのに、あのまま山でも登って居そうなイメージが沸くこのデジャビュは……、以前学校で……。
「あれ、へえ。衛宮くんが出るんだ。噂は噂だと思ったけど、案外真実、見てるヒトは見てるのかもしれない」
「? 俺のこと知ってるのか?」
「私は知ってる。そっちは知らないかもしれないけれどね。『セイバーのマスター』」
「――――――!?」
瞬間、咄嗟に両手に干将莫耶を投影して構える。そんな俺を前にしても、閉ざされた門の向こうで彼女は態度を変えない。手をさっと出して、落ち着け、とジェスチャー。
「第一、一度は顔合わせくらいはしてるし。覚えられていないのは仕方ないにしても、もうちょっと友好的であって欲しい」
「顔合わせ?」
「間桐さんの家の前で」
「?」
「…………え、ちょっと、本気で覚えてないの?」
言いながら、ちょっと態度に焦りが見え隠れ。この様子からして、冷静にみえたさっきまでのそれは猫被りか何かなのだろうか。
何故かごそごそとリュックからビニール袋を取り出し、こっちを手招き。何故かそれを手渡してくる。
「なんだ、これ?」
「お近づきの印に。ふきのとう。初心者でも美味しくいただけます」
何の初心者だ、何の。
「沙条綾香。名前くらいは、お見知りおきを」
そう言いながら、彼女はふっと微笑む。そんな様子を見て、ようやく俺はこの相手が、以前遠坂から名前だけ聞いていた「学内にいる魔術師のうちの最後の一人」だと気付いた。
綾香「ところで、ワカメの頭について何か聞いているかな?」
士郎「ワカメって……、いや、たぶんシンジのことだろうけど。頭って何の話だ?」
綾香「知らないならいいよ。(ヘタレめ)」
士郎「?」
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Night Hunt で捕まえて! その1
「衛宮くん、何か食べられないのってあったっけ?」
「いや、別にないけど……。なんでここなんだ?」
話がさっぱり見えない、とは言わないまでも、あんまりイメージらしくはないというか。
沙条に連れられた先「お好み焼き・鍾馗」は、ちゃっかり十年前から新都にあるお店。泰山とはベクトルを異にし、普通のメニューと奇抜な創作メニューとでお客さんの気を引き、ちゃっかりテレビとかでたまーに出てくる事もある。
俺もたまに親父に連れて行ってもらったことはある。藤ねえも大概同伴で、いつも創作メニューを頼もうとして、親父に止められモダン焼きになっていたパターンが多かった。
その流れで、半年に1回くらいのペースで足を運ぶことはあるのだが。まさか同学年の女子生徒同伴でとなるとまでは完全に予想していなかった。
おまけに相手は、ほぼ初対面に近い魔術師というのもなかなかにイレギュラーなケース。
「なんだかんだ、私が誰かと話し合いをすると大概ここかインドカレー屋になってるから、まぁ、いつもの習性?」
「それはまた……。
遠坂とかだと、普通に喫茶店とか、あるいは相手の家に乗り込んだりっていうのが定石だから、てっきり沙条もそんなものかと」
「流石に朝食を抜いているので、ちゃんと食べたいところ(というか真面目にそういうところ入るとそれこそ勘ぐられそうだし)。っていうか相手の家に乗り込むって……」
なにそれ山賊? という呟きが聞こえたような、聞こえなかったような。こころなし、沙条が遠坂に引いているように見えない事もないのが、なにかこう、失敗してしまった感じがあった。
そして、手馴れた様子で店の戸を開ける沙条は、なかなかに常連っぽさを放っていた。
「どうしたの?」
「いや、そういえば前にテレビに映ってたなーと思って。沙条と、氷室だったっけ?」
「へぇ、それはチェック忘れてた。いや、忘れていて正解だったのかもしれないけど。後で絶対いじられそうだし」
「いじられ?」
「なんでもないよ。いわゆる、女子コミュニティ間でのというやつだから」
ささ座りたまえ、と無表情ににやりと笑う沙条。飄々としているこの感じ、少しやり辛いものを感じるような、感じないような……。あんまり身近にはいないタイプの性格といえるか。
「じゃ、相席にて失礼……。おお、これまだ残ってるのか」
「どのメニューのこと指してるのかがわからないけど、何か注文する? 世紀末覇者焼きいっとく? もち衛宮くんのおごりで」
「いや俺かよ! って、小麦粉の山で明日を見失う覚悟はないから……。まだこれだな。
深化合せ焼き一つ、お願いします!」
という訳で、創作メニューの中でも比較的まとも、かつ二人で食べられるくらいの量の代物で注文をかけた。
俺の注文を特に気にせず、水をそそぐ沙条。
「……で、結局何の話なんだ? 朝食をかねてここまで来たっていうのは、多少わからないでもないけれど」
それにしてはかなり時間を掛けて移動させられた気もするけど。バス移動だったのがせめてもの救いだろうか。
「朝からこんなところ利用するヒトは少ないって言うのもあるけれど。まぁ家主がいないうちに家に上がりこむなんて無作法はしないからね」
すちゃ、と眼鏡の位置を調整すると、沙条はさっきまでとは表情を微妙に変えた。無表情の時はどこかうすらぼんやりとした印象だったのだけれど、今、こちらを見る目はしっかりとした意思を感じられる。
「まぁ端的に言うと、私は聖杯戦争のマスター候補だったの。蹴ったけれど」
いきなりそんな、爆弾発言めいた何かをもらされた。
「……マスター候補?」
「そ。まぁ『候補』というよりは、参加できるように準備はしていたってところかな。でも、最終的には参加しなかった。まさかその枠で、衛宮くんが入ってくるとは思ってもみなかったけど」
「あー、ごめん、いきなりで話が……」
「これ以上の事前情報はないからご安心。
強いて言えば、ちょっと裏側で動いていたってくらいかな。教会からの情報規制に部分的に協力したり、笠……、アダシノさんと色々やったり」
「あだ……? って、色々って何さ」
「色々は色々だよ。要するに、学校とか、街とか、冬木自体にあんまり被害が出ない程度に、私にできる範囲で小細工していたってところかな?」
ここで水を一口呑んで、メガネを外す。
「そんな訳で、こちらの方ではおおむね第五次聖杯戦争の推移を把握している、ということ。それだけまずは理解してくれれば万歳、ワカメを一房進呈」
「いや進呈って。そのワカメは一体何だっていうんだ? シンジは進呈のしようはないだろうし」
「ん、やっぱり知らないみたいだし、それはいいや。
ふぅん……」
と、裸眼でこちらを覗きこんでくる沙条。思わず身体が後ろに仰け反る。遠坂しかり、同年代の女の子と距離が近いというのは、色々と男子として困るものがある。ましてや沙条も充分美人というか、ふきのとうを渡された時の印象とびっくりするくらい感じが違った。
「それにしても、強化と……武器召喚かな? それだけでよく勝てたなとも思うけど」
武器召喚、については突っ込まない。遠坂からあれほど口すっぱく言われているので、投影をそう勘違いしてくれたのなら、そういう扱いでいいだろう。
「いや、それを言い出すとそもそも衛宮くんが魔術師だって気付いていなかったから、そこからもうダメダメだったって説もあるけど」
「どっかで言われたことのあるような台詞だ」
「でも魔術師としてはハイド&シークする訳ではないから、デフォルトでステルスできていたっていうのは一種の才能と言えるかもしれない」
「生憎そんな胸を晴れるようなことじゃないんだよなぁ……。まあ、単に俺が未熟だったってことだ」
「ん、なんか昔の私の台詞でも聞いているみたいな気がするかな……。
でもそれでも衛宮くんが勝ったんだから、案外そういう、強い星に生まれてるのかもね」
「ほ、星?」
「そう、星。運命とか言えばいいかな。私もホントは専門外なんだけど。予知とかと関わってるところはなきにしもあらずなところはあるから、少し抑えておくといいかも」
「ど、どうも……?」
いまいち要領がつかめない俺だが、なんだろう、この空気感というか、マイペースさというか。どこかの黒豹とかを少し思い出す。
「聖杯については衛宮くんが破壊してくれたから、途中で見つかった『大物』については、こっちと代行者の方とで対処できる範囲だったの。だから、あとはこっちでなんとかすれば良かったんだけれど、ちょっと事情が変わってきた」
「……大物?」
「それはまぁ、詳細はしらなくて大丈夫というか。むしろ専門外のひとが混じるとややこしくなりそうだから、こっちはこっちで任せてくれれば。この話は一応、遠坂さんには通してあるし」
俺がそんな話を聞いていないのは、遠坂が話す必要はないと判断したか、話すと大変なことになると判断したか……。なんとなく後者なイメージが沸くが、今は一旦置いておく。本心言えば、かなり危険な雰囲気が漂っている以上は俺も関わりたいが、事態が悪化するかもと釘をさされた以上は、今は引き下がるべきだろう。
「わかった。そっちは、何かあったら遠坂でも俺でも話してくれ。
それより事情が変わったって?」
「そう。それもけっこう、ヤバイ」
言いながら、マヨネーズを片手にとる沙条。……何をするかと思えば、そのまま鉄板に画をかき始めた。じゅうじゅうと音を立てて焦げるマヨネーズ。
「いや、せめて食べ物来てからにしようって。流石に掃除が大変だろ、これだと」
「無問題無問題。さて、これに見覚えはある?」
そして描かれたそれは、細いクラゲのような何か。
色こそ違うが、赤と黒のイメージを重ねれば、間違いない。
「――――――昨日、襲われた」
「なら、話は早いかな。
聖杯戦争後、お寺がなくなった影響もあってかちょっと、冬木全体のエネルギーの流れみたいなものが、崩れていた。私と代行者は、手始めにそれをゆっくり再調整していたんだけど……、このクラゲみたいなものが目撃されはじめた。
そして、このクラゲは、ヒトを食べる」
「食べる?」
「そう。出現パターンに法則性はないけれど、実際、私達はそれを一度目撃してる」
あれは新都の公園だったっけ、と沙条はメガネを掛けなおす。
「人体を切り裂き、生命力を食い荒らし、肉と骨を溶かし。後には何も残らない」
「――――――――」
「クラゲ自体は、何か、こう、嫌がるような素振りはあったけれど、それでも何人か食べてる。
私達が駆けつけたコトで、何かに気付いたように逃げていきはするけど。今月に入ってから、死者3人、昏倒者は72人はいたはず」
「……死んでるのか?」
「死んでるヒトもいるし、意識が戻ったヒトもいる。でも、これがいかに危険なものかっていのは判っているから見過ごせないし、私達がとりかかっていたことに対しても、冬木のバランスが大きく崩れすぎるのは良くない。
そんな事情もあって、遠坂さんに相談しに行こうと思ったの。なにせ――――ついこの間、サーヴァントを召喚したんだから」
元々無関係だとは思っていなかったけど、聖杯戦争に関係してるって一発で断定できるでしょ、もはや。
話し終えると、沙条は既に黒く焦げているマヨネーズを器用にまとめてすくい、小皿に乗せた。
「逃げ帰るのにはちょっと大変だったけど、とりあえず死にはせずにこうしていられるけど。それでも状況が危機的なことに変わりはないというか。
……あ、焼きマヨです。どうぞ」
「いや、いらないから」
「遠慮せずに食べてもらっていいのですよ? 女子高生の愛じょ……? あい……? 何か得体の知れない情がたっぷり入ったマヨですから」
「なんでさ……。いや、マヨは一旦おいておいて。
あの黒い影が、聖杯戦争に関係してるっていうのは俺達も昨日認識したというか。むしろ遭遇自体は初めてだったって感じだ」
「被害件数とかも、情報は来てなかった?」
「少なくとも遠坂は話してなかったな。そっちで情報共有止めてたとかってあるか?」
「んー、基本的なところは代行者が先周りを続けていたから、あっちが面倒がってやっていないってくらいか、はたまた別なところに連絡をしていたか……。
まぁともかく、遠坂さんにその話を伝えておいてください。そうすれば、一応、管理者としては動かざるをえないだろうし」
これにて衛宮くんのお使い案件は終了です、と言うと、また例の半眼な、気だるげな感じに戻った。これは……ひょっとして遠坂が優等生の性格を作っているのと同様、こっちも学校での猫を被ってると言う事なんだろうか。
「細かくはこっちから本人に話すから、まずは情報を通しておいてもらえれば――――」
「いや、だったら俺に話してくれ。二度手間になるし、遠坂に話すのも俺に話すのも、結局は一緒だろ」
「?」
不思議そうに頭を傾げる沙条。
「衛宮くんが遠坂さんのアレだっていうのは、状況証拠から言い逃れできないけれど。遠坂さんがやる仕事を、衛宮くんが手伝うってこと?」
「そんなの、当たり前だろ。というよりもう動いている。それを遠坂だけでやらせるっていうのも心配だし、一人でどうこうする問題じゃない。
俺は、正義の味方になりたいんだ。影自体の動きも悪化しないとは限らないし、影をどうにかしないと、沙条たちも危ないんだろ? だったら、俺が動かない道理はない」
「――――へぇ、びっくり」
目の前の女子は、きょとんとした様子。まるで意外なことでも言われたかのような反応だ。
「なんだよ、何か問題あるのか?」
「ううん、大丈夫だけど。でもむしろ、うん、納得したかも。遠坂さん的にどこが良かったのかなーというのがわかんなかったけど、うん。へぇ、ちゃんと男の子してるんだ。状況が状況だったら、山菜取りが山菜になるところだったかもしれない」
「な、なんでさ?」
いってることの意味はいまいちわからないまでも、何故かこそばゆさを感じさせるような視線だ。へぇ、へぇ、と言いながら、少し笑みを浮かべてこちらをじろじろと見る沙条だった。
「うん。せっかくだし遠坂さんを呼ぶときは、衛宮くんも呼ぼうか。それはそれで楽しめそう。闇鍋第2回はそのノリでいこうか。ついでに許婚問題も決着を――――」
そして何やらぶつぶつと高速詠唱を続けなさる沙条=サンだった。
「ん。そうだね、楽しい話はまーた後日にするとして――――ええええええええええ!?」
そして、俺はナフキンを取りだし、眼前に構えた。
店主さんが、さっと出来上がりのブツを置く。その大きさは、大型のお好み焼きを二枚重ねたようなサイズ感でありながら、しかしそれにしては香る匂いが真っ向からケンカしているような、独特な圧を放つ、卵の白さが眩しい物体であった。
「な、なにこれ!? また新メニューかなにか!!」
「ああ、知らないのか。
深化合せ焼き、通称『ジョグレス進化焼き』! 光のモダン、闇のもんじゃ、それらを何一つツナギなしで合わせた似非広島風お好み焼き! 1000年経っても続くだろう二つの味が分かりあえる日が果たしてくるのか……? 立ち上がれ勇気、掴め未来!」
「なんか無駄に壮大! あとゴメン、衛宮くんのキャラも大概つかめなくなってきた」
もっと落ち着いてる系かと思ったのに、とか沙条=サン。
しかし言いながらも、ちゃんと切り分けはじめるあたりは中々勇気あるチャレンジャーだった。
「うわ、何これソース全然別ぅ!? なんで和風かつおぶしのがっつり和風ソースとフルーティーBBQを合わせたのか! 原型もはやわけがわからないよ!」
「あ、あと隠しでたぶん味噌ペーストも入ってるな」
「食べながら何分析してるの、貴方その筋の専門家だったりするの!!? でも微妙に食べられないわけでもないから何この調和具合!
そ、それより水……、この微妙な不協和音が……、誰か――――」
「まさかの時のスペイン宗教裁判!」
と、突然訳の分からない入り文句で参上する眼鏡娘。
「何度もあるなーこの展開。というか氷室さん」
「ふっふっふ、そんなものだよ綾香嬢。
衛宮、もんじゃのかかっていないところだけ切り分け頼む」
「あいよ」
「この山賊っぷりもまた……」
と、思わず反射的に切り分けてしまったが、現れたのは氷室鐘。蒔寺の友人だったはずだけど、はて。氷室と沙条の距離感がいまいちわからないというか。思ったよりこの二人、親しかったりするのだろうか。
「それにしても、珍しい取り合わせだな。綾香嬢と衛宮という組み合わせは、私と衛宮くらい接点のないものだと思っていたが」
「あー、そうだな。ちょっと将来の危機に対して相談を」
「そうそう、ワカメのヘッドとかパイルダーとか。浮いた話ではないので、あしからず」
「嗚呼、あれは……。嫌な事件だったな」
「大丈夫、海草はいつか生い茂るものだから」
いや、いくら何でも本当に何の話をしているのだろうか。シンジの身に一体何が起こったというのだろうか。
「いや、だが店先で見かけたときには心底驚かされたぞ。遠坂と渦中、話題の衛宮士郎とこんな時間、二人きりで行きつけの店で話しているのだ。下種な勘ぐりとは言わないが、学術的な興味は沸いてしかるべきだろう。恋愛力学研究者とは言わないが、私とて女子なのだ」
「いや、一応ないんじゃないかな?
だって、眼鏡かけてないし」
「「そこ、重要なのか?」」
天然なのか素なのか判断がつかない沙条の言葉に、俺と氷室が同時につっこんだ。
森Girl「眼鏡は重要」
XAVI子「重要なのです!」
CURRY「当然至極、ですよ!」
???「お、おう・・・」
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Night Hunt で捕まえて! その2
沙「うんうん、中々悪くないんじゃないかな。特に森に棲んでるところは好感が持てるし」
氷「字が違わないか、汝。棲むでは魔物か何かだろう」
沙「そもそも逸話として奉られてる時点で人間扱いはされていないって説もある気がする」
氷「それは、まあ否定は出来んか。日本で言えば織田信長の――――」
士「……居場所がないっ」
そう時間はかからない。というより、桜の様子を見に行くことも多かったので、道筋自体にさほど違和感がないっていったらいいか。
間桐邸……。考えてみれば、協力者として土地を譲ったにもかかわらず、遠坂とこの家は交友を結んではいなかった。無闇に関わらないって盟約を結ぶくらいには、お互い警戒していたってことなのかもしれない。
「……でも、それがどうしたっていうのよ。そんなの、桜の時に破って来てるじゃない」
透明になったキャスターから困惑の感情が伝わってくるけど、気にせず扉の向こうに足を進めた。ストップをかけられない以上は、私が感知している以上の何かは今、ここにはないのだろう。
呼び鈴を鳴らさず、扉を小細工して開ける。
今の私は、客ではない。この土地の管理者として、外敵になりうる者を調査しに来ているのだ。
だけれど……。
「父さんの言いつけを破ったのって、これが初めてだっけ」
200年続く、聖杯戦争のための盟約。そんなことよりも、父の教えを破ったことの方が、自分としては意識に上ってくることのようだった。
ただ、それとてどうということはないのだけれど。
ただ、悔いることがあるとすれば……。
「マスター、気付いてますか?」
「……ええ。でも別に構わないわ。どっちにしたって、ここで話すような内容でもないわ。監視されてるとしたら、それこそあっちが可哀想だし」
一帯を見て回って、違和感を感じるところを思い描く。こういう時に士郎がいたら、きっと屋敷を一回りしただけで構造を把握して、指摘してくることだろう。
そんな図をありありと想像して思わず苦笑い。キャスターには悪いけれど、今の状態はやっぱりイレギュラー以外の何物でもないのだろう。
「ここかしらね。音の響き方が変だし、中が空洞っぽいわね」
「風は、二階から吹いてるようです」
「なら上ね。ナビゲートお願いできる?」
入り口自体は二階にあった。壁の継ぎ目にアゾット剣を刺し、小細工をして開く。この程度なら造作もない。造作もないが……。
地下へのその通路から漂う湿気と、臭い。
肉の腐ったような、あるいは爛れたような、嗅覚を焼くそれに少し顔をしかめる。
下りる途中、キャスターが音もなく光を前方に灯してくれた。お陰で、よく見える。薄暗い、緑のその場所が、くっきりと。
空間は共同墓地のようなそれ。無数に開いた穴は死者を埋葬するためのもののはず。棺に収められた残骸は、既に風化してるものも多い。
ただ、決定的に墓地と違うものがある――――肉は土へと還るのではなく、無数に蠢く蟲の餌でしかない。
「なんでこんな……、こんなのだったら、どうして今まで――――」
少し嘔吐し、呼吸を整える。胸の内で暴れた不快感は、嫌悪や怖気よりも、後悔と怒り。
こんな、こんな場所で何を学べというのか。
ここは、ただの飼育場だ。
蟲を飼育し、跡継ぎを蟲に捧げ、共に飼育する――――。
「――――――っ」
「これは……、効率が、とびきり悪いですね」
そんな問題じゃない。もとより後継者としての苦労を比べるのは筋が違うし、困難さで言えば私の方が苦労を重ねている自負はある。それだからこそ、魔術教会とて特待生として迎え入れようとする今の立場なのだ。
だけど――――ある意味でいえば、この愚鈍で、非効率な学習方法。
術者を蟲の慰み者にするとなれば、口をつぐんでしまう。
そこにあるのは、統率するための学習ではなく、飼育するための拷問でしかない。
頭脳より肉体に仕込むそれが、あの老魔術師の嗜好であるならば。後継者に選ばれるということは、その苦しみに終わりがないということ――――。
桜の状態に対する認識が、私も、士郎も甘かったのかもしれない。
統率するために身体を使ってるのではない。そもそもその主従が逆だからこそ、あの子は、暴走なんてしかけているのだ。判ってはいたはずなのに、それでも、耐えてきた年数に、想いを馳せることはなかったのだから。
間が良いのか悪いのか。臓硯は今、ここに居なかった。いや、ひょっとしたら蟲か何かで覗いているのかもしれないけど――――。手がかりがない以上、長居は無用。
「辿れる?」
「ええ。一匹ほどお仕留め下さい」
言われるままに、一つの頭を砕いてガラス瓶に入れる。溶液に浮かぶそれを一瞥して仕舞い、私は地上に戻った。
「慎二。そこにいるんでしょ、隠れなくていいわよ」
洋風な居間の奥、もう一つの隠し通路に潜んでるのは、流石にわかった。
「っ――――遠坂、おまえ」
「……ふん。無視するつもりだったけど、ちょっと気が変わったわ。表まで少し付き合いなさい、間桐くん」
「――――――――ぅっ」
表情には、聖杯戦争の頃みたいな尊大さはない。ないというより、発することが出来ないでいる。サーヴァントがないというのが心の支えを失わせているのもあるだろうけど、私の剣幕を前に調子こいていられるほど、鈍感でもないらしい。
門を出た時点で、慎二の方から口を開いた。
「な、何を話すっていうんだよお前。だいたいそれは別にして、なに勝手にやってきてるんだよ、おまえは。お互いの家には口出ししないって決まりなんじゃないのか?」
「あら。同じ学校の生徒なんだし、遊びに来てもおかしくないと思うけど? とくに桜とは特別仲が良いし」
「ハ、笑わせるな。鍵壊して入ってきて、家荒らしといて正気かい? 呼び鈴くらい鳴らせば、僕だって普通に応対するに決まってるだろ。何、土地でも見てるわけ? いつから泥田坊の真似事なんて始めたんだい遠坂の人間は」
「アンタまで泥田坊いうな! でもむしろ、強盗って気分かしら。あれよね? 見つかったら暴れるから強盗って言うわけだし」
あくまで冗談のつもりだ。気分的に全く笑えなかったものの。
「……ッ」
「反論とかはしないのね。当然、知ってたとは思うけど。でも、それでも貴方はマスターになった」
「…………嗚呼そうだよ」
慎二は苦い顔のまま、それでもはっきりと、自分で言った。
「僕は単に……、魔術師になりたかっただけだ。それこそ聖杯の力でもなんでもいいから、魔術師として振舞えるなら、それだけで良かった」
その言葉を出すのに、相当、葛藤はあったのだろう。
間桐の家に生まれながら、魔術回路を持てなかった慎二。もともと間桐の血が薄れている時点で、探求者としての彼らの責務は薄れていったといえる。にもかかわらず、それに慎二は固執した。
「ないもの
でも、それ以上の言葉を続けることはない。
「自分で分かってるってことは、分かるだけの何かがあったって解釈していいかしら?」
「……桜がさ」
許すんだよ、と。慎二は、きっと私には判らないだろう葛藤を口にする。
「でも、許されるようなことじゃないだろ。特に桜は。だって、僕は加害者なんだぞ? 今更、どうしろって言うんだよ。そんな風に認められて――――僕は、どうしようもないじゃないか」
「…………それが、桜を避けてる本当の理由ね」
しでかしたことの責任は慎二にあるのだから、私は同情もしないし、共感もしないけど。
人畜無害な――――影日向にわざわざ来ないでも良いコイツが追い詰められるのだから、ある意味では報いと言えなくもないのかもしれない。
そもそも慎二が余計なことさえしなければ、桜は、安穏と――――本当の意味で安穏といかずとも、それでも望むようには在れたのだから。
「でも少しだけフォローしてあげるわ。ほかならぬ桜のために。――――――あの子、助けてって言わないでしょ」
え、と。ぽかんと口を開ける慎二。
「それこそ、桜がその言葉を言うには、遅すぎたのよ。何もかも。
私も、言われたわ。あの子を助けるなら、それこそ十一年前の時点でどうにかしなきゃいけなかったって。今更、そのことを嘆いてもどうにもならない。
私達は生きてるんだから。考えるべきは、どうすれば良かったかだけじゃない。これからどうするべきかってこともじゃないの?」
「……なんでおまえ、そんな……」
「でも正直、これに関しては私も衛宮くんに勝てる気はしないわ」
「なんで衛宮?」
ここで喚き散らさなくなっただけ、成長したってことかしら。
「ある意味でそれは、魔術師としての素質そのものよ。たぶんそれがあったからこそ、桜にも届いたんだと思う。……結局、私もアンタも、及んでいないところがあるのよ」
――――自分以外の為に先を目指すもの。
――――自己より他者を顧みるもの。
――――なにより、誰より自分を嫌いなもの。
「こればっかりは、壊れてないと持てない矛盾だから。
士郎は壊れたまま、ある意味一度『生まれなおして』るのよ。十年前の大火災の時にね」
「――――」
「とはいっても、あんまり気に入らないところでもあるんだけど」
言いながら、今度は別な理由からむっとしてしまう。
結局何を言った所で、あいつは自分のことを勘定に入れようとしないのだ。だから、周りがそのことを判った上でどうにかしないといけない。それこそ、骨でも埋める覚悟をもってしないと
……まぁ、そんなでも士郎だから、一緒にいようという気にはなるんだけど。
「士郎も、私も、貴方の人格や交友関係とは別として、貴方の事は許しはしないわ。士郎が例え貴方と友達になったところで、責任は何らかの形でとらせるわよ。
だから慎二? ――――それでも桜が貴方を許したってこと、少しは考えなさい」
これ以上は野暮か、と。私は肩をすくめながらその場を去る。
慎二は、頭を抑えるように抱え込んだ。
※
「食べた食べた。意外と食べられたのが衝撃だった」
「そりゃどうも。……結局、割り勘だったな」
「そりゃ、流石にね。遠坂さんに悪いし」
また泥田坊されても困るし、とよくわからないことを言い出す沙条。氷室を交え、ガールズトーク……にしては妙に山菜とか植物の話題とか、歴史上の人物の話題とかが多かった気がするが……、の洗礼を経て。店を出た俺達は、商店街に向かってる。
「氷室たちとは仲良いのか?」
「んー? まぁ、けっこう。みんなで美綴さんいじったりしてる」
「あいつ、いじられる側なのか……」
「ちなみに美綴さん、第五次のライダーに襲われていて、そこに一応介入して助けたのは私。ちなみに救急車呼んだのは氷室さん」
「それは初耳だ」
一度襲われて、軽症で済んでいたとはなっているけど。まさか裏側がそんな事情だとは考え付いてはいなかった。いや、逆にこれは沙条のファインプレーと言えるのかもしれない。
でも色々あったけど皆進級できてよかったよね、と、話題をぶった切ることに躊躇がない子だ。いや、その話は確かに追求すべきは慎二なのだと言えば、それまでなのだが。
「進級か……。まぁ確かに、一時期休んでいたくらいだし。前の三年生たちは、大丈夫なのかな」
「流石にそこまでは、私が面倒をみる領分ではないからね。私にできたのは、せいぜい倒れた生徒達にこの栄養満点の特性青汁を気付代わりに飲ませて回るくらいなものよ」
「なんでさ。いや、素なのかそのキャラは?」
大概この沙条も人物が読めない。この異様に飄々とした感じは、遠坂でいうところの優等生の外面と同じで、フェイク、だとは思うのだが……。
「一応、植物が専門なのは本当だよ。同行の志が増えて欲しいとは思ってるけど。
衛宮くんは、なんか特別『悪いもの』に魅入られてるような気がするし、青汁効くと思うんだけどなー、なー」
「なんでさ、そのノリノリな感じ……。
だったら決定的に宣伝の方法を間違えてるぞ、それ」
「? ふきのとうは美味しいでしょ?」
「それは認める。認めるけど、そういうのは脈絡なく押しても、身構えるのが普通だ。趣味は押し付けるものじゃない。共有するものだろ?」
「とすると、アドリブであの対応が出来る穂村原の女子は、猛者と。
そりゃそっか、普通はあの勢いで闇クリスマスしないし」
「…………あー、沙条は普段、どんな学校生活を送ってるんだ?」
「聞きたい?」
「やっぱ止めとく」
世の中、知らないほうがいいこともある。何をしたところであからさまに結論が決定されていそうな状況においては、唯一、観測しないということがそこから逃れる術なのだ。
俗に言う薮蛇ってやつ。
「まぁ遠坂さんも一緒にやったんだけど。闇クリスマス」
蛇どころかあくままで同伴していた模様。
「学校というと、アレだな。葛木がマスターだっていうのも知ってるだろ?」
「うん。まさか入院中って形に落ち着くとは思ってもいなかったけど」
葛木 宗一郎。キャスターのマスターとして戦っていたあいつは、アーチャーの策に嵌り生死の境をさまよい、現在絶賛入院中だ。意識不明状態が続いている。
キャスターがこの事実を知らないのは幸いなのかどうなのか……。少なくとも遠坂は、意図的にこのことを伏せているはずだ。
「あの先生に関しては、遠坂さんはノーマークだったんじゃないかな? 普通に見てこう、本職教師っていうのに違和感があるような立ち居振る舞いはしていたけど。修学旅行」
「してたな、修学旅行」
今更ながらよく死人が出なかったものだ。……主に、どこぞの黒豹とか。
何故ああいうのは脱走したがるのか。しかしそれを仕留める側に藤ねえがいることに「解せぬ!」と叫び声を上げたりしているあたりが、平和といえば平和だった。
「冬木の虎と一緒にね」
「沙条まで虎呼ばわりするのか……」
「そういうわけで、藤村先生は最近どう?」
「どうって何さ」
「何かおかしかったりしないかとか、まぁ、そんな感じ。ほら、先生も学校で、ライダーの結界の影響を受けてるし」
「特に大丈夫だったぞ? 医者から『藤村先生は元気ですから、むしろ献血してきますか?』ってすすめられて、翌日カンカンだった」
「ふぅん」
何故か意味深げにメガネのつるを抑える沙条。
「……まぁ、絶対的に悪いものではないから、それは大丈夫か」
「どうした?」
「大した話じゃないよ。間桐君のあ……、いや、なんでもない」
「……いや、本当なんでさ? 本当にシンジに一体何があったっていうんだ?」
というか、実行犯だろうかこの娘。
「それはともかく、衛宮くんが遭遇した、クラゲから出てきたサーヴァントは何?」
「話が一気に戻ったな……。ちょっと待って、頭を整理し直す」
この緩急ありすぎる会話は計算なのか、それとも天然なのか……。どちらにしろ、遠坂とは別な意味で振り回されている感じがする。
「ランサーとセイバーだ。あと、キャスターを今遠坂が保護してる」
「保護? ……えっと、薬でも飲まされて、身体が縮んだりしたの?」
「いや、よくわかったなそれ」
「それはなんというか、テンプレというかお約束というか……、っていうか、あざとい」
なんでさ。
「私達は、ライダーと遭遇した」
「ライダーと?」
「うん。……流石にゴルゴーンとかは予想していなかったっていうか。組んでいたのが代行者じゃなかったら、私も今頃砂粒になってたかも」
「穏やかじゃないが、まぁ、それは分かる」
ライダーの正体とその能力からして沙条が言わんとしていることは嫌でもわかる。
ただ、そんな俺の反応を無視するように、沙条の視線は山の方を向いた。
「どうしたんだ?」
「……その後、ちょっと視たのだけれど」
「みた?」
「若干、
うん。その時のインスピレーションからわいたのが、あの、山」
沙条は、感情がない声で言った。
「――――呪いは、あの下に埋まっている」
ボブ「…………」 武器のメンテナンス中
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Night Hunt で捕まえて! その3
黒剣「……!? くっ、シロウが助けを求めている……!」
黒槍「いやお前、契約もしてないのにどうやってそういうの察してるんだよ」
黒弓「伊達に直感Aではないってことだろ」
黒杯「やっぱり愛の力かしらね~」
黒狂「……ッ!」(お嬢様、ファイトでございます)
「山の下――――、聖杯の逆に位置している場所っていうのが、気になるわね」
沙条の話を伝えると、遠坂はあからさまに面倒そうな表情をした。
「聖杯の逆?」
「ええ。より厳密には、柳洞寺において聖杯を召喚した場合の逆位置っていうことかしら。山頂と山の下だったら、まさに真反対でしょ?
それに、立地的には柳洞寺の地下ってことになるのかしら? とすると、おかしくなったアーチャーと遭遇したのが柳洞寺だっていうのも意味深かしら」
「――――――」
そういわれてみれば、遠坂の言っていることに心当たりはある。
あの時、アーチャーは確か、ここに悪性腫瘍ができていると言った。そのここという言葉がさすのが冬木だと思ってはいたが――――土地をより限定していても、おかしくないかもしれない。
堕ちた竜脈、とセイバーはいっていた。
またキャスターが街から魔力を吸い上げるのにも利用していた点からすれば。おそらくあの山は、俺達が考えている以上に霊的に意味があるのかもしれない。
そして、そんなことを考えながらも、今にも舌打ちでもしそうな表情の遠坂には、もっとメンタル的な意味があるのかもしれない。
「いや、なんでそんな忌々しそうなんだ?」
「そりゃ忌々しくもなるわよ。……いえ別に、沙条さんが悪いってわけじゃないんだけど」
「さっぱり話が見えないんだが……。遠坂、沙条のこと嫌いなのか?」
びしり、と一瞬石になった遠坂。
視線を逸らしながら、しょうがないでしょ、とでも言いたげに言い訳を始めた。
「個人的には、魔術師としては悪くないと思ってるわよ? 何かこう、微妙に畑違いなことをやってるような気はしてるけど」
「畑違い…・・・?」
「士郎で言うところの強化みたいなものね。沙条さんのやってるのが植物使用を前提、専門とした
そもそも儀式において生贄に捧げるのに、生物を用いるのが苦手なら、別な道を模索するのが妥当だと思うのよ。それが本人にとって王道であるなら、忌避する感情は徐々に減っていくはず。それでも無理やりに実現する道を選んだとすれば、もうそれは、本当のことを言えば向いていないってことだと思うのよ」
にもかからず、基礎能力だけでそれを補い尽くしてるように見えるのよね、と遠坂。
いや、それだと俺とは事情が違うんじゃ……。
「ちゃんとした師から、ちゃんとした教わり方をしてるかどうかくらいじゃないかと思うわ。士郎のお父さんは、士郎に魔術を教えるつもりは初めからなかったんでしょ?」
「そりゃ、確かにそうだろうけど……」
「まぁ……士郎の投影が、召喚とかに見られてるっていうのが良いのか悪いのかってところよね。どっちにしても良し悪しは、後日、色々やってるみたいだし直接問い詰めるとして……」
だからなんでそんな、好戦的に握り拳をつくるのか。
既に日が沈んだ冬木の街。この間の一件もあって、俺と遠坂、ついでにキャスターとで見周りをしている。
「じゃあ、何が理由だっていうんだ?」
そんな俺の当然の指摘に、遠坂は片手で顔を覆った。
「…………まぁ、大体は綺礼のせいなんだけど」
「言峰?」
なんでそこで、その名前が出てくるのか。
「アイツが私の後見人だったって話はしたかしら。お父様が聖杯戦争のせいで死んだ後、綺礼が権利関係とか、色々代理で取りまとめていたのよ。アイツ、お父様の弟子だったから」
「へぇ……」
「ただ、私から見てもアイツ、その手の才能は、ない」
きっぱりとした断言だった。
「――――大体、普通、一等地の土地の契約書と、単なる別宅の契約書間違える!? しかもアイツにしては珍しいことに、心底驚いた顔して『スマン』とか言ったのよ!? ありえないわ、あの似非居神父が自らの非を認めて謝罪するレベルなのよ!!?
その類の女神から運命、見放されてるとしか思えない……! 私が中学に上がる頃になってようやく安定したけど、下手すると私達の家の土地さえ風前の灯だったとか、意味わかんないわよ!」
そしてその断言を皮切りに、遠坂の中で蓄積されていた何かに火がついてしまったらしい。
反応できない俺に向かっても、その攻撃は留まることを知らない。
どうやら言峰、財産管理とか経営とか、その類の才能はからきしだったようだ。
生きてても死んでてもロクなことをしない、あの似非神父。
いっそのこと、そういった財産関係のものは英雄王の枕元にでも忍ばせて置いた方が、まだご利益があったかもしれない。
「で、えっとつまり。遠坂の財産関連を、沙条の家が買い取ったとかそういうことか?」
「正解。……というより、第三次聖杯戦争の時から予備として持っていた土地だったらしいし、私としても手札を一つ減らされたようなもんよ」
「どれくらいだったんだ?」
「私が魔力を溜めていた宝石があったじゃない? あれが、倍は軽く作れるわね。
量的に作れるってだけだから、実際は作れないけど」
「ば――――!?」
聖杯戦争時のパワーバランスが、いともたやすくひっくり返りかねない発言だった。
「いえ、それはまだいいのよ。
そんな私の事情を知らなかったことも、この際どうでもいいわ」
「じゃあ、何が」
「――――言うに事欠いて、泥田坊よ泥田坊!」
ついに着火した何かが、四方八方に爆発してしまった。
「おい遠坂、近所迷惑だぞ? っていうか妖怪扱いか……」
確か、田んぼ返せ~ってやつだったと思う。
「そこまでは言ってないわよ! ただプレッシャーかけてたら、『何、泥田坊?』とか真顔でぼそっと言いおってからにっ! しかも私の態度見て、『その猫被り、非効率じゃない?』とか! なんなのよまったく!」
「――――――」
どうやら俺が沙条に抱いた、飄々としているという性格はあながち間違っているわけでもないらしい。
いや、それ以上に素で容赦がないだけかもしれないが。
だけど、その流れで一緒にクリスマスパーティしてるくらいなのだから、そこまで関係がこじれてる訳でもないんだろう。
「明日からまた学校だし、あー、考えたらまた遭遇するじゃない……、せっかく良い具合に忘れてたんだから、嫌な事思い出させないでよね士郎!」
「お、思い出させたのは俺が悪かったから、胸倉を掴むのを止めてくれ……。あと、キャスターもいい加減とめてくれ」
俺の言葉に、姿を表すキャスターはくすくすと笑っていた。
「いえいえ。仲が良いのは良いことですから♡」
頼む。セイバー助けてくれ。
夜の街の警戒を続けながらも、俺の願いはきっと彼女には届かなかった。
※
夜の十時を回るくらいになって、帰宅する俺。それに何故か、当然のようについてきていた遠坂。
「で、実際問題、間桐の家の方はどうだったんだ?」
「空振りもいいところよ。予想はしてたけど。
でも、少しだけ実りがなかったわけでもないわ」
道中の会話が途中だったからこそ、なんだかんだでついてきたのだろうと判断していたのだが、ここにおいて俺の認識は甘かったと言わざるをえない。
それは俺達の帰宅に気付いて、桜が入り口に来たときに発覚する。
「先輩、お帰りなさ――――」
「こんばんわ? 桜。すっかり板についてきてるじゃない」
楽しげに笑う遠坂と、ぽかんとした様子の桜。
そしてその顔がすぐさま満面の笑顔になったのを見て、ああ、この二人は姉妹なんだなーとか、平和なことを考えていた。
「先輩……、こんな時間まで、姉さんと一緒に、何をしていたんですか?」
「――――ぅっ」
まぁ、実際平和とは程遠い世界がそこにはあるのだけれど。
だが、その地雷処理をするでもなく、遠坂は当たり前のように蹴り飛ばしてきた。
「ああ、桜? 今日から私もまた下宿するから、部屋の準備とか手伝ってくれる?」
「「ええ!?」」
遠坂の爆弾発言に、俺と桜、絶叫。姉を思わせる怖い笑顔が消えて、桜も俺も戸惑う戸惑う。
「あ、あの、先輩。これはどういう……」
「いや、俺も何がなんだか……」
「何よ。状況が状況なのよ? どう考えても拠点を一緒にするのは必要でしょ? それに、ちょっとした『監視』の意味もあるから」
「監視、ですか?」
「そう。桜、あなたのね」
平然と、そして当然とばかりに言い放つ遠坂。
「貴女の状態が不安定だっていうのは、士郎とかこの間のデートのときとかでおおむね察したから。何かあっても士郎じゃ対応できないでしょうし、私も一緒にいてあげるわ」
「姉さん、でも……」
「藤村先生の説得なら、私がなんとかするわ。
まぁ、そうね。一泊くらいすれば既成事実? として言い訳が成立するわね」
いや成立しないだろ、という俺の反論に対して、遠坂はにこにこと笑う。
そしてリアクションがとれないでいる俺達二人に「早く来なさい」と我が物顔で今に上がりこむあかいしんりゃくしゃ。
「……とりあえず、話は上がってからだな」
「あ、はい。お茶の準備してきますね」
そうこうして居間で当たり前のようにせんべいを齧る遠坂。……何故だろう、我が家に合っていないようでありながら、しかし実に板についている。ここら辺は流石に、聖杯戦争中の流れが続いているのか。
いや、そういう意味ではまだ聖杯戦争はしっかり終了していないのだから、むしろ流れは続いているといえる。
そして俺達が会話するにしても、今もっとも危急なそれは桜を交えてするレベルの話ではないとして。それを避けるように話題を選ぶ。
「遠坂、聞いてないぞ? 泊まるって話。あと太るぞ?」
「このくらいで太らないようバランスは見てるから大丈夫よ。ヘルスコントロール、ヘルスコントロール。
それと、下宿は実は前々から考えてたのよ。色々重なったし、いい機会かとも思って。事後承諾で悪いけど、今から方針を変更するつもりはないわ。
……あ、そうそう! テレビつけよっか!」
「なんでそんな楽しそうなんだよ……」
確かに遠坂の家でその手のものを見た覚えはないが。そういえばセイバーも、なんだかんだでテレビは楽しんでいたように思う。
ただし、映った内容に対して遠坂も俺も渋面を作らざるを得なかった。
「あっちゃー ……。今日は新都の方だったか」
ニュースで取り上げられている昏倒事件は、俺と遠坂が今日深山町を回っていたのと正反対の方向を示していた。
「被害状況からして、代行者がなんとかしてくれたって感じかしらね。……どうしよう、後日、正式に支払わないといけないのかしら。協会の方になんとかして擦り付けられないものかしら……」
「なんかボソっと恐ろしいような台詞が聞こえたような気が」
「冗談はともかく。まずいわね。人数が全体的に増えて来てる……。あのシスターたちでも、被害状況を隠蔽しきれなくなってきてるってことかしら」
そうだ。明らかに今日、報道された人数は多い。
沙条たちが言っていた比率に比べ、今報道された人数自体が、いきなり100を超えた。場所が駅だったというのも大きいかもしれないが、今月に入ってから72人とはいっても、いきなり72人全員倒れたという言い回しではなかったろう。
つまり、それだけあの影が飢えて来てるということか。
「自前でサーヴァントなんて召還するくらいなんだから、根っこは明らかに異常なのはわかってたけれど……」
「……遠坂。俺、明日学校を休む」
「は?」
「イリヤに話を聞きに行こうかと思う。もはや電話を入れるとか、そういうレベルの状況じゃない」
「…………それもそうかしらね。まぁ、あんまり学校休んでると色々困るとは思うけど」
「優先度の問題だ。効率的である必要がある」
「……周りを助けるためだけに効率的ってことじゃなくて。私は士郎が幸せになってくれることに効率的でなきゃいけないと思うけど」
じゃないと、あの貴方に顔向けできないし、と。
それに対して何か言おうとするタイミングで、桜がやって来た。
「姉さん……、こんな時間に御菓子なんて、太りません?」
「二人とも、確実にそこ聞いてくるわね……。せっかくだし、私の健康法というか、ダイエット法とか教えてあげよっか、桜」
「是非!」
ごう、と疾風のごとく遠坂の手を両手で掴む桜。あまりに勢いに、思わず遠坂も身を引いていた。
気を取り直して、三人してそれぞれコの字型に座り、遠坂主導で話が進む。
「端的に言えば、間桐臓硯が裏で色々やってるっていうじゃない? ニュースとかでも、こういう昏倒事件が多いことからして、敵が大量の魔力を集めてるんじゃないかって踏んでるのよ」
当然のことだが、桜に俺達が知ってる情報の全てを伝えるわけにはいかない。桜も既にマスターではなくなってるのか、キャスターの存在に感づいている気配はない。カバーストーリーでも、なんらかの情報を伝えることは大丈夫だろうと判断だ。
そしてこれを言う以上は、今日、間桐の家を調べたことに対するカバーストーリーの意味合いもあるんだろう。
「それで、私は――――」
「これもまぁシンプルなんだけど。いくらあの似非神父が調整したからっていったって、桜? 貴女、一度暴走してるじゃない。そして私の見立てでも、今の貴女もちょっと不安定よ?
おおかた、臓硯から少し魔力をとられてるんじゃないの?」
「それは……、…………」
「別にそれをしてる貴女が悪いっていってるんじゃないの。ただ、無理をしてるのなら一声かけて欲しかったかなって思って。
私、そんなに頼りないお姉ちゃんかしら?」
「そ、そんなことありえません! 姉さんはいつだって――――――はっ」
勢いに任せて自分が口走ったことに、照れる桜と楽しげな遠坂。
「私としても状況が悪化してる以上は、手をこまねいてるつもりはないわ。だから士郎と一緒に調査しようと思う。だったら、拠点を一緒にするのは妥当でしょ?
幸か不幸か、二ヶ月前に置いてきたものはそのまんまだし、入植の手間もはぶけるしね」
「入植とかいうなよ。植民地じゃあるまいし」
遠坂は大英帝国か何かなのだろうか。……しゃれになってない。遠坂が進路を検討してる協会も英国にあるとかなんとかだし、我が家に「東遠坂会社」でも作りかねない。
只その言葉を聞いてから、桜の表情が曇った。
「……だったら、私は、間桐の家に帰りますね」
それは、完全に俺達の予想を超えていた。
「ちょ――――、話聞いてた!? 桜」
「聞いてました。でも……、だったらダメですよ、姉さん。だって私は、いつ何があるかわからなんですから!
もし私が操られでもして、姉さんたちに不利になる情報をお爺様に知らせでもしたら…・・・! それで先輩たちを追い詰めて、もし死んでしまったら……! 私、そんなの耐えられません!
私のことなんていいんです! 姉さんたちにもしものことがあったら、私――――――」
――――――思えば、今、間桐臓硯に決め打ちで敵対している以上、桜が状況を知ってるというのは、確かに得策ではないと言える。
いや、桜も今の話が、ある程度は虚実入り乱れたものだとは察しているのだろう。でも、そうであっても自分が俺達を害するくらいなら、と言っている。
「……賛成はできないわね。慎二が桜をこっちに来させたのとは別な思惑で、臓硯も桜がここに滞在するのを許可したんでしょうけれど。それ以上に、桜が間桐の家に戻って、こっちに不利益が発生しないと言う補償はない」
「姉さん――――」
「貴女、なんだかんだ言って自分が特殊な状況にあるってわかってないでしょ。そんな状況下で、そうね……。自分の知らないところでリスクを放逐するなんて真似は、魔術師としても出来ない。
それに、今更『あんなところ』に戻すつもりもさらさらないわよ」
「――――――――! 姉さん それは」
「まぁ、私が言うだけで足りないなら、士郎もなんとか言いなさい」
促されるまでもなく。遠坂の手を引くと、驚いた顔をされるが、それを無視して、桜の左右を覆うように、俺達は座りなおした。
「先、輩――――?」
桜が何かと言う前に、俺は、桜を抱きしめた。
息を呑む声を聞き、視線を遠坂に向ける。アイコンタクトは伝わらなかったようだけど、それでも意図はさっしてくれることを期待する。
「お前が、俺とか、遠坂とかを大事に思ってるのはわかった。
だけど――――俺達だって、お前が大事なんだ。お前にもしものことがあったら、俺達だって悲しい」
「せん、ぱ……っ」
「だから、全部飲み込まなくてもいいんだ。遠坂もいったけど、それこそ、俺達はそんなに頼りないか?」
「わたし、わたし――――、
わたし、ここに居てもいいですか?」
震える声。視線をさまようわせる桜に、遠坂が俺とは反対方向、つまり背中側から桜に腕を回す。
「何、今更なこと言ってるのよ。私達、家族でしょ?」
「――――――っは、はい……!」
そんな震える声を、俺と遠坂の二人で抱きしめながら、そして――――。
「――じゃ・じゃじゃ~ん! 大・復・活!
って、あれ? シロウたちどうしたの?」
「「「………………」」」
流石にこの状況で、堂々と出現したイリヤに。俺達三人は見事に絶句していた。
「って、あれ? シロウたちどうしたの? ……ふぅん」ちらりと凛、桜を見て、視線を細めるイリヤ
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戦闘お姉さんSexy-Revenge・・・! その1
『――――っていうわけで、昨日の夜の駅前の昏倒事件のせいで、お姉ちゃん朝から仕事なのよね~。
朝ご飯、みんなにゴメンしといて』
「了解」
『あ、あと昨日の事件が、学校で前に起こったことみたいだって突っ込みがどっかから入ったから、なんか学校調査するみたいよ? というわけで今日は学校、休校だから。部活動も禁止禁止。しばらく続くかもしれないから、覚悟しといてね』
「あー、わかった。わざわざ校門まで行かないで良いっていうのは、助かる」
連絡網が死語と化した今の時代、情報弱者の高校生がそんな事実を知るには、担任からの直接連絡か、学校まで行って校門に「休校」の張り紙が出てるのを確認するかしないといけなかった。
早朝。藤ねえから珍しく、時間帯を考えない電話が来た。
内容が内容なだけに、セイバーが居たときの聖杯戦争時にもこんなことがあったなぁと苦笑いが浮かぶ。浮かぶが、どう考えても不謹慎だと気を改めた。
「さて、それにしても早すぎだな……。まだ桜も起きてないぞ?」
二度寝しようか、と壁の時計を見ると、しかし、時刻は既に六時を回っている。そこまで遅い時間ではないし、普段なら桜がキッチンに立っていておかしくない時間帯だ。だというのに、居間もどこもかしこも電気が切れている。
「どういうことだ……?」
「――――サクラたちなら、まだ寝てるわ。昨日、色々話してたみたいだし」
かけられた声に振り返れば、眠そうに目をこするイリヤの姿。
昨晩、深夜に「しばらくはセラの好きになんてなってあげないんだから!」と堂々と胸をはり、妙にハイテンションに俺達のもとに現れたイリヤは、そのままなし崩し的に家に泊まって行った。
「リンの部屋の準備をした後、そのまま私も巻き込んで、軽く女子会みたいになってたわ。
まさか『あんな』キャスターが居るなんて思ってもみなかったけど」
「あ、あはは……」
それはそうだろう、と驚きの心境を察する。
「私は途中で脱落したけど、キャスターいわく明け方近くまでサクラとリンは話しこんでたみたいだし、目覚まし時計を切っておいたわ。
流石にそれだと遅刻すると思ったから、シロウと一緒に朝食でも作ろうかなーって思って来たんだけど……」
「そういうことなら、了解。
……しかし、なんで明け方まで話してたんだろう、二人とも」
これが聖杯戦争開け直後、桜が家に来た直後とかならまだわからないでもないのだが。このタイミングでそんなに話しこむことがあったかというと、それはそれで謎だった。
「難しいことじゃないわ。シロウ。
リンにとって今が『必要なタイミング』になってしまったって、たぶんそれだけだから」
「?」
「姉妹の会話だってことで、そっとしておきましょう。
それよりシロウ、何作るの?」
「ん? あぁ……。そうだな、イリヤは何が食べたい?」
「たまご!」
「卵か。んー、じゃあカニ玉かな? カニカマでカニタマ」
「なにそれ、おっかしー!」
ころころと、少女らしく笑うイリヤ。
平和だ。裏側で現在進行中の「何か」を一瞬忘れられるくらいには、平和な気持ちになれる。
「シロウにも見せてあげる。卵割るのは得意なんだから!」
「だからって、あんまり張り切りすぎると砕くぞ? 殻」
「大丈夫、これくらいならセラも文句を言わないんだから」
「とはいうけど、最終的な時間を合わせるからお米が先な」
ええー、と不満そうなイリヤだが、しかしここは折れて貰う。こと衛宮家のキッチンは、俺と桜のダブルシェフ独壇場なのだ。
「いいか? こう、ネコみたいな手で……、嫌な顔しないで、ほら。それでこう、優しく磨いていくんだ。大切なのはお米に対する愛情。真心を込めれば、きっと食材も応えてくれる」
「ごめんなさい、ちょっと、私には理解するのが難しい世界ね。食べてくれるヒトに対してっていうのならわかるけど……。
……ねぇ、シロウ?」
「なんだ?」
そしてお米の研ぎ方を後ろからおしえていると、イリヤは腕の中から見上げるように、いたずらっぽく笑った。
「――――――シロウは結局、誰が好きなの?」
「――――――ッ!?」
声にならない声が、喉から漏れた。
「な、なんでさいきなり」
「だって、いいでしょ? お姉ちゃんに話してごらんなさいよ~」
「そんなこと言ったって、米研ぎは止めないからな?」
「ちぇっ」
どこまで本気なのかわからないまでも、仕方ないとばかりに顔を背けて俺のなすがままになってるイリヤ。
そして炊飯器に掛けた時点で、再び話題を呼び起こした。
「まぁ確かに、一つ屋根の下に女の子が三人いるって状況なんだし、それに優劣をつけるっていうのは、中々にスリリングなことだと思うけれど……」
「いや、優劣はないからな?」
「でも嫌いってことはないにしても、みんな一斉に相手できるほど、『今の』シロウは器用じゃないでしょ? だったら、やっぱり順番はあると思うのよ。そことのころ、タイガじゃないけど私も気になるかな~」
「みんな一緒って、何の話だよ……」
っていうか、今のってのは何なんだ、今のって。将来的には何か変わってしまうとでもいうのだろうか、まさか。
からかっているのか、本気なのか、どちらにしても俺の対応できるキャパシティを朝一晩から超えていた。
「リン? それともサクラ? まさかタイガってことはないでしょうし……」
そして、選択肢の一発目から藤ねぇがハブられていた。
「誰が好き、ねぇ……」
その言葉に、嫌でも脳裏に過ぎる彼女。黒く染め上げられてしまった、黄金の輝き。
一度送り出したのだから、もう、そこに未練があってはいけない。俺とセイバーとは、そういう風にお互い折り合いをつけようともがいたはずだ。
だけど、それを除いてということはとうてい考えられない。ある意味であの時、あの瞬間までに俺達のすべてがあった。その事実だけは、変えようがないんだから。
ただ――――――。
その言葉をふと考えた時に、不意に、覚えのない顔が脳裏を過ぎった。
ウェーブがかった黒髪をした美女のイメージ。顔もあやふやだっていうのに、何故かヒトの話を聞くのが好きな相手だったという記憶が、かすれたように。
「どうしたの? シロウ」
なんでもない、と言うほかにない。これはきっと、あのアーチャーの記憶だ。ほとんどがアイツの記憶が残らなかったにもかかわらず、それでも頭の片隅に引っかかるのだから、生前よっぽど気にしていたか、あるいは世話をかけられた相手なのだろう。
「んー、動揺してるとは思うんだけど、ちゃんと料理は止めないところがすごいわ、シロウ」
「へ? いや、これくらいは別に問題ないぞ。……いきなり槍を持って居間を破壊するような何かがいなければ」
どんなバーサーカーよそれ、というイリヤだったが、事実はランサーとかいう不届き者だったりする。
ただ、どうにもこの程度でイリヤは話題を逸らすことを許してはくれないらしい。少しだけ嘆息し、言葉を選ぼう。
「…………正直、考える余裕がない」
なんとかひねり出せたのが、こんな情けない一言なのだから我ながら嗤えて来る。
「シロウ、その顔は止めなさい。『引っ張られてる』わよ」
「おっと失礼。
………………でも本心だよ。今の状況って、どれくらい聞いたんだ?」
「一通りはリンとキャスターから聞いたわ。って、シロウ? まさかとは思うけど、それを理由にして駄目だって言わないわよね」
目を細めるイリヤに、それもない訳じゃない、と続ける。
「ただ……。怖いんだよ。少なくとも、身の回りの誰かに被害が及ぶっていうのが。今回の相手は相手だから、そういう感覚は薄いんだけど。『俺』が中心に居て、俺を理由に誰かの悪意がむけられたとき。俺の周りが傷つくのが、怖くて仕方ないんだ」
だからこそ、先行きは不安定で、定まって居ない。
遠坂から、時計塔に一緒にいかないか、と誘われても居るが。そこに果たして俺が居ていいのかどうか。
いっそのこと――――そう、最小効率を狙うのなら。俺が独りになればいいのだ。周りに誰もいなければ、誰も被害を受けることはないんだから――――。
「だったら、シロウの知らないところでサクラとか、学校の友達とかが大変なことになった時。シロウは助けてあげられるの?」
――――――――。
「それに、尚のことダメ。どんなカタチであれ、シロウはリンと一緒にいなくちゃいけないの。だって、任せられるのがリンだけなんだもの」
「任せるって、何を?」
「シロウがもし、彼を――――英霊『エミヤ』を超えようとするのならば、どうしたって超えなければならない壁があるの。それは、判り易く言えば『完成すること』。
常に洗練され、研磨され続けるカタチにあるシロウにとって、きっとそれは最も辛いコトの一つになるわ。だって、それはもはや投影というプロセスを、その概念を超えた領域。シロウはシロウだけのカタチを、シロウだけで、本当の意味で成さなければいけないってことなんだから」
「俺だけの、形……?」
何か、こう。そういわれて、何かが。
それが何なのかと言う事はできないのだけど、それでも自分の中の何かが、すごくしっくりくる感覚があった。
「そのために、遠坂がいるっていうことか?」
「それは、近い様で遠いわ。リンがいれば、きっとシロウは『ああなることはない』。そういう意味で、サクラじゃなくてリンなの。シロウがその道を進む上では、今、シロウが考えられるそれに従ってはだめ。
一度はアーチャーが通った道だってことを忘れないで」
「……ありがとう、イリヤ」
これくらい大したことじゃないわ、と力を抜いて微笑み、イリヤは卵を割り始めた。
「あーあ。でもやっぱり、私とキリツグは親子みたい」
ボウルに卵を開ける様は、確かに言ってた通りにはこなれている感じがする。ただ、それと同時に言われた言葉は、よくわからない。そんなの当たり前じゃないか。
「そういうことじゃないの。
それこそ十一年前、キリツグが私を連れて逃げることが出来なかったように。シロウがこんなカタチになってしまう前に、私はシロウのお姉ちゃんになれなかったんだから」
「イリヤ……」
「シロウが悪いわけじゃないし、キリツグが悪かったわけでもない。
だけど、私も、そう長く時間が残されてるって訳じゃないから。こんなところまで親子そろってってことよね」
それでも。そんな悲しげなことを言いながらも、イリヤは微笑む。無邪気に、爛漫に。
「敗者は勝者に従うもの、って理屈はおかしいかもしれないけれど。シロウのセイバーが私のバーサーカーを倒した以上、私は、私の望みを押し付けるつもりはない。
だけれど、でも、やっぱり、男の子には好きな女の子のために戦って欲しかったかな」
イリヤが何を指し示しているのか、俺にはわからない。だけど、間違いなく一つだけわかったことがある。
イリヤはきっと、それこそとっくの昔に、何かを諦めたのだ。
すっと、俺は、気が付けばそうするのが自然だっていうように、イリヤを後ろから抱き占めていた。
「シロウ?」
「――――俺はイリヤも好きだし、遠坂とか、桜だって、皆大好きだ。だから、関係ないんだ。イリヤが聖杯でも、セイバーがサーヴァントでも。それこそ、桜や遠坂が魔術師だって、それは大した問題じゃない。そんなのは当たり前で、だから、好きな人達のために戦うって言うのは、俺にとっては当たり前だ」
「シロウ…………」
ヒトはいつか死ぬ。起こってしまったことは、もう変えられない。
だから、イリヤのその思い詰めたような声が悲しくて――――――どうしても、これは俺がやらなくちゃいけないことだと思った。
切嗣の代わり、という意味でも。俺個人としても。
「………………じゃあ、私も頑張らないとね」
そしてイリヤは少しだけ悲しげに微笑んだ。
※
シロウとリンが出計らったのを見て、私は、サクラと一緒にお茶を呑んだ。
味はほとんど、よくわからないけど、でも、シロウがいれたほうが美味しいのは、きっと心の問題なのだろう。
「イリヤさん、どうしました? 緑茶って苦手でした?」
「大丈夫よ、サクラ。問題はそこじゃないし」
「え?」
「――――――――よく誤魔化せてるわね。私ですら、二月近くは騙されたわ」
よくわからない、という風に頭を傾げていても、私の言葉の指し示す意図は理解できたみたい。
ええ。そうでしょう。だってそれは、きっと私達にしかわからないことなんだから。
「な、何を、言ってるんですか?」
「とぼけてるんじゃないのなら、今の自分の状態がわかってないってことかしら。
……いいわ。だったら教えてあげる。貴女は、自分が何なのかはとっくに判ってるでしょ?」
私が、魂の入れものであるように。
目の前の、サクラもまた。「誰かに意図的に作られた」、異なる形を持つ、もう一つの杯。
「私から抜けたものを、すべて回収しようなんて、剛胆なことを考えたものよね、マキリも。それって、一度は失敗するって前提に練った計画だったってことなんでしょうから。
その感じだと、仕込みはコトミネって感じかしら」
「イリヤさん?」
「サクラ。今の貴女は『満ちてる』はずだわ。なのにそれが貴女の中に滞留していないってことは、間桐桜というカタチを保つ、それを引き起こすだけの奇跡が、どこかにあったってこと。
だけど、勘違いしてはいけないわ。貴女を蝕む『それ』を抑えた奇跡は、貴女を守るものでは決してない。第三次聖杯戦争の後、この国の
わかるかしら。――――貴女は自分であるようでいて、徐々に、徐々に『あっちと』一つになってるってことよ」
まだ、どれくらい自分が残ってる? と。私の問いかけに、サクラは愕然としてた。
「そんな……、でも、私、今だって全然――――」
「無理をしていたのは、ずっと、知ってたわ。でもシロウとリンに軋轢は生じさせたくないから、黙ってた。リンなら、貴女の状況が『聖杯戦争直後から』そうだって気付いたら、すぐ結論に至るかもしれなかったから。
……シロウが倒れるほどでなかったっていうのも大きいけれど……、流石に昨日の夜のあれは、やりすぎよ。いい加減、限界が近いってこと。
それをしなかったら、どうなってるか判ってるわよね?」
「……知りません。どうなるんですか? 私は」
「――――殺すわよ。自分も、周囲も、何一つ残さず」
ねぇ――――、ライダー。
私の呼びかけに。
本来なら「反転している」か英雄王同様「取り込まれているはず」のライダーは。
「――――――しかし、サクラがサクラであるならば、その程度、些事でしかありません」
かつてセイバーと戦い、アーチャーに殺されたときと、何一つ変わらぬ姿形のままで、サクラの後ろに現れた。
第三次聖杯戦争後の小悪魔「ノブノブ~!」
バビロンから使命を帯びて「ニャ!? 新手のイロモノかニャ! しかしイロモノ歴ではこっちの方がはるかにパイセンだニャ、この三下ァ!」
第三次聖杯戦争後の小悪魔「ノッブゥ~!!」
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戦闘お姉さんSexy-Revenge・・・! その2
杯「貴女が『そっち』に寄ってる側だっていうのは知っていたつもりだったけど、まさかほとんど影響を受けていないなんていうのは驚いたわ。それ以前に、よく今まで私たちに気付かれなかったわね」
乗「簡単な話です。――――私自身も、つい最近までは再召喚されていませんでしたから」
ついこの間。カッターナイフで切った指先を、桜はとろんと溶けた目で見つめて、咥えていた。
垂れる血をもったいないとばかりにすすり、わずかに牙を立てて。
血を舐めるコトに対するおびえと、味わう血から供給される魔力とで理性が鬩ぎあっているのが分かる。
そんな桜を見ていると、こっちまでなんだか変な気分になってくるのだ。
まるで自分が自分でなくなるような――――――自分という個が解かされていくような。
形が失せて、この世から消えうせてしまいそうになるような。それでいて、しかし、甘い快楽を味わうような。
――――血以外の活力を吸い上げられていくその感覚。あやふやになる理性のその狭間で。きっとそれは、何かに似ていると。どこかで理解していながらも、そんな危惧はないと。
「――――静かね」
ふと、遠坂の声で我に帰る。
新都の中央公園。俺やセイバーにとって因縁のあるこの土地は、時間もあいまってか無人だった。
いや、ただでさえ原因不明の昏倒事件が続いていることが明るみになったのだ。警戒して出歩いている人間が少ない以上、静けさも増している。
いや、それ以上に――――――不気味なほどに、この場から「命」のようなものを感じない。昆虫一つ、草一つとってみても、まるで何かに吸い荒らされたような。
ただでさえ、ここは打ち捨てられた荒れ野のようなものだ。オフィス街の真ん中にあるとはいえ、憩いの気配は当然ない。
この場所が出来てしまった原因からしても、それは当然だろう。
「ここでも昏倒事件があったって言ってたけど……。あー、なるほど。また代行者たちに助けられたみたいね」
「じゃあ、やっぱり……」
「ええ。一応、今のキャスターで調べる事は可能みたい」
少なからず、一度、臓硯はここに来てるわ、と。遠坂が指差す側は、血が飛び散ったらしい草むらと、まるで刃にでも抉られたかのごとき地面の跡。
遠坂が間桐の家から奪った触媒。それをもとに現在俺達は、キャスターの魔術で捜索をかけている。
屋敷の中で臓硯自体には遭遇しなかったらしいが、その代わりに、工房で「育てられていた」ものらしい。その蟲は、間桐の魔術と関わりが深いことは言峰から過去に聞いていた。
そもそも間桐臓硯自体がどこにいるのか、ということについて定かでない以上、場所を特定するためにもこの作戦は必須といえた。
「今まで臓硯とあの黒い影が一緒だっていうのは仮説みたいなものだったけど、これでほぼ立証できたようなものじゃないかしら。ほら、周囲の
……まぁここでの戦闘自体は予想外もいいところだったんでしょうけど」
「なんでだ?」
「代行者の血の跡なのかはわからないけど、それでも彼女、死んではいないみたい。連絡自体は、出かけるちょっと前に確認したんだけど」
「いつの間に……」
「そもそも沙条さんの話とも総合すれば、あの黒い影は食事を欲しているってことじゃない? ということは、食事を邪魔され、あまつさえ目撃され、食べるべきだったエサを前にお預けされたってこと。……こんなの、どう考えてもロクな結末にならないでしょ。
駅で相当な人数が倒れたっていうのは、たぶんそれが原因ね。食べられなかった反動から、一気に、簡単に吸えるだけ吸ったってことでしょ」
そういわれると、筋は通っているように思う。思うが、しかし……。
「だったら、なんで駅は昏倒で済んだんだ?」
「どういうこと?」
「だって、つまりそれは予定外の食事だったってことだろ? なりふりなんて構ってられないくらいの状況だったから、人目とかを考えないで食事に入ったってことじゃないか。だったらそれこそ、何人か死んでたっておかしくはない」
「それもそうなんだけど……んー、臓硯本人でもないとわからないんじゃないかしら、そこのところは。
何をしたところでおかしくはないかもしれないけれど、変なところで自分なりのルールみたいなものを持ち合わせてるのかもしれないし」
「――――――マスター」
振り返ると、キャスターは渋い顔をしながら、しゃがんで草むらの一角を見つめていた。……どうでもいいが、その嫌そうな表情は、どこか大人のキャスターに似ている。
戦闘用、ということなのか姿形も普段と変わっている。服装自体は全く被る部分はないものの、長い髪と耳の印象もますます大人のキャスターを思い出させてくれていた。
「どうしたの? そんな嘲ってるみたいな顔をして」
嘲ってるのか、その顔は。遠坂。
「いえ、別に馬鹿にしてる訳ではないんですが……。いえ、それでも、見つけてしまったものがありましたから」
「?」
そこには、血が付着したバッグが転がっていた。……まるで仕事帰りのOLとかが携帯しているような、皮のもの。
ただ、明らかに劣化していた。外側、とりわけ取っ手のところが、何かに食いちぎられたかのように穴が開いている。
「……この蟲です。おそらく、同種の刻印蟲に食べられたものかと」
「? ちょっと待って、バッグだけ食べられたってことはないわよね」
「ええ。それは考え難い。この数日のうちに捕食されたものだと思いますが……」
「キャスター、話が見えない。黒い影に関係なしに蟲がバッグを食べた……、ってことは、つまり」
ある種、最悪のイメージが脳裏を過ぎる。
それはつまり、バッグを持った誰かが、一緒に蟲に食われたということじゃないだろうか。
「…………臓硯がやらせた、というかやったっていうんなら、臓硯にとって『そうしなきゃいけないだけの何か』が起こったってことかしらね」
「そうしなきゃいけない?」
「ええ。……あんまり考えたくはないけど、それこそ、自分の身体のパーツ代わりくらいはしてるのかも」
「――――――」
パーツ代わり?
それは、どういうことだ。
「前に言ったでしょ? 臓硯は魔力のほとんどを、自分の身体の維持にあてている。でも考えてみれば、普通人間がどう頑張っても、百年とか平気で超えるだけの時間、己の人体を保持できるわけはない。だとすれば、方法はわからないけど、他人の肉体のパーツを自分の身体のそれと入れ替えたりってくらいは、やっていても変じゃない」
「そんなこと、出来るのか?」
「わからないけど、でも……、少なくとも私が見た臓硯の魔力は、『いびつだった』。それこそ、複数の流れを無理やり矯正でもしているような。
少なくとも代行者から臓硯の話は聞かないし、仮説って言えば仮説ね」
下手なコトは言えないけど、と遠坂は言うが。もしそれが事実だったら……。いや、臓硯が自分のために、誰かを平然と殺したかもしれないっていうことも、あるにはあるのだけれど。
この場で、あの代行者のシスターと戦ってる黒い影と一緒にいて、それでもなお自分の身体を再生する必要があったということは。
「…………臓硯も、あの影を操れていないってことか?」
俺の言葉に、息を呑む音が二つ。二人とも、視線は俺を、嫌な風に見ていた。
「……流石にそれは、勘弁願いたいわね」
ただでさえ私達だけで、最悪あのセイバーを相手にしなきゃいけないのに、と。頭を抱える遠坂に、こればっかりは心底同意だった。
※
川べりからの風は既に生暖かく、夏に向けて気温が上昇しつつあることに気付く。
遠坂たちと帰路につきながら、ふと、以前から気になっていた疑問を訊いてみる気になった。
「そういえば、桜はどんな魔術を使うんだろう」
「なによ。一緒に住んでるんだから、それくら聞けばいいじゃな……って、あー、そっか。もし臓硯に聞かれてたら警戒を強められるか。
んー、そうね。間桐の魔術は”戒め”とか”強制”とか、そういうものだって話ね。慎二の方がたぶん詳しいだろうけど」
「いや、それもそうなんだが、そういうことじゃなくて……」
当然、魔術回路とかは姉妹なんだから同じくらいは存在するんだろうけど。
「……腕前ってことなら、士郎とそう変わらないわ。セイバーとか私とかから稽古を受けてる分、貴方の方が実戦じゃ何倍も強いでしょうね」
「ってことは、少なくとも力関係としては、遠坂が一番上ってことか」
「イリヤとかを含めたら、もうそういう次元じゃないけどね。あの娘の場合、使ってるものそのものが魔術じゃないもの」
「魔術じゃない……?」
俺の疑問に、遠坂は肩をすくめる。
「私は五代元素。桜は架空元素。間桐は水属性で、貴方は剣。あのメガネはよくわからないけど……。
こうやって方向性があるっていうこと以前の問題として、イリヤの魔術、魔力の根幹は聖杯ってシステムそのものなの。
だからたぶん、発動に文言もモーションも、
神代とはいえ、魔法に近いとはいえ魔術は魔術。その流れをすっ飛ばした速度で放たれる奇襲なんて、気付いてもそうそう避けられるものじゃない。
そういう意味じゃ、大人の貴女はさすがに英霊ってことね」
姿の見えないキャスターにそう声をかける遠坂。くすくす笑ってるあたり、照れてるのだろうか。少女のキャスターは。
というか、メガネって。沙条ってちゃんと呼んでやれよ、たぶん友達じゃないか。
「本当なら、桜が本来の筋で大成でもしたんなら、私だってどうかわからないレベルだとは思うけれど……。
あの子は、間桐の属性に適合するよう改造されてる。空を飛ぶ鳥を無理やり水に適合させてるみたいなものだから、身体をそういう形で維持するだけで手一杯なのよ。
魔力だって刻印虫にすべて食べられてしまうわけだし、そもそも余剰の魔力って言うものが発生し得ない。だからちょっとバランスを崩されるだけで、ああなってしまう」
「――――――」
「…………何落ち込んでるの?」
いや、別に落ち込んでいるつもりはないのだが。
ただ、単純に自分の未熟さを痛感したというか。
「桜の保護者を気取ってたっていうのに、そんなことを察することもできなかった自分が、大馬鹿者だってな……」
「士郎、顔」
「また嗤ってるか?」
「なんだか最近、そっちの表情も板についてきてるみたいで嫌ね……」
それは俺も激しく同意なので、顔面で様々な表情を作って、自然体を取り戻す。
「さっきも言ったけど、魔力から桜が魔術師だって特定するのは難しいわ。貴方とは違う理由で。
それに、桜は士郎にだけは知られたくないって頑張ってきたのよ。あの慎二でさえ、決定的な瞬間まではそのことを隠してあげていた。
間違っても桜がいるところで、そんなバカ言わないでよね」
「……嗚呼。それは、言われるまでもない」
そういえば、と遠坂が話題を変える。
「前から聞こうって思ってたんだけど、桜って、いつからああなの?」
「ああって、何がさ……?」
「表情。……やっぱり、士郎のところに居るとあの子、びっくりするくらい笑うんだもの」
いつから、と問われても……。いつもああだぞ、としか返しようが……。
「……私が弓道部にしばらく入り浸って至っていうのは知ってる?」
「嗚呼。おかげでシンジが可哀想なことに――――」
「そうやって嫌な顔で茶化すあたりもあのアーチャーの名残かしらね、シ・ロ・ウ?」
真面目な話をしてるのよ、と言いながらアイアンクローを決めてくる遠坂……って、アイアンクロー!? そんなもの藤ねえくらいにしか受けたこともないし、遠坂にやられるとも全く思っていなかったこともあって、完全に防御の姿勢がとれてなかった。
しばらく俺を折檻した後、ため息をつきながら続ける。こめかみの辺りを押さえながら顔を上げる俺に、視線は呆れとも、仕方ないとも、切なげとも、なんとも形容し難い感じになっていた。
「まぁいいわ。で、前にも言ったけど、間桐と遠坂って関係だってこともあって、そこまで直接的に話し合えはしなかったんだけど……。それでも様子が見たくてね」
「………………」
「でも、しばらく見る間に気付いたのよ。あの子、愛想笑いさえ浮かべないって」
それは……、初めて聞いた話だったが、でも、納得できる事実だった。
初めて会った時も。学校で顔を合わせる直前までも。桜は普段から、いつも暗い面持ちで佇んでいるだけではなかったか。
「でも、貴方がいるときは別だった。
私だけじゃなくて、美綴さんも、藤村先生も知ってると思うわ。桜が元気なのは、士郎が目の前にいるときだけだって」
「…………桜、人前では笑わないのか?」
「最近は、少し変わってきたように思うけど……。何、どうしたの?」
私がもし悪い子になったら――――。
脳裏で響く桜の声とその事実とが。何かあやうい、不都合なことを俺に知らせようとしていた。
いつかのどこか:
金色『・・・!(こ、この我が溶ける・・・!? をのれ単なる装置の分際で!)』
麻婆『・・・?(この混沌の中、どこか、聞き覚えのあるような声が・・・?)』
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戦闘お姉さんSexy-Revenge・・・! その3
「――――ごと?」
家の戸を開けた途端。どこからか、何かが崩れ落ちるような音が聞こえる。
不審に思って足を進めれば、キッチンで、皿を洗ってる途中で、倒れている桜の姿があった。
「――――桜!?」
「ちょ、いきなりどうしたの桜!」
抱き起し、意識を確かめるように声をかける。桜の顔は赤く、熱を帯びている。体も同様に熱い。
意識がないのか苦しげに吐息をあげる桜。呼吸は苦しげに乱れていて、どうしようもないくらいにうなされているように見える。
すかさず遠坂が手を額にやる。
「すごい熱じゃない。何、季節外れのインフルエンザか何か?」
「――――あれ、先輩? 姉さん? どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃないだろ! 熱があるならあるって言えって!」
「え? けど、熱くない、ですよ? わたし」
心底不思議そうな桜の様子は、どこか夢うつつのようで。
「遠坂――――」
「部屋、開けてくるわ。士郎は運んで」
「了解。じゃ、いくぞ?」
「わっ! せ、せせせせ、せんぱい、わたし、せんぱいにだっこされちゃってますか!!?」
抱きかかえたまま廊下に出ると、桜は声をひっくり返しながら首っ玉に抱き付いてくる。
……不覚にもこう、胸に、その、とんでもなく弾力があるナニカが当たってくるが、今はそれを無視するのみ。
離れのベッドに寝かせて熱を測ると、三十七度。思ったよりは低かったが、それでもここまでダウンするくらいには、ひょっとしたら疲れているのか。
「桜、魔力、足りてるか?」
「ふぇ? だい、じょうぶ、です」
耳元で遠坂に聞こえない程度に確認しても、桜はそう言って微笑むばかり。
やがてタオルと常備薬を持ってきた遠坂が、意外と丁寧に桜に飲ませる。
「大丈夫? ただでさえ状況は良くないんだから、早く元気になりなさい」
「すみません、姉さん……」
「まぁ崩れちゃったものは仕方ないにしても、あんまりクヨクヨするんじゃないわよ?
……って、あれ、イリヤ知らない?」
「あれ? さっきまで、いたと、おもったんですけど……」
ろれつが回ってない桜は、そのままベッドで、目を閉じて寝息を立て始めた。
※
慌てていたせいか。直前まで脳裏をよぎっていた、不穏な言葉は也をひそめてしまっていた。
だが、だからこそ桜を寝かせた後、テレビのニュースを見ていると、脳裏を過るこの感覚は何に由来するものなのか。
「あんまり思いつめてるんじゃないわよ。士郎」
「――――遠坂」
「ほら。お茶いれたから飲みなさい。キャスターが一人になりたいっていうから暇になったの」
湯呑を置く遠坂だが、その言い分は理由になってるようで、理由になってない。
「せっかくだ、飲むよ。ありがとな、遠坂」
「……ふん。別に、私が仕切りなおしたかっただけだし。アンタはおまけよ、おまけ」
妙に熱いそれを一口飲んで、一息つく。遠坂は何を切り出すこともなく沈黙を貫く。
それが、意外と居心地が悪くない。ほう、と心から一息つける。セイバーといたときのしっくりさとも、桜といるときの安心感とも違うそれは、なんだろうか。
……癒し系?
「く」
「……、な、なによいきなりアーチャーみたいにニヤけて。言いたいことがあるならあるならはっきり言いなさい?」
「いや。なに他意はないさ。
……ただ、こうして何もしないで遠坂といるっていうのも、珍しいような気がしてさ」
考えるまでもなく、俺と遠坂との接点は殺伐としていたし、それに端を発して仲間だっていう認識はできたものの、まかりまちがっても普通の友達というような感じではなかったなとも思った。別にこう、クリスマスパーティーを一緒にするような仲でもなかったし。
思えば遠くに来たものだというか。妙な感慨深さを覚える。
「そ、そりゃ、確かに言われてみればそうだけど……。っていうか、士郎、年寄くさい」
「なんでさ? いや、でもまぁ冗談抜きでいろいろあったからな。セイバーのことも、桜のことも。聖杯戦争のことも、親父のことも」
「……衛宮くんにいたっては、通算で何回くらい死んでるのかしら? ふつうなら」
「言うなって、それは」
実際助けられて感謝はしてるのだ。この出来の良い師匠ちゃんには。
まぁそれでも、こう終始防戦に回らざるを得ないような関係であるにもかかわらず、その割に一緒にいてくつろげるっていうのが、ギャップがあるというか、アンバランスでおかしいのだ。
「俺が遠坂と話し合うようになったのもマスターになってからだし、遠坂だって俺がマスターにならなかったら、こうして知り合うこともなかったろ?
そう考えれば、マスターになってよかったことが一つ増えたともいえる」
「なんで?」
「まぁ、前から話してみたいとかは思ってたからな」
当然のごとく、それまで一成と一緒にいて声をかけたりしても、軽く流されて終わっていたというのが正直なところだったし。当人、どれだけ一方的な憧れを抱いていても、相手の眼中に入っていないのはそれはそれで寂しいのだ。
だっていうのに、俺の言葉にふと、ばつが悪そうな顔になる遠坂。
「……少し違うわ、それ。貴方はどうだか知らないけど、わたし、士郎のことはもっと前から知ってたんだから」
「――――え?」
なんで? という俺の疑問に、ふと、遠坂は照れくさそうな表情になる。なんでさ、その反応。別に俺たち、話したことがあったわけでもないだろうし。
「あくまで私が一方的にってことよ。ちょっとしたトラウマ……、うううん、憧れ、みたいなものね」
「と、トラウマってなんでさ!? いくらなんでも振れ幅が大きすぎるだろ。っていうか憧れ……?」
「そうビクビクしなくてもいいわよ。……いいわ。ちょうどいい機会だから直接グチってあげる。
四年くらい前だったかしら。ちょうど冬頃かしらね。貴方、どうしてだか知らないけど学校に残って、日が落ちるまでずっと走高跳びやってたことあったでしょ」
――――――。
「すまん、覚えてない」
「まぁ、アンタにとってはそんな大したことじゃなかったのかもしれないけど。わたし、それ見てたのよ。
ちょうど昇降口から出たところで、こう、ね? 馬鹿みたいに、跳べっこないそれを繰り返してたやつを、なんでかぼーっと、それこそ私も馬鹿みたいに」
「いや、待て。おかしいだろそれ。大体遠坂、昔は学区が違うだろ。一成とおんなじ学校だったんだし」
「た、単なる偶然でしょ? わたしは生徒会の用事でそっちの学校にいってたときだったし」
ともかく、話としては単にそれだけで。
遠坂が俺の名前を知るのはそれよりもずっと後で。顔だって、すぐに忘れてしまったらしい。
「……で? それの何がトラウマになったというんだね?」
「士郎、わざとアーチャーに寄せてるでしょアンタ……。
んー、ほら。一年前、桜が弓道部に入ったあたりでさ。暇さえあれば様子見にいってたんだけど、たまたま、部員でもないヤツがいてさ。そいつを見て思い出したのよ。
で、それにショックを受けたわけ。三年経った後だっていうのに、一目でわかるくらいに、私はソイツに衝撃を受けていたんだって」
「いまいち、要領を得ないんだが」
「簡単に言うとね。羨ましかったのよ。士郎が」
これには、遠坂は肩をすくめながらつづけた。
「私の目からみて、アンタは絶対成功できないって、わかってたんだと思う。だっていうのに、それでも挑み続けてた。それに何か意味があるって思ってるみたいに。
――――正直言ってさ、わたしには出来ないって思わされた。
私はこう、できないってわかったことはすっぱり手を引くってスタンスだから。綺礼は機械的だって言ってたけど、まぁ、そのあたり薄情なわけよ。
けど、時々思うこともあるの。そんなこと考えずに、ただひたすらに物事に打ち込めることができたら、それはどんなに純粋なことなんだろうって。
実際、士郎はそんなこと続けてたわけだしね? その時は知らなかったけど」
む、むぅ……? 反応が取りづらい。
「まぁ、そういうのに迷ってた頃に、いきなり正反対の人間を見せられたわけじゃない? だから、トラウマ。
なんだか目を離すことができないくらいに――――その背中を追うくらいには、そういうのがあってうれしかったって。私はできないけど、そういうのがあるんだって」
ぐぐっと伸びをすると、遠坂は席を立つ。
「どこに行くんだ?」
「ちょっと家にね。秘密兵器……って訳でもないんだけど、もしかしたら必要になるかもしれないし。使わないには越したことはないんだけど、最悪のケースの場合も想定して準備しておこうかしらって」
何故か毒づくような表情を浮かべる遠坂に、俺は終始、疑問符を浮かべるばかりだった。
※
――――声が聞こえる。
どうしてそんな会話が聞こえてしまうのか。淡々と語られる姉の言葉は、さもそれが、自分だけの思い出であるかのようなそれ。
そこに自分がいたことさえ気づけなかったくせに、美しい思い出に浸っている――――。
そんな姉に、怒りと、殺意がよぎる。
それはいつか、わたしが、せんぱいに明かす、とっておきだったはずなのに――――なんで、そんな、過去の、ありふれた、思い出にするのか。
わたしだけのとくべつを、そんな、かんたんに。
「ち、がうっ」
自分の胸の内に沸く感情を否定する。否定すれど、それでも、言葉は正しく私の心を矯正してくれない。
イリヤスフィールが言い放った言葉を思い出す。すでにこの身は置換されつつあるのだと。
なればこそ、自らの思考が侵されている自覚はある。――――それでも、ふるまいこそ抑えることはできていたはずだというのに、ほんの少しバランスが崩れただけで、もう、この有様なのだから。
だから夢に埋没しようとする。
でも――――。
――――赤い海の中に視界はありました。
見知った街並はすべてその海に沈んでいて、私は呼吸をしていません。呼吸もできないんじゃなくて、呼吸を必要としていないようで。だから、「ああ、これは夢なんだなぁ」って、そんなことを思ったんです。
むしろ息を吸えば吸うほど、何かが足りないって、そういう風に。
苦しいと。何かが足りないと。
だから、それはどこにいてもかわりませんでした。街を見下ろすような高さのところで、下を見下ろして。この苦しさをどうにかしたくて。でもどうにもならないことに、なぜか、腹が立ちました。
おかしいですよね。夢の中なのに、こんなにいらいらが収まらないなんて。
いつもなら日記帳に書き留めたりするんですが、でも、不思議とそんな気分にもなりません。
夢の中だからか、私は少し、普段より暴力的なのかもしれません。
こんなの、先輩知られたら嫌われちゃいますよね。
だから、気が付いたときに。手がそれこそ、なめらかになるくらいに、べっとりと。色はわかりませんでした。でも。
その色が、自分の足元に横たわる人たちから流れ出ていることだけはわかりました。
よく見れば、私の手は五本の指のそれではありませんでした。それでさえありませんでした。
帯が集まったような。それでいて、もっと本質的には繊維でさえないような――――。
マダ、タリナイ――――モット――――。
苦しい。
足りない。
この世界に耐えられない。
『――――いまのうちに死んでおけよ娘。馴染んでしまえば死ぬこともできなくなるぞ?』
だから、私は、その赤を全身に浴びて――――――。
「そんなの、嫌、です……ッ!」
私の意思に反して。でも、私の意思に『即して』、手は、その色を浴び続けることを止めなくて。
「なんで……、だって、せんぱいだけで、せんぱいだけで私、こんなに、幸せなのに――――」
『――――殺すわよ。自分も、
なのに。ああ、どうして――――。
どうしてこんなに、気分が『高揚してるのか』。
「ライ、ダー ……」
「――――サクラ」
自分の言葉に応じて現れた彼女。
「イリヤさんに、感謝、ですね……、だって、そうじゃないと、ライダー、気づかれちゃうもの」
ライダーが現れた折。イリヤスフィールはこの場にある種の結界を張った。そのせいか、この場は幼いキャスターにさえ感知されることもなく、ライダーの出現を許容している。
彼女は、こちらを見下ろすばかり。何も言わず、ただ、守るかのごとく。
だから言わないといけない。まだ善悪の判断が残っているうちに、言わなければならないことだけを残さないと。
そのために、イリヤスフィールが「時間を稼いでくれたのだから」。
「もう、わたし、そろそろ限界みたい。だって、何をしていなくても、『あっちの夢も私』なんだから、私は、先輩たちと一緒にいちゃいけないよね」
ライダーは何も言わない。そんな彼女に微笑み、手を向ける。
「今の貴女に令呪はありません。サクラ。正しく、私は貴女と契約をしているわけではありません」
「うん。だから、これは、お願い。
ライダー ――――」
「――――たとえ私を殺すことになっても、先輩のこと、最後まで守って、あげて」
その言葉をライダーがどこまで履行してくれるかはわからないまでも。
ただそれだけを希望として、間桐桜は一度、その思考を手放した。
凛ちゃん「やっぱり出すべきか、出さないべきか・・・。宝石剣よりは現実的だと思うんだけど、もはやそれどころじゃないしね、あれは。
あー、ムカッ腹立ってきた!」
魔紅玉『――――(ほほぅ? ついにこの私の出番が来ちゃうとかいうことですかねぇ? って、あ、ちょっと凛さん、箱ごとぶん投げないでくださいよちょっとー!)』
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Olley! 参上! その1
左腕の赤布を解きながら、自室に向かう。
結局、遠坂の秘密兵器とやらは諦めたらしく。今日も目立った収穫はなかったといえる。
いや、厳密にいえば一つだけ収穫がなくはなかったが、現状それを実行するだけの能力が自分にないという事実がわかっただけでも大きな進展かもしれない。
おそらく聖杯戦争時に気づいていたら、もしかしたらあの時なら実現できたかもしれない設計。
イリヤの言葉からヒントをもらって、今の自分にできる「完成系」を目指した途中。
「とはいったって、結局実際は固有結界を展開するのに近い話な訳で……」
どうしたって今の俺では、展開を維持することが出来ないことがわかった。実行する前に判断がついて、倒れる前に自室に引き上げようという判断ができるようになったのは、成長といっていいのかどうか。
と。
「桜?」
そんなちょうどのタイミングで。俺の部屋の戸の前で、桜が何か逡巡するように立っていた。
こちらの姿を見とめると、はっとしたように顔を上げて、またうつむく。
「……ひょっとして、またか?」
「ごめんなさい、先輩。わたし――――、」
「場所、変えるか?」
「へ?」
俺の言葉が意外だったのか。はっと見上げるような桜に、思わず苦笑いが浮かぶ。
学校も臨時休校、いよいよもって部活動さえ禁止されはじめているこの状況。それだけ、いよいよもって事態が大ごとになり始めているのだ。そんな中で桜からすれば不本意なんだろうけれど、それでもこうして魔力を与えることに、なぜか安心感を抱きつつある俺だ。
いや、むしろ。桜が魔術師だとわかってから日常の光景の一つであるからだろうか。
でもだからこそ。違うんですと言葉を続けた桜に、俺は頭をかしげた。
「桜?」
「先輩……、先輩だって、本当は気づいてるんじゃないですか? 私が、おかしいって」
そして桜本人の口からそれが語られたからこそ。
嗚呼、俺はそれに確信を得てしまう。
「――イリヤさんからも言われました。私は、聖杯。既に聖杯として完成した存在。完成『しているはずの存在』」
待て。聖杯? 桜が聖杯?
「それってどういうことだ? おい、桜、お前一体…………!」
「目的は、たぶん一つです。自分の望みを叶えるため――――最も効率が良い方法で、聖杯を手に入れようとしていた」
効率。効率が良いか。以前、どこかで交わした誰かの自分との会話を思い出す。
「お爺さまは自分の願いのため、私に、聖杯としての機能を与えました」
「機能を、与えた……?」
「詳しくは知りません。でも、先輩のお父さんが、聖杯を壊したんでしたら――――たぶん、その破片を拾ったのだろうと」
だが、とうてい受け入れられる話じゃない。おまけに、なぜか俺は、いや『今の俺ではない記憶』が、イリヤと桜との決定的な違いを認識していた。
聖杯として完成するべく設計されたイリヤと、間桐に順応するよう調整されていた桜とでは、そもそもの成り立ちが違う。
「でも、それだっておかしいじゃないか。桜とイリヤとじゃ状況が違いすぎる。だっていうのに――――――いや」
脳裏で、何かが警鐘を鳴らす。俺の中の、俺ではない経験則が。魔女のように、あるいは悪女のように。あるいは聖女のような微笑みが脳裏を駆け巡る。
嗚呼、いったいいつから。いつからすべての情報が正解であると過信したのだろうか。
疑えと。お前はすでにその情報を持っていると。
「――――まさか、桜の身体は……、」
「――――はじめは確かに間桐のものとして調整されていたんだと思います。いいえ、今でも根幹は変わってないと思います。でも、だから」
吸収という特性。他人から奪うとことしかできないと形容していた桜だったからこそ。
しかしだからこそ、外付けて調整されていたからこそ、「聖杯さえ」徐々に受容できるよう変化させられてしまったのだと。
頬が引きつる。まったくもって笑えない。嗤えて来る。哂うしかない。
「”出来損ないにしても、そこまで妄執を重ねてるとは思わなかった”って、イリヤさんあきれてました。だって、ほとんどお爺さまオリジナルで。それでも目的の要件を達成できるように作られているって」
「目的って……?」
「聖杯といえど、初めから完成品を目指せるとはお爺さまも思ってないだろうって言ってました」
イリヤの言葉が浮かぶ。俺に肩を預けながら、桜の呼吸がだんだんと落ち着いてくる。魔力がようやくめぐって安定したんだろう。
「でも、それじゃあ、桜もイリヤみたいに、体が持たないってことか?」
「そうならないよう、色々された、みたいです。……だから、ぎりぎりまでバランスが崩れなかったから、逆にややこしいことになっているみたいで。
イリヤさんが今いないのも、その対応に追われているからみたいです」
「対応……」
「数日で帰ってこれるって言ってましたけど。でも……」
ただ、イリヤが何かしているというその点については、まったくもって情報が上がってきていない。
「少しでも状態を安定させるために、魔力が必要なんです。それは私の体内のそれを落ち着けるためじゃなくって、神父さんが仕掛けたものを安定させるため」
いつだったか、慎二が桜を暴走させた折。言峰が桜に仕掛けたもののことを思い出す。
だが、嗚呼、桜が聖杯だというのなら。どうしてイリヤから解放された力が、その渦が、桜に影響を与えないと言い切れるだろう。
そして、あのキャスターも言っていたではないか。私たちはもう一つの聖杯に回収されたと。
「だけど、それだっていつまで続くか分からない。そして私が生きてること自体が、きっとお爺さまの目論見の内。本当に、このままだったら、きっと取り返しがつかないことになる。いえ、『もう、たぶんなってる』。
だったら――――」
「――――先輩になら、私、殺されてもいいんですよ?」
だからこの場で殺してくださいと。
こちらの手をとる桜。そのまま自分の首にやり目を閉じる。
――視界がおかしい。まるで悪夢か何かだ。眼前にいる桜の様子が、手で触れているにもかかわらずぼんやりとしている。嗚呼、それくらい、眩暈を覚えるくらいには俺自身、この状況を受け入れがたいらしい。嗚呼、おそらく桜は認識している。
桜のせいじゃないのだとしても、ここで桜が死ねば、これ以上の大ごとになるまえに事態を止めることができる。
そしてそれは、望まない罪を犯しているだろう桜に、これ以上罪を犯させないことにも――――。
「――――――」
そして、それを成す方法を俺はいくらでも知っている。知っているような気がする。もとより俺自身が「そういう属性」であるのだから。剣を模して、心を忘れて、ただ暴力的にふるまうことがいかに簡単かは十分理解している。そうしなければ、本来ならそうするのが当たり前だということも。
そうすることで、この、脳みそが金属にかき回されるような麻痺感覚から解放されるだろうことも。
だが、それでも。
『そう在ってはいけない』と過去に決断した俺は、そのまま、動くことができなかった。
「……先、輩?」
「…………ク」
嗚呼、何故だろうか。何故こんなに「嗤えて」来るのか。
声を震わせ、今にも泣きだしそうなそれを抑える桜。
それに向かって、俺は――――『俺だった何か』が、俺を通して口を開いた。
「それじゃ何も変わらないんだ。桜。変わらなかったというべきだろうが」
「え?」
「まぁ、それは当事者たる個人の価値観ではあるまい。俺自身、俺がそれを語ったところで何になるって話だ」
口調さえ何か、俺の知らない誰かさえを模倣するかのように。しかし言葉は、俺が考えるまでもなく口から紡がれる。
「大切な誰かを殺して」
「大切だった誰かを殺して」
「守りたかったものを殺して」
「それでもなお守ろうとして」
「いつしか失うことと、守ることが同義になってくんだ」
「先輩?」
「失わないためにはどうしたらいいか」
「より手早く効率的に排除するしかなかった」
「もっとも堪えられるほど俺も人間を辞めちゃいない」
「果ては伽藍洞だった」
「いや、伽藍洞になったつもりだったよ」
「自分でその伽藍洞の在り方さえ否定できなくなった時は」
「もうただひたすらに、自分を嘲笑うくらいしか出来ることがなかったさ」
「根底にあったのは違った」
「怒りだ」
「今の自分という存在に対する怒り」
「この自分がこう在ってはならなかったという怒り」
「もし叶うことなら、過去の過程さえすべて無かったことにして、亡き者にして」
「俺自身が辿ったすべてを葬り去ったとして」
「それさえ贖罪にさえならないというくらいの、果てのない怒りだ」
まくし立てている訳ではない。だが、一言一言に、今の俺ではアクセスできない、自分自身の記憶の瑕がある。
ある意味でそれは、俺自身に対する裏切りである。だが、贖うということを捨て去るつもりがなくなっているわけではない。だが――――この身がかつてたどり着けなかった場所に向かうことが、この今の俺自身が選んだことなのだから。
俺は、そのまま桜の頬に手をやる。目じりを拭うと、涙が一筋。
「わかるか? 桜。どっちだって同じなんだ。
――――衛宮士郎として『生まれた』からには、俺はそこから本来、外れることが出来ない。
だけどな? その中にはお前だって入ってるんだ。桜」
そしてそのまま、桜を強引に抱き寄せる。
首筋に桜の口元を当てると、息をのむ声が聞こえる。
「そんな、だって、結局それじゃ先輩にも負担をかけるばかりじゃないですか……!」
遠坂や、セイバーには絶対怒られるだろう。イリヤだって、悲しい顔をするかもしれない。
だが、それでもなお。
「諦めて飲んでくれ。――――頼む。こうでもしないと、俺は結局、俺を超えることは出来ないだろうから」
ただ、それでもなお何かしらの形で乗り越えることが、この衛宮士郎にとっての贖罪でありうるのなら。
首を這う桜の唇の感触と痛みと、時折遠のく意識とに、俺は抗い続けた。
どれくらい時間が経ったか。桜は俺の肩に体を預けて、一緒にぼうっと空を見上げる。最近にしては珍しくきれいに月がその姿を見せていた。
「ねえ、先輩?」
「なんだ」
目をとろんと閉じかけて、こする桜。
「ここで寝たら、ダメですか?」
「桜?」
「怖いんです。明日――――いつか、私が、わたしじゃなくなってしまうような」
だって、こんなにも幸せなのに。心がふわふわしていて、波間を漂っているようで。
「いつかそれに流されて、私がどこかにいっちゃうんじゃないかって。だから、私が流されないように、手、握っててくれませんか?」
いっそ懇願でもしているような、そんな桜を前に、俺は否ということはできなかった。
眠るまでで良いんですと。そう言う彼女の横顔を見る。
「怖い、夢を見るんです。夢の中の私は、私が見てるそれは、私じゃない何かで。衝動的なそれに、私はただ流されて、いつか順応してしまいそうで――解けてしまいそうな気がするんです」
四年前、慎二から紹介されたときの女の子の面影が残る。段々と日々続く中で、桜は綺麗になっていた。遠坂と姉妹というのは比喩でもなく伊達でない。品がよく気が利いて性格も穏やかだが。でも、なんでもかんでも我慢しがちな気がするのは、きっと俺の気のせいじゃない。
次第に小さくなっていく声。それでも俺の腕を握ったまま、桜の身体は崩れる。位置を調整し、膝枕しながら。安心できるようにと、気休めにしかならなくとも、それでも俺は微笑んだ。
「夢はいつか終わるんだ。――――良い夢も、悪い夢も」
だからこそ、その一時をしっかりと踏みしめるのだと。
送り出せなかった黄金の、彼女との言葉を反芻し。俺は、いつかの親父のように、月夜を見上げた。
※
「んー、これはアレよね、あれあれ。前回”門番”でも召喚されたかニャ?
いくら私でも、ここから先の単独侵入を妨害されるとか予想していなかったー。……あれ、私のクラスって結構そういうの融通効く感じじゃなかったニャ? 教えてシスター! もしくはどっかの聖女様! こう、先輩的な感じで!」
夜の校庭。寝静まり明かりがなく、わずかに警備用にライトが点灯こそしているが、
穂村原学園のグラウンドの中心に立つ彼女は、ありていにいって正気のようには見えなかった。
まず服は黒い和装である。加えてその上から蛇革のコートを羽織り、腰と背中には何やら獲物を装備しているようなシルエットをしていた。ときおりひょこひょこと、頭上で二つに尖った猫科の耳のようなシルエットが動く。
「まぁ、今更私に後輩属性をつけるのはいろいろ難しいと。おおむねそのあたりはパ、桜ちゃんが担ってるところでもあるしねー。
あー、ちょっとそこそこ! もっと若かったころなら十分通用したとか、時の流れの残酷さを痛感したような顔していないかニャ? していないよニャ? そーかそーか、よーしよーし。
――――今宵、 私 の ア ス テ カ が 火 を 吹 く ニ ャ」
いや、言動だけ見ればどうみても正気のそれではない。あらぬ方向に指さし、何事かを喚き散らすその女史に、頭を抱えながら、白い少女は歩き始めた。
「貴女、よくそんな状態で今までシロウたちに気づかれなかったわよね。いや、それを言ったらキャスターにもなんだけど」
特に彼女に振り向く様子もなく、彼女はこつこつと地面を長物で叩く。
「んー、『外典』的な事情も含めれば、そこまで特殊という訳でもないニャ? まあ言いつつイリヤちゃん、そこはこの私というか、麗しの戦士が帯びた野生の宿命こそに感服するべきかなと思うけど!」
「その自慢げな顔止めて。あと、貴女と話してると本当、頭痛がするっていうか、ここが痛くなってくるっていうか……」
「まあまあそういたいけな顔を深遠でも覗いた哲学者みたいな感じで眉間に皺寄せるのは止めて止めて、弟子一号」
「いつから私、貴女の弟子になったの!?
でもあれ、なんだろうこの感じ、知らないのに知ってるっていうか……、本当に貴女ってなんなの、調子が崩れるというか、頭おかしくなりそう!」
「ふっ、今のイリヤちゃんにはまだ早かったかニャ。
いい? 密林を覗いているとき、密林もまたイリヤちゃんを覗いているニャ。気が付いたら吹き出しが真っ黄色になっているとか、花札してるとかは序の口序の口ぃ! 今にみてなさい、こー、どっかの遠坂さん家にあるマジカルアンバーとかに見初められて、全国の大きなお友達に愛と勇気とKEN☆ZEN振りまくのも時間の問題なのよ! 具体的な掲載時期を私たちの西暦に照らし合わせると、あと二、三年後くらいには」
そしてそのうち首から下が筋肉達磨になったりするのよ、などと意味不明な供述を繰り返しており、やはり彼女の有様は普段以上に落ち着きがない。
白い少女、イリヤスフィールは彼女とのまっとうなコミュニケーションを早々に諦めたのか、白い眼を向きながら膝を抱えてうずくまっている。本当、どうしてこうなったと言わんばかりの落ち込みっぷりだが、それでもなお奮起して立ち上がるのは強い意志のせいか、使命感のせいか。
「……桜に働いていた『置換』を正常な形に落ち着けてくれたことは感謝するけど、でもどうしても協力はしてくれないの?」
「そこはまぁ、当たり前というかニャ。桜ちゃんのそれは『置換されきったら』むしろ置換されてなかった時よりひどい状況になるのが。このジャガーアイをもってして目に見えてたし。むしろ私が召喚された範囲としては、それで十分役割を果たしたことにはなるというか、どっちかっていうと『ここの地下』の物の方がいろいろ危険度が高いっていうか……。
――――――って、おっと、ジャガーイヤーは獣耳! ということで当然回避ィ!」
「へ? ――――――きゃっ」
イリヤスフィールを小脇に抱え、腰に差していた獲物を抜き放つ。かん、かん、と金属同士が激突するような音を立てて、身に迫る「弾丸」を撃ち落とした彼女。
「あ、やばいこれちょっとマジなやつじゃない?」
銃撃の方向。月光を覆うような暗い闇に伴われ、地面より這い出た男に、彼女は冷や汗を流す。
異様な風体は相変わらず。顔に赤い罅のようなものが走り、さらに全身を覆うようなそれに拘束されているかのごとき男。金色の目が、ただただ凡庸と眼前をにらんでいる。
「…………名前は、もう捨てちゃったのね、色黒のアーチャーくん」
「え?」
彼の顔を見て、その「何か」を看破した上で、どこか寂しそうな声を出す彼女。今までの様子から考えられない反応に、思わずイリヤスフィールが顔を上げると。
「どっしようか。ちょっと、主義曲げたくなってきたゾ?」
やはり寂し気な微笑みを浮かべながら、彼女は獲物を一度構えなおした。
ボブ「─────(眼前、名状しがたき有様のかの女性を前に、曖昧な表情で沈黙している)」
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