原作は緋弾のアリアですが、完全オリジナルストーリーでアリアやキンジは登場しませんのでご了承ください。
懐かしい景色だと思った。
ロシア北西部のムルマンスク。
北極圏に近いこの地では、オーロラの光に包まれた淡い景色を見ることができる。
オーロラの色は場所によって様々だし、日によって濃さも異なる。
いま俺の目に映っているのはかなり薄いものだろう。
空一面を覆う、そんな迫力あるオーロラの写真しか見たことのない人が隣にいれば、その顔はひどく落胆したものになっているに違いない。
そう思い、ふと周りを見渡してみるが、観光客らしき人の姿はない。
この時期に組まれているツアーが無いのか、仮にあったとしても、この寒さの中でオーロラが濃くなるのを待つ者はいないのだろう。
でも、俺にとってはこれで十分だった。
この不完全な色合いこそが、あの時の記憶を鮮明に思い起こさせてくれるものだから。
厚手のコートを羽織り、帽子、手袋、ブーツも身に着けている俺は、僅かに露出した頬に刺すような冷気を感じつつ、立ったまま目を閉じた。
そう、もう3年前になるだろうか。
俺は1人の女性と出会い、恋をし、この地で共にオーロラを見て。
そして……俺は……。
…………。
いや、今はこの先は止めておこう。
俺の心の中では、彼女は今も生き続けている。
彼女の心の中では、俺は既に
そう頭では分かっていても、俺は未だにその事実を受け入れられていないのかもしれない。
今日こうして、思い出のこの場所に来てしまったのだから。
ゆっくりと目を開き、空を見上げる。
どこまでも薄く広がるオーロラの隙間から見える星。
こんなにもはっきりと見えているのに、遠い、余りにも遠い存在で、いくら手を伸ばそうと届かない。
そんな当たり前のことを考えると、思わず長いため息がこぼれた。
自分というちっぽけな存在。
星という魅惑の存在。
あの時の2人の間にも、こんなに大きな隔たりがあったのだろうか。
そのままぼんやりと立ち尽くしていると、ふと後ろから視線を感じた。さっき見渡した時は全然気付かなかったが、本当は誰か居たのだろうか。
そう思って振り返り、目を凝らしてみるが、ひときわ大きな風が吹いただけでそこに人の姿は無かった。
またしてもため息がこぼれた。
再び目を閉じ、風に身を任せるとまるで自分が宙に浮いたような感覚に囚われる。
そのまま俺は、あの短いひと月をもう1度振り返ることにした。
ウルスの
毎日が楽しく、希望に溢れ、充実していて、そして……
身を割くような深い悲しみに暮れたひと月を。
レキは3話で登場の予定ですが、そこから先連載を続けるかは現在未定です。3話で打ち切るか、きちんと最後まで完結させるかのどちらかにして、10話程度の中途半端な段階で打ち切るのは避けようと思っています。
序盤だけで感想をお願いするのは恐縮なのですが、連載を続けるかどうか決めるためにも一言いただけると幸いです。
次回以降は原作第1巻から3年前、レキが14歳の時の物語です。
原作では未だに明らかになっていないことを勝手に補完していきますので、最新刊が出た時には矛盾が生じるかもしれません。ご了承ください。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2:不吉な予感
モスクワから約600キロ離れたロシア第2の都市、サンクトペテルブルク。
俺は半年前、ガンショップを経営する親父とモスクワからこの地へ引っ越してきた。
もともとモスクワでは警官や軍人などに銃を売ってそれなりに稼げていたのだが、ある時「武偵高」なるものがモスクワとサンクトペテルブルクに新設されるという噂を耳にした。
武偵というのは凶悪化する犯罪に対抗するため武装した探偵のことで、その育成機関として一般教育だけでなく、実際の活動に必要な知識を教育するのが武偵校らしい。
その教育内容は多岐に渡り、戦闘、諜報、尋問、衛生、果てには超能力といった、旧ソ連を思い起こさせるような内容にまで及ぶ。
そんな武偵高が新設されれば
だから、親父から移転を告げられた時には訳が分からなかった。
理由を聞いても「いや、少し嫌な予感がしてな。」などとはぐらかされ、まともに取り合ってもらえなかった俺は、親父とは30年来の付き合いで同じくモスクワに店を構えるミハイルさんに話を聞いてみた。
しかし結果は同じだった。親父からは何も聞かされておらず、移転の理由も分からないと言う。
『お前らはどうだ?何か聞いてるか?』
ミハイルさんは、ちょうど店に集まっていた知人の同業者や従業員にも声をかけてくれたが、やはり誰も話を聞いていないという。
『わざわざ武偵高がやって来てくれるってのに、グリーシャは何を考えてるんだかなあ。』
ミハイルさんでさえ首を傾げるこの移転騒動。俺は深く考えずに親父の決定に従うことにした。
そもそも銃を売るのに田舎まで移転するような人間はいないので、それなりの大都市に行くのだろうと思った。義務教育を終えた俺は高校へは進学せず店で働いていたし、何処へ引っ越すことになろうと構わなかった。
そんな親父の独断には皆呆れかえり、わざわざ引き留めるような人もいなかった。
ただ1人、ミハイルさんだけは最後まで説得してくれたようだが、ついに親父は理由を話すことも、決定を覆すこともなかった。
結局移転先はサンクトペテルブルクだった。
移転の理由は武偵高新設にあるのではないかと言う人もいたが、そうではなかったのだろうか。
謎は深まるばかりだったが、親父の決定が正しかったことは予想外の形で証明されることになる。
移転してしばらくした頃、モスクワにあるガンショップのほとんどが廃業に追い込まれた、という連絡をミハイルさんから受けたのだ。
次回は小難しい話になるかもしれません。武偵という存在が社会にどのような影響を与えるのか考えてみると、結構大変そうですよね。
ラストではレキが登場します。主人公の名前もいい加減出さないとな……
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
3:武偵と社会
モスクワ武偵高にはサンクトペテルブルク武偵高には無い「
装備科の生徒は武器の調達、メンテナンス、カスタマイズを
数多くある学科のうち武器が必要そうなのは「
優秀な装備科の生徒はかなり儲けているらしい。
生徒間の取引なら値切りなども
わざわざ校外のガンショップを利用するような生徒は少なく、客足は伸び悩んだ。
それだけで済めばよかったが、武偵の出現は警官の存在価値さえも大きく揺るがした。
もともとロシアの警官は仕事熱心な者が少ない。ちょっとした交通事故などでは加害者にそれとなく
そんな警官と違って武偵は真面目だ。公務員ではない彼らは自分の仕事ぶりがそのまま自身の報酬と評価に直結する。武偵制度自体が新しいこともあって、評価基準などはまだまだ不完全な部分も多いそうだが、腐敗した警察組織よりははるかにマシだった。
そんな武偵に仕事を追われた警官のうち、仕事熱心な者が次々と武偵に転職したせいで多くのガンショップはそれまでの固定客を失い、廃業へと至ったそうだ。
「それで?何度も聞くようだが、グリーシャはこの事態を想定していたわけか?」
訳あってウチの店に来ているミハイルさんは、やや不機嫌そうに親父に語り掛ける。
時刻は正午過ぎ。客も居らず、ひと息つける時間帯だ。
「だから、なんとなく不吉な予感がしただけだったんだ。悪かったよ。」
困った表情で詫びをいれる親父。救いを求めるように俺に目を合わせようとしてくるが、そうはさせるか。俺は壁に掛けられた商品を、普段の10倍近い時間を掛けて丁寧に磨く。
移転によってこの店は守られた。しかし、モスクワ武偵高に装備科ができることを知っていたのに、自分の店だけ助かろうと誰にも話さなかったのではないか、と親父が疑われるのは無理もない。
「俺はもう気にしてないんだがな。周りの連中はまだ納得してないみたいだぞ。」
ミハイルさんも廃業に追い込まれた1人だ。
親父に恨みを抱いても何の不思議も無いのに、なんて優しい人だろうか。
「下手なことを言って皆を混乱させたくなかったんだ。まさかここまで酷いことになるとは思わなかったしな。」
「それならせめて、俺には話してくれてもよかったのにな。」
「それは……済まなかったと思ってる。だから……せめてもの償いとして、今回の話を持ち掛けたんだ。」
そう、親父はミハイルさんの店まで潰れたことに大きな責任を感じ、仕事を失った彼をウチの店で雇うことにしたのだ。
「だから、俺はもう気にしてないんだよ。で、どうだ?店は繁盛してるのか?午前中の様子じゃ心配になるぞ。ここまで潰れちまったら俺はもう行く当てが無いんだからな。」
ミハイルさんが遠慮もなしに問いかける。彼は今日からの勤務だからまだ店のことをよく知らないのだ。午前中も武偵高の生徒が授業中だから来なかったせいで、それほど客もいなかったからな。
「武偵高の生徒のおかげで順調だよ。奴ら、訓練やらなんやらでかなり頻繁に撃ってるみたいでな。弾なんか飛ぶように売れるぞ。午後は
武偵高はまだ開校したばかりとあって生徒数も少ない。今は民間人による銃の所持が禁止されているため、入学と同時に初めて銃を手にする者ばかりだ。
そんな状態の生徒を育成するため、訓練はかなり過酷だと聞く。それは弾を消費するだろうし、銃の整備もこまめに必要となる。
「そりゃ安心したよ。それにしても、なんでモスクワには装備科なんてものがあったのかね。10代のガキに銃の整備なんてさせるなよって話だよ。」
あなたは10代どころか5歳の時から銃の改造してたそうじゃないですか、とツッコミそうになったが、すんでのところでこらえる。今のミハイルさんに絡むとロクなことにならないだろうからな。今は自分の仕事に集中しよう。
と思ったのもつかの間、ミハイルさんがこっちを振り返って話しかけてきた。
「10代のガキと言えば、ヤーシャもまだ16か17だったよな。おい、そんなところでコソコソしてないで、いろいろ話聞かせてくれよ。」
「正確には16歳ですよ。別にコソコソしているわけではないですけど、これといって話すようなことも無いですから。」
引っ越してきたと言っても、生活が大きく変化したわけではない。大して話題になりそうなことは何も無いんだよな。困ったな。
そう思いつつ、いったん手を休めてミハイルさんを見ると、イタズラっぽい笑顔を浮かべている。これは……くだらない事を聞いてくるに違いない。
「とりあえず俺が聞きたいことは1つだけだよ。彼女はできたか?」
やっぱりな。昔からこの手の話が大好きな人だったが、久々に会った日にいきなり吹っかけてくるとは。
「モスクワに居た頃のお前はナンパも出来ないヘタレだったからな。少しは成長したところ見せてくれよ。」
ヘタレで悪かったな。今の若者は草食系が多いんだ。アンタたちの世代とは違うんだよ。
などと言う訳にもいかず、「ええ、まあ……。」と曖昧な返事しか出来ない。
そんな俺を尻目にミハイルさんは「俺が若い頃はな……」と自分の恋愛歴、もといナンパ歴を語り始めてしまう。誰か長引きそうなこの話を終わらせてくれる人はいないのか。武偵高の生徒だろうが誰だろうが構わない。客さえ来てくれればミハイルさんを止められるのに。
そう思っていると、店のドアに取り付けられたベルがカランカランと音を立てた。
さて、接客は親父たちに任せて俺は銃磨きを続けよう。そう思い、カウンターに目をやると、親父は腕を組んだまま硬直し、ミハイルさんはニヤニヤとしている。
不思議に思って振り返ると、そこには1人の少女が。
薄緑色のショートカットヘアに透き通るような鳶色の目、整った顔立ち。
そして肩には自分の背丈と同じくらいの狙撃銃をかけている。
細く長いバレルと大きく穴の開けられた銃床。
ひと目見て徹底的な軽量化が施されたと分かるその銃は、旧ソビエトが開発したドラグノフ狙撃銃。
その存在感と少女の美しさに、俺は目を奪われた。
ヤーシャと呼ばれていた主人公の本名はスヴァストラーフ・グリゴーリエヴィチ・ストロガノフです。ロシア人の名前は名・父称・姓の順で、スヴァストラーフの愛称がヤーシャなのです。
ヤーシャの父親はグリゴーリイ・レナートヴィチ・スミルノフでグリゴーリイの愛称がグリーシャになります。
名前に深い意味は全くありません。愛称だけ覚えて頂ければ十分です。
とりあえず3話まで終えたので、この先続けるにしても打ち切るにしても次回更新までしばらくかかります。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
4:突然の依頼
今回はいよいよ物語が動き始めます。
誰かに肩を掴まれて我に返る。
「驚いたぜ。まさか、お前がこんな可愛い子を手に入れてただなんてな。」
いつの間にか後ろに居たのはミハイルさんだった。
というか、手に入れるって何ですか?そもそもこの少女とは初対面なんですが。
「お前の彼女だろ?いやー本当に驚いた。」
彼女……だと?そんな馬鹿な話があってたまるか。
咄嗟に否定しようとするが、こうなったミハイルさんは止まらない。俺が「この子は……」とか「だから……」と説明しようとするたびに、デカい声で手をブンブン振りながら「いやいや、照れるなって。」と
というか、これ絶対にワザとやってるよな。客の前でまでふざけるのは止めてくれよ。
「2人ともお客さんの前でみっともないぞ。その子が困ってるじゃないか。」
そんな俺たちを見かねた親父に注意される。
「それで、今日はどういったご用件で?」
馬鹿なことをしている俺たちにも動じず、表情を一切変えないで突っ立ている少女に親父が声をかける。
「……リローディングキットをお借りできますか?」
リローディングキット……最近はあまり使わないが、実包を機械ではなく手作業で作る際に必須のものだ。
機械で大量生産された実包はどうしても精度が下がるため、精密な射撃が必要となる場合は
もちろん自分の銃や用途に合わせたものを作るために手詰めをする人もいるが、この少女がそうだとは思えない。
「リローディングキットか……。たしか、奥の部屋にあったはずだ。おい、ヤーシャ。あの部屋を管理してるのはお前だからな。悪いけど案内してやってくれ。」
これ以上ミハイルさんにからかわれるのも嫌だった俺は、案内役をありがたく引き受けることにした。
「えっと……こっちです。」
無言でこちらを見つめてくる少女に居心地の悪さを感じながら、奥の部屋に案内する。
「物が多いから散らかって見えるけど、掃除はきちんとしてるから安心して欲しい。」
そう声をかけると、少女は相変わらずの無表情で作業台の前に座る。
この様子ならかなりの経験があるようだが、一応道具の説明はしておいた方がいいかもしれない。普段自分が使っているのと違うものも多いだろうし。
そう思って口を開こうとしたら「説明は不要です。」とキッパリ言われてしまった。
……俺、嫌われてるのかな。だとしたら早すぎるぞ。ほんの少し話しただけだし。
このままここに居て少女の作業を見ていたい気はするが、後ろから覗かれると気になって集中できないかもしれない。ただでさえ嫌われている疑惑があるのに、これ以上悪い印象を持たれるのも避けたいところだ。
しかし、こんなに若い少女が手詰めとは……実に気になる。
そんな俺の迷いを感じ取ったのか、少女が言った。
「今からなるべく息をしないでください。」
息をするな?……窒息死しろってことか?この部屋だけでなくこの世からも消え去れというのか。どんだけ嫌われてるんだよ、俺。
いやいや、落ち着け。息を止めて自殺だなんてそんな馬鹿な話があるか。この部屋に居てもいいが、息を潜めてじっとしていろということだろう。多分。
少し迷ったが、ここでしばらく作業を見させてもらうことにした。いくら慣れているとしても危険物を扱う作業だからな。いざという時のために誰かがそばにいた方がいい。
そう自分に言い聞かせてしばらく様子を見る。
淡々と作業する少女の手際は実に良い。手詰めの場合は使用する
よく考えてみれば少女はこの店に来るまでに、片手に火薬と雷管、そして肩には狙撃銃をかけて街を歩いていた訳で、かなりの危険人物である。夜の街に繰り出せば通行人を震撼させること間違いなしだが……今は深く考えないようにしよう。
それよりも気になったのは、使用済みの薬莢を再利用しているわけではないことだ。つまり、手詰めなのは高精度の実包を作るためということになるのだが、わざわざそんな手間のかかることをする理由があるのだろうか。
俺がいろいろと考えを巡らせていると
「おいおい、女の子をこんな小さな部屋に連れ込んで何してんだよ。」
ミハイルさんだ。俺がなかなか戻ってこないからって、わざわざ様子を見に来たのかこの人は。
「連れ込んだって……。あなただって話聞いてたでしょう。彼女は今作業中ですから、邪魔しない方がいいと思いますよ。」
「そんなこと言って、本当は今から何かやましいことでもしようとしてたんじゃないのか?」
「そんなことしませんって。俺だけじゃなくてあの子にも迷惑だからそういう話はやめてくださいよ。」
「だ・か・ら・照れるなよー。俺だって嬉しいんだよ。お前に彼女ができて。」
「あーもう、しつこいな!あの子とは初対面だよ!」
……しまった。つい大声を出してしまった。
「……息を控えるようにと言ったはずですが。」
低いトーンの声に震えつつ少女を見ると……なんの感情も込められていない視線を浴びた。それが逆に恐ろしく、本当にこの世から消えろと言われている気分になる。なぜ俺がこんな目に遭わねばならないのか。
これ以上ここに居ても迷惑をかけるだけなので、ミハイルさんを連れて泣く泣く退散することにした。
「親父はあの子について何か知ってるの?」
「いや、今日初めてウチの店に来たからな。てっきりお前の彼女なんじゃないかと―――」
「そのネタはもういいよ……」
親父ならあの少女について何か知っているのではないかと尋ねたのだが、無駄だったようだ。
「制服を着てたよな。あれも武偵高の生徒なのか?」
ようやく真面目な調子に戻ったミハイルさんが疑問を口にする。
「あの制服は確かに武偵高のものだったが、いくらなんでも若すぎるな。」
そう、見た目はまだ10代前半と言っても過言ではない。そんな少女が武偵高の制服を着ているのは不自然だし、肩にかけていたドラグノフも似つかわしくない。それに……
「今どきハンドロードなんて妙だと思わない?しかも、火薬や雷管は自分で持ち込んでたし、使用済みじゃなくて新品の薬莢を使ってたんだ。何か精密射撃が必要な競技でもやってるのかな。」
「……仮にそうだとしても、ドラグノフを使うことはないだろうな。」
確かに親父の言う通りだ。ドラグノフは実戦を想定して作られたものであって、競技向きではない。
だとしたら少女の正体は一体何なのか。
俺たち3人はいろいろと考えを出し合うが、どれも決定打に欠ける。
そうしてしばらくした頃
「……ありがとうございました。」
いつからそこにいたのか、少女が透き通るような声で礼を言う。
「ああ……こちらこそ。何か他に借りたいもの、買いたいものがあったら遠慮なく言ってくれ。」
そんな親父の言葉に、少女は予想外のことを口にする。
「……では、銃のカスタマイズをお願いできますか。」
「カスタマイズ……か。ある程度のことなら相談に乗れるが、どんなカスタマイズをお望みで?」
手詰めを楽々とやってのける人のことだ。並大抵のカスタマイズなら店に任せずとも自分で出来るはずだ。
こうして頼んでくるということは、かなり骨の折れる作業を伴うのかもしれない。
親父もミハイルさんも同じことを思ったのか、緊張の面持ちで少女の言葉を待つ。
しばしの間を置いて少女が発した言葉は、またしても俺たちを困惑させる。
「私の『
突然のカミングアウトみたいだが……絶対半径と言われてもピンと来ない。
恐らく有効射程の
俺の理解が追いつく前に、少女はさらに続ける。
「これを最低でも1500mまで伸ばす必要があります。そのためには私の狙撃手としての能力だけでなく、銃の性能も引き上げなければなりません。」
1500mって……もとの2~3倍の射程じゃないか。そんな出来るはずのないカスタマイズに金をかけるより、もっと長距離狙撃に適した銃を買い直す方が良いに決まっている。
「決して売りつけるつもりではないんだが……それならカスタマイズするより、新しい銃を買った方が安く済む。ウチの店にもいくつか―――」
当然親父も同じ考えで、銃の新規購入を勧めるのだが、
「結構です。私の依頼はドラグノフのカスタマイズであって、別の銃を紹介してもらうことではありません。引き受けて頂けないのなら他の店に依頼しますので。」
そんなことを言っても、無理なものは無理である。そんなカスタマイズを引き受けてくれる店など、世界中のどこを探したって見つかる訳がない。
ここは大人しくお引き取り頂くしかないな、などと考えていた俺の耳を、信じられない言葉が通り過ぎていく。
「分かった。その依頼、ウチの店で引き受けよう。……ただし、作業はヤーシャに一任する。」
銃については素人なので不自然な点があったら申し訳ありません。
目次 感想へのリンク しおりを挟む