魔弾の射手の英雄譚 (鍬形丸)
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1話 プロローグ

英雄サムライ・リョーマ 黒鉄龍馬を輩出した黒鉄家は大戦を期に日本の魔導騎士社会にて発言力を強めていったが影響力は一番にはなり得ない。では最も影響力を持つ家系はなんなのか。

その家系の名は零仙。零仙家の歴史は古く千年近く続いているという。驚くべき事にその家系の者はほとんどがBランク伐刀者だ。

そして零仙家を語るうえで外せない事柄がもう一つある。そしてそれを語るうえで外せないのが天城家だ。

天城家も同じく千年近く続く家系だ。天城家は伐刀者の家系ではなく日本を経済面で支え続けて来た。

この二つの家系は密接な関係にある。

では本題に戻るとしよう。

零仙家の者は天城家の者に恋情を抱く。熱烈を通り越していっそ狂的なまでに。

そして零仙の者は天城の者に対して倫理観は振り切れており天城の者が冗談半分にあの国滅びないかなぁなどと国名を挙げたのならば3日もしないうちに更地とかすだろう。

それゆえ零仙家と天城家は日本で否、世界で危険物と恐れられている。

 

 

アフリカの某国は今現在大規模な内乱を繰り広げている。現政権側は魔導騎士連盟の連なっているが反政府側は大国同盟の支援を受け解放軍の一部を雇っている。

現政権側は自力でなんとかしようとしたのだがいかんせん根本的に伐刀者(ブレイザー)の数が足りず、すぐに魔導騎士連盟に救援を求めた。

魔導騎士連盟は伐刀者(ブレイザー)の派遣を決定し各国に指示を出した。

どの国も伐刀者(ブレイザー)を最低で10人以上派遣しているというのに日本はたった1人しか派遣をしなかった。

たった1人しかもそれが成人たる15歳になったばかりと思われる少女(・・)だった事に現政権側は苦情の電話を繋ぐが日本の担当は実力を見た後あとでまだ苦情があるなら謝罪しようとだけ告げると一方的に切ってしまった。

 

 

反政府側の前線指揮官は大国同盟や解放軍から借り受けた戦力を見て魔導騎士連盟から伐刀者(ブレイザー)が何人こようが負ける気が全くしなかった。少なくとも一時間前までは。

増援ありと報告を受け指揮官が目にしたのはたった1人の10代半ばの腰まで届きそうな青混じりの白髪を一つに縛った少女(・・)だった。

指揮官の脳裏に警戒が浮かんだが周囲の人間が嘲笑を浮かべるのを見てそれは消え同じく嘲笑を浮かべていた。遠目に見ただけだが少女(・・)の顔は非常に整っているように見えた。捕虜にした時のことを考えると自然といやらしく顔を歪めるが我に返り少女(・・)を捕虜のしろと伐刀者(ブレイザー)の集団に命令を出す。

少女(・・)こと零仙(れいせん)紅刃(くれは)は反政府側の伐刀者(ブレイザー)が出撃してきたのを見て自らが高揚し口角が上がっていることに気付いた。

1対10以上の圧倒的に不利だというのに紅刃は慌てず霊装を取り出す。

 

「敵を討て 悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)

 

紅刃が手にしたモノは双銃剣型の霊装だった。

紅刃の背後に7つの波紋が現れそこから砲門が並ぶ。

伐刀者(ブレイザー)たちはギクリとするが構わず進む。

砲門から無数の弾丸が放たれ彼等の視界を埋め尽くす。

 

 

紅刃は前線基地の跡地で討伐した伐刀者(ブレイザー)を椅子がわりに腰掛け電話を手に取る。

 

「もしもし紅刃です」

「おや?もう終わったのかい?さすが零仙だね」

「はい。どいつもこいつも手ごたえがまるでありませんでしたよ」

「ははは、頼もしい限りだよ。ところで紅刃君”例の件”考えてくれたかな」

「暁学園の件ですね。前向きに考えておきますよ」

「頼んだよ」

「はい。それでは獏牙さん」



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2話 出会い

其処はとても美しい日本様式の庭園だった。そして何より目を引くのはこれまた美しい日本様式の屋敷だった。其処は日本最強の武力集団と言われる零仙家の本拠地だ。

東京都の郊外の山奥に存在する屋敷のある一室にて少女に見える少年と、その兄、そして彼等が入学する或いはしているはずの破軍学園の理事長の女性が机を挟んで向かい合っていた。

 

「零仙弟、お前後数日で破軍の入学式だというのに手続きどころか準備すらしていないそうじゃないか」

 

女性が呆れたようにため息まじりに言った言葉を少女に見える少年は寝耳に水といった様子で反論した。

 

「そもそもボクは破軍どころかどの高校にも願書を出してないはずなんですけどね」

 

少年の反論を聞いて今度は女性 神宮寺黒乃が寝耳に水といった様子で眉をひそめる。

 

「なに?だが妙だな私の元にはお前の名前の願書があったが」

 

ほらこれだ、と彼の名前が書かれた願書を取り出す。確かにその願書には少年の名前である零仙紅刃(れいせんくれは)とある。それを半ばひったくるようにして手に取る。

するとそれを見ていた紅刃はあることに気が付き自らの隣に座る兄を睨みつける。

 

「よく似せてるけどこの字の癖蒼刃(あおば)のだよね」

 

これってどういう事かな、と怒りのあまり目のハイライトが消えかけた笑みを浮かべる。

 

「だってお前の願書出したの俺だからな。癖が似てるもクソもないだろ」

 

しかし蒼刃は悪びれもせずに事の真相を告げる。

黒乃の元に紅刃の願書があるのも、それを紅刃が知らないのもなんて事はない。第三者が勝手に願書を出していたのだ。

となれば被害を被った紅刃は当然問い詰める。なんでそんなことをしたのかと。

 

「伶奈がさ、姉妹兄弟同士で破軍学園に通いたいなぁて言ってたからさ」

 

蒼刃の返答を聞いて紅刃は舌打ちし吐き捨てるように呟く。

 

天城(あまぎ)狂いが」

 

天城狂い。それは零仙家の魔導騎士の特徴を捉えた蔑称だ。

本来魔導騎士とは伐刀者(ブレイザー)による魔導テロに対抗し秩序を守るための存在であるはずだが零仙家の魔導騎士は倫理観が常人とは一線を画し狂っているのだ。だからか秩序を乱す側に立つこともしばしばある。

無論零仙家の全ての者がそうという訳ではないが伐刀者(ブレイザー)として生を受けた者の中でそうならなかったのは歴代で両手で数えきれる程度しかいない。

 

「おお、久しぶりに聞いたなそれ。だけど紅刃もいずれ__」

 

付き合いきれないと言わんばかりに兄を視界から消した紅刃は黒乃をなんとか説得しようと向き合う。

だが話し合いが再開される事は無かった。別に黒乃が根負けした訳でも紅刃が折れた訳でもない。なら何故か。

 

「セイッ‼︎」

「っ⁉︎」

 

A.後ろから兄の霊装の鍔で頭を殴られ気絶する。

もしクイズ番組であったなら大顰蹙間違いなしの展開が起こってしまった。

 

「おいおい」

「よし理事長今のうちに紅刃を学園に運びましょう」

 

黒乃はさすがに呆れているがそれを意に介さず蒼刃は紅刃を縄で縛り背負う。

紅刃が目を覚ました時には既に近郊を抜け都市部に差し掛かっていた。

 

「ん?…はぁ⁉︎車停めてよ!ていうかまず縄!縄解いてよ!」

「往生際が悪いな紅刃」

 

目を覚ますやいな騒ぎ始めた紅刃を蒼刃が呆れたような表情を見せる。

 

「ていうかなにしてんのさ後ろからしかも霊装で殴るなんて!」

 

呆れたような表情の蒼刃を見ておかしなテンションの紅刃は隣に座る蒼刃を蹴り上げる。

 

「あ〜。零仙弟あんまりそいつを責めてやるな。どのみち私もお前が首を振るまで諦める気は無かったからな。自発的に行くか強制的にかの些細な違いでしかないさ」

 

その後も紅刃は破軍学園に着くまで騒ぎ続けることになる。

 

黒鉄一輝の朝は早い。

まだ皆が就寝しているであろう時間に起きる。

しっかり柔軟体操をし身体を温めた後約20キロのマラソンを行う。それもただのマラソンではない。全力疾走の後にジョギングの高負荷をかける走法でだ。

その後約20キロのマラソンを難なく消化し正門近くのベンチでスポーツドリンクを片手に休憩していた。

すると正門前に黒塗りの高級車が停まった。

車からでて来たひと組の男女は破軍学園の理事長の女性 神宮寺黒乃とここ一年苛烈な妨害を受けていた一輝にとって唯一と言える友人 零仙蒼刃だ。

そんな一輝にとって恩人とも言える2人がナニカを協力しながら引っ張り出していた。

好奇心に誘われた一輝はその光景を眺めているとようやく引っ張りだされたナニカの正体を知る。

引っ張り出された者は一輝も顔だけは知っていた。日本に2人しかいないAランク騎士の片割れたる零仙紅刃だった。

理事長の神宮寺黒乃が迎えに行くのはなんとか理解できるがなぜ単なる学生の蒼刃も一緒に迎えに行ったのかと疑問が浮かんだが自らの友人に苗字を思い出しすぐに察する。

黒乃が一輝に気付いたのか近づいてくる。

 

「黒鉄じゃないかコイツを零仙と運んでくれ」

 

そう言うと黒乃は3人を置いて去ってしまう。

どうしようかなと取り敢えず視点を動かすと一輝は紅刃と目が合ってしまう。

 

「そこの先輩と思わしき人。縄を解くだけでもいいので助けてください」

 

特に断わる理由も無かった一輝は自らの霊装 隕鉄を召喚し縄を切る。

 

「よう一輝、朝からトレーニングか」

「おはよう蒼刃。一体どうして?」

「ああそれがな、学校行きたくないって駄々をこねてるわからず屋を迎えにな」

 

そろそろ時間だから任せると一輝に丸投げした蒼刃は走り去る。その背目掛けて紅刃は拾った石をわからず屋はお前だと叫び投げる。石を蒼刃が避けたが軌道上の樹木を貫通し石畳を粉砕する。

怒りのあまり肩を揺らしていた紅刃に一輝が声をかける。

 

「えっと、大丈夫かい?」

「ああさっきの先輩ですか、ご迷惑をおかけしました」

「僕は黒鉄一輝。訳あって留年してるから同じ学年だよ」

「ボクは零仙紅刃といいます」

 

寮に着くまで喋っていた2人は名前で呼び合う程度には打ち解けていた。

 

「部屋も隣なんだし何か困ったら頼りにしてね紅刃」

「分かったよ。また後でね一輝」

 

紅刃はドアを開けると先に靴があったことに訝しみながらも部屋に上がる。

 

「え?」

「ん?」

 

どうやら同居人は目の前の銀髪の美しい少女らしい。

 

「同じ部屋の者か。よろしく頼む」

 

少女が何かを言っているのは分かったが紅刃には聞き取る余裕なんて存在しなかった。それほどまでに少女に目を奪われていたのだ。

つまるところ紅刃は少女に一目惚れをしたのだ。それも生半可な感情ではなく本能レベルから発せられた強烈な恋情だった。

 

「私の名は天城伶愛と…む?聞いているのか?」

「可憐だ」

「いきなりなにを言って…」

 

紅刃は自分でもなにを言っているのか分からなかった。

 

「お、おいっ大丈夫か⁈」

 

そして意識が遠のきかけている自分を知覚した。

焦っている表情も可愛いなと場違いにもほどがあることを考えて紅刃の意識は暗転した。

 

結局のところ紅刃は零仙に掛かる天城狂いの宿命からは逃れることができなかったのであった。

 

これが後に世界中に名を轟かせる英雄夫婦の出会いであった



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3話

天城(あまぎ)伶愛(れあ)は何故こんなことになったのだと天を仰ぐ。

 

破軍学園の入学手続きを終えた後伶愛は寮に入って一息ついた。

その後ドアが開く音が聞こえるまで同室になるはず生徒を思い浮かべていた。

入ってきた同居人と思わしき生徒は同性(・・)の伶愛から見ても可愛らしく1人の職人が一生を掛けて作ったかの様な芸術品めいた容姿だった。

蒼混じりの白髪を腰のあたりまで伸ばしそれを一本の尻尾の様に束ねていた。

疲れているのか挨拶をしても反応が無くどうしたのかと内心首を傾げていたら同居人の少女(・・)がようやく口を開いたかと思えばとんだ爆弾発言をして倒れ込んでしまった。

 

「か、可憐だなんてこいつは初対面の私に何を言っているんだ。と言うかこいつは女なんだよな?」

 

そう言う趣味なのか?とつぶやきながら二段ベッドの下段に運ぶ。

ベッドに横たわらせる時に体勢を崩し少女(・・)を押し倒す形になってしまい、その時にうっかり触れてしまった胸に感触に違和感を覚えた。

 

「…んっ」

 

何故かまだ私服だった推定少女が身じろぎしたが起きることはなくほっと息をつく。起こさない様にそっと胸に手を置く。やはり少し違和感を感じる。

さすがにそろそろ退かないと社会的にまずいなと推定少女の上から退こうとした時だった。

後ろから声が聞こえた。というか姉の伶奈だった。

 

「久しぶりにあった妹がレズ趣味に走ってた件。しかも同室の娘を昏倒させてからのR18案件」

 

どこかズレたような事を呟く姉を前にして伶愛は完全に固まってしまう伶愛であったがやがてはっと意識を取り戻す。

 

「違う!これは不幸な事故だ!と言うか姉さんいくら姉妹とはいえ入るならノックくらいしてくれ!」

「何回もしたしそっちが行為に夢中だけ。それにその娘の胸に両手をしっかり置いたまま言っても説得力ない」

「だから私はレズじゃない!そしてこれは事故だって言っているだろう!」

「ふーん。だけど最後のアレを見ちゃったから」

「な、何を見たと言うのだ」

「押し倒した後にわざわざ胸に手を持って行った」

「⁈ちっ、ちがっ!それは⁉︎」

 

思わせぶりな姉の発言に伶愛はシラを切ることで対応したのだが姉のさらに一歩踏み込んだ一言によって冷静さを完全に失う。

伶愛は元々羞恥心とか怒りとかによって顔を赤くしていたがさらに顔を赤くなりもはやリンゴとかと形容できそうなレベルだった。

慌てて自分でもなにを言っているのかよくわからなかったが姉の悪戯が成功した時の悪童のような表情を見て伶愛は自分がカマをかけられた事を悟る。

 

「本当にやったんだ。やっぱそういう趣味が」

「本当にそれは誤解だ!」

「ああうん。誤解。そうだね」

 

伶愛は大騒ぎをする。それはもう隣の部屋からの悲鳴がかき消されるほどだった。

この時の伶愛に余計な物事を考える余裕なんてものは微塵たりとも無かったが彼女は思い至るべきだった。なぜ自分が推定少女の上から退こうとしたのかを。

 

「おはよう。運んでくれたのは嬉しいけどそろそろ退いてほしいな」

「あっ…」

 

伶愛は推定少女が起きた時に凄まじい勢いで飛び退いた。

推定少女は伶愛が退くとゆっくり起き上がり乱れていた服を正す。

 

「ふぅ。色々遅れたけど自己紹介といこうか。ボクの名前は零仙紅刃よろしくね」

「ああよろしく頼む紅刃。改めて名乗るが私は天城伶愛だ」

 

伶愛と紅刃は握手を交わした後伶愛は今回の騒動の元凶を問い詰める。

 

「そう言えば紅刃。お前は何でいきなりあんな事を言ったんだ?」

「あんな事?」

「ほらあれだ。可憐だとか何だとか」

「え、あ、あれは思わずというか何と言うか。とにかく君を見たら自然と口に出たんだ」

 

顔を赤らめながらボソボソと言った言葉に伶愛も顔を赤らめる。

 

「ななな、何をいきなり言っているんだお前は⁉︎というかお前は同性愛者なのか」

「え?ボクは同性愛者じゃなくてちゃんと異性愛者だよ」

「ならなんで同性の私を口説いたんだ」

「え?」

「え?」

 

なにやらお互いの認識に大きなズレがあるらしい。

 

「まさか紅刃。お前はその容姿で男なのか?」

「ああそう言うことね。うんよく間違えられるけどボクはれっきとした男だよ」

 

どうやらこの同居人に男らしいと理解しそこで男に口説かれたという事実に気づき顔を赤らめる。

とそこで2人は完全に固まってしまった。

 

「ねぇそろそろ2人の世界から帰って来てもらってもいい?」

 

2人の硬直を伶奈は一言で粉砕する。そしてさらに新しい声が入ってくる。

 

「よう、さっき振りだな紅刃」

 

我が物顔で部屋に入って来たのは蒼刃だった。部屋の中を一瞥して伶奈に話し掛ける。

 

「探したぜ伶奈。部屋に居なかったから学園中を彷徨ったぞ」

「お疲れ様。ナデナデしてあげる」

 

今度は蒼刃と伶奈が2人の世界に入っていたがやがて帰って来た蒼刃が紅刃に向き合う。

 

「紅刃今から入学試験だ。早く制服に着替えてアリーナに向かえよ」

「わかったよ」

 

実技試験のためアリーナに向かうとそこではさっき別れたばかりの一輝と破軍学園で唯一紅刃と同格(Aランク騎士)のステラ・ヴァーミリオンが決闘をおこなっていた。

まだ春休みのためか席はガラガラだったので最前列に座る。

最初はステラの攻撃をいなしているだけだった一輝だが次第にステラが一輝の攻勢を防ぐのが精一杯になっていた。

それを見て紅刃は一輝の剣士としての評価を上げる。ブレない重心や一定の歩幅から見て只者ではないと思っていたが想像以上だと自分の中の鬼がくつくつと嗤う。

 

「残念だな。あれだけの剣術持っているのに」

「零仙弟、お前はそう見るか?」

 

そうポツリと呟くとそれを黒乃が拾う。

 

「一輝は剣士として見るなら一流(Aランク)ですが魔導騎士として見るなら落第生(Fランク)。そう言うことです」

 

ステラの霊装を大きく弾いた一輝はそのまま霊装で一閃する。

周りの見る目の無い観客はFランクがAランクに勝ったのかと騒つく。しかし一輝の霊装は単なる魔力に弾かれる。

 

「だがあいつは手加減したとは言え私に勝ったぞ」

「なっ⁉︎」

 

紅刃は目を見開いて驚く。それはその筈。なにせKOK元三位が手加減したとは言えFランク騎士に負けるとは到底信じがたい。

 

「まあ見ていろ」

 

何か喋っていたのかしばらく戦闘は止まっていた。

ステラはどうやら剣術では勝てないと分かったらしく魔力を高める。伐刀絶技(ノウブルアーツ)で決めに掛かる。

 

天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)

 

収束した焔は天井を破壊し戦域を焼き払う。

その圧倒的熱量を前に観客は逃げ惑う。逃げなかったのはいつの間にか来ていたKOK現三位の西京寧音を含めた黒乃と紅刃の3人と他数名、そして他でも無い最も近くで対峙する一輝だ。

 

「さぁ見せてよ一輝。君の真価を」

 

『僕の最弱(最強)を以って、君の最強を打ち破る』

 

一輝の伐刀絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》を発動した後の戦況は一方的だった。

ステラが竜の息吹を何度振るっても一輝はその先を行き、ステラの頭上を取った一輝はそのまま振り下ろし切り裂く。

 

「理事長アレは?」

「人は常に自らに生存本能(リミッター)をかけている。黒鉄はそれを意図的に破壊し正真正銘の全力を1分で使い尽くす。それが黒鉄の伐倒絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》だ」

「狂ってる」

 

紅刃はそう言いながらも罵倒の色は無く代わりに闘争心と喜色があった。

 

「随分と楽しそうじゃないかい紅坊」

 

そんな紅刃を茶化すのは寧音だ。

 

「来てよかったなぁ」

「とても数時間前まで罵倒を並べていたヤツの言葉とは思えんな」

「数時間前のボクは愚かでしたね」

 

そう言って立ち上がった紅刃はとても人に見せられる類のモノではない笑みを浮かべる。溢れんばかりの闘志と魔力は際限無く高まっていきやがてヒトならざる気配を滲み出させる。

 

「零仙弟、お前の入学試験はこの後すぐに行う。行くぞ」

 

黒乃は紅刃を連れてアリーナのゲートに向かう。

そんな中寧々はいつもの飄々とした気配が微塵たりとも無く真剣な眼差しで見つめる先には紅刃の背中があった。

 

 

魔人(デスペラード)?いやでもそんな気配は…」



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4話

破軍学園の制服に着替えた紅刃が堂々たる歩みでアリーナのゲートから出てくる。反対側のゲートから出て来たのは今回の実技試験の相手の外部から呼んだBランク騎士とCランク騎士の5人だ。

アリーナのスピーカーからアナウンスが流れる。

 

『これよりAランク騎士 零仙紅刃の入学試験を開始する』

 

一輝とステラの決闘が終わって退場しようとしていた生徒は興味を惹かれ座りなおす。

 

LET's GO AHEAD(試合・開始)

 

試験開始のブザーがなりそれぞれの固有霊装(デバイス)を取り出す。

 

「敵を討て 悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)

 

紅刃が取り出した霊装は一対の紅と黒の銃剣(バヨネット)だ。そして背後に7つの揺らぎが展開される。

紅刃が霊装を展開し終わったのを見て5人は散会する。

それぞれが剣 斧 弓 手甲 盾 の固有霊装(デバイス)を取り出しあらかじめ決めてあったのか陣形を取る。

5人の中のリーダー格の男が弓を構えニヤリと笑みを浮かべる。

 

「悪いな少年。君の入学試験は落第だな」

「ふふ、出来るものならね」

「はっ、FランクだってAランクに勝ったんだ。しかもこっちは5人しかもBランクもいるんだ楽勝だよ」

 

男が矢を放つが紅刃は当たるか当たらないかギリギリまでところで避ける。

紅刃は背後の揺らぎから大量の魔弾を射出する。拳大程度のサイズの魔弾は紅刃にとって様子見のつもりだろうが彼らにとって見れば敗北と紙一重の死地に他ならない。

最初は危なげなく避けていたが追加の魔弾だけで無く彼らが避けた魔弾の軌道を制御し再利用する。

今彼らに迫る魔弾は都合63発。1発1発が彼らの全力の一撃に相当する。

観客の誰かが呟くまず戦闘になってない、と。遊ばれてやんのこれじゃまるで狩りじゃないか、とも。

実際その通りだった。威勢のよかったリーダー格の男はすでに去勢を張る余裕すらない。

盾の固有霊装(デバイス)の女が状況を打破しようと絶刀絶技(ノウブルアーツ)を発動し障壁を展開する。

障壁は5人をぐるりと囲み束の間の安全地帯を形成する。様子見の魔弾だけで決まるのかと肩透かしを食らっていた紅刃は魔弾が弾かれるのを見て喜色の笑みを浮かべる。そして魔弾のサイズをふた周りほど縮小し形をドリル状にして魔力をそのままに貫通力を高める。

最初の魔弾はかろうじて防げていたが形状をドリル状にした魔弾は数回当たるたびに障壁にヒビを入れ拡大していく。そしてついに安全地帯は侵され5人は再び死地に放り出される。

 

「ほらほら、最初の威勢はどうしたのさ。掛かっておいでよ」

 

弓をつがえていたリーダー格の男は背後からの魔弾に気付かず貫かれ倒れ伏せる。しかし幻想形態であるからか傷一つない。

あいつの仇だと剣の固有霊装(デバイス)の男が突っ込み1mも進まないで魔弾を避けきれず貫かれて倒れ伏せる。

一輝のようなランク詐欺はいないと判断した紅刃は戦闘未満の狩り或いは的当てゲームに飽き飽きしていた。

彼らを襲う魔弾をピタリと静止させ籠を作る。そして並の伐刀者(ブレイザー)の28倍以上の規格外級の魔力を持つ紅刃の物差しからしてもそれなりに魔力を込めた魔弾を射出する。着弾とともに炸裂し粉塵が巻き上げられそれが晴れた時には残りの3人も倒れ伏せていた。

試合終了のブザーを聞いた紅刃は期待外れだと言わんばかりにすぐさま出て行ってしまう。

本来なら勝者に喝采を浴びせるのが道理だというのに、会場はシンと静まり返っていた。彼らは再びAランクの脅威を魂にまで刻み込まれたのだ。

一つ前の決闘が大番狂わせの結果だったために観客はもしかしたらと期待していた。しかしAランクとは大英雄の器を持つ生きた災厄だに他ならない。そんなものを倒そうとするのなら同規模の災厄をぶつけるか修羅に堕ちるほどに()を研ぎ澄ませなければならないというのに。彼ら5人はそれが理解できていなかったようだ。

 

 

早朝からある兄弟が木刀で打ち合いそれをある姉妹が眺めている。木刀同士が弾き合う不協和音はとても木製の物が奏でているとは到底信じられない音量だった。

 

「ここんところ引き分けちゃいるがそろそろ勝たせてもらうぜ。オラッ!」

 

蒼刃の鋭い掛け声と共に振り下ろされた大上段の一撃はしかし紅刃の右の木刀によっていなされ左の木刀が襲う。

 

「朝早いから寝ぼけてるの?太刀筋が鈍いよ」

 

左の一閃は木刀の柄によって弾かれる。

 

「はっ、軽い剣だな」

 

紅刃と蒼刃は互いの一撃をいなし弾きながら足元の石畳を粉砕する。紅刃が一歩踏み込む。質より量を地で行く剣術は圧倒的物量差で蒼刃の剣術を押していく。

紅刃の剣群を弾き一刀両断せんと横一閃。しかしそれを紙一重で回避する。回避によって体勢を崩した紅刃は後ろに大きく1歩2歩と下がる。10m程度離れた2人だがその程度の距離ならば瞬きの間に詰められる。

紅刃は右の木刀を投擲する。目視することすら出来るか怪しい速度で放たれたソレをなんとか回避した蒼刃だったが体勢を崩した隙を突かれ紅刃が蒼刃の木刀を弾きそして顎を砕かない程度に全力で蹴り飛ばす。脳を揺らされた蒼刃はなんとか意識を保ったが後頭部と石畳が激突し意識を手放す。

 

「よしっ、31戦中10敗11勝10分」

 

辺りの惨状から目を逸らしつつ伶愛の元に駆け寄りハイタッチを求める。

 

「見てた?伶愛久しぶりに綺麗に勝ったよ」

「見ていたが剣術勝負をしていたのでは無かったのか?」

「ボクは剣士である前に伐刀者(ブレイザー)で魔導騎士だからね」

 

ジト目で非難する伶愛に対し紅刃は屁理屈をこねる。

しばらくすると日課のランニングから戻って来た一輝が死にそうな顔をしたステラと歩いていた。

 

「また随分と荒らしたみたいだけど理事長先生に怒られるんじゃ」

「そうよ、さっきなんて木刀が飛んで来て転びかけたんだからね」

「木刀のはごめんね。だけどこれやったの九割がた蒼刃だから」

 

さり気無く責任転嫁した紅刃はまだ気絶している蒼刃を背負い天城姉妹とその場を後にする。

視界から消えるまでその背中を見ていた一輝だったがステラが自分をジト目で睨んでいることに気付いた。

 

「ど、どうしたのステラ」

「あの浴衣の娘新入生でしょう随分と仲がよろしいのね」

「紅刃はあんな見た目だけど男だよ」

「は?男ってあの男?」

「他にどんな男があるのさ」

「ふ〜ん、オトコノコってやつなのね」

「なんでそんなことは知ってるのさ⁈」

 

 

紅刃と伶愛の教室はステラや一輝とも同じだった。

 

「ねぇアンタ」

 

ステラは教室を進んで行きやがて紅刃の前に止まる。

 

「なに?ステラ・ヴァーミリオンさん」

「さっきは忘れてたけどクレハ・レイセンよね」

 

それとステラでいいわと言って席に座る。

 

「じゃあステラって呼ばせてもらうけど。ステラとは会ってみたかったんだよね」

「お、おい」

 

紅刃の口説く様な言い回しに伶愛が焦るがそれを手で制する。

 

「同年代のAランクと合うなんてジュニアリーグ以来だよ」

 

まだ言いたい事はありそうだったが担任が入って来たことにより中断される。

 

「はーいみんな〜席について〜」

 

入って来たのはCランク騎士の折木有里だ。彼女はやたら高いテンションで挨拶をする。

年不相応な口調と仕草で七星剣武祭の代表選抜戦の説明を進める。

謎のテンションと口調によって分かりずらかったがようするにこういう事らしい。

去年までの『能力値選抜』は廃止。代わりに『全校生徒参加の実践選抜』になる。成績上位者『6名』を選手とする。そして試合の日程は生徒手帳にメールで送られる。来なければ当然不戦敗。

どのくらい戦うのかと考え紅刃は挙手する。

 

「先生」

「ノンノン。ユリちゃん☆って呼んでくれないと返事してあげないゾ?」

 

別にイラッとかしてないし、うわっとか、ウザっとか全く思ってないし年齢考えろよBBAとかなんて全く思ってないのである(まる)

 

「ユリちゃん」

「はい、なーに紅刃ちゃん」

「選抜戦はどのくらい戦うんですか」

「詳しくは言えないけど、1人10試合以上は軽くかかるかな〜選抜戦が始まったら3日に一回はあると思ってくれていいよ♪」

 

あまり意識の高くない生徒たちはダルそうに騒つく。そんな中で紅刃は一輝が小さくガッツポーズをするを見た。

 

「確かに大変だとは思う。だけど誰にでも平等にチャンスがあるってとても素敵な事だと先生思うな♪」

 

その直後唐突に大量の吐血をし倒れる。

日常茶飯事だったのか耐性のある一輝がテキパキと指示を出す。

その後一輝が解散だと告げる。

小腹がすいていた事もあってか一輝が女生徒に囲まれていても、それに嫉妬した男子生徒がいても気にならなかったし一輝の妹の雫がディープキスをしていても構わず伶愛に食堂に早く行こうと催促していた。

だが___

 

「デブ」

「ブス」

『殺す!』

 

一悶着あってか固有霊装(デバイス)を取り出しての戦闘の余波で伶愛が体勢を崩し大きく転び頭を打つ。

 

「きゃっ」

 

それを見た紅刃は自分の何かがブチンッとキレるのを感じた。

 

『敵を討て悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)

 

ゆらりと無意識に『抜き足』を使いながらハイライトを無くした目で近く。

 

「え…?ちょっと紅刃⁈なにやってんの⁉︎」

 

後ろで誰かが騒いでいるのを知覚したが無視する。

 

「部外者は他所に行って下さい」

「クレハ、アンタの出る幕じゃないわ」

 

目の前の2人が何かを言っている。気にするな殺せ。

ステラと雫に突撃する。

学年主席と次席の戦いからスペックデータ学年三強の三つ巴の戦いに移行した。

教室が木っ端微塵に吹き飛ぶどころか辺り一帯が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

正気に戻った紅刃とステラと雫は一週間の停学を言い渡された。

トイレを一人で呪詛を吐きながら掃除するのだった。うっかりそれを見てしまった男子生徒は悲鳴を上げたと言う。



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5話

ある寮の一室にて一人の少女が少年を正座させ説教していた。

 

「それで?なぜあんな事をしたんだ紅刃」

「伶愛が転ばされたのを見たらカッとなって…」

 

バツが悪いのか紅刃は視線を合わせずボソボソと言い訳する。

 

「全く、あの勢いじゃ怪我しないのは分かっていただろう」

 

手を腰に当ててため息まじりに苦笑した伶愛を見て一区切りしたと判断した伶奈と蒼刃は助け舟を出す。

 

「まぁそんくらいにしといてやれよ。紅刃だって悪気があってやったんじゃねぇんだから」

「そうそう。それにこのくらいで一々説教してたら身がもたないよ」

「姉さんたちは黙っていてくれ」

 

あまりフォローになってない気がするが一通り説教して溜飲を下げた伶愛は紅刃に手を貸す。

 

「ほら、足が痺れて立ち上がり辛いだろう」

「うう、足が」

 

あ、そうそうとなんでもないように紅刃は伶愛にとって爆弾発言をする。

 

「今度の休み空いてる?」

「特に用事は無いが。どうした何かあるのか?」

「ショッピングモールに買い物に行こうよ」

「ああ分かった。楽しみにしているぞ」

「ボクも楽しみだなぁ。あっ」

「どうした?」

「初デートだね。これって」

「デデデデート⁉︎」

 

紅刃との約束(デート)の日伶愛は洗面所の備え付けの鏡の前でおかしな所はないか変じゃないかなどと悶々としながらくるくる回って確認していた。これも余計事を言って意識させる紅刃が悪いんだと脳内の紅刃に文句を言う。

 

「よしっ、準備完了だ。開けていいぞ」

 

そして2人は同じ事を口走る。

 

『可愛い』

『え?』

 

伶愛は紅刃から見て世界一可愛いと思っているが着飾るともう可愛さとか色気とか綺麗さとかが超新星爆発を起こしていて表現できる言葉が見つからないくらいに色々とヤバイなとショートしそうになった思考をまとめる。

女子にしては比較的長身のスレンダー体型な伶愛はスラリとした形のいい足を強調し普段穿かないような白のショートワンピースだった。

紅刃は女の伶愛から見てもそこいらの女子とは比べ物にならないくらいに整った女顔で芸術品めいた美しさを持っているとは思っていたが何処から見ても男装の麗人にしか見えない。着ている服も色も男女どちらが着てもおかしくないデザインのためいつもより性別が迷子になっている。

ジーンズ風のショートパンツに白のノースリーブシャツに濃い灰色のカーディガンを羽織っている。

 

「それではエスコートを頼むぞ王子様」

 

自らの羞恥心を隠すためいつもなら絶対言わないような言い回しを言う。だがそれにのった紅刃の言い回しに顔を真っ赤にする。

 

「お手をどうぞお姫様」

 

部屋を出でてから紅刃は伶愛の手を握る。それが指を絡ませる俗に言う恋人繋ぎモノだと気付いた伶愛は顔を真っ赤にする。顔を真っ赤にした伶愛を見て自分が無意識に恋人繋ぎをしていた事を知りあっと思う紅刃だったが振り払われないならいいかとそのままにする。

ちょうどいい風が吹き真っ赤になった伶愛の顔を冷ましていく。

そろそろ校門といったところである4人組が目に映る。

最近紅刃と伶愛と一緒にいることが多い一輝とステラと先日の雫と後1人は見たことの無い男子生徒だった。

 

「あれ、クレハとレアじゃないどうし…たの…」

 

一番最初に2人に気付いたのはステラでどうしたのかと聞こうとしたが尻すぼみになる。2人が恋人繋ぎで手を繋いるのを見て色々と察したのだ。

 

「やぁ、おはよう一輝にステラ」

「おはよう紅刃。どこに行くの?」

「近くのショッピングモールでデートさ。デートだよ」

 

手を繋いでない方の腕をブンブン振り今のテンションの上がり具合を表す。

 

「ふふ、よっぽど嬉しいのね」

 

その仕草が微笑ましかったのか紅刃とは初対面の男子生徒が女言葉で笑う。

 

「ん?君は」

 

よく見るとどこかで見た事のある顔なのだがどこで見たか思い出せない。その疑問を勘違いしたのか男子生徒は自己紹介する。

 

「初めましてあたしは有栖院凪よ。名前で呼ばれるのは嫌いだからアリスって呼んでくれると嬉しいわ」

「よろしくねアリス」

 

じゃあねっと特に何も言わずに立ち去ろうとする2人をステラが呼び止める。

 

「なんか言うことあるでしょ⁈」

 

ステラが言いたいことはなんとなくわかるが零仙家は馬鹿ばっかで無駄にキャラの濃い人ばかりなので今更ただのオカマにあったところで鍛えられた紅刃は動揺しないのだ。

 

「え?いや特に何も無いよ」

 

今度こそじゃあねっと2人は走り去る。

打ちひしがれるステラを苦笑しながら一輝はフォローする。

 

「ねぇイッキ、アタシの方がおかしいの?」

「紅刃も紅刃で一般の感性を持ってるとは言い難いから」

 

 

目的地に着いた伶愛は服を見ようといった紅刃に手を引かれ案内される。

紅刃が伶愛に案内した店は周りの店と比べて値段の桁がひとつふたつ違く、その店の利用客はセレブが殆どで今風のファッションの2人は確実に浮いている。

ひっかえ取っ替え試着していく2人を場違い者を見るような目つきで不躾に眺めている。

だが2人は__

 

「どうだ」

「似合ってるよ。これなんかもいいんじゃない」

「そうか、じゃあそれも着てみようか」

「待ってるよ」

 

__全く気にしていなかった。感性が常人とは言い難い紅刃はともかくとして伶愛は気にしそうなものだが意外にも動じていなかった。

そもそも2人は実家からして一般人とは言い難かった。両家とも千年以上続く歴史を持つ名家で特に天城家は世界有数の大財閥として名を馳せている。

つまり2人は一般人からしたら金銭感覚が狂っている部類にカテゴリされる。

伶愛の試着が終わり紅刃は近くの店員に言い付ける。

 

「さっき試着したヤツ全部ください」

「は?」

 

店員の女は紅刃が言ったことに対しポカンとした表情で一瞬惚ける。

さっと見ただけでも20万以上するのだ。学生どころか大の大人ですら出し渋るような金額を払えるのかと訝しむ。

 

「お客様大変失礼ですがお代金の方はお持ちでしょうか?」

「はい」

 

払えるのかと言われた紅刃は黒色のクレジットカードを取り出してみせる。世界的にも有名な会社が発行しているものだった。

 

「あと破軍学園の第一学生寮404号室に送ってください」

「か、かしこまりました」

 

店を出た後小腹が空いたので一階のフードコートで何か食べることにした。

 

「う〜ん、微妙な時間帯だから空いてると思ったんだけどな」

「相席を頼むか?」

「そうしよっか、あっ」

 

自分たちと同じ考えの人が多かったのかフードコートは混み合っており美味しいと評判のクレープを片手に立往生していた紅刃と伶愛だがフードコートに一輝たち4人を見つけた。

 

「やぁ相席いい?」

 

一輝たちは席を詰めて紅刃と伶愛の場所を確保してくれた。

 

「うむ、このクレープは絶品だな」

「だよね」

 

向かい側に座る紅刃の頬に生クリームが付いているのを見つけた伶愛はそれを指ですくい舐める。

 

「ななな何を⁈」

 

隣の雫も一輝の手によって同じ目にあったらしく2人揃って顔を真っ赤にして慌てている。その光景が面白かったのかアリスはくすりと笑う。

 

「2人とも防御力ないタイプなのね」

「うううるさいわよっ、突然だから、おおおどろいた、だだたけよっ」

「そうだよ、それにボクの防御力はAだよっ⁉︎」

 

紅刃の慌てる仕草が完全に女だったためステラが呆れた目で見ている。

 

「なんでアンタがやられる側なのよ。本当に性別がどっちか分からなくなるわ」

 

呆れた目で見るステラだったが紅刃からして見ればステラはアホだった。こっちが性別迷子ならそっちは生クリームサンタだと思う。

 

「ステラ⁉︎どうしたのそれ⁉︎」

「どうしたのよイッキ。アタシの顔に何かついてる?」

「むしろついてないと思ってる方が驚きだよ⁉︎」

「何かついてるならシズクにしたみたいにとってくれてもいいのよ?」

「いや、指ですくえる次元じゃないし。とりあえずタオル貰ってくるね」

「あっ」

「ステラ、ひょっとしてお前は馬鹿なのか?」

 

伶愛の発言に追従するかのように頷く紅刃だった。

 

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

 

一輝が席を立った後紅刃は席を立つ。だがトイレのある方向とは逆に進んで行った。

 

「おーい紅刃。そっちじゃないだろう」

 

珍しく反応しなかった紅刃に伶愛は訝しむ。それを見たアリスが意味深に微笑む。

 

「あら、そういう事ね」

 

タオルを取ってきた一輝が帰ってきた後4人は4階のシネマランドに向かってしまった。

紅刃がちっとも帰ってくる気配がなく1人寂しく座っていた伶愛に耳が何か倒れる音を捉えたかと思ったら銃声と悲鳴が聞こえた。

 

「お楽しみのところ申し訳ないが、たった今このショッピングモールは俺たち《解放軍》が占拠した!殺されたくなかったら黙って従いな!」

 

そう怒鳴り散らした覆面は女性や子どもだけ一箇所にまとめると男を追い出す。

ぞくぞくとショッピングモール中から人質が集められてくる。

その中にはステラと雫の姿もあった。

 

「私に策があります。ですが準備に時間がかかるので絶対にバレないでくださいね」

 

そう言って雫は水を精製し張りめぐらせる。作業が順調に進んでいたが場の空気を一変させる事態が起きてしまった。

5歳くらいの子どもがアイスを投げつけたのだ。それに激昂した覆面は銃を乱射するが咄嗟に飛び出たステラが壁になって子どもは傷一つなかった。

今回の主犯と思わしき伐刀者(ブレイザー)のビショウが悪辣な手段を用いてステラを辱める。

ステラが服を脱ぐたびに覆面たちはいやらしく下品な笑い声を上げる。

とうとう下着だけになりそれに手をかけたステラが怒りと羞恥で身体を震わせ涙を零したのを見た時伶愛はブチリとキレた。

 

「巫山戯るな貴様ら!恥を知れ!」

 

人質がいるからか新たな伐刀者(ブレイザー)の登場にも動じずむしろ下品な笑い声を大きくする。

 

「それで貴女はどうしたいのですかな?それともステラ・ヴァーミリオン殿下の代わりに全裸で土下座して貰えるのですかな?」

 

ビショウは粘着質な物言いで標的をステラから伶愛に移す。目で合図を受けた覆面は銃を子どもの足元に撃つ。

伶愛が服に手をかけた時の事だった。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!!!!!!』

 

この世のものとは思えない人が出せることは到底思えない叫び声がなり轟く。

3階の一輝たちが潜伏しているのとは反対側の吹き抜けの手摺に紅刃が立っていた。

 

 

時間を遡るほど十数分。

不自然なカタチでフードコートを抜け出した紅刃は3階の装飾品店に居た。あらかじめ注文してあったのかネックレスの入った包装された箱を袋に入れてフードコートに戻ろうした。

その時覆面が現れ銃を乱射しようとしたが固有霊装(デバイス)を取り出した紅刃によって幻想形態で脳天をぶち抜かれる。

周囲の人間に礼を言われた紅刃だったがロクに耳に入ってなかった。紅刃は全力で走りフードコートの見える吹き抜けのところで様子を伺う。その時反対側に一輝たちがいることに気付いたが視線をすぐに戻す。

子どもが殺されそうになった時もステラが辱められている時も全く動じず冷静でいられた紅刃だが伶愛が脱げと強制された時紅刃は控えめに言ってブチギレた。

反対側のアリスが目でやめろというが紅刃はいらない情報とカットする。

今の紅刃には鏖殺対象の覆面とビショウと護るべき伶愛しか見えていない。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!!!!!!』

 

人ならざる叫びで殺害予告をした紅刃は悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)を召喚しながら一階に飛び降りる。

 

「ひぃぃぃぃい⁉︎」

 

紅刃は背後の揺らぎからでは無く悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)から魔弾を放つ。たとえ射線に人質が挟まれようとも。今の紅刃は幻想形態を使うことはあり得ない。ゆえに打たれた人質は絶命せずとも傷を負うはず。しかし倒れ呻いているのは覆面だった。

その後も紅刃は暴れ回りどんだけ狙いを荒く撃っても必ず当たる(・・・・・)

まるで必中の魔弾だ。

残るは主犯のビショウただ1人のみ。ただそれも相手の戦力に数えてもいいのか。両腕を切断され既に戦意喪失し倒れ込んでいるビショウの顔を蹴り飛ばす。

機会を伺っていた一輝とアリスが飛び降りてくる。僅かに眉を潜め紅刃を非難する。

 

「紅刃さすがにやりすぎだよ」

 

だが紅刃はまるで聞こえていないかのように幽鬼のごとくゆらりゆらりとビショウに向かう。流石に危険だと思った一輝は紅刃の肩を掴もうとするが掴めず一輝の視界から完全に消える。

次に紅刃を認識した時にはビショウの元まで辿り着いていた。

ビショウの身体の上で足を上げ思いっきり踏み潰す。ビショウがあまりの痛さに気絶するがまた踏み潰し意識を覚醒させる。それを何度も繰り返しビショウは僅かな声を上げることすら出来ないほどに弱り切っていた。

人質に紛れていた覆面の仲間は人質に銃を突き付けるが紅刃は行為を止めず右の悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)で手を撃ち抜く。

最後のトドメと言わんばかりに悪魔の凶弾(デアフライシュッツ)の剣で首を落とそうと振り上げる。

止める者はもういないと思われたが紅刃に背中から抱き着いて止める者がいた。

伶愛だ。

 

「やめろっ!それは駄目だ!私なら大丈夫だ!ほら何もされてないぞ!」

 

伶愛が叫ぶ。やめてと。するとだんだん紅刃から人外の狂気が失せていく。

伶愛の腕の中で紅刃は意識を失い安からな寝音を立てる。



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6話

伶愛の霊装の名前が気に入らなかったので変えました。


七星剣武祭代表選抜戦初日_

アリーナでは1人の少年が逃げ惑っていた。

 

「ほらほら、キミの固有霊装(デバイス)は魔力を蓄積するんでしょ。早くしなよ」

「くっ、1分もしないで容量超過(キャパオーバー)とかどんな魔力してんだよ⁈」

 

苦い顔をする少年の名は盛谷誠二。去年の七星剣武祭の代表の1人だ。能力は魔力を蓄積することでロングレンジ型には滅法強い。先日のテロの主犯のビショウとは似て非なるもので魔力を奪うのに触れる必要などないのだ。

紅刃の魔弾を片っ端から蓄積してアドバンテージを得ていたのは序盤の序盤の話で容量超過(キャパオーバー)した後は一方的で避けるしか無い。蓄積した魔力を放てはいいのだが紅刃はそんな隙を与えない。

誠二は善戦しているが敗北は目に見えている。そう観客の誰もが思っている。なにせ紅刃は開始位置から一歩も動かずこの蹂躙劇を起こしているのだから。

そしてついに魔弾が誠二を捉え試合は終了する。

 

『試合終了ォォォ!今年の代表選抜戦のダークホースの1人と目されるAランク騎士の零仙紅刃選手!前年度の代表の1人の『魔力殺し(アンチマジック)』盛谷誠二選手を相手に傷一つ負わないどころか一歩も動かず勝利するという完全試合(パーフェクトゲーム)中の完全試合(パーフェクトゲーム)だぁぁぁ!』

 

紅刃はアリーナから観客席をぐるりと見渡し伶愛の姿を見つけるとVサインをする。

紅刃はアリーナを出て同じく勝利を決めた蒼刃と合流する。

 

「よう。試合の相手は誠二だろ、どうだった」

「面白い能力だったけどつまらなかったね。あれじゃBランクにすら力押しで負けるんじゃないの」

「そうだな。次は伶愛の試合だろ観に行かなくてもいいのか?」

「当然観に行くよ。それに録画機器の準備もバッチリだよ。そっちはどうなの?他の会場で伶奈が試合でしょ」

 

そう言って控え室に置いてあったプロが使うようなカメラを見せ無数の応援旗と横断幕の入った紙袋を見せる。それに蒼刃は同じくプロが使うようなカメラを見せ無数の応援旗と横断幕の入った紙袋を見せることで質問に応じる。

 

「準備はバッチリみたいだね」

「そっちもな」

「健闘を祈るよ」

「ああ、良い絵を撮るぜ」

 

謎の共感を得た2人は拳と拳を合わせそれぞれの撮影場所(戦場)に向かう。下手したら紅刃は今日の試合よりも真剣かもしれない。そんな足取りで会場に向かう。

 

 

『さあついに始まりました!選抜戦初日の注目カードのひとつ!粒揃いの一年生の中でも上位の実力を持つBランクの天城伶奈選手の第1戦です!』

 

放送部の生徒の場を盛り上げる実況に会場から歓声があがる。

 

『対するは!同じく一年生の中でも上位の実力を持つCランクの牙城愛里!果たしてどちらの騎士に勝利の女神が微笑むのか!運命の第1戦開始です!』

 

『照らせ《朱雀凰》』

 

伶奈を青い炎が包んだかと思えば炎が手に収束し日本刀になる。

対する愛里の固有霊装(デバイス)も日本刀型だ。

 

「はぁっ」

「やぁっ」

 

2人は距離を詰め剣戟を結ぶ。身体能力は伶愛の方が高いようだが剣の技量は愛里の方が高い。5秒にも満たない僅かな時間で自らのアドバンテージを悟り武器にする。

伶愛の疾い一閃を愛里は受け流し斬り返すが身体をひねって避けられる。

一歩互いに退いた2人は伐刀者(ブレイザー)伐刀者(ブレイザー)たる所以すなわち魔力を発動する。

伶愛は青い炎を弾丸にして飛ばす。飛来してくるそれらを愛里は跳んで避ける。落下運動を始める時にアリーナの地面を剥がし飛ばして追撃させないようにする。

仕切り直し互いに出方を伺う。

 

「これはどうだ!『炎刃 扇』!」

 

しびれを切らした伶愛が溜めていた炎を放つ。今後は跳んで避けれるような規模のものではない。

アリーナの地面で壁を造り防ぐが一撃で粉砕される。詰めの二撃目を防ぐことは間に合わず炎にのまれる。

 

『決まったぁぁぁ!一年生同士とは思えない激闘を制したのはBランク 天城伶愛選手だぁぁぁ!』

 

伶愛は勝利した喜びで緩む表情を見られないように早々とアリーナを出ようとするが観客席の一角に伶愛の応援団がいる事に気が付きピシリと固まる。その中央の最前列に大型カメラを構える紅刃がいたのを見てなんとなく自体を察した。

呆れ我に返った伶愛は止めようと走る。

 

 

伶愛が控え室を抜けて観客席に向かうと応援旗や横断幕を片付ける紅刃とそれを手伝う生徒の姿があった。

一部を除いた生徒は伶愛を見るとどうにかしてくれよアイツみたいな目で訴えられた。

 

「何をしているんだお前は」

「伶愛の応援だよ。あっ試合はちゃんと撮ってあるよ」

「そういうことを聞いてるいるんじゃない。というかそれいつ作ったんだ。見たことないぞ」

「伶愛が寝てるのを確認して寝顔を4時間くらい眺めてから作ったからね。寝不足で大変だったよ。まぁやる気は上限突破したけどね」

 

そうかと一応納得した伶愛はふと紅刃がなんと言ったか思い返す。

『寝てるのを確認して』ここは特におかしいところは無いなこっそり作るなら当然だ。『寝顔を4時間くらい眺めてから』ん?おい。

 

「ちょっと待て紅刃。どういう事だ⁈」

「え?」

「寝顔がどうとか、ちゃんと説明しろ!」

「普段も可愛いけど寝顔はホント天使だね。あと寝言も可愛いね」

「なななにを⁉︎って違う!そういう事ではなく__」

「あ、伶愛。今日勝つと思ってお祝いに良いやつ取り寄せてあるよ」

「話をそらすな!」

 

2人の騒ぎを聞いて独り身の男子は胸を抑え苦しみもがく。女子は黄色い悲鳴をあげ両手で顔を覆うが指の隙間からバッチリ見ている。

騒ぎを聞きつけた生徒会役員の御禊泡沫と兎丸恋々はその混沌とした光景を見て見なかった事にして踵を返した。

 

 

伶愛は寮の備え付けのキッチンで包丁を握る紅刃を眺めていた。

 

「紅刃は料理も出来るのか…」

 

プロ顔負けな料理を次々に仕上げていく紅刃をみてポツリと呟く。

裁縫も例の横断幕などで出来ることが分かっており料理もこのレベルで出来るのであれば女子力はそこいらの女子とは格が違う。

 

「ふふ〜ん、ボクは大抵のことならなんでも出来るんだよ」

 

完成したのか料理をテーブルに並べる。

テーブルマナーに則りナイフで肉料理を切りフォークで口に運ぶ。料理はどれも美味しいが見た目も芸術品のようにきらびやかだった。

最後のデザートを食べ終わったら紅刃が冷蔵庫から赤ワインとグラスを取り出して来た。

 

「お、おい」

「大丈夫だって。度数も低いからジュースみたいなものだよ」

「そういう問題では__」

「はい、グラス持って」

「仕方ない」

 

紅刃が伶愛のグラスに注ぎ伶愛が紅刃のグラスに注ぐ。

 

「それじゃ、互いの選抜戦初戦勝利とこれからを祝って。乾杯」

「乾杯」

 

グラスとグラスがぶつかりキンッと耳当たりの良い音を立てる。

くいっと飲み干した伶愛はグラスを置いて一言。

 

「ところで紅刃」

「なに?伶愛」

「なんでお前は2人に増えてるんだ」

「え゛⁈」

 

紅刃は伶愛に酔ったかと聞くが伶愛は酔ってないと隣を向いて答える。ちなみに2人はテーブルを挟んで向き合っている。

聞くまでもなく酔っていた。

 

「なんだか暑いな」

「流石にダメだよ⁉︎」

 

服に手を掛けのを見て紅刃は隣にいってやめさせたが今度は紅刃の身体が冷たくて気持ち良いと抱き着いて頬擦りしてきた。

 

「紅刃は冷たくて気持ち良いな」

「うわっ、ちょ、やめっ」

 

悪いことは続くものでノックが聞こえた。鍵はしてないが出迎えるのは無理なので帰るだろうと無視する。というか無視するしか無い。まぁ勝手に入って来るような非常識なことはしないだろう。

 

「邪魔するぜ」

「お邪魔するよ」

 

そんなことは無かった。普通に我が物顔で入ってきた。

普段とは打って変わって紅刃にピッタリ引っ付いてデレデレの伶愛を見た伶奈はテーブルの上のワインに気付きニヤリと嗤う。

 

「ところで紅刃君」

「はい」

 

嫌な予感しかしなかったが活路はここしか無い。

 

「君は伶愛を泥酔させたね。そして私たちはそれを言いふらすことが出来る。そしてここにワインがある。後は分かるね」

「どうぞ持っていって下さい」

「あるのはこれだけ?」

「冷蔵庫のやつもどうぞ」

 

眼ざとく冷蔵庫からもワインを奪い取った伶奈は満足したのか去って行った。

蒼刃は扉を閉める直前に冗談を残す。

 

「避妊はしろよ」

「死ねっ!」

 

手の届く範囲にあったフォークを掴み扉に向かって投げる。扉を容易く貫通し外の手摺に刺さる。悲鳴が聞こえたが当たらなかったようだ。残念。

フォークを回収し扉の鍵を閉めチェーンを掛ける。

さてどうするかと振り返り伶愛を見ると半裸になってトロンとした目で見てくる。

下半身に熱が集まるのを感じ手が無意識に残りの服に向かう。

『そのままヤッちゃえよ』とデフォルメされた悪魔が囁く。伶愛の服に手を掛ける。不思議そうに伶愛が首をかしげる。なんだかそれで良い気がしてきた。

とそこにデフォルメされた天使が『ダメだよ』と待ったをかける。悪魔と天使がいがみ合う。

『良いんだよ。コイツだってこんな形してても男なんだから』と畳み掛ける。続いて天使が止める。『このまま意識があると抵抗されるかもしれないから昏倒させなきゃ』違った止めてない。天使の方が黒かった。悪魔がドン引きしてる。『いやぁ、それは無いわ。ダメだ』なんか立場が逆転してる。

そうこうしているうちに伶愛は寝息を立てて寝てしまった。その普段は見れない無防備な表情を見て紅刃は理性とかが色々陥落寸前だった。

頭を壁にぶつけ思考をクリアにした紅刃は欲望を鋼鉄の意思で抑え伶愛に服を着せてベットに寝かせて布団を被せる。

 

余談だが次の日の朝顔を合わせた2人は顔を真っ赤にし、紅刃は土下座し伶愛はそれを見て慌ててやめさせる。



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7話

紅刃は昨夜の騒動のせいか疲労が抜け切っていなかったが下手に習慣に逆らうと余計に疲労が溜まるので身体に鞭を打ってベットから這い出る。

そしてテーブルの上には使った料理の皿がそのままになっているのを見て何があったかを鮮明に思い出した。

取り敢えずパジャマから制服に着替え皿を洗う。

皿と皿がカチャカチャうるさかったのか紅刃がこびり付いた油汚れを落としひと息ついたところで伶愛が目を覚ました。

 

「…うぅ」

 

二段ベットの上を使用している伶愛は上半身を起こすが頭痛がするのか頭を抑えている。

あまり寝起きが良くない伶愛だが今回はいつもより輪にかけて酷かった。だがその原因である紅刃に何か言う資格はない。

半分寝ている状態で身支度していた伶愛の意識が覚醒したのは起きてから40分近く経った後のことだった。

 

「伶愛ごめん!」

 

覚醒した伶愛と向き合って出た紅刃の第一声はそれだった。伶愛はそれによって昨夜の自分の痴態を思い出し顔を真っ赤にする。しばらく慌てていた伶愛だが目の前の紅刃が頭を上げるどころか土下座すらやめていない事に気付きすぐにやめさせる。

 

「頭を上げろ紅刃」

「合わせる顔がないよ」

「いいんだ。私だって自分があんなに弱い事知らなかったんだ」

 

言ってもなかなか体勢を変えない紅刃に業を煮やした伶愛は力ずくで頭を上げさせる。

伶愛から見て紅刃は目に見えて意気消沈している。どうやって元の状態まで戻そうかと考えていたがクゥと自らのお腹の虫が鳴るのが聞こえた。

 

「ほら、私はお腹が空いたぞ。何か作ってくれ」

 

それに追従するかのように紅刃のお腹の虫が鳴る。それによって張り詰めていた独特の雰囲気が霧散する。

時間が時間だったので簡素な料理になってしまったがそれでも美味しいのは紅刃の腕によるものだろう。

 

「今日は一輝の試合だったな」

「うん、対戦相手は桐原静矢。去年の代表の1人だね」

「《狩人》か…。私はあまり好かないな」

「別に卑怯な戦法でもいいけどね。セコセコと相手を選んで嬲るなんてとんだ弱虫(チキン)野郎だね」

 

桐原静矢が気に入らないのか2人はいつもより強めの言葉で酷評する。

2人は寮を出てすぐに蒼刃と伶奈の二人組に出会った。

 

「随分と寝坊じゃねぇか。あれか?昨日はお楽しみでしたねってヤツか」

「紅刃君ワイン美味しかったよ。また買っといてね」

 

からかう気満々の2人に絡まれた紅刃と伶愛は特に伶愛が顔を真っ赤にする。紅刃は割と冗談にならないことをほざいた蒼刃に対し脛を蹴ることで対応したが伶奈のまだ脅す気満々の態度に怒りよりもいっそ清々しさすら感じる。

 

午前までの授業を終えパッと食べられるサンドイッチを学食で食べた紅刃と伶愛は一輝の試合を見に会場に向かう。

観客席を見渡し見知った顔の多い一角に向かう。

 

「やあ、ステラに珠雫にアリス」

「さっきぶりね」

 

隣のステラに断りを入れて座る。やがて時間となりアナウンスが流れる。

 

『さぁ第3試合が終わり本日の第4試合が行われるわけですがすごく人だかりです!

いよいよ選手の紹介です!一年にして七星剣武祭出場の快挙を成し遂げ優勝候補の1人をワンサイドゲームで打ち破った前年度次席入学者!無理はせず勝てる相手から勝つスタンスでこれまでの公式戦や交流戦では無傷で勝利することからついた二つ名は《狩人》!七星剣武祭代表の最有力候補の1人!2年 桐原静矢選手だ!』

『続いて《狩人》に対するはなんとFランク騎士!だが侮ることなかれ!すでに多くの人が知っていることでしょう!なんと彼はあのAランク騎士《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンに勝利を収めています!あの強さは本物か!それともただの《落第騎士(ワーストワン)》なのか!その謎が今明かされます!一年 黒鉄一輝選手!』

 

中央の試合線上に立った2人は三言ばかり言葉を交わし固有霊装(デバイス)を召喚する。

 

「いよいよ始まったわね。クレハ、アンタだったらどう動くの?」

「え?あの弱虫(チキン)野郎はボクとあたったら絶対逃げるけど、ボクが一輝だったらってこと?」

「今日のアンタ、ビックリするほど口が悪いわね」

「ボクが一輝だったら速攻《一刀修羅》で斬り捨てるね。一輝と《狩人の森(エリア・インビジブル)》は相性が最悪だからね」

「そう、アタシも同じ意見だわ」

「まあ出来たらだけどね」

「はぁ?どういう事よ」

「見てれば分かるよ」

 

一輝の背後から矢が現れ貫くかと思われたが危なげなく切り伏せる。そして桐原の位置を逆算し《隕鉄》を振り下ろす。虚空を切ったように見えた一閃は制服の一部のみを切り裂く。

第2射に備える一輝は確かな手応えを感じていた。だが_

一輝の右太ももから血が吹き出る。

 

「ぐ、ぐぁぁ」

 

突然の痛みによって一輝は混乱の渦に叩き込まれる。なぜ、どうして、その2つが頭の中で浮かび上がる。そして次に浮かんだのはマズイ。このままでは考えた戦略が全部役に立たない。

 

「ハハハ、一輝君。君はとんだおめでたい頭をしているね。このボクが去年と同じだとでも思ったのかい?そんなわけないじゃないか。今年の《狩人の森(エリア・インビジブル)》は当たるまでステルス出来るのさ!」

 

置き土産と言わんばかりに再び右太ももを撃ち抜く。

実況の女子生徒が酷いと呟くくらいには凄惨だった。両手足を中心にボロボロにされた一輝は《隕鉄》を杖に辛うじて立っていられる。

一方的過ぎて一輝は自らの浅はかさに苦笑いすら浮かべる。

 

「それだけボロボロにされてもギブアップしないなんて、君の忍耐力にはほんと感心させられるよ」

「この程度で諦めてるなら、留年なんてしないさ」

「確かに、それはその通りだ。よぉしならそんな君にはハンデとしてどこを狙うかあらかじめ教えようじゃないか。いくぞまずは左太もも!」

 

ハンデなどと言っているがそれはより一輝を惨めにさせたいという汚れた自尊心の発露だ。

 

「動きが鈍いよ、やる気あるのかい。気合い入れて逃げ回れよ!」

 

まず最初に足を撃って機動力を奪ってから言うことではない。どの口が言うのかとステラは怒りを露わにする。

 

「アハハハッ!惨めな顔だよ黒鉄君。さぁ笑顔だ、笑顔で頑張ろう!そうするだけの理由があるだろう⁉︎なんせ君の卒業がかかってるんだから!」

 

桐原の醜い笑いと共に放たれた言葉は場を固まらせるだけの威力があった。成績に影響しないと言われたのに卒業がかかっているとはどういう事だとざわつく。それを聞いた桐原は一輝の身の上を語る。

 

「彼はあまりに能力値が低過ぎて普通なら卒業出来ない。そこで新理事長が条件を出したんだ!『七星剣武祭で優勝して、七星剣王になったら卒業させてやる』ってね」

 

それを聞いた生徒は嘲笑の笑みを浮かべ大声で一輝を罵倒する。お前には無理だ、身の程をわきまえろ、出来るわけないだろ、と。半ば折れかかりひび割れた一輝の心に容赦なくそれらの言葉は刺さる。

 

「散々な言われようだね。だけど君が悪いんだよ、身の程知らずが分不相応な夢を見るから反感を買うんだ」

 

AランクがFランクに敗れるという彼らにとってあり得ないことは様々な憶測を呼ぶ。黒鉄家がヴァーミリオン皇国に賄賂を渡した、箔をつけるために勝利を金で買った、仮にも1つの国家を買収など出来るわけない。だがそれはこの場限りの真実となり、新たな罵倒を呼び容赦なく一輝を傷付ける。

 

「もう現実を受け入れるんだ。そんなみみっちい能力なんかじゃ俺の《狩人の森(エリア・インビジブル)》は破れないんだよ!これが現実だ。雑魚が粋がるな。見苦しいだけなんだよ。みんなもそうだろ」

 

桐原の扇動に従い一輝を罵倒する。

その罵倒に一輝を一輝足らしめる部分が折れそうになり足掻いて負けても降参して負けても同じだと、どんどん暗い方に転がり落ちる。

 

「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

紅刃の隣で鬱血するほど拳を握りしめ怒りを堪えていたステラだったが我慢できる境界線を超え、叫ぶ。

 

「才能なんかでしか見れない、そんな小さなモノにしがみつくアンタたちなんかに!イッキの強さが分かるわけない!そんな知ったかぶりで……アタシの大好きな騎士を馬鹿にするなぁぁぁぁ!」

 

ステラの魂からの咆哮に一輝は何をしているんだと自問自答する。自らを音が聞こえるくらいに殴る。会場が唖然としている間に一輝は体勢を整える。

 

「僕の最弱(最強)を持って、君の最強を捕まえる。__勝負だ桐原君!」

 

そう高らかに宣言した一輝は《一刀修羅》を発動させ、ある一点に向かって放たれた矢のごとく走る。その走りに迷いは微塵もない。

それを見た桐原は恐慌し逃げ回りながら矢を放つ。しかし一輝はそれが見えているかの如く斬り払い一直線に走る。

 

「冗談だろ⁉︎おい!やめよう!やめようよ⁉︎それ刃物!刃物だから⁉︎そんなので切られたら大変なことになる⁉︎普通じゃないよ⁉︎こんなの⁉︎やめよう!そ、そうだ!ジャンケンだ、ジャンケンで決めよう!それがいい!僕たちは元クラスメイトだ!友達じゃないか⁉︎」

 

もはや《狩人の森(エリア・インビジブル)》すら展開出来ないほど恐慌した桐原は無様に転げ回り顔を醜く歪める。

 

「いやだぁぁぁぁ!痛いのはいやだぁぁぁぁ!ボクの負けだ!負けでいいから!だからやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

一輝は完全掌握(パーフェクトヴィジョン)によって桐原が降参するのが分かっていたため血が出ない程度に切って止まった。

桐原は斬られるという恐怖で泡を吹いて気絶した。

 

『試合終了ォォォォォ!勝ったのはなんとFランク騎士《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝選手だぁぁぁぁぁぁ!前年度授業を受ける事さえ出来なかった黒鉄選手が見事初白星を挙げましたぁぁぁぁ!』

 

一輝は《一刀修羅》の代償によって疲労で気絶するが、その顔はボロボロの身体には合わないほど安らかだった。

 

 

会場を後にする紅刃の背にステラは疑問を投げかける。

 

「そういえばクレハ。なんであんなに当たりが強かったの?」

「それは私も気になっていた」

「ボクも同じく対人戦に強い能力だからね。見ててイラっとしたんだよ」



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8話

紅刃は目の前の試合を見下ろす。

1人は紅刃の数少ない友人の1人の一輝で対するは、紅刃の目からしてもかなり速い部類に属するであろうスピードファイターで《速度中毒(ランナーズハイ)》の2つ名を持つ校内序列4位の兎丸恋々だ。

恋々は速度で一輝を翻弄する程だがあのレベルの剣客という人種に対してはほぼ意味が無い。彼女は騎士であって剣客では無いためそれを理解することが出来ない。

一輝の背後からマッハ2に迫る速度で突撃する。しかし一輝はそれを目に捉え難なく躱しそのエネルギーを利用し地面に叩きつけることで勝利を決める。

 

『決まったぁぁぁぁ!校内序列4位《速度中毒(ランナーズハイ)》を相手に《一刀修羅》すら使わずの勝利だぁぁぁ!これで9連勝の黒鉄一輝選手!』

 

校内最強クラスの騎士を難なく倒したのを見て実況の女生徒も観客も大騒ぎだ。

続いてのステラと校内序列5位《城砕き(デストロイヤー)》砕城雷との試合はステラが砕城の必殺の一撃を容易く受け止めるというプロレスのようなパフォーマンスを見せ返しに一撃を見舞い試合は決着となる。

試合が終わったのを見て紅刃と伶愛は珠雫とアリスと共に会場を後にする。

珠雫は一輝を視界に入れると駆け出し腰に抱きつく。それに嫉妬したステラがとがめるといういつもの光景だ。

そしてステラが下僕という言葉を口実にとがめるのを珠雫は、意気地なしがと小声で毒突く。

紅刃達はこの6人で過ごすことが多い為あまり意識することが無いがこの6人は代表選抜戦のダークホースとして学園中を引っ掻き乱している。そんな6人が集まれば野次馬が付くのは当然のことなのかも知れない。

ある者は雰囲気があると言い、ある者は今年こそは七星剣武祭を優勝できるかもと思いをはせ、ある者は熱狂的なファンとなり軽口すらとがめ、ある者は邪な想いを抱き睨まれ新たな扉を開けたりしていた。

少し開けたところで一輝が最近の変化を語る。

 

「最近の変化といえば大きいのはアレかな」

「お兄様アレとは?」

「実はね僕、ストーカーされてるみたいなんだ」

 

一輝がストーカーをされていると聞き、一輝に恋心を寄せるステラと珠雫は大声を上げ詰め寄る。

 

「ストーカーってあれよね⁉︎付け回したり、勝手に部屋に入ったり、ヒゲ剃りを手紙で送ったりするヤツよね⁈」

「対象の行動を分単位で把握していたりするな」

「え?」

 

ステラと伶愛がストーカー行為となるものをピックアップしていると怪訝そうな紅刃の声が耳に入った。

 

「なんだその『え?』は」

「分単位で行動を把握するのはストーカーとは違うよ」

 

紅刃の堂々たる態度のあまり常識を誤認しそうになる伶愛だったがステラがツッコミを入れ正道に戻す。灯台下暗しというがストーカーも近くにいるらしい。

 

「え?そ、そう…か?え?ああ、そうかもしれ…」

「イヤイヤイヤ、何言ってるのよ⁈違うでしょ⁈」

「ハッ!…ところで紅刃本当にストーカー私をしたのか?」

「いや、付け回したりしてないよ」

「……昨日の5時頃私は何をしていたか?ちょっと忘れてしまってな」

「そうなの?伶愛は昨日5時6分に加賀美と七星剣武祭について17分間くらい喋っていて先輩とかに応援されるのに計6分くらいで寮に帰る途中に珠雫とアリスにあってファッションについて…どのくらいだっけ、え〜と…」

「分かった。もう口を閉じろ」

「普通にアウトですよ」

「え?ちょっと待って」

「なによ一輝、ストーカーを庇うの?」

「いやそうじゃないけど、昨日は紅刃と一緒に5時前から6時くらいまで鍛錬してたんだ」

「嘘でしょ⁉︎」

「だから付け回したりしてないよって言ったよ」

「ならなんであのレベルで把握しているんだ」

「最近の事だけどね、伶愛がどこで誰と何をしてたかがわかるんだ。まあAランク騎士としてわかって当然だよねっ」

「とか言われてますけどどうなんですかステラさん。もしそうならお兄様には10km以上近づかないでください」

「できるわけないでしょ⁈あとAランク騎士を馬鹿にするなっ!」

 

うがーとステラが吠える。伶愛ストーカー事件は犯人がドン引きレベルのオカルト能力で起こしていたようだ。魔力すら使っていないそうだ。よって無罪。

 

「そろそろ話を戻しましょう」

 

アリスが手を叩いて注目を集め脱線していた話を戻し一輝にどうなの?と目で問う。

 

「うん。今ちょうどそこの木の裏に隠れてるよ。ねぇ隠れている人僕に何か用?」

「ひょわぁぁうっ⁉︎」

 

木の裏からそんな奇声が聞こえ1人の少女が出てくる。自身の隠行に自信があったのかあわあわさせながら両手に木の枝を持っていた。伶愛を頂点に考える紅刃からしてもそれなりに美少女と言える程度には整った容姿だった。

 

「うぅ…ご、ごめんなさいっ、ボクはそんなつもりじゃ……」

 

あまり言い訳になってない言い訳を口にしながら逃げ出した少女は茂みの石に足を取られ池に頭から突っ込む。池の底でゴン、という嫌な響きの音が聞こえ沈没した少女は背中を頂点に浮かび上がってきた。

気絶しているのかピクリとも動かない。怒涛の展開に呆気にとられていた一輝だったがハッとし慌てて救助する。

 

「大丈夫…!……大丈夫では無さそうだね。紅刃この人運ぶの手伝って」

 

 

二人掛かりで負担をかけないよう医務室に少女を運ぶ。珠雫が少女の耳元でブツブツと呪詛を吐く。最初は安らかに眠っていた少女だが珠雫の怨念が届いたのかうなされている。

 

「う、う〜ん…ハッ⁈」

「あら、もう起きたのね」

「かなり大きなたんこぶだったから心配したぞ」

 

目が覚めた少女はアリスと伶愛の介抱で身体を起こす。

続いて自らを運んだ一輝と紅刃に礼を言う。

 

「手当てしてくれてありがとう」

「いや、怪我に関しては僕が原因みたいなものだしね。取り敢えず大事なくて良かったよ。ところでなんで目を逸らしてるの?」

「え⁉︎いや…気にしないで」

 

この少女そうなのだ。どういうわけか目が覚めてから一輝を視界に入れまいと横を向いているのだ

 

「それじゃ、そろそろ名前を聞いてもいいかな」

「ボクの名前は綾辻絢瀬。三年だよ」

 

学年を聞いて紅刃は少し驚いた。目の前の少女改め絢瀬が相当なドジっ子だと認識していたので先輩とは思えなかったのだ。

 

「な、なにかな、そっちの君の視線は妙に生温いけど」

「いえ別に。ドジっ子とか思ってないですよ」

「ボクはドジっ子じゃないよ⁈」

 

紅刃の一言に目を見開いて目を合わせ否定の言葉を使う。訂正を求められたが一度そう認識してしまったら簡単には外せないのだ。

そして紅刃には目を合わせられることから鑑みるに絢瀬は女子校の生徒以上に異性に耐性がないようだ。

一輝に対してはとうとう顔を背けるどころか背を向けてしまった。これまでどうやって生きてきたのかと問い詰めたくなる程に耐性がない。

戦闘に関しては照魔鏡の如き洞察力を持つ一輝だが異性に対しては鈍感もいいところの為に訳を殺せず問う。

 

「そ、その、恥ずかしいんから」

「は?」

「なんで黒鉄くんは会ったばかりの異性の目を見ていられるの?」

「いや、でも先輩は紅刃と目を合わせられていますよね」

「え?」

 

今度は絢瀬が呆気にとられる番だった。顔立ちから完全に同性だと思っていたため理解に時間が掛かる。

 

「えぇぇぇぇ⁉︎女の子じゃないの⁈」

 

叫ぶ絢瀬だが紅刃に対する態度はあまり変わらない。絢瀬のドジっ子疑惑と同じく、紅刃の性別の認識はそうそう変わらないらしい。

 

「それで先輩はなんであんな事を?」

「ボクは最近スランプ気味だったんだ。そんな時珍しい剣技の使い手がいるって聞いて何か切っ掛けだけでも掴めればと思ったんだ」

「そうですか。もし先輩が良いなら放課後一緒に修行しませんか?」

「いいの?ありがとう!よろこんで」

 

 

「あっもうやってるね」

「あの人だかりを抜けるのに手間取ったからな」

 

自分らを中心に形成された人だかりを抜けるのに時間が掛かった紅刃と伶愛が校舎の裏の森の広場に行くと既に始めていた。

一輝が絢瀬の足に触れて真っ赤にさせているが恐らく間違った癖を矯正しているのだろう。それを見たステラは嫉妬に叫ぶ。

 

「あ、そうだ伶愛」

「なんだ」

「一輝がやってるみたいに伶愛の癖を見ようか?」

「出来るのなら頼みたいが……」

 

出来るのか?と言おうとした伶愛だが紅刃にいいからいいからとゴリ押しされてしまった。

伶愛は炎を纏い収束させ《朱雀凰》を召喚し素振りを始める。

伶愛の性格が現れている真っ直ぐな剣筋で振るう。体幹がぶれず身体のつま先から膝、腰と連動する動きは紅刃からみてところどころ拙いところはあるものの矯正する程のものではなく目論見が外れてしまった。

 

「どうだ?」

「伶愛の剣はまだ拙いところもあるけど、矯正するようなところはないよ。このまま経験を積んでいけば完成すると思うよ」

「ありがとう。ところでなんでそんなガッカリそうなんだ?」

「いや、別にぃ。矯正する箇所が無くて残念だなぁって」

「お、お前は⁈ま、まさか、あんな事をしようとしていたのか⁈」

 

その時にようやく紅刃の企みに気付いた伶愛はそれを想像してか顔を真っ赤にさせる。

そして紅刃は追撃に余念が無くさらなる発言をする。

 

「今度の休みに近くのプールにいこうよ」

「別に構わないがプールか?少し早くないか?」

「室内プールだから大丈夫だよ」

「そうなのか」

「あ、これはデートだからね」

「はぁっ⁉︎く、紅刃!またこの流れなのか⁉︎」

「だって言質取らなないと伶愛逃げるでしょ」

「うっ」

「まあそういう訳だからね」

「…楽しみにしてるぞ」

「ボクも週末が楽しみだよ」



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9話

一輝は絢瀬に修行をつけるためにステラと近所の室内プール施設を訪れていた。

一輝は水着に着替えるために男子更衣室で着替えて居たのだが入り口の方からざわめきが聞こえてきた。何かと思い振り返ると人だかりが出来ていた。

 

「お嬢さん、こっちは男子更衣室だって言っているじゃないか。君はこっちじゃないだろう」

「はぁ、だからボクは男だって言っているでしょ」

「はは、おもしろい冗談だ。いくらなんでもその見てくれじゃ騙されないぜ」

 

人だかりの中心では紅刃と20代半ば程の男が言い争い、というより紅刃が一方的に因縁をつけられている。だがそれも仕方ないといえば仕方ないだろう。なにせこの男の娘は学生騎士の中で観察という分野において最高峰に座する一輝の観察眼から逃げ切る程なのだから。武術すら収めていないだだの一般市民からは少女にしか見えないだろう。

そして一輝がこの騒動をいつでも介入できる様に姿勢をわずかに前に傾けているのには訳がある。

まだ入学からあまり経っていない時のことだが紅刃の性別を執拗に揶揄うある男子グループが居たのだが、ある時とうとう堪忍袋の尾が切れた紅刃はブン殴って壁やら天井やら床に彼らをめり込ませた前科を持っている。

そんな事件を知る一輝からすれば男性は地雷が原でタップダンスをするに等しくいつ紅刃がキレるか冷や汗ものだ。

 

「わかった。わかったよお嬢さん。そんなに自分が男だって言い張るならその証拠を見せてもらおうじゃないか」

「わかりました」

「待て!待つんだお嬢さん!いくらなんでも服を脱ぐなんて………あれ?」

「だから言ったでしょ」

「すまないっ」

 

確固たる証拠として上半身を脱いで見せた紅刃を見て慌てた男だったが紅刃が本当に男だと知ると謝罪を残し脱兎のごとく走り去ってしまう。

そして紅刃は迷いもせずに一輝に目を向ける。どうやら気づいていたようだ。

 

「やぁ一輝、よくも見捨ててくれたね」

「うっ、ごめん」

「冗談だよ」

「はぁ。見てるこっちはハラハラしたよ。いつ紅刃が暴れないかね」

「いくらなんでも一般人にはあんなことしないよ」

 

冗談だとごまかし笑っているが目は笑って居ない。目だけはジトーっと何故助け舟を出さないのかと責めている。

 

「ところで紅刃はなんでここに来たの?」

「伶愛とデートだよ。っていうか一輝たち毎回毎回デート先に出すぎなんだけどなんなの?」

「ははは、確かにそうだね。すごい偶然だよね」

「で、一輝は何しに来たの?」

「ステラと絢瀬さんと修行に来たんだよ」

「ヘェ〜」

 

水着に着替えた2人はプールサイドで待って居たのだが互いの待ち人はなかなか来ない。

 

「すまない。待たせたな」

「別に気にしてな…い……よ……」

 

紅刃は伶愛の声が聞こえすごい勢いで振り返る。伶愛からは後ろにひとつに束ねていた髪が犬の尻尾の様に見えた。

伶愛を視界に入れた紅刃は思考を停止させ言語を絶する様な幸福感に包まれた。初日の様に気絶しそうになった紅刃だったが今までの生活で多少なりとも耐性ができていたのと気絶してなるものかという鋼の精神で乗り切った。

伶愛の水着は白のビキニだった。変に攻めずかといって守りすぎず、色も無く模様もなくどこまでもオーソドックスだった。しかしそれ故に素材の良さが映える。

銀髪に紅い目ということも相まって独特な雰囲気を醸し出していて例えるならば妖精といったところだろう。

ただひとつ言うならば一緒に出て来た2人だろう。ステラは一年にして学園屈指のスタイルを誇っているし絢瀬も絢瀬で年相応以上にはある。対して伶愛は平均以上の背丈を誇り手足もスラっとしているがついでにある部分もスラッとしている。珠雫が伶愛に妙に優しいことが多いのは同族意識ならぬ同サイズ意識ではない。ないったらない。

 

「おい紅刃。今どこを見ていた」

「伶愛はどんな格好でも世界一だなってね」

 

だが紅刃は天城狂いの1人。どんな美醜感覚も伶愛が最上位に来る様になっている。故に伶愛は恥ずかしがる必要などないのだ。

それよりも伶愛は気になることがあった。

 

「手に持っているのはなんだ?」

「ビーチボールだよ。はいっ」

 

よく見える様に左手に持っていたビーチボールを身体の正面にかざし伶愛に放る。

それを危なげなくキャッチした伶愛はそっちじゃないと詰問する。

 

「そうか。では右手に持っているのはなんだ?」

「浮き輪だよ」

 

微妙に身体を斜めにして隠していた右手から少し恥じらう様にして水玉模様の浮き輪を見せる。

 

「これは浮き輪といってね、人類の偉大な発明品のひとつだよ」

「いくらなんでも浮き輪くらいは知っている。だが……」

 

伶愛が浮き輪を見て訝しんだのは昨日各国の海峡を横断したと自慢話をされたからである。

 

「ッ⁈紅刃、お前まさか⁉︎」

「あ、気付いちゃった?」

「海峡を歩いて横断したのか⁈」

「正解、その通りだよ」

 

魔導騎士連盟が魔力制御の鍛錬に推奨しているのが粘土を無色の魔力で造形することだが、より実践的な鍛錬方が足の裏に魔力を張り水の上を歩くというものだ。無論簡単な事ではなく200mを渡りきれば一流の魔力制御と呼ばれるというのに紅刃は数kmを渡りきったというのだ。その神がかった離れ業はもはや一流という区分すら生温く怪物的と評されるほどの魔力制御だ。

 

「…だが泳げないのか……」

 

そうポツリと伶愛は呟いた。

 

「いいんだよ。人間の活動域は地上なんだから」

 

それを聞いて伶愛はしばらく黙り込みあごに手を当て考え事をしていたのだがやがてまとまったのか顔を上げる。

 

「よし紅刃、私が泳ぎかたを教えてやろう」

「え?」

「元服しても泳げないなんて駄目だ」

「いや、ボクは別に……」

「つべこべ言うな」

「あっ⁈待って!返してよ!それないと死んじゃうから!」

 

紅刃から浮き輪を奪った伶愛は栓を抜き萎ませる。

 

「そらっ」

 

紅刃の手を掴んだ伶愛はそのままプールに飛び込む。当然紅刃はプールに引き込まれる。

 

「ッ⁈プハッ…いきなり何するのさ」

「せっかく来たのだからな。ほら手は持っていてやるから足をバタバタしてみろ」

 

伶愛の先導のもと紅刃はバタ足をしながらプールを一周した頃伶愛はふとしたいたずら心で手を離してしまう。

 

「そろそろ手を離すぞ」

「は?え、ちょま…」

 

紅刃からすればいきなり死刑宣告を受けるに等しく伶愛の手を掴もうとするがサッと避けられ手の届かない範囲に逃げられる。

これに大いに慌てた紅刃は手足を出鱈目に動かしもがいて伶愛の元に進もうとするがちっとも進めずやがて浮力を失い沈んでいく。

紅刃の運動神経や才能を良い意味でも悪い意味でも信頼していた伶愛は目の前で沈んでいくのを呆然と眺めていた。ハッと我に返った時には水底から気泡が自己主張している段階だった。

伶愛は慌てて潜水して紅刃を引き上げ抱き寄せる。

伶愛の腕の中でむせていた紅刃はもう二度と離されないようにキツく抱きしめる。

 

「すまないっ!あそこまでダメとは思わなかったんだ…」

「別に気にしてないよ。ただ__」

 

紅刃は最後の方の声を小さくし伶愛が耳を澄ませたタイミングで囁く。

 

「__もう二度と離されないからね」

「……ッ⁉︎」

 

紅刃の一言は生命の危機を感じた後だからと言うのもあるのだろうが口説きや揶揄う目的もあるのだろう。どちらかと言うとこの状況に持っていくためにそうしたとすら思える。

伶愛はその一言を聞いて顔を真っ赤にして暴れるが紅刃を溺れさせかけた後で後ろめたさもあってあまり動けない。

 

「く、紅刃?その、そろそろ離さないか?」

「ふふ、だめだよ」

「なら上がろう!そうすればいいだろう⁈」

 

名残惜しそうにしていた紅刃は渋々従いプールサイド側まで泳いでいって上がる。

 

「おい。普通に泳げてるじゃないか」

「急に泳げるようになるんだよ」

「嘘をつくなっ⁉︎」

 

鋭い口調と共に押し飛ばし紅刃は水しぶきと共にプールに倒れ込む。先ほどは泳げず溺れかけていたというのに今は魚か何かの如くスイスイ泳いでいる。

その後少し休憩しようということでプールサイドを歩く紅刃と伶愛の視界に痴話喧嘩だかノロケだがわからない問答を注意され走り去る一輝とステラの2人の背中があった。

それを見ていた紅刃の口角が上がりそれを見た伶愛は先の展開を察し紅刃の口が開いた瞬間それに手をやる。

 

「ボクは…ッ」

「なにを言うつもりだ⁈というか言わせないぞ⁉︎」

 

伶愛は紅刃の口をふさぐために半ば抱きつく形になってしまったが紅刃は慌てず口に当てられている手を引き剥がし腰に手を回す。

そこで伶愛は自分がまた誘導されたことに気付いた。

 

「ふふふ、なにを言うつもりだだって?そんなの決まってるよ」

「は、離せ」

「ボクは伶愛が大好きだよ」

 

気恥ずかしくて腕の中で藻搔くがビクともせず紅刃が真っ直ぐな眼差しで伶愛の瞳を覗き込みそんな爆弾発言をする。

紅刃の魔性を感じる紫の瞳から目を離せなくなり心臓が高鳴り赤面する。

 

『すみませんがお客さん。ほかのお客さんもいるので百合百合しい空気は他所でお願いしますね』

 

監視員の茶々にハッと我に返った伶愛は紅刃に離すように促す。渋々といった感じで紅刃は伶愛を解放する。

数時間程度プールを満喫した2人は破軍学園への帰路に着いていた。

その時紅刃の生徒手帳からメールの着信音が鳴る。

その内容を見た紅刃は口角を上げ好戦的な笑みを浮かべる。

 

「選抜戦実行委員からか?相手は誰だ?」

「今までの有象無象たちとは違うね。どれくらい持つかな」

 

今までの対戦相手を酷評しつつ今回の対戦相手を褒めるが紅刃は自らの勝利を微塵も疑っていない。

生徒手帳を見せることで伶愛の質問に応じる。

そこにはこうあった。

 

『零仙紅刃様の選抜戦第11試合の相手は一年四組の黒鉄珠雫様に決定しました』



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