カルネ連邦共和国 (夕叢霧香)
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1話

A 逃走劇

 

 

 やばいやばいやばい…………………。

 千五百が全滅って………冗談じゃない。相手はたったの41人しかいないってのに…。

 一緒に踏み入った友達どころか、千五百の味方全員とはぐれてしまった。

 やっぱり来るんじゃなかったと思っても後の祭り……。

「うっ!」

 ほとんど涙目で角を曲がったところで雪女郎(フロストヴァージン)に待ち受けられていた。通常であれば恐るるに足らないモンスターではあるが既に何度もの戦闘や罠等でHPもMPもスキルの使用回数もほとんど残ってない。

 どうするか…。

 一瞬悩んだその隙を雪女郎(フロストヴァージン)に狙われた。僕の片腕が斬り飛ばされる。

「っく、スキル発動!完全憑依(パーフェクトポゼッション)!」

 一か八か僕は霊の種族が持つ憑依の上位スキルを発動した。相手が格下か、油断している場合のみ憑依が完遂されるが……。弾き飛ばされたら武器防具、装備アイテム無しで敵陣の真っただ中だ。

 憑依成功!の文字。

 直後、僕の元の体、自動人形コッペリアが直後にバラバラにされた。

 

 死亡は避けられたが……………。

「……………言葉になんねー。」

 人形師(エンチャンター)として3年間育て続けた一番お気に入りの自動人形だったのに………。

 もう一方の雪女郎(フロストヴァージン)はそれの活動停止を確認すると、何事もなかったかのように歩き出した。

「……………。」

 コッペリアのコアと、身に付けていたアイテムを僕はこっそりと無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)にしまう。特にフレイヤビスチェは課金こそしてないものの半年近くを費やしてやっと完成させた神器級(ゴッズ)アイテムだ。置いて行けるわけがない。

 しばらくして、もう一方の雪女郎(フロストヴァージン)が歩いて行った逆方向に僕は歩き出す。

 今まではLV100の自動人形であったが今はLV80前後の雪女郎(フロストヴァージン)。人形師としてのブーストも効かないし、しかも扱い方が良く分からない。同じレベル以上の敵が出てきたら死亡確実だ。

「さて、とにかく出口を……………。」

 前から蟲王(ヴァーミンロード)が歩いてきた。確か…第五階層守護者コキュートス。攻略サイトに載っていたプレイヤー以外での最高位要注意キャラだ。

 僕は直ぐにその進路を開け、頭を下げ通過を待つ。

 コキュートスはそれが当然のようにのしのし僕の前を歩きすぎて行った。完全憑依はちゃんと機能しているようだ。

「ふう………。」

 ビキッ。

 おっと、思わずコールドブレスを吐いてしまったようだ。床を凍り付かせてしまった。ダメージゼロが床に表示される。……何か腹立つ。

 しかしあいつ、誰だったか倒したはずなんだが…、もう生き返らせたのか?

 とにかく、生きてここを脱出せねば。デスペナも嫌だがコッペリアのコアとフレイヤビスチェを失うわけにはいかない。

 

 

 

 ユグドラシル。世紀末日本で一世風靡したDMMO-RPG。いわゆるネトゲ。その中でも有名なDQNギルド、アインズ・ウール・ゴウン。メンバー総数41名、全員異形種、カルマ最悪、ワールドアイテム所有率最高、難攻不落のナザリック大墳墓を拠点にする一大ギルドだ。

 『ここを襲撃する。仲間は千人以上集まった。』そんなメールが友人から入った。

 普段ソロプレイばかりの僕だ、普段であれば見向きもしなかったのだが……。

 添付ファイルで二もなく参加を決めた。

 その添付ファイルには「お兄ちゃん、らめえぇぇぇぇ。」というロリ声と、『ぶくぶく茶釜ってこの人』と銘が打たれていた。

 もうそりゃあ行くでしょう、ファンであれば。あわよくばって思うでしょう、ファンであれば。

 そしてそんな野心の結果が今、…………。今。涙と鼻水垂らして逃走中です。

 

 さて、今のところ完全憑依(パーフェクトポゼッション)の効果は抜群で、出会う敵、出会う敵、素通りしてくれる。できればこのまま戦闘無しで脱出したいものだ。外に出たら転移門ゲートで拠点に帰ってさっさとログアウトして、風呂入って寝る。それだけ考えてひた走る。

 とにかく敵プレイヤーにエンカウントしてはいけない。彼等は一発で憑依を見破るだろう。慎重に慎重に…………。僕はそっと柱の陰から上りの階段を覗き見る。

 ……………。

 また要注意NPCだ。

 名前は確かアルべド。防御特化のLV100キャラだ。防御特化とは言え今の僕には勝機が無いうえ、防御に徹されて仲間を呼ばれれば一巻の終わりだ。

 僕は先程と同じようにアルベドの進路を開け、頭を下げて通過を待つ。

 ……………。

 妙だ、と思って顔を上げると、立ち止まっていたアルベドが微笑んでこちらを見ていた。

『こ、怖えぇぇぇぇ……!』

 何?何なの?憑依がばれたの?

「な、何か?」

 思わずNPCに話しかけてしまった。

 その表情が変わったように感じる。微動だにしていないはずなのにだ。

 30秒程そのまま動かないでいると、アルベドは終始笑顔のまま去って行った。

 思わず尻餅をついてしまう。

 だめだ。こんな伏魔殿、てか逢魔殿にいつまでもいたらリアルの寿命まで削られてしまう。

 気を取り直して、僕は不自然にならないよう速足で出口を目指した。

 

 頭に入れておいた攻略サイトの最短脱出経路をひた走る。第一階層までほとんど何事もなかった。何事もなさ過ぎた。

 しかしそんな懸念は出口の光を見た時にはすべて吹っ飛んでいた。周りに敵は居ない。気づいたときは走り出していた。

 あと10m、9、8……、3、2、1………。

 大墳墓の外はまぶしい光であふれていた。

 ピコッとポップアップ音。

 ”第6階層へようこそ!”

 ……………は?

 円形闘技場?第6階層

「え?何?何なの?孔明の罠?」

「そうです。私がアインズ・ウール・ゴウンの孔明です。」

 昔のコメディアンの口調で茶化された。ドッと数名の笑い声が上がる。

 と、観覧席の中央に植物の化け物が現れた。ちなみにしゃべったのはどうやらその隣のバードマンのようだ。

「わあ、どんなキャラが現れるかと思ったら雪女郎(フロストヴァージン)だよ。AIじゃないとやっぱキレイなしぐさだね。第5階層のコと同じと思えないよ。」

 おおお、ぶくぶく茶釜さんだよー。イイ声!やっぱ癒されるわー。こんな場面じゃなかったらっ!ホントこんな出会いじゃなかったらっ!!

「え?どういうこと?第5階層のコって?」

「憑依してんだよ。ウチの雪女郎(フロストヴァージン)にさ。霊系のスキルだ。」

「ほほぅ、出口のトラップまでたどり着いただけあるな。やけくそアタックを繰り返した連中よりは頭が回ると見える。」

 あー、攻略サイトに載ってたプレイヤーがひい、ふう、…7人かー。

 死んだ。

「さて、ここまでこれたのは君が初めてだ。勇者よ、我々を楽しませてくれた君に選択肢をあげよう。」

 渋い声で言ったのはオーバーロード。おそらくこの方はギルド長のモモンガさんだろう。あー、大物のお出ましだ。

「君の持つアイテムを一つ、ここに置いて行くか、我々の一人を選んで一騎討ちを行うかだ。もちろん他の選択肢もあるがね、我等に袋叩きにされるか、ナザリック内を鬼ごっこで遊ぶか、奇跡をあてにするとか。」

「えっと、僕の持つアイテムって何を差し出したら納得してくれるんです?」

 他の選択肢というのはまあ最悪のパターンになるだろう。だったらモモンガさんの提案に乗るほうが良い。

「ふむ、では無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中身を見せてくれ。」

 ……………。

 全員が頭?を突き合わせて相談を始めた。

 数十秒後。

「コッペリアのコアだな。」

「はわっ、それはアイテムじゃないですよ!それだけはご容赦を………。」

 変な声でた。しかし、何百もあるアイテムの中から、まさか壊れた人形のコアを選ぶとは……やっぱり一筋縄ではいかない人達だ。

「しかし唯一の神器級(ゴッズ)アイテムがフレイヤビスチェでは欲しがる人いないしな……。」

 何気にショックな一言だった。僕の半年の集大成が………。

「逆にここには人形師(エンチャンター)はいなくてね、上位魔導系人形最強のコッペリアはここにいる皆興味津々なんだ。」

「コッペリアは僕の憑依体ですけど、娘みたいな感覚も持ってて…。だからそれはあげられません。」

 7人のうち5人がニコマークをだした。何かが琴線に触れたようだ。

「では?」

「はい、一騎討ちで、お願いします。」

 たとえ一騎討ちで死亡しても破損アイテム扱いのコッペリアのコアがドロップすることはまずないから。

「良かろう。では誰と?」

「では、ぶくぶく茶釜さん、お願いします。」

「ほぅほぅ、ワタシをご指名かね?防御特化だからって、くみし易いと思っていると痛い目見るよ。」

「あ、そういうんじゃなくて、僕貴女の大ファンなんです。殺されるならせめて貴女の手で、と………。」

 ……………。

 ドッ!

 数瞬の後、その場が大爆笑になった。

「いやー、なんて言うかもう楽しませてくれる人だ。」

「いや、ホント、この待ち伏せポイントは大当たりだよ。」

「確かに。ここ一年で一番笑ったがね。」

「おいおい、失礼だな君達。私のファンで大爆笑て!」

「いや、ツボはそこじゃなくて…。」

「つーか、ねーちゃんが一番笑ってたじゃんよ。」

「いやいや、すみません茶釜さん。アイテムは期待外れでしたが彼はなかなか見込みがある。そんな彼が大ファンだと言う。素晴らしいことだと思いますよ。」

 何かもう…。笑われるようなことだろうか?

 

 ひとしきり笑われた後、オーバーロードのモモンガさんが両手を広げて宣言する。

「では両名闘技場中央へ。」

 ピンク色のスライム。防御特化のLV100プレイヤー。一通りスキルや魔法は知っているが彼女について僕がそれより精通しているのは彼女の演じたキャラや役だ。つまり戦いの役には全く役に立たない。

「さてさて、今更だけど、ワタシが茶釜お姉さんだよ。よろしくね。」

 最後の“よろしくね”をロリ声で言ってくれてもう天にも昇る思いだ。来た甲斐あった。

「ええと、僕はつか…アルスターって言います。よろしくです。」

 握手してくれた。……触手でだけど。…リアルじゃないけど、もう死んでもいい。

 

「では、始め!」

 

 まあ、ある意味滅多にない新進気鋭実力派人気声優との一騎討ち。幻滅されないようがんばるとしますか。

 一礼して先ず僕は距離をとってコールドブレスを吐いた。ゲル状の外皮が凍り付いたのを見てコッペリアの時の癖で爪と蹴りでの攻撃をしてしまう。

「おぉ!ねえ皆見た?雪女郎(フロストヴァージン)のバレエアタックだよ。和装でバレエって思ったより綺麗だねえ。」

 思った通り全然効いてない。余裕でさばかれてしまった。まあコッペリアの攻撃力に比較すると三分の一以下になっているし、通常攻撃は無理だろう。

 さて得意な人形師としてのスキルはほとんど使い切ってしまっているし、どうするか?

「スキル・幽結!」

 雪女郎(フロストヴァージン)の固有スキル、なぎなたでの三段に加え、氷結効果のある攻撃、これに炎系の魔法をかぶせる。MPは憑依した雪女郎(フロストヴァージン)が満タンに持っていた。

二重最強化魔法(ツインマキシマイズマジック)・クリムゾンフレア!」

「うおぅ。びっくりした。」

 茶釜さんはたったその一言ですべての攻撃を余裕でさばいてしまった。

 戦い始めて5分程で大体わかった。彼等の目的は初めからアイテムやPKKではない。単に楽しみたいだけなんだろう。ならば…………。

「………おっ。」

「どうしましたか?ぷにっとさん?」

「奴さん、こちらの目的にもう気付いたみたいですよ。」

「ほぅ。………確かに見栄えのする技が増えましたよね。」

「さすが幾重の罠をくぐり抜けてきただけの方ですね。」

「スキルと魔法の組み合わせとか、勉強になりますな。」

「俺としては雪女郎(フロストヴァージン)がバレエとか、すっげぇ萌えるんですが。ほらあのアゴ上げてツンと下を向いた視線とか(*´Д`)。」

「コッペリアの癖が残っているんでしょうね。」

「でも時折歌舞伎的動きにもなります。和洋折衷、うん、非常によろしい。」

 のんきな会話が耳に入る。相手はカウンター以外の攻撃をしてこないのだから、普通のPVPよりは余裕があるのだが…………。

 半分以上スキルとMPを使ったがおそらく5分の1もHPを削れていない。しかもちょっと休むだけでリジェネレートで回復していくし。

 とにかく弱点と急所を探り当てないと……。

 そんなこんなで20分程したころだろうか、いきなり足首に触手が絡みつき、地面に引きずりこまれてしまった。

「かかった。」

「ふむ、意外と時間がかかりましたね。」

「それだけ彼女、いや彼かな?警戒心が強かったんでしょう。」

 何これ?毒の沼地でおぼれる感覚。そして触手が首、腰、手足に何本も絡みつき、口にも何本か突っ込まれる。

「おお!何かエロい!」

 身を乗り出してくるバードマン。

「モモンガお兄ちゃん…大変。」

「どうしましたか?!」

「なんだかイケナイ気分になってきちゃった。」

「……………。」

 6人から苦笑、バッテン、呆れ、ため息のアイコンが出される。

「BANされろ!姉!」

「黙れ、弟!」

 ……え?何今の声?ぶくぶく茶釜さんの声?低くて怖っ…。

 つか、…やばっ、酸と毒の複合攻撃でHPがごそごそ削られていく。しかし暴れてももがいても触手は緩む気配すらない。

 ああ、ぶくぶく茶釜さん、途中からこれ狙ってたんだ。何か誘導するような動きとかヘイト稼ぎとかしてたからおかしいとは思っていたんだけど…。

 コッペリアのスキルや魔法なら脱出方法はいくつか考えられるのだが………。

 

 半ばあきらめかけたところで異変が突然現れた。

「ぎゃあああああああああ……………。」

 目の前に突然、雲霞の如きゴキブリの群れが……。

 パニックになったのは僕だけではなかった。アインズ・ウール・ゴウンメンバーのうち、モモンガさんと、ぷにっと萌えさん以外全員パニックになっていた。

「これは…まさか……。」

「ええ、こんなことする人はあの人しかいないでしょう。まったく。」

「ちょ、も、モモンガさん、そんなおちつい…いっやぁぁぁぁ……。装備の中に入ってきたあぁぁぁ。」

「ちょっと、皆さん落ち着いて、CGですよ、ただのCGですって!」

「きょわあああぁぁぁ……取って、取って、取って……。」

 既に二人は気を失っていた。ぶくぶく茶釜さんはただのゼリーみたいになっている。

 あれ、何だか毒の沼地から抜け出せちゃった……。

「第二陣、キターーーーーー!!」

火球(ファイアーボール)火球(ファイアーボール)三重最強化魔法(トリプレットマキシマイズマジック)火球(ファイアーボール)!!」

魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)暗黒孔(ブラックホール)!」

「スキル・ショットガン・ファイアーアロー!」

 危なっ!

 あたりかまわずいろんな攻撃を連射するLV100プレイヤー達。

 大空襲だ。ナザリック大空襲だ。避難しなければ。

 

 おそらくこそっと逃げ出す僕をモモンガさんは気付いていただろう。しかし彼は温情をくれたのか、ゴキブリの駆除に手一杯だったのか、何も言わずに見送ってくれたのだった。

 

 

 

続く



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2話

B 参加

 

 

 

 オーディションに参加した。

 小さい頃から特技は歌だった。どさ回りのように居酒屋で歌って小銭を稼いで生活してきた。

 しかし大きくなっていくに従って、歌では食べていけなくなってきた。

 私の見栄えが良くなかったから。

 最後に挑戦したオーディション。

 技術も声量も練度も熱意も私より劣る子達が合格していった。

「だったら初めから、第一条件、容姿かコネってしておいてよ。」

 悔しくはなかった。実力で負けたのではないとわかっていたから。しかし惨めだった。

 

 現実世界はつまらない。

 

 だから私は楽器製造業に就職し、そのかたわらゲームを始めた。

 DMMO-RPGユグドラシル。5年前から有名だったゲームだ。

 

「種族はやっぱり歌のうまいセイレーンかな…。職業(クラス)吟遊詩人(バード)と。」

 しょっぱなからつまずいた。こういう超有名ネトゲは後参加組にはとにかくきつい。それがセイレーンという異形種だとレベルを上げるどころではない。しょっちゅうPKにあって集めたアイテムも装備もことごとく奪われた。

 

 その日も拠点近くの廃舟のマストに乗って歌っていただけだったのに弓で射落とされた。

「ふざけんなローレライ!お前のせいで舟が座礁すんだよ!」

「LV26だってよ。経験値にもなりゃしねえ。」

 勝手なことばっかり言う。

 もうやだ。やめようかな………このゲームも面白くない。

 

「大丈夫ですか?」

 やにわにポーションを飲まされ、矢が抜かれた。

 骸骨だった。

「何だてめえら!」

「よせ!あいつ、ワールドチャンピオンのたっち・みーだ。ちゃんと戦略立てないとPKKされるぞ!」

 みれば私を襲ってきた4人組を相手に、一人で白銀の騎士が立ち向かっていた。

「たっ、て、アインズ・ウール・ゴウンか…じゃ、一緒にいるオーバーロードはモモンガか?うおっ!」

 声の主に矢が3本突き立ち、炎上した。

「何だ?!太陽のほうから射撃された?ペロロンチーノか?」

「あんだって?とんでもねぇ。アタシャ、ペロロンチーノだよ。」

 光の中から楽しそうな声が聞こえてきた。

「包囲されているぞ!逃げろ!」

「遅い!心臓掌握(グラプス・ハート)!」

 どうやら即死魔法をレジストはしたが行動阻害を受けたようだ。そしてそれは目の前のワールドチャンピオンにはかっこうの餌食だった。

 一瞬で十連撃を浴びた名もないPKプレイヤーは光になって消えた。そのあとに伝説級(レジェンド)アイテムが残される。

 残り三人もあっさりと骸骨チームに倒されていった。

 

 呆然としていた私が落ち着いてきた頃、再び骸骨が話しかけてくる。

「俺はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガって言います。」

 聞いたことある。超有名人だ。ネットとかではむしろ悪評のほうが高いのだが……。

「………カ・ラ・ビンカ。ソロです。」

「カ・ラ・ビンカさんですか…大変でしたね。失礼、私はたっち・みーと言います。」

 白銀の騎士が優しい声で慰めてくれる。

「何で、………一体、あの…。」

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!」

 白騎士の背中に“正義降臨”の課金エフェクト。

「…………。」

 声、出ない。こんな優しく声かけられたことないから……。

「君、女の子だよね?その声、綺麗だね。セルフボイス?あ、俺ペロロンチーノね。」

 両手に戦利品を抱えたバードマンがフレンドリーな声をかけてくる。

「いえ、私、セイレーンなので綺麗な声に加工してます。」

 本当はセルフボイスだけど。褒められてちょっと…かなりうれしい。

「あ、セイレーンだったんだ。てっきり俺と同じバードマンかと思ってた。」

「性別は不明ってことで。遅ればせながら、助けていただいて本当にありがとうございました。」

 こののち、私はギルド、アインズ・ウール・ゴウンに招待された。その日ギルドに詰めていたのは十三人で、いずれの人も私を歓迎してくれた。

 どうやらここに来た多くの人が私と同じような経験をしてきたらしい。

 

 

 

 楽しかった。

 ゲーム初心者の私は戦力としては全然貢献できなかった。おそらく41人の中で最下位を争う程弱いだろう。ましてや種族がセイレーンとマーメイドでは水辺でなければ何の追加効果も期待できない。どころかマーメイドに至ってはパッシブスキル“魔女の秘薬”を封じられると陸で溺れるペナルティ付きだ。

 

 それでもぷにっと萌えさんやタブラ・スマラグディナさん、モモンガさん達の知恵で私にも役に立つことができた。

 生産職を主にレベリングし、戦闘は歌と魔法による後方支援と回復。他にも通常の人達では思いもつかないような支援方法、機会を彼等は私に与えてくれた。

 

 いろいろな冒険ができた。毎日ギルドに顔を出すことが生きる糧であった。

 マーメイドの上位種ニクシーにランクアップするためにクエストやら希少アイテムを取りに行くなど色々手伝ってもらった。

 逆に水中でのクエストや探索は私の独壇場だった。私のスキルでパーティメンバーに水中行動能力を与えることができた。頼られるのは本当に嬉しかった。

 

 冒険に行かなくても円形劇場があり、そこで歌うのが楽しかった。声の天才、茶釜さんとは顔を会わせれば毎日のように張り合った。

 しかし声質が良くて容姿もよくて弁もたち、歌までうまいってどんな神様に愛されてるんだあの人?やっぱ弁天様?

 

 人生で最も楽しい日々であった。

 5年なんてあっという間に過ぎた。

 

 そして……。

 

 

 ある日、私の勤めていた工場で事故が起こった。

 深刻な大惨事となった。

 ある意味即死できた人の方が幸せだったかもしれない。

 救急車で運び込まれたが私の資産ではろくな治療は受けられなかった。

 このままでは余命4日。

 でもどうしようもない。無い袖は振れない。

 痛む全身を引きずって退院。私はタクシーで家に帰った。

 包帯だらけの手でPCをやっとの思いで操作する。

 ログイン。

「おや、ビンカさんじゃないですか。こんにちわ。」

「モモンガさん。いつもご苦労様です。」

「今日も一緒に行きますか?今、新しい神器級(ゴッズ)の材料を集めてて、深海に取りに行かないといけないのでビンカさんが主力なんですよ。」

「…………。」

「て、あれ?どうしました?いつもだったら水中探索なら矢も楯もたまらずって感じなのに。」

「ごめんなさい。」

「は?」

「私、もう死にます。」

「………は?誰かに呪いを受けたとか死の宣告とかですか?」

「いえ、リアルで。今も結構苦しくて。」

「ちょ…、え?!!」

「〇マイ楽器事故、知ってます?」

「ええ、おとといニュースで工場が爆発炎上、強アルカリが沸騰爆散してえらいことになってるって……………。」

「…………。」

「今、どこにいるんです?」

「自宅です。」

「すぐにお見舞いに…。いや、寄付金集め……。」

「来ないで。ごめんなさい。」

「……。」

「私の身体、もう滅茶苦茶で、顔も炭化しちゃってて……。腕も足も…。」

「……。」

「こんな姿、誰にも見せられない。」

「………。」

「…………。」

「死にたくない。やっと楽しい生活を手に入れたのに……。」

「………。」

「だからここに来ました。最期は私がこの世で一番充実した場所で迎えたいから。」

「………。」

「ごめんなさい、会話ももう続かなくなってきました。」

「……どこへ行くんです?」

「ナザリックの、私の部屋へ。たぶん、一週間後には強制ログアウト処理されると思います。」

「…………。」

「モモンガさん。」

「……はい?」

「こんな形でお別れになってごめんなさい。本当は来るべきじゃないとわかっていました。優しいモモンガさんを苦しめることになるって分かっていたのに……本当に、ごめんなさい。」

「………。」

「モモンガさん。」

「………。」

「本当にありがとうございました。私、この世に生まれてきて本当に良かった。」

 

 

 

 しばらくの後、長い、重い、慟哭が聞こえてきた。

 

 本当、ごめんなさい。

 

 

 

 

続く



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3話

A シャルティア

 

 

 千五百の大軍でナザリック大墳墓へ攻め込んだ次の日、大学のゼミで教授から論文発表の提案があった。

 2年生で論文なんて始めはナイナイと思っていたし、何より何か月も缶詰になるなんて冗談じゃないと思っていたのだが…………。

「企業献金127万円?!」

 アルバイトをするより遥かに割の良い額だ。しかも後々の為にもなるし、卒論に繋げる事もできる。

「やります!」

 その日から連日、卒業まで僕は実験と論文の執筆と、とんでもない荷物を背負うことになった。

 そして卒業を待たずして……。

「大学院ですか?」

 もう嫌。そもそも僕はぐうたらなんだよ。企業協同の論文も楽をして儲けるつもりだったんだよ。

「え?研究員待遇で?稼ぎながら?」

 確かに社畜として働くよりは自由もあるし融通も利くだろうし…。

「やります。」

 

 

 そんなこんなで何年経っただろうか?

 研究がひと段落してようやく僕は解放された。一応通帳にはまとまった額が入っている。

 しばらくニートでもして引き籠ろう。

 久しぶりのログインだ。忘れていたワクワクがもうどうにも止まらない。

「ん?………最重要メール?」

 “ユグドラシル配信終了のお知らせ。”

「ふざけんなぁぁぁ………。」

 人生唯一の楽しみが………。僕がユグドラシルから離れてて、何があった?

 ともあれ、残り数日……。

「今日で終わりって、……なんの奇跡?」

「ああ、そういえばモモンガさんに言われたなぁ、奇跡を当てにするかねとかなんとか。」

 モノマネ、似てねー。

 

 まあともかく、まずアップデートしなくちゃ。

 アップデートのかたわら過去ログやらメールを片付けていく。

「さて、前回の終わりは………。」

 そうだった。ナザリック大墳墓に攻め込んでボコボコにされた挙句、雪女郎(フロストヴァージン)に憑依して安全地帯に逃げ込んだところで終わってた。

「おお、久しぶりすぎる………。」

 相変わらずの凝った造り。

 でも何だろう、なんだか寂しいような。

「まあ、プレイヤー全員で打ち上げでもしてるんだろうな。」

 さて、かって知ったる他人の家。うん、意外と何年も前のデータが頭に残っている。

 にしてもNPCもかなり少なくなっている。以前はエンカウント率半端なかったのに……。

 第2階層死蝋玄室。今まで何事もなくここまで来てしまった。

 ……もう孔明の罠は嫌よ。

 ここには確かシャルティアって真祖(トゥルーヴァンパイア)が居るはず。ナザリックNPCの中ではルベドを別格にして最強。今の僕じゃ瞬殺だろうな。ぶくぶく茶釜さんに削られまくってMPもスキルの残りもわずかしかないし。

 あ、なんだかあれを思い出しただけで幸せな気分に……。

 

「まあ、君子危うきに近寄らずってね。」

 ともあれ、こんなところでシャルティアに出会いでもして敵と判断されれば目も当てられない。僕は急いでその場を離れ………。

 目の前にいつの間にかシャルティアが立っていた。

『最悪だ…。』

 逃げ出しかけたが、慌てて僕はひざまづきその進路を開ける。

 …………。

『何だよー。何でここのNPCはこう無駄にリアルなんだよ?こちらを不思議そうな顔で見てるんですけど!』

 ただあの時のアルベドよりは怖さが無い。美人というより美少女だからか?

 シャルティアは座ってこちらに目線を合わせてきた。

『何?何なの?このリアルさ?アルベドと別の意味で怖いんですけど!』

 と、シャルティアの後ろから吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)が3名現れる。

 囲まれた!

 敵と認識されたか?

 一歩を後退すると4人は一歩詰めてくる。前に行こうとも隙間は無く、どんどん後ろへと押しやられていく。

『何で?ドット絵時代のPRGじゃないんだから身動き取れなくなるバグなんてどんなムリゲーよ?』

 やがて誘導されるように死蝋玄室の扉へと押しやられる。

 この中はやばい。僕の勘ではここに入ったら確実にえらい目に遭わされる。

 左に空いていた隙間に慌てて逃げようとしたら―

上位転移(グレーター・テレポーテーション)。」

 ―シャルティアが瞬間移動魔法を唱えた。

「うわ、なんつー綺麗な声だ!ペロロンチーノさん、神!」

 思わず声が出た。それだけシャルティアの設定ボイスは神がってた。ぶくぶく茶釜さんのロリ声とは違った高い透明系の、こんな声優いたら間違いなくファンクラブに入る系だ!

「しかも、何で嬉しそうにするんだよこの子。何なのこのリアルさ?」

「てか、どいてください!」

「……………。」

「ど・い・て・く・だ・さぁーいー!」

 押しても引いても4人は後ろへ動こうとしなかった。

 てか、いつの間にか、どこかの部屋の中に居た。いつの間にも何もあの上位転移(グレーター・テレポーテーション)の時だろうな、たぶん。

 そしてここはやっぱあの死蝋玄室の中なんだろうな。

 

 扇情的。この部屋を一言で表すと他に見当たらなかった。

 ペロロンチーノさんの趣味なんだろうな。

 ………思えばあの時のバードマンがペロロンチーノさんなんだろう。何と言うか、遠くで見てる分には面白い人だった。

 扉は一つ二つ…三つある。ただ一つの扉は二人の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)が立ちふさがっていて、ここを通ることはできない。おそらく押しても引いても動かないだろう。

 後ろの二つの扉………。

 ここに入っては絶対いけない気がする。

 

 と、後ろの扉の一つが開いて、二人の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)が入室してきた。どうやら扉の一つはバスルームだったようだ。現実世界では会社経営者レベルでないと入れないような超豪華な入浴設備が目に飛び込んできた。

 なんて言うか入ってみたい気はする………。

 と、シャルティアが指をくわえてこちらを見ている。

 だから何でそんなリアルなのこのコ?

 こだわりってレベルじゃねぇ!

 

 逃げると追ってくる。ヒヨコやアヒルのヒナとかだったらかわいいけど………かわいい…けど……。……かわいい……。

 やばいかわいい!

 上目遣いがかわいい!

 指をくわえてるしぐさがかわいい!

 何コレ!お持ち帰りしたい!

「ペロロンチーノさん神!」

「ペロロンチーノ様神様でありんす!」

 うおっ!笑顔のシャルティアが僕の言葉をリピートしてくれた!!

 ナニコレ、ナニコレ、ナニコレ珍百景!!

 廓言葉とかもナニコレ!声もカワイイ!

 もうおそらく僕の目はぐるぐる回っていることだろう。

 あー、完全に魅了(チャーム)されてるわー。

 思わず抱きしめたら抱きしめ返してくれた。

 もう、何なのこのコ!チュッチュしたくなる!したらたぶんBANされるから絶対にしないけど。

 

 既にこの時、僕は忘れ去っていた。

 そろそろ今日という日が終わるのだということを………。

 

 

 

続く



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4話

B 眷属召喚

 

「ううう……。」

 眠れたと思った次の瞬間、激痛によって目が覚まされる。

 そんな生き地獄が何十回と繰り返された。

 インターバルは徐々に長くなっていき、声にも力がだんだん無くなってきた。

 もう死神の鎌は振り上げられている事だろう。次に目が覚めることはないかもしれない。

「…………………また来てくれたのかな?」

 私のうめき声が聞こえてくるのか、モモンガさんの気配が扉の前まで来るのだが、そわそわした挙句去っていく。そんなシチュエーションももう何度か覚えていないくらいあった。

「……ごぽ…………。」

 まだ私の中に吐ける力と血が残っていたんだ…………。

 ああ、また意識が朦朧としてきた。意識が遠のくなら痛みや苦しみも遠のいてくれれば良いのに。

 耐えられなくなったら飲みなさいと渡された青酸カリも、手に握ったままだ。

 私はこれ以上何を期待しているんだろう?世話になった皆には別れのメールは出した。明日に自動送信されるように設定してある。

 後はこれを飲むだけ。

 カ・ラ・ビンカとしての手には何も握られていないが、リアルの手に感じている青酸カリのアンプル。

 不思議な浮遊感だ。ああ、ようやく痛みも薄れてきた。神経がようやくマヒしてきてくれたのかな………。

 

 ああ、光が見える。まるで水の中のように感じる。頭に水音が響いてきた。三途の川かな?

 ようやくこれで眠れる。もう、たぶん目は覚めないだろう。

 やっと…………やっと……………。

 

 痛い。

 痛い。

 なんだろう?無くなったハズの左手から鈍痛を感じる。

 ああ、ファントムペインってやつか。鏡を見れば治るって言われているけど。目も開けたくない。

 痛い。左手だけが痛い。

 そっと目を開け、左手を見る。

 …………………………。

 何だろう?左肘に何か巨大なものが付いてる。

 ……………。

 目を凝らしてみる。

 何だ?生き物?

 ああ、とうとう幻影まで見えるようになってしまった。

 以前画像で見たことがある。鮫ってやつだ。ユグドラシルでも何とかシャークって出てきたけどそれに似てる。

 海生物で凶暴なやつは人間を食べるって…………。

 ん?

 人間を?……食べる?……海生物?

 4tトラックみたいな大きい鮫が私の手にかぶりついて体を必死に振り回している。

「何これ?」

 頭上の光が陰る。

 見上げれば巨大なノコギリの刃が入り口となった土管のようなモノが私に迫ってきた。

 

 頭から腹までその土管がかぶさると、今度は腹に鈍痛が………。

「んーーー、私って食べられてる?」

 ああ、夢だ。ようやく安らかに眠れるんだ。

「だから、かじって痛みを与えるってどんな了見だ?!コラ!!」

 私は頭の上にのしかかってきた鮫の顎を右手でつかみ、引き上げた。

 ベキンという固いものが壊れる音が響いた。

 目の前が真っ赤に染まる。同時に血の生臭い匂いが鼻を衝く。

「何だあ?」

 土管と思っていたのは鮫だった。無理やり引っ張り上げたのが悪かったか、鮫は下顎から頬まで縦に裂け、血をあたりにぶちまけていた。

「あれまあ、鮫って結構柔らかいんだ。」

 血の匂いに興奮したように他にいた鮫が三匹ほど傷ついた鮫にかぶりつき始めた。

 

 がぶがぶ。

 

 私の左手にはまだ先程の鮫が噛み切れる場所を探すように噛みついていた。

「これ、本当に人間を食べるの?こんなアゴの力じゃ人間どころか猫だって殺せないと思うけど。」

「ああ、夢だからこんなもんなのか?何だか、水の中でも呼吸できてるし。」

 よく見れば下半身は魚のものだった。ああ、分かった、理解した。これってユグドラシルの中だ。

 そうか、神様が最期の前にご褒美をくれたんだ。

 だったら楽しもう。魔法とか使えるかな?

連鎖する龍雷(チェーンドラゴンライトニング)!」

 左手から発した龍雷が噛みついている鮫を一瞬で消し炭にした。伝説のタタキだ!鮫のだけど…。

 龍雷は近くにいた鮫にも感電、マヒさせていた。

「おお、すげっ!」

「来い!ブルードラゴン・トライデント!」

 やたっ!私の神器級(ゴッズ)武器も使える!

「じゃあ、眷属召喚・クラーケン!もひとつ、召喚・海坊主」

 私の召喚に従い、二匹の大ダコが現れた。

「たのしー!アインズ・ウール・ゴウンに入ったばかりの頃みたいだし。」

 ぴょんぴょん飛び跳ねたかったが不思議な踊りを披露するハメになってしまった。足無いし。

「我らが主、カ・ラ・ビンカ様、ご命令を。」

「おわぁ、しゃべった!って、しゃべりもするか、夢なんだもの。」

 以前ネットで見たクレヨンし〇ちゃんに出てくるブタのようなイイ声で言うクラーケンに私は命令する。

「えーとね、やつら私を食べようとしたんだ。だからやっつけちゃって。」

「何と?!何と罰当たりな。口にすることすらはばかられる、我等が神を食そうなど、万死に値します。やつら、細切れにしてきます。」

「ねえ、カ・ラ・ビンカ様、あいつら、食べても良ーい?」

 剣部シバラク先生のような抑揚で言うのは海坊主。

「おいしいの?」

「大好物。」

「だったら良いよ。」

「やった。」

 2匹の20m近い大ダコ対、100匹近い鮫の群れ。しかし戦いは一方的だった。

 クラーケンはメイルシュトロームや超振動波で押しつぶしたり粉々にする戦い。

 一方の海坊主は一匹一匹を口の中に放り込み、器用にフカヒレと軟骨だけを食べていた。身の部分はまずいのかスイカの種のように吐き出している。

 しかしフカヒレって一度乾燥させないと美味くないんじゃなかったっけ?まあ今リアルの世界では絶滅してるだろうけど。

 

 物の10分程で百匹はいた鮫はすべて壊滅させられた。

 頑張ってくれたクラーケンと海坊主をなでてやると満足そうにして薄れるように消えていった。

 

 二匹を手を振って見送ると、周りには何もなくなった。

 海水だけだ。

 顔を水面にあげて見るが周りには何もない。

 ユグドラシル世界であれば島か、岩礁か何かあるものなんだけど…………。

 ぐううぅぅぅ…。

「おなかすいた………。」

 さっきの鮫食べておけばよかったかな?

「眷属召喚・ジュゴン!」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

「あいたたたた…。」

 声までまんまだ。なんであくびちゃんじゃないの?

「おや?どうしたでごじゃるか?」

「まあいいや、ねえジュゴンちゃん、この辺りで何か食べ物を探して欲しいんだけど。」

「何かリクエストあるでごじゃるか?」

 こんな時くらい高級食材欲張ってもいいよね。

「イワシ!」

「お安い御用でごじゃる。」

「え?イワシだよアンチョビだよ?」

「任せるでごじゃるよ。」

 どこからか、ジュゴンは掌付きステッキを取り出す。

スキル・サーチ・サーディン(あらびん)スキル・魔法効果範囲化(どびん)上位転移(はげちょびん)!」

 何らかの呪文を唱えると、目の前の海域に数万匹のイワシの大群が現れた。

「嘘!!」

 もうその大群の中へ私は突っ込んだ。手づかみでイワシが取れる。

 一匹を口に入れる。

「んまーー!!」

「喜んでいただけたでごじゃるか?」

「うんうん!うまうま!」

「では吾輩も帰るでごじゃりまするよ。吾輩泳ぎは苦手でごじゃりますれば。」

 ジュゴンは満足そうに言うとスーと消えて行く。

「ありがとう、ジュゴンちゃん!」

「またいつでも呼んでくだされ。」

 

 いくら高級食材とは言え、十匹も食べると満腹になってしまった。

 と、いつの間にか巨大な生物が3匹ほど私の周りに集まってきていた。

 さっきの鮫の倍以上の体格だ。

 それは一度20mくらい潜水すると、イワシの群れめがけて口を開けて急浮上してきた。数百匹はその生物の口の中へ消えて行った。

 おいおい………、私の1年分くらいの給料が一瞬で、き、消えたぞ。

 何度か3匹が水面を上下を繰り返すとあたりにイワシはほとんどいなくなった。

 何だこいつら?私の一生分くらいの高級食材を一瞬にして食い尽くしたぞ…………。

 こんな生物が生きてたら世界にイワシはいなくなっちゃうんじゃないの?

 退治しておくか?

 私がブルードラゴン・トライデントを握ると、その生物はようやくこちらに気付いたようだ。突然キュウキュウとわめき始めた。

「何言ってんの?」

「キュウ…。」

「んー、眷属召喚・トリトン!」

「お呼びですか?カ・ラ・ビンカ様。」

 現れたのは頭に三日月の傷があるイルカと古代ギリシア風衣装の少年。

「何だかこいつら何言ってるかわからなくってさ、通訳してくんない?」

「ああ、ザトウクジラですね。」

 クジラ?クジラってイルカの仲間だったと思ったけど何だよ、全然形状が違ってるじゃん。

「ふむふむ。神様の、イワシを食べてしまってごめんなさいと言っています。おなかが空いて我慢できなかったそうです。」

「まあ出したのはジュゴンちゃんだけど……。それと私、神様じゃないから。」

「お詫びに何でもするから許してほしい、と。」

「じゃあ、そうだね、……この辺りで陸地はどこか聞いて。」

「はい。」

 しばらくするとトリトンは太陽の上がっている方とは反対に向けて指をさす。

「北に18マイル行った方向に人の暮らす大陸があるそうです。海岸線に沿って東に向かうと人が建設した港があるそうです。」

「そう、ありがとう。じゃ、私、そっち行ってみるから。」

 クジラとトリトンに手を振って私は大陸を目指す。

 私は鼻歌交じりに大陸を目指す。

 曲はもちろん”GO!GO!トリトン”だ。

 手を振るトリトンが少し嬉しそうにしていた。

 

 

 

続く



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5話

A 状況把握

 

 

[00:00:00]

 

 さわさわ……………。

 さわさわさわ……。

「……。」

 さわさわさわさわ。

 尻に何か違和感を感じる。

 見ればシャルティアが僕の、…雪女郎(フロストヴァージン)の尻を撫でていた。

「…………。」

 モミモミ…。

 今度は前だった。

「………おかしい………。」

 何で感覚があるんだ?

 シャルティアが雪女郎(フロストヴァージン)の胸と尻を触っている。間違いなくBAN物の行為だ。こんな行為を突然NPCがするのもおかしい。

 それより何より僕は触られていることを感じている。

 何だ?感覚をデータ供給するのは刑法で禁じられているはずだ。

「………バグ?」

 さわさわモミモミ……。

「………あのちょっとやめて。考えに集中できないからちょっとやめて。」

 僕はシャルティアの腕をつかむ。しかしびくともしない。

「……くく…。」

「………え?」

「きゃははは………。」

 甲高い声で笑い始めるシャルティア。

「あっははははは………。」

「…表情が………。」

 いくらなんでもリアルすぎる。僕は思わず飛び退った。

「逃がさないえ。」

 速い。

 一時振りほどきはしたが、僕は再びシャルティアに抱き着かれる格好になった。

 

「良いではないか、良いではないか!」

 帯を解かれ、時代劇のように僕はクルクル回される。そして薄絹の下着姿にされる。

「おんしら雪女郎(フロストヴァージン)は趣味じゃないと思っていんしたが、なかなかどうして、そそられる…………。」

「ちょっと待って!」

「…あ、うん…………。」

 ちょっと待ったよ!シャルティア、ちょっと待ってくれたよ!!

「何でありんすか?何か聞きたいことでも?」

「僕の言ってることがわかるのか?」

「おや、ボク?女の身で僕とは、やまいこ様に影響されたでありんすか?」

 何で?何で会話が成り立ってるの?

「君の名は?」

「シャルティア・ブラッドフォールン。知らない訳無いでありんしょう?」

「コンソールが出ないんだけど、シャルティア、何か知らない?」

「こんそーる?何それ?」

 時折出る地の反応。それすらリアルさに拍車をかける。

「運営さんに連絡取りたいんだけど、君、繋げられる?」

「運営?………えーと……ああもう、知りんせん!いい加減時間稼ぎはやめなんし!」

 ぴいぃぃぃぃ…………。

 薄絹を引き裂く音が響いた。

 

 もう僕の身体を覆うものは腰巻一つになってしまった。

 何か、もう、いろいろやばい!なのに落ち着いて考える暇をこの目の前のイイ笑顔の娘は許してくれない。

 というかこの娘によって僕の仮の身体のピンチをビンビン感じる。

「大丈夫。わらわも雪女郎(フロストヴァージン)は初めてだから!」

「何が大丈夫なのか意味が分からない!」

「いい加減観念しなんし!」

「スキル・煙玉!」

「わぷっ!」

 煙幕を張って僕はバスルームへ飛び込んでドアを閉め、鍵を掛けた。

「スキル・ターゲットジャミング!転移遅延(ディレイテレポーテーション)転移門遅延(ディレイゲート)!」

 これでここに入るには2分は時間が稼げるだろう。

 とっさの事で考えが及ばなかったが、コンソールを出さないのにスキルと魔法が行使できた。これはどういうこと?

 それを手足と同じように使おうと思っただけで発動するのは便利なのだが……。

 

 しかし、どうする?

 今、この状況はまずい。自分より年下だろう娘に大人の階段を上らされそうだ。

 しかも女の身体で。

 ぶるぶる首を振り対抗措置を考える。

 

 僕はまず無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)を確認する。

「やった!無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)は使える。ってことは……。」

 僕は無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中から運上げのアイテム、ラビットフットと蹄鉄を取り出す。他にも忠治の墓石、鷹の羽、幸運の種を取り出して装備、服用する。すべてラックアップ用のアイテムだ。

 そして……。

三重魔法強化(トリプレットマキシマイズマジック)上位幸運(グレーター・ラック)。」

 これで、LV100のシャルティアにも憑依できる可能性がかなり高くなったはず。今まで見てきた感じ、彼女はどうも慎重さに欠ける性格のようだ。ならば油断している可能性は非常に高いと思う。

 問題はアンデッドの精神攻撃耐性の高さだが……。

 もうその時はその時、はじかれて敵認定されて大人しく殺されるしかないか。もうすぐユグドラシルは終了するはずだし。

 

「ちょっと待てよ………。」

 自分の手をつねってみた。

「……痛い。」

「じゃあ、殺されるって死ぬほど痛いってことだよね?」

 こんなことならあの時逃げないで大人しく茶釜さんに………。

 まあ、あとの祭りだ。

 あとは扉を破られた瞬間、完全憑依(パーフェクトポゼッション)強行だ。

「ほらぁ、開けなんし。痛くしんせんからぁ。」

「それって逆効果。」

「あら、そう。それじゃあ、…あ、開いた。」

閃光(フラッシュ)!」

「ファッ!…まぶしっ…。」

 ヴァンパイアの目に閃光はさすがにきつかろう。しかし攻撃性のある魔法ではない。ここまではまだ敵対行動とはみなされないはず。

完全憑依(パーフェクトポゼッション)!」

 意を決して行った憑依。

 吉と出るか凶と出るか………。

 

 

 

 成功した!

 頭の中に憑依成功と浮かんだのだが…………。

「……あれ?」

 目の前にシャルティアは居た。まだ眩しそうに眼をしぱしぱさせている。

「……え?」

 何で?憑依成功なら目の前に居るのは裸の雪女郎(フロストヴァージン)じゃないの?

 

「……………。」

「あの、ここはどこでしょう?なぜ私は裸にされているのでしょう?」

 後ろから聞こえてきた声に僕は振り返る。

 目の前に裸の雪女郎(フロストヴァージン)は居た。

 やはり彼女も意思を持っている。

「………んーー。」

「おやおや、何をわかりきったことをこの子猫ちゃんは…………。」

「あ、あの、シャルティア様……。」

 僕の目に映るのは裸の雪女郎(フロストヴァージン)に詰め寄るシャルティアの姿。

「全く手間をかけさせて。ようやく観念したかや?」

「あ、あの?何を観念?…んむっ!?」

 わーーー。

 わー、わー、わーーーーー。

 ペロロンチーノさんが見たら身を乗り出しそうな情景が広がり始める。

 

 10分以上、我を忘れてしまった。

「ね、ねぇ、たすけて……。」

 見れば雪女郎(フロストヴァージン)が僕の方を見て、助けを求めるように手を差し伸べている。

 息も絶え絶えで、時折ビクンと身体を跳ねさせる。

 えーと…彼女が今、いわゆる人権蹂躙されてるのって半分以上僕のせい?

 ていうか、うん、完全に僕のせいか?HPは多少回復しているだろうが、スキルもMPもほぼゼロだろう。もうなすすべ無しって感じ?

 さすがにいたたまれない。

「あの、そろそろ堪忍してあげない?」

「あぁ?!」

 突然暴風を受けたように僕は吹っ飛ばされ反対側の壁に叩きつけられた。

「…か、………は…。」

「てめぇ、下僕の分際でこの私に意見するか!しかもタメ口か?えらくなったもんだなおい!」

「ご、…ごめんなさい。」

 下僕って……。……そういえば。

 ここで僕はようやっと思い当たる。辺りに居る吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)の存在に。

 やっぱり一人減ってるよ。僕が今身に着けている服装も他の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)と同じ感じのものだ。

 やっちまったーーー!!

 閃光(フラッシュ)かましたとき、おそらく吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)の一人がシャルティアをかばったのだろう。僕は最初に触れた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)に憑依してしまったんだ。

 やばい、確か吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)はLVが30前後しかない。戦う戦わないってレベルじゃねぇ!

 RPG中盤でいきなりラストダンジョンに放り込まれた感じだ。

 武器装備無し、MPスキルゼロLV100の方がまだ戦える。

 憑依解除しないと…………。

「………できない。」

 魔法………。

 げ、第六位階までしか使えない。

 スキル…。

 頭の中にある人形師のスキル半分以上が使えないようだ。

 逆に吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)の固有スキルが増えていた。

 そして、完全憑依(パーフェクトポゼッション)が使えない状態になっていた…………。

 もしかしてだから憑依解除できないってか?

 でもあれ?憑依解除ってLVに関係なくできるはずじゃなかったっけ?

 

 僕にかかずらわってる間に、既に雪女郎(フロストヴァージン)はバスタオルを掴んで走り去ってしまっていた。

 とりあえず何とか彼女を逃がすことはできたか……。

 

 

「何?さっき角で雪女郎(フロストヴァージン)が泣きながら走って行ったのを見たけど何があったの?」

 コンコンと開いている扉をノックして声をかけてきたのはアルベドであった。

 これは、もしかしたら救いの神か?

「なんでもありんせん。」

「裸にひんむいておいて何でもない、ね……。」

「ちょっとからかっていただけ。それより何でありんすか?わざわざこんなところまで。」

「モモンガ様がヴィクティム、ガルガンチュアを除く階層守護者に召集を掛けたの。貴女も直ぐに第六階層、円形闘技場に向かいなさい。」

「モモンガ様が!?」

 シャルティアの声のトーンが上がった。すごく嬉しそうだ。

 へえ、モモンガさん、慕われているんだな。

「直ぐに用意するわ。汗を流すから手伝いなんし。」

 隣にいた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)が即座にシャルティアの衣装を脱がし始める。

「モモンガさん………。」

「ん?」

「あ、そうだ、モモンガさんがいるなら………。」

「「あ゛あ゛?!!」」

 ボソッと言ったのに何で二人とも聞こえてんの?!二人とも美女、美少女がしちゃいけない表情に……。

 って、何でそんな怒って……?今の会話で怒るポイント…。

「いえ、モモンガ様と申しました。」

「…あら、そ。」

 当たりか。

 しかしもうこいつらNPCと考えない方が身のためだ。今の状態ではいつでも殺されてしまう。

 

 まだ敵認識されていないようだし、ここはモモンガさんに拝み倒してでもここから出してもらった方が良いだろう。

 今はとにかく、モモンガさんに会えるようにしなければ……。

「シャルティア様、私もお供いたします。」

「ん?まあいいけど……。」

 シャルティアは心ここにあらずといった感じで服を脱いでいき……。

 ブラジャーを外した時、ぽろっとたくさんあるものが落ちてきた。

「……………。」

 ダメだ!ここで笑っちゃダメだ!!

 僕の人生がここで終わってしまう。

 と、肩に手を置かれた。

「な、何でしょう、アルベド様?」

「いいのよ。思ったまま行動しても。」

 神じゃねえ!こいつは救いの神なんかじゃ全然ねえ!

 僕はほっぺたをつねって明後日の方を見る。

「何してるでありんすか?早く手伝いなんし!」

 僕は下を向いてタオルを手にそのあとについていく。

「何を震えているでありんすか?えっと、アイ子。」

 アイ子?僕が憑依したこの子の名前か?

「いえ、モモンガ様に会える栄誉に今から打ち震えているのです。」

「うんうん。わらわも久しぶりでありんす。」

 と、アルベドは真面目な顔になり、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)に向き直って言う。

「今、モモンガ様は何か異変を嗅ぎ取ったようよ。あなた達にも直ぐに何らか命令が下るかもしれないわ。直ぐに対処できるよう準備を整えておきなさい。」

「「「はい。」」」

 異変……。

 そうか、さすがモモンガさん。右往左往する僕とは違って冷静に指示を出しているみたいだ。すごいな。

 僕の心の中にようやく一筋の光明が見えてきたのだった。

 

 

 

続く



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6話

B 上陸

 

 

 トリトンに言われた方角へもう何キロ泳いだろうか。

 ニクシーの泳力は本気で泳げば時速80キロは出るが、別に急ぐ旅でもないし、1~20キロ位の速さでのんびり泳いでいる。

「てゆーか18マイルって何キロよ?トリトンの設定を考えたのは茶釜さんだったっけ?あまりこだわるタイプじゃなかったのに、もー……。ヘロヘロさんがプログラムする時でも手を加えたのかな?」

 陽はまだ傾いてはいない。

「しかし、綺麗な海水だねー。さすが夢の中だわ。」

 とぷん……。

 海中に10m位潜ってみる。

 空を見上げると、光がキラキラ輝いていて、自分がもう極楽浄土に転生したような感覚になってしまう。

「そう言えばブループラネットさんが言ってたなぁ。海はただの水面なのに荒れたり、凪いだり、うねったり、風波、津波等で姿を変える。それは優しく、時に荒々しく、青、群青、蒼、碧、緑、黒、黄、のような七色で……。」

 まあこのテの話が始まると長かったよなー。

 ……でも。

「いつかブループラネットさんとも見れたら良いな。」

 ちゃぷ…。

 水面から顔を出す。

「この夢が永遠に続けばいいのに……。」

 …………。

「超位魔法!星に願いを(ウィッシュアポンアスター)!我は願う!これが夢なら覚めないで!」

 ……………。

 

 ……………。

 願いはどうやら聞き届けられなかったようだ。

「超位魔法でもダメだったか。」

「ま、ダメ元だったし。」

 再び私は陸を目指した。

 

 泳ぎ始めて2時間位経っただろうか?大陸が見えてきた。

 人の姿は見えないか……。

「スキル・ホークアイ。」

 遠視のスキルを発動すると人家が見えた。

 どうしよう?上陸は夜まで待った方がいいかな?

 陽が落ちるまでは4時間弱というところか。

「結構長いな、東に向かうと港があるって言ってたっけ。暇つぶしに港を見てみるか。」

 東に一時間程泳いでいくと、かなり大きな港が見えてきた。20m級の商船―だろう―が、6隻、荷物の積み下ろしを行っている。

 埠頭は4つ程あり、それぞれに赤レンガで作られた30mの長さの倉庫が二列×3並んでいた。なかなかの設備だ。

 その様子を見るため、私は再びホークアイを発動させる。

 積み下ろしにはクレーンやフォークリフト的な近代機器は使われていない。

 ゴーレムやオーガー等も使わず、ただ人力での積み下ろし。

 日本で言えば江戸時代といったところか。

 

 港見物は面白くて瞬く間に時は過ぎて行った。

 やがて陽は落ち、辺りは暗くなっていった。いくつかの船にはかがり火がたかれ、積み下ろしは続けられている。

 こんな時間まで、荷役か……。活気があるみたいだ。

「さて、そろそろ上陸してみるとしますか。お腹もすいてきたことだし、街にレストランあればいいなーー。って、お金!!」

 無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中にお金は入っていない。

「まあ金とか換金できれば問題ないか…。」

 港から西に少し戻り、岩場に行く。人気のないことを確認し、私は岩に上った。

 パッシブスキル”魔女の秘薬”が作用し、魚の足が人間のものに変わった。これで陸上を歩くのも呼吸も問題ない。もちろんちゃんと声も出せる。

 見かけ上は普通の人間と同じだ。

 だが……。

「のわっ!ノーパンじゃん!ユグドラシルじゃ、最低でもパンツは穿いてたのに…。」

 ていうか、パンツが脱げたことが無かった。

「クリエイト・グレーターアイテム・アンダーウェア。」

 手の中に小さな肌色のパンツとブラ。

「…………。うん、サイズぴったり、履き心地もサイコー。……シルクかな?」

 さすが私!ナザリックの生産部門所属だけはあるね。

「もいっちょクリエイト・グレーターアイテム・カジュアルウェア。」

 手の中にガウチョパンツとパーカーが現れた。

 気温はそんなに高くないが寒くもない。これくらいがちょうど良い時期だろう。

 同じくブーツを作ると、無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中から全身鏡、の代わりとなる水鏡の盾を取り出す。

永続光!(コンティニュアルライト)

 暗闇に浮かび上がる私の姿。

「おお、キレイキレイ。自分の本当の姿じゃないけど。しかも夢の中だけど。」

 永続光(コンティニュアルライト)の魔法を掛けた水鏡の盾を無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)にもどす。

「てか魔女の作った衣装………。12時過ぎたら魔法が解けるなんて無いよね?街中ですっぽんぽんなんてシャレにならないんだけど。……タイホだよね?」

「それとー、換金アイテムは何が良いかな?」

 まあ海の砂を砂金に変えるのが最も手っ取り早いか。

錬金・金!(アルケマイズイントゥアゴールド)

 とりあえず手持ちの袋に入る位の砂金を作り、私は港町へ向かった。

 

 

 街に入ってまず私は頭を抱えた。

 文字が全く読めなかった。

 最悪の考えが頭をよぎる。会話どころかボディランゲージや風習的なことが色々まずかったりしてタイホってことになったらどうしよう?

 まあイイか。夢の中だし。

 

 歩いていると、賑やかな看板と話し声が聞こえてきた。

「お、やった!話の意味が分かるよ。」

 どうやらそこは居酒屋のようだ。

 私はそろそろと、中に入る。

 場違いな場所に入っちゃったなー、と思うが引き返すとあまり良い結果にはならなさそうだ。

 にぎやかだったその場が波が伝播するように静まり返っていった。

 とうとう全員の視線が私に集中する。

「こ、こんばんわ。」

 やばいよなんだかこわもてのおじさんばかりだよ。OLがヤクザの総本山にのこのこ入って行った気分だよ。

 しかも店主さん?一番の強面だよ。マフィアのボスって言われても納得だよ。

「……お前さん、大商人の娘さんか何かかい?ここは安酒場(ホンキートンク)だぜ。お前さんにお似合いなのは次の区画にあるレストラン、霧衣亭あたりだろうよ。」

 大商人?何でそんな風に思うのだろう?こんなカジュアルウェアなのに。

「砂金の換金はどこでできますか?」

「ああ、うちでやってるよ。レートはホレ、そこに掲げてある。」

 んんーーーーー………。わからん。

「じゃあお願いします。」

 私はパーカーのポケットに入れていた砂金の袋をカウンター台にどんと置いた。

 途端にざわつきが広がる。

「おいおい嬢ちゃん、なんの冗談だ?!こんないっぱい持ってこられてもうちじゃ換金しきれねえよ!」

 やっぱ大商人の娘だぜ。家出娘か?

 などと声が聞こえる。

「じゃあ、これであるだけのお金に変えてください。残りはここにいる皆さんに今日の飲み代と食費代にしてください。」

 一度言いたかったんだ、こういう江戸っ子的粋発言。

「なっ…………。」

 ざわつきが凍り付いた。

 数瞬後、色々なものが宙に舞った。

「まじか!」

「おやじ!俺のつけもそれで全部消えるよな!!?」

「おう、消えておつりがくらぁな!」

「おやじおやじ!俺一番高い酒が飲みたかったんだ!」

「そりゃ嬢ちゃんに聞きな!」

「おい、嬢ちゃんいいよな!」

「もちろん。」

 うおーーーー!

「樽酒開けろーーー!!」

 怒号にも似た歓声が上がる。

「気に入ったぜ嬢ちゃん!ホレ、これがウチにある金全部だもってけ!」

 おやじさんはカウンターの引き出しから金貨銀貨銅貨すべてを私に渡してくれた。

「おい、かあちゃん!」

 おやじさんは奥に向かって怒鳴る。

「なんだいなんだい、うるさいね!」

「今日は開店以来の上客だ、腕によりかけて作ってやんな!それとコレ!砂金だが70金貨位にはなるだろう。大金だ、盗まれねえように金庫に入れとけ!」

 おばちゃんは目を白黒させる。

「こんな大金、金庫ごと持ってかれるよ!す、直ぐに換金しないとやばいよ。」

 後で聞いた話だが、これは大口の換金が来たときはこういうやり取りを必ずするらしい。こちらに気を配りつつ、偽物をつかまされない為の保険らしい。

「そうだな、おい、ダズ、リンガ、銀貨5枚で用心棒やってくれるか?」

「お、俺も!!」

 他にも手を上げる人間はいたが、親父さんに信頼されているのはその二人だったようだ。

 三人は完全装備で直ぐに大手両替商に向かったようだ。

 

 どんちゃん騒ぎが始まった。

 私はお腹が空いていたので魚料理を頼んだ。

 昼に食べたイワシを遥かに凌ぐ味の魚がわんさか私の前に積まれた。

「なあ嬢ちゃん、どこから来たんだ?」

「南ーー。」

 私は魚の骨と格闘しつつ答える。

「南の大陸か?!そうか、しかし嬢ちゃんの金髪と彫りの深さはこっち系の顔立ちだと思うんだが。」

「そうなの?」

 魚の骨もうまい。うまーー。

 

 と、そこへ先程両替に出て行ったおばちゃんが帰ってきた。

「82金貨だよ!すごいよ、純度が99パーセントの砂金って、ありえないってよぉ!」

「おいおい99パーセントの砂金だって?ありえねぇ。」

魔法詠唱者(マジックキャスター)がちゃんと探知したんだ。たとえ間違ってたってあたしらの知ったこっちゃないよ!あたしらの手元にちゃんと金貨82枚があるんだからね。」

 言っておばちゃんは私にキスしてくる。

「全くどこの女神さまだいあんた?」

「…はは。」

 しかし大声でそんなこと口にしてていいのかな?明日二人とも海に浮かんでたなんて寝覚めが悪すぎるよ。

 それとなくそうおばちゃんたちに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

「まあ、その心配はないだろうよ。ここにいる野郎どもは大半が重爆の配下たちだからよ。」

「重爆?」

「ああ、ここに来たばっかだもんな、嬢ちゃんは知らねえか。」

「おーい、皆、嬢ちゃんに重爆様の武勇伝聞かせてやんなよ!」

 聞けば重爆とはレイナース・ロックブルズという女騎士との事。帝国の将軍に匹敵する権力の持ち主でもあり、彼女の隊は最も数が少ないのに数々の武功を上げているとの事だ。

「………ただなーー。」

「おい、それはやめとけ。」

「ただ、何?」

 そこで止められると興味を持つなという方が無茶だ。

「いや、もしロックブルズ様に会っても、前髪の事には絶対触れちゃいけないぜ。」

「ああ、命が惜しかったらな。」

「覚えておきます。」

 どうやら怖い人のようだ。

 出会ったら即、逃げよう。

 

 

 と、興が乗ってきたのだろう、何人かが簡易の舞台を作って歌い始めた。

 歌。

 歌…。

 歌……。

「ちがーう!!」

 酒の上の歌。それはわかる。しかし私の前でそれはいけない。

「本当の歌ってやつを教えてやる!」

「私の歌を聴けーーー!!」

 私は舞台に駆け上がるとマジックバンド・ネレイダスカルテットを召喚する。

「一曲目、いっくよーーーー!」

「嬢ちゃん、魔法詠唱者(マジックキャスター)だったのか…。」

「おやじよ、そんなのどうでもいい。俺ぁこんな魂の震える歌を聴くのは初めてだ。」

「うおおおおぉぉぉぉぉーーー。」

 地鳴りのようなその反応に近所の人達も驚いて居酒屋に入ってきた。

 その全員を私の歌で魅了する。

 楽しい!そう、これだよこれ!

 神様わかってるぅ。

 

 その日、私は疲れて寝るまで歌い続けるのだった。

 

 

 

続く



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7話

A モモンガ

 

 

 シャルティアが手早く支度を済ませると、転移門(ゲート)を開き、第六階層円形闘技場へ向かった。

 転移門(ゲート)をくぐると僕は辺りを見回す。

「……暑い。」

 まるでヤカンのないストーブの上のような焼け付くような暑さ。

 見ればダークエルフの双子と、オーバーロードの姿。

 やった!直ぐに保護を願い出……。

「モモンガ様!我が愛しの君!」

 シャルティアが表情を輝かせ、オーバーロードに飛びついた。

 ううっ!

 突然、オーバーロードから絶望のオーラがあふれ出す。

 アンデッドにはむしろブーストや回復になる絶望のオーラ。事実、シャルティアはそのオーラを受け、歓喜に表情を蕩かせる。

 しかし僕の体にはむしろダークエルフの双子と同じような圧迫感を受ける。

 そもそものLVの差か、平然としているダークエルフに比べ、僕は立っているだけで精一杯だ。

 

「騒ガシイナ。」

 現れたのはコキュートスだ。

「コキュートス、良く来てくれた。」

「オ呼ビトアレバ、即座ニ。」

「うむ。」

「参ジテソウソウ不躾デハゴザイマショウガ、モモンガ様ニ一ツ願イ出タキ、儀ガゴザイマス。」

「ウム、申してみよ。」

「我ガ部下、雪女郎(フロストヴァージン)ヨリ、シャルティアカラ辱メヲ受ケタトノ報告ガアガリマシタ。ココデ私ガ誅罰ヲクダシタイト存ジマス。」

「何?それは本当なのか?シャルティア?」

 ………あー。それ、僕の責任。

「はて?」

「ハテ、デハナイ!」

「申し上げます、コキュートス様!」

 僕はコキュートスの前にひざまづく。

「すべて僕の責任でございます。シャルティア様のせいではございません。」

「何?ソウナノカ?」

 コキュートスは後ろに控えていた雪女郎(フロストヴァージン)に尋ねる。

「いいえ、むしろアイ子さんは私を救って下さった方です。」

 いや、だからそれは誤解……。

「辱められている私をかばう為、彼女はシャルティア様のヘイトを一身に集めるようにしてくださいました。彼女の献身に対し、恥ずかしくも私は彼女を見捨てて逃げ出してしまいました。」

 私の両手を握って涙をこぼす雪女郎(フロストヴァージン)

「アイ子さん、本当にごめんなさい。」

 雪女郎(フロストヴァージン)さん、ホントやめて。僕の良心がグサグサ言ってるんですけど。

「違います、コキュートス様、どうか罰するなら僕に…。」

 でも、まさか殺されるなんて事ないよね?

「と、言ってありんすが?コキュートス?」

「キサマ!部下ガキサマヲ庇ッテ、コノ様ニ殊勝ナ事言ッテイルソノ目ノ前デ、ヨクモソノヨウナ…。」

「モモンガ様!どうか二人きりで事の詳細をお聞きいただきたく願います。」

 直接話しかけるには絶望のオーラが厳しすぎて僕には一歩も近づけない。ならばこのごたごたを利用しない手はない。

「いいだろう。」

「それはいけませんわ、モモンガ様。」

 現れたのはアルベド。後ろにデミウルゴスも居た。

「私もアルベドの意見に賛同しますね。理由はどうあれこのような事でお忙しいモモンガ様を煩わすのはいただけない。」

 二人とも余計なことを。

 だったらどうすれば二人きりで会えるようにしてもらえるか…………。

 ここであの時の千五百人の生き残りです、なんて言えば確実に殺されちゃうよね。

 今、モモンガさんが一番望んでいる事を……。僕の情報を教えれられれば…一か八か……。

「ではせめてモモンガ様!ログアウトの仕方を教えてください!これって孔明の罠なんですよね?」

 ……………。

「何だと?!!」

 やめて、絶望のオーラ、止めて!絶望のオーラLVあげるの止めて!!

「…ろぐあうと?」

「そう言えばウルベルト様が以前ろぐあうとがどうのと言っていた事が……。」

「お前、何者?!」

 僕の首筋にバルディッシュが突き付けられた。

「止めんか!!」

 モモンガさんの一喝で全員が平伏する。なんて……威圧………。

「聞こう。君の本職は?」

「昨日まで大学院生でした。今は一介のニートです。」

「ほう。ではなぜこの場に?」

「それを釈明したく存じます。」

「差し支えなければ君のリアルの名は?」

「つかさ。」

「わかった。ひと段落ついたら君と二人きりで会う場を設けよう。」

 即断とは判断力だけでなく度胸もすごいよこの人。

「いけません!モモンガ様!」

 まあ、そうなるよね。

「アルベド、私は彼女と話し合いたいのだ。」

「承服いたしかねます。」

「ではアルベドよ、お前にGMコールの意味がわかるのか?」

「そ、それは…しかし………。」

「つかさ、君にはGMコールが何か分かるか?」

「ハイ。ゲーム・マスターへの連絡です。トラブルが発生したときの連絡先です。」

「そうだ。どうだ、アルベド?」

「ック、いいえ、モモンガ様、先程とは意味が変わって二人きりで会うというのは承服できかねます。彼女はもしかしてどこぞの敵性勢力からの回し者という可能性が出てきましたから。」

「彼女はLV30前後の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)だぞ。私が負けるとでも思うか?」

「………それは。しかし、それこそがフェイクという可能性も…。」

 モモンガさんはこめかみを押さえる。

「わかった、ではアルベドだけ、同席を許そう。皆もそれで良いな。」

 全員が了承の意を込めて頭を下げた。

 

 

 階層守護者への通達を一通り終えると、モモンガさんは僕に向き直る。

「ではつかさ。君は私について来るように。」

 モモンガさんが転移門(ゲート)を開くと僕を先に通し、その後にアルベドが続く。最後にモモンガさん。

 着いた先はおそらくモモンガさんの執務室。

「掛けたまえ。」

「失礼します。」

 勧められたソファーに掛ける僕。腰が半分以上沈み込むようなふかふかなソファーだった。

 アルベドはモモンガさんの後ろに控えた。

「さてと、ではまず、勝手にリアル名を呼んでしまっているが、かまわないかな?」

「はい。もうユグドラシルも終わるでしょうし、まったく問題ありません。」

「……もしかして、君はもうユグドラシル配信の時間が過ぎているのを気づいていないのか?」

「…………え゛?」

「そこからか。」

「恥ずかしながら僕には何がどうなってるのかさっぱり。身体の五感はあるし、NPCは意思を持っているし……。意味が分からない。」

「そうか。なるほど。」

「え?もしかしてモモンガさんは………。」

 ギン!!

 射殺すようなアルベドの視線。

「モモンガ様はこの事態を把握しているのですか?」

「残念ながら。君が望むログアウトのしかたも分からない。」

 一縷の希望が音を立てて崩れていく。

 

 5分ほど沈黙の後、再び声を発したのはモモンガさんだった。

「落ち込んでいるところ悪いが、君は何でここに?」

「僕は、……、ここに攻め込んだ千五百人の一人です。」

「ほう。」

「なんですってぇ!!?」

 ギシッとモモンガさんの座っているソファが音をたてる。

「落ち着け、アルベド!」

「しかし、モモンガ様!!」

 手を上げてアルベドを静止すると、落ち着いた声で続けるモモンガさん。

「さて、君がここに攻め込んだとき、どのような行動をとっていたか覚えているかな?」

「はい。」

 僕はまずナザリックに攻め込む連絡を受けたときから参加するまでの経緯を説明する。

「ああ、あの時茶釜さんと戦った…、フフ、あれは傑作だった。」

「ぶくぶく茶釜さまを襲っったですってぇぇぇぇ!!」

 ミシィ!

「いや、襲ったのではない。そうだな、ありていに言えば魅せて貰ったのだ。あの後もすごく楽しかった。」

 モモンガさんは当時を思い出して少し笑うとふっと我に返ったように言う。

「しかしあれは何年も前の話だが、その間君はずっとナザリックをさまよっていたのかな?」

「いえ、安全地帯に避難していました。」

 その後の事を包み隠さずモモンガさんに打ち明ける。

「……なるほどな。それでシャルティアの件は自分のせいだと…。フッフッフ……。」

 モモンガさんはしばし楽しそうに笑うのだが、ある契機を境に我に返ったように言う。

「で、そろそろその憑依を解いたらどうかね?私の名において君の身の安全は保障しよう。」

「ありがとうございます。でも、それが、なぜか憑依が解けないんです。」

「ん?どういうことだ?」

「この身体に憑依して以降、半分近いスキルと魔法が使えなくなって…。完全憑依(パーフェクトポゼッション)も選択できなくなってしまいました。」

「フム。……取得レベル以下になってしまうと使用したスキルに対して解除も機能しなくなることもあるということか。覚えておこう。」

「モモンガ様。」

 発言の機会を探っていたアルベドが静かに声を発する。

「何だ?」

「この者のためにも、彼女はこのままにしておいてはいけないと思います。」

「と、言うと?」

「モモンガ様がこの者の身の安全を保障しても憎しみは消えません。それが苦しめられたもの、殺された事のあるものならなおさら。」

「我が友人としてもか?」

「モモンガ様!」

 悲鳴のような声を上げるアルベド。

「こやつは敵です!しかもさっき出会ったばかりで…………。それなのにこの者の言葉にうれしそうに笑ったりそんな弾んだ声でおしゃべりになったり、私達に対してそんなご対応をとられることはありませんでした。私は悔しゅうございます!!」

「む、……泣くなアルベド。分かった分かった、とりあえず客人対応とする。」

 アルベドがモモンガさんのひざの上に頭を乗せて泣き出すと、モモンガさんはあわててアルベドの頭を撫で、そう答える。

「それから、そうだな、ヴィクティム、ガルガンチュア以外の階層守護者全員をまずここに呼ぶように。」

「はい。」

「そして、ここに来る前に全ての者に説明を済ませておけ。」

「はい。ではモモンガ様の護衛にセバスを置いて参ります。」

「まあ、好きにせよ。」

 出て行くときアルベドは僕に向けて冷笑する。

 何を意味するのか、この時の僕には分からなかった。

 

「皆集まったな。さて、アルベド、彼等につかさの説明は済んだかな?」

「はい。」

 ちょちょちょっと、モモンガさん?全員の目に殺気が浮かんでいるんですけど。

 ホントに僕の身の安全を保障してくれる気あるんですか?!

「では、私から言おう。彼女はあの時攻め込んできた千五百人の一人だ。その時、苦渋を受けた者も多かろう。復讐したいか?」

 全員が頷く。

「ではその機会を与えてやろう。」

 ちょっと、ちょっと!死にます。死にますって!

「ただし、だ!!」

 今にも殺到しそうだった守護者達に指を立てて言うモモンガさん。

「千五百人への恨みを一人にかぶせて鬱憤を晴らすのはいかがなものだろうか?なあ、デミウルゴス。」

「うぅ………。」

「お前とアルベドは全てを察したようだな。」

「しかし……、それでは…。」

「それはその者の入れ知恵ですか?!」

 え?僕の?

「順番に報復の機会を与える。まずはシャルティア。」

「はい。」

「良いか?お前が受けたダメージの千五百分の一だ。それ以上のダメージを与えることは許さん。」

「わかりんした。では、デコピンで。」

 ああ、そういうことか。さすがモモンガさん。ただ自分の命令だから許せというのはいかにも暴君。双方が納得する落としどころをこういう風に…。支配者の鑑だ。

 シャルティアが中指にググッと力を込める。

 パン!!

 

 

 気づけばモモンガさんのどアップがあった。

「あの……。」

「うん、痛くなかったようだね。良かった良かった。では次、コキュートス。」

「あの、モモンガ様。辺りに血の飛び散った後と脳しょうのようなものがぶちまけられているのですけど………。」

「うん、初めから在ったよ。…きっと。」

「あの、シャルティア様はなぜ頭を抱えてうずくまっているのでしょう?」

「うん、残念な子だからね、算数を教えていたらね、ほら、知恵熱で……。」

 うん、考えないことにしよ。

 

 

続く

 



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8話

A 模擬戦

 

 

 一日の休養を得て次ぐ日。

 ナザリック大墳墓にある中会議室で、モモンガさんが重厚な声で言い放つ。

「さて、皆に聞いておきたい。つかさの処遇なのだが……忌憚の無い意見を聞きたい。」

「彼女は災いを呼び込みかねません。転移門(ゲート)でナザリックの所在を分からせないよう遠い場所へ放逐すべきです。」

 口火を切ったのはアルベド。

「経緯はどうあれ、アレはわらわの所有物でありんす。今まで通り、わらわの配下にしんす。」

「コキュートスはどうか?」

「私ノ見タ彼女ノ人トナリハ好意的デスガ、忠誠心ト言ウ意味デハ懐疑的。ナラバ基本的ニアルベドノ意見ニ賛同致シマス。」

「アウラ、マーレ。」

「あたしですか?そうですね、どうでも良いかなー。面白そうではあるけれど、あの程度の力じゃ毒にも薬にもなりません。」

「ぼ、僕もおねえちゃんの意見と、同じです。」

「デミウルゴスはどうだ?」

「そうですね。利用価値はそれなりにあるかと思いますが、それは他の者でも十分こなせます。忠誠心の無い者は正直扱いづらいかと。モモンガ様の相談相手とするだけならば、メッセージで事足ります。ならばアルベドの言うとおりにするのが無難と考えます。」

「うーむ。セバスはどうだ?」

「私はモモンガ様のご意思に従うのみでございます。彼女を手元に置いておきたいのならばそれに向けて善処致します。」

 この発言の時のアルベドの視線が色を帯びる。

 まとめるとナザリックに置いておきたい派はシャルティア一人。放逐派はアルベド、コキュートス、デミウルゴスの三人。どちらでもない派はアウラ、マーレ、セバスの三人。

 しばらく考えて再びモモンガさんが口を開く。

「思うのだが、皆、少しつかさの実力を過小評価していないか?」

「え?」

 僕を含めて一同動揺する。

「そうだな、セバス、プレアデス全員を第六階層円形闘技場へ集めよ。」

「は。」

「つかさのことも伝えておくように。」

「承知いたしました。」

 え?何?何を思いついたのこの人?

 誰かと戦わせるつもり?今の状態ではぶくぶく茶釜さんと戦った以上に勝機はないですよ。

 

 

 円形闘技場に到着すると、そこには6人のメイド達が頭を下げてモモンガさんの到着を待っていた。

「ご苦労。皆、面を上げよ。」

「は。」

「皆にはこれから2対5の変則模擬戦を行ってもらおう。」

「模擬戦~?」

 アラクノイドの娘が無表情で首をかしげ、甘ったるい声を上げる。

「そうだ。つかさに一人パートナーを選んでもらい、他の5人と戦ってもらう。つかさのチームはつかさが戦闘不能にされた段階で負け。5人のチームは全滅まで戦ってもらう。」

「ほう。」

 興味深そうに言うデミウルゴス。

「2対5、通常であれば9分9厘勝機は無い。それを互角に戦うようであれば確かに我々も認識を改める必要がある。ということですね?」

「そうだ。」

「ではモモンガ様、我々が納得いく成果を得られなかった場合、彼女は放逐ということでよろしいですね。」

「良いとも。ちなみにコキュートス。お前の試算ではつかさチームの勝算はいかほどだ?」

「選ブパートナーヲルプスレギナトシテモ、コンマ1パーセントノ勝機モアリマセン。」

「ウム。ではつかさ、君のパートナーを選んでくれ。」

「この娘です。」

 僕は一目見たときからこの娘に決めていた。ていうか他の娘は考えられなかった。

「言っておくがCZ2128・Δはプレアデスの中では一番レベルが低いぞ。」

「それは大変ですね。」

 無表情で僕のほうを見ているCZ2128・Δに僕は手を差し出す。

「よろしくお願いしますね、デルタさん。」

「シズで良い。……よろしく。」

 一応は握手してくれたがあまり友好的ではない。

「貧乏くじっすねーシズちゃん。せいぜい壊されないよう自分の身はまもるっすよ。」

 褐色の肌のワーウルフがはすっぱに言い放つ。

「うん。そうする。」

 この時、モモンガさん以外の全員はどれだけ僕等のチームががんばれるかということだけを考えていたようだ。

 

 模擬戦は審判をコキュートスに任せ、ほとんどの者はモモンガの隣の席を奪い合う事だけに気を取られている。

 と、いつの間にかナザリックのいろいろなNPCが観戦に来ていた。

 中には賭けを行っている者たちもいる。ちなみにオッズ一番人気は『1分もかけずに”僕”が負ける』、であった。

「両陣営、詳細ハ把握済ミデアルカ?」

 全員が頷く。

 簡単に武器はそれぞれ殺傷能力の低いもの。

 それぞれの武器はペイントを付着する構造になっており、急所にペイントを当てた場合一撃で敗退離脱、ダメージの蓄積でも敗退離脱、降参表明で敗退離脱という形で僕等のチームは僕が戦線離脱するまで。5人のチームは全滅するまで戦うことになる。

「デハ両者、礼!」

 全員が頭を下げる。

「始メ!」

 あらかじめ打ち合わせていた通り、僕とシズは直ぐに闘技場後方まで撤退する。

「スキル・オートマトン・プライマルドミネート!」

「READY!」

「スキル・ポテンシャルアンプリフィケイション2ND!」

「READY!」

「ロック解除・ブースター起動!」

「ROGER、ブーストオン!プラズマ炉臨界へカウントスタート!」

「リアクター・フルダンパー!」

「READY!プラズマ炉・限界時間100秒加算。出力80%に低下。」

「スキル・フルカートリッジ・オートロード!」

「オートロード、ROGER!」

「スキル・エネルギーカートリッジ・リデュープリケイト!」

「READY!レイガン・エネルギーガン・残弾増加。」

 全員が呆気に取られている内に僕らはそこまでのバフを済ませてしまった。

「いけない!あの子、人形師(エンチャンター)だわ!」

 めがねのメイドがようやく気づいたようだ。

「えんちゃん?」

「急ぎなさい!今のシズは潜在されている能力を開放しているわ!」

「え~?」

 タタタタタタタ…………!!

「あぅあぅ、いたた…。」

 僕らが先ず狙ったのはアラクノイドの娘。彼女は符術師らしいので色々厄介だから。

 アラクノイドは慌てて飛び退る。

 アサルトライフルの弾丸50発くらいが腹に命中するがコキュートスは依然退場を命じない。そのくらい彼女のHPは高いということか。

「エントマ、ごめん。終わり。」

 アラクノイド、エントマが後ろを見ればシズがゼロ距離でバズーカーをぶっ放すところだった。

「いったぁぁぁい!!」

 ペイント弾だがゼロ距離で食らったのは相当に痛かったようだ。

「エントマ、戦闘不能。」

 ここでコキュートスはエントマに退場を命じた。

「ライトニング!」

 人間とほとんど変わらない容姿のポニーテールのメイドがライトニングの魔法を放つ。

 シズが手のひらでそのライトニングを握りつぶした。

「なっ!?」

「中位人形召還・コピードールオートマトン!」

 シズの後ろに二人のコピー人形シズが続く。これで人数の上で4対4になる。ただしコピーシズはオリジナルシズの真似しかしないが。

 シズは手榴弾(パイナップル)をポニテメイドに向けて投げる。後ろのシズ達も続く。

「うくっ!ドラゴンライトニング!」

 手榴弾(パイナップル)が二つドラゴンライトニングに飲み込まれるが、一つだけポニテメイドの足元へ落ち炸裂した。

「チッ!」

 タタタタタ………!

「っくう!!」

 30発程をシャワーの様に全身に浴びるポニテメイド。

「ナーベラル、チェックメイト!」

 胸にシズのアーミーナイフを受けるポニテメイド、ナーベラル。

「ウソ。」

「ナーベラル、戦闘不能。」

 そろそろ前線で暴れまわるシズより僕を先にしとめようと動く娘が出てくるはず。

 僕は中位ゴーレム、ミラーゴーレムを3体呼び出した。

「終わりぃ!」

 真後ろから声が響いた。

 どうやら影の中から現れたようだ。

 アサシン系の攻撃方法だろう。

 正面から戦えば僕ごとき瞬殺なのだろうが………。

 パシャーン!

「影か!?」

 僕の背中にアサシンダガーが突き刺さった瞬間、ガラスが砕けるような音を発てて僕の影は粉々になった。その破片がアサシンに向かって飛んでいく。

 その間に僕はアサシンから距離を取る。

 今まで100m以上離れていたシズだがナーベラルをしとめて僕のほうへ援護に入る。

「速い!!」

 そのスピードに慌てるアサシン。

「ちょっと、シズ、いくらなんでも卑怯じゃない?」

「卑怯じゃない。これは私に秘められている力。」

「いつも全力じゃ無かったって事?それは至高の方々に不敬だわ。」

「それも違う。私が望んでも全力は出せなかった。今、あの娘によってそのリミッターが一部解放されている。」

「一部?まだ全力があるってこと?」

「LV100人形師(エンチャンター)なら時間制限もなく、120%以上出せる。」

「あらあら、今日はえらく饒舌じゃない。」

 二人は僕の目の前でナイフでの戦闘に入る。

「スキル・ドミネート・コピードール!」

 僕はシズの後ろについていたコピードールを一体支配する。

 タタタタタタ………。

「っく、おのれぇ!」

 2方向からの攻撃に今度は劣勢に立たされるアサシンメイド。

「ソーちゃん、シズちゃん抑えとくっすよーー!ファイアーボール!」

 褐色メイドが僕に向けてファイアーボールを放った。

 ドオン!

 そのファイアーボールが着弾する前にそちらを一瞥もしていないシズが拳銃(マグナム)で魔法を打ち抜いていた。

「なぁ!」

 その間に僕はコピードールを使って褐色メイドとメガネメイドの二人を相手させる。

 後数秒でシズがアサシンメイドを倒すことだろう。それまでの時間稼ぎをさせる。

「うう!」

 突然シズの悲鳴に僕は少し慌てた。アサシンメイドの正体は不定形の粘液(ショゴス)だった様だ。

 シズが不定形の粘液(ショゴス)に取り込まれている。

 

 しかし動揺を見せないシズはあらぬ方向に向けて火炎放射器を放つ。するとコピーシズの一体が不定形の粘液(ショゴス)に火炎を浴びせかけた。

「あちちぃ!だからシズ!卑怯だって!」

「だから何が!?」

 粘体から這い出たシズは、止めとばかりに火炎放射器を不定形の粘液(ショゴス)に浴びせかける。

「ちょ、降参降参!!」

 不定形の粘液(ショゴス)は粘体の触手を白旗にして振り回した。

「シズ、止メヨ!」

「はい。」

「ソリュシャン、戦闘離脱。」

 観覧席の戦線離脱席を指すコキュートス。

「承知しました。」

「ちょっとユリ姉!形勢やばくねっすか?」

「モモンガ様が見ていらっしゃるのよ!無様な戦いは見せられません。」

「何であいつあんな無防備にしてるのにあたし等の攻撃があたんないっすかね?」

「しゃべってる暇があるなら攻撃しなさい!」

 振り向いたメガネメイドの目に映ったのはシズ。

「え?何で?」

「声まねっす。」

 無表情なシズの口から出る褐色メイドの声。ピースサインにこめかみをひくつかせるメガネメイド。

 本物の褐色メイドはドミネーテッドコピーシズと大立ち周りしていた。

「ユリ姉、終わり。」

 シズはユリ姉の首を引っこ抜くと僕の方に投げてきた。

 僕はユリ姉の目を塞ぐ。

「あ、前、ちょ、……あれ?あ痛ぁ!!」

 シズはユリ姉の本体を簀巻きにして観覧席の他の三人のいる離脱席へ投げつけた。

「コラ、シズ!戦闘離脱した私ら攻撃してくんな!」

「うん、ごめん。」

「いたたた……。腰打った…。」

「ユリ、戦闘不能。」

 コキュートスが宣言する。

「ちょ、これ、やばくね?」

 タタタタタ……!

 3体のシズはいっせいにアサルトライフルをフルバーストした。何十発も庇った手足に食らう褐色メイド。

「イタタタ………。ウォールオブストーン!」

 大地系の防御魔法を唱える褐色メイド。

 カカカカ……!

「あ、弾が…。」

「弾切れ!チャンスッす!」

 今、とばかりに褐色メイドが岩の陰から飛び出す。

「なーんちゃって!オートロード。」

 タタタタタ……!

「ひゃー、シズちゃんがはっちゃけたっすー!」

 シズ3体がロケットランチャーを構えた。

「ちょ、降参!降参っす!」

「ルプスレギナ戦闘離脱。ユリチーム、全員戦闘不能ニヨリ戦闘終了!勝者、シズ、ツカサチーム。」

 

「シズ、クールダウン開始!」

「ROGER!」

「補助コンデンサ起動、ダンパーオープン、冷機LO投入。」

「補助コンデンサ起動、ダンパーオープン、冷機LO投入、……READY。」

 シズの周りから高温の熱風が吹き出す。

「タービン冷機開始。」

「タービン温度段階降下開始。」

「バイパス弁オープン。補機起動。」

「バイパス弁オープン。補機起動。」

 続々と続く指示にモモンガさんを除く全員が”?”と首を傾げている。

「モモンガ様、アレ、何してるんですか?」

 無邪気に尋ねるのはアウラ。

「ああ、今までシズの身体に負担を掛けて潜在能力を引き出していたんだ。そのためああやってクールダウンしてやらないとシズの身体にダメージが蓄積してしまう。」

「へえ………。」

 僕はシズの受けているダメージを確認して最後に魔法を唱える。

応急修理(ランニングリペア)。」

 全ての修理を終えると、僕等はモモンガさんの前に行く。

「よくやった二人とも。」

「モモンガ様。」

 上機嫌なモモンガさんにこれまた興奮したような状態のシズが話しかける。

「ん?どうしたシズ?」

「守護者の、皆様が捨てるなら、私がこの娘を飼う。」

 シズが僕に抱きついてきた。吠え付いていた犬が懐いてきた様で何だか結構かわいい。

「は?」

「ちゃんと世話、する。ご飯も、散歩にも、毎日連れてく。だから…。」

 はい、僕が犬扱いでした。

「いや、シズよ、犬ではないんだから……。」

「ちょいとまちなんし。コレはわらわのものでありんすよ。」

「シャルティア様には、宝の、持ち腐れ。」

 結構辛らつなシズであった。

「ま、まあ先ずそれは置いておいて、どうだ、皆の者?少しは評価が変わったかな?」

「サスガハモモンガ様。ココマデ彼女ノ能力ヲ見抜イテオイデデシタトハ…。シズトノコンビデアレバ、有用ナ場面ハ必ズ在ルカト。」

「でもさぁ、つかさって結局終始シズに守られっぱなしだったよね。」

「…う、うん。それにシズさんじゃなければ、あんな戦果には、ならなかったと思います。」

「いや、これはなかなかに良い駒になりますよ。私に任せていただければ……。」

「いえ、やはりこやつは危険分子です。むしろここで殺処分したいくらいなのに……。」

 わいのわいの言い出す守護者達に対して僕は手を上げる。

「あの、僕から一つ提案が…。」

「ん?何か妙案があるのかな?」

「僕をアルバイトで雇っていただけませんか?」

「ほう、アルバイト。」

「確かに僕にはこのギルドに対して忠誠心も愛着もありません。ですが給料が頂けるなら、それにみあった働きをします。」

「ふむ、なるほどな。」

「僕はこれからアルベド様の言うとおり、ナザリックの位置が分からないように外にでて、どこかに安住の地を探します。しかし外の世界はどうやらユグドラシルでもない様子、衣食住の目途がつくまでここでお金を稼いで、生活の基盤を作りたいと思うんです。通勤には入れ替え人形を作っておけば位置の特定もできませんし。」

「どうだ、アルベド?」

「…………それでしたら、許容範囲かと…。」

「一つ問題があります。」

 と、デミウルゴス。

「以前ウルベルト様とブループラネット様の話を聞いていたことがあります。プレイヤーは星の位置で現在の場所を特定する能力があるとか。ですのでつかさ殿にはナザリック地下一角に特別地下通用門を作ってそこからの出入りを進言致します。」

「いいだろう。地下通用門の件はマーレに任せてよいか?」

「は、はい、直ちに。」

 そんなこんなでようやく全員の意見の一致を導くことができた。

 とりあえずナザリック内にいると、いつ寝首をかかれてもおかしくない状況。ならばこれが僕にとってよりよい選択であると思う。

 

 翌日、僕は見渡す限りの平原に連れてこられた。

「それではメッセージドールを置いていきます。安住の地を探したら連絡を入れますね。」

 僕は一緒に来ているセバスにそのメッセージドールを預ける。

「ああ。あまり無理はしないでくれ。これは餞別だ。何か困ったことがあったら遠慮せずに言うんだぞ。」

 モモンガさんはこの世界で流通する金貨を調達し、10枚を皮袋に入れてくれた。

「これは君自身が稼いだものだ。」

「え?」

「あの模擬試合で賭けになっただろう。私は君達の勝利の一点買いをした。だから遠慮せず持って行くが良い。」

「はい、ありがとうございます。」

「外の世界がいやになったら迷わずわらわを頼りなんし。そなたはいつまでもわらわのシモベでありんすから。」

「何かあったら、私も、駆けつける。貴女とは、もう、同じ釜の飯を食った、戦友。」

 見送りにはシャルティアとシズも駆けつけてくれた。なんと言うか少し涙が……。

「それでは皆様、ごきげんよう。」

「つかさ、安住の地が見つからなくても、ちゃんと3日に一回は連絡を入れるんだぞ。」

「はい。」

 僕はもう一回モモンガさんに向けて手を振る。

「つかさ、今度、また私の身体を、好きに支配して。ちょっと、乱暴にしてくれても、良い。」

「シズちゃん、その表現、分かってて言ってる?」

 無表情で首を傾げるシズに僕は手を振った。

「つかさ!」

「……はい?」

「ちょっと、呼んだだけでありんすよ!」

「シャルティア様、何か怒ってます?」

 モモンガさんがシャルティアを抱き寄せると頭を撫でる。どうやら泣いている様だ。

 …………何で?

 もう一度シャルティアに手を振ると、モモンガさんに耳打ちされたシャルティアがこちらをチラッと見て、恥ずかしそうに手を振った。

 4人は僕が見えなくなるまで手を振り続けてくれていたようだった。

 

 さてと、どちらに向かおうかな。

 

 

続く

 



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9話

B レイナース・ロックブルズ

 

 

 目が覚めた。

 痛みは無い。手もある足もある。苦しさのかけらも無い。

「良かった。夢は続いてるみたい。」

「お、起きたか、嬢ちゃん。」

 昨日の安酒場(ホンキートンク)の主が陽気な声を上げた。

「嬢ちゃんのおかげで昨日はえらい盛り上がりだったよ。売り上げも上々、開店以来初めての売り尽くしだったぜ。」

「おばちゃんは?」

 私はあくびをしながらカウンターに座り、出してくれた水を一気に飲んだ。

「昨日全部の酒、食材、薪を使い尽くしちまってよ、その買出しだ。」

「そういえば嬢ちゃん名前、聞いてなかったな。俺はフェリペ。安酒場(ホンキートンク)バーデンの親父だ。かあちゃんがティッピてんだ。」

 安酒場なのに風呂(バーデン)とはこれ如何に?ココの言葉では別の意味なのかな?

「名前かー。」

 HNで良いかな?

「カ・ラ・ビンカ。ビンカでいいよ。」

「あまり多くは聞かねえが、嬢ちゃん家出か?」

 あ、嬢ちゃんで変わらないんだ?

 そういえば昨日も同じようなこと言われていたな。

「家出じゃないよー。何でそう思うの?」

「そんな綺麗なベベ着て艶やかな髪をセットできんのは貴族か大商人だけだ。」

 この程度で大商人が着る様な綺麗な着物ねえ………。髪も海から上がって乾燥(ブロー)の魔法を掛けただけなんだけどなぁ。

「容姿は王国のラナー王女もかくやって美形だし、肌つやも庶民のモノじゃねえ。」

 アバターの容姿を褒められても……あんまりうれしくないなぁ。

「それに昨日からみてたがしぐさ一つとっても妙に気品がありやがる。生まれついてのモノじゃなきゃ納得できねえ。」

 気品ってのはちょっと嬉しい。でも単なる貧乏庶民ですよー。

「しかも皮袋一杯の砂金を持って、ウチみたいな場末の酒場に来るなんてな、世間知らずのお嬢様だけだよ。」

「そっかー。」

 まんま世間知らずだもんね。てかぜんぜん分からない。

「帝国だからまだ良かったものの、王国だったら多分明日にゃ拉致監禁の上、親父さんのところへ身代金請求だ。しかも身代金は奪われた挙句に嬢ちゃんは運がよければ娼館で見つかるってところだな。嬢ちゃんにはひとかたならねえ恩義を受けたからよ、そうはならないよう忠告しておくぜ。」

 なるほど。確かに私、エライ無用心だったかも。

「ありがとう、おじさん。でも王国って治安悪いの?」

「昔は法国以外どこの国も似たり寄ったりだったが、ココはよ、新しい皇帝様が即位して以来、激変したよ。吸血鬼みてえな貴族どもは駆逐され、戦争も無駄死にさせるようなことも無く、物価も安定し始めた。」

「へぇ、名君なんだ。」

「ああ。しかしな、人の本質ってのはそう簡単に変わるもんじゃねえ。ここにもまだ泥棒も、人攫いも、詐欺師もいないってわけじゃねえ。嬢ちゃんみたく隙だらけにしてたらよ、あっけなく海に浮かんでるって事も不思議じゃねえんだ。気をつけな。」

「うん。気をつけるよ。」

 

 私はこの世界についてもっと知るために色々聞いた。それこそ常識の範囲から聞いてくるので色々訝しがられたが、途中で帰ってきたおばちゃんと一緒になって私に色々教えてくれた。

 途中お腹を鳴らした私に店で出す料理をタダで出してくれた。

 うん、ここの夫婦は良い人達だ。

 

 

 今日起きたのは既に昼が過ぎていた頃だったので、ある程度の時間になると夕食を食べに客がちらほらと現れ始める。

「お、嬢ちゃん、今日も来てたか!なあ、今日も歌ってくれよ!今日の訓練はよ、昨日アレだけ朝方までどんちゃんやってたってのに、羽が生えたように身軽に動き回れたほどだぜ!」

「訓練?」

「ああ、忘れちまったか?俺等三人全員ロックブルズ閣下の配下だぜ。」

「ああ、例の怖い将軍?」

「将軍とはちょっと違うがな、まあ、怖いって形容詞は普段から付けてない方がいいぜ。本人の前でポロッと出ちまったら首がスパッとな……。」

「しかしホント、昨日の歌は魔法がかかってたみたいだったぜ!昨日ココに来てた連中、全員が訓練ですげえ成績出してよ。」

 はい、魔法、かけてました。

 でもただの応援(チア)系と癒し(キュア)系で、初期レベルの祝福魔法だけだったけど。

「もしかしてだけど、嬢ちゃん吟遊詩人(バード)か?あの歌、言葉もわかんなかったけど、妙に意味が伝わってきてよ……。」

「ああ、お前もそう思ってたか?」

「お前らもか。アイだとかコイだとかラブだとかアーモだとかリーベだとか、全部愛情とか恋愛にかかわる言葉だろ?」

「おお、正解。」

 すっげー!私がこの世界の言葉が分からないのに意味が分かるのと、やっぱ関係があるんだろうな。

「南の国って一杯愛に関わる言葉があるんだなー。」

「そうだねー。」

 そんな話をしているといつの間にか10人以上の客が私を取り囲み始めていた。

 おっちゃんに助けを求めたがウィンクを返されただけだった。強面男にウィンクは似合わないよ、うん。

「ねえ、私普通に普通の吟遊詩人(バード)だけど、この辺に吟遊詩人(バード)はいないの?」

「何で普通を強調するのかわかんねえが、吟遊詩人(バード)は何人かいるぜ。でも嬢ちゃんは異色中の異色だ。」

「ああ、言葉や歌詞、あんな音楽も聴いたことがねえし、あの4人編成の演奏家を召還してみたり、それに何てったってあんな最高な歌、多分皇帝陛下も聞いたことがねえんじゃねえか?」

 やばい!超うれしい!!

「そ、そんなに良かった?」

 やばい!要求しちゃった!!

「良かったどこの騒ぎじゃねえ!」

「ああ!なんていうか、ああ、すげかった!!」

 やばい!うずうずしてきた!!

「俺ぁ明日死んでも後悔しねえってくらい最高だった!」

「いや、俺はこの歌を聴くためになら戦場で這いずってでもココに戻ってくるぜ!」

 やばい、やばい、やばい……………!!!

「私の歌を聴きたいかー!!?」

「おおおーーーーーー!!」

「聴いて後悔しないかーーー!!?」

「うおおおおーーーーー!!」

 いつの間にか後ろには30人程が集まっていた。

 そしていつの間にかおっちゃんが小さいながらもステージを用意してくれていた。

 外はまだ明るい。隣近所に迷惑かもしれない。

 でも知らない!

 歌う!!

 

 

 狂乱の嵐だった。

 昨日以上に熱狂した。

 通りを歩く人々が立ち止まって店内をみる。

 小さな店内が揺れる揺れる。慌てて私は柱と壁に補強の魔法を掛ける。

 店の外では窓からのぞく人、屋根に上ってのぞき込んでくる者、者、者、人、人、人…。

 遠くで歌声を聞いた人達が集まってくる。仕事の手を止めて集まってくる。

 バラードでは300人を超える人間が一斉に声を潜め、分からない歌詞に涙を流す。

 

 もう最高だ!

 アイドルの気持ちが少し分かった気がした。

 私の歌が認められた。小さい頃歌ってたってこんな人は集まらなかった。

 外にいる人達は私の顔、姿はほとんど見えていない。にもかかわらず、熱狂してくれている。

 歌に魔法は乗せない。それでも聞き惚れてくれている。

 

 ああ、最高だ!!

 誰か言ってたけど、明日死んでも後悔しない!

 ああ、こんな風に思ったらきっと明日は来ない。でも、でも後悔しない!

 神様がこんな最期を用意してくれた。なんと慈悲深き神様だ。その神様の居られる世界なら、私にはどこでだって極楽だ。

 

 もう何十曲歌ったろうか?でもぜんぜん疲れない。

 聴衆達は曲間に肉や酒をかっこみ、歌が始まると手の肉やジョッキを振り回して熱狂する。

 

 午前様を回り、丑三つ時を過ぎて徐々に疲れきって倒れる人が増えてきた。

 明日に疲れを残してはいけない。

 だから最後に私は別れの歌を歌う。

 明日からまた、”がんばろう”と。

 昨日と同じように癒し(キュア)、と応援(チア)の魔法を乗せて。

 その歌を聴いてほぼ全員が眠りについた。

 歌の届かないところで見る人がいたなら、まるで魔女が狂信者を取り込んでいる姿に見えたことだろう。

 

 

「はい?魔女?」

 あれから1週間が過ぎ、いつものように昼頃起きていくと渋い顔のおっちゃんからそんな事を言われた。

「そうなんだよ。でも違うのさ!」

 おばちゃんも渋い顔で手を振り振りいう。

「結局ウチばっかり儲けてずるいって他の店からのクレームなんだよ。」

「まあ、こうなるとはうすうす思っていたけどな。俺がやつらの立場だってそうするからな。」

「ああー、ううーん。」

 まさかこんな事になるとは……。

「それにウチで飲んだ連中、皆が皆、ほとんど休んだり寝たりしてないのにエライ絶好調でね、神殿でももしかしたら何らかの魔法がかかった料理とか出されてるんじゃないかって…。」

 うん、それは無いよね。だって原因、私の歌だもんね。

「多分、職にあぶれた他の吟遊詩人(バード)連中も絡んでんだぜ。普段もったいぶってるくせによ………。」

「そうだよ、払わされるお金だって一曲につきいくらって、結構いい値取るんだよ。ビンカちゃんの足元にも及ばないくせに。」

 へー、そうなのかー、へえーー。

「普通に怒鳴り込んでくるぐらいだったらこちらもそんな事は慣れっこだ。ぶん殴って追い返してやるんだが……。」

「そうなんだよ。相手が悪すぎるんだよ。」

「相手?」

「騎士様に陳情に行った連中がいたみたいでよ、今晩視察に来るって……。」

「視察?」

「だからさ、今日は歌わないでいたほうが良いよ。」

「えーー?!」

「そんな顔しないでおくれよ。こっちだって苦汁の決断なんだからさ。」

 私の頭を抱きしめながら言うおばちゃん。

「うん、分かったよ。今日は大人しく給仕でもしてるよ。」

「いや、そんなことさせられねえ。今日くらい嬢ちゃんは休んどけ。たまには喉を休ませることも必要なんだろ?」

 あー……、考えたこと無かった。

「大体嬢ちゃん歌ってるときまったく飲み食いしてねえじゃねえか。それだけでも驚きなんだぜ。」

「うん、時折心配になるよ。あんな高音出したり、ビリビリ来るような声量だってのに…。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

「いや、俺達の方だからよ、嬢ちゃんの好意に甘えてるのはよ。」

「ホントだよ。どこの世界にこんな特上の吟遊詩人(バード)様をタダで歌わせられる店があるってんだい?!」

 そんなこんなでおっちゃん達は店前に今日は”ライブ中止”の張り紙を掲げ、私は1日オフという形になった。

 

 まあ、毎日楽しかったけど、たまには街の中を見回っても良いか。

 そういえばココについてからほとんど歌いっぱなしの毎日だったし、もう、そろそろ夢の中って事も忘れそうだ。

 

 目立つからという理由で私はおばちゃんのお古をもらって町娘の格好をしている。

 しかし私は一躍有名人になったようで、道行く人々に目をむかれる。

「ビンカちゃん、今日も歌ってくれるのか!?」

 そんな声が掛かった。

「あー、ごめんねー、今日はオフなんだー。明日からまた歌うからー。」

 気軽に返事をするといきなり遠巻きに見ていた人達が集まり始めた。

「やっぱりあれか、騎士様が視察に来るからか?」

「まあねー。って、アレ?コレ、言っちゃいけないんだっけ?ごめん皆、さっきの忘れて。」

 ドッと笑いが広がった。さらに人が集まってくる。

「ビンカちゃんのお国ってどこなんだい?」

「ニホンって国だよー。」

「やっぱそこじゃ有名人だったのかね?」

「全然、全然!むしろ醜いアヒルの子だったねー。」

 ココでは成長して白鳥になりましたが、なんちゃって。

 

 そんな世間話を繰り広げながら私達一行は街をねり歩き、安酒場(バーデン)へ戻ってきた。

「よう、お帰り。って、こりゃまたえらい客一杯連れて来てくれたな。」

「うん、街で遊んでたら付いて来られちゃって…。」

「なあ、お前さんら、今日はウチの娘は歌わせられねえんだが…。」

「ああ、聞いてるよ。」

「でもよ、俺等だって新しい街の有名人にゃ興味あるからよ。」

「お前ら仕事はどうした?」

「1時間ぐらい良いだろ。今日は店じまいだ。」

「カミさんにどやされっぞ。」

「大丈夫だよ。かかあもビンカちゃんのファンだからな。」

「ホント!?」

「ホントホント!ってかよ、今や街の半分はビンカちゃんのファンさ。」

 やっべーー!超嬉しいんですけど!

「それじゃ今日はファンの集いにしようか!おっちゃん、おばちゃん、今日は私が皆に奢るから、じゃんじゃん持ってきちゃって!!」

 私は今まで貰ったおひねり全部をおっちゃんに差し出した。

「よっしゃ!今日も仕入れ、全部使っちまうぞ、かあちゃん!」

「あいよぉ!!」

 今日もどんちゃん騒ぎが始まった。

 

 歌えないのは寂しいが、今日は初めて酒を飲んだ。

 喉に悪いから、酒は飲んだことが無かった。

「うまーーーー!!」

 お酒っておいしい!ワインもビールも美味しい!

 魚にワインが美味しい、豆にビールが美味しい!!

 私は今までこんな極楽を知らないでいたのか?!

「神様!ありがとう。」

 思わず手を組んで天に祈りを奉げる。

「おいおい、大げさだな、嬢ちゃん。」

「いーや、これでこそ俺達のビンカちゃんだぜ!」

「本当にな。いつもの親父の料理なのにビンカちゃんがいるだけで数倍美味くなるぜ!!」

 ドッと笑いにあふれる。

 楽しい。歌も楽しいけど、こんな人とのふれあいも楽しい。

 歌は無い。

 それでも今日も安酒場(バーデン)の客足は凄まじかった。

 定員50人が関の山な酒場に満員電車のような人数が入ってきた。

 頭の上を酒や料理が通過していく。

 今までステージの上から見てたけど、中に入るとまた違った感覚だ。

 悪くない。

 

 夜9時頃を過ぎると、私はもうその日の記憶が飛ぶくらい酔っていた。

 皆が酔っ払ってるのに一人でしらふなのが寂しかったので、状態異常無効のアクセサリーを外すと、面白いくらいに周りがくるくる回り始めた。

 今思うとこれは良くなかった。と思う……。

 夜10頃、兵士を数名引き連れた女騎士が現れた。

 それまでのどんちゃん騒ぎがうそのように静まり返り、一人、また一人その場からいなくなって行った。

「あー、誰ですかー?」

 全員が顔を青ざめさせる。

「帝国四騎士が一人、重爆と言う。」

「重爆ー?何それ?」

「お、おい、嬢ちゃん嬢ちゃん!!」

 おっちゃんはしかし女騎士に連れ添ってきた兵士に押し戻される。

「重爆ねえ、呑龍、じゅうたん爆撃!なんちゃって。」

 おばちゃんが気絶した。

「お前がカ・ラ・ビンカとか言う南からの来訪者だな。」

「そっだよー。」

「楽しそうだな。」

「はい。はい、それはもう、毎日毎日楽しいです!」

「そうか、それは良かった。」

「あれーー?お姉さん……。」

「…………。」

 私は初日に彼女の配下から前髪に触れるのは止めておけと言う警告がすっぱり抜けてしまっていた。

「おい、嬢ちゃん!それは止めるんだ!!」

「呪いだねえ。何かを退治したときとかのカウンター・カースってやつ?」

 彼女の前髪に隠されていた顔は醜く爛れて膿んでいた。

「分かるのか!!!??」

「うーん。……えーと、あ、あった。」

 私は無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中から巫女の神楽鈴を取り出す。

 シャン、シャン、……。

「飲んで。」

 お神酒が無かったので私は白ワインに祝福をあげ女騎士に飲ませる。

 女騎士を座らせ、私はその頭の上で神楽鈴を振って舞う。

「このもの♪世界を穢し者を祓い♪神世を護りたまいし者♪」

「うぅっ、くぅっ!!!」

 女騎士は顔を抑えてうめき始める。そんなに痛いのかな?じゃあもう少し信仰系パワーをあげて…。ああ、少し落ち着いたみたいだ…。

「………願わくばその身に受けし穢れを♪祓いたまえ、清めたもうこと♪かしこみかしこみ申すー♪」

 シャン、シャン!

 謡い終えると、私は再び席についてワインを飲む。

「誰か!鏡を!!」

 おっちゃんが奥から手鏡を持ってきた。

「濡れタオルはあるか?!」

 おっちゃんがタオルを渡すと、女騎士はそっと顔を拭って行く。

「あ、あああ……ぁぁぁ……………。」

 愕然と固まってそううめく美女。

「あ、アレ?もしかして、呪い解いたの、まずかった?何か重要な意味があったとか……あ、ご、ごめんね?!」

「ち、違う、いえ、違います!!違うんです!!!」

 女騎士は涙を流していた。

 前髪を上げると間違いなく私が見てきた中で最高の美顔が現れた。

「貴女様は女神様ですか?」

「ああ、余計なことしたわけじゃないんだ。良かったびっくりした。」

 ちょっと酔いがさめちゃったじゃん。改めて少し飲み直す。

「私、レイナース・ロックブルズは終生変わらぬ忠誠を貴女に奉げましょう。」

「忠誠ー?いらないいらない。」

「しかしこの様な大恩を受け、私にできる事など……。」

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前っ!!!」

 あ、スベッた。

 やっぱたっち・みーさんじゃないとこの言動はスベるよね。

 ほとんど誰もいなくなった店内にただ私が頭を掻く音だけが響く。

「そんじゃーさ、どうしてそんな呪いを受けるハメになったか教えてよ。」

 レイナースは涙ながらに語ってくれた。

「始まりは領内で暴れているドラゴンの幼生でした……。」

 ようやく店内は落ち着きを取り戻してきた。逃げ遅れていた何人かがちびちびやりながら話を聞いている。

「呪いを受けてから家も、婚約者も、全ての人が私を忌避しました。やっとの思いで災厄を排除した私を人々は棄てたのです。」

「それでも私は何とか呪いを解こうとがんばってきました。帝国内のほとんどの薬師、神殿を回りました。持っていた金品は全て役にも立たなかった薬や祈祷や旅費に消えていきました。そんな日々が5年。何の進展も成果も無く過ぎていきました。私の心は荒みきって、部下達にもきつく当たってきました。私はもう一人きりに………。」

 ポト、ポト………。

 …………。

「………真珠?これは、一体?」

「分かる、分かるよ、レイナース!」

 酔って判断力を失っていた私は事もあろうに騎士様のファーストネームを呼びすてていた。

「がんばってるのに認められないって寂しいよね。自分のせいじゃないのに正しく判断されないって。ましてや貴女は皆の為を思っていたのに…。」

 自分の過去と重なって私はレイナースを抱きしめていた。

「ああ、…神よ。」

「よし、そんながんばってきた貴女に私がご褒美を贈りましょう!」

「クリエイト・グレーターアイテム・アンチエイジングリング!」

「これは………。」

 何の宝石も付いていない小さな指輪を不思議そうに見つめるレイナース。

 レイナースが以前捨ててしまった婚約指輪の位置にその指輪をはめると、指輪は光を放ち、彼女の指にピッタリのサイズに変わった。

「マジックアイテム?」

「女の身に、若いみそらの不遇の5年は長すぎたでしょう。これで失った5年を取り戻すのよ。」

 そのまま私は仰向けに倒れ、寝息を立て始めてしまった。

 

 

 

続く

 

 

 

補話

 

「全員、今日ここで見聞きした事を口外する事を厳重に禁ずる!!」

 レイナースは突然立ち上がると全員を見回して言う。

「全員の顔を覚えたぞ。もし、どこかでうわさでも立とうものならここにいた全員を皆殺しにする!よいな!!」

 兵士を含めた全員がコクコク頷く。

「親父!この方はとりあえず預け置く。しかし、この方は私の大恩人でもある。粗相の無いように。」

「わ、わかってまさあ。」

「訴えられていたことは却下する。しかし親父よ、この方に無理やり歌わせるような無礼を働いた場合………。」

 幽鬼のような剣幕にコクコク頷く親父。

「そもそも嬢ちゃ…、カ・ラ・ビンカ様は歌うのが何より好、お好きな方でして……。」

「なんとなく分かる。この方は権力も金にもまったく執着を持っていない、ただ人の幸せを望むような、まさに女神のような方。私が保護したいところではあるのだが…。この方はそれを望まぬだろう。望まぬ事を私の判断でしてしまってはそれこそ不敬。明日、また来る。そのとき、今後の方針を皆で話すことにしよう。」

「へ、はい!」

 レイナースは頷くと兵士を伴って去って行った。

 

 レイナースは閉店している魔導師協会の門を乱暴にたたいて残っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)に指輪の鑑定をさせた。

 外套を頭からかぶり、どこの誰であるかを悟らせないように。

「う、あ、……こ、これは一体……?!これをどこで手に?」

「良いから話せ!このマジックアイテムの効果は?」

 レイナースは剣を魔法詠唱者(マジックキャスター)の首筋に突きつける。

「効果は老化防止。不老のアイテムです。人によっては金貨一万枚を積んででも欲しがる、国宝級アイテムです。」

 ごくりとレイナースは喉を鳴らした。

「良いか?!このことは絶対誰にも話すな。もしこの話が外に漏れたら、分かっているな。」

 レイナースは白金貨5枚を魔法詠唱者(マジックキャスター)に渡すと、外套を頭から深くかぶって闇に消えて行った。

「誰もがさじを投げるような呪いをいとも簡単に解く。涙が真珠に変わる。こんな大それたものを一瞬で作ってしまう。あの方、やはり女神か…。それ以外考えられん。神殿がお題目のように言っている奇麗事を真顔で実行する。神殿があんな調子だから天から降臨し、自ら実践しに来たのだろうか?」

「守らねば…。皇帝にも、あのジジイにも、誰にもあの方を汚い手で触らせるものか!!」

「困った事に、あの方は目立つ事を平気で行う。誰であろうと平等に接する。どうやってもひと月の内に皇帝の耳には届いてしまうだろう…。」

「どうすれば良い?」



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10話

A 戦禍

 

 

 

 始めて外に出た。

 

 見渡す限りの青、蒼、藍!

 大地は緑、碧、翠、そして黄土!

 川は水道から出てくる薬品臭い水ではない!

 吸血鬼の身に太陽の光がちょっと痛いが、そんなことは些細だ。室外で普通に呼吸ができるなんて夢のようだ。

 こんな世界で初めから生まれてこれたならと、感動…………。

 やっぱり家族のいない世界は寂しい。親戚家族、全員でこの世界に来ることができるならどんなにかよかったのに。

 

 しばらく草原を歩いていると、草が踏みしめられている道に出た。

 南北に広がっているその道をどちらに向かうか……………。

「低位人形作成!リーディングドール。」

 現在1日に出せる中位の人形は限られている。なので能力は低いがそこそこに信頼性のある低位の人形を僕は手のひらに作り出した。

「人里のある方を指し示せ。」

 リーディングドールは僕の手のひらの上でクルクル回ると道の北の方を指し示した。

 

 あー長閑だ。

「つか、やっぱアッチ!」

 太陽の光が痛い!!

「クリエイト・エレメンタリー・アイテム・マントル!」

 織田信長が着ていたようなマントを作ろうとしていたが、手に現れたのは、幼稚園生が着るような白いポンチョだった。丈も膝上しかない。

「コレ、モモンガさんが見てたら大爆笑してるよね、きっと。」

 ……………。

 まあ目的が果たせるなら構わない。僕はテルテル坊主のようにポンチョを被ると再び歩き出す。

 

 この身体への憑依がおかしかったのか、僕のカルマが+400だからか、色々人間の脆弱さと吸血鬼の弱点を併せ持つような中途半端なものになっている。

 回復魔法を掛けると普通に痛いし火傷するだけだ。ポーション掛けた時なんか、硫酸掛けられたと思って飛び上がったし。

 その時、負の波動(ネガティブオーラ)が回復になることを分かるまで痛みで転げまわっていた。モモンガさんは慌てては感情鎮静を繰り返すわ、アルベドは唾棄するような視線で見てくるわ、シャルティアは妙に欲情した視線をなげてくるわで大変だった。

 かといってモモンガさんの絶望のオーラを受けると目を回す事態になる。

 全くどういうことだ?運営、説明してくれ!!

 まあ結論から言えば、同じLVの敵が出てきたら間違いなく逃げなきゃ、ということだ。

 

 3時間ほど歩くと少し疲れてきた。

「疲労無効なアンデッドの吸血鬼なのに何で疲れるの?やっぱり中途半端なアンデッドだからかな?」

 不思議なのだが疲れているのだから仕方ない。僕は大樹が三つ並んでいる樹の下に腰かけた。

 人の気配がある樹だった。ドルイドだったらこの樹とも会話できるんだろうか?

 しばらく目を閉じていると、僕はいつの間にか寝ていた。

 この身体が睡眠をとって回復できることはナザリックに居た時に分かっていた。

 目を覚ました時、手にあったリーディングドールは粘土に変わっていた。

 こんなところも不思議だ。粘土をこねて作ったメッセンジャードールや転移人形はその機能を失うことも無いのに、ゼロからスキルで作ると、このように木くずやぼろきれ、粘土等に変わっているのだ。

 

 既に天空には三日月が上がっており、おそらく暗闇なのだろう。

 しかし僕の目には辺りは昼間よりより鮮明に見えるようになっていた。

「ん?」

 何か光が揺らめいた気がした。

飛行(フライ)!」

 50mの高さまで飛ぶと、どうやら10kmほど先から火が上がっているのが見えた。

「何だろう?火事?」

 飛行(フライ)の魔法で近づいていくと、徐々に悲鳴やら怒号やらが聞こえてきた。

「…………これは。………野盗だ。」

 やばい!

 僕は慌てて見つからないよう樹の陰に入って様子をうかがうことにした。

「た、助けて!」

 見れば14~5歳位の女の子が野盗から逃げる途中転倒し、命乞いをしている姿だった。

「なあっ!」

 野盗と思っていた僕は次の瞬間声を上げてしまった。

 馬に乗った男が女の子に槍を突き立てたのだ。しかも安楽的に殺してやるとかではなく、もてあそぶように太ももに槍を突き立てたのだ!

昏睡(ソーポー)!!」

 槍を突き立てた男を僕は眠らせると、少女の口を押え、僕は再び先程の大樹の枝の上に隠れた。

「大丈夫。僕は味方だ。」

「み、味方?」

 震える視線をこちらに向ける少女。

「ああ。」

「た、助けて!村にはまだ人が………。」

「静かに!中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)

 足のケガが治っていくのを見て、少女は目を見開く。

魔法詠唱者(マジックキャスター)様ですか?」

「ああ。」

「お願いします。私の姉がまだ村の中に……。」

 見捨てるべきだ。周りの騒ぎからして野盗は10人は下らない。

「君はこの樹から一人で降りられる?」

「はい、このくらいなら何とか。」

「いいかい、昼になって、絶対安全になるまで降りてきちゃいけないよ。」

「分かりました。」

「低位人形作成・アラームドール!」

「危険な目にあったらこの人形のお腹を押しなさい。いいね?」

「ハイ。」

 こんな危険な場所にのこのこ出ていくべきではない。警察か軍か、そういうのはこの世界にもあるはずで、それに頼るべきだ。

 そう思ってはいるのだが……。これはゲームでの設定したカルマに引っ張られているんだろうか?

 

 野盗と思っていたがどうやら違ったようだ。

 村を襲った一団は一様に同じフルプレートを着込んでいた。

 しかしやっていることは野盗と同じだった。

「どういうことだ?この世界の野盗は軍隊みたいな規律正しいものなのか?あるいは野盗のまねごとをしている軍隊?」

 後者の方が可能性は高そうだ。そうすると目撃者は全員殺害されるだろう。

 

 既に事態は収束近かった。

 野盗偽装団は目的を達したようで、あとは皆殺しをする準備を始めていた。

 どうする?今行動すれば子供を10人は助けられる。

 でも相手の力量が分からない。相手の平均LVが30以上であれば……。

「中位人形作成。大天使ガブリエル!」

 大天使ガブリエルとはいっても大司祭(ハイプリースト)が召喚する天使ではない。あくまで人形ガブリエルであり、教会の十字架と同じ効果しかない。

 しかし、こういう使い方ができる。

「神の子らよ。無体な事はお止めなさい。」

「誰だ?!」

 振り向いた全員が見たのは闇夜に浮かぶ大天使の姿。

「…………。」

「まさか。」

「そなたらも慈悲の心があるのであれば、むこの民を害するのはお止めなさい。」

「あなたは天使様?」

 みるみる間に兵士全員がうろたえ始める。

 膝まづいて許しを請う兵士もいる。

「しかし、神官長様が…………。」

 神官長?軍じゃないのか?

「そなたは神官長のいう事と、わたくしのいう事のどちらを選びますか?わたくしはそなたの決断を尊重しましょう。」

「……あうぅ。」

 神官という事は十字軍的な背景があるのか?であれば……。

「この者等はわたくしが責任をもって導きましょう。この者等の罪はそれで許されます。」

「は、………しかし、その、作戦が…。」

 作戦?全く次から次へと色々考えさせてくれる……。むこの民を殺す作戦なんてあるのか?挑発作戦か?

「そのものらが生き延びてもそうでなくても、既に作戦の遂行に支障は出ないはずでは。」

 僕はハッタリをかましてみる。

「おお……、天使様は全てお見通しです。隊長、ここは天使様の仰る通り…、我等も好きでこのようなことをしているわけではないのですから……。」

 よっしゃ、上手くいきそうだ。キリスト教というわけではないのだろうが、かなりキリスト教的信仰をしている。

「そなたの名を聞いておきましょう。静音(ミュート)!これでそなたらの言葉は村人達には届きません。」

「は、スレイン法国が騎士、北方方面軍第一遊撃部隊、第二中隊、第三小隊、隊長シャルル・ミッテランでございます。」

 スレイン法国?

「同じく、副隊長ルーイ・ベルヌーイ。」

「同じく、隊員ジャンヌ・ルター。」

 うわ、めんどくせぇ!全員が大声で名乗り始めたよ。

 十八人全員の名を聞き終えると僕は隊長に語り掛ける。

「わたくしの名は言わずともわかりますね?」

「はい。大天使ジブリール様。」

 げぇ!ホントに知ってやがった。つーかちょっと違う名前だったような気もするけど………。

「それではミッテラン、ジブリール?の名において命じます。」

 歓喜の表情で平伏する騎士。名前を憶えてもらって嬉しいのだろう。

「はい。何なりとお申し付けくださいませ。」

「大義のためとはいえ、主は犠牲を喜びません。簡単な道、簡単な道ばかりを選んでいればいずれ大きな壁に行き当たるでしょう。神官長にわたくしのこの言葉を伝えなさい。」

「は!謹んで拝命致します!!」

「最後に。」

 少し威圧感を与えて、しかし人形の表情を少し暗くして言う。

「この作戦中、嬉々として……必要以上に村人をいじめる隊員を見ました。これらの者に言っておきます。主はご覧になられておりますよ。」

「………おお。」

「うっ……。」

「……なんと…。」

 身に覚えのある者もそうでない者もいるのだろう、それぞれの反応を返す騎士達。

「私の部下にそのような破廉恥な者が居たとは………お許し下さい。そのような者はきつく戒めておきます。」

「いいえ。許しを与えられるのはそこな村人達のみです。何人か犠牲者もいる様子、そなた等の誠意を示しなさい。」

 ここから声のボリュームを下げてゆき、人形を徐々に天高く舞い上がらせる。

「さあ、お行きなさい。そなた等の前途に神の祝福のあらんことを……。」

 地上から100mほど上がり、ただの光点になったところで、僕は一層光源を強くし、そしてはじける様に消した。

 

 騎士達はその後も呆然と空を見上げていた。

 早く帰れよ。まだけが人がうめいてんだよ!!

 僕は家の陰から覗いてそんなことを思っていた。

 やがて……。

「帰ろう。」

「はい。しかしジブリール様は仰っておられました。」

「ああ。誠意を示しなさい、か。」

「いかがしますか?」

 隊長の判断は僕も満足のいくものだった。

 彼は先ずけが人の手当を行い、村長に謝罪した。作戦の内容は伝えられないし、自分がどこの誰かも言えないが、誠心誠意許しを請うた。

 村長に全員の有り金と、フルプレートを置き、売り払って金に換えてくれと差し出した。

 埋葬も手伝った。

 夜が明けるころには死者を出してしまった親族以外は何とか許してくれたようだ。

「もう、大丈夫かな?」

 僕は今だ樹にしがみついているだろう女の子のところに行き、樹から下ろしてやる。

「村はもう大丈夫。家に帰りなさい。」

「姉は、家族は大丈夫なのですか?」

「ごめんね、分からない。」

 僕の言葉を聞くと女の子は村に向かって駆け出していた。

 途中気付いたように振り返って大きく頭を下げ、ありがとうと言うと、後は一目散に村に駆けて行った。

 

 この後、この村は何故か法国の宗教が根付くようになり、スレイン法国的な教会、建築になって行ったと言う。

 そしてここで名乗りを上げた騎士達はそれぞれが高名な将軍や、科学者、哲学者、宣教師になって行ったという。

 

 

 そう言えば僕は色々情報を集めるために人を探していたんだと思いついたが、遠くで見ている限り、どうも、それどころではない様子。

 騎士に見咎められて先程の舞台裏が暴露されると厄介だ。さっさと次の情報が得られる村へ行こう。

 僕はポンチョをかぶり、それほど忙しくしてなさそうな人に声を掛けた。

「あの、次の村はどちらへ向かえばよろしいですか?」

「あー?」

 村人は忙しかったのか、イライラを隠さないで僕の方を見る。

 胡散臭げにフードの中を見ると驚愕に目を見開いた。

「お前、もしかして……。」

 男はポケットの中から人差し指大の小瓶を取り出すと、中身を僕に振りかけた。

「いった…。」

 熱湯を振りかけられたような痛みを中身の水から感じた。

「きゅ、きゅう、吸血鬼だーーーーー!!」

「え?」

 もしかしてコレ、聖水?

 村の中から男衆だけでなく、残っていた騎士達もクワやフォークを手に、応援に来た。

 やばっ……。

飛行(フライ)!」

 飛行(フライ)の魔法を唱えると僕は一目散に逃げだした。

 後ろから石が飛んでくる。

 

 それにしても何で吸血鬼と見破られたのだろうか?

 

 吸血鬼の特徴は……、何といっても牙。

 話の最中、そんな大口は開けていなかったと思う。

 

 白い肌。

 村人程日に焼けてはいないが……。判断される一つとはなったんだろう。要因一。

 

 腐臭や血の匂い。

 自分の腕や服の中を嗅いでみるがわからない。匂いは特についていないと思う。嗅覚自体は鋭くなっているのだがいかんせん自分の匂いなんてわからないものだ。保留。

 

 影が無く、鏡に映らない。

 高度を低空飛行にすると、草原に僕の影はちゃんと見える。鏡の代わりに川の上を飛んでみるが、姿は映っている。水を触ってみるが特に痛みや熱さを感じることも無い。流水を怖いとも思わない。

 

 太陽に弱い。

 灰になるような弱点ではないが、確かに弱い。要因二。

 

 あの男が吸血鬼を探知するスキルを持っていた。

 その可能性はあると考えていた方が良いだろう。要因三。

 

 だとしたら、どうする?次の村へ行ってもまた吸血鬼と見破られて追い立てられるのか?

 吸血鬼の村へ行く?そんなものがあるのか?たむろする吸血鬼って少し怖いんですけど。

 

 

 しばらく北の方角に5kmほど飛ぶと、狼煙のようなものが見えてきた。

 初めからフードを被っているのが悪いのかもしれない。

 僕はフードを払うと、歩いて狼煙の方へ向かった。何時でも逃げられるよう警戒しながら。

 さっきの騎士さん達みたいに、この世界でも話せばわかるよね。きっと。

 

 ……村だった。

 焼け落ちた後だった。

 コツン…。

 ?

 背中に石が当たる感触。

 また、村人に見つかったか?

「お前!おとといの奴等の仲間か!!?」

 振り返ってみると、10歳前後の子供が7人。女の子が乳幼児を一人抱えていた。

「おととい?」

「とぼけるな!」

「何を?」

「ねえ、お兄ちゃん、本当に知らないみたいだよ。」

「いや、まだわかんねぇ!大人はズルいんだ!!」

 僕は座って目線を子供達に合わせた。

「ここで何があったかは大体わかったよ。君達お腹空いてないかな?」

 僕は胸元へ手を入れるふりで無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中からチョコレートを取り出して全員に渡した。

 初めは警戒していた子供達も一人また一人とチョコレートを口に入れる。

「美味い!」

「甘い!!」

「美味しい!!」

 子供達は口の周りをべたべたにしてチョコレートを食べる。

 続いて僕は無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)から全員に水を飲ませる。

 乳児には温めたミルクを与えると、ようやく元気を取り戻したのか大きな声で泣き始めた。

 よかった。

「姉ちゃんはこの前の兵隊じゃねえんだな!?」

「違うよ。むしろそいつらは敵かな。」

「そうか。ごめん。」

 僕はリーダーなのだろう、子供の頭を撫でる。

「頑張ったね。よく生き残ったね。」

 リーダーの子は顔をクシャッと歪める。

 張りつめていたのだろう、僕の胸で泣き始めた。周りの子達も僕に縋り付いて泣きついてくる。

 落ち着くまで僕は頭を撫で続けた。

 

 

「この近くに他の村は無いかな?」

「俺は行ったことねぇけど、カルネって村が北の方にあるみてぇだ。」

「大きな村かな?」

「この辺の村に大きなところはねぇよ。カルネ村から西に行くとエ・ランテルってでかい街がある。」

「そう。」

 でかい街で拘束されて吸血鬼として串刺しは嫌だなぁ。

「じゃ、そのカルネ村へ行こうか。」

 子供達だけでも保護してもらわないと……。

 僕は比較的無難であろう小さな村へ足を向けることにした。

 

 

 

 続く

 

 

 

 

 

幕間

 

 

「ニグレド、ニグレド、聞こえるか。」

 モモンガはメッセージでニグレドを呼び出していた。

「これはモモンガ様。何でございましょう?」

 優しい声で応えるニグレド。

「つかさの事は聞いているか?」

「はい。千五百の多勢で我がナザリック大墳墓を攻撃し、返り討ちにあった愚か者でございますね。」

「誰から聞いたかは聞くまい。」

 妹だろうなと思いつつため息。

「そのつかさを逐次観察し、報告してほしいのだ。」

「観察……。」

「あまりプライバシーを侵害しない程度にな。」

「承知しました。」

 声だけだと本当の淑女なんだがなー。

「命に及ぶ危険を察知したらダイレクトで構わん、メッセージを送ってくれ。」

「はい。」

 ニグレドはいくつかある情報端末の一つをつかさ専用に設定し、一段見やすい場所に置いた。

 

 初日、つかさ観察日誌。

『クリエイト・エレメンタリー・アイテム・マントル!』

 …………。

 ……ぷっ!

「あはははは!!」

「てるてる、てるてる……。」

 何?この人?面白い!面白すぎる。

 

 二日目、つかさ観察日誌。

「ああ………。」

 子供が危ない。助けに行きたい。でも私はここを離れるわけには……。

昏睡(ソーポー)!!』

 ……………。

 助けた?

 ………。

「頭も結構良い。」

 …………。

『村はもう大丈夫。家に帰りなさい。』

『姉は、家族は大丈夫なのですか?』

『ごめんね、分からない。』

 ………涙?私の…。

 

『吸血鬼だーーーー!』

 …………。

 何で?

 何で、反撃しないの?

 せっかく助けてあげたのに……。

 ………私、泣いてるの?

_____________________________________________

 

「あ、わたしのこ、わたしのこ………。」

「姉さんの子じゃないから。」

 お茶を飲みながら言うのは私のかわいい方の妹。でもいう事は辛辣。

「脆弱無能な人間の子が私の甥だか姪だか、冗談じゃないわ。おばさんなんて呼んだらくびり殺してやるから。」

「わたしのこ……。」

「あら、助けるのね?」

「わたしのこ……。」

「あらあら、手際の良い。アルバイトに来たら私とモモンガ様の子のベビーシッターもいいかしら?」

「それはダメ。ベビーシッターは私の役目。」

「はいはい。」

 無関心にお茶を飲むかわいい方の妹。

 

『うっ、うぐっ!!』

「ああ、泣かないで、泣かないで……。」

 かわいい方の妹は興味なさそうな視線で端末を見ている。

 

『頑張ったね、よく生き残ったね。』

『うわぁぁぁぁぁん!!』

「うわぁぁぁぁん!!」

「ちょ……、ね、姉さん!?」

 かわいい方の妹がドン引きする。

 

 つかさ、命の危険が無いよう私がしっかり見届けましょう。



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11話

B アルシェ

 

 

 

 私が貸してもらっている安酒場(バーデン)の屋根裏で目を覚ますと、妙齢の女性が部屋を掃除していた。

「………誰?」

「これは女神様、おはようございます。」

 汚れたエプロンと三角巾を外すと現れたのはどっちが女神だよって聞きたくなるような美女。

 そんな美女が掃除済みとはいえ、床に膝をついて私に頭を下げてくる。

「えっと…………。」

 昨日えらい騎士様がくるって事で歌わずに酒を飲んでいて…。途中から状態異常無効のアイテムを外したまでは覚えているんだけど……。

「お水でございます。」

 恭しく水を差しだしてくる。

「あ、こりゃ、どうも…。」

 見覚えあるんだよねー。

 こんなハリウッドスター超えの美人、見たら忘れないと思うんだけど……。

「ふふ。覚えておられないようですね。」

「…あう。」

 痛いとこつかれた。失礼だよね、向こうは知ってるのにこっちは知らないって…。

「改めて、自己紹介いたします。私、レイナース・ロックブルズ。帝国の騎士を生業としておりました。」

「………おりました?」

「はい。今日からは貴女様にお仕え致します。」

「え?!てか、え゛?!」

 何?何の冗談?

「ちょ、ちょっと待って。」

 とにかくおっちゃんかおばちゃんに何とか事態を説明してもらわないと。

 私はレイナース女史の手を握るとバタバタ階段を下りていく。

「ねえ、おっちゃん、おばちゃん、これってどういうこと?」

「よう、おはようさん。」

 階段を降りると、おっちゃんとおばちゃんは苦笑して手を上げる。

「どういう事って、………ねえ。」

 私は酔って記憶の飛んだ辺りを説明すると、それからあとの事を二人が説明してくれた。

 

「…でよ、嬢ちゃんが変な鈴を取り出してなんかシャンシャンやったら突然ロックブルズ閣下が鏡出せとかタオル貸せとか言って……。」

「あの時舞い歌うカ・ラ・ビンカ様を見て、私はもう魅了されてしまっていたのですわ。」

 あー、たぶん神楽舞だね。ユグドラシルじゃ簡単な呪文での除霊や解呪に比べると、長ったらしいし、効力も中途半端だしで、ネタに近かったんだけど。

 たぶん私、宴会芸的なノリでやっちゃったんだ。

 うわー罪悪感ハンパねーー。

「そして長年私をむしばんで来、誰も解呪の糸口さえつかめなかった呪いを貴女様はいとも簡単に、きれいさっぱり、祓ってしまわれた。」

 私の手を両の手で仰々しく掴み、膝まづいて涙を流すレイナース女史。

「これが女神の御業でなくて何と仰るのですか?」

「いや、私のいた国、いや、世界、ってか、ゲーム?じゃ回復担当ならだれでもできることだから……。」

「げぇむ?神代の世界でございますね。」

 いや、違うし。そんな高尚なものじゃないし。むしろ対極の位置だし。

 まあいいや、私はおっちゃんに先を促す。

「ああ、で、その後、ロックブルズ閣下が何故その呪いを受けたか説明して………。」

 あー、何か覚えがある。

「その私の半生を憐れみ、流して頂いた涙、私、家宝として代々語り継ぎたいと思います。」

 言って髪をかき上げ、真珠のピアスを私に見せる。

 あー、あれか、ユグドラシルの設定で人魚姫は真珠の涙を流すってアレか。

「お願い、ネタを語り継がないで……。」

「そして、最後にこれを頂いたのです。失った時を取り戻しなさいと……。」

「ん?何それ?」

 指に光るマジックアイテム。

道具鑑定(アプレイザルマジックアイテム)付与魔法探知(ディテクトエンチャント)。」

 ああ。

「老化む………。」

 レイナース女史は私の唇を指で押さえる。

「失礼しました。しかし神様、それ以上はあまり口にされない方が良いかと。どこで誰が聞いているかもしれません。」

 私はうんうんうなづく。美人の鋭い目は怖いね。

「うん、結構思い出してきたよ。ごめんね、酔っぱらった勢いで色々変な事しちゃって。」

「何を、何をお謝りなされる?私、これ以上感謝できない位、感謝しておりますのに……。」

 本当に理解不能、的な視線で私を見るレイナース女史。

「だって私、ただ酒に酔って痴態をさらしてただけじゃない?」

「昔からお神酒あがらぬ神は無し、と申します。お酒に飲まれてハメを外されるくらい、女神様としてはむしろ愛嬌があってよろしいかと。」

 どこの世界の神だそりゃ?

「あー、えっと今更かもだけどさ、ロックブルズさ、閣下……。」

「レイナース。と、呼び捨ててくださいまし。」

「ああ、うん、じゃあレイナース、さん、…その、私の事、神様とか止めない?私、本当に普通に普通の吟遊詩人(バード)だから。」

「何を仰る、いいえいいえ、分かっております、貴女様がご謙遜なされてそんなことを仰るのを。」

 おっちゃんとおばちゃんに助けを求めるが、二人は明後日の方を向いてしまった。

 おつきの兵士たちは何だか戦力になりそうにない。

 

 反論をかまそうと思っていたところ、外に居た兵士達が大声で怒鳴りあう声が聞こえてきた。

「何事かっ!!?」

 怖っ!レイナース怖っ!!思わずびくついちゃったよ。

「は、先日陳情してきた居酒屋の店主共が経過報告をと参っている次第です。」

「それは棄却すると伝えたではないか!」

「何故でございますか!?我々は……。」

 店主だろう一人が窓から顔を突き出して言う。

「お前たちはただここの親父が稼いでるのが妬ましかっただけではないか。自助努力をせず他人を蹴落とそうなど言語道断だ!」

「ま、まあ、レイナースさん、とりあえず話を聞かせてもらおうよ。兵士さん達、彼らを通してやって。」

「女神様が仰るのであれば……。しかしお前ら勘違いするな、カ・ラ・ビンカ様の温情を無下にするような言動は許さんぞ!」

 店主さんたちの私を見る目、やっぱり魔女を見る目なんだよなぁ……。

 そりゃそうか、昨日まで非友好的だった女騎士が乗り込んで一夜明けたら女神様“♡”になってたら誰もが魅了(チャーム)とか疑うよね。

 

 話し合いは平行線だった。

 追放という言葉はレイナースの目が怖くてさすがに出てこなかったみたいだが………、深夜まで歌い通すのは近所迷惑だから歌わせるなとか、金が払われない魔法を一般人に行使するのは帝国法に違反しているだとかそんな感じ。

 向こうは口の達者な味方―今でいう弁護士か―を呼んでいたのか、レイナースも痛いとこをつかれて渋い顔をしている。

 しかし美人って本当に得だよね。渋い顔も様になってる。

「分かった。ならばこうしよう。」

 レイナースは腕を組んで立ち上がる。

「私はこの街の中心に屋敷を持っている。古いレンガ造りの屋敷だがかなりの大きさだ。ここをコンサートホールに改装する。」

 ぴくっ!

 コンサートホール!!??

「カ・ラ・ビンカ様にはここで歌を披露してもらい、お前達はここで店を商うもよし、酒を売るもよし、油を売ってもよい。」

 おお。なんか昔見たラスベガスの写真が彷彿される。

 やばい!良いな!!

「この屋敷にお前たちの家店舗を移築するもよし、通い詰めて稼ぐもよし、何なら一室をお前達の家として賃貸借しても良い。お前達は売り上げの、そうだな、15%を出演料としてビンカ様に支払う。それでどうだ。」

 店主達は首を突き合わせると、打ち合わせを行う。

「その、15%というのがどの程度になるかわかりませんので、毎年店主会を開き、そこで調整を行いたいのですが。」

 レイナースは私に向くとよろしいですか、と尋ねてくる。

 1も2もなく私は首肯した。お金なんてそんなことはどうでもいい!!

 夢にまで見たコンサート!!!

「レイナース!大好き!!」

 私は感極まってレイナースに抱き着いていた。

「みゃはぁぁぁぁぁぁ……………。」

 私の方からは見えなかったレイナースの顔。

 しかし………

「やっぱりロックブルズ閣下は骨抜きにされてしまってたようだな。」

 だそうだ。

「まあ、お前らも嬢ちゃんの歌を聞けば間違いなく骨抜きになるだろうけどよ。」

「とにかくお前ら、これからはよろしく頼むぜ。」

「おうよ。」

「しかし、勘違いすんなよ。場所はバーデンが一番いい所をもらうからな。」

「ふざけんな!くじだ!」

「どアホウ!早いもん勝ちだよ!!」

 

 それから一週間でコンサートホールが完成した。

 その一週間はほとんどの居酒屋が移築のために閉店したのだが、ロックブルズホールができるという話を聞くと、皆待ちきれないと浮足立っていた。

 

 ロックブルズホールは私が色々注文を付けてオペラだけでなくロック、合唱団、歌劇等、多種多様に対応できるよう増改築した。

 もちろん私のわがままなので、私はブロンズゴーレムや召喚獣を使って改築の手伝いを20時間体制で行った。

 

 

「こけら落とし!いっくよーーー!」

「うおおおおぉぉぉぉぉーーー。」

 今までネレイダスカルテットバンドしか呼び出せなかったが……。オーケストラが呼び出せる。

 ホールは収容千人以内を予定していたが、既に3千を数えている。

 何度言ったか忘れたけど、

 さいっこーう!!

 

 舞台最高!走っても跳んでも床がびくともしない。

 照明が、スポットライトが、ミラーボールが、光を共演させる。

 防音壁が音を吸収して変な音が返ってこない。

 まさに歌うための神殿!!

「ねえ皆!今何曲目ーーー!?」

 全員が指折り数える。

「32曲ーーーー!」

「33曲だーー!!」

「30曲ーー!」

「はっはぁ!皆!そんな事忘れさせてあげる!!」

 既に疲れ果ててつぶれたアトランティック・オーケストラを舞台から煙幕を上げさせてサウスポール・オーケストラと交代させる。

 

 

 

幕間

 

「ああ、輝いておられる。やはりビンカ様は歌が身体の一部……。」

 何十曲歌ってもまったく疲れる気配を見せない。観客の方が疲れては何度も前列を交代している程だ。

「しかし、目立つことはやめてほしいのだが、歌うのを止めるのは息を止めさせるようなものだ。」

 改めて階下の会場を見る。

「しかし、街の半分近くが来場するとはな…。」

 本来はビンカだけのためのコンサートホールであったが、市民にとっては街で初めてのコンサートホール、というか娯楽。入場無料であれば少々遠くても来ないはずはない。

 そしてどこから聞きつけたのかハイエナのような貴族と、鵜の目鷹の目の外国公使達。

 レイナースは青紫色のイブニングドレスに身を包み、貴賓席で色々な貴族や外国公使の対応をしていた。

「いやはやすごい歌姫を手に入れましたな。ロックブルズ閣下。」

 三人程公使がレイナースを取り囲みワイン片手に談義する。

「私のではない。みんなの女神様だ。」

「このコンサートホールもすごい。外装は単純なのですが内装が超近代的で今まで誰も見たことも無い設備です。」

「アイデアは全部女神様のものだ。」

「帝国始まって以来の、いえ、世界初の複合型コンサートホールですからな。我が国でも参考にさせて頂きたい。」

「竜王国はそんな余裕があるのかな?」

「はは、ロックブルズ閣下は相変わらず手厳しい。」

「いや、皮肉でなくな。我が領はそちらと隣接しているので他人事ではない。」

「避難民の受け入れ、ご再考いただけましたか?」

「ああ。さすがに全員は無理だが千人位なら何とかなるだろう。今この街は大きくなりつつあるから食料も仕事口も何とかなるだろう。」

 ここで竜王国公使は“え?”という顔になる。今までなしのつぶてで、今回もあまり期待はしていなかったから。

「おお、誠でございますか?さすがはロックブルズ閣下。しかし、皇帝陛下にご相談されずによろしいので?」

「皇帝?ああ、忘れていた。しかし、この程度ならば大丈夫だ。」

 今後、もっと大きな懸案が控えているのだから。

「ロックブルズ閣下。」

 レイナースの腹心が耳打ちする。

「スパイが3人紛れ込んでいます。」

「チッ……。」

「王国から一人、法国から一人、そして皇帝から。」

「おのれ、なんて連中だ。もう嗅ぎ付けたか。早すぎる!こちらの計画も急がねばならんか。しかし、皇帝相手に私の知略でどこまで対抗できるか……。」

「皆様、私はこれにて失礼させていただく。少々急ぎの用ができた。」

「ちょ、お待ちを……。」

 今日はレイナースの機嫌が良い。今なら色々な商談やら交渉ごとがスムースに進むと思っていた矢先である。何とか引きとめようとする公使達を尻目に、レイナースは足早に貴賓席を後にした。

「あの笑顔を守らねば……。」

 そう心に固く誓って。

 

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 ロックブルズホールが出来てから3日目。

 レイナースがみすぼらしい女の子を一人連れてきた。

 楽屋でバーデンのさんま定食を食べていた私は入ってくるなり気絶した女の子を呆然と見つめる。

「………なに?」

「おい、アルシェ!会うなり気絶とは失礼過ぎるだろう。」

 レイナースが少女アルシェの肩をがくがく揺さぶる。

「あ、……あー、あー。」

「ねえ、レイナース、何か私のせい?」

 私を指さしてあーあー言ってればそう思ってしまう。

「おい、アルシェ!!」

「ゲホッ、ゲホッ!」

 過呼吸のような症状だな。

 鎮静効果もある歌を私は口ずさむ。

 どうやら落ち着いたようだ。

「はあ、はあ……。し、失礼しました。」

「どうだ、アルシェ?」

「はい。神か魔王かというすさまじさです。」

 ………何が?

「ちなみに今の歌も魔法です。第2位階、鎮静(セデイション)の魔法が乗せられていました。」

「ああ。それで?」

「第7位階を超えます。それ以上奥を見ようとすると飲み込まれそうで怖いので………すみません。」

「では第8位階をも……??やはり………。」

 それきり二人は固まってしまった。

「あのー、ねえ、レイナース、そろそろ種明かししてほしいんだけど。」

「あ、はい、ごめんなさい。彼女の名はアルシェ・イーブ・リイル・フルトと言います。彼女のタレントは相手を見るだけでどの程度の魔法詠唱者(マジックキャスター)か分かるというものでして……。」

 タレントの事は私は生まれついてのパッシブスキルとして理解している。

 スカートをちょんとつまんで挨拶をしてくるアルシェ。

「失礼しました、カ・ラ・ビンカ様。アルシェと申します。」

「様はやめてよー。」

「順を追って説明します。実はもう皇帝の耳にビンカの話が届いてしまったようなのです。」

 レイナースにはもう私の名前を呼び捨てるように言ってある。マブダチなんだから敬称つけるの禁止!て駄々コネてたら今朝辺りからようやく自然に言ってくれるようになった。

「へえ、私有名人?」

「冗談を言っている場合ではありません!」

 冗談じゃないのに。

「それで皇帝の傍らには常にフールーダ・パラダインという爺が居るのですが……。」

「私の元、師匠です。」

 と、アルシェ。

「そのフールーダ、アルシェと同じタレントを持っているのです。」

「へえ、じゃあその子もすごいんだ。」

「第8位階を自在に操るだろう人にすごいと言われても自信を喪失するだけです。」

 難しい年ごろなのね。

「それで恐らく近日中に皇帝から呼び出しがかかる事は100%間違いありません。」

「ふーん。」

「やっぱり事態の恐ろしさを分かってません!」

 怒られた。何で?

「アルシェ、この方が第8位階を操る。フールーダの爺はどう反応する?」

「………たぶん抱き着いてきます。」

 …………抱き着いてくる?おじいちゃんが?孫じゃないんだから。

「絶対逃がさないって、その日から付きまとわれるでしょう。トイレも自由にいけなくなると思います。」

 どこの変態だ?

 アルシェの言葉を引き継ぐレイナース。

「そして帝国の為に独楽鼠のように働かされる事になるでしょう。歌も皇帝の前だけとか、良くて戦場に出る兵士の前とか位になるでしょう。」

「はあ?何でよ?!」

「この国は皇帝のためのものだからです。」

 ……………………。

「やばいよやばいよ!!どうしたら良いのレイナース?」

 ようやく理解したかとばかりに肩をすくめるレイナース。

「ですから、ちょっと魔法が得意な吟遊詩人(バード)に偽装するのです。」

「偽装?でもその娘と同じタレントをそのお爺ちゃんは持っているのでしょう?もしかしてその奥まで覗かれるなんて事は……。」

「どうなんだ?アルシェ?お前は途中で見るのを止めてしまった様だが。」

「は、はい、私にはあまりに強烈すぎて…でもパラダイン様はおそらく平気で覗き込んで来るでしょう。」

 やばいよ。第8位階どこじゃないよ。超位階を操るなんてこと知られたら……。

「あ、分かった。だからこのアルシェって子を私の影武者にするんだね?」

「違います!」

「傷つくわー。」

 3xです。と答えた後、それを言われるとものすごく傷つく感じで言われた。

「そもそもアルシェはフールーダの元弟子と言ってるではないですか!一発で見破られるに決まってるじゃないですか!何聞いてんですか?!」

 怒られた。昨日まで私、女神様だったのに……。

「何かマジックアイテムを作れないんですか?先日、私に作ってくれたマジックアイテムのように…。」

「おお、なるほど!気配隠蔽系のマジックアイテムを作ればいいんだね?」

「そう!!!それです!!」

 ビシッと私に指を突きつけてくるレイナース。

「それをつけてフールーダに会えば、唯の歌の上手い魔法詠唱者(マジックキャスター)として興味を失われます。そうすれば後は皇帝が軍人としてビンカを使おうとするのを私が押さえ込むまで持っていけば良いのです。」

「軍人?私が?何で?はっきり言って私、弱いよ。」

「第8位階を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)が弱いと思う人間はこの世界にはいません!!貴女はホントに神か大魔王ってくらいなんです!」

 アルシェにまで怒られた。でも今まで弱い弱い言い続けられてきたからちょっとうれしいかも。

「やだなー。そんなに褒めないでよ。」

「「褒めてません!!!」」

 怒られた…。デュエットで…。

「第8位階を使える、歌で応援(チア)ができる。同じ戦力の軍が戦って、一方にそんな吟遊詩人(バード)がいたらどうなりますか?」

「ああ、相手はなだれを打って壊走するね。」

魔法詠唱者(マジックキャスター)の場合、応援(チア)の効果は1名、もしくはマスターゲティングの魔法で数名単位の効果をつけられるでしょうが、そんなもの焼け石に水です。しかし、吟遊詩人(バード)が歌で応援(チア)ができると知られたら、間違いなくかごの鳥にされて戦場に駆り出されるでしょう。」

「なるほどー。頭良いね、レイナース。さすが私のマブダチ!!」

 抱きつくと少しまんざらでもない表情になるレイナース。

 こういう表情になるとかわいいのにねー。

 最近レイナースは冷血な女騎士から民思いの名君という評判に変わりつつあるらしい。

 

「こほん。ですから、そうならないためにも気配隠蔽のマジックアイテムを作ってください。」

「うん、分かったよ。んー、第7位階使うからちょっと我慢しててね。」

「は、はい!!」

「クリエイト・グレーターアイテム・ジャミングインディケイション。」

「う、す、すごい。伝説級レベルをこの目で見れるなんて。しかも触媒も儀式もなしで……。」

「えーそう?そう思う?」

「それはもう……。」

「後にしてください。」

 レイナースは私が作ったマジックアイテムをとって私の指にはめる。

「アルシェ、見てくれ。」

「はい。」

 一回深呼吸してアルシェは私に手のひらを向ける。

「ダメです。何も見えません。」

「これじゃダメだな。」

「ええーーー?!何でぇ!?」

「あからさまに『お前らに私の使用位階は分からせんよ!』と言う態度でこられたらビンカならどうします?」

「意地でも見たくなる。……ああ、なるほど。だったらこれはダメだねーー。」

 私は作ったばかりの指輪をポイッとゴミ箱に………。

「わああぁぁぁ、もったいない!!要らないなら私にください!!」

 びっくりした。突然アルシェがゴミ箱に頭ごと突っ込んで行った。

「いや、あげるけども、なにもゴミ箱に特攻……。」

「ダメだ!!すまんがそれはやるわけにはいかん。」

「ちょっと、レイナース、そんな意地悪しなくても。欲しいなら……。」

「ビンカ、貴女がそういう風にポイポイ作り出すマジックアイテムの価値は今アルシェが態度で見せたでしょう。」

 私とアルシェの視線が合う。少しきまりが悪そうにアルシェは目をそらした。

「アルシェ、お前には後で金貨70枚を渡す。今回はそれであきらめてくれ。」

「……はい。」

 名残惜しそうにだが、はっきり返事をするアルシェ。

「せめて第3位階が使えますよ、的な反応を示すマジックアイテムを作ってください。」

「えぇー。それって面倒だな……。あ、そうだアルシェちゃん。」

「はい?」

「貴女の使える魔法位階はどれだけ?」

「第3位階ですけど。」

「じゃあ、クリエイト・グレーターアイテム・トランスインディケイション!」

 私の手のひらにペアリングが現れた。

「一つをアルシェちゃんにはめてもらって、一つを私に…。ちょっと見てみて。」

 不思議そうに自分の指にはめられたリングを見て再度測定するアルシェ。

「あ、これは…、第3位階の魔力しか感じられません。」

「ああ、なんと言うかこれは、アルシェの気配とビンカの気配が入れ替わったようだ。」

「これなら……。」

「ダメです。」

 今度言ったのはアルシェだった。

「……何で?」

「こんな高価そうなマジックアイテムを私がしているのを知れば…、家のものが売り払ってしまうでしょう。」

 ……………。

「世知辛いね。んじゃ、透明化(トランスペアレンシー)魔法永続化(パーマネントマジック)!」

「す、すごい。第5位階魔法をしかも二つ同時に、そんな簡単に…。」

「よし、これで何とかなりそうだ。」

 レイナースはようやくホッとしたか、私の向かいにあるソファーに腰掛け大きく息を吐く。

「アルシェ。今日はわざわざ遠くまで足を運んでもらって悪かったな。これは今日の報酬だ。少し色を付けておいてやるぞ。」

 言ってレイナースは皮袋をアルシェに渡した。

「金貨100枚…。」

 少し驚いているようだ。

「口止め料も含まれている。お前のワーカー仲間も一緒に来ているだろうが、彼らにも詳細は言ってはならん。分かっているな?」

「はい。あの…。」

「何だ?」

「少し、カ・ラ・ビンカ様とお話させていただいてかまいませんか?」

 レイナースは私に視線でたずねる。

「何を聞きたいんだ?」

「魔法のお話を。第8位階の魔法の話、とか……。」

「うん、良いよ。実際見せてあげよう。そうだなー。智天使召還(サモン・ウリエル)!」

 あ、アルシェ倒れた。

 

 召喚されたウリエルが心配そうにアルシェをつつくのであった。

 

 

 

続く



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12話

A カルネ村

 

 

 

 僕は孤児となった子供達を連れ、一路カルネ村を目指した。

 中途半端なヴァンパイアとはいえ普通の人間よりは耐久力も持久力も上、子供を抱えながらでも何とか15kmの距離を歩くことはできた。

 おそらくフードを深く被り過ぎると吸血鬼とまた疑われるだろう。僕はポンチョを子供のリーダー、ビッキーに預けると、ゆっくり村人に近づいていく。

「あの、失礼……。ここはカルネ村で合ってますか?」

「んー、お前さんは?」

 対応してくれたのは優しそうなおじいさんだ。

「旅のものです。ここから南に4時間ほど歩くと村がある事をご存知ですか?」

「ああ、知ってるよ。」

「実はその村が野盗に襲われて、全滅してしまったようなのです。」

「何だって?」

 細かった目を見開くおじいさん。

「大人たちが何とか子供達だけは逃がしたようなので、彼等をここで保護して欲しいのです。」

「それは災難だったねぇ。ちょっと村長に話をしてくるからその木の下で待ってな。」

 

 やがておじいさんは村長と、あろうことか神官を連れてきた。

 …何で?孤児院を運営するのは神職ということだからなのか?

「やばい。神官じゃ確実に見破られる……。」

 逃げようか?

 しかし僕は子供達の不安そうな顔を見ると足が動かなかった。

 しばし、神官と目が合う。

「村長!大変です!!アレはヴァンパイアです!!」

「待ってください!僕は人々を襲うつもりはありません!どうか、この子達だけでも保護をお願いします。」

 神官の大声に多くの人々が集まってきた。手にはそれぞれフォークやらクワやらを持っている。

「信用できるか!その子らもヴァンパイアに血を吸われてヴァンパイアかゾンビになっているのだろうが!!」

 石を投げられた。子供達に当たれば大怪我をさせてしまう。僕は懐にいる乳児を庇いつつ話を続ける。

「確かに僕は吸血鬼ですが、人を襲ったことはありません。お願いします、信じてください。」

「ヴァンパイアなんぞを信用できるか!!人をだますのはヴァンパイアの常套手段だ!!」

 僕は乳児を片手に、空いてる手を上げる。

「話を聞いてください。必要なら拘束して頂いても結構ですから。」

「………………。」

 僕は後ろ手にかなりキツク拘束された。

「先ずこの子達が吸血鬼で無い事を証明します。」

 僕は無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)から出していた聖水を村人の前に出す。

「神官様ならそれが何か分かるはず。」

「聖水だな。」

「はい。子供達にそれを振りかけてみてください。」

 言われたとおり、神官ははじから子供達に聖水を振り掛ける。

「……本当に、ただの人間の子供のようです。」

「いや、その聖水にトリックでもあるんじゃないか?」

「ならば…。」

 と、神官は僕の腕に聖水を振りかけた。

 ジュウゥ……。

 ポーションが硫酸ならこれはまるで塩酸だ。

「あうっ……、っぐ、くううぅぅ………。」

「どうやら本物の聖水のようだ。」

 鬼………。あなたホントに人を導く神官ですか?!声も出やしない…。

 こんな人に子供達預けて大丈夫か?

「止めろ!!姉ちゃんは盗賊から俺達を助けてくれたんだぞ!!」

「どうします?村長、神官様?」

 子供達が殴りかかるが村人に片腕であしらわれてしまう。

 これは様子を見る必要があるな。

 もし僕が預けたせいでこの子達が売り飛ばされる事になって、何処かの奴隷商人の前で再会なんて事になったら寝覚めが悪すぎる。

「分かりました。それなら僕を人質にすれば良いでしょう。僕をこの樹にでも縛り付けて2~3日様子見をしていただければ。」

「どうします?」

「良いだろう。ただしヴァンパイアの中には変身能力がある奴がいると聞く。縄抜け位お手の物かもしれん。」

「だったら俺が人質になる!!一体姉ちゃんが何したって言うんだ?!」

 ビッキーが僕の前に手を広げて立つ。

「ヴァンパイアが何かをした後では既に遅いんだ。」

「だったら私達、ここにお世話になるのは止めます!エ・ランテルへ行ってそこで物乞いでもしてあいつ等に復讐するために生きて行きます!お姉ちゃんを解き放ってください!!」

 10歳くらいの女の子のその絶叫に、村の中から同じ年くらいの女の子が出てきた。

 

「ちょ、ネム!そっち行っちゃダメ!!」

 悲鳴のような声は15歳くらいの女の子。多分お姉さんだろう。

「私、ネム。お姉ちゃんは?」

「つかさ。」

 話の分かる人が10歳前後の女の子ってこの村何なの?

「ねえつかさお姉ちゃん、お姉ちゃんヴァンパイアって事は血を吸うの?」

「吸わないよ。」

「じゃあ、何を食べて生きてるの?」

「普通に家畜の肉とか、穀物とか、魚とか。人間と変わらないものだよ。」

「変身とかできる?」

「したこと無いけど、多分狼とか、コウモリとかに変身できると思う。」

「脱出しちゃう?」

「しない。と、信じてもらうしかない。」

「ねえ、神官様、神官様はいつも人を信じるように、って言ってるよね。」

「それは……、しかしこいつは人間じゃないんだ。」

「ちょっとネム!ダメって言ってるでしょう。」

 ネムのお姉さんなのだろう少女がネムの肩を押さえる。

「ねえ、つかさお姉ちゃんが脱出できない方法、ネム思いついちゃった!」

「何?」

 全員がネムを見る。

「神官様、さっきの聖水残ってる?」

「あ、……ああ。半分以上残っているよ。」

「かして。」

 ネムは聖水のビンのフタを逆さにして口を塞ぎ、僕の頭の上に置いた。

「……………。」

 ちょ、怖いこの子。なんて事思いつくの?

 見た目の幼さと違って……、いや、幼いからこその残酷さか?

 変身が一瞬で行われなければたぶん僕は頭から聖水をかぶるだろう。

 ってーか、くしゃみ一発で僕、昇天じゃない?

 

 大人達はそれで納得したのか、見張りを二人置くことでとりあえず様子を見るということになった。

 

 

 夜、ネムが見張りに酒と食べ物を持ってくると、僕と話をさせて欲しいと言ってきた。

 見張りの大人は酒に手を伸ばすと、簡単にそれを許した。

「お姉ちゃんごめんね。こうでもしないと本当に殺されちゃうと思っちゃったから。」

 言ってネムは僕の頭から聖水を取ってくれた。

「姉ちゃん大丈夫か?」

 ビッキーが心配になって見に来てくれたようだ。水を僕の口に入れてくれる。

「何とか、ね。」

 正直ものすごい疲れた。

「皆は?」

「疲れて寝たよ。」

「ビッキーも早く寝なさい。」

「俺は姉ちゃんを守る義務がある。」

 あらまあ、なんてかわいらしい。ショタ属性のある女だったら間違いなくお持ち帰りな子だ。

「それにしても、ネムちゃん、君の機転はすごいね。あのままだったら僕、石打の刑とか最悪白木の杭を打ち込まれる事態になったかもしれないしね。お礼を言うよ。」

 半分皮肉も入ってるけど。

 

「ねえ、つかさお姉ちゃんはどうして人間に優しいの?」

「僕はもともと人間だからね。」

「え?そうなの?じゃあ、どうしてヴァンパイアになっちゃったの?」

「ヴァンパイアに血を吸われた人間はヴァンパイアになる。聞いたことある?」

「え?お姉ちゃんヴァンパイアに血を吸われちゃったの?」

 子供とはいえ、この子はかなりIQが高そうだ。慎重に本当の事と織り交ぜていかないと見抜かれそうだ。そしてだまされたと思われるとこの子は味方を止めてしまうだろう。僕の味方は今、滅びた村の子供8人と、ネムだけだ。

「僕はね、たくさんの宝とお金を溜め込んでいる大魔王の神殿に千五百人の勇者達とともに攻め入ったんだ。」

「え?!じゃあお姉ちゃん勇者様?」

「今となっては“だった”、だね。仲間達と共に最終防衛線まで乗り込んだところで僕達は大魔王の最終奥義を浴びてしまった。すごかったよ。ほとんどの人は蒸発した。でもそこで死ねたほうが幸せだったかもしれないと、今なら思うよ。」

「死ねたほうが幸せなんて無いよ!!姉ちゃんがそんなこと言うな!!」

 ビッキーの涙声に僕は頭を下げる。

「そうだね、ごめんね。」

 手は拘束されているので頭を撫でてあげることはできない。

「……それから僕は体中ぼろぼろになりながらも逃げたんだけど……。最強最悪の真祖(トゥルーヴァンパイア)に出会ってしまった。本当なら魅了されて血を吸われるのだけれど、彼女はかなりのサディストでね、僕の絶望する顔を見たかったみたいだ……。」

「彼女?さでぃすと?」

「ああ、その真祖(トゥルーヴァンパイア)は人間にすると14歳位の絶世の美少女でね、人間が絶望の表情になる事に興奮する変態だった。」

 まあ、モデルはあの方ですけど。眷属だから良いよね。でも彼女に知られたらぶっ飛ばされそうだ。

「僕はもうあきらめていたんだ。でもそこへ偶然助けに現れてくれた人がいた。だから僕は吸血鬼にされながらも、自我を失うことは無かったんだよ。」

「だってさ、皆!!」

「………は?」

 みれば糸電話の一つが僕の目の前に向けられていた。

 しばらくすると、家の影やら遠くの草むらの陰からたくさんの人が現れた。

「………へ?」

「だましてごめんなさい。でもほら、こうしたら村の皆、信じてくれたでしょ?」

 えへへー、と、輝く笑顔で言うネム。

「お、お前!俺までだましてたのか?!」

 と、ビッキー。

「ほら、敵をだますには先ず味方からって言うじゃない?」

 怖いわー。この子怖いわー。

 なんて末恐ろしい子だ……。

 IQ高いどころじゃないよ。あの一瞬でこの結末を考えたのか??!

 この子は凄まじい軍師になるかもしれない。

「悪かったな、お嬢ちゃん。しかしヴァンパイアの恐ろしさは勇者だったならお嬢ちゃんも知ってるだろう?俺等村人はどうしたってヴァンパイアの食料だからな。」

 草むらの影から現れたのはどうやらレンジャーだったようだ。10m位近くにいて僕が気配を感じなかった。

 何だろう、この村は唯の村じゃないんじゃないか?

 

 僕は縄を解かれ、ようやく水と食事を与えられた。

「ありがとうございます。」

「とりあえず、今日はゆっくり寝てくれ。」

 レンジャーらしき男が言う。

「そうだ!今晩からしばらく何人か村の前に見張りを置いたほうが良い。僕はここに来るまでに2箇所、襲われている村を見てきました。」

「何?近隣の村が襲われていたのか?」

「はい。1箇所は全滅でした。子供達はそこの生き残りです。」

「村長。」

「ああ、そうだな。」

 村長らしき初老の男が奥方のような人に指示を出す。

「とにかく、君は今日は神殿にある詰め所に泊まるといい。」

「はい。ありがとうございます。あと、ネムによろしく言っておいて下さい。」

「ああ、あの子ね。面食らったろう?」

「ええ。」

「あの子は頭が良い。時折話しているといつの間にか丸め込まれてるんだ。アレで10歳と言うのだから恐れ入るよ。」

「そうみたいですね。」

 僕は苦笑して神殿の詰め所に寝に行ったのだった。

 

 

 朝、馬の蹄の音で僕は目を覚ました。

「来た!」

 神殿から飛び出ると、まだ馬は500m程先に見える。既に見張りが大きくナベを叩いていた。

「よし、先ず奇襲は防いだ。」

「中位ゴーレム作成、アイアンゴーレム!中位人形作成、ガーデンノーム!」

 僕は防御(タンク)役のゴーレムと攻撃(アタッカー)役の人形を呼び出した。

「思ったとおり、前回と同じ20人。ならば守りきれる!」

 そしてあの時と同じフルプレートということは、スレイン法国の騎士のようだ。

 

 僕は村の入り口に行くと、騎馬に話しかける。

「あなた達はこの村へ何用ですか?」

「何者だキサマ?!」

 見た感じからゲスという言葉がピッタリな隊長だった。

 前回の隊長達が特別だったのだろうか、こいつが特別なのか。

「僕はこの村へ偶然立ち寄った魔法詠唱者(マジックキャスター)です。」

「隊長!あの女、変です。私の聖書があの女に反応します。」

 …聖書?

「分かりました!あの女、ヴァンパイアです。」

「くく、はっはっはっは……、これで大義名分ができた。ヴァンパイアを匿っていた。これでこの村は心置きなく焼き払える。」

 もとから心置きなんてなかったように見えたけど………。

「僕は単に一晩軒先を借りただけ。この村とは関係ない。」

「大した詭弁だ。この村は焼き払う。」

 …まったく。

「話し合いに応じる気はどうやら……。」

「わはははは、ヴァンパイアが話し合いとは恐れ入る。」

「ならば僕は一宿一飯の恩義を果たす!」

 弓矢で攻撃されるのをゴーレムで防ぎ、人形を突撃させる。前回の兵士達と同じレベルであればこれで十分だ。

 

 足止めをしている間に村人達はちゃんと避難を始めているようだ。

魔法の矢(マジックアロー)!」

 三つの魔力の弾が馬のくつわとあぶみを焼き切る。それで騎士達はぼとぼと落馬する。

「おい、このヴァンパイア結構強いぞ!19人全員で掛からないとこっちがやばい。」

 既に隊長は遠くで事の推移を見守っている。隊を実質率いているのは副長のようだ。

 副長を狙うか。

 しかし相手もわかっているようだ二人ほどが副長のガードに入る。

雷撃(ライトニング)!」

 一応殺してしまわないように加減して雷撃(ライトニング)を放つ。

「ぐぁ。」

 一人の騎士が痙攣して倒れる。

 ゴーレムが僕の背中をガードしながら人形がその素早さを生かして敵騎士を倒していく。

 よし、これで3人目。これなら簡単に……。

「ぐぁぁぁ………。」

 遠くから悲鳴が聞こえた。

 そちらは村人が避難している方角だ。

「別働隊?しまった!!」

 僕はその場をゴーレムとドールに任せて悲鳴のほうへ走り出した。

 

「エンリ!逃げろ!!」

「お父さん!!」

「ネムを頼む!」

 僕がその場に着いたときには村人が何人か大怪我を負っていた。

魔法効果集団化(マスターゲティング)中傷治療(ミドルキュアウーンズ)。」

 これで何人かは軽症にはなったはず。

「お姉ちゃん!!」

 ネムの悲鳴。見ればネムの姉、エンリが斬りつけられているところであった。

魔法の矢(マジックアロー)!」

 魔法の矢がエンリを斬りつけた騎士を吹き飛ばした。騎士は家の壁に叩きつけられて気絶した。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。」

 あまり大丈夫そうには見えない。背中を大きく傷つけられていた。

「飲んで。」

「これは?」

「ポーション。」

「あの、赤いんですけど……。」

「うん、赤いね。」

 ヴァンパイアの持っているポーションだからアンデッド用とか思っているのだろうか?

「大丈夫。普通の人間に効くから。舐めてごらん。」

「はい。」

 エンリはポーションを舐めてみる。そして思い切ってそれを飲み干す。

 とたんに身体の傷どころか、服の破けまで直してしまった。

「「うそ。」」

 思わずハモッてしまう。

 唯のマイナーポーションがなんて効果を発揮するんだ?

 

 周りにはまた20人からなる騎士が逃げた村人達を囲んでいた。

 どうやら部隊を二つに分けて囲い込む算段だったようだ。

 ちょっとまずい。

 守るには人数が多すぎる。敵も多すぎる。

「おい、あっち!」

 村人の指した方を見ると、さらに多勢の騎兵。

 なんということだ、いくらなんでもこれ以上では守りきることは……。

 

 いや、新手は同じフルプレートを着ていない。これは、もしかしたら……。

「突撃ーーーー!!」

 思ったとおり、新手は敵騎兵を蹴散らし始めた。

「各自、二人一組で敵兵を駆逐、逃げた敵は追わんでよい。とにかく村人の安全が最優先だ!!」

 

 何とか、助かったのか?

「お前がこの村を救ってくれた、魔法詠唱者(マジックキャスター)か?」

 掃討は部下に任せて隊長格の男が馬から下りてきた。

「救うって程貢献してませんけど。」

「向こうで暴れてたゴーレムと人形は君が呼び出したと聞いたが。」

「僕にはそのくらいしかできませんから。」

「そうか、いや、この村を救ってくれて、ありがとう…。」

「お父さん!!」

 悲鳴のようなエンリの声に僕と隊長がそちらを向く。

 僕はエンリの隣まで行くと、彼女の父親の容態を見る。

「いけない。」

 剣の傷は心臓を損傷していた。僕の言葉が聞こえたのか、エンリとネムが悲愴な顔をする。

「中位人形作成・くるみ割り人形。くるみ割り人形、この者の復活経験値を割れ!」

「経験値割りまして、LV2。」

「ありがとう。」

「おい、一体何を?彼はもう事切れて……。」

「黙ってて!」

 僕はユグドラシル金貨4枚を父親の胸の上に置く。

死者復活(レイズデッド)。」

「おい、今、レイズデッドって……。」

 呆然と僕の目を見る隊長さん。

「言ってない。」

「いや、確かに……。」

「言ってない。気のせい。」

「そ、そうか、気の、……せいか。」

「………うう、ごほっ、ごほっ。」

「お父さん!!」

 エンリとネムは父親にすがり付いて泣き始めた。

「生き返った……。」

「生き返らせてない。死んでなかっただけ。」

「そうなのか?じゃあその棒読みは何なんだ?」

「僕は初めからこういうしゃべり方。」

「そうか、まあ良い。ところで君は信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)だったのか?」

「………。」

「そういえば自己紹介が遅れていたな。私の名はガゼフ。ガゼフ・ストロノーフという。王国戦士長だ。」

 王国戦士長?どのくらい偉い人なんだろう?

「僕はつかさ。単なる旅人です。」

「ほう、単なる旅人か。復活魔法を唱えたということはラキュースと同程度と考えた方が良いか?」

 僕を見ながら僕に聞こえないようぼそぼそ言う。あんまり信じてないような口調だ。

 でも僕のヴァンパイアの耳にははっきり聞こえている。

 ラキュースって誰?

 

「戦士長!捕虜7名ひっとらえました。」

 彼の部下が縄を掛けた騎士を引き連れてきた。

「おう、ご苦労。さて色々しゃべってもらおうか。ここに来るまで俺達は5箇所の襲われた村を見た。お前達の仕業だな!」

 ガゼフは捕虜のかぶとを脱がすとアイアンクローをかます。

「おい、ストロノーフ!キサマは何時からヴァンパイアとつるむようになったんだ?」

「ヴァンパイア?」

「はっはっは、これは傑作だ。知らずに共闘していたということか。だったら殺せ!その女は人間の敵、ヴァンパイアだ。」

 ……………………。

 驚いた表情でしばらく何かを考えるガゼフ。

 最初に動いたのはネムだった。

 僕の前に立つと、両手を広げる。

「ダメ。」

「お前は彼女がヴァンパイアと知っていたのか?」

「つかさお姉ちゃんは私達の、この村の恩人。戦士長様は盗賊の人間と恩人のヴァンパイアのどっちを信用するの?」

 その言葉に村人が次々と僕を守るように立つ。

「そうだな、このお嬢ちゃんは俺達の恩人だ。」

「お嬢ちゃんがいなかったら俺等はこいつ等に殺されていただろうしな。」

「そうだ。実際そいつらの仲間が近隣の村を襲ってる最低な人間だ。お嬢ちゃんは最高のヴァンパイアだ。」

 何か、アレ?単語が妙な配置になってる感じがして……。人間とヴァンパイアの位置を変えたらしっくり来るんだけど。

 ガゼフも呆然としている。

 しかしガゼフは徐々に笑い始めた。

「そうだな。現実はこいつらが村々を襲った賊、この女性はその村々を救ってきた方だ。事実を履き違えてはいかんな。」

 大きな声で、これはおそらく部下にも念入りしたのだろう。

 そして心配そうなネムの頭を目線を合わせて、その頭をひとつかみできそうな大きな手でグシグシ撫で始めた。

 撫で回すたびにネムの頭が左右に大きく傾ぐ。

「副長、見張りを2名づつ、3ヵ所に配置し、あとは交代で休ませて貰え。こいつらは何処かの倉庫に拘留。尋問は王都に帰ってからだ。」

「ハ!」

「ああ、それと一人伝令を王都へ走らせ、王に現状を報告しろ。ただし、まだ彼女のことは報告してはならんぞ。」

「分かっております。」

 副長は指示を下しに部下の下へ走って行った。

 

「さて、つかさ、少し君と話をさせて欲しいのだが…。」

「はい。」

「村長!何処か話しができる場所を借りたいのだが…。」

 僕とガゼフは神殿の待合室で話をすることになった。

 今までの経過をネムに語ったうそを織り交ぜて話す。

 

「それで、その真祖(トゥルーヴァンパイア)はどうなったんだ?」

「僕も助けてくれたモモ、…モモタロウさんも逃げるのが精一杯でした。モモタロウさんともそれ以来はぐれてしまって…。一体今どこで何をしているのか……。」

「そうか。大体分かった。」

 組んでた腕を解いて水を一杯口にするガゼフ。

「改めて、礼を言わせてくれ。村々を救ってくれて、本当にありがとう。」

「いや、これは自分の為ですよ。」

 怪訝な表情になるガゼフ。

「言ったでしょう?僕はヴァンパイアになる前は修道女です。僕が信仰する教義には他人を助けるのは誰のためでもない、自分の為という教えが在るのです。」

「なんというか、王国の聖職者達に聞かせたい話だ。だから君は英雄の領域である復活魔法を一村人に……。」

「英雄の領域?」

「ああ、他国から流れてきた君には分からんか?さっき君が使っていた復活魔法は王国では一人の女性しか使えん。」

 え?どういうこと?ユグドラシルでは最低ランクの復活魔法なのに。それが英雄の領域?

「本来ならこの村が買えるような金を払わねばその魔法を使ってはいかんと、法律で定められているくらいなんだが…。」

「……………。」

「安心しろ、俺は何も見ていないし、聞いてもいない。」

 ニヤッと笑って親指を立てて見せるガゼフ。

 かっこいい。

 なんてーか、渋いおっさんだ。昔見たサムライ映画のハリウッドスターをほうふつさせる。

 

 突然慌しく副長が入ってきた。

「戦士長!大変です。この村が包囲され始めました!!」

 

 

 

続く

 



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13話

A 最終スキル

 

 

 

 村周辺に一種異様な集団が包囲を狭める様に襲来しつつあった。

 今までの連中とは違う。それは連中が連れている召喚獣。

 この世界にきて初めて見る、ナザリックのでない、僕が呼んだものでもない召喚獣。

 そして相手は天使。今の僕、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)には相性最悪の天使だ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)をあれだけ用意するとなると、スレイン法国か。」

 ガゼフが建物の陰から敵らしき集団を見る。

「スレイン法国にまで俺は煙たがられるのか?」

「あのー、もしかして僕のせいとかないですか?人類の守護者を自称しているなら、吸血鬼退治は彼等の使命でしょう?だったら飛行(フライ)で逃げれば僕を追ってくるんじゃ……。」

「それはないな。いくら何でもここまで準備するには早すぎる。俺が原因と考えた方が自然だ。」

 ガゼフは床に胡坐をかいて座ると、少し考える。

「つかさ、俺に力を貸してくれないか?」

「……………。」

「なに、ここの村人を安全な場所に避難させてくれるだけでいいんだ。」

「……僕の力では奴等から守り切ることは出来ないでしょう。」

「そうか。君の目から見ても奴等には勝てないと思ったか……。」

「いえ、戦力があれだけであれば僕とガゼフさんで何とかなります。」

 ガゼフの戦力はちょっとだけ魔法で確認したが僕より強かった。

「何?では手を貸してくれるか??」

「はい。」

「ありがとう。本当にありがとう。これで無駄死にする可能性が少なくなってきた。」

「いえ、勘違いしないでください。これは僕のため、です。奴等は朝襲ってきた連中と無関係ではないでしょう。だとしたらここの村人もただで済むとは思えない。なら、ガゼフさんと協力して排除しておいた方が良いに決まってます。」

「……すまない。」

 言って頭を下げるガゼフ。

 僕一人ならそれこそ飛行(フライ)で逃げれば生存できることを彼は見抜いていたようだ。

「ところで話し合いの合間、貴方の部下、少し剣を振る姿とか見せてもらいましたが、あれでは足手まといになってしまうでしょう。」

 ……………。

 自分の部下を誇りに思っているのだろう、ガゼフは僕を睨み付けてくる。

「ですから、貴方の部下に村人を避難させるように指示してください。」

「全員をか?!」

「全員です。間違っても僕達の戦闘に入ってこないよう指示してください。」

「………。」

「それから連中が引き連れているのは天使です。僕には最高に相性が悪い。だから夜、せめて夕刻になるまで開戦を引き伸ばしたいのですが………。ただでさえ朝の戦闘で僕はMPとスキル、と言っても分かりませんか、えーと、戦闘手段のいくつかを既に使えなくなっています。」

「分かった。戦闘開始時間を極力引き伸ばせばいいんだな?」

「はい。最後に、もし、連中が何らかの切り札や増援を用意していたなら、僕達も一目散に逃げましょう。」

「ああ。それで良い。重ね重ね世話になるな。ありがとう。」

 言って僕より二回りも大きな両の手で僕の手を握る。

「生き延びたら、俺にできるだけの礼はさせてもらう。」

 

 

 ガゼフと僕は朝呼び出したアイアンゴーレムとガーデンノームを引き連れ、敵の隊長らしき男の前に進み出る。

「俺はガゼフ・ストロノーフ。王国戦士長だ!こちらは旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)つかさ殿だ。そちらは?」

「ヴァンパイアとはな、ガゼフ・ストロノーフ。近隣諸国最強がそんなみすぼらしいヴァンパイアを味方に我々に張り合おうとか、お前も地に落ちたものだ。」

「どうだかな?お前らが近隣の罪もない村の人々を襲っていたことに比べ、それを助けてきたこの娘の事を知ればたとえヴァンパイアと言え世間の評判はどちらが上になると思う?」

 少し顔をゆがめる隊長。

「それよりお前らの名をまだ聞いてはいない。」

「スレイン法国、陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーイン。この名を聞いた意味が分かるか?」

「死の宣告でしょう?」

「ほう、ヴァンパイア。なかなかに洒落たことを言う。」

「それより、どうかお願いします。この村の人達だけは助けてください。」

 一瞬あっけにとられていたようだが、ニグンは大声で笑い始めた。

「そうかそうか。お前の非常食に手を付けて欲しくないか………。笑わせてもらったぞヴァンパイア!!近隣の村々を助けてきたというのもそれか?確かに狩場に人間が居なければお前ら人外は飢えと渇きに苦しむようだからな。」

 まあ、そうとらえられても仕方ないか……。

「全く、聖職者が聞いてあきれる。ここの村人、とりわけ10歳の女の子の方が余程良く“人間”というものを見ているぞ。」

「フン。」

「俺を狙う理由は何だ?俺には国を動かす力は無いぞ。」

「国を動かす力は無くとも国を護る力はある。現在の王国は…………。」

「隊長。それ以上は………。」

 ニグンの後ろから隊員が声をかける。どうやらニグン自身は結構口が軽いようだ。

「村々を襲ったのは俺を引っ張り出すためだけの陽動だったのか?帝国兵に偽装して村を襲っていたのは俺を引っ張り出し、同時に国力を削ぎ、帝国に罪を着せ戦争を蜂起させ、お前等の傀儡貴族達の立場を優位に立たせ、外から操るためのものなのだな?」

「ほう、存外、お前も脳筋ではないと見える。そんなだから………。」

「隊長!」

「あ、うん。」

「では、そろそろ………。」

 そろそろ切り上げさせるか!

「貴方の教義では犠牲者は仕方のないことなんですか?!」

「何だと?」

 しかし感情がよく顔に出る人だ。

「ガゼフさんが邪魔ならば、なぜ外交駆け引きとかでそう持っていこうとかしないんですか?村人を犠牲にするんなんてひどすぎます。貴方達は自分達と同じ神を崇拝していないと他の人は生きる資格が無いと言いたいんですか?!」

「そんなことは言っていない!」

「やってるじゃないですか!!」

「仕方ないんだ!!もう人類は待ったなしのところまで来てしまっているんだ!人類はもう国単位でどうこうしててはいけないんだ!!直ぐにでも………。」

「隊長!!」

「あ、ああ、すまん。何だかヴァンパイアと話しているような気分ではなくなってな……。」

「それはそうだろう。つかさは元は人間の修道女だ。」

「何だと?」

「ちょっと話を聞いただけだが彼女の宗教。色々面白いぞ。お前も話を聞けばもっとましな考えができるようになるかもしれんぞ。」

「他の宗教の話など………。」

 食いついた、食いついた!ちらちらこっちを見て何か聞きたそうにしている。

 ナイス!ガゼフ、ナイス!!

 さすが腐っても宗教家。普段は上の目もあるだろうし、他宗の話等聞けないだろう。彼の部下も少し興味を示している。

 

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。この意味が分かりますか?」

「………は、はは、やはり邪宗!そんな馬鹿な事、宗教以前の問題だ!さすがヴァンパイアの宗教というところか。善人より悪人の方が救われるなど…聞いて損した…。」

「これは僕の国のある聖人のお言葉です。この言葉には深い意味が込められているのです。」

 なかなか説明するのは難しいこの教義、だからこそ、僕らは座って2時間以上説教した。徐々に日も暮れてくる。

 初めは対面で座っていたが、端が徐々に僕の方へ近づいて来、Uの字型に。最後には車座になっていた。

 

 ニグンだけでなく、他の隊員達も首をひねり始めた。ガゼフも眉間にしわを寄せている。

「……お布施等には意味がないという事か?」

「いや、それは違うぞ、お布施に込められている気持ちをその神は最重要視するという事なのだ!」

「では、我々の神官長が発行する免罪符とは何なのだ?!」

「………彼女のいう宗教においてはまやかしという事だ。」

「それは不遜だ!」

「いや、だって、俺も思っていたんだ。免罪符を買えるのはしょせん金持ちだ。貧乏人は救われないって、宗教としてどうなんだ?」

「そもそもがその宗教では善人が存在しないことになるではないか!」

「いやだから、知らなければ善人でいられたという事なのではないか?」

「恐らく善人では居られても、そこに救いは無いと思うな。」

「動物は分かる。しかし植物も生きているというのであれば我々は命を奪わねば生きていけぬ業深き存在…。悪人という事になる。これはもっともな事ではないか?」

「植物には魂が無いではないか!」

「いや、ドリアード等の精霊もいればドルイド達は植物と話をするではないか。」

 さすがに宗教家達だ。この手の話になると議論が尽きない。

 そもそもが盲信者ではない彼等にはおかしい、矛盾していると考える教義は少なくなかった。

 

 

 何を思ったかニグンが突然立ち上がった。

「お前がヴァンパイアになる前にその話、聞きたかった。」

 パタパタと尻の砂を払う。

「隊長……。」

「残念ながら時間切れだ。もう日が暮れてしまう。」

「ニグンよ。」

「ガゼフ、あまり話し合ってしまうと殺しあえなくなってしまうだろう?」

 手のひらをガゼフに向けるニグン。

「……………。」

「つかさ、と言ったな。礼を言おう。………我等の宗教。考える必要があるみたいだ。だが、今の私の立場ではむしろそんな話をすれば教化施設に送られてしまうだろう。後は狂信者の出来上がりだ。だから、今はこれしかないんだ、許してくれ。」

「ニグンさん…。」

「お前達が素直に死んでくれるなら、安楽死を与えてやれるのだが……どうだ?」

 僕はガゼフと顔を合わせ、頷く。

「いえ。抵抗させて頂きますよ。」

「ニグンよ、せめて村人達だけでも………。」

「………許してくれ。我らが手を出さずとも本国から直ぐに別部隊が送られてくるだろう。だったら安らかに死なせてやるのがせめてもの情けだ。」

 …………。

「つかさよ、私は悪人だ。」

「そうですね。だとしたら貴方はもう救われています。」

 唇をかみしめるニグン。部下達の中には泣いている者もいる。

 

 ガゼフと僕は30mほど離れて対峙する。

 ニグンの部隊はそれぞれ天使を再召喚した。

「中位ゴーレム作成・アイアンゴーレム、中位人形作成・ミッドナイト・マッド・マネキン!」

 既に呼び出していたアイアンゴーレムとガーデンノームそれにもう一体のアイアンゴーレムと不気味なマネキン人形。

魔法効果集団化(マスターゲティング)鎧強化(リーンフォースアーマー)下級筋力増大(レッサーストレングス)下級敏捷増大(レッサーデクスタリティ)下級属性防御(レッサープロテクションエナジー)。」

「おお、これは、ラキュースばりの支援魔法だ。ありがたい!」

「でも僕もこれでネタ切れです。後は僕も、肉弾戦要員です。」

 ガゼフは大剣を抜くと、天使達に斬りかかって行った。

「スキル・マニピュレイテッドバイコッペリア!」

 これで、僕は大まかな方針を出すだけで、後はコッペリアのコアが僕の身体を動かすことになる。

 戦闘が始まった。

 ガゼフが二体の天使、アークエンジェルフレイムを切り捨てた。

 アイアンゴーレムはそれぞれ防御役(タンク)として、人形達も活躍してくれている。

 コッペリアの魔法やスキルは使えないが、動きや攻撃方法は慣れ親しんだものだ。コンボも繋げられる。やっぱり僕の攻撃はこれが一番しっくりくる。

「おお、その戦い方は何だ?初めて見る。」

 感嘆の声を上げるガゼフ。本来は戦いの動きじゃないんですけどね…。

「何と流麗で、魅せる戦い方だ。」

 本当ならスキルとか魔法とか合わせるともっとカッコよくなるんですけど。

「各員散発な攻撃は止めよ。三位一体となって掛かれ!」

 と、ニグンの指示。天使は夜になって幾分威力を失ってはいたが、何らかの支援魔法が掛かっているように強かった。

 あとで分かったことだがこれはニグンのタレントだそうだ。

 

 ニグンが細々指示を送ると僕等は徐々に追い詰められていった。

 もう何体天使を光に変えていっただろうか?しかしその度に隊員達は天使を補充してくる。

「武技!六光連斬!」

 ガゼフが叫ぶと天使四体が一気にチリになった。

「それは、一体?」

「奥の手だ。流水加速!」

 また動きに変化が起こった。続々とガゼフが天使を倒していく。

 ただ、ガゼフの息が上がっていくのが少々気になる。

「隊長、既に精神力を使い切った隊員が3名になりました。このままでは、圧しきられます。」

「クソ、これを使う羽目になるか………。」

 ニグンは懐から魔封じの水晶を取り出した。

「出でよ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 巨体。

 威容。

 存在感。

 今までの天使、アークエンジェルフレイムやプリンシパリティオブザベイションとは桁違いだ。

「………ああ。」

「どうした、つかさ?」

「あれはマズイ。あれは今までの天使の……軽く数倍の力。」

「……………。」

「ガゼフ、つかさ、褒めてやる。まさかここまでやるとはな。」

「ガゼフさん、逃げてください。ここは僕が何とかします。」

「馬鹿な!王国戦士長としてそんな無様なことができるか!」

「もはや村人を救うにはアレが消えるまで逃げ切るしかないんです!急いで!」

「しかし…。」

魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)睡眠(スリープ)!」

「な、何を……。」

 僕の最後の魔法でガゼフは気を失った。これで本当にすっからかんだ。

「眷属召喚・ピノッキオ!」

 僕は気を失ったガゼフをピノキオに渡す。

「いいかい?ピノキオ、彼を連れて出来るだけ遠くに逃げるんだ。分かったね?」

「聖霊様は?」

「早くいきなさい。鼻を伸ばしちゃうよ。」

「わ、分かったよ。」

 ピノキオは戦うことは不得手だが意外と力持ちで足が速い。

 ゴーレムでは走っても追いつかれてしまうが、彼なら逃げ切るだろう。

 

「させるか!善なる極撃(ホーリースマイト)を放て!」

「ゴーレム!させるな!」

 ゴーレムは近くに居たマネキン人形を掴むと、ドミニオンに向けて投げた。マネキン人形はドミニオンの顔の辺りで暴れ、魔法発動を僅かに遅らせた。

 僕は直ぐに一番近くに居たアークエンジェルフレイムを組み伏せると、仰向けにし、頭の上に抱え上げ、身を低くする。

 

 直後、目の前が真っ白になった。

 

 熱い!!

 痛い!!

 

 頭の上に傘にしたアークエンジェルフレイムの形が崩れ始める。

 

 早く、早く終われ!

 僕は一心に善なる極撃(ホーリースマイト)が終わるのを待った。

 

「おぉぉぉぉぉぉ……。」

 目の前に居たアイアンゴーレムとガーデンノームが蒸発していく。

 

 

「ごっ…ごほっ………。」

 目、片目が見えない。開いた目に映ったのは僕の白骨化した左手。

「苦しいか?」

「…………。」

「とどめが欲しいか?」

 苦しい。返事もできないほど苦しい。

 でも、僕は声を振り絞る。

「に、ぐん、さん。」

「何だ?」

「む…、らび、と……。」

「お前はっ!これ以上我々を苦しめないでくれ!!」

 彼の部下からもすすり泣きが聞こえる。

「何でだ?お前ほどの修道女なら高名な聖女であってもおかしくない。何でそんな姿で我々の前に現れたんだ?!我が国の聖女であれば私は喜んでお前に仕えただろうに……。」

「さ、よなら……みんな。」

 

「すきる、じばく、とっこう、かみかぜ、もくひょう、どみにおん…。」

 

 

 

続く



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14話

B 友達

 

 

 アルシェと会った次の日、彼女に興味を持った私は街中を散歩がてら彼女を探し歩いた。

「おはよう、ビンカちゃん!昨日も良かったよ!」

 街を歩くと沢山の人々が挨拶してくる。

「ありがとー!今晩も来てね!」

「もちろん行くさ!仕事がはかどるよ。」

「俺は手につかねーよ!」

「じゃあいつも通りってこった。」

 周りから笑いが上がった。

 

 初めてこの港に来て以来、レイナースによると、毎日百人単位で人口が増え始めているそうだ。

 仕事口は今までは貿易関係だけだったのだが、新しい住居、インフラ設備の建設を始めとして、とにかく人手が足りない。

 引っ越してきた住人は貿易、建設、役所、小売り、製造、農業、飲食店ほぼ何をどうしても儲かるようになってきた。

 だが今現在、レイナースの懐事情は大赤字だ。試算では3か月後には全てペイしてしまうとの計算結果が出てはいるのだが………。

 私には商売なんて全然わからない。だから……。

「ガンバレ、レイナース。今日も歌ってあげるからね。」

 としか言えない。でもこう言ってあげると彼女は幸せそうに笑うのだ。

 かわいいのだ。

 ただ、

「私がゴーレム出してあげようか?」

 と言うと怒るのだ。やれ皇帝の目とかやれフールーダがとか…。

 気にしすぎじゃないかな?皇帝ってそんな怖い人?噂じゃ名君なのに……。

 

 これからも膨れ続ける人口、取引、消費に対処すべく、インフラを高ピッチで建設、敷設、増改築し続けている。それも全て借金から賄わなければならない。

 しかし皇帝には頼りたくないレイナースは取引商人や両替商等から出来るだけの金を借りながら、人口増加に適切に対応していた。

 ただ、財務関係の役人の話によればこれがひと段落つけば、おそらく帝国で5本指に入ってくるくらいの大都市に変わるだろうとの事だった。

 

 朝もまだ早いのに、既に商店は沢山の食料雑貨を店先に並べ、大声を張り上げている。

 あ、猫が魚くわえてった。

 あ、おばちゃんが追いかけてった。

 うんうん。みんな元気だねー。

 良いことだ。

 と、アルシェを探して宿屋やら、カフェやらを見回ってたら、カフェテラスの屋外テーブルに居る4人組の男女が目についた。

「あ、いたいた、おーい。」

「だれよ、アンタ?!」

 突っ伏してるアルシェに声を掛けようとしたらエルフのおねーさんに鋭くにらまれた。

「私、カ・ラ・ビンカって言います。」

「ビンカ様!!?」

 アルシェはがばっと頭を上げる。

「やっと見つけたよー。」

「だから、何なのよ、アンタは?」

「ちょ、イミーナ……。」

「すっげえ美人……。」

 ダン!

「イッテェェェ!!」

 悲鳴を上げた男はイミーナにつま先を思いっきり踏み抜かれていた。

「カ・ラ・ビンカさんと言いますと、昨日アルシェが会っていたという方ですね?あ、失礼、私はロバーデイク・ゴルトロンと申します。こちらでうめいているのがヘッケラン・ターマイト、私達ワーカー、フォーサイトのリーダーです。」

「イミーナよ。」

 ぶすっと吐き捨てる様に言うイミーナ。

「昨日はさ、私が席外してる間に居なくなっちゃうんだもん、もうちょっと貴女と話したくて……。」

「そんな事より、アンタのせいでこのコ、今朝からひどい目にあってるんだけど!」

「ちょ、違うのイミーナ!」

「ひどい目?ごめんね、私何か変な事しちゃった?」

「あ、違います。その、このリングで……。」

「リング?」

 全員にリングは見えていない。事情を知らない私以外は皆“?”になってる。

「あ、えと、ちょっとこちらへ。」

 言って店の端へ連れていかれる。

「昨日このリングで気配を入れ替える様にしたじゃないですか?」

「うん。したね。」

「でも、今朝、起きて鏡見て……。」

「あーー。」

「ビンカ様、第9位階も使えるんですね?」

「あーー。」

「で、そこまで覗いてしまって…。朝から酷い吐き気に見舞われてしまったってことです。」

「あーー。」

「……………。」

「うん、ごめんね。」

「存在するかどうかも疑問であった神話の領域のさらに上。貴女様は本当にどういうお方なのですか?」

「ただの吟遊詩人(バード)だよぉ。」

「あの、金貨10枚払いますから、この気配を隠蔽するマジックアイテムとか、作ってもらえませんか?これでは鏡に映る自分を見るたびに吐いてしまいます。自分の顔見て吐くってどんな面白拷問ですかそれ?」

「あはははは……。」

「笑い事じゃありません!!今朝も髪をセットできなかったんですから!」

 言って自分の財布を出してくる。昨日の金貨100枚はどうやら既に等分しているようだ。

 うん、あの仕事状況で皆と分け合える。

 私の思った通り、この子はいい子だ。

「あ、お金はいらない。」

 昨日捨てようとしたリングが確かポケットに…。

「あ、それは……。」

「これをねー、こうするの。物質変換(コンバージョン)永久透明化(パーマネントトランスペアレンシー)。」

「第7位階、第5位階をこんな人目のあるところでそんなポンポン……。またロックブルズ閣下に怒られますよ。」

「平気平気。で、指出して。」

 アルシェの指を触って昨日あげたリングを触りあてると、新しく作ったマジックアイテムをそのリングに乗せる。

永久固定化(パーマネントフィックス)。」

「物質変換で一瞬見えましたけどあの赤い宝石って……。」

「ルビーだね。」

「そんな超高級ジュエルを簡単に……常識が削られていきます。」

「ほら、鏡見て。」

「はい、何も見えなくなりました。ありがとうございます。でも、あの、ホントに、その、お金は………。」

「いらないいらない。あ、でも心苦しいって言うなら…。身体で払ってもらおうかな………。」

 もみもみさわさわもみもみ………。

「ちょ、び、ビンカ様!!」

「び、びんかんなの?」

 スパーン!!

「あ痛っ!」

 イミーナにスリッパで叩かれた。

「どこのエロオヤジだお前!!」

 

 

 私達はカードで遊び始めた。

 

 魔法を使えばこんな連中、一発なのに………。

「ハイ、ビンカちゃん100連敗ーー。まいど。」

 私は持っていた金貨銀貨全てを4人、特にイミーナに巻き上げられてしまった。

「うそでしょ?」

 ヘッケランとロバーデイクは少し苦笑気味に、アルシェはすごく申し訳なさそうに…。そしてイミーナは“ざまあ”みたいな顔で私を見ている。

「私って、カード弱かったんだぁ………。」

「まあ、イミーナがかなり強いのは知っていましたが………。」

「ああ、容赦ねえな。」

「あの、イミーナ、いくら何でも…やりすぎじゃないかと……。」

「まあ、帰りの馬車代位貸してやるわよ。」

「あげるじゃないんだ……。」

「ねぇ、何でよーー!」

「え?あんな効果音が出てくるみたいに表情変化させてたらそりゃ勝てるわけないじゃないのよ。」

「私の表情、変わってた?」

 アルシェがうんうん頷く。

「あはは、顔洗って出直して来なさーい。」

「うう…。このペタン()。」

 全員が“ギョ”とした顔になる。

「テメエ、今なんつった!!?」

 どうやら地雷だったようだ…。

 思いっきり踏み抜いちゃった。

「アルシェ助けて。」

「爆弾こっちによこさないで!ロバーデイク!」

「ここは、ほら、恋仲のヘッケランに。」

「何でぇ!!?」

 いいーーーーやあーーーー……………。

 

「もう、なんか……ギャンブル止めよ。」

 

 

 昼食をイミーナにおごってもらってから、私は今日の本題を切り出した。

「ねえアルシェ、昨日私、少し疑問に思ってたんだ。」

「何ですか、ビンカさん?」

 アルシェもようやく様付けは止めてくれた。

「貴女なんでそんなみすぼらしいカッコしてんの?」

 今まで明るかったその場が一瞬で氷水を浴びせられたようになった。

「ちょっとビンカ!人の繊細な領域に土足で……。」

「いいよ、イミーナ。音楽家だけあってビンカさんの第六感って言うか超感覚がすごいことはわかってた。」

 また人をよいしょするんが上手いんだからこの子は。

「昨日会っただけなのでしょう?何でそう思うのです?」

 ロバーデイクが首をかしげる。

「実は今更ごめんなさいなんだけど、昨日ビンカさんの楽屋で、何気においてあった花瓶をほんのちょっと動かしたんです。後ろ向いてたからわかんないだろうなって思ってたら、振り返った時、直ぐにその花瓶に気付いて…。偶然かなって思って色々見てないところで動かすとことごとく一度はそっちに視線を向けたんです。」

「へえぇ………。」

「って、何で当の本人が感心してんですか?!」

 やっぱり思った通り、猜疑心の強い子だ。レイナースはワーカーというのはそんなものだと言ってたけど…。

「ちょっと、話がそれてるわよ。」

「あ、これだけ感覚が鋭いなら、私の事とか、少し見抜いてるのかなって。」

「って言ってるけど、どう?」

「えー、全然わかんないよー。」

「例えば私の出自とか気付いているんじゃないですか?だからそんな質問をしてきたんだと私は理解しているんですけど。」

「出自?没落貴族、とか?」

 全員が言葉を失った。

「ほら、ね。」

「いや、大したことじゃないよ。仕草に気品があるなー、とか、言葉遣いとか、…初めて会った時のあの挨拶とか、ドラマでしか見たことなかったよ。」

「どらま?」

「それにたとえ安っぽい装備であってもコーディネイトは決まってるなーとか……。」

「ありがとうございます。」

「ただねー、見た感じとその外装があまりにチグハグだったから……。深いワケでもあるならさ、友達として助けてあげたいじゃん?」

「……………友達。」

「アンタ、見かけによらず良いとこあるんだね。」

「見かけって、私の見かけどういう評価なの?」

「んー、のほほんおっとり貴族?」

「凹む!」

「そんな他人の機微とか意識の外ですよー、的な。私等のカッコとか見てあざ笑うんだぜ。ふざけんな!あいつら、誰が稼いだおかげで食ってけると思ってんだ!!」

「まあまあ、話がそれてますよ。それに今やそんな貴族も大分減ってきました。」

 ああ、皇帝のおかげで……。

 

「ビンカさん、お気持ちはありがたいのですが、私の問題は……。」

「お金でしょ?」

「単刀直入に言ってしまうと、そうです。」

「いくら?」

「……………発展し続けるのでいくらとは、これを払いきったら終わりという事はありません。」

「え?利子とか?」

 うわぁ、何かサラ金って単語が目に浮かぶよ。

「利子ならどれだけ楽になるか……。」

 テーブルに肘を付き、手を組んで頭を置くアルシェ。

「………これはフォーサイトの皆にも話した事、なかったのですが………。」

「いいよ。」

 イミーナが優しくアルシェの肩を抱く。

「分かってたよ。親父さんなんだろ……。」

 ヘッケランが沈痛に言った通り、イミーナの父親は皇帝により貴族の地位を追われ、領地も召し上げられたのに、以前と変わらない生活をしているらしい。

「………そうか、借金を返しても直ぐにそのお父さんが借金を繰り返しちゃうんだね…。」

 お金を貸せば終わりって単純な話でもないか……。

 それに彼女の性格からして単に貸すと言っても、はいそうですかと受け取るとは思えない。

 

 うーん、レイナースに相談しようにも、彼女は今、この街の事で手一杯だろうし…。あ……。

「その金貸しはいつまで返済を待ってくれるって言ってるの?」

 首を振るアルシェ。

「もう、いつどこでいくら借りたかもわからなくて、利子も正当なものなのかも全く判別がつかなくて……、返済もいきなり明日とか言われてみたり、2か月待つとか言われたり……。」

 はうー、相当な悪徳業者に食いつかれてるねー。

 フォーサイトの3人も眉間にしわを寄せている。

「なあ、アルシェ、実際今、返済を求められてるのはいくらだ?」

「……。」

 ボソッと言ったその言葉に3人が驚いて席を立ったほどだ。

 そして力なく座り込んでしまう。

 …………。

「お父さんを見限ることは出来ない、かな?…私だったら何とか貴女と妹二人の面倒位は見れるけど……。」

「そこまで甘えるわけには………。」

「ちょっと、アルシェ!このままじゃホントに貴女奴隷として売り飛ばされるわよ。貴女だけでなく、妹たちも……。こいつ、結構稼いでるんでしょ?だったら妹達だけでも…かくまってもらいなさいよ!」

「……………。」

 

「だとしたらこういうのはどうだ?」

 

 全員が驚いて声の方を見る。

 レイナースだった。

 私は一応馬が店の前に止まったところで気付いていたが…。大体借金の話辺りから聞いていると思うから、説明は不要だろう。

「その前に!ビンカ!!」

「はい?」

「出歩くときは私に声を掛けてくださいってあれだけ……。」

「声、掛けたよ。」

「え?」

「遠くから。……心の声で…。」

「今、心の声とか言ったか。」

 うわ、聞こえてた。声低っ、怖っ!

「心からの声でって言いました。」

 すう、と息を大きく吸い込むレイナース。次は雷が落ちる、その前に……

「お願い、怒らないで。レイナース、大好き。」

 膝まづいて言う私の上目遣いにへにょへにょになるレイナース。

 

「あのー、ロックブルズ閣下、先程、アルシェの件で何か妙案があるらしいと…。」

 ヘッケランの言葉に、レイナースは表情をキリッとさせ、アルシェの向かい側に座る。

「お前達にこの件を依頼する前に私がフォーサイトの事を調べさせていたのは知っていたか?」

「あ、情報屋から数件上がってたんで、それは知ってました。」

 だから、レイナースはアルシェの家の状況を知っている。

「先ず現状把握からだ……。アルシェ、フルト家に限らず、貴族の家はそんな状態になっているのは少なくない。」

「はい。知っています。」

 うつむいて答えるアルシェ。

「大貴族が一家離散まで追い込まれた例は枚挙にいとまがない。その状態で、私が誰かを助けたという前例を作ってしまうと、他の貴族達も私を頼って来られて迷惑千万だ。だから、私はビンカが関わろうとしなければ一切の手出しはしないつもりだった。」

「はい。」

「そして下手にお前が金を返すものだから、因業商人が搾り取ろうとしているのも理解しているな?」

「はい。」

 

「第一の手順として、先ずお前が大切にしている家族と使用人を私が密かに保護しよう。」

「……。」

 希望に満ちた目でレイナースを見るアルシェ。

「手順、第二だ。家を乗っ取れ!どんな手段を用いても構わん。フォーサイトの面々も助けてくれるだろう。」

 3人が大きく頷く。

「お前がフルト家当主になるんだ。」

「私が…………。」

「そして、両親を幽閉しろ。」

 息をのむアルシェ。

「その覚悟が持てないというのであれば、この話は初めから無しだ。」

 

 全員が続くアルシェの言葉を待つ。

「分かりました、やります!」

「ヘッケランとやら。」

「あ、はい。」

「アルシェはこう言っているが恐らく、いざとなると仏心を出してしまうだろう。お前達が冷徹に事を運ぶことは出来るか?万事うまくいけば私が報酬を出してやる。」

「お任せください!!」

 信用されなかったアルシェは少し憮然としたが、他の3人は頷きあっている。

「第三。今、私は金貸しや両替、手形、金の預け引き出し、そんな貨幣流通関係をまとめた民間企業を作ろうと考えている。」

「ああ、銀行だね。」

「…銀行?」

 ようやく私の発言の機会がきた。私は銀行システムを分かりやすく説明してやる。

「さすがはビンカ。その銀行を作れば私が今色々苦労している状況を一気に解決できます。」

「えへん!!」

 と言っても、日本にあったシステムの受け売りなんだよねー。

「……という事だ。」

 全員が首をかしげる。

「アルシェ、お前にその、銀行?の頭取?をやってもらうんだ。」

「ど、どういうことですか?」

「つまり、だ。先ずロックブルズホールの裏にある倉庫を改装して銀行というものを作る。これは発案であるビンカに手伝っていただきます。」

「うん、やるよ!」

「次いで、お前はフルト家全ての借金を先ず銀行にある資金を使って返済する。資金は自分が銀行に借金するという形でもいい。とにかく、お前が全ての借金を返済した、という形にしておかなければならない。」

「あとは、その銀行をお前が運営していくんだ。いずれ私もお前のところに借金に出向くことになるだろう。そう、こう、頭を下げてな。」

「何だか、銀行ってシステムがいまいち、よくわかんないんだけど……。」

「借金するのに金があるとか、意味分かんね。」

「でも、ビンカ様はこの銀行、上手くいくと思っておられるのですよね?」

「きっと上手くいくよ!ただ計算の確かな行員を集める必要があるし、簿記とか商業に明るい人を何人も雇わなくちゃいけないかなーー。」

「それも手伝うぜ!俺も商人の小せがれだ。計算位はお手の物だ。」

「私も神殿で読み書き計算は子供達に教えていました。」

「私は、無理かなー。」

「貴女も大丈夫。窓口にキレイどころは必要だからね。」

 全員の顔に笑顔が戻ってきた。

「では計画を詰めていくぞ。これがうまく軌道に乗れば、お前達だけではない、私も、この街の市民も、商売相手の全てが喜ぶことになるだろう。」

 

 

「ごめんね、レイナース。」

 全ての計画を練った後、帰り道で私はもう一度レイナースに謝った。

「いえ。人助けはガラではありませんが……、悪くありません。あの子は私もできれば助けたいとは思っていましたし。」

「ありがとう。大好きだよ。レイナース。」

 ちゅ。

 ……………。

 私が走ってロックブルズホールに帰っていくと後ろから絶叫が聞こえてきた。

「いいいいよっししゃゃぁぁぁぁーーーーーーー!!!」

 

 

続く



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15話

A 降臨

 

 

 

 ドッ…ズ…ズゥゥゥン…………

 

「何だ?今のは?」

威光の主天使(ドミニオンオーソリティ)が……。倒されました。」

「自らの命と、引き換えに……。」

「自爆とか、言ってましたが……。」

「そんな魔法があるのか?」

 

 …………。

「………帰ろう。」

 

「……神官長様には何と?」

「この村を守っていた聖女の献身により、全ての攻撃手段を奪われてしまった。ガゼフは取り逃がしてしまった。全て私の責任だ。」

「…ニグン隊長。」

 

「おい、何か………。」

 爆煙が晴れてきた。

「あれは、死の神、スルシャーナ…様?」

 

 

______________________________________________________

 

 異世界へ転移してきて以来、モモンガは1日のほぼすべてを執務室で過ごしている。

 後ろに控えているのは今はセバスだ。放っておくと常に後ろに侍っているので、4時間ごとに交代させるようにしておいた。

「モモンガ様。ニグレドでございます。」

 ニグレドからメッセージが入ってきた。

「何だ?」

「つかさが何者かと戦闘を始めそうです。今まで小競り合い程度はありましたが、今回は相手に天使を召喚したものが居ます。」

「天使?」

 モモンガは無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)から遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出す。

「何だ?交渉しているのか?」

 しばらく見ていると、彼等は座り込んで話し始めてしまった。

「さすがつかさだな。」

「いえ、この程度の敵であれば先ず力の差を見せつけて有利な条件を引き出させるモモンガ様のやり方の方が合理的かつ効率的かと。」

「フフ、しかし、私のやり方は敵を作るぞ。いくら力で服従させても、その力が衰えれば裏切る。あのような迂遠なやり方が実は最も効率的なのかもしれんぞ。」

「…………。」

「つかさのカルマは極善、400位…だったか?実はお前と気が合っているのではないか?」

「……かのお方が敵として我々を襲撃してきた事実は変わりません。モモンガ様が望まれるのであれば、直ぐにでもそっ首落としてごらんに入れましょう。」

 心の中でため息をつくモモンガ。

 カルマが善であると真面目過ぎるきらいがある。これはある意味、極悪な連中より説得が難しいかもしれない。

 

「それよりニグレドよ、こうなった経緯を説明してもらえないか?」

「はい。」

 ……………。

「ほう、すると大体の相場やら、人の考え方、強さ、文明程度等は把握できたということだな?」

「左様にございます。」

「すばらしい成果だぞ、ニグレド。」

「も、もったいなきお言葉。」

「よくやった。ニグレドは引き続き監視を続行してくれ。」

 しばし、遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を見ていたが、何しろ話の場景しか見えてこない。

「直ぐにどうこうはなさそうだな。」

 仕事に戻るか………。

 モモンガは遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を仕事机の脇に移動すると、周辺地図作成の為の仕事に戻った。

 ………………………。

 

 

「む。……突然声を上げ、失礼しました。」

 2時間ほど経過した頃、突然セバスが沈黙を破った。

 思わず遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を見る。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)善なる極撃(ホーリースマイト)を放っているところだった。

「何故威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が……。」

 

「いかん、セバス、私は直ぐにここへ向かう。直ぐにシャルティアとアルベドを来させるように。この程度の敵なら完全武装でなくてよい。とにかくスピード最優先だ!」

「はっ!」

 セバスが一礼して部屋を辞する。

 直後、ニグレドから悲鳴のようなメッセージが入った。

「つかさが自爆スキルを使いました。」

「愚かな!!」

 モモンガは転移門(ゲート)を開く。

 

 

時間停止(タイムストップ)!!」

 つかさの身体が空中に浮きあがる瞬間だった。

 その場全ての時間が氷付いていた。

「ま、間に合った…。」

「ふざけんなよ、お前!!」

 時間をとめられて何の反応も無いつかさを見て、しかし言わずにいられないモモンガ。

 

「どうする?こんな時……。」

 しばし考えてモモンガはひらめいた。そして直ぐに行動に移る。

人形師(エンチャンター)なら持っているはずだ。」

 モモンガは一瞬だけ時間を進め、つかさを支配し、つかさの無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)を開けさせる。そして再び時間を止めた。

「どこにあるんだ?無いのか?いや、絶対持っているはずだ…。」

 このコはどうやら整理整頓をしないタイプらしい。整理整頓をきっちりするタイプのモモンガにはこういう状態から目的のものを探し出すのは時間が掛かる。

「ニグレド!ニグレド!聞えているか?」

「はい。」

「つかさとこやつ等が何を話していたか、聞いていたか?」

「はい。」

「かいつまんで説明してくれ。」

 つかさの無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中を物色しながら言うモモンガ。

 ニグレドは2時間何を話していたかを分かりやすく説明する。

 

 

「何をなさってるんですか!!モモンガ様!!」

「アルベド、シャルティア……。いいからお前達も早く手伝え。」

「は、はあ、わかりんした。」

 

※以下シリアス展開にギャグを挟むのを嫌う方は色反転しないでください。※

 言ってシャルティアはつかさの胸をもみしだき始めた。

「な、……何をやっている?」

 モモンガは思わずアゴの骨をがぱっと開けてしまう。

「(*´Д`)ハァハァ、胸をもむのを手伝うんでありんしょう?しかもわざわざこんなボロボロにして、な、なかなか燃えるシチュエーションでありんす。さ、さすがはモモンガ様。」

「ち、違うわ!!」

 ゴイン!

 思いっきりシャルティアの頭に拳骨を落とすモモンガ。

「違うのですか?特殊プレイとかではないのですか?」

「アルベド、お前もか?!」

「だってつかさを後ろから羽交い絞めにして胸元をまさぐってはあはあ言っておられれば……。」

「お前達、もう少し空気を読んで!!今シリアス!とってもシリアス!!」

 

「いいか、身代わり人形を探せ!人形使い(ドールテイマー)系であれば、必ず10体はあるはずなんだ!」

「身代わり人形?なぜそんなものを?」

「つかさは今、自爆スキルを使ってしまっている。それを身代わり人形に代行させる。」

「自爆!!?」

 シャルティアが悲鳴のような声を上げる。

「こやつ等のせいでありんすか?」

「そろそろ時間停止(タイムストップ)の効果が切れる。シャルティア、時間延長を掛けて時間停止(タイムストップ)を掛け直せ。」

「ハイ。効果時間延長(エクステンドマジック)時間停止(タイムストップ)!」

「良し、………アルベド!」

「ありました!身代わり人形です。」

「よくやった!」

 とろけるような幸せそうな表情になるアルベド。

三重魔法(トリプレット)最強化位階上昇(マキシマイズブーステッドマジック)上位幸運(グレーターラック)。これで99%身代わり効果が発生する。」

「ついでだ。上位爆発力増加(グレーターエクスプロージョンブースト)!」

 

「お前達は姿を判別できないよう、何か着るか、カムフラージュしておけ。」

「「はい。」」

 二人はそれぞれ白い貫頭衣を被って口元まで隠す。見えるのは目のみだ。

「では我等は隠れるぞ。アルベド、お前は自爆時の爆炎からつかさを守れ。」

「はい。スキル・オーロラ、光輝緑の体(ボディオブイファルジェントベリル)

「良し。」

 

 

 時間停止(タイムストップ)の効果が切れる。

 

 ズ……ズウウゥゥゥゥ………

 

 

 落下してくるつかさをシャルティアが受け止めた。

供給・負の力(サプライネガティブエナジー)。」

 つかさの身体が一瞬で全回復した。

 ついでその首に牙を立てる。

「わらわのMPを少し、送りんした。直ぐに気を取り戻すでありんしょう。」

「よくやった。シャルティア。」

 

 

 徐々に煙が晴れてくる。そしてようやくニグン達は空中に浮かんでいるモモンガ達に気づいた。

 

「あれは、死の神、スルシャーナ…様?」

「スルシャーナ様だ。」

 くずおれるニグン。

「………。」

「そうだったのですか……。全て、合点がいきました。つかさはスルシャーナ様の聖女だったのですね。」

 怒り狂っていたモモンガであったが、急速に覚めていく。そしてニグンのその言葉に怒りが疑問に置き換わっていく。

 スルシャーナって誰?

 

 パリン!

 中空にヒビが入ったような音がした。

「ん?攻勢防壁が作動したな…。」

「攻勢…?」

「我々、いえ、お前達なのでしょうね、下品に覗き見しようとしたのを我が君が防いだのよ。」

「覗き見?…巫女か?」

「今頃その覗き見野郎(ピーピングトム)が手ひどい目にあっているわよ。」

 信用されていなかった。あれだけ尽くしてきたのに…。

 つかさは少ししゃべっただけなのに全てを赦してくれた。この差は何なんだ?

 ニグンの中の疑惑はこの時、決定的になった。

 

「……………。」

「我々は何とおろかなのか……。なぜ直ぐにこの可能性に気づかなかったのか………。本国の神官長は何も教えてくれなかった。もしや我々は本国から捨て駒にされてしまったのでしょうか…?」

「……………。」

 独白始めちゃったよ。いや、便利だけどさ。

「あろう事か死の神、スルシャーナ様の聖女をそのような目に合わせるとは……。何千何万の謝罪も虚しく空に消え入るばかりでございます。」

「……そなた、名をニグンと言ったな?」

 全員がモモンガの言葉に圧迫を受けたように平伏した。

「ははぁ。」

「殺してやりたい。今にでも飛び掛って喉元を食いちぎってやりたい。」

 ひれ伏す全員の目に涙があふれてくる。そうされてさえ赦されない事も分かっている。

「しかし、つかさはそれを望むまい。」

 ニグン含め、全員が顔を上げる。

 

「モモ…。」

 と、シャルティアが声を上げようとしたところをアルベドが抑えた。

 アルベドの意図を酌んだシャルティアは頷いて言い直す。

「我が君!つかさはわらわの直属の配下!わらわにはこやつ等を許すことはできんせん!!」

 シャルティアが暴風のような殺気を放つ。

 シャルティアの恐ろしさを肌で感じられるのだろう。ニグン他、30人全てが刈り取られそうな魂を必死に留める。

「許すのではない、シャ、……シャムよ。」

 シャム?と、首を傾げるシャルティア。

「そうだな、こやつらを罰することができるのは直接被害を受けたつかさだけだ。我等が先走って奴らを潰す事はできん。」

「しかし…。」

「お前がつかさを大切に思っていることは分かっている。」

 たぶん感覚的には自分が大切にしているおもちゃを誰かがめちゃめちゃに扱っているのを見て激怒している子供の心境なのだろうな、と理解している。

 ここでモモンガはシャルティアを抱きしめ、彼女の耳元で彼女にしか聞こえないように言う。

「ニグレドを通して、今日はつかさにたくさんの情報を教えてもらえた。武技であったり、国のいさかいであったり、ものの価値やら人の考え方、そう、色々だ。」

 それだけでシャルティアの殺気が幸福感に置き換えられていく。対してアルベドがハンカチを噛み千切らん勢いだ。

「その情報をもたらしたつかさの成果に私はとても満足している。しかしつかさには褒美を与えられぬから、その権利は全て上司である、お前のものだ。その権利をお前は自ら棄てるというのか。」

「あ、あの、その、……いいえ。」

「いい子だ。」

 モモンガがシャルティアの頭を撫でると、これ異常ないくらい頬が緩んでしまう。

 対してアルベドの顔芸が面白いことになってはいるが………。

 

「よろしい。では、お前達の処分であるが、その前に……。」

呪詛看破(ディテクトカース)。」

「……何とも下等な…。お前達、この呪いの事は知っているのか?」

 拘束、もしくはそれに順ずる形で質問をされ、3回以上その問いに答えると発動する死の呪い。

 ニグン以外誰も知らなかったようだ。隊員に動揺が広がる。

「まったく…。シャム、解呪してやれ。」

 ………。

「貴女の事よ。」

「あ?ああ、はい。魔法効果集団化(マスターゲティング)上位呪詛無効(グレーターニュートライズカース)。」

 隊員にはその存在さえ知らされていなかった呪い。目の前の死の神は一瞬でそれを見破っただけでなく、あっさり解かせてしまった。

 

「さて、では改めてお前達に処分を言い渡そう。」

 

「生きて、お前達が殺してきたむこの民の数々、それ以上の命を救え!」

 

「スルシャーナ様……。」

「誰がこう言うか、もうお前達なら分かるな?私はそのものの意志を尊重しよう。」

「…はい、……はい。」

 ニグン達は頭を地に押し付ける。

 

「行け。これからどう生きるか…、見ているぞ。もし、つかさの心を踏みにじるような事をしたとき、その時こそ我は貴様等を……。」

「スルシャーナ様……。」

「それから、私はスルシャーナとやらではない。」

 

「我が名を聞くが良い。我が名は

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 アインズと呼ぶが良い。」

 

 

 

 ニグン達はモモンガ改め、アインズの方を何度も振り返りお辞儀をしながら去って行った。

「つかさ!!」

 振り返るとガゼフが息を切らしてアインズの方へ駆けてきていた。つかさが瀕死になったことでピノキオは消えてしまったようだ。

「お前は……。」

「無礼者!!」

「やめよ。」

 アルベドのバルディッシュはガゼフの首の皮一枚を切っただけに止まった。

 一礼して下がるアルベド。

 ガゼフは冷や汗をかく。王国戦士長たる自分が全く反応できなかった。

「ガゼフ・ストロノーフだな。」

「貴方は、唯のエルダーリッチではなさそうだが……。」

「無礼な!このお方をあんな下賎なものとなぞらえるとは!!」

 シャルティアが手を振るだけでカマイタチが発生し、ガゼフの足元をえぐった。一瞬で頭に血が上り、言葉遣いも廓言葉ではなくなってしまった。

「つかさ、無事なのか?!」

「ガゼフ。私はお前もぶん殴ってやりたいと思っている。」

「うぐ、すまない。」

「とにかく、まずつかさをカルネ村へ連れて行こう。」

「待ってくれ、貴殿のその姿はまずい。村人がおびえる。つかさの立場が悪くなる。」

「そうなのか?」

 ならばと、アインズは骨の部分を仮面とガントレットで隠す。

 

 

 村へ着くと、村人がつかさの周りに集まる。

 ネムとビッキーそしてエンリが泣き付いてくる。

「つかさお姉ちゃん、死んじゃったの?」

「いや。気を失っているだけだ。」

「我が村の恩人をありがとうございます、えっと、あの……。」

「アインズ・ウール・ゴウン。アインズでよい。」

「ありがとうございます、アインズ様!」

 エンリが何度もお礼を言うその肩をつかんで止める。

「元々つかさは私の友人なのだ。助けるのは当たり前。」

 アインズはつかさのために涙するエンリに好感を覚えていた。

 

「さて、村人の皆さん、もうしばらくこの村を襲ってくる連中はいなくなる事だろう。」

「おお。」

「そこで頼みがあるのだが、村民の皆さん、つかさをこの村に置いてはくれないだろうか?確かに吸血鬼ではあるが、人となりは今まで皆さんが見てきたとおりだ。」

 村人達に反対する声は全く無かった。

「よかった。では私はそろそろ帰ろうと思う。」

 シャルティアは今朝の神殿につかさを連れて行った。

 

「えっと、君は…。」

「エンリです。」

「うむ、ではエンリ、これをつかさに渡してやってくれ。」

「……?これは?」

「グリーンシークレットハウス。使い方はつかさが知っている。」

「はい。確かに受け取りました。」

「ありがとう。ではそのお礼というわけではないが……、これを君にやろう。」

「これは?」

「ゴブリン将軍の角笛と言う。吹けばゴブリンの群れが現れ、君の命令を聞いてくれるだろう。次に何かあったとき、それで身を守るがよい。」

「ありがとうございます。」

 

「最後にゴウン殿、一つ聞かせてもらえないだろうか?」

 ガゼフは村に着く前に少し話をしてたが、謎ばかりで何も分からなかった。

 そして付き従う二人の女戦士は自分よりはるかに強いとわかる。これはただ事ではない。

「何かな?」

「つかさをヴァンパイアにした真祖(トゥルーヴァンパイア)の事は何か知らないか?」

「知ってはいる。しかし、私には彼女は倒せない。できたとしても我々もただではすまない。」

「貴方達でも倒せない、そんな強いヴァンパイアがいるのか?」

「つかさはこんな状態になる以前はもっと強かった。そのつかさが手も足も出なく、逃げるしかなかった…。そういうことだ…。」

「ありがとう、教えてくれて。ゴウン殿、もし王都に来ることがあったら私の家を訪ねてくれ。心から歓待させていただく。」

 用意しておいたのか、住所が書かれた布切れが手渡された。

「言っておくが、私はまだお前の事を許していないのだぞ。」

「そこで謝罪も合わせてさせてくれ。」

 

「………縁があればな。では皆の衆、さらばだ。」

 二人の従者を連れ、アインズは暗闇の中へ消えていった。

 

 

 

続く

 



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16話

B 謀反

 

 

 

 工事中、立ち入り禁止の看板。

 

 私達は先ず一晩の突貫で銀行らしきものを作った。

 私にあてがわれた任務は金庫室の作成。地下に作るからスパイの目も届かないだろうから。

 私は先ず穴掘り名人ジャイアントシェルを5体召喚して大きな地下空間を作った。

 そして四方の壁と床、天井を錬金スキルで、物質変換。壁の一角をオリハルコンナイフで切り裂き、入り口を作る。後は鍵を取り付ければ完成だ。

 

「これ……。一晩で作ったの?」

「アンタ、ただの吟遊詩人(バード)じゃないわね。」

「昨日の歌も凄かったですが、これは常軌を逸しています。人間業ではない。」

 アルシェ達は突貫で作られた金庫室を見て度肝を抜かれたようだ。

「私的には歌の方を褒められる方が嬉しいんだけどなぁ。私のいた世界じゃ錬金術師と名がつけば大抵はこのくらいできるもんだったんだよ。」

 でも皆信用してくれない。

「噓だろ?この壁何でできてるんだ?金属みたいだが……。」

 コンコン壁を叩くヘッケラン。

「あー、それねー、コンクリートとセラミック、チタンの三重構造。」

「ちたん?せらみっく?」

「火事に強く、銀行強盗も受け付けない優れものだよ。」

「お前達、そろそろ出ないと窒息するぞ。ここは換気がされていない密閉空間なのだからな。」

 レイナースが階上から顔を出す。

「おお、そうだったそうだった。」

 金庫に入るのは結構命がけなのだった。

 

「これであらかた銀行の形にはなったな。」

「一日でこんなものを作ってしまうとは……。俺たち棚とか机とかカウンターとか椅子とか運んでただけなのに………。」

 ヘッケランはさっきから驚きっぱなしだ。

「しかもビンカさんは隣で一晩中歌い通していたというのに………。」

 はい。昨日もノリノリでした。楽しかったです!!

「ここまでくると化け物ね。」

「貴様、私のビンカの悪口は許さんぞ。」

 レイナースが腰の剣に手をかける前にイミーナは両手を上げた。

「女神様と言いました。」

 言ってねーだろ。

「む、そうか。」

 だまされるな、レイナース。ほら見て見て、私に向かってベロ出してる!

 

「本当は、私に信用のおける人間がいればお前達にこのような事はさせなかった。」

「ロックブルズ閣下……。」

「ビンカの力、見たろう?本当に、神の御業と言われても誰も疑うまい。」

「私はうたがうまい。」

「私は今まで一人で守るつもりでいたのだが…。」

 スルーした!!私の渾身のギャグがスルーされた!!凹む!!

「味方が欲しいんだ。」

「ロックブルズ閣下……。」

 

「これから私は皇帝と戦わなければならなくなるだろう。ただでさえ勝てるかわからんのに、その時後ろから撃たれる訳にはいかない。」

「大体、言わんとしてることはわかったわ。銀行を作るところを見せたのは私達を試す目的もあったってところね?」

「もし、閣下のお眼鏡に適わなかったら、殺されてたって?」

「そこまではせんよ。ビンカが怒るだろうからな。」

 言ってレイナースは私の手の甲に頬を当てた。

「お前達は私の噂とかも調べたのだろう?」

「はい、この仕事を受ける時に…。」

「ひどいものだったろう?」

「いえ、そんな……。」

「そしてそれは真実だ。」

 ……………。

「家族の為、民の為、皆の為、一身に呪いを受けた私を、家族は捨てた。民は捨てた。婚約者は捨てた!16の小娘が世界に絶望するには充分過ぎた。」

 吐き出すようなレイナースの声。

「絶望した私は人との関りを自ら断った。気づけば私の周りに居たのは金、権力、損得、そんなものに寄って来るものだけだった。」

「ビンカに出会う前まではそれでよかった。必要ともしていなかった。」

「だが、今、私は必要としている。金、損得、そんなものに縛られない味方が…。」

「金、損得を目当てに寄ってきた連中はビンカをどうするか………。想像しただけで震えがくる。」

 私の腰辺りに抱き着いて実際子供の様に震えているレイナース。

「だから私はこの機会に飛びついた。お前達は友達の為なら我が身を掛けられる得難い人材だ。私を助けてくれとは言わない。ただ、お前達の友達を、ビンカを守ってやってほしい。この通りだ。」

 言ってレイナースは膝まづいて皆に頭を下げた。

 ヘッケランがレイナースの両肩を掴んで下げていた頭を上げさせる。

「これから俺らの妹を助けてもらうんだ。受けた恩は俺達は忘れねえ。」

「アタシにとっては友達ってよりカモだからね。誰かに食わせたりしないよ。」

「この街に来た時から、私達は唖然としっぱなしでしたよ。噂なんて当てにならないと。貴女は間違いなく、名君であり、慈愛にあふれた聖女です。」

「私はビンカさんの親友(マブダチ)です!」

 やばい。

 涙が………。

 くそ、泣かすなよ、レイナース。

「おい、真珠………。」

 その日以来、ワーカー、フォーサイトは耳に真珠のピアスがトレードマークになった。

 

 

 

 帝国は先進的な国になってはいる。しかし未だ法律や思想が成熟してはいない。

 よって、破産制度などは無いし、借金の救済等は無きに等しい。

「なら、戦争しか無いってね!」

「ちょっとヘッケラン、殺しに来たんじゃないからね。」

 アルシェの屋敷に私達は侵入した。

 というか、転移門(ゲート)をアルシェに家の裏庭に誘導してもらったんだけどね。

「分かってるよ。」

「中の様子探るからちょっと静かにねー。兎の耳(ラビッツイヤー)。」

 ぴょこん。

「ちょ、やだ、何コレ、超カワイイんですけど……。」

「え?そう?じゃ、オマケ。兎の足(ラビッツフット)兎の尻尾(ラビッツテイル)。」

 ボン。

 

「ぴょん。」

 ヘッケランとロバーデイクは鼻血をだした。

 

「何?その男に媚びた痴態は?」

「アレアレ?おかしいな。かわいいって言うから頑張ったのに。何で急転直下?」

「かわいいです。」

「いい子ね、アルシェは。」

「いいから中の会話を聞くんでしょ。」

 ああ、そうでした。

 もふもふ。

「気持ちイイ。」

 アルシェが私の前足をもふもふしてる。イミーナもつられてもふもふしてきた。

 ヘッケランがもふもふしようとしたらイミーナにぶっ飛ばされた。

 

「あ、どうやら例の悪徳商人がいるみたいよ。……何か、売りつけようとしてるみたい。」

「踏み込むよ!これ以上借金を作られてたまるもんですか!」

「おい、ちょっと待て、手順と違うだろうが!先ずビンカさんに土地建物の権利書と、フルト家代々の当主の証、それと家族………。」

「うっさい!そんなの後で何とでもなる!」

 イミーナが商人と話し合ってる現場に踏み込む。

「ああ、もう、ビンカさん、家族の保護をお願いします。」

「うん。分かったよ。行くよ、アルシェ。」

「はい。」

「いくぞ、ロバーデイク。」

「ええ。」

 

「そこまでよ!」

 窓を蹴破ってイミーナは乱入した。丁度借用書にサインする直前であった。

「あっぶな!また借金作るとこだったよこいつ!」

「な、何者だ!貴様ら!ここが大貴族フルト家の邸宅と知っての狼藉か!?」

「ああ、知ってる知ってる。それよりおっさん、コレいくらで買おうとした?」

「き、金貨20枚だが。」

「ぼるねえ、嫌みヒゲ。」

「嫌みヒゲ……。」

「こんなもん金貨2枚がせいぜいだぜ。それでも高いくらいだ。」

 ズバリ相場を当てられ内心狼狽するが、そこは商人。ポーカーフェイスを貫く。

「盗人が何を言うのです?!」

「お前らが売るものなんて盗むだけ損するわ!おいフルトのおっさん、こういうの買うんだったら少しは目利き勉強しろ!」

「何を………。」

「アンタらのせいでアルシェがどれだけ苦労したと思ってんの!?」

「なるほど、そういう事ですか。あの小娘、金を返しきれなくなってとうとう踏み倒す算段に出たという事ですな。」

 商人が指を鳴らすと、扉の向こうから5人の屈強そうな男が現れた。

 ヘッケランは舌打ちする。

「ヘッケラン、彼等は我々よりランクが上のワーカー……。」

「分かってるよ。とりあえず時間を稼げ。」

 

 

「クー!ウーレ!」

「お、お嬢様?」

 扉を開けて出てきたのは執事の男。

「ジャイムス、クーデリカとウレイリカは何処?」

「奥方様と、奥で……。」

「そう、ありがとう。ジャイムス。」

 奥に行こうとしてアルシェは振り返った。

「今までありがとう。フルト家はもう終わるわ。」

「……は?」

「フルト家は終わる。終わってた。でも、今日で終える。私が畳む。」

「お嬢様。」

「ジャイムス。私に付いてくるなら、面倒を見るわ。私がここに戻って来るまでに決めて。猶予はあまりあげられない。ごめんなさい。」

 あっけにとられてる。

 ………私の姿にじゃないよね?

 

 扉を開けると夫人が本を読んでいた。

 イミーナが嫌いそうなのほほんおっとり貴族だった。

「あら、お帰りなさい、アルシェ。そちらはお友達かしら?」

「はじめまして。私、カ・ラ・ビンカって言います。」

「あらあら、ご丁寧にどうも。わたくし……。」

「あー、うさぎさんー。」

「おねえちゃんがうさぎさん連れてきたー。」

「はい、こんにちはー。うさビンカちゃんだよー。」

 私が子供達の相手をしている間にアルシェは夫人に説明を始める。

 

 ……………。

「えー?港町へ行けって?嫌よ、帝都でないと社交界の流行に後れるし、舞踏会にも行けなくなるじゃない。」

「お母さま!フルト家はもう皇帝からは見捨てられてます。そんなものに呼ばれることは今後一切ありません!それどころかもう帝国は貴族の支配する国ではないのです。」

「そんなことないわー。この国は貴族が動かしていかないと外交、経済は回らないものなのよ。農奴達だってどうやって生きていくの?」

「そんなカビの生えた制度……。」

 ズウン!

「今の振動……。」

「始まっちゃったみたいだね。計画より随分早いねぇ。」

「イミーナが逸るから……。」

「一気にやっちゃうわよ。」

 私は子供二人を小脇に抱えた。

「お願いします。」

 転移門(ゲート)を開くと、私は用意しておいた子供部屋に二人を送り込んだ。しばらくはそこにあるおもちゃで遊んでいてくれるだろう。

「お母さま!」

「いやったら嫌なの!」

「説得は無理みたいね。」

「はい。」

「じゃ、計画第二弾にしちゃうよ?」

「お願いします。」

「じゃ、睡眠(スリープ)。」

 一瞬だった。

 びっくしりた。こんな魔法が効く人ユグドラシルにも出てこなかったぞ。

 同じく母親も子供部屋に放り込む。

 

 フォーサイトは頑張っていたが数も力も相手が上手。防御一辺倒で手詰まりであった。

「きゃあぁぁぁぁ………。」

 とうとうイミーナが手傷を負わされた。

 もともと弓兵の彼女に屋内の近接戦は分が悪すぎる。

「恨むなよ。死ね!」

 イミーナは突き出された剣を手のひらで防ごうとした。

 痛みを覚悟で歯を食いしばる。

 

 ガキン!

「………は?」

 剣を突き出した男、そしてイミーナは意味が分からなかった。

 剣はイミーナの手のひらで止められていた。

「おっ待たせー。」

「ちょ、何コレ?!私の手のひらが剣を止めてんだけど!!」

「ただの鎧強化(リーンフォースアーマー)だよー。」

「うさぎ?」

 敵の男が首を傾げる。

「うさぎだ。」

「バニーガールだよ!!」

 何よ、この世界にはバニーガールはいないの?

 全員があっけにとられている間に、フォーサイトは体制を立て直す。

中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)。」

「サンキュ。」

「イミーナはさ、ボウガンとか使える?」

「弓兵なめんな。そのくらい使えるよ。」

「じゃあ、これ使って。アイシクルボウガン。」

「こんな良いもん持ってんなら初めから貸してよ!!死ぬとこだったじゃない!!」

「いやだってどんな戦場か知らなかったから……。」

「おーい、お前等こっち、そろそろやばいっての!」

 何気にイミーナはアイシクルボウガンをヘッケランの目の前に居る男に向けて撃った。

「が……。」

 一瞬で男の上半身が凍り付いた。

「ちょ、何コレ!!?」

 慌てるイミーナ。

「だからアイシクルボウガンだって。」

 徐々にアイシクルボウガンの威力を理解してきたイミーナが悪い顔になっていく。

 逆に青くなる敵。

 

 その後は一瞬だった。

 アイシクルボウガンの弾はイミーナのMPを消費して撃つものだから、装填に時間が掛からない。

 足を狙って撃って、跳んだ所を狙い打って二人目。

 盾で防いだその盾ごと、肩まで凍り付かせてロバーデイクの槌の一撃で三人目。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の男は杖を上げた瞬間の喉を狙われた。四人目。

 最後の一人は逃げる背中に三弾ほど当てられた。あれだけ圧倒されていた連中を一瞬でイミーナが一人でやっつけてしまった。

「……。ねえ、死んでないわよね?」

「さすがに殺しはやばいよな。」

「死んでないでしょ。直ぐに解凍すればだけど。」

 との私の言葉に慌ててロバーデイクが解凍するのであった。

 

 

「さて、おとっつぁんよ、フルト家伝来の当主の証、出してもらおうか。」

「何だと?それをどうするつもりだ。」

「お父様、貴方にはもうフルト家は任せられません。今後は私がフルト家を差配します。」

 フォーサイトの面々に隠れていたアルシェだったが意を決して前に出る。

「貴様!気でも狂ったか?」

「私が狂ったことをしているのは分かっています。でも白昼夢を見ている人にはもう任せておけないのです。貴方には隠居してもらいます。」

「ふざけたことを抜かすな!誰のおかげで貴様が今日までやって来られてたと思っているんだ?!」

「今日まで我慢したんです。今後はお父様方に我慢してもらいます。」

 

「お嬢様……。」

「説明する手間が省けたわ。ジャイムス、貴方はどうする?今日から私がフルト家当主よ。」

「わたくしはフルト家の執事でございます。お嬢様、当主アルシェ様の下で働きとうございます。」

 その言葉に父親が怒りに顔を歪める。

「分かったわ。貴方の家族全員引っ越しの準備をさせなさい。ロックブルズ閣下の領地、その州都が新しい住居になるわ。街の中央にロックブルズホールがある、その隣のフルト銀行の一角が私達の新しい屋敷よ。当面の引っ越しの費用よ。足りなかったらまた言いなさい。」

 言ってアルシェは革袋に金貨10枚を入れてジャイムスに渡した。

「はい。充分以上でございます。感謝いたします。」

「貴様………。」

「おとっつぁんは早くフルト家当主の証を出しな。」

「フン。誰が……。」

「あったよー。」

 物体発見(ロケート・オブジェクト)でそんなものはちょちょいのちょいだった。ついでに土地、建物の権利書も発見した。

「はい。これで貴女が今日からフルト家、当主だよ。」

「お家騒動、これにて完結ってな。」

「おめでとう、アルシェ。」

「ふざけるな!フルト家は俺が……。」

睡眠(スリープ)。」

 わ、びっくりした。すり、位で寝た。さっきの夫人よりさらに魔法抵抗が低いよこの人。

 

 私達は直ぐに銀行に取って返し、直ぐに土地建物を担保に入れた。

 そしてアルシェは金庫から金貨2200枚を出してくる。

「ヘッケラン、土地建物の評価額は?」

「多く見積もっても1800枚だな。」

「分かった。じゃあ、私自身を担保で2200枚。」

「初の貸付客が頭取自身とはね。」

「しかも自身が担保入り。破たんさせないよう頑張りましょう。私も、この銀行で金を借りて自分の神殿と孤児院を建設する予定ですので。」

 そんな事夢見てたのかロバーデイク。

 

 

 アルシェはお金と真実の鐘を持って交渉に出かけた。真実の鐘は私が作った嘘を見分けるアイテムだ。

 基本、交渉はアルシェのみで行った。

 因業商人達はやはり一筋縄ではいかなかったが、あまり聞き分けのない連中は私が支配(ドミネート)の魔法で一筆まで書かせた。

 

 全てが終わったころには陽が傾いていた。

「終わったな。」

「その代わり、銀行に借りたお金2200枚もあと金貨6枚です。」

「ちょうど私達の人数だね。」

「本当にね。」

「……………。」

 ………?

「アルシェ。」

「………うぐ。…うう。」

 私とイミーナでアルシェを抱きしめる。

「うわああぁぁぁぁぁん………。」

 張りつめていた緊張がようやく解けたのだろう、アルシェは大声で泣き始めた。

静音(ミュート)。」

 まだ帝都の賑やかな一角だ。周りの目もある。ヘッケランとロバーデイクが周りから見えないように、死角になるように立つ。

 

「……うぐ、ひっく、…ひっく、……。」

 ようやく落ち着いてきた。

「皆、ありがとう。」

 アルシェはゆっくり確かな足取りで立ち上がった。

 泣きはらした目を隠しもしない。

「ビンカさん。」

「何?」

「この金貨、一枚づつ、今日の記念品に変えられませんか?」

「………へえ。粋だね。そういうの好きだよ。」

 

 私は金貨をサファイアに物質変換すると、自分以外のサファイアに疲労無効の効果を付与させた。

 このままだと誰かに盗まれるかもしれないことを学んでいた私はそれぞれ刻印を押して、彼ら以外が装備すると壊れる様に細工した。

 

 ヘッケランとロバーデイクはそれを腕に埋め込んだ。ヘッケランは外側、ロバーデイクは内側に。

 

 イミーナはピアスにした。エルフは耳が大きくて良いね。ハーフだけど。

 

 レイナースは心臓の上に埋め込んだ。常に共に、という事らしい。

 

 アルシェは何と、瞳の中に入れてくれというのでかなり慌てた。失明したらどうしようとドキドキしたが、何とか成功した。何て無茶する子だ………。信頼してくれるのは嬉しいけれど…。

 ただ、左右の目の色がよく見ると微妙に違っているんだよね。ぱっと見一緒の色ではあるのだけど………。

 まあ、それで何で目に同化させてくれって言ったのか分かったけどね。

 

 

 ちなみに、あの時イミーナに貸したアイシクルボウガンは借りパクられた。

 本人は私がカードで負けた分の担保だと言い張ってるけど…。

 まあいいや。

 

 

 

 

続く



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17話

A 出勤

 

 

 

 ナザリックでバイトの初日。

 僕はリクルートスーツに身を固めドレッサーの前に立つ。

 何故か、初級道具創造(エレメンタリークリエイトアイテム)では男物が作れなかった。

 特にパンツは全部女物になってしまうので、トランクスならどうだと作ったらスパッツになってしまう有様。

 そして作ったフォーマルスーツ。藍色のブレザーに、タイトスカートだった。

「なんて歩きにくい………。」

 歩きにくいと言えば、靴は黒のパンプス。今日、5回は転ぶだろう自信がある。

 

 僕はカルネ村に隣接する形である森の中へちょっと入ったところへ、モモンガさん、じゃなくてアインズさんにもらったグリーンシークレットハウスを建てた。

 いくら村で過ごすことを許されても、吸血鬼のいる村という悪評は困るだろう。

 この辺りの事は村人全員に周知徹底した。

 僕の事は誰に聞かれても絶対話さないこと。

 

 

 昨日、3体のガーデンノームを呼び出し、水飲み鳥の示した水脈のある場所を掘らせた。水脈に直ぐ当たり、ポンプを取り付けて、上水道は完備できた。

 今日、アルバイトから帰ったら下水道工事をするつもりだ。

 ライフラインはまだ上水道のみという安住の地としてはまだまだの状態だ。

 

 

 転移人形に魔力を吹き込むと、視界が暗転し、ナザリックのメイド控室の一角に設置された転移部屋に送られた。

 さて、向こうの部屋には誰が?

 プレアデスにはいて欲しくない。たぶんシズとユリ以外、毛虫を見るような目で見られるだろう。

 ノックをする。

「しつれーしまーす。」

「お、つかさくんっすね!」

 控室の畳の部分で寝っ転がっていたのは確か……。

「おはようございます。ベータ先輩。」

 とりあえず敬礼。

 きょとんとしているのは恐らくプレアデスのルプスレギナ・ベータ。

「先輩っすかー。いいっすねー。」

 ルプスレギナが肩を組んできた。

「おい、つかさくん!コーラ買って来い、10秒で!!」

「はい!自販機どこですか?!」

「はっはっは、ノリ良いっすね。結構、結構。」

 ルプスレギナは僕の肩をバンバン叩いてくる。

「じゃ、サーバーのある場所を教えておこうか。」

「よろしくお願いします、先輩!」

「ルプー、アインズ様に命令された事と、違う。」

 いつの間にか背後に揺らめく怒気をまとったシズが立っていた。

「あ、シズちゃん。おはよう。」

「おはよう。つかさ、ルプーはほっといて良い。」

 言ってシズは僕の肩を抱いているルプスレギナの手を払う。

「つかさが来たら、連れてくるよう、アインズ様に言われている。」

 よかった。この娘なら間違いない。

 シズは僕の手を握る。

「ついてくる。」

「うん。よろしく。」

「つかさくん、またね~。」

 結構辛辣にシズにあしらわれたのにルプスレギナは全くこたえない。

 

「あら、シズちゃん、今日はご機嫌みたいね。」

 目の前から普通の女性に見えるメイドが3人現れた。

「………。」

「やっぱりご機嫌だわ。」

 え?今の反応のどこにそんな要素が?何の表情の変化も動作の変化もないというのに。

「もしかしてその娘が?」

「シズちゃんの想い人?」

 キャーーー。

「……………。」

 何だろう?普通の女の子達みたいだ。

 あ、いや、人形師(エンチャンター)のセンサーに引っ掛かる。この子達は、ホムンクルスか…。

 

 程なくしてシズが大きな扉の前に立つと、ノッカーを鳴らす。

 大きな扉が音もなく開いた。

「………。」

 現れたのはがっちりした体格の老人だった。

「つかさ、来た。」

「…少々お待ちください。」

 あの人苦手なんだよなー。目つき鋭すぎ。うかつなこと言っただけでぶっ飛ばされそう。冗談も通じなそうだ。

 

 しばらくして、両開きの扉が開かれた。

「よく来たな、つかさ。」

 アインズさんが声を掛けたところで僕はお辞儀をする。

「過日は危ないところを助けていただいたそうで、本当にありがとうございました。」

「礼には及ばん。アルバイト採用して初日を迎える前に死なれてはかなわんからな。」

 しかし、

 と、ずいっと僕の方へ骸骨の顔を近づけてくるアインズさん。

「二度と自爆など使うなよ!」

「あ、はは……。」

「後でニグレドにも礼を言っておけ。」

 はい、落ち着いた後、ニグレドさんにお礼に行きました。

 ものすごくびっくりしました。誰も何も教えてくれないんですもん。

 あんなギミックがあったなんて…。

 たぶん遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)で見ていたアインズさん、大爆笑していただろうな…。

 

「さて、では君に任せたい仕事なのだが、場所を移動しよう。」

 言って席を立つアインズさん。

「セバス、アルベド、これよりはつかさと二人きりで大丈夫だ。」

「し、しかし…。」

「お供は一人はお付け下さるよう…。」

「今から行く場所は宝物殿だ。あそこには私が作ったNPCパンドラズアクターが居る。強さもお前達に引けは取らん。」

「ではせめて宝物殿の入り口まで……。」

「良いだろう。とは言え、アインズ・ウール・ゴウンのリングで転移するだけだがな。」

 アインズさんは僕の手を取ると、指輪の力で転移した。

 

 アルベドが次の瞬間同じ場所に転移してくる。

 宝物殿。

 というより僕の目には金貨の山にしか見えない。しかもこれで全部ではないという…。圧巻だ。

「アルベド、お前はもう戻ってよいぞ。」

「いえ、アインズ様、ここで待機することをお許しください。」

「まあ、良かろう。」

 アインズさんの後を僕はついていく。

「え?あ、あれ?」

 部屋に入ると、そこに座っていたのはアインズさんであった。

 横にもアインズさん。

「パンドラズアクター。お前に助っ人を連れてきたぞ。」

「パンドラズアクター?」

 見れば、座っていたアインズさんの姿が変わっていく。

 

 軍服を着たゆでたまご。

 それがグレータードッペルゲンガー、パンドラズアクターの第一印象であった。

 

「ああ、我が創造主よ、ありがたきご厚情痛み入ります。」

「つかさの事は以前メッセージで伝えた通りだ。」

「ああ、助っ人とはそのかたでしたか。」

 ん?ナザリック所属のほとんどは僕の話を聞くと殺気だとかものすごいものなのに…。

「あの、僕を殺したいとか思われないんですか?」

「は、興味ありませんな。」

 言い切ったよ、この人。しかも顔を明後日の方へ向けてる。

「アインズ様のご様子では随分楽しまれたご様子。であればむしろ喜ばしいことではないですか。」

「はー、ここにも色んな考えの人がいるんですね。」

その通り(ゲナオ)!」

 ゲナウ?

 

もしかしなくても、(シュプレッヒェンズィ)ドイツ語ですか?(ヴァシャインリヒドイチュ)

おや?(ヴァス) 分かるのですか?(ファシュテエンズィ)

まあ、大学で選択してましたから。(ナヤイヒシュテュディァテドイチュウニ)

おお…、おお、さすがはアインズ様(ヴィヴンダフォルマインヘル)同僚は(マインカンマラーディンハット)私の切望するドイツ語の(ディフェーイヒカイトデスドイチェス)能力がおありだ。(ディイヒゼアヴンシェ)

「………ちょ、お前ら……。」

 何故かうろたえて居るアインズさん。

ホントさすがアインズさん!(ヤヴォールトールヘアアインズ)この世界にきて(イッヒデンケダス)ドイツ語話せるなんて(イッヒインデアヴェルトカイネ)思ってもいませんでしたよ!(シャンセドイチュツーシュプレッヒェン)

つかさ殿、この後(ツカサゲエンヴィアナーハデムアルバイト)飲みにでもどうです?(ツザンメンツトリンケン)

いいですね!行きましょう!!(ヴァルームニヒト)

 はっはっはっはっは……。

 

 僕とパンドラズアクターは拳骨を食らった。

 えぇ?何でぇ?

「お前等、俺のいる前でドイツ語禁止!分かったか!?」

「「えぇぇぇぇ………。」」

「分かったか?」

 骸骨が迫ってきた。

「は、はい。」

ハイ!(ヤヴォル)

 パンドラズアクターはもう一発食らった。

 

「全くもう、お前達にやってもらうのは早い話、資産管理だ。」

「資産管理……。」

「この世界にきて色々情報を手に入れたが、どうやらユグドラシル金貨は流通していないようだ。」

「そしてここにある金貨はトラップやらナザリックNPCの運営費用で日々減り続けている。今現在、どのように減り続けているのか、そして増やしていくことが可能なのか、お前達に管理してほしいのだ。」

「なるほど。」

「そして、これも重要なのだが、ユグドラシル金貨とこちらの世界、とりあえずは王国の金貨でいいな、これの為替制度を確立してくれ。」

「さすがはアインズさん。微に入り細を穿つ智謀です。」

 何気にパンドラズアクターが誇らしげだ。

「さて、一応資金を管理するのであるから、名義やら職権というものが必要になってくるだろう。ともすればアルベドやデミウルゴスの活動資金の凍結とかもお前等の権限に入ってくる。」

「ちゃんと立場を与えて置かんとあの二人はまだしも他の連中は“力で押し切ってしまえ”と考える連中も少なくないだろうからな。」

「恐らく、シャルティア様は僕に相当無理を言ってきそうです…。」

「シャルティア様って…まあいいけど、まあそんなわけで、現在ナザリックに役職等は無いのだが、暫定、パンドラズアクターは財務長官、つかさを事務次官に任命する。」

「事務次官?アルバイトでですか?」

「そもそもが大統領付きの事務次官などアルバイトみたいなものだ。給料も相応に出す。」

「あ、では給料は王国金貨でもらっていいですか?」

「構わない。では直ぐに為替を確立してくれ。」

「承知しました。改めてよろしくお願いします。長官。」

「こちらこそ。」

 僕等はがっちり握手するのだった。

 何だかナザリックで初めて気の合う人に会った気分だ。

 

「何だろう?つかさ、パンドラズアクターを見てどう思った?素直に言ってくれて構わない……。」

「え?そりゃ、初めて見た時アインズさん二人になってびっくりしましたよ。」

「いや、その後。」

「その後……軍服かっこいいな、とか…。」

「おおう…。他には?」

「そりゃゆでたまごみたいな頭は初めはちょっと引きましたけど、慣れてみるとなかなか味がありますし………。」

「おお、さすがつかさ殿。その境地にもうたどり着くとは…。」

 一回転して手をシャンデリアに向けるパンドラズアクター。

「いや、例えば……そう、こういう、仕草とかは?」

「?……ああ、そういう事ですか。だって、彼、役者(アクター)なのでしょう?僕、元はバレリーナですよ。」

「あ………、ああ、コッペリア、………ああ、ああ、なるほど。類友、は違うか……。同じ穴のムジナ……も違うか……。そんな感じなのか………ちょっと心配してたけど………。」

 笑い出した。

 何がツボだったんだろう?

 

 

 ともかく、僕の仕事は決まった。

 財務次官。アルバイトのはずが結構な重職だ。

 さて、まずは経理関係から始めなければ。

 

 僕が考えていた経理とパンドラズアクターが考えていた経理の相違点が結構あったので先ずすり合わせの為に僕等は大図書館へ向かった。

 パンドラズアクターは今日初めて宝物殿から外へ出たそうだ。

 宝物殿には留守番浄瑠璃人形、左衛門尉、右衛門佐を置いておいた。異変があったら直ぐに連絡が入る仕組みだ。

 

 

 大図書館で大体4時間ほど話し合った後、我々はナザリックにあるバーへ向かった。

「なかなか、充実した時間だったね。」

 とりあえず、二人ともビールで乾杯する。

 口調もフランクで良いと言うので崩させてもらった。

「ところでつかさ殿、アインズ様の話とか聞かせていただきたいのですが。」

「アインズさん?」

「我々には神であるアインズ様でありますが、外での噂は聞いたことがありません。その話を聞きたいのですよ。」

 

「そうだね、簡単に言えば、ユグドラシルの曹操かな。」

「曹操?おお、三国志演義の曹操ですか?」

「ここにはナザリックの孔明って呼ばれる人、いたじゃない。」

「ぷにっと萌え様ですね。」

「ほとんどあの人の罠で僕はここに縛り付けられてしまった……、ってうわあ。」

「続ける。」

 

 いつ忍び寄ったのか、シズが僕の膝の上に乗ってきた。

「え?」

「話、続ける。」

「ああ、うん。」

「マスター、いつもの。」

「はい。」

 マイコニドのマスターが何やらピンク色のドリンクをシズの前に置く。

「ぷにっと萌えさんは本当に孔明みたいに的確な罠を仕掛けてくるから、力や魔法で恐れられていたたっちみーさんやウルベルトさんとは別の意味で恐れられていたね。」

「それで、アインズ様は?」

 どうやらパンドラズアクターにはその一点が重要なようだ。

「今までアインズさんと話したけど、やっぱり曹操みたいだって思うよ。ちょっと違うのは暴君的、独裁者的では無いことかな。」

「冷静に、最も合理的な方針を素早く決める判断力。」

「ええ、ええ。」

「カリスマ性、求心力にあふれる魅力。」

「おお、なんと、なんと、素晴らしい!」

「そして何といってもあれだけの曲者ぞろいのナザリックをまとめてた統率力。」

素晴らしい!(プリーマ)

 とうとうパンドラズアクターは立ち上がって叫んだ。

「おっと。」

 パンドラズアクターが抱き着いてきた。持っていたカクテルがこぼれてシズにかかってしまう。

 ごめんね、とアイコンタクトを送ると。

 構わない。

 とアイコンタクトを返してきた。

 そして、

「ぶほっ!」

 パンドラズアクターにボディブローをかましていた。

「おおお………。」

「少し、落ち着く。それで、他の方の話は?」

 

「そうだね、元々僕はぶくぶく茶釜さんのファンだったんだ。だからここに攻め込むってより僕はぶくぶく茶釜さんに会いに来たってのが実際のところなんだ。」

 のしっ!

 何者かが僕の両肩に乗っかってきた。

「今の話、詳しく!!」

 ダークエルフの子供だった。

 男の子と女の子だ。

 あ、この子達…。確か階層守護者の子達だ。

「え?」

「え?じゃないわよ!今、ぶくぶく茶釜様って言ったわよね?!」

「え?女の子?……おぶっ!」

 殴られた。

「女の子よ!」

「ちなみに僕、男だからね。」

「えー……。」

 見た目が正反対のご姉弟だった。

「早く早く!!早くしないと殺すわよ!!」

「えー……。」

「そうだなー、何といってもあのロリ声かなー。」

「ロリ声って何よ!!?分かりやすく言いなさいよ!」

「えー……。」

 こういう話はやっぱりファン同士で熱く語り合うからこそなのに……。

 こういうのは逆に拷問だ。

「まあまあ、おねえちゃん、こ…、お声が素晴らしいって褒めてるんだから…。」

 

 とは言え、まあ、語り始めるとやっぱり止まらなくなるんだよね。ぶくぶく茶釜さんの話は。

 そして、

 僕はこのご姉弟にことさら気に入られることになるのでありました。

 

 にしても、何が事態を好転させるか分からないもんだね。

 

 

 

 

続く



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18話

B カッツェ会戦

 

 

 

 レイナースの元へ勅令が下った。直ちに軍を編成し、カッツェ平野へ向かえ、とのこと。

 布陣編成会議を途中、途中の森の中にあるポイントロメオで行うとの事だ。

 

「レイナース戦争行っちゃうの?」

「戦争だけ、って言うならこんな深刻な問題ではないの。」

 レイナースは徐々にではあるが、ようやく敬語を控えるようになって来てくれた。

 まだ時々敬語になっちゃうんだけど…。

「いい、ビンカ。これは王国に戦争を吹っかけたと見せかけた、私への宣戦みたいなものなの。」

「……え?意味わかんない。何で配下であるレイナースを……。」

「私は元から公言しているけど、皇帝への忠誠心は給料分、と言ってきた。皇帝もそれは熟知しているわ。」

「皇帝は私の持つ戦力に期待する。私は皇帝の権力による呪いの解呪を期待する。そんなバランスを持っていた。」

 

「ところがそんなバランスを崩す出来事があった。」

「誰?!そんなことしたのは?まったくもう。」

 ぷんぷんだよ全くもう。

「貴女ですって!」

「あ、私なんだ…。」

「私を縛り付けておく材料である呪いは解呪されてしまった。おそらく一週間のうちにそのことが皇帝の耳には届いたのでしょう。直ぐにスパイが送り込まれたみたい。」

「だから私が今、内政に力を入れて国力を増している、それは離反するための準備なのではと、考えているはずなの。」

「んー…、だったらレイナースを呼び出したらいいんじゃない?」

「そう。私もそうなると思って身構えていたのだけれど……。しかし、さすがは皇帝、そんなふうに呼び出して、私から情報を搾り出そうにも、真意を質そうにも、限度がある事を理解しているのでしょう。」

「そして、皇帝が最も恐れているのは恐らく、ビンカが法国からの回し者という線。」

「法国の?」

 

「私の呪いはフールーダ曰く、第5位階以上の信仰系魔法の効果が必要との事だったわ。普通に考えれば、そんな魔法を使える人材は世界中を探しても王国のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラか法国以外ありえない。」

「皇帝はだからフールーダを通して法国に打診させていたの。解呪の魔法が実際見つかればフールーダが喜ぶ。立ち合わせてもらう事も考えていたでしょう。無いなら私は永遠に皇帝に鎖を握られる。…私を使い潰すつもりで。そんな意図が見え見えだったわ。」

「ところがどういうわけか、私の呪いは解かれてしまった。私が法国に内々に内通して呪いを解いてもらったと考えるのが普通でしょう。そしてその見返りとして法国に鞍替えする。皇帝はそう読んでいる筈。」

「それで、どうして王国との戦争になるの?」

「まず皇帝の耳にはもうビンカの情報が入っているでしょうね。最近私は帝都には行かずにほとんどしたことの無い内政に力を入れている事も、皇帝の耳には届いていると思う。」

「………うん。」

「皇帝は一連の私の行動が関連性がある事は大体見抜いたでしょう。だから今回、一石二鳥の策として、王国に戦争を仕掛けることにしたんだと思う。」

「……うん。」

「そもそもが、王国とは事あるごとに戦争が繰り返されていて……、けれど冗長的に戦争をしていてもよくない。何か副次的な理由が欲しい。だから今回はビンカなの。」

「戦争を仕掛けておいて、私の留守に、チャンスがあればビンカに接触、拉致。あるいは…。」

 首を掻っ切るしぐさをするレイナース。

 やだなぁ…。

「仮に戦争にビンカを連れてきたなら皇帝直々に会いに来て、真意を確かめる、あるいは引き抜こうということ。」

「なるほどねー。」

 

「今、私を動かしているのは法国からの回し者であるビンカである。そう皇帝はにらんでいると私は思っているわ。」

「えー?歌、うたってるだけなのに?」

吟遊詩人(バード)の回し者と言うのは、存外少なくない。流れ者だし、特殊技能が必要な分、多忙なスパイと疑われるのもカムフラージュできる。ちょっと…、かーなーり、目立ち過ぎではあるけれどね……。」

「えー、歌…、歌えなくなるのは嫌だよ。」

「そんな事は言わない。だから私は考えた。今回は皇帝の策に乗って、ビンカにもカッツェ平野に来て欲しいの。」

「わ、私も戦争行くの?」

「いえ、兵士の慰問と言う形で歌ってもらえる?自然にね。ただし、フールーダが何処で見ているか知れたものではないから、使う魔法位階は第3位階まで。これを厳守して。」

「お菓子は300円までって事だね?」

「はい、はい。」

 スルーされた!凹む!!

「それでビンカのボディガードとしてワーカー、フォーサイトを雇おうと思う。アルシェは現在銀行業務が立て込んでいて、来てくれるかどうかは怪しいのだけど、他の3人にはもう了解を得てるわ。」

 フルト銀行は現在赤字経営のおおわらわ。アルシェは毎日泣きそうな顔で町工場やら個人商店を走り回っている。この間街で会ったときはイミーナに肩を抱かれてべそ掻いてた。

 フォーサイトの面々も、ジャイムスや妹達も一生懸命手伝ってはいるけれど、収益が健全化するには時間が掛かろう。

 

 でも…。

 ヘッケラン達と一緒か…。

「わあ、何か楽しそうになってきた。」

「戦争に行くのよ!!」

「分かってる、分かってる。」

「分かってナーイ!!良い?!敵味方、人が死ぬのよ!私達のせいで!!」

「そうでした。ごめんなさい。」

「まったくもう。」

「レイナース、怒っちゃ嫌。」

 レイナースの胸に抱きつくと、ほにゃほにゃな顔になる。

 しかもレイナースの胸、とっても柔らかい。こっちもほにゃほにゃになっちゃう。

 まさにウィンウィン。

 

「ともかく、私が今回、皇帝からの勅令から読み取ったのはそこまで。まだどういう隠しダマを用意しているやら分かったものではないから。この点、ヘッケランには十分周知徹底しておくけど、ビンカもあまりハメは外さないでね。」

「うん。分かったよ。」

 

「ところでさ、王国って強いの?」

「そうですね、弱くはありませ、弱くはないわ。ただ…。」

 それって強くもないってことだよね。

「ただ?」

「化け物を一匹飼ってる。」

「化け物?」

「ええ。以前一回だけ私も槍をあわせたけれど、あれは化け物だったわ。体力気力を削る武技を無限に繰り出し、ダメージを与えても速効回復。そして盾や鎧をまるでバターを斬る様にすっぱり切断していくあの剣。今回奴に当たれば私の命も危うく……。」

「嫌だ!!」

「ビンカ…。」

「戦争行かないで!!」

 抱きついた私の頭を撫でてくるレイナース。

「無茶言わないで。戦争に行かなければ、帝国軍はそのまま私の領に雪崩れ込んでくるでしょう。」

「…むうー。………だったら。」

魔法付与(エンチャントマジック)浮遊する盾(フローティングシールド)看破阻害(ディテクトインヒビション)。」

 私はレイナースの真珠のピアスに魔法を付与する。

「合言葉を覚えておいて。アクティベイト・ピアス。」

「アクティベイト・ピアス?」

 レイナースが復唱すると、両耳のピアスが反応、二枚の浮遊する半透明の盾に変わった。

「…これは?」

「見てて。」

 私はレイナースに向けて手近にあったコップを投げる。

 思わずレイナースは手をコップの前にかざした。

 パシャーン!

 コップは盾が自動的に動いて、はじいて砕けた。

「起動回数は1日3回まで。起動時間は1時間。でも魔法でも物理攻撃でも、大抵の攻撃は防いでくれるはずだから。使いどころは間違えないで。それから相当強烈な攻撃が来たら、いくらその盾でも砕ける事はあるから。でも、砕けてもその破片が敵に向かって飛ぶし、一回は確実に攻撃を防いでくれるよ。」

「ありがとう、ビンカ。これで千人力よ。」

「武器は…。」

「今回は遠慮しておくわ。」

「えー?」

「呪いを解いてもらった上、疲労無効、そしてこの盾。老化無効はバレて無いとは思うけど、そんな国宝級のアイテムを私がいくつも所持してたら、いよいよ持って皇帝も私達の関係を怪しむからね。」

 今更のような気もするけど、と独り言のように言うレイナース。

「化け物にはなるべく関わらないようにするわ。」

「そうして。」

「多分、無理だとは思うけど……。皇帝は首輪の切れた私をアイツとぶつけて相打ちを狙ってるでしょうね。あるいは後ろから一緒に撃たれるかも。」

「そんなこと、絶対させない!」

「お願いだから、目立つ事はしないでね。少なくとも、第3位階を超える魔法は絶対禁止よ。」

 

 頷いたけど、絶対、守って見せるから。

 

 

幕間

 

 レイナースは口上をあげて皇帝の前に膝まづいた。

「久しいな、重爆。呪いも無事解けて、余も嬉しいぞ。」

「痛み入ります。」

「どうやって解呪したか、聞いても良いか?」

「王国に潜入して、エ・ランテルにいる薬師、リィジー・バレアレ、ンフィーレア・バレアレに頼み込み、薬を調合してもらいました。」

「ほう、連中はそこまでの薬を調合できたのか?王国を併呑したら彼等にはアーウィンタールに店を出してもらおう。」

「左様にございますね。」

「しかし余が何とかしてやろうと奮闘していたのだがな、無駄骨だった様だ。」

「無駄などと…。とても感謝しております。」

「そう言って貰えると嬉しいぞ。」

「さて、レイナースも到着した。これで全員そろったし、作戦会議を始めよう。」

 レイナースはもっともな理由をもっと用意してきたというのに、皇帝はさっさとその話題を切り上げ、作戦会議に移ると言う。

 顔に出すな、顔に出すなと自分に言い聞かせ、レイナースは自分の席へ着く。

 

「今回の布陣であるが…。」

 言って皇帝はカッツェ平野の地図を出す。

 駒を偵察兵の情報から並べていく。

 全員がそれを見ていてある一点を見て唸りをあげた。

 

「この陣地を守っているのは何処の軍だ?!」

「…この陣地は………カルネ義勇軍だそうです。」

 偵察担当の将軍が羊皮紙をめくりながら言う。

「カルネ義勇軍?!聞いたことが無いぞ。」

「しかし、この高地を押さえられたのはまずいですぞ。」

「王国にも少しは頭の回る奴が出てきたということか?」

「この地を押さえた将の名は分かるか?」

「は、エンリ・エモット将軍です。」

「エンリ?女か?!」

「エモット卿?聞いたこと無いな…。」

「は、何故か彼女にはゴブリンが付き従っているそうですが、その他は未知数です。」

「直ぐにカルネ義勇軍について、探りを入れろ!」

 慌しく偵察兵が飛び出していく。

「ガゼフとかではなくて良かったのだが……。」

「ならば陛下!私がこの高地を押さえに参りとうございます。」

 言ったのはレイナース。

「こんな場所に陣地を置かれては喉元に剣を突きつけられるようなもの。放っては置けません。相手は聞いた事も無いような隊。私にお任せくだされば直ぐに蹴散らして見せましょう。」

「いや、ここは激風に任せよう。ここは押さえた後、陣を張りなおす必要がある。重爆の攻撃力はやはり中央突破の為に残しておきたい。」

「はっ。1時間で奪って見せましょう。」

 あまり悔しそうな顔を見せずに引き下がるレイナース。

 中央突破と見せかけて、やはりガゼフに当てる算段か…。

 中央には確実にガゼフがいる。

 覚悟を決めねばならぬか……。

 

 

 開戦の合図はカルネ義勇軍に攻めかかる激風の突撃からだった。

 この高地の奪取は壮絶を極めた。

 高台から何処にそんなモノがあったのだという疑問があるが、大量の巨石が落ちて来、まとまった軍が100人規模で吹き飛ばされていく。

 直後に、ゴブリンメイジの魔法、そして弓矢での攻撃。

 相当な錬度があるのか、的確に激風の兵が刈り取られていく。

 徐々に相手は100人にも満たない中隊規模と言うのが分かった。というのに、1500人からなる激風軍が手玉に取られる。

 周りを取り囲もうとすると、左端にいるガゼフの軍が、右側にいるレエブン軍がそれぞれけん制して来るので、正面突破しか抑えられない。

 逆に、ここを奪えば、ガゼフの軍もレエブン軍も戦線を下げざるを得ない状況になる。

 

 開戦から3時間後、犠牲者450人を出し、ようやく10人の帝国兵が高地奪取に成功した。

 とたんにカルネ義勇軍は壊走を始めた……。

 様に見えた。

 激風軍全員が高地奪取した、やれ勝ちどきを!と思った瞬間、地中に埋めてあった何かが爆発した。

 生き残ったのは650人だった。

 しかも突撃してきたカルネ義勇軍に、激風軍は追い散らされてしまった。

 

_________________________________________________________________

 

「あそこに攻撃しなくて良かったねー。」

 双眼鏡から見えるのは追い散らかされる激風の兵達。

「ええ。まさかあんなに戦上手とは思っても見なかったわ。王国にまだあんな将がいたなんて……。あるいは誰かの隠居か死亡での代替わりかしら?」

 

「壊走に見せかけるって、実は結構錬度とか必要なんじゃない?」

「ええ。演技と言うのはばれたらまったく意味が無い。それを低脳なゴブリンにやらせてしまうというのはあの将、かなりのやり手と見たほうが良いでしょうね。うかつに突付くのは危険だわ。」

 私から受け取った双眼鏡を覗くレイナース。

「しかしこれは便利なアイテムね。そう複雑な機構でも無いようだし、量産できないかしら?」

「そんなマイナーアイテム、私が……。」

「いいえ。隊に一つづつ位は持たせるようにしたい。だからビンカにそんな煩雑な事をさせるわけにはいかないわ。」

 

「にしても、ひどい有様ね。あれ、皇帝に怒られるんじゃない?」

 言ったのは私の護衛、イミーナだ。背中にはちゃっかりアイシクルボウガンが掛けられている。

「まあ、ご愁傷様としか言えんな。直ぐに策を練り直す必要があったのに闇雲に正面突撃とは……。王国のやり方をマネでもしたのかと言いたくなる。」

「でもよ、このままじゃ左翼は突撃できないんだろ?膠着状態になってしまうんじゃないか?」

 ひるがえるカルネ義勇軍の旗を双眼鏡で見ながら言うのはヘッケラン。

「そうだな。私に突撃命令でも下らん限りな。」

「その命が下る可能性は?」

「直ぐには無いだろう。そこまで露骨に私に死ねとは皇帝も言ってはくるまい。」

「じゃあ……。」

「ああ。恐らく今日はこのまま夜営だな。」

 レイナースは副官に野営準備を始めさせる。

 

 その晩、酔わない程度の酒が配給された。

 仮設ステージが作られ、

 

 さあ、私の出番だ!!

 

 

 

 日を経つごとに、王国軍は士気が下がってくる。これはいつもの事だ。

 

 逆に帝国軍は、特にレイナース軍の士気は毎日の私のコンサートで士気も腹具合もばっちりだ。

 最近は他の隊からも私のコンサートを覗きに来るのも出てきたようだ。

 ヘッケランとイミーナにいたっては毎晩ふざけんなと言いたくなるほどドコゾでイチャコラしてくるらしい。イミーナは毎日ツヤッツヤなお肌。対してヘッケランは体重が5キロ位減ったんじゃないか?

 何やってんのお前ら?!

 私の護衛だぞ。

 ロバーデイクがかわいそうとか思わんのか?!

 

「いつもだったら、そろそろ潮時なのだがな……。」

 6日目の朝、膠着状態のまま敵陣を双眼鏡で見るレイナース。

「ロックブルズ閣下。」

 なにやら副官が耳打ちをしてきた。

「……とうとう来たか。撤兵する前にビンカの品定めに来たようだ。」

 

 

 レイナースは副官と補佐官を数名連れて慰問に来た皇帝に謁見する。

「この様なむさくるしい場所にまで足をお運びいただき、恐悦至極。」

「なに、そろそろ潮時かと思ってな。ただ今回は作戦上このまま帰るわけに行かんからな、お前に一当たりしてきて欲しいと思っているのだ。見たところ兵の意気も日にちが経過したとは思えないくらい軒昂であるし、まことに天晴れな士気維持能力だ。」

「過分なお言葉、痛み入ります。」

「で、その士気維持の為に吟遊詩人(バード)を連れてきたと聞いたが?」

「は。我が街に偶然立ち寄った吟遊詩人(バード)を見て、これは士気維持にもってこいと考え、囲っております。」

「ふむ。昨日たまたま見たのだが、アレは良いな。余にくれんか?」

 ここまで露骨に来たか…。

「お戯れを。彼女は私の愛妾(ネコ)でもあります。」

 おいおい…。

「ほ…、ほう、重爆はそんな趣味が…。」

「目覚めました。」

 目覚めちゃったの!?

「そ、そうか…。それでは周囲の目もあるし、強引に奪い取るわけにもいかんか…。」

「それだけは御容赦の程を。もしそんな御無体をなさるようであれば私は全てを棄てでも彼女を連れて逃避行させていただきます。」

「な、ならばせめて一曲、所望するくらいは良かろう?」

「はい。では、仮設ステージへ御足労ください。」

 おっと、盗み聞きしてる場合じゃなくなった…。

 

 私は見た目に分かる厚化粧を昨日以上に施し、ステージに上がる。

「近くで見るとまた、稀に見る美形だな。」

「それは、私の審美眼に適った娘ですから。」

「しかしアレなら呪いの解けたお前の方が美形ではあるな。」

「お世辞でも嬉しゅうございます。」

 

「皇帝陛下、本日は私なぞが陛下の御前にて歌う栄誉に預かり恐悦至極に存じます。」

「うむ。」

「お耳汚しかとは存じますが、なにとぞ御容赦の程を。」

 

 私はオペラ、ニーベルンゲンリートの1節を披露した。

 本来は相方が必要だが、第3位階でできる事は限られてくる。だからそれはアドリブやら口上、即興の間奏などで済ませた。

 演奏は以前オーケストラに演奏させたのを記録の水晶に閉じ込め再生させる。あとは第2位階魔法で音を増幅させれば何とか形にはなった。

 そして歌詞は全部覚えた事は無かったはずだが、何故か頭の中にカンペがあるかのように分かった。

 

 兵士達も皇帝から10m以上離れた位置で鑑賞している。

 

 時が止まる。

 

 私の歌声だけが響く。

 観衆は身動き一つしない。

 

 私の歌声が全員を身体ごと揺さぶる。

 全員息をするのも忘れている。

 

 心臓の音を私の歌声が掻き消す。

 

 そして、

 演奏が終了した。

 

 全員が一斉にため息をつく。

 私は右手を胸に大きく頭を下げた。

 

 満場から拍手の嵐になった。

 皇帝も含めたスタンディングオベーションだ。

 オペラはめったに披露しない…というか機会が無かったけれど、これはこれで良いな!

 息を呑む音も聞こえてくるほど静まり返った中で響く私の歌。癖になりそうだ…。

 そして最後のこのスタンディングオベーション。ぞくぞくして……。もう…。

 

「素晴らしいな、やはり欲しくなったぞ。」

「次回の戦いでも彼女は連れてきましょう。ですから、お取り上げなさらぬよう。」

「分かった。次もきっと連れてきてくれ。約束だ。」

 どうやらあきらめてくれたようだ。

 そして皇帝は興奮冷めやらぬ調子で帰って行った。

 

 

 兵は全員が尻餅をついて、言葉を失っていた。

 私も仮設の楽屋に戻ると大きく息を吐いた。

「つっかれたー。偉い人の前ってやっぱ緊張するねぇ。」

「私はむしろ歌のほうに驚かされたわ。私、今もまだ、ドキドキしてる。」

 イミーナは私の衣装からアクセサリー類を取り外しながら言う。かんざしが外されると、髪がするんとこぼれる様に流れた。

「えー?ホントにー?」

「はい。アルシェにも聞かせてやりたかったですね。」

「あ、俺、記録の水晶に録音した。」

「ファインプレイですよ、ヘッケラン!」

「あ、てか、これ、俺のコレクション。売れば金貨100枚位にはなるんじゃね?」

 ヘッケランは無言のイミーナにぶっ飛ばされた。取りこぼした水晶はイミーナの手に。

「これは、アルシェにあげるから。」

「ぶんばーー。」

 鼻を押さえながら水晶に手を伸ばすヘッケランであった。

 

 

 

続く



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19話

A カッツェ会戦 前夜

 

 

 アルバイトを何とかこなして2週間。

 上下水道、光と冷暖房と、ようやく人家的な形になった。

 

 今日は土日に当たる日。つまり、朝から寝て過ごせる日だ。もっとも吸血鬼に朝は寝て過ごす時間か?

 

 と、朝もはよからノックの音。ネムかビッキーか、最近はエンリもよく訪れてくれるようになっている。

「はーい。あいてますよー。」

「失礼するぞ。」

 て、この渋い声は……。

「アインズさん!」

「やあ。」

「って、魔法詠唱者(マジックキャスター)がなんてカッコ…。」

 アインズさんは全身真っ黒の全身鎧(フルプレート)を着込んでいた。

「この格好の時はモモンと呼んでくれるか。」

「モモンさんですか…。」

「この時間から布団の中とは良い御身分ですね。」

「貴女は、えっと、ガンマさん。」

「彼女はナーベだ。」

「ナーベさん?」

 うーわっ、虫けら見る目だ。ノーマルな僕にはエライダメージ。

 

 とりあえず僕は直ぐに布団を畳んで押入れに押し込む。

「今日はどうしたんです?」

「ああ、私が今、冒険者として情報収集にあたってる事は聞いているか?」

 言ってフルヘルムを脱ぐアインズさん。骸骨の顔があらわになる。

「はい。」

「実は息抜きを兼ねてるんだよ。」

 僕にだけ聞こえるように耳に近づけてこそっと言うアインズさん。

「みんなの忠誠はありがたいし、嬉しいのだが、ずっとあの調子だと息が詰まってさ。」

「なるほど。」

「それで、今日は実はンフィーレア・バレアレと言う薬師の護衛依頼を受けてね、これから森へ薬草採集に行くんだ。」

「ああ、それでわざわざ足を運んでくれたのですか。ありがとうございます。」

 

「……それより、あのゴブリン達は?」

「ああ、ジュゲム達の事ですか。」

「ジュゲムというのか。」

「エンリがアインズさんにゴブリン将軍の角笛を貰った翌々日位ですかね?ネムが大変大変って大騒ぎして、また誰かが攻めてきたのかと勘違いしたエンリがゴブリン将軍の角笛を吹いたら現れたそうです。」

「そうか。ただ連中は少し私の知っているゴブリンとは少し違うと感じたのだが…。」

「さすがですね。もう気づきましたか。恥ずかしながら僕はつい最近まで気づかなかったのですが、彼等は僕達と同じく、レベルアップしているんです。」

「ほう、興味深いな。」

「初めは普通のゴブリンより弱かった程なんです。でもエンリが指揮した時のジュゲム達は結構すごいですよ。ここ数日で森の中を狩に出たりして、獲物と精悍さを手に入れて帰ってきます。」

「そうなのか。」

「あ、そういえばゴブリンとしては知能が高くて、普通の人間と同じくらいのIQはあると思いますよ。中には魔法を使えるのも何人か居ます。」

「ほう、すると彼らの中にレッドキャップになる奴も現れる可能性があると言うことか?」

「その可能性は高いと僕は思っています。」

「ふむ。」

 何事か考え始めるアインズさん。

 

「モモン様、何者かの足音が…。」

 ナーベがラビッツイヤーを発動して警告する。

 直ぐにアインズさんはフルヘルムを装着した。

「ご、ごめんください!ここに、つかささんはいらっしゃいますか?!」

「はい、どうぞ、開いてますよ。」

 おずおずと言った感じで扉が開いてくる。

「あの、僕、ンフィーレア・バレアレって言います。」

「はい、いらっしゃい。僕がつかさです。」

「あれ?モモンさんはつかささんとお知り合いだったのですか?」

「ああ。以前、ちょっと縁があってね。友達だ。」

「そうだったのですか。それでつかささんもガゼフ戦士長と同じくらい強いのですか?」

「え?」

「エンリから聞きました。」

「あ、エンリの友達?」

「はい。あの、ありがとうございました、この村を、エンリを助けてくれて。」

「僕は何もしてないよ。」

「でもエンリの話だと、お父さんを助けるのに死者蘇生(レイズデッド)を使ったって…。」

「おまっ!!」

「あっちゃー。」

「こっちがあっちゃーだよ!ふざけんな、お前!!」

 ポム!と愉快な音を僕の頭が発生させた。

「まあ、ほら、知らなかったんですよ、ここに来て直ぐでしたし、こっちの常識なんて…。」

 

「あの……。」

「ああ、ンフィーレア君、君以外僕が死者蘇生(レイズデッド)を使った事は知られてないんだよね。」

「ええ。言いませんよ、誰にも。もしここに来れば死者蘇生(レイズデッド)をタダでしてもらえるなんて知れたら、毎日長蛇の列ですよ。挙句、神殿やら宗教組織に命を狙われる事にもなるでしょう。」

 おや、賢い子だ。話が早い。

「ありがとう。」

 目の前の出来事であれば仕方も無いのかもしれないけれど、いろんな所から死者を連れてこられても……。MPが無くなって死体だけがたまりにたまっていったら、いよいよアンデッドの巣窟になってしまう。

「こちらこそありがとうございます。皆の笑顔を守ってくれて。」

 ンフィーレアは深々とお辞儀をすると笑顔で帰って行った。

 

「いい子ですね。」

「まあ、私には興味ないな。むしろ彼のタレントに興味がある。」

「タレント?」

「彼のタレントは全てのマジックアイテムを使用可能、ペナルティをも無視して使えるらしい。」

「………え?」

「じゃ、経験値消費の必要なアイテムを使うのに、経験値消費を無視できると?!」

「その通り。」

「確率で壊れるアイテムなのに何度使っても壊れないと?」

「それはどうだろう?」

「ワールドチャンピオン専用の装備を装着できると?」

「試してみたいところだな。」

「貴重な人材ですね。」

「ああ。拉致監禁して良いかな?」

「僕の知らないところでやってくださいね。」

「その笑顔、怒っているよね?」

 

「でも、冗談じゃなくそう考える人間がいてもおかしくないですよね。」

「そうだな。誰かに盗られるくらいならその前に。」

「聞かなかったことにしますね。」

「冗談冗談。だからその笑顔は怖いって…。」

「でも、…そうですね…、誰かにさらわれて、支配(ドミネート)されて敵対でもされたら……。」

「ああ。王国を少し調べたがあまりいい状況とは言えんな。そういう事は多分にありえるだろう。」

「そうなんですか?村人の話では貴族達の評判はあまりよくなさそうですが……。」

「貴族もそうだが、その裏に八本指とか言う組織があるらしい。それ……。」

 

「モモン様。今度は4人の足音が…。ガガンボと、ナメクジの集団かと…。」

「…ガガンボ?ナメクジ?」

 アインズさんは眉間を押さえていた。

「ナーベ、2日目にもなるのだから、誰か一人でいい、名前を覚えてくれ。」

「は、申し訳ありません。」

「モモンさーん、行きますよー。」

「さて、出発のようだ。」

 立ち上がったアインズさんの手に僕は犬のぬいぐるみを一体、渡す。

「これ、アラームドールの一種です。ンフィーレア君に持たせてやって下さい。持ち主の異変を感じ取ったら、アインズさんにその場景が伝わるようにセッティングしました。有効半径は5kmあります。」

「んー…。」

「どうしました?」

「女の姿の君からこんなかわいいヌイグルミをプレゼントされたら彼、勘違いしないだろうか?」

 ああ、考えてなかった。

「だったら、そうですね、エンリからお守りを預かってるって言えば。」

「それはそれでまずいんじゃないか?」

 すると何を思ったか、ナーベが僕の手からヌイグルミを受け取ると外へ出た。

「おい、お前、これを家の、いつもお前がいる場所に飾って置け。」

 ナーベからぶっきらぼうにヌイグルミを渡されたンフィーレアはキョトンとする。

「お前に何かあったらモモンさ、んが困るからな。お守りみたいなものだ。」

「あー、ナーベちゃーん、俺にはくれないのー?」

 軽薄そうな男が声を掛けてくるがガン無視するナーベ。

「………まあ、結果オーライと。」

 

「そうだ、君は森の賢王についてどれだけ知っている?」

「ほとんどまったく。ある程度いくと、看板がいくつか立っていまして、それ以上踏み込めば現れると聞いています。」

「そうか。」

「情報収集ですか?」

「そういうことだ。」

 

「ではな。」

「はい。お気をつけて。」

 

 

 アインズさん達の姿が見えなくなると、僕は屋内に戻ろうとして…。

「つかさの姐さん!」

 ゴブリンの序列4番目位だったかな?

「と、君は、カイジャリだっけ?」

「あっしの名を覚えて頂けたたぁ、光栄でさ。」

「ああ、うん、で、何?」

「エンリの姐さんがお呼びでさ。御足労頂けんでしょうか?」

「分かった直ぐ行くよ。」

 いつもは彼女の方から来るのだが、呼び出したと言う事は何かあったと言うことだろう。

 

 エンリの家に行くと、ゴブリンだけでなく、沢山の人が集まっていた。

「あ、つかささん、わざわざ来てもらってごめんね。」

「どうしたの?」

「それが、帝国との戦争が始まるみたいで、この地方の領主様から100人の徴兵命令が来てるの。」

「……100人。」

「今まではこの近辺20村位から100人だったから一村あたり、5人位ですんだんだけど……。」

「ああ、15からの村が法国に襲われて半減、あるいは廃村になってるから人が出せないんだね?」

「うん。それに他の村々も出せて10人迄だって……。それに今まで筆頭村だった村が廃村になって、カルネ村が筆頭村になってしまったの。」

「だから他の村々がウチが何とかしろって…。でもカルネ村って、人口が増えたのって孤児達と生存した老人とかで、それでも50人も増えてないのに……。」

「じゃあ、カルネ村だけで50人用意しろってことになるのか。」

 村人全員が暗い顔になる。

 

「ちょっと待ってて。……メッセージ。」

 ………………。

「あ、ガゼフさんですか?今、会話しても大丈夫ですか?」

 以前渡しておいたメッセージドールにようやく気づいてくれたようだ。これで魔法を使えないガゼフさんとも話ができる。

「実は、………。」

 ……………。

「カルネ村には無理ですって。…はい、……領主権限…、はい、……越権行為になってしまうと……。」

 村民が絶望的な顔になる。

「だとしたらせめてゴブリン達、ゴーレムと人形達を民兵として認めさせてください。」

 村民に少し希望が戻ってきた。

 ~~!!!、~~~~~~~~~!!

「こっちとしても無理なんです。けど、ゴブリン軍団なら下手な人間より強いですよ。」

 ~~~~!!~~~~~~~~?

「そんな便利な魔法はありません。あ、あるにはありますけど、使えるのはアインズさんだけです。」

 ~~~。~~~~~?

「そんなこと頼めません!!無理ったら無理です。とにかくカルネ地方から出すのは混成軍100名です。」

 ~~~~~~!~~~。

「ですから、その検兵するとき、ガゼフさんの軍にお願いしたいんです。こっちは鎧と編み笠とかで極力分からないよう変装させますから。」

 ……………。~~~。

「はい。それから、カルネ地方から出す軍は独立軍として認めて欲しいんです。」

 ~~~~~~~~~!!!~~~??!!

「はっはっは。エンリ将軍です。」

「は?……ええええ~~~~!!?」

 ~~~~~~~~!!!??

「大丈夫、彼女はひとかどの…いや、もしかすると統率力なら王国一かもしれませんよ。」

「うそでしょ、ねえ、ちょっと、つかささん!!」

 ~~~~~?……。~~~。

「おー、演習ですか。良いですね。でも相手はガゼフさんじゃ無い方が良いですよ。」

「待って待って待って待って!!」

 ~~~~~?!

「いえ、そこまでは言いません。だけど本当にもしエンリが勝っちゃったら最強の軍が負けたことになって、士気がた落ちでしょ?だったらガゼフさんの政敵に喧嘩を吹っかける形にして、話を持っていけばエンリも心置きなく叩き潰すでしょう。」

「いやーーー!無茶言わないでーーー!!」

 …………。~~~~~~。

「ラナー王女を頼れば良いじゃないですか。あの人賢いんでしょ?」

「ちょ、つかさ…、何言っちゃってんの?!」

 ………。~~。~~~。~~~。

「はい。ではまた。連絡待ってます。」

 ……………。

 

「………あは。やっちゃった♡」

 

「やっちゃった♡じゃなーいぃ!!」

「大丈夫、大丈夫。君なら絶対、100%上手くやれる!」

「無茶です!!私は戦争なんて経験したことも見たことすら無いんです!」

「でもさ、ジュゲム達、人間の言うことなんて聞くかな?」

「聞いてくれるよね?」

 エンリの質問に全員が首を横に振った。

「うそでしょーーーー!!」

 

 

幕間

 

 その日の内にガゼフから連絡が来て、エンリ対リットン伯の5番隊の演習が開催されることになった。

 ルールは時間無制限の一回こっきり。前準備あり、騎乗あり、緩衝器つき剣、槍、矢の使用等取り決められた。

 

「では、ガゼフよ。私の軍が勝ったあかつきには、今回の戦争では我が配下として動いてもらうぞ。そしてお前は副戦士長に格下げだ。」

「分かっております。もし、カルネ地方軍が勝ったら、カルネ義勇軍を独立軍として認め、カルネ地方は我が領土とさせてもらいます。」

「フン、あんな寒村を自分の地位を賭けても欲しがるとはな。」

 カルネ地方はその程度の価値しかこの貴族は見出せなかったようだ。

「………。」

 

 エンリを侮ったリットン伯隊は騎馬の突撃だけを考えて布陣。

 対してエンリは大量の馬防柵をこしらえ、いたるところに落とし穴を作った。

 編成は槍兵6の弓兵14と言う変則の布陣。

 

「では、演習開始!」

 リットン伯隊が突撃してくる。

 10騎横並びで2列で突撃を開始する。

 通常の人間であれば震え上がる光景なのだが、何故かエンリには恐怖のキの字も感じない。

 周りの村人達もそんな余裕しゃくしゃくのエンリの姿に勇気を鼓舞される。

「今よ!皆!!」

 3人づつロープを引っ張って土中に隠しておいた馬防柵を引き上げる。

 馬が急停止すると、放り出された騎兵を3人の槍兵が腹や背中を突いて終わり。

 続いて落とし穴にはまる馬が続出した。それだけで、5人くらいを戦闘不能にした。

「撤退、てったーい!!」

 エンリ軍は逃げ出した。

 逃げるにしても何かあるぞと言う演技をしながら走るので、馬で突撃するのは覚悟が必要だ。

 

 そして草むらを走っていくと、突然馬がばたばたと倒れ始める。

 そこかしこに草を編んでいたり、ロープの罠が張ってあった。

「弓兵、撃ってー!」

 落馬した兵士に矢がぺとぺと突き当たる。4人程が脱落となった。

 

 ガゼフは唖然と見ていた。

 本当のところ、やはりエンリ能力に半信半疑だった様だ。

「あのエンリという少女………。」

 ゴクリと喉を鳴らす。本当に王国一の将軍になるかも知れん……。

 

「撤退!」

 今度はさすがに迂闊に追っては来ないようだ。

 エンリはその間に最終防衛地点と定めた高台の場所まで避難してしまった。

 そこには補給の矢が隠されていた。その様子を見て舌を巻くガゼフ。

 

 エンリ軍にまだ脱落者は一人もいない。

 対して相手は11人だ。

 今まで村人達は全速力で走っていた。ここでようやく一息がつける。

「全員水を飲んでおいて!」

 そうだった、と全員腰にかけていた水を飲む。

 

 持久戦が始まった。

 エンリ軍は時折水やらビスケットをほおばって士気を維持している。

 

「あれだ、王国軍はいつもああいう準備不足によって自滅していく。あの少女は補給の重要性を良くわきまえている。なあ、副長!」

 ガゼフは隣にいた副長の肩を興奮して乱暴に叩く。

「戦士長、あの娘、次の戦でも何か手柄を上げるかもしれません。そして、いずれ彼女が本当に将軍ということになったら。」

「ああ。ああいう将軍の下でなら、我々は無駄死にはせんだろう。どころか、本当に帝国を負かすかも知れんぞ。」

 太陽が沈み始める。

 暗くなれば弓など恐れるに足りん。そう、騎兵隊長は思っていたのだが…。

「奇襲です!!」

 何時の間に部隊を分けたのか、背後から弓兵5人槍兵6人が襲いかかってきた。

「突撃!!」

 太陽を背に、突撃を敢行するエンリ。5人が槍に持ち替えていた。

 部隊を分けたのも、太陽の光で見づらくなっている事を計算していた。

 そして両脇からミノの様な物を被って草むらに溶け込んだ弓兵の狙撃。

 泥にまみれる事をいとわない農民平民の見事な伏兵であった。

 

「騎兵である以上、その機動力が阻害されるブッシュに入る訳には行かん。そうなると待機する場所は必然、あの位置。」

「この時間、こういう状況になる。まさかあの娘、そこまで考えていたのでしょうか?」

「偶然とは思えん。」

 そして口には出さなかったが、つかさの言うとおり、本当に自分達が演習に当たらなくて良かったと思う。

 ここまで無様はさらさないであろうが、侮っていなかったと言えば嘘になる。あの娘はそこを計算してくるだろう。

 冷や汗が頬を伝った。

 

「え、演習…、終了。リットン伯軍、残存ゼロ、カルネ軍、残存16。よって……、しょ、勝者……か、カルネ…。」

「納得できん!!何だアレは!?卑怯な罠ばかり!!正面から戦う事を一度もせんかったではないか!」

「ええ、これでは正々堂々とは言えません!!」

 リットン伯側が猛抗議を始める。

「あら、リットン伯は帝国の戦争ででも同じ事を仰るのかしら?」

 ガゼフの後ろから若い従僕を引きつれ現れたのはラナー王女だった。

「帝国……。」

「あの鮮血帝は卑怯卑劣な手を使ってくるとリットン伯は仰られてたのでは?」

「そうですが……、しかし相手が卑怯だから、こちらもとは蛮行が過ぎます。」

「はい。では蛮行を行ったから奪われた、エルヌー地方を返せと例えば法国あたりを通して頼んで見ましょうか?」

 多分、両国から鼻で笑われる。

「ぐぐ…。しかし、これは演習。」

「ええ。演習ですわね。ルールから勘案すれば実際の戦争に近いルールですわ。本当の戦争でなくてよろしかったですわね?」

「戦争であれば油断はしません!」

 

「見苦しいな。そもそも前準備あり、とされた時点で普通の兵なら罠くらいは予想するのではないか?」

 ボソッと言ったのはどちらの派閥にも属していない、中立と見られているレエブン候爵であった。

 貴族派閥の連中もあまり好意的な意見を出してはくれないようだ。

 

「今回は本当に何から何までお世話になりました。」

 頭を下げるガゼフ。

「いいえ。それでは、約束どおり、彼女をわたくしに紹介してくださいな。」

「は、はぁ。しかし、下々の娘に直接お声をお掛けになるのは……。」

「かまいませんとも。クライム。」

「かしこまりました。」

 ラナーは従僕、クライムにエンリを呼んで来させる。

「貴女がカルネ村のエンリですか?」

「はい、えと、あの、お初に、お目にかかって、キョーエツです。」

 ラナーはしばしジッとエンリを見る。

「貴女に戦い方を教えたのはガゼフ戦士長ですか?」

「えっと、いいえ、村にレンジャーの方が居て、聞きかじり程度で、狩とかでやったことの応用をここでしただけです。」

「なるほどなるほど。貴族の方が狐狩りをして戦いを学ぶのと同じ理論ですわね。見事でしたわよ。」

 輝くような美しい笑顔を見せるラナー王女。

「ありがとうございます。」

 ホッと息を吐くエンリ。今までジッとにらまれて縮こまっていた体が弛緩する。

 

「そうそう、貴女が帝国兵から戦士長を助けてくれたのですね?」

「あ、いいえ。私ではありません。」

「おや、すると、貴女のような人がカルネ村にはまだ隠れていると?」

 ……………。

「え、えっと…。」

「そ、…あ、ラナー王女、あの!」

 無邪気に首を傾げるラナー。

「これだけの人物であれば、帝国兵に偽装した法国兵から戦士長を救ったと言う話ならば分かります。しかし、そうではないと仰る。ならば彼女以上の人材がもしかしたらカルネ村にはまだいるのではないですか?」

 ガゼフとエンリ、クライム以外には聞こえないよう声を潜めて聞くラナー王女。

 地獄の底から響いてくるような恐怖感があおられる。

「い、…そんな人は、いません。」

「人ではない、と?」

 ゾッとするガゼフ。

「い、いや、その、…ですな……。」

「分かりました。」

 何が?と言う言葉を飲み込むガゼフ。

 ラナーの目にハイライトが戻ってきた。

「よろしいでしょう、エンリ。約束は守らせましょう。よろしいですね、皆様?」

 ラナーが見回すが誰からも異論は上がらなかった。

 

「ではガゼフ戦士長、宣言を。」

「は。今後、カルネ地方は我が領土とし、繁栄を築く事をお約束いたします。そしてカルネ地方からはエンリを隊長とした義勇兵を100名、招集いたします。」

「リットン伯。」

「全て、宣言どおりに。」

「はい。では王陛下言上し、正式な王命と致す様。」

「は。」

 ラナーは満足そうに頷くと、機嫌良さそうに去っていった。

 ガゼフは顔をしかめ、無精ヒゲの残るあごをさする。

「エンリ。」

「はい?」

「すまんと、つかさ殿に伝えて置いてくれ。」

「そんなぁ……。」

 

______________________________

 

 

 僕等は現在カッツェ平野へ向けて進軍中だ。

 僕はアンデッドの気配の消せる白木の木で棺桶を作ってその中に潜んでいる。

 これで神官等の信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)に見破られることも無いだろう。

 アインズさんにはアルバイトを夜中のシフトに変えてもらって、昼間この棺桶で寝ている。

 アインズさんは戦争に興味津々らしく、観戦させて貰うって鼻息荒くしてた。

 

 しかしこれ、乗り心地最悪。

 ストーンゴーレム2体に運んでもらっているのだが、やたら揺れて……。吐きそう。

 

「へえー。そんなことが、ね。」

 ちょっと王女様と甘く見ていたかな?

「でもまだ誰か居る、程度なんでしょ?」

「うん、……まあ。」

「実際居るよ。あの村にはまだ隠しダマがね。」

「え?」

「君の妹だよ。」

「ネム?」

「ああ。あの娘、今勉強教えているけど、すごいよ。君が将星だとしたらあの子は王佐の才を持った子だ。」

「いつも思うんだけど、つかさってかいかぶりがすぎるよね。」

「そう?でも実際君は貴族の兵を退けただろう。」

「あれはあの人が油断してたから…。」

「油断させる。それも作戦だよ。」

 そんな話をしながら行軍すること3日目、一向はカッツェ平野に着いた。

 

「さて、エンリ、既にほとんどの軍が陣を張り終えてるみたいだけど、君は何処に布陣する?」

 僕は白木の棺桶に作った覗き窓から見ながらたずねる。

「えー、ここじゃ何も見えないよ。あ、あそこに高地があるわ、とりあえずあそこに登って見ましょう。」

 エンリ将軍は200m位の高さの高地に登ると、周りを見渡す。

「ちゃんと鶴翼の陣になってるじゃないか。」

「鶴翼って?」

「鶴が翼を広げたように布陣すること。野戦の基本だよ。」

「ふーん、そうなんだ…。」

「あれ?エンリ将軍はこの陣を崩す自身がおありで?」

「将軍は止めてよ。何だろう…、あそこが弱点かな?」

 いって指差したのはちょっと凹んだ土地に布陣した軍。

 

「もう、今日は疲れたしここで良いか。」

「そうだね。じゃあ陣を張らせようか。」

 僕は人形とゴーレムを使って簡単な掘っ立て小屋の様な物を作った。

 ゴブリン達も次々とそれぞれ簡単なテントを立てて食事の用意を始める。

 次ぐ日から帝国兵が現れるまで、エンリは作戦会議へ、僕等は砦作りを請け負う。

 

「はー、もう疲れた。」

 会議から帰ってくるなりエンリは机上に突っ伏した。

「どうしたの?」

「そんな突出したところに陣を張って何を考えてるって怒られた。最後は勝手に死ねって…。」

「そう?いい所に布陣したと思うけど。」

「そうなの?私はただここなら敵の動きが良く見えるかなーって、逃げるのもこれなら簡単かなーって思っただけで。」

「ガゼフさんは何て?」

「ここでいいって言ってくれた。むしろ誰が何と言おうとそこを動くなって。じゃなきゃ私、直ぐに折れて陣退いてたよ。」

「正面は急斜面、後ろはなだらか、うん、理想的な立地だと思うよ。むしろちょっと前に突き出てる位のほうが良いんじゃない?」

 

 仕上げに砦の下にここに来るまでに低位道具創造(エレメンタリークリエイトアイテム)でつくり続けた火薬を酸素石と混ざらないようクッションを敷き、一緒に土中に油紙に包んで埋めていった。そしてゴーレムには巨石を集めてきてもらって100個くらいを正面に石垣状に積み上げた。

 周りを見てみると他にこのような準備をしている隊はガゼフ隊以外無かった。

「帝国ってそんな強くないのかね?」

「王国とほぼ毎年引き分けって位だから弱くは無いと思うんだけど…。」

「にしてはのん気じゃない?皆昼寝しかしてないよ。」

「私達ももう寝ておこう。戦う前に疲れちゃったよ。」

 エンリは見張りを3人交代にして陣の中で寝るように指示する。

 

 そして次の日、ようやく帝国軍が姿を現した。

 

 

 

続く

 



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20話

B 雌雄

 

 

 

 レイナースが槍を持ち、マントを翻して帝国軍の先頭に立った。

「綺麗。」

 陽は中天。真正面にはガゼフ・ストロノーフ率いる主力部隊。

 ホークアイで見るレイナースは昨日のニーベルンゲンリートに出てくるワルキューレをほうふつとさせた。

 そして私の頭には例の如く、ウサ耳。

 

 私は5km以上後方に布陣し、レイナースの生還だけを祈っている。

「行くぞ。」

 大声を上げるでもなく、ただ自分に言い聞かせるだけのようにつぶやくように言うレイナース。

 

 前進を始めて後1kmと言うところで、レイナースは駆け始めた。

 そのままガゼフとぶつかると思っていた全軍は突然馬首を変更したレイナースに驚愕する。

 

 レイナースが突撃目標として選んだのは少し凹んだ部分に布陣している隊であった。

「突撃!」

 そして一撃で、鶴翼の陣を突破して裏に回ってしまった。

 そのままU字を描くように反転してガゼフ隊の裏を取る。

 

「おおお……、凄ぇなやっぱり。ロックブルズ閣下、あんな一瞬であの陣形を崩しちまったぜ。」

「見て!さすがは帝国ね、好機と見るや直ぐに全軍を突撃させたわ。」

「しかし、カルネ義勇軍は微動だにしませんね。やっぱりあそこは鬼門です。」

 …………………。

 私にはフォーサイトが何を言ってるか半分も分からない。

 ただレイナースが凄い指揮官だってことくらいは理解できる。

 鶴翼の崩れた一角から雪崩の様に裏に回りこむ帝国軍。それを塞ごうと色々な隊が躍起になるがむしろそれが陣を崩すように動いてしまう。

 ガゼフ軍が動こうとするが、それをけん制するレイナース軍。

 そして化け物が動き始めた。

 

「副長!ロックブルズ隊の指揮を任せる。私が倒されたり、危険を感じたときは迷わず退け。」

「は!ロックブルズ隊の指揮を引き継ぎます。閣下が倒される、もしくは危険を感じたとき撤退を指示します。」

「よし。」

 

 レイナースがガゼフに向かって単騎、騎馬突撃を仕掛ける。

「レイナース・ロックブルズ!参る!!」

「ガゼフ・ストロノーフ!!来いや!!」

 レイナースが槍を突き出す。

 それを剣で受けるガゼフ。

 

「んっぐうう……。」

 レイナース、ガゼフの両名が衝撃で吹き飛ばされ、落馬する。

 両名直ぐに受身を取り、体勢を立て直す。

「強くなったな、ロックブルズ殿。」

「私なんぞを覚えていたか。お前は相変わらずの化け物だ。」

 

「ねえ、イミーナ、レイナースが言ってた化け物ってもしかしてアレ?」

「そうよ。私等だったら一撃で真っ二つになってるわ。」

「勝つよね?」

「…………。」

 誰も何も言わなかった。

 

 1合2合と打ち合う両名。

「武技・征槍絶刃!」

 レイナースは槍先を斬り飛ばされないよう、武技を使う。

「「武技・不落要塞!!」」

 ガゼフは少し驚いた表情になる。

「不落要塞をマスターしていたか。素晴らしい。」

「見下すな、化け物!武技・流水加速。」

「武技・流水加速!」

 常人には目に映らない戦いが始まる。

「何と…。」

「武技・六光連斬!!」

「武技・六閃槍!!」

 互いの武技がぶつかり合い、両名10m程吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた先に居た兵士がそれぞれガゼフとレイナースに襲いかかろうとして、一瞬で5~6人が斬り飛ばされる。

 

「ねえ、私の目には互角に見えるんだけど……。」

「いや、恐らくガゼフのほうがまだ余裕がある。対してロックブルズ閣下の方は現状で100%を出してる。」

 本当なら支援魔法を掛けたいんだけど、遠すぎるし、あんなニンジャみたいに動き回られると……。

 既に最初の突撃から1時間以上が経過している。初めに掛けた魔法は効果が切れているだろう。

 

「ロックブルズ殿、俺の事を化け物と言ったが、貴殿も充分化け物だ。顔の方はずいぶん美しくなったがな。」

「女の顔を挑発に使うとは、相変わらずの朴念仁だな!」

「生まれが下賎なものでな。それは勘弁してくれ。」

 

「少し、本気を出させてもらうぞ!」

 

「武技・六光連斬!!」

「武技・即応反射!!」

 今度吹き飛ばされたのはレイナースの方だった。

「くうう…。魔法の矢(マジックアロー)!」

 ガゼフは魔法の矢(マジックアロー)を篭手で受け止める。

 レイナースの魔法はあくまでけん制だ。武技の方が遥かに攻撃力も有効性も高い。

 

「ねえ、何か、雲行きが怪しくなってきたんですけど……。」

「しかし、武技をあんなに使いまくって…。普通の人間ならぶっ倒れてておかしくねぇ。」

「そうね。これのおかげなのかしらね?」

 言ってイミーナは青いピアスに触れる。

「それにしたって常人同士の戦いではありません。我々は人類史上最高の戦いを見ているんでしょうね。」

「ああ。御前試合のガゼフ対ブレイン。語り草になっているみたいだが、恐らくそれを上回ってるぜ!」

 

 ガゼフに攻め込まれる回数が増えてきた。

「ロックブルズ殿、素晴らしいぞ。ここまでとは……。何と言うか、ブレイン・アングラウス以来の恍惚感だ……。」

「ふざけるな!この戦闘狂が!!」

「連れて帰って一生やり合いたい。」

 ………。

 一瞬静寂が支配する。

「ふざけるな!変態!!」

 真っ赤になるレイナース。

 

「あ、ダメだよ。レイナースは私の。」

 

「武技・能力超向上!」

「む!?」

 レイナースの武技によって再び互角に持っていかれる。

 と、全身の集中を全てガゼフにぶつけようとした、その時、レイナースの目の前を流れ矢が通過していった。

 能力が向上された結果、その矢を目で追ってしまった。

「しまっ………。」

「不運だったな。覚悟!!」

「アクティベイト・ピアス!」

 キッ、キイン!!

「な、何だそれは?!」

「お前だって5宝を身に着けているのだろう?私が一つ持っていてそんなにおかしいか?」

「この剣を弾く様な盾が存在するのか?」

 ふよんふよんとレイナースの周りを浮遊する半透明の盾を見て呆然とするガゼフ。

 

 再び互角の戦いが繰り広げられる。

 その時、王国軍の方に爆発が発生した。

 

「何?今度は何の爆発?」

火球(ファイアーボール)。多分、フールーダ翁が動き始めたんだな。」

「ええ。これで今回も帝国軍の勝利で確定でしょう。」

 直後。

 ターン!!

「な、何だ?!!」

 フライで飛んでいたフールーダが落下して行った。一緒にいた魔法詠唱者(マジックキャスター)が地上への激突は阻止した。

 ターン!!

 ターン!!

 何かの音が響く度に、フライで飛んでいる魔法詠唱者(マジックキャスター)が落下していく。

 次に落ちていった魔法詠唱者(マジックキャスター)は地面に激突した。恐らく生きてはいないだろう。

「何が起こってるの?!」

「わ、分からないわよ!!」

「魔法か?」

「いえ、魔法が発動された気配はありません!」

「弓?イミーナ?」

「だから分からないって!考えられるのは……。」

 イミーナは背中のアイシクルボウガンを見る。

「こんなのを王国の誰かが持っているって事よ。」

「じゃあ魔法詠唱者(マジックキャスター)部隊は………。」

「狙い撃てるボウガンがある以上、有効射程内に飛んでたら良い的よ。」

「じゃあ、魔道隊による対地攻撃が期待できないってことか?」

「もしかしたら王国は初めからフールーダ翁を狙ってたんじゃ……。」

「ええ。見てください、明らかに帝国軍が浮き足立ってます。」

 

 帝国軍は直ぐに兵を退き始めた。

 ただし、王国軍も追おうとはしない。

 既に両軍ヘトヘトだった様だ。

 

 ガゼフとレイナースは最後の技を繰り出しあった。

「武技・超強激!!」

「武技・超旋風!!」

 今度は両名受身も取れなかった。

 ガゼフは肩と脇腹に一撃を受け、血を流している。しかし、直ぐに傷は塞がれてしまった。

 レイナースの方は全て盾が剣撃を受けたが、衝撃波を防ぎきれず、額と口から血を流す。

 

「………………。」

「………………。」

 双方戦闘の終了を感じたらしく、矛を収める。

※ガゼフ神話を崩したくない方は色を反転しないでください。※

「とても気持ちよかったぞ、レイナース・ロックブルズ!!」

「ヤメロ!ほんとーに止めて!!言い方を考えろ!変態!!」

「大切な部分を傷つけて悪かった。」

「顔な!!顔のことなんだよな!!」

「また俺とやり合ってくれ。」

「…二度とごめんだ!変態!!」

「しかし、何度も何度も変態は傷つくぞ。」

「……変態。」

 言い残してレイナースは自分の馬にまたがって隊の方へ帰って行った。

「それでも、化け物、戦闘狂、変態と、徐々にマシになっていったのか?」

 

 

 帝国軍は慌てていた。必勝の最終奥義とも言うべきフールーダの爆撃が、何者かによって妨害、どころかフールーダに手傷を負わせたのだ。

 皇帝もさすがに私にかかずらわってる場合でなかったのだろう、直ぐに近くの城砦に引き篭もってしまった。

 本来なら戦争終了の総括が皇帝から発せられる流れらしいのだが、そのため全軍解散となった。

 

 レイナースの傷は直ぐに私が中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)で回復させた。

 他にもけが人が多数居たが今晩コンサートで歌うまで我慢してね。

 とりあえず10km程戦場から離れた場所で陣を張り、休息となった。

 

 私は鎮静と低位治癒の魔法を乗せて歌う。

 うめき声もなくなり、レイナース隊はようやく一息がつけた。

 

「今回は、負け?」

「そうね。負け、でしょうね。」

 言ってワインを飲むレイナース。

「カルネ義勇軍に一泡吹かされたわね。」

 と、イミーナ。

「あれは義勇軍てより精鋭部隊だったんじゃねえか?」

「ええ。義勇軍側には結局一人の戦死者も出せず、こちらはあいつ等だけのせいで800人からの兵を失ってしまった。」

「そしてあそこで頑張られたおかげで鶴翼の片翼は結局びくともしなかった。」

「一回高地を奪えたと喜んだ瞬間…。」

 ヘッケランは上に向けた指を広げ、爆発を表現する。

「そして時を与えず、狼狽する激風の兵、を6分の1の兵で追い払ってしまった。」

「カルネ義勇軍の一人勝ちだな。」

 全員がため息をつく。

 

「でも閣下のガゼフとの一騎撃ちは今回の目玉でしょう。」

「ああ、アレは凄かった。実際、皇帝は今度の総括を閣下のガゼフとの一騎撃ちで引き分けと言う発表をするんじゃないか?」

「いや、実際のところアレも続いていたら私の負けだった。これが無かったら、私は今頃真っ二つだったろうし。」

 言って両耳のピアスを撫でるレイナース。

「ありがとう。ビンカ。」

「うん。レイナースが無事で本当に良かったよ。」

「ともかく今日はゆっくり休んで、家へ帰ろう。」

 

 

 

 

 その晩……。

 トイレに起きた私は異変を感じた。

「………血?」

 風に流れて血の匂いがする。

 まだ誰か重傷の兵士が残っていたのかな?

 

「………う……うぅ。」

 暗闇からうめき声が聞こえる。

「誰かいますかー?」

「………。」

 うめき声が止んだ。

「………お化け?」

 言ってぞっとした。

 

 逃げよう。

「ぼほっ!!」

 背中に誰かのしかかってきた。

「こ、あ、だ……。」

 腰が抜けた…。

 ……………おしっこ漏れた。

 だ、誰か、レイナース!!

「あー、な、の……。」

 いやー、本当にびっくりした時って声、出ないもんだね。

「こ、声を立てるな!」

「血、血ーーー!?」

 もう嫌ぁ、スプラッター嫌い!!

「だから、声……く、ぐぅ。」

 暗くて何も見えない。

梟の目(オウルアイ)!」

「………。」

 目が会った。

 

 口から血が流れていた。顎が血まみれだ。

「見なきゃよかったー!!」

「騒ぐ…ごぼ…。」

 血、吐いた!

 私の顔に掛かった!!

「もうやだーー!レイナースー!」

 

「ビンカ!!」

 レイナースがとんできた。

 続いてフォーサイトの面々。

「貴様!!」

 レイナースが剣を抜く。

「「たすけて……。」」

 私の声とスプラッターお化けの声が重なった。

「………は?」

 

 

 兵士達は疲れ切ているので起こさないよう、とりあえず私は残り湯を温め直して血とアレを洗い流した。

 風呂から上がって髪を拭きながら陣幕に戻っていくと、女が一人、机上に寝かされていた。全ての衣服は脱がされ、パンツ以外はぎ取られていた。

「誰?」

 女は既に気を失っていた。

「分からない。」

「とりあえず治療したほうが良い?」

 女の傷は深刻だった。片腕が肘から斬り飛ばされており、自分で応急処置したのだろう、ハンカチで傷口をきつく縛ってある。

 どうやらあばらが数本折れており、何本かが内臓を傷つけているようだ。

 歯もところどころがへし折られたり抜かれたりしている。

「そうね。このままでは死んでしまうかもしれない。犯罪者の可能性もあるから、応急手当てして拘束衣を着せましょう。」

「拷問されたの?」

「いえ、戦いの後、なのでしょうね。相手に相当の実力差があったと考えられるわ。」

 女の身体にしては筋肉で引き締まっており、胸と尻以外、脂肪はほとんどついていないようだ。

「猫みたいだね。」

「ヤマネコね。戦いに特化してる。」

「第6位階使って良い?」

「ダメ。」

 仕方ないので私は中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)を数回重ね掛けした。

 

 何とか腕も歯も再生し、身体を拭いてやると、カワイイといった感じの女性になった。

 身体を拭いているうち、イミーナがぶちぶち文句を言い始めた。

「なんだよ、このふざけた身体。脂肪が無いくせにこんなところはタンマリか!?もげてしまえ!!」

「なあ、イミーナ、俺、代わろうか?」

 まあ本当に分かりやすい男だった。

 

 レイナースは女に拘束衣を着せ、担架に括り付け、荷馬車に詰め込んだ。

 一応化粧道具やらを入れる荷馬車なのでさほど乗り心地は悪くないはずだ。

 

 昼頃、休憩になり、馬車を覗いてみると、彼女と目が会った。

「起きた?」

「ここは?」

「ここ何処レイナース?」

「レイナース………、レイナース・ロックブルズか?!」

「ほう、私を知っているか?」

「そりゃ帝国四騎士は有名だからねー。」

「それで、お前、何者だ?」

「私?私はねー、ガガーランってんだー。」

「ほう?蒼の薔薇のガガーランか?」

「そうそう。」

 

「ビンカ。やっぱり殺そう。」

「うそうそ!ウソだって。怒っちゃいーや。」

 ガガーランて誰?レイナース知ってるの?

「私はミレーヌ。」

「ビンカ、あの鐘、持ってる?」

「ああ、はい。」

「これはウソを見抜く鐘だ。この鐘が3回鳴ったらお前の頭と胴体が分かれることになる。」

「ちょっと、ウソ。」

「もう一度聞く。お前の名は?」

「だからミレー……。」

 チーン。

 

「もう一度聞く。お前の名は?」

「クレマンティーヌ・クインティア。」

 ………。

「出身国は?」

「スレイン法国。」

「ほう。」

「法国とは事を構えたくないだろ?!私を殺したら法国が黙ってないよー。だからね、解放して。」

 …………。

 

「何故あんな大けがをしていた?」

「エルダーリッチと戦って、殺されそうになったから。」

 …………。

「どこで?」

「エ・ランテルの墓地で。」

 …………。

「何故エ・ランテルに居た?」

「……とある、計画で。」

 ……………。

「とある計画とは何だ?」

「エ・ランテルを死都にする計画。」

 ………。

「手伝っただけなんだよ!カジットって男に協力して!」

「…私の手には余るな。」

 ……………。

「まあいい。このビキニアーマーだが、お前のだな。」

「………うん。」

「このプレートは冒険者の物だな?持ち主はどうなった?」

「………死んだ。」

 プレートの数は100以上ある。

「お前が殺したのだな?」

「うん。」

 ……………。

 事態を飲み込んできたフォーサイトの面々も表情をゆがませる。

「ねえ、レイナースさん、私も質問して良い?」

 と、イミーナ。

「ああ。」

「えっと、クレマンティーヌだっけ、このプレート、ミスリルがあって、新しい青銅クラスのもあるんだけど……。」

 全員がイミーナが聞きたいことを理解した。ミスリル程の強者を倒す力があって若葉マークの青銅をハンティングトロフィーとしている。それはつまり……。

「命乞いとか、してこなかったの?」

「どっかなー、忘れちゃった。」

 チーン。

 

「あと一回だ。」

「嘘でしょ?!その女の質問なんだから、アンタで1回、その女で1回じゃないの?」

「あ・と・1・回・だ。」

 

「でも、大体わかったよ。命乞いを聞き入れなかったんだね。」

「最悪な女です。法国というのはもう少しまともな人たちだと思っていたのですが……。」

 神に仕える者同士、ロバーデイクは法国にはリスペクトがあったらしい。

「何だよ、お前等だって人殺したことくらいあるだろう。特にロックブルズ!アンタなんて1000人以上殺してるはずだろ!殺した量なら私より遥かに上じゃん!!」

「…確かに、な。」

「アンタなんかと同じじゃないもん!!レイナースは聖女だもん!!」

 私の大声に、クレマンティーヌはきょとんとして…。

「だったらさ、私の話くらい聞いてくれても良いんじゃない?」

「話?」

 

 分かった、この女、私の事ちょろい女だと思ってるんだ。

「いいでしょう。聞いてあげるわ。」

「ビンカ!」

「いい。聞く。」

 

「あれは私がまだ13歳の頃だったわ。私はお屋敷の樹の下でお昼寝をしていたの……。」

 ……………。

「………私はズタボロにされたわ。何人相手にしたか覚えてないほど。」

 ………。

 

「気付いたら手の先に男達が落としたナイフがあったの。ボーっとする頭で何気なくそのナイフを握ったらね、ひとりでに手が動いたんだー。」

「で、こう、グサッ!て。」

「男の口から血があふれて、私の顔面に掛かったんだー。それで、私の中にあったネジがぶっ飛んじゃったんだねー。たぶん私には生まれついての才能があったみたいで、ナイフ一本で長剣を持つ相手5人位だったかなー、初めて殺しちゃった。全員の喉を切り裂いて。簡単だったよー。」

「誰かが止めてくれるまで私は死体にまたがってナイフをずっと突き刺していたみたいよ。それでさ、家の人達は私の事化け物を見る目になってさー、ショックだったなー。私が輪姦されている間に誰も助けてくれなかったばかりか…。事後は化け物扱いなんだもん。」

 

「以来ね、私、殺人に対する禁忌が無くなちゃって。………でも私だって救われたいって思ってるんだよ!ビンカ様!!」

 ……………。

 ウソは言ってない!

 クレマンティーヌ、可哀想。

 かわいそうだよね?!

 

 ね、レイナース、あれ?

 

 ね、イミーナ、あれ?

 

 ロバーデイク?

 

 ヘッケランまで……?

 

 

「ねえ、許してあげよ?」

 

「………ハア、まあ、ビンカがそれで良いなら。」

「全く、アンタそのお人好し直さないと、いつか命取りになるわよ!」

「まあ、こうなるとは半分以上思ってたしな…。」

「しかし、そこがビンカさんの良いところでもありますしね。」

 

 クレマンティーヌの拘束衣は外され、しかし手かせと足かせは外されなかった。

 しかしそれで大分楽になったのか、クレマンティーヌは猫の様に目を細めると、伸びをする。

 ホント猫みたいだ。

 

「ああそうそう。」

 思いついたように言うのはレイナース。

「お前、ビンカの事チョロイって思ったろ。」

「いや、そんな、まさか。」

 チーン。

 チャキ!!

 レイナースとフォーサイトは武器を抜いた。

「ちょ、ウソだ!お前等、び、ビンカ様々!!私、はめられた!!」

 うん、まあお尻ぺんぺん位はしておこうか…………。

 

 

 

 

続く



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21話

A ボルトアクション

 

 

「フールーダ?」

「うん。フールーダ・パラダインていう魔法詠唱者(マジックキャスター)がいるって。第6位階の魔法まで使えるんだって。」

「直ぐ出てくるかな。」

「分からない。」

 僕とエンリの会話。傍目に見ると、白木の箱の上に座ってるエンリが独り言を言っているように見えてるだろう。

「第6位階か………まあ、僕より強いと思っていた方が良いだろうね。」

「つかさより強いの?やだなぁ。」

「まあ、普通に考えたら、こんな小さな部隊を優先的に狙おうとは考えないと思うよ。普通に考えたら、ね……。」

「何よ、その奥歯に物がはさまったような物言い?」

「この部隊は目立ってると思う。」

「何よ。カルネ義勇軍旗を立てろって言ったのはつかさじゃない。それにエンリ旗って何よ?」

 カルネ軍は軍旗の他に、エンリ軍旗を作っていた。それをゴブリン達は応援団の応援旗のような感覚で我先にと自分が持ちたがった。本当にすごい忠誠心だ。

「いや、旗じゃなくてさ、ゴブリンやらゴーレムやら人形やらが動き回ってればいやでも目立つでしょ。」

「狙ってくるかな?」

「そのときは彼らの出番でしょ。」

 

「ああ、…そう言えば、このアイアンゴーレムね、もしかしたら徴発されそう。」

「…あーらら。」

「今、貴族達が私達から取り上げようと色々動いてるみたい。」

「参ったねそりゃ。でも動かしてるのはゴブリンサマナーって言ってるんでしょ?」

「うん、ゴブリンは私のいう事しか聞かないからダメって言ってはいるんだけど……。」

人形師(エンチャンター)から離されたらこのコ等、加護を失って普通のゴーレムになっちゃうんだけど……。」

「理屈じゃないんでしょうね……。他人のおもちゃがたまらなく欲しいみたい。」

「まあ、今までわがままが通りっぱなしだったろうからね………。僕からある程度離れたら自動的に動かなくするけど、ただの彫像となったゴーレムにも執着するなら美術品とかとして売っても良いかな?」

「徴発ならお金はくれないと思うよ。」

「同じ重さの銅か鉄位は要求しなよ。ネムとか呼んでくれば恐らく倍以上の銀には変えてくれると思うよ。」

 ため息をつくエンリ。

 

「姐さぁん!!敵軍に動きがありますぜ。」

 僕は森に潜伏させている召喚したキジバトからの映像を送らせる。

「敵兵は約1000、帝国四騎士の旗が見えまさ!」

 ゴブリン達から報告が続々上がってくる。

「強そうだ。」

 

「総員、戦闘準備!つかさはゴーレムと人形を用意して。バリスタ準備は?」

「いつでもOKです。」

「全員A装備で。バリスタ装填開始!」

 全員が指定の20基準備したバリスタに付く、もしくは弓やボウガンを装備する。

 発射準備が完了するとゴブリンリーダー・ジュゲムが三角の緑旗を上げた。

「距離2000!」

「速度10、射程圏内へあと1800!」

 開戦前、ゴブリンが目印を置いてきておいた。それを目安に続々と報告が上がってくる。

 

「真正面から砦を落とそうとしてるのかな?」

「まあ、こっちの人数が大したことないって分かってるでしょうからね。正面からで十分って思ってるんじゃない。」

「騎兵ってこの坂を登れるのかな?」

「速度は大きく落ちるだろうけど、登れないほど急じゃないからね。」

「距離、1500、予想射程圏内到達時間、あと5分!!」

「安全索を切って!」

 石を止めておいた安全索をゴブリンが斧で切る。

「敵軍!騎兵隊、襲歩(ギャロップ)開始!距離!1000!」

「バリスタ打ち方用意!目標騎馬兵、赤、先頭、青、3列目、黄、5列目!セーフティ、解除!」

 ゴブリンと一般人の射手がそれぞれセーフティを解除し、トリガーに指を掛ける。

「敵軍、射程圏、侵入!!」

「撃て!」

「バリスタ隊!撃てーー!!」

 ジュゲムが緑旗を振る。

 先頭を走っていた騎兵含め、5~6人が落馬して後続にはねられていく。

 

「再装填!落ち着いて、訓練の時の様にね!」

 滑車で弦が引かれ、バリスタに矢が再装填されていく。その間にも騎馬兵は接近してくる。

「装填完了したバリスタから急ぎ撃て!打ち終わったら留め金を外してふもとへ落として!」

 再発射したバリスタは留め金を外され、坂道をふもとへ蹴り落された。そして打ち終わった射手はそれぞれ弓に持ち替え、撃ち始める。

 ゴーレムが石を投げ始めた。既に帝国兵は坂の半ばを上り来ている。

「ダイノ!ファイアーボール!」

「へい!」

「弓兵、撃て!」

 戦闘が始まって、30分程で、カルネ義勇軍陣地付近には大量の帝国兵が倒れた。

 既に集めてきた石は半分を投げおろしている。落石が終わると、マリオネット・ジョーカーが突撃していく。肘や足にあるナイフで帝国兵がよじ登ってくるのを蹴落としていく。

「姐さん、もう魔力が……。」

「もう少し頑張って!はい、ポーション。」

 ダイノはバレアレ印のポーションを飲むと、再度魔法の詠唱に入る。

 

「でも、思った以上に無茶攻めしてくるね。」

「何だろう?ちょっとアツくなりすぎてるみたいだね。」

「けど、こっちもそろそろ矢も尽きてくる。岩も半分を切ってきたよ。」

「うん。初日の、初めてまだ2時間位なのにこれじゃあ……。」

「計画を早めるしかないね。僕は打ち合わせ通り麓へ避難させてもらうよ。」

「分かったわ。ジュゲム!そろそろ出番よ!」

「待ってました!ゴブリン隊!テーブルクロス引きだ!」

 ゴブリン隊は続々と準備を始める。

 ゴーレムに最後の岩を落とさせると、僕の入った棺桶はゴーレムにふもとの方へ蹴り落された。

 ……痛い…。

 僕の目にはもう小高い山しか見えないが、キジバトから共有される視界に、外の様子は手に取るように分かる。

 戦力はないがこれは、なかなか便利だ。

 

「おわ、姐さん!前線、突破されました!」

「防いで!!」

「こっち、あと10人、回してくれ!!」

「予備兵はもういないの!前線を下げて対応して!」

 思うんだけど、エンリって本当に実戦初めてだよね。撤退戦の一種なんだけど……。あんなに村娘が上手く撤退を指揮できるものなんだろうか?

 いや、自分がそうさせたんだけど……。これは出来過ぎだ。

「………味方の援軍はまだなの!!?」

「姐さん!味方援軍は来ません!」

「えぇ!?」

「貴族の連中、勝手に死ねって!」

 その言葉に帝国兵の意気が上がる。

「………全員、盾を装備!武器は捨てていきなさい!撤退するわよ!!」

 村人が先に、牽制をゴブリンが引き受け、ゴーレムとマリオネットでしんがりを任せる。

 

 全軍を無事、麓まで撤退させると、エンリは大きく息を吐く。

 先んじて撤退していた民兵達が、麓に滑り落ちていたバリスタを立て直して応急の陣を張っている。

 ほぼ、頂上は帝国兵で埋まった。今まで僕達が詰めていた砦を帝国兵が物色している。

「全員、疲れてると思うけど、ここからが真骨頂よ!水を飲んでおきなさい!」

 全員が水と戦闘食を口に入れる。

「パイポ!準備は?!」

「OKでやす!」

「全軍伏せて!点火!!」

 

 ズ、ズ…ドッドオォォォン………。

 

 爆風が頭上を吹き荒んで行く。

「皆、無事!?点呼!!」

「1班、10名重軽傷者なし!!」

「2班、10名……。」

 続々と報告が上がる。

「補給班、12名、重傷者無し、軽症者2名!戦闘参加に支障なし!」

「衛生班、8名、損害ありません!!」

 

「じゃあ行くわよ。高地奪還作戦発動!」

『おおおお……………!!』

 ゴーレムを先頭に、全軍頂上を目指す。

 頂上はちょっとした地獄だった。

 即死者もかなりいたようだが、もんどりうって泥まみれになってもがいているもの、半狂乱になって叫んで頭を押さえているもの、手足がちぎれ飛んでそこらに散らばっていた。

 さすがのエンリも自分の作戦成果にドン引きしていた。

 しかしそこはそれ、ゴブリン隊や、ゴーレム、マリオネットはそんなことはお構いなしに敵兵を排除に掛かる。

 帝国兵はもう戦意などなかった。

 両手を上げて降参するものがほとんどだ。身体を引きずりながら逃げていくのもいたが、背中に矢が当たると、簡単に坂道を転がっていき、麓で動かなくなった。

 

 高地は再びカルネ義勇軍の旗が翻った。

 

 

「全員!負傷者を手当して!」

 エンリは重傷者から手当てするように命じた。

「敵味方関係なく、重傷者から!重傷者には黄色の目印を、軽症者には緑の目印をつけて置きなさい!」

「お湯が足りません!!」

「他の部隊にも協力を求めて!」

 エンリは戦いのときより声を張り上げている。

「重傷者は僕の前に連れてきてくれるかな。そばにゴブリン・クレリックをカモフラージュで置いておいてね。」

 重傷者は大体150人。

 潰れた目や千切れた手足位は直してやった。全回復はさせなかったけれど。…そんなにMP無いし。

「遺体は王国本隊にも頼んで弔ってもらって。」

 このままではアンデッド化してしまうこともある。さすがに本隊も協力しないとは言ってこないだろう。

 捕虜は300人。直属の上司であるガゼフに送り付け、その日は暮れてしまった。

 吹き飛ばしてしまったから、昨日の様に砦で寝ることは出来なかったが、疲れ切っていた全員は交代でゴザの上で熟睡した。

 

 

「大勝利だね、エンリ将軍。」

「将軍は止めてってば。それに戦いも局地的で、大勢に影響はないでしょ。」

「あるよ。」

「え?」

「全軍に与えた影響。見なよ。」

 王国軍は各部署歓声が上がっており、逆に帝国軍は意気消沈している。

 一部騒がしいところがあるが、どこの軍だって例外はある。

「なるほどね。」

「胸を張るといい。」

 

「さてと。じゃあ、僕はそろそろアルバイト行ってくるよ。」

「つかさは疲れてないの?」

「全然。僕はずっとこの棺桶でじっとしてただけだからね。」

「私はすっごく疲れた。」

「君も寝ておきなよ。アラームドール作っておいたから。何かあったら起こしてくれるし、僕も直ぐ戻るから。」

「ありがとう。そうさせてもらう。」

 エンリも相当疲れていたのだろう、僕の棺桶の上で横になると、直ぐに寝息が聞こえてきた。

 

 

 パンドラズアクターとの仕事は面白い。

 パンドラズアクターは仕事中はあの饒舌がなりをひそめるが、やっぱり彼とはウマが合う。

 休憩にはすごくおいしいお茶とお菓子をシズが持ってきてくれる。

 時折シャルティアが仕事の邪魔をしに来るが、シズに首根っこをつかまれて連れていかれる。本気でやりあえばブーストされたシズでさえ手も足も出ないのだが、シャルティアはこういうやり取りを結構楽しんでいる様だ。

 僕もシャルティアのかまってかまって、的なじゃれ付きは嬉しくもある。やはりシモベとして身に染み付いているのだろうか?

 さて、まだそう時は経ってないけれど、もうあらかたアインズさんから言われた仕事には目途が立った。後はホムンクルスやら計算の得意な人形を使って全ての計算を行わせるだけだ。

 

 そして今日の仕事も、もう終わりが見えた。

「この後、どうです、つかさ?」

 言ってパンドラズアクターはお猪口を傾けるしぐさをする。

「いいね。おごりだよね?」

「はっはっは、ワリカンに決まってるじゃないですか。」

「財務長官がしみったれた事を……。ここは交際経費に計上してナザリック経済の活性化を……。」

「そうです。私の地位は財務長官ですよ。贈収賄になってしまいます。」

 くるくる回って言うパンドラズアクター。

「世知辛いなあ。」

 

 僕等はバーに行くと、マスターにいつものを注文する。

「戦争の方はどうです?」

「そうだね、順調、というと不謹慎になるかな?」

「結局あの後ずっと膠着しているのですな?」

「うん。」

 

「邪魔して良いかな?その話は私も興味があるのでね。」

「これはアインズ様!」

 パンドラズアクターは直立不動の姿勢になると敬礼する。

「敬礼は止めろとイッタ!」

「あ、はぁ。」

「カッコイイのに…。」

「お前のセンスは…何と言うか、懐疑的だ!」

 パンドラズアクターはアインズさんを僕と挟んで座るよう、自分のウィスキーロックを手に、席を移動した。

 

「で、ここ3日間、膠着が続いているようだが……。」

「そりゃ初日にあんな戦果を見せつけられれば皇帝も慎重にもなるでしょ。」

「確かにな。今、お前達の陣の周りに偵察兵が20人は潜んでるぞ。人気者だな。」

「え?……そんなに?」

「知らなかったのか?」

「5人までは把握してましたが………。」

 

「それで?あの戦闘でどうやら経験値は得られたようだな。」

「はい。ゴーレム達と僕の作った爆薬で倒した敵兵の経験値は僕に入ってきました。LVも2上がりましたよ。」

「あれだけ倒してたった2か?」

 割に合わんな、とつぶやくアインズさん。

「アインズさんはどうでした?強欲と無欲でしたっけ?吸収実験するとか言ってましたよね。」

「あんな戦闘が膠着してれば吸収どころじゃないな。しかし、これで終わりなんてことは無いよな?」

「僕としてはこれで終わってくれれば文句なしなんですけど……。」

 

「そもそも君はこの戦争にどういう価値を見出しているんだ?人が死んでいくのを君はよしとはしないだろう?」

「そりゃカルネ村の村民が安全に暮らせるようにですよ。」

「それだけじゃないだろう?それだけならたとえば君は最後尾に付けさせて補給だとかさせる。…最悪ゴーレムを盾に防御に徹させるだろう?領主のガゼフも最前線に立てなど言うまい。」

 もうそこまでわかっちゃうんだ?やっぱすごいなこの人。

「………アインズさん、王国の内情って調べてます?」

「ん?ああ。私、直々にも出向いて調べている。」

「僕もエンリやネム、子供達から聞いただけだから全て分かってるとは思ってないですけど……、あまりにひどい。税金は取れるだけ取ってるのに、じゃあ村民を守っているかというとそうじゃない。」

「………。」

「だから自分達で全てやってしまおうと思っているんです。国に税金は決められた額しか払わない。その後、通商を近隣の国々とそれこそ国境も関係なく行って、村でたくさんの特産品を作って売り出します。」

「それは自治区…。」

 今まで黙っていたパンドラズアクターがつぶやいた。

「そう。自治区。理想は自由貿易都市共同体。僕等はもう王や貴族を頼らない。今、村民たちに農地改革を進めさせてます。」

「ほう。」

「そして、領主が貴族からガゼフさんになった。これから農地改革で年々取れ高と特産品が倍々で増えていくでしょう。彼なら増えた分を搾り取る事はしないはず。けれど、……。」

「貴族達はそれを取り上げようとしてくる……。」

「そうです。そうなる前に僕達は連中に対抗できる手段を手に入れておかなければならない。」

「そのための戦争か……。驚いたな。まさかそこまで考えていたとは……。」

「まだ100人だから何もできないけれど、これからどんどん大きな都市、州にできたら………。あとは自由を手に入れる為の戦争。ならば僕はその戦争を否定はしません。」

「なるほど。遠大な計画だ。しかし、であれば、どうしてつかさは自らトップに立とうとしないんだ?」

「僕は自由でいたいんですよ。僕はぐうたらなので。」

「それは良いがなぁ…。しかし……。」

「しかし、そうですな、傍から見ればつかさは悪党です。戦争をけしかけさせておいて、自分は後ろで高みの見物と?第三者の目には悪党の黒幕だって見られますな。」

「うーん。僕、捕まったらA級戦犯ですかね?」

「A級戦犯だろうな。」

「……ですね。」

 

「それでも、村人、特にエンリをはじめとした子供達はつかさを慕っている。本心はリーダーに望んでいるんじゃないか?」

「僕にはアインズさんみたいな牽引力はありません。」

「そうかな?自分を過小評価するのは良くないぞ。」

「それに、タナボタの様に簡単に与えられると人はダメになるって僕達は知っているじゃないですか。ちょっと回り道でも1から叩き上げた方が良い。」

「……そうだったな。」

 かつての世界の歴史。アインズさんにはピンとくる話が幾つかあるのであろう。

「カルネ村には人材が結構埋もれてますよ。彼等に偉大な指導者になってもらいましょう。」

「ふむ。彼女等は私もちょっと興味があるな。」

 

「あ……。アラームドールから警告が…。」

「何?」

 アインズさんは無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)から遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出す。

「どうやら暗殺者(アサシン)が向けられたようだな。3人だ。」

「ちょっと、行って来ます。」

 すぐさま僕はテーブルにユグドラシル金貨3枚を置くと、上着とバッグを持って走り出した。

「ご武運を。」

 パンドラズアクターの言葉に僕は手を振って答えた。

 

「エンリ!エンリ、聞こえる?!」

 メッセージを送りながら僕はメイドの控え室の奥にある転移部屋へ急ぐ。

「………んーー。」

 寝ぼけてる…。

「起きて。そっちに暗殺者(アサシン)が3人向かってる。総員起こしだ。」

「あ、暗殺者(アサシン)?」

「ラッパを鳴らして!早く!」

「わ、分かった。」

 

 僕が棺桶に戻ると、マリオネット・ジョーカーが暗殺者(アサシン)と戦っていた。

 ゴーレムでは遅すぎて相手にならない。僕はゴーレム2体をエンリの防御につけ、マリオネットを支配(ドミネート)する。

 今まで互角だったのだが、突然相手のマリオネットが強くなったことに驚き、暗殺者(アサシン)は無理をせずに撤退を始めた。無理をしない。これも優秀な証拠だ。

 

「大丈夫だった?」

「ありがとう、つかさ。貴女が居なかったら私、殺されてたわ。」

 エンリはがたがた震えていた。軍対軍であれば堂に入った将軍も、暗殺者(アサシン)の前ではただの女の子と言うことか…。

「姐さん!御無事ですかい!?」

 心配そうに言うジュゲム。

「だ、大丈夫よ。私は大丈夫だから、けが人の手当てをして。」

「へい!」

 何人かが手傷を負わされたようだ。

「砦の完成した翌日を狙ってくるなんて。……人の心の隙を突くいやらしい人だね。」

「でも、動揺したら負けよね。」

「そういうことだ。頑張って。」

 気丈な子だ。棺桶に入っていなければ撫でてあげられるんだけど………。

 エンリは水をごくごく飲むと、干し芋を口に入れた。

 何とか気を落ち着けようとしているのだろう。

 何度か吐き出すがそれでも胃に押し込むエンリ。

 

 ちょっと見ていられない。

 戦場に引っ張り出してきて本当に良かったのだろうか?

 パンドラズアクターの言ではないけど、僕は本当に悪党だ。こんないたいけな村娘に先頭に立たせて僕は安全な棺桶の中なんて……。

 もし彼女がこれ以上いやだと言うなら考えなければいけないな。

 

 

 さて、かの皇帝は次はどんな策を弄してくるだろう?

 そう身構えていたが結局その日の動きは無かった。

 動揺させておいて、その隙を突く、と見ていた僕の目算は外れたが、エンリにはありがたかったようだ。時間と共に精神が立ち直っていく。

 本当に強い子だと思う。

 しかし、夜になるとまた震えがぶり返してきた。

 その日はアルバイトも休みだったので寝入るまで僕はずっと話しかけていた。

 

 しかし翌朝、エンリは完全に回復していた。

 朝からもりもり食事を取ると、エンリは自分の頬をパンパン張った。

「もう大丈夫。つかさ、心配掛けてごめんね。」

 強い子だ。僕のほうこそごめんだよ。

 

「姐さん!!帝国軍に動きがありやす!!」

 砦の最上階で見張りをしていたゴブリンから報告が入る。

 エンリは最上階へ駆け上がった。僕はキジバトの視界を借りる。

「あの旗は?」

「アレは、えっと、レイナース・ロックブルズ、帝国四騎士、重爆のロックブルズでさ。」

「こっちへ来る?」

「いえ、方向はガゼフの隊でやす。」

「総員、警戒態勢!バリスタ準備!」

 

 突然ロックブルズ隊が方向を転換して駆け始めた。

「あれは……。」

 初日にエンリが指摘した場所。

「何と……。」

 一撃、だった。鎧袖一触だった。

 一気に鶴翼の裏へ回ると、中央部隊の裏を取られる。王国軍は一気に浮き足立つ。

 割れた陣から続々と帝国軍が裏へ回りこんでくる。囲い込む筈の陣形が挟撃される形になってしまう。

 そしてそれは僕等の布陣する場所へも影響は少なからず出てくる。

 

「何て人だ。」

 帝国軍は優秀な人が多いと言うけど、4騎士とは皆こんな人達なんだろうか?ガゼフさん一人で何とかなるのか?

「帝国軍全軍に動き!!」

 中央は特に挟み撃ちになる。これはまずい!

「皆、逃げる用意はできてるから安心して!それまではここを守るわよ!」

 エンリの言葉に全員が動揺を抑える。

 ロックブルズがガゼフさんと一騎打ちを始める。

 ほとんど互角だった。

 武技は精神力と体力を削る技と言う。しかし、ガゼフさんとロックブルズは次々と武技を繰り出してくる。あれは僕では勝てないだろう。ガゼフさんに頑張ってもらうしかない。

 

「敵兵!来やした。前回と同じやつ等でやす!」

「バリスタ用意!タイミングはジュゲムに委譲するわ。」

「へい!」

「今回は包囲される可能性がある!敵を他の味方の方向へ誘導するのよ!」

 状況はよろしくない。鶴翼の片翼は完全に崩された。

 ずっとここを守っていてもジリ貧になるだけだ。

 

 ズッドオーン!!

 

 突然僕等の隣の陣が爆発炎上した。

「きゃあっ!何?!」

 着弾地点がそれほど離れていなかったため、エンリが頭を抱える。

火球(ファイアーボール)だね。もしかして、フールーダ?」

「今の第6位階なの?」

「いや。そんな高位じゃな…」

 

 ドドォーン!!

 

「きゃぁあ!」

 今度は逆、ガゼフ隊の中央だった。結構連射してくる。効果範囲を狭めて回数を増やしているのか?

「密集地が狙われてる。こちらの翼ももがれたら終わりよ。」

「しょうがないね。こちらも虎の子を使うしかないようだ。」

「グーリンダイ、シューリンガン、出番よ!!」

「「ヘイ!!」」

「毎日のカモ撃ちの成果、見せてあげなさい!」

「「ヘイ!!」」

 二人のゴブリン・アーチャーはライフル銃を手に砦の最上階に向かう。

 ライフルは今僕が使えるレベルの錬金術で作ったものだ。性能は…微妙だ。

 敵は空中を飛行(フライ)で飛びながら爆撃機のように地上を攻撃している。

 ゴブリンアーチャーはそれを目で追って、接近するのを待っている。

 …………。

 ………………。

「…まだなの?」

 その間にも地上は爆撃され、地上軍は右往左往するしかない。

 どんどん陣形が崩されていく。

 

 ダァン!

 

 空中のフールーダから血がしぶいた。

 命中した。

 落下していくフールーダらしき物体を一緒に飛んでいた魔法詠唱者(マジックキャスター)が追っていく。

「よし!」

 ゴブリン・アーチャー達は薬きょうを棄て、新しい弾丸を再装填する。

 

 ダァン!

 ダァン!

 

 今度は二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)が落下していった。

「命中!」

「命中!」

 敵魔法詠唱者(マジックキャスター)は空にいると狙撃される危険に気づいたのだろう、慌てて本陣の方へ去って行った。

「グーリンダイ、シューリンガン、良くやったわ!!」

「「あ、ありがとうございやす!!」」

 エンリのお褒めの言葉に目を潤ませて感激するゴブリン・アーチャー達。

 スコープの無い単純構造のライフルで5~600m先の目標に当てた。レンジャーであっても人間には無理じゃないだろうか?

 

 今回はどうやらこれが終戦の合図となったようだ。

 虎の子の魔法詠唱者(マジックキャスター)部隊を退けられ、帝国軍は撤退を余儀なくされた。

 ロックブルズ対ガゼフさんの一騎打ちはどうやら引き分けに終わったようだ。

 帝国にはあんな強い女の人がいるのか。4騎士って事は後3人も……。

 

 帝国軍が退き終わると、全王国兵はその場に座り込んでしまった。

 とにかく、これにて今回のカッツェ会戦は終わりか…。

 さて、今回は一体どちらの勝ちになったのだろうか?

 まあ王国上層部は勝ちだと言い張るのだろうけれど。

 

 

続く

 



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22話

B 全権特使

 

 

 

「おおーー、すっげ。」

 ロックブルズホールに足を踏み入れると、目をキラキラ輝かせるクレマンティーヌ。

 

 レイナースは戦後処理で執務室へ。

 ヘッケランはフォーサイトの戦果と留守の間の情報収集のため、町へ。

 ロバーデイクはアルシェに記録の水晶を渡し、土産話をしに。

 そして、割を食ったのがイミーナであった。

 

「お前は!もう自由の身なんだからとっとと法国へ帰れ!!」

 何故か法国には帰らずここまで付いて来たクレマンティーヌのお目付け役。

「いいじゃんいいじゃん!何かすげーじゃん!ビンカさぁ、ここで歌うんだ!?」

「歌うよー。今日は久しぶりだから、ほら、もう昼間から待ちわびてる私のファンの子達が……。」

 手を振ってくれる。

 うれしいなぁ、やっぱここは私の故郷だ!

 

「帰りの道で聞いてたけど、上手いってレベルを超えてるわ。」

 どういう意味で言ったのか、クレマンティーヌは目を細めて私を見てくる。

「ねえ、ビンカさぁ、あんたなんでしょ、レイナースやこいつ等にアイテムを作ってやったのって。」

「ぶほっ!」

 イミーナは思わず口に入れていたすこんぶを吐き出した。

「何で……。」

「ねぇねぇ、私にも作ってよぉ。私も疲労しないアイテム欲しいなぁ…。」

 言いながら私の耳に息を吹きかけてくるクレマンティーヌ。

「ちょっと!やめときなさい、レイナースに殺されるわよ!」

「えー、私そんなアイテム作れないよー。」

 

「ふふ。皆、アンタのこと大事にするよねー。歌だけ、とは思えないなー。」

 なんて鋭い子だ。

「イミーナのボウガン。発射したのは見たこと無いけど、あれもマジックアイテムだよね?私もあんなの欲しいなー。」

 作ってあげてもいいけど、それを人殺しに使われちゃぁなぁ……。

「大体アンタ、何で私達が疲労しないって思うのよ!?」

「兵士達が話してたじゃない?レイナースがガゼフと戦った話。」

「うん、話してたね。」

 皆、レイナースがガゼフと同等の力があるって、それこそその話と私のコンサートの話で帰りの道中は全然話題に事欠かなかった。

「ガゼフとブレインの戦い、私は見たことあるんだけどさー、あん時の連中、相当ゼハゼハいってたよ。それと同等以上で、武技を10以上も連発して呼吸一つ乱さなかった…。そんなこといわれりゃマジックアイテムの存在を普通は疑うよねー。」

 言ってクレマンティーヌはイミーナのピアスを撫でる。

「お前っ!」

「刻印。もしかして私が装備したら壊れたりして?」

 わー、なんて危険な子だ。鋭すぎるよ。

 そしてその危険さを逆に見せ付ける、これは自分の価値や人を見る目、それに相当自信があるということだろう。

「アンタ達もずっと見てたけど、ずっと同じ姿勢でいるのに伸びもしない、何をしても疲れた顔一つしない。ガゼフが5宝を装備していたときをホウフツさせるんだよねー……。」

 

「お前、本当、もう法国へ帰れ。冗談じゃ無くレイナースに殺されるぞ。」

「大丈夫だよー。アイツの前じゃ言わないから。」

「私がチクッたら同じことだろうが!」

「私、漆黒聖典だよぉ。アンタは少なくとも聞いたことあるでしょぉ?」

 ちょっとしたホラー口調で言うクレマンティーヌにイミーナは表情をゆがめる。

「逆にこのまま帰しても良いのかなぁ?」

 …………。

 

「この手かせ足かせだけどさ、多分私、法国に帰っても外すこと、できないよね?」

 クレマンティーヌは普通の口調で話し始める。

「つなぎ目が無い。見たことも無い物質。金属か鉱石かも分からない。この小ささなのに凄まじい重さ。鉛だってこんな重さにはならない。」

 手かせをガジガジかじるクレマンティーヌ。

「かった…。普通硬度の高い宝石とか削るとき、より硬い石を使うか、あるいは同じ硬度の鉱石を使う物なんだけど……。」

 言ってクレマンティーヌは両手の枷をガンガンぶつけ合わせる。

「傷一つつかない。」

 言ってニッと笑う。何だかこんな笑顔が似合う子だ。

「もしかしてこれ、ガゼフの剣すら防ぐような硬度だったりしてね。」

 まあレイナースの盾を壊せなかったんだから、斬れないだろうね。同じ物質って訳じゃないけど。

「これはもう、マジックアイテムの一種だよねぇ。それも相当高位階の…。」

 

「私がそれの外し方教えてあげるわ。」

「ほう。」

「先ず手を切る。外した後、回復魔法で手を付け直す。」

 ニヤッと笑うイミーナ。クレマンティーヌは笑顔のまま、頭に怒りマークを浮かべている。

「まあ確かに、そうすれば法国は得がたい金属か鉱石を得ることができる。そうされる可能性は120%だよねぇ。」

「じゃあ、安心して帰れ。」

「安心できるか!痛ぇよ!!」

「そのぐらい何よ!左右逆に付けられないだけありがたいと思いなさいよ!」

「あー、何かそれ、やられそうだわ。」

「ゲラゲラ…!」

「ゲラゲラ言ってんじゃねえ!」

 

「それに、何より、私、ビンカのこと好きになっちゃったんだよねー。歌うまいし。私歌好きだし。」

「何ですと!?」

「ちょ、ビンカ!こいつの口からでまかせだから!」

「性格も私と合うと思うわよ。ね?」

 言って抱きついてくる。結構かわいい。

「分かった。いいよ。ここにいても…。ただし……。」

「人は殺さないよ。」

 先回りされた。

「ケンカは売られたら買うけど……、殺しはしない。半殺しにする。」

「っと、それじゃ…。」

「もちろん第6位階を超える魔法が使えるだろうことも誰にも言わない。」

 アルシェは既に第9位階が使えることも知ってるんだけど…。

「ってことだけど、イミーナ?」

「待って、レイナースと相談しないと、私の一存じゃ……。」

 言ってイミーナはクレマンティーヌの首根っこをつかんで引きずって行った。

 

 

 私は先ず手かせ足かせの付加質量を消した。

「お?」

 今まで20キロ近い重みを両手足に掛けられていたが、それがゼロになる。

 ブンブン手足を振り回すクレマンティーヌ。

「すげー。まったく重さを感じね。」

「でもイタズラしたときは、レイナース。」

 レイナースがパチンと親指にはめた指輪を弾くと、

「どわっ!!」

 ひざまずいてしまうクレマンティーヌ。

「ちょ、何これ?腕、折れる…。」

 もう一度レイナースが指輪を弾くと重さが元に戻る。

「まあ、ヘタなガントレットより防御力は上だから、普段は防具として使いなよ。」

「つまり、レイナースに頭が上がらなくなるって事か?」

「おい!誰がキサマに私のファーストネームを呼ばせる事を許した?!」

「えー、ロックブルズ閣下って呼べって?やだよ長ったらしい。」

「はぁ、…まあ良い。」

 

「で、ねえ、ビーンちゃん、私にも疲労しないマジックアイテムちょうだいよぉ。」

 ビーンちゃん?

「お前、国宝レベルのアイテムをタダでくれ等、良く言えるものだな……。」

 あきれたような口調で言うレイナース。

「じゃあ、私の処女あげるから。」

「ぶっ!」

「ふざけんなぁ!お前、処女じゃないだろうが!!」

「和姦したことないから、法国の教義上、処女ですー。何度も犯されてるから膜は無いけど。」

「まじめな顔して馬鹿なこと言うな!仮にそうだとしてお前のじゃ二束三文だ!!この△×○▽□☆!!!」

 ちょ、レイナース……。お下品。

「△×○▽□☆はお前だ!このピーーーーーー、のピーの、ピーーーーが!!」

 あー、やっぱりお下品対決ならクレマンティーヌのほうが上だね。

「分かった、分かった。良い子にしてたら作ってあげるよ。」

「ちょっとビンカ!」

「ビーンちゃん、私、良い子だよ。」

 猫なで声で私の太ももに頭を乗せてくるクレマンティーヌ。

 うん、良い子猫だねっ!

 

「ところで!!」

 レイナースはどうやら強引に話を変えようとしてきた。

「お前、漆黒聖典らしいな。」

「元、ね。」

「本来の仕事はどうした?」

「飛び出てきちゃったからその後の事は知らね。」

「飛び出てきた?漆黒聖典の連中は追って来ないのか?」

「追っ手は差し向けられてたよ。その追っ手を撒こうと色々やってた結果、エルダーリッチに見つかってボコボコにされたんだって。」

「色々ね……。何をした?」

「んー、人をさらってイケニエにして、死者の軍勢(アンデスアーミー)って魔法を発動して、その混乱に乗じて逃げようと……。」

死者の軍勢(アンデスアーミー)ってどういう魔法だ?」

「…さあ?」

「あー、うん、まずたくさんのアンデッドを作り出して、そのアンデッドに触発されて死体がアンデッドになったり、霊が集まってきたり、さらにアンデッドが殺していく生者をアンデッドに変えてくって、そんな事が延々繰り返される代表的負の魔法だね。」

 …………。

「ビンカ、こいつ、やっぱり殺しておこう。」

「ちょ、待って待って、反省した、反省してるから…。」

 ………。

「てかさ、アンタだってビーンちゃん第一なんだろ?」

「それは、その通りだ。」

「民衆が全滅しようが、ビーンちゃんを助けるだろ?」

「その通りだ。」

 迷いなく言うレイナース。

「私は自分が第一だったんだよ。」

 …………。

「だからほら、今後は私もビーンちゃんは大切にするよ。だって色々アイテムを作ってくれるっしょ。」

「大切に……?」

「するするぅ!他の連中には触らせもしないよー。ほら、ウィンウィンの関係。」

「まったく、口ばっかり達者で……。」

 

「あとの、問題は漆黒聖典の追っ手だな。法国は時々ここにもスパイを送ってくる。お前、顔を隠す仮面とか着けて置けよ。」

「面倒だな……。いっそスパイを全員殺しちゃえば良いんじゃない?」

「殺してもいいぞ。スパイは皇帝からも送られてくるが……。こそこそ探るなら…かまわん。殺せ。」

「ちょっとレイナース、物騒だよ。」

「ビンカ、機密を探るスパイは立派な犯罪行為だわ。だからそれを殺されたからと文句を言ってくる事は無い。機密を奪われると言うのは時に数万の命を失わせることもある。スパイはそれを承知で探りに来る。野放しにしておく方が罪深いわ。」

「そうそう。スパイは捕まえて吐かせて、いじめて、利用できるなら利用して、いじめて、それから、んー、いぢめて……まあ、人間扱いしなくていいんだよ。」

「お前はちっとはSっ気を無くせ!せめて隠せ!」

「えー…。」

「それから、お前のその格好、何とかならんか?色々な意味でビンカのそばに置いておきたくない。」

「変かな?」

「変だ。変態だ。目立つ。」

 

 私達はクレマンティーヌのコーディネイトを始めた。

 

 先ず髪。ちょっと長めのウィッグを付けさせ、髪をふわっと外側に向けさせるように変えた。これから自然に伸ばさせよう。

 顔にはとりあえずメガネを掛けさせ、うっすらと化粧を施し、理知的な雰囲気を出させる。

 露出過多だったビキニアーマーの上にジャケットを羽織らせる。スカートは長いと暴れるのに邪魔だと嫌がるので、普段歩く分には露出が少なくなるスリット入りタイトスカートにした。普段はスリットにピンをつけておけばちょっと見、秘書的な装いだ。ヘソは出てるけど…。

 足元はピンヒールにしたかったが、やはり動きづらいとの事で、黒皮のロングブーツを履かせた。

 

 ぱっと見、別人のようだ。

「ふふ、似合う?」

「かわいいよ。」

 やっぱりクレマンティーヌも女の子だ。鏡の前でクルクル回るその姿は歳相応の女の子に見える。

「ありがとう、ビーンちゃん。」

「とりあえずお前はこの辺りを好き勝手見回り、スパイを探せ。給料は払ってやる。」

「殺して良いんだよね?」

「間違えても一般人やら公使やらを殺してくれるなよ!」

「間違えないよ。蛇の道は蛇って言うだろ。私には臭いで分かる。」

 そりゃ、ある意味天職だ。

「スパイが何か探ってたら情報を聞き出してくれるとありがたい。つど報酬は出そう。」

「おう、ボーナス付なら、張り切っちゃうよ。」

 

 出ていくその足取りは昨日までのクレマンティーヌではなかった。

 

 

 

「あのー、こちらにレイナース・ロックブルズ様がいらっしゃると言われて、しんしょを届けにきました、私、ネム・エモットです。」

 朝、市場に出かけようとして、10歳前後の娘にそんな事を言われて私は面食らってしまった。

「し、親書?元首の?」

 とりあえず私はこの子を連れてレイナースの私室に向かった。

「し、しつれーします。」

 緊張しているのか、頭を扉にぶつけながらレイナースの部屋へ入っていくネム・エモット。

 左手には10歳の女の子らしく、かわいい人形が抱かれている。しかし、誰だ、こんないたいけな幼女を使者に仕立てるなんて…。

「し、しんしょを。えっと、届けに来ました。」

「そうか。何処からの親書だ?」

「えっと、カルネ村の、村長エンリ・エモット……。」

「カルネ村?!」

「エンリ・エモット?!」

 前回のカッツェ会戦で大戦果を挙げていた……?

 

「お嬢さんは、ネム・エモットさん?」

「はい、おねーちゃんはエンリ・エモットです。」

 どういうこと?

「とりあえず親書を拝見させてもらおう。」

「はい。」

 ネムはうやうやしく、レイナースに親書を渡す。

「………………。」

「君はこの親書の内容を知っているのかな?」

「はい。お、しってます。私、ぜんけん、を、いにん、されてきました!」

「おいおい………。」

 レイナースは私と視線を合わせる。

「とりあえず場所を移動しましょ。3階観覧席辺りがいいんじゃない?」

「そうね。」

 いってレイナースは鈴を鳴らす。直ぐに侍従が現れた。

「3階観覧席に4人分フルコースの準備をしてくれ。それから、フルト銀行頭取を呼んできてくれ。」

「アルシェを?」

「通商が関わるかもしれない内容だから。」

 

 

 アルシェは入ってくると私に抱きついてきた。

 この子はホント、カワイイ。

「今まで挨拶にもこれなくて、ごめんなさい。」

「いいよ、忙しかったんでしょ?歌は聴いてくれてた?」

「うん。窓辺の席に座って計算しながら毎日聴いてたよ。」

「コホン。」

 慌ててアルシェは開いてる席へ座った。

 

「さて、ネム、殿、とりあえず自分の流儀で良い。好きに食べて飲んでくれ。」

 レイナースは一生懸命おめかししてきた、といった感じの村幼女がフルコースによだれを流さんばかりにそわそわしているのを苦笑しながら見ていたようだ。

 ネムの前にはアルコールとジュースが置かれていた。

「……まずい。」

 ワインを一口飲んでネムが言った一言がそれであった。

 私達は思わず和んでしまう。

 続いてリンゴジュースを手に取ると、顔を輝かせてごくごく飲み始める。

 和むわーーー。

 例えるなら…子ダヌキ?

 レイナースもぽわぽわしてる。

 

 ネムの食事が半分くらい進んだ頃、アルシェと私も親書を読み終えた。

「さて、ネム殿、先ず何故、我々にこの話を打診してきたか教えてもらえるかな?」

「だしん?」

「えーと、どうしてレイナースさんの領へ通商、売買、…お買い物の話を持ちかけてきたのか、教えて欲しいの。」

 分かりやすく言いかえるアルシェ。

「うーんとねー、カルネ村はびんぼうでねー、余った小麦と、とうもろこしと、麻と、オリーブとかをお金持ちのレイナースさんに買って欲しいなーって…。それで、カルネ村にはお魚とか、貝とか、てっこうせき?とかを売って欲しいなって。」

「ふむ。それはエンリ殿が?」

「おねーちゃんはそういうこと、あまり良く分からないみたい。村に居る人達もつかちゃんとビッキー以外は良く分かってないみたいだし。」

 これはネム本人も良く分かっていないのだろうな。

 

「君は全権委任、と言う意味は分かってるのかな?」

「えへへ、私の決めたことがおねーちゃんの決めたことになるってつかちゃん言ってた。」

「……そのつかちゃんと言うのは誰なのかな?」

「んーー、2ヶ月前くらいかなー、孤児を連れてふらっとやってきた旅の女の人。」

「女?」

「うん。すごいんだよー。どっかんばりばりーって、ゴーレムをごわーって。私達を助けてくれたの。」

「どうやら魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいね。」

「ええ。」

「もしかしてそのゴーレム、戦争にも連れてきた?」

 確か、カルネ義勇軍はゴーレムを何体か使っていた…。

「うん。つかちゃんも戦争行ってた。」

「なるほどな…。もしかしてつかちゃんとはゴブリンメイジか?」

「ううん。綺麗な女の子だよ。おっぱいもボイーンて。レイナースさんとかそこの女の人とかとどっちが綺麗かなーってくらいキレイ。」

 うーん、そんな目立つ子なら私のホークアイで見えてないはずは無いんだけど……。

「わ、私は?」

「おねえちゃんはまだ子供でしょ?ネムとそんな変わんないじゃない。」

 あらー、アルシェ落ち込んじゃった。まあ今まで栄養不足もあって歳相応の女の子より3歳は若く見えてしまうから……。

 

「先ず疑問があるのだが、カルネ村は王国領だ。」

「うん。」

「政府は通商を許しているのか?」

「領主のストロノーフ様には話が行ってて、売り上げの1割を領主へ納める決まりを守ってくれれば問題ないって…。」

「ガゼフの領なのか?!」

「うん。今まで性悪貴族が支配してたんだけど、ストロノーフ様が見かねて性悪貴族を追い払ってくれたの。」

「ほう。」

 

「ねえ、ネムちゃん、敵国との通商は色々問題があるの、分かってる?」

 アルシェの言葉にネムは首を傾げる。

「つかちゃんは竜王国を介せば問題ないって言ってたけど……。」

「中継ぎ貿易か……。」

「でも、実際は竜王国に物は送らないで、税関を通した形だけにするって言ってた。竜王国は何もしないのにカルネ村とロックブルズ領との通商の3%の関税を得られれば嫌な顔はしないだろうって。あの国もビーストマンとの戦いで金はいくらあっても足りないだろうからって……。」

 

「そのつかちゃんとやら、ずいぶん悪知恵の回る奴だな。カッツェ会戦の時のいやらしい作戦を考えたのも奴か?」

「頭は良いと思うよ。私達に勉強教えてくれるし。色んな事知ってるし。……修道女だって。」

「なるほど、修道女なのか……。」

 

「しかし、そこまでして我々との通商を求める理由は何だ?」

「えっとね、相場を調べたところ、一番ワリの好い相手がレイナースさんなんだって。王国の貴族は大体レイナースさんの半分位。」

 それは相場として成り立つんだろうか?

「他の人は通商するには遠いか、信用できないか……。」

「私は信用するのか?」

「つかちゃんだけじゃなくておねーちゃんも信用できるって言ってた。」

「敵をか?」

「つかちゃんとおねーちゃんの評価は“騎士の中の騎士”だって。」

 少し面食らうレイナース。

「ネムもぜんけん、とくし、として信用するよ。レイナースさんはいい人。」

 言ってネムは味噌っ歯を見せてニカッと笑う。

「もうダメ……。」

 私は今まで我慢していたのだが……。

「このコお持ち帰りしたい……。」

「止めて。特使を監禁したなんて変な前例作らないで。」

「撫でくりまわしても良いよね?」

「……ほどほどにね。」

 

「分かった。特使殿、こちらからもお願いしよう。我々の欲しい物品は小麦、オリーブ、トウモロコシ、野菜類、果物だ。こちらから提供できるのは魚介類、貿易で手に入る各種鉱石や石炭等だ。価格表は明日、用意させよう。」

「ありがとうございます。これで胸を張ってカルネ村に帰れます。」

「ご苦労様。遠いのに大変だったろう?」

「あ、あの、一つ、お願いが……。」

「何だ?言ってみなさい。」

「これ、おねーちゃんにも食べさせてあげたくて……。包んでいって良いですか?」

 ぽわぽわぽわぽわ………。

「もー、なんていじらしい子なの!好きなだけ持っていきなさい。保存(プリザーベイション)

 

 つかちゃんとやら、ここまで読んでこの子を送ってきたのだとしたら…。

 なんて恐ろしい子。

 

 もうレイナース陣営は完全陥落だわ。

 

 

 

続く



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23話

A 医療と保険

 

 

「おはようございます!つかささん!起きてください!」

「……………。」

 世間一般の常識からして吸血鬼は夜型だ。この時間は吸血鬼には睡魔が最も活性化する時間帯……。

 アルバイトから帰って風呂入って布団に入ってウトウトし始めた時こんな事態になった。

「あけますよ!開けますからね!!?」

「ちょっと、ンフィーレアさん!失礼ですよ。」

 誰だろう。一人は分かったけど……。

 とうとうンフィーレアともう一人は僕の家に踏み込んできた。

 何だろう?

「ちょっとンフィーレアさん、女性の家に勝手に………。」

「はーーいー?」

「つかささんも!何てカッコしてるんですか!!」

「えー…?」

 怒られた…。

「僕の家なのに……。」

 

 僕は―ニニャさんといったかな?―前回も来た冒険者の少年にガウンを着せられた。

「僕、寝入ったばかりだったんだけど……。」

「朝っぱらから何を言ってるんですか?!」

 吸血鬼に何を言ってるんですかと言い返したい……。

「そんな事より!エンリを戦争に連れてったって本当ですか!!?」

「…あー………。」

「あー、じゃありません!」

「いや、僕の方が引きずられて行ったんだけど……。」

 白木の棺桶に積み込まれて……。

 

「貴女がエンリを隊長に推挙したって!」

「まあ、すごい指揮能力だからね。指揮官やらせないなんてもったいないでしょ。」

「彼女はただの女の子、村娘なんですよ!」

「でも、結果は出したでしょ?カッツェ会戦もいつもの負け戦じゃなくて、引き分け……。」

 王都では大勝利と喧伝しているみたいだけど……。

「エンリが引き分けに持ち込んだと言っても過言じゃないと思うな。それに833の戦果に対して被害者0ってすっごくない?!」

「そんなの僕にはわかりません!」

 分からないか……。

 

「逆に、王都やエ・ランテルでは血濡れのエンリだとか、爆裂破壊狂エンリだとか、モンスターテイマーエンリだとか、ものすごい噂になってるんですよ!!」

 まあ、能無し貴族達が言いふらしたんだろうな…。そういう手際は良さそうだ。自分達の手柄にはできないから、手柄を上げた部隊をこき下ろすのは無能者の常套手段だ。

 でもそこに真実が含まれてるからたちが悪い。

 血濡れは手当の時の返り血だろうし、

 爆裂破壊狂はあの高地奪還作戦のだろうし、

 モンスターテイマーはまんまだ。ゴブリン達を一糸乱さず操っている。

「んー、それはかわいそうだね。お嫁の貰い手が無くなりそうだ。」

「そ、その時は……。僕が、……。」

 何かむにゃむにゃ言い出した。

 

 その間にニニャ君が僕等にお茶を淹れてくれた。

 男の子にしては気の利く子だ。

「そう言えば僕、つかささんにお礼を言いたかったんです。ありがとうございました。貴女のくれたアラームドールのおかげで一命を救われました。」

「………ん?」

「前回来た時、ンフィーレアさんに犬のヌイグルミのアラームドールをあげたでしょ?」

「ああ。」

「ンフィーレアさんの家に帰った時、女の狂人に襲われましてね、その時、犬のヌイグルミが物凄い勢いで吠えたんです。」

「敵に静寂(サイレンス)の魔法を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)がいたんですけど、それから5分もせずにモモンさんが飛び込んできて、全員が無事でした。」

「何でもそのヌイグルミが見た映像音声がモモンさんに送られるからくりになってたとか……。」

「本当にありがとうございました。」

 

「いやいや、それはモモンさんのお手柄でしょう。お礼はモモンさんに……。」

「モモンさんにお礼を言ったんですがそしたら礼はつかささんに言ってやってくれって。」

 いやまあ、なんてーか、……渋いぜ、アインズさん。

「もしモモンさんが現れなかったら僕等は死んでたし、ンフィーレアさんは虜に、そしてエ・ランテルは死都になっていたでしょう。」

「死都?なんで?」

「どうやらズーラーノーンが裏で絡んでいたらしくて、死者の軍勢(アンデスアーミー)を発動したんです。」

「へえ。」

 第7位階を使える奴がいるんだ……………。

「詳しいいきさつはお偉方が話してくれなかったんですけど、モモンさんの活躍は一躍エ・ランテルで英雄譚になりましてね、スケリトルドラゴンをたった二人で倒したとか………。」

 まあ、簡単に倒すでしょうね、あの二人なら。

 

「そんな事より!」

 あ、ンフィーレアが復活した。ああ面倒な………。

「もうエンリを戦争には連れ出さないで下さい!」

「んー、じゃあンフィーレア君は他の人に死ねと?」

「そ、それは………。」

 急に声のトーンが落ちる。

「確かに、戦争に駆り出せばいずれは死ぬかもしれない。でもさ、エンリは確実に犠牲者を減らしてくれるんだよ。」

「でも…女の子を……。」

「戦争で死ぬのも大変だけどさ、飢えに苦しんで死ぬのも、ここで農作業中に襲ってこられて死ぬのも、大変だよ。」

「あうう………。」

 視線でニニャに助けを求めるが、ニニャはすましてお茶を飲んでる。

 何かかわいいなあ、この子。

「たぶん君はさ、エンリが戦争に出てるとき、自分が何もできないのが歯がゆいんじゃないかな?」

「……それは、…僕には戦う力はありませんから……。」

「戦争ってさ、戦うだけじゃないよ。むしろ戦争が終わってから戦いが始まる人達だっているんだよ。」

「ヒーラーと薬師ですか?」

「外交官とか政治家もそうだね。君にも何かできることはあるんじゃないかい?」

「……………。」

 考え込むンフィーレア。

 

「つかちゃん!大変大変!!」

 ネムが息を切らして飛び込んできた。

「隣村でがけ崩れがあって、けが人がたくさんなんだって!!」

「すぐ行くよ。」

 僕はガウンを脱ぎ、作業着と白衣に着替える。

 ニニャはすかさずンフィーレアの目を塞いでいた。

「君達も来る?人手は多くあった方がよさそうだ。」

「ええ。ダインを連れて行けば治療ができます。」

「ダイン?」

「ドルイドです。回復魔法が使えます。」

「それはありがたいね。じゃ、先ずはエンリ村長の家に行こうか。」

 僕はネムを肩車すると、早足でエンリの家へ向かった。

 

「お父さん、近隣回ってシャベルもっとかき集めてきて。お母さんはロープと綺麗な布。」

 いつも通りの光景だ。

 最近エンリのご両親が僕の所へ愚痴をこぼしに来る。もう娘に扶養される側になってしまった…、と。

 まあ、農作業からして今までの様ではなく、柵や塀を作って牛だの羊だのを飼い始め、それまでの農業ノウハウが10%くらいしか役立たなくなっているし…。……僕のせいで。

「つかさ、直ぐに出れる?」

「いつでも良いよ。」

「ペテル、ルクルット、ダイン、僕等も行きましょう。」

「「「おお。」」」

「お父さん、お母さん、私達、先に行くから、あとの事はお願い。」

 

「じゃ、先遣隊行くよ。全体飛行(マス・フライ)。」

「うお、何だこりゃ……。飛んでる?」

「こんなたくさん飛行(フライ)の影響下へ置くなんて、すごい。」

 ニニャとンフィーレアが純粋に驚いている。

 ただ、さすがにあまりMPを多く消費するわけにはいかない。よって定員は5人にしたので、僕はエンリを背中に負ぶって、ぺテルは捜索、手当には戦力不足と考え、後発組に入れることにした。

 …ぺテル、ちょっと残念そうにしていた。帰りは連れてってあげるから、そんな残念そうな顔しない。

 

 現場は背中のエンリが誘導してくれた。

 時速100km位で飛ぶと、5分位で現場に付いた。

「やっべ、むっちゃ速ぇ!!」

 興奮したようなルクルット。

「すごいであるな……。ニニャも飛行(フライ)、覚えるである。」

「無茶言わないでください!第三位階なうえ、5人も一遍になんて膨大な魔力が……。」

「って、何で皆さん平気なんですか!?これって拷問じゃないんですか?」

 ンフィーレア君、顔の涙と鼻水を拭きなさい。エンリがドン引きしてますよー。

 

「さて、ニニャさんとルクルットさんは直ぐに遭難者の捜索をお願いします。」

「おう。」

「ハイ。」

「エンリはダインさんと軽症者の応急手当へ。」

「はい。」

「わかったである。」

「ンフィーレア君は僕と来てくれるかな。」

「は、はい。」

 

 僕達が向かったのは神殿。大怪我を負った人達が集められているらしい。

「ンフィーレア君、見ておきなさい。」

「え?」

 僕は重傷者から容態を診る。

 そして以前、戦争の時に備えてナザリックの大図書館で読んで覚えた処置を行う。

「魔法で治すこともできるんだけど、MPがなくなったら魔法詠唱者(マジックキャスター)には何もできない。」

「はい。」

「それに魔法詠唱者(マジックキャスター)は絶対数が少ないうえ、王侯貴族に優先的に奪われていってしまう。下手したら戦争でわざわざけが人を作って治させるなんてマッチポンプな馬鹿な使い方をする。」

「はい。」

「だから、僕はたくさんの人に医術を学んで貰いたいんだ。」

「医術。」

「医者は魔法詠唱者(マジックキャスター)としての特殊能力は必要ない。ンフィーレア君、覚える気はあるかい?」

「教えてくれるんですか?!」

「君が望むなら。でも僕だってさわりを知ってる程度だ。」

 僕はソロプレイヤーだったから、回復系は真っ先に色々覚えた。

 けど、医者(イスキュレイピアン)はLV1で止めてしまっていた。神官などに比べて使い勝手が悪かったから。

 こうなると分かっていたら……。

「君なら半年もする前に僕を抜いていくよ。」

 まあ、僕も戦争の前に必要だろうと思って大図書館で調べた程度しか知らないんだけどね………。

 

 一人目のけが人。足の骨が折れて突き出ていた。

 気を失っているようだ。

 思わず目をしかめてンフィーレアはポーションを服用させようとする。

 僕はその手を止めた。

「全員にいきわたるポーションを持ってきたかい?」

「それは……、ないですけど。」

「じゃあ、大切に効率よく使わなくちゃね。」

「でも……。」

「そうだ、ンフィーレア君、麻酔薬、持ってきた?」

「は、はい、幾つか……。」

「作り方は分かる?」

「はい。大麻を採ってきて練成すればすぐです。」

「練成魔法を使わないやり方は?」

「おばあちゃんが知ってます。」

「僕も麻酔の全てを知っているわけじゃないから、全身麻酔から局部麻酔とか、魔法とか組み合わせても良い、それを君達が開発してほしい。」

「はい。」

 

低位道具作成(クリエイトエレメンタリーアイテム)・インジェクター。」

「これは?」

「注射器。薬品や栄養剤のようなものを筋肉や血管に注入させることができる。ただし、血液中に空気を入れてしまうと良くないから、こうやって空気を抜いてやらないといけない。」

 医者がよくやる空気抜きの手順を見せてやる。

 僕は先ず、火にかけた状態の熱湯の中にナイフや注射器を入れる。

「これは?」

「煮沸消毒。これで雑菌バイ菌を死滅させるんだ。」

「菌?」

「微生物だ。人の傷を膿ませたり、酷い時には破傷風だとか、コレラだとか、死の病にしたりする。」

 ンフィーレアは自分のエプロンにメモを取り始める。

 うん、いい傾向だ。元々勉強熱心な子なのだろう。

「僕等の手にも大量についてる。時折お腹を壊したり、病気になったりするのもこういう病原菌とかが原因になってるんだよ。だから他人の患部に触るときは絶対、確実に滅菌するようにね。」

「はい。」

「この菌とか、滅菌、抗菌する手段とか魔法も君達に開発して欲しい。かなり有用になるはずだよ。」

「はい!頑張ります。」

 

 注射器でンフィーレアからもらった麻酔薬を少し吸引する。そして、患者の足に注入。

効果範囲検知(ディテクトエフェクティブレンジ)。」

 注射した範囲から、効果範囲が色で分かってくる。

「これは、効果が局部的になって、強力になっているんですか?」

「これは個人差がある。医者になったなら、カルテを作りなさい。」

「カルテ?」

「一人一人の治療記録、みたいなものかな。それをデータとして集めると副作用とかも分かるようになるよ。」

「はい。」

 

 熱湯の中からナイフを取り出すと、僕は麻酔の掛かった足を切開する。

「うっ……。」

「慣れてね。」

 初めて見る人体の中身。ンフィーレアは口を押える。まあ普通の人間の反応だ。

 ただ、僕の目には美味しそうなご馳走に見えるんだな、これが。血の匂いもかぐわしく感じる。ちょっとかぶりつきたくなるんですけど……。

 傷口を湯冷ましで洗い流し、アルコールで殺菌し、さらに生理食塩水で洗い流す。何か料理をしている感覚だ。

 もう何か、僕、終わってたりする?

 

「骨をつなぐには、チタンという金属が良いんだけど、ステンレスとか、とにかく錆びない金属を使う事。」

「ちたんですか?聞いたことない金属なんですが……。作れるんですか?」

「いや、今の僕には作れない。」

「それじゃ、現実的に誰も作れないじゃないですか…。」

「いずれ、作れるようになる。それまでは…。」

 ポーションを掛け、骨をつないでいく。それだけでも大分ポーションを節約できた。

「これでOK。後は、感染症に気を付けて縫合だ。絹糸を使って、傷口の中を糸が外に出ないよう縫合する。特に女性には傷跡が残らないように気を付けて。」

 

 けが人は重軽傷者含めて34人いた。

 最後の方ではンフィーレアは一人でけが人の手当をしていた。

 手先が器用なのだろう、縫合など直ぐにてきぱきとこなすようになってくれた。

 

 家が潰れた被害者はカルネ村が引き取ることになった。

 カルネ村はこれから交易も始まり、人手がかなり足りなくなっている。人形とゴーレムで仮設住宅を作れば後は自分達で増改築していくだろう。

 

「死者が居なくてよかったですが……、それにしても被害に遭った方々は不憫ですね。」

 ンフィーレアとエンリが一緒に治療しているのを見ながら、僕はニニャと仮設テントで休憩している。

「そうだね。保険会社とかがあればよかったんだけど……。」

「ほけん、かいしゃ、ですか?」

「うん。平時に皆から少しずつお金を預かって、いざというときに被害に対して治療費やら修理費やら補償してくれる企業。」

「そういうのがあったら、便利ですね……。」

「興味ある?君が起業しない?大歓迎だよ。」

「それは……でも僕、漆黒の剣の活動もありますし……。姉さんも……。」

 ハッとした表情で口を押えるニニャ。

「姉さん?」

「何でもないです。忘れてください。」

「そう。何かあったら頼ってくれて良いよ。」

「ありがとうございます。」

「まあ、問題が解決した後でも良い。僕等は先ず村営の健康保険制度から始めようと思っているから。企業はいくつもあって、品質価格競争してくれた方が民には良いからね。」

 まだあせる必要は無いしね。

 

 

 遭難者の捜索と、治療、そして倒壊した家の修理があらかた終わると、僕等は帰途に着いた。

 被災した村も大変だが、カルネ村だって何日も畑や家畜を放って置けない。

 現在カルネ村は1000を超える人口になってきたが、人手は足りなくなっていく一方だった。

 それに最近、どうやら行商人等に扮したスパイが多数紛れ込んでくるようになっていた。送り元は皇帝からのものが多そうだ。ただし、王国や、法国からも少なからず送り込まれてる…。

 だから僕は一層森の奥から出られなくなってきている。

 いずれ森が切り開かれていき、僕の家まで来ることになったら引越しも考えなくてはいけないか?

 引越しが先か、コッペリアに戻れる方が先か、………まあ、前者だろうな。…そっちの方が遥かに簡単でもあるし。

 

「アレ?貴方は、ニグンさん?」

 家に帰ったら、入り口の石畳に陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインが座っていた。

 ここを知ってるのは一部の人だけなんだけど……。

「聖女様!!お久しぶりでございます!」

 跪いて祈りを奉げるように挨拶するニグン。

「ちょ、止めてください。僕はそんな人物?ではありませんから……。」

「いえ、聖人、聖女、と呼ばれる方々は皆、そうおっしゃるのです。」

 何処のどういう宗教であっても、敬虔な信者と言うのはちょっと扱いづらい。ヘタすると狂信的になるし…。

 

「とにかく入ってください。お茶を淹れましょう。」

「おお、聖女様にそのような事をさせるわけには参りません!私が…。」

 めんどくさっ……。

 お茶を淹れてもらいながら、ニグンが話し始めた。

「実は、本国からようやく正式にアインズ・ウール・ゴウン様に拝謁する準備をせよと命が下ったのです。」

「えー……。」

 持ってきた話も超めんどくさっ!

「本国は我々が何度神と、その使徒が参ってると説得しても懐疑的の一点張りでして…。中には無礼にも連れて来いなど言ってくる者もいる始末。」

「んー、多分行ってくれるとは思うけど……。そんな態度で接見したら、アインズさ、様は気にしないだろうけど、御付の方々がね…。」

「はい。あの時、聖女様の直属の上司と仰られる方がほんの一握り見せたその力で………。今でも震えが来ます。」

「あー、シャ、ム様ね…。あの人の気の短さも大概だけど、事、アインズ様が関わったらもう一人いた人の方が怖いよ。」

 多分国が崩壊する。いや、あの人、ってか悪魔?この世界すらゴミクズくらいにしか思ってないかも……。

「はい。ですから私が先ず事前準備に取り掛かろうとやってきた次第です。」

「なるほどね…。賢明な判断だ。」

「お褒めに預かり恐縮です。」

 

「ねえ、僕ももう口調崩してるんだし、もう少しフランクにしてよ。」

「は、はい。しかし私、もともとこういう喋り方ですし。」

「まあ、おいおい、ネ…。」

「ありがたき温情…。」

 だからさ……。

「ところで法国にはアインズさ、様が攻勢防壁とか使ってたみたいだけど、被害は大丈夫だった?」

「……それが、巫女姫含め、侍従が数名爆死しました……。重軽傷者も多数……。」

「……………そりゃまた……。」

「巫女姫だけは何とか蘇生できましたが…。」

 やはり法国は蘇生魔法が使えるのか…。

「アインズ様、恨まれたりしてない?」

「こちらが悪いのですから……、とは言ってはいるのですが……。」

「はぁ……、話、こじれそうだね。」

「そうなのです。ですから直ぐに引き合わせる訳にもいかないと判断しました。」

 直情的であるけど、理性を取り戻した時のニグンは隊長さんらしい。

 

「そうだなー、そうしたら誰に連絡を取れば良いかな?ちょっと待ってて。今、シャム様と話してみる…。メッセージ……。」

 アレ?つながらない……。

「じゃ、パンサーさんかな?」

 僕はパンドラズアクターにメッセージを送る。

「あ、繋がった。パンサーさん?僕。…つかさ。」

「おや、つかさ、メッセージとは珍しい。パンサー…?んー、その辺りに誰かいる為、私への暗号ですか。んー、素晴らしい!」

 ああ、向こうで刑事ドラマの主人公が視聴者に話しかけるような仕草をしてるのが目に浮かぶ…。

「あはは、まあ、そういう事で…。」

 

「ところで、メッセージとは何です?急ぎの用ですか?」

「実はこちらに法国から使者が送られて来てるんだけど…。」

「法国……。んーーー…。」

「アインズ様にあわせて欲しいって。」

「……それは…ちょっと都合が…。今はこちらちょっと立て込んでましてね……。」

「え?そうなの?」

「まあ、一昨日の晩頃からですな………。」

「そうなんだ……。」

「内容は、ひ・み・つ。」

「鼻声で色っぽく言うな!…そしたら、どうしようかな…。ニグンさん、どれだけ待てる?」

「待ちますとも!如何程でも。」

 意気込んで言うニグン。

 

「ではとりあえず3日程時間が経ったらまた連絡入れるね。」

「わかりました。私はとりあえず、セバス殿…、は出張中でしたね、ユリ殿に伝言を頼んでおきましょう。もしかしたら先にそちらから連絡が入るかもしれません。」

「ありがとう。僕、あの人苦手で…。」

 怖いから。

「えぇ?あんな優しい方はナザリックでは珍しいですよ?」

「そうなんでしょうけど……。」

 ユリ先生、小学生時代を思い出して怖い。ムチ振り回されると、すくみ上がる。

 プレアデスならシズちゃんかルプスレギナ先輩が良い。あとは怖い。

 

「と言うわけで、3日後に再度連絡入れることになったけど、その間どうする?」

「そうですな、とりあえず村の皆さんに手習い等させていただきますよ。」

「それはありがたい。ただ、無理な改宗は……。」

「はは、しませんとも。どころか私は聖女様にもっと教導して頂きたいと思っているのです。」

「教導……?」

「はい。是非是非!」

「教えることなんて何も無いと思うけどなー。」

「宿泊は村長に言って神殿の詰め所を使わせて頂きましょう。」

 他宗であっても、神殿に入らなければ大丈夫なのかな?

「そうだね。…あ、村の皆に、ニグンさんがここに来てる事は……。」

「ああ、秘密なのですね?村人もかなり増えましたし、ほとんどの方がここを、と言うか貴女の存在すら知らないというので、ああ、あの理由で、そうなのかな、と理解しました。」

「ニグンさん、優しいね。ありがとう。」

 オブラートに包んでくれて。

 

「とりあえず、今日はこれにて。色々準備も必要でしょうしね。」

「うん。じゃあ村人の事は色々、お願いします。」

「頭をお下げになるなど、お止めください。」

 ニグンは優しい笑顔で言った。

 

 彼はどうやら色々救われているようだ。以前のような張り詰めた感が全く感じられない。

 彼はきっと良い聖職者になるだろう。いや、それこそ聖人か…。

 もしかしたら歴史に名を残すような……。

 

 

続く

 



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24話

A シャルティア名誉挽回

 

 

 

「つかさーーーー!何とかして欲しいでありんすーーーー!!」

 夕方、自宅でセコセコ人形を作っていたら、シャルティアが飛び込んできた。

「ええ?ってか、どうやってここを?」

「そんなことどうだって良いでありんすっ!!」

 シャルティアは目に大量の涙をあふれさせていた。

 シモベとしての本能なのだろうか、反射的に僕はシャルティアを胸に抱きしめる。

「どうしたんです?」

「わらわは……わらわは………、もうおしまいでありんすよーーーー!!」

 僕は何も言わずにシャルティアが落ち着くのを待つ。

「………うえっく、…ひ、っく、……うえーん……。」

 

「何があったんです?」

 頭を撫でていると、ようやく落ち着いてきたのか、ポツリポツリと語り始めた。

「わらわは武技を使う人間をさらって来るよう任務を言い付かったでありんす。」

「セバスと、ソリュシャンが囮になって、わらわは盗賊のねぐらを襲いんしたが、そこで見つけたターゲットを取り逃がして、後から来た冒険者にも裏をかかれて一人取り逃がして、そして事もあろうに精神支配を受けてしまったんでありんすー。」

 

 再びシャルティアはだばだば涙を流し始めた。

「え?ヴァンパイア、それも真祖(トゥルーヴァンパイア)であるシャルティア様を支配ですか?ありえません!」

「それが在るらしいえ。ワールドアイテム・傾城傾国と言うのが……。」

 ソロプレイヤーには未知の領域だ。ワールドアイテム所持なんて端からあきらめてる。対処法もワールドアイテムを持つ位しか知らない…。

「そして、助けに来たアインズ様を攻撃して、……死闘を繰り広げて……殺してしまうところだったんでありんすよーーー!!」

「………………。」

 それは、何と言うか……。

 再びシャルティアは声を上げて泣き始めた。

 

 NPCにとって、所属プレイヤーに尽くす事は何よりのご褒美と言う。その真逆の事を支配されていたとは言え、この子はしてしまった。

 掛ける言葉が見つからない……。

「うわぁぁぁぁぁん!」

 シャルティアは真祖(トゥルーヴァンパイア)だ。泣き疲れる事はない。これでは精神が参ってしまうだろう……。かといって僕の睡眠(スリープ)なんてパッシブスキルで軽く弾かれるだろう。仮にそれを突き抜けてさえ精神魔法耐性抜群のアンデッドだ。魔法がかかるはずがない……。

「まさか、これを使うときが来るとはね…………。」

 僕は無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中から呪いのワラ人形を出した。

 装備者に人形に掛けた物理、魔法攻撃を受けさせやすくするのだが……。

 僕はシャルティアの髪をすいて、その抜け毛をワラ人形の中に入れる。そしてシャルティアに両手で抱かせる。

魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)魔法効果最強化(マキシマイズマジック)睡眠(スリープ)。」

 本人の協力もあって、何とか効いてくれたようだ。シャルティアはくうくうと、寝息を立て始めた。

 

 

「…メッセージ。」

「つかさか。シャルティアが世話になったようだな。ありがとう。」

 どうやら心配して見ていた様だ。

「いえ、その、今回は、その…何といったら良いか。」

「ああ。私の親友の愛娘を……はは、何だか、目の前がチカチカして……。」

 僕はぎょっとした。いつものアインズさんの声がさらに低くなっていた。相当激怒しているのだろう。だがそのたび沈静化されるのでイライラが募るといった感じか?

 シャルティアを罠に掛けた連中、これは相当な覚悟を決めないといけないだろう。

 

「犯人は分かってますか?」

「いや。しかし今、アルベドに命じて犯人を突き止めさせている。彼女は優秀だ。直ぐに何らかの情報を仕入れてくるだろう。」

「………。」

「プレイヤーが絡んでいると私はにらんでいる。」

「………ですか。」

「プレイヤーは一人とも限らん。私とシャルティアが戦っている間に出てくるかとにらんでいたのだが、あてが外れてしまった。それなりの用意はしていたのだがな……。」

 

「見つけたら、惨殺、ですか?」

「うむ。こんなふざけた事をしたんだ……、止めても無駄だぞ。」

「止めません……。」

 ここにおいてはどうやらカルマよりシモベとしての精神状態の方が上のようだ。

「しかし、シャルティアには気にするなと言っておいたのだが……。」

「それは、無理と言うものですよ。この子は心の底からアインズさんを愛しているのですから…。その愛する人に剣を向けてしまった………。できることなら死んでお詫び……。」

「ならん。」

 底冷えするようなアインズさんの声。

「つかさ、シャルティアがそんな愚かな考えをしないよう、見ていてくれ。」

「はい。」

「後はそうだな、家出娘にお尻ぺんぺんはしておいてくれ。」

「それは、僕が殺されます。」

「それから、シャルティアがこの事を吹っ切れるよう、何か知恵を授けてくれるとありがたい。」

「考えてみます。」

 

「頼んだ。ではな。」

「はい、また。」

 

 

 とはいえ、そう簡単に自分を納得させられることなんて都合よくあるわけがない。

「やっぱり失態以上の手柄を立てさせるしかないのだろうけれど………。」

 家を後にする前に、シャルティアのそばに人形を一体置いた。

 起きたとき、一人きりだと心細いだろうから、直ぐに帰れるように…。

 そしてもう一体は家の玄関の前に。

 もしニグンさんとか来たら、遊び半分、腹いせ半分でシャルティアに殺されてしまうかもしれないから……。

 

 僕は森を抜ける街道の開通を計画している現場に来て見た。

 レイナース領へ抜ける道だ。

 とりあえず樹はマーレに頼み込んでどけてもらった。はじめは渋ったが、1kmでぶくぶく茶釜さん情報を一つといったらアウラに尻を蹴られながらやってくれた。

 樹をトレントのように、自らの根で立たせ、自分の好きな場所へ根付かせる。まあエコな、それで居てめちゃくちゃ簡単な方法だった。

「森の賢王とかがモモンさんに退治されてなかったら、それを排除させるとかできるんだけど……。」

 森の賢王のテリトリーはこの道を80%くらいもうらしていた。

 逆に森の賢王の支配がなくなったから道を作ろうと考えたのでもあるが……。

 

 

「ん?」

 何処からか、戦いの音が聞こえる……。こんな深夜に…盗賊か?

 それにしてはかなり高レベルな、戦いが繰り広げられている。

 

「ニグンさん!!」

 戦っていた、と言うより一方的にニグンが攻撃されていた。

 相手は三人。

「大丈夫ですか?!大治癒(ヒール)。」

「聖…お気を付け………。」

 ニグンは僕の腕に抱かれると安心したのか、気を失ってしまった。

 

「貴方達は何なんですか?」

「驚いた。ヴァンパイアがニグンを助けてる。」

「しかも鬼ボスより高位の治癒魔法使った。強敵。」

 双子だろうか?同じ姿、色違いのニンジャ?

「ああ、しかし、ってこたぁ奴さん、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)だろ。俺達の敵じゃねぇ!」

 こっちは男。あ、いや、漢と書いた方がしっくり来る。

 戦槌(ウォーピック)を振り回して漢が攻めかかって来た。

 

 跳んでかわし、樹の陰にニグンを横たえると、僕は彼から距離を取って戦禍が及ばないようにする。

「驚き、驚き。気の利いた戦いをする。」

「こんなヴァンパイア初めて見た。」

「中位ゴーレム作成、アイアンゴーレム。中位人形作成、ガーデンノーム!」

 森の中ならやはりノームが威力を発揮する。

「おい!何だアイツ!サマナーじゃねぇか!!」

「でもゴーレムなんて我等の敵じゃない。」

 ガーデンノームが2体、ニンジャらしき娘達へ飛び掛っていく。

魔法効果集団化(マスターゲティング)鎧強化(リーンフォースアーマー)下級筋力強化(レッサーストレングス)下級敏捷力増大(レッサーデクスタリティ)

「っむ……。」

「結構強い!」

「普通のゴーレムじゃない?」

「当社比2.5倍。」

「このっ!人形がっ!うっとうしいぜっ!!武技・不落要塞!」

「だったら…。」

 何か仕掛けてくる!

「中位ゴーレム作成!ミラーゴーレム。」

「頭を叩く!」

 以前、プレアデスと戦ったとき、アサシンが使った戦法。まさに同じ事を敵の中の一人が行った。

「チェック!」

 

 カシャーン!

「なっ……。」

 鏡が粉砕され、破片がニンジャ少女に突き刺さっていく、と思われた。

「変り身の術!」

 破片はしかし直ぐに丸太にどすどす突き刺さっていく。

「意外。結構強い。」

 ニンジャ少女は飛び退り、対峙するように動きを止めた。

 

「もう一度聞きます。貴方達は誰ですか?何故僕らを襲うんですか?!」

「俺等は蒼の薔薇だ。ヴァンパイアが聞いたことあるか?」

「リ・エスティーゼの英雄ですか?」

「私達すごい?」

「うん。ヴァンパイアの世界にも知れ渡った。」

 まあ、普通にこんな村の近くにヴァンパイアが住んでれば英雄なら退治しようとするだろうな。

 

「僕を襲うなら分かる。でも、何でニグンさんを?!」

「アイツは法国の特殊部隊。」

「以前も、ビーストマンの子供を殺してた。」

「こっちも聞きてぇな。お前さん、何で奴の味方をする?奴は、奴こそヴァンパイアと見りゃ退治するような奴だろうが?」

「彼はそんな悪い人じゃない。何か訳がある。」

 

「何か、混乱する。」

「悪人を助けるヴァンパイア。」

「完全に向こうが悪。…なのに……。」

「「こっちが悪いことしてるみたいに聞こえる。」」

 ハモるな、指差すな!

 

「まあ、ここまでやっちまったんだ。とりあえずボコろうぜ。話はその後だ!」

「ちょっと、何て暴論!!」

「それだけの事をあいつはやってきてるんだよ!あいつの味方するならお前さんも同罪だ!!」

「全く何て漢前な!」

「あ゛あ゛?!!俺は女だ!!」

 ……………………………。

 

「………え?なんて?」

「そうなる。」

「わかってた。」

「お前らっ!!!」

 

「とりあえず、本気出してみる。」

「とりあえず、奇襲をしてみる。」

 あー、もう、韻を踏んでてキレイだね。

「奇襲返し、ライトニング!」

「水遁!煙霧!」

 ライトニングが水飛沫に拡散されてしまった。

「奇襲返し返し、火遁!炎魔手裏剣!」

「ゴーレム!」

 アイアンゴーレムに突き立ったクナイが爆発する。

応急修理(ランニングリペア)。奇襲返し返し返し、火球(ファイアーボール)!」

「水遁!鏡面水月!」

 火球(ファイアーボール)は水遁によって水蒸気にされてしまった。

「奇襲返し返し返し返し!」

「お前らっ!!初めから奇襲になってねぇことに気付け!!」

 漢はゴーレムと力比べをしていた。もう、何ていうか、規格外だ。力だけならガゼフを凌ぐんじゃないか?!

「奇襲って言葉に失礼だ!!」

 

「「「お前は女と言う言葉に失礼だ!!」」」

「お前らっ!!!」

 

「1対3か、おい?!何で俺が1の方になってんだよ!!?」

「ショタの敵だから?」

「血が青いから?」

「ただなんとなく?」

「よーし分かった、お前ら全員敵だ!!全員まとめてかかって来い!!」

 

「いい加減馬鹿話はやめろ!!頭痛くなってきた。」

 見れば空中に誰か浮いていた。

「イビルアイ……。」

「……イビルアイ?」

 ………。

「……………。」

「むぅ。何だろう、お前からは強さ以外の何かを感じる。もしかしてお前は“えぬぴいしい”か?」

「NPC?やはり君もプレイヤーか?」

 もしかしてシャルティアに一杯食わせたのは。

「も、だと?」

「なるほど、分かった。全ては君の差し金だったんだね……。」

「ぬおっ!」

「雰囲気が変わった!」

「本気出した?!」

 

生命の精髄(ライフエッセンス)。」

 HPはジャミングされてる。とするとほとんど見えないと思っていた方が良いか?

連鎖する竜雷(チェーンドラゴンライトニング)!」

「む、水晶の盾(クリスタルシールド)。」

 連鎖する竜雷(チェーンドラゴンライトニング)が半透明の盾に防がれた。しかし、ぎりぎりだったか、盾は砕けた。

 今までの感じ、圧倒的実力差があるとは思えない。

 ならば…。

飛行(フライ)。」

水晶の槍(クリスタルランス)!」

大地属性防御(プロテクションエナジーアース)!」

「むっ!」

 水晶の槍(クリスタルランス)が防御魔法に弾かれる。

 

「今度は組み手か…。色々な攻撃手段を持ってる奴だなしかし。」

 ソロだからね。ガチビルドには歯が立たないが、汎用性の高さはハンパ無い。

「とはいえ、飛んでちゃ応援には行けねぇな。」

「声援はできる。」

「がんばれー。」

 3人は戦時食を食べ始めた。

 

 膝蹴りからひじ打ち、回し蹴りの三段。最後の一撃をイビルアイは腹に食らってしまう。

「ぐふ…。ちっ!お前、修行僧(モンク)か?鎧強化(リーンフォースアーマー)浮遊する水晶の盾(フローティングクリスタルシールド)。」

 

晶刀乱舞(ダンシングクリスタルソード)!」

「何?」

 七本の水晶の短剣が僕の周りを飛び回って襲ってくる。

「っく、スキル・フローターキャプチャー!」

「スキルだと?!やはりお前は……。」

 僕の周りに浮いていた短剣は無力化した。

 今のLVでは1日2回のみのスキル……。同じ魔法、そんなに使ってくれるなよ。

 

 

 ………………

 おかしい、飛び回ってもうだいぶ経つってのに……。

水晶の槍(クリスタルランス)!」

 

 パキ…。

「く……。」

魔法の矢(マジックアロー)。」

 パシャーン。

「くあっ…。」

 僕の方のフローティングシールドが壊れた。

 次いでマジックアローを一つまともに食らってしまった。

 

 おかしい、戦うほどに僕の方が明らかに分が悪くなっていく。

 それに、どうやらプレイヤーでもないようだ……。

「君は、もしか、して…?ハッ、ハッ、ハ……。」

「おかしい、お前、ヴァンパイアではないのか?」

「……………。」

「……はぁ、はぁ、はぁ………。」

「疲労するヴァンパイア等初めて見た。」

 

竜雷(ドラゴンライトニング)!」

水晶の槍(クリスタルランス)!」

「ぐ、っは……。」

 腹に水晶の槍(クリスタルランス)を受けて、僕は地上に激突した。

 

 

「さて、聞かせてもらおうか。」

 僕の襟首をつかんで引き上げるイビルアイ。

 

「何を、でありんすか?」

 

「……は?」

 イビルアイの後ろには笑顔のシャルティアが居た。

 思わず飛び退くイビルアイ。

 シャルティアは僕の腹に突き立った水晶の槍(クリスタルランス)を無造作に引き抜く。

「グホッ…。」

「相変わらずイイ顔をする子でありんすなぁ。はぁはぁ…。」

 イッテェェェ……。

「お前、何者だ?」

「何者、ねぇ。わらわの一番のおきにをおんしら………。」

 ブワッと殺気があふれる。

「よくもやってくれたな!」

 

「っく……。」

「なんだ?この不快な仮面は?」

 シャルティアは一瞬でイビルアイの真正面に立つと、仮面を軽くつかんで粉々にした。

「……ちょーっと、やばそうだ。」

「ヴァンパイアの親玉がやってきた。」

「私達も手伝う。あれはやばい。」

「お~やおや、おんしも真祖(トゥルーヴァンパイア)でありんしたか……。」

「っどおおおっらぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ガキン!!

 

「な、バカな……。」

 漢の戦槌(ウォーピック)は人差し指一つで止められていた。

「バケモノ……。」

「さ~て、撫で斬りにしんしょうかえ……。」

「ストップ!……ハッ、ハッ、……。」

「つかさ…、何を止める?何故止める?」

 心底分からないと首を傾げるシャルティア。

「シャル……、シャム様、この娘達、は…、ハァ、ハァ…武技が使えます。」

「おや…。」

「ハッ、ハッ…、それに、その双子は、ニンジャ…です。とても、珍しい。そして、この地に居た真祖(トゥルーヴァンパイア)。」

 シャルティアは僕の傷を回復してくれる。

「御方の下に連れて行けば、今回の、汚名の、返上、間違いなしです…。」

「おお。…おお、おお。やっぱりつかさ、大好きでありんすよーー!」

 やっぱりかわいいなぁ、シャルティア様……。これでSっ気を無くしてくれれば…。

 

「何か、やばい雰囲気。」

「魔王殿かどこかに連れてかれそう…。逃げよう。」

「大丈夫です。御方は、取って、食ったり、しません。ちゃんと話して、貴女方の、技や、武技、魔法を見せてあげれば、殺される、事は、ありません。」

「信用できん!」

「じゃあ、ここで、シャム様に、八つ裂きに、されますか?」

「……………。」

 

 

 僕等はニグンさんを家に寝かせると、シャルティアの転移門(ゲート)でナザリックへ向かった。

 ナザリックの内部を見て蒼の薔薇の4人はその絢爛豪華さに度肝を抜かれていた。

 

 謁見の間に到着すると、ユリとルプスレギナが扉を開ける。

「我が君、今回は無断で飛び出して、申し訳ありんせん。」

「よい。つかさが既にお前に罰を与えたと聞いている。それは不問にしよう。」

「それで、先程連絡のあった、武技を扱う戦士達と言うのがその者達なのだな?」

「はい。」

「その他にもユグドラシルではありえないタイプのニンジャと、地元の真祖(トゥルーヴァンパイア)と?」

「はい。」

「シャルティア、良くやったぞ!!」

 大きく手を広げるアインズさん。

 4人の前でシャルティアの名を言ってしまっているが、彼女の気持ちをちゃんと理解しているアインズさんの優しさが感じられる。

「は、はい!!」

 天にも昇るような表情になるシャルティア。

「今回の件で、お前の失態は帳消し、いや、一転、大殊勲者になった。」

「も、もったいなきお言葉。」

「そうだな、褒美を与えたいと思うのだが…、つかさ、何がいいと思う?」

「ひざの上で抱いて、頭を撫でてあげればいいと思います。」

「そ、……そうなのか?」

 それだけで良いのか?と首を傾げているアインズさん。

 

 よいしょといった感じでひざの上に抱き上げ、シャルティアの頭を撫でてあげるアインズさん。

 コロスコロス………と声が聞こえてくる気がする。今、アルベドと目が合ったら……呪われそうだ。

 シャルティアは大感激してアインズさんの首に手を回す。

「わらわの初めて、貰ってぷきゃら……。」

 アルベドがシャルティアに拳骨をくれていた。

「つけあがるのはそこまでにしておきなさい。そこまでの成果は挙げていないはずでしょ。」

「お~やおや、嫉妬でありんすか?顔が面白いことになっていんすよ。大口ゴリラ!」

「面白い事を言うわね。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってつかさの所へ逃げ込んだヤツメウナギ!」

 アインズさんはそそくさと膝の上から後ろのアルベドの方へ向かってシャルティアを押し付けると、蒼の薔薇に向き直る。

 

「さてと、自己紹介がまだだったな。私はアインズ・ウール・ゴウンと言う。死の支配者(オーバーロード)だ。」

「おーばーろーど?」

「ようこそナザリックへ。君達がこの世界での初めての客になる。歓迎するよ。」

 今まで呆気に取られていた4人だが、その言葉で少し安心したようだ。

「俺は蒼の薔薇のガガーラン。戦士です。」

「ティア。ニンジャ。」

「ティナ。ニンジャ。」

「私はイビルアイ。魔法詠唱者(マジックキャスター)で、真祖(トゥルーヴァンパイア)だ。」

 

「うむ、よろしく頼む。」

「さてと、じっくり武技とか忍術とかを見せてもらいたいところなのだが、今回は顔見せだけで済ませようと思う。」

「顔見せ…ですか?」

「と言うのも、今、我々は引っ越してきたばかりで色々準備が整っていなくてね。」

 ……本当のところはシャルティアの件での報復準備だろう。

「この豪華絢爛な設備を引っ越してきたばかりで?」

「それに君達も驚いただろう?人外ばかりが集まってできた組織など。」

「それは、まあ。」

 

「何かあればつかさにメッセージを送れば私に連絡を取れる。イビルアイとやら、同じヴァンパイア同士、つかさと仲良くしてやって欲しい。」

「…………。」

「おい!」

 ガガーランに肘で突っつかれるイビルアイ。ちょっとふて腐れている様子だ。

「分かりました。」

 …とっても嫌そう。

 いや、ボコボコにされたの僕の方だから。遺恨あるの僕の方だから。

「まあ、君達は恐らく直ぐにつかさとは打ち解けると思う。」

「ああ、何か。」

「うん、分かる。」

 双子のニンジャは僕の両肘を取って肩を組ませる。

「こいつは、」

「良い奴だ。」

「「それに面白い!」」

 ハモるな!お前らのほうが面白いから。

「さて、今回わざわざ来てもらって、手ぶらで帰すのもアインズ・ウール・ゴウンの名に泥を塗ってしまうな。」

 パンパンと手を叩くと、ユリとルプスレギナが大小つづらを持ってきた。

「君達にどちらかをあげよう。好きな方を選ぶが良い。」

 すずめのお宿か?!

 小さい方が良いよガガーラン。

 

 ガガーランが小さいつづらを持ち上げようとすると。

「うおっ、おもって……。」

 中を開けると砂金がぎっしり詰まっていた。あの大きさからすると200kgは下らないだろう。

「おい、これ、さっきメガネのメイドさん、軽々と持ってなかったか?」

 全員がユリを見る。

 ユリはにっこり微笑み返した。

 全員の頬に冷や汗が流れる。うん、あの人も怖いんだよ。

 

「ちなみに大きい方は何が入っていたのですか?」

 僕が聞くと、アインズさん中を空けてくれた。

「あー、マジックアイテムでしたか。」

「お化けかと思ったか?」

 お茶目だ。何か骸骨がウインクでもしたみたいだ。

 

「言い忘れていたが、まだ誰にもナザリックの事は話さないで欲しい。」

 4人は顔を見合わせる。

「あー、ウチのメンバーでリーダーのラキュースって神官戦士が居るんですが…。」

「君達の仲間なら是非もない。しかし他には……。」

「分かりました。」

「うむ。ではカルネ村まで送らせよう。シャルティア……。」

 シャルティアはアルベドと取っ組み合っていた。

 

 ビキッ!!

 

 アインズさんがスタッフで地面を突付くと、あたり一面が氷の世界になった。

「いいかげんにせんか!客人の前だぞ!!」

「「も、申し訳ございません!」」

 アルベドもシャルティアも、と言うか全員が恐怖で引きつっていた。

 蒼の薔薇もアインズさんを怒らせると怖いと思い知ったことだろう。

 

 

「ねえー、皆どこーーー?」

 明け方、森の中でラキュースの寂しそうな声がこだましているのであった……。

 

 

 

続く

 



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25話

B アインズ・ウール・ゴウン

 

 

 

「はぁ???!!!!!」

 

 突然大声を上げてしまった。

 ネムがびっくりしている。

 

「あ、……ご、ご、ごめんなさい。」

 胸がドキドキする。

 

 既に通商が始まって今の時期は野菜と果物が入ってくるようになった。

 今回ネムが使者として来てくれたのだが、その時、話で驚きの名前が出てきた……。

 

「えっと、ごめんね、ネムちゃん。その、魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンって言いわった……言ったんだよね??!!!」

 がくがく揺さぶるから頷いているようにしか見えない。

「えっと、えっと何、今、え、?すると、カルネ村に、その、え、アインズ・ウール・ゴウンが居るの?」

「居ないよ。帰っちゃった。」

「帰ったんかい!??!!って、何処へ??!!」

「さあ?多分つかちゃんなら知ってると思うけど……。」

「待って待って、ちょっとまって、ちょっと待って…………。」

 うっわー、ぐるぐる回るよ……、え、何?え?考えがマトマラナイ。……マクマナマン。

 

「ちなみにレイナースはアインズ・ウール・ゴウンて、聞いたことある?」

 レイナースは首を振る。

 アルシェを見る。首を振る。

「ビンカの知り合いなの?」

「いや、えと、なんだ、あの……、私の知ってるアインズ・ウール・ゴウンは人の名前とかじゃないんだ。私の居た組織の名前。」

 レイナースとアルシェは顔を見合わせる。

「だから、意味が分からない。何々?誰かが組織名を名乗ってるの?リスペクトとか?」

 落ち着かない。

 

「組織の内の誰かが名乗ってるとか?」

「辞めてった人も居るけど、40人も居るんだよ!誰が名乗るっての?ギルド長のモモンガさん?まあ彼なら誰も反対しないだろうけど……。るし★ふぁーさんとかだったらぶっ飛ばすわよ!!」

 

「ネムちゃん、その、アインズ・ウール・ゴウンて名乗ってた人、どんな感じだったかな?」

 アルシェのその言葉にネムは人差し指を頬に当て考える。

「大きな人だったよ。空に浮かんでた。すっごいキレイなお洋服着てた。」

 そうなんだ。……まったく分からない。

「もしかして、その人、骸骨じゃなかった?」

「え?骸骨なの?仮面を被ってたから分からないよ。」

 仮面を被るワケ……、厨ニ病?いやいやいやいや普通に考えたら何処の誰かを判別させないため……。

 

「ねえ、ネムちゃん、お絵かきできるかな?」

 レイナースはクレヨンを持ってきて、羊皮紙に絵を描かせ始めた。

「分からない……。」

 まあ、10歳の子の絵だった。ただ、黒っぽいローブらしきものを羽織ってるだろう事は分かった。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーであるならあの人が強烈にイメージされるんだけど……。

 

「ビンカ、貴女の気持ちも分かるけれど、罠の可能性も棄てないで。」

「罠?」

「ビンカ本人か、貴女の仲間の誰かをおびき寄せるため……。」

「そうですね。仲間だけを呼び寄せたいならもっと、こう、暗号めいた何か合言葉みたいなのがあると思います。」

 

「貴女と同等の力を持っているなら、誰かに似せている可能性もあるでしょ?」

「幻術と言う可能性もあるかも……。」

「すると、アインズ・ウール・ゴウンを知っている人間からの挑戦状?」

「だったら私が直ぐに行ってぶっ飛ばす…って無理か、私本当ガチバトル弱いし……。アインズ・ウール・ゴウン知ってる人で攻めてくるなら確実に私より強い自身がある。」

 かわいそうな者を見る目で私を見てくる……ネムまで……。

 

「結構嫌われてたからなあ、私等…。のこのこ出て行って捕まってさらし首は嫌だなぁ。」

「その、つかちゃんに仲介を頼むわけにはいかないの?」

「「それだ!!」」

 アルシェの言葉に私とレイナースが指差して言う。

 もう相当私達もテンパッてるね。

 

「ねえ、ネムちゃん、そのつかちゃんにアインズ・ウール・ゴウンさんと私が話したがってるって伝えてくれるかな?」

「いいよ。」

「ほ、ホントに?!あ、ありがとー!アリガトありがとありがとー!!」

 ネムのほっぺにちゅっちゅ、ちゅっちゅ。

 

「じゃあ、早速転移門(ゲート)で……。って、私、カルネ村行った事ないからそりゃ無理か…。だったら飛行(フライ)でひとっ飛び……。」

「失礼します。」

 唐突に会議室に入ってきたのは18歳位の青年だった。腰の下まで届く黒髪が印象的だ。

「誰だ?」

 レイナースが剣の柄に手を掛ける。

「こちらにカ・ラ・ビンカ様と仰るぷれいやー様がいらっしゃると聞き、まかりこしました。」

「だから誰、アンタ?私達はそれど……、って、プレイヤーって言った?アンタ!!」

「やはりそうですか。法国よりお迎えにあがりました。御同行願えますね。」

「冗談じゃないがちゃ…。私は今それどこでじゃ………。」

 噛んだ…。

「これは帝国正規軍数万でもとめられない連中のようだ……。厄介な奴らが……。」

「失礼ですが、ロックブルズ殿も、フルト嬢も、エモット嬢、そして…。」

 

 ガァン!!

 爆音と共に、クレマンティーヌが会議場に吹っ飛ばされてきた。

「こやつも共に御招待しましょう。」

「ま、参ったね、こりゃ…。まさか漆黒聖典全員で私等ひっとらえに来るたぁ、聞いてねぇよ……。」

 口から流れる血を吹きながら立ち上がるクレマンティーヌ。現れたのは真ん中から白と黒に分かれた髪が特徴の女性。

「…ねえアンタ、ぷれいやーなら強い?」

「弱いよ。」

「……そう。」

 それで興味を失ったか、白黒の女性はクレマンティーヌの方へ向かった。

 何時の間に入ってきたか、アルシェ、レイナース、ネムの後ろにそれぞれ屈強そうなあるいは曲者そうな男がそれぞれ得物を突きつけていた。

 

「分かったから、行くから、皆に手は出さないで。」

「「ビンカ!」」

「大丈夫だから。」

「そう、言っていただけると思っていました。しかし、それだけではぷれいやー様にどんな切り札があるか分かりませんので、このような手段をとらせていただきます。」

「おい、何を、ビンカはついて行くと言ってるだろう!!」

「カイレ様。」

「ぶ、ぶあーはははは………。」

「……………。」

「ちょ、その歳でチャイナ……、チャイナドレスは反則じゃない?!きょ、強烈……。」

 私はそれきり何が起こったか、何も分からなくなった。

 ああ、もう、何だか色々ありすぎて訳が分からない。

 

 今日はまったく、なんて日だ!!?

 

 

幕間

 

 ビンカがカイレと呼ばれた老婆に何かをされた。

 恐らく支配(ドミネート)されたのだろう。ビンカからはいつもの陽気さはなりを潜め、照準の定まらない虚ろな瞳で虚空を見つめている。

「クソ、まさか漆黒聖典がこんな早く、しかも人目を気にもせず乗り込んで来るなんて……。」

 

「ちょっと待ってください!私、…せめて副頭取に連絡をさせて下さい。銀行が空転したり、業務停止したら損害賠償を法国に請求しますよ!」

 アルシェの言葉に漆黒聖典隊長は頷く。

「ヘッケランと言う方に知らせればいいのですね?数日間、頭取は法国に出張すると…。我々がここを発った後、お知らせしておきます。」

 眉をしかめるアルシェ。やはりこれは一筋縄ではいかない。自分達の情報が丸裸だ。

「おい、ネムちゃんは解放してやれ!特使とは言え、単なる寒村の農民の幼女だぞ。」

「カルネ村は既に寒村ではないでしょう?むしろカルネ市、では無いですか?」

「チッ。」

「それに、ここの事情を目にした者を解放するわけには参りません。申し訳ありませんが、彼女は法国の招待に応じてもらいます。」

 

「せめて縄は解け!お前ら法国は血も涙も無いのか?!」

「おや?重爆と恐れられた冷血な騎士がずいぶんお優しい事を仰るようになって……。」

「はぁ、話にならんか……。ネムちゃん、こんなことになってすまない。必ずお家に帰れるように頑張るから、少しの間、我慢して欲しい。」

 涙目になりながらも声を上げて泣かず、我慢しているネムにアルシェは安心させるかのように身体を寄せる。

 

 押し込められた馬車の中、アルシェが口火を開いた。

「貴方達は何でビンカさんをこんな風にっ!」

 ビンカは老婆となにやら話している。だがそこに意思は見えない。

「そんな大きな声を出さなくても聞こえます。逆に静寂(サイレンス)の効果で内部の声は外へ届きませんよ。」

「そんな事分かってます!私だって魔法詠唱者(マジックキャスター)の端くれ、どんな魔法の影響下か位…。」

 

「実は当方で手違いがありましてね。とある神を怒らせてしまったようなのです。その神への交渉として、こちらも神を立てて交渉しないといけなくなったのです。」

「だったら、…そんな支配(ドミネート)した神を立てての交渉なんてしたら、相手はもっと怒るんじゃないですか?!」

「こちらには神に比肩し得る戦力がこれだけある。この方の力の本質は戦力の底上げ、支援、それと、創造。我等が総力を挙げて準備を行えば、神とて無視できない戦力が手に入るのです。」

「このっ…ばちあたり共が!」

 

「貴方達は、法国は神を信奉する国ではなかったのですか?!」

「我々のためになる事をしてくれる方なら神です。」

「そうでなければ魔神と言うことですか?!」

「遺憾ながら。」

「そんな狭い視野で交渉するから神を怒らせたのではないのか!!?」

 

「そもそも先にこちらの巫女姫を攻撃してきたのは神の方からなのです。」

「巫女姫?奴らは自分の意思など持っていないだろう?」

「良く知っていますね。さすがは帝国騎士。」

「その巫女姫に何をされたと言うのだ?」

「陽光聖典に渡しておいた魔封じの水晶。それが発動されたので、確認しようとしました。とたんに巫女姫は爆死、侍従他大量に重軽傷を負う事態になりました。帰ってきた陽光聖典隊長によれば不躾に巫女姫が覗き見ようとしていたので、神が不快に思った、と。」

「自業自得ではないか!」

 

「だって、われわれはガゼフを葬るために陽光聖典を送ったのに、何故神が陽光聖典と戦っているなど思いつくでしょうか?」

「ガゼフを葬る………?」

「分かった…、分かったよ!!ガゼフ領主様を殺そうとカルネ村に帝国兵に偽装した兵士を送ってきたのは貴方達だったんだね!?」

「何?!」

「貴方達のせいでカルネ村の近隣の村々がたくさん被害にあってるんだよ!!」

「そうか、民想いで有名なガゼフさんを村民を犠牲にしておびき寄せ、暗殺しようとしたんですね?!」

「何処まで汚い事をするんだお前らは!神が怒って当然だ!!」

「そうでしょうか?元陽光聖典隊長の話では神は村民より友人を攻撃されたことに激怒したとありました。」

「友人?」

「つかちゃん、つかさちゃんの事だよ。」

「良く話に出てくる賢者か。そうか、今、カルネ村が急速に発展を続けているのは神の使徒の恩賜と言うことなのか?」

「そうだね。そう思うよ。つかちゃんが言う事は必ず的中してきたもん。上下水道の完備で伝染病とか無くなってるし。」

 

「今、元、陽光聖典隊長に、その神との交渉をその使徒を通じて行おうとしています。」

「だったら!それでいいではないか!こんな回りくどい事はやめろ!本当に神の怒りを買うぞ。」

「交渉材料は多い方が良い。元陽光聖典隊長も時間が掛かるだろうと言っていましたし、成功するとも限らない。」

「時間を掛けてでも、話し合った方が誤解も解けるだろうが!」

「実はそこなのです。神官長の中には元陽光聖典隊長に任せて後は座して待てという意見が一人しか居なかった。だから我々がとりあえずその神の所在地だけでも割り出そうと調査に向かった……。」

「読めてきたぞ。その調査の途中、神、もしくは他の使徒と出会い、手違いが起こった、と言うところではないか?」

「……………。」

 

「図星のようだな。愚かな!触らぬ神に崇りなしと言うではないか!お前らは神の御座所の近くをうろついて、竜の尻尾を踏んでしまったようなものでは無いか!」

「そう、既に竜の尻尾を踏んでしまったのです。後戻りはできません。立場の弱い者が交渉しようとすると、確実に足元を見られてしまいます。」

「だから神と同等の力を持とうと?バカなマネは止せ!ミスしたのならば仕方ないではないか。充分説明して謝り倒す以外無いだろう!?」

「神が我々の言うことを聞いてくれると思いますか?」

「思います。私達は少なくとも、神であるビンカさんと友達のように仲良くできていました。」

「甘い!甘すぎます。普通の神は我々人間のことなどゴミクズくらいにしか思っていません!」

「そんな事はない!少なくともビンカは民をたとえ犯罪者であれ、感情移入し、同情し、いたわっている!クレマンティーヌが良い例では無いか!」

「そうですね。我々の間諜からも報告があがってます。あの方、ずいぶんとできた神の様ですね。」

 

「ああ。私の呪いを解いてくれ、荒んでいた私に、人として生きる大切さを教えてくれた。」

「私もたくさん助けてもらいました。ともすれば奴隷商人に売り飛ばされる所を助けてもらいました。レイナースさんと共に一家離散の危機を救ってもらいました。」

 でも、と、二人はフフフ…と楽しげに笑う。

「ビンカはどんな偉業を成し遂げても偉ぶる事も無く、神と崇めようとすると目を三角にしてかわいく怒る。」

「アルシェはマブダチ!て、いつも言ってくれる。とにかく歌うことが大好きで。わがままを言って。かわいく笑って。」

「「でもそこに何の裏もてらいも無い、何の思惑も無い。」」

 

「そうですか。本当に良い神の様ですね。この交渉が終わったなら、法国の新たな神になってもらいましょう。貴女方はその巫女にでもなってもらいましょう。」

「お前等のその上から目線は気に入らんな。多分、ビンカも気に入るまい。」

「多分貴方達の元ではビンカさんはいつもの笑顔を見せてくれるとは思えません。」

 

「あのー、ねえ、ちょっと待って…。」

 ネムが首を傾げて言う。

「えっと、その、つかちゃん、陽光聖典と戦って、その友達の、神様が怒って、その友達の神様がアインズ様で、そして、アインズ様って、ビンカさんの仲間かもって………。」

 …………。

 !!!!!

 ちょっと言葉足らずだが、…繋がった。レイナースもアルシェも、もやもやしていた事だった。

「……そうだ!そうだ!!おい、辞めろ!絶対やめておけ!お前等の言う神がもしアインズ・ウール・ゴウン様であるなら、ビンカは彼の仲間だ!仲間を支配して人質に取ればどういうことになるか、考えてみろ!!」

 

「………本国に……相談してみましょう。」

「相談じゃねーだろバカ!」

 アルシェの口調がヘッケラン、イミーナのようになってしまう。

「ビンカさんはいつも自分のこと弱い弱いって言ってた。けど、それでも私等に与える影響は想像を絶するほどで、だから、とすると、アインズ・ウール・ゴウン様はとてつもない力を持ったビンカさんを遥かに上回る神って事でしょうが!激怒した神がどんな神罰を下すか、あんた達以外にも被害が及ぶ可能性を考えてんの??!!」

「ビンカなら謝れば許してくれる。ビンカに頼み込んで、アインズ・ウール・ゴウン様に許してもらえるように口添えしてもらえ!そうすれば必ず事態は好転する!!」

「そうだよ、つかちゃんも一緒になって謝れば、アインズ様はきっと許してくれるよ。アインズ様は話の分かる、少なくともつかちゃんには甘いくらいの神様だったよ!」

 

 

 そして、彼らの下した判断は。

「つまり、集めた情報から、アインズ・ウール・ゴウン様は多くとも味方は3~5人しか居ないと。であれば、漆黒聖典の戦力ならビンカさんの第10位階の支援魔法プラス、巫女姫の力で調伏することができると?」

「最悪だ……。大方、政治がらみの決断なのだろうが……。」

「第10位階って、どんな魔法なんでしょうね?」

「さあね。天地でもひっくり返るかもね。」

 

「無駄話は終わりましたか?では貴女方も支配(ドミネート)させて頂きますよ。」

 目の前に現れたのは支配(ドミネート)されたビンカだった。

「最後の頼みだ。ネムちゃんだけはせめて法国で保護してくれ。決して戦場、交渉の場には出さんでくれ。頼む。この通りだ。」

 大きく頭を下げるレイナース。

「いいでしょう。もとより、そんなにたくさん交渉の場に連れて行くつもりはありません。それに女神様に対する人質はロックブルズ嬢とフルト嬢だけで充分でしょうから。」

 

「では、女神様、お願いします。」

「ごめんね、クー、ウーレ、後の事はお願いね。」

三重魔法強化(トリプレットマキシマイズマジック)。」

「はは…、まさか、ビンカを守るつもりが…。」

「はい。私達が足かせになってしまうなんて。」

看破阻害(ディテクトインヒビジョン)。」

「「ごめんね、ビンカ。」」

支配(ドミネート)。」

 そして二人は自我を失った。

 

 後には3粒の真珠だけが残っていた……。

 

 

 

続く



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26話

A 掛け違い

 

 

幕間

 

「あ、アインズ様~~!!」

 執務室にアルベドは転げ込んできた。

「あ、あお、その、………か、か、……。」

「落ち着け。何事だ?」

 持っていた報告書を侍っていたエントマに渡すと、アインズはアルベドに向き直る。

「トブの森林、ぎ、い、ニ、ニグレド姉さん…見張って……。」

「落ち着け。」

 

「エントマ。水を。」

「はい。」

 エントマがアルベドに水を差し出す。

 ごくごくとアルベドは一気に飲み干す。

「カ・ラ・ビンカ様です!カ・ラ・ビンカ様そっくりの女性が、トブの大森林、アインズ様とシャルティアが戦った場所に座っています。」

「……………………。」

「しかし、本人であるか調べた結果、ステータスが全然こちらのデータと違っているのです!ステータスUPしているなら分かるのですが、ことごとくダウンしているんです。LVも10強しかありません!」

「……………偽者、と言うことか?」

「はい、あ、いえ…、わかりません。」

「デスペナによるレベルダウンの可能性は?」

「……分かりかねます。しかし、それだけ殺されたというなら、猜疑心の塊になるのが普通です。そんな危険なところへのこのこ何の対処も無く出てくるでしょうか?」

「………そうだな。」

 

「アインズ様を…呼んでいるのかも知れませんが、罠かもしれません……。いえ、この状況は罠と考えるとしっくり行き過ぎるのです……。ただ……。」

「メッセージ!ニグレド!…ニグレド!!」

「は、はい。」

「今、アルベドから連絡を受けた。こちらに映像を出せるか?!」

「はい。」

「ビンカさんなら神器級(ゴッズ)アイテムを3つ持っているはずだが……。」

「ただの一つも持っていない。トライデントを持っていないのは理解できるが、鎧を着ているのに、神器級(ゴッズ)の羽衣とティアラを装備していないのは何故だ?反抗する意思が無い表明とするなら中途半端すぎる。つまり、神器級(ゴッズ)を持っていないということか……?もし隠して装備しているなら……罠確定だ。」

「ステータスを見せてくれ!」

「はい。」

「何だ、このステータスの低さ……。まるでゴミではないか…。ニグレド!ジャミングしている可能性は?」

「ジャミングはされていません。むしろ見てくださいと言ってるような状況で……。」

「何だそれは……?」

「逆にこれがフェイクであるなら……。」

 

「後ろにはべっているのは誰だ?貫頭衣が邪魔だ…。」

「直ぐに調査を……。」

「いや、一人は見覚えあるぞ……。クレマンティーヌ、とか言ったか?どういうことだ?奴は初めから彼女の部下だったということか?だとしたら……ビンカさんの性格上ありえない……。死者の軍勢(アンデスアーミー)等、最も嫌がるはずだ。」

 

「は、………、は、………はは、………。」

「アインズ様?」

「偽者だ……。プレイヤーが関わっている。アインズ・ウール・ゴウンの名を知っているプレイヤーが関わっている。二重の影(ドッペルゲンガー)か、高位の幻術か………。」

 

「何処まで………何処までこの私を…おちょくって……はぁ…。」

「ううっ……、アインズ様…。」

 凄まじい圧迫感と絶望のオーラで膝を突いてしまうアルベド。

「もし、これが尊敬するたっちさんや親友ペロロンチーノさんであっても、謝れば、まだ10回殺すくらいで許してやる。」

「失礼ですがアインズ様、会話をナザリック全員に共有したいと存じます。……姉さん、この会話をナザリックの全員に送って!」

「わかったわ。」

「………でもあの人はダメだ。あの人だけはダメだ!!」

 震える両手を目の前に、幽鬼の様に言う。

「カ・ラ・ビンカ様に一体何が……。」

 

「カ・ラ・ビンカさん。あの人は恐らく最も、…誰よりも、そう、この私より、このナザリックを愛していた人なんだ!」

「し、しかし、カ・ラ・ビンカ様は2年程前からここに来られなくなった………。」

「そう、来られない。来られるはずが無いんだ!」

 

「私は、彼女が死亡、いや、消滅していくところを見ている。」

「消滅………。」

「そう、消滅。ユグドラシルにおける死亡では無いリアルでの死亡、つまりは消滅。ビンカさんがここに来れなくなったのは消滅させられたからだ。」

「誰に、でございますか?」

「そうだな、社会、と言うものに抹殺された。」

 

「その灰も私は見ている!」

「そんな………。」

「死に逝く最期までナザリックの自室で苦しんでいた。苦しんでいたというのに最期まで服毒しなかったそうだ。ずっとナザリックの自室でうめいていた……。それでも最期までここに居続けたかったのだろう……。ナザリックを、皆を感じて居たかったのだろう。」

 

「私には、俺には何もできなかった。」

 

「最後はこんな、小さな壷に……………。」

 言って手のひらを合わせたくらいの空間を作る。

 

 色々な場所でナザリックのシモベ達は涙を流していた。

 

 アルベドはその場で自らの口を押さえて。エントマは擬態の顔が崩れていた。

 シャルティアは自室で両手で顔を覆っていた。

 デミウルゴスは第7階層で壁に向かって顔を隠し。

 コキュートスは涙こそ見せていないが全身を震わせていた。

 アウラとマーレは第6階層で抱き合って号泣していた。

 パンドラズアクターは誰も居ない宝物殿で帽子で顔を隠していた。

 セバスとソリュシャンはリ・エスティーゼの屋敷で床にくずおれていた。

 シズはギミックの前で全ての機能を停止したかのように微動だにせず。

 ユリとルプスレギナは控え室の机に突っ伏して肩を震わせて。

 ニグレドは氷結牢獄で膝を抱えて。

 ナーベラルは黄金の輝亭で膝を抱えて頭を埋めて。

 …………。

 

「これは至高の41人以外は知らないことだ。だから、ビンカさんに擬装するなど……許せない。最も許せない。」

 

「誰かは知らんが……愚かな事をした。絶対許さん……。」

 シモベ達の目に殺意の光が宿る。

「ニグレドは直ぐに周囲10km以内のLV20を超える戦力を探れ。」

「はい。」

「アルベドは戦闘準備だ。ヴィクティム、ガルガンチュアを除く全階層守護者を招集せよ。」

「はい。ワールドアイテム対策は如何致しましょう?」

「全ての階層守護者にワールドアイテムを1つづつ持たせる。パンドラズアクターに言って、宝物殿から持ってこさせよ。」

「はっ。」

「デミウルゴスとアウラをナザリックに詰め、何かあったら山河社稷図で封じ込めよ。ワールドアイテムは絶対持ち逃げされてはいかん。」

「はっ。」

「ニグレドの索敵が終わり次第、出撃するぞ。全員準備せよ!」

「はっ。」

 

 

「しかし、何故カ・ラ・ビンカ様なのでしょう?」

 戦闘準備の手は止めず、アインズにたずねるアルベド。

「最も考えられるのは二重の影(ドッペルゲンガー)を使った偽装。我々はプレイヤーとは数多く戦っている。中には二重の影(ドッペルゲンガー)の敵も居た。ビンカさんは抵抗が弱いから、コピーするのが容易だ。その割に生産とか、支援に特化していたから、重宝はする。また、水中に特化したビルドをしたプレイヤーは少なかったから、2年間、消さずに居ても納得できる。」

「しかし、何故この場に?あの方は戦いには最も向いておられぬ方でした。」

「いや、ビンカさんの真骨頂は集団戦。特に集団にリジェネレートを掛けたり、高位支援魔法を歌に乗せて、万単位の支援ができた。彼女はいつも自分は弱い弱いと卑下していたが、そんな事は無い。ぷにっと萌えさんとちゃんと相談してビルドしていたんだから。」

 

「そうそう、ビンカさんはビルドとかが苦手でな、自分のNPCを作らなかった。けれど…、いや、だからか、お前達の事はかなり、かわいがっていたと思う。覚えがあるものもいるのでは無いか?」

 シモベ達はそれぞれ思い当たる節があるのだろう。

 懐かしむように虚空に視線を送る。

 

「美声を、歌を、聞かせて頂きました。」

 代表して答えるアルベド。

「そうだな。あの人の歌は天下一品だった。毎日のように劇場で歌っていた。良く茶釜さんと張り合ってたな。」

「はい。」

「声は茶釜さん、歌はビンカさんで我々の評価は一致していた。声は作り物です、なんて言ってたけど、フフ…。」

「不遜ながら、我等もそう、思っていました。」

「以前茶釜さんに聞いた事がある。彼女が声優の世界で歌が1、2に上手いと言われるようになったのは、ビンカさんからテクニックを伝授されたからだと…。感謝していると……。」

 

「索敵、終了しました!敵勢力、全員で12名。LV82が1名、LV90が1名、後は全員雑魚。要注意は二人のみです。」

「よし。準備は?!」

「既に万端整いました。」

「よし!ではでるぞ!」

 

「お待ちください、アインズ様。」

「どうした、パンドラズアクター?」

 いつの間にか、パンドラズアクターが執務室に来ていた。いつものオーバーアクションもなりを潜めている。

「今回のアインズ様はアインズ様らしくありません。」

 

「何だと?」

 一段声が低くなるアインズ。

「いつもであればもっと慎重に事を運ぶはず。どんな罠であるか更なる調査を……。」

「必要ない。罠などここにいる全員で掛かれば事足りる。」

「しかし、もし……。」

「くどい。」

「は、失礼しました。」

 

 アルベドとすれ違うとき、パンドラズアクターは彼女に声を掛けた。

「アルベド殿、貴女も、今回はアルベド殿らしくありませんよ。」

 美しいかんばせをゆがめるアルベド。

「何が言いたいの?」

「貴女はアインズ様をいさめるのが仕事。今回はいささか後押しをしているように感じてならないのです。」

「いさめるのが仕事なのではないわ。正しい事を後押しするのも私の仕事。」

「今の状況が正しいと?」

「今までの事、聞いていなかったの?!あ奴は事もあろうに、至高の御方に泥を塗るような事をしたのよ!」

「焦っておいでなのでは?」

「何を言うの?」

「シャルティア殿が、失敗と成功を繰り返して、失敗の分、成果が際立って……。」

「黙りなさい!私がそんな狭い了見で動いてると?侮辱も大概になさい!」

 

「………ならばせめて、貴女だけは感情的にならず、常に一歩引いた視線で、見てください。」

「言われるまでも無い。」

 吐き棄てるように言うと、アルベドはアインズの作ったゲートをくぐって第6階層、階層守護者が集まる場所へ移動した。

「…………………。」

 

_____________________________________

 

 

「つかさ。私と一緒に死んでくれませんか?」

 初めての我が家訪問で発したパンドラズアクターの第一声がそれだった。

 ……………………………。

 

「………は?」

 心中?え?何?何でそんな思いつめちゃってるの?

 僕と君ってそんな違う意味での深い仲だったっけ?

 君の事は好きだけど、禁じられた恋……え?

 

「これから私は一命を掛けて、アインズ様をいさめようと思うのです。ですが、今のアインズ様では私の声は届かず、無駄死にする可能性が高い。例え死ぬにしても、それに意味を持たせたいじゃないですか。」

 うっわー、何だ、ビックリした……。

 でも……、

「何があったの?順を追って説明して。」

 

 ……………。

「ふぅん。……でも、2年も前に死んだ人なんでしょ?だったらやっぱり別人なんじゃない?」

「つかさは今、何故自分がここに居ると、説明できますか?2年の時って何です?ユグドラシルの時系列と、この世界の時系列って同じなんですか?」

「えぇ?でも、僕が聞いた情報じゃ、転移が異なる場合、100年単位でズレがあるものって推測してるんだけど……。」

「それだって、100年前にカ・ラ・ビンカ様が転移してきて、不老の状態で生き残っている可能性だってあるわけじゃないですか。目立ちたくないから、経験値消費スキルなど無駄撃ちしてわざとLVを下げた可能性だって無いとは言い切れないでしょう……。」

「……うーん。僕、そのカ・ラ・ビンカさんて会ったこと無いしなー。1500人で攻め込んだとき、第8階層の罠で、歌で過半数を二重の意味で痺れさせたというビックリな事をしてたなー、って位だよ。」

 

「もし、私の取り越し苦労であったなら、それが一番良いのです。心置きなく私は死ねます。ただ…。」

「でも、聞いた話じゃどんなLVが低くても、至高の41人の気配は分かるって……。」

「確かに。そして私も映像でちょっと見た感じですがあの方には至高の御方のオーラは感じません。」

「だったら……。いや、そうだね。推測だけでは後で後悔するかもしれないし……、とりあえずニグレドさんの所に行こうか。」

 僕は赤ん坊の人形を一体手に取る。

「おお、ありがとう!生まれ変わったら私の妻にしてあげますよ。」

「止めてよ!縁起でもないし、人聞きの悪い。」

 

 ここに来るのは嫌なんだよなーー。

 ホラー、苦手だし。ニグレドさんとはメッセージで話すのが一番だ。イイ声だし。

「ごめんくださーい。」

「わたしのこ……。」

 始まった!

「パンドラ、後お願い。はい、人形。」

 

 ………………。

「つかさの人形は本当にリアルで……。嬉しいわ。」

 そりゃ人形師(エンチャンター)ですから。って、……。

「ねえ、何かその子、動いてんですけど!僕、その子に魂、吹き込んでいないはずなんですけど!!」

「おぎゃーー、んぎゃーー!」

「ねえ、泣いてんですけど!!僕その子に魂吹き込んでないんですけど!!」

「おお、よしよし。おっぱいあげまちゅからねー。」

「こわーーー!!」

 

「……それで、交渉の場面を見たいと?」

「はい。僕の遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)じゃ反撃食らって瀕死になるの必至ですから。」

「瀕死、必至って韻を踏んでて良いわね。ねー園子ちゃん。」

 言ってゆりかごを揺するニグレド。

「きゃっきゃ……。」

「やめてー、ホント、やめてー。」

「ほら。」

 手軽な感じでニグレドは僕達の正面に映像を映し出してくれた。

 

 ナザリック勢と、カ・ラ・ビンカの会話が聞こえてきた。

 

 

「はじめまして。」

「……その姿で言うな!…お前は誰だ?」

「既にお見通し、ね。」

 目の前にいたビンカが、白と黒の髪が真ん中から左右に分かれているという特徴的な少女になる。

 ナザリック勢全員が驚いてアインズの前に防御の形を取った。

 それまでゴミと思っていた戦力が数倍に跳ね上がったのだから。

 

「これは、幻術?」

「現地に居ないと私には皆目。」

 パンドラズアクターは無表情ではあるが、驚いた様子ではある。

「ニグレドさん?」

「そんな……、私の情報収集能力の裏をかくことができるの?」

「だとしたら、侮れない相手、と言うこと?」

「そうですね。法国には相手の魔法の威力をアップさせる巫女が何人も居るという話です。もし法国に第10位階を操る魔法詠唱者(マジックキャスター)、プレイヤーが何人もいたなら、もしかしたら、ルベド殿を起動させなければいけなくなるかも……。」

「かわいくない方の妹…。そんな事言ってる場合じゃない!直ぐに再スキャンしないと……、他にも潜んでる可能性が……。」

 ニグレドは慌てて端末の一つに飛びついた。

「何これ?!LV100が十人になってる!」

 あまりの事態に、驚愕し動揺するが、パンドラズアクターは事態を予想していたのか、落ち着いてニグレドに指示を送る。

「ニグレド殿、落ち着いてスキャンしなおしてください。それからアルベド殿に直ぐに警戒を呼びかけてください!」

「わ、わかったわ。」

 

 

「見たことも無い幻術だな。法国お得意のオーバーマジックと言う奴か?」

「失礼しました。先ずは交渉させていただきたく……。」

 後ろの貫頭衣を被っていた一人が前に出る。漆黒聖典の隊長と言う事はどうやら僕以外全員の知るところらしい。

「交渉?これだけの無礼を働いておいて、交渉?」

 ヘルメス・トリスメギストスを着たアルベドがバルディッシュを振るう。

「無礼はお互い様では?法国もゴキブリやらシャドーデーモンやら色々潜り込まされているのですから。シャドーデーモンだけならまだ倒せばいいだけですが、踏んでも潰れないゴキブリを何万も放たれるのはいただけない。それともそういうスパイ行為は神々の特権と仰るので?」

「ゴミどもが何を言うか!」

「ごみ共、こちらのぷれいやー様は皆その様な意見なのでしょうか?人間はゴミと?」

「落ち着け、アルベド……。」

「そう仰られるぷれいやー様が居られる事は知っていました。そう、我々は脆弱な人間です。ぷれいやー様の目から見たら本当にゴミクズでしょう。」

「………………。」

 

 

「分かったわ。これは虚偽の情報(フォールスステータス)が複雑に織り込まれている。こんな使い方をするなんて……、ユグドラシルのやり方ではありえない。」

 ニグレドは髪を掻き揚げる。相当イラついている様だ。

「それで、相手の戦力は?」

「分からない。全部LVが見えないようにされてる。と言う事は、少なくともLV100の情報系を操作できる魔法詠唱者(マジックキャスター)が居る可能性が高いわ。」

「いや、それこそ巫女の力で第10位階を最強化(マキシマイズ)しているのでは?」

 2人は慌しく端末を操作している。

 僕は部屋の隅でただそれを見てるしかできない。園子ちゃんが僕のジャケットを引っ張った。

 やーめーてーー!!

 

「と、すると、もしかして相手にはプレイヤーはいない?」

「いえ、いるからこそ、我等の情報網をかく乱できたのではないですか?相手に頭のいいプレイヤーがいると見て間違いないでしょう。」

「では退かせた方が良いのでは?」

「我々にそれを言う権限はありません。先ずはアルベド殿に報告してください。」

「はい。」

「それから、相手もするとこちらの戦力をスキャンしている事は想像できます。ニグレド殿、貴女の力を総動員して情報のかく乱を。」

「分かったわ。」

 

 

「人間は弱い。拷問をされれば悲鳴を上げ、嘆願を口にします。家族を我が子を殺すと脅迫されれば、それを守るためにも膝を折ります。でも、その意味をわからない人達には従いたくありません。」

「我々はここ数百年、色々な事を経験してきました。例え、服従の道を選んでも、そういう支配者は気軽に命を刈り取りました。決められた作物が凶作でも納められなかったから。足の骨が折れて使い物にならなくなったから。泥をはねたから。」

「だから我々、法国は、弱かろうが、盲従する道は選びません。座して死を待つ事はしません。黙って神に従え、家畜として生きよ、そう仰るのであれば、どんな悲惨な末路が待っていようが抗いたいと思うのです。」

「例えその日の命を保障されても、明日の命を恐れて脅えて生きる。それは生きているというのでしょうか?」

 

「参ったなぁ……。」

「つかさ?」

「うん。あの漆黒聖典隊長さん?言ってること僕には理解できちゃうんだ。」

「……。」

「ナザリック第一な君達に、分かる?」

「言いたい事は分かりますよ。もし立場が逆であれば、我等は死んででも、アインズ様に膝を屈させる事はしません。」

「では貴女はアインズ様が間違ってると言うの?」

 ちょっと、ハサミ持たないで……。

「そうも言わない。アインズさんだって自分の大切にしている子を踏みにじられたんだから激怒するのは当たり前。愛する二人を殺させあう、そんなひどい事をしてタダで済むとは思っていない。ましてや今回はアインズさんが最も触れられたくない人をダシに使われた。これは誰だって激怒するでしょ。」

 

「たださ、そんな事を法国は知ってやっていたってことじゃ無いわけじゃない。」

「悪意はなかったということですか……。」

「うん。だから、アインズさんが拙速だったとは思うよ。って、いってーー!!」

 僕の太ももにニグレドのハサミが刺さってた。

「うそうそ!ぐりぐりしないで!アインズ様、タイミングばっちり!」

 ズボ……。

「あうう……。ともかく、ニグレドさん、さっき法国に大量の斥候が潜入しているみたいな事、言ってたじゃない?それらの情報を集められる?僕とパンドラで直ぐに解析して法国がどの程度の事をして、何を目的としていたか、情報整理しよう。」

 

 ………………。

「もし、あなた方にその気持ちを理解する……、持っている方が一人でも居られるなら、交渉を切に、お願いしたいのです。」

 ……………。

「ふう。……それだけか?」

「………?」

「自分の言いたい事、都合ばかりペラペラと。私はどんな謝罪が聞けるか、そんなことばかりを予想していたのだがな。……驚きだった。」

「……………。」

「まあ良い。自分は悪くない。お前達はそう言いたいのだな。いや、何が自分達の咎か、気付いてすら居ないようだ……。」

「………どうやら交渉にもなりませんか……。」

「交渉と言うなら、何故戦力を伏せておく?はじめから臨戦態勢の上、どうやら情報戦は既に交戦中のようだ。それで交渉とは……。」

「我々は脆弱な人間ですから。交渉決裂の準備ですよ。」

 

「はじめから交渉など成立せん。お前らは私を怒らせた。」

 アルベドを先頭に、両サイドをシャルティア、コキュートスで挟み、マーレがアインズの後ろを固める。

 

「神々にも数多あって、話の通じない方々も我等文献にて知っております。あなた方はどうやらその部類と見ました。であるなら、我等の進む道は一つ。」

 漆黒聖典隊長他、3名はそれぞれ飛び退った。

 

 

 

続く

 



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27話

M 身代わり

 

 

 

 殺せ殺せ殺せ……………。

 殺してやる殺してやる殺してやる………。

 そんな言葉がずっと頭の中を駆け巡っている。

 ある程度の憤怒が鬱積すると再びやり直しになる。

 そんな心情が続いていた。

 

 ここに来る前にパンドラに言われていたが、…判っているのだ。激情に駆られ過ぎているだろうことは……。しかし抑えきれぬのだ!__抑えたくないという気持ちの方が!勝ってしまうのだ!!

 

 ビンカさん……。

 出会った頃は警戒の強い弱々しい小鳥のようだった。何もかにもに脅えていた。

 ナザリックに招待し、皆に歓待されると、楽しげに親の後に付いていく無邪気な小鳥に変わっていった。

 かわいかった。

 滅多に会うことが無い、年の離れた従妹が懐いてきた…というとわかりやすいかな?

 

 驚いた。

 人は歌に心を動かされるのだと知った。

 

 そんな彼女を声優であるぶくぶく茶釜さんが放って置くはずがない。

 茶釜さんも声を操るプロなのだ

 歌い手のビンカさんに同調し、声優から歌い手に変貌していく。

 二人が並び歌いだすと、そこは

 楽しそうに。とても楽しそうに。

 

 __本当に、楽しかったんだ__

 

 

 だけど、最後は突然に訪れた。

 

 時間を作り、時間の許す限り、彼女の下へ足を運んだ。

 彼女のいるであろう部屋からくぐもった声が漏れてくる。

 

 …早く楽になってくれ、……これ以上苦しまないでくれよ!

 

 扉を開けることができない自分に気付くのか、彼女が声を抑えるのが分かった。

 

 

 別れは寂しい。

 少しずついなくなるギルメンは現実の生活の為……。

 それは我慢できるし、納得もできる。

 だけど、彼女は違う。

 

 彼女は

 

 ……死別なのだ。

 納得などできるはずもないではないか。

 

 そして法国の連中の行ったシャルティアへの愚行を思い出す。

 精神支配については許せるものではないが、ある程度殺してやれば気も済むだろう。

 しかし、彼女はダメだ。俺の中の一番触れてはいけない物を連中は土足で踏み荒らしたのだから!

 

 

「……さま、……様?」

「……どうした?アルベド。」

「連中、散開しました。」

「……そうか。」

 敵の姿が見えない……。

「探査魔法を……。」

 

 ん?声が…歌が、聞こえる…。

 

 ビンカさんの声…。

 …しかし。

 アレはビンカさんの歌ではない…。

 歌に心を込めた、聴く者の心を動かした『あの声』ではない!アレは単なる『音』に過ぎない!!

 おのれおのれおのれおのれ……。何処まで俺の美しい思い出を穢してくれるんだっ!!

「何てカンに障る歌だ!?探し出して殺せ!!」

 ビンカさんの声で……っ!!

 ただでは済まさんぞ!クソがっ!!

 

「人間!…来ました!」

 後ろのマーレが声を上げる。

 殺せ・殺せ・殺せ……。

 マーレの声に、張り詰めていた感情が瞬時に爆発し__

現断(リアリティスラッシュ)!」

「ひゃあっ!」

 効果範囲に居たマーレが慌てて頭を伏せた。

 現断(リアリティスラッシュ)はむなしく後ろの森を切断して巨大な道を作った。

「…すまん。」

「い、いえ!アインズ様は何も悪くありません!ボ、ボクがボーっとしてたから……。」

「む?」

 三人くらい居た漆黒聖典の戦士は砂の山に消えた。

 

「オオオオ!!」

 コキュートスの雄たけびに目をやると、断頭牙を振り下ろしているところだった。

「不落要塞ッ!!」

 クレマンティーヌの武技がコキュートスの体勢を崩す。

 コキュートスは3人に囲まれてけん制されていた。よく……訓練されている。息がピッタリだ。今、俺が間違ってマーレを攻撃してしまったのとは大違いだ。

 冷静な部分の俺は思わず舌打ちをするのだが、……殺せ・殺せ・……、と殺意がその冷静さを飲み込んでしまう。

 

 クレマンティーヌのスティレットがコキュートスの断頭牙を持った巨大な腕に僅かに刺さる。

「ククッ!」

 ニヤリとクレマンティーヌが笑った。

 わずかに刺さったスティレットから突然炎が噴出し、凄まじい爆音と共にコキュートスの腕を包み込む!

「ウオォォ!」

「あれは、朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)。スティレットなんぞに封じ込められるモノなのか?」

 

「スキル・氷結!」

 コキュートスは直ぐに消火するが、彼に炎系最強の魔法はノーダメージと言うわけにも行くまい。

 

 クレマンティーヌの攻撃がある程度の効果を上げると、直ぐに漆黒聖典の連中は反撃を受ける前に姿をくらませてしまう。

 

 ここでニグレドから伝言(メッセージ)が飛んできた。

「分かりました!そこかしこに情報遮断のクリスタルやら仕掛けが埋め込まれたり浮かんでいるそうです!」

「ちっ嫌らしい戦術を……。」

 何だろう?……この戦術は……あの人の…。

 

「空からフェニックスです!」

 と、アルベドの声。

 また微妙な召喚獣を……。

 

『私、この子嫌いなんだよね……、確かに強いし、不死身なんだけど、…使わないからアインズさんにあげる。……え?いらない?じゃ、他の人にあげちゃうよ。』

 ビンカさんの言葉を思い出す。結局貰い手は無かったみたいだが……。

 これを召喚するなんて彼女の性格ならありえないこと。

 

「全く、ことごとく後手後手にされる……。とにかく、連中の居場所を探り当てるのが先決だ。アルベド!ギンヌンガガプでここら一体を焼き払え!それで全てのジャミングが消滅するはずだ!」

「は、はっ!」

 

 突然、陽炎の中から要注意とされていた一人が姿を現した。

「フフ。待ってたよ?」

 速い!他の連中とはダンチだ。

 アルベドはギンヌンガガプを左手に持ち替え、右手のバルディッシュを振るう。

「こっち。」

 この女、絶死絶命とか言ったか?こいつがプレイヤーなのか?

 

「これ、ギンヌンガガプって言うんだ?」

「…っ!!!」

 そういうことか……これを誘い出すための罠でもあったのか…。

 絶死絶命の手にギンヌンガガプが握られている。

「そーれっ!」

「うおっ!」

 

 キュ…ゴォ……ゴオオオォォォォ………。

 

 半径20メートルくらい。目の前が真っ白になった。

 しかし全員にワールドアイテムを所持させている。手傷を負ったものは居ないはずだ……。

 

「あは、使えた。あんた達のお仲間、結構すごいじゃない。普通じゃこんな戦略、組み立てられないでしょ。」

 アルベドがギンヌンガガプに手を伸ばす。しかし絶死絶命のスピードはアルベドを凌駕していた。

 

「も、申し訳……。」

「よい。直ぐに取り戻せば良いだけだ。」

 連中、はじめからこの展開を予想して作戦を練っていたのか?だとしたらそれなりの戦略を組み立てるプレイヤーだ。

 ビンカさんだったらこんな戦略は組み立てられないはず。あの子は我々の作戦会議をいつものほほんと微笑んで聞いていただけだった。

 

「アルベドはとにかく、傾城傾国の精神攻撃を受けないよう、気をつけておけ。私はとりあえずあのうるさいフェニックスを倒してくる!」

「はい…。」

 打ちのめされている。本当ならもっと優しい声を掛けてやりたいのだが、…クソ、殺せ殺せと……。頭の中で…。

 

 

幕間

 

 今回は貴女も、アルベド殿らしくありませんよ。

 

 分かっていた。焦っていた。

 シャルティアは成功と失敗を繰り返し、本来差し引きゼロのはずなのに、何故かたくさんのご褒美を貰った。

 あのクソ吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)のせいだ。

 本来なら正妻、最有力候補は私、アルベドだったはず。

 なのに、何故かナザリック内ではシャルティア一歩リードのウワサ。

 そして今回の失態……。

 

 ちっくしょう!!

「アルベド!アルベド!頭を上げなさい!今の貴女はワールドアイテムの加護を失って最も無防備の状態よ!」

 頭にニグレドの叱咤が響いてきた。

「姉さん…。」

 震える足に活を入れて立つ。

「そう、それでこそアルベド。私の最愛のいもうと。」

「敵が、敵はたいしたこと無いのに、苦戦させられてる!後手後手にまわされてるのも全てジャミングのせい。お願い何とかこの情報戦を制して!」

「分かっているわ。でもその前にギンヌンガガプを取り戻さなくちゃね。」

「で、出来るの!?」

「姉さんに任せておきなさい。いもうとのお尻くらい綺麗にふいてあげる。」

「ちょ、やめてよ!」

 

「アインズ様、失礼します。」

「ん?どうした?ニグレド。」

 フェニックスに既に氷雪系攻撃を重ね、半ば消しているときにニグレドからメッセージが入る。

「ギンヌンガガプ奪還作戦をデミウルゴス様が発案しました。作戦実行の許可を頂きたく。」

「聞かせてもらおうか。」

「はい。」

 ………………………。

「なるほど、良かろう。見事成し遂げて見せよ。」

「はい、その、今回の作戦が成功した暁には1つお願いが……。」

「言ってみよ。」

「はい、皆の手柄にて、いもうと、アルベドのミスを軽減していただきたく…。」

「良かろう。であればアルベドには私が直にお尻ぺんぺんで許してやる。」

「ありがたき幸せ。」

 

 その報を聞いたアルベドは……。

「お尻を、アインズ様が、私のお尻を……!」

 ……。

「やってやるぜぇ!!お前ら、覚悟しろ!!支配できるならしてみろやぁ!!」

 アルベドはマーレにたかっている5人に向けてバルディッシュを投げつけた。

 

 もし支配されることになりそうだったら、今度は自分で自分の首を撥ねてみせる!そう覚悟を決めて。

 

______________________________

 

 

「全く、詰まらん時間稼ぎを……。」

 フェニックスは消滅した。

 しかし、クソ、敵の思惑通りなのだろう、少し、流れを変えんとな。

 

「アインズ様、奪還作戦、万事、抜かりなく。」

「よし。」

 ニグレドから合図を受けた。

 ダメージを受けさせんように、加減して、しかし、派手に、難しいな……。

連鎖する竜雷(チェーンドラゴンライトニング)!」

 連鎖する竜雷(チェーンドラゴンライトニング)がビンカに直撃した。

「きゃぁぁぁぁぁぁ………。」

「ちょ、何で女神様がそこに?!いつの間にそんな危険な場所に移動したの?!」

 よし、計画通り。

 最も近くに居た絶死絶命が慌ててビンカに駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「はい。大丈夫です。」

「……え?」

「絶死!罠じゃ!」

 何処からとも無く老婆の声。シャルティアの言っていた傾城傾国を着た老婆か?

「はい、罠です。時間停止(タイムストップ)!」

 パンドラズアクターは絶死絶命の腰に刺さっているギンヌンガガプを奪還しながらビンカから弐式炎雷に姿を変える。

 

時間停止解除(リリースタイムストップ)!」

「なっ!?」

 気付いた絶死絶命が、慌ててパンドラズアクターの後を追う。

 しかし、弐式炎雷さんの80%のスピードとは言え、追いつけまい。

 思ったとおり、絶死絶命は直ぐに追跡をあきらめる。

「ちっ……、敵にも策士が居て当たり前か……。っつ!」

無闇(トゥルーダーク)!」

 絶死絶命に向けて放った魔法はしかし、空振りだった。いや、手をかすめたか?

 

 帰ってきたパンドラズアクターがアルベドの前に立ち止まり、ギンヌンガガプを渡す。

「あ、ありがとう。」

 兜を脱いで、潤んだ瞳で頭を下げるアルベド。我が子のようにギンヌンガガプを胸に抱きしめる。

 ………。

「いえいえ。しかし、普段からそういうかわいい対応をしてくれればアインズ様もメロメロですよ。ね?」

 ね?じゃねえよ。弐式炎雷さんの姿でウィンクするな!

 ……確かに新鮮だよ。…メロメロになるよ。

「余計なお世話よ…。」

 うわ、唇を尖らせるアルベド、むっちゃカワエェ……。

 

 しかし、クソ、直ぐにその雰囲気も殺せ殺せと頭の中で……。

「それでは私はワールドアイテムの精神攻撃が来ないうちに、退散するとしますね。」

「ああ、大儀であった。」

 

「さて、では反撃に出るとするか。今度は……む?」

 突然コキュートスから背を向けて走り始めた奴は……、クレマンティーヌか?

「んなっ!!」

 クレマンティーヌが襲ったのは潜んでいたカ・ラ・ビンカもどきであった。

 

 何で?と言うよりも、殺意の方が上回ってしまう。

 殺してやる……。

 模写した姿であっても、ビンカの胸にスティレットが刺される瞬間は……くるものがある。

 どんな殺し方が良いだろう?

「お、きさっ……、きっさまぁぁぁ……!!」

 あれは確か、帝国4騎士の一人、レイナース・ロックブルズ、だったか?

 ん?何でこんなところに帝国騎士が?奴らもグルなのか?もしそうなら……。

「び、ビンカさん!!!」

 その名を呼ぶな!!小娘!!誰だお前は!!

 殺してやる!!

 

「がはっ!!」

 ん?契約(コントラクト)か?くそ、楽には死なせてやらんつもりだったのだが……。

「お前っ!!」

「レイナース、アルシェ、今度こそ、びんちゃん、守ってやれ。」

 は?何を言ってるんだ?自分で殺しておいて意味が分からん!?

 

 殺ス殺ス!!

 

「これは……。」

「でも、もうビンカさん、息してない……。」

「スティレットを抜け。それに、込められて、いる、魔法は蘇生(リザレクション)だよ。」

 スティレットを抜くと、ビンカもどきは再び呼吸を始めた……。

 

 

 

幕間

 

 巨大な蟲の怪物を相手に互角に戦えてる。

 確かにダメージを与えられるのは私のスティレットから発される魔法だけなんだけど……。

 ただ、これもジュエルが尽きる前に隊長と絶死の奴が二人、倒さないと、こっちは完全に負ける。

「まったく、普段あんなのほほんとしてる割にはびんちゃん結構やる奴じゃん。」

 

「ん?」

 びんちゃんの足元には大量の真珠が転がっていた。

 ぽとぽとと、今も真珠が零れ落ちてきている……。

「……そうか、辛いか…。仲間と戦うってのは……。私には分からん心情だ………。」

 ……………。

 

「ね、レイナース、かわいそうだよね。」

 ………。

「ね、許してあげよ?」

 ………。

 だから、…わかんね。

 私が今こんな心情で居るのも!!

 

 たださ、一番楽しかったんだよね…びんちゃんといた時が一番……。

「チッ!法国なんて滅んじまえ。」

 

 気が付いたら私は、びんちゃんの心臓にスティレットを突き立てていた……。

 これで全てが終わる。そう、全て、アイツも多分道連れに……。

 

____________________

 

 

 ああ、まったく、手間を掛けさせてくれた。

 

 いつの間にか、法国の連中は逃げ帰ったようだ。まったく逃げ足の速い。

 まあいい。奴らの逃げ先は分かっている。

 それよりも………。

 

「さあ、覚悟は済んでいるか?」

 既に、一人は事切れている。残念だ、俺の手で殺してやれなくて……。

 さぁ、どんな殺し方をしてやろう?

「お願いします、神様、私はどうなってもかまいません。ビンカを……。」

「その名は口にするな……。といっても遅かったか。」

 参ったな、簡単に殺してしまった。首と分かれた胴が血を吹き上げる。

 次の娘は少しでも長く……。

「何のつもりだ?」

 アルシェとか言ったか……震える足で、しかし両手を広げて俺の前に立ちはだかっている。

「………ビンカさん、お願い、早く逃げて!!」

「だからその名を口にするなと……。」

 ………。

 まさか絶望のオーラだけで死ぬなんて……。

 

 クソ!消化不良だ!!最後の奴は、奴だけはもう、簡単には死なせん!

 

 

「何て、何てひどいこと……。」

「ひどい事をしてくれたのはお前のほうだ……。」

 殺してやる・殺してやる……。

「ねぇ、冗談でしょ、レイナース、アルシェ、クレマンティーヌ……。目を覚まして……。」

 無様に死体にすがるビンカもどき。まったく、その姿であまり無様をさらしてくれるな!

心臓掌握(グラスプハート)。」

 あれ?何て簡単に死ぬんだ?

「レジストしなかったのか?出来なかったのか?死者復活(レイズデッド)。」

 

「……ねえ、お願い、この子達だけは助けてあげて。」

「は?何を言ってるんだ?聞いたか、お前たち?」

 いや、この言い方は不味かったか?

 皆の笑い声もなんとなく強要されたものに感じてしまう。

 

「お前は他人の心配をしている場合か?それに、そろそろその姿は止めたらどうだ?」

「そう、分かった、あなたはもう、人間じゃなくなっちゃったんだね。」

 モドキの身体が吹き飛んだ。

 アルベドが蹴り飛ばしていた。

「御方をあんな下賎な物と一緒にするとは不敬きわまる!!」

「ごほっごほっ……。」

 大量の血を吐くモドキ。恐らく内臓が破裂しているのだろう。

 

「だったら、分かった。私は貴方と戦う!」

「ほう、戦うか。ならば早く変身を解け。全力のビンカさんであっても俺には100%敵わないのだからな。」

「それは、どうかな?」

現断(リアリティスラッシュ)!」

「スキル発動・海神(わだつみ)の母、慈母神の愛!」

 そのスキルは………。

「フフ。」

 真っ二つにされながらもモドキは笑顔で息絶えた。

 

 何だ?何か……おかしい?

「……様?…アインズ様?」

「あ、ああ、何だ?アルベド?」

「今のは?」

「ああ、今のは自らをイケニエにしたスキルだ。やられた。見ろ。」

 クレマンティーヌ、レイナース、アルシェの身体が光に包まれて消えていく。

「経験値を大量に消費し、こやつ等を自らの子として転生させるスキルだ。」

「このスキルでターゲティングされた我々は、今後あの3人に対してかなりの不利な戦いを強いられることになる。殺せば殺しただけ、その技、スキル、魔法に対して耐性を持たせてしまう。粘着的な敵であれば天敵になってしまう最悪のスキルだ。」

「ぷにっと萌えさんが直接戦闘が苦手なビンカさんに持たせた切り札の1つだった。今まで発動したのは見たことが無かったが……。まさかこんな形でお目にかかることになるとはな…。」

 しかし、何かがおかしい……。

 

 ……殺せ殺せ惨殺だ!

 

「ソレニシテモ変身ヲ解キマセヌナ……。」

「あるいは、つかさのように憑依したは良いが解除できなくなったとか、そういう間抜けな話なのでは?」

 コキュートスの言葉にシャルティアが推測を返す。

「そうだな。そんなところなんだろう。」

 

 生き返らせたビンカのLVは既に40を下回っていた。

 殺せ殺せ殺せ……。

 

 怒りが全て殺意に変換されていく。

 

 もう何回も殺しまくると既に心も麻痺していた。

 本当なら本来の姿に戻して生き地獄を味わせてやりたいところだが……。

 まあ変身を解かないというのはそういうことなんだろう、彼女の姿のものを俺が無下に出来ないと分かっているのだろう。

 忌々しい!!

 

「遺言はあるか?」

 面白い遺言を言ってくれれば絶望を味あわせることも可能かもしれない…。

「もう、殺されてる間に言ってきちゃったよ。レイナースにも、アルシェにも、クレマンティーヌにも。皆、いい子になってくれるって約束してくれた。」

「そうか。」

 何だ、つまらん。

「ああ、そうそう、貴方にも遺言しておかなくちゃね。」

「何だ?」

 既に心臓掌握(グラスプハート)の準備は済ませた。

「私の部屋のレターケースの二番目。」

「何だそれは。」

「やっぱりね。」

「それが遺言か?」

 何を言っているんだ?……何かおかしい。

 殺せ…。

「そうだよ。」

「では死ね!」

 落ち着け!何かおかしい、何かおかしいんだ!!

 殺してやる!!

心臓掌握(グラスプハート)!」

 

 

 

 

続く

 



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28話

B 転生

 

 

 レイナース、アルシェ、クレマンティーヌ。

 私の胎内に命の炎が灯る。

 皆、起きて。

「ビンカ!」

「ビンカさん!」

「びんちゃん!」

 空間に浮遊する三人。

 それぞれ三者三様の反応をする。

 

 ああ、夢の中。長いこと見ていた夢。とうとう覚める時が来た。

 色々なことがあった。楽しい、本当に楽しい夢だった。

 次々と友達が出来て、それがすごく面白くて楽しくて……。

 

「皆、ごめんね。私のせいで、怖い思いをさせちゃったね。」

 皆、ただ茫然と私の言葉を聞いている。

 今の私の姿は揺らめいている炎。皆その魂の炎を見つめている。

「私はね、もう死ぬの。お迎えが来ちゃった。」

「何を言ってるの!!」

 私に手を伸ばしてくるレイナース。

「置いて行かないで!」

 泣きじゃくるアルシェ。

「………。」

 クレマンティーヌはただ呆然としている。

 

「もともと私は死んでいた人間。それが、死ぬ前にこんな……、こんな素晴らしい経験を与えてくれた。本当に、…本当に感謝している。神様に。この世界の皆に。貴女達に。」

 数ヶ月の夢だった。けれど、それは本当に誰も経験できないようなこと。

「皆に、感謝している。……だから私から最後の、贈り物をあなた達にあげることに決めたの。」

「お願いだからそんな事言わないで!」

「贈り物なんていらないから、一緒に居よ!前みたいに楽しく暮らそ!」

「……………。」

 浮遊した状態で、泳ぐように炎の前に集まってくる。

 ただ、ある一定の距離からは近づけない様になっていた。

 

「貴女達の身体のどこかに、紋章が刻まれてるはず。探してごらんなさい。」

 三人はそれぞれ自分の身体を見る。

「私は胸に、心臓の上にある…。」

 レイナースの胸の上、サファイアを中心として紋章が刻まれている。

「私は左手首に…。」

 アルシェの左手首に輝く紋章。

「私は、脇腹に…。」

 と、クレマンティーヌ。

 

「それは私の紋章。貴女達は私の娘として転生する。」

「「「娘?」」」

「ここは私の胎内。私が死んだあと、貴女達は安全な場所に生れ落ちる。」

 

「皆、今後は全てを忘れて幸せに生きて。」

「何でだよ!?」

「クレマンティーヌ?」

「びんちゃんの娘になるってことは私等、それなりの力を貰えるってことだろ? その力であいつを倒せってことじゃないのかよ?!」

 何でこの子はこんなに必死なんだろう?一番あっけらかんとしそうな子なのに……。

「倒す?ダメだよ。自分からモモンガさんと戦いに行ってはダメ。その力はあくまで、自分の身を護るためのもの。」

「だって、びんちゃんはあいつに殺さるって事なんだろ?」

「そうだね。でもいいんだ。私は彼に何度も救われてきた。だから彼に殺されるなら仕方ない。諦める。」

「嫌だ!諦めないで!」

 レイナースとアルシェが私に向けて手を伸ばしてくる。いつも冷静なレイナースがこんなに取り乱すなんて珍しい。

 だから愛おしい。

「でも、もし、彼が貴女達の生存権を脅かそうとするなら、戦いなさい。」

「彼等は何人いるか分からない。姉妹3人で、力を合わせて、無理をしないで戦いなさい。」

 姉妹という所でクレマンティーヌに視線が集まる。

 “何だよ?!”と睨み返すクレマンティーヌ。

 

「レイナースは心配ないよね。私が安心して逝けるように見送ってくれるよね。」

「ひどいよ!なんてズルい言い方……。」

「これ、ほとんど使ったことのない私の武器。貰って。」

「これは……。」

 ブルードラゴントライデント。ひねりもなにもない酷い名前。私はネーミングセンス、ゼロだし。

「貴女が銘をつけてあげて。それで貴女の物になる。」

「………カリン。」

 トライデントから延びるリボンがレイナースの右手に絡みつき、カリンは槍となり、光となって消えた。

 

「アルシェ、貴女は自分の成長の壁にぶつかって、悩んでたよね。」

「……知ってたの?」

「でも大丈夫。貴女は超位魔法すら操る大魔女になる。」

「超位魔法?」

 私はアルシェの頭に神器級(ゴッズ)のティアラを乗せた。

「……コーラルチャーム。」

 銘を打つとコーラルチャームは髪飾りの様になって風に溶ける様に消えて行った。

 

「クレマンティーヌ、貴女とは短い時間だったけど、楽しかったよ。時折見せる寂しそうな顔が貴女の素顔なんだよね。この時が来るのを分かっていたのかな?」

「うぐっ…そんなんじゃねーよ。何、知った風な口……。」

「これをまとってるときは無駄なケンカしちゃダメだよ。」

 私は羽衣をクレマンティーヌに掛けた。

「…ひさめ。」

 羽衣はひさめと命名されると、マフラーに変わり、クレマンティーヌの首から体中に巻き付くようにして薄れるように消えて行った。

 

 

「思えば皆、家庭の愛に飢えていた子達だったね。せっかく生まれ変わったのに、またダメな母親でごめんね。」

 3人は千切れるほどに首を振る。

「命を懸けて、子供達を守ってくれる…。えらかったねって優しく褒めてくれる。私が心底思いこがれた母の姿よ。」

 レイナース…普段あんなに凛々しいのに……。

「最期まで自分の事じゃなくて娘達を心配してくれる…。身分とか家柄とか、そんなものに左右されない夢にまで見た理想の母親像よ。」

 そう言えばアルシェの母親には私、会ってたね。

「やだ、行っちゃヤダ!」

 クレマンティーヌは駄々っ子の様に私の炎に縋り付く。

「ごめんね。時間みたい。」

「また私を捨てるのかよ!!また私だけ……。また私は一人に……。」

「捨てるんじゃないし、今度は一人じゃないよ。」

 

 

 言いたかった事は全て言いきった。

 もう十分。思い残すことは何もない。

 十分時間をくれた。それはモモンガさんの人間としての残滓がそうさせてくれたんだろう。

 彼は本当に気の付く、優しい人だった。

 あの曲者ぞろいのアインズ・ウール・ゴウンを唯一まとめ上げられる人だった。

 

 神よ!願わくば、昔の優しい頃の彼に戻りますように。

 

 星に願いを(ウィッシュアポンアスター)、ここで使えたら良かったのにな……。

「遺言はあるか?」

 充分だよ。ありがとう。

「もう、言ってきちゃったよ。皆、いい子になってくれるって、約束してくれた。」

 私の声、聞き取れてるかな?もうつぶやく位の声しかでないんだけど。

「そうか。」

「ああ、そうそう、貴方にも遺言しておかなくちゃね。」

 感謝しているよ。

「何だ?」

「私の部屋のレターケースの二番目。」

「何だそれは。」

「やっぱりね。」

 そういう所だけは変わらないんだ…。

「それが遺言か?」

「そうだよ。」

 疲れた……。

「では死ね!心臓掌握(グラスプハート)!」

 

________________________

 

 

 僕はパンドラズアクターが作ったゲートをくぐる。

 事態はひっ迫していた。

 多分あの魔法を食らったら、彼女はひとたまりもない。

 思った僕は二人の間に身体を躍らせていた。

「では死ね!心臓掌握(グラスプハート)!」

 

「かはっ!!」

 身代わり人形が土に還る。

 人形が受けた余波だけで僕の身体に負担が掛かってくる。

 体中、痺れたように動かなくなる。

 それでも即死は避けられたが………。

 それともアンデッドの身体であったから助かったのか?

 

「何のつもりだ?」

 ゾクッ……。

 声だけで分かる。

 相当怒ってる……。

「貴方に、今まで受けた恩を返しに来ました。」

「恩返し?仇で返されたように思えるが……。」

「つかさっ!早く謝りなんし!わらわも一緒に謝ってあげるから……。」

 悲鳴のように言うシャルティア。

 僕の頭を砂に押さえつけながら自らも頭を下げている。

「僕の命と引き換えに、5分だけで良いんです。5分、下さい。」

「……………良いだろう。何をしたいのか分からんが……。」

 僕は直ぐに痺れる手にムチを入れ、セイレーンの娘の身体をから次々とマジックアイテムを外していくのだが…。

 

 何もない?

 まさかの勘違いオチ?

 全てのマジックアイテムを外してみたが、僕が予想していた変化は全く現れなかった。

 既に3分は経過してしまった。

 汗が滝の様にあふれてくる思いだ。

 

生命の精髄(ライフエッセンス)魔力の精髄(マナエッセンス)。」

 ………おかしい。LV1で、こんなぼろぼろなのに、HPもMPも高すぎる。やっぱりこれには何かからくりがあるはず。

 と、先程僕がぶつかった為、気を失いかけていたセイレーンが目を覚ました。

「気が付いた?大丈夫?」

「………。」

 あえぐような声が全てを物語っていた。

「僕の名前はつかさ。君は?」

「……懐かしい響き……カ・ラ・ビンカ。…安藤、和美。」

「………何?」

 つぶやくようにアインズさんが声を漏らした。

「君には何か、気配を紛らわせる何か、アイテムとか、装備とか、あるんじゃない?」

「……………。」

「眠っちゃダメ!」

 彼女は僕の手の上に左手を乗せた。

 …………。

 手には何もない。

 ……もしかして……。

 僕は砂を一握り取り、彼女の手に振りかけてみた。

「あった……。」

 透明化していた。何でこれだけそんな事をしていたのかは分からないが今はそれを追及している暇はない。

 

 透明化していた指輪を外す。

 僕には何もわからなかった。しかし、周りの激変が教えてくれた。

 

 シャルティアは腰を抜かしたのか、尻餅をついていた。

 マーレは杖を胸に掻き抱き、涙を流して首を振っている。

 コキュートスは片膝を付き、呼吸を乱している。

 アルベドは鼓動が跳ねるのか、心臓の上に手を置き、目をむいていた。

 

 そしてアインズさんは………。

 絶望のオーラ!!

 アインズさんの身体から黒いオーラがあふれ出てくる。

「ダメです!この人、死んでしまいます!!」

 ビンカさんは今、なんの抵抗もできない。

「ああ……。」

「アインズさん!!!」

 僕も今はまだ足が痺れた状態から回復できず、身動きができない…。

「止まらない……。止められない。」

 呆然と言うアインズさん。

 

「アルベド様!アインズ様を殴ってでも、止めて!!」

「殴る!!?」

 悲鳴のような声を上げるアルベド。

 そしてビンカさんとアインズさんを交互に見る。

「早く!!」 

「でも……。絶望のオーラから遠ざければ、それで事足りるのでは…。」

 それは愛する人を殴る役目なんて嫌だろう。

 しかし、ここでビンカさんを遠ざけるとアインズさんの心にトラウマ的な傷が残る事になるだろう。本人と分かっているのに、それが自分の意思でないとしても、殺してしまう行為になるのだから。

 もしかしたら自分から会いに行けるチャンスを失わせることになる可能性もある。

 それは世界の終わりを予見させる。

 だから自分の力で止めさせないと…。

 

 もちろん、もっとも大事なのはビンカさんを殺させないこと。余裕はそれほどないが、一回くらいは大丈夫なはず。

 だったら……。

「やるんだ!!君がアインズ様の后になると言うなら殴ってでも止めろっ!!」

「后……。」

「これは君が正妻になれるかどうかの試金石。王を支えるのが后だ、王命にただ従っている、間違ってることを正せないなら側室に甘んじてろ!!」

 

「言わせておけば!」

 覚悟を決めたかアルベドはアインズさんに向き直った。

「し、失礼します。」

 ぱし…。

 殴るというより、頬を触った程度だ。

 あまり変化はなかった。

 しかし、アルベドはアインズさんの頭をギュッと抱きしめた。

 …………………。

 徐々に絶望のオーラは収まっていく。

 

 ホッとしたのも束の間、シャルティアが僕の首を締めあげてきた。

「お前!!アインズ様を殴れとか……。」

「良い!!」

 直ぐにアインズさんがそれを止めてくれる。

「つかさの判断は間違っていない。」

 渋々ながらもシャルティアは僕の首を放してくれる。

「それからアルベド、よくやってくれた。」

「は、はい!」

 良かった、大丈夫そうだ。

 

 僕は回復魔法をビンカさんに掛ける。

 ビンカさんは直ぐにうっすらと、目を開けた。

 ……………。

「もう、大丈夫だよ。誤解は解けた。」

「……………。」

 ビンカさんは虚ろな瞳で周りを見渡す。

「…誤解?」

「そう、誤解。」

 

「ビンカさん、ナザリックへ帰りましょう?」

 アインズさんが手を伸ばす。

「っ…………!!」

 怯えている。

 目をギュッと閉じて……、

 彼女の腕は僕の首に絡み付いて小鳥のように震えていた。

 ビンカさんは明らかにアインズさんに怯えていた。

 これはアインズさんが一番されたくない反応では無いだろうか?

「あの、アインズさん、ビンカさんを僕に預けてくれませんか?……今、連れて行っても………。」

「お前は何を言ってるの?!カ・ラ・ビンカ様は我等の元へ帰るのが当たり前……。」

「行かない!」

 アルベドの言葉を悲鳴のように否定するビンカさん。

 この流れはちょっとまずいような……。

「今、彼女はちょっと感情的に、情緒不安定な状態ですから……。」

「行くわけないでしょ、私の娘達をあんな目にあわされて……。」

 流れを別に向けようとしたのだが、直ぐに戻されてしまった。

「ビンカさん、それ以上はちょっと待とう。」

 

「皆、嫌いだよ。」

 ぼそっと言った一言。

 それで、ざわっ、と辺りの雰囲気が一変した。

 慌てて僕はビンカさんの口を塞いだ。

 恐る恐る周りを見てみる。

 誰が、とは言っていない。しかし、至高の御方から最も聞かされたくない言葉が発せられた。

 ショックで全員フリーズしていた。

 

「僕の家に連れて行きます。アインズさん、後でメッセージを送りますので………。」

 どっちも心配だ。けど、今はビンカさんだろう。

 彼女には付いていてくれる人が誰も居ないのだから。

飛行(フライ)。」

 5km位飛んで振り向いて見た彼等は微動だにしていなかった。

 そして、どのことが悲しいのか、ビンカさんは僕の腕の中でずっと泣いていた。

 

 

続く

 



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29話

A 鳥の棲む家

 

 

 

 家に帰って、泣き暮れるビンカさんをベッドに入れ、僕は寝るまで話を聞くことにした。

 この世界に飛ばされたとき、この世界になじむまで、そしてここに来るまで。

 

 ある程度語りつくすと、疲れたのか、彼女は寝息を立て始めた。

 僕は見守り人形を椅子の上においてビンカさんに向ける。

 これで起きたときに直ぐ彼女の事を知ることが出来る。

 

 そして僕は静かに部屋から出て扉を閉めると、アインズさんにメッセージを送る。

「………そうか。」

「はい。だから安心してください。」

「……………。」

「大丈夫です。今は混乱しているだけです。話を聞いたところ、ちょっと感情的になってて、でも、誰も恨んでる様子はありませんから。あの3人も助かってるみたいですし。」

「……………………。」

「また、明日、メッセージを送りますので。」

「ああ。…済まない。」

 

 さて、ナザリックがこのまま済ませるとは思えない。

 ちょっとニグンさんに相談してみよう。そう思って僕は街にニグンを訪ねた。

 彼は神殿で子供達に読み書きを教えていた。

 

「おお、聖女様、お呼びいただければこちらから出向きましたのに……。」

「実は、大変な事になってしまったんだ。」

 ポンチョの中の僕の表情に不穏さを感じ取ったニグンは直ちに授業を切り上げる。

 

 彼の元部下がお茶を用意してくれた。ここにはニグンを慕って法国から元部下がよく訪れる。

「それで、何事でしょうか?」

「実は……。法国の人達が、アインズ様に喧嘩を吹っかけた。」

 

 ……………………。

 

 パリン……。

 見れば、後ろに居たニグンの部下がポットを取り落としていた。

 その音がきっかけで時が動き始める。

「そそそ、そ、それは、い、一体、どういう……。」

「恐らく、双方、すれ違いと、誤解があった結果だと思うんだけど……。」

「そうでしょうとも!」

「アインズ様の一番大切にしていた親友を彼等が支配して、アインズ様と戦わせた……。」

 

「………………。」

 ニグンだけでなく後ろの部下も泡を食って、まるで呼吸困難な状態になっている。

「それに、僕等も無関係じゃいられない。ここの町長の妹でもあり、特使のネムちゃんが法国にさらわれてる。僕はこれからそれをエンリ町長に話さなくちゃいけない。」

「す、直ぐに法国に帰らないと!」

「いや、僕が相談に来たのはその事でなんだ。以前にあった事で最悪のケースで、どんなことがあったか教えて欲しいんだ。」

「……最悪…全面戦争と言う名のじゅうりんです。」

 ありえる。充分以上にありえる。

「パンサーさんに聞いてみよう。」

 僕は直ぐにパンドラズアクターと連絡を取る。

 

「もしもし、僕、つかさ。えっと、手っ取り早く聞くけど、今、ナザリックってどうなってんの?」

 この言葉に苦笑した様子のパンドラズアクター。

「まったく、手っ取り早いですな。答えに窮するのですが……そうですな、階層守護者達で今後の方針をアインズ様に言上しようとはしているのですが……。カ・ラ・ビンカ様が生存なさっていた事もあいまって……、何をから、等の優先順位を付けられない状況なのです。大混乱といったところでしょうか…。コキュートス殿にいたっては切腹騒ぎを起こして、アインズ様のお叱りを受ける始末。」

「そう。…もしかして、法国を攻め滅ぼせとかそういう話は……。」

「もちろん議題に挙がってますな。特にデミウルゴス殿が主体的に動いてます。ただ、それにはアインズ様のご許可が必要ですので、準備だけが先に出来上がってしまった状況です。」

 デミウルゴス……。しゃべった事が少ないから彼の事はよく分からないけど、相当の切れ者らしい。

「どんな準備か分かる?」

「それはつかさ殿であろうと、さすがに明かせませんな。」

「今、法国内に僕らの町の特使が捕らわれてるんだ。彼女を救出するまで待ってもらう事は……。」

「うーむ。先程も言ったとおり、現在何をしようにもアインズ様のご許可が下りない状況なのです。確実に待てるのはその間だけ、と言うことですな。」

 

「ありがとう。助かるよ。」

 それだけの情報でも無いのとは大違いだ。

「いえいえ。私からも礼を言わせてください。とりあえず最悪の事態は回避できました。近日中に誰かそちらへ向かうことになるでしょう。それまではカ・ラ・ビンカ様をよろしくお願いしますよ。」

「うん。」

「ちなみにもしカ・ラ・ビンカ様の身の上に何かあれば、ただでは済みませんからね。」

「脅かさないでよ。」

「いや、本当に脅し等ではなく……。」

 まあ確かに、今の状況でかどわかされたとか言ったら………。

 おおう、ゾゾゾって来た。

 もっと人形増やしとこ……。

 

 

「どうやら、法国を攻め滅ぼす準備が整ってはいるみたい。」

「………あう、…あう……。」

 ニグンは口をパクパクさせるしかできない……。

「僕等のできる事はとにかく、多くの民衆を避難させること。ニグンさん、上層部と喧嘩してる場合じゃないよ。僕等は直ぐにでも民衆を避難させないと……。」

「し、しかし……。」

「法国全土から国民を避難させるのにどのくらい掛かりそう?」

「急いで…ひ、ひと月、といったところでしょうか……。それに我等がいくら言っても民衆が動いてくれないと避難は進みません。」

「ダメだ!いくら先伸ばせても、4日が限度だ。」

「無茶です。今から戻って民衆を説得に回るだけでも1週間は掛かります。それから荷物を引いての避難となると……。」

「荷物は置いて行ってもらうしかない。」

「無茶です!家財食料がなければ民衆は飢えと乾きに苦しむことになります。」

「さすがに現在のカルネ地方だけでは、いや、王国を入れても数万もの口を養える食料は用意できない。……どうすれば………。せめてデミ…、彼が何を準備したかが分かれば……。」

 

「教えて差し上げましょうか。」

 ゾッと来た。

 僕の背後に何時の間にか凄まじい圧迫感。

「貴方は……。」

 ニグンが武器を取ろうとするが、僕がそれを止める。

「落ち着いて。この人は敵ではない。」

 僕が席を勧めると、微笑したデミウルゴスが座る。

最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)。御存知ですね?」

 息が止まった。

 第10位階、大量の悪魔を召喚する魔法だ。

「それは……。」

 

「さて、取引と行きましょうか。」

「取引?」

 悪魔と取引か?

「貴女が今、頭を痛めてるのはまあ、先程聞いた食料の件。そして避難時間の件。」

「はい。」

 

「私はアインズ様の許可が下りた2日後に、最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)を法国全土へ展開します。しかし、その際、ルールを設定しようと思うのです。」

「ルール、ですか?」

「はい。そのルールとは、カ・ラ・ビンカ様の紋章を象った旗を掲げた地域には、一部ターゲットを除いて攻撃はしません。ただし、その旗は10本までとします。」

 言ってデミウルゴスは10cm四方の羊皮紙を差し出した。中央にカ・ラ・ビンカの紋章が書かれている。

「範囲は?」

「半径6km。」

「僕等が飲まなくてはいけない条件は?」

「話が早いですね。さすがはシャムとパンサー殿のお気に入り。」

 デミウルゴスは人差し指を立てて言った。

「我等が望む条件は一つ。…カ・ラ・ビンカ様を戦場にお連れ頂きたい。」

「……は??!!」

 何か、真逆の提案がされたみたいだ……。

 

「もちろん、今のままのレベルで連れてこられては困ります。まず狩やモンスター討伐等でLVを10までは上げて下さい。それから貴女にはカ・ラ・ビンカ様をモモン様と共に守って頂きます。傷1つつけないで下さいね。流れ矢の1つでも当たろうものなら……。」

 どうなるかは聞きたくなかった。

 

「でも、なるほど。その為には先ず僕はアインズ様とビンカさんの仲を取り持たなければならないという事。その上この虐殺が終わった頃にはビンカさんのLVは………。」

「はい。少なくともLV50を超えればナザリックに足を運び易くもなるでしょう。」

 恐らく彼はとても効率的に彼女のLVアップをさせる準備を整えているだろう。

 

「しかし、ビンカさんに殺されるのは……そちらとしては如何なの?」

「ナザリックの歌姫に命を捧げられる等、望外の御褒美です。」

 陶酔の表情で言うデミウルゴス。

「私もカ・ラ・ビンカ様の血肉になりたい……。」

 …どうやら本気らしい。

 

「法国への報復、英雄モモンさん、共に戦うビンカさんの名声、確執の解消、その紋章への敬意、そしてLV上げ、ビンカさんのナザリックへの帰還。1つの事象にこれだけ目的をぶっこんで来ると……何ともはや……。貴方は絶対敵にしたくないね。」

 さらにもう1つ目的があるのはこの時の僕では読み取れなかった。

「フフ。そのかわり、食料も、ある程度の法国民の救済も、こちらは目をつぶりましょう。如何です?悪い取引では無いでしょう?」

「分かりました。従います。」

 僕は頭を下げた。

 

「結構。では失礼いたしましょうか。」

「あ、1つ世間話、良いですか?」

「……何でしょう?」

「家畜って、可愛がって、ストレスを感じさせないで育てると、採れる物も質が上がるそうですよ。」

 僕の言葉を聴くと、デミウルゴスは一瞬キョトンとして、徐々に笑い始めた。

「……まったく、はいはい、いい話を聞きましたよ。その話はパンサー殿からですか?」

「いえ。シャム様からです。それも、何となく、そうなのかなって…。」

「良いでしょう。貴方とは仲良くは成れなさそうですが…、そうですね、時折話すくらいであればこちらも爪がなまくらにならないで済みそうですよ。」

 また話しましょうと言い残し、デミウルゴスは去って行った。

 

 

「あの、今の方は?」

 額の汗を拭うニグン。

「うん。アインズ様の部下。」

「話は半分くらいしか理解できませんでしたが、どうやら法国の民が助かる道は……。」

「うん。諦めないで良かった。ニグンさん、法国の大都市、均等に10箇所、最も効率が良くなるように、ビンカさんの旗を立てる場所を決めよう。」

「はい!」

「ニグンさんはすべてのつてを使って法国中に警鐘と、安全地帯の設置準備を急いで。」

「はい。」

「旗の周りに食料と水を可能な限り集めて、テントも出来る限りかき集めて。」

「はい。地方の村々はどうしましょう?老人とかは特に動きそうに無いですが……。」

「僕のゴーレムと馬車でできる限りの対応をする。村々の数とか分かる?」

「数百を超えます…。」

 1つの村に1~2人送るとして、村間が7kmとすると1日に回れる数は………。

 絶望的だ………。

「とにかく人手を集めよう。僕はガゼフさんにも話をつけて、協力できる人をかき集める。」

 単純に考えてまあ、無理だろう。貴族の反対が目に見える。

 それでも、兵士以外であっても女の子でも。今は猫の手も借りたい。

「私も元部下や友人、先輩を総動員して1000人は集めて見せます。」

 先ずニグンは手早く100枚からの手紙を書き、部下をエ・ランテルの伝書鳩屋へ急がせ、元部下やら友人、知人に手伝いを依頼した。

 次いで、ニグンは羊皮紙をもって裁縫屋へ急いだ。大きな旗を十本、可能な限り早く仕上げなければいけない。

 

 今、ニグンの両肩には法国の民の命が乗せられていた。

 

 

 

 僕は仁王立ちのエンリの前で土下座していた。

「……………。」

 目が三角のエンリ。ジュゲム達が扉の後ろからこちらを見ている。

 この状況を見た事情を知らない人達によって、エンリが吸血鬼(ヴァンパイア)を土下座させていたという噂が広まるのだが………。間違いでもないし……。

「それで、ネムはちゃんと助かるのね?」

「はい。必ず助け出します。」

「どうやって?」

「僕には頼りになる友達がいる。彼等にネムちゃんを救出してもらおうと思うんだ。」

「頼りになる友達?」

「うん。」

 

 僕はエンリに許しを得てメッセージを送る。

「誰だ?!」

 いぶかしげな声が聞こえてきた。

「あ、イビルアイ?僕。つかさ。」

「…切るぞ。」

「いやいや、ちょっと待ってよ!ちょっと頼みがあって。」

「お断りだ。切るぞ!」

 ………本当に切りやがった…。

「メッセージ!」

 ……出ない………。

 ちょっと、エンリの目がちょっと、ホント怖いんだけど……。

 エンリにちょっと愛想笑い……。

 ………早く出て!

 

「っただろうが!お前ら!!」

 おわっ!突然耳にイビルアイの大声。

「つかさ?」

「やっぱつかさだ。」

「「やっほー。」」

 耳にティアとティナの声。

 ……え?

「君等メッセージ使えるの?」

「いや、これは忍法・感応術。」

「イビルアイの精神を乗っ取った。」

「「敵から情報を聞き出す奥の手。」」

 後ろの方からイビルアイの声が聞こえてくる。何やらワーワー聞こえてくる。

 

「良かった。実は君等に人命救助を依頼したいんだ。」

「人命救助?」

「名指しの依頼?」

「「アダマンタイトに名指しは高いよ。」」

 ホントにいつも息ピッタリだねこの子等。

「いくら?僕、あまり手持ちは少なくて……。」

 

「ねがいましてーは。」

「身代わり人形ー5体。」

「メッセージドール5体。」

「アイアンゴーレム5体…。」

「「…では!?」」

 

「それならお安い御用だ。」

 その位ならわけない。

「「商談成立。」」

「「で、誰の人命救助だ?」」

 

 ちゃっちゃっちゃっちゃちゃ~ら……………。

「カルネ町長の特使、ネム・エモット女史(11歳)が法国漆黒聖典にさらわれた。君達には法国まで行って彼女を救出してもらいたい。何処に監禁されているか、処遇等は一切不明だ。現地ではニグン元陽光聖典隊長の部下が情報を与えてくれるだろう。ただ諸君らとカルネ町は一切の関わりが無い旨、理解してくれ。では諸君らの健闘を期待する。…なお、このテープは自動的に消滅する。」

「お前ら!!やるならもっと真面目にやれ!」

 怒鳴るイビルアイ。

 アレ?イビルアイこれの元ネタ知ってんの?

「今のはつかさが悪い。」

「そう。我々は巻き込まれた。」

「お前らもノリノリだったろうが!!」

 怒鳴るイビルアイであったが、コホンと咳払いして言う。

「しかし、法国もかかわってくるとなると話は別だ。危険手当も当然上乗せさせてもらう。」

「分かってる。」

「ともあれ、依頼を受けるかどうかはこのあとラキュースと相談の上、決める。」

 

 その日の内に承諾が取れたと連絡が入った。

 何でもラナー王女の口添えもあったとか……。…これで借り3っつ位?

 なんだか、僕ラナー王女に首根っこつかまれてる気分なんですけど……。

 何か頼まれたら嫌とはいえないよな~。その何かがとんでもない事だったらどうしよう?とんでもないことじゃないといいな~。

 

 

 

 次の作戦準備に取り掛かろうとしたとき、ビンカさんが起きそうな気配を感じ、僕は家に戻った。

 扉を開けると、ビンカさんはキョトンと僕を見ていた。

「もう大丈夫ですか、ビンカさん?」

「お腹減った。」

 まあ、食欲があるのは結構な事ではある。

 しかし、僕がカルネ名物フリカデレと、ポンフリを作ってあげると、

「魚料理がいい。」

 とぬかした。

 殴って良い?ねえ、殴って良い?

 多分、殴ったらアインズさんに100倍返しされるからしないけど……。

 

 僕はちょっと意地悪でここに行商に来るリザードマンから手に入れた鯉を洗いで出してやった。

「んまーー!!」

「……え?」

 もくもく食べてるビンカさん。

 本当に美味しいのか?僕も一切れ貰って口に入れた……。

 ………………。

 

「泥、生臭っさっ!え?何、え?これ、美味しいの?」

「うんうん、うまうま。褒めてつかわすぞ、つかちゃん。」

「つかちゃん言うな。えーと、ビンカさんだから、ビンビン?」

「エロい言い方は止めて。」

「じゃあ、カラビン。ケルビンみたいで良いでしょ?」

「いや、それじゃオヤビンみたいでしょ。」

「びんちゃん。」

「ブー。それはクレマンティーヌが既に先約済みですー。」

「もうビンカさんで良いや。」

「いや、そこで諦めちゃダメでしょ。」

「じゃ、安藤さん。」

「ぶっ飛ばすわよ。」

 ワリとマジで怒ってる。

 もーーー、何なのこの人!!

 

 コンコン!

 コンコン!!

 

 そんなこんなの大騒ぎをしていると、玄関のドアをノックする音。

「誰だろ?」

「ごめんください。」

「はーい。」

 外に出ようとした僕の袖をビンカさんが掴んだ。

「ちょっとストップ。今の声、アルシェだ……。」

「アルシェ?ああ、あの……。」

「え?何で?何でここが分かったの?」

「にしても、早いね。アレからまだ2日と経っていないのに……。」

 

「私、ここに居ない。良い?」

「は?」

「だから、居留守!私はここには居ないって、言ってって、言ってんの!」

「何で?君の友達でしょ?」

 いや、今となっては友達と言うのとはちょっと違うんだろうか?

「こんな姿で会えないよ!!私、今完全にバケモノの姿だよ。」

「綺麗だよ。」

「やだ、ありがとう……。」

「七面鳥みたいで。」

「ぶっ飛ばそう。なんて言ってる場合じゃなくって!!」

 

「大丈夫。友達を信じてあげて。」

「ちょっと、他人事だと思って……。」

 

「まま~、居るんでしょぉ~。」

 ギャー!

 窓を見ると、何時の間にかハイライトをなくした女の目が窓ガラス越しにこっちを覗いていた。

 ホラーだ。精神的にくるジャパニーズホラーだ。

「ねぇ、開けてよぉ。居るんでしょぉ~。」

 かりかりガラスを引っかく音。

「無理無理無理無理!私、ホラー苦手。」

 実は僕も苦手だったり。僕等は一緒のベッドに入って頭から毛布を被った。

 ………………。

 音が止んだ。

 …………あかんやつや。

 このパターンは超あかんやつや。

 ……でも外を見ずには居られない。

 

「いた~。」

 

 ギャッ!!

 

 

 

続く



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30話

B 終末の行方

 

 

 のしっ!

「いいぃぃ~やぁぁぁぁ~!!」

 あわあわあわ………。

「レイナース~。」

「母様!!」

 レイナースの声だ。続いて玄関を蹴破った音。

「お前はっ!少しは成長しろ!」

 声と同時に私にのしかかっていた重みがなくなった。

「母様!大丈夫よ。クレマンティーヌが乗っかっていただけだから。」

「クレマンティーヌ?母様?」

 この娘は私を怖がらせるのが趣味なの?

 って……、皆、何でここに…?

 

 レイナースが優しく私がかぶっている毛布を鼻の上まで下げてくる。

 目と目が会った。

「母様。良かった!!」

 レイナースは滂沱の涙を流し、毛布の上から抱き着いてきた。

「え?レイナース?母様って……。」

「死んでしまうって言われて、………私達、必死に探して……。」

 続いてアルシェとクレマンティーヌが私の上に乗って抱き着いてきた。

「皆、ごめんね……。」

 と、三人を抱きしめようとしたとき、毛布で隠されていた、鳥の翼となった私の手が見えた。

 

 …………………。

「えーと、なんですけど……。私はビンカさんじゃありませんよー………。なんて…。」

 その言葉を聞いた三人の目から光がなくなった。

 こわっ…。

 

 バサッと毛布が引っぺがされた。

 そこに居たのは今までの人間然とした私ではない、1匹のセイレーンの姿。

「今の言葉の真意を聞きたいわ。」

 私についぞ向けられたことのない怖い声のレイナース。

「えっと、あの、私は単なるしがないモンスターですよー……。」

 カプッ!

「のわっ!」

 クレマンティーヌが私の首筋に噛みついてきた。

 しかしそれは痛みよりくすぐったい感じの甘噛みだった。クレマンティーヌの目じりに涙が浮かんでる……。

 

「お母さんが何でそんな事を…、と言うのは分かるつもりよ。」

 言ってアルシェは私の鳥の足を触ってきた。羽毛を逆撫でしないように丁寧に梳いてくれる。

「これがお母さんの真の姿という事でしょう?」

「………うん。」

 真の姿というのとはまた違うのだけど……。

「私達、皆知ってたよ。母様が普通の人間ではないこと……。時々何かを言いたそうにしてたのも気付いてた。」

 レイナースが拳を震わせて言う。

「………。」

「私達が怒ってるのはね、母様が、この世で最も大好きな人が、自分の事を卑下するからよ!私達の愛を疑うからよ!!この姿を見たら私達が母様を嫌うとでも?!」

 

「ママはさ、私等にとっては神様なんだよ。」

 首にしがみついたまま言うクレマンティーヌ。

 怒鳴られた私が哀れに思ったのだろうか、クレマンティーヌの声から聞かれたことのない、優しい声で言う。

「救われた。皆に忌み嫌われたこんな私でさえも、救ってくれた。そんな慈愛に満ちた人に、外見がどうの、人間がどうのなんてもう関係ないよ。」

「……クレマンティーヌ。」

「神様なんてさ、人間の姿してたって人間離れしてるモンでしょ?ママみたいに、鳥みたいな姿をした、でも人間臭い神様の方が私は好きだよ。」

 

「もう、自分の事、モンスターなんて、言わないよね?」

 アルシェ……。

 うん、……うん。

 言葉が出ない。

 今の涙は真珠にはならないんだね……。

 

「良かった。母様も無事。私達も転生した。これから皆で一緒に暮らしましょう。」

 そうだった。今までさらりと流してきたけど一つ問題が……。

「…あのー。」

「何?」

「その、母様って……。」

「ええ母様。それが何か?」

 またこれ言うとレイナース怒っちゃうかな~?

「えっと、私………。」

「……………。」

 ……………。

 言い辛いんだよ!察してよ!

 いや、三人ともわかってて黙ってる!

 

 私はつかさの方を見る。いつの間にか人形みたいになってるし!!

 つーか、何今まで黙って聞いてんだよ!フォロー位入れてくれよ!

「母様はちょっと違うかな~………とか、言ってみたり……。」

 あ、怒られる!!

「私達がお母さんの胎内で聞いた話は全部ウソって、そう言いたいの!!?」

「いや、ちょっと、誤解、誤解!」

 とりあえず噛みついたのが迫力の無いアルシェで助かった。

 

「はい、誤解でしょうとも。それで?」

 レイナースのあの笑顔の後は物凄く怖い。

「あの、あれは、スキルって言って、魔法みたいなもので………。緊急退避的に、皆を安全に………。」

 汗が噴き出る。

 ね、ちょっとつかちゃん?……つかちゃんてば!

「望んでもないのに、という事?」

 や、だからその目は怖いよレイナース。ヤンデレ入ってるよ。

「いやいやいやいや、だって私達友達でしょ!?」

「友達同士で養子縁組をした例は珍しいことでは無いわ。私の知っている貴族達でも3人はいる。皆、父様、母様と呼んでいるわ。」

 それは家名を残したり、遺産の相続等での養子縁組で……。

「でもそれに、アルシェは実際、両親だって居るのに…。」

「私、勘当されて以来、妹達以外身内はいなくなっちゃった……。だから今の私の母はお母さんだけなの。」

「アルシェ……。」

「それに、家名とか、遺産とか、そんな養子縁組なんて私はお断り。けれどこれはそんなレベルを超越しているわ。私はお母さんの娘になれて、だからとても嬉しかった。それを無かったことにしたいなんて言われたら………。」

 イタタ……。

 痛いほどに抱きしめてくるアルシェ。

 

「それにさ、私、感じちゃうんだよねー。」

「ひゃっ!」

 クレマンティーヌが私の首筋のニオイを嗅ぐ。

「私達、匂いとか、汗とか、血とか、まるで……。フフ、多分私達は完全無欠な血縁になってる。」

 動物的勘の強い子だから分かるのだろうか?

「普通の養子縁組とかだと、どうしたって違和感とか遠慮とかあるもんだけどね~……。そういうの私、全然感じない。」

 遺伝子レベルと言うこと……?

 そしてそれは他の二人も同じらしい。

 それは私だって………。

 

「さて、そんなことより!」

 そんな事って、レイナース……。

「何で直ぐ帰ってきてくれなかったの?」

「いや、無理でしょ。私今目覚めたばかりだったのに……。」

「でもさ~、私が入っていかなかったら居留守使うつもりだったよね~。」

 クレマンティーヌ!余計な事を……。

「だからほら、私、こんな姿だから皆に会うの怖かったって、分かってくれたんでしょ?」

 これはまずい、話の流れを変えねば!!

「むしろ私の方が聞きたいよ!どうしてこんな素早くここを突き止めることが出来たの?」

「お母さんの部屋にあったスクロール、それとコーラルチャームの助けを借りて、第6位階魔法、物体発見(ロケートオブジェクト)を使ったの。」

 自慢げに言ってアルシェは私の枕に残っていた髪を数本取り出した。

「でもビックリしたわ。突然手のモンスターが飛び出してきて…。」

「モンスター……、怪我は無かったの?!」

 多分アインズさんの情報阻害系魔法だよね?身内に危害が及ばないよう気を付けてくれたのかな?

「怪我は無かったけど……。」

 言いにくそうにするアルシェ。

 何故かレイナースも真っ赤になってる。クレマンティーヌはニヤニヤしているが…。

 ………??

「って、スクロールって、そういえば……。」

 私は自分の無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)の中を見る。

「あー……ものの見事にもぬけの空だ…。」

 私の溜め込んでいた全てのアイテムが空になっていた。

「まあ、そうだよね。でも、黒曜石とかヒヒイロカネとか痛いなー。この世界で錬成できるかな?」

「どうしたの?」

「ああ、何でもない。」

 

「ところで、こちらの方は……。」

 レイナースが部屋の片隅で人形になっていた女を見る。

「かの有名なつかちゃんだよ。」

「貴女が……。はじめまして。私、レイナース・ロックブルズと申します。」

「アルシェ・イーブ・リイル・フルトと申します。」

 貴族らしく挨拶するレイナースとアルシェ。

「クレマンティーヌだよ~。」

「これは御丁寧にどうも。つかさと申します。」

「母がひとかたならぬお世話になりました。」

 レイナースとアルシェが深々と頭を下げた。

「ご覧の通り、わがままな母ですので直ぐに連れて帰ります。お礼はいずれ。」

「へ?あ、それはちょっと、困る、というか……。」

 三人娘の目つきが変わった。ビビッてるビビッてる。つかちゃんビビッてる。

 いい気味だ。今まで他人事ですよー、みたいな顔して……。

「いや、あの、ちがっ…。ビンカさんには協力していただきたい事があって……。」

 少し殺気が和らいだ。

 

「え?私に頼み?何々?」

「実は、これからナザリックが法国に総攻撃を仕掛ける状況になってて…。」

「はー、スレイン法国終わったかー。まぁ、そうなるよねー。」

 いや、アンタの母国でしょうがクレマンティーヌ。

「その、法国の民衆を助けるのに、ビンカさんの助けが必要なんだ。」

「私が法国の民衆の為に命乞いするの?」

 それ位なら別に良いけど………。

「いや。ナザリック勢と戦って欲しいんだ。」

 ………。

「えー?無理だよ。」

「かつての所属ギルドと戦うのに心が痛むのは分かる……。」

「いや、そうじゃなくて、…まあ、確かにそういうのも嫌なんだけど、でも無辜の民が殺されるのを黙ってみてることはしないよ。」

 その言葉に娘達の表情が和らぐ。

「でもそうじゃなくて、根本的に私弱いんだよ。しかも今LV1だし。助けるどころじゃないよ。助けられちゃうよ。」

「ならば私達がきっちりガードします。」

 頼もしい娘達だわ。

 でも今の彼女等じゃ逆立ちしても無理だ。この子等は戦場に出しちゃいけない。

 

「って、そうだ!ナザリックって今何人居るの?!」

「プレイヤーは貴女を含めて二人。」

「………えー。」

「だからこそ、アインズさんは貴女をとても大切に思ってる。」

 ………。

 ちょっと、うわ、なんか、超嬉しいんですけど……。

 

「でも、あれ?そう言えば、あの時アルベドとか、コキュートスとか居たみたいだけど……。」

「それは、NPCは意思を持って動いてるから。」

 …………………。

「ふーん。」

「え?それだけ?」

 ちょっとポカンとするつかさ。

「ああ、うん。…何か、そんな事もあるかなー、……的な?」

 

「ま、まあ話が早くて助かるかな。ではちょっと話は長くなるけど、聞いてもらえるかな?」

 つかさが居間に案内し、お茶を用意しながら全ての経緯を話し始める。

 …………………。

 …………………………。

 

「…あー、じゃあ、支配が解けた後も色々すれ違いで?」

 全部理解したとは言えないけど、まあ、私が邪魔になって排除、というわけではなかったのか……。良かった良かった。

「そうだね。もちろん仕組まれた物もあるけど、7~8ぐらいの事象が全て勘違いさせたいかの様に働いて…。特に大きかったのは2年のタイムラグだね。」

「そうかー。……あれから2年ねー。」

 

「それに、あの指輪。あれも大きかった。ずっとビンカさんの気配と誰かの気配が入れ替わっていたようで……。」

「指輪?もしかしてこれですか?」

 言ってアルシェが透明化された指輪をテーブルに置いた。

「これは?」

「持ち主のステータスを入れ替える指輪。」

「何でそんな事を…。単純に気配を消すだけであればこんな間違いは起こらなかったかもしれないのに……。あいた!」

「まあ私達にも色々あったのよ。」

「え?何?僕、何で殴られたの?」

「娘達の顔を見れば何で殴られたか、分かるでしょ?」

 …………。

 割と察しはいい子の様だ。ちょっとばつ悪そうに額を叩くつかさ。

「すみません。…あの、…話を続けますね……。」

 ……………。

 

 ………。

「はー……。なるほどねー。」

 それで私がナザリック勢と戦うと……。私を大切に思って、か……。

「ビンカさん!」

 おおう……つかさの急な大声…。

「何?」

「今回の作戦の為には貴女に何としても、遺恨を収めて欲しいんだ!この通り……。」

 頭を上げて、と言おうとした私を制して、レイナースがつかさの胸倉を掴んだ。

「貴女はいったいどちら側の人間だ?」

「そうだねー。勘違いとはいえママを何度殺したんだ?それを許せ?」

 クレマンティーヌがスティレットの先を弾きながら言う。

「そうね。私達を殺したのはまあ、良いとして……。お母さんを泣かせたのは許せない!」

 アルシェ達は私の状況を虫の知らせのように感じていたようだ……。

「君達の怒りは分かる!でも勘違いと、すれ違い、そして仕組まれた事だったんだ!」

「それは分かった。だったら何故本人が現れて謝罪しないのか!?」

「いや、本人は直接会って謝りたいと言っていたんだ!僕がそれを止めた!」

「何故!!?」

 レイナースがつかさの首を締め上げる。

「アインズさんがビンカさんを本当に大切に思っているからだよ!」

 意味が分からない。首を傾げて締め上げる手を緩めるレイナース。

「大切に思うが故、ビンカさんの拒絶をあの人は非常に恐れている。実際、全ての疑惑が晴れた後、ビンカさんに差し出した手をビンカさんは無意識に拒絶した。」

 あー、何か、ボーっとだけど………覚えがある…。

「事態は前後するけれど、アインズさんは絶望のオーラを止める事が出来なかった。今度また、そんなことが発生しないとも限らない。最悪の状態は極力避けなければならないんだ!」

「それだとしても……。」

 

「ビンカさん。」

 突然、室内に低い男の声が反響した。

「すまない。」

 この声、忘れもしないモモンガ…、アインズさん。

「この通りだ、と言ってもこちらの姿は見えんか…。」

「………。」

「それに、レイナース、アルシェ。許して欲しい。私はビンカさんが穢されたと思って、その怒りに衝き動かされていた。」

 この声はメッセージドールが出しているのか?何処に…。

「………。」

 …!!!

 サイドボードの中にそれはあった。

 ………………。

「「「「ぶははははは………!!!」」」」

 ず、ずるいぞつかちゃん!!

 こんな小ネタ仕掛けてくるなんて!!!

「な、……何で?」

 突然の爆笑にうろたえるだけのアインズさん。

 アインズさん、まさか、自分の今使ってるメッセージドール見えてないの?

 は、お腹が……よじれる……!

「お、おい、つかさ、これは一体どういうことだ?」

 少し怒気をはらんで言うアインズさん。

「ごめんなさい。」

 つかさがサイドボードに入っていたメッセージドールを取り出す。

 でっかい福助人形だった。

「ぶはははは!」

 アインズさんは5秒程笑った後、

「つかさ、後でぶっ飛ばす!」

 少し憮然としたアインズさんの声。

「まあ、分かったよ。私が誤解を招いた責任もあるし、皆にも謝ってくれたし、私はもう許す。遺恨も残さない。」

「本当に許してくれるんですか?」

「そ、その顔、止めて!ぶはは…、つかさ!近づけんな!!ぶっ飛ばすぞ!!ただ、殺されるのは何度死ぬ思いしても慣れるもんじゃないからトラウマってるかもしれない。会ってビクつく事があっても許してね?」

「ああ、もちろんだ!」

 

「ま、まあ、何と言うか、シリアスな雰囲気もぶっ飛ばされちゃったしねー。皆はどう?」

「母様が許されるなら、私に…くくく…。」

 割と笑い上戸のレイナース。

「反則!そのステキに渋い声にその人形は反則!!……あははは……。」

 アルシェもコチョコチョには弱いタイプだ。

「あのさー、そう言えばさー、何か、私だけ謝ってもらってないんだよね……。」

「……………。」

 ………………。

 いや、色々な意味で勇者だな、クレマンティーヌ。あの福助人形と睨み合ってるよ。

「さて…。」

「さてじゃねーよ!」

「いや、お前の事は殺してないだろ?」

「ひとおもいに殺されるよりひどい目にあわせてるだろうが!」

「そうだったか?」

「忘れてんじゃねーよ!」

「そう言えばビンカさん、エ・ランテルで死者の軍勢(アンデスアーミー)を展開したのは貴女の差し金だったんですか?」

「ん?何のこと?」

 ?となっている私にレイナースがこそっと耳打ちしてくれた。

「ああ、アレね。逆、逆。あれってクレマンティーヌがボコボコにされて逃げてきた後、私達と出会ったんだ。」

「そうだったんですね。ビンカさんはああいう事はする人ではないと…、彼女が付いていた事も私が勘違いする一因で……。」

「つまりまたお前のせいか!クレマンティーヌ!!」

 クレマンティーヌに殴りかかるレイナース。

「いや、私悪くないだろ!」

 応戦するクレマンティーヌ。

「悪いことするから、わざわいを招くんだ!」

「二人ともこんな所で喧嘩は止めて!」

 姉妹喧嘩が始まった。

 

「そう言えば、つかちゃん、良くこの場面で福助人形使おうと思ったね。ヘタしたら私等へそまげて最悪のパターンになるとか考えなかった?」

「そうだ。私も今落ち着いて考えるとかなりの冒険だったと思うぞ。」

 と、アインズさん。既にメッセージドールにはテーブルクロスをかぶせてある。 

「一応人形は3体用意してありました。」

 言ってつかさはアインズさんのミニチュア__良く出来てる。後で貰おう。__と、単なるスピーカーを差し出した。

「僕はネムから貴女の話を聞いていたので、状況が整えばこの人形が最も効果を発揮すると思ったんです。」

「ん?私をてことはあの子、私をプレイヤーと見抜いていたの?」

 ただ者じゃないとは思ってたけど…。

「まさか。でも、ビンカさんがキーマンである事は見抜いていたよ。貴女を落とせば万事上手くいくだろうと言ってた。」

「こわっ!あんな無垢な笑顔でそんな事考えてたの?」

 私、あんまり仕事の話とか口を挟んでなかったのに……。

「僕も何度も驚かされたんだけどね…。で、ネムの話を思い出して、レイナースさんやアルシェさんを見て、話して、ベストなタイミングでアインズさんに振ったんだ。」

「そうか。でも、お前をぶっ飛ばす事は決定事項だからな。」

 いい声で言うアインズさん。

「……え?」

「え?じゃねーよ!俺の一世一代の謝罪が爆笑って!俺の繊細なハートが砕けそうだったぞ!!」

心臓掌握(グラスプハート)を掛けられる。いつもと逆の立場と言うことですね?」

「上手いこと言ってんじゃねーよ!てか俺、心臓ねーし!」

「初めに言ったのはアインズさんなのに……。」

 あはは…。

 なんだか、笑えて来た。やっぱ笑うって人の荒んだ心も溶かすよね…。

 二人も笑っている私を見て笑顔だ。アインズさんはここには居ないし、骸骨だから判んないだろうけど…。

 でも、そういう意味ではつかちゃんの判断は最高だったのかな。

「あー、何か、この感じ、懐かしいね、モモ…アインズさん。」

「ああ。そうですね。私もそれ、思ってました。」

 

 と、アインズさんが何やらもごもご言い始めた。

 問い詰めると……。

「あの、ビンカさんの部屋のレターケースの上から二番目……。」

 さーーーーーーーーー………。

 うっわ、血の気が引いた。

「何?まさか、見た……?」

「はい。」

「ふっざけんな!何見てんだよ!!」

「え?あれ?だって見ろって……。」

「いやいやいやいや!普通、私が死んでからでしょ!!」

「いやだって、俺、ビンカさんの葬式出てますし…。」

「……は?」

 ………意味分からない…。

「2年前に。有志の皆のお香典を持って。行きましたよ。」

 そうだね、そう言えばリアルで私、死んでるんだったね……。

「……遺影は?」

「はい。笑顔が可愛かったですよ。」

 素直に嬉しい。けど…。

「棺の中とかは?」

「………。」

「うっわ、見たんだ!!だから来ないでって言ったのにーー!!」

「大丈夫!包帯とかで分からなくなってましたから。」

「……ホント?」

「……………。」

「うわーん!あほーー!!」

「ちょっと、アインズさん!上手くいきそうだったのに、何ちゃぶ台ひっくり返してくれちゃってるんですか!!」

 つかさが私の背中を撫でる。3人娘も意味は分からないが私を泣かせたことでアインズさんを威嚇してる。

「いや、すまない。だってあんなこと書かれてたら普通に気になって……。」

「ゆうなーー!!もうその話は棺桶の中まで持って行って!!」

 いろいろな物がメッセージドールにボコボコぶつかる。

「えー…。」

「もうその話したら、あれだかんねっ!!ひどいからねっ!!!」

 あれか?私は遺言とかしちゃいけない人なのか?

 全ての遺言が私を責めさいなんでくるなんて………。

 

 まあ、そんなこんなはあったんだけど、……まあ、ちょっと再会時に顔を会わせ辛くなった程度だ。

 たいした事は無いはずだ。

 多分……。

 こんなことも、以前も良くあったし、まあ3日もすれば元通りになるだろう。

 それにその3日も、はたして安穏と過ごせるかどうか……。

 

 とにかく今はそんな事でアインズさんといがみ合ってる場合じゃないし。いや、私が一方的にいがんでるだけなんだけども…。

 本当なら全て忘れて楽しく歌って暮らしたいけど、知ってしまったらそうもいかないよね……。

 

 だったら、せめて、私の今後の寝覚めが悪くならないよう、頑張りましょうかね。

 新旧、仲間達と共に!

 

 

続く

 



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31話

A イメージング

 

 

 今後をどうするか、和解の翌日、僕等は3人で相談することとなった。

 レイナースとアルシェは本国で仕事が溜まっているとの事で、クレマンティーヌを置いて帰って行ってしまった。仕事が終わったら、また飛んでくるとの事だ。

 

「すると、私のレベルが10になったら、即日デミウルゴス率いる軍勢が法国に宣戦を布告すると?」

 僕の淹れた紅茶を口にしながら首を傾げるビンカさん。

 既に昨日の件は引きずっていないようだ。始めから普通にアインズさんと接してる。

 なんてメンタルの強い人だ。リアルから死を経験してるからか?覚悟というか開き直りというか……。

 

「ああ。その2日後、最終戦争・悪(アーマゲドンイビル)を法国全土に展開する。これはいくら二人が止めようと無駄だぞ。奴らはアインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ったんだから。」

 メッセージドールから声が響いてくる。そして遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)からの画像でテレビ電話風になっている。

「でも、僕等は民衆を助ける側になります。」

「まあな。アインズ・ウール・ゴウン率いるナザリック勢、カルネ義勇軍、ロックブルズ救助隊の三州同盟軍が民衆を救う。それが今後の布石だからな。」

 そして、もしかしたら王国からも何人か心強い仲間が得られるかもしれない。

 

「しかし、もし俺の目の前にターゲットが現れたなら、俺は変装を解いて連中を殺す!いや、簡単には死なせん!!」

 アインズさん、相当怒ってらっしゃる。

「アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。」

 ただ、当の本人のビンカさんは報復にはあまり乗り気ではないらしい…。

「私の場合は一心不乱にLV上げだね。マーメイドまでならかたいだろうけど、ニクシーまで戻れるかな?」

 …と、話題を変えてくる。

「水辺でないのが痛いですよね。またビンカさんのメイルシュトロームとか見たいな。」

 アインズさんの声も少し弾んでいる。ユグドラシルの頃を思い出しているのだろうか?

「またそうやって、ヨイショするのが上手いんだから。」

 口ではそういいつつ満更ではなさ気だ。

「しかしアレがあれば数百が一網打尽で、経験値も一瞬ですよ。」

 二人の楽し気な会話が弾む。

 

「アインズ様。」

 話がちょうど途切れた時、アインズさんのそばに控えていたユリが声を上げた。

「何だ?」

「シャルティア様と、マーレ様、コキュートス様がお見えです。」

「何用か?後にできんのか?」

「ちょっと、アインズさん、もしかしてその三人って………。」

 言って僕はビンカさんを見る。

「…ああ、そう言う事ね。アインズさん、入れてやってよ。」

「…ビンカさんがそう言うなら……。」

 

 ユリに向かってアインズさんが頷くと、件の三人が鏡に映る。

「お忙しいところ、失礼致しんす。」

 代表してシャルティアが喋る。

「アインズ様がカ・ラ・ビンカ様とお話なさってると聞き、まかり来しんした。」

 

「私に何か用かな?シャルティア?」

 ビンカさんのその声で、シャルティアは崩れ落ちた。

「いじめないでくんなまし、カ・ラ・ビンカ様!わらわは……。」

 泣き出すシャルティア。まあ確かに今のビンカさんの言葉は聞きようによっては突き放した感が半端ない。

「あ、ごめん。意地悪言ったわけじゃないんだ。ごめんね。」

「わらわの事、嫌いって………。」

 つられて後ろのマーレも泣き出す。

「え?何のこと?」

 三人の言葉の意味が分からずただ首を傾げるビンカ。

 僕はあの時の事をかいつまんで説明する。

「あー、私そんな事言ったんだ。」

「嫌いって、嫌いって~……!」

「あー…ごめん、……ウソ、ウソだから。」

 この人、いい人なんだけどあまり口は上手い方じゃなさそうだ。泣き声はだから全然止まらない。

「ちょと、皆、許す!許すってアインズさんから言われるでしょ?!」

「イクラ、カ・ラ・ビンカ様ガオ赦シナサレテモ、我等ノ気持チガ済ミマセヌ。ナニトゾ厳シキ御沙汰ヲ!!」

 コキュートスが膝をついて懇願する。

「ってったって………。参ったなー。ねえ、つかちゃん、何か良いアイデア無い?」

「は?」

 何で僕?僕の視線を受けたアインズさんが苦笑したような雰囲気を出す。

「ビンカさんは丸投げの達人なんだ。」

「いや、そういうの達人とか言わないでしょ。」

「まあ、私からも頼む。我々は許すも何も、全て私の責任と言っているのだが………。」

 ……………。

 

 僕はアインズさんとビンカさんを交互に見、一つ閃いた。

「だったらさ、創造者の意見を聞いてみない?」

「創造者?」

「皆、創造者のいるNPCなんでしょ?だったらその創造者の意見なら納得するんじゃない?」

「お前、我々に喧嘩を売ってるのか?買うぞ。」

 アインズさんが絶望のオーラを流し始めた。

「待って待って!そうじゃなくて、………。そうだ、そちらのユリさん!」

「……何でしょう?」

 う、ユリも少し怒ってる。あの人小学校時代の恩師を思い出すんだよなー。

「羊皮紙を10枚くらい用意して。」

 向こうとこちらで羊皮紙が準備された。

「では、アインズさん、ビンカさん、ユリさんにそれぞれ一枚ずつ持ってもらいます。準備できましたか?」

 全員から肯定の合図が来る。

「ユリさんの創造者はやまいこさんでしたね?皆さん、やまいこさんならどう答えるか、考えてその羊皮紙に書いてください。」

 どうやらこれでアインズさんは理解したようだ。

「「は?」」

 ただ二人は首を傾げる。ユリさん、首が取れるよ……。

 

「では第一回!チキチキあの人はこう答えるのだスペシャル!!」

 …………。

 ノリ悪い……。

「では、質問します。ユリさんが間違えてアインズさんの大切にしていたものを壊してしまいました。その時、やまいこさんならユリさんにどう言うでしょう?」

 ようやく僕の言っていた事が理解できたビンカさんも羊皮紙に書き始めた。

 首を傾げながらユリもかき始める。

 10分後。

「では一斉に羊皮紙を見せてください。」

 

 一言一句ではないけれど、ユリの返答の部分以外、ほぼ同じ内容が三者三様書かれていた。

『そうか、アインズさんの大切にしていたものを壊しちゃったか…。ユリ、先ずキミ自身が同じ目にあわされた時を考えてみようか?

 ………、そうだね、じゃあ次にその謝りたい気持ちを相手に伝えないといけないね。次に、もう同じ間違いを犯さないためにどうするか、考え、伝えなさい。

 ……………。許してくれた?はい、よく出来ました。じゃあ、アイスでも食べに行こうか。』

 そして全員が最後に付け加えていた。

 アインズさんにユリのフォローを入れてくる、と。

 

 この羊皮紙をみて、ユリは愕然としていた。

「ユリ。お前はもう、やまいこさん自身のようなものだな。」

「そうだねー、NPCが創造者をそこまで把握してくれるなんて冥利に尽きると思うよ。私も自分のNPC作っときゃ良かったかな?」

 ユリはぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「アインズさん、ビンカさん、その羊皮紙、ユリさんにあげれば?」

「ん?こんなものが欲しいか?」

「ください!!!」

 大声を上げ、アッとひざまづき許しを請うユリ。

「し、失礼を……。」

「いいよ。欲しいならあげる。」

「あ、……ありがたき恩賜!」

 ビンカさんの言葉にそのまま床に額が付くほど頭を下げるユリ。首が取れてコロコロ転がったのはまあご愛敬…。

 

 ビンカの羊皮紙がユリの手元に届くと、ユリは宝物のように胸に抱き肩を震わせる。

「アインズ様、少し、つかさ殿と話してよろしゅうございますか?」

「良かろう。許す。」

 遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)にユリの顔がアップになる。

「つかさ殿……。」

「はい?」

「ボ、私は貴女の事は嫌いでした。」

「あう。」

 ぶっちゃけられた。……結構傷つく。

「アインズ様やカ・ラ・ビンカ様の御相手をしているのになれなれしい態度とか…敬語に敬意が感じられなかったり……。」

 …まあねぇ。逆にそんな壁作ってちゃ僕等はダメだと思うからね。

「シズやルプスレギナが何であんなに気に入ってるのか本当に不思議でした。……しかし、思い知らされました。その理由がある事に。」

 申し訳なさそうな、寂しそうな笑顔を作るユリ。

「かような大それたものを頂いたから………。そんな理由はあまりに即物的で恥じ入るばかりなのですが……ありがとうございました。この羊皮紙、生涯の宝物に致します。」

 多分理由は物だけじゃないからだと思うよ。

「うん。良かったね。」

 そしてユリはニコッと微笑んで最後に一言。

「ボクはキミが大好きだよ。」

 …………………。

「ホレてまうやろーーーーーーーーー!!!」

 

「これでユリも完全攻略したか……。」

「ね。エロゲの主人公みたい。」

 ビンカさん、せめてギャルゲーと言って!エロゲにはハーレムバッドエンドあるから!

「無口無表情インテリ系少女を速攻攻略。バスケ部キャプテンに続いて女教師か…。」

 いや、感慨深げに言われても……。それにシャルティア様が何か複雑そうにしてるんですけど…。

「はっはっは、つかさよ、あと腹黒お嬢様と裏バン娘と不思議ちゃんの攻略が残っているぞ。」

「いやいやいや、……コホン!では皆さん、趣旨は理解できましたね?」

 

「これは、罰どころか、とてつもないご褒美なのでは………。」

 シャルティア達は震え始める。

「ご褒美では無いよ、これは創造者からのお言葉、だよ。それには絶対服従なんでしょ?それにもし三人がバラバラな答えを出したなら、それはそれで罰みたいなものだしね。」

 自分の中に、創造者が生きていない事になるのだから……。

 今考えるとユリに危ない橋を渡らせてしまったかな?

 ………でもまあ、ご褒美になったんだから良いよね。

 

 

 そして本番。

 シャルティアがカ・ラ・ビンカ様にしてしまった失態、これに対してペロロンチーノ様なら何を告げるか?

「それではシャルティア様の創造者、ペロロンチーノさんの言葉オープン!」

『え?許す許す!チュッてして、パンツ見せてくれたら許してあげるって!

 ………え?俺じゃない?ビンカさん?そうかー。もう謝った?

 ………で、ビンカさん何て?

 ………許してくれたならそれで良いんじゃない?後は歌でも聞いて褒めちぎってあげればあの人何でも水に流してくれるから。』

「「て、あほか!!」」

 3人が同じ様なことを書き、ビンカさんとアインズさんが羊皮紙を叩きつけた。

 シャルティアがビクッとなる。

「いや、すまん。何と言うか、如何にも、と言うのをこうも見せられると………、思わず口から出てしまったというか……。」

「私の場合はチョロイって思われてる事に自分で気付いてて自分に腹立った。」

 シャルティアは羊皮紙を大事そうに油紙、金紙と皮でくるんでアタッシュケースのようなものにしまう。

「あの、カ・ラ・ビンカ様?」

「ん?」

「ペロロンチーノ様の仰る通り、あの、歌を………、その……。」

「いいよ。貴女の為だけに後で歌ってあげる。」

 まさかの申し出にシャルティアは腰が抜けたようにひざまづいてしまった。

「それに、このごたごたが終わったらロックブルズホールに遊びに来てよ。変装してでいいから。そこで毎日歌ってるよ。」

 このビンカさんの言葉に皆少し寂しそうにする。

 たぶん、人間にご褒美を下賜することが彼等にはあまり好ましくないのだろう。

 それに、そこには言外に、ナザリックには戻らない可能性が漂っていた。

 

 続いてマーレの創造者、ぶくぶく茶釜さん。

 僕も多大な興味のある方だ。

『ビンカちゃんに失礼を働いたって?

 じゃあ先ず謝りなさい。私が一緒に謝ってあげるから。ほら、行くよ!

 ……え?もう謝った?で、許してくれたと、じゃあ問題解決じゃない?

 …それじゃ気が済まない?

 そっか、じゃ、ビンカちゃんとカラオケ勝負だ!私が勝ったら全て忘れなさい!

 ………そうだよ!ただあの子と勝負したいだけよ!悪い!!?』

 ほぼ同じ回答を見せられ、マーレは周りの目も気にせず泣き始めた。

 

「あの、カ・ラ・ビンカ様、…僕……。」

「何?私と勝負したいの?」

「しょ…と、とんでも…無いです!!」

「いいよ。歌、練習して来なさい!ロックブルズホールで歌合戦よ!!」

 ノリノリのビンカさん。

「ひ、人前で…しかも……う、歌の神、カ・ラ・ビンカ様の、ご、御前で…う、歌なんて!!」

 悲鳴を上げるマーレ。

「アンタら人間なんてかぼちゃ位にしか思ってないんでしょ?だったら覚悟決めなさい!なんてーか、面白くなってきた!!ロバーデイク辺りに準備させとこう!」

「ビンカさん、その時はぜひ私も招待してください。」

「え?アインズさんも出たいの?良いぜ!やろう!」

 ビンカさん、目がクルクル回ってる。

「あぁ、うそっ…、招待って、俺、単に聴くだけ……。」

 やばい、この流れは非常にやばい……。

 逃げようとした僕の首をがっしりロックするビンカさん。羽がくすぐったい……。

「どこへ行く?!この事態の首謀者!」

 僕等はビンカさんの歌への情熱を嫌という程思い知らされるのでした……。

 

 そして、最後にコキュートス。

『誠心誠意謝れ!許してもらえなきゃ腹斬って詫びろ!

 ………何だ、許してもらえてるならいいじゃないか。

 だったらもうそんな事は考えてないで、ビンカさんの為に何ができるかを考えろ。』

 武人建御雷さん。何だか竹を割ったような人の様だ。

「カ・ラ・ビンカ様、私ニ、ドウカ、ゴ下命ヲ。」

「下命とか言われてもなー。」

「だったらレベル上げに協力してもらえばどうかな?あ、でも彼程の人材をそんな些事に割けないかな?」

 僕の言葉にビンカさんは首を絞めてきた。

「おい、つかちゃん、些事って失礼じゃないか?」

「カ・ラ・ビンカ様、私ガソ奴ノ首ヲハネマショウ。」

「良い良い。ビンカさんの冗談だ。」

 いきり立つコキュートスをなだめてくれるアインズさん。

「まあ、良いだろう。コキュートスはビンカさんの冒険に同行し、命をかけて、ビンカさんを守る事。」

「ハ!何タル名誉!!一命ヲ賭シテ必ズ!!」

 ひざまづいてブシューと冷気を吐き出すコキュートス。

「あの!アインズ様、カ・ラ・ビンカ様、わらわも……。」

「僕も!ど、同行させてください!」

 シャルティアとマーレも手を上げる。

 しかしいくら何でもそれは過剰戦力じゃないか?特にシャルティア等、当初の目的も忘れて全部一人でモンスターを狩ってしまいそうだ。それはそれで開戦が遅れて良いのだけれど……。あ、でも、デミウルゴスが別の案を出して来たら困るし……。

「いや、お前達には別の任務がある。今回はコキュートスに譲ってやれ。」

「二人トモ、済マンナ。」

 済まないなど微塵も感じさせずに言うコキュートス。

 今から興奮しているのか、冷気を吐いている。

 

「ところで、つかさはビンカさんの冒険に同行できんのか?」

 僕の発言からそれを汲み取ってしまう所はさすがアインズさん。

「あ、はい。実は王都に呼び出しを受けて………。」

「王都から?お前を名指しでか?誰が?」

「ラナー王女です。」

「…………。」

 どうやらアインズさんも彼女の噂は表も裏も知っているようだった。

「無視する事は出来んのか?そ奴は危険だ。」

「幾つか恩義を受けてまして。無下にするわけには……。」

「こちらで目的を探らせるか?」

「いえ。そこまでお世話になるわけにはいきません。今回は話を聞くだけですし。」

 まあ、実際僕には影響力はあっても実行する権力は無い。

 だから大丈夫だろう。ラナー王女に会う前まではそんな事を思っていた……。

 

 

続く

 

 

幕間

 

「え、えへへへ……。」

「何よ!?気持ちの悪い笑いを3人とも!」

 ラウンジで羊皮紙を見つめて笑っている3人(1人はだろう)にアウラがうろん気に訊ねる。

「な、何でも、無いよ!」

 アウラに気付いた全員が一斉に羊皮紙を隠そうとする。

 しかし、マーレの手はアウラにがっしり掴まれていた。

「何なのよ!?見せなさいよ!!」

「だ、ダメだよ、お姉ちゃん。」

「何よ?今日は頑と抵抗するわね!」

「何でもありんせん。カ・ラ・ビンカ様にお叱りを賜った事の無いお前には関係ないことでありんす。」

 上から目線のシャルティアにカチンと来るアウラ。

「そ、そうなんだよ!お叱りの、その……。」

「我等ノ詫ビ状ト、御方ノ御命令書ノ様ナ物ダ。気ニスルナ。」

 普段冷静なコキュートスまでもが弾んだ声。これで気にしないアウラではない。

「良いから!見・せ・な・さ・い・よ!!」

「ああっ。」

 このままでは宝物が裂けてしまう。そう思ってマーレは羊皮紙を手放した。

「こ、これはアインズ様のお手の……。こっちはカ・ラ・ビンカ様……。」

 しかも書いている内容は同じであった。

「ね?あの、お姉ちゃん、その、か、返して欲しい、かな?」

 …………。

 しばし熟考するアウラ。

「……どう言う事?」

「ええっと、な、何が?」

「何でぶくぶく茶釜様の御様子がえがかれているの?」

「え、えっと、あの……。」

 マーレが見渡すと、メイド達がそそっと仕事に戻っていく。そして視線を外すとメイド達はススッと元の場所へ帰ってくる。

 助けを求めるようにシャルティアとコキュートスに視線を送るが、無視された。

「……はぁ。あの、み、皆には絶対、内緒だからね!」

 徐々に差を詰めてくるメイド達をけん制しつつ、マーレは一部始終を語り始めた。

 ……………。

 

「何よそれ!!」

 地団駄踏むアウラ。

「謝りに行ったら全員二つのご褒美を貰ったような物じゃない!!何なのよそれ!!!」

 その言葉に3人は首を傾げた。

「そうで、…ありんしたな。わらわ達、謝りに行ったんでありんした。」

「アア。アマリノ御褒美ニ我ヲ忘レテイタガ、浮カレスギテイタ様ダ。反省セネバ……。」

「僕の場合は…御褒美1つと、罰1つだから……。」

 マーレの言葉にアウラの柳眉が上がる。

「罰って何よ!?……それだって御褒美…。あれー?マーレ、ホントに嫌なの?じゃああたしと代わりなさいよ!カ・ラ・ビンカ様の御前で歌えるなんて機会、普通無いわよ!」

「だ、ダメだよ。僕が受けた、罰なんだから!」

「だったら、デュエットよ!アンタもその方が良いんでしょ?アンタばっかり御褒美なんてずるいわよ!」

 

 罰だ何だ言ってはいてもマーレも心の底では実は嬉しいらしいようでした。

 



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32話

A 知識対知恵

 

 

 王都南西の外れ。岩を荒削りに組んだ質実剛健な建造物。

 王族の別荘らしい。別荘と言うか城だ。

 僕は真夜中、吸血鬼(ヴァンパイア)らしく空からその城に侵入した。

 テラスから中に入ると……。

「よう。」

「うわっ!」

 思わず声が出てしまった…。

「気付いて無かったのか?その割にはずっとこっちを見てた気がするが……。」

「ガ、ガガーランさん。こんばんわ。」

 カーテンの隙間から現れたのはガガーラン。何で隠れてるの?

 結構ドッキリさせられた。むしろ見てびっくりだよ!闇夜の吸血鬼(ヴァンパイア)を驚かせるとは……。ティア、ティナの差し金か?

「一応、武器は置いてってもらうぜ。」

「初めから持ってきてないよ。」

「こっちだ。」

 ランプを手に歩き出すガガーラン。

「……本当なら、イビルアイに居て欲しかったんだが、あいつは今ティア、ティナと一緒に法国だ。お前さんの依頼を果たしにな。」

「君は行かなかったのかい?」

「俺に潜入とかできると思うか?目立ってしょうがねえよ。」

 まあ、確かに。国境で直ぐにとっ捕まるだろう。

「この部屋で待っていてくれ。」

 

 しばらくして女性が一人入ってきた。

 凛とした感じの女性だった。

「はじめまして。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。」

「つかさです。はじめまして。お噂はかねがね……。」

 差し出された手を軽く握る。

「貴女には仲間達が色々世話になったようですね。」

 んー、これは皮肉だろうか?

「今回の依頼の報酬です。ゴーレムは大きいので、アインドラ卿の宮殿へ送っておきました。」

 ラキュースは風呂敷の中にあった人形を確認する。

「確かに。ティア、ティナとイビルアイが結構吹っ掛けたのにあっさり払ってしまうなんて……。」

 吹っ掛けてたのか、あいつ等………。

「これで済むなら安いものです。僕等にとって、ネム・エモットはそれだけの存在ですから。」

 しばし僕の目を見るラキュース。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の目を真っ向から見つめるとは………。魅了を知らない訳でもないだろうに………。

「フ…、いいでしょう。3人は既に法国に侵入は果たしている頃です。明後日頃には一報が入るでしょう。良い報告を期待してください。」

「よろしくお願いします。僕にお手伝いできることがあれば何でも言ってください。」

「必要ありません。大船に乗ったつもりでいてください。」

 不敵に笑うラキュース。法国が相手であってもこれだけの自信。仲間を信じているのだろう。

 

「さて、ではラナー王女殿下との会談場所へご案内しましょう。」

 きた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

 

 僕は暖炉のある小さな部屋に通された。

 懺悔室のような感じの部屋を想像していたので、ちょっと拍子抜けした。

 ちょっと待てと言われて10分。

 来ない……。

 暫く待っても来ないので、手持ち無沙汰だった僕はふかふかなじゅうたんの上に座って、粘土で人形を作り始める。

 

 コンコン。

「お待たせいたしました。」

 ……………………。

「…あの、……つかさ殿?」

「………ちょっと、待って…。」

 あとちょっと。あとちょっとだから……。

 

 人形に緑の瞳を入れると、僕は顔を上げた。

 二つの顔が僕を見ていた。

「これは……。」

「私?」

 ラキュースと、一人は恐らくラナー王女だろう。

「ああ、ごめんなさい。あまりに暇だったので……。」

 ラキュース人形を彼女の手のひらに乗せると、人形は動き出し、ぺこりとお辞儀する。

「ごめんなさい。」

 本物のラキュースよりちょっと甲高い人形の声。

「おお、これは?!!」

 ラキュースの驚きの言葉に指を鳴らすと人形はコテンと力なく横たわった。

「何と言うか、ケシカラン。これは没収シマス。」

 う…。ちょっとやりすぎたかな?

「はい、どうぞ、お納めください。」

「ククハハ…。」

 やばい。怒ってる?凄い笑顔になってるんですけど……。

 

 突然クスクスと笑う声。

「こんな方、初めてです。普通の人なら憤るか、そわそわして待っていたりするものですけど………。」

 ?……じゃ、待たされたのは試されていたって事?

 そのために小一時間も?僕もそんなに暇じゃないんだけど……。

 僕は粘土カスやら布の切れ端を無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)にしまった。

「失礼しました。私はラナー……。」

 自己紹介を始めた王女様の言葉を僕は手のひらを向けて止める。

「無礼ですよ、つかさ殿。」

「だって、全部聞いたって覚えられないくらい長い名前なんでしょ?」

 眉を顰めるラキュースに僕は首を傾げて言う。

 実際何度聞かされても覚える気のなかった僕にはその名を覚えることは出来なかったし。

 ラナー王女はクスクス笑って許してくれた。

 

 僕が立ち上がって背伸びをしていると、ラキュースが僕に噛み付いてきた。

「ちょっと、これ、動かなくなったんですけど。」

「そりゃ魂入ってないので。」

「入れてください。」

「入れちゃうと戻らないよ。棄てたりしない?」

「棄てませんとも。」

「耳元で騒がれるとかなりうっとうしいよ?」

「耳元で……、騒ぐ?」

「毎日微量だけど主に君のMP…、魔力を食べるからね、あまり長いこと離れられなくなる。当然、居場所は君の肩とか、ポケットとかになると思う。」

 下を向いて肩を上下させるラキュース。やはり覚悟が必要だと考え直しているんだろう…。

「戦闘をサポートとかは出来ません?」

「そりゃある程度上位の精霊とかスプライトを憑依させれば第2位階魔法くらいは使えるようになるだろうけど、結局君の魔力を消費して使うことになるから……。」

「入れてください!」

「……えと…。」

「入れてください!!」

「分かりました。」

 怖い……。

 

 とりあえずその辺に漂ってる一番強そうな精霊を人形に入れ、ラキュースの髪と血を使って契約させる。

「スキル・物質変換・中位人形作成・付喪神。」

 人形とラキュースの身体が光る。

 光が消えると、ラキュース人形が空中に浮いていた。

「おおおおお……。」

 ラキュースは付喪神を手のひらにのせると、手足を触ったりスカートをめくったり、その度に奇声を発する。

「あの、マスター?」

 付喪神が僕の方を向いて声を上げた。

「何?」

 その声に答えたのはラキュース。

「いえ、あの、私を創ったのはそっち……。」

「私が、貴女の、ご主人様(マスター)よ!!つかさ殿の事は創造者とでも神とでも言っておきなさい!!」

 おろおろと僕の方を見る付喪神。僕は頷くしか出来ない。

「じゃあ、神様、私の名を決めて……。」

「私が付けます!良いですね?!」

 僕等はその迫力に圧倒される。

「貴女の名前は……スキュラ!」

 付喪神・スキュラに指を突きつけるラキュース。

「「……えー…。」」

「何か?!」

 ラキュースは僕等をキッとにらんで来る。

「いやだって、いずれ成長したら君を襲ってきそうな名前だよ?」

「襲ってくる…。友達が、我を忘れて襲ってくる……、涙をこらえて倒し……、自我を取り戻させ……。」

 何やらぶつぶつ言ってるんですけど…。

「あなたの名前はスキュラよ!!」

 うんまあ、それで良いなら……。

 

 

 とりあえず僕等は応接テーブルの前に座る。

「ラキュース。貴女はその子と打ち合わせがあるのでしょう?」

 ラナーは紅茶のカップから口を離し、ラキュースに目だけを向ける。

「え?あ、でも……。」

 何やらそわそわし始めるラキュース。

「私は一人で大丈夫。」

「そ、そう?」

 ラキュースはそそくさと席を立って行ってしまった。

 ……良いのか?

 

 扉が閉まると、ラナーが口を開いた。

「さて、結論から話しましょうか。私がカルネ公女になる事を承認してください。そしてカルネ州は王国から独立します。」

「ブ!!」

 僕は紅茶を噴出してしまった。

「ゴホゴホッ……。何言って……。」

「もちろん、今すぐというわけではありません。私の目算では多分、…5年後。」

「………5年?」

 ゾッときた。

 計算に入れていた年月ではある……。

「貴女の目的なのでしょう?カルネ州を独立させることは…。」

 どこでその話を…。いや、そもそも僕はそれを誰にも打ち明けていない…。

「そんな噂が王都では流れているんですか?」

「いいえ。私が推測しました。」

 推測………。

「ここ数か月で人口が10倍以上。貿易量はさらにその3倍以上。」

「……どうやって…?」

「ガゼフ戦士長がカルネ州からの収益をほぼ全て王に献上しています。逆算すれば簡単ですわ。」

 ………。

 

「他にも、道路、上下水道等のインフラ建設、医療保険制度の確立等、多岐にわたって収益を未来投資しているようですね。素晴らしい試みです……。いいえ、試みではないのかしら?次から次へと方策、政策を打ち出すのは成功すると確信しているとしか思えません。」

 ……何て人だ。

「黒字で取られる税を目減りさせるためにわざとインフラに投資していく。その投資が雇用を生み、しかもそのインフラは民衆の生活を向上させる。聞いた人が集まってくる、彼等がさらに消費と富を生み出す……。」

 この人は経済を分かって……感じている。

「……………。それは、他の貴族の耳には………。」

「入っていますよ、もちろん。ただ、彼等は単にカルネ州が儲かっているというハイエナ的嗅覚で群がってるだけですが。」

 思わず舌打ちしてしまった。

「そんな金の生る木が政治的に無力な人間の手にある……。さてさて、貴族達はどう動くか?」

 この事態を想定してはいたが、速すぎる。

「特に元の領主は旧領を取り戻そうと躍起になっています。」

「いずれ、……内乱、王国軍対カルネ州軍となる、と?」

「そうです。また貴族に無駄にむしり取られるのはお嫌でしょう?となると行きつく先は独立……。」

「王国は独立を認めないでしょうね。」

「お金が儲かれば儲かるほどに、独立は認めないでしょう。別に王国はカルネ州を守るつもりは無い。カルネ州にとっては王国は単に税をむしり取っていく害虫みたいなもの。そしてその害虫が付くと、金の生る木は枯れ始めるでしょう。」

「……そうですね。つまり、その害虫から貴女が守ってくれる、と?内乱を回避させられると?」

 だからこんな話を始めたということ…。同国人同士の血が流れない為にも……。

「いいえ。時間稼ぎをしてあげます。」

「5年?」

「いいえ。3年。それで王国貴族と張り合えるだけの国力は付くでしょう?」

 ……………。

 それはやはり無血の独立は無理と言うこと?

 

 ダメだ、色々考えるとこの人の頭の回転についていけない……。

「順を追って、話してください。」

「そうですね、では先ず私の目的から話しましょう。」

 そう、彼女の目的、……本心を話してくれれば、だけれど…。

「私は王家のくびきから離れたい。それには後ろ盾が必要なのです。」

「なるほど…。カルネ州が対抗しうる力を持つと踏んで……。」

「今までは何処の地方や都市、貴族が力を持っても興味は無かった。その力が長続きすることも無いと分かっていましたから。けれどカルネ州は違う。これから恐らく5年で、帝国すら恐れる力を手にし始めるでしょう。」

「……帝国。」

 そうだ。独立に対して、それは考えていなかった………。

「ただ、帝国皇帝がその考えに至るまで後、恐らく半年は必要でしょう。今はロックブルズ州が大きくなり始めている事を恐れているはず…。」

 何というか、複雑になってきた……。そのロックブルズ州とは上手くやり始めている所なのに…。このままだと……三つ巴の戦争とか…、三国志じゃあるまいし………。

「そこで、まず私が公爵の位を買って、この州の公王となります。」

「……公王?」

 王家を離れる為……?御料地だといけないのか?

 ……そうか、王派閥にも貴族派閥にも認められやすいからと言うことなのだろう。

「王もカルネ州がかなり大きくなってきたことが紛争の種になり始めている事を危惧しています。だから私がそこを治めるという形を作ってしまうのです。王が納得すればガゼフ戦士長も反対しないでしょう。」

 ………。

 

「爵位を買うお金は、あるんですか?」

「フルト銀行に借ります。カルネ市には支店を建てようとしているのでしょう?」

 一体、何処からその情報を……、いや、今はそんな事を考えてる場合じゃないか…。

「帝国の銀行が王国内に出来てしまう……。貴族や官僚の反発は如何な物か…。それに対しても、私の助けは必要ありませんか?」

 やばい…、魅力的過ぎる……。これは術中にはまっているのだろうか?

「そうしたらお金は1年もあれば利息付で還納できるでしょう。帝国は現状では私に任せてくださいとしか言えませんね。」

 曖昧ではあるけれど、これだけの人物なら期待が持てそうではある……。

 

「方針については分かりました。しかし我々は……。」

「王族に統治を期待していない、そう言うことでしょう?」

「……その通りです。」

「ならば問題ありません。私の目的は単に、王族から外れて楽しく暮らしたいだけなのです。私も貴女の言う自由が欲しい。権力もお金にも興味はありません。必要なら念書も書きますよ。」

 何か裏がありそうな気はするんだが……。害虫が付くより、共存できそうな気はする………。いや、害虫より害悪と言うこともありえるのだろうか?戦争の種を撒き散らすとか……。

 ……………………。

 しばしの沈黙。

「ならば、王位についた後、宣言してもらえますか?」

「…何を?」

「君臨すれども統治せず、と。」

「君臨すれども……統治せず…。」

 

 フフ、と笑い始めるラナー。

「いいでしょう。ならば私からも1つ要求、よろしいですか?」

「何でしょう?」

「カルネ市のはずれに私のお城を建てて頂けますか?私には自由にできるお金が少ないのでしょう?でも元首としては見栄を張らないといけない場合があります。」

「あまり豪華絢爛なのは無理です。」

「上に大きくなくて結構です。篭城するつもりはありませんし。公使を失礼なく迎えられる城。あと地下3階と隠し部屋、通路とかを作って頂ければ。」

 隠し通路?そうするとやはり圧政をするつもりがあると言う考えに結びつくんだけど……。ただ、それが国庫を直撃する事はこの人は理解しているはず……。

「地下室は暑いときの避暑に使わせてもらうだけですわ。そもそも城を建築するのは貴女のゴーレムなのでしょう?だとしたら隠し部屋なんて名ばかりでしょう?私も人間。プライベートくらい欲しいと思っては変ですか?」

 まあ、確かに。人間であれば羽を伸ばす場所は誰だって欲しい。地下室に入って暴漢に襲われたときを考えれば隠し通路は必要だろうし……。

「換気と、殺菌の為、採光窓はつけないといけませんけど……。それと使用人やら官僚やら衛兵のための別館も近くに…。」

「その辺り、全てお任せしますわ。……期待してます。」

 微笑するラナー王女、いや、公女。

 

「1つだけ、貴女の予想通り事が運べば僕等とガゼフ戦士長が戦うことには……。」

「なりませんよ。そのための私でもありますしね。貴族との衝突はあるかもしれませんが…。」

 でしょうね。

「分かりました。陛下がカルネ公国元首となり、独立を勝ち取り、共存できるよう尽力しましょう。」

 ネムと王族の相互扶助外交は魅力的だ。ラナー陛下が目的通り動いてくれれば、だけれど……。

「ただし念のため、僕は権力者ではないですよ。」

「分かっています。貴女の協力があるだけで十分です。」

 にっこり笑うラナー陛下。

 僕はラナー陛下と握手を交わした。

 

 

 次ぐ日の夕方、法国に潜入したイビルアイから連絡が入り、無事ネムを奪還したと連絡が入ったとの事。

 その連絡を僕の元へ持ってきたのは何故かスキュラだった。もう便利に使われているようだ。しかも服装も僕が作ったものではなく、なんだかラキュース本人以上に気合の入ったドレスになっていた……。

 彼女、僕が思っていた以上に自由度が高い様だった。

 良かった良かった……のだろうか?

 まあいいか、二人とも仲よさそうだし、幸せそうだし……。

 

 

続く



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33話

B ノアの方舟

 

 

 

 私とコキュートスは3日間、トブの大森林を冒険した。

 初日の午前はあまりにコキュートスの存在感が凄まじすぎて敵が3km以内に入ってこないので、ただ駄弁って歩いていただけだった。

 しまいには私はコキュートスによじ登って遊んだ。『オ止メクダサイ』とか言ってたけど、喜んでるのがバレバレだ。

 まったく、カワイイ子だね。

 しかし、お昼。食後にアインズさんにめっちゃお小言言われた。

 いや、だって、ねえ、敵が現れなければ何もできないじゃん?!

 

 狩が本格的に始まったのはアインズさんがコキュートスに気配隠蔽のアイテムを装備させてからだった。

 オーガとかゴブリンとかが襲ってきたがしかし何の危険も感じ無かった。

 コキュートスが素手で取り押さえたのを絞めるような戦い?だった。

 ちょっとまあ、やるせないと言うか何というか……。

 

 

 しかしまあそんなこんなですぐにLVが10を超えた。

 満を持した様に、デミウルゴスの宣戦布告が法国全土に夜空をスクリーンとして高らかに宣言された。

 魔王としての、デミウルゴスが法国を滅ぼす的な宣言だった。難しい言葉とか使ってたから、私にはよく理解できなかった…。

 何か、パンドラズアクターに演技指導を受けてのその宣言に、法国全土が恐怖に恐れ慄いたようだ。

 ニグンの必死の説得を無視していた連中はこの時初めて事態の深刻さに気付いたようだった。

 

 ニグン他、法国の有志達は3日以上前から避難所から水食料の準備、そして戦闘準備まで全て不眠不休で準備していた。

 私はアインズさんとつかちゃんと一緒にその様子を見ている。

「5区!避難状況はどうなってる?!」

 ニグンはそれぞれ九箇所の避難所支部にメッセージドールを1つづつ置いておいた。避難本部へは次から次へと指示を求める連絡が入ってくる。

『4ヶ村の避難はほぼ完了。後、10ヶ村に何名か不明者が存在します。』

「もういつハルマゲドンが始まるかも知れん、戦闘員を撤収させよ!」

 最終戦争・悪(アーマゲドンイビル)。法国ではハルマゲドンと言う言葉は子供でも知っている。なのでニグンは国民に分かりやすくその言葉を使った。

『もう少し!もう少しだけ捜索に当たらせてください!』

 非情なニグンの命令に5区の避難所から血を吐くような声が響く。

「ダメだ!ハルマゲドンが始まって、守る者が戻れなくなってしまったら、もしもの時、避難民が全滅してしまう!全ての罪は私が引き受ける。全員撤収の合図をあげろ!」

『………分かりました。』

 

 通信が終わると、ニグンは頭を抱え、つかさの方を見る。

「お見苦しいところを…。失礼しました聖女様と勇者様方。」

「大丈夫?目の下に隈、出来てるよ?」

 つかちゃんは何度か疲労回復の魔法をニグンに掛けてあげてたけど、それでも直ぐに疲れが溜まっていくようだ。

「何のこれしき……。」

「戦闘が始まる前に少しだけでも寝ておいた方が良い。」

「はい。お言葉に甘えて……。」

 

 と、ニグンが私とモモンさんに向き直って、深くお辞儀をする。

「今回は王国と帝国からわざわざ救援に駆けつけて頂き、感謝の言葉もございません、漆黒の英雄、モモン様、セイレ様。」

 私はひねりも何にも無いけどセイレと名乗っている。

「なに。困ったときはお互い様だ。」

 モモンの言葉に深々と頭を下げるニグン。

「私は冒険者じゃないよー。」

 私の種族はランクが1つ上がったけれど、姿形はまだそのままだ。法国では蔑視される異形種。貫頭衣でほぼ姿を隠蔽はしているけれど、一部の人間には私の正体はばらしている。しかし、ニグンや彼の仲間達はあまり不快感を示さなかった。驚きはした様だけど……。

 つかちゃんの教えが効を奏しているみたいだ。

「私達、つかちゃんにはエライお世話になったからねぇ、恩返しだよ。」

 それでもありがとうございますと異形種の私にも頭を下げた。

「それと、こちらは……。」

 言ってニグンはシズに向き直る。

「この子は僕の使える最強のお人形さんだよ。」

 という事になっている。シズとつかちゃんの双方の思惑が合致したみたいなんだけど……。

 ちなみに“漆黒”のナーベは別場所で避難場所を護っている。

「はあ…。」

「……………。」

 微動だにしないシズ。ほとんど人間のように見えるのに、意思を持っていないと思ったのか、それでもシズに一礼するニグン。

 

 ニグンはつかさに向き直った。

「それにしても、聖女様、私は腑に落ちない事が1つあるのです。」

「何かな?」

「今回、アインズ・ウール・ゴウン様は何ゆえ、法国を攻める方と、護らせる方に分けられたのでしょう?我々にはありがたいのですが、下手をすると味方同士で争うことにもなりかねませんか?」

 今回の戦いは一般人には混乱を避けるため、魔王が法国を滅ぼしに来たという方便を使っている。

 しかしニグンなど一部の人間には事の顛末は知らされていた。つかちゃんによると、後で知られる方が厄介なことが多々あるためらしい。

「このお話、疑問に思っている者も少なくないと思いますので、我等の仲間達にも聞いてもらってよろしいでしょうか?」

 つかちゃんが頷くと、ニグンは全メッセージドールの通信を開く。

「まずカ・ラ・ビンカ様、…この女神はあれだけの事をされてもなお、人間を救いたいと思われているよ。」

 その言葉にニグンは涙を流す。

「何という慈悲慈愛。」

 いや、そんなに感激されるような事?単に私は皆が居なくなると皆の前で歌えなくなるのはやだなーって………。

「ただ、神にとって、人間も、亜人も、獣人も、全て平等と言う考えをする方は少なくない。」

「我々が亜人を狩ったり、売買しているのを神々は御不興に思っておられるのですか?」

「どうだろう?興味無い感じかな?でも、自分達は亜人を狩ってるのに、じゃあ狩られる側になると悲哀を叫ぶというのはちょっと違う、とは思っているね。」

「………。」

 ぐうの音も出ない感じだろうか?

「彼等の感覚は、神を主人、人間をペットと考えれば近いんじゃないかな?なついて来れば可愛がるし、牙をむいてくれば追い払う。実際カ・ラ・ビンカ様は人間に混じって楽しく暮らしてたしね。」

「………はあ?!支配していたとかではなく?」

「多分あのかたはそんな考え一顧だにしないよ。楽しく皆とわいわいやりたいってタイプだ。」

 まあ、…そうね。

「何という親和的な神でしょう………。」

「それを踏まえて、……そうだね……。ニグンさんはノアの方舟の話、聞いたことある?」

 彼女の話し方は何というか学校の先生…、と言うよりは分かりやすいTVの解説者やらコメンテイターをほうふつさせる。バカな私でも分かりやすい説明や、たとえ話やらで納得させてくれる。

「はい。」

「アインズ様も同じ様に考えたんだと思うよ。怒ってはいるけれど、冷静な部分ではむこの民を助けたいとも思う…。」

 あ、モモンさん首傾げてる。……違うってさ。

 

「そもそもカ・ラ・ビンカ様はアインズ様の部下達も心酔、と言うか偏狂的なファン……痛っ。」

 私の投げたコップがつかちゃんの頭を直撃した。そこはせめて熱狂的と言ってよ!!

「まあ、相当に愛されてる人だ。もちろんアインズ様にとってもとても大切な人だ。その人が何度も殺される目にあった。そのときの激怒ぶりはちょっと僕も怖かったよ。止めた僕も殺されると思った。」

 つかちゃんがモモンさんのほうを見る。フイッと視線を逸らすモモンさん。

「アインズ様の部下はあまりの怒りに本当は法国そのものを滅したがった。アインズ様も今でも心のどこかではそうしようと思っているかもしれない。でも貴方の様に話の分かる人間が存在することもアインズ様は知っている。だからこそのノアの方舟だ……。改心し、すがれば、救いは有る、と…。」

 言ってつかちゃんは教会の塔の天辺に翻っている私のシンボルマークの入った旗を指差す。

「今回の救いのシンボル、カ・ラ・ビンカ様の旗。あれはね、アインズ様は多分、罪の意識と救済を貴方達の魂に直接刻み込むつもりなんだと思う。」

「……なるほど。我々のせいでお苦しみになられたカ・ラ・ビンカ様。その神を表す紋章を救済に使うことで、神の愛と、慈悲に必然頭を垂れ、それすなわち我々の罪を自戒する事になると…。」

「うん。そして、この最終戦争で、多分アインズ様は一部始終を見届けることになる。人間を救うべきか滅すべきか、栄華を約束するか、一顧だにしなくなるか……、試金石にするつもりなんじゃないかな?」

「神の慈悲や、他人を顧みる事をせずに醜い争いを繰り広げれば、アインズ・ウール・ゴウン様は人間をお見捨てになる、と……。」

「そうだね。」

「………私には自信がありません。」

 人間は追い詰められれば本性が現れるものだ。この後襲うだろう惨劇。そこで人はどんな醜態を晒すだろうか?神はそれを見てどう思うか?

 ニグンはそんな事をつらつらと話していた。

 

 つーか、ニグンの言ってる神はここでもう見てるんだけどね。

「人と言うのは、長いこと安寧が続くと、自戒しない限り堕落していくものだよ。貴方方聖職者は今後、これを糧にしてこんな事が二度と起こらないようにする。今回の事で皆がそれを分かってくれるだけで良いんじゃないかな。アインズ様もそれを望んでいるはず。そして僕達は被害を最小限にとどめる。」

「はい。我々も出来るだけの事をやって見せます。」

 憑き物のとれたような顔になったニグンは私の紋章に向けて手を組み、ひざまずいて祈りを奉げた。そしてこれは各地で聞いていた者達も同じであったらしい。

 …まあ、悪い気はしない。

 でも、え?

 モモンさん、そうなの?

 表情は分からないけど、モモンさんは腕組みしてうんうん頷いていた。

 

 

 

 ニグンは部下に通信対応を引き継ぐと、テントで仮眠を取り始めた。

 

 私はメッセージでアルシェに連絡を入れる。彼女は今、レイナースとクレマンティーヌと一緒に別の場所を護っている。

「はい。アルシェです。」

「そっちは大丈夫?もういつ大量の悪魔が現れるか分からない状況だよ。」

「うん。準備は万端。私も魔力が続く限り、三日三晩連続でも戦えるわ。」

 MPの補充はコーラルチャームが何とかしてくれるだろう。強力な魔法を次々唱えない限り大丈夫だ。

「二人は?」

「姉さんはまだ民の避難を手伝ってるわ。クレマンティーヌは交代の騎士と一緒に寝てる。」

 ………………。

 多分彼女は戦いが本分だからそれまでは体力を温存して置こうって、そういうことなんだよね?疲労無効付けてる筈だけど…。

「アルシェもあまり無理はしないようにね。」

 まだデミウルゴスがどんな結界を用意しているか分からない。強力な悪魔が現れたら結界を破られる可能性も考えないと…。

 私の呼べた救援は帝国からのレイナース救助隊のみだ。本当なら州兵を向かわせたかったが皇帝から藪を突付くようなマネは止せと言われたらしい。

 多分救助隊それ自体も皇帝はいい顔はしないだろう。そろそろ皇帝との仲が大分きな臭くなっているようだ…。

 ナザリックからは人間の容姿に近い者か、鎧や貫頭衣に身を包んだ者が主要な場所を警護している。

 そしてつかさは蒼の薔薇を副都に、王国国境側にガゼフ、そして虎の子カルネ義勇軍をカルネ州に最も近い都市を護らせた。

 

 

 時が来た。

 今もまだ避難民が押し寄せてきている中、まだ陽があると言うのに皆既日食が起こったかのように辺りが暗くなった。

「……始まった。」

 つかちゃんが近くにいた兵にニグンを起こすように告げる。

 ニグンは上着を羽織りながら飛び出してくると、メッセージドールに向かう。

「全区報告!」

「2区、辺りが急激に暗くなりました!他に異変はありません!」

「3区、同じく……………………。」

 ……………。

 次々と報告が上がってくる。

 全部の報告が済むと、カ・ラ・ビンカの旗が輝き、そこを中心に光が放たれた。

 オーロラのような光が旗から出現すると、そこから半球を描くように領域を包んでいく。

「全区に通達!第一班は天使を召喚!今、出現した結界に天使の加護を与えよ!」

 私達のいる一区の中でも、二人の召喚士が天使を召喚。オーロラを守るように天使が力を与える。

 

 辺りに居た一般人から歓声が上がる。天使の威容に事態を理解していない大衆はこれで大丈夫だと思っているのだろう。

 他の地域でも同じことが起こっているのだろう、次々とメッセージドールから歓声が聞こえてくる。

「ニグンさん、皆を激励してあげて。」

 つかさがマイクをニグンに渡し、全避難所のスピーカーに繋がっている旨を告げる。

 

『避難民の皆さん、この事態は我々が全て予知していたものです。不安に思う必要はありません。我々聖職者の指示に従って、この未曽有の災害を切り抜けましょう。』

 

 単純明快に告げるニグン。

「さて、そろそろ出るぞ。」

「「「はい。」」」

 モモンさんの言葉に私とつかちゃん、それとシズが答えた。

「宜しくお願い致します。」

 ニグンと彼の仲間達が深々と頭を下げた。

 

 広場はテントでひしめき、人々は不安そうに暗い天を見上げている。それでも子供達は元気に走り回っている。

 大通りもシートで簡易テントが設置されている。

 やがて結界の端が見えてきた。7色に輝くオーロラのような結界をモモンさんが触ると、スリットの様に向こう側の世界が開いた。

 全員が結界の外に出ると、結界は再び閉じていった。

「始まりはこんなものか…。」

 オーロラの結界の向こうとこちらは一応シースルーで、双方の状況はつかめるようだ。

「ふむ。ではシズとつかさはビンカさんをくれぐれも頼む。」

 辺りを見渡しながら指示を出し始めるモモンさん。

「「はい。」」

「ビンカさん、渡したワールドアイテムは所持していますね?防具はちゃんと装備してますね?何かあったら俺を直ぐに呼んでください。」

「やだなぁ、子供扱いしないでよ。」

 軽口を叩いたらポムってチョップを食らった。

「貴女はただでさえ戦闘向きではないんですから、油断しないでください!ここには我々と伍する連中も存在するんですよ!」

「はいぃ…。」

「メッセージ。ニグレド、傾城傾国はまだ見つからんか?」

「申し訳ありません。…残念ながら。しかし範囲内に現れたら直ぐに、作戦を発動する準備は整っています。」

 はー…。モモンさん、相変わらず統率力ずば抜けてるわ。

「よし。ではシズ、索敵。」

「はい。」

 モモンさんの言葉にシズがソナーを打ち上げる。

「スキャン完了。周囲1km、モンスター24。飛行型、11。LV7~10。」

「固まっている場所があるか?」

「南東222m、13匹。」

 淀みなく報告するシズ。

「ゆくぞ!」

 

 シズの指定した場所にヘルハウンドが10匹くらいたむろして何かを食べていた。

「うぅ。」

 死体だった。それも一人や二人じゃなかった。子供までいた……。

「もう始まってたか。」

 冷静に言うのはつかちゃん。どうやら動揺しているのは私だけみたい……。

 と、一匹が私達に気付き、襲い掛かってきた。

 パンパン!!

 銃声が響くと、ヘルハウンド2匹が地べたでもがき始める。

「カ・ラ・ビンカ様、とどめを。」

「シズちゃん早いね。いつ出したの?」

 いつの間にか、シズの手には拳銃が二丁。

 私は手にした聖遺物(レリック)級トライデントでとどめをさしていく。これはコキュートスとの狩りの為アインズさんが作ってくれたものだ。

 

 ドスン!

 突然、目の前にガーゴイルが落ちてきた。

「のわっ!……ファフロツキーズかよ!」

 みればつかちゃんが私の頭の上に居た飛行型のガーゴイルを蹴り落してくる。

 私はと言えば落ちてきた奴らをトライデントで串刺しにするだけだ。ガーゴイルは次々とただの石に戻っていく……。

 

「ふむ。二人に任せておけば大丈夫そうだな。では私も遊ばせてもらうとするか!」

 結構ノリノリなモモンさん。大剣二つで俊敏なヘルハウンド達を狩っていく。

 私はその討ち残しを残飯整理よろしくつぶしていく。

 時折銃声が響くと、私の周りにもがき苦しんでるヘルハウンド、空からはつかちゃんに羽を切られたガーゴイルが蹴り落されてくる。

 その戦闘音を聞きつけたか、モンスターが集まり始めた。

 

 さあ、LV上げの時間だ!

「じゃあ、ビンカさん、歌、お願いします。」

「おうともさ!」

 私はトライデントをしまうと、竪琴に装備を変更する。

「スキル・みんなのうた。」

 経験値をパーティ全員で分かち合うスキル。

 戦力の劣る私のおんぶにだっこなスキルだ。以前もこれで色々な人に世話になったんだよねー。

 ちなみに他の場所でもマーレがワールドアイテム強欲と無欲で経験値を集めてくれているそうだ。お礼に今度2曲歌わせてあげるからね…。

 

 さて……。

 この激戦を生き抜いた猛者共すら驚嘆させたモモンさんの暴れっぷり。

 近づく飛行タイプをことごとく撃ち落とすシズのハンターっぷり。

 闇夜に光をもたらすように、敵を引き裂いて行くつかちゃんの舞いっぷり。

 そして私は見た人に応援(チア)担当と思われていたようだけど、実は皆様から経験値を頂いていただけというゲスっぷり。

 我々の勇姿に、結界の向こうからこちらを見る目が希望に輝き始める。

 うん。実にバランスの取れたパーティだ。

 ………だよね?

 だってほら、モモンさん、すごく楽しそうだし。

 シズも無表情ながらハハハハハって笑ってるし。…………まさかトリガーハッピーなんじゃないよね…?

 つかちゃんだけが結構真面目に戦ってるみたい。彼女もこの機に一気にLV上げ、って考えてるらしい…。

 

 人それぞれ…、それぞれの思いでこの戦いに臨んでいた。

 

 

 

 5日も過ぎると出現する悪魔もかなり強くなって来、必然、得られる経験値も跳ね上がり、私のLVも50を超えてきた。

 そして、私はようやく念願のマーメイドに戻る事が出来た………。

「何やってんですか?貴女!」

 あきれた声を上げるつかちゃん。

「いや、ビックリしたわ…。」

 マーメイドになるなり、呼吸困難になり、私は陸に打ち上げられた魚のようにビッタンビッタンもがいた。

 私はつかちゃんに臨時のプールを作ってもらってようやく一息つくことが出来ていた。

「ビックリしたのはこっちですわー!!何いきなり溺れて死に掛けてるの?!戦闘での危険ばかり予測していたってのに、こんなピンチ、ビックリだよ!!悪い意味で意外性てんこ盛りだわ!!」

 噛み付いてくるつかちゃん。

「まあまあ、相変わらずおっちょこちょいですね、ビンカさん。」

「そう。カ・ラ・ビンカ様、何も、悪くない。」

 モモンさんとシズちゃんが軽くフォローを入れてくれる。うん、いいパーティだ。

「てへ♡」

「あー、ムカつく、こいつ!!」

「つかさでも、カ・ラ・ビンカ様、悪く言うの、許さない。」

 スタンガンに火を入れるシズ。

「え?何で僕が悪いみたいになってるの?」

「うん、まあそりゃ、なあ。」

「勘弁してくださいよ、モモンさん!何かあったら僕がデミウルゴスに殺されるじゃないですか!」

「まあ、こういうアクシデントもあってこその冒険じゃないか。」

 何か、懐かしいな…。いつもこういう役目をモモンガさんが引き受けていたものだ……。

「そうそう。楽しいねー!」

「反省しろー!!」

「あいててて……。」

 こめかみ辺りをぐりぐりしてくるつかちゃん。

「まあともかく、パッシブスキル魔女の秘薬は直ぐに覚えられる。シズ!この辺りのモンスターを軽く狩るぞ!」

「はっ!」

 モモンさんとシズが瞬く間に周りの敵をほふって行く。この分なら2時間もあればこのプールから直ぐ出られるようになるだろう。

 

 でも、何か手伝えないかな?何か使えるスキルは……。

 あ、これが使える!!ローレライのスキル……。

「タイダルウェイブ!!」

 ザッパーン!!

「おお!」

 つかちゃんが驚く。無理も無い。近くに居たレッサーデーモンが一掃されたんだから。

 でも……。

 プールの水が全部波とうになって無くなりました。

 ビッタンビッタン……。

「おバカーーーー!!」

 この後、つかちゃんにしこたま怒られました……。

 

 経験値がたまり、ようやく私がプールから出られた時、ニグレドから連絡が入った。

「アインズ様!ターゲットを捕捉しました!」

「何?何処だ?」

「その場所から30km北西です!」

「良くやった!つかさ、シズ、私はちょっと行って来る。ビンカさんを頼んだぞ。」

「「はい。」」

 モモンさんはフルアーマー姿から、オーバーロード、アインズ・ウール・ゴウンに戻ると、転移門(ゲート)を開く。

「ニグレドは引き続き他のターゲットを捜索せよ。」

「は。」

「では、ビンカさん、くれぐれも無茶な事はしないようにお願いしますよ。あまりつかさを困らせないように…。」

「うん。いってらっしゃい。」

 ひとつ頷いてアインズさんは暗闇の向こうに消えて行った。

 まあ、ターゲットがどうなるか、私達は知らない方が良いよね?つかちゃんも複雑そうな顔をしてるけど……。

 

 

「さて、と………。」

 私達はそれぞれに定期連絡を入れる。つかちゃんはカルネ義勇軍とガゼフ戦士長と蒼の薔薇とニグンに。私はアルシェに……。

 2日程前から結界内にもぐりこむ悪魔が増え始めて、防衛組は対応に追われている。

 いざとなれば私達も戻って排除に掛からないといけない…。

 

 つかちゃんの方はまだ非常事態と呼ばれるような状態に陥ってはいないようだった。しかしアルシェからの連絡は……。

「え?クレマンティーヌが突然変になった?」

 うーん、元からちょっと変な子だからねー。

 とりあえず私達は飛行(フライ)で3人娘の下へ急行した。1時間も飛べばたどり着くだろう。

 

 クレマンティーヌはギガントバジリスクと男の遺体の前でたたずんでいた。

「どうしたの?」

「………。」

 みればクレマンティーヌは泣いていた。

「知り合い?」

 ………………。

 さめざめと泣いているだけのクレマンティーヌ。

 私はレイナースに向き直る。

「元に…元の姿に戻れたのね。」

 レイナースとアルシェが抱きついてきた。

「うん。皆のおかげだよ。ありがとう。」

 ところで、と、私はクレマンティーヌを見る。

「お兄さんらしいわ。」

 遺体を見て言うアルシェ。

「…そうなんだ。あ、じゃあ蘇生魔法で……。」

「生き返らせないで良いよ。」

 割とあっけらかんと言うクレマンティーヌ。

「え?何で?だって泣いてる……。」

「何でだろうね?前はあんなに殺したい奴だったのに……。」

「は?殺したい?」

 突然、クレマンティーヌは掻き消えると、空中から襲ってきた上位のガーゴイル3体を一瞬でただの石にして破壊する。

「こんなのに殺されるなんて……。」

「クレマンティーヌのお兄さん、あのモンスターの群れに襲われて殺されたみたい。」

 と、アルシェ。そして何時の間にか私達の周りには同じガーゴイルが30体ほど集まっていた。

 

二重の竜巻(ツインツイスター)!」

 アルシェが風の魔法でガーゴイルの羽を切り裂く。

 タタタタタ!

 シズのマシンガンが残りのガーゴイルを打ち落とした。

 落ちてきたガーゴイルをレイナースとつかちゃんがただの石像に戻していく。

 モンスターは彼等に任せておけば大丈夫だろう。

 それよりも、大丈夫じゃないのはこっち……。

 私はクレマンティーヌの頭を抱きしめる。

「ううう………。」

 クレマンティーヌは声を殺して、子供のように泣き始めた。

 

 あらかた片付けると、つかちゃんは私達のほうを見てレイナースに話しかける。

「もしかしてあのバジリスクは彼の使役獣?」

「みたいね。」

「相手が悪かったみたいだね。石像に石化は効かないだろうしね。」

「それにしても、こんな弱いモンスターにクレマンティーヌの兄が……。」

「弱い?とんでもない。こいつら普通に強いよ。」

「………え?」

「モンスターテイマーのブーストがあっても石化も毒も効果を期待できないギガントバジリスクじゃ1対1で対等くらいじゃないかな?それがこんな数いたら……。」

「しかし……。」

 言ってレイナースはカリンを軽く投げると、ガーゴイルを串刺しにし、破壊する。リボンを引くと、カリンは直ぐにレイナースの手に戻った。

「こんな弱い……。」

「いや、君等が強すぎるだけだから……。」

「……そうなのか?」

 つかちゃんは苦笑するだけだった。

「ところで、こちらの方には生き残りの人達はもういないの?」

「ああ。3日前くらいだったら何人か逃げ遅れがいたのだが、もう居ても遺体か、隠れていた冒険者か、騎士くらいだ。彼等も既にアルシェが避難させた。」

 そうか。じゃあもうじきこれも終わるかな?

 

 と、全方位放送が流れ始めた。

 ニグンが流し始めたようだ。

『各戦闘員傾聴!』

 私達が思っていた以上に結界内にも混乱が起こり始めているようだ。獲物を求めて結界を破るモンスターが増え始めたのだろう。

『このノアの方舟は沈ませない。戦士達よ奮戦せよ!』

 結界内の戦士達はよろよろと立ち上がる。

『今まで我等はたくさんの人命を奪ってきた。それが正義と、必要なことと信じて……。』

 私達はクレマンティーヌをレイナースとアルシェに任せると、元の神都避難所へとんぼ返りを始める。

『命令でも命を奪うのは辛かったろう、苦しかったろう。それに比べて今の辛さ、苦しみは比でもない!我等は僥倖である!自分に言い聞かせる必要も無い、今はただ、汝らの隣にいる弱き者を護れ!』

 戦士達が槍を構える。召喚士は最後の天使を召喚する。

『結果、力足らず死しても、我等は胸を張って神の下へ旅立てる!』

「今、彼等は余力を振り絞っているのか……。」

 つかちゃんの独り言が聞こえた。あと少し、多分、あと少しで終わる。皆、頑張れ!

『非戦闘員の皆さん。あと少し。あと少しです。戦える人は盾をとって下さい。子供達を護るのです!未来を護るのです!!』

 放送は終わった。メッセージドールからは各地の咆哮が聞こえてきた。

 ニグンの激励が効いたようだった。

 

 

幕間

 

 どうやら避難区では神都が一番激戦だったようだ。

 放送の後、ニグンが呼び出した最後の天使が光となって消えた。

 全ての戦闘員は各地での戦闘に駆り出されていた。

 それでもニグンは子供達を護ろうとモンスターの前に立ちはだかる。

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)!!」

 ニグンに襲い掛かったモンスターが吹き飛んで粉々になった。

「お、お前は………。」

「礼なら不要よ。」

「クソ、まさか貴様に助けられる事になるとは……。」

「あの時の事は悔い改めた?」

 言ってラキュースは背後のニグンに振り返る。

「あの時?ああ……。」

 言って頬の傷を触るニグン。

「今でも間違った事をしたとは思っていない!」

「まったく、さっきの演説をした人間とは思えない!!」

 言ってグレムリンを黒い剣で葬っていくラキュース。

「お前、ボロボロではないか!」

「3日3晩、寝ずに戦えばこうにもなる。」

「何?副都は大丈夫なのか?」

「あっちはめどが付いた。ここは避難民も多い。だから!」

ご主人様(マスター)後ろ!」

 スキュラの言葉に振り返って剣を振るうラキュース。

 後ろから攻撃してきたモンスターは両断された。

「飛んできた。」

 ニヤリと笑うラキュース。

 

 ラキュースとニグンとで悪魔の攻撃を防ぎ、いなし、時間を稼ぎ、やがて空が明るくなり始める。

「もう直ぐ終わる!頑張れ……。」

ご主人様(マスター)!!」

 ニグンの言葉が終わる前にラキュースが吹き飛んだ。

「ぐはっ……。」

 壁に叩きつけられ、ラキュースは咳き込む。

 

 今までの悪魔共の軽く倍近くある巨体。

 ニグンは盾をかまえ、用心深く立ち位置を選ぶ。悪魔、スケイルデーモンの腕が振り上げられ、叩きつけられる。

 盾で防ぎはしたが、猛牛に体当たりされたように吹き飛ばされる。

「うぐっ!!」

 どうやら右肩が脱臼したようだ。立ち上がろうとして腕がだらりと下がる。

 目の前に剣が一本転がっていた。それを左手で拾うとスケイルデーモンに投げつけた。

 剣はカツンと軽い音をたてて弾かれた。その攻撃はどうやらスケイルデーモンを怒らせただけだった。

 でもそれでいいと思うニグン。

 怒ったスケイルデーモンが子供達からニグンに目標を定め、突撃してくる。

 もう指一本動かせない。ニグンは目を瞑った。

 

 ………………。

「良く頑張ったな。ニグン・グリッド・ルーイン。」

 目を開ける。

 スケイルデーモンはオーバーロードの手のひらに止められていた。

「……………。」

「お前達の戦い、見せてもらったぞ。」

 ………………。

「……………神よ…。」

 

____________________________

 

 私達が神都についたとき、既に戦闘は全て終わっていた。

 

 血なまぐさい戦いは終わり。

 

 さあ、今日から、復興支援の始まりだ。

 

 

 

続く



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34話

A お世継ぎ

 

 

 復興支援。

 法国の傷跡は深かった。

 ニグンが臨時政府の代表に推され、復興に当たっている。

 カルネ義勇軍はエンリとネム、ゴブリン達が復興支援に参加している。

 ロックブルズ救助隊改め、帝国救助隊はクレマンティーヌが率いているが、彼女はほとんど副官に丸投げして遊んでいる。

 ナザリックからは物資やゴーレム等の救援がなされていた。

 

 今だガレキの中からは遺体が見つかる。僕は慎重にゴーレムを動かしてガレキを撤去させる。

「あ!珍しいものあった。」

 神殿跡から僕が見つけたのは普通の人にはただの布に見えただろう。

 ゴーレムにガレキを支えさせると、その下敷きになっていた布を丁寧に取り出した。

「何々ー?何見つけた?」

 僕の背中に乗ってきたのはクレマンティーヌだ。

 彼女、何故か僕を気に入ったらしくて、復興支援の5日間、ずっと僕にまとわりついている。

「うん。これ。」

「やだー、つかちゃんお下品ー。」

 …は?……ああ。

「君は低学年の小学生か?!」

「………絹?」

「絹は絹でも、上位の絹。クレーンシルクだよ。」

「へえ。……貰い!」

 クレマンティーヌはいつの間にか僕の手からクレーンシルクを奪っていた。

 速っ………。

 この子、いつの間にかLV60近くになっていた。しかもウェイダーって何だか見たことない職種になってるし。

「ちょ、待ってよ!それ、コッペリアの素材になるんだから!」

「…コッペパン?」

「コッペリア!僕の本来の姿だよ。」

 クレマンティーヌからクレーンシルクを奪い返すと、それを無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)にしまう。一応持ち主が見つからなければ復興支援の報酬として、一部法国の宝物を除いて僕が貰って良いことになっている。

 ただやはり後で目録は作っておこうと思っている。

「本来ね…つかちゃんってさ、ママの世界から来たんでしょ?」

「そうだよ。」

「教えてよ。その世界の事。」

 この時、僕はクレマンティーヌが日記を書く子であるとは思っていなかった。そして、まさかこの話が後世に伝わっていくことになるなんて………。

「そうだねー。ろくでもない世界だったよ。」

 あの日本と終わった世界。

 そして僕はカルネ州を良い時代の日本とヨーロッパをモデルにした国づくりをしていることを語りながらゴーレムを動かし続ける。

 

「でもさー、それってつかちゃんのやっていることを繰り返すとやっぱり世界は終わるって事になるんじゃないの?」

「……………。」

 それは思わないでもなかった。このまま剣と魔法の世界の方が良いのかも知れない。

 しかし……。

「この世界の人が、僕の世界の人達と同じようにエゴで突き進めば、そうなる。……でしょうね。」

「フフ。」

「怒らないの?」

「何で?」

「僕はこの世界で試そうとしているんだよ。」

「理想郷ができるかどうかでしょ?だったら作ってみせてよ。もしいずれ破滅の運命をたどるとしても、つかちゃんが創ろうとしてる世界なんだから、私らが知らないような夢みたいな世界が実現できるってことでしょ?それを知らないで死ぬよりずっといいからねー。」

 僕は復興支援の手を止めてまじまじとこの悪い噂しか聞いてないこの子を見る。

「……何ー?その意味深な目は?私にそのケは無いよ。エロスケベー。」

 ただでさえ扇情的なコスチュームを隠すようにくねくね動くとそれがより強調される。

 ああ、この子はこういうコなのか………。そりゃ誤解もされるか。ビンカさんは芸術家特有のセンスで、それを初めから見抜いていたってところか。

「君は10歳前後の時に酷い目に遭わされたんだったね?」

「んー何?突然?」

 彼女の時間はあの人に会って、ようやく動き出したのか…。子供特有の残酷性、そしてそれはどんな物に対しても同じ。

 それで居て切れる頭脳を持っているからの、このちぐはぐさ………。

 …だからアルシェは彼女を妹と言うのか………。

「………いや。理想郷、できると、いいな。」

 今、カルネ州境付近の都市では野戦病院が設営されている。それも今後の布石だ。一つの目的は復興支援だけれど、カルネ州他、色々な人と仲良くするきっかけとすること。モラルや人間らしさを思い出させるため。そして元法国の人間が亜人を受け入れる事が出来る様に。

 

「君にも色々、学んで欲しいな。」

「あ、私、勉強は苦手。」

「勉強ね……、しなくていいよ。知っていればいい。僕が話すことを聞いていれば、それで良いよ。」

 クレマンティーヌは首を傾げた。

 この後、僕は復興支援作業の間中話していた事を時にクラッカーをかじりながら、時にトンボを追いながら、時に僕の背中で聞いていた。

 

 

 復興支援が10日も経った頃、一人の女性が僕を訪ねてきた。

 僕はクレマンティーヌにゴーレムを任せ、待っていると言われた教会に向かった。

 ナザリックの腕章をしたアルベドが教会の談話室で座っていた。この腕章をしていると法国の人々はどんな異形種であろうが無条件にひれ伏すようになっていた。

 僕が頭を下げると、アルベドも立ち上がって軽く会釈する。

「……………。」

 こんなところに何の用だろう?

 彼女は僕にいい印象を抱いていないと思っていたが……。僕もナザリックにアルバイトに行っていた頃も極力彼女と出会うのを避けていた。

「知恵を貸してください。」

 アルベドは僕に頭を下げた。

「………え?」

 いやいやいや、……アルベドに貸す知恵なんて僕にあるはずがない。

「ちょっと、頭を上げてください。」

 このプライドの塊みたいな女性に頭を下げさせておいて何もできませんなんて言ったら殺される……。

「お願いを聞いてくれるというまでこの頭、上げるつもりはありません。」

「それって脅迫!お願いだから頭を上げて。」

「……………。」

「僕に出来ることは何だってするから!」

 ようやくアルベドは頭を上げてくれた。

 

「アインズ様に……。」

 まあ、アルベドが頭を下げる理由なんてそれしかないよね。

「このままではアインズ様がナザリックを顧みる時間が半減してしまうの。」

 話が飛んだ。

 僕は首を傾げる。

 

「貴女は国を興すつもりなのでしょう?」

「そうだよ。」

「そうなれば、その国にナザリックも関係を持たせるつもりでしょう?」

「いいえ。無理強いはしないよ。」

「でもアインズ様は関わるおつもりなの。」

「それは力添えしてくれるのならこれほど心強い方はいないけど……。」

「今の流れでは、貴女の国造りは無茶なことをしない限り、止められない。」

 ………どんな無茶?怖いんですけど……。

「本来、私達ナザリックに所属するものには人間の世界がどうなろうが全く興味はないわ。」

「でしょうね。」

「しかし、アインズ様は徐々に人間に関わろうとお思いになられてる。それが貴女やカ・ラ・ビンカ様の関わる国ならなおさら…。カ・ラ・ビンカ様もナザリックには滅多に戻られず、毎日ロックブルズホールで歌唱の毎日。それどころか階層守護者達も自らの任務を最低限に、ロックブルズホール通いが続いてるわ。ノルマは達しているから文句も言えない…。」

 そんなに…。

「でも、このままではナザリックが内部崩壊を始めてしまう!」

「それは無いって。」

 彼女の頭の中ではどんな未来絵図が描かれているんだろう?

「このままでは皆ダメになってしまう。貴女達を殺すことも考えたけれど……。」

「こわっ!!」

 え?…達って、もしかしてあの人も含まれてたりする?アルベドは平気なの?

 ………いや、わざわざ表明したのは…脅し、みたいなものだろう。

「私の計算では崩壊が進むだけだった……。私が処刑された後、恐らく責任感のお強いアインズ様が貴女のやろうとしたことを引き継ぐでしょうし……。」

 なるほど…、それはあるかも…。

「だから、どうしたら良いか、教えて欲しいの。」

「教えるって……。そうなる可能性の方が低いのに……。」

「可能性があるなら、私は考えないといけない立場なの!」

 噛みついてくるアルベド。

「分かったから……。でも、デミウルゴスやパンドラズアクターに聞いたの?特にこういう話、僕に話すのはデミウルゴスとかとても嫌がりそうだけど……。」

「もう聞いたわ。二人ともそんな事にはならないと……。なるとしても、ある程度事態が進まないと、むしろ対処してしまう方が悪手だと。」

 彼等が言うならそうなのだろう。

「私は貴女の事は嫌いだけど、信用できるとは思っている。そして、貴女が提案してきた様々な事がほぼ事態を好転させてきたことも見てきた。だから……。」

「まあ、話は分かったけど……。」

 力になれるとは思えないなー。

 そんなこんなで、僕とアルベドは色々な案を出し合った。

 

 1時間ほど話しあったがどうしてもアルベドの頭の中ではナザリック衰退に向かってしまう。僕の考えでは極論過ぎると思うのだが……。

「……そうだねー。昔の王家だったら、お世継ぎが居れば……。」

 僕が不用意にポツリと言った発言。

 ゾクッ。

「………………く・わ・し・く。」

 やばい!言葉を選ばないと殺される。

「えっと、………アインズさんでも、星に願いを(ウィッシュアポンアスター)を使えば世継ぎは出来るかなー?」

「それだと数に限りがあるわ。何人お世継ぎを得られるかしら?」

 一人じゃダメなんですか?

「ビ、ビンカさんなら………。」

「あの三人娘をどうするの?カ・ラ・ビンカ様は恐らく、実子がお生まれになっても、長子はあの何だったか言う女騎士にするおつもりでしょう?そんなのは我等は認める事はできない!むしろそれがいさかいの種になる。」

 畳み掛けられるから、余裕が無くなってくる……。

「あ、じゃあ、遺伝子的にはどうなるか分からないけど、僕の作る人形にヒルコってのがあって…、それに憑依することで何にでもなれるってもので……。アインズさん、悪霊系はコンプしているはずで憑依は出来ると……、それこそ洲とか、神、はナザリック的にまずいか、魔神にも魔王にもなれる………。」

「クフフ…。」

「って、……え?」

「ヒルコ……。クフゥ…。」

 ……………あ、これってもしかして、誘導された?

「創ってもらえる?何でもするって言ってたわね?」

 確定だ。誘導された。はめられた。

「そ、素材が…………。」

「ナザリックにほとんどそろってると思うけど。」

 はい。絶対そろってる。

「僕、まだ創れるレベルじゃないんだけど……。」

「強欲と無欲にはまだ経験値が余ってるわ。それで足りると思うけど。」

 いや、多分、思うじゃないよね。全部下調べしてきたよね……。

 ビンカさんも遠慮しないでLVカンストさせれば良かったのに!

「貴女もアレの作成に経験値が必要でしょう?これはウィンウィンの関係ではなくて?」

「……えっと、ヒルコって特殊で、LV1からやらないといけなくて……。」

「強欲と無欲で…。貴女のLVを上げて、それの残りを全部ヒルコに注げばLV40にはなる。それだけあれば法国の連中をチンした今、油断ならないのは評議国の竜達か未知の敵。その間は我々が守りきるわ。」

 チンて……。多分僕に気を遣ってくれたんだろうけど……。

 しかも、もうそこまで下調べ済んでるって事……。

「……………。」

「何か他に問題でも?」

「アインズさんのお気持ちは?」

 てかそれが一番重要でしょう。

「そうね。でもお認めになってくださると思うわ。」

 何を根拠に?てか、貴女、目がぐるぐる回ってるんですけど…。

「だって私達はアインズ様に無理強いできる立場では無いのだから。」

「……えっと、じゃあ、ナザリックの皆様で話し合ってください。僕は創るだけですので、後の責任は全て…………。」

 冷や汗が噴き出す。

「良いでしょう。」

 とてもいい笑顔で席を立つアルベド。

「ちゃんと、アインズさんを説得してくださいよ!僕の所に怒鳴り込んでこられると………。」

「大丈夫。…クフッ!」

「全然大丈夫に思えないんですけど!!」

「じゃあ、準備、お願いね♡」

 やっべ、さすがサキュバス。……魅了される。

 

 後に、アルベドの真意が分かるのだが、彼女が恐れていたのは再びアインズさんとビンカさんが争いあうことになる事。

 今はまだビンカさんが圧倒的に不利で問題は無いのだが、三人娘達はどんどん強くなっているし、彼女はアンデッドではないので他にも子供を作れる。そしてさらに三人娘の子供達はどうなるか?

 これは予測されると言うだけの事で、さすがにそれ以上は不敬であるのでアルベドも口にはできなかったという事だ。

 

 

 翌朝。アインズさんが怒鳴り込んできました……。

 復興支援隊が駐屯する教会の一室。アインズさんの前で土下座している僕。

「私を除く満場一致でお世継ぎ問題が可決されてしまったぞ。」

 さすがアルベド。あの後全てを根回ししたようだ。完璧な政治屋だ。

 どこぞの国の大統領を任せれば良いも悪いも凄まじい手腕を発揮するだろう。

「ビンカさんは?至高の御方二人で反対すれば……。」

「『私お腹痛めて産んだことないんだよねー。』とか思わせぶりに言ってたな。アルベドとシャルティアがすっげえ顔してたよ!他の守護者達はめっちゃ期待のまなざしだったし……。」

「…あー。」

「あー、じゃねぇよ!どうしてくれんだよ!!?」

 アインズさん、ロールプレイ、ロールプレイ……。

「……モテモテですね。」

「さて……。」

「嘘ですごめんなさい!心臓掌握(グラスプハート)は止めて下さい。」

 僕の心臓がアインズさんの手の中にある……。

 ザ・土下座!!

 

「まあ、仕方ない。こうなった以上、お前にも協力してもらうぞ。」

「何なりと。」

「うむ。では詳細を説明しておこう。先ず、誰かにナザリックを託す、これは俺としても考えたことが無いわけではない。」

 ちょっと、僕の心臓にぎにぎしないで……。ストレス発散ボールじゃないです………。

「そういう意味では嫡子を儲けるのはいずれ考えねばならんことだ。いや、嫡子に全てを託し、自分は隠居と言うのは俺としても良いかもな、とか思ってはいるんだ。」

「水戸黄門?いや、黄門様強すぎるでしょ。助さん格さんを守っちゃうよ。」

「世直しの旅か!良いな!!こう、ナザリックの印籠見せて『控え居ろう!!』って。」

「何か、あれ?ノってきちゃいました?あと、僕の心臓、興奮して、にぎにぎしないで…。息が…切れ…。」

 おっと、と言う感じで心臓にぎにぎを止めてくれる。

 

「それにせっかくLV1からビルドを始めるなら、強欲と無欲は使わずに地道にやってみたい。ゲームでもチートプレイは面白くないからな!」

「ちょ、え?だってそれ、下手したら数年掛かりますよ!」

「良いじゃないか、待たせれば。」

「アルベドが絶対に許さないでしょう?危険だからと……。」

「だったらこの話は無しだと言えばいい。俺も譲歩するんだ。多少のわがまま位言っても良いだろう?」

「意見をごり押しするならビンカさんに根回ししておかないとまたアルベドにやり込められますよ。」

 僕みたいに………。

「そうだな。彼女も海周辺の冒険に連れていくと言えば喜んで賛成してくれるだろう。転移門(ゲート)も使えるようになってるしな!彼女は日帰りで冒険も出来る。どうせロックブルズホールで毎夜歌うつもりだろうし。俺達はどこぞで寂しくキャンプだがな。」

 また僕の心臓をにぎにぎ……。

「でも、それも良いなとか思ってたり?」

「おう!当たり前だ!冒険の醍醐味じゃないか!」

「その間のナザリックはどうするんです?そもそもそのためにアルベドが動いているんでしょ?」

「まあこれもアルベドの計画を遂行するための仕事だろ。確かにナザリックの仕事は疎かにできんが、生産部のビンカさんが居るから大分楽になる。そして大方の事は夜の休憩中に指示を出せば良い。」

「そして、いざと言うときはシャルティア様に迎えに来てもらうと。」

「まあな。安全ロープ付きの冒険はちょっと味気ないんだが……。」

「そうですね。でも、まだ未開の地への冒険とかありそうですね。」

「ああ!何だかワクワクしてきたぞ。俺はモモンとして冒険する方が面白いな。姿形をそんな風にアレンジしてやれば…。で、お前は冒険者登録はどうするんだ?」

「考えてないですけど。」

「冒険者はギルドに牛耳られるから窮屈ではあるが、ワーカーとかもそれなりにしがらみがありそうで面倒だぞ。国境越えも面倒だろうし。…そこで、どうだ?」

「僕も漆黒に入れと言う事ですか?」

 確かにそれが一番簡単確実だろう。

「まあそれでも良いが、お前はお前で別パーティを組むというのもありだ。ギルドには俺から推薦してやるぞ。」

「共同作戦ですか。それも面白いですね。大所帯になれば連日連夜宴会が出来そうです。」

「今度はフルヘルムも外せるし、食事も酒もありだ。おおう!今から楽しみで寝られんぞ。」

 そもそも寝られない人でしょアナタ………。てかやめて、心臓にぎにぎホントに止めて!

 

 この後、しばらく取らぬ狸の皮算用が始まった。でもこういう話、楽しいし、盛り上がるんだよね。

 ……ただ、あまりに心臓をにぎにぎされた僕は鼻血を出してぶっ倒れた。

 

 そこに『大丈夫ですか!』と慌てた様子で現れたニグンとラキュースとネム。

 僕は鼻血を出し、気を失って倒れている。

 アインズさんは慌てて僕を抱き上げて、血が付いたハンカチを手にちょうど腰の辺りで支えていた状況。

 それを見た三人は……。

「お、お取り込み中でありましたか、大変失礼しました!」

 と、言う結論に達したニグン。ラキュースも盛大な勘違いをしたまま顔を背ける。

「あの、私達、苦しそうな声と、悲鳴と言うか……聞こえて…。ご、ごめんなさい!」

「ねえ、スキュラ、つかちゃん達、喧嘩してたの?」

 素朴な瞳でネムは自分の肩にとまっていたスキュラに尋ねる。

「………え?……えーと、ご主人様(マスター)!!」

「…え?エートネ……。その、喧嘩じゃないのよ。男と女の情事……。」

「阿呆!何幼女に説明しようとしてるんだお前は!?」

 ラキュースの後頭部を叩くニグン。そのままラキュースの首根っことネムの手を引いて退室していった……。

「………………。」

 アインズさんはただずっと、三人の方へ手を伸ばしたまま鎮静を繰り返していた。

 

 翌日からの噂には尾ひれがついて………。もみ消すのが大変でした。

 

 

「時にお前、この仕事が終わったらコッペリアに戻るつもりでいるんだろ?」

 話が一段落すると、ふと我に返ったように言うアインズさん。

「お気付きでした?でも、今度のコッペリアは人形じゃなくて、バイオロイドにしようと決めてるんです。これはユグドラシル時代からの悲願なんです。」

「ハッピーエンド編のコッペリアか。奇しくも状況が同じだな。人形コッペリアが壊され、人間コッペリアになる。」

「はい。」

 よくご存じで。

「そう言えば憑依の危険性はどうなっている?」

「実践はしてませんが僕も憑依スキルが使えるようになっているので、多分大丈夫だと思います。」

 またうかつに憑依して一般ピープルになってしまったら、もう笑うしかない。今度は念を入れて……。

「ちょうどいい。お前の憑依状態を見せてもらおう。俺の場合は解除できなくなったらつまらんが強欲と無欲を使うほか無くなってしまうだろうしな………。」

「そうですね。僕はいずれにせよ戻る形ですから、解除できなくてもまったく問題ないですし。」

「しかし、国造りは中断してしまうことにはならないか?今はまだ叩き台が出来たところだろう?突然風体の知らん女が現れて我こそが……とか言っても誰も信用してくれんぞ。」

「まあ、その時はその時。それに例えそうなっても、ラナー王女辺りと話せば色々上手くいくだろうとは思っています。ここまで来たら、後は惰性でも独立に向かって動いていきますよ。吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)の僕が居なくなっても、ロックブルズ州主導にすれば連邦の建国は上手くいくでしょう。」

「なるほどな。カルネ州、ロックブルズ州、スレイン法国、それにナザリックを入れて連邦か……。」

「そうです。でも、アルベドの計画通り事が進むなら……。アインズ・ウール・ゴウン王家を作り、絶対王政を敷く。となると、ナザリックを首都とは出来ないんですけど……。」

「構わん。」

「守護者達が納得しますか?」

 むう、と唸るアインズさん。

「そこで、どうでしょう?昔のヴァチカンに倣って……。まあ立国の意味は違いますけれど。」

「フム。ナザリック市国か………。」

「はい。僕は、一般人には手の届かない、頑張った人間だけが到達できるユートピアがあって欲しいと思っていました。」

「……目の前にニンジンをぶら下げるということか?」

 クレマンティーヌが言っていた事は僕も常に引っかかっていた。もし、それを矯正出来る存在があるなら、それが相互に矯正できるのであれば、あの世界と同じ轍を踏む可能性は激減するだろう。

「言い方は悪いけれど、そうです。それに今のままだとナザリックの強さが桁違いです。バランスを考えるならせめて10分の1位の生産、経済力になるまで待ってみるのもいいかも。それに……。」

「それに?」

「アインズさんは今の民衆を支配するには完璧すぎる。」

「あまり買いかぶってもらっては困るんだが……。」

「アインズさんの造る国は恐らく理想郷になるでしょう。でも、完璧すぎる指導者は民衆をダメにする。この王について行けば間違いない、そう思って考える事をやめると、人は家畜になります。それがどんなに安らげる世界であっても、そこに未来はありません。」

 ちょっと失礼な事を言っている自覚はある。けれど、アインズさんにはそれを理解しておいて欲しい。

「ナザリックのシモベ達は常に至高の方々の御為と、全力を尽くせる。けれど普通の人間はニンジンが無いと動かないものです。せめて、人間が知識を持って、夢を持って、モラルを知って、仁愛を知ってくれるまでは。」

 

「では待とうか。」

「は?」

「お前が造る国は……、形ではない。そんな民衆の中に育つ物なのだろう。それには人を根本から変えていかないといけない。親の考え方を変え、子供の考え方を育み、孫は自分の考え方を作り出す。国家100年の大計だな。それはどんな宝やカネ、力より尊いモノだ。」

 …………。

「貴方は教育学を勉強した事がおありで?」

「無いが。」

 

 ………。

 僕はいつも自分が凡人だと思う。

 こういう人を見ると、思い知らされる。

 知っている僕と、たどり着くことの出来る人。

 

 願わくば、今後、この世界に、この境地に到達できる人材が健全に育まれますように。

 

 

次回最終話



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35話

B 時のまにまに

 

 

「………つかちゃん?」

 彼女を見た瞬間、私は目の前の防弾ガラスに突撃してしまった。

 手にしていたグラスが床に落ちて高級じゅうたんに大きなシミを作る。

 

 私はサイドテーブルに置いていた呼び鈴を鳴らす。

 程なくして一人のメイドが現れた。この子は私を見るたびにびくびくして怖がっているのが分かって嫌だ。

「あの子を連れてきて。」

「………あの子、でございますか?」

 貴賓席とは名ばかりの私の軟禁部屋の一つ。そこからはロックブルズ第一ホールの全貌が見渡せる。逆に向こう側からは何も見えない作りになっている。

 メイドは背伸びをしてガラス張りの向こうを覗き込み、舞台に居る数十名の中の誰だろうかと顔を青くして私と舞台を交互に見る。

「エントリーナンバー68ってあるわ。」

 200mも離れていれば普通の人間の目には見えないだろう。私はスキル・ホークアイで目的の子がつけているナンバープレートを告げた。

「はい、ただいま………。」

 メイドが出て言ってしばらくして今度は執事が現れた。

「カ・ラ・ビンカ様、何か御用でしょうか?」

 これだ。

 何かあるごとにメイドに説明して執事に説明して、そして担当役人が2~3人入れ替わりで来る。めんどくさいったら………。

 私は先程メイドにした同じ説明を繰り返す。

 既に今回のバレエコンクールの出場者は退場してしまっている。偶然通りかかったのは奇跡だったが、演目は全て終わっていたらしい。

「早くしないと帰っちゃうでしょうが!」

 だからつい、声を荒げてしまう…。

「はい、直ちに………。」

 顔色を青くするのではあるが………。

 しばらくして………。

「カ・ラ・ビンカ様、今回はどのようなご用向きでしょうか?」

 彼等のマニュアルらしいのだが、私を怒らせるためのマニュアルなのか?!一体………。

「もう良い!!」

 毎回こんな感じだ。いい加減うんざりしていたのだが、今回はそれどころではない。

「外に出られては困ります!衛兵!!」

「衛兵?看守の間違いだろうが!」

 私はドレスの裾を切り裂くと、パンプスを脱いで走り出した。

 転移(テレポーテーション)を使っても恐らく対処されるだろう。なら走った方が早い。

 私は50~100と書かれた控室に飛び込んだ。

「つかちゃん!!」

 突然女が飛び込んで叫んだ事で、全員がギョっとこちらを見ている。

「居ない……。68番の子は何処?!」

 帰ってきた反応は無し。

 私は巨大なロックブルズホールエントランスを出て走り回った。424年前はまだ中規模レベルの施設だったが、今や10km四方内に100近くのホールがひしめく巨大施設になっている。

 そこで一人の子を探し出すのはそれこそ奇跡でも起きない限り………。

「居た!!こんな奇跡を起こすなんてやっぱりつかちゃんだ!!」

 私は女の子の前に回り込んで肩を掴む。

「つかちゃん!!つかちゃん!!」

 私は感極まって抱き着いた。

 間違いない!

 200年前にひっそりと居なくなった、…最後に会ったそのままの姿で彼女はそこに居た。いや、少し若返ってるか?

 ただ、泣いていたのか、目を真っ赤にしている。

「どなたでしょうか?誰かとお間違いになっているのでは?」

「声まで同じでそれは無いでしょう!悪ふざけは止めて!私の耳をなめないでよ!!」

「ご、ごめんなさい。本当に分からないんです。僕の名前はチェチーリア・プリセツカヤって言います。」

「……は?」

「ね?人違いでしょう?」

 無理矢理笑顔を作るチェチーリア。

「しゃべり方まで同じで、別人と思えっての?!」

 ただ、ちょっと性格が違ってはいるような……。

 いや、心に壁があるときはこんな感じだったか?何しろもう数百年も前の事だから……。

「ごめんなさい。僕、今日はちょっと、他人に気を遣えるような精神的余裕が無いんです。」

 チェチーリアの両の瞳から大粒の涙があふれ出る。

「さよなら。」

 言ってチェチーリアは私の手を振り切って走り出した。

「待って!!」

 後を追おうとした私の腕をつかむ衛兵達。

 私でも彼等を振り切る位は出来るが………。

 私は軟禁部屋の一つに戻ると、役人に、チェチーリア・プリセツカヤの書類を届けさせた。

 祖父と孫娘であるチェチーリアの二人暮らし。年金生活で余裕がある生活とは言い難い。自身もアルバイトをしながら質素な暮らしぶり。その中で唯一のわがままがバレエだったらしい。端末からさらに詳しく調べるとまあ、絵に描いたような不遇の人生がつづられていた。私だったら一発でドロップアウトしそうな事を片手に余るくらいは経験している。

 

 私はコンクールの映像を持ってこさせ、一通り見てみた。

「何でよ?何でこの子が入賞しないの?」

 私はバレエは専門家ではない。しかし、明らかにレベルからして違う。異彩すら放っている。

 担当者の手記を見た時、私はめまいがした。

 曰く、有名校に通っていないから。曰く、コネが無いから。曰く、金が無いから………。

「いつの間に……この劇場はこんなに腐ってたんだ……。」

 孫、玄孫と代替わりを続けて、いつの間に夢を追う施設から儲ける為だけの伏魔殿になってしまったんだ?

 そもそも私が居ると、後進が育たないというから隠居したというのに………。

 リアルで、私が世界に絶望した理由と同じだ。

 

 

 つかちゃんとの最後の会話は200年経った今でも鮮明に覚えている。

 

「皆さん、ごめんなさい。僕、死んじゃいました。」

 私とアインズさんがちょうど一緒に居た時にそんなメッセージが入った。

「何を言ってるんだ?笑えない冗談だぞ。」

 私は口に物を入れていたので、アインズさんだけが反応する。

「このメッセージは録音テープみたいなもので、一方通行なのでご容赦を。」

「「おい!」」

 また何とか人形ってやつか?

「大学、研究機関で重力子とヒッグス粒子も見つかった。僕がこの世界に来た最後に残った理由も、もう達成されました。これで遠くない将来、時間のメカニズムも解明されるでしょう。」

 以前からつかちゃんは自分がここに来たのはこの世界の人にこれらを発見させることなんだと言っていた。

 私にはそれが何かどころか、どんなすごい物かすらも分からない。けれど去年、確かにカルネ大学のユリアン・ヴァイセルフ名誉教授がこれらを発見したことでニュースになった。

「モラルも僕が思ってた以上に定着している。」

 そう、この頃は人の心は本当に澄んでいた。今は見るも無残ではあるのだが……。

「もう僕がやる事はなくなりました。……それじゃ皆さん、お世話になりました。」

 簡単な……。本当に簡単なあっけらかんとした別れの挨拶だった。実は1週間後に、『なんちゃってー!』とか言って現れるんじゃないかと思ってすら居た。

 

 

 私は定期的に遊びに来てくれるアインズさんに件の映像を見させた。

 はじめから見させ、エントリーナンバー30番を数える頃にはアインズさんは飽きてきたのか携帯端末をいじり始める。

 まあ、私も『良いから見てて。』しか言わないからそれも仕方が無いが……。

「これは……。」

 やがてエントリーナンバー61番から70番までの番が回ってきた時、チラッと画面を見たアインズさんが固まる。

 何も言わずに画面に食い入るアインズさん。

「つかさ………なのか?」

「………………………。」

「ビンカさん!!」

「本人は違うって言ってるの。」

「しかし、こんな……他人の空似ってレベルじゃないぞ!クセまで一緒だ!」

「バイオロイド・コッペリアは私も創るのを手がけた子。だから私の紋章が入ってる。でも紋章がある場所に、それが無かった。」

 こんなそっくりでも、仕草や反応や声や、そのほとんどが同じでも、たった一つ違いがあると、『違うのでは?』と言う疑念は浮かび上がってくる。

「何処に居るんだ?会って直接確かめる!」

「まだ止めた方が良いよ。彼女、コンクールに落選して相当落ち込んでたから……。」

「はあ?!これだけの演技をして、落選!?あ、いや、俺は専門家じゃないから何かダメなところがあるのかも分からんが……、少なくとも彼女の演技には背景やら情景やら光景が透かし見えたぞ!」

 私はアインズさんに書類を見せる。

「………何だこれは……?」

「彼女が落選した理由。はは…。私、すっごく身につまされるわ。」

「最近、民衆の心が荒み始めていたのは知ってはいたが………。」

「ねえ、アインズさん。この世界、滅ぼしちゃおうか………。」

 ……………。

 私は半世紀近く幽閉、軟禁されてきた。大好きな歌も披露できず、暗澹と日々暮らしてきた。その結果がコレ……。

 アインズさんはいつでもここから助け出してやるとは言ってたんだけど、私は私の子孫達を信じたかった…。その結果がコレ…。

「とりあえず、彼女に会ってみよう。昨日の今日で彼女には酷かも知れないが………。」

 この部屋は転移魔法が封じられているので、私達は正面突破で建物を出、転移門(ゲート)で彼女の家の近くへ転移した。

 

 チェチーリアは牧場でアルバイトしていた。

 厩舎の掃除をしていたチェチーリアに私達は声を掛ける。

「「こんにちわ。」」

「…こんにちわ。どちら様…。」

 どうやら直ぐに私に気付いたようだ。

「昨日は失礼しました。」

 頭を下げた少女に私は慌てて頭を上げさせる。

「あの…、あの後も考えたのですが、やはり人違いと………。」

 私が声を掛ける前に、アインズさんはチェチーリアを抱きしめていた。

「………ええー、…あのあの…。」

 現在のアインズさんの姿はオーバーロードの姿ではある。しかし種族の壁は徐々に消え去って、今や混血も当たり前に居る時代だ。若い女の子に抱きつけば生殖能力無くても普通に訴えられるぞ。

「……すまない。」

 名残惜しそうにチェチーリアから離れるアインズさん。もう逃がさないとばかりに肩を掴んだままでは有るが。

「そなたがつかさであるか否か、簡単に確かめる方法がある。」

 言ってアインズさんは神器級(ゴッズ)アイテム、フレイヤビスチェを取り出した。つかちゃんが居なくなった時、アインズさんはナザリック総出でつかちゃんを探させた。2年後、デミウルゴスが持ってきたのがそれだった…。

「着てみてくれないか?」

 アインズさんはグリーンシークレットハウスを取り出し、彼女を中に入れた。

 やがて……。

「着ましたけど……。」

 ただでさえ、神器級(ゴッズ)を装備するのには制約が要る。まして我々の神器級(ゴッズ)アイテムには当事者以外が装備できない仕掛けが施されている。それこそンフィーレアのような特殊なタレント持ちでもない限り……。

 しかし、ああ、懐かしい。

「ピッタリだな。それを着れるという事はそなたはつかさに間違いない。」

「………あの、僕……。」

「いや、そなたがウソを言っているとかではない。多分、そなたはつかさの転生体なのだろう。」

 うん。確かそんなスキルも持ってたはず………。

「ねえ、つかちゃん、私達の家に帰ろ?また私達と冒険に行こ?」

 私の言葉に脅えた表情になるチェチーリア。

「僕にはお爺…、家で祖父が待っているんです。変な所へ連れて行かないでください!それに僕の名前はチェチーリア・プリセツカヤです。」

「変なところじゃないよ。200年間誰も使ってないけど、ちゃんと掃除すれば使えるはずだよ。」

 チェチーリアは脅えたように首を振る。

 

 これは長くなりそうだと思った私達は牧場主に話をつけ、彼女の身柄を借りることにした。初めは渋った牧場主であったが、金貨1枚を渡すと手のひらを返したようにチェチーリアを送り出した。

 首都、カルネ市へ移動し、高級レストランに入ると、チェチーリアは目を白黒させる。

 どうやらこういうところは不慣れみたいだ。何というか初々しい。

 私の子孫達はかしずかれるのが当たり前と思っている連中ばかりでほとほと呆れるのだが………。アインズさんも表情には出ないがホンワカしているようだ。

「あの、最初に私から一言いいかな?」

 私の言葉にアインズさんはどうぞと、手のひらで促す。

「チェチーリアちゃん、ごめんね。」

 私はチェチーリアの前に膝をついて頭を下げた。

「……え?何を、何のことですか?」

「昨日のコンクール。あれは全くの出来レースだったの。」

 ジワッとチェチーリアの目に涙が浮かぶ。

「本当にごめんなさい。」

「貴女は審査員長か何かなのですか?」

 私の謝罪にチェチーリアは鼻声で答える。

「………。」

「いや、彼女は審査には全く関わっていない。」

 言葉に詰まる私の代わりにアインズさんが答えた。

「では謝られる意味が分かりません。」

 チェチーリアは下を向いて握りこぶしを固めている。

 言葉からは怒りといった感情は感じられない。むしろ悔しさを思い出したというところか?

「いいえ。私のせいなの。私が何もしなかったから、あの夢の殿堂をあんな伏魔殿に貶めてしまった。」

「……貴女は一体、どういう方なんですか?」

「彼女の名はカ・ラ・ビンカと言う。聞いたことくらいあるだろう?そして私はアインズ・ウール・ゴウンだ。」

 見る見る間に、顔を上げたチェチーリアの顔色が青くなっていく。

「し、失礼しました!僕、知らなくて!その、殺さないでください!僕にはお爺ちゃんが……。」

 床に土下座するチェチーリア。

 ああ、この姿も久しぶりに見る。そしてこんな謝り方をする人はつかちゃん以外ありえない……。

「そんな事はせんよ。そう心配するな。……逆に傷つくぞ。」

 ごめんなさいごめんなさいと繰り返すチェチーリアの肩を抱いて椅子に座らせるアインズさん。

 

「貴女の踊り、魅せて貰ったよ。私達の中では間違いなく、最優秀賞だよ。」

 チェチーリアは顔を伏せると腕で目を隠す。

「ああ。確かに私達は専門家では無い。だが、我等…、特にビンカさんの感性は世界一だ。芸術の神に認められた事、誇るが良い。」

「ありがとうございます。…そのお言葉だけで報われました。僕は……。」

 その後は言葉にならなかった。

「この世界ではそなたのようなホンモノを理解してくれる人は少ない。どうだ?ナザリックに来ないか?もちろん、そなたの祖父を連れてきてかまわん。」

 アインズさんの言葉に涙に濡れた顔を上げるチェチーリア。

 しかし、しばらく考えた後、首を横に振った。

「僕は聖地に迎えられる程の人物ではありません。」

 ホント、つかちゃんだ。

 何というか筋の通らない事をすごく嫌がる。

 多分、バレエでプリマとして何年も活躍したら、ナザリックに来ることも辞さないだろう。ナザリックと言うのはそういう所だから。

 しかし近年、ナザリックに呼ばれる人は一人も居なくなっていた……。つまり、優秀な人材が発掘されなくなってきたということだ。

 彼女は今のままではプリマどころかバレエ団に入団することすら出来ない。

 けれど、私達が裏で手回ししたりすれば多分激怒するだろう。

 それを分かるから私とアインズさんは困ってしまう。

「前世のそなたには我々は非常に世話になったのだ。その恩返しと言うことでどうだ?」

 首を横に振るチェチーリア。

「僕には覚えが無いことです。」

 全く、自分は私達を散々に操り倒したクセに、自分は頑として譲らない。まったく今も昔も……。

「もし望むなら私がバレエ団を紹介……。」

 私の言葉を最後まで聞く前につかちゃんは首を横に振った。

「僕は実力で……。」

「今の時代は実力がカネやコネに勝てない時代なの!このままでは宝石が輝きを放つ前に埋もれてしまう!」

「それなら仕方の無いことです。僕は受け入れます。」

 私達はため息をついてしまう。

「ならば覚えておいて欲しい。そなたが望めばいつでも、我々は門戸を開いて待っている。」

 チェチーリアは深く深く頭を下げた。

 

「そなたの境遇、少し調べさせてもらった。ずいぶん辛い人生を歩ませてしまったようだな。建国者の一人としてわびさせてくれ。すまなかった。」

 私も一緒に頭を下げる。

「ちょ、お止めください!!」

 悲鳴を上げるチェチーリア。結果、頭を下げるアインズさんの膝下に行く形になる。

「コンクール、次回も受けに来てくれるんでしょ?」

「………はい。………でも……。」

「分かってる。ひいきはしない。いいえ、何の力も働かせない!」

 私の怒りを感じ取ったのか、脅えた表情を見せるチェチーリア。

 ちょっと無理に笑顔を作ると、チェチーリアの表情も少し和らぐ。

「…ありがとうございます。」

「お礼を言わなければいけないのは私の方だよ。ありがとう、チェチーリアちゃん。私達の止まった時間を動かしてくれて。」

「そうだな。我々は隠居して口出しを避けてきたが………。そなたはそんな我等の尻を叩きに生まれ変わってきたのかも知れんな。」

「そんな………。」

 

「それにしても君は相変わらず強いね。そして脇目も振らず突っ走る事が出来る。」

 涙を目に貯め、横に首を振るチェチーリア。

 ちょっと調べただけでも片手に余る窮地と不幸を彼女は経験してきている。

「そうだな。そなたは頑張ってきた。普通の人間の何倍も頑張ってきた。そろそろ報われて良いだろう。」

 チェチーリアの大きな目に涙があふれてくる。

 そんな人生で真っ直ぐに歩める。…私じゃそうは行かないだろう。

「今度は我々が頑張る番だ。友達として、そのくらい頑張っても許してくれるだろう?」

 アインズさんが優しく抱きしめてやると、チェチーリアは徐々に声を上げて泣き始めた。

「う、わぁぁぁ………。」

「この世界は美しい。前世のそなたが我等に教えてくれた世界。今度は我々が見せてやろう。」

 久しぶりに私は歌った。周りの人間を巻き込むが知ったことじゃない。

 眠って、目が覚めたら、またいつもの日常。

 でも、今度は未来が待ってる。

 だから、もう少しだけ、頑張って。

 

 

 チェチーリアを家に送り届け、事の顛末を祖父に聞かせると、祖父は大きく頭を下げて礼を述べた。

 孫娘を真っ直ぐに育てた祖父だけあって、彼も中々の人格者だった。しかし、と言うかだからなのか、金も権力も持っていない。

 ホント、何で正直者が馬鹿を見る世界になったのか………。

 

「それにしてもあの娘、何か、活き活きしてたよね。私達と違って……。」

 しばらく歩いて、私はアインズさんに話しかける。

「不幸の中にあっても……、健気に咲いてるって、…そんな感じ?」

「…………………。」

 アインズさんはただ黙々と歩いている。

「私も転生したら、昔みたいになれるのかな?」

「…って、今度は俺を置いて逝かないでくれよ?」

「………ああ、……うん。」

 ちょっと話題が微妙だったか、会話が途切れてしまった。

 ………………。

「ねえ、何を黙り込んじゃってるの?まさか……。」

「ん?ああ、いや。……チェチーリア。……可愛かったな。前世にはあの可愛さは無かった。」

 私とは全く違う事を考えていた。でもその意見には賛成。

「ね。時折、こ憎たらしい子だったのに……。」

「抱いたとき、心臓あったらバクバクいってたぞ。久しぶりの感覚だよ。」

「ちょっと!あの子まだ13~4だよ。」

「でもさー、チェチーリアが抱きついて泣いてきた時、スッゲー、ズッキュキュンって来たんだよ。アッチの身体だったらやばかった!」

「……憲兵さーん!!」

「まあ、冗談はさておき…。」

 とっても冗談には聞こえなかったよ。

「メッセージ……。アルベド、聞こえるか。」

「はっ!」

「今から作戦ソドムとゴモラの作戦会議を始める。用意せよ!」

 ……!!!!!

「はっ!!」

 メッセージの向こう側では息を呑む気配。

 アルベドはナザリックの指導者となった自分の息子にアドバイスをする立場だが、やはり第一はアインズさんだ。

 そのアインズさんが百年以上の時を経て立つ。

 湧き上がる感情がこちらにも伝わってくるほどだ。

 

 通信が終わり、しばらくして、私は声を上げる。

「………そっか、やるか。でも、あの子は許してくれるかな?」

「あの子、いや、アイツはもともと戦争絶対反対と言うスタンスではない。……死ぬべきでない人間が殺されるのは全力で阻止するだろうがな。」

「そうだったね。『無人兵器同士の戦争ならむしろ経済を活性化してくれるよ。』とか言いそう。」

 後は環境破壊しない事、かな?

 

 さて、次のコンクールまで半年。それまでに大掃除だ。

 

 

「私達は少し甘やかしすぎたのかもしれない。」

「ああ。だから改悛する猶予も機会も与えよう。何の上に栄華を享受しているか思い出させる事も必要だろう。」

「でも…、自分の子孫をお仕置きしなくちゃいけないなんて……。」

 レイナースは100年姿を変えずに生きてきて、自分の子供が先に老死するのを見るたびに、心を病んでいった。アルシェも同じだった。二人は老化無効のアイテムを棄て、やがて安らかに死んでいった。クレマンティーヌはつかちゃんみたいにある日突然ふらっと居なくなって二度と帰って来なかった。

 そんな彼女達が残した大切な子孫達。私は深い愛情を与え続けていたはずなのに……。

「………どうしてこうなった?!」

 自信が無くなる……。

 

 でも、これはやらなくちゃいけない。

「チェチーリア・プリセツカヤ。そなたと同じ不遇の子供達はこの国にもごまんといる。今こそ、私達はそなたらを祖として導いてやろう。」

「つかちゃんなら、私達のやろうとしている事、理解はしてくれるでしょ?皆が皆、貴女みたいに物分かりのいい子ばかりじゃないんだよ。」

「罰なら受けよう……。」

「「…だから。」」

 

 

 

 

 

エピローグ

 

「おばあちゃん!お話聴きにきたよ!」

 5人の子供達は目を輝かせて縁側でうたた寝をしていたおばあちゃんをたたき起こした。

「はいよー。前回は何の話をしたかね?」

「あの話!3柱の神様がこの世界に来る頃からの話!」

 

「昔々、いずこかに神様の世界があったそうな。神様の世界は度重なる戦争や騙し合いで何もかもが荒れておった。その世界を儚み、3柱の神がその世界に見切りをつけて、この世界にお渡りになられた。

 さて、その神様とは?」

 おばあちゃんが耳に手を当てて子供達にその答えをたずねる。

「支配と力と生命の神様!アインズ・ウール・ゴウン様!」

「芸能と歌と財福の神様!迦陵頻伽(カリョウビンガ)様!」

「あとはー……。」

 子供達は顔を見合わせる。

「最後の神様はいたかどうかも分からない。子供も名前も残っていない神様。姿形も色々な言い伝えがあって、人形だった、雪女だった、吸血鬼だった、ゴーレムだった、オートマトンだった、そして人間の姿をしていたとも言われておった。」

 

「でも、この神様に導かれた使徒がお二方います。さあ誰かなー?」

 同じように子供達にたずねるおばあちゃん。

「聖ニグン・ルーイン様!」

「聖ラキュース・アインドラ様!」

「そうだね。そしてこの神様の司るものは文明と徳と知識。さて、ところで、皆の宗派は何かな?」

「僕ン家、アルスタ教ルーイン派!」

「私はアルスタ教アインドラ派。」

 子供達はそれぞれの宗派名を上げていく。

「そうだね。このお二方の主張はことごとく対立したと言うのだけど、神は双方の主張を肯定したそうじゃ。なので二つの宗派が出来てしまったという。彼等の存在がこの神が居ったと言うあかしだという話だね。」

 ルーイン派は穏健で現実的な宗教。アインドラ派は戒律の厳しい自力救済を掲げる宗派。こんな話を簡単に説明するおばあちゃん。

 

「そして何より、それ以前の1000年間、科学文明の発達がほとんど無かったのだけれど、この時期以降、急激に発展を遂げる。医、物理、化学、文学、経済、全てが同時期に、じゃ。

 これこそ神の恩恵と言うものも居れば、生活の余裕が学問の発展につながったという学者も居る。皆はどう思うかの?」

 子供達はそれぞれに意見を出していく。中にはニグンやラキュースが神様から天啓を受けたと言う発想をする子供も居た。

 それを嬉しそうに聞くおばあちゃん。

「さて、普段、仲の良い神々だったが、ある日、頻伽(ビンガ)様の娘がアインズ様の娘と喧嘩になっての、それが双方入り乱れての大乱闘になった。どっちが勝ったか分かるかや?!」

「絶対アインズ様!!」

 やんちゃな子供は皆、軍神アインズ様が大好きだ。

「そうだね。アインズ様は力の神、その力は絶大。このお方に敵う方は神の世界にしか居らんかったと言う話じゃ。結局頻伽(ビンガ)様の側が全滅してしもうた。しかし一人きりになったとき、アインズ様は寂しくなっての、頻伽(ビンガ)様を蘇らせたのじゃ。

 しかし全ての娘達を蘇らせても、頻伽(ビンガ)様は許してくれなかった。

 困ったアインズ様は一柱の神を頼った。それが、もう一柱の神様だね。だからこの神は縁結びの神としても知られとる。

 その神は頻伽(ビンガ)様の為に祭をすると良いと仰っての、それが今、毎年冬至に行われる復活祭だの。」

「へえ。じゃあその神様のおかげで俺達復活祭にプレゼントもらえんのか?」

 焼けた肌を掻きながらニカッと白い歯を見せる少年。

「そういうことだね。で、再び仲良くなった御方々はそれぞれに国を作り始めた。さて、その国の名は?」

 再び子供達にたずねるおばあちゃん。

「アインズ様はナザリック魔道国!世界最小にして最強の国。」

頻伽(ビンガ)様は娘達に造らせたロックフルティア連合国。」

「そう、そしてその娘の御三家は神の血を引く家として今も存続しているのう。」

 言っておばあちゃんはお茶を飲む。

「俺、クインティア家の傍系だってかあちゃん言ってた!」

 それはすごいねとおばあちゃんは少年の頭を撫でる。

「あと、カルネ公爵家のカルネ公国。」

「そう。そしてそれらの国を纏め上げて造られたのがカルネ連邦共和国。」

 

「さて、それまで魔法に頼って発展していなかった生産業。これが機関の発明で魔法とエンジン、モーターの併用での生産力が爆発的に向上し始めたのじゃ。そして魔法を使える者と使えない者、力のある者と無い者との格差がこれで急激に無くなっていく。カルネ連邦共和国は余った品を周りの国々へ売り、材料を仕入れ、取引の量が爆発的に増え始めた。10年で100倍以上の経済規模…まあ、お金持ちになったということじゃな。」

「僕、知ってる!産業革命だ!」

 おばあちゃんは聡明そうな少年の頭を撫でる。

「ご名答。しかし、ここで学者達が不思議に思うことがおこる。何だと思う?」

「大量消費時代に向けて、自然破壊問題と、リサイクルの大切さが前もって予知されていたこと?」

 女の子の言葉におばあちゃんは細い目を見開く。

「難しい事を知っとるな。

 そう、こういった事は普通、問題が大きくなって初めて分かるものじゃ。でも、カルネ連邦共和国では公害の発生が無い。もしくは発生した時の対応が過敏なまでに早い。他国では何度も取り返しのつかない大きな問題になっている事がカルネ連邦共和国では一件も発生しておらん。真っ先に発展しているのに関わらず、これは一体どうしたこと、とな。」

「やっぱり名無しの神様のおかげじゃないかな?」

「どうしてそう思うかや?」

 女の子の言葉に優しく問うおばあちゃん。

「知識の神様なんでしょ?やっぱり知っていたんじゃないかな?」

「そう、そしてその件も、名無し神様の存在説を後押しする事になっておる。」

 

「さて……大きく経済が発展して、各国の人口が1億人を超える時代になってくると、神様の話も徐々に聞かれなくなって行っての…。そして人心が乱れ始めた頃、大きな事件が起きる。

 世界各地の火山が大噴火を起こして全世界が連日連夜真っ暗になり、全ての作物が枯れ果て、凄まじい大飢饉が起こったのじゃ。全世界で何千万と言う人、亜人、獣人が飢えて、僅かな食料や、互いを食肉とする為、仲間割れが起こり始めたのじゃ。」

「700年前以前の世界の資料がほとんど残っていないのはこのときに失われたからなんだよね!」

 男の子の言葉に大きく頷くおばあちゃん。

「そう。これは神の御業と言われとる。しかし、原因が何であったかはいまだに解明…分かっていないのじゃ。一説では名無しの神様を殺したせいとか、ナザリック大墳墓に何千人もで攻め込んだためとか、そもそも神様は関わっておられんとも言われておる。しかし……。」

 と、夕刻、5時を告げる音楽が田畑で埋まった農地に響き渡った。

「さーて、今日はこの辺にしておこうかね…。」

 えー、と子供達が騒ぐが、おばあちゃんは笑顔でまた明日、となだめる。

 そして全員に饅頭をひとつづつ持たせた。

 おばあちゃんは子供達が見えなくなるまで見送ると、縁側に再び座った。

 

 

 

 夜中、蛍や妖精の光が舞う。

 目の前をイノシシよけのゴーレムが巡回していく。

 逃げ散った妖精が再び戻って来て月夜に乱舞する。

 そんな幻想的風景を見ながら、おばあちゃんは満足そうに微笑していた。

 

「美しい世界。」

 

 

終り




あとがき


 以上、私が半年くらい前、夢で見た内容でした。3日位連続で、時に途中で目を覚ましながら見ました。

 文章は仕事から帰って来てから眠い目をこすりながら、時に寝落ちしながら書きました。なので、途中、文章が乱れたりして読み辛かったところもあったと思います。済みませんでした。
 また、寝落ちしたため、何を目的でこのシチュエーションを入れたんだっけ?等と言う事も結構ありました。例えばイミーナがアイシクルボウガンを借りパクした件、本当はギャンブルの借金の形に取るのだというのをスッパリ忘れてしまいました。無理矢理話を繋げてしまって、アレ?とか思われる方も居られたかと。重ねてお詫び申し上げます。


 ここで書ききれなかった話とかはショートストーリーで補完しようと考えています。御興味のある方は是非またお付き合い下さい。
 ただ、少し時間を下さい。現在残業等が増えてきており、また積みゲーも消化しておきたいので。
 このサイトの使い方もまだよく分かっていないので、どのような形でSSを書くか決めていませんが、目立たない形で、と思っています。


 最後に、ここで応援下さった皆様に御礼申し上げます。
 途中、拒食症になってしまい、4日程寝込んでしまった時、温かいお言葉や励ましのお便りを下さった方々には心より御礼申し上げます。

 大変恐縮なのですが、感想版ではトラウマを植えつけられてしまい、返信が一切出来なくなってしまいました。ただ、全てのご感想にメッセージで返信しております。まだ、ご覧になって居られない方も居られる様ですので、感想版にご投稿頂いた方はよろしければ、メッセージボックスを御確認下さい。

 特に肥後蘇山様、色々お骨折り、ご心配り頂き、有難うございました。gi13様、 のふのん様、 アサシン.様、 Sufika様、 kasama様、励ましのお言葉、お心遣い、ありがとうございました。 aaa_様、 tete4013様、 メンテ様、 きのべ様、 マニュアルペンギン様、 べぇちゃん様、 肌水様、 じゅざむ様、 ほのぼのらいふ様、 総一朗様、 シロ(犬)様、
 過分な評価、温かい応援を頂き、有難うございました。途中、心が折れかけましたが、ここまで来れたのはひとえに皆様のおかげでございます。


 しばらくしたら、また何か書くつもりでおります。ちょっと昔の、誰も見向きもしなくなったような物語等。

 それでは縁がございましたら、またお付き合い頂ければ幸いです。


                                   夕叢霧香


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