契約詐欺おことわり! ~I Don't Need a Masic (皇緋那)
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魔法少女、誕生せず!?

どうも、織鳥ヒナと申します。えーと、今度こそプリティでキュアキュアな先輩にならって、可愛らしく微笑ましい魔法少女を描きたいですね。


目の前に強大な悪。壊された道路や建物、信号から見るに、目の前の怪物はいわゆる敵であった。周囲には自らのほか人影は無く、悲鳴も声援もない。それは果たして都合のいいことか、都合の悪いことか。ともかく、彼女は孤立していた。

 

たったひとりで、ボロボロになりながら戦う少女。防御力の無さそうなうえに動くには不利だろう衣装で飛んで回り、おもちゃの売られているようなステッキから魔法を放つ。通じている様子ではないが、少女は攻撃をやめようとは思わないらしい。さらなる追撃、流れる血を飛び散らせながら彼女は飛び込んでいく。

 

目先の怪物が動いた。飛び込んでくる獲物を好機と捉え、掴もうと腕を出した。だがそれは遅い。彼女には、速度がある。愚鈍な怪物の反応よりも速く、少女の魔法が炸裂する。構えられたステッキから、少女の勇ましい技名の宣言とともに必殺技が放たれる。

 

 

――休日、あるいは深夜にやっているような、変身ヒロインもの。魔法少女と呼ばれる少女たちが、命を賭けて人々を守る戦いに身を投じる物語。

 

人はそれを見て、何を抱くのだろう。可愛らしい彼女たちに対する好意か。あるいは、彼女たちに頑張ってほしいという応援か。ああなりたいという憧れか。悪を潰す様を見ることによる安心や清々しさか。人それぞれの感想というものがあると思う。なので、ここでは自分の感想を述べさせてもらおう。

 

私はこれを観て――『ああなりたくない』と思う。

 

エンディング曲にあわせてキャラクターのCGモデルが踊る映像を見たあとに、私はテレビの電源を切った。もう朝御飯は食べ終わったので、テレビの前に陣取る必要性も無くなっていたから。

 

私――『熊根(くまね) 深依夢(みーむ)』は、別にこのようなジャンルのアニメ番組が好きなわけでもない。ただ、好きな声優さんが出演していて、朝御飯のときはほかに見る番組もないので垂れ流しにしている、というだけの話だ。そのたびにこうなるわけにはいかないと、何故か少し嫌悪のようなものを感じる。まぁ、原因はだいたいわかるけれど。

 

テーブルに置いてあったパンの包装をぐしゃりと持って、まだまだ入っている牛乳パックとともに台所へ運んでいく。牛乳は冷蔵庫にしまって、パンの袋はゴミ箱に叩き込む。日常的な動作である。

 

「……はぁ。ゲームでもするか」

 

誰も聞いていない独り言を宙に吐き捨てて、私は自室へ戻る。勉強をしろと言われるだろうけれど、身にならないことをしてもしょうがない。ゲームを進め、戦略性だとかを鍛えた方が有益かもしれないじゃないか?というのは、私の持論だ。

 

「さて、何が途中だったっけ?」

 

自室に並べられているタイトルの多くは、すでにクリアしてしまったものだ。二週目をやり出すのも悪くはないけれど、途中で止まっているのも何本かあったはず。と、ふと、先程まで見ていた変身ヒロインものシリーズのゲームが出てきた。確か、これはまともにやっていなかった気がする。女児向けアニメのゲームのくせして、難易度がかなりキツかったような記憶もある。

 

「これにするかぁ」

 

ため息混じりにそれを手に取ると、ゲーム機も置いてあるベッドにどっかりと座った。向かいにある窓から朝の日差しが射し込んできて、すこし画面が見えづらいかもしれない。

カーテンを閉めるべく再度立ち上がり、私は窓のすぐそこに立って、軽く外を見る。平日の通りよりも、曜日が曜日であるため人はだんぜん少ない。隣の家の庭を覗いてみると、晴れた休日ということだけあって小さな子供が小型犬と走り回って遊んでいた。たしか、あの子は今年で小学生になるんだったか。

 

「っと、目的を忘れてた」

 

カーテンを閉めようと思っていたのに、外を眺めていてどうする。そう思って、窓のそばから一歩引く。そこから思いっきりカーテンを――

 

『待った!!』

 

――閉めようとしたところ、脳内に直接響くように声が聞こえてきた。私は思わず動作を止めて、あたりを見回す。

 

『外を見るウィン!そして窓を開けるウィン!』

 

可愛くもあるがなかなかに苛立ちを覚えるような声で、なにかがそう促してくる。従うしかないと外を見ると、窓の外には確かに見慣れないものがあった。

 

「……とり?」

 

それは鳥だった。ずいぶん普通の鳥とは異なってずんぐりした体型で、なんだかぬいぐるみのようだが、いちおう鳥らしい。この声の主はこいつなのだろうか。

 

『窓を開けてほしいウィン!』

 

ばんばんと、窓を叩いて急かしてくるぬいぐるみ鳥。私はいま未知のものと遭遇しているようだ。この鳥が声の主だとして、どうして私の部屋に入ろうとしてきたのかとか疑問は湧いてくる。が、とりあえずこいつには伝えておかなければいけないことがあった。

 

「いや……この窓、開かないよ」

『ウィンっ!?』

 

 

ぬいぐるみ鳥を玄関から迎え入れて、自室にまで連れてきた。いちおう客人なので飲み物は何がいいか確認したところ、案の定いらなかったらしい。私はクッションを出してきて、それに座るよう促す。

 

『ありがとうだウィン』

「どういたしまして。で、あなたは何者?」

 

早速本題を切り出してみることにした。すると鳥の目が輝いて、せっかく座っていたのに飛び上がると翼で私のことを指してきた。

 

『ボクの名前はウィンダー!フィンチ型妖精だウィン!』

 

この鳥の名前はウィンダー、らしい。なるほど。しゃべるぬいぐるみのような見た目なのだから、妖精でも不思議ではない。それに、このテレパシーのような声も納得が――

 

「いくかッ!」

 

私は思わず近くにあったテーブルを叩いた。いきなり妖精だとか言われて信じられるような年頃ではない。私、深依夢は中学二年生の14歳なのだ。確かにさっき見ていた番組のメインターゲットは妖精だの魔法少女だのを信じ憧れるような年齢層だろうが、私はそうではないのだ。

 

『ど、どうしたウィン?』

「なんでもない」

 

いきなりばんと音を立てられてびっくりしたらしく、ウィンダーはちょっと怯えていた。ちょっと、申し訳ない感じになる。

 

『キミの名前は?』

「熊根深依夢。呼ぶときは深依夢でお願い」

『わかったウィン、深依夢。』

「……えーと、その妖精さんがどうして私のところに?」

『きょうは、大事なお話があるんだウィン』

 

一転、目の前のぬいぐるみが真剣な表情になる。つられて私も真面目に耳を傾けて、自室に張り詰めた空気が漂う。

 

『実は――』

「実は?」

 

『キミには、魔法の才能があるんだウィン!』

 

「……は?」

 

私のまわりの雰囲気から、一気に真剣な部分が抜けていった。

 

実際、目の前でぬいぐるみが表情をころころ変え、動き、こうして話しかけてくるのだから、魔法がどうとかも事実なのかもしれない。もしかしたら、私がどこかで寝落ちしたのかもとも思うけれど、意識は明瞭で覚める気配もないこの世界は現実だ。

 

『あ、まだ受け止めきれないウィン?じゃあ説明するウィン!』

 

勝手にウィンダーは語り始めた。しかしウィンウィンうるさいな。家電かこいつは。

 

『……いま失礼なこと考えなかったかウィン?』

「うっ、い、いや、続けて」

『じゃあ続けるウィン』

 

――ウィンダー曰く。この世界には、あのアニメの変身ヒロインのように、魔法少女と呼ばれる超人少女がいるらしい。彼女たちはウィンダーのような妖精たちと契約し、変身能力を得る。変身すれば高い身体能力や治癒能力、多彩な魔法が手にはいる。それらをもらった代わりに、人助けに使う。といったことだとか。

 

『どうウィン?キミには、とっても上質な魔力が流れているウィン。ボクと契約すれば、きっと――』

「……契約なんてしないから」

 

それでも私は、そうはなりたくない。

 

才能。今まで、私と無縁だった言葉。スポーツでも、勉学でも、芸術でも、私には才能というものはなかった。唯一幸いだったのは、才能をまったく遺伝させてくれなかった両親だったが恵まれた容姿だけは私にくれたことだろうか。多少の失敗ならば可愛らしいで許される人生は、得手を見つけられない私には適していた……のかもしれない。

そんな私のところに飛び込んできた『魔法の才能』『上質な魔力』という言葉。人助けができるようになる、魅力的なことだ。けれど、私は魔法少女にはなりたくなかった。

 

『え?ど、どうしてだウィン?』

 

困惑するウィンダー。今までの魔法少女たちには、ここで断るような者は少なかったのか。ともかく、私は断る理由を妖精に告げる。

 

「……まともに説明もされていないのに、簡単になれない」

『説明ならしたウィン』

「じゃあ、魔法少女になったらどうやって魔法を維持するの?」

『健康……具体的には十分な食事と十分な睡眠、十分な運動だウィン』

「魔法少女の人数は?多すぎるので減らす、とか言わないよね?」

『もちろん!むしろいつでも人材不足だウィン!』

「人材不足ってことは、減る要因もあるんでしょ?」

『それは――』

「人助けって?わざわざ魔法が必要になるような相手でもいるの?」

 

ここまでまくしたてれば、もう言わないだろうと思うところまで質問を投げ続けた。仮に相手がアニメ作品なんかをモデルにしたシステムで釣ろうとしてきているのなら、最近よく見る『魔法少女+理不尽』のジャンルの要素も濃いかもしれない。

それに、口ごもったのが『減る要因』の部分だった。これは、何かあるに違いない。例えば、人類外の敵だとか。

 

『魔法少女の仕事は、人を助けること……それは間違いないウィン』

 

それは間違いない、ということは。

 

『その相手は、ボクらがNCと呼んでいる生物。人を襲う、人類の敵だウィン』

 

私の予想通り、戦うべき敵がいた。あのアニメで少女と戦っていた怪物のような存在。

それならば、私は魔法少女などになるわけにはいかない。だって。死にたくない(・・・・・・)じゃないか。

 

「……そう。じゃあ、ほかをあたって」

『そんな!深依夢が魔法少女になれば、もっと多くの人を!』

「みんながみんな、自分を犠牲にできるわけじゃないよ。少なくとも、私はね」

 

クッションの上で跳ねるウィンダーを尻目に、私は自室を出る。あんな話を聞かされた後だから、きっと外の空気を吸いたくなったんだと思う。かかっていた上着だけをばっと来て、まっすぐに玄関へと向かった。

 

 

外は過ごしやすい陽気で、上着はあんまりいらなかったような気がした。晴れた空に、自分の気分は似つかわしくない気がして、ため息も圧し殺して歩き出す。爽やかに走っているお兄さんや、朝からはしゃいでいるちびっこたちとすれ違いながら、見慣れた道を通っていく。

 

『深依夢ー!』

 

背後から、妖精の声がする。振り向きたくない。関わりたくない。あんな見た目でも、超常の存在だ。これ以上巻き込まれれば、襲われてもおかしくない。

 

『待つウィン!せめて、もうすこし話を……』

「……。」

『深依夢、深依夢ってば!』

 

しつこく呼び止めてくるのを頑なに無視して、歩調を早めていく。不毛なおいかけっこを続けて気づけば、いつもなら自転車で来るような距離の川辺まで来てしまっていた。

 

『深依夢――?』

 

ふと、私は足を止めた。いつもなら、あまり見かけない光景があったから。

川辺に黒い人影がいくつか。確か、あれらは近所では有名な不良少年とかだっただろうか。彼らが取り囲んでいるのはひとりの女の子で、彼女のものらしい自転車が近くに倒されていた。綺麗な川辺の景色には似つかわしくない、嫌な光景だった。

 

『なにかあったウィン?』

「イナバ、なの?」

 

そんなもので立ち止まってしまったのは、取り囲まれている女の子のこと。彼女には見覚えがあって。深依夢に普通に話しかけてくる数少ない友人、『富田(とんだ)イナバ』だろう。倒れている自転車につけられているウサギだかネズミだかわからないマスコットがそれを物語っている。

 

『もしかして、お友だち?』

「そう、だけど……」

 

残念ながら、不良少年なんかと喧嘩が始まってしまえば、私はすぐに気絶させられてしまうだろう。見つかればその時点でまず逃げ切れない。相手が徒歩でも、私の走りよりずっと速いに決まっている。

端から私の選択は見なかったことにするに固定されていた。自分が巻き込まれるくらいなら、見捨てたほうがいい。私は彼らに背を向けて、さっさと引き返そうとする。

 

『ほんとにそれでいいウィン?』

 

構わない。問題を起こしたくないし、痛いのは嫌だ。

 

『お友だちだって一緒だウィン』

 

それは、そうだろう。人間誰だって、好きでもない人間に殴られたくなんかない。

 

『魔法少女になれば、簡単に勝てるウィンよ?』

 

そうかもしれない。けれど、彼女を助けるよりも道は過酷になる。こんな出来事で、命を簡単に投げ出せるものか。

 

『助けるか、見捨てるか。それは深依夢の自由ウィン』

 

……うるさいな。できないって、知ってるでしょ。

 

『今なら逃げ出せるし、お友だちもまだなにもされてない』

 

うるさい。うるさい。私じゃ駄目なんだ、どうせ私じゃあ。

 

『どう?契約するウィン?』

 

だから――

 

「黙ってよ!!」

 

飛んでいたウィンダーをひっつかんで、思いっきり地面に叩きつける。けれど私程度の力じゃあ妖精すら気絶させられないようで、地面にぶつかってもなおウィンダーは私の視界に現れた。

 

「み、深依夢ちゃん!?」

 

後ろでイナバの驚く声が聞こえた。急いで振り向くと、不良たちはこちらを睨んでいる。気づかれたんだ。しかも、うち1名はもう近くまで来ていて、私は足が震え出すのを感じていた。

 

「てめぇ、なんだ?うるせぇな」

 

確かに、いきなり叫んだのは私だ。うるさい、と言いに来るのは当然か。

 

「あの女のオトモダチか?」

 

私には、頷くこともできなかった。動けない。蛇に睨まれた蛙とはこのことだった。

 

「なんか言えよ、あぁ?」

 

声も出ないのに、無理を言わないでほしい。今すぐ帰らせてほしい。私は、私は、あんなふうになりたくないんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

次の瞬間、下腹部に衝撃が走った。痛みはすこし後になってから現れて、私の立つ力を奪っていく。不良の膝が突き刺さったのだった。声も出なかった喉を、朝御飯だったものが逆流してくるのを感じ、私はあわてて口をおさえて倒れこんだ。

 

「雑ッ魚、お話にならねぇじゃねぇか」

 

気持ち悪い。自分の胃液とまじった咀嚼済みのパンの味は最悪で、路上にぶちまけてしまいたいほど。見下してくる不良は、そんな私の顔をまじまじと見てくる。

 

「ふぅん?態度は気に入らねぇが、顔は上等だな。オトモダチと同じコト、してやるよ」

 

その言葉で、こいつらがイナバに絡んでいた理由を理解した。そして、成す術の無い自分を呪った。あまりに無力で、友達も助けられないし、見捨てることもできないし、あるのはおかしな意地だけ。

どうせ駄目なのなら、いっそのこと意識を手放してしまおうと目蓋を閉じる。脳裏には朝見ていた、敵を格好よく倒す少女の姿――

 

「おぐぅっ!?」

「なっ、てめぇ、なにしやがる!?」

 

ふと、耳に不良たちの悲鳴が飛び込んできた。何が起きたのかと目を空けると、目の前にいたはずの、腹を蹴ってきたひとりはこちらに背を向けて困惑した様子を見せていた。

 

「なんだ、あいつ……!」

 

足の間から辛うじて見えるのは、涙で滲んでいるさっきイナバがいた場所。さっきと違うのは、自転車と一緒に数人の人影が横たわっているのと――白いシルエットが見えたこと。

白いシルエットの何者かは、足元の草たちを蹴って翔んでいく。まるで、美しい猛禽類が獲物を見定めた時のように、純白が草原を飛行する。

 

「――はぁっ!」

 

鋭く、不良の首に彼女の脚が突き刺さる。綺麗に、情け容赦は無い一撃。たった一度の蹴りで気絶させられた不良少年は横に倒れて、動かなくなった。彼が倒れたお陰で白い少女の姿はよく見えるようになり、向こうも私の存在を認識した。

 

私は息のかわりに口まで来ていた吐瀉物を呑み込み、腹の痛みに苦しみながらもなんとか立ち上がる。そして冷たい視線で私を眺める彼女に、せめてお礼を言おうとした。が、相手が口を開く方が早かった。

 

「……ウィンダー。急に呼びつけておいてこれだけ?」

『そうだウィン。希望のある魔法少女のタマゴだし、見てられなくて』

「あっそ、じゃあ私は帰る。つまんない奴の相手させられたし」

 

私ではなく、彼女はウィンダーに話しかける。話が終わるとウィンダーにも興味がなくなったらしく、あくびをしながらぷいと別の場所を向いてしまった。

今行かれては、お礼のひとつも言えない。だから、勇気を振り絞り声を出そうとした。

 

「……ぅ、あの!」

「ん、なぁに?」

 

背中は向けたまま、首だけでこちらを向いた彼女。白の似合う綺麗な容貌で、まるでモデルさんのようだった。

 

「あ、ぁりがと、ございます」

「……貴女がウィンダーの言う才能がある、って奴?」

「へ?あ、ぇっと」

『そうだウィン。深依夢っていうウィン』

 

慌てているうちに、ウィンダーにさきに答えられてしまう。彼女はこれもまた興味なさげにふぅん、と言うと、首を前に戻した。

 

「そんな奴放っておけば?どうでもいいけど」

 

冷たい言葉を残し、純白の少女は去っていく。呆然とする深依夢と、その傍らで浮いている妖精が、黙って彼女を見送っていった。

 

 

 

【第一話

   「契約なんてしないから」】



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クールな一撃!セレクト・サクレ!

休日の夜。いつもなら、学校の始まる憂鬱さに現実から逃げようとネットサーフィンを続け、気づけば眠っていたようなふうに過ごしているはずの夜。でも今日は珍しく、布団に入ってはやめに休んでいた。もちろん、腹部の痛みが悪化しないようにというのはひとつの理由なのだが。

 

私――深依夢は、不良に襲われて、真っ白なコスチュームの少女に助けられた。白に映える黒い髪は後ろでまとめあげられており、すらりと長く、ほどよく筋肉質な脚にぴっちりと張り付いたレギンスが印象的だった。

別にそっちの気はないつもりだったのだが、私を蹴り倒して調子に乗っていた不良を気絶させた時の白百合の騎士とも言える格好よさと、彼女の眠たげで面倒そうな瞳のギャップからかどうも頭から離れない。それで、ネットサーフィンしていても落ち着かなくて布団に入ったのだった。

 

『深依夢、あの子のことが気になるウィン?』

 

こいつは妖精、ウィンダー。あのあと、私についてくることになった鳥っぽい生き物だ。エサは必要ないとのことで、放っておくことにしたのだった。

そのウィンダーの問いに私はいちおう正直に頷く。頭から離れないことは確かだし。

 

「……彼女も、魔法少女なの?」

『もちろん。白い魔法少女、セレクト・サクレ。それが彼女の名前だウィン』

 

セレクト・サクレ。頭の中で復唱して、覚えようと試みる。人名を覚えるのは得意ではないのだけれど。

 

『実はあの子、深依夢と同い年なんだウィン。ばったり会ったら、仲良くしてあげてほしいウィン』

「そうする……よ……」

 

急に睡魔が押し寄せてきて、私は目蓋を支えていられなくなった。今日の意識を手放そうとした瞑目とは違って、ゆるやかに心地よさへと沈んでいくのがわかった。

 

 

――真っ黒なロングヘアを靡かせて、キツい瞳で悪を見下ろす。その脚は邪悪を砕き、その美貌は誰にも触れられぬ孤高の花。人呼んで『白い通り魔』。

 

月曜日。深依夢が通う中学校では、そんな噂が流されているようだった。どうイメージしても、それはあのセレクト・サクレのことだろう。美化されているというか中2チックにされているが、ここは実際中2のクラス。それでおかしいことはない。

 

挨拶するような人もしてくるような人とも出会わずに、教室へとさっさと入っていく。みんな扉の空いた音で振り向きこそすれど、その音を立てたのが私であることに反応したのはひとりだけだった。

 

「お!おはよう、深依夢ちゃん!」

「……ぁ、い、イナバ。おはょう」

 

うまく声が出せなくて、この教室のざわざわの中ではちょっと聞こえにくかったかもしれない。けれどイナバはそんなことまったく気にしていない様子で、にこにこしながら次の話題に入る。

 

「深依夢ちゃん!昨日はお互い助かったね!?」

「……え?あ、うん」

「でしょ!ほら、嘘じゃないんだって!」

 

廊下で聞こえてきていた噂話の発端は、どうやらイナバのようだ。それもそうだろう、あの場で一番間近に目撃していて、深依夢よりもどんどん言いふらすのは彼女しかいない。

 

「それでさ、深依夢ちゃん!白い通り魔さんと何話してたの?」

「……いや、何も」

「そんなはずないよ!なんにもないのにわざわざあんな角度する?」

 

思い出されるのは、身体を向けず首だけで話しかけるサクレの姿。たしかに、普通に振り向けばいいのに、話してもいない相手をあんな見方で睨むだろうか。いや、睨まない。

 

「あの不思議な角度……かっこいいよね!こう、どっかのアニメ製作会社が好んでそう」

「シャ……んん、かな」

 

私の言葉にイナバは反応すること無く、ぷいっとそっぽを向いた。彼女はいつもこうだ。富田イナバという少女は、移り気で話題も跳んでいく。所属は陸上部なのだが、普段からそうして気分が跳ね回っているせいか部活内ではよくいじられているらしい。

イナバが見ている方向を、私も釣られて見る。教室の出入口、私が通ってきた扉。そこにひとりの少女が向かってきていたのだった。

 

「おっ、蛇喰さん!」

 

彼女は、いつも見ていたはずのクラスメイト。私がいままで恐れていて、目を合わせないようにしてきた者。綺麗なお人形と表現するしかないような容貌の彼女。名前は『蛇喰(じゃばみ) 通華(つーか)』。クールでミステリアスで、声を発することすらほとんどない通華は、そういうのが好きな一部の人からは人気があると聞いたことがあった。だが、話しかけに行くものはほとんど見たことがない。その点で言えば、失礼だが私と似ているのかもしれない。

 

「おはよう!今日も綺麗な髪じゃない?」

 

クールでミステリアスな相手にも、こうして気さくに話しかけにいくのがイナバだった。通華はそれを無視してしまう。固まるイナバに戸惑う周囲をよそに、自分の席に鞄を降ろすと、ふと私の方を見た。

 

「……っ!」

 

その目には覚えがあった。眠たげで、面倒そうな瞳。まさか、彼女こそが――

 

「……熊根さん」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

いきなり声をかけられたので、私はびっくりして変な返事をしてしまった。

 

「な、なんでしょう……?」

「非常に不本意だけれど。貴女、気づいているでしょう」

「……!」

 

その言葉に息を呑む私に、彼女は確信したらしい。小さく頷いて、通華が次の言葉に移る。

 

「なら、放課後は私に着いてきて。あいつの説明だけでより、もっと真実を知って考えたいなら」

 

言いたいことが終わると、通華は何事もなかったかのようにいつも通りの生活に戻っていく。取り残された私と聞き耳をたてていたのに理解できなかったらしいイナバは、そのあとの時間をいつも通りでいるつもりでややぎこちなく過ごしていった。

 

 

すべての授業が終わって、帰りのホームルームでさよならを言ったあと。通華はこちらにちらりとだけ視線をやると、他の誰にも構うことなく帰ろうとする生徒たちの波をすり抜けていった。当然私は彼女のようにはいかず、どんどん私と通華は離れていく。

 

「あっ、ちょ――!」

 

声が届くはずもない。元から小さいのに、周囲にこうもしゃべくる生徒がたくさんいればまず無理だ。聖徳太子にも難しいかもしれない。ついに通華を見失い、私は立ち止まってしまった。

 

「……どう、しよう」

 

着いてきて、と言われていたのに、着いていけなかった。責任は私10割だ。通華は友達と言えるほど親しくもないし、許されるはずもない。そう考えると、とたんに不安になってきた。

 

「あれ、深依夢?どしたの?」

「い、イナバ……!」

「蛇喰さんとなんかあったんじゃないの?」

「あ、それが、その……」

 

置いていかれたことを察したようで、イナバはにやりと笑った。

 

「じゃあさ。私の同行を認めるかわりに、案内してあげようか?」

「え、わ、わかるの?」

「ふふん、さっき見てたからね!」

 

……同行させてもあんまり変わらないような気がするけど、それでも私だけよりはマシだと思う。私はイナバの提案を受け入れて、彼女といっしょに行くことにする。

 

「じゃあしゅっぱーつ!たぶんこっち!」

「……たぶん?」

「だっていまどこにいるかなんてわかんないし……」

 

もしかしたら、私だけの方がマシかもしれない。

 

「大丈夫だって!学校内なら、さ!」

「学校内って言ってた訳じゃないんじゃ……」

「…………な、なんとかなるなる!」

「そんなアバウトな……」

 

イナバはわからないならローラー作戦だ!と私の手を引っ張っていく。イナバの場合は先に気づいて道を空けてくれる生徒が多く、私もすんなりと通っていくことができた。

 

「とりあえず屋上とか?」

「開放されてないんじゃあ……」

「あの子は特別とかとか、蛇喰さんありそうじゃない?」

「確かに……」

 

あの雰囲気からして、何かそういうものがありそうな気もする。感心しているあいだにまた手を引っ張られて、こんどは階段をかけ上がっていく。

イナバは全力で走ってはいないようで、陸上部でも私が運動音痴なことを知ってくれているのはありがたいことだ。

 

2階。3階。4階と上がってきて、ついに屋上に繋がる扉の前へとたどり着く。扉には『生徒立ち入り禁止』という貼り紙と、無理矢理壊された錠前がひっかかっているドアノブがついている他におかしな点はない。いや、錠前が壊されているというのは、明らかにおかしい事象だが。

 

「……行ってみる?」

「蛇喰さんが壊したとは思えないけど、行くしかないよ!」

私が覚悟を決める前に、イナバは扉を空けてしまう。先に待っているのは、特に何ら特別でもない屋上だった。景色こそ良いわけではないが、玄関のあたりに大勢いる生徒たちを見下ろすことができるのはちょっと新鮮だった。今日は、部活がない日だったらしい。帰宅部の深依夢は気にしたことがなかったため、気づいていなかったのだが。

 

「蛇喰さん、いないね?」

 

いくら屋上を見回しても、人影は見当たらない。もしかしたら、玄関で待っているかもしれないと、私とイナバはそっちに目をやった。この高さからひとりひとりの姿を見分けるのは困難だが、綺麗な髪は辛うじてわかるといいな……なんて、期待をこめて。

 

その時、だった。

 

「おや?こんなところにお嬢さんが、二人も」

 

可愛らしい声がした。高貴なお嬢様を思わせる響きを持っていた。けれど、背筋の凍るような気配を感じざるを得なかった。振り向くのを怖がらせるような、底知れぬ何かを孕む声。イナバも同じことを感じていたようで、彼女の頬を冷や汗が伝うのが視界の端に見えた。

 

「どうかいたしましたの?」

 

気配の主が、私たちの間に顔を出す。鮮やかな金色の髪が私の頬を撫で、悪寒を走らせる。

 

「怖がらなくていいんですのよ?ここは特等席。今からはじまる、えーと、すぺしゃるなしょう?というんですの?が、上から見られますのよ」

 

後ろに軽快なステップで数歩下がった彼女は、長い髪を振り大きく両手を広げて楽しげに言う。彼女はカタカナ語に慣れていないのか、ぎこちない発音だった。外国から来た人、なのだろうか?

 

「ほら、もう始まりますの。れでぃーす、えーん、じぇんとるめーん!と、いうやつですの!」

 

くるくると回る彼女。危険を感じて振り向けずにいたのだが、実はそれほど危ない人物ではないのかもしれない。首をそちらに向けると、成る程彼女は確かに美少女であった。しかし、私の視界は一瞬別のものであったような気がした。例えるなら、異常進化した頭足類のような――

 

「えーと、君は?私はイナバ、富田イナバだよ」

 

まだ警戒は解いていないものの、相手のことを知るために名乗るイナバ。少女は満面の笑みで、自らの名前を答える。

 

「ご丁寧のありがとうございますの。私は『リリアナ』……そう、お呼びくださいまし」

 

にっこりと笑うリリアナの姿は、素直に見れば可憐で。通華とはまた方向の違った美しさを持っていた。

そんなリリアナばかり見ていると、ふと背後から火薬の音がした。隣の友人は驚き飛び退いて、私は反射的に振り返る。目下の人々は何かから逃げ惑い、押し合い、喚いている。

 

「……あれは何!?」

 

柵のところまで駆け戻ったイナバが指を差す。その先には、廃墟のトンネルの入り口に似た真っ黒な穴が空いている。何も見えないその内より、まるで烏賊のような未知の生物――先程幻視したものとそっくりな――が現れ、彼らはそれから逃げているのだ。先の発砲音は何かというと、あの生物たちは銃火器を手にしているため、それが火を吹いた音だろう。

 

突然の出来事に状況が飲み込めないでいる私達に、背後からリリアナが歩み寄ってくる。そして、変わらぬ笑顔で。

 

「これがすぺしゃる・しょう。彼らによるニンゲン狩り。ご安心くださいませ、本番はここからですのよ」

 

視線を急いで地上に戻す。すると、ひとりの女生徒が頭足類の触腕に捕まっている。その質感がぬるぬるしたそれではなく、人間の肌のような質感であることがまた気色悪く、目を背けたくなってしまう光景だ。もがいても、触腕は嘲るように彼女を捕らえ続ける。お前の命は自分の手のひらの上だと言わんばかりに、触腕は揺れてみせるのだった。

 

しかし突然、校舎の影に隠れていたらしい人影が飛び出してくる。華麗な動きで触手の魔の手をかいくぐり、捕まっている生徒のところまですぐに到着する。彼女が通華であることは、その髪ですぐにわかった。そしてその手に握られている羽根ペンをモチーフにしたような道具が、刃物であることが触腕へと突き刺さる様でわかる。

羽根のナイフを刺され痛みに耐えかねたのか、生徒の拘束が解け、放り投げられた。通華がそれを受けとめ、自らをクッションにして衝撃から助ける。まるで王子様のような行いで女生徒を立たせると、さっさと逃げるように促していた。

が、その行為が仇となる。刺されたうえに、せっかく捕まえたものを奪われた向こう側からしてみれば、通華は邪魔者。捕まえようとする素振りは見せていたものの、もう我慢ならないのか彼女を捕まえて校舎、つまりこちらへ向けて放り投げてきた。

 

「……じゃ、蛇喰さん!?」

 

屋上のすぐ下の窓に突っ込んだらしく、窓ガラスの割れる大きな音がした。直後にはイナバが私の手を掴んで走り出しており、情報がついていけないほどに入ってくる。今度のイナバは私にお構いなしのスピードで階段を駆けおりていくため、私は半分引きずられているようだった。

 

4階廊下の壁に、蛇喰通華は寄りかかっていた。隣にはマスコット、ウィンダーが浮遊していて、床には通華が吐いたらしい血が多く飛び散っていた。それだけではなく、彼女の脚にはガラス片の突き刺さった傷がいくつもある。

 

「蛇喰さん!」

「……富田さんに、熊根さん。今になってついてくるのは、遅すぎる……くふっ!?」

「だ、大丈夫!?血が……!」

 

血を吐き続ける通華を心配して、そばにいるイナバ。引っ張られてきた私にそんな勇気はなくて、眺めているしかできなかった。

 

「変身すれば、問題ない……けど、今は立つので精一杯、かも」

「え?」

「変身アイテムが、吹っ飛んでった。まったくめんどくさい、こはぁっ!」

『魔法少女への変身には、いま通華の持っているオリジンに、ジュエリーをはめなければいけないウィン』

 

ウィンダーによる解説が入った。その、ジュエリーとやらを探せばいいのだろうか。イナバと私であたりを見回して、それらしいものを探す。が、ガラスの破片と鮮血が多くあるせいで見つけにくくそう簡単には探し出せないかもしれない。

そんな不安や諦めと、血を吐く通華を助けなければいけない使命感が混在し、私は息が荒くなっていた。

 

『深依夢!魔力の波動を感じるウィン!深依夢ならできるウィン!』

「魔力の波動?」

 

とにかく、やってみるしかない。ウィンダーの言うことに従って、落ち着こうと目を閉じ、いちど息を細く長く吐く。

ぴくり、と。一瞬私は肌に何かを感じた。何か、声のようなものが触れた気がする。それはあそこから来たものだだと思い、割れてしまった窓枠やガラスの破片の群れの中を見た。

 

「あった……!」

 

私が手に取ったのは、純白の宝石。冷たくも燦然と輝く珠だ。差し出された通華の手にそっと乗せて、私は彼女から数歩離れた。

 

「ん、ありがと。じゃ、よい……しょっと」

 

大きな痛みを抱えているだろう身体を持ち上げて、彼女は持っていた羽根のナイフと純白の宝石を構えた。口元の血を手で拭って、通華は大きく息を吸う。

 

「――マジカル・セレクション。サヴァイヴ!」

 

羽根に用意されている窪みに宝石がぴったりと填まりこんで、あるべき場所へ戻ったかのようにいっそう輝いた。光はただ反射しているだけでなく、宝石から一直線に伸びていく。その内より二段に分けて持ち手らしい部分が現れ、羽根のナイフは鎌へと変わる。

空気がきらめいて見える中、通華が鎌の柄を持ちくるくると回すとさらなるきらきらが舞い、彼女を包んでいく。腕、脚、腰、胸と身体の各部を包む衣装は魔法少女のものへと変化して、彼女を蛇喰通華から変えていく。

 

「セレクト・サクレ、進化完了。」

 

光が晴れたと思った瞬間にはもう、変身は済んでいた。あのとき見たものと同じ白いコスチュームを纏い、レギンスを張り付かせている。まとめられた黒髪はいくつか上に跳ねており、その姿には見覚えがあるような気がした。

 

「はぁ……面倒事、終わらせるよ」

 

窓のあった場所から、魔法の翼を広げていくサクレ。滑空して敵の元へと舞い戻るなり、蹴りをぶちこむのが見えた。強烈な一撃にその部位は大きくへこみ、臓器かなにか潰れでもしたのか体液が漏れている。

 

『サクレはヘビクイワシ科の力を与えられた魔法少女だウィン。飛行は苦手だけど、格闘は大の得意だウィン!』

 

ヘビクイワシ。確か、キックで獲物を仕留める猛禽だったか。彼女の勇姿は、まさに狩りをする猛禽。リリアナの言うニンゲン狩りという言葉は、大きく間違っていたのだろう。狩るはずの人間に、あの烏賊らしき生物は逆襲されているのだから。

 

こうなれば仕方がない、と敵は銃器を構えた。しかし、サクレは動じない。ただ鋭く見据えるだけだ。相手が引き金をひいたところで、彼女は回避する素振りを見せない。鎌を持つ手を前に出したと私が認識するとほぼ同時に、鎌はくるくると回り始めた。回る鎌の柄によって銃弾は弾かれ、勢いを失ってそこらに飛び散っていく。

やがて銃弾が切れたのか、鉛の吹雪は止んでしまった。それならと、サクレが大地を踏み飛び出していく。必死でリロードする烏賊たちに、鎌の刃が終わりを宣告する。

 

「……あれ、もういいの?ならこっちの番」

 

羽根に填められた宝石に触れて、疾走を止めないサクレは静かに告げる。刑の執行へと移るのだ。

 

「“Survival of the Fittest”」

 

純白の魔力に包まれて、白き刃は空気を裂いて走る。次の瞬間に起こるのは、刹那の出来事。

 

烏賊の胴体はすべて分断され、振り抜かれたことさえ認識させなかった刃が彼らの体液を散らす。更には魔力が炸裂し、すでに両断されている身体を徹底的に破壊していく。最後には烏賊の痕跡は何も残らず、静かに空間の穴が閉じていくのみだった。

 

「――すごい、すごいよあれ!見た?見た!?」

 

何も言えない私よりも早く、イナバが隣ではしゃぎ始める。窮地は去ったのだ。つられて私の頬もゆるんで、イナバに向かって頷いた。

 

「おーい、終わったからこっち来て。どうせ帰るんだし」

 

割れてなくなった窓の外から、通華が呼ぶ声がする。見てみると、彼女は変身を解いたようで制服姿に戻っていた。不思議と脚の傷はきれいさっぱり無くなっており、通華の素肌はすべすべの状態。ウィンダーが言っていた魔法少女の回復能力を実感せざるを得なかった。

 

 

 

 

屋上からサクレの戦いっぷりを眺めていた謎の少女、リリアナ。彼女は無様に叩き斬られる烏賊たちを見て笑っていた。なんと滑稽で、なんと愚かなのか……と。

 

「くすっ、犯罪者らしい末路……いいですわぁ、さいっこーですの!」

 

沈み始めた夕日に照らされる金色の髪がゆれる。大きく広がったロリータファッションもまた同じく、風にゆられている。無邪気を装う彼女が立つステージとしては、夕日の屋上はあまり似合うようなものではないのだった。

 

 

 

 

日が落ち始めた玄関。そこで、通華が私達を待っていた。銃弾の痕と、4階の窓ガラスが派手に割れてしまったものの、あの未知の生物相手に怪我人もなくこれだけの損害で済ませられたのはすごいことだと思った。私達に気づいた通華は、いつもの冷たい視線よりも目が泳いでいるようすだった。

 

「……おつかれ、さま」

「ん?戦ったのは、蛇喰さんでしょ?」

「だけど……ジュエリーを吹っ飛ばしたとき、助けてくれたのは貴女達だから。いちおう、ありがとう」

「そっか、どういたしまして!」

 

目線を合わせないようにしている彼女だったが、『ありがとう』の言葉を通華から聞くとは思いもしなかった。そのせいで私はイナバに先を越されてしまっていた。そのイナバは、私の背中を軽く叩いて「深依夢ちゃんも」と言ってくる。どうにか私も一歩前に出て、口を開こうとした。

 

「……ぁの、こっ、こちらこそっ!ありが、と、ございました」

 

たどたどしくなってしまったが、通華には伝わったらしい。ぺこりと軽いお辞儀で返してくれた。

 

「で。話、変えちゃうけど……いい?」

「大丈夫、何のこと?」

「さっきのあいつら……『NC』のこと」

 

NCとは、ウィンダーが言いかけていた魔法少女の敵の名前だったはずだ。あの烏賊がその敵なのだろうか。確かに、人を連れ去ろうとしているようだったが――

 

「……あいつらは、どっかから現れて、人をどうにかしようとする。殺したり、拐ったりの。出現位置はだいたい感覚でわかるけど……いつくるか、正体はなんなのかはわかんない」

「じゃあ、今日ついてこいって言ったのは?」

「今日はこのあたりに出てきそうだったから。私の側ならまだ助けられるし、この話もできる」

 

となると、申し訳なくなってくる。善意を踏みにじってしまったのではないだろうかと、不安になる。だが通華の方も自分が悪いと思っているようで、ばつが悪そうな顔だった。

 

「……今回はむしろよかったけど。次があったら、もうちょっと気を付ける」

 

彼女がまた頭を下げたあと、私たちはイナバの「よおし、今日はみんなで帰ろう!」に乗って一緒に帰ることにした。部活がない日も私はさっさと帰っているから、誰かと一緒に下校なんて久しぶりのことかもしれない。

 

蛇喰通華、セレクト・サクレ。魔法少女にもたらされた出会い。彼女とは、今後うまくやっていけるといいな……なんて。

 

 

 

【第二話

   「面倒事、終わらせるよ」】




前回のまえがきで某P先輩について言及しましたが、定番のピンクではなく白黒の魔法少女が登場する予定です。というわけで次回の魔法少女もお楽しみに。


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セレクト・ヴァンプ夜空に舞う!

『16時30分!16時30分!起きろウィン!』

「んー……あと24時間……」

『それは一日経ってるウィン!』

 

自室。叩き起こそうとしてくる妖精の声にややむかつきながら、私――深依夢は目を覚ました。16時30分なんかに起こされたのは、学校が終わり、真っ先に寝床についたからだった。帰ってきたときはいなかったのに、やはり玄関には鍵をかけておくべきだったか。

 

『重要な話があるウィン!起きろウィン!』

「うー……私を巻き込まないでほしいんだけど……」

『これは深依夢にも得なことだウィン!』

 

できれば、あの怪物のことにはもう関わりたくはない。NCだかなんだか知らないけれど、あんなのに遭遇すれば、相当運がなきゃ死んでいるところだ。

それに、色んなアニメの影響からだがウィンダーのような妖精ポジションに言われるといろいろとうさんくさい。が、得なことというのが本当かは聞いてみなければわからないのも確かだ。とりあえず、話は聞いてみることにする。

 

『最近、NCが活発化しているウィン。他の妖精の話だと、近頃編隊を組んでやってくる可能性もあるとのことだウィン』

「……それで?私が契約を?」

『してくれるなら嬉しいけど、今日は催促しないウィン。頼み事はほかにあるウィン』

「じゃあ何なの?」

 

それを聞いてみたところ、ウィンダーは鼻息をふんすと鳴らしてよくぞ聞いてくれたという顔になる。殴ったところで意味はないし、大人しくしておこう。

 

『魔法少女の招集……先輩魔法少女を新たに招き、備えるんだウィン!』

 

確かに、サクレだけで編隊を組んで銃器を手にしたNC相手だと難しそうだ。あの戦いっぷりならサクレは負けないだろうが、一般人への被害が大きくなってしまう。それなら、戦闘要因を増やせばいいと。そういうことのようだ。

 

「私たち一般人を守る魔法少女が増えて、お得ってこと?」

『そういうことになるウィン』

「でも、それが何で頼み事になるのさ」

 

その質問には、ウィンダーは目を下に向けた。何やら重い事情があるのだろうか。例えば、殉職とか――

 

『……はぐれたんだウィン』

「は?」

『だから!魔法少女とはぐれたんだウィン!!』

 

思わず声を漏らしてしまったらしい。わざわざ言い直した妖精が恥ずかしそうにしている。だが私はもう一回「は?」と言いたい。あの顔からそれだけなのか。

 

『うぅ……白のサクレのほかにも、黒い魔法少女といっしょにこの街に来たんだウィン。だけど、彼女はどっか行っちゃって……』

「どっかって、連絡手段とかないの?」

『妖精から魔法少女にはないウィン。魔法少女どうしはマジカル☆メールアドレスを交換していれば……』

「それで、サクレとその黒い魔法少女は交換してなかったんだ」

 

要するに、人探しか。知らない人に話しかけるなんて怖くて到底できないから、したくないんだけど。仮に人違いで、やくざだったりしたら何をされるかわからない。売り飛ばされるとか、あり得るのではないか。

 

『……頼めるか、ウィン?』

 

あまり受けたくはないのだが、ウィンダーにはいくつか借りがある気がするから受けてやってもいいかもしれない。ウィンダーのナビがあれば、なんとかなるだろうし。

 

「いいよ。で、その魔法少女って?」

『ほんと!?よかった!……といっても、変身前の彼女はアニメとかコスプレだとかが好きで、カラコンとかよくしてたから……』

「えっ」

『あ、地毛はプラチナブロンドだウィン。あとは……よろしくウィン!』

「あとは……って、あ、ちょっ、待って!」

 

ヒントどころか不安になることしか言わずに、ウィンダーは飛び去っていってしまう。頼み事しといてなんなんだあいつは。

 

気を取り直して、せっかく頼まれたのだから努力はしよう。アニメとかが好きなら、とりあえず可能性としてそういうお店にいる可能性はあるかもしれない。私自身買いそびれている新刊とかがあるかもしれないから、財布も持っていくことにしよう。地毛がプラチナブロンド、ということは、外国人かアルビノか。とにかく白い感じだと予想して、出掛ける仕度をする。

 

……私は鏡を見てやっと、自慢の黒セミロングにできたねぐせとお気に入りのパジャマを認識し、自分が寝起きだったことを思い出した。

 

 

いちおう外行きのコートを着て身体を隠し、帽子を深くかぶって目元を隠し、マスクをして口元を隠す。これから暑くなるころだというのに、そんな暑そうな格好で私は外に出た。普通に暑いのは気にしてはいけない。

両親から恵まれた容姿だけを受け継いだ結果、下手に顔を出すと変なのに絡まれてしまうかもしれないことになっているのだ。いつも隠しているので、近所では『お忍びセレブ』とか言われているらしい。恥ずかしいあだ名だと、心から思う。

 

「……あの、この家の人ですか」

 

いざ行こうとしたところ、いきなり背後から声をかけられてしまった。びっくりして出そうになったすっとんきょうボイスをひっこめて、私はなんとか応対しようとする。

 

「そっ、そうです、が」

「よかった……じゃあ、深依夢さんと会えたりしますか?」

 

……私?わざわざ私に会いたい人なんているのか、と思う。声色はイナバよりもずっと他人行儀で、初対面の人用に繕っているような。恐る恐る後ろを振り向くと、見覚えのある姿で安心するのだった。

 

「私、あの子のクラスメイトで。蛇喰通華といいます」

「あ、いえ、あの、わかります、本人です、深依夢です」

 

固まる私に信用されていないと思ったのか、名乗りをあげる通華。私はマスクをはずして、通華の目当てがこのお忍びのセレブみたいな格好の自分であることをわかってもらおうとした。

 

「……あ。そうならそうと、はやめに」

「ごめんなさい……」

 

声色が繕っているものからふだんのけだるげな通華のものに変わる。さっきのは、電話に出るときとかの声なのだろう。

 

「ねぇ、ウィンダーは見た?」

「え?さっき、逃げていかれたんだけど」

「……ちっ。」

 

通華は舌打ちした。もしかしたら、あらかじめ私を起こす前に窓をひとつ開けていたのかも。

 

「え、蛇喰さんも、黒い魔法少女の話を?」

「そう。それで、説明が中途半端なのに逃げて行きやがって」

「私とおんなじだ……黒い魔法少女とは、知り合いじゃないんだ」

「私はまだ、新米だし。他の魔法少女には、ひとりしか会ったことない」

 

となると、通華も同じ状況だろう。なら、一緒に行っても二手に別れてもいっしょのような気がする。

 

「ぁ、あの。蛇喰さん」

「ん?」

「一緒に、行きませんか……?」

「熊根さんがいいなら」

「じゃあ、そうしませんか?」

 

万が一変なのに当たっても、通華といっしょなら大丈夫そうだ。いつもお店に行くのはひとりでの外出だが、人探しになれば他人に話しかける率も上がるし。

 

「了解、じゃあさっさと行こう」

「ありがとう、ございます」

「別に。私、引きこもりで土地勘ないし」

 

……そこの関しては、私も一緒なのだが。

 

 

バスに揺られること、二十分ちょっと。深依夢と通華は、お目当てのバス停で降りていた。遠いというほど遠くなく、かといって自転車では脚が疲れるくらいだ。このあたりになると、オタ屋さんののぼりもいくつか見られる。

 

「……これに行くの?」

「とりあえず、ですけど」

「ふぅん……今はこういうのがやってるの?」

 

のぼりに書かれているのは、いま人気を博しているアニメ『世界中スーパーノヴァ』、略してせかノヴァだ。ちょっとどうかと思うタイトルだが、中身はというと丁寧にキャラクターを調理し、視聴者に愛着を持たせて脱落させるような脚本で、なかなか心に来るものがある。私は原作派なので追体験する形で見ているのだが、けっこうキツいアニメだ。

とは言っても、推したいポイントすべてを話すと通華には引かれるかもしれない。たぶんこれは非オタが社交辞令程度に聞いてくる質問だ。なので、回答はひかえめにしておこうと思う。

 

「そう、だよ。SNSとかで流行ってるの」

「あ、なんかちょっと見たことあるかも。感想が阿鼻叫喚だったの」

「だろうね……」

 

先週は、たしか人気キャラだったサブヒロインが退場したはず。それは阿鼻叫喚にもなるだろうと思う。

 

「面白いの?」

「う、うん。今やってる中じゃいちばん好きかな」

「へぇ。熊根さんが言うと、なんか説得力あるね」

 

それはオタクっぽいという嫌味だろうか。いや、通華に限ってそんな皮肉はないと思いたい。観察眼があると思われている?としても、素直に喜んでいいのかどうか。通華はもうのぼりに視線を戻して、まじまじと見つめていたが。

その布には、タイトルといっしょにキャラクターのひとりである氷雨ミレニアが描かれていた。私が一番好きというか、憧れのキャラだ。不屈の意思を持った、努力と根性の人。死亡フラグをへし折ってきた、少年漫画の主人公といった感じの少女だ。

 

ふと、のぼりを見ていた通華が声を出した。

 

「あ、これ。きのう発売って書いてある」

「……ぇ?ほんとだ、買わなきゃ」

 

こういうこともあろうかと、私はちゃんと財布も持ってきていた。今いる場所から店舗は近いので、私は道に出てからこっちだよ、と通華に声をかけようとした。

 

「蛇喰さ……きゃっ!」

 

しかし、後方確認を怠ったのが災いを呼んだ。すぐ後ろを歩いていた人にぶつかって、私は倒れてしまったのだ。すぐに立て直して謝ろうと思っても、腰を強く打ったようで立ち上がれなかった。

 

「あなた、大丈夫かしら?」

「あ、ぇと、おきになさらず、といいますか」

「そうはいかないわ。ほら、手出して」

 

ぶつかった相手は、幸いにも危ない人のようではなかった。私よりも小さな身長と綺麗なプラチナブロンドのショートカットがそう思わせる。そして、私に手を差し伸べる彼女は、端整な顔立ちもあって先程のアニメキャラクターを彷彿とさせた。

 

「ありがとっ、ございます……」

「どういたしまして。急に止まるのは危ないわ、気を付けなさい」

「うぅ、ごめんなさい」

「謝らなくていいのよ。ぶつかったくらいで」

 

私の手をとって立たせてくれたうえ、優しく笑いかけてくれる彼女に安心したところで、私の視線は高価そうなワンピースに止まった。もしすこしでも破いていたら、せかノヴァの新刊なんて言ってられなかったかもしれない。

 

「あー、でも、お詫びはいただこうかしら」

「ひっ、お詫び!?」

 

体躯と髪だけで判断するのはやはり早計だったようだ。もしかしてマフィアの娘とか、やばい人だった可能性もある。いったいなにをさせられるのだろう。土下座か。臓器か。カラダか。こんなことになるのなら、ウィンダーの話になんて乗らなければ――

 

「そうね……このへんにあるって聞いたアニメショップ。そこに案内して?」

「え……?」

「私、この街に来るのははじめてなのよ、だから」

 

そんなことでいいのか、と思った。今まで心配していたのはなんだったのか。というか、彼女が肩にかけている鞄にはせかノヴァの、それもミレニアの缶バッジがついているではないか。

 

「いいでしょう?案内するだけ――」

「その子から離れて」

 

女性の背後から、通華の声がした。

 

「あら、怖い怖い。彼氏かしら?」

「……女の子だから、彼女」

「どっちも彼女、なんて。素敵ね、薄い本が厚くなりそう」

「そういうのはいい。熊根さんと何を話してた」

 

にやける女性に迫る通華。ただ案内してと言われただけなのだが、通華の気迫に押されて私が何も言えなくなっていた。これに割って入れるほどの度胸はない。せめて、せっかくいい人みたいなのに揉め事に発展しないでほしい。

 

「ぶつかったお詫びに、お店まで連れていってほしいって話よ。別に土下座とか要求したわけじゃない」

「本当に?」

「ええ、本当。何もしないのは、同行させればわかるわ」

「……嘘はついてない、ね。ん、じゃあかまわない。疑って申し訳ない」

 

意外にも、あっさりと通華は引き下がった。揉めなくてよかった、というところか。確かにプラチナブロンドの女性のほうも、通華のほうも、揉めるほどではないと思うが、そんなくだらないし失礼なことを考えるのはやめておこう。

 

私の隣の位置に、通華は立ち止まる。女性は私たちふたりの姿を見てくすりと笑った。

 

「ごめんなさいね、デートの邪魔をしてしまって。私はキティ・タークォル。キティと呼んで頂戴」

「……蛇喰通華。彼女は、熊根深依夢」

「あ、はい!深依夢です!」

「つーかに、みーむね。覚えるわ。じゃ、行きましょうか?」

「ん、いくよ。熊根さん」

 

自己紹介を終えたキティが、ふわりと髪をかきあげる。おかげでいい香りの風が漂っていて、私たちはその中を歩き出すことにした。

 

「うん、行こうか――」

 

ふと、目の前に何かが見えた気がした。キティの背中に、コウモリの翼が見えたような。

 

「――あれ?今の……」

 

いくら目をこすってみても、もう一度翼は見えなかった。通華が不思議そうな目で、キティが不敵な笑みで私を見ているだけだった。

 

 

結局のところ、私たちはキティに1時間30分は付き合わされた。外はもう暗くなりはじめ、キティの持っている袋にはグッズや薄い本がいっぱい入っている。

 

「ふぅ、こんなとこだわ」

「いっぱい買いましたね……」

「まぁね、ミレニアは私の憧れですもの」

 

確かに、買っているグッズはおもに彼女のものだ。それに、買い物をするキティは目を輝かせていた。きっと本当に好きなんだろう。たぶん、この口調も似せてるんだろうし。

 

「本当ごめんなさいね?ここまで付き合わせてしまって」

「あ、大丈夫、ですよ。ぶつかったの、私ですし」

「まぁそうね。でも出会いのきっかけってそんなもんじゃない?」

 

私との衝突については、もう事件だとかそういう意識はしていないらしい。私は胸を撫で下ろした。

ふと、視界の隅に通華の顔が映る。彼女はとくに何も言わないで付き合ってくれていたのだが、かなり険しい表情でいる。何かあるのかと聞きたくなるが、近づいたら危険な雰囲気でいっぱいだった。

 

「……熊根さん。私の顔を見つめても、意図はまだ汲めない」

「あ、えっと、ごめん。何かあるのかな、って」

「近い。来る」

「来るって、何が?」

「……敵が!」

 

その瞬間、背後へと空気が吸い込まれていくような風が吹く。驚いて振り返ると、なんと空間が歪み、トンネルが続いているような穴がぽっかりと口を開けていた。中から現れるのはあの時見た人外。人類の敵、NCだった。刃物を数本持っており、明らかにこちらを狙っている。まるで、蟻を潰そうとする子供のような目。

 

「深依夢、退がって!」

 

通華がばっと前に出て、私を護るように立ちはだかった。変身アイテムである羽根のナイフと宝石を取り出し、変身の構えをとった。

 

「マジカル――っ!?」

 

だが、通華は変身を中断してしまった。理由はすぐにわかる、NCの攻撃だ。一秒遅れていれば頸動脈に切れ目が入っていたというところで回避した。多くの刃物を振り回す今回の敵は、近接戦闘のサクレは苦手としているだろう。

 

「っち、深依夢!先に避難して!」

「え?わ、きゃぁっ!」

 

通華の足払いを食らい、態勢を崩す。その直後に頭上を刃物がかすめていき、私は血の気が引く思いで通華の真面目な顔を見つめていた。

しかし、固まっているからといって敵は待ってくれない。私と通華を両断してしまおうと、大型の肉切り包丁らしいものを振り上げている。通華どころか、私も殺されるだろう。死にたくない。嫌だ。それだけが頭の中を支配して、通華を盾にすることしか考えなくなってくる。どうにかして逃げないと。どうにかして!

 

だが、叶わない。包丁は振り下ろされ、哀れな少女ふたりは――

 

「『私がいないとなんにもできないんだから』……なんて、ミレニアじゃないけれど。あとは任せなさいな」

 

一度の金属音のあと、キティの声が聞こえてきた。周りが見えていなかったからわからなかったけれど、彼女は逃げていなかったのか。しかも、NCが刃物を振り下ろしたはずの場所に立っている。その手に握られたコウモリらしいデフォルメされたブーメランの翼には、先程通華と私を殺すはずだった刃がひっかけられている。まさか。あの包丁をへし折って、助けてくれたのか。

 

そんな芸当ができたなら、それはまるで、魔法じゃないか。

 

「――マジカル・セレクション。サヴァイヴ!」

 

ひっかけてあった刃を道端に投げ捨てたキティは、通華のときと同じ掛け声を放った。コウモリ型のアイテムに、夜闇を閉じ込めたような宝石が填め込まれる。すると闇は漏れだして、キティの持つそれに魔法のステッキらしい持ち手を与える。

彼女がその持ち手をしっかりと握り、夜空に掲げると、星屑のような煌めきがステッキからキティの身体に降り注ぐ。高価なワンピースやかけていた鞄が光に呑み込まれて、変わりに漆黒の衣装が形成されていく。

 

「セレクト・ヴァンプ!進化完了!」

 

ついにすべての衣装を魔法少女のものへと変化させた彼女は、高らかに名乗りをあげた。

プラチナブロンドの髪は大きく伸び、背中には可愛らしい悪魔の羽がある。さらさらとした質感の長手袋が優しげな闇を覗かせており、すとんとまっすぐに落ちていくドレスは彼女の小さな体躯をどこか蠱惑的に見せていた。

 

「さ、いくわよ、通り魔さん?」

 

くるくると回したステッキの先から、黒い光弾が打ち出される。相手は得物によって弾こうと試みるが、触れた場所から腐蝕されていくように溶けていくという予測できない事態に目を丸くする。しかも、黒に溶けた刃からは幾千もの小さなものが飛び出し、NCにまとわりつきはじめるのだ。

 

「私――セレクト・ヴァンプは、マルハナバチコウモリの魔法少女よ。世界最小の意地、見せてあげるわ」

 

ステッキの先、コウモリの頭部を撫で、魔力を走らせるヴァンプ。暗黒が現れて、夜の結晶と化していく。研ぎ澄まされた恐怖であり闇への嫌悪である刃が具現化し、NCの持つ凶器など玩具だと嘲るように宵の明星を映す。

 

「“Survival of the Fittest”」

 

背中の翼を広げ、ヴァンプは飛翔する。彼女のシルエットは、夜の王というにふさわしいものだった。

 

彼女の通った後には何も残らない。ただ、暗黒に葬られた死体から、魔法の卷属たるコウモリたちが湧き出すのみだった。

 

「――太陽の居ぬ間にさようなら」

 

一言、そう不敵な顔で言ったと思った途端、影が晴れていくように変身は解けていく。キティの姿に戻った彼女はこちらを見ると、にかっと笑ってブイサインをしてみせる。無傷で勝った、という報告か何かだろうか。

 

「……黒い魔法少女。ウィンダーの言っていたのは、貴女だったの」

「そうよ。オリジンとジュエリーを持っているんですもの、あなたもよね?」

 

やっと私の上から退けてくれた通華は聞かれて頷く。さっき変身を中断したとき適当に突っ込んでいた宝石を、ポケットから取り出して見せ、その証明とした。

 

「えぇ、わざわざありがとう」

「ん。用事は終わってるから、解散になる?」

「そう、一時のお別れよ!でもまたいつか、どこかで会ったなら……共闘といきましょうね!」

 

ちゃっかり戦利品の入った袋を持って、手を振る彼女。とっくに暗くなった道に照りつける照明の中を堂々と歩く小さな吸血鬼は、しだいに見えなくなっていく。

 

そういえば、キティが見えなくなるまで私は倒れたままだったのだが、起き上がるのには通華が手を貸してくれた。思えば、そのときの通華はどこか悔しそうだったかもしれない。

 

 

 

【第三話

   「太陽の居ぬ間にさようなら」】



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