終わり無き孤独な幻想 (カモシカ)
しおりを挟む

序章 幻想入り
第一話 そうして彼は、幻想を求める。


「あなたのやり方、嫌いだわ」

 

 やっぱり、こうなるのか。

 

「人の気持ち、もっと考えてよ!」

 

 これで、終わろうかな。

 

「もう、無理して来なくて良いわ」

 

 やっぱり裏切られる。

 

 いや、勝手に期待してただけか。

 

 この世界に、本物なんて無いんだ。

 

 俺が一方的に期待して、勝手に失望していた。ただそれだけの話だ。

 

 誰も悪くない。強いて言うなら俺が一番悪いのだろう。

 

 だって、『皆』も俺が悪いって言ってただろう。

 

 大丈夫。また独りに戻るだけだ。これまでと何も変わらない。寧ろこの数ヵ月が異常だっただけだ。

 

 悪は俺一人、傷つくのも俺一人、不幸なのも俺一人、憎まれるのも俺一人、嫌われるのも俺一人、愛されないのも俺一人、裏切られるのも俺一人。

 

 うん。これまでと何も変わらない。

 

 それで良い。

 

 これで良い。

 

 後悔は……ちょっとあるかもな。

 

 でも、もう良いや。

 

 これで、終わるんだから。

 

 生命保険には入ってたみたいだし、それで小町には良い生活してもらおう。

 

 じゃあな。

 

 

 

 ****

 

 

 

『終わる』ための場所に来て、そんなことを考えていた。文化祭の一件から始まり、修学旅行の事件によって激化したイジメ。そして信じていたあいつらに投げ掛けられた拒絶。幾ら俺でももう無理だ。

 俺は元々誰かに必要とされていた訳じゃない。

 でも、必要とされないなりに頑張ってきた。

 だから……

 

「もう、良いよな」

 

 そして、俺は一歩、また一歩と、『あっち』の世界に行くために、歩を進める。

 

「それは困るのよね」

 

 目の前にいきなり女性が現れる。その女性は、絶世の美女と言って差し支えないだろう。腰まで伸びた金髪に、紫色の瞳。

 何処から現れたのかは分からないが、今はそんなことどうでも良い。さっさとこの辛いだけの世界に別れを告げたいのだ。

 そして、俺はその女を無視して崖の淵に立とうとする。

 

「ねえ、話だけでも聞いてくれないかしら」

 

 俺の腕を掴んで、その女は妖しく微笑む。どこにそんな力が有るのか、掴まれた腕を振りほどこうと力を込めるがびくともしない。

 そして、もう一度その女を見たとき、俺がどうこうできる存在ではないのだと本能的に悟る。俺はため息を一つ吐き、その女に向き直り、目で続きを促す。

 それを見てその女は満足げに頷き、

 

「ねえ、貴方、幻想郷に来ない?」

 

 

 

 ****

 

 

 

「ねえ、貴方、幻想郷に来ない?」

 

 妖怪の賢者として観察を続けていた人間に、この提案を持ち掛ける。

 この少年は、外の世界で生きるには誠実すぎた。善意で行動し、悪意で返され、それでも何かを求めるようにひたすら藻掻き、足掻き……しかしもう決壊寸前で、この少年は命を投げ出そうとしている。無理も無いだろう。寧ろここまでよく投げ出さなかったものだと感心さえする。

 悪意や害意から解放されて楽になりたい。そう考えた彼を止める権利なんて、見ていただけの私には無いだろう。いや、そうなってしまった一因たる私には、もう話しかける権利すら無いのかもしれない。だが、彼がただのすれ違いで命を散らしてしまうのは余りにも不憫だ。

 

「幻想郷は、貴方を必要としている」

「……………………」

 

 彼は沈黙を貫いている。

 

「幻想郷は、忘れられた者の最後の楽園。人間が、妖怪が、妖精が、霊が、神が共存する世界。幻想郷は全てを受け入れる。時に残酷なほどに」

「……………………」

 

 ふと、彼が顔を上げる。彼の目は、最早何も映してはいなかった。けれどそこに、私の姿が映り込む。

 

「貴方だって、このまま幸せを知らないまま、終わりたくはないでしょう」

「…………俺を」

「…………」

「あんたの言う幻想郷は、俺を受け入れるってのか」

「ええ」

「……そうか」

 

 それきり彼は黙ってしまう。不思議な人間だ。あれだけ裏切られてなお、人に優しくあろうとする。その優しさは分かりにくくて、回りくどくて捻くれていて、誰にでも受け入れられるものでは無いだろう。

 誰も助けてはくれず、ずっと独りで戦ってきて、初めて優しさに触れて、初めての、決定的で致命的なすれ違いで傷つき……

 だからこそ幻想郷は彼を欲する。

 

「それで、貴方はどうする?」

「…………連れてってくれ」

 

 そう答えた彼からは、大分投げやりな印象を感じる。実際何もかもどうでも良いのだろう。きっと彼は、僅かな最後の可能性に縋っただけ。それでも私は、彼を追い込んだ遠因として、彼の救いを願わずにはいられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 どうやら彼は、妖怪の賢者に遊ばれるようだ。

「なあ、あんた」

「紫」

「は?」

「八雲紫。それが私の名前よ。比企谷八幡くん」

「何で俺の名前知ってんの?何?ストーカー?」

「あながち間違ってないわね」

「は?」

 

 本当にこいつ、八雲は掴み所が無い。何もないところから現れたり、何故か俺の名前を知っていたり。まあここまで訳の分からん事が出来る奴なのだから俺の名前を知っていたところで不思議では無い。

 

「なあ、ところでここは何処なんだ?」

「ここはスキマ。私の能力、《境界を操る程度の能力》で作り出した……そうね、異空間とでも言えば良いかしら」

「能力って……さっきの突然の出現やら能力やら、もう訳分からん」

「……案外落ち着いているのね」

 

 落ち着いている、か。まああの世界に嫌気が差して、全てから逃げようとしてただけあって失うものなんか無いからな。自暴自棄になった人間ほど面倒なものは無い。まあ俺もその一人な訳だが。

 

「そりゃあな。死ぬのをちょっと先延ばしにしただけだからな」

「っ……そう」

 

 そう答えるも、何故か八雲は辛そうな顔で俯く。……どうしたのだろうか。今の俺の発言に傷付けるような言葉が有っただろうか。まあ俺が考えたところでこいつの考えを理解できるとは到底思えない。

 

「……それでこの後の事だけど、貴方には家を用意してあるわ。私もこれで忙しいし、連れてきておいて申し訳無いのだけれどそこで過ごしてもらうことになるわ。何か必要なものがあれば用意する」

「はぁ、ありがとう?」

 

 そう言いながらも、怪しいと考えてしまう俺は別に悪くないと思う。悪いのは俺をこんなふうにした世界である。まあそれはそれとして、無償の厚意なんて有り得ない。そもそも俺が厚意を受けること自体おかしいのだ。なのにそんなふうに与えられるなんてちゃんちゃらおかしな話なのである。……ということは、だ。これから俺は何をやらされるのか。

 そんなことを考えていると、不意に八雲がくすりと笑う。……一々絵になるなこいつ。

 

「別にそこまで身構えなくて良いわ。こっちが勝手に連れてきただけなんだから。それくらいの責任は持つわ」

「……律儀だな」

「ふふっ、貴方もね」

「……けっ。とは言ってもそれとこれとは話が別だ。俺の事もある程度は見てきたんなら分かる筈だが、無償の厚意なんか信じられねえ」

「っ、そう、よね。……なら、たまに私の頼み事を聞いてくれる?それなら無償じゃ無いでしょ」

「あー、まあそういうことなら」

 

 そんなこんで俺は家をゲットした。そして今は、八雲に貰った家でごろごろしている。

 …………暇だ。いやね、昨日家に着いた頃はもう夜だったし、今日の午前中は家の中の捜索をしたし、ぶっちゃけやることが無い。

 よし。外に出てみよう。特に行くところがある訳じゃないが、このままだらだらしてても要らん事を考えそうだ。折角面白そうな世界に来たってのにわざわざ嫌な思いをする必要は無い。

 

 そんな訳で、インドア派な俺にしては珍しく家の外に居る。といっても家から見える範囲を歩き回っているだけだが。

 昨日はスキマで直接家に入ったから分からなかったが、俺の家は森のなかにあるらしい。周りには木が鬱蒼と繁っているだけで、人の姿なんか見えやしない。まあ俺にとっては好都合だが。

 

「おーい!そこのあんた!」

 

 前言撤回。普通に人居た。俺に声をかけてきたのは、黒い三角帽を被って箒を持った女の子だ。八雲と同じ金髪だが八雲ほど長くはなく、八雲とは違ったベクトルの美少女だ。

 

「お前、何処から湧いてきた」

「何処からってそりゃ空飛んできただけだが」

「は?空なんか飛べる訳ねえだろ」

「あら、ここでは別に珍しいことでは無いわよ?」

「うひゃいっ!」

 

 驚いて思わず変な声をあげてしまう。それを見てクスクス笑っている八雲を恨みがましく睨む。しかし八雲は悪びれた様子も無く、微笑みを返してくる。

 

「で?何の用だ?八雲」

「あれ?お前ら知り合いか?」

「ええ。この目が腐ってるのが、昨日幻想入りした比企谷八幡よ」

「ほえー、外の人間か。あ、あたしは霧雨魔理沙。普通の魔法使いだZE☆」

 

 う、うわー。こいつZE☆とか言ってるよ。会話してると分かんねーけど文にしたら確実にZE☆ってなってる。

 とは言え、紹介されたなら名乗るのが礼儀と言うものだろう。ここに長い間居るかは分からないが、ここの住人に嫌われたい訳でもない。

 

「あー比企谷八幡だ。八雲がさっき言った通り昨日幻想郷に来たばっかりだ」

「おう!何か分からない事があったら何時でも聞いてくれよ!よろしくな八幡!」

「お、おう。よろしく」

 

 何だこいつ。初対面でいきなり名前呼びとか難易度マックスハート。

 

「さて、そろそろ本題に入るわね」

「ああ、おう」

「貴方は幻想郷に来たばかりよね」

「ああ」

「幻想郷は外の世界よりも危険が多いわ。妖怪とか」

「お、おう」

「というわけで今日から貴方には稽古をして貰うわ」

「おう。おう……は?」

「場所は博霊神社。開始はきっかり一時間後。ちなみに遅れたら晩御飯は抜きよ」

「い、いや、ちょっと待て」

「じゃあ、また会いましょう」

「あ、おい!」

 

 俺の制止などものともせず、八雲はスキマの中に帰ってしまう。色々と訳の分からないことを言われ、混乱した俺はただただ呆然と立ち尽くした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 彼は、博霊神社にて修行を開始する。

 その後、いきなり何の話だ、だとか博霊神社ってどこだよ、だとか言いたい事は多々あったがひとまず飲み込み、代わりに大きく溜め息を吐く。

 

「……なあ、八幡。大丈夫か?」

 

 後ろから聞こえてきたやけに優しげな声に、そう言えばここにはまだ人が居たなと思い出す。

 待てよ?こいつは八雲と面識があるようだった。ということは幻想郷の住人だろう。それならば、博霊神社とやらの場所も知っているのではないだろうか。そして俺を運んで欲しい。歩くのダルい、面倒くさい、働きたくない。

 

 というわけで俺は目の前の少女──魔理沙、とか言ったか──にダメもとで頼み事をしてみる。

 

「なあ、あんt「魔理沙だぜ」……あn「魔理沙だぜ」……魔理沙」

 

 何だよこいつ、別に呼び方なんて何でも良いだろ。というか名前呼び大好きとかこいつリア充か、リア充なのか……!

 とまあそんなことはどうでも良い。今大切なのは、如何にして魔理沙に博霊神社まで運んでくれるよう頼むかだ。知っての通り俺の目は尋常じゃないぐらい腐っている。自分で言うのもあれだが俺もこんな奴には近づきたくない。魔理沙は初対面の俺を特に怖がる様子も無いから物凄く良い奴か物凄くバカな奴かのどちらかだろう。そして間違いなく後者だ。こいつ絶対バカ。雰囲気がそう物語っている。

 しかしそれなら都合が良い。取り敢えず普通に頼んでみよう。

 

「なあ、魔理沙。博霊神社って何処だ?できれば送ってくれると助かる」

「んー、ここから結構遠いし、私もこれから博霊神社には行くところだったし、別に良いぜ!」

 

 いつもならどんな罠かと警戒するが、そうあっけからんと答える魔理沙からは悪意の一欠片も感じなかった。というか、物凄くバカで物凄く良い奴だった。これが八雲が言い出したことなら全力で警戒するが、こいつからはその手の腹黒さを微塵も感じられない。大丈夫かよこいつ、絶対詐欺に引っかかるぞ。

 

「よし、箒の後ろに乗ってくれ」

 

 魔理沙に礼を言って運んでもらう。空を飛べると言われても未だに半信半疑だが、八雲のスキマだの能力だのを考えれば別におかしくは無いか。

 

 

 

 ****

 

 

 

 博霊神社で俺(+魔理沙)を待っていたのは八雲と謎の脇出し巫女である。場所と服装を鑑みるに、あの脇出し巫女はここの神社の巫女であろうか。

 

「……あら、来たわね」

「は!?まさかあいつに教えろってんじゃ無いでしょうね!?」

「ふふ、そのまさか、よ」

「は!?何が悲しくて妖怪に教えなきゃなんないのよ!?」

「安心しなさい。一応人間だから」

 

 ニギヤカナトコロデスネ。どうも妖怪の俺です。話の流れからするとどうやら俺は失礼なことに妖怪扱いされているらしい。確かに腐った目とか妖気が宿ってそうだが俺はちゃんと人間だ。……人間だよね?

 

「あのー」

「なによ!?」

「ひゃうっ」

 

 ……死にたい。どうやら俺の変な声スキルは健在なようだ。そんなスキルいらねえ。

 

「はぁ、それで、何?」

 

 脇出し巫女が不機嫌を隠そうともせずに話しかけてくる。変に隠されるよりは良いが、露骨に不機嫌になられるのも困る。

 

「あー、えっと……そこに居る八雲に、ここに来いって言われたんだが……」

「はぁー、紫から聞いてるわ。外の人間だそうね」

「ああ」

「私は博霊霊夢。ここで博霊の巫女をやってるわ」

「比企谷八幡だ。よく分からんが、修行をしなければいけないらしい」

「ええ。そうでしょうね。あなた今霊力だだ漏れ状態だもの。ていうか霊力をそんだけ漏らしながら生きてることが驚きなんだけど」

 

 そう言って博霊は俺を値踏みするように、頭のてっぺんから爪先まで舐めるような視線を注いでくる。そしていきなり、

 

「……あんた一体何者?」

「は?」

「まあ紫が連れてくるだけのことはあるってことかしらね」

 

 その後もぶつぶつ言っていたが突っ込むと色々疲れそうなので放っておく。すると、思考が纏まったのか一つ頷き、

 

「さて、直ぐに修行を始めるわよ」

「お、おう」

「それで、八幡は霊力の使い方とか、弾幕とかスペルカードのことは紫から聞いているかしら?」

 

 さらっと名前呼び……こいつらがリア充なのか、幻想郷では名前呼びが普通なのか。まあどうでもいいか。

 

「いや、特に聞いてないが」

 

 弾幕?何?サバゲーでもすんの?って感じだ。

 

「はぁ、じゃあ先ずは霊力から説明するわ。霊力っていうのは、ほとんどの人間が持っている力のことね。まあ使いこなせるかは別問題だけど」

 

 そんなこんなで二十分ほど霊力、弾幕ごっこについての説明を受けた。それで今は、霊力の制御と弾幕を出す練習をしている。

 

「霊力を使えば、自分を強化したり」

 

 そう言って霊夢(名前呼びを強制された)は足に霊力を纏わせ、神社の屋根に軽く跳んだだけで飛び乗る。明らかに普通の人間の動きではないから、これが霊力による自身の強化なのだろう。

 

「空を飛んだり」

 

 霊夢は屋根の上から空へと昇っていく。……もう俺何が起きても驚かない自信があるよ。この調子だと魔理沙辺りが魔法でもぶっぱなしそう。魔法使いだし。

 

「物を創ったり……なんて事が出来るの」

 

 空から降りてきた霊夢がぐっと手に力を込めたかと思うと、次の瞬間には手にお祓い棒が握られていた。

 

「さ、やってみて」

 

 いきなり出来るわけ無いだろと思いながらも、見よう見まねで足に霊力を纏わせる。体中のエネルギーを足に集中させるようにイメージし、神社の屋根に飛び乗る。……おお。案外出来るもんだな。でも外の世界じゃこんなことは出来なかったよな。出来てたら中二の頃には世界を征服してた。ということは幻想郷に来たから霊力が解放された、もしくは幻想郷に来たから霊力が付いた、ということか。

 

「あんた結構やるじゃない」

「そりゃどーも」

「さ、さっさと次行きなさい次」

「へいへい」

 

 その後も何やかんやで空を飛べるようになったり、日本刀を霊力で創ったりした。

 そして次は本日の目玉。弾幕とスペルカード作りである。

 

「次は弾幕を作って貰うけど、霊力の制御ほど簡単じゃないから頑張りなさい。と言ってもほとんどイメージだけで作るからコツとかは無いわ」

「了解っす霊夢師匠」

「いいからさっさとやんなさい」

 

 何となく師匠呼びしてみたが、霊夢は少し嬉しそうだ。師匠と呼ばれるのが密かな夢だったりしたのだろうか。

 

 それはそれとして、言われた通り弾幕をイメージする。五分ほど掛けて弾幕の形、大きさ、速度をできるだけ具体的にイメージし、霊力で物を作る要領で弾幕を作り出す。すると出来たのは、先の尖った四角垂形の真っ黒の弾幕で、大きさは拳大だ。

 

「へぇ、見た感じスピードタイプの弾幕かしら。いや、随分と弾自体の密度も高いしこれでパワーもありそうね……」

「八幡、本当に初めてなんだよな?」

 

 魔理沙が訝しげに尋ねてくる。ここまでぽんぽんできてしまうと、俺自身本当に初めてなのか若干自信が無くなってくるが、記憶には無いので初めての筈だ。

 

「初めてだぞ。多分先生が良いんだろ」

「いやー、あの指導でここまでできる八幡のほうがすごいと思うぜ」

「んなことねえだろ」

「謙遜するなよ」

 

 魔理沙はそう言いながら、何が面白いのかケラケラ笑っている。楽しそうで何よりだ。

 

「そうだ!私と弾幕ごっこしようぜ、八幡!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 やっぱり彼は、魔法使いには敵わない。

 あの後女性陣の三人に押しきられ、結局魔理沙と弾幕ごっこをすることになった。ただ流石にスペカ無しで戦うのはつまらないから、ということで三十分かけて数枚スペカを作った。

 

「二人とも、準備は良いかしら」

「おう」

「ばっちりだぜ!」

 

 俺と魔理沙は、霊夢が物が壊れないように張った結界の中で五メートルほど離れて向き合っている。

 

「じゃあ、もう一度ルールを確認するわね。相手が戦闘不能、もしくは降参したら勝利。その時点で攻撃を止めなかった場合、私と紫が止めに入るわ。スペルカードの使用は、ハンデとして魔理沙は三枚まで。八幡は無制限。と言っても数枚しか無いでしょうけど。それ以外は特にルールは無いわ。……それじゃ、スタート!」

 

 霊夢の合図と共に、俺は五つ弾幕を飛ばす。修行の時に作った弾幕だ。五つ同時に魔理沙に迫るが、魔理沙は難なく弾幕で相殺する。それどころかこちらに弾幕を飛ばしてきたので、俺は霊力で日本刀を作り出して弾幕を相殺する。が、流石と言ったところか、俺の日本刀は弾幕を相殺して直ぐに壊れてしまう。

 

「一気にいくぜ!『魔符:スターダストレヴァリエ』!」

 

 初めてスペルカードルールを聞いたときはピンと来なかったが、これならば美しさで競うことも出来るのだろう。そう思わせるほどに魔理沙のスペカは美しかった。大弾と小弾が入り乱れ、空中を埋め尽くさんとする。その光景はどこか神秘的で、星屑の幻想という名に相応しいのだろう。

 だが、まだ開始して一分も経っていない。いくら初心者だとしても瞬殺されるのは勘弁だ。

 

「くっ、『独符:独房』」

 

 回避も相殺も不可能と判断した俺は、すぐさま防御特化のスペカ、『独符:独房』を発動する。これはその名の通り自分の周りに高密度の弾幕で形成された壁を築き、攻撃から身を守るというものだ。その性質上、発動中は移動も脱出も出来ないが、全方位からの攻撃から身を守れるのでプラマイゼロだ。と言っても破られてしまったら意味は無いが。

 幸い、魔理沙のスペカに耐えきった俺は、反撃をするためにスペカを発動する。

 

「お返しだっ、『独符:幻の本物』」

 

 このスペカは一風変わったスペカだ。弾幕の数は魔理沙のスペカとほぼ同じだが、入り乱れる大弾や小弾の半分が幻なのだ。幻の弾幕は相殺される前に消え、本物の弾幕が幻の中から現れる。幻の弾幕と本物の弾幕が展開され、不可避の攻撃となる。だが、その性質ゆえに与えるダメージは小さい。

 

「……今のは効いたぜ」

「どうだか」

 

 確かにダメージは与えたが、そのダメージは微々たる物だろう。ただでさえ初心者レベルの弾幕を、半分に減らしているのだ。例え全弾当たっても倒せるはずがない。

 

「まだ倒れるなよっ、『魔符:ミルキィーウェイ』!」

 

 魔理沙の星形の弾幕でできた天の川が俺に向かって物凄い速さで飛んでくる。範囲はさっきのスペカに比べれば狭いが、その分弾幕の密度が段違いだ。しかも一つ一つの弾幕が大きいので、一つでも喰らったら即刻戦闘不能だろう。

 

「そう簡単に終わるかよっ、『魔槍:ザ・ロンリースピア』」

 

 大きくて密度の高い弾を槍型にし、さらに霊力を練り込んで強化した、世界中の闇を集めたかのようにどす黒い短槍。それを本来は飛ばすものである弾幕としてスペカにし、弾幕自体を掴んで武器にする。そしてこの槍は、自身の霊力の三分の二を使って強化してあるため、ちょっとやそっとじゃ壊れない。

 槍を使って俺に当たりそうな弾幕を叩き落とし、突き刺し、相殺する。もちろん霊力による身体の強化も全力でやってる。それを三十秒ほど続け、漸く魔理沙のスペカが終わったところで、俺は最後のスペカを発動する。

 

「なっ、お前あれを槍一本で乗りきったのか!?」

「けっ!気合いで何とかするんだよっ!……これで終わりだっ!『独砲:バリスタ』!」

 

 さっきのスペカで作った槍を、『独砲:バリスタ』で作ったバリスタを使って打ち出す。バリスタとは巨大な弩で、本来人に向けて撃つものでは無い。だがこれは弾自体も大きいし、本物のバリスタほど速度は出ないから死にはしない。筈だ。

 だがそれを魔理沙が黙って見ているはずもなく、

 

「私だって初心者相手に負けられないぜ!、『恋符:マスタースパーク』!」

 

 撃ってくることは予想通りだ。だが、いくら何でもでかすぎでは無いだろうか。人に向かってバリスタ撃っといて何言ってんだって感じだが、流石にこれは理不尽では無いか。そんなことを考えている間に、魔理沙のマスタースパークは威力と太さを増していき、俺が撃った槍と俺自身を飲み込む。そして、俺は意識を失った。

 

 

 

 side霊夢

 

 

 

 これから八幡と魔理沙が弾幕ごっこをする。本来ならド素人もいいところの八幡を魔理沙と闘わせるわけには行かないのだが、八幡なら勝てずともそこそこ良い闘いをするだろう。博霊の巫女としての勘が告げている。彼は間違いなく強くなる。今は未だ荒削りの原石だが、これから磨いていくとどこまで行くのか楽しみである。

 

「二人とも、準備は良いかしら」

「おう」

「ばっちりだぜ!」

 

 八幡は気だるげに、魔理沙は楽しみで堪らないかのように、それぞれ答える。

 

 

「じゃあ、もう一度ルールを確認するわね。相手が戦闘不能、もしくは降参したら勝利。その時点で攻撃を止めなかった場合、私と紫が止めに入るわ。スペルカードの使用は、ハンデとして魔理沙は三枚まで。八幡は無制限。と言っても数枚しか無いでしょうけど。それ以外は特にルールは無いわ。……それじゃ、スタート!」

 

 そして弾幕ごっこがスタートし、私は紫に疑問だったことを質問する。

 

「ねえ紫、八幡は本当に人間なの?」

「ん~、人間と言えば人間、かしら」

「は?どういうことよ。まさかあんたが改造したとか言わないでしょうね」

 

 あくまで冗談のつもりで言ったのだが、紫に僅かながら反応があった。

 

「別に改造したわけでは無いわ。ただ、私は――」

「一気にいくぜ!『魔符:スターダストレヴァリエ』!」

「くっ、『独符:独房』」

 

 いつの間にか互いに最初のスペカを使用していたようだ。魔理沙のは分かるが、八幡の独房とやらは一体何なのか。

 その答えは直ぐに分かった。八幡は弾幕を攻撃では無く防御として利用しているのだ。二人からは十五メートル程離れているが、ここからでも八幡のスペカに使われている弾の、一つ一つの密度がとんでもなく高いことが分かる。あれほどの密度の弾なら、魔理沙のスペカを防ぎきることもあるいは……

 ……防ぎきった。未だ初めて一日も経っていないのに、魔理沙の攻撃を防ぎきるスペカを、しかも三十分もかけずに作り出したということ。それがどれだけ異常なことか、これまで散々妖怪と戦ってきた私だからこそ、如実に感じる。彼はとんでもない才能を秘めている。それこそ私に匹敵する……いや、それ以上かも知れない。

 

「お返しだっ、『独符:幻の本物』」

「なっ……」

 

 これには驚かざるを得ない。隣の紫も珍しく絶句している。八幡は、実体のある弾幕と実体の無い弾幕を展開したのだ。幾らスペカがイメージによって作られると言っても、それが実現されるかは本人の力量次第だ。そして、あんなスペカを作って、使いこなせる人間がこの幻想郷に何人居るだろうか。いや、妖怪を含めてもほとんどいないかも知れない。しかもそれを数分間で作り、実戦で使える。私は妖怪や神も含め、これ程の才能を持った者を知らない。

 

「……紫」

「ええ。これほどとは、流石に予想外だわ。しかもあの調子なら未だ幾つか残してそうね」

 

「まだ倒れるなよっ、『魔符:ミルキィーウェイ』!」

「そう簡単に終わるかよっ、『魔槍:ザ・ロンリースピア』」

 

 そう言っている矢先に、また次のスペカが発動した。魔理沙の弾幕は最早見なくても分かるが、八幡のは一体……

 八幡は、スペカの発動によって作られた槍を掴み、投げずにそのまま魔理沙の弾幕を迎撃しだした。……ん?あの槍、霊力が練り込まれてるわね。あんな使い方、私だってしたことが無い。ただの弾幕に霊力を練り込み、強力な武器として使う。本当に八幡は昨日幻想入りしたばかりの人間かしら?

 

「なっ、お前あれを槍一本で乗りきったのか!?」

「けっ!気合いで何とかするんだよっ!……これで終わりだっ!『独砲:バリスタ』!」

 

 まじか……八幡は、どうやら本当にあの量の弾幕を槍一本でやり過ごしたようだ。所々掠り傷はあるようだが、魔理沙の弾幕を正面から迎え撃ってあの程度の傷で済んでいるなら上出来どころか満点以上だ。

 

「私だって初心者相手に負けられないぜ!、『恋符:マスタースパーク』!」

 

 しかし、瞬間的な火力で魔理沙に勝つことはできなかったらしく、マスタースパークに槍諸とも飲み込まれる。

 

 ……ん?今、八幡がマスパを正面から喰らって……

 

「ちょ、やばっ……!」

 

 その後大急ぎで八幡に応急処置を施し、結局八幡が目覚めたのは、二日後であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 彼の親友は、忘れていた彼を思い出す。

 俺は夢を見ている。何の根拠が在るわけでもなく、俺はそう確信した。

 

 親に裏切られた記憶、何故かも分からず迫害され続けた日々、知らず知らずの内に他人の悪意を集め、その黒い欲望の捌け口として生きてきた日々。それらが次々と思い出される。

 

 そんな中で、初めて触れた人の優しさ、暖かさ。そんなものは幻想だ、そいつらも裏切るのだ、と、常に予感はしていた。それでも、求めてしまったのだ。

 

 それは恐らく、普通に生きてきた人間にとっては大したものでもない。

 

 けれど俺は、その普通で大したことの無い物ですら、外の世界(むこう)では得ることができなかったのだ。

 

 だからだろうか、八雲が俺を幻想郷に招き入れたのは。

 

 ここなら、俺は、きっと見つけられる。

 

 ……………………何言ってんだろうな。もう、終わるつもりだったのに。

 

 

 

 そう言えば、向こうの奴等はどうしているのだろう。

 

 俺が消えたことを嘆いてくれているのか。

 

 戸塚辺りなら心配してくれそうだ。

 

 小町は元気かな。

 

 川崎や平塚先生は探してくれたりするのだろうか。

 

 葉山達は……うん、まあいいや。

 

 材木座は……これで完全なぼっちに逆戻り。ざまぁ。

 

 奉仕部の二人は……まあ、俺が勝手に期待して、勝手に失望しただけだからな。俺が居なくなってせいせいしてるだろう。俺はそこに居られなかったが、あの二人ならお互いの『本物』になれるだろう。陰ながら応援してるぞ。

 

 

 だから、これで良い。俺はこの幻想の地で、静かに、孤独に、生きて、それで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んでやる。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 今日も、思い出せなかった。何か、大切なものが無くなってしまった。忘れてはいけないものを、忘れてしまった。そんな風に感じて、学校の友達に聞いてみたり、アルバムを引っ張り出してきたり。それでも見つからない。思い出せない。

 ……あはは。僕、何してるんだろ。完全に変な人の行動だよ。そもそも、何で何かを忘れてるって思うんだろう。うーん。あはは、分かんないや。こんなときは彼に聞けば、

 ……あれ?僕、誰に聞こうとしてるんだろう。僕が頼りにしてた人。うーん。誰だったっけ。忘れちゃいけないのに。僕が忘れちゃったら、きっと、凄く傷つくのに。

 

 そう言えば、彼と撮ったプリクラがあったような。たしか、机の引き出しに……あったあった。えーと、僕がピースしてて……何で材木座君は僕の隣じゃなくて後ろに写ってるんだろう。こんな変な配置で撮ったっけ。もう一人、僕のとなりに誰か居た筈なのに。

 

 あーもう!あとちょっとで思い出せそうなのにー!何で思い出せないんだよー!うー、もやもやする。

 はぁ、テニスでもしてすっきりしてこよう。

 

 …………ん?テニス、か。彼とも何回かしてた筈なんだけど……奉仕部の二人に聞いてみよっかな。

 

 奉仕部?彼も確か奉仕部に居て、それで、僕が()()()依頼して。あれ?けど奉仕部は二人だけで、でも、彼は確かに奉仕部に、

 

 

『おっす』

 

 

 ……あ、

 

 

『よう、戸塚』

 

 

 思い、出した。

 彼は、僕の大事な親友は、

 

「八、幡」

 

 八幡がどこに消えたのかは分からない。一度は忘れてしまったぼくに、親友を名乗る資格なんてないのかもしれない。けれど、

 

「……探さなきゃ」

『ごーかく』

 

「!?」

 

 いきなり、女の人の声が聞こえた。ここは僕の部屋で、家族が入ってきたわけでもないのに。

 

『思い出したんでしょ。比企谷八幡のこと』

「八幡を、知ってるんですか!?」

 

 そう聞いた途端、目の前に女の人が現れる。長い金髪を垂らして、扇子で口元を隠している。

 

「ええ。彼は、私と一緒に幻想郷に行ったの」

「八幡に、会わせてください!」

「……なぜ?」

「何でかは分からないけど、僕は八幡のこと忘れてて、だから、謝らないと」

「忘れていたのに、大切なの?」

「っ……はい」

 

 女の人は僕を値踏みするように見ている。その視線は凄く鋭くて、でも逃げるわけにはいかない。八幡に謝って、許してもらわないと、僕は友達なんて名乗れない。

 

「……そう」

 

 そしてその女の人はふっと、見惚れるほど優しい笑顔を浮かべる。

 

「なら、少し待ってなさい。その内、会わせてあげる」

「え、あ、あの!八幡は、無事なんですよね!?」

「ええ。少し気絶していたけど、もう回復したわ」

「そうですか……良かった」

 

 八幡が無事だと分かると安心して、一気に体の力が抜ける。

 

「あ、そう言えば、何で僕は八幡のことを忘れてたんだろう……?」

「私が、こちらの世界に彼が居た痕跡を消したのよ」

「……え、どうしてそんなことを……?」

「何故って、いきなり人が一人消えたら色々と面倒なことになるでしょう」

「だからって……!」

「それに、彼を一度忘れさせれば、誰が本当に彼を大切に思っているかわかるでしょう。現にあなたは彼を思い出した。普通は私の術を破ることなんて不可能なのに」

 

 女の人の言葉はよく理解できなかったけど、どうやら僕が八幡を思い出せたのは、僕が八幡を本当に大切に思っているかららしい。

 

「今はまだ、彼も色々と整理できていないことがあるの。何せ、一度自殺しようとしていたのだから」

 

 八幡が、自殺しようとしていた……?そう聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 彼がそんなことをしようとしていた心当たりは……ある。詳しいことは話してくれなかったが、奉仕部の中で何かあったことは確実だ。

 

「彼が気持ちを整理できたら、あなたを彼に会わせてあげる」

「……分かりました」

 

 確かに、彼は強いようでいてとても繊細だ。自殺しようとするほどのことがあったのなら、きっと整理する時間が必要だろう。

 そう思い、僕は頷いた。

 

「それじゃあ、また会いましょう」

 

 それを満足げに見届けると、女の人は僕の部屋に現れたときと同じように、黒い隙間に消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 彼は、あの日のすれ違いを思い出す。

「……知らない天井だ」

 

 これ一回は言ってみたかったんだよな。

 確か俺は魔理沙と弾幕ごっこをして、バリスタ撃ったけどマスターなんちゃらってスペカで返り討ちにされた。まあド素人の俺がここの住人に勝てるはずが無いから予想通りだ。

 そこまで考えて、俺が寝かされているのは何処なのか確認するため体を起こす。どうやら俺は和室に寝かされているようだ。

 すると様子を見に来てくれたのか、霊夢が襖を開き、何に使うのかも分からない道具を乗せたお盆を持って入ってくる。

 

「あー、金欲しい……あ、八幡起きたのね」

 

 何だろう。今物凄く残念な独り言が聞こえた気がする。……気のせいにしておこう。その方がお互いにとって良い筈だ。

 

「おう。お陰さまで。ところでどのくらい寝てたんだ?」

「ちょうど二日ね。……ところで、大丈夫なの?」

 

 何がだろうか。二日も寝てたのは驚きだが体に異常は無さそうだし。それともあのとき喰らったスペカはそんなにヤバイ奴だったのだろうか。……流石に魔理沙でもそんなものを初心者に撃ったりはしないだろう。しないよね?

 

「ああ。特に異常は無さそうだが」

「ああ、体の方は私が治療したから良いんだけど……その、随分と魘されていたようだから」

「は?魘されていた?」

「ええ。何があったのかは聞かないけど、あんまり溜め込んでると何時か駄目になるわよ」

「…………ああ」

 

 どんな夢を見て魘されていたかは思い出せないが、ここまで心配されるほど酷かったのだろうか。今まで意識的に思い出さないようにしてきたが、修学旅行の一件でのトラウマは案外俺に深い傷を作ったらしい。まああのときの嘘告白は完全に俺の自己責任だからあの二人を責めるのは筋違いもいいとこだが。

 あの時俺は、愚かなことに思ってしまったのだ。こいつらなら、俺が信じて、信頼を返してくれたこいつらなら、話さなくても解ってくれるんじゃないか、と。

 今思えばそんな関係を一年も経たない内に築けるわけが無いのだ。そんな当たり前のことに気づけないほど、あの時の俺は依存していたのだ。あの二人に、奉仕部と言う初めての居場所に。あの時は勢い余って自殺なんかしようとしていたが、今冷静になって考えると何故そんなことをしようとしていたのか分からない。あの時八雲が止めてくれなかったらと思うとぞっとする。

 それでも、何時かはやっぱりすれ違っていたのだろう。俺が求めるものと、彼女らが求めているものはきっと違うから。大体、俺ごときがあいつらみたいな住む世界が違う人間とそんな関係を築こうとしたこと自体が間違っていたのだ。

 だから、これで良い。

 

「悪い、ちょっと一人にしてくれ」

「……ええ」

 

 霊夢は不揃いな形の、あまり美味しそうには見えないおにぎりと、コップ一杯の水を置いて部屋から出ていく。ここで昼飯でも食うつもりだったのだろうか。

 そう言えば、随分と腹が減っている。二日も何も食べなかったのだから当たり前か。ここに置いていったのは食べても良いと言うことか。

 そう判断し、空腹を満たすべく三つあるおにぎりの内、一番大きそうなおにぎりをかじる。

 

「うめぇ」

 

 おにぎりはとても暖かくて、お世辞にも美味しいと言える味ではなかったが、何故かとても美味しく感じた。

 

「っく、っ、うぅ」

 

 ただただ一心不乱におにぎりを貪る。何故だか、涙が止めどなく溢れてきて、俺の視界を滲ませる。

 今更ながら、あの日の事が思い出される。俺が二人に願望を押し付け、勝手に失望し、勝手に裏切ったあの日。全部俺が悪いとは言わないが、少なくとも俺の行動の責任は全て俺にあるのだ。だからあいつらの主張は全くもって正当で、なのに俺は勝手に傷ついている。勝手に傷ついて、裏切られたと錯覚して、危うく命を散らすところだった。

 本当に、自分の馬鹿さ加減に呆れる。そもそもあの二人が否定したのは俺のやり方だけであって、俺自身は否定されていないし。何を勝手に勘違いして傷ついてるんだか。

 

「っ、うっ……はぁ、いつか謝らないとな」

 

 そう考えを纏めると、俺は残りのおにぎりを口に放り込んだ。

 

 

 

 side霊夢

 

 

 

「悪い、ちょっと一人してくれ」

 

 そう私に告げたときの彼は、何かを後悔しているようだった。

 言われた通りに部屋から出てきたが、本当に一人にして大丈夫かしら。こういう時にどうしたら良いか何て私には分からない。一応作ったおにぎりを置いてきたし、食べてくれると良いのだが。

 

 このことを紫や魔理沙に伝えるべきか、はたまた八幡を慰めに行ったほうが良いのか悩んでいる内にすっかり日が暮れていた。どんだけ悩んでんのよ……

 そろそろ八幡の様子を見に行こうと立ち上がったとき、ちょうど八幡が部屋から出てきた。泣いていたのか目は充血し、腐った目と相まって完全に不審者だった。人里に行けば慧音と妹紅辺りが飛んでくるに違いない。

 しかしその顔は、私が部屋を出たときよりもとてもすっきりしたものだった。

 

「そろそろ帰るわ」

「そう」

「だから、まあ、なんだ」

 

 そこまで言って、八幡は手を頭の後ろに回してがしがし掻く。

 

「……おにぎり、ありがとな。すげー美味かった」

 

 ……はっ!

 私としたことが、八幡の不意打ちを食らって放心してしまった。何よあれ、目はすごく腐ってるのに良い笑顔でありがとうとか。

 

「じ、じゃ、じゃあ俺はもう帰るから」

 

 そう言うが早いが、顔を少し赤く染めた八幡は急いで神社から出ていこうとする。

 

「また来なさいよ」

 

 大急ぎで駆けていく八幡の背中に、そう声をかける。

 

「……おう。気が向いたらな」

 

 そう告げると、八幡は神社を飛び出し、夜の空に消えていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 紅霧異変
第七話 彼は、病み上がりなのに異変に巻き込まれる。


お気に入りが百件も……

本当にありがとうございます!


 俺が目を覚ましてから一週間ほど経過した。あれから俺は森にある家に帰り、体調も良かったのでせっせとスペカ作りと弾幕修行に励んだ。え?何故俺がそんなに積極的に動いているのかって?いやな、ここすげー暇なんだよ。魔理沙に誘われて(連行されて)博霊神社に行くぐらいしかすることが無い。八雲の頼み事とやらもまだ来ないし。一回魔理沙が魔導書を貸してくれたが、何が書いているのか全く分からなかった。

 八雲に頼んで外の世界まであいつらに謝りに行こうとしたが、まだ俺を外に帰すわけにはいかないとのこと。理由は教えてくれなかったが。

 

 まあそんな訳で暇なのだ。余りにも暇なので、俺の家がある森(魔法の森というらしい)で、同じく魔法の森に住んでいる魔理沙と共にキノコ集めをしたりしていた。女の子と二人で森を散策なんて初めてだったが、よく考えたら相手は魔理沙だし緊張する要素無いなと思い直した。だって魔理沙男より男らしいじゃん。

 魔法の森は害のある瘴気に常にあてられているらしく、人間を食べる妖怪もほとんど近寄らないそうだ。ちなみに俺は、そこそこの魔力を持っていたらしく瘴気による害は無い。というかそんな危険な所に家を建てるとか八雲のやつは嫌がらせをしたいのか。ご丁寧に人里からは一番遠い位置にあるし。まあ住処を貰った身ではあるから特に文句は無いが。

 そんなふうに一週間過ごし、少し前に見つけた香霖堂にでも行こうかなと思い、家の扉を開く。

 

「……ん?」

 

 何か違和感がある。これから何か良からぬことが起こるような……考えすぎか。

 そんなことを考えながら、森の外れへと向かう。中央に在る魔理沙邸兼霧雨魔法店が見えてきた頃、ふと空を見上げると

 

「……霧?」

 

 紅い霧が空を覆っていたのだ。その色からも分かるように、どう考えても自然発生したものではない。しかもその霧からは何かの力のようなものを感じるのだ。そしてその力からは少しの害意を感じる。そしてその謎の力は、少しずつ俺に集まってきて俺の力に変換されていく。今は量が少ないから良いが、害意の力を集めてもあまりいい気分ではない。といっても目に見えるわけでは無いから力を関知されなければ俺以外には分からないが。

 

 つい昨日自覚し、八雲が能力名を教えてくれた俺の能力、『負を集積し力に変換する程度の能力』。何とも俺に相応しい能力だ。外の世界でああも上手く事を運べたのは、俺がこの能力を無意識に発動させていたからだそうだ。負を集めて発生した力は、八雲が幻想郷へと飛ばしていたらしい。マジであいつストーカーかよ……。

 とは言え、今は魔理沙と霊夢に霧のことを教えなければならないだろう。

 そう思い、俺は魔理沙の家に向かって駆け出したが丁度魔理沙も俺に気づいたらしく家から出てくる。

 

「おい魔理沙!この霧なんだよ!」

「ん?……あぁ、異変だろこりゃ」

「異変?」

「あれ?教えてなかったか。行きながら話すから、今は霊夢のところに向かうぞ!」

 

 魔理沙の声色から、そこそこに真剣に当たるべき事件だと察する。そこそこが付いたのは魔理沙が楽しんでそうだったから。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 魔理沙曰く、異変とは妖怪が起こし人間が解決することで成立する、人間と人外が共存するために必要なことらしい。詳しい原理は分からないが、これから俺も解決に向かわされることは確実なようである。だってさらっと戦力に数えられたし。魔理沙に。逃げると後々面倒くさいから仕方無くついていく。べ、べつに霊夢と魔理沙のためとかじゃ無いんだからねっ!霊夢と魔理沙の弾幕ごっこに付き合わされるのが嫌なだけなんだからねっ!か、勘違いしないでよねっ!と、意味もなくツンデレてみる。

 結果、超キモい。

 

「さて、さっさと解決しますか」

「おう!」

 

 どうやらお二人はやる気満々のようです。そのやる気を少しは俺に分けて欲しい。

 

「はぁ、面倒くさい」

 

 訂正、霊夢は仲間だった。というか俺が行ったところで意味が在るのだろうか。霊夢が八雲に聞いた情報によれば、相手も新参者らしいからそういう意味では俺と条件が同じではある。とはいえ、妖怪である此度の異変の首謀者と、一応能力があるとはいえただの人間である俺ではどちらが強いかは明白。俺が行ったところで良くて足止め。悪ければ囮が精々だろう。

 

「なぁ、俺行く意味あんの?」

 

 そういう意味も込めて、霊夢に聞いてみるが

 

「しょうがないでしょ、紫があんたも連れてけって言って聞かないんだから」

「……ああ、そう」

 

 どうやら魔理沙に言われるまでもなく、俺の参加は決定していたようである。本人が居ないから逃げることも出来なくは無いが、そんなことをして家を取られるのはよろしくない。ぼっちにとって自宅こそ安息の地なのだから。

 

「ほんじゃまあ、行きますかね」

 

 そうして俺はぼっちとしてのプライドをかけ、己の絶対領域(自宅)を守るため、異変の解決に向かった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「すぅ、すぅ、くかぁー」

 

 霊夢の勘に従って進んでいた俺たちは、それらしき洋館を発見した。霧の湖に半ば囲まれるようにそびえ立つ紅い館。二人が言うには、ここにこんな館は建っていなかったとのこと。そうでなくてもここは異質な気配が漂い、異変がここから発生していると確信させる。というか勘でここまで来れる霊夢ってつくづく化け物だな……

 だというのに、門の前には立ったまま寝ている人間(?)が居る。いやまあ幻想郷(ここ)で常識に囚われてはいけないってのはここ最近実感しっぱなしだったのだが、この世界での門番はこれが当たり前なのか。

 そう思い隣の二人を見るも、二人とも訝しんでいるためそうではないらしい。くそぅ、寝ているだけでいい夢ジョブを見つけたと思ったのに……

 

「……さて、行くわよ」

 

 そんなことを考えている間に、霊夢は門番を無視することを決めたらしい。良く考えたら俺たち飛べるし、わざわざ門番と戦う必要は無いですね。そんなことを考えている間も俺は、周りに存在する負に属するものを少しずつ、しかし確実に集積し続ける。ある程度は能力の効果の段階や性質を制御できるものの、基本的には自動発動であるため力が満ちていく。まだ溢れはしない。

 

「ッ、あっぶね!」

 

 周囲の負を吸いすぎないようにすることに意識を傾けていたせいか、いつの間にか接近する弾幕に気づけなかった。何とか寸前で避けたが、今のに当たっていたら大分ダメージを食らっていただろう。

 

「私は紅美鈴。紅魔館の門番として、お前たちを通す訳には行かないっ!」

「ちっ、見逃してはくれないようね」

「へへーん、ここは私が行くぜっ!」

 

 そう言うと、魔理沙は弾幕を撃ち込みながら美鈴に接近する。すると美鈴は弾幕を軽々と避け、不用意に近づいた魔理沙に掌拳を叩き込む。名前や服装から察するに、美鈴は中国の格闘技を身に付けているらしい。寝てた癖に強いぞ、こいつ。

 

「いってー、弾幕ごっこなんだから弾幕で戦えよなー」

「弾幕ごっこで殴ってはいけないなんてルール、無いでしょっ」

 

 お互いに話す余裕が在る辺り、まだ戦いは長引きそうだ。

 

「さ、八幡。門番は魔理沙に任せて、私たちは行きましょう」

 

 霊夢の言葉に頷きを返し、さっと門を越えて館の中に入る。後ろから美鈴の制止の声が聞こえたが、停められて停まる侵入者など居るはずがなく、俺と霊夢は館に入る。

 

「どうもこんにちは、博霊の巫女、不思議な人間。折角来て頂たのに恐縮ですが、お引き取りください」

 

 俺たちの目の前には、ナイフを構えたメイドが一瞬で出現していた。




感想、評価お願いします。作者のモチベーションが上がります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 彼は、孤独な狂姫を受け入れる。

 俺を不思議な人間と称したメイドの出現には霊夢も驚いていたように見える。もちろん驚いて硬直する、なんて事は無く即座に距離をとる。というか霊夢でも接近に気づかないとか化け物かよ。さっきの美鈴のように荒々しい敵意では無く、深海のように静かな敵意であったため俺も気づかなかった。気づいたところでどうこうできたとは思えないが。

 

「申し遅れました。私、この館でメイド長をしております。十六夜咲夜と申します」

 

 ──以後お見知りおきを。そう言った十六夜咲夜は、いきなり俺に向かって数十本のナイフを放った。

 

「なっ、ちょ、──独符『独房』」

 

 あっぶねー。幾ら侵入者相手だとしてもいきなりナイフ投げるか?普通。いやまあ幻想郷で普通も何も無いってのは分かってるんだが。

 俺が自分で作った箱の中に閉じ籠っている間、外では霊夢と咲夜の戦闘が始まったようだ。霊夢がナイフを弾く音と、弾幕を放つ音。そして、

 

「あーもう、一々後ろに現れて!うっとうしいわね!」

 

 中々に苦戦しているようである。しかしまあ魔理沙曰く霊夢は反則級に強いらしいので大丈夫だろう。あのメイドの瞬間移動のような能力は厄介だが。

 そう考え『独房』の効果が切れると同時に、外の世界で培った気配遮断を発動してこそこそと逃げ出す。と言っても館のなかを動き回って、彷徨いている妖精を減らそうと言うだけだが。けっして楽をしたいわけではない。ハチマンウソツカナイ。それにここに近づいたときから感じていたが、この館の地下からとんでもなく強い『負』を感じる。それをどうにかしないとこの異変は終わらないだろう。まあ八雲が連れてけって霊夢たちに言ったわけだから何かあるとは思ったが……

 俺は能力のお陰で強い『負』を発しているところまで楽に辿り着けるし、万が一戦闘になっても相手が負を持っている限り俺の力は無尽蔵だ。少なくとも瞬殺はされないだろう。

 それじゃあ、後は任せた。すまん霊夢。

 心の中で謝りながら、俺は館の奥へと進んでいった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「どこだよここ」

 

『負』の気配を辿って館を歩いている内に、妖精も居ない暗い廊下に辿り着いた。ちなみにここまで来るのに十分ほどかかっている。

 

「まじでこの館広すぎるだろ」

 

 独り言が多くなるのはぼっちの悪い癖である。

 

「マッカン飲みたい……」

 

 そんなことを愚痴っている内に、廊下の端にぽつんと佇む部屋を発見した。間違いなくここが強大な『負』の発生源だ。

 いつか由比ヶ浜が部室の前でやっていたように、ゆっくりと深呼吸をして覚悟を決める。そして、ゆっくりと扉を開き、そこに居たのは、

 

「……お兄さん、誰?」

 

 金髪の幼女だった。

 ………………ほーん!?なに?まさかこいつが『負』の発生源だとでも言うのか?何?なんなの幻想郷。ここの世界は全員美少女にしないと気が済まないんですか?八雲はババっ

 

「…………」

 

 やめよう。今ものすごい殺気を感じた。

 

「お兄さん、誰?」

 

 もう一度投げ掛けられる質問。しかし先程とは違い、警戒よりも好奇心が滲み出た声に感じる。しかしその中からも、部屋の惨状からも『負』の一つの極致、『狂気』を感じる。

 

「俺は比企谷八幡だ。色々面倒なことが起きててな。ついでにお前の狂気を貰いに来た」

 

 そう言うと、幼女の雰囲気が変わる。我慢できないと言うように体を震わせる。妖力と共に抑えきれない狂気が氾濫し出す。それと共に、幼女の、フランドールスカーレットの記憶が少しだけ狂気と共に流れ込んでくる。その記憶は狂気の源泉。ただひたすらに『負』を集め続ける俺の力が、少しの記憶を拾う。

 

「ぐっ、がっ」

 

 孤独。俺がフランドールから感じたのは孤独感。持って生まれた能力のせいで拒絶される日々。俺が見た記憶は、全体の極々一部でしか無いのだろう。しかしそれでも、幼いフランドールを狂わせるには充分だった。

 

「お兄さん、すぐに壊れないでね?」

 

 そう言うが早いがフランドールは吸血鬼の身体能力を十全に活かし、俺を蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ!ぐ、ごほっ!」

 

 妖力も使わずに繰り出された、純粋な身体能力による蹴り。それでもその力は、ただの人間である俺を倒すには充分だ。

 

「……もう終わり?」

 

 そう尋ねてくるフランドール。俺は実際ボロボロで、もう戦うどころか立つことさえ危うい。

 

「『癒負:集負者の救済』」

 

 このスペルは、俺の能力である『負を集積し、力に変換する程度の能力』を用いたスペルである。自身が負ったダメージという『負』を、力に変換するというものだ。もちろんこのスペルにも代償はある。それはこのスペルの発動中、自身が受けるダメージと、自身が使う霊力の消費が二倍になるというもの。前者はともかく、後者は能力で相殺できるので随分と都合の良いスペルである。実際に使うのは初めてなので他にも代償がありそうで怖い。

 

「すごーい!お兄さん人間なのに壊れないんだ!」

「けっ、千葉の兄を舐めるな。――『独符:幻の本物』」

 

 魔理沙と戦ったときにも使ったスペルである。しかし今使ったのは弾幕ごっこ用の低威力の物ではなく、実戦で使うためのものである。といっても、吸血鬼にも効くかは分からないが。

 

「アハハハハハハっ!」

 

 どうやら効果は薄いようだ。狭い部屋だから少しは当たるが、いかんせん相手が悪い。ほとんどの弾幕は避けられるし、当たったとしてもダメージはほとんど無いように見える。

 

「キャハハハハハハ!次は私の番っ!『禁忌:スターボウブレイク』っ!」

 

 フランドールはスペルの発動を宣言し、俺は絶句する。弾幕の数が異様に多いのだ。俺は『集負者の救済』を使っているためダメージを食らうわけにはいかなくなっている。そのため、俺は毎度お世話になっているスペル、『独符:独房』を発動する。これもこの一週間で大分強化されたが、相手は規格外の吸血鬼である。一応霊力と魔力でコーティングして防御力を底上げする。

 

 それにしてもさっきから流れ込んでくる『狂気』の量が半端じゃない。まだ耐えられるが、あんまり長引かせると俺の許容量を越えた『負』が集積され、最悪変換された力を消費しきれず暴走してしまう。

 

「ぎゅっとして、どかん!」

「のわっ!」

 

 そんなことを考えていると、いきなり『独房』が弾けとんだ。弾幕で破られた様子もないので、これがフランドールの能力か。

 

「あれー、お兄さんを壊すつもりだったのに生きてるー」

 

 何が面白いのか、フランドールはきゃっきゃっと喜んでいる。しかしその笑顔も、フランドールのその狂気でさえも酷く痛々しい。何処か無理をしているように感じるのだ。フランドールのその様子と先程少しだけ拾った記憶から考える。

 しかしたったそれだけの情報で、狂気の原因を知ることなど出来る筈もない。そして、これ以上フランドールから情報を引き出すなど不可能だ。だとするなら、フランドールの狂気そのものを根こそぎ奪い取れば良い。そもそもそのつもりでここに来たのだ。

 

「おい!聞け!フランドール!何でお前が狂ったのかとか、どうすれば正気に戻るかなんて、俺にはわからん!」

「は?お兄さん、何言ってるの?」

 

 フランドールは、俺がいきなり喋り出したことが理解できないと言うように呆れ顔になる。

 

「俺なら、お前の狂気を全て受け入れられる!」

「……なにを」

「お前の狂気、俺に渡せ!そうすれば、お前はここから出られる!」

 

 フランドールが狂ったのはずっと孤独だったから。遊び相手も、話し相手も、ずっとフランドールには居なかった。だからフランドールは狂ってしまったのだ。

 

「……へぇ、じゃあ、受け止めてよ」

 

 そう言うと、フランドールの威圧感がさらに増す。正直スゲー怖い。もう逃げたい帰りたい家でごろごろしたい。だが、自分より小さい女の子を助けずに逃げるなど千葉の兄貴が聞いて呆れる。というか小町に怒られる。

 とはいえ、このまま何もせずに居ては一方的に一瞬で殺される。それぐらいの力がフランドールにはあるのだ。だから、俺もこれまでただ貯め続けていたフランドールの純粋な狂気を妖力に変換する。これで、俺は霊力と魔力、妖力を得た。そして、俺はその三種類の相容れない筈の力を無理矢理一つに纏める。

 

「コワレチャエッ!『禁忌:フォーオブアカインド』!『禁忌:レーヴァテイン』!」

 

 相容れない三種の力は、俺の能力に従い『負』そのものとなる。『負』とは破壊。『負』とは死。『負』とは狂気。だとするなら、『負』そのものを纏えば、俺は全ての攻撃を受けなくなる。俺に攻撃が届いた瞬間、それは俺が纏う『負』に触れ、破壊され、俺の力へと変換される。まあこの状態じゃ、霊力魔力妖力総動員して体の耐久力の強化と治癒をしながらでも五分が限度で、その後も暫くは動けないだろう。

 

「なんデ、ナンデ壊れナイっ!」

「だ、から、千葉の、兄を、舐めんな、っつの」

「ナに、何なノ、イミ、ワカンなイっ!きゅっとして―――ドカン!!!」

 

 フランドールの攻撃は、恐らくありとあらゆるものを破壊できる。しかしそれも、フランドールから供給される質の良い狂気から生成される『負』の前には、消えるべき事象の一つでしかない。だからその攻撃も、俺には届かない。

 

「ど、うした。もう、終わり、か」

「コワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロ」

 

 やばいきつい体が痛いやばいやばいこれ死ぬ、死ねる。……耐久力強化と治癒をしながらでこれってなにもしなかったら一体どうなることやら。しかしこれからが本番だ。

 

「フ、ラン、ドー、ル。お前、今、楽しい、か?」

「……楽しく、無いっ!楽しいわけっ、無いよ!!!」

 

 俺は途切れ途切れの声で問いかける。すると狂ったように攻撃を続けていたフランドールだったが、不意に弾幕の嵐が止む。

 

「もう、傷つけたくないっ!壊したくないっ!お姉さまと、咲夜と、美鈴と、パチュリーと、小悪魔と、遊びたいっ!一緒に、笑いたいだけなのに!私が、狂って、傷つけちゃうから、だからっ!」

 

 フランドールは、涙を流しながら訴える。そこに、さっきまでの狂気は見えない。……やばい、もう意識が朦朧としてきた。体の感覚もない。さっさと終わらせないとここまでやった意味が無い。

 

「フラ、ン、ドール、もう、狂気は、要らな、いな?」

「要らないっ!狂気なんて、要らないっ!」

 

 フランドールがそう叫んだ途端、何年も貯め続けたであろう狂気が表出する。それは、フランドールのような幼い女の子が背負いきれる量ではなく、『負』を力とする俺にもちょっと、いやかなりきつい。だがフランドールが持つよりも、俺が全て力に変換すれば良い。俺には、その力があるのだから。

 

「『集負:狂危囚終』」

 

 俺が掠れた声で呟くと、フランドールは気絶したかのよう床に倒れる。が、流石吸血鬼と言ったところか。直ぐに立ち上がり、同じように倒れた俺を覗き込む。

 

「お……さん!……よ!おね……ら!」

 

 フランドールが何か言っているが、能力を使ったことと、無理矢理『負』を作り出したことで俺の体への負荷が凄まじいことになっているので全く聞き取れない。だがまあ、これで役目は果たしただろう。この一週間、夜限定とは言え、八雲に能力の使い方を教わったかいがあったな。

 それにしてもどうして見ず知らずのフランドールのために体を張れたのか。自分の事なのによく分からん。……が、これで良いのだろう。それだけは確信できる。

 そして、俺の意識は、闇の中に落ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 彼は、思ったよりも心配されている。

非ログインユーザーからの感想も受け付けるようにしました。
感想を頂けたら作者のモチベーションが上がります。


「……ん、んぅ」

 

 俺が目を覚ますと、そこはフランドールの部屋では無かった。まああのまま放置された訳じゃないならそれで良いんだが、かと言ってここまで豪華な部屋で寝かされるのも居心地が悪い。ただの人間で一般人も良いところ……とは言えないが。それでも庶民であることには変わり無いのでできればさっさと帰りたい。

 そう思って体を起こそうとするがピクリとも動かない。おいおい何が起きた俺を家に帰せ引きこもらせろ。そんなことを考えながら動くところがないか体中を動かす。そしてフランドールと戦ったことを思い出す。

 ……うん。完全にそれが原因ですね。まあ色々無茶したからな。むしろ意識が有るだけ有り難い。

 

「……おにい、さん」

 

 微かに声が聞こえて、何とか動く首を左に向けるとフランドールが静かに眠っていた。……これは俺が起きるまで待っててくれたってことか?何だよ。正気に戻れば随分と可愛らしい顔してんじゃんか。おっと待て、俺はロリコンではない。だからその携帯をしまえ。通報しないでお願いします。

 そういえばこいつお姉さまとか言ってたがそのお姉さまとやらが異変の首謀者ってことで良いのか?こんだけ強いフランドールの姉ならそれぐらい普通にやりそうだが。

 まあフランドールがここに居るからにはもう異変は終わったのだろう。でなければ敵側の俺にフランドールを近づけさせはしないだろうし。

 

「……あら、ようやく起きましたか」

 

 そう言いながら扉を開けて入ってきたのは、俺にナイフを投げてきた瞬間移動のメイド、確か十六夜咲夜とか言ったか。

 

「お陰さまで……ところで異変は終わったんですよね?」

 

 確かめておかなければどうなるか分からん。最悪ここで仕留められる、なんて事になりかねん。まあそうなったら俺にはどうしようも無いが。

 

「ええ。一週間ほど前に終わりました。この度は、妹様をお救いいただき本当にありがとうございました。お嬢様に代わり、お礼申し上げます」

 

 そう言うと、咲夜さんは深く頭を下げる。

 

「ちょっ、別に大したことはしてないんすから。頭を上げてください」

 

 ベッドに倒れながらという締まらない状態での説得だが、何とか頭を上げて貰うことができた。すると、その声で目を覚ましたのかフランドールと目が合う。

 

「……お」

「お?」

「お兄さーーーーーん!!!!!」

「ぐぶぁっ!」

 

 フランドールがいきなり抱きついてきた。痛い。

 

「お、おい。いきなりどうした」

「うわーーーん!!」

「…………ったく」

 

 俺が起きたと知った途端飛び込んできたフランドール。いくら軽いとはいえ二十キロはあるだろうから潰された俺の体が痛みで悲鳴を上げる。とはいえ、それはフランドールと戦ったときと比べれば大したことはない。

 だから俺はこの際自分の体の事など無視して、フランドールを安心させるようにどうにか動く右手で撫でる。

 

「お兄さん!お兄さーーん!!」

「…………よしよし」

 

 そのままフランドールが泣き止むまで撫でること五分。フランドールが落ち着いた頃を見計らい、咲夜さんが話しかけてくる。

 

「ところで、どうして妹様を助けてくださったのですか?」

 

 どうして、か。そもそも何故俺が異変解決に駆り出されたのか、そして八雲の狙いは何だったのか、というかここまで体を張る必要があったのか。寧ろ俺が聞きたい。

 

「あー、昔の俺に似てたから、ですかね?」

「似ていた?妹様と、あなたが?」

「ええ。まああそこまで狂っては無かったですけど。俺も昔から周りに避けられて、ずっと傷つけられながら生きてきたんです。そして俺は一度救われた。こんな俺にも救いはあったんだから、今度は俺が誰かを救いたかった。それだけの、ただの自己満足ですよ。多分ね」

 

 その救いも結局裏切り、あまつさえ裏切られただなんて思ったまま死のうとしてしまったが。しかしそのお陰で俺はこっちに来れたわけで、こうして一人の少女を救えたのだ。だからこれはこれで……いや良くない。あいつらを裏切ったことには変わり無いし。

 

「それでも、あなたは妹様と私たちを救ってくださいました。本当に、ありがとうございます」

「いや、だから大したことはしてないっすよ」

「ううん。お兄さんは私を助けてくれたんだよ。だから、本当にありがとう。お兄さんのお陰で、私はお姉さまと仲直りできた」

 

 そう言って笑うフランドールは、先日の狂い方が嘘のように晴れやかだ。長い間一人で、なのに純粋に家族を信じ、人を信じ、俺を信じてくれる。俺のように人を疑って、やっと掴んだ救いを裏切る、なんて事はフランドールはしないのだろう。その強さがすごく眩しくて、自分が嫌になる。どうしても俺は無条件に人を信じられないし、この先もそれは変わらないだろう。

 

「そっか」

「うん!」

 

 だから無邪気にはしゃぐフランドールが、とても愛しく思えた。……恋愛的な意味じゃないぞ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「あーん」

「…………」

 

 フランドールがスプーンでお粥を掬い、俺の口元に差し出す。俺は無言で口を開け、フランドールが差し出してくれたお粥を食べる。そして霊夢たちのゴミを見るような視線に耐える。

 

「おいしい?」

「……ああ。うまい。最高だ」

「えっへへー、私が咲夜に教わって作ったんだー。―――はい、あーん」

「…………」

 

 俺はフランドールにあーんをされている。しかし勘違いして欲しくないのだが、これは俺が望んだわけでは無い。最初フランドールにあーんをしてあげると言われたときは断ろうとしたが、上目遣いで頼まれたら断れる訳が無い。もしも断れたらそれは千葉の兄でもなんでもない。そして俺はどうやっても千葉の兄なので断ることなんか出来ず、俺が起きたと聞いて来てくれた霊夢と魔理沙、八雲の前で、幼女にあーんされて喜ぶ腐り目の男、という図を展開することとなったのである。

 

 そしてそんな光景を見て霊夢たちが黙っている筈もなく、

 

「ロリコン」

「ぐっ」

「屑」

「うっ」

「ゴミ」

「ギュフッ」

 

 と、好き放題罵倒してくるのである。最初の方はロリコンじゃないただ妹が好きなだけだと反論していたが、もうそんな元気は無い。あれ?どっちにしてもアウトじゃね?

 

「んっふふー、おいしい?」

「お、おう。おいしいぞ」

「えへへー。―――はい、あーん」

「…………」

 

 そんな状況は俺が全部食べ終わるまで続き、ようやっとあーんの公開処刑から解放された俺はベッドに深く倒れ込む。まあもともと倒れてるからあんまり変わらないが。

 そもそも事の原因は、俺が腹減ったと発言したことにある。俺は一週間も寝ていたらしく、当然ながらその期間は何も食べていない。霊力やらのお陰で命に別状は無いが、だからといって空腹感が解消される筈もない。そしてその発言はフランドールの耳に入り、「私が何か作る!」と言い出したのである。それを聞いた咲夜さんが、フランドールにお粥の作り方を教えた。その結果、フランドールが体を動かせない俺にあーんをする、という事態が起こったのである。俺は無理をすれば腕を動かせなくもないという状況だったので断ろうとしたが、フランドールに上目遣いで押しきられ、結局あーんをされることになった。

 そしてタイミングの悪いことに、俺があーんをされてちょっとにやついたところに霊夢たちがやってきたのである。

 そして霊夢たちは俺の弁解を聞くこともなく、俺にロリコンの烙印を押したのだ。――あぁ、神よ。俺が何をしたというのだ。見た目幼女の女の子にあーんをして貰ってにやついただけなのに……!あ、アウトですかそうですか。

 

「まったく、こっちは八幡が起きたって聞いて飛んできたっていうのに……」

「は?何、お前心配してくれてたの?」

「……はぁ、違うわよ。あんたを連れていったのは私で、あんたを放っといたのも私。だからそのせいで死なれたんじゃ目覚めが悪いってだけよ」

「嘘つけ、お前この一週間ずーっとそわそわしてた癖してよ」

「なっ、ちょ、そんなんじゃ無いわよ!最近は、ほら、その、ちょ、ちょっと調子が悪いだけよ!」

「それにしては随分と元気そうだなー。ほらほら、素直になれよ。八幡が心配で心配で仕方なかったって」

「ふ、ふざけないで!別にそんなんじゃ無いわよ!こんな腐り目心配する訳ないじゃない!」

 

 おうおう随分と嫌われてますな俺。だが口調と魔理沙のゲス顔から察するに、霊夢が否定するのも照れ隠しだろう。照れ隠しだよね?本気で言ってたら俺泣いちゃうよ?

 

「嘘ついてるときの癖が出てるぞー。目が泳ぎまくってるぞー」

「~~~~~!」

 

 霊夢が真っ赤になって声にならない声で怒っている。

 

「魔理沙!表に出なさい!」

「はっはっはっ、すまんすまんそう怒るなって霊夢。……いや、ほんとにごめんって。いいからそのお祓い棒しまえ。な、後そのお札も」

 

 霊夢がマジギレしかけていた。

 

「はぁー、まあ良いわ。八幡の無事も確認できたし」

「あんまり無事じゃないんだよなー」

 

 体は動かんし。

 

「はぁ?そんなの気合いで何とかしなさい」

「無茶ぶりなんだよなー」

 

 何でもかんでも気合いでどうにか出来たらそもそもこんな事になっていない。

 

「あ、後、明日の夜宴会やるから。それまでに体治しなさい」

「いや普通に無理だろ。いくら八幡でも一日でこんだけの傷治せるわけ……」

「え?お兄さんできるでしょ?私と戦ったときもこれより酷い傷治してたし」

「「「え?」」」

 

 何気なくフランドールが放った言葉は、この場に居る俺と八雲以外の人間を驚かせる。いやまあ八雲についてはもう何も言わないが、霊夢は出来ないと思いながらもあんなことを言ったのか。

 

「ちょ、ちょっと八幡、それ本当なの?」

「ああまあ、できなくは無い」

「妹様を止めたのですからそれぐらいできても不思議ではありませんが……」

「おいおいお前まさか能力持ってたとかいうオチじゃねぇよな」

「そのまさかよ」

 

 部屋に来てからもずっと黙っていた八雲がおもむろに口を開く。

 

「ちょ、ちょっと、そんなこと聞いてないわよ?」

「ええ。だって言ってないもの」

「あんたねぇ…………はぁ、まあ紫に常識を求める方が酷よね」

「霊夢も大変だな」

「ええ本当に。あんたらのせいでね!」

 

 おっと地雷か。単純に思ったことを言っただけだが、今のこいつからしたら皮肉以外の何者でも無いか。

 

「はぁ。で、話を戻すけど……明日までに傷を治せるのね?」

「ああ。一気にやると負担がかかって結局同じになるから小出しに治してくことになるがな」

「ええ。それでいいわ」

「はぁぁ、初めて戦ったときにもただ者じゃ無いとは思ったがこれ程とはな……」

 

 そんなに感心される程凄いものなのだろうか。個人的にこの能力はかなりリスキーだと思うんだが。まず悪意への耐性が必要だし。

 

「それで結局どんな能力なんだぜ?『どんな傷でも癒す程度の能力』とかか?」

「いや、俺の能力は『負を集積し、力に変換する程度の能力』だ。詳しいことは八雲に聞いてくれ。俺も完全に理解できてる訳じゃねえんだ」

「負を集積?……うーん、良く分からないぜ。というわけで私は宴会の準備をするんだぜ!」

 

 何がというわけなのかは知らないが、飽きたらしい魔理沙は箒に乗って飛んでいった。本当に宴会の準備をしに行ったのかは不明である。

 

「じゃ、私は依頼が来てるかもしれないから帰るわね」

 

 霊夢は妖怪退治の依頼も受けることがあり、異変以外であまり長時間博霊神社を開けることは無いらしい。今日ここに来てくれたのはそれだけ心配してくれているということだろう。にしても霊夢があんなに心配してくれてるとは思わなかった。寧ろ忘れられてるんじゃ無いかと思ってたまである。

 そして霊夢が神社に戻り、八雲がいつの間にか消えたところで体の傷を治し始める。

 そしてどうにか歩けるまで回復したのは、次の日の昼だった。

 

 

 

 side霊夢

 

 

 

「『負を集積し、変換する程度の能力』、ね。……まさか紫のやつ、いや、まさか……ね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 そうして彼は、宴会に参加する。

 俺がロリコンの烙印を押された次の日、つまり宴会の当日である。これから異変解決記念兼比企谷八幡歓迎の宴会をするらしい。いやそれって騒ぎたいだけじゃないのん?何か知らない人が結構来るらしいし。普通そういうのって関係者だけじゃ……いやまあめんどくさいからこんなこと言ってるだけなんだけどね。

 

「おーい、八幡。そろそろ入っていーぞー」

 

 魔理沙がお呼びだ。そういうわけで俺は博霊神社の宴会室というおよそ神社には必要ない部屋に向かう。襖の前で立ち止まって深呼吸。すーはーすーはー空気がおいしい。いいや酒臭い。何でもう飲んでんだよ。お前らホントは異変とか歓迎とかどうでも良くてただ酒飲んで騒ぎたいだけだろ。

 

「…………」

 

 そんなことを考えながら最近ついてきた糞度胸を武器に、一人宴会室の襖を開き中に入る。自然、中に居る人たちの視線が集まり一瞬たじろぐ。だがその中に知った顔を幾つか見つけ、何とか正気を保つ。……糞度胸何処行った。

 

「ん、じゃあ自己紹介でもしときなさい」

 

 霊夢の一見素っ気ないともとれる指示に従い、その大半が知らない顔の皆さんに自己紹介をする。

 

「え、えーっと、ひ、比企谷八幡でひゅっ……です。よろしくお願いします」

 

 一回噛んだことで一周回って冷静になる何とも下らない俺の特技が炸裂する。しかし何故か会場の皆々様方は静まり、一様に呆けて俺を見つめる。やめろ、見るな!見るなぁぁぁ!!!

 視線の圧で居たたまれなくなった俺は、しかし動くことも出来ずその場に立ち尽くす。

 と、

 

「ぷっくっははははは!」

 

 魔理沙が大爆笑している。よし、後で絞める。

 

「でひゅ、でひゅって、く、ははははは」

 

 するとそれを皮切りに会場が大爆笑で包まれる。楽しそうで何よりです。

 俺があーもう何か帰ろっかなーただ笑われただけだし。酒なんて飲めないし。等と思っていると

 

「おにーさん!!」

「うおっと」

 

 俺がちょっぴり傷ついていると、昨日からやたら俺になついているフラン(フランって呼んでと上目遣いでお願いされた。断れる訳がない)が抱き付いてくる。

 おいおいここでそんなことしたらまたロリコン呼ばわりされるだろうが。

 

「あなたが八幡ね」

 

 しかしえへへーとはにかむフランを見てもうロリコンでも良いかなーなんて思い始めた頃、フランと同じように背中から翼を生やした女の子、というか幼女が現れる。……幼女率高いな幻想郷。

 

「どうも。比企谷八幡です」

 

 うん。今度は噛まずに言えた。そう言うと、その幼女は鷹揚に頷き

 

「ええ。フランから聞いているわ。私はレミリア・スカーレット。あなたが救ったフランの姉よ」

「ああ、あなたが。フランが仲直りできたとか言ってましたね。良かったです」

 

 どうやら血の繋がった家族はこの二人だけのようだし、いつまでも家族と仲違いしたままというのも悲しいだろう。ずっと離れていた二人の距離を埋めるのは簡単では無いだろうが、お互いが歩み寄ろうとすれば案外簡単なことなのかも知れない。そんな努力すらしなかった昔の俺は相当に愚かだったのかもしれない。今更どうにもならない事だが、これからはそんな事が起きない様に気をつけなければならないだろう。

 

「あなたがフランを狂気から救いだしてくれたようね。紅魔館の主として、そして何よりフランの姉として、感謝するわ。本当に、本当にありがとう」

「……頭を上げてください。俺が助けたいから助けただけですし」

「ふふっ、本当に優しいのね。フランに聞いた通りだわ」

「……んなことないっす」

「そう。ならそういうことにしておきましょう。ああ後その敬語止めてちょうだい。それに私のことはレミリアと呼びなさい」

 

 おうおうこいつもか。これはやっぱり幻想郷では名前呼びが普通ってことか。

 

「……分かったよ」

「ええ。それと……」

 

 そしてレミリアは俺の耳に顔を近づける。何だ何だと思って放れようとするも、肩をがっしりと掴まれて動けない。流石吸血鬼。

 

「……フランに変なことしたら、消すから」

「はっ、はいっ……!」

 

 やべーちびるかと思った。どんだけ妹のこと好きなんだよ。さてはこいつもシスコンか。だからと言って殺気を滲ませながら言うことは無いんじゃ……いや、小町が俺みたいな男になついたらその男をボコす自信がある。というか殺す。

 

「よろしい」

 

 それだけ言うとレミリアはフランを連れて咲夜さんたちのいるところに戻っていく。シスコン吸血鬼か……幻想郷、おっそろしいところに来ちまった……まあ俺も人にシスコンとか言ってられないが。というかまさかロリコン疑惑が伝わったんじゃ無かろうな。もし広まったら俺泣くぞ。

 

「お姉さま、お兄さんと何の話してたの?」

 

 レミリアが俺に言ったことは幸いにもフランには聞こえなかったらしく、フランがこてんと首を傾げながらレミリアに尋ねる。かわいい。

 

「ちょっと忠告をしただけよ」

「忠告?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 そう、何でもない。俺はシスコンだがロリコンではないのでフランには手を出さない。シスコンとしてレミリアの気持ちは良く分かるし。だからそんな睨まないで下さい。

 

「おーいはちまーん!お前もー飲めー!」

「どわっ!?」

 

 俺が心の中でレミリアに共感していると、黄色いバナナ、もとい魔理沙が突進してくる。ちなみに泥酔している。

 

「うわっ!お前酒臭っ!何杯飲んでんだよ!」

「あー?知らーん!いーからー飲めー!」

「だあっ!やめろ!引っ付くな……!つーか俺酒飲めねぇっての!」

 

 そんな風に魔理沙と騒いでいると、突然霊夢に引っ張られる。

 

「ちょっと魔理沙!八幡は病み上がりなんだから酒は飲ませるなって言ったでしょ!」

「えー?そんな固いこと言うなよー」

「あーもうこれだから酔っぱらいは……」

 

 どうやら霊夢は苦労人らしい。まあそんな雰囲気は感じていたが。

 

「なんかすまんな……」

「いいのよ別に。宴会ってのは結構楽しいもんだしね」

「そうか」

 

 魔理沙に酒を渡すことで何とか襲撃をかわし、霊夢と共にしばしの静寂に浸る。

 

「ねぇ、八幡」

「ん?」

「あなたは、どうしてそんな簡単に人のために危険に身を晒せるの?それにフランは初対面だったでしょう。なのにそんなふうに自分から傷つきに行くなんてどうかしてるわ」

「けっ、辛辣なこって」

「いいから答えなさい」

 

 そう俺に尋ねる霊夢には有無を言わさぬ迫力があって、俺は誤魔化しなど効かないししてはならないことを覚る。

 

「……むかーしむかし、ある所に、不器用な男の子が居ました」

「…………」

「その男の子は、小さい頃から悪意を集めやすく、よくいじめられていました。ですがその男の子はなぜ虐められるのか分かりませんでした。何で俺はいじめられるんだろう。俺は何か悪いことをしたのかな。そんなことを考えながら生きていました」

「…………」

「その男の子が十二才ごろのことです。男の子は聞いてしまいました。その男の子の両親が、その男の子の事について悪口を言っていたところを。何と言っていたのかは良く分かりません。けれどまだまだ幼い男の子には、大きすぎる衝撃でした」

「…………」

「そうして心に傷を負ったまま四年が過ぎ、男の子は遂に救われました。男の子にとっての『本物』を、ようやく見つけたのです。捻くれていた男の子は、不器用ながらもそれを守ろうと頑張りました」

「…………」

「それこそ、自分を犠牲にしてでも守り通そうとしたのです。けれど結果的に、男の子はそれを裏切ってしまいました」

「…………」

「そうして逃げた先に、自分と似た女の子を見つけました。男の子は思いました。今度こそ自分が救うんだ、と。結果的に女の子は救われ、女の子の姉と一緒に笑うようになりました。男の子のことも慕ってくれます。男の子は救えたのです」

 

 そこで話を切る。どう考えても答えになっていないが、どうしてあんなことをしたのか俺自身にも分からない。

 

「……その男の子は、それからどうしたの?」

「……さあな」

「……そう」

 

 それきりお互いに口を開きはしない。けれどその沈黙が、どこか心地よかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話
第十一話 彼は、未だに決心が出来ない。


 僕は考えていた。どうやったら八幡を思い出させられるのだろう、と。

 あの日の金髪の女の人(?)から聞いた話によると、八幡は相当に追い込まれていたらしい。だったらせめて八幡と深く関わっていた人達の記憶は残しておいて欲しかった。

 

 あれから八幡が写っている写真を探してみたり、学校の友達にそれとなく八幡の話をしたりもしたがあの女の人が言っていたことは本当の事だった。八幡から送られてきたメールは全部文字化けしているし、日記に書いた八幡についての文も消えている。こんなにおかしな物が身の回りにあったなら気づきそうなものだけど……

 

 葉山くんたちも忘れている。材木座くんも川崎さんも平塚先生も忘れている。そして、小町ちゃんも奉仕部の二人も……

 自分が思い出させてあげられないことが悔しい。あの二人が忘れてしまっていたから、修学旅行で何があったのかは分からない。それを覚えているのは八幡だけだ。

 きっと八幡はまた誰かを助けようとしたのだろう。文化祭の時と同じように。それで自分を傷つけて解決──八幡が言うには解消だけど──をしてしまったんだろう。その結果が皆に忘れられる事だとしたら、あまりにも辛すぎる。必要なことだったのかもしれないが、これはいくらなんでも酷すぎる。あの女の人は八幡を助けてくれたのかもしれないけど、帰る場所を奪うっていうのはやってはいけないことだと思う。

 

 八幡に会えるまで、ぼくはぼくのやるべき事をやらなくちゃ。

 みんなに八幡の事を思い出させて、八幡の帰る場所を取り戻すんだ。それが、一度は裏切ってしまったぼくの義務。ただの自己満足かもしれない。女の人が言っていた通り、必要なことなのかもしれない。

 けど、静かに待っているだけじゃダメなんだ。自分から動かないと、今度こそ手遅れになりそうなんだ。もしそんなことになったら、ぼくは一生後悔する。そうしないためにも、八幡と会えるまでに必ず思い出させる。それが今の僕にできる、唯一で精一杯の償いだから。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「……よっこいせ……っと」

 

 時刻は午前六時。俺は結局宴会からさっさと抜け出し、酔っぱらいどもの襲撃をかわしながら家に帰りついた。そしてそのまま眠っていたのだが、朝起きたらすぐ八雲に宴会室に飛ばされた。そしてそこで目にしたのは散乱する酒瓶たち、元は焼き鳥かなんかに刺さっていたであろう竹串、大皿ほどもある酒を注ぐ器。片付けもしないで帰るとかやっぱ酔っぱらいって屑だわ。

 何て事を考えながら霊夢と一緒に片付けをする。八雲に問答無用で跳ばされた時点で何となく察したが俺の労働は決定らしい。強制労働いくない。

 

「……働きたくない……労働とか糞喰らえ……」

「……あんた」

 

 あまりにあんまりな独り言をこぼしていると、それを聞いた霊夢が突っ込んでくる。半眼でジト目をしているような気がするが、気にしたら負けだと思ってる。俺が悪いんじゃない社会が悪い。ついでに酔っぱらいと八雲が悪い。

 

「気が合うわね」

「は?」

「ほんと何で酔っぱらい達の代わりに掃除しなきゃなんないのよ……!」

「お、おう」

「今回は八幡を呼んでくれたから良いものの……!ていうか主役に片付けさせるとか何考えてんのよあいつら……!」

「お、おーい。帰ってこーい」

 

 静かに怒りながらも手を止めること無く器用に動かし続ける霊夢を見ていると、なぜかツンデ霊夢という単語が浮かび上がってきた。おー我ながら良いセンス。なんてことを考えていたらすごい形相で睨まれていたので自重する。命は大事。

 

「「はぁ……」」

 

 そんなやり取りをしながら黙々と片付けを続ける。マジで片付けがめんどい。つーか俺ほとんど飲み食いしてないんですけど。なのに片付けさせるとか八雲は一体どういう了見だ。これはマッカンを十年分ほど用意してもらわなければ割りに合わない。

 

「……ねぇ八幡」

「……何だ霊夢」

「つかれた」

「奇遇だな俺もつかれた」

「さぼっていいかな」

「お前の家だろ」

「「……はぁ」」

 

 そんなことを考えながら黙々と片付けを続ける。あーだるい。だるいだるい働きたくなーい!と俺が考えていると俺の中のデビル(笑)八幡が「じゃあ霊夢に全部押し付けて帰ろうぜ」なんて言い出し、それを聞いたエンジェル(爆)八幡が「お、いーなそれ。でも後でやり返されるんでねーの?」と返す。ダメだ、もう俺のエンジェル(死)八幡は堕ちている……

 ともあれほんとにめんどくさいので霊力でなんかできないかと力を込め、ミニ○ラえもんならぬミニ八幡的なものをイメージする。すると大分霊力を消費したが三体ほどミニ八幡を作ることができた。眼ぇ腐ってんな……

 

「ちょ、ちょっと八幡!あんたそれ一体何!?」

「何って……ミニ八幡?」

「あぁそう……ってそうじゃなくて!」

「あぁ?」

「あんたほんとに何者なのよ!?」

「どういうことだってばよ……」

 

 若干口調が崩壊しているが気にしない。そしてミニ八幡たちがぼーっと突っ立っているので取り敢えず片付けの指示を出す。しかしというかやはりというか小さくなっても俺は俺なので働くことを全力で拒否。その気持ちは俺も大いに理解できるのでそっかーじゃあ一緒にサボろっかーなどとぼっち同士で協定を結ぼうとしていると後ろから殺気を感じた。

 

「おい、働け」

「「「「ひゃ、ひゃい!」」」」

 

 そして貧弱なのも同じであった。

 

 約一メートルほどの身長のミニ八幡がのそのそてとてと片付けをする。その動きはそれなりに緩慢だが、俺がなんやかんやで集中させるとちゃんとやるらしいのでそれなりに効率は良い。あくまで小さいからそれなりに、だが。

 

 そして結局三時間ほどかけ、昨晩の宴会の片付けを終了する。霊夢がお礼にと俺とミニ八幡たちに縁側で緑茶と菓子を振る舞う。ミニ八幡たちは当然だと言わんばかりに無言でもっそもっそと茶菓子を食い始める。対して俺は一応お礼を言って緑茶を飲む。

 

「……うまい」

「当たり前でしょ。私がわざわざ淹れて上げたんだから」

「お礼じゃなかったんですかね」

「つかれた」

「ねむい」

「はたらきたくない」

 

 下三つはミニ八幡の言葉である。一応喋れるらしい。内容については俺だからとしか言いようがない。

 と、そんな風に静かにまったり過ごしていると、何やら上空から魔力が接近してくる。何かと思って空を見上げると、とんでもないスピードで白黒バナナが飛んできていた。スピード出しすぎ。

 

「おーーーい!れーいむー!」

「…………」

 

 魔理沙は速度を緩めること無く突っ込んでくるので霊夢が小さな光弾を魔理沙の箒目掛けて打つ。それは箒の先端に命中し、結果魔理沙は博霊神社後方の森に不時着した。すごい音がしていたが気にしない。魔理沙頑丈だし。

 

「……いっつー、なにすんだよ霊夢……」

 

 別に助けに行かなくてもいいかなーなんて考えながら煎餅をかじっていると、魔理沙が身体中に葉っぱと折れた木の棒をくっ付けながら出てくる。その姿を見てバナナの木を思い浮かべた俺は(センスが)悪くないと思う。

 

「あんたが速度考えないで突っ込んでくるからでしょ。あのまま激突して賽銭箱に被害が及んだらどうしてくれんのよ」

「別に参拝客なんてこないんだから良いだろ」

「来ないのかよ……」

 

 それは神社としてどうなのだろう。さっき光弾を撃ったのは賽銭箱を守るためなんですね……というか賽銭箱の前に俺の心配をして欲しかった。当たってたらたぶん死んでる。

 

「まぁ良いや、よっす霊夢!あと八幡!と……」

 

 魔理沙が俺と霊夢の間に座る三人のミニ八幡を見て固まる。そして俺と霊夢の顔を交互に何度も見比べ、

 

「えーっと、お、おめでとう?」

「おい待てどういう意味だこら」

「いやーだって二人のこど……」

「ハッ!」

 

 不穏なことを言い出した魔理沙の頭に、霊夢が手刀を叩き落とす。もちろん霊力で強化されている。

 

「いっっってー!!!」

 

 頭を押さえてごろごろ悶絶する魔理沙。それを霊夢は見てるこっちが凍りつきそうな形相で見下ろし、少しずつ霊力で圧力をかけている。ざまぁ魔理沙。自業自得だ。

 

 暫くあーとかうーとか唸っていたが何とか起き上がる。そして俺はこの三人のちっこいのは何なのかを魔理沙に説明をする。

 

「ほへー。まぁ二人の子供じゃないのはわかった」

「おう。そもそも俺とこいつがそういう関係になるわけねぇし、なったとしてもこんな短期間で三人もできるわけねぇだろ」

「次はこれじゃ済まないわよ」

「お、おう。すまんな霊夢」

 

 未だに眉をピクピクさせて怒っている霊夢に少しびびりながら、何故ここに来たのかを魔理沙に尋ねる。そういやこいつ二日酔いは大丈夫なのか?呂律が回らなくなる程飲んでたが。

 

「あーそうだそうだ。さっき外の人間を保護したんでな」

「あらそうなの。――紫、帰しちゃって良いわよね」

 

 霊夢がそう後ろに向かって言うと何もない空間が割け、目玉がうようよと蠢く”スキマ”が開く。そしてそこから出てきたのは、いわずもがな八雲である。

 

「……ええ。そうしてちょうだい」

「りょーかい。魔理沙、その人間は今どこに居るの?」

「あぁ、アリスを呼んで私の家で待機させてるぜ。妖怪に襲われてたからか、帰れると分かるまで安全なところに居たいんだと」

「そう。なら連れてきてもらえる」

「おう!ちょっと待ってろー」

 

 そう言って魔理沙は箒に跨がり、魔法の森に向かって飛んでいく。

 

「……外に帰るなんてことが出来るんだな」

「……帰りたいの?」

 

 何気なく呟いた言葉だったが、霊夢がそれを拾う。そして返された質問からは幾ばくかの不安が読み取れた。これは俺が帰ると寂しいとでもいうことだろうか。……いや、ただお手伝いが居なくなると困るというだけだろう。

 そう結論付け、次いで質問の答えを組み立てる。

 俺が戻ったところで居場所はあるのだろうか。まさか忘れられているなんてことは無いと良いが。

 そして俺は奉仕部の二人に、小町に謝りたいと思っている。だから必ず一度は戻らなければならない。

 だが、帰りたいかと言われればその答えは否、である。確かに救われはした。けれど俺が受けてきた理不尽というのは確実に存在する。確かに自殺しようとしたきっかけはあの二人に投げ掛けられた言葉だが、それがなくとも俺に対するいじめは段々とエスカレートしていっていたのだ。遅かれ早かれ俺は同じことをしようとしただろう。

 そんな中で俺は求めていたものを見つけられるのか。今回のことでさえ最早手遅れであるかもしれないのだ。というか今さらノコノコ出ていったところで許してもらえるとは思えないし、よしんば許してもらえても元通りとは行かないだろう。そしていつかは完全に瓦解し、今度こそ俺が耐えきれなくなる。そんなことさえ起こり得る。いや、むしろそうなる可能性の方が圧倒的に高いだろう。

 そんなところに帰って、俺は出来ることがあるのか。

 

「……いや、一度は戻らなきゃだが帰るつもりは無い、な」

「……そう」

 

 そして魔理沙が保護したという人間を連れてやってくる。思ったより長い間思考をしていたようだ。

 今度はさっきとは違いゆっくりとした速度で降りてくる。そして八雲はスキマを開き、霊夢の付き添いで外の世界へとその人間を帰す。幻想郷に迷い込んだのが俺の知り合いだとかそんな都合の良いことは起こらず、俺は未だに外に戻る決心が出来ずに居る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 春雪異変
第十二話 彼はまた、異変に巻き込まれる。


閑話の最後を少し変えました。
話の展開に関わる部分を変更したので、これを読む前に少しだけ目を通して頂きたいです。
よろしくお願いします。


「最近やけに寒くないか?」

 

 今日も今日とてキノコ採り。魔理沙の魔法の材料に、または食料になるであろうキノコを採るのに付き合わされていると、魔理沙が不意にそんなことを言ってきた。

 

「そうか?」

 

 確かに厚着をしないと凍えそうだが、そんなものは霊力でどうにでもなる。ほんと霊力とか魔力とかって便利よね。

 とはいえ魔理沙の訴えも尤もなもので、紅霧異変が終わってから一ヶ月は経つのにも関わらず未だ雪が時おりちらつくのである。俺や霊夢のように霊力を扱える人間はまだ良いが、人里の普通の人間達にとっては大迷惑だろう。農作物にだって影響は出るし、雪が積もれば家から出ることさえままならない。霊夢達のように取り合えず邪魔なものはブッ飛ばすなんてことが出来る人間は少ないのである。

 

「ああ。これは間違いなく異変だぜ」

「……お前最近そんなことばっか言ってんじゃん」

「うっ……」

 

 この一ヶ月、魔理沙は紅霧異変で大した活躍ができなかったのが悔しかったのか、少しでも普段と違うことがあれば異変だ異変だと騒ぎ、その度に俺は連れ回されていたのである。

 

「また妖精狩りみたいなことし始めんなよ」

「……ごめんなさい」

 

 この前は魔理沙の家からキノコが幾つか減ったとかでそれを異変扱いしたりしていた。まあ実際は妖精のイタズラで異変でも何でも無かったんだが。

 

「でもよー、いくらなんでも春が来るの遅すぎるだろ」

「……まあ言われてみればそんな気はするが」

「だろ?まるで誰かが春を集めてるみたいに」

「いや、そんなこと流石に常識も何も無い幻想郷でも出来ないだろ」

「それがそーでも無いんだなー」

 

 魔理沙は何故か得意気な顔でこちらを見てくる。何だろう。すごいうざい。

 

「はぁ……どういうことだよ」

 

 魔理沙が早く聞けと目で語っていたので溜め息を吐きながら一応聞いてやる。

 そして魔理沙はふっふーんとドヤ顔でキノコを持ったままの右手で俺をびしっと指し、

 

「犯人は、春を結晶化させてるんだぜ!」

「ナ、ナンダッテー」

 

 ものっそい棒読みだったが俺は特に気にしない。だって魔理沙だし。魔理沙は不満げにジト目で俺を軽く睨んでくるが気にしない。俺は悪くない信用を根こそぎぶち壊した魔理沙が悪い。俺の休日を潰した罪は重いのだ。

 

「信じてくれよー。ほんとに捕まえたんだってばー」

「……なにをだよ」

「だから、春の結晶を!だぜ!」

「おーすごいな」

「だーかーらー!」

「はいはい。じゃあ霊夢にでも聞いてこいよ。俺は帰って寝る」

 

 そう言って俺は自分の家へ向かう。一歩一歩確実に。堂々と、己の引きこもり精神に誇りを持って。

 だが、現実とは常に俺を苦しめたいらしい。

 

「……おい」

「ん?どうかしたのぜ?」

「……はぁ」

 

 まあ要するに。

 俺も連れてかれてます。

 

 

 

 ****

 

 

 

「おーーーい!れーいむーーー!」

 

 俺は魔理沙に魔法か何かでがっちり捕獲され、博霊神社へと連行された。これって誘拐だと思うの。訴えれば勝てるけどそもそも幻想郷には裁判というものがありませんね。

 

「……なによ魔理沙。誘拐するにしても趣味悪くない?」

「おいこらてめぇ何てこと言いやがる」

「なによ。私なにもおかしなこと言ってないでしょ?」

「ああはいはい」

 

 ほんとにこいつらは俺に対して失礼すぎだと思う。いやまあ雪ノ下の罵倒に比べれば楽勝だが。だからといって許されるかと言えば勿論そんなことは無く、かといって報復する勇気も無いので結局そのままである。決して罵倒されることに快感を感じたりはしていない。

 

「それで、二人して何の用?私そんなに暇じゃないんだけど」

「そうか邪魔して悪かったそれじゃあなぐへぇっ!」

「おいおい。何帰ろうとしてんだぜ?」

 

 俺は面倒くさくなってトップスピードで空へと逃れようとするも、魔理沙がとっさに服を掴んできたせいで変な声と共に急停止する。

 

「おい、殺す気か」

「ははは、別にそんなつもりはねぇよ。悪かったのぜ」

「そう思うなら最初からやらないでくれ……」

「……で、用があるならさっさと終わらしてくんない?」

 

 俺が魔理沙に呆れていると、些か不機嫌になってきた霊夢が俺と魔理沙を軽く睨みながら催促する。魔理沙が俺を掴んできた時点でもう帰ることを半ば諦めた俺は、魔理沙にさっさと話すように促す。早くとしないと俺がストレス発散の弾幕ごっこに付き合わされる危険性が高まる。

 

「なあ霊夢。春が来るの遅いと思わないか?」

「はぁ?それが用と関係あるの?」

「おう」

「……まあこれまでだったらとっくに桜の一つでも咲いてそうなもんだけど」

 

 それがどうかしたの?と霊夢は首を傾げる。そこだけを切り取ればただの美少女なのだが如何せん普段の粗暴さやがさつさを知っているため特に何も思わない。ホントだよ。普段からもうちょいお淑やかにすれば良いのにとか思ってない。まあお淑やかな霊夢とか鳥肌もんだが。

 

「ってまさか異変だとか言うつもりじゃないでしょうね?」

「ふっふっふっ、そのまさかだぜ!」

 

 魔理沙は自信満々にドヤ顔をする。そして霊夢はまたかと言わんばかりに溜め息をつくも、異変解決を生業にしているせいなのか異変と聞いたら放っとく訳にもいかないらしく一応話だけは聞くようだ。ツンデ霊夢。

 おっと危ない睨まれた。あんまり変なこと考えてると修行という名目でストレス発散のサンドバッグにされるとこだった。

 

「……それで、今度こそ証拠はあるんでしょうね」

「もちろん!私だって学習するんだぜ!」

 

 そうは言うものの、これまでしてきた筈の学習が活かされている気配は全くしない。まあ良くも悪くも変わらないというのはそれはそれで一つの長所かもしれんが、もう少しその猪突猛進具合を緩めて欲しい。後片付けをする俺や霊夢、そしてミニ八幡の身にもなって欲しい。

 

「これを見てくれ」

 

 そんなことを考えている俺をよそに、魔理沙は何時の間に確保していたのか何か淡く優しく光る結晶のようなものを霊夢に見せている。

 

「これは?」

「春の結晶だ」

「春の結晶ねぇ?……それで、これと異変に何の関係があるっていうの?」

「ふっふーん。それっ!」

 

 するといきなり魔理沙は確保していた筈の結晶を放り投げる。その結晶はゆらゆら揺れながら空に昇っていく。最初は風に乗ってひらひら舞っているだけかと思ったが、良く考えるとそよ風程度で、こんな風にぐんぐん昇っていくはずが無い。

 

「あれを追っていけば異変の犯人のところに行ける筈だぜ!」

「……要するに、誰かが春を結晶化させて集めてるってこと?」

「おう!」

「まあそれは良いけど、解決に行くにしてもまだ何の用意もしてないんだけど」

「……あっ」

 

 良くも悪くも、霧雨魔理沙は馬鹿である。

 

 

 

 ****

 

 

 

 八雲の指令のもと、俺を含めた三人で異変解決に行くことが確定した。もちろん働きたくない俺は全力で抵抗したが努力もむなしく参加が決定した。解せぬ。

 

「ここ、かしらね」

 

 その後、魔理沙がもう一度捕獲した春の結晶を追い、俺たち三人は異変の首謀者が居るであろう場所までやって来た。八雲曰くここは現世とは違う場所である冥界だそうだ。幻想郷ってのはそんなところにまで行けるのかと呆れていたが、普段は行こうと思って行けるような場所では無いらしい。まあ死者の国にそうほいほい出入りできても困るが。

 

「……階段なげぇ」

 

 上が全く見えない程に長い階段が俺たちを待ち受けていた。んだよ歓迎する気全くねぇじゃんふざけんなばーろーと思ったがそもそも犯人が歓迎する筈ありませんでしたね。

 

 そしてその階段を完全に無視して飛んでいく。飛べてよかった……

 この階段を一段一段登らなきゃいけなかったら俺発狂するところだった。

 

「はっ!」

 

 そんなことを考えていると、小さな、しかし力強い掛け声と共に何かが俺たちの前に躍り出る。

 しかしというかやはりというか一筋縄では行かないようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 彼は、みょんな剣士と戦う。

「……避けますか」

「そりゃあ殺気丸出しだったしな」

 

 いきなり飛び出してきたその少女は二本の刀を構え、俺に肉薄する。俺としてもただ黙って斬られる訳にはいかないので回避をしながら武器を作り出す。

 

「『魔槍:ザ・ロンリースピア』、『魔刀:欺瞞者』」

 

 槍型の弾幕と反りの無い刀型の弾幕を形成する。そこに霊力と魔力を注ぎ込み、ただの弾幕から武器にまで昇華させる。

 

「八幡っ!あんたそいつは頼んだわよ!」

「了解!」

 

 先程の攻撃と言いこの少女は見た目通りの相手では無いようだ。だが少女から感じ取れる妖力は決して強くは無いし、俺には切り札もある。楽勝とは行かないが何とかなるだろうと判断し、了承する。

 

「行かせると思いますか?」

 

 しかしその少女は霊夢と魔理沙に斬りかかる。随分と速く動いているが三対一で防ぎきれる筈もなく、俺が少女を抑えている間に霊夢と魔理沙は上へと向かって行った。

 

「くっ……大人しく帰ってくれませんか?」

「俺としてもそうしたいんだけどよ。そうも行かねぇんだ」

「そうですか。残念です。――魂魄妖夢、参るッ!」

 

 妖夢は数メートルの距離を一瞬で詰め、両手の刀で斬りつけて来る。俺は『欺瞞者』で妖夢の左手の刀を捌き、右手の刀の攻撃を妖夢の後ろに回って避ける。そしてすれ違い様に『ロンリースピア』で妖夢の右肩を突く。しかしその瞬間、能力によって大きな『負』を察知し、霊力で足を強化して後ろに跳んで距離を取る。

 

「これも避けますか……」

「お前殺す気かよ……」

 

 俺の居たところには妖夢の刀が静止しており、後一瞬でも下がるのが遅れていたらと思うとヒヤッとする。

 これまでの戦いは五分五分。だが俺は特に武術をやっている訳ではない。霊夢や八雲に習い始めてはいるが、相手はガチの剣士。元々接近戦で勝ち目は無いからこれは恐らく手加減されていると思われる。

 

「まさか。元から今のを当てられるとは思っていません」

「まあ手加減してるんだろうしな」

「ですが次は当てさせて貰います」

 

 そう俺に告げると、妖夢の纏う雰囲気が明らかに変化する。研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線を俺に向ける。ヤバイ。どのくらいヤバイかと言うと超ヤバイ。

 はぁ……面倒だがあれを使うしかないか。

 

「『召符:腐り目三兄弟(ミニ八幡)』」

 

 俺はミニ八幡を三体作り出す。『召符』とか言ってるが実際は霊力使って作っただけだ。

 妖夢は俺が作り出したミニ八幡を見ても特に反応はしない。

 なので俺は妖夢が来たら足止めをするようにミニ八幡に指示を出し、次の準備に取りかかる。

 

「『集負:負情集積』」

 

 俺の家にある八雲から貰った中継機を使い、人里の方まで『負』を集める範囲を広くする。

 敵意、害意、憎悪、寂寥、悲嘆、狂気、殺意、恐怖、絶望、失望、そういったありとあらゆる『負の感情』が中継機を介して俺に流れ込む。流れ込んだ『負』は霊力、魔力、妖力に変換され、俺の力へと変化する。

 

「これは……霊力、魔力……妖力まで……」

 

 妖夢も俺の異変に気づいたらしい。ミニ八幡を警戒していたのか近づいてこなかったが、ここでようやく動き出した。

 刹那のうちに五メートルほどの距離を詰め、本体である俺を叩こうと斬りかかってくる。しかし今に降り下ろさんとされる刀をミニ八幡が二人がかりで受け止め、もう一人のミニ八幡が手に持った短刀で斬りかかる。しかし妖夢は難なくそれを避け、まずミニ八幡を倒そうと判断したのか少し後ろに下がる。

 

「『獄炎剣:業風閃影陣』」

 

 妖夢はスペルを宣言する。すると妖夢の持つ二本の刀が炎を纏い、妖夢がその刀を振るうと二つの大きな火の斬撃の弾幕が飛ぶ。その弾幕は俺に向かって放たれたが、ミニ八幡が俺を庇って消えた。まあ霊力でできてるからいつでも元に戻せるのだが。

 そして何だか厨二くさいスペルだと思ったが俺もあんまり人のこと言えないなと思い直す。

 

 さて、ミニ八幡は消えてしまったが俺の用意はできた。後はさっさと妖夢を倒して霊夢たちと合流しちゃっちゃと解決だ。

 

「『創負:終わりの始まり』」

 

 俺はフランを止めるときにやったように『負』を作り出す。あのときは全身に纏わせたお陰で負荷が凄いことになってしまったが、今回は両手に持った槍と刀だけに纏わせる。この一ヶ月間、これを実用段階まで鍛えてきたのでもうほとんど負担は無い。ほんと慣れって凄い。

 

「『負撃:負極槍・負狂斬』」

 

 俺は新しく作ったスペル『負撃:負極槍・負狂斬』を繰り出す。『負』を宿した槍と刀は妖夢の二刀をすり抜け、肉体をすり抜け、妖夢の精神のみを攻撃する。すると一瞬にして意識を失い、膝から崩れ落ちる。この技は俺が集めた『負』の一部を体感させるというものだ。今回は俺が集めた害意と敵意の一部を渡した。今ごろ悪夢でも見ているだろう。まあ所詮は一部でしかないので少ししたら目を覚ますだろうが。

 どっからどうみても技名が厨二病な気がするが気にしたら負けだ。

 

「さて、行くか」

 

 そう呟き、未だ延々と続く階段に若干うんざりしながら飛行を開始する。

 

「少し良いかしら?」

「ひょやぁっ!……って、八雲かよ。いきなり話しかけんな」

 

 飛んでいるといきなり横から八雲が現れた。ほんとにビビって心臓に悪いから止めて欲しい。切実に。

 

「あらごめんなさい。けどそうも言ってられないのよ」

「……何かあったのか?」

「ええ。この異変の犯人の目的は話したわよね?」

「ああ。あの西なんたらっていう桜を咲かせるってやつだろ。……ったく、巻き込まれるこっちは迷惑だっての」

「そう。その西行妖がもうすぐ咲いてしまうの」

「は?まあ別にそれで被害があるわけでも無いだろ。ただの桜みたいだし」

「いえ。あの桜はただの桜では無いわ」

「は?」

「!……時間がないわ。急いで!」

 

 八雲の口調に緊急事態が起きたのだと察し、飛ぶスピードを最速にする。

 

「ただの桜じゃ無いってのは?」

「……あの桜は、一度封印されているの」

「封印?」

「ええ。それも西行寺幽々子。つまり、今回の異変の犯人の手によって」

「は?てことは自分で封印しといて自分で解こうとしてるってことか?」

「そうなるわね」

「何でそんな……」

 

 完全に無駄なことをしているとしか思えない。どうせ咲かせるなら最初から封印なんかしなけりゃ良いのに。

 ……まあこんな訳分からんことも『幻想郷だから』で片付いちまうんだが。

 

「覚えていないからよ」

「覚えてない?」

「ええ。彼女は生前、その身を楔として西行妖を封印した」

「生前?」

「彼女は亡霊なの。西行妖を封印し、その後記憶を無くして亡霊となり、今は冥界で幽霊達の管理人をしているわ」

「ほーん?まあそれは分かったが何で西行妖は封印されたんだ?」

「それは、あの桜が人を死に誘う力を持ってしまったからよ」

「はぁ?どういうことだよ」

「そのままの意味よ。西行妖は咲く度に自ら人を死に誘うようになったの。幽々子自身もこの影響で『死を操る程度の能力』を持ってしまった」

 

 そんなどう消化して良いのか分からない話を聞きながら、犯人の元に急ぐ。

 そしてようやく犯人の元にたどり着き、最初に俺が見たのは、満開の大きな桜だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 彼は、遅ればせながら到着する。

「くっ」

「おい霊夢、これどうするんだぜ!?」

 

 霊夢と魔理沙は苦戦していた。いかな博霊の巫女と魔法使いと言えど、軽々と敵の首魁を倒せる筈がないのである。それも幻想郷全域から春を結晶化させ奪っていけるような相手となれば尚更だ。

 

「ああもう!面倒な弾幕ね!」

 

 そしてその弾幕に当たってはならないと霊夢の直感が告げているのだ。彼女の直感はこと戦闘に関しては外れたことがない。それは魔理沙も分かっているし霊夢の指示に従い当たらないように避け、あるいは相殺している。

 しかしそれにだって限度はあるし、何より犯人の後ろに有る桜から嫌な気配を感じるのだ。

 

「ふふふ、もう少しで西行妖が満開になるわ。楽しみねえ。楽しみだわ」

「ああもう!お前は一体何がしたいんだぜ!?」

 

 八分咲きとなった西行妖を見て幽々子が怪しく微笑み、魔理沙が突っ込む。その間も弾幕は飛び続けているので結構危ない。

 

「何って……私はただあの桜の麓に居る人とお話ししたいだけよ」

「はあ?」

「……分かる必要は無いわ」

 

 幽々子はそう言って止めとでも言うかのように妖力を解放する。それまでとは比べ物にならない量の妖力に魔理沙は驚き、一瞬止まってしまった。

 しかし戦闘において一瞬の停滞は大きな意味を持つ。そして今回は、幽々子がスペルカードを宣言するに足る時間を稼がせてしまったのだ。

 

「っ!魔理沙!今すぐそこから離れて!」

 

 霊夢の最早未来予知とさえ言える直感が告げる。これは、これまでの弾幕とは比べ物にならないものだと。下手をしたら自分も魔理沙も死んでしまうのではないか。そんな疑念さえ抱く始末である。

 しかしそんな思考に浸かってはいられない。幽々子のスペルカードに対抗するため、霊夢自身もスペルカードを宣言する。

 

「ふふっ――『幽雅:死出の誘蛾灯』」

 

 幽々子のスペルの効果により、霊夢と魔理沙はだんだんと幽々子に引き寄せられていく。それはさながら空を舞う虫達を引き寄せる誘蛾灯のごとく。そして誘蛾灯に引き寄せられた虫を待ち受けるのは死のみ。しかし霊夢も魔理沙もただで殺されるようなたまではない。

 

「ちっ――『霊符:夢想封印』」

「何なんだよっ!――『恋符:マスタースパーク』!」

 

 霊夢が放った弾幕は幽々子に群がり、しかし幽々子の弾幕で相殺されてしまう。それでも幽々子のスペルの五分の一ほどの弾幕は削っただろうか。

 そして魔理沙も同じく極太のレーザー型弾幕を打ち出す。弾幕の波を根こそぎ消しながら幽々子に迫る。それでも一歩及ばずスペルを中止させるだけに留まる。

 

「ふふふっ、もう少しよ。あと少しで封印が解けるわ」

 

 そう、九分咲きになった西行妖を見つめながら幽々子は微笑む。まるでプレゼントを待ちきれない子供のように。そして子供だからこその残虐さ。死へと誘うことに何の抵抗もなく、寧ろ楽しさを感じているのだ。そしてそれを嫌った筈の生前の彼女が命を賭けて封印した桜を、今度は殺すことを楽しむ彼女が解き放とうとは何たる皮肉か。

 

「ちっ、どうでも良いからさっさと春を返しなさい!さっさと片付けて炬燵に入りたいのよ!」

 

 しかしそんなことは露知らず。霊夢は最早愚痴としか思えない説得をする。知っていたとしてもまともに説得するかは怪しいが。

 

「そうだぜ!お前のせいで色んなやつらが迷惑してんだよ!」

「しーらなーい」

 

 そんな緊張感の無いやり取りを続けながらも、やはり弾幕を飛ばし続ける。

 そして両者の戦いは拮抗し、そして――

 

 

 

 呪いの桜が、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「ちっ、おいどうすんだよ八雲!もう満開になってるぞ!?」

「落ち着きなさい。そのためにあなたをこの異変に呼んだのよ」

 

 何やら八雲には考えがあるらしいが、とにかく感じたのはあの桜の強大な『負』の力だ。

 怨み、絶望、悲しみ、恐怖、殺意、そう言った感情が多くの人間を死へと誘った妖の桜から感じられる。そして溢れだす己の力。あの桜の『負』はフランの狂気よりも大きく、強く、だからこそ俺の力も強くなる。

 霊力が高まり、魔力が練り上げられ、妖力が産み出される。どれもこれまでとは比べ物にならない量と質だ。もちろんそのままの俺が耐えられる量の力じゃない。いくら慣れていてもこんな量の負の感情を受け止めるのだって容易じゃない。だから作り替えられる。三つの力は魂を少しずつ変異させ、負の感情は俺の心を磨り減らす。だがそんなもの、

 

 

()()()()()()()()()()

 

 そう感じられるほどに、俺の心は既に壊れているのである。今更この程度の負の感情で傷つくことはない。

 だから、八雲の提案も受け入れられる。それが外での比企谷八幡も取ってきた行動で、しかし今度は決定的に違う。

 

「自分から言っておいて何だけど、本当にやる気?」

「当たり前だろ。それくらいじゃ俺は傷つかない。外での俺を見てきたんなら分かる筈だ。……それに、俺がやらなきゃあいつらは下手すりゃ死ぬ。そうだろ?」

「……ええ。ごめんなさい。頼んだわよ」

 

 おう。任せろ。これは俺の、得意分野だ。

 

 

 

 ****

 

 

 

 確実に進んでいる。わざわざ確かめる必要もないくらい、彼の魂は変異している。外の世界で既に人間の域は脱し、今日大妖怪と同等程度の魂にまで変異していた。本来そんな幻想郷のバランスを崩すような存在は消さねばならないが、どういうわけか彼の心は変わっていない。普通の人間ならば魂と体の変異に付いていけず心も体も崩壊し暴走する。それにあんな能力を持って生まれたら確実に死産となる。だが彼は生き永らえた。

 だからこそ彼を観察したのだ。彼の力でこの世界の歪な『負』の部分を処理できるのではないかと考えて。そして彼は予想以上だった。数年生きられれば幸運。十年生きれば奇跡、ぐらいに考えて彼を観察していた。しかし予想に反して彼は死ななかった。親に裏切られ、友達に傷つけられ、教師に疎まれ、それでも生きてきた。

 そして救われ、けれど自分から手放し、幻想郷(ここ)へやって来た。全てを受け入れる理想郷。けれど何にだって限度はある。妖怪に虐げられる存在である人間の負の感情は累積し、いつかは爆発する。そうなる前にどうにかしなければならない。……まぁそれだけでは無いのだけれど。

 そこに来て彼の能力は喉から手が出るほど欲しいものだった。もちろん一介の人間が持つには負担が大きすぎる上に無意識に周囲から悪意を集め、精神的にも肉体的にも追い詰められる力だ。そんなものはあってはならない。

 だが現にここにあるのだ。今回の異変。そして西行妖の持つ強大な『負』の力。彼を成長させるには十分だ。もちろん成長すればするほど彼の力は大きくなり、制御できなくなれば消さなければならない。だが私は何だかんだ言って彼を殺せないのだろう。それはきっと、彼を見ていると─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議と、霊夢(哀しい少女)を思い出すから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 彼は、能力の真価を発揮する。

投稿が遅くなってしまいすみません!
ただいまテスト期間なもので……来週からは出来るだけ週一投稿が出来るようにします。今後ともこの作品をよろしくお願いします。


 俺の能力は諸刃の剣だ。使い方を間違えれば、いや、持っているだけで常に自分を傷つける。そういう意味では諸刃どころの騒ぎではない。寧ろ普通の人間なら生きて生まれることすら不可能だろう。だが何の因果か、俺は良くも悪くも『普通』の人間では無かった。だからこの能力を理解し、使いこなせている。

 何しろこの能力は極論すれば世界中の人間動物妖怪妖精幽霊亡霊神問わず、それどころかありとあらゆる不幸や災いやその他沢山の『悪い』物を無意識に集め、それを己の力へと変換するもの。一見すれば世界中から悪いものが消えて、次いでに俺もパワーアップしてWin-Winだと思うかもしれないがそれは違う。

 世界中のありとあらゆる『負や悪い物』を集める。それはつまり俺の中にどんな悪感情さえも望まぬ内に入り込むということ。そして己に蓄積された『負』は俺の環境さえも悪い方へと持っていく。些細なことからイジメが始まる。すれ違っただけの見知らぬ人間から遠慮無い不快感をぶつけられる。実の親からも不吉な子、と罵られる。

 そんな環境に生まれて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生てて生きて生きて生きて生きて生きて。やっと掴んだ一筋の希望さえ、結局は自分が壊してしまった。

 

 ああ、だからだろうか。

 目の前のこの少女は、どこか俺に似ている。だから無視できない。助けたいと思ってしまう。

 

 

 

 なんて、初めてあいつに会ったときにも、そんなことを考えたっけか。

 

 

 

 そしてまた、俺は西行妖に斬りかかる。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「?……あら?変な人間ね。霊力、魔力、妖力。どれも良い質じゃない」

 

 今回の異変の首謀者である目の前の女性。確か西行寺幽々子とか言ったな。ともかく、目の前の俺と似て非なる能力を持つ亡霊が話しかけてくる。

 西行寺の視線は値踏みをするかの様であったが、何が気に入ったのか嬉しそうに微笑む。西行妖が咲いたという異常な状況下でもはしゃぐその姿は年相応の可愛らしいものであり、同時に幼さゆえの残虐さが感じられるものでもある。

 

「そりゃどーも。けどそこ退いてくんねえか。あんたの後ろの桜。ぶっ潰すからよ」

 

 俺がそう答えると、目に見えて不機嫌になる。だが西行寺は未だ分かっていないのだ。あの桜の麓には何が居るのか。ならば分からないままで良い。わざわざ呪われた記憶を取り戻す必要は無い。

 

「ぶーぶー。独り占めはんたーい」

「知らん。退かねえならお前ごとたたっ斬るぞ」

「……へぇー。言ってくれるわねぇ?」

「はいはい」

 

 そう言って、俺はやけに大人しい西行妖を見据える。妖怪と化した桜には意識が有るのか、はたまたこちらの出方を伺っているのか。それは分からないが俺と西行妖の間に緊張した雰囲気が作られる。しかしそんなものを気にしないのが西行寺幽々子という少女。年齢的には向こうの方がずっと上だとは思うが精神的にはとても幼い。

 

「ふーん。そういうこと言っちゃうのねー……――『亡舞:生者必滅の――』っ!?きゃあっ!」

 

 スペルを唱え始めた西行寺を、いきなり動き出した西行妖が幹を伸ばして弾き飛ばす。西行妖と俺の間に入っていたので完全に背中ががら空きだった。警戒も何もしていなかったからか一撃で気を失ってしまう。そしてまた西行妖との間に緊張した雰囲気が流れる。

 そんなある意味好都合ともとれる展開に僅かながら笑ってしまう。これから俺がやることを、そして生前の西行寺幽々子を今の西行寺に見せるわけにはいかない。

 

「けほっ、けほっ……おい、八幡。あれは一体何なんだぜ?」

「つーか来るのが遅いわよ。一体どこで道草食ってたわけ?」

「……すまんな。だが後ろを見てくれれば大体分かると思う」

 

 俺の言葉に霊夢と魔理沙が揃って後ろを振り向くと、そこにはスキマから上半身だけを出してこちらに手を振る八雲が居た。それを見てあからさまに嫌そうな顔をする霊夢と魔理沙。だがまあこれから俺がやることは周りに人が居ては成り立たない。それこそ八雲のように境界でも弄くって自分への影響を無くせない限りは。

 だから八雲にも頼んである。霊夢と魔理沙を回収するように、と。

 

「何しに来たのよ、紫」

「そうだぞ、八幡と二人で何してたんだぜ?」

「ふふふ、秘密よ……と言いたいところだけど、すぐに分かるわよ」

「は?それはどういう――」

「……ごめんなさいね」

 

 そう八雲が言うと、霊夢と魔理沙の足元にスキマが展開される。突然の事に驚き、対応をする間もなく二人はスキマの中へと落ちていく。

 それを見届け、俺は西行妖へと向き直る。

 

「……幽々子と妖夢も回収できたわ。後はお願いね」

「ああ。分かった――『魔槍:ザ・ロンリースピア』『魔刀:欺瞞者』」

 

 本来は飛ばすべき物である弾幕を、それぞれ槍の形と反りの浅い刀の形で作り出す。そこにさっきから無尽蔵に生成される霊力、魔力、妖力を注ぎ込み、ただの弾幕や武器とは違う『ナニカ』へと変貌させる。

 

 始まりは突然だ。武器を構えた状態で睨み合うことに痺れを切らした西行妖が、俺の腰ほどの太さはあるであろう枝をしならせ、俺を叩き潰さんがために殺到させる。

 

「――『独符:独房』」

 

 何度も使ってきた防御用スペルで枝の猛攻を防ぐ。しかしこれまで誰の攻撃も通したことの無いこのスペルでも耐えきれず、何発かくらってしまう。信じがたい激痛が体の中を駆け巡り、しかしそれさえも己の能力で力へと変えてしまう。

 

「――『集負:不詳の負傷』」

 

 いくらダメージを力に変換できても、体の傷を癒すのにはそれ相応の時間が掛かる。これはその傷を一時的にうやむやにして誤魔化すというもの。もちろん一時的に無かったことになるだけで後からツケは回ってくる。だがこの戦いで『癒負:集負者の救済』を使うとダメージ量がヤバイことになるので使えない。

 

 西行妖は俺を仕留めきれなかったと理解すると、またも十は軽く越える数の枝を殺到させ、俺を殺し養分とするために攻撃を続ける。

 

「それはさっき見たっつうの」

 

 ロンリースピアと欺瞞者に少しの『負』を纏わせ、迫り来る枝を今度は此方から切り伏せる。

 西行妖に吸収された死人たちの怨恨の声を聞きながら、その恨みという『負』を吸収し、力へと変換する。フランの狂気に勝るとも劣らないそれを力へと変換しながらも、俺は何も感じることはない。余りにも簡単に命が消えていくこの世界に来てから、あるいは来る前からか、それは分からないが俺にとって人の死というのはそれほどに下らないものらしかった。自分の大切なものが失われそうになれば或いは違う反応も出来るかも知れないが、少なくとも妖怪桜に取り込まれた見ず知らずの人間の死などどうでもいい。

 

「埒が開かねぇな」

 

 しかしそれとこれとは別問題。西行妖が満開になってしまった以上、封印が完全に解けるのも時間の問題だ。そうなってしまえば幻想郷全域から命あるものが消えるだろう。そしてそれを俺は容認できない。何故かは分からないがそれだけはしてはならないと心が叫ぶ。既に戦闘開始から三十分ほど経過した。残り時間はほとんど無い。

 だから俺は、この桜を消す。

 

「――理から外れたこの身は、負を喰らい糧とする

 

 無尽蔵に沸き続ける霊力、魔力、妖力を放出する。

 

如何なる力も負の前に散る。それは儚き夢の如く

 

 人の身では耐えきれる筈もない量の力を放出し、纏まる筈の無い三つの力を一つに練り上げる。

 

定めなど無い。枷は壊れた。鎖は消えた。この身を縛る物は何も無い

 

 練り上げられた『ソレ』は強大なる負。全てを飲み込み喰らい尽くさんとする力を、全身に纏わりつかせる。

 

この身は堕ちた。我が魂は最早人に非ず

 

 負の量はフランと戦ったときとは比べ物になら無い。それを成長と取ることは躊躇われるが。

 

さあ、壊れたように踊れ。狂ったように泣き叫べ。それは我が力となる

 

 瞬間、西行妖からさらなる負の感情が溢れ出る。それは俺の力へと変換され、さらなる負を産み出す。

 

「――『負界:幻負双終』

 

 それは結界。冥界の全てが『負』そのものに覆い尽くされる。その中で佇む俺と、何かを感じて恐怖する西行妖。だがもう遅い。この結界がある間は、世界中から全ての『負』が俺へと収束する。それは即ち、全ての破壊も恐怖も殺戮も悲嘆も何もかもが俺へと向かうということ。この場合の世界中というのは幻想郷全土に過ぎないが、集まる『負』の量は西行妖を消すには充分すぎる。

 

「『集負』――『負撃:絶対絶命』」

 

 両手に持ったロンリースピアと欺瞞者へと途方もない量の『負』を集める。それは使い方を間違えれば災害規模の破壊をもたらすことさえ可能である。それだけの破壊力をこのスペルはもっている。

 

「ぐっ、かはっ!」

 

 それだけの技をノーリスクで使える筈もなく、その力の代償は俺自身。自分をベットすることで高い効果を得る。この能力を使う限りはついてまわる究極の自己犠牲のように見えるナニカ。

 

「……はぁ、はぁ……これで、終わり、だっ!」

 

 外の世界でもしてきた筈の、己を賭けることでリターンを得るその行為。もうしたくないと思った筈のその行動。けれど今、俺は俺自身を代償とし、西行妖を消そうとしている。この矛盾が、何より俺を的確に理解しているように思えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 異変はようやく解決する。

 ぶつけるのは膨大な『負』。一個人が操るには大きすぎるその力は、数多の人の死を貪ってきた妖怪桜さえも容易く喰らい尽くす。一片も残さぬように、ただ執拗に喰らい続ける。しかし強引に物理化させた負の力では、物理的に西行妖を消すことで精一杯だ。とても西行妖に宿ってしまった能力を消すことは出来ない。

 そして呪われた力を律する()が消えたことで、指向性を失った能力は次第に暴走を始める。まず最初に喰われるのは俺の命だ。そして俺の命を喰らい尽くせば、すぐに幻想郷に存在する全ての命を平らげるだろう。()()()()()()()、だが。

 

 そしてこれこそが八雲の作戦。呪われた力を防ぎうる最後の、そして無二の手段。もちろん八雲レベルの人外であれば、少しは犠牲が出るとしても食い止めることは十分に可能だ。だがこれは異変。妖怪が起こし、人間が解決するこの幻想郷(楽園)の歪なルール。余りにも不公平なそれはしかし、結果として人と人ならざる者の双方を近づけることとなった。戦いの中で芽生えるその絆は、確かに常識の通じないこの世界ならではのものである。けれど俺にとって、その繋がりと言うのは何よりも大きな意味を持つ。

 だからこそ俺は、この行いを自己犠牲だとは言わせない。

 

 俺はこれまでもこれからも、俺自身のためにしか、動けないだろうから。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

――『負界:幻負双終』

 

――『負撃:絶対絶命』

 

 

 

「……ちょ、ちょっと紫。い、一体どういうことなの」

「な、なんだよあれ。やばいってもんじゃねえぞ」

 

 紫のスキマに拉致されてから少し経った頃。私たちは信じられない光景を目にしていた。八幡が何かの呪文を口にした後、いきなり八幡を中心に黒い力が円形に広がり始めたのだ。それはやがて冥界全域を包み込み、それ自体を一つの術式としていた。規模は博麗大結界程ではないけれど、それでも一人の人間が制御するには大きすぎるし複雑すぎる。あれを展開するだけでも大妖怪程度の力量は必要だ。まあ紫なら涼しい顔をしてやりそうだけれど。

 だがそれにしても博麗の巫女でも無いただの人間が扱うには、それも最近幻想入りしたばかりの人間が扱うには負荷が大きすぎる術だ。今八幡の体と心には想像を絶する程の負荷が掛かっているだろう。だがしかし、それに見合うだけの効力をあの結界は確かに持っている。あの結界の中ならば、八幡の力は紫に迫るほどのものとなっているだろう。

 

「……そう、ね。聞いてくれるかしら。あの桜と、幽々子のこと。……そして、彼が何をしようとしているのかを」

 

 そうして紫から聞かされた話は、想像など出来る筈もない内容で。けれど、彼がしようとしていることは、何となく私にも分かった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

『ウボァァァァォォォォ!』

 

 西行妖が消えたことで、西行妖に取り込まれて自我を失った霊達が、そして呪われた力を宿した西行妖の魂とでも言うべき何かが俺に襲いかかってくる。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()俺がすべきは、西行妖を封印していた西行寺幽々子の肉体を解き放つこと。哀しき宿命を背負わされた少女に対する、せめてもの酬い。当然赤の他人も良いところである俺がすべきことでは無いのだが、俺自身西行寺と話せば何かが見えるような気がしているのだ。

 

「……うるせーな。さっさと失せやがれ」

 

 そして俺は自身の能力を体現すべく、『負を集積し、力に変換する』という概念それ自体を具現化させる。

 瞬間、俺を包んでいた黒い『負』が形と性質を変え、西行妖から解放された魂の発する『負』を喰らわんと迫る。

 ここからは俺と魂達の根比べだ。俺が負荷に耐えきれず倒れるのが先か、『負』を撒き散らす魂達が俺に喰われるのが先か。

 

 それからの攻防は熾烈を極めた。負を集積し、己の力へと変じる俺の能力は、既に集積するだけに留まらず、『負を操る』という域にまで達していた。

 八雲に言われた時はそれがどういう事なのかはわからなかったが、今となってはこの能力がどれだけ異常なのか何となく理解出来る。『負』という概念それ自体を意のままに操り、従える。それは『正』と『負』の二面が存在するこの世界の半分を手中に収めるようなもの。

 まだ俺はその域にまで達していないが、それでも自身の能力がどれだけ異常なのかは戦いの中で理解出来た。

 

 そして俺が纏う負は、俺に操られるがままに『負』を食らう。ただひたすらに、彼等の魂を解放するために。その過程で流れ込んで来る力は、俺自身の魂を、肉体を、精神を、傷つけ、癒し、書き換え、俺という存在を強固な物にして行く。

 強くなって行く感覚に快感を覚えることも無く、何も感じられない程の苦痛の中、『負』を喰らっていた。

 

『ギグルゥゥゥウエウォォオォオ!!!』

 

 最早一つに纏まる事すらままならないのか、散り散りになりながらも貪欲に俺を食らおうとする。

 それを迎え撃ち、喰らい、喰らわれ、そして──

 

『西行妖』は、この世から消滅した。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

『……て。ね……。……てば。……起きて!』

「あ……?」

 

 何やら声が聞こえ、それによって意識を覚醒させるとそこには一人の少女が居た。

 

「お前は……?」

『あら?覚えてない?一応あなたが助けてくれたんだけど』

 

 クスクスと笑いながら純粋な笑顔を向けてくるのは西行寺幽々子。ただし亡霊ではなく西行妖を封印したほうの西行寺幽々子だ。

 

「……いや、覚えてる。ちょっと疲れてただけだ」

『そう?大分無理してたみたいだから心配したのよ?私ごと消してくれても良かったのに』

「ふざけんなよ。お前を消しちまったら何のために体張ったか分かんねぇだろ」

 

 そう。俺がここまで無理したのは、幻想郷のためでも西行寺のためでも無い。俺のこの能力と、西行寺が得てしまった呪われた能力。その全く性質の違う二つの能力には、ただ一つ己の意思に関係なく他者を巻き込むという共通点がある。だからこそ、俺のこの漠然とした不安を解消ないし軽減する術を西行寺は持っているのではないかと思ったのだ。結局は自分のため。自己犠牲でも何でもない、ただのおぞましい欲望だ。

 

『ふーん、まあ良いけどね……それで?何か用があるんでしょ?』

「あー、まあ、あるにはある」

『ならさっさと済ましなさいな。長くは話せないもの』

 

 そういって微笑む西行寺は、既に存在自体が薄く消えかかっている。それもそうだ。彼女は所詮西行妖を縛る鎖にすぎなかった。魂の無い器だった彼女の意識は、西行妖の妖力によって維持されていただけなのだ。既に西行妖の木それ自体は消したし、西行妖に喰われ、自我を亡くしたまま養分となっていた魂達も解放した。ならば西行寺が消えるのも時間の問題だ。彼女の言う通り時間など端から残ってはいない。

 

「おう。なら聞かせて欲しい。―――――俺は、何なんだ?」

 

 それを聞いた西行寺は何故か困った顔になり、そしてため息を吐いた。そのため息一つにどれだけの思いが、葛藤が、情念が含まれているのだろうと思考する。もちろん答えなど出ない。出ないが、それでも考えずには居られない。他者のために、己の身を、魂を使うことの出来たというこの少女なら、何か教えてくれるのではないかと。

 

『……はぁ。全く、君はそれを聞くためにこんな無茶をしたの?』

「……あぁ」

『そう。けどごめんね。私には分からない。私は貴方では無いもの』

「そうか」

『えぇ。そうよ。だから考えなさい。自分が何をしたいのか、何のために生きるのか、それとも死ぬのか。それにあなたの力は、ただいたずらに奪うだけの力では無いでしょ?なら貴方が道を誤らない限り、貴方は護ることも出来るわよ』

「……そうか」

『えぇ。それとこれはアドバイス。案外何にも考えないで生きたいように生きるのが、一番楽しいわよ?』

「ははっ、そうかよ」

『ええ。貴方にもいずれ分かるときが来るわ』

「そうかい。……なら、そのときまで生きてみるわ」

 

 俺がそう答えたとき、既にほとんど消えていた西行寺の残滓が完全に消滅する。在るべき所へ還ったのだ。だが、俺の中には彼女が教えてくれた、今は未だ理解できない何かが眠っている。俺が俺で無くなっていき、肉体も魂も強化され、改編されていく日々は本当に訳が分からなくて、自分という存在さえ見失いそうだった。だが彼女は、彼女の言葉は、俺をもう少し生きてみても良いかなと思わせてくれた。理解は出来なくても、それが悪いものじゃないというのは、こんな俺にも分かった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

『あぁあぁあぁ、なーに立ち直ってんの?『俺』?……まあ、そのお陰で外に出れそうだし良いんだけどよ。……さて、まずは消去された記憶の改竄からやってくかねーっと。ククク、面白いこと、出来そうだなぁ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 動き出した何かとその後のお話

今回ちょっと短めです。遅れたくせに酷いですね。
……や、次は、きっと……ね?

ではどうぞ。


「おーい、八幡!んなとこでぼーっとしてないでお前も飲め!」

 

 異変解決後、帰ってきた春が幻想郷のすべてを暖かに覆い、生命の息吹が如実に感じられるようになった今日この頃。俺の体は能力の使用によってボロボロだったが、胡散臭い賢者とその知り合いによって治された。俺薬飲んだだけなんだけど。何で全快しちゃってんの。怖い。幻想郷怖い。

 

「お前……俺一応病み上がりなんだが」

「あ?お前ゴキブリ並みにしぶとそうだし大丈夫だろ」

「ゴキブリとは何だゴキブリとは。せめてゾンビにしとけ」

「あー、目とか腐ってるしな」

 

 と、当たり前のように開かれた宴会の席で魔理沙と軽口を叩き合う。ゾンビはともかくゴキブリは初めて言われたぞ……

 というか怪我人(元)に酒を飲まそうとするな。いや治ってるから良いのか?

 

「ひっく……ねぇねぇ八幡くーん」

「……げっ」

 

 唐突に話しかけられ振り返ると、そこには酔っぱらった西行寺幽々子が居た。嫌な予感しかしねぇ……

 

「げってなによー。私みたいな年増は嫌いなのー?」

「もうあんた黙れよ」

「へ……は、八幡くんに嫌われたー!!!」

「だーもう嫌いじゃないですから!ちょっとめんどくさいなと思っただけですから!」

「それはそれで酷いわよー!うわーん!」

 

 ……鬱陶しい。平塚先生とは違ってこの人幼児化して絡んでくるとか曲者過ぎるんですけど。そして周りの視線が痛い。特に西行寺さんの後ろの魂魄妖夢からの視線が怖い。というか今にも剣抜きそうなんだけどあの人。半霊も荒ぶってるし。

 

「あー、八幡が泣かせたー」

「うぐっ」

 

 霊夢に視線を送るも普段の食料不足を補うためかバカ食いしているため救援は望めない。紅魔館勢はニヤニヤしてるだけだし、八雲がここに居る筈もない。端的に言って孤立無援だった。控えめに言って絶体絶命である。……後で紅魔館にイワシの頭と折った柊の枝を大量に送ってやろう。

 

 心中でそんなことを考えつつも、こんなどたばたを案外楽しんでいる自分に気づいた。

 

 

 

 ****

 

 

 

『……お、そろそろ行けるか。……だがどうするか。八雲に気づかれたら終わりだからな。んー、結界を越えるほどの力を出したら確実に気づかれるよなぁ。かといって力を押さえると外に行けねぇし……よし、取り合えずそこらの木っ端妖怪と同程度まで妖力は抑えてーっと。うし、これなら結界は越えられないが、八雲に気づかれることもない。力を集めるならこいつの外に出てからでも出来るしなっと』

 

 ――比企谷八幡が宴会を楽しんでいたその頃、既に事態は動き出していた。それに気づくことは八幡自身出来ず、それは博霊の巫女や賢者とて同じであった。だから未然に防げなかった彼らを責めるのは筋違いと言えよう。だがしかし、彼らは、幻想の郷に生きるものは皆、絶望を知ることになる。それが顕在化するのはまだ先の事で。だからこそ、気づいた頃には致命的に手遅れだった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 女の人に八幡の事を聞かされてから数ヵ月が経つ。未だに向こうからの接触はない。

 もちろん、僕だってその間なにもしなかった訳ではない。奉仕部の皆やクラスの皆。とにかく八幡と関わりの会った人に、直接的にも間接的にも八幡の事について問いを投げ掛け、それでも思い出すそぶりは見せない。――数人を除いて。

 その数人とは小町ちゃん、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、平塚先生だ。とは言っても明確に何かを覚えているわけではなくて、僕が八幡を連想させる話や、八幡自身のことを話すと何かが引っ掛かっているような、そんな態度を取るのだ。平塚先生はまた違う感じがするけど。

 

「幻想郷……か」

 

 現国の授業中、女の人が言っていたその名を何とも無しに呟く。そしてその呟きが聞こえたのか、平塚先生がこちらを振り向く。その顔には、驚愕と納得の表情が張り付いていた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「幻想郷……か」

 

 そう戸塚が呟くのを、私は確かに聞いた。

 幻想郷。それは現世を追われた神秘の者達が暮らすとされる隠れ里。少なくとも母からはそう聞いている。何でも私たち平塚の一族は、無縁塚と呼ばれる場所をその郷の外から守護する一族なのだそうだ。母自身、何代も前から伝わっているだけに無下にも出来ず、かといってそれを信じているかと言われれば微妙なところだ、と言っていたしな。

 だが私は幻想郷の存在を半ば確信していた。何と言うことはない。その幻想郷の者と名乗る存在に出会ったのだ。ただ、それだけ。出会ったと言っても数分話をしただけだ。だがそれでも、その異様さを、異質さを、この身をもって体感した。

 もしや彼の一族もそうなのではないか。戸『塚』の名がそれを表していると言えるのではないか。だがわざわざこの年齢で話をされるものか。私だって成人してからだったし。いや一族によって違うのかもしれないが。……まぁいい。直接聞いてみるとしよう。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 放課後、平塚先生に呼び出された。やけに真剣な顔してたけどどうしたんだろう……?

 

 生徒指導室に通され、平塚先生が恐る恐るといった感じで話し始める。

 

「戸塚。今日の授業中、何か……いや、『幻想郷』、と言わなかったか?」

「!……先生、幻想郷を知ってるんですか!?」

 

 思わず立ち上がって叫んでしまう。もしかして、先生なら幻想郷への行き方とか知ってるんじゃ……

 

「あ、あぁ。私の一族は幻想郷に関わっていたらしくてな。君の家もそうなのでは無いかい?」

「え、い、いえ……僕はそんなこと聞いたこと無いですけど……」

「?……なら、何故知っているんだ?」

「あ、いえ……」

 

 話しても良いのかな?八幡のこと。この様子だと思い出した訳じゃ無さそうだけど……

 

「……実は、友達が幻想郷に行ってしまったんです」

「……詳しく聞かせてくれ」

 

 

 ─────────

 ─────

 ──

 ─

 

「……なるほど……済まないが、幻想郷への行き方は分からない。だが君だけが思い出したと言うのなら、やはり君の家系には何か秘密があるのかもしれないな」

「……そう、ですね。帰ったら聞いてみようと思います」

 

 そう言って生徒指導室を後にする。

 

 もし、僕の一族が先生のように幻想郷に関わりがあるのなら、僕はそれに縋るしか無いのかもしれない。それでも必ず、八幡に会いに行かなきゃ。そして八幡に謝るんだ。そうしないと、親友なんて名乗れない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章 塚守の血族、そして永い夜
第十八話 戸塚の一族


「すぅ……はぁ」

 

 リビングへの扉の前で、僕は自分を落ち着けるために深呼吸をする。かつてない程の緊張だ。家族相手にこんなに緊張するなんて思いもしなかった。けれどもし、僕の一族が幻想郷と関わりがあるというのなら、僕はまた一歩、八幡に近づける。八幡に会いに行くんだ。

 そんな決意を抱いて、僕は母さんの待つリビングへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「……母さん」

「……来たわね」

 

 僕がリビングに入った時、母さんはいつものようにソファーでコーヒーを飲んでいた。けれどその顔は真剣そのもので、リラックスしているようにはとても見えない。

 

「さて、もう大体察しは付いてるけど、あなたから聞かせて?」

「うん……母さん。僕は───幻想郷に行かなきゃならない」

 

 僕がそう言うと、母さんは静かに目を閉じる。瞬間、母さんの纏う雰囲気が劇的に変化した。そして本能的に悟る。母さんは、僕らの家系は、決して普通ではないと。何か大きな秘密があるのだと。

 

 

 

 

 ……もう、後戻りは出来ない。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 唐突に開いた母さんの眼は、鋭く僕を見据えていた。

 

「……彩加、あなたはいつ幻想郷の存在を知ったの?」

「……、……僕の親友が、幻想郷に行ってしまったんだ」

「そう。ならあなたはどうしてそれを覚えていられるのかしら?」

「覚えていられた訳じゃ無いんだ。ある日それを思い出した。そして部屋に女の人がいきなり現れて、親友は幻想郷に行ったと告げてきたんだ。だから、僕は……」

 

 ───どんな手を使ってでも、幻想郷に行く。

 

 そう言外に告げる。

 

 伝わったのかは分からないが、話の流れから考えても少なくとも母さんは幻想郷を知ってる。

 

「……そう。少し早いけど、あなたにも全てを教えましょう」

「!ありがとう!……これで、きっと」

「ああ、先に言っておくけど、私は幻想郷への行き方を知っている訳じゃ無いわ」

「え……」

「ただし、幻想郷の管理人には会える」

「……それって」

 

 

 どういうこと、と聞く前に、母さんは何よりも分りやすく示してきた。

 

 

「こういうことよ」

『……また会ったわね。彩加君?』

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「突然ごめんなさいね、紫」

『まったくよ、彩乃』

 

 今目の前に、あの日現れた女の人が居る。それも母さんが呼んだかのように現れた。……どういうことなんだろ。ちょっと頭が追いつかない。

 

「ま、こんな風に向こうの人を招く事が出来るの。相手に拒否されたら何も起こらないけど」

『それが彩乃の能力というわけね』

「え、えっと、あの……あの時僕の部屋に現れた人ですよね?」

『ええ。あの時は名乗りもしなかったわね。私は八雲紫。幻想郷の管理人をしてるわ。よろしくね』

「あ、は、はい!……えと、僕は戸塚彩加です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 それにしてもこの人何か透けてるんだけど……幽霊、とか?

 

『ふふ、別に幽霊とかでは無いわよ。実体が無いのは今の私が分霊だから。本体の私は幻想郷に居るわ』

「?分霊?」

『ええ、妖力で作られた意思を持つ霊体……まあ、立体映像だと思ってくれれば良いわ』

「はぁ……」

 

 霊体……何だかオカルトな話になってきた。まあそれを言ったら幻想郷自体がオカルトみたいなものなんだけどね。

 

「えっと、それで……八幡はどうなったんですか?」

『……特にこれと言って問題は無さそうよ。少なくとも今の所は』

「そう、ですか……よかった」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。直接会えないのは嫌だけど、それでも元気にやってるのなら、僕はそれだけで少し安心出来る。

 

『それで、彩乃。私をこのタイミングで呼んだという事は……』

「……ええ。彩加にも教えるつもりよ。予定よりは何年か早いけど」

『そう、次代の戸塚の能力は一体どんなものでしょうね?』

「もう、気が早いわよ」

『そんなこと無いわ。それに……ちょっと、私がどうこう出来る範囲から逃れる可能性が出てきた』

「な……!……そう、だからか」

「か、母さん?八雲さん?何言ってるの?」

 

 何やら不穏な空気感じになってきた。何を話しているのかはまったく分からないけれど。

 

『ああ……そう言えば、貴方にも説明しなければならないわね』

 

 そう言って、八雲さんが静かに微笑む。それは見るもの全てを魅了する魔性の笑みで。

 けれど僕には、どうしようも無く不吉に思えた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

『先ず、貴方達塚守が何なのかを説明しなければならないわね。幻想郷とは、現世から追われた神秘が集まる、人間と人外の理想郷。少なくとも建前上はそうなっているわ。ここまでは良い?』

「は、はい」

 

 よろしい、と八雲さんが微笑む。

 

『でも、と言うか勿論、外の世界からは触れる事も見ることも感じることもできないようになっているの。そしてそれを可能にしているのが、博麗大結界と呼ばれる結界よ。

 けれど幻想郷はそれなりに広いし、色々な理由があって完全に隔てる事が出来なかった。綻びが出来てしまったのね。

 そしてその綻びこそが無縁塚。貴方達塚守の一族達が外の世界から守っている場所よ』

「えっ……と……?」

 

 何だか混乱してきた。知らない言葉ばかり出でくるからいまいち理解できない。

 

『あら、少し詰め込み過ぎたかしら。……まあ要するに、外の世界(こっち)からしたら創作の中にしかないような、ファンタジーの産物が生き残っている世界なの。私と一部の人間は中から幻想郷を守り、貴方達塚守の一族達は外から幻想郷を守る。……まあ、外からの助けが必要な事態なんて起こったことは無いから、知らなくても無理はないけれど』

「はぁ……」

 

『まぁ、それが幻想郷の概要ね。そして本題はここからよ。彩乃も聞きなさい』

 

 八雲さんの雰囲気が変わる。これまでのどこか胡散臭い感じから、真剣な空気に一瞬で変わってしまった。

 

『さて、この前幻想郷に一人の人間を招いたの。彩加君はよく知っている人間ね』

「八幡に、何かあったんですか!?」

『まあまあ落ちつきなさい。彼自身に異変があった訳じゃないの。寧ろ色んな人と過ごす内にいい方向に向かってる。貴方と引き合わせられる日も近いわ』

「ほ、本当ですか!?……よし!」

 

 やった!これでちゃんと八幡と話せる。少し不安だけど、八幡とこれっきりになる方が嫌だ。後悔だけはしないようにしなきゃ。

 

『……ただ、問題なのは彼の能力よ。実を言うと彼の能力は人間程度が……いえ、例え大妖怪であっても持つ事など出来ない。例えその能力を持つ事が出来たとしても、正気で居る事など不可能よ。それも彼が意識せずとも発動するタイプだから厄介なのよね。だから外に居た時は私がその働きを抑制していたの。そのせいで幾つか弊害も出来てしまったから、そこについては申し訳ないと思うわ』

 

『彼の能力は【負を集積し、力に変換する程度の能力】と、【負を操る程度の能力】。ただ集積するだけだったはずなのに進化をし続けていた。私が意図的にその進化を遅らせているからこの程度で済んでいるけれど……』

 

『そして既に能力の一部が、私の制御下からはみ出し始めているの。たった数%ではあるけれど、何分元の能力が危険極まりないものだからね。今すぐ何か起きるとも思えないけれど、五年後十年後に何が起きるかまったく分からない。だから彩加君、貴方のようにまだ能力を自覚していない人間が必要なの。少しでも戦力が欲しい』

 

「紫、それは貴方が恐れる程に危険な物なのね?」

『……ええ、私の施した封印が解かれてしまったら、幻想郷はおろか外の世界さえも一日で滅ぼせるわね』

「……はぁ、あんたも苦労するわね」

『ええ、けれど彼が自分の能力を制御しきることが出来たなら、幻想郷は漸く完成する』

「そう……なら、何がなんでも消す訳には行かないわね」

 

 そうやってまた僕を放って話していた二人が、急に僕のほうを向く。……な、なにかな。何か怖いんだけど。気迫が凄い。

 

『「彩加(君)、貴方今日から特訓ね」』

「…………へ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 八雲様の霊力教室+α

 彩加が八雲紫と話をしていたその頃、平塚静もまた、八雲紫(の霊体)と接触を果たしていた。

 

『……こんばんは。平塚静さん。久しぶりね』

「この声……あの時の」

『あら、覚えていてくれたのね。それなら話は早い』

 

 そう言うと、八雲紫は静かに微笑む。それは人でない者の、魔性の笑み。見る者を魅了し、惑わす悪魔の微笑み。或いは、見る者に癒しを与える天使の笑み。

 

「……どういう事でしょう?」

『ふふ、簡単よ。あなたにも協力してもらうわ』

 

 そう言って、八雲紫は一層笑みを深くする。但し、その表情は扇に隠され平塚に見られることは無かったが。それでも、平塚静は、その不吉な程に美しい笑みを何となく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 戸塚彩加と平塚静が、八雲紫に協力する事が決まったその次の日。土曜日という事で学校が休みだった二人は、塚守の血族の、忘れ去られた集会所に集められていた。彩加は未成年だからという理由で、母である彩乃が着いてきたのはご愛敬という奴だろう。

 

「さて、あなた達を呼んだ理由は説明したわよね」

「はい」

「えっと……一応は」

 

 紫は二人の返事を聞き、鷹揚に頷く。その程度の仕草でさえも堂に入っているのだから美人というのは得である。とはいえこの場には美人に美少年が揃っているわけだから、紫だけが特別目立つということもないのだが。

 

「そう。なら早速で悪いけれど、霊力を感じる事から始めましょうか」

「あの、私達には能力とやらがあるという事でしたが……?」

 

 少年心を擽られたのか、能力を楽しみにしていたらしい静。

 

「ふふ。楽しみなのは分かるけれど、私だって見ただけで能力が分かるわけでは無いの。発動の兆候も無いのだから特定のしようが無いわ。それに、能力だけ分かっていても、基礎が出来ていなければ実戦では役に立たないもの」

 

 八雲はそう答え、特訓を開始する。

 それは彩加と静にとって、地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

「はいそこ!霊力が揺らいでるわ!」

「はい!」

 

 小さな弾幕を手のひらに浮かべる彩加。そこに飛んで来る八雲の叱責。ちなみに幻想郷の仕事は式神に頼んで来たようだ。サボっているとも言える。

 

「静!何なのその拳は!?強化が足りないわよ!」

「はい!」

 

 霊力で強化した拳で、八雲の用意した的を殴る静。鬼気迫る表情である。静は何故か霊力を体外に放出する事が出来ず、その代わりに自身の体を強化するのが得意である。

 

「ふむ……思ったより筋がいいわね。流石に八幡くん程ではないけれど」

 

 呟く八雲。どうやら弟子(?)には想定以上に才能があったようである。

 

「まさか一週間で霊力が使えるようになるなんてね」

 

 そう。彩加と静は、たったの一週間で霊力を『使える』ようになったのだ。ただ使えるとは言っても、八幡のようにいきなり弾幕を出したり空を飛んだりスペカを作ったり武器を生み出したりは出来ない。八幡が規格外なだけである。

 

「静の方は能力の片鱗が見え始めたし、これは良い戦力になるわね」

 

 そも、八雲を持ってして、人間程度が持つ能力が分からないなどありえないのだ。ただ、神秘の消えた世界で生きていた人間に、いきなり能力を使いこなすのは困難であったから教えなかっただけで。

 

(けれど、彩加の能力は……人間程度が持てるものじゃない)

 

 そう。それは本来人間が持つ事など叶わない、超常の能力(ちから)

 

(でもこれなら……保険としては優秀過ぎる。彼なら、例え八幡くんが暴走しても止められる)

 

 その力は、例え境界を操る彼女でさえも、その気になれば容易く無力化出来る程の力。そしてそれは、『負』を操る八幡にさえ有効だ。文字通り、彩加は八雲の、引いては幻想郷の希望となる。

 

(なら……しっかりと、鍛えなきゃね)

 

 現世に生き残る、最後の塚守達。彼らの持つ可能性に、大いなる飛翔の予感に、幻想郷の大賢者は、妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「グガァァァァ!!!」

『……あー、まだ足りねえなぁ』

 

 幻想郷の森深く。はぐれの妖怪程度しか来ないようなその場所で、『ソレ』は『負』を喰らっていた。『負』とは則ち絶望。或いは恐怖。或いは憤怒。或いは破壊衝動。それらの昏い感情を宿した妖怪を、無感情にただ喰らう。無感情なだけであって、目的が無い訳では無いからタチが悪いのだが。

 

『ソレ』には目的があった。宿主から離れた後も、その目的のために動いている。()()()()()()()()()()()()()()()、宿主だった男の能力範囲から外れるために、効率の悪い方法を取らざるを得ない。その矛盾しているようで、けれど当たり前の事実を前に、『ソレ』は憂鬱になる。

 

『あー、どうすっかなぁ……安全を捨てるか、効率を捨てるか』

 

 そう。『ソレ』には、その気になれば幻想郷の名だたる面々を制圧できるだけの力がある。宿主だった男が、敵対しない限り。寧ろ、『ソレ』が恐れるのは宿主だったその男だけである。その男の持つ能力は、未だ成長を続けているために、『ソレ』はその男を恐れるのだ。

 けれど、『ソレ』は言うなれば宿主と血を分けた兄弟。自分の意思で行動できるようになったのが最近だったというだけであって、寧ろその能力を真に使いこなせるのは『ソレ』だろう。

 

『ま、いーわ。ゆっくりゆっくり、負を広めていくとしよう。その方が質もいいしな』

 

 人知れず計画を進める『ソレ』の目的が明るみに出るのはまだ先だ。

 

『ああ……どんな声で叫ぶんだろうか。どんな味の負をくれるのだろうか』

 

 目的のために、『ソレ』は残虐性など欠片も感じさせない笑顔で、『ソレ』残酷な楽しみを見出す。

 

『待っててくれ。いつかきっと、迎えに行くから』

 

 ただ純粋な、願いのために。『ソレ』は願う。

 

『叶うならば、平穏を。安穏を』

 

 そして『ソレ』は、今日も『負』を集める。明日も、明後日も、明明後日も、一週間後も、一ヶ月後も、半年後も、来年も、その次も。いつか、悲願を成就させるために。

 

 ───今日も、たった独りで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 静の能力。そして、永い夜の始まり。

 私は現国の教師をしている。自分で言うのもなんだが、そこそこの外見とサバサバした性格──ズボラ、とは言うなよ?──で結構人気のある先生だと思っている。

 事実、女子生徒を中心に慕ってくれている子供たちも多いし、雪ノ下姉妹という色々な意味で問題児な生徒の面倒を見ていたのは主に私だ。

 

 まあそれは今はいい。結婚出来ないのは問題だが、最近は独身というのも悪くは無いと思いはじめた。……いや、やっぱり結婚したい。

 

 話が逸れたな。

 まあ何が言いたいかと言うと、だな……

 

 

 

「……何故私は戦っているのだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私こと平塚静は、塚守の血族として修行に励んでいる。確かにバトル系のマンガは好きだが、何も自分が不思議パワーを使えるようになりたい訳では無かった。

 そもそもとして、私がここに居るのはただ単に八雲様?に誘われたというか何と言うか……まあ成り行きで参加していると言っても過言では無い。

 

 まあここまで来てしまえばむしろ楽しいので結果オーライなのだが。そりゃあ誰だって自分がマンガの登場人物のような事が出来たら楽しいに決まってる。かめ○め波は打てなかったが。

 

 だが……

 

「これはさすがに想定外だ」

 

 私が今何をしているかと言うと、何とも単純な修行法。つまり実戦である。

 その相手はというと、(ちぇんまたはだいだい)という八雲様の式神の式神だ。猫の妖怪である猫又らしいが、戦闘向きの妖怪では無いらしく、ある程度霊力が使えれば戦える。手加減はしてもらっているが。

 

「塚守とか言うのはその程度なのかにゃ~?」

 

 そしてこれでもかという程煽られる。口調が幼いのはわざとなのか素なのか。

 ……まあ、どちらにしても。

 

「教え子の前で、無様を晒す訳には行かないな──『拳符:鉄鋼拳』」

 

 私が自覚した能力は、『自身の速度と硬度を操る程度の能力』だ。名前の通り、自分自身の速さや硬さを操れる。未熟な私には、拳の硬度を鉄と同程度に高め、速度を倍にする程度が限界ではあるのだが。

 

「にゃぶっ!?」

「……あ」

 

 油断していたせいか、橙さん(?)が拳をまともに喰らって吹き飛ぶ。体重が軽いからか、まさにマンガのごとく地面に何度も叩きつけられながら転がっていく。それでいいのか、妖怪よ。

 しかしさすが妖怪と言うべきか、橙……さんはすぐに起き上がり、

 

「う~、よくもやったな~……お返しだいっ!『猫符:百烈弍苦灸』!にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーにゃ!!」

「それは色々大丈夫か!?」

 

 謎の義務感に突き動かされ、思わず橙のスペカにツッコミを入れてしまう。何故だ。

 というかスペカと言う割には物理攻撃なのだが。弾幕ごっこはどこへ消えた。

 しかしそんな肉球の連打も、妖怪の膂力と妖力で繰り出されれば、人間にとって致命的な傷を与えるのは容易だ。

 

「『鉄符:鉄身』!」

 

 回避は間に合わないと判断し、全身を鉄と同等の硬度に強化し、加えて鉄の概念を持つ弾幕もどきを纏う。私は何故か霊力を体の表面までにしか展開出来ないのでな。そして、橙の肉球の連打も、鉄の体の前には猫パンチがごとく。

 気にせず猫パンチを続ける橙。そしてこれはまたとない……かは分からないが、好機である事に間違いはない。騙し討ちの様で気が引けるが、こうまで隙を晒しているのだから仕方ないだろう。むしろこれで行かなければ、八雲師匠に折檻されてしまう。

 

「霊力集中!【霊装:ナックルダスター】──『瞬鉄:瞬速鉄鋼拳』!!」

 

 霊力でナックルダスターを創り出し、現段階での最高のスペル『瞬鉄:瞬速鉄鋼拳』を繰り出す。スペルの効果により、鉄の硬度を得た拳が通常の四倍速で突き出される。

 そしてそれは呆気なく橙を吹き飛ばし───気絶。

 それは、私の修行が第二段階に入ったことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハー、ごめんねお兄さん」

 

俺は笑いながらかるーく謝罪するフランと、フランが破壊した我が家を前にして呆然としていた。

 

「……いや、どうすんだよ……これ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が家が大破した訳。

それは、咲夜さんがフランに作ったプリンを、レミリアがきれーーいに食べ尽くしたせいで大喧嘩が勃発したから。で、転送魔法の実験をしていたパチュリーさんの魔法によって、レーバテインとグングニル(+フラン)が我が家のど真ん中に出現した。

 

その結果。昼飯を食っていた俺にスペルが直撃。最近完成した自動発動型防御スペルのお陰で大した怪我は無かったが、代わりに家が大破した。

 

「………………」

「ごめんねー、お兄さん。でも悪いのはお姉様なのー!」

「……そっかぁー」

「うん!」

「俺、今夜どこで寝ればいいんだろうなー」

 

いやほんとどうしよう。魔理沙・霊夢被害者の会会長にして数少ない、というか唯一の男性の知り合い、森近霖之助さん通称こーりんの店に泊めてもらうか。何だこの説明口調。

 

「うーん……あ!なら私の部屋に泊まりなよ!元々私達が壊しちゃったんだし」

「え、いやそれはまずいんじゃ……」

 

主に俺の外聞が。盗撮カラスに情報が流れたら死ぬぞ。社会的にも物理的にも。シスコンモードのレミリアに勝てる気しないし。

 

「そうと決まればしゅっぱーつ!」

「話を聞けぇー!」

 

結局、俺には選択肢も決定権もある筈が無く。

俺は吸血鬼の膂力と飛行能力を、嫌というほど体感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、幻想郷に住む妖怪達は大いに焦っていた。

 

 異変だ。

 

 もちろん、幻想郷中の妖怪が焦るなど並の異変ではない。例え紅い霧が空を覆おうとも、妖怪達に影響は無いのだから。

 妖怪達が焦るには、もちろんそれに足る理由がある。妖怪達は基本的に夜に生きる者達であり……よって、月の光という物は彼らにとって途轍もなく大事なものなのだ。

 

 今夜の月は、何かがおかしい。

 

 妖怪達はすぐにその事に気づいたが、そもそもとして月に余り大きな関心を抱いていない人間達は、異変が起きたことにすら気付いていなかった。

 しびれを切らした妖怪達は、それぞれ人間を連れて独自に調査を開始した。

 

 この夜が終わるまでに、本物の月を取り戻さなければならない。

 例え夜を停めてでも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。