THE IDOLM@STER 輝く星になりたくて (蒼百合)
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CH@NGE OUR LIFE
1話 そんな終わりも、またアイドル
この度デレアニをメインに765メンバーも登場する小説を執筆していくしがないPの蒼百合です。
よろしくお願いします
【0617/9/12】本文の内容を修正しました
都内にある古びた雑居ビルの二階に『765プロダクション』の事務所がある。765プロは、数あるアイドルプロダクションの中でも指折りの実力を持つトップアイドルが在籍していた。
彼女たちをテレビで見ない日はなかった。
けれどその規模は、一フロアであり全員が集えば窮屈になるほどに空間は狭かった。レッスンスタジオは当然外部にある。
一等地にビルを建てることだって可能かもしれないが、事務所が移転することはないだろう。この空間を彼女たちは愛しているからだ。
*
雨が降る日曜日の夜のことだった。
事務所では二人の女が椅子に座りテレビを観ていた。彼女たちの観ている番組は、765プロアイドルが主役の『生っすかレボリューション』という人気番組だった。
長い髪を纏めてきる癖っ毛が特徴のスーツを着た女性は、
彼女はプロデューサーだ。『竜宮小町』だけではなく現在は、事務所に所属するほぼ全てのアイドルのプロデュースを行っていた。
律子の目線の先に座っているのは、浴衣を身に纏い羽織を着て、長く伸ばしている髪を後ろでポニーテイルに纏めている
アイドルになってからの年月だけであれば、765プロ内では最年長になる。彼女は、律子の目線を特に気にせずに、浅く腰をかけ、背筋をしっかり伸ばしてテレビを眺めていた。
アイドルであることもあり容姿は整っているので、その姿は正に大衆の想像する大和美人であった。あくまでも、見た目は、である。
本人の自覚は薄いが、律子も美人である。そうでなければ、彼女はアイドルをやってないし、ファンが増える訳が無かった。
律子は着物姿をみて少し懐かしく思っていた。けれど、雪乃を眺めていたのは別にあった。
日常着としては珍しくアイドルである彼女が、外を出歩いたら一瞬で身バレしそうな服装であるから、でもなかった。
因みに、身バレに関しては本人曰く、和服で外に出ても普段のテレビに映る姿とはかけ離れているからか、身バレしたことは無い。とのことだ。不思議であった。
律子が苛立つ原因は、雪乃から話があると言って事務所を訪れたのに、一向に話出さないからであった。
けれど、内容はおおよそ把握している。話辛い理由もだ。だからこそ余計に苛立っていた。
次のCMに入ったら雪乃に話し掛けよう。そう思いながらも、結局は言葉が行き交うことも無く次のコーナーが始まってしまってしまう。
――そもそも、話があると言ってきたのは雪乃の方からなのにどうして私から話し掛ける必要があるのよ。
テレビでは、不在となっている千早の代わりの週替わり司会者枠として、今週は
以前と比べると彼女には自信がついてきた。それでも不安は消えない。
――春香から話を振られた時に答えられるかしら? 無茶振りしてこないといいけど……
そんな風に思っていたが、今では忘れそうになる程に、律子はいらついていた。
『生っすか!』
ついに番組は、終わった。
律子は、放送が無事に終わったことに安堵して息を吐く。しかし、これから待っている本題のことを考えると頭が痛くなる。さてと、決意を小さく声に出す。
「ねえ雪乃、コーヒー飲まない?」
律子は立ち上がってから話し掛けた。自分自身は飲む。意思表示でもある。その上での質問だった。
「……そうですね。それなら私が入れてきますよ」
「お願いね」
雪乃は手伝いや雑務をよく行っていた。スタッフの少ない現状では、助かっている。
雪歩はお茶を入れるのが得意なので、コーヒーは専ら雪乃が担当だ。
今回もそうすると考えての発言だったので、予想通りだ。
そんな律子の思惑を知ってか知らずか、雪乃は給湯室へと向かった。
着物の着付けが乱れないように、ゆっくりと歩く姿は、見る者を惹き付ける何かがあった。それは、娼婦のような淫乱さはなく、凛とした美しさである。
律子は、慌てて目で追いかけるのを止める。一人になれてやっと落ち着けたのに、わざわざ眺める必要はない。律子は長く、大きく、息を吐いた。
生放送という、日曜の一大イベントも無事終わり、明日から始まる新たな一週間に期待と憂鬱さを感じていた。俗にいうサザエさん症候群であろう。
仕事は楽しい。けれど、休みが仕事で終わってしまうのは少し寂しいく感じていた。テレビ業界のみならずアイドル業界でも、休みは不定期ではあるのだが。
律子の休みは、人気アイドルとなった765プロのアイドルたちと比べてもかなり少ない。
彼女たちからの激しいアプローチと、周りの熱意に負けてアイドルに復帰しアイドルになった。さらに兼任してプロデューサー業も行えば当然過酷なスケジュールになるからだ。
担当するのは自分を含めて合計14人。本来は担当ユニットである竜宮小町の三人だけであるが、他のメンバーの担当プロデューサーである『赤羽根プロデューサー』がアメリカに長期研修中の為不在だからだ。
我ながらどうかしていると思う。
どうかしているのだ。
「入りましたよ」
思考が止まった。
何時もと変わらない雪乃の声と共に、コーヒーの香りが漂う。マグカップが机にストンと置かれた。
「何時もありがとね」
「いえ、私が好きでやっていることですから」
雪乃も、律子と同様に多忙であった。
最近は事務員である小鳥が、常に真面目に仕事をするようになったとはいえ、デスクワークの量も山のようにある。それに加えて、プロデュース活動や、自身のレッスン、他にも取引先への挨拶周りに会議。多忙な日々をなんとかこなしているのが現状だ。
仕事が減るのは感謝してもしきれなかった。
――とはいえ、うち(765プロ)に忙しく無い人など誰もいないのよね……
マグカップに口をつける。この瞬間だけは、ぼんやりと目の前のマグカップを見詰めたまま黄昏れていた。
「どうしました?」
雪乃と目があった。
なんでもないの。と否定はするが、そんなことは無かった。
雪乃は、「趣味はアイドルです!」と公言するほどにアイドルというものを愛していた。
雪乃は、セルフプロデュースを現在行っている。誰かプロデューサーをつけずに、新曲の構想。作詞家作曲家との会議。プロモーションの方向性。そして、ライブとライブバトルでの方針――
アイドル活動に関わる事は文字通り何でもやっていた。時には作詞作曲も行っている。
だからあの言葉は、彼女を体現する口癖のような物であった。
人が遊び倒す人生の
他の高校生以下のアイドルは学校に通っている。律子も通っていたが、彼女は違う。既に高校を退学していた。
その行動と、満面の笑みを浮かべて言ったあの口癖には、一切の嘘も後悔も感じとれなかった。ただひたすらに自分の表現したい世界を創作し続けた。
最近の雪乃は違っていた。明らかに疲れていた。今にも泣きそうな顔をしていた。
「ねぇ、雪乃。話があるんじゃないの?」
「―――私、アイドルやめようと思います」
部屋まで冷たく凍えそうになり、まるで時の流れが止まってしまったように時間を感じることが出来ないでいた。
余りの寒さに息が出来なくなったような錯覚に陥る。
「今、なんて……」
どれくらい経っていたかは解らない。
律子は、聞き間違えでは無いかと考えて、もう一度問うた。理解したく無かったのかもしれないが、寝耳に水では無かったことも確かだ。
「私、765プロを辞めます」
雪乃の断固たる意識に、律子は真っ青になり、身を震わせた。
コーヒーを飲もうとしたがコップは既に空だった。
掛けるべき言葉が見当たらない。それほど衝撃であった。
「……そう、辞めちゃうのね」
「え、ええ。辞めます」
不思議と律子の口から出たのは、即座に噛みつくことも、激怒もせずに、冷めた言葉であった。
その反応には、雪乃も意外だったらしく驚いていた。事務所には妙な空気が漂って居心地が余計に悪くなる。
「理由は?」
そう言った雪乃を見る律子の目は、細められていた。
メガネのガラスが光に反射していることもあり意地悪そうであった。
「理由、なんて……律子が一番理解してるんじゃない?」
律子に帰ってきたのは、吐き捨てるような冷たい返事。
「……やっぱり、
「それ以外に何かあると思ったのよ」
苦笑。
自虐でも有ったが、その表情は、最近の疲弊した顔ではい。むしろ、憑き物が取れたように晴々とした穏やかな顔があった。
「そうよね、御免。」
単純に成績だけで評価するならば、上はいた。けれど、観客の心を掴んだのは彼女だ。間違いなく最高のライブであった。
それは同時に、最凶ライブでもあった。
「でも、あれだけのライブが出来たってことはまだまだ伸びしろがあるってことじゃない? ここで諦めること無いじゃないかしら」
「……」
雪乃は、黙ったままだった。
彼女の武器は、あらゆることに貪欲であることだ。いつだってレッスンは熱心にこなし、新しいことを知っては、習得することに精進した。
自分の培ってきた技術を簡単に捨て去る度胸もあった。
それは、一種の賭けだ。従来のイメージを変えるということは、ファンからの反応がどうなるかは解らないからだ。
そして当然、遠回りにもなる。その代償として長いスランプに悩んでいた。
「悩むくらいなら、体を動かしていたいんです」と雪乃が言ったのには、律子は驚いた。
彼女が頭で考えるタイプだからこそ、まさか響みたいなことを言うと思わなかったからだ。
けれど、その努力は遂に、身を結んだ。
「ねぇ、これからが、本番じゃないかしら。やっと余計な心配をせずに、自分の力を向上できるじゃない?
これまでの経験を生かして、高みに昇るの。きっと春香や美希たちだって望んでいるわよ」
雪乃は自身の立場を築く為に、業界を文字通り駆け回っていた。
それは、天海春香を初め現在の765プロメンバーが売り出し中の時に起きた961プロとの執着時も、であっだ。
それは、アイドルというものがささいな傷で簡単に崩壊してしまうような危うい場所であることを、理解していたからだ。
その事実は、同業者である律子も身に染みて理解している。だから律子や
雪乃は子供でありながら、プロデューサー業もデビュー当初から行っていた。
プロデューサーであっても、実力がなかった。
プロデューサーとしての箔がついても、少女であった。
コネはあっても、自分で得たものではなかった。
彼女を取り巻く利権目当てといっても良いような悪どい輩も多かった、らしい。
けれど又聞きだった。
だからこそ、生き抜く為に武器が必要だと彼女考えた。だからこそ雪乃は、安定した地盤のある地位に収まろうとしている。
それは、多くの人に雪乃のことが認めたからだ。
そして、律子たち765プロが、この数年で目を見張る程に成長してきたからだ。業界最大手も夢ではない。
これからが、私たち765プロの本番だ。
――だからこそ、辞める理由がわからない。
幸運なことに律子は、担当アイドルが引退するという経験をしたことが無い。
唯一の例外が、自分自身になる。けれど、それは自身の目標の為でもあった。
プロデューサーになるという次へのステップに進む大きな通過点であって、終わりでなかった。
しかも、現在はアイドル活動にも復帰していた。本当の意味での引退という瞬間に立ち会った経験がなかった。
「そんなこと、ないですよ……
私はそんなに出来た人間じゃないです」
今にも消えそうな声だった。けれど確かに聞こえた。
初めて聞いた胸の内でもあった。だから、驚いた。
それ故に、律子には何を伝えるのが正解なのか解らなかった。
律子は、こういう時にこそ高木社長がいて欲しいと心の底から願うが、無い物ねだりに過ぎない。社長は居ない。
どうしたら雪乃の心を少しでも癒すことが出来るのか。
彼女とって元の居心地の良い第二の家に戻すことが出来るだろうか。
どうすれば“パーフェクトコミュニケーション”をとれるのかと、思考の渦に囚われていく。
もしかすると、春香たちと共に先へと進んでしまった先輩である秋月律子には解らないかもしれない――――
それでも、家族のような関係であることには変わらない。だから考える。
――ねぇ、雪乃……
あんたは、今までやって来たこと全てが無駄だったって思ってるの!?
例え、叫ぶことしか叶わなくても、このまま終わるのは耐え難かった―――
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2話 未知との遭遇??
アイドルランクは、アイドルの人気が人目で解る制度のことだ。十年以上前に誕生したこの設立の最大の理由は、一人のアイドルの実力と、その凄さを知らしめる為に、アイドル関係者が作り上げたものだ。
新人のF~Aランク、そして最高ランクであるSランクの計7つが存在するが、設立当時を除いて長い間その座に着くアイドルは存在しなかった。
また、上位のランクに上がれる目安になるのはファンの人数だ。そして、ランクアップオーディションで上位入賞する必要がある。
上位アイドルになるほど、仕事のオファーがあり、年に一度あるアイドルたちの決闘とも言える、『アイドルアルティメイト』への参加権を得られる。
しかし、一人のSランクアイドルによって全て打ちのめされる。その少女名は、
彼女の伝説と記憶は、テレビ業界、アイドル界に多くの影響を残していく。
アイドルランク制度は、多くのアイドルを苦しめることとなったが、それによりアイドル全体のレベルが向上したとも言える。
その結果、アイドルに憧れる少女は増えて更にアイドルの母数が増える。そして、上位ランクに行くにはさらに狭き門を潜る必要が出来た。
その先に待っているのは、多くの期待。『第二の日高舞』に成るかもしれない、という重い重圧。期待。プレッシャーだ。しかも、その看板を掲げることとなった彼女たち全ては、「日高舞と比べたら駄目だなぁ」という年長の番組プロデューサーや、カメラマンといった何処からともなく聞こえてくる、心ない言葉に、打ちのめされていった。
反発する者は大勢いた。しかし、変わることはない。それどころか、その影響で、事務所やグループの分裂や崩壊さえ起きた。
そんな負の流れは、永遠に続くものだと思われていた。
しかしある時、アイドル界の風潮に逆らうかの如く一つのユニットが誕生した。それが、魔王エンジェルというユニットだ。
彼女たちは、リーダーである
けれども魔王エンジェルには、確かな実力があった。早い話が視聴率も取れた。
悪い噂は絶えないが、権力と、実力で握り潰していく。その姿は、当に魔王と言う他にないだろう。
そうして少しずつ、アイドルの世界は替わり初めて行く。
現在は、765プロが覇権を握っているといっても過言ではない。
この先はどうなるのか、それは誰にも解りそうになかった。
とあるアイドル記者の書記より抜粋
*
765プロを辞める――果たしてこの選択は間違っていなかったのか。
雪乃は、今も悩み続けていた。これまでの全てを捨て去ってしまう必要があるのか……。
否、そうではない。後悔はあるけれどこうなったのは当然の結果だった。自ら去るのか、地位に置いていかれるか、その2択でしかなかったはずだ。
今の自分が事務所で座っているのは、前者を選らんだ結果、仮初めの地位を棄てようとしているだけのことだ。
とはいえ、仮初めの地位にいるのは、同じことかもしれない。初めは誰もが右も左も解らなかったからだ。
そんな中で、一席しかないトップアイドルの座を懸けて互いに切磋琢磨し合った結果、家族のような強い絆で結ばれたトップアイドル集団の765プロとして世間からも知られるようになっていった。
……元から、和気藹々としていたことは気にしてはいけない。
しかしそれは、遠い出来事のように思えてしまった。視覚では近くにいると理解している筈なのに、私と765プロの間にはとてつもない距離が開いているのではないかと、頭のなかでは考えてしまった。
進もうにも透明な壁が有るように感じでしまい、歩むことが出来ない。どうしてこんな隔たりを感じてしまうのだろう。前までは気軽に話せたのに―――。
「私は、ずっと努力してきました」
「えぇ。今も貴女は前よりもまして頑張っているわね。それも、やり過ぎなくらいよ」
過剰? それなら律子自身はどうなる、と雪乃は思う。自身を上回る実力を持ったアイドルとして大成し、その人気が留まることを知らない中で引退。
そして、律子はプロデューサーとなり、彼女のプロデュースするアイドルに雪乃は、実力で追い越されてしまった。そこには計り知れない努力があったに違いない。だからこそ、負けない為に、追い越すためにもそれ以上の力が必要だった。
「やり過ぎ? そんなことない。みんなは、それ以上の速さで遠くへ、先へ先へと進んで行ってるのに、私だけのんびりしてられない!」
その結果は、異常なまでの大成功。それだけ考えると幸運なことではあるが、ファンや、メディアの人間が、これから求めるのはあれ以上か、あれと同じくらいの演技を期待する。
勿論、一度や二度なら問題ないだろう。しかし、何度も続けば、ファンが離れてしまうに違いない。
「だから、これからじゃない! 次の目指す姿が見えたなら、それを目指して行けば――」
何かを言わなければ。伝えなければ――
律子は、額に垂れた汗を拭いながら口にする。
「二年」
「え?」
雪乃の呟く声は、震えていた。
「もう二年近く、100週もAランクに行けてないんだよ! それなのに、今までアイドルを続けられただけでも奇跡じゃないですか!」
嘆くように、雪乃は叫ぶ。
「それは………」
律子は、目を見開いた。そして目線を動かす。
「でも、ランクが全てじゃない。それは雪乃が一番解っているわよね」
「うん。だけど、実力が全てであることに変わりませんから……」
理不尽さと不正確さもあるが、基本はアイドルの力の目安だ。それを雪乃は理解した。だから、無視できなかった。
律子は、長く黙っていた。
「本当に、辞めちゃうのね」
律子の声は震え、目線を下に向けながら口にした。
「はい」
「高木社長には、話してたの?」
「数ヶ月前から相談してた」
律子は驚いた。それから、そんな前から悩んでいたのに、気づけなかったことに悔やんだ。
「そう……みんなには挨拶しないの?」
「会いません。みんなに会ったら、生き恥晒しながらアイドルやり続けそうだから。でも、そんなのは嫌なんです」
「そっか。今までお疲れ様」
律子は静かに笑った。
雪乃は立ち上がり、後ろの下がると深々と頭を下げた。
「秋月先輩。今まで本当に、本当っにありがとうございました」
*
私は、逃げ出すように外に飛び出した。
走りづらい和服姿の上に、下駄をカンカンと煩く鳴らしながら、夜の町をひたすら走る。遠くへ逃げたかった。途中、何度も転けそうになるが、それを気にしないで只走り続けた。
長いこと下駄を履いていなかったこともあり、限界は直ぐにきた。まだ765プロのビルは、うっすらと視界に入っていたが、律子の追ってくる気配は無かった。
彼女なりに気を使ってくれたのだろうと考えた。心のなかで、律子に感謝した。
彼女は、アイドルとしての理想であり、憧れだった。懐かしい言葉に言い替えると、『担当』だ。
今では、アイドルとしては、先輩で、プロデューサーとては、後輩(多分)の不思議な関係だった。それもこれで終わりだ。
元々、ランクアップに必要な期限は47週。とはいえこれは、あくまでもゲームでの話。現実は、こうも上手くいかないことは解っている。
それでも、私にはここまでのスランプと言ってもいい伸び悩みには耐え難かった。
ここは、アイドルマスター。アイドル全盛期の時代に、旗揚げした765プロのプロデューサーとしてプレイヤーが、アイドルを育てるゲームの世界。
そんな世界に私は、第二の生を受けた。気がつけば、テレビに出るようになり、アイドルとなって多くの人と出会った。気がつけば、765プロに所属していた。
そして、辞めた。
Bランクエンドだけど、最終ライブはSランク並だろうと自己評価してみる。うん、我ながら良いプロデュースだったであろう。
人気の無い路地裏で、はだけた衣服を整える。足の皮が剥けていないかと確認をしていると、太陽の光と感じた。
空を見上げる。両手を思いっきり伸ばして暖かな光を全身で感じ取った。
雲も薄くなり、見渡せるようになった青空は、広大だった。
飛行機の中や、南国の島で見た空よりも、広く、遠くまで続いているように、思えた。
――だけど、寂しい。
ビルとビルの間から見える、星の見えない空は、心に空いた大きな穴のようにも思えたからだ。自身を縛る枷のようで、自由な表現への翼でもあったアイドルという存在。
当たり前ではあるが、自身の中で重大な位置を占めていたことにようやく気が付いたのかもしれない。
視界がぼやける。涙腺が決壊してしまった。
「……悔しい、悲しいよ。上手くなりたかった!」
声に出すと余計に悲しくなってくる。わたしは、涙を流し続けた。
「……あの、大丈夫ですか?」
どれくらい泣き続けていたのかは解らない。バリトンボイスの男性らしき人にまで心配されてしまった。
腕で顔全体を拭う。
「すいません……わざわざありがとうございました」
「……気にしないで下さい」
優しく言う、相手の方に顔を向けると、顔は私より随分と上にあった。しかも、その顔はぎょっとするほど恐い。スーツ姿なのはせめてもの救いかもしれないが、全く安心できなかった。
――ヤバイ、もしかしたらアイドルだって解って話しかけたのかも。
真っ赤に腫れている顔から、色素が抜けていく。ある意味お化けだ。こんな姿を悦ぶ変人なのかもしれないのに、体は言うことを聞かなかった。
「大丈夫です。私は、怪しい者ではありません!」
必死に訴えるも、逆効果でしかない。それは、怪しい人間の決まり文句だ。
「……その、救急車でも呼びましょうか?」
「はい?」
解らない。一体何を観て、病院に連れていかれそうになっているだろうか。
「失礼だとは思いますが、誰かに襲われた、のでしょうか?」
「あ、あぁ~! いえいえ、全然っ! 全くそんなことは無いです。大丈夫です。五体満足なので。」
男性は、凄く言い辛そうだった。それも当然だ。同時に、被害者に間違われてしまったと思うと、恥ずかしくなってくる。色素も真っ赤に逆戻りだ。
しかし、理由は解って安心した。少なくのも、怪しい人物では無さそうだ。ちょっとおかしな人ではあるけれど。
「心配してくださり、ありがとうございます。」
「いえ、此方こそ間違えてしまいすいませんでした」
丁寧に、頭も下げて謝罪した。流石サラリーマン、ってとこだろうか。
「えっと、どうしてこんな路地裏にいる私に声をかけたんですか?」
「……ふと、目に入ってしまいまして………」
「なるほど。こんな格好ですし、目立ちますからね」
「いえ、それだけでは無いです」
「と、いうと……?」
やはり、悪質――かどうかは解らないが――追っかけか。だけど、ごめんなさい。もう辞めたんです。貴方もどうせ、飽き始めたんでしょう……?
「あの、間違われてしまったのに、どうかとは思いますが」
そう区切って、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「アイドルに、興味はありませんか?」
「…………………………はぁ?」
346プロダクション、と目立つように書かれている名刺を、差し出しながら言ってきた。
その答えは、予想外すぎて絶句した。
……どうやら、私がアイドルだとは全く気づいてないらしい。
episode Ⅱ 未知との遭遇??
まさかの連日投稿。早く改訂前の1話に追い付かないとですから……
デレマスしか知らない人には見知らぬ名前も多かったと思います。ですが、安心して下さい。武内Pも出ましたし、暫くはデレマスキャラオンリーです!
ところで、麗華って良いキャラしていると思いませんか?
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3話 スカウト
ジリリリリリ――――
部屋全体に鳴り響く機械音によって、雪乃は目を覚ました。止めようとして、布団の中からもぞもぞと手を伸ばす。けたましく鳴り続ける目覚まし時計を止めると室内は静寂に包まれる。その中で、カチカチと時計の針は刻み続けていた。
――――あれから、何日経ったかな
分刻みでスケジュールに終われていた頃とは違う自堕落な日々を何日続けていたのか、雪乃自身把握していない。
解るのは、目覚ましの前にうっすら目が覚めるようになったことと、体力が著しく落ちていることだ。そして、以前よりは少しだけ目覚めは良かった。
雪乃は、二度寝をしてしまう前に、のそりと起き上がってベッドから這い出た。
「はぁ……」
口に出しても意味の無い、何度目か解らないため息を口にする。時計をセットした時間は六時半なので、外はまだ暗かった。
体を引き摺りながら部屋の扉を開けて廊下に出て、洗面所の鏡に映った顔は、窶れていた。
――酷い顔ね
当然だった。食べるとき以外は部屋の中で延々と寸暇を惜しんでゲームをすれば、目には隈が出来て、身体は重くなり、殆ど動いて無いから体力も落ちる。
(積みゲーと化していたソフトを一気に消化するのはもうやめよう……)
何日も睡眠不足になっていて、頭痛に魘されるのはもうごめんだと思ったからだ。
***
「アイドルに興味は有りませんか」
「……はぃ?」
今思えば、それは、スカウトマンにしては随分とストレートな勧誘であった。余計な話を延々と聞かされるのと比べたら、うんとマシではあるが、その勧誘を聞いた相手は驚いて面食らってしまうだろう。
とはいえ、私の場合は違っていた。
怒りであった。
アイドル事務所を辞めて来た人がどうして別事務所から勧誘されなければならないのだろうか。
「
「はい。貴女が、です」
彼の瞳は、暗闇の中で星のように輝いていた。私は思わず、目を反らした。
「……お断りします」
記憶は定かではないが、ハッキリと口に出して否定していた。
私のアイドル人生はとうの昔に朽ちていたのだから。
「理由を、聞いてもよろしいですか」
スカウトマン――名刺には、武内と書いてあった――は、無愛想な顔を少しだけ変えた。諦めてはいないようだった。
「理由、理由ねぇ……」
言葉を反芻し考える。
アイドルになった頃のこと。765プロに初めて行ったこと。スタジオの風景。沢山のカメラを向けられて演技を披露したこと……
自身の中で考えたり、律子と話した時とは別の思いが浮かんでは、消えていった。
「……ふふっ」
「どうかしましたか」
最後に出てきたのは笑みだった。
「すいません、余りにも可笑しくて。……私にアイドルなんか成れる訳無いですから」
無謀すぎる挑戦だった。だからこそ、終わりもそこそこだったのだ。トップアイドルになんて成れる訳がない。
どれも私には過ぎた出来事だったのだろう。今考えたら、どうして私がアイドルになれると思ったのかさえ理解出来なかった。
どれくらい前の出来事だったか、誰に言われたのかさえ記憶からは薄れているが、「お前にアイドルは向いてない」と言われた。当時は気にも止めていなかったが、結局は正しかった。
「そうですか。残念です」
そう言ってから、武内と思われる男性、は少し寂しそうな背中を向けて去っていった。少し申し訳ないことをしたかもしれない。
「……帰りますか」
「ただいま」
「随分遅かったじゃない? 生っすかにも出てなかったけど、どうしたの?」
室内にはお腹にそそる匂いが微かに残っている。夕食は既に終わっていた。
「…………てきた」
「ん、なんだって?」
「765プロを辞めてきたの」
「ちょっと、どういうことなの!?」
驚愕するのは当然だ。けれど、返事をする気力も残って無くて、私は着ていた着物の帯をシュルシュルとほどいたらそのまま眠りに堕ちた。
*
それから、一ヶ月が過ぎていた。
765プロ公式での雪乃の処遇は、「無期限の活動休止」ということになった。
テレビを初めとするマスコミ各社は、突然の出来事に多くの憶測や、ワイドショーで騒ぎ立てたが、日に日に話題の片隅へと追いやられ報道することは無くなっていた。
当然のように、雪乃の携帯には765プロの所属アイドル――同僚であり、仲間――からは、無数の着信と連絡があったが、雪乃は返事をすることはなかった。
過密スケジュールから解放されてからは、積まれていた小説やゲームをひたすら消化する日々を続けた。それらが消えると、無気力状態になっていた。燃え尽きていた。
そんなある日、随分と珍しい名前からの着信があった。
「やあ、元気にしているかね」
開口一番に出てきた穏やかな声は、今の雪乃には皮肉のように聞こえた。
「……元気、だと思いますか?」
「すまないね。でも、通話は出来るなら心配なさそうだ」
「ふふっ。そうですね。自分でも、驚いているくらいですよ、今西さん」
明るく話せている自分が不思議で仕方が無かった。
電話の相手は、346プロのアイドル事業部を総括する今西だ。前世での年齢を含めても、二回りほど歳上の男性である。
「それで本日は、どのようなご用件で?」
只のアイドル、しかも他のプロダクションに所属していたら普通は、連絡先を交換している以前に接点すら無いだろう。
しかし雪乃が所属していたのは、零細プロダクションの765プロ。そこには上層部なんてものは存在しないので、社長の高木や事務所の先輩である秋月律子と共に、事務所同士の会合等に同席する機会があった。
さらに何故か、346プロがアイドル事業部を立ち上げる時に相談を受けたこともあったから関わりは、大きい。
「用が無いと電話をしてはダメかね?」
「い、いぇ。そういう訳ではありませんが……」
話ずらい。彼には年長者だから持つオーラ以外に独特な雰囲気が確実にある。
「彼が少し迷惑をかけたみたいだからね」
「彼、ですか?」
「あぁ、すまない。武内のことだ。君を我が社のアイドルにスカウトをした男だよ」
把握できた。改めて思うと、ギャクかドッキリに近い喜劇だ。
「あの人でしたか。あのことなら気にしないでください」
傷口は大きく抉られたけれど、と心の中で付け足す。
「ならよかった。それにしても、突然引退するから驚いたよ」
「あはは……暫く考えてはいたので。もう潮時かなーって思ってました」
「そうか。それにしても
『
リーダーの麗華は、二足どころか三種の草鞋を履いた化け物であり、何年もトップアイドルの地位に居続けていた。電撃引退だ。
「記者会見も突然でしたからね。家族から急いでテレビ見なさい、って言われて観たら……驚きました」
彼女たち魔王エンジェルは、引退し後輩の指導と社長業を行うというのだから、寝耳に水のとんでも話であった。
私と同じように、一緒のステージで闘っていたのに、辞めてしまった。
「それは、君の方が唐突であろう?」
「まぁ、そうですけど……」
3ちゃんねるでは、前兆はあったと書かれてしまったしなぁ。多分バレてる。
「お陰で、アイドル界は大騒ぎだよ」
「……まぁ、随分と荒れていますよね」
私だけではないけれど、少し責任は感じてしまった。言葉にすると、余計に現実味が沸いてくる。今は、世紀末、と称しても間違いでは無いくらいの状況だ。死人――正確には引退したアイドル――も存在するのだから。
「それも全て、年末のアイドルアルティメイトがきっかけになるね」
「……」
一言で表すならば、無差別級のトーナメント生歌番組だ。
約半年をかけて予選を行い、年末に決勝が行われる。只のライブではなく、アイドル同士が優劣をつけあう闘いの場だ。
普段から、毎週のように、オーディションがありライブも行っているが、このアイドルアルティメイトへの気合いの入れ方は特に違う。数多くある予選さえ勝ち抜けば、参加は誰でも可能だ。同時に、トップアイドルへの道が大きく開かれる。
舞台は武道館、観客もカメラも入り、視聴率も高い一大競技といって過言でない。国民的スポーツだ。
「……君のパフォーマンスも一因だと言うことは解っているかね?」
「理解はしていますよ、実感は無いですが」
そもそも、あの時の記憶が無いのに、質問を求められても答えられないのだ。
三回前の大会から――魔王エンジェルがごり押しをして変更したという噂もあるが――ソロだけではなく、複数人参加のユニットとしても出場可能になった。
ユニットの方が有利に思えるが、コンビネーションを合わせる難しさも存在する為ソロと、ユニットが競い合う珍しい大会となった。
そんな中で私は、ソロで出場していた。年末年始の撮影は既に終わっていたので、あれが、最後の収録だった。
「そんな君の目には、今の346プロがどう見えるかね?」
「346プロですか……」
参加していたのはソロが二人と、ユニットも同様に二組だった。所属アイドルの人数と比べると大変少ない。
実力が無かった、という訳では当然無い。
そこが、他プロダクションとは大幅に違う346の売りだと多くの人が考える。
その理由の一つは、所属アイドルの多様さだ。演劇、ドラマ、映画……自社アイドルだけでも完結可能だ。それ故に、アイドルランクがないアイドルが多いのが1番の特徴であり強みであるが、欠点ともいえる。参加不可能なオーディションもあるが、ランクアップ出来ない悩みを抱える必要もない。
だから……
「特異点、ですかね?」
「なるほど、随分と面白い答えだ。それでなんだか……」
「雪乃君。君を改めてスカウトしたいと思う」
私が返事を出来ずに固まっていると、続けてこういった。
「今の346のアイドルが今の
これまた、思いもよらない話だった。346プロは私に悪意があるのではと錯覚してしまう。
「……考えさせて下さい」
私は、逃げ出した。答えを放棄したのだ。
かれこれ2ヶ月が過ぎました。お久しぶりです。
ミリオンpvといい、ミリシタといい、ミリオンライブも来てますが、今は『パン』と『セクシー』ですよね!?
あと、5thライブ
そして、作中……。アイドルが一人もでない衝撃的な展開ですが……今西部長もいいキャラしていると思いませんか? だからアニデレの二次小説ではあります。
それにしても、魔王エンジェル・アイドルアルティメイト……うん、懐かしいですね! え、知らない?
なら、ニコマスを是非見ましょう! アイマスSPなら安く手に入りますし、そちらもおすすめですよ。
追伸。
・タグの追加をしました。
ライブバトルと迷いましたが、野良ではなくプロ同士なのでOFAから名前は拝借。
・遅くなりましたが、前作はチラシ裏に移動しました
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4話 遭遇、ライブバトル
やる気が出ましたので早速投稿します。
―――どうしよう。考えておきます、って言ってしまった。
今西との電話を終えてから気がついたが、やってしまったと雪乃は思った。冷静になり、出てきた感情は困惑だ。
雪乃は、勝手な自己判断ではあるが、プロデューサーとしてもある程度の実力があると自負してはいた。文字通り一流ではないと自覚した上ではある。
――わたしよりも実力のあるアイドルを見定められるのかな……
以前の雪乃であれば、ただでライブを観れるとあれば喜んで参加していただろう。けれども今は、ライブ自体を観たいと思えないでいた。そもそも、断るべきではなかったかと思いはじめている。
とはいえ、この答えは単純だ。参加するかしないかの二択でしかない。
たまには外に出よう、悩んでも解決しそうにない問題は一旦寝かせることにした。そして雪乃は、気分転換をすることにする。
備え付けのクローゼットを開ければ、山のような衣服で溢れている。種類も数も当然、豊富だ。
モデルやテレビの仕事が終わって貰った服に、買い取った服。友達とショッピングをした時に買った服。
――あっちのアクセは美希に貰って、このシュシュは春香とお揃いなんだよね……
服やアクセサリーを見る度に、思い出が蘇ってしまい雪乃の視界には、靄がかかってきた。
――今日も和服にしよう。
和服なら、思い出とも一番縁遠い。765プロのアイドルたちとも呉服屋に行ったことは有るが、残念なことに和服は不評だった。唯一雪歩は、和服を身に付け事務所に来たこともあったが、それも母からの御下がりだ。
クローゼットをばたんと閉めた。
代わりに、タンスを開ける。取り出すのは襦袢に帯や袴……。着付けに使う物一式だ。
雪乃は、寝巻きのパジャマとズボンを脱いで、背中側にあるベッドの上にふわりと投げた。
下着姿になったら、自宅から持ってきた姿見の鏡に向かい立った。着付け時に着物の乱れを確認する為だ。そんな少しの動作でも雪乃の、『自分は女です』と自己主張しているような乳房が、上下に揺れる。日常では意識しなくても鏡の前では非常に解りやすく、意識が向いてしまう。
どうせならと、右足を軸足として雪乃は、くるりと一回転してすとんと足を降ろしかわいくポーズを決めてみた。当然、揺れた。
――げ、全く笑えて無いじゃん……
アイドルをやっていたとは思えないくらいに硬くて、微妙な顔。覇気を一切感じなかった。その事実に雪乃は、改めて驚いた。
そんな筈はない。今回はたまたま出来なかっただけだと思い、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をした。
冷静になり、気がついたのは、自身がつい先程までやっていた行為だった。下着姿のままでこんな行為を――勿論誰もいない自室ではあるが――行うのは痴女そのものでは無いのかと、思ったところで雪乃は、たまらず顔を真っ赤に染めていく。
しかし同時に、長く伸びていて寝癖が残るぼさぼさな髪が、頭の回転に遅れてふわりと舞うのはなかなかによい光景であった。
目の前の美人が私ではなくて、別の女性ならよかったのに、と雪乃はたまに考えてしまう。
――でも、ポーズなんて普段はとらないし。着替える為に立つのはどうせ同じなんだから……
誰も観てはいないが、言い訳をして気持ちを再び落ち着かせる。雪乃は、とりわけ大きくはないけれど、しっかりと出ている女らしい部分に手をそっと当てた。心臓の鼓動が聞こえてくる。
視線を下に降ろしてみるが足元が見えない程に立派に成長しているのが、下着姿だと一層目立っていた。
――こんなにいらなかった。千早くらいでいいのに……
それは、禁句に近い言葉だ。
ある時雪乃は、千早と不毛な争いを繰り広げたこともあった。結果は痛み分け。雪乃も千早も傷口が広がってしまった悲しい争いだ。
間違いなく、女としては嬉しいことではあることは雪乃も理解していている。小さい娘からは羨ましがられる。けれど、悩みもある。残骸のようではあるが、確かに残っている『男』としての記憶と意識が有るからこその悩みでもあった。
着物だと胸の大きさが隠れる、当然ある程度の形は解るが洋服よりは目立たないので、雪乃は好んで着ている。余計なことを考えていたので少し時間は掛かったが、無意識でも着付けが可能なくらいに着ているので、着替え終わった。後ろ姿も鏡で確認するが問題ない。
紛れもない美人がそこにいた。
リビングに向かうと、義妹の渋谷凛と彼女の母がテレビを観ながら談笑していた。
「雪乃ちゃんおはよう」
「おはよう、雪乃義姉さん」
「おはよぉ~叔母さん、凛」
凛の母と凛への挨拶は、気の抜けただらしない挨拶であった。
雪乃と凛の血縁関係は、『いとこ』に当たる。仕事場から近いこともあり雪乃は、彼女らの自宅に何年も住まわせてもらっている。
そこに出来た絆は家族のそれと近かった。
「全く。せっかく可愛いお着物を着ているのだから、少しはおしとやかに挨拶したらいいんじゃないの?」
「す、すいません…」
凛の母は、またなのかと呆れた様子で雪乃に言った。対して雪乃は、家だけなんです。外ではしっかりしてますから。とよくある子供の言い訳を口にした。
仕事を辞める以前から何度も見てきた光景なので、凛はまたなのかと呆れていた。
雪乃は、彼女の母にも散々指摘をされてる。やはり女は強しだ、と雪乃は思っていた。こればっかりは前世が男の私では敵いそうにないと、心の中でつけ加えながら。
*
「うわっ。こんなに寒かったんだ」
外に出たのも765プロを辞めてきたのが最後だ。真冬の寒さに驚く。普通の人は満員電車の中を通勤通学していることを考えると、ニートライフを満喫していた私が虚しくなる。 幸いなのは、多くの学生が冬休みの時期であることだ。
私立に通う学生らしき人と何組かすれ違った。中には、参考書を片手に歩いてる人もいる。此方は私服だが、もうすぐセンター試験があることを思い出した。
そっか……今頃最後の追い込みなんだね。これも、高校に在籍すらしていない私には縁の無い話だった。
誰もが視線を私に向けるが、テレビに出ている人だとは気がついている節は無い。そもそも、スマホを観ていて気がつかない人すらもいた。
だけど、流石にバレちゃうかもしれないよね。小声でもしかして、と話す声が聞こえた。つい先日活動休止を表明し、アイドルアルティメイトでも目立ったことで、多くの人が目にしたはずだ。
――アルティメイトは完全に引き立て役だったけど
それでも、話題になったことには変わりない。そんな人が、目立つ格好でいては身バレするのも時間の問題かだろう。
私は足早に、目的の場所へ向かった。
「ありがとうございました」
定型文と共に、深くお辞儀を行った店員さんに見送られた。
向かった先は、ヘアサロンだ。黒染めをしてもらい、ぼさぼさになった髪を整えてもらった上で、髪型も変えた。
人にはそれぞれトレードマークが存在する。それは、持ち物だったり口癖かもしれない。身体的特徴の可能性もある。例えば春香だと頭のリボンで、律子であればパイナップルヘアーは非常に有名だ。美希なら金髪と胸。高垣楓さんなら、目だ。
オフの日に、身バレされなくなければそのような特徴を隠すのが最適だ。当然、一ヶ所変えただけでは判別はつきやすいが、逆に身体的特徴を捉えていれば、どんな人物か解りやすい。その最たる例がモノマネだ。全く違う顔だとしても、どこか本人とにていると感じるのは、表示や仕草、声の癖をマネしているからだ。
だから、特徴的な髪色と髪型を変えることにした。
今の髪型は、黒髪の姫カットもどきだ。前髪ぱっつんは着物とよく合い、髪飾りもよいアクセントになっていると思う。まごうことない着物美人がそこにいた、なんて漫画やアニメのモノローグみたいなことを美容師さんに言われてしまったので少し恥ずかしい。
ちょっと変わった人だが、口も堅くて優秀だ。
*
その足で、原宿まで出てきた。ギャル系ファッションの方が多いものの、呉服屋も数件あるので観に行こう。
駅周辺のポスターには、アイドルが出演しているポスターも多かった。
街中は、買い物客やデートのカップルで溢れかえっていた。その中でも、着物の私は当然目立つ。とはいえ、数名だが同じように着物を着て街中を闊歩する人も見つけた。ちょっとだけ嬉しくなる。
「おい、あっちでライブバトルがあるらしいぞ!」
「マジか。行かなきゃ!」
一際賑わっている場所があった。
多くの観客の視線を集めているステージ上で、二人の少女がマイクを持ってライブ前のアピールをしている。
「ライブバトル、か」
アイドルブームの影響は、単にアイドル番組やライブ会場の増加だけでは無い。動画サイトやSNSの認知度が上がり始めると、「踊ってみた」動画。つまりは、コピーダンスが流行した。
その流れは、創作ダンスやネットアイドルの誕生に繋がった。
中でもELLIEやサイネリアなどを始めとするネットアイドルは、「コラボ」を行った。
アンケート機能を利用し、どちらのアイドルが面白いかを競いあったり、ユニットを組んで多くの視聴者を盛り上げた。
そうして、現実世界で実際のアイドルと同じように対決を行うようになったのが「ライブバトル」だ。
全国各地で突発的に行われている。
――見ていこうかな
「みんなー!ネコちゃんパワーでみくは頑張るから、応援よろしくにゃ~!」
「「「いえええぇぇ!!」」」
――なるほど、色物か
猫耳、尻尾をつけた少女の名前は、みくというらしい。どうやら、固定のファンもいるらしく人気だということが解る。
「こんにちは、ぴょん吉です!! 今回はみくちゃくと対決することが出来てとーーっても嬉しいです!」
「ニャァ~。誉めても手加減しないよ?」
言葉とは対象的に、みくは嬉しそうだ。
みくの対戦相手は、ぴょん吉というようだ。背丈はみくよりも低く、童顔だ。此方のハンドルネームはどう考えても本名ではない。
「みくちゃんといえば、やはり猫耳が特徴ですよね!
…………
………
……
それからみくちゃんは、スタイルもいいですよね!」
「にゃ!?」
――この娘、凄く喋るのね。まるで「俺ら」だ
一つわかることは、ぴょん吉と名乗る少女がアイドルを好きだということだ。その点で、多くの観客も親近感がわいたことだろう。
とはいえ、流石に長すぎだ。もっと自分のアピールをした方がいい。
ステージ脇にいる司会者も、呆然としていた。まて、あんたはしっかりと仕切りなさい。
「あっ! すみません。話しすぎちゃいましたぁー。でへへ~♪ 」
「……ぇー、それではステージの方へ参りましょう!
それでは、先方のみくちゃん。曲名をどうぞ!!」
「それじゃ歌うにゃ! タイトルは……『超時空飯店
――え、あれってCMバージョン以外にあったの?
『超時空飯店 娘々!』は、アニメの劇中歌だ。それも架空のCMである。アイドル曲といえるのかも定かではないが、歌ったキャラは銀河のアイドルなのでアイドル曲だ。
そんな雪乃の思考を置いていくように曲は始まった。
どうやら、みくは一貫して色物猫系アイドルとして勝負をするらしい。
肉球のついたグローブをポーズを取りながら、時に頬を撫でるようにスリスリと動かし、時に招き猫のような可愛らしく一瞬だけ止まってポーズを取る。
身体を動くと当然、はっきりと輪郭の把握可能なお尻と、そこから生えた尻尾も、ゆらゆらと動いていく。背中を向ける時だけに見えるお尻についた尻尾がなんとも愛しく感じる。
そして、歌声も悪くない。全体的と少女と思えないような甘える音色で歌いきった。
みくのアピールが終わった。
観客からは、拍手が鳴り響く。
「ありがとにゃー!」
――少し、エロすぎるけど、それがいい
デ・カルチャー! 驚いた。いいステージだった。
みくは肉球グローブはめた右手を高く上げて、観客からの声援に応えた。
雪乃は、みくの猫の動きを観察したからこそ表現出来たであろう細かな仕草が、魅力的に感じていた。
――思ったよりもこの勝負……期待できそうだね
それならぴょん吉さんはどんな演技をするのだろうか、期待が高まる。
ぴょん吉さんの方に目を向けると、私たちと同じように拍手をしていた。しかも、マイクを床に置いて……
――もしや、只のドルオタ?
疑惑。本当に彼女は踊れるのだろうか。
「ぴょん吉ちゃん。ぴょん吉ちゃん……?」
「ぁあ! はい。 私の番ですね」
すると、直ぐにトランペットの演奏が流れ始まった。
その曲は、毎日のように聞いていた明るくて軽快なイントロだ。
ぴょん吉の目は変わった。
アイドルの目だ。
「『乙女よ大志を抱け!』」
――凄い
予想は裏切られた。ぴょん吉は楽しんでますオーラを全回にして、ステージを駆け抜けた。観客は、実際のライブと同じようにサイリウムを振り、コールもした。
歌声は、発売当時は特に音痴だった本家とは段違いだった。それが普通なのかもしれないが。
と、いうのも『乙女よ大志を抱け!』は、765プロのメインヒロインこと天海春香の持ち歌である。彼女は……音痴だ。今では、千早たちにしごかれたかいあって、上達しているが。ファンの間では有名な話であり、彼女の成長に涙した。
――でも、これじゃあみくには勝てないわね
それでは結果発表だー! そのアナウンスを聞くと、余韻に浸っていた人も、談笑した人も視線を司会者に向けた。
「勝者は……みくっ! おめでとう‼」
「ーーっ。 勝ったにゃー!」
「あー、負けちゃいました~」
ライブバトルの元ネタは実際のアイドルが行うステージバトルであり、オーディションだ。審査対象は、
オーディションでは重要視される能力は違うが、
ぴょん吉は
ライブバトルのいいところは、演者との距離が近いことだ。地下アイドルやご当地アイドルとは違い、多くの場合は、ファン活動のような趣味である。例えるなら、即売会のような距離の近さがある。路地ライブのようなものだが、ステージは存在する。
ライブ後に演者と話せる場合もある。今回は、出来る。せっかくだし話してみよう。
既に列が形成されていた。彼女たちのステージに思いを馳せながら、私の番を待っていた。私の隣の人はスーツ姿の男性だ。仕事終わりかなと思ったが、どこかこの背中に見覚えがあった。
「「……あ」」
私と彼――武内――が驚いたのはほぼ同時であった。
にゃんにゃんにゃん!
原宿のアイドルといえばやはり彼女ですよね? そんな訳で、前川みくにゃんのライブバトルでした。元ネタはモバマスです。
みくの曲はマクロスF内の曲です。一番猫っぽいアイドル曲から選んでみましたが……それ以外に猫曲ありますかね? 因みに、雪乃のプロトタイプはシェリルをイメージしていました。今は違います。
みくの対戦相手は悩みましたが、ミリオンの赤こと春日未来に出てもらいました。ちょっと中の人が溢れてますが、ゲッサンでも半分くらいあれだったしね。
読者の皆さん、次回もよろしくお願いします。
……高評価や、感想があると執筆のモチベーションはあがりますよ……(チラッ)
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5話 Pとアイドルと
訳:せめて書いたみくにゃん出てよ!
「え、今なんて・・・・・・?」
初めは、聞き間違いだと思った。
「え? 私このステージが、初めてのステージだったんですよ!」
二度目では理解した。聞き間違いでは無かった。私の耳は正常のようだ。
「だから、すーーっごく楽しかったです!」
ぴょん吉というハンドルネームの少女は満面の笑みを浮かべていた。その言葉に嘘偽りはないだろう。
「はぁ~凄いわね。初めてなのに、あんなに凄いなんて」
「いや、そんなことないですよ。結局みくちゃんに負けちゃいましたし」
でへへと人差し指を頬に当てて言う姿は、可愛らしかった。その表情に後悔は感じず、その笑顔には、随分と懐かしいものを感じていた。
負けるのは当然、と切り捨てるのはよくないが、大衆の目線がある中で踊るというのはかなり緊張する。失敗するかもしれないという不安は勿論だが、観客がステージをどう感じるかわからないという不安もあるからだ。
「そ、そっか。ステージは楽しかった?」
「はい! とーっても楽しかったです」
きっと彼女は近い将来、アイドルになるのだろう―――。
「武内さん、でしたよね? こんにちは」
「・・・・・・こんにちは」
「「・・・・・・」」
互いに見つめ合ったまま私たちは固まっていた。まさか居るとは思わない相手と出会ったのだから当然だろう。
「髪型、変えられたのですね」
「ええ。さっき整えてもらいました。気持ちを変えたかったので」
「そうですか・・・・・・」
「「あ、あの!!」」
「「・・・・・・」」
なんだこの空気は。強制的に親に組まされたお見合いか。もの凄く居づらい。
着物を着た女――私――とスーツ姿の男性。隣だとはいえ、並んでいる列はそれぞれ違う。つまりは、この後会話をするアイドルは同じでない。それなのに話しているのも可笑しな話である。
「お先にどうぞ」
「先日は、すいませんでした」
「ぁー、あの時ですか。気にしないで下さい。」
と言ったとしても、気になるのが普通だろう。路地裏で泣いている女性というのは、あまりにも異常だ。
「ところで、武内さんもさっきのライブバトルを観ていたのですね」
少し強引だけど話題を変える。
「はい。御二人ともいいステージでした」
「ですね。まさか原宿でこんなにレベルが高いものを観れるとは思いませんでした」
エリアごとに、ある程度出演するアイドルのレベルがわかれている。東京地区だと、秋葉と池袋に強豪が多く集まり、ここ原宿には、初心者。つまりは新人が多く集まる。
「そうですね。みくさんは、この地区のリーダーのような方みたいです。新人さんの相手役を勤めることが多いようです」
「へぇ。そうなんですか」
つまりは町のドンといったところか。ライブバトルにも色々とルールもあるらしいので、その指南役もしているのだろう。
差し詰め、チュートリアル戦やお助けお姉さん?
「はい。ですので、ステージ中に帰る人は少ないですね」
詰まらなければ、仮にステージの進行中であろうと客は帰る。
それはアイドルランクを持つ実際のアイドルでも同じだ。そして審査をするオーディションだろうと、演技によっては審査員でさえ帰る。それが現実だ。
けれど、スマホを弄っているよりはましかもしれない。ステージ上から下を向いていたり、暇そうな人が見えると、演者側も悲しくなるからだ。
「武内さんはみくちゃんがよかったと思いましたか」
「そうですね。それに、みくさんが気になっていたので・・・・・・」
元から彼女狙いだったようだ。
もう少し食い付いて質問してみる。
「もしかして、スカウトとかしようと思ってます?」
みくちゃんのアイドル性は、確立されている。このまま売り出すことが可能かは不明ではあるけれど、個性があるのは確実に売りになる。
「・・・・・・はい。よくわかりましたね」
武内さんは少しだが、驚いていた。
「そりゃあ、みくちゃんはアイドル向きですからね」
「アイドル向き、ですか?」
「はい。色物要素は強いですが、自身のイメージを固めていて、それをステージ実行出来ている。それだけでも、十分に上を目指せるポテンシャルがありますから」
「そうですね。彼女の個性はアイドル界で戦えるだけの力があると思います。ですが」
と間を置いてから、予算との兼ね合いが懸念材料です、とつけ足した。
「予算ですか」
「もし、沢山の猫と歌うとしたら、複数の動物プロダクションに出演依頼を行う必要があります。そうすると予算も、相手側の時間も・・・・・・」
武内さんの表情が次第に曇っていく。
「そうですよね」
はぁ、と重たい息を吐いた。
一体何匹必要で、あの自由な生き物は大人しくしているだろうか。とても撮影には向いていない、というか厳しい。
「でも、実現したら楽しいでしょうね」
「えぇ。実現すれば、笑顔が溢れるステージになると思います」
だからこそ、実現したときの喜びは計り知れない。撮影風景、ステージ脇で観る光景。それは、プロデューサーだけの特権だ。
「そうですね。実現すれば本当に・・・・・・楽しいステージになるでしょう」
――ありがとうございましたー!
ぴょん吉さんの声が聞こえた。どうやら私の番は次らしい。
「あ、次みたいですね」
「えぇ」
「随分と長く話しちゃいましたね」
「そう、ですね」
「貴重なお話ありがとうございました。
「い、いえ。こちらこそありがとうございました」
「では、失礼しますね」
他所のアイドルについて専門家と話すのは随分と久しぶりだった。久しぶりに、楽しい時間を過ごせたことに感謝した。
「楽しかったなぁ・・・・・・」
純粋にステージを楽しんだのは何時以来だろうか。
一度ステージを見たら、演技の駄目だしや、魅力的なポーズや表現ばかりを追いかけてしまっていた。それか、自分自信よりも上手いか下手か、を比べていた――。
実力を比べ続けるのは息苦しさがある。けれど、互いの目的は変わらない。最高のステージを創ること。
その為に、私は動き続けていた―――。
「これからどうしよう」
今西さんからの返事をどうするかだ。遅くても明日には決めるべきだろう。
アイドルとは関わりたくない、とは思いつつもそれ以外の仕事をするイメージが全く沸かないでいた。アイドルマスターの世界ならプロデューサーにならないと、という単純極まりない思考でアイドルの世界に踏み出したからだ。
そもそも、いつまでもニート生活をするわけにもいかないからだ。最終学歴、中卒というのは余りにも社会的地位が無さすぎる。書類選考で落ちると考えてよい。
高卒認定試験を受けて大学に入りどこかの会社にでも就職するか、それとも――――――。
多分、答えは初めから決まっていた。
*
「ぁ、お名前」
武内は未だに着物を纏った謎の女性、雪乃の名前を知らない。話をしようにも、彼女は既にみくの対戦相手であるぴょん吉とのアフタートークを始めようとしていた。
――今は、スカウトすることに集中しないとですね
気持ちを切り替える。みくの知名度はあるので、既にスカウトされているかもしれない。そうでなくても、スカウト中に別の女性のことを考えていては、失敗するかもしれないからだ。
「こんにちは、先ほどは素敵なステージでした」
「ありがとうにゃ!」
流石はプロ(素人だが)。みくは強面な男性相手だとしても一切臆することも、驚きもしないで対応している。
「あなたのステージは、とても可愛らしかったです。猫のようでした」
「ふふん。そりゃ、みくは猫ちゃんだからにゃ! 」
「みくさん、アイドルに・・・・・・興味はありませんか?」
武内は雪乃にしたのと同じように、名刺をみくに差し出していた。
周りの視線は、武内とみくに集まる。
「346プロアイドル事業部・・・・・・プロデューサー!?」
「はい、そうです」
渡された名刺を朗読して相手が誰だか理解したようだ。みくは突然の出来事に声をあげた。当然遠くにいた人も気が付く。
「おい、まじかよ」「え、スカウト?」「すげぇ、初めてみた」「あのみくにゃん先輩が?」
「遂にみくにゃんもリアドルデビューか!!」
反応は人により様々であったが、言伝に「みくが有名事務所にスカウトされた」という事実が伝わっていく。しかも無名のプロダクションではなく、アイドルに詳しくなくても認知されている346プロだというのだから当然驚く。
その中でみくは、舞い上がっていた。アイドルになれるという事実を噛みしめたからか、やったにゃー! と叫んだ。
「みくは、本当にアイドルになれるのにゃ?」
「はい。貴女がなりたいのなら」
武内は強い肯定で、返事をする。彼の口数は少ないが、みくにはその一言で十分だった。
「勿論にゃ」
ぱちぱちぱち。周囲からは拍手と共に頑張れよ、と言った声援が沸き上がった。
武内は困惑するものの、みくはテレビでも応援よろしくにゃ! と相変わらず猫語で元気に笑顔を振り撒いた。
「あのー、そういったお話は別のところでして頂けると・・・・・・」
腰を低くして会話に割り込んで来たのは、ステージでの司会者であった。
指摘されたことで、時間をかけすぎていたここと、騒ぎが大きくなりすぎたことに改めて気づいた。
「で、ではこのお話は後程・・・・・・ということにしましょう」
「あっ、はい。お願いします」
みくから猫語が抜けていた。
*
その男は、ステージを眺めていた。しかしその目的はアイドルではなく、別の女性であった。
その事実に気がつく者は、誰もいない。もしも気がつけば通報されてしまうかもしれないのだが、その視線は欲情に満ちたものでは無く、慈愛といった方が近かった。親が子供を視るような目だ。優しい眼であった。
彼女はその視線に気づかない。視線を向けられることに慣れているからではない。やはり、その視線には慣れていたからだ。向けられることに安心感を懐く程に彼のことを信頼していた。故に、気にも止めなかった。
彼女の視線の先には一人のアイドルがいる。
男もアイドルに目を向けた。
流れる音から理解していたが、この曲には馴染みがあった。
そのステージは、本家と同じような人が歌って、踊っていた。
彼にとって一つ残念なのは、自身がペンライトを持っていないことであった。普段は出演するアイドル全員分を持参しているが、今は無い。代りにコールを観客と共に行った。
―――この中にも天海君のファンは多いようだね。そして………
「ふむ、ティンと来た!」
ライブバトルといえば、原作ことモバマスでは衣装を賭けるものですが、当作品では無いものとしてください(投稿してから気がつきました)
勝者側には少しお金(大道芸でのチップのようなもの)が多く入る、ということでお願いします。
ソシャゲといえば、頭のおかしいミリシタの情報を皆さんご存じですか?(褒め言葉) また武道館でライブだし(積まなきゃ)しかも新アイドルの登場で、こちとらプロットの練り直しですよ……
それはそうと、本日がデレマス5th SSA公演先行予約の応募最終日ですよ、最終日! 皆さんお忘れ無く。
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6話 ウィンターライブ(序)
グリマスPのみなさんの気分はクリスマスイブですね。
デレステPのみなさんは世界レベルなあの方をどう思いますか?
MマスはアニメにカフェパレとF-LAGSにジュピターが出るか早く教えて下さい!
そして劇場は、劇場は……メガネにキサラギ!?
尚、チケットはご用意されませんでした。
「みくちゃん、頑張ってね!」
「ありがとね。みくは、猫ちゃんパワーで頑張っちゃうにゃ!」
武内プロデューサーにスカウトされてからは、今日のステージの感想よりも、詳細もわからないというのに将来の、アイドルデビューすることへの応援ばかりになった。
みくは、そのことに不快感は無い。むしろ、本当にアイドルになれるんだ、という実感が湧いてきた。その事実が堪らなく嬉しくて、ファンサービスも何時もより多く行った。
「みくちゃん、今日はありがとうございました!」
控え室で挨拶をしてきたのは、対戦相手であったぴょん吉というハンドルネームの少女だ。彼女の本名である
互いに詮索はしない。それはネットアイドルを源流に持つからこそ、生まれたマナーだ。
この場所を控え室と呼ぶには少し簡易的であった。会場近くにある空き会議室を仕切りで複数に区分けしただけの荷物置き場兼更衣室と言った方が近い。
そもそも、鏡が備え付けてあるようなスタジオにある如何にも「控え室」という場所を使ったことは、みくは一度しかなかった。当然大部屋だ。
「ぴょん吉ちゃんもお疲れ様にゃ。初ステージだったんだよね?」
「はい、そうですよ。 さっきも言われましたけど、そんなに変ですかね……?」
どうやらぴょん吉は、この凄さを理解していないらしい。
ステージに立つ怖さを知らないまま楽しさを知ったのだろう。きっと緊張なんてしなかったはずだ。そして、ステージの虜になった。
自分と一瞬にライブバトルで共演できること。そして、ぴょん吉自身がステージに立てることが嬉しかったのだろう。とみくは想像していた。
「凄かったよ。みくが負けちゃうかもしれないって不安になっちゃった」
みくは出番が終わっていたので、落ち着いて眺められたからこそよく解っていた。不安を一切感じさせなくて、勢いのあるステージだった。
何より観客の盛り上がりも凄かった。
「本当ですか! でへへ、ありがとうございます」
「ぴょん吉ちゃんはこれからもライブバトルをやっていこうと思った?」
「はい! すーっごく楽しかったからまたやりたいです」
今度会うのはテレビ局か、オーディション会場かもしれない。
漠然とした予想ではあったが、みくはそうなるに違いないと思った。
「そっか、これからもステージを楽しんでね」
「はぁーい!」
さてと。猫耳をはずし、先ほど受け取った名刺を眺める。事務的な飾り気の少ない名刺に印刷されたプロダクション名は余りにも有名だ。
高垣楓、
――どうして、みくをスカウトしたの?
みくには、一流プロダクションのプロデューサーが自身を本当にスカウトしたのだろうか、という疑問があった。彼女は、過去にもスカウトを受けたことがある。
けれども、そのプロダクションは聞いたことも無いような無名であったり、スカウトマンがとてつもなく怪しかった。
勿論、みくも無名だからといっても悪いことではないと知っている。
今ではアイドル業界最大手となった765プロでさえ、「
それでもみくは、例え346プロだとしても不安になっていた。一歩間違えるとやくざにも見える顔と、図体の大きい武内の姿を思い出していた。
見た目は恐いが、悪い人には思えなかった。あのまま連れていくことや、自身の着替えが終わるまで別室で待ち続けることだって出来たのに、彼はそれらをしなかった。
思いは既に決まっていた。
「……はい。武内です」
気がつけば電話をかけていた。みくは、アイドルになりたくて東京に来たのだ。
そして、これは、走り出す初めの一歩。
「こんにちは、先程お話したみくです!」
―――今、これから始まるのは、みくのidolストーリーだ。
東京は広すぎるにゃ、みくはスマホで地図を見ながらぼやいた。とはいえ大阪も十分広いので、慣れの問題が大きい。
その武内から指定されたのは、メインストリートからは少し離れた場所にある喫茶店だった。みくは、本当にここで間違いないか不安になった。道路沿いにある窓ガラスからは武内の姿が見えた。間違って無いことが解ったので、みくはほっとした。
店員に、待ち合わせです。と断ってから武内のいるテーブルに座った。
「では、改めてまして」
「はい」
いよいよスカウトの詳細、そして今後御世話になる事務所についての説明だ。みくの姿勢は、自然と糸を張ったような垂直になっていた。
「先ほどは、すいませんでした」
「大丈夫にゃ! ……です。来てくれた人が沢山応援してくれて嬉しかったから問題無いです」
「何時もの、話し方で構いませんよ」
みくは少し拍子抜けした。緊張していた自分が馬鹿らしくなる。
「それでみくさん」
「はい」
「貴方のお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それは、本名ってことかにゃ?」
「そうなります」
そこまで言われてようやくみくは、本名を言ってないことに気がついた。ハンドルネーム、もとい下の名前で呼ばれることも板についた証拠かもしれない。
「……前川みくにゃ」
「前川さん、ですね。私は武内と申します」
「前川さんは、『シンデレラプロジェクト』という新規部門に所属してもらうことになります」
「シンデレラプロジェクト……」
みくは所属することになる名前を静かに呟いた。
武内から伝えられたのは、みくがスカウトされた新規プロジェクトの内容だった。事業に関する多くのことを言われたが、殆ど覚えていなかった。突然の出来事に頭は追い付いて無いのかもしれない。
持ち歌があり、 デビュー出来る。それさえ解ればみくには十分だった。
後で貰った資料を読み返そうと、みくは心に決めた。
「何か、疑問に思ったことはありますか?」
全てが疑問にゃ。と言いたくなるのをみくはぐっと堪えた。
「あ、あの! 他のメンバーはどんな娘がいるのかにゃ?」
「そうですね、基本的にはこれから行われる『シンデレラオーディション』で選考します」
「ってことは、みくが一番なの!?」
「いえ、既に三人スカウト枠として採用しています。前川さんで四人目になりますね」
そりゃそうだろう。自分が初めてスカウトされたのかと少し期待したが、そんなわけ無かった。
「ところで前川さん。今度346プロで行われるライブをご存知ですか?」
次行うとなると、ウィンターライブだ。そのライブについては、みくも知っていた。来月、横浜行う定期公演だ。
みくは行きたいと思っていたが、一人関西から上京している身では、当選の結果以前にチケット代を払うことすら難しい。
「勿論知ってるにゃ。Pちゃん、それがどうしたの?」
「もし、よろしければ……ご覧になりますか」
それは、最高の誘いであった。
「観たいです!」
武内の提案に、みくは直ぐ様返事をした。
「それでは手配をしておきますね」
「お願いします!」
みくは、これまで以上に笑顔になった。
やはり皆ライブを観たいのだろう。
「既にお二人に同様のチケットを渡してあります」
「みく以外のスカウトした娘と会えるの?」
「はい、ライブ前に一度顔合わせを行いたいと思います。ライブ中は隣の席になりますので、交遊を深めてくれるたら幸いです」
これが正しい選択なのか、武内にはわからない。けれどライブを観ることで、自分の
――今度こそ、皆さんの笑顔が消えないように……
「それじゃ、失礼します」
みくが席を立つ。
「前川さん。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくにゃ。
「ぴーちゃん、ですか」
「そうにゃ! プロデューサーさんだからPちゃんにゃ」
「は、はぁ……」
武内は戸惑っていた。
愛称で呼ばれたことは無いのだろうか、とみくは疑問に思った。
しかし武内は、不思議そうに見つめるみくの真意を把握出来なかった。
スカウトが無事に成功し、説明も滞りなく完了した。
大手企業であろうと、スカウトは難儀する。上司への報告を行う為に電話を手にとった。
「終わったかね」
電話の相手は上司の今西だ。
「はい。みくさん、前川みくさんは、スカウトに応じてくれました。ライブの件も伝えてあります。」
「それはよかった。そういえば、雪乃君から連絡があったよ」
「雪乃さんですか……?」
武内には知らない名前だったので見当がつかなかった。
「おや、名前を聞いてなかったのかい。君が以前スカウトをしようとした娘だよ」
ごほっ。噎せてしまった。つい先ほど会った人の話題になるとは、武内は当然思っていなかったので返答する言葉が見つからず固まっていた。
「だ、大丈夫かね?」
「はい。……前川さんをスカウトした同じ場所で彼女に会いました」
「そうだったのか。偶然もあるものだね」
「それにしても……お二人はお知り合いだったんですね」
「うん、そうだね。三年ほど前に会ったのが最初だったかな」
三年前、というとアイドル部門が始まる時だ。
その時に縁があったということは何処かの企業のお嬢様なのだろうか。
武内の中では、さらに雪乃への疑問が深まっていく。
「それで、一体どんな話をしたのでしょうか?」
「あぁ、君と同じように私も彼女をスカウトしていてね……。その返事だよ」
「今西部長も彼女をアイドルにしようと思ってらっしゃったんですね。結果はいかがでしたか?」
武内の勘は当たっていたらしい。
やはり彼女はアイドルになり得る存在だ。
「いや、アイドルではないよ」
「では、一体」
「決まっているじゃないか。
結局、武内が把握出来たことは名前だけであった。
余計に謎が深まった。
「はぁ。では、そちら、スカウトはどうだったのでしょうか」
「うん、とりあえず今度のライブには来てくれるそうだ」
*
「ただいまー」
下の花屋で仕事中のはずだから返事は帰って来ないと思っていても、雪乃は口に出していた。
それに、人からは返事が無くても犬のハナコは元気に駆け寄るからだ。わしゃわしゃと頭やお腹を撫でると気持ちよさそうに尻尾を振った。家に誰かがいるだけで心地よくなる。
「おかえり、義姉さん」
ハナコの後ろから凛がやって来た。
ただいま、と二人(厳密には一人と一匹)に告げる。
雪乃は今日は日曜日だったと、ようやく思い出した。
「そういえば、大学のDM来てたけど……頼んだの?」
指を差した先に置かれていたのはビニールで保護された二つの分厚い資料だ。東京の美大と私大の名前がそれぞれに印刷されている。
「うん、そうだよ」
「そう……」
凛は少し寂しそうだった。
そういえば最近、凛と話していないことに雪乃は気がついた。
靴を揃え、手を洗い、雪乃の部屋でコートを脱ぐ間も、雪乃はハナコを抱いている凛と他愛ない話を続けた。
雪乃は大学の資料を側に置いて、リビングのテーブルをとんとんと叩いた。
「凛、座ってて。お茶入れるから」
ワンワン! とハナコが叫ぶ。どうやらご飯をご所望らしい。
「はいはい、ハナコにもおやつあげるね」
雪乃はお湯を沸かしながら、ハナコにも声をかけた。おやつには少し遅い時間だから凛の母に、餌をあげたことを怒られるだろうが、犬であるハナコだけ我慢するのは酷だろう。
「義姉さん本当にアイドル辞めちゃうんだね」
凛は目線を下に向けて、雪乃に合わせることなく言った。けれど、雪乃は気づかない。
「うん、そうだよ」
雪乃が他愛ない話をしているような話振りなので、凛は驚いた。
ティーポットの様子を見ていたので、凛の驚きを雪乃は知らない。
それに対して雪乃は、凛がこれまで、765プロから離れることに対して何も言わなかっただけに、意外に思っていた。
親のいる前では言いたくなかったのかな、と考える。
――それなら、長い話になるかもね。
「はい、どうぞ。ハナコもね」
「ありがとう」
ハナコが元気に尻尾を振り、二人は静かにお茶を飲む。
「それで義姉さん、どうして765プロを辞めたの?」
「随分と直球だね」
「だって、楽しそうに仕事のことを話してきたから辞める理由がわからない」
そんな義姉の姿を、凛は尊敬していた。
「勿論アイドルは楽しかった。でも、楽しいだけじゃ続けるのは無理だから」
ステージ上のきらびやかな世界だけでは無いことは、凛も知っていた。
凛は何度か練習風景を観たことがあった。全身汗まみれになりながら練習する姿は、凛の記憶に色濃く残っていた。
「それは、知ってはいるけど……さすがに急じゃない?」
「急に、でもないんだよね」
少し言い辛そうに、雪乃は口にした。
「最初は律子さんに麗華さん。ついこの間までは春香、さんや765プロの話を散々聞かされたんだけど」
「え、そんなに話していたっけ?」
そんな記憶にはないと言わんばかりのを聞いて、凛は呆れる。
「そんなにって。食事の時は必ずアイドルの話をしてたんだけど……」
ライブも毎回観ろってうるさいし、と呟いた小言は雪乃には聞こえてない。
「でも、どうして大学の資料なんか貰ったの?」
凛は、高校受験を推薦で終えたばかりなので、大学受験について考える気持ちにはならない。けれど、複数の学校の資料を見比べたのは記憶に新しかった。普通科の学校しか見ていなかったが。
「そりゃあ……いい会社に就職しようと思ったらいい大学入る方が採用されやすいからね」
「ふーん」
凛も何度か言われたことがある。しかし、実感はまだ無い。
雪乃がパラパラと眺めているのは"合格者優秀作品"、と書かれた冊子だった。
それから、ざっと見終えたばかりの冊子と共にごみ箱に全部捨てた。
「え、捨てちゃうの?」
「うん。大学はやっぱいいかな」
「言ってることが真逆なんだけど」
凛は余計に困惑した。
「だってスカウトされたから別にいいかなって」
「スカウト、されたんだ」
「うん、それに……よくよく考えたら、
やっと6話目です。もたもたしてるとミリシタが始まるので早くストーリーを進めたいものの、ゆっくり進んでいます。が、次回は沢山アイドルが出せます! 頑張って警告タグも働かせたいと思います!
……長かった!
そのうちしんげきネタ書きたいですね。時系列無視に矛盾大有り嘘M@Sやります。シナリオの妄想も捗ってまし! (多分!)
追記:書くのはイベント終了後にします
【お知らせ】
本文中の数字表記を固有名詞と一部を除き漢数字に統一しました。
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7話 ウィンターライブ(破)
――ふう、こんなものかな
化粧鏡を観て確認をする。一目見ただけでは誰も私だとは思うまい。
元から
完成イメージは、相手に舐められないような顔だ。勿論、私がアイドルであることも隠すことは忘れない。
「……え、誰」
廊下で遭った凛は、不審な人物を見たように困惑していた。
凛を一瞬でも騙せたのなら、私のメイクは成功だろう。
「どう、私には見えないでしょ?」
「なんだ、雪乃義姉さんか。驚かさないでよ」
少し色っぽく言ってみる。
声を聞いて私だと解ったようで、凛は安堵した。
「でも、言われたら義姉さんにしか見えないや」
それは仕方がない。あくまでも年相応以上の年齢のように見えればいい。
「でも、未成年には見えないでしょ?」
「そう、かな。大学生でもいそうだけど……」
「そ、そっか」
手厳しい現役中学生兼身内の評価だ。別に子供でも今日は問題は無いけれど、凄く悲しい。
「今日は珍しく洋服なんだね」
「うん。ライブに行くからねえ。流石に動き辛いし」
「ライブって、346のだよね?」
凛はその会場まで、注文のあったフラワースタンドの配達と撤収をする手伝いを行うそうだ。
「勿論」
対して今日の私は、観客であり、仕事だ。
テレビに出演する人の職種は様々である。歌手、タレント、芸人やモデルに声優……。多種多様に存在する中であり番組毎に出るジャンルは異なる。
その中でも、現在一番総人口と、見る機会が多いのは『アイドル』だ。
朝のミニコーナーに始まり、お昼のバライティ。夕方の子供向け番組。ゴールデンタイムはステージの中継がある。深夜には大人組のちょっとエッチな番組やディープな内容も放送されている。
そんなアイドルの経済効果は、絶大だ。至るところに広告が点在している。
駅前の交差点には、大小複数の街中を彩るように広告が存在する。そのどれもが765プロのアイドルが出演していた。
『竜宮小町with律子』の新曲の広告や、『プロジェクト フェアリー』とコラボしているおにぎり屋の広告。四条貴音の交通安全ポスターまで掲載されている。
ライブ会場のある横浜みなとみらいに向かう地下鉄のつり革広告にも、アイドルを起用した広告は掲載されている。
その中で目を惹くのは、週刊誌の広告だ。アイドルの母数が多くなれば、それに比例して黒い噂も多くなる。需要も売り上げもあるだろう。
記事の見出しには、知らないアイドルの枕営業についてでかでかと載っていた。
――真偽は兎も角として、相当な痛手だろうな。
事務所の名前を見たら、こだまプロ、と書いてある。
新幹少女のところだ。
新幹少女は深夜帯に帯番組を持っている。そのメンバーの一人が菊地真の熱狂的なファンである。彼女は「真のファン」とのバトルを繰り広げているので度々話題になる。
今度は、事務所アンチとの戦いか。
御愁傷様。と小さく合掌しておく。
他のにも新曲の宣伝。
衣装や番組も――広告を見る度に、次はどんな新しいことを企画し、水面下で実行しているのだろうか、と想像する。そのことを考えているだけでもワクワクしてくるからだ。
これから346プロのライブを見ることも影響しているかもしれない。心置きなく観るライブは何時観ても最高だ。
移動中は、タブレットをつけてメールの確認や、資料作りを行うことが多い。ライブ前なら、ボーカル無しの曲を流してイメージすることが多いし、オーディションなら気分転換に小説を読む。
けれど今は、一人の観客だ。ライブを観に行く時は、出演アイドルの曲を聴きながら、SNSで物販の販売状況や現地にいる人のまとめを確認していた。
しかし、それらを行う気分にはならなかった。背の高い少女から目を話せなかったからだ。
目を閉じて、電車の揺れに身を任せてゆらゆらと動きなが幸せそうに音楽を聴いている姿は、絵になる光景だ。
ちらちらと覗いていたら、時間はあっという間に過ぎた。
ライブ会場であるみなとみらいに着いたのは9時過ぎだ。
地上に出ると風が吹いていた。海風だ。真冬ということもありかなり寒い。空は少し曇っていて、雪が降りそうだ。
そんな悪天候であろうと、ライブ会場周辺には既に長蛇の列が形成されている。
雪の降りそうな寒い日ではあるが、この一帯だけはファンの熱狂に徐々に包まれていく。といっても過言でない。
彼らは物品を確実に買うために朝早くから並んでいるのだろう。徹夜して並ぶ人も居るだろうが、近隣の迷惑にもなり、経費が掛かるので自粛してくれると運営は助かること。特にお盆と年末のビックサイトでは――
列に並ぶファンの人たちを横目に、階段を下りて搬入口等のある裏口のスタッフ用出入り口に向かう。
すると、また彼女がいた。立ち姿はさらに目立った。百八十はあるかもしれない。
紙を片手に、何かを探しているように見えた。
ふと思い出したのは、今西部長との電話中にあった「シンデレラプロジェクト」だ。
どんな人がいるのかと話を聞いてみると、背の低い娘と高い娘をスカウトしたそうだ。普通は秘密でありそうなのに、あっさり答えたのは少し驚いた。
けれどそのお陰で、彼女の容姿はそれに一致することが解った。
*
警備員の仕事には、不審者がいないかの見回りや、「入り待ち・出待ち」のファンからのアイドルの警護も含まれる。
「ねえ君。ここで何をしているのかな」
言葉としては優しく感じるものの、口調は相手を問い詰めるように、厳しいものだった。
少女――
「えっと、きらりは……」
「はいはいちょいと失礼」
会話を遮るように、雪乃は二人の間に割り込んだ。
「誰だね君は」
「誰? と言われましても、こういう者です」
そう言いながら雪乃は通行証を見せる。
警備員の顔は、穏やかな表情を少しだけ取り戻した。
「そうですか。それで、そこの彼女とは何か関係でも」
「関係は無いですけど……君"シンデレラプロジェクト"の娘だよね?」
「う、うん。まだアイドルじゃないけど、きらりは"シンデレラプロジェクト"にスカウトされたにい」
「ってことはつまり……」
ようやく警備員は状況を把握出来たらしい。
きらりの手には、地図の他にチケットも握っていた。
「関係者、だね。という事で彼女も通って大丈夫だよね?」
「はい。失礼しました」
警備員に謝罪にきらりは、気にしなくて大丈夫だにぃ、と優しく返事をする。
その様子を見て雪乃は、アイドルらしく可愛いなと思っていた。
「それじゃあ行こっか」
「……うん」
警備員に、お勤めご苦労様です。と挨拶をしてから先ほど見せたチケットと証明書を首にかけたケースに入れた。
「さっきはありがとね」
「ううん、気にしないで。私は、渋谷雪乃。あなたは?」
「きらりは、諸星きらりだにぃ」
VTRで観るような、ライブ直前の興奮しきったテンションは、裏方である会場設営側であるスタッフには存在しなかった。まるで地獄のように思える。
その主な原因は、ライブの運営スケジュールは大変過密に組むことが多いからだ。前日の深夜から夜を徹して設営を行い、ライブ後数時間で撤収する……なんてことも頻繁にある。
ステージの設営が終われば、出演者であるアイドルが現地入りしてのリハーサルだ。同時進行でコンサート関連の物販も随時搬入されて、陳列されていく。
同時に、販売商品や、ステージ衣装の汚れや不備が無いかも確認していると、開場時間まではあっという間だ。
しかも、当日は当日で忙しい。会場整理やチケット確認に物品販売や全ての席にパンフレットを手作業で置いていったりと、挙げ始めたらきりがないけれど、兎に角嵐のように大変だ。
そんな舞台裏に入ると、大勢のスタッフが既に慌ただしく動き回っていた。
きらりはその様子を興味深く眺めていた。
「やっぱり珍しい?」
「うん。ライブの裏側を観るのは初めてだから、ちょっとわくわくしてるにぃ!」
邪魔にならないように端や隅を通りながら、通路を歩く。
「――さん現場入りました~!」
「え、もう来たの!?」
「機材通りまーす!」
「照明さんもう少し右です右」
「まだ小道具が届いてないのか!?」
「点呼取るぞ!」
左右を見れば報告、依頼、怒号等々の大声が響き渡る。
――あれ、ここまでうるさいかな?
本番当日の、リハーサル前だと言うのに現場が荒れすぎではないかと、雪乃は疑問に思っていた。
「お前ら、今何時だと思っている。遅いぞ!! 」
「にょわ!?」
そんな中で、私服の、しかも見知らぬ人がこの時間に歩いていれば勘違いもするのは仕方がないことかもしれない。
如何にも体育会系の男性が、恐ろしい形相で激怒していた。
体育部の男子が怒られても怖く感じるのに、体育部とは無縁であろう女性が、同じように怒鳴られると堪ったものではない。
「すいません……私たちバイトじゃないんです」
雪乃は、申し訳なさそうに首にかけてあるカードを見せた。
「そ、そうか。いきなり怒ってしまい、すまなかった」
高槻やよいの挨拶よりも深々とお辞儀をした。
雪乃は、たった数十分も経ってない間に二回も理不尽な怒りをぶつけられるのは理不尽だと思った。
現場がピリピリとしていることは、雪乃も自覚している。だが、緊張や不安。負の感情が周りに伝達するのはよくない。
――トラブルが起きたときに怒るのは非効率だ。 先ずは原因の出所の究明、そして速やかな対処だ。責任追及はその後だ。
「あの、誰か来てないんですか?」
「ああ、そうなんだよ。ったく、人手はフルでも足りないってのに」
「因みに、担当だった仕事の内容は?」
「……アイドル付きのスタッフなんだ」
「うわぁ」
男の声は重い。
雪乃の顔も険しくなった。
会場で働く多くのスタッフはアルバイトだ。つまりは一般人。裏方で働いても、出演者との接点は一切ないことがほとんどだ。
すれ違うことがあってたとしても、会話は当然厳禁だ。
守秘義務も当然あるが、直接関わるとなると代わりが効きにくい担当だ。
「それなら、私たちがやりましょうか?」
「君たちが、か?」
「ええ。関わりのある立場ですし、ので」
「なるほどな。いやでも、急に言われてもな……」
「そうですよね。ちょっと待ってください」
雪乃は携帯を手に取った。
「今西さん、おはようございます。渋谷です」
電話で話し出した雪乃は、姿勢も口調も変わっていた。
二人を置いて、雪乃は話を続ける。最初は二人とも困惑していたが、体育会系の男は電話相手を理解して驚いた。
「まじかよ」
「あのー……」
「ん、どうした?」
「雪乃ちゃんは、誰と話しているんだにい?」
何がなんだか、きらりには訳がわからなかった。
「あー、そりゃあ知るわけねぇか。あいつは、346プロのお偉いさんと話してるんだ」
「にょわ!?」
一体彼女は何者なんだろうか。
きらりが疑問に思っていたら、雪乃はスマホを降ろした。電話が終わったようだ。
「お待たせしました。大丈夫だそうです」
雪乃の言葉に、男の顔はひきつった。
きらりも詳しく状況は把握してないが、とにかく凄いことをしていることは分かった。
「そうか……それならお願いしよう。
「あっ、はい!」
慌てて返事をする少女――島村
「島村、午前は彼女たちと一緒に業務を変わって貰ってもいいか?」
「……はい! わかりました」
「そうか。よろしく頼むぞ」
卯月に連れられて、二人は更衣室に入る。ロッカーの前で着ていたコートやスカートを脱いで、青色のファーが着いて裏にはでかでかとスタッフと解りやすいくらいに書かれているスタッフ用の服に着替える。
来ていた服はロッカー内に畳んでから鍵をかけた。
そんな中で、卯月は更衣室の長椅子に座っていた。
「突然こんなことになっちゃって、ごめんね」
「そんなことないですよ! もしかしたら、アイドルに会えるかもしれないですし」
徐々に小声になっていたが、二人にはしっかりと聞こえていた。
雪乃は、まぁ、ちょっとくらいしかたないか。と見逃すことにしたのを二人は気づかない。自分だって同じ立場なら、そうするだろうから責める資格はないのだ。
……駄目な人たちである。
「きらりも、ちょっぴり楽しみだにい」
「そうですよね! こんな機会なんて滅多にないですから!」
きらりと卯月は、目を輝かせていた。
そんな初々しい姿を見る雪乃は、微笑ましく思えてきた。
「あ、忘れてました! 私は、島村卯月って言います。今日はよろしくお願いしますね」
ぺこりとお辞儀をすると、彼女の長い髪もふわりと浮いた。
見た目、声共に可愛らしい娘だなと、雪乃は思った。
互いに自己紹介を済ませると、割り当てられた今日の行程を確認する。
「えぇっと、本来の仕事完了時刻は"11:30"ですが、作業開始時刻の遅延もあるので、定刻通りでなくて構わないとのことです」
リーダーは当然、卯月だ。仕事内容を共有していく。
「ケータリングだけは遅くとも11:45までに完了させたいと思います。先に慌てずに終わらせましょう」
きらりと雪乃は頷いた。
「それでは、頑張りましょう!」
「ええ」
「頑張っちゃうにい!」
搬入されたキャスター付きの洋服掛けにある衣装と、靴や小道具を各控え室に移動させていく。
衣装に間違いが無いかを再度確認するのも大切だ。そして不具合が無いかの確認だ。
例えば、服のほつれ。アクセサリーが外れていないか。小道具が有るか。それらを資料に照らし合わせる。それだけの仕事といえばそれまでだか、大変重要な仕事だ。
「……と、まぁこんな感じですね。後は、ケータリングのお弁当と飲み物を配る、くらいだと思います。」
卯月は、慣れた手つきで一通りの仕事を終えた。
その手際に、二人は感心していた。まるで職人技だ。
「きらり、驚いちゃったにい」
「本当ですか?」
「卯月ちゃんってバイト歴長いんだね」
笑って、驚いて、照れる。
卯月の表情はころころと変わって見ていて飽きない。
――アイドルにも向いてるかも
そんな思いは、卯月の言葉によって後悔に変わった。
「……はぃ、沢山の現場を経験しました」
彼女の顔は下を向き、悲しそうな表情であった。
気まずい空気のまま、三人は作業を初めた。
*
「うにゅう……」
「きらりちゃんどうしたんですか?」
悩むきらりに、卯月は心配して声をかけた。
「……これって数は大丈夫なのかにぃ?」
きらりは、同じタイプで色違いの衣装が10着以上あるのを不思議に思っていた。
それを見て卯月は納得する。
「あぁ、
L.M.B.Gは、346プロに所属する小さなアイドルで構成されたマーチングバンドのユニットだ。
見た目の可愛らしさと、カラフルな衣装も合わさって346プロを代表するユニットの一つとなっている。
創立当初から存在するユニットであり、徐々に参加アイドルは増えている。今では346プロのみならず、アイドルユニットとしては最大人数となっている。
「それって『
「はい! その娘たちです! まさかこんなに近くで衣装を観られるだなんて、夢にも思っていませんでした……」
きらりの声に、卯月は脊髄反射していた。
卯月の興奮しきった姿から、本当にアイドルが好きなことは一目瞭然だった。
「やっぱりL.M.B.Gは最高だよね」
「ですよね! ぴょんぴょん跳ねる姿はかわいくて……」
オレンジサファイアは、常夏の南国の島がイメージの元気溢れるラブソングだ。
因みに、時期外れであり、マーチングバンドとは一切関係無い。
「……どうしよう、
「あぁ……凄くわかります! 」
使い捨てのペンライトであり、強い光を発光するのがUOだ。観客が一斉に使用する光景は圧巻である。
卯月は悔しそうに涙を浮かべて同意している。
「そういえば、今回って何人参加でしたっけ?」
普段テレビに出演する時は選抜メンバーになってしまうことが多いために、定期公演でフルメンバーが揃うことを願うファンの期待は計り知れない。
「今日は参加メンバーに
当然、知っているのを資料を見たからだ。つまりは機密事項。
「凄い人数だにぃ……」
「あれ? 保護者役は誰でしたっけ……」
「日下部若葉さんがいるから! あの人20才!」
「そ、そうでした。可愛いので忘れちゃいます……」
「わかるわー。あの娘たちって本当に可愛いらしくて
突然会話に割り込んで来た人がいた。
相手が誰か、よりも仕事中に話し込んでしまったことを思い出した卯月と雪乃は慌てていた。
「うわあぁっと……すみません!」
「ご、ごめんなさい」
話した順に卯月と雪乃だ。二人とも頭をできる限り下げていた。
全くもって、気がつくのが遅すぎである。
しかも、声の主は……
「急に謝ってどうしたのよ」
「そ、その声は川島さん!?」
「あ、瑞希さんか。おはようございます」
346プロを代表するアイドルの川島瑞樹だった。
きらりは、驚きのあまり固まっている。
「おはよう。って瑞希って誰なのよ」
「冗談ですよ、瑞樹さん」
「ん、その声って…………えぇ、雪乃ちゃんね」
川島は、予想外の人物がいたことに驚いた。
けれど、雪乃の方が驚いていることに、卯月は気づかなかった。
静岡公演に参加した皆さんお疲れ様でした。
ほぼ二徹は体に響きました。トホホ
さて、本編ですが、ようやくアニメの会場入り&再構成らしく卯月の仕事を変えてみました。
そう、やっと卯月が出せたんです!(歓喜) 只のファンと化したバイトちゃんですが……。仕事、大丈夫なのかな?
LMBGもタイムリーなので入れてみました。ヤバかった。みりあちゃんと薫ちゃんのコンビは凄かったです。
話は変わりますが、総合評価のポイントが1000を越えました。評価、感想、お気に入り、閲覧をしてくれた読者の皆さん、ありがとうございます。
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8話 ウィンターライブ(穹の壱)
……デレステのMVも恐ろしいです(みくにゃんは来ず)
衣装間違いは起こりうる事件だ。
例えば、
幸いなことに、二人の控え室は同じで一曲目に『お願いシンデレラ』を歌う。なので例え入れ替わっていてもさほど問題ない。
けれど、輿水幸子ちゃんと川島瑞樹さんのメイク道具が入れ替わっていた場合は、メイク道具の違いに泣いてしまうかもしれない。年齢は一回り程違うから……
「ねぇ、
「ひゃっ! すいません。 そ、その名前はやめて下さい……」
脅し、だろうか。川島は耳元で囁いた。
――ってか、何でバレているの。
メイクはした。髪型も違う。雰囲気だって変わっているはずだ。
それなのに、ほぼ一瞬で正体を看破されては変装の意味がない。
遊びすぎたか、と雪乃は反省する。
そもそも、自由に動ける身分ではないのだ。バレたら一巻の終わりだという事実をもっと自覚する必要がある。
そんな川島の服はタンクトップの上からジャージを羽織り、ショートパンツとレギンスを履いていた。
ジャージのファスナーは全て開けっ放しなので、体のラインがはっきりと見えた。大変美しい。
「えっと、リハーサルお疲れ様です。川島瑞樹さん」
「それは、これからよ。ゆ、き、の、ちゃん」
――不味い、話題を変えないと。
「今日はナポレオンのメンバーで歌うんですか?」
「『ブルーナポレオン!!』 ということは、荒木ちゃん千枝ちゃん春菜ちゃんと歌うんですね!」
「比奈ちゃんだけ上で呼ぶのね。その気持ち。ちょっとわかるわ」
卯月は、ユニット名を聞くなり即座に会話に割り込んで来た。それにしても食い付きいいな。
川島もちょっと引いていた。
「でも残念だけど、今回は無いわ。最近忙しくて練習時間が取れないのよね」
付け加えた川島の声は少し悲しそうだった。
けれど、仕事があるのはいいことである。それがステージ系であれば更にいい。
「ところで、雪乃ちゃんと二人はどうして仕事をしてるの?」
「ちょっとヘルプしてます。人がいないみたいなので」
「そう。それに二人を巻き込んでるわけね」
川島の言葉に、雪乃は動揺する。勝手な行動をしている自覚はあったからだ。
――最善かは解らないが、被害を最小限にしたかった
その気持ちしか持っていなかったことを雪乃は恥じていた。
「そんなことないですよ! 貴重な体験をしました。ですよね、きらりちゃん?」
「うん、とってもやりがいのある仕事だにぃ!」
――うわぁ、凄くいい娘たちだな。
雪乃は少しほっとすると同時に、申し訳なさでいっぱいになる。
「……なら、いいんだけどね。それで二人はどんな娘なのかしら」
話題が自分たちのことに変わって、卯月ときらりは、ぴくりと反応する。
「背の高いのがきらりちゃんちゃんです。彼女はこれからアイドルになるそうです」
「諸星きらりだにぃ。よ、よろしくお願いします」
「普通で大丈夫よ。きらりちゃん、よろしくね」
川島の言葉に、きらりははい、と少し高い声で返事をした。
「この時期にアイドルになるってことはもしかして、新規プロジェクトの?」
「そうみたいです」
事務所内でも新規プロジェクトは話題になっているようだ。
346プロとして力を入れていることがよくわかる。
「ってこては、卯月ちゃんも?」
そのように考えるのは必然だろう。けれど卯月は違う。
その事実を伝えるのを、雪乃は少し躊躇ってしまった。
「ええっと……卯月ちゃんは」
「か、川島さん!」
「なにかしら?」
会話に割って入った卯月は、叫んだ。
川島は驚いたものの、笑顔で卯月を見つめている。
「わたし、アイドルになりたいです! それで、346プロに入って、そのぉ……」
「ふふっ。今度貴女に会うときは、後輩になってることを願うわ。それじゃあね」
「は、はいっ!」
去っていく姿は当にトップアイドルの背中である。アイドルを志す二人には、どんな風に映っているのだろうか――
*
川島が去っていく姿を卯月は、ただ見つめることしかできなかった。
顔も少し火照っていた。
――「待っているからね」って言われちゃいました……!! 頑張らないとですね!
その後の作業は上の空になってしまい、何度かミスもあったが、予定時刻までに滞りなく終わらせることが出来た。
「作業完了しました」
「了解した。みんな助かったよ。空いたヘルプは午後から入ってくれることになったからもう大丈夫だ」
「そうですか。それはなによりです」
卯月は少し悲しくなっていた。
せっかく(少し先輩になるが)アイドルを目指す仲間であるきらりと仲良くなれたのに、別れないといけないからだ。そして、今自身がバイトをしていることに悲しくなる。
これからきらりと雪乃は、ライブを観戦する。対して卯月は、事務所のオーディションに落ち続ける研修生にもなれない一般人だ。
養成所に所属はしているが、明確な差である。
「それと、こちらで昼食は提供しよう」
「ありますございます」
「嬉しいにぃ!」
「それじゃあ、本当にご苦労だった」
「島村。ちょっといいか」
二人と一緒に去ろうとする卯月を上司である男が呼び止めた。
どうかしましたか、と卯月は疑問に思いながら返答する。
「二人の連絡先しっかり交換しておけよ。特にあの嬢ちゃん。あれはただ者じゃないだろう。あいつとつながりを持てるいいチャンスだ」
「そうですね。ありがとうございます」
周りに聞こえないように、少し小さな声でアドバイスをくれた。彼は、卯月の夢を応援してくれていた。
「「「いただきます!」」」
昼休憩。
きらり、雪乃、卯月の三人は休憩室で食事を取っていた。
話の話題は当然アイドルだ。さっきあった川島の話題に始まり、彼女の参加するグループ、関係のあるアイドルへと話題は広がっていった。
だからこそ、現実を直視するのを避けられない。
「うぅっ。こんなにライブ当日に盛り上がっているのに、私はライブを見れないんですよねぇ」
卯月は自分で言って余計に悲しくなった。
今の卯月は仕事中だ。サボることは許されない。
「ねぇ卯月ちゃん」
「は、はい?」
「よかったら席取ってあげよっか? 勿論、バイトの補填も私がなんとかしよう」
「えぇ!?」
それは悪魔の誘いだった。しかも、卯月にとって利しか無い取引だ。
普通に考えたら不可能な話ではないか、と卯月思ったが、彼女なら問題なくそれをやり遂げてしまいそうだと心の何処かでは確信していた。
「いえ、大丈夫です。一度やるって言った仕事を放り投げるなん駄目です! 嬉しい話ですが、お断りします」
卯月は力強く宣言する。
アイドルになったら引き受けた仕事は必ずやり遂げる必要がある。私情で仕事を放り投げるなんて絶対に駄目に決まっている。
それは、卯月なりの決意でもあった。
――そもそも、ズルして現地参加しても他の参加出来なかった皆さんにも申し訳ないですし……
「本当にいいの?」
きらりは驚いた。
「はい。必要ありません」
「おぉ……気持ちは一人前だね。安心して、卯月ちゃん。私たちが卯月ちゃんの分もしっかり見届けててあげるから!」
対して雪乃は、感心した上で煽ってきた。
卯月はちょっとだけ後悔した。凄く悔しい。
そんな気持ちを知りもしない雪乃はパンッ。と手を叩いて立ち上がった。
「そうと決まれば、きらりちゃん。君には
「え?」
「例えば、息づかい。ステージ上での動きかた。入りとハケの仕方。それに曲の表現方法! 他にも沢山あるけど、デビュー前の"ランク"外だからそうねぇ……」
卯月にとって聞いたことない単語も多く飛び交ったが、為になる話だった。
――それにしても、ランク外、か。先は長いですね
ほとんどのアイドルが登録されているアイドルランクを見れば、そのアイドルがどれくらい人気なのか一目で解ってしまう。更新があるのは毎週なので変動も大きい。
因みに、事務所に所属さえしていない卯月は、当然ランクを持っていない。
ライドルランクには、デビューしたての新人が貰えるFランクから始まり、トップアイドルのAランクと頂点のSランクが存在する。
卯月は改めて、自分の現状を顧みる。
これまで自分もあのステージに立ちたい、と思うことはあっても技術を盗もうと思ったことは無かった。
――もっと「頑張ら」ないとですね!
卯月は、自分に渇を入れた。
「えっと、つまり……」
「これからは、ファンとして楽しむだけじゃ無いってこと。周りは全員、『ライバル』ってことよ」
ライバル、卯月はこの言葉を胸の内で繰り返し呟く。
卯月にとっては縁の無かった関係であり、それ故に憧れでもあった。
「それは……
そのプロダクション名に雪乃の目は大きく見開いた。そして、口元をにやりと持ち上げる。
「当然よ」
部屋を出る前、卯月の側に立ち止まり、耳元で囁いた。
「大丈夫だよ卯月ちゃん。これから貴女は数え切れない程に生のステージを観ることになる。私が約束する。」
「え、それって……」
「今はバイト、頑張って!」
卯月の疑問への返事はなく、肩をポンと叩きながら言われた声は大きかった。
*
部屋を出たはいいものの、ライブ開始までは時間があるので正直暇だった。
物販を買えず、ファン同士で交流出来ないのが悩ましい。
周囲の迷惑にならないように通路脇をのんびり歩いていると、控え室からは賑やかな声が聞こえてくる。
リハーサルも終わり本番前まで一休み。と言ったところだろうか。
ふと思い付いたのは、彼女たちの会話に混ざることだ。
けれど、346プロのアイドルの中で交流があるのは限られている。その上、今の私は変装中だ。バレたら不味い。
諦めて先程の控え室に戻ろうかと思った時に気づいたのは、アルコールの匂いだった。
――は? なんで。まさか、火事……
それはない。焦げ臭くは無かったのでその考えを直ぐに棄てる。
――なら、異質な匂いの発生源は何処だ。
周囲が騒いでない以上、何処かの部屋の中なことは確かだ。
念のためハンカチを取りだし、口を隠しておく。
額に汗が落ちる。もし爆発したら……。そこまで懸念するのは創作の見すぎかもしれないが、酸素というのは過熱されるのにうってつけの元素だ。
――ここは大人しく誰かに知らせよう。まだ警報器も鳴ってないから大丈夫なはずだ。
足早に退散しようと決意したその時、笑い声が聞こえた。
――あれ?
最初の懸念とは大きく違ったようでほっとする。それなら、異質な匂いは何だろう、と不安になりながらもそっとドアを開けた。
その部屋に火の煙は無かった。
その部屋は散らかっていた。
その部屋は……
――なんだ。アルコールの匂い、か
事業終わりに打ち上げを行っているような光景だった。
つまり、平和でよくある日常――
「よくないわー!!」
私はおもいっきり叫んだ。部屋にいた女性は全員ぎょっとして私の方を向く。
「あら、雪乃ちゃんじゃない」
「川島さん……これは、一体?」
何事も無いように、声をかけてきたのは川島さんだった。
川島さんがいることに驚いたが、私はこの惨状についての説明を求めた。
「何って、どうみてもお酒に決まっているじゃない」
質問に答えたのは
そんなことは、酒が飲めない私でも見ればわかる。
当然でしょ、と言わんばかりな彼女の顔は赤い。明らかに酔っていた。あぁそうだ、彼女は酒豪家だった。
机の上に転がるのは、数多くの缶ビール。積まれた枝豆の皮。端に申し訳なさそうに置かれた空の弁当箱。
その光景はどう考えても異常だ。
ライブ前の、しかも演者の控え室ではない。
「貴女……元警官ですよね? 職務前に酒を浴びるなんて随分といいご身分になったものですね」
「当然よ。なんてったってアイドルだから」
私の傲慢な態度を片桐は気にも留めていなかった。それどころか上機嫌になっていた。
私の方が気が動転しているのかもしれない。
そう判断した私は、落ち着くためにすうっと大きく息を吸い込む。そして、ゆっくり吐いた。
「すいません。そうじゃなくってですね……」
落ち着け、自分。今の問題はなんだ。
答えは簡単だ。控え室に酒があること。発生するのは、酔ったままライブへの登壇だ。不味い。問題がありすぎる。
「と、とにかくっ! 皆さん今すぐ水を飲んでください!」
妙な沈黙が生まれた。
それを破ることになるのは、酔いどれ娘だ。
「ん? 雪乃ってことは、もしかしてもがなちゃん?」
「はい、お久しぶりです。高垣楓さん。……って、なに持ってるんですか」
片手にビール瓶、反対にの手にコップを持つどころか、ぐびぐび飲みながら話しかけてきたのは、346プロが誇るトップアイドルの高垣楓だった。
現在進行形で度肝を抜かれるような行動を多々起こす問題児25ちゃいの元モデルだ。
モデル時代から才能があり、その歌唱力は346の中でも随一の実力を持っている。
天は何故こんな人に才能を与えたのだろうと、私は妬ましく思っていた。
三話だと一万字を越えそうになったので分割投稿にしました。
そんな訳で、雪乃ちゃんは芸名を用いて活動していました。アイマス界ではレオンと、ジュリア以外はみなさん本名なのでしょうかね?
そして、今週末はしぶりんの中の人が幕張でライブだ……
【7/7追記】高木社長お誕生日おめでとうございます。
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9話 ウィンターライブ(穹の弐)
ようやくDSとザワワンに例のアイマス公式漫画を確保しました。来月は、二次創作漫画を購入だ……
それにしても、少し前に更新された楓さんのカード、素敵ですね。
そんな楓さんは、今回のしゅやくです。
それは二年前のこと。ちょうど765プロとして初のアリーナライブを行う少し前のことであった。
その日は、久しぶりの
何も予定が無い日は本当に珍しかった。ゲーム内でのイベントが行われていなければ。積みゲーも積み本も存在しない。暇な日であった
ベッドの上でごろごろとしようにも遊ぶネタがなかったのだ。
――凄く暇ね
材料が無いのでお菓子作りも出来ない。材料なら買ってくれば問題は無いけれど、明日は事務所に立ち寄れないのでたくさん作っても余らせてしまうので、やる気は起きなかった。
たまには外に出かけよう。最近やっていなかったこともしたいし。
やって来たのは、最寄り駅から程近い渋谷で乗り換えて直ぐにある原宿だ。竹下通りにも近くに豊富なお店が揃っている。
けれど立ち寄るのは、古本屋と古着屋だ。レア物がないかをのんびりと探すのはかなり楽しい。
ファッション雑誌のモデルとなることも多いアイドルは、撮影で着た衣装をサンプルとして貰ったり、買い取る(此方の場合は買い取らせる)ことが多い。
テレビでなくてもSNSで写る写真で着てくれたら広告に繋がるからだ。
なので、古着を愛用するのは余り好ましくは無いのかもしれない。でも、春香や美希と買い物に出かけると押し付け同然で沢山の服を買っているので問題ない、はずだ。
――あ、これなら千早に似合いそう
ある意味千早らしいけれど、彼女は服に拘りがない。とはいえ私もこだわりが強く、貰い物も含めて服は沢山あるけれど、そこまで熱心ではない。お互い様だ。
中古品である以上、存在するのは一点物だ。欲しいと思ってもサイズが合わないことも多いが、他の誰かが着ているイメージを考えるのはかなり楽しい。そこが面白いのだ。
*
四月から始まった律子と私がパーソナリティーを勤めているWEBラジオ。プロデューサーでもある律子がいるので「竜宮小町」や765の裏側を話題にすることも多くコアな765ファンからの反響は大きい。
お便りコーナーで「最近新しく見つけた趣味」という一通の質問があった。
それに私が古着屋巡りと答えてしまったのがそもそもの原因だった。
「それって、只の妄想じゃないかしら」そう指摘したのは律子だった。
「…………あ、確かにそうかも」
私は無自覚であった。だから恥ずかしがることもなく普通に返答できたのかもしれない。
しかも生放送だから取り消しが出来ない。
「ふふぅーん。なっちゃんにもピヨちゃんみたいな妄想癖があったかぁ。
真美たちにあんな服やそんな服を着せてニヤニヤしていた……」
「真美ストーーップ! 今ラジオだから、ね。ね?」
最悪なのがゲストに
私の顔はみるみる赤くなっていた。やってないと否定が出来ないところが悲しい。小鳥さんと同列になっているようで余計に落ち込んだ。
「でも、その気持ち解りますよ。みんなの新衣装どうしようかって考える時は、みんなが着てるイメージはしますから」
律子はすかさずフォローを入れた。
ナイスです。
「そ、そう! だからこれは職業病みたいなものなんだよ」
「そっかー……。それでなっちゃんは真美たちにどんな服が似合うって思ったの?」
真美は納得したようで話題を変えた。
しかし彼女は、獲物を見つけたようにギラリと目を輝かせていた。
――これは、しばらくネタにされるな
諦めに近い笑みを浮かべながら、真美からの質問に私は答えた。
「それはだね――――――
*
やっと忘れかけていた出来事を思い出してしまった。
手に持っていた服を慌てて元に戻す。これは、私には合わない服だ。
胸が大きいと、横は問題なくても服の柄の位置が合わないことが多いのはかなり不便である。
全く気にしてないだろう美希やあずささんが少し羨ましい。二人とも自分よりも大きいのに気にしていないからだ。
結局何も買わなかった。
その後向かったのは秋葉原。
PCのパーツ探しに、アイドル探しだ。 東京23区だけでも、毎週のようにアイドルのイベントは行われている。
毎週のように新人アイドルのデビューイベントがあり、人気アイドルのCD発売イベントも行われている。
未来のトップアイドルを探すのは、アイドルオタクとして楽しいのだし、『ライブバトル』で私たちが対戦する可能性もある以上、戦力分析にもなる。
今回は運がよかった。
あの時、ゾフマップに行かなければ、私はあの人と出会っていなかったからだ。
逸材を知らないままでいた。
そこで私は、女神と遭遇した――――
*
「楓さん……」
高垣楓は、にこやかな笑みを浮かべながら私を見ていた。
「昨日は朝まで瑞樹ちゃんと飲んできたのよ~」
「一体なにやっているんですか」
やはりというべきか、当然というべきかもしれない。
川島さんや他の大人組が酔っているのも、確実に彼女が原因だ。
彼女たちは本番当日の数時間前だということを理解しているのだろうか?
頭が痛くなる。何故こんなことになっているのだ。
一刻も早く机に積まれたビニール袋とビンを奪わなければ。
「まあ、怖い。そんな顔をしたいたら老けちゃいますよ」
「でしたら、今すぐお酒を飲むのをやめてください」
「いやです♪」
楓さんは可愛らしく否定した。
テレビでよくみるミステリアスな雰囲気とは違い、見ている男を一瞬で虜にしてしまうような優しい笑みだ。
可愛いと思ってしまう自分が悔しい。
「っ……可愛らしくしても、駄目ですよ。ライブなの忘れてませんか?」
「勿論、覚えてますよ。お酒はライブに
「そう! 酒は燃料なのよ!」
援護射撃をしたのは早苗さんだった。
「ねぇ、二人とも何を話してるのかしらぁ?
みずきも混ぜてぇー」
二人で話していたというよりは、私が一方的に怒って、楓さんがひらりと避けていた。という方が近いだろう。
川島さんも混ざりたがっていたらしい。
そして彼女は、私の身体に横から乗ってきた。
お願い。と言っているような彼女のウィンクは大変可愛らしく上目遣いの目線も合わさって私の感情を揺さぶるには十分すぎる効果があった。『パーフェクトコミュニケーション』だろう。
けれど残された理性は、妥協を一切許さない。
「甘えても駄目ですよ、川島さん」
ほんの一瞬だけ、もしかしたら彼女が救世主ではないか。と思ってしまった自分が悲しい。彼女も酔っぱらいだ。
ブーと、頬を膨らませた川島さんもちょっと可愛かった。 髪を撫でるくらい許される行為だよね。と言い訳をしながら自然に彼女の髪を触っていた。
346も十分
「あら、羨ましい。それじゃあ雪乃ちゃんも一緒に飲みながら――」
「飲、み、ま、せ、ん! そもそも私は未成年だから飲めないし薦めるな!」
「まぁまぁ、とりあえず水でも飲んで落ちつきなよ。今日は私たちのライブなのよ? 楽しんで頂戴ね」
川島さんは水の入ったコップを、私の口元に近づけた。
「ありがとうございます。
……って違う! 貴女たちが飲みなさい!」
私は酔ってはいないのだ。
酔っぱらい女たちを冷静に戻すためにも、本来はライブの休憩用に用意されている各名前の貼られたペットボトルを、それぞれに差し出す。
「あら。雪乃ちゃんは、瑞樹さんを食べちゃうの?」
「……いゃあ~ん! 雪乃ちゃんったら、だーいたーんー」
数秒遅れてから、川島さんは急に立ち上がった。二三歩距離を取ってから、胸を隠しつつ可愛く少女っぽい悲鳴をあげる。
――――何故わたしが弄られてるの!?
早くここから離れてしまいたいが、放置しておくわけにもいかなかった。
こんなところに未成年組は絶対に立ち入らせては行けない。なんとかしなきゃ!
場の空気には酔っていたのだろう。
そろそろリハーサルが終わり未成年組も来てしまうだろう。それは目に毒だ。
この酒やいつの間にかつまみが散乱しているこの状況を、迅速に処理するべきだ。
具体的にはあと10分くらいで、出来ると信じて――
「さっ、水を飲み終わったらさっさと片付けますよー。
高垣さんも、禁酒なんかになりたく無いですよね? 早くしますよ」
「えー」
「文句も言わない。今すぐ処分したら見逃してあげますからね」
「見逃すって、誰からよ?」
「当然、今西さんですよ」
「嘘でしょ」
その名前を聞いた酔っぱらい共は、少しだけ顔色が薄くなったように見えた。
きっと、前科持ちなのだろう。反応が薄いということは、彼ではもう怖く無いのかもしれない。
そもそも、346社員との繋がりは彼以外にないから密告は彼にしか出来ない。
「もう。もがなちゃんは冷たいなー」
「冷たくて結構。そもそも私は部外者なんですからね」
「そうよ。そこの貴女。どうして普通に会話しているのよ? 一体何者!?」
「早苗さん、それは今さらな話じゃない……」
突っ込みを入れたのは、完全に空気とかしていた
『ブルーナポレオン』に所属しているが、今回は貰った資料によるとサポートメンバーのようだ。
「そうよぉ。それに誰だっていいじゃない。そこにお酒があればさ……」
「わからなくはないわ。
「フフっ。それはね、早苗さん――」
楓さんが答えようとした時に、扉を開ける音がしてしまった。
これって私まで怒られなたりしないよね?
「おっはよーございます★」
「おはよぅー」
「あら、おはよう。美嘉ちゃん」
明るく挨拶する声の主は、カリスマJKアイドルの
結論から言えば、
この現状を見るなり、「またお酒を飲んでいたんですね」と呆れていたのだから間違いない。
「全く、どっちが大人なんだか」
「あはは……」
私のぼやきに、美嘉は微妙な反応をした。
楓さんたちにはもう少し大人として。そして美嘉たち346プロにいる後輩の為にもしっかりして欲しいと思ってしまう。
全く、どうして年下である私が思わなければいけないのだろう。
「城ヶ崎さーん! 先程のことで、少しいいですか?」
扉を開けながら声をかけたのはスーツ姿の女性だった。346プロの社員だろう。
「「「あっ……」」」
見つかってしまった、この惨状は隠しきれない。
「そのぉー……美嘉ちゃん、お疲れ様。また来るね」
「ええっ!? ちょっと待って下さい!! 」
突然怒りだした女性は、今度は白い眼をしてそっと閉めた。
美嘉は、慌てて追いかけた。
――こりゃ逃げたね
「ぁー。ちょっと刺激が強かったかしらね?」
「わかるわ。この有り様を見たら逃げ出したくもなるよね」
騒ぎを聞き付けてやって来たけれど、毎回お馴染みの厄介事だったので関わりたくない。ってことか。
――もしかして、この状況を見越して今西さんは……
私を呼んだのではないか? そんな考えたくもない想像が浮かんでいた。
私や美嘉のことを助けて下さいよ! 大体私はこんな“子守り”紛いなことをやる必要も無いのに――
そうだ。私は身内ではないから、情けなんてかけてやる必要は無かった。
「まっ。これは没収して、報告するからね」
「えぇ!」
中身がまだ残っている酒やお菓子をすっと奪い去る。
こうなれば今西さん経由で、担当プロデューサー及び各所に告発だ。バレた以上仕方ないし、慈悲はない。
駄目な大人たちは、明らかに不満そうな顔をしているが、酔った状態でライブに出るなんて言語道断。
生放送で酔った状態で出演するのも大迷惑な話しであるがまだどうにか乗り越えられる。歌って踊るライブでは、周囲も巻き込んだ大惨事になりかねないくらいに危険な行為だ。
そうでなくても、世間に露見したら一体全体どんな結果になるかどうかなんて想像もしたくない。
せめてもの情けで、袋が既に開けているだけは後で返してあげようか。なんて油断したのが過ちだった。
「わかりました。それなら、私にも考えがあります……」
楓さんは静かに宣言した。
彼女の目付きも変わっていた。ステージに挑むような、覚悟を決めた目であった。
「か、楓ちゃん?」
「楓さん。一体何を……」
自然と目線が楓さんに集まる。
違う、そうでは無い。
彼女はビールにつまみを必死でかき集めている。
右手は、全てを離さないように抱き締めていた。
左手では、ビール瓶を口元に近づけつつあった。
ようやく私は、一連の行動の目的を把握出来た。
「まさか!?」
「ふふっ。もう遅いですよ……」
楓さんは……否、酒の亡霊は、没収されるくらいなら、全部飲んでしまうつもりだ。
「やめてください楓さん! ステージはどうするんですか!?」
「楓ちゃん、後で美味しいお酒を飲みましょう。ね?」
「い、や、で、す! 絶対にはなひましぇんよ」
「これは、ちょっと不味いわね……」
子供か。
私たちは、必死で暴走した楓の飲酒を止めようとする。急性アルコール中毒になっては洒落にならない。
それでも楓は、酔っぱらいならが酒を浴びるように飲んでいるにも関わらず、必死に抵抗する。
華奢な体型だというのに、どこに馬鹿力が眠っているのか解らなかった。
「そうだ、
「それよ、もがなちゃん! 楓ちゃん、もう辞めましょう? お酒、止められたく無いでしょ?」
楓と仲のいい彼女なら、と望みを賭けて訴える。
「美優さんなら、お家で寝てますから、気がつく筈がありませんよ?」
「そうだったわ。あの娘、楓ちゃんが連れて帰ったんだったっけ」
「それって……」
結論から言えば、楓は酔い潰れた。
三船さんが来る頃には、楓は気持ち良さそうに寝ていたので、彼女は呆れてしまった。
けれど、よくあることらしく、「起きたら、しっかりお説教しておきます」と言い切った。
三船さんは、寝ている楓の横に腰かけた。
*
『ご来店の皆様にお知らせします。本日の公演は、予定を変更しまして開始を一時間遅らせての開始となります。皆様には――――』
そのアナウンスに、来場者はざわめいた。
「ねえ、アーニャちゃん。どうしたんだろうね」
「ンー、わからないです。ミク」
「だよねぇ。怪我とかしてないといいけど」
前川みくは、隣に座っているアナスタシアと話していた。
みくは、不安だった。演劇やライブでは、どうしても事故にトラブルは起きてしまう。
実際のところ、事故は起きていない。けれど真相については、絶対に公表されないだろう。
疑問に思ったのは、彼女たちだけではない。
「なぁ、秋月。実際のとこ、どうなっていると思う?」
そう言ったのは、整ったスーツを着ている赤髪の女性だった。
「そうねぇ、寝坊して遅刻でもしているんじゃないかしら?」
秋月と呼ばれた女性は、極普通なことのように返事をした。
「いやぁ……それは無いだろ?」
「そうかしら? うちも迷子になる人や、ゲームで遊んでて遅れそうになることよくあるから、そんなもんだと思うけど」
「それって……『竜宮』の三浦と双海じゃないか。お前の"担当"だろ?」
秋月――秋月律子は、苦笑いをしつつ否定をした。
「いえ、もがなもよ。麗華」
「はぁ! あいつが?」
麗華は、驚いた。まさかあいつが遅刻をするとは予想外だからだ。
「そうなのよ。メールや資料見てたら出るのが遅くなった、ってね……。もぅ、ライブに集中すればいいのに」
「ははっ。そりゃあいつらしいや」
「でしょ?」
二人は、同じ人物を想像しながら笑いあっていた。
その後も、もがな――雪乃――について思い出していた。
「――ねぇ、麗華」
「なんだよ、
「あんたが、雪乃を辞めさせたってのは本当?」
「―――嘘でしょ。東豪寺麗華ちゃんが……」
みくが小声で悲鳴をあげた。
手にいれた漫画はrelationsでした。アイマス要素前回のいい漫画ですね。未読の皆さんは是非読んで見てください。
資料があっても麗華の話し方が難しいですね……
さて、主役と酒(しゅ)役の楓さん。酔っていただけですね、ハイ。次回、踊ります!
東豪寺麗華と秋月律子、みくとアーニャについてはまた次回。
そんな次回で、ようやくウィンターライブ編(?)が終われそうです。
実は、前回の更新後、日刊ランキングでまさかのトップ10を入りしていました。皆さん閲覧ありがとうございます。
引き続き、応援よろしくお願いします。
最後に、よろしければお気に入り登録、コメント、評価もお願いします。
次回は、福岡公演が終わる頃に出来るといいですが……
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10話 Reunion Nightmare
和訳 : 再会、そして悪夢
空き缶や菓子のパッケージが詰まったゴミ袋を捨てる為に、雪乃は廊下を歩いていた。
すれ違うバイトの人からは、彼女の持つゴミ袋を見るなり、何事か? と、目を見開いて驚かれた。
反対に、346の社員と思われる人からは、『
――――はぁ、なんでこんなことしてんだろ?
雪乃の肩身が狭くなる。嫌な目線が集まっていた。気持ち悪い。
いっそのこと、この場に棄てて自分は逃げ出したいと思った。
雪乃の足取りは、自然と早くなり競歩のようになっていた。今度は、周囲の人のぶつかりそうになって「危ないぞ!」と怒られてしまった。
「ただいまぁ……」
扉を開けるのさえ面倒と思えるほどに、雪乃は疲弊していた。
珍妙な物を眺めるように見られ続けたのだ。疲労しない方が無理である。
出演者たち(酔いつぶれた高垣楓は寝ているが)は、昼御飯を食べていた。
大規模ステージでは、大抵二、三種類の軽食が手配されている。一区画に積み上げて、各自が取って行くスタイルもあれば、既に控え室に置かれていることもある。
大抵の場合は、弁当になるが、中には料理人がその場で調理した出来立てを食べれることもある。
全てのライブでは無いけれど、丸一日拘束されることとなるスタッフにも昼食が配られることが多い。
「あはは……お疲れ様です。お茶でも飲みますか?」
「美嘉、か。ありがとね。一杯貰うよ」
お茶を注がれたコップを受け取りながら、雪乃はお礼を言った。
「……えっと、ゆきのさん、だったよね。どこかで会ってたっけ?」
「え、そりゃあ勿論――――あっ」
何言ってるのさ。と一瞬思ったが、直ぐに気がついた。美嘉が、不思議に思い尋ねるまで雪乃は、普段彼女と会う姿とは違うことを忘れていたからだ。
美嘉から貰ったお茶を飲み、雪乃はゆっくりと口を開く。聴く者に突き刺さるような声を、力強く。
「当然じゃない。いつから貴女のことを見てると思ってるの?」
刹那、美嘉は目を見開いた。
「――もがなさん……ですか」
信じられない。と震えるようにして、彼女は小さく呟いた。
「そうよ。久しぶりね、美嘉」
7ヶ月くらいだっけ と確認するように、雪乃は言った。
「あら、もがなちゃんだったのね。言われてみれば目付きが……似ていますかね?」
「わかるわ。普通じゃ雪乃ちゃんの変装は気づけないよね。私も初めて見た時は驚いたわ」
いつの間にか復活していた楓に、川島瑞樹が補足する。
対照的なのは、その隣にいた片桐早苗と
「あー。765の
と、酒を取られてしまい手持ちぶさたな早苗が。
隠しきれないオーラがあったとか? と心が続けて言った。
「そんなの有るわけ無いですって」
「そうですね。私なんてオフの時は『子供みたい』って言われたりしますから」
「それは、楓ちゃんが駄々こねるからじゃないかしら……」
雪乃が否定した。
楓はそれに同意したが、瑞樹が突っ込んだ。
その言葉に周囲は苦笑いする。
「でも川島さんは、初見でも私の見破ってませんでしたっけ」
「そうだったかしら?」
「……ほんと、誰だか判らないですよ。
「美嘉ちゃんって、
「それ、私も気になってました」
雪乃は目を伏せた。
「先輩、か。懐かしいね。初めて合ったのは表紙の撮影だったっけ?」
「はい。仕事としてはそうです……」
美嘉は、何か言いたそうに口をもごもごと動かしているが、言葉にはならなかった。
「ごめんって。埼玉であった
「なんだ。覚えてたんですね」
美嘉は嬉しそうに言った。
「あれだけ嬉しそうに話してきたのも久しぶりだったからねぇ」
美嘉を見ながら、雪乃が言った。
「わかるわ。喜んでくれた人って直ぐに覚えちゃうのよね。それに、覚えやすいファンっているわね」
「あたしは、同僚が来ると嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑かな。珍しいところだと、ボーダー服来てくる人がたまにいるわね……」
「それ、既に逮捕されてるじゃねーか」
「そうですね……私の場合は、そこまで特徴的なのはいませんけど、泣いてくれる方の顔はよく覚えています」
主となっているファン層の違いもあり、ソロライブやイベントの雰囲気も違う。他の現場に入ることは珍しいため、興味深そうに耳を傾けていた。
「楓さんの場合は、元々楓さんの目が特徴的ですからね」
「そういえば、もがなちゃんの髪色って……」
雪乃の言葉に、楓は思い出したそうに言った。
彼女の言葉に、視線は雪乃に集まった。
美嘉は、恥ずかしそうに顔をうつ向けていたが、気がつかれてはいない。
「……色、似ているな」
言ったのは、心だ。今度は美嘉に目線が移る。
その言葉に反応して、美嘉は恥ずかしそうに頬を赤めていた。
「へー。なるほど、なるほど……」
ニヤニヤとしながら早苗は口にした。いい話題が出来たと思っているのかもしれない。
「そ、そんなこと無いですって!」
「ふ~ん……」
「うん。そんなに似てなかった筈だよ……」
美嘉は慌てて否定する。けれど、疑惑は晴れるどころか真実味が増してしまう。
心も早苗と同じように、口元に笑みを浮かべていた。
それとは対照的に、雪乃が補足した。
「お疲れ様でーーす!!」
ドアをバーンと壊れそうなくらいの勢いで開かれた。
と、同時に元気が有り余った声が周囲に響き渡る。反射的に耳を押さえたくなるくらいには大きかった。
「
声の主は、
声を掛けた美嘉の声量は少し小さかった。
「いやー、いい汗かけました!!」
首に掛けたタオルで額を拭いながら言った。
周囲から不思議そうに見つめられたので、茜は疑問に思う。
「あれ。皆さん、どうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ」
茜の登場により火照りが引いて、落ち着きを取り戻した美嘉は、話題を変えようと茜の疑問を否定した。
「それならよかったです! お腹空いてませんか!? 先ほど貰ったお握りが有るんですが、皆さんも食べますか!!?」
茜は手に持ったビニール袋を掲げていた。
それを見た美嘉は、申し訳なさそうに口にする。
「あたしたち、ちょうどお昼食べちゃったんだ……」
「差し入れ、ですか。因みに誰からですか?」
「
「なるほど。おふくろの味ってことですか」
「沙織ちゃんは子供だって……」
懐かしさと愛に溢れていて美味しい母の味。それは、どんな高級料理とも違う家庭の味だ。
「いいですか? そもそも、炊きたてのほかほかのご飯は勿論のこと、何もしなくても十分に美味しいです! なので塩むすびは大変美味しいのですが、鮭や鱈子に昆布。具材が入るとさらに―――」
茜は、熱く雄弁に語り続ける。
「そ、外で食べるおにぎりって美味しいよね。最近"莉嘉"とピクニック行けてないなぁー」
「わかるわ。景色を眺めながらのんびり食べるのも、楽しいからね」
「ピクニックですか! いいですね!! それなら、明日にでも行ってみたいです!!!」
「まだ、冬なんだけど……」
寒い今はない、と城ヶ崎が否定する。
「それなら、ここでやりませんか?」
そこに楓さんが話に加わって来た。
何故室内なのかと不思議に思い、美嘉たちは不思議に顔を見合わせた。
「レジャーシートを広げた床に座って、お酒を持ち合えば、花見気分になります!」
「「あぁ……」」
特別な理由があると思って少し真剣に聞いたこっちが馬鹿だったと、美嘉と雪乃は反省した。
彼女たちの楓への評価はあっという間に右肩下がりだ。それでいて、自身よりも実力が上という現実がやるせないでいた。
「わかるわ。一人で飲むより誰かと一緒に飲む方が美味しく感じるのと同じで、ご飯もねぇー」
「ふふっ、そうですね。特にお酒と一緒に合うのは―――」
大人組は酒の話題で盛り上がってしまった。
茜も熱く燃えているので、残された二人は呆れていた。
「結局のところお酒になっちゃうんだね」
「ある意味あの人たちらしい、かもね」
「そうかもね」
そのとき、閉められていたドアが、ゆっくりと開く。
「――――楓さん……まだ、お酒……飲んでいるのですね」
「……ふふっ。おつかれさま?」
靴が隠れる程のロングスカートを身につけ首にはストールを巻いた落ち着いた女性、
その後ろには、右手を掲げるが、袖の先端ががだらりと落ちたジャージを身につけた小柄な少女、
「み、美優ちゃん? どうしてここに……」
いるはずの無い彼女が居て、楓は困惑する。今回美優には、ライブ出演はなかったからだ。
「今西さんから電話があったから、ですよ。もうっ、駄目じゃないですか……ライブ前なのに、お酒を飲んでは……」
「だってぇ~そこにお酒があるんだもの」
「なんですか……それ。昨晩も飲んでいましたよね……?」
美優は楓に対して怒っていた。けれど、物腰は穏やかである。元々感情を顕にする方では無いが、今日はそれが顕著に現れている。
というのも、彼女は遅くまで楓たちとバーで飲んでいて、先程まで寝ていたのだ。今西からの着信で飛び起きて、眠気も完全に覚めない中でここまで来ていた。
「……これは後で怒鳴られるだろうな」
「禁酒、何てことにはならないよね!?」
「そんなことって、あるので
天井を見上げ、既に諦めている心。
酒をこよなく愛する早苗と楓は狼狽していた。
「楓ちゃん、流石にだじゃれを言っても誤魔化せないわよ……」
「川島さんも同じですけど……。少しは反省ってものをしなさい」
「もしかして、まだお酒を飲んでいたのでしょうか?」
「あー、違うの。確か、ピクニックに行きたいな。って話だったと思う」
「ピクニック、ですか。皆さんとお花見とか行きたいですね」
「桜なら……夜の方がワタシは好き、かな?」
「夜桜もいいわね。夜空を見ながら食べると、ちょっとキャンプっぽくて楽しいかも」
「……ううん。きっと、桜の木の下からは……ゾンビが這い出てくるから。あの子と眺めながら食べるの、きっと……楽しいよ?」
その瞬間、暖房で暖まっていた筈の空間に冷気を感じた。
「あのー……楓ちゃんとしては、お酒があるともぉーっと嬉しいなぁ~」
性懲りも無く、酒の話題を口にした。腕は缶ビールを飲む仕草を真似ていた。
そんなお酒を求める仕草でも、大人の女性として魅力的に雪乃の目には写っていた。その仕草に雪乃は、ドキリとしてしまっていた。
雪乃でなくても、他の同性が見れば彼女の色気に魅力されるのは間違い無いだろう。それは、実力があるのも確かな証拠でもあった。346プロ内で唯一Sランクに手が届きそうな実力を持つ女、それが高垣楓だ。
ずるいと思えてくるような、羨ましいような気持ちが心の中で渦巻いている。
「雪乃ちゃん?」
美嘉は心配そうに見つめていた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「さて、私はそろそろお暇するね。ライブ、頑張ってね」
「うん……」
ここに居られるのはステージに立つ人とそれを支える人たちだけ。そんな隔たりを感じたので、関係の無い私はそろそろ退散することにしようと思い椅子をしまってドアに――
バタンッ
「っーーーー‼」
「あらぁ? 大丈夫ですかぁ?」
内開きになっているドアが開いて雪乃はドアとぶつかってしまった。
ドアを開けたのは
「あっ、はい。大丈夫……です」
「それならよかったです。それにしても、リハーサルで運動してきたから熱いですね~。脱いでもいいですかっ」
右手で襟元をぱたぱたと仰いだまま、左手では今にも脱ぎたそうに袖に手を掛けていた。
「ち、ちょっと待って!」
せめて、ドアを閉めようよ。と慌てて雪乃は止めに入る。
愛梨は極度に熱がりで、色気しか感じない露出魔だ。彼女の裸を見られたら嬉しいと雪乃は思ったが、彼女の尊厳を守る方が大切であった。
346プロ黎明期を支えた現在『Bランクアイドル』でもある愛梨には、コアなファンの非常に大変強い支持がある。
彼らは、聖地奪還を目的に幾度となく派兵されて、ヨーロッパと行軍道中の諸国に強い影響を与えた歴史上の軍隊に準え、彼女の姓と合わせた『
他アイドルファンへのインパクトだけで考えれば、765プロに所属する『Sランクアイドル』萩原雪歩のファン集団『
結局、愛梨は服を脱いでいた。
年数だけで見れば新人の彼女たちだが、数多くの公演をこなして実力もあった。
それもその筈。346を代表するアイドルである彼女たちは、全員が『Bランク』以上の有名アイドルだ。場数を踏んでいるからこそ、緊張とも縁が無いのだろう。
そんな彼女たちは、楽しそうに談笑を続けていた。
アイドルは、大衆から憧れの的であり、大勢のファンも存在するが、一癖も二癖もあるような個性のある人間の集まりであるのは当然だった。
けれど、雪乃は思う。――もう少しまともであってくれ、と。
◇◆◇◆◇
時は少し進む。
来場者が会場限定のグッズを物販で購入を済ませ、徐々に会場内に入場し始める頃。舞台裏では荒れていた。
「
「またなのか乃々ちゃん!?」
「なに、セットの靴が無い?」
話を聞くところによれば、森久保は脱走するのはよくあることらしい。
それってアイドルとして失格ではないか、と凛は思う。
それ以外にもトラブルはあるようで、落ち着きは全くない。
出演者がいないのは少し気掛かりではあるが、彼女には探す暇は残念ながら無いだろう。凛の方にも問題が起きているからだ。
「なんか、騒がしいね」
「撤収作業も同時進行で行っているから人手も足りないからね……。……えっと、うちが担当しているのは、あと4つ、だね」
「うん、そうだね」
納品書と目の前にあるフラワースタンドを確認しながら、雪乃は言った。
実家であるフラワーズ渋谷では、有志からのフラワースタンドの注文を受けていた。
普段の作業工程では、ライブ終了後もフラワースタンドは飾って置くが、天気予報では雪になる可能性がある為、屋内への撤収作業を渋谷家総出で手伝っていた。
「それで、
「了解」
「それで、終わったら凛はどうするの?」
「どう、って?」
「ライブに決まってるじゃない。せっかく半券もあるのに見ていかないの?」
雪乃は胸ポケットからチケット取り出て、ひらひらと紙を動かしながら言った。
「いらない」
拒否した。凛の言葉は即答だった。
「……そっか」
そう言った雪乃は、少し寂しそうであった。
それを見た凛は、腹立たしくなっていた。
――そんな顔をするなら、どうして! どうして……
胸の内であったが、その先は言葉にならなかった。
凛と雪乃は違うのだ。凛はアイドルの世界を知らないし、知ろうともしていなかった。だから――
「ごめん」
不意に、凛が口にしたのは謝罪であった。
いきなり何を言っているのだと凛は焦るが、雪乃はそれを遮る。
「もう。そんな顔しないでよ。それに、見たくなったら何時でも見せてあげるんだから!」
「なにそれ」
雪乃は少し茶目っ気を交えて言ったつもりであったのが、凛は呆れられて笑っていた。
そんな些細な仕草でも、雪乃の胸が少し揺れるのを凛の目でも確認できた。自身の胸が小さいことに悩みを抱いてはいないが、不意に見せつけられると意識してしまう。
――大丈夫、まだ3年もある。高校生になったら、大きくなる。
誰が言ったか解らない言葉であるが、凛は自身に言い聞かせる。
「それじゃあ。また、後でね。凛」
「うん、また家で。雪乃義姉さん」
雪乃と別れた凛は、人通りの少ない階段を下りていた。一段一段足を進める毎に、ゴンと重たい鉄の音が響く。
階段が終わりにささしかかった頃。凛の耳には「ひうっ」と脅えるような声が届いたように感じた。
「まさか、幽霊?」
それはないと、凛は否定したかった。けれど雪乃からは、霊感が著しく強いアイドルが在籍していると聞いたことがある。
記憶を辿り、小梅というアイドルだった筈だと思い出した。彼女はホラー物やゾンビ物のドラマでも有名な役者でもあったことを同時に思い出す。
真相は定かではないが、口コミでは、「彼女には幽霊が憑いているからこそ、迫真の演技ができるんた!」と書かれていることを凛は、知らない。
そもそも、実際に幽霊とトモダチであることなど知るよしもない。
「ま、まさか……本当に、幽霊じゃないよね」
凛は、怯えていた。歩みは少しずつ遅くなる。
反響する階段の音が、耳にこびりつく。
そのとき、声が聞こえた。
「……こ、来ないで下さい………」
それは少女の声だった。
か細く小さな声であったが、確信した。
間違い無い。確かに
「 」
凛は言葉も出なかった。
顔が真っ青になる。
「………い、嫌だ。そっちこそ、来ないでよ……」
凛は、涙目だった。
「なら……どっか行って下さい……」
「どっかって、どこに!?」
発狂した。思わず叫んだ。悲鳴だった。
「ひぅっ!」
相手も同じように怯えていた。
「そんなの、
森久保と名乗った少女が続けて言った。
名前を聞いた凛は少し冷静になった。
けれど、減ったSAN値は戻らない。
通常の精神であれば、彼女が幽霊ではなく、アイドルの"森久保乃々"だと把握出来ただろう。しかし、少し前に名前を聞いた程度の彼女では気づけない。
さらに不幸なのは、森久保乃々が凛をステージに連れ戻しに来たスタッフの誰かと間違えてしまったことだ。
何処かに去って欲しいと願う彼女は、体育座りで縮こまりながら小さな抵抗を続ける。
階段の上と裏にいる渋谷凛と森久保乃々。二人の出会いは最悪に近いものであった。
これで、やっとウィンターライブの完結まであと一息に ! 早く卯月を書きたいです……。
ってな訳で、お久しぶりです。少し遅くなりましたが、肇ちゃんのボイス決定おめでとうございます!
さて、問題の年齢改変についてになりますが、最大で原作+四歳増えることになります。765プロがトップアイドルですし、そのままだと時空の歪みが……
原作と年齢が違うのは、765AS組、876組、ジュピター、麗華に今回当時した愛梨となります。
愛梨の場合、二年前(高校二年)にとときんがアイドルになっていると、コンパに行った設定が亡くなりますので……
追記:友人から、コンパの設定を使うことなんて無いだろ、言われたので年齢は元に戻しました デレマスアイドルは全員原作と同じ年齢になります。
※次話投稿時に削除します。
次回はなるべく早めに更新出来るように頑張りますね!
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11話 Then,she met destiny
「そ、その。凛さんは……本当にもりくぼを連れ戻しに来たわけじゃないんですか……?」
森久保は階段の裏、人目に気が付きにくい奥まった場所でうずくまりながら言った。
そうやって確認するのは何度目かと、凛は苦笑いする。
「うん、私は偶然ここを通っただけだから、
正確には、このやり取りを4回も行っていた。
そもそも、凛が彼女を知ったのも少し前のことだったので、森久保乃々の失踪癖についても知る由もなかった。
二人が会うきっかけは、少し前のことになる———
最初に違和感に気がついたのは、凛であった。
幽霊と思っていた謎の少女と会話が成立していることに気づけたのが、不幸中の幸いであった。
「あれ、会話出来てる……?」
「私は……喋れますけど、それが問題でも?」
「生きているんだよね……?」
凛は冷静になってから気がついたが、仮に死人に聞いていたら、更に恐ろしいことになる可能性もあっただろう。
残粒子のような力の無い個体であれば、恐怖体験を味わうだけで済む。それが敵意を持った悪霊の類であれば、呪われていたかもしれない。
「ヒィ! も、もりくぼは幽霊じゃないんですけど!?」
勿論、森久保は人間だ。友人に
そんな森久保は、幽霊と聞いて逆に怯えてしまった。冷静になれた凛とは正反対だった。
「ね、ねぇ。とりあえず顔が見えるところで話さないかな?」
「……はい」
凛からの提案に、森久保は頷いた。
移動したのは凛だ。まさか階段裏にいるとは思わなかったので驚いた。
「ご、ごめん……ね。まさかここに誰かいるとは思わなくて。……驚かせた、よね?」
「そ、それは……当然のこと、です……から」
謝られたことを凛は疑問に思った。
「うん、確かにそうなんだけど、どうしてここにいたの?」
「そ、それは……
「スタッフさん?」と凛は不思議そうな顔で言った。
「ち、違う……のですか?」
森久保の顔はこわばった。
なんとなくではあったが、大きなすれ違いがあることを凛はようやく理解した。
彼女は実家である花屋の手伝いだ。その旨を伝えることひにした。
「うん、違う。私はスタッフじゃ……ない、かな?」
「え?」
凛の発言からは徐々に力が失せてた。
まさかの返答に森久保は戸惑った。
凛が断定出来なかったのは、口に出したら自分がスタッフではないと言い切れないと思ったからだ。
———フラワースタンドを搬入するのは、スタッフ扱いになるのかな?
けれど、凛が疑問に思うのは仕方がないことでもあった。彼女はアイドルについて詳しくないからだ。
知識、経験共に森久保の方があるのであった。舞台裏にいる人間が知識を持っていないとは思わないのも無理がない。
それは、森久保にとっては皮肉な事実であった。彼女たちがそれを知るには、互いのことを知らなさすぎた。
「あの……」
口を開いたのは森久保の方であった。
「なに?」
凛は口下手、とまではいかないが愛想が悪いことは自覚している。
舞台裏。それも人通りの少ない階段ということもあり、照明は薄暗い。つまり、互いの顔がはっきりとは見えていなかった。
そのような場所で、不愛想な顔をして愛嬌が全く無い返事をされたら、内気な森久保が怯えてしまうのは無理もないだろう。
「ひぅっ。あの……森久保を探しに来たんじゃないんですか」
「え、なんで?」
今度は少し可愛らしかった。
――――そうして、同じようなやりを繰り返している。
二人の誤解は既に解けていた。しかし、森久保はまだ凛が自身を探しに来たのではないかと疑っている。
凛は、彼女が何故ステージに出たくないのかと不思議に思っていた。
森久保はアイドルだ。立つステージがあって、待っているファンもいるのだろう。不自由はしてないはずだ。
はず、である。
「その、森久保さん」
「……わ、私のことは別に呼び捨てでも、ののでも構わないです」
「そう? じゃあ、ののちゃん」
そう凛が言ったのは、森久保にとって少し意外だったらしい。
森久保は、ようやくうつむいていた首を上げた。
「のの、ちゃんです……か」
けれど目線は合わせなかった。ちらちらと、凛の方へ向けている。
その仕草を凛は可愛らしく感じていた。口元がにやついている。
「うん。駄目、かな?」
「い、いえ。嫌……じゃない、です」
「そっか」
凛は微笑んだ。
「なら、ののちゃんで。ののちゃんは、どうして
「……嫌い、ですか」
森久保の声は囁くように小さかった。
身体を縮ませて、抱えてる両足を両手でぎゅっと掴んだ。
彼女はしばらく同じ姿勢を維持した。やがて、ゆっくりと力を緩めた。
「嫌い、じゃないです」
「あっ………うん。そうだよね」
嫌いなわけないか、と独り言を呟いた。
「それじゃあ
――――アイドルは、好き?」
森久保の顔が変わった。
顔が真っ青に変わったと思えば、真っ赤になった。目を瞑り、泣きそうになったかと思えば、ぐるぐる巻きのような目になっていた。
まるで百面相のように、ころころと表情を変えていた。
その姿を凛は、首を反らすことなく眺めていた。
「その……森久保は――――」
気持ちは漸く固まったらしい。
凛は真剣な眼差しで見詰めていた。
けれど、声を発したのは別人。
「あぁ! ののちゃんだ! みなさん、森久保乃々さん見つけましたよ!!」
それは、
「ひぃ!」
森久保は、凛と話していた為に気がつくのが遅れてしまった。彼女にとっては不覚だった。逃げ場もない。
通路からは幾つもの足音が忙しなく聞こえる。
一番早く到着したのは、スーツ姿の男性だった。背は凛よりも高く、体格のいい男だ。いかにも体育会系の熱血漢、と呼ぶに相応しい人物である。
笑顔を浮かべる少女とは対照的に、男のスーツは乱れ、顔からは汗を滴ながら、視線を凛に合わせた。
「……そうか。ここにいたのか! 君、見つけてくれてありがとう」
「えっと……私は何もしてない、というか……」
息を切らしながら男は言った。
突然の出来事に、凛は言葉を詰まらせる。
ふと、顔を向けたのは、顔面蒼白になっていた森久保だった。
「さぁ、森久保! 早く着替えなきゃな。ファンのみんなが待ってるぞ」
「プ、プロデューサー……わたしは………その」
男は手際よく、森久保を引っ張り上げて立たせた。
「なに言ってんだよ。早坂たちも待ってるぞ!!」
「そうですよ、乃々ちゃん。
最初に発見した少女も、森久保にプロデューサーと呼ばれた男に同意するように声を掛けた。
「美玲さん。それに……まゆさん。わたしはそんなきらきら――――って、まだ心の準備が!」
森久保は、そのまま通路へと連れて行かれた。
「むーりぃーーーーー」
森久保にとっての心の叫びは、断末魔のようであった。
「行っちゃった……」
その声を聞く人はいなかった。
辺りは急に静かになった。窓がなく薄暗い照明しかない上に、時計の針が進む音さえ存在しない空間。時間の感覚が狂い、真夜中ではないかと錯覚してしまいそうになる。
凛は少しだけ気味悪く感じていた。直ぐにその場所から離れることにした。
その拍子に、被っていた鍔つきの帽子がひらりと落ちてしまった。ギュッと、深く被り直す。
帽子を掴んだままの手で、半回転させる。その仕草は、アニメで出てくる携帯獣のトレーナーみたいで格好いいと思った。気持ちが高揚する。
「――それじゃあ、仕事しようか」
凛は声に出して、思考を切り変えることにした。
その帽子は、途中で恥ずかしくなったので元に戻した。
その頃には、得体のしれない恐怖感も忘れていた。
――――階段にいた姿の見えないあの子は去り、電球の灯りは強くなっていた。
*
外では、雪が降りだしていた。どれくらい積もるのか解らないが、早急に回収する必要があった。
運ぶ最中にも、思考の片隅では森久保のことを思考し続けていた。
―――答え、聞けなかったな。
僅かな心残り。
凛には彼女のことが不憫に思えてきたが、本当に嫌ならライブ会場にすら来ないだろう。真相は本人に聞くしかわからい。
話は変わるが、一般人(ファン)が贈るフラワースタンドの高さには、レギュレーションが存在する。高さは180cm。 当然、横幅や奥行きにも制限がある。
その規約の中でファンたちは、個性豊かなスタンドを企画し、ライブ会場を彩らせている。
花を飾るには、土ではなく専用のスポンジを使用する。他の構成要素の大半は支柱、それに加えてメインとなる花に、コメントやイラストを描くパネルとなる。重量としては、見た目の豪華さと比べれば然程重くはない。
但し、視界は非常に悪い。目線が集まりやすい上側に花やパネルが集中するからだ。
「あと、どれくらいですか?」
隣にいる卯月に尋ねた。
凛は後ろ向きに、ゆっくりと足を動かしていたので距離の把握が出来ない。近くにいて、先ほどもあった彼女に付き添ってもらっていた。
「そうですね……2メートルくらい、でしょうか。あ、ちょっと右に傾いてますっ!」
練れない作業ではあるものの、卯月はしっかりとサポートを行っている。
「おっと。ありがとう……」
凛は慎重に進んではいたが、ライブ開演までの時間が僅かである入場口付近では人通りが少ないと踏んでいた。
けれどそれは、油断だった。階段を駆け上がる音は聞こえていたが、気にも止めていなかった。
人と人のぶつかった音がした。
卯月がぶつかった相手は、ショートパンツを履いた活発そうなショートヘアの少女だった。
走ってきた少女は後ろによろめき、フードを着た少女はバランスを崩してしまい、箱の中からガラスの靴を模した小道具が飛び出していた。
そのまま宙を跳ねて、カーペットの敷かれた床に倒れた。
ギャップを被ったとフラワースタンドの方向性へと倒れそうになり―――
ドン、と重たい音がした。
「うわっ」
思わず声が出た。既に設置し終えた他のスタンドにぶつかって、三次被害を出さないように、足に力を入れる。
なんとか踏みとどまれた。
「ご、ごめんなさい!」
ショートヘアの少女が謝る。頭も直ぐに下げていた。
「気にしないで下さい。なんともなかったですから」
「うん、大丈夫。それよりも急いでたんじゃない? ライブ、行った方がいいと思う」
謝られた二人が気にないでと、謝罪を受け入れた。
結果論ではあるが、怪我も周囲への被害も無かった。二人にも、非がない訳ではないのだ。
「ぁ。そうだった! 二人とも、ほんとゴメンね! あたし、急がなきゃ!」
「待ってください!」
また走り出しそうなショートヘアの少女に、フードの少女は慌てて声をかけた。
「……ライブ、30分延期になりましたよ」
「あれ、そうだったの?」
「そうなんだ」
唾つき帽子を被った少女も驚いた。
「……はい」
か細い声でフードの少女は言った。
「そ、それじゃあ……行くね」
「今度は走らないでよ」
釘を指した。
彼女は軽快な足取りで客席へと向かって行った。
「……そうでした。靴、拾わないとですよね」
そう言ってから、
凛にとって
そのことを自覚して、彼女たち三人が再開し、
ステラァ!? 黒井社長ありがとう。おかげでまた設定の練り直し……いや、キャラだけ使うかな(白目)
今回は凛の話の続きでした。これでようやくニュージェネ全員が登場です。やっと1話の冒頭だ!
因みに、フラスタのレギュレーションについては、『シンデレラの舞踏会』の物を参考にしています。フラスタはいい文明。
765アイドルに有志のファンがフラスタを贈ってるあるなら、346のアイドルファンも確実に贈ってるに違いない! ってことでフラスタの話を入れてみました。
とはいえ961は厳しそうです。1054やDNA辺りはグレー扱い、なのかもしれませんね。
315は……どんとこいかな?
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