この手を伸ばせば (まるね子)
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第一部 ―変革者―
プロローグ「求めるもの」
それでも興味が湧いたという方は……うん、よろしくお願いします。
2013年、日本――
某工業大学の電子工学科に通う大学一年、
BETAという異星起源種によって滅びへ向かう絶望的な世界。その中にあって抗い続ける人の生き様。そして、
この物語に悠平は胸を焦がすような切なさを感じていた。
悠平にはひとつの仮説――と呼べるようなものではないが自論がある。
およそ物語と呼べるものには全て元があるのではないか。
このような考えに至ったにはもちろん理由が存在している。
全ての作家は頭の中で物語を構成し、それを形にしている。だが、マブラヴオルタネイティヴのなかで夕呼が語っていた因果律量子論による占い師の能力が正しいのならば、作家という存在はもしかしたら実際に
因果情報を取得するにあたっていくらかは欠損があり、つじつま合わせの空想で埋められている部分はあるだろう。だが、その中には真実も存在しているのではないか。
これらは所詮、空想の物語に影響されて勝手に作り上げた妄想・設定だと多くの者が揶揄するだろう。だが、悠平にはこれをそういったただの妄想だと切り捨てる確証がどうしても得られない理由があった。
のどの渇きを覚えた悠平はおもむろに虚空へと手を伸ばし、そこに自宅の冷蔵庫に
「――アポーツ」
つぶやくように言霊を発すると、悠平の手の中にはペットボトルのスポーツドリンクがあった。まるで悠平の言葉をトリガーにしたかのように実際に悠平が手を伸ばした先には
遠隔瞬間移動現象。これはその中でもアポーツと呼ばれる遠くに存在する物質を取り寄せるものだ。インターネットで調べる限りでは、物体や人間が時間と空間を超越し瞬間的に移動する現象だといわれている。しかし、悠平が使うこの能力にはいくつかの制限が存在している。
悠平には昔からこのような能力が存在していた。だが、こういった能力を持つ者が特別であるのと同時に能力を持つ者が差別されたり、人体実験のモルモットにされたりするということを当時見ていたアニメから学習していた悠平は誰にもその能力を明かすことはなかった。そして悠平はその能力を持っているという現実を受け入れるために、あえてそういったサブカルチャーにのめりこんでいったのだ。
アニメの中には特別な力で悪と戦う主人公が存在した。
マンガの中には特別な力で人を助ける主人公がいた。
ゲームの中には特別な力で仲間と共に世界を救う主人公がいた。
ならば悠平はこの
(俺がもし、
それとも何もできなかったか、と考えながらも悠平は手を伸ばす。届くことはないと知りつつも手を伸ばし続ける。
悠平はマブラヴオルタネイティヴのエンディングを見るたびににいつも胸を締め付けられていた。
白銀武の帰還に。
鑑純夏の最期に。
残される社霞に。
そして、死んでいった者たちに。
再構成され、武が帰還した世界では確かにみんな幸せになれるのだろう。だが、BETAに蹂躙されたあの世界はどうなるのか。武を想いながらもあの世界に残された霞はどうなるのか。あの世界に自分がいれば何かを変えられただろうか。彼らを死なせずに済んだだろうか。
終わりの見えない欲求に、悠平はディスプレイに手を伸ばすのを止めない。
己が夢想する
運命を狂わせる一筋の雷が――
――ディスプレイに触れ――
――空を染める闇から一直線に、御巫悠平を貫いた。
プロローグだからこんなものかな……
自身に理解力が不足しているため、これからいろいろな齟齬が発生するかも。
ついでに文章力も不足しているため、手に負えないったらない。
それでも楽しんでもらえたら、こんなに嬉しいことはない!……と、思う。
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第一話「手を伸ばした先」
○能力の制限に関して一部修正しました。
脳髄を膨大な量の電流が駆け巡り、意識がスパークする。己の体の感覚さえ定かではなく、わずかに指先がディスプレイに触れているという感覚だけが意識を冷静にさせていた。
一瞬にも永遠にも感じられた暴力的なエネルギーが悠平の中で力をなくし、体の感覚が正常に戻りつつあるのを感じたころ、悠平の目の前にあったのは無残にも焼け焦げ、使い物にならなくなったであろう己のパソコンだった。
パソコンには録画したもののまだ見ていないアニメや大学のレポートが保存されていたためこれはマズイ、と焦る悠平は自分をなでる冷たい風にわずかに冷静さを取り戻した。
そこでおかしなことに気がついた。悠平は自分が自室の窓を開けた記憶はない。ならばこの冷たい風はどこから吹いているのか。
周りを見渡してみると、まず壁がなかった。壁がないのならば風を防げないのは当然だ。何も問題はないと判断し、
「ってそんなわけあるかぁぁぁぁぁあああああっ!?」
己の身に起こったあまりの理不尽に絶叫を上げた。
よく見回してみると壁がないのではなくパソコンデスクごと
どこかの路地裏らしく、路地の先には建物の一部が見えている。しかし、その建物はよく言えば研究施設。悪く言えば収容所といったようなイメージがぴったりくる外観をしていた。そして、路地の先にはこちらを見て呆然としている男が一人。
悠平はさもありなんと思った。何もない場所に突然人とパソコンデスクが出現したのだ。転移する瞬間を見られたのならばあの呆け顔も納得がいくのである。
困り顔でさっさとテレポートして逃げてしまおうかと思っていると、男は思い出したように
(もしかして、ここは外国なのか?それも銃なんてものが必要な施設……軍事施設とか?そういえば風が
明らかに自分の能力の限界を超えたテレポートを行ったらしいことに気づいた悠平は口の中で毒づき、男から死角となる位置の建物の屋上へ転移した。目の前から悠平が消える瞬間を目の当たりにした男はかわいそうになるくらい喚きながら混乱しているのが悠平の位置からはよく見えていた。
男が口にした言葉から現在いる場所がどうやらロシアらしいことに当たりをつけた悠平は日本に戻るために、施設にあるであろう食料や衣類をこっそり借りることを決め施設内を少し探る事を決めた。借りるだけならばアポーツで取り寄せれば済むことなのだが、こういった施設を見たことがなかった悠平は施設そのものにも興味があったのだ。
そしてテレポートを自在に扱うことができる悠平にとって、密航や潜入捜査はあまりにも簡単なことだったのだ。
施設内をこっそりと、しかし堂々と見て回っていると非常に重厚な雰囲気のあるエリアにたどり着いた。分厚そうな鋼鉄製と思われる電子ロックの扉の前には守衛と思しき男が二人と将校らしき背の高い男が一人、何かを話していた。
断片的に聞こえてくる単語からどうやらここが何らかの実験施設であり、重厚な扉の向こうには実験対象の
人体実験。それは現代社会では忌むべきものであり、倫理にもとる行為だ。あの必要以上に重厚な扉は実験体を逃がさないためのものなのだろうと判断できた。
知らず奥歯をかみ締めていると、悠平の耳に再び会話が届いた。一度は海外に憧れ勉強したものの、残念な語学力を自覚させられるだけだった悠平の頭では一部の単語を聞き取るだけで精一杯だったが、聞き取れた単語から連想されるものはとても不愉快なものだった。
実験。少女。失敗。不要。処分。
悠平は分厚い扉の向こうにいるらしい少女に、自分が辿るかもしれなかった未来を重ねて見ていた。
アポーツで扉の向こうから少女を取り寄せれば簡単に助けることが可能だが、悠平にその選択肢はない。
悠平の能力には制限がある。
悠平がアポーツによって取り寄せることができるのは
ならばどうすれば少女を助けることができるか。答えは扉の向こうにテレポートすることだ。もっとも、扉の向こうがどうなっているのか悠平にはわからず、実験の内容次第ではその少女が人の形を保っているかもわからないのだが。
そこまで考えて悠平の中では処分されようとしている少女を助けることが確定していることに気づき苦笑した。
悠平にはテレポートという最高の逃走手段がある。扉の向こうに転移した瞬間に殺されでもしない限りは逃げ切ることは簡単だろう。
そう考え、将校と守衛の会話がまだ続いているうちに悠平は音もなくその場所から姿を消した。
その少女は幾重にも施されたセキュリティの内側に囚われていた。監視カメラ、赤外線、網膜識別、電子ロック。他にもあるだろうが、これ以上挙げても意味はない。
少女を直接監視しているのは監視カメラだけだが、少女のような存在を閉じ込めておく
伸び放題の白銀の長い髪を床に垂らし、細い肢体で寒さに堪えるようにゆるくひざを抱え、床を見つめつつも何も見ていない少女の瞳にはまるで力がなかった。
どれだけ前だったか少女は覚えていなかったが、少女は近く処分されることが決定していた。
少女に恐怖はない。だが、生への執着もない。無気力。無関心――否、ひとつだけだが少女には気になることがあった。
少女には同時期に生み出された多くの姉妹が存在する、らしい。らしい、というのは少女が欠陥品であり早くから隔離されていたため、姉妹の誰とも会ったことがないからだった。どれだけの数が生き残っているのか、それとも自分が最後の一人なのかさえ少女は知らなかった。だが、それにももう特に関心があるわけではない。
もうすぐ終わる。そのことが重厚な扉の向こうに人の気配を感じさせた。どうやら本当にもうすぐ自分は死ぬらしいと理解し、少女は――
――自分の前に立つ一人の男のヴィジョンを幻視した。
どうやら
わずかな時間を置いて、その男はやはりヴィジョンのとおりに少女の前に現れた。だが少女は顔を上げない。目を向けない。興味がない。関心がない。意味がない。たとえ男が現れたときに扉が開いた音が
男が動く気配がした。だが、少女は動かない。
そして男は、
「――助ける」
へたくそなロシア語でそう言って、少女の手を取った。
少女にはその男が言った言葉が理解できなかった。そして、自分がいつその男に手を伸ばしていたのかも、少女には理解できなかった。
ただ、少女の手を握る男の手の大きさと温かさがとても印象的で――
この手を離したくない。
それが、少女に生まれた初めての欲求だった。
水とレーション、防寒具や寒さをしのげるであろう寒冷地用らしきテント、このあたりのものと思われる地図やその他に必要になるかもしれない道具、それらの荷物を持ち運べる軍用のリュックを手に入れた悠平はその後、誰にも遭遇することなく少女を連れて施設を脱出した。
地図と周囲の地形を見比べながらテレポートによる転移を繰り返し、一晩をテントで過ごした悠平たちは一番近くにある町にたどり着いた。
どうやら人はそれなりにいるらしく、ロシア語よりはましな英語が通じるかわからないという問題を除いて現在地の情報を聞くのに困ることはなさそうだと判断し、悠平はバーと思われる店の前を掃除している二人の男性に声をかけようとした。
しかし、悠平が彼らに声をかけることはなかった。彼らが掃除をしながら
慌ててバーの前から離れた悠平は途方にくれていた。彼らの話していた内容が確かならば、
ここは――2002年1月7日の北アメリカ。
ここまではいい。実際のところ良くはないのだが、このあとに続く情報のほうが悠平には衝撃的だった。
そう、ここは、この世界は――
桜花作戦が終了した後の、マブラヴオルタネイティヴの世界。
悠平はわけもわからず激しくなった動悸に胸を押さえ、そんな彼の手を握る白銀の少女は虚ろながらもどこか心配そうな瞳で悠平を見つめていた。
主人公とヒロインが出会いました。
このヒロイン、わかる人はもうどういう存在かわかってるかもしれませんね。
さて、このペースでどこまで進めるか……まぁ、まず完結までは無理ですね。
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第二話「英雄」
英雄は楔を解かれ、その世界から消えようとしていた。英雄の成すべきことはすでに終わり、英雄は英雄としての戦いを終えることを許されたのだ。
英雄が戻り、再構築された世界にはこの世界で失った全てが存在している。それはなんと幸福なことだろう。
しかし、英雄は今迷っている。消えつつある身でありながらもなお迷いがある。未練がある。
すでに英雄としての役目は終わっている。ならば一人の男としての役目はどうか。一人の戦士としての役目はどうか。できることが、やるべきことがまだあるのではないか。
否、そうではないと英雄は首を振る。英雄自身がどうしたいのかを深く、深く考える。
英雄を見送ろうとする少女の姿が目に留まる。英雄の半身である最も大切な存在のさらに半身ともいえる少女だ。半身はすでに亡く、この英雄が去れば少女は一人でこの世界に取り残されることになる。
どれだけ周りに人がいても、少女は一人でこの世界を生きることになる。英雄はかつて約束した、一緒に思い出を作ろうと。一緒に海を見ようと。英雄はまだそれを果たしていない。そして、それだけではまるで足りないと思っている。
楔がすでに存在しない以上、この世界の存在ではないこの英雄は己の意思の強さ次第で世界を移動してしまう。だが、逆を言えば己の意思次第でこの世界に留まることもできるはずなのだ。
元の世界に、再構築された世界に戻るのはいつでもできる。だが、この世界にいるこの少女と過ごすにはこの世界でなければできない。この世界にいるこの少女を幸せにしてやるにはこの世界にいなければならない。
英雄は自身の半身を思う。待たせて不機嫌にさせてしまい、これでもかというほど怒られるだろう。だが、それも自分たちらしいといえばらしいと苦笑をこぼし、英雄は――
この世界がマブラヴオルタネイティヴの世界だった――そのことを知ったとき、悠平は自論が思わぬ形で証明されたことにわずかに喜び、そしてこれからのことに深く悩んだ。
桜花作戦が終了しているということはすでに白銀武は存在せず、ゲームから得たものではあるが己の持っている情報では夕呼の興味を引くことはできても桜花作戦がすでに終わっている以上交渉材料にするには心もとないだろう。それに夕呼が現在も横浜基地にいる確証はないのだ。
だが現状で可能性がある候補は横浜基地しか選択肢がないのも確かなため悠平は横浜基地に賭けることとなった。
BETAの襲撃と桜花作戦によって戦力が激減した横浜基地へ戦術機の補充を行う輸送船に密航することは悠平にとって非常に簡単なものだった。潜入後の隠れ場所もかび臭い空気に目を瞑ればテレポートで問題なく確保することができた。しかし、問題がないわけではなかった。
「……なぁ、いつまで手をつないでるんだ?」
悠平は言葉が通じないとわかりつつも日本語で話しかけた。
悠平の手を離そうとしない白銀の髪の少女。この世界がマブラヴオルタネイティヴの世界であり、かつロシア――ソ連の実験施設にいた銀髪の少女。そんなものに心当たりなど、悠平にはひとつしかなかった。
オルタネイティヴ3で生み出された人工ESP発現体。それもおそらくは社霞やイーニァ・シェスチナと同じ第六世代。だがそれならば言葉が通じなくとも悠平の思考をリーディングすることができるはずだ。しかし、その様子はない。リーディングをした上での反応なのか、あるいは処分されようとしていたことに関係があるのか、現時点で判断できる材料はない。
「シェスチナ」
ためしに悠平が世代数で呼んでみると少女はわずかに反応を示し、命令を待つかのようにこちらをじっと見つめた。悠平の考えは間違いではなかったらしい。
反応があったことで希望を持った悠平は身振り手振りでなんとか手を離してもらうように伝えようとした。今度はちゃんと伝わったらしく、しかし少女の反応は絶対に離さないとでも言うかのように手に力を込めるだけだった。
ずっとこうなのだ。起きているときも寝ているときも関係なく、手を離そうとしない。例外は両手を使わなければならないような作業を行うときだが、それも作業が終わればすぐに手をとられてしまうのだ。必然的に距離は近くなる。第六世代ということは年齢はおそらく十四歳前後、とはいえれっきとした女だ。今は長い髪で顔があまり見えてはいないが、客観的に見ても美少女である。そんな少女と四六時中くっついたままなのは健全な男である悠平には嬉しくも拷問じみた苦行でもあった。
諦めのため息をついた悠平は結局、横浜港に到着するまで少女とくっついたまま過ごすこととなった。
「ぁあ~~~~っ、やっぱ外はいいなぁ……っ」
数日に及ぶ密航が終了し、無事に港へたどり着いた悠平は凝り固まった体をほぐすように伸ばした。
日付変更線をまたいだ結果、現在は1月14日。軍内部の人員配置、それもオルタネイティヴ計画などという特殊な状態での配置換えの速度などまったく予想がつかない悠平だが、夕呼が桜花作戦が終わってすぐに横浜基地を離れる可能性は低いと踏んでいた。失敗したのならともかく、成功したのだからそのレポートのまとめや残務処理でしばらくは残っているはず。いないのならばその時に代案を考えればいいだけのことだ。
悠平は己の手を離さない少女を横目で見た。長い船旅で疲れてはいないかと心配したが、悠平の予想に反して少女はまだ元気そうだった。むしろ船旅で疲れた悠平よりも元気であるかもしれない。
少女の体力が大丈夫そうなのを確認し、悠平は日が出ているうちに横浜基地に到着するために行動を始めた。
半壊したビル。崩れ落ちた高架線。家だった瓦礫。そんなものが辺り一面に広がっている。荒涼とした土地に生命の息吹はまるで感じられず、
かつて柊町と呼ばれた武たちの生まれ育った地に立った悠平は、まだ幼かったころに授業で見た原爆の被害を記録したビデオに写っていた町並みを思い出していた。
(そういえばこの世界では原爆はドイツに落とされたんだったか……)
そんなことを考えながら歩いていると視線の先に家を押しつぶすように倒れ、大破している撃震の姿を見つけた。輸送船の中では誰かに見つかるのを恐れて戦術機を見ることができなかったため、大破しているとはいえ実物を目の当たりにして非常に感慨深く感じた悠平だが、ふとあることに気がついた。
撃震が押しつぶしている、隣の家。その表札に書かれている名前は、
「
ふいに悠平の胸が締め付けられた。
この町で生まれ、育ち、そしてBETAによってその運命を蹂躙されたあともこの世界に残酷な形で縛られ続けた二人の生家。
悠平は切なく胸を締め付ける痛みに、思わず涙を流していた。あふれる涙は悠平の頬を濡らし、重力異常によって命の芽生えない大地にしみを作った。
相変わらず虚ろながらもどこか心配そうな瞳で見つめ、手を包むように握りなおしてきた少女を安心させるように悠平は涙を拭き、歩みを進めた。
横浜基地へ続く桜並木が見え始めたころ、悠平は一本の桜の隣につきたてられた墓標がわりの鉄骨と、その前にしゃがんでいる人がいるのを見つけた。鉄骨の前にはこの世界では貴重な花が供えられ、国連軍の制服を着たその
その男の背中を見たとき、悠平は心臓が跳ね上がったのを感じた。
(……まさ、か)
悠平の気配に気づいたのか、しかし国連軍の男はじっと手を合わせたまま動こうとはしなかった。
(まさか……)
「霞か?悪いな、もう少しだけ待っててくれ。もうすぐ終わるからさ」
国連軍の男が発したその声は何度も聞いた覚えがあり、どこか愛嬌のある、けれどもどこか軍人らしい力強さを秘めていた。
(まさか……まさか、まさかっ!?)
墓前への報告が済んだのか、ゆっくり立ち上がり、こちらを振り向く国連軍の男。その顔は、もはや見間違えようもなく、
(白銀、武……っ!?)
「あれ?えっと……誰、ですか?」
この場にはもういないはずだったその男、白銀武はどこか困ったような顔でそう聞いてきた。
これが、御巫悠平と白銀武の本来ありえざる出会いだった。
うーん、3000~4000文字が俺のデフォルトなんだろうか?
もう少し読み応えがある文が書けるといいんだけども……
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第三話「贈り物」
果たして安定して書けるようになる日は来るのか……
○能力の制限について修正しました
武に00ユニットのことを仄めかし、横浜基地に入った悠平は数日振りにノズルから流れる熱い湯に身をさらしていた。長かった検査が終了しようやく夕呼と面会がかなうことになったが、輸送船に密航している間は体を拭くこともできなかったためそれなりに汚れていたのだ。このまま面会するのはさすがにまずいらしく、検査を担当した職員にシャワーを勧められたのだ。シャワールームは一つずつ仕切りで区切られており、しっかりと清掃されているのかとても清潔そうに見える。しかし、悠平は久しぶりのシャワーにリラックスすることができずにいた。現在シャワールームにいるのは悠平一人ではない。仕切りで区切られているとはいえ個室ではないのだから当然だ。だが、問題はそこではなかった。
悠平はリラックスできない原因を横目で見やった。そこに見えたのは肌色。シャワーを浴びているのだから裸なのは当然だ。そこはいい。だが、問題はその相手が銀髪の
ようやくシャワーを終えると面会のためにB19フロアにある夕呼の執務室に通されたが、悠平は思い出すのもはばかられるような拷問じみた時間にすっかり憔悴してしまっていた。
「シャワーを浴びたのに何でそんなに疲れてるのよ?何か疲れるような行為でも強要してたの?」
悠平の目の前に魅惑的な足を組んで、国連太平洋方面第11軍・横浜基地副司令官である香月夕呼はまるで変態でも見るかのような目で見つめながら訊ねた。
「お願いですから、そんな目で見ないでください……誓ってやましいことはしていませんから」
悠平が気力の絞りかすを限界まで振り絞るように否定すると夕呼は隣に座っていたウサギの耳のような形をしたヘッドセットを装着した銀髪の少女、霞を一瞥した。
すごく、真っ赤だった。
夕呼はまるで犯罪者でも見るような目で悠平を見ると、
「アンタ……それはさすがに犯罪よ?」
本当にそう言葉を投げつけた。
社霞は人工ESP発現体の第六世代であり、相手の思考をリーディングすることができる。おそらく、シャワー中のことを読まれてしまったのだ。
このままでは話が進まないと判断した悠平は流れを変える意味でも自己紹介を行うことにした。
「俺は御巫悠平。こことは違う世界――BETAが存在しない世界の日本から来ました」
「な、なんだって!?」
悠平の言葉に武が食いつくように身を乗り出した。それも当然だろう。悠平が武の言うところの
西暦2013年であること。御剣財閥が存在しないこと。バルジャーノンが存在しないこと。ゲームガイやドリスコ、プレスタとは違う名称のゲーム機が存在すること。そして、この世界のことがマブラヴオルタネイティヴという物語になって存在していること。自分がこの世界にやってきた経緯まで話し終えたところで、悠平は一息ついた。
話を聞いた武は肩を落としながらも、信じられないというような顔で目を見開いていた。
「
「確かにその可能性はありますが、それでは説明のつかないこともありますし、せいぜい妄想レベルの仮説でしかありません」
夕呼の問いに悠平は首を横に振り、否定した。悠平には
「この世界は現実に存在し、俺はこの世界に転移してしまった。そう考えるほうが自然です」
「ふぅん……アンタには、そう考えるに足る根拠があるってこと?」
「根拠、と言えるほどのものじゃありませんが……一つ、この世界に来る前から考えていたことがあります」
それはかつて夕呼が占い師の能力のことを因果律量子論で立てた仮説が基になっている、悠平の自論。作家が物語を作る時、虚数空間から因果情報を取得してそれを形にしているのではないかというもの。ならばこの世界はその因果情報の発信源である、オリジナルの世界ではないかということ。それは悠平の自論であり、願望とも呼べるものだった。
「ふ、ふふっ……いいわ、面白いじゃない。あの話のことを知ってるだけじゃなく、そこからそんな仮説を立てるなんて、これは思ったよりも面白い拾い物かもしれないわね」
夕呼はニヤリと笑みを作り上げた。その姿は、まさに女狐と呼ぶにふさわしいもの。横浜の魔女にふさわしいもの。そして、悠平が魔女の興味を引くことに成功した証拠でもあった。
「さて、アンタにはもっと詳しく聞いてみたいことがあるけど……その前にそっちの子のこと、教えてくれるかしら?」
そっちの子、悠平の手を握り、ぴったりとくっつくように座る銀髪の少女を見やって夕呼は訊ねてきた。当然、気になるだろう。しかし、この少女に関しては悠平も確たる何かを知っているわけではないため話せることはとても少ない。
悠平は、この世界に転移した時に現れた場所がソ連の研究施設らしき場所だったこと。その施設で処分されようとしていた少女を連れて脱出したこと。外見的特長とソ連が深く関わっていることからオルタネイティヴ3、人工ESP発現体の第六世代ではないかとあたりをつけていることを話した。
霞はその話を聞いて驚いたように少女に視線を釘付けにし、夕呼は憤りをあらわにしていた。
「あの連中、まだそんなことをやっていたのね……アンタ、よくそんな施設からその子を連れて脱出できたわねぇ。警備なんかうじゃうじゃいたでしょうに……実はどこかの特殊部隊にでもいたの?」
「普通に学生やってましたけど……俺、移動距離はそんなに長くないんですけどテレポートを使えますから」
悠平が己の能力のことを話すと夕呼だけではなく、武と霞も息をするのを忘れたように動きを止めてしまった。突然、俺超能力者です、と言われたのだ。信じられないのも無理はないだろう。
夕呼と武が霞に確認を取るように視線を集めると、霞はやはりリーディングで真偽を確かめていたらしく、悠平の話を真実だと肯定するだけだった。
「その能力のことも詳しく聞きたいけど……そうね、今は先に話の続きを聞きましょうか」
夕方が気を取り直したように聞いてくるが、悠平にはすでに少女について話せることがない。何せ名前すらわからないのだ。
「あの……私があの子と話してみてもいいですか?」
どうするか迷っていると、霞が悠平に助け舟を出した。社霞という名は夕呼がつけた和名であり、元の名をトリースタ・シェスチナという。シェスチナとは人工ESP発現体の第六世代を指すことであり、あの少女が反応を示す言葉でもある。霞も同じ出身であるためロシア語ができるのだろうと考え、悠平はむしろ霞に頼むことにした。悠平も少女のことを知りたかったのだ。
霞が少女とロシア語で会話を始めたのを確認して、夕呼は再び悠平に向き直った。
「あの子のことは社に任せて、あんたのことの続き、聞きましょうか」
続きとはおそらく能力のことだろう。悠平は口で説明しながら実演することにした。
「まず、俺が持っている能力はテレポートとアポーツの二つ。どちらも遠隔瞬間移動現象と呼ばれるものです」
一つ目はテレポート。テレポーテーション、またはトランスポーテーションと呼ばれるこの能力は自身を一瞬で別の場所に移動する能力である。悠平の場合は自身だけではなく自身と触れ合っているもの、さらにその物体と触れているものならば転移できる質量の限界までは一緒に転移することができる。つまり、たとえ大勢の人が乗った電車であっても転移できる質量の限界に達しなければ一緒にテレポートすることができるのだ。しかし、転移させる質量が大きければ大きいほど悠平自身に掛かる負荷が大きくなる傾向がある。
悠平が実際に目の前でテレポートを行い夕呼の背後に現れてみせると、夕呼はとても嫌そうな顔をした。どうやらいきなり背後に立たれることに不快感を感じたらしい。
二つ目はアポーツ。 こちらは手元にはない存在を一瞬でに取り寄せる能力である。この能力の原理はテレポートと同一であるとされているが、悠平の場合アポーツでは生命活動を行っているものを転移させることができないという制限が存在する。こちらは悠平自身に負荷は存在せず、距離が伸びるほど転移可能な質量が減っていく傾向がある。
試しに夕呼が着ている白衣をアポーツで取り寄せて見せると、再び夕呼は嫌そうな顔をした。いきなり服を脱がされたようなものなのが癇に障ったらしい。
「とりあえず、どういう能力かは大体わかったわ。その力が本物だって言うこともね」
脱がされた白衣を着つつそう言うと、夕呼は急に生き生きし始め、
「じゃあとりあえず頭蓋切開してみましょうか。電極ぶっ刺して、能力使用時の反応とか調べて……あ~~、久しぶりに楽しくなってきたわぁ!」
これ以上ないくらいの笑顔で、そうのたまった。
「いえ、遠慮します。遠慮させてください。そんなことしようとしたら即逃げますんで」
夕呼が何を言い出すかを予測していた悠平が冷静に拒否すると、夕呼は非常ににつまらなさそうに唇を尖らせた。悠平としては人体実験の材料にされるのは勘弁なのである。
武もかつて似たようなことを言われた経験から苦笑いを浮かべていると、いつの間にか話が終わったらしく霞が悠平たちを見つめていた。
「それで社、何かわかった?」
夕呼が訊ねると霞は少女から得た情報を口にしていく。
少女は悠平の推測したとおり、オルタネイティヴ3で生み出された第六世代の人工ESP発現体であった。しかし、肝心のリーディング能力が発現せず、プロジェクション能力だけを有して生まれた代わりになんらかの別の能力が発現する可能性が示唆され現在まで生かされていた。だが、いつまでたっても発現が確認されず、業を煮やした上層部は廃棄処分を決定した。そして廃棄処分当日に悠平によって施設より連れ出されたのである。
通常、彼女のような存在は投薬などによって生命を維持するように調整されており、脱走や反逆などが行えないようになっているらしいが、少女は失敗作であったがゆえに早くから他の発現体とは隔離され、そのような処置がなされていなかったという。社は初め、少女が自分と同じ存在であると気がつかなかったが、無理もない話だったのだ。
そして、話はそれだけではなかった。
少女は失敗作ゆえに名前がなかったのだ。研究者たちからはただ
「この子に、あなたが名前をつけてあげてください。この子にとっては、あなただけですから……」
霞から聞いた話は悠平が半ば予想していたとおりのものであり、それゆえに悠平の胸を強く締め付けていた。彼女たちのような存在があったからこそ、この世界はようやくBETAへの反撃ができるようになった。だが、そんな彼女たちに名前すら付けてやらない研究者たちに悠平は憤りを感じていた。
名前とは願いや想い、その人を表す形であり、その人に贈られるべき最初の贈り物だ。悠平は少女に似合う名前をつけてやりたいと思い、霞の願いに従うことにした。
悠平はどこか虚ろな瞳をした白銀の長い髪を持つ少女を見る。ろくに日に当たっていないためか霞よりも白い印象があり、電灯とはいえ光を受けて煌びやかに輝いて見える。その姿は光を浴びてきらきらと輝く雪をイメージさせた。そのイメージから悠平はロシア語で雪はなんだったかと考え、
「――ネージュ……ネージュ・シェスチナ」
少女に確認するようにつぶやいた。
少女はしばらく無言を貫いたが、やがて小さく口の中でネージュ、とつぶやいた。少女の虚ろに見えた瞳にわずかだが生気が宿ったように見えた気がしたが、表情がそのままなので悠平には判断がつかなかった。
「……気に入ってくれたみたいです」
霞がリーディングしたのか、そう伝えてくれる。悠平は安心しほっと息をつこうとしたが、霞は言葉を続けた。
「でも、ネージュはフランス語です……ロシア語で雪はスニェークです」
「え……え、嘘っ!?あれっ!?マジでっ!?」
霞にダメ出しされた悠平は己の勘違いに身を悶えさせ、武は久しぶりに聞いたマジ、に懐かしさを感じるのだった。
(大佐、指示をくれ……)
それはスネークだ、と悠平は現実逃避気味に一人心の中で自分にツッコミを行っていた。
語学に憧れはあれど頭がついていかない悠平君。
いいキャラに成長してくれるといいなぁ。
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第四話「新生活」
おかしい、こんなはずでは……
夕呼は人体実験にならない範囲での超能力のデータ採りを行うことを条件に、悠平とネージュの保護を確約した。夕呼いわく、こんな珍しいものを他の連中にくれてやるなんてもったいなさすぎる、ということだ。ゲームの中で言われていたとおり、どこか子供っぽい天才である。
居場所が確保できたことでようやく一息つくことができた悠平は、横浜基地に来てからずっと気になっていたことを訊ねることにした。それはつまり、
「何で、白銀武がまだこの世界に存在しているんですか?」
これに尽きる。
白銀武という存在は桜花作戦が成功に終わっている以上、すでに因果導体という運命から解放され再構成された世界へ旅立っているはずなのである。しかし、武は未だにこの世界に存在している。
すると夕呼は呆れたように肩をすくめ、
「この馬鹿は社のために自分の意志の力だけでこの世界に留まったのよ。確かに理論上は可能だけど、そんなに社のことが大切なのかしらねぇ、この二股男は」
思いっきり武をなじった。
武は心外だとでも言いたげに顔をゆがませるが何も言えず、悠平から見てもあまり説得力はなかった。武が霞を大切にしているのは間違いないのだ。そして霞は武の最愛の女性、鑑純夏の半身のような存在であり、霞自身も武に好意を寄せている。ならば霞と純夏、二人とも武がもらってやってもいいだろうにと悠平は考えていた。結局のところ悠平もどこかずれているのである。
(よし、なら俺は霞の恋を応援してやろう。純夏は霞が相手ならきっと武をどりるみるきぃするくらいで許して受け入れてくれるだろう)
悠平はそう考え霞へグッドサインを送ると、霞も頬を染めながらグッドサインを返してきた。リーディングにやや抵抗があるらしい霞には珍しく、またリーディングしていたらしい。
「そういえば御巫、アタシが身柄を保護することは決まったけど、アンタこれからなにをするか予定でもあるの?」
話がひと段落ついたところで夕呼がそう訊ねてきた。悠平としては保護を受けることが最優先であり、その先はあまり考えていなかったため少しばかり考える必要があった。そして数瞬ばかり考えた結果、結論は出た。
「衛士の訓練をしながら戦術機とかの技術の勉強ができればいいと思ってます」
悠平はもともと技術系の人間であり、この世界の人型兵器である戦術機に興味を持っていたが、同時に戦術機に乗って動かしてみたいという気持ちも持っていた。
「なるほど、訓練生ね。ならちょうどいいのがいるからそいつに教官をやってもらうといいわ。技術に関しては専用の資料室があるから好きに使えるようにしてあげるわ」
夕呼の反応は悪いものではなく、むしろちょうどいいとでも言うように悠平の案を推した。普段の夕呼を知っている武は気味が悪く感じ、たまらず身を振るわせた。
「……夕呼先生、またなにか良からぬことを企んでるんじゃないでしょうね?」
「白銀、アンタはアタシをなんだと思ってるのよ。別にいつもそんなことを考えてるわけじゃないわよ」
悪戯を思いついたような笑みを浮かべながら、明らかに嘘だとわかる夕呼の態度は、しかし悠平にとっては渡りに船も同然だったので反論はなかった。
「それで夕呼先生、今って教官をできるような人って誰かいましたっけ?どこの部隊もまだそんな余裕はなかったと思いますけど……」
武は半月ほど前に横浜基地で起きたBETA侵攻を思い出していた。あの戦闘で横浜基地に存在していたほとんど全ての戦術機が桜花作戦での戦力として使えなくなり、部隊の損耗も今までにない規模に上っていたのだ。あれから残存していた戦術機は整備で使えるようになり臨時で米国から戦術機の補充も届いてはいるが、失われた人員の補充は思うように進まず、現在は再編された部隊の調整などで多くの者に余裕はなかった。
そんな中誰が教官をできるのだろうと疑問に感じる武に、夕呼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「何言ってんのよ。御巫の事情を知ってて、XM3を生み出し、なおかつまりもの教育を受けた最適な人材がいるじゃない」
武はもうこの時点で理解していたが、それを気のせいだと心の中で必死に否定していた。しかし、夕呼はそんな武を楽しそうに見つめながら残酷な運命を突きつける。
資料室があるというB
「これが合成食の味、か……なるほど」
初めて合成さば味噌定食を口にした悠平はわずかに顔をしかめながら咀嚼した。本来さば味噌に含まれるはずの味が足りず、合成食特有の癖がある、というのが悠平の合成食に対する感想である。ゲーム中の武の台詞が正しいのならば、これでもまともに食べられる方だという。日本の食糧事情に戦々恐々しつつ、悠平は一口ずつしっかりと味わいながら食事を進めていた。
「とりあえず明日から訓練を開始するけど、本当にやるのか?」
悠平の教官を務めることになった白銀武
それを聞いた武は己の恩師にどこまで追いつけるかを考えながら、悠平を徹底的に鍛えることを密かに誓った。しかし、その誓いは思わぬ形で綻びを見せる。
「私も悠平と一緒に訓練をする」
話を霞に翻訳してもらっていたネージュが珍しく口を開き、出てきたのはそんな意味のロシア語だった。
社に通訳してもらった武はとたんに頭を抱え、閉口してしまった。見た目は全体的に霞よりわずかに小さい、十四歳の少女なのだ。男である悠平と同じように教官として接する自信が武にはなかった。
(神宮司軍曹……俺はあなたみたいな教官にはなれないかもしれません……)
夕呼の許可があっさり下りてネージュを訓練生に加えた武は霞を補佐につけ、まずは二人の体力づくりを行っていた。何を行うにしても、体が資本なのだ。悠平とネージュは武の指示に従い、黙々と訓練を行っていく。たった二人しかいない訓練兵が訓練を行う姿は、現在の人材不足の深刻さをあらわしているようにも感じさせる光景だった。
悠平はこの体力づくりで一つ、思わぬ誤算があったことを痛感した。息を切らしている悠平の視線の先にあるのは、同じ訓練量であるにもかかわらず未だ汗一つかいていないネージュの姿。そう、ネージュは悠平や武が思っていたよりも遥かに体力が高かったのだ。
悠平はネージュと同じ第六世代の少女であるイーニァのことを思い出し、イーニァも同じくらいの年齢にもかかわらず戦術機をあれだけ動かしていたのだから彼女たちは体力的な面でも何かしら優れているのではと考えたが、付き合いでグラウンドを一周走っただけでへばっている霞を横目で見てその考えを打ち消した。
座学の時間になると霞が教官役となり、武はその補佐へと回る。この理由は単純にネージュのためだ。ロシア語をしゃべることができない武ではネージュに教えることができない。そのための霞なのだ。
悠平はひたすら頭の中に内容を叩き込んでいく。もともと技術系に秀でた人間である悠平は戦略や戦術といったものはともかく、爆薬の種類や使用方法、銃の知識といったものなどに高い適正を発揮した。
しかし、それ以上に能力を見せたのはやはりネージュだった。もともと持っている知識こそたいしたことがないネージュではあったが、スポンジが水を吸うかのように知識を吸収していくのだ。これはオルタネイティヴ3でBETAとのコミュニケーション解析のためにリーディングによる記憶の関連付けの下地として高い教養や各種専門知識を広く必要とすることが関係しているのか、これまで閉じ込められていた反動なのか、悠平には判断がつかないものだった。
ネージュの高い知識吸収能力は語学にも発揮され、訓練兵の節目である総戦技演習――総合戦闘技術評価演習を迎えるころにはすでに霞の補助が必要ないほど日本語に熟達していた。これには悠平も安心を覚えたのだ。総戦技演習の際にチームメイトであるネージュと言葉が通じないという最悪の展開を避けることができるのだから当然である。
訓練を開始して2ヶ月と少し経ち、たった二人だけの物寂しい総戦技演習は何の問題もなくあっさりと終わっていた。たった二人しかいないために複雑な試験内容を組むことができなかったことと、夕呼が盛大に無駄を省いた結果だった。
武は自身が体験した二度の総戦技演習を振り返り、今回の試験内容に様々な意味での物足りなさを感じながら演習を終えた二人を見やった。
「これで晴れて貴様たちは戦術機に乗ることを許される!だが、これは終わりではない!ようやくスタートラインに立っただけなのだ!」
武は慣れない口調で、しかし気合を入れながら二人に言葉を送る。武にとっても次からが教官としての本番といえるのだ。
XM3。武が発案し、夕呼と霞が組み上げた新OS。従来のOSにはなかった自動シークエンスのキャンセルや一定のコマンドを入力した際に通常とは別の動作を行うコンボを組み込んだ、これまでの常識を打ち崩した新概念のOSである。
訓練課程の初めからXM3を使用した訓練を行うことで二人が、あの戦いで失った仲間たちと比べてどれほど伸びるのか、武は密かに楽しみにしていた。もしかするとまりももこういう楽しみを抱いていたことがあるのかもしれないと考えると、武は少しだけ可笑しくなってしまった。
このとき、武はすっかり忘れていた戦術機適正検査でとんでもない目にあうとは予想もしていなかった。
夕呼先生が優しい?いいえ、きっと気のせいです。
訓練課程の描写なんて見て楽しめるのは人が苦しんでるところを見て興奮するドSか、自分が苦しんでるところを妄想して悶えるドMだけなんです、きっと。
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第五話「戦術機、来る」
戦術機のガイダンスを終え、分厚いマニュアルを渡された悠平は日課である専用の資料室へ足を運ぶ途中、3月も終わりに近づいている現在でも夕呼が副指令として横浜基地に在籍していることに、今更ながら疑問を抱いた。
一度気になり始めると理由がわからない以上、何か良くないことが起こっているのではないかと不安になってくる。それもあの夕呼が相手となればなおさらだろう。
「……ユーヘー、どうしたんですか?」
悠平の手を握って離そうとしないネージュがやや心配そうに訊ねてきていた。いつの間にか足を止めていた悠平は、先に夕呼の所に寄ることをネージュに伝えた。
再び歩き始めた悠平は隣を歩くネージュをそっと覗き見た。伸び放題であった前髪はきれいに整えられ、長い髪もツーサイドアップにまとめられている。透き通るような青い瞳には出会ったころのような虚ろさはあまり見えず、表情が薄いところを除けばかなり印象が変化している。
変わったのは外見だけではなく、最近は自ら進んで悠平の役に立とうとするようにもなっていた。今までにない、自発的に何かをするという内面の変化は外見以上に大きな変化といえるだろう。
悠平はネージュの変化にうれしくなり、自然と少しだけ足が軽くなるのを感じていた。
「あら、言ってなかった?今度横浜基地に作る新しい部署を担当するのよ、アタシ」
悠平たちが夕呼に理由を尋ねるために執務室へ向かうとそこには丁度同じ質問をしようとしていた武がいたため、二人で夕呼に問いかけて返ってきたのがさっきの言葉だった。
武はオルタネイティヴ4が完遂されたためA-01がすでに解体されていただけでなく、新部署が立ち上げられることすら知らされていなかったらしく、悠平以上に驚いていた。負傷して入院していたA-01の仲間が挨拶もなしに次の配属先に移動したのだから当然ともいえるだろう。
ふと悠平は脳裏に引っかかるものを感じた。オルタネイティヴ4が終わったにもかかわらず夕呼がなぜ簡単に悠平とネージュを訓練生にして武を教官につけたのか。なぜ悠平にB27フロアまでいけるような高セキュリティのIDを渡したのか。全てはその新部署につながっているような気がしたのだ。
それを話すと夕呼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「よくできました。褒めてあげるわ。白銀よりも頭の回転はいいみたいね」
「って、やっぱり企んでたんじゃないですか!?」
「別に企んでいないとも言ってないと思うけど?」
武の言葉に夕呼は魔女の笑みで反撃を繰り出した。やはり武よりも魔女のほうが何枚も上手のようである。
「それで、新部署とは一体何を行うものなんですか?」
やり込められ項垂れる武に代わり悠平が夕呼に尋ねると、夕呼は少しだけつまらなさそうな顔をした。
「00ユニットに頼らない凄乃皇の完成と量産化、そしてその運用ってところかしらね」
「00ユニットに頼らない凄乃皇の、完成!?」
「えぇ。凄乃皇の完成と運用のためなら米国が保有するグレイ・イレブン
武は無茶だと思った。
凄乃皇は荷電粒子砲を装備する非常に強力な兵器だが欠点が多く、運用することは難しいのが現状だ。しかも最大の
夕呼はそのことについては鼻で笑って返した。
「制御をパターン化して限定すれば、現状でもラザフォード場を安全に展開することはもうできるのよ。ただし、そのことを上に教えてやるつもりはまだないけど」
夕呼によれば00ユニットの稼動データから抽出したラザフォード場の制御データを基にシステムを構築すれば、演算処理能力が高いだけ通常のCPUでもラザフォード場を安全に制御できるという。
しかし、他にまだ重要な問題が残されている。
米国が保有するグレイイレブン
グレイ・イレブンは凄乃皇の主機であるムアコック・レヒテ機関の燃料だ。それがわずかしか使用できないのでは凄乃皇を完成させたとしても運用することができないも同然だった。
「だから御巫、アンタにこの世界の技術を勉強させているのよ。この世界の存在ではないアンタの発想力にこの難問を解決するアイディアを期待しているの」
「…………は?」
悠平の耳に、とてつもなく無茶な要求が届いた。確かに発想力は重要だろう。事実、XM3が誕生したのも武の経験からくるこの世界にはなかった発想が鍵となっていた。しかし、悠平にも同じようにこの世界にはない発想を求めるのは無茶というものだ。そして、夕呼にしてはあまりにも他力本願でもある。
おそらく夕呼のほうでも研究を行ってはいるのだろうが、何らかのブレイクスルーが起きなければ完成のめどが立たないのが現状なのだろう。
悠平が黙り込んでいると、夕呼は新部所についての詳しい説明を再開した。
新部署の名称は未だ決まってはいないが暫定的に横浜独立実験開発部隊と呼ばれ、夕呼が最高責任者につく。その権限は大きく、G元素を扱う関係でオルタネイティヴ計画権限にも匹敵するほどだという。凄乃皇の運用だけではなく凄乃皇の直援部隊もまた、この実験開発部隊で用意することになる。つまり悠平とネージュはこの部隊に所属させるために訓練生にしたのだ。
これだけを聞くとオルタネイティヴ4のときとあまり変わらないようにも感じるが、一番大きいのは使える予算の規模である。オルタネイティブ計画ではその重要度の高さから予算を湯水のように使用できたが、この新部署ではある程度予算が決められており、その中で研究・開発を行い、戦術機も用意しなければならない。
そのかわり、凄乃皇の完成にはかなりの時間をかけることを許されているという。最悪、地球から全てのハイヴを消し去ったあとに完成させても月や火星で使用することができるためだ。しかし、悠平にはそれだけではない何かがまだ隠されているようにも感じられた。
話が終わるころにはすでに日課を行う時間は残っておらず、悠平たちは翌日に行われる戦術機適性検査に備えるのだった。
それはあまりにも突然だった。
悠平から噴き出したぬめり気を帯びた生ぬるい体液は悠平を支えていた武を濡らし、床を、壁を無残に汚してゆく。飛び散った液体には元がなんだったのかすら分からない塊が浮かび、凄惨さを助長していた。
鼻を突く臭いが充満し、武に吐き気を催させる。
目の前で起きた惨劇に、悠平に駆け寄ろうとしていたネージュすらも口元を押さえ、青ざめ、身を震わせた。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁあああああああっ!?」
悠平からあふれ出た体液に身を浸し、武が壊れたような絶叫を上げた。
「きったねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええっっっ!!?」
そう、吐いたのだ。嘔吐したのだ。嘔げたのだ。思いっきりゲロったのだ。盛大にぶちまけたのだ。
戦術機適正検査でそれなりの適正を出し、しかし初めての激しい――激しすぎる振動にふらついていたところを武に支えられたその瞬間、悠平の口から
全ての原因は戦術機適性検査の一時間前に遡る。
戦術機適性検査の通過儀礼の被害やシミュレーターの激しい振動をゲームによって知っていたため、悠平は普段よりも少ない昼食で済ませることにした。
ネージュと二人で昼食をとっていると、格納庫へ見学に行った際によくネージュのことを孫のように可愛がってくるメカニックチーフが昼食のためにPXに現れた。チーフは悠平とネージュを目ざとく見つけると、悠平の昼食の量を見て、
「男ならもっとしっかり食え!」
と一喝し、山のような合成焼きそばを悠平の前の叩きつけるように置いたのだ。
なんのことはない、チーフは悠平たちが戦術機適正試験を行うことを知っており、普段からネージュと一緒に行動している悠平に対する八つ当たりもかねての行動なのだ。
結局、悠平は用意された合成焼きそばを残すことができず、完食した状態で戦術機適正試験に挑むことになったのだった。
悪夢のような経験から数日。訓練用の機体の搬入がまだということもあり、武の不知火に複座の管制ユニットを取り付けての軽い実機訓練とシミュレーター訓練を繰り返す日々が続いていた。
悠平はゲームによる経験から驚くほど早いXM3に対する適正を発揮してみせ、ネージュも先入観のなさから武の戦闘機動が常識であると判断し、型に囚われない柔軟さを発揮していた。
そしてさらに数日がすぎ、訓練内容のマンネリ化を防ぐため武はヴォールクデータとオリジナルハイヴ攻略時のデータを組み合わせたハイヴ攻略シミュレーターに手を出し始めた。このデータはオリジナルハイヴでリーディングして得た実在のハイヴのデータを基にしてあり、BETAが無制限にかつランダムで湧き出してくるという非常に厄介なシミュレーターだった。
初めて見たBETAの姿に不快感を感じたのも最初だけであり、悠平とネージュは日に日に腕を上達させていった。その伸びっぷりは武をして、ヴァルキリーズと同等以上の早さだと言わしめるほどだった。このまま行けばそう遠くないうちに武の知るヴァルキリーズの実力に追いつくであろうことは目に見えていた。
そんな報告を日々受けていた夕呼が、未だに訓練機の用意ができないことに激怒するのは無理もないことだったのかもしれない。
「訓練機でなくてもいいからさっさと機体を用意しなさい。さもないと荷電粒子砲ぶちこむわよ!?」
夕呼ならばやりかねない、と担当の者たちは恐怖に身を振るわせ、死ぬ気で機体の調達に奔走することとなった。
そして4月も終わりを迎える頃、ようやく機体が搬入されることとなった。
「やっと、俺たちの機体が来るんだなぁ」
長かった、としみじみ口にする悠平。しかし、それも無理のないことだった。実機訓練がほとんどできない分を全てシミュレーター訓練にまわし、ベテランたちに頭を下げて相手を頼み込んでシミュレーターでの小隊戦を繰り返した結果、悠平とネージュは未だ訓練兵にもかかわらずすっかり基地内最強のエレメントと認知されてしまっていた。
異常に早い上達速度もあったが、これほどの腕になってようやく機体が回ってくるということに武は苦笑を隠せず、同時に帝国内の戦術機の損耗率に戦慄が走っていた。国内のハイヴを落としたタイミングはかなりギリギリであり、あれ以上落とすタイミングが遅ければ帝国軍と国連軍の戦力では戦線を維持できなくなっていたのである。
「そういえば武、俺たちが乗る機体はなんなんだ?」
「最初は吹雪を用意しようとしてたらしいけど、いつまでたっても用意できないことに業を煮やして武御雷を持ってこさせようとしてたんだと。さすがにそれは無理だってことで、なんとか用意したのが不知火らしいぜ」
ある意味で夕呼らしいエピソードではあるが、ようやく自分の機体が来るのだ。悠平は本音を言えば武御雷にも乗ってみたかったが、不知火も可動フィギュアを買うくらい好きな機体だったので文句はなかった。
二人に用意された空のハンガーを眺めていると格納庫のシャッターが開き、整備兵たちがあわただしく動き始めた。どうやらついに不知火が届いたらしい。
珍しくネージュが自分から搬入されるところを見に行きたいというので、ネージュを先頭に武と悠平もあとに続いた。
普段から見慣れた武の不知火とは違う、帝国軍カラーの不知火が戦術機輸送用のトレーラーに寝かされて運ばれていた。戦闘の際にできたであろう装甲の擦過部分が装甲の重厚さを引き立たせている。機体の半分近くにはシートがかけられているが、その威圧感は間違いなく本物だった。
集まってきた整備兵たちがシートをはがしに掛かる……がなにやら様子がおかしい。遠くから漏れ聞こえてくる声から、なんらかの不備があったらしいと気づくが、悠平にはそれ以上はわからなかった。
しかし、シートをはがされた不知火を見て、その不備がなんだったのかをようやく理解した。
「……………………」
ネージュが思わず絶句するという非常に珍しい事態を引き起こしたその不知火は、大部分の主要な関節が明らかに稼動しないと分かるほどに破損していた。
ヒロインがイメチェンしていくのは予定通りですが、主人公がネタ化していく気がするのは……どうしてこうなった。
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第六話「再生の兆し」
オルタのメカ本なんて持ってないから戦術機の詳しい構造とかよくわかんねーorz
主要な関節がほとんど使い物にならない不知火が搬入されたことを整備班から報告され、クレームという名の脅しを送り主に叩きつけた夕呼は頭を抱えていた。
今後の対策に頭を悩ませていると、執務室のドアが開く音がした。顔を上げてみると武と悠平、ネージュが入ってくるところだった。搬入された不知火のことだろうと予測を立てた夕呼は、面倒くさそうに口を開いた。
「……一体何の用よ?こっちは想定外の事態で忙しいのよ?」
夕呼は自分自身でも苛立っているのが分かるほどの声色で尋ねた。オルタネイティヴ4のときに比べれば全然たいしたことがないトラブルだったが、一度山場を越えた影響もあってトラブルに対する覚悟がおろそかになっていたらしい。
夕呼の声色にやや腰が引けつつも、悠平が口を開いた。
「そのことなんですけど……あの不知火を一機、俺に預けてもらえませんか?少しやってみたいことがあるんです」
「やってみたいこと?」
夕呼の問いに悠平がうなずいて応える。
不知火の状態は各部の関節がそのままでは使用できない状態ではあったが、要である電磁伸縮炭素帯はほとんどがまだ使用でき、関節周り以外のパーツは特に問題はなかったという。要するに、電磁伸縮炭素帯を補助するためのサーボモーターや関節周りの金属部品が一番の問題になっているのだ。
「それで、アンタはどうするつもり?」
「あの不知火を使って、新しい関節機構を持った戦術機のテストを行おうと思ってます」
戦術機は関節部分の消耗が特に激しい。主脚やジャンプユニットで三次元機動を行い、腕で武器を振るうのだ。負荷が特に掛かる膝やマニピュレーターなどは特に消耗が激しい。
ただでさえ消耗が激しい関節部品だが、武が発案したXM3によって関節――特に主脚にかかる負荷が激増した。
そこで悠平は損耗しにくい関節機構を新たに生み出そうと考えていた。
「……へぇ、電磁力による非接触関節と従来の電磁伸縮炭素帯のハイブリット……確かにこれが実現できるならエネルギーが続く限り負荷にも耐えられるし整備性も向上する。こんな大掛かりな改造を行うのならたしかにあのスクラップは有用ね」
悠平に渡された開発計画書を見ながら夕呼は応えた。確かにこれが実現できればXM3に完全対応した戦術機を作ることもできるだろう。
しかし、問題がないわけではなかった。
非接触関節――簡単に言えば、リニアモーターの原理で関節を浮かせることで部品同士の接触を回避し、部品の消耗を抑えることができるものだ。物理構造による保持は静止時にしか行われないため、静止時は電力を必要とはしない。だが、悠平が元いた世界においてリニアモーターカーの開発は制御の難しさから難航し、全面開通は三十年以上先とも言われている。しかし、この世界の電子制御技術は元いた世界よりも遥かに高いことがわかり、こちらの問題はすぐにでも解決することが可能だった。
実際に問題となる一つ目は電力の問題。電磁伸縮炭素帯だけでも相応の電力を使用するが、これに電磁力による非接触関節機構を組み込んだ場合、膨大な量の電力が必要になるのだ。しかも関節にかかる負荷が大きくなればなるほど必要な電力は増大する。現状の不知火の主機ではわずかな時間しか稼動できないだろう。しかし、その問題点に対し悠平は一つの案を用意していた。
計画書に載せられているのは非接触型関節それ単体でも関節として使用できるものだった。しかし、この関節を動かすには大量の電力が必要となり、物理的なブレーキ装置がないために高速駆動状態から急停止する際にはさらに大量の電力が必要になる。そこで関節を浮かせた状態で維持することに留め、駆動自体は電磁伸縮炭素帯に任せてしまうことで総合的な強度と整備性を上昇させ、消費電力を抑えようというのだ。この方式ならば主機の出力も初期案ほどの大幅な強化は必要ないという試算が出ている。
もう一つの問題、開発資金。今までにないものを作り出そうというのだから、当然相応の開発資金が必要になる。今現在の時点で使える予算ではとても足りないだろう。こちらに関しては残念ながら悠平ではどうしようもない問題だった。
(最初からちゃんと動かせる機体を送ってきていれば、こんなことに悩まなくて済んだっていうのに……まったく、新部署設立のための準備予算程度じゃ、とてもじゃないけど足りないわね……)
夕呼はふと、自分の思考に引っ掛かりを感じた。引っかかりの正体を探るために何度も繰り返し、直前の思考を思い出す。
(
新部署設立のための準備予算。それには最初に部隊で運用するための戦術機の購入費用も含まれているが、それはあくまでも事前準備の段階でしかない。新部署が正式に稼動した場合、それとは別に年度ごとにちゃんとした開発予算が組まれるのだ。そこには凄乃皇の開発費だけではなく、直援につける戦術機の開発費も含まれている。つまり、新部署さえ正式に稼動させてしまえば必要な予算は降りるのである。
この新型関節構想がうまくいけば、それを
夕呼がなぜこのことに気がつかなかったのかには理由があった。これまで夕呼はオルタネイティヴ4でほぼ際限なく予算を使用できる環境に何年もいたのだ。その影響で金銭感覚が狂ってしまっていてもおかしくはないのである。
そのことに気づくと夕呼の行動は早かった。
「御巫、シェスチナ、アンタたちすぐに任官させるわよ。なぁに、人員不足の特例措置でちょちょいっとねじ込んでやるわよ」
実機訓練もろくにこなさないまま任官しろと言われ、悠平は目を丸くした。夕呼にしてみれば、任官後に実機訓練をかねて試作した機体のテストを行わせるつもりなのだ。まともな訓練機を用意して実機訓練のあとに任官するよりも、先に任官してしまったほうが時間の短縮になると考えたのである。そして、最低でも三人の衛士がそろえば実験開発部隊としては最低限の体裁を取れるだろう。本来はA-01の生き残りを全員組み込むつもりでいた夕呼だが、帝国軍からの正当すぎる要請に逆らうことは難しく、武を手元に残すのが精一杯だったのである。しかし、衛士の問題はすでに解決が見えている。
こうして新部署発足が夕呼によって一足飛びに進んでいくことになる。
悠平は横浜基地に着いてすぐのころ、二つの懸念があった。一つ目は自分が因果導体なのかどうか。二つ目はこの世界にもう一人の自分は存在するのか。
一つ目に関しては転移した場所や転移した瞬間を目撃されたことから確立の霧の条件を満たさないであろうと判断し、可能性は低いと感じていた。しかし、二つ目に関しては自力では確認するすべをもたず、夕呼に頼る他なかったのだ。だが数日経って、この二つ目の懸念に関しても杞憂であったことが分かった。
この世界に御巫悠平という人物は存在しない――この世界の武のように死亡したわけでも、鑑純夏のように抹消されたわけでもなく、初めから存在していなかった。これに関して夕呼は、因果律的にこの世界では生まれなかった存在だと言ってた。
平行世界は無限に存在し、無限の可能性が存在している。それだけの膨大な数の可能性が存在する以上、全ての世界に同じ人物しか生まれないということはありえないのである。これを基に考えると、武がいう元の世界とこの世界は比較的近い確率に存在し、悠平が元いた世界はその二つからはそれなりに離れていると考えられる。
現在の世界情勢から、元々存在しない人間ならば戸籍を用意するのは非常に簡単であるらしく、悠平は無事にこの世界に居場所を確保できたのである。これはネージュも似たようなものであり、夕呼が日本帝国の国籍で戸籍を用意したため、たとえソ連がネージュの存在に気づいたとしても手を出すことは難しいという。
安心した悠平は、それからは任官する時をずっと楽しみにしていた。ゲーム中でも少人数ながら厳粛な空気で行われた一つの区切りである。まりもと元訓練兵のようなやり取りがあるものと期待していたのだ。
だが、その期待は大きく裏切られることとなった。任官のセレモニーの内容は思い出すべきものがまるでなく、とことんまで無駄を省かれた何の感慨もないものだった。それはオルタネイティヴ5の発動が知らされると同時に任官した武たちよりも簡潔に済まされたのだ。悠平が落胆するのも無理もない。
何はともあれ、任官が済んだ悠平は夕呼お抱えの技術者たちと共にカンヅメ状態にあっていた。正式に新部署が稼動を開始したとき、すぐに動けるように新型関節機構に関する設計や制御システムをつめておく必要があったのだ。
この数ヶ月間、専用の資料室としてこの技術開発ブロックに通っていたため、悠平はここの技術者とすっかり打ち解け、和気藹々と作業を進めていた。しかし、すでに数日に及ぶカンヅメに、一人つまらなさそう――かどうか分からないほど表情が薄い顔をしている者がいた。
ネージュは何日もカンヅメにあっている悠平に、何かしてあげられることはないだろうかと考えていた。しかし、悠平がカンヅメになってからはPXから食事を運ぶくらいしかできることがないのも事実だった。
何かできることはないか、と考えながらPXへ向かうと、いつもより時間が早すぎたらしくPXには人がおらず、京塚曹長はまだ下ごしらえをしていた。
「おや、ネージュちゃんじゃないか。どうしたんだい?一人だなんて珍しいじゃないか」
ネージュはどう答えればいいか分からなかった。何をしてあげればいいか、何も思いついていないのである。だが、京塚曹長に相談すればいいのではないかと気づいたネージュは、厨房に霞が立っているのに気づいた。
「あぁ、霞ちゃんかい?武と夕呼ちゃんに料理を作ってやりたいんだってさ。まったくいい子だよ、ほんとに」
その時、ネージュはこれだ、と思った。
このことを話す京塚曹長はとてもうれしそうにネージュを厨房へ招くのだった。
その後、数日にわたって武と夕呼、悠平の三人が横浜基地から姿を消し、そのせいで新部署設立が遅れたという噂が流れるが、嘘か真かは本人たちにしか分からなかった。
最初に考えていた本編だけでは短かったので、設定補完的なのと小話的なのを加えて水増し。
なんだかグダった気がしますが、次からはようやく戦術機が動きそうです。
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第七話「横浜機関」
なるようになーぁれー(投げやり気味)
市街地演習場をUNブルーに塗装された三機の不知火が翔けていた。
一機が突撃砲からマズルフラッシュを吐き出せば、狙われた一機は主脚とジャンプユニットを最大限に使用して真横に
一対一対一の混戦、三つ巴。しかし、三機とも一度の被弾もなく戦闘が続いていく。
一機は複雑で激しく、大胆さと繊細さを兼ね備えたアクロバティックな機動を。
一機は柳のようにしなやかな、とらえどころがなく翻弄するかのような機動を。
一機は相手を魅了する演舞のように舞い、鋭く切り込むような攻撃的の機動を。
三機が三機とも違った特徴が見られる独特な戦闘機動を行っていた。XM3の特徴である先行入力、キャンセルやコンボを多用し、その性能を最大限に発揮した機動だ。
跳び、舞い、駆ける。
この三機全てに共通して言えるのは、一切の停滞がなく、流れるように戦闘を行っているということだった。誰にも止められず、誰も止まらない。それは乗っている衛士の実力であり、そしてそれを支えるOSの力でもあり、強化が施された機体の力でもあった。三機はもはや従来の不知火とは比較にならない機動性を持っており、それでいて多大な負荷がかかるであろう各関節は、まったく軋む様子を見せていなかった。
相手を食い破らんとする突撃砲による応酬。
烈風のごとき長刀による切り結び。
大気を切り裂くかのように噴射跳躍を多用した追走。
獲物と狩人が激しく入れ替わりながら高速機動のドッグファイトを繰り広げていく。
このまま放っておけばいつまでも続くかのような終わりの見えない闘争は、しかし突然の終わりを見せる。あらかじめ決められた刻限を過ぎたことを知らせる音を合図に、三機の闘争者たちはその牙を収めた。
ハンガーへ戻ってきた三機の不知火のチェックを行う年若い整備兵は感嘆のため息を漏らした。
「はぁー……あれだけ激しく動いてたのに、まるで消耗がないなんて……」
厳密に言えば消耗がないわけではない。電磁伸縮炭素帯は特に強化が施されたわけではないため、これまでどおりの整備が必要だ。しかしそれ以外、電磁伸縮炭素帯を補助する新型関節構造はまるで消耗がみられない。
本来消耗が激しい関節部分はどれだけがんばっても五回の戦闘にしか耐えられないものだが、この関節はよほどのミスでも発生しない限り、十回でも二十回でも問題なさそうだった。
整備兵は三機の不知火を見上げるように眺めた。もはや従来の不知火とは比べようもない三機の内の二機は、ほんの一ヶ月前までは扱いに困るようなジャンク機だったとは未だに信じられないでいた。
機体もさることながら乗っている衛士の腕も並ではない。一人はXM3を発案した天才にして桜花作戦を成功させた英雄。もう一人もこの新型関節を生み出した天才。最後の一人は徴兵年齢にも至っていないらしい少女だ。
しかもこのうち二人は実機訓練もろくに受けられずに任官した、普通は他の衛士から馬鹿にされてもおかしくないような存在だ。にもかかわらず、この二人は基地内最強のエレメントと呼ばれており、残りの一人も先日行われた模擬戦でベテランの一個小隊を相手に単機で完勝したと聞いていた。
結局のところ、戦術機適性検査で落ちて整備兵に転向した自分とはいろいろ違うのだろう、と考えながら不知火を見上げているとふいに拳骨が飛んできた。
「よそ見してねぇでしっかり整備しねぇか!一つのミスが衛士を殺すかもしれねぇんだぞ!」
メカニックチーフに叱られ、再び整備に集中する……が、不知火の凄まじさに若い整備兵は今ひとつ集中できずにいた。
「……やっぱり足りねぇ」
武御雷を超えるのではないかとすら考えながら作業をしていると、不知火を見上げていたチーフが独り言でも言うかのように口を開いた。
「何が足りないんですか?」
「分からねぇか?コイツには色々足りてねぇ。主機の出力に装甲の強度、挙げ始めるとキリがねぇ。あの関節とXM3を完璧に生かすにゃ新素材でもなけりゃ解決しないような物ばかりが足りてねぇ」
OSや関節に他の部分がついていけていないのだとチーフは言う。若い整備兵は言われるまでそのことに思い至ることができなかったが、確かに関節の性能に他の部分がついていけていないようにも感じた。
しかし、それもそう遠くない未来に解決する日が来るのではないかと若い整備兵は妙な確信があった。なぜなら、ここは魔女がいる横浜基地なのだから。
豪奢なインテリアが施された、しかし人に不快感を与えないセンスのいい部屋にその男はいた。
椅子が軋む音もなく、天然の素材を使用した高価な執務机に手を組んで男は微動だにしなかった。
男が食い入るように見ているモニターに映し出されているのは先日行われたという実験機の稼動テストの様子だった。妙に距離があったり、見辛かったりするのはこの映像が秘密裏に撮影されたものだからだ。
例の新OSと新型の関節を組み込んだ改良型の戦術機は、その男が知る自国の戦術機とは比べ物にならない性能と可能性を有しているのは明白だった。
「横浜の魔女め……やはり、侮れんか」
男は苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
横浜の魔女。オルタネイティヴ4の最高責任者であり、人類にBETAに打ち勝てる希望を与えた聖母。しかし、彼女はこの男にとっては忌々しい邪魔者でしかなかった。
そんな魔女がオルタネイティヴ4を完遂させたことを評価され、国連上層部や各国から協力を得て独立実験開発部隊――正式名称はまだ存在しないが、通称・横浜機関と呼ばれている――を作り上げた。その最初の成果が、先ほどの映像にある改良型の戦術機だった。今はまだ成果を公表してはいないようではあったがいずれは実戦テストが行われ、そこでますます魔女の評価は上昇するだろう。
しかし、あれが自国――否、自らの手にあったらどうなるか。
OSはすでに特許を抑えられているが、あの新型関節の技術を手に入れることができればどうなるか。
しかし、行動を起こすにはまだ早すぎると男は判断する。今行動を起こしたとしても得られるのは今あるものだけだ。ならば、今はおとなしく待つのも手だろう。しかし、隙を見せた時に容赦するつもりは男には微塵もなかった。
「白銀
管制ユニットから降りると、悠平はからかうように声をかけた。
「中尉ってのはやめてくれよぉ。敬語も背筋がかゆくなっちまう!」
悠平たちが任官した後、武は中尉に昇進を果たした。元々XM3や桜花作戦の功績もあり、昇進する予定はあったのだ。
二人がじゃれあっていると、少し遅れてネージュが管制ユニットから出てきた。
「……おつかれさまです」
一ヶ月ほど前の料理事件からまた少し社交性が向上したネージュは、やはり表情が薄いままだった。しかし、以前とは違って目には活力があり、出会ったばかりの時とはまるで別人のようにイメージが変わっていた。
「二人とも、もうすっかり乗りこなしてるな。俺もうかうかしてられないぜ」
「いやいや、まだ単機じゃ一度も武に勝てないんだから……エレメントでようやくってところだしな」
苦笑いしながら悠平が応えるが、事実、武と互角に戦えるのは今回のような混戦状態か、ネージュとエレメントを組んだ時だけなのだ。ヴァルキリーズの実力を記録映像でしか見たことがない悠平だったが、武の今の実力はすでにヴァルキリーズを遥かに上回っているのではないかと感じていた。
「ネージュとのエレメント相手は俺が逆にやばいって。ここ何回かは連敗してるじゃねえか」
武は悠平とエレメントを組んだネージュを相手にすると、時折思考が読まれているのではないかと思うほど全ての攻撃をかわされ、逆に追い詰められることがあった。リーディング能力を持たないことは知っているので、恐ろしく先読みの精度が高いのだろう。それを発揮することができるのが今のところ悠平とエレメントを組んでいる時だけというのは、ある意味ネージュらしいといえた。
悠平もネージュも未だ実戦経験こそないが、すでにベテランでも相手にならなくなりつつある。人のことを言えないが、武は二人の成長の早さを教官として好ましく思っていた。
お互いの技量についての会話が一段楽したところで、三人は今回のテストでの戦術機についての感想を述べた。
「まだ着地時の感触が若干硬い気がするな」
「あぁ、それは俺も思ったよ」
「…………」
ネージュが無言でうなずき、同意を示す。新型関節機構自体はすでに完成しているのだが、三人にはまだ若干の不満があるようだった。
「来月からテストパイロットを二人追加するから」
今回の稼動テストの結果や感想をレポートにまとめ、執務室へ集まった三人は夕呼から突然の連絡事項に思わず固まっていた。
「せ、先生、俺たちのデータじゃ足りないんですか?」
武は自分たちが努力不足だったのではないかと少しだけ不安になっていた。
「バッカねぇ~。データなんていくらあっても足りないのよ?ましてやそれが今までになかったものなんだから、それこそ膨大なデータが必要なの」
そこまで口にすると、夕呼はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、
「アンタたち三人、そろいもそろって規格外な戦闘機動ばかり使うもんだから、一般的な戦闘機動のデータが足りてないのよ」
クスクスと笑い始めた。どこに笑いのツボがあったのか、やはり天才とは常人に理解できるものではないらしい。
だが、武はそれで合点がいった。そもそも実験開発部隊とはいえ衛士が三人しかいないというのは少なすぎるのだろう。
武はふと、夕呼が手に持っているレポートらしきものに気がついた。機密書類というわけではないようだが、三人が来るまで読んでいたものらしい。
「あぁ、これ?この実験開発部隊の各国からの反応とか要望をまとめたものよ」
武の視線に気づいた夕呼が内容を大雑把に説明していく。まだ正式に稼動を始めて間もないが、概ね反応はいいようだ。要望は、やはりG元素の人工的生産や戦術機に関する新技術の開発が多いようだった。
「そういえば、あるところではアタシたちのことを横浜機関なんて呼んでいるらしいわよ」
それを聞いた武は、なんだかどこかの秘密結社みたいだなと思ったが、魔女が親玉なのだから似たようなものかもしれない。
「……丁度いいわね。正式名称も決まっていなかったことだし、横浜機関と名乗ることにしましょうか」
「え……マジっすか?」
武が思わず発したマジ、にマジよ、と返した夕呼は、どこか邪悪な魔女の笑みを湛えていた。
時は遡り、料理事件で三人が横浜基地から姿を消した翌日。
霞はPXで一人食事を取っていた。武も夕呼も、悠平もおらず、ネージュまで悠平についていってしまっていた。
ネージュの愚直なまでに悠平のそばにいようとする姿勢をうらやましく思っていた。自分もネージュのように武のそばにくっついていたい、と考えてもそれを実行する勇気がないのである。告白までしておきながら意外とヘタレだった。
「いけません……このままじゃ」
せっかく武が自分のためにこの世界に留まってくれたのだ。純夏には悪いとは思うが、これはチャンスだった。
霞は自分に協力してくれそうな人がいなかったかと脳内の知り合いリストから検索を開始する……が、そこまで親密な知り合いはほとんどいないため、すぐに検索が終わってしまった。
検索に引っかかったのは二人。夕呼と悠平だった。しかし、二人とも今は横浜基地にはおらず、相談することができない。
霞は途方にくれてしまった。
「……どうしたんですか、カスミ?」
途方にくれていた霞の前に現れたのは、悠平についていったはずのネージュだった。
ネージュは悠平に頼まれ、霞にいくつかの作戦を伝えるために戻ってきてくれたのだ。あの時(勝手にリーディングして)聞いた心の声は嘘ではなかったのだ。
霞は藁にもすがる思いで作戦内容を聞いていた。
作戦その一。実のところ、作戦ではないが体力づくりである。
新部署である実験開発部隊――後の横浜機関――に霞も所属しており、凄乃皇が完成した時はテストパイロットの一人として武と一緒に乗りこむことがすでに決まっているのだ。もしかすると通常の戦術機でも武と複座で乗ることになるかもしれない。その時のために今のうちから体力を作っておくというものだった。運動不足である霞には驚くほど体力がない。それゆえの作戦その一だが、
「……ユーヘーが、夜にも体力を使うことがあるかもしれない、と言っていました」
これを聞いてやる気を出してしまったあたり、霞は現金なのかもしれない。徹夜での作業は体力を使うものなのである。
作戦その二。うさぎさんハニー作戦。
うさぎさんは寂しいと死んでしまうのである。それゆえに武はうさぎさんと一緒に寝なければならないのだ。以前にベッドで一緒に眠った経験があるため武も受け入れやすい考えられた作戦だと感心し、霞は即座に採用を決めた。
作戦その二は武が戻ってからの実行となり、まずはすぐに始めることができる体力づくりから行うことになった霞は、ネージュにしたがって訓練用の服でグラウンドに立っていた。普段から着慣れていないため明らかに違和感があるが、気にはしていられない。
霞はネージュから、体力づくりにはランニングが一番であること、自分の体力を把握すること、自分のペースを掴むこと、無理をしないことを教わった。あとは自分の足で走り出すだけ。その先に霞が望むものが待っているのだ。
霞はいつになくやる気に満ち、今、その一歩を踏み出した――
――が、グラウンドを一周した時、そこには霞だったものが真っ白になって転がっているだけだった。
そんなにすぐ体力がつくはずもないのである。そして、霞の体力づくりはまだまだ続く……がんばれ、霞。
また小話的なのを入れてみました。
……うん。本当にがんばれ、霞。
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第八話「来訪者」
その結果がどうであってもそのまま書き続ける!(やけっぱち)
男は輸送機のエンジン音に耳を傾けながら新しく着任することになる横浜機関のことを考えていた。
横浜機関。横浜の魔女と呼ばれる者がトップに立つ、独立実験開発部隊。
ハイヴのモニュメントを吹き飛ばすほどの威力を誇る荷電粒子砲を装備した凄乃皇に興味がないわけではないが、それだけならば、あくまでも要請であるこの辞令を受けることはなかっただろう。だが、横浜機関では凄乃皇の完成と運用だけではなく、凄乃皇の直援とする戦術機の開発も行っているという。そして現在、新型関節機構のテストが行われている戦術機は、男にとって無視できない機体だった。
モニター越しに会話した魔女によれば、自分が深く関わったあの機体も今後のテストに使用される可能性があるという。
「おもしれぇじゃねぇか……っ」
男は隣で眠りこけているもう一人のテストパイロットを起こさないよう静かに、だがひどく熱のこもった声でつぶやいた。
「そういえば結局、今日来る人たちはどういう人なんですか?」
一日のスケジュールの確認のために夕呼の執務室へやってきた武は、確認事項のついでに追加でやってくるテストパイロットについて尋ねた。テストパイロットが増えることを初めて聞いた時も尋ねたのだが、教えてもらえなかったのだ。あれから数週間が過ぎ、6月の始めである今日まで我慢してきた武はもう一度尋ねてみることにしたのだ。
「そうねぇ……アンタほどじゃないけど、だいぶ変わった経歴を持っているわよ。一人は米国でテストパイロットをやっていた経験があるし、腕は確かみたいね」
夕呼は意味深な笑顔を見せるが、武にはその意味まではわからなかった。しかし、腕がいいということなので、模擬戦にバリエーションが増えることが純粋に楽しみになっていた。テストはほとんど三人だけで繰り返してきたため、ややマンネリ化していたのだ。三人から五人に増えればその分だけ行えるテストにも幅が増える。データの収集効率も今まで以上に良くなるだろう。
「あ、そうそう。予定していた二人の不知火だけど、今日の夕方には搬入されるみたいね。でも、各部の換装と調整に二日かかるみたいだから、それまではアンタたちの機体を貸してやって頂戴」
オルタネイティヴ4の時みたいに時間に追われてるわけじゃないから気が楽だわー、と笑いながら夕呼は告げた。武によって未来からもたらされた12月24日というタイムリミットは、やはり夕呼に相当なプレッシャーをかけていたのだ。
武は00ユニットの完成までに夕呼にかけたであろう迷惑やプレッシャーの数々を申し訳なく思うのだった。
横浜基地に所属するほとんどの部隊が未だに中層を突破することができていないハイヴ攻略シミュレーターのBETA無制限モードを被撃ゼロで下層に到達し、なおも止まることなく大広間へ駆け抜けていく三人がいた。ハイヴを攻略するにはあまりに少ない兵站は時折通路を塞ぐBETAの排除に使用されるに留まり、最小限の消耗に抑えられていた。
それぞれ独自の機動を行い、型にとらわれず臨機応変に対応し、しかし統制の取れた連携で突き進み反応炉を目指してゆく。彼らにとってもはや通路を塞ぐBETAは突き崩すだけのもろい障害であり、横坑に湧き出てくる無数のBETAは足場に過ぎなかった。突如現れる母艦級や実際にはありえないハイヴ内でのレーザー照射ですら彼らの足を止められるものではなく、そんな三人が反応炉に到達するのは時間の問題でしかない。
反応炉に到達した三人はそのまま一定時間を過ごし、反応炉を破壊したという前提でハイヴからの脱出に移行する。反応炉を破壊するには三機のS-11では不足なのだ。
ハイヴからの離脱は必ずしも突入時の入り口から脱出できるとは限らないため、突入時よりも臨機応変な対応が要求される。しかし、ろくに兵站を消費せずに反応炉へたどり着いた三人は突入時と変わらない速度で、まるでBETAなど存在しないかのようにハイヴの中を疾走する。だが、反応炉の破壊以降のデータが不足しているためBETAの動きには一貫性がなくなり、不測の事態が多発する。そんな事態にも三人は冷静に対処し、お互いをカバーしあうことで無事に脱出を成功させた。
このシミュレーターで反応炉到達からの脱出は反応炉到達よりも困難であるとされている。幾度となくハイヴ攻略シミュレーターを繰り返している武でも単機での反応炉到達経験は数あれど、そのまま脱出に成功した経験は一度もないほどだった。
このシミュレーションの結果は見学していた者たちに衝撃を与え、後に横浜基地全体の衛士の実力を底上げすることにつながるが、それはまた別の話である。
テストパイロットが乗った輸送機は昼前に到着するため、悠平たちは午前のシミュレーター訓練は早めに切り上げることになった。午後は現状の不知火がどの程度のものなのかを着任したテストパイロットに見せるため、模擬線を行うことになっている。午前の疲れを残さないようにしたのだ。
輸送機の到着を待つために悠平たちは夕呼の執務室へ向かう。着任の挨拶が執務室で行われるためだ。執務室への道すがら、悠平は武に聞いた新しいテストパイロットの情報を反芻していた。
「変わった経歴で、米国でテストパイロットをやっていた、ね……どう変わってるのか分からないし、もう一人もどういうやつなのか分からない、と」
悠平は難しい顔でうなるようにつぶやき、武たちの時のようにいい関係を構築できるか心配になっていた。超能力のことを一人で抱えていたこともあって意外と心配性なのだ。
しかし、武は悠平ほど心配はしていなかった。あの夕呼が指名したのだから一癖も二癖もあってもおかしくはないだろうが、信用できないような相手ならばそもそも夕呼が手元に置くことはないのだ。
そんな中ネージュは、やはりいつもどおり表情の薄い顔で悠平の手を握ってついていくだけだった。
「ここが、日本か……」
滑走路に降り立った輸送機から一人の男が下りてくる。男は感慨深そうに空を見上げ自分が遠い地へ来たことを実感する。色々思うことはあるが、思っていたような嫌悪感は感じていないことに気がつく。
男は苦笑を浮かべ歩き出すと男に続いてもう一人、男に続いて輸送機から降りてきた。
「お待ちしてました。私はイリーナ・ピアティフ中尉です。あなた方お二人をご案内する役目を仰せつかりました」
二人が降りてくるのを確認すると、待機していたピアティフが敬礼と共に声をかけてきた。二人はピアティフに敬礼を返し、先導するピアティフに続いて横浜基地へと消えていった。
途中で霞と合流し、悠平たちが夕呼の執務室でコーヒーもどきの味に顔をしかめながら時間をつぶしていると、ピアティフが入室してきた。ピアティフの影に隠れて見えにくいが件のテストパイロットの二人もいた。
夕呼に促され、入室した二人は見事な敬礼をしてみせた。
一人は東洋系の顔立ちをしており、軍服に隠れて見えにくいがよく鍛え上げられた体躯をしていた。
もう一人は色白で一見儚いイメージを抱かせる容姿だが、その顔に浮かぶ表情は無邪気なものだった。
「……ユウヤ・ブリッジスに、イーニァ・シェスチナ……?」
この二人の姿を見た瞬間、悠平は思わず口からこぼれていた。
「ん?……なんで、俺たちの名前を?」
「あ、いや……ちょっと噂で聞いたことがあったんだ、うん」
怪訝そうなユウヤに悠平は内心焦りながら答えた。もしかするとイーニァにはばれていたかもしれないが、悠平にはイーニァの能力がどの程度のものなのか分からないので、これ以上は気にしても仕方なかった。
「コイツのことは気にしなくていいわ。それと、敬礼もやめてちょうだい。めんどくさいじゃない」
およそ軍人らしくない夕呼の言葉に、ユウヤは若干戸惑いながら着任の挨拶を行った。
ユウヤ・ブリッジス少尉。
イーニァ・シェスチナ少尉。
悠平はトータル・イクリプスはアニメ版しか観てはいなかったが、ゲーム版でどういうエンディングを迎えたかは知っていたため、二人が無事に生きていたことをうれしく思った。後で夕呼に尋ねたところ、二人は桜花作戦でレーザー属の新種と交戦した後は非常に不安定な立ち位置にあり、宙ぶらりん状態になっていたところを夕呼によって拾われ、正式に国連軍へ移籍したらしい。アルゴス小隊の仲間や篁唯依がどうなったのかまでは聞くことはできなかったが、きっと生きているだろう。
ユウヤたちの自己紹介が終わり、悠平たちも自己紹介を開始する。武と悠平が滞りなく自己紹介を終え、残るはネージュと霞の二人だけだ。
「……ネージュ・シェスチナ少尉です」
「待て……シェスチナだと?」
「わぁ、いっしょだね!」
ネージュが敬礼しながら名を告げると、ユウヤとイーニァが反応を示した。当然、気づくだろう。そして、ここにはもう一人シェスチナがいた。
「社霞特務少――」
「トリースタ!」
霞が敬礼と共に自己紹介を行おうとすると、イーニァが勢いよく霞に抱きついた。
「放してください……イーニァ」
「やー」
霞が困ったように――実際困っているのだろうが――武を見つめるが、武には理由が分からず、助けようがなかった。
「じゃれあうのならあとにしてよ。話が進まないじゃない」
諭され、ようやくイーニァが霞を解放するのを確認した夕呼は話を続けていく。
横浜機関の設立目的と、現在運用試験中の新型関節構造実装型不知火――不知火・改――に関しての説明を続けていく。
XM3やそれに対応した新型関節機構についてまで説明を終えたところで夕呼は一息ついた。
「さて、おおまかな説明は以上だけど……何か質問はある?」
質問の許可が出たことで、ユウヤは先ほど疑問に感じたことを尋ねることにした。
「あの女の子、ネージュ・シェスチナ少尉は……イーニァと同じ、なのか?」
ユウヤの問いかけに夕呼は小さく微笑を浮かべた。
「あの子だけじゃなく、社もそうよ」
夕呼は霞とイーニァが元々は同じ施設で生まれ育ったこと、ネージュは失敗作として隔離されていたことをユウヤに教えた。彼女たちは同じ目的で生み出された兄弟や姉妹の数少ない生き残りたちなのだ。
「アンタをテストパイロットの一人に選んだ理由は、アンタが不知火・弐型のテストパイロットだったからってだけじゃないってことよ」
その理由の中には、霞を生き別れた兄弟・姉妹と会わせてやりたいといったものもあったが、夕呼はそれを説明することはない。冷徹な振りをして意外と純情なところを晒したくはないのだ。
午後に入り、市街地演習場で模擬戦が開始されるとユウヤとイーニァは終始圧倒されることになった。
これまで誰もが行おうとしなかったような、新しい概念としか言いようがないアクロバティックな変則戦闘機動に。
止まることを知らず、流れるように続いていく戦闘に。
それらを可能とする新概念OSであるXM3に。
激しい戦闘機動で関節にかかるはずの負荷をものともしない不知火・改に。
そして、それらを使いこなしてみせる衛士の技量に。
三人の闘争者たちによる嵐のような戦いぶりに、ユウヤは自分がまだ衛士として成長できる可能性を感じ、イーニァは
戦闘は三人の立場が激しく入れ替わりながら推移しつつも、まったく決着がつく様子を見せないまま進んでいく。
いつまでも続くかと思われた闘争がタイムアップによって終了した瞬間、ユウヤとイーニァの胸中にあったのは早くあの不知火・改に乗りたいという思いだった。
というわけで出す予定のなかった人たちが……でも霞とイーニァを会わせるのは一度やってみたかったので、ある意味満足。
ちなみにTEのゲームやっていないんで、いろいろなところが妄想と理想で補完されています。
もっとセンスよく書きたい……
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第九話「新たな領域」
ユウヤは苦戦を強いられていた。状況は二対二の分隊戦。こちらはイーニァと組んでおり、相手は横浜基地最強と呼ばれるエレメントだった。
戦況は一方的に押されるほど悪くはないが――否、悪くないように
だが、今のユウヤはあの頃のような己の分をわきまえない男ではない。それゆえに、自分と相手の違いを正しく理解していた。
突撃砲のトリガーを引くが、当たらない。せいぜいが肩部装甲を掠める程度だ。自動照準が追いつかないわけではなく、しかし、未だに一度もまともにダメージを与えることができていない。捉えどころのない戦闘機動に幻惑され、完全にタイミングを殺されていた。ユウヤはまるで
実のところ、悠平がおこなっている戦闘機動は多数を相手にしている際に真価を発揮するものであり、一対一では武やネージュに劣るものであると聞いていた。だが、その機動をカバーする存在がいる時、その比較は意味を成さなくなる。
「ちぃっ」
突如割り込んできた刃をギリギリのところで回避に成功する。しかし、ここで気を緩めるわけには行かない。すでに二の太刀がユウヤに迫っていた。
斬撃を回避する。回避する。回避する。回避する。しかし、斬撃は一向に途切れる様子はない。それどころか徐々にユウヤの回避スペースを奪ってさえいった。恐ろしいまでの
その美しい太刀筋が見る者を魅了するような軌跡を描きながら、ユウヤにその牙を突きたてようと迫ってくる。
「ユウヤはやらせないっ!」
回避不能なタイミングで放たれた胸部へ向かう刃を寸のところでイーニァが割り込み、左腕に装備した短刀でブロックしながら右腕の突撃砲で悠平の邪魔をする。
「助かった、イーニァ!」
ユウヤとイーニァはこの隙に突撃砲で威嚇を行いながら一度距離をとった。
ユウヤはビルの合間を縫いながら、己の戦闘機動とXM3の特性を完全に使いこなしている相手の違いについて考える。平面と立体。通常、戦術機の戦闘は平面的なものになることが多い。理由はいくつかあり、乗っているのがあくまで地面に足をつけて生活している人間であるということ。BETAもまた地面を活動の場としていること。そして、レーザー級の存在だ。
障害物がなく、射線が通る場所――主に空中はレーザーの餌食になる空間だ。それゆえに多くの衛士はBETAとの戦闘時は特に心理的に空中へ出ることを恐れる。それが三次元戦闘を可能にしている戦術機の戦闘機動を平面化させており、レーザー以外による衛士の損耗率を引き上げていた。かつて桜花作戦でレーザーの恐ろしさを嫌というほど味わったユウヤとイーニァも、この例に漏れることはない。
しかし、あの二人と武は違った。まるでレーザーを恐れる様子がなく、迷わず空中へ身を晒し、駆け回る。平面的な戦闘を行う存在にとって死角となりやすい頭上などからの攻撃を可能とするその機動は、まさしく三次元のもの。二次元と三次元の差。文字通り次元が違うのである。そして、それこそが従来の戦闘機動と次世代の新概念戦闘機動の差であるとも言えた。
だが、あの三人と己との差はそれだけではない。レーザーを乱数回避に頼らず、マニュアルで回避してしまえるその尋常ではない判断速度と対応力がその差を大きなものとしていた。
ユウヤは不知火・改の三つ巴の模擬戦を思い出していた。初めは確かにすごいと思ったが、同時に意味のないものだと思っていた。しかし、実際に行ってみると並外れた技量と判断力を要求される非常に高度な訓練だということに気がついた。一対一対一とはつまり常に一対多を強要されるということであり、それはBETAを相手にした時も同じことが言える。そして、あの三人はその状態でドッグファイトを行っていたのだ。当然、要求される状況判断能力・判断速度・技量は恐ろしく高いものになり、それがレーザーを回避するという離れ業につながっているのだろう。
己がこれまで培ってきた常識に、そしてこれまで戦い抜いてきた現在の衛士にユウヤは限界を感じていた。
イーニァは戦闘を楽しいと思うことはあれど、強くなりたいと思ったことはなかった。クリスカと共にあった頃は二人で完全であり、完成されていた。それ以上強くなる必要がなかったのだ。
しかしイーニァは今、一人で機体に乗って動かすことに慣れていない違和感に、そして相手の自由自在な戦闘機動とこれまでどおりの自分の戦闘機動の差にもどかしさを感じていた。
悠平とネージュ。二人のお互いをカバーしあい、実力以上の力を発揮するコンビネーションに、イーニァは自分とクリスカの姿を幻視した。彼らは一人であって一人ではなかった。
もはや
もっと強くなりたい。
もっと自由に飛び回りたい。
ユウヤと共に彼らのようになりたい。
イーニァは生まれて初めて、自らの成長を心から望んだ。
(動きが、変わった?)
悠平はユウヤたちの戦闘機動がこれまでのものよりもいくらか三次元的になったことに気がついた。現在XM3が配備されているのは国連軍と帝国斯衛軍の一部であり、XM3に触れてまだ間もないユウヤたちが模擬戦とはいえ戦闘中に己の戦闘スタイルを対応させつつあることに驚きを感じていた。米軍のトップガンと
わずかではあるが突撃砲の弾が装甲をかすめ、ユウヤは悠平の動きに対応しつつある。元々砲撃戦を得意としていただけのことはある。
しかし、悠平は先にXM3を使い始めた者としてそう簡単にやられてやるつもりはなかった。
ユウヤとイーニァの動きから、悠平とネージュを引き離して一対一に持ち込もうとしていることを理解した悠平は、あえてその作戦に乗ることにした。
一対一で近接戦を始めたネージュとイーニァを確認し、ユウヤは長刀を装備して距離を詰めてくる。対して悠平は両腕に突撃砲を構えたまま点射での迎撃を試みる。
誘われているという自覚はあるものの、ユウヤはここで勝負を決めるつもりらしく、最小限の動きで回避しつつ前進し、悠平を己の間合いに捉えた。すでに装備の持ち替えは間に合わない。
「もらったぁぁぁああああっ!」
ユウヤが長刀を振るう。その太刀筋は唯依に教わったものらしく、とても洗練されたものであり回避は不可能かに見えた。
しかし、この状況にあってなお、悠平にはまだいくつか逆転の手段があった。
「……っ」
来ることが分かっていた長刀を回避するため、真横に向けていたジャンプユニットが火を噴く。当然、それだけで回避できるはずもなく、ユウヤの長刀は悠平の乗る不知火・改の左肩装甲を食い破ろうとした。
しかし、
悠平は左肩装甲を長刀の軌道に
長刀の勢いは止まらず、すぐに二の太刀を繰り出そうとユウヤは刃を反す。しかし、その時にはすでにユウヤの視界に悠平の不知火・改は存在していなかった。
そして同時にユウヤの背後からほぼゼロ距離で放たれる突撃砲の連射。
機体が接触スレスレのアクロバットじみた機動でユウヤの真後ろに回った悠平が、ユウヤを撃墜したのだ。
クイック・ミラージュ。悠平が対長刀用に編み出したものであり、その存在を知られてしまえば二度目は対策をとられてしまいかねない一発芸だった。悠平は
悠平とユウヤの決着がついた頃、ネージュが長刀を囮にした戦術機による
模擬戦が終了し、執務室へ集まってくつろいでいる悠平たちを夕呼は迷惑そうに見つめていた。
「ちょっと、ここは休憩室じゃないんだけど?」
と言いながらも、自分もちゃっかりコーヒーもどきを片手にくつろいでいるので説得力はなかったが。
データの収集や機体の習熟具合などについての報告が終わり、いつもならばこのまま退出という流れになるはずだったが、今日は珍しく夕呼からの連絡事項が存在していた。
「7月からアンタたちにはソ連が実施している東シベリア奪還作戦に参加してもらうわ」
夕呼によるとソ連は現在、エヴェンスクハイヴ攻略を最終目標とした東シベリア奪還作戦を行っているという。桜花作戦の際に陽動のために一度エヴェンスクハイヴへ攻撃を仕掛け、多大な損害を出しながらもBETAの戦力を大きく削ったことから好機と取ったらしい。この陽動作戦はユウヤとイーニァも参加しており、その戦いがどれほどすさまじかったかを聞かされた。
作戦そのものはソ連が主導し、悠平たちは寒冷地での長期間に渡る運用データや他国の兵装を使用した場合の運用データ、BETAと戦闘時の他の部隊との比較データの収集を目的としているという。
かつてユウヤたちがカムチャツカで実施した実験試験と同じようなものではあったが、今回はソ連軍によるお守りはないためより実戦的になっているという。
長期間の前線勤務と変わらないため危険度は非常に高いが、その分非常に
「7月か……それまでにXM3の習熟を完璧にしておかないとな」
ユウヤが腕を組んでつぶやいた。ユウヤとイーニァはまだ一週間ほどしか触っていないということもあって、従来のOSとは大きく異なるXM3に順応しきれていないのだ。しかし、それも彼らの技量ならば時間の問題ではあるだろう。
「それって全員でシベリアまで行くって事ですか?」
「そんなわけないでしょ。アタシはこっちで他にやることがあるから行かないわよ」
「じゃあ、霞も留守番なんですね」
武は霞を最前線に連れて行きたくはなかったので安心していると、夕呼は意味深な笑顔で武の言葉を否定した。
「社は整備の連中と一緒にアンタたちについていくわよ」
新型関節構造の運用データはまだまだ不足している。そのために長期間の作戦に参加することは有益ではあるが、当然ながら技術情報の漏洩の危険もある。そこで夕呼は霞という予防策を一緒に派遣することを選んだのだ。
人工ESP発現体の能力を、生み出したソ連はよく理解している。何かを企もうとしてもリーディングによって読まれることを心理的に恐れさせ、それを予防線としたのだ。
当然、武は霞のことを心配して反対したが、
「タケルさんと、一緒に行きます」
という一言が霞の意思の強さを表していた。武に拒否権はないのである。
悠平に二つの作戦を与えられた霞は、あれから毎日グラウンドを走り、武へアプローチを試みていた。
悠平の読みどおり、一度は同じベッドで一緒に寝た経験があったことから武の霞に対するガードはゆるく、毎日一緒に寝るようになっていた。そしてランニングに関しては、グランドを二週してもかろうじて力尽きないほどまで成長していた。霞にしては大進歩である。継続は力なり。
しかし今日、新たな問題が発生した。東シベリア奪還作戦に武たちが派遣されることになり、自分もついていくことになったのだ。
東シベリアは非常に寒い。特に冬場はマイナス五十度という極寒の大地になる。いくら防寒具があるとはいえ、非常に寒いことに変わりないのだ。
霞は幼い頃を思い起こす。まだオルタネイティヴ3が継続していた頃、正確な場所は分からないが、当時いた研究施設もかなり寒い場所に存在していた。しかし、霞はそれほど寒いと感じていなかった。それがどうだろう、今では日本の冬の寒さ程度でブルブル震えるくらいなのだ。とてもシベリアの寒さに耐えられるとは思えない。
そんな霞の弱気な考えは、その日の夜、悠平が考えた新しい作戦(シベリアバージョン)を教えられた瞬間に吹き飛んでいた。
作戦その一。うさぎさんゆたんぽ作戦。
うさぎさんは寒いのがダメなのだ。しっかり温めてもらいましょう。霞がシベリアの寒さに不安がっていることは知らないはずだが、霞にとっては実に好都合な作戦だった。
作戦その二。ウサギさんと一緒にシャワータイム。
最前線では男も女も関係ない。ならばウサギさんと一緒にシャワーを――ぶしゅっ。ここまで聞いた時、霞は鼻血を噴き出していた。刺激が強すぎたのだ。確かに最前線では男も女も関係なく、男女で分ける余裕もない。それはつまり、他の男に見られるかもしれないということだ。それは霞的にもNGであるため、この作戦は保留することになった。
結局、シベリアで実行する作戦はその一だけになってしまうが、その二についてはそのうち横浜基地で実行することを決め、霞は出立の日に備えるのだった。
霞がだんだんとキャラ崩壊してきました。むっつりな霞って、なんかイイですよね……(ぉぃ
旧OSのユウヤとXM3の能力差がアニメ版の動きのせいでいまいち分からないことに……ぶっちゃけアニメ版TEだとXM3いらない気が……
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第十話「極寒の地で」
後はどこまでこのペースが持つか、だ。
基地内のいたるところで慌ただしく作業が進む中、ソ連軍将校は祖国の大地を食い物にしている怨敵BETAの巣――エヴェンスクハイヴのある方向を睨みつけていた。
東シベリア奪還作戦が開始され、早数ヶ月。ようやくエヴェンスクハイヴ周辺以外の東シベリア制圧が完了し、士気が高まりつつあった。あと一歩で祖国から忌々しいBETAの巣の一つを消し去れるといったところまで来たが、エヴェンスクハイヴに存在するBETAの総数は予想されていたものよりも多いらしく、BETAによる散発的な攻撃が続いていた。そのこともあってソ連軍将校の機嫌はあまりいいものではなかった。また桜花作戦の時のように新種のレーザー属――超重光線級が現れないとも限らないため、早く攻め落としてしまいたいのだ。
そうでなくてもヴェルホヤンスクハイヴから時折思い出したように増援が出ているという報告もある。冬が来て侵攻できなくなる前に勝負をつけたいが、現状の戦力では難しいと判断せざるを得なかった。
(せめて、空爆部隊が使えれば……)
しかし、空爆部隊は一年近く前にそれまでは確認されていなかった光線級によって全て失われてしまっていた。なぜあの時までこのエリアでは光線級が確認されていなかったのか、それはあの超重光線級を作り出していたからではないかと推測が立てられている。だが、所詮推測は推測に過ぎず、BETA相手に人間の常識は通用しないのだ。
ヴェルホヤンスクハイヴは海から少々離れているため、艦艇からの支援砲撃も難しく、エヴェンスクハイヴ攻略は非常に困難なものとなっていた。
少しして通信機に連絡が入った。予定されていた実験部隊が到着したらしい。
(忌々しい化け物共を連れてやってくるとは……ふざけた真似をしてくれる)
ソ連軍将校は苛立たしげに指揮所へと足を向けた。
シベリアの大地を踏んだ武たちを最初に迎えたのは、7月だというのに日本とはまるで違う冷たい空気だった。ユウヤの話によると、ここは前線基地にしては整備された場所だという。どうやらユウヤは以前この地に来たことがあるようだ。武は知る由もないことだったが、かつてユウヤが不知火・弐型と試製99型電磁投射砲の実戦テストのために訪れた地だった。
基地司令へ挨拶を済ませた武たちは大型輸送車で仮設前線基地へ移動し、作戦の指揮を取っているソ連軍将校と挨拶を交わしていた。だが、ソ連軍将校は武たちを歓迎していないらしく、あまり態度がいいとはいえないものだった。
「あのような玩具を試作するような無駄金があるとは、うらやましいことだな、中尉」
「無駄かどうか、それを確認するためにここに来たんです。評価をするのはテストのあとでもいいでしょう?」
武は将校の態度に腹を立たせながらも、それを表に出さずに対応していた。
意外なことにソ連軍将校は日本語で武と会話していた。本人が言うには、教養の差と格の違いを示すには相手の言語に合わせてやることも必要だということらしい。
「ふん、どうでもいいが、くれぐれも我が軍の邪魔だけはしてくれるな。無能な貴様らのせいで栄誉ある我がソビエト軍人の血が流されるなど我慢ならん。それ以外は好きにするがいい。我々は貴様らがBETAの餌になろうと、我々の邪魔にさえならなければ何をしようとかまわん」
そう言って霞、イーニァ、ネージュの三人を一瞥すると忌々しそうに顔を歪め、ソ連軍将校は去っていった。どうやらあの将校は三人のことを知っている人物だったらしい。もしかすると元々オルタネイティヴ3の関係者だった可能性があるが、今はどうでもいいことだった。
武は三人に対するソ連側の対応を心配していたが、夕呼によると霞とイーニァについては正式に夕呼の預かりになっており、ネージュについてはそもそもソ連側ですら存在しないとされていたため、日本国籍を持つ今のネージュには手が出せないらしい。
前線基地は仮設とはいえかなりの規模であり、基地内に存在する戦力だけでも相当数の戦力があるであろうことは想像に難くなかった。問題は、これほどの戦力をもってしてもまだエヴェンスクハイヴに届いていないということだった。
聞いた話によるとエヴェンスクハイヴのBETAの総数は作戦開始当初のものよりもかなり多いことが予想され、じりじりと前線を押し上げてはいるものの、散発的に大隊規模のBETA群が攻撃を繰り返しているという。
武は整備班にいつでも出撃できるよう準備を指示し、霞の元へ来ていた。
「霞、早速で悪いんだけど……どうだった?」
武は霞にソ連軍将校のリーディングの結果を尋ねた。武としては霞にこのようなことをさせたくはないのだが、これも夕呼の指示なのだ。
「あの人は、嘘を言っていません。私たちに嫌悪感はありますが、何かをしようという気はないみたいです」
武が霞の頭をなでて労ってやると、霞は上目遣いで武を見つめてきた。
「あの……タケルさん。その……少し寒いので、温めてもらえませんか?」
耳が寒さで赤くなり、少し寒そうに震えている霞を見て武は当然、放っておけはしない。武は強化装備の上に羽織っていた防寒用の装備を霞にかけてやることにした。
「……そうじゃないんです」
霞が気落ちしたように小さくつぶやくが、武はそれに気がつくことはなかった。この主人公はやはり、鈍感なのである。
武と霞がそんなやり取りをしているのを横目に、ユウヤはイーニァとそれぞれの機体で着座調整を行っていた。
およそ三週間に及ぶ訓練の結果なんとかXM3の習熟を完了した二人は、まだ他の三人についていくだけで精一杯な状態だった。しかし、そのうち二人は今回が初陣である。いかに模擬戦が強かろうと、シミュレーションでいい成績を出そうと、現実には何が起きるか分からないため自分たちでフォローできるように機体を完璧に把握しようとしていた。今回はいつもと違い寒冷地である。用心に用心を重ねてもしすぎるということはない。
「みんなで帰ってこようね、ユーヤ」
「あぁ、もちろんだ」
二人とも、新しくできた仲間を死なせたくはないのだ。
悠平は整備班の面々と今回が初の寒冷地試験である新型関節構造について意見を交し合っていた。寒冷地では数値の設定や注意事項が変化するため、実際に出撃する前に動作のチェックを行う必要があったのだ。
全てのチェック項目をクリアし、装備の確認に移ろうとした時、
「……くちっ」
ネージュのかわいらしいくしゃみに一同に微笑ましげな笑顔が広がった。温度調節が可能な強化装備と違い、むき出しの顔は冷気が当たってとても寒いのだ。
悠平は気休めと知りつつ、自分の羽織っていた防寒具の内側にネージュを招いてやった。
今回が初陣だというのに二人とも不思議と緊張していない様子だったが、そんな二人を霞が羨ましそうに見つめていることにはまるで気づく様子はなかった。
各自の準備が完了しいつでも出撃ができるようになり、しかし、もどかしさを感じるような速度で時間は過ぎていった。
到着から一週間が経ち、ごく小規模な戦闘は発生したが出撃するまでもなく片がつき、現状は膠着状態に留まっていた。
そんなある日、横浜機関が使用している仮設ハンガーには数人の嘲笑が響いていた。嘲笑の発信源は数人のソ連軍衛士であり、その全員が少年兵と思われる者たちだった。
「我が偉大なソビエトの大地にお前たちみたいなよそ者が何の用だ?お前たちの薄汚い血で穢しに来たのか?」
「後方でぬくぬくと無駄な戦術機を開発してる、実戦経験もなさそうな甘ちゃんじゃ死の八分も乗り越えられないんじゃねーの?」
「そう言ってやるなよ。こいつらは現実を知らないんだよ。だからこんな衛士でもないガキを連れてきてるんだぜ」
「でも可愛い顔してるじゃねーか。俺たちが可愛がってやろうか?」
(前も似たようなことに巻き込まれたっけなぁ……)
ユウヤはデジャブに頭を痛めながら、衛士たちに近づいていった。
「おいおい、アンタたちにこんなことをしている余裕があるのか?今はアンタたちの土地を取り戻す重要な作戦の途中だろうが」
「アァ?なんだテメーは?」
ユウヤが自分の所属を伝えると衛士たちは再び嘲笑をあげるが、ユウヤはそれを無視して口を開いた。
「アンタたちは勘違いしているみたいだが、日本はついこの間まで自国にハイヴを抱えていた最前線だ。それを知らないってことはアンタたち、まだ任官して半年もたってないんじゃないか?」
「ッ、なんだとぉっ!?」
衛士たちの怒りもなんのその、ユウヤは言葉を続けていく。
「まぁ、新任だろうがベテランだろうが関係ない。俺たちにちょっかいを出す時間があるのなら、少しでも生き残る確率を上げる努力でもしたらどうだ?俺たちは生き残るためにここにいるんだからな」
「……チッ。おい、いくぞ!」
ユウヤの言葉に面白くなさそうな顔をしながら、衛士たちは去っていった。そして霞とイーニァはその能力で、彼らの行動が己の不安を隠すための強がりだったことを見抜いていた。
「ブリッジス少尉、助かりました。俺じゃ何言ってるのか良くわかんなくて……」
「中尉……いや、以前にも似たようなことがあったからな」
ユウヤは武が話を聞き取れていなかったことに苦笑し、笑顔で手を振るイーニァの元へ歩いていった。
四日後にソ連軍が攻勢に出ることが決まったのは、このすぐ後のことだった。
「そうか、始まるか……」
連絡を受けた男は口元を歪ませ、ポツリとこぼした。
豪奢なインテリアが施された、しかし人に不快感を与えないセンスのいい部屋。天然の素材を使用した高価な執務机。見るからに強い権力を持つのが良く分かる部屋に男はいた。
「大事なものはしっかりと囲っておかねば、どういうことになるか……たっぷりと思い知るといい」
男がこれから起こることを思いほくそ笑んでいると新たな連絡が入った。その内容は男がまるで予想していなかったものであり、男にとっては余計なことでもあった。
「あの贅肉ダルマめ。先走りおって……」
だが、男は苛立ちつつも焦らない。最悪の場合は贅肉ダルマと呼ばれる豚を切れば済むことであり、己の懐が痛む心配はないのだ。しかしその結果、得られたかも知れないものが手に入らなくなることはやはり苛立たしいものだった。
今回でBETAとの戦闘に入るつもりだったのに、ままならないものです。
実はソ連軍将校の台詞は大幅に変更したものであり、変更前はものすごくツンデレ臭がするものでした。嫌味な感じがうまく出ているといいな。
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第十一話「蠢くもの」
大量の砲弾が、ミサイルが、一斉に放たれて大量のBETAへ向かって飛んでいく。砲弾という鋼鉄の牙が、ミサイルによる爆発が、BETAの肉をえぐり、食い破り、引き千切って絶命させてゆく。今はまだ光線級の姿が確認されていないため、死の雨を阻むものは存在しない。
BETAも黙ってやられているわけではない。超硬質な甲殻を持つ突撃級がその身を盾に突き進み、後ろには要撃級や小型種、要塞級の姿も続いていく。接近してくるBETA群に対し、展開していた戦車部隊は後退を開始し、ソ連製戦術機たちが入れ替わるように応戦体制に入る。
人類とBETAの正面衝突。戦術機は突撃級の突進を上に跳ぶことで回避するが、回避に失敗した一部の戦術機はバラバラに砕け散っていく。
「くそっ、タイミングミスりやがって……!」
初歩的なミスに誰かが愚痴るも、戦闘は止まることなく続いていく。
突撃砲がBETAを蹂躙し、戦車級が戦術機の装甲に食らいつく。モーターブレードが要撃級の感覚器を切り飛ばし、要塞級の衝角が装甲を刺し貫く。支援砲撃が小型種を吹き飛ばし、要撃級の前腕が戦術機の脚部を粉砕する。
死で満ち満ちて、死が蔓延する戦場。人類は自らの大地を取り戻すため死力を尽くしてBETAへと挑むが、BETAの数はあまりにも多い。数に圧倒的な開きがあるため、攻めることは非常に難しいのだ。
主戦場から少し離れた場所で武たちは戦況の推移を確認していた。現在戦域に存在するBETAの総数は七千、師団規模には届かない規模である。対してソ連軍は戦術機に関しては一個連隊を投入している。錬度にもよるが、順調に行けば問題なく殲滅は可能だろう。
一応自由に動くことを許されている武たちではあったが、今回が初陣の二人がいることもあって積極的に戦闘を行うつもりはなく、ソ連側のプライドも考慮して戦線を突破してきたBETAを処理することを選んだのだ。
二人は戦闘が開始されたということもあって緊張の色も見えるがかといって過度な緊張状態ではなく、初陣とは思えないものだった。これならば普段どおりの実力を発揮することができるだろう。
戦況は優勢であり、このまま何事も起きなければエヴェンスクハイヴへまた一歩近づくかと思われていたが、しばらくして戦況に変化が起きた。BETAに連隊規模の増援が現れ、右翼が押され始めたのだ。
「CPよりエインヘリアル01。右翼に集中していたBETAが一部、戦線を突破。総数は五百ほど。戦線の補強のため、ソ連軍にはすぐに対処できる余裕がありませんので可能ならばそちらで処理してください」
CPを担当してくれているピアティフから状況が伝えられ、武は突破したBETAの処理へ向かうことを了承した。支援砲撃が得られない状況で五百のBETAを全滅させるというのは少々面倒ではあるが、この五人ならば問題なく対処できるという自信があった。
「エインヘリアル01より各機、聞いていたな?俺たちはこれから戦線を突破したBETAの処理に向かう。なぁに、数はたったの五百ぽっちだ。その程度、俺たちの敵じゃないってことをやつらに見せ付けてやろうぜ!」
全員から了解、という返事を確認し、武はジャンプユニットを噴かした。
さぁ、BETA狩りの時間だ――
悠平は初めて生で見たBETAに一種の感動を覚えていた。ゲームやアニメの中でしか見たことがなかったものを、この世界に来たことで初めて見たのだ。シミュレーターで散々見てきたとはいえ、こうして生で見ると実際に目の前にいるという存在感を感じるものなのだ。
レーダーにあるBETAの総数はほぼ五百。戦線はすぐに立て直されたようで数は増えてはいなかった。
ピアティフからの通信で基地内で待機していた戦術機甲部隊一個中隊が処理のために出撃したという。
「そういうことらしいから、援軍が来る前に俺たちで片付けて連中に吠え面かかせてやろうぜ」
武が強気な顔でそう言うと、全員が同意した。悠平にしても、ネージュたちを化け物でも見るかのような目で見ていたソ連軍将校に腹が立っていたので、その意見には大賛成だった。しかし、悠平は同時にもどかしさを感じていた。
(俺たちが初陣じゃなければ、武も戦線で思いっきり暴れられたんだろうか?)
武一人が戦線に出るだけでもソ連軍はかなり楽になるだろうし、犠牲を避けたがる武も本心ではそれを望んでいるだろう。武の戦闘機動にはそれだけの効果があることはXM3のトライアルの時にすでに分かっていることだ。しかし、あくまでも自分たちは実験部隊であり、実験機であり実証機でもある不知火・改を失う危険は可能な限り避けたほうがいい。不測の事態でも起きなければ、悠平たちが積極的に戦闘に参加することもないのだということは分かっていた。
六分四十八秒。それは、派遣されてきた実験部隊が約五百のBETAを殲滅するのに掛かった時間だ。これほど短時間で殲滅できた理由には小型種があまりいなかったということもあるが、それでも一個中隊で対処しようとしていたソ連軍にとっては異常とも言える速度だった。
処理にやってきた中隊は信じられないというような顔をしながら、戦線に合流していったという。
この報告を聞いていたソ連軍将校は自軍と例の実験部隊との違いについて考えていた。
やはり機体か。
それとも衛士の錬度か。
あるいは知らされていない兵器があるのか。
ソ連軍将校は自国の機体も衛士の錬度もあの実験部隊に劣っているとは思っていない。しかし、実際に戦闘を行っているところを確認したわけではない以上、何が違うのか分からずにいるのだ。
確かに機体は改修の施された第三世代機ではあったがそれはあくまでも新OSに適応させるためのものであり、この時ソ連軍将校はOSの違いについてはまったく考えもしていなかった。このソ連軍将校もOSについては固定観念に囚われており、新OSの優位性に気づかないでいるのだ。
そのことを知りもせず頭の片隅で答えを探していると、オペレーターの一人が切羽詰った声を出しているのに気づいた。
「ウェルホヤンスクハイヴから……っ、ヴェルホヤンスクハイヴからあふれたBETA群に押し出された一部が他のBETA群と合流し、エヴェンスクハイヴに向かっているようですっ!現在推定個体数一万五千の師団規模っ!到着までおよそ二十時間っ!」
「二十時間だと!?馬鹿なっ!なぜそこまで近づかれる前に気がつかなかった!?」
ソ連軍将校は本来ありえないような事態に動揺していた。各ハイヴは常に監視されており、各地の部隊が定期的に間引きを行うことでBETAの侵攻を未然に防いでいるのだ。ましてや情報は常に衛星を介したデータリンクで共有されており、そのデータリンクが
嫌な考えを振り払うように頭を振り、すぐにどう対処するかを思考する。
大規模BETA群が接近していることはすぐに各部隊へ知らされた。このままでは大規模BETA群に押し出される形で、エヴェンスクハイヴからの大規模なBETA侵攻が発生するのだ。
幸い戦闘はすでに残存BETAの掃討に移行しており、今から整備と補給を行えばなんとか対処は可能だろう。しかし、もはや年内のエヴェンスクハイヴ攻略は絶望的になるであろうことは間違いなかった。
掃討完了の確認が済み次第、整備と補給を行うように指示を飛ばそうとすると、別のオペレーターから連絡があった。
「……何だ?今はBETA群に対処するための対策で忙しい。後回しにしても大丈夫なものならば――」
「それが、ベーリング海での演習のために展開していた米国第三艦隊からの通信で……」
「何だと……?」
第三艦隊の通信内容はこうだ。アメリカ側でも大規模BETA群の移動はデータリンクで確認しており、ベーリング海に展開中の第三艦隊と第五艦隊に艦載されている戦術機甲部隊二個大隊ならば十五時間以内にこちらと合流し、BETA侵攻の阻止を手伝えるというものだった。
第三艦隊の申し出自体は非常にありがたいものであり、こちらから協力を要請したい気持ちもあったが、ソ連軍将校には一つの確信があった。おそらくこれは米軍が仕組んだプランだ。いかにしてBETAを誘導したのかはわからないが、これほどアメリカに都合のいいタイミングでBETAが動くことなどありえない。また、アメリカならばデータリンクの妨害どころか改竄すら可能だろう。
(狙いはエヴェンスクハイヴのG元素保有権か?それとも、他に何か考えられるとすれば……例の実験部隊か?)
アメリカは五次元効果爆弾――G弾の使用をハイヴ攻略の前提としている。世界の統治者を自認するアメリカはG弾の材料となるG元素――グレイ・イレブンをソ連が保有することを面白く思わないだろう。
アメリカにとってメインはG元素保有権の一部であり、実験部隊はついでといったところだろうと判断し、しかし、現状の戦力を鑑みてソ連軍将校は苦渋の決断を下す。
大規模BETA群到達まで、あと二十時間――
初陣の結果は上々。しかし、大規模BETA群の急な接近にアメリカの介入と、連続して起こる不可解な出来事に悠平は嫌なものを感じていた。
2001年12月5日に日本帝国で起きたクーデター――12・5事件の時の状況とあまりに酷似しているのだ。酷似しすぎているといってもいい。これがアメリカが意図的に用意した状況だとすれば策を考えた者はよほどの馬鹿か、何らかの本命を隠すことができる陰謀家のどちらかだろう。
どうやら武も同じものを感じているらしく、難しい顔をしている。
悠平たちは一度仮設前線基地へ戻り、補給と整備、そして新型関節のチェックを受けていた。しかし、チェックにはそれなりの時間がかかり、BETAの侵攻予定までまだ十五時間もあるため交代で仮眠を取ることになった。
ユウヤとイーニァが仮眠に入ったため、悠平は武と今回のアメリカによる介入について話し合ってみることにした。イーニァはリーディングで気づいているかもしれないが、ユウヤには二人の真実は知らされていないためだ。
「やっぱり、御巫も夕呼先生が絡んでると思うか?」
「あぁ、間違いないだろう。大方、俺たちをダシにして何かを釣り上げようとしたんだろうな」
「そして釣れたのがアメリカ、ってわけか……」
夕呼が何の目的でアメリカを釣ったのかは分からないが、きっとこのことに関しては尋ねてもまだ教えてはくれないだろう。教えるつもりがあるのならば、横浜を出るまでに教えてくれたはずだ。あるいはまだ、教えられるほどの情報や確証が夕呼にもないのかもしれない。
アメリカが介入してきた目的についても意見を交し合うが、概ねソ連軍将校が立てた予測と同じような内容になっていた。違うのは目的の中に霞たち人工ESP発現体が含まれていることだ。
あまり話し込んでいても正確なことはわからず、確認は済んでいるが盗聴されている可能性も考慮し、交代の時間まで二人は霞とネージュを交えて今後の対策を話し合うのだった。
ソ連政府と作戦指揮官の許可を得て米軍の戦術機――F-22Aラプターが基地内に降り立った。米国第三艦隊と第五艦隊はアメリカで初めて全ての艦載戦術機をラプターで統一した部隊だったため、基地内には合計七十二機ものラプターが並び立つこととなった。その光景は実に壮観だったが、ソ連軍の者たちは皆一様に渋い顔をしていた。
その様子をユウヤは自分たちに割り当てられたハンガーから眺めていた。かつて自分がテストパイロットを務めた機体がこれほど並ぶと感慨深いものもあったが、それ以上に今回のアメリカの介入に懐疑的になっている自分がいることにも気づいていた。
(これが、外から見たアメリカ……ってやつなのか?)
周りを見てみれば武と悠平も渋い表情をしているのが見えた。なるほど、このようなことを繰り返しているのならば確かに、日本人の対米感情が悪化するのも無理はないだろう。
ユウヤは久しぶりにラプターを見たせいか、良きアメリカ軍人になろうとしていた当時に思いを馳せていた。日本人だ、アメリカ人だとちっぽけなことに拘っていた昔の自分。
次第にユウヤの思考は現在の仲間たちのことへとシフトする。イーニァと、日本で出会った変わり者の三人。彼らはユウヤを何人という枠にはめず、ただ自然にユウヤという個人で見ているように感じていた。それはユウヤにとって自分という存在を正しく見てくれているような気がして、とても嬉しいことだった。
整備の喧騒にユウヤの意識が現実に引き戻されていく。戦いの時が迫っていた。
初陣で倒されたBETAさん、描写削ってごめんなさい。
五百のBETA殲滅に七分弱って早いのかわからないけど、早いということにしておきました。
さあ、書いてる本人がすでに物語を把握できてません。
ユウヤの心情とかいろいろでっちあげすぎです。色々崩壊してたらごめんなさい。
でも おれは ほんのうのまま かきつづける!
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第十二話「襲撃」
でも早くキリのいいとこまで書いてしまいたい。
積みゲー消化したい……でも続き書きたい……うぼぁー。
悠平たちはBETAの侵攻が少ない左翼寄りのやや後方に、いわゆるお客さん待遇で配置されていた。名目上は火力支援部隊の護衛ではあるが、他に一個中隊の護衛がついている。暗に邪魔をするな、と言われているのだ。しかし、米軍が反対方向の右翼側に集中していることから、ソ連軍のほうでも米軍の狙いの一つが実験部隊である可能性を考慮に入れているのだろう。悠平たちも霞の安全を考え、ピアティフの傍でCPの補佐を行うことになっていた。
戦闘を開始しておよそ三十分。現状、戦況は優勢に推移している。ラプターの二個大隊が加わったことも優勢に推移している理由の一つではあるだろうが、一番の理由は光線級の数の少なさだ。だが、これは決して安心できる類の情報ではない。すでに超重光線級は倒されたとはいえ、それ以前から少しずつ光線級の出現頻度は増えていたのだ。おそらく今回
だが、ネージュはそういったものとは
(……これは、何なんでしょうか?)
ネージュは以前から時折、
だが、今は妙にそのことが気になる。それはネージュ自身にまだ自覚がないが、常識を身につけ始めたことによる自身の特異性を強く認識し始めたことによって発生した違和感だった。
「ん?左翼が少し前に出すぎている……?」
それは戦域情報を確認していた武の声だった。確認してみると、確かに前に出すぎている。ここで部隊の真後ろからBETAの地中侵攻が発生したらまずいのではないか。そう思った瞬間、先ほど見えた幻視が再び脳裏に強く現れ――けたたましい
「コード991……っ、地中侵攻だって!?」
それは突然現れた。左翼の真後ろからBETA群が湧き出し、対応の遅れた最後尾の戦術機が次々に殴り飛ばされ、捻り潰され、食い破られていた。
「馬鹿なっ!?掘削振動は感知できなかったぞっ!?」
火力支援部隊を護衛していた中隊の誰かの声がオープン回線から聞こえていた。急いでログを確認してみるが、確かに掘削振動と思われるログは残っていない。ならば、考えられるのは――
「やつら、
ネージュの考えを悠平が代弁する。そう、あらかじめ地中で待機し、ずっとタイミングを計っていたのだ。
すでに地球上の全ハイヴを統括する重頭脳級は存在しないため、それ以上BETAがこちらを学習し対応することはないと言われている。だが、それまでの学習によって確立したものは別なのだ。つまり、この
「クソッ、このままじゃ左翼が壊滅しちまう!エインヘリアル01よりCP!左翼の連中はどうなっている!?」
CPからの返答によればBETAに応戦してはいるが混乱がひどく、壊滅しないようにするのがやっとだと言う。現在は地中侵攻してきたBETA群に対し、中央からいくらか戦力を回してBETAを誘導して火力支援部隊による面制圧を行おうとしているという。
それを聞いた瞬間、ネージュは左翼よりもさらに
(……今までのヴィジョンは、全て現実になりました。だとしたら、今回も……)
ネージュは妙な確信に引かれて、不知火・改を左翼の左側に存在する山間部へ向けて奔らせた。
「お、おいっ、03!?ネージュ、どうしたんだ!?」
武はネージュの突然の行動に戸惑う。しかし、光線級が現れるのをただ待つわけには行かない。
「……左翼のさらに左側に複数の光線級が
武たちはあわてて戦域情報を確認する――が、そこにBETAがいるという情報は
「……武、ネージュは人工ESP発現体だ。もしかしたら何かを感じているのかもしれない」
悠平がネージュの行動を支持する。
嬉しい。
悠平が、自身でも理解できていないものを信じてくれたことがネージュは嬉しかった。
「――よし。エインヘリアル01より各機、03を先頭に
武は護衛部隊から離れることをCPに伝え、ネージュに続いて不知火・改を奔らせた。
武たちが移動を開始して数分後、左翼は一時的に戦線を押し上げることで地中侵攻してきたBETA群から距離をとり、火力支援部隊による面制圧が開始された。
飛来する大量の砲弾にソ連軍衛士は地中侵攻してきたBETAの大半が片付くことを確信し、――しかし、戦線を押し上げた左翼の左奥側に存在する山間部からの大量のレーザー照射によって驚愕の表情を浮かべた。
「光線級だと……!?やつら、あの山間部を回り込んできたのかっ!?」
左翼は地中侵攻してきたBETA群と前面のBETA群を相手にするだけで精一杯だ。火力支援部隊の護衛につけていた中隊が援護に来てくれるようだが、それだけではさらに左側に出現した光線級に対処するだけの余裕はない。
なんとか時間を稼ぐよう部下にに命令するが、射線が開けているため光線級に狙い撃ちにされていく。
増える損耗率。
響く仲間たちの悲鳴。
死にたくない。
助けて。
ある者は祖国を
ある者は死んだ家族の名を呼ぶ。
ある者は恋人の名を呼ぶ。
ある者はBETAへの怨嗟を叫ぶ。
一人、また一人と仲間が蒸発し、すり潰され、食われていく。
もはやこれまでかとソ連軍衛士が諦めかけたその時、彼が予想だにしていなかった言葉がオープン回線に響き渡る。
「これより、山間部の
それは日本からやって来た、年若い男の声だった。
山間部から死角になるように移動しながらネージュに続いていたユウヤたちは山間部に光線級が現れ、レーザーを照射するところを目撃した。
「すげぇ、本当にいやがった……っ」
光線級は砲弾のほとんどを打ち落とし、左翼の戦力を次々に削り取っていく。レーザー照射が来てからここの光線級に気づいて光線級吶喊を仕掛けたとしても、左翼の壊滅は免れなかっただろう。しかし、ネージュが稼いだ数分は彼らを救うには十分な時間だった。
山間部にいるBETAのほとんどが光線級と重光線級だが、中には護衛のつもりなのか要撃級の姿も見える。しかし、今のユウヤたちの相手ではない。
「エインヘリアル01より各機、02、03は俺に続いて光線級の目を引く囮をやる!04、05は光線級を優先的に叩いてくれ!」
武の命令で悠平とネージュが武に続いて空中へと跳ね上がる。空中に躍り出た武たちを光線級が狙うがレーザーが放たれる瞬間、武たちはすでにマニュアルで光線級の照準を振り切っていた。そして光線級の狙いが逸れているうちにユウヤとイーニァが次々に食らい尽くしていく。時には重光線級の大きな体を壁にしながら、レーザー照射を回避しながら。
「うぉぉぉおおおおおっ!」
いくら武たちでもいつまでも全てのレーザーを回避するなんてことはできない。光線級の体を36mmの牙が食らいついていく。迅速かつ正確に。
光線級の注意がユウヤたちに向けられたことで左翼は早急に体勢を立て直し始め、BETAを駆逐してゆく。
光線級の目を36mmの砲弾が吹き飛ばし、要撃級の前腕を長刀が斬り飛ばし、穿ち、両断し、粉砕し、殲滅していく。
やがて、山間部のBETA群の処理があらかた完了した頃、裕也たちの耳に一つの言葉が聞こえてきた。
「君たちのおかげで助かった。感謝する」
それは左翼の指揮を行っていたソ連軍衛士のものだった。
武たちは山間部のBETA群の排除を完了し、念のために周囲の警戒を行うことにした。また光線級による狙撃やBETA群による奇襲を受けた場合、左翼が持たない可能性を考えたのだ。
「このあたりにBETAはもういないみたいだな……念のためアクティブも打ってみたが、反応はない」
悠平がBETAによる待ち伏せの警戒していたが、反応がないという報告が来る。センサーにも反応がないため、山間部周辺にはもうBETAはいないのだろう。
武は戦線に加わる指示を出そうとするが、イーニァが妙にキョロキョロしている姿が視界に映った。
「どうした、イーニァ?」
ユウヤも気づいていたようでイーニァに尋ねた。
「たくさん、こっちを見てる……攻撃しようとしてる」
「たくさん?どういうことだ……?」
レーダーを確認してみるが、反応はない。戦闘で精神が昂ぶっているのかと武は思ったが、
(――いや、そうじゃない。イーニァも霞と同じなんだ……ってことは、俺たちの近くにいる何かの精神を感じ取っているのか!?)
そこまで考えが至ると、武の行動は早かった。
「各機、全周警戒!奇襲に備えろっ!」
武が命令を下した瞬間、耳障りなロックオンアラートが鳴り響く。
「全機、緊急回避っ!」
それぞれがとっさに緊急回避を行うと、連続してチェーンガンの射撃音が鳴り響く。銃声が鳴り止むと、それまで各自がいた場所には36mm砲弾による銃痕が刻まれていた。
レーダーに反応はない、ということは
奇襲に失敗したと判断したのかあちこちからラプターが姿を見せる。その数、十二機―― 一個中隊。どうやら逃がすつもりはないようで、すっかり囲まれてしまっていた。
「ラプター!?馬鹿なっ、アメリカが俺たちを攻撃するっていうのか!?」
ユウヤはラプターの銃口を向けられていることを若干信じられないでいるようだ。理由を問うために通信を入れようとするも、無線封鎖でもしているのかまるで反応がなかった。
「01より各機、どうやらやつらは俺たちを無事に逃がす気がないらしい……04、05は俺と前方のやつを!02と03は後方を片付ける!……散開っ!」
覚悟を決めた武は
(アメリカが介入してきた時からこうなる可能性はずっと考えてたんだ……たった一個中隊が俺たちの相手になると思うな!)
ラプターは米軍が誇る最新鋭のステルス戦術機だ。そのステルス性の高さは戦術機のレーダーを騙し、一方的な攻撃を可能とする。対人類戦闘を想定された、先を見据えた戦術機なのだ。
だが、そのラプターが今、劣勢を強いられていた。武のアクロバティックな戦闘機動がラプターの自動照準を振り切り、ラプターの突撃砲は無駄弾を打ち出すばかり。ステルスによる優位性は武の戦闘機動によってまったく意味のないものに成り下がっていた。その戦闘は米軍が恐れたステルス対ステルスの構図にとてもよく似ており、近接戦闘で勝る武は単独でラプターを追い詰めていた。
そのラプターからユウヤとイーニァが少しずつ戦闘力を奪っていく。情報を得るために搭乗している衛士を殺さず生け捕るためだった。
そしてその後方では、横浜基地最強のエレメントがその猛威を振るっていた。
悠平の捉えどころのない戦闘機動に惑わされ、翻弄されているラプターへ肉薄したネージュが流れるような軌跡でラプターの両腕と両足を長刀で斬り飛ばしていく。ネージュを狙った砲弾は、まるでどこへ向かうかが見えているかのように全て回避され、攻撃を行ったラプターは悠平の突撃砲によって戦闘力を奪われていく。
最強の第二世代機と呼ばれるF-15を相手に百回戦っても負けなかったという化け物じみた記録を持つラプターが、性能で劣るはずの不知火を相手に手も足も出ずに追い詰められていく。それは新OSの優位性の証明であり、彼らの戦闘機動の有用さをまざまざと見せ付けるものだった。
すでにラプターは半数を残すのみであり、壊滅は時間の問題かに見えた。
ネージュがまた一機、ラプターから戦闘力を奪った頃、悠平は二機のラプターから集中的に攻撃を受けていた。しかし、元々一対多を得意とする悠平の戦闘機動に二機のラプターはすっかり翻弄されていた。
この隙を狙い、残りのラプターからも戦闘力を奪うためにネージュはジャンプユニットを噴かした。長刀を構え、這うようにラプターへ接近し、その牙を突き立てる。しかしその瞬間、ネージュの視界には戦闘力を奪ったはずのラプターが残されたジャンプユニットで悠平に体当たりを仕掛ける姿が映っていた。
迂闊にも、悠平が複数のラプターを同時に相手にする姿を見て無意識に焦っていたネージュは、両腕と両足を斬り飛ばしたことで戦闘力を奪ったと思い込んでいたのだ。
悠平もまた、至近距離からの噴射跳躍による体当たりをとっさに回避することができず、そのラプターに地面へと押し倒されてしまった。その光景を見たネージュはショックに震え、同時にヴィジョンを幻視していた。
倒れた悠平と折り重なるラプターへ向かって大量の自立誘導弾が飛んでいく。
「ユーヘーッ、逃げて……っ!」
ネージュは生まれて初めて叫んだ。悠平を失いたくない一心から、しかし、ラプターがジャンプユニットを巧に噴かして悠平は地面に押さえつけられる。
そして、ネージュが視たとおりに隠れていた三機のラプターから撃ち出された大量の自立誘導弾が、悠平の不知火・改と四肢を失ったラプターを爆炎で飲み込んだ。
今回は本文の文字数、5555文字でした。なんだかすごい……
BETAが思ったよりあっさりなんとかなりそうなのは許してください。戦闘に使えそうな表現方法の引き出しが少ないんですorz
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第十三話「初めての涙」
お気に入りもいつの間にか百を超えてるし……みなさんありがとー!おかげでまだ書けそうです!
自分たちが放った自立誘導弾が戦闘力を失った味方のラプターを巻き添えに、不知火・改が爆発に飲み込まれるのを確認した衛士はニヤリと笑みを浮かべた。命令されたのは不知火・改の捕獲だが、最悪の場合は大破した機体を回収すればいいため、破壊することは止められていないのだ。爆発で巻き起こった土煙で状況を確認することはできないが、まず間違いなく大破しているだろう。
あの不知火・改は捉えどころがなく、幻惑するかのような戦闘機動で翻弄してくるため最大火力で回避する余裕を奪い、片付けることになったのだ。そしてその際、戦闘力を失ったもののジャンプユニットが無事だったラプターの衛士が自ら足止め役を買って出ることで、全ての自立誘導弾を叩き込むことに成功したのだ。
もう一機厄介な戦闘機動を行う不知火・改が存在するが、他の不知火・改もまだ残っている自立誘導弾を一斉に叩き込めば片がつくだろう。こちらの位置はすでに特定されているが、それはもはや問題にならない。
そう思い、残りの不知火・改を破壊するためにトリガーへ指をかけた衛士は土煙が晴れてきた爆心地が視界に入り、そこに無残な姿を晒すラプターの残骸
「馬鹿な!?やつは……あの
戦域情報を確認しようとした衛士は視界が傾いていることに気づいた。網膜に投影されている映像が横に流れ、地面に叩きつけられた衝撃で映像が大きく乱れる。
衛士は何が起こったか理解できずにいた。機体のダメージチェックを確認すると、両腕の肘から先、自立誘導弾のコンテナ、そして下半身には丸々LOSTの文字が表示されている。爆発していないということは主機は無事なのだろう。
「戦術機で
どこか疲れたような男の声がオープン回線から聞こえてくる。
衛士はあわてて戦域情報を確認すると、大破した自分のラプターの後ろに爆発に飲み込まれたはずの不知火・改のマーカーがあることに気づき、目を見張った。
「一体……どうなっている。やつはどうやって、あの状況から……っ?」
なんとかラプターの視界を不知火・改へ向けると、片手に長刀を装備して佇んでいる姿が見えた。ラプターはどうやらあの長刀で両断されたらしい。
「……でも、一度使ったのなら二度も三度も変わらないだろうし……さっさと片付けさせてもらうぞ」
わずかに呼吸が荒く、疲れを帯びた男の声はそんな宣言をする。自立誘導弾を装備した残り二機のラプターは今度こそこの不知火・改を仕留めようと、トリガーに指をかける。しかし、自立誘導弾は発射されることなく、大破したラプターの傍から
それを見た衛士は思わず口を開き、その不知火・改をこう呼んでいた。
「――
ネージュは瞬間移動によって不知火・改が残っていた二機の自立誘導弾装備のラプターを反撃する間も与えずに達磨にする光景を見て呆然としていた。悠平がテレポートを使えることはネージュも身をもって知ってはいたが、戦術機ごとテレポートできることなどまるで知らなかったのだ。
「ぼけっとするな!敵はまだ残ってるぞ!」
武に叱咤され、目の前に迫ろうとしていたラプターに気づいたネージュは自分でもどうやったのか理解できない機動でラプターの背後に回り、長刀で戦闘力を奪った。それがクイック・ミラージュと似た機動だったことが後で判明するが所詮は一発芸の類、今は考える時ではない。
ネージュは武たちと協力して、残った三機のラプターを片付けることに集中していった。
「――くだ――よりエイン――01、応答してください!」
襲撃してきたラプターの全機無力化が完了すると、ノイズと共にピアティフの焦った声が武の耳に届いた。
「ピ、ピアティフ中尉……?」
「あぁっ、やっと繋がりましたよ!」
「タケルさん?大丈夫なんですか?さっきまで回線が繋がりませんでしたけど、一体何があったんですか?」
ピアティフと交代した霞がいつもとあまり変わらないような、しかし泣きそうだと分かる声でまくし立ててきた。
「何がって……あ」
そこで武はラプターに襲撃されたことをCPに報告していないことを思い出した。しかし、繋がらなかったということや、先ほど聞こえてきていたノイズから判断するとジャミングがかかっていたのかもしれない。
武がそのことを報告すると向こうも驚いたようで、回線を開いたまま他のオペレーターに確認を行っていた。
「作戦行動中、米軍部隊に戦線から離れた部隊は確認できませんでした。おそらくですが、そのラプターは派遣部隊のものではない可能性があります」
少ししてピアティフから報告が入る。さすがにBETAとの戦闘中に部隊を率いて仕掛けるといったような強引な手段に出たというわけではない、ということだろう。
作戦もすでに残存BETAの掃討に移っており、これ以上のBETAの増援もないだろうということで武たちはラプターの残骸を運ぶ部隊の到着を待って仮設前線基地へ帰投することになった。
帰投する途中、ユウヤは何が起こったかを聞きたそうな顔をしており、イーニァは無邪気にユウヘイすごーい、とはしゃいでいた。ネージュも気にしていないような顔をしてはいるがやはり気になるのだろう、どこかそわそわしていた。そして悠平は顔色が悪く、ひどく体力を消耗しているのは明らかだ。
(だいぶ無理をしたみたいだな……戦術機ごとテレポートしたんだから無理もないけどさ)
武は悠平が戦術機ごとテレポートできることを以前から知っていた。夕呼が悠平の能力を調べていた時、テレポートの限界を確かめる意味で行った実験に立ち会っていたのだ。しかし当時、ネージュは霞に日本語を教わっている最中であり、その間に行われていた実験のことを知らされてはいなかった。
(これは、俺が御巫の能力の説明をする必要があるかもしれないな……)
武はそんなことを考えながら、悠平の体調を考えて医療班の待機の指示を行うのだった。
基地に戻ってくるなりすぐに力尽きて倒れてしまった悠平をネージュと医療班に任せ、武たちは、米軍派遣部隊の指揮官に今回の襲撃の件を問い詰めていた。
「……少し待て。こちらからも本国に問い合わせて確認をしてみる」
指揮官は何も聞かされていなかったらしく、厳しい表情をしながらその場で本国との連絡を開始した。どうやら自分にやましいところはないというアピールらしい。
やがて会話が終わり分かったことは、武たちが交戦したラプターはロールアウト直前に行方不明になったものである可能性が高いということだけだった。そのため、捕まえたラプターの衛士から情報を引き出すことが期待されたが、全員何らかの毒物を服用し自決してしまったという報告がソ連軍からもたらされた。だが、息を引き取る直前にうわ言のように口にしていた言葉から、一人はアメリカ人ではないらしい。
これといった情報は手に入らなかったが、大破したラプターは米軍が全て回収して徹底的に手がかりを探ることとなった。しかし、望みは薄いだろう。
武は夕呼が東シベリアへ派遣した理由にこのことが関係あるのか確認を取りたい気持ちに駆られたが、セキュリティの問題もあって通信で尋ねることは危険だと判断した。どうやら横浜基地に戻るまでこの問題を抱えることになるようだ。
目を覚ますと、そこは医療テントだった。悠平は気だるい体を起こし周囲を確認してみると負傷者があちこちに寝かされていることが分かるが、このテントには軽傷者が多いようだ。
体の調子を確かめようとすると右手に違和感があった。よく見てみると、傍で眠っているネージュに右手を握られていることに気がついた。どうやら心配をかけてしまったらしい。
触り心地のいいネージュのさらさらな銀髪を撫でてやっていると瞼が震え、ネージュが目を覚ます気配を感じた。
「おはよう、ネージュ」
眠そうに目を擦るネージュに声をかけてやると、悠平が起きていることに気づくや否やとても心配そうな顔をして悠平の体をぺたぺたと触り始めた。どこか異常がないか調べているつもりなのだろう。
「大丈夫だよ。まだ少し体がだるいけど……二、三日も休めば回復するから、あまり心配しなくても大丈夫だぞ?」
苦笑しながら悠平が答えてやると、ネージュは気が抜けたのか腰から力が抜け、
「え……ネージュ?え、ちょ……っ!?」
ネージュの頬を、涙が伝った。
今まで女の子に泣かれた経験がなかった悠平は軽く混乱しかけ、それだけ心配をかけてしまっていたことに心苦しさを感じて、ネージュを抱き締めた。
悠平に抱き締められたネージュの目からは堰を切ったようにぽろぽろと涙が溢れ出し、嗚咽を漏らし始めた。
――私がもっとちゃんとやれていれば……。
――ごめんなさい。
――心配した。
――死んだかと思った。
――もう目を覚まさないかと思った。
――いなくなるかと思った。
――怖かった。
――よかった。
――よかった……。
――本当に良かった……。
悠平の体を抱き返したネージュは嗚咽を漏らし続け、ネージュの言葉なき言葉が悠平の脳裏に響き渡る。それはネージュの無意識によるプロジェクションによって悠平へ届けられた、ネージュの本心。
悠平はそのプロジェクションから武が悠平の能力を、戦術機ごとテレポートした場合にかかる負担の大きさを仲間たちに話したことを知った。
悠平にとって戦術機でのテレポートは最終手段だ。その負担の大きさからよほどの事態にならない限り使うことはないし、一度使ってしまえば二度も三度もあまり変わりない。だがそれを行うことで倒れ、そのたびにネージュが泣いてしまうのだとしたら、
(なるべく使わないで済むように、もっと強くならないとな……)
泣きじゃぐるネージュの頭を撫でながら、悠平は静かに決意した。
後日、その光景を見ていたソ連軍の者や仲間たちから盛大にからかわれるのは、また別の話である。
大規模BETA群による侵攻以降、戦力を大きく損耗したソ連軍は結局年内のエヴェンスクハイヴ攻略を断念することになり、しかし、BETAも大規模侵攻で大きく数を減らしたことで当面大規模侵攻が起こる可能性はほぼなくなり、実験部隊が横浜基地へ戻るまでの約二ヶ月はごく小規模な戦闘を繰り返すに留まった。
季節は冬を迎え、東シベリア奪還作戦は一応の成功を見たのだった。
戦闘シーン短めで飛ばしていきました。長々書いてもややこしくなって把握できなくなるので……
東シベリア奪還作戦自体は正史でも実施されているんですが、その中身をでっち上げるのは苦労します。ネットで資料を探しても見つからなかったりすると特に……
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第十四話「憂鬱」
特に意識はしてなかったんですけどねー。
執務室で一人、夕呼はため息をついていた。東シベリア奪還作戦で思っていたほどの
それに米軍がロールアウト直前だったラプターが十五機も行方不明になっている上それが実験部隊襲撃に使用された非を認め、横浜機関へ開発資金を無償援助するという、いささか手回しが良すぎるものではあるが、予算が限られている現状では都合がいい。
(でも、対応があまりに早すぎて
今回の件は夕呼にも不可解なものだった。BETAを何らかの方法でエヴェンスクハイヴまで誘導し、そこに米軍が援軍という形で介入してまで
ソ連へのやや強引な貸し
(まったく、おとなしく尻尾をつかませてくれていれば白銀たちにあんなにつつかれなくても済んだっていうのに……)
夕呼は武たちに今回の件で何を得ようとしていたのかを話さなかった。本命については元々ある程度の予測が立ってはいたが、確証が得られていない以上武たちに教えるつもりはなかったのだ。
(はぁ……いい加減、おとなしくしてくれないかしら。これじゃストレスがたまる一方だわ)
夕呼は気分転換に何かいいストレス解消方法はないかと考え、悠平が不安がって拒否していた
豪奢なシャンデリアが煌びやかに輝き、しかし品の良いセンスで構成された部屋で男は安堵の息をついていた。
例の贅肉ダルマがソ連の東シベリア奪還作戦に介入したという報告を受けて、すぐに己の策が失敗した時の保険の準備をしておいたのだ。
元々、男は不知火・改の鹵獲、あるいは破壊という形であの実験部隊が行方不明になれば、最悪不知火・改に使われていた新技術が手に入らなくても良かったのだ。失敗したとしても、ラプターを何者かに奪われたということさえ認めればそれ以上の非はこちらにはなくなる。実行したのは我々
しかし、そこへあの贅肉ダルマが『BETAはG元素を求める』という研究者の立てた仮説からG弾を誘蛾灯のように使用しBETAを誘導、ソ連軍を襲撃させ米軍を介入させたことで、男の策との間につながりができてしまった。ソ連や横浜機関に、アメリカが実験機を手に入れるためにあのような茶番をしかけたという強い疑惑を与えてしまったのだ。
その結果、贅肉ダルマがソ連に作ろうとしていた貸しは大破した襲撃者のラプターの全機返却という形で全てチャラということにされてしまい、横浜機関へも予定外の多大な資金援助を無償で行わなければならなくなってしまったのだ。だが、その甲斐あってダメージは最小限で済んだ。
あんな贅肉ダルマであっても、G弾の運用と管理を任されている責任者なのだ。例え中身が無能な小物であろうとも、切り捨てるには少々惜しい。
贅肉ダルマにも言い聞かせ、当分はおとなしくしている必要があるだろうと判断し、男は再び息をついた。
武は一人、屋上で夕涼みをしながら考え事をしていた。
東シベリア奪還作戦でのことを夕呼に問い詰めに行った武たちに、夕呼は
(あの夕呼先生が俺にそんな隙を見せるなんて、オルタネイティヴ4なんて重荷から開放された反動なのか?)
自問してはみるが答えが分かるはずもなく、武は夕日が沈むまで夕呼が何を得ようとしていたのかを悩み続けていた。
悠平は夕呼に言い寄られていた。
「ねぇ~、いいでしょぉ?」
「い、嫌です!ちょ、ちょっと、マジで怖いんですから!」
「あら、やってみれば意外と大丈夫なものよ?」
「そ、それでも不安なんですよっ!」
こんな紛らわしいことを口にしているが、決していやらしい意味ではない。夕呼は年下を異性として見ておらず、悠平もその例に漏れることはない。迫られているのはもっと別の理由だ。
悠平は夕呼の保護を受ける条件として、己の能力のデータ採りを人体実験にならない範囲で協力することになっていた。事実、これまでは定期的に実験を行い、悠平の能力の特性や限界を調べていったのだ。しかし、一つだけ悠平が拒否した実験が存在した。
テレポート、およびアポーツによって転移させる物体が転移先の物体の座標と重なり合った時、どういった現象が起きるのか。夕呼はこの実験によって起きる可能性に非常に興味があった。しかし、悠平はこの実験でどんな現象が起きるか予測がつかず、この実験だけは拒否していた。実験の結果、某星の大海原な四作目のように制御不能な対消滅現象で地球が消滅したり、自分の体が他の物質と融合して分離できなくなってしまったり、謎の爆発でミンチになりでもするとたまったものではないのだ。だから悠平は能力を使う時、いつも細心の注意を払って使用しているのだ。
そこで夕呼はこれまでの実験結果からそういった災厄が起きないということを悠平に言い聞かせているのだ。夕呼は間違いなく天才だ。その夕呼が言うのなら、自分の体と他の物質の座標を重ねないようにだけ注意すれば大丈夫なのではないか、と思うようになり始めていた。ここで重要なのは
時間が経つごとに無表情のままネージュの機嫌は悪化していき、状況の打開のためにうなずかざるを得なくなるのは時間の問題だった。
ネージュは悠平が夕呼に迫られている様子を見て知らず知らず機嫌が悪くなっているのに気づかないまま、己の能力のことを考えていた。
悠平にヴィジョンを幻視することを話した結果、その能力が
夕呼に話せばもっと詳しいことがわかるだろうが、本当に信頼できる者にしか明かしてはならないと悠平に言われ、ネージュは夕呼には明かさないことを選んだ。夕呼を信用していないわけではないが、今目の前で起きている光景からくる信頼の差でもあった。
ネージュは悠平に迫っている夕呼に意識を傾けた。夕呼は非常にスタイルが良く、胸も大きい。以前、興味を覚えた際に触らせてもらったネージュはその柔らかさと心地良さに感動したのだ。あんなものを押し付けられた悠平もきっと心地良いものを感じているだろう。
そこまで考えてネージュは自分の胸と見比べた。以前は意識していなかったが、閉じ込められていた頃と比べればずいぶん大きくなった。霞によれば栄養バランスが改善され、適度な運動をするようになった影響だろうということだったが、その時の霞の羨ましそうで恨めしそうな目をネージュは忘れられそうにない。しかし、そんな自分の胸も夕呼の胸にはとても太刀打ちできない。
ネージュから発せられる威圧感が強くなり悠平が思わず身震いをするが、ネージュにはそんな自覚はない。
やがて、悠平が夕呼の押しと無言の威圧感に負けて実験を了承すると、夕呼が悠平から離れ威圧感も消え去った。すっかり疲れきった悠平を見てネージュは、自分の胸でも悠平が同じような反応をするのか確かめるべく悠平に近づいていった。
霞はネージュの身体検査の結果を確認していた。長く閉じ込められていたこともあって定期的にチェックを行っているが、もう健康面で心配するようなところはまったく見られなかった。それどころか――
(胸が……完敗です)
そう、女性の象徴にしてアイデンティティーともいえる胸・バスト・乳房が、詳細な数値を測るまでもなく完全に、完膚なきまでに負けていた。人工ESP発現体として生まれは同世代であり、身長も霞のほうがほんのわずかに高いくらいだ。しかし、胸だけはどうしようもないほどの差があった。
霞のリソースを占めているのは現在二つ。ネージュの胸が急成長している理由と、武のことだ。
ネージュの胸が一年にも満たない期間でこれほど成長した理由を、栄養バランスの改善と適度な運動であると霞は仮定した。ならば、基本的には同じ生まれである霞も同様のことをすれば胸が大きくなるのでは、と考えているのだ。だが、栄養バランスに関しては元々問題がなく、最近は運動も霞にしてはがんばっている。ならば残された違いはリーディング能力の有無と、衛士であるか否かの二つ。しかし、この二つは今の霞ではどうしようもないものだ。
そして、武のこと。武も胸は大きいほうがいいのか、それとも自分のように小さいほうが好みなのか。純夏のことを考えると大きくも小さくもない胸が好みという可能性もあるが、直接武に尋ねるのは恥ずかしい。いっそ武に胸を押し付けて、感想をリーディングしてしまおうかとすら思い悩んでいるのだ。だが、そこまでして胸についてなんとも思われていなかった場合のことを考えると実行することが恐ろしく、武ならば本気でありえることが霞の決意を鈍らせていた。
ユウヤは東シベリア奪還作戦で介入を行ってきたアメリカのことを考えていた。ユウヤ自身がこれまで体験してきたいくつもの事件で母国であるアメリカへの感情が大きく揺らいでいたのだ。
(まさか、俺がこんなことに思い悩む日が来るなんてな……)
他の国にもいえることではあるだろうが、アメリカも一枚岩ではない。ユウヤが知らないだけで、他にもっととんでもない
ユウヤは肺にたまっていた重苦しい空気を吐き出した。いつまでもこんなことを考えていても仕方がないのだ。
イーニァを見ると、熊のぬいぐるみであるミーシャと無邪気に戯れていた。彼女と遊んで気分転換するのも悪くないだろう。その結果、イーニァとミーシャを両親役に、ユウヤが赤ちゃん役のおままごとをやらされることになるのだが、そのことはユウヤの黒歴史として封印された。
ほとんど何も考えずに書き上げているのでいろいろおかしいところはありますが、あまり気にせずに暴走していこうかと思います。
自分で書いておいてあれですが、霞とネージュの行動が対極化し始めていることが少し面白く感じていたり……でもやっぱり根っこは似てるような気がするんですよね。
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第十五話「お祝い」
実験の打ち合わせのために夕呼の執務室へやってきた悠平は、カレンダーをぼーっと眺めている武に目が留まった。どうやら夕呼は席を外しているようだ。
「カレンダーなんか見つめてどうしたんだ?何か特別な日でもあったのか?」
「うん、悠平?……いや、さ。もうすぐ、俺が今のこの世界にループしてきてから一年が経つんだな、って思ってさ」
今日の武はどこかしんみりしていると思ってはいたが、それもある意味当然のことだった。後二日で10月22日――武にとってはループの開始日から丁度一年になるのだ。それを聞いた悠平も武に釣られ、妙な感慨深さを感じていた。
「最初にこの世界に来た時はわけも分からず守衛に捕まって大変だったんだぜ」
「あぁ、知ってるよ。二度目の時はどっちの選択肢を選んだのかは知らないけど」
「選択肢?」
「ゲームでの話だよ。結局どっちを選んでも最終的にストーリーに影響があるわけじゃなかったけどな」
悠平と武はゲームでの10月22日と武自身が体験した10月22日の話で盛り上がっていく。だが、ふいに悠平の脳裏に引っかかるものがあった。
(10月22日……?10月22日といえば他に何かあったような……?)
悠平は記憶を必死に掘り起こしていく。ゲーム内で何かあったか。エクストラで、アンリミテッドで、オルタネイティヴで。しかし、答えは出てこない。悠平はのどに魚の小骨が引っかかったような気持ち悪さを感じていた。
「そういや霞にはマジで助けられたなぁ……あの時も霞が証明してくれなかったら俺、結局何もできずにいたかもしれないんだぜ?」
「霞には頭があがりそうにないな。まぁ、せっかく霞のためにこの世界に残ったんだから、しっかり幸せにしてやんな」
「……お前、面白がってるだろ」
悠平はまた引っかかりを感じた。悠平は一体どこで引っかかりを覚えたのか、直前に口にした言葉を反芻していく――までもなく、すぐに答えにたどり着いた悠平は思わずカレンダーを凝視した。
「…………10月22日だ」
「ん?だから、もうすぐ10月22日だろ?」
違う、そうではない。
「10月22日なんだよ!」
「だ、だから何がだよ?」
「霞の誕生日だ!!」
「なるほどねぇ……」
夕呼は執務室に戻るなり悠平にゲームの設定として用意されていた霞の誕生日を聞いて深くうなずいていた。それが本当ならば、去年はある意味すばらしいプレゼントが贈られてきたことになる。
「先生は知らなかったんですか?」
武が不思議そうに聞いてくる。当然だろう。霞も試験管で生まれたとはいえれっきとした人間だ。そういったものがあっても不思議ではないが、しかし――
「アイツらその辺りはどうでもよかったらしくてね、ちゃんとした資料が残ってなかったのよ。研究者としてもどうかと思うけど」
夕呼は半ば呆れながら答えた。それはオルタネイティヴ3で人工ESP発現体を生み出した研究者たちへの言葉であり、夕呼自身への言葉でもあった。資料から特定ができなかったこともあって、夕呼もこれまで霞の誕生日のことをそれほど気にしたことはなかったのだ。
しかし、言われてみれば確かに10月22日前後が誕生日である可能性が高いと分かる記述が資料にあったことを思い出す。ならばそのゲームの設定として用意された10月22日が霞の誕生日というのは正しいのかもしれない。
「アンタたちの言いたいことはなんとなくわかったわ。だったらやりましょうか、誕生日パーティー」
夕呼は武たちが提案する前に自ら提案した。これまで霞にはずいぶん無理をさせてきたこともあって、ささやかながらお礼をしてやりたいと思ったのだ。
「それなんですが、ちょっといいですか?」
すると、それまで黙っていた悠平が口を開いた。何かアイディアでもあるのかと期待するが、悠平の口から出たのはある意味当然の提案だった。
ネージュは霞、イーニァと共に夕呼の指示で人工ESP発現体である自分たちの担当を受け持ってくれている医者の元へ訪れていた。
「……検査入院、ですか?」
「えぇ、あなたたち人工ESP発現体は特殊な力を人工的に付与されて生まれてきたわ。これは知ってるわよね?」
医者が人差し指を立てながら応えてくる。年が若いこともあって人懐っこい笑みは愛嬌があり、人の不安を吹き飛ばすようなパワーがあった。
「でも、その能力を使うと負荷がかかるの。当然、リーディングもプロジェクションも関係ないわ。無意識に使ってるうちに疲弊しきって倒れる、なんて事を避けるために一度徹底的に検査しちゃおう!と言うわけなの」
ネージュは納得した。確かにそんなことになれば悠平だけでなく、他のみんなにも心配をかけてしまうだろう。特に衛士でもあるネージュとイーニァは戦闘中にそんなことになったら目も当てられないだろう。
「検査は10月22日の夕方には終わるから、それまではこの特別区画から出ないように!能力の使用も検査に影響が出ちゃうから禁止ね!」
「うん、わかったー!」
医者の言葉にイーニァが素直に返事をする。霞とネージュもうなずき、了承した。
10月22日の夕方になって霞たちはようやく検査入院から解放された。実質四十六時間ほどかかったが、その甲斐あって霞は少々負荷がかかりすぎていることが分かった。リーディングすることが好きではないのに無意識にリーディングに頼っていた証拠だろう。
(これからは少し、自制しないとダメですね……)
霞は反省を示し、三人で指示された場所へ歩みを進めた。検査が終了した時、医者からPXに行くように指示されたのだ。理由を尋ねてみたが、医者自身も聞かされていないと言う。
「一体、何があるんでしょうか?」
「わからないけどきっといいことだよ、トリースタ」
霞の独り言にイーニァが答えてくれる。確かに、PXと聞いて真っ先に浮かんだのは検査入院の慰労で何かおいしいものでも用意してくれているのかと霞も思ったのだ。あたらずも遠からずだろう。
ふと、先ほどからネージュがしゃべっていないことに気づき様子を見てみると、なにやらそわそわしていた。どうも早く悠平に会いに行きたいらしい。
(私も、早くタケルさんに会いたいです)
武に早く会いたいという気持ちが募り、霞の歩調が自然と速くなった。PXはもうすぐだ。
やがて、PXの前にたどり着いた霞はつい首をひねってしまっていた。いつもならば開いたままにされているはずのPXのドアが閉じられており、ドアノブには板がかけられていた。
『あけてください』
板にはそう書かれている。
おかしい。明らかにおかしい。扉は閉じられているが、中からはいい匂いがしている。これは所謂ドッキリというやつであろうか、と霞は中にいるであろう人にリーディングをしたい欲求に駆られたが、先ほど自制することを決めたばかりであるため我慢した。
「どうしたの、トリースタ?早く入ろう?」
霞がドアを開けるべきか迷っていると、イーニァが思いっきりドアを開いた。その瞬間――
「「「「霞!イーニァ!ネージュ!誕生日、おめでとうっ!!」」」」
基地中の人間が一斉に出したかのような大音量の声が、三人の鼓膜を震わせた。
三人は目を白黒させ、周囲を見回す。PXの中には大勢の人が集まっており、テーブルには写真でしか見たことがないような料理がたくさん並んでいた。視線を上へ向けてみると『霞・イーニァ・ネージュ!誕生日おめでとう!!』という文字が書かれた横断幕まで飾られていた。
誕生日。それは霞だけでなく、三人ともがこれまで考えたこともないものだった。つまり、これは――
「まったく、水臭いねぇ!みんなの誕生日を夕呼ちゃんが教えてくれなきゃ三人とも今年の分を祝い損ねちまうとこだったよ」
京塚曹長が霞たちの肩を叩き、思考が中断される。
「霞ちゃんにいたっては今日が誕生日だっていうじゃないかい。去年は全然気づかなかったよ」
霞は自分の耳を疑った。今日が霞の誕生日だと、京塚曹長はそう言ったのだ。
気がつくと霞の前には夕呼がやってきていた。
「あの、これは一体……」
「実はね、御巫がアンタたちの誕生日を教えてくれたのよ」
夕呼によると、霞とイーニァにはゲームとして設定されていた誕生日が存在しており、資料と照らし合わせることでほぼ確証が得られたという。
社霞、10月22日生まれ。
イーニァ・シェスチナ、7月27日生まれ。
しかし、ネージュだけは設定も資料も存在していないため、このままでは誕生日を祝うことができない。そこで二人の間を取って、9月8日を誕生日とすることになった。
そして今日、霞の誕生日である10月22日に今年の分を三人まとめて祝うことになったのだ。
「霞、誕生日おめでとう」
「ほら、イーニァも……その、ちょっと遅いけどハッピーバースデー」
「誕生日おめでとう、ネージュ」
武、ユウヤ、悠平の三人がそれぞれ包装紙に包まれたプレゼントを手渡した。どれも大きさは同じようであり、もしかすると中身は同じものなのかもしれない。
「ユウヤ、開けてもいいの!?」
「あぁ、いいぞ」
ユウヤの了承を得てイーニァが真っ先に中身を取り出した。それは雪だるまにうさ耳をつけたような、黒色の可愛いウサギのぬいぐるみだった。それを見たイーニァの瞳が嬉しそうに輝く。
「よかったら名前をつけてやってくれるか?」
「えっとね、じゃあ……ミーシャの妹の、サーシャ!」
どうやらいつも持ち歩いているミーシャの妹になったようだ。
それを見ていたネージュも悠平に確認をとり、出てきたのは同じ形をした、白いウサギのぬいぐるみだった。ネージュの頬は上気して、言葉もないほどに喜んでいるのがよくわかった。
そして霞も、恐る恐る武に確認をとり、包装紙から出てきたのはやはり同じ形の、ピンクのウサギのぬいぐるみだった。よく見るとところどころ歪んでいるのがわかる。思わず武を見つめると照れくさそうな表情で頬をかくが、その指には絆創膏が貼られていた。わざわざ手作りで作ってくれたのだ。
「その、ちょっと歪で悪いな。御巫に教えてもらいながら作ったんだけど、やっぱり不器用みたいだ……」
霞は悠平が人に教えられる程度にはこういったものを作れることに少しだけ驚くも、すぐにもらったぬいぐるみをやさしく抱き締めた。頭が沸騰し、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
必死に、しかし恥ずかしそうに口をもごもごさせた霞は照れくさそうに武を見つめ、
「ありがとう、ございます……タケルさん」
とても嬉しそうにはにかみながら微笑むのだった。
後日、隠し撮りされた霞の笑顔の写真が基地内にものすごい勢いで流通したとかしないとか……
10月22日ってループ以外に何かあったよなーと思って、ストーリーに直接関係ないけど書いてみました。所謂短編的に。
霞メインのお話なのでイーニァとネージュは扱いが少し小さめですね。
一番割を食ったのは医者でしょう。何せすっかり忘れられているのですから……
きっとこの後呼ばれたんだろう。うん、そういうことにしておこう。
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第十六話「布石」
○次期主力戦術機の決定時期の指摘があったのでちょっとだけ修正しました。
その日の実機訓練が終わると、悠平は待ち構えていた夕呼に引っ張られていってしまった。
「さぁ、たっぷり付き合ってもらうわよ!」
ものすごくいい笑顔であるが付き合うのはただの実験であり、悠平はその実験をずっと拒み続けていた。しかし、今回は事前に言質を取られており悠平に断ることはできなかった。
実験に使用する区画へたどり着いた悠平は周囲を埋め尽くす機材の数々に夕呼の本気の度合いが見られ、すっかり腰が引けてしまっていた。この女は本気なのである。
「……本当にやるんですね?」
「当然よ。そこに可能性があるのにそれを簡単に諦めるなんて、研究者にとっては冒涜よ」
それで人体実験に走ったりする研究者はマッドサイエンティストと呼ばれるのだろう。今回の実験はそう危険なものではないと信じたいが。
「どんなことが起きても知りませんよ?地球が消滅したって知りませんからね?」
「その時は苦痛を感じる暇もなく一緒に消滅してるわよ」
悠平は最後の念押しをするが、夕呼はまったく気にする様子もなく観測機器の準備を終えた。
実験の内容は単純だ。アポーツによって複数の物質を同じ座標へ重ねること。観測結果次第ではこれを幾度も繰り返すことになる。
複数の物質をアポーツで同じ座標に重ねることで起きる現象はまったくの未知数である。夕呼に言質をとられる際はひたすら安全性を説かれた気もするが、爆発くらい起きても不思議ではないのだ。アポーツによって手元に物質を移動させるため、真っ先に巻き込まれるとしたら悠平だろう。苦しむことなく死ぬことができそうだった。
「……どうなっても知りませんよ」
悠平はもうやけっぱちになっていた。せめて、これまでの不安が杞憂であることを祈るだけだ。
「始めてちょうだい」
夕呼の合図で悠平は目の前にある二つの物質を確認した。まったく同じ形状をした、しかし違う素材の物質。緊張から深呼吸しつつ、ゆっくりと前へ手を伸ばす。喚び寄せる物質を強く意識し、認識し、すぐ傍にあるもう一方の物質の座標へ重ね合わせることを意識し、
「……アポーツ」
本来は必要がない言霊を、決意と共に吐き出した。
いつもと同じ、遠くの物質を喚び寄せる感覚。しかし、いつもと違うのは、視界が閃光に包まれたことだった。膨大なエネルギーが凝縮し、結実し、それまで認識していた対象が認識できなくなる。
「こ、これは……っ!?」
夕呼が発生している現象と観測データを見比べながら声を上げる。しかし、その声は恐怖によるものではないのは気のせいだろうか。
この何が起きているのか分からない現象に不安を感じていると、少しずつ発光現象が収まり始めたことに気づく。どうやら先ほどまで感じていたエネルギーが暴発する、といったようなことは起きないようである。
やがて謎の現象が終息するとそこにあったのは、現象が起きる前とまったく同じ形をした物質だった。しかし、
「……ふふ……ふふふっ……あーっはっはっはっはっはっ!」
一体何が起こったのかと悠平が呆然としていると、突如夕呼が高笑いを始めた。
「アンタ最っ高よ!まさかこんな現象にお目にかかれるなんて思ってもいなかったわ!」
夕呼は悠平に観測の結果を興奮した口調で伝え始めた。
悠平がアポーツによって二つの物質の座標を重ね合わせた瞬間、二つの物質はそれぞれ
「さしずめ量子融合現象、とでも言ったところかしら。我ながら安直なネーミングだけど、そうとしか言いようがないわね。詳しく調べてみないと分からないけど、これによって生まれた物質は融合前の物質とはまったく違うはずよ」
夕呼によると悠平の能力の根源は物質の量子化と再構成ではないかということだった。もしこの仮説が正しいとするならば、悠平がこの世界にやってくることができた理由も推測が立つという。
それぞれの世界には因果律が流入する小さな穴が開いているらしい。悠平の自論であったあの仮説が正しいのならば、元々この世界へ通じる穴は最初から開いていた可能性がある。悠平は自らを量子化することでその穴を通り、この世界へやってきたのだ。
悠平は量子化という言葉を聞いて、
(まさか、自分がそんなとんでもないことをしていたなんてな……)
悠平が新たに発覚した事実に難しい顔をしていると、ふとあることに気がついた。
量子化することで世界の穴を通り、この世界にやってきた。つまり、同じことができれば元いた世界へ帰ることも可能なのだ。
「……帰りたくなったかしら?」
夕呼もそのことに気づいていたようで、そう尋ねてくる。しかし、
「――いえ、あの世界にはそんなに未練はありませんし……こっちに守りたいモノもできてしまいましたから」
それはこの世界に骨をうずめるという決意。元々、自分が住んでいた家に自分以外の者は
それを聞いた夕呼は恥ずかしいやつとでも言いたそうな顔で、しかしどこかやさしい目で悠平を見ていた。
「……そ。じゃあ実験の続き、行きましょうか」
「え、まだやるんですか……?」
「当たり前でしょ?データはいくらあってもいいのよ。それに、これをうまく利用できればブレイクスルーだって夢じゃないわよ」
悠平はまだ不安を取り除ききれてはいないが、データを見る限り量子化による融合で爆発事故は起きないと言われ、腹をくくるのだった。
武はここ数日、どこか疲れた様子の悠平を少し心配していた。悠平が言うには夕呼の実験によるただの気疲れらしい。
そして武は今、その夕呼に呼び出されハンガーへ向かっている途中だった。執務室へ呼び出されるのならばいつものことではあるが、ハンガーに呼び出されたことなど数えるほどしかない。一体何の用なのかと首をひねっているといつの間にかハンガーにたどり着いていた。しかし、なにやら騒がしい。
周りを見回してみると整備班が慌ただしく作業をしており、夕呼がそれを直接指示していた。
「あら、やっと来たのね」
武に気づいた夕呼が声をかけてくる。
「直接作業の指示をするなんて珍しいじゃないですか。それで、俺に用って何です?」
武が尋ねると夕呼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。また何か思いついたのだろうか。
「気づかないかしら?ハンガー内を良く見てみなさい」
夕呼に言われてハンガー内を見渡してみる。ハンガーには整備中と思われる計
(うん?六機だって?)
武、悠平、ネージュ、ユウヤ、イーニァの五人しかいないため、不知火は五機のはずだ。しかし、不知火はもう一機存在している。しかもこの不知火、良く見てみるとあちこち形状が違うのだ。
見慣れない不知火に武が首をひねっていると夕呼が答えを教えてくれる。
「こいつは不知火・弐型。あのブリッジス少尉がテストパイロットを務めた日米合いの子よ」
武は目の前にあるこの不知火が噂の弐型であるとようやく気づいた。不知火・弐型は帝国の次期主力戦術機候補の一つである。しかし、何故そんなものがここにあるのか。
「こいつは、殿下からアンタへの誕生日プレゼントだって贈りつけてきたのよ。アンタ相当気に入られてるみたいね」
夕呼がさぞ面白そうに理由を教えてくれる。
(……待て。殿下だって?)
殿下こと煌武院悠陽は征夷大将軍であり、現在の日本帝国の象徴でもある。武はかつて帝国で発生したクーデター――12・5事件の折に接点を持ち、武に足りなかったものを教えてくれた者の一人だった。
しかし、双子の妹である冥夜を結果的にとはいえ守ることができなかったため、多少なりとも負い目があった。そんな武にわざわざこんなプレゼントを送ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「これでますますがんばらないといけないわね」
夕呼が挑発するように黙り込んでしまった武に声をかける。
「……えぇ。ここまで期待されちゃ、がんばらないわけにはいきませんよ」
これまで自らに様々なことを教えてくれた者たちの言葉を己の内で反芻し、武は拳を握った。
霞はハンガーの入り口に隠れ、わなわなと震えていた。
(殿下からのプレゼントが不知火・弐型……っ?)
霞も悠平とネージュに協力してもらって武の誕生日プレゼントを用意していたが、殿下の圧倒的な贈り物にすっかり圧倒されてしまっていた。
衛士である武に新鋭機である不知火・弐型は非常に嬉しい贈り物だろう。それに比べると、霞は自分が用意したプレゼントが霞んで見えてしまっていた。
(……いえ、大丈夫です。あんなに恥ずかしい思いをして用意したんですから、タケルさんもきっと喜んでくれます)
霞は気を取り直して、武が一人になったときに渡すため一人勇気を振り絞る。
不知火・弐型に新型関節を実装することを夕呼から聞いた武は弐型に乗れる日が来るのが楽しみになっていた。
弐型の話はユウヤから聞かされており、以前から一度乗ってみたいと思っていたのだ。
年内には夕呼が手配した残り四機の弐型も搬入されるという話だ。弐型での新型関節運用データは後に帝国軍で行われる弐型運用テストのデータとの比較に使用されるらしい。
武は自室に戻る道を一人歩いていると、背後に誰かの気配を感じた。
気になり振り返ってみると、通路の影からうさ耳のようなものがひょっこり覗いていた。
「何やってるんだ、霞?」
声をかけるべきか少し悩んだ結果、声をかけることにした。何か言いにくいことでもあるのだろうか、恐る恐るといった感じで霞が姿を見せた。
「あの、タケルさん……その……」
頬を赤く染め、もじもじしながら霞が上目遣いで見つめてきて、武は己の心臓が跳ね上がるのを感じた。
やがて意を決したのか、ぎゅっと目を瞑った霞は何かを武に差し出した。
「誕生日、プレゼントです……よければお守りにしてください」
武は差し出されたものを受け取って絶句してしまった。
霞からの誕生日プレゼントは写真だった。そこはいい。しかし、写真の中の霞は頬を恥ずかしそうに染め、大事なところがきわどいレベルで隠された、ほとんど肌色しか見えない写真だった。
「戦士はこういうものをお守りにするって、ミカナギさんが教えてくれて……ネージュに撮ってもらったんです」
武が固まっていると霞が恥ずかしそうにもじもじしながら経緯を教えてくれるが、ほとんどが武の耳を素通りしてしまっていた。
銀髪美少女のヌード写真をお守りにするのは非常に恥ずかしく、しかし、霞のお願いを断ることもできない武は長い葛藤の末、誰にも見つからないようにこっそり持ち歩くことを霞に約束した。
2002年も終わりを迎えようとする頃、ハンガーには五機の不知火・弐型がその勇壮さをアピールするかのように屹立していた。ユウヤはその懐かしい姿を見てある疑問を覚えていた。
「日本はフェイズ2を候補に採用していたはず……でも、これはフェイズ3じゃないのか?」
そう、このハンガーに立っている不知火・弐型は全てフェイズ2ではなくフェイズ3の姿をしていた。フェイズ3は盗作の疑いがかけられ、結局帝国では弐型フェイズ2の採用が決まったはずなのだ。ユウヤが疑問に思うのも無理はない。
「中身はフェイズ2のままでフェイズ3なのはほとんど
疑問に答えてくれた夕呼が説明を続けていく。いわく、来年に行われる予定である甲20号――鉄原ハイヴ攻略作戦において新型関節実装型と通常型の性能比較運用テストが行われるのだという。しかし、フェイズ3の形状のほうが今後のことを考えて都合がいいことに気づいた夕呼が新型関節実装型のほうだけフェイズ3の見た目に換装させたのだ。無論、それに合わせて中身も多少いじってあるため、実際には不知火・弐型フェイズ2.5改とでもいうべき代物になっている。これで問題は起きなかったのかと問うが、製造時にかかる手間やコストに変化がないことは確認済みであり、この結果次第でフェイズ2.5改が採用される可能性もあるという。なお、盗作疑惑に関しては夕呼がすでに対策済みであり、疑惑のあった機能さえ実装しなければ問題ないことになっている。
ユウヤは夕呼の手回しのよさに身震いしたが、久しぶりに
「またよろしくな、相棒」
ユウヤはかつての仲間たちと共に育て上げ、そして現在の仲間たちと共に集めたデータから誕生した新たな相棒に期待を寄せていた。
フェイズ2よりフェイズ3出したかったんです。
霞の大胆さが爆発しました。あんな写真持ってるところを他の人に見られたら殺されそうですね……
そして主人公の能力。初期設定では割と普通のテレポーターだったのに、ついやってしまいました。これでますます主人公がチートくさく……まぁ元からだし、いいか。……いいよね?
○追記
フェイズ3の見た目を選んだ理由をでっち上げる関係で言い回しを若干修正しました。
そのうち理由も明かされると思うのでご都合主義的にお待ちください(ぉ
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第十七話「カウントダウン」
不知火・弐型フェイズ2.5改と暫定的に呼ばれることになった機体の慣熟テストの最中、ユウヤはフェイズ3と同じ見た目とは違って中身はほぼ完全にフェイズ2であることに気づいた。違いは精々装甲の形状と可動兵装担架の数と配置、ナイフシースくらいだろう。確かにこれはフェイズ3の
ユウヤは機体を加速させた。関節に負荷のかかる三次元的な戦闘機動を次々に試していく。
加速。急減速。急上昇。反転。急降下。関節で着地の衝撃を完全にいなし、立ち上がる反動を利用して急加速。ビルの側面を蹴って宙返りをしつつ、他のビルの側面を蹴ってそのまま最大噴射。急制動。肩部スラスターとジャンプユニットを噴かして高速反転。再び急加速。
かつての弐型フェーズ2ではすぐに関節をダメにして整備兵に殺されそうな機動を軽々とこなしていく。
「すげぇ……すげぇよ、不知火!これが今のお前なんだな、相棒!」
新型関節によって常に全力を発揮することができるようになったXM3。そして、それらの恩恵を最大限に受けたこの不知火とならばユウヤは更なる高みへ上れる。そんな予感を抱いていた。
「今日も飛ばしてたな、ユウヤさん」
「そりゃ、弐型に一番思い入れがあるのはユウヤだろうからな……今日も近接格闘が一番強いからって理由でネージュに頭下げてまで居残りシミュレーター訓練付き合ってもらってるし」
イーニァは二人のシミュレーターを操作する役を買って出たため、武と悠平は一足先にPXへ向かっていた。すでに甲20号攻略作戦開始は一ヵ月後まで迫っており、不知火・弐型フェイズ2.5改――弐型改での調整も万全に整っている。
しかし、武には心配事が一つあった。
「なぁ、少し顔色悪いぞ。また夕呼先生の実験か?」
そう、悠平の顔色が悪い。おそらく疲れが取れていないのだ。以前も似たようなことがあったが、あの時も夕呼の実験が原因だったのだ。ならば今回もその可能性を疑うのは当然の道理だろう。
「実験、といえば実験なんだけど……今、ちょっとある研究を任されててな。もうすぐ成果が出そうだから、攻略作戦までには体力を戻すさ」
悠平はそう言って笑みを浮かべた。疲れてはいるようだが、とても充実しているようだ。聞けばネージュも差し入れなどを行っているらしい。
武は悠平が夕呼に少しでも研究を任されているということを羨ましく思った。あの夕呼が任せるくらいなのだから、悠平は思った以上に優秀なのかもしれない。しかし、己の頭では戦闘面では役に立てても研究などはとても手に負えないだろう。己の頭のできは自分自身が一番よく分かっているのだ。
「よし、今日は俺がメシを奢ってやるよ!たくさん食って体力回復させとけ!」
武はそう言って悠平の背中を叩いた。自分でやっておいてなんだが、京塚曹長のような物言いに武は少しだけ懐かしいものを感じていた。
悠平は量子融合現象を利用したある研究のために丸一日研究室に閉じこもることがあった。その甲斐あって量子融合現象に一定の法則を見出し、必要な融合サンプルも十分なものが用意できたのだ。そしてついに、研究の最終段階へ移行しようとしていた。
研究の内容は、ムアコック・レヒテ機関に代わる抗重力機関の開発とそのために必要な物質の生成。悠平はこの研究を任された際、横浜基地に残されていたわずかなグレイ・イレブンのおよそ半分と各種G元素を少量ずつ預けられていた。
凄乃皇の主機であるムアコック・レヒテ機関は通常、グレイ・イレブンを燃料として使用し、グレイ・イレブンに反応を起こさせることで稼動する。しかし、反応を起こすということは燃料として消費するということでもあり、それは凄乃皇のもっとも大きな弱点でもあった。今現在、BETAにしか生成できないG元素を手に入れるためにはハイヴを制圧するしかなく、凄乃皇はハイヴの制圧に使用される決戦兵器であるにもかかわらず、ハイヴからグレイ・イレブンを手に入れなければ使えないのだ。
夕呼はその問題を解決するために悠平の能力を使用してグレイ・イレブンの生成ができないかと考えた。しかし、BETA由来の物質の生成はやはり無理があるのか、すぐに研究は行き詰まってしまったのだ。
そこで悠平はグレイ・イレブンを生成するのではなく、グレイ・イレブンを他の物質と量子融合させることで特殊な素材を作り、グレイ・イレブンを燃料として消費しない主機の開発ができないかと考えたのだ。その提案を聞いた夕呼はすぐに各種G元素や様々な物質を用意し、悠平に与えたのだ。
連日連夜、融合と実験を幾度も繰り返した結果、半ば偶然ではあるが、グレイ・イレブンを複数の物質と一定の配分で量子融合させると、電気エネルギーを通すことでカルーツァ・クライン・エコーが一種の磁界のようなものを形成する素材を生み出すことに成功した。一つでは特に使い道がなかったものの、磁界のような波形から磁石のようにプラスとマイナスが存在するという仮設を立て、同極同士を共鳴させることでごく小規模ではあるが重力偏差の発生を確認したのだ。
この結果からついに悠平は重力制御とラザフォード場発生実験の装置を完成させ、実験に移ろうとしていた。
「で、あれが横浜に残っていたグレイ・イレブンの半分を使って作った実験装置ってことね?……思ったより小さいわね」
「まぁ、そもそもグレイ・イレブンの量が量なので……それに使用したグレイ・イレブンの量と電力によって出力が変化するというところまではわかってるので、あとはラザフォード場が発生するかどうかですね」
少なくとも、低出力実験の際はムアコック・レヒテ型と同様の出力パターンの確認が取れていた。あとは現状で理論上、重力制御とラザフォード場の発生が可能な出力を持たせた装置での実験だけだった。
予想外のことが起きても対処ができるよう、実験は武たちがかつて総戦技演習を行った島の近くで行われることとなった。
「まもなく実験装置の設置が完了します」
ピアティフの声がインカムを通して聞こえてくる。悠平と夕呼、ネージュの三人は実験観測用の船にいた。遠く離れた位置にあるもう一隻の船は実験用の装置を載せた小型の実験艦だ。ピアティフを含めた数人の技師はそちらで装置の設置を行っていたのだ。
「設置が完了次第、ボートでこちらに移ってください」
「了解しました」
悠平の手は緊張に震えていた。理論上はこれで抗重力機関として機能させることができるはずだが、それが誤りであった時のことを考えると落ち着かないのだ。
「少しは落ち着きなさい。アンタがそんなんじゃ他の連中も緊張するじゃない」
「ですが、もうグレイ・イレブンの余裕はありません。これが失敗したら次につなげられるかどうか……」
「アタシが見た限りじゃ理論に問題はなかったわ。あとはあの装置がうまく機能するか、それだけよ」
夕呼が腕を組み、静かに実験艦を見つめる。
「……大丈夫です、ユーヘー。この作戦は成功します」
ネージュは悠平の手を握りながら答えた。心なしか言葉から自信のようなものが感じられる。
「へぇ……信じてるのね」
夕呼が笑みを浮かべるが、悠平はネージュが未来予知で結果を見たのかと思っていた。しかし、それを読んでいたかのようにネージュからのプロジェクションで違いますと否定される。
「……女の勘です」
そう言ったネージュの唇が小さく笑みを浮かべていたことに気づいたのは、常日頃からネージュと共にいた悠平だけだった。
「ミカナギ型とでも名づけましょうか」
実験の成功を確認した夕呼は突然そう言った。悠平は突然自分の名前が出てきたことに混乱し、固まっているようだ。
「アンタの理論を元に、アンタが設計した実験装置で成功したんだから、アンタの名前をつけるのは当然でしょ?」
夕呼はそう言い切った。事実、ムアコック・レヒテ型も元はその研究を行っていた人間の名から取られている。G元素にしても発見者の名前がつけられているのだ。
「え、あ、でも……まだ重力制御とラザフォード場の展開に成功しただけで、主機としては……」
そう、確かに悠平が可能にしたのは重力制御とラザフォード場の展開の二つだけだ。それだけでは主機としては使うことができない。ならば、足りないものは補えばいい。夕呼は以前、自力で新しい抗重力機関の開発を行っていた際に副産物で超高出力ジェネレーターを生み出していた。それは戦術機に載せるには少々コストが高すぎ、かといって凄乃皇の主機にするには機能が足りなかったものだ。しかし、今回の実験で得られたデータを元に抗重力機関を組み上げ、超高出力ジェネレータと接続してやれば凄乃皇を作り上げることができるのだ。
今回のラザフォード場展開時のデータはムアコック・レヒテ型のものと一致してるのは観測中に確認済みだ。ならば00ユニットの稼動データから作り上げたあのシステムで安定した制御も可能だろう。
「まぁ、実際に組み上げて運用試験をしてみないと確実なことは言えないんだけど」
そこまで説明すると、夕呼は照れくさそうに笑みを浮かべた。素直に感謝するのは苦手なのだ。
「こんなに早くここまでこぎつけるとは思ってなかったわ……アリガト」
これで理論は準備ができた。あとは甲20号作戦を成功させ、鉄原ハイヴのグレイ・イレブンを手に入れるだけである。
作戦開始まで後一週間となった頃、ユウヤは夕呼にB27フロアにある技術開発ブロックへ呼び出されていた。ユウヤはそこまで行けるような高い権限を与えられてはいなかったが、悠平が一緒に行くことで一時的に通れるようになったのだ。
「こんな地下深くにあるのか……かなり厳重なんだな」
「ここで扱ってるのは機密性の高いものだからな。場合によっては知るだけで消されかねないものもあるから、下手にドアを開けないように気をつけたほうがいいぞ」
ゲッ、と顔を歪めたユウヤはいくつかあったドアを気にしないように努めた。
しばらく通路を歩いたユウヤたちは真っ暗な部屋の入り口に立つ夕呼に気づいた。
「待っていたわよ、ブリッジス」
「このようなところで、自分に何か用ですか?」
「えぇ、アンタに見せたいものがあってね」
そう言って夕呼は真っ暗な部屋の中へ足を向けた。悠平が夕呼の後についていくのでユウヤもおとなしくついていく。
部屋の中央らしき場所にたどり着くと、目の前に何か巨大なものがあることに気がついた。しかし、周りが真っ暗なのでそれが一体何なのか判断がつかずにいると、夕呼が小さく笑った。
「アンタに見せたかったのは、これよ……御巫!」
夕呼が合図をすると視界が閃光で白く染まる。目が突然の光に驚いたのだ。徐々に光に慣れ、視界が回復し始めるとユウヤは目の前にあったものに目を丸くした。
「これは……っ!?」
それは、巨大な銃。戦術機用の武装だった。銃身はそれなりに長く、銃の後方底部にはマウントアームらしきものも確認できる。
「これはEML-03X――試製03型電磁投射砲。帝国ではなく、横浜製の電磁投射砲よ」
「……なんだって俺にこんなものを見せる?」
少しの間呆然としていたユウヤが気を取り直したように夕呼に尋ねた。しかし、夕呼は当たり前のことを言うように口を開いた。
「当然、アンタに甲20号攻略作戦でこれの試射を行ってもらいたいからよ」
ユウヤにはかつて、試製99式電磁投射砲の試射を行った経験があった。ならばユウヤにこの新しい電磁投射砲の試射が回ってくるのは当然のことだろう。しかし、試製99型にくらべれば小型ではあるが取り回しは難しそうであり、マウントアームがあることから反動も大きく、武装も制限されるだろう。
こんなものを装備して比較テストになるのか、とユウヤは無言で考えていると夕呼が新型の電磁投射砲についての説明を始めた。
この試製03型は120mmではなく36mmの砲弾を使用しており、ジェネレーターも99型以上の高出力小型化に成功している。フォアグリップに見える部分の内側には温度を常に一定に保とうとする特殊な液体が満たされており、それが巨大な冷却装置代わりとなっている。そしてその最大の特徴はマウントアームに見える可動兵装担架であり、非使用時はアームを折りたたむことで電磁投射砲を背部にマウントすることができる。当然、電磁投射砲を背部にマウントしている状態ならば他の武装を使用することもできるし、デッドウェイトとなる場合はパージすることもできるという。ベルト給弾システムではなくマガジン式を採用しているため邪魔な取っ掛かりも存在しない、運用データさえ集まれば即実用化が可能なレベルの兵器だった。
ただし、120mm弾ほどの射程はなく、連射性能ゆえにすぐにマガジンが尽きるという弱点も抱えている。その反動の大きさから、戦闘機動を行いながら使用できるのは新型関節を実装した機体のみであることも弱点になるだろう。しかし、そんなものは99型に比べれば全然マシだとユウヤは思った。光線級を相手にするのでなければある程度接近してしまえば、電磁投射砲の威力で殲滅してしまえるのだ。装弾数にしても、マガジン式を採用したことで補給を容易にしている。そして、ユウヤにとってもっとも重要だったのはこの電磁投射砲を装備したまま従来どおりに戦うことができるということだった。多少バランスはとりにくくとも、それができるのとできないとでは大違いだからだ。
だからユウヤは、テストパイロットの矜持にかけて電磁投射砲の試射を請け負った。
というわけで甲20号攻略作戦の開始と凄乃皇の完成、両方のカウントダウン回でした。
ご都合主義な展開や兵器もだいぶ増えてきましたが、果たして受け入れてもらえるのかどうか……
だいぶストーリー加速してきたかなー?
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第十八話「駆ける者たち」
茜とあきらの会話とかがハイヴ内であったらしいですが、読んでないのでわかりません。どうしよう……
戦術機母艦の甲板から月を見上げながら、武は出発前に夕呼から聞いた話を思い出していた。
「え、涼宮たちが……!?」
「えぇ。不知火・弐型と月虹の実戦運用試験に富士教導団の衛士として参加するわ」
涼宮茜。A-01時代の戦友の一人にして数少ない生き残りだ。夕呼の話では宗像美冴と風間祷子、そして武は会ったこともないがもう一人のA-01の生き残りも参加するという。彼女たちは挨拶もなしに転属してしまったため、富士教導団に引き抜かれたと聞いたときは驚いたものだった。
そして未確認ではあるが、A-01の部隊長を務めていた伊隅みちるの妹、伊隅あきらの所属する第31戦術機甲部隊も甲20号攻略作戦に参加するらしい。一つの戦場に、武にとって縁が深い者たちが集まるのだ。
(運がよければ、戦場でばったり鉢合わせるかもしれないな……)
久しぶりに会いたいという気持ちと、弐型と弐型改の比較相手として負けられないという気持ちを抱いて、武は一人月を眺め続けていた。
悠平はネージュを伴って電磁投射砲のチェックを行っていた。この電磁投射砲には夕呼が抗重力機関の研究の際に生み出した副産物である超高出力ジェネレーターを小型化したものが搭載されており、凄乃皇に搭載する際にミカナギ型抗重力機関の一部として組み込むこともあってその整備を任されているのだ。元のサイズならば凄乃皇の荷電粒子砲の電力すら賄える超高出力ジェネレータだが、電磁投射砲の内部に納まるほどの小型化を行っても36mm弾の使用ゆえの射程の不利を補うほどの出力を与えていた。
整備が一段落し、ネージュと二人で体を伸ばしていると二人に水の入ったボトルが投げ込まれた。
「おつかれ。調子はどうだ?」
「ジェネレーターは問題なしだ。あとは冷却システムのチェックだな」
様子を見に来た武に悠平は今も整備兵たちが作業をしている冷却システム部分を指し示した。
銃で言えばフォアグリップにあたる部分に内蔵された冷却システムは、そのほとんどがある液体の性質に依存したものとなっている。その液体は、常に温度を常に一定に保とうとする性質を持っており、その強制力は非常に高いものであるという。しかし、その液体の本来の使用目的は別にあり、電磁投射砲に使用するために作られたものではなかった。
「人工、ODLだってっ?」
武はこのタイミングで聞くとは思っていなかった名称に目を丸くしていた。
ODL。それは00ユニットの量子電導脳を保護し、冷却材としても使用されたBETA由来の技術。量子電導脳の稼働率や時間経過によって劣化するため、そのたびに交換・浄化が必要になるものだった。しかし、00ユニットが稼動していた当時、浄化や交換のためにはハイヴの反応炉に接続せねばならず、これによってBETAへ情報が漏れるという致命的な問題が発覚したことで甲1号目標――オリジナルハイヴの攻略を敢行しなければならなくなったのだ。
夕呼は第二、第三の00ユニットが必要になる可能性を考え、その結果生み出された代替物が、現在電磁投射砲に使用されている特殊な液体――人工ODLだった。00ユニットのために生み出したものが別の用途でも役に立つというあたりが、夕呼の天才たる所以の一つなのかもしれない。
「これがあの時にあったら、純夏は今もこの世界で生きていたのかな……」
「さあな……所詮それはこの時間に生きている俺たちには確認できないIfの可能性だ。どうしても確認したければ、今ある成果を持ったまま過去へ行くしかない」
「因果導体じゃなくなった俺には、無理な話かぁ。なら、今を精一杯足掻くしかないな」
「……だな」
武の声には過去を想う悲しみが含まれていたが、同時に今を受け入れ、生きる覚悟も秘められていた。今の武は霞のためにこの世界にいるのだ。しかし叶うことならば、こんな世界でも純夏と霞の二人共が武と共に幸せに生きられて武の仲間たちも生き残る、そんな
2003年4月10日、甲20号攻略作戦――
鉄原ハイヴ周辺に展開していた無数のBETAめがけて
そして次にやってきたのは、通常弾の雨だった。降り注ぐ砲弾の雨をレーザーが貫くことはなく、大地は爆ぜ、BETAを食い破り、屍を蹂躙する。それは海に展開した艦隊からの支援砲撃がなせる圧倒的な嵐だった。内陸では艦隊からの支援が届かないため、こうはいかない。
しかし、それでもまだ無数のBETAが大地を埋め尽くさんとしてくる。最初に展開していたBETA群は大幅に数を減じてはいたが、後から後から湧いてくるのだ。
再びBETAが展開するのを阻止するため何機もの海神が海岸線に上陸し、確保した上陸地点へ戦術機母艦から発進した部隊が次々に上陸、戦線を構築して押し上げてゆく。
BETAの勢いは戦闘が始まってまだ間もないこともあって衰える様子は見られない。しかし、それは展開された戦術機も同じだった。否、同じではない。これまでのどの作戦よりも機敏に動き、BETAを圧倒していた。今回、帝国軍と国連軍の参加部隊は全機にXM3が搭載されているのだ。衛士の戦死者をこれまでの半数にまで減じる、奇跡のOS。それはたった一人の訓練生だった男が世界にもたらした希望の一つだった。
そして今、その希望をもたらした男もまたこの戦場を仲間たちと共に駆けていた。
作戦がハイヴの
「クソッ、新しいOSじゃなかったら出てきた瞬間にやられていた!?」
帝国軍衛士が動き回りながら突撃砲を連射する。彼の乗る撃震は旧OSの頃と比べて遥かに思い通りに動くようになった。しかし、撃震は改修が施されているとはいえ第一世代機でしかなく、その動きは徐々にBETAの物量についていけなくなっていく。
「隊長!ここは一度後退しましょう!このままでは持ちませんっ!」
他の衛士たちが隊長に進言する。しかし、隊長は後退命令を出すわけには行かなかった。
現在、地中侵攻してきたこのBETA群はこの小隊を狙っているように見えた。その小隊が後退してしまえば、このBETA群を引き連れて一緒に移動してしまうのだ。ならば取れる手段は一つ。ここでこのBETA群を釘付けにして援軍が来てくれるまで耐えるしかないのだ。
しかし、わずか一個小隊では全滅するのも時間の問題。これだけの数のBETAを相手にするのに兵站もかなりの勢いで消費していっている。XM3がなければ地中侵攻を回避できていたとしても、とっくに全滅していただろう。
どれだけ時間がたったのか、それともまだ数分もたっていないのか判断がつかなくなりつつあった頃、ついに限界が訪れた。
「うわぁぁっ!?」
仲間の悲鳴にとっさに状況を確認する。
どうやら撃墜されたわけではないらしいことにわずかばかりの安心を覚えたが、右膝から下の部分が破壊されていた。これではまともに動くこともできないだろう。
「お前は後退しろ!ここは俺たちだけで持たせる!」
「で、ですが、この数を三機だけでは……っ!?」
「ここでむざむざ死なせるわけにはいかん!今は一人でも多くの衛士が生き残らねばならんのだっ!」
もはや人類に長期戦を行えるほどの余裕はほとんどない。ならば、一人でも多くの衛士が生き残ることが重要なのだ。無論、隊長もここで死ぬつもりはない。たった三機であってももう少し位は持つだろう。
「HQ!増援部隊はどうなっている!?」
隊長がわずかに焦りを見せながらHQに尋ねた。
「現在、国連軍の一個小隊と帝国軍の一個中隊がそちらに向け移動中です!国連軍のほうはまもなく到着します!もう少しだけ持ちこたえてください!」
帝国軍衛士は唇をかんだ。国連軍が、それもわずか一個小隊で援軍に来る。時間稼ぎくらいにはなるだろうが、状況の打開にはまず戦力が足りないだろう。この帝国軍衛士は国連軍があまり好きではなかった。凄乃皇という強大な力を持つ兵器が佐渡島ハイヴのモニュメントを吹き飛ばした時は取り戻せるかもしれないと思った自らの故郷が、最終的には消し飛んでしまった。なんらかのトラブルがあったのだろうが、それでも故郷を消し飛ばしてしまった国連軍を許すことができずにいたのだ。
そんな思考に沈みかけていた帝国軍衛士は隊長の声によって現実に引き戻された。
「避けろっ!03……っ!!」
気がつくと目の前には要塞級の太く鋭い脚が迫っていた。もはや回避は不能――
閃光が煌めいた瞬間、目の前に迫っていた要塞級の脚が吹き飛んだ。
帝国軍衛士は半ば呆然としていた。通常、破壊することは非常に困難なほどの硬度を持つ要塞級の脚が目の前で吹き飛んだのだ。それだけではない。周囲を確認すると、小隊を取り囲もうとしていたBETA群の一角が一筋の閃光によってあっという間に弾け飛んでいったのだ。
「うわぁぁああっ!?た、助けてくれぇええっ!!」
悲鳴を聞いて慌てて仲間を確認すると、片足を失った機体に複数の戦車級が取り付いていた。
「チィ……ッ」
とっさに短刀で戦車級を払おうとするも、バランサーがイカれているのかホバリングしている仲間の機体がフラフラと揺れて狙いが定められないでいた。
「……そこの機体、どいてください」
突然女の子と思われる声で名指しの通信が入ると、見慣れない機体が目を奪われるような動きで長刀を仲間の撃震にむかって振りぬいていた。帝国軍衛士には一瞬、仲間の撃震が戦車級ごと切り裂かれた光景を見た気がしたが、切り裂かれたのは機体に取り付いていた戦車級だけ。あれだけ不安定な状態である撃震に取り付いていた戦車級だけを切り伏せて見せた謎の機体は止まる気配を見せず、そのまま周囲のBETAを切り伏せにいった。その様子は幼い頃に見た斯衛の剣舞を髣髴とさせた。
「こちらは国連軍横浜機関所属実験開発部隊、エインヘリアル小隊隊長の白銀武中尉です!これよりそちらの隊を援護します!我々がこのBETA群の相手をしている間に接近中の帝国軍中隊と合流してください!」
謎の機体の部隊を率いる隊長からオープンで呼びかけられた。どうやら若い男のようだ。戦域情報を見てみると、どうやら五機編成の小隊らしい。
(実験開発部隊なんて後方の甘ちゃんじゃないか!?そんなやつらがたった一個小隊で、こいつらを……!?)
こうしている間にも見たこともないような戦闘機動で駆け回り、ものすごい勢いでBETAを駆逐するエインヘリアル小隊。その勢いはこのまま自分たちが後退しなかったとしてもそのまま片をつけられるのではないかとすら思えるほどだった。
「そうか、あなたが……わかりました。ここは白銀中尉に任せます」
隊長がひどく感心したような声で相手の隊長へ戦場を預けた。片足を失った撃震を守りながら後退を開始した隊長に続いて後退を開始する中、帝国軍衛士はなぜ隊長がこうも簡単に後退を決めたのかを疑問に思っていた。
「……隊長、なぜあの部隊に任せて後退したんですか?見たことのない機体でしたが、たった一個小隊では……」
同じ疑問を覚えていたらしい、隊長と共に破損機を守っていたもう一人の仲間が尋ねた。
「名前で気づかなかったか?あの男はXM3の発案者だ。新OSのトライアル中に起きたBETAの襲撃時にも、単機で武装もなしに大量のBETAを足止めして実弾を装備した部隊の到着まで時間を稼いでみせたという逸話を持っている」
帝国軍衛士はそこまで聞いてようやく思い出した。XM3を生み出した者の一人であり、何がしかを知るらしい一部の者からは英雄とまで称えられている男。それがあの白銀武なのだと。
ユウヤは戦闘を行いながら己の機体に装備された電磁投射砲のことを考えていた。初めて見た時は気がつかなかったが、渡された資料を見てこの電磁投射砲は弐型改用に作られていたのを知ったのだ。
通常、可動兵装担架は背中の二箇所だけだが、弐型改はYF-23ブラックウィドウⅡと同じく両肩に二箇所ずつ追加されており、最大六箇所まで同時使用ができる。この電磁投射砲は背部にマウントし、発射時の衝撃に耐えるために兵装担架の接続部を二箇所使用しているのだ。つまり、右肩の兵装担架システムを二箇所とも使用して支えているのだ。そんな状態で従来どおりの動きを行えるのは新型関節を実装されたこの弐型改だけだろう。弐型フェイズ3であっても、従来どおりの関節を使用している限り、この電磁投射砲を扱うことはできないのだ。
(なるほどな……これは確かにこいつじゃないと試射できないな)
空になった電磁投射砲のマガジンを交換しながら、ユウヤは弐型と弐型改の比較について考える。新型関節を実装したことにより、XM3による高次元高負荷の機動を無理なく行えるようになった弐型改。この電磁投射砲をまともに運用できるというだけでも通常の弐型よりもはるかにアドバンテージがあるだろう。ならば、
(あとは俺たちの技量次第、ってことだよなぁ!)
ユウヤは獰猛な笑みを浮かべ、次の獲物へとトリガーを引いた。
というわけで弐型改の利点とかご都合主義的に用意してみました。
書いてから気づいたけど、イメージ的にはランチャーストライクみたい。左肩にも載っければ二門同時発射とか、ロマンですねぇ……背中にも兵装担架つければ重装型不知火・弐型フェイズ2.5改かなぁ。
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第十九話「いつかまた戦場で」
でもやっぱりあっさり戦闘。
国連軍の遊撃部隊が光線属種による奇襲で瓦解しそうになっていた戦線を光線級吶喊で立て直したり、地中侵攻で壊滅しかけた部隊を助けてそのままBETA群を壊滅させたりしているらしい。
仲間たちから情報が伝わってくる。誰もお喋りを咎めないのは、戦意高揚の目的もあるからだろう。実際にその部隊に助けられた者たちから様々な情報が入ってくる。
いわく、五機編成の一個小隊である。
いわく、隊長は年若い男である。
いわく、どこか不知火に似ているが見たこともない機体である。
いわく、全機とも筆舌に尽くしがたい戦闘機動と技量である。
それを聞いた茜は、その中にいるであろうかつての戦友を想い、思わず笑みを浮かべた。
(元気にやってるみたいね、白銀)
かつて水月がいた
すでに地上での戦闘はほぼ終息し、BETAの地中侵攻もすでに打ち止めという段階まで来ていた。まだ油断はできないが、戦闘の中心はハイヴ内へと移り始めている。反応炉破壊後の残存BETAの移動に備え
突入準備を進めていると、武の部隊に関する情報が入ってきた。どうやら武の部隊名はエインヘリアルというらしい。ヴァルキリーズとかけているのだろう。そしてどうやらその部隊が噂の新型関節を実装した不知火・弐型を運用しているらしい。月虹との比較試験を行っている不知火・弐型に乗っている茜にとって、もう一つのライバルというわけだ。
(新型関節がどれほどのものかはしらないけど、今度は負けないんだからね……!)
目指すは最速での反応炉破壊。そしてこれが成し遂げられれば、人類は初めてまともな戦闘で大地を取り戻すことができるのだ。
ハイヴ内を恐ろしい勢いで悠平たちは進撃していた。地面に、壁に、天井に多くのBETAが確認できるが、それらは彼らの快進撃を阻害できるものではなかった。
「これが本物のハイヴの中か……さすがにすさまじいもんだな」
「まだまだこんなもんじゃないさ。偽装横坑や偽装縦坑、果ては母艦級まで出てくるんだからな」
ユウヤの感想に武が反応をかえし、注意を促した。その瞬間を狙っていたかのようにセンサーが反応を捉えた。早速お出ましのようだ。
偽装横坑からBETAがあふれ出してくる。しかし、シミュレーターよりも
あふれたBETA群が地上を目指そうとするのを確認した悠平たちは少し手前にあった横道を目指してBETA群に先行し、一番後ろにいたネージュは横道に入りながら迫り来るBETA群へ起動状態のS-11を投擲した。
起爆したS-11の爆風は悠平たちが隠れた横道へほとんど流れてくることなく、偽装横坑からあふれたBETA群の大部分を吹き飛ばしていた。
「ナイスだったぞ、ネージュ」
悠平が褒めると、ネージュは無言で親指を立ててかえした。相変わらず表情は薄いのだが、一年前とは比べ物にならないくらい表現が豊かになったようだ。
移動を再開し、しばらくすると時折爆発音や振動を感知するようになっていった。どうやらそう離れていない場所で戦闘が行われているようだ。戦域情報を確認するとかなり大規模なBETA群に遭遇したようだが、すでに状況を脱しつつあるようだ。悠平たちに負けず劣らず錬度の高い部隊らしい。部隊コードを確認してみると、富士教導団と第31戦術機甲部隊のものだということがわかった。
「なぁ、これって涼宮茜たちがいる部隊じゃないか?」
「涼宮が?……なるほどな。どおりで錬度が高いわけだ」
悠平の言葉に武が嬉しそうに返す。茜がいるということは祷子や美冴もいるだろう。そして第31戦術機甲部隊といえば伊隅あきらがいる部隊だったはずだ。
「ここからならそう遠くないみたいだが……どうする、合流するか?」
悠平が尋ねると武は逡巡した。きっと本心では合流したいのだろう。しかし、合流することによって一度に壊滅するリスクが上昇する危険もある。反応炉はだいぶ近づいているとはいえ、リスクが少ないに越したことはないのだ。
「……いや、このまま行く。あいつらが近くまで来ているのなら、最低でもどちらかは囮として機能するはずだ。そうなったら反応炉まで到達しやすくなる」
武の決定に悠平たちは頷き、奥へと進撃を続けた。
数度の奇襲を潜り抜け、大広間の一つ手前の広間へ到達したイーニァたちはそこに広がる惨状と戦域情報のマーカーからすでに反応炉へ向かった部隊がいることに気がついた。
「BETAあんまりいないね、ユウヤ」
「確かにな……少し前に感知したS-11の爆発はどうやらこれみたいだな」
「あぁ。でも、油断するなよ。こういうときこそBETAは何かをしでかすんだ」
武はそう言うとわずかに逡巡した。大広間では戦闘が継続しており、S-11の設置作業を行っているのだろう。それを手伝いに行くか迷っているのだ。
「大広間にあまり数を集めすぎるのもまずいか……全機、全周警戒!反応炉に向かったやつらをここで援護するぞ!」
ここでBETAの奇襲が発生すると大広間にいる者たちは窮地に立たされるだろう。それを避けるために武はこの場に留まることを選んだのだ。
イーニァは反応炉にいるらしい者たちの様子を
そこでふと、イーニァは妙なことに気がついた。大広間にある巨大で薄ぼんやりしたなにか――おそらく反応炉だろう。BETAにも思考があるということはすでに証明されており、反応炉もまたBETAの一種であることもわかっている。しかし、
(同じものが、もうひとつある……?)
そう、反応炉と思われる薄ぼんやりとしたものが、もう一つ。それも自分たちの
「……それは本当なのか、イーニァ」
「うん。それにこれ、動いてるみたい……こっちに近づいてる」
「……白銀中尉、気をつけろ」
「ユウヤさん……?」
ユウヤの緊張した態度に武がやや怪訝そうに、しかし、油断のない表情で言葉の続きを促した。
「俺は動く反応炉らしきものに一つだけ心当たりがある……というか、それしか可能性が思い浮かばない」
「……まさかっ!?」
ユウヤの言う可能性、それに気づいた悠平が声を上げた。そして、イーニァもまた、その心当たりに辿り着いていた。
センサーがそれの移動する振動を感知する。振動は徐々に大きくなり、センサーはそれが近づいてくることを示していた。広間の
強烈な閃光が広間を照らし出していた。
「馬鹿な!?ハイヴ内でレーザー照射だとっ!?」
ユウヤが驚愕し、必死に回避行動を取ろうとする。だが、レーザーを照射した
その姿はかつてエヴェンスクハイヴから姿を現し、ユウヤとイーニァを苦しめソ連軍に多大な被害をもたらした超重光線級だった。しかし、かつて猛威を振るった連続照射は通常の光線級の出力にすら届いておらず、ハイヴの壁を焦がすことさえない。また、その動きもデタラメでどこか弱々しいものだった。まるで、未完成の状態で無理に動かしているかのような不完全さ。それはおそらく正しいのだろう。だが、こんなやつを放置するわけにはいかない。
イーニァはその超重光線級が暴走状態にあることをリーディングにより気づいた。不完全な状態で無理に動かしたせいで暴走したのか、暴走したから不完全な状態なのかはわからないが、これはチャンスだった。
「各機、やつの注意をユウヤさんから逸らせ!あのデカブツは電磁投射砲で片付ける!」
このサイズでは36mmでは歯が立たず、120mmでも少々心もとない。それゆえの電磁投射砲だった。
武が分厚い体皮を切り裂き、悠平がネージュと共に傷を抉り、イーニァが追撃を行う。そして、
「ふっとびやがれぇぇぇええええっ!!」
ユウヤの咆哮が広間に轟いた。
反応炉の破壊を成功させた茜たちはこの超重光線級が無残な姿を晒している姿を見て、思わず腰が引けてしまうのはこのわずか数分後のことだった。
2003年4月12日。国連軍・帝国軍統合作戦司令部は反応炉を含む地下茎構造の完全制圧を宣言。人類は初めて奪われた大地を通常兵器だけで取り戻すことに成功した。
茜はその宣言を耳にしながら広間に崩れ落ち、無残な姿を晒していた巨体を思い出していた。動いているところを見たことはなかったが、あれはおそらく桜花作戦が実施された際にソ連軍に多大な被害をもたらした超重光線級だろうと思っていた。
「あれってやっぱり、白銀の部隊がやったんだろうな……」
茜はあんなものを倒せる部隊が他に参加しているとは思っていない。茜たちが大広間から脱出してきた際、周囲には
「反応炉を爆破します!退避してください!」
「了解した!そっちも急げよ!」
このたった一言、それだけだった。だが、あの声は間違いなく武のものだと茜は確信していた。
茜は反応炉の破壊に成功したがまるで武に勝った気がせず、ハイヴを脱出してから完全制圧宣言が出されるまでの丸一日ずっと悶々としたものを抱えこんでいた。
「さっきからぼーっとしているがどうした、恋の悩みか?」
「あらあら、そうなの?お相手はどなたかしら?」
いつの間にか傍には美冴と祷子が集まってきていた。美冴は茜をからかうつもりで声をかけたようだが、祷子はどこまで本気なのだろうか。
「違いますよ!ただライバルのことを考えてたんです!あ、信じてないでしょ!?本当に違うんですからねー!?」
茜は怒ってます、というポーズをつけ、二人に答えた。その顔は怒りながらもどこか笑顔が垣間見えていた。
武は茜にとって目標の一つであり、いつか乗り越えるべきライバルだ。その心に嘘はない。だが、同時に大切な戦友でもあるのだ。
茜は気持ちを切り替えることにした。いつまでも考え込んでいても仕方がないのだ。
(白銀、今回は微妙な結果になっちゃったけど……今度は絶対に負けないんだからね!)
茜の中では今回の性能比較の結果などもはや関係なく、すでに次の勝負が決まっているのだった。
TSFIA読んでないからかなりいろいろ省略&捏造しました。暴走BETAとか出してみたかったのです。……BETA奇行種?
さて、どこまで続けられるのか……本気でわからなくなってきた。
俺は一体どこを終着点にしているんだ……(汗
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第二十話「胎動」
でもそろそろヘタリそうかも。
「アンタ、面白いことやったみたいじゃない」
大陸から戻ってきた悠平はいきなり夕呼から呼び出されたかと思うと、突然こんなことを言われたのだ。初めは何のことかわからなかったが、話を聞いていると超重光線級との戦闘のことを言っているのだと分かった。
あの時、32mm弾ではほとんど効果が認められず120mm弾を集中的に使用していたのだが、装弾数の少ない120mm弾はあっという間に撃ちつくしてしまい、どうしようかと思ったのだ。
そこで悠平は
これまで、アポーツは悠平の手元に取り寄せるというものだった。それが今回は乗っている
「おそらくだけど、自分の手元に取り寄せるという条件を拡大解釈して、乗っている戦術機の手元に取り寄せたんでしょうね。アンタの解釈次第では自分の手元だけじゃなく、まったく別の場所へ転移させることもできるかもしれないわ」
夕呼がいつもよりも生き生きして見えるのは気のせいではないだろう。
「えぇと……また実験、ですか?」
「何よ、嫌そうね……まぁいいわ。今回は他にやることもあるし、勘弁してあげる」
悠平は安心すると同時に怪訝に思った。あの夕呼が他にやることがあるという理由で実験を免除したのだ。気になるのも無理はないだろう。
夕呼はそれを知ってか知らずか、現在やっていることを話し始めた。
「アタシは今、アンタがやった量子融合を因果律量子論を基に作った転移装置を応用して同じようなことができないかと思って研究してるのよ」
転移装置。それはかつて因果導体だった武を元の世界に送り出し、00ユニットの完成に必要だった数式を回収するためのものだった。
悠平の能力による量子化と再構成、因果律量子論による確率の霧の状態と存在の確定。確かにこの二つは似ている。すぐに思いつく違いといえば、因果律量子論の場合は観測者の有無によって存在が確定するか否かが変わるということだろう。
それを考えると、たしかに転移装置を応用すれば似たようなことができる気がしてくる。
「まぁ……仮にできるということが分かったとしても、実用化はまだまだ先でしょうけどね」
転移装置そのものを見たことがあるわけでもないため悠平にはわからないが、どうやら課題は多いようだ。
「あ、そうそう。鉄原ハイヴから入手したグレイ・イレブンが一週間以内に届くそうだから、届いたら早速ミカナギ型の製造を開始してちょうだい」
夕呼の話によると、鉄原ハイヴには想定以上のグレイ・イレブンが存在していたという。あの暴走でもしていたかのような超重光線級と何か関係があるのかは不明だが、これだけあれば複数の抗重力機関を用意することもできるだろう。
(――ちょっと待てよ。これは……もしかして、すごい凄乃皇が作れるんじゃないか?)
悠平は頭の中で凄乃皇の完成形の姿がおぼろげながら見え始めていた。
夕呼は執務室から出る時に見えた悠平の横顔が、自分が何かを思いついたときと同じ顔をしていた事に気づいた。
(何か面白いことでも思いついたみたいね。これはいっそ凄乃皇の開発を任せてみるのも面白いかしら?)
夕呼はそんなことを考えるくらいには機嫌が良かった。
電磁投射砲の実用試験は大成功に終わり、弐型と弐型改の比較試験も上場の結果。元々弐型採用の声が強かったところに月虹が割り込みをかけ、今回の評価試験で月虹に軍配があがりかけていたが電磁投射砲との兼ね合いを考えて弐型改の正式採用の機運が高まっている。
今回の実戦で新型関節の有用性も完全に証明できたため、これを横浜機関の成果の一つとして各国へ技術提供することとなり、その見返りで追加の開発予算を得ることもできた。
電磁投射砲の技術提供も求められたが、こちらは丁重にお断りした。まだたった一度しか実戦に投入していないためデータが足りないこともあるが、成果は小出しにするのが長く続けるコツでもあるのだ。
ここまでの首尾は上々といえるだろう。だが、本命が動きをみせていないことには注意が必要だ。
(でも、凄乃皇が完成すれば、そろそろ尻尾くらいはつかめるかしら?)
夕呼は武たちに横浜機関が設立された
90番格納庫ではオルタネイティヴ4でロックウィード・マーディンから派遣されてきたものの、そのまま横浜に残ることを決めた技術者たちが作業を行っていた。
わざわざ睡眠時間を削ってまで作業を進める技術者たちの顔は、オルタネイティヴ4で再びXG-70に触れられることが決まった時のように生き生きしていた。何故なら、今再びXG-70に触れることができるのだ。しかも今回はオルタネイティヴ4の時のように時間に追われて不完全な調整で送り出さなければならない、なんてことはないのだ。今度こそ本当の意味でXG-70を完成させることができる高揚感で疲れが吹き飛んでいるのだ。
彼らは悠平が用意した新型の抗重力機関にあわせて、弐型と四型の予備パーツと新造パーツで伍型を作り出そうとしていた。
「あ、あのー!そんなに急いで作業しなくてもいいですよー!今回は特に期限なんてないんですからー!」
作業音で聞こえにくいため、作業を見守っていた悠平は大声で技師たちに声をかけた。
「期限がなくても、俺たちが早くコイツの動いてるところを見たいんだ!気にしないでくれ!」
技師たちのリーダーをしている男が悠平に応えた。周りを見ると全ての技師が同意し、とてもいい笑顔でそれぞれやる気をアピールしていた。
「それにモノが完成しても、稼動テストやら試射やらでまだまだ調整に時間がかかるんだ!あんまり時間をかけてちゃこの老いぼれが先にくたばっちまうよ!」
ガハハハと豪快に笑いながら、リーダーは作業を続けていく。
「今回のは最初からレールガンも搭載できますからね!超重光線級なんて化け物のせいで単機でハイヴを落とすのは無理でも、確実に人類の希望になりますよ!」
別の技師がとても嬉しそうに言葉を送ってくれる。聞いた話では、明星作戦の際に息子が日本人の婚約者をG弾の爆発で亡くしたという。自身も実の娘のように思っていただけあってG弾を人類の希望とはみなしていないのだ。
「このミカナギ型の起動試験のデータは拝見させていただきました!これならきっとこっちに来れなかったお父さんも喜んでくれます!」
そう言いながら感極まったように悠平に抱きついた女性は父親がムアコック・レヒテ型の開発に関わっていたらしく、その技術がG弾に転用されてしまったことをとても悔やんでいたという。しかし、悠平は今はそのことよりもネージュの無言の威圧感に冷や汗を流し、抱きついている彼女に早く離れてほしいと心の中で願っていた。
今日も作業は続いていく。全ては凄乃皇の完成のために。
ユウヤは武、イーニァの三人で今日もシミュレーター訓練に明け暮れていた。悠平とネージュが凄乃皇のほうにかかりきりになってしまったため、五人全員がそろうことが少なくなっていたのだ。
「なあ、凄乃皇ってのはそんなにすごいモンなのか?」
訓練が終了し、シミュレータールームの壁にもたれて休憩していたユウヤが尋ねた。噂ですごいということは聞いてはいたが、どうすごいのかがいまいち分からなかったのだ。
「そうだなぁ……霞、映像出せるか?」
「はい。私の権限なら、データベースの記録映像にアクセスできます」
そう言ってシミュレーターの操作をしていた霞は準備を始めた。見たほうが早いということらしい。
やがて画面に映し出されたのは、甲21号攻略作戦――佐渡島ハイヴの光景だった。超遠距離からの望遠で撮影されたらしく、映像は補正が入っているにもかかわらず少し荒く、船から撮影したらしく波の音がわずかに聞こえてくるだけだった。
そんな映像の中、異様な威圧感を放つ構造物が平らにならされた大地に屹立していた。それは鉄原で見たものと同じ、ハイヴのモニュメントだった。BETAにその地を奪われた烙印である。その周辺、映像のいたるところで人類とBETAが戦闘を繰り広げていた。
少し経って霞が画面右下あたりを指差した。そこには小さく、しかし戦術機よりも遥かに大きい何かがいた。
「これが、凄乃皇なのか?」
「ああ。そして……ここからだ」
ユウヤの問いに武が頷いた。そう、ここから始まるのだ。
凄乃皇が渓谷状の地形が残っている場所を進んでいると、遠く離れた場所から数本の光の筋が凄乃皇に向かって煌いた。光線属種だ。ユウヤは一瞬ダメかと思ったが、良く見ると凄乃皇は平然と前進を続けていく。そして再び、幾本ものレーザーが凄乃皇へむかって煌いた。
「なっ……レーザーが、曲がっただと!?」
強大な重力偏重によるフィールド――ラザフォード場によってレーザーが捻じ曲げられたのだ。武はユウヤの驚いた顔に、ここからが本番だと言って画面に注視した。
凄乃皇から光の槍が放たれ、激しい閃光と爆風によってハイヴのモニュメントが無数のBETAごと吹き飛んだ。
「…………」
「すっごーい!」
イーニァははしゃぐが、あまりの光景にユウヤはすっかり映像に魅入られていた。G弾のような深刻な重力異常を引き起こすことなく、これほどの威力を発揮する兵器が存在するのだからそれも仕方ないことだろう。
しかし、同時になぜあれほどの兵器が今は存在していないのかと疑問を感じた。あの兵器ならばそれこそハイヴを単機で制圧することも当時は可能だったろう。
「制御システムにトラブルがあってな……結局回収することもできなくて、自爆させる羽目になったんだ」
理由を口にした武は少しつらそうに顔を歪めていた。自爆で知り合いを亡くしたのだろうとユウヤは踏んでいた。
佐渡島の自爆で弐型を、桜花作戦で四型を失ったこと。貴重なグレイ・イレブンを燃料として消費するため、量産化が困難なこと、ラザフォード場の制御が困難であることを聞いてユウヤは横浜機関の設立目的達成が非常に困難であることに思い至った。
「……でもよ、ユウヘイは今その凄乃皇にかかりきりなんだろ?ってことは完成が近いのか?」
「俺も詳しいことは教えてもらえてないんだけど、大きく進展してるのは間違いないだろうな」
ユウヤはその凄乃皇の姿に人類の希望を見ていた。アメリカで欠陥品の烙印を押され、日本でその完成を見る凄乃皇もまた日米の合いの子。自分と不知火・弐型と同じなのかもしれない。
(世界を
それを考えると、アメリカのG弾の運用を前提としたハイヴ攻略は独りよがりなものでしかなく、やはり間違っているのかもしれないとユウヤは思うのだった。
ちょっとずつ進んでいる……ように見えて実は結構な速度で話が進んでます。
一日のストーリーの文量多いですからね、原作オルタは。台詞も多いですし。
この二次創作がさくさく読めるーって思ってる方はそれも原因かもしれません。
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第二十一話「明かされるもの」
モニターに映し出されたものを見て、武たちは驚いた声を上げた。
「XG-70e――凄乃皇・伍型よ。今回、アンタたちにはこれの護衛をしてもらうわ」
横浜機関は7月にサハリン沿岸で日本帝国軍・ソ連軍の共同のBETA掃討作戦に参加することとなった。元々は8月に実施される予定だったが、凄乃皇・伍型の荷電粒子砲試射テストを行いたいことを両軍に伝えたら一ヶ月前倒しになったのだ。
「すげぇ……もうここまで完成していたのか!」
武は感嘆の声を上げた。しかし、護衛を任せるということはパイロットは別にいるのだろうか、と考えていると夕呼がその疑問に答えてくれた。
「通常機動のテストは問題なかったんだけど、荷電粒子砲発射時に搭乗者を
そういうことらしい。ついでに、有人運用テストのパイロットは四型の操縦経験がある武と霞だということも知らされた。複座で制御を分担しているようだ。
「なぁ、燃料にG元素を使うって話だったが、そのあたりは大丈夫なのか?」
ユウヤが疑問を呈するが、確かにそのとおりだ。鉄原ハイヴの攻略でいくらかG元素は手に入っただろうが、一度の戦闘で消費するグレイ・イレブンは相当量必要だったはずだ。テストで使い切ってしまえば意味がない。
しかし、夕呼は不敵な笑みを浮かべている。
「それなら、御巫が解決済みよ。凄乃皇・伍型に搭載されている新型の抗重力機関――ミカナギ型はグレイ・イレブンを燃料として消費しない、画期的な機関なの」
「ミカナギ型って……」
武とユウヤが驚いたように悠平を見ると、どこか照れくさそうな顔で頬をかいていた。夕呼から任されていた研究というのがこのミカナギ型抗重力機関なのだろう。
凄乃皇・伍型は120mm電磁投射砲二基、36mm電磁投射砲四基、36mmチェーンガン八基、多目的VLS二十四基、そして主砲である荷電粒子砲を装備している。四型では搭載が間に合わなかった電磁投射砲が搭載されているのだ。これだけでも相当な戦力向上といえるだろう。
「機体から10mの範囲にラザフォード場が展開されるのは従来型と同じだけど、その範囲に入った味方を重力偏差に巻き込まないように調整が行われているわ。ただし、システムの都合上、四型のようにラザフォード場の形をその場で変えて味方を包み込む、なんていうような複雑な制御はできないわ」
凄乃皇・伍型のラザフォード場の設定は大きく分けて、通常展開・荷電粒子砲発射体勢の二種類が存在する。しかし、武の知る限りにおいて荷電粒子砲の使用後は再発射が可能になるまでの間はラザフォード場が最低限の機動制御に必要な分を残して消失するという弱点があった。ところが、
「この凄乃皇・伍型には二基のミカナギ型抗重力機関が搭載されていて、荷電粒子砲発射後に存在したラザフォード場消失時間を限りなくゼロに押さえ込むことを可能にしたわ」
そう、ラザフォード場が消えない。つまり、従来の凄乃皇に存在した弱点が克服されているのだ。
「でも、弱点がないわけじゃないの。ラザフォード場の出力自体は従来のものと同程度なんだけど、主機にかかる負担が大きくなってるから複数のレーザー照射を受け続けると主機が持たない可能性があるわ」
夕呼が言うには、この凄乃皇・伍型単機でハイヴを落とすことは難しいということだった。超重光線級のようにラザフォード場でも耐えられない可能性があるレーザーを照射するような怪物がいるかもしれない以上、単機での攻略は確かに無理があるだろう。かといって戦術機と組ませても桜花作戦の時のように足の遅さがネックとなり、その巨体ゆえにハイヴによっては通ることが難しい横坑もあるだろう。
「そこで御巫は将来的に凄乃皇を戦術機をハイヴまで輸送する空中戦艦にしようと考えているのよ」
「――っ!?」
現状、空中への攻撃を行えるBETAは光線属種だけであり、それを片付けてしまえば再び光線属種が現れるまで空中は安全地帯になる。そこで凄乃皇を地表のBETAを一掃する戦力として用い、同時にハイヴの入り口まで安全に戦術機部隊を輸送させようというのだった。
多目的VLSのAL弾頭ミサイルで重金属雲を発生させ、遠距離からの荷電粒子砲でハイヴごと地表に展開しているBETAを攻撃。残りのBETAは地上に展開した部隊と装備されたチェーンガンや電磁投射砲で排除しつつ、背部の輸送用カーゴに搭載した戦術機部隊をハイヴまで送り届けるというものだった。ラザフォード場を持つ凄乃皇ならばハイヴに多大なダメージを与えた後に無傷で戦術機を突入させることができるのだ。場合によってはハイヴ内に一緒に突入し、カーゴ内に設置した補給コンテナで戦術機部隊の補給を行いながら制圧していくこともできるだろう。
凄乃皇を運用する唯一の部隊、横浜機関ならではの運用方法と言えた。これが実現できればハイヴの攻略が容易になるだけではなく、海からの支援砲撃が届かない内陸部でも非常に有効なものになるだろう。
もっとも、あくまで将来的にであって、当面はハイヴの地表部分での殲滅兵器として運用することになるようだ。輸送用のカーゴも取り付けられるようにはなっているが、まだ作られてはいないらしい。
(すげぇ……夕呼先生に研究を任されるくらいだからすごいとは思っていたけど、これほどだったなんて……)
衝撃に震えている武たちを見て、夕呼はさらに言葉を続けた。
「試射テストの結果次第では、ソ連軍が実施しているエヴェンスクハイヴ攻略作戦で有人での実戦テストを行うことになるからそのつもりでいて」
エヴェンスクハイヴ。それは一年前に武たちが不知火・改で参加した東シベリア奪還作戦で、しかし届くことのなかったハイヴだ。試射テストが成功に終われば、地上戦は非常に有利になるだろう。そうなれば今度こそ、あの極寒の大地を人類の手に取り戻せるかもしれない。
武は知らず知らず作っていた拳に力がこもるのを感じた。
「……あ、そうそう。御巫とブリッジス、ダブルシェスチナは昇進してみんな中尉になったから」
名を呼ばれた四人は思わず唖然としていた。錬鉄作戦での功績らしいが、すでに二ヶ月以上経っている。
(そういうことはもっと早く言ってください、先生……)
武の心の声に霞が頷いて同意を示してくれた。
サハリン沿岸で実施されたBETA掃討作戦は、これまでにないほど迅速に終了を迎えた。凄乃皇・伍型があまりにも圧倒的過ぎたのだ。
数発の荷電粒子砲の連射によって大部分のBETAが蒸発。発射後も途切れないラザフォード場によって生き残ったわずかな光線級のレーザー照射は捻じ曲げられ、安定した制御を見せ付けた。まさに完全な凄乃皇だったのだ。
その結果、展開していた戦術機部隊はわずかに残ったBETAの掃討を行うに留まり、戦術機の損耗は一桁、戦死者は皆無という快挙を成し遂げた。地中侵攻がなかったわけではないがハイヴ攻めをしていたわけでもないため数は多くなく、多大な被害が出る前に凄乃皇や弐型改全機に装備された電磁投射砲によってあっという間に
無人による遠隔制御でこれだけの戦果を挙げた凄乃皇は徹底的な調査の結果特に欠陥もなく、8月のエヴェンスクハイヴ攻略作戦に参加することはすぐに決定された。
大成功といえる戦果を持ち帰った悠平たちは数日後、夕呼の執務室に呼び出されていた。
執務室に集まった悠平たちを出迎えたのは、珍しく真剣な空気をまとった夕呼だった。どうやら重要な話があるようだ。
重苦しい空気に思わずのどを鳴らすと、夕呼重々しく口を開いた。
「……今日アンタたちに話すのは、この横浜機関が設立された理由を説明するためよ」
「設立の理由って……凄乃皇の開発と運用じゃないのか?」
ユウヤが首をひねり、武も頷いた。
「確かにそれ
悠平はここまで聞いて、すでにある程度理由に予測がついていた。そして、それが正しいことが夕呼の言葉で証明される。
「
武とユウヤの顔が目を丸くする。ネージュとイーニァも二人ほどではないが驚いているようだ。
「ちょっと待ってくれ。それじゃあこの機関にアメリカは関わっていないって言うことか?」
「ええ、そうよ。元々アメリカの愚かな暴挙を止めるためのものだしね」
それを聞いて武はハッとした表情を浮かべていた。どうやらオルタネイティヴ5のことを思い浮かべたらしい。
「そういえばブリッジスは知らないんだったわね。なら、ここは一度説明しておきましょうか。この機関のことを説明するのに必要だし」
そうして夕呼は粛々と話し始めた。
オルタネイティヴ計画。BETAとのコミュニケーション方法を模索するためスタートした計画。だが、オルタネイティヴ2が終了するまでに分かったのはBETAが炭素系生命体であるということだけ。
オルタネイティヴ3についてはここにいる者たちに深く関係があるものだ。BETAの思考リーディングを目的として生み出された人工ESP発現体の研究。しかし、その計画もろくな成果を出すことなく終了した。
そして、オルタネイティヴ4の候補に挙がった二つの計画。日本が主導する計画と、米国が主導する計画。
日本が主導したのは、生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロである00ユニットによってBETAから情報入手を試みるというもの。そしてそれは見事に完遂され、BETAからBETAの目的やハイヴのデータ、命令系統やBETAを生み出した創造主の情報までえることができた。
「その、00ユニットってやつも気になるが……アメリカはどんな計画を立てていたんだ?」
「簡単なことよ。ハイヴにG弾ぶち込んで最終決戦、全人類から選ばれた十万人は移民船で地球からさよなら。移民船での脱出はおまけのようなものね」
米国はG弾を使いたがっているだけ、そう言って夕呼は呆れたように肩をすくめた。もっとも、この計画は第四計画が日本主導になったことで米国が予備計画としてごり押しして残したのだが。
「……あれ?ちょっと待ってください、夕呼先生。今、オルタネイティヴ計画って……
すっかり閉口してしまったユウヤを尻目に、武は夕呼に疑問を投げかけた。
「――続いているわよ。当然、空の上ではまだ移民船が作られているわ」
武は驚愕した。あの最悪の計画がまだ続いていると言われたのだから当然だろう。
「この後、BETAを確実に殲滅できるか確証がない以上、オルタネイティヴ5が続行されるのは当然といえば当然ね」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか!?このままじゃ、G弾が――」
「いや、G弾は使われない……というか使わせないための、この横浜機関なんじゃないですか?」
焦る武をなだめるように悠平は推測を口にした。
「あら、さすがに気づいたわね」
夕呼はよくできましたとでも言うような笑みを浮かべた。
「この横浜機関は正式名称・オルタネイティヴ
そのため横浜機関にはオルタネイティヴ権限と同等の権限が与えられており、その性質から米国を除く多くの国や反オルタネイティブ派から支援を受けているのだ。
もっとも、オルタネイティヴ5推進派の大部分はオルタネイティヴ4完遂によって人類が優勢に立ちつつある状況に鞍替えしつつあり、勢力はかなり減退していると言う。
各国は支援の見返りに戦術機の発展に役立つ技術の提供を受けたりしているわけだが、支援する理由はそれだけではない。
夕呼はモニターにとあるシミュレーション映像を表示した。
「これはG弾によるハイヴ一斉攻撃が行われた場合に何が起きるかをシミュレーションしたものなんだけど……とんでもないわよ」
ユーラシア大陸に大量のG弾が投下され、重力異常が発生する。ここまでは武とユウヤも予想していたとおりだった。だが、ここからが問題だった。
各地に起きた重力異常が共鳴しあい、増大し、地球上の海水が一極集中を開始、ユーラシア大陸が水没していく。海水がなくなった跡地は塩の砂漠となり、気象環境も激変していた。
「このシミュレーションの結果、現存する食料生産地も大部分が壊滅。人類同士で食料の奪い合い、殺し合いが始まるわね。しかも最悪なことにBETAを殲滅しきることができず、その状態でBETAとも戦うことになる可能性が高いわ」
そう言って、夕呼は皮肉げな笑みを浮かべた。これは悠平がアンリミテッドの後日談で知った情報から夕呼がシミュレーションした結果であり、これが各国の首脳陣や一部の者たちに公表されたのだ。何が何でも阻止しなければならなくなるだろう。
そして、その抑止力として最も最適だったのが凄乃皇なのだ。
「これだけ聞くとかなり厳しい状況に感じるけど、実際はオルタネイティヴ5の抑止力としてさえ機能していれば、最悪地球からBETAをたたき出すまで凄乃皇が完成しなくてもよかったのよ。G弾を使わせないことが第一だったし、凄乃皇は月でも火星でも使えるんだからそれまでに完成すればよかったのよ」
事実、すでに凄乃皇なしでのハイヴ攻略に成功しており、凄乃皇自体も完成に至ったことでますます抑止力は強くなった。もはやオルタネイティヴ5が息を吹き返すことはないと言えるだろう。
しかし、夕呼はまだ続きがあるとでも言いたげな顔をしていた。
「オルタネイティヴ5自体は確かにもう惰性で移民船を作っているような状態よ。でも、オルタネイティヴ5過激派の残党が不穏な動きをしているみたいでね。それを潰してやりたいのよ」
オルタネイティヴ5過激派の一部の米国至上主義者たちが横浜機関から未公開の技術を奪取しようとしたり、妨害工作を行っているらしい。一年前の東シベリア奪還作戦で襲撃してきたラプターもそれと関係がある可能性があると言う。
「人数自体はそれなりに絞り込めて入るんだけど、誰が本命なのかいまいちわからないのよねぇ」
副大統領や米軍中将から戦術機メーカーの重役まで様々だ。全員潰すなんてことをすればそれこそ米国と戦争になりかねないのだ。
中心になって動いているのはどうやら一人らしいということまでは分かったが、そこ止まり。それ以上の情報が手に入らないのだ。
「……あ、もしかして弐型改をフェイズ3の外見にした理由って、そいつらを挑発するためなのか!?」
「当然、それも理由の一つね」
ユウヤの言葉に夕呼が応えた。
日米共同で改修された不知火・弐型フェイズ3はかつて盗作疑惑が浮上したいわくつきの機体だ。それと同じ外見の機体が活躍していればそいつらも面白くないだろう。
おそらく、凄乃皇も同じだ。元は米国で開発されたものであり、それを自分たちではなく別の国の人間が運用して戦果をあげるのは実に面白くないだろう。
もっとも、米国至上主義者たちが不穏な動きを見せているから叩く気になったのか、夕呼が挑発とも取れることをはじめたから不穏な動きを見せたのかは悠平にはわからないが。
「凄乃皇が完成した今、やつらが行動を起こしても不思議じゃないわ。それこそXG-70は自分たちのものだから返せ、くらいは言ってくるでしょうね」
だが、動きを見せた時が尻尾を掴むチャンスでもある。そう続け、夕呼は悠平たちにエヴェンスクハイヴ攻略作戦の際には注意するよう促した。
横浜機関の真実が明かされました。
設定的にはつたないところもあると思いますが、まぁこういう展開もあるんじゃないかなーと。
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第二十二話「凄乃皇の剣」
オリジナル兵器の紹介ページとか作ったほうがいいのかなー……絵つきで。挿絵とかやりかた全然わからないし、やってる人も見たこともありませんが。
東シベリアにある仮設前線基地に到着した武たちは、以前とは打って変わって歓迎された。
元々一年前の実戦試験が終了して帰還する段階ですでに光線級吶喊の件もあって現場の衛士たちとはかなり打ち解けていたのだが、これほど歓迎されるとは思っておらず武は目を白黒させていた。
「お前たちか……ここはよく来た、とでも言っておくべきか?」
困惑していた武の前に現れたのは一年前も東シベリア奪還作戦の指揮をしていたソ連軍将校だった。
お決まりの挨拶を交わして作戦の概要を話し合った後、武はソ連軍将校の頼みで凄乃皇・伍型を見に来ていた。
「これが、XG-70か……まさか我が国がこんなものに頼ることになるとはな」
凄乃皇・伍型を見上げながらソ連軍将校は、つぶやいた。米国生まれの機体に思うところがあるようだ。しかし、彼は軍人だった。
「これに頼ることで我が軍の者が一人でも多く血を流さずに済むのなら、歓迎しない理由はない……それがあの国でないのならなおさらな」
そう言って去っていくソ連軍将校は、一年前に初めて出会ったときよりも幾分か態度が柔らかく感じていた。
球状の密室に重く静かに駆動音が響く。全球スクリーンに映し出される映像はゆれることなく、滑らかに後方へ流れていく。
霞は武と共に凄乃皇・伍型のコックピットにいた。霞の役割は機体後方、および側面の兵装管理と管制補佐だ。そのための訓練も行ってきており、以前から続けてきた体力づくりの成果もでている。最近は訓練と言う名目で武の戦術機に複座で相乗りさせてもらうこともあるため、ちょっとやそっとでは動じなくなりつつあった。もはやかつてのような体力のない娘ではなく、ちょっとだけ体力が低めな娘にまで成長したのだ。
しかし、胸は相変わらずあまり成長しておらず、最近ますますネージュやイーニァに引き離されている気がしていた。
(いけません、今は作戦中です。作戦に集中しないと)
霞は己の網膜に映し出された情報に意識を集中した。
凄乃皇・伍型の周囲には悠平たちが両サイドに展開しており、ソ連軍もすでに各持ち場に展開を終えている。
前方ではハイヴのモニュメントがその巨大で異様な姿を見せつけ、その周囲には無数のBETAが蠢いている。そろそろ山間部を抜けてハイヴの正面に出るため、光線級の障害になるような遮蔽物がなくなるだろう。
空を見上げれば国連宇宙総軍による衛星軌道からのAL弾のシャワーが降ってくる。しかし、それらはレーザーによって綺麗に打ち落とされてしまう。相変わらず恐ろしい精度だ。
「多目的VLSをAL弾頭へ……ソ連軍の支援砲撃部隊と、タイミングを合わせて発射します」
凄乃皇と支援砲撃部隊によるAL弾頭の飽和攻撃が行われ、とてつもない数のミサイルや砲弾がBETAへと迫り――そして、再び大半がレーザーによって蒸発していく。
「重金属雲の発生を確認。作戦をフェイズ2へ移行してください」
回線からピアティフの声が荷電粒子砲による攻撃開始を指示していた。いよいよ凄乃皇・伍型の本番が始まる。
「射線上に友軍はいません……荷電粒子砲、いつでもいけます」
「了解!まずは一発……派手に行くぞっ!」
山間部から姿を見せた凄乃皇へ光線属種からのレーザーが襲い掛かる――が、重金属雲によって減衰したレーザー程度ではラザフォード場はものともしない。
凄乃皇は照射されるレーザーをことごとく無視し、極太の可視光線と共に膨大な量の運動エネルギーと高出力の電磁波が放たれた。
荷電粒子砲の膨大な熱量と衝撃によって効果範囲にいたBETAは千切れ飛び、砕け散り、蒸発し、跡形もなく消し去ってゆく。また、荷電粒子砲が
「――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
オープン回線からはソ連軍の兵たちの熱狂的な歓声が響き、その光景に希望を見出している。それは佐渡島ハイヴで初めて荷電粒子砲がその威力を見せたときの帝国軍と重なるものがある。彼らもまた、自国にハイヴを抱え苦しんでいる者たちなのだ。その喜びはひとしおだろう。
「……やっぱ、何度見てもすげぇよ、この光景は」
武が心を奮わせながらつぶやいたことを霞は感じた。霞とて平静を装ってはいるが、あれだけの威力を前にして心を奮わせているのだ。部隊内回線に耳を傾けてみるとイーニァが無邪気にはしゃいでる声が聞こえてきた。
土煙が晴れてくると、荷電粒子砲によって凄乃皇とハイヴの間に巨大な道ができていた。しかし、BETAもすでに動き出している。どうやら先ほどの攻撃で地上の光線属種はそのほとんどが巻き添えをくらったらしく、凄乃皇へのレーザー照射はまばらになっていた。
「レーザー照射による主機への負担は軽微。BETAの先頭集団との接触まで264秒。荷電粒子砲の再発射可能まで172秒です」
「ならもう一発いけそうだな」
戦域情報を見るとBETA群はややバラけつつあり、凄乃皇に誘引されている様子はない。弐型のときはBETAが凄乃皇に集中し、そのせいで自爆せざるをえなくなったのだが今回はそれがない。サハリン沿岸での試射テストの際はBETAがあっという間に片付いてしまったこともあって誘引現象の有無を確認できなかったのだ。
(弐型が自爆した時と伍型の違いといえば……やっぱり新型の主機ですよね)
試製99型電磁投射砲に夕呼が提供したブラックボックスにもBETAが誘引されたという情報がある。これは横浜に戻ったら確認してみる必要があるだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか荷電粒子砲の再発射が可能になろうとしていた。
「再発射可能まで20秒。射線上、効果範囲に友軍は認められず」
「了解だ!充填が完了したら発射する!各機、注意してくれ!」
そして20秒はあっという間に過ぎ、再び荷電粒子砲の圧倒的な威力が吐き出された。
二門の突撃砲が火を噴き、長刀が優雅に斬り裂いてゆく。
すでに幾多のBETAの湧出を乗り越え、悠平とネージュはなおも戦場を舞い、BETAの骸を積み上げてゆく。鮮烈にして優美、幽玄にして苛烈。二人の舞は見る者を惹き込み、近づく者を肉塊へと変えてゆく。
ソ連軍のハイヴ突入部隊が突入を開始してすでに2時間が経過するも、ハイヴ内に突入した部隊の大半は未だ健在。BETAの奇襲による被害も少なく、内部との通信も維持が続いている。最新の情報によればそろそろ最下層へ到達するようだ。
「となると、そろそろ最後の足掻きが来るかな……?」
悠平は一人つぶやく。しかし、それに反応を示すものがここにはいた。
「…はい。もうすぐ地中侵攻の反応が来ます。場所は二箇所。一箇所は母艦級みたいです」
抑揚のない声でネージュは未来を口にする。未だに明確な使用条件は不明だが、悠平の傍にいることに加え戦場にいることでさらにその頻度が上昇する傾向にあるらしい。
十数秒が経ち、ネージュの予言どおりに地中侵攻の反応をセンサーが捉える。
「武、どうやら地中侵攻は二箇所同時らしい。しかも片方は母艦級だ」
「了解!なら俺たちはそっちを食らいに行くぞ!」
凄乃皇は母艦級が現れようとしている地点へ悠然と進み、悠平たちはそれに付き従う。その姿はまさに威風堂々。戦場における絶対者の風格を放ちながら、凄乃皇は目的の場所へと向かった。
現場に到着すると、現れた母艦級を相手にしていた大隊は勇戦しているも補給をする余裕がなかったのか、半数の機体がモーターブレードで戦闘を続けていた。それに対しBETAの数はおよそ九千。このままでは合流したとしてもじきに戦闘力を失うだろう。
「こちらエインヘリアル01!ここは俺たちに任せて補給を!」
「こちらスローン01!……スマン!ここは任せる!」
大隊の隊長が凄乃皇の姿を確認するとすぐにこちらへと戦場を預けてくれる。
これでこの戦場はエインヘリアル小隊の独壇場となったわけだ、が――
「……あとどれくらいやれそうだ?」
「せいぜい200も狩れればいいってとこだな」
「んー、同じくらいかなぁ……」
「……長刀の耐久度と残弾から、あと300くらいでしょうか」
「みんな似たり寄ったり、か」
これは短刀の使用を含めた数だ。悠平がため息をつく。悠平たちも度重なる戦闘ですでに兵站が残り少なく、補給が必要な状態だったのだ。あの
「凄乃皇はまだ大丈夫だ。母艦級を片付けたらなるべくこっちで相手をするから、みんなはBETAの撹乱を頼む!」
やはりそれが一番いいようだ。四型のように補給用コンテナを各部に配置できれば補給に苦労することはなかっただろうが、兵装や将来的に戦術機輸送用カーゴを増設するための構造で埋められているため四型ほどの余剰スペースはないのだ。
凄乃皇が120mm電磁投射砲で全長1.8kmに及ぶ母艦級の巨体を
「チィッ、やっぱり硬い……っ!?」
母艦級はその巨体ゆえに外皮も分厚く、ダメージが通りにくい。S-11でもあれば口の中に放り込んで爆発させれば片がつくが、ハイヴに突入する予定がなかったため準備がないのだ。フルスペックの四型には2700mm電磁投射砲が搭載される予定だったが、伍型はハイヴ突入に使用する想定で作られてはいないため搭載されていない。将来的に伍型に増設する予定の戦術機輸送用カーゴへ搭載する武装として検討したほうがよさそうだ。
しかし、今は戦闘中。現状の兵装で母艦級の防御力を上回るには、やはりアレしかないだろう。
「射線が通る位置を探せ!母艦級は地上に出ている間はただの硬い的だ!」
悠平が要塞級の衝角を回避しながらそう叫ぶと、霞は急いで荷電粒子砲で味方を巻き込まない位置を探し始めた。
「……っ!見つけました!タケルさん、荷電粒子砲をお願いします!」
「っ!了解っ!」
凄乃皇が移動し、射線を確保する。荷電粒子砲発射体勢に移行したことを確認して、悠平たちは急いで射線から離れた。
「これでどうだぁっ!?」
凄乃皇から放たれた荷電粒子砲が衝撃波を巻き起こし、一瞬で母艦級の巨体の大部分を周囲のBETA諸共消し飛ばしていく。大和級戦艦の主砲をもってしてもダメージを与えられないと言われる母艦級の外殻は、しかし、荷電粒子砲の圧倒的な破壊力には耐えられなかったのだ。
やがて残存するBETAの殲滅が完了した時、凄乃皇を含む悠平たちの兵站はほぼ完全に底をついていた。まだまともに使えるのは荷電粒子砲くらいだろう。
オープン回線からはエヴェンスクハイヴの反応炉の破壊に成功したというピアティフの喜ぶ声とソ連軍の歓声が漏れ聞こえていた。
「……どうにかやったか」
体にたまった疲れを吐き出すようにため息をするとすぐに念のための補給を行う必要があることを思い出す。
武の指示で補給コンテナの設置場所へ向かおうとするが、センサーがこの場にはいないはずの存在をキャッチした。
武装が施された戦術機輸送用カーゴが増設されれば凄乃皇の戦闘力も上昇し、戦術機の補給も可能と、まさに空中戦艦……いや、強襲揚陸艦?どこの大天使だ、それは……
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第二十三話「掌握される影」
「こちらはアメリカ陸軍第130戦術機甲大隊のジョン・スミス中佐だ。聞こえているか、エインヘリアル小隊の諸君?」
この東シベリアにはいないはずの米軍部隊の反応をユウヤたちのレーダーが捉えると同時に、相手の指揮官と思しき者から通信が入った。
(ラプター……しかもこの距離まで反応がなかったってことは、ステルスが強化されている……特務仕様か……?)
そんなものが何故、と思いつつも、夕呼が話したことがユウヤの脳裏に引っかかる。つまりは、
「こちらは横浜機関所属エインヘリアル小隊隊長の白銀武中尉。米軍が一体何の用です?こちらは現在、エヴェンスクハイヴ攻略作戦の真っ最中なんですが」
「それは承知している。そして反応炉の破壊に成功したこともな」
そんなことはどうでもいいと言いたげに、三十六機のラプターがユウヤたちを取り囲むように展開していく。逃がすつもりはないということだろう。
「――これは何の真似ですか、中佐。我々は現在もBETAとの戦闘中なのですが?」
「それはもはやソビエトの連中だけで問題なかろう。反応炉はすでに破壊されているのだからな」
そう言うと世間話は終わったとでも言うように、ラプターたちは突撃砲の銃口をユウヤたちに向けてきた。
「XG-70と不知火・弐型フェイズ3は我々アメリカの資産を用いて作られたものだ。よって、我々に返してもらおう」
(ずいぶんと高圧的な上からの物言いだな……にしたって、ずいぶんとお粗末じゃないか)
ユウヤは米軍が弐型改をフェイズ3と呼んだことから、呆れを通り越して哀れさすら感じていた。この弐型改はフェイズ2.5改であって、フェイズ3とはまるで別物なのだ。
相手は実力行使をしてでも凄乃皇・伍型と試製03型電磁投射砲を手に入れたいのだろうが、自分たちならばこの程度のラプター部隊に決して遅れを取るものではない――兵站さえ万全ならば。
反応炉が破壊され、ユウヤたちの兵站が底をつく時を待ち構えていたのだろう。先ほどからCPへ呼びかけているが、ジャミングされているようで応答もない。向こうはもしかしたらジャミングされていることにすら気づいていないかもしれない。
霞から送られてきたメッセージにはリーディングで相手の思考が読めない旨が書かれていた。こちらも対策済みだということだ。
「我々はすでに横浜機関の
彼はまだBETAが存在するこの戦域で弐型改と凄乃皇から降りろと言った。一度でも接収したという事実がほしいのだろう。だが、そんなものに乗ってやる義理はこちらにはない。
中佐が好き勝手な物言いをしている間、ユウヤたちは密かに霞を介してリーディングとプロジェクションで意思が統一されていた。と言うよりも、元々同じ思いを抱いていたので統一する必要はなかったのだが。
「一つ、言いたいことがあります」
武が代表して口を開き、中佐が怪訝そうな顔をした。
「
一旦言葉を区切り、武は宣戦布告を口にする。
「接収を許可したのがあくまでXG-70とフェイズ3だっていうのなら、それはここには存在しない。ここにあるのはXG-70
情報不足だったんじゃないですか、と武が言うと中佐の顔は一気に真っ赤になった。横浜機関の
「へ、屁理屈もいい加減にしろっ!こちらはお前たちが抵抗した場合、破壊することも許可されているっ!貴様らにはもう武装が残っていないことも分かっている!無駄な抵抗はやめろ!」
中佐が激昂したように叫ぶ。実際、すでに頭はカンカンなのだろう。意外と沸点の低いことだ。
「じゃあ、お好きにどうぞ。あんたたち程度が、俺たちに勝てると思うならな」
悠平が挑発するような口調で通信に割り込んでくる。どうやら
「――っ!全機、兵器使用自ゆ」
中佐の命令が言い終わる前に突撃砲の連射音が聞こえ、六機のラプターがあっという間に沈黙した。
突然の事態に中佐は呆然としている。何が起こったかわからなかったようだ。
悠平の弐型改の両手には一瞬前まで中佐のラプターが装備していた突撃砲――AMWS-21が握られており、その銃口からは硝煙が立ち上っている。
「戦闘機動を取られてたらさすがに無理だったけど、でくの坊みたいに止まってるからずいぶん簡単に取れたよ。アリガトウ」
そう言って悠平は次々に棒立ちのラプターから突撃砲を奪ってはユウヤたちに配っていった。ラプターから全ての突撃砲を奪い取り、ユウヤたちに突撃砲がいきわたるまでその間わずか数秒。悠平はこのためにずっと意識を集中していたのだ。
高速連鎖物質転移。あらかじめ複数の物質を正確に認識しておくことで連鎖反応のように連続して物質を取り寄せるという技能だ。夕呼の実験によって新たに発見した特性ではあるが、対象が高速で動いていると認識し難いため取り寄せられないという欠点も併せ持っている。
凄乃皇は武器を失ったことにようやく気づき逃げようとするラプター部隊を正面に見据えた。
「逃げようとしたら荷電粒子砲を発射します。丁度、射線上には友軍機がいないみたいですからね」
それは、ソ連軍に発見されることを避けるための逃走経路だったのだろうが、それが完全に裏目に出た形となった。
拿捕されたラプターはソ連軍と横浜機関がそれぞれ半数ずつを持ち帰ることとなり、米国はそれに対して返還要求をすることができなかった。米軍に非があるのはもはや覆しようがなく、しでかしたことが大きすぎてこの失態を隠蔽することもままならないのだ。
それにはソ連軍と横浜機関の関係が意外なほど良好なものになっていたということもあるが、それらを引き起こしたたった一人の無能によって米国の権威はこれまでにないほど失墜しはじめていた。あまりにお粗末な展開だ。
「まさかこんな無能を擁するやつらに今まで翻弄されてたなんてねぇ……」
夕呼は資料に添付されていた写真を見て誰にともなくつぶやいた。
写真に写っていたのは醜く肥え太った豚のような米軍中将。これまで横浜機関の妨害をしていた米国至上主義者のトップスリーの一人だった。実質的には中心人物の手駒でしかないのだが、これでもG弾の管理と運用を任されていた責任者だという。
(アタシだったら、こんな無能を責任者になんかしたくないわねぇ……)
ともあれ、この無能のしでかした勝手な行動のおかげで全容が判明したのも確かなのだ。おまけにラプターという格好の材料まで与えてくれた。
「さあて、どう料理してやろうかしら……」
夕呼は魔女の笑みを浮かべてこれからのことを考えた。
豪奢なシャンデリアが吊るされた品のいい執務室で男――現アメリカ副大統領はモニターごしに二人の男と向かい合っていた。
「魔女に全てを掴まれてしまった。これ以上、魔女に手を出すことはできない」
そう言った副大統領は、すっかり疲れ果てた顔をしていた。米国の権威が今まさに失墜し続けているのだ。それもたった一人の無能のせいで。
「魔女がいかほどのものか、所詮ワシらアメリカには及ばぬ存在よ」
画面越しに男の一人である老人が居丈高な態度で口を開いた。
(その魔女を侮った結果がこれだろう、耄碌爺め……っ!)
この老人――前アメリカ大統領はもう一人の男、贅肉ダルマこと米軍中将をやけにひいきする傾向があった。中将をG弾の管理・運用の責任者に推したのもこの老人だ。副大統領は中将をG弾の責任者にしたくはなかったが、この老人に押し切られてしまったのだ。そして、今回中将を切ろうとした副大統領を押しとどめたのもこの老人だった。
「あんな魔女がアメリカのものを使って世界中に認められるのはおかしいじゃないか!XG-70は元々俺たちのものだ!G弾もXG-70も俺たちが運用するべきものだ!」
中将が肥え太った体を震わせながら怒りをあらわにした。怒りたいのはこちらだというのに、だ。
「ソ連もソ連だ!G元素はアメリカの元で正しく使われなくちゃいかん!あいつらのような劣等民族が持っていていいモノじゃないんだ!」
醜い豚がわめき散らす姿を見て、副大統領は脳の血管が切れそうなほどの怒りを堪える。
「そうだ!アメリカこそが正義なのだ!世界はワシらアメリカを中心に纏まらねばならぬ!」
豚のわめきに老害が追従する。副大統領はその様子を見てようやく己の最大の失敗を悟り、一気に冷静になった。
(……ダメだ。こいつらを放っておいては、アメリカは立ち直れなくなってしまうっ!)
今、アメリカを立ち直らせるには一つずつ堅実に実績を積み重ねていくしかない。しかし、この二人がこうして力を持ち続ける限り、アメリカに汚点を残し続けるだけだろう。
かつては優秀だった前大統領もこうなってしまってはもはや足かせにしかならず、中将とは名ばかりの豚に至っては失敗を失敗とも思っていない無能だ。
(初めから、私一人でやるべきだったのかもしれない……力が足りないからと言って安易にこの二人に協力を持ちかけるなどしなければ……)
いや、と副大統領はかぶりを振る。全ては自らが馬鹿なことを考えてしまったことが原因だ。各国を出し抜き、追い落とし、屈服させることを考えてしまったためだ。
副大統領には愛するアメリカを中心として世界を纏め上げるという理想があった。しかし、その理想が歪んでしまったのはいつからだろう。
G弾が完成した時か。日本がオルタネイティヴ計画を誘致した時か。BETAの正体が判明した時か。横浜機関が設立した時か。副大統領には分からない。
(今アメリカは窮地に立たされている……全ては私たちが愚かだったゆえに……)
副大統領は何の生産性もない二人のわめきを耳にしながら一人、全てを清算してアメリカを立ち直らせるための考えをめぐらせ始めた。今度こそアメリカのためになるようにと願いながら。
さっさと豚を追い詰めたくてお粗末な展開に。もっとやりようはあったような……
……わざとだよ?わ、わざとだからね?勘違いしないでよ、この先の展開のためなんだからねっ!?
ちなみにジョン・スミスは本名です。偽名じゃありません。ネタにするつもりがネタを入れれる場所がなくなりましたorz
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第二十四話「崩壊の序曲」
問題はここから盛り返せるか……先はまだ長いのでどうなるかは分かりませんが。
エヴェンスクハイヴに現れたラプター部隊から手がかりでもつかめればいいと思っていた武は、夕呼がそこから本命を掴んだことを知って驚いた。オルタネイティヴ4当時に行われた妨害の周到さや陰湿さを嫌と言うほど味わってきたため、あまりにあっけない幕引きに拍子抜けしたのだ。
どうやら一人特に無能な者がいたらしく、そいつが足を引っ張っていたという。その男は米軍中将という地位を剥奪されることがすでに決まっており、他の者についてもそれぞれ責任を取る形で話が進んでいる。その中でも中心となって活動していた
夕呼はやりにくそうな表情をしながら、アメリカが正式に横浜機関に支援を行うことを決定したことを教えてくれた。G弾についても一つ残らず横浜機関へ提供し、凄乃皇の増産に役立ててもらうことを決定したというのだからますます驚いたものだ。今はG弾の移送準備を進めており、年末には全てのG弾が横浜機知へ集められるということだ。
「これで横浜機関の設立目的だったG弾使用の抑止力、っていうのは完全に果たされることになるんだな……」
呆気ないものではあったが、それは歓迎すべきものだ。これであのシミュレーションのような大海崩と呼ばれる災厄を招くことはないのだ。
武は思わず笑みを浮かべた。凄乃皇が増産されればBETAを地球からたたき出すだけではなく、月からも排除することが現実的になるのだ。
(間違いなく、人類は救われる……!)
「おーい、タケル!ボーっとしてないでこっちを手伝ってくれ!」
一人ニヤニヤしていた武にユウヤが声をかけた。作業の途中だったことを思い出した武は、慌ててユウヤの手伝いに走った。
昨年のウケが良かったため、今年も霞、イーニァ、ネージュの三人の誕生日をまとめて盛大に祝うことになったのだ。
「プレゼントの用意、ちゃんとできたか?」
ユウヤが飾り付けをしながら尋ねてくる。武はもちろんバッチリだと応えた。
今年のプレゼントは悠平が実験で作り出したダイヤモンドのような輝きを持つ結晶を加工し、ペンダントの形にしたものをそれぞれ用意していた。身につけられるものがほしいと三人に要求されたからだ。
武は生来の不器用さからあまり複雑な形を作ることができず、なんとかハート型に加工するのが精一杯だったが、元々の美しさがそれをカバーしてくれているため見た目は非常にいいものに仕上がっている。
ユウヤに頼んで作った物を見せてもらうと、結晶は躍動感のあるイルカの形をしていた。意外と器用なようである。悠平の作ったものは武が作る時に見せてもらったが何かの花の形をしており、美術品のような美しさがそこにはあった。悠平が言うにはかけた時間の違いらしいが、時間をかけたからといって同じように作れる自信は武にはない。
そんなことをしながら武たちはパーティーの準備を進めていった。今年も霞たちの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
男は脂ぎった顔からさらに冷や汗を流しながら、肥満によるだらしない体を椅子に預け揺らしていた。
その男は自らを自国の英雄だと認識していた。英雄であるからこれほどまでの地位に上り詰め、世界を救う聖剣を託されたのだと思っていた。英雄なのだから何をしても最終的には勝利で彩られ、誰もが賞賛を送るのだと信じていた。
しかし、その男は今、剣を取り上げられ、その地位までも失おうとしていた。これでは未来で得られたはずの賞賛も得られるものではない。
魔女が男の国から掠め取った聖槍を我が物顔で使用し、多大な賞賛を得ていることも男にとっては忌々しいものだ。あれも元は己の国で生み出されたものだ。ならば速やかに返却するのが正しい行いだろう。しかし、それ以上に忌々しいのは他の国が聖剣の材料を手に入れつつあり、それを魔女にプレゼントしていることだ。これによって魔女は聖槍を増産してますます世界から賞賛され、聖剣は悪だとして鋳潰され、聖槍に作り変えられてしまうだろう。
男はなんとか聖剣の優位性を示さなければならないと思っていた。聖剣が聖槍より優れていることは紛れもない事実なのだ。聖槍ではあの悪魔を滅ぼすのにまだまだ時間がかかるだろうが、聖剣ならばあっという間に片がつくのだ。そんな考えばかりが男を支配していた。
聖剣を使って世界を見返さなければならない。しかし、五十近くあった聖剣はすでに男の手元にはない。ならばどうすれば――
(……待て。あるぞ……俺の聖剣はまだある!)
男はもしもの時のために用意して隠しておいた二振りの聖剣を秘密の場所へ隠していたことを思い出した。たった二振りの、しかし、自分だけの聖剣。
聖剣の威力は絶大だ。その神聖な輝きは聖剣の材料を盗み出そうとする魔女の尖兵ごと悪魔共を消滅させてくれるだろう。
男は世界中が自らの行いを賞賛する光景を思い浮かべ、腐りきった笑みを浮かべた。
「タケルさん……私は、もう十六歳になりました」
賑やかな誕生日パーティーが終わりを迎えようとしていた時、武を屋上へ連れ出した霞は己の想いを今一度紡ぎ始めた。
「あぁ……そうだな。今日は楽しかったか?」
「はい。楽しかったです……けど、そうじゃなくて」
霞は武の鈍さにやきもきしつつ、続きを口にしていく。
「私は、もう大人なんです」
「……?まぁ、大人って言えば大人だよな」
鈍い。鈍すぎる。すでに一度は告白し、今では純夏に遠慮せず幸せになってやろうという気すらしているというのに、武は何が言いたいのかまったく気づかないでいた。
「……タケルさんは、私を幸せにしてくれるんですよね?」
「おう。そのためにここに残ったんだしな」
武は相変わらずの鈍感さを発揮している。しかし、こうでなくては武という男ではないのかもしれないとも同時に思う。でも、今は――
「…………私は、タケルさんのことが、好きです」
武の心に緊張の色が現れた。
二度目の告白。ずっと言おうと思っていた言葉。ずっと我慢してきた想い。しかし、それももういいだろう。
「タケルさんは…………どう、ですか?」
武の心はとても緊張している。まるで歯車と歯車の間に何かが引っかかったようにガチガチとぎこちない。だが、そこには迷いはなく、すでに答えはあるのだと感じさせる。あるのはただ、照れくささだけ。
程なくしてゆっくり、武の答えが紡ぎだされる。
「…………好……きだ。純夏と、同じくらい……愛してる」
武の顔は真っ赤であり、ものすごくいいにくそうな顔をしていた。当然だろう。武にしてみれば不誠実なことをしているも同然なのだ。しかし、そこには一片の嘘もなかった。いつからそうだったのかは武自身にもわからなかったが、そうでなければこの世界に自らの意思の力だけで残るという芸当はできなかったはずなのだ。
だから、霞は嬉しかった。霞だけを、純夏だけを愛しているわけではないことが霞にはたまらなく嬉しかった。自分は正しく純夏の半身なのだということが嬉しかった。
霞はそっと目を閉じてあごを少しだけ上向けた。何を求めているかは鈍い武でも理解できるだろう。純夏がイケイケー行っちゃえーと言っているような錯覚がしたが、もしかしたら気のせいではないのかもしれない。いや、気のせいだとは思いたくはない。
武の大きな手が霞の肩に乗せられ――
ネージュは寝る準備を整えながら屋上で見たものを反芻していた。武と霞が向かい合い、徐々に近づいていき――
(……あれが、キス……というもの、ですか)
ネージュにも知識はある。すでにこの一年半以上で常識はかなり身につけ、そういった方面の知識も色々吹き込まれている。
だが、ネージュはあえて常識を無視して悠平と寝食を共にするだけでなく、先ほども
悠平もそのことに気づいている節があるが、ネージュの好きにさせてくれている。直接言葉にされたことはないが、おそらく同じ想いを抱いてくれているだろうとネージュは考えていた。
(……十六歳は、大人、なんですよね)
本来なら一ヶ月以上前に十六歳を迎えていたが、今日の誕生日パーティーでようやく自分が十六歳になったのだということを自覚していた。ネージュに様々なことを吹き込んでくれた人たちも、今の女は十六歳になったら大人だということを教えてくれていた。
(……だったら、いい、ですよね?)
ネージュは己の欲求のままに、簡易ベッドに座って資料に目を通していた悠平の元へ歩み寄った。
悠平は資料に目を通しながらも、緊張に気が狂いそうになっていた。原因はネージュのとある癖だ。
ネージュには悠平にのみ発揮される妙な癖があった。それは――
――好き。
悠平の脳裏にネージュの想いが響き渡った。
これがネージュの癖だ。通常、色やイメージを相手に送りつけるプロジェクション能力だが、なぜかネージュの感情が昂ぶるとその時のネージュの悠平に対する想いが声なき声となって悠平の脳裏に響くのだ。しかもこの時のネージュに自覚症状はなく、完全に無意識でプロジェクションが発動している。
こんな状態になりはじめたのは東シベリア奪還作戦で悠平が倒れた時からだ。その時以降、何らかのきっかけでネージュの感情が昂ぶるとネージュの赤裸々な想いが悠平に叩きつけられるようになったのだ。
今日、ネージュがこんな状態になったのはパーティの終わりごろ、武と霞を呼ぶために屋上へ向かった時からだろう。その時、何を見たのか悠平にはなんとなく想像がついていたが、ネージュにここまで影響を与えるとは思っていなかったのだ。それだけネージュの感情が育っているということは悠平にとっても嬉しい限りだ。しかし、
――好き。
――大好き。
今日はいつにも増して強く響いていた。もしかすると何かを覚悟したのかもしれない。覚悟を決めた女というものはとても強いのだと、どこかで聞いたことがあったのを悠平は思い出した。
気配を感じ、ふと資料から顔を上げると目の前にはネージュの顔があった。ネージュはそのまま悠平を押し倒すようにして抱きついてくる。すくすくと育った立派な胸が体に押し付けられ、その柔らかさと心地よさを感じつつ、悠平脳裏に響くネージュの想いが強くなったのを感じた。
――好きです。
――大好きです。
――愛してます。
――もっと傍に。
――ずっと傍に。
――もっと触れて。
――もっと抱き締めて。
「……好き、です」
脳裏に響く声なき声に混じって蚊の鳴くような声で、しかし悠平の耳にしっかりとネージュの告白が届いていた。
ネージュの頬は桃色に染まり、瞳は熱に浮かされたように潤み、かつての生気のない表情が想像できないほど魅力的な表情だった。
(これは……抗えそうにない、な)
そもそも自分の抗う気があったのか、それさえも分からない。だが、悠平がこの世界に骨をうずめる覚悟をした理由は間違いなくネージュだ。そのネージュが求めるのならば、
「俺も、好きだ……」
悠平は素直な気持ちを告げる。
ネージュとの距離はいつの間にかお互いの吐息を感じられるほどに近づいていた。
――キス、したい。
それは悠平の想いなのか、ネージュの想いなのか、もはや関係なかった。
後日、様子のおかしい霞とネージュに基地の者たちは首をかしげ、同時期にイーニァにキスを迫られて逃げ惑うユウヤがいたるところで目撃された。
不吉なタイトルにあからさまに怪しい動きが……
ハッピーエンドみたいな終わりかただけど、全然終わってませんのでご安心を……安心だよね?(汗
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第二十五話「一つの結実」
今回は夕呼視点のお話です。
元米軍中将が姿を消したという報告が入ったのは12月も半ばを過ぎた頃だった。
しでかしたことの大きさからあまりの突き上げの激しさに地位の剥奪だけでは足りず、米国政府は横浜機関のことを考えて日本式に切腹させることで片をつけようとしていた。しかしその当日、元米軍中将はいつの間にか姿を消していたのだそうだ。
切腹が決まった当初は帝国政府内でも珍しく米国政府の判断を喝采する声が多くあがっていたが、当の本人が姿を消したことを臆病者、軟弱者と罵っていた。
「まったく、往生際が悪いわね……」
夕呼は一つため息をついた。ようやく一つ大きな問題が片付いたと思ったら、無能な小物がまだあがくのだ。もっとも、そちらは米国に任せておいても大丈夫だろう。面子のこともあるため、必ず追い詰めるはずだ。
執務机の上に無造作に置いてあった企画書を夕呼は手に取った。それは凄乃皇の実戦テストが完了して少し後に悠平が持ってきたものだった。
凄乃皇の技術を使用して戦術機を作り上げた場合の検証を目的とした新型機の開発。それがこの企画書の内容だ。主機には戦術機に搭載できるよう調整したミカナギ型抗重力機関を使用し、OSはXM3に抗重力機関制御システムを組み込む。電磁投射砲と荷電粒子砲を搭載し、重力制御とジャンプユニットの二重機動制御を行うという様々な要素をひたすらに詰め込んだ機体を作ろうというものだった。
企画書を持ってきた時点ですでにOSは霞の協力で完成しており、設計図まで用意ができていたのに呆れつつも夕呼自身も興味があり、幸いグレイ・イレブンについては十分な量が確保できていたため計画を承認したのだ。その代わりに凄乃皇十機分のミカナギ型の製造を言い渡していたのだが、そちらは材料がそろい次第あっという間に用意してしまっていた。それほど作ってみたかったのだろうか。
(そういえば、そろそろ稼動テストを始めるって言ってたわね……もう機体はできてるのかしら?)
夕呼は研究にかかりきりで久しく出歩いていないことを思い出し、気分転換がてら様子を見に行くことにした。
夕呼が久しぶりに90番格納庫に顔を見せると、整備兵や技師たちが挨拶をしてくる。敬礼がないあたりはすっかり夕呼色に染まっている証拠だろう。
周りを見回してみると凄乃皇・伍型の雄姿がひときわ目立つ中、他に二機の凄乃皇の組み立てが開始されていた。現在の横浜基地ではこれ以上凄乃皇を置いて置けるスペースがないのだ。そのうち凄乃皇専用の格納庫を増築する必要があるだろう。
目当てのものが見当たらないと思い、よく周りを見てみると、格納庫の片隅に立つ二機の見慣れない戦術機が確認できた。凄乃皇があまりに大きすぎるため見落としていたようだ。
(縮尺が狂いそうね……)
実際に、この90番格納庫はかなりの広さがある。格納庫の端から端まで歩くのも少々大変なのだ。最近は研究にかまけていたため、いい運動にはなるだろう。
「はぁ……はぁ……甘かった、わ……この格納庫、やっぱり……広すぎよ……」
思っていた以上に体が鈍っていたようだ。間違っても年のせいだとは思いたくはない。
「あれ?夕呼先生じゃないですか。どうしたんですか、こんなところへ来て」
武と霞が夕呼に気づいて声をかけてきた。最近何かと二人でいることが多い二人だ。何か進展でもあったのかもしれない。
「そろそろ稼動テストやるって聞いてたから、どのくらいできてるのか見に来たのよ」
息を切らしていたことを悟られないようになんでもないように理由を応えた。彼らに恥ずかしいところをあまり見せたくないのだ。
「ああ、それなら丁度良かった。丁度夕呼先生に連絡しようかと思ってたんですよ」
悠平がそう言いながら戦術機の足元から姿を見せた。服だけを見れば一介の整備兵にしか見えないくらい様になっている。
話を聞いてみると丁度これから稼動テストを行うため、執務室へ連絡しようとしていたところらしい。ネージュはユウヤとイーニァに知らせに行っているため、今頃は先に上で待っているのだろう。
「それで、出来のほうはどうなの?」
挑戦的な笑みで尋ねると悠平は笑ってかえした。
「やってみないとわからないところは多いですが、面白いものは見られると思いますよ」
どうやら思ったよりも退屈しないで済みそうだ。
演習区画に姿を現した二機の戦術機は特に武装を施しておらず、しかし不知火よりもやや大きい印象を与えた。
機体の持つ雰囲気は空力制御を主体とした帝国軍機よりも力任せな制御の米軍機に近いだろう。重力制御を併用するということなので、空力による補助はあまり考えていないのだろう。
機体そのものはそれほど大きな特色のあるものではなかったが、腰に装備されたジャンプユニットがひときわ大きな違和感を放っていた。
「あのジャンプユニット、なんだか従来のものとずいぶん違わない?」
「ああ、あれはジャンプユニットと荷電粒子砲の複合ユニットですよ」
夕呼は思わず目を丸くしていた。凄乃皇ではあれほど巨大な荷電粒子砲がここまで小型化されるなど、通常ではありえないレベルの進歩だ。おそらく、量子融合の素材を利用したのだろう。当然、他にも使用されているだろうことは予想されるため、これはほぼワンオフ機の扱いだ。
荷電粒子砲の小型化は大きな利点ではあるが、効果範囲が狭くなり、再発射が可能になるまでの時間が凄乃皇・伍型の倍近くあるという欠点も抱えているらしい。ラザフォード場に関しては元々防御用に展開するわけではないため、あまり気にする必要はないようだ。防御に使用する場合も凄乃皇より出力が低いため、回避のためのわずかな時間を稼ぐ緊急避難的な使い方になる。
稼動テストはどうやら無人による遠隔制御で行われるらしく、全員が指揮車の周りに集まっていた。今回はちゃんとラザフォード場の制御ができているか、ちゃんと想定どおりの動きをするのかを確認するためのものなので、即応性は必要ないのだ。
やがて準備が整ったのか、テストが開始された。
主脚移動は問題なし。その他の基本動作も問題なく進んでいく。
基本的なテストが全て終了したことで重力制御のテストが開始され、戦術機が音もなく宙に浮かび上がった。
加速。減速。宙返りや機体を寝かせて水平移動からの変則機動。思っていたよりも速度が出ており、これだけでも戦闘機動に使えるのではないかと思うものだった。
そして、ジャンプユニットとの併用テストで見学していた者たちは度肝を抜かれることとなった。
「な、なんだこりゃあっ!?」
「すごーい!ふわふわビュンビュン動いてるー!」
その機動はあまりに変則的だった。ふわふわ漂っていたかと思えば一瞬で正反対へ急加速。その場でコマのように高速回転したと思えば地面を蹴った方向とは逆に高速移動。まるで先が読めないのだ。遠隔制御でこれなのだから、実際に搭乗しての操縦ならばこれまで以上に自由度の高い機動ができるだろう。
XM3を作るきっかけとなった武の戦闘機動にも驚かされたが、このテストはその時と同等の驚きを夕呼にもたらしていた。
(アタシは驚かされるよりも驚かすほうが性にあってるっていうのに、まったく……)
一通りの機動制御のテストが完了したところで最終テストである荷電粒子砲の発射テストを行うこととなった。事前に通達はしてあり、空へ向けて発射するため実際に被害が出ることはないのだ。
ジャンプユニットが機体前方に展開され、荷電粒子砲の砲身が形成される。ラザフォード場が機体後方に集中展開され、発射時の反動を打ち消す体勢を整えた。やがて荷電粒子砲の発射口の空気が揺らぎ、強烈な可視光線が空へ向かって放たれた。
「きゃぁぁあああああああああああっ!?」
衝撃波が指揮車を襲い、車体が大きく左右に揺れる。思わず悲鳴を上げてしまうが、これは仕方ないだろう。
「ラザフォード場、異常なし。電磁遮蔽も基準値内。再充填が完了次第、第二射のテストを開始します」
悠平がどこか楽しそうに報告する。意外とサドの気があるのかもしれない。
テストを一通り完了したことで徹底的なチェックが行われ、問題が確認できなければ次は完全装備での有人テストを行うらしい。
基本的な武装は試製03型電磁投射砲や従来の突撃砲と長刀、短刀を考えている。量産性を考慮した結果だろう。もっとも、機体の性能と理論上の耐久力を考えれば素手で戦術機をねじ切ることもできるそうだが。
(モノコック構造を支える部分に量子融合素材を使ってるのかしら……とんでもない機体ね)
それでいて整備性も確保されているあたり、意外と考えられているようだ。
「そういえば、この機体は誰が乗る予定なの?」
尋ねてみると一号機は単座で悠平が、二号機は複座で武と霞が乗り込むらしい。二号機が複座な理由は衛士の負担を軽減する管制補佐のためだそうだ。激しい戦闘に集中しなければならない時に衛士に代わり、CPや各部隊とのやり取りを行うことをメインの役割としている。簡易版CPのようなものだ。
霞を武の変態機動に付きあわせて大丈夫なのかと不安になりもしたが、どうやら訓練の成果が出ておりもうすっかり慣れたという。試しに戦術機をシミュレーターで動かしたらあまりのセンスのなさに絶望したという愚痴をこぼされもしたが、大丈夫なのならばいいだろう。
「……あら?そういえばこの機体の開発コードとか名前を聞いた覚えがないんだけど……」
「あれ、言ってませんでしたっけ?こいつは――」
開発コードXG-71、凄乃皇・六型。機体名称、
年が明けると横浜機関にソ連から再びハイヴ攻略作戦へ参加してほしいという連絡があった。前回のエヴェンスクハイヴ攻略作戦での損害が想定以上に少なかったため、ずいぶん早く残りのハイヴ攻略へ乗り出すことができたようだ。これには米軍もこれまでのお詫びとして参加することとなっており、ハイヴ攻略後はそのまま共同で防衛線を構築する手筈となっている。
それとは別に4月から開始される欧州奪還作戦へ参加してほしいという要望も届いていた。欧州連合は早く己の国土を取り戻したいのだろうが、まずは帝国にも比較的近いヴェルホヤンスクハイヴの攻略を優先するべきだろう。幸いこちらは3月に実施される。うまくいけばそれほど時間をかけずに欧州奪還作戦へも参加することができるだろう。
(でも、輝津薙の実戦試験もその頃にはできるわよね……凄乃皇・伍型はどうしようかしら?)
夕呼は悩みに悩んだ結果、とんでもない暴挙に出ることを決めた。
ここに至って新型機の登場です。
光輝く津波で薙ぎ払いたいんです(荷電粒子砲のこと
でも
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第二十六話「暴走の果て」
約半年ぶりに訪れたシベリアで武たちを出迎えたのは、もはやお約束とも言えるソ連軍将校だった。だが、今回もまたいつものようにややきつい態度を取るかと思っていたのだが、どこか様子がおかしい。
「白銀
ソ連軍将校が気を取られていたのは、これまでの遠征で一度も参加していなかった者がここにいたからだ。
「え……ああ。あの人は香月夕呼副司令。俺たちのトップですよ」
今回の遠征にあたって直前に大尉に昇進した武は、ソ連軍将校に夕呼を紹介した。
夕呼は外行きの仮面を被って、人あたりよくソ連軍将校に挨拶を交わした。普段の夕呼を知っている分、別人のように見える。
「あなたが横浜の……?…………美しい」
どうやらソ連軍将校は夕呼に見とれてしまっているようだ。外見はたしかに美人なのだが、中身を知ればこのソ連軍将校もどれほどショックを受けるか――いや、これだけ見とれているところを見ると意外とショックを受けないのかもしれない。
「ふぅ……それにしても、さっむいわねぇ~……」
挨拶を終えて割り当てられたブロックへ向かいながら、夕呼は寒さに身を震わせた。そんな思いをしてまで今回夕呼がこのヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦についてきたのには理由がある。
今回、二機の輝津薙の実戦テストとその直援のために凄乃皇・伍型に乗り込む人員が確保できなかったのだ。最悪、無人による遠隔制御で戦闘を行うことも可能だが、それでは随時効果的な戦闘を行うことは困難だ。そこで凄乃皇・伍型には夕呼とピアティフが乗り込み、連携テストの名目で凄乃皇の直援をソ連軍に任せて戦闘に参加するのだ。そのためにある程度訓練までこなしてきたのだから、夕呼は本気なのだろう。今回のことからも分かるように、今後は凄乃皇も増えるため専用の搭乗士が必要になる。武はやはり凄乃皇よりも戦術機のほうが自分に向いていると考えていた。
凄乃皇は今回、基本的には荷電粒子砲を連射した後はあまりBETAには接近せず、簡易移動砲台として機能することになる。凄乃皇の能力とソ連軍の直援があれば夕呼たちはかなり安全に戦えるだろう。
(あとは、何か無茶なことを言い出さないことを祈るしかないか……)
武は夕呼の無茶で自分と一緒に輝津薙に乗る霞に危険が及ばないかを心配していた。
基地内にはソ連軍だけではなく、米国から派遣されてきた部隊の者も多くいた。ソ連と米国の関係は決していいものとはいえないことは有名だろう。しかし、この基地に限ってはそうではなかった。
元米軍中将がしでかしたことと、米国副大統領が自ら公表した汚点に対する誠実な態度、そしてお詫びと証した今回の派遣で米軍は自国の汚名をそそぐために今回の作戦に全力を尽くすことをこの基地のソ連軍に誓い、ソ連軍はそれを受け止めたのだ。
派遣されてきた部隊もかなりのもので、攻略後にそのまま防衛線を構築することを前提としているのは間違いないだろう。
もっと早くから米国がこのような行動に出ていれば、帝国や他の国々の反米感情が高まると言うことはなかったのかもしれない。
開始されたヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦は、やはり凄乃皇の圧倒的な性能によってあっという間に人類優勢に傾いていった。
また、凄乃皇の荷電粒子砲撃では範囲が広すぎて味方を巻き込んでしまうようなところは輝津薙の荷電粒子砲や電磁投射砲によって打ち払われ、ハイヴ攻略作戦としては現状でエヴェンスクハイヴ攻略時よりも遥かに少ない損耗率で推移していた。
そしてその様子を、米国副大統領は己の執務室のモニター越しに見ていた。
「やはり、G弾を横浜機関へ渡して正解だったな。これほどのものを作り上げてしまうとは……これならば人類が救われるのも時間の問題かもしれん」
問題があるとすれば太陽系からBETAを駆逐した後の凄乃皇の処遇だが、これは最悪全て太陽へ投棄してしまうことで片をつけられるだろう。
(その頃には私など、もう寿命で死んでいるかもしれんがな)
副大統領の顔に苦笑が浮かぶ。未来のことは分からないが、今はただアメリカだけではなく世界にとってより良い未来を掴むために努力するだけだ。
決意を新たに、手を止めていた書類仕事を再開するとデスクの電話が呼び出しを告げた。
「どうした、何か緊急の報告か?」
副大統領の耳に切羽詰ったような声で報告が届いてくる。それは、まさしく非常事態というべき報告だった。
「イカン……っ!すぐにソ連と横浜機関にも知らせろ!大至急だっ!!」
副大統領はすぐに大統領と連絡を取り合い、事態を収めるために行動を開始した。
その男は
だがその大地は今、悪魔によって蹂躙され、人々は苦しみ、世界は英雄を求めている。偽りの英雄ではなく、真の英雄を。
男は己の聖剣を撫でた。これは悪魔を滅ぼす救世の力にして悪しき魔女に鉄槌を下す断罪の力だ。魔女に助けを請う愚かなあの国もまた断罪すべきものだ。聖剣の材料は自らの手で管理されなければならないもの。それを掠め取るなど言語道断だ。
男を切り捨てた国は魔女に毒されてしまったが、この断罪できっと目を覚ますだろう。そして世界はあるべき姿へと還るのだ。そう思うと、男は汚らしくにごった笑みを浮かべた。
さあ、聖剣を携えた輝かしい英雄がもうすぐ世界へ帰ってくる――
輝津薙の両肩に装備された電磁投射砲によって無数のBETAを蹂躙した悠平は空になったマガジンを交換しながらモニュメント跡を見ていた。
主縦坑が大きく抉れた地面から見えており、周囲にはモニュメントだったものがあちこちに散らばっていた。言葉にするとあまり大したことはないように聞こえるが抉れた地面は半径数百メートルでは済まず、あちこちに見られるモニュメント片も一つが数十メートルという大きさのものも存在し、それが数キロにわたってあちこちに転がっているのだ。それをなした威力はとてつもないものだろう。
輝津薙の荷電粒子砲もまた、小型化によって低下しているが相当の威力を持っている。ハイヴの中でうかつに使用すれば、衝撃波と爆風でとんでもないことになるだろう。使用するとすれば、反応炉か母艦級に対してのみだ。
「どうしたんだ、御巫?」
武が声をかけてくる。周囲にBETAがいないからといって少し呆けすぎていたらしい。
「いや、相変わらずとんでもない威力だなと思ってさ」
確かに、と武とユウヤが同意した。
「霞は平気か?結構激しく動いてたけど……」
「大丈夫です。タケルさんは、優しいですから」
武が若干照れたような仕草を見せた。あれで結構気を使いながら動いていたのだろう。さすがはXM3の元祖といったところか。
「BIG-01よりエインヘリアル各機へ。ソ連軍・米軍の合同部隊がハイヴへの突入を開始するようです。突入口の確保と防衛を要請されていますので、こちらは任せて指定のポイントへ向かってください」
BIG-01こと凄乃皇のピアティフから指示が来た。どうやら第二ラウンドの始まりのようだ。
BETAの群れを
五機もの機体から吐き出される嵐はあっという間にBETA周囲のBETAをほとんど殲滅し、その威力を知らしめた。もうこの電磁投射砲も完成でいいのではないだろうか。
残弾を確認すると、電磁投射砲はそろそろ温存が必要だろう。荷電粒子砲も先ほど使ったばかりだ。幸いすぐ近くに通常の補給コンテナがあるため、そこから突撃砲を拝借することにした。この電磁投射砲が正式に配備されるようになればこのマガジンも補給コンテナに常備されるようになるのだろう。
それぞれが通常兵装の補給を完了する頃、ソ連軍と米軍の突入部隊がやってきた。丁度荷電粒子砲の充填も完了したところだ。
「これより、ハイヴ突入口内部へ荷電粒子砲を発射します。こちらの真後ろに立たないように注意しつつ、衝撃に備えてください」
二機の輝津薙が突入口の前に並ぶ。あらかじめハイヴ内のBETAを荷電粒子砲で減らしておくためだ。
「うぉぉおおっ!?」
荷電粒子砲の衝撃波と爆風によってソ連軍と米軍の機体が煽られそうになる。この戦術はもう少し考えどころがあるようだ。
土煙が収まり、ハイヴに突入したソ連軍と米軍を見送って、悠平たちは周囲の警戒へ移った。BETAの行動は一部の状況を除いて未だに読めないところがある。当分を気緩めることはできないだろう。
散発的なBETAとの戦闘や、後続の突入部隊の進入を見送っていると、不意にネージュが空を見上げた。
「……何、これ……何かが、降ってくる……?」
「何か……?それが降ってくると、どうなるんだ?」
ネージュはわかりません、と答えた。どうも
悠平は空を注視した。何かが降ってきた時、迎撃できるようにするために。
突然管制ユニット内にアラートが鳴り響いた。
「なんだ!?一体何のアラートだっ!?」
「何……っ?怖いよ、ユウヤ……っ」
ユウヤが見たこともないアラートに焦りを見せる。
「これは、緊急避難警報……っ!?」
まさか、と悠平は冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。
「BIG-01よりエインヘリアル各機!すぐにそこから退避してください!」
ピアティフが今まで聞いたことがないくらい焦った声を上げていることに、悠平は嫌な予感がますます増大していくのを感じた。
「やられたわ……っ!行方をくらませた元米軍中将が、極秘裏に製造して秘匿していたG弾をエヴェンスクハイヴに投下したのよっ!アンタたちは早くそこから離脱しなさい!!」
夕呼も焦りを隠せずにいる。着弾時間と被害予測を確認すると――
(……ダメだ、全然間に合わないっ!?)
着弾まであと一分たらずしかない。幸い凄乃皇は安全圏にいるようだが、悠平たちはこの地点からではとてもではないが間に合わない。
「クソッ、G弾を迎撃するしかないってのか!?」
「ダメだっ、弾速が早すぎる!今からの迎撃は無理だ!」
「ユウヤ……怖い、怖いよっ」
仲間たちも確認をしたらしい。ここから安全圏まで脱出する方法はない――通常ならば。
「みんな、俺の機体に可能な限り接触しろっ!俺が全員連れて
「機体ごとか!?無茶だ!機体を放棄して生身で――」
「そんな時間はない!急げっ!!」
時間を見ると、残り三十秒を切っていた。戦術機を降りている時間は、もはやない。
集まってきた全員の機体と接触したことを確認して、悠平は意識を集中する。
着弾まで残り十五秒。
(感覚が……意識が……これまでにないほど、
己の限界を超えた質量の
着弾まで残り五秒。
己が全員の機体を認識・掌握したことを把握して、悠平は転移のために全力を振り絞る。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええっ!!!!」
悠平の脳が限界を超えて力を振り絞り、量子分解を試みる。だが、なかなかうまくいかない。今の己にはこれだけの質量を転移させることは不可能だ。それは分かっている。掌握する範囲を一部に限定すれば飛べるかもしれない。しかし、それを選ぶことはできない。中途半端に認識し、掌握した状態で転移を行えば再構成に失敗してしまう。それはこれまでの実験で分かっていた。だがら、
「絶対に……っ、守るんだぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!!!」
着弾まで残り――
その日、エヴェンスクハイヴが投下されたG弾によって米軍・ソ連軍問わず多くの将兵を巻き添えに消滅した。
G弾効果圏内にいた者の生存確認調査で奇跡的に最下層へ到達していた米軍・ソ連軍の衛士数人の生存が確認されたが、同時にそれは反応炉の残存が確認されるということだった。そして生存者の救出直後に地中から大量のBETAがあふれ出したことで反応炉の破壊作業を断念せざるを得なくなり、今回の一件でG弾によるハイヴ攻略が絶対確実ではないことが証明されることとなった。
投下されたG弾は逃走していた元米軍中将が極秘裏に製造し秘匿していたものであり、G弾投下直前にこの凶行に気づいた米国は各地へ警戒を呼びかけ元米軍中将の捕縛に動いていた。だが、元米軍中将は反応炉破壊に失敗したことが確認された直後、元米軍中将の乗っていた再突入駆逐艦は大気圏へ突入しホワイトハウスへ墜落、爆散した。これによってホワイトハウスにいた大統領、副大統領を含む多くの者が犠牲になったことが明らかになった。
衝撃の展開……いや、ある意味予想通りか?
ある意味で最終話です。でも話はまだ終わってませんので、続きを書いてます。
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第二部 ―リブート―
???「光の中で」
光の奔流が周囲を満たしていた。無数の粒子がランダムに飛び交い、集約と分解を繰り返している。光があふれ、交差し、そこから新たな光が生まれ、または散っていく。
だが、悠平にはそれをのんきに
悠平は膨大な何かのエネルギーを受けて全員を量子分解することに成功した。しかし、未だ悠平たちの肉体は再構成される様子はなく、光の粒子となったまま何か強い引力に引き寄せられている。このような状態を認識したのは悠平にとっても初めてのことであり、一体何が起きているのかは分からない。でも、悠平の傍に漂っている光の粒子たちを手放してはいけない。それだけは分かる。分かってしまう。
武、霞、ユウヤ、イーニァ、ネージュ、そしてそれぞれが乗っていた機体や身につけていたものが悠平の傍に漂う光の粒子の正体だ。しかし、その中には見覚えのない何かが混じっている。
――いや、今はそんなことはどうでもいい!絶対に、手放しちゃいけないんだ!
悠平は必死にみんなの粒子を引き離されまいと努力していた。
量子化に成功する瞬間、G弾の爆発で機体同士の接触がわずかに途切れてしまったことが原因だろう。つまり、悠平は今、テレポートと同時に
無生物にしか作用しないとずっと
しかし、悠平の努力をあざ笑うかのように徐々にみんなを構成する粒子が引き離されようとしていた。やはり、生きている存在のアポーツは無理があるのか。
――まだだっ!まだ……っ!!
無理に無理を重ね、自身を構成する粒子すら飛び散りそうになるのを必死に堪えながら、悠平は仲間たちを手繰り寄せようとする。
――再構成されるまで、持ちこたえさえすれば……っ!
だが、本当にこのまま待っていれば再構成が行われるのか、悠平には確証がない。
不意に仲間たちを引っ張る力がその強さを増した。無生物を構成していた粒子を置き去りに、悠平から一気に引き剥がされていく。
――ぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!!!
悠平は必死になって追いすがり、みんなを引き寄せようとする。だが、引き寄せられない。引力が強すぎるのだ。
引力はさらにその強さを増していき、悠平から再び仲間たちを引き剥がしていく。
――クソ……ッ!クソッ!!クソォッ!!!
みんなが引き剥がされていく中、何とか一人だけ手元に引き寄せ強く抱き締める。それは悠平が愛している、一番大切な子。
――放さない……っ、絶対に放さない……っ!!……っぁぁあああああああっ!!!
悠平は絶叫しながら涙を流す。
守れない。
武を。
霞を。
ユウヤを。
イーニァを。
大切な仲間たちを、守れない。
己の力不足ゆえに守れない。
そして、ネージュすらも、守れない。
必死に抱き締めているのに、ネージュが零れ落ちようとしていた。
足掻いても、足掻いても、引力に引き寄せられてしまう。
悠平は己の能力の限界を感じていた。自身の構成を維持できない。無力感と能力の限界による疲労で意識すら手放しそうになる。
砕ける。
解ける。
分解する。
――…………もう…………ダメ、なのか…………っ?
諦めそうに、なる。
――諦めちゃダメ!
――……誰、だ?
悠平以外の声がした。この光の奔流の中で、悠平以外の何者かの声が。
――あなたはその子を絶対放さないで!大丈夫!あなたはまだ、がんばれるよ!!
謎の声は悠平を激励する。絶対に放すな、がんばれと。
――でも、それじゃああいつらは……っ
悠平は引き離されていく仲間たちの粒子を見る。引力は強い。見る見るうちに引き離されていく。
――大丈夫だよ!タケルちゃんたちはわたしにまかせて!
――……え?タケルちゃん、って…………まさか……っ!?
見覚えのない光の粒子が大きく広がって、光で満ちていく。やがて光は悠平の認識を埋め尽くし、純白で染め上げていった。
何も見えない。だが、不思議と不安はなくなっていた。
悠平はネージュの存在を抱き締めていることだけを感じていた。光はやがて収束し――
目が覚めると、そこは純夏の脳髄が収められたシリンダールームだった。
「私……眠って、いたんでしょうか……?」
おかしい。さっきまでG弾が落ちてくるという危機的状況だったはずだ。それともアレは夢だったのだろうか。
しょぼしょぼする目を擦りながら、霞はさっきまでの光景が夢だったのだと判断した。
(……あれ?それなら、ヴェルホヤンスクハイヴ攻略戦へはこれから出立するんでしょうか?)
霞は今日が何日だったのかを確認するために、カレンダーのある夕呼の執務室へと向かって歩き出した。
それにしても、服がいつもより小さい気がするのは気のせいだろうか。
分かる人はいろいろもう分かったかも……とりあえず次回へ続きます。
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第一話「辿り着いた場所」
あ、やめっ、怒らないでっ。ねっ?
武は暗い世界で少しずつ意識が浮上していくのを感じていた。体に力が行き渡り、感覚が戻ってくる。
(テレポートに……成功したのか?)
状況を確認するためにゆっくりと目を見開いていく。暗闇に慣れた目が光を認識し、反射的に目を瞑ってしまう。
(……状況は、どうなったんだ?みんなは……?)
武は霞に声をかけようと、目を見開いた。
だが、武の目に映ったのはかつて見慣れた懐かしい配置。しかし、まだ当分は見ることのないはずだった、
(え……何で?何でだ……っ?)
純夏が再構成した世界へ戻ってしまったのかと焦るが、そうではないと気づく。懐かしいあの気配が、あの日常の気配を感じない。それに、元の世界に戻ったとしたらそれは冥夜が武の布団にもぐりこんだ日から始まる。そんな予感がしていた。ならば、ここは再構成された世界ではない。
(だとしたら……
脳裏に浮かんだのは、この世界が
(……いや。これが三回目だっていうなら、オルタネイティヴ4を成功させて、可能な限りみんなも助けて、今度こそ二人とも幸せにしてみせるだけだ!)
武はすでに純夏と霞、二人共を愛することを覚悟している。それに、オルタネイティヴ4で得られたBETAの情報もかなり持っている。仮に00ユニットが期限までに完成しなかったとしても、最悪の事態は避けられるはずだ。
(でも、そうなると純夏をどうやって助けるかが問題だよな……)
00ユニットが完成しなかった場合の打開策を考えながら武は制服に着替え、交渉に有利と思われるゲームガイを含む様々な物品をボストンバッグへ詰め込んでいった。
これからのことに考えをめぐらせている武は、着慣れたはずの制服が少し小さく感じることに気づかずにいた。
「……っ、ここ……は……」
悠平は頭痛を抑えるように手を額に当てながら、ゆっくりと目を開いた。
未だにじむ視界は場所の特定を難しくさせるが、静かに響く稼動音とぼやけてかすかに見えるレイアウトはここが戦術機の中であることを理解させた。
(能力は……まだ、少しきつそうだな……みんなは、どうなった……?)
少しずつ回復する視界に網膜投影による情報が映し出される。悠平の機体の周囲に反応は四つ。悠平はほっとして部隊内通信を開こうとする。
「……え?」
そんな間の抜けた声が漏れてしまう。己の網膜に投影された情報が信じられなかった。通信を開くために表示された全員分のバイタルが、一つを残してゼロを示していた。
「嘘……だろ……っ?」
強化装備の反応は、ある。だが、バイタルがフラットを示し続けている。それは搭乗者の死亡を示していて――
それぞれのコックピットを確認するために悠平は管制ユニットから飛び出し、周囲に倒れていた機体へ駆け寄った。
「ネージュ……っ!」
まず先に駆け寄ったのは、ネージュの弐型改。唯一バイタルが返ってきた機体だ。
管制ユニットが開放される時間すらもどかしげに見つめ、中を覗きこむ。そこには、ネージュが力なくシートに身を預けている姿があった。
勢いよくネージュの傍へ降り立った悠平はすぐに外傷のチェックを開始するが、どこにも怪我はない。呼吸も安定しており、気を失っているだけのようだ。
「……よかった」
だが、まだ安心するのは早い。他のみんなはバイタルがフラット状態なのだ。急いで確認しなければならない。もし心肺が停止しているだけならば、蘇生させることができるかもしれない。
悠平は残りの機体へと駆け寄り、管制ユニットの中を確認して回った。しかし、どれも
「これは……どういう、こと、なんだ……?」
最後の機体の管制ユニットを覗き込んだ悠平は力なくつぶやいた。
管制ユニットの中にあったのは脱ぎ捨てられたかのような強化装備と、各々が身に着けていたと思われるものだけが取り残されていた。
(彼女が失敗した……っ?いや、それはない……彼女は俺にはっきりと任せてと言った)
何故かは分からないが、彼女が失敗をすることはないという確信があった。ならばみんなは無事なはずだ。
ふと、悠平は自分が今どこにいるのかを確認していなかったことを思い出した。
辺りを見渡してみると、周囲にあるのは廃墟ばかり。半壊したビル。崩れ落ちた高架線。家だった瓦礫。そして、家を押しつぶすようにして倒れている大破した
「……っ!?」
悠平は激しいデジャブを感じた。否、デジャブなどではない。悠平はあれを見たことがある。
撃震に押しつぶされている
「横浜……?俺は……ヴェルホヤンスクハイヴから、横浜まで……飛んだ、のか?」
信じられない。己にこれほどの力があるなどまるで信じられない。だが、悠平には一度、信じられないような体験があった。そして今回の転移は、雷に打たれてパソコンや机ごとこの世界に転移してしまったあの時とどこか似ている。違うとすれば別の世界に転移したか、同じ世界内を転移したか――
(……待て。本当に
悠平の脳裏を嫌な想像がよぎる。もしかしたら、ここは同じに見えるだけで別の
(だとすれば……俺は、俺たちはこれからどうすれば……)
これからのことに悩み始めた悠平は、何かが開く音で思考を中断することになった。
(なんだ!?何か、いるのか……っ!?)
音源は目の前の武の家。玄関のドアがゆっくり開かれていくところだった。そして、中から出てきたのは、
「……御、巫?」
幽霊でも見たような表情の、制服姿で大きな荷物を持った武だった。
目を覚ましたネージュを含む三人は機体のそばで現状の確認を行っていた。しかし、ネージュは二人が行う突拍子もない話に目を丸くするばかりだった。
武の直感によればこの世界は
それらの検証の役に立つ可能性を考え、まずは衛星データリンクを使って現在の日時を確認することとなった。しかし、念には念を入れて通常アクセスではなく、こちらの現在地がばれないようにハッキングによって行う。武は悠平がそんな芸当を身につけていたことに驚いたが、夕呼の下で色々研究していたらこれくらいのことはできるようになってしまったのだ。
やがてハッキングが成功し、現在日時が悠平の網膜に投影された。
「2001年、10月、22日……」
それは、武のループの基点。因果導体だった武にとって全てが始まった日だった。
沈痛な面持ちな武だが、悠平にはその姿は若返ったような様子は見られない。2004年の3月時点の武との差異が感じられないのだ。
「つまり、これはループじゃなく俺の能力の結果である可能性が高い」
もっとも、それとて確実とは言えない。今口にした推測では、武がかつての自身の部屋にいた理由に説明がつかない。だが、悠平は以前夕呼と話し合って得た一つの可能性があることを思い出していた。それを確認するためにも、まずはこの世界の夕呼と接触する必要があるだろう。
そのことを武に伝え、夕呼と接触する方法について三人で話し始めた。
夕呼との接触で一番確実なものは、武が一人で横浜基地に向かうというものだ。悠平の推測が正しければそこに
他に浮かんだのは、ここにある戦術機に乗っていくというものだったが、こちらは未確認機として最悪攻撃される可能性があるということだ。もっともそれでやられるとは思っていないが、兵站の残りが少ないため戦うことになれば苦戦するのは間違いないだろうし、それで横浜基地の戦力を減らすのは愚作だといえるだろう。
結局、これまでのループどおりに武が一人で横浜基地へ向かうこととなった。
荷物を悠平に預け、横浜基地のゲートへと辿り着いた武はこれまでどおりに衛兵に足止めされてしまっていた。
「香月副司令に伝えてくれ。シリンダーの彼女と四番目の成就のためにシロガネタケルが帰ってきた、って」
堂々とした武の態度に、二人の衛兵は怪訝そうな顔をしながらも夕呼へ連絡を行う。夕呼に関わることは全て報告するように言われているのだ。
「……すぐにこちらへ来るそうだ。しばらくはこのまま拘束させてもらうぞ」
そう言って武は身動きが取れないように拘束されてしまった。これも仕方のないこととはいえ、あまり気分のいいものではない。
だがすぐに誰かが走ってくるような足音が聞こえた。夕呼が来たにしては早すぎる。そう思ってその誰かを確認しようとすると、武の腹部に強い衝撃が走った。
「……タケルさんっ!」
武は己の腹部にダメージを与えた小さな正体を確認した。
「タケルさん……タケルさん……タケルさん……っ!」
「えーっと、霞……今俺拘束されてるわけで、そんなにくっつかれるのはちょっと……」
だが霞は武に抱きついたまま首を横にふるふると振った。小刻みに震えながら強く抱きついて離れないその小さな体は紛れもなく武の知る霞だった。
「心配、しました……っ!心配したんです……っ!」
半ば泣きそうになりながら武の顔を引き寄せ、霞は何度も強引に唇を重ねてくる。
突然始まったラブシーンに二人の衛兵がどうしたものかと困惑した様子を見せるが、唇を塞がれている武から何かを言うことはできないだろう。それ以上に、非常に恥ずかしくて何も言えない。
「ウチの子から情熱的に抱き締められるだけじゃなくアッツアツの光景まで見せ付けてくれるなんて、いいご身分じゃない」
そう言いながら現れた夕呼は魔女の笑みを浮かべながらも唇の端を引きつらせていた。
霞が心細さから大胆さ爆発してしまいました。
さてはて、これからどうなるのか……
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第二話「オーバーライド」
きっとべらぼうに長くなるんだろうなと考えたら、それだけで気が萎えそうに……
念のために数時間に及ぶ検査を受けて執務室へ通された武は自身が把握している範囲で夕呼へ事情の説明を行っていた。
自身がかつては因果導体であったこと。オルタネイティヴ4を成功させ、BETAに関して様々な情報を得たこと。その後辿った経緯。そして、G弾の爆発からの脱出。
交渉に使えそうな情報はいくつかぼかしながら説明を終えると、夕呼は難しい顔をしていた。
「……まいったわね。これはアンタの妄想と切り捨てることができそうにないわ」
夕呼は軽く頭を抑えながらため息をついて話し始めた。
武が横浜基地のゲートへたどり着くまでの間、霞から聞いた話。ゲート前で見せつけられた武と霞の親密さ。そして武が話した内容。武と霞の話した内容は視点が違うだけでほぼ同じものであり、その中には夕呼の頭の中にしかない事柄まで含まれていたことが夕呼の頭を痛めているのだろう。
「まさかこんな二股男に社がなびくなんてね……」
どうやら頭を痛めている理由はそちらのほうが大きいようだった。
夕呼は大きくため息をつくと、気持ちを切り替えたのか話を続け始めた。
「アタシが00ユニットを完成させる為にアンタを並行世界へ送り出して数式を手に入れたのよね?その数式は覚えてるかしら?」
「いえ、俺自身は数式自体は覚えていませんでしたし、回収してきた数式も見てはいませんから……」
「それじゃ00ユニットを完成させられないってことじゃない……成果だけあってもモノがないんじゃ説得力が足りないわね」
夕呼は少しの間何かを考える仕草をすると、再び武に向き直った。
「アンタがまた因果導体に戻ってる可能性はないの?そうすればもう一度アンタに取りに行かせることもできるんだけど」
「そこなんですけど、いまいち分からないんですよね……御巫がそのことで夕呼先生と話し合って確認して見たいことがあるって言ってましたけど」
「ミカナギ……あぁ、そういえばアンタと一緒に飛んできたっていう仲間がいたんだったわね」
「仲間だけじゃなくて、その時乗ってた戦術機も一緒ですよ。話の内容を報告に行かなくちゃいけないんで、詳しいことはその後直接見てもらったほうがいいと思います」
武がそう言うと少しばかり難しい顔をしながら夕呼は考える様子を見せた。
「……どうせ戦術機を回収する必要があるんだし、アタシも一緒に行くわ」
夕呼の突然の申し出に武は目を丸くした。どの世界でも相変わらず無茶を言う人なのだ。
武は軍用の軽車両で夕呼が相乗りしている
不知火ということはA-01の誰か――おそらく伊隅みちるが乗っているのだろう。そう考えると武は視界がにじみそうになるのを堪えた。まだ顔も見ていないのにこれでは実際に顔合わせをしたときが心配だ。
しばらく道なりに移動していると、建物の影から輝津薙の頭が見えてきた。おそらく夕呼のほうでもすでに確認しているだろう。
「やっと来たか……相変わらず検査が長かったのか?」
車を降りると、待ちくたびれた様子の悠平が声をかけてきた。説明や移動も含め六時間近く経過しているので、実際かなり待ちくたびれたのだろう。
ついてきていた不知火の手から夕呼が降りてきて、屹立している五機の戦術機を見上げた。不知火から注意する旨の言葉が送られてきているが、聞く様子はないようだ。
「二種類あるとは聞いていたけど……見たことのない機体ね」
「未来に誕生する機体ですからね。当然といえば当然ですよ」
「それで、アンタたちが白銀の言っていたお仲間ね」
夕呼はそう言うと悠平とネージュに向き直った。
「この世界でははじめまして、と言っておきます」
悠平が意味深な笑みを浮かべて挨拶するが、武と同じ挨拶だったため夕呼は微妙な表情をしていた。
「それで、因果導体のこととかで話があるってことだけど……」
夕呼が気を取り直したように悠平に尋ねようとする。
「立ち話もなんですから、まずはこの機体を基地に運び込んでからにしませんか?おかしな邪魔が入っても困るので……90番格納庫かA-01用のハンガーにでも置かせてもらえますか?」
悠平の言うことはもっともだ。こんなところで戦術機が六機も顔をつき合わせているのは何気に目立つ。先に基地へ運び込んでしまったほうがいいだろう。
夕呼もそれを承諾し、武たちは横浜基地へと戻ることとなった。
「オーバーライド?」
悠平の能力や、悠平がかつて夕呼と話し合って至った一つの可能性についての説明を聞いた夕呼がオウム返しのように尋ねた。
「ええ。例を挙げて説明すると、こうです」
Aという人間がいる世界へ、別の世界から同じ存在のAプラスという人間がやってきたとする。
それが因果導体である場合はその意志の強さなどによってAとAプラスという二人が同時に存在したり、Aプラスに合一化したりする。この場合、Aプラスが別の世界へ移動することでAとAプラスは分離することになる。
しかし悠平の能力の場合はAという存在の上にAプラスという存在が丸ごと
「武、霞、二人とも服が妙に小さいと思わないか?」
ある程度説明が進むと、悠平は二人に尋ねた。
「そういえば、なんだか裾が足りない気がするな」
「私も、全体的に少しきついです」
悠平はニヤリと笑みを浮かべた。それこそが因果導体ではないという証拠であり、
二人はおそらく、本来この世界に存在していた武と霞にそれぞれ上書きされたのだ。その結果、その時着ていた服に上書きされた未来の体ではサイズが合わず、きつく感じているのだろう。
ネージュの場合はあの空間で悠平が最後まで放さなかったため、位置情報ごと上書きされてしまったのだ。
「ちょっと待って。元々この世界にいた存在はどうなるの?」
「おそらくですが、元に戻ることはありません。そもそも実際のデータが少なすぎるので正確なことは言えないんです」
悠平が神妙な口調で告げた。それはある意味、この世界に元々存在した自分たちを殺して居場所を奪い取ったようなものなのだ。多少空気が重苦しくなってしまうのも仕方のないことだろう。
「……つまり、社は二年経ってもその服が着られるくらいには育ってないってことなのね」
夕呼がかわいそうなものを見る目で霞を見つめると、霞は泣きそうな表情で反論を開始した。
「育ってます……!ちゃんと、あちこちきついんです……!む、胸だって、少しはきついんです……っ!」
思わず和やかな空気が広がりそうになるが、悠平は気になっていたあることを確認するため、夕呼に再び話しかけた。
「俺たちの仲間が後二人、こっちに来ているはずなんです。可能な限り大至急連絡を取ってもらってもいいですか?」
悠平が有無を言わせないような気配を漂わせており、夕呼は一瞬腰が引けそうになっていた。
「……可能な限り大至急って、尋常じゃない物言いね。何かあるの?」
「立場的にも時期的にもマズイ存在ということもあるんですが……もし間に合えば、ある人を助けることができるかもしれません」
悠平は元いた世界で知ったことを、そしてユウヤたちに直接聞いたことを思い出す。
クリスカ・ビャーチェノワ。桜花作戦の時点ではすでに命を落としていた、人工ESP発現体の第五世代。
悠平が知った情報ではいつ死んだのか正確なところまではわからなかったが、ユウヤたちと話したことでおおよその時期を掴むことはできた。あとはこの世界においてもそれが変わらないことであることを祈るだけだった。
現在ユーコン基地は深夜であり、いきなり呼び出すのは向こうの心証にもあまりよくないということで、向こうの朝一で連絡をすることになった。今は時間が惜しいのだが、あまり焦りすぎるのも良くないだろう。
その後の話し合いで悠平たちは情報と技術の提供を条件に夕呼の保護を受けられることが決まった。
階級は三人とも大尉として登録することになったのだが調整に少し時間が掛かるらしく、しばらくは提供する情報や技術に関してある程度レポートにまとめる作業に追われることとなった。
武は訓練兵である例の仲間たちに会いたがっていたが、今は我慢するべきだろう。二回目のループの時とは状況が大きく違いすぎる。それに、きちんとした立場を得られればあいつらを直接教導してやることもできるだろう。そう言って武をなだめることでようやくレポートの作成に移ったのだ。
「技術提供で最優先するべきなものっていえば……やっぱりXM3と新型関節、電磁投射砲ってところだよな」
「ああ、特にXM3と新型関節は急いだほうがいい。あれがあるのとないとじゃ損耗率が倍以上違うんだからな」
「……関節が強いと、気にせず動けます」
悠平たちは90番格納庫に机を持ち込んでレポートを作成していた。これは運び込まれた機体に触れさせないためといった理由もあるが、一番の理由は公式にはまだ三人の存在は秘密であるためだ。また、機体には生体認証がかけられているため、機体に触れることができるのは五人だけなのである。
「00ユニット関係で提供できそうな技術って言ったら……電磁投射砲の冷却水があったな」
「でも、00ユニットは完成しないかもしれないんだろ?数式がないんだから」
そういえばそうだ。だが、悠平の脳裏に
(これは、後で確かめてみる必要があるな……)
ユウヤは混乱していた。G弾の爆発に巻き込まれたかと思えば、目が覚めれば懐かしさすら覚えるユーコン基地の自室にいたのだ。わけが分からなくなるのも当然だろう。
PXでヴィンセントたちと朝食を取っているとやたらと心配された。どうやら昨日は夕方に自室へ戻って以降、ずっと顔を出していなかったらしい。しかしユウヤにその記憶はなく、どうなっているのかを考えながら弐型の格納庫へ向かおうとすると館内放送での呼び出しが掛かった。それも至急ということだ。何がどうなっているのかすっかり分からなくなって思考を放棄しようとしかけていると、ユウヤの背中に非常になじみのある重さがのしかかってきた。
「無事だったんだね、ユウヤー!」
イーニァだ。それもつい先ほどまで自分と共に弐型改で戦っていた、二年以上を共にしたイーニァだ。
イーニァはとても嬉しそうにユウヤに抱きついて離れようとしない。話を聞いてみると、やはりG弾の爆発以降の記憶がないようでどうしてここにいるの分からないと言う。
唯一つ分かっていることは、ここが2001年10月22日ということ。つまり、自分たちが過去の世界へ来てしまったということだけだった。
なんだか色々フラグが立ってきました。これまでに密かに立っていたフラグも見えてきました。
今後どうなるのか自分でもよく分かりませんが、これだけは言えます。
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第三話「新たな道」
正直いつどこで超展開が起きても不思議じゃありません。それくらいか考えずに書いてます。
クリスカは異常事態に戸惑っていた。
イーニァの様子がおかしい。いや、プラーフカの解放で人格が崩壊寸前まで行ったのだ。己と同じで精神的にも磨耗してしまっているはずだった。事実昨日もあまり調子が良くなく、夕方から睡眠を取っていたほどだ。
それが朝起きてみたらどうだ。イーニァはすっかり回復していた。否、回復などでは済まない。イーニァの肉体もたった一晩で急に成長していたのだ。まるで何年も経っているかのように。
イーニァは目を覚ますなりクリスカに抱きついて泣き出してしまった。その時は自分に起こった変化に戸惑ったのか、怖い夢でも見たのかと思っていたが、泣き止むとイーニァはみんなを探さないと、と言って部屋を飛び出していってしまった。
(みんなとは、誰のことを言っていたんだ……?)
クリスカはイーニァに自分の知らない何年分もの記憶があるように思えていた。自分とイーニァの間に何か隔絶したものが存在しているのを感じていた。
(何を馬鹿な……私とイーニァはずっと一緒だった。そんなことがあるはずがない。あるはずが……)
ふいにユウヤの顔がクリスカの脳裏に浮かんだ。ユウヤならば何か知っているかもしれない。知らなかったとしても、ユウヤは相談に乗ってくれるだろう。
(
ユウヤに相談しに行けば、イーニァと合流できるかもしれない。そう考えて部屋を出ようとすると、丁度サンダークが部屋に入ってきた。何か話があるようだ。
ユウヤはイーニァと二人で機密レベルの高い会話を行う際に使用する特殊な通信室へ来ていた。イーニァを連れて来るのはまずいとは思ったが、基地司令にイーニァも一緒にという向こうの要望であることを聞かされ、そのまま連れて来たのだ。
やがてモニターに映ったのは、もうすっかり見慣れた夕呼の顔だった。
「副司令……っ!これは一体どうなっているんだ!?一体なんで俺たちは過去に……っ!?」
「ちょっと落ち着きなさい。アタシは頼まれて通信してるだけで、アンタとは初対面よ」
「なんだって……?」
いや、とユウヤは思い直す。確かにこの時期はまだ夕呼と面識がなかったはずだ。ならば夕呼は一体誰に頼まれて通信をしているのか。
すると、夕呼が画面の隅に移動し、代わりにここ数年ですっかり馴染み深くなった男が現れた。
「ユウヤ、イーニァ、どうやらそっちも無事みたいだな」
「ユウヘイだー!」
ユウヤは悠平たちも無事だということを聞いて安心した。悠平の話によるとどうやらユウヤたちはG弾の爆発の影響と悠平のテレポートが作用しあった結果、過去に飛ばされたらしい。
そして、悠平はユウヤたちを横浜基地へ迎え入れたいと言っていた。しかし、ユウヤには気がかりなことがある。
「クリスカ・ビャーチェノワのことか……」
「ああ。何とかできないか?」
今ならクリスカはまだ生きている。ならば今度は助けることだってできるはずなのだ。
「分かってる。そのことなら多分何とかなる」
「本当かっ?」
「人工ESP発現体……第六世代までならそれはオルタネイティヴ3の成果であるとしてオルタネイティヴ4に接収できるんだ。事実、霞はそうやってこっちにいる」
本来、オルタネイティヴ4はオルタネイティヴ3の成果を全て接収する権利がある。しかし、ソ連は霞が唯一実用に耐えうる生き残りだとして他の成果を渡さなかったのだ。そこに漬け込めばクリスカとイーニァは比較的容易に横浜基地で保護できる。
それを聞いたユウヤは安堵の息を漏らした。
「それで残る問題はユウヤのことなんだが……」
XFJ計画はまだ終わっていない。しかし未来の記憶があるため、ある程度スケジュールを早めることはできるだろう。それに、
(唯依を安心させてやりたいしな……)
XFJ計画を完遂させ、唯依に自信を持って弐型を日本へ持って帰ってほしいという願いがユウヤにはある。ユウヤのいた未来ではクリスカたちを連れて逃走したことで本当の意味での完成には至ることができず、結局フェイズ2止まりでの採用となってしまった。今度こそ完成させるにはステルス技術によるフェイズ3の盗作疑惑をなんとかして、しっかりとXFJ計画を完遂させる必要がある。それを考慮に入れると、どんなにがんばってもおそらく合流できるのは11月の終わりか12月の頭くらいだろう。
「まぁ、なんだ……二人をそっちで預かってもらえるのなら、俺も安心して弐型を完成させられるしな」
ユウヤは少し照れくさそうにしながらそう言った。
「……そろそろ時間よ。詳しい段取りが決まったら連絡か、なくても報告が行くことになると思うからそのつもりでいて」
「じゃあ、そっちにいるお前の仲間たちにもよろしくな」
悠平はそう言ってユウヤに笑ってみせた。
ユウヤとイーニァとの通信が終わると、夕呼の鋭い視線が悠平をちくちくと突ついていた。
「ずいぶんと好き勝手やってくれたじゃない……アイツらがまだ有用そうな人工ESP発現体を隠し持ってたってのは気に食わないけど、そう簡単に手放したりしないでしょうね。取引の材料は当然アンタたち持ちよ?」
「分かってますよ……俺たちにとっては重要度は高くなくても、あちらにとっては無視できないものがありますからそれを出すつもりです」
「当然それはこちらにもくれるものなんでしょうね」
「もちろん。そうじゃないと意味がありませんから」
悠平と夕呼のやり取りに武は妙な寒気を感じたが、さすが二年間夕呼の下で研究を任されてきただけあってたいしたものだろう。
夕呼は武と悠平が用意した情報と技術のレポートを渡され、目を通し始めた。BETAに関する情報を見ている夕呼はどんどん表情を険しいものに変え、00ユニットに関連する部分に差し掛かると一気に驚愕の表情へと変わった。
「ちょっと!ここに書いてあることは本当なのっ!?」
差し出してきたページは、00ユニットから反応炉を通してBETAへ情報が漏洩することが記載された部分だった。やはりそこはあまりに深刻な問題なのだ。
「……ええ。00ユニットになった純夏自身がそう言っていました」
「……なんてことなの。人類の希望となるべく作ったものが、まさか自分たちの首を絞めることになるなんて……」
確かにこれはショックだろう。ある意味で00ユニット脅威論は正しかったのだから。しかし、今回は事前にそれを知ることができている。そしてそれを回避するためのものもすでに用意されているのだ。
「夕呼先生、その次のページを読んでみてください。そこにちゃんとそれを回避するための方法が書いてありますから」
悠平にそう言われてページをめくる夕呼は呆けたような表情をした後、唇が釣りあがり恐ろしくも力強い笑みを浮かべた。
そこに書かれていたのは試製03型電磁投射砲の冷却システムに使用されている冷却水――人工ODLの情報だ。現物も電磁投射砲の中に存在しており、その性質から容易に複製することもできる。これをODLの代わりに使用することで情報漏洩を回避することができるのだ。
ページが進み、技術情報の部分へ行くと夕呼が子供のようにはしゃぎながらレポートに目を通し続けた。その様を傍から見ていると夕呼が壊れたようにしか見えず、悠平は妙な恐ろしさを感じていた。こうはなりたくないものである。
「これだけあれば十分すぎるとは思いますけど、どうですか?」
「えぇ……確かに、アンタたちを置いておくには十分すぎる対価ね。これだけあればちょっとした無理くらいなら聞いてあげたくもなるわ」
夕呼はこの上なく上機嫌だった。これ以上となると、おそらくキスの雨を全員に降らせることになるだろう。それを避けるためではないが、悠平は一つの頼みを口にする。
「そこにグレイ・イレブンを消費しない新型抗重力機関の製造を追加するので、一つ頼みたいことがあるんですけどいいですか?」
「グレイ・イレブンを消費しない……!?……いいわ、言ってみなさい」
全てを抱擁し慈しむ聖母のような笑顔を浮かべて、悠平はこう言った。
「――何をしてもいいので米国のG弾根こそぎブン取ってください」
悠平の顔は笑顔なのに恐ろしいほどの怒気を放っていた。放たれているオーラが般若のようにすら見え、その場にいた全員を――ネージュすら怯えさせていた。G弾を投下されて爆発に巻き込まれたことがよほど腹に据えかねていたらしい。
思わぬ迫力を見せ付けた悠平の要求に、夕呼は消極的にではあるが承諾することとなった。
武は純夏の脳髄が収められたシリンダールームに来ていた。
悠平と夕呼が言うにはこの世界は
「G弾が落ちてきた後、あの世界の夕呼先生はどうなったんだろうな……」
武は以前悠平に言われたことを思い出していた。
扉の開く音に振り返ると、悠平と霞が部屋に入ってくるところだった。
「どうしたんだ?二人でこんなところにくるなんて珍しいな」
悠平と霞が二人で行動していることもそうだが、悠平は普段滅多にこの部屋へ立ち入ることはなかった。直接聞いたことはないが、武に遠慮していた部分もあるのだろう。
「ああ。ちょっと気になっていたことの検証に来たんだ」
霞を連れてこの部屋に来たということは検証するのは純夏関係だろうか。悠平はこの世界や武たちのことをずっとゲームの内容として知っていた。ならば、観測者の視点から何か気になることでも見つけたのかもしれない。
「ぬか喜びをさせたくないからはっきりしたことは言えないんだけどな……」
悠平の歯切れが悪い。何か言いづらいことなのだろうか。
「――鑑純夏を……00ユニットを完成させられるかもしれない」
それを聞いた瞬間、武の思考が停止した。
それを最初に聞いたとき、霞も一瞬思考が停止したのはつい先ほどのことだ。
悠平はG弾の爆発した直後、量子分解に成功したものの再構成させることができず、謎の現象を認識していたらしい。その現象の中悠平から引き剥がされていく霞たちの粒子を助け、この世界に
なんでも、謎の現象の中で武と霞に見慣れない情報の粒子がまとわりついていたのだが、それが純夏の魂のようなものである可能性があるらしい。だとすれば、この世界に元々存在した純夏の魂に
かつて00ユニットだった純夏ならば正しい数式を知っている可能性がある。それらを確認するために霞と悠平はシリンダールームにやってきたのだ。
純夏がまた00ユニットとして復活するかもしれない。それを知った時、霞は喜びを感じていた。二人ではなく、三人で幸せになれるかもしれない。そんな未来が来るかもしれないことを嬉しく思ったのだ。
不完全な数式を暗記し、霞は純夏の前へと進み出た。
(純夏さん……応えてください)
プロジェクションで不完全な数式のイメージを送り、リーディングで反応を待つ。
すると、霞の脳に膨大な数式の数々が流れ込んできた。膨大なイメージの奔流に霞の脳が悲鳴を上げそうになる。しかし、それはハレーションではなく、間違いなく
全てを記憶した霞は読み取った情報全てが数式というわけではなかったことに気づいた。そしてそれは純夏からのメッセージであり、一つの
(そういうことなんですね……純夏さん)
霞は心の中で一人、純夏の提案を必ず成し遂げることを誓った。
――待っているね、霞ちゃん。二人でタケルちゃんと幸せになろっ。
霞の耳に、純夏の声が届いた気がした。
悠平が第一部の時より主人公し始めている気がします。伊達に二年間夕呼にもまれたわけじゃないということですね。
……なんか私怨入っていそうですが(汗
それにしても、日本とアメリカじゃ時差があるのでユーコンは朝でも日本は日付が変わるかどうかというくらいなんですよね。
この様子だと霞さんは徹夜になりそうかな……
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第四話「変革者」
二回目だとなんだかめんどくさくなりますよね。
10月23日、朝。武たちは夕呼の執務室へと集まっていた。というよりも全員一睡もしていなかった。やらなければいけないことがあまりに多すぎて結局眠る時間がなかったのだ。
「さて、とりあえず大尉で登録する準備は整ったんだけど……色々やることが多すぎて、結局まだアンタたちの実力を見せてもらってないのよね」
夕呼はいつもと変わらない顔でそう言った。武たちと同じで一睡もしていないはずなのだが、その顔に疲れは見られない。どうやら気力が充実しているらしい。
武たちが一睡もしていない理由の一つに、シミュレーターへのXM3実装があった。武以外に旧OSを使った経験がある者がいないため、そのままではシミュレーターで実力を測ることができなかったのだ。
「それじゃあこれからシミュレーターでアンタたちの実力を見せてもらうわけだけど、見学者を二人ほど連れてきてもいいかしら?」
夕呼は見学者とやらに三人の実力とXM3の能力を見極めさせるつもりだという。あくまで研究者にすぎない夕呼ではXM3はともかく、衛士の実力がどの程度なのかを見定めることはできないのだ。
武はこの二人の見学者にある程度予想がついていたため、即座に了承した。問題があるとすれば、彼女たちの顔を見たときに自分が泣いてしまわないかどうかだけだった。
自分たちと一緒に転移してきた強化装備を身にまとい、シミュレータールームへやってきた武たちを待っていたのは、やはり武が想像していたとおりの者たちだった。
神宮司まりも。元の世界でも、以前の世界でも武の恩師である人。そして、二度も武のせいで死なせてしまった者でもある。
伊隅みちる。イスミヴァルキリーズの隊長であり、武にとっても頼りになる上官――いや、もはや同じ階級になるのか。
以前の世界ではすでに亡くなっていた二人の姿を再び目にした武は己の目頭が熱くなるのを感じていた。
「遅かったわね。何かトラブルでもあったの?」
「いえ、ちょっと格納庫まで強化装備を取りに行ってたんですよ」
武が熱くなる目頭に涙が出るのを堪えていると、悠平がかわりに応えた。格納庫は格納庫でも、90番格納庫まで取りに行っていたのだ。多少時間がかかるのは仕方のないことだった。
「それじゃあ早速はじめてもらうけど、いいかしら?」
「副司令、よろしいでしょうか。我々はまだ彼らの名前すら知らされておりませんが」
せっかちな夕呼にみちるが武たちの紹介を求めた。確かに普通は先に紹介するべきことだろう。
「悪いんだけど、結果を見てからにしてちょうだい。これが一種の試験みたいなものだから」
はあ、と戸惑いを見せながらも承諾するみちる。まりもはいつもの夕呼であることにため息を一つついて諦めを表していた。
シミュレーターへ入ると、オペレーター席についた夕呼の姿が網膜に映し出された。
「それじゃあシミュレーターを起動するけど、内容に何か希望はあるかしら?」
「そうですね……機体は不知火、全員基本装備一式でお願いします。内容は……そうですね、ヴォールクのSより上ってないですよね?」
夕呼は訝しげな顔をした。シミュレーターで現状、最も難易度が高いものがヴォールク・データのSランクなのだ。それ以上を要求されてもすぐには用意できない。ゆえにSランクで
(今の俺たちには簡単すぎるかもしれないけど……だからって油断できるものじゃないか)
ハイヴ攻略シミュレーターのBETA無制限モードをそれぞれ単機でも反応炉まで到達できる猛者たちにとって、中途半端なヴォールク・データはあまりに
武は唇を軽く湿らせ、シミュレーターの開始を待つことにした。
信じられない光景が繰り広げられていた。
たった三機の不知火がどれも異常な動きを見せ、ほとんど兵站を消費せずにハイヴを突き進んでいた。
一機は飛びぬけて異常な戦闘機動で駆け回り、一機は長刀を片手に見惚れるような剣技を見せつけ、一機は最小限の射撃で援護していく。おそらく、これが本来の戦闘スタイルというわけではないのだろうが、三人ともが尋常ではないということだけは確かだった。
(まだ任官してそれほど経ってないような子たちが、こんな……!?)
二人はかろうじて二十歳にみえるかどうかといった様子であり、一人はまだ幼いとすら言える少女だ。そんな三人は苦もなくBETAの海を進んでいるのだ。驚かずにはいられない。
一瞬たりとも止まらず、常に前へ突き進んでいく。その動きは迫り来るBETAを倒しながら前進していた従来の戦術とはまるで違う、反応炉へ辿り着くことを最優先したものであることをまりもは理解した。確かにこれならば兵站も最小限の消費で済むだろう。しかし、それをこうもやすやすと実行できる者などこの世にどれだけいるだろうか。
「……夕呼。これは、本当に不知火なの?」
そんな疑問を感じるのも当然だろう。本来あるべきはずの硬直時間がまるで見当たらない。乗っている衛士が規格外なせいではないとするならば、機体が違うとしか思えなかったのだ。
「えぇ。間違いなく、機体
「機体
夕呼の言葉のニュアンスからみちるは正解を導き出した。そう、OSしか残されていない。現在普及しているOSは、言ってしまえば根本的には初期の頃からまるで変化していない。マイナーチェンジや処理能力の向上によって性能自体は向上しているのだが、根幹部分は何も変わっていないのだ。このシミュレーションを見てまりもはそのことに気づいてしまった。
(もしかしたら、私たちが今まで乗っていたのは本当の意味での戦術機ではなかったのかもしれない……)
戦術歩行戦闘機。それは空を奪われた人類がBETAに対抗するべく、三次元空間戦闘を可能にするために生み出した力。だが、光線級の存在により本当の意味で三次元戦闘を行うことが困難であるため平面的な戦闘になることが常であり、狭いハイヴ内では特にそれが顕著だった。
だがこの三人は地面へへばりつきながら戦っていたこれまでの戦術とはまるで違う。壁を、天井を、BETAすら蹴り、駆け回っていく。ハイヴ内だからこその動きなのかもしれないが、その馴染んだような機動を見ていると地上戦でもそう大きく違わないのかもしれない。
(彼らは……レーザーすら恐れていないとでも言うの?)
ハイヴ内ではレーザー照射が行われないと言われている。しかし、いつそれが覆されるとも限らないとまりもは考えている。他の衛士にしてもレーザー照射の恐怖からハイヴ内でも跳ぶことを無意識に恐れている節がある。
使われているOSがどれほどのものかはまだわからないが、少なくともあの三人がこれまでの常識を打ち崩す存在であることは間違いがなかった。
みちるはあの三人がこれほどの腕を持っているとは正直思っていなかった。
だが、考えてみると未知の機体を与えられていたのだから腕が悪いということはないだろう。硬直時間をなくしているのがOSのおかげだとしても、あれだけの機動を可能にしているのは間違いなくあの三人の技量によるものだ。
(今の私が同じOSを使ったとしても、ああは動けそうにないわね……)
三人の機動はそれほどまでに未知のものだった。だが、三人の戦術はハイヴ攻略において突入部隊に最も損害が少ないものであるのは間違いない。BETA処理を行う地上戦力さえ何とかなるのならば、少ない戦力で反応炉の破壊を行うことも夢ではないのかもしれない。
(我が隊はハイヴ突入を想定されている……なんとかこの戦術とOSを取り入れられないだろうか)
やがて最下層へ到達し、もうすぐ反応炉というところでそれは起きた。
見事としか言いようのない剣さばきを見せていた不知火の右手首がもげてしまったのだ。あれだけBETAを斬った長刀はほとんど無傷であったにもかかわらずだ。
「……やっぱり、脆いです」
衛士である少女からどこか不満そうな声が漏れる。しかし、その少女はまるでもげることが分かっていたかのように落ちる長刀を空中で拾うと、そのまま左腕で剣舞を再開した。それだけ関節に負担をかけてはいたのだろうが、恐ろしい対応能力だ。他の二人もまるで気にした様子がなく、そのまま進軍していく。
三人が反応炉へ到達するするのはもはや確定事項に見えていた。
「世界初の反応炉到達を最高難易度であっさり成し遂げてくれちゃって……聞いていた以上にとんでもないわね」
シミュレーターから出てきた武たちに夕呼が感想を述べた。武たちとしては徹夜による判断力の低下や、関節がもろい分あまり無理ができなかったためこれでも妥協していたのだが。
「じゃあ、改めて紹介するわ。白銀武、御巫悠平、ネージュ・シェスチナ。三人とも階級は大尉になるわ」
夕呼はシミュレーターで使用された新OS――XM3の発案者が武であること、悠平が技術者も兼任すること、三人はA-01とは別に独自に活動することを伝えた。
「では、そのXM3の慣熟はそれぞれ独自に行うということでしょうか?」
「いいえ。XM3に関しては白銀に任せるつもりだから、教導の必要を認めれば白銀が教えてくれることになるわ」
「それなんですけど……207訓練小隊が総戦技演習を終えたらそちらにもXM3の教導を行おうと思うんですけど、構いませんか?」
みちると夕呼の会話に武が提案をはさんだ。武には悠平とネージュを最初からXM3で教導した経験があり、先入観のなさからくる成長の早さを実感していた。それゆえの提案であり、それを聞いた夕呼も納得の表情をして頷いた。
「そうね。もう実証試験も済んでいるし、最初からXM3を使ったほうが手っ取り早いわね。まりも、丁度いいからアンタもA-01と一緒にXM3の慣熟をしておきなさい」
「えぇっ!?ちょっと夕呼、本気なの!?」
夕呼の強権にまりもが驚き、思わず素が出てしまっていた。A-01部隊は仮にも極秘部隊であり、そこにはまりもの元教え子たちも多くいる。その中に混じって一緒に慣熟訓練を行うのは軍としては非常識であり、元教官としては複雑なものがあるだろう。
「嫌なの?このままじゃ訓練生と一緒にXM3の練習することになるけど」
さすがにこれには考えざるを得ず、結局夕呼の言ったとおりにA-01と共に慣熟訓練に励むこととなった。武が夕呼の直属である以上、毎回訓練生の教導に参加できる保証はないのだ。
「よ、よろしくお願いします、白銀大尉」
「え、ええ、こちらこそよろしくお願いします」
かつての恩師たちに逆に教える立場となってしまった武の心情は、非常に複雑なものであることは想像に難くなかった。
今回はあまり進みませんでした。
三人の戦闘機動のインパクトがありすぎてXM3の凄さの影が薄く……実際に動かした時にどんな風に驚かせてみようかな。
唯依さんをどういう状況においておくか、判断に困るなぁ……いっそここからはTEゲーム版のストーリー無視していくべきか……
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第五話「第三計画の遺児」
悠平は輝津薙の管制ユニットに着座したまま睡眠をとっていた。必要最低限の機能を維持する駆動音が響く中、管制ユニット内には悠平の気持ちよさそうな寝息がかすかに聞こえていた。
そんな安眠を妨害するかのようにアラームが鳴り響き、悠平はゆっくり目を覚ましていった。
「……っ、ふぁぁああぁぁ……もうすぐ
予定にズレがないことを確認した悠平は、後方についてきていた輝津薙・二番機に乗るネージュが起きているかを確認した。
「……大丈夫です。五分前におきてユーヘーの寝顔を見ていましたから」
とても満足そうに返したネージュに苦笑いを返し、悠平はメインカメラの映像を網膜に投影した。
眼下に広がるのは果てしない漆黒の空間に輝く光たちと、視界の半分を多い尽くす巨大な青。悠平たちは衛星軌道を移動していた。
「夕呼先生にいきなり、HSSTの代わりに輝津薙でユーコンまで迎えに行ってこいって言われた時はびっくりしたな……」
悠平たちは
夕呼がわざわざ輝津薙に乗って行けといった理由もある程度予測はついているが、それが正しいのかは確証がない。だが、これが後々の布石になることは間違いがないだろう。
「さて……
降下地点へと辿りついた悠平たちは主機に火を入れ、ユーコン基地の管制官の指示に従ってアラスカの大地へゆっくり降下を開始した。
性能の低下から来る廃棄処分宣告。それはクリスカの心を震え上がらせるのに十分なものだった。もう祖国の役に立てない。イーニァとユウヤに会えなくなる。そんな未来に恐怖した。
ところが、その少し後で急に処分の一時保留を言い渡された。何らかの取引材料に使われるらしいが、取引が成立するかどうかすらまだわからない。だからこその一時保留なのだろう。
(その取引の後、私は……私たちは、どうなるんだ?……ユウヤにまた、会うことはできるのだろうか?)
取引が成功するということは、最期に祖国の役に立つことができるということだ。それはまだいい。最期まで祖国の役に立てるのだから本望だといえる。イーニァも一緒なのだから、寂しくはないだろう。
だが、クリスカはその
(私は、いつからこんなにユウヤのことばかり……)
自分たちに与えられた部屋でクリスカは一人、運命の時を待っていた。そして、それはもうまもなくやって来ようとしていた。
唯依は滑走路から空を見上げていた。そろそろやって来るという国連軍の仕官二名を出迎えるためだ。滑走路には他にもユウヤやアルゴス試験小隊の面々、紅の姉妹とサンダーク、他の試験部隊や整備兵たち、ハイネマンや基地司令までもが集まっていた。
国連軍仕官はサンダークと何かの取引をするためにやって来るということではあったが、日本から
管制官からそろそろ到着すると連絡を受けた唯依は、相手が日本人ということもあって出迎え役を仰せつかったのだった。
(……ん、あれは?)
雲ひとつない空に小さな影が二つ。どうやらユーコン基地に向かって降りて来ているらしいが、HSSTが二機も降りてくるということだろうか。一体何を運んでいるのかと思ったが、それが近づいてきたことで唯依はその勘違いに気づいた。
(馬鹿な……っ、戦術機が……HSSTと同じ大気圏突入軌道を……!?)
これに気づいたのは唯依だけではないらしく周囲でも同じように息を呑み、驚いている様子が見られた。ただ、ユウヤとイーニァの二人だけは特に驚いた様子はなく、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
やがて滑走路の真上までやって来た見たこともない二機の戦術機の姿を確認して、唯依は違和感を感じた。そして、戦術機が音もなくゆっくりと着陸したことで、二機とも腰部のジャンプユニットをまるで噴かしていなかったことに気づいた。
(どういうことだ!?この二機は、一体どうやって空を飛んでいたというんだ!?)
目の前で起きた現実離れした光景に驚きを隠せないでいると、片方の機体から若い男が降りてきた。おそらくユウヤよりも少し若いくらいだろう。
「国連軍横浜基地所属、御巫悠平大尉だ」
「え、あ……日本帝国斯衛軍所属、篁唯依中尉です!」
悠平の敬礼に、驚きの余韻が残っていた唯依は慌てて敬礼を返す。唯依は情けないところを見せてしまい、少しばかり恥ずかしさを感じていた。
「そうか、あなたが……」
「……?私のことを知っておられるのですか?」
少し話に聞いただけだよ、と悠平は言った。どんな話を聞いているのか興味はあるが、それよりも気になることがある。
「あの、もうお一人は降りてこられないのですか?」
「彼女には機体の警備をしてもらうことになっている。見れば分かると思うけど、機密の塊だからな。勝手にいじくられると困るんだ」
唯依はさもありなんと頷くが、ならばなぜそんな機体でわざわざここまでやって来たのかという疑問を浮かべていた。
「お待ちしていました、ミカナギ大尉」
いつの間にかサンダークが傍まで来ていた。どうやら取引の話をするようだ。
「急かしてしまって申し訳ありません。それにそちらのほうが階級は上なんですから敬語はやめてください、少佐」
「……そうか。ならばお言葉に甘えよう。では、話は我が軍の施設でお聞きしましょう」
そう言ってサンダークは悠平を先導しようとする。しかし、悠平はサンダークに待ったをかけた。
「その前に少し時間をいただいてもいいでしょうか。そこに知り合いがいるので少しだけ話がしたいんです」
「知り合いが?……わかった。ならば少しだけ待つとしよう。こちらはそれほど急いではいないからな」
サンダークに礼を言って悠平は知り合いがいるらしい方向へ向かって歩き出した。その先にいるのは――
(……ユウヤと、シェスチナ少尉?)
「元気そうで何よりだ、二人とも」
「アンタもな。と言っても、まだ一日も経ってないから変な気分だが」
「ユウヘイもネージュも元気でよかったー」
三人は笑顔を見せて会話し始めた。
(ユウヤに、私以外の日本人の知り合いがいたのか……)
それにイーニァとも知り合いのようだ。一体どういう知り合いなのか。
ユウヤが日本人である悠平と自然に会話をしている様子を見て、唯依は少し胸の奥が苦しく感じた。
(まさか……御巫大尉に嫉妬しているのか……っ?)
信じられない。だが、自分とユウヤの本当の関係をハイネマンによって知らされてからずっと複雑な気持ちを抱えている唯依は、自然に会話することができる悠平に間違いなく嫉妬していた。
少しして会話が終わったのか、悠平は機体の傍で待っていたサンダークの所まで戻ってきていた。
「この機体は横浜謹製の機密の塊なので離れて見るのはかまいませんが、魔女の怒りに触れたくなければ近づかないようにお願いします」
横浜の魔女。唯依も噂には聞いたことがあった。帝国の技術廠ではあまり評判が良くないようだが、飛びぬけた天才であるのは間違いないらしい。そんな彼女ならば、こんなデタラメな戦術機を作り上げてもおかしくはないかもしれない。
「それじゃあ行ってくる。後は頼んだ」
「……了解しました」
まだ機体に乗っているほうの衛士の声は、やや無機質ではあるがとてもかわいらしい声だった。
「――早速で申し訳ないが、取引するモノの再確認をさせてもらおう」
案内された部屋に通され、椅子に座ると早速サンダークは取引の話を開始した。サンダークの後ろにはニコニコ顔のイーニァとどこか暗い表情をしたクリスカが立っていた。
「まず、こちらが用意するのはイーニァ・シェスチナ少尉とクリスカ・ビャーチェノワ少尉。そして、当面必要と思われる分の薬ということでいいのだな?」
「ええ。そしてこちらからは、
悠平は用意した取引材料が収められたデータスティックを取り出した。
「この中にはエヴェンスクハイヴとヴェルホヤンスクハイヴのデータ、そしてエヴェンスクハイヴにいるらしい新種のBETAに関するデータが入っています」
それを聞いてサンダークは目の色を変えた。ソビエト連邦に存在する二つのハイヴの情報が手に入るのだ。自国の大地を一国でも早く取り戻したい者たちにとっては、のどから手が出るほど欲しいものであるだろう。
これらのデータは参加した攻略作戦で万が一の突入に備えて強化装備の中に入れておいてそのままになっていたものだ。他にも鉄原ハイヴのデータも入れっぱなしになってはいたが、今回の商談には持ってきてはいない。
「……この中のデータは正しいのか?」
「それらは第四計画の成果の一つです。公表せずにあなた方に先に提供することの意味をよくお考えください」
悠平はどこか芝居がかった口調でそう言った。これにはいくつもの含みを持たせることを目的としており、サンダークはその含みからいくつもの意味を自らの内で勝手に
「……では、中身を一つ拝見させてもらってから判断させてもらおう」
「なら、これをお見せしましょう」
悠平は部屋にあったPCにデータスティックを差込み、一つのデータを呼び出した。それは超重光線級のデータだ。悠平自身も不完全なものとはいえ交戦経験があり、なおかつ今現在確実にエヴェンスクハイヴにいる怪物だ。各部の強度や内包しているらしい反応炉のこと。攻撃手段やそのおおよその威力まで様々なことが記されている。
「これは……こんなものが、エヴェンスクハイヴに……?」
「ええ。ほぼ間違いなくいます」
そもそも東シベリアでつい最近まで光線属種が確認されていなかった理由が、この超重光線級を作り出していたからではないかといわれているのだ。今現在も間違いなくいるだろう。
「……いいだろう。商談は成立だ。この二人は持っていくといい」
超重光線級がいるという確証の理由を説明されたサンダークは、交渉の成立を宣言した。
「だが、あれは規定の性能を発揮することはできないぞ。それどころか明らかに異常をきたしている」
「そんなことは百も承知です。それに、俺の目的はあくまで彼女たちの保護なので」
そう言って悠平は椅子から立ち上がった。悠平の手招きにイーニァが笑顔でやって来て、クリスカがそれに恐る恐る続いた。
「それでは荷物をまとめ次第、彼女たちはそのまま連れて戻らせていただきます。……ああ、それと――」
悠平は二人を連れて部屋の入り口へ向かおうとサンダークに背を向けたまま、何かを思い出したように口を開いた。
「――魔女の逆鱗に触れたくなければ彼女には手を出さないほうがいいですよ。それとこれは俺の私見ですが……どんな生まれであってもあの子達が人間であることには変わりない。個体差があるのだから同じ性能を発揮することはできない。ならば、手を加えるべきなのはあの子達じゃない」
「……我々のしていることは見当はずれだと?」
「もうその段階は通り過ぎている、ということです。個人的にはあなたたちのやっていることはこの上なく気に入りませんが、そのおかげで大切なものと出会えたのもまた事実。だからこそ忠告しておきます」
サンダークが怪訝そうな表情を見せる。今のネージュに会っていないのだから無理もないだろう。それどころか、この世界のネージュが施設にいないことすら気づいていないかもしれない。
「あなたがあの子達を兵器として完成させた場合、兵器は所詮兵器でしかありません。兵器はそれを扱う者のとおりにしか動かない。ならば、あなたたちの希望があなたたち自身の敵となる可能性は常に存在している」
それは一つの可能性。だが、決してありえないものではないと悠平は知っている。アニメ版のトータル・イクリプスでは実際にそうなりかけていた。だから、
「少しでもそんな未来を回避したいなら、あの子達自身を大切にしてあげてください。少しずつ育んだ想いは、きっとあなたたちの力になってくれるはずです」
悠平は願望ともいえる希望を残して部屋から去っていった。わずかでもサンダークにその願いが届くことを信じて。
悠平が荷物を持ったイーニァとクリスカを連れて戻ってきた。それは取引が成功したということだろう。ただ、悠平の表情には気疲れしたような表情が浮き出ていた。
「お疲れさん。だいぶ心労が溜まったみたいだな」
「取引自体はあっさり片付いたんだけど、いらないこと言ったかなーと思い出すとこう胃の辺りがな……」
ユウヤのねぎらいの言葉に悠平が苦笑を浮かべた。どうやら何か余計なことを口走ったらしいが、すんなり出てこれたということはサンダークにも思うところはあったのかもしれない。
「ユウヤー、お前が中尉以外の日本人に知り合いがいたなんてなー」
そう言って悠平と話しているユウヤの肩に腕を回してきたのはヴィンセントだった。先ほどからずっと聞きたそうな気配はさせていたが、我慢できなくなったらしい。
「トップガンにこんな知り合いがいたとはなぁ。俺も驚いたぜ」
「ずいぶん親しそうだけど、日本嫌いが直る前から知り合いだったのかしら?」
VGとステラまで絡んできた。みんな興味津々だったようだ。
「ちょっとした極秘計画で知り合ったんだ。それ以外は内緒だな」
困り果ててどう説明するか迷っていたユウヤに悠平が助け舟を出した。興味は余計に引くことになるだろうが、極秘計画という盾を使えばあまり深入りはしてこないだろう。
「えぇー。つまんないなー。あの機体のこともまったく教えてくれないし……」
まだ包帯やギプスが取れていないタリサが不満そうに唇を尖らせる。というよりも、まだ入院が必要なはずだがこんなところにいてもいいのだろうか。
「お前が極秘計画に関わってたなんて初耳だぞ。あの機体もその極秘計画に関係してるのか?」
「まぁ、その……機密事項だ」
付き合いの長いヴィンセントの追及をかわしていると、ユウヤはクリスカが不安そうな表情をしていることに気がついた。
「どうした、クリスカ。浮かない顔だな?」
「あ、あぁ……そうか……私は、そんな顔をしているのか……」
クリスカは何かに怯えている子供のように不安そうなそぶりを見せているが、ユウヤには何がそんなに不安なのかがよくわからなかった。
「あのね、クリスカはユウヤと会えなくなるかもしれないことが不安なの」
「イ、イーニァ……!?」
イーニァに不安の理由をばらされて焦りを見せるクリスカは、普段のギャップもあってとても魅力的に見えていた。
「そういうことか……まぁ、心配するな。XFJ計画を完遂したら俺もそっちに行くことになってる。一ヶ月もすりゃすぐに会えるさ」
「それは本当か……っ?」
ユウヤの肯定に、クリスカの表情が華やいだ。どうやら不安はだいぶ払拭されたようだ。
それぞれの機体にクリスカとイーニァを乗せた悠平たちは、来た時と同じようにふわりと宙に浮かび衛星軌道へと昇っていく。その様子を唯依はユウヤと肩を並べて見ていた。
「……行ってしまったな」
「ああ」
唯依はこれで決着がつけられなくなったと思っていた。もっとも、ユウヤとの本当の関係を知った時に決着はついていたのかもしれないが。それでも自分はユウヤの傍にいることができ、彼女はユウヤの傍から去っていったことからこれは引き分けといえるのかもしれない。
「ユウヤは……その、寂しくはないのか?」
思わず口が滑った風に唯依は尋ねてしまった。寂しくないはずなどないことは分かりきっていたのにだ。
「寂しくないって言ったら嘘になるが……XFJ計画が完遂したら俺もあっちに行くんだ。それほど時間はかからずにまた会えるさ」
唯依は一瞬、ユウヤが何を言ったのか理解できなかった。
「あっち……?あっちとは、日本のことか……?」
「ああ。国連の横浜基地に誘われてるんだ。……そうだな、日本に行ったら唯依に案内してもらうのもいいかもしれないな」
前に行った時はずっと基地にいたしな、と言うユウヤのつぶやきは唯依の耳には届いていなかった。
(相手の全てを受け入れてからが恋愛の本番、か……私にとっては特にそうなのかもしれないな)
唯依は自分がまだユウヤのことを諦めていないのだということに気づいた。たとえ相手が実の兄であろうと、諦めたくはないのだ。
(まったく、自分がここまで諦めの悪い女だったなんて……ですが、覚悟が決まってしまったのなら仕方ありませんよね?)
どこか自嘲気味な笑みを浮かべて唯依は諦めることを諦めた。そうだ。まだ、この戦いは
「――ああ、どこでも案内してやろう。帝都も、私のお気に入りの場所も全部見せてやる」
だから覚悟しておいてください、
色々でっち上げました。
唯依さんはすでに狙撃による死亡偽装から復活している設定です。
あまりごちゃごちゃ考えるのをやめたので原作から大きく離れ、キャラクターもどこか変化していると思います。
でも、この方が面白そうな気がしませんか?
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第六話「第207衛士訓練小隊」
悠平とネージュが輝津薙で横浜基地を発った頃、武は207訓練小隊の懐かしい面々と顔合わせをしていた。
自分たちとほとんど変わらない年齢の大尉として紹介された武は、四人の視線を一身に集めていた。そう、ほとんど変わらない年齢だ。
今回、武はこの世界にもともと存在したシロガネタケルの戸籍を復活させるのではなく、同姓同名のまったくの別人としての戸籍を用意していた。これはこれまでのようにループによって年齢が巻き戻っていないため、不自然さをなるべく出さないためのものであり、真那対策でもあった。疑惑自体はかけられるだろうが、別人であることをこちらから明言することで不必要な嫌疑を減らすことを考えたのだ。
その武は今、大切な仲間たちのために心を鬼にしようとしていた。
「神宮司軍曹から紹介されたとおり、俺の出番はお前たちが戦術機に触れることを許されてからだ」
戦術機という単語を聞いて息を呑む207の一同。全員、戦術機に乗れるようにさえなれば衛士になれると思っている節があるが、武は今からその驕りを叩き潰そうとしていた。
「お前たちは技術だけを見るならすぐにでも戦術機教習応用過程に進めるだけの実力を持っているだろう」
武の言葉に慧が当然とでも言いたげな顔をする。他の三人も似たり寄ったりだった。
「――だが、今のお前たちでは例え衛士になったとしても仲間の足を引っ張って死なせるだけのお荷物にしかならない!何故だか分かるか!?それはお前たちが仲間を本当の意味で信頼していないからだ!」
この武の言葉に壬姫はびくりと身を震わせ、我が強い三人は何も知らないくせにとでも言いたそうな不満げな表情を見せた。
「一つ言っておくが、俺はお前たちが抱えている事情をお前たち自身が知らないものまで知っている!その上で言おう!そんなものは
207小隊の四人だけでなく、まりもも驚いて息を呑んだ。自分たちがこれまでずっと気にしていたことをどうでもいいと言ったのだ。その驚きは推して知るべしだろう。
「前線の衛士が戦いに身を置く理由でもっとも大きいものが何か、お前たちは知っているか?」
「人類の勝利のためです!」
「国のためだ」
「……家族を守るのため」
「えっと、生きるためです!」
武に答えを促され、それぞれが思い思いに応えていく。しかし、どれも違う。
「……答えは、仲間のためだ。今も前線で戦っている衛士の多くが、共に戦う仲間のために戦っている。少しでも長く仲間を生かすために戦っている。それが結果的に一人でも多くの者を生き延びさせ国のため、人類のために戦うことへとつながっている」
武の重く、静かに答える姿に全員が再び息を呑んだ。その言葉の重さから、武もこれまで戦い抜いてきた衛士なのだという圧力を感じているのかもしれない。そして、武は言葉を続けていく。
「お前たちがどうして前回の総戦技演習で落ちたのかは知っている。いきなり仲間を全面的に信用しろと言われても無理だろう。だから最初は一つでもいい。仲間の信頼できる部分を見つけて、お互いにその部分を
それができれば総戦技演習もちゃんと突破できるはずだ、と武は続けた。
武の言葉を聞いていた四人は少しの沈黙の後何らかの答えが出たのか、どこか表情が違って見えた。どうやら少しは届いてくれたらしい。
「さすがですね、大尉」
午後の訓練を終えた頃、訓練の様子を見学をしていた武はまりもに声をかけられていた。
「大尉のお言葉を聞いただけで、あの子達の身の入り方が違っていました。私ではあのようには行かなかったでしょう」
お恥ずかしながら、とでも言うように苦笑しながらまりもは言った。
「そんなことありませんよ。あいつらがここまでこれているのは神宮司軍曹のおかげなんです。俺はほんのちょっと後押しをしただけですよ」
「いいえ。あの子たちが抱えているもののことでうまく纏まれていないことは理解していましたが、私はそれをどこかで容認してしまっていました。これでは教官失格ですね」
「そんなこと言わないでください。俺は神宮司軍曹のことを尊敬しているんですから」
「大尉が、私をですか?」
まりもは目を丸くしていた。武はまりもによって育てられたのだ。それはここにいるまりもではないかもしれないが、それでも武にとっては尊敬できる
「それと、俺のほうが年下なんですからもっと気楽な呼び方でいいですよ。なんだかんだ言って俺も夕呼先生の同類ですし、神宮司軍曹も元の階級は俺と同じ大尉じゃないですか」
「ですが、それでは規律が…………はぁ~」
まりもは諦めたようなため息をつくと、仕方なさそうな笑みを浮かべていた。
「まったく……それじゃ、プライベートでは白銀君って呼ばせてもらうわよ?」
「えぇ、それでお願いします。神宮司軍曹」
武はかつてのようにまりもちゃんとは呼ばない。それは、武の一つのケジメだった。
霞と二人でPXで空いている席がないか探していると、207小隊の面々が食事をしている姿が見えた。丁度すぐ傍に空いている席もあるため、親睦を深めるには丁度いいだろう。
「よっ。ここいいか?」
「はい、大丈夫で――って、た、大尉っ!?」
「ああ、敬礼はいい。プライベートまで堅苦しいのを持ち込む気はないぞ」
敬礼しかけた手の置き場に迷い、戸惑いを見せる面々。訓練中の厳しい物言いとのギャップに戸惑いを感じているのだろう。食事を進める一同の空気がややぎこちなく感じる。ちらちらと武と霞を覗き見ているが、遠慮してしまって聞いてこようとはしない。どうやらここでも不干渉の暗黙の了解の影響がまだ残っているようだ。逆に言えばここで武に対する遠慮を少しでも取り除くことができれば、不干渉という壁を少しは取り払えるのかもしれない。
「訓練や任務の時以外はあまり上下関係とかあまり気にしなくていいんだぞ。年もほとんど変わらないんだし、戦場に出ちまえば戦友になるんだしな」
「いえ……ですが、そういうわけには……」
千鶴が他に三人に目で助けを求めるが、みんなもどうするべきか困っているようだ。壁を崩すには今一歩足りないのかもしれない。
「――よし、なら俺のほうは勝手に呼びやすい名前で呼んでやる!委員長!冥夜!彩峰!タマ!うん、これで決まりだな!」
武はニヤリと笑みを浮かべてみせる。いかにも突発的なインスピレーションから決めましたというポーズをとったのだ。このままではついうっかり以前からの呼び方で名前を呼んでしまいそうだったので、早いうちに諦めをつけさせようと考えたのだ。
「私が、委員長……?……それって、少しきつそうに見えるってことかしら……」
「なんだ、私は下の名前か?……ふむ、確かにそのほうが少しは親しみやすいか」
「……私だけ普通。でも、変な風に呼ばれるよりマシ」
「なんだか猫さんみたいですね。……えっと、ニャー?」
どうやらみんな前よりはすんなり受け入れてくれようとしているようだ。武が上官ということもあるだろうが、そんなことはこれからどうにでもしていけばいいだろう。
「みんなもプライベートな時は俺のことは呼びやすいように呼んでくれていいぞ」
「えっと……」
「それは……」
だが、武のことを好きに呼ぶにはまだハードルが高いようだ。なんとか気軽に呼ぼうという努力は感じるのだが、いまいち言葉に出て来る様子はない。この中では一番気が小さいであろう壬姫などは顔を赤くしていっぱいいっぱいになってしまっているようだ。
そう思っていると、
「あ、あのっ、タケル……さん!その……社少尉とは、どういう関係なんですか!?」
意外なことに壬姫が真っ先にそう言い出した。しかもかなりの危険球である。
(これは、どう答えるべきなんだ……!?)
いきなり本当のことを言っては誤解を招く可能性もあり、そもそも他人の恋愛話というものは非常に話の
「私は、タケルさんの彼女の一人です」
とか武が悩んでいる間に霞が暴露してしまった。そして案の定、207小隊のみんなからの視線がとても鋭いものへと変化した。
「彼女の」「一人」「ですか」「……やるね」
千鶴、冥夜、壬姫、慧の順番で放たれた言葉のトゲが武へと突き刺さる。
「……白銀はそういう人だったのね」
「タケル……誰かを泣かすような真似だけはするでないぞ」
「タケルさん、大人なんですね……」
「……白銀、女たらしだね」
どうやら武に対する遠慮の壁はほとんど一気に吹き飛んだようだ。そして武に関しての場合だけではあるが、207小隊はこれまでにないほどの一体感を発揮していた。これならば意外と早くチームとして纏まるかもしれない。
(けど俺に対しての株は駄々下がりだな、こりゃ……)
武は嬉しいのやら悲しいのやらわからず肩を落とした。霞が優しく背中を撫でてくれるが、どこか確信犯のような空気をまとわせる霞を武は気のせいだと思い込むことで流すことにした。まだこの世界では出会ったばかりなのだ。巻き返すのはいくらでも可能だろう。
消灯時間が迫りつつある頃、そろそろ悠平たちが戻ってくるという連絡を受けて出迎えに行こうと外へ出ると丁度自主訓練を終えたらしい冥夜と鉢合わせた。
「自主訓練か?精が出るな」
「タケルか。そなたはこれからか?」
「いや、仲間がそろそろ戻ってくるっていうからその出迎えにな」
武が嬉しそうな顔で語るのを見て冥夜は少し驚いたような顔で武を見ていた。
「そなたの戦友か……そなたが訓練の時に語っていたあの話は、その者たちとのことなのか?」
「いや、あいつらとも付き合いは長いけど……あのことを俺に教えてくれた連中はその
武はふっと遠くを見るような目をした。今はもういない、だがこの世界ではまだ生きている仲間たちに教えられた数々のことを武は反芻していた。
「……その者たちは、もう?」
「ああ。ほとんどみんな死んじまったよ。でも俺はあいつらを忘れない。生きて、あいつらのことを誇らしく伝えてやるんだ」
「……たしか、衛士の流儀だったか」
ああ、と武は頷いた。これもまた、武が教えられた大切なことの一つだ。
「……そなたを見ていると、衛士にとって仲間というものがどれほど大事なものなのか思い知らされる気がするな」
冥夜が静かにつぶやいた。武は冥夜が何かを言おうとしていることを感じ、黙って先を待つことにした。
「――私は、一刻も早く衛士となって戦場に立ちたいと思っていた。この国、日本という国のために戦いたいと思っていた。……だが、それだけではダメなのかもしれんな」
「……そうだな。俺も昔は世界と人類を救うために戦っていた。でも、それだけじゃダメだったんだ」
「そなたがそう言うと、何故だかとても重く聞こえるな。経験者は違う、ということか……」
冥夜はそう言うと小さく息をついた。
「これまでの私は……いや、我々は……どこか独りよがりだったのかも知れんな」
冥夜が誰にともなく口にしたその言葉は、あるいは冥夜自身に言った言葉だったのかもしれない。
割とあっさり効果が出たのは武が現役の衛士だからというご都合主義。
これからもご都合主義的な介入がボロボロ出てくる予定です。
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第七話「導く先」
多恵さんきょぬーかわいいけどオルタードやってないから口調とか微妙にわかりません。茜ラブってことと、猫っぽいことと、興奮するとおかしな方言が出ることだけ理解していれば大丈夫かな……
「大尉。私は……私たちは、これからどうなるのですか?」
悠平の輝津薙に簡易ハーネスを使用して相乗りしているクリスカが少し不安そうに尋ねた。そういえば詳しい説明がまだだったことを思い出す。
「そうだな……まずは適切な治療とリハビリってところだな」
「リハビリ、ですか……?」
治療は分かるが何のリハビリが必要なのか理解できないようだ。
「まぁ、どちらにせよクリスカ少尉にはまず治療が必要だ。そのままじゃ普通に生活するのも大変だろうしな」
リハビリのことはそれからでいい、そう言って悠平はクリスカに整備用の簡易ヘッドギアを差し出した。
「今、メインカメラに地球が綺麗に映ってるんだ。向こうも丁度見ているみたいだし、時間つぶしにイーニァと会話でもしながら見てみたらどうだ?」
「……何故、私にこのようなことを?」
クリスカに理由を尋ねられ、悠平は少し困ったように苦笑した。詳しい説明は全員で顔をあわせてからのほうがいいと考えて横浜基地に戻ってからすることを決めており、かといって特に話せるような話題も思いつかないため、本当にただ間を持たせるための時間つぶしに提案しただけなのだ。
何かいい理由はないかと少し逡巡すると、ふいに丁度よさそうな理由を思いついた。
「そうだな……綺麗なものや風景を見ることは心の栄養になる、って誰かが言っていた気がするんだ」
「心の、栄養?」
今クリスカに一番必要なものは壊れかけた自我を癒す心の栄養だと悠平は考えたのだ。病は気からというわけではないが、心が活力を取り戻せば脳のダメージ回復や自我を癒す助けになるのではと考えるのはあながち間違いというわけではないだろう。
この世界では本当に綺麗な景色というものは今もBETAによって減り続けている。この衛星軌道から見た地球は現在でも美しいと言えるものの一つだろう。
簡易ヘッドギアをつけて外の光景を見たクリスカは、地球の美しさの圧倒されるかのように息を呑んだ。
「これが、地球…………ユウヤにも見せてやりたいな……」
そう口にして以降クリスカは網膜に映し出された地球に魅入ってしまい、降下ポイントに到着するまで一言も喋ることはなかった。
悠平たちが日本へ戻った時はすでに消灯時間を過ぎていたこともあり、夕呼の強権によって正式な挨拶は翌朝に回されることとなった。
そして翌日である10月24日、夕呼の執務室には武、霞、悠平、ネージュ、クリスカ、イーニァが集められていた。
「さて、昨夜は到着が遅かったこともあって挨拶が遅れたけど、アタシがこの横浜基地の副司令・香月夕呼よ」
「それで、私たちは一体何をすればよろしいのですか?」
「さあ?アタシに聞かれても困るわ。アンタたちを引っ張ってきたのはアタシじゃないもの」
クリスカはそれを聞いて面食らったように固まってしまった。この場で一番階級が高い人がこれでは無理もないだろう。
悠平たちはあらかじめ決めてあったとおり、自分たちが未来からやって来た存在であること、悠平たちが乗ってきた機体は未来の技術で作られていること、未来で起きる悲劇を回避するために行動していること、イーニァが急成長した理由をクリスカに説明した。
初めは突拍子もない話に目を白黒させまるで信じられないような顔をしていたが、霞とネージュが同じ人工ESP発現体であること、イーニァ自身が未来から来たことを肯定したことで一応の納得を見せていた。
「……にわかには信じがたいが、それが本当ならイーニァの体が急に成長したことも、プラーフカの後遺症が回復していることも納得がいく」
そして、あのままでは自分が死んでいたことも、とクリスカは己が処分されかけていたことを語った。クリスカを救出するタイミングとしてはかなりきわどいところだったようだ。
「それで、クリスカ少尉はまず治療に専念してもらおうと思う。とはいっても適度にシミュレーターや実機訓練はしてもらっても大丈夫だけど」
悠平はユウヤが来るまでの間、二人の上官として振舞うこととなっていた。そのため、二人の役目もそれぞれ悠平が決めることとなったのだ。
「イーニァにはこれまでどおり、戦術機に乗ってもらう。弐型改に関してはXFJ計画終了まで予備部品を手に入れる手段がないから、当面は他の機体に乗ってもらうことになる」
「ま、待ってください!イーニァを一人で乗せるなんて……!」
クリスカはイーニァが一人で戦術機に乗ると聞いて顔色を変えた。クリスカの知るイーニァならば緊急時でもない限り一人で戦術機に乗るなんてことは考えられず、とても心配なのだろう。
「大丈夫だよ、クリスカ。ずっと一人で乗ってきたからもう平気だよ」
「イーニァ……本当に、私の知らない時間が今のイーニァにはあるんだね……」
今のイーニァはXM3を使えば紅の姉妹がそろっていた時と同等以上の技量がある。むしろ未だ不調なクリスカが一緒では足手まといになりかねないのだ。XM3に関してはこれから慣熟を行っていけばいいものであり、治療が進めばじきに問題なく戦えるようにもなるだろう。
「まぁ、その前にクリスカ少尉は処置とプラーフカの不活性化を施さないとな。このままじゃ薬を使い切ったら意味がなくなる」
イーニァはすでに前の世界でその処置を受けていた。だからこの世界では不活性化を行う必要がなく、ユウヤが傍にいなくても暴走が起きないようになっているのだ。
一通りの話が終わり、クリスカは何段階かに分けて調整を行っていくことになった。調整を担当するのは前の世界でも人工ESP発現体の担当をしていた女医だったが、この二人を出会わせることで妙な化学反応が発生することをこの時誰も知る由がなかった。
ブリーフィングルームはそわそわした空気で満たされていた。みちるによると今日から新しいOSによる訓練が始まるということだ。なんでもそのOSの教導のために新OSの発案者である大尉がわざわざやってくるという。
だが、水月はそのOSよりもむしろ大尉のほうに興味があった。昨日みちるに見せられたシミュレーターの録画に映っていた新OSを実装された三機の不知火。そのうちの一機に乗っていたのがその大尉だという。水月はその大尉と戦ってみたくて仕方がなかった。
(常に長刀を振ってたやつだといいんだけど……三機とも機動はアタシたちの知ってるものとはまるで違っていたけど、あんなレベルの近接格闘をしていたのはあいつだけだし)
まるで芸術のような太刀筋と機動を持っていたあの不知火と戦ってみたい。戦って勝ちたい。そう考えるだけで水月はすでに体がウズウズしていた。
少ししてみちるがブリーフィングルームに入ってきた。一緒に入ってきた若い男がその大尉だろう。背は高いが、思ったよりぱっとしない男だ。
やがて自己紹介と新OSの特性について説明が始まった。新OSはコンボ、キャンセル、先行入力によって柔軟な対応を可能にし、パターン認識と集積によって独自の戦術機動概念を実現することができるものだった。もしこれが本当ならば間違いなく戦術機の歴史が変わるだろう。
だが、そんなものは体で覚えこませればいい。それよりも水月は早く武と戦ってみたかった。
「隊長!新OSの能力と白銀大尉の技量を確かめるためにも一度シミュレーターで戦ってみたいのですが!」
「ほう、奇遇だな速瀬。これから丁度お前たちには白銀大尉とシミュレーターで模擬戦をしてもらうことになっている。当然、XM3を実装済みだ」
それを聞いて水月は心の中で握りこぶしを固めた。
「まったく、白銀大尉と戦いたいからって伊隅大尉が説明する前に挙手してまで提案するなんて、やっぱり溜まっているんですね」
「ぬぁんですって!?」
「――と、築地少尉が言っていました」
「にゃっ!?い、言っでないっぺっ!?」
「む~な~か~たぁ~!?」
またこのパターンだ。この恨みはシミュレーターで武にぶつけることを水月は密かに誓った。
強化装備に着替えてシミュレータールームへ行くと、そこには夕呼がいた。新OSを使った訓練の見学に来たそうだ。
模擬戦は三対一。水月は正直舐められているとしか思えないものではあったが、その自信を打ち砕いてやろうという気概が満ちていた。
(そうよ、新OSを積んでいるという条件は同じ。その上数はこっちのほうが上。副司令直属の特務部隊の実力、存分に思い知らせてやろうじゃない!)
水月は涼宮茜、柏木晴子とともに一番手に名乗りを上げ、シミュレーターへと入っていった。
「アンタたち!あの大尉さんに目に物を見せてやるわよ!」
「「了解!」」
水月の言葉に茜と晴子が応えた。
鈍い駆動音と共にシミュレーターが起動する。機体は乗り慣れた不知火。戦場は市街地演習場だ。隠れるところは多いが、こちらは三機。まず負ける要素はない。
「たった一機をいちいち警戒して探るのはまどろっこいいわ!暴れまわっていぶりだすわよ!」
そう、いぶりだしてしまえば問題なく片付けられる。数の差とはそれだけ大きいのだ。
三人は一斉にペダルを踏み込み、不知火がそれに合わせて足を上げ――
轟音と共に盛大にすっ転んだ。
何故自分は転んだのか、わけが分からない。何とか立ち上がろうとするが、反応が過敏すぎる。
「何、これ!?」
「遊びが、なさ過ぎる……!?」
今の轟音で居場所は確実に武にバレただろう。急いで体勢を立て直さなければならない。そう思って戦域情報を確認してみると、
「――っ!?全機散開っ!!」
慌ててジャンプユニットを噴かしてその場から離れると、数発の砲弾が水月たちのいた場所へ叩き込まれた。いつの間にか射線が通る場所まで来ていた武は移動を繰り返し、水月たちから離れていく。
「逃がさない!晴子、援護して!」
茜が逃げる武を追って不知火を奔らせた。二機で追い詰めるつもりなのだ。
「じゃあ、おいしいところはしっかりといただきましょうか!」
水月は唇を軽く湿らせ、追い詰める予定のポイントへ先回りをするべく駆け出した。
最初はあまりの反応の過敏さに戸惑ったが、こうして動いてみれば分かる。このOSはすごい。これまで使っていたOSがまるでドン亀のように思えるくらい挙動が軽かった。こんなものを発案する武の発想力は認めてもいいのかもしれない。だが、
「まだ腕は認めたわけじゃないわよ……!」
戦域情報を見ると、予定のポイントまで追い詰めつつあるようだ。それにしてもよく動く。あの二人を相手にして未だにかすりもしていないということは、腕もなかなかのものなのかもしれない。
しかし、それも水月が待ち構えているポイントに追い詰められるまでのことだ。ここまで来れば、水月の独壇場になる。
「……来たっ!」
程なくして武の不知火が姿を現した。ここに来るまでに二人が撃墜してしまうことも覚悟していたが、どうやら心配は杞憂だったらしい。
武の後方に茜と晴子が追いつき、配置につくことで狩場が完成した。武が追い込まれた場所は地上は水月が、空は茜と晴子が食らいつく袋小路となった。
「さぁ、観念しなさい……っ!」
水月が突撃砲で牽制しつつ、長刀で武へと食らいつきにかかる。だが、
「――っ、消えた!?」
否、武は空にいる。ならば二人の餌食になるだけだ。しかし、水月の耳に届いたのは武の撃破判定ではなかった。
「何コイツっ、早いっ!?」
「自動照準が追いつかない……っ!」
見上げてみると、武は見たこともないほどアクロバティックな戦闘機動で戦場を駆け回っていた。
(こんな機動、ヴォールク・データでは使ってなかったわよ!?)
ヴォールク・データでは突破力を優先していたのだろう。よく見てみると所々共通的な動きが見られる。だが、こちらこそが武本来の戦闘機動なのだとしたら、
(手加減されていた……!?いや、違うっ……アタシたちが新OSに慣れるまで待ってたんだっ!!)
水月も地上から突撃砲で武を狙うが、まるで追いつけない。なんと言う変則機動。まるで機動自体が武器となっているようだった。
「涼宮機、機関部に直撃。致命的な損傷――大破。柏木機、管制ユニットへの直撃。致命的な損傷――大破」
凶悪なまでの回避機動に焦る中、あっという間に二人が食われてしまった。
――面白い。
水月は唇が釣りあがるのを感じた。どうやらあの長刀を使い続けた衛士ではなかったようだが、まさかこれほどの牙を隠し持っているとは思っていなかった。
(これでも手加減されているような気がするけど、そんなことはどうでもいいわ!)
おそらく武が自分たちに要求しているのは、
「いいじゃない!やってやるわよ!!」
認めよう。武は今の自分たちよりも遥かに上だと。そして、今武が見せている高みまで上らなければそう遠くない未来に死んでしまうような気がする。
(だったら、アタシはもっと強くなる!生きて決着をつけるために……っ!!)
突撃砲を放り捨て、長刀を構えた水月が吼え、武もそれに応えるかのように突撃砲を捨てて長刀を構えた。二機の不知火が奔り、そして、
水月の耳に、己の撃墜判定を告げる遥の声が届いた。
なんだか最後の文が君望を髣髴とさせる締めくくり方になった気がするのは気のせいか……アニメ版を途中までしか見たことないくらいなんですけどね。
……ドロドロ展開があまりにきつくて最後まで見続けられなかったんですorz
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第八話「オーディンズ」
武はA-01の面々と顔合わせをしたとき、思わず目頭が熱くなってしまった。なんとかそのことはバレることはなく新OSについての説明を行うことができたのだが、説明が終わったとたん水月に勝負を挑まれてしまった。やはり水月は相変わらずのようだ。
よく見てみれば武の知らないメンバーが数名いることに気づいた。おそらく、前の世界では武がA-01に加入した時点ではすでに戦死していた者たちや重症で入院していた者たちだ。
築地多恵。彼女は元の世界でも顔見知り程度ではあるが知り合いといえるだろう。茜にいつもくっついている娘だ。夕呼の実験で猫にされたこともあった――どうすればそんなことができるのか皆目見当もつかないが。
麻倉光。彼女とは元の世界の球技大会で行われたラクロスの試合でぶつかったことがある。茜のクラスメイトだ。
高原雪名。彼女もラクロスの試合で茜のクラスメイトとして出場していたが、クラスが違うのでこれ以上は特に知らない。
鹿島るい。風間祷子の同期であり、ヴァルキリーズ随一の大食いだという。速度の祷子、量のるいという双璧とPXでは認識されているらしい。その割にはずいぶんと小柄なようだが。
稲村小鳥。同じく祷子の同期である。幼馴染に武家がいるらしいが、その幼馴染が妙な京都弁で喋るせいで中途半端に移ってしまい独特な喋り方をする。
自己紹介が済み、シミュレータールームへ移動した武たちは一対三の対人戦を行うことになった。彼女たちの実力は侮れないが、二年以上XM3を使い続けている上にフィードバックデータまであるのだ。今日初めてXM3を使うような彼女たちに負けていては話にならない。
ひとまず現在の彼女たちの現在の技量を確かめた上で、武がここまではできるようになって欲しいと思うレベルの機動を披露して勝利を収めていった。彼女たちの腕ならば多少の時間さえあれば到達することは難しくないだろう。だが、案の定負けた彼女たちの機嫌はあまりよくはなく、とくに水月はライバル心を燃やして数合わせとして再戦を申し込んできたくらいだった。
「あっははははははっ、ひぃーっ、ふ、腹筋がっ、ひひ……ひひひっ」
シミュレーターから出ると夕呼が腹を抱えて爆笑していた。茜の姉である遙によると、どうやら全員が一歩目から大転倒したのがよほどツボにはまってしまったらしい。やはり天才とはわからないものだ。
「さて、白銀大尉の実力はいやというほど分かっただろうが、XM3の有用性はちょっと触っただけの貴様たちもよく分かっただろう」
みちるが未だ爆笑し続ける夕呼を無視して話し始めた。いつまで笑い続けるか分からないので至極当然だろう。
「XM3が有用で私たちはまだその能力の一端にしか触れていないことはよく分かりました。ですが、白銀大尉のあの機動は少々危険ではないでしょうか?対戦術機戦では有効ではあっても、あんなに上へ何度も飛び上がっていたら光線級に打ち落とされてしまいます」
茜のこの質問はもっともなものだろう。光線属種に狙われるのを避けるためにBETAを盾にしたり、上へ逃げることを恐れていたりするのだ。だが、それでは戦術の幅が狭まってしまう。
「そのことだけど、俺たちオーディンズは全員ある程度の数ならレーザー照射をそれぞれの機動で回避できるんだ。もちろん回避できる数に個人差はあるけど」
この武の答えにヴァルキリーズは全員息を呑んだ。レーザーを回避すること自体は不可能ではない。低出力による照準照射を検知した瞬間に回避機動を取ればいいのだ。だが、それは言うほど簡単なことではない。事実それで多くの衛士が打ち落とされ、蒸発しているのだ。それをある程度の数――つまり、少なくとも一体ならば避けられると言い切れる武の技量の底が知れないのだ。
「ちょっと待ってください。オーディンズとは一体……?」
祷子が挙手して質問をしてきた。そういえばまだ説明していなかったなと武は気づいた。
「オーディンズはA-01と同様、副司令直属の特殊任務部隊です。主な内容は基本的にはA-01とは大きく違いませんが独自に新型機や新技術の開発や運用試験、あとは今回のような新技術の教導も行います」
第99独立部隊――オーディンズはヴァルキリーズと同様に夕呼直属の特務部隊であると同時に、エインヘリアル小隊の流れを汲む実験開発部隊でもある。A-01と共に出撃することも想定されているが、あくまでも新技術の実験・開発が目的の部隊だ。
「A-01に編入するのはダメだったんですか?正直、大尉のような凄腕が入ってくれたら大助かりなんですけど」
晴子の質問はもっともだろう。A-01はただでさえ損耗率が激しく、元々は連隊規模だった部隊も現在では一個中隊にギリギリ届いていない。A-01へ組み込んだほうが効率がいいのは確かだろう。
「まず一つ、俺たちはオルタネイティヴ計画で必要と思われる技術を扱ってる関係でA-01よりも機密レベルが高い情報を多く持っています。その関係で試作された実験機も保有していますが、その中のいくつかはまだ公開することもできないものが含まれています」
「それは我々にもまだ見せられないものがある、ということでしょうか?」
「そうです。いずれ見せられるものも出てきますが、今はまだほとんどのものを見せることができません」
美冴の質問に武が頷いた。輝津薙は例外的に最低限の武装――突撃砲と長刀のみを護身用に装備してユーコン基地まで行ってきたがそれは夕呼に考えあってのことであり、この世界には存在しない機体や技術を見せるには少し時間を置いたほうがいいと判断したのだ。武がここでこうしている今も悠平は技師たちとともに様々な作業を行っている。最低でも新型関節の量産化が済むまでは接触を控えるべきというのが全員一致の考えだった。
(本当はすぐにでもヴァルキリーズに電磁投射砲とか使わせたいけど、一度にできることじゃないんだよな……)
電磁投射砲の複製も行われるが、現状でその出力に耐えられるのは弐型改だけなのだ。今ある不知火を弐型改へ換装することも考えられているが、そちらはXFJ計画が完了しなければ難しいということだ。同様の理由で現在基地に存在する弐型改も予備部品の確保が難しいため当面は実戦に使えない。基地で予備部品を製造することも考えられたが、そこも含めて悠平のがんばり次第で色々変わってくるだろう。
(がんばってくれよ、御巫……)
武は今も準備に勤しんでいる悠平のことを考えながら、ヴァルキリーズのシミュレーター訓練を続けていった。
悠平は己の強化装備にしまいこんでいた設計データを若干改良し、不知火系の規格にあわせた新型関節の製造を行おうとしていた。この修正は通常の不知火と弐型の関節に互換性を持たせることで換装を容易に行えるようにするものであり、わざわざ新造の弐型を用意する手間を省くためのものだ。
すぐ近くでは多くの技師たちが新型関節の製造ラインを構築するために慌ただしく駆け回っていたが、悠平は目もくれずに作業を続けていく。
「……すみません、後どれくらいで製造ラインを動かせそうですか?」
その様子をちらりちらりと見ていた製造ライン構築の監督役をしていた技師にネージュが尋ねた。作業で手が離せない悠平に代わって聞きに来たのだ。
「かなり突貫で作業しているから初期ロットの生産開始まで十五時間ってところだろうな」
「……わかりました」
そう言ってネージュは悠平のところへ戻っていく。
「ありがとう」
ネージュが頼まれていたことを伝えると悠平はまったく顔を上げずに答えた。よく見ればすでに新型関節の再設計作業は終了しており、いつの間にか電磁投射砲の製造プランへと作業は移っている。
あまりの作業の早さに感心する前に心配になり、おそるおそる悠平の顔を覗いてみたネージュは絶句してしまった。
悠平の目が死んでいた。
病的なまでに病んだ目をしていた。まだ作業を開始して半日程度しか経ってないはずだが、まるで一睡もせず一週間ぶっ通しで作業を続けてきた者のような目をしていた。それでいて作業は異常ともいえる速度で進んでいき、その手の動きはまるで思考と反射が融合したかのように淀みない。確かに急がなければならない事情はあるのだが、ここまでやらなければならないものなのかとネージュは戦慄を禁じえなかった。
結局、悠平は一日で抗重力機関の製造を除く予定されていた全ての作業を終えてしまうことになるのだがその翌日、彼が自室から出てこなかったというのは別の話である。
PXでの休憩を挟み、A-01の不知火は換装作業が行われているためそのまま午後もシミュレーター訓練を行うことになった。もしかしたら数日は不知火に乗ることができないかもしれないと聞いたときのヴァルキリーズからの非難の嵐は武には少々つらいものがあった。だが、そんなブーイングもすぐに止むこととなる。
「えー、本日よりXM3慣熟訓練に神宮時教か――じゃない、軍曹が時々参加することとなった」
「神宮司まりも軍曹です!よろしくお願いします!」
その瞬間、シミュレータールームに阿鼻叫喚が広がった。
「え、何で……?え、何でっ!?」
「イヤァァ……鬼教官のしごきはもうイヤァァ……!」
「…………ふぅっ(気絶)」
そんなに酷いことをしていたのかとやや不安そうな表情を浮かべるまりもだが、実のところヴァルキリーズのこの反応はやや過剰ではあるものの喜びの表れでもあった――気絶したるいだけは違ったかもしれないが。
やがて阿鼻叫喚が収まるとヴァルキリーズの面々はまりもの後ろに二人の銀髪の衛士がいることに気がついた。
「あまり恥ずかしいところを見せるんじゃない……彼女たちはオーディンズの預かりである衛士だ」
「クリスカ・ビャーチェノワ少尉です」
「イーニァ・シェスチナ少尉です」
「シェスチナ少尉はオーディンズの一員であり、ビャーチェノワ少尉のリハビリとしてXM3慣熟訓練に付き合ってくれるそうだ」
それを聞いた戦乙女たちの目の色が変わった。オーディンズということは武と同じくレーザー照射を回避できる衛士なのだ。興味を持ってもおかしくはないだろう。
「オーディンズなのはシェスチナ少尉だけでビャーチェノワ少尉は違うということでしょうか?」
水月がみちるに質問するが、それに答えたのは武だった。
「彼女、ビャーチェノワ少尉は現在ある治療の最中であまり過度な訓練はできない状態なんです。ですがまったく訓練しないのでは復帰が遅れるだけなので、リハビリとして無理をしない程度に訓練へ参加することが許されています。また、彼女はオーディンズの候補でもあるので、腕は確かで訓練にも十分ついていけると思いますよ」
「じゃあこっちにくださいよ、白銀大尉。ただでさえ数が足りていないんですから」
「それを俺に言われてもな……」
雪名の文句にやや困り顔で武が返した。クリスカを入れることを決めたのは悠平なのだ。武に文句を言われても困るだけだ。
「あまりお喋りしている時間はないぞ!シミュレーターを使える時間は限られているんだからな!」
収拾がつかなくなりつつある中、みちるが注意を促した。
「では、神宮司軍曹、これからよろしくお願いします」
「はっ。足を引っ張らぬよう努力します!」
みちるは教官であったまりもの下士官としての対応にむずがゆそうな表情をしていた。
午後のシミュレーター訓練でヴァルキリーズは相変わらず飛びぬけている武や同じオーディンズであるイーニァだけではなく、XM3に初めて触ったまりもやクリスカにも手酷くやられる結果となり、非常に悔しい思いをすることとなった。狂犬や
207小隊は午後の訓練が中止となり、代わりに美琴が入院する病院へ来ていた。美琴の退院と総戦技演習の時期を早めるため、退院する前から結束力を高めるためにまりもが指示したのだ。
その病室で一番の話題になったのは退院後すぐに行われる総戦技演習のことではなく、武のことだった。
「それで、白銀ったら社少尉以外にも女がいるらしいのよ?」
「へえー、僕たちも狙われてたりするのかな?」
「そ、それは……どう、なのだろうな」
「そういえばさぁー――」
病室からは面会終了時間まで和気藹々とした話し声が聞こえていた。その様子はすでに一度失敗して後がないとは思えないものであり、チームが確実に変わってきている証拠のようにも一同は感じていた。
何かのフラグが立った気がする……まぁ気にせず書いていきます。
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第九話「怪しい者」
10月26日。武は悠平を伴って夕呼の執務室へ向かっていた。それぞれが担当している部分の進捗状況を報告するためだ。もっとも、他の者からも夕呼へ報告がいっているのかもしれないが、一応二人はそれぞれ責任者という形になっているので別途報告の義務があるのだ。
「それにしても、一週間かけてやる予定だった作業を一日で終わらせるとか、がんばりすぎだろ……」
「んー、その辺の記憶が曖昧なんだよなぁ……気づいたら今日の朝だったし」
いつ寝たのか記憶がないまま朝起きたらいきなり二日が過ぎており、つい先ほど進捗状況を確認してようやく何が起きていたかを把握したという。どうやら一流のアスリートに見られるゾーンと呼ばれるものと似たような状態に入っていたらしい。もはや新たな異能ではないのだろうか。
「そんな能力はごめんだな。泣いてはいなかったけど、今回もネージュに心配をかけたみたいだし……」
武は一度様子を見に行った時におろおろするネージュの姿を見ており、その時悠平の口から魂が抜け出ようとしていたように見えていたことは気のせいだと思いたかった。時々体が痙攣していたのはきっと寝相だろう。時折妙な奇声を上げたり、ぶつぶつと数式らしきものを唱えていたのは寝言に違いない。あんな悠平を一日中看病していたネージュには申し訳ないが、武は昨日見た光景を忘却することにした。
B19フロアにある夕呼の執務室へ到着すると、しかし電気はついておらず真っ暗だった。夕呼はどこか別の場所にいるのだろうか。
ふと悠平が入り口で立ち止まっていることに気づき様子を見てみると、なにやら妙な顔をしていた。
「……この状況、覚えがないか?」
悠平が武に耳打ちするように口を開いた。
執務室に電気はついておらず、夕呼も部屋にいない。武にはそんな状況の心当たりなど一つしかなかった。
「――おや、誰かと思えば……」
突如、暗い部屋に三人目の男の声が響いた。その男は影が濃いところからゆっくり姿を現した。その様子はまるで影からにじみ出てきたかのような不気味さがあった。
「はじめまして」
「……はじめまして、鎧衣課長」
武がそう返すと、鎧衣は目を丸くして驚いていた。だがそれも一瞬。すぐにいつものマイペースな空気を取り戻していた。
「ははは、私も有名になったものだな。そうだ、私はちょっと怪しい者だ」
もう名前もバレているのにそう言うと鎧衣は武に近づいて武の顔を引っ張り始めた。前回と同様、確認をされているのだろう。
「ふむ……同姓同名の別人かと思いきや、どうやらそれだけではないようだな」
「いい加減離してくれませんか?引っ張られたままだと痛いんで……」
「おっと、これはすまない。あまりにいかがわしい顔をしていたものだからついね……ん?疑わしい、だったか?」
いかがわしい顔とはなんだと言いたげに武は半眼で鎧衣を睨んだ。
以前悠平に聞いた話によると、この世界のシロガネタケルは武家と何らかの縁があるらしい。だが、悠平はその情報について詳しくはなく、確証が得られなかったため別人としての戸籍を用意するしか手の打ちようがなかった。城内省の壁はそれだけ厚いのだ。しかし、それでも疑惑を完全に晴らすことはできていなかったようだ。
「――で、帝国情報省外務二課の鎧衣さんは、今日は一体何の用でここに来たんですか?」
悠平が油断のない目で鎧衣を見つめながら尋ねた。
「部外者には教えられないな」
しかし、鎧衣はそう言い切った。どうやら夕呼が来るまで待つしかないようだ。
「――騒がしいわね。人の部屋で何やってるわけ?」
武たちはこの世界ではまだ出会っていない美琴について鎧衣と話していると、呆れ顔をした夕呼が戻ってきた。
「こんにちは、香月博士。少しばかり娘のような息子……いや、違ったか。息子のような娘について話し合っていただけですよ」
「相変わらず礼儀がなってないわね。アタシは入室の許可どころか、面会の予約すらもらった覚えはないんだけど?」
「いやぁ、部屋の前に立ったら扉が開いてしまったんですよ」
夕呼の口撃に鎧衣は怯みもせずにマイペースに流していく。相変わらず手強い男である。
「……で、結局何をしに来たわけ?」
「なにやら面白いものを作ったという噂を聞きまして……なんでも戦術機がジャンプユニットを使わずに空を飛んだとか。よろしければその話を聞かせていただければと思いまして」
ため息混じりに夕呼が尋ねると鎧衣は相変わらずペースを乱さないまま本題を切り出した。
「ふぅん……残念だけど、あれを作ったのはアタシじゃないわよ。話が聞きたければ本人に聞いてちょうだい」
「博士以外にあのようなものを作れる天才がこの基地には他にも?」
「天才じゃなくても作り出すことは可能だと思うけど?どうしても知りたいなら自分で探してみたらどうかしら」
「……増えた第三計画の遺児たち。そしてここにいるシロガネタケル。何か成果が出たということですかな?」
鎧衣との応酬に応える夕呼には、以前になかった余裕のようなものが感じられる。そのことに鎧衣も気づいたようで話題の方向性を変えることにしたようだ。
「さあ、どうかしらね」
夕呼はイエスともノーともつかないような表情ではぐらかす。
「いやはや、やはり博士は美しくも恐ろしい女性だ」
「アンタに言われたくないわね……ってあぁ、そうだわ」
ふと夕呼が何かを思い出し、丁度いいとでも言うように鎧衣に向き直った。
「今XG-70の交渉の仲介と調停を頼んでいたわよね。それに追加でもう一つ交渉の仲介を頼みたいのよ」
「おや、また何かご入用ですか?博士のような美人に重用されるというのは、なんとも男冥利に尽きますな。それで、目的のものはなんですかな?」
「――G弾よ」
鎧衣が息を呑んだ。
「……そんなものを、一体どうするおつもりですかな?」
「アタシがほしいのはG弾の中身のほうなの。こう言えばわかるかしら?」
なるほど、と鎧衣は頷いた。これは悠平が夕呼を脅――頼み込んだことだ。それを実行に移したのだろう。
「詳しい内容は近いうちに連絡するから、とりあえずそういう話があるということだけでも向こうに伝えてちょうだい」
「ふむ……詳しい事情はわかりかねますが、それが必要ということですか」
「詮索はあまり感心しないわね。余計な首を突っ込みすぎると寿命が縮むわよ」
「おお、怖い怖い。ならば私は飼い犬らしく、おとなしく職務を全うすることにしましょう」
そう言って鎧衣は踵を返した。
彼が去っていった部屋には、なんだかよくわからない木彫りの人形が残されていた。やはり相変わらずな人である。
「報告は以上?なら少し聞きたいことがあるんだけど――」
鎧衣が帰り、進捗状況の報告が済むと夕呼が悠平を見た。
「……御巫、荷電粒子砲の修理はいつ頃終わりそうなの?」
「……気づいていたんですか」
悠平が目を丸くして驚いた。輝津薙の複合ジャンプユニットは現在修理中であり、荷電粒子砲を使うことができない状況にある。実を言うとユーコン基地へ向かった時も荷電粒子砲部分はまるで中身が入っておらず、見せ掛けだけの状態だった。全てはG弾の爆発にわずかに巻き込まれていたことが原因だった。量子分解が一瞬だけ間に合わず、二機とも一番脆いジャンプユニットが損傷してしまっていたのだ。
ジャンプユニットとしての機能はすぐに修復できたものの、予備部品のない荷電粒子砲部分は他に急ぐ作業もあって手付かずの状態だった。
「大部分を新造する必要があるので今から始めると完全修復まではおよそ三週間。通常出力で使用する分には二週間といったところですね」
「ギリギリね……」
ギリギリ。そこから考えると、夕呼は11月11日のBETA新潟上陸時に輝津薙の荷電粒子砲を使うつもりなのだろう。二週間あればなんとか通常出力で荷電粒子砲を使用することができる。ただし、安定した状態で使用できるのは
「本当は荷電粒子砲だけでほとんど片付けられれば良かったんだけど、仕方ないわね。一発でもいいから使えるようにしておいてちょうだい」
「つまり、それがG弾の交渉材料……というわけですか?」
夕呼が少しだけ感心したような笑みを浮かべた。
「……いい線をついているけど、少し足りないわね」
少し足りない、ということは他にも使い道があるということだろうか。夕呼のことだ、一つの事柄を複数の目的のために活用したとしてもおかしくはないと悠平は納得の意を示した。例え消極的とはいえ夕呼が引き受けたのだ。ならば勝算はあるということだろう。
ともあれ、荷電粒子砲の修復にはすぐに取り掛からなければならないだろう。ただでさえ量子融合によって材料を生成するところからはじめなければいけない分時間がかかるのだ。他の急ぎの作業が一段楽しているとはいえモタモタしてはいられない。
唯一つ、問題があるとすれば――
(俺、まだヴァルキリーズに顔見せできてないんだよな……)
ネージュはヴァルキリーズの今日のシミュレーター訓練に参加することになっていると聞いていた。つまり、自分だけがまだ顔合わせできずにいるのだ。輝津薙は悠平がほとんど独力で作り上げたため、組み上げの段階に至るまで誰かに手伝ってもらうのも難しい。
(それに、ネージュの近接格闘能力は速瀬さんに絶対目をつけられるだろうし……)
悠平は大きなため息を漏らした。どうやら当分は一人寂しく作業を続けることになりそうである。
悠平のその懸念は見事的中し、水月を近接格闘戦で秒殺したネージュはその日から毎日水月にシミュレーター訓練へ引っ張られていくことになる。悠平にとってもネージュにとっても苦難の日々の始まりだった。
薄暗い部屋で顔に傷のある男は室内でもコートを着たままの男から報告を受けていた。
「――ふむ、特にこれといった情報はつかめなかったか……いや、あれを作った者が横浜基地にいるらしいことは分かったのだったな」
「ええ。それを仄めかすような言葉を博士は使っていました。確実とはいえませんが、おそらくいるでしょう」
傷の男は机の上に広げられた資料から一枚を手に取った。
「……11月11日に帝国軍と国連軍――副司令直属の精鋭部隊と訓練兵の合同実弾演習を打診されたよ。なんでも新技術を実装された機体のお披露目も兼ねているそうだ」
「いささか急な気もしますが……訓練兵も、ですか?」
「訓練兵は戦場の空気を少しでも感じさせるために戦術機で見学させたいそうだ。……もっとも、その訓練兵は明後日から総戦技演習だと聞いているが」
少々気の早いことではあるが、なるほど、とコートの男が頷く。もしかするとそこに例の機体が出てくるかもしれないのだろう。何故日付を11月11日にしなければならないのかは気になるが、この傷の男はそういったことにあまり頓着しない。
「唯依ちゃんから聞いたときはまさかと思ったが、是非とも一度見てみたいものだ。……XFJ計画も来月中には終わると聞いているし、そうなれば唯依ちゃんも帰ってくる。博士が弐型を使いたがっているという噂もあることだ。開発を担当した唯依ちゃんをアドバイザーとして派遣すれば、あの魔女が何を考えているか少しはわかるかもしれんな」
そう言って傷の男――巌谷榮二は笑みを浮かべた。その頭の中は唯依のことと唯依がユーコンで見た謎の戦術機のことでいっぱいになりつつあった。
ちゃんとそれっぽく感じてもらえれば幸いです。
そしてまた何かフラグが立ちましたニヤニヤ。
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第十話「帝都の夜」
美琴が早期退院したことで若干の体力不足が懸念されていたが総戦技演習は事前通達どおり早められ、10月28日より開始されることとなった。
なお、武と初顔合わせした時の美琴の第一声は、
「大尉は女たらしだって聞いてます。あ、プライベートは気軽でいいんだっけ。じゃあタケルでいいよね?」
という非常に気安いものだった。武にとってはその気安さはありがたいものではあったが、明らかに不名誉なイメージをもたれているのは間違いない。
入院中に面会時間を使って結束力を固めたことで207小隊は以前まであったぎこちなさが薄くなってきており、恐ろしい連携で武弄りを行うようになってきていた。この連携が試験中も発揮できれば総戦技演習の突破は容易だろう。
そして迎えた総戦技演習初日。武は水着姿でくつろぐ夕呼と共に無人島の海岸に立っていた。
「……夕呼先生、なんで研究が順調なのにこんなところに来てるんですか」
「順調すぎて今はできることがないいのよ。それにアンタたちだけバカンスってなんだか悔しいじゃない」
この先生は……と呆れ半分の表情で武は夕呼を見つめた。
「……何?アタシに欲情でもしたの?アタシは年下は性別認識範囲外よ」
「知ってますよ」
武はため息を一つついて無人島の奥のほうを見渡すように視線を巡らせた。
最終試験はすでに始まっている。ならばあまり心配しすぎるのもよくないだろう。それに今の彼女たちならお互いを助け合ってちゃんとクリアできるはずだ。
だが、一つだけ心配事がある。
(御巫……大丈夫かな?)
水月にネージュを取られ一人黙々と寂しく荷電粒子砲部分の修復作業を進める悠平のことを考えると、涙がちょちょぎれそうになる武だった。
総戦技演習が終わったらしい。らしいというのは悠平自身はもう何日も90番格納庫に篭りきりである上ろくに時計も見ていなかったため、ついさっき戻ってきた武の報告でようやく気づいたのだ。
久しぶりに日時を確認するとすでに11月3日と表示されている。
「思ったよりは作業が進んでいるわけか……」
この調子なら新潟で一度くらい荷電粒子砲を使用しても、その後の修復の遅れは出さずに済むだろう――ドジって損傷させなければ。
一度手を休め、クリスカとイーニァが時折差し入れてくれたレーションを口に含む。ネージュがなかなか上等なものを選んでくれたらしく、意外とおいしいというところに努力の影がみられる。
「速瀬さんに付き合わされて、ろくにこっちに来る時間もないみたいだしな……」
集中が途切れ始めたせいか、妙に独り言が多い。少し休憩を取るべきだと判断し、悠平は90番格納庫の床に転がった。
「――総戦技演習が終わったら何かしようと思っていたはずなんだけど……なんだったかな?」
疲労でぼーっとする頭で悠平は入れておいたはずの予定を思い出そうとする。
総戦技演習が終われば次は戦術機適正検査だ。これは悠平たちもやったから覚えている。
その次はシミュレーター訓練で操作を覚えながら、吹雪が来るのを待つ。とはいっても今回は夕呼が手配しており、今日中には届くらしい。よってこちらも問題はない。
「……ん?吹雪の搬入?」
ふと脳裏に引っかかるものがあった。よく思い出してみれば搬入されるのは吹雪だけではないではないか。
「……そうか、将軍のことがあったか」
政威大将軍――煌武院悠陽。彼女が冥夜のために紫の武御雷を搬入させるのだ。
そしてそこからこれからやるべきだったことを悠平は思い出した。時計を確認するとすでに日は落ち、夜へとさしかかろうとしていた。
「あー……そろそろ行っておくべきだよな……」
悠平は疲れた体に鞭を打ち、気だるげに上半身を起こした。まだほとんど休んでいないが、さっさと準備を済ませて向かわなければ
必要なものを用意して夕呼に予定通り行ってくることを伝えた悠平は、一つ背伸びをした。
「――さーて……行ってきますか」
その一言を残して悠平は、横浜基地から姿を消した。
各家庭から一日の終わりを告げるように少しずつ明かりが消えていく頃、一日の役目を終えて自室へと戻ってきた乙女が小さくため息をついていた。
その乙女は未だ女性と呼ぶには年若く、少女と呼ぶには成熟した娘だったが、その両肩には年齢からは考えられないような重責がのしかかっていた。
(いけませんね……あの者はわたくしの代わりに多くの重責を背負っているのです。この程度で音を上げていてはあの者に申し訳が立ちませんね)
とはいえ、今日は断りにくい筋からの嘆願で国粋主義の食事会へと招かれ延々と国粋の素晴らしさを、そして米国に対する嫌悪の感情を聞かされ続けて思いのほか精神的に疲れてしまっている。早めに休むべきだろう。
そう思い、敷かれた布団へ体を横たえようとすると妙な感触がつま先に感じられた。一瞬、爆発物でも仕掛けられているのかと思ったが、布団の中を覗いてみるとそこにあったのは手のひらに収まりそうな小さな物体が一つ。
(これは……レシーバー?なぜこのような場所に……?)
乙女は誰かを呼ぼうかと思ったが、これは自分に対する秘密裏の接触を求めているのではないかと予想し、恐る恐るレシーバーを手に取った。
念のため部屋の外に誰もいないことを確かめ、乙女はそっとレシーバーへ話しかけた。
「……どなたかは存じませんが、聞こえていますか?」
「――ええ、聞こえていますよ。煌武院悠陽殿下……こんな方法で接触するしかなくて、無駄に不安を煽る形になってしまってすみません」
返ってきたのは若い男の声だった。人の部屋に
「いくつかあなたに伝えておきたいことと……あとは単なるお節介ですね。もっとも、あなたが信じるかどうかで帝国の未来が大きく変わるかもしれませんが」
穏やかではない話だ。だが、悠陽はこの男の話を聞いてみるつもりでいた。どうやってレシーバーをこの部屋へ隠したのかはわからないが、物的証拠はこちらにある。場合によってはこのレシーバーから相手を探ることもできるだろう。当然対策はされているだろうが、何もないよりはマシである。
そう思って悠陽は話の先を促した。
「そうですね……まず最初に、妹さんの総合戦闘技術評価演習の合格おめでとうございます。やはり、武御雷を贈られるんですか?」
それを聞いたとき、悠陽は心臓を掴まれたような気がした。悠陽には確かに双子の妹がいる。だが家の仕来りによって妹は養子に出されて公には存在を隠され、悠陽自身も会ったことがない。精々妹に護衛としてつけている月詠真那からの定期的な報告からどうしているかを知るだけだ。
「何故あなたたちの秘密を知っているか疑問に思っているかもしれませんが、俺には特にどうこうするつもりはありません。……むしろ、一度でもいいから会わせてやりたいとすら思っています」
緊張に固まっていると、男の声が再び耳に届いた。その声はどこか切なさすら感じられ、悠陽にはこの男が心から二人を会わせてやりたいと思っていることを信じられるような気がした。だが、
「……それはなりません。わたくしたちは会うことは許されません。そんなことをしてしまえば、この国は――」
「わかっています。これは俺の我がままに過ぎませんから」
男ははっきりとそう言った。甘い言葉でそそのかすでもなく、ひたすら二人を引き離すでもなく、ただ己の我がままだと言い切った。
たったそれだけのはずなのに、悠陽はこの男を少しは信じていいのではとすら思い始めていた。
「……そなたの質問は確か、武御雷を贈るのかということでしたね。その答えは、はいと言いましょう。しかし、何ゆえそなたはそのことを……?」
このことを知る者はまだ数人しかいないはずである。いずれも悠陽が信頼する者たちであり、そこから洩れるとは考えにくいものだった。
「――未来を知っている……いえ、違いますね……未来を見てきた、というのが正解でしょうか」
からかわれているとは思わなかった。何故かこの男の言葉は悠陽に重く響く。そこに嘘はないと感じてしまう。それは、この男がとても切なそうに語るせいなのかもしれない。
「では、未来を見てきたというそなたは、わたくしに何を伝えようと?」
「……一つ目は、11月11日」
男の声は重々しく、しかしかすかに震えているような気がした。どうやら少し緊張しているらしい。それは不安からか、11日に起きる何かゆえか。
そして男は語った。
「旅団規模のBETA群が、新潟に上陸してきます」
悠陽は息を呑んだ。11日にBETAが再び日本を蹂躙しようとやってくる。もしそれが事実ならば一体どれほどの被害が出るのか。それどころか守りきることはできるのか。
「特別なことは何もしなくても、BETAを殲滅することはできます。でも、その場合は被害がかなり大きくなります」
「……そなたは、わたくしに一体何をさせようというのです?」
「特に何も、でしょうか。……これは俺が未来を見てきたことを証明するためのもの。BETAの動きを人間が予測することは
今はまだ。そう言ったことから悠陽は男がオルタネイティヴ4を知っていることに気づいた。だがあの計画はまだそこまでの成果を挙げることができていないと聞いている。つまりはこれをもって自分の言っていることを信じろと言っているのだ。
「では、それが事実だった場合は……国土を守る際に犠牲となる者たちを見捨てろと、わたくしに申すのですか……っ」
悠陽の声は震えていた。悠陽が信じず、しかしBETAが新潟に上陸してきた時は多くの犠牲が出るという。信じなかった場合のリスクが、あまりに重い。
だが、男の声はそれを否定した。
「国連の精鋭部隊と帝国軍が11日に合同実弾演習を新潟で行うことになっています。未来を変えるために、より良い未来を手繰り寄せるために」
「未来を……?」
「俺は……俺たちは、そのために活動していますから」
悠陽はこれまでの話から、この男が国連軍の者ではないかというあたりをつけた。そして、おそらくそれはあたっているだろう。もしかしたらオルタネイティヴ4に深く関わってすらいるかもしれない。
「では、オルタネイティヴ4を完遂させるということですか?」
「オルタネイティヴ4は確実に完遂
悠陽は目を見開いた。もしかしたらこの男はすでにオルタネイティヴ4完遂の結果、何がもたらされるかを知っているということなのかもしれない。
「ですが、今はまだ明かせません。まだ早すぎる……あなたはまだ俺が伝えた未来が正しいものであると確信しておらず、オルタネイティヴ4は世界に認めさせるだけのものも用意できてはいません」
男の声がもどかしさに震える。もしこれが演技だというのなら、己は軽い人間不信になってもおかしくはないだろうとすら悠陽が思うほどだった。
「全ては11日、ということですか」
「はい」
その言葉を最後に、わずかに沈黙が支配する。思っていた以上に話が大きくなってしまっていた。今の悠陽には荷が重い話だ。
「……そなたは何ゆえ、かような話をわたくしへ持ってきたのですか?わたくしよりももっとふさわしい者がいると思うのですが……」
「確かに、
成長しなくてはならない。それは確かにそうだろう。今の悠陽は榊首相にほぼ全てを任せているようなものだ。いつまでもこのままでは不甲斐ない。
そう思っていた悠陽の思考をハンマーで叩き壊すかのような未来を、男が告げる。
「あなたが立ち上がる勇気を持てなければ、榊首相はそう遠くない未来で殺されます……これが、二つ目です」
榊首相が殺されるという衝撃の未来の理由を尋ねることは、悠陽にはできなかった。男はこの未来に関してはまだ猶予があると言っていた。しかし、悠陽がこのままであるならば、それは遠からず現実になるのだろう。事実、殺されてもおかしくないような原因に悠陽もいくつも心当たりが浮かぶほどだ。
(わたくしは、あの者に甘えすぎていたのでしょうね……)
榊首相は悠陽の代わりにいつも矢面に立ち、日本を支えてきた。そのやり方は国粋主義の者たちからみれば売国奴と罵られるような方法だが、そうでもしなければ今頃日本という国自体がなくなっていたかもしれない。
だが、それではいけない。いつまでも榊首相ばかりを矢面に立たせていては立ち行かないところまで来ているのかもしれない。ならばせめて、二人で並び立つことで彼の負担を減らすことはできないだろうか。男の言った立ち上がる勇気とはつまりそういうことなのではないだろうか。
(まずはあの者と相談してみる必要がありますね……わたくしの独断で動いてはあの者を余計に危険に晒してしまうかもしれません)
悠陽は己のうちに小さな、しかし確かな覚悟が宿ったことを感じていた。
「今話せることはこのくらいでしょうか……11日にBETAが新潟に上陸した時はまた、
「わかりました。このレシーバーはどうすればよろしいでしょうか?このまま部屋に置いておいては侍従の者に見つかってしまいますが……」
「大丈夫です。この会話が終了したらこちらから回収します。願わくば、いずれ直接話せる日が来ることを……」
「そうですね。わたくしも一度、そなたと顔を合わせて話をしてみたいものです。ですがその前に一つ、そなたに尋ねたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「そなたは、一体何を求めているのですか?」
悠陽の質問に男が沈黙を返す。あれだけデタラメにも思える話を堂々としてきたような男でも答えにくいものなのだろうか。よく耳を澄ましてみると時折唸るような声が漏れ聞こえてくる。
「――その……笑いませんか?」
男はどうやら恥ずかしがっていたらしく、そう尋ねる声もとても照れくさそうで、悠陽は思わずほほえましい気持ちになってしまった。
「ええ、笑いません。政威大将軍という地位に賭けまして」
悠陽がそう返すと、ようやく覚悟が決まったように男は言った。
「俺は、
恥ずかしそうにそう言って、男との密談が終わりを告げた。
男はレシーバーを回収すると言っていたが、誰にもばれずに回収する方法があるのだろうか。もしかしたら回収に来た男の顔を見ることができるかもしれない。そんな悠陽の期待は、しかし驚きによって塗り替えられることとなった。
「――っ!?」
手に持っていたレシーバーが忽然と消えてしまった。何の前兆もなく。手の中から質量が消失したのだ。
悠陽はまるで夢でも見ていたかのように感じていた。しかし、先ほどまで話をしていたのは紛れもない真実だ。
先ほどの男の様子を思い出して、悠陽は思わず含み笑いをしてしまった。
(笑わないと約束したのに……わたくしは嘘つきですね)
あれだけ重い話をしたというのに、何故だか今夜はよく眠れそうな気がしていた。
「――はぁー、緊張したぁー……」
悠平は息でも止めていたかのように大きく呼吸をした。
現在悠平がいるのは帝都城の屋根の上、監視網の死角になっているところだった。悠陽の部屋からは実は百メートルほどしか離れていない。こんなところへ潜り込めるのはテレポートを使える悠平くらいのものだろう。
(これでひとまず、第一段階は終了ってところかな……)
第二段階は新潟に上陸したBETAを片付けてからになるだろう。もちろん、クーデターを阻止し、同時に悠陽を少しずつ政威大将軍として立ち向かえるように発破をかけることが目的だ。だが、悠平には荷が重いと感じている。
(まぁ、今回で取っ掛かりはできたはずだ。あとは殿下が立ち上がって沙霧大尉がクーデターを起こすのを思いとどまるようにするだけだ!)
とはいえ、クーデターの背後にオルタネイティヴ5推進派や米国の影が見えるため、そううまくはいかないだろう。だが、やらなければクーデターは非常に高い確率で起こると踏んでいる。そうなればあまりに多くの戦力が失われてしまい、またぎりぎりの綱渡りをすることになってしまう。それをなんとしても回避しなければならないのだ。
(ここでできることはもうないな……早く戻って、荷電粒子砲の修復を進めるか)
そして悠平の姿は人知れず帝都城から消えた。後に残ったのは、冬の到来を感じさせる木枯らしだけだった。
悠平が過労死するんじゃないかという気がしてきた……
フラグが立った?いいえ、気のせいです。
悠平はハーレムルートにはいりません、多分、きっと……
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第十一話「紫」
あれ、俺は何を言ってるんだ……?
冥夜たちは戦術機適性検査で問題ないとわかってから、昨日は一日中シミュレーター訓練を行っていた。夕呼によれば、なんでも従来のOSではなく新OSを訓練生時から使用するテストケースとして選ばれたらしいが、旧OSに触れたことがない冥夜たちにその違いを理解することはできなかった。
その違いを客観的に知るために、11日に国連軍で新OSを先行実装している精鋭部隊が帝国軍と行う合同実弾演習を見学することになっていた。戦場の雰囲気を肌で感じるという名目で戦術機に乗って見学を行うという。
「教官たちは少しでも私たちに経験を積ませようとしてくれているのよ。ありがたいことだわ」
合成しょうが焼き定食を食べながら千鶴が言った。
「場合によっては私たちも参加させてもらえるんですよね。うまくやれるかな……?」
「……腕が鳴る」
少し不安げな壬姫に、合成焼きそばを頬張っていた慧が不敵な顔で返した。
「実機訓練も今日からだし、合同実弾演習まで一週間もないんだよね。そういえばタケルって神宮司教官より強いよねー」
美琴は合成さば味噌定食を武にマイペースに話しかけた。
「ん?まぁでも、神宮司軍曹もまだXM3を使い始めたばかりだしな。飲み込みは早いからいつ追いつかれるか正直冷や冷やもんだけど」
そう言いつつも武の表情は簡単には追いつかせないけどな、とでも言うように笑みを浮かべていた。
白銀武大尉。XM3の発案者にして副司令直属の実験開発部隊の隊長。ハイヴ攻略の訓練として使用されるヴォールクデータでこれまで誰も到達することができなかった反応炉到達をたった三機で、それも最高難易度のものをクリアしてしまったその技量は間違いなく世界トップクラスのものだろう。
戦術機訓練課程に進んだことでまりもと共に教官を務めることもあり、その厳しさは時にまりも以上に感じられるものがある。だが、世界でもトップクラスの衛士に直接教えを請うことができるというこれ以上ないほど贅沢な環境で訓練をさせてもらえている現状に冥夜は感謝していた。
「タケル。確かそなたも合同実弾演習に参加するのであったな」
「ああ。ちょっと新OSのアピールをしにな」
「私も、タケルさんと一緒にがんばってきます」
冥夜の確認に武と霞が答えた。
この二人は恋人同士というだけあっていつも一緒にいる。聞いた話では戦闘時には複座で一緒に戦術機に搭乗することもあるのだという。以前、霞は彼女の一人だと言っていたが、他にはどんな娘がいるのだろうか。
(迷惑でないのならば、私も……待て、何を考えている!?)
冥夜はつい思い浮かべてしまったふしだらな妄想を振り払うように勢いよく頭を振った。あの夜に武から戦友のことを聞いたときから、冥夜は時々このような妄想にふけることがあった。一人の男性が複数の女性と関係を持つことは不誠実であると嫌っていたはずにもかかわらずだ。
(わ、私はそのような人間だったのか……?いや、そんなことを考えている暇はない!今は一刻も早く戦術機を乗りこなせるようにならなければ……!)
己の未熟に気合を入れなおしていると、いつの間にか話題は今日の予定へとシフトしていた。慌てて耳を傾けると、みんな食事が済んだら午前のシミュレーター訓練のために強化装備に着替える前に整備が完了した吹雪を見に行くのだという。冥夜にも依存はなく、みんな時間が惜しいと言わんばかりに食事を詰め込んでいった。
「「「「おぉぉーっ!」」」」
全員が整備の完了した吹雪を見て歓声を上げる。見た目は搬入された時と何も変わらないはずなのだが、やはり自分の機体というのは何度見ても嬉しいものなのだ。
今日の午後からこの吹雪に乗れると思うと、冥夜もまた心が浮き立つのを感じていた。だが、すぐに頭から冷や水をかけられたような気分へと落ち込んでしまうことになった。
「あら、ハンガーに何か搬入されてきたわ?吹雪はもう全員分そろっているのに……」
「あ、あれってもしかして!」
「……武御雷」
「わぁー!ボク、初めて見たよー!」
そう。将軍家の縁者である己のために用意された武御雷。本来は斯衛の一部の者にのみ使用が許される高性能機だ。そして冥夜にこの武御雷を贈ることができるのは
「来たか……」
そばで武の声が聞こえた。いつの間に来ていたのか気づかなかったが、教官を兼任しているだけあって武御雷が搬入されることを知っていたようだ。
「あれを見て動じていないとは、さすがとでも言うべきであろうか」
「紫がどういう意味を持っているかってのも知ってるが、まぁそんなに気にすることじゃないだろ」
「ふふっ。大物だな、そなたは……」
将軍専用機である紫の武御雷を見てもまるで動じない武に、冥夜は救われていた。
(そういえば
武を武御雷に乗せたら、なんだか武の専用機のように思えてしまいそうだ。そんなくだらないことを考えていると、いつの間にかみんなは武御雷を近くで見ようと移動しようとしていた。
(あの者たちもいるかもしれんし、私も共に行くべきであろうな)
冥夜はみんなに遅れないように武御雷へと足を向けた。
「すごーい、綺麗ー!」
「タマ、ちょーっと待った」
先頭に立っていた壬姫が武御雷の足元へと近づいていくのを見て、武は待ったをかけた。壬姫は不思議そうな顔で武を見つめ、武が視線を向けている先に気づいた。
「斯衛のお姉さんがこわーい顔して見張ってるから、怒られないようにあまり近づかないようにしておこうぜ」
「あ、そうだねー」
あのまま放っておけば、壬姫はこちらを――武を睨んでいる真那にぶたれていた。そうなればこの小隊の空気は一気に重苦しいものになっていただろう。
「ほらほら。午前は神宮司軍曹が教官だから、そろそろ着替えたほうがいいぞー」
時間が迫っていることを理由に、武はみんなを更衣室へと急がせる。そろそろ来る頃だと思ったため、引き離しておく必要があるのだ。
みんなが更衣室へ向かうのを尻目に確認しつつ、武は自分へ向かって歩いてくる複数の目立つ影に意識を向けた。
「――はじめまして、月詠中尉」
「……貴官に名を呼ぶことを許した覚えはありませんが」
武の前に立ったのはやはり赤を纏った月詠真那と白を纏う神代、巴、戎だった。武が名前を知っていたことに驚きを見せなかったのは資料を読んでいたからだと判断したのだろう。この世界では武の階級は真那よりも上ではあるが、やはり疑惑からかきつい態度が見られる。
「それはすみません。ですが、一度彼女の教官の一人として挨拶をしておかなければなりませんから」
「殊勝な心がけ、と言っておきましょうか」
そう言うと、真那の纏う空気が変わるのを武は感じた。いよいよ本題と言うところなのだろう。
「……貴官が白銀武の名を騙ってまでここに潜り込んだ理由はなんだ?」
やはりそこに食いついてくるか、と武は心の中で嘆息した。疑惑自体は前の世界ほど強くはないのだろう。言葉の端々にあまり強く出れないもどかしさがにじみ出ている。
しかし、このことからやはりこの世界に元々存在していたシロガネタケルは武家と何らかの関わりがあるのは間違いないようだ。
「騙ってなんかいません。俺は正真正銘の白銀武ですよ」
「……とぼける気ですか?」
武の言葉に戎が食いついてくる。
とぼけるも何もないのだ。武はこの世界のシロガネタケルとは同姓同名の別人であるということが戸籍で証明されている。
「あくまで人違い、だと言いたいのか?」
「少なくとも、斯衛に尋問されるような心当たりはありません」
「貴様……っ!」
「よせ、巴!」
武に食って掛かろうとした巴を真那が制止する。巴はもどかしそうに唇をかんだ。
「……ならば質問を変えよう。冥夜様に近づいた目的はなんだ?」
「冥夜に近づいた理由、ですか。そうですね……」
武が冥夜を呼び捨てにしたことに白の三人が怒りの色をあらわにしたが、真那によって再び制止された。自身も怒りを感じているようだが、武が続きを口にしようとしていたためだ。
「近づいたことに理由があるとするなら、それは彼女たちを死なせないためです」
「死なせないため、だと……?」
武の答えに真那がわずかに驚きを見せる。
「そんな戯言を信じると思っているのですか!?」
「我々をバカにしているのか!」
「本当の目的はなんだ!?」
白の三人はまるで信じようとしないが、真那は難しそうな表情で沈黙を続けていた。
「俺は今まで多くの戦友を失ってきました。だからもう、これ以上死なせたくはないんです。だから、少しでも彼女たちが死ぬ可能性を減らせるように、こうして今ここにいます」
「……悪いが、そんなものを信じることはできない」
真那の答えに武が少し残念そうな顔をする。だが、真那の話はまだ終わっていなかった。
「――しかし、それが嘘であるとも断ずることはできそうにない。ゆえに、ゆっくり貴官を見定めさせていただく」
真那の答えに白の三人が息を呑んだ。真那はもっと深く切り込んでいくと思っていたのだろう。武にとっても少々以外ではあるが、戸籍が偽造であること以外にやましいところがないためありがたいことでもあった。それに、
「ただし、その言を違えたときは……覚悟しておくがいい」
と真那が付け足したため、半端な真似はできなくなってしまった。もとよりそのつもりではあったが、他人に、それも真那に言われると存外プレッシャーを感じるものだ。
「月詠!神代、巴、戎!タケルに何をしていた!?」
武が頷くと同時に、冥夜が走ってきた。真那たちのことが気になって戻ってきてしまったらしい。
「冥夜様……」
「タケル、この者たちに何もされなかったか?」
駆け寄ってきた冥夜は心配そうに尋ねた。遠目からでは斯衛に問い詰められているように見えたのかもしれない。まあ、そのとおりではあるが。
「別に、教官として冥夜のことをよろしく頼むって言われただけだよ。……ですよね?」
「……ええ。大尉は冥夜様の教官ですので念を入れてお願いしていたところです」
「それならばよいのだが……」
武と真那がそろってこう言ったので、冥夜はどこか納得のいかなそうな顔ではあったが不承不承頷いた。
「それよりも冥夜様、武御雷のことですが……」
真那は冥夜が武御雷が贈られて来たことに複雑なものを感じていることに気づいており、搬出せよと言い出す前に諌めようとしていた。だが、
「――よい。すでに搬入されたものであるゆえ、搬出せよとは言わぬ。だが、一介の訓練兵には吹雪でも身に過ぎるというもの。いつか武御雷に見合った衛士になるまでは、乗ることはないだろう」
「……感謝いたします、冥夜様。……それでは、私どもは失礼させていただきます」
「窮屈な思いをさせてしまい、すまない。そなたたちの心遣いには感謝している」
「もったいないお言葉……身に余る光栄にございます」
そう言って真那たちは会釈して去っていった。
殿下の心遣いを冥夜がわずかでも素直に受け入れたことに武は驚きを隠せないでいた。もしかすると、武が思っているよりもこの世界は急速に変化していっているのかもしれない。
合同実弾演習への出立を翌日に控える頃、悠平は90番格納庫の床に大の字で転がっていた。二機分の複合ジャンプユニットを荷電粒子砲が使用できる状態まで持っていくことができたため、その開放感に浸っていたのだ。
「荷電粒子砲を一発撃ったくらいなら、問題ないところまでこれたからな……あとは出たとこ勝負で何とかするしかないだろう……」
疲労から来る眠気に抗いながら、悠平はBETA上陸までに行う予定だった項目を頭の中で確認していく。
荷電粒子砲を一発でも打てるようにすること。これは二機分が完了しているため、合計二発まで発射することができるようになった。
オーディンズ用の不知火の搬入と、不知火全機へのXM3と新型関節の実装と訓練。ヴァルキリーズは飲み込みが早かったため、まだ未熟ではあるがすでに実戦でも十分通用する状態にあるらしい。
クリスカの治療は順調だが、今回は留守を任せることになっている。
電磁投射砲は今回は存在を隠すため、代わりの兵装担架には突撃砲と長刀が追加されると聞いている。
ネージュは今日も水月に引っ張られていったらしい。ネージュに会いたい。ネージュを抱き締めたい――
眠気が強くなり、意識が保てなくなる。
完全に眠りに落ちるのはあっという間だったがその瞬間、悠平は唇に何か柔らかいものが触れたような気がしていた。
新たにフラグが立った気がします。
最後の文章で思わずキャーと身悶えてしまう俺は、案外乙女チックなのかもしれない(何
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第十二話「明けの明星」
合同実弾演習前日。そろそろ日が沈もうという頃、ヴァルキリーズとオーディンズ、207訓練小隊と第19独立警備小隊は合同実弾演習のために設営した野営地に到着していた。
帝国軍の基地を間借りするという意見も出ていたが、戦術機に実装している技術の機密性を考えてちょっとした訓練もかねて野営を行うことになったのだ。
周囲は整備兵が慌ただしく走り回り、水月たちもつい先ほどまで着座調整や打ち合わせなどで慌ただしい中にいた。今は賞味期限間近のレーションを食事代わりにしながらヴァルキリーズやオーディンズの面々と雑談をしていた。この場に207訓練小隊とまりもがいないのはA-01の機密性ゆえと、離れたところにある別のテントで細かなブリーフィングを行っているからである。
「……で、アレは何なのよ?」
水月が指差した先にあるのは桃色の幸せオーラの塊だった。
「ほふぅ……」
「はふぅ……」
オーラの中から緩みきったような二人分の吐息が聞こえてくる。
一人は出立直前に紹介されたオーディンズの一人であり、技術者でもある御巫悠平大尉――らしき者だ。緩みきっていて判別が難しいが、おそらく間違いはないだろう。
そしてもう一人はこの二週間、氷のように冷たい表情で水月を毎日秒殺してくれたネージュ・シェスチナ大尉――のはずだ。毎日近接格等戦を挑んでいるのは伊達ではなく、水月は日々強くなっていっている実感があった。にもかかわらず、ネージュは毎日水月を秒殺していく。見ているだけで凍えそうな無表情で毎日毎日。
それがどうだろう。悠平の膝の上に座り後ろから抱き締められているネージュの表情は、まさに春の陽だまりとしか言いようのないほど完全に緩みきっていた。これがあの凍りついたような表情をしていた少女と同一人物だとは到底信じられないほどだ。
「誰かさんが二週間毎日引っ張って行ってたせいでまったく会えていなかったそうだ。今日くらいは許してやれ」
みちるが苦笑いしながら答えた。
技術者でもある悠平は試作機を合同実弾演習に間に合わせるために二週間ほどカンヅメ状態だったらしい。ネージュはそれを手伝いたがっていたのだが、水月によって邪魔されたことで訓練中はずっと気が立っていたのだそうだ。つまり、この二人が今このように周囲に毒を撒き散らしている原因は水月にあった。
「自分に相手がいないからって誰かに八つ当たりするのはどうかと思いますよ」
「なんですってぇ!?」
「と、稲村が思っていました」
「おや、バレはりましたわぁ」
キッと水月が睨みつけるが、小鳥は悪びれもせず正面から受け止めた。幼馴染に武家がいたこともあって、誰に対しても臆することなく接することができる彼女は水月にとっても少々やりにくい相手の一人だった。いつもこの悪びれなさと独特な喋り方で勢いを削がれてしまうのだ。
再び水月は視線を桃色オーラへと向けた。
「ユーヘー……」
ネージュが悠平に甘えるような声ですりすりと頬を摺り寄せている。悠平のほうも見ていて腹が立つくらい幸せそうな表情をしており、見ているだけで胸やけがしそうな甘ったるい毒を撒き散らしていた。
これまで毎日近接格等戦を挑んでいたため水月はあまり実感がないが、ちゃんと戦った場合はネージュよりも武のほうがずっと強いらしい。もっとも、技量の問題というよりは戦術の相性の差らしいが。しかし、そんな武もネージュと悠平のエレメントを相手にするとほとんど一方的に大破させられてしまうという。
(フォローするのがうまいのか、それとも御巫大尉も化け物じみているのか……)
ただ一つわかっていることは、この二人のエレメントが
翌早朝、整備兵が最終チェックに勤しんでいる中、207小隊の面々は強化装備に着替えていつでも機体に搭乗できるよう準備をしていた。
「みんな、準備はできてるみたいね?」
「うむ。見学とはいえこれから正規の軍との合同演習に臨めると思うと、少々気が逸ってしまうな」
冥夜は武人の血が騒ぐのか、どこかウズウズしているようにも見える。もっとも、それはここにいる全員がそうだろう。
「見学といっても、実弾が装填されてるんだよね」
「ええ。だからこれまで以上に注意しないといけないわね」
戦術機には味方誤射防止機能があるとはいえ、事故は起こりえる。乱戦時には特に注意が必要だ。
やがて準備ができたようで、それぞれの機体へ搭乗の指示が出る。これから演習ポイントへ移動するのだ。
「各機、機体のチェックは済んだな?マガジンに弾が入っていなかったり、推進剤が入っていなかったらどうしようもないぞ」
訓練兵を指揮するまりもが注意を促す。まだ戦術機に乗り始めて一週間も経っていないとはいえ、さすがにその程度のことを忘れるようなものはこの中にはいない。
「よし。ではこれより、我々は演習ポイントへの行軍を開始す――」
まりもが移動命令を出そうとした瞬間、けたたましいアラートが管制ユニット内部に響き渡った。
「な、何事なの!?」
「状況を確認する!各機はそのまま待機だ!」
突然の自体に動揺する訓練兵たちにまりもが指示を出した。どうやら緊急事態なのは間違いないようだ。
207小隊の訓練兵たちはみんな、これから起こることに緊張を隠せないでいた。
「――来た!」
やはり、BETAは武たちの知る未来のとおりに今回も侵攻してきた。BETA自体に影響を与えるようなことをしていないため、この事柄に関しては変化の起きようがなかったのだ。
戦域情報を確認すると、BETA上陸予想地点は想定以上にバラけており、輝津薙の不完全な荷電粒子砲では全てを殲滅することは不可能だとわかる。ならばとるべき手段は一つだろう。
「霞、HQにBETA上陸予想数が一番多い二箇所で荷電粒子砲を使用することを伝えてくれ」
「わかりました」
共に輝津薙に乗っている霞がHQへ連絡を取り付ける間に、武は仲間たちと隊の分割について話し合う。と言っても、輝津薙の武と悠平、不知火・改のイーニァとネージュで四人しかおらず、悠平とネージュの二人は少々特殊な位置づけのためどう分けるかは決まりきっているのだが。
「……私は悠平と行きます」
「じゃあタケルと行ってくるねー」
もっとも、そんなものは関係なしにあっという間だが。
「――白銀大尉、少しいいか?」
部隊分けが終了すると、みちるから通信が入った。聞いてみるとBETA上陸時の対応についてだった。
オーディンズは荷電粒子砲を使用した後は各地でそのまま遊撃し、訓練兵である207小隊と第19独立警護小隊は後方の補給地点に布陣することになっている。
「なるほど……では我が隊も二分し、オーディンズ分隊の援護に回すべきか」
「いえ、隊を分けるくらいならいっそ俺のほうについてきてください」
「は……?いやしかし、それでは御巫大尉の分隊は戦力が……」
目を丸くするみちるに武が苦笑する。ヴァルキリーズはあの二人のエレメントはおろか、悠平との訓練すらまだしていないのだ。そう思ってしまうのも無理はないだろう。
一人ずつを相手にするのならば、武はいくらでも勝機を見出すことができる。だが、あの二人がそろった場合、武には一切の勝ち目がなくなる。あの二人が戦術機に乗り始めた頃ならばまだ何とかなっていたが、ここ一年ほどはかすらせてもくれなくなっていたのだ。
だが、その強さの真価は多数の敵を相手にしたときに発揮される。極端なことを言えば、今回戦域に展開する全てのBETAが二人をめがけて集まってきても、多少の時間さえかければなんなく殲滅してみせるだろう。特筆すべきはその尋常ではないコンビネーションによる撹乱能力と殲滅力なのだ。
「あの二人のエレメントは、それほどなのか……?」
「ええ。エレメントに限ったコンビネーション戦闘なら、あいつらの右に出るやつはいませんよ」
悠平によると、XM3を用いた高次元戦闘に熟達したイーニァとクリスカのコンビならば自分たちも危ういかもしれないらしい。謙遜なのか、本当なのかはわからないが。
「攻撃をするな!?温存しろだと!?正気で言っているのか、それは!!」
帝国軍衛士はHQからの指示につい怒鳴ってしまっていた。合同実弾演習で国連軍の部隊がまだ一発しか撃てないという試作兵器を使用する事は聞いていた。だが、実戦になってまでそんなものを使うと言い出すとは思っていなかったのだ。
(指示には従う……が、後方の国連軍はやっぱり何もわかっちゃいない!)
目の前の戦域には千二百ものBETA群が上陸しようとしていた。帝国軍衛士のいる部隊はこのBETA群の上陸阻止を任とされていたが、目の前でそれを見逃せと言われたのだ。その憤りも仕方のないものだった。
戦域情報を睨みつけていると、二機の国連軍機が帝国軍衛士が展開している戦線の近くへやって来ていた。どうやら例の試作兵器とやらを使用するポイントへ移動しているようだ。
帝国軍衛士はその試作兵器を一目見てやろうと思い、望遠でその二機の姿を映し出した。
「なんだ……新型機か?」
一機は国連色に塗りつぶされた不知火だったが、もう一機は見たこともない機体だった。見た目の印象は帝国製よりも米国製のほうが近いだろう。ジャンプユニットは通常のものよりも大きく、あまりバランスがいいようには見えない。
(ハ、ハハ……なんだ、あれは。欠陥機じゃないのか?)
つい嘲笑が漏れてしまう。国連軍はあんなものが使えると思っていたのかと笑ってしまう。
やがて、二機の国連軍機は所定のポイントについたらしく、移動を止めていた。見慣れない機体のジャンプユニットがせり出すように機体の前方へ展開される。
(なんだ?あのジャンプユニットに何かあるのか……?)
そんな疑問は、すぐ後にHQから送られてきた試作兵器の使用に伴う被害想定地域の情報を見て吹き飛んでしまった。
(このエリアに上陸してくるほとんどのBETA群が、有効射程内だと……!?)
信じられない。あれだけの数のBETAの大部分を消し飛ばせるような兵器が存在するのか。
(……いや、そういえば電磁投射砲が数千のBETAを消し飛ばしたって聞いたな。ならその試作兵器ってやつは電磁投射砲なのか?)
そう思っていると、アラートがBETAの先頭集団の上陸を知らせた。BETAはどんどん増えてくる。うじゃうじゃ、うじゃうじゃと次々に上陸していく。
センサーが上陸するBETAの総数を知らせてくる。
百――二百――まだ増える。
五百――六百――これでようやく半分。
八百――九百――どんどん増える。
千百――千二百――おかしい、止まらない。
千五百――二千――さらに増える。
「お、おい……どうなっているんだよ?上陸予測は千二百前後じゃなかったのか!?」
HQからの最新の上陸予測総数を、帝国軍衛士は利き間違えかと思った。
一万二千。
旅団規模どころか、師団規模のBETA群がこの新潟に上陸しようとしていた。
現在展開している部隊だけではとてもではないが食い止めることができない数に、帝国軍衛士は震えが走ってしまった。
このままでは内陸部まで侵攻されるのは確実だろう。それどころか、今日が帝国最後の日なのかもしれない。それ以前に、自分は今日ここで死ぬのだろう。
無力感が帝国軍衛士を侵す中、戦域情報は上陸しようとするBETA群が途切れたことを知らせていた。最終上陸総数は、予測どおり一万二千ほど。
これでは本当に電磁投射砲でもなければ、現在展開している部隊は全滅するだろう。センサーはこのエリアに向かってきているBETAの総数を四千だと言っている。このエリアを任されている帝国軍衛士のいる部隊は一個大隊。とてもではないが戦線を支えきれるものではない。
海中での攻撃で生き残った光線属種もすでに上陸しつつある。今から支援砲撃を要請しても効果は薄いだろう。
(くそっ、国連軍のやつらのせいだ!あいつらさえ余計なことをしなければ……!)
帝国軍衛士は憤りを隠せない。こうなれば試作兵器とやらの使用を待つのは愚策だ。そう判断して部隊に攻撃命令を出そうとしたその瞬間――
例の見慣れない機体から光が弾け、暴力的な力の奔流が迸ったかと思うと、衝撃波が帝国軍の機体を襲った。
「な、なんだ!?何が起こっ――っ!?」
メインカメラに映った光景が信じられなかった。
一面を覆いつくしていた数千ものBETAがその姿を消していた。残っているのはせいぜい千に届くかどうかといったところだろう。
帝国軍衛士は、たった一瞬で三千ものBETAを消滅させた兵器が荷電粒子砲であることを掃討が完了した後に知ることになる。だが今はそんなことは知らず、先ほどまで虚仮にしていたはずの機体が放ったあの鮮烈な光が、人類にとっての夜明けの光になるような予感に囚われていた。
荷電粒子砲の焼き直し回でした。
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第十三話「戦士たちの戦場」
というのも、大まかなプロットは途中まで用意してあったのですが、実は第二部にはいってからは完全にその時その時の勢いだけで書いてます。おかげで構成に詰まることもしばしば……
そりゃペースも落ちますよね。
「やっぱり、ムアコック・レヒテ機関よりもBETAの誘引力が弱い……量子融合でグレイ・イレブンが変質した影響か?」
悠平は想定より引っ張られてこなかったBETA群を見つめながらつぶやいた。このエリアに上陸したBETAはもうすぐ大部分が射程に入る。すでに発射タイミングはこちらへ委譲されているため、いつでも発射できる。
思っていたよりもBETAがバラけてしまっており、荷電粒子砲一発では殲滅し切れそうにない。これは想定以上にがんばる必要がありそうだ。
やがて最大の殲滅効果を期待できるタイミングがやって来る。そして、三千ものBETAが荷電粒子砲の広域放射モードで消し飛んだ。
攻撃半径は広いが射程は短く、拡散してしまうため威力も低下する広域放射モードだが、ラザフォード場を持たないBETA相手なら十分な威力を発揮する。
センサーが残りのBETAを捕捉し、悠平はネージュと共に戦場を駆けはじめた。
一万二千のBETAが二発の試作兵器によって六千まで数を減らしたとはいっても、元々想定されていたのは旅団規模――三千から五千といったところであり、現状の戦力では少々荷が勝ちすぎている。BETAが大きくバラけた状態で上陸してこなければあっという間に内陸部へ侵攻されていたかもしれない。
「ここを通すな!……クソッ、援軍はまだか!?」
「戦闘そのものは優勢ですが、戦線が広がっているせいで各地への増援が間に合っていません!何とか持ちこたえてください!」
そろそろ老齢に差し掛かりそうな男は舌打ちした。 国連軍の試作兵器のおかげで大きく持ち直したとはいえ、戦線は横に伸びきっている。このままではどこが抜かれてもおかしくはないだろう。
倒せど倒せどBETAは次から次へとやって来る。こちらの殲滅力よりBETAの数の圧力のほうが上回っているようで、徐々に押し上げられていく。
「後退しつつ攻撃を続けろ!やつらに距離を詰めさせるな!」
男は仲間に指示を出すが、あまり長くは持たないだろう。網膜に投影された期待の情報が残弾が残りわずかであることを示している。補給のために後退したくとも、代わりにこの場を支えられる部隊が近くに存在しないのだ。
残弾が乏しくなってきたことで制圧力が低下し、BETAの進軍速度が上昇する。
(これまでか……!?)
男が死を覚悟した時、後方から心強い音の群れが響いてきた。
「――支援砲撃!間に合ってくれたか!!」
一瞬、男は安堵する。だが、BETAの後方から迸った幾筋ものレーザーによって大部分の支援砲撃は無力化されてしまった。
虚を突かれた衛士たちはBETA群から何体かの突撃級が飛び出したことに気づくのが遅れてしまった。
「きゃぁぁあああああっ!?」
突撃級を回避し損ねた仲間の撃震が轟音と共に右半身を千切り飛ばされながら倒れた。管制ユニットは無事なようだが、これでは離脱することもままならない。
BETA群を見ると再び何体かの突撃級が飛び出すのが見えた。その先にあるのは右半身を失った撃震。
あの撃震の衛士である女性は、近々結婚が決まっていたはずだ。もはや老いぼれともいえる己とは違って未来に希望がある。その未来が今、失われようとしている。
男は突撃砲の銃口を突撃級へと向け、トリガーを引く。しかし、響くのはカラカラという情けない音だけだった。
「こんな時にっ……!?」
予備のマガジンはもうない。男は弾倉の尽きた突撃砲を投げ捨てながら突撃級へ向かって機体を全力噴射させた。
「させるかよぉぉぉおおおおおおっ!!」
倒れた機体を突撃級が轢き潰そうとする瞬間、男は左肩から全力で体当たりすることで突撃級の軌道を逸らすことに成功した。
だが、左腕はその衝撃で千切れ飛び、装甲が歪んだらしく胴体部分の動きが明らかに悪い。
「隊長……!」
「今のうちにベイルアウトしろ!ここは俺が支える!――山口!金村を回収してやれ!」
男は仲間に指示を飛ばすと、残った右腕で倒れていた撃震の突撃砲を拾い上げて構える。
「こいつらの未来は奪わせねえ!!これ以上奪わせてたまるか!!」
仲間が倒れた機体から衛士を回収して後退するのを確認しつつ、突撃砲を近づいてくるBETAへ向けて連射する。
要撃級、戦車級、要撃級、要撃級、戦車級、戦車級、戦車級、要撃級――次々に打ち抜いていく。しかし、その猛攻はすぐに続かなくなった。
残弾が尽いた突撃砲を捨て、兵装担架の長刀が右肩へせり上がる。
「……やっぱり、最後は刀だよなあ、日本人ならよ」
そう言い、男は長刀を握ろうとする――が、撃震の右手は長刀の柄まで届かない。
「――っ!?右肩のフレームまでやられちまってたのか!?」
何度やっても、撃震の右手が長刀の柄まで届くことはなかった。
仕方なく、男はナイフシースから短刀を右手に装備する。上がらない腕ではほとんどまともな攻撃はできないだろうが、何もしないままで終われないのだ。
「せめて、あいつらが後退する時間くらいは稼がねえとな」
残った仲間たちが男の言葉に同意する。
「――行くぞぉぉぉおおおおっ!!」
男が短刀を片手に疾駆する。腕が上がらないならば上がらないなりに戦いようはある。
要撃級の攻撃を回避した男はそのまま回避時の回転運動を利用し、
短刀で重要器官を切り裂かれた要撃級は地に倒れ伏し、男は次の獲物へと機体を疾走させる。
「元斯衛を、舐めんじゃねぇぇえええっ!!」
仲間たちが残り少ない残弾の突撃砲でBETAを食い止める中、男は腕の上がらない機体で次々にBETAを駆逐していく。男の意地から来るその戦いぶりは、かの紅蓮大将を髣髴とさせるほどすさまじいものだった。だが、それも長くは続かない。
「――チッ、右腕も完全にイカれちまったか」
撃震の右腕が脱力し、短刀が鈍い音を立てて地面にこぼれ落ちた。だが、男の目はまだ諦めてはいなかった。
「――腕がダメなら足。足がダメなら体全体で行きゃあいいんだよ!」
そう言って男は再びBETAの群れへ挑もうとする。しかし、それは阻まれた。
「それは次の戦場に取っておいてください!ここは俺たちが支えます!」
若い男の声が耳に届くと同時、とてつもないスピードで目の前を見たこともない戦術機がBETAの群れへと跳ねて行った。あれではレーザーの的になると思った瞬間、目を見張る光景が繰り広げられた。
「レーザーを、回避した!?」
それも一度ではない。都合五度のレーザー照射を回避したその機体は、そのまま後方にいた光線属種を食い尽くしにかかる。その神業に見惚れそうになると、男の隣に降り立った青い不知火が、近づいてくるBETAの駆逐を開始した。
「おじーちゃん、ここで死んじゃだめだよ」
耳に不知火の衛士と思われる少女の声が響く。不知火はその間もすさまじい速さでBETAを食い尽くしていく。
「ここは我々に任せて後退してください。ここから五キロ下がったところに補給コンテナが敷設してあります」
今度は若い女性の声が聞こえると同時に十一機の青い不知火が戦場へと飛び込んできた。合同実弾演習をする予定だった国連軍だ。
不知火たちは男がこれまで見たこともないほど伸びやかな機動で次々にBETA群を殲滅していく。
先ほど光線級吶喊を行った機体もBETAの後方から単機で無数のBETAを屠りながら戻ってくる。その機動はこの場でもっとも激しく、重力を無視するかのように変則的で、しかしとても洗練されたものだった。こんな戦闘機動が存在したのかと男は感動すら覚えていた。
「……スマン!ここは頼む!」
男はそう言うと仲間たちに後退の指示を出した。補給を済ませ、機体を調達したら再び戦場へと舞い戻るために。
ある戦域にはまったく帝国軍の姿はなく、しかし、無数のBETAが次々に肉塊に変えられていっていた。
このエリアはもっとも上陸したBETAが少ないエリアだった。ならば、ここに帝国軍を配置しているのははっきり言って無駄である。その分を他の戦域へまわしたほうが助かる者も増えるというものだ。
大型種、小型種関係なくBETAに砲弾が浴びせられていく。接近してきた要撃級や突撃級は次々に切り裂かれていく。
たった二機の戦術機だけでこの戦線を支えられている理由の一つは、意図的に抗重力機関の出力を上げることでこのエリア全体のBETAが誘引されているからだった。
「輝津薙の通常出力じゃBETAの誘引力はあってないようなものということか。でも、こういう状況にでもならない限りは特に誘引する必要はなさそうだな」
そうつぶやく悠平は、この数週間で急速に培われた特異な集中力を発揮していた。
全ての砲弾がただの一発も余すことなくBETAへ叩き込まれていく。正確に、確実に。
こんな芸当ができるようになったきっかけは、一週間分の作業を一日で終わらせたことにある。あの不思議な状態を体験して以降、悠平は集中し始めると周囲の速度が低下していくことに気づいた。集中力が増せば増すほどに周囲の速度は低下していき、これほどのBETAの大群であってもほとんど止まった的にしか見えなくなっていく。
悠平にそのように見せているものの正体は、思考加速。死に至る危険が迫った時に周囲の光景がスローモーションに見えるという現象を意図的に引き起こしているのだ。
(加速しろ、もっと早く、限界の先へ――とか言いたくなってくるな)
かつていた世界で見た物語に出てきそうな台詞に、悠平が苦笑する。その時間は実時間として0.01秒。千倍の思考加速とまでは行かないまでも、百倍の思考加速を悠平は制御していた。
これも二週間近くに及ぶ荷電粒子砲修復の際に制御の訓練を試みた結果だった。そのおかげで思考だけならばいくらでも加速できそうな気がしているが、肉体制御も同時に加速すると体力の消耗は相当激しいものになることがわかった。あの日の記憶が曖昧になり、その後丸一日眠っていたのはそれが原因だった。むしろそれだけで済んだともいえるが。
だから今悠平が行っているのは思考加速だけであり、肉体の速度はそのままなのだ。非常にもどかしいものがあるが、戦闘中に倒れるわけにもいかないためしかたがない。
悠平は0.2秒だけネージュへと意識を向けた。
ネージュの長刀捌きは鋭く、美しい。まるで氷の刃のようだ。その機動も武人のような荒々しさよりも、舞のような艶やかさが見える。
悠平はネージュをフォローし、ネージュは悠平をフォローする。BETAの中心で舞い踊る二人。その光景はおよそ現実のものとは思えないものだろう。
それゆえにというわけではないが、二人は己に
悠平とネージュは舞い続ける。弾が尽きればアポーツで近くの補給コンテナから取り寄せ、BETAが寄り集まってくる限り、えもいわれぬ光景を作り出し続ける。
圧倒的だった。気圧されていた。
冥夜は初めて触れた戦場の空気に、BETAと戦う戦士たちの気迫に、そして戦場がもたらす恐怖に呑まれかけていた。
前線からボロボロになった機体が戻ってくるたびに肝を冷やし、戻ってくる機体から時折BETAに手足を食いちぎられた衛士の呻きが聞こえるたびに震えた。
(これが、戦場……これが、タケルや教官たちのいる世界……)
そばにはまりもや真那たちがついているにもかかわらず、恐ろしい。だが、それと同時に戦わなければという思いに駆られる。
戦え。戦わなければ、何も守れない。そんな思いに突き動かされそうになる。
(戦えないということが、これほどまでにもどかしいと思ったことはない……!)
冥夜たちはまだ訓練兵だ。本来は横浜基地まで戻されてもおかしくないものだが、この指揮所の手前に布陣することを許されている。だが、まだ前へ出ることは許されていないのだ。
(もっと強くならねばならん……もっと、あのような者たちを少しでも減らせるよう、強く……っ)
冥夜はもどかしさに奥歯を噛み締めた。
網膜に投影される小隊の仲間たちもまた自分と同じように感じていることに気づき、冥夜はこれまで以上に仲間たちを大切に思える気がした。
戦いの音は、まだ鳴り止まない――
かっこいいロートルってなんかいいよね。
悠平がまた新たな能力に目覚めていました……最初はただのシュールギャグ?だったはずなのに……
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第十四話「フェアリーテイル」
ヴァルキリーズは武の分隊と共に戦線を縦横無尽に駆け回っていた。
ある時は瓦解しかけた戦線を補強し、ある時はBETAの撹乱と殲滅のためにBETA群の中へ突っ込み、ある時はベイルアウトした衛士の保護を行っていた。
その中でも特に異常なのが、近くで光線属種が確認されるたびに光線級吶喊を繰り返す武とイーニァの存在だった。二人はその異常ともいえる機動と反応速度で次々にレーザーを回避し、光線属種を食い散らかしていった。たとえ光線属種がBETA群の壁に隠れた後方にいたとしても、まるで障害など何もないかのように飛び越え、光線属種を確実に葬っていくのだ。もしかすると今回の上陸後に確認された光線属種の半分近くはこの二人が平らげたかもしれない。そんな戦闘機動を見せられると、シミュレーター訓練ではかなり手加減されていたことを水月は思い知らされていた。
(あの新型も、ジャンプユニットなんかほとんど使っていないのに何なのよ、あの機動は!?)
武が乗っている新型機――輝津薙は重力制御による機動を可能とし、ジャンプユニットなしでもそれなりの機動性を発揮できるのだという。事実、武は要所要所で一瞬だけ噴かす程度にしかジャンプユニットを使用していない。推進剤もまだたんまり残っているだろう。
その上あの機体には荷電粒子砲なんていうとんでもない試作兵器が搭載されている。これまでの戦術機では考えられないような可能性を秘めている機体である。
だが、希少物質を用いていることによる極端な生産性の低さや特異な機体特性からほぼ完全な専用機であると同時に概念実証機となっており、今後も量産されることはないという。実に悔しい話だ。
(そういえば、もう一機の輝津薙に乗っている大尉さんも、相当異常みたいなのよねぇ)
水月は次の戦場へと駆けながら、ある戦域をたった二機で支えているという情報に耳を傾けた。
ネージュの近接格等戦は異常なほど強いということは散々思い知らされていたが、それでも上陸したBETAが一番少ないエリアとはいえ、たった二機で戦域を支えられるような人外ではないと感じていた。悠平のほうも話を聞く限りでは、化け物じみてはいてもそんな芸当ができるほどとは思えない。武の言うようにコンビネーションが異常なのだろうか。
(それでも戦線から一匹も逃がさずに支えているなんて、
抜け出た小型種の掃討を目的に展開している機械化強化歩兵部隊の報告によると、周囲のBETAが二機の舞に魅せられたかのように群がり、磨り潰されていく様はとてもこの世の光景とは思えないものだそうだ。不思議なことに兵站が底を尽く様子もないという。
水月は見せ場を持っていかれたような悔しさに苦虫を噛み潰したような気持ちになっていたが、ピンチに颯爽と現れてBETAを殲滅して回る自分たちもまた
そんなことを考えている間に次の戦場へと辿りついたヴァルキリーズと武の分隊は、ここでもまた
損耗率二割。それがこの防衛戦における衛士の損耗率だった。
五千前後という当初の予測を大きく超えた一万二千ものBETA群が上陸したにしてはあまりに少ない損耗率といえた。本来ならば七割以上の損耗率をたたき出すどころか全滅してもおかしくなかったこの戦闘で、その立役者となったのは一個中隊半にも届かない国連軍の精鋭たちだった。
荷電粒子砲という光の剣を携え、多くの者たちを死から救っていった彼らの存在はまるでおとぎ話のように少しずつ広まっていった。
真那は冥夜たちの警護をしながらその報告を聞いたとき、戦慄と高揚を同時に感じていた。もしかしたらこの日本で人類を救う救世主が誕生したのかもしれない。それほど圧倒的な戦果をオーディンズとA-01は挙げていた。
特にすさまじいのはやはりオーディンズだ。
わずか二機で一つの戦域に展開していたBETA群をほとんど全滅させてしまった悠平とネージュは言うに及ばず、A-01と共にあちこちの戦場を駆け巡っていた武とイーニァもまた異常なスコアをたたき出していた。
白銀武――撃破数、3768。
御巫悠平――撃破数、4021。
イーニァ・シェスチナ――撃破数、687。
ネージュ・シェスチナ――撃破数、488。
最初の荷電粒子砲で六千ものBETAを消し飛ばしたことを抜きにしても、オーディンズだけで残りの約半数のBETAを殲滅していた。
このことを知ることができたのは、オーディンズはA-01と違って隊員の名前に機密性はなく、作戦指揮官から許可を求められた夕呼が撃破スコアの公開を許可したためだ。
公開された情報には、ヴァルキリーズとオーディンズには新概念のOSが搭載されている旨とそのアピールも含まれていた。
新OSを搭載しているがためのこの戦果ではあるのだろうが、A-01とオーディンズの条件がほぼ同じことを考えると技量も相当なものだということがうかがい知れる。
(この日本にこれほどの腕を持つ衛士が存在していたとは……っ)
二人ほど明らかに日本人ではない名前が見られるが、帝国軍や斯衛にもこれほどの腕を持つものはもしかしたらいないかもしれない。真那自身も対戦術機戦闘ならばそう簡単に負けない自信はあるが、BETAの殲滅という点では勝てる気がしていない。隊長である武に疑惑があるのが惜しいくらいだ。
(――いや。もしあの男の疑惑が晴れ、身の潔白が証明されたら……)
それを確かめるためにはこれからも武を注視し、見極める必要があるだろう。あるいは何らかの大きな功績を世界に示した時は、その正体に関係なく――
(……それを考えるのはまだ早計か。しかし、もしそうなるとすれば、殿下に上申してみるのもいいかもしれんな)
真那はそんなことを考えながら、周囲を油断なく見つめ続ける。すでにBETAの掃討はほぼ完了しているとはいえ、何が起こるともわからないのだから。
帝国軍本土防衛軍が二千のBETAを倒す間に武たち――オーディンズとA-01は四千のBETAを倒した。帝国軍には損耗が出たにもかかわらず武たちは一機も小破以上の損傷を受けた機体はなかったことから、その戦闘力の差は明らかだ。それは新OSの優位性や衛士の能力差が如実に現れた形と言えよう。
「つまり、私たちはまだまだ使いこなせていないってことね……」
ハンガーのキャットウォークに降り立ちながら、千鶴は肩をすくめた。
「うむ。あとで戦闘の記録映像を見せてもらえることになっているが、おそらく今の我々とは次元が違うのであろうな。精進せねば……」
「……私たちだってこれから」
先に下りて集まってきていた冥夜と慧が悔しそうに口を開いた。あの戦いで自分たちの無力感を強く感じているようだ。
「大丈夫だよ。ボクたちは神宮司教官とタケルに教わってるんだから」
「あ、でも、他のオーディンズの人の機動も見てみたいです。タケルさんに聞いた話だと、みんな機動の特徴が違うみたいだし」
「そういえば、長刀の扱いに長けている者がいると聞いたな。私はその者の機動を見てみたい」
「ホラホラ、こんなところで喋ってないで、はやくブリーフィングルームに行きましょう。教官が待っているわよ」
興奮冷めやらぬ様子の仲間たちに、千鶴が隊長らしく注意を促す。遅くなるとまたまりもに注意されてしまう。
千鶴たちはまりもが待つであろうブリーフィングルームへと向かって歩き出した。
「まさか、これほどのものとはな……」
巌谷がBETA新潟上陸時の戦闘報告を見ながら。
荷電粒子砲の威力は言わずもがな、新OSを操る精鋭たちの活躍は本土防衛軍を遥かに圧倒していた。もっとも、その報告はどれもおとぎ話でも読んでいるかのように現実味のない内容だったが。
「その辺りは後で届く戦闘記録映像を見ればはっきりすることだな」
二機の国連軍機にBETAが吸い寄せられるように集まっていった結果、その二機だけで一つの戦域を支えきって見せたという報告には衛士として興味が湧き、国連軍の精鋭たちが見せたという異常ともいえる機動性には開発局副部長として興味を引かれた。BETAが誘引されたというのはおそらく、例の試作機によほど高性能な演算装置を搭載しているのだろう。普通はそのような状況になれば即座に後退するべきだが、この二機は誘引された周囲のBETAを全て殲滅してしまった。恐ろしい腕だ。
新OSについては近く横浜基地に駐屯している斯衛の小隊に実装し、どれほどのものかを実際に確かめることになるらしい。新OSが本物だとしても、帝国軍に新OSが回ってくるのはまだしばらく先のことになりそうだ。
「これは、唯依ちゃんに早く戻ってきてもらいたいところだな……」
巌谷は唯依にも新OSのテストを受けてもらいたいと思っていた。よく知らない誰かよりも、よく知っている唯依の感想を聞きたいのだ。
また、横浜基地にいれば他にも面白いものに早くありつけるかもしれない。そんなどこか子供のような考えをしている巌谷は、間違いなく戦術機バカだった。
幸いXFJ計画はすでに問題を解決し、あと二週間ほどでこちらへ戻ってくることができそうだという連絡もあった。横浜の魔女から不知火・弐型への換装パーツの発注を早くしたいという催促が来ている。唯依が戻ってくれば、すぐにでも先行量産された換装パーツと一緒に派遣できるように準備しておくべきだろう。
それに、あの魔女が不知火・弐型をどう使うかも気になる。悪名高い横浜の魔女ではあるが天才でもある彼女の不知火・弐型の使い方次第では、今後の帝国での不知火・弐型運用の参考になるかもしれない。
巌谷のこの打算や計算は全て戦術機関係に発揮され、政治方面ではまるで発揮されない。頭の中は戦術機のことでいっぱいの戦術機バカであり、数少ない例外の一つが唯依のことなのだ。
「唯依ちゃん、元気でやっているだろうか……」
報告書を読みながらも、彼は今日も戦術機のことと唯依のことを考えてすごしていく。
なんだか妙なフラグ(略
今回はあまり書く内容が思いつきませんでした……まぁ、三回連続新潟防衛だったし、いい加減次に行きたかったし、いいか。
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第十五話「暗躍する者たち」
BETAの新潟上陸から五日が過ぎ、荷電粒子砲の修復を完了させた悠平は悠陽と再びレシーバーを用いた顔を合わせない会話を行っていた。
「……驚きました。まったく信じていなかったわけではありませんが、本当にかようなことが起こるとは」
悠陽は神妙そうに口を開いた。
「あの日、国連軍との合同実弾演習がなければ帝国軍は多大な被害を出していたことは間違いありません。もしや、あれはそなたが?」
「そうです。帝国軍の戦力を少しでも低下させないために、俺たちが直接出向きました」
「では、あの新型か不知火にはそなたも……っ?」
悠陽が驚いた声を上げた。まさか前線に直接出てきていたとは思っていなかったのだろう。だが、帝国軍を少しでも多く守るためには悠平たちが直接出るほうが確実だったのだ。
「これで俺の素性はもう大方バレたようなものですが、これで俺が未来見てきたという話に信憑性が出てきたと思います」
悠平はあえて信憑性という言葉を使った。たった一度未来を言い当てた程度ではまだ偶然の可能性もあるためだ。
「そのようですね。ですが、そなたは一体どのようにして未来の情報を……?」
「……俺は数年後の未来でG弾の爆発に巻き込まれ、様々な偶然が重なった結果、過去に飛ばされました」
「――っ、G弾が……」
悠陽が息を呑む。G弾が使われたことにか、G弾がもたらした結果にか、あるいはその両方にか。
その未来ではオルタネイティヴ4が完遂されていること、米国の保有するG弾を接収することに成功していること、ハイヴ攻略作戦中に一人の人間が隠し持っていたG弾によって過去へ飛ばされたことを悠平は話していく。
「重力異常というのはつまり、時間や空間が歪むということでもあります。それを突き詰めれば――」
「過去や未来につながる穴のようなものが開くこともありえない話ではない、ということですね……」
悠平は肯定した。実際にはもっと複雑に絡まりあった要因があるが、今悠陽に説明しても混乱させるだけだろう。
「……さて、それじゃあ榊首相が殺されるという未来について詳しく説明します」
「……お聞きします」
悠平が未来で起きた12・5事件――沙霧大尉の起こしたクーデターについての概要を話し終え、レシーバーを回収するのを待って霞は口を開いた。
「あの人はあなたが感じた以上に未来のことを信じているみたいです」
「口がうまいなんてことはないはずだけど、よく信じてもらえたなとは思うよ……」
悠平が苦笑すると、霞は首を横に振った。
「ユウヘイさんの言葉には、どこか重みがあります。あの人はそれを感じているんです」
霞は悠平をまっすぐ見つめながらそう言った。
「……そっか。わざわざ確認してもらうために来てもらって悪いな」
「いいえ。私も、気になっていましたから」
今回、霞は悠陽に自分たちのことを明かすタイミングを計るために悠平についてきていた。悠平が悠陽に未来を言い当てた理由を明かしたのは、霞のリーディングによって悠陽がどれくらい信用しているかを確認したからなのだ。
少々ズルいとは思うが、タイミングを誤るわけにはいかなかったため霞も進んで協力を買って出たのだ。
「本当ならクーデター阻止のためにもっとしっかり話し合いたいところだけど、あまり長居するとこの場所でも見つかるかもしれない。今日はここまでだな」
「はい」
霞は頷き、悠平の袖を握った。
次の瞬間には周囲の景色は一変し、帝都の町並みが一望できる場所へと移動していた。おそらくビルの屋上なのだろうが、霞はそれよりも気になることがあった。
「……?」
霞は手レポートする瞬間、悠陽の心の色を見た気がしていた。その色は――
(あれは、決意の色……?)
「ん、どうしたんだ?」
悠平は霞が何かを気にしていることに気づいたらしく、声をかけてきた。どうやら少しぼうっとしてしまっていたらしい。
「なんでもありません。早く戻りましょう」
霞は悠平を促した。
その色はテレポートする瞬間に見えた気がしただけであり、気のせいかもしれない。もし正しいとしても、一瞬だったため一体何に対する決意かも定かではないため判断がつかないのだ。それならばあまり気にしすぎても心配をかけるだけだろう。
それに、横浜基地では武が待っているのだ。あまり遅くなってはそれこそ心配をかけてしまう。
アメリカ政府はオルタネイティヴ4――夕呼からのXG-70接収要請を議題に会議を行っていた。
もともとは00ユニット完成の目処が立ち次第XG-70を全機横浜基地へ移送するという交渉を行っていたが、夕呼が追加の交渉を出したことで状況が一変したのだ。
「まさか、このようなものが現れるとは……」
会議室の一席に座る男が難しそうな表情で画面を見つめながらつぶやいた。画面に映っているのはBETA新潟上陸時に横浜基地から出撃していた試作機だった。
試作機は腰部のユニットを前方へ展開すると、まばゆい光の奔流を吐き出し、数千ものBETAを一瞬で消し飛ばした。
「これは間違いなく荷電粒子砲だぞ」
「ではこの戦術機には本当に抗重力機関が……?」
「いや、これだけであの女が抗重力機関を独自に完成させたと考えるのは早計だ」
「他に情報はないのか?」
会議の喧騒の中、一人の男が一歩前へ出た。その男は戦術機開発メーカー・ボーニングの人間であり、今回の議題に関して意見を聞くために召喚された技術者だ。
「この試作機は以前、ミス・ユウコの使いとしてユーコン基地に姿を見せています。その時、それを目撃した我が社の技術者の報告によれば、ジャンプユニット使用することなく中へ浮かび、重力を無視するかのようにそのまま衛星軌道へ昇っていったということです」
会議室内がどよめいた。戦術機を単独で衛星軌道へ飛ばすなど、未だなしえるものではない。よしんば単独で打ち上げることができたとしても、二度の大気の摩擦に機体が燃え尽きてしまうのがオチだ。
「それを可能とするには重力制御によって大気との摩擦が発生しない速度で大気圏からの離脱・再突入を行うか、ラザフォード場による保護を行うしかありません。つまり、どちらにせよ抗重力機関を搭載していなければなしえないことになります」
「……あの女が独自に抗重力機関を作り出したのは確実、ということか」
「ちょっと待て、ラザフォード場の制御はどうなっている!?HI-MAERF計画では結局欠陥を解決することはできなかったのだぞ!?」
「もしや00ユニットが完成したと?」
「バカな。完成したのならばそう公言しているはずだ」
「では、なんらかの制御システムはすでに完成している、ということか」
「それで、例の交渉内容はどうするのだ?」
それまでの喧騒はその一言で嘘のように静まり返り、会議室は重苦しい空気に包まれた。
夕呼が提示した新たな交渉内容。それは試作機に搭載された新型の抗重力機関をXG-70用に改良し量産するために、アメリカが保有するG弾の供出をするというものだ。
米国――その中でもオルタネイティヴ5を支持する者たちにとって、G弾は必要不可欠な兵器だ。それを差し出せと言われてハイどうぞ、と差し出せるものではない。
しかし、オルタネイティヴ4がすでに独自に抗重力機関を開発し、荷電粒子砲を実用化しているということは非常に大きな意味を持つ。
何よりも、この試作機に搭載されている抗重力機関はムアコック・レヒテ型とは違ってグレイ・イレブンを燃料として消費せず、抗重力機関の製造に必要なだけだという。つまり、一度作ってしまえば壊れるまで使い続けることができるのだ。これをXG-70に搭載すれば、G弾による重力異常を起こすことなく大陸を取り戻すことも可能だろう。
だが、そのためにはG弾という究極の兵器を手放さなければならない。そして、彼らが抱えるジレンマはこれだけではない。
夕呼は、最悪の場合は独力でXG-70に変わる戦略航空機動要塞を開発すると言ってきていた。新型の抗重力機関と荷電粒子砲。そしてラザフォード場の安定制御が可能になったのならば、それも可能だろう。国連上層部も本来の目的とは多少ズレてはいるものの、それほどの成果を出したのならば戦略航空機動要塞の開発のためにオルタネイティヴ4をそのまま続行することも考えられる。
だがその場合、XG-70を使ってもらえなかったアメリカは恩を売るどころか夕呼に見限られたと各国に判断される可能性すらある。それはアメリカにとって不利益にしかならないことだ。
「ならばどうする?おとなしくG弾を差し出すか?」
「いや、ダメだ!あれは我々にとって唯一の希望!やすやすと引き渡すわけにはいかん!!」
「それならば、まずは元々の要望どおりXG-70を提供してやって成果を確認してからでもいいのではないですか?」
「なるほど……確かに、本当にそれが使えるとは限らんしな」
「だが、我が国の資産をそう簡単に渡してしまうのは……!」
「では、今少しは様子見ということでよろしいのでは?元々00ユニットが完成するまではそうするつもりだったわけですし」
「うむ。成果が出ればG弾を提供する代わりにその抗重力機関を現物で要求することも可能だろう。そうなれば我々がXG-70で大陸からハイヴを排除し、ユーラシア全土をアメリカの属国にすることも夢ではない」
「制御システムについても、今は当時よりも遥かに演算能力が向上している。あのような小国にできることならば、我々にできぬことではない」
会議の喧騒は急速に纏まりだした。彼らはアメリカこそが世界の盟主であり、今日もアメリカの利益のために行動している。
「わざわざ成果が出るのを待つだと?生ぬるいことを……それであの小国が調子付かせることになっては元も子もないではないか」
会議に参加していた男の一人は、己の執務室で苛立ちを吐き出した。
「そう言うな。やつらの考えも一理はある」
男の苛立ちに言葉を返したのは、モニターの向こうにいる青年だった。青年は椅子に身を預け、頬杖をついている。
「だけど、確かに生ぬるいな……成果が出るまで待つもなにも、もう成果は出ている。なら、さっさと手を打ってしまえばいい」
「……と、言うと?」
「そうだね……忠告がわりにあの基地を爆破でもしようか。それでだめなら、例の仕掛けを使って第四計画ごと接収してしまえばいい。そうすれば完成品もデータも手に入るし、すべての栄誉をアメリカのものにできる。あの国には身の程と言うものを知ってもらわないと」
「ああ。やはりあの小さな島国ごときに世界の命運を託すのは間違っている。我々、アメリカこそが世界を導く盟主にふさわしき国だ」
そう言って男は息巻いた。
そもそも、日本がオルタネイティヴ4を誘致したこと自体が気に食わないのだ。おとなしくアメリカへ隷属していればいいものを、榊首相が存在するせいでそれも思うようにいっておらず、ずっと歯がゆい思いをしていた。
だが、それも例の仕掛けが片付けてくれる。もう少しの辛抱だった。
早くユウヤとの合流まで書きたいなー。
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第十六話「悠」
「それで、XG-70用のミカナギ型の製造は順調なのかしら?」
夕呼が椅子に体重をかけながら悠平に尋ねた。
「基幹部分は概ね完了。あとはジェネレーター部分を組み上げれば完了で……ふぁぁ……」
悠平は大きなあくびで説明を中断した。BETA新潟上陸からかれこれ一週間ほどまともに睡眠を取っていないのだから無理もない。
だが、その甲斐あって悠平でなければできない作業はほぼ完了していた。明日は丸一日休養にあてるのもいいだろう。
「――ということで、明日は休みますからそのつもりでいてください」
「やることをきっちりやってくれたのなら、別にかまわないわよ。倒れられても困るんだし。それで――」
アンタのほうはどうなの?と言って夕呼は武のほうへ目を向けた。
「A-01はやっぱりさすがですね。XM3をもうかなり自分のものにしてきています」
「それ、アンタが言うと嫌味に聞こえるわよ?」
「嫌味って……単に使ってる年月の差ですよ」
武の報告によれば、前の世界で悠平たちが行っていたような三つ巴の高機動近接戦訓練はまだ難しいものの、XM3を使い始めた当初の武のような機動はほぼ完全にものにしたという。つまり、反応の遅れや判断ミスさえ起こさなければ、当時の武のように単機で二十以上の要塞級を足止めすることができるということだ。
「207小隊のほうは、やっぱり先入観がない分かなり習熟が早いですね。操縦技能だけでいえば、A-01の先任少尉と同等近いと思います」
悠平とネージュもそうだったが、XM3の習熟はやはり先入観がないほうがかなり早いらしい。だが、それだけではまだ足りない。状況判断能力や連携は戦術機に乗り始めて一ヶ月も経っていない状態では任官にはまだ足りないと言わざるを得ないだろう。
幸いと言っていいのかわからないが、今回は悠平が前の世界から持ち込んだ技術だけでオルタネイティヴ4の継続を期待できるらしい。反応炉からの情報漏洩にさえ気をつければ、まだ時間は十分にあると言えるだろう。
翌日、残りの作業を他の技師たちに任せた悠平はネージュを抱き枕にして惰眠を貪っていた。水月に付き合わされて休日返上で訓練を続けていたネージュも少なからず疲労がたまっており、タイミング的にも丁度良かったのだ。
だが、布団の中でネージュの柔らかい体とほのかに甘い香りを堪能していた悠平は部屋に駆け込んできた闖入者によって叩き起こされることとなった。
「たっ、たたた大変だ!起きろ御巫っ!!」
「んー……なんだぁ……?」
「…………」
悠平は眠そうに目を擦り、ネージュは不機嫌そうに薄く目を開いた。時刻は昼前であるため、起きることに支障はないが、もう少しゴロゴロしていたかったのだ。
「寝てる場合じゃないぞ!?いいから早く起きてくれ――って、ス、スマン!!」
武は布団を剥ぎ取ろうとしたと思ったら、勢いよく後ろを振り向いた。どうやら布団を剥ぎ取る直前にネージュが何も着ていないことに気づいたようだ。
悠平は武が後ろを向いている間にネージュに着替えを促し、その間に何が起きたのかを尋ねた。
「まあ、そうなのですか。ふふっ、話に聞いていた以上なのですね、あの者は」
「み、御剣訓練兵は十分によくやっているかと思います……」
来賓の対応を行う応接室の入り口に慌てて駆け寄った悠平の目に映ったのは、変な汗を流しながら賓客の応対をしているまりもの姿だった。だが、それも彼女を相手にしていたのなら仕方のないことだろう。
「で、殿下……っ!?」
まりもが応対していたのは、服こそ普通だが紛れもなく煌武院悠陽殿下だった。
「また間違えられてしまいましたか。わたくしの名は御剣悠と申します。ここで訓練を受けている御剣冥夜の双子の姉であり、御剣家の隠し子です」
悠陽――悠の言い分はこうだ。悠は生まれつき体が弱く、早世するのは確実と言われていた。そのため、冥夜が気に病まないようにと生まれてすぐに引き離され、冥夜は存在を知らされずに育ってきた。
しかし、ここに至って余命幾許もなくなり、命尽きる前に一度でいいから冥夜と顔を合わせて話をしたくてこうして出向いてきたのだという。
「この世には自分と同じ顔をした人間が三人いると聞きます。殿下とそっくりというのは余命幾許もない身としては誇らしくもあり、申し訳なくも思います」
あまりに堂に入ったその物言いに悠平たちはあっけにとられ、護衛としてついてきていた斯衛が演技過剰気味にハンカチで涙をぬぐっていた。
「おいたわしや、殿――悠様……不肖、この月詠真耶が最期までお供いたしますっ!」
少々怪しいところはあるが、意外と演技ではないのかもしれない。
お互いに自己紹介を終えて、悠平たちは悠を連れて冥夜をあらかじめ呼び出していたB17フロアの特殊会議室へと訪れていた。
「――っ!?で、殿下っ!?」
悠が部屋へ入ってくるのを見て冥夜は目を丸くしていた。決して会うことはないと思っていた双子の姉が横浜基地へ冥夜に会うためにやってきたのだから当然だろう。
「盗聴器の類は?」
「くまなくチェック済みです。問題ありません」
真耶の目は、本当によろしいのですかと問うようだったが悠は静かに頷き、冥夜に向き直った。
「……こうして言葉を交わすのは、生まれて初めてですね、冥夜」
本来なら許されない悠――悠陽の姉としての態度に冥夜は驚きを禁じえず、どう振舞えばいいのかわからずに混乱しているようだった。この場に悠平たちがいたのもその一因だろうが、悠陽と真耶はこちらがすでに知っていることを承知しているため、まるで気にしていないことも冥夜の混乱を助長させていた。
そんな冥夜を悠陽は優しげな目で見つめ、持参したものを冥夜に手渡した。
「これは……」
「そなたとわたくしが赤子の頃、わずかな時とはいえ共にあった証です」
冥夜に手渡されたのは簡素な、けれどもとても大切にされているのがうかがい知れる古びた人形だった。
「――っ、よろしいの、ですか……?」
「はい。それほど時間を取ることはできませんが、今ここにいる間だけは誰にもはばかることなく、わたくしたちは姉妹です」
「姉……上……っ」
それからはしばらく完全に姉妹の時間とするため、悠平たちは外に出て白の斯衛たちとともに部屋の周囲を監視することにした。その間、斯衛たちの視線が痛かったのは気のせいだと思いたい。
姉妹の時間を過ごした悠陽は夕呼の執務室を訪れていた。夕呼が悠陽の真意を確かめるために呼んだのだ。
「一度お会いしたいと思っておりました、香月博士」
「まさか、煌武院悠陽殿下のご尊顔を拝めるとは思っていませんでしたわ」
そう言ってふてぶてしさを見せる夕呼だが、どこか緊張の色は隠せないでいた。さすがの夕呼も政威大将軍相手ではいつもどおりとはいかないようだ。
それを知ってか、悠陽は先手を打ってきた。
「博士は、わたくしがなぜここに来たのかが気になっていると思います。ですので、まずはわたくしが彼から聞いた話を再確認させていただきたいと思います」
彼、と言ったところで悠陽は悠平を見た。どうやらすでに声でバレていたようだ。レシーバーの使用時に変声機の類を使ってなかったので当然と言えば当然だが。
「ですが、その前に……真耶」
「はっ」
「申し訳ありませんが、この者たちと内密の話があります。部屋の外で待機していてもらえますか」
「殿下!?ですが、それは……っ」
真耶は悠平たちを見遣って苦そうな顔をした。信用がもてないと言いたいのだろう。しかし、悠陽の本気の命令に真耶が逆らえるはずもなく、渋々部屋の外へと出て行く。
「社、一人で部屋の前に立たせるのもなんだから、話し相手にでもなってやって」
霞は頷き、真耶に続いて部屋から出て行った。話し相手とは言ったが、実際は余計な真似をしないように監視につけたのだろう。
二人が執務室から出て行くのを確認して、悠陽は悠平から聞いた話を口にしていく。
悠平が未来から来たこと。未来の情報を用いてBETA新潟上陸を阻止したこと。この先に起こるクーデターを阻止しようとしていること。
「それゆえに、わたくしもこの国を預かる者として沙霧大尉と話をしてみました」
「沙霧大尉と……っ!?」
驚く武に悠陽は頷いた。
「大尉にクーデターの背後に動いているものについて話をした結果、あの者はクーデターを起こさないことを誓ってくれました」
少々賭けでしたが、と悠陽は苦笑していた。今回この横浜基地に御剣家の人間としてやってきたことといい、腹が決まると意外に行動力があるようだ。
「そうか……じゃあ、この世界でクーデターは起きないんだな」
武は悠陽の思わぬ行動力に驚きを隠せないでいるようだが、同時に安堵もしているようだ。
「……では、今回横浜基地にいらしたのは、この報告をするためということでしょうか?」
「あくまでも、冥夜と一度話してみたかったのが一番大きな目的です。それ以外は、御巫大尉と二人になれるタイミングがあれば確認をと思っておりました」
夕呼の問いに悠陽はそう答えた。そして、悠陽の話はまだ終わっていなかった。
「非公式とはいえ、こうして会談の場をもてたのは幸いでした。ですから、ここでわたくしは尋ねたいのです」
そなたたちのことを。そなたたちの抱えるものを。そして、そなたたちの求める未来を。そう言って、悠陽は悠平たちをまっすぐ見つめた。
「わたくしは、そなたたちと手を取り合っていきたいのです」
夕呼はため息をついた。悠陽が言ったのは、要は全てを知りたいということだ。彼女はすでに悠平が未来から来たことは知っている。ならば下手に隠すのは得策ではないだろう。
だが、一体どこまで教えるべきかということには非常に頭を悩ませることとなった。下手に隠さないほうがいいとはいっても、全てを話せるわけではないのだ。
(さて、どこまで教えるべきかしらね……)
頭の中でどこまで話すかの計算をしていると、唐突にヴィジョンが頭に浮かんだ。この感覚は覚えがある。
(――社?殿下に全てを話せと言うの?)
霞から肯定を示すヴィジョンが送られてくる。霞には悠陽が信じられるという根拠があるということだろうが、夕呼はあまり面白いとは思えないでいた。良くも悪くも子供っぽいのだ。
とはいえ、悠陽とのパイプを作っておくことで今後動きやすくなるのは間違いないだろう。
夕呼は勝手に行動しないことと誰にも話さないことを条件に、悠陽に全てを話すことを決めた。
「わたくしの想像した以上に、重たいものなのですね……」
全てを聞き終えた悠陽は酷くどんよりした雲が頭上に見えるかのように沈んでいた。自分から教えて欲しいというくらいだからある程度心構えはしていたのだろうが、予想以上に重い現実に相当堪えたようだ。特に00ユニット――純夏に関する話は一番効いたようだ。
「申し訳ありません、白銀……そなたもつらいでしょうにこのような……」
「い、いえ、殿下のせいじゃありませんから!」
武は暗雲を漂わせる悠陽に辛さを感じさせないように振舞ったが、それが逆に作用して悠陽は余計に沈みかけてしまった。
「純夏のことは純夏自身が何らかの手段を講じています。少なくとも、前の世界よりいい未来を導けるはずです」
悠平はそう告げた。00ユニットとして死を迎えたにもかかわらず、00ユニットとしての力を残していたような非常識な存在なのだ。そのくらいはやってのけても不思議ではない。何より、前の世界で致命的だったいくつかの問題はすでに解決の目処がついている。
「何らかの……?そなたは手段の内容を存じないのですか?」
「……ええ」
夕呼からは準備が完了したら知らせるとだけ伝えられており、それ以上のことを悠平は知らされていない。悠平にとって不都合である何かがあるのかもしれないが――
ズキッ、と頭が痛んだ気がした。
(いや……俺が必要になる時が来たら、やるべきことをやるだけだ)
悠平はそう考えつつも、握った拳に力が入っていることに気がついていなかった。
話も一通り終わり、悠陽との協力体制を敷くことが決まった。とは言ったものの現状ではアメリカやオルタネイティヴ5に注意し、国内や政府の改善以外に特にしてもらうべきことはないのだが。
気がつくとそれなりに時間が経っていたようで、悠陽は帝都に戻ることとなった。
「――そういえば」
部屋の外に待機していた真耶を呼ぼうとしていた悠陽が何事かを思い出したように悠平たちに向き直った。
「明日は珠瀬事務次官がこの横浜基地を視察する予定でしたね。その時は何もなかったのですか?」
それを聞いて悠平と武は一切の動きを止めた。その様子は呼吸すら止めたようであり、まるで時が止まったように錯覚させるものだった。
だが、その静寂は次の瞬間に一気に吹き飛んでしまった。
殿下 が仲魔に 加わった!
「ワタクシ ソナタ マルカジリ。 コンゴトモ ヨシナニ ……」
なんだかキャラがブレてる気がするけど、このまま行きます。
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第十七話「空に咲く花」
武はPXで207小隊の仲間たちと壬姫の一日分隊長について話し合っていた。昨日、壬姫が父親である珠瀬事務次官への手紙にちょっとした嘘の内容をしたためたことが発覚したため、事務次官による視察が行われる今日一日の間を分隊長として振舞うことになったのだ。
この場に千鶴の姿はない。彼女はすでに榊首相の娘という立場から珠瀬事務次官の出迎えのために立ち会いの場に向かっていた。
分隊長の心得やそれらしい振る舞いの予習をしていると、武は自分たちを見つめる視線があることに気がついた。
(まさか、このタイミングで来るとはなぁ……)
視線を向けているのは二人。その二人はこれまでの世界で武御雷が搬入されてきた件について冥夜に絡んできた衛士たちだ。ある意味武にとって懐かしいものたちではあるだろう。
大尉である武がここにいる限り絡んでくることはないだろうが、用心するに越したことはない。そう思っていると、PXの隅で霞が武に向かって小さく手招きをしていた。どうやら世界はこの諍いを何が何でも起こしたいらしい。
武が207小隊のみんなに断りをいれて霞のほうへ駆け寄ると、それを待っていたかのように二人の衛士が207小隊へ近づいていった。
「どうしたんだ?俺はこれからアレを止めないといけないんだけど」
アレと言って二人の衛士を指差し、武は霞に尋ねた。
「HSST墜落の事前阻止にほぼ失敗しました。横浜基地への落下軌道にはいるのは、多分間違いないです」
小声で霞が伝えてくれる。
視察の件を知るのが遅すぎたため覚悟はしていたが、やはり事前に阻止するには時間が足りなかったようだ。
「わかった。最悪の時は、やっぱOTHキャノンか?」
「はい」
OTHキャノン――試作1200mm超水平線砲。一度目の世界で横浜基地への落下軌道に入っていた海上輸送が原則の爆薬を満載したHSSTを撃墜した兵器だ。だが、三発目以降は砲身が持たない欠陥兵器でもある。
一度目の時は壬姫が狙撃を行ったが、二度目はオルタネイティヴ4への影響を鑑みて事前に阻止を行った。その結果、米国がXG-70を出し渋るという事態が発生したが、それは00ユニットの完成に伴って手のひらを返したように解決した。
そのため、今回も事前に阻止できればと思っていたのだが、やはりそううまくはいかないらしい。
「OTHキャノンの整備状況は?」
「現在最終確認が終了して、再組み上げの途中です」
最悪の場合の準備はもうすぐ完了するようだ。あとは、その時が来た時は壬姫任せとなってしまう。
(俺にタマくらい狙撃の腕があればな……)
そう愚痴りたくもなるが、そんなことを言っても意味はない。それよりも今は、
「あぁ……やっぱり始まってるし」
二人の衛士が冥夜に絡んでいた。207小隊のみんなはどうするべきかわたわたしているようで、中でも壬姫はかわいそうなくらい青ざめているのを見て武は慌てて冥夜たちの所へ駆け寄ろうとした。
「――っ!?け、敬礼!!」
突然、冥夜が慌てて敬礼をしたのを皮切りに207小隊の全員が敬礼をするのを見て、二人の衛士は訝しげな顔をした。
「あぁ?突然何を――」
そう言いかけた二人の片割れである男の衛士の肩が、後ろからポンとやさしく叩かれた。
「――君は、何をしているのかね?」
男の衛士の後ろに立っていた者は優しげな声で尋ねた。しかし、その声に秘められているのは決してやさしさなどではない。
恐る恐る振り向いた男は一気に青ざめていく。そこには一人の修羅が立っていた。
修羅が二人の耳に口を近づけ何事かをささやいていくと、二人の体はかわいそうなくらいガチガチと震え始めた。
「……追って沙汰を連絡する。それまで自室で待機していなさい」
元の位置に戻った修羅がそう言うと、二人はすっかり色をなくしていた。一体何を言ったのだろうか。
「さて……」
一人の修羅が207小隊に向き直ると、その顔はすでに修羅のそれではなく、一人の親バカのだらしない顔になっていた。
「うむうむ。たまの敬礼、かっこいいぞぉ~」
「パパ……あ、ありがとうございます!」
パパは相変わらずのようだ。
娘にデレデレし始めた親バカを兵舎に案内し、隊員たちが自己紹介を終えると壬姫の手紙によるいくつもの悲劇を生み、ついに武が自己紹介する番となった。
(一度目の時はそろそろ警報が鳴る頃なんだよな……)
そう思いながら、武は自己紹介をしていく。
「君が白銀武大尉だね。いつもたまがお世話になっているようだ」
「は、教官として当然の義務であります」
「顔も悪くない。性格もいいと聞いている。戦術機の操縦に関してはあの神宮司軍曹以上だという。君ほどの衛士はそうそう居まい」
うんうんと頷きながら事務次官は武を褒めちぎってくる。やはりこの世界でもこの流れになることは避けられないらしい。
「君ならば……たまをよろしく頼むよ。今までも、そしてこれからも傍で支えてやって欲しい」
207小隊のみんなが一様にショックを受けているのが手に取るようにわかる。三度目ともなればそんな余裕すらあるのだろうか。
「いやあ、楽しみだ。そろそろわしも孫の顔が見たいかな。ま・ご・の・か・お・が・な!わははははは!」
「は、ははは……」
武は親バカの猛攻に乾いた笑みを漏らすだけだった。
(そ、そろそろ来る頃だよな……来て欲しくないけど、来るなら早く来てくれぇー!!)
仲間たちからの怒りの視線に武が怯えていると、願いが通じたかのように警報が鳴り響いた。
時は昨日夜まで遡る。
「……怪しいと思われるHSSTは、もう発進準備に入っているみたいね。今からじゃ阻止するのは難しいわ」
「そんな……」
やはり気がつくのが遅れたのが致命的だったらしい。せめてもう半日早く気づいていれば阻止できたかもしれないが、言っても詮無いことだろう。
「やっぱり、今回はOTHキャノンでいくしかないのか……?」
「OTHキャノン?……そうか、珠瀬ね」
「珠瀬?もしやその者は玄丞斎殿の……?」
「はい。彼女は現状でも極東一と言って過言ではないほどの狙撃の名手ですから」
そうしている間に夕呼は整備班に機能保全の名目でOTHキャノンの整備を指示していた。HSSTの発進を阻止できなかった際の保険として用意しておくつもりなのだろう。
「……一度は成功させているとはいえ、保険としては不確実ね」
指示を出し終えた夕呼はそうつぶやいた。歴史を変えた結果、必ず同じ結果が得られるとは限らないため、OTHキャノンによる狙撃は本当に最終手段にするべきだ。ならば他にどのような保険を用意すればいいのかを悠平は思考した。
問題のHSSTがニューエドワーズを出たのを確認して、悠平は輝津薙で衛星軌道へと上がった。
「相変わらず、地球は綺麗だな……」
三度目の宇宙になるが何度見ても地球は綺麗であり、宇宙はとても居心地がいいと感じていた。
このまま宇宙にいたらニュータイプに覚醒したりしないだろうかとくだらないことを考えるが、今の自分がとても普通の人間とはいえないことを思い出して複雑な気持ちになってしまう。どうせなら見えるっとか言ってみたいと思ったりもしたが、よく考えれば思考の加速によって体感時間を千倍まで引き延ばせば実際に止まって見えるのだ。つくづく人間離れしたものだ。
好きだった物語の内容を思い返したり、元いた世界のアニソンを熱唱しながら時間を潰していると、ようやく目標の姿がレーダーで確認された。目標とはいうまでもなく、横浜基地を目指しているHSSTだ。
現在、悠平は輝津薙での衛星軌道上における無重力機動訓練という名目で衛星軌道をそれなりに自由に動き回っている。件のHSSTにある程度接近する分にはそれほど不自然には思われないのだ。
本来ならば、この時点で荷電粒子砲によってHSSTを破壊してしまうのが一番手っ取り早いのだが、まだ落下軌道にすらはいっていないため今破壊してしまうと普通に反逆行為となってしまう。
(だからって、これはないよな……)
悠平はため息をつきながら、管制ユニット内に本来あるはずのない物体に視線を向けた。
その直方体の物体は悠平の足元に無造作に転がっている。中央部分にはパネルが埋め込まれており、そこに表示された数字が刻一刻とその数を減らしていた。
ありていに言ってしまえば、それは時限爆弾だ。
悠平は夕呼に遠隔起爆装置によるHSSTの爆破を提案した。だが、それはあっさりと却下されてしまったのだ。
電離層を抜ける際に起爆するための電波が届かないことや、受信装置の破損による失敗の可能性を考慮した結果、遠隔起爆方式ではなく、タイマー式の爆弾を使うことになったのだ。夕呼いわく、HSSTが衛星軌道に上がった時刻やどの軌道を通っているかがわかっているならば、横浜基地へ落とす軌道や爆破するタイミングも計算できるのだそうだ。天才とは恐ろしいものだ。
しかし、だからといってタイマーのカウントが動いている状態で持って行かせるというのは絶対に間違っているだろう。
悠平は愚痴りたい気持ちを抑えながら、強化装備の上から手早く宇宙服を着込んだ。各部の気密をチェックし、空気の漏れがないことを確認する。これから宇宙に出るのだから、万が一にも穴が開いていたりしたらシャレにならないのだ。
「――よし」
HSSTにある程度接近したところで、悠平は足元に転がっていた爆弾に触れ、テレポートで宇宙空間へと出た。
無重力空間へと出た悠平は思わずそのまましばらくたゆたっていたい気持ちになったが、そんなことをしている時間はないため、すぐにテレポートを再開した。
宇宙空間では空気遠近効果がないので距離感が掴みにくいが、なんとか目的であるHSSTのカーゴブロックに取り付いた悠平は、カーゴ内へ進入するためのハッチを開放した。
中に進入し内部のもう一つのハッチを開くと、その中には危険物を示すマークが記されたコンテナが大量に詰め込まれていた。偽装を施す時間がなかったのか、内容を示すタグには件の爆薬の名前が記されている。
悠平は手に持っていた時限爆弾をコンテナに仕掛け、ハッチから見えないことを確認した。
HSSTはまだ自動操縦にはいっていないためカーゴブロックにコソコソと爆弾をセットするしか方法がなかったのだが、この時点で自動操縦になっていたのならばどこか適当なハイヴに落とすという手も使えたかもしれないのが残念だった。もっとも、自動操縦システムにはプロテクトがかけられていてもおかしくはないため、結局は爆弾をセットすることになっていただろうが。
全ての準備を終えた悠平はハッチを閉じ、再びテレポートを駆使して輝津薙へ戻っていった。
管制ユニット内部へ戻るときに宇宙服はテレポートさせず、そのまま宇宙空間に漂わせた。宇宙服は輝津薙の手で大気圏へと投げ飛ばしておくのも忘れない。一種の証拠隠滅のためだ。
「さて……あとは俺も最悪の事態に備えておくか」
とは言ったものの、もう悠平の出る幕はないだろう。
爆破が失敗したのなら次はOTHキャノンによる狙撃による迎撃となり、そうなっては荷電粒子砲を使おうとしても間に合わない。間に合わせる手段があるとすれば、戦術機での長距離テレポートしかないだろう。
(そうなったら、またネージュを泣かせかねないしな……うまくいってくれよ)
HSSTが横浜基地へ向かって加速してきている。そんな事態に横浜基地は迅速に対応してみせていた。
OTHキャノンの設置作業が進められ、避難誘導も滞りなく進んでいく。そんな中、クリスカはイーニァと二人で空を見上げていた。
もうすぐHSSTが落ちてくるというのに、イーニァは大丈夫と言ってクリスカを屋上へと連れてきたのだ。
少ししてネージュと霞も屋上に上がってきた。話を聞くと、屋上にこのメンバーを集めたのはネージュだという。
「……もうすぐ、とても綺麗なものが見られます」
そう言ってネージュは空へと視線を向けた。
本来ならばイーニァを連れて一緒に避難するところだったが、クリスカはネージュから妙な確信を感じとり従ってみることにした。
じっと待ち続け、ふと視線をおろしてみると吹雪がOTHキャノンの発射体勢へと移行していた。どうやらそろそろOTHキャノンの射程に入るらしい。
クリスカは再び空へと視線を向けた。もう避難するような時間はないだろう。
だが、ネージュは不思議なほど落ち着いて空を見上げている。まるで、HSSTが落ちてこないことを確信しているかのように。
やがて空が少しずつ夕焼け色に染まり始める。警報が鳴ったのは昼過ぎだったから、だいぶ時間が過ぎているようだ。
「……来ました」
青がオレンジに少しずつ侵食されてゆく。その境界線で小さく光が爆ぜ、キラキラと光る何かが尾を引いて広がっていく。その様子はまるで空に花が咲いたかのようだった。
「あ……」
クリスカは思わず声を漏らしてしまった。空に咲いた花は、数秒ほどでほとんど消えてしまっていた。
「……ユーヘーに花火というものを教えてもらったことがあります。花火というものもさっきのHSSTみたいに空で爆発して、一瞬だけ花が咲いたかのように見えるらしいです」
先ほどの光はHSSTが爆発したものだったらしい。狙撃前に爆発したということは、悠平が成功させたのだろう。だが、クリスカはそれよりも花火というものに興味が引かれていた。
「花火とは、一体何なんだ?」
「……伝統工芸の一種であり一種の芸術、らしいです。中でも日本の花火は、世界一だと言われているみたいです」
「そうか……それは一度見てみたいな」
「地球からBETAがいなくなれば、きっと見れます」
「ねえ、ユウヘイに頼んだら作ってくれないかな?」
イーニァのその一言に、三人が思わず期待してしまうのは仕方のないことだろう。
屋上に集まっている四人はそのまま色が移り変わってゆく空を見上げながら、まだ見ぬ本物の花火に思いを馳せていた。
大気圏へ再突入していた悠平は急に背筋に寒気を感じ、思わず身を震わせた。自分のあずかり知らぬところで想定外の苦労を背負ったような気がするが、悠平にはどうすることもできなかった。
HSST狙撃前に爆破成功。しかし、悠平は新たな苦労を背負ってしまった……
四人の無茶振りで将来花火師にでもなりそうだ(汗
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第十八話「過去の傷跡」
夕呼は非常に忙しかった。それもこれも武たちが未来から持ってきたデータの解析や、鑑純夏から得た00ユニットの改良プランを元に改良を施していたせいだ。改良プランには直接00ユニットとは関係ないと思われるものも多く含まれていたが、それらも律儀に全部実現させていった。実のところ、あまりに興味深い内容だったせいでのめりこみすぎていただけなのだが。
もっとも、そのせいで事務次官来訪の日程を武たちに連絡し忘れ、もう少しでOTHキャノンに頼るしか手がなくなってしまうところだった。それはそれで実に面白そうだったが、結局OTHキャノンは使わずに片をつけることができたので良しとしたい。だが、後手に回ってしまったことで首謀者の尻尾はつかめず、逃がしてしまうこととなった。まったくもって忌々しいものだ。
そのストレスをぶつけるかのように00ユニット改良に打ち込み、純夏の要求を全て満たす
「ということで、00ユニットの準備が済んだわ」
夕呼の執務室に集められたかと思えば、急にそんなことを言われて悠平は一瞬戸惑ってしまった。隣を見てみると武も戸惑っているのか、どんな表情をすればいいのかわからないようだ。
「あの、先生……準備ができたって、純夏はまだ00ユニットじゃないってことですか?」
「ええ、そうよ」
「それなら純夏を早くあそこから解放してやってください。準備はできたんですよね?」
「だから、そのためにアンタたちをここに呼んだのよ」
そう言って夕呼は執務室にいる全員――武、霞、悠平、ネージュの四人を視界に納めた。
「残りの作業自体は一瞬で終わるから、白銀と社には一足先に会わせてあげようと思ったのよ」
早く会いたいでしょ?と言い、夕呼は口元に笑みを浮かべた。武は純夏の目覚めに立ち会えると知ってとても嬉しそうな顔をしていたが、霞の顔は何故か陰りを見せている。何か心配事でもあるのだろうか。
「……すみません。私は、何故呼ばれたんですか?」
ネージュが小さく手を上げて質問した。悠平はともかく、純夏のことをほとんど何も知らないネージュは、確かになぜ呼ばれたのかはよくわからない。
「アンタは御巫を呼んだついでよ。御巫だけ呼んだら後で不機嫌になるじゃない」
苦笑しながら夕呼がそう言うと、ネージュは少し恥ずかしそうにうつむいた。それで顔は見えなくなったが、見えている耳がほのかに赤くなっているのであまり意味はない。
「じゃあ、俺も立会いのために呼ばれたんですか?」
悠平が尋ねると、それまで夕呼がまとっていた空気が鋭くなった気がした。
「いえ。御巫には00ユニット完成のための最後の作業をしてもらうわ」
なるほど、真剣にもなるはずだと思うと同時、何故最後の作業を任されるのかと悠平は不思議に思った。
「この作業はアタシじゃできない、アンタにしかできないことよ。だから、アンタをここに呼んだの」
「俺にしかできない?一体、俺に何を――」
「意外と頭の回るアンタのことだから、本当はもう何をするか気づいているんじゃないの?それとも、気づいていないふりをしているのかしら?」
悠平の心臓が跳ねた。
(気づいていないふり……?何を言ってるんだ?)
呼吸が無意識に荒くなり、動悸が激しくなる。妙な汗をかいているのか、全身がぞわぞわしている。まるで何かの拒否反応が起きているかのような――否、これは拒否反応だ。本当は悠平も気づいている。だが、
――何を?
――思い出すな。
――あの日のことを。
――止めろ。
悠平の中で何かが激しくぶつかり合い、必死に押し込めようとする。
そして、夕呼が口を開いた。
「アンタには、鑑の脳髄をアポーツで取り寄せて00ユニットに量子融合させてもらうわ」
悠平には己の超能力を知っても普通に接してくれる優しい両親がいた。普通は超能力を持っていたりしたら気味悪がられたり、どこかに売り飛ばされたりしても不思議ではないだろう。だが、悠平の両親は悠平を普通の子と同じように接し、育ててくれた。そんな両親に育てられた悠平は決して家族以外の前では能力を使用せず、表向きは普通の子供として幸せな日々を送っていた。
そんなある日、悠平は両親と共に車で二泊三日の旅行に行くことになった。行き先は海が近くにあるペンションであり、そこは悠平たちの住んでいる町からは少々距離があるため、夜中のうちから出発することとなった。
まだ幼い悠平は車の中で眠りながら、目的地への到着を楽しみにしていた。
どれだけ時間が過ぎたのか、車が停止したことに気づいて悠平は眼を覚ました。
「……もうついたの?」
悠平は寝ぼけ眼を擦りながら母に尋ねた。辺りはまだ薄暗く、ようやく日の出といったところだろう。
「ううん、今はちょっと休憩中。ここからだと日の出が綺麗に見えそうだからユウちゃんも一緒に見る?」
悠平は頷いた。その年の初日の出もとても綺麗だったのがとても印象に残っていたのだ。
両親と一緒に車から降りると、目の前には岬が伸びていた。道が整備されており、岬の先端まで行くことができるようだ。
悠平は我先に岬の先端へと駆けていき、両親はその後をゆっくり歩いてついていく。父親から気をつけるように注意されるが、悠平はいざとなればテレポートできることを知っているためあまり強くは言われない。
岬の先端へ辿りついた悠平の目に映ったのは、雄大な海をキラキラと輝かせながら空と海の境界線からゆっくりと顔を出す太陽の姿だった。
その美しい光景に悠平は目を奪われていた。両親もまた、岬の中ほどで足を止めて日の出に魅入っていた。
いつまでもこの光景を見ていたい。そんな気さえしていた時間は、しかし、唐突に終わりを告げた。
突然の突き上げるような振動が悠平にたたらを踏ませる。振動はどんどん大きくなり、悠平は立っていられずにしりもちをついてしまった。
「きゃぁぁああああああっ!?」「うわぁぁああああああっ!?」
後ろから聞こえた悲鳴に、悠平は勢いよく視線を向ける。その先では岬の半ばが大きく崩壊を始め、大好きな両親が崩れていく地面に飲まれようとしていた。幸い悠平がいる先端部は崩壊する様子はないが、崩壊する岬に飲み込まれれば両親はまず助からないであろうことは疑いようがなかった。
悠平は迷わなかった。
両親に手を伸ばし、己の手元に引き寄せることをためらわない。そして、狙ったものを引き寄せる手ごたえを悠平は感じて――これまでで一番大きい爆発のように突き上げるような一瞬の振動が悠平の体を浮かし、集中を途切れさせた。
一体何が起こったのかわからなかった。
慌てて周囲を見渡し、両親の無事を確かめようとする。母は悠平のすぐ隣にいたが、父の姿が見えない。岬の崩壊に巻き込まれてしまったのかもしれないと思って悠平は父親に呼びかけた。
「――ぁ……ぁあ……あ……」
近くからうめき声のようなものが聞こえた。しかし、その声は間違いなく父のものだ。どうやら近くにいるらしい。
視界に映るのは隣に立つ母と崩壊した岬。そして、人と岩が混ざり合ったかのような不気味な物体が地面から生えていた。うめき声はその不気味な物体から発せられているようだった。
悠平は震えた。こんなものが、人間の生身と岩が歪に混ざり合った何かが父であるはずがない。
だが、そんな悠平のすがるような想いはその歪な物体の
「――とう、さん……?」
それは紛れもなく父のものだ。父の体は半分近くが岩と混ざり合っており、ほとんどその原形をとどめていない。顔も右半分が岩に飲み込まれるように混ざり合い、肌はひび割れ、動こうとした端からボロボロと崩れていく。
ボロボロ、ぼろぼろ、砕けていく。
歩き出そうとしたのか、岩と混ざり合った右足が砕ける。
右腕が中ほどから折れ、地面に落ちて砕けた。
そして父はバランスが取れなくなったのかそのまま地面に倒れ、バラバラに――
「――~~~~っっ!!?」
悠平の声にならない叫びが周囲に響いた。悠平の目からは涙があふれ、舌が回らず言葉にならない。
「ユウ、ちゃん……」
ふいに、それまで微動だにしなかった母が悠平に声をかけてきた。
悠平は涙でぐしゃぐしゃになった顔を母親に向けた。視界が歪んでわかりにくいが、とても悲しそうな顔をしているのはわかった。
「ご、ごめ……さいっ、とうさんが……っ、とうさ……っ」
悠平は泣きじゃくりながら何度も謝った。助けようとして使った力が、このような悲劇を起こしてしまった。己の力が父を死なせてしまったことがたまらなく苦しかった。
何もしなくてもまず助からなかった、などと言っても言い訳でしかない。悠平が、悠平の力が父を殺したのだ。
そんな悠平の頭を、母は優しく撫でた。
「……ごめん、ね、ユウちゃん」
母は何故か悠平に謝った。父を殺したのは己なのに、母が謝る必要がどこにあるのか悠平にはわからなかった。
母は続けて唇を動かす。しかし、その言葉は声にならなかった。
「――――――」
悠平は涙にぬれた目のまま呆然とする。それまで傷一つなかった母が、崩れていく。全身から血を噴き出し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。母からもげ落ちた右腕は、地面に落ちた瞬間に原形をとどめないほどぐずぐずに崩れてしまった。
母の姿が、崩れていく。
母は父が砕けた時も微動だにしていなかった。それは動こうとしなかったのではなく、動けなかったのだ。母は動いてしまえば自分の体がバラバラに崩れ落ちてしまうことがわかっていたのだ。
アポーツは失敗していた。物質の崩壊現象はその証明だ。
母はぐずぐずに崩れていく。
だが、その顔に浮かぶのは怒りでも憎しみでもない、悲しみの表情。アポーツの制御を誤った悠平に対する恨みなどまるで感じられない、子を想う母の顔だった。
その母の唇が再び動くが、やはり声にはならない。すでに声帯が崩れてしまっていたのだ。しかし、悠平にはその言葉が届いていた。
――ひとりにして、ごめんね。
その遺言を最後に、母の体は原形をとどめないほどぐずぐずに崩れた何かになってしまった。
崩壊した岬に、両親を失った一人の子供の絶叫が響き渡った。
年の離れた従姉が保護者となっても、悠平は両親と暮らした家で一人暮らし続けた。己の持つ力を知られないために。
そして、悠平は己の力を完全に御するために何年も一人で訓練を続けた。もう二度と両親のような悲劇を起こさないために。
悠平はそれからぐんぐんと能力の精度を高めていった。そこには一切の妥協はなく、血を吐くような訓練の日々を続けて1ミクロンのずれもないほどの精度を手に入れていった。
しかし、あの悲劇の記憶が悠平の心に深い傷を刻みつけ、生きているもの――正確には悠平が生きていると感じたものをアポーツで取り寄せることに強い拒否反応を示すようになっていた。
結果、悠平はあの日から一度も生きているものを取り寄せたことはなかった――この世界へと飛ばされるまでは。
「――それが、御巫が無生物だけしか取り寄せることができないって言ってる理由、なのか」
武の言葉に霞が悲痛な表情で頷いた。
夕呼の話の途中で倒れてしまった悠平はソファーに寝かされ、ネージュが膝枕をしている。ネージュはとても悲しそうな表情で、時折うなされている悠平の頭を優しく撫でている。
「アンタはその
「はい。純夏さんはこの世界に来る途中で、この記憶を見つけたそうです」
それは00ユニットの改良プランを受け取った数日後、霞が純夏との
「……本当に、ユーヘーがやらないといけないんですか?」
悠平を膝枕していたネージュが、ぽつりとつぶやいた。
一瞬、何のことかわからなかったが、それが00ユニット完成のための最後の作業のことだと霞は気づいた。
「当たり前でしょ。それを前提にした00ユニットの改良なんだから」
「……それは、本当に可能なんですか?」
「実際に00ユニットだった鑑が自分から提案したのよ。まず間違いなく成功するでしょうね」
実際に行うことができれば、と言って夕呼は悠平へと目を向けた。
「……御巫がこの調子じゃ、難しいかもしれないけどね」
主人公らしくトラウマ属性持ちでした。
こんな体験してたらまりもちゃんの
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第十九話「量子情報領域」
霞はシリンダールームでリーディングとプロジェクションを駆使して純夏と会話を行っていた。話の内容は悠平の抱えるトラウマについてだ。
悠平はつい先ほど目を覚ましたのだが、やはり純夏の脳髄を00ユニットに量子融合することを引き受けてはくれなかった。だが、引き受けないとも言わなかったため、悠平にも複雑な葛藤があるのだろう。
ただ、悠平のトラウマは少々根が深く、このままでは純夏を00ユニットとして復活させることは難しそうだ。しかし、悠平が抱えている恐怖を知った今なら拒否してしまう気持ちもわかるのだ。そんな悠平に強要するのは間違っているだろう。
霞がどうしたものかとため息をつくと、純夏から返答が返ってきた。
――大丈夫。あの人ならやれるよ。
(でも、もし失敗してしまったら……)
悠平の両親のような悲劇が再び起きてしまう。そんなことになったら自分や武だけでなく、悠平自身も多大なショックを受けてしまうだろう。
――うーん。口で説明するのは難しいなぁ……。
どこに口があるのだろうかと一瞬本気で考えてしまったが、純夏には何か確信があるらしい。
――ねえ、わたしにあの人と話をさせてもらえないかな?
目が覚めた悠平は気を落ち着かせるために屋上へと出ていた。普段は意識して思い出さないように努めていたことを思い出してしまい、心がガタガタになってしまっていた。
視線を遠くに向けると、一面廃墟ばかりの荒野が一望できる。BETAとG弾によって深く傷ついたこの光景は、まるで今の自分の心のようだ。
(まさか、00ユニット完成のための最後の作業が生体の量子融合とはな……)
悠平はため息をついた。
これを純夏が提案したというのなら、できるという確証があるのだろう。彼女の力を悠平は信頼できるものだと思っている。
だが、悠平は己の力を、己自身を信頼できてはいない。アポーツに失敗し、純夏が目の前で両親のようになるのは耐えられそうもない。
悠平は胃液がせりあがってくる感覚に思わず口元を押さえた。フェンスに体重をかけ、くずおれそうになる体を支えた。
(思い出すだけでこれか……情けないなぁ……)
ゆっくりと深呼吸することで、気を落ち着けていく。
ふいに背後に気配を感じたと思ったら、背中からやさしく抱き締められるのを感じた。視界の端に銀色の絹糸がちらちらと見え、背中にはもうすっかりおなじみとなった二つの幸せな感触がある。
「……無理、しないでください」
悠平を背中から抱き締めたネージュが口を開いた。
「無理、か……俺はトラウマでここまで逃げてきたヘタレだぞ?何が無理なんだ?」
少々深刻そうなネージュに悠平は軽くおどけてみせる。だが、ネージュはそんな悠平の真意を見抜いてみせる。
「……こんなに辛そうなのに、やるつもりなんですよね?」
「…………ああ。やるつもりではいる。……まだ踏ん切りはつかないけど、な」
ネージュを心配させまいとしていたが隠し切れないと判断し、悠平は白状した。だが言葉にしたとおり、まだ踏ん切りはついていない。とてもではないが、今の状態で臨んでも成功するものも失敗してしまいかねない。
「……どうして、そこまでがんばるんですか?」
ネージュが再び尋ねてくる。己がここまで無理を重ねる理由とは一体なんだろうかと考え、やはり答えは一つしか思い浮かばなかった。
「どうせならさ、みんなで幸せになりたいじゃないか」
「……みんなで幸せに、ですか?」
「ああ。俺は今、ネージュと一緒にいられてすごく幸せだ。でも、純夏が復活すれば武も俺ももっと幸せになれる。それは俺がちょっとがんばれば実現するんだ」
だったらやるしかない、そう言って悠平は苦笑を浮かべた。この世界に来て気づいたことだが、悠平はハッピーエンドを渇望していた。あの悲劇のせいなのかアニメやゲームの影響なのかはわからないが、そのためならば多少の無理や無茶はやらなければならないと思っている。
今回のことも、考えてみればトラウマを克服するまたとない機会なのだ。たとえ克服することができないとしても、この一度だけはなんとしても成功させなければならない。それが悠平の思い描くハッピーエンドへの、絶対に逃すことのできないフラグの一つなのだ。
ネージュが絶対に放さないとでも言うように悠平を抱き締める腕に力を込めた。
「……あまり、無理はしないでください。心配、しますから」
「気をつけるよ」
そう言ってしばらくそのままでいると霞が屋上へ上がってきた。どうやら話があるらしい。
「こんな場所で話?一体誰が……」
霞に連れてこられたのは純夏の脳髄が収められているシリンダールームだった。こんなところで一体何の話なのだろうか。
――あー、テステス。ちゃんと届いてるかな?
突然悠平の脳裏に声が響いた。
(いや、これはプロジェクション……?でも、この声は……)
ネージュのプロジェクションに慣れた悠平はすぐに声の正体に気づいたが、誰の声かまではすぐにはわからなかった。
――あ、よかった。ちゃんと翻訳できてるみたいだね。
再び悠平の脳裏に声が響く。この場にいるリーディングとプロジェクションの両方が使える能力者は霞だけだ。しかし、霞ではない。それに翻訳と言った。ならばこの声は――
「はい、純夏さんです」
霞が悠平の考えを読んで肯定した。
純夏が悠平に話があるとすれば、00ユニット完成のための最後の作業についてしかないだろう。
――正解~!……って、あれれ?もしかして、わたしが説得するまでもなくやる気だったりした?
(まだ踏ん切りはついてないけどな……)
悠平はやると決めてはいたが、まだ不安に苛まれ覚悟が決まらないでいる。これをヘタレと言わずなんと言うのだろうか。
――わたしとしては、あんな過去があれば不安になるのも仕方ないと思うけど……。
むむむ、と唸るような純夏の思念が伝わってくる。
――じゃあ、そんなあなたの不安を少しでも減らすために、一つアドバイスをあげちゃいます!
(アドバイス?何か、失敗しないような方法があるのか?)
――うん。というかあなたは一度、生きた人間のアポーツと量子融合に成功してるんだよ。
純夏の思わぬ言葉に悠平の心臓が跳ねた。
――この世界への
(でも、それはお前が手伝ってくれたからなんじゃ……?)
あの時、G弾爆発の影響で量子化の際にわずかに接触が途切れてしまい、テレポートと同時にアポーツを行うこととなった。純夏というイレギュラーがなければ、またあのような悲劇が起きていたに違いない。しかし、
――むしろ逆かな。あなたの力が働いていたから、わたしはタケルちゃんたちを助けることができたの。わたしがやったのは
(じゃあ、ネージュは……)
――うん。あなたは自分であの子の上書きを成功させたんだよ。
悠平はてっきり純夏の助けがあったからこそ、ネージュの上書きに成功したのだと思っていた。だが、純夏は悠平自身が成功させたのだと言う。ならば、本当に――
――それで、わたしと00ユニットの量子融合を成功させるための方法だけど、
(……え?さっきのが、アドバイスじゃなかったのか?)
――さっきので自信を持ってもらうのも大切だけど、方法自体は他にちゃんとあるんだよ。それでね、あなたはあの光の奔流――
(くぁんたむ……?)
名称はよくわからないが、転移する際に見た光の奔流のことは覚えている。無数の粒子が飛び交い、その中の一つ一つに様々な情報が含まれていたことも、それらがネージュや武たちを構成したいたことも覚えている。だが、より明確に思い出そうとしても、それ以上のことは思い出すことができない。
――それは仕方ないよ。あれはあなたがテレポートで自分を量子化することで一種の量子コンピュータのような状態になっていたから認識できたようなものだしね。生身のままじゃ情報を引き出せなくても仕方ないよ。
量子情報領域とは量子化された情報や物質が行きかう空間のようなものらしい。かつて悠平が見たものはそれであり、純夏はそこで悠平の記憶を読み取って悠平の抱えるトラウマを知ったのだそうだ。
(量子コンピュータの一種……その状態になれば――)
――演算能力不足になることはまずなくなるよ。たとえ一瞬であったとしても、量子コンピュータには変わりないからね。
悠平が思考加速なんて芸当ができるようになったのも、そこに原因があるらしい。元々、能力の精度を上げる訓練を続けていたことで下地はできあがっていたそうだが、一度量子コンピュータとしての能力を発揮した影響で思考速度の高速化が可能になったのだ。
――でも、肉体的にはあくまでも普通の人間であるあなたが一瞬でも量子コンピュータの演算力を手に入れるのは危険なことなの。
テレポートとアポーツの併用による自身の量子コンピュータ化は悠平に多大な負担をかけるという。それが転移後に悠平が感じていた頭痛の正体であり、副次効果が生身での肉体加速と思考加速なのだ。
思考の加速や肉体の加速とは、通常は人間の肉体に存在するリミッターが完全に外れた状態にあると言ってもいい状態だ。思考の加速でもあまりに速度を上げすぎれば脳への負担が大きくなり、肉体の加速は下手をすれば自らの身体能力に耐え切れずに自壊を招くことになる。
量子コンピュータ化することの副作用は人間としての崩壊につながる非常に危険なものなのだ。最終的には負荷に耐え切れず、廃人になってもおかしくないという。
(そんな危険なことをやらせようなんて、案外黒いんだな)
悠平が意地の悪い顔でそんなことを考えると、純夏から異議の申し立てが来た。
――確かに何度もするのは危険だけど、後一度くらいなら脳への負担も大きくないから大丈夫だよ。元00ユニットの演算力を信じなさい!
(元であって今は違うだろ……)
そう思いつつ悠平は苦笑した。リスクがあるとはいえ、本人からこんな方法が提示されたのだ。ならば、これでやれなければいつまでたってもできないままだろう。
悠平は00ユニットを完成させるために純夏を量子融合する覚悟を決めた。
純夏さん、脳髄のままちょっとでしゃばりすぎですよ。メト○イドじゃないんだから……
リーディングとプロジェクションで仲介をしていた霞が今回の縁の下の力持ちでした。
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第二十話「覚醒」
今もまだお腹の調子が……
悠平たちは00ユニットの最終作業を行うためにシリンダールームへと集まっていた。
悠平自身が抱えているトラウマは依然問題ではあるが、テレポートとアポーツの併用による一時的な量子コンピュータ化によって作業の完遂に目処がついている。
厳密には量子コンピュータ化ではないらしいが、それに匹敵する演算能力を一瞬でも手に入れられるのならば、やり遂げることができるはずだ。
そんな意気込みにあふれていた悠平は、待ちぼうけをくらっていた。
「00ユニット自体は完成してるんだよな?運んでくるのにそれほど時間がかかるとは思えないんだけど……」
悠平は覚悟を決めた勢いで作業を完遂させようと思っていたが、焦らされ続けているせいで再びトラウマの不安が鎌首をもたげようとしていた。
「そうだよな。霞と夕呼先生は何をやってるんだ……?」
なかなか戻ってこない二人に武もだんだん焦れて不安になってきたようだ。
ネージュは悠平の不安を紛らわそうと、悠平の手を握ってくれている。俗に言う恋人つなぎというやつであり、少々気恥ずかしいことがうまく不安を押さえ込んでくれている。
00ユニットに何か不具合でもあったのかと心配になってきた頃、ようやく扉の開く音がした。
「遅くなったわ」
どこか疲れた様子の夕呼がシリンダールームに入ってきた。後ろには霞と00ユニットが納められている棺のような機械が続く。
その棺のような機械はフィクションに登場する人工冬眠装置を髣髴とさせるものであり、半透明のケース状になっている部分からは純夏の姿をした00ユニットが確認できる。強化装備のようなものを着用しているのは覚醒後の純夏への配慮か、00ユニットの状態をモニターするためだろう。
そこまで確認して、その後ろにもう一人ついてきていることに気がついた。
「こんにちは~!」
暢気な笑顔で手を振るのはこの世界でもお世話になっている人工ESP発現体を受け持っている医者の女性だった。
「自己紹介がまだだったよね~?私の名前はひ――」
「コレのことは今は気にしないで。早く作業始めるわよ」
「――って、最後まで言わせてー!」
どうやら彼女のことは放っておいていいらしい。扱いがぞんざいなのは夕呼が疲れていることと関係があるのだろうか。
純夏の脳髄が収められたシリンダーの手前に00ユニットを配置し、その前に悠平が立つことで準備が完了した。
薄暗く不気味ささえ感じる部屋の空気は緊張に満たされている。部屋の中にいる全員が悠平の一挙手一投足に注目していた。
悠平は緊張を振り払うように一つ深呼吸をした。
(――大丈夫だ、やれる)
霞から純夏のゴーサインが出たことを確認して悠平は目を閉じた。
悠平の意識が己の内へと沈んでいくと同時に外部の音が切り離されていく。認識できるのは己のみとなっていく。
だが、そこから別の感覚が周囲へ広がっていく。目で見ることなく把握し、シリンダールームの中の全てを認識していく。
本来、目を閉じるという行為は無駄でしかない。だが、今回はより感覚を鋭敏にするためにあえて目を閉じた。
全てを認識する暗闇の中、純夏の脳髄と00ユニットが直線になるように手をまっすぐ伸ばす。
純夏の脳髄を構成する全ての情報を掌握していく感覚に悠平は軽く吐き気を催すが、何とか堪える。
次いで、00ユニットの座標を1ミクロンのズレも許さずに把握する。
準備が整うまでこの間およそ三秒弱ではあったが、思考が加速していたのか悠平には数分に感じられていた。
(――ここからが本番だ)
悠平は無意識のうちに乱れかけていた呼吸を整え、思考の安定化を図った。
少しずつ呼吸が安定していき、動悸も治まっていく。
(この一度だけでいい……この一度に、全力を賭ける!)
そして悠平は、ついに己のトラウマへと踏み込んだ。
悠平の感覚は二度目の光の世界――
その粒子の中で悠平の力は鑑純夏を構成する粒子を完全に掌握し、00ユニットの座標を完璧に把握していた。
――ささっ、わたしをドーンとぶちこんじゃって!
――滅茶苦茶大雑把だな、おい……!
この状態で悠平に意思を伝えることができるということにも驚いたが、自分のことなのにとてもアバウトな物言いなのが余計に不安を煽る。
だが、勢い任せにぶちこんでも綿密に計算されつくしたかのようにうまく重なるという妙な確信がある。これが量子コンピュータクラスの演算能力というものかと感心する。
今回は対象も一人分の脳髄たった一つであるため、世界間を移動した時のような処理能力不足に陥ることはない。
――これなら、やれる!
悠平は鑑純夏を構成する粒子を見えない手で掴むと、そのまま00ユニットの量子電導脳へと叩き込んだ。
やや乱暴な方法にもかかわらず、わずかなズレもなく完璧に指定の座標へと重なり合い、粒子が融合していく。
00ユニットが変質し、意思が吹き込まれていく。鑑純夏という魂が末端まで浸透していき、ただの物体を命なき生命という矛盾した存在へと昇華していく。そして気づいた。
――なんだ、これは……っ?
生体反応ゼロ・生物学的根拠ゼロであるはずの00ユニットの中で生命を生み出す器官が活動し始めたのを視た瞬間、悠平は再び物質空間へと戻っていた。
部屋の中央にあるシリンダーから純夏の脳髄が消えた瞬間、悠平は頭を押さえてその場にうずくまってしまった。眉間には深いしわが刻まれ額に脂汗を浮かせているその様子は、激しい頭痛に苛まれているかのようだった。
「御巫、大丈夫か!?」
武は慌てて悠平に駆け寄るが、それよりも早くネージュが悠平の傍に駆け寄り、心配そうに背中をさすっていた。
「っ……これで、負担は大きく、ない……?っ、とてもじゃ、ないが……っ」
悠平の息は乱れ、とてもではないが問題がないようには見えない。
「……それで御巫、きついでしょうけどこれだけは答えてもらうわ。量子融合は成功したの?失敗したの?」
いつの間にか傍まで来ていた夕呼が悠平に尋ねた。
(そうだ、純夏はどうなったんだ……!?)
答えが気になり悠平を見ていると、呼吸を整えようとしていた悠平が苦しそうに口を開いた。
「量子融合は、成功、しました……っ。彼女も、じき、に……っ」
そこまで口にすると、悠平は口元を抑えて背中を丸めた。顔はすっかり蒼白であり、今にも吐きそうなほどだ。
「ユーヘー……っ」
「……大、丈夫。少し休めば……」
悠平は息も絶え絶えに答える。話に聞いていた以上に副作用が大きいようだ。
「すぐには目覚めないでしょうから、少し休ませるわよ。モニターを代わるから、アンタは御巫を見てやってちょうだい」
「はいは~い」
少しして悠平の体調は落ち着きを見せ始めたが頭痛が酷く、しばらくは能力を使えそうもないらしい。
以前にこの世界に転移したときもしばらくは頭痛で能力を使用できなかったらしいことを考えると、今回使用した
「――っ、純夏さんが目覚めます」
霞は純夏をリーディングしながら覚醒を待っていたらしく、霞の言葉で武たちは00ユニット――5:44 2013/07/16純夏の傍へ集まった。
「純夏……」
思わず口からこぼれた名前に反応したかのように、純夏のまぶたが震えた。
「純夏……っ!」
「純夏さん……!」
純夏がゆっくりと目を開いていく。
「タ、ケル……ちゃん。それに、霞ちゃんも……」
まだどこかぼんやりしているようだが、確かに純夏は目覚めていた。そのことに感極まった武は霞と二人でゆっくり上半身を起こそうとしていた純夏を抱き締めていた。
「純夏……っ、純夏……っ!」
「あ、あはは……苦しいよ、二人とも~」
二人同時に抱き締められて苦しそうだったため、武は抱き締める腕から少しだけ力を抜いた。
「……俺たちのことが、わかるんだな?」
「うん。っていうか……ずっと見てたから、なんだか久しぶりって感じがあまりしない……かな」
まるで寝起きのように――実際に寝起きだからなのかもしれないが、少し気だるげに純夏は語り始めた。
00ユニットが機能停止してからもずっと幽霊のような状態で武たちを見ていたこと。それを可能にしていたのは機能を停止した00ユニットとわずかに繋がりが残っていた並列世界の00ユニットのおかげだということ。
「だから、わたしが今、ここにこうしていることができるのは……夕呼先生が、00ユニットが機能停止した後も廃棄せずに保管してくれていたおかげなんです。だから……ありがとうございます、先生」
「……それをアタシに言われても、ね」
夕呼はそっぽを向きながらも、まんざらでもなさそうに言った。並列存在のやったこととはいえ、自分のやったことに照れくさくなったらしい。
次いで、純夏は悠平へと視線を向けた。悠平の顔色はまだいいとは言えず、それを見て純夏は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「やっぱり、結構きついかな……?」
「これが、きつくないように見えるのか?……副作用のせいだけじゃないけどさ」
少し言いにくそうに口にした副作用のせいだけじゃないということは、おそらくトラウマの影響もあるということなのだろう。悠平は結局、トラウマを乗り越えること自体はできなかったということだ。
「あ~……でも、それだけ危険なものでもあるということで……ダメかな?」
「副作用があるとわかっててやったのは俺だよ。……もう二度とやろうとは思わないけど」
「うん、それでいいと思うよ。……次は命に関わるかもしれないしね」
「……そんな危険なものをここ一番で使わせるなよ」
半眼になった悠平に、ですよねー、と言って純夏は苦笑いを浮かべた。
武はようやく00ユニットという自由に動ける体を得た純夏を見て、しかし、少しだけ物寂しいものを感じていた。
00ユニットとは生体反応ゼロ・生物根拠ゼロを示すものだ。見た目はほぼ完全に武の知る純夏そのものではあるが、その体は非常に精巧に作られた偽物だ。それゆえに今後、どれだけ望んだとしても純夏との子供を授かることはできないのだ。
「それで、夕呼先生に一つ聞きたいことがあるんだけど」
話に一区切りつき、悠平が夕呼に尋ねた。
「00ユニットの内部……あれは一体どうなってるんだ?あれじゃまるで……」
「そのことについてはコレに説明させるわ」
そう言って夕呼が
「はいはい了解~!でもコレじゃなくて私の名前はひ――」
「さっさと説明する!」
「あひんっ!?……うぅ、わかりましたよぉ」
女医が夕呼にはたかれたお尻を撫でながら答えた。
「えーと……まず、この00ユニットは従来に予定されていたものとは一部大きく違う部分が存在します」
改良が加えられた00ユニットの従来の違いとは生体反応のオン/オフを切り替えることができる。一体何のためにそんな機能を用意したのか武にはわからなかったが、説明にはまだ続きがあった。
「これはある機能を働かせるためのキーなの。その機能というのは――」
演出のためか、どこからかドラムロールが聞こえてくる。一体いつの間にこんなものを仕込んだのだろうか。
少々長すぎるドラムロールによるタメに若干イラつき始めた頃、ようやくドラムロールの演出が終了し女医が口を開いた。
「――子供を作れます」
武の思考が停止しかけ、悠平はなるほどと頷いた。霞は知っていたようで特に反応はなく、純夏は頬に手を当てて妙にくねくねしていた。
「……え、いや、でも……純夏の体はあくまで本物に似せてある作り物じゃ……?」
「うん、まあそうなんだけどね。でもそれじゃあ00ユニットとしての役目を終えた後はどうなるんだーって思ってた時に、博士から生体義肢の技術とクローニングで彼女の卵巣と子宮を再現するプランが提供されちゃったもんだから、これはもうやるしかないでしょう!って作っちゃったんだよね」
だからちゃんと子供を産めるよと、武の疑問に女医があっけらかんと答えた。
「コレは生体義肢にかけてはちょっと右に出る者がいないくらいでね、00ユニットのボディの開発を任せていたのよ」
それを聞いて武はこの女医がここにいる理由にやっと納得がいった。それにしては扱いが雑なようで、今もコレ扱いされた女医は少し涙目になっている。
「えー、生体反応のオン/オフの切り替えは子供を作るのに必要な要素を満たすためのものなの。基本的には00ユニットとしての最も重要な役目を終えるまではその機能を使うことはないと思うけどね。……というか香月さん、そろそろコレ扱いはやめてくださいよー」
「ほとんど全身を独自開発した生体義肢に入れ替えた狂人はコレで十分でしょ。まったく、
「衰えない美貌は乙女の夢でしょ?私はそれを実現しただけなのにー」
唇を尖らせる女医に武たちは驚愕した。どう見ても二十代前半にしか見えないが、見えている部分はほぼ全て生体義肢だという。正気を疑う行為だが、そんな彼女もまた夕呼の同類だということを武は強く意識した。
純夏の体も通常の生体義肢とは違って彼女の独自技術で作られており、彼女の言葉を信用するならば少なくとも外見上は経年劣化しないらしい。確かにそれは乙女――女性の夢と言えるだろう。
だが、すっかり目が覚めたらしい純夏はどこか不満そうな顔をしていた。
「それなんですけど、わたしの要望がちゃんと反映されてないみたいなんですけど」
「えっ!?そんなはずは……」
女医はまじまじと純夏の体を見つめたが、首をひねっていた。
「いーえ、反映されてないじゃないですか!せっかく、胸をもっと大きくしてって伝えておいたのに……」
そう言って純夏は唇を尖らせた。夕呼が怪しげな笑みを浮かべているのを見ると、わざと要望を無視したのかもしれない。
ようやく純夏が復活しました。
まさかオリキャラの女医さんがここまで出張ってくるとは思ってませんでした。
そんな五十超えのほぼ全身生体義肢な若作り狂人な彼女の名前は――(ここから先は血で汚れていて読めない。
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第二十一話「帰還者たち」
なんだかカオスな感じになっていく気がしますが、こういうマブラヴ二次を待っていた!と言う人がいてくれたら幸いです。
輸送機のカーゴブロックへ格納されていく完成した不知火・弐型の姿を見て、ユウヤは感慨深いものを感じていた。
ユウヤにとっては約二年越しに計画を完遂させることができたのだから、その思いもひとしおだ。
技術漏洩の問題はアクティブステルスやステルス以上の機密である新概念補給装置であるジャルスの非搭載化だけで回避することができ、外装はほぼそのまま使えることとなった。
また、それらの機能の排除に伴って予定よりもコストを大きく抑えることに成功し、不知火からの改修も行いやすくなったことがXFJ計画完遂に大きく貢献することとなった。
ハイネマンは、元々想定していたYF-23に最も近い機体に仕上がったと嬉しそうに語っていた。聞いたところによると、機体の半分ほどはYF-23からステルスなどの機密の高い技術を省いたものが流用されているらしい。元々YF-23にステルスを積みたくなかったと言っていたハイネマンにとって不知火・弐型は、本当に作りたかったYF-23の形に仕上がったのかもしれない。
「ついに、終わったのだな……」
隣で一緒に格納されていく不知火・弐型を見ていた唯依もまた感慨深げにつぶやいた。
穏やかな風に髪が緩やかに舞い広がる唯依の足元にはまとめられた荷物が詰め込まれた鞄が一つ。同じようにユウヤの右手にも同じくらいのサイズの鞄がぶら下がっている。輸送機の準備が完了次第、搭乗して日本へと発つためだ。
「なあ、ホントに行っちまうのか?」
見送りのために集まった小隊の仲間たちからタリサが代表して尋ねた。いつもは勝気な彼女だが、どうやら少し寂しいらしい。
「日本へ行かなかったとしてもまた別の場所へ配属になるんだ。どっちにしろ俺はここにいられない」
XFJ計画の完遂が目前まで迫ってきた頃、基地司令にユウヤには二つの選択肢があることを知らされた。一つはユウヤ自身と国連軍横浜基地副司令、双方の希望である横浜基地への転属。もう一つはF-22の後継機のテストパイロットへと就任すること。
そしてユウヤが選んだのは、やはり横浜基地へ行くことだった。横浜基地には待たせている者たちがいるのだ。
「寂しくなるわねぇ」
「ああ、まったくだ」
ステラの言葉にVGが続いた。二人とも名残惜しむような目でユウヤと唯依を見ている。
「そんな顔するなって。生きてりゃまた会えるさ」
「ブリッジス
所用でこの場にいなかったイブラヒムがそう言いながらユウヤたちの傍へとやって来た。
ユウヤはXFJ計画完遂をもって中尉へと昇進していた。前の世界では中尉最終階級は中尉だったため、ようやく元の位置へ追いついたような気分だ。
「けどよ、もっと時間があればユウヤのあの戦闘機動についていけたのになぁ」
「確かにあれはすごかったわね……一体いつの間にあんなのをモノにしたのかしら」
タリサとステラの言葉にユウヤは苦笑いを浮かべていた。
XM3に慣れた今となっては旧OSはとても重たいものではあったが、ユウヤなりに武たちから得た高次元戦闘機動をある程度再現して使用していた。その結果、イーダル小隊に新たに配属されたビェールクトの衛士――恐らくクリスカたちと同じ生まれだろう――に圧勝し、不知火・弐型の有用性をこれでもかというほど見せ付けることができたのだ。
その弊害というほどのものではないが、二番機に搭乗していたタリサとの明確な差が出てしまい、タリサには非常に悔しい思いをさせてしまったのだが。
「積み込み完了だ!定刻どおりに出るから二人ともそろそろ輸送機に乗って準備してくれ!」
不知火・弐型が格納された輸送カーゴの設置を完了させたヴィンセントがユウヤたちに声をかけた。
「お世話になりました」
「隊長、お元気で」
「そちらもな」
ユウヤと唯依はイブラヒムたちと敬礼を交わし、輸送機へと歩いていく途中でヴィンセントと合流した。
「お前は良かったのか?」
「ああ、俺は昨日済ませたからな」
結構盛大にやったぜ、とヴィンセントは笑みを浮かべた。
ユウヤが横浜基地へ転属を希望したことを聞いて、ヴィンセントもユウヤと共に横浜基地へ行くことを決めたのだ。
「いやー、言ってみるもんだな。お偉いさん方にはお偉いさんの考えがあるんだろうけど、許可してもらえてよかったぜ」
「俺について来るんだから、これからもよろしく頼むぜ」
「おう、任せとけ!」
そう言ってユウヤとヴィンセントは拳をぶつけ合った。
隣を歩く唯依がその様子を少し羨ましそうに見ていたことに、ユウヤは気づかなかった。
日本への空の旅を終えた唯依たち三人は帝国技術廠・第壱開発局副部長である巌谷榮二の執務室へ呼び出されていた。せっかく日本へ来たのだからXFJ計画完遂の挨拶をしたいということらしい。
「よく不知火・弐型を完成させてXFJ計画を完遂させてくれた。この計画を推す者を代表して礼を言わせてもらうよ」
「自分はあの不知火のテストパイロットを務めたに過ぎません。全ては篁中尉の努力の賜物です」
「うん。そうかそうか。唯依ちゃんもご苦労だったね。一時は危うかったXFJ計画をよく完遂してくれた」
「い、いえ、その、人前で唯依ちゃんは、ちょっと……」
巌谷は笑ってごまかした。何度言っても直らないためいっそ諦めたほうがいいのだろうかとも考えるが、己がそれで諦められる様な人間ではないことは唯依自身理解していた。
「そういえば君たち二人は横浜基地へ行くんだったな。奇遇だな。唯依ちゃんにもこれから横浜基地へ行ってもらおうと思っていたんだ」
「え……?」
唯依にとってその話は寝耳に水だった。輸送機に乗る前からユウヤと一緒に横浜基地へ行けるヴィンセントのことを羨んでいた自分がバカらしく思えてくる。
一応機密のこともあるので二人には先にエントランスで待っていてもらうことになり、唯依は巌谷と二人きりになった。
「そういうわけで、早速で悪いが唯依ちゃんには横浜基地へ向かってもらうことになる」
そう言って手渡された命令書に書かれていた内容は、早くも横浜基地にて行われる不知火・弐型の改修・運用アドバイザーと部隊規模の実戦運用データの収集を目的として横浜基地に滞在するというものだった。必要であれば独自の判断によって武御雷で部隊に随行することも許可されている。
不知火・弐型の開発責任者だった唯依がアドバイザーにつくことは理にかなっていると言えるし、これほど早く実戦の運用データの収集ができるのならばそれに越したことはないのだが、
「あの、これだけでしたらわざわざ私が行かなくともよろしいのでは……?」
「ああ。命令書には書いていないが、内密に頼みたいことがある。といっても、あくまでも可能であればやってほしいといったものでしかないがね」
話を聞くと、巌谷は横浜基地――その中でも横浜の魔女の動向や例の新型の詳しい情報がほしいらしい。もっとも、必要以上に関係を悪くするのは避けたいため、無理をする必要はないという。
すでに別件で横浜基地に駐屯している斯衛の小隊にも同様の命令が出ているらしい。
また、横浜基地に駐屯している斯衛に試験的に新OSを実装して運用テストを行うための交渉が進められているため、交渉が通れば唯依の武御雷もその対象に入るという。新潟のBETA上陸時に常識外れの戦果をたたき出したという噂の新OSの性能を巌谷もよく知る唯依に試してほしいのだという。
己にスパイのようなことができるとは思えないが、新OSについては交渉さえ通れば巌谷の期待に応えられそうだと唯依は思っていた。
技術廠のエントランスでユウヤたちと合流した唯依は車で移動を開始した。
「それにしても、日本ってのはなんだか狭苦しいねぇ。道の幅やら建物の間隔とかさ」
後ろに流れていく日本の町並みを見ながらヴィンセントが感想を述べた。
「日本は小さい島国だからな。国土が小さい分そう感じてしまうのは仕方ない」
広大な国土を持つ米国にくらべれば日本の町が狭く感じるのは仕方ないことだろう。
「横浜基地には
「横浜基地にいる知り合いはその二人だけじゃないが……ま、すぐにわかるだろ」
「なんだそりゃ?日本に他に知り合いなんているのか?……って、そういや一人それらしいのはいたか」
「いちゃ悪いのか」
「そういうわけじゃないけどよ……ちなみに知り合いってのは一人なのか?男か?女か?」
「どっちもだ。あとは実際に会ってからにしてくれ」
そう言ってユウヤは視線を流れる帝都の町並みへと向けた。初めての日本の町並みに興味があるのだろう。しかし、
(どっちも……ということは、まさか女性の知り合いもいるということか……っ?)
ユウヤの答えに唯依は内心焦りを隠せずにいた。クリスカやイーニァだけでも強敵だというのに、まだ他にライバルとなるかもしれない者がいることに不安を感じていたのだ。
ユウヤは知らないだろうが、ただでさえ腹違いの兄妹というハンデがある唯依にしてみれば、まだ見ぬユウヤの知り合いの女性は十分強敵となりえるのだ。
(しかし、日本嫌いだったユウヤに日本にいる知り合いがいたとはな。一人は恐らく御巫大尉だろうが……)
そもそもユウヤと悠平がいつから知り合いなのか、唯依にはわからない。以前のユウヤは日本嫌いだったはずだが、そんな状態の時からユウヤと親しくなれたのだとすれば自分より前にユウヤと親しい日本人がいたことになる。
(――ちょっと待て!私はまた御巫大尉に嫉妬しているのか……!?)
唯依が悶々としたものを抱えたまま、三人を乗せた車は横浜基地へ向かっていった。
横浜基地が近づいてきた頃、周囲の景色はすっかり荒れ果てたものとなっていた。G弾の爆心地が近づくにつれて被害の様が酷くなっていくのだ。
だが、少し前に悶々としていたものが収まった唯依ではあったが、横浜基地が近づくにつれてまた別のことで悶々とし始めていた。
(あれから一ヶ月と少し、ビャーチェノワ少尉は元気になっているだろうか……やはりユウヤもビャーチェノワ少尉のことは心配しているのだろうな……)
唯依の心はこれから再会するであろう恋敵とユウヤのことで頭がいっぱいだった。
やがて横浜基地のゲートが確認できるようになると、遠目ではあるもののゲートの前に数名の人間が立っているのがわかった。初めは衛兵かと思ったが、それだけではなさそうだ。
車がゲート前の桜並木の半ばへと差し掛かる頃、ゲート前に立っている人間が二名の衛兵と二名の銀髪の女性であることに気づいた。
その銀髪の女性二名の顔が視認できる距離にまで近づくと、ようやく唯依は恋敵との戦いが再び始まるのだと実感した。
ゲートの前に車が横付けされると、銀髪の恋敵――クリスカの元気そうな様子がはっきりとわかった。
「ユウヤ……」
クリスカが口を開く。一体どんな感動的な再会を演出するのだろうかと、唯依の喉が本人の意思とは無関係につばを飲み込んだ。
クリスカの行動次第ではここで勝負がついてしまう可能性すらあるのではないかと不安になる。
ヴィンセントもまた、クリスカの次の行動に注目しているようで、横から口を挟むことなく待っていた。
そして――
「――ご飯にする?お風呂にする?それとも、にゃんにゃんするかにゃん?」
「「「………………は?」」」
以前の彼女からはとても考えられないような言葉がクリスカの口から飛び出し、唯依たちはそろって呆けたように口を開いてしまった。クリスカが猫を意識したかのような妙に媚びたポーズで上目遣いをしていることも輪をかけていた。
ポーズをそのままにクリスカが怪訝そうにする中、イーニァと衛兵二名は妙にホクホクした顔をしていたことに唯依は気がつかなかった。
後で聞いた話によると、クリスカの治療を担当した女医が吹き込んだものだったらしく、他にどんなことを吹き込まれているのかを考えると唯依は頭が痛くなる気がしていた。
感動的な再会がダイナシダー!
……ん?ダイナシダーってなんかロボの名前っぽいな(ぉぃ
犯人はもちろんあの女医さんです。他にどんなことを吹き込まれているのか、俺も予想がつきません。
というか何も考えてないので感想欄に面白そうなネタがあったら使わせていただくかもしれませんw
結局ユウヤについてきたのはヴィンセントだけですが、どんな風に扱ってやろうかなー。
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